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2025年9月上旬



9月1日 月曜日 朝の気温は低くなったが陽射しと湿気が…

 今朝はまだ暗いうちに目が覚めて、コーヒーを淹れ、明るくなるのを待って蕎麦屋に出掛けるのでした。冷たい紅茶を飲みながら、新しいコンポでシャンソンを聴く。だだっ広いスペースには今の自宅にある応接セットが置かれる予定で、本棚がどれだけ置けるのかがちょっと心配です。カウンターの下には、物を置くための棚がつくってあるから、ここを有効に活用しても好いかも知れない。勉強部屋になる蕎麦打ち室にも、二つ本棚が置ける予定です。

 5時半になったら駐車場に出て、椅子に座りながら昨日切った枝をビニール袋に詰めていく。沢山葉のついた長い枝は、ノコギリで切らなくてはならなかった。ゴミ袋が一杯になったのは6時過ぎでまだ時間があったから、エアコンの効いた蕎麦屋の中でひと休み。もう汗でびっしょりになっている。気温は低いはずなのに、湿度が相当にあるようだ。朝日が森の向こうから昇ってきて、陽が高くなる前にもう少し高いところの枝を切っておくことにする。 

 家に帰って朝食を済ませ、40分だけエアコンの効いた書斎でひと眠りする。目覚めればもう8時半だから、お袋様と買い物に出掛ける時間なのです。外は陽が高くなってもう暑くなっているから、車のエアコンを強めに入れて、お袋様を迎えに行くのでした。隣町のスーパーに行こうと思ったら、1kmも手前の坂道から渋滞が始まっている。「今日は朔日だからみせが混んでいるのよ」とお袋様が言うのでした。広い駐車場も満杯でやっと車を停めて買い物をする。

 家に帰って昼飯までにはまだ時間があったので、ドジャース戦をテレビで観る。今日は冷やし中華と決めていたから、女将が卵を焼いき始めたら、亭主はモヤシと肉を茹で、胡瓜を千切りにして麺を茹でる。この夏は随分と食べたシマダヤの冷やし中華でしたが、9月に入っても気候が暑いから十分に美味しく食べられるのでした。食後は午後の昼寝をして、女将がスポーツクラブから帰る前に目覚める。一番暑い時間帯に彼女は往復4km近くを歩くから大変です。

 目覚めてパソコンに向かえば、クラス会の案内のメールが去年の写真入りで届いていた。早速、参加の申し込みをして、蕎麦屋の食材のオーダー以外にはあまり使わなかったLINEの登録も済ませたのです。考えたら高校のクラス会も年々参加者が減っている。今年は初めて日曜日の昼の開催で、皆さん少しは暇になったのかな。かく言う自分も、蕎麦屋の営業もなく本当に隠居の生活になるから、1年振りに電車に乗って新橋まで出掛けようと思うのです。

 今日のブログを途中まで書いて、居間の部屋に行けば、女将が冷えた梨を切って持って来てくれた。台所から良い匂いがすると思ったら、夜の揚げ浸しの汁を作って冷やしておくのだそうな。「今度の幹事はなかなかしっかりしているよ」と、クラス会の案内を印刷して持っていけば、「どの人が幹事なの?」と訊くけれど写真が不鮮明でよく判らない。そのうちに夕食となって、今日買ってきたばかりのサンマが酢橘付きで出たから嬉しかったのです。明朝は、まず紙ゴミの袋と自転車、毛布、古い炊飯器の粗大ゴミ三つを出して、朝飯前に蕎麦屋に行ければ、今日の剪定の続きをする予定。


9月2日 火曜日 やはり残暑は相当に厳しいのです…

 7時間近く眠って、今朝は5時半過ぎに目が覚めました。コーヒーを淹れて居間の部屋で飲んだら、今日一日の仕事をシュミレーションするのでした。まずは粗大ゴミを前の道路際に運び、紙ゴミの袋を幾つも集積場まで持っていく。時間があれば蕎麦屋に行ってと思ったけれど、6時半になったので諦めて一服する。朝は風があったけれど生ぬるい気持ちの悪い風で、本来なら気持ちの好い秋風なのだろうけれど、9月に入ってもまだ夏の暑さを引きずっている。

 朝食を終えて午前中に、二階の洋服ダンスを整理することになっていたので、女将が朝ドラを観ている間に、亭主は二階に上がって背広を後袋に詰めていく。12年以上前のものだから、どんなに新しく作ったものでも、当然、腹周りが入らないのです。もう着る機会もないとは知りつつ、今まで取ってあったのが不思議なくらいなのでした。昔、何着かは息子がもって行ったっけ。玄関口まで幾つもゴミ袋を運んで、涼しい居間の部屋でひと休みです。

 女将が朝の洗い物を済ませたら、亭主が台所に入って昼のカレーを仕込み始める。2回で食べきれるようにと、具材を切りそろえたら、買って来たはずの肉を捜しても見当たらない。女将に聞いても分からないので不思議だと思ってたら、買い物を仕分けた女将がやって来て、冷凍室に間違って入れてしまったのかも知れないと、見れば入っているのでした。最近、女将もこんな失敗が多いのです。お互いに歳を取ったから、あまり責めないことにしている。

 昼まではまだ時間があったので、亭主は車を出して隣町のスーパーにトンカツを買いに行く。今日は駐車場も空いていて、目当てのトンカツのコーナーに行けば、今日はヒレカツばかりが並べられていた。トンカツの空いたスペースに並ぶにはまだ時間がかかりそうなので、揚げたてのヒレカツを買って家に帰ったのでした。トンカツよりは100円も高かったけれど、柔らかくてとても美味しかった。食後の昼寝をしたら、いよいよ机の周りの書類を片付け始める。

 さらに夕食までは、廊下の本棚の整理を始めるのでした。日本文学の全集や哲学の全集など、昔は好く読んだ物だけれど、今となってはもう捨てるしかない代物なのです。あと一日あれば、蕎麦屋に持っていく本棚は空になる。漱石全集とギリシア神話の全集は残しておきたい。持っていく本は段ボールに詰めたけれど、果たしてこれも引っ越し屋さんが運んでくれるのだろうか。夜になっても昼の名残か廊下は蒸し風呂の様な暑さで、エアコンの効いた部屋はとても涼しいのです。夕食は亭主が焼きうどんを作って二人で食べる。


9月3日 火曜日 今朝はいつもよりも涼しく、秋の気配だが…

 今朝は5時前に目覚めて、昨日玄関に積み上げた沢山のゴミ袋を集積場に運んだのです。背広などの衣類を沢山詰めた袋はかなり重かったけれど、両手で持って二往復したら、ぎっくり腰のような症状が出て、今日はプールにも出掛けられなかった。女将に言ったら「起き抜けに何の準備もせずに、重い荷物を運んだからでしょう」と素っ気ない。自分では何でもないことと思ったのですが、身体がやはり老化しているらしい。それでも朝食前には蕎麦屋に行った。

 台風が近づいてくるから、雨でも降ったら折角切り落とした枝が濡れてしまう。痛い腰を庇いながら、椅子を出して座りながら、切り出した枝をビニール袋に詰めていきました。昨日は一日蕎麦屋に来なかったから、切った枝の葉は昼の強い陽射しでカラカラに乾いている。それでも、袋に詰めればもう一杯になる分量だつたから、相当切り落としたのでした。家に帰れば食卓には昨日買ってきたヒレカツの卵綴じが美味しそうにテーブルに載っていた。

 食後は居間の部屋でお茶をもらって、書斎に入ってひと眠りするのでした。30分ほど眠ったら、昨日まわりを片付けた机の中を綺麗に掃除し始める。燃えるゴミと他のゴミとの分別に詳しくない亭主は、いちいち女将に聞きに行って袋をもらって来なければなりませんでした。女将も明日は食器類を出せる日だからと、居間の部屋の戸棚の中のグラスや徳利などを袋に詰めている。亭主も手伝って、11時前にはかなり綺麗に片付いたから、昼飯の支度を始める。

 昨日作ったカレーが残っていたので、冷凍うどんを湯通しして、葱を刻んでカレーうどんを作るのは亭主。やはり、出し汁を入れた蕎麦屋のカレーうどんは美味しいのです。今回は冷凍しないので、ジャガイモや豚肉を入れて作ったカレーは格別の味なのでした。昼は暑くなったのに、カレーを食べたらますます暑くて、二人とも額に汗をかいていたのです。食後は居間の部屋でお茶をもらい、亭主は書斎に入ってひと眠り。女将はスポーツクラブに出掛けていく。

 ゴミの中で目を覚まして、捨てられない物は段ボールに入れて、そのまま蕎麦屋に運ぼうと考えたのです。机の上に置いた捨てられない物が段々と片付いて、綺麗になった頃に女将が帰ってきた。テレビや電話の工事を頼もうと、296に電話をすれば、やっと繋がって担当者から電話をさせますからと言われたけれど、夕方まで待っても電話はかかってこなかったのです。明日、もう一度電話をしてみなければいけない。早め早めに連絡を取らないと心配なのです。

 明日はお袋様の誕生日祝いの買い物に行かなければと、ドジャース戦の最中に絶対観ているはずの弟に電話をした。大谷のホームランも出て、4対4のちょうど好いところなのでした。「一緒に買い物に行くよ。台風が近づいているから一日早めたら」と言うことで、明日は3時に弟を迎えに行って一緒に買い物をする事になった。夜になって天気予報を見れば、明日は朝から雨が降るらしい。雨ならばお袋様の家に皆で行って、久し振りに飲み会をするのです。


9月4日 木曜日 予報では朝からの雨、涼しくなりました…

 今朝は4時半起床。夕べは台所でネズミが暴れている音がしたけれど、10時過ぎには床に就いたのでした。一昨日の夜に今季初めて食堂から居間にゆっくりと歩いて行くネズミを発見。女将に話したら、天井裏でも運動会をしているらしいのです。あとひと月もしないうちに無人になるこの家も、解体されるまでは彼等の天国なのかも知れない。5時を過ぎた頃に玄関に、積まれた瀬戸物類の青い袋を車に積んで、50mほど離れた集積場に運んだのです。

 集積場に袋を並べていたら、向かいの家のお婆さんが出て来て、「今日は何のゴミを出す日なのでしょうかね?」と亭主に尋ねる。「プラゴミと埋め立てゴミの日ですよ」と応えて、丁寧に中身を説明してやる。車の荷台が空いたから、今度は先週切り倒したウチワサボテンの葉を、庭の片隅から蕎麦屋まで運ぶ。これはゴミ回収の業者に持っていってもらうのです。瀬戸物よりもずっと重いから運ぶのも大変。昨日痛めた腰を庇いながら、所定の場所に運んだ。

 家に帰って朝食の時間までにはまだ余裕があったので、書斎へ続く廊下にある本棚の整理をした。日本文学史の全巻と山川方夫の全集など昔懐かしい書物や文庫本を紐で括り、引っ越しの際の動線を塞がないようにして、居間の部屋に積んでおくのです。朝食は美味しい鮭の塩焼きで、野菜の煮浸しとニンジンの煮物が付いた。食後は30分ほど横になって、ドジャース戦を観るのでした。今日はテレビと電話の引っ越しを頼まないといけない。

 昨日電話がかかってこなかった296に電話をしたら、掛けているのに繋がらなかったという説明。何か亭主の携帯の設定のミスがあるのか。担当者が接客中というので、まどろっこしいからスカイプラザの店まで出掛けて行った。受付嬢のところで調べてもらったらやはり折り返しの電話を掛けていると言う。やっと担当者と話が出来て、蕎麦屋のテレビの接続は日曜日に係の人が来てくれると言うのです。電話は今使っている会社に連絡をして替えられると言う。

 昼の時間になったので家に帰って素麺を茹でる。女将がブロッコリーを茹でてくれて、亭主は冷凍の唐揚げをチーンするだけ。午後は昼寝もせずに切れた電話の戦の修復を試みるが、目が悪くなったのか細い線が見えないのです。女将のスポーツクラブの予約をおえたら、ガソリンスタンドに行って給油をしてから、一緒に買い物をすると言った弟の所へ行くのでした。二人でイオンモールに出掛けて、お袋様の誕生日会の料理を買って帰るのです。

 弟と二人で蕎麦屋に帰って、皿やグラスを並べて用意をしていたらお袋様もやって来る。女将は少し遅れて来たから、もう一度乾杯をして誕生日会が始まるのでした。92歳にしては心も体もまだ若いのです。近所の年寄りや体操クラブの取り留めのない話をして、揃えた料理を美味しく頂く。蕎麦屋のガスコンロやグリルの交換の日にちの電話も入って、すべて引っ越しの前に終わることが判るのでした。2時間ほど楽しく話をして、解散となったのです。


9月5日 金曜日 台風の影響で今日は大雨でした…

 夕べも早く床に入ったので、夜中の2時過ぎには目が覚めてしまいました。4時間くらいしか眠れていないのでしたが、どうもまた眠る事が出来ずに、引っ越しの準備の段取りを考えたりと、珈琲を淹れて5時近くにやっと眠る事が出来たのです。朝食を食べ終えて女将が朝ドラを観ている間に、玄関に積み上げられたゴミ袋を集積場まで運ぶ。燃えるゴミだからそれほど重くなかったけれど朝から雨が降っていたので、何往復もしてびっしょり濡れてしまう。

 ドジャース戦を少し観て、9時になるから隣町の銀行に出掛けたのです。ネットですべて済ませているから、店舗を訪ねるのは何十年振りかでした。目的は電話の料金を取られている会社を調べるためなのです。係の行員の丁寧で親切な応対で、今取られている電話料金はスマホの料金であることが判明。結局、家の固定電話は何処の会社に料金を払っているのかは判らなかったのです。ついでにひびの入ったキャッシュカードの再発行の手続きをして帰って来た。

 昼食は餃子を焼いて湯麺を亭主が作り、女将に結果を報告した。雨は酷く降っているのにスポーツクラブに行くと言うので、車を出して送って行った。帰りももの凄い土砂降りになったから、迎えに行くのでした。夕飯前にメールチェックをしていたら、ネットの通信会社から今月の料金が確定したと連絡が入っていたので、明細を見るとなんと電話料金が入っているではありませんか。早速、電話をして事情を話したら、蕎麦屋のセキュリティーの関係で、会社が違うから一つの回線にして同じ番号を使うのは、簡単には行かないことが分かった。一難去ってまた一難。今度来ることになっている担当者に尋ねてみようと思うのでした。今日は気持ちが疲れた。


9月6日 土曜日 台風一過の秋晴れの一日で昼は真夏の暑さ…

 5時前に寒さで目が覚めた。天気予報では24℃になると言っていたから、前日の暑さと湿気と比べると、随分と涼しいのでした。朝飯前のひと仕事は、蕎麦屋に段ボールに入れた机の中身をまずは一つ運んで、先日の誕生会の空き缶や空き瓶を片付けた。クーラーを入れなくても十分に涼しい。冷蔵庫に残っていた紅茶を飲みながら昨日のブログを読み直す。家に帰れば女将が朝食の支度をしているところで、今朝は昨日の残り物に銀ダラの煮付けが出たのでした。

 ドジャース戦を少し観て9時になったら、コンビニに行ってゴミ回収業者の代金を振り込みに行ったのです。空は真っ青で湿気がないのでとても清々しい。秋の気配を感じながら、ハナミズキの並木の葉も、心持ち枯れ始めているような気がした。家に戻ってまたドジャース戦を少し観て、書斎に続く廊下の本棚の整理を終わらせたのです。少しずつこなさないと、もう引っ越しまで一週間もない。取りあえずは大きな物だけは運んでもらわないといけないのです。

 紐で括った本は再来週の火曜日が回収日だから、それまで荷物を運び出す邪魔にならないように今の壁際に積んでおく。書斎にはまだ大きな本棚に漢文体系と鴎外全集などが残っている。この本棚は持っていかないから、あとでゆっくり運べば好い。問題は居間と書斎と廊下にある四つの押し入れの中にある本なのです。棚を吊ったり本棚をそのまま入れて使っているから、まだ相当な数があるのです。考えるだけで気が遠くなりそうだけれど、まだまだ道半ば。

 昼の時間になったので亭主は大釜に湯を沸かして素麺を茹でる。女将は隣の火口でカボチャとキャベツと焼売を茹でてくれた。いつもより野菜が随分と多かったせいか、食べ終わる頃には腹が一杯でしばらく書斎で横になっていたのです。冷蔵庫の中に何もない状態だったから、1時になったら二人で隣町のスーパーに出掛けようと話していた。外は湿度は低かったけれど陽射しが強く、これぞ残暑という暑さなのでした。国道はいつもよりも相当に混んでいた。

 スーパーの駐車場はまだ昼時だからか暑さのせいか、いつもよりも空いていて、二人でバラバラに品物を見て歩くのでした。亭主は明日からまた業者が来るので、飲み物を10本ほど買って、女将は肉や米を買っていた。やっと新米を食べられるけれど、値段は4000円を越えているのでした。夜はトンカツにしようと二人分買って、安くて新鮮な鰯も買ったから、明日の朝は鰯になるのだろうか。外はうだるような暑さで、真夏の陽気なのでした。

 家に帰って荷物を片付けたら、女将が冷たく冷えた梨を剥いてくれた。湿気はないのに、動いたせいか汗がにじみ出てくるのです。亭主は居間と書斎の床が汚れているのを気にして、掃除機を掛けるのでした。もう全室エアコンを点けたままなのです。3時過ぎになって二人で蕎麦屋に出掛けて、また片付け物をする。女将がいると仕事がはかどるのです。戸棚の中の徳利や蕎麦皿、盆など袋に詰めて車のトランクに入れる。明日の朝ゴミ袋に詰め直さなくては…。 


9月7日 日曜日 引っ越しの準備もすることが多くて道半ば…

 今日の朝飯前のひと仕事は、昨日のうちにチェンソーを使って細かく切ったウチワサボテンの枝を、燃えるゴミの袋に詰めて行く作業でした。葉の部分は既にもう捨てたのですが、軒下まで伸びていた枝や幹は、なんとゴミ袋四杯分にもなって、とても重いのです。まる一時間かかってやっと詰め終えたところで、朝食の時間になったので食堂に行けば、女将がおかずを作ってくれて「パンは自分で焼いてください」と言われた。魚焼き器で5分掛けて焼く。

 本当に久し振りのパン食で、四つ切りのパンにバターを塗って、とても美味しく食べるのでした。これだと牛乳も飲めるからちょうど好いのです。満足して食べ終えたら急に眠くなって、書斎に入ってひと眠りするのでした。目覚めた後はドジャース戦を観るためにテレビを点ければ、今日は勝っていたので好いと思っていた。書斎の机の中を片付け終えて、昼飯の準備を始めようかと思ったら、なんと9回の裏ツーアウトから点を取られて、逆転負けなのでした。

 昼はスパゲッティーを茹でて、昨日残ったトンカツと簡単な野菜を添えて、ミートソースを食べた。うどんと素麺とスパゲッティーに冷やし中華とざるラーメンと、何種類かの麺類をメニューとして用意はしているのだけれど、蕎麦がなくなったのが寂しいのです。毎日のことだから、うどんを冷やしつけ麺や焼きうどんで食べても一週間で一度は食べなければならないから、どうもマンネリ化してしまうのです。暑い日が続くから、炒飯も最近は作らない。

 午後は3時からテレビの設置移動のために、地域のケーブルテレビの担当者がやって来るから、それまでに明日の燃えるゴミの袋を車のトランクに積み込む。10袋も積み込んだら、重いウチワサボテンの袋もあったので、また腰が痛くなってしまった。冷えたクーラーの効いた部屋から、暑い外に出ての作業で腰の筋肉が温まっていないのでしょう。プールにも行けていないし、居間に敷いた畳のマットに寝そべって腰痛の体操をするだけが関の山なのです。

 女将が美容院に行く前に、燃えるゴミを二袋、金属のゴミを二袋二人でまた詰めておく。テレビの設置移動の担当者がやって来て、移動の工事は再来週と言うことになる。蕎麦屋のネット環境も同じ会社なので、電話の移動も一番簡単な方法を尋ねたら、いま蕎麦屋で使っている電話を残して、自宅にある電話は廃止にした方がいいと言う。担当者が帰って、早速、NIFTYに電話をして、メールアドレスだけ残して、電話や会員サービスを止めることにしたのです。引っ越しの日からは、家でパソコンのネットも使えない状況になる。


9月8日 月曜日 涼しい朝だが昼は真夏のうだるような暑さ…

 夕べは10時に床に就いて、4時間ほど眠ったら夜中に目が覚めたのです。ドジャース戦が2時半からBSでやるのを覚えていたので、コーヒーを淹れて居間の部屋で観はじめるのでした。相手チームの菅野投手から大谷選手が2本もホームランを打つのを見て驚いた。べッツ選手のホームランもあって、リードしたところでひと安心。また床に就いて次に目覚めたのはもう6時だった。朝飯前のひと仕事は、車に積み込んだ10袋の燃えるゴミを集積場に運ぶこと。

 腰の痛いのを気にしながら、全部のゴミを出し終えて、家に帰ってもまだ時間があったので、書斎の机の脇にある本箱の荷物を段ボールに入れる。後はパソコンとプリンターをどかせば、机と本箱は運んでもらえるのです。朝食を終えたら9時前にお袋様を迎えに行き、今日の買い物に出掛ける。陽射しは朝よりもぐんと強くなって暑いのでした。女将に渡されたメモを見ながら、野菜と梨を買って隣町のスーパーに行く。今日は随分と空いていた。

 10時にはもう家に帰って、汗をかいたので下着を替え、ハーフパンツとTシャツ姿になって涼むのでした。女将が冷たい蕎麦茶を作っておいてくれたので、水分も補給する。11時になったら台所に入って、昼食の準備をするのでした。亭主の腰痛を心配して女将が水の入った鍋を火にかけてくれていた。キュウリも焼いた卵も刻んでくれて、亭主はモヤシを茹で肉を茹で麺を茹でて盛り付けるだけ。9月の第二週でも冷やし中華が美味しいのは暑さのお蔭です。

 昼食を終えたら午後からガスコンロとガスオーブンの交換に来ると言うので、12時前に蕎麦屋に出掛けて、冷たい飲み物と保冷剤をカウンターに置いたクーラーボックスに入れておきます。1時前に業者と監督がやって来て、いよいよビルトインコンロの交換です。若い職人さんだったから、休憩も無しで2時間ほどでコンロ二つとオーブンを取り替えてくれたのでした。カウンターのこら側から見ていたら、綺麗に周りまで掃除をしてくれていた。

 3時過ぎに設置は完了して、使い方の簡単な説明を受ける。最新式の上位機種だけあって、光で火加減が判るダイヤル式の優れものなのでした。魚焼き器も油がはねるのを防ぐ装置が付いていて、これまでの物とは大違いなのでした。12年の間に調理器具も随分と進化したらしい。クーラー付きのチョッキが汗でびっしょりになっているのを見て、冷たい飲み物を二本ずつ選んでもらって持って帰ってもらったのです。これで一連の改修工事はすべて終了しました。

 帰り道に二軒隣の釣り好きのご主人に出会って、「今度蕎麦屋に引っ越してきますから」と言って「釣り竿が沢山あるのだけれど使わない?」と言えば、「頂きます」と言うので持っていく。捨てるために束ねておいたのです。今日は始まりが少し遅い日なのでした。一番暑い時間帯に歩いて帰ってきた女将は、汗だくになりながら「どうでしたか?」と居間の部屋に聞きにきた。「見違えるほど綺麗になったよ」冷たい梨を剥いてもらって、ひたすら涼む亭主なのです。

 5時を過ぎたらもう食堂に座って、夕食のおかずが出て来るのを待つ亭主。今日は夏野菜の煮浸しと鰯の蒲焼きと厚揚げを焼いて、出してくれた。買って来たばかりのトウモロコシを茹でて美味しく頂くのでした。明日は何をしようか。引っ越しが終わるまでは荷物の搬入があるので、蕎麦屋にはあまりにものを持って行けない。考えたら机も引っ越しでなくなるから、パソコンは早めに移動しておいた方が好い。明日の朝は家の木槿の剪定をする予定なのです。


9月9日 火曜日 午前中は曇りだったけれど蒸し暑い…

 6時間半の睡眠の後に目が覚めた。頭はすっきり、涼しいくらいの陽気なのです。コーヒーを淹れて今日の段取りを考える。まずは朝飯前のひと仕事に庭の木槿の剪定をする。引っ越しの準備でいろいろなことが同時に進行しているので、一番目先のことから片付けなければいけないのです。明日は燃えるゴミを出す日だから、やはり木槿の選定作業が優先です。4本ある木槿の木のまずは二本だけを綺麗に刈り上げた。残る二本は明日の朝、ゴミ袋に二杯分ずつ。

 朝食の支度が調うまでと、書斎の本棚を綺麗に片付ける。あとはパソコンとプリンターだけれど、これは引っ越しの前日に蕎麦屋に持っていく予定。壁に掛けた水中写真の額や家族や友人たちとの写真も、パソコンのメモリーの中に残っているから、全部捨ててしまう予定なのですが、それは机と本箱がなくなってからで好い。女将が「ご飯の用意が出来ました」と言っているので、食堂に行き朝食を食べる。今朝は骨取りの塩鯖がメインのおかずなのでした。

 食後はお茶をもらってひと休みしたら、書斎に入って横になる。40分ほど眠ったらアラームに起こされ、洗面を済ませて蕎麦屋に出掛けるのでした。向かいのサツマイモ農園では、事務所を作ると聞いていたけれど、綺麗に整地をして業者が何やら相談をしている。結構、大がかりな工事になる様子で、毎日の楽しみがまた増えた。竹で作った柵も取り外されて、そのまま駐車場にでもするのだろうか。土の農地がジャにで覆われて、これなら埃もたたないだろう。

 こまめに荷物を運んでおこうと、机の中のものをビニール袋に入れて持って来たので、カウンターの上に並べておく。どれが何処の荷物かが判らなくなってしまいそうで心配だけれど、今は大きな物は持ってこられない。入れ物が運び込まれて初めて中身が必要になるのです。ついでに引っ越し後にやらなければならない仕事の一つの南側の庭の様子を見ておく。下の家が出来る前は、陽当たりも好く畑を耕して随分と野菜も収穫したのですが、今はタラの林…。

 昼飯の時間になるので家に帰って食事の用意を始めます。女将が野菜を切ってくれて、亭主はフライパンで炒めるだけの今日は焼きそばです。焼きそばは単品で買ってきてあったから、味つけはソースのみ。久し振りだったのでこれは美味しかった。キャベツの量は相当に多かったのですが、フライパンに蓋をして蒸す形で調理すれば、ほんの少しの量になってしまう。鶏ガラスープの素を切らしていたので、野菜とソースの味で我慢するのでした。

 午後は書斎で横になったけれども昼寝が出来なかった。仕方がないから、廊下に置いてあった椅子を車に積んで蕎麦屋に行く。キッチンに一つ置いて、後は何処に置こうかと考える。以前、お袋様にも一つ持って言ってやったのだけれど、台所仕事でちょっと腰をかけるのにちょうど好いと言っていた。7人家族が家の食堂で使っていたので、9人分の椅子があったのですが、油圧で高さを調節できる優れものなのでした。どこも傷んでいないから長持ちしている。

 

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2025年8月下旬



8月20日 水曜日 今日は蕎麦屋の床掃除で業者が来た…

 朝の6時過ぎに蕎麦屋に出掛けて、店舗側のテーブルや椅子などをテラスに出しておいた。エアコンを点けて店を冷やしておくことを忘れない。冷たい飲み物も用意しておく。家に帰って朝食の支度を待つ間に、畳マットに寝転んで柔軟運動を少しだけする。今朝は茄子とピーマンの味噌炒めと鮭の塩焼き、そしてとろろ芋が出た。ちょっとだけ布団が恋しかったけれど、ひと眠りする暇はないのです。蕎麦屋に行って清掃業者が来るのを待つのでした。

 昔、亭主が大学に入る前にビル掃除のバイトをしていた時に、使っていた電動の掃除機と掃除機を持って、業者がやって来たのは9時20分前でした。床の上に置いてある物は、事前に全部片付けたから手際よく作業に入れた様子。奥の座敷で待っている間に、南側の庭の剪定を少しだけ始める。蔦が絡まった酢橘の木は、10年経っても一度も実を付けたことがないから、切ってしまおうと剪定ばさみを持って枝を切る。そして、隣の大きくなった月桂樹の木も…・

 この場所に家にある金柑の木を移植しようと思っているので、まずは周りの枝を剪定ばさみで切り落とし、電動ノコギリが入りやすいようにしておく。この週末には切り倒せるだろうか。女将が楽しみにしている金柑の移植は、業者に頼んではいるのですが、なかなか連絡もくれないし、自分でやるしかないのだろうか。店の清掃も一区切り付いて休憩時間になったので、亭主は職人さんに声を掛けて家に戻るのでした。昼はざるラーメンと餃子と決めていた。

 テレビでドジャース戦をやっていたので、食堂のテレビを観ながらの昼食なのでした。食べていて、何かいつもと違うと思ったら、女将がプラゴミの中から袋を取り出して「マルチャンだわよ」と言うのでした。麺は少し細いし、胡麻ダレがただ塩っぱいだけで胡麻の風味もない。亭主が間違えて買って来てしまったらしい。やはりシマダヤでないと、美味しくないのです。今日は餃子を強火で焼いたので、美味しく食べられました。やはり手作りが一番なのです。

 食後は1時間ほど眠って急いで蕎麦屋に行けば、床掃除はもう終わったらしく、とても綺麗になっていたので驚いた。職人さん達は厨房に入って換気扇の掃除をしていた。レンジフードまで綺麗にしてくれて、やはりプロの仕事は違うと思った。油で真っ黒になっていた厨房の床も、油汚れでなかなか落ちなかった壁も、すっかり綺麗になって感謝感激なのです。続きはまた明日ということで、朝はもっと早くても好いと言ったら、8時から来ますと言って帰った。



8月21日 木曜日 今日は朝から夕方まで汗をかいていた…

 今朝も5時には目覚めて、コーヒーを沸かして居間の部屋でひと休み。テレビを点けて自然の風景を撮した番組を観る。音楽だけが流れて、説明はテロップのみなのが好い。書斎へ続く廊下には、蕎麦屋に持っていく書籍を段ボールに入れて積み上げてある。引っ越しまでにはこれらを蕎麦屋に運ばなければ、机や本棚が持ち出せないから、段取りに苦労するのです。今日は職人さんが早く来ると言うので、蕎麦屋へ出掛けてエアコンのスイッチを入れておく。

 時間が早かったので、駐車場の植木の剪定を少しだけでもと始めておくのです。ほったらかしにしてあったから、車止めの辺りまでビヨウヤナギやアベリアホープレイズが伸び出している。この上にはモミジやヤマボウシも葉を茂らせているから、下から順番に剪定を始めなければいけないのです。こんなに伸びるまで放っておいたのは、やはり店を閉めると決めてからやる気が失せたのでした。業者に頼むにも忙しいらしいので、自分で剪定した方が早いのです。

 30分で90㍑のビニール袋一杯になったら、ちょうど7時前。家に帰って朝食を食べる。8時には職人さん達がくるので、かなりタイトな時間なのでした。お茶をもらってひと休みしたら、すぐに蕎麦屋に出掛ける。7時40分だというのに、もう職人さん達は来ていたのです。鍵を開けておいたから、厨房に入って仕事をしていた。昨日、レンジフードや換気扇の掃除は終わっていたから、今日は油で汚れた壁を綺麗に掃除してくれていたのです。

 挨拶をして今日の予定を聞いたら、奥の部屋に行ってひと眠り。30分ほど眠ったら、退屈なので南の庭の酢橘の木を切るのでした。これだけでもうゴミ袋は一杯になりそうな枝の量でした。後は、月桂樹の木を切るだけでしたが、切り落とした枝を袋に詰めてからでないと大変そう。朝から動いてもう汗びっしょりなので、エアコンの効いた部屋に引っ込んでひと休みする。南側の庭の奥の様子を見れば、タラの木があちこちに伸び広がっているのでした。

 初めは蕎麦屋でタラの芽を天麩羅にしようと、西の小径の脇に一本だけ植えたのに、何時の間にか伸び広がって次々と芽を出して来たのです。これも枝だけ落としてから、電動ノコギリで切ってしまえば早く綺麗になる。10時になったので、家に戻って女将を連れて綺麗になった店の中を見てもらう。それから近くのホームセンターに出掛けて、玄関の外と内側に敷くマットや物干し台を買って帰るのでした。家に帰って今日の昼食は素麺と自家製焼売で済ませる。

 今日はいつもより暑いのか、女将のスポーツクラブの予約の時間までひと眠りした。立体駐車場からホームセンターまでの間を、重い荷物を持って歩いただけで、またぐっしょりと汗をかきました。蕎麦屋に戻れば、店の清掃も終わりの頃で、職人さんの親方と綺麗になった厨房や流しを確認して、今日は3時前には帰ったのです。午前中に買って帰った玄関マットを敷いていたら、リフォーム業者の担当者や蕎麦打ち室のブラインドの業者が来て話をしていった。新しく綺麗になった玄関は、外履きを脱いで入る形になるので、家に戻ってもう一度今度はスリッパを買いにホームセンターに行く。


8月22日 金曜日 午前中にもう汗だくになって…

 今朝も朝の6時前から蕎麦屋に出掛けて、駐車場の植木の剪定を始めました。背の低い木をある程度終わったところで、今度はヤマボウシの伸びた枝を切っていくのです。切った枝が飛び散らないように、左手で一本ずつ根元を持って右手の剪定ばさみで切っていくのです。切った枝を後から拾って袋に入れるのでは手間がかかるから、一人で剪定するときはこの方法が一番早い。ゴミの袋が一杯になるまで約40分。もう汗でびっしょりなのでした。

 家に帰れば今朝も和洋ぐしゃぐしゃに取り混ぜた朝食が待っていました。メインディッシュのベーコンエッグとハッシュドポテトを先に食べて、ご飯は納豆と味噌汁とで食べるのが亭主のせめてものこだわりなのでした。食後は書斎に入って横になり、ひと眠りするのです。1時間ほど眠ったら、プールに出掛ける用意をして、蕎麦屋に行って蕎麦を打つ。蕎麦打ち台が撤去される前に、残った蕎麦粉を使ってしまおうと、今日は10割の蕎麦を打って家に持ち帰る。

 それでもまだ蕎麦粉は残っているので、日曜日に最後の蕎麦打ちをして、それでも蕎麦粉が残ったら、家でガレットにでもして食べようか。玄関で女将に蕎麦と蕎麦汁を渡したら、そのままプールに向かう。ちょうど10時前で着替えてプールに行けば泳げる時間なのです。駐車場に車を止めて暑い空中通路を歩くだけでも、もう汗がほとばしり出てくる。湿気が相当にあるのでしょう。金曜日だからかプールはかなり混んでいた。ひとコースを四人で泳ぐのです。

 早めにプールを出て、今日は地階のスーパーに寄って海老とオクラを買った。昼の蕎麦に添える天麩羅を揚げるつもりなのでした。11時には家に戻ってひと休みしたら、台所に立って大釜の湯を沸かしている間に、天麩羅を揚げ始める。蕎麦粉10割で打った蕎麦は、思ったり美味しくなかった。やはり二八で打った蕎麦が江戸の昔から好まれる理由なのです。喉越しが良くスルスルッと食べられる。ひと休みしたらまた書斎に入ってゆっくりと昼寝をするのです。

 女将はその間に熱い中をスポーツクラブに出掛ける。1時間ほどで目が覚めて、冷たい蕎麦茶を飲んで一服するけれど、まだ暑い時間帯なのでエアコンを入れて涼みながらテレビで映画を観る。3時を過ぎて女将が帰ってから、やっと重い腰を上げて蕎麦屋に出掛けるのでした。奥の亭主の部屋になる広い座敷に入って、押し入れの中を覗いてゴミに出すものを物色する。二つの大鍋や漬け物の樽は押し入れの奥にしまっておくしかない。明日女将と片付けよう。

 玄関の扉の内側と外側に買ってきたマットを敷いたけれども、内側のマットはちょっと狭すぎる。もう少し買って来て広げた方が使い易いかも知れない。厨房で小物の洗い物をしていたら、宅配便が届いて開けて見れば、日曜日に届くはずの玄関の物入れがもう来たのです。明日はプールをお休みにして朝から組み立て作業に取りかかるしかない。午後は女将と押し入れのゴミを整理する予定なのです。いろいろな事を同時進行でやらなければいけないので大変。


8月23日 土曜日 物入れ兼下駄箱のパーツでパズルの一日で…

 夕べは暑かったのか2時間おきに目が覚めて、明け方近くにやっと4時間ほどまとめて眠れたのです。朝飯前のひと仕事には出掛けられずに、目覚めたらもう朝食の時間なのでした。蕎麦屋の駐車場の剪定は出来なかったけれど、食後のひと眠りもせずに蕎麦屋に行って、昨日届いた重い梱包を開けるのです。物入れ兼下駄箱の寸法は高さが180cm近くあるのに、その半分以下の大きさで届いたものだから、部品が多すぎてまず設計図をじっくり見ておくのでした。

 ところがどれが何処の部分なのかが分かるまでに、1時間以上も時間がかかった。よく見れば、それぞれのパーツに番号が貼ってあり、設計図と照らし合わせれば分かる仕組みなのでした。まずは正面の扉の部分を机の上に並べて見れば、高さに当たる部分が半分に切ってあるので分かりにくい。継ぎ足す材料を揃えたけれど、もう昼の食事の用意をしなければならない時間になって、机の上に並べて、後は組み立てれば好いようにして家に帰るのでした。

 昼食は昨日の蕎麦も残っていたけれど、二日続くのも躊躇われたので、今日は冷やし中華にすることにしました。暑い日が長く続くので、冷やし中華とざるラーメンと素麺を交互に食べる日が続く。麺は買ってあったから、家にある食材だけで具材を作り、今日も美味しく頂くのでした。やはりシマダヤの冷やし中華は麺のコシと好い、スープの味と好い、他社のものとはひと味違うのです。満足してひと休みしたら、エアコンの効いた書斎に入ってひと眠りする。

 1時間ほど昼寝をしたら、1時半には蕎麦屋に出掛ける。女将は歩いて後からやって来るのでした。亭主が午前中の物入れ兼下駄箱の扉を作る間に、女将は奥の八畳の押し入れを片付けてくれた。陽が出ていたので、亭主は駐車場に物干し台を出して布団を干しに行く。一度に一枚しか干せないので非能率的だけれど、その分仕事量が少ないから楽ちんなのです。女将が片付ける押し入れには、蕎麦屋の開業当時に買った器が沢山手つかずのまま入っていた。

 蕎麦湯を入れるために、千葉のそごうで揃えた瀬戸焼だったが、後で船橋の東武でもっと好いものを見つけたので、実際には使わなかった。今考えると勿体ないことをしたが、当時は蕎麦屋のイメージ作りに器は欠かせない物だったから、必死だったのです。店舗側のテーブルでは、やっと物入れの扉部分が出来上がる。もう3時になっていたので、今日の仕事はこのくらいにして、女将と玄関のマットを買い足しに駅前のホームセンターまで行くのでした。

 帰りは女将が歩いて帰ると言うので、亭主は蕎麦屋に戻って玄関マットを敷き足しておくのでした。明日の仕事を確認して家に帰れば、暑い中を2㎞近い距離を歩いて帰った女将は、汗だくになっている様子だった。今日は朝飯前のひと仕事もプールもお休みにしたから、亭主は何も運動をしていない。35℃を越える暑さの中で身体を動かすのは難しいのです。明日は朝飯前のひと仕事で、駐車場の剪定の続きをして、朝食後はお袋様と買い物に出掛ける予定です。


8月24日 日曜日 今朝も女将に起こされて朝食を食べる…

 夕べもエアコンのタイマーをセットして眠ったけれど、タイマーが切れたら今度は暑くなって目が覚めたのです。すぐには眠れずに居間でテレビの映画を観ていたら、今度は眠れなくって、結局、明け方になって眠りに落ちるのでした。女将に起こされて朝食を食べるのですが、今日も食後のひと眠りは出来なかった。明日の月曜日にはまた蕎麦屋の工事が入るので、今朝は日曜日だけれど、お袋様と買い物に出掛けるのです。その前に蕎麦屋に寄って布団を干す。

 日曜日だったけれど、朝から暑いからか、農産物直売所も隣町のスーパーもそれほど混んではいなかった。女将の書いてくれたメモを見ながら、買い物をしていけば、『なし』と書いてあったので、農産物直売所で地元で取れた梨を4つと、スーパーで安売りしていた小さなものを二つも買ってしまった。その他に桃も買ったから、今日は肉と魚以外に余り買わなかったのに、7000円もかかってしまった。銚子産の鰯が8匹で200円と安かったのが唯一の救いでした。

 お袋様を送って以前のように蕎麦屋の買い物がないから、そのまま家に戻ってガレージに車を入れれば、女将が階段を下りて荷物を取りに来てくれた。明日の職人さん達に出す飲み物があったので、袋4つ分もあったのです。居間の部屋に入ってエアコンを点け、ドジャース戦を観ながらとにかくひと休み。朝から外は暑いので車で移動していたのにもう汗びっしょりなのでした。11時になったら、亭主は台所に立って天麩羅を揚げ始める。今日は鰯の天麩羅。

 蕎麦屋で使っていた胡麻油も高級天ぷら粉も随分と残っているので、当分は家で亭主が天麩羅を揚げることが多くなりそう。夏野菜のナスやピーマンを加えて開いた鰯を揚げれば、女将も美味しいと言って完食するのでした。揚げたての天麩羅をおかずにしながら、蕎麦を食べるのはとても美味しい。食後は日本茶をもらって食休みしたら、ドジャース戦を最後まで観ないで、書斎に入ってひと眠りするのでした。女将のスポーツクラブの予約の時間に起こされる。

 予約を取り終えたら、今日買ってきた梨が剥かれて出て来た。果物好きの女将のお蔭で、亭主も毎日のように果物を食べるようになったのです。2時半には二人でまた蕎麦屋に出掛け、昨日の片付けの続きをする。亭主は蕎麦打ち台が明日撤去されてしまうので、残った蕎麦粉を使って、最後の蕎麦を心を込めて打つのでした。それでも蕎麦粉はまだ少し残ったから、家で昼飯にガレットを焼いて食おう。女将は押し入れの中を綺麗に掃除してくれたのです。

 12年前に買った布団のうちひと組は、袋からも出していないまま残っていた。今日で他の布団は干し終えたけれど、これもやはり干しておいた方が好いのだろう。住んでいなかった分、蕎麦屋の押し入れはすぐに片付いたけれど、残るは戸棚の中の食器類の処理なのです。明日は職人さん達が蕎麦打ち台の撤去をしている間に、店舗側のテーブルで、物入れ兼靴箱の組み立ての続きをしていれば好いだろうと考えている。朝飯前の剪定は起きられればやろうと思う。


8月25日 月曜日 今日は蕎麦打ち台の撤去の日…

 午前4時前に蕎麦屋に出掛けて、出汁取りの準備をしたら、職人さんに出す飲み物を、保冷剤と一緒にクーラーボックスに入れておきます。それから物入れ兼靴箱の作成に取りかかるのです。コーヒーを沸かして飲みながら、設計図を見て次の仕事を考える。何日か続けて、やっと組み立ての設計図が解るようになったから嬉しい。側板の右左を並べて、指示通りに繋いでもの掛けのフックを取り付けたらひと休み。外はだいぶ明るくなってきたのでした。

 6時なったら長い剪定ばさみをとビニール袋を持って、駐車場に出てヤマボウシの高いところの剪定を始める。虫よけスプレーを点けずに作業を始めたら、寝起きのママの半ズボンだからすぐに蚊に食われた。急いで店の中に戻ってスプレーを点けてくる。剪定ばさみは片方で枝をくわえる仕組みになっているから、切った枝は同じ場所に落とすことが出来る。30分ほどやったら鋏の長さでもう腕がだるくなったので、切り落とした枝をビニール袋に入れるのです。

 今朝の朝飯前のひと仕事は、なんと2時間以上もやったことになります。7時前に家に戻って、女将の用意してくれた朝食を食べるのでした。書斎に入って1時間ほどひと眠りしたら、再び蕎麦屋に出掛けて、物入れ兼靴箱の作成の続きを始めながら、職人さん達が来るのを待つ。9時前に大工さんと業者の係員が来て、いよいよ蕎麦打ち台の撤去が始まる。養生シートを敷き、電動ノコギリの切り滓が飛ぶというので、冷蔵庫まで綺麗にビニールで覆ったのです。

 亭主は厨房に入って恐らく最後の出汁取りを始め、小一時間はこの作業を続けるのでした。3㍑ほどの一番出汁に返しをくわえて、二番出汁はそのまま鍋に入れて冷蔵庫に入れておきます。物入れ兼靴箱の作成は順調に進み、大工さん達が休憩に入ったところで、亭主も家に戻って昼の支度をする。昼食は蕎麦もあったけれど、天麩羅を揚げる手間を考えて、ざるラーメンと餃子にするのでした。女将のスポーツクラブがあるから、時間に追われているのです。

 食後は書斎に入って横になり、1時間ほど眠ったらテレビで昔観た『エイリアンⅡ』をやっていたので、懐かしくてついつい最後まで観てしまう。蕎麦屋に行けば、今日の作業はもう終わりの頃で、業者の担当者が蕎麦打ち室の掃除をしていた。監督もやって来て、作業の結果を確認していった。蕎麦打ち台がなくなった部屋はがらんとして、三畳間ほどで結構広く感じた。ここに居間自宅で使っている机を入れる予定なのです。4時半まで工作の続きをやったら、明日の段取りを確認して家に帰るのでした。


8月26日 火曜日 暑さが続いても季節は移り変わっている…

 今朝も5時前に目覚めてコーヒーを一杯飲んだら、蕎麦屋に出掛けていったのだけれど、まだ陽は昇っていないのでした。厨房に入って昨日の洗い物の後片づけをしていたら、やっと森の影から朝日が昇ってきた。暑さは続いているけれど、日の出の時間は確実に遅くなっているのでした。外が十分に明るくなるまで、物入れ兼靴箱の組み立て作業の続きをして、6時になったら長い剪定ばさみを持って駐車場に出るのでした。外は蒸し暑く亭主の動きも緩慢です。

 30分ほど長い剪定ばさみを使って枝を切っていたら、もう腕がだるくなって今日はここまでと諦める。ちょうどビニール袋も一杯になって、ゴミに出しておくのです。今週のゴミは蕎麦屋の片付け物もあったので、90㍑のビニールに6袋もあった。月に100kgまでで6000円の契約だけれど、オーバーすれば超過料金を取られる。でもそんなことを気にしてはいられないのです。7時前に家に帰って食卓に着けば、今朝はホッケの塩焼きと野菜と味噌汁でした。

 今日はスポーツクラブもお休みだから、次の時間に追われないので、ゆっくりとひと眠りをして、着替えを済ませたら床屋に出掛ける。8時半からやっているけれど、暑い朝にそんなにお客も来ないだろうと9時過ぎに床屋に着いたら、マスターは奥の部屋で涼んでいました。「お元気ですか?」「ぼちぼちですね」といつもの調子で話をしながら、綺麗に頭を刈ってもらい、髭もすっきり剃ってもらったのです。帰り道で買い物に出た女将と顔を合わせるのでした。

 交差点の信号待ちで声を掛けたけれど、こちらに気づかず暑そうに歩いて行く。先に家に帰ってドジャース戦を観ながら、昼の支度をする亭主。まずは天ぷら粉を用意したら、ナスとピーマンを切って、小さな天麩羅鍋だから少しずつ揚げていく。隣の火口では蕎麦を茹でる大鍋を沸かしておきます。伸ばし海老は女将が買って帰る予定だから、この暑さの中を歩いてくるから解凍する手間が省けると思っていたら、玄関のドアが開いて女将が帰ってきたのです。

 ドジャース戦は幸先良く勝っていた。二八で打った蕎麦を茹でて盛り付けたら二人で昼食タイム。一度に2.5人分の蕎麦を茹でたせいか、思っていたよりも美味しく食べられなかった。やはり蕎麦屋の大きな鍋で茹でるのとは違うのです。前にも同じ事があったので、次回は一人分ずつ茹でて食べようと思った。食後はお茶をもらって書斎に入ってひと眠りする。女将は仕事部屋に入って月の提出物を書いている。1時間ほど眠ってスポーツクラブの予約をする。

 女将の剥いてくれた甘い梨を食べ終えたら、亭主は蕎麦屋に出掛けて、物入れ兼靴箱を完成させようと頑張った。ずっしりと重いけれど、設計図に従って作ったから、上手く出来たのです。自分で組み立てる手間は大変だったから、16、000円はちょっと高いような気もした。明日は昨日届いたKenwoodのミニコンポの梱包を開けて、10年以上使った今のコンポと取り替えようと思うのです。綺麗になった押し入れの中に布団をしまって、4時半には家に戻るのです。


8月27日 水曜日 夕べもかなり暑かったのか、眠れなかった…

 夕べはやはり暑さで4時間ほど眠ったら目が覚めて、すぐには続けて睡れなかった。明け方になってやっと眠気がやって来たので、また2時間ほど眠ったらもう朝食の時間なのでした。女将に起こされて食堂に行けば、ハッシュドポテトとベーコンエッグのおかずで朝飯を食べる。和洋の混在したどうも馴染めない食事なのです。大根の千切りの味噌汁が美味しいと言えば、「蕎麦屋から持って来た二番出汁を使いましたよ」と女将が応えるのでした。

 食事を終えて書斎に入ってひと眠りしたら、9時には洗面と着替えを済ませて蕎麦屋に出掛ける。明日からまた沢山の職人さん達がやって来て、店舗部分の改修が始まるので、工事の場所の荷物を片付けなければならないのです。壁と天井、トイレと厨房と、明日は結構盛り沢山なのです。施工場所の確保が終わったら、昨日取りだした新しいコンポを取り出して、線を繋いでみる。コードのない機器といってもスピーカーとアンプは繋がなくてはならなかった。

 電源を入れてCDをセットしたら、上手くなることが分かってまずは安心。古いコンポは寝室にでも持っていって聞くことにしようと考える。11時前に家に戻って昼食の支度を始めた、女将が錦糸卵やキュウリの千切りを作っておいてくれたので、亭主はモヤシや肉や麺を茹でて、定番の冷やし中華を二人で食べる。シマダヤの冷やし中華は相変わらず美味しいのです。でもマンネリ化して来たので要注意。食後はとジャース戦も観ずにしっかりと昼寝の時間。

 昼寝から寝覚めれば女将はもうスポーツクラブに出掛けている。女将が作っておいてくれた冷たい蕎麦茶を飲んで、蕎麦屋に出掛けるのです。午後は新しいコンポにアンテナを繋いで、FMとAMのラジオが聞けるかを試す。無事に電波を捉えて、幾つかの放送局の番組を聴くことが出来ました。古いコンポでは一度も聞けなかったのは、+と-の線を付け間違えたのかも知れなかったのです。明日の業者の作業の場所を空けて、4時半には家に戻りました。

 女将が台所で夕食の支度を始めて、亭主は晩酌の準備を始める。4対4対2の割合で、朝昼夕の食事を摂るのが好いと新聞に出ていたとかで、最近は夜の食事が少なくなった。確かに体重は減ってきているから効果はあるのかも知れないけれど、それで満足できるかとうかが問題のような気がする。少し肉でも入れてもらえば、お腹が減らないからと言ったら、今夜はナスとピーマンの新焼に豚バラ肉が入っていた。女将と明日の予定を話しながら夕食を終える。


8月28日 木曜日 午前中は曇り空で蒸し暑い一日でした…

 今朝も夜明け前から目覚めていたけれど、なかなか明るくならないので、コーヒーを飲みながら古い映画を観ていました。8時半になったら、着替えて洗面を済ませ、蕎麦屋に出掛けたのです。今日は蕎麦打ち室のクロスの張り替え、トイレの床の張り替え、厨房のダウンライトの交換と沢山の業者が来るので、早めに蕎麦屋に行って、まずは冷たい紅茶を飲みながら一服。昨日のメールをチェックして、ブログを読み返しておく。待ち受け画面は旧友との写真。

 6時になったら駐車場に出て、長い剪定ばさみでモミジの枝を切っていく。ヤマボウシとの間の枝を梳いていけば、だいぶ見通しが好くなってきた。右隣の金木犀の枝は、手に持った剪定ばさみで、駐車場に車が停めやすいように枝を払っておくのでした。40分ほど頑張って90㍑のビニール袋一杯がになったら、西側のゴミ箱の脇に積んでおく。7時前になったので、家に戻って朝食を食べる。今朝は銀だらの煮付けがメインディッシュで、お新香も美味しい。

 午前中に車が4台もやって来て、トイレの便器や蕎麦打ち室のミニ水道などを取り外し、蕎麦打ち室はクロスの張り替え作業が始まった。現場監督は始まりと終わりに顔を出す。亭主は11時前には家に戻り、天麩羅を揚げて蕎麦を茹で、昼食の支度をするのでした。食後は書斎に入って30分ほどひと眠り。12時半には再び蕎麦屋に出掛けて、椅子を並べて足を投げだし、職人さんが昼の休憩時間だから、昨日セットしたコンポの視聴をしてみるのでした。

 昔のCDを取り出して、懐かしい曲を聴く。ピーター・ポール&マリーは、来日公演の時に中野サンプラザに聞きに行ったのです。レコードはそのうち聞けなくなるだろうと、会場でCDを沢山買ったのを覚えている。マリーも随分と太って、皆、歳を取っていたのでした。ほとんどの曲の歌詞を覚えているから、若いときの記憶というのは素晴らしい。蕎麦屋の客に聴かせるのではなく、自分の好きな曲を聴けるようになったのも、一つの楽しみなのでした。

 蕎麦打ち室の壁も綺麗に張り直してくれて、トイレの床も新しいクロスが敷かれていた。天井のクロスのひび割れも修繕してくれて見た目では判らないほど綺麗になったのです。4時を過ぎた頃に、監督と現場の担当者もやって来て、すべての道具の片付けを始めるのでした。明日は勝手口の扉の取り替えと、亭主の勉強部屋になる蕎麦打ち室のブラインドが付けられて、残すは厨房のガスコンロとオーブングリルの取り替えだけとなりました。

 午後から来てくれた女将のお蔭で、厨房の引き出しの中も綺麗に片付けられたし、蕎麦徳利や小鉢などもゴミに出す準備で、亭主の車のトランクは一杯になった。後は蕎麦皿や盆の始末が大変だろうと思うけれど、女将に任せれば躊躇なくゴミ袋に入れられるから、次の土日に期待しよう。厨房の外の押し入れや戸棚の食器類は、その後にまた片付けるとして、取りあえずは新しい台所は女将が使いやすいように生まれ変わるのでした。寂しさは隠せないけれど。

 女将も職人さん達も皆帰って、亭主は作ったばかりの物入れ兼下駄箱を、玄関の入り口にセットして、一つだけ残ったテーブルを椅子と共に置く場所を決める。その奥には、家にある長年使った古い応接セットを運んで来る予定なのです。30年以上前でも30万円以上もしたすべて一枚板のものだから、表面はだいぶすり切れているけれど、使い勝手は好いからどうしても捨てられない。明日は、午後から医者に行って血圧と痛風の薬をもらって来なくてはいけない。


8月29日 金曜日 今日はまた朝から暑い一日でした…

 今朝も朝の6時前から蕎麦屋に出掛けて、駐車場のモミジと金木犀の剪定を始める。根気よく少しずつ枝を切り取っていけば、葉に隠れた向こう側の空が見えてくるので、やり甲斐がある。歳を取って辛抱強くなったからか、あと何日かで終わるだろうと楽観的なのです。40分ほど頑張ったら、ビニールのゴミ袋も一杯になって、7時前に家に帰って朝食を食べる。今朝はハッシュドポテトにベーコンエッグと昨日の天麩羅煮に、とろろ芋とキュウリがついた。

 昨日、現場監督に今日は何時から始まるのかと聞いたら、9時半頃でしょうということだったので、9時前には蕎麦屋に着いて、冷やした飲み物と保冷剤をクーラーボツクスに入れて、カウンターの上に置いておく。そして、カウンターの隅にセットした新しいコンポで今朝はボブディランのCDを聴くのでした。彼も来日公演の時に聴きにいったアーティストの一人。P.P.Mと同じく高校時代に本当によく聴いたミュージシャンだったのです。

 持っていたCDに入っていた曲が初期の曲ではないから、これはずっと後で買ったものなのでしょう。スピーカーから流れる音がやけに鮮明に聞こえるのでした。でもやはり一般受けしないから、蕎麦屋の店などでは流せなかった音楽なのでした。最近テレビで観た昔の映画で「ビリーザキッド」という作品があったけれど、この映画で流れる歌声がボブディランでした。本人も端役で登場していた。今となっては昔のことだけれど、亭主にとっては宝物なのです。

 そのうちに、業者がやって来て、勝手口のドアを取り替えていった。これであとはオーブンとガスレンジが交換されれば、女将の使う台所としては立派すぎる厨房なのでした。ダブルキッチンというのは一般家庭ではなかなかないと思うのです。作った時に業務用のコンロを入れなかったのも、将来、こんなことにもなるのかと予想していたのかも知れない。蕎麦を茹でる大釜二つは、押し入れの中にしまった。コンロはこれからどうやって使いこなすことやら。

 昼前に今度は、蕎麦打ち室のブラインドを取り付けに、業者がやって来た。ものの30分ほどで取り付けは終了する。店のプラインドと同じ物で「10年以上も前の物なのに同じものがあるんですね?」と亭主が言えば、「まだ廃番になっていなかったのですね」と珍しがっていた。売れ筋の商品は廃れないのかも知れない。完全に外が見えない厚手の生地と、外も見えて薄く光が差し込む生地との二重の構造になっている。パソコンを打つのに机と本棚を入れるだけ。

 業者も帰ってちょうど11時。家に帰れば女将が麺を茹でる大釜を火にかけて、亭主の作った餃子を冷凍室から取り出していた。ものの10分で餃子は焼き上がり麺も茹で上がって、二人でラーメン・餃子を美味しく食べるのでした。食後は書斎に入って小一時間ひと眠りをする。その間に女将はスポーツクラブに出掛け、目覚めた亭主は玄関に出したままの段ボールを紐で縛ったり、廊下の書籍のカバーやケースを紙ゴミの袋に詰め込んでおくのでした。

 4時半になったので、そろそろ医者に行かなくてはと出掛けて行ったけれど、30分ほど待って久し振りに先生に会う。血圧は130でまずまずだった。ひと月前に採血した結果は前立腺癌の気配はないが、尿酸値やコレステロールや中性脂肪の値が高いと言われた。プールに通うようになって少しは好くなっているはずだけれど、これからが勝負だとやる気が出てきたのです。引っ越しの業者が来るまで来週は暇だから、早速、明日もプールに出掛けようと思います。    
 この土日は駐車場の剪定をなんとか終わらせて、家の本棚も空にしなくてはいけない。押し入れに入ってる本の整理もあるけれど、まずは引っ越し屋さんに蕎麦屋に運んでもらうものから空にしていかなくてはならない。それからがまだまだ大変で、蕎麦屋の南側の庭の木々を綺麗に伐採しなくては。そして、洗濯物を干す物干し台を設置しなければ。洗濯機もあちらに運んでしまうから、干せる場所を作ってやらなければ。当分、忙しさはなくならないのです。


8月30日 土曜日 今日は久し振りにまたプーへ出掛け…

 朝の5時過ぎに家を出て蕎麦屋へ来たけれど、まだ目が醒めていないのでコーヒーを淹れてひと休み。朝飯前のひと仕事は、このところずっと続けている駐車場のモミジの剪定です。下の方の枝を切ったので、今日は脚立を出して少し上まで切っていく。でも、脚立の上の方には昇るのは怖い。随分と刈り込んで、中の枝が見えるようになった。脚立を降りて地面に立ち、剪定ばさみを長く伸ばして上の枝を少し切ってみた。あと一日では終わりそうにないのです。

 隣のキンモクセイも脇だけ切って、ビニール袋が一杯になる時間なのでした。ちょうど7時前で帰る時間となったのです。向かいのサツマイモ農園の若旦那が、「お早うございます」と挨拶をしてくれた。先日、蕎麦屋で使っていた看板を持っていってもらったので、今日は「うちで使っていたレジスターを使わない?」と尋ねてみれば、二つ返事でもらいますというので、持っていってもらった。9月からは事務所も作り始めるというので、何かの役に立ちそう。

 家に戻ればもう朝食の支度が出来ていました。今朝はもう魚が一人分しかないというので、ハッシュドポテトと納豆がついた。考えたら今週は月曜日に大工さんが入ったので、その前日の日曜日に亭主がお袋様と一緒に買い物に行ったきりなのです。家の食材がなくなるのは当然のこと。暑い最中を2kmも歩いて、女将が生ものを持って帰っては来られないのです。美味しく頂いて、亭主は冷房の効いた書斎でゆっくりとひと眠りするのでした。

 蕎麦屋の改修工事がほとんど終わったので、この週末は何も予定がなかったから、今朝は久し振りにプールに出掛けて行きました。空は青く、外は午前中から相当な暑さなのです。土曜日なので、プールの半分のコースは小さな子ども達の水泳教室で、残りのコースで年配の人たちが、ちらほらと歩いたり泳いだりしていました。準備運動を終えて亭主も水の中に入る。久し振りだけれど、やはり泳ぐのは気持ちが好い。背泳ぎ、クロール、平泳ぎと飽きるまで泳ぐ。

 11時前に家に帰れば、女将はまだ買い物から帰っていなかった。ドジャース戦が始まっていたので、テレビで観戦していたけれど、どうも今日は調子が悪い様子。毎日のように試合をしているから、熱い中を疲れも出て来るのでしょう。女将が汗だくになりながら帰って、亭主も台所に立ち、鯖の缶詰と玉葱でおかずを作り、素麺を茹でるのでした。1時間ほど食休みをしたら、二人で蕎麦屋に出掛けて片付け物の続きをする。今日も沢山の皿や器をゴミに出す。

 取りあえずは厨房を女将の使う台所として、使えるようにしなければいけないのです。戸棚の手の届くところにある要らない食器はすべて処分。女将がその作業をする間に、亭主はレジの置いてあった会計の机の上を綺麗にする。この場所は次は何に使うのだろうと考えながら、古いコンポは亭主の部屋になる奥の八畳の机の上に持っていく。引っ越し屋が運ぶ箪笥や本棚を置く場所は空けて、ベッドを置いても、柔軟体操の出来る十分に広いスペースが出来る。

 昼の一番暑い時間帯に、エアコンを効かせて2時間ほど二人で頑張った。瀬戸物を入れた重い沢山のゴミ袋は、すべて車のトランクに積んで、ゴミ出しの日にそのまま集積所まで運んで行く予定なのです。家に帰って冷たい梨を剥いてもらったら、ひと休みして食料を買い出しに出掛けるのでした。女将も今日の暑さで参っているようだったから、夕食は揚げたての熱々のカツを買って帰った。今夜も熱帯夜らしい。明日の朝は剪定剪定作業をするのだろうか。


8月31日 日曜日 いよいよ8月も終わりなのに…

 今朝も5時前に目覚めて、コーヒーを淹れて居間の部屋で、ゆっくりと明るくなるのを待つのでした。夕べは10時には椅子に座ったまま意識が遠のき、気が付けば11時を過ぎていたので布団に入る。昨日は昼寝をしなかったからよく眠れたのかも知れない。身体が回復してきたら、今朝も蕎麦屋の駐車場の木々の剪定をしようと思い直して、6時には家を出る。向かいの農家がもう枯れ草を燃やしているのでした。生木の燃える匂いが道路のこちらにも漂ってくる。

 モミジの木の外側を剪定し終え、建物側の枝を落として中に脚立を立ててみれば、去年までに切った太い幹の先から、新しい枝が四方に伸びている。この元から切らなければ、どんどん枝は伸び広がるばかりなのです。剪定用のノコギリを手にどんどんと枝を落としていけば、随分と見通しが好くなった。散水用の水道の蛇口やメーターのある窓際はやはり開けておかなくてはならないのです。小一時間ノコギリを使ってすっきりとしたところで終わりです。

 気温はそれほど高くないのに、今朝は猛烈な蒸し暑さで、亭主は家に帰ってびしょ濡れになった下着を替えなければいけなかった。昨日買って帰った鰯が蒲焼きになって、今朝は鰯の蒲焼き丼。美味しく頂いてお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りしようとしても眠くならない。仕方がないから廊下の本棚にある書籍の整理をするのでした。捨てる本は紐で括って残す本は段ボールに詰める。本のケースやカバーは紙ゴミの白い袋に入れておくのです。

 本棚一つ分が空になったところで、そろそろプールへ出掛ける時間になりました。この廊下の本棚はあと一つ分を空にしなくてはならない。取りあえずは、引っ越し屋さんに蕎麦屋に運んでもらう大きな入れ物を、空にしておく必要があるのです。あと二日はかかると計算するのでした。漱石全集とギリシャ神話の全集だけ残して、他は紐で括って捨てるしかない。プールの用意をして玄関を出れば外はもの凄い暑さになっている。エアコンの効いた室内は涼しい。

 今日は駐車場に車を止めて、屋外にある階段をプールまで上っていった。二階の連絡通路から30段ほど昇った所に、三階の広場がある。そこから左手に見えるのがプールのあるスポーツクラブの建物で、入り口は四階だからまた階段を昇らなくてはなない。一階部分にスーパーやその他の店が入って、二階は広いホームセンターにペッとショップが連なり、市役所の出張所などがあり、三階がこの地区の開発業者のセンターのある随分と巨大な建物なのです。

 10時から入れるプールに着けば、子ども達のスイミング教室が今日は4コースも使っている。日曜日の大人のコースは泳ぐコースと歩くコースに分けられているけれど、今日は誰もいない時間に亭主は水に入ることが出来ました。ゆっくりと泳いでいる間に少しずつ常連さんたちがやって来て歩き始める。泳ぐ人はほとんどいない。30分もすればもう飽きてしまう。家に帰って昼の支度をすれば、女将が買い物から帰る。昼食はスパゲッティーミートソースです。

 昼食後に今日は1時間ほど昼寝をした。起き出して女将の部屋を覗けば、退屈そうにしていたので一緒に隣町のホームセンターに出掛ける。目的は蕎麦屋の女将の部屋から庭に降りる踏み台を捜すことなのでした。何ヶ月ぶりかで行ったホームセンターは、随分と商品の配置も換わって、資材館に行って木製の既製品を捜すのです。目当ての踏み台を見つけて、蕎麦屋に持ち帰って実際に外に置いてみる。女将にも上り下りしてもらったけれどちょうど好かった。

 亭主の部屋の前は、まだ手入れもしていないから、タラの木が生い茂っているけれど、駐車場の剪定が終わったら、いよいよこちら側の木を伐採する予定なのです。下に家が出来ていない頃には、陽当たりが好かったので、畑を耕して沢山の野菜を作っていました。今度はお隣の庭に続く東側の庭と、南側の女将の部屋の前には花を植えて、亭主の部屋の前には何か作物を植えようと思っています。気の長い話だけれど、来春までには確実に綺麗な庭になる。

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2025年8月中旬



8月10日 日曜日 忙しかった午前中、一日中雨が降った…

 5時半に目が覚めて、外はまだ雨が降っていなかったので、今朝は昨日切り倒したスモモや名も知れぬ木の枝を払う仕事を始める。長ズボンだけ履いたら、半袖から出る腕には虫よけスプレーを振りかけて、剪定ばさみでチョキンチョキンと丹念に枝を払っていく。30分ほどしたら90㍑のビニール袋が一杯になったから、雨が降っても好いように、ウッドデッキに置いておくのでした。女将も起き出して朝食の支度を始めたから、すぐに食事にありつけたのです。

 今朝も食事の後はひと眠りをせずに、8時半には蕎麦屋に出掛けて、久し振りに蕎麦を打つ。蕎麦粉がまだ残っていたので、蕎麦汁をつくったからたまには蕎麦を食おうと頑張ったのです。ところがやはり毎日打っていないものだから、水の量を間違えて少し柔らかくなったしまう。後から蕎麦粉を足して捏ねたのだけれど、まだ足りなかったのです。9時半には家に戻り、プールへ出掛ける支度をして、連続5日目の水泳を楽しむのでした。

 ところが日曜日も朝から子供の水泳教室が始まっていて、一般の人が泳ぐコースは、歩くコース以外に1コースしかなかった。昨日よりは歩く人も少なかったけれど、泳ぐコースにはいつもと同じ親父様が一人、変則的なフォームでコース一杯に身体を広げて泳いでいるのでした。毎日、泳いでいるから立派なのですが、すれ違うときにどうしても手や足がぶつかる。それを気にしながら、50m泳ぎ種目を替えながら100m泳ぎ、彼の通りすぎるまでコーナーで待つ。

 プールの帰りに蕎麦屋に寄って、朝打った蕎麦を食べるためには天麩羅があれば好いからと、まだ残っている伸ばしエビを揚げて家に持って帰る。野菜は何もなかったけれど、海老の天麩羅があれば女将も喜ぶだろうと考えたのです。綺麗に洗って乾かした天麩羅鍋に新しい油を少しだけ入れて、戸棚に片付けたボールを取り出し、天ぷら粉を用意する。フリーザーに入っている山葵も持って帰らなければ。昼は久々に打ち立ての蕎麦を揚げたての天麩羅で食べる。

 昼食後はさすがにひと眠り。1時間ほど眠ったら、女将のスポーツクラブの予約があるので、居間の部屋に行ってドジャース戦の最後を見届けて時間を待つ。仕事部屋から出て来た女将が、「あと二枚だけ書いたら終わりにする」と言って桃を剥いてくれた。手本が気に入らないから、自分で書いているので大変なのだと言う。外はまた雨が降っているから、亭主はその間に蕎麦屋に出掛けて、油の付いた小さな漉し器を重曹と台所洗剤で洗ってくるのでした。

 今日はお遣いにも出掛けられそうもないので、二人で隣町の魚屋スーパーに行くことにした。果物と魚を買って、夜はまた活きの好い鰯を手に入れたからと、新しいレシピで料理を作ったようだ。生姜醤油で漬けた鰯に片栗粉を付けて揚げるだけの料理だけれど、いつもの蒲焼きの甘い味つけと違って、檸檬を搾って酒の肴にはちょうど好かった。メインデッシュが出来上がるまでに、亭主は鶏の唐揚げとフライドポテトをチーンして焼酎の炭酸割りを飲み始める。

8月11日 月曜日 連休最後の日も午前中は雨で強い風が…

 夕べはなかなか眠れずに1時過ぎまで起きていたので、今朝は目覚めたらもう6時を過ぎていた。夜に雨が降って風も激しかったので、庭仕事も出来ずに朝食までドジャース戦をテレビで観ていた。今日は午前中にお袋様と買い物に出掛ける予定があったので、プールはお休みにするつもりなのでした。5日間連続で通ったから、身体も少し疲れているし、無理にこなそうとストレスを掛ける必要もない。居間の畳マットで柔軟と腹筋運動を繰り返すだけ。

 農産物直売所に行けば、顔見知りの農家のご夫婦が、茄子やオクラやゴーヤなど夏の野菜を並べていた。「キュウリはもう終わりなのかな?」と言えば、違う農家の親父様がキュウリを運んで来る。隣町のスーパーに行けば、昨日も来たから今日はあまり買うものがない。女将に言われた梅干しと若布を忘れずに買って帰る。昼の食事は昨日打った蕎麦の残りを茹でて食べる。鰯の蒲焼きと焼売の残りも女将と半分ずつ食べた。上手く打てなかった蕎麦は不味い。

 食後は眠くならないので、書斎で横になって少し休んだだけ。早めに蕎麦屋に出掛けて、ほうじ茶を沸かし、コーヒーを淹れる準備をしておいた。約束の時間に業者の男性がやって来て、今日は内装工事の日程表を持って来てくれた。コンロとコンベックの交換だけが、混んでいるとかで未定だったが、他はすべて8月中に終わってしまうらしい。「後は引っ越しの業者から電話をさせます」と言って帰っていった。始まってしまえば早いものなのだ。

 家に帰って女将に工程表を見せれば、感慨深そうに眺めていた。夕方になって業者の担当者が連絡したのか、今度は引っ越しセンターから電話があり、明日の昼に見積もりを出しに家に来ると言う。いよいよ動き出したという感じで、女将に話せば今度はびっくりしたように、準備が間に合わないと言う。応接セットや箪笥や机などの大きなものだけだから、そんなに慌てることはないと言って聞かせるのでした。取りあえず明日はゴミ回収の業者が来るから、家の庭の剪定で出たゴミ袋を蕎麦屋に運んでおこうと思う。


8月12日 火曜日 引っ越しの日が決まった…

 夕べも変則的な睡眠で、今朝は昨日の悪い眠り方を引きずってしまった。夜中に目が覚めて、明け方にまた眠り、朝食の時間に再び目覚めたのです。「グレイトネイチャー」とか「空からの絶景」などの心安らぐテレビ番組があると好いのですが、見るものがないと眠くならないので、最後のひと束の蕎麦を茹でて明け方に食べる。食べたらやはり眠くなるから、やっと熟睡出来るのでした。目覚めて食べる朝食は、亭主の好きな茄子焼きと銀ダラの煮付けです。

 食事を終えて着替えもせずに、昨日袋に詰めた枝の葉を車に積んで、蕎麦屋に向かうのです。家の食用油がなくなったというので、蕎麦屋に残っている一斗缶の胡麻油と綿実油を入れる1㍑の容器を持って、曇り空の生暖かい風の中を車を走らせる。玄関脇のウチワサボテンが随分と切り詰めたのに、軒下の辺りにまた花を咲かせているのでした。このサボテンは最後に切り倒そうと考えている。棘が飛んで肌に刺さるとなかなか取れないから厄介なのです。

 昼はざるラーメン餃子にしようと麺やスープを買ってあったのですが、あまり暑くないから温かいラーメンにして食べました。昼過ぎに引越センターの係員が来て、どれを持っていくのかと家中を見て回った。大きな物は応接セットと二階にある洋服ダンス。机や本箱、整理ダンスや洗濯機など一緒に見せもらうのでしたが、思ったよりも少なかったのか、2㌧トラックのロングで一度で済むと言われた。値段も8万円以下だったから随分と安かった。

 繁忙期に日にちや時間を指定したりすると、どうしても値段が高くなるのだそうな。隠居の引っ越しは気が楽で、向こうの都合に合わせて9月の中旬と日にちが決まる。今日もピラティスに通っていた女将が帰ってきて、亭主が見積書を見せて説明するのでした。夕飯前に庭の道路側の剪定を二人で済ませて、夜は久し振りに黒毛和牛の焼き肉を食べる。引っ越しの日にちが決まったことで、二人の生活もいつまでに何をすると、目標が出来たので好かったのです。

 明日の朝飯前のひと仕事は、先日切り倒したスモモの木の枝を払って袋詰めをしよう。午前中の早い時間にお袋様を連れてお盆の墓参りに出掛けることになっている。午後はいよいよ倉庫からチェンソーを出して、太い木を細かく切っていくつもり。ウチワサボテンまで切れれば好いけれど、飛び散る棘をどうやって防いだら好いだろうか。長袖と軍手は必須でしょうが、それでもチクチクと棘が刺さるから困るのです。今夜は上手く眠りに就きたいものです。


8月13日 水曜日 今日はお盆の墓参りで…

 朝の5時過ぎには居間の部屋に行き、沸かしたコーヒーを飲む。やっと普段の生活パターンに戻ってひと安心なのです。この部屋ともあとひと月でお別れかと思うと、懐かしさがこみ上げて来るのでした。25年ほど前に家のリフォームをした際に、壁紙は森の写真にしたのですが、自然の中で暮らしたいという気持ちが強かった。その頃に揃えた頑丈な木製の応接セットも、だいぶ古くはなったけれど、最後の引っ越しに持っていくつもりなのです。

 昨夜のうちに予定を立てた剪定した庭木の片付けも、約30分間の朝飯前のひと仕事でビニール袋一杯になるまで頑張った。朝食を終えたらひと眠りをする時間もなく、今朝はお袋を迎えに行って墓参りに行くのでした。隣町のスーパーで墓前に供える花を買い、草の伸びた三つの墓所の草取りを三人で手分けして行う。朝の涼しい時間だったけれど、陽が差してきたので汗だくになる。墓参を済ませてお袋様を家に送ったら、家に帰って亭主はすぐにプールに行く。

 今日はお盆だからか、プールも子供の水泳教室はなくて、亭主よりも年配の人たちで溢れていた。まずは50mを歩くコースで動いたら、空いたコースでゆっくりと泳ぎ始めるのでした。ひとコースには2、3人ほどしかいないから、のんびり泳ぐことが出来るのです。まだまだリハビリの域をでないから、30分ほどで更衣室に戻るのでした。家に帰れば、女将がもうカレーを温めている。今日の昼食はスーパーで揚げたてを買い、カツカレーにしようと言っておいた。

 満腹になってお茶をもらったら、もう眠くなったから健康的。書斎に入ってひと眠りしてる間に、女将はその間にスポーツクラブに出掛け、一時間ほどで目覚めた亭主はテレビのドジャース戦を観て寛ぐのでした。涼しい日だとは言え、外は陽も差して暑かった。庭に切り倒したスモモの枝をチェンソーで切る作業は出来そうにないのでした。今日は午前中に3000歩近く歩いて、プールへも行ったから充実していた。そう感じて、午後はゆっくりと休むのでした。

 女将が帰って来てひと休みしたら、いつものことだけれど「夕飯は何にする?」という話になるのです。冷蔵庫の中はすぐに空になるから、タンパク源は肉も何もない。冷凍室に蕎麦屋で使い残した鴨肉の塊があったので、夜は鴨肉うどんにしようということになって、亭主が蕎麦屋に出掛けて返しで作った汁を取ってくる。ついでに片付け物を少しして、エアコンを点けても30℃もある店の中で、昨日のブログを読んでから家に戻るのでした。

 夕飯は亭主がうどんを茹でて鴨汁を作り、野菜がないからと女将がキュウリとワカメの酢の物を作り、オクラを茹でてくれた。二人で鴨汁を啜りながら話しをすれば、女将は引っ越しで持っていく三面鏡の引き出しを掃除していたら、鼈甲や赤い珊瑚のアクセサリーが出てきたと言う。婚約指輪も出て来たそうだけれど、もう指には入らないのだとか。亭主の指輪は、昔、プールで泳いでいるうちになくしてしまった。女将にその話をしたのだったか覚えていない。


8月14日 木曜日 朝飯前からチェンソーの音を響かせて…

 夕べは早く床に就いたけれどなかなか眠れなかった。しかし今朝は5時前に目覚めたから、朝飯前のひと仕事が予定通りに出来たのです。睡眠不足で動けるかと心配したけれど、家の中の倉庫からチェンソーや延長コードを取り出して、玄関前に並べるのです。太さが5cm以上あるスモモの木を、90㍑のゴミ袋に入る大きさに切っていくのですが、これがなかなか難しい。ウッドデッキの階段に腰を下ろして、安定させてからでないとチェンソーの刃が入らない。

 40分ほど悪戦苦闘しながら、玄関前のテラスにあった枝を全部袋に詰め込んだのです。これを朝食後で蕎麦屋に持っていく。今朝は洗面をする暇もなかった。昼は素麺を食べる予定だったから、蕎麦屋で蕎麦汁をペットボトルに詰めて、コーヒーを淹れてひと休み。今朝は涼しかったから、蕎麦屋の中も26℃しかなかった。昨日のブログを読み返し、誤字や脱字を見つけるけれど、家に帰ってすぐには直せないから、そのまま忘れてしまうこともあるのです。

 家に帰ってひと休みしたら、今度はプールへ出掛ける準備。これが結構忙しいのです。家に帰ったら素麺を食べようと女将に話してプールに向かう。お盆の時期だからか今日も駐車場は空いていた。更衣室で着替えて備え付けの計器で血圧を測れば、160を越えているではありませんか。今日は2階から一挙に階段を昇ってきたからに違いないと、あまり気にせずにプールの階へ降りていく。歩くコースは11人いたけれど、他のコースは一人二人しかいなかった。

 初心者のコースに入って、ゆっくりとアップを始めるのです。10時半からは水中エアロの教室が始まるので、泳げるコースが少なくなる。ちょうど好い頃と思ってプールから上がるのでした。汗を書くほどではないけれど、好い運動になった。更衣室に戻れば、親父様たちが「もう始まるんじゃない?」「38分からなので、急いで家に帰って観るんだよ」とドジャース戦の話をしていた。亭主も家に帰って、食堂のテレビを点けながら、素麺を茹でるのでした。

 満腹になった午後は、どっと午前中の疲れが出てひと眠りです。2時間近くも眠って女将に起こされた。スポーツクラブの予約の時間なのでした。テレビを点ければドジャースが1点リードしていたのに、8回の裏で逆転されてしまう。チャンスを物に出来なかったのです。それにしても、身長が2m近くもあるピッチャーの投げる玉は160kmと凄いスピードで、やはりメジャーリーグの野球はスケールが大きい。午後は廃棄する書籍を紐で括る作業を始める。

 夕方になっても女将がお使いに行きそうにないので、彼女の仕事部屋を覗いて見れば、「夜は何を食べましょうかね?」と車で買い物に行きたそうなのでした。そう言えば、家の冷蔵庫にはもう肉の類はなくなっていたのです。二人で隣町のスーパーに出掛けて、肉や野菜を買って帰る。夕食は亭主がキャベツとモヤシとニラと肉で、野菜炒めを作るのでした。付け合わせに買って帰ったオクラとトマトに亭主の酒のつまみの冷凍唐揚げを出すのです。

 小さなワイングラスに氷を入れて、たった一杯の焼酎の炭酸割りを飲んだだけで、もう満足な夕べなのでした。居間の部屋で足を投げ出して休んでいたら、食堂で女将はテレビのニュースを観ていたと、思ったらコックリコックリと眠っているらしい。昼間は引っ越しの準備で要らない本などを紐で括っていたから、疲れたのかな。昼寝をした亭主もまだ眠れそうだったけれど、ここで眠ってしまってはまたリズムが狂うから、頑張ってブログを書くことにした。


8月15日 金曜日 やっと我が家の庭木の剪定が終わって…

 今朝も5時起き、6時間の睡眠でした。本当はもう少し眠っていたいのですが、朝のひと仕事が待っているのです。女将の作っておいてくれる冷たい蕎麦茶を飲んで目を覚ます。この韃靼蕎麦茶は、長年、蕎麦屋で出していたもので、大袋で買っているので残った物を消化するために、家に持って来て飲んでいる。蕎麦屋のお客にも好く言われたけれど、綠色に出るのが特徴で冷やして飲んでも蕎麦茶の味がする。ルチンが多く含まれて身体には大変好いらしい。

 6時を過ぎたので90㍑のゴミ袋を持って玄関を出る。庭に切り落としたままの長いスモモの枝をテラスまで運び、剪定のこと剪定ばさみで細かく切って袋に詰めていく。これも40分ほどで終わり、袋は一杯になったのです。これで狭い庭の樹の剪定はほぼ終わりました。残るは懸案の軒下まで伸びたウチワサボテンの伐採なのです。軍手をしても細かな棘が刺さるから、ビニールの手袋でも付けないと難しい。明日の朝は蕎麦屋へビニールの手袋を取りに行こう。

 朝食は亭主の希望でハッシュドポテトにベーコンエッグ。たまにはこんな洋風の朝食が食べたかったのです。パンもあったけれど、そこまで我が儘は言えない。食後は書斎でひと眠りしていたら、電話の鳴る音で起こされた。大学時代の友人で、蕎麦を食べに行こうと思ったらブログを観て閉店を知ったと言う。以前に何度か来てくれたのですが、残念なことをしてしまった。今年は暑中見舞いも出さなかったから、友人達にも閉店を知らせていないのです。 

 洗面と着替えを済ませて、次はプールへ行く準備です。朝の早い亭主の午前中はかなり忙しい。駐車場は今日も空いていて、連絡通路を歩いて途中のホームセンターに寄る。そろそろ蕎麦屋の押し入れに入れたままの布団を干さなければいけないので、最近使わなくなった布団叩きを買おうと思ったのです。果たして目的の品を手に入れて、プールのある4階までエレベーターで上がり、今日も老人たちに混じって、ゆっくりと泳ぎ始めるのでした。

 しかし、いつまでもアップ練習ばかりでは体重も減らないし、体力も付きそうにないのです。お腹の脂肪を減らすためには、折角、正規会員になって時間の制限がなくなったのだから、ジムの階に行って筋トレを始めなければいけない。それは分かっているのだけれど、長年の習慣で歳を取ってしまったから、なかなか生活を変えられないのです。これが亭主の夏の課題。忙しい蕎麦屋の営業から解放されて、生活を楽しむためにはまずは体力作りからなのです。

 昼は冷やし中華を作って女将と美味しく食べるのでした。満腹感を味わったら眠れるかと思ったら、最近の習慣で、書斎で横になっても眠くならないのが不思議です。仕方がないので、昨日買ってきた挽肉を冷蔵庫から取り出して、玉葱を刻み、挽肉300gと混ぜて、ボールに入れ、胡麻油と酒、片栗粉と醤油少々を加えてペースト状になるまでかき混ぜる。焼売の皮を用意して包んでいくこと20分。スポーツクラブから帰った女将が夕飯に使ったのがこの焼売です。


8月16日 土曜日 曇り空で蒸し暑かったけれど午後は晴れ…

 朝飯前のひと仕事は、懸案のウチワサボテンの伐採。軍手の上にビニール手袋をして、長い剪定ばさみで葉を切っていく。太い幹はノコギリで切って、ビニール袋に詰めれば重くて持てないほど。あと半分くらいを残して朝食の時間になりました。明日の朝で終わるかとは思うけれど、重量があるのでひと袋では詰め切れそうにないのです。朝食後は冷えた書斎でひと眠りしようとおもったけれど、なかなか眠れずに、そのままプールに行く準備を始めました。

 土曜日は子ども達の水泳教室があるかと思っていたけれど、お盆なのでお休みと言うことで、年配の人たちが全コースに散らばっていた。今日も初心者コースに入って、ゆっくりとアップ練習。30分ほど泳いだらもう諦めてプールサイドに上がるのでした。蕎麦屋に寄って天ぷら粉を持って帰り、家で天麩羅を上げて素麺を茹でる。揚げたてだからとても美味しいとは女将の言。天ぷら粉も店で使っていた高級なものだから、カリッと揚がってとても美味しかった。

 満足して居間の部屋でひと休みしたら、エアコンを点けたままの書斎に入って、今度はぐっすりと2時間ほど眠ったのです。女将が冷えた桃を剥いてくれて、目を覚ますのでした。暑い最中はクーラーの効いた居間の部屋でテレビを観て、テレビに飽きたら台所に立って、餃子を作る準備をするのです。ニンニクを刻んだり、キャベツやニラを刻んだりと、焼売よりは手間がかかる。食堂の椅子に座りながら、パットに一杯になるまで餃子を包むのでした。

 陽も傾いた頃に、表に出て庭の剪定後の様子を眺めれば、やはりウチワサボテンの半分が二階の軒下まで伸びている。明日はこれを切るつもりだけれど、棘は大丈夫だろうか。先日、剪定したばかりの木槿ももう伸び出しているから大変です。今朝袋に詰めた葉を蕎麦屋に運んで、他のゴミと一緒に置いておく。今週はもう4袋にもなっているから、業者に支払う金額もかなり増えそう。無料でも家庭用の市のゴミ袋では大変な量になるから、仕方がないのです。

 家に戻ればもう夕飯の時間で、亭主は一袋だけ残っていたラーメンの玉を茹でて、焼売の皮も残ったいたから雲呑麺にする。その残りを少しお椀に入れて、女将のスープを作り、女将はご飯を食べるのでした。食事をしながら女将と明日の予定を話し、午後からは二人で蕎麦屋に出掛けて片付けをすることになりました。午前中は明日も子ども達の水泳教室がお休みだというので、やはりプールに出掛けたいのです。今日も階下のジムを覗いてきたのでした。



8月17日 日曜日 今朝は朝から陽射しが熱かった…

 朝から眩しい光が降り注いで、ウチワサボテンの剪定にはかなり時間がかかったのです。風が幾分涼しかったので、長い剪定ばさみを持って軒下の葉を次々と切り落としていく。90㍑のビニール袋に一つでは入り切らないほどの葉を落として、次はどうしてくれようかと、ウッドデッキの階段に座って煙草を一服するのでした。6時過ぎから始めてもう40分は経っている。残った太い幹はノコギリで切れるだろうか。チェンソーはまだしまわずに玄関に置いてある。

 前の通りから「お早うございます」と、犬の散歩をしていた弟が声を掛ける。引っ越しの日にちを聞いて、「何も手伝うことはないの?」と言ってくれた。そして、今年もお袋様の誕生日のお祝いをしようと日にちと場所をお互いに確認するのでした。今朝の朝食は亭主の希望でまたハッシュドポテトとベーコンエッグ。食べ終えて書斎でひと眠りしようと思ったけれど、今日もまた眠くならないから不思議なのでした。朝飯前のひと仕事で身体が目覚めたからか。

 プールに出掛けるにはまだ時間があったので、廊下にある書棚の本を整理して、蕎麦屋に持っていけない本は紐で括って玄関に出ししておく。今度の火曜日が月に一度の紙ゴミの回収日なのです。今日と明日でどのくらい出せるのか、来月までかかってしまいそうな分量があるのです。もっと早くから準備をしておけば好かったけれど、どれを蕎麦屋に持っていくかがなかなか決められなかった。写真や図版があるものの方が、年老いてからは見やすい。

 9時40分になったら車を出してプールに向かう。早く行っても10時からしかプールには入れないのです。着替えてプールへの階段を下りていたら、「お早うございます」と、いつも水中ウォーキングをしている女性が声を掛けてくれた。今日も子ども達の水泳教室がないので、全コース老人達が自由に使えたのですが、日曜日だからかひとコースに一人しかいない。人が混まないうちにと、今日は背泳ぎから始める亭主なのでした。見えない後ろを気にしなくて好い。

 帰りがけに久し振りに一階のスーパーに寄ったら、随分とお客で賑わっているではありませんか。果物を買おうと思ったら、いつも行く隣町のスーパーよりも随分と値段が高いのでびっくり。結局、野菜とざるラーメンや冷やし中華、ピザなどを買って家に帰るのでした。台所に立って二人分のざるラーメンを茹で、餃子を焼いて昼食です。大きなフライパンで焼いた餃子は、今日に限って綺麗な焦げ色が付かないうちに、ピーッピーと火が消えてしまった。

 午後はエアコンの効いた書斎で昼寝をする。プールで泳いで昼食で腹が一杯になったから、すぐに眠ることが出来ました。1時間ほどぐっすりと眠ったら女将のスポーツクラブの予約を取るのです。午後は蕎麦屋に出掛けて、女将と二人で片付け物をすることになっていた。女将の部屋になる奥の座敷の要らないものをゴミ袋に詰めて、掃除機を掛けたら終わり。来週は亭主の部屋になる座敷の押し入れの荷物を片付けなければ。家具が入るのは来月の中旬です。


8月18日 月曜日 朝の9時から35℃もあった…

 目覚めた時は涼しくて、さすがに秋の気配なのかと思った。5時前に居間の部屋に行って、今朝はコーヒーを沸かして飲む。6時間も眠れば、身体の疲れはすっきりと回復しているのです。その身体が動ける状態になるまでが大変で、最近はやく1時間かけてやっと立ち上がるのです。朝飯前のひと仕事は、ウチワサボテンの残った幹を、チェンソーで切っていく。長年、掘ったからしにしておいたせいか、幹の太さは15cmほどまで育っているのでした。

 水分を含んでいるから、細かく刻んでもかなり重い。袋一つ分に詰めただけでは足りなくて、二袋目に取りかかるところで朝食の時間となりました。今日はお袋様と買い物に出掛ける日だから、当然眠る暇などない。最近は、朝食後のひと眠りはなくなったのです。農産物直売所に行けば、知り合いの農家の奥様が茄子やオクラを運んで来た。レジのお姉さんからは「今日は生椎茸は要らないのですか?」と聞かれたから、「お店を閉めたので」と応えるのでした。

 その足で隣町のスーパーに行って、女将の書いたメモに頼って買い物をする。今まで前日に40種類ほどの蕎麦屋の買い物リストを作っていたことを考えると、なんと楽ちんな買い物だろうと感じる。今日は割と大きなサンマが出ていたので、メモにはなかったけれど買って帰る。エアコンの効いた店の中から出れば、もの凄い暑さで陽射しは更に熱いのでした。お袋様を送って蕎麦屋の駐車場に干しておいた布団を取り込んで、家に帰っても10時半なのです。

 昼は亭主が台所に立って、久し振りにスパゲッティーのベロネーズを作る。買って帰ったトンカツを載せて、栄養満点の昼飯なのでした。満足して昼を食べた後は、すぐに眠くなって書斎でひと眠りするのでした。明日はスポーツクラブがお休みなので、女将の予約もなく、2時間もぐっすりと眠って目覚めたら、午後の一番暑い時間帯なのでした。午後は明日の子ども会の粗大ゴミ回収に向けて、本棚の整理に取りかかるのです。捨てる本は紐で括って玄関に。 

 蕎麦屋に持っていく本は段ボールに詰めて、奮闘すること1時間です。とにかく引っ越しの際に運んでもらう本箱を空にしないと。玄関には紐で括った本が山積みになったけれど、その何倍もまだ本はあるのです。子ども会の廃品回収は月に一度だから、来月の回収でもまだ捨てきれない。二つある押し入れの中の本棚は、まだ手つかずだからどうしたら好いものかと頭を抱える。若い時代の自分を支えた数々の書物とは、ここに来て別れるのかと思うと寂しい。


8月19日 火曜日 朝からムウッと暑かった…

 昨日の夕食の前に、廊下の本棚を半分片付けた。今朝の朝飯前のひと仕事は、今日の廃品回収にこれらの本を門の前に出すことでした。廊下の本箱は薄手であまり場所を取らないので、蕎麦屋でも使えると考えて、三つとも全部持っていくつもりでいるのです。どの本を残してどの本を捨てるかも大体分かってきたので、8月中には本棚は空になる。段ボールに少しずつ入れた本は、蕎麦屋の床の清掃が終わったら、毎日蕎麦屋に運んでおけば好いだろう。

 繰り返し階段を上り下りしたせいか、汗ばんできた。今日は朝から少し暑いのでした。本のカバーは紙ゴミの袋に詰めて、ゴミの集積場まで持っていく。1時間ほどで玄関に置いてあった本は、すべて門の前に出し終える。それでもまだ7時まで30分もあったので、エアコンの入った書斎に入って横になるのでした。7時過ぎに食堂に行けば、今朝はカツ煮のご馳走でした。昨日のカツを一枚残しておいたから、十分に腹に溜まって美味しかったのです。

 食後は涼しい書斎に入ってひと眠りする。1時間ほど眠ったら、暑くならないうちにと蕎麦屋に出掛けるのです。いよいよ明日から床掃除が始まるので、厨房の床に置いてあるゴミ箱や油の一斗缶、消火器など、すべて奥の座敷の廊下に新聞紙を敷いて置いて行く。残るのはテーブルと椅子、傘立て、空になった本箱だけで、これは明日の朝にでも玄関の外のテラスに出せば好い。昨日は店のエアコンを点けたまま帰ってしまったらしく、とても涼しくなっていた。

 家に帰れば、昨日買い物をして来たばかりなのに、女将が外に出ていた。しばらくして汗だくになって帰って来た女将が、居間の部屋に顔出して「ただいま帰りました」と言う。近くのお茶屋さんに行ったのだけれど、『暑いからお休みします』と張り紙がはられたままなのだそうな。90歳近いお婆さんが一人でやっている店で、長い付き合いなのです。11時になったので、昼は冷やし中華を亭主が作る。卵は今朝食べたから、野菜を多めにして腹が膨れた。

 午後は昔釣りで使っていたクーラーボックスを車に積んで、隣町のスーパーに行って、お茶や紅茶などのペットボトルの飲み物を買って蕎麦屋に戻る。午前中に布団を干しておいたので、布団叩きで叩いて奥の座敷に持っていくのでした。クーラーボックスには、家の冷凍室に沢山あった保冷剤を入れて、ペットボトルは冷蔵庫に入れておく。明日は朝から蕎麦屋に来て、業者の来る前に鍵を開けなければならない。日中は奥の座敷で昼寝でもしていようか。

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2025年8月上旬



8月1日 金曜日 目覚めたら朝から雨で…

 今朝は朝飯前のひと仕事で庭木の剪定の続きをしようと、頑張って4時には起き出したのですが、あいにくの雨なのでした。昨日は頑張って10時過ぎまで床に就かないでいたので、6時間近く眠ったのです。コーヒーを沸かして居間の部屋でひと休みしながら、せっかくうまく起きられたのだから、庭木の剪定に代わる仕事はないのかと考える。取りあえず、夕べ作って冷凍室に入れてあった焼売をジブロックの袋に入れ直して、再び冷凍室に入れておく。

 洗い物を済ませても、ものの10分で終わる仕事だから、庭木の剪定の仕事量には到底及ばないのでした。居間の椅子に座ってコーヒーの残りを飲みながら、畳マットを眺めて『今から柔軟体操をするには時間が早すぎる』と、台所に立って冷蔵庫からキャベツやニラやニンニク、ショウガを取り出して、餃子の具材を刻み始める。店の仕込みがなくなったから、包丁を持たない日が続いているので、少しは脳の活性化に役立つかも知れないと思うのでした。

 女将の作っていた朝食が出来上がる前に、亭主は餃子を作り終えて冷凍室に入れるのでした。蕎麦屋が忙しい時期には、なかなか手製の餃子も焼売も作る機会が持てなかったけれど、一度作ればちょっと食べる物が少ない時に、蒸かしたり焼いたりして食べられるので便利なのです。やはり、市販の冷凍餃子や冷凍焼売よりは安上がりだし、美味しい気がするのです。時間は十分にあるのだから、生活を楽しむためにも、なるべく自分で調理をしたいものです。

 朝食を終えたら、書斎に入って珍しく今日はひと眠りをする。やはり朝が少し早かったから、8時にはもう眠くなるのです。9時には目が覚め、洗面を済ませて居間の椅子に腰を下ろしてテレビを観る。蕎麦屋に出掛けて冷蔵庫の掃除の続きをやろうかとも思ったけれど、面白い映画があったので最後まで観てしまう。蕎麦屋の仕事がなくなったから、やはり少しはルーズになっているのかも知れない。11時を過ぎたら台所に立って、キャベツを刻み始める。

 昼は焼きうどんという予定だったから、女将もご飯を炊いていない。亭主が冷凍の讃岐うどんを茹でて、塩コショウだけで作るのですが、キャベツの玉を半分程使って蓋をして加熱すればしんなりと量が減るので、肉とシイタケを加えて再加熱。あっさりとしていてとても美味しいのです。食事の後はお茶をもらって書斎に入るけれど、さすがに眠くはならない。午前中の写真をパソコンに取り込んで、ブロ少し少し書いておく。女将はスポーツクラブに出掛ける。

 昼寝をするほど疲れていないので、亭主も蕎麦屋に出掛けて、冷蔵庫の掃除の続きをするのでした。今日は急速冷凍室の中身を取り出して、洗剤にしばらく浸けてスポンジで擦っていった。10年以上も使っているのに、冷蔵室のガラスほど汚れていなかったのは不思議。後は賞味期限の過ぎた糠床や大豆などを捨てて、使わなくなった布巾や手拭いを家に持ち帰る。台風の影響か雨は時折降って、今夜も遅くから明日の朝まで雨が降ると言う。


8月2日 土曜日 朝まで降った雨も上がって暑くなった一日…

 夕べは台風の影響か夜まで激しい風が吹いて雨が降っていた。一夜明けて、今朝は道路は濡れていたけれどもう雨は降っていない。車を出して6時過ぎに蕎麦屋に出掛け、レンジ周りの掃除をして、蕎麦茶を沸かして冷蔵庫に入れておいたのです。帰り道はみずき通りに暗い雨雲がかかっていましたが、南西の空は明るく天気が回復してくるように見えました。家に帰れば女将が朝飯の支度をしてくれていて、今朝は茄子焼きと納豆と鯖の塩焼きがメイン。

 

 食事を終えたらいつもの習慣で書斎に入ってひと眠り。目覚めればいつも蕎麦屋に出掛けていた時間なのです。今日はテレビでMLBのドジャース戦を観て、ゆっくりと出来るからやはり隠居気分なのでした。畳マットに寝転びながら、身体を捻ったり腹筋をしたりと少しずつ運動をしている。先週よりは随分と身体が柔らかくなったと言っても、まだ膝に頭を付けるのには時間がかかりそうです。ドジャースに点が入ったところで、蕎麦屋に出掛ける。

 女将と話して昼は素麺を茹でて、亭主が蕎麦屋で天麩羅を揚げてくると言うことになったので、久し振りに天ぷら粉を溶いて、油を天麩羅鍋に空けるのでした。冷凍室に残っていたキスや赤海老の他に、赤玉葱と三つ葉を女将が持たせてくれたので、かき揚げを揚げて家に戻ろうとした。ところが、女将がやって来て南側の草刈りを始めたから驚いたのです。「曇っているうちに少し動かないと」と、彼女も土曜日の営業がなくなったので暇をもてあましている様子。

 昼は素麺を茹でて上げたばかりの天麩羅で美味しく頂く。食後にお茶をもらって、書斎でひと眠りしようと思ったけれど、疲れていないから眠くならないので、他に仕事のない女将とまた蕎麦屋に出掛けるのでした。ちょうどリフォーム業者の担当者が来て、床のクリーニングは20日21日になったと言う。少しずつは厨房を片付けなければと、掃除をしやすいように出ている物を、戸棚の中に片付けるのでした。女将と二人だと仕事がはかどるので助かった。


8月3日 日曜日 今日は朝から暑くなりました…

 夕べはBSで昭和の歌番組を観て、11時過ぎには床に就いたのに、2時前には目が覚めてしまった。ところが居間の部屋でテレビを点けると、もうドジャース戦が始まっているではありませんか。対戦相手のレイズがフロリダの方の東地区のチームだから、かなりの時差があるようなのです。仕方がないから眠くなるまで少しだけ観ようと椅子に座れば、やはりウトウトしてきて床に戻ったのが5時過ぎなのでした。女将に起こされて7時過ぎに食卓につくのでした。

 今朝は庭木の剪定の続きをしようと思っていたのに、やはり蕎麦屋をしていた頃とは違って緊張感が薄いのです。6時から30分もあれば金柑の剪定が終わったのに。仕方がないから着替えと洗面を済ませて、まずは夕べ切れた煙草を買いに、コンビニまで車を走らせるのでした。昨日に比べると今日は朝から暑いのです。蕎麦屋に着いてエアコンのクーラーを入れたら、ほうじ茶を沸かして昨日のブログを読み返し、固めた油をゴミで捨て、洗濯物を畳むのです。

 厨房は昨日のうちに、自作の棚を廊下の突き当たりに持っていったから、すっかり広くなったのです。床の掃除をしてもらう都合で物は床に置かない方が好いらしい。油の一斗缶と消火器と油漉しだけは、盆の墓参りの時にまだ天麩羅を揚げるだろうからと、そのままにしておく。11時になったら家に帰って昼食の支度をする。例によって、女将が隣で卵焼きを作り、肉やキュウリを切ってくれるから、亭主はモヤシと肉と蕎麦を茹でて皿に盛り付けるのです。

 暑い日にはやはり酸っぱいタレの冷やし中華が美味しい。食後は30分ほど休んだら、二人で蕎麦屋に出掛けて後片づけをする。床の掃除をしてもらったら、翌週には蕎麦打ち室の蕎麦打ち台を撤去してもらうので、蕎麦打ち室の床においてある物を片付けなければいけない。ビールや酒のケースは車に積んで、亭主が帰りに酒屋に寄って引き取ってもらうのです。掃除用具や床磨きの機械などは、取りあえず廊下に新聞紙を敷いて置いておく。二人でやると早い。

 最後に入り口にある本箱の本を紐でくくって家に持って帰り、ゴミ収集の日に出す事にした。旬の食材の本や画集だけは取っておくのです。二人で1時間半ほど働いたら、今日の片付けはおしまい。家に帰ってひと休みしたら、眠くなるかと思ったら今日はまったく眠くならなかった。明日の朝こそは庭木の剪定の続きをしようと思うけれど、今夜もドジャースとレイズの試合は深夜の1時過ぎから始まるようだ。夕飯を軽く済ませて、久し振りに焼酎を飲む。



8月4日 月曜日 今日も朝飯前のひと仕事が出来なかった…

 夕べは夜の1時から始まるドジャース戦を観ようと思って、頑張って起きていたのですが、12時前にはもう眠気に逆らえずに床に入ったのです。目覚めればもう7時過ぎで、女将が食堂で亭主の来るのを待っていました。二日続けて朝飯前のひと仕事が出来ずに悔しい思いをしたのです。庭木はそのままの状態であと少しの剪定を待っているのでした。食後は居間の部屋でお茶をもらってゆっくりしていたら、女将が食堂とのしきりを閉めて朝ドラタイムです。

 食後のひと眠りはさすがに眠くならなかったので、9時を過ぎたら蕎麦屋に出掛けて、エアコンのクーラーだけ点けたら、お袋様に電話をして買い物に出掛けるのでした。女将がメモしてくれた紙を持って、農産物直売所と隣町のスーパーに行けば、暑いからか客は少なく、家の買い物だけをして帰るのでした。10時過ぎには家に戻って昼の支度を始める。今日の昼はカレーライスを食べる予定だったから、食材を出して台所で亭主はカレーを作り始めるのでした。

 いつも蕎麦屋でカレーを作る時には、二種類のカレーのルーを混ぜていたのですが、家で作る時には一種類で好いだろうとケチったら、味はやはり少し落ちたかな。買って帰ったトンカツを載せて、女将と二人でカツカレーを美味しく頂くのです。食後はやはりひと眠り。1時間ほど眠って、女将がスポーツクラブに出掛けたのを確認するのでした。そろそろ亭主もプールに出掛けても好いのです。水中を歩くことから初めて、身体を動かさないといけない。

 女将が帰るまでテレビで映画を一本観るのでしたが、いつも途中で観るのを止めてしまうから、ストーリーがよく分からない。今日は4時前まで同じ映画をしっかりと観たけれど、あまり面白くない映画なのでした。女将が帰っていたので声を掛けて蕎麦屋に出掛ける。外はかなりの暑さで、蕎麦屋の中は朝からエアコンを入れていたので快適なのでした。ゴミを外に出したら、床の清掃が二週間後に迫っていたので、どれを片付けたら好いのかと確認するのです。

 清掃用具は蕎麦打ち室から廊下に新聞紙を敷いて移動する。これも清掃後には、ロッカーでも買って玄関の内側におかなければいけない。蕎麦打ち室の蕎麦打ち台の下の荷物は、昨日のうちに処分して、残った物は蕎麦打ち台の上に載せておいた。二つある冷蔵庫には蕎麦粉や天ぷら粉やビールや酒などが入っているのだけれど、一つは厨房において置くとして、もう一つはどうしたものか。昔と違って今はもらってくれる人もいないだろう。

 明日はゴミ回収の業者が来る日だから、店の中に置いておいた大きなゴミ袋二つを外に出しておく。月に100kgまでは6000円の契約だけれど、可燃ゴミ、ビンやカン、粗大ゴミなどは10kg単位で値段が取られるから、小分けして出すと結構な値段になるのです。1時間ほど蕎麦屋にいて、ゴミ回収の業者に先月分の費用を払い込むためにコンビニまで車を走らせる。大きな袋で出せるから、庭木の剪定が終わるまでは、業者にお願いするしかないのでしょう。


8月5日 火曜日 今日こそは庭木の剪定をと眠い目をこすり…

 今朝は5時前に目が覚めて、今日こそは庭木の剪定をという意気込みで、居間の部屋に行って椅子に腰を下ろすのでした。ところが身体が目覚めていないものだから、コーヒーを沸かしにも行かずにそのまま眠りこけてしまう。ハッと気が付けば6時になるので、90㍑のビニール袋を用意して玄関を出る。金柑の木はおおかた剪定が終わっていたから、家の壁にそびえるウチワサボテンの葉を切り始めるのでした。ずっしりと重いゴミ袋をガレージの階段まで運ぶ。

 玄関に入れば今日はカン類をゴミに出す日らしく、女将に断って集積場まで運ぶのでした。これで立派な朝飯前のひと仕事になったから、すっかり目も覚めて朝食の食卓に着くのです。今朝はハッシュドポテトとウインナーと卵のワンプレートで、キュウリのお新香と味噌汁と納豆が付いた。冷蔵庫に残っている食材を、古い物から順に食べていくという女将の工夫が現れているのでした。お茶をもらって書斎に入り、10時前までゆっくりとひと眠りする。

 蕎麦屋に出掛けて、少しずつでも片付けをしようと、冷凍室に残った海老とキスを天麩羅にして、古い油を使い切るのでした。天麩羅を家に持ち帰れば、女将が大鍋に湯を沸かして、亭主がうどんを茹でるのを待っていた。今日の昼は天麩羅冷やしうどんなのです。汁は出汁醤油を水で割ったものだが、やはり蕎麦屋の返しで作った蕎麦汁には及ばない。お盆の墓参りの昼は皆で蕎麦を食べる予定だから、その時に一度作っておきたい。返しは沢山あるのです。

 ひと休みしたら女将はピラティスに参加するために、地域のコミュニティーセンターへ出掛けて行く。亭主はドジャース戦を見終えて、畳マットに横になって柔軟体操を始めるのでした。頭が膝に付くまであと10cm。少しずつは身体か柔らかくなっているような気がする。腹筋や側近の運動も今日は10回を2ラウンド繰り返して、少しは進歩しているのが分かるのです。畳マットの上に寝転んで身体を捻り、天井を見上げて思ったよりも綺麗なのに驚いた。

 3時過ぎに女将が帰って、今年初物の幸水を剥いてくれた。小さくてまだ青々しかったけれど、甘みがあって美味しかった。やはり農産物直売所のものは新鮮だから採り立てなのだろう。亭主は蕎麦屋に出掛けて午後のひと仕事を始めるのでした。午前中からエアコンを点けていたのに、店の中は30℃を越えていた。扇風機を回して空気を拡散するのだけれど、室温は下がらない。冷たく冷えたほうじ茶を飲みながら、床に置いた油の漉し器を洗うのです。

 重曹に浸けてあっても、なかなか溜まった油汚れは落ちるものではなく、台所洗剤の原液を付けて金タワシで磨く。なんとかピカピカになったので、次は大釜に天麩羅鍋を入れて、重曹を一袋つぎ込んで火にかける。30分ほどして沸騰したら、火を止めて明日また同じ事を繰り返す。高価な銅の鍋だから大切にしたいのだけれど、長い間にこびり付いた油は、黒く焦げてなってなかなか落ちないのです。炭になるまで火にかけて叩くのもやってみようと思う。

 立秋が明後日に迫っているけれど、今年は暑中見舞いも出さず終いになりそうです。あまりに毎日が暑すぎて、それどころではないというのが本音。蕎麦屋を止めて十日間、まだ毎日の生活の時間に余裕がないのだろうか。今日も夜はまた暑くなりそうだけれど、明日は朝の少し涼しいうちに、金柑と南天の道路側に生えた正体不明の木を根元から切ってやろうと思う。少しずつ庭木の枝の量を間引いていかなくては、どうしても暑苦しくなってしまうのです。


8月6日 水曜日 今日は一年ぶりにプールへ行く日で…

 昨夜は11時に就寝、今朝は5時過ぎにすっきりと目覚める。このパターンの生活のリズムが一番好いようなのです。6時になるまでは、居間の部屋でコーヒーを飲んで身体も目を覚ますのです。今日の目標は、2m以下に剪定をし終えた金柑の木の奥にある南天と名も知れぬ木の伐採でした。小型で手に馴染む剪定ノコギリを持って、手当たり次第に幹の根元を切っていく。切った枝は玄関前のテラスに投げ捨て、後から小さく裁断して袋に詰めて行くのです。

 通りが見えるようになるまで枝を切って、涼しい家の中に入ってひと休みすれば、始めてから30分が過ぎている。女将が台所に入って朝食の支度をしている間に、もうひと仕事。90㍑のビニール袋を持って玄関を出て、テラスに溜まった木を小さく切って詰めて行けば、半分ほど詰めたところで袋はもう一杯になった。それにしても切り詰めた金柑の木に新しい花が沢山咲いていた。切られた分だけ実を付けようとするかのような生命力に驚くのでした。

 朝食を食べ終えてひと眠りする暇もなく、プールに出掛ける準備をする亭主。9時から営業と言うので、早めに駐車場に車を止めるのでした。二階のスーパーを通り抜けてエレベーターに乗ろうとすれば、まだ時間前らしく網がかかって脇のエスカレーターで3階まで行かなければならなかった。スポーツクラブの入り口は4階にあるので、そこからエレベーターに乗ろうとしたが、動いていない。仕方がないのでさらにエスカレーターで4階に上がる。

 やっと辿り着いたスポーツクラブの入り口でしたが、鍵がかかって開いていない。後から来た客がカードをかざして中に入ったのでその後について中に入る。まだ受付はカーテンが閉まっているので駐車券を取って、更衣室で着替えるのでした。ところがプールの入り口は10時からしか開かないと書いてある。そこからが大変で、通りがかった女性スタッフに言えば、「プールは10時からなんですよ」と言われる。一時間の会員なので待ってもすぐに終わりになる。

 男性のスタッフがやって来て、会員カードを渡せば、「あなたは正会員ではないので11時からしかプールには入れません」今までは仕事があったから、夕方しか来なかったので分からなかったのです。30分しか泳がなかったから、1時間の会員に替えたのだけれど、これでは仕方がないのでした。一旦、家に帰って昼食を食べ、女将に話していつでも行けるように、正会員に戻ることを決めたのです。午後にもう一度出掛け、すぐに手続きをして、カードを替える。

 これで朝からいつでも通える。聞けば、現在は1時間の会員制度というのは、とっくになくなっているのだとか。若いスタッフが新しいシステムを説明してくれました。着替えて懐かしいプールに行けば、昼間なのに随分と人が少ない。かなり年配の人ばかりなのでした。歩くコースは1コースだけで、10人ほどの人が入っていた。50mだけ歩いたら、隣の初心者コースで泳ぎ始めるのでした。何十年も泳いできたから、水を得た魚のように元気になるのです。


8月7日 木曜日 立秋の今日は朝から曇って、小雨も降った…

 久し振りに泳いだからか、夕べはとてもよく眠れて、今朝は5時過ぎに目が覚めた。ぐっすりと6時間の睡眠なのでした。コーヒーを沸かして居間の椅子に座ってゆっくりとする。昨日切った庭の木の枝も、まだ半分しか袋に詰めてないから、終わらせてしまえば好いのになかなか腰が上がらない。結局、映画を一本見終えるまで椅子に座ったままで、朝食の支度が調っていたのでした。今日は、この間泳げなかった朝の一番でプールに出掛けるつもりなのです。

 駅前のスカイプラザの中にあるプールに向かえば、駐車場は10時前だからかなり空いていた。プールのある4階までは、外の広い階段を使って昇る。昨日は2往復したから3000歩も歩いたけれど、今日はその半分になりそう。右足の親指の調子が好さそうなので、階段も手すりにつかまらずに上れたのです。入り口の機械にカードをかざして、ピッと青のランプが灯れば入場できる。時代は変わったもので、人手が要らなくなると言うわけです。

 更衣室で水着に着替えてプールへの階段を下りる。最初は少ない人数だったけれど、ひと泳ぎしたらもうぞろぞろと年配の人たちが続けて入って来る。歩くコースは20人以上も繋がって、老人たちの行進なのでした。みんな健康に良いからと水に入って動くのだろうと思うと、亭主もその仲間入りをしたのかと思う。初心者のコースで種目を替えながらゆっくりと泳ぐ。10時半になる頃には、亭主よりもずっと年上の年寄りたちで一杯になるのでした。

 家に帰って買い物に行くと言っていた女将が、「途中まで歩いて、雨が降りそうになったので帰って来た」と言う。沢山の洗濯物が心配だったようで、庭の物干しからウッドデッキの物干し竿に洗濯物を移していたのです。昼は亭主が台所に立ち、肉と玉葱ピーマンを切って、スパゲッティーを茹でる。家にトマトケチャップがあるので、ナポリタンを作ろうと思ったのです。プールで見た光景を話せば、「腰の曲がった老人でも水の中なら動けるからよ」と言う。

 昼食を終えたら女将は昨日のピラティスで、出来なかった書の作品を書くからと仕事部屋にこもる。亭主はクーラーの効いた書斎に入ってひと眠りするのです。泳いで帰った日は昔からよく眠れる。女将のスポーツクラブの予約の時間に起こされて、居間の部屋で予約を済ませる。提出する書を書き終えた女将が、買い物に行きたそうだったので、亭主が車を出して隣町のスーパーへ出掛ける。運よく活きの好い銚子の鰯が出ていたので、夜は鰯の蒲焼きになった。


8月8日 金曜日 とにかく三日は続いたプール通い…

 夕べは9時前にもう眠くなってひと眠りしたら、ちょうスポーツニュースのドジャース戦の時間に目が覚めて、大谷選手の29号ホームランを見ることが出来ました。11時にはまた床に就いて、3時過ぎまで爆睡するのでした。コーヒーを沸かしてゆっくり飲んだら、今朝は5時前から庭に出て、先日剪定した枝を短く切って袋に詰めるのです。思ったよりも早く袋一杯になって、枝の始末が終わったから、先日の袋と二つ車のトランクに積み込み、蕎麦屋に行く。

 昨日のうちに昆布と干し椎茸を浸けておいた鍋に火を入れて、沸騰直前にいつもの半分だけ鰹節を入れる。もう店は閉めたから、家で蕎麦を食べるだけの蕎麦汁が出来れば好いのです。二番出汁も2㍑以下の量を作り、空になっている冷蔵庫に入れて冷ますのです。7時前に家に帰れば、女将はまだ起きてきていなかった。亭主がいつもより早く帰りすぎたのです。何度も見た「オズの魔法使い」の映画を観ながら、煙草に火を点けてひと休みです。

 今朝は昨日の鰯が開いたままで残っているので、再び蒲焼きにしてもらい、ご飯の上に載せて食べるのでした。食事が終わってひと休みしたら、書斎に入って9時過ぎまでひと眠り。今日もプールに出掛けようと、洗面と着替えを済ませて車で出掛けるのです。朝よりも空が青く好く晴れていた。10時過ぎに駐車場に着けば昨日よりも随分と混んでいたのです。準備運動をして今日はいきなりゆっくり泳ぐコースに入り、昨日までの倍は距離を泳いだ。

 帰りに蕎麦屋に寄って、朝のうちに作って冷やした麺の汁をペットボトル一本分だけ家に持ち帰る。女将が湯を沸かして待っていてくれたので、タンパク質がないと亭主がレンジで唐揚げをチーンして、急いで素麺を茹でる。女将はトマトと海苔を切って昼食の開始です。やはり蕎麦屋の蕎麦汁で食べる素麺は美味しい。出汁醤油を水で薄めたものとは比べものにならないのでした。食後も眠くならないので、パソコンに向かって今日のブログを書き始める。

 女将はスポーツクラブに出掛けて、亭主はテレビを観てのんびりしていたけれど、それも飽きてきたので蕎麦屋に出掛けてひと仕事するのでした。重曹に浸けて2日間沸かした大鍋に入れた油漉し器の下敷きのアルミ盆は、綺麗に油が取れて蘇った。天麩羅の銅鍋は随分と焦げが取れたけれど、焦げついた部分はなかなか取れないのでした。それでも前よりは少し銅の色が戻ったので、これでよしとする。4時前に家に帰って、さあて夕食は何を食べるのだろうか。


8月9日 土曜日 朝から随分と涼しくて…

 夕べは9時半に床に就いて、今朝は5時過ぎに目が覚めた。このところ毎日プールへ通っているせいか、夜はぐっすりと眠れるのです。今日は幾分涼しそうだから、隣の家との境にあるスモモの木を切ってしまえないかと、コーヒーを飲みながら考えるのでした。一本では実がならないと言うので二本植えたのだけれど、10年経っても、手入れが悪かったのか、数えるほどしか収穫できなかったのです。切っても切っても高く伸びすぎて困ったのです。

 来年は家が取り壊されて、もう花の咲くのも見られないから、最後ぐらいはばっさりと切って、隣の家に陽が当たるようにとようと剪定ノコギリを持って庭に出るのでした。30分ほど頑張って、半分だけ切ったら、もう朝食の時間になった。鮭と卵と野菜の組み合わせで、なかなかあっさりと美味しいのでした。今朝は食後のひと眠りをせずに蕎麦屋に出掛けて、天麩羅鍋の焦げ落としをした。家に戻ってプールの支度をしたら、10時前にはプールへ向かうのです。

 土曜日だからか駐車場は満杯で、連絡通路のある3階は停められずに、4階に車を停めてプールまで歩く。一日歩いても1500歩ほどにしかならないけれど、エレベーターを使わなければ2000歩になるのです。着替えてプールに行けば、今日は土曜日だからか小さな子ども達の水泳教室が何種類もあって、大人の泳げるコースは歩くコースを含めて3コースだけ。歩くコースは10人ほど人がいたけれど泳ぐコースは2人ほど。ゆっくりと泳ぎ始めるのです。

 家に戻ればもう11時。亭主が台所に入って大鍋に湯を沸かし、フライパンで自家製の餃子を焼き始めます。女将がやって来て、海苔を切ってくれている間に、ざるラーメンと餃子が出来上がる。実に久し振りなのは、いつも行くスーパーに置かなくなったからです。しかし、やはり市販のタレでは量が少ないので、自分で作った方が満足できる。心地よい身体の疲れを感じながらドジャース戦を見終えて、書斎に入ってひと眠りするのでした。

 午後は女将が美容院に出掛けると言うので、蕎麦屋には行かずに昼寝から目覚めた亭主は、涼しいので隣の家との境にあるスモモの木を、ばっさりとノコギリで切り落とすのでした。後は切り倒した木を細かく切る作業が残っているけれど、汗でびしょびしょになったので、エアコンの効いた書斎に入って冷凍のかき氷を食べる。ひと休みしたら、午後の蕎麦屋に出掛けて、少しでも仕事をしようと片付け物をする。来週は床掃除が入っているので頑張らないと。

 5時前に家に戻って涼んでいたら、女将も帰ってきたのです。今日は重いスモモの木を切ったからか、上半身の筋肉痛が出ました。明日の朝は、雨が降っていなければこの木を細かく切って、袋に詰めようと思うのです。「夕飯は何にしましょうかね?」と女将が言うので、「また焼売でも好いよ」と冷蔵庫の中を見て残り物を知っている亭主が言う。焼売は女将の好物なのです。一回作ると何度も食べられるから便利でいい。来週はまた仕込んで置かなくては。



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2025年7月下旬



7月20日 日曜日 今日も開店から混んですぐに蕎麦売り切れ…

 混んだ日の翌日までには、沢山の仕込みが必要で、今朝も夕べ出汁取り、蕎麦汁の仕込みをした以外の多くが残っていた。そんな緊張感が5時のアラームで目覚めた時にはもう頭をよぎるのでした。ただ、5時間ちょっとの睡眠ではなかなか昨日の疲れが取れずに、頭はぼうっとしているのです。今朝もコーヒーを飲む余裕もなく蕎麦屋に出掛け、すべて空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を満たして、蕎麦打ち室に入る。8人分の蕎麦を打てばもう7時過ぎなのでした。

 朝食を食べ終えたら1時間ほど眠って、また蕎麦屋に出掛け、まずはキャベツとキュウリの浅漬けを仕込み、蕎麦豆腐を造って冷蔵庫に入れておくのです。天麩羅の具材も切り分けなければならないし、薬味の葱も刻まなければ。大根をおろした後には生姜もおろして、やっと野菜サラダの準備を始めたのは10時半なのでした。いつもより30分ほど遅れている。11時には駐車場に車が入って、裏の小母さんが玄関を開けて例によって蕎麦を分けて下さいと言う。

 女将がいつもより早く来てくれたのが救いでした。開店の10分前には暖簾を出して、駐車場のお客も中に入っていただいた。ところが、こんな日には後が続くもので、次から次とお客がやって来る。12時前にはもう三組もお客がいらっして、最後のお客は常連さんだったけれど、カウンターの隅しか席がなかった。昨日の混雑を避けるためにと、今日は蕎麦を10食しか用意しなかったのが好かったのか、悪かったのか。12時半前なのに来客はすべてお断りしました。

 生舟の中は空っぽだったから、亭主はかき揚げを揚げて、うどんを茹でて、奥の座敷で昼を済ましたのです。最後のお客もお帰りになって、1時前には暖簾を下ろすのでした。今日は前半にお客が集中したから、女将もちょっとパニックに陥っていたらしい。野菜サラダもデザートもすべて売り切れたのです。三連休に二日続けて混むのも珍しい。洗い物をすべて終えて、2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を終えたら、二人で家に帰るのでした。

 あと一週間、四日の営業で蕎麦屋も終わると思うと感無量です。家に帰った亭主は、パソコンに今日の売り上げと写真のデータを入力したら、書斎で横になって1時間ちょっと昼寝をするのでした。夕方になって、女将がお使いに出掛けている間に目を覚まして、夕食は冷やし中華だったから、卵焼きを作ってキュウリを刻んでおきました。女将がモヤシを買って帰ってから、モヤシと肉とを茹で、大相撲の後半を観ながら二人で夕食を食べたのです。


7月21日 月曜日 今日は朝から庭木の剪定を始めて…

 最後の定休日の第一日目は、自宅の庭の木々を剪定するところから始めました。朝の6時から90㍑のビニール袋を持って、庭に入る入り口にある木槿の枝を払っていきます。建物側にはウチワサボテンが大きくなって葉を広げているので、取りあえずは女将が洗濯物を干しに行けるように、切っていくのです。棘があるので要注意なのですが、細かな棘が飛び散って、皮膚に刺さるとなかなか取れないので、長袖に軍手の出で立ちで臨んだのです。

 金柑の木も建物側だけ枝を払っていきます。花が終わって綠色の実がびっしりと付いているのですが、思い切って切っていく。30分ほどで枝を詰めた袋が一杯になったので、今朝はここまでにしておくのでした。袋は蕎麦屋に持っていって、明日の業者の回収に出すのです。ウチワサボテンの樹は、軒下まで伸びてしまっているのでなんとか根元から切りたいのですが、棘があるのであまり触りたくない。どこまで出来るか放っておいたツケを払わなければ…。

 朝食を終えてひと休みしたら蕎麦屋に出掛ける。今日は昼からリフォームの業者が見積もりを持ってくるので、その前に出来ることは何かと考えたのです。洗濯機の中の洗濯物を干して、カウンターに干してある蕎麦皿や盆や蕎麦徳利を戸棚にしまうのでした。11時前には家に戻って昼食の支度を始める。冷蔵庫に残っている食材を古いものから食べることにして、今日も焼きうどんを作ることにして、キャベツやピーマン、ニンジン、モヤシなどを用意する。

 女将が肉を切ってくれて、隣の火口で冷凍うどんを茹で、小さな火口ではレタスともずくのスープを作り、野菜とうどんを炒めていきます。味つけは塩ひとつまみと醤油少々。鰹節を振りかけて完成です。紅ショウガと刻み海苔を添えて、女将と二人で美味しく頂くのでした。食後に居間の部屋でお茶をもらってひと休みしたら、書斎に入ってひと眠りしようと思ったけれど、業者が来るのが気がかりで眠れずに、早めに蕎麦屋へ出掛けていく。コーヒーを淹れる準備だけして、味醂やワインビネガー、二種類の醤油を用意して、最後の返しを作っておくのでした。3時過ぎには家に戻る。


7月22日 火曜日 未明から26℃の暑さで昼は36℃もあった…

 夕べは暑くてエアコンのクーラーを点けたままで眠った。朝になっても気温は26℃を下回ることはなく、5時過ぎに煙草を買いに出たら、駅前の高層マンションに朝日が反射して眩しいのでした。最後の定休日二日目も、90㍑のゴミ袋を持って庭に出て、30分だけ金柑と南天の剪定をしました。枝を詰めたゴミ袋は車のトランクに積んで、蕎麦屋の回収ゴミと一緒にしておく。朝食は豆腐にキムチとらっきょうと納豆をおかずに、とても美味しく頂くのでした。

 食後は書斎に入ってひと眠り。8時半のアラームで目を覚まし、お袋様と仕入に出かける支度をするのです。マンションまで迎えに行けば、昨夜は暑くて眠れなかったと言う。農産物直売所に行けばお姉さんが駐車場に水を撒いていた。胡瓜や茄子が随分と安くなって、西瓜も沢山並んでいるのでした。隣町のスーパーに行けば、この暑いのに朝から随分と混んでいました。最後の仕入れは量も少なく、家の肉や野菜や果物の方が値段が高かった。

 昼は掻き揚げに使った玉葱が随分と余っていたので、スパゲッティーのミートソースを亭主が作る。肉は揚げたてのトンカツを買って帰ったので、上に載せてヘルシーなひと品。テレビではドジャース戦をまだやっていたから、最後だけしっかりと見届けたのです。昼から女将が市の抽選で当たったピラティスに、近所のコミュニーティーセンターまで出掛けた。その間に亭主は女将のスポーツクラブの予約を取らなければならないのでした。アラームで目覚める。

 女将が帰ってきたら、今度は亭主が蕎麦屋に出掛けようと玄関を出る。壁際のウチワサボテンが最近の悩みの種で、少しずつは切っているものの、細かな棘が軍手の中に入って、手の指が痛い。いずればっさりと根元から切らなくてはいけないと思いつつも、金柑の木の方を先に片付けようと躊躇しているのです。蕎麦屋に着けば、朝刊をまだ郵便受けから取り出していないことに気が付いた。郵便受けを開ければ、小6の孫からの暑中見舞いが届いていたのです。

 先日、家族で来てくれた折に、蕎麦の代わりに天麩羅とうどんを食べたのですが、とても美味しかったと海老の天麩羅の絵と共に書いてあった。明日にでも返事を出しておかなくては。厨房に入って蕎麦豆腐を仕込み、レンコンの皮を剥いて輪切りしたら酢水で茹でる。カボチャの種を取って天麩羅の具材用に切り分け、タッパに入れて、チーンするために家に持ち帰る。5時過ぎに家に戻って、大相撲の後半を観るのでした。横綱が最年長の力士に敗れて、偉いわねぇと言う女将と共に鰯の蒲焼き丼を食べるのでした。


7月23日 水曜日 昼は暑くて何も出来なかった…

 三日目になる朝飯前のひと仕事は、やっと金柑の南側に面した枝を切り落とすところまで進んだ。後は上に伸びた部分を脚立を立てて着れば終わる。残ったのはその向こうに伸びた正体不明の枝、そしてウチワサボテン、そして隣の家との境にあるスモモの木だけ。来週はもう蕎麦屋の営業がないから、じっくりと毎朝こなして行こうと思っている。それからが大変で、今度は蕎麦屋の木々の選定作業なのです。急ぐことはないから、ゆっくりと作業を進めよう。

 朝食を終えたら蕎麦屋に出掛ける。店内の気温は30℃になっていた。エアコンを入れて扇風機を回し、キュウリとキャベツの浅漬けを少し多めに作っておく。この分量でもだいたい15鉢分ぐらいしかないから、足りない分は切り干し大根の煮物を作っておこうと思っている。最近は塩加減もちょうど好いくらいになって、昆布を入れれているので、味もまあまあなのです。昼前に家に戻って、亭主が餃子を焼く。MLBのドジャース戦を観ながら女将と昼を食べる。

 食べ終えればまた汗をかくし、居間の部屋でお茶を飲んでも汗をかくのです。普段は涼しい女将の仕事部屋も、30℃を越えていると言うから、今日は相当な暑さなのです。そう言えば朝の食堂も28℃はあったから、暑さに慣れてきているとは言え、エアコン無しでは過ごせないのです。蕎麦屋も午前中からエアコンは点けたままで、家に戻ってきている。熱い中を女将はいつものようにスポーツクラブに出掛け、亭主は書斎のエアコンが効いてきたらひと眠りする。

 女将がスポーツクラブから帰る頃に目が覚めて、二人で冷えた西瓜を食べるのでした。夕飯は何にするのかを女将と話して、4時になったら、亭主は蕎麦屋に出掛けて明日の仕込みをするのでした。暑い昼間に何も出来なかったから、やることは沢山あるのです。漬け上がった浅漬けを小鉢に盛って、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めていく。もう一種類の小鉢には、切り干し大根を水で戻して、ニンジン、油揚げ、干し椎茸を刻んで出し汁で煮込んでいく。それから蕎麦を打つから、今日は相当に時間がかかってる。結局、デザートの水羊羹と天麩羅の具材切りは出来ずに、明日の朝に回すことにした。家に帰れば、もうとっくに大相撲は終わっていました。


7月24日 木曜日 店じまいが近いからかお客が続く…

 今朝も5時起き。朝飯前のひと仕事は、蕎麦屋に出掛けて蕎麦を打つことでした。その前に、デザートの水羊羹を仕込み、玉葱をスライスしてかき揚げの材料を作っておきます。蕎麦打ち室に入って600gの蕎麦を打つ。室温は27℃、湿度は37%だったから、いつもと同じ40%の加水で捏ね始めて、蕎麦玉を作ったら厨房でひと休み。向かいのサツマイモ農園の若旦那が来ていたから、玄関を出て夕べホースが裂けて、噴水になっていたから蛇口を締めたと伝える。

 今日もちょうど好い硬さで蕎麦は仕上がり、夕べと合わせて12食の蕎麦を用意できました。7時前には家に帰って、女将の用意してくれた朝食を美味しく頂くのです。食後は書斎でひと眠りして、9時前に起きて洗面と着替えを済ませるのでした。車で蕎麦屋に出掛け、チェーンポールを降ろして幟と看板を出して店の中に入る。今朝は天麩羅の具材を切り分ける仕事が残っていたから、材料を揃えたら急いで調理台に向かい、次々と仕事をこなして行くのです。

 今日も暖簾を出す前にもうお客様がいらっして、見れば馴染みの女先生、ゆっくりと話をする間もなく、もう次のお客が入ってくるから忙しい。12時を過ぎる頃にはもう蕎麦がなくなりそうで、宅配のお兄さんがいらっしたら、お蕎麦売り切れの看板を出すのです。大盛りのお客が多いと蕎麦は直ぐになくなるから、要注意です。今日来て下さった皆さんは、今週いっぱいで店を閉めるのをご存じなので、「もっと長く出来ないの?」と言ってくださる。

 亭主は「惜しまれるうちに閉めるのが好いんです」と言ってみせる。蕎麦を沢山打つのが辛くなったら、もうお終いなのです。やはり加齢としか言いようがない。のんびりゆっくりと蕎麦を打っていたのでは、商売にならないから、12年間続けられただけでもよしとしなければいけない。2時過ぎに女将と家に帰れば、リフォーム業者から請求書が届いていた。9月一杯で工事は終わるようです。引っ越しはそれからになるから10月というところかな。


7月25日 金曜日 今日は開店から閉店まで混んでいました…

 夕べは10時過ぎに床に就いたので、今朝は4時半に目が覚めた。台所に行ってコーヒーを淹れるお湯を沸かす間に、冷蔵庫で冷えたソルダムを食べて目を覚ます。そして、コーヒーカップを手に持ちながら居間で椅子に座って、ぼうっとした頭で今朝の仕事の段取りを考えるのです。蕎麦打ちが目的なのですが、他にもすることはいろいろとあるので、何をどんな順序でやれば好いのかをあれこれと思うのです。5時半前に車に乗って蕎麦屋に出掛ける。

 今日は昨日随分と蕎麦か出たので、久し振りに750g八人分の蕎麦を打った。加水率40%で捏ねて行けば、なかなか水が馴染まない。10分も捏ねてやっとツルツルの生地になる。ビニールに入れて寝かせている間に、カウンターに干した盆や蕎麦皿を片付け、空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めて、一服するのです。蕎麦打ち室に戻ったのが6時35分。それから20分ほどで、伸して畳んで包丁切りを済ますのです。家に戻れば、今朝は銀ダラの煮付けがメインディッシュ。

 朝食を食べ終えて、朝が早かったから眠くなるかと思ったら、書斎で横になってもなかなか眠れない。それでも身体を休めた方が好いからと、しばらくじっとしていればウトウトとするのでした。8時半のアラームに起こされて、いよいよ再始動。今日は一人の営業だから緊張するのでした。早めに蕎麦屋に入って、大根をおろし、野菜サラダの具材を刻んだら、後はもう盛り付けるだけ。10時半にはサラダも仕上がって、テーブルを拭いて回りました。

 お湯も沸いてポットに入れ、油も天つゆも温めたら、開店の準備が整って、時計を見れば11時。カウンターの隅の椅子に座って少し休憩するのです。11時15分には駐車場に車が入ってくる。まだ少し早いと我慢をして、5分前になったら暖簾を出して店の中に入ってもらった。見れば昨日いらっした女先生が、石垣島で一緒に潜ったお友だちを連れていらっしたのです。珍しく他のお客も来なかったので、ゆっくりと話をする事が出来ました。 

 午前中が空いていたので安心していたら、午後は一転、大混雑なのでした。亭主一人だから余計に大変なのです。バイクに乗った年配の男性がテーブル席を陣取って、ぶっかけ蕎麦の大盛りを頼まれたかと思えば、亭主の通っている地元の外科内科の若い看護師さん達が「先生の代理で来ました」と言っていらっしゃった。先生は昼の休みには、やはり忙しくて来られないらしい。宅配の青年もやって来て、今日は鴨せいろの大盛りと蕎麦豆腐二皿に野菜サラダ。
 これで終わりかと思ったら、1時を過ぎたのに、年配の女性達がカウンターに座る。今日はぶっかけ蕎麦と鴨せいろ以外は、皆さん天せいろのご注文なのでした。2時まで食べていたから、洗い物が済んだのはもう4時近かったのです。家に帰ってひと眠りしたら、大相撲ももう終わっていた。女将が用意してくれた夕飯を食べて、ひと休みしたら、今日は、三回も蕎麦屋に出掛ける。空の徳利に蕎麦汁を詰めて、明日の蕎麦を半分だけ打って家に帰るのでした。


7月26日 土曜日 今日も常連さんが沢山いらっして…

 今朝は4時半に目が覚めて、居間の部屋でテレビを観ながらコーヒーを飲むのでした。マルタ島の海の景色を眺めながら、音楽だけで説明は字幕のみ。朝の静かなひとときには理想的な番組なのです。5時半前に玄関を出て、今は女将が洗濯物を干すだけのウッドデッキを見れば、一人でコツコツと作り上げた当時の懐かしい昔の思い出が蘇るのでした。当時は海外の島に滞在して潜ることが多かったから、島のイメージを再現したつもりだったのです。

 蕎麦屋に着いたら、まずは蕎麦打ち室に入って600gの蕎麦粉を計量して、じっくりと捏ね上げる。蕎麦玉にして寝かせている間に、厨房に入って空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めたら、浅漬けを漬け、レンコンの皮を剥いて輪切りにして酢水で茹でる。昨日のブログを読み返して一服すればちょうど6時半。蕎麦打ち室に戻って生地を伸して、包丁切りするのです。140gの束が6束取れて、夕べ打った分と合わせて12束。これで今日は何とか乗り切れそうです。 

 7時前に家に戻って朝食を食べたら、書斎に入ってひと眠り。最近は眠れなくてもしばらく横になっていると、ウトウトとして疲れが取れるのが分かってきた。洗面と着替えを済ませて再び蕎麦屋に出掛けていくのです。あと二日の営業と思うと、身体が自然と動いてくれる。野菜サラダを盛り付けて、天麩羅鍋に油を注いだら、もう開店の準備は整っているのです。今日も顔馴染みのお客さんばかりで、12時過ぎにはもう満席になるのでした。

 「この店のカレーうどんが一番美味しい」とカレーうどんばかりを食べてくれたご主人が、今日は花を持ってきてくれて女将に手渡す。カレー蕎麦とビールばかりを頼まれる男性も、自身が引っ越しを間近に控えて最後の来店だからと、やって来てくれた。歩いて来てくれたお客が半分。明日の営業が終わったら、テーブルと椅子を持って言ってくれるという駅前のマンションに住むご夫婦も、皆さん笑顔でお帰りになった。昨日と同じお客の数だったけれど、今日は女将がいるので、2時前には洗い物もすべて片付いたのです。

 夜は久し振りに刺身でも食おうかと、帰りがけに亭主が車で隣町の魚屋スーパーに出掛ければ、途中の橋を渡るときにカルガモの親子の行進を見つけて、思わずシャッターを切る。暑い最中だったから、スーパーの駐車場もまだ空いていた。果物の好きな女将が喜ぶだろうと、今日は西瓜や巨峰やスモモなどの果物を買って、目当ての刺身コーナーで美味しそうな盛り合わせとイカの刺身を買って帰るのでした。ひと眠りしてから大相撲を観ながらの一献なのです。


7月27日 日曜日 最後の営業日は嬉しい満席で賑やか…

 今朝は4時半過ぎに目覚めて、美しいパラオの海の映像を見ながらコーヒーを飲みました。20年近く前までは、亭主も娘と共に何度か潜った海です。美しい海の景色なのでしたが、遠い割にはマンタの遭遇率は悪かったのです。それからというもの、沖縄の石垣島に「海のメロディー」という素敵なショップを見つけて、珊瑚の種類も多く、マンタにもよく出会えるので通い続けていました。体力の衰えもあり、70歳を機にダイビンクは卒業する事にしたのです。

 朝のひと仕事を5時半から7時まで蕎麦屋でこなし、今日は10食の蕎麦を用意して家に戻りました。最後の営業日だけれど、昨日今日はユーカリ祭りがあるので、近所の人々は夕方になってから中央公園に出掛けていくだろうと考えたのです。ひと眠りして蕎麦屋に出掛ければ、まだ9時だというのに玄関で裏の小母さんが待っているではありませんか。近くで世話になった人に蕎麦を持って行きたいからと、打った蕎麦と蕎麦汁とを持っていったのです。

 野菜サラダの盛り付けまで終わって、ふと外を見れば、11時前だというのに大きな黒いワゴン車が駐車場に停まっている。しばらくして玄関が開いて、どこか見覚えのある顔が現れた。40年近く前の卒業生たちなのでした。東京や千葉で医者をしている二人は、亭主が勤めて初めて高校で担任をした。開店の準備が整うまで、テーブルに座っていろいろな話をする。そのうちに女将がやって来て、注文を聞くのでした。ところがすぐに今度は女性の4人連れが…。

 こちらは50代の働く卒業生たちで、鴨せいろやヘルシーランチセットなどを注文したので、厨房は急に忙しくなる。まだ12時前だというのにもう蕎麦はほとんど残っていなかったのです。全部高校のクラスの教え子だから、顔も名前も話しているうちに思い出して、懐かしいのでした。全部の注文を出し終えた頃に、今度は歩いてぞろぞろと男女や小さな子供がやって来た。入口で女将が蕎麦は売り切れたとお断りしたのだが、中に入ってくるではありませせんか。

 見覚えのあるかつての水泳部の連中が、閉店の知らせをどこからか聞きつけて、モノレールの駅から歩いてやって来たのでした。以前来店したことのある面々もいて、40代の若い連中がテーブルから椅子を借りてカウンターにすらっと座れば、急に賑やかさが増す。還暦を迎える最初の二人は静かなのでした。仕方がないから、亭主は蕎麦打ち室に入って蕎麦を打ち足す。その間に、成田に行った帰りだと言って、浦安市の市長になった卒業生も訪れて、挨拶だけして帰って行く。彼は亭主が勤めて初めての教え子。
 女将の友人の常連さんも歩いて来てくれたけれど、店の中の大騒ぎに帰って行かれたのです。後から来てくれた皆には、せいろ蕎麦だけを提供して、少しずつそれぞれの話を聞いて約一時間。玄関の日除け暖簾の前で記念写真を撮ったりと、年寄りには慌ただしい。皆を見送って、2時には昨日いらっした常連さんがトラックで乗り付け、店のテーブルと椅子を半分持って行ってくれた。それから、女将と二人で、最近では珍しく沢山の盆や蕎麦皿を洗うのでした。お隣の若いご夫婦も挨拶に来てくれて、二人で家に帰ったのは3時過ぎなのでした。ちょうど大相撲の千秋楽が始まる。


7月28日 月曜日 今日は朝飯前のひと仕事をお休みに…

 夕べは疲れ果てて9時に床に就いた。幸か不幸か夜中に目が覚めて、BSでドジャースとレッドソックスの試合を見ることになる。最後までは見れなくて、再び床に入って目覚めれば6時過ぎ。久し振りにゆっくりと眠ったのです。朝食を終えたら洗面と着替えを済ませて、お袋様と一緒に買い物に出掛ける。農産物直売所でも、何も買うものはなく、隣町のスーパーでも家の魚や肉を買っただけ。店の仕入れがなくなったので、重たい荷物もないのでした。

 昼はトンカツを一枚買って帰って、家にあったスパゲッティーとミートソースに店で残った野菜類を添えて、美味しい昼食を作るのでした。朝もひと眠りはしなかったのに、昼も眠くならないから不思議。書斎で横になって少し側筋の運動を10回ずつ、右足左足と交互にやって、正面を向いて腹筋運動を10回、足を伸ばして真上に上げる運動を右左10回ずつやってみた。それでも眠くならないから、車を出して蕎麦屋に出掛ける。女将はスポーツクラブに行った。

 蕎麦屋の西の空には雲が出ていたけれど、陽射しは熱く、蓄熱した車外温度は41℃に達していました。店内も暑くてすぐにエアコンを入れる。まずはカウンターに積まれた蕎麦皿や盆を片付け、鴨せいろの椀なども戸棚にしまうののです。蕎麦徳利もすべて空だから冷蔵庫にアルミの盆にのせてしまっておく。ひとつテーブルがなくなっただけで随分と広くなった気がする。奥の座敷に干してあった洗濯物を畳み、洗濯機の中の洗濯物をすべて干しておきます。

 お湯を沸かして蕎麦茶を作り、いつもの瀬戸物のグラスに入れて冷蔵庫で冷やしておく。暖簾を畳んでゴミ袋に詰め、明日の業者の回収に出すつもり。初めは少しずつ、お盆の前には綺麗に片付けておきたい。昨日頂いた缶ビールは、半分お袋様の所に持っていき、残りの半分は、蕎麦打ち室の冷蔵庫に入っている吟醸の冷酒の半分と共に、弟のところに持って行く。お袋様と共に弟の家に出かけてしばらく振りで三人でゆっくりと話をしたのです。


7月29日 火曜日 今朝はまた朝飯前のひと仕事を始める…

 今朝は5時半起床。蕎麦屋の営業をしていた時よりは、少しゆっくり眠れている。目覚ましのコーヒーを飲み終えたら、90㍑のゴミ袋を持って玄関を出るのです。家の庭木の剪定が思ったよりも時間を取られている。寝ぼけた朝の身体だから、脚立に乗るのは危険だろうと、高枝用の剪定ばさみを持って金柑の木を切っていく。2m以上の高さの枝と南側の枝まで少し切ったところでひと休み。後は同じ鋏でウチワサボテンを上手い具合に切っていくのです。

 40分ほどでゴミ袋は一杯になり、少し汗をかいたので家の中に戻りました。朝食は鯖の塩焼きと茄子焼きがメインなのでした。今日は朝から床屋に出掛ける予定だったけれど、ドジャース戦が始まっていたので、少しだけテレビを観てから、暑くなった道路を車で走る。珍しく客のいない床屋では、歳を取った主人が奥の部屋で休んでいた。「お早うございます」と言えば「お名前は?」と言ってカルテを捜し始めたから、少しびっくりしたのです。

 50年近くも通って、一緒に釣りに出掛けたり、蕎麦屋にもご夫婦で来てくれたりしていたのに、やはり年老いたのだろうかと思ったのです。話をしながら鋏で髪を刈っていくうちに、段々と普段の主人に戻って、今日は同じく床屋をしている二人の息子や成人した孫の話をしてくれた。さっぱりと頭を刈ってもらって、蕎麦屋に寄ってゴミ出しの準備をした。生ゴミを出すのは今日が最後となる。引っ越しの終わる月まで、剪定した木の枝を持っていってもらう。

 11時過ぎに家に戻って、亭主は昼食の支度を始める。最近よく食べるようになった冷やし中華を、今日も女将と材料を用意して、亭主が肉やモヤシや麺を茹でるのです。久し振りにイメージ通りの一皿が出来上がって、「もう蕎麦屋で残った野菜サラダは食べられないのね」と女将が言うのでした。いろいろな種類の野菜を摂るには好いのだけれど、やはり冷やし中華はこれが一番なのです。食後はお茶をもらって、亭主は書斎でひと眠りしようと思ったのですが…。

 夜も早く眠れるし、身体が疲れていないからか、どうも昼寝が出来ない。仕方がないから、暑さが収まるまでテレビを観て、それから朝のうちに剪定した枝を詰めたゴミ袋を車に積んで、蕎麦屋に出掛けていくのでした。午前中にエアコンを入れておいたので、店の中はかなり涼しかった。外は今日も35℃を越えているのです。蕎麦屋にある布団類を干そうと、一年前に買っておいた折りたたみ式の物干しを組み立てて、広くなった店内においてみるのでした。


7月30日 水曜日 幾分涼しい朝でしたが、昼は同じ暑さ…

 夕べは店で残った瓶ビールを一本持ち帰って夕食で飲んだら、腹が一杯になって6時半には眠ってしまったのです。9時に目が覚めてそれから風呂に入ったものだから、夜が寝付かれなくて困ってしまった。蕎麦屋の営業があればこんな不規則な生活は、翌日にも影響を与えるのでしないのだろう。生活のリズムを律するというのは大切なことだ。今朝は朝飯前のひと仕事も休んで、7時過ぎに朝食を食べる。亭主のリクエストで珍しくパンを食べたのです。

 食後のひと休みをしたら、このところ床の上で始めた腹筋のトレーニングを、居間に畳マットを敷いて始めてみたのです。少しずつだから、側筋と腹筋と50回ほどでやめる。今朝は軽く柔軟運動もやってみたけれど、身体が硬くなりすぎているので、思うようには出来ないのでした。時間はかかっても、ゆっくりと身体を柔らかくしていけば、筋トレと合わせて効果が期待できるのではないかと思うのです。プールで泳ぎ始めるのはまだまだ先なのだろうか。

 昼は亭主が野菜炒めを作って、女将の作ったカボチャの煮物とスープで簡単に昼食を済ませる。すべて蕎麦屋の食材の残り物なのでとても経済的。時間には追われないから、手間を惜しまず昔ながらの調理をして、二人で美味しく食事をするのが我が家の習慣なのです。女将がスポーツクラブに出掛けた後は、居間に敷いた畳マットのお蔭で、昼寝もせずに柔軟体操をして身体を動かすのでした。もう昼の仕事がないから、これならば一挙両得というもの。

 早めに蕎麦屋に出掛けて、昨日作ったアルミの折りたたみ式の物干しを眺める。晴れた日には駐車場に出して、蕎麦屋にある布団を干しておけるからちょうど好い。今日の目標は厨房に入って冷蔵庫の中を掃除することでしたが、糠床の中身をゴミ箱に捨てて入れ物を洗う。一段目のガラスの棚を外して洗剤で洗ったら、干しておく場所がないので、冷蔵庫の扉の表面を綺麗に拭いていくのです。こちらも上の大きな扉だけで、下の引き出しは明日にすることに…。

 奥の座敷や廊下や洗濯場の窓を開け放っておいたので、風が通って少しは家の中の換気ができるかと思うのです。女将の帰る時刻に家に帰って、また少し畳マットで柔軟をする。硬くなった身体も、こうして毎日動かしていれば、そのうちに柔らかくなるに違いないから、とにかく続けることが大切なのだろう。家の冷蔵庫の中が大分綺麗にものがなくなってきたので、夕食は冷凍室に亭主が作っておいた焼売を蒸かして食べる。酒はグラスに一杯だけ飲んだ。



7月31日 木曜日 蕎麦屋を閉めて、初めて営業のない木曜日…

 今日も朝飯前のひと仕事はお休みでした。やはり一昨日の変則的な睡眠が影響しているのか、昨夜もなかなか眠ることが出来ずに、一度、習慣になってしまうと元に戻るのに日にちがかかるのです。今朝も女将に起こされて、朝食のテーブルについた。ほっけの開きが一人1匹ずつ出て食べでがあったのです。食事を終えても眠くならないから、お茶をもらってゆっくりとしたら、ちょうどBSのドジャーズ戦が始まっていたので、畳マットに寝そべって見ていた。

 身体を捻ったり、柔軟をしたり、腹筋をしたりと、少しずつは運動になっているだろうとは思うのですが、まだまだ身体はほぐれてこない。今日は午前中の最後の方で近くの外科内科の予約が取れたので、11時過ぎに家を出て、医院の駐車場に車を入れる。受付を済ませれば30分ほどで名前を呼ばれて、この間蕎麦屋に来てくれた看護師さんが「こっちで~す」と元気に対応してくれた。今日は血液検査をする日だったので、心配していたが無事に採血を済ませる。

 ところが処方箋をもらう段になって、血圧の薬ベニジピンの他に痛風の薬をもらおうと思ったら、「何という薬をもらっていたの?」と言われて困った。先日は痛風の発作で駆け込んだから、膝の痛みを取る薬だけもらって、尿酸を溶かす薬は隣町の医院で処方してもらっていたのでした。結局、午後の診療までに薬の名前を調べて来るように言われ、会計もせずに家に帰るのでした。女将が蕎麦屋で残った最後のカレーを温めてくれていたからすぐに昼食を食べる。

 食事を終えてひと休みしたら、女将と隣町のスーパーに買い物に行くことになっていたので、車を出して出掛けて行く。昼の暑い最中だから店の駐車場も空いていたのです。二人でいろいろとみつくろって、随分と沢山の食料を仕入れて来た。これからは、昼飯もいつも二人分だからと女将も言うのです。素麺や冷やし中華に冷凍うどん、カレーのルウなど、二人で思いつくままに籠に入れていく。家に帰って女将のスポーツクラブ予約を済ませたら、再び病院へ。

 無事にベンズブロマロという薬の名前を受付で告げれば、処方箋と会計をすぐに出してくれ、近くの薬局まで歩いて行くのでした。そのまま蕎麦屋に寄って、今日の予定だった冷蔵庫の掃除を済ませて、明日の爲にお茶を沸かして冷蔵庫に入れておく。家に帰れば、4時過ぎで女将はゴミ袋を買うのを忘れたからと、一番近いスーパーまで歩いてで掛けるのでした。夜は今日出たばかりの新鮮な鰯が手に入ったから、刺身にしてもらい二人で食べるのでした。




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2025年7月中旬



7月10日 木曜日 午前中は晴天で暑く、午後は雷雨の天気…

 昨日の計画通りに5時前に目覚めて、30分だけドジャース戦をテレビで観たら、蕎麦屋に出掛けて紫陽花の花を切った。それだけで90㍑のゴミ袋が一杯になったから、相当に枝が伸びていたのです。夏場に草木の剪定をするのは、歳を取ったせいか、思った以上に大変なのでした。エアコンを入れておいた店の中に入り、厨房で出汁を取る。沸騰する直前に火を止めて、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのでした。500gだから30分もかからなかった。

 出汁取りと蕎麦打ちをいっぺんに出来たのも、蕎麦の量が少ないから。今日は加水率40%でしっかりとした蕎麦が打てたから、嬉しかったのです。やはり水を減らすと硬く仕上がるから、包丁切りをしてもエッジの効いた蕎麦が出来る。ただ500gだから力を入れるのも少しの時間なので、量が多くなると大変な作業になるのです。歳を取ったら歳を取ったなりに、蕎麦の打ち方も変えていかなくてはならないのかも知れない。お客が多くてはこうはいかないだろう。

 今日は蕎麦が上手く打てたと言うのに、午前中から蒸し暑くて陽射しは強く、前のバス通りにも人影がなかった。昼過ぎに、このところ毎日のように来てくれる宅配の若者が玄関から入って来て、今日は荷物もあるんですよと、蕎麦農場からの重たい荷物を持ってきた。野菜が入っていますと張り紙がしてあったから、何だろうと家に持ち帰って開けてみたら、ジャガイモが沢山入っていたのです。夕方になって雨が上がったからと、女将がお袋様の所にお裾分け。

 亭主が昼寝から目覚めた頃には、もの凄い音で雷が鳴り響き、雨も随分と降った様子。パソコンでネットに接続しようとしたら、繋がらないのです。夜までかかってやっと復活したから好かった。雷で停電になったせいなのだろうか。書斎のパソコンも年代物だからそろそろ買い換えなくてはならないのですが、使えるうちはとついつい出費を控えてしまう。蕎麦屋に引っ越す機会に新しくしてもいいのかも知れない。明日の天気はどうなるのか、予報もころころ変わるから、当てにならないのです。


7月11日 金曜日 風は北風、涼しすぎて、お客も来ない…

 今朝も5時起きだったけれど、昨日はお客が少なかったから、今朝は蕎麦打ちをしないと決めていた。6時まで居間の部屋でコーヒーを飲みながらゆっくりと休んで、蕎麦屋に出掛けるのでした。今日は西側の小径に伸びた木槿の枝を切って、径の端に生えた雑草を刈る作業をしようと考えていました。90㍑のゴミ袋が一杯になるまで約30分間作業を続ける。枝は袋に詰め込んだけれど、刈った下草までは入らなかったので、そのまま残しておきました。

 家に帰れば女将が台所に立って、朝食の支度をしていた。店で残った古くなったナスを炒めて、ニンニクで食べたけれど、やはり野菜は新鮮な方が美味しい。もっと早く出してくれれば好かった。文句も言えないから、黙って食べるだけ。食後は書斎に入ってひと眠りした。9時まで眠って、洗面と着替えを済ませて、再び蕎麦屋に出掛けていく。北風のせいか、曇り空で随分と涼しいのが気になった。遅い梅雨寒の到来なのか。今日もあまりお客は期待できない。

 それでもいつもの時間に宅配の青年がやって来て、今日もいろいろと沢山注文してくれた。寒いから冷たい水は要らないと言って、鴨南蛮の大盛りを頼まれた。彼が帰る頃に、二人連れの男性がやって来て、天せいろととろろ蕎麦を頼まれた。帰りがけに「お蕎麦が美味しかった。また来ます」と言われたので、今月いっぱいで店を閉めるという話をすれば、残念そうに帰って行かれたのでした。あと二週間あまりで営業を止めるのかと思うと、残念ではある。

 しかし、いつまでもだらだらと営業を続けても切りが無いので、7月一杯と決めたのです。定期便で頼んでいる宅配の醤油や調味料なども止めなければいけない。天麩羅油や天ぷら粉は、店を止めても当分は使い切れないほど残るのです。しばらくは、収入がなくっても二軒分の出費が続くから、きちんと無駄な出費を見極めておかなければならない。家に帰って蕎麦粉の支払いに郵便局に行き、夜に飲む酒がなくなったから帰りに酒屋に寄って帰る。


7月12日 土曜日 今日も涼しかったけれどお客は続いた…

 今朝も5時起きで5時半には蕎麦屋に出掛けました。昨日と同じく北風でかなり涼しいのですが、今日は少し湿度が高いようです。カウンターの上に干してある昨日の洗い物を片付け、空になった蕎麦徳利に鍋のまま冷蔵庫に入れてあった蕎麦汁を詰め、残った1㍑ほどの蕎麦汁は、予備として容器に入れて冷蔵庫に入れておきます。それから昨日のブログを読んで、やっと6時に蕎麦打ち室に入る。今朝は600gの蕎麦粉を計量して、40%の加水で捏ね始めました。

 生地の仕上がりは上々で600gなら腕にも負担がかからないから、気持ちよく伸して畳んで包丁切りが出来ました。切りムラもなく、ベストの状態で蕎麦が打てたので、今日は元気に営業を始められそうだと、帰りにコンビニに寄って煙草を買います。朝のお姉さん達は、亭主がいつも買う煙草の銘柄まで覚えていてくれて、今朝も三箱もらって家に帰るのです。女将が朝食の支度をしてくれたので、食卓に座って野菜サラダと鰺の開きとらっきょうを食べるのです。

 今朝は何故か少し右膝が痛いのですが、いつも何処が痛いと言っているのが嫌で、土曜日だから車をおいて歩いて蕎麦屋に出掛けたのです。幟を立ててチェーンポールを降ろし、看板を出したら厨房に入って、まずは蕎麦豆腐を仕込んでおきます。幟を出さないと車で走っていても見えないから、お客が気が付かないと言うこともあるかも知れないと、少しちぎれた幟でも出しておいた方が好いと思ったのです。野菜サラダは10時半前に盛り付けを終えました。

 暖簾を出して最初にいらっしたのは、股関節の手術をしたという奥様を連れたカレーうどんのお父様。2週間のリハビリを終えて、杖も持たずに車から元気そうに歩いて来たから、「退院おめでとうございます」と祝福するのでした。隣の町からわざわざ来ていただいて、ハラミの串焼きを出すのを止めたので、今日は鴨葱の塩焼きを頼まれて、奥様は辛味大根が美味しかったとまた頼まれる。店ももうすぐ終わるので、冷蔵庫にあった辛味大根を幾つか差し上げる。

 三人連れのお客が入って、お父様は温かい天麩羅蕎麦、息子夫婦はヘルシーランチセットと天せいろのご注文で、宅配の青年が少し遅れて入って来たから、店は急に忙しくなったのです。1時過ぎに皆さん帰られて、洗い物をしていたら、女性が一人で入って来て、亭主の真ん前に座るから誰だろうと思ったのです。聞けば高三の時に担任をした○○さんで、話しているうちに面影のある顔が懐かしく思い出された。もともと隣町に住んでいた子で、もう直ぐ還暦になるのだそうな。ついこの間のような気がするけれど、そんなに年月が流れたのか。「お店を止めてしまうのは勿体ない」と言われたけれど、事情を話してゆっくりと昔話をして帰られたのです。


7月13日 日曜日 蒸し暑さのせいか次々とお客が…

 夜明け前に雨の降った朝でした。5時に目覚めて、今朝はMLBを少し長く観てしまったので、6時前に蕎麦屋に出掛けたのです。蕎麦打ち室に入って今朝も600gの蕎麦粉を捏ねる。加水率は40%で、ちょうど好い硬さの生地が仕上がり、昨日に続いて蕎麦も上手く包丁切りが出来たのです。今日は12食の蕎麦を用意して、営業を始めるつもり。家に戻れば、女将が台所でジャガイモをシャキッシャキッと削っていたから、今日はハッシュドポテトだと分かった。

 昔はよく食べたものだけれど、最近、沢山のジャガイモを頂いたので、亭主が食べたいと言ったのです。スクランブルエッグが付いて、あっさりとした味のおかずなので、炊きたてのご飯が美味しかった。満足して書斎でひと眠りしたら、なんと9時まで眠ってしまったから驚いたのです。急いで洗面と着替えを済ませて、車でまた蕎麦屋に出掛ける。膝の具合があまり好くないので、お客の来る日曜日だけれど駐車場は2台しか止められなくなる。

 看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、厨房に入って浅漬けを盛り付ける。足りない分は大根のなた漬けを盛っておきました。野菜サラダを作り終わったら11時。カウンターの隅の椅子に座って休んでいたら、開店の15分前に車が入ってきた。10分前に暖簾を出して中に入っていただいたら、わずか10分の間に三組のお客がいらっして、ちょうど女将もやって来たので助かった。今日はいつもの開店の時間から随分と忙しかったのです。

 盆や皿を洗う暇もないほど次から次へとお客が入って、12時半には生舟の中の蕎麦がもう残り三束しかなくなっていた。いつも来る宅配の青年は、きっと駐車場が満杯で後から来るのだろうと思ったので、一人のお客は入ってもらって、二人連れのお客はお断りしたのです。案の定、1時前になって青年がやって来て、カウンターに座った二人のお客は、それぞれ大盛りのぶっかけ蕎麦を頼まれた。天麩羅の具材もなくなったので、水羊羹をサービスでお出しする。

 久し振りに12人のお客が入って、洗い物は山のようにあったのです。休み休み洗い物を片付けて、家に帰ったのは3時過ぎ。亭主はエアコンを効かせた書斎に入って、パソコンに向かい今日の売り上げを入力するのでした。蕎麦粉の代金はもう払い終えたから、後は仕入れの代金が残ればいいのです。来週は海老と山葵と鴨肉を業者に発注しなければいけないから、火曜日の仕入れは少しでも安くなるように考えなければいけない。夜は美味しい鰻重だった。


7月14日 月曜日 夜のうちにまた雨が降ったらしく…

 昨日はやはり疲れたらしく、汗ビショになった営業を終えて家に帰ってから、昼寝をしたにもかかわらず、夜は9時にはもう眠くなったのです。結果として、今朝は3時過ぎには目が覚めてしまう。コーヒーを沸かして飲みながら、居間の部屋で『カリー・スー』という何度も観ている映画をテレビでまた観てしまった。やっと外が明るくなったので、蕎麦屋に出掛けて昨日の沢山の洗い物を片付けて、洗濯物を干したら、明日のゴミ出しの準備をして来る。

 MLBの中継を観ながら朝食の食卓について、ドジャースのリードのまま書斎に入ってひと眠りする。今日は定休日とあってアラームもOFFにしてあったので、ゆっくりと9時過ぎまで眠ることが出来ました。起きてみれば、外は激しい雨。台風の影響らしく、一日中降ったり止んだりの天気らしい。10時半に蕎麦屋にリフォームの業者がやって来るので、早めに出掛けてコーヒーを沸かしておくのでした。無事に打合せが終わって家に帰ればもう昼の支度の時間。

 昼は女将が野菜と肉を切ってくれて、亭主はフライパンで焼きうどんを作る。その脇の火口で自家製の餃子を焼いて、二人で美味しく食べたのです。亭主は餃子を食べ過ぎて、ちょっと腹が凭れ気味なのでした。女将も面識のある業者との打合せ内容を話して、植木の剪定が今は混んでいて大変だと言われた事を話す。南の庭は何時の間にかジャングル状態になって、これを切り開くのには相当時間がかかると思えた。店を閉じたら暇も出来るから自分で出来るか?

 女将がスポーツクラブに言っている間に、亭主はまた蕎麦屋に出掛けて、段ボールを潰して明日の子ども会の廃品回収に出す準備をしました。古新聞も袋に詰めて車に積み込んでおく。明日の午前中に生ゴミを外のゴミ箱に詰めたら、午後には業者が持って行ってくれるはず。4時過ぎに家に戻って、ゆっくりと大相撲のテレビ中継を観るのでした。夕飯はお腹が空いていなかったから、鰻重ではなく亭主だけ蒲焼きを酒の肴にして焼酎を飲むのです。


7月15日 火曜日 今日も終日の雨で、時折激しく強く降った…

 夕べは10時前に今の椅子の上で眠り込んでしまい、これではいけないと布団の中で眠り直すのでした。ところがエアコンの予約したタイマーが切れるともう蒸し暑くなって目が覚めたから、再び居間に行ってテレビを点ける。何も面白い番組がなかったので、再び床に入ったらそのまま朝まで眠ることが出来ました。食堂に行けば、女将がもう朝食の支度を終えて、食べるばかりになっていた。米がなくなったから、今日は一緒に買い物に行くと言う。

 車の中から朝飯前のひと仕事で、蕎麦屋から運んで来た古新聞を束ねた袋と紐で縛った段ボールとを出して、集積所に持っていく。木槿の散った花びらを掃き集めて家の玄関まで運んでおく。朝晩女将が掃いているから、休みの時ぐらい亭主が代わりにするのです。
9時前に女将を車に乗せて、お袋様のマンションまで行って、お袋様も乗せて農産物直売所まで出掛ける。珍しく新米が出ていたのでここで精米してもらった。それから隣町のスーパーに行くのです。

 小雨が降ってはいたけれど傘を差すほどでなく、無事にお袋様と女将とを家まで送ったら、蕎麦屋に戻って買ってきた荷物を降ろすのでした。ところが途中から土砂降りの雨に変わって、まったく今日はこの繰り返しで、やはり本当の梅雨明けではなかったのです。買ってきた野菜類を冷蔵庫に収納したら、大根の浅漬けを準備して家に戻るのです。昼は二週間ぶりにスパゲッティーのボロネーズを食べた。いつも満腹になってしまうから、今日は一人800gにした。

 食べ終えて書斎でひと眠りしている間に、女将は、市がコミセンで実施する体幹を鍛えるピラティスとか言うトレーニングに参加するために出掛けるのでした。亭主は女将のスポーツクラブの予約の時間に寝過ごさないように、アラームをセットしておくのでした。無事に予約は取れて激しい雨の中を女将も帰って来たので、亭主は蕎麦屋に出掛けて、大根のなた漬けの本漬けを済ませる。キャベツとニンジンとキュウリの浅漬けも漬けようとしたら、ニンジンを買うのを忘れたことに気が付いたので、今日はもう終わりです。


7月16日 水曜日 今日は右膝の痛みに耐えかねて…

 夕べから右膝の痛みが増して、今朝はまず外科の予約から。6時にならないとweb予約が出来ないので、時計を見ながら待ったけれど、結局、今日も明日も一杯で金曜日の午後34番で予約が取れた。
膝の痛みをこらえながら、下駄箱や壁につかまりながら玄関を出てガレージまでの階段もウッドデッキの板に支えられて、やっと車に乗り込む。蕎麦屋に着いたら厨房に入って、水羊羹を作り、キャベツとキュウリとニンジンの浅漬けを仕込んでおくのでした。

 家に帰れば女将が朝食の支度をしてくれたいた。安売りではない鮭は身も柔らかく脂もあってとても美味しかったのです。食事を終えたら居間の部屋でお茶をもらって、足を引きずりながら書斎に入る。横になって休むのが一番身体に負担がかからないのです。膝も伸ばしている分には体重もかからずに痛くない。痛風の薬は毎日飲んでいるから、痛風の痛みであるはずはないけれど、医者に行ってみないと分からない。とにかくこの痛みを何とかしてもらいたい。

 9時過ぎまで眠って、膝を伸ばして眠ったからか、痛みは消えていた。しかし、立ち上がろうとするとまた痛いのです。思わず大声で叫んでしまうから困ったもの。また蕎麦屋へ出掛けなければならなかったけれど、しばらくはメジャーリーグのオールスター戦を観ていた。10時を過ぎた頃に、意を決して再び蕎麦屋に出掛けるのでした。この痛みで明日は本当に営業が出来るのだろうかと思った。天麩羅の具材を切り分けて11時過ぎには家に帰る。

 昼は素麺にすることにしてあったから、女将に頼んで汁を作ってもらった。いつもなら亭主が作るのだけれど、今日は膝が痛くてそれどころではなかったのです。膝の周りが赤く腫れて熱を持っている。明日の営業は女将がいるのでなんとか出来たとしても、金曜日は一人だから、とてもお茶出しや料理を席まで運べそうにない。気分が滅入るけれど、午後の昼寝をしたら、また少し痛みが治まったのです。女将がスポーツクラブから帰ってまた蕎麦屋へ行く。

 蕎麦汁の徳利が全部空になっているから、予備の蕎麦汁を詰めて一番出汁の予備で更に蕎麦汁を作っておく。そして蕎麦打ち室に入って600gだけ蕎麦を打つのです。膝を曲げたりしなければ、痛みもそれほどではないので、なんとか6束の蕎麦を打って家に戻る。車に乗り込むののにも膝を曲げるから、相当な痛みを伴うのでした。夜は昨日亭主が作っておいた焼売と、女将の作ったポテトサラダで焼酎を飲む。大相撲は横綱が二人とも負けたと女将が言う。



7月17日 木曜日 朝から蒸し暑い一日でした…

 今年は夏の前に駐車場の木々の剪定をしなかったから、枝がもう伸び放題に伸びている。朝の6時前だというのに余計に暑苦しく感じるのです。風呂上がりに膝に貼った炎症を抑える鎮痛湿布が効いたのか、痛みが昨日ほどではないのが嬉しい。ただ、膝を曲げるとやはり激痛が走るから、要注意なのです。新聞を取り出して店の中に入れば、もう暑さがこもっているから、エアコンを入れて扇風機を回す。厨房に入って小鉢を盛り付けておきます。

 6時になったら蕎麦打ち室に入って、600gの蕎麦粉を40%の加水で捏ね始める。室温は27℃、湿度は58%だから、今朝もちょうど好い硬さで生地が仕上がるのです。蕎麦玉にしてしばらく寝かせている間に、厨房に戻って昨日のブログを読み返す。煙草を一服して、また蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのです。硬さがちょうど好いから、綺麗な蕎麦か出来上がった。家に帰って女将の用意してくれた朝食を食べる。食後は書斎に入ってひと眠りです。

 再び蕎麦屋に出掛けて、厨房に入ったら、レンコンの皮を剥き、輪切りにして酢水で茹でる。薬味の葱を刻んで、大根と生姜をおろしてから、野菜サラダの具材を用意するのです。盛り付けが終わって10時半。天麩羅の具材を調理台に並べて、新しい油を天麩羅鍋に入れる。天ぷら粉も新しい袋を開けて、容器に詰めておきます。今日はテーブルを拭いて回るのは女将に頼んだので、椅子に座ってしばらく休憩するのでした。膝の調子はじっとしていれば痛くない。

 女将がやって来て暖簾を出してもすぐにはお客が来なかった。やはり外はかなり蒸し暑いのです。散歩で歩いている人の姿もない。やっとお客がいらっしたのは12時過ぎなのでした。リピーターのご夫婦で、今月で蕎麦屋を閉めるのを知っていた。帰りがけに奥様がお世話になりましたと挨拶をしていかれる。1時を過ぎてから、会社の宣伝を書いたワゴン車に乗って、若い男性がいらっした。椎茸を抜いた天せいろをご注文だったから、代わりにキスを揚げる。

 1時半になったので、女将のスポーツクラブの予約を取ったら、亭主もかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べる。女将は野菜サラダを持ち帰るために包み始めた。洗い物も少なかったから、簡単に終わるのでした。2時前になって、リフォームの業者が床やレンジフードの清掃の業者を連れてやって来た。厨房の扉を見る業者も来て、蕎麦打ち室の蕎麦打ち台を撤去する担当者も来た。いよいよ始まるのかという感じなのです。お盆の前は引っ越しも多くて忙しいらしいから、お盆を過ぎた辺りから作業を開始するのだろう。


7月18日 金曜日 今日は店を終えてから病院へ行って…

 アラームの鳴る少し前に目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲む。5時半には家を出て蕎麦屋に向かえば、雲は多いけれど青空が覗いて、晴れそうな天気なのでした。痛風の発作もピークを過ぎたのか、幸いにも仕事に出掛けようという気になるから不思議だ。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。このところ40%の加水で、好い蕎麦が打てているから嬉しい。今日は500g5人分だけ打ち足し、昨日の残りと合わせて13人分の蕎麦を用意したのです。

 家に帰る前にコンビニに寄って煙草を買ってみずき通りを戻る。青空が見えて陽も差している。梅雨もどうやら今日明日には明けそうなのです。朝食を食べ終え、ヒッチコックの白黒の映画を観ていたけれど、少しは眠らなければと書斎に入って20分ほど横になる。アラームでうたた寝から目覚めて、映画の続きを最後まで観たら、着替えと洗面を済ませて玄関を出るのでした。庭の葵の花が綺麗に咲いていたから写真に撮っておいた。紅葉葵はもっと高い所です。

 蕎麦屋に着いたらいつものように幟と看板を出し、チェーンポールを降ろしたら、厨房に入ってほうじ茶を沸かす。大根をおろしてブロッコリーとアスパラを茹で、レタスをちぎってキャベツを千切りにする。紫玉葱をスライスしたら、パプリカ、ニンジンを切って盛り付けに入るのです。今日は10時前に蕎麦屋の裏に住む小母さんがやって来て、蕎麦を二人分欲しいと言う。いつものことだから、蕎麦汁と一緒に用意してやれば、1万円札を出されたから困った。

 これから営業を始めようというのに、もう釣り銭が少なくなっている。家に電話して女将に頼んで細かな札を用意してもらい、車で急いで取りに行くのでした。ところが、昼を過ぎても昨日と同じでお客はなく、やっと宅配の青年が来てくれてほっとしたのです。あまりの暑さで家を出る人も少ないのかも知れない。1時半を過ぎたので、かき揚げを揚げて亭主も賄い蕎麦を食べる。早めに家に帰って、4時過ぎには病院に行かなくてはならないので、ひと眠り。

 4時を過ぎたら「病院に行く時間じゃないの」と、女将に起こされて、桃を剥いてもらって食べたら車に乗るのでした。午後の34番というのは、確か、5時を過ぎないと順番が回ってこないのです。待合室で待つ人もいなくなって、やっと名前を呼ばれたから、診察室に入れば、亭主が最後の患者なのか、今日は先生が椅子に座ってゆっくりと話をした。「店を閉める前に食べに行きますよ」と言って場所まで詳しく聞いたから、日曜日ぐらいには来てくれるかも…。


7月19日 土曜日 昼から急に混み出して大忙し…

 今朝も5時起き。医者の薬が効いたのか、膝の痛みはほとんど消えていた。コーヒーの代わりにブルーベリーのヨーグルトを飲んで目を覚ます。甘さに閉口して氷を入れたら随分と飲みやすくなったから不思議です。5時半に家を出て蕎麦屋に向かえば、朝からもう陽射しは強いのでした。厨房に入ってほうじ茶を沸かし、残ったお湯でコーヒーを淹れて飲む。今朝も600gの蕎麦粉を計量し、40%の加水で捏ねていく。室温が32℃もあったから少し柔らかくなった。

 家に帰って朝食の食卓につけば、昨日、亭主が買って帰った豆腐やもずくが出て、納豆まで付いたから嬉しかった。この何日間で膝の痛みに苦しんだから、女将に頼んで、忘れないうちにと食生活を改良したのでした。食後は居間の部屋でお茶をもらって、書斎に入って今朝も20分ほどうたた寝をする。洗面と着替えを済ませて、9時半前に玄関を出れば、庭の紅葉葵が真っ赤な花を咲かせていた。今朝の青空に映えて、いよいよ夏だという気になるのです。

 いつもと同じように暖簾を出したけれど、やはり暑いのか昼過ぎまでお客は来ない。と思ったら、昼からどんどんお客が入って、1時過ぎにはもう店も座る場所がないほど。後からいらっしたお客が駐車場がないと騒ぐ場面もあったりで、小さな蕎麦屋の哀しさで、どうにも仕方がないのでした。見渡せば、皆さんリピーターの方ばかりで、「今日は蕎麦はありますか?」と電話をくれる方までいらっした。最後に入ったご夫婦は、ニュータウンからいらしたとか。

 「器が素敵ですね」「天紙も季節に合わせてある」と細かなことまで気が付く奥さんが、カウンターに座って、「本当にお蕎麦が美味しい」と褒めていただいた。閉店の時間までお客がいたので、何時の間にか10人を超える人数が入って、蕎麦も二束しか残っていなかったのです。女将と二人で洗い物を片付けて、今日は3時を過ぎてしまった。家に帰って疲れたらしく「洗濯物も畳まなくてはいけないし、今日は買い物に行かないわ」と言うのでした。

 ひと休みした亭主はもう一度蕎麦屋まで出掛ける。昼に昆布と干し椎茸を浸けておいた鍋に火を入れて、小一時間掛けて出汁を取ったら、その間にカウンターに干してある沢山の盆や蕎麦皿を片付ける。天麩羅の具材も何もなくなっていたから、明日の朝も忙しくなりそうなのです。ショッピングモールまで車を入らせて、桃やスモモやサクランボに、夜は土用の鰻だと言うから、シジミを買って帰るのでした。大相撲も終わる頃に家に帰って、二人で最後の何番かを観ながら、美味しく鰻を食べるのです。亭主もさすがに付かれたので、今日は夕食の後にやっと遅い昼寝をして、風呂を出てから解禁の焼酎を飲みながら、このブログを書いているのです。

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2025年7月上旬



7月1日 火曜日 昼の暑い時間は動くのを止めて…

 夕べは8時半に風呂から上がって、もうすぐに眠くなったから、定休日なのを好いことに床に就いたのです。夜中に目が覚めてしまうかと思ったら、意外にも朝の3時過ぎまで眠ったから好かった。まあ、そんな早くからする事はないのですが、夕べのブログを書いて、居間の部屋でコーヒーを飲んでいたら、外は明るくなった来たのです。書斎の窓から庭の木槿の様子を見たら、確かに剪定の始まる前にもう花が咲いていた。今朝の仕事はここから始めよう。

 朝飯前のひと仕事に、庭の木槿の剪定の続きをし始めたら、市のゴミ袋2杯分の枝を切って30分ほどで終了。7時前にはもうお腹が空いて、今年女将が漬けたらっきょうがひと月経ったからと、食卓に出してあったので、自分でご飯をよそって食べ始める。今朝のおかずは鰯の蒲焼きだったので、後から皿に載せてもらって食べるのです。早めに朝食を終えたから、エアコンの効いた書斎に入って9時までぐっすりと眠りました。暑いと涼しい部屋でよく眠れる。

 今日の予定はまずコンビニに行って、蕎麦屋のゴミ回収の業者に支払いの代金を振り込む。そして、ショッピングモールに入っている大型電気店に出掛け、プリンターのインクと血圧測定器を買うことなのでした。帰りがけに広い店内のラジオのコーナーがあったので、いつも女将が欲しがっていた携帯ラジオの台所用を買って、家に戻るのです。屋上の駐車場に停めておいた車の中は、相当な暑さになっていた。それから蕎麦屋に出掛けて午前中の仕込みをする。

 まずは、昨日のうちに昆布と干し椎茸とを浸けておいた3㍑の鍋に火を入れて、一番出汁を取る。2㍑分だけを片手鍋に入れて返しを600cc余り加え、火にかける。これを冷やして鍋ごと冷蔵庫に入れてしまう。残った出汁はボールのまま冷やして、瓶に入れて冷蔵庫へ。次に二番出汁を4㍑作って2㍑入りの容器に二つ取り、水で冷やしてからやはり冷蔵庫に入れるのです。次にキャベツとニンジンとキュウリの押し漬けをつくり、漬け物器に入れて置いておく。

 11時半に家に戻れば、女将がキュウリと卵焼きと蒲鉾を刻んでおいてくれたので、亭主は麺を茹でたお湯でモヤシと豚肉の薄切りを茹で、皿に盛り付けるのです。二人の連係プレーで、あっという間に昼の食事が出来上がる。三日に一度はこの冷やし中華を食べているけれど、暑さが尋常ではないので飽きないのです。午後は女将のスポーツクラブの予約を終えたら、亭主はまた蕎麦屋に出掛ける。新レンコンの皮を剥いて輪切りにしたら、酢水で茹でてタッパに入れて冷蔵庫へ。水の上がったキャベツの塩漬けに昆布を切って入れたら、これも冷蔵庫に入れておく。これで午後の仕込みも終わり。


7月2日 水曜日 降ったり止んだり晴れたり曇ったりと不安定…

 朝のうちは雨が降っていたかと思ったら、昼間は晴れて青空が広がっていた。今日は薬をもらいに近所の内科に行かなければならなかったが、午前中の37番という予約なので、10時過ぎに出掛ければ好かろうと、ガソリンスタンドへ寄って給油をする。それでもまだ早すぎるから、明日の仕入れもあるので、コンビニに寄ってお金を下ろしてくる。10時半に待合室に入ればまだ24番の表示。やっと先生に診てもらったのが11時半過ぎで、薬をもらって12時を過ぎた。

 女将はスポーツクラブへ出掛ける都合があったので、先に昼を食べたらしく、亭主は一人で素麺を茹でて汁に卵を入れて食べる。食後のひと眠りもせずに、暑くなったので居間でMLBのドジャース戦を観ながら涼んでいた。1時半には家を出て蕎麦屋に出掛ける。ガレージに入れた車の車外温度は40℃にも達していた。蕎麦屋に着いたらまずは水羊羹と蕎麦豆腐を仕込み、すっかり水の上がったキャベツのお新香を、小さな漬け物器に移すのです。

 大釜に湯を沸かしている間に、玉葱や三ツ葉を刻んで、かき揚げの具材を用意したら、生椎茸、ピーマン、ナスを切り分けて天麩羅の具材を容器に詰めて冷蔵庫に入れておきます。大釜の湯が沸いたら小松菜を茹で、切り分けてタッパに詰めて急速冷凍室に入れておく。ひと休みしてもまだ3時だから、明日の蕎麦を半分だけ打っておくことにしました。時間に余裕のある時に打った蕎麦は、やはり出来が好い。加水率は40.5%でかなり硬い生地なのでした。

 蕎麦屋の店内はずっとエアコンを点けているけれど、夕方になってやっと25℃まで室温が下がってきました。空は曇って今にも雨が降りそうな天気です。帰り道に国道まで出て、酒屋で焼酎と炭酸を買って帰ります。家に戻れば、女将はエアコンを点けた仕事部屋で涼んでいました。それでも室温計は26℃近くあったのです。冷蔵庫を開ければ、さすがに三日間の定休日の間に、二人で三食食べるから、肉と魚以外は何もなかった。夜は生姜焼きでご飯を食べる。


7月3日 木曜日 外は暑すぎてお客も少なかった一日…

 今朝はアラームで目が覚めたのに、また何時の間にか眠ってしまい、時計を見れば6時を過ぎていたから慌ててしまった。取るものも取りあえず車に乗って、蕎麦屋まで出掛けていく亭主なのです。とにかく蕎麦打ち室に入って蕎麦粉を計量し、600gの粉に対して、40.5%の水はと電卓ではじき出し、捏ね方を始めるのでした。昨日のうちに半分打っておいて大正解なのです。蕎麦玉を寝かせる時間も短くして、切りべら22本で140gの蕎麦を6束仕上げる。  

 いつもの時間に家に戻って朝食を食べたら、エアコンを効かせた書斎に入ってひと眠りするのです。8時半のアラームで起こされて洗面と着替えを済ませて、今日は髭まで剃れたからまずまず。蕎麦屋に着いてチェーンポールを降ろして看板を出し、厨房に入って早速お新香を盛り付けておきました。あんなに沢山漬けたはずのキャベツの浅漬けが、水が出て少しになっているから、美味しさを閉じ込めたと思って、6鉢だけ盛っておくのでした。

 今日は昨日よりも暑く、厨房は昼間29℃まで上がった。開店の時刻にやって来た女将が「ああ暑いわねぇ」と汗を拭うので驚いた。わずか300mの距離を歩いて来ただけで、そんなに汗が出るものなのかと、車で移動している亭主には分からないのでした。相当に陽射しが強いらしい。開店前の仕事を終えて、暖簾を出してお客を待つけれど、あまり暑すぎて誰も来る気配がない。やっとやって来たのは仕事の途中で昼を食べる若者だけなのです。皆大盛りのご注文。

 女将が家を出る前に、先日蕎麦屋を訪ねてくれた友人のところから、浜名湖の鰻が届いたと言うのです。遠くからわざわざ来てくれたから、酒と蕎麦と料理の代金をもらわなかったのに、却って高いものになってしまった。割り箸やおしぼりを用意していた女将が、急に大きな声で「お父さん、おしぼりがないと言ったのに」と週末の分のおしぼりがないと言うのでした。店を終えてから、車で駅前のショッピングモールまで行って、あり合わせのおしぼりを買う。

 ついでに、最近、果物を食べていないと思って、桃やシャインマスカットを買い、夕飯に寿司の盛り合わせと野菜サラダを買って家に戻る。女将が喜んで「ありがとう」と言って、早速、一年ぶりの桃を剥いてもらった。「手で皮が剥けるから、これは美味しいわよ」と嬉しそうに言う。結局、午後の昼寝をしないままで、業者から電話が入り、もう蕎麦屋に着いていると言うから、急いで車を走らせるのでした。夜になっても気温は下がらず、暑い一日なのでした。


7月4日 金曜日 どうして一人営業の日に混むことが多いのか…

 今朝はアラームの鳴る前に目が覚めて、5時間の睡眠で我慢。でも、コーヒーを飲んだり煙草を吸ったりで、結局、蕎麦屋に出掛けたのは5時半過ぎなのでした。MLBのスポーツニュースで日本人選手の活躍を見てしまうと、どうしても寝るのが遅くなるのです。元気を貰っていながら、朝が辛く感じるのは、やはり歳のせいかもしれない。蕎麦屋に着いて、伸び放題に伸びた駐車場の雑草や木々に夏の暑さを感じて、少しずつ剪定を始めなければと思うのでした。

 昨日の蕎麦が残っていたので、今朝は500gだけ蕎麦粉を計量し、30分ほどで5束の蕎麦を打ち上げる。一人の営業の日だから、そんなに沢山蕎麦がなくてもいいのだけれど、12食分を用意して家に戻るのでした。朝食にはほっけとナス焼きが出て美味しく頂く。食後はエアコンの効いた書斎に入ってひと眠り。8時半のアラームがなる前に目覚めて、着替えと洗面を済ませたら再び蕎麦屋に出掛けるのです。玄関前の植木鉢に女将の播いた種から芽が出ていた。

 紅葉葵の種だと言っていたけれど、葉の形がどうも違う。蕎麦屋に持っていくつもりでいるらしいが、いったい何の種を蒔いたのだろう。蕎麦屋に着いてチェーンポールを降ろし、看板を出したら、早速、厨房に入って蕎麦豆腐を造っておく。宅配の若者が来ると一人で二つずつ頼むから、すぐになくなってしまうのです。今日もまた、一番でいらっして鴨せいろの大盛りと、蕎麦豆腐を二つ頼まれた。大きなグラスに氷を入れた水をお替わりしていた。

 今日はヘルシーランチセットを注文した女性の二人連れ以外は、全員が大盛りの蕎麦のご注文で、1時前に作業服を着た4人の男性がご来店で、皆さん天せいろととろろ蕎麦の大盛りを頼まれた。それで蕎麦は売り切れなのでした。野菜サラダもすべて出尽くして、1時半に皆さんがお帰りになった後は、亭主もぐったりと椅子に腰を下ろしてひと休みするのです。落ち着いているつもりでも、蕎麦湯を出し忘れたり、蕎麦猪口を出し忘れたり、結構、大変でした。

 それでも、頑張って洗い物をこなし、片付けを始めたら、今日は3時過ぎにはすべて終わって、家に帰ってゆっくりとするのです。居間の部屋は、スポーツクラブから帰った女将がエアコンを入れておいてくれたので涼しかった。亭主はまず書斎に行ってエアコンとパソコンのスイッチを入れて、居間で涼むのでした。書斎の部屋がやっと冷えてきた頃に、パソコンに向かって今日の売り上げを入力する。四人連れの男性達の天せいろが、大盛りと注文票には書いていながら、普通盛りの値段で計算していたから、やはり慌てていたのです。4時前に横になったら、6時過ぎまで寝てしまった。「そろそろご飯にしませんか」と女将に起こされて、食堂に行けば、浜名湖の鰻が鰻重の入れ物に入って並べられていたのでした。


7月5日 土曜日 朝から蒸し暑い一日でしたが…

 今朝もアラームの鳴る前に目覚めて、割とすっきりと起きられたから好かった。やはり昨日は11時になったら床に入ったのが正解なのでした。6時間は眠らないと身体が回復しないのかも知れない。コーヒーを飲んで5時半には家を出る。雲のかかった合間から、朝日が見えていました。朝から蒸し蒸しとした陽気なのです。蕎麦打ち室に入る前に、昨日のの洗い物を片付けて、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めておく。それから蕎麦打ち室に入って蕎麦打ち。

 昨日の残りの蕎麦が一把だけしかなかったので、今朝は900gの蕎麦粉を計量して、久々に硬い生地を捏ねました。10年前なら何のことはなかったものを、今ではやっとのことで、なめらかな生地にするのが大変でした。蕎麦玉を寝寝かせている間に、お新香を盛り付けて10鉢だけ用意しておくのでした。蕎麦は何とか10把取れて、今日は11把の用意で営業を開始するしかないのでした。それが綺麗になくなったから、今日も蕎麦屋は混んだのです。

 7時過ぎに家に帰れば、居間の部屋までぷーんと魚の焼けるいい匂いが漂って、今朝は脂の乗った鯖の塩焼きと、沢山のおかずが食卓に並んでいたから嬉しかったのです。食事を終えたら居間の部屋でお茶をもらって、書斎に入ってひと眠り。緊張しているせいか、8時半のアラームを待たずに目が覚めて、洗面と着替えを済ませて再び蕎麦屋に出掛ける亭主なのでした。玄関を出たところに、女将が植え替えた葵の新芽が並んでいるではありませんか。

 背の高くなる植物だから、蕎麦屋の庭の何処に植えるつもりなのだろうかと、首をかしげる亭主。大きな植木鉢に移して、駐車場にでも置いたらどうだろうか。真紅の花の咲く紅葉葵の芽がないのが残念でした。蕎麦屋に着いたらチェーンポールを降ろして看板を出す。幟は生地が切れてしまったので、あとひと月だから、もう立てないことにしたのです。厨房に入って大根をおろし、蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら、酢水で茹でて天麩羅の具材の用意をする。

 野菜サラダを盛り付け終えたら11時前で、天麩羅鍋に油を注ぎ、天つゆを火にかけて開店の準備が整ったら、もうお客の車が駐車場に入ってきた。年配の4人連れのお客だったから、店の中に入って待っていただいたのです。女将もやって来て注文を取れば、天せいろを四つ頼まれる。天麩羅が揚げ終わる頃にやっと暖簾を出して、亭主は奥の座敷でひと休みです。それから1時過ぎまでお客が絶えなかったから、この暑いのに有り難い事なのでした。

 開店前にいらっした年配のお客達は、1時間以上も大声で話して楽しそうに過ごして行かれた。女将がい言うには、歳を取ると他の人のことはあまり気にしなくなるのだとか。耳も遠くなるから自然と声が大きくなるのだそうな。狭い店の中で、あれだけ大きな声で話をすれば、他のお客に迷惑にならないかと思わないのだろうか。地声の大きな亭主は、昔からプールで選手達を指導するのに端まで届くように注意したものだけれど、歳を取ったらやはり耳は遠い。
 2時半には洗い物を終えて二人で家に帰る。今日は天せいろばかりが随分と出て、油がすっかり汚れてしまったから、明日は新しい油で天麩羅を揚げなければならない。エアコンで冷えた書斎に入って、夕方まで眠ったら、買い物から帰った女将は汗だくになって、髪の毛までびしょびしょだった。外は夕方でも相当に暑いらしい。鍋に湯を沸かして、夜はまた冷やし中華を食べる。蕎麦がなくなったので打ちに行けば明朝が楽だけれど、そんな元気はなかった。


7月6日 日曜日 暑い日なのに今日もお蕎麦が売り切れて…

 今朝も5時半に家を出て蕎麦屋に向かう。ガレージに続く階段の踊り場から、いつもなら駅前の高層マンション群が見えるのに、今朝は靄がかかって何も見えない。白や赤の木槿の花だけが元気に咲いているのでした。蕎麦屋に着いたらまずは厨房に入って蕎麦豆腐を仕込んでおく。四日間で三回も作るのは珍しい。毎日いらっしゃる宅配の青年が一度に二皿ずつ食べるから、なくなるのも早いのです。ヘルシーランチセットが出ても必ず一皿出るのです。

 今朝はどれだけ蕎麦を打とうかと、残っている蕎麦粉の量を量ったら、あと900g打つだけしかなかったので、40%の加水率で捏ね始めるのでした。水が少ないと両腕にずっしりと重みを感じる。時間をかけてこの重みと戦いながら、なめらかになった生地を蕎麦玉にして、伸して包丁切り。久し振りにエッジの効いた蕎麦を打つことが出来て、嬉しかったのです。昔はいつもこの硬さで打っていたから、両腕の腱鞘炎にもなったもの。もう無理は出来ないのです。

 家に帰って朝食を食べたら、1時間余り眠って、また蕎麦屋に出掛けていく。小鉢を8鉢準備して、大根をおろし、薬味の小葱を刻んで、天麩羅の具材を切り分ける。連日、お客が多いものだから、ピーマンが残り少なくなったので、女将に言って家からインゲンを持って来てもらったのです。余分な仕事をした割には、野菜サラダを盛り付け終えても11時前には開店の準備が整った。今日で今週も終わりと思うと、元気が出るというものなのです。

 暖簾を出して女将とお客を待てば、タクシーに乗った四人連れが蕎麦屋に歩いて来る。見覚えのある姿だと思ったら、歳を取った昔の教え子たちと、もう直ぐ70歳の定年を迎えるかつての同僚なのでした。店を閉めることを聞きつけて、訪ねてくれたらしい。少し閉店の経緯を話しながら、天せいろを四つあげている間に、もう次のお客がいらっしてテーブルに座る。更にカウンターにも常連さんが次々と座るのでした。すぐに今朝打った蕎麦の数に達したのです。

 ゆっくりと話も出来ずに、四人連れは帰って行った。お互いが元気でいるのを確認しただけの短い再会なのでした。有り難い事なのです。2時半には洗い物を終えて、二人で家に戻る。今日は天せいろと鴨せいろが半々の数だけ出た計算です。今週は、あまり残り物も出なかった。それだけお客が多かったのです。夕方までひと眠り擦る亭主と夕方から散歩に出る女将。夕飯は素麺と鰻に卵を散らしておかずにする。風呂を出たらまた眠くなったので8時に就寝。


7月7日 月曜日 あまりにも暑すぎて今日は汗だくなのでした…

 夕べは疲れ果ててあまりにも早く床に就いたので、やはり朝の3時過ぎにはもう目が覚めてしまいました。7時間の睡眠だから、かなり正常な身体の回復なのです。パソコンに向かって蕎麦屋への引っ越しの準備に、何をどこから始めたら好いか書き出したのです。厨房のレンジを取り替えて、床や壁を掃除してもらう事から始まって、トイレの床や店内の天井のひび割れを直してもらう事など、ひとつひとつ書きだして、優先順位を決めておかないといけない。

 それでも6時になったらまた眠くなって30分ほどひと眠り。朝食を終えたらまた30分ほど眠って、着替えを済ませてお袋様に電話をする。昨日のうちに仕入れは月曜日にしようと話してあったので、お袋様を迎えに行って農産物直売所と隣町のスーパーに出掛ける。朝から陽射しは強く、家に帰って来たときにはもう汗だくで、下着もシャツもすべて取り替えなければならないほどなのでした。昼はスパゲッティーを茹でて、久し振りにナポリタンを作って食べる。

 食後は居間の部屋でテレビの映画を1本観て、女将がスポーツクラブに出掛けた後は、蕎麦屋に行こうかと思ったけれど、まだ暑すぎるので、書斎に入ってまたひと眠りする。1時間ほど眠ったら、女将はもう帰っていた。夜は女将が焼売を食べたいと言うので、店に行く前に団地の中の西のスーパーに寄って、餃子と焼売の材料を買ってくる。店に寄って大根のなた漬けを漬け、天麩羅の具材の南瓜を切り分けてタッパに詰める。家に帰ってレンジでチーン。

 5時過ぎには家に戻り、台所で玉葱をみじん切りにして、挽肉を混ぜて調味料と片栗粉を加え、焼売の皮で包むこと15分。後は女将に任せて、夕飯には店で残った鴨肉と葱の塩焼きと、作ったばかりの焼売が食卓に並ぶのでした。久し振りにご飯は食べずに、焼酎の炭酸割りで美味しく頂く。今日も風呂を上がったらすぐに眠くなったけれど、少し我慢をしてこのブログを書いている。明日は午前中に蕎麦粉が届くから、店に行っていなければいけない。



7月8日 火曜日 日に日に暑くなるような気がして…


 夕べは9時まで我慢してブログを書いていたけれど、朝が早かったからか眠気に負けた。朝の4時前に暑くて目が覚めて、やはり、7時間ぐらいで目覚めてしまうものだと思った。日中もかなりひと眠りを繰り返しているのに、どうしてこんなに眠れるのか。今朝も居間の部屋でコーヒーを飲みながら、蕎麦屋に出掛けて紫陽花の終わった花を切った方が好いかと考えていたけれど、5時過ぎにまた眠くなって再び床に入る。朝飯前に目覚めるから不思議なのです。

 今日は午前中に蕎麦粉が届く日だからと、9時には家を出て蕎麦屋に出掛ける。昨日干し忘れた洗濯物を干して厨房に入り、水の上がった塩漬けの大根を漬け直し、甘酒の素と砂糖、唐辛子、刻み柚子を加えて、タッパに入れて冷蔵庫で保存する。次にキャベツとキュウリとニンジンを切り分けて、漬け物器に塩で漬けるのです。一度に漬けると全体に塩が回らないと思って、キャベツはキャベツだけで、キュウリとニンジンは別のボールで一度塩をまぶした。

 次にピーラーでレンコンの皮を剥いて輪切りにし、酢水で茹でて天麩羅の具材を用意した。少し細いから、一度に二枚ずつぐらい盛り付けないと物足りないかも知れない。新レンコンなので白い色が鮮やかなのでした。11時半を過ぎてやっと蕎麦粉が届いた。見ればいつも蕎麦屋に食べに来る青年が運んで来てくれて、「ギリになって済みません」と言いながらカウンターの上に荷物を置いた。これでやっと家に帰って昼食の支度をする事が出来るのでした。



7月9日 水曜日 朝の8時から30℃を越える暑さで…

 夕べは10時に床に就いて、今朝は4時に目が覚めた。徐々に営業日の生活時間帯に戻っているからひと安心。朝食はニラの卵綴じと鰯の蒲焼きを女将と半分ずつ食べた。昨日、餃子を作った残りの韮を上手い具合に消化したのです。女将が「庭のモミジアオイが咲いたわよ」と言うので、蕎麦屋に出掛ける前に庭に出て写真を撮っておくのでした。暑さに負けずに、もう何十年も、毎年咲いてくれるから嬉しい。これを何とか蕎麦屋の庭に持って行けないか。

 朝から30℃もあるので、蕎麦屋に出掛けても店の中は28℃と、かなり暑かったのです。花の終わった紫陽花の枝を、少しだけ切ったら、もう暑くて敵わない。エアコンの効いた店の中に戻って、厨房で水羊羹を仕込み、冷ましている間に蕎麦豆腐を造る。玉葱をスライスして、ニンジンを刻み、三ツ葉を刻んだらかき揚げの材料は終了。生椎茸とピーマンを切り分けて、ナスを四等分して切れ目をつけたら、天麩羅の具材も完了です。薬味の細葱を刻んで終わり。

 昼は家に帰って冷やし中華を作る亭主。あまりにも暑いので、午後の仕込みは夕方にしようと居間の部屋で涼んでいたら、女将は昼過ぎにいつものようにスポーツクラブに出掛けて行く。彼女が無事に帰ってきたのを見届けてから、蕎麦屋に出掛けて行く亭主。エアコンを点けたままにしておいたから、涼しくなっているかと思ったら、27℃もある。湿度が下がっているから過ごしやすいのです。お新香を小鉢に盛り付けて、冷たいほうじ茶を飲んでひと休み。

 残る仕事は明日の分の蕎麦打ちですが、最近はお客が多いので、今日は750gを打って8人分の蕎麦を用意しておきました。明日の朝に5人分打てば、13食の用意が出来るという計算です。5時半に家を出ても十分に紫陽花の枝を切る事が出来る。6時から蕎麦打ちを初めても間に合うという計算なのです。明日のドジャース戦は午前3時からと言うから、少しはテレビを観ていけるだろうか。蕎麦は加水率40.5%でもまだ少し柔らかい生地なのでした。

 5時半に家に帰り、再び台所に立って、モヤシとニラの残りと肉とをごま油で炒めて、隣の火口で餃子を焼く。テレビは何も面白い番組がないので、書斎に入って引っ越しの段取りと修理、取り替えの区別を写真を添えて用意しておく。換気扇や床や調理場の壁は掃除してもらう事にして、どれだけ費用がかかるのかを出してもらう事にしたのです。これに建物の周りに伸びた木や雑草を綺麗にしてもらうと、かなりの額がかかるだろうと思うと、出来ることは自分でやっておこうという気になるけれど、この暑さではどこまで…。

 

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2025年6月下旬



6月20日 金曜日 暑くなった最近は木曜・金曜も続けて混む…

 今朝も5時起き、コーヒーを飲んで目を覚まし、5時半過ぎには蕎麦屋に出掛ける。厨房に入って昨日の洗い物を片付け、蕎麦打ち室に入って750gの蕎麦を打った。加水率は昨日と同じ43%だったけれど、どうしても生地が柔らかくなるのです。室温27℃で、湿度は63%だから、やはり水分量が多い。明日は40%で打ってみよう。それでも打ち粉を振って、なんとか蕎麦を切り終え、生舟に並べる。昨日の残りの3束と合わせて10人分の蕎麦を用意しました。

 家に帰って朝食を食べたら、書斎に入ってひと眠りする。8時半にアラームを設定しておいたはずなのに、OFFになっていて9時まで眠ってしまった。急いで洗面と着替えを済ませて、再び蕎麦屋に出掛けるのでした。定休日明けから混んだので、昨日用意した小鉢は一つも残っていなかった。新しく盛り付けて、今日の分を10人分用意する。天麩羅の具材もなくなっていたので、椎茸やピーマン・ナスを切り分けて容器に入れるのです。野菜サラダは3皿用意。

 今日も午前中はお客がなく、昼を過ぎたら俄(にわか)に混み始めるのです。皆さん天せいろのご注文が多く、若い女性達だけが、ぶっかけ蕎麦を頼まれた。天麩羅の具材がなくなったので、1時前になってお蕎麦売り切れの看板を出したら、年配の女性が一人一台の車でいらっして玄関を入って来る。「具材が切れて天せいろが出来ません」と言えば「天せいろを食べたいのよ」と言うものだから、もう一度食材を用意し直す。強引さに押された感じなのでした。

 そして閉店の時間までゆっくりと食べられるから、後の洗い物が大変なのでした。土日の分の生椎茸やピーマンがなくなったから、洗い物の途中で農産物直売所まで、車を飛ばして買ってきた。そんなこんなで、今日もやっと4時半に過ぎに家に帰ったのです。小鉢も蕎麦汁も底をついたから、夕食を食べ終えてからまた蕎麦屋に出掛けて、小一時間かけて出汁を取り、蕎麦汁を作って、蕎麦徳利に詰めていく。小鉢を作るのは明日の朝になってしまった。


6月21日 土曜日 開店20分前に暖簾を出したのは好いけれど…

 今朝も5時起き、コーヒーを沸かして目を覚ますのですが、なかなか頭がすっきりとしないから困る。5時半を過ぎた頃にやっと家を出て蕎麦屋に向かいました。最初にキャベツとニンジン、キュウリの浅漬けを漬けて、蕎麦打ち室に入って750gの蕎麦を打つ。加水率を今朝は41%にして捏ね始めたら、硬いこと硬いこと、こんなに力が要るものだったかと改めて老いを感じる。10年前はこれを日に二回打っていたのだから、若さには敵わないのです。

 家に帰って女将の準備してくれた朝食を食べる。ミョウガやインゲンなど季節の野菜が彩りを添えるのでした。食べ終えてお茶をもらうけれど、半分だけ飲んでもう書斎に入ってひと眠りなのです。8時半のアラームが鳴る前に目を覚まして、着替えと洗面を済ませて再び蕎麦屋に出掛ける。今日は女将が来てくれる日だから、心なしか元気付けられるのです。11時過ぎには野菜サラダを三皿盛り付けて、女将の来るのを待っていたら、もうお客がいらっしゃる。

 まだ11時を過ぎたばかりだけれど、お年寄りが熱い中を車で待っているようだったので、暖簾を出して店の中に入ってもらう。「早い時間なのに済みませんね」と息子さんらしい男性が礼を言うのでした。暖簾を出してしまったものだから、開店の時刻の前に、続けてお客がいらっしゃる。この調子で、今日は12時半には、もう蕎麦が残り二つになってしまった。それから三人のご家族が歩いていらっしたので、一人はせいろのうどんで勘弁してもらうのでした。

 1時過ぎにはお客がすべて帰って、亭主がかき揚げを揚げて、賄いのうどんを食べている間に、女将は新聞を読んでひと休みする。二人で洗い物を始めれば、洗いかごに入れた蕎麦猪口や天麩羅の皿や蕎麦皿を、女将が次々と拭いて片付けてくれるので、かたづけ仕事は早かった。最後に大ざるや大釜を亭主が洗って、女将は洗濯物を洗濯機に入れに行く。2時半には家に帰って冷えた西瓜を食べ、亭主は書斎に入ってひと眠りするのでした。女将は4時過ぎに買い物に出て、帰って来た時分に亭主は目を覚まし、夕飯の冷やし中華を作るのでした。夜はまた蕎麦屋に出掛けて、今日の洗い物を片付け、浅漬けを漬けて、蕎麦を600gだけ打っておきました。


6月22日 日曜日 今日も開店前からお客がいらっして…

 今朝も6時前から蕎麦屋に出掛けて、蕎麦打ち室に入る亭主。夕べ600gだけ蕎麦を打ってあるから、今日はあと600g打ち足せば、12人分の蕎麦は確保できる計算です。玄関の紫陽花が暑い日が続くので日に焼けた色に変わっていた。加水率41%で、絶妙の硬さで蕎麦の生地を仕上げ、蕎麦玉を寝かせている間に、厨房で空の蕎麦徳利に蕎麦汁を補充するのでした。再び蕎麦打ち室に入って、蕎麦玉を伸して畳んで包丁切り。140gの蕎麦を6束作って生舟に並べる。

 7時過ぎに家に戻って、朝食を食べたら、例によって書斎に入ってひと眠りです。8時半にセットしたつもりの携帯のアラームは、今朝もまたoffになっていて、少し寝過ごした。身体が睡眠を欲しているのか、店が連日の混みようで、やはり疲労が蓄積しているのかも知れない。体力がなくなったと言えばそれまでだけれど、蒸し暑い日が続いているのも一因でしょう。今朝も朝から強い陽射しで、車で蕎麦屋まで行くのでした。梅雨なのに雨が降ることはない。

 チェーンポールを降ろして、幟を立てようとしたけれど、風があまりにも強いので、諦めて看板だけ出しておく。厨房に入って大根をおろし、ブロッコリーとスナップエンドウを茹でて、野菜サラダを作る準備を始めていたら、女将がやって来て店の掃除を始めてくれる。「風が随分と強いのね」とエアコンの冷房を効かせた店の中が涼しいと言う。彼女が1時間後に、早お昼を食べて店に帰って来たときには、もう早いお客がテーブル席に座っていた。

 熱い中を車の中で待っていただくのは申し訳ないと、昨日も今日も少し早い時間に涼しい店の中に入っていただいたのです。しかし今日も本来の開店の時刻の前に、もう6人もお客がいらっしたのです。12時前にはカウンターも満席になって、後からいらっしたお客は席がないので帰られた。駐車場にそんなに車が停められないのにと思ったら、向かいのサツマイモ農園の駐車場に、車を止めて来るらしい。今日は12時半前に「お蕎麦売り切れ」の看板を出した。

 それでもまだお客は来るから、女将が外に出てお断りする。「他に食べるものはないですか」と言われてうどんならあると応えれば、最後の3人は、ご主人だけ天せいろ蕎麦で、女性陣二人はぶっかけうどんにして頂いた。今日は大盛りが二つも出たから、蕎麦は早めになくなったのです。女将の友人が熱い中を歩いて来てくれたけれど、蕎麦がなくなって可哀想なことをした。1時半前から洗い物を初めて、何とか2時半には家に帰る事が出来た。二人ともぐったりと疲れて、亭主は書斎に入って夕方まで昼寝をするのでした。


6月23日 月曜日 昨日よりも暑く感じる一日でした…

 今日も朝から暑い一日でした。近所の家のノウゼンカズラがもう咲いている。あまり暑いので、今年は少し早く咲いたのかも知れません。蕎麦屋に出掛けて昨日の後片づけをして、洗濯機の中の洗い物を干した。帰り道にすっかりなくなった家の焼酎を買って帰ろうと国道沿いの酒屋に行けば、10時からしか開かないのでちょっと早すぎる。向かいのワークマンで雪駄を買おうと思って行けば、畳みの地のものはもう置いていなかった。安いものはもうなくなった。

 仕方がないから、国道を走って隣町のスーパーに出掛けて見れば暑いからかいつもの時間なのに随分と空いていた。大根やパプリカなど新鮮な野菜類と、先週は蕎麦がなくなって、随分と出た冷凍の讃岐うどんを買い、女将に頼まれた肉を忘れずに、家に帰ったのです。時間が早かったから、蕎麦屋で使う食材は蕎麦屋に置いてから家に帰る。昼は沢山残ったキャベツと玉葱、ニンジンに肉を加えて焼きうどんを亭主が作るのでした。塩味だけで十分美味しかった。

 食後のひと眠りをしたら、午後はお袋様を病院に連れて行かなくてはならなかったので、冷えた西瓜を切って目を覚ます。女将はこの暑さの中をスポーツクラブに出掛けて行った。予約の時間の20分ほど前に病院の駐車場に車を入れて、玄関の扉が開くのを待つ。電気を当てるだけだから30分ほどでお袋様が車に戻り、来週あと一回でひとまず終わりにしましょうと言われたのだとか。帰りにショッピングモールに出掛けて、脳トレの本を買う彼女はとても元気。

 家まで送って亭主はそのまま蕎麦屋に寄って、大根のなた漬けの準備をする。先日、年配の女性客がとても美味しいと汁まで飲んで帰ったので、また作ろうという気になったのです。皮を剥いてざく切りにしたら漬け物器に入れ、塩を振ってよく掻き回して押し漬けにしておく。明日、水が上がったら甘酒の素や砂糖や柚子を加えて漬け直すのです。夜はハラミの残ったのを串に刺さずにフライパンで焼いて食う。帰りに酒屋で買って帰った焼酎を久し振りに飲む。

6月24日 火曜日 午後から久し振りの雨…

 夕べは風呂から上がったらもう眠くなってしまい、8時過ぎに床に就いた。そして、途中で一度トイレに起きたけれど、今朝は6時過ぎに目が覚めたから、随分とよく眠ったのです。昨日は暑かったから疲れたのかも知れない。コーヒーを沸かして居間の部屋で飲んでいたら、女将も起き出して「お早うございます」と言う。今朝は曇りで少し気温も低い。髭を剃ってお袋様に電話をかけ、週に一度の買い出しに行く。農産物直売所から隣町のスーパーに向かう。

 新レンコンが高くてちょっと手が出ない。アスパラもスナップエンドウもないので、何処か他で捜さなければならないのでした。お袋様を家まで送って、蕎麦屋で荷物を降ろしたら、厨房に入って昨日漬けた大根の水を絞って、なた漬けを完成させる。大根が太かったからかタッパに二杯分あった。キャベツとニンジンとキュウリを切って、ボールで塩をまぶし、よく揉んだら漬け物器に入れて押し漬けをする。水が上がってきたら昆布を入れてもう一度漬ける。

 家に戻ればちょうど昼食の支度を始める時間で、大鍋に湯を沸かしてスパゲッティーを茹でる。同じ鍋にお肉ゴロゴロのミートソースを入れて温め、7分茹でたら出来上がり。買って帰ったトンカツと野菜がないのでキュウリを切って盛り付けた。150gのスパゲッティーはかなり食べ出があったので、お茶をもらったらすぐに眠くなってしまう。午後は女将のスポーツクラブの予約を終えたら、亭主は恐らく今日が最後の市民病院通いで気忙しい。雨が降ってきた。

 予約時間の30分前に病院に着いたけれど、今日は時間通りに3時まで待った。「今日でお終いです」と言われてほっとする亭主。帰りは何処にも寄らずに蕎麦屋に向かった。厨房に入って、今朝漬けておいたキャベツとキュウリとニンジンの浅漬けの水が上がっていたので、昆布を切ってもう一度漬け直す。明日には出汁が効いて美味しくなるだろうと、冷蔵庫の中に入れておく。まだ時間が早かったので、橋の向こうのスーパーに出掛け、スナップエンドウを買う。

 ついでに万が一にも油が足りなくなったら困ると、食用油を買っておくのでした。業者が食材を持ってくるのは、木曜日の夕方だから、海老も油も予備がないのです。同じ大きさの冷凍の海老は買ってあるから、伸ばして使えば好いのです。家に帰れば、夕食は今日買ってきたばかりの鰯を開いて蒲焼き丼。シジミも買ってきたので砂を抜いて味噌汁にしてくれた。キュウリの酢の物が付いて、あっさりと暑さを忘れる食事なのでした。



6月25日 水曜日 朝から雨の降る蒸し暑い日でした…

 久々の雨もやはり続くと嫌になるもので、今朝は早い時間から雨が降り続いているのでした。5時前から目を覚まして、居間でコーヒーを飲みながら、今日の予定をシュミレーションしている亭主。6時前に家を出て蕎麦屋に出掛け、昨日漬けておいたお新香の出来具合を見る。水が上がっているからもう小鉢に盛り漬けても好い。六鉢だけ盛り付けて残りは小さな漬け物器に移しておくのでした。なた漬けを五鉢盛り付けて、空の蕎麦徳利に蕎麦汁を満たす。

 家に戻って朝食を済ませて、今朝はひと眠りもせずに月に一度の床屋に出掛ける。少し雨が上がってきたからか、亭主の前にお客が入っていた。30分ほど待って綺麗に刈り上げてもらったのです。帰りがけに家にいる女将に電話をして、大釜に湯を沸かしておいてもらう。11時過ぎに家に着いたら、すぐに台所に入り、沸いた釜に冷やし中華の麺を入れてよく茹でる。茹で上がった麺は冷水で洗って皿に盛り、モヤシと肉を茹で女将の刻んだ具材を散らすのです。

 亭主の皿には氷を敷き詰め、辛子を添えて、二人で昼は冷やし中華を食べるのでした。シマダヤの冷やし中華は麺も汁も美味しい。茹でたバラ肉も柔らかく、油が適度に抜けて、満足な昼飯なのでした。ドジャース戦をBSで見ながら、昼のひとときを過ごすのです。夕べも10時には床に就いて朝の6時まで眠ったから、朝食後も昼食後もひと眠りはしなかった。午後は女将がスポーツクラブに出掛けた後で、蕎麦屋に行って朝のうちに準備した出汁取りをする。

 一番出汁には返しを加えて沸騰直前まで加熱して、残った一番出汁は瓶に入れて予備にする。二番出汁は2㍑の容器に二つ分取って冷ましたら、冷蔵庫に入れておきます。鍋類を洗って調理台を片付けたら、まな板を取り出して天麩羅の具材を切り分ける。玉葱をスライスして三ツ葉を刻んだらかき揚げの材料は完成。薬味の細葱を刻み、生椎茸とピーマン、ナスを切り分けて容器に入れてラップを掛けたら冷蔵庫で保存する。これで2時間の仕込みは終わり。

 家に戻ったのは3時過ぎだったけれど、まだ女将は帰っていなかった。外は晴れ間が覗いていたのに、行きに土砂降りに遭ってズボンが濡れてしまったと言って、ヨーガの出で立ちで女将は帰ってきたのです。頼んでおいた生椎茸を買ってきてくれたが、レンコンは一つ700円もするからやめておいたと言う。新レンコンの時期でもちょっと高すぎるのです。明日はレンコンの代わりにキスでも付けようか。亭主は夕食後にまた蕎麦屋に行って600gの蕎麦打ち…。


6月26日 木曜日 今日は湿度が非常に高かったので…

 昨夜は2時間おきに目が覚めて、あまりよく眠れなかった。滅多にこんなことはないのだけれど、休み明けなのに疲れた身体で6時前に蕎麦屋に出掛けたのです。蕎麦打ち室に入って600gの蕎麦を打ち、切りべら20本で135gの蕎麦を6束半打ったら、昨日の夜に打った同量の蕎麦と合わせて、13食分の蕎麦を用意したことになる。加水率は41%でちょうど好い硬さになる。今朝は湿度が73%もあったので、何やらとても蒸し暑いのです。十日目の白餡が黴びていた。

 家に戻って食卓につけば、亭主の大好物の茄子焼きが出ていた。胡瓜のお新香や茗荷の酢漬けも、それぞれ季節ならでわの一皿で、鰺の開きが焼ける前に、亭主はもうご飯を食べ始めていました。居間の部屋で食後のお茶をもらい、エアコンの効いた書斎に入ってひと眠り。眠り足りなかった夕べの借りを返せとばかり、ぐっすりと眠り込んでしまったのです。ところが8時半のアラームが鳴る前に業者から電話が入り、天ぷら粉の在庫がないと言う。

 急に目が醒めて代換えの品を2kgほどもらうことにして、洗面と着替えを済ませて再び蕎麦屋に出掛けていく。今日は女将が開店の時刻にしか来ないので、店の掃除もテーブル拭きもすべて亭主がしなければいけない。早め早めに身体を動かして、野菜サラダの具材を刻んだら、もう先は見えている。天麩羅油を鍋に注いで、天つゆを温めたらもう開店の準備は整ったのです。女将が「暑い暑い、ここまで来るだけで頭が汗びっしょり」と言いながらやって来た。

 厨房の温度計も27℃よりしたには下がらない。エアコンを入れているのに、湿度は70%を越えているのでした。この暑さではお客は来ないかと思ったら、常連の老夫婦が車でいらっして、いつもと同じく天せいろと鴨せいろを頼まれる。「(閉店まで)あとひと月ですね」とお婆さんが言う。年配のお客が続いて、とろろ蕎麦や天せいろ、天せいろや鴨せいろと、最後のお客が帰ったのはもう2時近かったのです。亭主はかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べておく。

 年配のお客だけだったからか、今日は野菜サラダが全部残ってしまった。家に帰って二人で冷えた甘夏を食べ、女将が「今日は冷やし中華と肉を買ってくるから」と言って買い物に出掛ける。亭主は夕刻に業者が食材を届けに来るので、それまで書斎に入ってひと眠りするのでした。4時半になったら蕎麦屋に出掛けて、昼の洗い物を片付けて、洗濯物を干し、ほうじ茶を沸かす。それでもまだ業者が来ないので、明日のデザートに水羊羹を作っておくのでした。


6月27日 金曜日 冷房を入れても厨房は28℃のまま…

 今朝も5時起き。アラームで目覚めたけれど、頭は朦朧としてもう少し眠っていたいのでした。居間の部屋に行ってコーヒーを飲むけれど、30分以上は思考停止の状態なのです。やはり6時間足らずでは睡眠不足なのか。早く床に就けばいいのだけれど、MLBのスポーツ番組が10時45分からなので、どうしても見てしまうのです。6時前に蕎麦屋に出掛け、蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つ。今朝は750gを打って8人分の蕎麦を用意しました。

 「金柑の花が咲いたわね」と洗濯物を干しに庭に出た女将が亭主に言うのでした。この木を蕎麦屋に移植しようと業者に観てもらったら、根付くかどうか半々だと言われたとか。ここに残しておいても取り壊しの際に切られてしまうだけ。と、考えたらフィフティーフィフティーでも移植した方が好いのかも知れない。でも蕎麦屋の幅の狭い庭の何処に移したら好いのか。やはり、業者と相談した方が好いのかも知れない。他の剪定作業やら費用がかさむだろう。

 今日は亭主一人の営業だから、早めに蕎麦屋に出掛けたけれど、やることはいつもと同じで、11時前には開店の準備が整った。午前中は気温があまり上がらなかったけれど、午後になって店の中はかなり蒸し暑くなった。亭主は首の周りにアイスノンを巻いて、一人また一人といらっしゃるお客の注文に応えていたのです。「来月でもう終わりなのですか」と、以前に事情を話した女性客が残念そうにおっしゃる。来週には看板に閉店の挨拶を出さなくては。

 天麩羅油の空になった缶をゴミに出すために、厨房の脇にある西側の扉を開ければ、木槿の花が随分と咲いていた。今年は花の咲く前に剪定をしていなかったから、狭い庭一杯に枝を広げていた。西側にある小径の掃除もしないままで雑草が伸びている。その隣のお花畑もご主人が歳を取ったらしく、いつも綺麗に広い畑の草刈りをしているのに、今年はペースが遅いようだ。蕎麦屋の営業を終えてみて、何処まで自分でできるのか亭主にも自信が無いのです。

 明日の土曜日には、下の娘が家族を連れて蕎麦屋に来てくれるのだと言う。孫達にもしばらく会っていないから、さぞかし大きくなったことだろう。昨日の晩に電話があって、何時頃に行けば好いかと女将に尋ねていた。「その日によって違うから、何時でも好いわよ」と女将は応えていたのです。旦那の乗っている車が大きなトラックなので心配しているらしい。混む土曜日だけれど、なるようにしかならないと、あまり考えないでいる亭主なのです。


6月28日 土曜日 今日は暑すぎて、車外温度35℃…

 朝から陽射しは強かったけれど、少し涼しい気もしたのです。今日も好く晴れて青空が広がっていました。例によって5時にアラームで目覚めても、居間の部屋でコーヒーを飲んでも、6時前までは身体が動かせる状態ではなかったのです。血の巡りが悪いのか、今度の定休日には、蕎麦屋に行かずにアラームをOFFにして、何処まで眠ればすっきりと目覚めるのかと、試して見たいと思います。蕎麦屋に出掛けて750gの蕎麦を41%の加水で捏ね始める。

 蕎麦打ち室の温度計は朝から30℃を表示していた。湿度はエアコンを入れているからか30%なのに、蕎麦玉にして伸し始めたときには、やけに柔らかい生地になるのでした。打ち粉を多めに振って、何とか畳んで包丁切りをすれば、135gで切りべら22本。8束の蕎麦を仕上げて、昨日の蕎麦の残りと合わせて14食の蕎麦を用意したのです。7時過ぎに家に戻って朝食を済ませ、お茶をもらって書斎に入れば、横になってもなかなか眠くならないのでした。

 仕方がないから、髭を剃って洗面を済ませ、着替えたら早めに蕎麦屋に歩いて出掛けたのです。8時半には蕎麦屋に着いて、小鉢が足りないので切り干し大根の煮物を作り、今日は娘の家族が5人で来ると言うから、お袋様の分と合わせて、ミニ野菜サラダを6鉢盛り付けておくのでした。蕎麦豆腐も半分の大きさで小さな皿に入れて6皿、冷蔵庫で冷やしておくのです。外は段々と気温が上がり、まるでサウナ状態。早くいらっしたお客も店の中に入れてやる。

 ところが、暑すぎるのか、後が続かない。1時過ぎまでの間にわずか5人だけのお客なのでした。娘と孫達は高速道路が混んでいたらしく、1時半になってやっと到着した。お袋様の方がが早めに着いて、店の椅子に座って皆が来るのを待っていたのです。4年振りに会った孫達の成長は著しかった。183cmという長男を筆頭に、来年は中学生という一番下の娘も、母親より大きくなっていたから驚きでした。まずはサラダと蕎麦豆腐を出して、天麩羅を揚げる。

 旦那と長男がカウンターに座り、まずは近況を報告し合うのでした。会社の話や大学の話、朝は母親が一番早く、7時に家を出るらしい。7時15分から仕事が始まると言っていたから、職場は近いようなのでした。栄養士でも何百人という給食の調理をするから、大変なのだそうな。でも調理が好きと見えて、店にあった蒸かし釜やスパゲッテーを茹でる縦長の寸胴を持っていくという。その他、皿を何種類か持って行ってくれたので、戸棚の中が大分すっきりと片付いた。別れ際に皆で揃って記念写真を撮るのでした。


6月29日 日曜日 梅雨が明けたのではないかという暑さ…

 昨日は長時間の立ち仕事で疲れたのか、今朝は5時のアラームで目が覚めたと思ったら、また6時過ぎまで眠ってしまいました。朝食は昨日の残りのサラダに豚肉を入れてあんかけ煮して、美味しく食べるのでした。蕎麦を打つ時間があったので、いつもより1時間も早く家を出て、車で蕎麦屋に行くのでした。朝は少し涼しくて、青空が広がって爽やかなのでした。とても梅雨の天気とは思えないのです。すぐに蕎麦打ち室に入って蕎麦粉と水を計量する。

 加水率はいつもより低くして40.5%。かなり硬い生地に仕上がったけれど、我慢して捏ね続ければ、理想の仕上がりとなりました。蕎麦玉を寝かせている間に、厨房に戻って昨日の洗い物を片付けるのです。11人分もあるから、戸棚にしまうのにもひと苦労です。冷たいほうじ茶を飲んで一服。再び蕎麦打ち室に入って、生地を伸し始める。畳んで包丁切りをすれば、綺麗に揃った蕎麦が仕上がりました。切りべら22本で135gの蕎麦が8束出来たのです。

 昨日の残りの3束と合わせて、今日は11人分の蕎麦を用意しました。昨日と同じで日中は暑くなるだろうと、それほど多くのお客は見込めないと考えたのです。ところが最初のお客は20分も早くいらっして、4人連れのお客さんでしたが、今日はの暖簾を出さずに店の中で待ってもらいました。女将もやって来ていよいよ営業開始です。暖簾を出せば次もまた3人連れのお客様で、開店と同時にもう蕎麦がなくなってくるのでした。すべて出し終えてやっと12時。

 野菜サラダや蕎麦豆腐、デザートがすべて出尽くして、気持ちの好いほど冷蔵庫が空になる。今日は滅多にないことですが、大盛りのお客様が5人もいらっした。だから、9人のお客様でお蕎麦売り切れなのでした。時計をみれは12時半。亭主はかき揚げを揚げて、うどんを茹でて昼を済ませる。1時前には皆さんお帰りになって、女将と二人でひと休みなのです。休みながら洗い物を始めた亭主は腰が痛くなる。洗い物で腰を屈めなければならないのが辛い。

 2時半にはすべて片付けが終わって、女将と蕎麦屋を出るのでした。外はむっとする暑さで、家に着いたら28℃の室内が、涼しく感じられるほどなのでした。書斎のパソコンとエアコンのスイッチを入れたら、半ズボンに着替えて、居間の部屋で冷たい林檎ジュースを炭酸で割って飲む亭主。女将は食堂でヨーグルトを食べている。あまりにも暑いので、夜は素麺にしようと二人で話して、冷えた亭主は書斎に入ってひと眠りなのでした。


6月30日 月曜日 今日で6月も終わり…

 午前5時前に蕎麦屋に出掛けて、昨日の洗い物の片付けを始めたのです。そして、洗濯機の中の洗濯物を干して、厨房の椅子に座りひと休み。向かいの森の木々の上に昇った朝日が、眩しく蕎麦屋の店内を照らします。夕べは10時に就寝。昼間、混んだ店の後片づけに疲れて早く床に就いたのでした。今日は三連休の定休日の初日だから、ゆっくり眠っていれば好かったのに、3時過ぎには目が覚めてしまった。コーヒーを飲みながら今日一日の計画を立てる。

 自宅の庭の木槿の剪定がまだ終わっていなかったから、朝の涼しいうちに、その続きをやりたかったけれど、あまりにも時間が早すぎて、チョッキンチョッキンという音が煩かろうと、ちょっと遠慮したのです。蕎麦屋に出掛けて中で仕事をするのが一番と、先にこちらを片付ける事にしたのです。家に帰れば女将が朝食の支度をし終えて、食堂で亭主の帰るのを待っていた。今日は、9時からお袋様を病院につれて行く予定で、そのまま仕入れに出掛ける予定。

 庭の金柑に沢山の花が咲き始めていた。蕎麦屋の庭に移植するためには、一番日当たりの好い場所が、現在、月桂樹が植えられている場所なので、まずこの大きな樹をどかさなくてはならない。これも業者に頼むしかないので、やはり、業者と相談をしてから作業を始めなくては。それにつけても月桂樹も金柑も短く剪定しなければ動かすのに都合が悪いだろう。それも蕎麦屋の営業を止めなければ本格的には難しい。今出来ることは何か、それをいつも考える。

 青空の広がる中央通りを、お袋様を乗せて車で走る。内科・外科の医院は、一つ目の信号のすぐ先にある。駐車場に車を止めて9時前には受付を済ませて、30分ほどで彼女は玄関から出て来た。それから、農産物直売所と隣町のスーパーに行って、仕入れを済ますのでした。いつもの火曜日の仕入れよりも30分ほど時間が遅いので、買ってきた野菜類を冷蔵庫に収納したら、もう11時になるところなのでした。家に帰って昼の支度を始めなければならない。
 毎週のように揚げたてのトンカツを買って帰るので、今日も昼はスパゲッティーを茹でてトンカツを載せたボロネーズ。食べ終えたら居間の椅子に座ってゆっくりと食休みなのです。ウトウトしていると、女将が「行って来ます」とスポーツクラブに出掛けるから、亭主も午後の仕込みに蕎麦屋に出掛ける支度をする。今日は返しを作らなくてはと二種類の醤油と味醂とワインビネガーを用意して、大鍋をコンロに載せたところで氷砂糖がないのに気が付く。
 朝行った隣町のスーパーまでまた車を走らせる。外は相当な暑さで、車外温度は38℃を越えているのでした。無事に返しを作り終えたら、もう4時を回っていた。大根のなた漬けの準備を済ませて、後は水が上がってくるのを待つだけ。エアコンを入れっぱなしの店の中も、27℃よりも室温が下がることはなかった。夕飯は、買って帰った活きのいい鰯を、小麦粉を付け、紫蘇と梅干しを巻いて、フライパンで焼いたのがおかずで、焼酎を飲みながら暑さを凌ぐ。

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2025年6月中旬



6月10日 火曜日 冷たい雨のそぼ降る一日…

 夕べは0時過ぎに床に就いたのに、今朝は5時にはもう目が覚めていた。テレビの映画を観すぎるせいか、夢の中でも様々な場面が蘇ってくるから不思議だ。コーヒーを淹れて飲み終えたら、もう6時を過ぎていたから、蕎麦屋に出掛けて朝飯前のひと仕事。とは言っても、昨日カレー作りで使った鍋を片付けたり、カボチャをスライスして、家に持ち帰ってチーンする準備をしただけなのでした。悪くなるから、あまり早くから仕込みをする事も出来ないのです。

 家に戻れば、女将が台所に立って朝食の用意をしている。亭主は冷凍室からご飯を取りだして、2分30秒チーンをする。昨日の昼に冷蔵庫に入れてあったシジミの味噌汁は、温め直してお椀によそうのです。夫婦で少しずつ残したトンカツを、女将がカツ煮にして大皿に盛り付けてくれた。みんな残り物だけれど、温かいから美味しく頂けるのです。食後は居間の椅子に座ってお茶をもらうのですが、今朝はどうも眠くならない。これも習慣なのだろうか。

 外はまだ雨が降っている。様子を見ようと玄関を出れば、こんな天気なのにウチワサボテンの花が満開なので、今朝は花をアップで撮してみた。何とも言えない美しさなのです。このサボテンは葉の一枚を土に差しておくだけで、すぐに根付くからやはり蕎麦屋に持っていこうか。でも、大きくなると棘があるので歩くのにも邪魔になるし、棘が飛んでもちくちくとするから困ったもの。今日は雨でなければ、花の終わったサツキを掘り返して移植するはずだった。

 昼は冷凍うどんを茹でて、肉や野菜を炒め、焼きうどんにした。春キャベツは芯の部分まで柔らかく、とても美味しかったのです。ドジャース対パドレス戦をBSで観ながら、居間でお茶をもらったけれど、満腹になったら急に眠気が襲ってきた。書斎に入って横になれば、すぐに眠りについて、目が覚めれば1時過ぎなのでした。パドレス戦は延長戦に入ってドジャースの勝ち越しで終了する。女将のスポーツクラブの予約を取ったら、蕎麦屋に出掛けて行く亭主。

 今日のうちに仕込んでおくことはもうなかったので、ゴミの回収の業者が来る前に最後のゴミ捨てをする。そして、家に帰って南瓜をチーンするために、南瓜の種を取って天麩羅用に切り分けておくのでした。レンコンは日曜日に茹でたものがまだ使えそうなので、家から持ち帰って冷蔵庫に入れておく。五つ残った蕎麦は、蕎麦打ち室の冷蔵庫に入れたままだったので、二束は木金の賄い蕎麦のために残して、残りの三束は蕎麦汁と一緒に家に持ち帰るのです。蕎麦屋の南側の庭を窓から覗けば、タラの木があちこちに伸びて、鬱蒼としていた。梅雨に入る前に切っておこうと思ったけれど、今日が梅雨入りだと言うから、このまま晴れる日を待たなければい。


6月11日 水曜日 今日も一日雨で梅雨らしくなった…

 梅雨に入ったとは言え、あまりに暗い朝なのでした。夕べは10時半に床に就いたら、今朝は4時には目が覚めてしまったのです。煙草が切れたのでコンビニまで買いに行き、そのまま蕎麦屋に向かって走る。6時過ぎなのでした。新キャベツとキュウリとニンジンを塩で漬けて、小さな漬け物器で重しを押しておく。今週は土曜日が去年亡くなった伯母の一周忌で、店を臨時休業にするので、あまり沢山用意しておいても多すぎる可能性があるのです。

 家に戻って朝食の食卓につけば、珍しく女将が新ジャガでサラダを作ってくれていた。ナス焼きと鰺の開きが半分、炊きたてのご飯はとても美味しかった。腹が一杯になったら朝が早かったので、急に眠くなった。書斎に入って9時前までひと眠りなのです。ドジャース戦は10時半からだけれど、昼に帰ってからでも十分に間に合うと思って、蕎麦屋に出掛けて行くのでした。雨は朝からずっと降り続いている。蕎麦屋の店の中も随分と暗かったのです。

 まずはほうじ茶を沸かして、茶碗一杯分を飲みながら、午前中にする事を考える。もう二つの茶碗にいれたほうじ茶は、ラップを掛けて冷蔵庫で冷やしておく。こんな雨でも昨日とは違って蒸し暑くなるそうなのです。先週残った二番出汁に返しを加えて、天つゆを作っておきます。そして隣の火口には胡麻油を引いたフライパンを温めて、ニンジン、油揚げ、干し椎茸をもどしたものと切り干し大根を入れ、二番出汁で煮て、出汁醤油と砂糖を加えて再加熱。

 昼は蕎麦を食べることになっていたから、海老の天麩羅を揚げて家に戻る。湯を沸かして蕎麦を茹でればもう出来上がりだから、亭主も女将も楽ちんなのです。亭主は130gの束を二つ茹でて食べる。蕎麦はすぐにお腹が空いてしまうから、休みの日ぐらい腹一杯食べたい。蕎麦湯を二杯も飲んで満足したところでドジャース戦の続きを観たけれど、今日はパドレスにこてんぱにやられていた。書斎に入ってひと眠りしている間に、女将はスポーツクラブに出掛ける。

 雨は時折激しく降って、玄関からガレージまで行くのにも、傘を差さなければならないほどでした。女将が帰ってきたところで、亭主は午後の仕込みに蕎麦屋に出掛けていくのです。朝から漬けていた浅漬けに昆布を切って加え、少しだけ水を加えて更に漬け込んでおく。三ツ葉を刻み、玉葱をスライスして掻き揚げの準備をしたら、生椎茸とピーマン、ナスを切り分け、容器に入れておきます。明日のデザートには白餡が残っているので、やはり大福にしよう。


6月12日 木曜日 今日は雨が上がって晴れ間も出た…

 昨日は11時半に床に就いたのに、身体が疲れていないからか、今朝は3時半に目が覚めてしまった。もう一度眠ろうとしてもなかなか寝付けずに、とうとう起き出してしまう亭主なのでした。居間の部屋でコーヒーを飲みながらテレビを観るけれど、この時間には何も面白い番組はやっていない。5時を過ぎればドジャース戦がBSで放映されるのだけれど、その時間にはもう蕎麦屋に出掛けている。4時半になったらガレージに降りて、車で蕎麦屋に出掛けた。

 昨日漬けておいた浅漬けを水で洗って、小鉢に盛り付けたのだけれど、6鉢しか取れなかった。せめて10鉢は用意したかったので、残りはやはり昨日仕込んでおいた切り干し大根の煮物を、4鉢だけ用意するのでした。そして、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めておくのです。それから蕎麦打ち室に入って、今日の蕎麦を打つのです。750gの蕎麦粉と小麦粉を計量して、43%の加水率で捏ねて行けば、湿度が高いからか少し柔らかめなのでした。

 蕎麦粉と打ち粉が今日の午前中には届くのですが、早朝に打つ蕎麦はギリギリの打ち粉で打たなければならなかった。無事に8束の蕎麦を打ち終えて、一日中、曇りの予報だからお客はあまり来ないだろうと、軽く考えていたのは失敗でした。6時過ぎに家に戻っても、朝食までには時間があるので、書斎に入ってひと眠りするのです。7時過ぎまで眠ったところで、「ご飯が出来ましたよ」と女将に起こされる。ドジャース戦を観ながら朝食を食べた。

 食べ終えたらまだ眠いので、また書斎に入ってひと眠りするのでしたが、今度は1時間以上眠って目覚めたらもう9時なのでした。急いで洗面と着替えを済まして、9時半には家を出て歩いて蕎麦屋まで行く。うっすらと陽の光が差して、昼に掛けては空は晴れて来たではありませんか。大根や生姜をおろして野菜サラダを作った頃に、蕎麦屋の下の通りのお婆さんがやって来て、今日は蕎麦を食べていくと言うのだけれど、まだ11時前で用意が出来ていない。

 「持ち帰りならすぐに出来ますよ」と言って持たせて帰る。それからもう苺が終わったので、女将の剥いてくれた甘夏を切り、ひと房分を白餡で包み、それを求肥で刳るんで今日は甘夏大福を作った。開店と同時に常連さんがいらっして、今日は和やかな会話が続くのでした。三皿作った甘夏大福も全部売れたし、蕎麦豆腐もなくなった。カレーうどんのお父さんがいたお蔭で、9人分だけ対応が出来たのです。あっという間に閉店の時間なのでした。


6月13日 金曜日 二日続けて混んだ平日の一人営業…

 最近にしては珍しく、平日に二日続けてお客が沢山いらっした。しかし、今日は女将が来ない亭主一人の営業だったので、洗い物を終えて家に帰ったのは、もう夕方の5時を過ぎていた。朝飯前のひと仕事が、5時半に蕎麦屋に出掛けて、蕎麦を10人前打つことから始まったから、疲れた一日となったのです。帰り道、女将から心配の電話が入ったのも珍しい。夕食は冷やし中華と二人で決めていたから、すぐに台所に立つ亭主なのでした。

 今朝は加水率43%で900gの蕎麦を打つ。昨日、新しい蕎麦粉と打ち粉が届いたばかりだったから、打ち粉を惜しみなく振って、多少柔らかめの生地も、綺麗な蕎麦に仕上がったのです。135gの蕎麦が切りべら12本で10束出来て、それがすべてなくなったのだから、嬉しい限りなのでした。小鉢も夕べ漬けておいた新キャベツの浅漬けと切り干し大根の煮物が綺麗になくなって、明日が伯母の一周忌の法要で臨時休業だから、ちょうど好かったのです。

 家に帰って台所に立った亭主は、女将が用意してくれた冷やし中華の具材を、茹でた麺の上に載せて、二人で美味しいと言いながら食べるのでした。ひと休みして風呂を沸かして入ったら、もう眠くなったので、床に入ってしまったのです。目覚めれば真夜中の2時過ぎで、それからこのプログを書き始めた。日中、ずっと立ち続けていたから、足腰が痛い。蕎麦粉の代金を振り込みに行こうと思っていたけれど、とっくに郵便局は閉まっていたのでした。

 今日は野菜サラダも、苺の季節が終わって新しく作った甘夏大福もバランス好く売れて、一つだけ残った大福を家に持ち帰って女将と半分ずつ食べたのだが、女将の言うとおり、あっさりとして美味しかったのです。蕎麦屋にいらっした4人の年配の男性客は、皆さん蕎麦を打つと言うので、話を聞けば、「どうしても長く繋がらないならないのですよ」40代で蕎麦を打ち始めた頃の亭主にも、そんな時代があったと懐かしく思い出すのでした。

 皆さん電車や徒歩でいらっしたから、ビールや酒を召し上がる。白エビのかき揚げや鴨葱の塩焼きなどを頼まれて、最後に軽くせいろ蕎麦かと思いきや、天せいろを四つとおっしゃる。もうその時間には今日用意した天麩羅の具材が二つ分しかなくなったので、結局は、天せいろ二つと鴨せいろにとろろ蕎麦と、どれも手間のかかるご注文なのでした。閉店の時刻を過ぎてもまだ話は終わらずに、亭主が遅い昼食を食べたのは、もう2時半過ぎなのでした。
 ひと休みしてから、洗い物に取りかかったので、疲れては休みながら2時間近くかかったのです。いつもと違って女将がいないと、洗った皿などを拭いて片付ける手間がかかるのでした。今日はこのまま起きていて、朝になったら店に行って、片付け物をしてこないといけないのだろうかと考える。まだ眠れそうだけれど、コーヒーをもう一杯飲んで目を覚まそうか。テレビを観ても何も面白い物はやっていないのではないかなどと考えて書斎を出るのです。


6月14日 土曜日 伯母の一周忌で蕎麦屋は臨時休業…

 結局、4時過ぎに家を出て、車で蕎麦屋に出掛けたのです。カウンターの上に干したままの盆や蕎麦皿を戸棚にしまい、蕎麦徳利は冷蔵庫のアルミ盆の上に格納する。目の前が綺麗に片付いたところで、夕方にでも出汁を取ろうと干し椎茸と昆布とを3㍑の鍋に入れて、水を張っておく。まだ、5時前だったから、帰りに24時間開いている団地の中のスーパーに行って、浅漬けを漬けるためにキャベツと浅漬けの素を買う。ついでに冷やし中華と具材を買って帰る。

 家に帰ってもまだ5時半前だったから、書斎に入ってひと眠りするのでした。7時までゆっくりと眠って、夕べの寝不足分は挽回した形になりました。それでも、まだ足が引きつっていたから、立ち仕事があまりにも長かったのが分かるのです。10年前なら10人を超えても一人で営業していたこともあるから、歳を取ったとしか言いようがないのが、ちょっと悲しいのです。そんな意味では今日の臨時休業は、身体を休めるのにはちょうど好かったのかも知れない。

 朝食を食べ終えて9時20分には女将を乗せて家を出て、郵便局で蕎麦粉の代金を振り込んだら、弟の家に電話を入れて迎えに行く。そしてお袋様の家で彼女を乗せたら、約1時間半と久々の長距離ドライブ。ナビを頼りにやっと霊園に着けば、一年ぶりに従兄たちやその子供たちと顔を合わせた。1時間ほどで墓参りまで済ませて、近くの料亭で昼食をご馳走になる。皆の話は病気の話が多く、飲んでいる薬の量まで聞かされた。人ごとではないと思うばかり。

 亭主は酒を飲んだので、帰りは弟が運転してくれて、無事に家まで帰って来た。3時過ぎだったから、いつもの蕎麦屋の帰りと同じ時刻で、書斎に入って2時間ほど昼寝をするのでした。5時半になったら、昨日と同じだけれど、冷やし中華を亭主が作って二人で食べるのでした。ひと休みしたら、亭主は蕎麦屋に出掛けて出汁取りの作業をするのです。それからキャベツとキュウリとニンジンで浅漬けを作って、漬け物器で押し漬けにしておくのです。家に帰ればもう風呂の時間で、風呂に入ったらもう一度飲み直した。枝豆をつまみながら焼酎を飲んで、このブログを書いているのです。


6月15日 日曜日 日曜日だからお客の出足が遅かった…

 今日も午前5時起きで5時半には蕎麦屋に出掛けて、まずは小鉢を盛り付けておく。それから蕎麦打ち室に入って750gの蕎麦を打つのでした。加水率はいつもと同じく43%で、今日はちょうど好い硬さの生地が仕上がった。蕎麦玉にして寝かせている間に、厨房に入ってお新香を小鉢に盛り付ける。蕎麦の数だけ小鉢を用意して、半分は切り干し大根の煮物を入れる。酒を注文したりするお客がいるときは、小鉢を盛り足して対応するのです。

 空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を入れて、今日の蕎麦の数だけは用意しておく。大盛り用の徳利にも蕎麦汁を入れて、冷蔵庫に収納します。蕎麦打ち室に戻って伸しにかかれば、生地がしっかりと出来上がっていたので、今日は綺麗に蕎麦が打てました。切りべら20本で140gの束が8束仕上がって、生舟の中に並んだ。家に帰って朝食を食べたら、書斎で20分ほど横になってウトウトとする。洗面と着替えを済ませて、雨が降っていたから再び車で蕎麦屋に出掛けた。

 玄関脇の紫陽花が見事に咲いている。雨は10時ごろに上がったけれど、昼まではお客がなかったのです。昼を過ぎてから、常連さんがやって来て、その後、満席になるほどの混みようで、今週は臨時休業の昨日を除いて三日も混んだことになる。甘夏大福が美味しいと言って、三つも持ち帰られた女性もいたのです。蕎麦豆腐も一度に二皿ご注文の常連さんもいらっして。サラダ一皿を残して、用意した蕎麦もすべてなくなったから嬉しいのでした。



6月16日 月曜日 今日は思ったよりも晴れて30℃を越えた…

 今朝は6時に家を出て蕎麦屋に行き、カウンターの上に干してある盆や蕎麦皿を片付け、洗濯機の中にあった昨日の洗い物を干すのでした。家に戻って朝食を食べたら、今日は10時半に市民病院に予約が取れたので、9時半には家を出る。曇りだと思っていたら、太陽と青空が見えて、外は相当な暑さになってきた。駐車場に車を入れて、再来の受付を機械で済ませ、そのまま診察室の前で待っていたら、前の人が早く終わったので、30分もはやく診てもらえた。

 抜糸を済ませて今日で終わりかと思ったら、あと二日来て下さいと言われてがっかり。耳の裏の大きな跡がまだ完治していないらしい。帰り道、いつも行く隣町のスーパーに寄って、女将に頼まれた米を買い、ついでに野菜類やトンカツも買って家に帰る。昼はお馴染みのスパゲッティーボロネーズにトンカツを載せて、160gのスパゲッティーを平らげた。満腹になったので、ドジャース戦も勝っていたから、書斎に入ってひと眠りするのでした。

 ところが随分とぐっすりと眠り込んで、3時にお袋様からの電話が鳴るまで目が覚めなかった。今日は3時半にお袋様を病院につれて行く予定だったのです。すぐに車に乗って彼女のマンションまで行き、3時過ぎには病院に着いて、車の中で30分ほど待っていたのです。それから薬が出たと言うので近くの薬局まで行く。お袋様を家まで送った帰りは、蕎麦屋に蕎麦屋に寄って荷物を降ろし、キャベツとキュウリとニンジンの浅漬けだけを漬けておきました。



6月17日 火曜日 暑すぎて日中は外に出られなかった…

 お袋様との買い出しに出掛ける前に、蕎麦屋に寄って今日の段取りを考える。買い物リストに水羊羹を作るための粉寒天はあるか、明日の業者への仕入れはしなくても大丈夫かと冷蔵庫の中を確かめるのです。お袋様を迎えに行って、そのまま農産物直売所に出掛ける。トマトや生椎茸などをもらって、そのまま隣町のスーパーに行く。昨日のうちに少し買い物をしてあるから、今日は残った野菜類と鰹節や家に魚や肉を買って帰る。お袋様を送って蕎麦屋へ。

 空は青く晴れ渡り、陽射しはもう真夏の暑さで、車外温度は30℃を越えていたのです。冷蔵庫に野菜類を収納したら、大根をなた漬けにするのに、漬け物器に切って塩をまぶして押し漬けにする。昨日のうちに漬けておいたキャベツとキュウリとニンジンの浅漬けはすっかり水が上がって、小さな漬け物器に移しておく。11時からはドジャース戦か始まるので、家に帰って昼食の用意をしながらテレビを観るのです。昼はまたしても暑いから冷やし中華にしました。

 大谷選手の久々のピッチングが観られて好かった。ドジャースが大量得点をしたところで、眠気に負けて書斎で横になる。女将のスポーツクラブの予約があったから起こされ、西瓜を切ってもらって目を覚ます。家の中は全室冷房を入れて、居間の部屋だけは大型のエアコンなので、寒くなったらスイッチを消す。外は相当な暑さで蕎麦屋に出掛けるのにガレージの車に乗り込んだら、車外温度の表示が37℃になっていたから驚きなのでした。

 蕎麦屋の室内も30℃を越えて、エアコンを入れても28℃までしか下がらない。冷蔵庫から空の蕎麦徳利を出して、蕎麦汁を入れて行く。大盛り用の徳利も6本用意しておく。家で女将に「夕飯は何にしようか?」と言われて、「冷やしうどんでも食おうよ」と言っておいたので、海老と生椎茸を天麩羅に揚げて家に持って帰る。野菜が足りないからとキャベツを刻んで、冷凍の焼売をチーンして食卓に並べた。女将も暑すぎて調理する元気がないらしい。



6月18日 水曜日 あまりに暑いので、一度の仕込みは1時間…

 午前5時には目が覚めたけれど、居間の部屋でゆっくりとコーヒーを飲んで、今日一日の仕事を考えるのでした。6時になったら、ガレージに降りて、車で蕎麦屋まで出掛けていく。6時だと言うのにもう太陽は随分と高く昇って、ジリジリと暑い光を放っているのでした。厨房に入って冷たく冷えたほうじ茶を飲みながら、昨日のブログを読み返し、豊缶を用意して鍋にあんこを入れて、水を注いで400gになるようにしたら、粉寒天を加えて火にかけるのです。

 あんこの余熱を取る間に、南瓜を取り出して、天麩羅の具材にするために薄く切っていく。まずは7切れだけタッパに入れて、残りはラップにくるんで一緒に家に持ち帰るのです。端の部分はカレーの具材用に形を整えて、冷凍室の袋に入れて一緒にしておく。家に帰る前にコンビニに寄って煙草を買って帰る。食卓につけば今朝は鰺の開きを二人で半分ずつ、レンコンのキンピラが付いて、肉や葱や椎茸の入った味噌汁をおかずに朝食を食べるのでした。

 食後は書斎に入ってひと眠り。1時間ほど眠ったのか、すっきりと寝覚めて洗面と着替えを済ませ、再び蕎麦屋に出掛けていく。朝来たときに冷房を入れていなかったけれど、さすがに暑くなってきた。今日は湿度が低かったので、蒸し暑くなかったのです。蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら、酢水で茹でて水で冷やす。大釜に水を入れて沸かしておいたから、小松菜を茹でて5cmほどの長さに切りそろえ、水を絞ってタッパに入れ、急速冷凍室に収納する。

 蕎麦豆腐を仕込んで冷蔵庫に入れたら、午前中の仕込みは終わりです。外はかなり暑くなってきた。一回の仕込みが1時間以内なのも頷ける。家に帰れば焼き鱠を作っていた女将が「随分と早いわね」と言うから、「暑くて長い時間はやっていられない」と応える亭主。台所が空いたので、今度は亭主が素麺を茹でて玉葱と肉を炒めて、卵を散らした汁を作る。作ったばかりの蕎麦汁を昨日の冷やしうどんのために持って帰って来ていたから、味は十分に満足がいった。

 MLBのドジャース戦を観ながら昼飯を食べ、続きを居間の部屋で観ていたが、眠気に勝てずに書斎に入ってひと眠り。1時間ほどして目覚めたときには、女将はもうスポーツクラブに出掛けていた。冷蔵庫に入っている西瓜を食べて目を覚まし、外は暑いので女将の帰ってくるまで野球の続きをテレビで観ていた。夕方になって蕎麦屋に出掛け、天麩羅の具材を切り分けて、小鉢を盛り付けたら、薬味の葱を刻んで、午後の仕込みも終わりにするのでした。



6月19日 木曜日 友 遠方より来たりて また楽しからずや…

 午前5時、蕎麦屋に着いて、雲の多い青空を見上げる。夕べはアラームの設定を間違えて、夜中の2時半にベルが鳴ったものだから調子が狂ってしまった。今日の午後に市民病院に出掛ける時刻にセットしたつもりが、AMとPMをよく見なかったのが失敗でした。もう一度眠ろうと布団に入ったけれど、なかなか寝付かれずに、とうとう明るくなってしまったのです。仕方がないから、蕎麦屋に出掛けて少し多めに900gの蕎麦を打つことにしました。

 蕎麦玉を寝寝かせている間に、冷たく冷えたほうじ茶を飲んで目を覚ましたはずなのですが、蕎麦の生地は43%弱で打ったにもかかわらず、随分と柔らかかったのです。打ち粉を振りながら形を整えて畳んで行ったのですが、蕎麦切りの段になって、やはり今朝は失敗だったと思い知らされる。太さも揃わず、途中で切れたり長さも一定ではなかった。もっと硬く打たなくてはいけなかったのです。それでも何とか140gの蕎麦を10束仕上げて生舟の中に並べた。

 家に帰って食事を済ませ、書斎に入ってひと眠りしようとしたけれど、どうしても眠れない。身体を休めただけで起き出して、伸びた髭を剃る。再び蕎麦屋に出掛けようと庭に出れば、スモモの木の下に「墨田の花火」が綺麗に咲いていた。昔女将が近所の農家のお婆さんにもらって来たのだという。やはり、これも蕎麦屋に移植しなければならないのだろう。蕎麦屋に着いた頃には気温も上がってきて、エアコンの冷房を入れなければいけなかった。

 今朝は9時前から仕込みを始めたので、野菜サラダも早い時間に作り終えた。今日はヘルシーランチセットの天せいろが3つも出たので、これが蕎麦豆腐と共にすべてなくなったのです。開店の準備が11時前に終わって、新しくほうじ茶を沸かしていたら、いきなり玄関の扉が開いて、懐かしい友人が東京からわざわざ来てくれた。小学校からの親友で、蕎麦屋の開業の折には、学生時代に随分と世話になった奥様と一緒に来てくれたのです。12年振りの再会か?

 早速、ビールを出して天麩羅を揚げて出す。暑いからか、お客も常連さんばかりが続いて、1時前には天麩羅の具材がなくなって、お蕎麦売り切れの看板を出した。皆さんが帰った後に、亭主が車で駅まで友人を送っていく。暑い午後なのでした。1時半に女将のスポーツクラブの予約をしなければならなかったのに、間に合わずに蕎麦屋に帰ったら、何とか自力で予約できたと言うのでした。二人で沢山の洗い物を片付け、2時半には亭主はそのまま病院に行く。

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2025年6月上旬



6月1日 日曜日 久し振りに青空が覗いて五月晴れ…

 今日は朝から久し振りに陽が差していた。6時過ぎには沢山の荷物を持って車で家を出る。昨日の蕎麦がほとんどそのまま残っていたので、今日は蕎麦打ちはなしだったのです。いつも時間に追われて最後に作る苺大福を、最初に作ってみたらどうかと、朝飯前のひと仕事にしてみたのです。昨日わざわざ白玉粉を買いに行ったけれど、苺がもう終わりらしく今日で最後の苺大福なのでした。次のデザートには何を作ろうかと思案するのでした。

 7時には家に戻って、昨日買って帰った鰯を蒲焼き丼にした朝食を食べる。鰯が大きいので食べ応えがあったのです。食後のお茶をもらって書斎に入り例によってひと眠りする。8時30分にアラームをセットしてあるから、それで目を覚ますのでした。昨夜はテレビの映画で『アラビアのロレンス』を前半だけ見て、11時半に眠ったから少し寝不足なのでした。それにしても何度見てもスケールの大きな映画だと思った。名作と言われる由縁なのでしょう。

 洗面と着替えを済ませて家の門を出れば、隣の家との境にも差次の花が雑草に紛れてしっかりと咲いている。強い花なのかもう40年も毎年のように咲き続けているのです。やはりこれも蕎麦屋に移植しなければならないだろうと、花の終わるのを半分楽しみに待っているのです。みずき通りを渡れば、ハナミズキの枝が鬱蒼と茂っていた。青空と白い雲を背景に綺麗な風景だと感じる。蕎麦屋の前のサツマイモ農園では、沢山の家族が集まって芋の苗植えらしい。

 今日は野菜サラダを作るだけだったので、10時40分にはもう開店の準備が整って、カウンターの隅の椅子に座って、ゆっくりと女将の来るのを待っていた。暖簾を出せば、昼前にもう二組ほどお客が入った。午後も続けてお客がご来店で、晴れたのが蕎麦でも食べようという気にさせるようなのでした。最後は女性三人連れで、見れば昔の教え子が、母親と祖母らしき女性を連れて来てくれた。遠い街からわざわざ何度も足を運んでくれるのは有り難い事なのです。



6月2日 月曜日 明日は手術だというのに今日は忙しかった…


 朝はまだ寒い陽気なのでしたが、定休日なので6時過ぎに蕎麦屋に出掛けて、カウンターの上に干してある昨日の洗い物を片付け、洗濯機の中の洗濯物を干して、午後からの出汁取りの準備をして、家に戻るのでした。向かいのサツマイモ畑には、昨日、大勢の家族連れが苗植えをした名残りで、様々な案山子が立てられていた。自分の植えた苗の場所を示す標識なのでしょう。7時過ぎに家に着けば、今朝は鮭の塩焼きがおかずで、ご飯を美味しく頂くのでした。

 食後にひと眠りしようと思ったけれど、なかなか眠れない。考えたら夕べは10時に床に就いて今朝は6時まで眠ったから、眠くならないのは当たり前なのでした。ドジャースとヤンキーズ戦がBSで始まっていたので、お袋様と仕入に出かけるまで観ていた。明日は朝から市民病院に行って耳の腫瘍の手術をするので、一日早く買い物に行くことにしたのです。農産物直売所に行けば、知り合いの農家の奥さんに会って「あれっ、いつも火曜日なのに」と言われる。

 事情を話して仕入れる暇がないから、今日買いに来たと言う。彼女の持って来た朝採りの新キャベツの大きなものが、120円だからかなり安いのでした。更に隣町のスーパーへ行って、食材を買い込む。女将に頼まれた塩麹で浸けた鯖の缶詰と、一切れ100円の鮭の切り身を買ったけれど、135円の缶詰は随分と小さなものなのでした。家に帰って話をすれば「そんなものなのかも知れないわね」と言う。昼は残った野菜サラダをあんかけにして焼きそばを食べる。

 午後はやっと眠りに就けて、2時から車の半年点検にスバルに出掛ける。車検証がいつもの場所に入っていないと言われ、家に帰って捜すと応えれば、車検証がないから今の車には乗れないと代車を貸してくれた。机の上の沢山のファイルを立てかけた中に、葉書ほどの小さな車検証を発見して、急いで戻るのでした。大きさが変わったのを聞いていなかったから、慌ててしまったのです。それから蕎麦屋に出掛けて小一時間かけて出汁取りをする。

 曇っているのに午後から暑くなってきたので、帰りがけに女将に電話をして、夜は冷やし中華にしようということになって、一番近いスーパーに寄って、シマダヤの冷やし中華と薄切りの豚バラ肉を買って帰る。5時を過ぎていたので、女将が錦糸卵を作って、大鍋を火にかけておいてくれた。モヤシと豚肉を茹でてキュウリを千切りにして、麺を茹でる。亭主は氷を敷いて冷たくして最後に紅生姜と辛子を添える。蒸し暑い夕方だったけれど、満腹になって幸せ。


6月3日 火曜日 今日は手術日だから早朝だけの仕込みで…


 夕べも10時半には床に就いたので、今朝も4時半には目が覚めたのです。8時過ぎには家を出なければならなかったから、朝食前のひと仕事には5時半前に蕎麦屋に出掛けるのでした。まずはなくなりかけていた返しを作るために、味醂やワインビネガー、減塩の再仕込み醤油や減塩醤油を用意して、氷砂糖を大鍋に入れて味醂とワインビネガーを沸騰させる。醤油と塩30gを加えて沸騰直前まで加熱するのです。これを冷ませば返しの出来上がりです。

 次に、農産物直売所で買った知り合いの農家の朝採り春キャベツを、少し多めに刻んでキュウリとニンジンと昆布に生姜の千切りを加えて、塩を振りよく混ぜるのでした。いつも混んだ日は二日でなくなるから、今朝はいつもの倍ほどの量を漬け込んだのです。明日には水が上がって、柔らかくなるから、塩抜きをして小鉢に盛り付けられる。7時過ぎには家に帰って、女将の用意してくれた朝食を食べるのでした。ひと眠りする間もなく弟が迎えに来てくれた。

 Facebookの新しい投稿が、ピカピカと光っているのが気になって開けて見れば、前の校長が亡くなった知らせ。弟に言えば、それはもう半年も前のことだという。家族葬だから誰にも知らせていなかったのだそうな。亭主よりも5つほど上の先輩で、蕎麦屋にも好く来てくれていた。釣りにもよく一緒に出掛けて、家も近かったのに知られたくなかったのかと少し寂しかった。これで昔の職場の仕事仲間や釣り仲間だった先輩たちは、皆鬼籍に入ったことになる。
 雨の降る中を市民病院について、指定された時間までに受付を済ませれば、二階の手術室に連れて行かれて、手術用の着物に着替えさせられたから、耳の後ろの腫瘍を取るだけなのに、随分と大袈裟だと思った。手術室に入れば、明るく元気な先生が待っていた。簡単に終わるかと思ったら、形成外科というのは傷口を丁寧に再生させるために何針も縫うのでした。上機嫌の先生は蕎麦の蘊蓄を話し始めるし、1時間半の手術もあっという間なのでした。


6月4日 水曜日 今日は術後の通院で、朝夕が仕込みでした…

 夕べは床に就いてもよく眠れずに、深夜まで起き出してしまったので、今朝は7時に目が覚めました。前日の長い手術の緊張で、身体がいつもと違って調子が狂ってしまったのか。耳の裏と首の付け根の絆創膏がひりひりとして、なかなか寝付けなかったのです。食堂で女将の用意してくれた朝食を食べ、書斎に入って小一時間また眠る。10時には家を出て病院に向かわないといけないから、9時前に蕎麦屋に出掛けて、朝の仕込みをするのでした。

 昨日漬けておいたキャベツとキュウリの浅漬けは、すっかり水が上がって半分くらいの量になっていました。随分と沢山漬けたつもりが、小鉢で10鉢分ほどしかないのです。水で洗って塩抜きして、取りあえず6鉢だけ盛り付け、冷蔵庫に入れておきます。次に出し汁を空になった蕎麦徳利に詰めていく。これだけの作業を済ませたら、もう10時前になっていたので、急いで車に乗り込み市民病院を目指すのです。駐車場が広いから受付まで歩くのに時間がかかる。

 10時30分からの診療でしたが、今日は診療室の前の広い待合室が人で一杯なのでした。お入り下さいと自分の番号が掲示板に出たので、中に入ればいつもの先生が「昨日はお疲れ様でした」「どうもありがとうございます」と挨拶をして、手術の跡を観てもらう。殺菌剤をガーゼに塗って、またテープで耳の後ろと首の後ろにとめる。この作業を毎日家でやらなくてはならないのです。「誰かやってくれる人はいますか?」と言われ「家内がいます」と応えるのでした。

 隣町を抜けて京成線の踏切りを越えたら、いつも行く隣町のスーパーまでもう少し。昔、この近くに昨日亡くなった長嶋茂雄選手の実家があったところです。ここから彼は佐倉高校に通ったのだと言う。スーパーの駐車場は天気が好いせいか、車で溢れていました。女将に頼まれたらっきょうを2kgとトンカツを買って、家に果物が何もなくなったのでキウイを買って家に帰る。女将が鍋に湯を沸かしておいてくれたので、スパゲッティを茹でて昼はボロネーズ。

 ドジャース戦をBSでやっていたので、食後はテレビで観戦する。しばらくしたら椅子で居眠りをしていたので、書斎に入って横になるのです。女将はスポーツクラブに出掛けたらしい。1時間ほど眠って居間に行ってテレビを点ければ、ちょうどドジャースが同点に追いついて延長戦に入ったところでした。逆転勝ちをするところまで無事に見とどけて、コーヒーを淹れて目を覚ますのです。午後はまた蕎麦屋に出掛けて、天麩羅の具材の仕込みです。



6月5日 木曜日 湿度は低いけれど、昼には27℃まで上がった…

 午前5時にアラームで目覚めて、コーヒーを淹れて居間の部屋で頭をすっきりとさせる。今日は暑くなると言うから、蕎麦を沢山用意しなければならないから、5時半には家を出て蕎麦屋に向かうのでした。蕎麦打ち室に入って900gの蕎麦を捏ね、蕎麦玉を寝かせている間に、厨房で昨日のブログを読みながら一服するのでした。再び蕎麦打ち室に入って生地を伸して畳めば、室温が高いからか、いつもと同じ加水率で打ったのに、柔らかめの蕎麦に仕上がる。

 7時に家に帰って食卓につけば、今朝は鰯の蒲焼き丼なのです。昨日の晩もこの蒲焼きは食べたのだけれど、銚子で上がった新鮮な鰯は、15匹で200円ととても安かったから病院の帰りに買って帰ったのです。身体にも好いし、続けて食べても飽きないから不思議。食後は書斎に入って横になるが、どうも眠くならないのです。起き出して着替えと洗面を終えたら、9時前に歩いて蕎麦屋に向かう。食事の時には雨が降っていたけれど、からりと晴れて青空だった。

 今日は女将が来るのが開店の時刻からだったから、急いで大根をおろし、生姜を擦って、早速、野菜サラダの作成に取りかかるのでした。まずはスナップエンドウの筋を取って、ブロッコリーをひと口サイズに切ったら、最初に敷くレタスをちぎってキャベツを刻むのです。アーリーレッドをスライスしたら、盛り付けを初めて、パプリカを切り、ニンジンのジュリエンヌを造る前にひと休みです。10時過ぎにはサラダが出来上がり、お次は苺大福を作るのです。

 スーパーでは苺がもう終わっていたので、農産物直売所で地元の苺農家の作ったものを手に入れた。ひとパック500円といい値段だったけれど、粒が大きく甘いのでした。大きな粒だから白餡で包みきれずに、熱々の求肥を練り上げて片栗粉の上で伸ばし、一つずつ包んでいくのです。包み終わって10時半。新しい胡麻油を天麩羅鍋に注いで、天つゆも新しく鍋に作る。テーブルを拭いて回ったら、ちょうど11時になるのでした。女将はまだ来そうにない。

 室温が25℃を越えていたから、エアコンの冷房を入れていたのだけれど、動かなくなったら足元が冷えてきたので、クーラーを消して窓を全開にする。女将が来る前に暖簾を出して、お客を待つのでした。ところが昼になってもお客の姿がなく、バス通りを走る車の数もいつもより少ないのでした。やっといらっした女性客が一人。テーブルに座ってヘルシーランチセットをご注文でした。それでも食べきれなくて、デザートの苺大福はお持ち帰りなのでした。

 それから女将と二人で待つこと1時間。客が来そうにないので、亭主は賄い蕎麦を食べる。降ろしたばかりの天麩羅の油やパットが汚れるのが嫌だから、蕎麦を茹でて大根おろしと山葵だけで食べるのでした。女将は何度も新聞をめくって読んでいる。静かな午後なです。外は暑すぎて歩く人の姿もない。閉店の時間になったので、残った野菜サラダを包んで大鍋や座の洗い物を始める。2時前には女将と蕎麦屋を出て家に帰るのでした。


6月6日 金曜日 今日も暑かったけれど、お客は今ひとつ…

 昨日はお客が少なかったから、蕎麦をはじめとして準備した食材がそのまま残っている。蕎麦打ちもなく、仕込みもないので、朝はゆっくりと食事をして、蕎麦屋に出掛けるのでした。手術して縫合した耳の後ろと首の根元の三箇所の縫い目を、女将に消毒してもらって、ガーゼと絆創膏で留めてもらう。半袖のシャツにジーンズの出で立ちで、歩くから雪駄ではなく素足でウォーキングシューズを履いて出掛けたのでした。風も暖かく、今日も暑くなりそう。

 昨日よりは雲がうっすらとかかっていたけれど、みずき通りを渡って蕎麦屋の前のバス通りに出れば、サツマイモ畑に植えられた苗が元気に育っているのでした。陽射しは段々と暑くなってくる。蕎麦屋に着いたらまずはチェーンポールを降ろし、玄関の鍵を開けて看板と幟を出します。厨房に入ってカウンターに干してある昨日の洗い物を片付け、冷蔵庫から大根を取り出しておろしておく。次に野菜サラダの具材を取り出して、いつものように三皿分準備する。

 十分に柔らかい苺大福を冷蔵庫から取り出して、カウンターに並べる。女将の来ない日だからと、ペースを上げて準備したら、11時過ぎにはもう開店の支度が終わったのです。電話が鳴って出れば、「水泳部の○○ですけれど」と懐かしい声が、「父親が霊犀亭に行きたいと言っているので、来週の金曜日12時からいいですか?」と断り切れない話なのでした。予約はやっていないと伝えた上で、お待ちしていますと言ってやった。彼女は女子部の部長だったのです。

 確か、先日お母さんと一緒に蕎麦屋を訪れたので、久し振りに話をしたのでした。暖簾を出すのに玄関を出れば、紫陽花が咲き始めていた。鉢植えの綺麗な珍しい品種を、蕎麦屋の地面に移植したものが、10年で随分と大きくなった。あまり素敵だからと、挿し木にするからと枝を持って帰った女性もいたほどなのです。昼までは客はなく、昼を過ぎてやっと女性客がいらっしゃった。いつもカレー蕎麦とビールの常連さんも来店して、ほっと胸をなで下ろす亭主。

 それでも後が続かずに、今日も昨日の続きで暑すぎてお客は少ないのでした。1時半まで待ったけれど、お客は来そうにないので、新しい油でかき揚げを揚げて、賄い蕎麦を食べるのでした。2時過ぎには家に帰り、クーラーを入れてハーフパンツに着替えて、居間の椅子でゆっくりと寛ぐのでした。女将がスポーツクラブから帰ってきて、「お父さん、今日はスバルに行くんじゃないの?」と言われて、約束の時刻まであと僅かなので焦った。今週は二日病院に行ったり車の点検に行ったりで、忙しかったのです。


6月7日 土曜日 昼は暑くなってお客も沢山いらっした…

 今朝も5時起き、アラームで起こされて居間の部屋に行けば、まだ眠たいので、台所でお湯を沸かしてコーヒーを淹れる。コーヒーをの飲むまでに何分かかっているのだろう。煙草に火を点けるのにはもっと時間がかかるのでした。結局、6時前にガレージのシャッターを開けて蕎麦屋に出掛け、急いで蕎麦打ち室に入るのでした。今朝は750g8人分の蕎麦を打って、昨日の残りと合わせて13食の蕎麦を用意したのです。7時過ぎに家に戻って朝食を食べる。

 鰺の開きを女将と半分ずつ食べ、食事を終えたら居間の部屋でお茶をもらって、書斎に入って横になったのですが、20分経っても眠れない。仕方がないから洗面と髭剃りを済ませて、半袖に薄手のズボンをはいて、ひと休みするのです。9時前には家を出て歩いてみずき通りを渡る。蕎麦屋の駐車場に着けば、ビオウヤナギが咲き乱れているのでした。空は青空が広がって、今日も暑くなる気配なのです。湿度が低いから、窓を開け放って厨房に入りました。

 朝飯前に出来なかったお新香の盛り付けを済まして、大根をおろしていたら、女将がいつもより早くやって来た。「暑くなってきたわね」と言いながら奥の座敷に洗濯物を畳みに行く。亭主は野菜サラダの具材を刻み、盛り付けを始めるのでした。女将が早お昼を食べに帰った頃には、野菜サラダも仕上がって、苺大福を包む準備を始めるのです。苺の蔕を取り、片栗粉をラップの上に敷き、白餡で苺を包んでいく。白玉粉に砂糖と水を加え、火にかけて求肥を作る。

 熱々の求肥で白餡で刳(く)るんだ苺を包み、片栗粉をまぶしていく。やり始めればものの10分で仕上がるのだけれど、準備が大変な作業なのです。再び女将がやって来て、更に暑くなったと言うので窓を閉めてエアコンの冷房を入れる。と、蕎麦屋の下の家のお婆さんがやって来て「お蕎麦をもらえますか」と言うのでした。いつも蕎麦と蕎麦汁だけ持って帰られるのです。息子さんと二人で昼に食べるらしい。最近は、通りでよく見かけるから元気なのでした。

 暖簾を出してお客を待てば、今日はすぐに駐車場に車が入ってきた。それから盆や皿を洗う暇もなく、ずっとお客が続いたのです。天麩羅を揚げては蕎麦を茹で、女将がテーブルに運んでいる間に、亭主が盆と蕎麦皿をセットする。12時半になるころには、もう生舟の中の蕎麦は残り僅かなのでした。へルシーランチセットや鴨せいろも出て、厨房は息つく暇もなくとても忙しい。今日の最後は初めての女性客が二人、天せいろのご注文なのでした。

 最近では珍しく12名のお客が来たので、洗い物には随分と時間がかかった。隣では女将が亭主の洗った皿や小鉢をどんどん拭いてくれる。二人とも無口になる時間なのです。亭主は台所の洗い場が腰を屈めないといけないので、すぐに背中が痛くなる。12組の盆と皿を洗い終わったら、椅子に座ってひと休みするのでした。「今日の晩は何を食べる?」と亭主が女将に聞けば「肉と野菜がないのよ」と言うので「隣町のスーパーに行って刺身でも買ってこようよ」と、2時半に家に帰って、二人で隣町まで出掛けて行くのでした。


6月8日 日曜日 二日続けては混まないのが長年の経験で…

 今朝は緊張していたからか4時半に目が覚めた。蕎麦が売り切れるほどお客が来た翌日は、用意してあった小鉢も蕎麦徳利もみんな空になったので、新しく補充しなければならないのです。大根のなた漬けとキャベツとキュウリの浅漬けだけでは数が足りないので、家で女将が作った切り干し大根の煮物を分けてもらって、蕎麦屋に持ってきたのでした。蕎麦豆腐もなくなったし、天麩羅の具材のレンコンもないので、昼までには用意しなければならない。

 蕎麦汁を蕎麦徳利に詰め終えたら、蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つ。幸いにも外は曇りで雨模様だったから、今日は昨日みたいには混まないだろうと考えて、900gの蕎麦粉を捏ねて、10人分の蕎麦を打ったのです。蕎麦を打ち終えて時計を見れば、7時を回っていた。急いで家に帰って朝食の食卓に就く。昨日女将と買って帰った鰯の蒲焼き丼だったから、とても美味しく頂いたのです。食べ終えてお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りするのです。

 8時半にアラームで目覚めて、洗面と着替えを済ませたら、雨がぱらついていたので車で蕎麦屋まで行く。玄関脇のウチワサボテンの花が見事に開いて、曇り空なのに明るく華やかなのでした。蕎麦屋に着いてチェーンポールを降ろし、幟と看板を出したら、厨房に入って、早速、蕎麦豆腐を仕込んでおきます。大根をおろす前に、レンコンの皮を剥いて輪切りにしたら、酢水で茹でて天麩羅の具材を用意しておくのでした。やることが決まっていると意外と早い。

 それでもいつもよりは時間が押していて、野菜サラダの具材を刻んで盛り付けを終えたのは、10時半なのでした。それから苺大福を包むのです。11時過ぎには仕込みを終えて、天麩羅の油を鍋に空けたり、天麩羅の具材を調理台に並べたりして、女将の来る時間までには開店の支度が調ったのです。湿度が高いらしくて、曇り空なのに室温が25度もあったので、エアコンの冷房を入れて扇風機を回すのでした。どうも亭主は湿気に弱いらしいのです。

 昼になってもお客が来ないので、やはり混む日は続かないと言う気がした。やっといらっした老夫婦はしばらくメニューを眺めて、ヘルシーランチセットの天麩羅なしをご注文なのでした。せいろ蕎麦に野菜サラダと蕎麦豆腐とデザートの苺大福が付いて1350円。ご主人がビールを頼まれて、随分とゆっくりなさっていかれた。次にいらっしたのは若いカップルで、二人とも天せいろで、すぐに調理をしてお出しする。今日はこれだけで後が続かなかったのです。



6月9日 月曜日 今日はスマホを忘れて写真三枚だけ…


 一週間の緊張の糸が途切れたのか、今朝は7時前まで目が覚めなかった。9時にはお袋様を病院に送っていかなければならなかったので、朝食を食べてゆっくりとひと休みするのでした。鮭の塩焼きとナス焼きは、どちらも亭主の大好物。美味しく頂いて居間の部屋でお茶をもらうのです。いつもなら書斎に入ってひと眠りするところなのですが、今朝は十分に眠ったので大丈夫。9時前には家を出て、お袋様のマンションの下で待つのでした。

 わずか5分で病院に到着して、お袋様は受付を済ませて診療室に入っていく。亭主は車の中で煙草をふかして待つこと30分ほど、肩に電気を当てるだけだから、すぐに終わってしまうのです。それからいつもの買い出しに出掛ける。農産物直売所に行けば、知り合いの農家のご夫婦が野菜を運び入れているところなのでした。採れたての春キャベツや茄子などをもらい、隣町のスーパーにも出掛けて行く。今日は三ツ葉が出ていなかったので買えなかった。

 お袋様を家まで送って、蕎麦屋に寄って野菜類を冷蔵庫に収納する。11時を過ぎていたから、急いで家に帰って昼飯の用意をするのでした。先週残った冷凍したカレーを二人分持ち帰って、昼はカツカレーにしたのです。揚げたてのトンカツを買って帰ったので、まだ温かかった。帰ってすぐに塩抜きをしたシジミの味噌汁がとても美味しかったのです。満腹になったら急に眠くなって、書斎に入ってひと眠りする。女将はその間にスポーツクラブに出掛けた。

 1時間ほど眠ったら目が覚めて、居間の部屋でテレビ映画を観ながらコーヒーを淹れて飲む。午後は蕎麦屋に行って、新しくカレーを仕込もうと思っていたけれど、女将が帰って来るまで西瓜を食べたりしながらテレビを見続ける。やっと女将が帰ってきて、頼んでおいた三ツ葉を買って来てくれたので、それを持って蕎麦屋に出掛けるのでした。カレーの仕込みは約1時間。6食分のカレーをジブロックに詰めて冷凍室に入れる。夜はハラミの串焼きで一献。


6月15日 日曜日 日曜日だからお客の出足が遅かった…

 今朝も5時起きで、5時半過ぎには蕎麦屋に出掛けました。なんか身体が疲れているという感じがするので、動作も緩慢になるような気がするのです。蕎麦屋の玄関前の紫陽花が、ますます色濃くなって本来の美しさを見せ始めてきた。玄関を入って、早速、蕎麦打ち室で準備をするのです。今日は朝から雨と風が強いので、昼間もそれほどお客は期待できないだろうと、750g8人分の蕎麦を打つことにしました。厨房に戻ってまずは小鉢の盛り付けを済ませます。

 切り干し大根もこれで最後だから、蕎麦の数だけ小鉢を用意して再び蕎麦打ち室に入るのです。加水率43%は昨日と同じでしたが、今朝は不思議なことに硬さがちょうど好くて、綺麗な蕎麦が打ち上がりました。切りべら20本で8束の蕎麦を生舟に並べて、家に帰って朝食を食べるのです。食後は例によって書斎で横になって、ひと眠りしようとしたけれど、30分もしないうちに目が冴えて、身体を休めたという状態で、また蕎麦屋に出掛けていくのでした。

 車を停めて正面から紫陽花を見れば、本当に鮮やかで目が覚めるようなのです。後から来た女将も、この紫陽花の前で立ち止まってしみじみと眺めていた。二人の共通の好みは、やはり庭の花なのでしょう。だから今の自宅にある草花も、できるだけ蕎麦屋の庭に移してあげたい。そのためには、まず蕎麦屋の周りに伸びた雑草や、あちこちに生えて大きくなったたらの木を切らなくてはならない。そう思いつつも、ずるずると日にちが過ぎていくから嫌になる。

 今日は暖簾を出しても午前中は誰もお客が来なかった。日曜日だから出足が遅いのかとも思ったけれど、午前中の雨と風の影響もあったのではないだろうか。昼を過ぎて常連の若者がやって来て、それから少しずつお客が来だしたのです。ヘルシーランチセットを頼んで、甘夏大福を食べた女性が、美味しいからとカウンターに並べた残りの大福を全部持って帰られた。蕎麦豆腐も売り切れて、今日は1時過ぎには生舟の中の蕎麦がすべてなくなったのです。

 それから車が2台と、歩いて来たお客が二人いらっしたけれど、申し訳ないが蕎麦は売り切れたと伝え、帰っていただくのでした。8人分の蕎麦と小鉢とが綺麗になくなったので、予定通りと言えば聞こえがいいけれど、あとからいらっした合計6人のお客に出す蕎麦がなかったのは、ちょっと残念なのです。でも、短い時間で8人の蕎麦を仕上げて天麩羅を茹でたり、鴨肉を焼いたり、洗い物をする暇がまったくなかったから、限界と言えば限界なのでしょう。