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2025年12月中旬



12月10日 火曜日 寒い朝、暖房入れても温度が上がらない…

 昨夜は10時に床に就いた。今朝は6時に目覚める。寝室の温度は10℃とこれまでになく寒いのです。熱いコーヒーを淹れて飲むけれど、足元から冷えてくる。いよいよ冬の到来なのか。居間のエアコンを点けても、なかなか室温は上がらないのでした。今日は生ゴミの回収日だから、下の通りのゴミ集積場までゴミ袋を下げて運ぶのでしたが、隣の畑には一面真っ白な霜が降りているのです。真冬のこの時期に蕎麦屋に泊まったのは、もう12年も前のことです。

 やはり平屋で床がコンクリートなので寒さには弱いのでしょう。石油ストーブを焚けるように準備をしておかなくてはならない。年を取ったということも寒さを感じる理由なのでしょう。朝食の皿を運びながら窓の外を見れば、向かいのサツマイモ農園のビニールハウスの三つ目が作られている。朝早くから職人さん達がハウスのビニールを貼っている。沢山のサツマイモの苗を作って、沢山の芋を畑に植えるのだろう。若い人たちの勢いには感心するばかりです。

 今日はプールへ行く日だからと、女将の用意してくれた小鉢や味噌汁をテーブルまで運ぶ亭主。二人で分担すればそれだけ早く飯にありつけるというもの。洗面と着替えを済ませて、ゆっくりと一服するのでした。朝が寒いから厚手の靴下や毛糸の帽子を身につけて車に乗る。コンビニに寄って煙草を買い、ちょうど好い時間にスポーツクラブの更衣室に着いた。10時5分前で、水着に着替えている間にプールの扉は開いた。今朝も大勢のお年寄り達が並んでいた。

 月曜日に泳いでいるから、今日はスムーズに泳ぎ始められた。10分ほど泳ぐと、また混み出してきたので、ほかのお年寄り達の邪魔にならないようにプールを出るのでした。帰りに地階のスーパーに行って、冷凍の蕎麦を二種類買って、伸ばし海老の冷凍と豚のもも肉を買い、サラダ油と炭酸を買って帰る。サラダ油が少し安くなったと思っていたら、1㍑ではなく900cc入りに変わっていたから驚いた。家に帰り、早速、昼飯の用意。女将の好きなソース焼きそば。

 午後は女将がスポーツクラブに出掛けて、亭主は寝室のベッドに横になって1時間あまり昼寝をする。昼寝から目が覚めたら、また元気になって何をしようかと考えるのです。午後の時間の使い方がまだよく解らない状態です。明日は向こうの家を買い取ってくれる地元の業者に電話をして見ようと思う。家に残った廃棄物を業者と見に来てもうひと月になるから、そろそろ次の段取りを知らせてきても好い頃なのです。年を越してしまうのはどうも嫌な気がする。

 3時過ぎになったら夕方の散歩に出て、また近所を回って来る。今日は外も寒いから手袋をして出掛けた。犬の散歩のご夫婦に出会い、一人で散歩をするお婆さんにも会った。寒い一日のうちで一番気温が上がる時間帯なのでしょう。30分ほどかけてみずき通りを登ってバス通りに出れば、我が家はすぐそこなのです。4時を過ぎてやっと女将が厨房に入る。今日はジャガイモと玉葱のチーズ焼きとかで、牛乳を入れてグラタンのような味なのでした。

 料理が出来るまで、亭主が昼に買ってきた真蛸を切って二人分の皿に並べれば、女将がホウレン草を湯がいて小鉢にしてくれた。今日の歩いた歩数は4000歩弱。もう少し歩けるようになれば好いのだろうけれど、無理をしないのが一番と思っている。外が薄暗くなる4時半から少しずつ焼酎の炭酸割りを飲み始めて、ジャガイモのチーズ焼きが出る5時にはもうすっかり出来上がってしまう。8時前に風呂に入って、テレビを見ながら最後の一杯を飲んだのです。


12月11日 木曜日 朝から曇り空の続く暗い一日でしたが…

 午前6時半。まだ陽は昇らない。東の森の上の空が僅かに赤く染まって、太陽が見えてくるかと思ったが、雲はだいぶ厚いらしい。新聞を取りに玄関を出て、プラゴミの詰まった袋を集積場まで運べば、今朝も隣の畑には真っ白な霜が降りていたのです。居間の部屋は15℃で暖房を入れてもなかなか暖まらない。じっとしていると膝から下が寒いのでレッグウォーマーをするのでした。それでも血が冷たくなるから、少し身体を動かさなければと柔軟運動をする。

 コーヒーが切れたので生姜紅茶を淹れて飲んでいたら、女将が厨房に入って朝食の用意を始めた。亭主はいつものとおり小鉢や箸をテーブルに運ぶのです。昨日残った銀ダラの煮付けを運べば、今日はベーコンエッグを焼いてメインのおかずとなった。味噌汁とご飯を運んで、二人の朝食が始まるのでした。食事を終えて洗面や着替えを済ませれば、いつもならプールへ出掛けるのだけれど、今日はひと月も待たせている業者に電話を入れなければいけなかった。

 留守電に用件を入れて待てば、しばらくして折り返しの電話が入る。「遅くなって済みません。先日の見積もりは出来ているのですが…」と社内の意見の違いを理由に「来週には見積もりをお届けします」と言うのでした。「役所も休みに入ってしまうから年内に終えたい」と言えば明確な返答はなし。やはり年を越してしまうつもりなのだろうか。急ぐわけでもないけれど、少し急かさないとだらだらと伸びてしまいそうなのでした。気分を変えて昼の支度を始める。

 大鍋に湯を沸かし、油を天麩羅鍋に空けて火にかけ、天麩羅の具材と天ぷら粉を用意したら、解凍した伸ばし海老と生椎茸、オクラを天麩羅に揚げる。シマダヤの冷凍蕎麦を茹でて、水で洗えば、結構食べられそうな蕎麦だったから好かったのです。テーブルに運んで女将の切ってくれた海苔を掛けて、久し振りに美味しい天麩羅蕎麦を食べるのでした。午後は女将のスポーツクラブの予約を取ったら、亭主はプールへ行く支度をして出掛けて行くのでした。

 午後のプールは思ったよりも空いていて、ひとコース3人ほどで泳げるのでした。今週は月水木と順調に通っているから、身体も水に乗ってスピードも上がる。家に戻って心地よい疲れで眠くなるけれど、電話の音で目が覚めて、見れば05から始まる不審な電話なのでした。寝そびれて居間でぐったりとしていたら、女将が元気に買い物から帰ってきて、「眠らなかったんだ」と言うものだから、事情を話して、柿を剥いてもらうのでした。富有柿は種が多いのです。

 今日の夕飯は常夜鍋でした。女将が支度をするまでに、亭主は鶏の唐揚げと枝豆をチーンして焼酎を飲んでいる。箸やコンロをテーブルに運び、鍋が出来るまでにもうグラス2杯も飲んでしまった。まだ5時半なので、ちょっとペースが速いのでした。テレビを点けたままウトウトとしてしまい、女将に起こされて風呂に入るのでしたが、昼寝が出来なかったせいか、風呂から上がってもなかなか眠気が覚めずに、ブログの最後を書かなくてはと、10時になった。


12月12日 金曜日 晴れても風の強い一日でした…


 午前6時はまだ外も真っ暗だったが、少し経つと東の空が仄かに明るくなってくる。新聞を取りに玄関を出て、その明るさを写真に撮っておく。今日は朝から天気が好さそうなのでしたが、北風が強く寒い一日になりそうなのです。さっと新聞を見終えたら、今日の予定を考えてみる。プールへは朝一番で出掛けた方が好いだろう。帰って来たらもう一つの種類の蕎麦を茹でて、食べてみた方が好いだろう。昨日と同じシマダヤの石臼引きという蕎麦なのです。

 この時点で午後の予定は立っていないから、どうしても午後が暇になるのかも知れない。そろそろ寒さに備えて灯油も買っておかなくてはならないし、新年を迎える前に破れた障子を張り直しておかなければいけないだろう。近所の親父様が生ゴミの袋をもって家の前を通る。亭主よりも一回りほど年を取っているけれど、昼間は畑に出て仕事をしているらしい。仕事を辞めた亭主は、少しずつだけれど日常のルーティーンを作っているのです。

 朝の食事は大根と鶏肉の煮物と蕪の酢漬けに鮭が焼かれて出た。大根はとても柔らかく、鮭も脂が乗って美味しかったのです。小松菜と油揚げの入った味噌汁の味も上々。あと30分もしたら、亭主は車でスポーツクラブに出掛けていく。今日の昼食の支度を考えておかなくてはならないけれど、昨日買ってきた伸ばし海老がまだ半分残っているから、また天麩羅にして蕎麦を食べれば好いと考える。少し早めに出で、地階のスーパーでドライイーストを捜す。

 いつになく駐車場は混んでいた。プールはいつもの通り年寄りで一杯。空いているコースに入って泳ぎ始める。午後の方がもっと空いているのかも知れないけれど、予定した日課はなかなか変えられない。15分ほどでプールから上がって家に帰れば、女将は散歩に出掛けていた。一服してから厨房に入り、昼の支度を始めるのです。昨日の昼と全く同じ材料で、蕎麦だけ石臼引きのものを使って作って見ました。確かに石臼引きの方がきめ細やかで美味しい。

 午後は女将がスポーツクラブに行っている間に昼寝をしようと思って、寝室でベッドに横になったけれど、30分もしないで目が覚めてしまうのでした。プールの後の気だるさが取れて、長い午後が待っていた。お茶を入れて一服したら、今度は腹が減った気がして、四つ切りのパンを焼いてバターを付けて食べるのでした。牛乳も沸かして飲んだのだけれど、思っていたほど腹は減ってなかったらしく、少し苦しくなってしまったから困った。

 西のコンビニまで煙草を買いに行こうと外に出れば、風が冷たくてとても歩いていけるとは思えなかったので、車に乗ってどのくらいの距離があるのかを計った見た。ちょうど家から1.2kmあった。車で行って帰って30分近くかかったから、歩いては相当な時間がかかるし、足の具合によっては帰れなくなるかも知れないと思った。今日は風が強かったせいか、一日中雲一つない天気だったけれど、家の中も寒いし、灯油を買わなくては足元が冷えるのです。

 家に帰れば、もう4時半を回っていた。女将が厨房に入って夕食の支度をしてくれている。今日は黒豆ご飯とすき焼き風鍋。炊きたての黒豆ご飯を食べたかったから、夕食の席での一杯は我慢するのでした。ご飯が炊けるまでに、女将と二人で鍋をつつく。卵をおとしてすき焼きのように食べたけれど、エノキのシャキシャキとした食感と糸蒟蒻のツルツルとした食感が何とも言えないのでした。農家の親父様がオレンジ白菜と言っていた白菜もなかなか美味しい。




12月13日 土曜日 昨日よりもっと寒い朝…

 夕べは10時半に床に就いて今朝は6時過ぎに目が覚めた。7時間以上は眠っているから、睡眠は十分なのです。外が少し明るくなっていたから、新聞を取りに玄関を出ればやはり寒い。薄雲がかかっているので青空は見えないけれど、昼からは晴れるという予報なのです。新聞の広告を見ると、隣町のスーパーでは安売りの週末らしく、鮭が一切れ100円と出ている。厨房で朝食の支度を始めた女将に、今朝は早く買い物に出掛けようと言う亭主なのでした。

 家の冷蔵庫には魚がなくなり、卵も最後の二つを食べてしまう。煮物と漬け物しかないので、納豆と芽カブが出たのです。それでも美味しく朝食を食べて、亭主は洗面と着替えを済ませてしまう。 外は寒いので車のエンジンをかけて女将を待てば、買い物の用意をして女将が車に乗り込んだ。9時開店の隣町のスーパーには15分も前なのにもう客が列を作ってい。駐車場にはまだ車も疎らだから慌てることはない。魚や肉を買って亭主が蜜柑や湯麺を籠に入れる。

 レジもまだ空いていたから、家に帰ったのが9時20分だった。これなら今日もスポーツクラブに行けると、亭主はプールの支度をしてまずは一服するのです。更衣室に入ったのが10時で、水着に着替えてプールサイドに降りたのが10時5分。今日は子供の水泳教室があったので、歩くコースを除いて、一般の人の泳ぐコースは2コースだけなのでした。それでもひとコースに3人しかいなかったのでゆっくりとアップするのでした。10時半には着替えて家に帰る。

 今日の昼は蕎麦打ち用に残っていた強力粉と昨日買ってきたドライイーストを使って、新しいオーブンで初めてのピザを焼く。強力粉200gにドライイースト3gと砂糖と油少々、水100ccとを加えて捏ね始める。生地が出来たら女将がオーブンを40℃に設定して20分発酵させるのです。少し膨らんだら生地を二つに分けてガス抜きをする。平たく伸ばしたらケチャップを塗り、ベーコンとトマト、ホウレン草を載せてチーズをかけ、220℃で20分焼けば美味しそう。

 焼きたてのピザはとても美味しいのでした。100gの生地を二人で分けたのに、チーズが多すぎたのか、食べ終えればちょっとお腹が凭れた。食べられないと言っていた女将は美味しかったからかひと皿平らげて何でもないという。亭主は寝室のベッドに横になって、2時間ほど眠るのでした。起き出して女将に柿を剥いてもらったらやはりまだ凭れているので、散歩に出ることにしたのです。みずき通りを下って西が作公園までの道程を往復して4000歩弱でした。 

 家に帰れば4時半で、女将が台所に現れて買って帰った鰯を捌き始める。見れば身が赤く新鮮そうだったので、「たまには鰯のフライにしてみたら?」と亭主が言えば、「そうね、生パン粉もあるし」と夕食のメニューが決まるのでした。出来上がるまでに亭主はグラスを出して氷を入れ、焼酎と炭酸水を用意する。酒の肴は冷凍の鶏の唐揚げと枝豆。そのうちに鰯のフライが出来上がり、ブロッコリーやトマトを添えて美味しそうなのです。今日は珍しい料理ばかり。



12月14日 日曜日 今日は朝から久し振りの雨で…

 夕べは温かくして眠ったら、夜中に熱くて目を覚ましてしまいました。風呂に入っている間に、部屋を暖めてから床に就いたのが好くなかったのか。2時間ほど居間の部屋でテレビを見て、また眠るのでした。これが午前中の生活時間に影響を与えたようです。鰯の蒲焼き丼を美味しく食べたその後は、また横になって眠ってしまったのです。目が覚めたらもう10時過ぎで、プールには行けそうになかった。仕方がないからコーヒーを淹れて、昼の支度を始める。

 夕べの天気予報通り外は雨で、暗く重苦しい空が広がっているのでした。昼は寒いからと湯麺を作ることにして、大鍋に水を入れて火にかけたら、豚肉のロースと海老、イカ、キクラゲ、オクラ、白菜、小松菜、ニンジンを用意して、次々と中華鍋で炒めていく。大鍋の湯が沸いたら、中華鍋にその湯を使って炒めた野菜類を湯がいていきます。大鍋には麺を入れて茹でるのです。今日はそれほど寒くないからあんかけにはせずに、そのまま汁にするのです。

 出来上がった湯麺をテーブルに運び、女将と二人で昼飯を食べるのですが、亭主は豆板醤と大蒜を入れて辛口にして味を楽しむ。部屋の中は暖房を入れているので20℃もあるから、食べているうちに汗をかいてしまう。着ていたセーターを脱いで汁まで飲むのです。じっとしていると足元から冷えてくるのですが、食事をすると温かくなるから不思議。この天気では散歩にも行けないので、雨に振り込められて今日はどこにも出掛けられない。

 昨日だったか少し強い地震があった。佐倉は震度4なのだそうだけれど、女将が部屋から出て来て「古い向こうの家なら、二階が落ちてくるんじゃないかと心配するけれど」と、平屋の蕎麦屋に移って好かったと言うのでした。これからの冬場が、平屋でどれだけ寒くなるかが心配だけれど、足元が寒ければ石油ストーブを使えば好い。テレビも何も面白い物をやっていないから、ブログを書いて過ごしていた。夜の煙草が心配だったから近くのコンビニへ買いに行く。

 雨が降っていても傘を差して歩いている人がいるので驚いた。年寄りは外へ出ないのだろう。女将が生姜紅茶を淹れてくれて、夜は焼売にしようと言うのでした。テレビで役所広司が主演の『perfect day』という映画をやっていたので「カンヌで主演男優賞をもらったのよ」と言ってしばらく見ていたけれど、そのうち奥の部屋に引っ込んでしまった。日常のルーティーンを淡々とこなす主人公の映画らしく、亭主もあまり興味を惹かれなかったのです。

 家に戻ってまたテレビを点ければ、海の再生に取り組む様々なプロジェクトの番組をやっていたので、1時間も見続けたのです。昔自分も年に一度は、シュノーケルとフィンを着けて横浜の海の海底清掃をしたことがあるけれど、もっと根本的に海を守る取り組みが行われていることを知って嬉しかったのです。夕食は女将の作った炒り鶏の煮物と、亭主が作って冷凍してあった焼売が出て、とても美味しく頂いたのでした。明日は晴れて風が強くなりそうです。



12月15日 月曜日 やはり陽射しが有り難いと思える朝…

 夕べは10時半に就寝。今朝は5時過ぎに起床。この間、まったく目が覚めなかったのでよく眠れた晩なのでした。眠る前にトースト一枚と温めた牛乳を一杯飲んだのが好かったのか。寝室の温度は風呂に入る間だけ24℃の設定で暖房を入れておいた。風呂に入る前に突然セキュリティーのけたたましいアラームが鳴り響いて、何だろうと慌ててスイッチを切りに行けば、女将が雨戸を閉めるために窓を開けたのだそうな。警備会社からの電話対応はすべて亭主。

 燃やせるゴミを捨てる日だったから、ジャンバーを着て集積場まで袋を一つ持って行く。朝が早いからか、まだ少ししかゴミを出している家庭がなかった。昨日の雨で水遣りをしていなかった庭も、すっかり濡れて好い感じなのでした。今日は年金の入る日だからとパソコンを点けて確認すれば、今月は随分と金額が多いのです。毎月の入出金表に入力すれば、どうも金額が合わない。朝食の後で再度確認をすれば、来年の12月の表に打ち込んでいたのが解る。

 蕎麦屋に引っ越しをして水道代や電気代、ガス代が減った筈だけれど、去年よりも少しだけ多い金額を残して、今年は終われそうなので好かった。毎年、1月は何故かお金が出る月なので、果たしてどれだけマイナスになるのか、蕎麦屋の収入がないので補填できないから、十分に気をつけなければいけない。青空の広がる中をお袋様を乗せて、農産物直売所に行けば、知り合いの農家の奥さんがホウレン草や大根を運んで来ていた。いつも元気で明るいのが好い。

 隣町のスーパーに行ったら、今日は駐車場も空いていて、女将が書いてくれたメモに従って買い物を済ませる。肉や魚は土曜日の買い物で買ってあるから、今日は野菜類がメインなのでした。何処かの親父様が店員に「柿が出ていないんだけれど」と言っていたのを聞いて、店内を一周して帰り際に果物のコーナーを見れば、大きな富有柿が一つ130円で出ていた。蜜柑の他に4つ買って家に帰るのでした。車の音を聞きつけて女将が玄関まで荷物を取りに来た。

 昼は蕎麦を食べることになっていたから、亭主は厨房に入って天麩羅の具材を冷蔵庫から取り出す。大鍋に水を入れて火にかけ、新しい油を天麩羅鍋に注いで、天ぷら粉を取り出してボールに空けるのです。今日は蕎麦を二つ半茹でて、亭主の分を少し多めに盛りつけ、二人で昼食を食べるのでした。何とか食べられるけれど、やはり蕎麦粉よりも小麦粉の方が多いらしく、どうも粉っぽいのです。蕎麦粉は値段が高いから、どうしても小麦粉が多くなるのです。

 午後はまったりと居間の椅子に座って、テレビで映画を観ていました。腹も一杯で、横になれば昼寝も出来そうなだるさだったけれど、寝てしまっては時間が勿体ないなどと思いながら、結局は時間を無駄にしているのですね。3時半には女将がスポーツクラブから帰って来て、外はやはり寒いと言っていた。亭主はこのまま夕食ではちょっと運動不足だろうと、毛糸の帽子を被り、手袋をして散歩に出掛けるのでした。空はどこまでも青く、澄み渡っていた。

 40分ほど歩いたら万歩計は3000歩を越えていた。家に帰れば、女将が厨房に入って、夜ご飯の支度を始めていました。夜のメニューは常夜鍋と茶碗蒸し。亭主が買って帰ったぎんなんを割って、今日は本格的に作るらしいのです。箸や器やコンロをテーブルに運んだら、亭主は焼酎と炭酸とグラスに氷を入れて、まずは一杯飲んでいる。そのうちに生姜の香がする常夜鍋の汁が運ばれて、肉やホウレン草も用意された。最後に茶碗蒸しを持って女将が席に座る。



12月16日 火曜日 今日は7時間の睡眠に戻って…

 7時過ぎに東の森の向こうに日の出が見えた。予報では今日は一日中晴れの筈だったけれど、雲が多いような気がする。夕べは風呂を出て10時までは起きていられずに、9時半過ぎには床に入った。身体が温まっているから、どうしても眠くなるのです。テレビも点けずに新聞を取りに外に出て、やはり寒い朝なのだと感じるのでした。朝食の準備に忙しい女将を手伝って、料理をテーブルまで運ぶのですが、冷凍してある黒豆ご飯をチーンして食べ始める亭主。

 朝食が終わったらまた眠くなって1時間ほど横になって眠る。夕べあんなによく眠ったのに、腹が一杯になるとどうしても眠くなるから不思議なのです。女将は郵便局に出掛けると言うので、その前に年賀状に使う写真を撮っておこうと、居間の椅子に二人で座って久し振りのツーショットなのでした。新しい家での生活もまだまだ片付かないことばかりなのですが、取りあえずはこれで新年を迎える準備も進むというもの。女将は一人で出掛けていきました。

 亭主も破れた障子の修復をするために、駅前のDIYショツプに出掛けて、障子紙や糊などを買って来る。ついでに隣町のスーパーに行って昼のトンカツとカレーの食材を買って帰る。家に帰れば女将はもう帰っていて、亭主は厨房に入ってスパゲッティーとブロッコリーを茹でるのでした。お肉ゴロゴロのミートソースは同じ釜で温めて、後はミニトマトを洗って麺が茹だったら大きな皿に盛り付けるだけ。買って帰ったトンカツを載せて今日のお昼の出来上がり。

 昼が済んだら今日はすることが沢山あったので、昼寝も出来なかったのです。まずは長らく破れたままだった寝室の障子を張り替える作業。年を取ったせいか寒い外で水で洗うのは嫌だったので、居間のテーブルまで障子を運び、お湯で濡らした布巾で拭いていく。古い障子紙は綺麗に取れるのですが、ボロボロと障子の滓が落ちていく。濡れた桟を乾かす間に、掃除機で落ちた障子の滓を吸っていく。乾いた桟に新しい障子紙を貼る作業はすぐに終わったのです。

 一休みしていたら、散歩に出掛けるお袋様がやって来て、新しい居間を見ていった。以前の蕎麦屋のテーブルと椅子の配置を思い出したのか、「随分狭くなっちゃったね」と言う。大きな応接セットが置いてあるので、どうしても狭く見える。前の家は広い居間に応接セットだけしかなかったので尚更なのです。カウンターがあるから尚更なのです。お袋様が陽の沈まぬうちにと散歩に出掛けた後で、亭主は厨房に入って今夜のカレーを作るのでした。



12月17日 水曜日 今朝は真っ白な霜が降りて寒かった…

 夕べは10時に床に入ったつもりでしたが、今朝女将に言われたのだけれど「長椅子で眠ってしまって呼んだけれど目が覚めなかった」だからもっと早くから眠りに入っていたのです。結果として4時半に目が覚めたのですが、実質は6時間以上眠っていることになる。今朝は7時ごろが一番寒く、暖房を入れた居間の温度が1℃下がって19℃になった。平屋ならではの敏感な温度の変化なのでしょう。7時前に女将が厨房に入って、亭主はいつものように皿を並べる。

 女将が後で洗うのに便利だと思って、長皿に酢の物と煮物と大根の葉のじゃこ炒めを並べて出したら、「魚の皿と四角四角になっちゃうじゃない」と女将に言われる。国内産の鯖の干したのを、4枚で600円だから安いと思って買って来たのでしたが、これが曲者で、生臭く油もないので美味しくなかった。以前も同じような経験があって、それからは二枚入りのノルウェー産の鯖を買っていたのに、特売と書いてあるとつい手が出て仕舞うのでした。

 食事を終えてまだ隣の畑の霜が消えていなかったから、外に出て写真を撮っておく。今朝の気温は-1℃。寒い朝なのでした。今日はスポーツクラブが始まる日だから、プールの用意をするけれど、10時にはまだ時間があるので、女将の部屋の障子を外して古い破れた障子紙を剥がしていく。霧吹きで濡らしてから剥がすと、いとも簡単に剥がれたのです。二回目だから上手くなるはずだと女将に言われて、見ているだけで好きなことを言うなと少しむっとする。

 プールはいつものメンバーがいつもの時間に集まって、賑やかなのでした。最初は歩くコースで50m歩いていたけれど、段々人が増えてひとコースに4人になってしまう。隣のゆっくり泳ぐコースに入って少し速い女性と二人で泳いでいたら、やはりどんどん人が入ってくるから、5人になる前にプールを出るのでした。15分ぐらいの水泳なのです。今日は地階のスーパーに寄って、鍋の糸こんゃくと長ネギを買おうと思ったのです。他にもいろいろ買ってしまう。

 旨辛のホルモンの冷凍や鮭の西京漬け、ノルウェー産の鯖の昆布漬け、薄い色の酢蛸まで昼飯前だからか沢山買ってしまった。家に帰れば昼は昨日作ったカレーだから、女将に任せて一服するのでした。昨日食べ残したトンカツをチーンしてカレーに載せて出してくれた。これが柔らかくてとても美味しかったので満足なのでした。満足するとプールから上がったばかりで、どうしても眠くなるから奥の寝室に行ってベッドに横になれば、すぐに眠りに落ちた。

 女将がスポーツクラブに出掛けた後は、1時半に目が覚めてしばらく横になったまま午後の仕事を考えるのでした。やっと起き出して2時。コーヒーを淹れて飲みながら、昨日少し失敗した障子張りの段取りをシュミレーションする。午前中にお湯で拭いた障子の桟を干しておいたのが乾いていたから、居間のテーブルに寝かせて、糊を付けていく。女将がちょうど帰って来たので、最初だけ端を持ってもらって、今日は上手い具合に紙のロールを転がせた。

 障子を張り終えて書斎の入り口の壁に立てかけて霧吹きをする。まだ夕飯までには時間があったから、郵便局に行って年賀状を買ってこようと出掛けたのですが、写真用の葉書はもう売り切れて、インクジェットの用紙しかなかった。テレビで何回も15日からと言っていたので「随分と早くなくなるね」と言えば、窓口のお姉さんは「15日は出した年賀状の受付の開始日なのです」と言うのでした。とんだボケでつくづく老いを感じたのです。

 今日は一日晴れて気持ちの好い天気でした。プールも行けたし、昼寝も出来たし、障子の張り替えも終えたし、年賀状の準備は写真用の普通葉書を買えばいいだけだから、結構、沢山の仕事をこなした。暇だと思う余裕もなく、夕方になって女将が厨房に入った頃には、もう一杯やる時間なのでした。酢蛸がちゃんと酒の肴に用意してある。夜の鍋には初めて鍋用のラーメンを買ってみたのですが、これが以外と美味しいので、女将も喜んだから好かった。


12月18日 木曜日 霜の朝、静かな夜明け…

 10時就寝、5時起床。すっきりと目覚めた朝でした。居間の部屋に行って湯を沸かし、朝のコーヒーを淹れる。まだ外は真っ暗なので、テレビを点けてニュースを見る。朝の血圧を測れば、160、100と起き出したばかりなのにいつもよりも高いのです。昼間は140ぐらいだから、最近は寒さのせいか少し高め。今日の予定はプールへ行っても好いし、1日おきでも好いから、気が楽なのです。昼はカレーうどんと決めているから、写真用の葉書でも買いに行くか。

 やっと明るくなったので、夜明け前の写真を部屋の中から撮る。朝食の前にプラゴミの袋を持って玄関を出れば、隣の畑には真っ白に霜が降りていた。台所にいた女将が「寒いでしょ。家の中と同じ恰好では寒いのが当たり前よ」と言う。毛糸の帽子は被って出たのだけれど。今朝は黒豆ご飯だから、女将が銀ダラを煮付けている間に、亭主が小鉢に野菜類を盛り付けてテーブルに運ぶのです。美味しい朝食が食べる前から楽しみで、食べ終えても満足なのでした。

 食事を終えたら今朝はひと眠りをせずに、ショッピングモールの開店を待って、大型電気店へ写真用の葉書を買いに出掛ける。屋上の駐車場に車を止めて、階段を40段ほど下りれば電気店に着く。プリンターと同じメーカーの写真用葉書を買って、レジに行けば「アプリをお持ちですか?」と聞かれたから携帯を出せば、どこにあるのか判らない。店員の女性が親切に捜してくれてポイントを使わせてもらった。イオンのポイントもあったのですべて無料で済んだ。

 全部お店の人任せで品物を受け取ったから、奇妙な感じなのでした。1200円もの買い物を無料でもらえたのが意外だったのです。万事こんな感じで、スマホに堪るポイントなど使ったことがないから好いのか悪いのか。完全に時代には取り残されているのです。家に戻れば散歩から帰った女将が奥の座敷で新聞を読んでいる。亭主は昼の支度をするために、葱や肉を入れてカレーうどんの汁を作ったのですが、取っ手を腹に引っかけて半分ほどこぼしてしまった。

 取っ手が長すぎるのか、腹が出すぎていたのか、女将が慌てて出て来て床を拭いてくれた。蕎麦屋で出していたメニューだから、味は美味しかったのです。午後は女将がスポーツクラブの休みの日だったので、二人で農産物直売所に出掛けていつもの農家の大根を買う。ついでに柚子も買ってきて、女将は家に帰って大根の煮物を作り始める。亭主はテレビでまだ見たことがない映画をやっていたので、最後まで観てから夕刻の散歩に出るのでした。

 毎日同じ道を歩くのも飽きてしまうので、今日は団地の中ではなく、バス通りの向こう側に曲がって小竹の集落の方に行ってみた。知ってるつもりでもしょっちゅう通るわけではないので、恐る恐る道を進んでいくと、普段はバス通りの方から眺めている家の反対側から見ると知らないことばかり。竹藪の先に進めばやっとサツマイモ農園のビニールハウスや蕎麦屋が見えて来たのです。気分転換にはちょうど持って来いのコースなのでした。

 藪と畑の中の道を越えると、バス通りに出て、みずき通りの始点に辿り着く。ここから自宅まではもう僅かなのです。夕陽が西の空に沈む時間で、家の前まで行けばもう薄暗くなるのでした。今夜は鍋と茶碗蒸しの予定だから、女将が厨房に入って用意をしていた。亭主は箸やコンロや鉢を用意して、自分の酒の肴にホルモン焼きをフライパンで焼き始める。大根の甘酢漬けにも唐辛子を入れて亭主用を作ってもらったので、ちょうど好いつまみなのでした。



12月19日 金曜日 どの天気予報も晴れと言う予報なのに…

 夕べの天気予報では今日は朝から晴れという予報だったのに、今朝は一面空が雲に覆われていました。ゴミを出しに下の通りに出れば、東の方角の一部に朝日で染まっただけで、とても晴れるとは思えないのです。西の小径の階段を登ってバス通りに出ても同じで、この雲が晴れるには相当な時間がかかると思えるのでした。女将に言わせると、昨日も晴れても洗濯物がなかなか乾かないので、乾燥した部屋の中に入れた方が好く乾いたのだとか。

 厨房に入った女将の邪魔にならないように、箸や小鉢をテーブルまで運び、朝食の用意を手伝う亭主。これだけで10分は早く朝食にありつけるのです。自分の食べる黒豆ご飯をチーンすれば、鮭の西京漬けが焼き上がって、それもテーブルまで運んでやっと飯が食べられるのでした。とても美味しい朝食で満足するのです。食べ終えたらお皿を重ねて洗い場に運んで行く。水を汲んできて血圧と尿酸値を下げる薬を飲めば、もうお茶が出て来るのでした。

 隙間時間に年賀状を印刷しようとプリンターに写真用葉書をセットして印刷をすれば、マゼンダのインクがなくなって色が悪くなっていた。プールに行く時間になって家を出たのが10時20分前。ロッカールームに着いて水着に着替えれば、ちょうどプールの入り口が開く時間でした。いつもと同じメンバーがシャワーの前に列を作ると、皆さん歩くコースに入って歩き始める。亭主も最初の50mは歩いて身体を見ずに馴らすのです。挨拶をしてくれる人もいる。

 初心者コースでゆっくり泳いでいたら、混んで来たので隣のゆっくり泳ぐコースに移ってまたゆっくりと泳ぎ続ける。どうしても前の男性に追いついてしまうので、ここが引き時とプールを上がる。シャワーの所でYさんの奥さんに出会って「もう出るのですか。何メートル泳いだの?」と言われ、「少しだけ」と応えてロッカーに戻るのでした。着替えを済ませて車に戻り、近くのショッピングモールの電気屋に行って、やっとプリンターのインクを手に入れた。

 買い物途中で向こうの家の買い取り業者から連絡があって、明日の午前10時半に蕎麦屋の新居に来るという。一度で決着が付けば好いのだが。近くの歯医者の定期検診から女将が戻って、フッ素を塗ったから昼食を少し遅く食べると言う。厨房に入って野菜を刻んでいた亭主は、少しゆっくりとソース焼きそばを作る。女将が食べる分はラップをかけておくのでした。どうもソース焼きそばはおやつのようで、きちんとした昼飯とは思えないけれど腹は一杯になる。

 腹が一杯になれば眠くなって横になるから、ちょうど好いのかも知れない。1時間ほど眠ったら、女将はもうスポーツクラブに出掛けていた。亭主は夜の酒がなくなりそうなので、国道沿いの酒屋まで買いに行ったのですが、年末の金曜日とあって随分と混んでいたのです。しかもいつも飲んでいる黒伊佐錦のパックが見当たらないので、ショッピングモールまで車を走らせる。ところがこちらも車が満杯で4階のタワーパーキングに止めて1階まで降りる。

 夕刻までの隙間時間に、買ってきたインクをプリンターにセットして、年賀状の印刷を始めました。写真用の葉書は勿論綺麗に色が出るのですが、インクジェットの年賀状用紙も品質が改善されたのか思ったよりも綺麗に印刷されるので好かった。家族と親戚だけに出すだけだけれど、引っ越したことを知らせなくてはならないので親しい友人だけには出しておこうと思うのです。あとは申し訳ないけれど、年を取ったということでもう出す元気がないのです。


12月20日 土曜日 いよいよ年の瀬だけれど静かな心境で…

 夕べは何度も見た『ホームアローン』という映画を最後まで観てしまったから、床に入ったのは11時過ぎなのでした。眠たくもなかったのに、ベッドに横になったらすぐに眠りに入って、今朝の5時過ぎまで目が覚めなかった。薄着をして眠ったからか、朝から鼻水が止まらずに困ったのです。7時前になってやっと外が明るくなったので新聞を取りに玄関を出る。女将が厨房に入って朝食の支度をしてくれる。亭主は箸や小鉢をテーブルまで運ぶのです。

 長女が持って来てくれたという黒豆も、あと一回分で終わりだという。胡麻塩をかけて食べるのがとても美味しい。取れたてのホウレン草も大根もすべて知り合いの農家で出来たもの。柔らかくて味も好い。塩鮭も脂が乗って、贅沢な朝ご飯の時間なのです。朝食を終えて満足したら、いつもならベッドに横になってひと眠りするところだけれど、今日は隣町のスーパーに出掛けようというので、頑張って車を走らせるのでした。9時の開店前に着いて並ぶのです。

 私たちの後にもずらっと行列ができて、見ればお年寄りばかりなのでした。鮭が一切れ100円、銀ダラが200円、鰯が10匹で180円と今朝の広告に出ていたから、安い野菜や肉などと合わせて、女将が細かくメモしていた。亭主は冷凍食品を取ってくるだけで、売り場の案内をするのが仕事。空いているうちにレジに並んで、30分ほどで買い物は終わった。9時半過ぎには家に戻って、亭主は隙間時間に世話になった蕎麦粉の農場に年賀状の文面を書くのでした。

 向かいのサツマイモ農園も今日が事務所の新築をして最初の営業とあって、朝からスタッフが揃ってキッチンカーまで出て来た。あいにくの天候で客足は鈍かったようだけれど、家の女将が最初の客になってサツマイモを1kgも買ってきたのでした。「初日なのにお客が来ないのは可哀想でしょ。」と若い人たちを応援する気持ちなのでしょう。約束の10時半には業者がやって来て、旧宅の買い取りについてこの後の段取りを説明してくれた。1月の半ばには取引完了。

 陽射しが出ないので思ったよりも寒い昼だったから、昼食は湯麺にすることにして、亭主は厨房に入って肉や野菜を炒めてあんかけ汁を作り、隣の火口で麺を茹でる。身体が温まったけれど、いつものように額に汗はかかなかったのです。午前中が忙しかったせいか昼からも眠くならずにブログを書いている。これから年賀状の宛名書きをしようかと考えているのです。しばらくは女将も厨房で買ってきた鰯を開いていたけれど、今は奥の座敷に引っ込んでしまう。

 亭主は昼寝をしたくても眠くないので、年賀状の印刷をし始めるのだけれど、女将は美容院に出掛けていく。午前中の忙しなさにで気持ちが疲れていたので、仕事も捗らないのです。去年までの住所録を開いて、400件以上ある住所録を30件まで絞り込む。現役だった昔はこのすべてに年賀状を出していたのだから、随分と若かったのです。親類と本当に親しい友人だけに絞って、2025年の住所録を作成するのでした。夜は鰯の蒲焼きを肴にして一献。

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2025年12月上旬



12月1日 月曜日 いよいよ今日から12月で寒さも厳しく…

 夕べは10時半に寝て、今朝は5時半に起床。7時間も眠ってすっきりと目が覚めたのです。6時に東の空を見たら雲が赤く染まっていたので、急いでスマホのカメラを取りに戻って朝焼けの空を撮るのでした。日の出はそれから15分ぐらい後なのです。朝食の前に生ゴミを捨てに西の小径の階段を下りて、下の通りにある集積場まで運んで行く。近所の親父様が車のトランクに生ゴミを積んでやはり運んで来たのです。帰り道、駐車場のモミジをみれば最後の赤…。

 亡くなったお爺さんの家の庭に咲く山茶花がとても綺麗なのでした。青空の下に広がる一服の絵のような風景に思わず息をのむ。今日は9時からお袋様と買い物に出掛けるので、さすがにプールはお休みにしよう。毎日が浜辺のリゾートで暮らしているようで、水に入れない日は少し寂しく思うのです。仕事のない本当の隠居の生活というのは、追い求める物がないだけに、今ある自分の生活の中にどれだけ楽しみを見いだせるかで、充実した時間が生まれるのか。

 先週買ってきた魚を食べ尽くした日の朝は、出汁焼き卵と煮物とモズクの酢の物がおかずで、炊いたばかりのご飯を食べて、あっさりと美味しいのでした。食べ終えた器を両手で持って、流しに運べばそれで終わり。後は女将が洗濯物を干し終えてから洗いに来てくれるのです。亭主はお茶をもらって一服したら、洗面と着替えを済ませて買い物に出掛ける準備をするのでした。外は昨日よりも気温が低いので、毛糸の帽子を被ってジャンバーを着込んで出掛ける。

 農産物直売所の森の木が青空に向かって立っているのが立派に見えた。今日も3kgだけ米を買い、玄米を精米してもらうのでした。「先週買ったばかりなのにもうないの?」とお袋様に言われて、そうだったのかと思い出す亭主。それで女将が「まだあるのだけれど、来週まではないから」と言っていたのだと了解するのです。5kgだと4700円なのに、3kgでは3000円と少し割高になる。知り合いの農家の奥様が葉付きの大根を持って来たので一緒に買って帰る。

 隣町のスーパーは朝からやけに混んでいたので、思わずお袋様と顔を見合わせた。考えたら今日は朔日だから、月に一度の大安売りの日なのでした。駐車場は満杯だから、お袋様を先に降ろして前の客の車が出るのを待つ。いつも150円を超える鮭の一切れが今日は108円だから、皆が我先にと集まって来る。店員が新しい箱を次々と開けて商品を出している。レジもどこも一杯で並ばなければならなかった。最後に温かいトンカツを買って1万円の買い物でした。

 お袋様を家まで送って帰宅すれば、女将が玄関を出て荷物を取りに来てくれました。今日は袋が4つもあったから、結構、沢山買い物をしたのです。昼はカツカレーと決まっていたので、11時前には準備を始めたけれど、カレーを温めてすぐに出来上がってしまい、11時過ぎには二人で食卓に着くのでした。それからが午後の退屈な時間が始まるのです。満腹だけれど昼寝もせずに、面白いテレビもやっていないので、女将がスポーツクラブに出掛けるのを見送る。

 今日のブログを書きながら、疲れては休んでテレビの映画を観るという繰り返しで、なんとか昼飯の写真まで進んだ。お袋様が使っていない小さなポットがあったら欲しいと言っていたのを思い出して、ポットを持ってお袋様のマンションまで歩く。今日買って帰った食材を、調理して多べられるようにし終わったところらしく、食堂のテーブルの上には沢山のタッパが並んでいた。「足が悪いのにわざわざ悪かったねぇ」と言って迎えてくれた。亭主は散歩がてらのつもりだから、一向に気にしていないのです。調整池に沈む夕陽が眩しく、ススキの穂がきらきらと輝いていたのでした。


12月2日 火曜日 暖かな朝でしたけれど…

 夕べも9時半には床に就いたので、3時前には目が覚めてしまいました。前日の睡眠時間帯が翌日にもまた影響しているようです。仕方がないからコーヒーを淹れて、暖房を入れようと温度計を見れば、室内の温度は16℃とかなり暖かいのでした。寒くなると毎日のように予報で言っているけれど、明日からなのだったか。5時過ぎまで起きていたけれど、また眠くなってベッドに潜り込む。朝食前には起き出して、女将の作る料理をテーブルに運ぶのでした。

 新聞を取りに玄関を出れば、南天の脇に地植えした野ボタンが綺麗に咲いているのでした。一日花だからすぐ枯れてしまうけれど、またしばらくするとこうやって花を開く。不思議な花なのです。いつまでも植木鉢のままだったから、女将に話せば「あなたが買うって言ったのよ。なんで私が植え替えなきゃ行けないの?」と言い返されたのでした。仕方がないから可哀想なので空いている場所に植え替えてやったら、嬉しそうに花を付けているのでした。

 昼の用意をするまでの時間、スマホの写真をパソコンに取り込んで、今日の分のブログに掲載する。スポーツクラブがお休みの日の午前中は、いつも暇をもて遊ぶのです。晴れて空も曇ってきたし、散歩に行くにも風が出て来た。焼きそばと湯麺とうどんの材料はあるけれど、食べたばかりのものはちょっと敬遠してしまうのでした。うどんを温かい汁にして肉や揚げを入れれば、好いかも知れないと、作ってあった蕎麦汁を使って温かいうどんを作る。

 12時前に昼食が終わったので、女将は気分転換にと西の狭い庭の草取りをしてくれた。何か植える物がないかと亭主は農産物直売所まで車を走らせて、植木のコーナーを見て歩くのでした。清澄白山菊というのが目を惹いたけれど、花の時期は11月までなのでした。やはり、気に入ったものがあれば、今の時期に種を蒔いて苗を作った方が好さそうなのです。洋花は女将も亭主も余り好きではないので、宿根草で季節を分けて咲くものを捜した方が好さそうです。

 夕飯までのひとときを近くの散歩に出たのですが、夕陽が沈む調整池の景色が素敵でした。白いススキの穂が波打って夕陽に輝くのが圧巻なのです。4時になったからそろそろ晩酌の用意をしなければと、昨日女将が食べ残したトンカツをチーンしてソースをかけ、酒のつまみにするのでした。そのうちに炒り鶏の煮物が出て、グラスを傾けてNHKのニュースーンを見る。面白いテレビがやっていないから、女将の見るチャンネルに合わせてあるだけ。最後に茶碗蒸しが出て、今日の夕食は終わりなのでした。


12月3日 水曜日 夜明けの時間がまた遅くなったと感じる朝…

 夕べは9時半になる前に居間の長椅子でウトウトしていたから、ベッドに入って眠ることにしました。目覚めたのは朝の4時半で、ちょうど7時間は眠ったことになる。昨日はスポーツクラブもお休みだったから、3000歩ほどしか歩いていないのに、どうしてこんなに好く眠れたのだろうかと考え込んでしまうのでした。風呂から上がってトーストと焼酎を飲んだのが好かったのか。前日までの睡眠状態から抜け出してホッとする。夜明けがまた遅くなったのです。

 テレビでウォルター・マッソーとジャック・レモンの老人喜劇を観て、気分も良く朝食の支度が出来るのを待った。カウンターに置いてあった椅子やストーブを、向かいのサツマイモ農園の事務所に持っていってもらったお蔭で、女将の作る料理をカウンターからテーブルに運ぶのが随分と楽になった。身欠き鰊を焼いて炒り鶏の煮物と高野豆腐に納豆をおかずに、美味しく今朝の朝食を食べるのでした。食後にここまでの写真と記事をブログに載せておく。

 向かいのサツマイモ農園では7時過ぎから職人さん達が来て、忙しなく働いている。何かと思えば現在のビニールハウスの奥にもう一つビニールハウスを作るらしい。今日はプールへ行く日なので、支度をして時間が来るのを待つ。少し早めに出て煙草を買って、地階のスーパーで買い物の下調べをしておこうと、9時半になる前に家を出た。プールは先週よりは空いていたので、ゆっくりと泳ぐコースで泳いだ。それから地階に行って食材を買うのでした。

 家に帰って一服すればもう11時になっていた。今日はソース焼きそばの予定だったから、キャベツとシメジと人参を入れてチーンした焼きそばを入れてフライパンを振れば、わずか5分で出来上がりです。ニンジンを女将が茹でてくれてあったのが好かった。食後は女将がスポーツクラブに出掛け、亭主は1時間だけ昼寝をする。買い物をした中に骨付きの豚肉があったのだけれど、値段を見間違えて2600円もする高いものを買ってきてしまったから大変でした。

 女将のいないうちにと、午前中に下見した地階のスーパーのすぐそばの店で、黄色とピンクのカランコエを買って来る。しかし、家で調べたら花の咲く時期は長いけれど、冬の寒い時期は外に置いておけない花なのでした。調べたら初心者向けと出ていたので、少し増やして植木鉢で育てれば好いかと思った。女将の帰ってくるまでこのブログを書いて時間をつぶすのです。今日の夜はホウレン草と豚肉とで常夜鍋に出もしてもらおう。酒の肴には蛸も買って来た。



12月4日 木曜日 今朝は朝から晴れて寒さも厳しい…

 夕べも10時前には床に就いて、今朝は昨日と同じく5時半に目が覚めた。この睡眠パターンが今のところベストのような気がする。コーヒーを淹れて新聞を取りに出れば、東の空が6時なのに仄かに明るくなって、曇っていた昨日の朝とは大違いなのでした。7時前にはいつものように女将が厨房に入って朝食の支度を始める。亭主は箸を並べ、メカブの小鉢や炒り鶏の煮物をテーブルに運び、鮭の焼けるのを待っている間に、黒豆ご飯をチーンして茶碗に入れる。

 食事を終えて一服したら、女将の朝ドラが始まる。亭主はその間に洗面と着替えを済ませ、今日の午前中に西の町の園芸センターに出掛ける準備をするのでした。女将が洗濯物を干して朝食の洗い物を終わらせたら、二人揃って車に乗り込む。向かいのサツマイモ農園の若旦那に声をかけて、「冷蔵庫はいつもって行ってくれるの?」と聞けば、雨でハウスの工事が遅れたので、土曜日の10時ではどうかと言われた。コーヒーメイカーとカップを持っていってもらう。

 天気は好いのだけれど北風が強く、車外温度8℃の寒さの中を車を走らせ、園芸センターに行ってみると、寒い時期にも花を咲かせる植物が沢山置いてありました。スノーランドとアリッサムという白と紫の花の苗を三つずつ買って、家に持ち帰る。好く育て方を調べてから、西側の狭い庭に植えてみようと考える。昼食は寒いから湯麺を作ることにして、白菜やモヤシにシイタケホウレン草を入れて、肉とイカとエビを加えて片栗でとろみを付けて10分で完成。

 食休みをして一服したら、今日は女将がスポーツクラブに行かない日なので、亭主がプールに出掛けるのでした。午後のプールは久し振りで、子どものスイミングが始まる前でないと行けないので、女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、すぐに車で出掛けたのです。1時半を過ぎていたけれど、駐車場がラッキーなことに、通路に一番近い場所が空いていた。プールも一人ひとコースで泳げたから午前中の混みようが信じられない。ゆっくりと泳げたのです。

 家に帰ってもまだ3時で、女将は買い物に出掛けていた。夜のシチューを作っておこうとルーを取り出せば、なんと間違えてクラムチャウダーのルーを買ってきてしまったらしく、仕方がないから野菜を切って肉を入れずにスープになるようにしたのです。夕食は骨付きの豚ロースをオーブンで焼く予定だったから、スープにして一緒に食べれば好いと考えた。一人分骨付きで400gはあるから、食べきれるかどうか心配だったけれど、美味しかったので平らげた。




12月4日 金曜日 あまりに寒くて夜中に目が覚めた…

 夕べも昨日と同じく9時半には床に就いたのだけれど、真夜中に寒さで目が覚めてしまった。雨戸も閉めたし、羽布団を二枚も掛けて眠ったのに、部屋の中は12℃と冷蔵庫の中の温度なのでした。熱いコーヒーを淹れてテレビを少し見てから、またベッドに入ったけれど、どうにも眠れないのです。眠くなるまで待とうとまた居間の部屋に行ってテレビを見ていたら、4時半過ぎにはウトウトしてきたから、また寝室に入って今度はぐっすりと寝込んでしまった。

 女将が朝食の配膳を終えて「今日は駄目だと思って、先に食べて仕舞おうかと思ったのよ」と言う。まだ眠たかったけれど腹も空いているので、すぐにご飯を食べ始めて女将よりも早く食べ終えるのでした。今日は午後から薬をもらいに病院に行かなくてはならない。午前中にプールへ行っておかなくてはと、プールバックに水着とバスタオルを詰めて用意しておく。着替えと洗面を済ませたら、出掛けるまでに一服しておくのです。外は車外温度5℃と寒いから大変。

 空は晴れて好い天気だけれど、寒さは昨日よりも増している。タワーパーキングの2階が満車だったので、地階の駐車場に車を置いて歩いてスポーツクラブのある棟まで行く。4階までエレベーターで上ったらすぐに入り口になっている。ロッカーで着替えてプールに降りれば、今日は時間が少し遅かったのか初心者コースもゆっくり泳ぐコースも5人の人がいた。仕方がないから一人しか泳いでいない速く泳ぐコースに入って頑張った。ちょっと疲れるのです。

 向こう側の隣のコースから「こんにちわ」と声をかけられて、見れば先日も顔を合わせた水泳部OBのY氏の奥様。コースも人が少なかったのでそちらに移ってしばらく一緒に泳ぐのでした。ご主人はまだ定年までに何年かあるらしく、同じプールに通って2000mを泳ぐのだそうな。さすがは昔のスプリンター。10時半になって幼児スイミングが始まったのでコースを明け渡す。家に帰って昼はスパゲッティーミートソースを作って女将と二人で食べるのでした。

 泳いで昼飯を食べた気怠い午後は、病院に行くまでの時間少しだけ昼寝をしました。午後の13番の予約だったから、3時半近くに家を出れば、着いた頃にはもう12番と表示されている。すぐに診てもらって処方箋をもらって隣の薬局に行けば、こちらも程なく薬を出してもらえた。珍しく合わせて1時間もかからなかったのです。家に帰れば、女将が鍋にすると言っていたのをビーフシチューを作ると言えば、すぐにOKが出て亭主が厨房に入るのでした。

 ジャガイモ二つの皮を剥いて四等分し、ニンジン、タマネギと一緒に水から煮だして、牛肉を入れて更に10分間煮込む。ルーを入れて10分煮詰めればそれで完成だから簡単なのです。5時半には女将と一緒に食卓に着く。何も味つけをしていないから、ルーの味だけなので少し癖があるような気もする。それでも久し振りに食べるビーフシチューだから、美味しいと言う気がするのです。明日の朝もまた食べなければならないので、ちょっと美味しいか心配です。


12月6日 土曜日 今朝もかなり寒い朝でした…

 今朝も寒い朝でした。夜中に寒くて目を覚まし、居間の部屋でコーヒーを淹れて飲む。昨夜は9時ではあまりに早すぎると、テレビで映画を観ながら長椅子に横になっていたら、そのまま眠ってしまったらしい。12時前に目が覚めて寝室に行ってベッドに横になったら、3時過ぎに寒くて目が覚める。部屋の温度は12℃なのでした。眠りの習慣と言うのは難しい。薄着をして寝るとよく眠れる気もするけれど、寝付くまでが寒いのです。そして、寒さで目を覚ます。

 5時半になったらブラインドを上げて、森の向こうの薄明かりが見えたから、今日も晴れるに違いないと西側の窓のブラインドを上げる。思った通り今日は満月が西の空に傾いていくのでした。6時過ぎには新聞を取りに外に出て、一面に霜の降りた隣の畑と満月を写真に撮る。外の気温はマイナス4度。もう一度眠りたかったけれども、朝食まで頑張って起きていたのです。昨日の残りのビーフシチューをおかずにご飯を食べ、熱いお茶をもらったら身体か暖まる。

 10時を過ぎた頃に先日の約束通り、向かいのサツマイモ農園の若旦那と若い衆がやって来て、懸案の冷蔵庫を二つ持って行ってくれた。広くなった厨房と書斎は使い勝手が好さそうなのです。昼飯の準備を始めて、今日のお昼はあんかけ焼きそばにすることにした。レンジでチーンした蒸し麺を油で炒めて、しっかりと焦げ目が付いたら、白菜と人参、オクラを切って海老と烏賊とキクラゲを水で戻し、肉を入れてよく煮る。水溶き片栗をいれてあんかけにする。

 12時前に昼食は終わってしまっから、午後の一番で女将と一緒に隣町のスーパーに買い物に出掛ける。昨日よりも雲が多い空でしたが、昼時だからか駐車場は空いていた。蜜柑や柿などの果物や肉や魚などを買って家に戻るのでした。亭主は、早速、厨房に入って先日買ってきた焼きそばを炒めて、野菜たっぷりのあんかけをかけて女将と二人で昼食を済ませる。午後は、昨日、西側の庭に植えたアリッサムとスノーランドの様子を見に外に出るのでした。

 午後は夕べの変則的な睡眠のせいか、2時間も昼寝をしてしまうのでした。3時前に目が覚めて、もう夕方かと時間の経つのが早いと感じる。少しは動かないとと意を決して外に出て、お袋様の住むマンションの方角に歩いて、調整池を回って来る。西が作公園の前で、犬の散歩をしていたお隣の奥様に出会って「お散歩ですか」と言われた。その後ろからは、家のすぐ下のお宅のご夫婦が、やはり犬の散歩で歩いて来るのでした。家にペコのいた時代は遠い昔です。

 西の小径の階段を登りかけたら、4時半を告げる音楽が響いた。近くの小学校の生徒達が下校するときにも、消防団の鉄塔の脇にあるスピーカーから「地域の方の見守りをお願いします」と放送が流れるのです。家に帰れば、女将が夕食のおでんの仕上げをしていた。夜は風呂から出てブログを書き始めたけれど、昨日と同じに9時には眠くなってきた。9時半には床に就いて2時過ぎにまた目覚め、『インターステラー』という面白い映画を最後まで観るのでした。


12月7日 日曜日 週末になっても身体が疲れていないのか…

 結局、朝の陽が昇るまで眠らずに起きていた。SF映画の面白さは、細部まで整合性が求められるところにあると思うのだけれど、今日は真剣に観ていたので、ワームホールにしても五次元の空間にしても、納得のいく作りなのでした。以前観ていたときにはあまりよく解らなかったけれど、作り手の側に相当な知識があるのが判るのでした。そして最後がハッピーエンドになっているから嬉しいのです。朝食はビーフシチューの残りを温めてパンを焼いて食べた。

 女将より一足早く食事を終えて、身体が温まったので眠くなり、寝室に入って横になるのでした。目覚めればもう9時過ぎで、週末は身体が疲れていないからか、不規則な睡眠時間帯になるのです。プールへ出掛けても好いのだけれど、日曜日は一般の人の泳げるコースは1コースだけだから、ゆっくりと泳げることはまずない。外に出て、西側の庭に植えたスノーランドの様子を見て、東側の庭の陽当たりと随分と違うので、少し心配になるのでした。

 書斎の椅子に座って昨日まで冷蔵庫の置いてあった書棚の脇が、ぽっかりと空いたのを見て、壁の空間に写真を飾ろうかと考える。ここに水道があるのは、蕎麦打ち室だった頃に、手を洗ったからなのです。脇の壁にはタオル掛けも付いている。センサーで自動的に水が出る仕組みだったけれど、蕎麦を打つ時にはあまり使わなかった代物なのでした。時計も前の家の台所にあった電波時計を持って来たのですが、机の上にもデジタル時計があるからあまり見ない。

 今日はほとんど家を出なかった。午後になって夜の煙草が切れそうだったから、コンビにまで車で出掛けただけなのです。昼食もまだビーフシチューが残っていたので簡単に済ました。だから午後の時間が長く感じられたのです。女将のスポーツクラブの予約を取ったら、散歩にでも出れば好かったのですが、動かなくなるとそれっきりで、夕飯までまた長い映画を観てしまう。『デューン砂の惑星』は昨夜の『インターステラー』と違って、長すぎて眠くなった。




12月8日 月曜日 今日は午前中に買い物とプールに行けた…

 夕べは11時に床に就いて、今朝は7時に目が覚めた。昨日はほとんど動いていないのに、どうしてこんなに眠れたのか不思議です。夕食もご飯を食べたので酒を飲まずに、風呂から上がって8時半頃から焼酎の炭酸割りを飲んだのだけれど、それが好かったのか。寝室の中は11℃、車の車外温度は4℃といつになく寒い朝なのです。朝食を食べて、お袋様と買い物に出掛ける時も「今朝は寒いね」と二人で話すのでした。隣町のスーパーも駐車場はガラ空きでした。

 買い物から家に帰ればまだ10時前だったから、プールへ行く支度をして急いで車に乗るのでした。明日がスポーツクラブの休館日なので、月曜日にプールに行けるのはとても嬉しいのです。水・金でプールで泳げば、ちょうど週に3回のペースになるから、それぐらいが身体にも負担にならない。更衣室で着替えを済ませてプールへの階段を下りれば、月曜日は水中エアロのある日らしく、30人以上の老人たちが2つのコースを埋めていた。健康志向は凄いのです。

 空いているコースへ入ってマイペースで泳げば、気持ちの好いことこの上なしなのです。身体も温まって家に帰れば、ちょうど11時前で一服してから昼食の支度を始める。揚げたてのトンカツを買って来ておいたから、スパゲッティーを茹でてカルボナーラのソースを温め、トマトを添えて出来上がりです。値段は高いけれどこのソースはとても美味しい。陳列棚にもこのソースの所だけが品数が減っていたから、きっと人気があるのかも知れない。

 食事を終えてひと休みしたら、女将はスポーツクラブに出掛けていく。亭主は散歩でもしようと外に出て、元の家に向かって歩き出す。ひょっとして姫水仙の芽が出ているかも知れないと、淡い期待を胸に出掛けたのです。果たして金柑を掘り起こした大きな穴の脇には、塀際に沿って新しい芽が沢山出ているのでした。これがあの黄色い花を付ける姫水仙に違いないと、捨ててあった壊れたシャベルで掘ること1時間。根がしっかりと張っていたから大変でした。

 植木鉢に入れて家に持ち帰ったところで疲れてしまい、テレビを観て女将の帰るのを待つのでした。柿を剥いてもらって元気を取り戻したら、西の小径沿いの狭い庭に少しずつ植え込んでいく。水を遣って後は根付くのを待つばかり。残った分は植木鉢に入れたまま後は女将に任せるのでした。夜は茶碗蒸しと焼き肉丼だったから、キムチをつまみにして亭主は焼酎の炭酸割りを飲み始める。今日は朝から随分と活動したと女将にも言われて嬉しかったのです。




12月9日 火曜日 朝は昨日よりも暖かかったけれど…

 5時前に目が覚めて、今日は6時間は眠っていないなと思った。それでもいつもの習慣で、居間の部屋に行ってコーヒーを淹れてから、窓のブラインドを開ける。まだ真っ暗なのでした。昨日よりも暖かく、部屋の温度は15℃もあった。6時半を過ぎてもまだ陽は昇らない。東の空の雲が朝日を浴びて赤く染まってくる。女将が起き出して、朝食の支度を始める。亭主は箸や小鉢や味噌汁をテーブルまで運んで、黒豆ご飯をチーンしている。朝食の始まりです。

 安売りの時に買った鮭は100円なのに普段は150円もする。味は変わらないのに随分と違うものです。ホウレン草のお浸しと焼き鱠が付いて、質素な朝食だけれど亭主は豆ご飯をお替わりした。黒豆の香りと塩味が食欲をそそるらしいのです。腹一杯食べたら急に眠くなって、寝室に入ってベッドに横になればすぐに眠りに落ちた。今日はスポーツクラブが休館日だから、プールへも行けないのでちょうど好いのです。しかし2時間も眠ったのは暖かいからか。

 10時半になったので、そろそろ昼の支度を始めなければ。向かいのサツマイモ農園では、新しく出来た事務所の周りに砂利を敷く作業が始まっていた。トラックの後ろの荷台がゴーンゴーンと音を立てて砂利を落としていく。女将は今日も買い物に出掛けて、牛乳や生シイタケを買ってきた。天麩羅鍋に油を注いで、天ぷら粉をボールに入れたら、ガスコンロの火を点けてシイタケを入れる。そして水でもどしたむきえびとイカと刻んだ葱を揚げてうどんを茹でる。

 女将が部屋から出て来て、箸やそばつゆを用意してくれた。久し振りの冷たい天麩羅うどんなのでした。カリッと揚がった天麩羅は美味しい。蕎麦を打てなくなった今となっては、冷凍の蕎麦を買ってみてもいいかも知れない。年越し蕎麦までには美味しい冷凍蕎麦を捜さなければ。昼食が12時前に終わったので、一休みしていたら女将が軍手をして姫水仙を植えると言う。硬い土は亭主がスコップで掘ってやり、駐車場の西の隙間に球根を植えていた。

 亭主はそれからテレビで洋画を一本観て、午後の気だるさを感じているのでした。今日の午前中は何もしないで寝てばかり。退屈なことこの上なしなのですが、女将が休憩時間になって柿を剥いてくれた。富有柿だから種があるので気をつけて食べていたら、やはり種を一つ飲んでしまうのでした。これでこの冬二度目。喉から食道のあたりに異物感を感じながら、胃の中に入るまでじっと我慢をするのです。さあて夕刻はやはり散歩に出掛けようかな。

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2025年11月下旬



11月20日 木曜日 初めて雨戸を閉めて眠った夜は…

 寒い朝でした。寒くなると言うから、夕べは初めてシャッター式の雨戸を閉めたのです。そして10時になったら、映画を観るのを止めて床に就いたのですが、夜中に寒さで目を覚まして、セーターを着込んで朝の6時過ぎまでまた眠るのでした。煙草が昨日の晩から切れていたから、車でコンビニまで買いに行く。中央通りの信号で止まったら、キバナコスモスの綺麗に咲いている歩道で、防寒具に身を包んだ女性達が花の世話をしているのでした。

 家に戻れば朝食の時間で、今朝は厚切りの鮭の西京漬けが出た。おでんの残りや柿なますもあったので、とても美味しく頂いたのでした。寝室に着替えに行けば、昨日洗濯に出したバスタオルや水着が乾いて戻って来たので、今日もプールに行けると喜んだ。女将がその日のうちに洗濯してくれていたのです。替えの水着やタオルもあるのだけれど、いつもの水着が身体に合うので、ついつい洗濯が終わっていないからと、プールを怠けてしまうのでした。

 今日も泳ごうという気持ちの持ちようで、2階の広い駐車場から4階のスポーツクラブの入り口までも、寒かったのですが今日は外の階段を昇って行く。左手にプールの見える3階の広場に出て、もう何十段かある階段を昇る足取りも軽かったのです。10時きっかりに3階にあるプールへの階段を下りて、準備運動をしながら扉の前で鍵が開くのを待てば、一番乗りでプールに入ることが出来た。最初の50mは歩くコースで往復したら、後ろに10人ほど入って来た。

 すぐに隣のコースに移って泳ぎ始めたのですが、今日もなぜか随分と人が多い。昨日よりも少し長く泳いでプールを出るのでした。家に帰ればもう11時前なので、女将に断って今日カレーチャーハンにすることにした。野菜を刻んでコンソメスープを作りながら、肉と玉葱、ニンジン、オクラ、長ネギを刻んで塩味で炒め、卵を散らして最後にカレー粉を振りかける。ミニトマトを添えて出来上がりなのです。亭主はソースをかけて食べたのでした。

 食事が終わったところで、奥の座敷で1時間ほど昼寝をしたら、女将が引っ越しでグラタン皿を捨ててしまったとこぼしている。耐熱のガラスボールも欲しいのだと言うから、ショッピングモールに出掛けてみようと言うことになった。女将はスポーツクラブもお習字もないので、昼の1時半なら空いているかと車を走らせれば、なんと駐車場は一杯で、立体駐車場に昇らなければならないかった。広い店内を探し歩いて目的の品を手に入れる。ついでに魚屋に寄って、晩のご飯にと寿司を買って帰ったのでした。

 広いモールの中をあちこち歩いたから、家に帰ってスマホを見れば今日は4000歩近く歩いたことが判る。暖かい店内を歩き回ったものだから、うっすらと汗までかいてしまったのです。陽が傾いて、向かいの森の木々の葉が色づいているのが見えるのでした。手前にある柿の木に黄色い柿の実がびっしりとなっているのがよく見えるのです。大相撲も始まっていたけれど、気になる十両戦だけ見て、ブログを書き始めるのでした。まだ飲み始めるには時間が早い。



11月21日 金曜日 外は-2℃で霜が降りる寒い朝でした…

 6時を過ぎてもまだ陽が昇らない。隣のお花畑のコスモスも刈れて、新しく種を蒔いた畑にはびっしりと霜が降りていました。今朝はどこまで散歩に行こうかと考えながら、お袋様のマンションの坂道を下って、中央通りを渡ったら、左手に更に降りる坂道のあることを思い出した。何十年も前に、子ども達を連れて螢を見に来た場所なのです。今は小川もコンクリートの水路になって、水田も耕作放棄地になっているところが多い。ススキも霜で枯れていた。

 家に戻って約30分、2300歩の計算です。朝食のおかずは懐かしい身欠き鰊の塩焼きで、最近はあまり出ていなかったけれど、食べたら塩味も薄く身も柔らかかったので美味しかった。それだけでは足りないからと、今朝は納豆が出たのです。まだ茨城の田舎で暮らしていた子どもの頃には、藁で包んだ納豆が毎日のように食卓に出たから、大人になってからはあまり食べなくなったけれど、歳を取って久し振りに納豆を食べれば美味しいのでした。

 最近、身体のあちこちが痒いので、週末を前に今日は医者に行こうと決めていたのです。電話をすれば午前中は早く来た人からで、予約は要らないというので、取るものも取りあえずスカイプラザのクリニックに出掛けて行く。まだ8時半だというのに、もう沢山の人が待合室に座って、番号札を取れば9番なのでした。早く終わればそのままプールに行けると思っていたけれど、1時間も待たないうちに診てもらう事が出来ました。でも薬局で時間が取られた。

 結局、プールの支度をして出掛けたけれど、プールには間に合わずに、家に帰って来たのです。遅く帰って亭主の昼の支度が遅れると、女将のスポーツクラブに行く時間が迫っているので大変だからです。家に戻ればもう11時前。冷蔵庫から玉葱と葱を出して刻み、冷凍庫からは伸ばし海老とイカの海鮮ミックスを取り出して、天ぷら粉を溶いていく。大鍋に湯を沸かし、天麩羅鍋に油を入れて天麩羅を揚げ始める。うどんを茹でたら食卓に運んで二人で昼食です。

 今日の動いた歩数は4000歩に届かなかったけれど、1時間ほど昼寝をして、酒屋に酒を買いに出掛ければ、もう陽はだいぶ傾いていました。雪駄をつっかけて表に出れば、向かいのサツマイモ農園の若旦那が、焼いたばかりの焼き芋を持って来てくれた。女将がスポーツクラブから帰って来て、早速、食べるのでした。沢山あったから、お袋様に持って行くと言ってまた出掛けて行く。亭主は近所を散歩して夕陽が沈むところを写真に撮る。今日もあっけなかった。



11月22日 土曜日 夕べも8時間以上は眠った…

 朝の空は雲一つなくどこまでも青かった。隣のお花畑にも陽が差して、白く降りた霜もすぐに溶け始めるのでした。昨日の朝よりは幾分気温が高かったけれど、これからは毎日のように霜の降りるような寒さが続くのかと思うと、老いた身には少し辛いのです。さんぽにでかけようかともおもっけれど、先日、観た『人生の特等席』という洋画をテレビでやっていたので、朝食をはさみながらずっと観てしまう。出来すぎた話だが親子の絆を感じられて面白い。

 朝食は昨日の朝とまったく同じで鰊の塩焼き。大根の葉がホウレン草に変わったことぐらいの違いでしたが、なぜか美味しく頂くのでした。今日はプールへ行っても好いのですが、南の庭に植えた豆類や葱とブロッコリーに、そろそろ肥料をやらなければならないので、西の町のガーデンセンターに出掛けることにしたのです。まだ新聞を読み終えてない女将を連れて、陽射しに溢れた道を行けば、どこでも柿の木が沢山の実を付けているのでした。

 ガーデンセンターでは野菜の肥料を買って、ホウレン草と小松菜の苗が出ていたので一緒にもらってくる。道路の向かい側にあるスーパーにも寄って、肉や魚を仕入れてきた。「お昼は何にするの?」と女将に言われてシマダヤの八割の生蕎麦を買って帰ったのです。家に帰ればちょうど昼飯の支度を始める時間だったから、今日は玉葱と長ネギの青いところを刻んで、天麩羅にしたら蕎麦を茹でて食べたのです。元蕎麦屋が蕎麦を買ったけれど美味しくなかった。

 やっと蕎麦汁がなくなったから、次の出汁取りと返しを作ったら残っている蕎麦粉で蕎麦を打とうと考えた。二人分だからボールで捏ねれば好いし、まな板で伸して畳んで包丁で切れば済むことなのです。午後の昼寝をしたら、女将は仲人の所にお歳暮を送りに出掛ける。亭主は退屈だから、午前中に買ってきたホウレン草と小松菜の苗を南側の畑に植えるのでした。スナップエンドウと絹さやが少し伸びて来ている。肥料と水を遣って蔓の巻き付く棚を考える。

 夜はまた常夜鍋で、昨日のグラタンが懐かしい。テレビで大相撲の中継を観ながら、女将と二人で優勝の行方を見入るのでした。7月ごろに開催と言う話が出た先日の『賢者と愚人の会』の集まりについて、市ヶ谷の防衛庁に見学にいったと言う友人の一人が、中央線沿線で集まるのはどうかと言う。気の早い話で、夏の暑い時期に歩き回るのはどうかと思ったけれど、まだまだ先の話なのです。明日はプールに行こうかと考えている亭主なのでした。


11月23日 日曜日 暗い空の一日でした…

 5時前に目が覚めたけれどまだ外は真っ暗なのでした。家の中は16℃はあるから昨日よりもだいぶ暖かいのですが、暖房を入れないとやはり寒く感じるのです。6時を過ぎてもまだ陽は昇らないから新聞を取りに玄関を出たのは、7時近くなのでした。向かいのサツマイモ農園の若旦那が、日曜日なのに仕事で来ているらしく挨拶を交わす。女将が厨房に入って朝食の支度をしているから、亭主は小鉢や箸や味噌汁やご飯をテーブルに運んで、二人の朝食は始まる。

 鰊の残りが一人分しかなくなったので、半分ずつ二して食べる。出汁焼き卵や柿なますや大根の葉とじゃこのお浸しが出て、食卓は賑やかなのでした。焚けたばかりのご飯を頬張って、身体を温めるのです。食後は洗面をしてひと眠り。夕べは10時には床に入ったのに、なぜか寒くて夜中に2度も目が覚めたのです。1時間ほど眠ったら、頭もすっきりして、今日はプールへ行く予定だったから、着替えて10時前には車でスポーツクラブに向かうのでした。

 日曜日だから、子ども達の水泳教室が4コースを使い、一般の人の歩くコースに1コース、泳ぐコースは1コースだけしかない。でも3人しか人がいなかったので、泳ぐコースに入ってゆっくりと身体を動かしていくのでした。それでも15分ぐらい泳いだらもう飽きてしまって、更衣室に引き上げる。ジムの方から引き上げてきた客達が、すぐ脇にある風呂に入ろうと集まってきていた。ここで亭主も身体を温めてから帰れば好いのだけれど、まだ使った事がない。

 家に帰れば一服して11時前だから、もう昼飯の支度をしなくてはならない。冷蔵庫に残っていたキャベツとニンジンを刻んで、冷凍室に二つだけ残っていたうどんを茹でて、昼は焼きうどんにするのでした。亭主にはちょっと物足りないけれど、煎餅や蜜柑を食べて我慢するのです。午後は何もする予定がなかったけれど、女将が買い物に出掛けたので、亭主も煙草を買いにコンビにまで車を走らせるのでした。空は暗くやはり今日は一日中曇り空なのでした。

 大相撲が千秋楽で早くから始まるので、亭主は昼寝もせずに今のソファーに寝っ転がって、十両戦から見始める。贔屓の力士は皆勝って、時折ウトウトと眠りながら幕内の後半戦まで観る。4時を過ぎたのでそろそろ一杯飲む時間と、焼酎と炭酸と氷を用意して、コンビニで買った蛸ワサビを肴に飲み始めるのでした。今夜は残った野菜で鍋だと言われて、明日の買い物を夫婦で紙に書き出しておくのでした。家の中は暖房を入れて23℃まで上がっているのです。


11月24日 月曜日 晴れて暖かな一日でした…

 夕べは大相撲の千秋楽を観て少し酒を飲み過ぎたのか、9時にはもう眠くなってしまいました。日中の陽射しが家の中まで暖めてくれたので、夜はいつもより寒くなかったのです。2時半過ぎに目が覚めて、コーヒーも紅茶もなくなっていたので、日本茶を入れて飲むのでした。外が明るくなるまで居間の長椅子で横になって、テレビを見ていた。頭はまだ働かないからそれがちょうど好いのです。6時半頃には辺りも明るくなって、新聞を取りに玄関を出る。

 女将が起き出して来て、厨房に入るのはもう少し後。今日は鰺の開きを半分ずつと納豆に柿なます、豚肉と大根の煮物がおかずなのでした。美味しく頂いて食べ終えたら、茶碗や皿を厨房まで持って行く。そしてお茶を入れて飲んだら、今日は生ゴミを捨てる日だから、居間や書斎のゴミ箱も空にして袋に詰めて、西側の小径の階段を下りて、集積場まで運ぶのです。先日、綺麗に剪定を終えた駐車場の僅かばかり残ったモミジの葉が紅葉しているのでした。

 9時前にお袋様に電話をして二人で買い物に出掛ける。農産物直売所では、顔見知りの農家のご夫婦が野菜を運んで来ていた。中央通りから伸びる道の街路樹も、すっかり枯れ始めていた。いよいよ冬が来るのだと目で見て判る景色なのです。隣町のスーパーに行ったけれど、三連休の最終日はいつも空いているのです。売り出しは今日までだから、なにか美味しそうな物がないだろうかと店内を見て回る。女将にもらったメモだけならすぐに買いおえてしまう。

 冷凍食品やパンや海苔を買ったので、肉を買わなかったのにビニール袋二つで7000円も使ってしまう。総じて食料品の値段が上がっているらしい。同じ値段でも量が少なくなっているし、海苔なども7枚とか8枚しか入っていないから驚いた。家に帰ってその話を女将にすれば、「だから私もぱりぱりした海苔が好きなのになかなか買わないでいるのよ」と言われる。亭主は夜になって小腹が空いて餅を焼いたときに海苔がないと困るのでした。

 昼は買って帰ったカルボナーラのソースを温めて、茹でたスパゲッティーにかけて食べるのでした。ブロッコリーを茹でたり、ホウレン草と玉葱のこんそめスープを作ったりして、ボリュームを出したつもり。いつもなら揚げたてのトンカツを買うのですが、夜が牡蛎フライと判っていたので、揚げ物がダブらないように配慮したのです。食後は昼寝をしようと思ってベッドに横になっても眠れないので、朝からの写真を取り込んでブログを書くことにしたのです。

 ここまで書き終えてコーヒーを飲みたくなったけれど、買い物で忘れたのに気づいて、再び隣町のスーパーへ出掛けて行く。駐車場を出ようとしたところに、お袋様がバス通りを歩いて来て「暖かいから散歩に行こうと思って」と言う。亭主よりもよく歩いているらしいから偉いと思った。これも長生きの秘訣なのでしょう。亭主は午前中に行ったスーパーへ出掛けて、コーヒーやチョコレートを買う。ついでに女将には生姜紅茶を買って帰るのでした。

 夕食は牡蛎フライなのでしたが、待てない亭主はハラミを切って串焼きにして、蛸ワサビを小鉢に盛り付けて一杯飲み始める。ハラミの串焼きは蕎麦屋で出していたものだから、味には自信があったけれど、一度に沢山食べられないので、冷蔵庫に入れて少しずつ食べているのです。自分で作る手間を惜しまなければ、家でもかなり美味しい食べ物が味わえる。久し振りの牡蛎フライも、生パン粉をまぶして揚げたばかりだから、美味しくないはずがないのです。


11月25日 火曜日 9時間も眠った朝は…

 夕べは9時前に床に就いたのに、今朝は目が覚めたらもう6時半なのでした。昨日は1000歩ほどしか歩いていないから、疲れていたわけでもないのに、どうしてこんなに好く眠れるのか。風呂上がりに酒を飲む代わりに四つ切りのトーストを一枚焼いて、ホットミルクを飲んだのが好かったのか、薄着をして寝たのが好かったのか、部屋は16℃といつもよりは暖かかった。駐車場に置いたままの植木鉢には、挿し木した紫陽花と水仙以外まだ何も植えていない。

 朝食は鮭の西京漬けと小鉢二つで美味しく食べられた。一切れで300円もする大きめの鮭の切り身は、かなり食べでがあるので、今までは夫婦で半分ずつ二して食べていたのだけれど、おかずが少ないからと女将が一人一切れにしたのかも知れない。それでもよく眠った朝は腹が減っているから、全部綺麗に平らげたのです。食事が終わればスポーツクラブがお休みの日だから、何もする事がなかった。出汁取りでもしようと夕べから昆布と干し椎茸は浸けてある。

 スマホのカメラではなかなか好く写らないけれど、お爺さんが住んでいた隣の家の庭には、随分と綺麗に山茶花が咲いている。10時前には厨房も空いているので、いよいよ出汁取りにかかる。蕎麦屋で使ったほどは消化できないので、3㍑だけ一番出汁を取って、2番出汁も同じくらいだけ取ったのです。2番出汁は毎日の味噌汁などに使えるし、一番出汁は女将に聞いて500ccだけ茶碗蒸し用に取っておきました。残りは返しと合わせて蕎麦汁にしておくのです。

 ところが返しがもうなくなったので、新たに作らなければならなかった。沢山だとやはり使い切れないので、久し振りにレシピのデータを開いて、最小限の材料で割合を算出した。醤油900cc、再仕込み醤油270cc、味醂180ccに氷糖蜜がないので砂糖を150gにして、ワインビネガーもないので米酢を25ccと塩10gで煮立つまで温める。小さな鍋に半分ぐらいだけれど、蕎麦汁は一番出汁1000ccに対して返し300ccだから、何回分か作るのに十分な量なのです。

 出汁と返しを作り終えて11時前になったから、女将に昼はうどんと湯麺とどちらが好いかを聞いた。結局、残り物が使える湯麺にすることにして、冷蔵庫に残っている白菜やホウレン草を使って、肉とむきえびとシイタケを入れとろーりとしたスープにして、湯麺を作ったのです。亭主は豆板醤と大蒜を入れて辛めの味つけ。熱々なのでなかなか食べ終わらないから困った。食後も夕べあれだけ眠ったから、まったく眠くならずに休憩するのでした。

 外は暗く雨だから、散歩にも出られない。午後は早めにブログを書いて、煙草でも買いに出掛けよう。ところがしばらくパソコンに向かうと、もう集中力が途切れてくる。また居間の椅子に座って、つい先日見たばかりの『人生の特等席』の最後の部分を見てしまうのでした。途中まではクリント・イーストウッドファンの女将も珍しく観ていたのですが、お習字があるので奥の座敷に引っ込んだ。ハッピーエンディングの映画は観たあとが清々しい。

 煙草を買いにコンビニに出掛けたけれど、空は暗くまだ雨が降っていた。亭主は居間のソファーに寝転んで再びテレビの洋画を観るのでした。女将が休憩で柿を剥いてくれた。ロバート・レッドフォードの映画だったから椅子に座って少し観てまた奥座敷に帰る。4時半になったら亭主はもう氷をグラスに入れて、コンビニで買ってきためんたいイカを肴に飲み始める。女将が現れて今夜のグラタン作りが始まるのです。食べ始めたのは5時半なのでした。


11月26日 水曜日 朝は3℃以下の寒さで霧の朝でした…

 夕べは9時半に床に就いて、今朝は4時過ぎに寒さで目を覚ました。部屋の温度は12℃なのでした。暖房を入れても冷たい風ばかりが顔に吹き付けて、なかなか暖まらないのです。すぐに書斎に行ってパソコンのスイッチを入れたら、なんと佐倉市は6時の時点で今季最低の2.5℃と表示されていた。熱いコーヒーを淹れて飲みながらテレビも点けずに今日の予定を考えていたのです。ゴミ袋が出ていないから、ゴミ捨てはなし。午前中はプールに行くだけでした。

 朝食前に外に出てみれば、霧が立ちこめ、畑には霜が降りていました。駅前の高層マンション群も靄に覆われて、まだ日の出前なのです。家に戻って新聞を広げ、パラパラと拾い読みをしてから、箸や女将の用意した小鉢をテーブルに運び、納豆や味噌汁も運んで、冷凍室のご飯をチーンするのです。最後に鰺の開きの半分にした皿を運んで二人の朝食が始まるのでした。夕べは寝しなに冬の旬の肴の料理本を読んで、銀ダラが思いのほか身体に良いことを知った。

 そんな話を女将にすれば、納豆もニンジンも免疫力を高めるのだと言う。最近は亭主も子どもの頃に返って、納豆が嫌いでなくなったのです。銀ダラはビタミンAが鰻やアイナメに次いでとても多くて、ビタミンEやDの他、多価不飽和脂肪酸も多いので、生活習慣病の予防にも貢献度が高いなどと言った料理本の記述が思い出される。要は、好き嫌いなくいろいろな食べ物を食べた方が好いのだろう。9時40分になったので、支度を済ませてプールに向かう。

 みずき通りから駅前からの中央通りまで、1kmあまりの間に二つも片側通行の工事をしていて、スポーツクラブの更衣室に着いたのは10時きっかりなのでした。プールも相当に混んでいて、今日はいきなり速く泳がなければならないのでした。自分のペースで泳げないのは疲れるのです。それでも20分ほど泳いで、プールを出るのです。また工事中の道路を通って家に戻れば、もう11時前なのです。一服したら、早速、厨房に入って昼の支度をするのでした。

 冷蔵庫の中に残っているのはキャベツとホウレン草、長ネギの他にシメジやエノキ、そしてニンジン。肉はまだ三枚肉が残っているから、肉と野菜を炒めて茹でたうどんを混ぜるだけの焼きうどんが好いと女将に言えば、残り物が使えれば好いと言うことだった。鍋に湯を沸かして野菜を刻み始める。ものの10分で昼飯は出来上がって、紅ショウガと青海苔を添えてテーブルに運ぶのでした。夕べしっかりと眠ったから、午後も昼寝をせずに散歩に出掛ける。

 西の小径の階段を下りて、西が作公園まで行けば銀杏の葉が随分と散って、黄色い絨毯のように広がっているではありませんか。足の具合が好さそうなので、そのまま調整池を巡ってお袋様の住むマンションまで歩けば、もう家はすぐそばなのでした。スマホの万歩計では4200歩。スポーツグラブへ行ったからその分を引いても、散歩だけで1.5kmは歩いたことになる。女将が厨房で夕飯の支度をし始めていた。夜はロースの生姜焼きと枝豆で一杯やるのでした。


11月27日 木曜日 午前中は晴れて暖かかったけれど…

 夕べは映画を観て眠ったから、11時に床に就いたのだけれど、今朝は5時半に目が覚めてちょうど好かった。居間の部屋のブラインドを開ければ、うっすらと東の空から明るくなって、コーヒーを淹れて飲んでいるうちにどんどん光が増してきた。7時前に新聞を取りに玄関を出ると、森の向こうから朝日が昇るのが見えたのです。佐倉の朝は4℃という予報だったけれど、昨日に比べたら随分と暖かい気がしたのでした。朝食の支度が調って皿をテーブルに運ぶ。

 鯖の味醂干しは初めての味だったけれど、いつも塩鯖ばかりでは飽きてしまうので、たまには違ったものをと買ってきたのです。ニンジンのそぼろ煮も甘めの味つけだったけれど、これもなかなか美味しい。先日、焼売を作って残った挽肉を、女将が上手く使いこなしてくれたのです。いつもなら餃子を一緒に作るのだけれど、歳を取ったせいか最近はあまり餃子を食べなくなったから、どうしても挽肉だけが余ってしまうのです。今日も午前中にプールに行く。

 工事中の中央通りの混雑を見越して、9時半には家を出た。何故かは解らないけれど、今日も立体駐車場はかなり混んでいました。車を停めてスポーツクラブのある棟までは、空中通路を通って建物の中を歩いて、時間がまだ早いからエスカレータで3階に上り、エレベーターに乗り換えて4階のクラブの入り口に出る。今日は10時前に着いたので、着替えてもまだプールの扉は開いていなかった。亭主は階段を下りてプールの入り口で準備運動を始める。

 賑やかな声が響き渡ったと思えば、年配の女性達が10人ほどやって来て扉の開くのを待っている。一番前に並んで中へ入れば、皆さん我先にとシャワーを浴びてプールに入るのでした。50mは歩くコースでウォームアップすれば、その間にもどんどん人が入ってくるから驚いた。今日は空いている初心者コースで15分ほど泳いだ。混んでくるから、それで終わりにするのです。もっと違う時間帯を選んだ方が好いのかも知れない。少しずつ慣れていかなければ。

 午後からは雲が出て薄ら寒い陽気になってきました。今日も昼寝をせずに起きていたら、向かいのサツマイモ農園の若旦那がやって来て、先日来、亭主が持って行って使ってと行っていた椅子を取りに来てくれた。スタンド型の椅子三脚にカリモクの食堂用椅子三脚を軽々と、出来たばかりの倉庫に運んで行きました。ついでにストーブも二つ、灯油を入れるポリタンクを二つ持って行ったのです。冷蔵庫はまた今度と言うことで、まだ運んでいない。

 スバルに電話をして、先日の一年点検で替えた方が好いと言われていたバッテリーの交換を依頼しました。明日の午後2時なら空いているというのでお願いしたのです。来週から本格的に冬の寒さになるというから、バッテリーが急に上がってしまうのが怖かったのです。ブログを書いたりテレビを観たりして過ごした午後も、夕方になって暗くならないうちにと散歩に出掛けた。みずき通りを下って、西が作公園まで出たらそのまま西の小径の階段を昇って帰る。

 夜はホウレン草と豚肉で常夜鍋と茶碗蒸しにすると女将が言っていたので、プールの帰りに地階のスーパーに寄って、大きなむきえびや蛸の刺身などを買って帰った。イカの切り身の冷凍物や湯麺や切れてるバターなども買ったのだけれど、女将にはお金ももらわなかった。『暮らしの手帖』を買いにコンビニまで行くと言っていた女将に煙草を三箱買ってきてもらったので、それで財布の中は空になるのでした。明日は焼酎もなくなるからまたお金が必要なのです。


11月28日 金曜日 晴れて暖かな一日でした…

 夕べも9時には眠くなって床に就いてしまいました。5時間ほど眠ったら夜中に目を覚まして、コーヒーを淹れて飲んだのですが、朝飯までは起きていられずに4時過ぎにまた眠るのでした。7時過ぎには女将に起こされて朝食の時間なのでした。連日プールで泳いでいるからやはり眠たくなるのだろうか。それは正常なことなのかと自問自答する。女将の用意してくれた朝食は品数もあり、栄養のバランスも好いから、身体には良いこと間違いないのです。

 青空の広がる中央通りを走ってスポーツクラブまで出掛けて行けば、今日は10時少し前に着替えを済ませた。プールまで階段を下りて準備運動をしながら扉の開くのを待つ。昨日と同じように後ろには沢山のお年寄り達がべちゃべちゃと話をしながら並んでいるのです。一番乗りでプールに入って今日も50mは歩くコースでウォームアップ。初心者のコースではビート板を抱えた親父様が仰向けで動いているから、隣のゆっくり泳ぐコースに入って泳ぎ始めました。

 コースの人数が増えて5人になったところでプールから出るのでした。時間にして15分ぐらいの水泳なのでした。家に帰れば10時半で、一服してから昼の支度を始める。昨日打った蕎麦がまだ残っているから、エビとイカのかき揚げを揚げて、女将にはうどんを茹でてやり、亭主は責任上昨日の蕎麦を茹でて食べるのです。薄くのばさなかったから、厚い生地を切ったので太くて茹でても硬いままなので、相当に噛み応えがある。それでも美味しく食べ終わる。

 午後はさすがに眠くなって、女将がスポーツクラブに出掛けている間に1時間半ほど昼寝をして、予約してあったディーラーに車を持って行き、バッテリーを交換してもらうのでした。作業そのものは30分で終わったらしいけれど、洗車をしたり、書類を作ったりで結局1時間ほど待たされた。家に帰れば向かいのサツマイモ農園の倉庫では、亭から持って行ってもらったテーブルや椅子が、早速、使われているようなので好かったのです。

 夕食の支度が始まって、亭主は焼酎がなくなったので国道沿いの酒屋まで買いに出掛ける。今日は女将がグラタンを作ると言っていたので、いろいろと下準備が大変なのでした。亭主は一足先に昼間コンビニで仕入れてきたイカとミミガーで一杯飲み始める。ひと心地着いたところで、グラタンが焼き上がり、女将がテーブルには運んでくれた。チーズの焦げ目がしっかりと付いて、今日はホウレン草まで入っていた。時間のかかる料理はやはり美味しい。


11月29日 土曜日 今日も晴れて青空が広がる…

 夕べは9時半まで頑張って起きていたけれど、眠気に襲われて横になるのでした。すると午前2時には目が覚めてしまい、コーヒーを淹れて暖まる。部屋の温度は15℃だったけれど、寒さにはまだ慣れない。午前5時過ぎに再び横になれば、7時前まで眠れたから、疲れは取れたのです。3日間連続でプールで泳いだから、少しは身体にも抵抗力が付いたのかも知れない。東の森から朝日が昇ったのは、もう7時過ぎの頃なのでした。新聞を取りに玄関を出る。

 今朝は鰺の開きが1匹分焼かれて出た。これで今週の魚はすべて食べ尽くしたのです。明日一日卵か納豆で凌げば、月曜日は買い出しに行く日なので、また、新しい週が始まる。肉は日持ちが悪いので、週の途中で買い足さなければならず、プールの帰りに亭主が買って帰ることが多い。野菜はもう冬が旬の小松菜やホウレン草や大根。そしてニンジンや玉葱は一週間は持つのです。今朝の食卓には高野豆腐と大豆の煮物が小鉢で出ていた。有り難い事です。

 食事が終わってお茶をもらったら、女将が洗濯物を干している間に、亭主は今週4日目となるプールへ出掛けるのでした。週末は子ども達の水泳教室が入るので、一般の人が泳げるのは少しのコースだけなのだけれど、今日は歩くコースの他に2コースだけ空いていたから助かった。若くて沢山泳ぎたい若者が、25m泳いでは前を行く老人が進むのを眺めている。亭主は今日もコースに5人入って来たらプールを出るのでした。毎日泳げば一度に沢山泳がずに済む。

 帰りに地階のスーパーに寄って、白菜や焼きそばを買って、29の日だからと和牛のA5ランクステーキ用を二切れだけ買った。女将に叱られそうだけれど、お金はもらわないのでまあ好いか。たまには牛肉も食べてみたかったのです。家に帰って昼は堅焼き蕎麦にして、モヤシと白菜であんかけを作り、かけて食べたのでした。買い置きしてあったキクラゲや海老、イカが役に立った。腹一杯になったので、午後はベッドに横になって1時間半ほど眠るのでした。

 午後からは空に雲が出て、暗くなったけれど、なんとか夕刻まで天気は持ったのです。夜の分の煙草がなくなりそうだったから、車を出してコンビニまで買いに出掛ける。西の空には鮮やかな夕焼けが見えたのです。家に帰って西の空を覗けば、もう陽が沈む時間なのでした。まだ4時半にならないのに、随分と気が早いもののだ。女将は早くから厨房に入って、ブロッコリーを茹でたりニンジンのグラッセを作ったりと忙しい。今夜は久し振りにビーフステーキ。

 安売りでも100g700円以上もする肉だったから、かなり質の好い肉で、柔らかくとろけるような舌触りなのでした。夫婦二人の一日分の食事代だったけれど、たまには亭主の気まぐれも悪くない。満足そうに女将も食べていたのです。亭主は昨日残った硬い蕎麦を、油で揚げてもらって塩を振って食べたのですが、これがまたとても美味しいのでした。酒はグラスに二杯だけで、もう腹が苦しくなってしまった。風呂の時間に体重を量ったら79kg台でひと安心。



11月30日 日曜日 今日で11月も終わり…

 夕べは11時半までテレビで映画を観ていたので、今朝は5時半までぐっすりと眠ることが出来ました。昨日にもまして今朝は天気が好く、今日は雲一つない青空が広がるのでした。暖かいのか暖房がすぐに効いて、来ていたジャージの上着を脱ぐ亭主。さあて今日は何をしようかと考えたけれど、午前中にプールに行くことしか思いつかないのです。週5日のプール通いは初めてだから、ちょっと身体の調子を心配するのでした。でも少しだから大丈夫。

 女将の用意してくれた朝食は、魚がなくなったから出汁焼き卵で小鉢には昨日と同じく高野豆腐と大豆の煮物が付いたのです。納豆までは食べきれずに、今朝はご飯を終えるのでした。食べ終えたらお茶をもらって、寝室のベッドに横になれば、1時間半ほど眠ってしまった。9時半を過ぎていたけれど、どうせプールは10時からしか入れないのだからと、ゆっくりと支度をするのでした。日曜日の朝は道路も空いていて、駐車場も若干空きが多いのでした。

 プールの泳ぐコースは1コースしかなくて、二人しか泳いでいなかったので、そこに入って泳ぎだしたのです。ところがいつもと違って後から混み出したから慌ててプールを出るのでした。結局、今日も15分ほどしか泳がなかったのです。家に帰って昼食の支度を始めれば、今日はキノコや野菜をたっぷりといれた湯麺で、肉も入れずに美味しく食べたのでした。午後は昼寝もせずに女将が美容院に行く前に柿を剥いてもらって食べる。それからが退屈なのです。

 昼寝をしないから時間があるので、冷蔵庫にある野菜を総動員して、鍋で煮込んでカレーを作る。調理をしていると時間の経つのも忘れるけれど、手際が良すぎて1時間足らずしか時間が潰せないから、夕刻までにまだ時間があるのでした。窓から見える隣のお花畑では、奥様が畑に出てコスモスの種を取っている様子。そして、先日植えた種が芽を出して、出て来た苗を間引いているようなのでした。うちの狭い南側の畑の野菜が気になって表に出てみる。

 このところの晴天続きですっかり地面が乾いていたから、ホースを伸ばしてシャワーにして水を撒く。植えたばかりのホウレン草と小松菜の苗は一番端っこで元気に育っていた。絹さやとスナップエンドウもだいぶ茎が伸びて、もう少ししたら誘引のためのネットを張らなければいけない。ブロッコリーや長ネギも少しだけれど大きくなって、この冬の間の成長が楽しみなのです。向こうの家から移植した皐や万両も根が付いて元気に育っているのでした。

 4時半になっても女将が美容院から戻らないので、亭主は冷蔵庫に解凍してあるハラミの肉を串に刺して、グリルで焼いている間に焼酎を飲む準備をするのでした。キムチの漬け物は何日か前に買ってきたもの。ハラミの串焼きが焼き上がったところで女将が帰ってくる。夜はカレーを食べれば好いと思っているようで、のんびりとしたものなのです。明日の買い物をメモしてくれて、米も買ってきてもらいたいと亭主にお金をくれるのでした。

 

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2025年11月中旬



11月10日 月曜日 朝からは晴れていたのに…

 一夜明けて、朝からLINEの音が鳴り止まなかった。昨日は楽しかったという旨の連絡なのです。昨夜は8時前に家に着いて、ずいぶん空腹だと思ったら、遅い昼から宴会の中華料理を食べただけなので、夜は何も食べずに帰ったのでした。お蔭で入浴前の体重は昨日よりも1kgほど減っていた。6000歩も歩いたからもあるかも知れない。足の具合も悪くなって、駅の階段も手すりにつかまって降りるほどなのでした。時間が長いと辛くなるのです。

 今朝はお袋様を車に乗せて、農産物直売所や隣町のスーパーに買い物に行くのでした。昨日のクラス会の話をすれば、「みんな歳を取ると、身体も悪くなるしいろいろな事があるのよ」と言う。病院にはかかりながらも、近くで元気に暮らしてている自分たち親子は、幸せな方なのでした。農産物直売所では、ホウレン草や大根、ブロッコリーなど朝採りの新鮮な野菜を、顔見知りの農家の奥様から買って、残る食材をスーパーで買いそろえてくるのです。

 買い物から帰ったら時間があったので、30分ほど横になって眠るのです。昼はいつものように亭主が厨房に入り、スパゲッティーや買ったばかりのブロッコリーを茹で、市販のカルボナーラのソースをかけて、スーパーで揚げたてのトンカツを女将と半分ずつ二分けて食べるのでした。さすがに食後は眠くならなかった。LINEの音はひっきりなしに鳴り続けて、みんながメッセージを読んで反応するから、その度にスマホを読むのは疲れてしまうほどなのです。

 女将がスポーツクラブに出掛けた午後は、亭主はブログを書きながら、テレビで『八甲田山』の映画を観た。昔も見たのだけれど、長すぎてストーリーもうる覚えだったから、つい引き込まれるように最後まで観てしまう。顔や名前を知っている俳優が沢山出演しているのには驚かされるばかりなのでした。映画が終わる頃に女将が帰って、柿を剥いてくれる。陽が傾いて風が強くなっていた。昼間少しだけ雨が降ったものの、終日晴れた好い天気の一日でした。



11月11日 火曜日 朝だけ晴れてとても寒かった…


 夕べも10時には床に就いたけれど、途中で寒くて目が覚めたのです。寒かったら毛布をかけてと女将に言われていたけれど、眠たいので押し入れの中から毛布を取り出すのが面倒で、そのまままた寝入ってしまいました。そして、5時半に目覚めた時には、まだ辺りは暗く、寒い朝なのでした。お湯を沸かしてお茶を入れたら、先日のクラス会でお土産にもらった月餅を、半分だけ食べようとナイフで切って口に入れたのですが、亭主には甘すぎる。

 6時を過ぎたらやっと東の空が明るくなって、新聞を取りに玄関を出れば、鯖雲に朝日が射して美しいのでした。空の綺麗なうちにと朝の散歩に出掛けたけれど、遠くまで歩く気がしなかったので、西の小径の階段を下りて、みずき通りを回るコースを歩く。朝日が雲を染める様子の変化がとても素敵なのでした。誰も人には会わずにみずき通りの坂道を登って、家の前のバス通りに出る。家の前まで来てスマホの歩数計を見れば1300歩なのでした。1km足らず。

 女将の用意してくれた朝食を食べて、またベッドに入ってひと眠りする。今日は何も予定がなかったので、昼まではゆっくりと出来るのでした。1時間ほど眠ったら、コーヒーを淹れて飲むのです。今週末の賢人と愚人の会の集まる場所をネットで調べ始めたら、豊田駅というのは中央線の立川の先、八王子の手前なのでした。家からはゆうに2時間はかかる距離だから、新橋のクラス会の倍の時間を見なければならない。少人数だから動きは速いだろうけれど…。

 昼食の支度を11時から始めました。ものの15分でソース焼きそばを作り、女将と二人で美味しく食べるのです。ひと休みしたら女将は買い物に出掛ける。亭主はこのブログに昼までに撮った写真を選んで、記事を書き始めるのです。今日もまた先日のクラス会の余韻か、LINEの音が煩く鳴っている。皆さん、結構、暇があるのだろうか。外は暗く寒そうな空が広がって来た。気分転換に車でコンビニに煙草を買いに行く亭主。途中、買い物帰りの女将の姿を見る。

 寒い午後は暖房を入れてテレビ映画を観る。何度も見ているものだけれど、違った角度から見るとまた面白く感じる。女将が厨房に来て夜のおでんの仕込みに入る。大根と里芋を先に煮ておくらしいのです。外が少し明るくなったので、亭主はまた靴を履いて散歩に出る。どこに行こうかと考えるけれど、また西の小径の階段を下りて、今度は西が作公園の先まで行ってみるのでした。公園に入れば銀杏の葉はだいぶ黄色くなって、シイの木を取り囲んでいる。

 ギンナンのびっしりとなっている木があったので、もう少しでギンナン拾いが出来るかも知れないと思った。ドングリの実も沢山落ちている。熊の出ない千葉県では、皮肉なことにドングリの実が豊作なのだろうか。朝の散歩よりも少し先でみずき通りに戻って、長い坂道を少しずつ登って行く。ゆっくりならば、結構、歩けるものです。どうしても左足に重心がかかるから、右足は軽く地面に着くだけ。家の前まで戻って万歩計を見れば3500歩ほどだった。

 今日は寒い一日だったから、あまり動かなかったけれど、これから来る冬の生活が思いやられるのです。平屋での冬の生活は初めてなので、今夜は薄い羽布団に毛布を掛けて寝ようと思う。そんな寒い夕べはおでんを作ってもらい、身体を温めるのでした。蛸の刺身も歯ごたえがあって美味しかったのです。大相撲をテレビで観ながら女将とゆっくりと夕食を食べる夕べ。明日はプールに出掛けようか。本当の隠居の生活はこれからが工夫のしどころなのでしょう。


11月12日 水曜日 初めて霜の降りた朝は気温3℃…

 とても寒い朝でした。羽布団の上に毛布を掛けて寝たけれど、起きれば部屋の中はひんやりと冷たかった。新聞を取りに出たら、東の空がうっすらと明るくなっていました。この時期は6時を過ぎてもまだ暗いのです。ひと通り新聞をめくって気になる記事を読む。新聞を読むなんてしばらくぶりなのです。やはり隠居の身分となって時間があるのです。靴下を履いてジャンバーを着たら、朝の桟歩に出掛けるのでした。隣の畑は今年初めての霜が降りていました。

 今日はどちらに出掛けようかと、お袋様の住むマンションの方に歩いて行ったら、駅前の高層マンション群が朝日を浴びて綺麗だったので、つい調整池の周りを回るコースを歩いてしまうのでした。右足の具合は不思議と調子が好くて、足の裏で地面を捉えているがはっきりと判るのでした。どうも疲れて来るとそれが出来なくなるようなのです。駅前から続く中央通りを、最初の角で曲がって、公園の前まで来れば、銀杏の葉がすっかり黄色くなっていた。

 朝食は昨日のおでんの残りを温めてご飯を食べるのでした。大根も里芋も味が染みて美味しかった。食後のお茶をもらって薬を飲んだら、今朝は女将の朝ドラが始まる前に、部屋の暖房を入れて食後のひと眠りをするのでした。夕べは夜中に一度目を覚ましたので、ぐっすりとは眠れなかったのかも知れない。今朝も5時前から目を覚ましてしまったのです。9時を過ぎて目が覚めたので、コーヒーを淹れて着替えを済ませる。プールの支度はもう出来ている。

 駐車場はいつもより空いていたけれど、プールはいつになく混んでいました。ひとコースに5人も入って泳ぐのは、老人たちにはかなり難しい。一番人が少ない女性ばかりのコースに入って、泳ぎ始めたら皆さん亭主よりも年配らしい方ばかりで、25mを泳いだらもう「先に行ってください」と言われる。「私も少し休みたいから」と言って遠慮すれば、また不格好な姿勢で泳ぎ始める。それでも健康のためと毎日通っているのだから、偉いものなのです。

 プールの帰りに地階のスーパーに寄って、モヤシと肉を買って帰る。ついでに蕎麦屋で使っていた一斗缶の胡麻油がなくなったので1.5㍑のサラダ油を買うのでした。歩いて来る女将には重すぎるから車で持って帰れる亭主が自主的に決めたのです。そして、夜の酒の肴に牛ホルモンの塩焼き用を買った。家に帰れば11時だったから、急いで湯麺を作る準備をする。包丁もまな板も使わずに、調理鋏で白菜や葱を切って、野菜たっぷりの湯麺は身体が温まった。

 昼からは今度は女将がスポーツクラブに出掛けて、亭主はまた昼寝をするのでした。やはり、水泳のあとは身体が疲れるのですね。もっと体力を付けなければと思うのですが、一朝一夕にはいかないもの。1時間ほどして目を覚ましても、まだ女将は帰っていなかった。亭主はパソコンに向かい、今日の写真を選んでブログを書き始めるのです。女将が帰ったら、近所の散歩に出掛けるのでした。お袋様の家のすぐ前にあった畑も、今は草が伸び放題なのでした。

 畑を借りていた人たちも皆歳を取ったり亡くなったりして、貸していたお爺さんも亡くなり、今は亭主と同じ歳くらいの息子さんの時代。人が手を入れないとすぐにこんな荒れ地になってしまうのかと、お袋様の家のベランダから綺麗に耕されていた畑を眺めたのを思い出すのでした。家に帰れば女将が厨房に立って、夕食の支度を始めていた。テレビを点けて中入り後の大相撲の中継を見始める。今日は一年ぶりにちゃんこ鍋。うどんを入れて身体を温める。



11月13日 木曜日 今日は一日中曇り空で、暗い朝なのです…


 夕べは9時半にはもう眠くなって床に就いたので、今朝は4時半に目が覚めました。夜中にまったく目覚めなかったから、やはりプールに行ったのが効いたのか。一日の歩いた歩数は6000歩になっていたのです。コーヒーを淹れてBSでタラ号の海の探査の風景を見ていた。6時を過ぎてブラインドを開けても、暗い曇り空が広がるばかりなのでした。朝食まで散歩にでも出掛けようかと、窓の外を眺める。今日は向こうの家の業者による最終チェックがあるだけ。

 女将の用意してくれたプラゴミと金ゴミの袋を持って、西の小径の階段を下りれば、ゴミの集積場までは10mほどなのでした。そのまま調整池の方に坂を下りていけば、暗い朝だから景色も見る物がないのです。そのままぐるりとブロックを回って、元来た道を戻るだけなのでした。今朝の散歩はこれで終わり。1000歩にも満たなかった。家に戻れば女将が厨房に入って朝食の用意をしていた。亭主は箸を並べたり、皿を運んだりして二人の朝食が始まるのです。

 朝食を終えたら、奥の寝室に入って横になってひと眠り。今日はプールもないので誰に気兼ねをすることもない。女将の朝ドラが終わって9時前には目覚めるからちょうど好いのです。9時から昼の準備をするまでには、だいぶ時間があるので亭主は外へ出て、近所をぶらぶらと歩いてくる。女将は洗濯を終えて新聞を読んでいる。亭主のスマホの万歩計はやっと1200歩を表示しているのでした。こうした午前中の使い方も少し考えなければいけないのでしょう。

 コスモス畑を歩ければ、もう花も終わりでだいぶ散っているのでした。小竹の三叉路を右に折れて少し歩いた所で、新しい我が家を見れば、遠くには駅前のマンション群が連なり、平屋の自宅が畑の向こうに見える。駐車場の庭木を剪定したので、まるで木がないように見えるのです。昼食前にプールへ行くのは時間をつぶすのにはちょうど好いのだけれど、今日はまだバスタオルもみずきも乾いていない。替えを使えばいけないこともないのです。

 家に戻れば11時10分前。冷蔵庫から野菜とハムを取り出して、こんそめスープを作り、ブロッコリーを茹でて、刻んだ玉葱とオクラとハムを炒めて鶏ガラの粉末を加えて卵を混ぜる。最後にカレー粉をふりかけ、カレー炒飯の出来上がり。11時過ぎにはもう昼飯が出来上がってしまうのでした。今度買ってきた米は、有機米とかで、値段が3kgで3000円もしたから、随分と高いわねと女将が言う。高いだけあって味か好いから文句も言えないのです。

 午後は昼寝をする暇もなく、向こうの家に行って家の買い取り業者が、連れて来た廃棄物処理の業者と一緒に家の中を見て回る。金属類やパソコン、テレビ、エレクトーンなど残っている物を調べて歩くのでした。外回りは以前に見て歩いたから、これで最終的な見積もりが出るらしい。いよいよ最終段階なのです。女将が「ごっそりと引かれるのでしょうかね」と言うから、「今となっては仕方がないね」と応える亭主。早く新しい家での生活を軌道に乗せなければ。

 一日中曇って、時折、小雨が降る天気だったが、夕刻になって家の中が13℃になる寒さだったから、雪でも降りそうな陽気です。向かいのサツマイモ農園の倉庫兼事務所も、やっと今日になって扉が付いて、少しずつは工事が進んでいる様子。待つ方の身になると、待ち遠しいだろうというのが、早く家の売却手続きが終わって欲しい思うのと同じに、人ごとではなくよく解るのです。夕方まではテレビの映画を一本観て時間をつぶす亭主なのでした。



11月14日 金曜日 晴れ渡った空の広がる朝でした…

 昨夜は9時に床に入って、今朝は4時半に目が覚める。寒いからかよく眠れたのです。明るくなるのを待って今朝は家の西に向かって歩き出すのでした。いつも同じ道では面白くないから、お袋様のマンションに行く道の途中で、バス通りを直進して坂を下ったのです。左手に小学校が見えてプールの水も寒そうです。校庭の外周をぐるりと回る形で、右手に女子大の敷地が広がる通りを女子大駅まで歩き、お袋様の住むマンションの入り口に出るのでした。

 2400歩だから、ちょうど調整池の周りを歩く距離と同じくらいなのです。坂道を下った分はマンションの中の通りを昇らなくてはならず、やっと視界が開けて家の前のバス通りに出る。時間にして40分ほどだろうか。遠く駅前の高層マンションがくっきりと見える。あそこまでは2km、3000歩はあるから、足の悪い亭主には今は歩けない。亭主の通うスポーツクラブのプールはあのマンション群の中央にあるのです。今日も午前中に車で出掛けて行く予定。

 家に帰れば朝食の時間で、亭主は厨房とテーブルを行ったり来たりして、箸やお新香、味噌汁、ご飯を運ぶのです。最後に女将がメインのおかずを両手に持ってやって来て、二人で美味しい朝食を食べる。室内は18℃と暖房を入れないと少し寒いくらいなのでした。蕎麦屋の客席だった居間は北側に面しているので、朝だけは陽が当たるけれど、昼からはもう陽が当たらないので、室温は上がらないのです。食事を終えたらお茶をもらって奥の寝室でひと眠り。

 きのうあれだけ眠ったのに、また1時間ほど眠れたから、身体には良いんだか悪いのか解らない。目覚めたらコーヒーを淹れて、洗面と着替えを済ませ、プールに行く支度を始めるのです。今日は少し早めに家を出て、天気が好いのでタワー駐車場の2階から、歩いて外の階段を昇って4階まで歩く。やっとの事でスポーツクラブの入り口に着いて中に入るけれど、まだ更衣室からプールへは入れなかった。準備運動をして血圧や体重を量って時間をつぶすのです。

 何故か今日は随分と混んできた。亭主がプールサイドに着いたときには誰もいないので、歩くコースで50m足慣らしをしていたら、何時の間にかどっと人が入ってきて、ひとコース4人の混みようなのでした。亭主よりも年配の皆さんばかりで自己流の泳ぎだから、ぶつからないように避けながら泳ぐのもひと苦労。背泳ぎは前も見えないから出来ない状態なのです。それでも15分ほど泳いでプールを上がり、地階のスーパーで買い物をして家に帰るのでした。

 この時点では昼に何を作るのかを決めていなかったから、家に帰って女将に「昼は何にしようか?」と尋ねるのでした。「残っている物から使うのが好いのよ」と言われて、長ネギや白菜が古いのがあったから、残っていたハムの切り落としと買ってきたシーフードミックスやもやしと合わせて、やはり湯麺なのかと今日はあんかけにして作ったのです。熱々の湯麺は寒い日でも汗をかくから、来ていたセーターを脱いでフウフウ好いながら食べるのでした。

 明日の『賢人と愚人の会』は集合場所が千葉からは相当に遠いので、ネットで電車を調べたら、東葉高速で中のまで行き、中央線に乗り換えれば好いから楽なのです。ところが帰りの時間が遅いとこのルートは電車がなくなってしまうから大変。まあ、名古屋の方から来る友人もいるので、あまりとやかく言えないのですが、いつも眠る時間には帰宅できそうなので好しとするしかない。10年以上前に、この会の皆がはるばると蕎麦屋に来てくれたのも忘れがたい。
 明日来ていくはずのズボンがクリーリングに出してあって、夕刻の4時にしか出来上がらないと女将が言う。他のズボンは皆腹周りが入らなくなって引っ越しの際に捨ててしまった。靴下も皆捨ててしまったから、このところ寒くて仕方がないのです。女将とクリーニング屋に出掛けるついでに国道沿いのワークマンに寄って、親指だけ離れた靴下の安いのを見つける。滅多に出掛けることのない亭主だから、着る物を揃えるのに苦労するのです。


11月15・16日 土・日 『賢人と愚人の会』を終えて…

 9時過ぎにタクシーで家を出て、勝田台の駅から中野まで直通の電車に乗ったら、約2時間で目的の駅に着いた。途中、立川から乗った電車が青梅線に繋がっているのに気づかず、いつまで経っても八王子に着かないので変だと思って降りた駅の駅員に聞けば、立川まで戻って八王子行きに乗ってくださいと言われた。早く家を出て好かった。改札を降りれば懐かしい友人が到着していて、握手で再会を喜んだのです。皆でバスに乗って友人のマンションに着く。

 エントランスを入ればまるでホテルのような作りで、受付嬢までカウンターの向こうにいて、一階は広い共有スペースになっていました。何年も捜してやっと手に入れたシニア向けのマンションらしく、一階には広いカラオケルームの他に大浴場まであって、今までに見たこともない充実した設備なのです。コンパクトな一人住まいの部屋にも案内されて、先年、奥様が亡くなったそうで一人暮らしなのでした。地階のカラオケルームに集まって皆で話を始める。

 昼は用意してくれたサンドイッチとおにぎりやビールや烏龍茶などで済ませて、近くの居酒屋が開くまでとカラオケで歌に興じていました。大学の先生と大きな弁護士事務所の参与とかでまだ働いているけれど、他の四人は既に楽隠居の身分なのでした。亭主もやっとその仲間入り。10年ぶりの今日の再会までの生活をそれぞれが語り、身体の病気の話や家族の話をし会う。5時になったら居酒屋に移って、酒の肴をつまみながら皆で昔の話に記憶を蘇らせる。

 家に帰ったのは夜の10時過ぎで、いつもなら女将も亭主も寝ている時間。風呂に入って11時には床に就いた。やはり疲れたのか今日の朝は7時まで眠って、女将の用意してくれた朝食を食べる。向かいの農家の親父様から頂いた沢山の柿がテーブル一杯に置いてあった。食後にまたひと眠りをしてから、お袋様のところにこの柿を少し持って行く。昨日の話をすれば、「先週に続いて遠くまで出掛けたから疲れたでしょ」と亭主を労ってくれるのでした。

 家に帰ればもう11時前だったので、「今日は何を作ろうか」と言えば、「残っている物を使ってくれれば好い」と女将が言うので、冷凍庫から先日買っておいた伸ばし海老を取り出して、オクラや蓮根を茹で、茄子を切って天麩羅鍋で揚げるのでした。冷凍うどんを茹でてしばらく振りたけれど今日もまた天麩羅うどん。先週作った蕎麦汁で、熱い天麩羅と水で洗ったうどんを二人で食べる。食べ終えたら眠くなってベッドに横になる。昨日の疲れが抜けていないのか。

 2時前に目覚めて、女将のスポーツクラブの予約を取ったら、お袋様に電話をして国道沿いのワークマンに出掛ける。午前中に彼女に話したら行ってみたいと言っていたので、女将も一緒に車に乗って出掛けていくのでした。亭主は指先が二つに割れた足首までの靴下と、下着を買って帰る。家に帰ってみれば、昨日の集まりの余韻で、LINEにまた知らせが入っていた。母校の100周年のデジタルアーカイブに、昨日来た友人のインタビュー記事が載っていると言う。

 昨日もその話は出ていたけれど、それほど気に留めなかった。改めて読んでみる好いと言われて、女将を呼んで見れば自分たちの高校時代を思い出させる記事が載っていたのです。それだけではなくインタビューをされた友人の仕事の大変さが分かる記事も18ページに渡って書かれてあったので、大変な人物なのだと改めて思うのでした。夜はまた残り物を寄せ集めて鍋にして食べた。明日がお袋様と買い物に行く日なので、女将は今日のうちに使ってしまいたかったらしいのです。夕食後に風呂に入ったらまた眠気が襲ってきた。



11月17日 月曜日 雲一つない青空の朝でした…

 今朝も7時間半も眠って、すっきりと目が覚めたのです。一昨日の疲れはもう残っていなかった。外に出てみれば空は青く晴れ渡って、雲一つない快晴なのでした。西の小径の階段の上から眺めて見ると、調整池の向こうの西が作公園の木々が色づいて、秋の深まりを感じさせる。明日からは寒くなると言うから、段々と冬になっていくのです。今日は昨日買ってきた厚手の靴下を履いて、家の中も暖房を入れている。お袋様に電話をして買い物に出掛けるのです。

 農産物直売所に続く道も、街路樹がすっかり色づいて、青空に映えていました。今日はお米を買うように言われていたので、先日買った有機米の3kgを精米してもらう。葉の付いた大根や長ネギなどを買って隣町のスーパーに向かうのです。今日はだいぶ空いていたので、女将の書いてくれたメモを見ながら、ゆっくりと買い物が出来ました。肉のコーナーへ行けば、以前よりもかなり値段が高くなっているのに驚く。魚は久し振りに鰊の開きが出ていたので買う。

 家に帰れば、重い荷物を女将が玄関まで取りに来てくれた。冷蔵庫にすべて終い終わったら「ちょっと散歩に出てきます」と出掛けて行く。時計を見れば10時半を過ぎていたので、亭主は厨房に入って昼飯の支度を始めるのです。トンカツを買って帰ったので、スパゲッティーを茹でるお湯を沸かし、少し中華風だけれど雲呑スープにモヤシを入れて、冷蔵庫の残り物を使うのでした。トンカツも雲呑もあったので、今日は一人80gのスパゲッティーを茹でました。

 昼食を終えて眠くなるかと思ったら、身体の疲れもすっかり取れて、夕べもよく眠れたからかまったく眠くないのです。やはり遠方まで出掛けると、回復するのに翌日まる一日はかかるようです。歳を取って体力がなくなったのでしょう。昨日はとうとうプールにも行けなかったから、かなり疲れていたのです。眠くない午後はブログを書き始めて、スポーツクラブに出掛けた女将の帰りを待つ。水仙の植え替えをしようかと思うのですが、今日は風が強くなった。

 それでも何とか西側の狭い庭に7つだけ球根を植えて、様子を見ようと考えたのです。向こうの家から持って来た球根はまだ沢山あるから、その向こうの木槿の根元にも植えられる。まだ向こうの家の庭には沢山の水仙の芽が出ているので、もっと持って来ても好いのです。何かを植えておかないと雑草に席巻されてしまうのです。女将が帰ってきて「水仙を植えたのね」と嬉しそうに言う。夜は簡単なおかずで一杯やりながら二人で大相撲を観るのでした。


11月18日 火曜日 曇り空が広がる寒い一日…

 夕べは9時半に床に就いたら、珍しく夜中に2度ほど目が覚めたけれど、結局、朝の5時半まで眠ったのでした。何か楽しい夢を見た筈なのだけれど、今となってはその詳細を思い出せない。6時過ぎの東の空は暗い雲に覆われて、陽の光は見られない。今日は日中も気温が上がらず寒い一日となりそうなのです。7時近くになって女将が朝食の支度を始めると、例によって亭主は箸やお新香や味噌汁を運んだり、食卓の準備をするのでした。

 食後も随分と眠ったからひと眠りは出来ずに、スポーツクラブはお休みだから何もすることはない。子ども会の廃品回収に段ボールを紐で縛って、西の階段を下りたところに集積所の旗が立っていたので、そこまで運んで置いてくる。それが唯一の朝の運動なのでした。女将が洗濯を終えて、「こんな寒い日がおでんなのかしら?」と聞くから、「いつもと違った食材を入れてみようよ」と二人で駅前のスーパーまで車に乗って出掛けるのでした。

 もちろん、帰りは女将は身体を温めるからと徒歩で帰ってくる。亭主は車で一足先に家に戻って、買った荷物を冷蔵庫に収納するのです。昼の支度をするにはまだ時間があったので、テレビでクリントイーストウッドの映画を観ていた。暖房を入れるとテレビの音が聞こえないので、セーターの上にジャンパーまで着込んで今のソファーに座って観るのでした。外の気温は13℃だから、昨日と比べると8℃も低いのです。こうやって段々と冬になるのかと思える。

 厨房に入った亭主はキャベツの葉を剥いて刻み、長ネギの青い部分を切って、ニンジンを短冊状に切り、モヤシを入れて中華鍋で温める。野菜がしんなりしてきたら、肉を入れて炒め水を加えて鶏ガラスープの素を入れ、レンジでチーンした焼きそばをほぐして、ソースを加えて焼きそばの完成。隣の火口では葱と雲呑をお湯で茹でて、ラーメンのスープの素を入れてスープを作る。女将が奥の部屋から出て来て、箸や紅ショウガを用意して二人で食べ始める。

 向かいのサツマイモ農園の倉庫兼事務所はやっと足場を解体し始めた。若い作業員が3人で次々と足場を取り外して、トラックに積んでいく手際の良さが小気味よい。習字をしていた女将が現れて、弱火で茹でていた大根を土鍋に移し、具材を入れ始めた。今日は練り物も豊富で、牛筋まで買ってきたから、きっと美味しくなるに違いないのです。柿を剥いてもらって食べたら、亭主は次は何をしようかと考えている。寒いから散歩にでも出掛けようか。

 西の小径の階段を下りて、遠くから眺めても銀杏が色づいているのが判る西が作公園まで、歩いても10分はかからなかった。散っている銀杏もあったけれど、先日、ギンナンのなっている木を見つけたのでまだ落ちていないかと見に行ったのです。ドングリの実は沢山落ちていたけれど、ギンナンはまだ枝に付いていた。小さくてどうも少ないのが気にかかった。30分ほど歩いただろうか、みずき通りに出て家に戻れば、向かいのサツマイモ農園の若旦那に出会う。



11月19日 水曜日 今朝は室温8℃で相当に寒かった…

 朝飯前に前に生ゴミを集積場まで運ぶ帰り道、隣のお花畑を見れば、日影には真っ白な霜が降りて、陽の当たる場所はもう溶け始めている。青空の広がる今朝の景色の中で、それがとても印象的なのでした。夕べは11時までテレビで映画を観て、今朝は7時前まで床の中にいたから、睡眠は十分。女将もやっと厨房に入って、「今朝は寒いわねぇ」と言っている。朝食は夕べのおでんが沢山残っていたので、温めるだけだから簡単なのです。久し振りに柿なますが出た。

 起きたばかりだからか、あまり食欲がなかったけれど、皿に盛った分だけは食べ終えて、「ご馳走様でした」と空の食器を厨房まで運ぶ。向かいのサツマイモ農園の工事も、もう職人さん達が来て、今日は入り口のコンクリート打ちらしい。窓辺に座ってコーヒーを飲みながらその作業の様子をじっと見ている亭主。今日は午前中にプールへ行ってひと泳ぎする予定なのです。あまり早くでかけても、どうせ更衣室からプールへの扉は開いていないからゆっくりする。

 天気は好かったけれど外はいつになく寒いのでした。向かいの森の木々が色づいて、柿の木には食べきれないほどの実がなっているのです。先日、親父様がこの柿を籠に一杯入れて持って来てくれたのです。この10年来、初めてのことだったから、今年はよほど沢山の柿が採れたとみえる。高い枝の先にある柿を取るのに、長い竿で落としていくのです。柿が柔らかくなってしまう前にと、女将も沢山もらった柿を鱠にして食べるほどなのでした。

 駐車場に車を止めて、いつもなら天気の好い日には外の階段を4階まで昇るのだけれど、さすがに今日は寒いから、店舗の入っている2階の通路を通ってプールまで行くのでした。店は10時に開店なので人も通っていない。エレベーターに繋がる通路もまだネットが張られたままなので、左側手前にあるエスカレーターに乗って、3階まで上がらなければならない。そこからエレベーターに乗り継いで4階のスポーツクラブに着く。やっとプールの開く時間です。

 昨日が休みだったからか、プールには沢山の老人達がやって来るのでした。人の少ないコースを選んで入るけれど、3人4人と増えてくるから堪ったものではない。途中で立ち止まる人もいるから、なかなか前に進めない。15分も泳ぎ続けられればもう十分だという気がしてくるのです。速く泳ぐコースに入れば好いのだけれど、まだ亭主は十分にリハビリが出来ていない。10時半になったらプールを出て家に帰るのでした。女将は天気が好いから散歩に出ていた。

 昼食は寒いからまたもや湯麺を作ったけれど、ついこの間食べたばかりの気がするのです。午後からは女将はスポーツクラブに出掛け、亭主は奥の寝室でベッドに横になってゆっくりと昼寝をする。室温は15℃しかなかったから、やはり今日は寒いのです。女将も帰って柿を剥いてもらったら、テレビで大相撲の十両戦を少しだけ観て、夕飯までの時間に散歩に出るのです。みずき通りを下って行けば、ハナミズキの葉もすっかり散り終えて、冬の装いなのでした。

 陽の沈みかける時間に調整池の見えるところまで歩き、ススキが白く輝くのを見る。今日は快晴だったけれど、今までになく寒い一日なのでした。炬燵やストーブが恋しくなる季節だけれど、新しい家では今はまだどちらもないから、この冬はどうやって寒さを凌げば好いのだろう。向こうの家から持って来た石油ストーブは、まだカウンターの下に置いたままだし、ファンヒーターを付けるにはちょっと居間のスペースが狭すぎる気もするのです。

 

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2025年11月上旬



11月1日 土曜日 午前中は好く晴れたのだけれど…

 眩しい朝でした。夕べは9時にもう眠くなって床に就いたのですが、やはり1時過ぎには目が覚めて、トーストと牛乳を温めて腹が膨れたら、やっと眠くなるのです。次に目覚めたのが7時前だから、 合計すると7時間近く眠ったことになる。起き出せばもう朝食の支度が出来ていました。縞ホッケの塩焼きと三日目のおでんが出て、亭主は美味しく頂くのです。食事を終えても眠くはならなかったので、また近所をぶらぶらと歩いてくるのでした。

 西の小径の階段を下りて、先日歩いた森の径の階段を昇り、お隣の農家の広い畑に出て、今日は柿の沢山なっている木を写真に撮りまた。遠く向こうには駅前の高層マンション群が見え、青空が広がって気持ちの好い朝なのでした。家に戻ればドジャースとブルワースの第六戦が始まるところで、コーヒーを淹れて居間の椅子に座るのです。女将は洗濯を終えて買い物に行く準備をしていた。3対0とドジャースがリードしたところで、隣町のスーパーに出掛ける。

 月初めの安売りの日だからか駐車場は満杯で、店の中も込んでいそうなので珍しく亭主もマスクをして中に入る。一つ90円のキャベツや120円のカボチャを始めとして、一切れ100円の鮭を四枚買って特売のマークの付いている肉などを買うのでした。昼に食べるトンカツやミートソースなどを籠に入れて、袋三つ分で7000円。安売りだとつい沢山買ってしまうものだと、帰りの車の中で女将と話す。昼はスパゲッティーのソースをいつもと変えてみました。

 今日は午前中から向かいのサツマイモ農園では、夏前に植えた芋掘りの集まりがあって、女将と帰る頃にはちょうど昼飯の時間なのです。駐車場が車で一杯で、沢山の子どもを連れた家族が集まって、大きな鍋で豚汁を作ったり、バーべキューをしたり賑やかなのでした。ドジャース戦も無事に第六戦を勝って、いよいよ明日は最終決定戦で優勝チームが決まる。午前中はとてもプールには行けそうにないのです。午後も眠らずに1時過ぎには向こうの家に行く。

 植木鉢を少しと水仙の芽が出ているので、掘り起こして持ち帰ろうとしたけれど、根が張っていてなかなか球根が取り出せなかったのです。明日は小さな鍬を持って行ってもっとしっかりと掘ろうと思う。書斎に通じる廊下の物置にまだ荷物があったのが判って、捨てようと思ったけれど、袋が足りなくなった。今日はここまでと言うことにして家に帰ってくる。女将は駅前のスーパーまで買い物に出掛ける。亭主はカレーを作る準備を始めるのです。

 今日はナスがなくなったので、タマネギ、ジャガイモ、シメジとニンジン、鶏肉のみ。大きめに切って煮込んでルーを加えるだけだからとても簡単なのです。大蒜や生姜を入れればもっと美味しくなるのかも知れないけれど、女将が苦手なので遠慮しておいた。全部作り終えてもまだ4時だから、もう一度散歩にでも出掛けようか。隠居の老人の日課などと言うものは、そんなに変化のあるものではないのです。来週は毎日予定が入っているからとても忙しい。


11月2日 日曜日 今朝も早朝から散歩に出て…

 夕べは頑張って10時半まで起きていたが、テレビを観ながら居間の椅子の上でウトウトしていた亭主。今朝は4時半に目が覚めて、明るくなるまでコーヒーを淹れ、テレビの天気予報を眺めているのでした。5時前には薄明るくなるので、散歩に出掛ける支度をして家を出るのです。今朝はみずき通りを下って西ケ作公園まで行ってみようと、まだ外灯の灯った道を歩いて行ったら、銀杏の少しだけ黄葉した公園に出た。ここまで来れば調整池も半分回ったのです。

 それならば中央通りへ出て、お袋様の住むマンションを回って帰ろうと、調整池の見える場所を通るのでした。ちょうど地平線から陽が昇るところで、空が赤く光っていました。あの送電線の鉄塔の下あたりが、今まで住んでいた家で、左の森の向こうが今の家なのです。右足の具合を気にしながら、ゆっくりと歩いてまた坂を登って、隣の畑まで来ればもう家はすぐそこなのです。30分ほどの散歩手でしたが、歩数にして2500歩を越えていたから立派です。 

 約1.5kmも歩いたことになる。来週のクラス会にも元気で出席できるだろうと、家の玄関を開ければ、女将がちょうど厨房に入るところでした。朝食の納豆や出汁焼き卵をおかずにご飯を食べれば、すっかり腹が一杯になるから不思議です。ドジャース対ブルワーズの決勝戦が始まるのももうすぐで、楽しみに時間をつぶしていました。今日の午前中は毎回相手チームに先攻されて、ハラハラドキドキしながらテレビに見入っていたのです。

 昼の支度で厨房に入っても、小さなテレビで試合を見続ける亭主なのでした。延長戦に入り、1時半を過ぎてやっとドジャースが優勝を決めたときには、思わず拍手をしていました。相手チームを含めて、選手達が全力でぶつかる姿を見て、さすがはメジャーリーグの優勝決定戦だと思えたのです。待たせていた女将と二人で向こうの家に行って、まだ残っているゴミを車に積み込み、植木鉢と水仙の球根を掘り起こして持ち帰るのでした。

 女将はそれから美容院に出掛けて行きました。夕飯の支度が遅くなるので、夜も亭主が厨房に立ち肉豆腐を作って餃子を焼く。餃子が焼き上がった頃に合わせるかのように、女将が帰って来た。西の空にとても綺麗な夕焼けが出ていたので、スマホを持って外に行く亭主。犬の散歩に出てきたお隣の奥さんも、「とても綺麗な夕焼けですね」と、亭主の隣で夕焼けを見ていた。「もうこちらに住み始めたのですね」と言うので「まだ全然片付かないですけれど」と応える。



11月3日 月曜日 朝から空は晴れ渡り…

 夕べは頑張って10時までは起きていたのですが、朝も昼もひと眠りをしなかったからか、瞼はもうとろ~んとして床に入ればすぐに眠りに落ちるのでした。薄手のシャツとジャージを着て寝たのが好かったのか、朝の7時に女将に起こされるまでまったく目が覚めなかったのです。9時間も熟睡してすっかり身体は生き返り、女将の書いたメモを持って、元気に階段を下りてきたお袋様と買い物に出掛ける。空は青く晴れ渡って気持ちの好い朝なのでした。

 農産物直売所では、家に米がなくなるというので、いつも買う農家の米を買おうと思ったけれど、今日はなかった。他の農家よりも美味しいと言うのですが、代わりに息子の同級生がやっている農家のお米が出ていたので、買って帰るのでした。どれも玄米で出ているので、精米してもらうのです。それから隣町のスーパーに行ってメモにある食品を買って家路につくのでした。土曜日に来たばかりだから、あまり沢山は買い物がなかったのです。

 10時45分になったので、亭主は厨房に入り天麩羅を揚げる準備を始める。広い調理台はなにかと便利が好い。食材を切り分けて天ぷら粉をボールに入れたら、天麩羅鍋に油を注ぐ。「設定温度になりました」とか「火が強くなります」などとアナウンスをしてくれるので、年寄りにも判りやすい。女将がタンパク質がないと言うので、海老とイカのシーフードミックスを解凍して、玉葱と長ネギの青いところを刻んで天麩羅を揚げ、大鍋のお湯が沸いたらうどんを茹でる。

 おろしたばかりの天麩羅油で揚げたての天麩羅は、やはり美味しいのでした。天麩羅が多いので今日はうどんを一人前ずつ茹でて、ちょうど好い量なのでした。本当は蕎麦を食べたいのですが、なかなか蕎麦を打ち打とうという気持ちにならないので、蕎麦粉がもう三ヶ月も冷蔵庫の中に残っている。二人分だけだから少しだけ打って食べれば好いのだけれど、それがどうも面倒に思えるのです。蕎麦屋を12年もやって来た反動なのか。そろそろ新蕎麦の季節…。

 昼を食べても今日も眠くならなかった。テレビを観る気にもなれずに、女将と1時前に向こうの家に行って、またゴミを車に積み込むのでした。沢山捨てたはずの植木鉢の残りを、車に積んで持ち帰ってくる。昨日までに掘り起こして持って来た水仙の球根を植えるのに、培養土を近くの園芸店へ行って買ってくる。駐車場で少し球根を植えたら、今朝、農産物直売所で野ボタンの綺麗な花を見つけたので、女将に言って夕刻に一緒に買いに行くのでした。

 亭主が昼寝をしないと午後の時間が増えるから、スポーツクラブのお休みの女将と夕刻まで一緒に出かけられた。紫色の鮮やかな野牡丹は、コートダジュールという品種らしく、鉢植えでも十分な大きさなのですが、これから育てていくのが楽しみ。夜は寒くなりそうなので女将に言って鍋にしてもらうのでした。明日は午前中に内科に行って血圧と尿酸値を下げる薬をもらわなくてはならない。その前に床屋に行けるかどうか。庭木の剪定と移植は、土曜日だったのが水曜日に変わったのでプールには行けそうにない。


11月4日 火曜日 平年並みと言うけれど寒い朝でした…

 朝の気温が4℃まで下がって、今朝はとても寒いのでした。それと見込んで夕べは厚手のジャージに着替えて眠ったけれど、朝になったらそれでも寒くてタイツを履くのでした。朝日が昇ると少し暖かくなりましたが、缶ゴミを集積場まで運ぶのに、西の小径の階段を下りるのにも、身を縮ませて歩くのです。昨日買ってきた野牡丹は紫色の花を付けて枝を広げています。今日は朝から忙しい一日になりそうなので、食事の後もひと眠りをする暇はないのです。

 10時半から内科の予約が入っているので、床屋に行くためには朝一番の8時半に店に着かなくてはならない。女将の見ている朝ドラが終わるのを待って「床屋に行って来ま~す」と玄関を出る亭主。青空の広がる中央通りを駅までひとっ走りして、国道に出て500mほどで目的地の床屋に着くのでした。まだマスターはやっ来ていないようで、駐車場に車を止めて待っていました。開店の時間には間に合って看板がクルクルと回り始めた。中に入って挨拶をする。

 頭を洗ってもらっていたらもう次のお客が来たので、マスターが電話で息子の店を手伝っている奥様に来てくれるように頼むのでした。髪はマスターに切ってもらい、遅れて来た奥様に髭を剃ってもらう。引っ越した話をすれば、「仕事がなくなると暇になるわよ」と言われる。今のところ引っ越しの後片づけに追われる毎日だから、あまり気にならないけれど、やはり少しは心配なのです。早く終わったので一度家に帰り、一服したら今度は内科に向かうのでした。

 内科は午前中の20番で予約が取れたから、受付をしたら20分ほど待って名前を呼ばれる。いつも待たされるのだけれど、いきなり先生が来て「変わりはありませんか?」「睡眠は取れていますか?」などと聞かれて「7時間以上は眠っています」と応える。処方箋を出してもらって近くの薬局に行っていつもの薬をもらう。家に帰ったのが11時過ぎだったから、今日は朝から順調なのでした。昼の支度に厨房に入って、肉と野菜を炒めてあんかけにして、今日は湯麺。

 午後の昼寝を終えたら、今日は昨日のうちに浸けておいた昆布と干し椎茸の鍋を温めて、鰹節を入れ沸騰する直前で止める。一番出汁が取れたら二番出汁を取る。今までの蕎麦屋で作った量の半分程度だけれど、一番出汁は2カップだけは茶碗蒸し用に取っておき、残りはかえしを加えて蕎麦汁にする。二番出汁は少し多めに作って、味噌汁用に容器に入れて冷蔵庫で保存するのです。鍋類を洗う時間を含めてたっぷり1時間はかかったから時間がつぶせた。

 夕飯までにはまだ時間があったので、近所をぶらぶらと歩いてくる。向かいのサツマイモ農園の建物が、そろそろ外壁を張り始めたのです。事務所になるはずの側にも、窓がまったくないのが気になったけれど、費用がかさむからなのか。とても簡単な作りなのでした。家に戻れば女将が里芋の衣かつぎを作ってくれていた。今日は茶碗蒸しと常夜鍋で身体が温まるものばかりなのでした。焼酎の炭酸割りを飲みながら秋らしい夕食に舌鼓を打つのです。



11月5日 水曜日 天気は好いけれど気忙しい日々が続く…

 夕べも9時半までは頑張って起きていたけれど、前日の睡眠が習慣化して今日も1時過ぎには目が覚めてしまった。4時間が一区切りという考え方もあるけれど、身体が疲れていないのだろうか。仕方がないから、ミルクティーを入れて飲みながら、パソコンに向かい、車の保険の継続手続きを済ませる。ネットだから24時間いつでも出来るのが嬉しい。そして、市の健康保険課から送られてきた高額医療費の申請書を書くのでした。ずっと放っておいたのです。

 朝日を浴びて先日買ってきた野牡丹の花が綺麗に咲いている。一日花だと言うけれど、蕾が沢山あるから次々と咲き出すのかしら。燃やせるゴミを捨てに西の小径の階段を下りて、集積場まで行けばまだ朝が早いからそれほど沢山ゴミが出ていなかった。室内に戻って朝食の食卓の準備を始める。朝と夜は女将が作って亭主がテーブルに運ぶのが、最近の我が家の習慣なのです。鰺の干物は大きすぎるので、二人で半分ずつにして食べるのでした。

 8時半に業者が来るということだったので、自分の車は向こうの家のガレージに置きに行った。駐車場には3台の車が入れるようにしたのです。ところが業者が来たのは9時近くで、向こうの家から移植する木や花はなんですかと言う。先日、監督に一覧票を渡したばかりなのに、下請けの業者まで届いていないのでした。仕方がないからもう一度、庭の見取り図と一緒に書いて渡すのでした。いよいよ選定作業が始まる。見事に綺麗になるから気持ちが好い。

 昼はスパゲッティーミートソースにコンソメのスープ。亭主が作り女将がテーブルに運ぶ。食休みに入る間に、職人さん達は昼飯を食べに出掛けたらしい。建物のぐるりを綺麗に剪定して、タラの木も月桂樹の木もすべて根から抜いてくれたのです。切った枝や抜いた木などはトラック一杯分の分量があった。亭主一人では時間があっても到底出来ない作業なのでした。厨房の掃除と同じく、プロの職人に任せるのが一番なのです。疲れていたけれど昼寝はなし。

 午後は昼寝もせずに、向こうの家に一緒に行って、移植する木や花を亭主が指示した。最後に残ったのは金柑の木で、何十年もの間に根が張っているので、掘り起こすのが大変なのでした。三人がかりで約2時間かけて掘り出して、トラックに積み込む。それから家に戻って、植え付け作業をするのだから、亭主は見ているだけでもう疲れてしまうのでした。コーヒーを淹れて飲んだり、煙草を吸ったりして、何とか眠くならないように我慢しているのです。

 すべての作業が終わったのは4時近かった。女将も帰ってきて、二人で「どうもありがとうございます」と見送るのでした。家の周りを二人で見て回れば、今までの荒れた庭はどこへやら、綺麗に土を盛った庭に移植した木や花が植えられているのです。夜は亭主が焼売を作ることになっていたから、眠気を我慢して4時過ぎから厨房に入る。挽肉と玉葱のみじん切りを混ぜて、塩と酒と片栗粉を加えたら、焼売の皮に包んでいくだけなのです。残った焼売の皮に挽肉の残りを包んで揚げてもらえば、雲呑揚げの出来上がりです。これで一献とは今日も好い一日なのでした。



11月6日 木曜日 気温は昨日より高いのに寒く感じる朝…

 夕べは風呂を出て居間の椅子の上でウトウトシながら、10時になったら寝室に行ってベットに横になりました。朝の5時まで目が覚めることもなくゆっくりと眠れて、心地よい目覚めなのです。最近は夢を見ても、どこか知らない街で電車に乗るような話ばかりで、印象に残らないものばかりなのでした。新聞を取りに玄関を出て南側の庭を覗けば、綺麗に整地された所にサツキやマンリョウ、キンカンの木が植えられて、まるで新しい家の庭のようなのです。

 朝からよく陽の当たる東側の庭の花壇には、花壇に芍薬と万両が植えられている。大きなポットにはまだ何も植えていないから、草が生い茂っているのでした。ここに昔はナスやピーマンを植えて家で食べるくらいは実がなっていたのです。数年前から、そんな余裕がなくなって、放っておいたものだからやはり歳を取ったのだろうか。今度は蕎麦屋の仕事がなくなったので、本当の隠居生活の楽しみとして、また野菜を植えようかと考えているのです。

 朝食は亭主の希望でホウレン草のバターソテーと出汁焼き卵とウインナソーセージ。豚汁が付いたので栄養は満点なのでした。ただたまにはパン食が好いのだけれどと喉まで出かかったけれど、若い頃はあんなにパンの好きだった女将が、今はまったく食べようとしないから不思議なのです。食後は女将が洗濯物を干し終えたら、肉と魚が何もなくなったと言うので、二人で隣町のスーパーに買い物に行く。今日は珍しく餅を買ってもらったのです。

 買い物から帰ればもう昼の支度をする時間なのでした。毎日毎日昼飯を作っている亭主も、同じような物ばかりの繰り返しで飽きてきているのでした。今日は久し振りにあんかけの五目焼きそばを作ろうと、材料に少し余分に金をかけて準備をするのでした。準備が整ったら後は中華鍋で、まず最初にチーンした焼きそばを揚げて、具材を炒め、水を入れて煮るだけだから簡単なのです。熱々のあんかけをかけた五目焼きそばは、久し振りに食べて美味しかった。

 午後は女将と向こうの家に行って、庭の十二単やまだ残っていたマンリョウや水仙の球根を掘り起こして家に持って帰る。それから電気の解約やら水道の解約やらに時間を取られて、昨日の剪定と移植の代金を取りに来てもらう。女将は早速持って帰った小さな苗を綺麗になった庭に植えていました。本来、草花の好きな夫婦だから老後の楽しみは草木の手入れで好い。亭主は寝室の前辺りに、食べられる野菜を植えようと、もう考え始めているのでした。


11月7日 金曜日 朝の気温は7℃、空は青く晴れ渡って…

 8時間の睡眠を取って朝の5時半に目が覚めた。ミルクティーを淹れて頭をすっきりとしたところで、今日の予定を考えるのです。しばらく行けなかったプールには是非とも行きたい。それまでに時間があるから、まずは洗面をする時に髭を剃っておこう。そして、居間の掃除機かけを済ませておこう。プールから帰ったら昼飯の準備をしなければならないが、今日は何を作ろうか。午後は先日行った園芸店で野菜の苗を観て見ようかと考えて散歩に出掛ける。

 西の小径の階段を下りていたら、お隣の若い旦那がゴミ出汁の袋を持って降りて来ながら、「庭木が随分とすっきりしましたね」と後ろから声をかけてくれた。これから仕事に出掛けるのでしょう。西が作公園まで出れば、北側に植えられている銀杏が黄色く色づいている。『ここまで来たら調整池を回って帰ろうか』と、少し遠い散歩道を選ぶのでした。調整池の見えるところまで来ると、ちょうど朝日が昇るところなのです。今日は好い天気になるらしい。

 お袋様の住むマンションの坂道を登って、我が家の隣のコスモス畑まで来れば、もう家はすぐそこなのです。2600歩。やはり1.5kmは歩いた計算です。家に入れば女将が厨房に入って朝食の支度をしていた。今日は鮭の塩焼きにピーマンのじゃこ和えとキュウリの糠漬けがおかずのでした。7時半に朝食を終えて、女将が入れてくれたお茶を飲む。これからいよいよ洗面と髭剃りなのでした。女将が朝ドラを見ている間にトイレを済ませ、ここまでブログを書く。

 着替えを済ませて洗面と髭剃りをすれば、いよいよ掃除機かけ。予定通りに進んでいるから気持ちが好い。少し楽なくらいの予定ならば、年寄りでも悠々とこなせるのです。掃除機を9時前にかけ終えて、洗濯をしている女将の部屋に行けば、「庭に随分と陽が当たるじゃない」と喜んでいるのです。冬の日中は前の家があるから、日影になるけれども朝のうちは陽の光を遮るものがないのです。亭主の部屋の前まで明るく陽に照らされているから作物も育つだろう。

 予定通り髭剃りを終えたら、プールに出掛ける準備をして、コーヒーを淹れて飲む亭主。9時半過ぎに家を出て、途中、煙草を買いにコンビニに寄って、タワーパーキングに車を入れたら、4階のスポーツクラブまでは外の階段を昇って歩くのでした。今日は朝から随分と歩いたから、段々と右足が重くなってくる。それでもプールに入れば元気に泳いで、いつもの金曜日よりは混んで来たので、すぐに上がってしまいました。ひとコース5人は多すぎるのです。

 家に帰っる頃には暖かくなって来たから、買って帰った伸ばし海老と野菜類を天麩羅に揚げる。揚げたばかりの天麩羅をおかずにして、茹でたうどんを冷やして天麩羅うどんにするのでした。今日は暖かくなったせいか、女将も自分の天麩羅を全部食べてくれてた。午後は寝室のベッドで1時間ほど昼寝をして、女将がスポーツクラブに出掛けている間に、近くの園芸店に行ってみるのでした。野菜の苗はほとんどないので、西の町の大きな園芸店まで出掛ける。

 久し振りに出掛けた園芸店では、冬場の野菜の苗は、葉物とそら豆やスナップエンドウなどの豆類ばかりで、仕方がないのでブロッコリーと葱、絹さやとスナップエンドウの苗を買って帰るのです。家に帰って、早速、植え付けをしようと思ったら、午前中に女将が洗濯をした洗濯物が風で飛ばされて、物干し台まで倒れている始末だったから、慌てて乾いている洗濯物を拾い上げるのです。それからやっと苗の植え付け作業を始めるのでしたが、豆類はどれも初夏にしか採れないらしい。ブロッコリーは寒い冬場に出来るようだ。


11月8日 土曜日 朝からけたたましいセキュリティーの音で…

 夕べも9時半には床に就いたのですが、夜中にポーンという音と共に綠色のランプが付いたスマホに起こされたのでした。時計を見れば11時半前で2時間は熟睡したのです。スマホを見ればLINEにクラス会を楽しみにしているというメッセージ。こんな遅くにLINEをするものなのだろうかと、生活習慣の違いに驚かされるのです。居間の照明を点けて紅茶を飲みながら、プロジェクトXを見てしまった。眠くなるまでが大変だったが、横になったら寝付いたようだ。

 ところがすっかり寝入っていた朝、今度は女将の「大変なのよ」という大きな声で起こされた。廊下に出てみればけたたましいセキュリティーの音がしていたから、慌てて機械を操作する。電話が鳴って受話器を取った女将が「間違って窓を開けてしまったんです」と警備会社に言い訳をしているのでした。それでも4時間は眠っただろうか、朝の7時になっていたから、朝食の時間なのです。昨日の夜のモツ鍋の残りを味噌汁にして、銀だらの煮付けが出て来た。

 びっくりしてを覚ましたけれど、まだ頭は働いていなかった。こんな日は一日中ぼうっとしていることが多い。それではいけないと昼食の前に外に出て近所を歩いて来るのでした。女将も先に玄関を出て、亭主とは反対の方向に行ったから、隣のコスモス畑に出る森の道を歩くのだろうか。一人では心細い道だけれど、怖い物知らずなのですね。亭主は西の階段を下りて女将とは逆に、広いみずき通りの方へと歩いて行くのでした。青空にだいぶ雲が出て来た。

 11時前になったので、冷蔵庫に残った食材を使って、今日はまた湯麺を作りました。鶉の卵もヤングコーンも木耳もあったので、白菜を入れ、昨日の天麩羅にした伸ばし海老を切って炒めたら、片栗粉を水で溶いてあんかけにするのです。茹でた麺の上に載せて20分もかからずに湯麺の出来上がり。寒い日だから、身体が温まってちょうど好かったのです。食後のひと休みをして、亭主は奥の寝室でひと眠りをするのでした。やはり、朝の寝不足が祟っているのか。

 1時間ほど眠ったら、女将と一緒に向こうの家に行って、シランや水仙の球根を掘ってくる。「何十年も一緒に暮らした花だから」とシランに対する愛着が強い彼女なのでした。水仙の球根も黄色い姫水仙がこの辺にあるはずだからと言うので、亭主がスコップで掘り返してやるのです。球根だけでは白い普通の水仙なのだか、黄色い姫水仙なのだか判らないけれど、女将は新しい家の南側の庭にびっしりと植え付けていた。亭主は初めて初夏採りの長ネギを植えた。

 明日のクラス会や来週の愚人賢人の会のLINEが、ひっきりなしに音を立てている。情報を共有するのは嬉しいけれど、毎回、スマホを見るのも慣れない亭主には結構大変です。4時前に女将が「ちょっと散歩に行って来ます」とまた玄関を出ていく。亭主はまた眠くなりそうなので、何か飲み物を作ろうとこのブログを打ちながら考えている。こんな早い時間から酒を飲んでしまうと、夕食時にはもう眠くなってしまうだろうし、土曜日はテレビも面白味がない。


11月9日 日曜日 あいにくの雨でもクラス会は開催されて…

 せっかくのクラス会の日だというのに、朝からの雨模様でした。昼からの開宴なので、朝食を食べて少しゆっくりとすることが出来ました。千葉の田舎から都心まで出掛けて行くのは、今の亭主にとっては年に一度の大遠征です。列車の時刻を調べたり、会場までの道順を地図を見て予習したりと、大學時代まで東京に住んでいたとは思えない。今浦島の境地なのでした。朝から相当に寒いので、しっかりと防寒対策をして、タクシーを呼ぶのでした。

 駅まで行く間に雨はかなり降ってきました。日曜日の昼前の電車は空いていて、西馬込行きの快速電車に乗れば、1時間で着くから思いのほか楽ちんなのでした。しかし、1年に一度しか電車に乗らないというのも、車で高速道路を走らなくなったのと同じくらい、世間と隔絶した生活を送っている証拠です。足の具合が良くないというのも手伝って、夫婦で二人とも出かけないから、好いのか悪いのかすっかり行動範囲が狭まったままなのです。

 最寄りの駅に着いて、時間が早すぎるからと喫茶店に入ってコーヒーを飲んでいたのです。店の案内をスマホで検索していたら、ナビの画面を見つけて、ナビに従って歩いていったら、なんと随分と違った所に出てしまい、結局、店に電話を入れて聞く始末。「随分と行き過ぎてしまいましたね」と、店の方が親切に場所を教えてくれたから助かった。駅からすぐ近くのはずなのに、30分以上も歩き回ったのでした。やっと目的の店に着いて懐かしい顔ぶれと再会する。

 高校を卒業して50年以上、毎年のように開催してきたクラス会だから、お互いの結びつきが強いのだろうか。今年は18人の旧友が集まった。この1年間の出来事や近況を一人一人順番に話すのだけれど、皆さん一言では語り尽くせないからつい長くなる。病気や家族の介護の話も多かったけれど、仕事や趣味の話も出る。亭主は12年続けた蕎麦屋を廃業した話をして、本当に隠居になったと言えば、まだまだ元気な皆さんから更に元気をもらったのでした。

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2025年10月下旬



10月20日 月曜日 朝からの雨でとても寒い一日…

 夕べも9時にはもう眠くなって床に入った。風呂から上がってしばらくすると身体の調子が眠る体勢になってしまうらしいのです。何度か夜中に目が覚めて、最終的には6時前に起き出して、コーヒーを一杯飲んだら燃やせるゴミを出しに、車で集積場まで行く。ゴミ袋7つ分だから、大変な量なのです。家に帰ってソファーに座ってひと休みすれば、何故か左手の指が引きつるように痛い。何年かぶりにギターを弾き始め、普段使わない筋肉を使ったからかも…。

 これも老いかと女将に話せば、ヨーガの準備運動でやる手の指を動かす動作を教えてくれた。若いときは何でそんなことをするのかと思っていたらしいが、歳を取ると血行をよくする必要があるのだとか。小指と薬指の根元辺りがだるくて仕方がないのです。そんな話をしながら朝食の食卓に着く。朝は残っていた鶏肉を使って親子丼が皿に盛られて出て来た。お腹には優しい朝食なのでした。今日はお袋様と買い物に出掛ける日なので、車に乗って迎えに行く。

 あいにくの冷たい雨で、車は暖房を入れていた。雨だからか、農産物直売所には農家が野菜類を持って来ていなかった。隣町のスーパーに行けば、やはり雨のせいで駐車場も空いていたのです。女将が書いてくれたメモを見ながら、客の少ない店内を回って、最後に牛乳と燃えるゴミの袋を買ったら、二袋分の荷物で5000円だったから、まずまずの値段でした。お袋様を家まで送って自宅に帰れば、女将が玄関を出て重い荷物を取りに来てくれた。

 ひと休みして昼の支度を始める亭主。今日は寒いから野菜をたっぷり入れた湯麺にすることにしました。二人で汗をかきながら平らげて苦しくなるのです。食後のひと休みをして、女将はスポーツクラブに出掛ける準備をして、亭主は奥の寝室で昼寝をするのです。1時間ほど眠ったら、もう女将は出掛けていた。お湯を沸かして蕎麦茶を淹れ、パソコンに向かって向こうの家のガスの停止を申し込む。明日の午前中には来てくれるというから対応が早い。

 雨が上がったのか隣のお花畑では、親父様が草刈りの機械に乗って広い畑に伸びた草を刈っていた。蕎麦屋の駐車場の前に車を停めて何処かの親父様が訪ねてきたので、玄関を開ければ近所の人の家探しなのでした。西の階段を降りた辺りだろうと言えば、車を停めたまま階段に向かっていった。結局、家は見つかったが留守だったらしく、戻って来て車に乗って帰って行く。犬を連れた親父様が、「お蕎麦屋さん止めたんですね」と話しかけてきた。「5、6年はやったのですか」と言うので「12年やったんですけれど、力がなくなってね」と応える。「蕎麦打ちは力が要るからね」と帰って行く。

 夕方のひとときはこのところギターを弾いていたのだけれど、左手の二本の指が痛いので少しで止める。何もしないで椅子に座ってしまうと眠くなるので、夕飯が出来るまで散歩に出ることにした。草を刈ったばかりの隣の畑から草の匂いが漂ってくる。西の小径の階段を下りて、今日も短い距離の散歩にすることにした。動いていれば眠くならないけれど、右足の調子はあまり好くないのです。5時過ぎに家に戻って、夕飯のおかずを少しずつテーブルに運ぶ。今日買って帰った鰯が久し振りなので美味しかった。茶碗蒸しは鶏肉と蒲鉾を入れたので出汁が出てとても美味しいのでした。


10月21日 火曜日 今日は昨日よりも寒い一日でした…

 夕べも9時に床に入って、今朝は4時前に目が覚めた。外が明るくなるまでは、コーヒーを淹れて身体を温める。何かとても寒い気がしたから、厚手の長袖にジャージの上着を着て、朝飯前のひと仕事に出掛けるのでした。今日は地域の子ども会の廃品回収日だったから、向こうの家の居間に積んであった段ボールの束を、まずは玄関に持って来て集積場まで運ぶのです。次に束ねた本や新聞は門の前に積んでいく。階段を何度も上り下りしてすっかり疲れた。家に帰って朝食を食べたら、もう眠くなってベッドに横になる。目が覚めたら9時過ぎで、WBCの中継が始まっていたのでした。

 朝飯の後のひと眠りが長くなると、すぐに昼になってしまうのです。する事がないこともあるけれど、急に寒くなったから床の中が気持ちが好いのです。プールに行きたくても今日はスポーツクラブがお休みの日で、女将は昼前に向こうの家に行って荷物の片付けをしたらしい。厨房のテレビで野球中継を観ながら、亭主は昼飯の支度を開始するのでした。買ったばかりのキャベツの葉を刻んでトマトと盛り付け、スパゲッティーを茹でながらミートソースを温めるのですが、寒いからスープが必要だと気が付いて、玉葱を刻んでシメジとオクラでこんそめスープを作りました。 

 昼を食べ終えたら野球の試合の結末を見ずにまたベッドに横になって昼寝をする。やはり寒いからなのでしょう。女将は部屋に入って条幅を書いているらしかった。スポーツクラブの予約する時間に起こされて、無事に予約が取れたら女将が柿を剥いてくれた。3時過ぎになって女将の仕事が終わったら、向こうの家に行くというので車で出掛けたら、木曜日に粗大ゴミの回収を頼んだというので、沢山の荷物を二階から下ろさなければなりませんでした。10年以上も前に亡くなった義父母の部屋の押し入れに、沢山の衣装ケースが残っていたのを亭主は知らなかったのです。木曜日の朝にはすべて家の前に出しておかなくてはならないから大変です。

 こちらの家で使う冬用の羽布団やお節料理を入れる重箱などを車に積んで、4時過ぎに家に戻ってひと休み。夜は鍋にするから時間がかからないと言う女将は、洗濯物を畳み始めている。亭主は、初めての女性総理の誕生を報ずるテレビのニュースを見ていたが、鍋用のガスボンベがないと言うので近くのスーパーまで買いに行く。中くらいの鍋は引っ越しのどさくさで捨ててしまったというので、本来一人用の鉄鍋を使って小さなコンロで夜は鍋にするのでした。明日は朝から今季最低の11℃という寒さなので、そろそろ靴下を履かなければと思うけれど、何処に入れたのだか判らないのです。明日は朝飯前のひと仕事に燃やせるゴミを捨てたら、朝食を食べてゆっくりとプールに行く準備をしようと思うのです。


10月22日 水曜日 朝から雨のとても寒い一日でした…

 夕べは10時半まで我慢して起きていたら、今朝は5時半に目が覚めた。やはりこのパターンの睡眠が一番理想的のようです。まだ外は明るくならないから、コーヒーを沸かして飲んでいるうちに、暗い夜明けがやって来るのでした。天気予報通りに今朝は雨でした。明るくなったら、車に積んである燃やせるゴミを近くの集積場まで運んで行く。家に帰れば、女将が起き出して来て厨房に入る。今朝のおかずは鯖の塩焼きとひじきの煮物にぬか漬けと豚汁が付いた。

 食後は奥の部屋でベッドに横になったけれど、昨日はゆっくりと眠れたのでひと休みしたら起き出す亭主。今日はプールへ行こうと思っていたから、水着やバスタオルをバックに詰めて、早めに家を出てまずは昼の買い物をするのでした。昼はうどんにすることにしていたので、天麩羅に牛蒡を揚げてみようと地階のスーパーを見て回る。4階のスポーツクラブはまだ開いていないけれど、会員証を機械にかざして中に入るのです。着替えてプールの開くのを待つ。

 10時ぴったりにプールの扉が開いて、今日は入り口で沢山のお年寄り達が待っていたから、後に続いて中に入るのでした。水曜日は子供たちの練習がないのか、6コース中5コースが一般に開放されていた。昨日は休みだったから水を入れ替えたのか少し冷たい。誰もいないコースで背泳ぎから始めて平泳ぎで戻って来る。人が増えたらクロールで泳ぎ始めるのです。15分も泳いだらもう飽きてしまって、帰りには酒屋に寄って贔屓の焼酎を買って帰るのでした。

 ついでに酒屋の近くのワークマンに寄って、引っ越しで何処に行ったか分からない靴下を一足買って帰る。丈夫で温かい五本指の靴下で、秋冬の登山用にも使えると書いてあった。家に帰れば11時前で、亭主は厨房に入って鍋にうどんを茹でる支度をしたら、天麩羅を揚げる準備をするのでした。牛蒡は縦に四等分して、オクラと生椎茸と、海鮮ミックスに刻んだ葱を混ぜて、それぞれ天ぷら粉をまぶしてから、水で溶いた天ぷら粉に付けて揚げていくのです。汁は先日作った蕎麦汁を使い、うどんに海苔を刻んでふりかけ、女将と二人でとても美味しく食べるのでした。牛蒡は特に美味しかった。

 雨模様の天気でしたが、女将が午後のスポーツクラブに出掛けている間に、亭主は奥の座敷で昼寝を決め込むのです。最近は7時間睡眠が出来ているので、朝食後は眠くならないから不思議で、プールに出掛けた午後は少し眠る事にしているのです。女将が帰ってきたら、明日の粗大ゴミ回収に備え、向こうの家に行って玄関の入り口に積んである粗大ゴミをガレージまで運ぶのでした。衣装ケースは5個につき一枚、布団は3枚につき一枚500円のカードを貼る。

 小雨の降る中を作業して、家に帰ればもう4時半になっていた。少し遅くなると判っていたのか、夜の支度は簡単な茶碗蒸しと常夜鍋なのでした。生姜と酒と塩を入れた鍋に湯を沸かして、ホウレン草と豚肉を茹でて食べるだけだけれど、豚肉が柔らかくてとても美味しいのでした。夜は風呂に入ってから、なんとか眠たいのを我慢して10時まで起きていた。習慣が付けばその時刻に合わせて生活できるので、当分はこの時間帯で続けてみようと思うのです。

10月23日 木曜日 今日も朝から寒くて腰が痛いのです…

 7時間以上眠って、今朝もすっきりと目覚めた。6時を過ぎたら車にプラスティックゴミの袋を積んで、家の下の通りにある集積場で、沢山の金ゴミと合わせて降ろしてくるのでした。それから向こうの家に行って、ガレージに積んである粗大ゴミを前の通りに出しておく。8時半までには出してくださいと言われたらしく、女将が時間を気にしていたから、亭主一人だから少し時間はかかったけれど、なんとか並べて積んでおくのでした。雨が上がって好かった。

 家に帰れば女将は厨房に立って朝食の支度をしている。亭主はちょっと動いただけなのに腰が痛いと言うと、「去年も寒くなる時期に腰が痛いと言っていたわよ」と毎日記録している3年日記を読み返している女将に言われた。「その挙げ句にぎっくり腰になってる」と言うから、十分に身体を温めて少し準備運動でもしておかないと、毎年、寒くなる時期には注意をしなければいけない。朝食は鮭の塩焼きとウインナソーセージに小鉢が付いた簡単なものなのでした。

 向かいのサツマイモ農園の事務所兼倉庫の建設がまた一つ先に進んだ。農園の若旦那にあって挨拶をすれば、「今日は屋根を取り付けるのですよ」と言う。クレーン車が屋根の資材を持ち上げて、大工さんが留めていく様子が外からよく見えるのです。それにしても、天井板も張らずに、いきなり屋根を載せるのはどういうことなのだろうか素人の疑問は絶えない。女将は向こうの家に行くと言って出掛けてしまうし、亭主も昼の支度の前に散歩に出掛けるのでした。

 今日はいつもとは逆回りに、最初にみずき通りを下った。落ち葉が風に舞い、すっかり晩秋の景色に変わっていました。最初の交差点で右手に入り、新しい家の下に続く坂道を登ろうとしたら、向こうから顔見知りの老人がやって来た。以前、夜の防犯パトロールで一緒だった方で、あちらこちら身体を悪くして亭主よりも先に引退したのでした。蕎麦屋にも何度かいらっして、今は足の具合も悪いのにスクールガードを週に何回かやっているとのことでした。

 家に帰れば女将はまだ帰っていなくて、仕方がないから亭主は厨房に入り、昼の準備をするのです。女将は野菜のいっぱい入る湯麺が好いというので、中華鍋で肉と白菜、玉葱、人参、小松菜を炒めてスープを作り、亭主は買ってあった単品のラーメンにチャーシューとメンマを入れて、魚介味のこってりスープで久し振りにラーメンを食べる。麺もスープもやはりシマダヤなのです。ニンニクと豆板醤を加えてとても美味しく食べました。食後は昼寝のひととき。

 1時間ほど眠ったら、女将のスポーツクラブの予約を取る時間になって、無事に取り終わったら二人で向こうの家に行って片付けの続きをする。燃やせるゴミの袋があれよあれよという間に何袋も出来て、最後の粗大ゴミを玄関に運んで並べるのでした。息子の部屋が一番細かな物が多くて、結婚しても何も片付けに来ていない。サーフボードもミニコンポもそのままなので、二階から下ろすのが大変なのでした。1時間半ほど頑張ったけれど、もうこれが限界と3時過ぎには家に帰って来た。女将は市の廃品回収の係に電話をして細かな内容を伝え、来週の火曜日に採りに来てくれるように頼むのでした。すべて合わせて9000円だというから、捨てるのも楽ではないないのです。いよいよ10月も最後の週で片付けは終わるのです。


10月24日 金曜日 天気予報は外れて曇りで雨の寒い一日…

 夕べも10時半には床に就いたのに、なかなか寝付かれなかった。毎日プールへ行くわけにもいかず、睡眠の習慣化というのはなかなか難しい。7時に目覚めて、食卓に着く。車の中に沢山積んだ燃やせるゴミの袋を集積場まで運び、今日はプールに行こうと思って準備をするのだけれど、プールが開いていないから、ちょっと早すぎるのです。10時ちょっと過ぎににロッカールームを出てプールサイドに行けば、もう早い老人たちで溢れていた。今日は「少し速く泳ぐコース」が空いていたので、いつもより早いスピードで泳いだ。

 女将が肉や野菜がなくなったと言っていたので、プールの帰りに地階のスーパーに寄って買って帰る。夜はまだ白菜が残っているから鶏鍋にしようといっていたので、鶏肉とシラタキも買って、ついでに酒の肴にと手頃な大きさに切った柳だこが出ていたので買って帰る。昼は焼きめしでも好いと言っていたけれど、シマダヤの塩焼きそばが出ていたので、家に着いたら早速厨房に入って、海鮮ミックスと野菜を刻んで炒め始める。スープには雲呑と葱を入れる。

 昼食が終わったら、女将はスポーツクラブへ出掛ける準備をして亭主は奥の座敷に入ってベッドに横になる。1時間ほど眠ったら、女将はもう出掛けていた。ジョン・ウェインの西部劇をBSで観て、午後のひとときを過ごすのです。外はかなり激しく雨が降っていたから、女将の帰りは大丈夫だろうかと心配する。スマホを持って出ていれば好いのだけれど、だいたい部屋に置きっぱなしのことが多い。傘も持って出ていないし、心配しながら待つしかないのです。

 雨が少し小振りなった頃に女将は帰ってきた。「雨に降られなかった?」と聞いても、「洗濯物を軒下に入れておいて好かったわ」と歩いて来たから暑いのか半袖姿でヨーグルトと蜜柑を食べている。亭主は残り少なくなった煙草を買いに、近くのコンビニまで車を走らせる。今日二度目の外出なのです。夕方の4時前だというのに空は暗く、今にももうひと降り来そうな様子なのでした。小雨が降ってきたので、向こうの家には行かずにそのまま新しい家に帰る。

 4時半になったら女将が厨房に入って、夕食の鍋の準備を始めるのでした。亭主は焼酎と炭酸に箸やコンロを用意して、自分は今日買って帰った柳だこの切り身を小鉢に盛って、一杯やり始めるのです。今日はプールで泳いだとは言え、あまり動いていないのでとても寒く感じる。エアコンの暖房を入れていたけれど、「エアコンの音が大きくてテレビの音がよく聞こえないのよ」と女将も言うのです。亭主も映画を観るときは字幕の出るものを見ることが多いのです。


10月25日 土曜日 今日も朝から冷たい雨が降って…

 夕べは頑張って10時まで起きていたけれど、床に横になったらすぐに眠りに入れたのです。朝になって目覚めれば6時だったから、随分とよく眠ったことになります。新聞を採りに出れば、外は冷たい雨がそぼ降って、暗い朝なのでした。駐車場のヤマボウシの葉も幾分、紅葉しているのか、モミジも色が変わり始めている。最近は急激に気温が低い日が続いているのです。小雨の降る中を西の小径を見れば、剪定しなければならない木槿が気になるのです。

 隣のコスモス畑は、この時期の寒さで花が長持ちしている。綺麗に下草を刈ってあるから、その上を歩いて近づけば、ずっと向こうまで満開の花が続いているのでした。家に戻ればもう朝食の時間で今朝は卵の出汁焼きにナスの新焼、キュウリの糠漬けが出た。今日はゴミ捨てもないしもプールにも行く予定がないので、8時過ぎから始まると言うワールドシリーズを見ようとテレビの前に座っていた。ところが、試合が始まったのは9時過ぎからでくたびれた。

 2対2まで試合が進んだところで疲れてしまい、厨房に入って昼の支度を始める。今日は「カレーでも作ったら?」と女将に言われたので、ジャガイモの皮を剥いて玉葱を切る。昨日の鶏鍋に使った鶏肉の残りを入れ、ナスやオクラやニンジンを切って、ルクルーゼの鍋でコトコトと煮込んでいくのでした。10時半に始めたのに11時前にはもう出来上がって、鍋の余熱でじっくりと仕上がりを待つのでした。ドジャース戦が気になったけれどテレビは点けなかった。

 ジャガイモがとろけるほどの出来栄えのカレーは、久し振りにとても美味しいのでした。蕎麦屋を止めてからは、ジャワカレーの辛口一種類のルーだけでカレーを作っているのですが、生姜も大蒜もなしで野菜を沢山入れるので上手く出来るような気がするのです。食後は奥の寝室でひと眠りをして、1時半になったら女将とショッピングモールへ出掛け、夜の食材と粗大ゴミの券を買うのでした。給料後とあってモールは相当な混みようなのです。

 生ものを一度家に置いたら向こうの家に行って、火曜日に取りに来てくれると言う粗大ゴミを、居間の部屋からガレージの中に写すのです。前回は3000円だったけれど、今回は9000円分もあるから、単純計算でも3倍の量があるのでした。カーテンを燃えるゴミに出してと思っていたけれど、そこまで行き着くまでに二人ともすっかり疲れてしまったのです。「若い人ならわけもないのでしょうね」と女将が言う言葉に、力持ちのはずの亭主も頷くしかなかった。

 4時過ぎになって、ドジャースが大負けをしたニュースをネットで知った亭主は、やけ酒だとばかりもう晩酌の準備をするのです。接戦で負けるならまだしも、11点も取られて大谷選手のツーランホームランも焼け石に水なのでした。ショッピングモールで昨日食べたばかりの美味しそうな柳蛸が出ていたので、女将に言って買ってもらったのです。夕食は久し振りのすき焼きだったけれど、その準備が整わないうちに、もう焼酎の炭酸割りを飲んでいた。


10月26日 日曜日 朝から雨・雨・雨の日曜日…

 夕べは晩ご飯が終わった頃から、ドーンドーンと大きな花火の音がしたので、玄関を出てみればすぐ近くの小学校の辺りから大きな花火が上がっているのでした。女将の話では、夏の印旛沼の花火大会がなくなり、市のあちらこちらに分散して花火が揚げられるようになったのだとか。西の小径には階段を昇って下の住人たちが並んで花火を見守っていた。「こんばんわ」とお隣の奥さんと娘も出て来ていた。バス通りには車を停めて眺める人もいるのでした。

 昨夜も10時には床に就いたけれど、12時には一度目が醒めてしまい、テレビ映画を観ていたらまた眠くなったので布団に入れば、朝の5時半まで目が覚めずに眠る事が出来た。朝食の支度を手伝って箸や小鉢を運べば、今日のメインは銀ダラの西京漬けを焼いたものでした。人参と大根とキュウリで作った半端野菜のアチャラ漬けとか言う漬け物は、新しいメニューなのでした。酢が入っていてさっぱりとした味なのです。食後は横になっても眠れなかった。

 今日は一日中、雨だと言う予報だから、散歩にも出掛けられないのです。ドジャース戦も始まっていたけれど、一回の裏表を見たらもう疲れてしまう。最近はピッチャーの投げる球の行方をしっかりと見ているから、妙に集中してしまうのです。テレビがスローモーションで球の動きまで映すようになったからなのです。面白くなった半面、年寄りが見続けるにはかなり疲れる。雨が小降りなって外に出られるくらいだったから、少しだけ散歩をするのでした。

 バス停を一つ分歩いて、柿の木のある家の前まで行くと、その向こうの駐車場にもまた柿の木があって、どの木にも鈴なりに黄色い柿の実がなっているのです。今年は柿が豊作なのだろうか、スーパーなどでも沢山の柿が安く売られている。小降りになった雨の中をご夫婦で散歩する姿をちらほらと見かけた。やはり、秋を感じる季節なのでしょうか。家に帰って洗濯物を干し終えた女将に話せば、彼女もまたコスモス畑の方に散歩に出掛けるのでした。

 ドジャース戦のテレビを厨房の小さなテレビで観ながら、亭主は昼のカレーライスを温めていました。スープは玉葱のスライスと生椎茸にワカメを入れたコンソメ味。新しく買った福神漬けを添えて美味しく頂くのでした。ちょっと早すぎる昼食でしたが、無事にドジャースが勝つまでテレビを観て、奥の寝室でひと眠りする。1時前に寝覚めて、女将に柿を剥いてもらったら、二人で向こうの家に行って、いよいよ家の中は最後の仕事に取りかかるのでした。

 一階の居間と二階の子ども達の部屋のカーテンを外して、燃やせるゴミの袋に詰めて行きます。息子の部屋に残った重たい本箱とテレビの台を階段の下に降ろして、一息ついたらガレージまで運ぶのです。燃やせるゴミの袋は車のトランクに積み込んで、残った物は自分たちでは捨てられないので、買い取りの業者にお願いするしかないのでした。3ヶ月間、毎日のようにこの家に通って、40年間の生活の品物を片付けてきたのがつい昨日の出来事のようです。

 帰りに隣町のスーパーに寄って、夜の食事の食材と簡単な買い物を済ませて家に戻る。LINEには、高校のクラス会の時間と場所の案内と次の週の愚人賢人の会の案内が届いていました。2週続けて東京まで出掛けるのも、何年に一度のことだからちょっと心配です。参加する皆さんは何とか元気でいるらしい。電車に乗るのも一年ぶりだし、どれだけ歩くのかが判らないので、足の具合が気に掛かります。昼の集合だから、早めに出掛けて行けば好いと思うのです。

 夕方は早めに食事の支度をして、女将は亭主のリクエストでポテトサラダを作ってくれていた。寒い夜だからと今夜も常夜鍋にしてくれたのです。焼酎の炭酸割りを一杯飲みながら、二人の夕食は始まりました。明日は晴れると言うから、まずは朝飯前のひと仕事で車に積み込んだ沢山の燃やせるゴミの袋を集積場まで運び、朝飯を食べたらお袋様と買い物に出掛ける予定です。今日も鰯が出ていたから買って帰ったので、肉と魚は少しだけで好さそうなのでした。


10月27日 月曜日 久し振りに少しだけ青空が覗いて…

 久し振りに雨が降っていない朝でした。明るくなったので車に積み込んだ燃やせるゴミを、集積場まで運んで置いてくる。その帰りに向こうの家に行って、沢山使った燃やせるゴミの袋の残りを取ってくるのでした。東の公園の森はまだ暗く、街路灯だけが明るく光っていた。家の中もがらんとして、すっかり廃墟のようなのです。家に帰ってもまだ6時だったので、1時間ほど布団に入って眠るのでした。起きればもう朝食の時間で、女将と二人で質素な食事。

 今日はお袋様と買い物に出掛ける日だったけれど、食後にまた奥の寝室でベッドに横になったら眠り込んでしまった。夕べは11時半に眠りに落ちて3時半に目が覚めたから、少し寝不足なのでした。今日は晴れるという予報もあったけれど、空は雲で覆われていたのです。まずは地元の農産物直売所に行って野菜を買おうと思ったけれど、少しずつ値段が上がっていたので、ホウレン草だけもらって隣町のスーパーに行き、メモにある残りの食材を買うのでした。

 道路は雨の跡も消えて、帰り道は少しだけ暑い陽射しが出て、亭主は半袖でも寒くはなかった。インフルエンザの予防注射をして来たというお袋様の話を聞きながら、「今年はどこも柿の実がたくさん付いているね」と道々眺める柿の木の風景を眺めるのでした。お袋様を家まで送って家に帰れば、もう昼の支度をする時間です。亭主は天麩羅鍋に油を注いで、具材の野菜を用意するのです。昨日買った鰯を女将が開いてくれていたので、それも一緒に揚げるのです。

 昼は冷凍うどんをさっと湯がいて、冷たい汁で天麩羅うどんにしたのですが、いつも少しもの足りないと思っていたので、うどんを三人分茹でたら、やはり少し多かった。牛蒡、シイタケ、ナス、オクラ、ピーマンと鰯では、天麩羅の量が少し多いのでした。食後はまた奥の寝室で横になったけれど、朝のうちに小分けに何度も眠ったので、眠る事は出来なかった。女将は早々とスポーツクラブに出掛け、帰ってから粗大ゴミのシール貼りに行くことになっている。

 女将が帰って来るまでにテレビで洋画を一本観て、ゆっくりとしていたら、LINEの着信が次々と入るのでした。来週末に迫った高校のクラス会への参加の連絡でしたが、時間が早いので二次会に参加するひとも多そうなのでした。亭主も大抵は二次会まで参加するのですが、このところ一次会の開始時間が遅いので、千葉までは帰りが大変。時間に制約はないとは言え、夜が遅くなるのは辛いので二次会は失礼していたのですが、今回は参加しても早く帰れそう。

 夕暮れ時の写真を撮れないかとコスモス畑まで歩いてみたら、夕焼けの時間まではまだ少し早かったけれど、駅前の高層マンション群から自宅までを入れてい好い写真が撮れました。この後、女将と向こうの家に行って、ガレージに置いてある粗大ゴミに料金を支払ったというシールを、それぞれの荷物に9000円分張り付けてくるのでした。明日の朝、亭主がこの荷物を前の通りに並べて置かなくてはならないので、ちょっと大変なのですが仕方がない。

 夜は昨日買った鰯を蒲焼きにしてもらい、女将は蒲焼き丼で夕食を食べるのでした。珍しく出始めの里芋が安く手に入ったからと、少しだけ衣かつぎにしてもらい酒の友にしました。160円で買った鰯も昼に天麩羅にして夜は蒲焼きで、手間さえ惜しまなければ美味しく食べられるのです。高価な牛肉やお刺身も、たまには好いけれど、安く美味しく食べるというのが蕎麦屋をしていた頃からの習慣になっているのです。手間のかかる料理は美味しいと思います。


10月27日 火曜日 朝から晴れて涼しい陽気…

 今朝は8時間以上も眠って7時前に目が覚めました。薄手のジャージに半袖のTシャツに替えて眠ったのが好かったのかも知れないと女将に言えば、「暑いとなかなか眠れないのよね」と言っていた。朝食の用意が調ってもまだ少し眠い亭主なのでしたが、食事を終えてひと休みしたら、8時半までに出さなくてはならない向こうの家の粗大ゴミを、ガレージから前の通りに出すために車で出掛けるのです。数があるから大変だったけれど全部出し終えて家に帰る。

 雲はあるけれど青空が広がって昨日よりは好い天気なのでした。隣の秋桜の咲く畑まで歩いて、写真を一枚撮ってきました。今日は食後に床屋に行く予定でしたが、9時からはWBCの第三戦が始まってしまうので、明日以降にすることにした。医者の薬がなくなりそうなので、昨日からネットで予約を試みているのだけれど、これは今週いっぱいもう満員で、なかなか予約が取れない。涼しくなって患者が増えているとは思えないのだけれど、不思議なものです。

 昼の支度をしながら厨房のテレビでドジャース戦を観るのです。いつも食事の時間が早くなるので、今日はゆっくりと用意をしていたつもりなのですが、野菜を刻んでこんそめスープを作り、蒸し焼きそばをレンジでチーンしたら後は炒めるだけだから、やはり早く出来上がってしまう。ソース焼きそばは女将の好きなメニューなのでした。青海苔を振り掛けて紅ショウガを乗せたら二人で美味しく頂くのです。午後は昼寝をする暇もなく野球中継を観るのです。

 ところがこのドジャース戦が6時間経っても決着が付かずに、夕食の買い物にも行かなければならなかったので、テレビを消すのでした。先日、行ったばかりのショッピングモールに向かって車を走らせ、女将と一緒に店内を見て歩く、夜は焼き肉の予定だったけれど、昼に肉を半分使ってしまったのです。代わりに牛肉とホルモンを買って、酒まで買ってきたから高い買い物になってしまった。帰ってみればもう試合は終わってドジャースの勝利だったのです。

 夕刻になって雲も晴れて、青空が広がっていた。亭主は帰宅後、早速、書斎のパソコンでYouTubeを見れば、延長18回の裏にフリーマンがホームランを打ったのでした。6時間半もの長い時間を選手も観客も大変だったろうと思いました。今日は床屋も行かずに昼食を夾んで、6時間以上もテレビを見続けたので眼が疲れた。夕食の前にここまでブログを書いて、これからいよいよ焼き肉の夜になるのです。久し振りだけれど、沢山は食べられそうにないのです。

 焼き肉の夕食が始まる前に、亭主はホルモン焼きをフライパンで焼いてもらい、キムチと一緒に一杯飲み始めていました。女将が来てご飯を食べ始めたら、いよいよ野菜と肉を焼くのでしたが、煙が立ちこめて少し煙たかった。と、いきなり「火災が発生しました」というアナウンスと共に、けたたましいサイレンが鳴り響くではありませんか。まだ、セキュリティーは掛けていないのに。初めての経験だったから、女将と亭主はオロオロとするばかりなのでした。

 セキュリティーのボードを見れば「火災」のランプが付いているので、音を止めるのボタンを押した。今度は電話が鳴ってセキュリティー会社の担当者が「今、警備員が向かっています」と言うので、事情を説明したけれどもう後の祭り。窓を開けて煙を出して、臭い匂いを追い払うのでした。考えたら蕎麦屋をやっていた時も、煙の出るような調理はしたことがないのです。すぐに駆けつけくれるのは安心だけれど、取り消しが効かないから大変なのです。


10月29日 水曜日 朝からまた野球中継を観てしまった…

 朝食を終えたらひと休みして、ドジャース戦が始まるまでにはまだ時間があったので、調整池の方まで散歩に出てみました。遠く駅の方面には高層マンションが建ち並んで、すぐ近くの公園の銀杏が色づき始めているのです。いつもならこの場所を左曲がってみずき通りにでるのですが、今日は右に曲がって森の中に入ってみたのです。あまり人が通らないらしく、藪に覆われて古いコンクリートの階段が草の中に姿を見せる。ここは市道のはずだけれど…。

 階段を昇って森を抜ければ、お花畑を耕しているお隣の庭先に、アスファルトの小径が続いているではありませんか。沢山の柿の木が枝もたわわに実を付けているのでした。右手には先年なくなったと言うお爺さんの古い立派な家が建って、左手の広い敷地には納屋や古い家屋の向こうに新しい家が建っている。これだけの広さの屋敷を管理するだけでも大変だろうと、人ごとながら心配するのでした。小径をバス通りまで出れば、もう我が家が見えてくる。

 平屋の建物は団地の中には少ない。店舗と奥の座敷の広さが同じだから、かなりゆったりとしているのですが、いざ住み始めればやはり窮屈なのです。まだ持って来た余分な椅子やストーブなどが、居間の部分に置いたままだから尚更なのです。ドジャース戦が始まってしばらくテレビを観ていたけれど、大谷選手が投げているからと途中まで観て、昼の支度をするために厨房のテレビに替えてまな板と食材を出す。中華鍋を出し、大鍋に湯を沸かしておくのです。

 始まってしまうと出来上がるまでが早いのが亭主の調理。今日も11時20分前に始めて、11時過ぎには湯麺が出来上がったのです。居間のテーブルに運んで女将と二人で食べ始めれば、ドジャースはどうも今日は分が悪い。ピッチャーの大谷選手も疲れているのか調子が悪い。結局、6対2で第四戦を落としてしまったから、亭主も落胆して次の試合に望みを繋ぐのでした。女将がスポーツクラブに出掛けて、昼寝をしようと思ったけれど眠れなかった。

 剪定の依頼をした業者に電話をして、不在だったので先方からの連絡を待っていたら、来週の終末に剪定を市に来てくれると言うので、カレンダーに書き込んでおく。来週は医者に行ったり床屋に行ったり、クラス会に出掛けたりと何かと忙しいのです。昼寝も出来ずに時間をもてあまして、向こうの家に行って庭の植木鉢などを半分だけ持ち帰ってくる。植木鉢は水遣りが大変だと女将が言うけれど、ホースとシャワーを向こうから持って来たので大丈夫。

 夕刻になってまだご飯の時間までには間があったので、靴を履いて散歩に出掛ける。明日の朝は金ゴミを出さなくてはと思っていたら、女将が「第五週目はプラゴミだけなのよ」と言うから、仕方なく散歩に出たのです。コスモス畑に惹かれてバス通りをお袋様の家の方に折れ、駅前から続く中央通りまで歩いた。小学校の門のところまで来たところで、『これ以上行くと帰りが大変になる』と思って引き返すのでした。坂道だから下りは楽だけれど帰りが大変です。


10月30日 木曜日 今日は朝から青空が広がって快晴でした…

 昨夜もドジャースが負けたと判っていながらも、MLBのニュースを見てしまい11時過ぎに床に入った。今朝は6時前に目が覚めて、すっきりとした気分でプラゴミの袋を集積場まで運んで行ったのです。東の空はうっすらと雲がかかって日の出もおぼろにしか見えなかったけれど、朝から青空が広がって快晴なのでした。隣のお花畑を臨めば、昨日のうちに耕した畑には何やら種が蒔かれて、次の花の準備が終わっていたのです。寒いけれど気持ちの好い朝です。

 朝食のおかずはほっけの塩焼きに大豆の煮物とキュウリの糠漬けでした。朝は焼き魚や煮魚などが多いのですが、朝食べた方が健康に良いのだとか。若いときには、朝から肉を食べたがったものですが、この歳になると朝では重たすぎるのです。一日の運動量がずっと減っているから、食事も少しで好い。ただバランス好く食べることが大切なのだそうです。食後に飲む薬がなくなりそうなのに、やっと取れた医者の予約は来週の初めなのでした。

 食後はドジャース戦が始まるまで、近所をぶらぶらと歩いて写真を撮っていた。サツマイモ農園の後ろになってしまった昔からのお向かいさんの畑には、コキアが色づいて赤くなり始めていた。日当たりが好いので、早く植えた秋桜はもう終わりの頃なのです。森の手前には沢山の柿の木が植えられているのですが、今年は豊作らしく、びっしりと実を付けていました。広い畑には様々な野菜が作られているけれど、みんな自分の家で食べる物ばかりらしい。

 その隣の広い畑は、サツマイモ農園が借りている畑で、この時期はもうサツマイモが掘り出されて、毎日、出荷する仕事に追われているようです。トラックに積んで運ぶ様子が、このところ頻繁に見られるのです。40代の若旦那とスタッフたちが、今日のように天気の好い日には朝早くから畑に出ている。今が一年で一番忙しい時期らしい。肌寒いけれど陽射しがあるので、薄着のままあるいていたけれど、そろそろドジャース戦が始まるだろうと家に戻る。

 ところが、試合は始まってすぐに先頭打者にホームランを打たれて、続く二番打者にもホームランを打たれる始末。今日も分が悪そうなので、途中で揚げたてのトンカツを買いに、亭主一人で隣町のスーパーに出掛ける。酒のつまみと煙草もついでに買って帰った。スパゲッティーは作るのが簡単だから、厨房のテレビを見ながら、昼の支度を始めるのでした。茹でたてのブロッコリーとトマトを添えて、スパゲッティーボロネーズの出来上がりです。

 WBCの第五戦では、ドジャースが昨日よりも惨憺たる負け方をした。食休みをしたら女将と、向こうの家に行って捨てる金物類や埋め立てのゴミなど、細かな荷物を車に積み込んだ。そして、植木鉢やプルメリアや青年の樹なども植木鉢のままトランクに載せたのです。更に車の後部座席には、蕎麦屋開業の前に使っていた蕎麦打ち台を、縦にして入れるのでした。もう10年以上も使っていなかったけれど、捨ててしまうと蕎麦が打てなくなるので困るのでした。

 40分ほどで荷物の積み込みは終わり、こちらの家に戻って使う物だけは下ろさなければならない。紙ゴミ、缶ゴミ、プラゴミ、金ゴミ、埋め立てゴミなどは、次の回収の日までトランクに入れたままになるのです。今日はスコップを忘れたので、もう芽が出ている水仙などは、この次に行った時に植木鉢に移し替えて持ってこようかと思っている。午後の3時過ぎまでテレビで洋画を一本観て、女将が買い物から帰るのを待つ時間にブログを書き終えました。


10月31日 金曜日 天気予報がずれて朝だけは晴れていた…

 今朝も7時間以上は眠って快適に目を覚ましました。新聞を取りに玄関を出れば、東の空には真っ赤に燃えるような朝焼けが見えるのです。もう6時になろうというのにまだ陽は昇らない。昨夜の予報では朝から雨と言っていたのに、変わりやすいのが秋の空なのかも知れない。ワールドニュースを見て女将が厨房に入るのを待つけれど、今日は昨日のおでんと炊き込みご飯の残りだから、ゆっくりと登場するのでした。熱々のおでんは味が染みて美味しかった。

 いつまで経っても片付かないカウンター…。料理本や美術館の本など、大きすぎて本箱には入らない書籍がカウンターの隙間に立てかけられている。どこに掛ければいいのかまだ判らない額が幾つも置かれたままで、石版に描かれた日本画の桜は箱の蓋を開けて置いてある。カウンターは長く広いから、ちょっと物を置いておくのには好いのだけれど、いつまでも置いたままではやはり片付かないのです。その下には石油ストーブが三つも置いてある。

 9時半を過ぎたので、プールの用意をして車に乗り込んだら、みずき通りを下って中央通りまで進む。立体駐車場の入り口を入るところで、女将から電話が入って「プールの道具をカウンターの上に置いたままなのよ」と言われた。またやってしまったと、今来た道を戻って自宅に帰るのでした。もう一度出直してプールに着けば、もう沢山の人が泳いでいるではありませんか。人の少ない「ゆっくり泳ぐコース」に入って、ゆっくりとクロールで泳ぎ始めるのでした。

 プールサイドに上がったところで、昔の水泳部の部長の奥様とばったり出会って、しばし立ち話をする。ご主人はもう定年になっているのだとか。蕎麦屋を止めた話をすれば、「暇になっちゃうと時間をもてあますわよ」と言われる。今年、古稀を迎えたという奥様もとても若々しかったので、「お互いに元気で好かったね」と言って別れるのでした。家に戻って、二人を知る女将にも話をすれば、「もうそんな歳なんだね」と自分たちの老いたのも忘れて言うのでした。

 昼は久し振りに焼きうどんにしたのですが、沢山の野菜に肉を入れて塩味で炒めたのですが、とても美味しく食べられたのです。今度は12時過ぎに女将はスポーツクラブに出掛け、雨が降るかも知れないからも洗濯物は軒下に干したし、折りたたみ傘を持ったと言っていた。亭主は奥の座敷で昼寝でもしようと思ったら、まったく眠くならずにまた起き出してテレビで洋画を観るのでした。この午後の時間の使い方を少し考えないと、やはり暇をもてあますのです。

 外は雨が降りだして、これでは散歩にも行けないと、居間のソファーに座って物思いに耽る。午前中にプールで泳いだ後だから、身体は疲れているはずなのに、集中力のない頭だけが妙に冴えているのでした。本棚に無造作に並べただけのアルバムなどを整理すれば好いのだけれど、そんな気にもなれない。女将が雨に濡れて帰って来て、熟しすぎた柿を剥いてくれた。向こうの家の電気を止めた方が好いのだけれど、トイレも電気がないと使えないのです。

 やっと夜の支度が始まって、亭主はコンロや皿や箸を用意して、今夜のおかずを待つのだけれど、5時を過ぎてもまだ夕食は始まらない。仕方がないから、ギターを取り出して「夜が来る」を歌ってみたけれど、すぐに飽きてしまう。ツーフィンガーで Don’t think twiceのイントロを弾いてみても途中で指が動かなくなる。リハビリにはまだまだ時間がかかるのだと実感するのでした。明日は天気の好い土曜日らしい。朝はまず散歩から始めるのでしょう。

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2025年10月中旬



10月10日 金曜日 秋らしい晴天の昼の涼しさで…

 夜の10時台に床に入って、朝は4時台に目覚めるという生活が続いています。朝方が冷えるというので、長袖のジャージを着て眠ったら、朝はそれでもまだ寒いくらいでした。今日の朝飯前のひと仕事は、燃やせるゴミの袋を4つ集積場まで運んだら、向こうの家に行って土鍋やらすき焼き鍋やらを持ち帰ってくることでした。朝食はたまにはお魚を休みにして、大根とツナ缶の煮付けとじゃことピーマンの小鉢に、出汁焼き卵とブロッコリーとトマトのひと皿。

 天気予報の通りに青空が広がって爽やかな朝になりました。駐車場のキンモクセイが開けた窓から居間の中にまで薫るのです。向かいのサツマイモ農園の倉庫と事務所の建設がいよいよ動き出して、今日は足場を組む作業が行われていました。その向こうにあるコスモスの畑が見えなくなるのが少し寂しいけれど、若い人たちが新しい事を始めるのは素晴らしいと、眉を細めて見守っています。ドジャース対フィリーズの試合が始まって、しばしテレビに釘付け。

 昼の用意をする前に、昨日の間に伐採した月桂樹の木を少し細かく切ってやろうと、チェンソーを抱えて南の庭に出る。30分ほどかけて短い枝に切り分けたら、あとは業者に任せるつもりなのです。今日は動いても少しも暑くないから、外の作業をするにはちょうど好いのでした。手を洗って厨房に入り、玉葱、人参、オクラ、シメジ、ニラを冷蔵庫から取り出して、昼はカレー炒飯にすることにしました。カレー粉と塩だけの味つけでスープにはワカメも入れた。

 昼食を終えても一向に眠くならないので、向こうの家から持って来た水道の分岐栓を取り付ける作業を始めました。何十年も前に昔の家のウッドデッキを作った際には、ステンレスの流しを付けて水道そのものを漬け替えたものですが、今となってはもう面倒で出来ないから、蛇口に分岐栓を付けて水を撒くホースを取り付けるのです。恰好は悪いけれど、これで水撒きと普通の水道として使えるので、便利なのです。外で作業をしていたら蚊に食われて大変。

 女将がスポーツクラブから帰って来たら、亭主は煙草を買いがてら、向こうの家に行って庭で使っていたフェンスと植木鉢を持ってくる。昔の蕎麦屋の外観を少しだけ変えて、一般の住居だと判るようにしたいという願いから、アルミのフェンスを張り巡らせたのです。季節になったら蔓の伸びる植物を植えて、少しは見てくれをよくしたいという思いからなのでした。この時間でもまだ蚊に刺されて痒い痒い。蚊も元気になる季節なのでしょうか。

 今日はLINEで高校時代の友人達で作る会の連絡が来た。蕎麦屋の注文以外にはほとんど使った事がないので、どうやって返信したら好いのかも判らない。時代の流れと没交渉なのも好いような悪いような。蕎麦屋を開業した時には皆で来てくれたから、なんとか参加したいとは思うのですが、明日は一日中雨だと言うから、少しやり方を研究してみよう。他に家の中で出来ることは、本棚の整理や捨てる物の分別ぐらいしかないのです。まだまだ片付かない。



10月11日 土曜日 朝から寒く、冷たい雨が降って…

 今朝は今季で一番寒かった。居間の部屋も暖房を入れて、温かい蕎麦茶を飲むのでした。夕べは風呂から上がって、四つ切りのパンを焼き、バターを載せて牛乳を飲みながら食べたら、何時の間にか眠くなっていました。時計を見ればまだ9時だったけれど、眠気には勝てずにそのまま床に就いたのです。今朝は外が薄明るくなってから目が覚めたから、最近では珍しく8時間も眠ったから驚いた。向かいのサツマイモ農園の向こうのコスモスの花が綺麗です。

 雨が降っていては向こうの家に行っても、何も運んでこられないから、今日は一日作業はお休みということにした。外は20℃まで気温が上がらないので、家の中も22℃止まり。冷たい雨がシトシトと降っているので、電気を付けないと家の中も暗いのです。夕べはしっかりと8時間睡眠を取ったから、朝食を食べても眠くならなかった。晴耕雨読ではないけれど、今の自分に一番足らないのは運動だろうと、雨の中をプールに行くことにしたのです。

 すっかり紅葉したみずき通りを通って、駅前から続く中央通りに出れば、今日は土曜日とあって少し車が混んでいるのでした。タワー駐車場も連絡通路のある2階はほとんど空きがなかったけれど、なんとか車を停めてスポーツクラブまで歩くのです。まだ10時前だったから生活用品を扱う店は開いていなくて、途中からエスカレーターで3階に上がり、地元の建築業者の通路を通って、またエレベーターに乗ってやっと4階の入り口に辿り着く。

 更衣室に入って水着に着替えてもまだ10時前だったから、プールに続く通路は開いていなかった。待つ間に柔軟運動をして、ドアの鍵が開けられたらすぐにプールサイドに出る亭主。シャワーを浴びて歩くコースの階段を下りたら、25mは歩いて水の中を進むのです。スイミング教室の子ども達が離れたコースで準備運動をしたいた。まだ誰も人がいないから、ゆっくりと背泳ぎや平泳ぎで25mを泳ぐ。すぐに他のお年寄り達が入って来たので普通に泳ぎ始める。

 雨の日だったからあまり人は多くなかったけれど、久し振りのプールなのですぐに上がってしまいました。それでも身体を動かしたので気分が好かった。昼食の支度までにはまだ時間があったので、帰りに地階のスーパーに寄って、野菜や夜の食材を買うのでした。あまりにも今日は寒いのでおでんの具材を買って、女将に頼んで夜はおでんにしてもらおうと思ったのです。家に帰れば女将は部屋で片付け物をしていた。食材を渡して冷蔵庫にしまってもらう。

 午後は少しだけ寝室のベッドで横になり、ひと眠りしたら女将と一緒に向こうの家に行って、片付け物をするのでした。今日は一日中雨だったので、女将も家で自分の部屋を片付けていたから、洋服を掛けた物干し竿が重みで外れてもなおしようがなく、そのままになっていた。釘と金槌は向こうの家だったから、ついでに持って帰って直してやるのでした。押し入れに入れる衣装ケースも空の物を使えるようにしてやった。これで少しは片付くのではないか。

 4時を過ぎたら亭主は待ちきれなくなって、厨房でおでんを煮ている女将のところに何度も顔を出す。寒いから蕎麦湯を作って今夜は蕎麦焼酎にしようと準備をするのでした。やっとおでんが出来上がり、熱々の具材を皿に取って食べる。今日は本当に寒い一日なのでした。長袖の上にジャンパーを着込んでもまだ寒かったのです。明日は晴れ間も出ると言うから、少しは作業も進むのではないかと思いながら、二人でテレビを観ながら夕食を食べるのでした。


10月12日 日曜日 朝から曇り空で涼しい一日でした…

 今朝は6時前の車外温度が16℃で、かなり涼しい朝でした。朝飯前のひと仕事に向こうの家に行って、まだ持って来ていない荷物を車に積み込むのです。すっかり空になっていると思った台所の棚の上に、ガスコンロが入っていたり、焼き肉用の鉄板が入っていたりで、玄関に出して車に積み込む準備をする。義父母の仏壇のあった脇の壁には、二人を囲んだ家族の写真が掛けたままだったので持ち帰る。沢山あった一人用の鉄鍋と七輪も一つだけ持って帰る。

 向こうの家の庭には、まだ葵や木槿の花が咲いて朝露に濡れているのでした。何十年も手入れをしてきた庭の木も、あと少しでお別れだから、心寂しい気持ちは否めない。家に帰って朝食を食べ終えたら、今度は女将が午前中に向こうの家に行くというので、亭主も車で荷物を運ぶ準備をする。ウッドデッキと居間の間に作った棚には、一度も使っていないコールマンのバーベキューセットがあったのです。高級な備長炭も二箱も使わないで取ってあった。

 家に持って帰った荷物は、置き場所を決めるまで取りあえずカウンターの机の上に置いておくことにする。新しい家の押し入れもまだ整理していないから、どれだけ入るのかが判らないのです。バーベキューセットと備長炭は、隣近所のアウトドア好きらしい家にもらってもらえるかと、声を掛けてみようかと思う。11時前になったので、亭主は厨房に入り昼飯の支度を始める。野菜と肉を刻んで今日は焼きそばにすることにしたのです。コンソメのスープも作る。

 食後はしばらくカブスとブリュワーズの試合をテレビで観ていたけれど、途中で眠くなったので寝室のベッドで横になる。1時間ほど眠ったら目が覚めて、女将の部屋に行けば「そろそろ行きますか」と言われてコーヒーを淹れて飲んだら、また車に乗って出掛ける。埋め立てゴミの袋を8つ車に積み込んで、玄関の廊下の突き当たりにある物入れを片付け始めるのでした。分別しなければならないから、女将と二人でゴミ袋に入れて半分ほど片付けた。

 加湿器やらグラインダー、ノコギリ、外壁の吹き付け器など、40年近い昔の道具が大事に取ってあったのです。その他に細かなものが沢山あるので、女将も疲れたらしく「後は明日にしましょう」と言うから、すぐに帰る準備をするのです。LINEの連絡が次々と入って、皆さん再会を楽しみにしているようなのだけれど、日にちは決まっても何時に何処へ行けば好いのかが判らないのでした。明日にでもまた聞いて見よう。夜は夕飯を食べながらテレビで巨人とDeNAの試合を観るのでした。他に土日はあまり見る物がない。


10月13日 月曜日 スポーツの日は昔の体育の日だったかな…

 最近は9時に床に就いて、翌朝の4時台に起きる習慣が付いてきた。まるで古代人のような生活だけれど、体重は確実に落ちてきている。夜中にものを食べない習慣が出来てきたのです。102歳で亡くなった祖母が、夜の8時から眠って朝の4時に目が覚めると言っていたのを思い出す。90歳をとうに過ぎたお袋様も、同じように早く床に入るのだと聞いて、健康のためにはいいのかも知れないと思うのです。しかし、また少し明るくなるのが遅くなったようです。

 5時を過ぎても外が明るくならないから、随分と日の出の時刻が遅くなった。5時半になってやっと薄明るくなって、燃やせるゴミを沢山車に積んで向こうの家まで出掛けるのでした。ゴミの集積場にゴミ袋を置いたら、散らかしたままの昔の家に行って、段ボールを潰して紐で括っておく。廊下の突き当たりにある物置の荷物は、今日の午後に女将と来て片付けの続きをしなければならない。分別の作業が思ったよりも大変で、何種類もの袋が必要なのです。

 家に帰って朝食を食べたら、今日はお袋様と買い物に行く日だから、いつもの時間に電話をして迎えに行く。「涼しくなったねぇ」と言いながら車に乗り込んできたお袋様を乗せて、まずは農産物直売所に向かうのでした。すっかり顔馴染みになった若い店員の女性が「お早うございます」と元気な挨拶をしてくれた。ナスとトマトと人参だけをもらって、隣町のスーパーに向かうのです。三連休の最後の日だったけれど、駐車場も空いていて人も少ないのでした。

 昼の支度は亭主の仕事で、今日は涼しいから天麩羅を揚げて、茹でた冷凍うどんを冷たい汁で食べることにした。揚げたての天麩羅はとても美味しく、ナスとオクラと生椎茸と海老を二つずつ揚げたけれど、二人でぺろりと食べて仕舞うのでした。食後はお茶をもらって寝室のベッドで1時間ほど昼寝をする。目を覚ましたら、女将が柿を剥いてくれて、いよいよ午後の仕事に向こうの家に二人で出掛けるのです。1時間半ほど頑張って、ゴミ袋を車に積みました。

 3時を過ぎたので家に帰ろうと車に乗れば、庭の真っ赤な紅葉葵とピンクの葵が綺麗に咲いているではありませんか。朝に見た時はまだ花が十分に開いていなかったのです。家に帰って女将に話しをしたら、彼女も気が付いていたらしく「私を忘れないでと言っているようね」と、新しい家の庭に移植する花の中に含めて好かったということになる。移植と剪定の作業は10月の中旬からと言うから、そろそろ業者から連絡があっても好い頃なのです。

 家に帰ってくれば、朝からブログに手を付けていなかったので、新しい書斎に入ってパソコンに向かう。本棚を二つ入れて、まだ蕎麦打ち室の冷蔵庫が一つ入っている。まだ行き所のない蕎麦屋時代の椅子も置いてあるので、とても狭く感じるのですが、すべてが片付くまで当分はこの環境で暮らさなければいけない。向こうの家も少しずつは片付いてると考える方が前向きだろう。明日は女将が仕事の日だからと思っていたのですが、まだ手本が届いていないというから、また向こうの家に行って廊下の物置の片付けが出来る。


10月14日 火曜日 今日も曇り空で涼しい北風が…

 今朝は目が覚めたらもう6時半なのでした。夕べは寝そびれてしまって、11時前から始まるワールドスポーツのニュースを見てしまったから、ますます目が冴えてしまったのです。何度も床に入って眠ろうとしたけれど眠れずに、とうとう起き出してテレビで洋画を一本観てしまう。昨日までの理想的な睡眠生活は脆くも崩れた形なのでした。厨房で朝食の支度をしてくれていた女将の作った物を、箸を並べてからテーブルに運ぶ。亭主の希望で卵はバター味。

 今朝はゴミを捨てる仕事がなかったから、早めに着替えて朝の散歩をするのでした。秋桜の花の咲き乱れるバス通りを越えて、お袋様の住むマンションを越えれば、駅前から続く中央通りに出る。真っ直ぐな並木道の景観は曇り空でも美しい。広い調整池を回るようにゆっくりと歩いて行く。軟骨の潰れた右足の親指の調子はまずまずで、少し慣れれば普通に歩けそうなのでした。これからの生活で毎日30分ほどかかるこのコースを歩くのも好いかも知れない。

 家に戻ればMLBのロスアンゼルスドジャース対ミルウォーキーブルワーズの試合が始まっていたので、途中まで居間のソファーで観て、後は厨房のテレビで昼食の支度をしながら観るのでした。昼食はいつも麺類ばかりという女将の言葉で、急遽、カレー炒飯にして冷蔵庫にあった野菜と肉を切って、こんそめスープを作り、20分ほどで出来上がる。中華鍋を使って炒めるのは亭主の得意技。今日の米は地元の農家が作る新米だったので、少し水分が多く焦げた。

 食後はお茶をもらって野球の結果も気になったけれど、奥の座敷に入ってベッドで横になる。夕べの寝不足のせいか、今日は1時間半も眠ってしまったのです。女将のスポーツクラブの予約を取る時間になって、女将が襖を開けて「お願いします」とやって来た。柿を剥いてお茶まで入れてくれる。2時半前には向こうの家に出掛けて、廊下の物置の片付けの続きを始めるのでした。約1時間の作業で片付けと分別を終えて、物置の中は空になったのです。

 燃えるゴミは明日の朝に出すから、車の中に積み込んだのだけれど、明後日の埋め立てゴミの袋が沢山入っているから、全部は載せきれなかったのです。金物、埋め立てゴミ、段ボール、燃やせるゴミと分別するのが大変で、袋を並べて次々と入れていくのでした。先日も出した埋め立てゴミの残りがあったので、額に入った写真を取り出し、ガラス部分は埋め立てゴミの袋に、木と紙の部分は燃やせるゴミの袋煮入れるのです。こちらの積み込みは明日にする。

 家に帰って4時。朝が遅かった分、今日はあまり何も出来なかった気がするのです。新しい家に持って来た荷物も、空いている場所に置くだけの生活で、決して片付いているわけではない。庭の剪定と移植の作業が終わって、向こうの家の引き渡しが終われば、少しは気持ちも落ち着くのでしょう。7月の末から初めて、3ヶ月の時間はとても長い気がするのでした。夜はジャガイモのバター焼きと切り干し大根にエノキの肉巻きが出て、焼酎の炭酸割りを飲む。


10月15日 水曜日 長袖で寝てもまだ寒い朝なのでした…

 夕べは風呂上がりに体重を計ったら、やっと80kg台から抜け出して、79.3kgまで落ちていたから、朝の散歩が効いたのかと嬉しい。9時半には眠くなって4時半前に目覚め、いつものペースに戻ったのです。気をよくして温かい蕎麦茶を作って飲むのでした。暖房を入れなければ寒くていられないほどの気温で、身体を温めて明るくなるのを待つのです。今日は燃やせるゴミを出す日だから、車の中に積んである8袋のゴミを集積場まで運び、向こうの家に行く。

 粗大ゴミに出す壁紙や障子紙を束ねて紐で括り、燃やせるゴミはまた車に積んで集積場に持って行く。家に帰ってもまだ6時過ぎだったから女将は部屋で寝起きのヨーガの最中。亭主はまた少し眠くなって、暖房を入れた寝室でベッドに横になったら眠ってしまうのでした。女将に起こされて朝食を食べる。7時半には食べ終えて、さあて何をしようかと考えるのでした。食後の腹ごなしに、昨日から始めた朝の散歩をすることにして、家を出たのです。

 昨日と同じコースを歩くのも景色が変わらずに面白くないから、今日は家の西の小径を歩いて階段を下りて、長い坂道を下ってワンブロックが切れるところまで歩き、みずき通りに出てまた昇って来るコースを歩いたのです。登りの坂道は右足に負担がかかるので、早くは歩けないからゆっくりと景色を見ながら歩くのでした。同じ町なのに見る方向が違うといつも見慣れている景色が変わって見える。新しい家まで約20分。昨日よりは短いコースなのでした。

 毎日ゆっくりとでもこのくらいの距離を歩いていれば、そのうちに右足の潰れた軟骨も回復してくるだろうか。医者に「手術をしなければ治りません」と言われたのはもう7年前のことだ。その医者kのいたクリニックもとうに閉院してしまったから、新しい整形外科に行かなければならないのです。紅葉もそろそろ終わるハナミズキの通りを上って、バス通りに出れば新しい我が家はすぐそこです。それにしてもジャンパーを着ているのにとても寒い朝なのでした。

 家に帰ればちょうどドジャース対ブリュワーズの試合が始まっていた。亭主は居間の大きなテレビでしばらく観たら、昼の支度があるので厨房の小さなテレビに切り替えて、野菜を刻むのでした。今日は久々にスパゲッティーナポリタンを作ることにしたのです。ワカメとエノキと玉葱でコンソメスープを作り、炒めた野菜に茹でたスパゲッティーを入れてケチャップだけで味付けをした。亭主は食べる直前にソースを少し入れて、懐かしいナポリタンを食べる。

 女将は少し休んでからスポーツクラブに出掛けた。2時間近く前に家を出るのは、歩いて行くので30分はかかるからなのだそうな。それからストレッチをして教室の始まる時間を待つのです。亭主は昼寝も出来そうにないので、酒や煙草を買いに出掛けて、帰りに向こうの家に寄って全身を写す鏡を持ってくる。窓だらけの居間には掛ける場所がなかったけれど、何とか書斎と洗面所の間の壁に掛けるのでした。そして長い午後は、いよいよギターを取り出して、硬くなった指を動かして「夜が来る」を歌ってみたのです。


10月16日 木曜日 今日も昨日と同じように寒い朝でしたが…

 夕べは10時半に床に入って今朝は5時半に目が覚める。これが一番理想的な睡眠の形なのです。今朝の朝飯前のひと仕事は、プラスティックゴミと車に積んだままの埋め立てゴミを集積場まで運ぶこと。30分もあれば終えられると熱い蕎麦茶をすすって目を覚ます。無事に仕事を終えたら家に帰って、女将の用意してくれた朝食を食べるのです。今朝はホッケの塩焼きがメインディッシュで、糠漬けのキュウリと切り干し大根が付いてちょうど好い量なのでした。

 食事を終えてひと休みしたら、女将が買い物に行こうというので車に乗って隣町のスーパーに出掛ける。今日は安売りの日ではなかったけれど、家に食べ物がなくなったのだと言う。最近は、お袋様と出かける月曜日以外に、もう一日買い物に行かなければならないというのが分かった。二人で三度三度ご飯を食べるから、おかずの材料が足りなくなるのです。歩いて出掛ける女将では、持ちきれない荷物は亭主が車を出してやらなければいけないのでした。

 向かいのサツマイモ農園の事務所と倉庫の建設が、いよいよ本格的に始まった。若旦那が「煩くなるけれど済みません」と挨拶に来た。倉庫にするので少し背の高い建物になるらしいけれど、事務所は二階建てになるのかしら。職人さん達が柱を組み立てて行くのを見ているのが楽しかった。11時前になったので、今日は寒いからと湯麺と餃子にすることにして、野菜を刻んで中華鍋で肉と炒めてスープと一緒に煮込んでいく。野菜が多いので満腹になったのです。

 ポットに作った蕎麦茶を二人で飲んで、亭主は奥の寝室に入って横になる。どのくらい眠ったのか、「すみません。お願いします」と女将に起こされた。スポーツクラブの予約の時間なのでした。いまだにスマホの使い方を覚えようとしない彼女に、返す言葉もなかった。しばらく椅子に座ってボーッとしていたけれど、テレビを見る気にもなれずに、コーヒーを淹れての飲むのでした。まずは煙草を買いに行って、向こうの家に寄って来週捨てる金物を積み込もう。

 バス通りから一度曲がってみずき通りに出れば、すっかり紅葉したハナミズキが見事なのでした。突き当たりが駅前まで続く中央通りだから、新しい家はわかりやすいのです。信号で止まればちょうど下校途中の小学生達がたくさんいて、信号の向こうの家はこの何日かで取り壊しを終えたらしい。40年以上もあった家が取り壊されるのも時代の流れで、人ごとではないのです。どんどん新しい家が増えているから、ここの団地を「千年都市」と呼んだのも頷ける。

 家に帰れば女将はまだ仕事中で、亭主は冷めた珈琲の残りを飲みながら、サツマイモ農園の事務所の建設作業に見入っていた。今日撮ったブログの写真を選び、ブログを書き始める時間なのでした。今日は昔来たことのあるらしいお客さんが、いきなり玄関を開けて入って来たから驚いた。「もう蕎麦屋はやっていないの?」「3ヶ月前に店を閉めて、今は普通の家なのです」と応えて帰って頂いた。フェンスや洗濯物がぶら下がっていても、気軽に入れるものなのか。

 4時半を過ぎた頃には、亭主はそろそろ腹が減って、ワイングラスに氷を入れて夕食の食卓の準備を始める。女将が部屋から出て来て「今日はイカを焼いて、トマトと小松菜で好い?」と言うから、亭主は「イカのげそは茹でて山葵で食べよう」と応える。今年はイカが高かったから、なかなか食べる機会がなかったのです。「昔は大根と煮たりよく食べたわねぇ」と女将も言うので、沢山出ていたイカを買ってきて好かったと思うのでした。旬の食材なのです。

 キムチを肴に焼酎の炭酸割りを飲んだ頃に、イカのげそが茹で上がって出て来たので箸を伸ばす。続けていよいよイカの本体がだいぶ縮んで焼き上がったので、生姜醤油で頂くのでした。「懐かしい味だわね」と女将が言って、「昔は買った方が安いから、釣り舟に乗ってもイカは狙わなかった」と亭主が応える。毎週のように船釣りに出掛けた日々が思い出された。冬場の脂ののったイサキなどが沢山釣れた日には、近所の奥さん達がボールを持って我が家の前に集まったほどなのです。懐かしい昔に乾杯なのでした。


10月17日 金曜日 朝から青空が広がって久し振りの陽射し…

 久し振りに青空が覗いて陽射しが眩しかった。向かいのサツマイモ農園の事務所建設は、骨組みだけが一日で出来上がっていた。今日は燃やせるゴミを出す日だったので、厨房の入り口に出されたゴミ袋を集積場まで運んで行った。まだ6時過ぎだから、通りには人気もなくゴミ袋も少しだけしか出ていなかったのです。隣のお花畑には青空に色とりどりのコスモスの花が映えていました。我が家の駐車場も朝日を浴びてなかなか好い感じなのです。

 今朝は7時過ぎからドジャース対ブルワーズの第三戦目が始まるのでしたが、ロスアンゼルスとの時差はどのくらいあったのだか。テレビを点ければ、向こうはまだ明るい午後なのでした。グランドを守る選手達の影法師は長く、大勢の観衆がスタンドを埋め尽くしているのです。5万6000人も収容できると言うから、東京ドームよりも10000人も入る計算です。大谷選手が3塁打を放っって、べッツが二塁打を打ち1点入るところまで見てテレビを消しました。

 朝食には鮭の西京漬けを焼いて、出汁焼き卵と茄子焼きにぬか漬けのキュウリが出た。ドジャース戦も気になったけれど、少しは動かなくてはいけないと思って、近所へ散歩に出るのでした。隣のコスモス畑には、今が盛りとばかり赤やピンクの秋桜の花が咲き乱れている。バス通りをお袋様のマンションの方に歩いて、坂道を下って行けば中央通りにぶつかるから、これをまた左に折れて調整池の周りを行くのは、ちょっと遠すぎる気がするのでした。

 駅前の高層マンション群が見えるところまで来て、今日は止めておこうと今来た道を戻るのでした。それでも20分ほどは歩いただろうか、家に帰れば女将も秋桜の花を見に隣のお花畑まで出たのだと言う。「昼は何にしようか」と聞けば、「素麺がまだあるんじゃない」と言うから、昼飯は天麩羅を揚げて素麺を茹でて食べることにしたのです。タンパク質にはシーフードミックスを解凍して、掻き揚げにすれば好いのでした。早速、亭主が厨房に入って準備をする。

 新しく取り替えたガスコンロは「設定温度になりました」と、音声で知らせてくれるので年寄りには助かるのです。揚げた南瓜やかき揚げが「カリッと揚がっていて美味しいわ」と女将が言うのも、半分は新しいガスコンロのお蔭なのです。食後のひと休みをして、亭主はブログの写真を選んで書く準備を始め、女将はスポーツクラブに行く用意をしているのでした。朝のうちに出汁を取る準備をしておいたから、午後は鰹節と鶏肉を買いに出なければいけない。

 涼しくなる夜はまた茶碗蒸しにしてくれるように亭主が頼んだのです。午後は隣町のスーパーまで車を走らせ、鰹節と鶏肉を買って来る。家に着いたら早速出汁取りを始めて、小一時間掛けて一番出汁を2.5㍑、二番出汁を2㍑作るのでした。一番出汁の2㍑は蕎麦汁にして、0.5㍑を夜の茶碗蒸し用に取っておいた。今日は夕刻まで青空は続いて、爽やかな一日なのでした。夜は一緒に買って帰ったトンカツを切ってカツの卵綴じにしてもらおうと思ったのですが…。

 「朝も卵を食べたし、茶碗蒸しだから」と、女将に言われて、結局銀ダラを買って帰ったので、夜は銀ダラと茶碗蒸しと言うことになったのです。5時前からもう食卓の準備をした亭主は、トマトを肴にして焼酎と炭酸割りで一杯飲み始める。銀ダラの煮付けも茶碗蒸しもお腹に優しいから、ゆっくりと味をつて頂いたら、それなりに腹が満ちてくる。これで夜まで何も食べなかったら、また体重が減るのだろうか。明日は女将も休みだから一緒に向こうの家に行く。


10月18日 土曜日 プールに行った気怠い午後は…

 夕べは9時前に眠くなって床に就いてしまいました。ところが、案の定、12時過ぎに一度目を覚まし、また眠ったら今度は3時半に目が覚めたのです。もう寝眠れないから起き出して厨房で蕎麦茶を淹れるのでした。身体が疲れていないからか、羽布団を少し厚い物に替えたからか、夜に飲む酒が足らなかったのか、よく眠れない理由を考えるけれど、隠居の身分は一日中休みだからあまり深く考えないでいる。今日の午前中はプールに出掛ける予定なのでした。

 朝食は昨日買って帰って食べ損なったトンカツを卵で綴じておかずにした。干し椎茸と昆布を6時間も水に浸けて、鰹節を加えて出汁を取った味噌汁は、煮干しの出汁とはまた違ってとても美味しいのでした。元気を貰って食後はアメリカンリーグの第五戦をテレビで少し観て、ナショナルリーグは明日だろうと思ったから、9時半にはプールへ行く支度をして出掛けたのです。今日は昨日よりも少し暖かく、風は爽やかだったけれど陽射しはかなり強かった。

 天気が好かったので、タワー駐車場からプールに続く外の階段を昇って4階にあるスポーツクラブの入り口まで歩く。時間がかかるかと思って少し早く出たけれど、まだプールへの扉は解錠されていなかった。階段を下りたところでしばらくアキレス腱を伸ばしたり身体を捻ったりと準備運動をして、10時になって鍵が開けられたらプールサイドに出るのでした。誰もいないコースで背泳ぎから始めて平泳ぎ、少しして人が来たらクロールで泳ぐ亭主なのでした。

 帰りがけに地階のスーパーに寄って、女将が野菜が足りないと言っていたので、小松菜やモヤシと挽き肉を買い、ついでにシーフードミックスやラーメンとタレを単品で買って帰るのです。家に帰れば、女将が「野球やっているわよ」と言うのでテレビを点ければ、ドジャース対ブルワーズの第四戦が、1チャンネルでやっていた。BSばかりを気にして、番組表を見逃してしまったらしい。ラーメンを作って食べながら、ドジャースの優勝の瞬間を見たのでした。

 午後は昼寝をするのかと思っていたけれどなかなか眠れずに、女将がショッピングモールの本屋に行って帰るのを待って、向こうの家に行って片付けの続きをするのでした。一階の押し入れは綺麗に片付いて、木曜日に出す金ゴミは袋に入れて車に積み込む。二階の息子の部屋にだいぶ大きな荷物が残っているけれど、後は業者に任せてしまおうと二人で帰って来るのでした。夜は高野豆腐の煮付けと舞茸と豚のロース肉との煮物で一献。今夜は温かそうなのです。


10月19日 日曜日 秋風も爽やかな日曜日…

 朝食を食べ終えてひと休みしたら、今朝は西の小径を下に下りる階段を下り、散歩に出掛けるのでした。空は青く秋の雲が広がり、涼しい秋の風が吹き渡る。突き当たりには調整池があって、桜並木が綺麗に紅葉しています。日曜日の朝だから誰にも会わないと思ったら、以前蕎麦屋に好く来てくれていた亭主よりも少し年上の女性に出会って、しばし立ち話。どこまで正気なのか判らないけれど、今日もまた二年ほど前に亡くなったご主人の話を聞かされる。

 みずき通りに沿って家の前のバス通りへの坂道を昇れば、空には鯖雲が出ているではありませんか。ハナミズキの紅葉も今年はすっかり赤に染まって美しい。「気分転換に散歩にでも行ったら?」と言ってくれた女将に感謝しなければいけない。新しく始まった隠居の生活は、時間に追われることがないから、自分でこれをしようと決めておかないと、本当になにもしないで過ごしてしまいそうなのです。今日は野球の試合もないから、プールへでも行けば好かった。

 昼の支度が始まる頃にはやっと亭主のすべきことが見つかって、葱や南瓜を刻んでイカ・タコ・エビ入りのシーフードミックスを解凍する。蕎麦屋の時代に沢山仕入れた天ぷら粉は、小さな冷蔵庫の冷凍室にまだ沢山入っているのでした。一斗缶で仕入れていた胡麻油もまだもう少し残っていたので、銅の天麩羅鍋に注いで天麩羅を揚げ始める。蕎麦汁は先日作ったばかりだから、冷凍うどんを湯がいて皿に盛り付ければ、もう昼飯の出来上がりなのです。

 午後は少しだけ昼寝をして、女将と二人で向こうの家に出かけるのでした。一階の荷物はほとんど片付いているから、今日は二階の部屋に残った荷物を片付けなければいけない。段ボールで出来た衣装ケースは、亭主が階下の居間に持って行き、潰して紐で括る。女将は息子の部屋の押し入れに入れてあった、沢山の表彰状や展覧会に出品した書の作品を、ゴミの袋に詰め、出した箱は下に持ってくる。約1時間の作業で二人はもう疲れてしまうからお終いにする。

 車の中は明日の朝に捨てる燃やせるゴミの袋でもう一杯になる。二階の娘の部屋に置いてあった大型の裁断機は、車に積んで持って帰って来た。まだ4脚ほど残っている椅子も一つだけ持ってきて、亭主の寝室に置いた。隙間のある場所は、もうここしかないから、どんどんと荷物が増えて行く。3時を過ぎてこのブログを書き始めて、4時を過ぎたらまたギターを爪弾く時間になる。うまく指が動かないのがもどかしいのだけれど、女将が夕食の支度をするまで頑張るのです。「夜が来る」はなかなか好い曲です。

 

 

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2025年10月上旬



10月1日 水曜日 朝からあいにくの雨模様で…

 朝の4時からドジャース戦があると勘違いして、夕べは9時に床に入って今朝は4時に起きたのです。ところが、パドレスとカブスの試合であまり見たくはなかった。元来、それほど野球が好きというわけではないから、明るくなったら燃やせるゴミを積んだ車を走らせて、集積所まで出掛けるのでした。雨は朝からシトシトと降っていたから、ゴミを出し終えたら車庫に車を入れて、絵巻物の図鑑を新居に運ぶ準備をしました。また一つ押し入れが空になった。

 家に戻れば、女将が朝食の支度をしてくれていた。夕べ聞いたとおりに好物のナス焼きと脂の乗った塩鯖のおかずで、早くから起きていた亭主はご飯をお替わりするのでした。食後は奥の寝室で20分だけ眠って、9時から始まる保健所まで久々の遠出をして、営業許可証の返納をしてくるのでした。暗いロビーで細かな書類を見るのが辛かった。若い女性の職員が親切にも虫眼鏡を持って来てくれたのです。ついでに市の衛生協会を脱退する旨を窓口で伝える。

 これで当分保健所に来ることはないと、印旛の合同庁舎を後にするのでした。家に帰れば、女将が向こうの家に行って来たらしく、沢山の荷物を持って帰ってくる。書道の道具も持って来ていなかったので、こちらで仕事が出来ていなかったらしい。「ドジャースの試合をやっているわよ」と女将に言われてテレビを点ければ、大谷選手がホームランを打った後だった。昼の素麺を茹でながら、厨房のテレビを観て、食べながら居間のテレビを観る亭主なのでした。

 今日は朝早くからFacebookののマークが幾つも点いて、見れば大學時代の現代文学研究会の友人たちが、お誕生日おめでとうとメッセージを送ってくれた。最近、Facebookを始めたばかりだから珍しいらしい。中には「そろそろ蕎麦屋へ行って一献」とブログまでは読んでくれていないのでした。小学校時代からの友人からもメールが届いて、こちらは「引っ越しの途中」と健康を気づかってくれるから嬉しいのでした。元気を貰って午後のひと仕事に出掛ける。

 煙草を買って昔の家に寄れば、玄関に女将の荷物が置かれているから車に積み込む。居間の部屋においた座椅子も、もう使わないから蕎麦屋に持っていっても好いだろうと車の中に。最後に残ったのは絵巻物の重たい図鑑を積んで、家に帰るのでした。縦に入れる本棚がなくなったので、玄関に置いてあった黒の書棚をベッドの上に置いた。疲れたので並べるのは明日以降にしよう。随分と本を捨てたから、寝室の書棚にはまだ隙間があった。埋まる予定はない。

 障子も破れたままで張り替えてもいないけれど、南の庭の剪定作業が終わる頃には新しく貼らなければならない。今月の半ばからは頼んである業者が向こうの家の花木を移植する予定だから、その前にはこちらの庭の木も切り倒しておかなくては。もう少しで終わるとは思うのだけれど、精神的な疲れはもうピークに達しているのです。老人の住む家の引っ越しには三ヶ月は見ておかないといけないと、業者も過去の経験から知っていたのだろうか。


10月2日 木曜日 気温は16℃、霧の朝…

 夕べも9時半に床に就いて、今朝は5時過ぎに目が覚めました。今朝はプラスティックゴミと埋め立てゴミを出す日なので、沢山の荷物を車に積んだまま集積場に向かうのです。外はとても涼しく霧が出て、ジャージの長袖長ズボンで出掛けたのです。まだ時間が早かったから、人気のない集積場で荷物を降ろし、そのまま旧宅に行って朝飯前のひと仕事を始めるのでした。水中カメラやストロボなどの小型家電を透き通った袋に詰め、最後の衣類を仕分ける。

 それでも6時半前には家に戻り、持って来た荷物を寝室に入れ、使っていた衣装ケースを玄関の前に置いて、雑巾で埃を拭くのでした。7時前になったら「お早うございます」と女将が厨房に現れ、朝食の用意を始めてくれる。今朝は脂が乗って美味しそうな鮭の西京漬けを焼いて、お新香と湯がいたピーマンに鰹節をまぶした小鉢とともにご飯を頂くのでした。食後のお茶をもらって、亭主は奥の寝室でベッドに横になって1時間ほど眠るのです。

 朝の新しい居間は広い窓から陽が差してとても気持ちが好い。大きな家から運んだ応接セットは少し大きすぎるけれど、新しいものを買うのも大変だから、なんとか詰めて置いて、あちらこちらに座って暮らしている。休憩するときは回転椅子に、横になるときには長椅子に、すぐ動きたいときにはテーブルの椅子に座るのが好い。夫婦二人きりだから決して狭くは感じないのです。食後のお茶を飲むのにも、女将はお茶の茶碗を持って自分の部屋に入ってしまう。

 やっと昨日書道の道具を持って来たので、今日は午後から女将の仕事が始まる。ドジャース戦が始まる前に、週の半ばの買い物に二人で隣町のスーパーに出掛けました。空は青く晴れて天気も好く、風も涼しいから気持ちの好い季節になったのです。女将が買ってきた物を片付けたら、今度は亭主が厨房に入って昼飯の準備をする。先日のカレーが残っていたので温めて味を調え、買ってきたカツを載せて、ミニトマトを幾つか添えてカツカレー。

 ドジャース戦を厨房のテレビで観ながら調理をして、食べるときには居間の大きなテレビを点けて観ながらの昼食なのでした。午後は女将が習字を始めるので、亭主は向こうの家に行って、昔の書斎の押し入れの中を綺麗に片付け終えるのでした。古いパソコンやノートパソコンだけは捨てることが出来ないもの。ドライボックスの水中カメラ類もゴミして出す準備を終える。あれほど夢中だった水中カメラも、今となっては宝の持ち腐れなのです。廊下の突き当たりの押し入れの下にあるキャブ用品類だけがまだなのです。明日は夕刻に医者の予約があるだけで、まだ何をするのか決めていない。


10月3日 金曜日 朝は涼しく、昼はまだ蒸し暑い秋の日…

 今朝も涼しい朝でした。5時前に目覚めてコーヒーを一杯飲んだら、燃やせるゴミを捨てるために、向こうの家に寄って集積場に出掛ける。ご近所の奥さんに会って挨拶を交わしたら、家の鍵を開けて車に燃やせるゴミの袋を積み込むのでした。捨てるゴミ袋も段々と少なくなっているから、来週、金物類を捨てれば、ほぼ終わるのではないだろうか。残ったのは息子の部屋のサーフボードやあちこちの部屋の衣装箱ぐらいだろうか。終わりが見えて来た気がする。

 家に帰れば女将がもう厨房に立って、朝の食事の支度をしてくれている。居間の一角には朝日が当たって、窓を開ければ涼しい空気が流れ込んでくるのでした。狭くなった居間とはいえ、朝の元気をもらうには十分なのです。と、女将が厨房で騒ぎ出す。「ナスとピーマンと肉の味噌炒めを作ったら、蓋が開かなくなったのよ」見ればフライパンの内側にぴったりと入り込んで、どうにも動かないのでした。上から被せる大きめの蓋なのに、使い方を誤ったのです。

 冷やしても叩いても取れそうになかったので、代わりに納豆を食べて朝食を終わらせる。食後のひと眠りをした亭主は、煙草が切れたのでコンビニまで買いに出る。今日は曇りだという天気予報だったのに、朝のうちは日が出ていたのです。家に戻って午前中のうちに、東側の庭の草取りを始めました。見たこともないような植物が大きく伸びて、抜くのもやっとと言うほど太くなっていた。半分ほど抜いたら、もう汗をかいて、続きはまた明日ということにする。

 カブスとパドレスの試合をテレビでやっていたので、厨房のテレビを点けて観ながら、昼食の支度をする亭主。今日は少し風も涼しい昼だったから、沢山の野菜を入れて湯麺にすることにして、肉と野菜はすべて炒めて水溶き片栗でとろみを付けた。ニンニクと豆板醤を加えて食べた亭主は、食べ終わるともう額から汗が噴き出して、「今日は暑い」と言い出す始末。実際には車外温度も26℃だったから、それほど暑いわけではなかったのです。

 午後は女将がスポーツクラブに出掛けている間に、寝室のベッドに横になって昼寝をするのでした。女将が「暑い暑い」と帰って来たら、柿を剥いてもらって二人で食べる。「今日は医者に行く日でしょ」と言われてハッとした亭主は、血圧と尿酸値の薬をもらいに行くのに、予約を取っておいたのを思い出す。どおりで何もしないで時間があるなと思っていたのです。4時半過ぎに医者に出掛けて、30分ほど待って久し振りに先生に会って話をするのでした。

 隣の薬局に寄って薬をもらい、家に帰ったのは5時過ぎでした。これでまたひと月は医者に行かなくて済む。インフルエンザの注射をしないかと言われたけれども、何処にも出掛けないからと断ったのでした。実際、亭主が外に出て人に接するのは、煙草を買いにコンビニに行く時と、週に二度買い物に行ってスーパーの店内を歩く時だけなのです。明日は雨だと言うけれど、曇っているという朝のうちに、東の庭の草取りの続きをしようと思う。


10月4日 土曜日 朝は晴れていたのに、午後からは雨で…

 夕べは10時に床に就いたのに、午前2時前に目が覚めた。眠れないのでコーヒーを淹れて飲む。朝の5時前に横になれば朝食の時間までぐっすりなのでした。これで朝飯前のひと仕事は出来なくなった。朝食を食べ終えたらまた眠くなって少しだけ横になる。10時前に女将と向こうの家に行って、木曜日に捨てる金物を透明の袋に入れて車に積み込むのでした。トランクはそれでもういっぱい。今朝は使うこともあるかと鍬やシャベルを積んで家に帰りました。

 今日は雨が降ると言うので、玄関の軒下に作った物干し台が役に立っている。今日はMLBの試合がないので、ゆっくりとした午前中なのでした。11時になったら亭主は厨房に入り、野菜を刻んで焼きそばを作る。レンジで焼きそばをチーンしてもらい、炒めた肉と野菜の上に載せて、少し水を入れて菜箸でほぐしていく。蓋をして十分にキャベツなどが柔らかくなったら、粉末のソースを入れて出来上がり。シマダヤの焼きそばは味も好いし麺も美味しいのです。

 涼しくはなったけれど、雨が降ったので東の庭は半分だけ草取りをしたままで、濡れたくさがまだ続いているのでした。明日も曇りになったので、次はいつ作業が出来るかと思うのです。向こうの家は、だいぶ片付いては来たけれど、ストーブや扇風機はまだ運んで来ていない。玄関の廊下の突き当たりにある押し入れは手つかずのままなのです。「やっぱり広い家は物を置く場所が沢山あったのね」と女将も今更ながらの感心をするのでした。

 午後は昼前から『南極物語』という30年ほど前の日本映画を一本観て、女将と向こうの家に行って片付けをする。以前の書斎へ続く廊下の突き当たりの押し入れは、上の段は片付いたのですが、下の段にはダイビングや釣りやキャンプの用品が詰まっている。整理箱にきちんと入っていたので、一つ一つ押し入れから出して、分別のゴミ袋に詰めいく。二人で片付けると早いもので、1時間ほどで作業は終わるのでした。またゴミ袋が沢山玄関に並ぶのです。

 明日は女将が午後からスポーツクラブがあるので、朝のうちに亭主が来て燃やせるゴミの袋を集積所に運ばなくてはならない。木曜日の金物のゴミ袋でいっぱいの車のトランクに、まだ積み込めるだろうかと心配になるのです。夕食は昼の焼きそばが凭れたので、女将は冷蔵庫に残っていた自家製の焼売を蒸かして、亭主は冷凍食品の鶏の唐揚げをチーンして、二人とも枝豆を添えて軽く食べるのでした。勿論、亭主はそれだけでは足りないから、風呂から上がって厚切りの食パンを焼き、バターを載せて食べるのです。お腹が膨れたらすぐに眠くなって、9時半には床に就くのでした。


10月5日 日曜日 朝から陽が出て暖かな一日でした…


 夕べも9時半までは頑張って起きていたのですが、このところの習慣でどうしても眠くなる。あとは何時まで眠れるかで、今朝は4時まえに目が覚めたのです。7時間近く眠ったから、十分な睡眠時間だけれど、コーヒーを淹れて飲んでもまだ眠気が覚めない。椅子に座っているだけでは、どうしても身体が目覚めないのです。女将が起き出してきたら、昨日向こうの家から持って来た掃除機を出して、床の掃除を始めるのでした。確かにこれだと目が覚める。

 東側の庭の草取りの続きもしなければならなかったが、そこまでは動き出す元気が出ない。箸を並べたら朝食のおかずをカウンターまで取りに行って、女将が味噌汁とご飯を運んで来てくれた。7時半からはドジャース戦が始まるので、居間の椅子に座って亭主は動こうとしない。今日は大谷選手が先発の投手なのです。一回が終わったところで、眠気が襲ってきたので奥の居間に行ってベッドに横になる。1時間ほど眠ったらちょうど試合は佳境を迎えていた。

 午前中に女将は向こうの家に行って、細かな片付け物をしてきたらしい。亭主はドジャースがフィリーズに勝つ最後まで野球を観てしまったので、早めに厨房に入って昼の支度を始めるのでした。大鍋に湯を沸かして冷凍うどんを湯通しする準備を整えたら、銅の天麩羅鍋で冷凍の春巻きを揚げていく。お椀や箸を準備しているところに女将が「今日は随分と暑くなったわね」と行って帰ってきたので、蕎麦汁を出して昼の食事を始めるのでした。外は晴れていた。

 午後は昼寝をせずにブログを書き始め、女将のスポーツクラブの予約を取ったら、柿を剥いてもらってひと休みです。女将が美容院に出掛けたら、亭主は東の庭の草取りの続きを始める。90㍑のビニール袋を出して、先日刈った草を詰めて行くのです。綺麗に取れなかった下草もあるから、袋はすぐにいっぱいになってしまう。30分ほど作業をしたら、もう汗をかいてひと休み。残り半分の草取りをする元気はもうなかった。無理をしないようにここで止める。

 次に車で向こうの家に行って、玄関の出口に積み上げた燃やせるゴミの袋を車に積み込む。明日の朝に出すゴミなのですが、木曜日に出す金物のゴミ袋が積んであるので、トランクが目一杯になってしまいました。プラスティックの衣装ケースを二つだけ後部座席に積み終えたら、新しい家に帰って降ろすのでした。4時過ぎまでかかって作業を終えたら、すっかり汗をかいてしまったので、居間の椅子に座って冷たく冷えた蕎麦茶を飲むのです。

 5時過ぎに女将が帰って来たので、やっと夕食の支度が始まるかと待ちきれなくなって、亭主は昨日の残りの焼売や肉豆腐の残りをチーンして、酒のつまみにして焼酎の炭酸割りを飲むのでした。明日は朝一番で燃やせるゴミを集積所に運び、朝食を終えたらお袋様と買い物に出掛ける予定。冷蔵庫の中にもう食べ物がなくなったから、果物を含めてまた沢山買って来なければなりません。午後は向こうの家の玄関の突き当たりにある戸棚を整理したい。


10月6日 月曜日 今朝は昨日よりも暑く感じた…

 夕べは風呂から出て8時半にはもう眠くなってしまった。テレビを観ながらウトウトしている自分に気が付いて、ベッドに入るのでした。だから今朝は3時過ぎにはもう目が覚めてしまう。何をするにもちょと早すぎるので、厨房に入ってコーヒーを淹れ、昼の飲み物として蕎麦茶を作っておくのでした。朝は昨日よりもかなり暖かく、ハーフパンツと半袖で十分な気温。少し明るくなったら、車でゴミの集積場まで出掛けて、7袋もあるゴミをすべて出して来た。

 家に帰ればちょうど朝食が出来たところで、今朝は銀ダラの煮付けとナス焼きなのでした。あまり美味しかったので、自分でお釜まで行ってお替わりをする。今日はお袋様と一緒に会のに行く日だから出掛けようとすれば、女将が買い物メモを書いてくれたが、その他に米とトイレットペーパーも買ってきて欲しいと言う。一人では到底、持てそうにない量だけれど、農産物直売所で精米して、隣町のスーパーで残った品を買ったら、ちょうどお金が尽きた。

 青空が覗いて、昨日よりもかなり気温は高かったのです。重い荷物を持って家に帰れば、女将が車まで食材を取りに来てくれた。トンカツを買って帰ったので、昼はスパゲッティーを茹でてミートソースにしたのです。知り合いの農家で出していたオクラを茹でたらとても柔らかいので女将も驚いた。朝採りなのと大きくならないうちに採るから、いつもここのオクラは柔らかい。ヤンキースとブルージェイズの試合は、13対7でブルージェイズが勝ったらしい。

 女将がスポーツクラブに出掛けた午後は、奥の座敷のベッドに横になって1時間ほど昼寝をする亭主。東の庭の草取りの続きをしようと思っていたら、雨が降りだしてきたので思いとどまる。明日の朝には再開しないといけないだろうと、またテレビを点けて観ていた。今日は向こうの家にも行かずに、しばしの休養日なのでした。夕方になってまた晴れて来たけれど、もう草取りは出来ない。下の通りに住む例の小母さんがやって来て、今日はお休みですかとまた言う。店を閉めて3ヶ月目なのに、どう考えてもおかしい。


10月7日 火曜日 朝からどんよりと暗い空でした…

 やっと普段の生活に戻って、夕べは10時半に就寝。今朝は4時半に目が覚めた。少しは動かなければと、明るくなるまでコーヒーを飲んで、歩いて向こうの家に出掛けるのでした。目的は外の水道に取り付けてある二股の蛇口を取り外して、新しい家に持って帰ること。蛇口の口径が違って前の家から持って来たホースが使えないのです。ウッドデッキを作って流しを取り付けた頃の随分と昔のことだから、新しい家の外の水道に上手く繋がるのか判らない。

 夜明け前のみずき通りは、赤く色づいた花水木の並木が、まだ薄暗闇の中に沈んでいた。帰りにはもうすっかり明るくなったけれども、雲が重くのしかかっているのでした。家に戻れば女将が厨房で朝食の用意をしてくれていた。亭主は箸置きを出して箸を並べ、お新香や小松菜のお浸しを出して、鮭の西京漬けが焼き上がったら、味噌汁と共にテーブルまで運ぶのでした。女将が冷凍してあったご飯をチーンして持ってくれば、二人の朝食が始まるのです。

 食後はドジャース対フィリーズの試合が始まって、少しだけ観たらもう眠くなったので、奥の寝室に入ってベッドに横になる。1時間ほど眠ったら、女将はもう洗濯物を干し終わって、向こうの家に行ってくると言って出掛けて行くのでした。亭主は東側の庭の草取りの続きを始める。30分ほどでやっと綺麗になって、ビニール袋はいっぱいになるのです。あとは隣の家との境に置いてある大きなポットを、どうしたら好いものかと思案に暮れるのでした。

 郵便局へ葉書を出しに行くと言って出掛けた女将も帰って、そろそろ昼の支度をしなければならない時間となりました。モヤシが買ってあったから、今日は少し涼しいので湯麺にしようと決め、野菜を切ったりお湯を沸かしたりして、亭主は厨房で忙しく動いています。塩も使わずにシマダヤの湯麺のタレと薬味だけ入れて、肉と野菜とを炒めて蓋をするのです。中華鍋の中で蒸して人参やキャベツが柔らかくなり、丼に湯を入れて麺を茹で、具材を載せれば完成。

 午後は女将が部屋にこもって書道を始めるから、亭主は奥の寝室でひと眠りして、2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を取り終えたら、向こうの家に行って燃やせるゴミを車に積み、必要な物を取ってくる。だいぶ片付いたとは言え、細かな物が沢山残っているから、手ぶらで家に帰るわけにはいかないのです。今日は脚立と剪定の長ばさみ、紙ゴミを入れていた少し大きなゴミ箱を持って帰ってきた。車のトランクは金ゴミも積んであるので一杯なのです。

 帰りがけに住み慣れた旧宅の全景を写真に撮ってみた。7人で住んでいたから、増築した書斎の部分を含めて、かなりの広さなのです。土地は新しい家の方が車が3台停められる分だけ広いのです。40年以上住んだから、相当な分量の荷物があった。それもこの三ヶ月で何とか片付きそうなのです。衣類を含めた家財道具の半分以上は廃棄した。だいぶ身軽になったので、これからの生活が楽しみなのです。その前に、まだやるべき事がいろいろあるから大変です。


10月8日 水曜日 見渡せば、すっかり秋の景色になって…

 今朝も涼しい朝でした。明るくなったので車で向こうの家に行って、まずは下駄箱の中の靴を袋に入れて持ち帰る準備をする。半分以上は廃棄したのだけれど、新品の運動靴や黒の革靴などは取っておいたのです。それから居間の戸棚の中に残して置いた、高級な湯飲みや値段の高かった急須などを、車の助手席に積んで家に帰るのでした。みずき通りはすっかり紅葉して、空には雲一つなく、朝日が昇ってくる時間でした。女将が厨房で朝食の支度をしている。

 今朝のおかずは鯖の塩焼きと茄子焼きにお新香。千切り大根と油揚げの味噌汁も美味しかった。お替わりをしたいところだったけれど、苦しくなるといけないので我慢する。食後は1時間ほど横になって、9時に目が覚めて洗面を済ませる。今日は南側の庭のタラの木を伐採する予定だったので、チェンソーを押し入れから出して、延長コードを付けて外に出る。棘に気をつけながら、一気に根元近くから切り倒していく。久し振りに隣のお花畑が見えるのでした。

 思ったよりも時間がかからずに、わずか30分の作業だった。切り倒した枝は、業者に頼んで持っていってもらおう。根っこから抜いてもらわないと、後を花壇として使えないから、せめて伐採だけでもしておこうと思ったのです。残るはいよいよ月桂樹。3mほどに育っているから幹も太く切るのが大変そうだけれど、明日の台風が過ぎたら作業に取りかかろう。サツマイモ農園の向こうには、コスモス畑が広がり、森の手前には柿の木が沢山実を付けている。

 ちょうど昼の支度を始める時間だったので、亭主は厨房に入って野菜を切り始める。今日は久し振りに焼きうどんにするのでした。本当は蕎麦粉が残っているので、蕎麦を打てば好いのですが、一度しまい込んでしまった蕎麦打ち道具を、押し入れから出すのが面倒でつい安易な食材を使ってしまうのです。肉とキャベツとオクラを切ってフライパンで炒めたら、隣の火口で湯通ししていた冷凍うどんを加えて、皿に炒めればソース味だけの焼きうどんの完成。

 食べ終えてもまだ12時だったから、昼寝をするにも時間が早すぎて眠くならない。向こうの家に行って荷物を運ぶにも、明日出す予定の金ゴミがトランクに一杯詰まっているので、次の荷物を入れられないのです。仕方がないからヤンキーズとブルージェイズの試合の最後を観れば、なんと6点差を追い上げてヤンキーズが勝ったではありませんか。勝負は判らないものです。女将はスポーツクラブに出掛けていたから、亭主一人でぽつねんとしていました。

 手持ちぶさたなので玄関を出て、家の周囲を歩いてみたら、駐車場にあるキンモクセイの香りが漂って本当に秋らしい雰囲気なのでした。西の小径から今朝伐採した南の庭を見れば、女将の部屋の前に洗濯物が干してあるのが見える。その向こうにある月桂樹の木を明日の朝には切り倒そうと考えているのです。明日の予定は、早朝に金ゴミを集積場に降ろしたら、ストーブをトランクに積んでこちらの家に持ってくる予定。朝食後のひと眠りを終えたら伐採作業。


10月9日 木曜日 佐倉は台風の影響もわずかだったらしく…

 昨日の予定通りに今朝は朝飯前のひと仕事に、金ゴミとプラスティックゴミを集積場に出したら、前の家に行ってストーブや扇風機を車に積んで家に帰るのでした。部屋数が多かったからストーブの数も多いのだけれど、新しい家では一つあれば十分なのです。向かいのサツマイモ農園の事務所で使ってもらえないかと、聞いて見ることにして、家に帰ればもう女将が朝食の支度をしてくれていた。カウンターからテーブルに亭主が料理を運び、二人で朝食にする。

 昨日と同じ鯖の塩焼きだったけれど、今日はナス焼きの代わりにオクラが刻まれて出て来た。歳を取ったせいか亭主はこれでも十分な量のおかずなのでした。あまり身体を動かさないから食欲も湧かないのだろうか。短い距離も車で移動しているから尚更なのです。食後はお茶をもらったら寝室に入ってひと眠り。1時間ほど眠ったら洗面をして、女将が洗濯物を干し終えたら、隣町のスーパーに買い物に出掛けるのでした。冷蔵庫の中には食べる物がなくなった。

 9時半には家を出て、10時過ぎには戻ったので、亭主は懸案の南の庭の月桂樹を切り倒す仕事を始めるのでした。風が強くなったら危ないかなと思っていたけれど、それほどでもなく30分ほどで3mはある高さの木を根元からばっさりと切り終えた。風で飛ばされてはいけないので、細かく切るのは明日の仕事にして、始まったドジャース戦を観るのでした。11時過ぎには厨房に入って、肉と野菜を切り分けて、昼食には買って帰ったソース焼きそばを作る。

 ひと休みしたら女将と向こうの家に出かけて、片付け物をする。片付けても片付けても捨てる物が出て来るばかりで、今日は高いところにある昔はよく使った小型の七輪やお盆などを亭主が取って、女将がゴミ袋に詰める。台所の食器棚の上に残っていた皿や湯飲みなども、踏み台に亭主が上って女将に手渡すのです。ついでに居間の部屋のグラス棚に残っているワイングラスや徳利なども、みんな埋め立てゴミの袋に入れてもらうのでした。

 戸棚はすっきりと綺麗に片付いて、あとは本当に廊下の押し入れだけになる。今度の週末にまた女将と来て片付ければ好いと思うのです。二人で仕事をすると、重い荷物を棚から下ろしたり、力仕事は亭主がやって、袋に詰めたりする細かな仕事は女将がするといった具合に、分業で出来るので効率がいい。袋に詰めたゴミはまた明日亭主が来てゴミに出す。午後の2時には家に戻って、亭主はブログを書き始める。女将は郵便局に作品を出しに行くのでした。

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2025年9月下旬



9月20日 土曜日 お彼岸の墓参りに出掛けた朝…

 夕べは風呂に入って8時台にはもう眠ってしまった。前日の早寝がそのまま習慣化して、同じような生活パターンが続いてしまうのです。でも、やはり夜中に目が覚めて、1時間ほど起きてまた眠るというのを繰り返し、最後に目覚めたら朝の6時になっていた。前日よりも疲れた睡眠なのでした。10時ごろまで起きていて、朝の6時に目が覚めるのがベストなのだけれど、なかなか難しい。洗濯物を持って蕎麦屋に行き、洗濯機に入れてスイッチを入れて来る。

 朝食は昨日買った鰯が沢山あったので、一人二尾ずつ塩焼きにして食べる。ナスとピーマンの味噌炒めもキュウリの糠漬けも、ぴったりのおかずなのです。調和が取れていると、実に食べやすく美味しい。今日はお袋様を連れて墓参りに行く予定があったので、食後のひと眠りはなし。8時40分にお袋様を迎えに行き、隣町のスーパーで花を買って、そのまま霊園に向かう。花を売るコーナーが混んでいたから、霊園の駐車場も混んでいるかと思ったが停められた。

 ついひと月前にお盆の墓参に来たのだけれど、草も伸び放題なのでした。軍手を持っていったので、屈むのが辛いから墓の縁の石に座って次々に草を抜く。女将はその間に花を生ける容器を洗ってくる。砂利を後から足した墓はそれほどでもなかったけれど、弟の所は作った時のままだから、この時期は抜ききれないほど草が伸び広がっていた。小一時間かけて草取りをしたら無事にお参りをして、お袋様を家まで送る。昼の買い物をして蕎麦屋で洗濯物を干す。

 女将が洗濯物を干している間に、昨日のうちに運んだ家族のアルバムの紐をほどいてカウンターに並べる。このの置き方でしかもう入る場所がないのです。カウンターの下にも棚はあるのだけれど、これは蕎麦屋の客が荷物を置くために作った棚だから、後で本が置けるようには考えていなかった。何か物を入れて置く場所に使えそうだけれど、そのままではどうも見てくれが悪い。考えたら今住んでいる家の居間は、隠し戸棚を作ったりと工夫がされている。

 昼は野菜の天麩羅と沢山あった鰯の天麩羅を亭主が揚げて、素麺を茹でて二人で食べる。ドジャース戦も始まって、テレビを観ながらハラハラドキドキのひとときなのでした。家の庭の樹木を移植する様にお願いしていた業者から、二ヶ月ぶりに電話が入って、やっと少し涼しくなったので、打合せに来ると言う。庭の木を見てもらって、柑橘類は大きな物だとなかなか根付かないとまた言われた。金柑の木をどうしても女将が諦めきれないらしいからお願いした。

 続けて蕎麦屋に行って大きな月桂樹やタラの木を見てもらい、10月の中頃には4、5人連れて来て、草刈りも含めて一日で終わるだろうと言うのでした。移植もあるけれど、すべて合わせて10万円以内で済みそうなのです。年間を通して蕎麦屋の木々の手入れをお願いしたいと言えば、これは3万円ほどで済むと言う。女将に話せば、それならお願いしようと言うことになる。家に帰れば、ドジャースが今日も勝って大谷選手が52号のホームランを打ったと言う。午後も昼寝をする暇もなく、ケーブルテレビの会社から電話が入って、来週の水曜日の敷設工事は午後1時からだと言うのでした。いよいよ引っ越し後の全体像が日付入りで決まってきたのでほっとする。


9月21日 日曜日 昔の写真に目が釘付けになった朝…

 やっといつものペースに戻れた朝。夕べは10時に床に就いて、今朝は4時に目が覚める。コーヒーを淹れて飲みながら、テレビを点けて今日の天気予報を見るのです。夜のうちに残ったアルバムを整理していたら、何枚かの写真がバラのまま袋に入れてあったのを、廃棄すべきかどうかと開けて見れば、女将や自分の卒業式の写真に混じって家族の昔の写真が入っていた。子ども達が小さな頃にスキーに行って、本当に皆楽しそうに写っている一枚は残すべき一枚。

 5時になったら女将が用意してくれた洗濯物と一緒に、蕎麦屋に持っていって洗濯機に洗い物を入れたら、荷物を紐解いて何処に置こうかと考える。例の写真は額に入れて本棚の上に飾る。この一角は家族の写真を並べておこうと、お袋様と女将と三人で旅行に行っていた頃の写真を加える。何百枚物の写真のあった中で、何十年も取っておいた一枚は、やはり目を惹くものがあったのです。秋の紅葉の中で三人で並んで撮った一枚もなかなかの出来栄えでした。

 家に帰って朝食を食べたら、今日もひと眠りはせずに、アルバムの片付けを始めました。アルバム以外に過去の日記類が沢山あってどれも捨てるわけにはいかないものなのです。アルバムと違って中を読んでみないと判らないから、これが時間がかかるのです。10時を過ぎたらBSでドジャース戦が始まったので、女将は錦糸卵を焼いて、亭主は選手の動きを食い入るように見ているのです。11時を過ぎたら亭主も台所に立ってモヤシと肉を茹で麺を茹でるのでした。

 9月の下旬になっても冷やし中華が食べられるのも、今年の猛暑のお蔭だと嬉しいのでした。食後もお茶をもらって飲みながら、ドジャー戦の続きを観て、続きは居間の部屋のテレビを点けて観る。布団の上に横になってみていたらウトウトし始めて、ワーッという歓声が起きたから目を覚ませば、大谷選手の53号のホームランが出たところなのでした。結局、今日は珍しく最後まで観てしまった。昼からはまた蕎麦屋に荷物を運び、女将も来て冷蔵庫の掃除。 

 水曜日にテレビを移設するのが効いて、女将もいよいよこちらに移ってくる準備をしなければと思ったらしい。雨が降ったら軒下のある玄関前のテラスに洗濯物を干せるようにと、買ってあった物干しを組み立てて取り付ける。竿は蕎麦屋の時代に暖簾に使っていたアルミの竿を代用して取り付ける。外からの見栄えが悪いから、家で使っているアルミ製の柵を蕎麦屋に持ってきて使おうかと思うのです。女将の畳んだ洗濯物は車で亭主が家に持ち帰る。


9月22日 月曜日 やはり秋か、半袖では涼しくなった…

 今朝も5時半に目が覚めて、コーヒーを淹れて居間の部屋でドジャース戦を観ながら頭をすっきりとさせる。今日は燃やせるゴミを出す日だったので、急いで書斎のカバン類を袋に入れて、玄関に積んだままの沢山のゴミ袋と一緒に集積場まで何回か運ぶ。最後に重いものは車に積んで運び、そのまま蕎麦屋に出掛けるのでした。昨日のうちに設置した軒下の物干し台が、ちょっと外観を損なうのでしたが、これも生活の変化と受け入れなくてはならない。

 今日はお袋様と買い物に出掛ける日だったので、食後もひと眠りをせずに次に出すゴミの整理を始めたのです。細かな物がいっぱいあって、燃えないゴミでも埋め立てなのか金属類なのかと仕分けするが大変。家庭の段階でこんな状態だから、分別しなければ、清掃局の職員はもつと大変になるのでしょう。9時に農産物直売所に着いたけれど、キュウリも終わってナスやオクラしか買うものがないのでした。隣町のスーパーで残りの食材を揃えて家に戻るのです。

 まだ10時過ぎで、女将は蕎麦屋で亭主の運んだ洗濯物を干して帰ったらしく、ゆっくりと新聞を読んでいました。昼はミートソースを温めてスパゲッティーを茹でるだったので、二人とも準備も簡単なのでした。亭主がブロッコリーとスパゲッティーを茹でて、女将が買って帰ったトンカツを切り分けるだけ。今日は一人60gに減らして盛り付けたらちょうど好い量でした。歳を取ったせいか多すぎるとトンカツもあるので凭(もた)れるのです。

 食後にお茶をもらって、座椅子に座ってゆっくりとするのでしたが、どうも尻が痛くなるので敷いたままの布団に横になる。すると少し眠くなって昼寝の時間となるのです。やることは沢山あるのですが、あまりにもする事が多すぎて疲れてしまうのです。ゴミの分別が慣れないものだから、いちいち女将に尋ねるのも面倒で、彼女も滅多に引っ越しに際の捨てる物など考えたことがないから、分類表を見てはくれるけれど、なかなか書いてある物ばかりではない。

 昼寝から目覚めれば、半袖で眠っていたので肌寒くなって長袖に着替える。朝方も18℃まで気温が下がるので、ついこの間の暑さに慣れた身体には涼しすぎるのでした。昼が少なかったからか、少し腹が減ったので、冷蔵庫に入っていたシャインマスカットをちぎって口に入れる。やっと女将が帰ってきて、蕎麦屋に洗濯物を畳みに出掛けると言うので、亭主も車で行って明日のゴミ出しの袋に燃えるゴミを詰めて、業者に持っていってもらう準備をする。


9月23日 火曜日 暑さ寒さも彼岸までと言う言葉は…


 今朝の空は秋の空によく見られる鰯雲が一面に出ていた。昨日今日と朝は16℃まで冷え込んできているから、やはり「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉は正しい。今朝は長袖のシャツにジャージの上着を着て蕎麦屋に出掛けるのでした。持っていった洗濯物を洗濯機に入れたら、新しい居間に置いた古いソファーに座って、ボサノバの軽快な曲を聴く。広い玄関に続く広い居間のあった前の家とは違って、玄関からすぐに居間になるのも慣れれば耐えられるのか。

 朝食の時間に間に合うように、みずき通りを通って家に帰れば、このところの冷え込みで、ハナミズキの葉もだいぶ色づいてきた。女将の用意する朝食を食べ終えて、居間の座椅子に座ってお茶をもらうけれど、どうもゆっくりと出来ないのです。敷いたままの布団に横になっても、ひと眠りできるわけでもなく、仕方がないから書斎に行って、片付け物の続きをする。後は水中カメラや器材の入った乾燥ボックスの中だけなのですが、その前にまだいろいろある。

 女将が洗濯物を干しに蕎麦屋に行くというので、亭主も義父母の仏壇を車に積んで後を追いかける。父の仏壇は元気なお袋様が家に置いて毎日拝んでいるから安心なのです。一人娘の女将も、二人の親が10年違いで同じ歳で亡くなって、当初は毎日仏壇に向かって、線香も上げていたけれど、なかなか余裕がなくなったのか、今では食堂のテーブルの脇に置いてあった。今度は狭い寝室の箪笥の上に置いて、たまには線香を上げられるのだろうか。

 昼の用意に家に帰り、亭主はキャベツやニンジン、ピーマンを刻んで、ソース焼きそばを作る。亭主は五目あんかけの焼きそばが好きなのだけれど、女将はどうも子どもの頃からソース焼きそばを食べ慣れているらしい。塩分の効いた鶏ガラスープを入れるので、ソースは香りづけ程度だけれど、それでも美味しいと言って食べてくれる。唯一、椅子に座ってゆっくり出来るのは食堂だけになった。それでも食後のお茶は居間の部屋で床に置いてもらうのです。

 今日はドジャース戦もお休みなので、野球の試合を見ることに追われずゆっくりとできる午後なのですが、明日がテレビの移設ということもあって何か気忙しい。明日のゴミ出しは燃やせるゴミだけだけれど、これが意外と沢山あるのです。朝のうちに書斎で二袋、午前中に今でひと袋、家電製品の袋に入る大きさは出せるから、スタンドのライトを分解してこれもゴミに出す。物を置くのに使っていたキャスター付きのプラスティク製の台も燃やせるゴミ…。

 女将のスポーツクラブの予約の時間までに、もうひと袋の燃やせるゴミ袋がいっぱいになった。女将が梨を剥いてくれたので、二人で食堂で食べる。女将のお習字の終わる時刻まで、今の隠し扉の中に残った本や古いレコードを片付けて、女将は蕎麦屋に洗濯物を畳みに出掛けた。亭主はブログを書くために少し遅れて車に乗った。新しく買ったミニコンポは女将の部屋の箪笥の上に設置して、後は延長コードを買って来れば好いだけ。テレビを置く場所を空けて、明日の午前中には今使っている寝具類を運ばなければいけない。


9月24日 水曜日 今季初めてエアコンの暖房を使った朝…


 朝の外気温が今朝も16℃。長袖の厚手のジャージを着て寝ているのに寒いと感じたから、思わずエアコンの暖房を入れてしまった。蕎麦屋に出掛けて洗濯物を洗濯機に入れたら、新しい居間で一休みする。ギターを置く場所を少し変えて、壁際にもう一つ本棚を入れたら、カウンターの上にだらしなく置かれていたアルバムが、綺麗に収納できたのです。朝食を終えたらお茶をもらって、横になって少し眠った。女将が洗濯を干しに出掛けるのを待って蕎麦屋へ。

 今日はテレビを移設する日なので、大相撲を観る夕食時には、蕎麦屋でテレビを見なければいけない。午前中に始まるドジャース戦は、大谷選手がピッチャーをするのだけれど、テレビを蕎麦屋の方に持って行かなければならないので、これは見られない。仕方がないので、テレビと布団を運んで定位置にセットする。小さな方のテレビは、女将が調理をしながら見られるように、調理台の方に向けて置いておく。贅沢な話だけれど、寝室にはテレビは必要がない。

 10時になったら駅前のホームセンターに出掛けて、延長コードや洗濯機と洗面所の間におけるプラスティックの物置台を買って、蕎麦屋に寄って設置しておく。女将の部屋のミニコンポのラジオの受信状態も好い。家に帰って昼食の支度をしたら、唯一椅子のある食堂で女将と素麺を啜る。食後のお茶も食堂のテーブルの上で頂く。布団がないから居間の畳マットに寝転んで食休みをするけれど、休めたものではないのです。冷蔵庫の中の食材を持って蕎麦屋へ。 

 女将はこの忙しい日にも、きちんとスポーツクラブに出掛けるから大したものです。亭主はケーブルテレビの技師が1時に蕎麦屋の方に来るので、早めに行ってブログを書きながら待っているのでした。約1時間半かかってやっとテレビが開通。亭主は家に戻って、車に女将の布団やマットレスを積んだり、魚焼き器や電子レンジを積み込んで、冷蔵庫の中の食材を積んだりして女将の帰りを待つのでした。3時半近くに女将が帰り、荷物を持って蕎麦屋に行く。

 テレビが映るので相撲中継を観ながら、女将も夕食の支度を始めようと思ったら、肉も魚も持ってくるのを忘れたと言うから、亭主が車で取りに行く始末なのでした。5時半近くにやっと肉が焼けて今夜も二人で大相撲を観ながら夕食を食べる。女将が「前の居間にあったときは、もっと大きなテレビだと思っていたけれど」と言うから、「蕎麦屋の客席の方が広いから小さく見えるのだよ」と亭主が応えるのでした。四角の部屋ではなく、幅はないが細長いのです。

 女将はテレビのニュースを見終えたら、自分の部屋に入ってヨーガを始める。亭主は新しい家の風呂が気になって、早めに沸かすのでした。蕎麦屋を開業した頃に、夏の暑い時期に風呂を沸かして入ったきり、10年ぶりくらいなのです。身体の大きな亭主も、足が伸ばせるから楽しみにしていたのです。バスタオルも持ってくるのを忘れたと言うから、亭主の大きめのタオルを供出する。さあて、今夜はテレビを観ながら、新しい居間で酒を飲もうかな。


9月25日 木曜日 初めての蕎麦屋での朝を迎えて…

 午前4時に目が覚める。新しい寝室は中央にベッドを配置して、押し入れが広いので本棚と洋服ダンスだけの快適な空間です。その昔、7人家族でも使えるようにと購入した大きなテーブルの脚を切って座り机にした物が、西の窓辺にでんと置かれている。まだ何をするのかも決まっていないけれど、まだセッティングしていない古いミニコンポが置いてあるだけ。夕べは久し振りにぐっすりと眠れて心地よい目覚めなのでした。夜明け時の空は雲一つない。

 ペットボトルの緑茶を飲んで、古い家に戻ってゴミ出しをする。今日は金属・小型家電類とプラスティックゴミ。集積場まで三回往復して6時になった。がらんと物のない家は、押し入れや隠し戸棚の中に細かな残留物が少し残っている。コーヒーを沸かして食堂で飲みながら、取りあえずは箸や茶碗など、朝飯の時までに必要なものを冷蔵庫から取り出して袋に入れておくのです。次に来た時にはお釜や米、女将の部屋の椅子やバランスボールを運ばなければ。

 新しい居間でソファーに座りながら新聞を読めば、朝日が当たって明るいので、細かな新聞の文字がよく見えるではありませんか。何年ぶりかでゆっくりと新聞を読むのでした。店と自宅と二つ取っていた新聞も一つにして、少しでも出費を抑えなければいけない。向かいのサツマイモ農園の事務所兼倉庫の建設が、いよいよ本格的に始まった。今日はコンクリート打ちらしく、コンクリートミキサーが何回も来て、床の部分にコンクリートを流し込んでいた。

 亭主と女将は前の家に行って、釜や米びつ、電気炊飯器などまだ蕎麦屋に持って来ていない物を車で運ぶのでした。持って行く物があまりにも沢山あるので、女将は家の鍵や蕎麦屋の鍵を持たずに、車に乗って亭主と一緒に帰ってしまうのです。10時半からはドジャース戦が始まるので、亭主も車から荷物を運び出したら、新しい居間のソファーに座ってテレビを観る。女将は自分の部屋に運んだ荷物を整理している。少しずつは片付いているからそれで好い。

 昼の用意はお湯を沸かしてスパゲッティを茹で、ミートソースを温めてかけるだけの簡単な昼食なのでした。野菜がないからとオクラの茹でたのを添えてマヨネーズを掛けて食べる。まだ、旧宅の大皿は持って来ていないので、蕎麦屋にある大きめの皿に盛り付けて出せば、「こんな皿もあったのね」と女将が喜ぶのでした。昔店で、冷やしたぬきを出していた頃の皿で、夏の暑い時期に涼しげなものが好いだろうと買ってきたも。これでカレーライスも出した。

 食後はお茶をもらってひと休みしたら、まだ12時だったので奥の座敷に入ってベッドに横になる。30分ほど眠っただろうか、女将の部屋もしーんとしていたので、覗いて見れば新聞を読んでいる。テレビを点ければドジャース戦は延長戦に入って続いているようだ。「午後は片付けに行かないの?」と女将に言われて、女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、二人で車に乗って旧宅に出掛ける。女将は自分の仕事部屋の本を、亭主は居間の戸棚を片付け始める。

 車にいっぱいの荷物を積み込んで、3時過ぎには蕎麦屋に帰ってきた。ひと通り片付けが済んだところで、亭主は新しい居間のソファーに横になって窓の外の空を見上げるのです。今日も一日好く晴れた爽やかな一日でした。表に干してあった布団を女将が取り込んで中に入れる。4時になったらテレビを点けて大相撲を観始めるのです。腹の減った亭主は、冷凍の鶏肉をチーンして、枝豆を解凍して、焼酎がないから日本酒の冷酒を飲み始めているのです。


9月26日 金曜日 今朝はいつもより気温が高かったので…


 夕べは8時半に眠ってしまったので、4時間後にはもう目が覚めてしまう。風呂に入ってゆっくりとすると、いつのまにか眠くなるのです。取りあえず厨房に行ってコーヒーを沸かして飲みながら、ドジャース戦が何時からだったか調べたら、朝の4時半からなのでソファーに寝転んでウトウトとするのでした。夜明け前から試合は始まった。大谷選手の54号ホームランを無事に見届けて、外も明るくなったので、旧宅に出掛けて燃えるゴミを集積所に出してくる。

 新居に帰れば女将が朝食の支度をしてくれていて、今朝は鯖の塩焼きとナス焼きなのでした。キュウリの糠漬けが蕎麦屋で野菜サラダに使っていた器に盛られ、鯖は半月型の皿に載せられていた。新しい器も気分が変わってなかなか好いものです。ドジャース戦も無事に地区優勝が決まって、この後はポストシーズンの試合がいよいよ始まるのです。向かいのサツマイモ農園では、昨日打ち込んだコンクーとが乾くまで、今日は工事もお休みらしい。

 仕方がないから、亭主は旧宅から持って来た荷物の紐を解いて、本やアルバムを本棚に並べる。カウンターの上が綺麗になったら、そろそろ昼食の支度を始めなければならない。キャベツと長ネギと人参を刻んで、フライパンの隣の火口ではうどんを茹でる湯を沸かし、昼は二人で焼きうどんを食べたのです。昼食後もべッドの上で横になるのだけれど眠れない。まだ12時前なのです。1時半からヨーガの教室が始まるので女将がスポーツクラブに出掛けて行く。

 女将が出掛けた後はテレビでも観ようかと思ったけれど、何も面白い映画をやっていなかったので、厨房の下の戸棚の前に座り込んで、使わない鍋類を捨てる準備をすることにしました。蕎麦屋で使っていた物の方が新しいけれど、使い古してガタが来たものもあるし、そもそも家庭では使わない道具もあるのです。半透明の大きな袋に詰めて、今度の回収日に集積場に持って行く予定。パソコンを点けてブログも書き始める。次は旧宅に行って鍋類を運んでくる。

 まだ使える鍋も蕎麦屋の鍋と重複するから使えない。勿体ないけれど、書籍と同じで狭い場所には入りきらないのです。新居で使える圧力鍋や蒸かし釜は忘れずに持って帰る。厨房の下の戸棚に入れて、なんとか収納したら、スポーツクラブから帰って洗濯物を畳んでいた女将が「ルクルーゼは持って来ていないのね」と言うから、「大きな袋二つで、もう重くて持てなかった」と応える亭主。明日また二人で行って、再度、何を残すのかを確かめよう。

 夕暮れ時のひとときは、女将が肉豆腐を煮付けながら厨房のテレビで相撲を観ている間に、亭主は吟醸の冷酒の口を開けて、居間のテレビを観ながら、枝豆をつまみにいっぱい飲み始めるのでした。蕎麦屋の下に住むお婆さんが西の窓からこちらを覗く。もう蕎麦屋は止めたと何度も言っているのにやって来るから、少し呆けてきているのかと思うのです。駐車場側の窓からも中を覗くから放って置いたら、いなくなったのでした。常連さんではあったのですが…。


9月27日 土曜日 今朝は朝から暗い曇り空でしたが…

 昨日の朝の早いドジャース戦のお蔭で、ちょっと不規則な生活が始まってしまったので、夜が9時前にはもう眠くなるのです。夕べも9時過ぎまで頑張って起きていたのですが、床に入ればすぐに眠りに落ちてしまう。その結果、深夜の2時過ぎには目が覚めてしまうから、厨房でコーヒーを沸かして、居間の椅子で飲むのでした。ちょうどテレビの映画は『スーパーマン』をやっていたから、何度も観ているけれど、時間つぶしにはちょうど好いのです。

 さすがに4時を過ぎたら再び眠気が襲って、2時間ほどまた床に入って眠る。6時過ぎに目覚めて、車で旧宅に出掛け、郵便受けから新聞を取り出したら、今朝は大皿を持って新居に帰るのでした。厨房の中に向けた小さなテレビでニュースを見ながら、女将が厨房で朝食の用意をしていた。今までの台所と食堂の位置関係とは違って、対面のカウンターに料理を載せれば、反対側からテーブルに運べるので、亭主も自然と動くようになるのです。

 9時半になったら、女将と二人で隣町のスーパーに出掛けて行くのでした。テレビでドジャース戦の始まる10時半までの時間に、帰ってこられるかが勝負。思ったよりも沢山の買い物をして、女将の大好きな果物も、柿や蜜柑や梨を買って、重たい二つの袋は亭主が持って車に乗り込むのです。空は朝から曇ってどんよりとした雲に覆われていました。女将を隠居で降ろしたら、亭主は昼の天麩羅のために、旧宅に戻って一斗缶の胡麻油を取って帰る。

 昼食は亭主が銅の天麩羅鍋で天麩羅を揚げ、蕎麦の出し汁で天つゆを作ってご飯を食べる。天麩羅の具材はナスとカボチャとシーフードミックスを玉葱とかき揚げにした。大きな銅鍋は家庭の天麩羅鍋よりもはるかにカリッと揚がるのです。食後はお茶をもらってから、奥の寝室でベッドに横になってひと眠り。30分ぐらい眠ったら自然と目が覚めるのでした。ドジャース戦はちょうど9回の裏で、無事に一点差でマリナーズに勝利したのです。 

 「そろそろ行きましょうか」と女将に言われて、車に乗って旧宅に向かう。今日は女将の仕事部屋の本を車に積み込み、少し厚手の布団や細かなものを積んだら、今度は秋からのジャンパーや上着を二階から持って来て、不要なものは燃えるゴミの袋に詰める。台所の下の戸棚に残った金笊などは、来週の木曜日に金物としてゴミに出せるから、昨日の込み袋に詰めておきます。1時間ほど働いたらもう汗だくで、新居に帰って今度は荷物を降ろすのです。

 今日の昼間は30℃までは気温が上がらなかったのに、動いたせいかすっかり汗だくになって、新居に帰った亭主はやたらと水分を取るのでした。夕刻も早くから椅子に座って大相撲を観て、女将は厨房のテレビを点けたまま、新しいグリルの使い方を取扱説明書を見ながら空だきをしていた。間違った操作をすると音声で知らせてくれるから、解らなくなると亭主が呼ばれて一緒にやり直す。やっとガスの魚焼き器が使えるようになって、夕飯は今日買って帰った大型のサンマの塩焼きなのでした。電気の魚焼き器と違ってしっかりと焦げ目が付いているので、見た目が美味しく感じるのです。


9月28日 日曜日 ゆっくりと確実に引っ越しを終えるには…

 朝の6時前、東の空の向こうから朝日が昇ってきた。夕べは10時に眠りに入って、今朝は5時前に目覚めた。これが今の亭主に取っては理想的な睡眠の形なのです。コーヒーを淹れて約一時間目はゆっくりと覚醒の時を過ごして、今朝は紅葉の始まったみずき通りの景色を眺めながら、歩いて旧宅まで出掛けることにしました。あまり歩かないと足腰が弱るのではないかと心配になります。涼しい朝の風が吹いて本当に秋らしいと感じる時間帯なのです。

 6時過ぎから約1時間、今朝は昔の書斎の押し入れを片付けました。古い写真のアルバムが棚一列に並んでいましたが、全部捨ててしまうのはちょっと乱暴なので、一応、一冊ずつ開いて見ていくのです。魚のいる水中の写真はほとんどが失敗作なので、燃えるゴミの袋に入れ、女将と一緒に渓流の宿に出掛けた写真や娘と海外でダイビングをしたときの写真などは、まだデジタルカメラもなかった時代の貴重なフィルムデータは、持って帰ることにしました。

 玄関の入り口にゴミ袋を並べ、明日のゴミ出しに備える。ほとんど使っていないバーベキューの椅子やテーブルのセットなども、余り使わないけれど持って帰る物の中に入れておく。これで押し入れの中に残ったのは、古いパソコンとギターのアンプだけ。パソコンは電気店で引き取ってくれると言うけれど、なかなか持って行くのが億劫で、何種類もの古いパソコンが残っている。取りあえずは、今月いっぱい配達のある新聞の朝刊を持って新居に帰る。

 朝食を食べてひと眠りすれば、女将が旧宅に行こうと亭主を誘うのでした。土日しか女将もゆっくりとする日がないので、洗濯を終えたら向こうの家の片付けをしなければと思うのでしょう。二人で行って何から始めようかと言うので、亭主は洋服ダンスの中を整理しようと応える。式服や長袖、オーバーやシャツなどの他にネクタイも沢山ある。二人で使う使わないを思案して決めて、持ち帰る物の他はすべて燃やせるゴミの袋に詰めるのでした。

 1時間経ったら、新居に帰ってから荷物をしまう時間も考えて、燃えるゴミの袋は車のトランクに積み込むのでした。これを集積所に持って行くのは明日の朝の亭主の仕事です。ドジャース戦が始まっていたので、亭主は厨房のテレビで観ながら昼の支度を始める。昼食はやっと少し涼しくなったので、野菜が沢山入る湯麺にすることにしました。キクラゲやモヤシもあったのでちょうど好かった。亭主は豆板醤と大蒜を入れて食べるのでした。

 昼食後はしばらくドジャース戦を観ていたのですが、飽きてしまって奥の寝室に入ってベッドで横になれば、少し眠れたのです。1時半過ぎに目覚めて、女将が「そろそろ行きますか」と言うので梨を剥いてもらって目を覚ましたら、二人で旧宅に行くのです。夜は肉じゃがにするというので、先にスーパーと酒屋に寄ってから旧宅に向かう。午後の仕事は金物と瀬戸物で使わない物をゴミ袋に分別して、使う物は新居に持って行くために車に積み込むのでした。

 車のトランクには明日の朝に集積場に運ぶ燃やせるゴミがいっぱいで、玄関には今週の木曜日に出す瀬戸物類などの埋め立てゴミを並べておきます。電波時計も三つもあったけれど、取りあえずは女将の部屋に一つ、そして、トイレのマットなど細かな物を車に積んで新居に帰るのでした。大相撲が今日は千秋楽なので、早くから取り組みが始まっている。厨房と居間のテレビを両方点けて、女将は夕食の支度を、亭主は買ってきた焼酎を飲み始めるのでした。


9月29日 月曜日 朝から蒸し暑い一日でしたが…

 夕べは9時半まで我慢して起きていたけれど、どうしても10時までは持たなかった。お蔭で2時過ぎには目が覚めて、4時から始まるドジャース戦には少し早すぎるのでした。コーヒーを淹れて飲みながら、今日の朝飯前のひと仕事を考える。燃やせるゴミを出す日だから、車に積み込んだ6袋ものゴミを集積場に運んで出したら、旧宅に行ってまだ持って来ていない時計を二つ車に積み込んで、今月いっぱい配達される朝刊を持って新居に帰るのでした。

 まだ6時過ぎだから朝食までには時間があるので、持って来た時計を綺麗に掃除して、居間にあった一つは寝室の柱に掛けられるようにねじを付けてぶら下げる。毎晩、スマホを枕元において眠るのだけれど、どうしてもアナログの時計の方が見やすい気がするのです。何時間眠ったのかもパッと見てすぐに判るのは、アナログ時代の人間の自分だけなのだろうか。台所で使っていた電波時計は、油で汚れていたけれど綺麗に洗剤で拭いて書斎に掛けるつもりです。

 ねじが何処にあるのかまだ整理していなくて判らないので、取りあえず冷蔵庫の上に置いてある。やっと朝食の用意が調って食卓に着けば、今朝は夕べ作った肉じゃがが出た。新鮮な胡瓜のお新香も若芽と豆腐の味噌汁も付いて、とても美味しく食べられたのです。7時半になったらお茶が出て、亭主は寝室のベッドでひと眠り。今日はお袋様とお遣いに出掛ける日なので、9時前には家を出て、お袋様を車に乗せて農産物直売所に向かうのでした。 

 いつも合う知り合いの農家の女将さんが、少し遅れてやって来たので、ナスやキュウリやオクラなどをもらって、隣町のスーパーに向かう。今日は月曜日だからか駐車場も随分空いていて、お袋様と二人でゆっくりと買い物が出来ました。女将が冷やし中華かカレーライスが食べたいと言っていたので、麺のコーナーを見たら、涼しくなったからか冷やし中華はもうなくなって、湯麺かラーメンに代わっているのでした。仕方がないから、昼は亭主がカレーを作る。

 鶏肉に茄子や南瓜や人参、オクラやシメジに玉葱をつぎ込んで、4人分だけを作ったけれどこれがなかなか美味しかったいのです。やはり、蕎麦屋で毎週のようにカレーうどんを出していたから、作り慣れているのでした。食後のお茶をもらって亭主は寝室のベッドでひと眠り。女将はその間にスポーツクラブへ出掛けたのでした。1時間ほど眠ったら、目覚ましに柿を剥いて食べたら、向こうの家に行って、埋め立てゴミに出す瀬戸物を車に積み込むのでした。

 傘などの小物もついでに持って帰る。女将がもう帰っていて、取り込んだ洗濯物を畳んでいた。夜は亭主の希望で茶碗蒸しとナスとピーマンの肉入り味噌炒めを作ってもらい、炊いたばかりの白米を美味しく食べるのです。食後のお茶をもらったら、テレビも見飽きたので、書斎に入って袋に入れて持って来た細かな物を片付けていたら、行方不明だった血圧測定器が出て来た。血圧と尿酸値を下げる薬は何処に行ったか分からないのが心配なのです。


9月30日 火曜日 涼しくてゆっくりと眠れた一日は…

 夕べは10時半就寝で今朝は5時半起床。涼しさが幸いして、これがベストの睡眠時間帯なのでした。風呂から上がって眠くなる時間を、冷たい焼酎のタンサン割りを飲んで目を覚ましているのが好かったのか。6時を過ぎたら向こうの家に行って、今日が最後の新聞と体重計だけを持って帰ってくる。無事に血圧計も見つかって、朝の血圧を測ったら140だったから、薬が見つからないままなのに、まずまずの体調なのでした。尿酸値が心配だけれど…。

 朝食は女将に頼んで、亭主だけは昨日のカレーを食べさせてもらった。女将は朝からカレーでは胃が凭れるという。二日目のカレーが美味しいとは知る人ぞ知る。昨日の夕食で出た茶碗蒸しも二人分余分に作ってあったらしく、味噌汁の代わりに出て来た。旧宅で使っていなかった器は蕎麦屋で使っていたもので、昔は茶碗蒸しまで出していたのだと思い出しました。今朝は朝食後にひと休みしたら床屋に行って髪を刈ってもらうのでした。ひと月振りのことです。

 8時半からの開店なのに、少し早めに行ったら80歳になるマスターが「どうぞ座っていて」と言う。「お名前は?」と言われて覚えていないのかと不思議に思えば、「歳を取るとね、間違えてはいけないから、一応、確認するんだよね」とカルテを出して確認していた。一番乗りだったから、1時間ちょっとでスポーツ刈りの頭は、綺麗に仕上がったのです。今日の話は、何十年も前に世界航路の船に乗って、床屋をしながら南米の端に行って南極を見たというもの。

 家に帰れば女将は向こうの家に行って、片付け物をしてきたらしい。昼は冷蔵庫にある大量の野菜と肉を使って、亭主がまた湯麺を作るのでした。素麺やうどん、スパゲッティーもあったけれど、少し涼しかったので温かい汁物にしました。昼を食べ終えていつもならひと眠りするところでしたが、今日は好く眠ったから眠くならずに、市役所や税務署や保健所に電話をして、商売を辞めたときに提出する書類について話を聞くのでした。今日の日付で廃業届け。 

 女将のスポーツクラブの予約を取ったら、まずは二人で郵便局に行って廃業届けと転居届を出してくる。それから旧宅に行って明日の燃やせるゴミと、明後日の懸案の埋め立てゴミを車の荷台に積むのでした。この間は水中写真の額入りをそのまま出したら、持って行ってくれなかったから、今日は額からガラスだけを取り出して、水色の袋に詰めたのです。木の枠と写真は燃やせるゴミにして、明日の朝、亭主が集積場に持っていく。後は着る物を積んで帰宅。

 1時間ちょっとの仕事だったけれど、涼しいのに少し汗ばんで、新しい家に戻ったら、亭主は荷物を車から降ろして、女将は今日の洗濯物を畳むのです。4時前だったけれど、亭主は少し早めの一献と、ジャガイモの冷凍食品を揚げて焼酎の炭酸割りを飲み始める。朝食後も昼飯後も少しも眠らなかった割には、体力が持ったから嬉しい。血圧と尿酸値の薬が見つからないので、通い付けの医院の予約を取った。明日は朝から保健所に営業許可証を持って出掛ける。

 

 

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2025年9月中旬



9月10日 水曜日 いよいよ明日は引っ越しの日だけれど…

 今朝も6時間半の睡眠で心地よく目覚め、熱いコー淹れて明るくなるのを待つのでした。5時半前に待ちきれずに、ゴミ袋と剪定ばさみを持って玄関を出る。4本とばかり思っていた木槿は全部で5本あった。2本だけ剪定が終わっていたので、残る3本の木を左端から片付けていく。下の道路側からだと脚立が必要なので、玄関前のテラスの側から取りかかる。手前の枝から下から上に向かって切っていけば、向こう側に張り出している枝を掴むことが出来る。

 途中休憩をしたけれど、すべての枝を落とすには、たっぷり1時間半はかかったのです。虫よけスプレーのお蔭で蚊に刺されずに済んだけれど、軍手を着けるとやりづらいので、素手で枝を掴んで切っていくので、多少のひっかき傷ができた。短い剪定ばさみが一番使いやすく、力も入るので多少太い枝でも切っていくことが出来るのです。ある程度綺麗になったところで、ゴミ袋に入れられなかった枝を詰めていくのですが、これが大変で4袋で朝食の時間。

 涼しかったのにすっかり汗をかいて、居間の部屋のエアコンのスイッチを入れ、食堂に冷気を送るために扇風機を点ける。昨日の残り物と鰺の開きを女将と半分ずつ食べて、亭主はすぐに食べ終えてしまうのでした。痛風と血圧の薬を飲んだら、居間の部屋でひと休みしてお茶をもらうのです。血圧は毎朝毎晩測っているけれど、120から150と安定しています。この間、医者で血液検査をした結果では尿酸値も8とやや高めですが、これが普通の状態なのです。

 今朝も食後に書斎に入って、30分ほど横になってひと眠りした。その間に、女将が亭主の袋詰めを終わらなかった剪定した木槿の枝を、全て袋に詰めて集積所に運んでくれたから申し訳なかったのです。「明日引っ越し屋さんが来て、荷物を運ぶのに邪魔になるから」ともっともな事を言われて恥ずかしかった。洗面を終えた亭主は、パソコンのプリンターと廊下に残った椅子を車に積んで、蕎麦屋に出掛けるのでした。机の読み本棚は綺麗に片付きました。

 蕎麦屋で明日の引っ越しの荷物の置き場所を確認したら、11時前に家に戻って昼食の用意を始める亭主。食堂のテレビはドジャース戦のチャンネルに合わせて点けたままなのです。タマネギとニンジンとピーマンを刻んで、肉を入れて油で炒め、チーンしたご飯を入れて塩とコショウで味付けする。とても綺麗な仕上がりで、鶏ガラスープの素がないのに、とても美味しく食べられた。午後はまた亭主が書斎に入って昼寝をしている間に、女将はスポーツクラブに出掛けていくのでした。引っ越しセンターや洗濯機の付け替えの業者からも連絡が入り、いよいよ引っ越し前日の気分になるのです。


9月10日 木曜日 引っ越しはわずか2時間で終了…

 今朝も5時過ぎから起き出して、書斎の本を片付け始めた。本棚は漢文学体系と鴎外全集の並んだ本棚は蕎麦屋に持っていかないので、中身だけ後でゆっくりと運べば好いと思っている。取りあえず今日は、午後から引っ越し屋さんが来るから、持っていく本箱だけは空にしておかなくてはならないのです。朝食までに廃棄する文庫本を紐で括って床に並べておきます。食後に机の上のパソコンとプリンターは蕎麦屋のカウンターに運んで置いておく。

 昼食までに書斎の押し入れの中にあった使えそうな本箱を整理する。世界の美術館の写真集と文学の写真集を、紐で括って蕎麦屋に運んでもらえるように用意しておくのでした。歳を取ったら文字ばかりではなかなか読めないので、写真に残したもののほうがまだ見る木が沸いてくるというもの。しかしこれが重たくて自分では到底運べそうにないのです。11時になったら台所に立って、餃子を焼きながらざるラーメンを茹でる。女将は葱と海苔を切ってくれた。

 昼食を終えてひと休みした頃に、引っ越し屋さんから電話が入って、予定よりも1時間早く来ると言うので驚いた。2時過ぎに2㌧トラックが2台もやって来て、5人の作業員が慣れた手つきで次々と荷物を運び出す。若い人ばかりなので、段ボールに詰めた本なども二箱ずつ軽々と持ち上げて運んで行くのでした。ものの1時間もしないうちに家の中の荷物はみるみるなくなって、空いた部屋から順番に女将が掃除機を掛けてくれるのでした。

 二階の部屋の洋服ダンスも分解して難なくトラックに積み込み、二つあった背の低い箪笥も狭い階段を二人がかりで降ろしていくのです。手際のよさと言ったら驚くほどで、3時になる頃にはすべて積み終えて、女将が支払いを済ませるのでした。亭主はトラックよりも一足早く車で蕎麦屋に出掛けて、すぐにやって来た班長さんに置き場所を説明するのです。大きな物だけはとにかく所定の場所においてもらって、段ボールの本は壁際に積んで置いてもらう。

 3時半にはすべて搬入し終えて、冷えた飲み物を一人二本ずつ持って帰ってもらうのでした。そのまま女将と二人で隣町のスーパーに出掛け、足りなくなった肉や野菜を買い、夜は寿司を買って簡単に済ませることにしました。亭主は女将を家まで送って、蕎麦屋に戻り、パソコンのWi-Fiを接続しようと、パスワードを入力するのですが、これがどういうわけか繋がらない。仕方がなのでそのままにして、家に戻って夕食を食べるのでした。

 がらんとした書斎や居間は、何もないからとても広く感じた。夕食を食べ終えても、いつものように居間の椅子に座って休むことも出来ずに、畳マットに横になってテレビを観るのですが、どうも身体が休まらない。夜は畳マットにマットレスを敷いて、布団を敷いて寝たけれど、キャンプ場で寝ているような気分でなかなか眠れないのです。涼しかったから、いつしか寝込んでしまったけれど、やはり夜中に目が覚める。身体の節々が痛いので悶々としていた。


9月12日 金曜日 引っ越してこれからが始まりの新生活…

 ゴミの中で目覚める朝なのでした。板の間に畳マットとマットレスを敷いて、布団を乗せただけの寝床は、ぐちゃぐちゃになって気持ちが悪かった。シーツに皺が寄っていると眠れないとは、子どもの頃からお袋様に厳しく躾けられたせいか、やはり夕べは寝不足なのでした。腰痛を抱えて初めて解ったのは、ベッドは起きやすいということ。身体の柔軟性が失われているせいか、床からいきなりは立ち上がれないのです。早く柔軟体操を始めなければ…。

 椅子に座ってコーヒーを飲む習慣がついていたので、6時前には蕎麦屋に行って、運び込まれた荷物の配置をどうしようかと考えながら、熱いコーヒーを飲むのでした。どうも奥に置いた長椅子と回転椅子が大きすぎて、蕎麦屋の店舗だったところに置くと、奥行きがない状態で座りにくいのでした。縦横を入れ替えて置いてみてはどうかなどと考えながら、今の自宅の居間はかなり広かったと、得るものと失うものがあるのを実感するのです。

 朝食を終えてからも、家に居ても休む場所がないので、すぐに蕎麦屋に出掛けていく。何度試して見てもWi-Fiが繋がらないので、このブログを書くのが遅れてしまうからと、家で使っていたコードを持って来て昔ながらのネットを開通させるのでした。タブレットの方は2台ともWi-Fiで繋がっているのに、同じパスワードで繋がらないのは不思議なのです。しばらくはルーターからの線が邪魔だけれど、なんとか解決策を見つけようと思うのです。

 洗濯機も物干し台も蕎麦屋に運んで来たので、女将が洗濯物を持ってやって来た。彼女はテレビで朝ドラや大相撲が見られないうちは、こちらに移って暮らさないつもりのようだ。昼はまたしても冷やし中華を作って食べる。いつもと同じように、女将が錦糸卵とキュウリを切って、亭主がモヤシと肉を茹でて、麺を茹でて盛り付けるのです。食後も家では休まらないので、蕎麦屋へ出掛けてカウンターの上を片付けながら、全体の配置を何度も考えるのです。

 長椅子がスペースを取りすぎるので、どうしても窮屈になる。しかし、長椅子だけを捨ててしまうのは何か寂しい気もするのです。取りあえず置いてある半分の高さの本棚をどこかい置いて、カウンターの椅子をもっと左に寄せれば、通り歩きの邪魔にはならないかも知れない。半分の高さの本棚は奥の座敷に入るだろう。亭主の使う座敷は、一番広いのでゆったりと使えそうなのです。女将の使う部屋は居間までよりも狭くなるけれど、日当たりが良いのです。

 カウンターの下と脇に積んだ本を少しずつ片付けて、本棚の中に入れてしまえば、今の状態よりはずっとすっきりするはず。家の書斎にはまだ持って来ていない本が随分あるけれど、どれだけ持ってこられるかは、実際に棚に本を並べてみないと判らない。焦ることはないから、これも少しずつやっていくしかないのです。午後はまた激しい雨が降りだして、スポーツクラブへ出掛けた女将の帰りを心配する亭主。またしてもスマホを持って出なかったらしい。



9月13日 土曜日 引っ越し後の居間でやっと眠れた朝…

 蕎麦屋の奥の座敷から、お袋様にもらった座椅子を持って来たので、昨日の夜は少し寛ぐことが出来た。テレビを観るにしろ、お茶を飲むにしろ、背もたれがないと休んだ気がしないのは歳のせいだろうか。奥座敷に置いてお客のいない時間に休んでいたのです。立ち上がるのにひと苦労していたのですが、昨日の辛さから考えたら随分と楽なのでした。5時半に目が覚めてコーヒーを淹れたら、この椅子に座って約1時間、テレビを観て頭を目覚めさせた。

 朝飯前のひと仕事は、蕎麦屋に出掛けて昨日のブログの続きを終わらせて、今日の仕事の段取りを考える。朝食を食べたらひと眠りしようと横になるけれど、食堂で女将の見るテレビの音がうるさくて、なかなか寝付かれないのです。10時になったら昼飯まで再び蕎麦屋に出掛けて、新しい居間の整理をするのでした。なんとか長椅子も使えそうで、ギリシア神話の本を紐解いて本棚に並べる。11時まで整理をして、家に帰って玉葱と肉と卵で素麺の付け汁を作る。

 食後はドジャース戦を観て、女将が「そろそろ行きましょうか」と言うので蕎麦屋に出掛けて、瀬戸物の入った廊下の押し入れを片付け始める。二人でやると随分とピッチが上がるのです。まったく使っていなかった沢山の新しい皿や丼などもすべて廃棄だから、ちょっと勿体ないと思うのでした。昔買ったのにまだ読んでいない本なども皆同じ。ゴミ袋を何杯か詰め終えたら、女将もテーブルの椅子に座って休憩するのです。今度は居間と食堂はひと続きになる。

 使わなくなった洗濯機と、捨てるのが惜しいと思った勉強机や食堂にあった椅子は、新しい家の中には入らないので、玄関前のテラスに置いてある。向かいのサツマイモ農園の事務所が出来たら、使うかも知れないので今度聞いてみよう。3時半になって、「何食べるものがなくなった」と女将が言うので、隣町のスーパーに出掛けて見る。今日はサンマを食べたかったらしい。肉や豆腐も買って家に帰り、亭主はその足でブログを終わらせに蕎麦屋に来たのです。


9月14日 日曜日 世間では三連休だけれど、今朝も早朝から…

 床の上に敷いた布団で三日目の朝を迎えた。座って休むことが出来ないので、夜も風呂から上がったらしばらくテレビを観て、布団の上でゴロゴロしていたら、もう眠くなるのです。9時過ぎに寝付いて、目覚めたら朝の4時過ぎだから、7時間は十分に眠ったことになる。コーヒーを淹れて一服したら、机や本棚のなくなった書斎で、廊下の押し入れに入っている本を取り出して紐で括る。学生時代までに熱心に読んだ『世界の歴史』なのです。

 写真で世界の文学を載せた小冊子の束も思い切って捨てることにした。毎週、本屋さんが家に届けてくれたのだったと女将に言われる。居間の部屋に持って来て、椅子に座りながら紐で括ったら、もう6時を回っていたので、朝飯前に蕎麦屋に出掛けて今日の仕事の段取りを考えようと車を出す。P.P.M.のCDは随分と買ったらしく、懐かしい曲が一杯なのでした。当時から完全主義の録音と言われただけあって、三人の歌声やギターの音色がステレオで聴ける。

 昨日のブログを読み返して、6時半を過ぎたので作家別の小さな美術全集を本棚に並べる。少しでも荷物を広げていかなければ、カウンターの下に積んだ段ボールの箱が片付かない。順番は後で並べることにして、7時になるまで頑張ったのです。家に戻れば、女将が朝食の支度をしてくれていた。今朝は納豆と出汁焼き卵とハッシュドポテト。大根と油揚げの入った味噌汁もとても美味しかった。ものの5分で食べ終えてしまう。お茶をもらって座椅子で一服。

 お茶の茶碗も灰皿もエアコンやテレビのリモコンも、すべて床の上に置くから、手を伸ばせばすべて届くような位置にある。ひと休みしたら布団の上に横になって、台所で女将が食器を洗う音を聞きながら、浅い眠りに入るのです。目覚めればもうドジャース戦が始まっている。昼は肉野菜焼きそばを亭主が作る。鶏ガラスープを買って来たので、今日はあらかじめ鍋でスープを作って、焼きそばに入れて作ったのです。鶏ガラスープは塩が入っているので要注意。

 女将は洗濯機を蕎麦屋に運んでしまったので、ビニール袋に洗濯物を詰めて毎日のように蕎麦屋に出掛けていく。亭主はドジャース戦が一区切り付いたら、車で荷物を運びながら蕎麦屋に出掛ける。駐車場側の窓の網戸にアブラゼミが止まって休んでいる。少し季節が遅い気もしたけれど、人間と同じで暑さにごまかされたのかも知れない。2時から3時半まで女将と二人で、瀬戸物の入った廊下の押し入れを掃除する。沢山捨てるものがあって悲しいのです。

 女将を先に家に帰して、亭主は水を飲みながらCDに入っていた陽水の『少年時代』を聴く。ノスタルジックなテンポが今の亭主にはちょうど好い。新しい書斎に入って、朝から点けっぱなしのパソコンに向かい、今日のブログを書き始める。写真は全部は使えないから、半分くらいを選ぶのですが、これがなかなか難しい。そろそろ大相撲の初日も中入り後の時間なので、家に帰ってテレビを観ようと思います。明日で三連休も終わりだから早いものです。


9月15日 月曜日 敬老の日は元気で好かったと再認識…

 今朝は4時半に目が覚めて、5時からのドジャース戦をコーヒーを飲みながら少しだけ観る。5時半になったら玄関に積んであるゴミ出しをして、車の中に積んであるゴミも集積所に運んで置いた。薄暗い時間帯にゴミを運ぶのは、みんなご近所の男性ばかりで、亭主が二回往復する間に、ご主人が待っていてくれて、カラスが網の破れ目から中に入っていたと言う。家に帰って、早速、蕎麦屋に出掛ける準備をして、日の出前に駐車場に車を入れるのでした。

 今朝は本棚の下に敷く段ボールをカッターで切って、昼から女将と来たら作業を始めようと準備しておく。陽の当たる新しい居間で今朝は『アルハンブラの思い出』のギター名曲集のCDを聴く。高校時代に弦楽部で途中まで練習したけれど、なかなか全部は覚えきれずにそのままになっていた曲なのです。後年、もう一度練習しようと楽譜だけは買ったものの、忙しさに紛れてやはりそのままになっている。本当に隠居になって果たしてもう一度挑戦できるか。

 家に帰れば今朝はナス焼きと鮭のおかずで朝食を食べる。ドジャース戦は今日も大量得点で勝ったようで、何よりなのでした。居間の部屋でお茶をもらうけれど、テーブルもないので床に湯飲みを置いて、座椅子に座って寛ぐという感じなのです。床に座り込んでしまうと、立ち上がるのが大変で、身体の柔軟性が失われたのと、脚力がなくなったので、ヨイショとかけ声をかけて一気に立ち上がるのです。だいぶ慣れては来たけれど、椅子の生活が楽なのです。

 居間の床に敷いた布団でひと眠りしたら、今日はお袋様を連れて買い物に出掛ける日。連休の最後の日だからか、隣町のスーパーも随分と空いていた。女将に言われた魚と野菜と梨を買って、ビニール袋ひとつ半で4000円を越えるから、馬鹿にならない。鰯が10匹以上入ったパックが、200円なのは非常に助かるのです。今日は道路も空いていたので家に帰ってもまだ10時だった。11時までテレビを観て台所に立ってピーマンと玉葱を刻み、スパゲッティーを茹でる。

 女将は洗濯をしに蕎麦屋に出掛け、亭主は布団の上に横になってテレビを観ていた。夕べは酒をあまり飲まなかったからか、よく眠れなかったので、どうも頭がすっきりとしないのです。2時になったら二人で蕎麦屋に行って、畳の部屋の本棚や箪笥の下に、切った段ボールを折り曲げて敷く。二人で片付けるから、カウンターの下の本がみるみる片付いて、取りあえずは入るところに入れておく。向かいのサツマイモ農園の若旦那に話をして、使わなくなったテーブルや洗濯機を持っていってもらった。冷蔵庫は事務所が出来てから取りに来ることになる。有り難い事で捨てずに済んで好かった。


9月16日 火曜日 三連休が明けてもまだ早朝から仕事が…

 椅子もなく、床に敷いた布団のお蔭で早く床に就くから、今朝も6時間ほど眠って4時には目が覚めた。まだ外は暗いので取りあえずお湯を沸かして、コーヒーを淹れて一服する。今朝はやることが一杯あったので、テレビは点けなかった。今日は月に一度の子ども会の廃品回収の日だから、本や雑誌を全部まとめて表に出したい。まだ押し入れの中にあるいらない本もあるし、何をどれから片付けたら好いのかと考えて、4時半になるのでした。

 外が暗いうちは家の中の本を紐で括って、やっと明るくなったら腰を痛めないように少しずつ本を持ち、玄関を出て階段を下りるのです。門の前に並べて置いておくのがいつものスタイルなので、車の通行の妨げにならないように、二列ずつに並べたのです。重いものを持つから5分でもう汗びしょになって、居間の部屋に戻ってエアコンを入れる。これを3回繰り返してやっと居間の部屋の紐で括った本がなくなったのです。6時を過ぎたので蕎麦屋に出掛ける。

 今日も音楽はP.P.M.の違うCDをかけて、ゆったりとしたペースで寛ぐひととき。朝食を食べに家に戻れば、今朝は昨日買って帰った鰯の蒲焼きでした。夕べは塩焼きで食べたから、随分と食べでがあるのです。廃品回収の本をもう少し紐で括って、外に出しておく。蕎麦屋に本を運んだ段ボールも、少しずつ持って帰って来ているから、これも潰して廃品回収に供出するのでした。外は意外と蒸し暑いので、少し動くともう汗が垂れてくるほどなのです。

 昼は焼きそばに再び挑戦する予定だったので、一番近いスーパーに肉を買いに出掛ける。ついでに明日の昼の冷やし中華を買って帰る。11時になったら台所に立って昼食の支度をする。「お父さん、野球が始まるわよ」と女将に言われて、テレビのスイッチを入れて観ている間に、キャベツやピーマン、ニンジン、長ネギを刻んでおいてくれた。先日は鶏ガラとソースを混ぜて作って、塩辛かったから、今日は何も入れずに後からソースをかけて食べるのでした。

 食後は敷きっぱなしの布団に寝転んでドジャース戦の続きを観ていた。逆転したかと思えばまた逆転されて、今日ははらはらがっかりの結末なのでした。女将は洗濯物を持って蕎麦屋に出掛けた。1時半になったら、今度は二人で蕎麦屋に行って、カウンターの脇に出したままの段ボール三箱に入った本を、書斎の本棚に並べるのでした。女将は午前中に洗った洗濯物が、乾きそうにないと室内に入れて干していた。少しずつは部屋が片付いてきている。

 家に残った本は漢文学体系と鴎外全集だけだから、少し本棚が余ってしまう計算です。随分と沢山廃棄したのだと我ながら感心するのでした。女将はまた買い物に行くと言って先に店を出た。1㎞以上離れた郵便局にも歩いていったのに、また3㎞近い距離を歩いて出掛けたから、夜が眠れないといけないと思っているに違いない。亭主は新しい書斎で今日のブログを書き終えたら、帰りに国道沿いの酒屋に寄って焼酎を買おうと考えているのです。


9月17日 水曜日 引っ越し疲れで、今日はプールで気分転換…

 夕べも風呂から上がって休む場所がないので、床に敷いた布団の上でゴロゴロしていたら、8時半にはもう眠くなって眠りについていたのです。風呂で暖まった身体が少し冷えてくる頃に寝るのが、一番健康的なのだそうだ。今朝の朝飯前のひと仕事は、書斎に掛けてあった額を外して、埋め立てゴミの青い袋に詰め、沢山の燃えるゴミと一緒に集積場まで運ぶこと。車のトランクにも同じ分量が詰まっている。果たして、今日は燃えるゴミだけしか出せなかった。

 昨日、女将が市に電話してガラスの付いた額はどこのゴミに出せば好いのかと聴いてくれた。木やアルミの枠が付いているから悩んでいたのです。ガラスの部分が多ければ埋め立てゴミに出してくださいと言われたそうで、朝の4時前から青の袋を持って書斎に入った亭主は、1時間以上かけて袋詰めをしたのです。ところが、埋め立てゴミは明日の木曜日と集積所の看板に書いてあったから、車に積んだまま、残した写真を持って蕎麦屋に出掛けるのでした。 

 家に戻って朝食を食べたら、今日は予定がないから気分転換にプールに出掛けることにする。10時からしかプールが開かないので、二階の息子の部屋から電気スタンドを取りに行ったりして、来週のゴミ出しの準備をしておく。燃えるゴミ以外はあまり出したことのない亭主は、いちいち女将に聞かないといつ出すのかが判らない。暑い二階を往復したらひと汗かいて、やっとプールに向かうのでした。いつもの年配の人たちがプールの開くのを階段で待っていた。

 プールから帰れば、もう11時で昼の支度を始めなければいけないのでした。ドジャース戦も始まるし、急に忙しくなる。モヤシと肉を茹でて、キュウリを刻み、女将が焼いてくれた薄焼き卵を細く切っておく。麺を茹でていたら、「私は今日は麺を減らしてください」と女将が言うので、聞けば「昨日は暑い中をあちこち動きすぎて、夜中に目眩がして熱中症気味になった」と言う。午後のスポーツクラブはそれでも休みそうにないので、亭主が車で送って行った。


9月18日 木曜日 今朝も早くからよく働いた…

 夕べは9時に床に就いて、今朝は3時過ぎに目が覚めた。好いのか悪いのか、床に敷いた布団に寝る習慣が身についてしまった。早い夕飯を食べた後には、風呂に入る前に、何か食べて酒を飲む程度で、夜中に酒を飲まずに物も食わないから、身体にはいいのではないかと思っている。4時前までコーヒーを飲みながら、映像と音楽だけのテレビ観て、書斎に入っていよいよ漢文体系と鴎外全集を紐で括る。持ちやすいように五冊ずつを束にして居間に運ぶのです。

 外が明るくなったら、玄関に積んである埋め立てゴミを車に積んで、集積所まで運ぶのです。重たいから、これは車で運んで正解。今日はその他にプラスティクゴミを出す日なので、家に帰って今度は黄色い袋に詰められたゴミを持って、今度は軽いから歩いて持っていく。朝食まではまだ時間があったので、残した写真の入った額を持って蕎麦屋に行く。長女が写真の古典を開いたときに、水中写真で好いのがあったら出品してと言われて、選んだ物なのでした。

 家に帰ればやっと朝食の支度が出来て、待ちきれなくて自分で釜からご飯を盛り付け、納豆とお新香をおかずに食べ始める。そのうちにベーコンエッグと野菜が出て、いつもより10分も早く朝食を終えた。別に急ぐ必要はないのだけれど、女将ばかりに全部を用意させるのも可哀想という気になるのです。蕎麦屋の仕事のなくなった亭主の新しい生き方を考える上でも、女将の負担を少しでも減らすのは、とても大切な事なのでしょう。そこで考えたのです。

 朝の片付けに忙しい女将に代わって、亭主が洗濯物を蕎麦屋に運んで、洗濯機に入れてスイッチを入れるだけでも、彼女の仕事がひとつ減るのではないか。あらかじめネットに入れて分けてもらった洗濯物を、蕎麦屋の洗濯機に入れて洗剤をくわえてスイッチを入れる。ついでに漢文体系と鴎外全集を運んでしまおうと、9時前に家を出るのでした。洗濯が終わる頃に女将がやって来て、新しいもの干し場に洗濯物を干し始める。亭主は本の整理をするのでした。

 古い自宅の本棚に残ったのは、『能狂言』の全八巻だけとなった。昼食後に来る時には、これも運んでこよう。11時近くになって、そろそろ昼の準備に取りかかる時間なので家に帰って支度を始める。今日はカレー炒飯にする予定だったから、玉葱、長ネギ、海老や肉を刻んで、フライパンで炒め始める。ちょうどドジャース戦が始まる時間だったから、食堂でテレビを観ながら二人で昼食を食べたのです。食後は居間で座椅子に座りながら、続きを観るのでした。

 ずっと見続けるほど野球が好きなわけではなかったので、床に敷きっぱなしの布団に横になりながら観ていたら、何時の間にか眠ってしまうのでした。目覚めたら、ちょうど大谷が51号のホームランを打ったところで、ドジャースもやっと連敗を免れたので好かったのです。1時を過ぎて、仕事部屋でお習字をしていた女将に断って『能狂言』の全八巻を車に積んで蕎麦屋に出掛けるのでした。午後3時、埃を拭き取って本棚に並べる。今日も朝から随分と働いた。


9月19日 金曜日 アルバムの引っ越しは思ったより大変で…

 夕べはテレビを点けたままで何時の間にか眠ってしまい、夜中の12時前に目が覚めてテレビを消した。それからまた眠ったせいか、朝は4時過ぎまで目が覚めなかったのです。結局、6時間余り眠ったことになるから、帳尻はあっているのです。朝飯前に終わらせようと思っていたアルバムの整理を始めたら、廊下の突き当たりの押し入れには、三段も棚があって全部これがアルバムで一杯なのでした。しかも今と違ってみんな重たいから、出すのにもひと苦労。

 まずは子ども達の生まれてからのアルバムを紐で縛って、蕎麦屋に運ぶのでしたが、昔は写真が貴重なものだったのか、どれも綺麗に飾られて子ども達の生年月日や名前などが書かれているのです。いらないアルバムはないかと中を見れば、どれも捨てられない。初めて持った教え子たちの写真は捨てても好いと思えたから、思い切って廃棄に回した。家に帰って朝食を食べたら、今度は子ども達が小学生の頃からの写真集が沢山出て来たから大変です。

 結局、昼前に女将と買い物に出掛けるまで、アルバムのページをめくっては中を見ながら、40年近く勤めた学校の卒業アルバムはすべて廃棄することにしたのです。一年に一冊ずつ配られるから、その数は推して知るべし。今のスマホで取るような写真と違って、一つ一つが存在感があるので、その重みがひしひしと伝わってくるのだけれど、そうした過去をすべて捨て去って、新しい生活をしなければならないと思うのでした。ドジャース戦を観ながら昼食。

 食堂で観ていたテレビを居間で見続けて、疲れて来たら残りのアルバムを押し入れから出して居間に積み上げる。女将や自分の卒業アルバムまで出て来て、これは大事にとっておかなければと、紐で縛って積み上げるのです。残るはダイビングや渓流釣りに夢中になった頃のアルバムで、写真だけを冊子に差し込むタイプの軽い物でした。これは明日の朝にでも整理しよう。重いアルバムを何度も往復して車に積み込んだら、また蕎麦屋に出掛けるのでした。

 車からアルバムを運ぶのは少し身体を休めてからと、鰹節を買ってきたので新しい厨房で出汁を取る。昆布と返しがまだ残っていたのです。そのうちにスポーツクラブから帰って来た女将がやって来て、午前中に洗って干した洗濯物を畳んでくれた。これをまた籠に入れて亭主が帰りに持って帰るのです。今日はいくぶん涼しかったから身体も楽だったけれど、重いアルバムを何度も持って蕎麦屋に来たから、汗をかいてしまいました。どこに置いたら好いのか。

 重い荷物の処分はほぼ終わったけれど、廊下の突き当たりの押し入れには、下半分には釣りやキャンプの道具が詰まっている。全部廃棄したいのだけれど、分別しないと持っていってもらえない。昨日集積場に出した沢山の額も、結局、木の枠があるからか、埋め立てゴミとは認めてもらえなかったのです。心配で見に行ったら、そのまま集積場に置かれていたから、また車に積み込んだのです。まだまだ当分続きそうな引っ越しを、早く終えたいと願うばかり…。