カテゴリー
未分類

2025年2月下旬



2月20日 木曜日 最近では一番寒い日、寒い朝でした…

 今朝も寒さで目を覚ました。時計を見ればまだ4時半だった。居間の部屋に行ってストーブに当たる。エアコンではなかなか身体がすぐに温まらないのです。コーヒーを沸かして、5時のニュースを少し見たら、ガレージに降りてシャッターを開ける。手足腰の運動をしてからでないと、またぎっくり腰になったら困るから、老人の朝は慎重な動きが必要なのです。肋骨の痛みを堪えながら、屈んでシャッターを開けたら、冷たい車に乗り込んでエンジンを掛ける。

 真っ暗な道を走って蕎麦屋に着いたら、エアコンを入れて蕎麦打ち室に入る。室温が5℃しかなかったから、今朝はかなり寒い朝なのです。750gの蕎麦粉を計量して、47%の加水で蕎麦粉を捏ね始めれば、今朝はちょうど好い硬さの生地に仕上がる。蕎麦玉をビニール袋に入れて寝かせている間に、ほうじ茶を沸かしてお新香を小鉢に盛り付けるのです。タブレットで昨日のブログを読みながら、一服していると、向かいの森の背景がうっすらと明るくなったきた。

 蕎麦を打って8人分の蕎麦を生舟に入れたら、朝飯前のひと仕事は終わり。エアコンを点けたまま、家に帰って朝食を食べる。朝食を終えて居間でお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りするのでした。1時間ほど眠って目覚めたら、車に乗ってまた蕎麦屋に出掛ける。幟と看板を出して厨房に入ったら、薬味の葱を刻んで、生姜と大根をすり下ろす。それから野菜サラダの具材を刻むのです。今日は女将の来るのが開店前だから、ゆっくりはしていられない。

 幟がはためいているから、外は風が強く冷たいのです。室温がなかなか上がらないのでそれと分かる。11時前にはサラダを盛り付けて、テーブルを消毒液で拭いて回る。天麩羅の具材を調理台に並べて、天麩羅鍋に新しい油を入れ、天つゆの鍋を火にかけたら、いよいよ最後に金柑大福を包む準備をする。まな板の上にラップを広げて、片栗粉を撒き、白餡を丸めて丸く伸ばして金柑を載せる。これを包んで求肥でくるめば、女将の来る前に金柑は出来上がり。

 冷たい風の吹く朝だったから、最初のお客が来るのは遅かった。それでも昼過ぎには、男性客が一人いらっしてテーブル席に座り、ヘルシーランチセットの天せいろを頼まれた。後から持ち帰りの天麩羅盛り合わせも追加。続けてもう一台車が入ってきて、三人連れのご家族がご来店なのでした。寒いのに本当に有り難い事です。キノコ付け汁と天せいろ、暖かい天麩羅蕎麦を注文されて、亭主は天麩羅を揚げ始める。蕎麦豆腐と大福も追加でご注文なのでした。



2月21日 金曜日 昨日よりは少し気温は上がったけれど…

 今朝も5時前には目が覚めてスマホのアラームをOFFにした。台所でお湯を沸かして、居間の部屋でストーブに当たりながらコーヒーを飲むのです。今日は蕎麦を500gだけ打てば好かったから、少しゆっくりして、6時前に家を出て蕎麦屋に向かうのでした。蕎麦打ち室の室温は6℃と昨日よりも1℃だけ暖かい。向かいの畑の向こうの森の木々が、明るくなった空の下でシルエットで浮かんで、幻想的な夜明け前なのです。今日も47%の加水で蕎麦粉を捏ねる。

 蕎麦玉を寝かせている間に空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充しておきます。再び蕎麦打ち室に入り、綺麗に伸して畳んだ蕎麦は、切りべら22本で5.5人分の蕎麦が取れた。7時前には家に帰って女将の用意した朝食を食べ、例によって食後のお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りするのです。今朝はなかなか眠れないと思っていたら、何時の間にか40分も時間が過ぎていた。8時半には洗面と着替えを済ませて、そろそろ歩いてでも行けるかと蕎麦屋に向かう。

 蕎麦屋に着いて、玄関前のテラスの部分を眺めれば、こちらに移った時に、屋根はあるから、ここにはテーブルと椅子を置いて寛げるかと思う。冬場のこの時期や風のある日には、ちょっと辛いかと考えると、回りに囲いでもすれば好いのだけれどと、また亭主の空想が始まる。玄関を入っていきなり居間になるのもどうかと思っていたのです。職人に頼んでフェンスを張れば好いのだけれど、ちょっとお金がかかりすぎる。思案のしどころなのかも知れない。

 幟と暖簾を出してチェーンポールを降ろす。厨房に入って大根をおろし、アスパラとブロッコリーを茹でたら、野菜サラダの具材を刻んで、今日も三皿盛り付けておきます。サラダを仕上げたのは、10時半でいつもより随分と早い時間でした。調理台に天麩羅の具材を並べて、金柑大福を包む準備をするのと、天麩羅鍋に油を入れて天つゆを火にかけるのとはほぼ同時なのでした。無事に大福を包んでテーブルを拭いて回れば、開店15分前なのでした。

 今日も寒いからお客はなかなか来そうにないと思っていたら、12時前にご夫婦が歩いていらっして、せいろ蕎麦の大盛りとヘルシーランチセットのせいろ蕎麦を頼まれる。こんな冷たい風の吹く日に歩いて来たから、温かい汁の蕎麦かと思ったけれど、やはり蕎麦好きの人のようなのでした。「この店は開業してから何年になりますか」と尋ねられたので「12年になります」と応えれば、「大震災の時は大変でしたでしょう」と言われて返答に困る亭主なのでした。

 その時の記憶がなかったので、後で調べて見たら大震災は2011年で、まだ蕎麦屋は開業していなかったのです。前の職場で昼過ぎに大地震にあって、対応に苦労した記憶が蘇る。その時に水も飲まずに深夜まで走り回って、初めて痛風の発作が出たのでした。蕎麦屋を開業したのは、それから3年してからだから、お客のご主人の記憶も曖昧なのだと安心したのです。閉店の前に片付けを済ませて、これで今日も終わりかと思っていたら、3人連れのお客がいらっして、また天麩羅の具材を取り出して調理を始めるのでした。


2月22日 土曜日 今日も気温は上がらなかったけれど…

 今朝も4時半起床で5時には蕎麦屋に出掛けていく亭主。肋骨の痛みが少しは引いてきたけれど、まだ寝返りが打てるほどではないのです。痛い方の肋骨を上にして同じ姿勢で眠るものだから、早く目が覚めてしまうのかしら。蕎麦屋に入れば思ったよりも寒くはなくて、まずは気になっていた店の奥のテーブル周りに目がいく。右側の壁には背の低い本箱が置ける。テーブルを一つどかして回転椅子と背の低いテーブルを家から運んで来たい。亭主の空想です。

 今朝も750gの蕎麦粉を47%の加水で捏ねて、少し柔らかめだったけれどこれがちょうど好くて、伸せば綺麗な四角形を作れて畳んで包丁切りをすれば、切りべら22本で8束の蕎麦を生舟に並べるのでした。昨日の残りと合わせて12食の用意で、今日は営業を開始する予定なのです。蕎麦打ちを終えて厨房に戻れば、今日はまだ時間があったので、キノコ汁を作っておく。冷凍してあったキノコと鶏肉を二番出汁で煮て、塩味を付けるだけだからとても簡単なのです。

 家に帰れば「お帰りなさい」と言いながら、女将が台所で朝食の用意をしていた。ホウレン草にひじきの煮物、高野豆腐などにメインの出汁焼き卵が付いて、バランス好く健康に留意したメニューで本当に有り難いのです。食後のお茶をもらって亭主は書斎に入ってひと眠り。今日は1時間以上もゆっくりと眠ってしまいました。小鉢の盛り付けもあったし、朝の仕事が2時間もかかったから、少し疲れたのかも知れない。9時半前には家を出て歩いて蕎麦屋へ。

 今日は暖簾を出す前にもう車が駐車場に入って、最初のご夫婦はリピーターの方なのでした。寒い朝だったのによくぞいらっしてくれました。鴨せいろと天せいろを頼まれたから、厨房は俄に忙しくなった。出し終える頃に次のお客がいらっして、いつもカウンターに座るご夫婦が、今日はテーブル席に座ることが出来たのです。カレー蕎麦と天せいろの大盛りを頼まれて、ゆっくりと昼食を食べていかれた。7月一杯で店を閉める話をすれば残念がっていた。 

 続けていらっした男性客は、カウンターに座って天せいろのご注文。まだ12時過ぎなのに、もうこんなにお客がいらっしたのは、やはり土曜日だからなのでしょうか。亭主は女将が下げてきた盆や皿を次々と洗っていくのです。1時を過ぎてお客の足が途絶えたのを見計らって、亭主はかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べておく。女将もこの間にひと休み。後半に混むこともあるから油断は出来ない野です。今日は閉店間際にお客が入って、最後の天せいろを出した。


2月23日 日曜日 今朝は今季で一番寒かったのに…

 今朝も4時半に目が覚め、コーヒーを沸かして居間の部屋で一服するのでした。テレビも点けずに椅子に座って煙草をくわえ火も点けずにぼうっとして30分。なかなか頭がはっきりとしないのです。それでも5時になったら、ウッドデッキの木につかまりながら車庫に降りて、シャッターを開け、車で蕎麦屋に出掛けるのでした。昨夜の予報では、この時間は-5℃と今季最低の気温なのです。蕎麦屋に入って、まずはカウンターに干した昨日の洗い物を片付ける。

 大釜にお湯を汲みながら他の仕事をしていたら、釜に掛けて置いた蛇腹のホースが外れて床に水をまいてしまう。滅多にないのだけれど、後の始末が大変なのです。それから蕎麦打ち室に入り、今日の蕎麦粉を計量して、47.5%の加水で捏ね始めるのです。最近はいつも47%と思って捏ねていたけれど、どうも柔らかめだと思って、電卓で計算し直したら47.5%だったのです。でも、それがちょうど好い柔らかさで、四隅が綺麗に伸せるから好いのです。

 蕎麦玉を寝かせている間に玄関を出て夜明け前の写真を撮って、空の蕎麦徳利に蕎麦汁を補充しておきます。お新香やなた漬けも小鉢に盛り付けておくのでした。再び蕎麦打ち室に入って、切りべら22本で135gの蕎麦を8.5束打ち終え、生舟に並べます。昨日の残りの蕎麦と合わせて、今日は13食分の蕎麦を用意しました。7時前には家に戻って、女将の用意してくれた朝食を食べ、お茶をもらったら書斎に入ってひと眠り。今日は1時間以上も眠ったのです。

 頭がすっきりとして目覚めた朝は気持ちが好い。9時半には家を出て寒い北風の吹く中を歩いて蕎麦屋まで行く。向かいのサツマイモ畑では、新しく借りたという耕作放棄地の根の張った木を、ショベルカーで掘り起こしていた。若旦那が出て来て挨拶をするので、「いよいよ始まりますね」と応える亭主。幟を出し、厨房に入って大根をおろし、アスパラとブロッコリーを茹でるお湯を沸かします。女将が「今日は特別に寒いわ」と言ってやって来た。

 昨日よりも冷たい北風が思ったよりも強く吹いて、今日はお客が来ないかも知れないと思ったけれど、暖簾を出して12時前には最初のお客がやって来た。久し振りに家の近所の奥様が、この寒い中を歩いていらっして天せいろを頼まれる。続けて、車でいらっしたご夫婦はよく見れば駅前のマンションに住んでいる常連さんなのでした。奥様がキノコ付け蕎麦でご主人は熱燗と海老や赤いか、鱚の天麩羅を頼まれる。すぐに次の三人連れが店に入って来たのです。

 昼を過ぎて風も収まったのか、散歩に出てくる人の影がちらほらと見える。蕎麦屋もお客が途切れずにテーブルが埋まるのでした。今週は尻上がりにお客の数が増えているから嬉しいのでした。今日は開店前に、埼玉に住む長女が亭主の運転する車に息子と一緒に乗ってやって来た。結婚するときに全部荷物を持って行ったかと思ったら、まだ当時の自分の部屋にかなりの荷物が置いてあったらしいのです。今の自宅から蕎麦屋に引っ越すと知って、三連休だからとやって来たのでした。明日はお袋様を交えて昼食会の予定。


2月24日 月曜日 今日は朝食会の準備と片付けで終わる…

 今朝は8時半に蕎麦屋に出掛けて、洗濯機の中の洗濯物を干したら、カウンターに干してあった昨日の洗い物を片付けるのでした。9時半前には家に帰り、店に持って行くものをスーパーのレジ袋に詰めて、女将の支度を待つのでした。それから駅前のショッピングモールに二人で行って、昼の食事に寿司とお総菜を買って蕎麦屋に行くのです。亭主はインスタントのお吸い物を買うのを忘れない。店では女将が茶碗蒸しを亭主が天麩羅を揚げることになっていた。

 店に着いたら、早速、女将が調理場に立って、茶碗蒸しの具材を切り分ける。亭主は小皿が欲しいと言っていた娘のために、使えそうな店の小皿を何種類かカウンターに並べて、好きなものを選んで持って行けるようにしておく。みんな10枚とか15枚単位で揃えたものだから、少しでも減れば嬉しいのです。三越から取り寄せたひとつ5000円のティーカップや、香蘭社の小鉢など、まだ使っていない物もあって、どれだけなくなるのかが楽しみなのでした。

 女将が準備をしている間に、亭主がデーぶるをセットする。12時前に皆が集まって、お袋様もバス通りを歩いてやって来た。酒を飲む人がいなかったので、乾杯の写真も撮れなかったのがちょっと残念。亭主はアルコールがないので少し間が持たない。孫の男の子が元気なのが女将も亭主も嬉しい。皆が寿司を食べ始めたら、茶碗蒸しの時間を気にしながら、亭主は天麩羅を揚げていく。今日は朝食後も昼食後も昼寝をせずに頑張った。久々の家族の集まりでした。


2月25日 火曜日 朝は寒く、日中はかなり暖かい一日でした…

 夕べは10時半に就寝、今朝は6時過ぎに起床。これが亭主の理想的な睡眠のパターンなのですが、なかなかいつもこうとは限らないのが辛いところです。朝食を終えても眠くならないので、書斎に入ってパソコンに向かい、病院の予約をとっておくのでした。お袋様に電話をして迎えに行く。農産物直売所に開店の時間前に着けば、駐車場には車が一杯で、入り口には買い物客が並んでいた。野菜が高い時期だから、安くて新鮮なものを求めて来るのだろうか。

 白菜はもう時期が終わったと見えて、いつもの陳列棚には並んでいなかった。隣町のスーパーで買ったのはいいけれど、大きな白菜の半分で450円だったから驚いたのです。大根も今日は大型で一本200円もしたから、やはり野菜は値上がりしている。今日はレジ袋に四つも買い込んで、1万5000円も支払ったのです。店に帰って、早速、大根と白菜を塩で漬けるのでした。日曜日の洗濯物を畳んで、昨日の洗濯物を干したらもう昼の準備をする時間なのでした。

 家の大鍋に湯を沸かし、スパゲッティーとレトルトのミートソースを茹でる。その間に先週残ったレタスをちぎって皿に盛り付け、買って帰ったトンカツは女将が切っておいてくれた。腹も減っていたのか、今日はとても満足な昼食なのでした。食後にお茶をもらって書斎に入り、陽を浴びてひと眠りするのが楽しみな定休日です。女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、彼女が剥いてくれた甘夏を食べて、ひと月振りに床屋に出掛けていくのでした。

 暖かい午後だったからか、珍しく混んでいたので、近くの息子の床屋からマスターの奥様が手伝いに来てくれた。転んで肋骨を折ったという話をすれば、奥様も階段から落ちて尾てい骨にひびが入ったと言う。歳を取るとちょっとしたことで怪我をすると言うことで一段落。80歳を越えたマスターは、最近はあまり話もせずに髪を切ることに専念しているから、終わる時間も早いのでした。伸びた髪を刈ってもらって、気持ちよく蕎麦屋に戻り、午後の仕込みです。


2月26日 水曜日 午後は病院で検査の結果を聴く…

 今朝は3時過ぎから目が覚めてしまったけれど、さすがに早すぎるからともうひと眠りしたら、次に起きたのは7時前なのでした。食堂に行けば女将が鮭を焼いてくれていた。菜花のお浸しももうこれが最後らしい。昨日の茶碗蒸しをレンジで温めて出してくれた。二階の部屋の片付けをした長女の出したゴミが、玄関に五つも袋に入れて置いてあったので、亭主が食後にゴミの集積場まで運ぶのでした。ストーブに当たって少しウトウトして蕎麦屋に出掛ける。

 まずは昨日の洗濯物を干して、前の洗濯物を畳む。そして、カウンターに出したままだった沢山の小皿を片付け、出汁取りを始めるのでした。最近は週に一度の出汁取りで足りるから助かる。昔、店が混んだ時期には、これを週に二度ほど繰り返さないといけなかったから、返しも甕に二つ作っていたのです。一番出汁を取って返しを加えたら隣の火口で火を入れ、二番出汁を取り始める。と、誰やら玄関の扉を開けてやって来たから驚いたのです。

 見れば、夜間パトロールの代表が、先日亭主が出しておいたメールを見てくれて、見舞いに来てくれたのでした。肋骨を折った事の経緯を説明して、ひと月経っても寝返りも打てない今の状況を話した。蕎麦屋を止めて暇になったら、右足の親指の潰れた軟骨を手術してもらおうと思っていると言えば、「まだ若いのだからそれが好い」と言ってくれた。一番年下なのに申し訳ないと言えば、新しいメンバーも入りそうなのでと言う話なのでした。

 出汁を取り終えてキノコ汁を作ったら、もう昼の準備をする時間なのでした。家に帰って大鍋に湯を沸かし、蕎麦を茹でて女将と食べる。午後は女将がスポーツクラブに出掛けた後で、亭主は再び蕎麦屋に行って、天麩羅の具材を切り分け明日の仕込みをすべて終わらせる。3時から病院の午後の診察が始まるので、2時過ぎには蕎麦屋を出て、病院の駐車場で受け付けの始まるのを待つのでした。ネット受付では9番目だったけれど、早く先生に呼ばれて、先日、地域の大きな病院で撮ったCTの画像を見ながら、異常はないと言われた。「一番心配だった頭のことだから安心ですね。肋骨の具合はどうですか」と親切に様子を聞いてくれるのでした。


2月27日 木曜日 やはり暖かくなったらお客が増えた…

 昨夜は2時間おきに目が覚めたけれど、最後は5時にアラームで目覚める。定休日明けは開店までの仕込みが沢山あるので、コーヒーを沸かして飲んだら、5時半には家を出て蕎麦屋に向かいました。東の空が明るくなっていたから、後で調べたらこの時期は月の初めよりも30分ほど日の出が早くなっているのでした。蕎麦打ち室に入って蕎麦粉を計量するのでしたが、今日は暖かくなると言うのでお客が増えるのではないかと、850g9人分を打っておきました。

 蕎麦玉を寝かせている間に、厨房に戻って白菜のお新香となた漬けを小鉢に盛り付けておきます。そして、ほうじ茶を飲みながら、昨日のブログを読み返しておくのです。9人分の生地を伸していけば、47.5%の加水だとかなり柔らかくなるのですが、逆に綺麗に四角形が出来て角もすっきりと伸し広げられるから好かった。蕎麦打ちを終えて片付けをしても、7時前には家に戻って女将の作る朝食を食べて、ゆっくりとひと眠り出来たのです。

 再び蕎麦屋に出掛けて、幟と看板を出したら、向かいのサツマイモ農園の若旦那と挨拶を交わす。厨房に入って、大根と生姜をおろし、薬味の葱を刻んで、蕎麦豆腐を仕込んでおく。それから野菜サラダの具材を出すのですが、ブロッコリーを買うのを忘れていた事に気づき、今日はスナップエンドウだけで勘弁してもらった。野菜が馬鹿に高くなっているから、原材料費だけでも一皿300円は軽く越えているのでしたが、簡単に値上げするわけにはいかない。

 次に空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充するのです。大盛り用に6本、普通用に6本用意したら蕎麦の数を越えたので、それで終わりにしておく。そして、金柑大福を包む準備を始めます。まな板の上にラップを敷いて、片栗粉を散らし、白餡を丸く潰して金柑を包んでおく。最後に白玉粉に砂糖と水を加えて求肥を作り、火にかけて硬くなったら、これを包んでいくのです。熱々だから、4つも包めばもう手が火傷の状態。テーブルを拭いて女将の来るのを待つ。

 今日は開店前からもうお客がいらっして、やはり暖かくなったからか、随分とお客が入ったのです。古民家で料理教室を開いているという女性客に店を畳む話をしたら、小鉢や皿をもらってくれるというので嬉しかった。帰りがけに名刺を置いていったから、まんざら話だけではなさそうなのが好かった。暖かくなったからか、今日は天麩羅がよく出たのです。昼は外の16℃まで上がって、暖房を入れた店の中は25℃になったのでエアコンのスイッチを消した。

 ヘルシーランチセットの天せいろも出て、ビールや酒まで出たから、売り上げも上々。作ったばかりの金柑大福は全部売れてしまったので、明日もまた作らなければいけない。洗い物を済ませて、女将と二人で2時半には蕎麦屋を出た。帰りがけに向かいのサツマイモ農園の若旦那に会ったら、「お疲れ様です」とまた挨拶をしてくれる。午後の昼寝から目覚めたら、すっかりなくなった日本酒や洗剤を買いに出掛ける。夜も暖かいので鮪の手巻き寿司を食べる。


2月28日 金曜日 早いものでもう2月も終わり…

 今朝は5時半過ぎに目を覚まして、スマホのアラームが鳴らなかったことに気が付いた。慌てて身支度をして車で蕎麦屋に出掛けるのでした。蕎麦打ち室に入って750gの蕎麦粉を計量して、47.5%の加水で捏ねて蕎麦玉を作る。ビニール袋に入れてこれを寝かせいてる間に厨房に戻って、昨日の片付けをしながらコーヒーを沸かす。外はもうすっかり明るくなっていた。雲が沢山出ていたので、今日は曇りなのに暖かくなるのかと不思議に思ったのです。

 蕎麦を打つ前に、昨日なくなった小鉢に白菜のお新香と大根のなた漬けを盛り漬けて、冷蔵庫に入れておく。蕎麦打ち室に戻ったのが6時45分だったから、今朝は7時には打ち終わりそうにない。柔らかめに仕上がった生地は、綺麗に四隅を整えて伸し広げ、畳んで包丁切りをすれば、8束と半分の蕎麦が仕上がる。時計を見れば、7時15分だったから、やはり30分はかかるのです。家に戻れば、女将が魚の煮付けを終えて、味噌汁とご飯を出すところなのでした。

 食べ終えて7時30分、お茶をもらってひと休みしてから書斎に入り、ひと眠りしたら8時40分。1時間近く眠ったのに、まだ頭がすっきりとしなかった。今日も暖かいのでお客が来ると思い、車を置いて歩いて蕎麦屋に出掛ける。肋骨の痛みは薄れたけれど、右足がどうも地面に引っかかるのでした。やはり蕎麦屋を止めたら足の親指の手術をしてもらおう。未知の世界なので上手く元のように歩けるようになるのか不安だけれど、時間が出来るから試してみたい。

 蕎麦屋に着いて看板と幟を出したら、厨房に入って大根をおろし野菜サラダの具材を刻み始める。女将に頼んで昨日ブロッコリーを買って来てもらったから、今日は綠も豊富で、農家の大きなミニトマトがひときわ綺麗に配置できたのです。カレーうどんとヘルシーランチセットで、このうち二皿は出たから嬉しかった。お客の数は昨日ほどではなかったけれど、開店から閉店間際まで、ずっとお客がいたので、賄い蕎麦を食べて休んでいたら遅くなってしまう。

カテゴリー
未分類

2025年2月中旬



2月13日 木曜日 夕刻まで嵐のような北風が吹いた一日…

 今朝は4時半に目が覚め、朦朧とした意識の中を起き上がって、コーヒーを沸かすのでした。昨日の通院が心配事を解決してくれたので、今は自分のするべきことをしていれば好いと思えたから、蕎麦屋に出掛けて蕎麦を打つのでした。玄関を出たら14日の月が西の空に輝いていました。いつもの朝よりはずっと暖かかった。車から降りて蕎麦打ち室に入れば、室温は12℃もあったのです。47%の加水で蕎麦粉を捏ね始めたから、少し柔らかい生地の仕上がり。

 それでも伸し広げれば久々に綺麗な四角形になったので、柔らかい生地の方が成形が簡単なのかと、蕎麦打ちの原点に戻ったような気がするのでした。切りべら24本で135gの蕎麦を8、5人分打ち上げて、家に戻るのでした。今朝のおかずは塩鮭と茄子焼きで、自分で大蒜をおろして食べ始めたら、昨日女将が余分に作った茶碗蒸しが出て来たから嬉しかった。食後のお茶をもらって、今日は書斎に入って30分ほど眠ることが出来た。頭がすっきりとして目覚める。

 外は北風が強くなったので車で蕎麦屋に出掛けた。気温は10度もあるのに体感温度は2℃しかなかった。風速は12mもあったので、幟は出せなかった。乾燥した畑の土が風に煽られて舞い上がっている。これではお客が来ないだろうと思いながら、開店前の仕込みをするのでした。11時過ぎには野菜サラダも金柑大福も完成して、テーブルを拭いて回るのです。風は収まる気配もなく、ビュービューと吹いて、厨房の扉の隙間から冷たい風が吹き込んでくる。

 開店前に女将が来てくれたけれど、「寒い寒い」と言って着替えに奥に入った。暖簾を出してお客を待つけれど、この風と寒さでは来たいが出来ないのでした。やっと歩いていらっした常連さんが、鴨南蛮蕎麦と金柑大福を頼まれて、本日、唯一のお客となるのでした。有り難い事なのです。1時を過ぎてもお客は来そうになかったので、亭主は天麩羅を揚げて賄い蕎麦を茹でる。洗い物は増えるけれど、蕎麦だけではすぐに腹が減ってしまうのです。

 蕎麦は5日前に打ったものだけれど、熟成して美味しかった。今日打った蕎麦は7食分残っているから、明日は5食打ち足せば十分なのです。2時過ぎには片付け物を終えて、女将と同じ時間に蕎麦屋を出るのでした。夕刻になっても強い風は収まらない。南風なら春一番なのだけれど、北風では寒いばかり。ストーブを点けて椅子に座っていたら、少し眠ったようで、午後の昼寝はしなかった。明日は風も収まって暖かい一日になりそうなのです。


2月14日 金曜日 昨日よりは暖かくなったけれど北風が…

 今朝は6時に家を出て蕎麦屋に向かう。空には雲が出ていたけれど今日も晴れそうなのでした。風が昨日よりも弱くなっていたけれど、やはり北風なので寒さは変わらない。蕎麦打ち室に入って500gだけ蕎麦を打ち足す。加水率は47%のままで、しっとりとした生地が仕上がって、伸して畳んで切りべら20本で140gの蕎麦を、5束半取る事が出来ました。家に帰って女将の用意してくれた朝食を食べて、書斎に入ってひと眠りするのです。

 肋骨が折れていると分かってからは、出来るだけ身体に振動を与えないようにと、歩いて蕎麦屋に行くことは止めました。平日ならば、そんなに沢山のお客が来ないので、駐車場も満配にはならないのです。風は収まると昨日の予報では言っていたのに、今朝も幟がぱたぱたとはためいている。土埃が舞い上がらないだけまだ好いのですが、体感温度はかなり低くなるのです。昼近くからやっと気温が上がったらしく、室内も20℃を越えてきました。

 大根をすり下ろして野菜サラダの具材を準備すれば、一本100円もするアスパラを買ってしまったのが後悔された。値段をよく見ずに束で買ってしまうからいけないのですが、300円で出す野菜サラダは12種類の野菜を使っているから、到底、割に合わないのです。風が冷たいから今日もお客が来ないかと思ったら、「陽射しが暖かいのに、冷たい風が吹いていますね」と言って、男性客が一人カウンターに座る。今日は一人のお客ばかりが続いたのです。



2月15日 土曜日 朝と昼の温度差が17℃もあった…

 夕べは風呂から上がってストーブに当たっていたら、もう眠くなってそのまま床に入って眠ったのです。8時半だったからちょっと早すぎるとは思ったのですが、眠気には勝てなかった。果たして深夜に目が覚めて、テレビで洋画を一本観てからまた眠ったので、今度は7時前まで寝てしまった。急いで朝食を食べ、8時半には家を出て蕎麦屋に出掛ける。歩いて行きたくなかったけれど、土曜日だから駐車場を使うのが憚られたので、頑張って歩いたのです。

 蕎麦を打たずに昨日の残りで間に合わせようかとも考えたが、それならわざわざ歩いて来ることもなかったと、結局、500gを打ち足したのです。時間はいつもより早かったから、十分に蕎麦を打つ暇はあったのです。手際よく30分ほどで打ち終えて、厨房に戻ればいつもの時間なのでした。女将が来てくれて、店の掃除や小鉢の盛り付けをしてくれた。早お昼を食べに女将が帰った後で、大根をおろして野菜サラダの具材を刻むのでした。

 朝はあれほど寒かったのに、昼近くになったら店の暖房を消すほどに暖かくなった。暖簾を出す前にもうお客様がいらっして、昼までにテーブルもカウンターもお客で埋まったのです。暖かい汁の蕎麦が多かったけれど、いつもは日曜日にいらっしゃるご主人がカレーうどんのご夫婦は、カウンターの隅に座って奥様がとろろ蕎麦を頼まれた。一度に席が埋まると、三組目あたりから、出すまでに時間がかかる。カレーうどんや串焼きも出たから尚更遅くなる。

 やっと8人分の蕎麦を出し終えて、亭主は奥の座敷でひと休みする。厨房に戻って洗い物を始めて、もう一人分の盆や皿を洗えば終わるという時になって、次のお客がいらっしゃる。時計を見ればもう1時過ぎなのでした。天麩羅を揚げて蕎麦を茹でたら女将がテーブルに運んでいく。これでもう終わりだろうと思って、亭主はかき揚げを揚げて賄い蕎麦を茹で始めたのです。と、駐車場に見慣れた車がビューンと入って来たから、奥の座敷で昼を急いで食べた。

 久し振りにいらっした娘と同じと頃の女先生が、カウンターの真ん中に座って、今日はぶっかけの暖かい蕎麦を頼まれる。お互いの近況を話して、蕎麦屋を7月一杯で畳もうと思っているという話をすれば、始めて聞いたと驚いていた。今年になってからは来店していなかったのです。亭主よりも10歳も年上の彼女の親父様は、メールの返信を出さなくても凄く怒るから、必ず返事を送るのだとか。
昭和の前半の父親らしく、娘も心根の優しい女性なのでした。


2月16日 日曜日 今日も穏やかに晴れて暖かかった…

 今朝は5時前には目覚めてスマホのアラームをOFFにした。昨日の晩は、肋骨を庇いすぎて動かなかったからか、今度は右膝が痛くなって歩くことも出来なかったのです。何十年もヨーガをしている女将に、「血流が悪くなっているのよ」と言われて膝の痛みに効く揉み方を教えてもらったのですが、風呂上がりに実践してみると今朝はもう痛くなかったので有り難い。5時半には家を出て念のために車で蕎麦屋に向かう。蕎麦粉を捏ねて蕎麦玉を作ったらひと休み。

 生舟にはほとんど蕎麦が残っていなかったので、切りべら22本で8把半の蕎麦を打って、カウンターに干したままの昨日の盆や蕎麦皿を片付けて家に戻るのでした。朝食を食べて1時間ほど眠ったらまた蕎麦屋に出掛けて、開店前の仕込みをするのです。天つゆがまったくなくなっていたので、鍋に一杯二番出汁を入れてかえしを加えてひと沸かし。空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充して、小鉢のお新香や切り干し大根の煮物を盛り付けておく。

 大根や生姜をおろしたら、野菜サラダの具材を刻みながら、昨日からになった天麩羅の具材を入れる容器に、新しく生椎茸やピーマン、茄子などを切り分けて入れる。掻き揚げに使う玉葱もまったくなくなっていたから、人参と共に刻んでおくのでした。外は暖かくなって、散歩に出掛ける人影も見えた。でも、暖簾を出しても日曜日はお客の出足が遅いので、12時過ぎまでは一人もお客が来なかったのです。それからまとめて客が入るから忙しかった。



2月17日 月曜日 今日は大きな病院でCTの検査でした…

 先日、地元の医者にかかった時に、肋骨が折れていると分かったのですが、左半身が一時的に麻痺したことも話したので、すぐに地域の大きな病院を紹介してもらった。今朝は、その病院での検査のために8時には家を出なければならなかったのですが、いつもの習慣で6時過ぎには蕎麦屋に出掛けて、カウンターに干したままの盆や蕎麦皿を片付け、鍋に昆布と干し椎茸を入れ、出汁を取る準備を済ませてから朝食を食べるのでした。
 家から車で15分ほどの病院は、昨年末にお袋様が貧血で入院した病院だった。勝手が分かっていたから、そんなに早く行く必要はないと思ったけれど、駐車場に車を止めようとすれば、もう入り口近くの場所は満車状態なのでした。朝早くから病院を訪れる人が多いのには驚いた。受付では早くから沢山の係員が、テキパキと訪れる患者を相手に仕事をしているのでした。大きな文字で書かれたプリントに従って待合室に行けば、検査はわずか15分で済んだのです。

 30年以上も前に、肺の手術で入院したときには、確か造影剤の注射をしてから検査したのを覚えているが、あれはMRIだったのか。組織を取って調べても分からないので、結局、当時の事だからあばら骨を切って問題の場所を摘出したのでしたが、「過誤腫」だったと言われ、癌ではなかったので助かったのでした。大きな機械のギュルンギュルンと何かが回るような音には聞き覚えがあったので、そう言えば、やはり左手足が痺れて検査をしたことがあるのです。
 この時は職場の系列の大学病院で診てもらったのですが、担当の若い医者に「こちらも忙しいのですから、肩凝りぐらいで来院しないで下さい」と言われたのを覚えている。父親が50代の初めに脳溢血で亡くなったから、敏感になっていたのかも知れません。結果は一週間以内に紹介元の医療機関に届くからと言われた。帰り道を車で走りながら、昼はカツカレーにしようと女将と話していたので、いつものスーパーに寄って高い果物と何種類かと豚カツを買う。

 家に帰れば、亭主があまりにも早く帰宅したので、女将は驚いていたのです。画像撮影だけだからと医療の連携を説明する亭主。昼食を食べ終えて、ひと仕事終えたという安心感から、書斎に入ってゆっくりと昼寝をするのでした。女将が雨に降られたと言ってスポーツクラブから帰って来たから、亭主は蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをするのでした。準備をしておいた出汁を取ったり、洗濯物を畳んだり、固めた油をゴミに出したりして5時過ぎに帰宅する。



2月18日 火曜日 今日は寒くて冷たい風が吹いた…

 今朝も5時起き。蕎麦屋に行くには早すぎるので、居間の押し入れの本を片付ける。第三週目の火曜日は子ども会の廃品回収があるので、少しでも役に立てればと段ボールや新聞などを出すのです。古本もその中の一つで、紐で結わいて家の前に置いておけば、トラックが来て持って行ってくれる。最近はこのゴミ出しをする手順が分かってきて、要らないと思う本からどんどんゴミに出すことにしている。最後に残ったものを蕎麦屋に持っていこうと思うのです。

 6時過ぎに蕎麦屋に出掛けて、店の新聞をビニールの袋に詰めて車に積む。これも廃品回収に出すのです。家に戻って朝食を食べたら、書斎に入ってひと眠り。1時間ほど眠ったら、顔を洗ってお袋様を迎えに行く。風も冷たく寒い朝だったけれど、農産物直売所には何台も客の車が停まっている。隣町のスーパーは寒さで出足が遅いと見えて、駐車場も空いていたのです。レジ袋三つ分の買い物で8000円だから、かなり野菜の値段も高い。店に戻って野菜類を冷蔵庫に入れたら、大根と白菜を塩漬けにして、南瓜を家でチーンするために切り分けてタッパに入れるのです。 

 昼は女将が先週店で残った茄子とピーマンを使って、味噌炒めを作り、亭主は蕎麦を茹でて二人で食べるのでした。食べ終えて亭主はまた書斎に入ってひと眠りする。満腹になると身体も温まってどうしても眠くなるのです。床屋にも行かなければならなかったけれど、眠気を我慢する特別な理由がないからまたひと眠りなのです。女将のスポーツクラブの予約の時間に起こされて、無事に予約を取ったら、今度は宅配便の運転手が電話を掛けてきた。

 「店まで300mだからすぐ行きます」と言って待ってもらい、車を飛ばして急いで蕎麦屋に行くのでした。代引きだからお金を払わなければならなかったのです。店の玄関で支払いを済ませて、コーヒーを一杯入れて飲んだら、そのまま午後の仕込みに取りかかるのでした。午後は先週までに随分と出たカレーを作るのがひと仕事。鶏肉と玉葱を炒めたら、茄子やシメジや人参を切って最後に冷凍してある南瓜の端切れを入れて煮込む。カレーのルーを溶かして完成。

 5時前には家に戻れば、女将が台所で午前中に亭主の買って帰った鰯を捌いていた。生きが好さそうだったので、亭主の分は刺身にして、寒いから冷たい物を食べたくないと言って、女将の分は開いて蒲焼きにして食べたのです。菜花を湯がいて鰹節を掛け、トマトを切って酒の肴にするのでした。今日、店に届いた日本酒は純米吟醸の「藤娘」。古くなった残りの瓶を持ち帰ったのですが、久し振りに日本酒が飲めると思ったら、300ml一本は飲めなかった。



2月19日 水曜日 昨日よりも更に寒い一日でした…

 今朝は4時半に目覚めて居間の部屋に行ったのですが、あまりに寒いので、エアコンを点けてもストーブを炊いても、なかなか部屋が暖まらない。5時のニュースを見て、蕎麦屋に行ってもこんな早くからするほどの仕事はないと考えて、また布団に潜り込んだのです。次に目覚めたのは7時前で、女将が作ってくれた鰯の蒲焼き丼を食べて舌鼓を打つのでした。車に乗ろうとしたら、今朝も宅配便の業者から電話が入り、「1分で着く」と急いで店に行くのです。

 寒い北風の吹く駐車場で、若者は待ってくれていた。代引きなのでお金を払わなくてはならないのです。苦蕎麦茶の荷物の中身を確認したら、厨房に入ってコーヒーを入れて飲む。そして、何から始めようかと考えるのです。昨日作ったカレーはかなり固まっていたので、水を加えて少し緩くしておく。そして、冷凍してあったキノコ汁を温めるのでした。ジブロックの袋にカレーを6つ詰めて冷凍室に入れる。キノコ汁も小さな鍋に移して冷蔵庫に入れておく。

 蕎麦豆腐を仕込んだら、洗い物を済ませて洗濯物を畳み、昨日洗濯した洗い物を干すのです。これで午前中の仕事を終わりにする。家に帰れば、ちょうど女将が郵便局から帰ってくるところで、今月の書道の提出物を送ってきたのだそうな。昼は亭主がスパゲッティーを茹でて、レタスをちぎって枝豆を散らし、ミートソースを美味しく二人で食べるのでした。満腹になったら、いつもの習慣で書斎に入ってひと眠り。女将はその間にスポーツクラブに出掛けた。

 女将が帰ってくるまでには亭主も目覚めて、いよかんの皮を剥いて女将と半分ずつ食べる。それから蕎麦屋に出掛けるのでした。午前中に酒屋に空瓶のケースを持って行き、代わりの新しいケースをもらって来たので、蕎麦打ち室まで苦労して運ぶ。重い荷物は肋骨が痛むので、おっかなびっくり腕の筋肉だけで持ち上げるのです。厨房に入ってまずはレンジ周りの掃除をして、蓮根の皮を剥いて酢水で茹でる。天麩羅の具材を切り分けて容器に入れておきます。

 1時間ほどで仕事を終えて、5時前には家に帰るのでした。今夜は女将が早くから用意してくれたおでんと茶碗蒸しで吟醸酒を飲んだ。昨日の残りともう一本を用意したけれど、二本目は開けず終いで夕食を終えるのでした。病院には行かなくてはならなかったけれど、それ以外はゆっくりと定休日を過ごした気分。明日もまた氷点下の寒い朝なのだそうですが、昼も8℃までしか上がらずに風も強くなるらしいから、お客が来るとは思えない天気なのです。

 

 

 

カテゴリー
未分類

2025年2月初旬



2月6日 木曜日 陽射しがあっても空気が冷たい…

 今朝も5時前に目が覚めて、コーヒーを一杯飲んで蕎麦屋に出掛けました。外は相当な寒さで、蕎麦屋の蕎麦打ち室も6℃しかなかった。これでも例年は3℃ぐらいの時もあるから、暖かいのです。すぐに蕎麦粉を計量して、捏ね方を始めるのでした。暖房を入れてあるから、蕎麦玉を寝かせている間には10℃になっていた。東の森から朝日が昇を眺めて、家に帰れば女将が台所で朝食の用意をしているのでした。鍋の残りに生姜を沢山入れて茶碗蒸しも出た。

 とっくり襟のセーターにジャンパーだけではさすがに寒かったけれど、店は暖房を入れたままだったから我慢して蕎麦屋まで歩く。看板と幟を出してチェーンポールを降ろすのでしたが、屈むと左胸の肋骨の辺りが痛いので、高い位置からポールをすとんと落としていく。時間が早かったから、厨房に入ってまずは解凍した豚のハラミを切って串に刺していきます。先週もまったく出なかったけれどメニューにあるので用意だけはしておくのです。

 野菜サラダの具材を刻んで、三皿分盛り付ける。国内産のアスパラが高いのに細いものしか手に入らなかったので、スナップエンドウを加えてボリュームを出す。そして金柑大福を作る準備を始めておくのです。白玉粉に砂糖と水を加えて少し溶ける間に、ラップを敷いて片栗粉を撒いた上に、白餡を丸めて並べて金柑の甘露煮を載せていく。ここでやっと白玉粉を火にかけて求肥を作るのです。この硬さが問題で硬すぎると大福そのものが硬くなってしまう。

 新しい油を天麩羅鍋に入れて、テーブルを拭いて回ったら開店の準備は整った。と、まだ11時過ぎなのにもうお客がやって来たのです。寒いからと中に入って待ってもらったけれど、お茶を入れて女将の来るのを待ってもいられないから、注文を取るのでした。お二人ともヘルシーランチセットを頼まれたので、取りあえず野菜サラダと蕎麦豆腐をお出しする。やっと女将が到着するのでした。女性二人だから、ゆっくりと蕎麦を召し上がっていかれた。

 今日はその後で、男性の一人客がいらっしておろし蕎麦の大盛りを頼まれたきり、お客は来なかったのです。風あるこの寒い中を、3人の客が来ただけでも有り難い事でした。2時前には女将と二人で片付けを済ませ、家に戻って酸っぱい甘夏を食べる。女将は買い物に出掛けて、亭主は書斎に入ってひと眠りするのでした。4時過ぎに起き出して珈琲を飲んでいたら、業者から電話が入ってもう店に着いたという。どこも客が少なくて荷物が少なかったらしい。


2月7日 金曜日 午後から身体の左半身が動かなくなった…

 今朝は蕎麦打ちも数が少なかったので、6時前に蕎麦屋に着いて蕎麦打ち室で蕎麦粉を捏ね始めるのでした。室温は6℃と昨日とあまり変わらない。500gだけ打ち足せば好かったから、いつもと同じく47%ぴったりの加水で捏ねて行けば、綺麗な四角形が出来て、5束と半束取る事が出来ました。昨日の残りの蕎麦と合わせて9人分の蕎麦を用意して、今日の営業に臨むのです。厨房に戻って大根をおろし、野菜サラダの具材を刻んで行く。

 三皿だけの準備だから、これもすぐに終わって、窓の外を眺めれば、駐車場に高級外車が入って来る。まだ10時50分なのに、しっかりと停めて人が降りて来るではありませんか。玄関に出て行って、「随分と早いのですね。寒いから中でお待ちください」と言えば、「11時半からだと言うのは知っていました。ちょつとそこいらを散歩してきます」と年配のご夫婦は歩いて行くのでした。亭主は急いでテーブルを拭いて、油を天麩羅鍋に入れ、天つゆを火にかける。

 30分ほどして戻っていらっしたご夫婦は、リピーターらしくヘルシーランチセットの天せいろとせいろ蕎麦をご注文でした。作ったばかりの野菜サラダをお出しして、蕎麦豆腐も出して、盆や皿を用意して天麩羅を揚げ始める亭主。と、「今日は」「いらっしゃいませ」と、常連のお客が玄関から入って、いつものカウンターの奥の席に腰を下ろす。こちらはいつものカレー蕎麦とビールをご注文なのでした。後から付け出しを持って行ったら、ビールをもう一本。
 店の中は暖房を入れてあるから24℃もあって、亭主は気持ちが悪くなるほどなのでした。すると、何故か身体の左半分が動かなくなったから驚きなのでした。痺れているわけでもなく、筋肉が固まってしまったようなのです。セーターを脱いで暖房を消したけれど、お客が食べ終えた盆や皿を片付ける元気もない。年配のご夫婦は盆と蕎麦皿をカウンターまで運んでくれた。1時半近くに常連の女性がいらっして、カレーうどんと白エビのかき揚げを頼まれる。
 何故か冷や汗をびっしょりかいて、なんとか洗い物を済ませたけれど、昼飯も食べずに家に帰るのでした。左足が動かないから、10歩歩いてはひと休みしながら、やっと家まで辿り着くのでした。左腕の筋肉がこわばって力が入らない。初めての出来事にびっくりしながら、パソコンのスイッチも入れずに居間の椅子に腰を下ろすのでした。書斎でひと眠りしてゆっくりと休んだら、左手は動くようになり、 夜の風呂に入ったら左足も元通りになったのです。


2月8日 土曜日 寒い北風強し、今週は今日が最後の営業日…

 明日は年に一度の味噌造りの日だから、今週は今日が最後の営業日です。5時前に目覚めて、コーヒーを飲んだら6時前には蕎麦屋に出掛けていく亭主。暗い中を蕎麦屋に着けば、頭上には北斗七星がくっきりと見えるのでした。昨日、片付けずに帰った洗いかごに伏せたままの食器を拭いて片付ける。そして蕎麦打ち室に入ったら今日の蕎麦粉と小麦粉を計量して、47%の加水で捏ね始めるのでした。少し柔らかい程度の生地の仕上がりなのでした。

 20分ほど蕎麦玉を寝かせている間に、お湯を沸かしてグラス三杯のほうじ茶を入れておく。今日一日分の水分補給用なのです。昨日のブログを読み返したついでに、脳梗塞について調べて見たら、一過性のものがあって、身体の半身が麻痺する症状が現れるのだと言う。そのまま亭主に当てはまるので、これは大変と思い、この次の定休日には一度病院に行って見てもらおうと考えるのでした。まずは水分を補給して、蕎麦打ち室に帰って今朝の蕎麦を打つのです。

 元気な若い頃なら、気にもかけない事かも知れないけれど、歳を取ると身体の不具合に少しずつ敏感になるらしい。7時過ぎに家に帰って女将に話せば、「最近はご近所でも救急車が止まっていることがあるのよ」と言うのでした。今朝は再び蕎麦屋に行くのにも車に乗って出掛ける亭主。昨日、時間をかけて蕎麦屋から帰ってきた事を思い出すと、この寒さの中を無理をして歩いて行かなくても好いと思えたのです。暖房を入れたままの蕎麦屋は暖かかった。

 大根をおろしていたら、女将がやって来て「今日は寒いわねぇ」と玄関を入るなり言うのでした。北風が強く、陽射しはあっても寒さの方が勝っているのです。野菜サラダの具材を刻み、金柑大福を包んだら、油を天麩羅鍋に入れて天つゆの鍋を火にかけて、早お昼を食べに帰った女将が再びやって来るのを待つのでした。昨日はこの間にもうお客がやって来たのです。今日も12時前には四組もお客がいらっして、さすがは土曜日なのでした。

 寒い北風の強く吹く日だったけれど、午後も続けてお客が入る。明日は臨時休業だから有り難い事なのです。暖簾をしまった後にもお客が来たけれど、女将が出て営業は終了したと伝えたそうな。賄い蕎麦を茹でて食べ、二人で洗い物と片付けを済まして2時半には店を出る。亭主は朝食の後にも随分と眠ったのに、また2時間近くも昼寝をするのでした。とにかく身体を休めておかないとと言う気持ちが強かったのです。肋骨の痛みも少しだけ軽減してきた。




2月9日 日曜日 年に一度の味噌の寒仕込み…

 夕べは11時過ぎには床に就いたのに、2時間おきぐらいに目が覚めて、よく眠れなかった。今日は蕎麦屋は臨時休業の張り紙をしてあるから、出掛けて行かなくても好かったのだけれど、昨日の片付けや洗濯物を干す仕事があったので、6時過ぎには家を出るのでした。ついでに今日の味噌造りで必要なエプロンを持って帰ってくるはずだったのに、他の仕事をしているうちにすっかり忘れてしまった。出掛ける前にもう一度蕎麦屋に寄らなければいけなかった。

 家にコーヒーの粉がなくなったので、蕎麦屋で昨日のブログを読みながらコーヒーを飲んだ。家に戻って朝食を食べたら、今朝はひと眠りする時間もないのです。8時過ぎには荷物を車に積み込み、佐倉のミレニアムセンターまで約20分、駐車場に車を入れて4階までエレベーターで上がって、調理室の開くまで待つ。一年前にあったきりの人々が少しずつ集まって、挨拶をしながら近況を話すのでした。女将もその中に混じって話をしていたからひと安心。

 年々、参加する人の数は減っているらしく、今年は10人ほどの参加でした。以前は、2日間に分けて実施していたのですが、一日で終わるように、あまり声かけもしていない様子。皆さん後期高齢者の年齢になったらしく、亭主と女将が一番若いくらいなのでした。今までは10kgを作る人が多かったのに、今日は我が家を含めて3組だけなのです。女将が豆を茹でている間に、分けてもらった麹をほぐしておくのは亭主の仕事。外は寒いのに朝の陽射しは暖かい。

 前日の夕刻に豆を水に浸けてくれるのは代表の方と有志なのだそうですが、来年からは自分の豆は自分で洗って水に浸けるということになった。皆さん年齢が高くなっているので、自分で出来ることはするということらしい。10kgの大豆は圧力鍋で5回に分けて茹でていきます。水をできるだけ少なくして、15分ほど茹でたら15分冷やして圧の下がるのを待つ。この繰り返しで、その間に次の大豆を茹でて、挽いた豆を外の冷気で冷やしておくのです。

 5kgだけ作る人は早く終わったけれど、10kgを作る我が家は一番最後に終わる形になった。挽いた豆は盥に入れて麹と混ぜながら丁寧に潰していくのです。床に盥を置いて身体の重みで潰す女性もいたけれど、亭主は肋骨が痛いので立った姿勢で蕎麦打ちの体勢で、挽いた豆と麹を混ぜて潰していく。これが一番大変な作業なのでしょう。10kgをまとめて潰すのは大変だから、大きなボールと半分に分けて、女将と二人で潰すのでした。最後に玉にして焼酎で内部を拭いたプラスティックの容器に詰めてやっと完成です。それでも2時には終わったから、早めに家に帰れました。


2月10日 月曜日 普段、医者に行かないから捜すのが大変で…

 今朝はとても寒い朝なのでした。蕎麦屋に行ってコーヒーを飲みたかったけれど、朝のうちに暖かい部屋の中で出来ることを考えたら、戸棚の中の旅行雑誌や案内所を紐で縛っておくのが好いと思えた。もう使ってから何十年も経つ「地球の歩き方」や旅行雑誌はここにまとめて置いてあったのです。大好きなグループのCDも沢山あったけれど、これは取っておくことにしました。引き出しの中には、子ども達の中学・高校時代の通知表まで入っていたのです。

 9時を過ぎたら、脳神経科などはないようなので、取りあえず痔病を見てもらおうと、近隣の内科に電話をしてみたけれど、こちらも専門ではないと違う医院を教えてもらった。ところが電話をして見ると、治療は出来ないからと、肛門科のある医者を紹介してくれたのです。なんと、そこが家からは一番近い医者だったので、早速ネットで予約が出来た。半身が麻痺したのと同じ日にちで下血したので、ついでに相談してみようと考えたのです。

 スマホを持たないお袋様の老人友だち情報では、何時間も待たなければ診てもらえないという話でしたが、ネット予約なら何番目かすぐ分かるので、その時間に間に合うように行けば好いのです。やっと一段落して、蕎麦屋に出掛けて返しを作ってくる。店の中も寒いので手が悴んで、醤油の瓶の蓋がなかなか開かなくて困った。女将は寒いからと、近くの薬局まで買い物に出掛けていた。昼は冷たい蕎麦よりもと、鴨南蛮蕎麦を作って食べるのでした。

 午後は暖房を入れてもあまりにも寒いので、陽の当たる書斎で横になっていたけれど、なかなか眠くはならなかった。仕方がないからまた寒い蕎麦屋に出掛けて、出汁取りの準備をして金柑の甘露煮を作るのでした。本日、二杯目の珈琲を入れて、明日の朝、飲む分のコーヒーの粉を家に持ち帰る。じっと座ったままでテレビを観ていると、暖房を入れた家の中なのに手が冷たくなってくるのです。夜はおでんにしてもらって身体を暖めるのでした。


2月11日 火曜日 昼から冷たい風がビュービューと吹いて…

 連日、朝は-5℃だと女将が言う。道理で今朝も富士山が綺麗に見えた。今朝も朝のひと眠りをせずに、蕎麦屋に出掛けようと玄関を出れば、庭の金柑が青空に映えている。女将が何回か採って甘露煮を作っているのですが、枝の上の方は手が届かないらしく、そろそろ亭主の出番なのです。大きな実のなるこの金柑の樹を、蕎麦屋に移植したいと女将は言うけれど、業者は根が付くのが50%の確率だと言ったそうな。少し小さく切り詰めておこうか。

 蕎麦屋には植木鉢に植えた金柑の苗木があるのだけれど、水を遣ろうと如雨露を持てば、中の水が凍っているではありませんか。よほど寒い朝だったのです。お袋様に電話をして、買い出しの迎えに行く。今日は農産物直売所で3000円も野菜を買った。隣町のスーパーでは家の買い物を含めて1万5000円も使ったから、仕入れと言っても、赤字が増えるだけのような気がするのです。寒さでお客の減った先月は3万円ほどの赤字だった。今年は夏場で店を畳むのに。

 買い物から帰ってお袋様を家まで送ったら、店に戻って野菜類を冷蔵庫に収納する。白菜はすぐに塩漬けにして漬け物器で押し漬けにしておきます。新鮮だから今日の夕方にはもう水が上がってくるはず。家に帰って昼の準備を始める亭主。鍋に湯を沸かしてスパゲッティを茹でる。同じ鍋の中で、先日美味しいと感じたミートソースを温めて、最後に買って帰ったトンカツを載せる。スープは女将が担当したから、野菜がどっさりと入っていた。

 今朝はゆっくりと眠ったから、昼寝もせずに蕎麦屋に出掛けて、午後の仕込みに取りかかるのでした。まずはキノコ汁を作って、午後のコーヒーを飲みながら、白菜の水の上がり具合を見れば、そろそろ昆布を入れても好い頃合い。外は風が強くなってきた。霜の降りるくらいの寒い時期の白菜は、漬け物にすると甘くて美味しいのです。お客に出しても誰も残さずに小鉢を食べてくれるのは、やはり元の野菜が新鮮だからです。昆布の旨味も加わって美味しい。

 それから冷蔵庫の白餡の残り具合を見れば、あと一回分ぐらいしかなかったので、氷砂糖を水から沸かして溶かしながら、冷凍の餡を入れて沸騰するまで待ったら、今度は最小の弱火で水分を飛ばしていく。1時間ほど煮詰めたけれど、固まりそうにないので、そのまま蓋を半分占めて明日の朝まで乾燥させる。もう一度煮詰めればちょうど好い塩梅になるだろう。明るいうちに家に戻って、女将が夕飯の支度をする台所を覗けば、今夜はちゃんこ鍋なのでした。

2月12日 水曜日 今日は慌ただしい午後でしたが無事に通院…

 今朝は5時起き、明日からの生活パターンに戻って、コーヒーを入れて飲んだら、6時前には蕎麦屋に出掛けました。漬けておいた白菜のお新香の水を捨てて、唐辛子を刻んで入れる。一口だけ食べてみれば、昆布の甘さがちょうど好い味。午後には小鉢に盛り付けられると喜んだ亭主なのでした。ほうじ茶を沸かしながら、昨日の白餡作りの続きで鍋を弱火の火にかけている間に、空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めていきます。鍋に残った蕎麦汁は容器に入れておく。

 家に帰れば朝食の用意が出来て、今朝は茄子とピーマンの新焼と鯖の塩焼きがおかず。昨日買って帰った高価な苺がデザートに出ていたけれど、昨今は蜜柑一つでも100円近くするから怖いのです。美味しく頂いて居間でお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りするのでした。ところが今朝はどうしたわけか2時間以上も眠ってしまい、目覚めたらもう11時前なのでした。女将が起こしに来たらしいが、暖房を入れて眠ったら熟睡していたのだと言う。

 昼は納豆とおでんの残りで簡単に済ませ、女将がスポーツクラブに出掛けて行った後に、亭主も蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをするのでした。3時からはやっと見つけた医者に出掛けるので、午後の仕込みは忙しなくなった。ネットで予約した順番が29番だったけれど、朝から通しての番号なのかが不明なので、とにかく3時前には医者に出掛けてみようと、仕込みのスピードを上げるのでした。天麩羅の具材を切り分け、小鉢を盛り付け、蓮根を酢水で茹でる。

 開院15分前には玄関が開いたので、中に入って受付をする。29番は午前中からの通し番号だったらしく、9番目に名前を呼ばれて、診察室に入るのでした。若い先生だから手際が良く、肋骨を打った左胸を庇いながら、診療台に乗ったらすぐに検査は終わった。胸を庇う理由を聞かれたから、転んだのだと言えば「レントゲンを撮っておきましょう」と言われてレントゲン室へ。若い女性のスタッフが沢山いるので、早口で聞き取れないけれど、実に手際が良い。
 他の患者を診る間に、隣の部屋で患部の写真とレントゲン写真を見ながら、「肋骨は折れていますよ」と言われた。問診票に同じ日に左半身が麻痺したと書いておいたから、隣町の大きな病院に検査の予約をしてくれて、紹介状まで書いてくれた。ここまでものの30分ほどで終わったから、実に小気味が好いのでした。会計までの時間と近くの薬局での待ち時間を入れて1時間ほど。来週初めには、一番心配な脳の検査をしてもらえることになりました。

カテゴリー
未分類

2025年2月初め



2月1日 土曜日 蕎麦屋は珍しく混んで10人越え…

 昨日綺麗に洗って磨いた伸し棒で、今朝は蕎麦を打ちました。両手に引っかかるものがないので、するすると生地を伸ばせるから気持ちが好い。この感触をしばらく忘れていたのです。「初心忘るべからず」なのですね。明るくなった外に出てみれば、ちょうど朝日が昇る時間で、いつもと違った東の空なのです。今日は蕎麦粉が足りないから、500gだけ打っておこうと蕎麦屋に行ったのですが、ついいつもの癖で750gを計量してしまったから大変でした。

 間違いは強力粉30gのところを50g、小麦粉70gのところを100gとしたところから始まるのです。150gならもう蕎麦粉は600gで打つしかないから、焦ったのです。実は、蕎麦粉が足りなくて、明日の午前中に到着するように、蕎麦農家に発注をかけていたのですが、蕎麦粉の袋の中には、300gほどしか粉が残っていないのです。昨日の残りと合わせて14食の蕎麦を生舟に並べて、まさかこれが全部なくなるとは思っていなかったのですが、今日はとても混んだのです。

 家に帰って朝食を食べて、歩いて蕎麦屋まで行けば、朝は足の具合が調子好い。庭の水仙が朝日を浴びてとても愛らしい。塀の縁にはそこいら中に、この水仙が花を咲かせ始めているのでした。きっと女将が球根をあちこちに植えたに違いないのです。風がないので陽射しが暖かく感じる。蕎麦屋の前まで歩いて行けば、サツマイモ農園の若旦那が、ビニールハウスの中から出て来て挨拶をしてくれる。「サツマイモいかがですか?」「今、家内が来て伺いますよ」

 今日は11時にまずは最初のお客が来たので、「11時半からなのですよ」と仕込みの手を休めて帰ってもらう。次に11時15分に今度は違うお客がいらっしたので、玄関を開けて「女将が来たらお茶を出しますから」と中で待ってもらう。野菜サラダを盛り付けて、金柑大福を包んでいたのです。12時過ぎまでに7人が入って、店はかなりの混みようなのです。暖かい陽射しの時にはお客が入ると最近は分かってきた。天せいろが次々と出て、蓮根がなくなった。

 亭主のブログを見て来てくれるリピーターさんもいれば、「向かいの農園でサツマイモを買って、車を停めておいても好いかと聞いて来た」とおっしゃるご夫婦もいらっした。1時を過ぎてもまだお客は続いて、リピーターのご夫婦がやはり天せいろを頼まれた。蓮根の代わりに、値段は高いけれど、赤いかを揚げてお出しするしかなかった。大盛りも出たから、生舟の中の蕎麦はほとんどなくなっていたけれど、最後のお客でもう完全に蕎麦は終わったのです。


2月2日 日曜日 冷たい雨の降る中を昨日に続いてお客が…

 深夜から降り続いた雨は、夜明け前にもまだ降っていたのです。今朝もアラームの鳴る前に目覚めて、コーヒーを飲んで5時半には蕎麦屋に出掛けるのでした。今朝の問題は蕎麦粉があまり残っていなかったから、今日一日分ぐらいの蕎麦が打てるかどうか。頼んでおいた蕎麦粉は午前中に届くのだけれど、遅いときもあるので当てには出来なかったのです。なんとか7人分の蕎麦を用意できたけれど、雨は昼過ぎまで続くと言うから足りるだろうと思うのでした。

 家に戻って朝食を食べたら、書斎に入って少しだけ横になる。左側の肋骨辺りが痛くて左向きでは眠れないから、右向きになって眠るのです。小一時間ウトウトして、起き上がるのにも痛みを伴うのでひと苦労。当分この痛みと仲良くしなければ、楽しく暮らせないのです。冷たい雨は予報通り昼過ぎまで降りそうだったので、今日は車で出勤するのでした。看板と幟を出したら、チェーンポールを降ろすのでしたが、これも身体を曲げると胸に激痛が走るのです。

 厨房に入ってまずは昨日なくなった蕎麦豆腐を仕込んで、最後のお新香を漬け物器から出して盛り付ける。大根と生姜を擦って薬味の小葱を刻んだら、いよいよ野菜サラダの具材を用意するのです。今年のキャベツは小さいから、4日間の営業でちょうどなくなるので使い勝手が好い。パプリカも4日でちょうどなくなるのです。少しずつ仕入れも少なくなっているはずだけれど、安くなったとは言え野菜がまだ高いから、仕入れの値段はあまり変わらない。

 暖簾を出して女将と二人でお客を待つけれど、この冷たい雨の中を来るはずもないだろうと言うのが正直なところ。外の温度は6℃体感では2℃になるのだそうな。1時間ほど待ったところで、老夫婦が車でいらっして、せいろ蕎麦の大盛りと天せいろに蕎麦豆腐を二つ頼まれた。宅配を終えた若者がカウンターに座って、鴨南蛮蕎麦に蕎麦豆腐。リピーターのサッカーのコーチらしき若い男性二人がテーブルに座って、ヘルシーランチセットと天麩羅蕎麦…。

 雨の日だというのに随分とお客が続いた。蕎麦の残りが一つになったので、亭主はかき揚げを揚げて、賄い蕎麦の準備をするのでした。蕎麦を茹でているときに、玄関の扉が開いて女将の友だちがご来店。看板に「お蕎麦売り切れ」と出してあったので「サラダとデザートだけでも頼めるかしら」と言うので、いつも頼んでいるせいろ蕎麦もお出しした。亭主はうどんを茹でてぶっかけうどんを奥の座敷で食べるのでした。サラダも大福も蕎麦豆腐も完売なのです。


2月3日 月曜日 立春とは行っても寒さの始まりらしい…

 夕べはいろいろ考え事をしていたから床に就くのが遅くなって、なかなか寝付かれなかったのです。しばらく床の中で横になっていたけれど、眠れないと諦めて起き出して居間の部屋に行き、台所で湯麺を茹でて食べる。夕食が串焼き二本と野菜だけだったから、腹もけっこう空いていたのです。悪い習慣だとは思ったけれど、腹が一杯になって身体が温まれば、自然と眠気は襲ってくるものなのです。5時間睡眠だったけれど7時前には目が覚めた。

 今日は午後から現在の家の査定に業者が人を連れてやって来る。先日、「権利書がありませんね」と言われて、もう一度しまってある書類を見直したら「登記済書」がちゃんとあるではないですか。念のためにネットで複数のサイトで調べたら、権利書とは登記済書の事だと確認が取れた。赤い印で「権利書」と押してあるものもあるらしいから、担当者はそれを捜していたのでしょう。40年以上も前のものだから、今とはだいぶ様式が違うのかも知れない。

 午後の約束の時間に係員が4人でやって来たけれど、家の中には上がらずに外からいろいろと調べていたようです。折角、掃除をした居間の部屋も使わず終いで、2時間ほどで帰って行った。やっと店に行って午後の仕込みが出来る。午前中は昨日使ってカウンターで乾かしておいた盆や皿を片付け、洗濯物を干して、明日のゴミ出しに間に合うように、厨房のゴミ袋を外の大きな袋に移す。朝のうちに干し椎茸と昆布を浸けておいたから、出汁を取っておく。

 5時前にゴミの回収業者の代金をコンビニで支払い、明日の仕入れの費用をATMで降ろしてくる。家に着く頃にはちょうど夕陽が沈む時間で、西の空が真っ赤に染まっていたから、急いで二階に上がって窓から写真を撮るのでした。沈み行く夕陽の右側には富士山がシルエットで薄く見えるではありませんか。食堂にはもう夕食の用意が出来ていた。今夜は寒くなるからとちゃんこ鍋なのでした。うどんと餅が入っていて、二人分には少し多いと感じる亭主。


2月4日 火曜日 立春が過ぎてから寒気が南下してきた…

 今朝も5時前に目覚め、アラームのスイッチを消して台所でコーヒーを沸かすのでした。朝はあまりする事がなかったけれど、6時前には蕎麦屋に出掛けて、蕎麦汁を空の徳利に補充しておく。今日は風が冷たく、向かいの畑は真っ白な霜に覆われていました。家に帰って朝食を終えたら、居間でゆっくりしてから書斎に入ってひと眠りしたのですが、これが失敗で目覚めたのがもう9時過ぎなのでした。慌ててお袋様に電話をして30分遅らせて迎えに行った。

 空は青く晴れて陽射しもあったけれど、風が冷たいのでした。女将に米を買ってくるように頼まれていたけれど、先週まではあんなに沢山並んでいた米の袋が、今日は一つもなかったのです。近所の農家で出す米は玄米5kgで1600円、頼めば精米してくれて目方は減るけれど、かなり安いのです。それを知ってか最近では随分とお客が来ているらしい。今日は生椎茸もなく、小さめの白菜とトマトなどをもらって、隣町のスーパーに出掛けるのでした。

 取れたての白菜は店に帰ってすぐに漬け物器に漬ければ、午後にはもう水が上がってくるのです。スーパーにもあまり米の種類がなくなっていて、仕方がないので魚沼産のコシヒカリを買って帰ったけれど、四千円を優に超えていた。果物の値段が馬鹿高く、あれこれみつくろって買ったら三千円を越えたのです。家に帰って昼はレトルトのカレーに買って帰ったトンカツを載せて、カツカレーにして美味しく食べたのです。午後はさすがに昼寝をしなかった。

 女将のスポーツクラブの予約を終えたら、映画を最後まで観てから蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みに入る。まずは蓮根の皮を剥いて酢水で茹で、南瓜を家でチーンできるように切り分けて、水の上がってきた白菜をひっくり返して昆布を間に入れていくのです。新鮮な野菜は本当に水の上がりが早い。切り干し大根の煮物も作ってしまおうかと思ったけれど、明日の仕事がなくなってしまうから、家に帰って女将が夕飯の支度をするのを待つのでした。



2月5日 水曜日 今日は肋骨がなぜか痛むのでした…


 今朝はとても寒かったけれど、連なる甍の向こうに、富士山がくっきりと見えたので気持ち好かったのです。7時間睡眠を取り戻したから、朝食を終えたらひと休みして、ひと眠りをせずにそのまま蕎麦屋に出掛けていきました。風はとても冷たくて、やはり寒気がやって来ていると感じられるのでした。店に着いたら、早速、大鍋に湯を入れて火にかけ、エアコンを点けるのです。昨日のブログを読み返して一服したら、キノコ汁を作り始めるのでした。

 漬け物器に入ったお新香の水がすっかり上がっていたから、唐辛子を入れて今しばらく漬けておく。次にフライパンを取り出して、切り干し大根を水で戻し、冷凍の干し椎茸をお湯で解凍する。後で気が付いたのですが、この時に油揚げを切らなくてはいけなかったのに、すっかり忘れてしまった。二番出汁に出汁醤油を加えて煮詰めた後で気が付いたけれど、もう後の祭り。午前中の仕込みを終えて11時前には家に帰ったけれど、女将は出掛けていていなかった。

 居間の部屋に入れば、「ショッピングモールの電気屋に行ってきます。昼は野菜炒めとご飯で好いです」と書き置きがしてあった。昨日、スマホの画面が消えてしまうと言っていたから、有料の相談コーナーで見てもらってこいと言ったのは自分だから、心配でネットで調べてやったのです。そしたらまず最初に再起動してみろという案内が出ていたから、買った店に行けと言われて、帰って来た女将のスマホを再起動すれば、なんとあっという間に直ったのです。

 たまに「再起動して下さい」という表示が出るのを放っておいたから、こんなことになったらしい。昼は、パスタを茹でて同じ残った材料で、亭主がミートソースのタレで特製のナポリタンを作る。野菜炒めとご飯よりも好かったと見えて女将も喜んで食べていた。女将がスポーツクラブに出掛けた後は、亭主はテレビで映画を観るのでした。今日は寒さのせいか左の肋骨の辺りが痛いのです。安静にしているのが好いので、女将の帰るまで昼寝もしなかった。

 女将が帰ってしばらくしたら、亭主は午後の仕込みに蕎麦屋に出掛けるのです。お新香と切り干し大根を小鉢に盛り付け、天麩羅の具材を切り分けて容器に入れておく。時間があったから、薬味の小葱を刻んで、掻き揚げ用の三ツ葉も切り分けて容器に入れるのでした。5時前には家に帰って居間の椅子に座る。今日は防犯パトロールのある日だけれど、まだ肋骨の痛みが取れないからお休みにするのでした。よほど強く打ったようで夜は湿布薬を張っておく。

カテゴリー
未分類

2025年1月末



1月27日 月曜日 朝だけ晴れていたけれど、終日の曇り空…

 今朝も5時過ぎには目覚めてはいたけれど、今日は定休日の初日だからとコーヒーを入れてゆっくりとしていました。明るくなったら、蕎麦屋に出掛けて、昨日の洗い物の片付けでもして来ようと考えていたのです。6時過ぎには外も明るくなったので、たまには歩いて蕎麦屋まで行ってみようと玄関を出るのでした。早朝はいつも急いでいるから車で行くことが多いので、景色を眺める暇もないのです。今日はゆっくりと近所を見渡して歩くのでした。

 外壁を塗り直した蕎麦屋の建物は、小さいながらも立派で美しいと感じる。外壁塗装が終わって、女将がこちらに越してこようと思ったのも頷けるのでした。足場を作るのに邪魔になるだろうと、亭主がノコギリで切ったタラの木がそのままの状態で放ってある。刈れればもっと小さくし易いだろうと置いてあるのですが、いつになったら袋詰めが出来るやら。前に家が建っていない頃は、ここはけっこう広い家庭菜園だったのです。沢山の野菜を作っていたっけ。

 7時過ぎになったら、西の小径の階段を下りて、下の道を通って家に向かって歩き出す。ゆっくり歩けば右足の調子もそう悪くはないのだけれど、水曜日にはまた夜の防犯パトロールがあるので、無理をせずに参加したいのだが、一緒に歩く老人たちに遅れてはいけないとつい無理をしてしまう。店の営業のある土曜日の夜は、足が疲れているので休ませてもらっているのです。家の下の道を歩いていたら、雨戸を開ける女将が「今日は歩いて行ったのね」と言う。

 朝食を済ませても今日は着替えをせずに、そのまま書斎でひと眠りをした。少し歩いたせいか、10時近くまで眠って、起き出してパソコンに向かう。今日はカード会社の引き落としがある日だったので銀行の口座を確認しておきたかったのです。これが幸いして、違ったカードを使ったせいで、通知額よりも多い金額が引き落とされて、セキュリティー会社の金額が引き落とされていないのに気付く。急いでコンビニに行って足りない額を入金してくるのでした。

 昼食は、昨日残って家に持ち帰った野菜サラダを消化しようと、五目あんかけの焼きそばを亭主が作る。ひと休みしていたら、女将がもうスポーツクラブに出掛ける時間で、亭主も書斎に入って、押し入れの中に積んである廃棄する書籍を紐で括っていく。後はまたどれを捨てれば好いのかと悩むから、机に向かって店の償却資産の書類を書き上げるのでした。今月いっぱいに提出しなければならないから、今日初めて車に乗って、郵便局まで出しに行くのでした。


1月28日 火曜日 今日は陽射しもあって暖かい一日でした…

 今朝は7時過ぎまで床の中にいて、女将に食事だと呼ばれて食堂に行ったのです。夕べは床に就いても何故か眠れずに、もう一度起き出して2時過ぎまで映画を観ていた。朝食を終えて洗面と着替えを済ませたら、お袋様に電話をして迎えに行く。空は晴れて気温もいつもより高いのです。農産物直売所では、馴染みの農家が持って来た大根や小松菜を買って、野菜だけで3000円も仕入れたのです。隣町のスーパーでも、野菜の値段が少し下がっていました。

 お袋様を家まで送って蕎麦屋に戻れば、白菜と大根を塩に漬けて出汁を取り、その合間に小松菜を茹でてと、一度に沢山の作業をするのが楽しかった。今日は床屋に行くことにしていたので、午前中に出来ることは何でもやっておこうと思ったのです。11時半過ぎに家に戻って、昼は買って帰ったトンカツをカツ煮にしてもらって、ご飯を食べたのです。これなら冷めたトンカツも温かいので、女将も文句を言わなかった。食べ終えたら書斎でひと眠りです。

 月に一度の床屋通いは、火曜日が多いのだけれど、女将のスポーツクラブの予約が2時過ぎなので、それまでは出掛けられないのです。午前中に買って帰った蜜柑やしらぬいを食べて、予約開始の時間を待つ。柑橘類は値段が随分と高くなっていて、蜜柑は一つ80円以上はするから驚きです。小さなしらぬいも一個150円もするけれど、女将と半分ずつ食べるのでした。駅前の混んだ道を抜けて床屋に着けば、珍しく今日は誰もお客がいなかったのです。

 帰りがけに蕎麦屋に寄って午後の仕込みを開始するのでした。まずは午前中に買って帰ったキノコ類を取り出して、エノキやシメジなどをほぐして、鶏肉と一緒に大きめの鍋に出汁を入れて煮ていきます。汁が沸いてきたら塩味を付けてまた少し煮る。その間に、家に持って帰ってレンジでチーンする南瓜を切り分けておきます。午前中に塩漬けにしておいた、なた漬けの大根の水が上がってきたので、刻み柚子と唐辛子と甘酒の素に砂糖を加えて漬け直す。

 この後、天麩羅の具材を切り分けるはずだったけれど、今、思い出してみると、この作業をした覚えがないから、多分、忘れてしまったのです。もう時計は4時半を回っていたから慌てて家に帰ったのでした。午後も今日は随分と暖かかった。向かいの畑の向こうに赤い入り日が差して森の木々が浮かび上がっていた。家に帰れば、夜は何にしようかと女将と話して、結局、寄せ鍋に餅とうどんを入れて、残っていた長葱と白菜を消化することにしました。


1月29日 水曜日 寒い日だからか今日は二回も転んで…

 朝から鼻水が出るからそんなに寒いのかと思ったら、女将が起きてきて「今朝は-4℃だったのよ」と言う。彼女はスマホで天気予報を見ているから間違いないのかも知れない。朝食は昨日の鍋の残りでおじやにして鯖を焼いて食べるのでした。蕎麦屋に出掛けようと玄関を出れば、青空が広がっていたけれど、風が冷たかったのです。黄色い金柑の実が空の青さに映えていた。大粒の金柑のはずなのに、今年はどうも実が小さいのは何か理由があるのだろうか。

 蕎麦屋に行ってまずは洗濯機の中の洗濯物を干して、暖房は入れてあるけれど、大鍋に湯を汲んで沸かして厨房の暖を取るのです。小さなプラスティックの樽に漬けた白菜一把が、水が上がってきたので、小さな漬け物器に漬け直して唐辛子を入れておく。樽は洗って洗いかごに伏せておくのです。ここで思い出したように、厨房の引き出しに入っている2台のタブレットを取り出して、カウンターに並べて充電しておくのでした。週に一度は充電が必要なのです。

 それから冷蔵庫から天麩羅の具材を取り出して、切り分けたら容器に入れて冷蔵庫で保存する。玉葱を刻んでかき揚げの準備もしようと思ったけれど、入れ物を家に持ち帰ったまま置いてきてしまったから、午前中の仕込みは終わりにして、帰りがけにガソリンスタンドに寄って灯油を買って帰るのでした。18㍑の重い灯油を階段を上がって玄関まで運び、今のストーブの石油を満タンにして玄関を上がろうとしたら、灯油を持ったまますってんと転んでしまう。

 寒いから痛さが先にきた。亭主の大声と転んだ音に、女将がびっくりして仕事部屋から飛び出して来たけれど、灯油をこぼさなくって好かった。昼は昨日買って帰った冷凍のスパゲッティをレンジで温めて食べる。辛いのが苦手の女将はカルボナーラで、亭主は大蒜の利いたペペロンチーノ。最近の冷凍食品はとても好く出来ているから、とても美味しかったのです。レタスの残りと若布でコンソメ味のスープを作って、満足な昼食なのでした。

 昼寝をしている間に女将はスポーツクラブに出掛け、亭主は女将が帰るまでテレビで映画を観ていた。3時半過ぎに蕎麦屋に出掛けて、午後の仕込みを始めるのでした。白餡の鍋を火にかけながら、玉葱と人参を刻んでかき揚げの具材を用意したら、蕎麦汁を空の徳利に詰めていく。4時半に家に戻って夕食を待っていても、女将が夜のパトロールのあるのを忘れていて、仕方がないから餅を焼いてもらって急いで食べて集合場所に出掛けるのでした。
 寒いからか、今日は5人しか集まらない。一緒に短いコースを回ることにしたのです。膝の痛いという人もいて、足の悪い亭主が先頭に立って歩いたのは好いけれど、後ろに四人いるから急かされているようでどうも具合が悪い。足の調子が悪いわけではないけれども、早足になると右足の親指に力が入らないから、歩き出したら止まらないのが辛いのでした。最後にみずき通りを渡ろうとして、すってんころりと倒れてしまう。したたか胸と膝を打ったのです。


1月30日 木曜日 昨日の後遺症で肋骨に激痛が走る…

 夕べは転倒して打った脇腹が痛くてなかなか眠れなかった。どうも肋骨のあたりに不気味な痛みが走って、寝返りさえも打てない状態なのでした。もしかすると骨にひびでも入ったのかも知れない。痛いときにはじっとしていた方が好いのだけれど、熱っぽくもないし、打撲だけなら我慢して今日一日頑張ってみようと、蕎麦屋に出掛けて蕎麦を打つのでした。蕎麦玉を作って寝かせている間に、玄関を出て日の出前の美しい光を写真に撮っておきました。

 伸して畳んで切り終えた蕎麦は綺麗な仕上がりで、今日のお客がどれほど来るのかと少し心配になったのです。8食しか用意しなかったので、大盛りが出たりすると8人分は取れないから、早めに売り切れとなることも考えられた。それでも最近の寒さでお客は少ないだろうから、心配しすぎだと家に帰って朝食を食べる。焼き鮭にこの間買った葉の着いた大根の葉の部分を茹でてシラス和えにした小鉢にサツマイモと切り昆布の煮物。豚汁がついて栄養は十分。

 食後に書斎で横になったけれど、やはり左側の肋骨部分が痛くて左向きでは眠れなかったのです。起きてじっと座っている分には痛みがないので、居間の椅子に座ってストーブで暖まっていたのでした。洗面と着替えを済ませて、大丈夫だろうかとおそるおそる靴を履いて、歩いて蕎麦屋に出掛けるのです。痛い方の胸の側を使わなければ普通に歩くことは出来るので、無事に蕎麦屋に着いて幟と看板を出して、チェーンポールを降ろして歩くのでした。

 朝飯前には時間がなかったので、白菜となた漬けの漬け物を出して、生姜と大根をおろして薬味の小葱を刻む。野菜サラダの材料を刻む頃にはいつもよりちょっと遅れて10時半になっていた。定休日明けはいつものことだけれど、やることが沢山あるのです。だから今朝も髭を剃る時間がなかった。女将が来てくれるのでお客の前には出ないから、好いだろうと考えている亭主。11時過ぎに金柑大福を包み始めて、のこり15分でテーブルを拭いて回るのでした。

 女将が来てくれて解凍してある海老を容器に入れてくれた。暖簾を出す前にもう玄関前には人影があるので驚いたのです。歩いて来たらしいオーバーを着た青年が、カウンターに座って天せいろと作ったばかりの金柑大福を注文するのでした。今日はお客の来るのが早くて、その後、続けて6人ほどいらっして、次々と天せいろを頼まれる。最後のお客はキノコ蕎麦と鴨せいろの大盛りのご注文で、厨房の亭主は休みなく動いていた。まだ12時半前なのでした。

 お蕎麦売り切れの看板を出して、片付けに入ろうとしたら、車が一台駐車場に入ってきて、女性客のお一人だったから、カウンターに座ってもらった。天せいろのご注文で、天麩羅を揚げて、生舟の中の最後の一束を茹でてお出しする。美味しかったらしく、食べ終えた後でいろいろ話をして帰っていかれた。亭主の昼食は端切れの蕎麦と大盛りの残り半分を合わせて、かき揚げを揚げて賄い蕎麦にして食べた。2時過ぎには夫婦二人で家に戻るのでした。


1月31日 金曜日 今日は晴れても風が冷たかった…

 今朝は5時にセットしたアラームが鳴る前に目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲んだのです。5時半には玄関を出て、暗い道を車で蕎麦屋まで走る。昨日の夕刻は食材を持って業者が来たので、店の中は暖房の名残でだいぶ暖かかったのです。蕎麦打ち室は9℃で湿度は40%。蕎麦粉を計量して厨房にお湯を汲みに行く。粉を篩に掛けて、いつものように47%で捏ね始めたら、なぜか今朝は少し柔らかかったのです。暖かいせいなのだろうか。

 窓の外から隣のお花畑を眺めれば、予報では今朝は氷点下ではなかったはずなのに、うっすらと霜が降りている。地表は少し気温が低いのだろう。生地が少し柔らかすぎると、伸すのは楽ちんなのですが、畳んで切るときになるとどうしても少し切りむらが出来る。何とかごまかして8束とちょっとを打ち終えて、生舟の中に並べるのでした。7時過ぎに打ち終えて、家に戻るのです。今朝のおかずは銀ダラの煮付けと高野豆腐の煮物で、胃に優しい食事でした。

 蕎麦屋まで歩いて出掛けたけれど、昨日の暖かさとはうって変わって、風がとても冷たいのでした。途中から手袋をして歩く。店に着いて看板と幟を出したら、幟は北風に煽られてはためいている。厨房に入ってまずは大根をおろし、野菜サラダの具材を並べて、研いだばかりの包丁でキャベツやニンジンを刻んでいけば、やはり切れる包丁は仕上がりが綺麗に出来るのでした。この寒さではお客は来ないだろうけれど、きちんと仕込みをしておくことが大事。

 暖簾を出してもお客は来そうになかった。冷たい北風が強く吹いて幟が絡まってしまうほどなのでした。外に出て寒い中を幟を直して店の中に戻る。暖かい店の中に比べれば、こんな寒い中を蕎麦屋に来るお客がいるはずもなかったのです。あまりにも暇だから、週末に向けて解凍してあった豚のハラミを切って串に刺しておく。生物を切ったまな板は、綺麗に洗って干しておく。それでもまだ時間があるから、蕎麦打ち室から伸し棒を持って来て綺麗に洗う。

 1時半になったので、今日は何も使っていないからこのままの野状態で終わって、家に帰ってラーメンでも茹でて食べれば好いと、思って片付け始めていたら、玄関に人影が…。女性の一人客がバイクに乗ってやって来たのでした。奥のテーブルに座って天せいろを頼まれる。隣町からこの寒い中をわざわざいらっしたリピーターさんなのでした。残った金柑大福をサービスでお出しして、蕎麦茶もご自分でどうぞとテーブルにポットを置いておく。

 2時を回ったので暖簾と看板をしまわせてもらい、片付け物をしながらいろいろな話をして、やっとお帰りになったのです。それから、天麩羅鍋も茹で鍋もつかったから、亭主もかき揚げを揚げて賄い蕎麦を茹でて食べてしまう。食休みをしているとどうしても時間が遅くなるのです。ゆっくりと休んで洗い物をして、洗濯物を洗濯機に入れてスイッチを入れる。寒い北風の吹く中を家路をたどるのでした。綺麗に出来た野菜サラダは三皿全部家に持ち帰りです。

カテゴリー
未分類

2025年1月下旬



1月20日 月曜日 蕎麦屋に引っ越す日を夢見て…

 朝食を食べたら、いつもの時間に家を出て車で蕎麦屋に出掛けました。今朝は昨日の片付けをして洗濯物を干したら、新聞紙を袋に入れて車に積み込み、段ボール箱を潰して紐で括る。途中で疲れてしまうから、ほうじ茶を飲んで一服するのです。店のカウンターは残しておくつもり。コンセントのある奥の部分にパソコンを置いてプリンターと外付けのハードディスクはその脇に置けば好い。店の中はWi-Fiが通じるので、もうコードは必要がないのが嬉しい。

 車に新聞紙と潰した段ボール箱を積んで、明日の子ども会の廃品回収に出すのです。家に帰って昼は、昨日打った蕎麦が残っているから、大きな鍋にお湯を沸かして、女将がとろろ芋を擦ってくれている脇で、亭主が蕎麦を茹でる。サツマイモの煮物とホウレン草を茹でたのが小鉢で出たから、一人前では物足りなかったけれど、なんとか食べ終えて居間でテレビを観ながら寛いでいたら、女将が昨日残った金柑大福とお茶を持って来てくれた。

 12時過ぎに女将がスポーツクラブに出掛けたけれど、亭主は昨日もゆっくりと眠れたので昼寝はしなかった。午後は西の町のホームセンターに行って、店の備品を買ってくる予定だったのです。家から5㎞ほどなのですが、歳を取ると億劫になってなかなか出掛けて行きたくない。天削げの割り箸や業務用の消毒液はここでしか手に入らないから、2ヶ月に一辺は出掛けて行く。ついでに同じ敷地にあるスーパーによって家の魚や肉や果物を買って帰るのでした。

 帰りは団地の中央部にある昔ながらの台地を抜けて、お袋様の住むマンションに出るのが一番の近道。青空の下、モノレールの線路が続いて、遠く駅前の高層マンション群が見える。昔、子ども達がまだ小さな頃には、ここの小川に螢を見に来たものだけれど、今はコンクリートの用水路に変わってその面影はない。蕎麦屋に寄って荷物を置いたら家に帰って冷蔵庫に生ものを入れるのでした。女将がすぐに帰って来て、「今日は暖かいわね」と言うのでした。



1月21日 火曜日 今日は朝から随分と暖かかった…

 暖かい朝でした。朝食を食べ終えたら、昨日のうちに蕎麦屋から持ち帰った段ボールを、家のはす向かいの集積所に出しておくのです。新聞紙は家の門の前に置いておく。玄関から女将も出て来て、家の分の新聞紙や段ボールを出し始める。9時になるからお袋様に電話をして、買い物の迎えに行くのでした。かかりつけの内科が来月で閉院になるので、近所の新しい内科を紹介してもらうことにしたという話を聞く。医者も高齢化して店じまいする所が多い。

 農産物直売所で白菜を一把買ってきたので、半分だけ塩で漬け手残りは家に持ち帰る。昨日のうちに昆布と干し椎茸を浸けておいた鍋を火にかけて、小一時間の出汁取りにかかるのでした。出汁を取り終えて家に帰れば、もう11時半になっていました。店から持ち帰った野菜サラダが、随分と沢山残っていたので、昼は湯麺にあんかけの野菜サラダを載せて済ますのです。暖かい日だったから、食べ終えたら汗ばむほどで、部屋の暖房も消してあった。

 朝は食後のひと眠りをする暇がなかったので、昼食後はゆっくりと昼寝をするのでした。1時間半ほど眠ったところで女将に起こされて、スポーツクラブの予約を取らなければなりませんでした。コーヒーを一杯飲んで目を覚まし、蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みを始める。白菜の漬け物はまだ水が上がっていなかったので、昆布と唐辛子を加えてひっくり返してまた押し漬けを開始する。切り干し大根の煮物を作り、隣の火口では蓮根を茹でる。

 ガスオーブンと一緒になっている電子レンジが壊れているので、南瓜を切り分けて家に持ち帰ってチーンする。このレンジはいつになったら直すのだろうか。何十万もお金がかかるので、そう簡単には修理できないし、新しいものを入れることも躊躇われるのです。5時前に家に帰れば、サーバーの利用料金の請求書が届いていた。カードの期限が切れて、引き落としが出来なかったらしい。早速、新しいカードを登録したけれど、届いた払込票の分は払わなければいけない。何年に一度だから、前回も同じ事をしたのか覚えていない。償却資産の申告書も今月末が提出期限なのでした。


1月22日 水曜日 もう定休日が終わってしまう…

 8時半に家を出て、昨日来た請求書を持ってコンビニに支払いに行った朝でした。空は晴れて今日も少し暖かいのです。そのまま蕎麦屋に出掛けて店に着けば、暖房で店の中が暖まる間、持って行ったメジャーで寸法を測る。このテーブルのある場所に、家で使っている木製の応接セットが置けないかと考えたのです。2m50cmは必要だけれど、果たして、カウンターの椅子が邪魔になって上手く収まらない。2mを越える長椅子は車にも載せられないのでした。

 長年使って愛着のある肩肘の幅が広い回転椅子も、クッションを載せて座る一枚板だから座り心地は悪いけれど、フットレストに足を載せれば寛ぐことが出来るゆったりとした座り心地なのです。地味な和風の縞模様の生地で覆われて飽きが来ない。当時、何十万円も出して一生ものだと思ったのですが、これでお別れなのか。断捨離の境地からはほど遠いのでした。カウンターを外すとなるとまた費用がかさむので、持っては来れないと決断するのです。

 気を取り直して厨房に入り、漬けておいた白菜のお新香を切り分けて、小鉢に盛り付ける。残りは小さな漬け物器に移しておくのでした。昨日作った切り干し大根の煮物も盛り付けて、明日の小鉢はこれで準備完了。次に白餡作りに取りかかるのでしたが、これが時間のかかる仕事で、水を少し多く入れすぎたから、氷砂糖と冷凍してある白餡が溶け出して、硬くなるまで煮詰めなければならない。蕎麦汁を詰め終えてもまだ硬くならないので火を止めて家に帰る。

 帰りがけに、ショッピングモールにある「さぼてん」で、揚げたてのロースカツを二枚買って家に帰る。女将はまだ仕事部屋で書道をしているらしかった。昼食は亭主の仕事だから、大鍋に湯を沸かして、スパゲッティーを茹で、ミートソースを温める。女将が台所に来てまだ熱いカツを切ってくれた。湯気でカメラのレンズが曇ってしまったけれど、味は相当に美味しかったのです。満足して書斎に入り、女将が出掛けるのも気づかずに小一時間眠った。

 女将の帰るまでコーヒーを飲みながらテレビの映画を観て、遅い午後に蕎麦屋に出掛けて午前中の仕込みの続きをするのでした。まずはキノコ汁を作ってIH用の鍋に移し、柔らかめの白餡は、タッパに入れて冷蔵庫で保存する。それから天麩羅の具材を切り分けるのですが、最近は天麩羅を頼む人が少ないので、油も綺麗なままで具材も残ってしまうのです。それでも、8人分は用意して明日の営業に臨む。明日も蕎麦は8人分打てば十分だろう。


1月23日 木曜日 暖かな一日でしたがお客は少なかった…

 また木曜日がやって来て、セットしたアラームで目を覚ますのでした。夕べは早めに床に入ったので、目覚めは好かったのですが、コーヒーを飲んでもまだ動きたくないから困ったものです。5時半になったら重い腰を上げて蕎麦屋に向かうのでした。真っ先に蕎麦打ち室に入って750gの蕎麦粉を捏ね上げる。加水を47%強にしたら少し柔らかくなったけれど、これでも十分に蕎麦が打てる。蕎麦玉を寝かせている間に、玄関を出て曇った夜明け前の空を見る。

 蕎麦を打ち終えて、コンビニに寄って煙草を買い、7時過ぎに家に帰る。女将が食卓に朝食を並べているところでした。好物の茄子焼きが出ていたので、亭主は椅子に座って大蒜をすり下ろす。お新香と筑前煮があったので、茄子焼きと食べていたら、茶碗の中のご飯がなくなった。ちょっとおかずが多すぎると女将に言って、ホッケの塩焼きだけ後から食べるのでした。栄養の面からは、動物性タンパク質が必要なのでしょうが、キノコ汁にも鶏肉が入っている。

 今朝も食後のひと眠りはせずに、洗面と着替えを済ませたら玄関を出て蕎麦屋に向かうのでした。ゆっくり歩けば足の具合も気にならないけれど、疲れた午後に帰る時には、どうしても右足を引きずる形になってしまうのです。あまり気にしないようにしているけれど、遠くまでは歩いていけないのが辛い。空には雲が随分と沢山出て、これでは晴れとは言えないような気がしたが、陽射しがあるだけ少しは暖かい陽気なのでした。蕎麦屋に着いて看板と幟を出す。

 厨房に入ってまずは大根をおろし、薬味の小葱を刻んだら、生姜を擦っておく。そして、野菜サラダの具材を刻んで盛り付ける。最近は11時前にはすべて終えているから、今朝もそれからテーブルを拭いて回って、金柑大福を包み始める。今日のお客は男性の一人客ばかりで、皆さんカウンターに座ってカレーうどんや暖かい蕎麦を頼まれた。自転車で来たらしい老人は「身体の芯まで暖まるね」と言って金柑大福を二つお持ち帰りになるのでした。



1月24日 金曜日 暖かすぎて店の暖房を消した日…

 今朝も5時起き。5時40分には蕎麦屋に着いた。カウンターの上に干してあった昨日の洗い物を片付けて、蕎麦打ち室に入る。外はまだ真っ暗なのに、何故か室温は高いのです。昨日の残りの蕎麦があったから、今朝は500gだけ打ち足せば好い。蕎麦玉を寝かせている間に玄関を出て、夜明け前の景色を写真に撮っておきました。いつもと同じ47%の加水で捏ねた生地は、湿度もあってかなり柔らかく仕上がったのです。切りべら25本で140gとかなり細い仕上がり。

 蕎麦打ちを終えて家に帰る頃には辺りも明るくなって、驚いたことに向かいの畑は真っ白に霜が降りていました。天気予報の朝方は氷点下というのは当たっていたのです。それでもそんなに寒く感じないのは、やはり湿度が高いせいなのでしょうか。家に帰って朝食を食べて、書斎に入ってひと眠りすれば、今日は亭主一人の営業だからと緊張するのです。陽が昇れば陽射しは暖かく、何処へ置いたのか見つからない手袋も必要ないのでした。

 蕎麦屋に着いて看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、厨房に入る前に洗濯物を干しておきます。昨日はお客が少なかったから、洗濯物も少なかった。大根をおろして野菜サラダの具材を刻んでいる間に、この間作った白餡が柔らかすぎるので、鍋に戻して弱火で煮詰めるのでした。硬く団子に出来なければ、金柑を包んで求肥でくるめないのです。今日は野菜サラダも金柑大福も随分と出たので嬉しかった。やはり最近は金曜日の方がお客が多いのです。

 3人連れの年配のご家族がいらっして、ヘルシーランチセットを二つも頼むから、食べられるのかと心配したけれど、80歳は優に越えた老婆が一番元気で好く喋っていました。一時間ほど元気に話をして、満足そうにお帰りになったので好かった。洗い物を済ませてそろそろ暖簾をしまおうかという時になって、車が駐車場に入ってきたのです。テーブル席に一人座った女性は、天せいろのご注文なので、片付けはじめた天麩羅の具材を取り出してお出しする。



1月25日 土曜日 朝から冷たい雨が降っていたのに…

 今朝は珍しくアラームがなる前に目が覚めたのです。5時には台所で薬罐を火にかけてコーヒーを入れる。5時半には玄関を出れば雨が降っていました。夕べの天気予報では、一言もそんなことは言っていなかったような気がするけれど、寒い上に雨が降るのでは今日は大変だと思えたのです。車に乗って蕎麦屋に迎えば、真っ暗な道路にかなりの量の雨が降っているではありませんか。6時前にははもう蕎麦玉を仕上げて、厨房で大釜の湯を沸かしていました。

 昨日の蕎麦の残りに500gだけ打ち足して合わせて12食の蕎麦を用意したのですが、この雨ではお客が来そうにないのです。ずっと雨がなかったからちょうど好いお湿りではあったけれど、お客が来るはずの土曜日に降るとはなんとも残念でならなかった。7時前に蕎麦を打ち終えて家に帰れば、女将が台所に立って味噌汁を作っていたから、食卓に座ってご飯の出来るのを待つのです。繊維質の漬け物や筑前煮に、高野豆腐、そして出汁焼き卵が出れば完成。

 早めに食べ終えたので書斎に入ってひと眠りしようと思ったら、どうも眠れないのです。夕べは10時半に床に就いてぐっすりと6時間以上は眠ったからなのでした。寒いから女将の朝ドラの終わるまで床の中で布団にくるまっていました。洗面と着替えを済ませて、さあ出掛けようと玄関の扉を開ければ、まだ雨が降っているではありませんか。仕方がないから再びくるまを出して蕎麦屋に行くのでした。お客はないから駐車場も一杯にはならないだろうと考えた。

 厨房に入って大根や生姜をすり下ろしていると、女将が「寒いわね」と言ってやってくる。野菜サラダの具材を刻み、金柑大福を四皿包んで、昨日の残りと合わせて六皿になった。これは明日の分も作って、少し明日は楽をしようと考えてのこと。それでも三日目の大福はもう硬くなるから、残れば家に持ち帰らなければならない。野菜サラダも残れば全部持ち帰りなのです。それを見込んで、昨日、女将が買い物から帰ったら焼きそばが冷蔵庫に入っていた。

 ところが、暖簾を出す頃には雨が少し止んできたので、幟を出せば開店間もなく車が駐車場に入ってきた。リピーターの男性二人はテーブル席に座って、ヘルシーランチセットの天せいろとキノコ蕎麦をご注文なのでした。驚いたことに、2kmも離れた駅の向こうから、自転車に乗って常連さんもやって来て、いつもの辛味大根とせいろ蕎麦の大盛り。さらに続けてリピーターの老夫婦が車でいらっして、鴨南蛮蕎麦と天せいろを頼まれた。有り難い事なのでした。


1月26日 日曜日 晴れてはいても冷たい風の吹く一日で…

 今朝はアラームが鳴らなかったのか、少し寝坊して家でコーヒーを飲む暇がなかった。それでもすぐに車で蕎麦屋まで出掛けて、まずはカウンターに干した盆や蕎麦皿を片付ける。蕎麦徳利は冷蔵庫に残っている数を調べて、大盛り用の大きな徳利三つに蕎麦汁を補充しておく。コーヒーを飲みながら窓の外を見れば、やっと森の上の空が白み始めるのでした。時計は6時を回っていたけれど、今日も500gだけ打ち足せば好いと、落ち着いて準備をするのでした。

 47%の加水で捏ねた生地は上手く仕上がって、伸して畳んで切りべら23本で140gを越えるぐらいの束にして、7時過ぎには蕎麦を打ち終えたのです。隣のお花畑にも真っ白な霜が降りて、今朝も氷点下の朝なのでした。空は雲一つない青空だけれど、風があるから体感温度は相当に寒く、蕎麦打ちを終えたばかりなのにもう手が冷たくなっている。家に帰れば女将が台所に立って、焼いた魚をテーブルに運んでいた。味噌汁代わりに茶碗蒸しが出たので嬉しい。

 今朝も書斎でひと眠りしようと思ったら、全然眠れなくて30分ほど横になって暖まったら、洗面と着替えを済ませて「行ってきま~す」と玄関を出るのでした。女将は「洗濯物が沢山あるからちょっと遅くなりますよ」と言って、亭主の寝ていたシーツや枕カバーを洗濯機に入れる。昨日まで亭主が来ていた服も、全部取り替えたので今朝は随分と沢山洗うものがあったのです。昨日の夜のうちに洗濯をしてジーンズやシャツはもう洗濯竿に干してあった。

 よく晴れて陽射しはあるものの、北風が強いからとても寒く感じるのです。早めに蕎麦屋に着いたけれど、今日は週の最後の営業日なので、あまりすることがない。天麩羅の具材も切り足しておきたかったけれど、最近あまり出ないので足りなくなったら準備することにして、キノコ汁だけ二人分取れるように、汁と椎茸を切って加えておいた。これが全部売り切れて、注文したお客は「美味しかった」と汁まで綺麗に飲んで帰られたのです。

 駐車場に車が何度も出入りして、今日は寒いのに随分とお客が来たのです。閉店前にいらっしたお客は、鴨せいろの大盛りを頼まれて、亭主の食べる分の蕎麦を残して、ぴったり生舟に残っていた蕎麦がなくなったのです。給料日の後と言うこともあるのだろうか。蕎麦屋の中は昼は室温24℃まで上がっていたけれど、外は冷たい風がピューピューと吹いているのでした。女将と二人で洗い物を片付け、早めに帰って大相撲の千秋楽を早くからテレビで観るのです。

カテゴリー
未分類

2025年1月中旬



1月13日 月曜日 成人式も遠い昔…

 定休日の一日目は、ゆっくりと食後のひと眠りをして蕎麦屋に出掛け、昨日持ち帰れなかった残りものを取りに行きました。陽の当たる南の庭は草も枯れて、この間、剪定した月桂樹の木が葉を茂らせている。気の早いもので、その手前辺りに、なんとか家の庭の金柑の木を移植できないかと考えている亭主。お客は少なかったけれど、最終日は残った蕎麦汁も全部持ち帰ったから、空の蕎麦徳利などが洗ってカウンターに干してあるから、それを片付ける。

 冷蔵庫に残ったキャベツやレタスの残りと、作ったばかりのキノコ汁や一番出汁、二番出汁を。全部家に持ち帰らなければいけなかった。昼は昨日打った蕎麦が随分と残っていたから、揚げて帰った天麩羅をフライパンで焼いて、蕎麦を茹でたら天麩羅蕎麦。店の大きな鍋で茹でるのと違って、やはり蕎麦の茹で上がりが違うのが残念なのです。亭主は1.5人分の蕎麦を平らげて満足する。お茶をもらってひと眠りしようと思うけれど、疲れていないから眠れない。

 書斎にゴミ袋を持ち込んで、CD類を全部詰め込んでいく。CDが燃えるゴミで出せることを初めて知ったのです。ゴミ袋二つ分を玄関まで運んで、次のゴミの日に出す事にしました。午後は蕎麦屋に出掛けて返しの仕込みをしようと思っていたので、蛍光灯の廃棄分を地区のコミセンに持って行ったけれど、月曜日は休館日なのでした。玄関のすぐ内側にある蛍光灯のゴミ捨て場は見えるのだけれど、中には入れないので捨ててくることは出来なかったのです。

 仕方がないからそのまま蕎麦屋に行って、返しの仕込みを始めるのでした。出汁取りよりもかかる時間は短いので、洗濯機の中の洗濯物を干したり、昨日固めた天麩羅油を捨てたりといろいろやることはあるのです。家に帰ってもまだ3時過ぎだったので、祭日でテレビは「ハリーポッター」を続けて放映していたから、居間の椅子に座ってじっと見ていた。あまりにも一本が長いので、飽きてしまっていつも途中で挫折してしまうのです。



1月14日 火曜日 朝夕はとても冷え込んで…

 朝の9時にお袋様を迎えに行けば、車外温度は3℃だったから、かなり寒い朝なでした。にもかかわらず、農産物直売所の駐車場は車が一杯なのです。幾つになっても母親だから「膝の具合は好くなったの?」と心配そうに聞いてくる。「もう二三日したら痛み止めの薬がなくなるから、今度は尿酸値を下げる薬に替えるんだよ」と説明する亭主。隣町のスーパーにも行って、食材を買いそろえるのですが、袋四つでもう一万円を越えている。野菜が高いのでした。

 農産物直売所では白菜が一把200円ほどだったから、これは安かった。店に戻って、食材を冷蔵庫に収納したら、早速、白菜を半分だけ漬け物器に塩で漬けておく。残りは家に持ち帰って家計の足しにしてもらうのです。買い物に出た女将よりも早く家に帰り、頼まれた食材を冷蔵庫にしまっておきます。昼はまた蕎麦なので、鍋のお湯が沸くまでテレビを観ている。お湯が沸いたら、亭主の出番で冷たい水で洗った蕎麦が美味しそうなのでした。

 昨日ぐっすり眠れたからか、今日は朝も昼も食後のひと眠りはしなかった。午後は2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、蕎麦屋に出掛けて出汁取りに取りかかるのでした。午前中に塩漬けにした白菜はまだ水が上がっていなかった。小一時間掛けて二番出汁まで取ったら、天つゆを作り、大きな鍋で追い鰹で取った二番出汁を使って、キノコ汁も作っておく。ステンレスの容器二杯分の二番出汁は予備。残りは明日のカレーに使う予定なのです。

 4時半に家に帰って、テレビで大相撲を観ながら夕食の準備を始める。一昨日残った野菜サラダ二皿分を使って、肉と海鮮ミックスとキクラゲを入れ、隣の火口のフライパンで堅焼きそばを焼いて、あんかけを作っていく。ものの5分で出来上がりだから、女将はその間テレビで相撲を観ている。一つ半の焼きそばの玉を二人で食べる。寒い時期はこのあんかけが、一番暖まるのです。居間で相撲の続きを観ていたら、女将が薬用の水とお茶を持って来てくれた。



1月15日 水曜日 朝晩は寒く、日中は暖かい一日でした…

 今朝も6時に目覚めてコーヒーを入れ、朝食までテレビの映画を観ていた。昼間は暖かいと言うけれど、朝は寒いから外に出たくないのです。食事を終えたら、ヘップバーンの「ローマの休日」をやっていたので、これも最後まで観るのでした。白黒の映画だけれど何回観ても飽きないのです。やっと家を出て午前中の仕込みに出掛けたのが10時過ぎ。昼前にカレーを仕込んでおこうと決めていたのです。古いカレーが一袋だけ残っていたから、家に持って帰る。

 店の電子レンジが壊れているので、長いこと冷凍室に入れておくと、解凍するのに手間がかかるのです。家に帰って、店から持って帰った天つゆが残っていたので温め、同じくかき揚げの材料を持ち帰っていたから、玉葱や人参に肉を入れて、レンジで解凍したカレーを入れて煮込む。最後に水溶き片栗粉を加えれば、霊犀亭特製の美味しそうなカレーが出来上がるのでした。もともと味を濃くして冷凍してあるから、天つゆで薄めてちょうど好い味になるのです。

 午後も昼寝をせずに、女将がスポーツクラブに出掛けた後に、亭主は蕎麦屋に行って午後の仕込みを開始するのでした。まずは午前中に作ったカレーをジブロックの袋に詰めて、6袋分を冷凍室に入れておきます。それから空の蕎麦徳利に蕎麦汁を満たして、アルミホイルで蓋をして冷蔵庫に入れる。それから蕎麦豆腐を作って型に流し込み、冷蔵庫に入れるのです。ここで少しひと休み。ケトルでほうじ茶を沸かして陶器のグラス四杯分。明日の飲み物になる。

 次は筑前煮を作るのですが、これが案外と手間がかかるのです。牛蒡、人参、里芋などの根菜類はすべて皮を剥いて、乱切りにして火が通りやすくします。蒟蒻と出汁取りに使った干し椎茸とを切って鶏肉から順番に油で炒めていく。鶏肉の色が変わったら二番出汁を入れて少し煮る。里芋や人参に火が通ったところで、出汁醤油と砂糖で味つけをするのです。煮込むこと10分。蓮根を入れないのは隣の火口で天麩羅の具材として茹でているから。

 ここでもう終わりにしたかったけれど、天麩羅の具材を切り分けておかないと、明日の朝が大変になるから、最後の力を振り絞って玉葱、三ツ葉、生椎茸、ピーマン、茄子と切り分けていく。午後の仕込みを始めてから2時間以上が過ぎていた。使った鍋はその都度洗って洗いかごに入れてある。全部を乾かしてからいよいよ家に帰る準備に入るのです。使い切れなかった牛蒡と里芋は持ち帰る。陽は随分と傾いていた。夜の防犯パトロールは、膝の具合が悪いのでお休みにしろと女将に言われて、大相撲のテレビ中継を観る。


1月16日 木曜日 寒すぎて身体が動かないけれど…

 木曜日から4日間はスマホのアラームをセットしているので、今朝も5時には目を覚ますのでした。昨日の夜は10時に床に就いたので、すんなりと目覚めて居間の部屋に移る。コーヒーを沸かしていると遅くなるからと、支度をして車で蕎麦屋に向かうのです。辺りはまだ真っ暗で、丸い月が蕎麦屋の屋根の上にかかっていました。暖房を入れたら厨房に入って、漬け上がったお新香を取り出して、6鉢分だけ切り分ける。後は昨日作った筑前煮を四鉢盛り付ける。

 6時前に蕎麦打ち室に入って、8人分の750gを捏ね始める。蕎麦玉にしたら寝かせている間に、ケトルでお湯を沸かしてコーヒーを入れるのです。6時半になったところで再び蕎麦打ち室に入って、47%で打ち上げた蕎麦を伸して畳んで、切りべら21本で135gに切っていく。昨日の夜見たテレビの行列の出来る蕎麦屋では、若い女性が1.5kgもあろうかと思われる蕎麦を、手際よく切っている姿が放映されていた。一日100食を越えるような大きな店はさすがに凄い。

 蕎麦好きならば、その番組を見ただけで蕎麦が食べたくなるけれど、今朝のこの寒さでは亭犀亭にはどれだけお客が来るのやら。家に帰る頃には朝焼けの空が広がり、今日も晴れそうだと思いながら車に乗り込む。朝食には昨日作ったカレーが出て、女将の仕事も少なくて済んだのです。今朝も食後のひと眠りはせずに、8時半には再び蕎麦屋に出掛ける。定休日明けの朝は、薬味の葱を刻んだり、生姜や大根をすり下ろしたりとする事が沢山あるのでした。

 木曜日は女将が来るのが開店前だから、仕込みを終えた亭主がテーブルを拭いて回らなければならない。今日は早くから店に来ていたので、解凍した海老を袋から出して容器に詰めたり、天ぷら粉を空になった容器に入れたりと結構忙しい。野菜サラダを刻んでいつものように三皿に盛り付け、金柑大福を四皿分包んでカウンターに並べる。今日はサラダも大福も出なかったので残念。昼過ぎになってご夫婦が車でいらっして、天せいろのご注文なのでした。

 ご主人がビールを飲みたがったけれど、奥様に言われてノンアルコールのビールに替える。料理を出し終えた頃に、駅の向こうから自転車で若い常連さんがいらっしゃる。キノコ蕎麦の大盛りと蕎麦豆腐を頼まれて、亭主が「今日は自転車では寒いでしょ」と言えば「寒くて手が悴んでしまいました」と言う。1時過ぎには皆さんお帰りになって、亭主もかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べる。洗い物と片付けを済ませて、2時半には女将と二人で家に帰るのでした。


1月17日 金曜日 毎日が氷点下の朝…

 今朝も5時にアラームで目が覚めたけれど、今日は蕎麦打ちが少ししかなかったので、コーヒーを沸かして飲む時間があった。居間のエアコンだけでは寒いので、石油ストーブを点けるのですが、なかなか室温は上がらない。5時半を過ぎてやっと蕎麦屋に出掛ける支度を始めるのでした。手袋を捜しても見当たらないので、かじかむ手を我慢して車に乗る。この間は2日間もメガネがなくなって困ったし、物覚えが随分と悪くなったのです。

 カウンターに干した盆や蕎麦皿を片付け、大釜に湯を入れて火を点けてから、室温6℃の蕎麦打ち室に入って蕎麦粉を捏ねる。蕎麦玉を作って寝かせている間に、厨房に戻ってほうじ茶を沸かす。しばし休憩して、6時半になったら再び蕎麦打ち室に入って生地を伸しにかかるのです。外はやっと明るくなった。後で調べたら、今日がこの冬で一番日の出の遅い日で、6時48分。切りべら20本140gで5束打ち足して、今日は9食分の蕎麦を用意した。

 風も強いし、タブレットの気象予報では体感2℃となっている。窓から見渡す隣のお花畑も、真っ白な霜で覆われていた。この広い畑を吹き渡る西風が平屋の蕎麦屋を冷やすのだ。エアコンを入れてもまったく暖まらないのです。7時前に蕎麦打ちを終えて家に帰れば、今朝は鮭の塩焼きがおかずで、美味しく頂いてひと休みしたら書斎に入ってひと眠り。寒いからか、夕べも7時間も眠ったのに、1時間も眠ってしまうのでした。ゆっくりと蕎麦屋に歩いて行く。

 幟を出せば、風が強くてぱたぱたとはためいている。空は青いけれど、これではやはり体感温度2℃というのも頷けるのです。野菜サラダを作ってテーブルを拭いて回り、開店の準備が整ったのが、11時過ぎ。昼前に老夫婦が車でいらっして、鴨南蛮蕎麦と天せいろと金柑大福を頼まれる。調理をしている途中でまた一人、自転車で駅の向こうから常連さんがやって来た。何も言わなくても、せいろ蕎麦の大盛りと辛味大根を出す。今日は金柑大福を三つ持ち帰る。

 1時前には皆さんお帰りになったけれど、まだ油断は出来ないのです。洗い物を済ませて、天麩羅の具材や天つゆの鍋を片付け、二皿残った野菜サラダを包んで持ち帰る準備をしていたら、閉店の前にまた車が一台入って来る。老人が一人でカウンターに座り、おろし蕎麦の大盛りを頼まれた。少し気温が上がったのか、エアコンを効かせた店の中は24℃まで室温が上がるのでした。亭主はやっとかき揚げを揚げて蕎麦を茹で、お客が帰ったら賄い蕎麦を食べる。


1月18日 土曜日 今朝は特別に寒い朝でした…

 今朝も5時起き。5時半には家を出て、室温6℃の蕎麦屋で蕎麦を打つのでした。捏ね鉢を洗ってから、昨日の洗い物を片付ける。大釜に湯を汲んで火を点ければ、少しは背中が暖かいのです。6時前には蕎麦打ち室に戻って、伸し方を始めます。47%の加水にしてから、四角形は綺麗に出来るようになったけれど、伸しムラがあるらしく、どうしても中央部分が厚くなって最後に飛び出てしまう。技術的な問題だから解決が出来るだろうけれど、急いでは駄目。

 12人分の蕎麦を用意して7時前に家に帰るのでした。今日は卵と煮物だと聞いていたから、すぐに朝食を食べてひと休みです。40分ほど眠ったら、洗面と着替えを済ませて再び蕎麦屋に出掛けます。
今日は土曜日だから向かいのサツマイモ農園では朝市を開催しています。若旦那が「お早うございます」と亭主の姿を見て声を掛けてくれる。女将もサツマイモとホウレン草を買って帰ったそうな。厨房に入る前に幟と看板を出して、チェーンポールを降ろした。

 野菜サラダの具材を刻んで盛り付けに入る。キャベツは300円もするのに随分と小さくて刻むのにもひと苦労するのでした。パプリカは週4日の営業になってちょうど1個で間に合うのです。人参のジュリエンヌは包丁が切りないと上手く刻めないけれど、今日はそれでも納得のいく細さで切りそろえられました。このサラダがすべて売れたから嬉しいのです。それから大福を仕込んで4皿分作っておく。今日はお客が多かったから蕎麦豆腐も大福も残りは一つ。

 寒いからどうしても温かい汁の蕎麦やカレー蕎麦などが出たけれど、ヘルシーランチセットやキノコ蕎麦も出たから忙しい。1時をだいぶ過ぎてお客は皆さん帰られた。亭主が賄い蕎麦を食べたら、女将と二人で洗い物と片付けを始めて2時半前には家に帰る事が出来ました。今日は地元の不動産屋が来て、家の買い取りの話をする日なのでした。1時間ほど話を聞いて、家の中と家回りを見て帰った。蕎麦屋は8月までは営業できそうなのでした。 



1月19日 日曜日 机の引き出しで見つけた一枚の写真…

 毎日少しずつ部屋の中を整理している昨今ですが、先日、昔懐かしい一枚の写真を見つけました。今はもう亡くなってしまったけれど、自分の父親と15歳も離れた伯父夫婦と一緒に写った写真。祖母も亡くなって、法事以外では本家を訪れたことが亡かったけれど、確か水泳の関東大会が近くであったので、顔を見せに寄ったのでした。ネクタイをしていなかったから、伯父のネクタイをもらって締めて出掛けたのを覚えている。小さな頃から随分と世話になった。

 ぐっすりと眠れたので、今朝は5時に目覚めて5時半には蕎麦屋に出掛ける。蕎麦打ち室に入って今日も47%の加水で蕎麦を打つ。次第に白んでくる外は真っ白な霜に覆われて、寒い朝なのでした。昨日、キノコ汁が全部なくなったので、今日は新しく作っておかなくてはと、家への帰り道に1キロほど離れた場所にあるビッグエーに、キノコと鶏肉を買って帰宅するのでした。今朝も食後のひと眠りをせずに、早めに蕎麦屋に出掛けて仕込みをしておく。

 今日は日中も寒い一日だったから、このキノコつけ蕎麦が出たので嬉しかった。解凍してあったハラミも串に刺して準備しておいたけれど、これは出なかったので家に持ち帰って夜の酒の肴になる。蕎麦豆腐も残り一つだったから作っておいたけれど、野菜サラダと同様に今日は出なかったのです。今週の最後の日だからと言って、「今日はありません」と言うのも気が引けるから、女将に言われて全部用意しておいたのです。店屋とはそんなものなのです。

 昼までは青空が覗いていたが、陽射しは弱くやはり冬の一日なのでした。去年よりは少しはお客が増えた週ではありましたが、寒い時期はやはりお客の数も少ない。8月に店を閉めてからのことを、女将といろいろ話しながら過ごしたのです。閉店前に客が来て最後の天せいろを揚げる。2時半には二人で家に戻って、女将は美容院へ出掛け、亭主は書斎に入ってひと眠りするのでした。夜は久し振りに雨が降ったので、少しは暖かな夕べとなった。

カテゴリー
未分類

2025年上旬



1月5日 日曜日 長かった正月休みもそろそろ終わり…

 7時過ぎまでゆっくり眠った朝は、気分も爽快なのでした。鮭の塩焼きで朝食を済ませて、一週間目となった正月休みもあと少しで終わると、午前中は居間の椅子に座ってテレビを観ていたのです。やっと昼食の準備をする時間になって、亭主が台所に立って野菜を刻む。昼飯はカレー炒飯にしようと女将と話していたから、女将が肉を切ってくれて、亭主が中華鍋で野菜を炒め始める。冷蔵庫の中には本当に綺麗にものがなくなっていたのでした。

 午後は隣町のスーパーに食材を買いに出掛けようと、お袋様にも電話をすれば、ちょうど好い具合と、一緒に出掛けることになったのです。女将と三人でスーパーに行けば、駐車場は満杯で運良く一番店に近い場所が空いていたので、難なく車を停めることが出来ました。蕎麦屋の仕入れはなかったけれど、蓮根やアスパラガスなどは火曜日に買いに来ても同じものだから、今日のうちに好いものを選んで買っておくのでした。女将も家の肉や魚や野菜を買った。

 今日は外に出たのがこの買い物だけで、身体が疲れていないので昼寝も出来なかった。こんな日曜日があってもいいかと、夕方からとても長い映画の「アラビアのロレンス」をテレビで観てしまう。何度も観ているのですが、長すぎていつも途中で止めてしまうのでしたが、今日は夕食を夾んで最後まで観ることが出来ました。たまには違ったものを食べたいと、牛肉を焼いてご飯を食べる。アメリカ産のバラ肉と値段が倍もする常陸牛を買って来たけれど、薄く切ったアメリカ産の方が美味しかったような気がするのでした。


1月6日 月曜日 忍び寄る老いに愕然とする日々…

 夕べは夜中に身体が痒くて目が覚めた。乾燥しているからか、背中や腕の付け根が痒くてならなかったのです。触って見ると肌がざらざらとした感触で、掻いてはいけないと思いながらもつい掻いてしまう。2時間ほど起きていたけれど、これではいけないと5時前にまた床に入るのでした。女将に起こされて朝食を食べれば、お茶を飲んでまた書斎に入ってひと眠りする。これで今日一日の生活のペースは完全に崩れてしまったから大変なのでした。

 10時過ぎに目覚めて、起き出してみると夕べ違和感のあった左膝が痛い。先日も左足の親指付近が赤く腫れて痛かったので、すぐにロキソニンの湿布を貼ったら好くなったから、放っておいたのが好くなかった。これは明らかに通風の発作なのです。右足の発作から4年経つから忘れていたけれど、やはり整形外科に行って薬をもらわないと。尿酸値が高くなっているのが身体の感触で分かるのです。近くの整形外科に電話をしてみたら、予約は必要でないけれど、1時間半ほど待ちますと言われて、今日は断念したのでした。
 テレビを観ている場合ではなかったから、他にすることがないかと考えたら、夕べメモ書きで伝票や領収書を這っている大学ノートを買うという仕事があったから、急いで駅前のホームセンターに出掛けるのでした。気にするせいか、車に乗るにも左足を曲げるので膝に痛みがあるのです。果たしてホームセンターのノート売り場まで歩いて、駐車場の車に戻ったのです。家に帰って去年のノートと比べて見たら、大きさが一回り小さいB5番を、二つも買ってしまったことに気が付いた。呆けたと言って笑って済まそうか…。


1月7日 火曜日 なんとなく暖かい一日で…

 今朝は7時まで眠って朝食を食べる。9時からお袋様と仕入に出かけるので、昨日までの怠惰な生活とはお別れなのです。痛風の膝の痛みは相変わらずで、午後にでも医者に出掛けようと思っているのでした。ゆっくり歩く分には支障がないので、農産物直売所と隣町のスーパーに出掛けて、目当ての食材を仕入れて蕎麦屋に帰る。一昨日、お袋様とスーパーに出かけたので、彼女も今日は少しの買い物で済んだらしい。女将に頼まれた米を持って家に帰る。

 昼は亭主が野菜のあんかけで湯麺を作って二人で食べる。ラーメンはあまり好きではない女将も、湯麺なら美味しいと言って食べるから不思議なものです。女将のスポーツクラブの予約を取り終えるまでは、医者にも行けない。午後の診察は3時からなので、2時半を過ぎたら車で隣町まで出掛けていく。受付で書類を書いたら、QRコードの紙を渡されて、読み取ってアプリを開くと、自分があとどのくらい待てば好いのかが判るから、とても便利なのでした。

 受付の女性が「あと二時間ぐらいは時間がありますが中でお待ちになりますか」と言うので、一旦家に帰ることにした。これなら、長いこと混んだ待合室で待つ必要もないから、快適なのです。家に帰ってテレビ映画を観ながら、コーヒーを飲んでゆっくりとした。5時前にもう一度医院に出掛け、30分もしないうちに膝のレントゲンを撮って、医師の診察を受ける。5年前のデータがあるらしく、薬も治療の段取りもすぐに決まったのです。便利な時代ではある。


1月8日 水曜日 風がとても冷たい一日でした…

 昨日医者でもらった薬を置いたままで、説明書きをよく読んでみたら、最初は痛み止めのロキソニンを一日に3回飲むのだとか。ジェネリックだからか胃の薬まで一緒に飲むから、一度に二錠。もう一つの内服薬の袋には、痛みが止まったら飲む尿酸を溶かす薬。これは一日一錠だから助かる。60日分もくれたので当分医者に行かなくて好さそうなのです。後は湿布薬でこれも痛みが止まったら止めてしまおう。その後に採血をして尿酸値の検査なのだそうです。

 今朝は朝飯前には蕎麦屋に行かずに、塩分50%の再仕込み醤油を発送したと連絡があったので、8時過ぎには家を出たのです。減塩醤油はもう届いているから、両方が揃えば返しを作れると期待していたけれど、午前中には届かなかった。大根のなた漬けと白菜のお新香を漬けて、家でチーンするためにカボチャを切り分けておく。そして、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めて午前中の仕込みを終わりにしました。昼は昨日と同じ湯麺のあんかけスープを食べる。

 二日続いても飽きないように、今日は焼き豚と魚介ミックスもいれて、スープに隠し味で砂糖を加えたのです。ラーメン嫌いの女将も「美味しい」と言ってくれたので、料理人としては嬉しい限り。寒い日にはあんかけのスープが身体を温めてくれるからちょうど好いのです。丼二つで洗い物も少ないから、昼からスポーツクラブに出掛ける女将にも優しい。テレビを観ていた亭主に、夜はちゃんこ鍋でいいかと確認して、女将はスポーツクラブに出掛けて行った。

 1時を過ぎて女将の後を追うように、亭主も蕎麦屋に出掛ける。なた漬けをタッパに漬け直して、柚子と唐辛子と甘酒の素と砂糖を加え、水の少し上がってきた白菜を漬け物器に移し、昆布を入れてまた押し漬けをしておく。それから蕎麦豆腐を仕込み、型に入れて冷蔵庫で冷やしておきます。後は、天麩羅の具材を切り分けて容器に入れ、帰る頃にナスとキュウリを糠床に入れれば終わりです。ロキソニンが効いてきたのか、立ち上がるのにも少し楽になった。

 

 3時前ではぬか漬けをするには早すぎるので、外に出て辺りを眺めるのでした。雲は多く、風も冷たいけれど青空が見えて陽射しもあったから、少しは気分も晴れる。帰るまでとうとう荷物は届かなかった。奈良から発送するから時間がかかるのかも知れない。お新香を漬け終えて家に帰ればまだ3時半前。女将はまだ帰っていなかった。スーパーに寄って来るから時間がかかるのだろうと、亭主は居間の部屋でコーヒーを沸かして飲んでいたのです。


1月9日 木曜日 陽射しがあっても風がとても冷たい日で…

 5時にスマホのアラームで目を覚ましたのですが、なかなか起きられずに5時半に居間の部屋に行って水を飲んで煙草を一服する。座ったままでそのまま動けずに、蕎麦屋に出掛けたのは6時をすぎていたのです。長すぎた正月休みの習慣がすぐには抜けないのか。急いで蕎麦打ち室に入れば、なんと室温は5℃。蕎麦粉を計量して厨房に戻って軽量カップにお湯を入れてくる。2月頃は3℃という日もあるから、頑張って粉を篩いに掛けて生地を捏ねていく。

 46%でも空気が乾燥しているからまだ生地は硬い。蕎麦玉にして寝かせている間に、冷蔵庫から糠床を出して昨日漬けたお新香を取り出して、小鉢10鉢分に切り分けるのでした。大釜に湯を入れて火を点け、ケトルにお湯を入れてほうじ茶を沸かしたら、また蕎麦打ち室に入って伸しにかかる。やはりまだ生地が硬い。この時期はもう少し水を入れても好いかも入れない。やっと8食分の蕎麦を打ち上げて、家に帰ったのはもう7時半なのでした。

 いつもより30分も遅い朝食を食べ終えて、ひと眠りしたら目覚めたらもう9時半近かった。これも長い正月休みの習慣なのです。医者が足の痛いうちはあまり歩かない方が好いと言ったのをいいことに、車で蕎麦屋に出掛ける。風が冷たいから、こんな日にはあまりお客も来ないだろうと思ったのです。生姜をおろして大根を擦り、薬味の葱を刻んで野菜サラダの準備を始める。ここでやっといつもの時刻に追いついた。今日は金柑大福を一年ぶりで包むのです。

 心配していつもより少し早く来てくれた女将にテーブルを拭くのを任せ、亭主は求肥を作って白餡にくるんだ金柑の甘露煮を包んでいく。初日だから四つだけ作って皿に盛り付ける。出なければ二日ほど経ったら硬くなってしまうので、沢山は作れないのです。暖簾を出す時間になって、女将が店の中が暖まっていないと珍しく寒がる。朝の6時から暖房を入れているのに、まだ18℃にしかなっていないのです。外は相当に寒いはず。お客はまったく来る気配がないのでした。やっといらっした男性客が鴨せいろを頼まれて、丁寧に鴨を焼いてお出ししたら、美味しかったと言って帰られる。


1月10日 金曜日 昼の気温は7℃、冷たい風が吹き荒れ…

 午前5時にスマホのアラームで目覚め、コーヒーを入れて居間の部屋でひと休み。30分ほどかけて頭が覚醒してくるのを待つ。膝の痛みもかなり引いたので、ガレージまでの階段もすんなりと降りられた。車に乗り込むのにも、左足を引き込む時間がかからなくなったので、すぐに蕎麦屋に向かうことが出来ました。辺りはまだ真っ暗で、新聞を取って店の中の電気を点ける。暖房を入れたら、室温5℃の蕎麦打ち室に入って、今日の蕎麦粉を計量するのでした。

 47%の加水で捏ね始めれば、いつもよりは柔らかい仕上げとなるけれど、蕎麦玉を寝かせた後に、実際に伸しに入れば、まだ思うように伸し広げられない。これは捏ねる回数が少ないからだろうか、それとも水回しの時間が足りないのだろうか。毎日のように何回やっても、分からないことは多いのです。それで10年以上も蕎麦を打っているのだから、進歩がないと言えばかなり自虐的。伸し広げた生地を綺麗な四角形にして畳むのが、最近では難しくなった。

 蕎麦を打ち終えたら家に戻って、朝食を食べ、いつものように書斎に入ってひと眠り。今日は30分眠っただけで目覚めた。女将の来ない日だからという緊張があったのかも知れない。蕎麦屋に出掛けて幟と看板を出したら、厨房に入って大根をすり下ろし、野菜サラダの具材を刻む。仕入れたばかりのキャベツが古いのか、水気がなくなっているから、お湯で洗って刻んだら水に浸けておく。金柑大福は、昨日作ったものが今日も出せる状態なのでした。

 暖簾を出してお客を待てば、この寒さと強風ではなかなか来ないのではと思っていたら、男性客が一人歩いてやって来たのです。しかもヘルシーランチセットを頼まれて、美味しそうに食べて行かれた。帰りがけに「今度来た時にはカレー蕎麦を頼みます」と言って店を出て行かれた。その後も女性の二人連れがいらっして、天せいろのご注文なのでした。今日はお客が来ないと思っていたので、元気を貰うのでした。1時過ぎに帰るまで、緊張は続くのでした。

 最近はどういうわけか木曜日よりも金曜日の方がお客が入る。これで土日が混んでくれれば嬉しいのだけれど、今週の日曜日は雪のマークが出ていたので安心は出来ないのです。暖簾を下ろして看板と幟をしまったら、残りものをかき揚げにして、賄い蕎麦を食べるのでした。今日は珍しく天麩羅ばかりが出たから、明日は天つゆを作り足しておかなければいけない。白菜のお新香も漬けたのに、お客が少ないから今週も随分と残りそうなのでした。


1月11日 土曜日 寒い日だけれど風もなく陽射しがあって…

 今朝もアラームで5時には目を覚ますのだけれど、コーヒーを沸かして飲んでも、まだ頭が動き出さない。ぐっすりと眠ったつもりなのに、身体の末端まで血液が回らないのだろうか。6時前にやっと家を出て蕎麦屋に出掛けるのでした。室温5℃の蕎麦打ち室に入って500gだけ蕎麦を打つ。加水率は47%にして久々に綺麗な四角形の生地を仕上げて、畳んでみればとても切りやすいのでした。気温も低く乾燥しているので、やはりこの時期は加水が多めが好い。

 7時過ぎに家に戻って、女将の用意してくれた朝食を食べ、お茶をもらったら書斎に入ってひと眠り。やっと正月休みの習慣から抜け出して、30分だけ眠ったら起き上がることが出来ました。洗面と着替えを済まして玄関を出れば、広がる青空の下、庭の金柑が見事に色づいているので嬉しかった。風がないので昨日よりは随分と暖かく感じるのです。痛風の発作の後、初めて歩いてそば屋まで出掛ける。膝が少し痛いような気がするけれど、頑張って歩いた。

 土曜の朝市を開催する向かいのサツマイモ農園の若旦那が、道路際に出て来て挨拶をしてくれた。今日は寒いからビニールハウスの中で商売を始めるのだとか。何本も幟を立てているからお客もすぐにそこと分かるのでしょう。蕎麦屋の女将もサツマイモを買って来たらしい。亭主は厨房に入って大根をすり下ろしたら、野菜サラダの具材を刻み始めるのでした。小さなキャベツ一個が300円を越える昨今だからか、今日はこれが全部出たので喜んだのです。

 暖簾を出して最初にいらっしたのは、近くに住む知り合いの農家のご家族なのでした。農産物直売所で奥様に「今年で蕎麦屋を閉めるつもりなのです」と挨拶をしたら「また食べに行きますよ」と言ってくれたのです。お婆様と孫娘と四人でいらっして、ゆっくりと食事をなさったから、サービスで金柑大福をお出ししたら喜んでくださった。今日はその後もお客が続いたのです。明日は雪も降るという天気らしいので、三連休はどうなるのだろうと心配していた。

 12食用意した蕎麦が4つしか残らなかったので、新年の初めとしては沢山のお客が来てくれたのです。キノコつけ蕎麦も三つ出て、鍋が空になったから、明日はまた仕込んでおかなければ。寒いからカレーうどんや天麩羅蕎麦、キノコつけ蕎麦など、やはり温かい汁の蕎麦が多く出たのです。亭主が昼の賄い蕎麦を食べたのが2時近かったから、膝の痛み止めの薬を飲むのも忘れていました。忘れるくらいに好くなったのかと、夜はしっかりと薬を飲むのでした。



1月12日 日曜日 曇天模様の寒い一日でした…

 とても寒い日だという予報でしたが、暖かくして眠ったからか、アラームで目覚めて、今日はすっきり頭も冴えていたのです。コーヒーを飲み終えて、5時半には家を出て蕎麦屋に向かう。蕎麦打ち室の室温は6℃と昨日よりは少し暖かかったので、加水率は47%弱にして600gの蕎麦粉を捏ね始めました。ちょうど好い硬さで仕上がって蕎麦玉を作り、ビニール袋に入れて寝かせておく。厨房に入ってお新香を取り出し、キノコ汁を作っておきます。

 6時40分前に再び蕎麦打ち室に入って、伸しを始めました。やはり47%の加水だと、綺麗な四角形に仕上がって上手く畳める。切りべら20本で140g前後の蕎麦を6束取って、昨日の残りと合わせて今日は10食の蕎麦を用意をしました。日中はとても気温が低いと言うから、お客はあまり来ないと言う読みなのです。7時前に蕎麦屋を出て家に帰り、女将の用意してくれた朝食を食べて、今朝も30分だけ書斎でひと眠りするのでした。曇り空がどうも憂鬱なのでした。

 女将が洗濯物をウッドデッキに干しに行ったら、雨が降っていたと言う。亭主が家を出るときにはもう止んでいたけれど、道は濡れているのでした。日曜日だから車も通らないみずき通りを渡って、蕎麦屋までゆっくりと歩いていく。左足の膝の痛みは随分と取れたけれど、まだ完全に治ってはいないらしい。右足を引きずるのと合わせて、すっかりガタが来た身体の具合に辟易しながら、なんとか蕎麦屋まで辿り着く。尿酸値を下げる薬は痛みが取れてから。

 蕎麦屋に着いたら幟と看板を出しながら、向かいのサツマイモ農園で作業をしていた若旦那に道を挟んで挨拶をする。日曜日でも仕事はあるらしい。厨房に入って蕎麦豆腐を作ろうと思ったら、豆乳の予備がないので断念して、大根をすり下ろして野菜サラダの具材を刻む。天麩羅の具材も少ししかなくなっていたけれど、どれだけお客が来るか分からないので、足りなくなったら用意することにしました。残るは金柑大福を包む作業でしたが、今日は四つだけ。

 時間になったら暖簾を出して、女将と二人でこの陽気ではお客は来ないだろうと話をしていたら、12時半過ぎになって駐車場に車が入ってきた。「お客が来たみたいよ」と女将が言うので、蕎麦打ち室の窓から覗けば、いつもカレーうどんを頼む親父様が、今日は奥様を連れずに一人でご来店なのでした。ハラミの串焼きも一本だけご注文。女将が野菜サラダを出した後に、解凍してあったハラミを切って串に刺して、一本だけ焼いてお出しするのです。この寒い日に、隣の町からわざわざ食べに来て下さって本当に有り難かった。

カテゴリー
未分類

2025年1月初め



1月1日 水曜日 元日も朝から晴れて暖かい…

 大晦日も遅くまでは起きていられなくなっているので、新年になった今朝もいつもの時間に目が覚めました。6時過ぎには東の空が白んで、車で蕎麦屋に出掛け、昨夕の片付けをしてくる。ついでに残った一番出汁やキノコ汁も鍋ごと車に積んで帰るのでした。家に戻れば女将が台所に立っていたから、「明けましておめでとうございます」と亭主が声を掛ければ「昨日はよく眠れなかった」と言うのです。酒を飲んで眠る亭主と違ってなかなか難しいらしい。

 お雑煮を食べて片付けが終わったら、お袋様の今のかかりつけの内科が2月で閉院になると言うので、新しい内科医の場所を捜しに車で出掛けるのでした。女将が近所の年寄りに聞いたところでは、ショッピングモールの裏手にある循環器内科が好いらしいと言うことだったけれど、尋ねてみるとこちらも閉院の準備をしているらしい。名前が違うから、ぐるっと西ユーカリの方面を回って、目指す内科を見つけたけれど、駅とはまったく逆方向なのでした。
 一度家に帰って一休みしていたら、女将は散歩に出掛けていく。亭主はもう一度先ほどの循環器内科の場所を車で尋ねてみれば、バスの停留所でお袋様のマンションから二つ目の停留所で降りて、少し歩く距離なのでした。全部を歩いても2kmもないけれど、最近は自転車にも乗らなくなった年寄りには少し遠すぎるのです。ショッピングモールの手前にある内科ならば、モノレールに乗って二駅で歩く距離も少ないのだけれど、糖尿病専門の内科だからと言う。 

 昼は餅を焼いて食べて、ひと眠りしたらもう夕飯の心配をしなければならなかった。「焼きうどんでも作ろうか?」と女将に言えば「蕎麦屋で残ったハラミの串焼きがあるわよ」と言われ、日本酒を備前の徳利に入れてチーンするのでした。随分と少なくなったけれど年賀状が届いて、出していない人たちの分をどうしようかと判断に迷うのです。「年賀状終い」などと言う言葉が流行っているらしいけれど、亭主にはちょっと受け入れられないのでした。


1月2日 木曜日 風もなく暖かな一日でした…

 新年二日目も青空が広がる天気でした。朝の散歩に蕎麦屋へ行って、大晦日の洗濯物を干したり、冷蔵庫に残したものはないかと調べるのです。庭の金柑は黄色く色づいていますが、蕎麦屋へ移ったときには、業者に頼んで移植するには、相当な費用がかかるだろうと考えられるのです。金柑の収穫を毎年楽しみにしている女将は、早くから考えて先日向かいの朝市で金柑の苗木を買ってきていた。それでも一回り大きな鉢に植え替えるのは亭主の仕事なのです。

 昼は亭主がラーメンと餃子を作ったけれど、自分で包んだ餃子ではないから、具が少なくて物足りない。久し振りに作ったラーメンも、茹ですぎて美味しくなかった。なんでも作り慣れないとやはり美味しい料理は食べられないのです。チャーシューも市販のものを買ってきたので、脂身が多くていまひとつなのでした。手を抜けば楽だけれど、時間のある時には自分でもとから作って見たいもの。身体が疲れていないから、今日は食後のひと眠りはしなかった。

 午後は女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、煙草を買いがてらまた蕎麦屋に出掛ける。何もする事はないのにいつもの習慣なのだろうか。さすがに正月だから道路は空いている。家に戻って昨日届いた年賀状をもう一度見る。こちらから出していない人には、申し訳ないけれど、返信をしないと決めるのでした。横浜の友人は珍しくメールでおめでとうと近況を知らせてくれた。末の息子からも電話がかかって来た。孫達も中学と高校へいく歳なのだとか。



1月3日 金曜日 休みが長いと身体は楽だけれど…

 今朝は7時になっても女将が起きてこないので、具合が悪いのかと心配したら、夜が眠れなかったので、二度寝したのだと言う。仕方がないから、亭主が台所に立ち、魚や餅を焼き、おかずの野菜を作って、キノコ汁を温め、先に朝食を食べる。8時過ぎに起きてきた女将は、冷めたおかずを温めて、焼いた餅は雑煮にして食べたのだとか。蕎麦屋に行こうと思ったけれど、特に急ぐ仕事はなかったから、ひと眠りしてゆっくりと出掛けて行くのでした。

 曇りという予報だったのに、10時を過ぎてやっと小雨になり、青空もすこし見えてきました。グリストラップの掃除をしようと思っていたけれど、この天気では外の仕事は難しいので、厨房で金柑の実を甘露煮にする作業を始めました。3パックもある金柑の実を半分に切って、一つ一つ種を取り出していくのですが、金柑がとても大きかったので数は少なく、30分ほどで全部の種は取り終えた。それから酢水で湯通ししたら、氷砂糖を入れて煮詰めていくのです。

 1時間ほどで甘露煮を仕上げて、家に帰って昼食の準備をする亭主。昼はカレーうどんにしようと女将と話しておいたから、蕎麦屋から冷凍したカレーとうどんを持って家に帰る。店で作り慣れているから、ものの10分で仕上げて二人で熱々のカレーうどんを食べるのでした。具材がたくさん入っているので、野菜不足の心配もなく身体が温まって美味しかった。食後は書斎に入ってひと眠りしたら、また蕎麦屋に出掛けてひと仕事なのです。

 西の小径に面した木槿の枝を払っておこうか、グリストラップの掃除をするかと悩んでいたところに、女将から電話が入って息子から今夜来るという電話が入ったそうな。三が日は餅を食おうと決めていた家にはご飯がないから、亭主が正月に空いているショッピングモールに出掛けて何か仕入れてこなければならなかったのです。急いで出汁取りの準備だけして、車で出掛けていくのでした。ショッピングモールはもの凄い混みようで、駐車場も四階まで上がらなければならなかった。寿司とサラダを買って帰るのでした。


1月4日 土曜日 早朝からいつもの習慣が蘇る…

 昨日の晩は久し振りに息子が帰ってきたので、二人で夜まで酒を飲んでいろいろ話をするのでした。早口の息子に耳の遠い親父だけれど、何とか意思の疎通は図れたのです。いつもの時間に床に入いれば、いつもの時刻に目が覚める。5時前にコーヒーを沸かして一杯飲んだら、いつもの習慣で蕎麦屋に出掛けるのでした。息子の車が蕎麦屋の駐車場に入っているから、歩いて蕎麦屋まで行く。また車を替えたのか、随分と大きな車が駐車場に停まっていた。

 昨日のうちに出汁取りの準備をしておいたので、小一時間の出汁取り作業。7時過ぎに仕事を終えて家に帰る頃には、東の空に陽が昇ったのです。とても寒いけれど今日も好い天気らしいから、出来たら陽射しがあるうちに駐車場の植え込みの剪定をしたいところ。朝食には女将と三人で雑煮を食べて、息子がお袋様の所に顔を出したいと言うので、電話をして時間を決めておいた。午前中に宅配の荷物が来る予定なので、9時前に蕎麦屋に出掛けて待っていた。 

 待っても待っても荷物は来ないから、駐車場の植木の剪定を始める。冬でもどんどん延びるヒイラギナンテンの枝を払って、金木犀の伸びた枝も切ったら、30㍑のゴミ袋はすぐに一杯になった。寒いので暖房の効いた店の中で身体を温めて、今度はヤマボウシの高く伸びた枝を長い剪定ばさみで切り落としていく。お袋様の所に行く息子がやって来て、しばし立ち話。切り落とした枝をゴミ袋に詰めたら、また厨房に戻って身体を暖めなければ寒くて仕方がない。

 30分ほどして息子が帰ってきたから、車で家に帰る息子を見送って亭主も家に帰るのでした。荷物はとうとう届かず終い。昼はもう食べるものがなくなったので、女将が米を炊いてあり合わせのもので昼食を食べる。「夜は反動で沢山食べるから」と言ったものの、今夜は防犯パトロールの初日なのでした。お茶をもらってひと休みしたら、女将が買い物に行くというので、亭主は書斎に入ってひと眠りするのです。遅い午後まで眠ったら、早めの夕食を済ませる。

 夕方の5時半になったら防寒の態勢を整えて、パトロールの集合場所に向かう。皆さん外は寒いので玄関の中に入って待機していました。身体の具合が悪いと言う人もいて、痛み止めを飲んで参加しているのだそうな。かく言う一番年下の亭主も、足を引きずりながら歩くので、皆さんの足手まといになっている。7000歩ほど歩き回って、今夜の巡回を終えたのでした。明日は日曜日で、いつもと違う正月休み。二階の洋服ダンスの中身をゴミ袋に詰めようか。

カテゴリー
未分類

2024年12月末



12月28日 土曜日 今年の営業はあと二日…

 4時半起床。とは言ってもなかなか目が覚めずに、5時には居間の部屋に行くけれど、コーヒーを沸かして飲んでもまだ出掛けられない。5時半になったらそんな自分を振り切って、車に乗って蕎麦屋に出掛ける。カウンターに干してあった昨日の盆や蕎麦皿を片付けて、ほうじ茶を沸かして昨日のブログを確認するのでした。今朝は500gだけ打ち足せば好かったので、少し余裕があったのです。蕎麦打ち室の室温は9℃、湿度は45%なのでした。

 いつもと同じく43.5%の加水で蕎麦粉を捏ね始めたら、ちょっと硬くて堪らなかったから、少し水を出してまた捏ねたのですが、それでもまだ硬い。いつもなら捏ねている間に柔らかくなってくるのに、今朝はそうはならずにかなり力が要るのでした。伸して畳んでも硬い生地は変わらないから、短めの伸し棒を使って何度も伸し広げるけれど、やっと奥行き90cm近くまで伸したら、畳んで包丁切りをするのです。力を入れて伸したので腰が痛くなった。

 伸し終えたのが7時過ぎ、朝飯には間に合ったけれどこの寒いのに汗をかいてしまった。珍しく日の出の時間に蕎麦屋を出る。朝食を食べてひと眠りしたら、土曜日の朝市を開いている向かいのサツマイモ農園の若旦那と挨拶を交わし、幟と看板を出すのでした。厨房に入ってお茶を飲みながら、お湯を沸かして蓮根の皮を剥いて酢水で茹でる。続けてブロッコリーとスナップエンドウを茹でて、笊に上げるのです。そしていつもと同じく野菜サラダを盛り付ける。

 暖簾を出したら、昨日までとは違って今日はお客が続いた。年配のご夫婦が三組も入って、せいろ蕎麦の大盛りとヘルシーランチセット以外は皆さん天せいろのご注文なのでした。駐車場に新車を入れられないご主人に代わって、亭主が出やすいように前向きに停めてやる。亭主と女将と同年代の人たちは、やはり蕎麦屋では天せいろを頼むことが多いのです。最後に若いご家族がいらっして、帽子を被ったまま天麩羅蕎麦と鴨せいろと暖かい蕎麦を頼まれた。


12月29日 日曜日 今年最後の営業は…

 一年の最終日だと意気込んで、昨夜は午後の10時に床に就いて、アラームを4時半にセットしたのは好いけれど、やはりなかなか目覚めることが出来なかった。それでも台所に行ってコーヒーを沸かして、5時過ぎには家を出て蕎麦屋に向かうのでした。昨日の残りの蕎麦は1把しかなかったので、今朝は2回蕎麦を打たなければならないかったのです。カウンターに干した盆や蕎麦皿を片付けて、蕎麦打ち室に入ったのは6時前で、600gずつ二回の蕎麦を捏ねる。

 外は真っ白な霜に覆われて、この冬、最高の寒さで-5℃なのでした。昨日の失敗を生かして、蕎麦打ちは加水率を46%まで上げて伸していきました。これだとさすが柔らかくなるけれど、思っていたよりもしっかりとした生地に仕上がったから、よほど空気が乾燥しているのです。蕎麦打ち室の室温は6℃だったから、これからの時期はもう46%よりも加水率を下げられそうにないのです。7時過ぎには13束の蕎麦を打ち上げて、家に帰るのでした。

 朝食を終えて髭を剃ったら着替えを済ませて、とぼとぼと蕎麦屋までの道程を歩いて行く亭主。日曜日だというのに向かいのサツマイモ農園の若旦那が仕事に来ていてお互いに挨拶を交わす。看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、厨房に入って暖かい汁を作り、ほうじ茶を沸かすのでした。大根と生姜をおろして、野菜サラダの具材を刻めば、11時過ぎには開店の準備が整う。父と娘らしき二人連れが、15分前にやってきたので店の中で待ってもらう。

 かけ蕎麦とせいろ蕎麦大盛りを頼んだから、早速、蕎麦を茹でてお出しした。それでも昨日は随分と混んだから、今日は寒さも手伝ってお客が少ないだろうという予想は当たって、1時前に3人連れの家族が来て、天せいろと鴨せいろとせいろ蕎麦をご注文になる。1時半になったので亭主もぶっかけ蕎麦を茹でて食べてしまうのでした。やはり二日続けてはなかなか混まないのでした。2時半には家に帰って、ひと眠りしたら夜はハラミの串焼きで熱燗を飲む。


12月30日 月曜日 今年は蕎麦屋の営業を休んだ年末…

 ゆっくりと眠った朝は久し振りなのでした。6時過ぎまで床の中にいて、起き出してコーヒーを沸かす。蕎麦屋に行かなくても好いから、テレビで「ベンハー」の映画を観る。70年近くも前の映画なのに、やはり名作なのです。朝食を夾んで最後まで見終えたら、もうお袋様と買い物に出掛ける時間になるのでした。今日は女将も一緒に車に乗って、農産物直売所と隣町のスーパーに行った。農産物直売所では知り合いの農家のご夫婦に会って挨拶を交わすのです。

 隣町のスーパーはいつもの日よりも早く開店しているのに、駐車場には車がびっしりと停められていました。店の仕入れがないのでゆっくりと商品を見回して、女将の買わない酢蛸や蟹などは、亭主が買って自分で代金を払うのです。蜜柑だけは二人で違う種類を買って帰った。亭主はばら売りの小さな蜜柑を10個、女将は袋入りの大きな蜜柑を買ったのでした。お袋様を送ってから家に帰って、亭主はまたテレビを観る。女将は夜のおでんの仕込みに余念がない。

 昼は昨日の残りの蕎麦を茹で、沢山余ったとろろ芋をすってとろろ蕎麦を食べる。46%で売った蕎麦もなかなかコシがあって美味しいのでした。食後にひと眠りしようと書斎で横になるけれど、身体が疲れていないから眠くならない。仕方がないから、玄関の前の木槿の木を剪定するのでした。葉が落ちたからとても切りやすく、目の高さまで切ってゴミ袋に入れていく。冬なのにもう新芽が出ていて、葉が出て来るともう始末に負えないから早くて好かった。

 女将が玄関から出て来て、「外の方が日当たりが好いから暖かいわね」と言う。庭に植えた芍薬や墨田の花火なども、蕎麦屋の庭に持って行って植えられないかと言うのでした。さすがに大きく育った金柑の木は、自分では移植できないから、この間、女将が朝市で買ってきた小さな鉢に実を付けた金柑の苗を、植え替えないといけないと言うのです。芍薬ぐらいは何とか持って行けるかも知れないと、やることが沢山あるのに気が遠くなりそうなでした。


12月31日 火曜日 大晦日は家族で年忘れ…

 大晦日の朝もいつもと変わらず6時には目覚めて、蕎麦屋に出掛けてひと仕事。今日は午後からお袋様と弟とが集まって、昭和世代の年忘れ会を開くよていだったから、食べる物を家から運んで冷蔵庫に入れておく。暖房を入れて大釜にお湯を沸かしておきました。昼は亭主がまたあんかけの堅焼き蕎麦を作り、女将と二人で美味しく食べるのです。書斎に入って横になるけれど、疲れていないので眠ることは出来なかった。結局、2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を取って、二人で蕎麦屋に向かうのでした。

 3時からという約束だったので、早めに蕎麦屋に行って、テーブルに並べる料理や皿やグラスを用意するのでした。お袋様が2時半にはやって来て、弟もすぐにやって来る。今年一年ありがとうございましたとビールで乾杯する。時間が早いから、あまり食べられなかったけれど、酒を飲んでいるうちに腹も空いてくる。天麩羅を揚げに亭主が立ち上がって厨房に入り、揚げたての天麩羅を振る舞うのでした。みんな近くに住んでいて好かったと、つくづく思う。来年は蕎麦屋に引っ越す予定なので、尚更のことけじめの年の瀬…。