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2023年4月下旬



4月20日 木曜日 開店からわずか40分でお蕎麦完売 …

 今朝も5時半に家を出て蕎麦屋に出掛ければ、駐車場の立木が茂っていたから、様子を見に西側の小径に出てみたのです。金木犀の新しい葉は勿論のこと、モミジの葉も生い茂って、奥の木槿も新芽が伸びているのでした。厨房に入ってカウンターの洗い物の片付けをして、蓮根の皮を剥いて酢水で茹でる。7時には家に戻って朝食を食べる。食後のひと眠りを終えたら、女将が海メロからパイナップルを送ってきたという。島の香りが食堂に広がっていた。

 何時になったら石垣島に行けるのだろうかと、いつもFacebookの記事を読んではいるのだけれど、電車にも乗らない高齢者の亭主だから、飛行機はまだずっと先の事のように思えるのです。プールでのリハビリもまだ完全ではないし、蕎麦屋の経営もコロナ禍の前まではまだ戻っていない。それでも、二人の娘さん達が大学院と大学に進み、親の立場からは就職と結婚が心配な年頃。多くの人に見守られて島で育った子ども達は、本当に真面目で芯が強いのです。

 蕎麦屋に着いたら南側のミニ菜園を覗いて見たけれど、荒れ放題でコゴミの葉が広がっていた。奥のタラの芽だけがもう一度くらい採れそうな様子なのでした。蕎麦屋の周囲の草取りは東西南北と四回に分けてしなければならない。その他にも、半年以上も掃除をしていない排水溝にも手を入れる必要があるのです。まったく維持管理という仕事は、目には見えないけれど、店の中の道具の掃除と同じように、着実に行わなければならないことなのです。

 朝の仕事を終えたら、まずは蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。今日は暑くなると言うから、お客沢山来るのだろうとは思えたけれど、あまり欲張らずに9食分だけ打って終わりにしました。加水率は43%で、暖かいからか生地は少し柔らかめだったけれど、9人分の蕎麦を打って生舟に並べておく。やはり、包丁の切れ味が少し悪くなってきているのか、蕎麦が包丁の刃にくっついてしまう。暇を見つけて研いでおく必要がありそうです。

 厨房に戻って生姜と大根をおろし、薬味の葱切りを済ませたら、苺大福を包んで野菜サラダの具材を刻む。時計を見れば時間は押しているのです。天麩羅鍋に油を注ぎ、天つゆの鍋を火にかけて、テーブルを拭いて回ったら、もう開店の時間なのでした。暖簾を出して間もなく、四人連れのお客がいらっして、天せいろを四つご注文なのでした。その後すぐに若い女性が二人連れでテーブルに座ってやはり天せいろ。まだ12時前なのです。すぐに女将に電話をする。

 蕎麦は9つしかないから、順番に天麩羅を揚げて蕎麦を茹でていくしかないのですが、出すのが遅くなるから、女将の助けが必要なのでした。昼を過ぎてすぐに、ご夫婦でカウンターに座って、天せいろとヘルシーランチセットのご注文。女将が来てくれて亭主は調理に専念することが出来た。蕎麦の残りはひと束だけだったから、次にいらっしたお客には事情を説明してお断りする。その後も二組もお客が来たのです。歩いていらっした方もいたから申し訳ない。

 もう一回、蕎麦を打っておけは好かったかと、後で反省するのでした。欲張らないまでは好いのですが、歩いていらっしたお客にも蕎麦を出せなかったから、ちょっと残念なのでした。それでも、最初のお客が「ここの天麩羅は美味しいんだよね」と言ってくれた。カウンターに座った最後のお客も、コゴミやタラの芽の天麩羅が美味しいとビールの他に日本酒まで頼まれたから嬉しかったのです。明日は亭主一人の営業で、果たしてどれだけ客が来るのだろうか。

 

4月21日 金曜日 今日も40分でお蕎麦売り切れ …

 曇りという予報だったけれど、朝は怪しげな空の向こうから、太陽が昇っていました。曇っているのか朝霧が出ているのかが好く判らないのです。厨房に入って夕べ漬けた糠床からお新香を取り出して、小鉢に盛り付けていきます。蕪は大きいし、ラデッシュがある分小鉢が一杯になるほどの量なのです。知り合いの農家の野菜は、さすがに甘くて美味しい。蕎麦汁を補充して、今日は女将が来ないからと、洗濯物まで畳んで朝のひと仕事を終えるのです。

 家に戻って朝食を食べたら、例によってひと眠り30分。朝ドラの終わる前に洗面と着替えを済ませ、コーヒーを一杯入れて飲むのです。蕎麦屋に出掛ければ、玄関前のツツジが満開で、季節の移り替わりが早いのには驚くばかりなのでした。看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、早速、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。平日だから今日も850g9人分の蕎麦を、43%の加水率で打ち始める。昨日の残りがあったから、今日は10人分の蕎麦を用意する。

 硬めに仕上がった生地は少し伸しムラが出来たらしく、今度は切るときに四苦八苦してしまう。何とかごまかして打ち終えたのだけれど、なかなか思うようにはいかないのが、日々の蕎麦打ちなのです。包丁の切れ味が悪いばかりが原因ではなさそうです。それでも10時前には厨房に戻って、次の仕事にかかるのでした。大根をおろすのにも、こんなに沢山のおろしが必要なのかと、途中で止めて残りをラップでくるんで冷蔵庫に入れる。

 苺大福は昨日作ったのが今日も出せるから、野菜サラダの具材を刻んで、いつも通り三皿盛り付けておきます。天麩羅鍋に油を注いで、天つゆの鍋を温めて開店の準備をするのでした。アルコール除菌液でテーブルを拭いて少し早めに暖簾を出せば、11時半を過ぎた頃にはもう車が駐車場に入ってくるのでした。中年の男女がカウンターの奥の席に座って、天せいろのご注文。天麩羅を揚げて出す前に、仕事着姿の三人連れがやって来て皆さん大盛りのご注文。

 辛味大根ととろろをおろして、蕎麦を茹でているところに、歩いていらっした二人組の男性が、せいろ蕎麦の大盛りと串焼きの注文でした。「今お茶をお出ししますから」と言って、カウンターのお客に蕎麦湯を出し、時計を見ればまだ12時を過ぎたばかり。三人組の大盛りを出し終えて、やっと後の二人の調理にかかる。大盛りが五つも出るのは珍しく、生舟の中の蕎麦はもうなくなっいたのです。急いでお蕎麦売り切れの看板を出したのが12時半でした。

 テーブルの盆や蕎麦皿を片付け終わらないうちに、車が駐車場に入ってくる。外に出て、「蕎麦は売れ切れたので、うどんしか出せないのですけれど」と言えば、うどんでも好いからと店の中に入るのでした。何回がいらっしたリピーターのご夫婦らしく、残った野菜サラダをサービスでお出しして、食べていただいている間に、うどんを茹でてせいろでお出しするのでした。蕎麦の通らしくいろいろな話を聞かせてくれて、1時半にはお帰りになる。

 時間が早かったから、お袋様にもSOSの電話をせずに、昼飯も食わずに一人で洗い物を済ませるのでした。暑い日だったから、お客が多かったのではないかと、3時過ぎにスポーツクラブから帰ったばかりの女将が心配して来てくれた。明日は涼しくなるというけれど、果たしてどれだけ蕎麦を打てば好いのか。早い夕食を食べて半袖のまま6時半には夜のプールに出掛ける亭主。泳ぐよりも歩く方に違和感を感じるのかちょっと不安なのです。


4月22日 土曜日 急に寒くなったと感じる朝 …

 朝飯前のひと仕事から家に帰って、朝食を食べたら今日はひと眠りをしないで、また蕎麦屋に出掛けていく亭主。二日続けて蕎麦が売り切れになったから、週末なので少しは沢山蕎麦を打っておこうと考えたのです。それでも、随分と気温が低くなって曇り空だったので、どうなるかは判らない状況なのでした。看板と幟を出したらチェーンポールを降ろして、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を二回打つ。8時半に打ち始めれば、いつもの時間には間に合うのです。

 加水率は43%のまま、少し気温が低いから硬めの生地に仕上がって、包丁切りも順調に終える。135gの蕎麦の束を13束生舟に並べ、これなら少しは持ちこたえるのではと思う。太陽の陽射しがないから不安なのですが、週末を甘く見てはいけない。店の中は窓を少しだけ開けて、エアコンの暖房を入れていたから、やはり寒く感じるのです。薬味の葱を刻んで、大根をおろしたら、苺大福を包み、野菜サラダの具材を刻む。11時過ぎにはお湯も沸いて準備が完了。

 開店時刻の10分前に暖簾を出せば、5分前に大きな車に乗った若いカップルがご来店。天せいろとせいろ蕎麦を注文して、静かに蕎麦を啜るのでした。昼を過ぎて今度は年配の男女が作業着姿でいらっして、とろろ蕎麦とぶっかけ蕎麦を頼まれる。「あんたは幾つになる?」と親父様が尋ねるから、「今年で古稀になります」と応えれば、「若いねぇ。俺は喜寿だよ」とおっしゃる。二人で組んでシルバーの植木屋をやっているそうな。何もしないと老けてしまうのだとか。

 今日は1時を過ぎても陽は差してこなかった。昼からは晴れマークの出ていた佐倉市の天気予報を見れば、天気を追いかけるように曇りマークに変わっているではありませんか。隣のお花畑も黄色いポピーの花は正直で、気温が下がったら朝から花びらを閉じているのでした。この調子ではもうお客が来ないかと思って、亭主は蕎麦を茹で、おろしと山葵だけ載せてぶっかけで食べる。コシがあって実に美味い蕎麦なのです。昼飯はこれだけなのですぐに腹が減る。



4月23日 日曜日 気温は17℃までしか上がらけれど …

 今朝も6時に朝飯前のひと仕事で蕎麦屋に出掛け、糠床からお新香を取り出して、切り分けたら小鉢に盛り付ける。そして、昨日なくなった蕎麦汁を補充しておくのでした。蕎麦汁は夕べ蕎麦屋に来て、小一時間掛けて出汁を取り、返しを加えて温めたもの。ひと晩冷蔵庫に入れて冷ましておいたのです。ついでに天つゆも仕込んでおきます。7時前には家に戻り、女将の用意してくれた親御丼を食べてひと眠りする。満腹になって一時間は眠っただろうか。

 朝は少し寒いくらいだったのですが、陽が差して隣のお花畑のポピーも花びらを開いていました。看板を出して幟を立てたら、チェーポールを降ろして、早速、蕎麦打ち室に入るのです。今朝は、昨日の蕎麦が随分と残っていたから、500g5人分だけ打ち足して、14人分の蕎麦を用意しました。気温が低いのが気がかりだけれど、日曜日を馬鹿にしてはいけないと思って、開店前の仕込みに精を出すのでした。加水率は43%弱。少し硬めできっちりと仕上げられた。

 包丁の切れ味を心配していたけれど、生地の仕上がりの善し悪しで、切りべら26本で135gの蕎麦は、エッジが立って綺麗に等間隔に打ち上がるのでした。やはりこの時期はもう加水率を43%弱にしないといけないのか。朝が寒く、陽が出ていたことも関係するのかも知れない。まさにポピーの花の開き具合と共通しているような気がするから不思議。女将が来てくれて、「お早うございます」と挨拶を交わしたきり、二人とも黙々と開店の準備をするのでした。

 「また来ますね」と女将が早お昼を食べに家に戻れば、亭主は一人で大根をおろし、野菜サラダの具材を刻むのです。まだ暖簾を出していないのに、開店の10分前にはもう車が駐車場に入って、リピーターの若い男女がいらっした。お湯も沸いていたから店の中に入っていただいて、ちょうど女将もやって来たから、お茶を出して注文を取るのでした。天せいろと鴨南蛮蕎麦のご注文で、鴨肉を解凍している間に、天麩羅を揚げて蕎麦を茹でてお出しする。

 12時過ぎまでに4組のお客が入り、厨房はもうてんてこ舞い。駐車場も満配なのに、玄関を開けて「ほかに駐車場はないんですか」と聞くお客もいる。店の中を見れば満席だと判るはずなのに、申し訳ないけれど小さな蕎麦屋なのです。忙しい時間帯が過ぎた頃に、電話がなって3人で行きたいのだけれどと言う。女将が出て「大丈夫ですよ」と言ったけれど、予約は受けないから、先に来たお客が優先。生舟の蕎麦はもう残り少なかったのです。

 1時前にやっと件の三名様がいらっして、見れば手押し車を押したお婆様を連れたリピーターさん。お婆様は前回と同じキノコ付け蕎麦を頼まれて、綺麗に完食したから好かった。ご主人はカレー蕎麦、奥様はとろろ蕎麦のご注文で、カレー蕎麦に付ける野菜サラダが終わっていたので、小鉢とトマトをお出ししたら、トマトが美味しかったらしくて、「家で作っているのですか?」と聞かれた。1時過ぎだったけれど、お蕎麦売り切れの看板を出して洗い物に入る。


4月24日 月曜日 肌寒い日だったから …


 やはり店の混んだ昨日は疲れたのだろうか。今朝は何度も目が覚めるのだけれど、また眠ってしまうのでした。6時になってやっと起き出して、蕎麦屋に向かう準備をする。小鉢、蕎麦汁、洗濯物と二何度も自分に言い聞かせながら眠ったのに、朝になったら、もう何をするのかを忘れていた。厨房に入ってやっと思い出して、フライパンを取り出す。ニンジン、干し椎茸、油揚げを刻んで、切り干し大根を水で戻す。ごま油で炒めて出汁で煮込んで味つけをする。

 出汁で煮ている間に、空の蕎麦徳利を取り出して蕎麦汁を補充していく。7時を過ぎていたけれど、洗濯機の中の洗濯物を干して、取り込んだ洗濯物は畳んで戸棚の中に入れておく。家に戻れば、女将が食堂で亭主の帰るのを待っていました。朝食を食べ終えても、今日はひと眠りをしなかった。眠くないのではなく、眠ったら起きられないと思っていたのです。洗面と着替えを済ませて、歩いて蕎麦屋に出掛ければ、ご近所のウツギが綺麗に咲いているのでした。

 薄陽が差すほどには晴れていたけれど、風は冷たくやはり上着が必要なのでした。蕎麦屋に着いて外回りの仕事を終えるまで、ジャンバーは脱げなかった。店の中の室温は17℃だから、それほど寒いわけではないのに、寒く感じるのが最近の陽気。今日は湿度もかなり低かったから、身体が寒いと感じるのです。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を750g8人分打っておきます。加水率は43%と昨日と同じだったけれど、やはり少し硬めに仕上がるのでした。

 この涼しさではお客はあまり期待できないと思いながらも、薄陽が差しているのが唯一の希望か。今月の月曜日の来客数は4人から 9人までと、結構、多かったので、ある程度の数は見込めるだろうと思っていたのです。苺大福を包み、野菜サラダの具材を刻んで、今日も三皿盛り付けておきます。女将がいない分、店の掃除もあるから、少しずつ早めに仕事を終えておく。テーブルを拭いて回ってもまだ11時ちょっと過ぎなのでした。新しい油を天麩羅鍋に注ぐ。

 暖簾を出してお客を待てば、1時間経っても来る気配がない。前日が混むと次の日はお客が少ないと言うことはあるのです。あまりにも暇だったから、隣の畑に出て、近くで花の写真を撮ってくる。あの赤い花は何というのだったっけ。歳を取ってから調べた花の名は、なかなか思い出せないのです。1時過ぎになってやっとお客がご来店。天せいろの大盛りと辛味大根を注文なさって、カウンターの隅で静かにゆっくりと食べて行かれた。今日はこのお客だけ … 。



4月25日 火曜日 午前中は雲一つない青空で …


 定休日だったけれど、いつもと同じ時間に目が覚めて、6時になったら蕎麦屋に出掛ける。午後の出汁取りの準備をして、少なくなった返しを仕込んでおきました。そして、洗濯機の中に入れたままの昨日の洗濯物を干したらお終い。7時過ぎには家に戻って、朝食を食べるのです。今朝も食後のひと眠りをせずに、洗面と着替えを済ませて早い時間に再び蕎麦屋に行くのでした。大鍋に冷めた返しを甕に移して、膝下の戸棚に収納する。

 駐車場のヤマボウシの柔らかい新芽が、陽を浴びてつやつやと光っていました。お袋様と仕入れに出掛けるのには、まだちょっと時間があったので、隣のお花畑まで行って花を見ていました。ストロベリーキャンドルの花が随分と沢山咲いていたから、近寄って見れば、葉はシロツメクサの様なのでした。毎年、この花は何というのだっけと調べ直すのですが、どうもカタカナの花の名前は頭に入りづらいのです。オランダレンゲともベニバナツメクサとも言う。

 ベニバナツメクサなら紅花爪草と漢字で書ける。白詰草と花の形が似てはいるけれど、赤くて縦に長いから、どうもイメージが違うのです。ただ、葉の形がクローバーに似ているから、豆科の植物だと判るのです。豆科の花を検索して、沢山の花の画像を見ているうちにこの花を発見する。毎年、こんなことを繰り返していながら、未だにその名を覚えていないのは、やはり年齢のせいなのか。時間に余裕のある定休日だから、こんなことが許されるのです。

 ツツジの咲きほこるお袋様のマンションを後に、農産物直売所へ出掛ければ、朝から随分と客が来ていた。にもかかわらず、農家がやって来るのが遅いのか、野菜はまだ並んでいないのでした。トマトと蕪と生椎茸だけを買って、後は隣町のスーパーで仕入れるのです。こちらは開店時刻に来たお客が帰って、ちょうど広い駐車場も空きが出て来る。パプリカとアスパラガスがまだは入っていないから、午後にもう一度来なければならないのでした。

 お袋様を送って蕎麦屋に戻ったら、買ってきた野菜を検品して、冷蔵庫に収納したら月に一度の床屋へ出掛ける。ちょうど前のお客が終わりそうなので「ちょっと待ってね」と言われてからが長い。ご近所らしい白髪の老人の話が長いのでした。女将が家で昼を待っていると思って、散髪が終わったところですぐに電話をするのでした。昼は昨日残った蕎麦だから、亭主が帰らないと要領を得ない。女将にはキノコつけ蕎麦、亭主は胡麻味噌ダレで食べる。

 結局、午後も昼寝をしないで、女将のスポーツクラブの予約を取ったら、三度、蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みにかかる。干し椎茸と昆布を浸けてあった3㍑の鍋で出汁を取って蕎麦汁を仕込み、再び湯を沸かして二番出汁を取るのです。外はどんどん曇ってきた。明日は朝から雨になりそうで、この休みにも排水溝の掃除は出来そうにない。店の回りの草刈りもまだ終わっていないし、当分仕事が目白押しなのです。それが健康には好いのかも知れない。


4月26日 水曜日 終日雨が降り続けて …


 今朝はゆっくりと9時過ぎに蕎麦屋に出掛けて、明日の仕込みを開始するのでした。まずは蕎麦豆腐を仕込んで冷蔵庫に入れたら、キノコ汁を作って塩味だけ付けておく。1.6㍑の鍋一杯の汁を、半分は小さなキノコ汁用の鍋に入れ、残りはタッパに入れて冷蔵庫で保存するのです。全部で5人分程か。鍋に張り切れなかったキノコは冷凍して、足りなくなったときに使う。先週は随分と残ったから、家で使わなくてはならないのです。

 次にキノコ汁を作った鍋を洗ってレンコンを茹でる。レンコンは新しいものを買ってきて皮を剥いて輪切りにしたら、水に浸けて茹でるのですが、どうしてもポリフェノールが紫色に出て仕舞う。酢水に浸けても同じことだから、最近は水に浸けて茹でている。その間に南瓜の種を取って切り分け、レンジに入れて2分ほどチーンする。一度に2分ではなく、1分半チーンしたらしばらくおいて、もう一度30秒チーンしているのです。

 天麩羅の具材を切り分けたら、午前中の仕込みは終わり。家に戻って昼食の支度をしなければならないのです。朝から降り続けている雨は、雨脚は弱まったものの止むことはなかった。昼は冷蔵庫の中の残りものを野菜炒め煮して、カレー味で皿に一人分ずつ盛り付ける。大皿にもって取り皿を使うより、大皿一枚分、女将が洗う手間が省けるのです。業者が持ってきたごまだれの蕎麦汁で食べてみる。「たまには味が変わって好いのかもね」と女将が言う。

 でも、ごまだれでは蕎麦湯は飲めなかった。昔よく作ったざるラーメンのタレのようで、麺には絡むけれど、何時もの蕎麦汁のようには味わいがないのです。一人分100円ちょっとだから、自分で蕎麦汁を作る方が、当然、量もあるし、少し安上がりなのです。書斎に入ってひと眠りしている間に、女将はスポーツクラブに出掛けて行く。1時間ほどで目が覚めて、珈琲を入れて居間でテレビを観るのでした。何度も見たスティーブン・セガールの映画。

 お新香を漬けるだけだから、急がなくても好かったのですが、今日は女将の帰る前に蕎麦屋に出掛け、珍しく夕刻に蕎麦を打つ。室温19℃、湿度が60%を越えていたから、43%の加水率でも柔らかい生地に仕上がるのでした。たまには好いかと薄く伸して、切りべら28本の細い蕎麦に仕上げる。これで明日の朝は一回の蕎麦打ちで済む。木曜日はやることが多いから、少しでも今日出来ることをしておきたい。4時半になったらお新香を漬け、包丁を研いでおいた。

 今日は夜のプールへ出掛ける予定だったから、女将に「夜ご飯はなににするの?」と聞けば、「何にしましょうかね」と思案している様子だった。「キノコを入れてラーメンを食べるよ」と言えば、女将も残りものを食べて夕飯にしていた様子。雨の日だからか、夜のプールは2つのコースが空いて、誰も入っていなかったのです。いつも来ている若い人たちは姿を見せなかった。一人でクロールでアップしたら、バックストロークにブレストとゆっくりと泳いで行く。



4月27日 木曜日 晴れて雲一つない天気だったけれど …


 6時前に家を出れば、もう太陽は森の木々の上に昇っている。日の出の時間がまた早くなっているのでした。雲一つない好い天気の朝なのです。厨房に入って、糠床を冷蔵庫から取り出して、漬けたお新香を切り分ける。このところ、お新香は順調に漬かっているのです。白菜の漬け物と違って、なくなったらその都度、漬けなければいけないのが大変ではあるのですが、それが美味しさの秘訣でもある。切り干し大根の煮物も小鉢に盛り、朝飯前の仕事は終わり。

 家に戻って、女将が作る朝食を食べたら、ひと眠りしようと思って書斎に入るけれど、定休日の習慣が残っているのか、横になっても眠れずに、起き出して洗面と髭剃り、着替えを済ませて、蕎麦屋に出掛ける準備をするのでした。昨日の夕刻に一度蕎麦を打っているから、今朝はもう一度打てば終わりなのです。平日に二回分の蕎麦を用意するのも珍しいけれど、このところ客が増えているから、女将も手伝いに来てくれる日だし、頑張ってみたのです。

 二度目の蕎麦打ちは加水率43%なのでしたが、湿度が32%とかなり低かったから、少し硬めでちょうど好い具合の生地が仕上がったのです。切りべら28本と少し細めで包丁切りを終えて、生舟一杯の蕎麦を用意するのでした。10時前には厨房に戻り、薬味の葱を刻んで、大根や生姜をおろし、野菜サラダの具材を刻み始めるのです。パイナップルは、この間、石垣島の海メロから送って頂いた島のパイナップルを使ってみました。小さいけれど甘さは抜群なのです。

 先週の混みようを心配してか、女将が昼前に来てくれたけれど、今日はどういうわけかお客が来ない。朝が寒かったのが響いているのだろうか。12時半過ぎにやっと最初のお客がいらっして、急いでいるらしく、早く出来るものはないかとおっしゃるので、せいろ蕎麦とキノコ蕎麦を勧めたら、せいろ蕎麦だけのご主人が野菜サラダを頼まれて、ゆっくりと食べて行かれたのです。今日はこんなに天気が好かったのに、天せいろは一つも出なかったから不思議。

 1時過ぎにいらっしたご夫婦も、二人ともキノコつけ蕎麦の大盛りをご注文で、やはり朝が涼しかったからなのでしょうか。世間は大型連休前とあって、ご近所でもお客が来ているらしく、バーベキューをするお宅があるのでした。晴れた日の割には、お客が少なくて、がっかりとした女将と亭主。明日はもっと暖かくなるというから、亭主一人でどれだけ出来るか、試練の一日になりそうです。夕刻にまた蕎麦屋に行って、業者の配送を受け取るのでした。

 

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2023年4月中旬


4月12日 水曜日 風の強い曇り空の日だったけれど …

 暖かな朝でしたが、風が強くなりそう。遅ればせに咲いた庭のチューリップが二本。他の家のチューリップはとっくに花を終えているというのに。それに比べて今年は芍薬の育ちが早いのです。蕎麦屋に向かえば、何処の家もドウダンの花が綺麗に咲いているではありませんか。これも少し季節が早いのではと今年の暖かさを感じるのでした。この先は季節の営みがいったいどうなるのだろうかと、ちょっと心配な気もするのです。

 みずき通りを渡れば、ハナミズキの木がずっと向こうまで白い花を咲かせている。これも例年よりは少し早い気がするのです。曇りと言いながらも、青空が見えていたから少し安心するのでした。バス通りに出れば、蕎麦屋の向かいの菜の花畑も、もうそろそろ終わりの時期。オレンジのポピーの花が鮮やかなのが嬉しい。風はどんどん強くなるばかりで、蕎麦屋着く頃には外回りの仕事は出来ないと思うのでした。グリストラップの掃除がまだ済んでいない。

 厨房の中は19℃もあるから、暖房も入れずに今日の仕込みをするのでした。まずは時間のかかる白餡に氷糖蜜を加えて、弱火でぐつぐつと煮始める。南瓜の種を取って切り分けたら、レンジでチーンして明日の天麩羅の具材の準備。昨日採ったばかりのコゴミとタラの芽を洗って、容器に入れて冷蔵庫で保存する。今日一日は待てるけれど、明日には次の芽を採らなくてはならない。客に出す数より沢山育つから、毎年、採り終わらないうちに終わるのです。

 キノコ汁の具材を鍋に入れて出し汁で煮込む頃には、白餡も固まってくる。柔らかすぎると中に入れる具材をなかなか包めない。今週はそろそろ苺大福を作ろうと思って、小さな苺を買ってきてあるのですが、苺の日持ちがしないのでちょっと心配です。女将がスポーツクラブに出掛ける時間の関係もあって、11時前には蕎麦屋を出て昼食の用意に家に帰る亭主。風の強いせいか雲が流れて青空が広がっていました。暖かな風でまさに新緑の季節。

 家に戻って昼はキャベツの炒め物にして、鶏ガラスープの素と砂糖と水溶き片栗粉で、女将も美味しいと言うおかずを作った。彼女がスポーツクラブに行く前に、亭主は書斎に入ってひと眠り。小一時間ほど眠ったら起き出して、コーヒーを入れて飲む。お新香を漬ける糠床を復活させるために、冷蔵庫から取り出して表面の黴を取って、塩を振ったら好くかき混ぜておいたけれど、今日は漬けられない。天麩羅の具材きりと切り干し大根の煮物が午後の仕事です。

 蕎麦豆腐も仕込んでおいたけれど、一度、口を開けた豆乳はいつまで持つのかが心配なのです。二ヶ月も賞味期間があるのに、開封したら三日で消費しろと、箱に書いてあるのを発見したからです。大きなパックではなく小さな物にすれば好いのだけれど、まだ、どの豆乳が最適なのかを確かめていないから、時間がかかるのです。夜は予定通りにプールに出掛けた。一日おきだとやはり身体が軽くて泳ぎやすい。リハビリも順調に進んでいるのです。



4月13日 木曜日 今日も日中はかなり暖かくて …

 今朝も5時半前には目が覚めて、歩いて蕎麦屋に出掛けるのでした。木曜日は定休日明けだから、やることが結構いろいろとある。空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めて、大盛り用と普通盛り用の21本を用意する。これで二日分の分量なのですが、ぴったりと出ることはまずない。鍋に残った蕎麦汁は容器に入れて冷蔵庫にしまっておく。お客の多い週は、3㍑分の蕎麦汁も作り足さなければならないので、予備の一番出汁がものを言うこともあるのです。

 次に小鉢の盛り付けなのですが、糠床がまだ完成していないので今日は切り干し大根のみの用意です。皿を置くトレイが一杯になったところで止めたから、後のお客には女将が別に盛り付けていた。洗濯物を畳んでもまだ7時前だったから、ミニ菜園に出てコゴミとタラの芽を採っておくのです。1日おきでもコゴミはもう伸びきって葉が開いている茎もあるから、自然の力は凄いものがあるなあと感心するばかり。タラの芽も芽元から採らないのでまた出て来る。

 家に戻って朝食を食べたら、書斎に入って横になればウトウトとして30分。洗面と着替えを済ませて蕎麦屋に出掛けようとすれば、女将が「今日は朝ドラがなかったから早いわ」と洗濯物を持ってウッドデッキに干している。「北海道にミサイルが飛んでくるとずっとニュースでやっていたのよ」あり得ない事だとは思ったけれど、果たして、その情報は取り消されたらしい。そのまま蕎麦屋に出掛けて、今朝の蕎麦を打つ亭主なのでした。

 今朝は二回蕎麦を打とうかとも思ったけれど、先週も木曜日はお客が8人だったから、大盛りが出ても9人分も打てば十分だろうと考えて、850gの蕎麦を打つのでした。加水率は43%で、硬めの生地に仕上げて、エッジの効いた蕎麦を9束生舟に並べるのでした。よほどお客が集中しない限り、全部の蕎麦を出すには1時を過ぎてしまうから、売り切れで好いと考えたのです。厨房に戻って、今日は一年振りで苺大福を包む。野菜サラダも三皿盛り付けておく。

 暖簾を出して10分ほどしたら、何時ものお客がバス通りを歩いていらっしゃるのが見えた。今日も誰か連れがある様子なのでした。「いらっしゃいませ」とお茶を出せば、カレーうどんとカレー蕎麦にビールのご注文。大きな鍋で二人分のカレーを温めるのでした。出し終える前に、もう次のお客がいらっしゃるから、『早く女将が来てくれないかな』と時計を見れば、まだ12時前なのでした。せいろ蕎麦とぶっかけ蕎麦のご注文だったから、すぐに用意をする。

 注文の品が出来上がった頃に、やっと女将が来て配膳をしてくれた。少し休めるかと思ったら、また駐車場に車が入ってご夫婦が来店で、天せいろの大盛りと普通盛りのご注文。まだ天麩羅鍋の温度が下がっていなかったので、すぐに天麩羅を揚げることが出来た。女将が盆や蕎麦皿をセットしてくれるから、時間にしたら倍以上の速さで料理を仕上げることが出来るのです。時計は1時少し前。生舟には蕎麦が三束。最後のカップルが来て売りきれの看板を出す。



4月14日 金曜日 半袖で過ごすことが多かった一日 …

 昨日も早く休んだから、今朝も5時過ぎには目が覚めた。普段の日も定休日も同じリズムで暮らしているからか、まだ今週は1日しか営業していないのに、曜日の感覚がなくなってしまったようで怖いのです。今日は曇りかと思っていたら、青空の方がずっと広がって雲の合間から朝日が昇っていました。今朝はお新香の漬け物を糠床から取り出して、切り分けたら小鉢に盛り付ける。今年初めてのぬか漬けは、思ったよりも上手く漬かっていたので嬉しい。

 切り干し大根の煮物も幾つか盛り付けて、冷蔵庫の中身を確認したら、洗濯物を畳んで、洗濯機の中の洗い物を干しておきます。今日は女将が来ない日なので、全部を亭主が一人でこなさなければならないのです。家に戻って朝食を食べたら、書斎に入ってひと眠り30分。8時過ぎに洗面と着替えを済ませて、早めに家を出るのでした。新緑が綺麗な森の風景も、幾分雲の増えた今朝の空に映えて、まさに初夏の装いなのです。朝の仕事を終えて蕎麦打ち室に入る。

 今朝も昨日と同じく850g9人分の蕎麦を打つ。昨日はカレーうどんが出たから、蕎麦が一つ残った計算で、今日は10食の蕎麦を用意したことになる。これがすべてなくなったから、やはり暖かい日にはお客が来るのです。一人での営業は、お客が続けて来る時が一番大変になるのですが、今日はそれほどには繋がらずに、切れることもなくだらだらとお客が続いた。女性陣は話が長いし、酒を飲んだご主人は一番長く座って、ライム酎ハイの炭酸割りまで頼む。

 1時を過ぎて最後の二人がいらっしたところで「お蕎麦売りきれ」の看板を出しました。天せいろ二つのご注文だったから、用意した天麩羅の具材も綺麗になくなったのです。お新香も綺麗に売り切れたから、残っていた野菜サラダを小鉢代わりにお出ししたら喜ばれた。それでも女性は話が長いので、閉店時間の直前までゆっくりとしていかれた。一人だと亭主は休憩をすることも出来ないのです。まずはかき揚げを揚げて賄い蕎麦を茹でて腹を満たしておきます。

 それからが長い後片づけの時間になるのです。お盆と蕎麦皿や器を全部洗い終わった頃に、女将がやって来てくれたから助かった。女将が食器を拭いて片付けている間に、亭主は大釜を洗ったり、天麩羅油の鍋を綺麗にしたり、時間は半分になるから4時前には家に戻ることが出来たのです。パソコンに今日のデータを入力して、亭主はひと眠り1時間。早い夕食を簡単に食べて、再び蕎麦屋に出掛けて、片付け物をしてお新香を漬ける。それからプールへ直行。



4月15日 土曜日 朝から冷たい雨が降り続けて …

 夕べも早く床に就いたのに、今朝は目覚めて何故か身体が疲れていると感じたのです。夜のプールも身体が重かったから、恐らくは一人で営業したのが疲れたのでしょう。それでも、元気を出して雨の中を車で蕎麦屋に向かうのです。天麩羅の具材入れも空になっていたし、南瓜も蓮根もなくなっていた。まずはカウンターの上に干した盆や蕎麦皿を片付けて、レンコンの皮を剥いて輪切りにしたら酢水で茹でる。南瓜も種を取って切り分けレンジに掛ける。椎茸やピーマン、ナスを切り分けて、最後にお新香を糠床から出す。

 小一時間の仕事でした。家に戻って女将の作った朝食を食べて、書斎に入ってひと眠り30分。まだ身体は疲れていると感じる。朝から冷たい雨が降っているから、今日はお客も来ないのではないだろうかと、二度打つはずだった蕎麦も一度で好いと思えた。9時前には傘を差して家を出て、蕎麦屋に向かうのでした。チェーンポールを降ろし、看板と幟を出すのです。蕎麦打ち室に入れば、空の生舟が打ち台の上に置いたままだったから、850gの蕎麦粉を計量する。この天気では、9人分も打てば十分なのです。加水率は43%。

 雨のせいか43%の加水でもまだ少し生地が緩いと感じる。切りべら26本で135gで揃えたいのだけれど、どうしても140gになることの方が多い。それでも9束と70gほど取れたから、やはり打ち粉の重量分だけ重くなっているのでしょう。亭主が厨房に戻る頃には女将は「また来ます」と言って早い昼食を食べに家に戻る。今日も苺大福を包もうと、香蘭社のバラの絵の描かれた小皿を五つ並べる。季節が明るくなったからと皿を替えたのに、今日は暗い雨の日だから嫌になる。新しく作った白餡は少し焦がして茶色くなっていた。

 野菜サラダの具材を刻んで盛り付けが終わる頃に、女将が戻って来てくれた。その前に亭主はお湯をポットに入れたり、天麩羅鍋に油を注いだり、天つゆの鍋を火にかけたりと仕事をし続けていたのです。サラダの皿が並んでやっと椅子に座れる。朝から3時間以上も立ち仕事を続けているから、腰も痛くなるのです。それでも、動いていたからか、朝のだるさはなくなっていました。車はかなりの数で通るのですが、暖簾を出しても蕎麦屋に来るお客はない。当然と言えば当然のこと。少しはゆっくりと休めと言うことなのか。

 やっとお客が来たのはもう1時過ぎで、80歳になると言う母親を連れた娘さんが、労るように寄り添ってご来店なのでした。天せいろ二つのご注文。小鉢の代わりに野菜サラダをお出しして、食べていてもらう。話を聞けば、娘さんの方は何回か蕎麦屋に来ているのだそうな。近くのマンションに住んでいるのだけれど、母親は歩くのが不自由だから、なかなか一人では来られないのだと言う。ゆっくりと食べていかれたから、今日はこれで終わりなのでした。片付け物も早く済んで、雨の中を二人で家に帰る。



4月16日 日曜日 今日は目まぐるしい天気で … 


 昨日は蕎麦屋も暇だったのに、ゆっくりと目覚めた朝でした。夜まで雨だったから女将も買い物に行けず、亭主の仕入れに付き合って隣町のスーパーまで行っただけなのに、よく眠れたと言う。朝靄が出て駅前の高層マンションが曇って見えた。蕎麦も沢山残っていたけれど、今日は午前中に蕎麦粉が届く日だからと、朝食を終えて早めに蕎麦屋に出掛けたのです。白い花が満開のみずき通りを渡れば、蕎麦屋まであとわずか。日曜日だから車の陰もないのです。

 蕎麦屋に着いたら、まずは看板を出して幟を立て、チェーンポールを降ろして活動の開始。カウンターに干してある二人分の盆や蕎麦皿を片付けたら、早速、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。その前に、早いことにもう宅配便が届いて、蕎麦粉を受け取るのでした。8時45分。この地区を回る運転手が地区の入り口にある蕎麦屋を通るときに、亭主が来ていれば受け取ることが出来るのです。加水率は43%で、今日はちょうど好い柔らかさで上手く打てた。

 女将が来る前に蕎麦粉を捏ね終えて、薬味の細葱を刻んで大根をすり下ろす。再び蕎麦打ち室に入って、伸しを始める頃に女将がやって来る。「折りたたみ傘は持って来たのだけれど」と言うから、外を見れば確かに黒い雲も出ているのでした。不安定な陽気だけれど気温は高いから、それなりにお客は来るのではないかと考えた。野菜サラダも新キャベツになったら柔らかくて美味しそう。人参も綺麗に千切りが出来て、今日は正解なのでした。

 玄関前の馬酔木が新芽を出しているのにやっと気が付いた。時間に余裕があるからいろいろと気が付くのです。ミニ菜園に行って、コゴミとタラの芽も摘んでくる。使い切れないからどんどん溜まってしまうのも困ったものなのです。天せいろやぶっかけ蕎麦などに付けて出せばいいのですが、天麩羅が多くなりすぎるので出せないから、どうしても躊躇してしまう。仕入れる具材を減らすしか方法はなさそうです。こういう日に限って天麩羅物は少ない。

 開店して間もなく、そろそろいらっしゃる頃だと思っていた、カレーうどんのご主人を連れてご夫婦がご来店。奥様は今日はとろろ蕎麦。串焼きを四本頼まれたから最初に焼いてお出しした。週末は串焼きをあらかじめ解凍してあるから早いのです。青空が広がって陽も差してきた。続けてはお客が来ないものだから、何故かのんびりゆったりとして、亭主は奥の部屋でひと休みすることが出来た。平日よりも混まなかったこともあるかも知れない。

 1時をだいぶ過ぎて最後のお客が帰ったら、気になっていたコゴミとタラの芽を天麩羅にして、賄い蕎麦を食べる。タラの芽のほろ苦さが春らしい。ぶっかけ蕎麦にはこの二つを入れて出せば好い。でも、ぶっかけ蕎麦も、出る時と出ないときの差が激しいのです。天せいろのようにはコンスタントに出ない。2時過ぎには片付けを終えて、夫婦で家に戻る。女将はすぐに美容院に出掛けた。彼女が帰ってきたかと思えば、雷の音と共に強い雨が降ってきた。




4月17日 月曜日 陽も差して暖かかったけれど …

 今日も5時起き。夕べは10時にはもう床に就いたのです。それなのになかなか起き上がれなくて、5時半になってやっと居間の部屋に移動。「春眠暁を覚えず…」なのか。熱いコーヒーを入れて飲んだら、少しは目が覚めてきました。明日は定休日だと言うこともあって、少し気が緩んでいるのかも知れません。朝飯前のひと仕事に何をするかを考えながら、玄関を出れば外は思ったよりも暗く、今にも雨が降りそうな空模様なのでした。

 蕎麦屋の厨房に入って、カウンターに干したままの盆や蕎麦皿を戸棚にしまい、冷蔵庫から蕎麦汁を入れる徳利を取り出して、予備の一番出汁で蕎麦汁を仕込む。鍋ごと水で冷やしている間に、小鉢の切り干し大根の煮物を盛り付けて、昨日出したお新香と合わせて9鉢用意する。気温も低そうだから、今日はそんなにお客は来ないと考えたのです。洗濯物を畳んで、洗濯機の中に入れたままの洗い物を干して家に戻るのでした。煙草を買いにコンビニまで行く。

 朝早くとは違って青空が見えて来たから、昨日よりは好い天気になるのかも知れない。家に帰れば女将が台所で朝食の用意をしてくれていた。早朝に飲んだコーヒーの残りを啜りながら一服していると、「ご飯が出来ましたよ」と言う声が聞こえる。朝食を終えて、亭主は書斎に入ってひと眠り、今朝は1時間。やはり「不覚暁」なのか。目覚めて洗面と着替えを済ませたら、「行って来ま~す」と家を出る亭主。晴れて好い天気なのでした。

 蕎麦屋に着けば、例の小雀がまた一羽で電線に止まっている。やはりどこか身体の具合が悪いのだろうか。仲間たちはとっくにあたらこちらに飛び立っているのです。この時期、嘴と脚の黄色い椋鳥の子ども達も電線に止まっていることが多い。この雀だけが一羽で止まっているから、何故か気になるのです。看板を出して幟を立てたらチェーンポールを降ろして、今日の仕事の始まりです。蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つ。加水率43%で絶妙の仕上がり。

 昨日の蕎麦の残りと合わせて11食の蕎麦を用意して、厨房に戻って苺大福を包み、野菜サラダの具材を刻む。開店の準備が整って、テーブルを拭いて回っている間に、珍しく早い時間に隣町の常連さんが車を駐車場に止めるのでした。開店の10分前だったけれど、放っておくわけにも行かずに、暖簾を出して中に入ってもらう。「今日は随分と早いですね」「車を洗いに行こうと思ってね」と何時ものご注文だったから、キノコ汁を沸かして、辛味大根を擦るのです。

 野菜サラダはカウンターからご自分で取って食べるから、ドレッシングと箸とお茶を後から出す。しばらく選挙の話をしていたら、次のお客がいらっして、この地区の史跡を巡っているのだと言う。今日で三回目のご来店なのだとか。話をしているうちに亭主も思い出して、「また来ます」と帰って行かれた。今日はウンターに座るお客ばかりで、最後は若い男性が隅に座って天せいろのご注文。早めに終わって、片付けを済ませて家に戻る。勿論、夜はプール。



4月18日 火曜日 久し振りに朝寝をした定休日 …


 蕾だった玄関脇のツツジが花を開いていた。朝はまだ薄手のジャンパーが必要な涼しさなのでした。隣のお花畑もポピーが花びらを閉じていました。亭主の定休日に合わせて、花も眠るのだろうか。

 蕎麦屋に寄って今朝の仕入れの確認をしたら、お袋様に電話をして迎えに行く。夕べはプリンターのインクがなくなっていたので、買い物リストを印刷できなかったのです。

 青空が覗いて陽が差してきたら、急に暖かくなって上着を脱ぐ。お袋様のマンションの周りも躑躅が満開なのでした。通りの並木も木々の新芽が赤く燃えていた。今日の仕入れは最小限度。

 午後の出汁取りの準備をして、今年最後の筍の煮物を作る。どうしても客に出し切れない山菜を天麩羅にして、家に持って帰って昼は天麩羅蕎麦にした。コゴミもタラの芽も天麩羅が一番美味しい。

 月曜日のお客が少なかったので、打った蕎麦が残ったのです。午後はプリンターのインクを買いに出掛けて、蕎麦屋で出汁を取り、夕方に家に戻って夕食を食べる。串焼きと鰯の蒲焼き。

 40℃の風呂に20分入るのが好いと言われて、やってみたら、風呂から上がってもう眠くなった。酒の量はワイングラスに二杯だけ。7時間眠って朝の4時に目覚め、この記事を書いているのです。



4月19日 水曜日 日中は暑いくらいで …

 今朝も随分と早くから目が覚めて、5時過ぎには蕎麦屋に出掛けて、朝飯前のひと仕事をする亭主。昨日洗った鍋類を片付けて、蕎麦汁を徳利に詰める。昨日煮込んだ筍を小鉢に盛り付けて冷蔵庫に入れる。二番出汁に返しを加えて天つゆと温かい汁を作っておく。最後に洗濯機の中に入ったままの洗い物を干して、家に戻るのでした。まだ6時半なので女将は起き出して来ないから、食事の時間までと書斎に入ってひと眠りするのです。

 「ご飯が出来ましたよ」と女将が起こしに来てくれて、やっと朝食にありつく。食後のお茶をもらって、テレビで懐かしいスーパーマンの映画をやっていたから、最後まで観てしまうのでした。9時をとうに過ぎ、急いで洗面と着替えを済ませて蕎麦屋に出掛ける。今日は午後から整形外科に行って、なくなった尿酸値を下げる薬をもらわなくてはならない。夜は地域の防犯パトロールがあるので、体調を整えておかなければ。厨房に入れば仕事が待っていた。

 1600ccの鍋でキノコ汁を作って、小さな鍋とタッパに分けて冷蔵庫に入れておきます。明日の天麩羅にする分だけ、南瓜の種を取って切り分けたら、レンジに掛けて残りはラップをして野菜籠に入れておく。玉葱をスライスしてかき揚げの材料を容器に入れてストックし、三ツ葉はキノコ蕎麦にも使うので別の容器に入れておく。今週、これで最後にしようと、採っておいたタラの芽とコゴミを洗って、タッパにそれぞれ入れて天麩羅の具材の用意です。

 外は晴れて暑くなってきました。半袖でも十分なくらいの暑さだったけれど、今朝の続きでまだ長袖を着ていた。女将のスポーツクラブがあるので、11時には家に戻って昼の支度をする。昨日、揚げて帰ったコゴミとタラの芽と筍、海老の天麩羅の残りを砂糖を加えた天つゆで煮て、昼は別皿で出して天丼に食べたのです。女将がタラの芽は苦味があると言うから、亭主がその分沢山食べる。満腹になって眠っている間に、女将はスポーツクラブに出掛けて行った。

 整形外科に出掛ければ、午後の診察前で一番に並んで薬の処方箋をもらう。それをすぐ近くの薬局に持って行って薬をもらうのですが、空いていたからこれもすぐに済む。家に戻ってコーヒーを入れてひと休み。夜のパトロールの前に夕食を食べ、蕎麦屋に戻って糠床に野菜を漬けなければならないのでした。やっと薄暗くなって、亭主は制服を着て集合場所に向かうのです。80歳を越えた老人の後について、5㎞近い距離を歩く。汗だくになってしまいました。

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2023年4月上旬


4月7日 金曜日 曇り空でしたが暖かいので …

 朝の5時半、もう日の出の時間なのです。空は雲に覆われて、僅かに朝日が垣間見える。今日は一人の営業だからと、意気込んで蕎麦屋に出掛けてなくなっていた返しを作る。南蛮屋のモカマタリは店で珈琲を出さなくなって、なかなか買えないのだけれど、挽いてあるモカブレンドでも十分に美味しい。早朝の寛ぎのひとときなのです。筍の煮物を小鉢に7鉢盛り付けて、包丁を使う白菜のお新香の切り分けは、朝食後に来たときに擦ることにしました。

 煙草を買いに1km先のコンビニに出掛けたけれど、空はもくもくと厚い雲に覆われて、いつ雨が降ってもおかしくないような状態なのです。さすがに早朝だからか通る車もなく、人の乗っていないモノレールの車両が脇を走っていくのでした。7時前には家に着いて朝食の支度が済むのを待つ。亭主の好きなナス焼きと、鯖の塩焼きがおかずで、「いただきま~す」と言って食べ始めれば、5分で食べ終えるから、後から席に着く女将には悪いと思っている。

 今日は一人の営業だからと気合いを入れて、食後のひと眠りもせずに玄関を出る。庭の釣鐘水仙もやっと咲き始めて、十二単がそれよりも沢山あちこちで花を付けているのでした。蕎麦屋までの道すがら、八重桜の綺麗なお宅が、これからは綺麗だろうと思うほど蕾がついているのです。菜の花の見えるバス通りに出れば、森の木々は新緑が素敵で、曇った空にも映えて生き生きとした姿が素晴らしいのです。風は暖かい5月の風で、ツバメが飛び交っている。

 朝の仕事を終えたら、すぐに蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つ亭主。加水は44%弱で生地を捏ね始めたけれど、なぜだか今朝も少し柔らかいような気がするのでした。季節の変わり目の加水は、本当に難しいのです。打ち粉を振って騙し騙し伸していくけれど、包丁切りとなるとエッジが立つような綺麗な仕上がりにはならないのです。切りむらのある蕎麦で、今日は営業を始めなければならないのが、何としても悔しいのでした。

 厨房に戻って金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻んで、天麩羅鍋に油を注ぎ、天つゆを温めたら、いつもよりは早い時間に開店の準備が整うのです。暖簾を出して5分程したら、ご夫婦が車でいらっして、「暖かい天麩羅蕎麦と冷たい天せいろを試して見ましょう」とご注文だったから、おそらく初めてのお客なのです。続けて中学校の入学式の帰りらしい3人連れのご家族がいらっして、天せいろ三つのご注文。ここまでは何とか対応できたのですが … 。

 続けてお客が来ると、もう大変になるのが一人での営業の辛さ。幸いにも、次のお客は一人でカウンターに座って、天せいろのご注文なのでした。前のお客の会計を済ませて、天麩羅を揚げて二番目のお客の蕎麦湯を出す。この間にも、テーブルに残った盆や皿を片付けて、次のお客が座れるようにセッティングしておくのです。最後のお客が女性お二人だったから、ゆっくりと食べて下さって、その間に洗い物を済ませるのでした。

 洗い物と片付けを済ませて、3時過ぎに蕎麦屋を出れば、道の途中で女将に出会う。亭主の帰りが遅いから、心配して来てくれたのです。荷物を彼女に預けて、亭主は車でコンビニまで行って、今日までの売り上げ金を預金するのでした。ついでに、遅い昼食を済ませようとサンドイッチと牛乳を買って、駐車場で食べてしまう。昨日のうちにプールに行って好かった。データをパソコンに入れて、ひと眠りしたら、もう夕刻の6時前なのでした。



4月8日 土曜日 新緑の季節になってきました …

 今朝も6時前には蕎麦屋に出掛けて、昨日の洗い物の片付けをしたら、小鉢を盛り付け、空いた蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めて帰ったのです。昨日よりは少し肌寒い朝でしたが、陽が差して青空が見えるので、もう初夏の気分なのです。向こうの丘の上の公園の樹木も、すっかり青く若葉に覆われて、柿の木の青い葉も初々しかった。この間から気になっていた八重桜が、今日は随分と花が開いていたので、写真に撮らせてもらいました。

 みずき通りのハナミズキの並木にも白い花が咲き始めて、今朝の青空に映えるのでした。目立つ花ではないけれど、しっかりと季節を感じさせてくれる。また一年が過ぎたのです。コロナ禍の時期と違って、マスクを外している人にも随分と出会うから、人々の日常が戻りつつあるのかも知れない。坂を上って左に折れれば、蕎麦屋の前のバス通り。店の向かいのひまわり畑がすぐに見えてくる。黄色い花が何とも明るい気分にさせてくれるのでした。

 蕎麦屋の駐車場の隣には、菜の花畑の間にいろいろな花が咲き始めて、目を楽しませてくれる。飛べない雀も何処かに行っているらしく、その代わりにツバメのつがいが飛び交っているのです。巣作りを始める時期なのでしょう。看板を出し、幟を立ててチェーンポールを降ろしたら、早速、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。このところの失敗を鑑みて、加水率は44%弱で生地を捏ね始めたのです。湿度は50%なのに、それでもまだ柔らかいから頭を抱える。

 昨日残った蕎麦が4束あったから、今日は850g9人分の蕎麦を打つことにしたのです。800gでも800g×1.44=1152gだから、打ち粉の重さも加えれば、なんとか9人分は取れるけれど、あまりギリギリで打つのもどうかと思って、余裕を持って今朝の蕎麦切りに望むのでした。思ったほどは蕎麦がくっつかなくて、135gの束を9つと残り50gほどの端切れをだして打ち終える。厨房に戻って金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻んで、開店の準備を整えるのです。

 暖簾を出せばすぐに一人のお客がカウンターの端に座って、せいろの大盛りをご注文。蕎麦湯まで綺麗に飲み干してお帰りになる。駐車場に車が入って「赤ちゃんがいるのですが、大丈夫ですか?」とご主人が聞きに来る。「赤ちゃん用の椅子はないけど好いですよ」と応えれば、頑丈そうなバギーに乗せて奥様とご来店。四人用のテーブルの椅子を一つ外し、バギーが入るようにしてやる。「やっと蕎麦が食べられる」とせいろ蕎麦の大盛りと天せいろのご注文。

 最初のお客が帰った後は、しばらくお客がなかった。店の中は、窓を少し開けていても22℃はあるのですが、外は風が出て、北風なものだから昨日よりは気温が低いのでした。ひと休みしていたら、また駐車場に車が入ってくる。せいろ蕎麦の大盛りと天せいろのご注文で、持ち帰りに筍と山菜の天麩羅を二人前頼まれる。ビールのあてのつもりでほんの少しなのに、持ち帰ると言われて容器を用意するのでした。ゆっくりとなさって1時過ぎには誰もいなくなる。


4月9日 日曜日 雲一つない青空だったけれど …

 午前6時前の向かいの森から朝日が昇ってくる。今日は雲一つない青空が広がって、気持ちの好い朝なのでした。ひんやりと空気は冷たいけれど、陽射しがあるだけで気分が晴れるから、朝飯前のひと仕事も一気にはかどるのです。ポットでお湯を沸かしながら珈琲を入れる準備をしている間に、カウンターの上に干してあった蕎麦皿や盆を片付ける。お椀や丼は後ろの戸棚に入れ、敷いてあったタオルをしまう。珈琲と一緒にほうじ茶を三杯分入れておきます。

 昨日、前のスタッフが持って来てくれた採り立ての筍を切って、二番出汁で煮込む。沸騰したら出汁醤油で味つけしたらお終い。ちょうど朝日が窓から差し込んで、明るすぎる朝の景色が広がるのでした。7時前には家に戻って、女将の用意してくれた朝飯を食べてから、亭主は書斎に入ってひと眠りするのです。30分ほど眠ったら頭もすっきりして、髭を剃って着替えを済ませ、再び蕎麦屋に出掛けていく。風は冷たいけれど、今日は暖かくなるのだろうか。

 エアコンの暖房を入れてやっと16℃だから、いつもの朝よりは寒いのです。朝の仕事を終えたら、早速、蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つ。加水率は43%にして、力を入れて捏ね始めれば、久し振りにいい感触の生地が仕上がる。実は夕べ一年前のブログを検証してみたら、やはり43%の加水で打っていた。今年は気温が高かったからか、つい季節の推移を見逃してしまったらしい。昨日の残った蕎麦と合わせて14食の蕎麦を用意しておく。

 女将がやって来て「小鉢が足りないのじゃない?」と言うから、今朝煮たばかりの筍を盛り付け、白菜のお新香も最後の一株を取り出して、小鉢に盛り付けておきました。木の芽を入れて煮込んだ柔らかい筍の上に、出汁取りの時に使う削り節を載せただけのものだけれど、煮た出汁が利いているので美味しい。汁まで飲むお客もいるくらいなのです。白菜のお新香は最後の頃になって、昆布の旨味が全体に広がってやっと美味しくなったという感じです。

 野菜サラダの具材を刻みながら、大根をおろしたり、天麩羅の具材を切り分けたりと、今朝も案外擦ることは沢山あるのでした。開店の時刻の10分前には支度が整って、暖簾を出すのです。5分ほどすると、女性の親子らしいお二人が見えて、何を頼もうかとメニュー表と睨めっこをしている間に、別のお客がいらっしてすぐに注文を決めたから、先にオーダーをなさったお客から、作り始めるのです。風は冷たくてもさすがに日曜日なのでした。

 最近、好くいらっしゃる薪屋のご夫婦が今日もヘルシーランチセットをご注文でした。明るい社交的な奥様に「先日は薪ストーブを使っている」と言うお客がいらっして、パンフレットをお持ちになったと言えば、今日は車の荷台に積んだ太い木を、これから薪にするのだと説明してくれた。駐車場もテーブル席も二回転で、思った以上にお客がいらっしたのには驚いた。やはり、気温が低いからと言って、日曜日を馬鹿にしてはいけないのです。

 最後のお客は、お父さんが三歳の女の子を連れていらっして、天せいろとせいろのうどんを頼まれた。チューリップ祭りに出掛けてきたそうな。褒めることもせずに食べさせようとするから、フォークを出したけれど、女の子はなかなか食が進まない。サービスで出したバウンドケーキは食べて、カルピスも飲んだらしい。閉店の時間はとうに過ぎていたけれど、暖簾をしまって洗い物をしながら、様子を見守る亭主と女将。3時前には家に戻るのでした。


4月10日 月曜日 昨日よりも暖かな一日だったから …


 朝飯前のひと仕事から帰って朝食を食べたら、モーガン・フリードマンとダイアン・キートンの『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』という映画をテレビで観て、ほのぼのとした気持ちで蕎麦屋に出掛けたのです。歳を取った名優が演ずる人生素晴らしかった。道々八重桜が綺麗に咲いていたので写真に撮らせてもらう。青空が背景でとても綺麗なのでした。みずき通りのハナミズキも随分と花が開いて、春と初夏とが一緒に来たような感じなのでした。

 蕎麦屋に着いて朝の仕事を終えたら、早速、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。加水率は43%だったけれど、生地は上手く出来上がったのに、伸し方が悪かったのか、包丁の打ち方が拙かったのか、切りむらがあって満足のいく結果ではなかった。包丁をしばらく研いでいないから、切れ味が悪いのだろうか。9年経ってもまだいつも同じように蕎麦が打てない自分がもどかしくてならない。毎年、季節の変わり目にこういうことが起きるのです。

 今日は一人の営業だから、時間が押していたので、金柑大福を作るのを止めて、昨日、お客さんからいただいたわらび餅をデザートに出すことにした。自家製でないデザートは初めてか。一口食べてみたけれど、きな粉の甘さが亭主にはちょっとたまらないのです。野菜サラダの具材を刻み、天麩羅の具材を切り分けて、開店の準備をするのでした。暖房を入れなくても外は暖かで、窓を開けていても22℃はあるから、今日もお客が来ると思うのでした。

 果たして、暖簾を出せば、すぐに散歩の途中なのか歩いていらっしたご夫婦がご来店。天せいろを二つ頼まれて、お茶を出した亭主はすぐに盆と皿をセットして天麩羅を揚げるのです。その間にも、お一人でいらっした男性がカウンターに座って天せいろの大盛りを頼まれる。「前のお客にお出ししてからになります」と言ってお茶を出し、ここまでは順調にこなすのだけれど、この後のお客が続くと調理をしながらの対応となるので、忙しなくなるのです。

 小さな車が入って二人かと思ったら、三人の来客で前のお客の盆や皿をカウンターに載せて、慌ててテーブルを拭くのでした。リピーターの方なのか、三人三様で天せいろととろろ蕎麦とぶっかけ蕎麦のご注文で、杖をついたお婆さんに最初に出せるように、とろろを擦ってから天麩羅を揚げる。そんな忙しい時間に電話が鳴るから出れば、昨日、携帯電話を忘れたのですけれどとおっしゃる。取ってありますからと応えれば、忙しい時間に持ち主は現れた。

 駐車場の真ん中に車を停めて取りに来たものだから、後のお客が入れないで待っていた。家に帰ってから女将に話したら、 ぶっかけ蕎麦をうどんにして欲しいと言ったお客だからと、よく覚えているのでした。最後のお客は隣町の常連さんで、携帯を取りに来たお客が駐車場を出るまで、通りでしばらく待っていたのです。1時半近かったので、亭主はここが潮時とお蕎麦売り切れの看板を出して、最後の蕎麦を茹でる。ゆっくりと賄い蕎麦を食べる時間が取れた。


4月11日 火曜日 陽射しは暖かいけれど風が強くて …


 夕べは夕食を食べてひと休みしたら、夜のプーへ出掛けました。月曜日に泳げると一週間のリズムが上手く作れるのです。月・水・金と泳ぐのが理想なのですが、疲れてしまうとなかなか続かない。家に戻ればもう風呂の時間だから、風呂へ入って夜の酒を飲み、ニュースを見終えたら書斎に入って、このブログを書くのです。夜に運動をするといつもよりもぐっすりと眠れるような気がする。朝はいつもの時間に目覚め、蕎麦屋に出掛けてひと仕事なのです。

 厨房に干したままの盆や蕎麦皿を片付けたら、今朝は西側の小径の草取りをしました。昨日はお隣の畑でご主人が芝刈り機で綺麗に草を刈ったから、蕎麦屋側のアスファルトと敷石の間に生えた雑草が目立つのです。釜と袋と箒とちりとりを持って、悪戦苦闘すること40分。屈んで草を取るだけなのですがこれが辛い姿勢なのです。わずか20m足らずの距離を綺麗にしただけでもう腰が痛い。でも、お蔭で小径もすっきりとして気分が好いのでした。

 隣のお花畑のポピーが綺麗に咲き始めたので、近づいて写真に撮らせてもらった。菜の花が終わりになると、この花が咲くようにちゃんと時期を見据えて種を蒔いているのでしょう。お袋様に電話をしてそろそろ仕入れに出掛けようかと伝える。農産物直売所は9時から営業だから、少し前に彼女を迎えに行くのです。中学校を過ぎた辺りから、久留米躑躅が花を咲かせていました。他のツツジよりも少し時期が早いので、桜の終わった後、一足先に観られる花。

 隣町のスーパーにも出掛けて、残りの食材をすべて仕入れたつもりでいたのに、野菜類を冷蔵庫に収納したら、出汁取りを始めようと思ったら、削り節を買うのを忘れている。定休日なのに朝から草取りなどをしたものだから、今日は少し疲れたのかも知れない。家に戻って今日は女将の用意してくれた肉とチーズを入れた蒸し野菜で昼食を終え、書斎に入ってひと眠りする亭主なのでした。女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、早速、買い物に出掛ける。

 半日遅れで出汁を取り、蕎麦汁を作って、筍とタラの芽、コゴミの天麩羅を揚げて、夕飯のおかずを作って帰るのでした。どこで仕入れて来たのか、女将がコゴミとタラの芽の天麩羅が身体に好いと言うので、今まであまり乗り気ではなかったのに、天麩羅にして食べようと言うことになったのです。蕎麦屋のミニ菜園には、コゴミとタラの木を植えているので、毎年、この時期には天麩羅にしてお客に出している。筍を入れて200円で出しているけれど人気です。

 

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2023年4月初め



4月1日 土曜日 今日はよく晴れて暖かかった …

 今朝は少しヒンヤリとして日の出前から紫色の靄が出ていた。朝飯前のひと仕事に蕎麦屋に出掛ければ、もう桜は終わりらしく、あちらこちらに花吹雪が舞っていたのです。今週は平日に連日10人以上のお客があったから、朝飯前のひと仕事も5時半に家を出て7時まで厨房で頑張る。蕎麦汁の徳利は空だし、小鉢は出尽くしているし、やることは沢山あるのです。鴨せいろも随分と出たから、夕べプールの帰りに買ってきた小松菜を茹でて用意しておく。

 やっと家に戻って朝食を食べたら、もう眠くなって30分ほど書斎で横になる。朝ドラの終わる時間には洗面と着替えを済ませて、玄関を出れば、庭の片隅に釣鐘水仙の蕾が出ているのでした。女将が「今年もまたお婆ちゃんからもらった花が芽を出しているのよ」と言っていたのはこのことだった。もう何十年になるのか、毎年、庭のあちこちで咲いてくれるのが嬉しい。「主なしとて春を忘るな」と102歳まで生きた祖母の花を愛する気持ちが伝わってくるようだ。

 蕎麦屋に着いて朝の仕事を終えたら、昨日の午後に打った蕎麦が少し残っていたけれど、今朝は750g 8.5人分と500g 5.5人分を打って、16食の蕎麦を用意するのでした。加水率は44%。捏ねて丸めた蕎麦玉を寝かせている間にも、天麩羅の具材を切り分け、レンコンを茹でて、南瓜をレンジでチーンする。蕎麦切りは順調で、切りべら26本で135g。大根や生姜をおろしたり、やることが多すぎて休む暇がない。女将もいつもより早く来てくれて忙しく働く。

 女将が早お昼を食べに家に帰っている間に、亭主は厨房に戻って金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻むのです。天麩羅鍋に新しい油を注ぎ、天つゆの鍋を火にかけて、大釜の湯が沸いたので、四つのポットにお湯を満たす。やっと開店の準備が整ったのはもう5分前なのでした。暖簾を出せば、昼前にはもう二組のお客がご来店で、皆さん天せいろやぶっかけ蕎麦で天麩羅ばかりが随分と出る。午後も天せいろばかりが出て、他のメニューは注文がなかった。

 ミニ菜園で採れたばかりのタラの芽をサービスで天麩羅にして、お出しすれば、季節を知る人は喜んでくれる。洗い物をする暇がある間隔でお客が来たから、今日は随分と助かったのです。後片付けを終えて2時半には女将と家に戻るのでした。「出汁を取らなくて好いの?」と女将に言われて、鍋に昆布と干し椎茸を浸けて帰ったのが正解で、夕食後に出汁取りと蕎麦汁の仕込みにまた蕎麦屋で1時間半の仕事をする。忙しかったはずの昔はもっと体力があったのか。




4月2日 日曜日 9年目の開店記念日は …

 5時半になったら家を出て蕎麦屋に向かう亭主。今週はずっとこの習慣が続いています。朝飯前のひと仕事もやることが多すぎて、カウンターに干しておいた昨日の洗い物を片付けてから、珈琲を入れて飲みながら、今日の天麩羅の具材を切り分ける。足らなかった南瓜やピーマン、ナスは昨日の夜のうちに仕入れに出掛けた。連日10人を越えるお客が来るので、何もかにもが足らなくなってくる。今日は日曜日だから尚更のこと、お客が多いかも知れない。

 ピーラーで蓮根の皮を剥いたら切り分け、酢水で茹でる。その間に昨日のうちに作っておいた蕎麦汁を、空になった徳利に補充しておくのです。15個あった徳利も二つ割ってしまい、残りの一つは家で補修中。一つ4000円の代物だから、なかなか買い足せないでいるのです。大盛り用の徳利は沢山あるけれど、どういうわけか昨日は大盛りが出なかった。冷蔵庫に収納したら、レンコンを水で洗ってタッパに入れる。10個もあれば足りるだろうと考えたのです。

 家に戻って朝食を済ませ、亭主は書斎に入って30分だけ眠ることにしている。頭の中も身体もリセットしないと、次に続けて仕事が出来ないのです。「行って来ま~す」と玄関を出れば、昨日の釣鐘水仙の隣に十二単がもうは花を咲かせていた。春の足音は早く、もう初夏の花が咲き始めているのです。蕎麦屋に着いて看板と暖簾を出したら、駐車場のチェーンポールを降ろして歩く。今日は750gだけ打って15食の蕎麦を用意する予定でいる。

 捏ねた蕎麦粉を蕎麦玉にして、寝かせている間に、今日が誕生日の友だちにメールで「古稀の誕生日おめでとう」と送っておいた。もう60年来の付き合いなのです。蕎麦玉を伸して包丁切りをしようと思ったら、今日はどういうわけか生地が柔らかい。女将がやって来て「今日は湿度があるのじゃない?」と言うから、湿度計を見ればなんと60%。切りそろわずに生舟に入れて、こんな日もあるのかと後悔するのでした。庭に出てコゴミとタラの芽を採ってくる。

 これが案外と役に立って、お客が立て込んだ昼の終わりに、天麩羅の具材のレンコンがなくなったから、急遽、山菜の天麩羅を添えて出すのでした。開店の1時間以上も前に、家族のために自転車でやって来た親父様がいたから、店の中に入ってもらい、お湯を沸かしてお茶だけ出して、亭主は野菜サラダの具材を刻む。お客は昼前から次々といらっしゃるのでした。コロナ禍以後では初めての多い人数なのでした。15食の蕎麦が綺麗になくなったのです。

 食器を洗う暇もなく、女将と二人で洗い物にかかるのでしたが、売りきれの看板を出してもまだお客が入って来たので、天麩羅の具材はレンコンがないと断って、山菜の天麩羅を付けて天せいろを出したのです。それでも何とか3時には後片づけが終わって、家に戻るのでしたが、珍しく女将が「疲れたわ」と言うのでした。亭主は長過ぎる昼食にピザトーストを焼いてもらって、小岩井の牛乳と一緒に食べたらまたひと眠りなのです。女将は散歩に出掛けたらしい。

 開店9周年のお祝いにと、夕食には寿司を買ってきて、食べ終えたら亭主は疲れ果ててまたひと眠り。風呂の時間に目覚めて、風呂に入ったら、また蕎麦屋に出掛けて明日の準備をするのでした。さすがに片付け物も多すぎて、蕎麦汁を補充してもう終わり。明日の朝は、天麩羅の具材切りから始めなければならない。小鉢が全くないから、ワカサギの南蛮漬けでも作ろうか。疲れ果てるけれど、何故か楽しいのが蕎麦屋の営業なのです。




4月3日 月曜日 今日は昼過ぎでもうお蕎麦売り切れ …

 今朝はあまりに疲れて起きられなかった。朝食を終えて朝ドラの始まる前に家を出て、蕎麦屋に着いたらすぐに蕎麦を打ち始めるのでした。800g9人分の蕎麦を44%の加水率で捏ね、蕎麦玉を寝かせている間に、小鉢に盛り付けるワカサギの南蛮漬けを作っておく。南瓜の従姉妹煮は、あと二鉢分しか盛り付けられなかったのです。お客が来なかった場合に備えて、南蛮漬けも二鉢だけ盛り付けて、残りはタッパに入れて冷蔵庫で保存する。

 蕎麦を打ち終えて9束の蕎麦と、残りを最後まで丁寧に切って、昨日残った半分の束と合わせて、10束の蕎麦を用意した。厨房に戻って、天麩羅の具材を切り分けて、レンコンも7枚だけ茹でて用意しておく。時間が押しているから、今日の金柑大福は二皿だけ、野菜サラダも二皿だけの準備で終わらせる。この決断には勇気が要ったけれど、月曜日には客が多くてもあまり出ることはないのです。開店の時間に間に合わせて、湯も沸いたし、テーブルも拭いた。

 暖簾を出せば、すぐに近くの常連さんがいらっして、ビールとカレー蕎麦を頼まれる。ビールと突き出しの枝豆を運んだところで、次のお客が入ってカウンターに座る。お茶を出して注文を聞いている間に、また3人連れの背広姿のお客が入った。ここまでは順調に注文伝票を書いて、調理に入ったのですが、続けて、お子さんを連れたお母さんがテーブルに座ったけれど、「今、お茶をお持ちしますから…」と言って最初のカレー蕎麦を運ぶのでした。

 混んできても、順番にしか作れないので、慌てないことが大切だとは判っていても気が急くのです。鴨せいろの大盛りを二つと天せいろを頼まれたから、カウンターの男性客の天せいろと一緒に、天せいろだけを先にお出しする。鴨肉は解凍してあるし、長葱も焼いている。やっとお母さんと娘さんにお茶とお水をお出しして、注文を聞けば天せいろとせいろ蕎麦。すると玄関が開いて、カウンターのお客の連れらしき若者が二人もいらっしゃる。12時10分過ぎ。

 これで今日の蕎麦はもうなくなったから、売りきれの看板を出すのでした。天せいろ二つを出して、鴨せいろも二つ出したら、今度はせいろ蕎麦と天せいろ。後からいらっした若者は、せいろ蕎麦とキノコつけ蕎麦のご注文で、全部出し終えたのが1時少し前なのでした。駐車場は車で満杯なのに、「他に駐車場はありませんか」と玄関を開けて聞きに来るお客もいる。入れずに帰るお客もいました。嬉しいけれど、能力の限界を知って、1時半には暖簾をしまう。

 今週のお客は50人を越えたから、コロナ禍の以後初めてのことです。少しずつ、混む人数にも、対応できるようにはなってきたけれど、まだまだ以前のようにはいかない。毎月、人件費の赤字を覚悟で、人を雇っていたころが懐かしくはある。でも、今はそんなことも言っていられないのです。近くに住む前のスタッフが、また筍を持って来てくれた。お袋様の分までいただいたから、すぐに電話をすれば、洗い物を手伝ってくれるのでした。3時には家に戻れた。




4月4日 火曜日 好く晴れて暖かな一日でした …

 忙しかった一週間分の疲れが溜まったのか、夕べは10時には床に就いたのに、今朝の6時過ぎまで目が覚めなかった。仕入れに出掛ける日だけれど、朝食を終えて8時前には家を出て蕎麦屋に向かうのでした。カウンターに並べた昨日の洗い物を片付けて、残った再仕込み醤油のある分だけで、返しを仕込んでおく。次に再仕込み醤油が届くのは木曜日だから、出汁を取っても蕎麦汁は仕込めないのです。そして、白菜の塩漬けを仕込んでおきました。

 そのままお袋様に電話をして、一緒に今朝の仕入れに出掛ける。農産物直売所には、まだトマトも来ていなかったから、生椎茸やアーリーレッドと知り合いの農家のホウレン草を買って、隣の町のスーパーに行く。朝が少し涼しかったからか、駐車場は空いていて、買い物リストに載せた品物はすべて買うことが出来た。蕎麦屋に戻って買い足した白菜を漬け足して、先週の油を固めたものをゴミ袋に入れて出す。今日は週に一度のゴミの回収日なのです。

 昼飯には冷凍のうどんを茹で、先週残った野菜類を全部使って焼きうどんを作る。食べた後は書斎でひと眠りなのでした。「天気が好いから布団を干そうと思うのだけれど」と女将は言うが、「今日はゆっくりと寝かせて欲しい」と断って、1時間あまり眠るのです。女将のスポーツクラブの予約の時間までには目が覚めて、珈琲を飲んで午後の仕込みに蕎麦屋に出掛ける。うっすらと雲がかかっていたけれど、陽射しは強くなり、金木犀の新芽が伸びたのがよく判る。

 午後の一番は出汁取りの準備に、干し椎茸と昆布を鍋に入れて水を満たしておく。明日の朝にでも出汁を取ろうと思うのです。次にミニ菜園に出てベイリーフを採るついでに、コゴミとタラの芽の様子を見に行けば、もう伸びているではありませんか。ビニール袋に一杯採って厨房に戻る。カレーの具材を取り出して、ナスと鶏肉を炒めたら、野菜を刻んで煮ていくのです。その間に昨日貰った筍を切って、出し汁と出汁醤油で煮込む。

 定休日には珍しく、女将がやって来て、割り箸を袋に詰める作業を始める。「木曜日と金曜日の分ぐらいはあるわね」と、また帰って行った。最近は、お客が多いから、用意した箸がもう一本もなかったのです。細かな所に気が付いてくれて有り難い。夜は今日買って帰った鰯を焼いて、筍の若草煮と一緒に食べるのでした。焼酎のライム炭酸割りを作っての飲むけれど、おかずが合わないから、あまり美味しくなかった。身体が疲れているのだろうか。



4月5日 水曜日 曇りだと言っていたけれど …

 定休日の二日目は、少しは身体の疲れが取れたらしく、5時半には目覚めて蕎麦屋に出掛ける。風は少し冷たいけれど、薄い雲が紫色にたなびいて、清明(せいめい)の朝にふさわしい雰囲気なのでした。まだ日の出る前だから、今朝が曇りだか晴れだか判らない。それでも西の空には青空が見えるから、天気予報通りに朝のうち晴れなのだろうか。厨房に入ってひと仕事をすれば、東の森の影から朝日が昇ってくる。まだ6時前だから随分と日の出も早くなった。

 朝飯前のメインは何と言っても出汁取り、蕎麦汁の仕込み。昨日なんとか少しだけ返しを作ったから、先週の残りと合わせて4㍑あまりの蕎麦汁が取れた。空の蕎麦徳利に蕎麦汁を満たして、さらに鍋一杯分あるから、今週の前半はこれで持つ。二番出汁も5㍑の鍋で追い鰹で取って、天つゆと温かい汁の他に4㍑分はストックしたのです。鍋を洗って、洗濯物を畳んだら、家に戻って朝食を食べるのでした。食後は書斎でひと眠り30分。また蕎麦屋に出掛ける。

 レンジ周りがあまりにも汚れていたから、重曹を振りかけてお湯を撒く。しばらく置いてから金タワシで軽く擦れば、見違えるようにピカピカになるのです。後ろ側にもレンジがあるけれど、こちらは蕎麦を茹でるだけだから、油汚れではないので、洗剤で洗って汚れを落とす。綺麗になったところで午前中の仕込み。時間のかかるレンコンの皮を剥いて酢水で茹でている間に、南瓜を切り分けてレンジでチーンするのです。更に蕎麦豆腐を仕込んでひと休み。

 11時には昼の支度があるので、家に帰らなくてはと思いながら、キノコ汁の仕込みを始める。1㍑ほどの二番出汁に鶏肉とナメコを入れて火にかけ、舞茸、シメジ、エノキを入れて、塩味を付ける。これで4、5人分のキノコ汁が出来るのですが、天麩羅用の生椎茸は小さな物を抜いて、こちらの鍋に入れてしまいます。後は食べる前に蕎麦汁を加えて出来上がり。キノコも火が入ると縮むから、予備のキノコ類は冷凍してあるのです。

 女将の待つ家に戻って、野菜たっぷりのカレー炒飯を作る。キノコ汁を出汁を取って薄めてくれたから美味しい。食後は書斎に入って横になるのだけれど、眠ったのかどうかも判らないほど浅い眠りなのでした。女将は2時間も前にスポーツクラブに出掛けていく。歩いて30分、1時間近くはストレッチをして、開場を待つのだそうな。だから、昼食は早いほど好いのです。亭主も早い時間に蕎麦屋に出掛けて、午後の仕込みをするのでした。

 夜は地域の防犯パトロールがあるので、お新香や筍の小鉢の盛り付けは明日の朝にして、天麩羅の具材を切り分けるだけ。すぐに終わって玄関を出れば、雀が一羽だけ電線に止まって、ピーチクと大きな声で鳴いているのです。巣立ったばかりの小雀なのか、近づいても逃げていかない。今日は結果的に一日中、雲はあったけれど晴れていた。駐車場に停めてあった車の温度計が、27℃にもなっていたから驚きなのです。女将の帰る前に家に戻ったのです。




4月6日 木曜日 今日は目まぐるしい天気の変化で …

 曇りだという天気予報だったのに、朝から雨が降っていました。傘を差して蕎麦屋まで歩き、朝の仕事を終えたら厨房に入って、小鉢を盛り付けるのです。筍の煮物に削り節を載せて5鉢、白菜の漬け物を7鉢用意して、今日の蕎麦を打ち始める。750gではちょっと心許なかったので、600gを二回打つことにしました。ちょうど6人分ずつ二回で12人分と、端切れが120gほどになり、上手い具合に足りれば好いのだけれど。蕎麦打ちが終わるまで雨は降っていた。

 きっちり水回しをしたつもりなのに、最初の蕎麦玉は44%の加水でも包丁の刃に蕎麦がくっついてしまう。二回目の蕎麦は同じ加水でも綺麗に切り整って、エッジの効いた蕎麦が仕上がるのでした。何が原因なのかと思案しながら、厨房に戻って金柑大福を包むのです。今日は金柑大福も野菜サラダもすべて売れて、気持ちが好かった。雨は何時の間にか止んで陽が差したり、雲が出て日が翳ったりと目まぐるしい天気の移り変わりなのでした。

 それでも南風だったから店の中は暖かく、昼過ぎには窓を開けていても20℃まで上がったから、暖房は入れなかったのです。暖簾を出してすぐに近くの常連さんが「今日は若い人を連れて来ました」と天せいろ二つとビールを頼まれる。続けて好くいらっしゃるお婆さんが、カウンターに座ってヘルシーランチセットのご注文。まだ12時前だったから、早く女将が来ないかと気が急くのです。続けていらっした若い女性二人が、天麩羅蕎麦と鴨南蛮蕎麦のご注文。

 やっと女将が来てくれて、亭主は天麩羅を揚げて鴨を焼くのでした。駐車場はもう満杯で、入れ替わり立ち替わり、お客が入るのです。青空が見えて陽も差してきたかと思えば、また曇り空。女性客は食べるのもゆっくりだから、次のお客が来るまでに、前のお客の盆や蕎麦皿を洗うことが出来る。最後にいらっしたのは、いつもせいろ蕎麦と野菜サラダを頼む老人でした。ゆっくりと食べて寛いだら、「ご馳走様でした」と帰って行かれた。

 2時半には家に戻って、女将の剥いたデコポンを食べる。彼女はさらにヨーグルトを食べていた。夜は常夜鍋にすると決めたところで、亭主は書斎に入ってひと眠りする。5時前に蕎麦屋に戻って、洗い物を片付け、明日の小鉢を盛り付けておきました。飛べない雀が今日も一羽電線に止まっている。夕食を食べたら時間があったので、夜のプールに出掛けることにして、ゆっくりと泳いで来るのでした。明日はどうなるのか、心配で仕方がないけれど … 。

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2023年3末



3月28日 火曜日 定休日も早くから目が覚めて …

 午前5時に目覚めて、居間の部屋で珈琲を飲む亭主。たまの休日には昔何処かの温泉宿で、確か誕生日のプレゼントでいただいた有田焼のカップに珈琲をドリップして楽しむ。テレビも点けずに今朝の朝飯前のひと仕事に何をしようかと考えながら、外が明るくなるのを待っているのです。カウンターに干した昨日の洗い物を片付けて、出汁取りの準備と、洗濯物を畳むことぐらいしか仕事はない。桜の花がまだ散っていないかと気になるのでした。

 昨日は女将が桜の花を見て歩いたのだと、夕飯の時間に話していた。近所の花見で十分なくらい、どこも満開だったけれど、青空が見えなかったのが残念なのだとか。桜の木に囲まれた近所の小学校を過ぎたら、お袋様に会って話をしたと言う。この辺りで一番桜が多い場所なのです。亭主も小学校のプールの見える坂道に車を停めて写真を撮る。やはり青空が見えないから桜の花が映えない。遠くの景色は霞んでいた。このまま散ってしまうのだろうか。

 女子大の脇まで来たら、まま桜の花が続いている。遠くの景色は木々の新芽が薄い黄緑白に霞んでいた。小学校の正門へと続く中央通りの並木道も、桜が一杯なのでした。昨日女将が辿った道を、今朝は亭主が来るまで走る。天気が悪い朝だったから、通る人の姿もないのです。中央通りをお袋様の住むマンションを過ぎると、左手に調整池が広がる。この池に張り出した桜の木の枝が見事な花を付けていた。日当たりの好い場所だからよく育つのかも知れない。

 やっと辺りも明るくなって駅前に続く並木道もすっきりと見通すことが出来る。空が晴れればもう少し綺麗に見えるのにと残念がる亭主。家に戻ればまだ6時半だったから、書斎に入って横になる。30分ほどしたら女将が起こしに来てくれて、朝食を食べるのです。今日の予定は、お袋様と仕入に行く前に、コンビニのATMでお金を下ろして、郵便局で蕎麦粉の代金を支払おうと思ったのだけれど、コンビニは8時半から引き出せるのに郵便局は開いていなかった。

 仕方がないから、家に戻って女将に話せば「馬鹿ねェー、郵便局は9時からでしょ」と言われるのでした。お袋様に電話をして今日の仕入れに出掛ければ、農産物直売所では、新鮮なトマトや人参、生椎茸や知り合いの農家で奥さんが持って来たばかりのホウレン草が手に入る。それから隣町のスーパーに出掛けたのですが、俄に雨が強くなって、予報にはなかったのにと、お袋様も洗濯物を干したままだと言う。雨のせいか、スーパーもだいぶ空いていたのです。

 蕎麦屋に戻って買って来た品物のチェックをすれば、今日も好い野菜ばかりが手に入ったのでひと安心なのでした。買って来た野菜を冷蔵庫に収納したら、もう時期も終わりの白菜を漬け込む作業に入る。旬の時期には一把200円ほどだった白菜も、四分の一把で140円近いから、かなり値段が上がっているのです。かと言って、キュウリとナスと蕪の糠漬けをするにはまだハウス物だから野菜が高いのです。大根が一本100円だったからなた漬けにすれば好かった。

 家に戻って早めの昼飯にキノコ蕎麦を食べて、女将のスポーツクラブの予約まで、亭主は床屋に出掛けてさっぱりと散髪してくる。ひと眠りして4時過ぎに蕎麦屋に出掛けて、出汁を取って来るのでした。雨の上がった夕方からは陽が差して、桜も綺麗に見えるかと思ったけれど、雲が多すぎて写真には撮れない。稽古場で書を書き終えた女将も、この雲じゃ桜を見に行っても仕方がないと言うのです。明日も曇り空だと言うから、晴れた空に咲く桜は見られない。



3月29日 水曜日 朝のうちだけ晴れて …

 今朝も5時起き。明るくなるまで珈琲を飲んで静かに今日の予定を復唱する。夕刻には地域の防犯パトロールがあるので、5時半までにはすべての仕事を終えておかなくてはならない。蕎麦豆腐を仕込んで、お新香の付け直しをしたら、小鉢の煮物を作って、天麩羅の具材を用意すれば、今日の仕込みは終わりのはず。5時半になったら蕎麦屋に出掛けて、まずは昨日作った蕎麦汁を徳利に詰め、昆布と唐辛子を入れながら、白菜の漬け物を漬け直すのです。

 東の空が赤く染まってきたから、玄関を出て森の向こうの空を写真に撮すのですが、雲が広がって日の出は見えない。西の空には青空が覗いているのに、なかなか青空の下で桜の写真は撮れないのです。家に戻って朝食を食べたら、今日は荷物が届くからと早めに蕎麦屋に行くのでしたが、やっと届いたのは11時過ぎなのでした。その前に、やっと青空が広がってきたので、近くまで車で出て桜の写真を撮って回るのです。お袋様のマンションの入り口の桜です。

 調整池の桜を裏側から撮って見ようと、朝日の当たる所だけを撮しておく。今朝方、反対側の中央通りから撮った桜なのですが、近くで見るのと遠くから見るのとでは、随分と雰囲気が違うのです。家の女将の話ではないけれど、わざわざ人の多い桜の名所を訪ねなくても、近所の桜を見て回るだけで、花の春は十分に堪能できるのでした。ところどころ花は散り始めてはいるけれど、今週末までは桜は花見の時期なのだろうと思います。

 蕎麦屋に戻って予定通りに白菜の付け直しをして、切り干し大根の煮物を作って、午前中の仕込みを終わるのでした。実は、蓮根の皮を剥いて切り分けて茹でた後で、天麩羅の具材を切り分けようとしたら、南瓜を買い忘れたことに気づいて、隣町のスーパーまでまた買いに出掛けたのです。辺りは桜の花がどこも満開。ついでに、家で使う食材もいろいろと買って帰ったから、薄ら寒いので昼は久し振りに五目湯麺にして、女将と二人で食べるのでした。

 女将がスポーツクラブに出掛けた午後は、ひと眠りしようかと思ったら、近所に住む以前のスタッフから電話が入って、今朝筍を掘ったから持って行くと言う。仕方がないから蕎麦屋に出向いて、受け取ったのですが、何もお返しするものがないので失礼した。この春に古稀を迎える彼女も元気そうで、そろそろジャガイモを植えるのだと言っていた。買って来た南瓜を切り分けて、天麩羅の具材を切りそろえたら、今日の仕込みは終わりなのです。



3月30日 木曜日 平日なのに暖かいからか …

 近所の農家の桜が今年は早く咲いたと女将に言われ、今朝はいつもとは反対側に家の前の通りを歩いて行った。確かに庭先に咲く桜にしては随分と立派なのでした。畑の脇の小径を通ってバス通りに出れば、幼稚園の駐車場の向こうに我が家が見える。ここからがちょっとした桜並木なのです。幼稚園の桜も道祖神社の桜もみんな古い巨木なのです。真っ直ぐ蕎麦屋までは300mほど。丘陵のちょうど一番高い場所を通るこの道は、はるか昔からあったものらしい。

 9時前には蕎麦屋に着いて、看板を出して幟を立てたら、チェーンポールを降ろして歩く。暖かな朝だったから、暖房も入れずに蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。二回打とうかとも思ったけれど、800g9人分を打って済ませたのです。ところがこの蕎麦は12時過ぎにはもうなくなって、結局、「準備中」の看板を出して、二度目を打つことになったから失敗なのでした。今日はお客の入りが早かったのです。12時前にはもうテーブルとカウンターにお客が入る。

 最初にいらっした5人ほどのお客に、亭主が一人で応対していたら、一組目の配膳を終えたところで女将が来てくれた。お茶を出したり注文を聞いたりと、一人ではやはり忙しいのです。暖かくなって今日は蕎麦屋も混むだろうと、いつもよりも早く家を出てくれたらしい。鴨南蛮蕎麦とヘルシーランチセットが出て、嬉しい事に野菜サラダもすぐになくなってしまう。キノコつけ蕎麦も出て、キノコ汁が鍋の半分がなくなったのです。

 外は陽が差して青空も見えて来た。12時半前に3人のご家族連れが入って、生舟の蕎麦はすっかりなくなったのです。天麩羅を揚げて蕎麦を茹で、蕎麦湯を出し終えたところで、「準備中」の看板を出して亭主は蕎麦打ち室に入る。ちょうどお客が来る前に、蕎麦粉を捏ねて蕎麦玉だけ作っておいたので、後は伸して畳んで包丁切りをするだけなのでした。先ほどのご家族が食べ終わる前に蕎麦を打ち終え、亭主は奥の座敷で一休みする。目まぐるしい忙しさでした。

 亭主が一休みしている間に、女将がゴミを捨てて洗い物を仕分けしておいてくれたから、厨房に入って一気に洗い物を片付ける。2時過ぎには後片づけを終えて家に帰るのでした。これが一人だと、恐らく4時まではかかるのです。遅い昼飯に餅を焼いてもらい、今日の写真と売り上げをパソコンに入力したら、そのまま書斎で横になってひと眠りなのです。電話のベルで目が覚めれば、今日は珍しく配達業者の青年が早く来ると言うから、蕎麦屋に出掛ける。



3月31日 金曜日 今月も今日が最後で …

 暖かな朝でした。夕べは寝る前に酒を飲まなかったせいか、随分とよく眠れたような気がする。いつも女将には「眠りが浅くなる」と言われているのですが、これも習慣なのか飲んで酩酊気味で床に入るのが癖になっているのです。ところが、飲まずによく眠れるのであれば酒量も減って健康には好いこと間違いなし。果たしていつまで続けられるか。今朝は6時前に家を出て、夜明け前の不思議な雲が輝くのを見て、朝飯前のひと仕事を始めるのでした。

 少し涼しいのでエアコンの暖房を入れたら、厨房に入って、まずは白餡に氷糖蜜を加え、解凍しながら鍋で煮詰めていく。その間にお新香を取り出して小鉢に盛り付けておきます。白菜が小さいからか、二回使っただけなのに、もう漬け物器をさらに小さな物に替えなくてはいけない。一日に6鉢ぐらいずつ盛り付けるから、全部で20鉢ぐらいしか取れないのです。旨味成分を引き出す昆布も何枚も使うから、安いと思っていたけれど以外と経費がかかるのです。

 白餡の鍋はまだ餡が硬くならないので、昨日、ミニ菜園で採れたタラの芽を塩でさっと茹でて色を出す。季節の物だから、天麩羅に一本ずつ付けても好いかと思っているのです。今日もタラの芽が採れたのでと付けて出したら、お客様が喜んでくださった。それでなくても量の多い天麩羅が増えるから、ちょっと考えなくてはならない。ナスを止めてタラの芽にしても好い。レンコンの輪切りが大きすぎるのも考えものなのです。残される方もいて少し反省する。

 朝食を終えて再び蕎麦に出掛ければ、外は晴れているのか陽が差しているのですが、薄く雲がかかって暖かな陽気なのでした。きっと女将は午前中に、近所の桜を訪ねて花見を楽しむのだろうと思うのです。看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つ。昨日の午後に打った蕎麦が残っているから、今日は750g8人分と100gほどを打って、合わせて13人分の蕎麦を用意するのでした。暖かいからきっとお客は来る。

 果たして、昼前からお客はいらっして、天せいろや鴨せいろ、キノコつけ蕎麦など次々と注文をされるから、亭主一人の営業だから本当に大変なのでした。「今お茶をお持ちしますから」「前のお客様をお出ししてからになります」と、いちいち断って回るのです。リピーターのお客も多く、今日は亭主が一人なのを察してか、笑顔で待って下さった。1時前にご夫婦でいらっしたお客は鴨せいろを二つのご注文。待っていただく間に野菜サラダをサービスでお出しした。

 お蕎麦売り切れの看板を出したのに、玄関を入って来たのは隣町の常連さんで、蕎麦は残っていたけれど「今日はサラダは終わりました」と断って、前のお客の鴨を焼き始めるのでした。平日でも10人を越えるお客は先週の金曜日と同じなのでした。でも、先週は女将が来てくれたから助かったのに、今日は亭主一人で疲れ果てる。一人だと二人の時の倍の労力を使うのです。やはり急に暖かくなったから、蕎麦を食べようという人が増えているらしい。

 最後の常連さんが帰ったのが2時前で、亭主は昼も食べずに洗い物も何も済ませていない。窮余の策で、米寿を過ぎたお袋様に、電話をして洗い物をしに来てくれるように頼むのでした。月金ならば空いているから手伝いに来るよと言われていたのです。お蔭で3時前には洗い物が終わり、3時を過ぎに女将も心配して来てくれた。今日は疲れてプールには行けないかと思っていたら、30分眠ったら回復して、早い夕食後に空いているプールでひと泳ぎしたのです。

 

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2023年3月下旬



3月20日 月曜日 今日も大勢のお客様がいらっして …


 混んだ日の翌朝は、仕込みや片付けなどやることが多いから、つい早く目が覚めるのです。夕べも疲れて10時には床に入ったのに、今朝は4時前にはもう目が覚めてしまいました。居間の部屋の椅子に座って珈琲を飲みながら、じっと今朝の朝飯前の仕事についてあれこれと考える。暗いうちに家を出て、歩いて蕎麦屋に向かう。とにかく身体を動かさなければ、しっかりと目が覚めないのではと、半分寝ぼけた頭で通い慣れた道を歩くのでした。

 まだ暗いうちに店の電気を点けて、カウンターに積み上げられた盆や蕎麦皿などを戸棚に入れていく。空になった蕎麦徳利を調理台に並べて、冷蔵庫から蕎麦汁の入った容器を取り出し、お玉とじょうごで蕎麦汁を詰めていくのです。朝早くはしっかりと目覚めていないから、火や包丁を使う作業は出来るだけ後に回すようにしている。次に二番出汁を鍋に150cc入れ、200ccの返しを加えて天つゆと温かい汁を作る。隣の火口ではキノコ汁を仕込んでおく。

 6時を過ぎた頃に、やっと太陽が向かいの森の彼方から姿を見せる。玄関を出て日の出の写真を撮ったら、朝飯前のひと仕事の片付けに入るのです。6時半には家に戻り、女将はまだ起き出してく来ないから、書斎に入ってごろりと横になる。30分ほど眠って食堂に行けば、そろそろ朝食の時間なのです。久し振りに混んだ昨日の疲れで、女将も珍しく足が痛いという。亭主は腰が痛くて堪らないから、二人ともそれなりに年を取ってきているのでしょう。

 簡単な朝食を済ませて、女将が朝ドラを見ている間に亭主は着替えと洗面を済ませる。朝ドラの終わる時間に「行って来ま~す」といつものように家を出るのでした。混んだ日の翌日は、小鉢もすっかりなくなっているから、最後のお新香を盛り漬けて、それでも足りないから、玉葱をスライスして水に浸し、人参を千切りにして塩を振って、出し汁を沸かして出汁醤油とお酢と砂糖で味付けをしたら、天麩羅鍋に油を入れてワカサギの天麩羅を揚げていく。

 時計が9時を回ったところで、亭主は蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打ち始める。加水率は46%、切りべら26本で140gの蕎麦を8束仕上げたら、今日はお終い。月曜日は亭主一人での営業だから、これ以上は忙しくなりすぎて難しいのです。一人でお茶を出したり注文を取ったり、会計をしたりだから、女将と二人の時の半分の量しかこなせない。それ以上お客がいらっしても「お蕎麦は売り切れ」でご免なさいと謝るしかないのが辛いところなのです。

 空は晴れて空気はヒンヤリとしているけれど、陽射しは強くなりそうなのです。厨房に戻って金柑大福を包み、昨日研いだばかりの包丁で、野菜サラダの具材を刻んだら、いよいよ開店の準備を始める。今日は開店前からお客がいらっして、ご家族連れが二組も入ったから大変でした。昼前にもうテーブル席は満杯になって、小学校の卒業式を終えたという例の少年もやって来た。12時半を過ぎた頃に、もう蕎麦の数のお客が入ったので、「売りきれ」の看板を出す。

 駐車場に次々と来るお客は、看板を見て皆帰って行く。天麩羅うどんを注文するお客がいらしたので、一人客だけは亭主が出て行って店に入っていただいた。昼にお客が集中したのです。オーダーを3人分覚えておくのも大変なのでした。天麩羅を揚げたり、蕎麦を茹でたりしている時に会計をするお客には、ちょっと待っていただく。狭い店だから、お客も状況を察して下さるのでした。全ての注文の品を出し終えたのは、もう1時前なのです。

 一人客の女性が会計の際に、「細い蕎麦を打つお店だと聞いて来たのです」と言うから、「蕎麦が細いと怒るお客もいますけれど」と意気投合。今は切りべら26本で130gだけれど、以前は28本まで細くしていたのです。田舎蕎麦と呼ばれる蕎麦は随分と太いのが一般的。これはその地方の食文化なのだろうと亭主は思っている。細く均等な厚さで打つ方が難しいけれど、何処で折り合いを付けるかは更に難しい。1時半にはお客は帰ったけれど、まだ車が入ってくる。

 明日は定休日だけれど、朝からお袋様を連れて墓参りに出掛けなくてはならない。それでも休みだからと、ゆっくりと片付けをしてゆっくりと洗い物を済ませていく。スポーツクラブから帰った女将が亭主の帰りが遅いからと、心配して来てくれた。片付けも女将と二人でやる時の二倍の時間がかかるから、仕方がないのです。4時前には二人で家に帰って、明日の墓参りの花を隣町のスーパーに買いに行った。ほとんど売り切れなのには驚いたのです。

 

3月21日 火曜日 春分の日でお彼岸の墓参りに …


 WBCの決勝戦の合間に書いているこのブログ、毎日見て下さっている方には大変失礼しました。ブログのサーバーの契約が一年だったのを忘れていたら、すべての機能が停止になってしまっていたのです。早速、支払いを完了したら、この画面に戻ることが出来ました。一年経つともう去年の事を忘れてしまうから怖いのです。

 今朝は曇りかと思ったら青空も覗いて、お彼岸の中日だからとお袋様と女将とで近くの霊園まで墓参りに出掛けました。昨日のうちに女将が草取りに来てくれて、無事に墓参が出来たのです。入り口にあるソメイヨシノが三分咲きで、何やら黒い鳥が止まっていました。先程来、女将が鶯が鳴いていると言っていたので、これは鴬だとすぐに判ったのです。黒っぽい茶色の身体が動くと、我々人間には「黒い」鳥にしか見えない。メジロの黄緑とは大違いなのです。

 そのまま三人で隣町のスーパーに出掛けて、今週の仕入れを済ませる。いつも行っている駅前のスーパーよりも安いと、鰯まで買い込んで帰る女将なのでした。二人を家まで送って、亭主は蕎麦屋に戻り白菜のお新香を漬ける。本当に今年は、白菜もこれで終わりなのだろうと思うと何故か寂しくもある。やっと美味しく漬けられるようになった頃には、季節が終わるのです。来週からは、糠漬けを再開するのだろうか。家に戻って昼飯の用意を始める亭主。

 蕎麦屋の回りの景色も春めいて、菜の花畑も今日の青空に映えていた。昼飯は先週の小鉢の残りものを寄せ集めておかずにする。ワカサギの南蛮漬けとトマトととろろ芋のおろしたものに、キノコ汁を薄めた汁物にして、十分に美味しい昼飯なのでした。WBCの準決勝を勝ち抜いた日本が、明日はいよいよ決勝でアメリカと戦う。夕刻からは大相撲もあるし、観ている方もなかなか大変なのです。午後は日本の決勝進出で興奮して眠ることが出来ない。

 しばらく行っていなかった西の町のホームセンターに出掛けて、洗剤や消毒液や天削げの割り箸を仕入れてくるのでした。通り道の桜の花もまだ四分咲き。店に戻って朝のうちに昆布と干し椎茸を浸けておいた鍋で出汁を取る。一番出汁を取ったら蕎麦汁を仕込み、二番出汁は少し大きな鍋で5㍑の量を取っておくのでした。来週は少し冷えるというから、暖かい蕎麦の汁も仕込んで置かなく。明日はいよいよ午前中から決勝戦だから、余分に仕込みをしておく。

 切り干し大根の煮物も作って、明日の仕事を減らしておくのでした。家に戻れば、庭の雪柳がやっと綺麗に咲きそろっていた。刈り込みすぎると花が咲かなかったりで、何年か掛けてやっとこの形に花を咲かせられるようになった。花の好きな女将も、冬の間、寒かったせいか植木鉢をそのまま庭に転がしてある。春を過ぎたらまた草取りをしたり、いろいろと忙しくなる。亭主も蕎麦屋の庭木の手入れが大変になるのです。一年は早いもので、もうすぐ4月 …。



 3月22日 水曜日 朝は通りも濃い霧に覆われて …


 今朝は目が覚めたら窓の外がやけに暗いので、障子を開ければちょっと先までも見えないほど霧が立ちこめていたのです。雨ではなかったので、雪駄を履いて歩いて蕎麦屋まで出掛ける。朝からWBCの決勝戦があるから、女将に早めに仕込みを終えた方が好いと言われて、朝飯前のひと仕事に出掛けるのです。プレイボールのじかんを知らないから、テレビはもう朝から日米の決勝戦ムード一色で、もう直ぐ開始と言いながらも、前置きが長すぎるのです。

 蕎麦屋に着けば、向かいの菜の花畑も霧に包まれて、不思議な光景なのでした。店の中は15℃と暖かく、動いていれば暖房は要らないのです。昨日、樽に塩で漬け込んだ白菜は、四分の一カットを四つも漬けたのに、もう時期が終わりの頃なので、すっかり水が上がって萎んでいた。値段も一つ100円を超えているから、かなり割高なのでした。しかし、まだ季節の早くて値段の高い蕪と胡瓜と茄子をぬか漬けにするよりは、経済的だと思ったのです。

 昆布と京唐辛子とを間に挟んで、冷蔵庫に入る小さな漬け物器に移し替えておきます。縮み方がいつもよ激しかったので、二度目の塩は振らないで漬け込みました。二日間も洗濯機に入ったままの洗濯物を干して、家に戻って朝食を食べる。WBCの決勝戦はなかなか始まりそうもないから、昨日のブログを書き上げてしまうのです。それから3時間近く、居間の椅子に座ったままでテレビに釘付け。やっと優勝が決まってテレビから解放されるのでした。

 昼飯は亭主が店で残ったキャベツを使って、玉葱を入れて肉野菜炒めをカレー味で仕上げ、女将と二人で美味しくいただく。女将がスポーツクラブに出掛けた後も、いつもなら書斎で昼寝を決め込むのに、日本の選手達のファイトに今日は元気をもらったから、蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みに入るのです。駐車場に車を止めたら、モミジの上の電線に一羽の雀が羽の手入れをしていた。仲間を呼んで鳴くけれども、辺りにはもう雀たちの姿が見えない。

 厨房に入って蕎麦豆腐をしこんだら、空の蕎麦徳利に蕎麦汁を補充して、蓮根の皮を剥き酢水で茹でる。南瓜の種を取って切り分けたらレンジでチーンして、天麩羅の具材を次々に切っていく。最後にキノコと鶏肉を切ってキノコ汁の仕込み。明日の朝には小鉢を盛り付けなければならないけれど、暖かくなると言うから、蕎麦は二回打たなければならないので、朝飯前に一回は蕎麦を打ちたい。週末は天気が崩れると言うので、木金が勝負なのかも知れない。

 気分転換に向かいの菜の花畑の傍まで歩いて写真を撮っておく。朝に霧の出た日には、昼は晴れるというのが経験知。背の低かった菜の花も随分と育って満開なのでした。夜はプールに出掛ける予定なので、家に帰ってやっとひと眠りする。足の親指の故障からもう直ぐ一年になるけれど、リハビリのつもりで月水金とプールで泳ぐことにしているのです。それでも店の混んだ日には疲れて出掛けられないこともある。未だに身体に故障があるのは困ったものです。



3月23日 木曜日 今朝は霧が出たら、菜種梅雨の始まり …


 朝飯前のひと仕事に車で蕎麦屋へ向かう。バス通りの手前で一時停止したら、幼稚園の辺りの桜が随分咲き出している様子だったから、左折しないで右折した。この界隈では一番桜の綺麗な通りで、古くからの太い桜の木が多い。明るければここから蕎麦屋が見えるはずなのです。Uターンしてすぐ蕎麦屋に着けば、霧が出ているのに今にも雨になりそうな天気なのでした。厨房に入って、まずは小鉢を盛り付ける。お新香の漬け物器を出して、七鉢盛り付ける。

 7時前には家に戻って、今日は女将が早めに台所に入ったので、すぐに朝食にありついた。食後はお茶も飲まずに亭主は書斎に入って、ゆっくりと眠ることが出来たのです。朝ドラの終わる頃には洗面と着替えを済ませて、少し早めに家を出て蕎麦屋に向かう。我が家の庭の端に植えた連翹と雪柳が、綺麗に春を織りなしていた。曇り空でしたが、暖かいけれど今日は一日中雨になるらしいので、蕎麦を打つ数はいつも通りでいいのかも知れないと考える。

 幼稚園の裏の入り口には、この何日かで随分と花が増えた桜と、雪柳が、今日の曇り空にしては見事なのでした。紫陽花の新芽も伸びて、しっかりと次の季節の準備をしている。自然の推移に教えられるようには、我々人間の生活はなかなか次の準備が出来ないでいるのです。植物は素直だけれど、人間にはいつまで経っても思い入れが残っているからだろうか。蕎麦屋に着いて、看板と幟を出したら、蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打ち始める。

 今日の加水率も46%だったけれど、湿度があったからか少し柔らかめの生地に仕上がった。それでも打ち粉を振って何とか伸したのですが、久し振りに薄く広がって細い蕎麦が打てそうだと、内心では喜んでいる亭主。切りべら28本で135gと、昔の細い蕎麦を八束半打ち上げて生舟に並べる。細い蕎麦が好きだと言っていた先日の女性が来れば、どれほど喜んでくれるだろうかと思うのでした。天気予報よりも早く降り始めた雨は一向に止みそうにないのです。

 蕎麦の生地を寝かせている間に、生姜や大根をおろして葱を刻んでおいたから、今度は厨房に戻って金柑大福を包む。キッチンペーパーで金柑の水分を取ってから、白餡で包んで、氷糖蜜と水で溶いておいた白玉粉でじっくりと求肥を作る。火を止めてから小さなお玉でぐりぐりと捏ねて餅の状態にしたら、片栗粉を付けていよいよ包み込みの作業に入るのです。これがとても熱いから、手早くやらないと手が耐えられない。掌で丸めて四皿分の金柑大福を作る。

 野菜サラダの具材を刻んで、いつもと同じく三皿に盛り付ける。これでちょうど11時になるから、後は天麩羅の具材や天ぷら粉を調理台に並べて、天つゆを温め、天麩羅油を鍋に入れて温める。IHの調理台にはキノコ汁の鍋を掛けて、沸騰しないように注意しておく。後は店の掃除をしてテーブルをアルコール消毒液で拭いて回るのです。開店時刻の10分前には全てを終えて、いよいよ暖簾を出す時間。暖簾を出したらすぐにお客がいらっして活動開始です。

 三人連れのお客だったから、どんなご注文かとはらはらしたけれど、天せいろ二つにお婆さんは天麩羅蕎麦のご注文。ここで次のお客が来たらもう大変だから、家にいる女将に電話をしようと思っていた。それでもじっと頑張って、女将の来てくれるのを待つしかない。三人の注文の品を出したところで、駐車場にもう一台車が入ってくる。最近よく来る宅配便のお兄さんで、カウンターに座って、いつもと同じヘルシーランチセットの天せいろ大盛りを頼まれる。

 ランチセットは野菜サラダと蕎麦豆腐を出しておけば、食べている間に天麩羅と蕎麦の準備が出来るので助かるのです。12時を過ぎてやっと女将が来てくれた。亭主はほっと肩をなで下ろす。会計も女将に任せて、亭主は奥の部屋に入って一息入れる。雨は時折激しく降って降り止まず、まさに菜種梅雨。1時半近くに常連さんの母と娘がいらっして、ヘルシーランチセットの天せいろのご注文。今日は何故か天麩羅ばかり出るのでした。野菜サラダも完売です。




3月24日 金曜日 平日なのに久々に10人越えのお客様で … 


 夕べは早く床に就いたから、早く目覚めた朝なのでした。5時過ぎまではお茶を飲んで、居間の部屋でニュースを見ていたけれど、6時前には蕎麦屋に出掛けて、朝飯前のひと仕事をする亭主。小鉢のお新香を切り分けて盛り付けたら、後は洗濯物を畳んで、洗濯機の中に入ったままの昨日の洗濯物を干す作業をするだけなです。朝だけは晴れるという予報だったから、期待していたのだけれど、東の森の上空に僅かに朝焼けが見られただけで曇り空の朝でした。

 家に帰ればまだ6時半だから、女将は起き出していないので、書斎に入ってひと眠りする。30分ほど眠ったところで女将の声に起こされた。暖房を入れなくても暖かな朝なのでした。朝食を終えたらまだ眠り足りないので、書斎に入って横になる。あまり早くから起き出すのも考えものなのです。8時半になってやっと目覚めて、髭を剃って着替えをする。珈琲を一杯入れて飲んでいるうちに、もう時計は9時を回るところなのでした。春は眠たいものなのか。

 蕎麦屋に着いたら、早速、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのです。加水率46%と昨日と同じなのですが、今日も少し柔らかい生地に仕上がる。やはり室温が20℃もあって湿度が70%だから、梅雨時と同じで少しは水を減らさなくてはいけない。季節の変わり目というのは、蕎麦打ちの加水に気を遣うのです。明日は45%にして打ってみよう。あまり生地が柔らかいと、包丁切りをしてエッジの効いた蕎麦が打てないので、見てくれが悪いというもの。

 それでも8.5束の蕎麦を打ち上げて、昨日の残りと合わせて今日は10食半の蕎麦を用意する。暖かかった昨日の勢いで、今日もお客が増えたら困ると考えたのです。明日は一日中雨で今日より10℃も低い気温だと言うから、曇りとは言え、暖かくなるのは今日で終わりなのです。金柑大福を包んで、野菜サラダの具材を刻み、いつもと同じ数だけ用意したらもう11時なのでした。今日は女将のスポーツクラブの予約が取れなかったから、来てくれるとは言ったけれど。

 果たして、12時10分前に女将が来て、店にお客が一人もいないので拍子抜けなのでした。昨日は初めから混んでいたのに。それでも4月からいよいよ中学校へ通うと言う、例の少年が一人でやって来て、いつものせいろ蕎麦を食べて帰る。その間にテーブル席は二つとも一杯になって、せいろに天せいろに、キノコつけ蕎麦四つと数が出るのでした。このペースでは、亭主一人ではこなすのが難しいのです。家にいても暇だからと女将は言うけれど有り難い事です。

 後半になってもお客は止まらず、天せいろの女性がテーブル席に座り、カウンターには隣町の常連さん。1時半を過ぎた頃に、歩いていらっした年配の男性客が二人。蕎麦は残り一つだったけれど、うどんでも好いから食べさせて欲しいと言うから、うどんと蕎麦の天せいろをお出しする。洗い物と片付けが済んだのは3時前で、家に戻って餅を二つ焼いてもらって遅い昼飯。亭主は隣町のスーパーにキノコ汁の具材を買いに出て、蕎麦屋の片付けに出掛ける。

3月25日 土曜日 雨の降り続く日なのに …


 夜明け前から雨の降る朝なのでした。今日は終日の雨だという予報だったけれど、給料日後の週末だから、以前も混んだ覚えがあったので、とにかく出来る準備はしておかなければと、夜明け前から蕎麦屋に出掛けていく亭主。昨日の洗い物を片付けたら、蕎麦汁の詰替えをして、小鉢を盛り付け、洗濯物を畳み、洗濯機の中の洗濯物を干しておくのです。それでやっと6時半過ぎ。本当はここで蕎麦を一回打っておきたいのだけれど、もう疲れてしまった。

 近所の桜の花もあっという間に満開になった今年は、晴れて青空も見えないうちに散ってしまいそうな雰囲気なのでした。そんな春もあるのかと雨の中を家に戻れば、今朝は珍しく早く女将が台所に立って、朝食の用意をしてくれていました。亭主は居間の椅子に腰を下ろして、暖房で身体か暖まると、もう眠くて仕方がなかったけれど、煙草をふかしながら「ご飯が出来ましたよ」と女将が言ってくれるのを待つのです。今朝はキノコ汁に焼いた餅を入れて雑煮。

 食後のお茶も飲まずに書斎に入ってひと眠りする亭主。食べたばかりだけれど、習慣になっているからすぐに眠りについて、朝ドラの時間には目が覚めるのです。洗面と着替えを済ませて、出掛ける前に珈琲を入れてひと休み。蕎麦屋までわずか300mの距離なのに、雨の日は出掛けて行くのが憂鬱なのです。テレビも照明も暖房も消して、今朝の仕事の段取りをもう一度おさらいする。週末だから、足りなくなるのを心配するよりも、蕎麦は二回打つことにする。

 看板と暖簾を出して、雨の中を幟を立てれば、後は蕎麦打ち室に入って蕎麦を打ち始めるだけ。蕎麦打ちを始まれば、それまでの雑念が吹っ切れて、今朝も好い蕎麦を仕上げようと無心で捏ね始めるのです。外は雨。こんな天気でお客が来るのかとも思うけれど、前向きに考えて、来たときのことを心配するのでした。蕎麦は残れば明日も使えるから、丁寧に打って包丁切りをしておく。切りべらは26、7本で135gと細めの蕎麦を仕上げるのでした。

 加水率は昨日の反省から45%にしたのですが、それでもまだ少し柔らかい。雨だからきっと湿度も高いのでしょう。無事に二回の蕎麦を打ち終えて、万が一、沢山のお客が来ても、出来るだけのことはやったと思えるのが、自分としては満足なのです。厨房に戻って野菜サラダをいつもの通りに三皿盛り付け、開店の準備を終わらせたのです。果たして、暖簾を出せば、昼前に見覚えのある軽トラックが駐車場に入り、運転手の女性が手を振るではありませんか。

 薪を売る仕事をなさっているご夫婦で、前回いらっした時にパンフレットを置いていったのですが、レジの前に置いておいたら、興味のあるお客が持って帰ったのか、注文があったというのでした。「雨の中を有り難うございます」と言えば、「雨で仕事も出来ないから遊びに来ました」と言う奥様。電気代も値上がりして、最近は薪ストーブの需要も増えているのだとか。ヘルシーランチセットの天せいろと鴨せいろのご注文なのでした。

 これで今日は終わりかと思えるほど、雨も激しく降ってきた。亭主は天麩羅を揚げて久し振りに賄い蕎麦を食べておく。最近は混んでいる日が多いので、亭主の食べる蕎麦が残らないことが多いのでが、今日は蕎麦を沢山打ったから、じっくりと揚げたての美味しい天麩羅と蕎麦を味わって、奥の座敷で一休みしていたのです。すると女将が大きな声で「○○さんがいらっしたのよ」と言うものだから驚いた。厨房に戻れば、古い友人がテーブル席に座っていた。

 「病院に行った帰りなのです」と彼が言うので、じっくりと話を聞けば、酔ってホームから転落して首や顔面を骨折したのだとか。手術の後であまり物が噛めないと言うから、豆腐やとろろ芋など柔らかい食べ物を出して、キノコつけ蕎麦を出してあげるのでした。話をしている間に、雨の中を一人で歩いていらっしたリピーターの女性が、天せいろのご注文。車が入って男性客が一人でやはり天せいろのご注文。雨だと言うのに今日は思ったより客が入った。


3月26日 日曜日 今日も終日の冷たい雨で …


 昨日の夜の防犯パトロールで、随分と歩いたせいか、今朝は朝食の時間まで起きられなかった。早めに家を出て蕎麦屋に向かえば、もう霧雨が降っているのでした。バス通りの桜並木が見事だったので、写真に撮っておく。菜種梅雨という言葉通りに、菜の花畑も雨で煙っている。蕎麦屋の下の調整池の桜も、もう満開になったようで、折角の桜の花も雨の中でしか見られないのは残念なのです。毎年のように青空を背景にした写真を撮ることが少ないのも頷ける。

 蕎麦屋に入って、雨の中を幟を立ててチェーンポールを降ろしたら、看板と傘立てを玄関脇に出して、亭主は早速蕎麦打ち室に入るのです。昨日の反省から、今朝は44%の加水率で打つことに決めていた。蕎麦粉を捏ねる段階では、少し硬めだけれど、捏ねていくうちに水分が回るのか、ちょうど好い硬さになるのでした。これなら蕎麦切りをしても、綺麗にエッジの効いた蕎麦が仕上がるのです。やはり、毎回、こんな具合に綺麗に切れる蕎麦が打ちたい。

 エプロンに付いた粉を払いに玄関に出れば、雨は少し強くなっていました。玄関先の馬酔木の花の脇には、大きくなった紫陽花の新芽が目立ち、決して同時には花が出会うことのない二つの植物の運命を感じる。移ろう季節に合わせて植えたから当然なのだけれど、もしかして我々人間にも、決して出会えないこんな営みがあるのかも知れない。むしろ出会ったことの方が幸いという繋がりもあるのだろう。出会った人たちのとの繋がりは大切にしていきたいもの。

 厨房に戻って、いつもの通り金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻んで、開店までの準備には抜かりがない。雨はますます強く降ってきた。雨が小降りになったら、近所の桜を見に出掛けたいと行っていた女将も「これでは無理ね」と諦めたらしい。暖簾を出しても1時間経ってお客は誰も来ないのです。腹も減ったけれど、蕎麦を茹でていない大鍋を汚すことはしないのが亭主の信条。1時過ぎになってやっとお客がいらっしゃるから、さすがに日曜日 … 。



3月27日 月曜日 桜が満開の時期で …


 このところの雨で散ってしまうのではないかと心配した桜も、咲き始めだったからか元気に満開の時期を迎えています。今朝は雨もすっかり上がって、少しだけ青空も見えたから、今日が一番のお花見日和なのかも知れない。昨日は10時前に休んだのだけれど、夜中に一度目が覚めたきり、朝食の時間になるまで長い時間眠っていたのです。明方になっていろいろな夢を見るのも楽しく、次はどうなるのかという場面で「ご飯が出来ましたよ」と女将の声で目覚める。

 今日は昨日の蕎麦が生舟に一杯残っているから、蕎麦を打たないことにした。それでもいつもの時間に家を出るから、時間にかなり余裕があるのでした。お隣の畑まで出れば、菜の花畑の向こうに調整池の桜が見えるのが素敵だった。遠くの山の木々も新緑が芽生えて淡い黄緑色に包まれ、春の訪れを感じさせるのでした。金柑大福も蕎麦豆腐も二皿分ずつ残っていたから、今日はもう作るのを止める。明日は定休日なので、沢山作った物が残っても困るのです。

 月曜日だからお客の数も知れたもの。野菜サラダだけはいつもと同じく三皿盛り付けたけれど、開店してみれば、今日はサラダ付きの鴨南蛮蕎麦が二つも出たからちょうど好かったのです。外の気温は17℃ほどだから、少しヒンヤリとした空気なのです。店の中はエアコンの暖房を入れて23℃になるように設定している。窓を少しだけ開けて換気をする都合上、厨房の亭主はちょっと暑いと感じるけれど、外から来るお客様のことだから仕方のないこと。

 久し振りにビールと蕎麦を頼む男性がいらっして、カウンターの隅で静かに本を読んでいる。他にもお客がいるから、聞こえるのはBGMの音楽だけ。皆さんがお帰りになって、1時半過ぎには亭主も腹が減ってきたので、残った蕎麦を一把半茹で、かき揚げを揚げ、ぶっかけで賄い蕎麦を食べておく。お腹の空いたときに食べる蕎麦はまた格別。レンコンの端切れを天麩羅にしたら、これがまた歯ごたえがあって美味しいのです。後片付けには3時までかかる。

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2023年3月中旬


3月13日 月曜日 何年振りかで5日間で40人を越えて …


 週末の疲れが出たのか、昨日も9時半にはもう眠くなって、今朝も6時まで起きられなかった。蕎麦は昨日打った分が生舟に一杯残っていたから、朝飯前のひと仕事で出来ることと言ったら、洗い物を片付けて洗濯物を干すだけ。それでも朝は少し冷えるから、店の暖房を入れておくのです。隣の畑には、背の低い菜の花が咲き始めて春らしい雰囲気なのでした。日の出の時刻には太陽が昇っているのに、雲に覆われて姿が見えないのです。

 家に戻って女将の支度する朝食を食べたら、お茶を一杯もらって洗面と着替えを済ませる。朝ドラの終わる時間を見計らって、亭主は台所に入り、お湯を沸かして珈琲を入れる。ドリップで入れる珈琲はモカブレンド。安物でも味わいがあるから美味しい。店で出していたイエメン産のモカマタリを飲んでいた頃をふと思い出すのです。開業して9年のうち、間近の3年はコロナ禍でお客も減ったから、何時の間にか店でも珈琲は出さなくなった。

 今日は昼から雨が降ると言うから、残った食材を持って帰る荷物を考えて車を出して蕎麦屋に出掛けました。この陽気ではお客も見込めないと思ったのです。蕎麦を打たないから、時間が余るので、買ったあった金柑の種を取って、甘露煮を作っておく。金柑大福もこれが最後の金柑なのです。時期の終わりの頃のものは、皮が少し固くなるような気がする。次は安くなった小粒の苺が出てくる時期だから、苺大福を包むつもりでいる亭主。果たしてお客が喜ぶか。

 駐車場に出て外の天気を眺めれば、予報通りに曇ってきて気温もそれほど上がっていない。膨らんできた馬酔木の花の隣で、柊南天の実がみずみずしく紫に色づいている。これをあの大きなひよどりが、一生懸命に食べに来るから、美味しいのだろうかと食べてみたくなる。厨房に戻って金柑大福を摘み、野菜サラダの具材を刻んで天麩羅の具材を切り分けたら、今朝の仕込みは終わりです。蕎麦打ちのない分、随分とゆったりとした開店前なのでした。

 開店時刻の10分前には、もうお客がいらっしたから店の中に入ってもらう。店に入ればもう営業していると言うことだから、お客はすぐに注文をするのです。鴨南蛮とキノコつけ蕎麦。昨日、鴨せいろが出たので、鴨肉が半分残っていたから、すぐに切り分けてフライパンで焼き始める。キノコ汁は朝のうちに温めておいたので、ほどなく出す事が出来た。ワカサギの天麩羅を追加でご注文。間もなく三人連れのご家族がいらっして、ちょっと忙しくなるのです。

 結局、その後もお客が入って、亭主一人の営業では、かなり忙しい思いをするのでした。お客を待たせるのには神経を使うけれど、待っていただく代わりに、明日は定休日だから、残してもしようがない金柑大福や野菜サラダをサービスでお出しする。家へ持ち帰って食べるよりは、お客様に食べていただいた方が好いと思うのでした。1時半になったら「お蕎麦売り切れ」の看板を出して、亭主は賄い蕎麦を茹でてぶっかけで食べる。今日も片付けが大変なのです。



 3月14日 火曜日 朝のうちは寒く曇っていたけれど …

 女将にスモモの花が咲いていると言われて、お隣の家との境に行ってみれば、見事に可憐な花が開いているのでした。今朝の曇り空には白い花が映えないけれど、その木の足元には黄色い連翹の花が開き始めている。我が家の小さな庭にも確実に春が訪れているのです。お袋様に電話をして今日も仕入れに出掛けていく亭主。中学校の桜が見事に咲いていたから、車を停めて写真に納める。今日は卒業式なのだろうか、黒い式服を着た家族が道を歩いている。

 農産物直売所に着けば、今日はまだ農家の人の車がないから、野菜は届いていないのだろう。白菜ももう地のものは終わりらしい。トマトもいつもの農家がまだ持って来ていなかったから、古いけれどへたが綠のものを選んでもらっておく。生椎茸はと見れば、半分は茶色く古いものだったから、まだ新しい2パックだけ買って帰るのです。知り合いの農家でホウレン草と小松菜を置いていたから、これは今朝の物らしいからもらっておく。後は隣町のスーパーへ。

 スーパーでも白菜はそろそろ終わりと見えて、中の状態がよく見える四分の一カットのものを三つもらって籠に入れる。後は印刷してきた買い物リストに従って、沢山の食材を揃えるのです。蕎麦屋に戻って野菜を冷蔵庫に収納したら、白菜を樽に漬け込んでいく。明日の朝までには水が上がってくるだろう。洗濯機の中に入れたままの洗濯物を干して、昼の用意があるからと家に帰るのでした。蕎麦は残らなかったので、今日は少し冷えるから肉うどんにした。

 昼飯を終えて、女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、ひと眠りすることもなくまた蕎麦に出掛けて行く。やっと青空が広がって、天気予報通りに晴れに変わった。蕎麦屋の向かいの畑が菜の花が咲き始めて見事だったから、近くまで行って写真に撮っておく。これだけの広い畑に種を蒔くだけでも、大変な作業だろうと思う。かといって、農作物を作るわけでもないのが、少し寂しい気もするのです。高齢化が進んで手間を掛けて野菜を作る家も少ない。

 厨房に入った亭主は、5㍑の鍋に、残り少なくなった返しを作っておく。お客が増えるといろいろな食材が、みるみるなくなっていくから大変なのです。週にお客が50人を越えていた昔は、それこそ週に何遍かは出汁を取って、返しももっと頻繁に作っていたのだろう。コロナ禍の3年間は、自分の仕事を見つめ直す好い機会だったと、今では思えるようになった。人を雇わずに女将に手伝ってもらう程度で、何とかやっていけるくらいの商いで十分なのです。

 切り干し大根の煮物とキノコ汁を仕込んで、4時を過ぎたから、家に戻って大相撲の中継を見る時間。帰りに酒屋に寄って今週分の焼酎を買って帰る。夕食には女将に頼んで蛸の唐揚げを揚げてもらい、焼酎のライム炭酸割りで一献。メインのおかずの常夜鍋が出て来る頃には、相撲も佳境に入ってくる。最近は若い力士が増えてきたから、女将も亭主も力士の名前を覚えるのが一苦労。新聞を読んでいる女将の解説を交えて、定休日一日目の夕食を食べる。

3月15日 今朝は朝から晴れた好い天気で …


 夕べは何時の間にか眠ったのか、まったく記憶になかった。女将に言うと「昨日は顔が赤かったから飲み過ぎたんじゃないの?」という答えが返ってきた。風呂から出てテレビもほどほどにして、ブログを書こうと書斎に入ったまでは覚えているのだけれど、それから先の記憶がないのです。果たして、パソコンを開けば、昨日の記事が途中で途切れていたから、やはり気絶するように眠りに入ってしまったらしい。目が覚めればもう6時になるから、8時間以上は眠ったことになる。朝飯前のひと仕事に蕎麦屋へ出掛けました。

 蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めていたら、東の森の向こうから朝日が昇ってきたので、店の前のバス通りを渡って写真を撮る。雲一つない空だったから、今日も暖かくなるだろうと元気が出るのでした。厨房に戻ってしっかりと水の上がってきた白菜を漬け直す。先週は少し塩辛かったから、今日は一度軽く水で洗ってしっかりと絞ってから、小さな漬け物器に少なめの塩を振って、昆布と唐辛子を間に挟みながら漬け込んでいく。四分の三把の白菜が綺麗に納まる。

 家に戻って朝食を食べたら、書斎でひと眠りしたかったけれど、昨日のブログを書き終えていなかったから、頑張って終わらせる。少し気分転換をしなければと思い、今日は夜の防犯パトロールでまた随分と歩くのだけれど、靴を履いて歩いて近所の花を求めて出掛けるのでした。遅い梅の花が青空に映えているお宅もあった。みずき通りの坂道を登って、バス通りまで出たら幼稚園の先にいつも気になっいた辛夷か白木蓮の花があったので、歩いて行くのでした。

 近づいて見ればバス通りに面した幼稚園の園長先生のお宅に咲く花で、これは辛夷なのか木蓮なのか、古くて随分と大きな木だったから、亭主には区別が付かない。青空を背景に白い花が咲き乱れて、春の訪れを告げているようなのでした。反対方向の蕎麦屋に向かう道すがら、いつも蕎麦屋に来てくれる農家の小母さんのお宅の前を通れば、小母さんがちょうど草取りに出ていたから挨拶をする亭主。「声で誰かと判ったよ」と言って春の花の話になる。

 わずか300mの距離を車で移動しては、見られない景色を天気が好く暖かい今日は、じっくりと堪能したのです。蕎麦屋に戻って午前中に出汁取りをしなければと、朝のうちに浸けておいた昆布と干し椎茸を入れた鍋に火を入れる。小一時間かけて出汁を取って蕎麦汁を仕込んだら、昼飯の用意に家に戻る亭主。蕎麦屋の残りものが何かを知っているので、女将の予想も同じく昼はカレー炒飯。食べ終えてひと休みすれば、女将はスポーツクラブに出掛けて行く。

 いつもなら亭主は書斎に入ってひと眠りなのですが、今日は整形外科に行って先月の検査結果を聞かなければならない。果たして、尿酸値の値は正常に戻って、次は8月に検査しましょうと医者に言われる。そのまま薬局に行って薬をもらい、蕎麦屋に行って午後の仕込みをするのでした。暖房を入れなくても暖かい。小鉢の切り干し大根の煮物を盛り付け、洗濯物を畳んだら、女将の帰った家に戻って夕食の支度をしてもらう。まだ明るいけれど夜はパトロール。

 集合場所の集会所に集まれば、丘の上の高い木の枝に沢山の鳥が集まっていた。鳴き声から鴬らしいと皆が言う。鳥に詳しいらしい老人が、鶯色なのはメジロで、鴬そのものは黒いんだよと言っていた。パトロールで道を歩きながら、最近亡くなった著名人の話になり、亭主が「大江健三郎が亡くなったのに、テレビのニュースでは原爆や平和の話ばかりしますよね。彼が『想像力』と言うのは文学の芸術性なのに」と言っても、誰も反応しないのが寂しかった。


3月16日 木曜日 今日も日中はかなり暖かかった …


 昨日は昼の散歩と夜のパトロールで、1万歩以上歩いたからか、10時半に床に就いたのに、朝の6時過ぎまで目が覚めなかった。急いで蕎麦屋に出掛けて、昨日の洗い物の片付けを済ませる。室内は13℃ほどしかなかったから、エアコンを入れて家に戻るのでした。女将の用意した朝食はいつになくご馳走で、古くなった蕎麦屋の残り物のナスも、大蒜醤油で食べればご飯が進む。国内産の大蒜は一つ200円以上もするけれど、ひとかけら30円で味は好いのです。

 今日は暖かくなると言うから、やはり蕎麦は二回打たなければならない。女将の朝ドラが終わるのを見計らって「行って来まーす」と家を出る亭主。小鉢は昨日のうちに盛り付けてあるけれど、定休日明けはやることが沢山あるから忙しいのです。みずき通りを渡ってバス通りに出れば、青い空の下に広がる菜の花畑が、春を感じさせるのでした。朝は少し肌寒いから、ジャンパーを着て蕎麦屋に出掛けたけれど、店の中は暖かくすぐに脱いで活動を開始する。

 玄関を出て看板を出し、幟を立ててチェーンポールを降ろせば、馬酔木の花が満開で春らしい。紫陽花の新芽も出て来ていた。柊南天の実が鳥たちに食べられて、沢山の種だけを地面に出しているのが小憎らしいのです。大きなヒヨドリだけではなく、最近は雀たちもこの実を食べに来るから、もう丸裸の状態。まあ、これが自然界の生業なのかと微笑ましくもある。早速、蕎麦打ち室に入って、今日は750g八人分と600g六人分の二回分の蕎麦を捏ねるのでした。

 二回の蕎麦を打って、いつもの時間に厨房に戻る。金柑大福を包み、野菜サラダを刻む。ポットにお湯を見たし、天麩羅の具材を調理台に並べて、天麩羅油を銅の鍋に空けて、天つゆの鍋を火にかける。IHの調理台にはキノコ汁を載せて温める。店の明かりを点けて、後はテーブルをアルコール消毒液で拭いて回れば、開店の準備は整うのです。BGMのスイッチを入れて、暖簾を出そうかと思っていると、開店時刻の5分前には駐車場に車が入るのでした。

 ご家族3人でのご来店でしたが、注文が決まらないうちにもう次のお客がテーブル席に座っている。お茶をお出しして「前の方からお造りしますのでしばらくお待ち下さい」と亭主が言う。まだ昼前なのにこの勢いだから、女将に電話をして早く来てくれるように言うのでした。前のお客の鴨せいろの鴨を焼いているうちに、次のお客もビールと串焼きと鴨せいろに天せいろのご注文。5人がほぼ同時の注文だから、亭主は一人では無理だと判断したのでした。

 ところがその後が続かずに、1時過ぎまでお客は来なかった。外は暖かい風か吹き、蕎麦屋の室内も暖房はとっくに消して、窓を開けている状態なのです。外を歩く人の姿も見えて、お客が来る気配はあったのですが、1時半近くにやっと歩いて年配のご夫婦が歩いていらした。お二人ともせいろ蕎麦のご注文だったけれど、蕎麦を食べてもらえるのが嬉しい亭主。ラストオーダーの時間になってやっとお帰りになる。亭主は天麩羅を揚げて遅い賄い蕎麦を食べる。




3月17日 金曜日 朝だけ少し晴れたけれど …


 大相撲と野球中継を観て、ゆっくりとした宵は、合間にブログを書き続けて、早めに休むのでした。5時前に一度目が冷めたけれど今日はあまり仕事もなかったから、6時過ぎまでまた眠って、蕎麦屋に出掛ける亭主。日の出の時間も随分と早くなって、朝のうちだけと言いながら、太陽が拝めたのは嬉しいのです。「ただ今」と家に戻れば「お帰りなさい」と女将が台所から応えてくれる。今朝は塩鯖の焼き物に菜の花のお浸しが付いて、春を感じさせる朝食。

 食事を終えてお茶をもらったら、洗濯物を干すのに忙しい女将が「スモモのもう一本の木にも花が咲いたわよ」と言うので、庭に出て写真を撮る。園芸センターで苗を買った時は、雌雄の木を植えなければいけないと説明書きがあった様な気がするのですが、後から調べて見れば雌雄の区別はなく、剪定さえ適切にすれば毎年実を付けると言うので驚いた。我が家のスモモはまだ一度しか実を付けていないから、はやく沢山の実を付けて食べてみたいのです。

 蕎麦屋に出掛ければ、朝の太陽は何処へやら、天気予報の通りに今日は曇り空が広がるらしい。看板を出して幟を立て、チェーンポールを降ろしたら、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。昨日の蕎麦がまだ残っていたので、今日は500g5食だけ打っておく。この天気だとあまりお客は見込めないだろうけれど、それでも準備をしておくのが商売。最近は47%の加水率で打っているけれど、どうも何か物足りない。柔らかくて切りむらが出来るのが嫌なのです。

 明日からは、やはり、46%に戻して、少し硬くてもそちらに慣れた方が好いと考えるのです。厨房に戻って野菜サラダを刻めば、そろそろ包丁を研がないと切れ味が好くない。小野隆治の作だと言う皿は、目利きのお客が「これは素晴らしい」と言うだけあって毎日盛り付けていても不思議と飽きない。亭主と同じ年なのに先年亡くなったから、琥山窯の皿が安く手に入ったけれど、陶芸をする古くからの友人に言われて、最近は少し盛り付ける量を減らしている。

 暖簾を出してもこの天気ではなかなかお客は来ない。駐車場の柊南天の実を、ヒヨドリが二羽もやって来て無心で食べていた。昼過ぎに車が入ってきて、以前にもきた宅配便の若者が、カウンターに座ってヘルシーランチセットの天せいろ大盛りを頼まれる。続けて常連さんのご夫婦がいらっして、ヘルシーランチセットの天せいろとただの天せいろ。こんな天気なのに有り難いリピーターの方々なのでした。続けて隣町の常連さんがいらっしていつものご注文。

 カウンターに座った話し好きの常連さんに付き合っていたら、テーブル席のお客にデザートを出すのが遅れて大失敗。お客の話もほどほどに聞いていないと、目配りが疎かになるのです。今日は近所の小学校の卒業式らしく、若い親御さんが子供を連れてバス通りを帰って来るのが見えた。以前なら、帰りに蕎麦屋に寄って食べていくお客もいたのに、時代が変わったのか、誰も寄っていかなかったのです。明日は寒い雨の一日だと言うから、どうしようかと悩む。

3月18日 土曜日 朝から冷たい雨の降る一日でしたが …


 今朝も6時過ぎまでぐっすりと眠った亭主。それでも朝飯前にはひと仕事と蕎麦屋に出掛けていく。冷たい雨の降る中、車を降りれば、早起きのスズメたちがチュンチュンと鳴いている。まずはエアコンの暖房を入れて、カウンターに並べた昨日の洗い物を片付け、昨日空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充しておく。たったこれだけのことだけれど、次に来る時にはすぐに蕎麦打ちにかかれるから、気持ちと時間の切り替えには有効なのです。

 朝食を終えて、今度は雨の降る中を傘を差して蕎麦屋に出掛ける亭主。みずき通りの角のお宅にピンクと白との椿が綺麗に咲いていた。特に白い椿は花びらが開くと。汚れたようになるのが常だけれど、ここの椿は最後まで立派に咲いているから素晴らしい。よく奥様が庭木の手入れをしている姿を見かけるのです。蕎麦屋に着いて雨の中を幟を立てて、チェーンポールを降ろせば、今日の始まり。店の中は寒い外に比べたら随分と暖かく感じた。

 蕎麦打ち室に入って、今朝は46%の加水で蕎麦粉を捏ね始めた。いつもより10ccほど水が少ないから、ちょっと心配だったけれど、水回しを終えて捏ね始めれば十分な柔らかさで、今日は思うような蕎麦が打てたのです。厨房に戻って金柑大福を包めば、古い瓶の中には金柑が五つあったので、五つ分の白玉粉と氷糖蜜を計って、冷たい雨の日でお客が来るかも判らないのに、五皿も包んで並べる。野菜サラダの具材を刻み、こちらはいつも通りに三皿盛り付ける。

 雨は強く降りだして、エアコンの設定温度を26℃の上げたのに、室内の気温はなかなか上がらない。外がよほど寒いのだろう。そのうち家に戻って早お昼を終えた女将が帰ってきて、「凄い雨ね。今日は駄目かもね」と言う始末。亭主もこの雨と寒さではと思っていたのですが、昼を過ぎた頃に車が2台駐車場に入ってきた。お母さんと娘らしく、ヘルシーランチセットの天せいろを二人でご注文なのでした。1時間近く二人でゆっくりと話をして帰るのでした。

 さすがに今日はこれで終わりかと思ったけれど、お客は次々と来て下さって、テーブル席は一杯なのでした。ほとんどの方が天せいろのご注文で、金柑大福も売れる。昼頃が一番小降りだった雨もまた激しくなって、こんな雨の日にお客がくるなんてと女将と驚いていた。二人で洗い物と片付けを終えて、雨の中をまた傘を差して家まで帰るのでした。さすがの女将も今日は買い物に出掛けずに、夕飯は亭主が久し振りにお好み焼きを焼くのです。




3月19日 日曜日 コロナ禍以後、初めての15人越えで …


 夕べも7時間以上は眠って目覚めた朝。少し腰が痛いので、今朝は朝飯前のひと仕事に、昔のように歩いて蕎麦屋に出掛ける亭主。血行が悪いから腰が痛くなるのだとは、我が家のヨーガの先生女将の意見だったから、昨夜も珍しく15分も風呂に浸かって身体を温めたのです。元来、いつも身体の温度が高いのが取り柄だったのに、やはり加齢には勝てないのか、最近では身体が冷えると感じることがあるのです。わずか300mを歩いても余り変わりはないけれど。

 蕎麦屋の前のバス通りに出れば、向かいの畑はうっすらと霜が降りているではありませんか。今朝は冷えたから腰が痛くなったのかと、頭でっかちの現代人の解釈で納得するのでした。まだ6時20分だというのにもう朝日が昇っている。しかも、日の出の場所は随分と北に移動しているのです。日常の忙しさにかまけているうちに、季節はどんどんと移り変わっているのでした。ヒンヤリとした朝の空気だけれど、この青空なら今日は暖かくなると思える。

 蕎麦屋に入ってエアコンの暖房を入れ、厨房に入ったらカウンターに干したままの昨日の洗い物を片付けて、小鉢を盛り付けるのです。週の後半のメインはワカサギの南蛮漬け。切り干し大根の煮物と白菜のお新香を合わせて、12鉢も用意すれば好いだろうと手際よく鉢を用意する。足らなくなったら、また盛り付ければ好いだけのことなので、朝飯前のひと仕事にはこれで十分と思ったのです。空になった蕎麦徳利には、新しい蕎麦汁を補充しておきます。

 7時過ぎにまた歩いて家に戻り、女将の用意してくれた朝食を食べる。ナス焼きの大蒜醤油は、いつ食べてもご飯には美味しいから嬉しい。食後のお茶をもらったら、亭主は居間の椅子に座って、電気もテレビも点けずに、じっと座っているだけ。実は、ここで書斎に入ってひと眠りしようかと悩んでいたのです。今朝は午前中に串焼きの食材が届くから、早く蕎麦屋に行かなければいけない。でも誘惑には勝てずに30分だけ横になって眠ったのでした。

 少し外気は冷たいけれど暖かい陽射しの中を蕎麦屋まで歩いて、朝の仕事を終えたらすぐに蕎麦打ち室に入る。今朝も46%の加水率で蕎麦粉を捏ねて、切りべら26本で140gの蕎麦を8人分あまり仕上げるのでした。金柑大福は5皿用意し、野菜サラダも珍しく4皿盛り付けておきました。暖かくなると言うから、きっとお客が来るだろうと予想したのです。その予想通りに、開店時刻の前からご家族がいらっして、続けて常連さんがやって来たのです。

 昼前にもう8人のお客が入って、亭主も女将も大忙しでした。駐車場は満杯で、一息つく暇もなく次々とお客が入るから、用意した温かい汁も作り足し、天麩羅の具材も新たに切り分けなければなりませんでした。1時前には最後のお客が入って、蕎麦は売り切れるのでした。駅前から歩いていらっしゃる常連さんが、ビールとライムサワーを飲みながら、最後に鴨せいろを頼まれて、お帰りになったのが2時半前。洗い物と片付けは4時近くまでかかった。

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2023年3月初旬


3月5日 日曜日 今日も早朝から蕎麦を打ったけれど …


 午前5時半過ぎの家の前の通りの風景。夜明け前の空には雲一つなく、終日曇りという天気予報が嘘のようなのでした。夕べは夜になってから蕎麦屋に出掛けてひと仕事したので、もっと眠っていたかったけれど、蕎麦が売り切れてまったくなかったので、今朝も朝飯前に一回打っておこうと蕎麦屋に出掛ける。三日続けて混むということはほとんどないけれど、馬鹿にしてはいけないのが日曜日。過去にも蕎麦が足らなくて困った苦い経験があるのです。

 小鉢の具材を冷蔵庫から全部取り出して盛り付けた後は、空になって何もなくなった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めていく。そして、部屋の中が暖まったところで蕎麦打ち室に入り、今朝の蕎麦を打ち始めるのです。750g 8人分の蕎麦を、朝の6時から打つのは昨日と同じだけれど、一人営業で9人をこなした金曜日から蓄積した疲労は、昨日よりも溜まっている。夜も営業をして一日20人を超えるお客を相手にした昔は、まだ若くて体力もあったのだろうか。

 今から思えば、年間何10万円単位の赤字を覚悟で人を雇っていたから、随分とサポートしてもらっていたのでしょう。それがお客の少なくなったコロナ禍を機会に、背に腹は替えられず、週に何日かは女将に助けられながら、今の営業形態に変わったのです。必然と言えば必然でしょうが、夕刻からの営業はまだ諦めたわけではないのです。お客の動向を見ているというのが今の現状なのでしょう。生舟に8束の蕎麦を並べて、7時前には家に戻るのでした。

 朝食を終えて、空が少し曇ってきたところで再び蕎麦屋に出掛ける亭主。それほど寒くはなかったけれど、陽射しがないとどうしても肌寒いと感じるのです。朝の仕事を終えたら、蕎麦打ち室に入って今日二度目の蕎麦打ちを始める。500g 5人分の蕎麦を打って、合計13食分を用意するのでした。暖かかった昨日に比べれば、日曜日だとは言え、十分な数だと思えるのです。厨房に戻って、いつもの通り、金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻む。

 その間に、薬味の葱を刻んだり、大根を擦りおろしたり、湯の沸いた大釜から4本のポットに湯を入れたり、天麩羅油や天つゆを温めたりと、いつもの仕事をこなすのです。開店直後に電話が鳴って女将が出れば、今日は営業しているかと尋ねられる。20分ほど経って電話の主の若い職人風の男性二人がご来店。リピーターのようなのでした。ヘルシーランチセットの天せいろを大盛りで頼まれて、ワカサギの天麩羅までご注文。亭主は無言で調理をする。

 昼を過ぎて徒歩でいらっした熟年の男性一人が、カウンターの隅に座ってせいろ蕎麦の大盛りを頼まれる。蕎麦が好きな方なのか、薬味も一切使わずに、蕎麦湯は綺麗に飲み干して帰られた。これでもう1時は過ぎていたから、やはりそんなに続けては混まないと見込んで、亭主はかき揚げを揚げて端切れの蕎麦を茹で賄い蕎麦を食べておく。食べ終わらないうちに常連さんの車が駐車場に入って来る。いつも決まってヘルシーランチセットのせいろ蕎麦の方。

 2時過ぎには洗い物を終えて、女将と家に帰るのでした。息子と同じ年の隣の奥さんが、珍しく駐車場で車を洗っていたから挨拶を交わす。ご主人は趣味のサッカーの練習に出掛けているのだとか。のどかな日曜日の午後なのです。女将の後を追いながらみずき通りを渡れば、午後の太陽が随分と高い位置から薄陽を差していた。季節が替わって、太陽が通る道筋もどんどん高くなっているらしい。予報では明日は午前中は雨。どんな一日になるのだろうか。


3月6日 月曜日 朝は雨、午前中は曇りで …


 雨の降る朝でした。まだ眠っていたかったけれど、急いで蕎麦屋に出掛けて、昨日残った蕎麦の確認をする。確かに、8食分の蕎麦が好い状態で残っていたから、洗い物を片付けて小一時間かけて白餡を作ったら、家に戻るのでした。モミジの枝に雀が一羽止まって朝の囀りをしていた。今日は午前中は雨という予報だったから、蕎麦は打たずに済まそうと考える。先週の月曜日は予想外に混んだから、多少の不安はあったけれど、8食あれば十分なのです。

 7時過ぎに家に戻れば、女将が朝食の支度をしてくれていた。塩鯖と小鉢が並んで、炊きたてのご飯と味噌汁。栄養価的にはこれで十分なのです。亭主はすぐに食べ終えてしまうから、お茶をもらって書斎に入る。今日は蕎麦打ちがないからと、たっぷりと1時間は眠って、目覚めればもう9時なのでした。香り豊かな珈琲を入れてテレビも点けずにゆっくりと憩いのひとときを過ごす。女将に声を掛けて家を出れば、もう雨は止んでいたのです。

 蕎麦屋の前のバス通りに出れば、ご近所のチンチョウゲの花が咲き始めていた。年に一度の風景で、空が曇っているのが惜しまれるのでした。蕎麦屋に着いたら、看板を出して幟を立て、チェーンポールを降ろす。昨日お隣の奥さんが綺麗に掃除していた車も、今朝の雨でまたずぶ濡れ。久し振りに、玄関脇に置いてある灰皿を洗って水を入れておく。曇ってはいても、空がそれほど暗くはなかったから、そのうちに陽が差してくるのかと期待が持てた。

 昨日に比べたら暖かさに慣れたせいか、少し風は冷たく感じられるのです。厨房に入って金柑大福を包み、大根と生姜をおろしたら野菜サラダの具材を刻み始める。この陽気ではお客はあまり見込めないと、過去の経験から判るのです。昨日はあんなに沢山の人が歩いていたのに、今日は犬の散歩に出る人の姿だけしか見られない。人間は気温の変化に敏感なのでしょう。昼過ぎまでお客を待って、誰も来ないと思っていたら、蕎麦好きの常連さんがいらっしゃる。

 「明日から随分と暖かくなるってね」と、新聞を見終えて亭主に話しかける。辛味大根とせいろ蕎麦の大盛りを食べて、綺麗に蕎麦湯をのんで帰られた。その後はもうお客は来ない。1時半を過ぎて亭主はかき揚げを揚げて、賄い蕎麦を食べ始める。残った天麩羅の具材を揚げて家に持ち帰る用意。お新香や切り干し大根など、残った小鉢もタッパに詰めて、月曜日は洗い物よりも、残り物の始末に時間がかかるから疲れる。3時過ぎに家に帰るのでした。

 女将はまだ帰っていなかったけれど、玄関に重い荷物を置いたまま、亭主は居間の部屋でひと休み。すぐに女将が帰ってお茶を入れてくれた。夜はプールに行かなくてはならないので、その時間から逆算して5時には夕食を食べなければならない。しばらくはパソコンに向かって、午後の陽射しを浴びながら一時間ほど昼寝をした。一週間ぶりのプールはやはり身体が重かったけれど、初心者コースで一人ゆっくりと身体をほぐすのでした。


3月7日 火曜日 好く晴れた定休日で …


 今日は朝の4時半から起き出して、確定申告の書類作りの三回目に挑戦。この何年かでやっと慣れた書類作成コーナーの入力形式がまた新しくなったので、「便利になりました」とはうたっているけれど、年寄りにはまた新しく覚えなければならないので、試行錯誤を繰り返すから大変。8時半には蕎麦屋に出掛けて、昨日の洗濯物を干したら、お袋様に電話をして火曜日の買い出しに出掛ける。空は青く景色も春めいて、気分が好いのでした。

 農産物直売所では地元の農家の白菜はもう終わりらしく、トマトや生椎茸、ニンジンなどを買って、隣町のスーパーに出掛けるのでした。陽射しはもう春の暖かさで、今日は駐車場も空いていたから助かった。白菜はやはりそろそろ終わりらしく、半分や四分の一に切った物が並んでいた。今日は新聞に広告の出る日だったらしく、エノキが57円などと、随分と安く売られていた。予定の買い物を終えてお袋様を送り、蕎麦屋に戻れば、暖房も入れずに検品をする。

 調理台に並べた野菜を冷蔵庫にしまったら、まな板を出して白菜を根元から切る。一枚一枚の葉に塩をまぶして、樽の中に漬け込んでいくのです。これで11時前になったので、午前中の仕込みは終わりにして、家に戻って昼の支度を始めました。と言っても昼は蕎麦だったから、お湯を沸かして昨日揚げて帰った天麩羅の残りをグリで焼くだけ。最近、グリルの調子が悪いと女将がこぼしていたけれど、掃除をして騙し騙し使っているのです。

 そう言えば、蕎麦屋のグリルもまったく同じ状態で、ガスの出る口が油で汚れて詰まっているらしい。10年も使っていないのに、ガスレンジそのものを取り替えると10万単位のお金がかかるから、女将ではないけれど、重曹を水に溶かして霧吹きで吹きかけ、掃除をしているのです。蕎麦屋はダブルキッチンだから、グリルは二つあるのでそれで何とか凌いでいる。道具の掃除というのは大事なことなのだとつくづく感じさせられるのでした。

 昼を食べ終えて、確定申告の書類を印刷したら、まだ入力が足りない部分があったのに気づく。いろいろな用語が理解できていないから、気づかずに次に進んでしまったらしい。朝早くからパソコンの電源は入れたままで、目も疲れ果てたのでここでひと眠り。午後の陽射しを浴びながら眠るのはとても気持ちが好い。目覚めればもう3時過ぎで、あまり天気が好いから、女将の言っていた近所の農家の垂れ梅の古木を見に出掛けた。遠くに辛夷の花が咲いている。



3月8日 水曜日 定休日二日目は疲れた一日で …

 4時半起床。例によって居間の椅子にじっと座って30分。テレビを点けて5時のニュースを見たら、蕎麦屋に出掛ける。今日は満月なのか、西の空に赤い月が沈んでいくところでした。厨房に入って気になっていた白菜のお新香の桶を見れば、十分に水が上がって漬け直しのタイミングなのでした。昆布を夾んで塩を振りながら、小さめの漬け物器に漬け直す。小鉢を一つ作っておこうと、冷凍してある南瓜の端切れを煮て、小一時間かかる大豆を煮始める。

 やっと日の出前になって向かいの畑を眺めれば、真っ白に降りた霜が朝の光で蒸発して朝靄になるところ。蕎麦屋の店の中も11℃だったから、暖房を入れればすぐに暖かくなるのです。7時前に家に戻って、女将の用意してくれた朝食を食べる。書斎に入ってひと眠りすれば、9時半まで目が覚めなかった。今日は確定申告の書類を提出に行く予定だったから、昼前に用意をして準備万端で昼食の支度をするのでした。久し振りにスパゲッティーカルボナーラ。

 1.5人分を女将と二人で分けて、美味しくいただくのでした。食後のひと休みを終えたら、まずは確定申告と車で20分ほどの市役所に向かう亭主。晴れて気温も上がってきたから、気持ちの好い午後でした。ところが、いつもの受付場所に着けば、いつもの受付には「提出受付中止」の張り紙がしてあって、愕然とするのでした。中央公民館で受け付けると掻かれていたから、カーナビを駆使して何とか辿り着いたのが1時半。ところが、いざ提出してチェックをうけると

 「収支内訳書だけで確定申告書がありませんね」と言われる。そもそもが確定申告を何のためにするかが判っていないから、所得税の確定申告をするという意識がない亭主。用紙をもらってその場で記入しようと思ったけれど、パソコンで税務局の自動入力を利用しているから、計算が出来ない。仕方がないからもう一度家に戻ってパソコンで確定申告書の入力をする。これも去年と違って別のページを開かなければいけないのに、やっと気が付いたのです。

 3時過ぎにやっと確定申告書を印刷していたら、女将がスポーツクラブから帰って来る。パソコンの画面を睨みつけて、頭がふらふらの亭主は、彼女に事の次第を説明したら、果物をもらってひと休みする。夕刻は道も混んでいて、提出の会場までは30分ほどかかった。先刻、受け付けをしていた男性がまだ仕事をしていて「家が遠いもので時間がかかりました」と言えば、他に並んでいる人もいなかったからか「ユーカリじゃ遠いですね」と同情してくれた。

 やっと家に戻ったのが夕刻の5時前で、今日はプールに行く日だから、蕎麦屋で午後の仕込みをする時間はない。蕎麦豆腐と天麩羅の具材を切り分けるだけだから、明日の朝でも好いだろうと、女将の用意してくれた焼き肉丼を食べ「6時には起こして」と言って書斎で横になって少し眠るのでした。プールに行く前から、今日は相当に疲れた気分で、パソコンに向かって目を酷使したからか肩が凝って、プールで泳いでも身体が重く感じるのでした。

3月9日 木曜日 暖かくなったら急にお客が増えて …



 昨日の夜は疲れ果ててもう動けなかったから、今朝は4時に起き出して蕎麦屋に出掛けるのでした。天麩羅の具材を切り分け、キノコ汁を仕込んだら、白菜のお新香を切って小鉢に盛り付ける。南瓜と小豆の従姉妹煮も少しだけ盛っておく。合わせて10鉢。これが今日の客数の予想なのです。だいぶ暖かくなっているから、店の中もエアコンは点けていない。これだけ暖かくなってしかも晴れると言うのだから、どうしたってお客が来ないはずはないのです。

 6時過ぎに駐車場に出れば、小雀たちが朝の囀り。モミジの枝の中にも二羽ほど止まって鳴いている。家に戻ってもまだ女将は起き出して来ないから、亭主は書斎に入ってもうひと眠りするのです。7時過ぎに目を覚まして約一時間の仮眠なのでした。女将も最近は随分ゆっくりと朝の支度をするので、今朝はちょうど好い具合なのです。鰺の開きと小鉢が二つで、とても美味しく朝食をいただく。例によって食後は20分ほど椅子に座って、固まっている亭主。

 女将の朝ドラの最中に髭を剃って着替えを済ませたら、再び蕎麦屋に出掛けていく。今朝も蕎麦打ちは二回だから、少しでも早く打ち始めたい。750gと500gの13食分を続けて打って、蕎麦玉を寝かせている間に、厨房に戻って生姜や大根をおろして薬味の葱を刻む。加水率を47%強にして少し柔らかめに打てば、伸す時間も短縮されて、柔らかい生地でも、包丁切りも最近は上手く出来るようになったのが嬉しい。厨房に戻って金柑大福を包み始める。

 白餡が少し柔らかかったけれど、これも慣れで求肥を硬めに仕上げて上手く金柑を包み込む。野菜サラダの具材を刻んで、新しい胡麻油を鍋に入れ、天つゆを温めたら、天麩羅の具材を調理台に並べていよいよ開店の準備が整うのです。今日は昼前に、先日来たばかりの常連さんが、年配のお友だちを連れていらっしゃる。せいろ蕎麦の大盛りと辛味大根を二つ。それからが、暖かい今日の混みようで、駐車場は満杯。女将が早く来てくれてとても助かった。

 隣町の常連さんもいらっして、いつもと同じに野菜サラダに辛味大根とキノコつけ蕎麦のご注文。1時半近くまで話をして帰られるから、それから亭主は賄い蕎麦を茹でて食べるのです。家に戻ればこの暖かさで、庭の塀沿いに植えてある姫水仙が一斉に花を咲かせていた。書斎のパソコンに向かって今日の写真と売り上げのデータを取り込んで、亭主は1時間ほど昼寝をするのでした。5時前に業者の若者が食材を届けに来て、夜は久し振りにお好み焼きを作る。

3月10日 金曜日 やはり今日も暖かいからなのか …


 午前5時半に家を出て、蕎麦屋に向かう亭主。定休日明けの初日からお客が入ったので、週末までの蕎麦汁が足りなくなりそうだったから、今朝は出汁取りから始めるのです。出汁を取っている間に曇っていると思った東の空から朝日が昇る。6時17分。随分と日の出が早くなったのです。すっかりなくなった小鉢も盛り付けて、朝飯前のひと仕事を終えて家に戻るのでした。7時前だったけれど、女将が台所に入って朝食の支度をしてくれていた。

 朝食のおかずは塩鯖と茄子焼きだったけれど、これで十分なのです。ナスをすり下ろした大蒜と醤油で熱いご飯に載せて食べれば、甘く美味しい香りがする。子どもの頃からよく食べたせいか、ナスは身近な食べ物なのでした。昔は栄養がないなどと言われたものだけれど、水分の多いナスも、最近ではポリフェノールやカリウムなどの栄養素の効果が見直されてきたらしく、高血圧や免疫力アップにも効果があると言われているのです。

 朝食を終えた後は、例によって書斎に入ってひと眠り。朝ドラの終わる時間には目覚めて、洗面と着替えを済ませて、珈琲を入れたら一服してまた蕎麦屋に出掛ける。ガレージに下りる階段の脇に黄色い水仙が見事に花を開いていた。早い時期に咲いた水仙は、もう女将が葉を束ねているのに、庭にはこの時期、姫水仙の他に白い水仙とこの黄色い水仙が咲いているのです。誰が植えたのかと亭主と女将が言い合うけれど、何度も楽しめて好いのです。

 蕎麦屋に着いたら、早速、蕎麦打ちにかかる。加水率は47%強。今までの亭主の経験からは、少し柔らかめだけれど、最近はこれが早く打ち上げるコツなのかと、少し考え直している。切りべら25本で140gの束を八つ揃えて、今日も13食を用意したのです。厨房に戻って野菜サラダの具材を刻み、開店の準備を整えたら、今日も昼前からお客が入ったから有り難い。一人のお客が続けて入って、例の少年もやって来た。歩けないお婆さんの蕎麦を持って帰る。

 三人のお客が入って四人分の蕎麦が出て、1時を過ぎたから亭主は賄い蕎麦を食べておく。今日はこれで終わりかと思ったら、いきなり四人のお客がいらっして、常連さんの元気なお婆さんが「来たわよ-」と、ご主人と娘婿と孫とを紹介する。若い二人は天せいろなのに、食べ終わってまたせいろ蕎麦を注文するのでした。高校生らしい孫も大きな声で話をするものだから、元気なお婆さんも大変なのです。やっと帰ったのがもう2時半近くで、後片づけが大変。

 7人しかお客が来ていないのに、蕎麦は10食分が出たから、沢山用意しておいて好かった。3時半近くまで亭主が一人で後片付けをしていたら、スポーツクラブから帰った女将が心配してくれて蕎麦屋に来てくれた。今日は暑かったから混んでいるのではないかと思ったのだそうな。最後の片付けを手伝ってくれて、4時前には家に帰ることが出来たのです。亭主はひと眠りして夜のプールに行く準備をする。何か随分と忙しいという一日なのでした。 



3月11日 土曜日 何年かぶりに15食の蕎麦が売り切れた …



 昨日の蕎麦もほとんど売り切れたから、今朝は4時半から蕎麦屋に出掛けて、まだ真っ暗なうちから最初の蕎麦を打つのでした。蕎麦粉が底をついて、今日の午前中に届く予定だけれど、ギリギリの攻防なのです。テレビの野球が夜遅くまでやっているので、睡眠時間は4時間ほど。元気をもらってなんとか頑張れるのです。蕎麦玉を寝かせている間に、厨房に戻って小鉢の切り干し大根を作る。白菜のお新香も南瓜と小豆の従姉妹煮も今日の分が足りるかと心配。 

 切り干し大根の煮物を作り終えたら、また蕎麦打ち室に戻って、蕎麦玉を伸して畳んで包丁打ち。47%の加水率で、ちょうど好い柔らかさで、このところ好い具合に仕上がっているのです。それにしても、この週末に向けてはお客が多かったので、注文しておいた蕎麦粉が、こんなにすぐに必要になるとは思っていなかった。蕎麦農場の係の女性に無理を言って、昨日電話をして今日の午前中に送ってもらうことにしてあったのです。これが果たして大正解でした。

 蕎麦を打ち終えた頃に、やっと東の空が明るくなって、日の出の直前の風景を写真に納める。向かいの畑にはうっすらと霜が降りているようだったから、やはり朝は気温が下がるのです。それでも蕎麦屋の店の中は15℃もあるので、夜の間に気温があまり下がらないらしい。陽が昇ると寝不足の身体も少し元気が出る。まだ6時過ぎだったから、家に戻って朝飯の前に眠っておくのです。7時を過ぎて女将が起こしに来てやっと目が覚めるのでした。

 朝食を終えて洗面と着替えを済ませ、珈琲を一杯飲んだら、今日は蕎麦粉が届くからと早めに家を出る亭主。出がけに見た庭の白い水仙があまりに端正に咲いているから、写真を撮っておく。この場所は秋には菊の花が咲く場所で、春はチューリップが咲く場所なのに、女将が球根を植えたらしいのです。とは言っても本人ももう覚えていないから、結果オーライで花を楽しむことにしている。日当たりの好い場所だから、一年で随分と育ったようなのです。

 蕎麦屋に着けば、早い時間に蕎麦粉が届いたから、二回目の蕎麦打ちが出来た。15食の蕎麦を用意して、今日は万全の体勢だと思ったけれど、それよりもずっと多くのお客が来て、お蕎麦売りきれで対応できなかったのは、とても残念なのでした。コロナ前の一日20人のお客が会った頃を思い出す。一回に1kg11食の蕎麦を二回打っていたのです。あまり続いたもので、腕の腱鞘炎が酷くなったのを覚えている。混むのは嬉しいけれど、ほどほどでないといけない。

 来て下さるお客には申し訳ないけれど、打つ蕎麦の数の上限を決めておくのが一番好い。身体を壊さずに長く続けるためには、日に適度の蕎麦打ちでないといけない。今日も駐車場は満車で、続々とお客が来て下さった。何組かが入れずに帰られた様子。コロナ感染の危機感が薄れたのと、気温が上がって暖かくなったのとが大きな原因なのでしょう。女将と二人で息つく暇もないほど忙しかった。洗い物と片付けが大変で、亭主はとうとう昼も食べられなかった。

 そんな日に限って、今日は夜の防犯パトロールがあるのでした。暗くなるのが随分と遅くなって、「今晩は」と挨拶をするのにもまだ明るい時間に集合場所に集まり、約5kmの距離を歩くのです。家に戻ればちょうど野球のテレビ中継の始まる時間で、合間を見てこのブログを書くのも大変なほど。テレビをずっと観ていられない女将は、翌日の新聞の記事を見て情報を得ているらしい。明日はまた沢山のお客が見込まれるから、朝早くから出掛けて行くしかない。



3月12日 日曜日 混んだ日の翌日は仕込みで忙しい …


 今朝も午前4時半に家を出て蕎麦屋に向かう亭主。昔なら、前日の夜に来てやっていた仕事も、10年近い年月が過ぎたから体力が落ちた。まずは昨日の沢山の洗い物を片付け、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充しておく。それでも蕎麦汁が足りないから、ストック分の一番出汁に返しを加え、鍋で温めるのです。二番出汁で作る天つゆや温かい汁も、もう残り少なかったから、3㍑の鍋に昆布と干し椎茸を入れて水に浸しておく。水分補給のほうじ茶も忘れない。 

 昨日は暖かいのに、何故か温かい汁の蕎麦を頼むお客が多かったのです。それからやっと蕎麦打ち室に入って、まだ暗いうちに蕎麦を打ち始めるのです。加水率は47%で、少し柔らかめの方が早く打てる。菊練りまで済ませてへそだしをして、これを潰して蕎麦玉を作ったら、ビニール袋に入れて寝かせておく。すぐに厨房に戻って捏ね鉢を洗い、蕎麦打ち室に戻したら、まずは蕎麦豆腐の仕込み。そして、小鉢にワカサギの南蛮漬けを仕込んでおくのです。

 7鉢分14尾のワカサギを蕎麦打ち前に解凍して、二番出汁とお酢と出汁醤油、砂糖で漬け汁を作っておいたから、後はワカサギに天ぷら粉をまぶして、水で溶いた天ぷら粉で揚げていくだけ。カリッとするまで好く揚げないと、漬け汁に浸かってすぐに衣が剥がれるから、注意しないといけないのです。薄く切った玉葱と千切りにした人参を間に入れながら、静かにタッパに並べていく。天麩羅の具材もすべてなくなっていたから、まだまだ仕事はあるのです。

 やっと蕎麦打ち室に戻って、寝かせておいた蕎麦玉を伸す。生地が柔らかいと伸す作業がとてもやりやすい。あまり柔らかすぎると今度は伸し棒に丸める生地がくっいたりするから、適度な柔らかさが肝心なのです。時々打ち粉を振りながら、八つに畳んで包丁切りに入る。包丁打ちも生地が柔らかすぎると、包丁の刃にくっついてしまったりするので、これも要注意。切りべら26本で140gの蕎麦を8束取って、端切れは亭主の賄い蕎麦用に取っておく。

 蕎麦打ちを終えて、どっと疲れた夜明け時。1時間半は集中して朝飯前のひと仕事をしたのでした。今日も天気が好く温かくなりそうだったから、昨日の混み具合を勘案して、蕎麦は16食用意するつもりでいた。家に戻ればまだ女将も起き出していないので、朝飲み残した珈琲をすすってストーブで冷えた身体を温め、書斎に入ってひと眠りする。40分ほど眠れたのだろうか。女将が起こしに来たので、食堂まで歩いて今朝のご飯を食べるのでした。

 ところが、ご飯を食べ終えるとまだ眠気が覚めないから、今朝はもう一度眠ることにしたのです。後一回蕎麦を打ったら、大根生姜を擦って薬味の葱を刻み、レンコンを切って湯がいて、南瓜を切ってレンジにかけ、天麩羅の具材を切り分けて … と、頭の中でシュミレーションをしている間に、もう眠りに落ちていた。目覚めたらもう8時半なのでした。洗面と着替えを済ませて、急いで蕎麦屋に向かうのです。ご近所の椿がとても綺麗に咲いていた。

 幟と看板を出して、チェーンホールを降ろしたら、早速、蕎麦打ち室に入って二回目の蕎麦を打つ。今回も加水率47%でちょうど好い柔らかさ。切りべら26本で8束の蕎麦が取れた。80gほどの端切れは、一回目の端切れと合わせて、亭主の賄い蕎麦になるのです。厨房に戻って残った仕込みを終えようと、野菜サラダの具材を刻んで、盛り付け終えたところで、開店前にお客がいらっした。久し振りに鴨せいろの注文が入って、作ったばかりの野菜サラダが出た。

 次にいらっした女性のお客が、ヘルシーランチセットを頼まれたから、サラダや蕎麦豆腐を食べている間に、蕎麦を茹で、金柑大福を包んだのです。話をしながらハラミとカシラの串焼きも注文。更に残った三つの金柑大福を、お土産で持ち帰りたいとおっしゃるので、ラップで包んで袋に入れて差し上げる。その後も、ぽつりぽつりとお客が来たけれど、昨日の半分ほどではなかったので、チャンスとばかり、蓮根を茹でたり、出汁を取って蕎麦汁を作った。

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2023年3月初め


3月1日 水曜日 弥生 … 三月 … 暖かい



 夕べは10時前にもう眠くなって床に入ったのですが、疲れていないからか、6時間もするともう目が覚めてしまう。パソコンのスイッチを入れて、立ち上がるまでに時間がかかるから、台所に行ってお湯を沸かしてほうじ茶を入れて飲むのです。確定申告の締め切りが迫っているので、いつまでもグスグスはしていられないと、今朝は去年のデータを洗い出して、抜けているものがないかと領収書を張り付けた帳簿と照らし合わせて見るのでした。

 7時を過ぎたら女将が朝食の支度をすませて亭主を呼びに来る。今朝は銀ダラの塩焼きと切り干し大根で、おかずの足りない分は納豆のパックを空けて食べるのでした。食後のお茶を入れてもらってひと休みしたら、早くから起きているので眠りたかったけれど、書斎のはパソコンが亭主を呼んでいた。年間の決算書を印刷して、光熱費や固定資産税など様々な支出を印刷ししたら、残るは仕入れの一覧票。業者別に並び替えて全体の額を印字するのです。

 早朝からパソコンの画面の細かな数字を見続けていたから、視力がどっと落ちて、カメラのレンズが曇っているのか、自分の目がどうかしているのかの区別が付かなかったのです。珈琲を入れて飲み終えたら、やっと今朝の仕込みに蕎麦屋へ出掛ける。玄関を出たところに置いてある垂れ梅の鉢を見れば、今年も元気に花を咲かせているから嬉しかった。暖かな朝だったから、亭主は靴下も履かずに雪駄をつっかけただけなのでした。

 蕎麦屋に着いたら、まずはお新香の漬け直し。水の上がった大きな樽から、小さな漬け物器に塩を振りながら昆布と唐辛子を入れて漬け直す。なた漬けを漬けた容器も冷蔵庫から出して、小鉢に盛り付ける準備をする。そして空になった蕎麦徳利を調理台に並べて、昨日仕込んだ蕎麦汁を詰めていくのです。大盛り用と普通盛り用と18個もあれば明日と明後日の分は足りるのです。残りは容器に入れてそれぞれ冷蔵庫に収納するのでした。

 最後に、なた漬けと昨日作った切り干し大根の煮物を小鉢に盛り付けて、午前中の仕込みは終わりです。11時過ぎに家に戻って、昼の支度を始める亭主。女将が「随分と早かったわね」と言うから、暖かいから身体の動きがいいのかも知れないと思うのでした。玉葱や人参、キャベツを刻んでカレー炒飯を作る支度をするのでした。冷凍したご飯をチーンしている間に、肉と具材を高温で炒めて、卵と塩とカレー粉を入れて一振りすればはい出来上がり。

 蕎麦の残った先週までとは違って、久し振りに炒飯を食べた気がするのでした。具材はやはり小さく切った方が美味しい。ワカサギの南蛮漬けがカレーにはとてもよく合う。先週店で残ったレタスに若布を入れたコンソメスープもなかなかの味。食後もすぐには昼寝に入らずに、確定申告に必要な源泉徴収書などを、机の上に積み上げられた書類の中から探し出し、後は確定申告書を作成するだけにして、やっと昼寝の時間になるのでした。

 女将はその間にスポーツクラブに出掛け、亭主は1時間ほどで目覚めて食堂に行って果物を食べる。暖房を入れなくても十分に暖かいから、ゆっくりと午後の陽射しを浴びながら、テレビの映画を観るのです。女将が帰った3時過ぎになって、再び蕎麦に出掛けた亭主は、蕎麦豆腐を仕込んで明日の準備を整えて家に戻るのでした。夜は地域の防犯パトロールがあるから、夕食は4時半前に食べて、6時からのパトロールに備えるのです。風は強く暖かな宵です。



3月2日 木曜日 暖かな一日だっけれど …


 庭の姫水仙が咲いた。去年よりも少し早いような気がする。急に春めいた陽気になる頃に咲く花なのです。蕎麦屋に行くにも上着はもう要らないほどで、ポロシャツの上にベストを羽織って出掛けて行く亭主。朝の仕事を終えたら蕎麦打ち室に入って、加水率47%で今朝の蕎麦を打つ。絶妙な柔らかさで捏ね上げて菊練りにしたら、ヘソ出しをして上から潰して蕎麦玉にする。ポリ袋に入れてしばらく寝かせます。厨房に戻って次の仕事の段取りを調えておく。

 この間に冷蔵庫からほうじ茶を出して水分補給をしておきます。再び蕎麦打ち室に入って、蕎麦玉を掌で伸していく。柔らかいからすぐに伸し広がり、伸し棒を使って少しずつ正円になるように丸出しを始める。このところ47%の加水率で打っても、柔らかすぎて上手くいかないということがないから嬉しい。綺麗に四つ出しも出来るし、角もしっかりと取れるから好いのです。八つに畳んで切りべら26本で135g~140gの蕎麦を八束取るのです。端切れは50gほど。

 暖房も入れていないのに、厨房の温度計は15℃を表示していました。10時前に蕎麦を打ち終えているから、やはり柔らかめの生地の方が効率よく蕎麦が打てるらしい。大根と生姜をおろして容器に入れる。生姜は開業する時に、河童橋で買い求めたステンレス製のおろし金の裏で擦ると、綺麗にすり下ろせるのが10年経ってやっと判った。薬味の細葱を刻み、次はいよいよ金柑大福を包むのです。ここで時計は10時10分。二つの大釜に火を点けておきます。

 それにしても室温が15℃なのになぜ寒く感じないのだろうかと、疑問がわき起こるのです。ついこの間までなら、蕎麦打ち室でも、16℃はないと寒いと感じていました。湿度計が54%を表示していたから、どうやら湿度が高いと少し暖かく感じるのではないかと思えた。寒い時期は湿度はいつも30%台なのでした。金柑大福を包むのに、白玉粉を今日は65gにして、求肥を少し薄めに作ることにしました。段々と量が多くなって大きな大福になっているのを反省。

 野菜サラダの具材を刻んでいつものように三皿だけ盛り付ける。味見で食べたパイナップルもトマトもとても美味しいから、食材の選び方はやはり重要なポイントなのだと再認識するのでした。ハウスで作るトマトも一つ60円、アスパラガスも一本35円もするから、11種類の野菜を使うサラダも、刻む手間の割には300円ではあまり儲けはないのです。それでも、これ以上の値段ではちょっと高いという印象があるから、野菜の値段の高低にかかわらず同じ値段。

 空も晴れて暖かな午前中でしたがお客は来ない。月曜日の混みようはやはり給料日後の一時のものだったのか。昼を過ぎて、いつもの常連さんがいらっして、今日は辛味大根はなしで、キノコつけ蕎麦と野菜サラダのご注文。他にお客もいなかったから、一時間近く話をされて、帰って行かれた。暖かな日だったから、女将も早くから来てくれたけれど、その甲斐もなく時間になったら暖簾を下ろして、二人で家に帰るのでした。なぜか空振りの春めいた一日 … 。



3月3日 金曜日 ひな祭りも遠い昔 …


 午前6時前の東の空は、まだ日の出前だからほの明るいだけ。足のスネが痒くて堪らないから、昨日近所の皮膚科に電話をしたら、午後は予約の方だけだと言われて、何とか午前中に行こうと考えたのです。朝飯前のひと仕事で蕎麦を打っておけば、9時からの診療に間に合って、蕎麦屋の開店までに準備が出来るのではないかと、かなり無理な事を始めたのです。蕎麦は500gだけ打って、11束を用意した。30分ほどで打ち終わるから後は野菜サラダの具材を刻む。

 それでも途中で7時前になったから、具材を途中で冷蔵庫に入れて家に戻る。台所では女将が朝食の支度をしてくれていた。昨日残った野菜サラダに豚肉を載せた蒸し野菜が、今朝のおかずなのでした。亭主はサラダはご飯のおかずにはならないと思ってはいるけれど、作って残した責任上、目をつぶって小皿に二杯ほど取って食べるのです。身体が温まるし、繊維質も摂れて、肉でタンパク質を補給できるから、理屈では理想的な食べ物らしい。

 朝が早かったから、食後に少し書斎で横になったけれど、今朝のスケジュールを思うと、ちっとも眠れないのです。8時半には家を出て、スカイプラザの中にある皮膚科に出掛けるのでした。ところが8時45分受け付け開始なのに、もう人が並んでいるから驚いた。受付番号が8番で、診察までに40分は待ったのです。一年ぶりに顔を合わせる女医さんは赤く腫れた亭主のスネを見て「保湿クリームとかつけないのですか?」とあきれ顔。乾燥性の皮膚炎なのだとか。

 薬局で処方された薬をもらうのにも随分待たされて、家に車を置きに帰ってそのまま蕎麦屋に出掛ければ、もう10時半なのでした。それでも、野菜サラダを刻むいつもの時間だから、なんとか間に合うのでした。窓の外にはヒヨドリが飛んできて、じっとこちらを見ている。近くで見ると随分と大きな鳥なのです。厨房で亭主が立ち上がると、パタパタッと飛び退いて、今度は玄関の脇の柊南天の葉の上に止まって、実を食べている。鳥は随分と目が好いのです。

 野菜サラダもいつものように三皿盛り付けて、昨日作った金柑大福を冷蔵庫から出して並べる。昼を過ぎた頃から、パラパラとお客が入った。皆さん、リピーターの方で、前半4人で一区切り。食器を洗う暇があったから助かった。しばらく間が開いて、1時半近くに若い背広姿の男性客が二人、ぶっかけ蕎麦を温かい汁でご注文。これで終わりだろうと思っていたら、ラストオーダーの時間に職人風の男性が3人でご来店なのでした。天せいろ三つのオーダー。

 大盛りの蕎麦も出たから、生舟の中の蕎麦はほとんどなくなり、天麩羅の具材や大根おろしも足りなくなって、途中で切り分ける有様。昼を食べる暇もなく、洗い物を片付け、テーブルを拭いて回るのでした。疲れたという気持ちと、お客が来て好かったという気持ちで、これから暖かくなるとこんな日が続くのかと思いやられる。亭主一人で営業の日は月曜日と金曜日の二日なのに、どちらも混んだから大変なのでした。有り難いと思わなければいけないのです。




3月4日 土曜日 お蕎麦15食完売の土曜日 …


 混んだ日の翌朝は仕事が多い。今朝も5時半には家を出て、朝飯前に昨日の洗い物を片付け、小鉢を盛り付ける。お新香と大根のなた漬けと切り干し大根の煮物を取り混ぜて、10鉢以上作っておくのでした。そして、天気が好くなって暖かいという週末だから、蕎麦はほとんど残っていないので、朝のうちに一回打っておくことにしたのです。コロナ以前にもこんなことがあったのかしら。1年前のことも好く覚えていないのに、ましてや3年前のことは …。

 750g 八束の蕎麦を打ち終えた頃に、やっと陽が昇る。少し雲が出て、朝日に照らされてとても綺麗なのでした。7時には家に戻り、女将の用意してくれた朝食を食べて、お茶をもらったらすぐに書斎でひと眠りする亭主。朝から力仕事をしたものだから、疲れたと見えて一時間近く寝込んでしまったのです。髭を剃って着替えを済ませ、9時過ぎに家を出るのでした。蕎麦屋に着いたら、朝の仕事を終えて、早速、二回目の蕎麦を打たなければならない。

 玄関脇の馬酔木の花が膨らんできた。暖かな陽当たりの好きな花なのです。二回目の蕎麦打ちは500g 五人分。昨日の残りと合わせて今日は15食の蕎麦を用意しました。コロナ禍もあるけれど、冬場の寒い時期の週末には、絶対に出ない数だけれど、今日はこれがすべてなくなったから驚きなのです。やはりコロナ野感染者数も減って暖かくなったから、お客が少し戻ってきたという印象です。リピーターさんの顔が結構あったから嬉しいのでした。

 昼を過ぎたらご夫婦のお客がいらっして、ヘルシーランチセットの天せいろを頼まれ、いきなり野菜サラダと金柑大福が二皿ずつ出たのです。その後は、次々とお客が続いたから、亭主も女将もてんてこ舞いで、今日は大盛りもかなり多く出た。奥の座敷でひと休みしようとお茶を持って入ると間もなく、「お客さんですよ」と女将が呼ぶ声がする。店の中は暖かく、換気のために窓を少し開けていても、誰も閉めようとはしなかったから、外も暖かくなって来た。

 1時を過ぎても客足は止まらず「いつもお客が一杯で入れないんですよ」と言うお客が、今日は二人とも大盛りの蕎麦を頼まれる。15食の蕎麦を用意したのは大正解で、最後の二人お客で綺麗に生舟の中が空になった。女将も珍しく腰が痛いと言っていた。亭主は屈んで洗い物をする物だから、とっくに背中が痛くて堪らなかった。それでも、二人で片付けをして3時には家に帰ることが出来たのです。夕飯は亭主がさぼてんで熱々のトンカツを買って帰った。

 昨日も亭主は疲れて夜のプールには行けなかった。今日も疲れすぎて昼寝も出来なかった。小鉢も蕎麦汁もなくなったから、夕食を食べてひと休みしたら、亭主は一杯飲んだので、暗い夜道を歩いて蕎麦屋に出掛けるのでした。お客が帰った後で昆布と干し椎茸を浸けておいた鍋に火を入れて、お新香を盛り付けていく。一番出汁で蕎麦汁を仕込み、二番出汁で天つゆと温かい蕎麦の汁を仕込む。火の元を確認して家に戻れば、もう風呂を沸かす時間なのでした。

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2023年2月末



2月26日 日曜日 昨日よりも寒い一日でしたが …

 午前5時半。東の森の空が明るんできました。朝飯前のひと仕事で蕎麦屋に着いたら、外の寒さとは裏腹に、店の中は8℃はあったから、昨日よりは寒いけれどエアコンの暖房を入れる。大釜に水を張って火を点けたら、すぐに暖まったので助かった。今朝はお新香を切り分けて小鉢に盛り付け、好評のワカサギの南蛮漬けを仕込む都合で、少し早めに家を出たのです。今週はこの二種類の小鉢で何とか済みそう。今日は冷たい風が吹く朝だったから心配です。

 小鉢を作り終えたらもう朝日の昇る時間で、駐車場のモミジの木に早起きの雀が止まっていた。その上の電線にはまた何羽か雀たちが止まって、朝の会話を交わしているらしい。小さな身体なのに寒いからか羽を膨らませて、随分と太って見えるから可笑しいのです。珈琲を入れて一杯飲んだら、ガスレンジの火を消したのを確認して、エアコンだけ点けたままで家に戻る。寝坊したらしい女将がやっと雨戸を開けていた。亭主は居間でゆっくりと朝食を待つ。

 昨日の夜から、今朝は蒸し野菜だと言われていたから、時間がかからないので遅くても好かったのでしょう。女将に買って来た甘い苺を亭主の分まで付けてくれるけれど、朝から甘い果物はあまり食べたくないのが亭主の本音。お新香と豚汁があれば十分なのです。昨日残った野菜サラダを豚肉の下に敷いて、蒸した野菜をぽん酢で食べる。野菜サラダを作った責任上、亭主は皿に二回だけ盛って、食べるのでした。これも本当は卵焼きか魚の方が好いのです。

 7時半には朝食を食べ終えて、すぐに書斎に入って横になる。食べてすぐだったけれど、とにかく部屋の中が寒いから、布団にくるまっていた方が暖かい。うつらうつらとしながら、それでも30分は眠ったのだろうか。起き上がっても、座り込んでしばらくは動けない。「よいしょっ」とかけ声をかけて立ち上がったら、廊下を通って居間の扉を開け、洗面所に行く。着替えを済ませて、もう一度珈琲を沸かして飲む亭主。家のドリップでいれるとやはり美味しい。

 再び蕎麦屋に向かうのでしたが、手袋をしてこなかったのを後悔した。外は冷たい風が吹いて、青空と陽射しがあるのに、首をすくめるほど寒く感じるのです。なかなか春にはならないのだなあと思いながら、蕎麦屋に着いて朝の仕事を終わらせる。蕎麦は昨日までの残った蕎麦と合わせて、日曜日だからと15食も用意したけれど、昨日よりも寒くて風が冷たいのだから、無理かなと思ったけれど、開店前からお客がいらっして、今日は全部売り切れたのです。

 昼前にもう10人のお客が入って、息つく暇もないほどの忙しさ。皆さんご家族連れで、天せいろばかりを注文するから、天麩羅の具材を何回も切り分けるのでした。大盛りのご注文も多くて、これも早く蕎麦がなくなった理由の一つ。小学校二年生の小さな女の子も大盛りのとろろ蕎麦を頼むから驚いた。駐車場が満杯になって、一組が出ればまた1台と車が入れ替わる。洗い物をする暇もなく、12時半には皆さんお帰りになったと思ったら、もう1台車が入る。

 「蕎麦はあと二つしかないよ」と女将に言って、外に見に行かせたら、お母さんと娘さんのお二人で、ちょうど好かったのです。まだ店の中にお客が沢山いらっしたので、カウンターに座ったお母さんと娘さんは、随分と待たせてしまった。休憩の暇もなく、亭主は天麩羅を揚げては蕎麦を茹で、女将も配膳をしてお茶だ蕎麦湯だと言ったり来たり。こんなに混んだのも珍しいのです。1時過ぎにはお蕎麦売り切れの看板を出し、溜まった洗い物を始めるのでした。


2月27日 月曜日 暖かくなったら急にお客が増えて …


 午前6時過ぎに蕎麦屋に出掛けたら、東の森の木々の間から朝日が昇ってきた。あまり風もなく、今日は晴天で好い一日になりそうなのです。それでも蕎麦屋の中は7℃とまだ寒いから、エアコンの暖房を入れて、二つの大釜に水を張り、ガスレンジに火を点ける。カウンターの上に干した沢山の洗い物を片付けて、昨日なくなった天つゆと蕎麦汁を仕込み、蕎麦汁は冷やしてから徳利に詰めておきます。珈琲を入れてひと休みしたら、やっと家に戻るのです。

 夕べ女将と話しておいた通りに、ナス焼きと塩鯖の焼き物で朝食を食べる。今朝は昨日の蕎麦が売り切れているので、気になって食後のひと眠りも出来なかった。混んだ日の翌日は何かと足りない物が出てくるのです。定休日前の月曜日だから、そんなにお客も来ないだろうとは思うけれど、蕎麦屋まで歩く道々、薬味の葱がなかったかとか、デザートの金柑大福は今日も出せるかとか、いろいろと心配をしながら歩く。バス通りに出たら冷たい風が吹いていた。

 蕎麦は全くなかったので、750g8人分を打って、今朝は綺麗に伸すことが出来たから嬉しかった。加水率は47%、少し柔らかめだったけれど、その方が伸す時にしっかり角が取れて好かったのです。亭主の賄い蕎麦で残した昨日の蕎麦が一束あるから、全部で9人分の蕎麦を用意したことになるのでしたが、これが全部売り切れるほどのお客が来るとは夢にも思っていなかったのです。昼を過ぎたら珍しく早い時間に、隣町の常連さんがいらっしたから驚いた。

 次に女将の知り合いらしい奥様がご主人といらっして、今日はこれで終わりかと思っていたら、1時前から続々とお客が入って、亭主一人なものだから、いち時にお茶を出したり、注文を取ったりともう大わらわなのでした。待たせながらも、なんとか最後のお客まで注文の蕎麦をお出ししたけれど、駐車場はずっと満車で、次々と帰っていくお客がいるから申し訳ないのでした。暖かくなると急にお客が増えるものなのかと、びっくりしたのです。

 1時過ぎにはもう蕎麦が売り切れたから、お蕎麦売り切れの看板を出して、後は残ったお客の応対をするだけ。後半はご新規のお客が多かったから、何かサービスをしてあげたくても、食材は全て売り切れて何も出すものがなかったのです。「デザートのお土産はないの?」と言われても「ご免なさい」といか言えなかった。一人の営業というのは、対応できる最大数がある程度決まってくるから、用意する蕎麦の数を決めて売りきれにするしかないのです。

 生舟の隅に残った端切れの蕎麦を茹でて、残った天麩羅の具材を揚げて、小さなお椀で腹の足しになればと、少しだけ蕎麦を食べておく。洗い物は何も出来なかったから、2時過ぎから片付けを始めたら、終わるのは4時過ぎになると気が遠くなる。と、玄関が開いて、お袋様が家に届いた書類を持って現れた。何のことはない、電話の回線が変わる案内で、洗い物を手伝うと言う手伝ってもらったら、早いこと早いこと3時前にはもう終わってしまうのでした。

 90歳近い母親に洗い物をさせるのも気が引けたけれど、昔取った杵柄とやらで、亭主が洗うよりも早くさっさと、片付けていくから凄いのでした。脇で亭主が洗ったものを吹いて片付けるから、亭主と女将の組み合わせよりも段違いでスピードが上がる。家に戻って「今日は混んだ」と女将に話せば「それにしては帰りが早いわね」と言われて、お袋様が来てくれた事を話す。餅を焼いてもらってひと眠りしたら、夜のプールに出掛けていく亭主なのでした。



2月28日 火曜日 定休日でも朝早くから …


 いつもの習慣で、定休日だというのに今朝は5時には目が覚めたから、居間の部屋に行って椅子に座って、ぼうっとすること30分。お茶を沸かして飲みたいけれど、煙草をくわえて吸いたいけれど、ただぼうっとしているだけなのです。頭の半分はまだ眠っているのか、5時半になったから「よいしょっ」と立ち上がり台所でお湯を沸かす。茶碗に沸いたお湯を入れて、湯冷ましに移して、それから急須に入れて待つこと1分、小さな湯飲みでいただくのです。

 動き出してしまえば後は身体が自然と起き出して、6時前には煙草を買いにコンビニまで車を走らせる。みずき通りの坂を昇って、そのまま蕎麦屋に向かい、やっと明るくなった東の空を眺めれば、日の出までにはまだ時間がありそうだったから、厨房に入って出汁取りの支度をしておく。干し椎茸や昆布は4時間は浸しておかなくてはならないから、真っ先に準備する。5㍑の大きな鍋を出して醤油や味醂などを用意したら、まずは返しを作っておくのです。

 朝飯前のひと仕事が一段落した6時半になって、玄関のガラスが眩しく光っていたから、外に出て日の出を眺める。向かいの畑には一面の真っ白な霜が降りて、暖かくなると言うのにやはり寒い朝なのだと、寒暖差の大きさに驚くのでした。家に戻って朝食を食べたら、書斎に入ってひと眠り。30分ほど眠ったら「よいしょっ」と起き出して洗面と着替えを済ませる。昨日世話になったお袋様に電話をして、毎週恒例の仕入れに出掛けるのです。 

 農産物直売所ではもう白菜は終わりと見えて、農家の持って来たものはなかった。トマトを選ぶのに、裏のヘタを調べていたら、持って来た親父様が「枝が枯れたトマトだから訳ありで安いのだけれど、この方が甘いよ」と言ってくれた。新鮮な生椎茸が出ていたのでそれももらって帰る。隣町のスーパーに行って残りの食材を仕入れる。今日はアスパラが随分と安かった。それでも10000円近くを払ったから、やはりいろいろと値上がりしているようなのでした。

 家の買い物は昨日のプールの帰りに買って帰ったから、今日は買い物の袋の数も少なく、10時過ぎにはもう蕎麦屋に戻っていた。まずは野菜を冷蔵庫に収納して、白菜を樽に塩漬けにしたら、大根を切ってなた漬けの準備。そして、朝のうちに昆布と干し椎茸を浸けておいた鍋を火にかけて、出汁取りをするのです。一番出汁を取ったら蕎麦汁を仕込み、二番出汁は容器に入れて水で冷やしたら冷蔵庫へ。時間に余裕があったからひと仕事余分にすることが出来た。

 今日は昨日の蕎麦の残りがないので、お昼はワカサギの南蛮漬けに、亭主が茄子とピーマンの味噌炒めを作り、女将がホウレン草を茹でてお浸しにする。久し振りに素朴にご飯を食べられたから、とても満足なのです。お茶を入れてもらったら、亭主は陽の当たる書斎に入ってひと眠りなのでした。なんと、二時間近くも眠ってしまい、女将がスポーツクラブの予約の時間だと起こしに来てくれた。無事に予約が済んで、亭主は蕎麦屋に行く前に庭の金柑を採る。

 青空が広がっているのだけれど、今日は南風が強い。蕎麦屋に着いたら、洗濯物を畳んで、洗濯機の中の洗い物を干しておく。厨房に戻って午後の仕事は、キノコ汁と切り干し大根の煮物の仕込み。今週は白菜の漬け物となた漬けと切り干し大根と、営業の始まる前からもう小鉢が三種類。暖かくなってお客も少し増えているから、ちょうど好いのかも知れない。4時過ぎには仕事を終えて家に戻るのでした。冷えてきた夜はキノコ鍋にうどんを入れて温まる。