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2025年5月下旬



5月20日 火曜日 また暑くなって今年最高の気温…

 午前5時半にはもう蕎麦屋の向かいの森から朝日が昇っているから、いよいよ夏の気配なのです。朝から薄陽は差すけれど、青空が見せれなかった。夕べは10時半に眠ったから、今朝は5時前まで目覚めることがなかったのです。これが一番快適に睡眠が取れるパターンだから、少し続けられれば好いのだけれど。蕎麦屋で洗濯物を畳んだり、子ども会の廃品回収に出す新聞紙や、以前購読していた料理の本などを紐で括って、家まで持って帰るのでした。

 朝食を終えてひと休みしたら、食後のひと眠りはせずにテレビの洋画を観て、お袋様に電話をして仕入れに出掛けるのでした。薄手のズボンに半袖のシャツを着てはいるけれど、それでも外は暑いので窓を開けたまま車を走らせる。風が少し強いけれど、涼しいと言うよりも生ぬるくて気持ちが悪いのです。無事に買い物を済ませてお袋様を家まで送ったら、蕎麦屋に戻って大根のなた漬けの準備をする。返しの仕込みの準備をしたらもう昼の時間なのでした。

 家に帰ってパスタを茹で、先週店で残ったトマトやレタスを添えて、買って帰ったトンカツを載せ、ベロネーズ風にして食べる。今日はいつも買う高いミートソースが売り切れだったので、三分の一ほどの値段の一番安いミートソースを買ったのですが、塩辛いだけで肉の風味がまったくなかった。女将には80g、亭主は120gのパスタを茹でて、腹一杯になったら急に眠くなった。ドジャースはまた負け試合で、昼寝から目覚めて最後を観て蕎麦屋に出掛ける。

 蕎麦屋の中も相当な暑さで、エアコンを冷房で入れて凌ぐ。返しを作って冷ましたら大甕に移す。溜まった空瓶を外のゴミ箱の上に出しておいたら、業者が来て草取りのゴミと生ゴミと一緒に持って行ってくれた。予備の一番出汁で蕎麦汁を作り、二番出汁の残りで天つゆを作っておく。明日の朝の出汁取りの準備をして、家に帰って大相撲を観る。車外温度は30℃で今年一番の暑さなのです。夜は手巻き寿司だったけれど、亭主は足りないので冷やし中華を作る。




5月21日 水曜日 今日も暑さ記録更新で30℃になる佐倉だが…

 夕べは11時に床に就き、今朝は4時半に目が覚めた。ちょっと寝不足だったけれど、今日は隣のそのまた隣の町にある市民病院に診察に行く日なのでした。3月に長い時間をかけて検査を受けて、そのデータが3ヶ月間は有効なので、そろそろ期限切れになるから、予約を取っておいたのです。前回は手術当日に血圧が180もあったので、急遽、中止になり、地元の診療医で薬をもらって2ヶ月、やっと140まで下がったのです。5時半に家を出て蕎麦屋に向かい、昨日出汁取りの準備をしておいたので、出汁を取って家に帰る。

 家に戻って朝食を食べたら、書斎で少し横になったけれど、8時半には出掛けなければならなかったので、ゆっくりとは眠れなかった。市民病院はいつも混んでいるから、空いている駐車場を捜すのにもひと苦労。広い敷地の奥の空いている一角に車を停めて、正面玄関まで200mほど歩いたら受付に着く。診察券と保険証と毎日の血圧測定の記録を出せば、1番の番号札をもらって、広いから離れた所にある診療室の前の椅子に座って、9時の診察開始を待つのでした。今日はまた随分と待っている人がいる。

 無事に手術の日程が決まって、一時間ほどあちらこちらで説明を聞いたら、やっと開放です。帰り道にあるいつも行くスーパーに寄って、昼は暑いから冷やし中華にしようと、女将に言われていたのでシマダヤの冷やし中華を買ってトマトとモヤシに、夜のカツ煮のためにトンカツを一枚、冷凍食品のコーナーでたこ焼きと鶏肉の塩唐揚げを買って家に帰る。家に帰ったら早速亭主が台所に立ち、具材を準備して麺を茹でる。女将は卵焼きを作って切ってくれた。野菜たっぷりで栄養満点の冷やし中華は、とても美味しいのでした。

 ドジャース戦をテレビで観ながら、満腹になったので眠くなってしまい、書斎で昼寝をしたのです。一時間以上もゆっくりと眠って目を覚ませば、まだドジャース戦が延長戦に入って、逆転する場面を見ることが出来たのです。スポーツラブに出掛けた女将の帰る前に、蕎麦屋に出掛けて残った仕込みを開始する。外は暑くて蕎麦屋の中も27℃もあるので、エアコンの冷房を入れて厨房に立つのでした。まずは昨日作っておいた蕎麦汁を空の蕎麦徳利に詰めて、今週は好いキャベツがなかったので、切り干し大根の煮物を作る。

 そして、天麩羅の具材を切り分けて、蓮根の皮を剥き、酢水で茹でている間に、掻き揚げに入れる三ツ葉や薬味の葱を刻んで、午後の仕込みを終えるのでした。蕎麦を打っておけば明日の朝が楽なのでしたが、集中力が途切れたのでここでお終い。4時半には家に戻って大相撲を観る。新しい力士に混じって、顔を知っている昔上位だった力士達が頑張っている姿を見て、勝負の世界の厳しさを思い知るのでした。5時を過ぎたら女将もやって来て、一緒に取り組みを観戦するのです。まずはハラミの串焼きで日本酒を飲む亭主…。



5月22日 木曜日 朝から蒸し暑く、昼から晴れて…

 今朝も5時前に目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲みながら朝のニュースを見る。5時半には家を出て車で蕎麦屋に出掛けたけれど、朝からとても暖かいのでした。明け方に雨が降ったらしいけれど、昨夜の天気予報とは違ってその後は降らなかった。蕎麦打ち室に入って、今朝は900gの蕎麦を捏ねて、9人分の蕎麦を打つのでした。日中は暑くなりそうだから、お客も増えるのではないかと思ったのです。家に帰って女将の用意した朝食を美味しく食べる。

 以前なら、食後のひと眠りに書斎に入るのだけれど、最近は食後に書斎で横になっても眠れない。30分ほど頑張ったけれど、眠れないので起き出して洗面と着替えを済ますのでした。何かのきっかけで習慣付いたのが、この場合続いてしまうのは好いのか悪いのか。9時前に蕎麦屋に着いて、幟と看板を出し、チェーンポールを降ろしたら、これもいつもの習慣で大根と生姜をおろそうと思ったら、生姜を仕入れで買い忘れたのに気が付いたのでした。

 時間が早かったから、しかも車で出勤したから、急いで農産物直売所へ生姜を捜しに出掛けたのです。ちょうど開店したばかりで、店内を捜して生姜を見つけたから、「これだけで済みません」とレジに持っていけば、「いつも買って頂いてありがとうございます」と言われて恐縮するのでした。5分後には店に帰って厨房で生姜をおろす。新鮮で汁が垂れるほどみずみずしいので嬉しかったのです。野菜は新鮮なものを使うのが一番好い。味も勿論素晴らしいのです。

 次に野菜サラダの具材を刻んで、今日も三皿盛り付けていく。ニンジンもブロッコリーもキュウリもトマトもスナップエンドウも、みんな農家が作った朝採りの新鮮な野菜だから、自信を持ってお客様に出せるのです。次に、苺大福を四皿分包んでカウンターに並べる。テーブルを拭いて天麩羅の具材を調理台に並べ、新しい油を天麩羅鍋に注いだら、もう開店の準備は終わりなのです。まだ11時前なのでした。しばらく休憩していたら、やっと女将がやって来た。

 湿度は高く、店の中はエアコンの冷房を入れないと暑いくらいだったけれど、外が晴れて来たのは昼からなのでした。最初に来店したお客は、このところ毎日のように来てくれる宅配の青年で、あまり暑いものだから冷たいとろろ蕎麦の大盛りに、いつものように野菜サラダと蕎麦豆腐を二皿のご注文。続けて、二組お客が入って、皆、顔を知っている常連さん達なのでした。皆さん7月で閉店するのを知っているから、頻繁に来てくれるのかも知れない。
 1時過ぎにあと二組入って、今日用意した蕎麦はすべて売り切れた。暑くなると蕎麦を食べたくなるのかも知れません。その割には天せいろがあまり出なくて、せいろ蕎麦やぶっかけ蕎麦が多いのは諸物価高騰の煽りなのだろうか。2時半には洗い物を終えて女将と家に帰る。野菜サラダもすべて出尽くしたから、夜は亭主が冷やし中華を食べて、女将は残った食材で済ませていたようでした。夜は弟に亭主の手術日を知らせて、迎えに来てもらうように頼んだ。


5月23日 金曜日 一人営業日なのに混んだ日…

 5時にアラームで目覚めることが習慣化してきたのは嬉しい。ただ、前夜の就寝の時間がなかなか一定にならないのが、悩みの種なのです。夕べはやはりMLBの試合の結果をテレビで見てしまった。11時を過ぎてから眠ると、少し寝不足感が残るような気がするのです。今朝も5時にアラームで起こされて、コーヒーを淹れて居間の部屋でぼうっとした頭をすっきりとさせ、5時半には家を出て蕎麦屋に向かうのでした。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。

 蕎麦を打ち終えた帰りに、駅前のドラッグストアに行って、消毒液の詰め替えを購入し、コンビニに寄って煙草を買う。家に戻ったのは7時過ぎだったけれど、女将がちょうど朝食支度を終えるところなのでした。季節の物でグリンピースご飯が珍しかった。食後はお茶も飲まずに書斎に入ってひと眠りする。8時半にアラームをセットしてあったから、ぴったり1時間眠ったことになる。着替えを済ませて車で蕎麦屋へ行き、まずは小鉢の盛り付けをしました。

 その後、蕎麦豆腐を仕込んで、いつもと同じように大根をおろし、野菜サラダの具材を刻んだら苺大福を包む。今日は女将の来ない日だからと急いだら、11時には開店の準備が整ったのです。昨日に続いてお客の入りは順調で、生舟の中の蕎麦は1時過ぎには空になった。今日は午前中は涼しかったので、二日続けてお客が入るのは珍しいのです。給料日ということも関係するのだろうか。盆や皿を洗う暇がなかったので、3時前までかかって洗い終わる。

 3時10分にはお袋様を車でショッピングモールの隣にある内科に連れて行かなければならなかったので、洗い物は洗いかごに伏せたまま出掛けて行くのでした。以前通院していた内科が閉院になったので、今日が初めての診察だから、随分と時間がかかった。2時間以上駐車場で待って、更に近くの混んでいるドラッグストアの薬局で薬をもらうのにも時間がかかった。家に帰ったのは6時過ぎで、女将も驚いていたのです。夕食後に少し書斎でひと眠りをする。



5月24日 土曜日 涼しい一日だったにもかかわらず…

 今朝はアラームの鳴る10分前には目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを淹れて飲む亭主でした。昨日の蕎麦が全部売り切れてしまったから、今朝は二回蕎麦を打たなければいけない。そんな思いで緊張していたのかも知れません。気温は上がらないけれど、昨日と一昨日の混みようを見ると、土曜日の今日はもっとお客が来るような気がしたのです。昨日は洗った器や皿を洗いかごに伏せたままだったから、その片付けもあるので5時半前に家を出て蕎麦屋へ行く。

 600gの蕎麦粉を二度に分けて捏ねて、蕎麦玉を二つ作って寝かせる。その間に厨房に入って盆や蕎麦皿を片付けるのです。小鉢もまったくなくなっていたから、大根のなた漬けと切り干し大根を全部盛り付けたけれど、8鉢にしかならずにこれでは足りないと、キャベツとニンジンとキュウリを塩で漬け、昆布を加えて浅漬けを作っておくのでした。蕎麦打ち室に戻って、蕎麦玉を伸して畳んで包丁切り。同じ事を二度繰り返して13食の蕎麦を用意したのです。

 家に帰って朝食の食卓に座れば、冷蔵庫に野菜がなくなったと、モヤシの残りを塩コショウで炒めた一皿が出たので驚いた。亭主の考案だから美味しいのだけれど、キュウリのぬか漬けと銀ダラの煮付けがあったので、なんとかご飯を食べられたのです。食後は書斎に入って8時半にアラームが鳴るまでひと眠り。洗濯物を干していた女将が「ウチワサボテンの花が咲きましたよ」と言うので、玄関脇まで出て写真に撮っておく。蕾が沢山あるので楽しみなのです。

 「行って来ま~す」と門を出れば庭の片隅にサツキが咲き始めているのに気づく。お隣のツツジが終わった頃に咲くので、50年近くも咲き続けているのです。木槿や南天の影に隠れて小さくなっているけれど、その生命力には驚かされるのです。この花も蕎麦屋に持っていきたいと女将が言っていたので、移植しなければならない。土曜日の朝は幼稚園も休みだから、誰にも会わずに蕎麦屋まで歩く。向かいのサツマイモ農園が朝市の店を開いていました。

 看板と幟を出して、チェーンポールを降ろしたら、厨房に入ってまずは大根をおろして、すっかりなくなっていた天麩羅の具材を切り分けて、野菜サラダを盛り付ける。キャベツとキュウリの浅漬けが漬いた頃なので、小鉢に盛り付けておきます。女将が来て「雨が降りそうな天気だわね」と、外に干した洗濯物の心配をしていた。11時過ぎには開店の準備が整って、早お昼を終えて再び女将がやって来た頃には、外は少し明るくなっていたのです。

 それでも涼しいから今日はどれだけお客が来るかと心配していたら、常連さんのご夫婦がいらっして、ヘルシーランチセットを頼まれて、いつも亭主のブログを読んでくれているからいろいろと話をする。更に、このところ毎日来てくれる宅配の青年がやって来て、鴨せいろと野菜サラダと蕎麦豆腐のご注文。昼を過ぎて続々とお客がいらっして、洗い物をする暇もなくなりました。最後のお客が帰ったのはもう閉店時間を過ぎていたのです。昨日よりお客は多い。

 お客が多ければ洗い物も多いので、女将と二人で洗い物と片付けを終えたのは2時半を過ぎていた。店でなくなった野菜類の買い出しを、買い物に行くという女将に頼んで、家に帰ってひと休みしたら、亭主は書斎で横なってひと眠りなのです。目覚めればもう5時過ぎで、大相撲もいよいよ佳境に入るところ。女将が買い物で歩いて暑くなったからと、夕食ははじめは嫌がっていた冷やし中華にする事になった。亭主が台所に立って準備をしながら、二人で立ったままで食堂のテレビで大相撲を見ていたのです。
 冷やし中華を食べながら、無事に贔屓の力士の勝った取り組みを見終えて、次の横綱の一戦を見届けたら、亭主は蕎麦屋に行く準備を始めるのでした。今日も混んだから、蕎麦も小鉢も蕎麦汁も、何もなくなってしまったのです。女将の買ってきてくれた野菜類をビニール袋に入れて、車で蕎麦屋まで出掛けたのが6時過ぎ。それから約2時間、キャベツとキュウリとニンジンの浅漬けを漬けて、鯖豆腐を仕込み、蕎麦汁を空になった徳利に詰め、小松菜を茹でて、明日の朝のために少しでも打っておこうと600gだけ蕎麦を打って家に帰る。夜の仕込みも久方ぶりで、昔は体力があったと痛感した。


5月25日 日曜日 雨の朝、四日続けては混まなかった…

 半袖で眠ったら寒さに震えて目が覚めた。今朝も5時のアラームが鳴る前に起き出してコーヒーを淹れる。薄着のままでは暖房を入れないと寒いので、エアコンを点けて寒さを凌ぐのでした。コンビニで煙草を買い、朝飯前のひと仕事に出掛ける。夕べ6人分だけ蕎麦を打っておいたから、今朝はもう6人分打つだけで好かった。カウンターに干してある昨日の洗い物を片付けて、小鉢を盛り付けておきます。蕎麦打ち室に入って蕎麦玉を伸して畳んで包丁切り。

 家に帰れば朝食の時間で、今朝は鮭の塩焼きとキャベツの浅漬けとシラスおろしという質素なものでしたが、グリンピースご飯を解凍して何とか間に合わせたのです。食後は例によって書斎に入ってひと眠り。アラームの鳴る8時半まで1時間ほど眠りました。朝の雨は上がっていたので、日曜日だしお客が多いと困ると思って、歩いて蕎麦屋まで行く亭主なのでした。気温は予報ほども上がらずに涼しい朝なのです。日曜日だから人影もなく、車も見かけない。

 幟と看板を出してチェーンポールを降ろしたら、厨房に入ってまずは大根をおろします。女将がやって来て、店の掃除を終えたら、洗濯物を畳んでくれた。亭主はブロッコリーとスナップエンドウを茹でて、野菜サラダの具材を刻んでいくのです。10時半にはサラダ三皿が仕上がり、苺大福を四皿包んで開店の準備は整うのでした。開店の時刻の10分ほど前に車が駐車場に入ったから、暖簾を出して中に入っていただく。天せいろの大盛りを二つ頼まれた。

 天せいろを出したところで、常連のご夫婦がいらっして、ご主人はいつもと同じカレーうどん、奥様はとろろ蕎麦をご注文なのでした。前回は奥様が歩けなくなったからと、ご主人だけいらっしたけれど、来月、二週間ほど入院して手術をするのだという。それから空が暗くなってきたからかお客は来なかった。1時を過ぎたので亭主は賄い蕎麦を食べる。天麩羅の具材が残りそうなので、家に持ち帰ろうと天麩羅を揚げていたら閉店5分前に男性客がやって来た。

 閉店の時刻を知っていたのか、ものの5分でお出ししたぶっかけ蕎麦を食べて、男性は店を出て行かれた。洗い物はほとんど終わっているから、後片づけと家に持ち帰る残り物をまとめて、2時半には蕎麦屋を出るのでした。14食用意した蕎麦は10食も残ってしまったので、明日、お袋様を病院に送る帰りに、苺大福と一緒に持っていってもらおう。夜は揚げて帰った天麩羅で、女将はご飯を亭主は蕎麦を茹でて食べる。大相撲の千秋楽も最後は横綱が勝った。


5月26日 月曜日 なにか薄ら寒いような陽気の定休日…

 今朝は4時前に目が覚めてしまい、もう一度眠れるかと思ったけれど、横になっても眠くならない。身体を休める定休日のはずが、5時には朝飯前のひと仕事に蕎麦屋に出掛けるのでした。蕎麦屋の向かいのサツマイモ農園の畑では、もう苗を植え終わり、これからの成長を待つばかり。空はどんよりと曇って、朝は少し寒いくらいなのです。まだ日の出の時刻だけれど、青空は見えてきそうないのです。蕎麦屋の厨房に入って、今日の予定を考えるのでした。

 まずは奥の座敷に干してある洗濯物を畳み、洗濯機の前にいって昨日の洗濯物を空いた物干しに干していく。女将と亭主の作業着と前掛け以外は、昨日はお客が少なかったので、あまり沢山の量はなかった。時間があるので、それから駐車場に出て、気になっていた枝の剪定を始める。駐車場に入ってくる車のセンサーに反応しないように、出っ張った枝だけを切っていくのですが、それでもすぐに90㍑のビニール袋は一杯になった。約40分の剪定作業なのです。

 家に帰って朝食を食べ、食後は書斎に入って8時半までひと眠りするのでした。今日は10時にお袋様を病院につれて行かなければならないので、それまでちょうど好い具合に、BSでMLBのドジャース戦が始まっていたので、しばらく観ていたのです。10分前にはお袋様のマンションに行き、下で待っていれば彼女が現れる。病院の駐車場はいつも満杯で、空いたスペースに車を入れて、彼女の帰りを待つのでした。帰りにドラッグストアに寄って家まで送る。

 家に戻ればちょうど昼の準備の時間で、女将が大鍋を火にかけて天麩羅をフライパンで焼いていてくれた。亭主はお新香を出して、蕎麦を茹でたら二人で昼を食べるのです。一人前では少し物足りないから、蕎麦湯を飲んで腹の足しにする。女将がスポーツクラブに出掛けた後は、書斎で横になったけれどさすがに眠れない。2時前に蕎麦屋に出掛けて、朝のうちに準備しておいた出汁を取る。先週の二番出汁が残っていたので天つゆを鍋に一杯作っておいた。

 1時間ほどで出汁取りは終わるのでしたが、食材がないので他にすることがなかった。家に戻る前にコンビニに寄って、明日の仕入れのお金を下ろし、やはり腹が減っていると感じたから、卵サンドと牛乳を買って家に持って帰って食べる。女将の帰る前にパソコンの前に座って、今月の残った支払いを確認する。地震保険の金額が大きい。車の税金もネットで支払いを済ませておいた。明日は仕入れに行って、お金が残れば床屋に行きたいのだけれど…。


5月27日 火曜日 昨日は10時半に床に就いたけれど…

 4時半に目が覚めて5時までは床の中にいた。少し頭が働くようになったら、台所でお湯を沸かしてコーヒーを淹れる。居間の椅子に座ってコーヒーを飲みながら、『今日は何日だ?』とカレンダーを見るのです。5月も残り僅かなのです。5時半になったら、荷物があったので車を出して蕎麦屋まで行けば、今日も朝が寒い曇り空。一度、暖かいのに慣れてしまっているから、16℃でも寒く感じる。店の中はそれでも19℃はあった。蕎麦汁の補充をして家に帰る。

 まだ6時過ぎだったけれど、剪定ばさみを手にして玄関前の木槿の木を切っていく。正面の右側の木槿も少し切って、サツキの木が見える程になったら右手の雪柳と南天の木にも鋏を入れて、店から持って来た90㍑のビニール袋が一杯になったところで、作業を止めるのでした。今日は店で契約している業者のゴミ回収の日だから、次に店に行く時に車でビニール袋ごと持っていくのです。家に入れば6時40分。女将が物音に気づいて起き出して来た。

 亭主はナスを切ってフライパンで焼き、お新香を小鉢に盛り付けて冷凍のご飯をチーンする。女将は魚を焼きながら味噌汁を作り、7時10分には朝食を食べ始めることが出来たのです。居間の部屋でお茶をもらって、7時半には書斎に入ってひと眠りを始める。小一時間眠って洗面と着替えを済ませ、お袋様に電話をして迎えに行くのでした。農産物直売所に出掛け、トマトや春キャベツや生椎茸などを買い、残りは隣町のスーパーで揃えて店に戻る。

 明日は集会所で体操があるというお袋様は、昨日病院に行ったから来週は通院がないのだと言っていた。来週は亭主が耳の裏の腫瘍の手術をして翌日も診察を受けに、隣のそのまた隣の街の大きな病院まで行かなくてはならないのでした。「歳を取るとみんなどこか悪くなって、病院通いに忙しくなるのよ」と、家の女将が病院に通っていないのを、大したものだと褒めるのでした。買って帰った野菜類を蕎麦屋の冷蔵庫に収納したら、昼の準備に家に帰るのです。

 女将が買い物から帰る前に、女将に頼まれた魚と肉は冷蔵庫に入れ、果物は食堂のテーブルに置いておく。今日は寒いので冷たい蕎麦は止めにして、スパゲッティーとトンカツを買って帰ったから、いつものトンカツを載せたスパゲッティーボロネーズを作るのでした。女将は80g亭主は120gのスパゲッティーを茹で、大きなカツは二切れだけ残して全部載せてソースを掛ける。残ったカツは明日の朝、カツ煮にしておかずにするのです。満腹になって大満足。

 食後のお茶をもらっても寒いのでストーブを点けていたら、眠くなったので書斎に入り小一時間昼寝をするのでした。2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を終えたら、買い出しのお金が余ったので、月に一度の床屋に行ってさっぱりとする。帰りに国道沿いの酒屋に寄って焼酎と炭酸を買うだけの金額は残っていた。一度家に帰って荷物を置き、家の漬け物器を借りて蕎麦屋に出掛ける。厨房に入って、大根のなた漬けの下ごしらえに大根を切って塩で漬けた。

 今日の大根はかなり大きくて125円だったから、野菜も随分と安くなった。天麩羅の具材の南瓜を切り分けて、家でチーンしてくるためにタッパに入れておく。それから蓮根の皮を剥いて、酢水で茹でるのです。これで今日の午後の仕込みは終わり。明日は天麩羅の具材を切り分けるだけだから、午後から蕎麦でも打っておくことにしよう。週末の天気が気になるところだけれど、こればかりは予報を当てには出来ないのです。出来ることはやっておこうと思う。


5月28日 水曜日 久し振りに青空と陽の光が拝めた日…

 少しだけ剪定した金木犀と花の咲き始めた美央柳の向こうにお花畑が広がり、久し振りに青空が覗いている。今朝は朝飯前のひと仕事はお休みで、朝食を食べてから蕎麦屋にやって来たのでした。厨房に入って、昨日漬け込んでおいたキャベツとキュウリとニンジンの浅漬けを取り出して、小鉢に盛り付けました。塩を抜くのに水にさらして、朝採りの野菜の美味しさだけが頼りの一品です。大根のなた漬けにする大根は、塩で漬けてやっと水が上がってきた。

 今日は残った仕込みが、天麩羅の具材の切り分けと蕎麦打ちだけだから、1時間ちょっとで終わるので、10時過ぎには家に戻って、木槿の剪定の続きを始めるでした。店から持って来た90㍑のビニール袋が一杯になるまで約40分間、先日の剪定を終えた一本の隣の木槿を切っていく。道路側に伸びた枝は、自分の身体が落ちると心配なので、全体の見通しが好くなってから刈ることにする。郵便局から帰った女将を捕まえて、「水仙の葉を切ってもいいの?」と問う。

 球根が育つまでは切らないでと言われていたから、木槿の木の下にもじゃもじゃと伸びた葉が汚らしいので、早く切ってしまいたかったのです。もう切っても好い頃だと言われたけれど、昼の用意があるからまたの機会にする事にして家の中に入るのでした。昨日は寒くて食べる気がしなかった蕎麦を茹でて、二人でとろろ蕎麦にして昼食を済ませる。タンパク質は女将の作ってくれた高野豆腐の煮物だけ。蕎麦湯を飲んで空腹を紛らわせる亭主なのでした。

 亭主が食後のひと眠りをして居る間に、女将はスポーツクラブに出掛けて行く。1時間ほどで目を覚ませば、随分と暖かくなっているのでした。テレビの洋画を観ながらコーヒーを淹れて飲んで、午後の仕込みの段取りを考える。生椎茸とピーマン、ナスの天麩羅の具材を切り分けて、掻き揚げ用の玉葱をスライスしたら、午前中に漬け直した大根のなた漬けを小鉢に盛り付ける。そして、明日の蕎麦を半分だけ打っておけば、明朝の仕事が楽というもの。

 女将が帰ってきたので、そろそろ亭主は蕎麦屋に出掛けなくてはならない。家で考えた段取り通りに、冷凍された白餡を氷砂糖と水に溶かして火にかけたら、天麩羅の具材を切り分けて、なた漬けを小鉢に盛り付けるのです。最後に蕎麦打ち室に入って600gだけ蕎麦を打つのでした。時間に余裕があるからか、一つ一つの仕事を確認しながら進めることが出来る。打ち上がった蕎麦は生舟に並べて、固まってきた白餡をタッパに詰めたら、家に帰るのでした。

 5時半になっていたから、女将がキャベツとニンジンを切って、食堂でニュースを見ながら亭主の帰りを待っていました。夜は野菜炒めにすることになっていたのです。蕎麦屋から持ち帰ったピーマンを加えて、亭主が中華鍋を振って肉野菜炒めを作るのです。油を多めに入れて、肉と玉葱を炒めたらキャベツとニンジン、ピーマンを入れて、塩と鶏ガラの粉末、砂糖を加えて蓋をする。全体がしんなりとしてきたら、コショウと水溶き片栗を注いで大皿に盛り付けるのです。わずか5分で仕上がるから楽なものです。


5月29日 木曜日 曇り空だったけれどお客が入った…

 夕べは10時半に床に就いた。すると朝は4時半に目が覚める。亭主の最近の睡眠パターンなのです。台所で湯を沸かしてコーヒーを淹れたら、居間の部屋で椅子に座って一服しながら飲む。テレビのデータ放送で天気予報を見て、今日一日の気温と雨の有無を確認するのです。早朝は荷物があったので車で蕎麦屋に行き、蕎麦打ち室に入って、600gの蕎麦を打つ。夕べやはり600gの蕎麦を打ったから合わせて12人分の蕎麦を用意したことになる。

 家に戻って朝食を食べたら、書斎に入って小一時間眠りに就く。やはり4時半に起きるのは寝不足になるのかも知れない。7時間くらい眠れば、二度も眠らなくても済むのですが、夜明けが早いからどうしても目が覚めてしまうのです。かといって夜の9時台に眠ると、夜中過ぎに目が覚めてしまうからなかなか難しい。着替えと洗面を済ませて、今度は歩いて蕎麦屋に向かう。庭のサツキがあちこちに花を咲かせていた。これも全部蕎麦屋に移植するのだろうか。

 チェーンポールを降ろしたら、幟と看板を出して厨房に入る。まずは大釜に湯を入れてガスに火を点けたら、ほうじ茶を沸かす。そして冷蔵庫から薬味の葱と大根、生姜を取り出して、葱を刻んだら生姜と大根をおろす。それからいよいよ野菜サラダの具材を刻み始めるのです。今日は女将が来るのが遅い日だからと、早め早めに仕事をこなしていきます。10時半前に野菜サラダを盛り付けて、苺大福を包み始める。天麩羅油や天つゆを準備したらテーブルを拭く。

 11時を過ぎて一休みしていたら、開店の10分前にやっと女将が来てくれた。外は昼前まで陽が差していたけれど、昼からは曇り空になった。でも気温は予想よりも上がって、24℃になったから暖かいのでした。昼前にはお客が続いて、昼からは駐車場も満杯になる。それが皆さん天せいろのご注文で、最後に入った若い二人連れは、もうカボチャがなくなったから、赤いかを代わりに揚げて天麩羅を盛り付けたのです。「赤いかがとても美味しい」と言われた。

 1時過ぎには最後のお客が帰られて、洗い物を開始するのです。今日は亭主が4時には内科に薬を処方してもらいに、女将は5時半に歯科医に出掛けなければならないから、夕食は二人別々の時間に食べる事になる。2時過ぎには洗い物を終えて家に帰り、亭主はすぐに昼寝をする。一時間ほど眠ったら目が覚めて、4時には車で内科に出掛けたのです。帰りにスーパーに寄って冷やし中華の麺と材料を買い込んで、一人で夕飯を食べたのでした。


5月30日 金曜日 終日の雨だったのにお客が入った…

 夕べは11時に床に入って、今朝は5時のアラームで目覚めた。やはり6時間が自分の睡眠のリズムなのか。台所でコーヒーを淹れて居間の部屋で椅子に腰を下ろして飲む。口にくわえた煙草にはなかなか火を点けない。そこまでまだ目が覚めていないのです。5時半を過ぎたら荷物を持って雨の降る中を車で蕎麦屋に向かう。今日は一日中雨だと言うので、お客もあまり期待できないから、蕎麦は昨日の残りの三束と、新しく6束打って9食の用意をして終わり。

 雨だけならまだしも、4月の寒さだと言うから、今朝は沢山着込んで出掛けたのです。それでも蕎麦打ち室は20℃あったから、加水率はいつもと同じ43%にして蕎麦を捏ねたのです。蕎麦玉を寝かせている間に厨房に戻り、カウンターに干した昨日の盆や蕎麦皿を片付ける。ほうじ茶を沸かして熱い茶碗の一杯をの飲むのでした。蕎麦は600gだとすぐに伸せるから、ものの15分ほどで伸して畳んで包丁切りを終えるのです。家に帰って女将の作る朝食を食べる。

 食後は書斎に入ってひと眠り。8時半にセットしたアラームで目を覚まして、洗面と着替えを済ませ、蕎麦屋に出掛けるのです。雨は一向に止む気配もなく、チェーンポールを降ろして幟を出すのにも、ジャンパーがびしょびしょになるほど降っているのでした。厨房に入って大釜に湯を入れ、大根をおろし、昨日なくなっていた天麩羅の具材を切り分けて、野菜サラダの具材を刻むのです。今日は女将の来ない一人営業だからと、早め早めに準備をするのでした。

 この降りと寒さでは、到底、お客が来そうにないけれど、昨日なくなった苺大福を包んで、天麩羅鍋に油を注ぎ、寒いから温かい汁の蕎麦が出るだろうと、暖かい蕎麦汁を作っておくのでした。11時にはすべての準備が整って、窓の外を見れば、沢山の鳩が飛び回っている。山鳩ではなさそうだけれど、どこからこんなに多くの鳩がやって来るのだろうか。電話が鳴って「二人で行きたいのですが混んでいますか」と言うから「今日は空いていますよ」と応える。

 しばらくして若いカップルがやって来て、 天せいろと鴨せいろのご注文なのでした。鴨肉を焼いて天麩羅を揚げていたら、作業着を着た男性が二人ご来店で、こちらはカレーうどんと温かい天麩羅蕎麦を頼まれた。鴨せいろを食べた女性は帰り際に「美味しかったです」と言って店を出る。天麩羅蕎麦の親父様は、開業したての亭に来たらしく、ここへ引っ越してくるので、7月一杯で閉店しますと言えば、自分も誰もいなくなったから家を売って越したと言う。

 閉店の間際にまた車が駐車場に入って来た。「寒いわねぇ」と言って母と娘らしき二人がテーブルに座る。「暖かい蕎麦が好いわ」と言うから「暖かいぶっかけ蕎麦がありますよ」と言えば、天麩羅が食べられると注文を決める。今日は予想したとおり温かい汁の蕎麦が売れたのです。すぐに注文の品をお出しして、閉店時間の前にはお帰りになる。亭主もやっとかき揚げを揚げて、賄い蕎麦を食べるのです。2時半には家に帰って、女将の帰りを待つのでした。


5月31日 土曜日 5月最後の日の今日も終日の雨で…

 夕べは居間の椅子に座って眠り込んで、気が付けばもう11時半なのでした。布団に入って眠り直したら、今朝は5時のアラームの鳴る前に目が覚めた。コーヒーを淹れてニュースを見ながら、今日の段取りを考えれば、まずは蕎麦を8人分は打たなくてはならない。そして、お新香を盛り付けて、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰める仕事がある。5時半を過ぎたら玄関を出て、ウチワサボテンの花が纏まって咲いているのを眺めながら、車に乗るのでした。

 蕎麦屋に着けば、何時の間にかビオウヤナギの花が見事に満開なのです。「帰来池苑皆依旧、太液芙蓉未央柳、芙蓉如面柳如眉」と昔覚えた長恨歌の一節が思い出される。高校の頃、漢文は古典とは違う専門の教師が教えていたので、長恨歌を全文暗唱させられたのです。その後、国語の教師になって古典や漢文を教える時に、やはりこの長恨歌を生徒に暗唱させたものだから、何十年も経った今でもはっきりと記憶に残っているから忘れられないのです。

 久し振りに750gの蕎麦を打ち、切りべら19本で一束135gの蕎麦を8束打ち上げて、今朝の蕎麦打ちは終わりです。7時前には家に戻って、女将の用意してくれた朝食を食べる。鮭の塩焼きとジャガイモと若芽の味噌汁がとても美味しいのでした。食後は書斎に入って、小一時間のひと眠り。起き出して外を見ればやはり雨が降り始めている。土曜日だけれど寒いし、この雨だからお客も少ないだろうと車に乗って蕎麦屋に出掛けるのでした。

 今朝も雨の中をチェーンポールを降ろし、幟を立てる。昨日よりも冷たい雨が激しく降ってきたので、暖房を入れて暖まるのです。厨房に入って大根と生姜をおろし、キャベツと胡瓜と人参の浅漬けを漬け物器から出して、ボールに入れて塩抜きをする。水をあげるために塩を多めに入れるので、どうしても塩抜きのために一度洗わなくてはならないのです。大根のなた漬けも小鉢に盛り付けて、やっと野菜サラダの具材を刻み始めるのでした。

 それでも、今日は苺大福を包まなくて好かったので、10時40分には開店の準備が終わってしまった。時間があったから、解凍してあった豚のハラミを冷蔵庫から取り出して、5本分だけ串に刺していく。最近はあまり出なくなったので、一袋の半分だけを串に刺したら、残りは再び冷凍室に入れて来週使うのです。これが残れば家に持ち帰って亭主の酒の肴になるのですが、あまり毎週だとちょっと飽きてくるのです。歳を取ると少し好みが変わって来るのかも。

 昼過ぎに女性客が一人いらっして、天せいろをご注文なのでしたが、それきり今日はお客がなかった。雨も大降りになって、女将も今日は買い物に出掛けられないと言うのでした。二人とも暇なので女将は新聞を繰り返し読んでいる。亭主はレンコンを冷蔵庫から出して、皮を剥いて輪切りにし、酢水で茹でておく。明日の準備もぬかりないのです。2時過ぎには家に戻って、亭主がパソコンにデータを入力していたら、女将がやって来て隣町のスーパーに出掛けようと言うから、亭主も店の白玉粉がなくなったので車で出掛けるのでした。雨は随分と降っていたのです。

 

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2025年5月中旬



5月10日 土曜日 午前中は雨でお客は来なかった…

 朝の5時半に蕎麦屋に着いて、駐車場のモミジの葉が生い茂ってきたのに驚いたのです。剪定は秋と思っていたけれど、それまで放っておいて大丈夫だろうか。ヤマボウシも若い葉が伸びて鬱蒼としてきた。それらの色合いがとても美しかったので写真に撮っておきました。蕎麦屋に入って、蕎麦打ち室で今朝の蕎麦を打ち始める。昨日の蕎麦が残っていたから、今日は500gだけ打つことにした。加水率43%で捏ね始めたらちょうど好い硬さの生地に仕上がった。

 厨房に入って空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めていたら、蕎麦汁が足りなくなったので、予備の一番出汁にかえしを加え、新しい蕎麦汁を作っておく。カウンターに干してある昨日の洗い物を片付けて、再び蕎麦打ち室に入り、生地を伸して畳んで包丁切りをすれば、切りべら20本で135gの蕎麦が5束取る事が出来ました。まだ7時までには間があったけれど、今朝は亭主がおかずを作らなければならなかったので、早めに帰って中華鍋を振るのでした。

 食後は例によって書斎に入り、スマホのアラームをセットして1時間ほど眠るのです。9時に目覚めて、動き出すまでに10分。これが若い頃とは違ってすぐに動けないのです。外は雨だったから、週末だけれどお客も少ないと思って、また車で出掛けて行くのです。蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら酢水で茹で、大根をおろしているところで女将がやって来る。洗濯物を畳んで店の掃除をしてくれるから助かるのです。野菜サラダの具材を刻んで三皿盛り付ける。

 今日は雨のせいもあってか、午前中は土曜日なのにお客は来なかった。母の日だから蕎麦を食べに行こうという人も、寿司でも食べに行くのではないかと、女将と二人で話をしていた。向かいのサツマイモ農園では、サツマイモの苗切りの季節らしく、手伝いの若者たちが、苗床のあるハウスの中に入っていく姿が見られた。収穫の秋についで一番忙しい時期なのだとか。1時前になって雨も上がって、やっと常連さんがやって来てくれた。カレー蕎麦とビール。



5月11日 日曜日 晴れて気温が上がったらお客が増えて…

 今朝も5時起き。コーヒーを淹れて5時半には家を出て蕎麦屋に向かう。気温が高いのか暖かく、素足に雪駄をつっかけて車に乗り込んだのです。300mの距離だから歩いてもわけないのですが、このところ腰が痛くて歩くのにも不自由している。ぎっくり腰と同じだから、時間が解決すると思ってあまり深刻に考えてはいない。厨房に立って調理をしている分には、支障がないので、これも加齢による悩みだろうと諦めているのです。今朝は蕎麦を打たなかった。

 天つゆがなくなっていたので、二番出汁を1㍑鍋に入れ、180ccの返しを加えて火にかける。その間に蕎麦打ち室に行って、念のために生舟の中の蕎麦を確認しておくのです。昨日の蕎麦の残りが11食と120g残っていた。これで今朝蕎麦を打ったら16食になるから、さすがに多すぎる。蕎麦粉が残り少ないので、いつ注文しようかと思っていたのですが、無駄に打っても勿体ない。最近は以前と違って週末も10人を越えることが珍しいからなのです。

 家に帰って、今朝も前日の残りの野菜サラダをあんかけにして、亭主は中華丼にして朝食を食べる。朝食前からやっていた『カーリー・スー』という映画を最後まで観て、安らかな気持ちで書斎に入り、9時前までひと眠り。夕べも蕎麦屋のセキュリティー機器が作動して、警備会社から連絡を受けて夜中に蕎麦まで歩いていったから、寝不足なのでした。センサーの過剰反応で小さな虫の動きにも反応してしまうらしい。今朝は髭を剃ってから蕎麦屋に出掛けた。

 昼は好く晴れて隣のお花畑の花も綺麗に開いていました。気温が上がったらお客は増えるもので、昨日とは違って随分と混んだのです。子供を連れた6人連れのリピーターさんまでいらっして、店の中は賑やかなのでした。1時前にお蕎麦売り切れの看板を出して、後からいらっしたお客様には申し訳なかったけれど、お断りするしかなかったのです。盆や蕎麦皿を洗う暇もなかったので、黙々と洗い物をする亭主とその脇で皿を拭いて片付ける女将…。



5月12日 月曜日 昼寝に3時間を費やす日々…


 先週は2回も夜中に警備会社からの電話で起こされて、蕎麦屋まで出掛けたので、どうも睡眠のリズムが狂ってしまったらしい。酒を飲んで眠りに就いた夜だから、近いとは言え車で行くわけにも行かずに歩いて行った。すると目が冴えて帰って来てもすぐには眠れないのです。食堂に飾ったカサブランカの香りが居間の部屋まで漂って、気持ちは癒やされるのですが、すぐには眠れずに困ったものなのです。結局、明け方に3時間ほど眠るだけなのでした。

 今日は定休日だったけれど、やはり、7時過ぎに女将に起こされて、「3時間も昼寝をするから、リズムが狂ってしまうのよ」と手厳しく意見される。今朝は食後のひと眠りをせずに、蕎麦屋に出掛けて昨日の後片づけをする。お袋様が病院に行く日だから、定刻に電話をして迎えに行くのです。電気を当てるだだから30分ほどで終わって、まずは農産物直売所に出掛けて、新鮮な朝採りの春キャベツやスナップエンドウを買い、隣町のスーパーに行くのでした。

 時間が遅かったから、蕎麦屋に戻って野菜類を冷蔵庫に収納したら、昼食の用意に家に帰るのでした。今日の昼食は久し振りに、スパゲッティーベロネーズ。上に買って帰ったトンカツを載せて、腹一杯になるのです。ひと休みして女将がスポーツクラブに出掛けた後は、書斎に入って昼寝をする。今日もまた3時間近く眠って、目が覚めればもう女将が帰ってきていました。亭主は蕎麦屋に出掛けて、洗濯物を干し、大根のなた漬けと明日の朝の出汁取りの準備。

 少し遅れて咲き始めた隣の家との境にある芍薬が見事でした。折角、花が開いたのに、昨夜の雨で花が重くなって垂れ下がっているのが残念。これも花が終わったら蕎麦屋に移植しなければ。今日は夕飯前からテレビで大相撲を観ることが出来ました。昨日は午後の昼寝でぐっすり眠ってしまって、6時過ぎに目が覚めたのです。夕食はスナップエンドウを茹でて、亭主は鴨肉と葱の塩焼きで一杯飲む。女将は昨日食べたから蕎麦豆腐と納豆で夕食でした。



5月13日 火曜日 今日は仕入れがなかったので…

 昨日のうちに仕入れを済ませてしまったから、今朝は5時半に起きて蕎麦屋に行き、夕べ準備しておいた出汁を取る。文字通り朝飯前のひと仕事で約1時間、一番出汁を取ったら、二番出汁を取り、一番出汁に返しを加えて蕎麦汁を作っておきました。残りは1㍑弱だから瓶に詰めて予備として冷蔵庫に入れておきます。今日は晴れるという予報だったけれど、外はまだ曇り空で、向かいの畑ではハクビシンよけなのか橙色のフェンスを作っていました。

 家に戻れば、昨日のトンカツの残りで女将がカツ煮を作ってくれて、美味しく朝食を頂くのでした。カサブランカの三輪目の花が咲き始めている。暖かいとすぐに開いてしまうから、食堂は少し涼しい方が好い。夕べは6時間ほど続けて眠れたので、今朝は食後のひと眠りはしなかった。着替えを済ませて、9時過ぎに再び蕎麦屋に出掛けるのでした。駐車場に面した東側の庭の躑躅や紅葉を剪定して、草取りをするのが午前中の仕事の目標なのでした。

 軍手をはめて90㍑のビニール袋を出し、玄関脇の花壇の周りを綺麗にしようと思ったのです。ところが、駐車場から飛んできた種から芽を出したモミジが、大きくなって葉を広げていたのでこれを切り、駐車場側に向かって伸びていたツツジも枝か伸びすぎていたので、これを切って地面の草を取っただけで、もう袋は一杯なのでした。所要時間は約40分。もう一袋は無理なので、今日はこれで終わりにしました。僅か一坪ほどの掃除で疲れてしまいました。

 青空が広がって気持ちの好い陽気になったので、隣のお花畑に出てみれば、暖かいから様々な花がよく開いて綺麗なのでした。家に帰って昼食の用意をしなくてはならないから、午前中はなた漬けの大根を切って、塩で漬けておくだけしか仕込みは出来なかった。剪定と草取りがいつもと違う動きだったせいか、身体のあちこちが痛かった。昼は冷凍うどんを茹でて、キャベツやニンジン、ピーマンを炒め、塩味で焼きうどんを作って食べるのでした。

 ひと眠りして午後は、庭の片隅に追いやられたクチナシの木を掘り起こして、南天の背の低い脇芽と共に蕎麦屋に持っていく。午前中に草取りをした狭い花壇に植えて水を遣っておくのでした。根が付くといいけれど、これが我が家の庭の移植の第一号なのです.厨房に入って、蓮根や南瓜の天麩羅の具材を準備して、4時過ぎには家に帰るのでした。今日の午前中の草取りも、次に移植をするという作業があるのが楽しみで、あまり苦ではなかった気がする。



5月14日 水曜日 薄陽は差しても一日中曇り空でした…

 今朝は4時に目が覚めたけれど、早すぎるからともうひと眠り。次に目覚めたらもう6時を過ぎていました。このまま朝食を待とうかと思ったのですが、蕎麦屋に出掛けてひと仕事。空の蕎麦徳利に蕎麦汁を入れて、ほうじ茶を沸かして冷蔵庫に入れて家に帰った。炊きたてのご飯にナス焼きが出たので、ついお替わりをしてしまうのでした。下宿暮らしの学生の頃は、これだけをおかずにして飯を食べていたことがあるのでした。今日も食後のひと眠りはなし。

 庭の芍薬が雨で萎れていたのに、今朝は元気に立ち直っていたから嬉しい。蕎麦屋に出掛けて天麩羅の具材を切り分けたら、朝のうちに漬け込んでおいたキャベツの浅漬けを漬け直しておきます。人参と胡瓜と昆布を加えて美味しく仕上がるようにと塩を振る。11時前に家に戻って、ドジャース戦をテレビで観る。昼食の用意をしながら食堂のテレビで観ていたけれど、ずっと見ているわけにもいかないので、食事を終えたらひと眠りしに書斎に入る。

 女将がスポーツクラブに出掛けた間にずっと眠って、1時半には目が覚めたから、居間の部屋でひと休みなのです。午後の仕込みは蕎麦打ちだけだから、あまり早く出掛けてもしようがない。テレビも面白い番組がなかったけれど、時間つぶしに見たことのある映画をまた観てしまう。女将が帰ってきたのを機に蕎麦屋に出掛けて、小鉢の盛り付けをして、蕎麦打ち室に入り8人分だけ蕎麦を打っておくのでした。明日の朝に残りの5人分を打てば十分なのです。

 午前中に蕎麦粉の発注はしておいたから、金曜日には届く予定です。日曜日には、食品衛生協会の会費を支払わなければならないから、先週の売り上げはそれでなくなる。蕎麦粉の費用の支払いは、明日と明後日の売り上げで賄えるかどうか。土日の売り上げは来週の仕入れの代金になるのです。このところ、いつもギリギリのところで営業しているけれど、これが浪費癖の亭主には好い教訓なのです。酒と煙草を買う金が出るだけまだいいのかも知れない。

 だから、翌日の天気予報は必ず見るのです。蕎麦を多く打ち過ぎても値段の高い蕎麦粉が勿体ない。足らなければ足らないでお客に申し訳ないから、ここが難しいところなのです。明日も明後日も曇り空らしいけれど、気温は高くなるのでお客が見込めるだろうと考えている。出来れば女将のいる木曜日に沢山お客が来て欲しい。金曜日は亭主一人なので、大勢来られても大変なのです。そんな取り留めのないことを考えながら、今夜も酒を飲んでいるのです。


5月15日 木曜日 今日も陽は差したけれど曇り空の一日…

 三日間のお休みで少しずつリズムを取り戻して、今朝は5時のアラームが鳴る前に目が覚めました。それでも歳を取ると起き上がるまでに時間がかかるから、台所でコーヒーを沸かして飲み終えたらもう5時半なのでした。蕎麦打ちは500gだけだから、時間があるので歩いて蕎麦屋まで行く。みずき通りも青葉の季節になって、青空の広がる下でハナミズキノ木々が葉を広げているのでした。蕎麦屋に着いても駐車場の木々が枝を広げているのです。

 蕎麦打ち室に入って蕎麦粉を計量し、捏ねて蕎麦玉にしたら、厨房に戻ってほうじ茶を沸かし、洗濯物を畳んで、昨日のブログを読み返す。再び蕎麦打ち室に入り、少し柔らかめの生地を伸して、畳んで、包丁切りをすれば、予定通り5食半の蕎麦の束が取れた。昨日の夕方に打った分と合わせて、13食分の蕎麦を用意して今日の営業を始めるつもりなのです。蕎麦粉の残りはあと少しだから、蕎麦粉の届くまで、明朝5食だけ打てれば一番いいのです。

 家に戻れば、女将が朝食の用意をしてくれていた。今朝は鰺の開きがおかずらしい。食堂の隅に飾られたカサブランカがまた一つ蕾が開いて、香りがそこいら中に漂っていたから、朝から賑やかな雰囲気なのでした。若い頃に癌だと言われて肺の大手術をして、入院していたときに、見舞いに来た教え子が持って来てくれたのがこの花なのです。朝目が覚めてこの香りを嗅ぐと「ああ今日も生きている」と思ったもので、以来、命の香りに思えるから不思議です。

 夕べはよく眠れたから、今朝も食後のひと眠りはせずに、着替えを済ませて再び歩いて蕎麦屋に出掛けました。幟と看板を出して、チェーンポールを降ろしたら、厨房に入って、大根と生姜を擦っておきます。次にブロッコリーとスナップエンドウを茹でて笊に上げたら、野菜サラダの具材を刻んで、三皿に盛り付けていく。そして苺大福を包み始めるのです。今日はこの野菜サラダと苺大福が、全部売り切れたので嬉しかった。常連さんばかりで有り難かった。



5月16日 金曜日 蒸し暑い一日でした…

 今朝も5時半にはもう蕎麦屋に出掛けていました。陽の昇るのが早いので、どうしても早く起き出すから身体には良いのかも知れない。あと二ヶ月で外す予定の日除け暖簾も隅の方が綻びてきた。この庇のある玄関口をなんとか上手く使えないかと、以前から考えていたのですが、金を掛けてフェンスで囲ってしまうのはどうかとも思ったけれど、インターホーンや新聞受けがあるから駄目。二台になる洗濯機や要らない机や椅子を置いても好いかも知れない。

 蕎麦打ち室に入って500gだけ蕎麦粉を計って捏ね始めた。ちょうど袋の中には蕎麦湯を作るだけの粉が残って、後は今日の蕎麦粉の配達を待つばかり。冷蔵庫で解凍してあった白餡を、水と砂糖で煮ている間に蕎麦粉を捏ねて、蕎麦玉を寝かせている間に厨房に戻って白餡作りの仕上げをするのでした。週の初めの昨日は苺大福が全部売れたから、今日はどうしても白餡を作らなければならなかったのです。タッパに詰めて冷蔵庫に入れておきます。

 今朝は加水率43%で捏ね始めたら、やけに硬くて少し水を加えたのですが、これが失敗でとても柔らかい生地に仕上がってしまう。それでも打ち粉を振ってなんとか伸して畳んで蕎麦切りまで進む。135gの蕎麦を5束半取ったら生舟の中に並べて、昨日の蕎麦と合わせて12食分の蕎麦が出来上がる。これなら残ればまた明日に回せるから、少しでも仕事量が減るのです。段々と朝に二回蕎麦を打つのはしんどくなってきたから、やはりここらが引き時なのでしょう。

 家に帰って食堂に入れば、今朝は珍しくジャガイモと若芽の味噌汁が出た。子どもの頃よくお袋様が作ってくれた味噌汁の具だったので、とても美味しく飲めた。ピーマンのお浸しや大根の煮物に塩鯖を焼いたおかずがまた美味しくてご飯が進むのでした。食後は書斎に入ってひと眠り。今朝は4時半に目が覚めたから、アラームをセットして寝たらちょうど9時に目覚めた。MLBのドジャース戦を見てから寝るとどうしても11時を過ぎるから寝不足になるのです。

 朝のうちは晴れていたので、歩いて蕎麦屋に出掛け、玄関を入る前にチェーンポールを降ろしておく。幟を出して看板を玄関脇に置いたら、厨房に入ってまずは蕎麦豆腐を造っておく。昨日はヘルシーランチセットが随分出たから、一度に四つしか作れない蕎麦豆腐はすぐになくなるのです。野菜サラダの具材を刻んで今日も三皿盛り付けたら、大根をおろして苺大福を作り始める。電話が鳴って出れば店のご近所のご主人で「これから行くけど開いている?」


5月17日 土曜日 終日の激しい雨だったけれど…

 夕べは寝苦しかったからか、今朝は4時前に目が覚めてしまう。もう一度眠ろうとしたけれど眠りには入れず、居間の部屋でコーヒーを飲んで目を覚まそうとするけれど、なかなか身体が目覚めないのです。朝から雨が降っていたから、湿度が高すぎて身体の調節機能が上手く働かないのかも知れない。やっと目覚めて5時半には車で蕎麦屋に出掛けるのでした。暗い朝なのです。蕎麦打ち室に入って750gの蕎麦粉と小麦粉とを計量して、捏ね始めるのでした。

 生地はかなり硬かったけれど、この間水を加えて柔らかくなりすぎたから、今日はそのまま頑張って捏ね続けたのです。そしたら急に柔らかくなって水が粉と馴染んできたと感じられた。歳を取って力がなくなったのかも知れない。蕎麦玉にして寝かせている間に、キャベツと胡瓜と人参の浅漬けを漬けて、ほうじ茶を沸かしておくのです。再び蕎麦打ち室に戻って生地を伸し、畳んで包丁切りをする。切りべら20本で8束と少しの蕎麦か取れました。

 家に戻って朝食を食べたら、今日は1時間半も眠って、9時過ぎにまた蕎麦屋に出掛けていく。やはり、夕べはよく眠れなかったから、睡眠不足だったのです。雨の中を幟と看板を出して、厨房に入れば、女将がすぐにやって来た。「随分と酷く降ってきたわね」と窓の外を見ればかなりの雨の量なのです。向かいのサツマイモ農園はそれでも朝市をやり始めたらしく、芋の苗を買いに来る人が結構いるから大したものなのです。苗を植える時期なのかも知れない。

 こんな雨ではお客は来ないだろうと思っていたら、11時前に蕎麦屋の下に住んでいる年配の女性がやって来て「お蕎麦もらえますか」と言うではありませんか。蕎麦と蕎麦汁をペットボトルに入れて差し上げる。これで今日は終わりかも知れないと思ったら、宅配の青年が今日もやってきてくれた。蕎麦豆腐を二皿に野菜サラダを頼まれて、鴨南蛮蕎麦の大盛りをお出しすれば、最後に苺大福をカウンターから取って食べていったのです。若いから幾らでも入るのか。

 1時を過ぎて雨も激しくなって、もうお客も来そうになかったので、亭主はかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べてしまう。食休みをしてそろそろ片付けようかと思っていたら、閉店5分前に車が駐車場に入ってきたのでした。高級外車に乗った年配の男性が玄関を開けて、「もう一人来るから」と言えば、妙齢の女性が別の車でやってきたのです。天せいろを頼まれて、片付けた天つゆをまた冷蔵庫から出し、急いで天麩羅を揚げる。最後まで分からないものなのです。


5月18日 日曜日 今年初の27℃になった日で…

 4時前から外が明るいので目が覚めてしまう。そう言えば夕べは9時半には眠りに就いたのです。昨日の朝も同じだったから、やはり習慣付いてしまうものなのだろうか。今朝は寝不足のわけではなかったので、すんなりと目覚めて、あまり早すぎると近所迷惑になるからと、コーヒーを飲んで5時になるのを待ったのです。車で蕎麦屋まで行って、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を捏ねる。今日は600g6人分を打って、蕎麦玉にして寝かせておくのでした。

 その間に厨房に入って、キャベツと胡瓜の浅漬けとなた漬けを盛り付け、蕎麦豆腐を仕込んでおきました。昨日は一人で二皿も蕎麦豆腐を頼んだ青年がいたので、あっという間に売り切れてしまったのてす。今週最後の営業日だったけれど、ヘルシーランチセットなどを頼まれた時に、蕎麦豆腐がないのでは困るのでした。蕎麦打ち室に戻って、生地を伸して畳んで包丁切り。加水率は43%で昨日と同じでした。時間をかけて粉と水を馴らして柔らかくする。

 一束135gで6束と半分ぐらい取れたから、昨日の残りの蕎麦と合わせて、今日は13人分の蕎麦が用意できたのです。時計を見ればまだ6時過ぎで、コンビニに煙草を買いに行って家に帰っても、6時半前なのでした。女将に「コンビニでパンを買って食べたから、朝飯は要らない」と断って、書斎に入ってひと眠りするのでした。やはり、早起きしてひと仕事をすると眠気が先に襲ってくる。ゆっくり眠ったかと思ったら、8時過ぎには目が覚めたのでした。

 洗面と着替えを済ませて一服したら、歩いて蕎麦屋に出掛けていく。曇り空だけれどやけに暖かい朝なのでした。暖簾と看板を出してチェーンポールを降ろしたら、まずは厨房に入って薬味の葱を刻み、大根をおろす。それから野菜サラダの具材を刻んで、いつものように三皿盛り付けておきます。今日はこの三皿がすべて出たから嬉しかったのです。健康のためにと野菜サラダを食べる人が多い日もあるから、やはり毎日作らなければいけない。

 11時前にもう駐車場に車が入ってきたので、大釜の湯が沸いていたから、暖簾は出さずに中に入っていただいた。三人連れのご家族なのでした。女将がいつもより早く来てくれたので助かった。正規の開店時刻に暖簾を出せば、次のお客様がいらっしゃる。今日は途切れなくお客が来ていたので、1時前には用意した蕎麦がなくなったのです。これでやっと蕎麦粉の代金を支払い、来週の仕入れをする事が出来る。綱渡りのような営業で、今日の暖かさに感謝です。



5月19日 月曜日 今朝もまた3時半に目が覚めて…

 睡眠で身体の疲れが取れるからなのか、三日続けて4時前に目が覚めたのです。加えて外が明るくなるのが随分と早いので、もう眠ってはいられないと起き出してしまう。睡眠の形として好いのか悪いのか、コーヒーを沸かして飲みながら、今日は何をしようかと考えるのでした。夕べもブログを書き終えて、そのまま9時半に眠ったのでした。眠くなるから床に入るのだから自然なことで、やはりこれは習慣付いてしまったとしか言いようがない。

 朝食の折に女将に話をすれば、「新しく買った入浴剤は、よく眠れると言うからいいんじゃない?」と言う。朝飯前に蕎麦屋に出掛けて、カウンターに干してあった昨日の洗い物を片付け、洗濯物を畳んだり、洗濯機の中の洗濯物を干したりする。家に帰ってMLBのドジャース戦をテレビで観ながら、朝食の親子丼を食べる。食卓のカサブランカも終わりの頃で、もう匂わなくなっている。十日間ほど楽しませてもらった。食後は書斎でひと眠りするのでした。

 「お母さんを病院に送るんじゃなかったの?」と女将に起こされて目が覚めた。今日はお袋様の家に行くのが10時20分だったから、9時過ぎに起こされても早すぎるのでした。朝が早すぎるとどうも調子が狂ってしまうのです。無事にお袋様を病院に送ったら、待っている間にすぐ近くの郵便局に行って、蕎麦粉の代金を振り込んでくる。彼女の治療はすぐに終わったので、家まで送って家に帰って亭主は昼の支度をする。残り物で昼は焼きうどんを作りました。

 忘れないうちにと、今度は亭主の病院の予約を取っておく。幸運にも明後日の9時が空いていたので、隣町まで出掛けて行くことになりました。手術前の診察ということで、血液検査の結果や毎日の血圧測定の記録などを持ってくるように言われた。女将がスポーツクラブに出掛けて、書斎で昼寝をしようと横になったけれど、眠れそうになかったので、蕎麦屋に出掛けて東の庭の草取りをする。明日は暑くなるから、涼しい今日のうちに終わらせたかったのです。

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2025年5月上旬



5月1日 木曜日 暖かくなったけれどお客は少ない…

 定休日の間、ずっと5時に起きていたので、今朝もアラームに起こされて5時に目覚める。規則正しい生活というのは大切なものなのです。コーヒーを淹れてひと休みしたら、車を出して蕎麦屋に出掛ける。昨日600gだけ蕎麦を打っておいたので、今朝はあと600gだけ打てば十分なのでした。蕎麦打ち室は朝から20℃もあったので、加水率は43%で蕎麦粉を捏ね始める。外ではキーンキーンと雉が鳴いていたから、静かに近づいてみたら畑の端に雄の雉がいました。

 蕎麦玉を伸して畳んで、切りべら20本で135gの蕎麦を6束半打ち、生舟に昨日の蕎麦と一緒に入れておきました。合わせて13束だから、今日だけではなくなるはずはない。そうすれば明日もまた少しだけ打てば済むと、都合の好いことを考えるのでした。7時を回ったので家に帰り、女将の用意してくれた朝食を食べる。火曜日に亭主の買って来た鮭は、厚切りだったので食べ応えがあった。タケノコも恐らくこれが最後の若竹煮らしかった。

 食後は書斎に入ってひと眠りをする。9時前に起き出して、蕎麦屋に出掛ける支度をするのでした。晴れてはいたけれども雲が多くて、昨日のような抜けるような青空とはいかなかった。隣のお花畑には赤や黄色の花々が咲き乱れて、空の青さと白い雲とでとても綺麗でした。看板と幟を出してチェーンポールを降ろす。厨房に入る前に昨日の洗濯物を干して、乾いた洗濯物は畳んでおく。今日は女将が来るのが開店前なので、亭主の仕事が多いのです。

 野菜サラダを盛り付けて、苺大福を包んでいたら、若い女性が二人玄関の前で開店を待っている様子。まだ開店の10分前だったけれど、手を止めて中に入って待っていただくのでした。女将がやって来て、慌ててお茶を出す。天せいろとヘルシーランチセットのご注文で、すぐに天麩羅を揚げて蕎麦を茹でる亭主。女将が料理を運べば、何やら話している。厨房に戻って卒業生だと言うので、聞けば「○○さんと同じ学年です」と水泳部の女子主将の名をあげる。

 随分と昔の卒業生で、中学では弟のクラスだったとか。ゆっくりと話をしながら昼食を取って帰って行ったのです。その間に、若い男性が車でいらっして、とろろ蕎麦の大盛りと白エビの掻き揚げをご注文。閉店間際にも、車でいらっした都内のタクシーの運転手さんが、天せいろを頼まれる。今日はそれだけのお客で、連休の谷間は去年もこんなものなのでした。亭主は女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、今日降ろしたばかりの油で、かき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べるのでした。7食の蕎麦を残して明日に臨むのです。


5月2日 金曜日 朝からの雨でも常連客に助けられて…

 夕べは1時近くまで映画を観てしまったから、今朝は起きるのが辛かった。午後遅くの昼寝がリズムを狂わせているようなのです。それでも5時のアラームで目覚めて、コーヒーを淹れて1時間ほど目覚ましをしたら、雨の中を蕎麦屋に向かうのでした。気温はそれほど低くなくて、蕎麦打ち室も18℃あったから、加水率43%で蕎麦粉を捏ねる。蕎麦玉を寝かせてい間に、昨日取り外したエアコンの内部を元に戻して、今日の蕎麦を打つのでした。

 家に帰れば最後の筍ご飯が出て、銀ダラの煮付けをおかずに美味しく朝食を食べる。居間でお茶をもらったら、書斎に入って横になれば、9時近くまで眠ってしまったのでした。やはり昨夜の夜更かしが影響しているのかも知れません。それでも、今日は野菜サラダを作る事だけしか仕込みがないから、随分と楽なのです。雨がかなり降っていたから、車で蕎麦屋に出掛けて駐車場に入る。幟を立てるのも心配されたけれど、風はあまりなかったから好かった。

 大根をおろしたら、アスパラとブロッコリーを茹でたら、野菜サラダの具材を一つ一つ刻んでいく。パフリカを切って人参を千切りにする前にひと休みします。勢いで続けてしまうと、人参が細く切れないことがあるのです。包丁の切れ味が悪くなったのもあるけれど、目も悪くなったらしく、薄く切るのが大変になってきた。やはり、昔よりも腕が落ちたのかと思うと情けない。それでも今日は三皿の野菜サラダがすべてなくなったので嬉しかったのです。

 この雨ではお客は来ないだろうと思っていたけれど、テーブルに座って珍しく新聞を読んでいたら、常連の宅配便のお兄さんがやって来てくれた。雨が降りしきる時には荷物が濡れるので、少し休んでいる打ちに小振りにならないかと言うのでした。野菜サラダと蕎麦豆腐を出して、少し寒いからと温かい汁のキノコ汁を注文する。食べ終える頃に苺大福ももらうと言ってカウンターに手を伸ばす。1時を過ぎた頃に駅前のマンションに住む常連のご夫婦がご来店。

 やはり外は寒いからか、カレーうどんを二つ頼まれる。野菜サラダを先にお出しして、食べてもらっている間に、カレーを温めて汁を用意する。冷凍のうどんを茹でたら出来上がり。それきりお客は来なかったので、亭主は賄い蕎麦を茹でて遅い昼食を取るのです。家に帰って女将に話せば、「こんな雨の日にお客が来たの?」と驚いていた。夜は昨日の残った野菜サラダに海鮮ミックスを入れて、あんかけ煮しておかずを作る亭主。雨は激しく降って雷まで鳴る夜。



5月3日 土曜日 また土曜日がやって来て10人越えのお客で…

 午前5時起床。夕べも1時近くに眠ったのに、やはり習慣で子の時間には目が覚める。コーヒーを一杯飲んで歩いて蕎麦屋に出掛けるのでした。外は昨日とはうって変わって、抜けるような青空が広がっていました。蕎麦屋に着いて今朝も500gだけ蕎麦を打ち、家に帰って朝食を食べたら、いつものひと眠りもせずに、また蕎麦屋に出掛け。みずき通りもハナミズキが散り終えて、もう次の季節になっているのです。蕎麦屋の手前のお宅のバラが綺麗に咲いていた。

 今日は少し時間が早かったので、9時には野菜サラダの具材を刻み始めました。陽の光が明るいので眼もよく見えたせいか、人参を細かく刻むことが出来たのです。10時には苺大福も包み終わって、いつもより1時間近く早く開店の準備が終わったことになります。時間があったから、豚のハラミを解凍してあったので、5cm程に切って串に刺しておく。取りあえず4本だけ作ったら、冷蔵庫に入れて保存しておくのです。最近は決まった常連さんだけがご注文。

 それでもまだ時間があったから、隣のお花畑に出て写真を撮っておきました。いろいろな種類の花が咲き乱れ、ずっと遠くまで広がっているので、通りかかった車が停まってカメラを持った男性が、時間をかけて写真を撮っていました。店に戻ればやっと11時になったところ。大きなワゴン車が駐車場に入ってきて、まだ暖簾も出していないのにいきなり店に入って来る。男性客が一人だったから、中に入ってもらって注文を聞けば、天せいろを頼まれた。

 亭主がお茶を出して、盆と蕎麦皿を用意していたら、女将が遅れてやって来た。暖簾を出すのにはまだ早かったから、先にお客に注文の品をお出しして、本来の開店時間の5分前になったら暖簾を出してもらう。今日は昼前にもう一組お客が入って、午後になったら 続々と後に続くのでした。天せいろが多かったけれど、鴨せいろも随分と出て、さすがに大型連休の後半はお客の食べる物も豪華なのでした。お客が多くて洗い物が出来なかったので、二人で3時近くまで後片づけをして家に帰るのでした。亭主はさすがに疲れて、書斎に入ってバタンギューで、夕方まで目が覚めなかったのです。


5月4日 日曜日 予報よりも天気は悪く、お客も少なかった…


 今朝も5時起き、5時半過ぎには車で家を出た。どんより曇って暗い空は、昨日の天気予報からは考えられないのでした。蕎麦屋に着いてまずは蕎麦打ち室に入って蕎麦粉を計量する。室温20℃、湿度は50%だったから、いつもと同じく43%の加水をして捏ね始めたら、若干、柔らかい生地に仕上がりました。蕎麦玉を作って寝かせている間に、厨房にもどってカウンターに干した昨日の洗い物を片付ける。タブレットで夕べのブログを読み返し、蕎麦打ち室へ。

 やはり生地が少し柔らかかったのか、伸し終えたら全体が薄くなってしまい、少し長めの蕎麦が仕上がった。室温が高かったので、もう少し加水を減らさなければいけなかったようなのです。昨日の残りの蕎麦と合わせて11食分の蕎麦を用意して、これで足りるだろうかと心配したのです。家に帰って食堂に行けば、今日はもう魚が出ない。週末になって卵が出て来ると、亭主の買って来た魚が終わったということなのです。それでも美味しく食べ終える。

 今日のお客は常連さんばかりで、昨日に続いて宅配便の青年が来て、今日は鴨せいろの大盛りと野菜サラダに蕎麦豆腐を注文した。昼を過ぎても外は曇り空で、暖かいのに風がけっこう強かった。女将が「去年の同じ土日は、2日間とも10人を越えていたのにね」と言う。今年はやはり物価高の影響もあるのかも知れない。洗い物も少なかったので、残った天麩羅の具材を揚げて家に持ち帰る。あまり忙しくもなかったのに、亭主は書斎で爆睡なのでした。




5月5日 月曜日 暖かい日なのに空模様は曇り時々晴れ…

 こどもの日も朝5時に起きて、6時前には蕎麦屋に出掛ける。庭の芍薬があともう少しで花を開きそうなのです。堅いつぼみが開くまでに随分と時間がかかる。本当に初夏の花なのです。この庭では最後の花になる。花が終わったら植え替えの時期だから、それまでに蕎麦屋の庭を整備しておかなくては。上手く根付けば好いのですが、三株あるから何とかなるだろう。今朝も歩いてみずき通りを渡る。昨日の洗い物の片付けと出汁取りの準備をして洗濯物を干す。

 朝食を終えてひと眠りしようと書斎で横になったけれど、どうも眠れそうにないので起き出して、再び蕎麦屋に向かうのでした。夕べは6時間ほどしか眠っていないのに、やはり習慣づいてしまったのか。身体が疲れていないということもあるのかも知れない。みずき通りを渡らずに、バス通りを右に折れた角のお宅に咲くテッセンが綺麗だったので、写真を撮らせてもらったのです。空は曇っていたけれど、気持ちは晴れ晴れとして足の具合も好いのでした。

 蕎麦屋に着いたら、早速、出汁取りをして、一番出汁、二番出汁を取っておくのです。他の仕込みをしようにも食材がないので出来ない。お袋様に電話をして、買い物に行かないかと聞いたけれど、布団カバーの洗濯を始めてしまったから今日はいいと言うので、家に戻って昼食の支度をするのでした。帰り道はバス通りをみずき通りに折れるところにある畑の隅に咲くカキツバタの花を見て帰りました。似ているけれどアヤメではなさそうなのです。

 天気が好くなったので、女将は散歩に出掛けていなかった。昼は蕎麦を茹でて天麩羅をフライパンで焼くだけだったから、亭主が早めに準備をしておく。今日は休日だったから、女将のスポーツクラブはお休みなのです。二人で蕎麦を食べたら、ひと眠りしようとまた書斎に入ったけれど、やはり眠れないので起き出して、女将と一緒に隣町のスーパーに出かける。女将は家の買い物を、亭主は蕎麦屋の食材を買って、女将を送ったらそのまま蕎麦屋に出掛ける。

 午後の仕込みはカレーを作っておくことと、キノコ汁を作ることなのでした。鶏肉を買って帰ったので、半分ずつ使えるので好都合なのです。シメジは2パック入りだし、エノキは量が多いので半分はカレーに入れて使った。タマネギ、ニンジン、ナス、カボチャに鶏肉も入っているから、メニューに書いてあるとおり、本当に具だくさんなのです。前に作ったカレーは冷凍室で凍らせてあるので、これを持ち帰って明日の昼はカレーライスにする予定。


5月6日 火曜日 三日間の定休日が長く感じる今日この頃…

 昼から雨の予報だったけれど、やはり朝からの雨なのでした。今朝は7時間もぐっすりと眠って、6時前には目が覚めたのです。居間の部屋でコーヒーを飲みながら、雨の中をわざわざ蕎麦屋に出掛けていくほどの仕事はないと、女将が朝食の支度を終えるのを待っていたのです。8時過ぎにやっと蕎麦屋に車で行って、昨日の洗い物の片付けをしたり、今日飲むほうじ茶を沸かしたり、洗濯物を畳んだりして、お袋様に電話をして迎えに行きました。

 農産物直売所に着く頃には土砂降りの雨になって、入り口近くでお袋様を降ろして車を停めに行く。顔見知りの農家の奥さんも、合羽を着て野菜を運び入れていた。「雨の中を大変ですね」と言えば、「朝は降っていなかったのよ」と応えるから、亭主よりもまだ早起きだったのです。新鮮な春キャベツと採ったばかりのスナップエンドウをもらって、隣町のスーパーに行く。こちらは雨なのに昨日よりも混んでいた。連休中の食料が最終日でなくなったのだろうか。

 お袋様を送って蕎麦屋に戻れば、雨は一向に収まる気配はない。大根のなた漬けを作って、昼の支度に間に合うように家に帰るのでした。今日はシジミを買って帰ったから、すぐに砂抜きをして、昨日持って帰った冷凍したカレーを取り出して鍋に入れて温める。女将は亭主野買って帰ったトンカツを切って、カレーの出来上がるのを待つのでした。カツがいつもより大きかったので、亭主も少し残してカレーライスの上に載せる。カレーは大盛りなのでした。

 さすがに大盛りのカレーライスは腹に溜まって、シジミの味噌汁も久し振りなのでとても美味しかった。食べ終えてお茶をもらったら、すぐに眠くなって書斎で横になるのでした。女将のスポーツクラブの予約を無事に終えたら、蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをする。塩漬けした大根は水が上がっていたので、刻み柚子と甘酒の素に京唐辛子を輪切りにして入れ、蓮根の皮を剥いて輪切りしたら酢水で茹でるのでした。ここで仕込みは終わりにして、残った時間でシンク周りの掃除を始める。いつも見苦しいと思っていたのです。


5月7日 水曜日 蕎麦屋は真夜中の珍入者のお蔭で…

 夕べはMLBのニュースで、大谷選手のホームランを観てから眠ったのが11時過ぎでした。ところが、12時過ぎにスマホの電話が鳴ったのでどこからだろうと思ったら、蕎麦屋のセキュリティをお願いしている会社からなのでした。店の機器が反応しているから、今から駆けつけるというので、亭主も慌てて出掛けて行ったのです。酒を飲んで眠ったから、歩いて蕎麦屋まで行けば、担当の警備員が店の外周を見てくれた後で、中に入って異常がないかを確認する。

 結果は、報知器が反応したのは蜘蛛の巣が原因だろうと言うことで、センサーの周りの天井を箒で払ってお終いなのでした。家に帰ったものの今度は眠れなくなってしまい、再び床に入ったのは明け方なので、今朝は女将に起こされて朝食を食べる始末なのでした。食事を終えて書斎に入って横になれば、またぐっすりと眠ってしまい、目を覚ませばもう昼に近い時間なのでした。蕎麦を茹でてとろろ蕎麦で軽い昼飯を食べて、居間でひと休みするのです。

 女将がスポーツクラブに出掛けた後は、テレビの映画を最後まで観て、煙草を買いにコンビニまで車を出して、そのまま蕎麦屋に行って午後の仕込みをするのでした。明日の小鉢の浅漬けを漬けて、天麩羅の具材を切り分け、三ツ葉を切ったらもう終わりなので、時間があったからレンジ周りの掃除をして、久し振りに包丁を研ぐ。砥石がもう限界まですり減って直しようがなかったけれど、なんとか研ぎ終えて、午後の仕込みを終えるのでした。



5月8日 木曜日 今日は朝から意外な事が度重なって…

 昨日の名残で夕べは9時半にはもう瞼が重くなった。今朝は6時間ほど眠って、3時半には目が覚めたけれど、布団の中で4時まで横になって、再び眠ることは出来なかったので、台所でお湯を沸かしてコーヒーを淹れる。居間の部屋で椅子に座るのだが、身体が目覚めていないので、煙草やコーヒーには手を伸ばすことが出来ないのでした。窓の外が明るくなってきて、初めて立ち上がって荷物を用意し、5時前にはガレージに降りて車に乗り込むのです。 

 予報とは違って雲の多い朝なのでした。腰の痛みを我慢して乗り込んだガレージの車の中から、駅前の高層マンションに朝日の光が当たり始めるのを待って、蕎麦屋まで走る。前にぎっくり腰になった時と全く同じ部分が痛いのです。古くなって重たいシャッターを片手で上げる動作がどうも好くないらしく、それ以来、シャッターは上げたままで、車を前向きに停めているのです。2、3分で蕎麦屋に着いて、すぐに蕎麦打ち室に入って蕎麦粉を計量する。

 蕎麦玉を寝かせている間に、今日の小鉢にキャベツの浅漬けと大根のなた漬けを盛り付けておきます。タブレットで昨日のブログを読み返し、冷蔵庫で冷たく冷えたほうじ茶を飲む。蕎麦打ち室に戻って蕎麦玉を伸して、思ったよりも硬く仕上がった生地を畳んで包丁で切っていく。切りべら20本で137gほどの蕎麦が、8束と少し取れたので、生舟に並べて冷蔵庫に入れておきます。去年もこの時期の木曜日は8人だったから、今年はもっと少ないだろうと思った。

 家に帰って朝食を食べ、書斎でひと眠りしたら、やはり早く起きたからか、1時間以上眠ってしまった。髭が伸びていたので、今朝は歯磨きをしたら髭を剃る。腰が痛いので歩くのが辛くって、9時半にはまた車で蕎麦屋まで出掛けるのです。今日は女将が開店の時間にしか来ないので、大根と生姜をおろして薬味の葱を刻み、野菜サラダの具材を刻んでいく。と、アスパラを買い忘れているのに気づいて、車で農産物直売所にスナップエンドウを買いに行く。

 この間、知り合いの農家が毎朝採って来るのを知っていたから、今朝もあるだろうと思って行ったのですが、ちょうど親父様がトラックで運んで来たところなのでした。少し長めで甘いのが特徴なのです。店に戻って急いで茹でて、やっと野菜サラダが完成したのが11時前。お湯をポットに入れたり、新しい油を天麩羅鍋に注いだりして、苺大福を包む準備をしていたら、もう駐車場に車が入ってくるではありませんか。おまけに「何時に入れますか?」と年配の女性が玄関を開けて聞くのでした。「11時半からなのですけれど、中に入ってお待ち下さい」と応えて、亭主は大福を作り始める。
 やっと準備が終わったので、亭主はお茶を出して注文を聞く。開店の10分前に女将がやって来て、天せいろを頼まれた女性達に蕎麦を出してくれたのです。暖簾も出していないし、BGMの音楽も流していなかった。ところが、そのすぐ後に女性を含む四人の作業着姿の一行がテーブルに座り、全員大盛りのぶっかけ蕎麦をご注文なのでした。これで今朝打った蕎麦はすべてなくなった。まだ12時前なのです。仕方がないから、天麩羅を揚げて蕎麦を出し終えたら、亭主はまた蕎麦打ち室に入って蕎麦を打つ。もう次のお客が来ているのです。30分ほど待ってもらってやっと蕎麦を出し終える。

5月9日 金曜日 やはり二日続けては混まない…

 今朝もアラームの鳴る前に目が覚めて、時計を見れば4時半なのでした。少し布団の中で身体を休めてから、5時10分前になってやっと起き出す。コーヒーを一杯飲んで5時半には車で蕎麦屋に向かうのでした。昨日の洗い物を片付けて、空の蕎麦徳利に蕎麦汁を補充したら、キャベツとキュウリの浅漬けを漬ける。ニンジンと昆布も入れて、開店前まで漬ければ食べられるのです。6時になったら蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つ。加水は43%強でした。

 家に帰って朝食を食べ、書斎に入ってひと眠りすれば、今朝は1時間ほどで目が覚めて、着替えと洗面を済ます。庭の芍薬が咲き始めたので、道路側から写真に撮っておくのでした。堅いつぼみが開くまでに時間がかかるけれど、本当に艶やかな花なのです。女将が蕎麦屋の庭に移植したいと言うのも無理がない。今日もまだ腰が痛いので車で蕎麦屋に出掛ける。痛い腰を庇いながらやっと車に乗り込んで、店に着いたら看板と幟を出すのでした。

 厨房に入って、野菜サラダを盛り付けたら、苺大福を包んでカウンターに並べておくのです。少し冷めたらラップを掛ける。天麩羅の具材を調理台に並べて、油を天麩羅鍋に空けたらもう11時になっていた。大釜の湯はポットに入れたし、天つゆも火にかけたし、客席の椅子に座ってひと休みしたら、海老の数は足りるかと冷蔵庫を確認して、暖簾を出す時間になるのでした。ところが、大根をおろしていないことに気が付いて、慌てて冷蔵庫から取り出す始末。

 今日は昨日と違って、なかなかお客が来なかったのです。やっといらっしたご夫婦は天せいろとぶっかけ蕎麦を頼まれて、亭主も身体を動かし始める。外は気温が上がってきたので、窓は半開きにしておいた。駐車場にもう一台車が入って来たのを確認して、頼まれた品を作り終えたら、カウンターに座った女性客に「今お茶をお出ししますね」と言って注文を聞く。せいろ蕎麦と赤いかの天麩羅とおっしゃるので、急いで赤いかを解凍するのでした。

 結局、それきりお客は来なくて、窓の外を眺めながらこんな日もあると自分に言い聞かせるのです。シジュウカラらしき小鳥が珍しくヤマボウシの枝に止まって、頻りに動いている。よく見ると嘴に何か虫を銜えているようだ。窓の蕎麦に近寄って写真を撮ろうとしたら、もう気づかれて飛んで行ってしまった。洗い物を済ませて、賄い蕎麦を食べ、暖簾をしまえば、もう営業は終わり。2時半には店を出て家に帰る。まだ女将は帰っていなかった。

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2025年4月下旬



4月20日 日曜日 終日曇り空だったけれど暖かくて…

 沢山のお客の来た次の日は、いろいろなものがなくなっている。今朝は5時に目覚めて5時半には蕎麦屋に出掛け、すっかり空になった蕎麦徳利に新しく作った蕎麦汁を入れておくのでした。先週の蕎麦汁の残りと、一番出汁のストックから新たに作った分で、13人分の蕎麦汁が出来た。今朝打つ蕎麦もそれに合わせて、8人分の蕎麦を打つことにして、昨日の残りの蕎麦と合わせて10人分の蕎麦が今日の限度。日曜日でも曇り空だからそれほどは来ないと思った。

 30分寝かせた蕎麦を伸して畳んで蕎麦切りをしたけれど、加水が44%だったのにまだ生地が柔らかい。室温は22℃、湿度は57%なのでした。43%の加水がごく平均的な加水率なので、次に打つ時はもう少し水を減らした方が好いかも知れない。それでも切りべら20本で135g~140gの束を八つ作って生舟に並べました。7時ちょうどに蕎麦屋を出て家に帰って朝食を食べる。女将が寝坊したと言って、食事の支度を急いでいた。昨日は久し振りに混んだからでしょう。

 朝食を終えて今朝は40分だけ書斎で眠った。いつもよりも沢山することがあったので、やはり緊張していたからかぱっと目覚め、着替えを済ませて蕎麦屋まで歩く。みずき通りのハナミズキが随分と白くなっていた。幟と看板を出したら、厨房に入ってまずは蕎麦豆腐を造る。女将が来て洗濯物を畳んで店内の掃除をしてくれた。10時には早お昼を食べに家に戻る。それから亭主は大根をおろし、野菜サラダを盛り付け、天麩羅の具材を切り分けるのでした。

 金柑大福を包んだのはもう11時過ぎなのです。やっと仕込みが終わったのは開店10分前でした。一服する間もなくお客様がご来店。曇り空でも気温が高いから今日も随分と混んだのです。でも、蕎麦の数に限りがあるので、最後の四人家族が来たところで、お蕎麦売り切れの看板を出したのが1時30分。その後に来たお客はお断りしたのでした。後半立て続けにお客が来たので、洗い物が出来なかった。2時半には洗い物も終わって、二人で家に帰るのでした。



4月21日 月曜日 定休日第一日目は母を送って近所の医者へ…

 夕べは早く寝すぎたのか、今日は朝の3時過ぎに目が覚めて、もう眠れなかった。週の営業が無事に終わった安堵感からか、朝飯の時間まで居間の椅子に座ってゆっくりと待つのでした。朝食後に書斎で少し眠って、8時半前にはもう目が覚める。約束の時間には早かったけれど、お袋様のマンションの下で電話をすれば、すぐに降りて来て一緒に近所の医者に向かう。肩に電気を当てるだけだからすぐに終わって、9時半過ぎに二人で隣町のスーパーに出掛けた。

 モノレールでひと駅の距離だけれど、階段を上り下りするのが大変なのです。車なら5分もかからないから、亭主が暇な時は送って上げた方が好い。亭主も店の仕入れを済ませ、お袋様を家まで送って蕎麦屋に着けば、もう11時近くになるので野菜類を冷蔵庫に収納して家に帰る。この暖かさで、隣のお花畑の花がいろいろと咲き始めたから綺麗なのです。蕎麦屋の駐車場に植えてある木々も、新芽が伸びて青々と葉を広げているのでした。

 昼の支度はいつものように女将が材料を用意して、亭主がフライパンを振ってあんかけ焼きそばを作る。昨日店で残った野菜サラダに、肉と海鮮ミックスともらったタケノコを入れて、具沢山のあんかけは、腹を満たすには十分なのでした。亭主の食べる分には豆板醤を入れて辛めに仕上げてある。腹が一杯になったら満足して、書斎に入って、夕べ眠り足りなかった分の睡眠を取るだけの昼寝するのでした。目が覚めればスポーツクラブから女将が帰っていた。

 蕎麦屋に出掛けて、洗濯物を畳んだり、洗ったままカウンターの上に干してあった盆や蕎麦皿を片付けて、午前中に出来なかった白菜と大根を塩漬けにする。そして、明日の朝に出汁を取る準備をして午後の仕込みも終わりなのです。家に帰れば女将が台所で夕飯の支度をしていた。大きめの新鮮な鰯が出ていたので、買って帰って今夕は鰯の刺身をしてもらうことになっていたのです。タケノコと木の芽を梅干しで和えた小皿と蕗の煮物が美味しかった。

 亭主が自分で豚のハラミを切って串に刺した串焼きが、焼き上がるまでにもう鰯の刺身を肴にして焼酎を飲み始める。小さなワイングラスに氷を入れて、炭酸で割った焼酎を、一杯飲み終わらないうちに二人の夕食は終わるのです。亭主はグラスを持って居間の部屋に移る。女将が運んで来てくれるお茶を飲みながら、食後の一服をするのです。テレビのコマーシャルの時間が長いので、その間に書斎に行ってこのブログを少し書き始めておくのです。

 明日は朝の仕入れがないから、朝飯前のひと仕事で蕎麦屋に行って出汁取りを済ませたら、月に一度の床屋も一番で出掛けられる。床屋の向かいにある整形外科で、尿酸を溶かす薬を処方してもらわなくてはいけないけれど、うまく時間が合わせられるかな。昼は冷やし中華にしようと、今日のうちに麺と具材を買って来たのです。一日中晴れるという予報だったから、昼前に仕込みを終えて、午後は蕎麦屋のグリストラップの掃除をしても好いと思うのです。


4月22日 火曜日 定休日二日目は床屋と整形外科へ…

 夕べは10時半には眠ったので、今朝は5時前に目が覚めました。やはりこのペースはあまり変えない方が好いのかも知れない。コーヒーを一杯飲んで蕎麦屋に出掛け、出汁取りの準備をしておいたから、早速、出汁取りの作業にかかるのです。日の出が早いからもう東の空から太陽が昇ってきた。約1時間をかけて一番出汁と二番出汁を取り、7時前には家に戻るのでした。女将が台所に立って朝食の支度をしてくれている。その脇で亭主が洗い物を片付ける。

 亭主の希望で茄子焼きをしてもらったけれど、鰯の蒲焼き丼だったから、おかずの方が多くてご飯が足らなかった。それでも、ご飯をお替わりせずに、タケノコも白菜のお新香も食べてご馳走様なのです。腹八部とはよく言ったもので、それ以上食べると若くはないから、やはり身体に好くないのでしょう。食後のお茶をもらって書斎に行って横になるけれど、今日はなかなか眠れなかった。8時半には床屋に行きたかったから、諦めて着替えと洗面を済ます。

 晴れるという予報だったけれど、朝から空はどんよりと曇って、すっきりとしない天気なのでした。ちょうど8時半に床屋に着いたけれど、まだ開いていなかった。仕方がないので向かいにある整形外科の駐車場に車を入れて、5、6人並んでいた人の後について受付を済ませる。6番目の番号札をもらって、30分も待てば診察を受けられるので、マスターが来てシャッターを開けた床屋に行き、事情を話して予約を入れておく。予定とは違ったけれどこれが幸運でした。

 午前中に医者と床屋に上手い具合に行けて、家に帰れば今年初めての冷やし中華を作るのでした。満足に腹を満たした後は、書斎に入って午後の昼寝です。2時間近くも眠って、女将に起こされてスポーツクラブの予約の作業に取りかかる。皮を剥いた甘夏が出て、お茶まで入れてもらえた。3時半までテレビの映画を観たら、蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みに入る。まずは大根のなた漬け直しで、小さな漬け物器を空けて、樽の漬け物器の白菜を漬け直すのです。

 次に半分に切った鶏肉を小さくして、出し汁に入れて沸かしながらキノコを入れていく。5人分ほどの量を沸騰させたら、小さな鍋とタッパに分けて入れ、それぞれ冷蔵庫で保存します。使った鍋を洗ったら、今度は蓮根の皮を剥いて輪切りにし、天麩羅の具材を準備する。南瓜も種を取ってスライスし、タッパに入れてこれは家に持ち帰ってチーンしてくる。これで5時前になったので家に帰って夕飯のおかずの準備。今日は回鍋肉の鍋振りは亭主の仕事です。



4月23日 水曜日 定休日三日目は朝から冷たい雨で…

 夕べは10時に床に就いたので、今朝も5時過ぎには目を覚まし、コーヒーを入れて居間の部屋でゆっくりとするのでした。蕎麦屋に行ってする朝飯前の仕事は、返しを作ることだけだったから、30分もあれば出来るだろうと6時過ぎに家を出る。冷たい雨が降って、昨日までの暖かさは嘘のようなのでした。駐車場の木々の新緑が鮮やかで、今年もツバメが隣の家の軒下に巣を作ったらしい。それでも店の中は昨日の暖かさが残って暖房を入れる程ではなかった。

 減塩醤油と再仕込み醤油を戸棚から運んで、味醂とワインビネガーは膝下の引き出しから取り出す。氷砂糖を計量したら味醂とワインビネガーを大鍋に入れて火を点ける。醤油を四本と少し加えて、塩を30g計って入れ、煙草をふかしながら椅子に腰掛けて待つのです。昨日洗った漬け物器やお玉などを片付け、大鍋が沸騰する直前で火を止める。これで朝飯前のひと仕事は終わりなのです。家に帰って女将の用意してくれた朝食を食べる。今朝は筍ご飯だった。

 食後のお茶をもらったら、あんなに眠ったのにまた眠たくなって書斎で横になる。目が覚めたら9時だったから驚いた。身体が随分とリラックスしているのです。洗面と着替えを済ましてテレビを点ければ、ドジャースとカブスの試合が始まっている。接戦になりそうだったが、最後まで観ているほど暇がない。車を出してまた蕎麦屋に出掛け、午前中の仕込みを開始するのでした。白菜のお新香を更に小さな漬け物器に入れて、なた漬けも小鉢に盛り付けておく。

 まだ時間があったから、天麩羅の具材を切り分けて、玉葱もスライスして、三ツ葉も薬味の葱も刻んで容器に入れる。10時半になったところで、隣町のスーパーまでトンカツとティッシュを買いに出掛ける。家に戻ったのが11時。ドジャース戦はまだやっていた。鍋に湯を沸かしてスナップエンドウとブロッコリーを茹でる。大鍋の湯が沸いたら、スパゲッティを茹で始め、同じ湯でミートソースを温めるのです。女将がカツを切ってくれて昼飯の準備は終わり。

 一週間ぶりにトンカツを載せたミートソースを食べた。満足して食後はまた眠れるかと思ったけれど、書斎で横になってもさすがに眠くないのです。今日の仕込みは全部終わったけれど、明日の蕎麦を打っておいても好いかも知れない。ドジャース戦は延長の末に一点差でカブスが勝利。11対10と激しい戦いなのでした。コーヒーを入れてまたブログの続きを書いて、女将が帰ってきたら蕎麦屋に出掛けようと準備をするのでした。冷たい雨は降り続けている。

 昼に食べたトンカツミートソースが十分に消化するには、動かなくてはいけないから、雨の降る中を車を出して蕎麦屋まで行く。何もする事はないのだけれど、仕方がないから蕎麦打ち室に入って、明日の分の蕎麦を打つ。時間があるから今日は900gの蕎麦粉を計量して、10人分の蕎麦を打とうと考えたのです。明日の朝は蕎麦を打たなくても好い。室温は20℃、湿度は60%。加水率を43%にしたら、最近になく硬い蕎麦が出来て捏ねるのにひと苦労なのでした。



4月24日 木曜日 曇り空も暖かく、久々に混んだ木曜日で…

 暖かな朝でしたが、空は曇って今にも雨が降りそうなのでした。昨日のうちに今日の分の蕎麦を打ってあったので、今朝は6時に家を出て、歩いて蕎麦屋に出掛けました。足の具合も好かったから、久し振りに徒歩で朝飯前のひと仕事です。時間に余裕があったからまずは洗濯物を畳んで、厨房に入って気になっていたレンジ周りの油の汚れを綺麗に掃除しました。どうしても天麩羅を揚げる周りは油がはねて汚れるのです。週に一度は掃除をしなければいけない。

 家に帰れば、魚の煮付けの匂いが居間の部屋まで漂っている。今朝は銀ダラの煮付けと茄子焼きに大根と鶏肉の煮物がおかずで、筍ご飯が美味しかった。腹が一杯になったら満足して、お茶をもらったら書斎に入ってひと眠りしようと横になる。しかし、なかなか眠くならずに30分ほど目をつぶっていても眠れないので、起き出して洗面と着替えを済ませておくのでした。時間があるから髭も剃っておく。夕べは11時半まで起きていたのに不思議なこともある。

 再び歩いて蕎麦屋に向かえば、曇り空なのに随分と暖かい。幟と看板を出してチェーンポールを降ろす。店の中は結構暖かくなっていたので、窓を開けて空気を入れ換える。生姜と大根をおろして、野菜サラダの具材を刻めば、春キャベツが柔らかくて美味しそう。今日は人参も細く切れたので亭主は満足なのでした。家を出たのが早かったから、まだ10時にもなっていないのです。時間に余裕があるということは、気持ちにも余裕が出来るものなのです。

 今日から大福の中身を苺に替えることにしたので、包みやすくて10時半にはもう大福も出来てしまった。新しい油を天麩羅鍋に注いで、天つゆも新しく作っておく。店の掃除を始めて、テーブルを拭いて回るのでした。カウンター席の隅に座ってひと休みすれば、女将がやって来る。暖簾を出せば、最初にいらっしたお客様は新しい車に替えたカレーうどんの親父様。今日は奥様が一緒でなかったから初めは分からなかったのです。続けて年配のご夫婦がご来店。

 今日は、最近お客の少ない木曜日なのに、続けてお客が入って、1時過ぎにはもう生舟の蕎麦も残り少なくなっていました。最後に3人連れのお客が入ったところで、女将に「お蕎麦売り切れ」の看板を出してもらう。向かいのサツマイモ農園の若旦那が、業者を連れていらっしたのでした。「倉庫を建てようと思ったら、遺跡があることが判って…」と大変そうなのでした。三人とも天せいろを頼まれて、2時前にはお帰りになる。それから洗い物を始めたのです。



4月25日 金曜日 やはり二日続けては混まない…

 今朝は5時で5時半には家を出て蕎麦屋に行く。蕎麦打ち室に入れば室温20℃、湿度62%だったから、思い切って加水率43%で蕎麦粉を捏ね始めました。生地の硬さは上々、蕎麦玉を作って寝かせている間に、厨房に戻って昨日のブログを読み返すのです。6時20分になったらまた蕎麦打ち室に入って、750gの生地を伸して畳んで、8束の蕎麦を生舟の中に並べるのでした。昨日の最後の残りと合わせて9食分の蕎麦を用意して、今日の営業をしようと考えました。

 家に帰れば朝食の用意が調って美味しく頂くのです。居間の部屋でお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠り。今日はぴったり1時間眠って、9時過ぎには家を出て蕎麦屋に出掛けるのでした。駐車場のオオムラサキがまた花をいました。花の終わりの馬酔木は赤い新芽が開いている。紫陽花の葉が、次は自分の番だと言わんばかりに大きくなっているではありませんか。幟と看板を出して厨房に入れば、今日は大根をおろすことから始めるのでした。

 スナップエンドウとブロッコリーを茹でて、春キャベツを刻み、紫玉葱、パプリカ、人参の順に刻んでいく。今日は女将が来ない日だから、時計の時間が気になる。野菜サラダを盛り付け終えたら、真空フリーザーの中で解凍された海老を容器に入れたり、山葵を確認したり、細かなことを全部自分でやらなければいけないのです。デザートの苺大福は昨日作ったものが使えるので、天麩羅の具材を調理台に並べ、油を天麩羅鍋に入れて、テーブルを拭いて回る。

 朝方は少し涼しかったけれど、昼になったらやはり暑くなってきた。昼前にオープンカーに乗った中年のご夫婦がご来店で、ヘルシーランチセットと天せいろの大盛りに、キスや赤いかの天麩羅を頼まれる。それからしばらくはお客がなくて、1時を過ぎた頃にやはり中年のご夫婦がカウンターの隅に座って、てんせいろをご注文なのでした。やはり男性は蕎麦を大盛りで頼むのでした。それきりお客は来なくて、二日続けて混むことはないという良い例なのです。



4月26日 土曜日 再び10人越えの日がやって来た…


 午前5時前、アラームの鳴る前に目が覚めて、台所に行ってお湯を沸かす亭主。今日は給料日後の土曜日、大型連休の初日だから、きっとお客が来るに違いないと朝から張り切っていました。コーヒーを淹れて煙草を一服したら、ガレージに降りて車に乗り込むのでした。蕎麦屋に着けば雲は多かったけれどもう陽が昇っていて、ひんやりとした朝。早速、蕎麦打ち室に入り、750gの蕎麦粉を計量して、43%の加水で捏ね始めました。室温は18℃と昨日よりも低い。

 それが幸いしてか、かっちりとした生地に仕上がって、蕎麦玉を作って寝かせている間に厨房に戻り、カウンターに干した洗い物の片付けをする。小鉢もなくなっているので、なた漬けを幾つか作り足しておくのです。再び蕎麦打ち室に入って、蕎麦玉を伸して畳んで包丁切り。切りべら20本で135gの蕎麦を、8束作ったら生舟に並べて、昨日の残り3束と合わせて11人分の蕎麦を用意出来ました。今日はこれでも足りないかも知れないと思いながら、家に帰る。

 朝食を食べて書斎でひと眠りしようと思ったけれど、何故か眠れなくって30分ほど横になっただけで、起き出して着替えと洗面を済ませるのでした。髭を剃るのも面倒だったけれど、お客の前では失礼のないようにと綺麗に剃り上げて顔を洗うのです。9時になったら女将に「行ってきま~す」と声を掛けて、歩いて出掛ければみずき通りの角のお宅に綺麗な紫色のクレマチスが咲いていたのです。伊豆の「クレマチスの丘」が閉園になっという話を思い出した。

 昔、野口里佳さんの写真展に招かれて「IZU PHOTO MUSEUM」の晩餐会に女将と出席したことがあって、その折にクレマチスの丘に寄ったのを覚えている。今はテッセンという呼び名はあまり聞かないけれど、何でも横文字になるのはどうかと女将と話したことがある。厨房に戻って大根と生姜をおろして、野菜サラダを盛り付けたら苺大福を包むのでした。片栗粉を敷いて白餡を伸ばした上に苺を載せて包んだら、作ったばかりの熱々の求肥で包んでいくのです。

 今日も開店して直ぐにお客がご来店で、あっという間に店の中が一杯になった。5人連れのご家族がいらしって12時過ぎにはもう生舟の中の蕎麦が残り僅か。常連さんご夫婦がその後に来たので、そこで「お蕎麦売り切れ」の看板を出したけれど、帰るお客と入れ替わりに別のお二人の姿が見えたので、最後の二束をお出ししたのです。涼しかったからか、鴨せいろが随分と出たので、明日の分の鴨肉がなくなった。一週間ぶりの10人越えなのでした。

 天麩羅の具材も切れたし、蕎麦汁もなくなってしまったから、家に帰ってすぐに隣町のスーパーに出掛けて、足りないものの仕入れをしてくる。ついでに、野菜サラダが残ったのでトンカツを買って帰った。ひと眠りして夕食を食べたら、今度は夜の仕込みにまた蕎麦屋に行って、出汁を取って蕎麦汁を作るのでした。夜も仕込みに出掛けるというのは、随分と久し振りのような気がする。一日に20人からのお客が来ていたのは、今はもう遠い昔の話なのです。


4月27日 日曜日 朝はひんやり、昼は初夏の暖かさで…

 今朝はアラームに起こされて、コーヒーも飲まずに5時半には蕎麦屋に出掛ける。蕎麦が一つも残っていなかったので、二回打たなければならなかったのです。蕎麦汁も小鉢もなくなっていたから、750gと500gの蕎麦玉を作ったら、厨房に入ってキュウリと新キャベツとニンジンの浅漬けを盛り漬け、夕べ作った蕎麦汁を空の蕎麦徳利に詰めていくのでした。再び蕎麦打ち室に入って、二回の蕎麦を打てば、室温が16℃と昨日よりも2℃も低かった。

 最初の蕎麦玉を43%の加水で捏ねる時に、パサパサで水が足りないと思ったから、慌てて加水をしたら今度はちょっと水が多すぎて、生地が柔らかくなりすぎたのでした。何とか打ち粉を沢山振って伸し始めたのですが、やはり包丁切りするときに切りむらが出来てしまう。今朝は放射冷却で朝の温度が随分と下がったのです。気温が下がると水分が足らなくなってしまうから難しい。何とか二度の蕎麦打ちで13食の蕎麦を用意して、7時過ぎには家に戻るのでした。

 今朝の朝食は、昨日亭主が買って帰った銚子で上がった鰯の蒲焼きなのでした。油の乗った鰯の蒲焼き丼は絶品で、ご飯がどんどん食べられるのです。満足したら書斎に入ってひと眠りすれば、今日は40分ほどで目が覚める。洗面と着替えを済ませて9時には再び蕎麦屋に歩いて出掛けたのです。朝の寒さがすっかり緩んで、空は青いし陽射しが暖かく、蕎麦屋の駐車場に着いたときには、モミジの新緑がとても鮮やかなのでした。

 幟と看板を出して厨房に入ったら、まずは昨日なくなった蕎麦豆腐を造っておく。大根をおろしていたら女将がやって来て「今日は昨日よりも好い天気ね」と言って洗濯物をたたみ始める。店の掃除を終えたらまた早お昼を食べに家に帰った。亭主は野菜サラダの具材を刻んで盛り付けるのでした。天麩羅油を天麩羅鍋に空けて、天つゆを火にかけ、天麩羅の具材を調理台に並べたら、大釜の湯が沸くのを待って、四つのポットにお湯を満たすのです。

 隣のお花畑も随分と賑やかに花々が咲き始めて、女将がまたやって来るまで、亭主はカウンターの隅の椅子に座ってひと休みなのです。夏からはここが居間になるのかと思うと、現在の家の何を何処に置こうかと、もう計画を立て始めている自分が滑稽に思える。わずか300mの引っ越しだけれど、もう若くはないから大きな荷物は業者に頼むしかないと諦めているのでした。最初のお客は昼前にいらっして、昨日ほどではないけれど今日も随分と混んだのです。

 日曜日のせいかお客の出足は遅く、後半にお客が続いて、洗い物をする暇がなかったから後が大変なのでした。天麩羅が尾持ったほど出なくて、材料が沢山残ったので天麩羅を揚げて家に持って帰ることにしました。女将は、家で捌いた鰯の残りを取りに帰って、これも天麩羅にしてくれろと言う。二人で3時前に家に戻って、二人でデコポンを剥いて食べる。亭主は書斎でひと眠りしたら、6時過ぎまで目が覚めなかった。夜は天麩羅を温めてご飯を食べる。



4月28日 月曜日 曇り空で風が強かった一日…

 定休日だけれどいつものように5時には目覚め、これも習慣なのだろうと5時半まで床の中で暖まる。夕べは暖かな夜だったのに、さすがに朝は冷えるのです。台所に行ってコーヒーを沸かし、昨日はコーヒーを飲まなかったことを思い出す。今日の予定は10時にかかりつけの内科に行って血圧の薬をもらってくる。そして、午後は西の町のホームセンターに出掛け、割り箸や蕎麦屋の台所の消毒液などを買ってこなければならない。お袋様にも声を掛けてみよう。

 簡単な朝食を終えたら、今日はひと眠りをせずに蕎麦屋に出掛けて、昨日の洗い物を片付けたり、洗濯物を干したりして少し早めに医者に行く。連休中の数少ない平日とあって、駐車場もほとんど空いていなかった。やっと受付を済ませれば、待合室は大勢の人。テレビの画面には現在の診察の番号が出ている。自分の20番まではまだ1時間ほど待つようなのでした。蕎麦屋で客を待つのに慣れたせいか、歳を取ったせいなのか、それほど苦でもなく診察室へ。

 「大分低くなってきたけれど、150と言うのはまだ高いから、薬を一日二回に増やしましょう」と医師は言うのでした。初めての再診だったから、看護師に生活習慣のチェックを受けて、塩辛いものは駄目、腹一杯食べるのは駄目、運動をしないのは駄目とだめ出しを受ける。昼食の準備をする時間には間に合って薬局で薬をもらい、家に帰って昨日残った蕎麦を茹でる。隣の火口で女将が天麩羅をフライパンで焼いて、昼は二人で天せいろを食べるのでした。

 ひと休みしたら女将はスポーツクラブに出掛けていく。亭主もお袋様に電話をして、一緒に西の町のホームセンターに出掛けるのでした。陽射しはあるのだけれど風が強くて、あまり暖かさを感じなかったけれど、広いホームセンターの中をあちこち歩いたので、帰る頃には上着を脱ぐほどでした。お袋様は目当ての物干し竿を、亭主は天削げの割り箸と消毒液などを買って、千葉県産のコシヒカリが4000円以下で出ていたので二人で5kgずつ買って帰るのでした。隣のスーパーにも寄って食材を見て回れば、白菜が半分で150円、新鮮なアスパラなども出ていたので買って帰る。お袋様を送って店に戻ったら、野菜類を冷蔵庫に入れて白菜を漬け込んだら、今日の仕事は終わりなのでした。


4月29日 火曜日 昭和の日も蕎麦屋は定休日で…

 今朝も5時には目覚めて、コーヒーを淹れて居間の椅子に座ったまま。女将が起き出して台所に入るまで、椅子から立ち上がり、玄関を出て新聞を取りに行っただけの亭主なのでした。もう一度眠った方が好かったのに、そうしなかったのは、やはり習慣を付けた方が好いと思ったから。朝食はこれで最後と頂いたタケノコの混ぜご飯。切り昆布と煮込んだサツマイモも蕎麦屋の向かいのサツマイモ農園の若旦那が持って来てくれたものなのでした。

 お袋様に電話をして、買い出しに出掛ければ、二人とも昨日も西の町の食料品店に寄ったから、今日は荷物も少なめなのでした。隣町のスーパーに行ったら、銚子で上がった鰯が20cmを越える大型になっていて、8尾で200円というので買って帰る。それでもやはり、二回買い物に行けば、一回で買うよりもお金がかかるものです。余計なものをつい買ってしまうからです。女将に頼まれた若布も三陸産のものを買って帰れば、若竹煮にしたら美味しいのでした。

 店に戻って野菜類を冷蔵庫に収納して、少しだけ仕込みをするのです。塩で漬けた白菜も水が上がっていたので、より小さな漬け物器に移して、唐辛子を輪切りにして加えておく。ストックしてあった一番出汁で2㍑の蕎麦汁を作り、水で冷やして鍋のまま冷蔵庫に入れる。出汁取りで使った干し椎茸が冷凍室に溜まってきたので、今週は切り干し大根の煮物を作ってタッパに入れる。11時を過ぎたところで、家に帰って昼の食事の支度を始めるのでした。

 暖かくなって来たので今日もシマダヤの冷やし中華。モヤシとカニかまを買って帰ったから、女将に錦糸卵を作ってもらい、亭主は氷を敷いて少し多めの盛り付けなのです。食べ始めたら女将に言われて気が付いたのですが、肉を茹でて加えるのを忘れていた。一年振りの完璧な冷やし中華だと思っていたら、肝心の具材がなかったのでがっくりとする亭主。ドジャース戦をBSでやっていたので、食後も楽しいテレビ観戦なのでしたが、ずっと観てはいられない。

 書斎に入って1時間ほど昼寝をしたら、女将のスポーツクラブの予約を取って、また蕎麦屋に出掛けていく亭主。午後の仕込みは、ピーラーで蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら、酢水で茹でることから始め、鶏肉を小さく切ってキノコ汁を作っておくのでした。それぞれタッパに入れて冷蔵庫に収納して、5時前には家に帰る。夕食はスナップエンドウと筍の若竹煮に、午前中に買って来たイワシを蒲焼きにしてもらって、旬の食材ばかりでとても美味しかった。



4月30日 水曜日 新緑が鮮やかで初夏の暖かさ…

 今朝も5時起きで、コーヒーを淹れて居間の部屋の椅子に座る。テレビも点けずに煙草も吸わず、ただぼーっとしているのでした。そして、朝飯前のひと仕事には、昨日作った蕎麦汁を蕎麦徳利に詰めて、お新香や切り干し大根を小鉢に盛り付ければ好いと考える。今朝の段取りが決まれば、次の行動に移れるから、コーヒーを飲んで煙草を吸うのです。朝日が駅前の高層マンションに反射して眩しいくらい。湯沸かしに起き出してきた女将に声を掛けて家を出る。

 蕎麦汁を入れたプラスティックの容器に入った分では足りなかったから、昨日作っておいた2㍑の蕎麦汁を加えて、19本の徳利すべてを満杯にする。残りはまた容器に入れてストックする。これで週末まで持てば好いのだけれど。小鉢のお新香と切り干し大根も客が多いとなくなる可能性がある。そのために、新キャベツと胡瓜と人参を買い込んであるから、また浅漬けでも作れば好い。一つ先の心配を解消する手立てを、常に持っていなくてはいけないのです。

 家に帰れば居間の部屋までぷ~んと好いに匂いが漂ってくる。今朝は鰯の蒲焼き丼と絹さやの卵綴じにキノコ汁なのでした。とても美味しく食べられて、満足したらすぐに眠くなるのです。それでも9時前には着替えを済ませてまた蕎麦屋に向かう亭主。午前中に明日の準備を終えて、好い天気だから午後は懸案のグリストラップの掃除をしようと思っていたのです。天麩羅の具材を切り分けて、かき揚げの材料を切って容器に入れて午前中の仕込みは終わり。

 帰りにコンビニに寄って煙草を買って帰る。ついでに、隣にある公園の藤棚が綺麗だと女将に言われていたから、行ってみると本当に見事な花盛りなのでした。家に帰って、少し早かったけれど昼の用意をし始める。大釜に湯を沸かして蕎麦を茹でれば、女将が仕事部屋から出て来てとろろ芋をすってくれた。MLBのドジャース戦が始まっていたので、大谷選手のホームランを観ることが出来た。ずつとは観ていられないから、書斎でこのブログの写真を選ぶ。

 再び居間に戻って試合の続きを観れば、今日は大量得点でドジャースの勝利。昼の蕎麦だけではまだ物足りなかったので、女将がスポーツクラブに出掛けたのをいいことに、一つだけ麺が残っていた冷やし中華を作って食べる。何度も観たトム・クルーズ主演の『オール・ユー・ニード・イズ・キル』という映画をまた観てしまう。映画が終わって女将が帰ってきたところで終わったので、蕎麦屋に出掛けて無事にグリストラップの掃除を終えたのでした。

 半年以上も掃除をしていなかった割には、ホースで水圧を上げて洗浄し、タワシや柄杓で油分を取り除いて、30分ほどで簡単に終わったけれど、蓋の鉄板が錆び付いてきているのが少し心配でした。時間があったので、蕎麦打ち室に入って600gだけ蕎麦を打つことにした。明日の朝また600g打てば12人分の蕎麦が用意できるのです。少ない量ならば、時間も少なくて済むから、忙しい朝の時間には持って来いなのです。果たしてどれだけお客が来るのか…。

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2025年4月中旬



4月10日 木曜日 曇りだったけれど暖かい南風で…

 今朝はアラームの鳴る5時よりも前に目覚めて、コーヒーを沸かして飲むのでした。外は曇り空なのですが、朝から随分と暖かく感じる。30分ほどゆっくりとしたら、車で蕎麦屋に向かうのです。まずは蕎麦打ち室に入り、蕎麦粉を計量して、室温が16℃もあったから、加水は46%弱にして捏ね始めました。ちょうど好い柔らかさに仕上がって蕎麦玉にして寝かせておくのです。昨日のブログを読み返して、6時にはまた蕎麦打ち室に戻って8束の蕎麦を打つ。

 6時40分には家に戻って、今朝は昨日二階から下ろした布団と電気炬燵を、階段を下りて門の外まで運ぶのでした。女将がいつもより少し早く台所に入って、居間で一服していた亭主に「布団を出してくれてありがとう」と言って、朝食の支度を始めてくれた。力のない女将には、かさばる布団を二階から下ろすのも大変なのです。亭主は二回に分けて持って降りたけれど、回収に来た業者を見ていたら、なんと一度に三枚の布団をいとも軽々と車に乗せていた。

 食後のお茶をもらったら、今日もまたひと眠りして、8時半には目覚めて着替えと洗面を済ませる。朝のコーヒーの残りを飲み干して一服したら、歩いて蕎麦屋まで出掛けるのです。看板を出して、幟を立てチェーンポールを降ろしたら、暖かいのでエアコンも点けずに厨房に入りました。まな板を出して細葱を刻んで、生姜の皮を剥いておろし金ですり下ろすのです。葱の香りと生姜の色が新鮮な証拠。三日もするとこれが黄色くなるので替え時なのです。

 今日は女将が開店の時間にしか来ないと、自分に言い聞かせて、野菜サラダの具材を刻み、10時半には三皿に盛り付け少し休憩。電話が鳴って受話器を取れば、「予約できますか」と言うので「狭い店だから予約はやっていません」と応える。「11時半に来れば大丈夫ですよ」とお伝えしておく。蕎麦を食うのに予約をするというのも、時代との変化なのだろうか。三人連れの年配の女性がいらっして、看板を見ているから外に出れば「お休みはいつなの?」と言う。

 11時前になって金柑大福を三皿仕上げ、油も天つゆも温めて開店の準備は終わった。女将は開店の5分前にやって来て準備を始めたのです。電話の主らしき人が、昼前に娘さんと一緒に自転車でいらっして、ヘルシーランチセットとせいろ蕎麦とエビ天を頼まれる。帽子を被ったままの娘さんが蕎麦を食べる光景は、亭主には奇異に感じられた。最近は帽子を被ったまま食事をする人が多いけれど、これも時代の移り変わりの結果なのだろうか。

 次にいらっした若い女性二人は、帽子を脱いでテーブルに座られた。二人とも天せいろを頼まれて、ゆっくりと食べて話をして帰ったのだけれど、これが普通の光景に思えるのでした。暖かいけれど曇っていたからか、今日はそれ以後はお客がなかった。平日だけれど、20℃を越える暖かさなのにお客が少ないのはやはりおかしい。2時過ぎには家に戻って、女将と二人で清美オレンジを半分ずつ食べる。亭主は書斎に入って今日のデータをパソコンに入力したら、1時間ほど昼寝をした。夜は久し振りに女将がポテトサラダを作ってくれたので、酒を買いに出掛ける。


4月11日 金曜日 昨夜からの雨は朝まで降り続き…


 今日は5時にセットしてあるアラームの音で目が覚めた。6時間近くは眠っているはずなのに、頭がすっきりとしないので、コーヒーを沸かして飲んで一服する。昨日の蕎麦が半分残っているから、今朝は500gだけ打ち足せば好いので、5時40分になったら車を出して蕎麦屋に向かうのでした。外は昨日の夜から降り出した雨が、小雨にはなっていたけれど、本当に好く降るものだと感心する。店に着いて蕎麦打ち室に入り、6時半までに蕎麦打ちを終えたのです。

 雨の降る間に駐車場の木々の新芽が随分と伸びて、金木犀も背丈ほどになっているのです。家に帰れば今朝は大好きな脂の乗った鮭の塩焼きが出て、美味しく朝食を頂くのでした。食事の前に計った血圧は上が150。このところ140~150の間で安定しているからまずまずなのです。薬は一錠だけ飲めば好い。夜食も食べなくなったので、体重も80kg以下に押さえられている。毎日の努力が少しずつ目に見えてくるのが楽しみだけれど、いつまで続けられるのか不安。

 食後のひと眠りは1時間。小雨が降っていたので、9時にはまた車で蕎麦屋に出掛け、看板と幟を出してチェーンポールを下げる。厨房に入って大釜に湯を入れながら大根をおろす。昨日作った金柑大福が二皿残っていたから、柔らかめに包んだので今日は出せる。後は野菜サラダの具材を刻むだけなのでした。雨は上がったようなのですが、暗い曇り空が広がって、これでお客が来るのだろうかと不安になった。不安は的中して2時間経ってもお客は来なかった。

 腹も減ったので途中でかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べるのでした。1時半を過ぎたので片付けを始めて、大釜の湯だけは沸かしておいたのです。閉店の5分前になって、車が駐車場に入ってきたから驚いた。早仕舞いをしなくて好かった。年配のご夫婦がいらっして天せいろを頼まれる。2時をかなり過ぎてからお帰りになったけれど、ゼロと2では精神的にも随分と違うのです。もう一度、片付け物をして、大鍋を洗ったらもう3時近くになった。



4月12日 土曜日 午後から青空が広がったけれど北風が…

 今朝は4時前に一度目が覚めたけれど、まだ早すぎるともう一度眠ったら、5時のアラームで起こされて居間の部屋に行く。コーヒーを沸かして一杯飲みながら、今朝の朝飯前のひと仕事の段取りを考えるのでした。昨日の残りの蕎麦があったから、今朝も500gだけ蕎麦を打てば好い。今日は金柑大福を作らなければいけないから、朝食後は少し時間に余裕をもって出掛けなければと思うのでした。昨日の大雨と雷鳴が嘘のように道路は乾いていたのです。

 蕎麦を打ち終えて玄関を出れば、馬酔木の花が朝日を浴びて可愛らしかった。家に戻れば女将が朝食の支度に台所に立っていた。タケノコの若竹煮と卵綴じ、大根の焼き鱠が今朝のおかずなのです。タンパク質は卵とちくわと焼き鱠に入っている油揚げとツナ、そして味噌汁の豆腐と、彼女なりにしっかりと考えられている。亭主は炊きたてのご飯を自分でよそって、7時半には食べ終えて居間で一服するのでした。お茶をもらってひと休みしたら書斎でひと眠り。

 今日は随分と頭がすっきりと目覚めたと思ったら、1時間半も眠ったのでした。慌てて着替えと洗面を済ませて、歩いて蕎麦屋に出掛けるのです。陽射しがあったけれど今日は北風なので、少し冷たい。看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、厨房に入ってほうじ茶を沸かす。10時半には野菜サラダの盛り付けを済まして、金柑大福を包むのでした。開店の時刻に暖簾を出せば、すぐに常連さんが歩いていらっした。ビールとカレー蕎麦と言いながら着席。

 今日のお客も皆さんリピーターの方ばかりで、ビールを2本も頼まれたすぐご近所の親父様が、白海老のかき揚げや鴨葱の塩焼きやハラミの串焼きを注文して、最後にせいろ蕎麦なのでした。最後のご婦人もいつもカレーうどんを注文するのに、今日はヘルシーランチセットを頼まれて、カウンターの隅で静かに食べていらっした。2時過ぎには洗い物も終わって、女将と二人で家に帰るのでした。夜はタケノコと牛肉の新メニュー。ポテトサラダも美味しかった。



4月13日 日曜日 開店前から雨が降り始めて夕方まで…

 今朝は5時にアラームで目が覚めたけれど、頭がぼーっとしていてなかなか起きられなかった。昨夜は酒を飲み過ぎたのかと少し反省する。なかなか眠くならないので、最後にミニラーメンを食べたのが好くなかったのか。コーヒーを沸かして飲んでも、なかなかすっきりとせずに、家を出て車で蕎麦屋に出掛けたのは、もう6時になるところなのでした。蕎麦打ち室に入るとシャキッとするから不思議なものです。今朝も500gだけ打ち足せば好かった。

 室温は17℃、湿度は57%だったので、46%弱の加水率で蕎麦粉を捏ね始めたら、これが大正解で最近では一番ぴったりの柔らかさ。伸して畳んで包丁切りをすれば、切りべら20本で140gの蕎麦が仕上がる。500gだとどうしても一人分が少し多めになってしまうのですが、昨日残った蕎麦も同じだからお客に出すのには問題はない。打ち台の上を片付けて6時50分なのでした。蕎麦玉を寝かせている間に、洗い物の片付けも済ませたし、家に帰るだけなのでした。

 帰り道にみずき通りを走ったら、道の両側に植えられたハナミズキの木に白い花が咲いていた。どんよりと曇った空だったけれど、晴れて青空が広がっていれば、素敵な風景なのだろうと残念がる。家に戻れば女将が台所で銀ダラを煮付けていた。甘い香りが食欲をそそるのです。冷凍した筍ご飯をチーンして、今朝は菜花のお浸しと昆布と大豆の煮物が付いて、シラスおろしが添えられていた。食後はお茶をもらって「薬を飲みましたか?」と女将に言われる。

 身体の調子が好くなるとついつい薬を飲み忘れてしまうのです。書斎に入ってひと眠りすれば、9時10分前に目が覚めて、洗面と着替えを済まして再び車で蕎麦屋に出掛ける。昼前から雨が降るという予報だったので、帰りは最終日だから店の残りものを沢山持って帰らなければいけない。今日は金柑大福も残っていたから、野菜サラダを作ればもう終わりなのでした。果たして11時過ぎには開店の準備が終わって、開店前に駐車場に入ってきたお客様を迎える。

 遠い千葉市からわざわざ食べにいらっしゃるリピーターさんでしたが、亭主は女将に言われるまで思い出せなかった。ご主人は、せいろ蕎麦の大盛りと白エビの掻き揚げ、キスの天麩羅を頼まれて、奥様はキノコ蕎麦を注文された。これも前来た時と同じだと後で女将が言う。歳を取っても記憶力が落ちないのは大したものだと感心する。その後、お客はなかなか来なかったけれど、1時を過ぎてから二組ほどいらっして、昨日よりもお客は増えたのでした。


4月14日 月曜日 空は晴れ渡り、暖かな一日でした…

 今朝は定休日でアラームも鳴らないのに、いつもの習慣で5時過ぎには目が覚めてしまう。毎朝、届く朝の新聞を読む習慣がないので、コーヒーを沸かして一服するだけ。天気予報だけはテレビのデータ放送で見て、今日は10時近くから青空が広がって晴れるというのが分かった。玄関を出れば木槿の新芽が青く清々しい。6時過ぎに車を出して蕎麦屋に出掛け、昨日の後片づけや、洗濯物を干したりして、干し椎茸と昆布を鍋に入れて出汁取りの準備をしておく。

 朝食を食べて今朝はひと眠りをせずに、まだ蕎麦屋に出掛けていく亭主。庭の金柑の木の根元に、十二単や釣鐘水仙の花が咲き出して、紫の彩りが春らしかった。蕎麦屋に着けば駐車場から西のお花畑が見えて、そろそろ終わりの黄色い菜の花が青空に映えていました。ヤマボウシもモミジも金木犀も新芽が伸びてまるで初夏の装いなのです。今朝は気温もかなり高いので、亭主は薄い長袖シャツ一枚で車から降りて、厨房に入るのでした。

 仕込みをしたくても食材がないので何もする事がない。まずは今日使う物だけは仕入れてこなくてはと、隣町のスーパーまで車を走らせる。野菜が随分と安くなっているではありませんか。先週まで半分で450円もしていた白菜が、今日は290円だったから、もう白菜のお新香を止めようと思っていたけれど、つい買ってしまう。200円だった大根も150円まで値が下がっていたので2本買う。家の食材を買って店に戻ったら、白菜と大根を塩漬けにして家に戻る。

 昼は蕎麦を茹でてとろろ蕎麦。亭主は蕎麦を二束茹でて食べる。食後は1時間ほど昼寝をして、女将がスポーツクラブに出掛けて行った間にまた蕎麦屋に出掛ける。朝のうちに準備しておいた出汁を取るのがメインの仕込み。午後はグリストラップの掃除もしようと思ったけれど、暖かい南風が強くなったので、天麩羅油の空き缶を外のゴミ箱に捨てるだけにしておいた。黄金色の一番出汁を取り、二番出汁まで取って容器に入れて冷蔵庫に収納するのでした。

 白餡も氷砂糖と水で溶かして煮立てたけれど、時間がかかるのでまた明日に続きをすることにして家に帰る。4時半になっていた。女将は台所に立って今日亭主が買ってきた鰯を蒲焼きにしていた。甘い匂いが食欲をそそる。筍ご飯も炊きあがり、亭主は珍しくお替わりをした。お蔭で夜はお腹が空かなかったので、風呂上がりの酒もほどほどで眠ることが出来る。明日も晴れるらしい。



4月15日 火曜日 不安定だった天気も午後には晴れ渡り…

 今朝も5時半には目が覚めて、6時過ぎには蕎麦屋に行って、ゴミ回収の業者に出すゴミを外のゴミ箱に入れ、子ども会の廃品回収に出す新聞紙は家に持って帰るのでした。空は晴れて予報とは違うと思っていたら、家に着くなり土砂降りの雨が降り始めたのです。朝食を食べてひと眠りしたら、着替えと洗面を済ませてお袋様に電話をする。マンションまで車で迎えに行く頃には、もう雨は上がって青空が覗いていたが、今度は強い南風が吹き始めた。

 右の腕を上げると痛いと言っていた彼女は、亭主の通う整形外科に行って診てもらったら、骨に付いている腱が伸びているとかで、来週から週に一度、電気を当てに通うことになったのだそうな。やはり重い荷物を持つのが好くなかったのだろう。今日の買い物は少し軽そうだったけれど、車で行けば楽だからと、一度に沢山の食材を買うのは考えものなのです。来週の月曜日に予約が取れたというので、亭主も一緒に薬をもらいに行こうと考えるのでした。

 店に戻って厨房に入り、水の上がったなた漬けや白菜の漬け物を漬け直すのです。なた漬けは甘酒の素と砂糖に刻み柚子と唐辛子を入れ、白菜はもう一度塩を振って小さな漬け物器に二度漬けするのでした。家に戻れば女将は雨が止んだからと買い物に出掛けたらしい。昨日に続けて家に買って帰った食材を冷蔵庫に入れ、WBCのドジャース戦をBSでやっていたので、居間の椅子に座って観るのでした。昼にボロネーズを作って食べながらも今度は食堂で観る。

 午後の昼寝から目覚めたら、また蕎麦屋に出掛けて仕込みを続けるのでした。一度に2時間ほどしか根気が続かないから、少しずつ時間をかけて木曜日からの営業の準備を整えるのです。引っ越しの準備があるからと、月曜日も定休日にしたのだけれど、結局は買い出しと仕込みに時間を割いている。蕎麦屋をやっている間は、荷物も運べないからちょうど好いのかも知れない。今日も風が強かったからグリストラップの掃除は出来なかったのです。



4月16日 水曜日 朝から陽射しはあったけれど肌寒い日…

 青空が広がり陽射しのある朝でしたが、何故か薄ら寒く鼻水が止まらない。今朝も5時半に目覚め、6時過ぎには蕎麦屋に出掛けるのでした。厨房に入ってなた漬けと白菜の二種類のお新香を小鉢に盛り付ける。冷蔵庫に収納したら、今度は空の蕎麦徳利に蕎麦汁を入れていく。蕎麦汁を作ってすぐに入れないのは、徳利の内側に蕎麦汁が付いて洗うときに手間がかかるから。出来るだけ直前に入れるようにしているのです。これで朝飯前のひと仕事は終わり。

 家に帰って朝食を食べたら、いつものように書斎でひと眠りなのですが、今朝は少しゆっくりと眠ってしまいました。1時間半ほど眠って目覚めたらもう10時なのでした。今日しなければならない仕込みは、蕎麦豆腐を造ることと天麩羅の具材を切り分けることだけだったので、慌てることはないと気が緩んでいたのかも知れない。1時間もあれば終わることの出来る仕事だと、蕎麦屋に出掛けて厨房に入り、まずは蕎麦豆腐を造り、天麩羅の具材を切り分ける。

 帰り道に家から1キロほど離れた一番近いスーパーに寄って、昼の湯麺に入れる野菜を買って帰る。モヤシとニラとを別々に買うよりも、セットで袋に入っているものの方が安かったので、一回分だからと買って帰るのでした。青く晴れた空に白いハナミズキが生えて、みずき通りも賑やかだった。家に戻って台所に入り、早速、肉を切って野菜と一緒に炒め、片栗でとろみを付ける。沸かしておいた大鍋で湯麺の麺を茹で、餃子を焼き始めるのでした。

 熱い湯麺が美味しいと思えるのは、家の中がかなり涼しいからなのです。花粉症でもないのに朝から鼻水は止まらない。WBCのドジャース戦が始まっていたから、食堂のテレビで観始めて、昼食を終えたら今度は居間のテレビを点けて続きを観るのでした。ずっと見続けるのは疲れるので、途中で書斎に入って昼寝をする。女将はその間にスポーツクラブに出掛けたらしい。1時間ほど眠って、野球の続きを観れば、今日は無事にドジャースの勝利なのでした。

 時間に余裕があったから、今日こそはグリストラップの掃除をしようと蕎麦屋に出掛けたけれど、暖かくなるという明日のことを考えて、少しでも蕎麦を打っておこうと蕎麦打ち室に入った。750gの蕎麦粉を計量して、打ち終えたらもう4時を過ぎていた。それからガスレンジの周りを掃除し始めたら、もう4時半になる。斯くして今日もグリストラップには手つかずのまま。汚い溝を洗うのは手間がかかるので、どうしても後回しになってしまうのでした。



4月17日 木曜日 朝は寒く、昼は初夏の暖かさで…

 今朝も5時半起きで、台所でお湯を沸かしてコーヒーを入れる。夕べ蕎麦を8人分打っておいたから、今朝は5人分打ち足せば好かったので、6時に家を出れば十分なのです。テレビのデータ放送でで今日の天気予報だけを見て、佐倉市は朝の気温が5℃だったから驚いた。日中は20℃を越える暖かさなのに、今日までは朝の気温が低いのだそうな。居間で一休みしたら、車を出して蕎麦屋に向かえば、朝から陽射しがあって暖かくなりそうなのでした。

 無事に蕎麦打ちを終え、7時には家に戻って朝食を食べる。食後のひと眠りは、定休日だった昨日までの習慣が尾を引いて、目覚めたらもう9時なのでした。急いで支度をして蕎麦屋まで歩く。朝が寒かったからか今朝は右足の具合が宜しくない。痛いわけではないのだけれど、歩くときに少し足を引きずってしまうのです。やはり潰れた軟骨を手術で何とかしてもらわないといけないのだろう。未知の領域だから怖い気もするけれど、まだ生きる事を考えると…。

 蕎麦屋に着いて看板や幟を出して、厨房に入れば昨日掃除したレンジ周りがピカピカに光っているのが心地よい。大根と生姜をおろし、薬味の小葱を刻んで野菜サラダの具材を刻み始めれば、今日は女将が開店の時間にしか来ないことを思い出して、ペースを上げるのでした。金柑大福も三皿だけに造ることにして、新しい油の缶を持ち上げて鍋に入れるのにひと苦労。やはり力がなくなったのか、重たく感じた。天麩羅の具材を並べたらテーブルを拭いて回る。

 やっと女将が来てくれて、蕎麦豆腐の味噌ダレを作ってくれた。解凍した海老は亭主が容器に入れたけれど、ドレッシングの瓶の蓋を洗ったり、詰め足したりする細かな仕事は、女将のする仕事になっている。外気温は20℃を越える暖かさなのだけれど、暖簾を出してもなかなかお客は来なかった。朝が寒かったせいもあるけれど、やはり一番はこの物価高で、外食を控えようとする人が増えているのではないだろうか。ましてや蕎麦を食べる人は少ないのです。

 1時近くにやっと女性のお客がいらっして、続けて女性客がまた一人とカウンターに座る。二人とも初めてのお客なのでした。天せいろにヘルシーランチセットのご注文だったから、蕎麦は二人分を一緒に茹でてすぐにお出しする。そしたらまた玄関の扉が開いたから、「いらっしゃいませ」と言って顔を見れば、近所に住む昔のスタッフがまたタケノコを茹でて持ってきてくれたのでした。いつも申し訳ないとは思っているけれど、いつ来るか分からないので、なかなかお返しも出来ない。沢山あったので、すぐにお袋様に電話をすれば、暖かいからとタケノコを取りに来てくれた。
 今日はお客は二人だけなのでした。2時には女将と蕎麦屋を出て亭主は家に帰って、今日届いた蕎麦粉の代金を振り込みに行った。家に戻ってすぐに昼寝をすれば好かったのだけれど、ぐずぐすしていたら4時になってしまったので、今日は業者が頼んだ食材を持ってくる日だったから、また蕎麦屋に車で出掛けるのでした。5時には業者がやって来て、天ぷら粉や海老を持って来てくれた。客が少ないという話をすれば、どこの店も特に夜は客が減っているというのでした。やはり余計な出費を減らそうという考えなのでしょう。


4月18日 金曜日 朝から半袖、午後はハーフパンツの暑さ…

 今朝も5時半に目覚めて、ぐずぐずとしていたらもう6時になってしまう。急いで蕎麦屋に出掛けて今日の蕎麦を打つのでした。室温は18℃もあったので、加水率は45%にしたのだけれど、それでもまだ少し柔らかい感じなのでした。これから夏に向かうにつれて、気温が上がるので同じ湿度でも加水率を下げていかなければいけないのです。その見極めが難しい。一番少ない頃は40%を切ることもあったほどなのです。7時に蕎麦を打ち終えて家に戻るのでした。

 食事を終えて書斎に入ってひと眠りしたら、やはり定休日明けの最近の習慣で1時間以上も眠ってしまった。半袖にトレーナーのジャンパーを引っかけて玄関を出れば、釣鐘水仙の花が開いていた。102歳まで生きた亭主の祖母からもらったものだと、女将が毎年のように言う。黄色い姫水仙の次に可愛がられている。なんとか蕎麦屋にも移植したいと思うのですが、上手く根が付くだろうか。蕎麦屋に着いたら看板と幟を出して、厨房に入るのです。

 大根をおろして野菜サラダの具材を刻み、金柑大福を三皿分包みます。テーブルを拭いて回って、天麩羅油を鍋に入れ、天つゆを火にかけ、天麩羅の具材を調理台に並べたら開店前の準備は完了。駐車場の隅に車が入ったと思ったら、時計を見れば11時15分だったから、トイレに行って暖簾を出そうと玄関を開ければ、先ほどの車の姿はない。急いでいたのか、もう少しだけ待てなかったのでしょうか。餌だけ取られた釣り人のように残念な気持ちなのでした。

 その後、1時過ぎまでお客がなかったので、明日の天麩羅の具材を切り分けて、南瓜は家に持ち帰ってチーンしてくることにして、蓮根は皮を剥いて酢水で茹でておきました。やっとお客がいらっして、仕事途中の男女らしく、制服を着て会社の車でおろし蕎麦の大盛りとぶっかけ蕎麦を頼まれる。すぐに支度をしてお出しすれば、年上らしい男性は大盛りの蕎麦をすぐに食べ終わり、女性が食べるのに時間がかかる。今日もそれから閉店までお客はないのでした。

 外は23℃もある晴れて暖かい日なのに、最近はどうも平日のお客が少ない。油の温度が冷めないうちに、かき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べてしまう。洗い物と片付けはすぐに終わり、2時過ぎには店を出て家路につくのでした。毎年、この時期には八重桜が見事な場所があるので、写真に納めておきました。女将はまだスポーツクラブから帰っておらず、売れなかった野菜サラダを冷蔵庫に入れ、パソコンに今日のデータを入力して、ひと眠りするのでした。



4月19日 土曜日 昼は27℃、久々の10人越えで疲れ果て…

 午前6時の我が家の庭は、もう明るくて眩しいほど。金柑の木の下に生え広がる十二単が生き生きとしていました。これも蕎麦屋に引っ越すときには持っていかなければならない。庭の隅にある芍薬には、もう花芽が付いていました。この芍薬も移植しなければならない。業者にも話しはしているけれど、花が終わった頃には移した方が好いので、自分でやらなければならないかも知れない。女将に買ってやった花なので、彼女も執着があるらしいのです。

 蕎麦屋の駐車場には躑躅の花のつぼみが付いて、もう直ぐ咲きそうなのでした。今朝はいろいろな小さな花や花芽を見て、元気を貰ったから、今日は暑くなると言うので頑張らなければと思うのでした。蕎麦打ち室に入って今朝も500gだけ蕎麦を打ち足しておくのです。室温が20℃を越えていたから、45%の加水ではやはり生地が柔らかすぎた。切りべらは23本といつもよりかなり多くなったのは、生地が思ったよりも薄く伸されてしまったからなのでした。

 7時には蕎麦を打ち終えて家に帰る。朝食を食べてひと眠りしたら、歩いてまた蕎麦屋に出掛けるのです。厨房に入って大根をおろしていたら、女将がやって来て「今日は昨日よりも暑いわ」と言っていた。野菜サラダを盛り付け終えたら、天麩羅鍋に油を注いで、今日の開店の準備が整った。昼前に二組のお客が入って、皆さん天せいろやヘルシーランチセットの天麩羅付きだつたので、天麩羅を揚げてお出しする。昼を過ぎでも珍しくお客は続いたのです。

 用意した天麩羅の具材は使い果たしたので、また新しく切り分けて容器に入れておく。とろろ蕎麦の大盛りやキノコつけ蕎麦も出たけれど、後のお客は皆さん天せいろなのでした。1時過ぎに三人連れのリピーターのお客がいらっしたところで、蕎麦汁がなくなってきたので「お蕎麦売り切れ」の看板を出す。久々の10人越え。しばらくぶりだったので、亭主も女将もどっと疲れたのです。土曜日なのと暑いくらいの陽気なので、やはりお客は多くなったのです。

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2025年4月上旬



4月1日 火曜日 菜種梅雨とは言っても寒すぎる…

 午前6時過ぎに目を覚ましたけれど、寒くてなかなか布団から出られなかった。居間のエアコンの暖房とストーブを点けたら、なんと10℃以下の室温なのでした。外はかなりの雨が降っている様子。蕎麦屋に出掛けるのも躊躇われて、女将の剥いてくれた甘夏をひと房口に入れて、コーヒーを沸かして一服するのでした。寒い寒いと女将も起き出して来て、鯖の塩焼きをおかずに朝食を食べる。二階の裏窓から今朝も幼稚園の桜を見るけれど、あまりパッとしない。

 9時前になったらお袋様に電話をして今日の買い物に出掛ける。「寒いねぇ」と言いながら車に乗り込んだ彼女は、どうも右肩が痛いのだという。重いものを持って歩くからじゃないのと、大根などを買った今日は、階段を昇って家の前まで亭主が荷物を運んでやった。昨日の皮膚科の先生が骨折したという話もしたら、歳を取るとみんな何処かしら悪いところがあるものだと言うのでした。隣町のスーパーは朔日が二割引だと言うので、もの凄く混んでいた。

 お袋様を家まで送って蕎麦屋に戻れば、店の中も13℃しかなかったので暖房を入れるのです。買って来た野菜を冷蔵庫に収納し終えたら、早速、出汁を取って一番出汁と二番出汁を作る。昨日漬けておいた白菜はもう水が上がっていたので、今日は大根のなた漬けを少しだけ漬けておく。それからカレーのストックがなくなったので野菜を沢山入れた自家製のカレーを作って、昼の時間になったので鍋をそのままにして家に帰って、寒いから肉蕎麦を食べるのです。

 2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を終えたら、コンビニでゴミ収集の業者に先月分の代金を振り込み、帰りにガソリンスタンドに寄り、灯油を買ってそのまま蕎麦屋に出掛けて午前中の仕込みの続きをするのでした。カレーはジブロックに入れて冷凍し、白菜のお新香は昆布や唐辛子を入れて漬け直す。なた漬けももう水が上がっていたので、甘酒の素と砂糖と柚子と唐辛子を入れて漬け直すのでした。洗濯機の中の洗濯物を干して午後の仕事は終わりです。
 夜はおでんの残りを小さな鍋で温めて酒を飲み始める。ハラミの串焼きとおでんを食べたらもうおなかが一杯になった。まだ6時前だったから、どうせ夜にまた何か食べるのだろうと、亭主もご馳走様なのでした。テレビも何も面白い物がないので、BSでグレートネイチャーをやっていたので最後まで観て、早めにこのブログを書き始めたのです。今日から4月だけれど、一日中冷たい雨に降られて、明日も雨だと言うから気分が滅入るのです。


4月2日 水曜日 開店12年目の春なのだけれど…


 夕べは10時に床に就いたので、朝の5時までゆっくりと眠ることが出来ました。外は冷たい雨だったから、今朝も朝飯前のひと仕事は取りやめて、コーヒーを沸かして飲みながら、朝食の時間までのんびりとテレビで映画を観ていたのです。血圧を測って、足首の周りや胸の辺りの痒いところに、自分でクリーム状の薬を塗る。女将が起き出して来たので、手の届かない背中にも塗ってもらうのでした。彼女が言うには血流が悪いところに湿疹が出来るのだそうな。

 朝食を終えて二階のトイレに行きながら、裏窓から幼稚園の桜の写真を撮る。昨日よりは花が開いているけれど、この天気では桜も可哀想なのです。やはり青空に映える桜の花が一番素敵です。車を出して蕎麦屋に出掛ければ、店内は12℃と昨日よりも寒かった。暖房を入れて厨房に入ったら、まずは蕎麦豆腐を仕込んでおく。そして、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充しておくのです。ここでほうじ茶を沸かして一服する。次は何をするのかを考えるのでした。

 なた漬けを小鉢に盛り付け、漬け直した白菜のお新香を取り出して、6鉢分だけ切り分けて盛り付けておきます。白菜もそろそろ終わりなのか、今回は随分と小さかったので後一回分しか取れそうにない。なた漬けを漬けてあった小さな漬け物器に移して、それぞれれいぞうこに入れておくのです。10時前だったので、古い友人に誕生日のお祝いメッセージを送る。近況報告もあまりいい話はなかったけれど、蕎麦屋への引っ越しが唯一の明るい未来なのでした。

 家に戻ればもう昼の準備をする時間でした。台所に立って女将が冷蔵庫から出してくれたキャベツやニンジンを刻み、肉と一緒に炒め始める。隣の火口では冷凍のうどんを茹でて、久し振りに焼きうどんを食べるのでした。それだけでは足りなかろうと、冷凍の餃子をチーンして二人で食べる。温めるだけで好いから、最近の冷凍食品はとても優れているのです。居間でお茶をもらったら、書斎に入って今日初めてのひと眠り。女将はスポーツクラブに出掛けた。

 1時間ほど眠ったのだろうか、頭がすっきりとして食堂に行き、清美オレンジを半分食べて残りは女将のために残しておいた。女将が帰ってきたので、亭主は再び蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをするのでした。これが8月からなくなると思うと、自分はこれから何をするのだろうと最近はいつも考える。取りあえずは、身体のリフレッシュで柔軟運動から少しずつ始めて、プールで泳げれば一番好い。引きずって歩く足の手術もあるので、なかなか忙しくなる。

 5時過ぎに家に戻って、夜は常夜鍋と茶碗蒸しだというので、蕎麦屋の帰りに一番近いスーパーに寄って鶏肉だけ買って来た。酒を買うお金が勿体ないので、最近はあまり出ない蕎麦屋の純米吟醸の生酒を持って帰ったのです。テレビは何も面白い番組がないから、早くから風呂を沸かして明日の営業のために髭を剃る。血圧を測れば、上が140台まで下がっていたから嬉しかった。明日も今日より気温が低いと言うから、お客がどれだけ来るのやら。


4月3日 木曜日 冷たい雨の降り続く寒い一日でした…

 定休日の間に朝のペースが狂ったのか、目覚めればもう6時を過ぎていました。仕方がないからコーヒーを沸かして飲みながら、朝食の支度を待つ亭主なのでした。蕎麦を打つには1時間はかかるから、今から蕎麦屋に出掛けても間に合わないのです。やはり定休日でも朝の時間は変えてはいけないのでしょう。女将の朝ドラが終わったら、かゆみ止めの薬を背中に塗ってもらい、車で蕎麦屋に出掛けるのでした。今日も冷たい雨が降っているのです。

 46%弱の加水で蕎麦粉を捏ねて、伸して畳んで、切りべら21本で135gの蕎麦を8束打つ。厨房に入ってまずは昨日出来なかったキノコ汁を作り、野菜サラダの具材を準備するのです。鶏肉を買いに行くのが遅かったから、家の茶碗蒸しには間に合ったけれど、蕎麦屋の仕込みが終わってからだったので、昨日のうちに仕込めなかったのです。出汁と塩で味つけして、冷凍してあった茸を入れて煮込むだけなのですが、お客に出す時は蕎麦汁を加えて温める。

 スナップエンドウとブロッコリーを塩で茹でて、レタスとキャベツを刻んだら、紫玉葱をスライスして赤と黄色のパプリカを切る。人参の千切りを上に載せ、キュウリをスライス。トマトをカットしてパイナップルを添えたら、最後に茹でて冷ましたブロッコリーとスナップエンドウを加えて出来上がりです。単品で出す時は300円だけれど、セットメニューの時にはもっと安く出している。野菜の高騰のこの時期には、手間のかかる割には採算が取れないのです。

 蕎麦を打ったのとキノコ汁の分だけ時間は押していたから、今朝は金柑大福は三つだけ作ることにした。出来上がった頃に女将がやって来て、亭主は急いでテーブルを拭いて回るのでした。雨の日だからお客は来ないと思うのだけれど、開店の時間は定刻でなければいけない。今日も暖簾を出しても一向にお客は来なかったのです。1時を過ぎてやっとお客が来たかと思えば、最近、好くいらっしゃる料理教室の先生が可愛らしい車でやって来た。

 いつもせいろ蕎麦を頼むのに、今日は寒いからと暖かいぶっかけ蕎麦を頼まれた。天麩羅は別皿で出して欲しいというご希望なのでした。亭の天麩羅が美味しいと誰かに聞いたらしい。天麩羅油は降ろしたばかりで、美味しく食べて頂けただろうか。今日も食器の入った戸棚を開けて、必要な皿を持っていってもらった。お蔭で戸棚の中も少しすっきりしてきたのです。その後はもうお客は来なかった。女将と帰り支度をして、2時過ぎには家に着いたのです。



4月4日 金曜日 久し振りに晴れて青空が広がった…


 今朝は5時にアラームで目が覚めて、もう一度ウトウトしたら今度は10分後にまたアラームが鳴った。そんな設定をしておいたのだろうか、お蔭ですっきりと目が覚めたのです。コーヒーを沸かして5時半には車で蕎麦屋に向かう。霧が凄くて一寸先が見えないという状態なのでした。雨で湿った地面が暖かくなって一挙に蒸発したのがよく判る。太陽もぼうっとした霧の向こうに見えるのでした。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。

 500gだけ打ち足して、打ち終えれば6時40分。濃い朝霧の中を家に帰って、朝食の支度を待つのでした。青空の下の桜を見ようと二階の裏窓に行けば、大分花が開いてはきたものの、まだ5分咲きとまではいかないのでした。洗面と着替えを済ませて今朝は歩いて蕎麦屋に行く途中、蕎麦屋の下の調整池の桜はどうだろうかと遠回りして歩いてみれば、こちらは幼稚園よりもまだ寒いらしく、もっと花が開いていないのでした。今年は随分と桜の開花が遅いのです。

 東京ではもう満開だというのに、佐倉はまだ少し先のようです。夕食の時に女将に話したら、彼女も晴天に誘われて近所の桜を見て歩いたのだそうですが、やはりどこもまだ満開ではなかったとか。神社の森にかこまれたような、陽だまりの暖かなところが一番綺麗に咲いていたというのです。昔のブログを読み返してみたら、三年前はもうこの時期に桜は満開なのでした。今年は学校の入学式辺りが一番見事に咲いているのではないでしょうか。

 西の小径の階段を昇って蕎麦屋まで行って、チェーンポールを降ろしたら、その音に気づいた向かいのサツマイモ農園の若旦那が、挨拶をしてくれて「やっとサツマイモの芽が出てきましたよ」と言うのです。昨日の雨で濡れた幟を玄関前に立てかけてあったので、所定の位置に立てれば青空に映えて、黄色い菜の花や金木犀の新芽とともに春らしい風景だったのです。厨房に入って大根をおろし、野菜サラダの具材を刻んで、今日もまた開店前の仕込みです。

 今日は昨日に比べたら格段に暖かい。何組ものご夫婦が散歩で店の前を通るのでした。開店直後には老夫婦が歩いていらっして、奥のテーブルに座って天せいろを頼まれる。例年だと、この暖かさなら店は混んでいるのですが、今年は何故かお客が少ない。やはり物価高が影響しているのだろうか。閉店の時間まで誰もお客は来なかったのです。南瓜を切って蓮根の皮を剥き、酢水で茹でて明日の準備までしておく。賄い蕎麦を食べて2時過ぎには家に帰る。



4月5日 土曜日 晴れて暖かいのにまさかの展開…

 今朝は5時半前に目が覚めて、コーヒーを沸かして飲むのでしたが、夕べの天気予報では暖かくなると言っていたのに、朝はまた寒いのでした。蕎麦屋に出掛けて今日も500gだけ蕎麦を打つ。気温は12℃、湿度が50%近かったので今朝も46%の加水で捏ね始める。7時前には家に戻って朝食の支度を待つのです。今朝は魚ではなく卵ととろろ芋だったので早く食べられた。食後は例によって書斎に入り、ひと眠りしようと思ったけれど、30分ほど横になって終わり。

 南風なのに少し涼しく感じる朝の陽気でした。みずき通りを渡って、蕎麦屋の前のバス通りを歩けば日影は寒いくらいなのでした。看板と幟を出して厨房に入れば、大根をおろして野菜サラダの具材を刻み、いつものように三皿盛り付ける。まだ10時半前だったので今日は時間に余裕があった。金柑大福を三つだけ包んで、油を鍋に入れて開店の準備が終わったのはまだ11時前なのでした。晴れていた空も何時の間にか曇りに変わって、暖かさだけが残った。

 今日は1時までお客が来なかったから、土曜日なのにゼロなのかと思ったら、それからお客が続いて最後のお客は2時近くまで食べていらっした。女将と二人でほっとしていた。洗い物を片付けて2時半には蕎麦屋を出て家に向かう。隣のお花畑には菜の花だけが咲いていた。沢山の椋鳥が草の間を突いている。新芽を食べているのだろうか。今日はお客を待ちくたびれたのか、昼寝をしたら2時間も眠ってしまったのです。夜は久し振りステーキでご飯を食べた。



4月6日 日曜日 晴れのち曇りのち雨のち曇り…

 暖かな朝でした。車を蕎麦屋の駐車場に入れたら、そのままバス通りを歩いて今来た道を100mほど戻った。「ユーカリが丘一丁目」のバス停が見えるところまでやって来て、幼稚園の桜を眺めたのです。道の両側に桜の木が垂れ下がるように花を咲かせて、なんとも風情のある風景なのでした。このバス停は駅から市営のみにバスが5分ほどで到着する。一時間に一本だけれど、年寄りには有り難い足なのです。蕎麦屋まで戻って昨日の洗い物を片付ける。

 今朝は蕎麦打ちをしないと決めていたので、昨日なくなった天麩羅の具材を切り分けたり、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めたりして、7時前に家に戻るのでした。7時からは映画専門チャンネルで『ターザンREBORN』をやっていたので、途中で朝食を食べて、今日は食後のひと眠りもせずに最後まで観てしまった。映像が迫力があるので思わず引き込まれたのです。椅子に座って身体は休めていたから、眠らなくてもリフレッシュ出来たのかも知れない。

 蕎麦屋まで歩いて出掛けるまでは空は青く晴れて気持ちが好かったのですが、店に着いて幟や看板を出しているうちに、もう曇ってきたのでした。大根をおろして野菜サラダを刻んで盛り付け、金柑大福を包んで開店の準備を終えた頃には、もう雨が降っていた。早お昼を家に食べに帰った女将が戻る頃には、道路が濡れていたのです。気温は18℃と暖かかったのですが、この天気の変わりようで、お客の出足は遅かった。1時近くからやっとお客が入り始める。

 皆さんリピーターらしく、蕎麦を食べようと雨の中を車で来て下さったのは本当に有り難い。日曜日によくいらっしゃるご主人がいつもカレーうどんを頼まれるご夫婦や、女将の友だちもこのところ随分と姿を見せない。2時半に家に帰って亭主はひと眠りしたのですが、目を覚ましたらスポーツクラブから帰った女将が書斎にやって来て、「帰りに買い物をしたら買ったお肉を忘れて来たのよ」と言う。亭主も慌てて起き出してショッピングモールまで送る。

 買ったはずの肉はサービスカウンターで保管されていたと言うけれど、何でも新しい機械の支払いでパニクって店の籠の中に入れたままで忘れてきたのだとか。家に帰れば電話が鳴って亭主がでて、女将に変われば、最近蕎麦屋に姿を見せない例の女将の友だちで、何でも風呂場で滑って、尻の骨を折ったのだと言うではありませんか。女将よりも少し年上の女性だから、ご主人は更に年上でご飯も作れず、子ども達が送ってくれたレトルト食品を食べていたとか。
 かく言う亭主も尿酸値を抑える薬がなくなったので、明日はまた医者に行かなくてはいけないのかと思っていたら、薬の山の中から20日分の薬が出てきてホッとした。最近は血圧の薬も血圧の高さに応じて飲む何種類かをもらっているので、もう訳の分からない状態なのです。女将に言わせると「何でもメモしておかなければ駄目」なのだそうで、90歳を越えて一人暮らしのお袋様は、あちこちの医者にかかってよく忘れないものだと感心してしまうのです。


4月7日 月曜日 暖かいけれど束の間の陽射しでした…

 今朝は6時半起床。粗大ゴミの回収を頼んでいたので、二階から下ろしてあった布団を亭主が門の前に出しておきました。簡単な朝食で腹を満たし、定休日だけれど、いつもの時間には蕎麦屋に出掛けるのでした。幼稚園の桜はほぼ満開になって、今日の始業式を祝ってくれるのでしょう。それにしても青空の日が続かないのが残念でなりません。今日は病院へ行く必要がなかったので、久し振りに蕎麦屋でゆっくりと洗濯物を干して、昨日の後片づけをしました。

 この12年の間、ほとんど使っていない風呂場も埃だらけで、数ヶ月後にこちらに越してきたときに、果たして上手く使えるのか不安です。洗濯機は毎日使っているけれど、10年以上経つからもう中が汚れてきているので、女将は今の自宅の洗濯機の方が、定期的に消毒しているからまだ綺麗だと言っている。大雑把な亭主の管理する蕎麦屋の洗濯機は、思い出した頃に消毒をするのだけれど、やり方も解説書を見ないと分からないほどだから汚いのです。

 昼はまた残った蕎麦だから、海老でも揚げて持って帰ろうと厨房で準備をしていたら、昔、亭で働いてもらっていた近所の女性が、またタケノコを持って来てくれた。お礼に揚げた海老を持って帰ってもらう。家に帰れば女将は、また近所の花見に出掛けていたらしい。「春爛漫の景色だったわ」と嬉しそうに帰って来た。亭主は二人分の蕎麦を茹でて食べたけれど、何故かすぐに腹が減ってしまうのです。最近は少し体重も減って健康な証拠だと喜んでいる。

 午後は女将がスポーツクラブに出掛けている間に、1時間ほど昼寝をしてお袋様の家に今朝頂いたタケノコを持って出掛けて行く。蕎麦屋まで車で行って店から歩いてお袋様のマンションへ。辺りには桜が満開で新緑の木々があちらこちらに見えて、今日の曇天が本当に恨めしいのでした。マンションの敷地にも桜の木が何本もあって、隣の調整池にも大きく育った桜の木が見事に花を咲かせているのでした。お茶をもらって久し振りにゆっくりお袋様と話をする。

 女将の友だちが風呂場で転んで骨を折ったという話をすれば、お袋様もご近所のご主人が家の中で転んで頭を打ったら、ひと月ほどでなくなったと言い、みんな知っている人が死んでしまうと嘆く。「母さんが一番年上で長く生きているから仕方がないんだよ」と慰めて、お互いに気をつけなければいけないねと話をするのでした。眼科や内科、整形外科などいろいろと病院通いの多い彼女ですが、沢山の薬を毎日忘れずに飲んでいると言うから感心したのです。

 薬を飲みつけていない亭主も、一日一回なのに、女将に言われないとつい忘れてしまうから怖いのです。帰り道は小竹の入口のバス停を通って蕎麦屋まではもう100mほど。「ユーカリが丘一丁目」のバス停は蕎麦屋の更に100mほど先なのです。この辺りの地区は、どこでも手を上げればバスは停まってくれることになっているのだけれど、1時間に一本だから乗客は皆バス停で待っているようです。蕎麦屋に着いて明日の出汁取りの準備をしたらもう家に帰る。

 暖かく風もなかったから、駐車場の木々の剪定やグリストラップの掃除をしようかと考えていたけれど、お袋様のところに随分といたらしく、冷蔵庫の中身を確認して、何もしないで家に帰るのでした。家に戻れば女将はとっくに帰っていて、亭主が調理をする夕食の食材を調理台に並べ、海鮮ミックスを水で解凍して待っているのでした。焼きそばはレンジでチーンしてくれて、一つの火口で焼いている間に、具材を炒めてあんかけ煮するのが亭主の仕事。

 最近は女将のあんかけを焼き蕎麦に掛けたら、鍋に残した亭主が食べる分のあんかけには、豆板醤を加えて少し辛くするのです。野菜が多いから焼きそばは一つ半を二人で食べる。今日は頂いたタケノコを入れたので、キクラゲと共に新食感が美味しいのでした。明日はお袋様と一緒に仕入れに出掛ける日なので、高くなった野菜を無駄のないように買わなければならないと、風呂上がりの一杯を飲みながら、買い物リストを作る晩なのです。


4月8日 火曜日 昨日よりも暖かくなって桜はもう散り始め…

 今朝は5時前から目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲む。朝飯前のひと仕事は出汁取りの予定だったけれど、1時間もあれば十分だから、こんなに早く出掛けなくても好いのです。もう一度眠っても好かったのに、あえてそうしなかったのは、定休日の習慣を次の営業日まで持ち越したくないから。6時前に来るまで蕎麦屋に出掛けて、一番出汁と二番出汁を取るのでした。7時前には家に帰って、女将の用意してくれた朝食を食べる。

 焼き鱠にいれたツナ缶とキノコ汁に入っている鶏肉だけでは、タンパク質が足りないと女将が納豆を出してくれたけれど、亭主にはおかずが多すぎて食べきれなかった。お茶をもらって書斎に入り、ひと眠りする方が好かったのです。9時前に目覚めて洗面と着替えを済ませてお袋様に電話をする。雲は出ていたけれど晴れた空の下を農産物直売所に向かって車を走らせる。夕べの買い物リストに従って、買い過ぎないように気をつけて隣町のスーパーへも行く。

 満開になったと思ったらもう散り始めている桜があちこちで見られた。桜の綺麗な小学校の裏手の坂を登ると、桜の並木になって突き当たりには、古く大きな桜の木が立派に花を咲かせていました。蕎麦屋に着いたら四袋になった荷物を店の中に運ぶのです。節約して買ったから、今日は家の買い物も除けば7千円ほどで済んだ。野菜が大分値下がりしていたので助かったのです。大根だけは安売りしていなくて、一本200円は以前と変わらず。二本買って帰る。

 早速、厨房で大根のなた漬けを仕込んで、一本はなくなるのでした。残りの一本は4日間の営業で大根おろしにするために使う。次に、冷凍室に入れてあった出汁を取り終えた干し椎茸を解凍して、人参と油揚げと切り干し大根と一緒に胡麻油で炒めて、二番出汁で煮ていく。出汁醤油と砂糖を加えて火を止めるのです。11時前に家に戻れば、女将はまだ買い物から帰って来ていなかったので、亭主が買って帰った肉や魚は冷蔵庫に入れておく。

 昼は今週もスパゲッティーを茹でて、ミートソースを温めてカツを載せて食べる。女将は野菜がないと言うので、農産物直売所で買った知り合いの農家が持って来た朝採りの小松菜を茹でて食べる。果物は清美オレンジが安く出ていたから買って帰った。節約しようとすると、家の買い物まで安いものを買ってくるから不思議です。美味しく食べ終えたら、お茶をもらってすぐ昼寝のために書斎に入る。2時過ぎには女将のスポーツクラブの予約があったのです。

 1時半には目が覚めて、初めて見るテレビ映画を最後まで観る。その間に予約の時間が来て無事に予約は済ませるのでした。映画が終わったところで女将に声を掛けて蕎麦屋に出掛ける。午後の仕込みなのです。1時間もかからずに終わるのだけれど、明日に持ち越しては明日が大変になる。ゆっくりと楽しみながら作るのが好き。塩漬けにして水の上がった大根に、甘酒と砂糖と唐辛子を入れて漬け直すのでした。そしてキノコ汁を作っておきました。



4月9日 水曜日 空は青く桜の花びらが舞う…

 今朝はあまりにも空が青かったので、蕎麦屋とは逆方向の公園まで歩いて出掛けた。愛犬のペコが死んでからというもの、毎日散歩で来ていたこの公園にもご無沙汰しているけれど、毎年、春になると木々の新芽が青々と美しいのです。公園を左に折れれば農家の土地に入り、その間をバス通りにでる細道が通っている。菜の花が咲く高台まで上がれば、バス通りはすぐそこなのです。歳を取って米作りは止めたという農家の農地は綺麗に耕されていた。

 バス通りに出たら、家のすぐ裏手にある幼稚園の駐車場の脇を通って、幼稚園の正門の脇に出れば目の前に神社の桜があるのです。見事に満開でもう散り始めている。ここから蕎麦屋までは、わずか200mほどしかない。神社の向こうには農家の荷物の集積場だった建物があって、その隣に月山信仰の小高い塚があるのです。そこにも大きな桜の樹がある。樹齢何百年なのか分からないけれど、この地区の歴史を物語るように、道路が直線でない理由なのです。

 集積所の建物の前からは、ユーカリが丘一丁目のバス停の向こうにもう蕎麦屋が見える。道路には桜の花びらが飛び散って、さすがに束の間の季節だからこそ、皆が桜を愛でるのかも知れない。遠くまで花見に出掛けなくても、近所の桜を見て歩けば十分だと言ったのはお袋様なのでした。家の女将も毎日近所に出掛けて花見を楽しんでいるらしい。蕎麦屋の前まで歩いて、厨房に入ったら午前中の仕込みを開始するのでした。少しずつ進んでいるから早く終わる。

 まずは蕎麦打ち室に入り、蕎麦粉とタピオカ粉とを計量して、冷蔵庫から豆乳を取り出し、水を半カップほど小なべに入れる。泡たて器で玉が出来ないようにかき回しながら、火にかけて蕎麦豆腐を作る。型に流したら、次に小鉢に大根のなた漬けと切り干し大根を盛り漬けて、ラップを掛けて冷蔵庫に入れておきます。冷蔵庫から蕎麦徳利の盆を出して、昨日作った出汁は鍋ごと冷蔵庫に入っているので、取り出して徳利に一つずつ蕎麦汁を入れていくのです。

 まだ10時過ぎなので、蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら、酢水で茹でること15分。その間に玉葱を刻んでかき揚げの材料を作り、生椎茸とピーマンとナスを切り分けて容器に入れる。洗い物を済ませて11時前には家に戻り、昼食の準備を始めるのです。女将と相談をして今日の昼は焼きうどんと決めていたので、亭主が台所に立ち、鍋に湯を沸かし、肉を切り野菜を切って隣の火口で炒めていく。冷凍うどんが溶け出したらフライパンに移す。味付けは塩味だけ。

 定休日三日目の午後は仕込みもなく、家でゆっくりとするのでした。昼食後に昼寝をしようと横になるけれど、眠れないので起き出してブログを書き始める。二階から粗大ゴミに出す布団をまた三枚玄関に運んで、今日は古い電気炬燵まで降ろしておく。明日の朝はこれらを門の外まで運び、市の回収業者に持っていってもらうのです。夕方までテレビで映画を一本観て、夕食の食卓に付いたのは5時半過ぎでした。最後に茶碗蒸しが出て満足したら眠くなった。

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2025年3月末



3月26日 水曜日 定休日最後の日も朝から慌ただしかった…

 庭の連翹と雪柳が咲き始めました。これが春の花の景色だと女将は言う。狭い庭に伸びる枝をいつも剪定するのは亭主だから大変。今朝は朝飯前に蕎麦屋に出掛けて、レンコンの皮を剥いて酢水で茹で、カボチャの種を取って天麩羅に出せるように、角を落として切り分ける。タッパに入れ、家に持ち帰ってチーンするのです。7時前に家に戻れば、女将が台所で昨日亭主が買って帰った小型の鰯を開いて、片栗粉を付けて油を引いたフライパンで焼いていました。

 朝から鰯の蒲焼きの登場とあって、亭主は喜んだのです。身体にも良いし、なにしろ12尾もあって160円だったから、安いことこの上ないのでした。二人で美味しく食べて大満足なのです。亭主はひと休みして着替えと洗面を済ませたら、少し早めに来るまで家を出て、隣町にある整形外科に向かうのでした。尿酸値を下げる薬もなくなったし、今日は採血をして検査をする日なのです。昨日行った床屋の向かいの医院は、30分前なのにもう駐車場は混んでいた。

 この医院の好いところは、受付を済ませると、何分ぐらい待つかを教えてくれる。自分の順番の番号が印刷された紙を渡され、外に出る人は更にもう一枚もらうQRコードを読み込むと、現在の診察中の順番が分かることなのです。亭主の順番は14番目で9時からの診察開始で10時過ぎぐらいになることが分かった。1時間20分も時間があるから、車で蕎麦屋にとって返して午前中の仕込みが出来るのでした。少しでもやっておけば後が楽になるから急いで店に行く。

 厨房に入ってまずは凍った白餡を鍋に入れ、水と氷砂糖を加えて温める。次いで蕎麦豆腐を仕込み、キノコ汁を作る。隣の火口の白餡が溶けてきたら火を消しておく。先ほどの医院にとって返し、待合室で順番を待てば、思ったよりも早く名前を呼ばれ、採血を済ませたら会計を終えて、処方箋を持って隣の薬局にいくのでした。10分後には店に戻って、出汁を取り終えて冷凍した干し椎茸を解凍して、人参と油揚げを刻んだら、切り干し大根の煮物を作ります。

 白餡も固まってきたので、すべてタッパに入れて冷蔵庫に収納するのでした。家に戻れば、女将が「暑いから、昼は何にしようか」と言うので「冷たいせいろうどんはどうだ?」と応えれば、それで決まり。朝も食べた鰯の蒲焼きに三ツ葉を加えてフライパンで焼いて、蕎麦屋で残ったスナップエンドウを茹でてトマトと合わせておかずにするのでした。二人で食べ終えてお茶をもらったら、亭主は書斎に入ってひと眠り。女将はスポーツクラブに出掛けて行く。

 1時間ほど眠ったらテレビの映画を観て、女将が帰った頃にまた蕎麦屋に出掛けていく亭主。夕方の1時間で、天麩羅の具材を刻んで、お新香と切り干し大根を小鉢に盛り付けておくのでした。早朝から合計4時間ほどの仕込みでしたが、今日は途中に整形外科にいったのが忙しかったのです。明日も暖かくなると言うから、お客が沢山来れば好いと思うのだけれど、蕎麦は一回しか打たないともう決めてある。先週の暖かい春分の日でさえも9人だったから。



3月27日 木曜日 初夏のような暖かさの一日で…


 午前5時半に目が覚めて、しばらくボーッとしていた亭主でしたが、6時前には車で家を出て蕎麦屋に向かう。朝から暖かかったので、今朝は久し振りに900gの蕎麦粉を計量して10食の蕎麦を打つ。小鉢も昨日のうちに盛り付けてあったから、捏ねた蕎麦玉を寝かせている間にほうじ茶を沸かしてひと休みするのでした。煙草を家に忘れてしまったので、早めに伸しを始めて包丁で切れば、7時前には切りべら21本で140g10人分の蕎麦が仕上がる。

 家に戻れば女将が台所で煮魚を作っていました。彼女の作る銀ダラの煮付けは、昨日の鰯の蒲焼きと同じくらい美味しいのです。食事をする前に、最近は血圧を測らなくてはならないから、ちょっと面倒なのですが、機械が自動的に数字を出してくれる。今朝は150程で、一日一回の薬を飲み始めたせいかこのところ安定しているのです。昨日の残りの茶碗蒸しをレンジでチーンしてくれて、温かい食事を食べられるのが何よりの楽しみ。今日も頑張れそうです。

 暖かい風の中を蕎麦屋まで歩き、看板や幟を出して厨房に入る。まずは大根と生姜をおろして、野菜サラダの具材を調理台の上に並べるのです。約30分で三皿の野菜サラダを盛り付け、換気扇の下でほうじ茶を飲みながら一服します。それから天麩羅の具材の入った容器を調理台にセットして、金柑大福を作る準備をするのです。大福を四つ作るのに75gの白玉粉と砂糖と水を鍋に入れて、白玉粉の溶けるのを待つ。その間に白餡で金柑を包んでおきます。

 11時を過ぎて金柑大福を四皿分カウンターに並べ、天麩羅鍋に油を入れて火を点ける。隣の火口では天つゆの鍋を温める。その間にアルコール消毒液でテーブルを拭いて回るのです。すべて終わって開店の準備が出来た頃に、木曜日は女将がやって来る段取り。今日は暖簾を出して昼頃に大きなトラックに乗った男性3人がやって来ました。「車はここに停めて大丈夫かい?」と言うから、「他の客が来て何か言ったら動かせば好いよ」と亭主もかなり大雑把。

 せいろ蕎麦の大盛りとおろし蕎麦の大盛りとぶっかけ蕎麦を頼まれて、野菜サラダを三つ頼んだのは好いけれど、それでお腹が一杯になったらしく、金柑大福は持って帰りたいと四つお持ち帰りになった。最初のお客でもう大福と野菜サラダが全部なくなったから、気持ちが好かったのです。その後、閉店間際にまたお客が続くまで退屈な時間を過ごさなければいけなかった。でも、後のお客も皆さん大盛りの注文ばかりで、今日は沢山打っておいて好かった。



3月28日 金曜日 朝は雨、昼から曇りで、夕刻には陽が出た…

 今朝は天気予報通りに雨でした。5時にアラームで目覚め、5時半には家を出て蕎麦屋に向かう。蕎麦打ち室に入り、750gの蕎麦粉を計量して47%の加水で捏ね始める。いつもと同じ加水率なのに、今日は随分と柔らかい仕上がりなのでした。打ち粉を振ってなんとか蕎麦玉にしたら、ビニールの袋に入れて寝かせておく。その間に厨房に戻って、カウンターの上に干してある昨日の洗い物を片付けて、洗濯機の中の洗い物を室内干しの物干しに干しておく。

 7時前に蕎麦屋を出て、コンビニに煙草を買いに行く。家に帰ればやっと7時になったところで、女将が朝食の支度をしていた。居間の部屋で一服したら、「ご飯が出来ましたよ」と呼ぶ声がして食卓に付くのでした。煮魚は女将と二人で分けて食べ、納豆とお新香とお浸しで、今朝は簡単な朝食なのでした。「今日までが暖かくて明日からは寒くなるそうよ」と言われて、「暖かい今日のうちに少しお客が来ると好いね」と一人で営業する今日の心配をする亭主。

 食後は書斎に入ってひと眠りするのでしたが、今朝はどういうわけか1時間以上もゆっくりと眠ってしまうのです。それでも、まだ9時だから慌てずに洗面と着替えを済ませる亭主。雨が降っているので今日は車で蕎麦屋に行くと決めていたのです。どうしても右足の具合が悪いと足を引きずってしまうので、蕎麦屋を止めたら早く手術をしてもらおうと思う。べつに足が痛いわけではないのだけれど、自分の思うように動けないのがもどかしいのです。

 蕎麦屋に着いて小雨の降る中、幟と看板を出したら、厨房に入ってまずは大根をおろす。そして、野菜サラダの具材を調理台に並べて、最初にスナップエンドウとブロッコリーを塩で茹でるのです。レタスをちぎってお湯で洗ったら、キャベツの葉を剥くのだけれど今年のキャベツはどうも出来が悪い。上手い具合に巻いていないから、包丁でも刻みにくい。それでも10時半にはサラダを三皿仕上げて、金柑大福を作り始めるのでした。

 暖簾を出しても、雨が上がったのにお客は来なかった。やっと昼を過ぎた頃、近くに住んでいると言うご夫婦が歩いていらっした。天せいろと金柑大福を頼まれたので、天麩羅を揚げている間にもう次のお客が車でご来店。カレーうどんと大盛りのぶっかけ蕎麦を温かい汁でとご所望なのでした。お茶を出して盆や器を用意していたら、その間にまたお客がいらっしゃる。続けて来るからこれが厄介なのです。順番にしか作れないとは分かっているのだけれど…。

 皆さんお帰りになったのが1時過ぎで、亭主がかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べ始めたのが1時半。もうこの時間からはさすがにお客は来ないのです。最近は混むのも一回で、コロナ前のように繰り返し混むことはなくなった。こちらも歳を取ってきたのでちょうど好いのかも知れない。洗い物をする暇がなかったので、食休みをしたらカウンターに載せた盆の上に乗った食器を洗い始める。今日も大盛りの注文が多かった。2時半には大釜を洗い、天麩羅鍋の油を漉し器に入れ、残った野菜サラダを包んで帰り支度をするのです。


3月29日 土曜日 とても寒くて一日中雨だったのに…

 午前5時にスマホのアラームで目覚めれば、まだ外は暗かったのです。夕べの天気予報では雨と言うことでしたが、これは相当に酷いのか。コーヒーを沸かしてテレビも点けずに、居間の部屋で眠気を覚ます。最近は6時間ほどしか眠っていないから、やはり少し寝不足が続いているのです。食後のひと眠りや午後の昼寝は、あまり関係がないらしい。5時40分に車を出して蕎麦屋に向かい、蕎麦打ち室に入り、750gの蕎麦粉を計量して捏ね始める。

 今日も雨だから部屋の湿度は60%を越えていました。昨日の失敗から、加水率を46%に落として捏ね始めたのですが、それでもまだ少し柔らかい仕上がりなのでした。厨房に戻って昨日の洗い物を片付け、ほうじ茶を沸かして飲みながら夕べのブログを読み返す。6時30分になったら再び蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つのでした。切りべら20本で140g。8束の蕎麦を打ち上げて、昨日の残りの蕎麦と合わせて14食分の蕎麦を用意して帰宅したのです。

 今朝のひと眠りは40分。頭はすっきりとしていたけれど、外はかなりの雨が降り続けていたから、車を出して蕎麦屋まで出掛けるのでした。これでは到底お客は来そうにないと思いながら、看板と幟を出して厨房に入り、大根をおろしていたら女将がやって来た。傘をさしてこなかったらしく「雨が降っていなかったから」と言っていたのです。店の掃除を済ませて早お昼を食べに帰ったのですが、帰りも雨に降られなかったのかと亭主は心配するのでした。

 野菜サラダを三皿盛り付けて10時半。最近は手際が良くなったのか、ここまでの時間が随分と短くなったような気がする。その間に大釜の湯を沸かして、ポットにお湯を詰めたり、天麩羅鍋に油を入れて、天つゆの鍋に火を入れ、一人で営業する日と同じパターンで準備をするのです。11時には開店の準備が整って、亭主はカウンターの隅の椅子に座ってひと休みする。女将が今度は傘を差してやって来て、「今日は一日中こんな天気らしいわね」と言うのでした。

 今日はまったく来ないかと思っていたお客が、昼過ぎからぽつりぽつりといらっして、冷たい雨の降る土曜日にしてはまずまずの来客なのでした。カレーうどんも鴨南蛮蕎麦もヘルシーランチセットも出て、作った野菜サラダは全部売れたのです。1時半を過ぎたから、亭主はかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べる。閉店の時刻に、最近よくいらっしゃる若いお坊さんが来たのだけれど、大釜の火を落としてしまったので、申し訳ないけれどお断りしたのでした。



3月30日 日曜日 桜も咲き始め、やっと晴れ間が覗いて…

 今日は4時半に目覚めて、5時にアラームの鳴るまでと、もう一度眠ったら6時まで寝過ごしてしまいました。急いで車に乗って蕎麦屋に出掛け、蕎麦打ち室に入って蕎麦粉を計量する。蕎麦玉を作って寝かせている間に、お新香を盛り付けて昨日の洗い物を片付けるのでした。再び蕎麦打ち室に入って生地を伸して畳んで、今朝は切りべら20本で140gの蕎麦を5束仕上げました。時計を見れば7時15分で、家に帰れば女将が食事の支度を終えるところなのでした。

 夕べのおでんの残りを温めて、亭主には同じく夕べ残った茶碗蒸しをレンジで温めてくれました。何でも「紀文のおでんセット」がなくなったから、おでんの具材をばらばらに買いそろえたら、倍の値段になったのだとか。道理で朝のおでんも具が沢山残っていたのです。「昆布を頂戴」と言って、蕎麦屋から持って帰ったのを、結んで入れたものだからまだ硬かった。市販の出汁はもう少し味が濃いめなのだけれど、女将にはまだ言っていない。

 今朝は蕎麦屋ですることが沢山あったので、食後のひと眠りをせずに歩いて蕎麦屋に出掛ける亭主。庭の隅に植えた連翹と雪柳が満開でやっと春らしくなってきました。幼稚園の桜も三分咲きほどで今朝の青空に映えて美しかった。ソメイヨシノと言う桜は花の色も薄くて、一つ一つの花そのものは目立たないのたけれど、沢山咲いてくるとああ春なのだと思うから不思議なのです。蕎麦屋に着いて幟と看板を出し、厨房に入って今日の仕込みを開始するのでした。

 今朝は蓮根の皮を剥いて酢水で茹でたり、薬味の葱を刻んで大根をおろしたりと、いつもより仕事が多かったのです。それでも野菜サラダを盛り付け終えたのが11時前だったので、昨日なくなった金柑大福を三つだけ作っておこうと、金柑の甘露煮を白餡にくるみ、白玉粉を袋に残っていた45gだけ使って求肥を作ろうと思っていたら、もう駐車場に車が入って来るではありませんか。リピーターのお客だったので、外に出て「中でお待ち下さい」と声を掛けた。

 金柑大福を包み終えた頃に、早お昼を食べに帰った女将がやって来て注文を取ってくれた。今日はそれからぽつりぽつりとお客がいらっして、結局、閉店の時間までお客がいたのでした。幟をしまってチェーンポールを上げていたら、お袋様が西側の階段を昇って来た。「12時の歯医者の予約の時間を2時と待ち変えてしまった」と近所を歩いて来たのだそうな。「散歩にはちょうど好かったじゃない」と女将が言って、蕎麦と金柑大福の残りを持たせるのでした。



3月31日 月曜日 朝から皮膚科を捜してウロウロ…

 背中が痒くて仕方がないからと、風呂上がりに女将の部屋の三面鏡で背中を見たら、銭形の湿疹が出来ているではありませんか。以前、足のスネに出来た痒い腫れ物と同じで、早いうちに皮膚科を受診しようと思っていたのです。今朝も6時には目覚めて、コーヒーを飲んで一服したら、蕎麦屋にも出掛けずに朝食の時間を待つのでした。どうやら、身体中の血流が悪くなっているという気がして女将に言えば「最近は動かなくなっているからなのよ」と応える。

 二階の裏窓から三分咲きの幼稚園の桜を眺めて、着替えを済ませたら、早めにいつも世話になっている女医さんの皮膚科に出掛けたのです。亭主が一番かと思えば、前を行く男性が開業前なのに、皮膚科の前で係の女性に説明を受けていた。「先生が骨折してひと月くらいは臨時休業になるのです」この階のクリニック群は先月までに、他に内科や整形外科など二軒も閉院になっているのです。ここへ来れば何科でも診てもらえると思っていた時代は終わったのか。

 仕方がないから駐車場に戻って、車の中でスマホを見て近所の皮膚科を捜したのです。隣の駅の反対側にある皮膚科は9時前だというのに、30台は停められる駐車場は一杯で入れなかった。万事休すで今日は諦めようと、いつもの道を家に帰ろうと思ったら、血圧の薬を処方してもらった内科の看板に、「皮膚科」の文字が見えたので行って見たのです。予約はしていなかったが今日は不思議と空いていて、すぐに診て薬を処方してもらったから安心したのです。

 家に帰れば「お昼は何にする?」と女将が言うので「トンカツを載せてスパゲッティーを食べようか」と応えれば、「お米もないから私も一緒に行くわ」と隣町のスーパーに二人で出掛ける。亭主はそのスーパーが土日で新しい食材に変わるのを知っていたから、ついでに店で使う食材を買って帰るのでした。女将を家で降ろして、蕎麦屋に行って食材を冷蔵庫に入れ、昨日の洗い物を片付けて家に戻るのでした。斯くして昼はスパゲッティーを食べる。

 満腹になってやっと昼寝が出来ると書斎に入る亭主。女将はスポーツクラブに出掛けていく。ゆっくりと2時間ほど眠って目を覚ませば、女将がもう帰っていた。亭主はまた車に乗って蕎麦屋に出掛ける。歩いて行っても好かったけれど、荷物はあるし、とても寒い日だから車にしたのです。天麩羅鍋を大釜に入れて、重曹を振りかけて煮ておく。白菜の漬け物をして、出汁取りの準備を済ませたら、明日のゴミ収集前に外のゴミ箱にゴミを入れておく。

 今週もまた病院に行く月曜日だったけれど、朝からドタバタとして3月が終わるのも忘れてしまいそうなのでした。早く健康な身体を取り戻して、プールで泳げるようになりたいと願うばかりなのです。蕎麦屋を畳む準備も少しずつだけれど進んでいる。家の女将は二階の沢山の布団類を粗大ゴミで出していた。新しい家具などは買わないことにして、今使っている物を引っ越しの業者を頼んで運ぶことにしようと考えている。蕎麦屋への引っ越しが現在の夢です。

 

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2025年3月下旬



3月20日 木曜日 春分の日は陽射しが出たらお客が増えた…

 日の出も随分と早くなりました。5時半に目覚めればもう外は明るいのです。コーヒーを飲んだら蕎麦屋に出掛けて、蕎麦打ち室に入るのでした。珍しく今朝は8℃と室温が低いけれど、いつもと同じ47%の加水で蕎麦粉を捏ね始めれば、ちょうど好い柔らかさなのです。蕎麦玉に仕上げて寝かせている間に、厨房に戻ってお新香を小鉢に盛り付ける。蕎麦汁は徳利に大盛り用と合わせて12あったから、今日打つ蕎麦の数よりも多いので新しく補充しなかった。

 再び蕎麦打ち室に入って蕎麦玉を伸し広げ、畳んで包丁切りをすれば、切りべら20本で135gの蕎麦が8束取れた。予備には亭主の賄い蕎麦用に熟成の蕎麦が二束あったから、万が一足らなければこれを使えば好いのです。少し色が黒ずんでいるけれど、他の蕎麦と混ぜなければ十分に美味しく食べられる。片付けを終えて7時に蕎麦屋を出て、煙草を買いにコンビニまで車を走らせ、家に着いたのは7時15分頃なのでした。女将が朝食を作り終える時間でした。

 食後のお茶をもらったら書斎に入ってひと眠り。随分ゆっくりと眠ったと思っえば、目覚めたのが9時なので驚いた。洗面と着替えを済ませて9時半までには家を出る。風は少し冷たかったけれど、みずき通りには青い空が広がって気持ちが好かったのです。看板と幟を出して、大根をおろし始めたら、女将がやって来たのでびっくりしたら「今日は休日だから早く来ないといけないと思ったのよ」と、亭主がすっかりそれを忘れていたので呆れられた。

 生姜をおろして、野菜サラダの具材を盛り付ければ、一本100円もするアスパラの代わりに買ってきた一袋300円のスナップエンドウが、美味しそうなのでした。旬のものだし、約半分の値段で済んだので経済的でもあるのです。女将が早お昼を食べに帰っている間に、亭主は金柑大福を包んでおく。電話が入って「予約はやってないのですか」と言うから「店が狭いので」と応えれば「11時半に行けば大丈夫ですね」と一人で納得している風だった。

 ところが電話の主がいらっしゃる前に、年配のご夫婦がやって来た。「電話したものですけれど」と言って歩いてこられたお二人は二番手なのでした。二組とも天せいろのご注文なので、天麩羅を揚げ始めて、続けてお出しする。やっと出し終えるかどうかという時に、五人連れのご家族がカウンターに座るから驚いた。まだ、12時前なのです。それなのにもうお蕎麦はなくなって、女将に売り切れの看板を出してもらった。5人分出すまでに時間がかかるのです。

 12時半前に蕎麦がなくなった時には追加で蕎麦を打つと決めているのですが、蕎麦汁も足りなくなりそうなので、今日はここまでと諦める。1時を過ぎてから二組ほどお客がいらっしたけれど、申し訳ないとお断りしたのです。今日が祝日だと忘れていた亭主の失敗なのでした。2時過ぎには女将と家に帰って、亭主は今日の写真と売り上げのデータをパソコンに入力したら、またひと眠りです。今日は夕刻に出入りの業者が荷物を持ってくる日だったのです。


3月21日 金曜日 晴れても、やはり混んだ日の翌日は…

 一昨日、野球が終わったと思ったら、夕べはサッカーの放送で、遅くまでテレビを観てしまった。そのせいで今朝はすっかり寝坊して、7時近くまで眠ってしまったのです。それでも慌てずに朝食のテーブルにつき、ゆっくりと朝飯を食べたら、着替えと洗面を済ませて、8時半には家を出て車で蕎麦屋に出掛けるのでした。看板と幟を出し、厨房に入ってコーヒーを沸かして飲む。洗い物の片付けは昨日の夕刻に済ませてあるから、後は蕎麦を打つだけなのです。

 蕎麦打ち室に入って750g八人分の蕎麦粉を、加水率47%で捏ねて蕎麦玉を作ったら、寝かせている間にまた厨房に戻って、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充する。そして、お新香が一鉢もなかったから、白菜と大根のなた漬けを盛り付けておくのでした。再び蕎麦打ち室に入って、生地を伸して畳んで、切りべら140gで八束の蕎麦を用意する。まさか今日は昨日のようには混まないだろうと考えたのでした。混んだ日の翌日は案外空いている日が多いのです。

 大根をおろしたら、野菜サラダの具材を刻んで盛り付けていく。金柑大福は昨日作った物が冷蔵庫に手つかずで残っていたので、今日まではお客に出せる。三日目は硬くなりすぎて食べられたものではないので、二日以内に食べるのがベスト。調理台に天麩羅の具材と天ぷら粉を並べて、天麩羅鍋に新しい油を注いで天つゆと共に火にかけておく。後はテーブルを拭いて回れば開店の準備は完了なのですが、まだ11時を過ぎたばかりなのでした。

 外の様子を見て歩こうと玄関を出れば、空は青く風もほどほどで気持ちの好い春の陽気なのでした。開店の時間に暖簾を出しても、お客は一向に来そうにない。暖かい日だったけれど、昨日が祝日で明日から週末だから、その間の金曜日に外で蕎麦を食べようという人は少ないのでしょう。息子と同じ歳のお隣の奥さんが車で帰ってきたので、挨拶をして店を止めたら食器類が要らなくなるから、いるものがあれば使ってくださいと伝えておくのでした。

 お袋様には、まだ使っていないティーカップを二つ箱に入ったまま持っていってもらったし、長女が来た時にもいるものがあれば持って行ってと言っておいた。次女と息子の所には、まだ言っていないけれど、押し入れに二つも沢山あるから、まだまだなくなりそうにないのです。1時を過ぎでもお客は来ないから、今日はこれで終わりかと思っていたら、1時半近くに車が駐車場に入って、女性二人が玄関を入って来た。「畑仕事を終えたらお腹が空いたのよ」と

 言って手を洗いに行く。聞けばお袋様と同じマンションに越してきたばかりで、近くの畑を借りてこれから苗を植えるのだそうな。先日、二回ほど来た料理教室をしている女性から、亭がもう直ぐ閉店する話を聞いたらしい。天せいろを二つと赤いかの天麩羅を頼まれたので、おろしたての油で揚げて、蕎麦を茹でて出して差し上げる。今日はもうこれでお終いだから、野菜サラダと金柑大福をサービスでお出しした。お客がゼロでなかったのが不幸中の幸いか。


3月22日 土曜日 晴れて暖かかったが、風がとても強かった…

 5時にセットしたアラームの鳴る前に目が覚めて、お湯を沸かしてコーヒーを飲みました。5時半に家を出れば好かったから、テレビも点けずに今朝の仕事をイメージトレーニング。とにかく蕎麦を打たなければいけない。蕎麦屋に着いて暖房を入れる前に蕎麦打ち室に入ったのです。もう15℃もあったから、今朝は随分と暖かい。47%の加水で750gの生地を捏ね始めれば、ちょうど好い柔らかさで仕上がって、蕎麦玉を作りビニールの袋に入れて寝かせておく。

 厨房に戻って昨日の洗い物の片付けを済ませて、ほうじ茶を沸かす。陽が昇ったようなので玄関を出て、日の出の写真を撮っておきました。外は風も心地よく、随分と暖かいのです。再び蕎麦打ち室に入って、蕎麦玉を伸して畳んで切りべら20本で8束の蕎麦を生舟に並べる。昨日の蕎麦と合わせて13束の蕎麦を用意して、今日の営業に備えるのでした。家に帰ればまだ7時前で、女将が魚焼き器を温め始めていたところ。今朝は鯖の塩焼きがとても美味しかった。

 食後のひと眠りはせずに、テレビで『西部開拓史』という映画を最後まで観てしまう。椅子に座って身体を休めたから、「行って来ま~す」と女将に声を掛けて歩いて蕎麦屋に向かうのでした。庭の水仙がまだ咲いている。黄色の姫水仙の他にも背の低い白の水仙が咲き始めたから、交配したのだろうかと不思議に思うのでした。蕎麦屋に着いて幟と看板を出したら、家で洗濯を始めた女将のする仕事を少しでも減らそうと、洗濯機の中の洗濯物を干しておく。

 大根をおろして、野菜サラダを盛り付け、そろそろ注文の入りそうな豚のハラミが半解凍の状態になっていたので、切って串に刺しておくのでした。天麩羅の具材を入れた容器を調理台に並べて、最後は金柑大福を作る準備に入るのです。店の掃除を終えて早お昼を食べに帰った女将のいない間に、大福を包んで天麩羅鍋に油を入れて、新しい天つゆを作っておきました。向かいのサツマイモ農園では、草刈りが終わって除草シートを敷いているらしかった。

 開店の準備は11時前には終わって、カウンターの隅の椅子に座って休んでいたら、女将が歩いてやって来るのが窓から見えた。暖簾を出してしばらくしたら中年のご夫婦が車でいらっした。天せいろを二つ頼まれて、すぐに天麩羅を揚げてお出しするのでした。しかし、この後はいつまで待ってもお客は来なかった。風がとても強くなっていて、そのせいで皆さん家から出ないのだろうかと思えるのでした。とても暖かいのに道を歩いている人もいないのでした。



3月23日 日曜日 暖かくなった日曜日はやはりお客が入った…

 6時前に蕎麦屋に行けば、明るくなりかけた空に飛行機雲が…。自衛隊の戦闘機なのでしょうが、こんな朝早くから何処へ行くのだろうか。昨日の盆や皿を片付けて、蕎麦打ち室に入れば、室温16℃湿度は47%。500gだけ打ち足しておこうと、今朝も47%の加水で蕎麦粉を捏ね始める。蕎麦玉にして寝かせている間に、厨房に戻ってお新香を盛り付け、ほうじ茶を沸かしておく。再び蕎麦打ち室に入って、伸して畳んで切りべら21本で140gの蕎麦を5束打った。

 7時前に家に戻って朝食を食べたら、書斎に入って1時間ほど眠る。9時前に目覚めて洗面を済ませて歩いて蕎麦屋に出掛ける。今日は風も暖かく、初夏の感じなのでした。蕎麦屋に着いて、幟と看板を出したら、厨房に入って大根をおろす。女将がやって来て店の掃除と洗濯物を畳んでくれた。亭主はもう野菜サラダの具材を刻んでいる。最近は随分と早くサラダが出来上がるので、今日も10時半にはもう開店の支度が終わっていたのです。

 タブレットで気になっていた庭木の剪定の時期を調べたら、玄関口にあるヒイラギナンテンは、花が終わる3月にはもう大きく剪定していいと書いてあったので、軍手と剪定ばさみと90㍑のビニール袋をもって玄関を出たのです。僅か20分ほどですが、90㍑の袋は一杯になって、葉の茂った部分を刈り取ったので、後ろにあった紫陽花や影に隠れていた馬酔木が姿を現したのです。女将も亭主も花が好きだから、蕎麦屋を止めても退屈はしないだろうと思った。

 今日は開店の直後からお客が入って、夫婦や家族連れがいろいろなメニューを注文するのでした。不思議なことに天せいろはあまり出ずに、カレー蕎麦やキノコ汁などが二つずつも出て、閉店間際にいらっした若いカップルは、天せいろの大盛りとおろし蕎麦に、海老や赤いかの天麩羅を単品で頼まれた。洗い物はその都度終わらせていたので、最後に持ち帰る食材を揃えて袋に入れる方が時間がかかったのです。3時前に家に戻って、女将はすぐに買い物に出掛けた。大相撲の千秋楽だから早く帰ってテレビを観たかったらしい。亭主は午後の昼寝をしていて寝過ごしたので、最後だけ観られた。


3月24日 月曜日 やはり疲れが溜まっていたのか… 

 今日は11時に内科医の時間指定で病院に行かなくてはならなかった。朝の6時から目覚めていたのだけれど、コーヒーを飲んでゆっくりとしていたのです。それでも9時過ぎには家を出て車で蕎麦屋に出掛けていく。カウンターに干してあった昨日の洗い物を片付けて、出汁取りの準備をしておくのでした。食材がないから仕込みは出来ない。10時前には洗濯機の中の洗濯物も干して、時間が勿体ないと隣町のスーパーに出掛け、明日使う調味料などを買って帰る。

 それからすぐに医者に行けば、ぴったり11時5分前に名前を呼ばれて、先生の診断。一週間、朝晩に記録した血圧の数値を見て、順調に下がっているから、今日は一月分の薬を出しておくと言われ、処方箋を持って病院のすぐ隣の薬局に行けば、こちらも客がなくすぐに薬を用意してくれた。11時半には家に帰って、亭主は蕎麦を茹でて食べられた。女将は亭主が遅くなると思ったのか、野菜スープを作って納豆で昼食を食べていたのです。

 昼過ぎには彼女は家を出て、スポーツクラブに出掛けた。亭主は書斎に入って昼寝をしようと思ったけれど、横になっても眠くならないので、車を出して再び蕎麦屋に出掛けるのでした。買って帰った白菜を切り分けて、塩で樽に漬け込んだら、出汁取りを始めて、一番出汁と二番出汁を取る。明日はゴミ回収の業者が来る日なので今日までに溜まったゴミを外の大きなゴミ袋に入れる。まだ3時前だったから、国道沿いの酒屋まで行って焼酎と炭酸を買って帰る。


3月25日 火曜日 今日も暑く、目まぐるしい一日でした…

 夕べは9時過ぎにもう眠くなって、10時前まで我慢して起きていたけれど、眠気には勝てなかった。案の定、3時前に目が覚めて、テレビで映画を一本見てから床に入るのでした。目覚めればもう7時前で、朝食の時間なのです。食後もぐずぐずとしてなかなか目が覚めない。やっと9時前にお袋様に電話をして、迎えに行くのでした。「血圧の調子はどう?」と尋ねられて「薬の威力は凄いね。飲んだ次の日から150以下に下がったよ」と応えるのでした。  

 二人で農産物直売所と隣町のスーパーに行って買い物をしたら、お袋様を送って蕎麦屋に戻る。野菜類を冷蔵庫に収納して、家に帰ってひと休みです。昼食に蕎麦を茹でて食べ、2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、ひと月振りに床屋に行って髪を刈ってもらうのでした。80歳になる親父様は、昼飯を食べたばかりで奥で休んでいたらしい。お互いに元気でいるかと話をしながら、綺麗に髪を刈ってもらって髭を剃って生き返るようなのでした。

 5時を過ぎたら女将も仕事部屋から出て来て、夕飯の支度を始める。亭主は蕎麦屋の残りもののハラミの串焼きを焼いてもらって、白菜のお新香とホウレン草のお浸しとで焼酎の炭酸割りを飲む。女将はやはり蕎麦屋で残った鴨肉と長葱を焼いてご飯を食べていた。一度に沢山は食べられないから、その時はそれで腹が一杯になるのだけれど、夜になるとどうしてもまた腹が減るのでした。それでも今日は冷凍のたこ焼きを三つだけチーンして我慢するのです。

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2025年3月中旬



3月10日 月曜日 まだ寒い朝と昼の暖かさが対照的…

 朝飯を食べ終え、仕入れに行く少し前に蕎麦屋に寄って、カウンターに干してあった昨日の洗い物を片付ける。亭主はコーヒーを入れて一服したら、お袋様に電話をして迎えに行くのでした。朝の空気はまだまだ寒いけれど、空は晴れて陽射しが懐かしい。農産物直売所ではトマトやホウレン草などを仕入れて、隣町のスーパーまで車を走らせる。なぜか今日は駐車場も空いていて、買い物リストに印刷した食材はすべて揃えることが出来たのです。

 お袋様を家まで送って蕎麦屋に戻れば、もう陽が高くなって温かくなって来た。空になった蕎麦徳利に、ストックしてあった蕎麦汁を入れてもまだ足りないから、昨日のうちに、出汁取りの準備をしておいた鍋に火を入れて、隣で白菜と大根を切って塩漬けにする。出汁取りには小一時間かかるから、出来上がった頃にはもう昼飯の準備をする時間になったのです。家に戻って先週の残ったカレーを温めて、買って帰ったトンカツを切ってカツカレーを作る。

 揚げたてのトンカツは少し冷えてしまったけれど、一枚200円だから随分と安いのです。最近は自分で作る物と出来合いの総菜を組み合わせて、美味しく食べるという習慣が付いてきているのです。カレーは午後からの仕込みで、新しく作る予定なのです。鶏肉を出汁で煮込んで野菜を入れて作るカレーは、具が多くて好きな人には密かな人気だから、寒いこともあってカレーうどんやカレー蕎麦で随分と出るのでした。最後のひと袋は家に持ち帰って食べる。

 午後はいつものようにひと眠りはせずに、女将がスポーツクラブに出掛けた後に、蕎麦屋に出掛けて仕込みを始める。明日は午前中が病院で耳裏の腫瘍の手術。麻酔が効いている間は車は運転できないから、弟に車で送ってもらうのです。少しでも今日のうちに仕込みをしておこうと、小一時間掛けて最初に出汁を取り、キノコ汁とカレーを仕込んでおきます。家に帰ったのが4時で、大相撲を見始めたら、知っている力士たちが随分と下位で登場するので驚いた。



3月11日 火曜日 早朝から頑張りすぎて…

 夕べは10時半に床に就いたので、夜中に何回か目を覚まして、4時にはもうすっかり目覚めてしまったのです。暖かいこともあったけれど、今日は耳の裏にできた腫瘍の手術だったから、緊張していたのかも知れない。コーヒーを沸かして1時間ほどテレビのニュースを見て、時間の経つのを紛らわせていました。5時には車を出して蕎麦屋に出掛ける。朝飯前にたっぷり1時間半もしこみをしたから、沢山の仕事が出来たのです。家に帰ればまだ6時半過ぎ。

 もう一度眠ろうかとも思ったけれど、女将が早く起き出して台所に入ったので、今朝は7時に朝食を食べ始められた。彼女も暖かい夜だったのも手伝って、亭主の手術が心配でよく眠れなかったと言う。骨取りの塩鯖は脂が乗っていてとても美味しかった。先週店で漬けた白菜のお新香も好い味を出していた。茄子焼きにはチューブに入った大蒜を買ってきたので、すり下ろす手間が省ける。青魚とキノコ汁とで身体にも良いものばかりなのでした。

 腹が一杯になったところで、書斎に入ってひと眠りする。8時半には目が覚めて、ちょうど1時間眠った計算です。9時5分前には弟が来てくれて、隣町の大きな病院に行ったのですが、今日は駐車場も満配で、停めるのにひと苦労しました。混んでいる受付を済ませて血圧を測り、順番を待てば、看護師さんがやって来てもう一度血圧測定。しばらくして今度は担当の医師が一緒にやって来て「血圧が高すぎるので今日は中止にしましょう」と言うのでした。
 「先日の検査結果は三ヶ月有効だから、かかりつけの内科に行って血圧の薬を処方してもらって下さい。150以下にならないと手術は出来ません」と言われた。しばらく血圧などは気にしていなかったけれど、最近は家にある自動血圧測定器も埃を被っていた。肋骨を折ってからというもの、ますます動かなくなったし、歩かなくなって、血流が悪くなったと自分でも思っていたところだから、ちょうど好いシグナルなのでした。早速、近くの内科の予約を取った。


3月12日 水曜日 一日中、暖かな春の雨で…

 今朝はゆっくりと目覚めて、食堂で寝起きの血圧を測ってみる。180の104と依然として高いままなのでした。もしかすると最近はずっとこんな調子なのかも知れないと不安になる。朝食後に蕎麦屋に出掛ければ、朝から暖かな雨が降っていました。午前中の仕込みの最初は、冷凍された白餡に氷砂糖と水を加えて、弱火で煮詰めること。硬くなるまでに時間がかかるから、隣の調理台で白菜のお新香を漬け直すのでした。その間にタブレットを充電しておきます。

 ここでコーヒーを沸かして一服したら、今度は天麩羅の具材を仕込んでおきます。蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら、酢水に浸けてそのまま茹でる。薬味の小葱を刻んだら、生椎茸、ピーマン、茄子の順番で切り分けて、容器に入れていく。今週は農産物直売所に蕗の薹が出ていたので、天麩羅に揚げて添えることにした。硬くなった白餡をタッパに入れて冷蔵庫で保存しておきます。10時半になったので、午前中の仕込みを切り上げて家に帰るのでした。

 昼食は軽く納豆とお新香で済ませて、女将がスポーツクラブに出掛けてから、書斎に入って確定申告の準備をするのでした。蕎麦屋の売り上げや取引先の金額合計は既に用意してあるから、今日は公的年金の源泉徴収票や火災保険の保険料控除証明書などを、机の上の書棚から捜して揃えておく。後はパソコン入力の画面で一つずつ入力していけば好いのだけれど、先日、保存したはずの画面が出て来ないではありませんか。もう一度最初からやり直さなくては…。

 女将が帰ってきて、夕飯の支度を始めたら、ちょっと蕎麦屋で蕎麦を打ってくると言って、明日の分の蕎麦を少しだけ打ちに出掛けたのです。明日は暖かくなると言うから、蕎麦ちが一回では足りないかも知れないと、あらかじめ一度は打っておきたかったのです。捏ねた蕎麦玉を寝かせている間に、お新香を小鉢に盛り付け、再び蕎麦打ち室に入って、8人分の蕎麦を打つのでした。急いで家に帰れば、テレビの大相撲がちょうど佳境に入っていた。



3月13日 木曜日 曇っていたけれど初夏の暖かさで…

 今朝は半袖の下着の上に長袖のシャツとベストだけで家を出た。朝から随分と暖かかったので、6時過ぎに蕎麦打ちに出掛けて、5束半だけ打ったら家に帰ったのです。蕎麦は昨日の晩に8束打っておいて正解なのでした。どうしても定休日明けは忙しないから、昨日のうちに出来ることは全部やっておいたのです。蕎麦打ち室の温度は15℃、湿度が57%もあったから、蕎麦も打ちやすかった。玄関脇の馬酔木もつぼみが膨らんで、春の訪れを知らせているのです。

 7時過ぎに家に帰れば、女将が台所に立って朝食の支度をしてくれていた。茄子焼きの大蒜醤油だけでご飯茶碗の半分くらいは食べて、残りは鰺の開きで食べるのでした。菜花のお浸しがまだ売っているらしい。食後のお茶をもらったら、書斎に入って1時間ほど眠る。洗面と着替えを済ませて、玄関を出たのが9時半近くで、女将がもう洗濯物を干しに庭に出ていた。「姫水仙が綺麗でしょ」と、通りに出た亭主に庭から声を掛ける。「下から見るのがいいね」

 木曜日は女将が来るのが開店の時間からだから、看板と幟を出したら、厨房に入って大根と生姜をおろし、10時半までに野菜サラダを作ってしまう。それから金柑大福を包んで、店の掃除を始めるのです。薄陽が差すけれど、青空は見えなかった。でも、室温は徐々に上がって、昼には24℃になったのでエアコンを消したのです。今日はのんびりとお客がやって来たけれど、皆さんリピーターの方ばかりなのです。「まだ、店は閉めないんだね」とお年寄りが言う。

 ビールを頼まれる老人もいれば、鴨せいろを頼まれる老人もいて今日はお年寄りが多かった。暖かくなったからなのかも知れない。近くに蕎麦屋がないからと、隣の町からいらっしゃった年配のご夫婦もいた。「ここの店の蕎麦の太さがちょうど好いんだよ」と鴨せいろに豚のハラミの串焼きを頼まれる。かと思えば、生後4ヶ月と言う赤ん坊を連れたご夫婦もいらっして、天せいろとヘルシーランチセットをご注文なのでした。赤児はニコニコと笑っていた。



3月14日 金曜日 今日も暖かかったけれど…

 夕べは深夜まで確定申告書の作成をしていたので、今朝は目覚めたらもう6時半なのでした。暖かい朝だから暖房のスイッチを入れに蕎麦屋へ行く必要もない。朝食を食べ終えても書斎へは行かずに居間でお茶をもらったら、洗面と着替えを済ませて、8時前には車に乗って蕎麦屋へ出掛けたのです。空は晴れて陽射しはあったけれど、陽射しの暖かさではなく空気そのものが暖かかったのです。幟と看板を出したら、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。

 室温15℃で湿度は57%もあるから、47%では少し生地が柔らかくなりすぎるかと思ったら、1kg詰めの作り置きだったからか、ちょうど好い硬さで生地が仕上がりました。今朝は昨日の夕方に業者を待つ間に、洗い物も片付けてあったから、生地を寝かせている間に何もする事がなかった。玄関を出て馬酔木の蕾を眺め、西の小径まで歩いて、暖かくなって草が伸びていないか確認してくるのです。幸い、まだ草は伸びておらず、木槿やタラの芽も芽吹いていない。

 30分ほどして再び蕎麦打ち室に入って、生地を伸して畳んで蕎麦切りまで終える。後は大根をおろしてアスパラガスとブロッコリーを茹でたら、野菜を刻むだけ。10時前にはこれも終わってしまい、少し時間があったので、国税庁の確定申告書の作成コーナーヘルプデスクに電話をして、夕べ行き詰まった疑問を尋ねたのです。収支内訳書の画面が出て来ないと言ったら、とても親切に対応してくれて最初の画面での選択が違っていたことが判明したのです。

 歳を取ったせいか、一つの画面を眺めても、いろいろな情報が一度には頭に入らないのです。タブレットで入力画面を見ようと思ったら、パソコン画面の出力をOFFにしろと出て来たので、いろいろいじってしまってからでは後が大変と、そこで止めておく。どうせプリンターのインクがなくなったので、買いに行かなくてはならないので、明日の午後にでも電気店に行ってこよう。その前に、今日は午前中に届いた蕎麦粉の代金を支払いに行かなくては。

 エアコンのスイッチを切るほどに暖かな昼だったけれど、お客はリピーターのお年寄り夫婦と親子らしき二組いらっしただけなのでした。駐車場には亭主の車を含めて三台車が停まっていたので、他のお客は来ないはず。皆さん亭主よりも年上で「蕎麦屋を止めてしまうのは勿体ないね」と言う。病気や手術の話をゆっくりと話しながら、蕎麦を食べて帰られたのです。ヘルシーランチセットの天せいろを頼まれた方は、デザートをお持ち帰りになられた。



3月15日 土曜日 北風が昨日よりも冷たく感じる一日…

 

 今朝もスマホのアラームより先に目が覚めて、台所でお湯を沸かしてコーヒーを入れる。NHKのデジタル放送で佐倉の天気予報を見たら、今日は昨日よりも少し気温が低かった。朝だけ晴れて、後は曇りの一日なのでした。車で蕎麦屋まで行って、蕎麦打ち室に入り、今日の蕎麦を打つ。蕎麦粉が来たので750g打って、昨日の蕎麦と合わせて15食用意しました。残れば明日も使えるので、心配はないのです。室温15℃、湿度は50%を越えていました。

 7時前に家に戻って、女将の用意してくれた朝食を食べ、書斎に入ってひと眠りするのです。今朝は40分ほどで目が覚めて、9時前に再び家を出て蕎麦屋に歩いて向かうのでした。確定申告の収支報告書は今日の午後に仕上げて、既に印刷してある確定申告書と合わせて仕上げれば好い。一つ一つこなしていけば、何事もいつかは終わるのだと思いながら、蕎麦屋の玄関に辿り着くのでした。幟と看板を出して、厨房に入れば、大根をおろして野菜サラダを作る。

 天麩羅の具材を入れた容器を調理台の上に並べ、まな板の上にラップを敷いて、片栗粉を撒いたら、いよいよ金柑大福を作り始めるのです。白餡を両手で丸めて丸くなるように潰し、金柑の甘露煮を載せて、白餡で包んでおく。白玉粉に水と砂糖を混ぜて火にかけ、小さなしゃもじで掻き回しながら、硬くなってきたら火を止めれば求肥の完成。これを四等分して片栗粉の上で正円に伸ばし、白餡で包んだ金柑の玉をくるんでいけば、金柑大福の完成です。

 昨日よりも風が冷たいからか、今日は土曜日なのにお客が少なかった。それでも、月に一度ほどいらっしゃる年配の常連さんご夫婦が、ヘルシーランチセットの天せいろを頼まれるのでした。7月いっぱいで店を閉めて、ここに引っ越してくるのですという話をすれば、「それは残念ですね」と何回も言っていた。惜しまれて閉店するのは悪い気分ではないけれど、何事も区切りと気持ちの転換が大切だと自分に言い聞かせるのでした。


3月16日 日曜日 やっと確定申告の書類が完成した…

 夕べはまた遅くまで確定申告の書類を作っていたので、今朝はなかなか起きられなかった。幸いにも、蕎麦は十分にあったので、朝飯前に蕎麦屋に行かなくても済んだから助かったのです。朝飯までに昨日のブログを書いて、食堂に行けば今朝のご馳走は、旬の鰯の蒲焼き丼なのでした。とても美味しく頂いて、書斎に入って食後のひと眠りをするのです。どこだか分からないけれど友だちを車に乗せて、目的の場所になかなか辿り着かない夢を見て目が覚める。

 時計を見れば9時を過ぎていたけれど、慌てずにゆっくりと支度をして9時半前に家を出るのでした。外は雨が強く降っていたので今朝は車で蕎麦屋に出掛けたのです。一日中雨の予報だったから、これではお客も来ないだろうと、傘を差して歩いて来た女将と話をするのでした。そんな天気でも朝の仕込みはちゃんとしなくてはいけないので、薬味の葱を刻んだら大根をおろして、野菜サラダの具材を刻み、いつものように三皿に盛り付けるのです。

 暖簾を出してから1時間経っても2時間経ってもお客は来なかった。天気予報通りに雨は降り続き、亭主は賄い蕎麦を茹でて食べるのでした。週末の蕎麦屋での残りものは、家に持ち帰らなければならなかったので、天麩羅の具材は揚げて蕎麦を食べる明日のおかずにしようと考える。蕎麦はかなりの数が残ってしまったから、家でも消化するのが大変なのです。持ち帰る荷物を車に載せて、女将と一緒に家まで帰ったのが、2時半なのでした。

 店で残った金柑大福を女将と二人で食べて、お茶をもらったら亭主は午後の昼寝をするのでした。お腹が一杯になってストーブに当たっているとどうしても眠くなる。テレビの大相撲の途中から目が覚めて、コーヒーを入れて飲むのだけれど、確定申告の書類はまだ完成していない。昨日、印刷してみたけれど、何処かに入力ミスがあって、税金を納めなければいけない。よく考えたら、蕎麦屋の外壁塗装の費用を入力していなかった。夕食を終えた夜になってもう一度最初から作り直したら、例年通りの書式が完成したのです。


3月17日 月曜日 とても忙しない一日でしたが、無事に帰宅…

 今朝は朝食を終えて8時半に家を出て、近くの内科に行って9時からの受付を済ませる。予約の番号は10時半頃ですねと言われて、それまでの時間を無駄にしてはいけないと、9時から始まる確定申告の受付の場所に向かうのでした。毎年行っているのだけれど、家から車で20分ほどの公民館は、分かりづらい場所にあるのでした。運良く間違わずに見つけて、駐車場に車を停めて中に入れば、確定申告の受付は金曜日で終わったと言われたのでした。

 「成田のイオンモールに行けば今日まで受付をしていますよ」と言われて、午後一番で出掛けて行かなくてはと頭を切り換えて、朝の病院に戻って診察を待つ。待合室で30分ほど待ったら名前を呼ばれて、診察室の中に入れば、沢山の看護師がそれぞれの仕事をして動いていた。血圧を測ったら170の100と言われて、毎朝一回の血圧を下げる薬と、160と180を越えた時に飲む頓服薬とを処方してくれたのです。薬をもらって家に帰ったのはちょうど11時半でした。

 女将が天麩羅をフライパンで焼いて、鍋に湯を沸かしておいてくれたので、亭主はすぐに蕎麦を茹でて二人で蕎麦を食べるのです。食休みもそこそこにして、今日は女将がスポーツクラブに出掛けるよりも先に亭主が車に乗り込んだ。成田までは自宅から約30kmだから、片道1時間はかかるのです。イオンモールで確定申告をしたのはもう何年も前だから、道も忘れてしまったので古いカーナビの案内に従って、道を選んでやっとのことで辿り着くのでした。

 成田のイオンモールはとても広すぎて、受付の会場が何処なのかを捜すのも大変。覚束ない記憶を頼りに建物の外れの入り口を車で上って、確か二階だったなと、近くのエレベーターで降りたのですが、幸運にも受付会場の目の前に出て、僅か1分ほどで報告書を提出することが出来たのです。帰りもまた1時間のドライブで、こんな長い時間の運転は、ここ数年経験したことがないから、眠い目を擦りながらやっと隣町まで走り着いたのでした。

 昨日思い描いていた計画通りにいつも行くスーパーに寄り、明日の墓参に持って行く花を6買って家に帰るのでした。なんと2時半過ぎになっていたのです。陽射しの差し込む書斎に入って、バタンギューでひと眠りなのでした。目覚めれば4時半で、女将はとっくに帰ってきていました。夜は焼き蕎麦をお願いしますと言われて、大相撲の中継を観ながら、店で残った野菜サラダ三つ分の野菜を入れて、あんかけ焼きそばを作るのでした。



3月18日 火曜日 春の墓参は陽も出て天気に恵まれた…

 昨日は忙しなく移動していたので疲れたのか、今朝はゆっくりと目覚め、朝飯前に蕎麦屋に出掛けて洗濯物を畳んだだけ。洗濯機の中の洗濯物は部屋干しのハンガーに干しておく。新聞受けに溜まっていた新聞と、ひと月分の古新聞の入った袋を車に積んで家に帰るのでした。朝食を食べ終えたら着替えを済ませて、女将と一緒にお袋様を迎えに行く。農産物直売所に寄ってから、隣町のスーパーに行く前に間にある霊園に墓参に出掛けるのでした。

 天気が好かったからか、墓参りに来る人たちが随分いたのです。三人で三つの墓にかわるがわる線香を供えて、また一つ行事が終わったと安堵するのでした。スーパーではいつもと違って女将が一緒だったので、亭主は店の食材だけ自分の籠に入れれば好かった。女将とお袋様を家まで送って蕎麦屋に戻り、買って帰った野菜類を冷蔵庫に入れたら、大根のなた漬けの下ごしらえと、白菜の塩漬けを済ませて、出汁取りの準備をしてから家に帰るのでした。

 昼は昨日と同じく天麩羅の残りと蕎麦を茹でて天麩羅蕎麦を食べる。日曜日の分の蕎麦がまだ残っているのでした。食後は女将のスポーツクラブの予約があったので、またひと眠りは出来なかった。居間の椅子に座ったままストーブに当たってウトウトするだけでした。無事に予約を終えたら、仕事部屋で書を書いている女将に声を掛けて、蕎麦屋に出掛けて出汁取りをする。ついでにキノコ汁も作っておくのでした。夜は常夜鍋と茶碗蒸しで一献。



3月19日 水曜日 今日は朝から激しい天気の移り変わりで…

 今朝も6時過ぎに目覚めて、朝の血圧を計ったら薬を飲み始めたせいか、いつもより低い数値なのでした。毎朝の飲む錠剤以外に、160~180まではピンクの頓服を、180以上ならオレンジの頓服を飲むように言われているから、今日は170だったので、ピンクの錠剤を飲んだのです。体調はいつもと変わらず、目に見えない血圧だけが気になるのです。ゆっくりと眠った朝だったから、食後はひと眠りをせずに9時前に蕎麦屋に出掛けて午前中の仕込み。

 まずはなた漬けと白菜のお新香を漬け直して、明日の朝には出せるように準備しておきます。それから蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら、酢水で茹でて冷やし、玉葱をスライスしてかき揚げの具材を用意しておくのです。三ツ葉を刻んでタッパに入れて、長葱をみじん切りにして容器に入れておく。南瓜はレンジが壊れているから、種を取って半分に切り、七枚だけスライスしてタッパに入れて家に持ち帰り、チーンして冷蔵庫で保管しておきます。

 時間があるので、レンジ周りをセスキの掃除液でスプレーしたらタオルでゴシゴシ擦って、油汚れを落とします。ひと通り綺麗になったら南瓜の入ったタッパと今日の新聞を持って家に帰るのです。外は朝から雨だったけれど、この時間には霙に変わり、昼飯前には雪に変わっていました。激しい雷が鳴って、空の様子はみるみる変わって行くのでした。昼は寒いので蕎麦を食べたくないと言う女将のために、ラーメンを薄味で作って餃子を焼いてやるのでした。

 亭主は残った蕎麦を二人分茹でて一人で食べる。ラーメンがそれほど好きではない女将も、背に腹は替えられず暖かい汁が好いと見えた。東京の下町で育った亭主は、子どもの頃からチャルメラの屋台に父と一緒に食べに行ったり、近所の中華屋に家族でラーメンを食べに行ったりと、親しみがあったのですが、山の手で年寄り夫婦に育てられた女将は、ラーメンそのものをあまり食べなかったらしい。子供の小さな頃にはよく家で鶏ガラスープで作ったものだが。

 昼の暖かい時間に降った雪だから、一時は大粒だったけれど、積もるところまでは行かなかった。それでも女将は心配らしく、スポーツクラブまで車で送ってくれと言うのでした。午前中にすべての仕込みを終えた亭主は、どうせテレビの映画を観ているだけだから二つ返事で車を出すのでした。晩のおかずはおでんにするからと、昼までに大根も煮てあったのです。ところが、スポーツクラブが終わる時間になって「財布を忘れた」と電話が入ったのでした。

 珍しくスマホだけは持って出掛けたらしい。ちょうど蕎麦屋に出掛けようと思って準備していたから、すぐに財布を届けて、彼女の荷物を車に積んで、そのまま蕎麦屋に行く亭主なのでした。ところがカバンの中を覗いたら家の鍵を入れたままで、買い物をして家に帰っても中には入れない。亭主が気が付いて車で家に向かった時には、女将はもう蕎麦屋に向かっていた。みずき通りを渡ったところで捕まえて、一緒に家に帰るのでした。「思わぬ雪で慌ててしまったのよ」と、台所で晩の支度を始める女将なのです。

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2025年3月上旬



3月1日 土曜日 今日はうららかな春の陽射しで…

 今朝は寝坊して目が覚めたらもう6時半なのでした。スマホのアラームも消えていたから、セットするのを忘れていたのです。昨日は開店から閉店間際まで、長い時間お客がいたので立っていたせいか、疲れたのだろうと思います。蕎麦も打ってないので8時に玄関を出れば、鉢植えの梅が咲いていた。蕎麦屋に引っ越すことになってからというもの、庭も荒れ放題なのですが、「主(あるじ)なしとて春を忘るな」とばかり懸命に花を咲かせている。

 蕎麦屋まで緩やかな勾配のある道をゆっくりと歩けば、いつもならひきずってしまう右足も軽く、前に出せるのでした。疲れていないとゆっくりならば大丈夫なのですが、足の裏の地面に接する感覚が、やはり左足とは違って、足の裏全体ではなく親指の近辺だけで前に進んでいるような気がするのです。蕎麦屋に着いて幟と暖簾を出したら、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。750gの蕎麦粉を47.5%の加水で捏ね始めれば、ちょうど好い生地が仕上がる。

 蕎麦打ちが終わったら、厨房に戻って昨日の洗い物を片付けて、蕎麦豆腐を作ったり、蓮根の皮を剥いて酢水で茹でたりと、結構、やることが沢山ある。大根をすりおろして、ブロッコリーとスナップエンドウを茹でるまでに、いつもよりも時間がかかったのです。早お昼を食べに帰っていた女将が戻り、開店の準備が整ったのは、もう11時20分を過ぎていた。暖簾を出したら、すぐに駐車場に車が入って、墨染めの衣を着たお坊さんがお客でいらっしたのです。

 続いて、年配のご夫婦と娘さんらしき三人連れがいらっして、更にいつも白エビのかき揚げとせいろ蕎麦を頼まれる老人がご来店なのでした。全員のオーダーの蕎麦を出し終えて一息入れたら、もう12時を過ぎていました。皆さんが帰ったのは1時前。それからが後半戦なのです。昨日よりも沢山のお客が来て嬉しかったけれど、売り上げは一番少なかったのです。せいろ蕎麦やぶっかけ蕎麦が出たのがその原因。でも、せいろ蕎麦を頼む人は本当の蕎麦好き。

 後半の方が人数も少なかったから、亭主は賄い蕎麦を食べて、洗い物もすぐに終わりました。女将と家に帰ったのは2時半前なのでした。店で残った金柑大福とお茶が出て、亭主は書斎に入ってパソコンに向かい、今日の売り上げ伝票と写真を入力したら、暖かい午後の陽射しを浴びながらひと眠り。4時過ぎには目覚めて、足りなくなった白玉粉とアスパラを買いに、隣町のスーパーに出掛ける。まだ店の混む前だったから、熱々のトンカツまで買って帰った。


3月2日 日曜日 とても暖かくなった昼…

 今朝は4時半にスマホのアラームを鳴らして目を覚ます。お湯を沸かしてコーヒーを入れたら、居間の部屋でしばらくぼーっとしていました。5時になったら家を出て車で蕎麦屋に向かうのです。蕎麦屋の中は暖かく、蕎麦打ち室も14℃もあった。それでもいつもの加水で蕎麦粉を捏ね始め、蕎麦玉を寝かせている間に小鉢を盛り付けるのでした。柔らかい生地は伸しやすく、四隅が綺麗に取れたので、畳んで包丁切りをすれば、135gで8束取れたのです。

 蕎麦打ちを終えて6時半。向かいのサツマイモ農園の人たちがこんな朝早くから来て仕事をしている。昇る朝日もどこか春めいているのでした。家に帰って居間に入れば、女将はまだ朝食の準備中。卵かけご飯でよければすぐに食べられると言われて、亭主はご飯をよそって卵を掛けて飯を食うのでした。朝が早かったからか、もう眠くて仕方がないのです。居間の部屋でお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りするのでした。ぐっすりと1時間以上眠った。

 着替えと洗面を済ませて9時過ぎには家を出て、蕎麦屋に着いたら看板と幟を出して厨房に入る。大根をおろして薬味の葱を刻み、ブロッコリーとアスパラを茹でたところで、白餡がないのに気が付いた。早お昼に家に帰る女将と一緒に家に戻って、冷凍室に入れてあった白餡の袋を持って再び蕎麦屋に戻るのです。足の具合が良かったからスタスタと歩いてみずき通りを渡ったのでした。野菜サラダの具材を刻みながら、白餡を三分の一だけ割っ小小鍋に入れる。

 氷砂糖と水を入れて硬くなるまで煮詰めるのですが、その間に野菜サラダは出来上がるのでした。エアコンを入れていた店内が随分と暖かくなったので、24℃を越えたところでエアコンのスイッチを切る。女将が早お昼を済ませて蕎麦屋に戻る頃には、出来上がった白餡を丸めて伸ばし、金柑を載せて求肥を作っているところなのでした。今日は日曜だからかお客の出足も遅く、昼を過ぎてだいぶ経った頃にやっと最初のお客がいらっしたのです。

 暖かいからか、歩いていらっしたご夫婦は、お二人とも天せいろをご注文。次いで近くのマンションから歩いて来る常連さんが、今日はカレー蕎麦の大盛りとビールを頼まれて、いつものカウンターの隅に座るのでした。電話が入って道順を聞かれたからと、女将が受話器を亭主のところに持ってくる。JRの佐倉駅近くからいらっしゃると言う。「30分はかかるよ」とカウンターのお客が言えば、本当に店に着いたのが1時過ぎなのでした。ご夫婦で天せいろを二つ頼まれて、いろいろ話をし始めるから大変なのでした。


3月3日 月曜日 今日は朝から忙しかった…

 今朝も4時前から目を覚まして、家に残っていた最後のコーヒーを入れて飲んだ。どうも昨日の朝の早起きが今日にも影響を与えるらしいのです。定休日だったので、そんなに早く蕎麦屋に行く必要はなかったから、今の回転椅子に座ってストーブに当たりながら、6時過ぎまでウトウトしたら、やはり出掛けようと明るくなった外に出るのでした。冷たい雨が降って道路は濡れていました。昨日の洗い物を片付けて、家に持ち帰る蕎麦と蕎麦汁を詰めておく。

 週の終わりは蕎麦屋で残ったものと、肉や魚はなくなったから、生卵と納豆がタンパク源。それでも美味しく頂いて、亭主はひと眠りもせずに洗面と着替えを済ませる。今朝は8時から駅前の皮膚科に行って並ばなければいけないのでした。耳の後ろ側に妙な突起物が出来て、いじっていたら血が出てしまい、固まったら黒く柔らかな肉の塊がぶら下がっているので、見てもらいに行くのでした。1時間近く待って、1番で先生に見てもらえば、「手術が必要です」

 と、地域の大きな病院の形成医外科に紹介状を書いてくれた。先日、CTを撮りに行った病院なので勝手は分かっている。しかし、こう頻繁に病院に通うのは、やはり身体にガタが来ているのだろうか。時間はあるけれどお金がかかってしようがないのです。家に帰って、早速、電話で予約を取れば、明日の午後一番で来て下さいと言われて、午前中の仕入れも終わるし、ちょうど好かったのです。後は、仕入れの費用と残ったお金で病院の支払いが出来るか…。

 まだ10時前だったので、蕎麦屋に出掛けて返しを作って出汁取りの準備をする。明日の午後は病院に行かなくてはならないから、少しでも今日のうちに仕込みをしておかなくてはいけないのです。11時には家に戻って、温かい蕎麦が食べたいと言う女将の希望で、鴨南蛮蕎麦を作ることにしたのです。店で鴨肉を解凍しておいたら、そんな週末に限って一つも出なかった。ドリップが出て、来週はもう使えないのです。久し振りに美味しい蕎麦を食べる。

 雪交じりの雨の降る午後は、女将がスポーツクラブに行くのも大変そうだったから、「送って行こうか?」と言えば、いつもは拒否されるのに、今日は寒さも手伝ってか「助かるわ」と亭主の出した車に乗るのでした。いつも持って出ないスマホを持たせて、帰りも迎えに行くからと言っておくのです。そのまま蕎麦屋に向かって、亭主は出汁取りを始める。寒くなりそうな週末で、温かい汁の蕎麦が出そうだからと、二番出汁は5㍑も取っておきました。

 1時間も出汁を取って昼寝もしなかったので少し疲れたけれど、明日の予定を考えて、頑張って金柑の種を取り、甘露煮を作っておくのでした。それでも女将の帰る時間にはまだ早かったから、洗濯物を畳んで、洗濯機の中に洗ったままの洗濯物を干しておく。郵便受けにゴミ回収業者の請求書が入っていたので、コンビニまで行って振り込んでおくのでした。ついでに煙草と卵サンドと牛乳を買って、駐車場でパンを食べていたらちょうど女将から電話が入る。



3月4日 火曜日 今日も目まぐるしい一日でした…

 今日は午後から地域の大きな病院に行って受付を済ませなければいけなかったので、お袋様との仕入れに出掛ける前に、朝飯前のひと仕事。空になった蕎麦徳利に昨日作った蕎麦汁を詰めて、白餡を作ったり、キノコ汁を仕込んだりと早朝から忙しかった。家に帰って夕べの残りの鴨鍋にご飯を入れておじやを食べる。寒いから身体が温まってなかなか美味しかった。お袋様を迎えに行って、車の中で耳の裏にできた腫瘍の手術の話を伝えるのでした。

 隣町のスーパーに行けば、白菜が半分で450円もしたけれど、茄子や胡瓜を買ってぬか漬けにしても同じだと、買って帰るのです。長葱も一本100円以上もしたから、野菜は総じて値上がりしているのです。女将に頼まれた米も県内産のコシヒカリを買い、蕎麦屋に寄って白菜と大根のなた漬けの仕込みを済ませて、家に帰るのでした。昼はスパゲッティを茹でて、お肉ゴロゴロのミートソースを温め、買って帰ったトンカツを上に載せて食べる。

 病院は1時30分の予約だったけれど、駐車場に車を止めて受付を済ませ、問診票を書いたりする時間もあるからと、12時半には家を出て15分ほどの距離を車で走る。指定された診療室の棟は、廊下も広く、待っている人も少ないので静かで気持ちが好かった。待つこと40分ほど、歳を取ったせいかその時間も静かに椅子に座っていればいいから、まったく抵抗を感じない。他に誰もいなかったので、自分の番号がモニターに表示されて診療室に入るのでした。

 もっと簡単にただ切るだけかと思っていたら、詳しい手術の説明をされて、同意書を書かされた。来週の火曜日に手術室で手術をするのだそうな。その後のいろいろな検査が一時間近くかかった。それでも4時前には家に帰れたので、早速、女将に話をして、お袋様にも電話をして知らせておいた。当日は車の運転は出来ないというので、近所に住む弟に電話をして連れて行ってもらうことにしたのです。簡単な手術だと思っていたけれど、結構、大変なのでした。

 帰り道、女将から電話が入って、晩は茶碗蒸しにするから、蕎麦屋に寄って椎茸を少し分けてもらえないかと言うので、取りに寄って家に帰るのでした。結局、午後の仕込みは出来なかったので、昨日から少しずつ先に仕込みをしておいたのが正解なのでした。明日は朝からいつも通りの仕込みを済ませて、昼はまだ残っている蕎麦でも食おうか。結果論だけれど、月曜日から水曜日まで定休日にして良かったのです。来週は月曜日にお袋様と仕入に出かけよう。


3月5日 水曜日 朝はまだ冷たい雨が降っていました…

 今朝はゆっくりと6時過ぎに目覚めて、朝食を食べてからいつもの時間に蕎麦屋に出掛けました。厨房に入って、まずは昨日の鍋類を片付け、コーヒーを沸かして一服します。そして、漬け物器に塩漬けして水の上がった大根の水を切り、タッパに入れて刻み柚子と砂糖、甘酒の素を入れて唐辛子を輪切りにして漬け込むのです。次に蕎麦打ち室に置いてあった白菜を塩漬けにした樽を取り出して、先ほど洗った小さな漬け物器に塩と昆布を入れて漬け直すのです。

 ここまでで10時前。昼の準備に帰宅するまでに、後1時間ほどは仕込みが出来る。蓮根の皮を剥いて輪切りにし、酢水で茹でる。その間に玉葱をスライスしてかき揚げの準備。そして、天麩羅の具材の生椎茸を飾り切りにして、ピーマンとナスを切り分けるのです。容器に入れてラップを掛けたら、蓮根を笊に空けて水を切り、タッパに入れます。最後に南瓜の種を取ってスライスしたら、家に持ち帰ってチーン出来るようにタッパに入れておくのです。

 これで10時半になるから、残った時間でレンジ周りの掃除をし、砥石を水に浸して包丁を研ぐ準備をしておく。10分ほど包丁を研いで、少しは切れるようになっただろうか。火の点検をして家に戻ります。昼は温かい汁の蕎麦が好いと女将が言うものだから、大鍋に湯を沸かしながら、出し汁を温め、油揚げを甘く煮付ける。その間に女将が先週残った大根のなた漬けを小鉢に盛り付けてくれる。蕎麦を茹でて、小松菜と葱を散らしてきつねうどんの完成です。

 午後は居間の部屋でゆっくりとテレビを観ていたけれど、女将がスポーツクラブに出掛けてからは、書斎に入ってここまでの出来事をブログに書き留めておく。そして、これからいよいよ確定申告の数字を計算できるように、去年のデータを並べ替えて年間の金額を出す。仕入れ先は多い順に4つだけ並べるのですが、今年は蕎麦粉や出入りの業者よりも野菜などを買うスーパーの値段が多くなっているのです。最近の値上げブームで逆転したのでしょう。


3月6日 木曜日 今日は珍しくお客が一人もいなかった…

 昨日の続きで今朝も4時半には目が覚めた。5時過ぎまで居間の部屋でコーヒーを飲みながらゆっくりとして、蕎麦屋に出掛けるのでした。まずは蕎麦打ち室に入り、750gの蕎麦粉を捏ねて、寝かせている間に厨房に行って、白菜のお新香と大根のなた漬けを盛り付ける。合わせて10鉢だけれど、一日中曇りだと言うから、こんなには出るはずもないのです。最近は、木曜日が案外お客が少ないのです。そして亭主一人の金曜日にその分お客が来るから困るのです。

 柔らかめに仕上がったのは、同じ47%の加水でも室温が10℃を越えていたから。それでも綺麗に伸して畳んで、一束140gにならないようにして8束取れた。7時前に蕎麦屋を出てコンビニに煙草を買いに行く。いつものお姉さんが元気に挨拶をしてくれるので、こちらまで元気になるような気がするのです。家に帰れば女将が朝食の支度をしてくれていた。今日のメインは亭主が先日買って帰った鯖の西京漬けだったけれど、味か今ひとつで美味しくなかった。

 夕べは早くから床に就いたので、今朝は食後のひと眠りはしなかった。9時前に蕎麦屋に出掛けて、幟と看板を出す。雲に覆われた空は暗く、体感の温度はかなり寒いのでした。大根と生姜をおろして、薬味の葱を刻み、掻き揚げに使う三ツ葉を切っておく。そしていつものように野菜サラダの準備をするのでしたが、始めるのが早かったから、10時半過ぎにはもう仕上がって、金柑大福を包むのでした。新しい油を天麩羅鍋に注ぎ、天つゆの鍋を火にかけます。

 女将がやって来て金柑大福にラップを掛けてくれる。この天気ではお客が来そうにないと二人で話していたら、本当に1時間待ってもお客は来なかった。2時間待ってもお客が来ないので、今日は諦めて早めに暖簾を下ろすのでした。亭主は賄い蕎麦も食べずに、家に帰ってカップラーメンを食べる。午後の昼寝もせずに、居間の回転椅子に座ってウトウトとしたら、もう業者が食材を運んで来る時間なのでした。何処のお店も寒いとお客は少ないのだそうな。



3月7日 金曜日 冷たい北風が吹くのに陽射しが戻ったから…

 今朝は5時半には目覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲んでいました。昨日の蕎麦がそのまま残っていたので、今日は蕎麦打ちをしなくても済むのでしたが、蕎麦粉もあと一回打つ分しか残っていなかった。木曜日が蕎麦農場の定休日なのを忘れていたから、発注が今日になってしまったのです。日曜日に打つ蕎麦粉がないので、何とか明日届くように頼まなければならない。とにかく蕎麦屋に出掛けて出来ることをしてこようと車を出すのでした。

 久し振りの陽射しが眩しく、玄関脇の紫陽花にはもう綠色の新芽が付いている。春になったと自然は教えてくれるのですが、風は北風でとても冷たく感じるのです。厨房に入ってほうじ茶を入れようとお湯を沸かしている間に、蕎麦打ち室に置いてある漬け物器を見れば、すっかり水が上がっていたので、更に小さな漬け物の器に移し替えて冷蔵庫に入れる。大釜には水を張って少し沸かしておく。7時過ぎには蕎麦屋を出て家に戻るのでした。

 台所で朝食の支度をしていた女将が鮭を焼いてテーブルに運ぶ。味噌汁をよそって冷凍のご飯をチーンしたら、「頂きま~す」と箸を取って食べ始める亭主。脂の乗っているはずの鮭がどうも美味しくない。焦げ目の付くまで焼かないで、魚焼き器の余熱で仕上げるからこうなるのだろう。焼いた跡のない魚ほど不味い物はないのです。それでも黙ってご飯を食べ終え、「ご馳走様でした」と居間の部屋に行く亭主。お茶をもらっても今日はひと眠りはしなかった。

 陽射しは出ていたのに風がとても冷たくて、蕎麦屋まで歩いて出掛けるのに手袋が必要なのでした。雲が多く、昼からは曇り空になったのです。蕎麦農場に電話をして、明日必着で蕎麦粉を送ってもらおうと、1kg詰めの袋を二つだけ注文した。5kgの袋二つだと、石臼で挽くのに時間がかかるから発送が遅れるのです。1kgの袋は店に並べてあるから今日のうちに発送できるはずなのです。無事に受け付けてもらって、厨房に戻って今日の仕込みを始める。

 早く家を出たから、野菜サラダも10時には出来上がった。暖簾を出せば、いつもの常連さんがバス通りを歩いて来るのが見えた。このところ、いつも同じビールとカレー蕎麦のご注文でなのでした。珍しく「引っ越しの準備は進んでいますか?」と話しかけてくる。続けて年配のご夫婦がいらっして、天せいろとぶっかけの温かい蕎麦を頼まれる。開業した頃にいらしたことがあるのだそうな。「今日は女将さんはいないの?」とこちらも話をし始めるのでした。

 更に、続けて若い男性の一人客が車でいらっして、「温かいとろろ蕎麦をお願いします」と言うから、初めての注文だったから一瞬面食らってしまう。温かいかけ蕎麦にとろろ芋をすって出せば好いと、すぐにイメージ出来なかったのです。続けて、駅前の高層マンションに住む常連さん夫婦がやって来て、奥様がカラーの花束を持って来てくれた。二人とも鴨南蛮蕎麦のご注文だったので、今日作った野菜サラダはこれですべて売りきれになった。
 蕎麦屋廃業の話をしてあったから、テーブルと椅子をもらえないかと言われていたので、7月の最後の週に取りに来て下さいと伝えておく。椅子を8脚欲しいと言うので、奥の座敷にあった二つをまずは今日持って帰れるかと聞けば、車に積んで持ち帰ってくれた。タケノコを茹でるのに大きな鍋があれば欲しいと言うから、押し入れの中に、ラーメンを作るときに使っていた大鍋があったから、二つ返事で持って行ってくれと言えば、次回と言うことになる。


3月8日 土曜日 頬を差すような冷たさの朝でした…

 午前5時半過ぎに目が覚めて、急いで蕎麦屋に出掛ける亭主。今日は最後の蕎麦粉を使って蕎麦を打たなければならない。加水率は47%ちょうどで捏ね始めれば、絶妙な柔らかさ。蕎麦玉を寝かせている間に昨日の洗い物を片付け、ほうじ茶を沸かすのでした。再び蕎麦打ち室に戻って蕎麦玉を伸していく。最初にするのが両手で地伸し。この時に丸く均等な厚味を出していくのが大切なのです。伸し棒を当てて本伸しにかかれば、綺麗な正円に伸されていく。

 今朝は少し遅くなったけれど、もう時計は気にしない。綺麗に四隅を固めて、畳んで包丁切りをする。切りべら20本で135g。8把半の蕎麦を打ち上げて生舟に並べるのでした。店の中を確認して、車に乗ったらコンビニまで煙草を買いに出掛ける。家に着いたのは、7時15分なのでした。女将が朝食の支度をちょうど終える時で、食堂に滑り込みセーフで椅子に腰を下ろす。最後に出汁焼き卵が出ておかずは終わりなのです。栄養のバランスはとても好い。

 今朝はぴったり1時間の食後のひと眠りをして、9時過ぎには歩いて家を出ました。道路から見える庭の黄色い姫水仙が可愛らしかった。背の低い女将は、庭からしか見えないのをいつも残念がる。水仙は下向きに咲くから、道路から見上げるのが一番なのです。蕎麦屋までの道すがら、空気が冷たくて頬を差すようなのです。今年初めてそんな感覚を味わったのは、暖かさに慣れてきた証拠なのだろうか。店に着いて幟と看板を出したら、厨房に入って仕込み。

 今日は開店の20分も前から駐車場に車が入って、早お昼を食べに帰った女将が来たので10分前には暖簾を出す。三人連れのご家族がテーブルに座って「先生、○○です」と母親らしい女性が言うのでした。40年以上も前の教え子なのです。その母親と息子を伴って今年で閉館になる佐倉の川村美術館に行った帰りなのだそうな。当時のクラスは医者になったのが15人もいたから、みんな優秀なのでした。今年還暦を迎えるという世代はまだまだ元気な様子。

 外の寒さにもかかわらず、次から次へとお客が入って、女将も亭主も休む間もなく、1時過ぎにはお蕎麦売り切れの看板を出すのでした。午前中に用意したデザートの金柑大福も野菜サラダもすべて売れたのが嬉しかった。1時半に洗い物を終えてそろそろ片付けようかと思っていたら、料理教室をしているリピーターの女性がやって来て、かけ蕎麦を頼まれた。亭主が賄い蕎麦で食べようと思って揚げておいた白エビのかき揚げをね小皿に載せて出してやった。
 今月末は古民家を借りて料理教室を開くのだと言う。前回来た時に、店を7月で閉める話をしておいたから、今日は松花堂弁当の箱や天麩羅を載せる籠を持って行かないかと言えば、5つだけ車に積んで帰ったのです。店屋だから10や15という数だけ揃えてあるのです。開業当時はいろいろな事をしたいと食器類を揃えたけれど、結局、現在のメニューに落ち着いて、一度も使っていない器なども多いのです。使うという人が来て、少しずつ減っていくのも嬉しい。


3月9日 日曜日 名残り雪も溶けて暖かな午後でした…

 4時前に一度目が冷めて、早すぎるからともう一度眠ったら、もう5時半になっていました。昨日は少し蕎麦屋が混んでいたから、疲れたのかも知れない。夜の11時に外は雪が降っていたから、もしかして積もったかと急いで外に出れば、団地の中は家々の屋根に、蕎麦屋の周りの畑にも、春の名残りの雪がうっすらと積もっているのでした。蕎麦打ち室に入って、昨日届いた1kg詰めの蕎麦粉を開けて、47%の加水で蕎麦を捏ね始める。

 小さな袋に詰まった蕎麦粉は、少し乾燥しているのかあまりにも硬いので水を足して捏ね上げる。菊練りを済ませて蕎麦玉を作り、ビニール袋に入れて寝かせている間に、厨房に入って昨日の洗い物を片付けながら、コーヒーを沸かすのでした。そしてタブレットで夕べ書いたブログを読み返せば、やはり、一箇所打ちミスを発見。6時40分を過ぎた頃に再び蕎麦打ち室に入って、生地を伸して畳んで、今朝は切りべら20本で8食分と半分を打ち上げる。

 家に帰ればちょうど魚が焼き上がった頃で、美味しく朝食を頂くのです。居間の部屋でお茶をもらって一服したら、書斎に入ってひと眠りする。今日は1時間以上気持ちよく眠ってしまった。快眠・快便で洗面と着替えを済ませたら、一応、手袋をして蕎麦屋に歩いてで掛けるのでした。もう9時半近かったから、すぐに女将がやって来て、店の掃除や洗濯物の片付けを始めてくれた。亭主は大根と生姜をおろして野菜サラダの具材を刻み始める。

 今日も開店の前から車が駐車場に入ってきて、10分前にはお客さんに店の中に入ってもらう。最初のお客が天せいろの大盛りと普通盛りを頼まれて、天麩羅を揚げ始めたら、いつも開店の時刻に合わせていらっしゃるカレーうどんの常連さんご夫婦がいらっしゃる。奥様はとろろ蕎麦をご注文で、カレーうどんの方は後にお出しするのでした。その間にカウンターに男性客が座って、12時前にはもう忙しい状態になるのでした。天気が好いとやはり店は混み合う。

 途中、一区切り着いたところで、女将は店に置いてある新聞を読み始め、亭主は後半戦に備えて、厨房の椅子に座って一休みなのです。こんな日は、日曜日だから遅くいらっしゃるお客もあると思っていたら、案の定、1時を過ぎた頃にまた混み始めた。天麩羅の具材もなくなって、蕎麦も終わったから、お蕎麦売り切れの看板を出す。最後の3人連れの男性客は、皆さん天せいろを頼まれて、2時近くまで話し込んでいた。女将と店を出たのは3時近かった。