2022年11月末

11月26日 土曜日 寒い雨模様の一日でした …

 午前6時過ぎの東の空は、どんよりとした厚い雲が空を覆っていました。今日の天気予報は午前中は曇りで午後は雨、夕刻は曇りで気温も終日上がらないというものでした。蕎麦屋に出掛けて夕べ漬けたお新香を糠床から取り出せば、好い香りがしてくる。天気が悪く、気温も低ければお客は来ないと考えるのが当たり前だけれど、昨日の蕎麦は一つもないから、今日は蕎麦を二回打たないとと、いろいろな細かなことをあらかじめ済ませて、家に戻るのでした。

 朝ドラの終わる前に家を出て、何とか雨に降られずに蕎麦屋まで辿り着いた。みずき通りに出る角のお宅の山茶花も、雨風に打たれて散って、向こう側のお宅の蜜柑も大分黄色く色づいている。風は冷たく襟巻きをして家を出た亭主。季節は冬に向かっているのですが、今年はなかなか寒くならないのです。かと思うと今朝のように平年並みの寒さがやって来るから、身体の調節機能が壊れてしまいそう。薄着をしているともう鼻水が出て止まらない朝です。

 早めに蕎麦屋に着いて朝の仕事を終えたら、すぐに蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つ。二回の蕎麦打ちは、どうしても30分は余分にかかるから、手際よく進めなければいけないのです。加水率は44%で蕎麦粉を捏ね始めて、一つ目の蕎麦玉をこしらえたら、次ぎも44%の加水率でしっとりとした生地を仕上げる。厨房に戻って大根をおろしたら、一息入れてまた蕎麦打ち室へ。切りべらは26本で130gから135gの束を生舟に入れて行く。14食の蕎麦を用意できた。

 時計は10時を回っていたけれど、それから金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻み始めたから、やはり少しいつもより遅くなっている。女将が来てくれるから、店の掃除をしなくて好いのが唯一の救い。そんな日に限って、開店の10分前に駐車場に車が入ってきたのです。ご家族3人連れで奥のテーブル席に座って、天せいろとキノコつけ蕎麦を頼まれる。お子様には小さな椀をお出しして、お母様が蕎麦を分けて食べさせていた。金柑大福も一つご注文。

 外の温度は13℃で、こんな寒い日だからお客が続くはずもなく、女将と二人で暇をもてあます時間が続いたのです。そこに玄関を開けて現れた女性が手を振るから、誰かと思ったらなんと下の娘ではありませんか。マスクをしているから女将も亭主も判らなかった。娘二人を市川の劇場に連れて行って、そのままユーカリまで来たらしい。女将の古稀のお祝いにと花を持って来て、昼はお客として蕎麦を食べたいというから、キノコつけ蕎麦をすぐに出してやる。

 すぐに次のお客がいらっしゃるが、娘の食べている蕎麦を見て、美味しそうだと思ったのか、こちらもキノコつけ蕎麦を頼まれる。金柑大福までご注文されて、今日はデザートもキノコ汁も完売なのでした。洗い物や片付けものを終えて2時半には女将と家に戻ったのです。書斎に入ってひと眠りしたら、夜は大相撲を途中までしか観られずに、防犯パトロールに出掛けて行く亭主。寒い中を亭主よりも年配の人々が集まって、一緒に元気に団地の中を歩くのです。




11月27日 日曜日 暖かな陽射しが …

 7時間以上眠って、今朝も7時前に目が覚める。昨日の夜の防犯パトロールで疲れたか。最近は蕎麦屋の行き来以外に、ほとんど歩かないから、運動不足の亭主にはちょうど好いのかも。蕎麦屋の昼の営業で、毎日6時間ほど厨房の中で立ちっぱなしだから、筋肉を使わないわけではないけれど、歩くのはやはり生活の基本なのでしょう。昨日の蕎麦屋で疲れたのは女将も同じだから、どうしても朝食が少し遅くなる。寒くなると尚更辛くなるのかも知れない。

 昨日の悪天候に比べたら、今朝は雲一つない青空で気持ちが好かった。庭の金柑の実もだいぶ色づいてきたから、今年は沢山の実が採れるのだろうか。陽射しは暖かいけれど、風が少し冷たい。亭主は蕎麦屋まで襟巻きをして出掛けるのです。看板を出して幟を立てたら、チェーンポールを降ろして今日の仕事を開始する。蕎麦打ち室に入って750gの蕎麦粉を計量したら、計量カップに水を入れて、捏ね始めれば少し柔らかい。昨日よりも少ないのに不思議だ。

 気にするほどではなかったけれど、伸せば綺麗に四隅がそろう。何が良いのかちょっと解らなかった。切りべら26本で135gの蕎麦を8束と少々。昨日の残った蕎麦と合わせて、今朝は15食の蕎麦を用意できた。天気の好い日曜日だからとは言え、まさか15食は出ないとは、コロナ禍の経験から分かってはいる。ただ、余分に蕎麦があると余裕を持って調理が出来るのです。今日も開店と同時にお客さんがいらっして、続けて三人連れのご家族がご来店なのでした。

 金柑大福と野菜サラダは既に仕上がっていたし、キノコつけ蕎麦の汁も、女将が大きな鍋から移して温めてあった。最初のお客はカウンターに座ってぶっかけ蕎麦を頼まれた。次の三人連れは皆さん天せいろのご注文。天麩羅鍋の油が冷めないうちに、どんどん天麩羅を揚げることが出来たから、快調なスタートなのでした。前のお客が帰らないうちに、自転車でご夫婦がいらっして、温かい汁のぶっかけ蕎麦とランチセットのご注文。こちらもすぐに出せた。

 注文の品と蕎麦湯を出して、亭主が奥の座敷でひと休みしようと思ったら、すぐに「お客さんですよ」と女将の呼ぶ声がする。今度は天麩羅付きのヘルシーランチセットと天せいろを頼まれて、ゆっくりとお食事をなさって行った。女将がカウンターに下げた盆や皿を、亭主が少しずつ洗いながら、今日はこれで終わりかと思っていたら、1時過ぎに今度はバイクで中年のリピーターの夫婦がいらっして、天せいろとせいろ蕎麦の大盛りを頼まれる。

 ゆっくりと食事をなさって「蕎麦は勿論だけど、大根のなた漬けが美味しい」とご主人が言って店を出る。柏からのツーリングだと聞いて、お気を付けてと声をかけるのでした。2時近くになって、亭主はやっと昼の賄い蕎麦を食べられた。2時半には家に戻って、女将が柿を剥いてくれる。書斎でひと眠りしている間に、女将は買い物に出掛けたらしい。夕食は大相撲の千秋楽を観ながら、亭主がお好み焼きを作り、夜はサッカーのワールドカップと忙しかった。



11月28日 月曜日 昨日とはうって変わって寒い曇り空 …

 5時半に家を出て蕎麦屋に向かう。混んだ日の次の日は、食材が欠けているから、補充しなければいけない。天麩羅の具材を切り分け、生シイタケ、ピーマン、ナスとそれぞれの容器に入れていく。かき揚げの容器も空になっていたから、玉葱を刻んで水にさらして補充しておきます。6時を過ぎて陽が昇る時間だと外に出れば、雲がかかって今朝は日の出も見られない。犬の散歩で通りかかった農家の親父様が、「早くから大変だね」と朝の挨拶をしてくれた。

 小鉢を確認したら残りが四鉢しかなかったので、レンコンとニンジンでキンピラを作る。材料は店にある物ばかりで何とか間に合わせるのです。七鉢あれば間に合うだろうとは思うけれど、不安がないわけでもない。でも今日は日中も寒いと言うから、そもそもお客が来るかどうかも分からないのです。もし万が一、足りなければ野菜サラダを出してもいい。過去にもそんな経験があったなと思い出す。定休日前の月曜日は、決して多く用意しすぎてはいけない。

 家に帰れば、亭主が居間に入ったのを聞きつけた女将が、台所に入って「お早うございます」とお互いに朝の挨拶をする。おかずは茄子とピーマンに豚肉を入れて味噌炒め。そして、縞ほっけの塩焼き。蕪の葉とシメジの味噌汁。これで十分。今日もひと眠りはしないで、髭を剃って珈琲を一杯飲んだら、8時半には家を出る亭主。蕎麦は昨日の残りが確か4束あったから、500gだけ打てば好い。風が冷たい通りを蕎麦屋までゆっくりと歩いてくのでした。

 今朝は暖房を入れておくのを忘れたから、蕎麦屋の店内は13℃しかなかった。これでは蕎麦を打つには寒すぎると、ほうじ茶を入れて暖まる。真冬なら、10℃以下でも蕎麦は打つのに、このところ温かい日も多いから、急に寒くなると、どうも調子が出ないのです。44%弱の加水で蕎麦粉を捏ね始め、ちょうど好い柔らかさで蕎麦玉を作り、ビニール袋に入れたらしばらく寝かせておく。その間に、厨房に戻って、大根と生姜をおろし、薬味の葱を刻むのです。

 蕎麦を打ち始めてもなかなか身体が暖まらないから、今朝は大釜に早くから火を入れて、蓋を開けて蒸気が室内に上るようにしておきました。亭主の座る厨房の椅子は、大釜の前にあるから、背中から暖めてくれるといった寸法。野菜サラダの具材を刻んで今日も三皿に盛り付けるけれど、たとえお客が来てもこの寒い日にサラダを頼む人はいないだろうとは思っているのです。それではどうしたら好いのかと思い詰めれば、いつもと同じにするのが一番と気づく。

 開店の準備を整えて、少し早めに暖簾を出したけれど、昼を過ぎてもお客がないから、やはりこの寒さでは普通は蕎麦は食べないと思うのでした。やはり冬場の集客には、手間はかかっても、鍋焼きうどんとかけんちん蕎麦とか、何か暖かくて美味しいものを用意しなければいけないかも知れない。あの店の熱々の鍋焼きうどんが食べたいと言うようなインパクトがないと、お客の数は自然と減るばかりだと思うのです。本格的に寒くなる前に宣伝しなければ。

 結局、2時間経ってもお客の姿は見えず、通りを歩く人の姿もないのでした。ぶっかけの賄い蕎麦を茹でて、大根おろしと山葵と天かすで食べる亭主。お客が来ないとなれば洗い物は最低限にしたいから、さっさと撤収の準備を済ませて家に戻るのです。女将が帰る時間よりも過かなり早く帰宅したから、書斎でひと眠りして夕刻からのブログ書きに入るのでした。11月も今日で営業は終わり。去年よりも若干お客の数は増えているのが、救いなのかも知れません。


11月29日 火曜日 なま暖かい風の吹いた日 …


 東の空が真っ赤に燃えているようだったから、急いで車に乗って蕎麦屋に出掛けたのです。向かいの畑の奥に続く森の向こうから、あさひは昇るはずだったけれど、陽が出る時刻にはもう空は雲で覆われていたのです。結局、天気予報通りに今日は曇り空一色で、時折、薄陽が差す程度。なま暖かい南風が吹いて、気温はどんどん上がっていくようなのでした。今朝は出汁を取って蕎麦汁まで作るのが、朝飯前のひと仕事です。小一時間の作業に終われる。

 昨日のうちに干し椎茸と昆布を浸けておいた3㍑の鍋に、沸騰直前で昆布と干し椎茸を取り出して削り節を入れる。灰汁を取っているうちに湧き出してくるから、火を止めてそのまま削り節が沈んでくるのを待つ。これを2㍑の鍋に濾して入れ、残りはボールに入れて濾す。ボールの一番出汁は、後ろのシンクの水を張った盥で冷やし、鍋の一番出汁には返しを加えて沸騰直前で火を止める。2リットルの一番出汁に対して返しの量は600cc強です。

 次ぎに二番出汁を取るのですが、寒い日が続くと温かい汁が出るので、先週も最後は5㍑の出しが全てなくなった。鍋の縁まで目一杯に水を入れて、追い鰹で6㍑の二番出汁を取っておきます。そのうち1.5㍑は温かい汁にするから、200ccの返しを加えて沸騰直前で火を止めるのです。水で冷やした一番出汁は、蓋をして鍋のまま冷蔵庫に入れる。二番出汁はステンレスの容器に1.5㍑ずつ入れて、水で冷やしてから冷蔵庫に。温かい汁の鍋はそのまま冷蔵庫に。

 使った鍋や濾し網を洗っていたら、時計はとっくに7時を回っていたけれど、定休日だから女将もゆっくりだろうと、家に帰ればいつもより遅い時間に朝食の支度が終わるのでした。ベーコンエッグと豚汁だけでもう亭主は満腹になるけれど、蕎麦屋で残った小鉢も責任上食べなければいけないから、ちょっとお腹が苦しいのです。そんな時は書斎に入ってすぐ横になってひと眠り。30分ほど眠ったら、苦しいお腹も治まったのでした。

 洗面と着替えを済ませてお袋様に電話をしたら、今日も仕入れに出掛けるのです。農産物直売所ではいつもの農家が朝採りのキャベツやカブを持って来てくれていた。いつも蕪の葉が新鮮なので、先週もすぐに茹でて何日か美味しく食べ続けたのです。里芋もいつもの農家のものを買って、今週は小鉢に筑前煮を作る予定。小さめの芋は家に持ち帰って夜の酒の友にするつもり。今日は随分と沢山買い込んだので、片付けるのに時間がかかった。

 11時過ぎに家に戻れば、ちょうど女将も買い物から帰って来て、昼はキノコつけ蕎麦の汁が店で残ったから、二人で付け蕎麦にして食べるのでした。昨日の小鉢の残りも昼で終わったから、夜は新しいおかずが食べられる計算。2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約をするまでは、午後の仕込みにも出掛けられないから、食後の時間を無駄にしてはいけないと、煙草や酒をあらかじめ買いに出る。無事に希望の席を取って、ひと休みしたら蕎麦屋に出掛ける。

 洗濯機の中に入ったままの昨日の洗濯物を干したら、厨房に入ってまずは柚子の皮切り。小さな柚子だけれど綺麗な粒だからと買い求めてきたのです。中身を取り出して、皮の内部の白い部分を包丁でそぎ落とす。皮をみじん切りにしたら、小さなハックに入れて冷凍しておくのです。他は全て家に持ち帰り、女将が柚子ジャムを作ることになっている。亭主がパンでも食べれば使うけれど、だいたいは女将がヨーグルトに混ぜて食べてしまうのです。

 白餡を水と氷糖蜜で溶いて火にかけたら、煮詰まるまで弱火で時間をかける。その間に筑前煮の材料を切って、鶏肉を炒めたら他の具材も全て炒めて、出し汁で煮込むのです。出汁醤油と砂糖で味付けをしたら、根菜類が柔らかくなるまで更に煮込んで出来上がり。硬く詰まった白餡はタッパに入れて急速冷凍しておきます。4時半になったから、小粒の里芋と柚子の中身を持ち帰って女将に渡す。夜は鶏の手羽中を塩で焼いて、ニュースを見ながら一献です。


11月30日 水曜日 いよいよ11月も終わり …

 二階の階段の踊り場から東の空が赤く燃えるのが見えたから、急いで通りに出て空を眺めたけれど、もう陽の光は見えなかった。それでも今朝は青空が広がるのかと思っていたのに、朝食を食べ終えた頃には、空はどんよりとした曇り空。やはり天気予報通りなのでした。定休日だからか朝の女将と亭主の動きも緩慢で、朝食を食べる食卓に料理が並んでも、箸の進むのが遅いのです。暖かな朝だったから、暖房も入れずに静かに二人で食事を終える。

 いつもと同じ時間に亭主は蕎麦屋に出掛け、今朝はまず塩で押し漬けしてあった大根を取り出し、砂糖を加えて酒粕に漬ける。柚子の皮の千切りと京唐辛子の輪切りを加え、蓋をしてまた冷蔵庫に入れておくのでした。このなた漬けがとても美味しいと言ってくれるお客もいるから、大根の美味しい季節には毎年作っているのです。小鉢にして出す小物はメインの料理ではないけれど、ひと味違ってお客に喜ばれるのが嬉しい。料理人の造る喜びが広がる。

 次ぎに蓮根の皮をピーラーで剥いて、酢水で茹でている間に、隣の火口でキノコ汁を仕込む。出し汁で細かく切り分けた鶏肉を茹でて、次々といろいろなキノコを入れていくだけだから簡単なのですが、出汁醤油で味つけをしてからがちょと慎重になる。2㍑の鍋に1㍑の二番出汁を入れて、キノコを加えて煮込むと2㍑近くになるのですが、出汁醤油だけでは味に奥行きが出ないので、蕎麦汁を加えるのです。この分量を味見をしながら考えるのが難しい。

 つけ蕎麦で食べるから、少し濃いめでないと汁の味が薄まってしまうのです。レシピに記録していないから、加える出汁醤油や蕎麦汁の量は、いつもだいたいが目分量で、味見をする亭主の舌の感覚で味は決めている。11時前には家に戻って、庭の金柑が随分と黄色く色づいていたから、写真に撮っておきました。やはり今年は暖かいのでしょうか、例年なら年が明けないとこんなに黄色くはならないのです。今年は柚子が豊作だという事情が分かる気がする。

 昼はまた先週に残った蕎麦だから、蕎麦屋の真空保存室に残っていた海老を天麩羅に揚げて持ち帰ったら、これが甘くてとても美味しかったのです。お客に美味しい食べ物を出せるのが料理人の喜びだから、高価な海老もたまには食べてみるものだと思ったのです。蕎麦湯を飲んで満足した亭主は、書斎に入って1時間ほど眠ったのでしょうか、目覚めれば女将はスポーツクラブに出掛けていた。午後はまた整形外科へ行ったり夕刻の防犯パトロールと忙しい。

 薬をもらうだけなので医者も時間はかからないから、その前に煙草を買いにコンビニに行って、ついでに夜の酒の肴を買ったら、蕎麦屋に寄って午後の仕込みを終わらせてしまう。蕎麦豆腐を仕込んだら、天麩羅の具材を切り分けて、ラップをして冷蔵庫に入れておくのです。小鉢のために作った筑前煮となた漬けは、明日の朝飯前に盛り付けておこう。明日からは気温もぐんと下がると言うから、果たしてどれだけお客が来るものなのか。

 2時半過ぎには蕎麦屋を出て医者に行けば、開業前で廊下の椅子に座って一番で並ぶ。近くの薬局で処方箋を出して薬をもらうまでに約20分。薬局ではマイナンバーカードを取り扱っていると言うけれど、整形外科では使用できませんと張り紙がしてあった。スマホは使っていても、時代の変化にはなかなか対応できないのが亭主の年齢だからちょうど好い。家に戻れば4時前だけれど、夜のパトロール前に夕食を食べてしまおうと、餃子を焼いてご飯を食べる。

 下宿暮らしの学生時代には、近所のラーメン屋で食べる餃子ライスはかなりの贅沢だったのを思い出す。今では自分で包んだ餃子を冷凍して保存出来るから、自分で納得した味の餃子を食べられる。50年近く経った今でも、苦労した時代の思い出は忘れないから、とても満足して食後のひと眠りに入ったのです。1時間ほど寝込んだら、女将が「出掛ける時間ですよ」と起こしに来てくれたので、集合時刻に遅れずに出掛けられた。歩き回って汗びしょの夜でした。