カテゴリー
未分類

2025年11月下旬



11月20日 木曜日 初めて雨戸を閉めて眠った夜は…

 寒い朝でした。寒くなると言うから、夕べは初めてシャッター式の雨戸を閉めたのです。そして10時になったら、映画を観るのを止めて床に就いたのですが、夜中に寒さで目を覚まして、セーターを着込んで朝の6時過ぎまでまた眠るのでした。煙草が昨日の晩から切れていたから、車でコンビニまで買いに行く。中央通りの信号で止まったら、キバナコスモスの綺麗に咲いている歩道で、防寒具に身を包んだ女性達が花の世話をしているのでした。

 家に戻れば朝食の時間で、今朝は厚切りの鮭の西京漬けが出た。おでんの残りや柿なますもあったので、とても美味しく頂いたのでした。寝室に着替えに行けば、昨日洗濯に出したバスタオルや水着が乾いて戻って来たので、今日もプールに行けると喜んだ。女将がその日のうちに洗濯してくれていたのです。替えの水着やタオルもあるのだけれど、いつもの水着が身体に合うので、ついつい洗濯が終わっていないからと、プールを怠けてしまうのでした。

 今日も泳ごうという気持ちの持ちようで、2階の広い駐車場から4階のスポーツクラブの入り口までも、寒かったのですが今日は外の階段を昇って行く。左手にプールの見える3階の広場に出て、もう何十段かある階段を昇る足取りも軽かったのです。10時きっかりに3階にあるプールへの階段を下りて、準備運動をしながら扉の前で鍵が開くのを待てば、一番乗りでプールに入ることが出来た。最初の50mは歩くコースで往復したら、後ろに10人ほど入って来た。

 すぐに隣のコースに移って泳ぎ始めたのですが、今日もなぜか随分と人が多い。昨日よりも少し長く泳いでプールを出るのでした。家に帰ればもう11時前なので、女将に断って今日カレーチャーハンにすることにした。野菜を刻んでコンソメスープを作りながら、肉と玉葱、ニンジン、オクラ、長ネギを刻んで塩味で炒め、卵を散らして最後にカレー粉を振りかける。ミニトマトを添えて出来上がりなのです。亭主はソースをかけて食べたのでした。

 食事が終わったところで、奥の座敷で1時間ほど昼寝をしたら、女将が引っ越しでグラタン皿を捨ててしまったとこぼしている。耐熱のガラスボールも欲しいのだと言うから、ショッピングモールに出掛けてみようと言うことになった。女将はスポーツクラブもお習字もないので、昼の1時半なら空いているかと車を走らせれば、なんと駐車場は一杯で、立体駐車場に昇らなければならないかった。広い店内を探し歩いて目的の品を手に入れる。ついでに魚屋に寄って、晩のご飯にと寿司を買って帰ったのでした。

 広いモールの中をあちこち歩いたから、家に帰ってスマホを見れば今日は4000歩近く歩いたことが判る。暖かい店内を歩き回ったものだから、うっすらと汗までかいてしまったのです。陽が傾いて、向かいの森の木々の葉が色づいているのが見えるのでした。手前にある柿の木に黄色い柿の実がびっしりとなっているのがよく見えるのです。大相撲も始まっていたけれど、気になる十両戦だけ見て、ブログを書き始めるのでした。まだ飲み始めるには時間が早い。



11月21日 金曜日 外は-2℃で霜が降りる寒い朝でした…

 6時を過ぎてもまだ陽が昇らない。隣のお花畑のコスモスも刈れて、新しく種を蒔いた畑にはびっしりと霜が降りていました。今朝はどこまで散歩に行こうかと考えながら、お袋様のマンションの坂道を下って、中央通りを渡ったら、左手に更に降りる坂道のあることを思い出した。何十年も前に、子ども達を連れて螢を見に来た場所なのです。今は小川もコンクリートの水路になって、水田も耕作放棄地になっているところが多い。ススキも霜で枯れていた。

 家に戻って約30分、2300歩の計算です。朝食のおかずは懐かしい身欠き鰊の塩焼きで、最近はあまり出ていなかったけれど、食べたら塩味も薄く身も柔らかかったので美味しかった。それだけでは足りないからと、今朝は納豆が出たのです。まだ茨城の田舎で暮らしていた子どもの頃には、藁で包んだ納豆が毎日のように食卓に出たから、大人になってからはあまり食べなくなったけれど、歳を取って久し振りに納豆を食べれば美味しいのでした。

 最近、身体のあちこちが痒いので、週末を前に今日は医者に行こうと決めていたのです。電話をすれば午前中は早く来た人からで、予約は要らないというので、取るものも取りあえずスカイプラザのクリニックに出掛けて行く。まだ8時半だというのに、もう沢山の人が待合室に座って、番号札を取れば9番なのでした。早く終わればそのままプールに行けると思っていたけれど、1時間も待たないうちに診てもらう事が出来ました。でも薬局で時間が取られた。

 結局、プールの支度をして出掛けたけれど、プールには間に合わずに、家に帰って来たのです。遅く帰って亭主の昼の支度が遅れると、女将のスポーツクラブに行く時間が迫っているので大変だからです。家に戻ればもう11時前。冷蔵庫から玉葱と葱を出して刻み、冷凍庫からは伸ばし海老とイカの海鮮ミックスを取り出して、天ぷら粉を溶いていく。大鍋に湯を沸かし、天麩羅鍋に油を入れて天麩羅を揚げ始める。うどんを茹でたら食卓に運んで二人で昼食です。

 今日の動いた歩数は4000歩に届かなかったけれど、1時間ほど昼寝をして、酒屋に酒を買いに出掛ければ、もう陽はだいぶ傾いていました。雪駄をつっかけて表に出れば、向かいのサツマイモ農園の若旦那が、焼いたばかりの焼き芋を持って来てくれた。女将がスポーツクラブから帰って来て、早速、食べるのでした。沢山あったから、お袋様に持って行くと言ってまた出掛けて行く。亭主は近所を散歩して夕陽が沈むところを写真に撮る。今日もあっけなかった。



11月22日 土曜日 夕べも8時間以上は眠った…

 朝の空は雲一つなくどこまでも青かった。隣のお花畑にも陽が差して、白く降りた霜もすぐに溶け始めるのでした。昨日の朝よりは幾分気温が高かったけれど、これからは毎日のように霜の降りるような寒さが続くのかと思うと、老いた身には少し辛いのです。さんぽにでかけようかともおもっけれど、先日、観た『人生の特等席』という洋画をテレビでやっていたので、朝食をはさみながらずっと観てしまう。出来すぎた話だが親子の絆を感じられて面白い。

 朝食は昨日の朝とまったく同じで鰊の塩焼き。大根の葉がホウレン草に変わったことぐらいの違いでしたが、なぜか美味しく頂くのでした。今日はプールへ行っても好いのですが、南の庭に植えた豆類や葱とブロッコリーに、そろそろ肥料をやらなければならないので、西の町のガーデンセンターに出掛けることにしたのです。まだ新聞を読み終えてない女将を連れて、陽射しに溢れた道を行けば、どこでも柿の木が沢山の実を付けているのでした。

 ガーデンセンターでは野菜の肥料を買って、ホウレン草と小松菜の苗が出ていたので一緒にもらってくる。道路の向かい側にあるスーパーにも寄って、肉や魚を仕入れてきた。「お昼は何にするの?」と女将に言われてシマダヤの八割の生蕎麦を買って帰ったのです。家に帰ればちょうど昼飯の支度を始める時間だったから、今日は玉葱と長ネギの青いところを刻んで、天麩羅にしたら蕎麦を茹でて食べたのです。元蕎麦屋が蕎麦を買ったけれど美味しくなかった。

 やっと蕎麦汁がなくなったから、次の出汁取りと返しを作ったら残っている蕎麦粉で蕎麦を打とうと考えた。二人分だからボールで捏ねれば好いし、まな板で伸して畳んで包丁で切れば済むことなのです。午後の昼寝をしたら、女将は仲人の所にお歳暮を送りに出掛ける。亭主は退屈だから、午前中に買ってきたホウレン草と小松菜の苗を南側の畑に植えるのでした。スナップエンドウと絹さやが少し伸びて来ている。肥料と水を遣って蔓の巻き付く棚を考える。

 夜はまた常夜鍋で、昨日のグラタンが懐かしい。テレビで大相撲の中継を観ながら、女将と二人で優勝の行方を見入るのでした。7月ごろに開催と言う話が出た先日の『賢者と愚人の会』の集まりについて、市ヶ谷の防衛庁に見学にいったと言う友人の一人が、中央線沿線で集まるのはどうかと言う。気の早い話で、夏の暑い時期に歩き回るのはどうかと思ったけれど、まだまだ先の話なのです。明日はプールに行こうかと考えている亭主なのでした。


11月23日 日曜日 暗い空の一日でした…

 5時前に目が覚めたけれどまだ外は真っ暗なのでした。家の中は16℃はあるから昨日よりもだいぶ暖かいのですが、暖房を入れないとやはり寒く感じるのです。6時を過ぎてもまだ陽は昇らないから新聞を取りに玄関を出たのは、7時近くなのでした。向かいのサツマイモ農園の若旦那が、日曜日なのに仕事で来ているらしく挨拶を交わす。女将が厨房に入って朝食の支度をしているから、亭主は小鉢や箸や味噌汁やご飯をテーブルに運んで、二人の朝食は始まる。

 鰊の残りが一人分しかなくなったので、半分ずつ二して食べる。出汁焼き卵や柿なますや大根の葉とじゃこのお浸しが出て、食卓は賑やかなのでした。焚けたばかりのご飯を頬張って、身体を温めるのです。食後は洗面をしてひと眠り。夕べは10時には床に入ったのに、なぜか寒くて夜中に2度も目が覚めたのです。1時間ほど眠ったら、頭もすっきりして、今日はプールへ行く予定だったから、着替えて10時前には車でスポーツクラブに向かうのでした。

 日曜日だから、子ども達の水泳教室が4コースを使い、一般の人の歩くコースに1コース、泳ぐコースは1コースだけしかない。でも3人しか人がいなかったので、泳ぐコースに入ってゆっくりと身体を動かしていくのでした。それでも15分ぐらい泳いだらもう飽きてしまって、更衣室に引き上げる。ジムの方から引き上げてきた客達が、すぐ脇にある風呂に入ろうと集まってきていた。ここで亭主も身体を温めてから帰れば好いのだけれど、まだ使った事がない。

 家に帰れば一服して11時前だから、もう昼飯の支度をしなくてはならない。冷蔵庫に残っていたキャベツとニンジンを刻んで、冷凍室に二つだけ残っていたうどんを茹でて、昼は焼きうどんにするのでした。亭主にはちょっと物足りないけれど、煎餅や蜜柑を食べて我慢するのです。午後は何もする予定がなかったけれど、女将が買い物に出掛けたので、亭主も煙草を買いにコンビにまで車を走らせるのでした。空は暗くやはり今日は一日中曇り空なのでした。

 大相撲が千秋楽で早くから始まるので、亭主は昼寝もせずに今のソファーに寝っ転がって、十両戦から見始める。贔屓の力士は皆勝って、時折ウトウトと眠りながら幕内の後半戦まで観る。4時を過ぎたのでそろそろ一杯飲む時間と、焼酎と炭酸と氷を用意して、コンビニで買った蛸ワサビを肴に飲み始めるのでした。今夜は残った野菜で鍋だと言われて、明日の買い物を夫婦で紙に書き出しておくのでした。家の中は暖房を入れて23℃まで上がっているのです。


11月24日 月曜日 晴れて暖かな一日でした…

 夕べは大相撲の千秋楽を観て少し酒を飲み過ぎたのか、9時にはもう眠くなってしまいました。日中の陽射しが家の中まで暖めてくれたので、夜はいつもより寒くなかったのです。2時半過ぎに目が覚めて、コーヒーも紅茶もなくなっていたので、日本茶を入れて飲むのでした。外が明るくなるまで居間の長椅子で横になって、テレビを見ていた。頭はまだ働かないからそれがちょうど好いのです。6時半頃には辺りも明るくなって、新聞を取りに玄関を出る。

 女将が起き出して来て、厨房に入るのはもう少し後。今日は鰺の開きを半分ずつと納豆に柿なます、豚肉と大根の煮物がおかずなのでした。美味しく頂いて食べ終えたら、茶碗や皿を厨房まで持って行く。そしてお茶を入れて飲んだら、今日は生ゴミを捨てる日だから、居間や書斎のゴミ箱も空にして袋に詰めて、西側の小径の階段を下りて、集積場まで運ぶのです。先日、綺麗に剪定を終えた駐車場の僅かばかり残ったモミジの葉が紅葉しているのでした。

 9時前にお袋様に電話をして二人で買い物に出掛ける。農産物直売所では、顔見知りの農家のご夫婦が野菜を運んで来ていた。中央通りから伸びる道の街路樹も、すっかり枯れ始めていた。いよいよ冬が来るのだと目で見て判る景色なのです。隣町のスーパーに行ったけれど、三連休の最終日はいつも空いているのです。売り出しは今日までだから、なにか美味しそうな物がないだろうかと店内を見て回る。女将にもらったメモだけならすぐに買いおえてしまう。

 冷凍食品やパンや海苔を買ったので、肉を買わなかったのにビニール袋二つで7000円も使ってしまう。総じて食料品の値段が上がっているらしい。同じ値段でも量が少なくなっているし、海苔なども7枚とか8枚しか入っていないから驚いた。家に帰ってその話を女将にすれば、「だから私もぱりぱりした海苔が好きなのになかなか買わないでいるのよ」と言われる。亭主は夜になって小腹が空いて餅を焼いたときに海苔がないと困るのでした。

 昼は買って帰ったカルボナーラのソースを温めて、茹でたスパゲッティーにかけて食べるのでした。ブロッコリーを茹でたり、ホウレン草と玉葱のこんそめスープを作ったりして、ボリュームを出したつもり。いつもなら揚げたてのトンカツを買うのですが、夜が牡蛎フライと判っていたので、揚げ物がダブらないように配慮したのです。食後は昼寝をしようと思ってベッドに横になっても眠れないので、朝からの写真を取り込んでブログを書くことにしたのです。

 ここまで書き終えてコーヒーを飲みたくなったけれど、買い物で忘れたのに気づいて、再び隣町のスーパーへ出掛けて行く。駐車場を出ようとしたところに、お袋様がバス通りを歩いて来て「暖かいから散歩に行こうと思って」と言う。亭主よりもよく歩いているらしいから偉いと思った。これも長生きの秘訣なのでしょう。亭主は午前中に行ったスーパーへ出掛けて、コーヒーやチョコレートを買う。ついでに女将には生姜紅茶を買って帰るのでした。

 夕食は牡蛎フライなのでしたが、待てない亭主はハラミを切って串焼きにして、蛸ワサビを小鉢に盛り付けて一杯飲み始める。ハラミの串焼きは蕎麦屋で出していたものだから、味には自信があったけれど、一度に沢山食べられないので、冷蔵庫に入れて少しずつ食べているのです。自分で作る手間を惜しまなければ、家でもかなり美味しい食べ物が味わえる。久し振りの牡蛎フライも、生パン粉をまぶして揚げたばかりだから、美味しくないはずがないのです。


11月25日 火曜日 9時間も眠った朝は…

 夕べは9時前に床に就いたのに、今朝は目が覚めたらもう6時半なのでした。昨日は1000歩ほどしか歩いていないから、疲れていたわけでもないのに、どうしてこんなに好く眠れるのか。風呂上がりに酒を飲む代わりに四つ切りのトーストを一枚焼いて、ホットミルクを飲んだのが好かったのか、薄着をして寝たのが好かったのか、部屋は16℃といつもよりは暖かかった。駐車場に置いたままの植木鉢には、挿し木した紫陽花と水仙以外まだ何も植えていない。

 朝食は鮭の西京漬けと小鉢二つで美味しく食べられた。一切れで300円もする大きめの鮭の切り身は、かなり食べでがあるので、今までは夫婦で半分ずつ二して食べていたのだけれど、おかずが少ないからと女将が一人一切れにしたのかも知れない。それでもよく眠った朝は腹が減っているから、全部綺麗に平らげたのです。食事が終わればスポーツクラブがお休みの日だから、何もする事がなかった。出汁取りでもしようと夕べから昆布と干し椎茸は浸けてある。

 スマホのカメラではなかなか好く写らないけれど、お爺さんが住んでいた隣の家の庭には、随分と綺麗に山茶花が咲いている。10時前には厨房も空いているので、いよいよ出汁取りにかかる。蕎麦屋で使ったほどは消化できないので、3㍑だけ一番出汁を取って、2番出汁も同じくらいだけ取ったのです。2番出汁は毎日の味噌汁などに使えるし、一番出汁は女将に聞いて500ccだけ茶碗蒸し用に取っておきました。残りは返しと合わせて蕎麦汁にしておくのです。

 ところが返しがもうなくなったので、新たに作らなければならなかった。沢山だとやはり使い切れないので、久し振りにレシピのデータを開いて、最小限の材料で割合を算出した。醤油900cc、再仕込み醤油270cc、味醂180ccに氷糖蜜がないので砂糖を150gにして、ワインビネガーもないので米酢を25ccと塩10gで煮立つまで温める。小さな鍋に半分ぐらいだけれど、蕎麦汁は一番出汁1000ccに対して返し300ccだから、何回分か作るのに十分な量なのです。

 出汁と返しを作り終えて11時前になったから、女将に昼はうどんと湯麺とどちらが好いかを聞いた。結局、残り物が使える湯麺にすることにして、冷蔵庫に残っている白菜やホウレン草を使って、肉とむきえびとシイタケを入れとろーりとしたスープにして、湯麺を作ったのです。亭主は豆板醤と大蒜を入れて辛めの味つけ。熱々なのでなかなか食べ終わらないから困った。食後も夕べあれだけ眠ったから、まったく眠くならずに休憩するのでした。

 外は暗く雨だから、散歩にも出られない。午後は早めにブログを書いて、煙草でも買いに出掛けよう。ところがしばらくパソコンに向かうと、もう集中力が途切れてくる。また居間の椅子に座って、つい先日見たばかりの『人生の特等席』の最後の部分を見てしまうのでした。途中まではクリント・イーストウッドファンの女将も珍しく観ていたのですが、お習字があるので奥の座敷に引っ込んだ。ハッピーエンディングの映画は観たあとが清々しい。

 煙草を買いにコンビニに出掛けたけれど、空は暗くまだ雨が降っていた。亭主は居間のソファーに寝転んで再びテレビの洋画を観るのでした。女将が休憩で柿を剥いてくれた。ロバート・レッドフォードの映画だったから椅子に座って少し観てまた奥座敷に帰る。4時半になったら亭主はもう氷をグラスに入れて、コンビニで買ってきためんたいイカを肴に飲み始める。女将が現れて今夜のグラタン作りが始まるのです。食べ始めたのは5時半なのでした。


11月26日 水曜日 朝は3℃以下の寒さで霧の朝でした…

 夕べは9時半に床に就いて、今朝は4時過ぎに寒さで目を覚ました。部屋の温度は12℃なのでした。暖房を入れても冷たい風ばかりが顔に吹き付けて、なかなか暖まらないのです。すぐに書斎に行ってパソコンのスイッチを入れたら、なんと佐倉市は6時の時点で今季最低の2.5℃と表示されていた。熱いコーヒーを淹れて飲みながらテレビも点けずに今日の予定を考えていたのです。ゴミ袋が出ていないから、ゴミ捨てはなし。午前中はプールに行くだけでした。

 朝食前に外に出てみれば、霧が立ちこめ、畑には霜が降りていました。駅前の高層マンション群も靄に覆われて、まだ日の出前なのです。家に戻って新聞を広げ、パラパラと拾い読みをしてから、箸や女将の用意した小鉢をテーブルに運び、納豆や味噌汁も運んで、冷凍室のご飯をチーンするのです。最後に鰺の開きの半分にした皿を運んで二人の朝食が始まるのでした。夕べは寝しなに冬の旬の肴の料理本を読んで、銀ダラが思いのほか身体に良いことを知った。

 そんな話を女将にすれば、納豆もニンジンも免疫力を高めるのだと言う。最近は亭主も子どもの頃に返って、納豆が嫌いでなくなったのです。銀ダラはビタミンAが鰻やアイナメに次いでとても多くて、ビタミンEやDの他、多価不飽和脂肪酸も多いので、生活習慣病の予防にも貢献度が高いなどと言った料理本の記述が思い出される。要は、好き嫌いなくいろいろな食べ物を食べた方が好いのだろう。9時40分になったので、支度を済ませてプールに向かう。

 みずき通りから駅前からの中央通りまで、1kmあまりの間に二つも片側通行の工事をしていて、スポーツクラブの更衣室に着いたのは10時きっかりなのでした。プールも相当に混んでいて、今日はいきなり速く泳がなければならないのでした。自分のペースで泳げないのは疲れるのです。それでも20分ほど泳いで、プールを出るのです。また工事中の道路を通って家に戻れば、もう11時前なのです。一服したら、早速、厨房に入って昼の支度をするのでした。

 冷蔵庫の中に残っているのはキャベツとホウレン草、長ネギの他にシメジやエノキ、そしてニンジン。肉はまだ三枚肉が残っているから、肉と野菜を炒めて茹でたうどんを混ぜるだけの焼きうどんが好いと女将に言えば、残り物が使えれば好いと言うことだった。鍋に湯を沸かして野菜を刻み始める。ものの10分で昼飯は出来上がって、紅ショウガと青海苔を添えてテーブルに運ぶのでした。夕べしっかりと眠ったから、午後も昼寝をせずに散歩に出掛ける。

 西の小径の階段を下りて、西が作公園まで行けば銀杏の葉が随分と散って、黄色い絨毯のように広がっているではありませんか。足の具合が好さそうなので、そのまま調整池を巡ってお袋様の住むマンションまで歩けば、もう家はすぐそばなのでした。スマホの万歩計では4200歩。スポーツグラブへ行ったからその分を引いても、散歩だけで1.5kmは歩いたことになる。女将が厨房で夕飯の支度をし始めていた。夜はロースの生姜焼きと枝豆で一杯やるのでした。


11月27日 木曜日 午前中は晴れて暖かかったけれど…

 夕べは映画を観て眠ったから、11時に床に就いたのだけれど、今朝は5時半に目が覚めてちょうど好かった。居間の部屋のブラインドを開ければ、うっすらと東の空から明るくなって、コーヒーを淹れて飲んでいるうちにどんどん光が増してきた。7時前に新聞を取りに玄関を出ると、森の向こうから朝日が昇るのが見えたのです。佐倉の朝は4℃という予報だったけれど、昨日に比べたら随分と暖かい気がしたのでした。朝食の支度が調って皿をテーブルに運ぶ。

 鯖の味醂干しは初めての味だったけれど、いつも塩鯖ばかりでは飽きてしまうので、たまには違ったものをと買ってきたのです。ニンジンのそぼろ煮も甘めの味つけだったけれど、これもなかなか美味しい。先日、焼売を作って残った挽肉を、女将が上手く使いこなしてくれたのです。いつもなら餃子を一緒に作るのだけれど、歳を取ったせいか最近はあまり餃子を食べなくなったから、どうしても挽肉だけが余ってしまうのです。今日も午前中にプールに行く。

 工事中の中央通りの混雑を見越して、9時半には家を出た。何故かは解らないけれど、今日も立体駐車場はかなり混んでいました。車を停めてスポーツクラブのある棟までは、空中通路を通って建物の中を歩いて、時間がまだ早いからエスカレータで3階に上り、エレベーターに乗り換えて4階のクラブの入り口に出る。今日は10時前に着いたので、着替えてもまだプールの扉は開いていなかった。亭主は階段を下りてプールの入り口で準備運動を始める。

 賑やかな声が響き渡ったと思えば、年配の女性達が10人ほどやって来て扉の開くのを待っている。一番前に並んで中へ入れば、皆さん我先にとシャワーを浴びてプールに入るのでした。50mは歩くコースでウォームアップすれば、その間にもどんどん人が入ってくるから驚いた。今日は空いている初心者コースで15分ほど泳いだ。混んでくるから、それで終わりにするのです。もっと違う時間帯を選んだ方が好いのかも知れない。少しずつ慣れていかなければ。

 午後からは雲が出て薄ら寒い陽気になってきました。今日も昼寝をせずに起きていたら、向かいのサツマイモ農園の若旦那がやって来て、先日来、亭主が持って行って使ってと行っていた椅子を取りに来てくれた。スタンド型の椅子三脚にカリモクの食堂用椅子三脚を軽々と、出来たばかりの倉庫に運んで行きました。ついでにストーブも二つ、灯油を入れるポリタンクを二つ持って行ったのです。冷蔵庫はまた今度と言うことで、まだ運んでいない。

 スバルに電話をして、先日の一年点検で替えた方が好いと言われていたバッテリーの交換を依頼しました。明日の午後2時なら空いているというのでお願いしたのです。来週から本格的に冬の寒さになるというから、バッテリーが急に上がってしまうのが怖かったのです。ブログを書いたりテレビを観たりして過ごした午後も、夕方になって暗くならないうちにと散歩に出掛けた。みずき通りを下って、西が作公園まで出たらそのまま西の小径の階段を昇って帰る。

 夜はホウレン草と豚肉で常夜鍋と茶碗蒸しにすると女将が言っていたので、プールの帰りに地階のスーパーに寄って、大きなむきえびや蛸の刺身などを買って帰った。イカの切り身の冷凍物や湯麺や切れてるバターなども買ったのだけれど、女将にはお金ももらわなかった。『暮らしの手帖』を買いにコンビニまで行くと言っていた女将に煙草を三箱買ってきてもらったので、それで財布の中は空になるのでした。明日は焼酎もなくなるからまたお金が必要なのです。


11月28日 金曜日 晴れて暖かな一日でした…

 夕べも9時には眠くなって床に就いてしまいました。5時間ほど眠ったら夜中に目を覚まして、コーヒーを淹れて飲んだのですが、朝飯までは起きていられずに4時過ぎにまた眠るのでした。7時過ぎには女将に起こされて朝食の時間なのでした。連日プールで泳いでいるからやはり眠たくなるのだろうか。それは正常なことなのかと自問自答する。女将の用意してくれた朝食は品数もあり、栄養のバランスも好いから、身体には良いこと間違いないのです。

 青空の広がる中央通りを走ってスポーツクラブまで出掛けて行けば、今日は10時少し前に着替えを済ませた。プールまで階段を下りて準備運動をしながら扉の開くのを待つ。昨日と同じように後ろには沢山のお年寄り達がべちゃべちゃと話をしながら並んでいるのです。一番乗りでプールに入って今日も50mは歩くコースでウォームアップ。初心者のコースではビート板を抱えた親父様が仰向けで動いているから、隣のゆっくり泳ぐコースに入って泳ぎ始めました。

 コースの人数が増えて5人になったところでプールから出るのでした。時間にして15分ぐらいの水泳なのでした。家に帰れば10時半で、一服してから昼の支度を始める。昨日打った蕎麦がまだ残っているから、エビとイカのかき揚げを揚げて、女将にはうどんを茹でてやり、亭主は責任上昨日の蕎麦を茹でて食べるのです。薄くのばさなかったから、厚い生地を切ったので太くて茹でても硬いままなので、相当に噛み応えがある。それでも美味しく食べ終わる。

 午後はさすがに眠くなって、女将がスポーツクラブに出掛けている間に1時間半ほど昼寝をして、予約してあったディーラーに車を持って行き、バッテリーを交換してもらうのでした。作業そのものは30分で終わったらしいけれど、洗車をしたり、書類を作ったりで結局1時間ほど待たされた。家に帰れば向かいのサツマイモ農園の倉庫では、亭から持って行ってもらったテーブルや椅子が、早速、使われているようなので好かったのです。

 夕食の支度が始まって、亭主は焼酎がなくなったので国道沿いの酒屋まで買いに出掛ける。今日は女将がグラタンを作ると言っていたので、いろいろと下準備が大変なのでした。亭主は一足先に昼間コンビニで仕入れてきたイカとミミガーで一杯飲み始める。ひと心地着いたところで、グラタンが焼き上がり、女将がテーブルには運んでくれた。チーズの焦げ目がしっかりと付いて、今日はホウレン草まで入っていた。時間のかかる料理はやはり美味しい。


11月29日 土曜日 今日も晴れて青空が広がる…

 夕べは9時半まで頑張って起きていたけれど、眠気に襲われて横になるのでした。すると午前2時には目が覚めてしまい、コーヒーを淹れて暖まる。部屋の温度は15℃だったけれど、寒さにはまだ慣れない。午前5時過ぎに再び横になれば、7時前まで眠れたから、疲れは取れたのです。3日間連続でプールで泳いだから、少しは身体にも抵抗力が付いたのかも知れない。東の森から朝日が昇ったのは、もう7時過ぎの頃なのでした。新聞を取りに玄関を出る。

 今朝は鰺の開きが1匹分焼かれて出た。これで今週の魚はすべて食べ尽くしたのです。明日一日卵か納豆で凌げば、月曜日は買い出しに行く日なので、また、新しい週が始まる。肉は日持ちが悪いので、週の途中で買い足さなければならず、プールの帰りに亭主が買って帰ることが多い。野菜はもう冬が旬の小松菜やホウレン草や大根。そしてニンジンや玉葱は一週間は持つのです。今朝の食卓には高野豆腐と大豆の煮物が小鉢で出ていた。有り難い事です。

 食事が終わってお茶をもらったら、女将が洗濯物を干している間に、亭主は今週4日目となるプールへ出掛けるのでした。週末は子ども達の水泳教室が入るので、一般の人が泳げるのは少しのコースだけなのだけれど、今日は歩くコースの他に2コースだけ空いていたから助かった。若くて沢山泳ぎたい若者が、25m泳いでは前を行く老人が進むのを眺めている。亭主は今日もコースに5人入って来たらプールを出るのでした。毎日泳げば一度に沢山泳がずに済む。

 帰りに地階のスーパーに寄って、白菜や焼きそばを買って、29の日だからと和牛のA5ランクステーキ用を二切れだけ買った。女将に叱られそうだけれど、お金はもらわないのでまあ好いか。たまには牛肉も食べてみたかったのです。家に帰って昼は堅焼き蕎麦にして、モヤシと白菜であんかけを作り、かけて食べたのでした。買い置きしてあったキクラゲや海老、イカが役に立った。腹一杯になったので、午後はベッドに横になって1時間半ほど眠るのでした。

 午後からは空に雲が出て、暗くなったけれど、なんとか夕刻まで天気は持ったのです。夜の分の煙草がなくなりそうだったから、車を出してコンビニまで買いに出掛ける。西の空には鮮やかな夕焼けが見えたのです。家に帰って西の空を覗けば、もう陽が沈む時間なのでした。まだ4時半にならないのに、随分と気が早いもののだ。女将は早くから厨房に入って、ブロッコリーを茹でたりニンジンのグラッセを作ったりと忙しい。今夜は久し振りにビーフステーキ。

 安売りでも100g700円以上もする肉だったから、かなり質の好い肉で、柔らかくとろけるような舌触りなのでした。夫婦二人の一日分の食事代だったけれど、たまには亭主の気まぐれも悪くない。満足そうに女将も食べていたのです。亭主は昨日残った硬い蕎麦を、油で揚げてもらって塩を振って食べたのですが、これがまたとても美味しいのでした。酒はグラスに二杯だけで、もう腹が苦しくなってしまった。風呂の時間に体重を量ったら79kg台でひと安心。



11月30日 日曜日 今日で11月も終わり…

 夕べは11時半までテレビで映画を観ていたので、今朝は5時半までぐっすりと眠ることが出来ました。昨日にもまして今朝は天気が好く、今日は雲一つない青空が広がるのでした。暖かいのか暖房がすぐに効いて、来ていたジャージの上着を脱ぐ亭主。さあて今日は何をしようかと考えたけれど、午前中にプールに行くことしか思いつかないのです。週5日のプール通いは初めてだから、ちょっと身体の調子を心配するのでした。でも少しだから大丈夫。

 女将の用意してくれた朝食は、魚がなくなったから出汁焼き卵で小鉢には昨日と同じく高野豆腐と大豆の煮物が付いたのです。納豆までは食べきれずに、今朝はご飯を終えるのでした。食べ終えたらお茶をもらって、寝室のベッドに横になれば、1時間半ほど眠ってしまった。9時半を過ぎていたけれど、どうせプールは10時からしか入れないのだからと、ゆっくりと支度をするのでした。日曜日の朝は道路も空いていて、駐車場も若干空きが多いのでした。

 プールの泳ぐコースは1コースしかなくて、二人しか泳いでいなかったので、そこに入って泳ぎだしたのです。ところがいつもと違って後から混み出したから慌ててプールを出るのでした。結局、今日も15分ほどしか泳がなかったのです。家に帰って昼食の支度を始めれば、今日はキノコや野菜をたっぷりといれた湯麺で、肉も入れずに美味しく食べたのでした。午後は昼寝もせずに女将が美容院に行く前に柿を剥いてもらって食べる。それからが退屈なのです。

 昼寝をしないから時間があるので、冷蔵庫にある野菜を総動員して、鍋で煮込んでカレーを作る。調理をしていると時間の経つのも忘れるけれど、手際が良すぎて1時間足らずしか時間が潰せないから、夕刻までにまだ時間があるのでした。窓から見える隣のお花畑では、奥様が畑に出てコスモスの種を取っている様子。そして、先日植えた種が芽を出して、出て来た苗を間引いているようなのでした。うちの狭い南側の畑の野菜が気になって表に出てみる。

 このところの晴天続きですっかり地面が乾いていたから、ホースを伸ばしてシャワーにして水を撒く。植えたばかりのホウレン草と小松菜の苗は一番端っこで元気に育っていた。絹さやとスナップエンドウもだいぶ茎が伸びて、もう少ししたら誘引のためのネットを張らなければいけない。ブロッコリーや長ネギも少しだけれど大きくなって、この冬の間の成長が楽しみなのです。向こうの家から移植した皐や万両も根が付いて元気に育っているのでした。

 4時半になっても女将が美容院から戻らないので、亭主は冷蔵庫に解凍してあるハラミの肉を串に刺して、グリルで焼いている間に焼酎を飲む準備をするのでした。キムチの漬け物は何日か前に買ってきたもの。ハラミの串焼きが焼き上がったところで女将が帰ってくる。夜はカレーを食べれば好いと思っているようで、のんびりとしたものなのです。明日の買い物をメモしてくれて、米も買ってきてもらいたいと亭主にお金をくれるのでした。

 

カテゴリー
未分類

2025年11月中旬



11月10日 月曜日 朝からは晴れていたのに…

 一夜明けて、朝からLINEの音が鳴り止まなかった。昨日は楽しかったという旨の連絡なのです。昨夜は8時前に家に着いて、ずいぶん空腹だと思ったら、遅い昼から宴会の中華料理を食べただけなので、夜は何も食べずに帰ったのでした。お蔭で入浴前の体重は昨日よりも1kgほど減っていた。6000歩も歩いたからもあるかも知れない。足の具合も悪くなって、駅の階段も手すりにつかまって降りるほどなのでした。時間が長いと辛くなるのです。

 今朝はお袋様を車に乗せて、農産物直売所や隣町のスーパーに買い物に行くのでした。昨日のクラス会の話をすれば、「みんな歳を取ると、身体も悪くなるしいろいろな事があるのよ」と言う。病院にはかかりながらも、近くで元気に暮らしてている自分たち親子は、幸せな方なのでした。農産物直売所では、ホウレン草や大根、ブロッコリーなど朝採りの新鮮な野菜を、顔見知りの農家の奥様から買って、残る食材をスーパーで買いそろえてくるのです。

 買い物から帰ったら時間があったので、30分ほど横になって眠るのです。昼はいつものように亭主が厨房に入り、スパゲッティーや買ったばかりのブロッコリーを茹で、市販のカルボナーラのソースをかけて、スーパーで揚げたてのトンカツを女将と半分ずつ二分けて食べるのでした。さすがに食後は眠くならなかった。LINEの音はひっきりなしに鳴り続けて、みんながメッセージを読んで反応するから、その度にスマホを読むのは疲れてしまうほどなのです。

 女将がスポーツクラブに出掛けた午後は、亭主はブログを書きながら、テレビで『八甲田山』の映画を観た。昔も見たのだけれど、長すぎてストーリーもうる覚えだったから、つい引き込まれるように最後まで観てしまう。顔や名前を知っている俳優が沢山出演しているのには驚かされるばかりなのでした。映画が終わる頃に女将が帰って、柿を剥いてくれる。陽が傾いて風が強くなっていた。昼間少しだけ雨が降ったものの、終日晴れた好い天気の一日でした。



11月11日 火曜日 朝だけ晴れてとても寒かった…


 夕べも10時には床に就いたけれど、途中で寒くて目が覚めたのです。寒かったら毛布をかけてと女将に言われていたけれど、眠たいので押し入れの中から毛布を取り出すのが面倒で、そのまままた寝入ってしまいました。そして、5時半に目覚めた時には、まだ辺りは暗く、寒い朝なのでした。お湯を沸かしてお茶を入れたら、先日のクラス会でお土産にもらった月餅を、半分だけ食べようとナイフで切って口に入れたのですが、亭主には甘すぎる。

 6時を過ぎたらやっと東の空が明るくなって、新聞を取りに玄関を出れば、鯖雲に朝日が射して美しいのでした。空の綺麗なうちにと朝の散歩に出掛けたけれど、遠くまで歩く気がしなかったので、西の小径の階段を下りて、みずき通りを回るコースを歩く。朝日が雲を染める様子の変化がとても素敵なのでした。誰も人には会わずにみずき通りの坂道を登って、家の前のバス通りに出る。家の前まで来てスマホの歩数計を見れば1300歩なのでした。1km足らず。

 女将の用意してくれた朝食を食べて、またベッドに入ってひと眠りする。今日は何も予定がなかったので、昼まではゆっくりと出来るのでした。1時間ほど眠ったら、コーヒーを淹れて飲むのです。今週末の賢人と愚人の会の集まる場所をネットで調べ始めたら、豊田駅というのは中央線の立川の先、八王子の手前なのでした。家からはゆうに2時間はかかる距離だから、新橋のクラス会の倍の時間を見なければならない。少人数だから動きは速いだろうけれど…。

 昼食の支度を11時から始めました。ものの15分でソース焼きそばを作り、女将と二人で美味しく食べるのです。ひと休みしたら女将は買い物に出掛ける。亭主はこのブログに昼までに撮った写真を選んで、記事を書き始めるのです。今日もまた先日のクラス会の余韻か、LINEの音が煩く鳴っている。皆さん、結構、暇があるのだろうか。外は暗く寒そうな空が広がって来た。気分転換に車でコンビニに煙草を買いに行く亭主。途中、買い物帰りの女将の姿を見る。

 寒い午後は暖房を入れてテレビ映画を観る。何度も見ているものだけれど、違った角度から見るとまた面白く感じる。女将が厨房に来て夜のおでんの仕込みに入る。大根と里芋を先に煮ておくらしいのです。外が少し明るくなったので、亭主はまた靴を履いて散歩に出る。どこに行こうかと考えるけれど、また西の小径の階段を下りて、今度は西が作公園の先まで行ってみるのでした。公園に入れば銀杏の葉はだいぶ黄色くなって、シイの木を取り囲んでいる。

 ギンナンのびっしりとなっている木があったので、もう少しでギンナン拾いが出来るかも知れないと思った。ドングリの実も沢山落ちている。熊の出ない千葉県では、皮肉なことにドングリの実が豊作なのだろうか。朝の散歩よりも少し先でみずき通りに戻って、長い坂道を少しずつ登って行く。ゆっくりならば、結構、歩けるものです。どうしても左足に重心がかかるから、右足は軽く地面に着くだけ。家の前まで戻って万歩計を見れば3500歩ほどだった。

 今日は寒い一日だったから、あまり動かなかったけれど、これから来る冬の生活が思いやられるのです。平屋での冬の生活は初めてなので、今夜は薄い羽布団に毛布を掛けて寝ようと思う。そんな寒い夕べはおでんを作ってもらい、身体を温めるのでした。蛸の刺身も歯ごたえがあって美味しかったのです。大相撲をテレビで観ながら女将とゆっくりと夕食を食べる夕べ。明日はプールに出掛けようか。本当の隠居の生活はこれからが工夫のしどころなのでしょう。


11月12日 水曜日 初めて霜の降りた朝は気温3℃…

 とても寒い朝でした。羽布団の上に毛布を掛けて寝たけれど、起きれば部屋の中はひんやりと冷たかった。新聞を取りに出たら、東の空がうっすらと明るくなっていました。この時期は6時を過ぎてもまだ暗いのです。ひと通り新聞をめくって気になる記事を読む。新聞を読むなんてしばらくぶりなのです。やはり隠居の身分となって時間があるのです。靴下を履いてジャンバーを着たら、朝の桟歩に出掛けるのでした。隣の畑は今年初めての霜が降りていました。

 今日はどちらに出掛けようかと、お袋様の住むマンションの方に歩いて行ったら、駅前の高層マンション群が朝日を浴びて綺麗だったので、つい調整池の周りを回るコースを歩いてしまうのでした。右足の具合は不思議と調子が好くて、足の裏で地面を捉えているがはっきりと判るのでした。どうも疲れて来るとそれが出来なくなるようなのです。駅前から続く中央通りを、最初の角で曲がって、公園の前まで来れば、銀杏の葉がすっかり黄色くなっていた。

 朝食は昨日のおでんの残りを温めてご飯を食べるのでした。大根も里芋も味が染みて美味しかった。食後のお茶をもらって薬を飲んだら、今朝は女将の朝ドラが始まる前に、部屋の暖房を入れて食後のひと眠りをするのでした。夕べは夜中に一度目を覚ましたので、ぐっすりとは眠れなかったのかも知れない。今朝も5時前から目を覚ましてしまったのです。9時を過ぎて目が覚めたので、コーヒーを淹れて着替えを済ませる。プールの支度はもう出来ている。

 駐車場はいつもより空いていたけれど、プールはいつになく混んでいました。ひとコースに5人も入って泳ぐのは、老人たちにはかなり難しい。一番人が少ない女性ばかりのコースに入って、泳ぎ始めたら皆さん亭主よりも年配らしい方ばかりで、25mを泳いだらもう「先に行ってください」と言われる。「私も少し休みたいから」と言って遠慮すれば、また不格好な姿勢で泳ぎ始める。それでも健康のためと毎日通っているのだから、偉いものなのです。

 プールの帰りに地階のスーパーに寄って、モヤシと肉を買って帰る。ついでに蕎麦屋で使っていた一斗缶の胡麻油がなくなったので1.5㍑のサラダ油を買うのでした。歩いて来る女将には重すぎるから車で持って帰れる亭主が自主的に決めたのです。そして、夜の酒の肴に牛ホルモンの塩焼き用を買った。家に帰れば11時だったから、急いで湯麺を作る準備をする。包丁もまな板も使わずに、調理鋏で白菜や葱を切って、野菜たっぷりの湯麺は身体が温まった。

 昼からは今度は女将がスポーツクラブに出掛けて、亭主はまた昼寝をするのでした。やはり、水泳のあとは身体が疲れるのですね。もっと体力を付けなければと思うのですが、一朝一夕にはいかないもの。1時間ほどして目を覚ましても、まだ女将は帰っていなかった。亭主はパソコンに向かい、今日の写真を選んでブログを書き始めるのです。女将が帰ったら、近所の散歩に出掛けるのでした。お袋様の家のすぐ前にあった畑も、今は草が伸び放題なのでした。

 畑を借りていた人たちも皆歳を取ったり亡くなったりして、貸していたお爺さんも亡くなり、今は亭主と同じ歳くらいの息子さんの時代。人が手を入れないとすぐにこんな荒れ地になってしまうのかと、お袋様の家のベランダから綺麗に耕されていた畑を眺めたのを思い出すのでした。家に帰れば女将が厨房に立って、夕食の支度を始めていた。テレビを点けて中入り後の大相撲の中継を見始める。今日は一年ぶりにちゃんこ鍋。うどんを入れて身体を温める。



11月13日 木曜日 今日は一日中曇り空で、暗い朝なのです…


 夕べは9時半にはもう眠くなって床に就いたので、今朝は4時半に目が覚めました。夜中にまったく目覚めなかったから、やはりプールに行ったのが効いたのか。一日の歩いた歩数は6000歩になっていたのです。コーヒーを淹れてBSでタラ号の海の探査の風景を見ていた。6時を過ぎてブラインドを開けても、暗い曇り空が広がるばかりなのでした。朝食まで散歩にでも出掛けようかと、窓の外を眺める。今日は向こうの家の業者による最終チェックがあるだけ。

 女将の用意してくれたプラゴミと金ゴミの袋を持って、西の小径の階段を下りれば、ゴミの集積場までは10mほどなのでした。そのまま調整池の方に坂を下りていけば、暗い朝だから景色も見る物がないのです。そのままぐるりとブロックを回って、元来た道を戻るだけなのでした。今朝の散歩はこれで終わり。1000歩にも満たなかった。家に戻れば女将が厨房に入って朝食の用意をしていた。亭主は箸を並べたり、皿を運んだりして二人の朝食が始まるのです。

 朝食を終えたら、奥の寝室に入って横になってひと眠り。今日はプールもないので誰に気兼ねをすることもない。女将の朝ドラが終わって9時前には目覚めるからちょうど好いのです。9時から昼の準備をするまでには、だいぶ時間があるので亭主は外へ出て、近所をぶらぶらと歩いてくる。女将は洗濯を終えて新聞を読んでいる。亭主のスマホの万歩計はやっと1200歩を表示しているのでした。こうした午前中の使い方も少し考えなければいけないのでしょう。

 コスモス畑を歩ければ、もう花も終わりでだいぶ散っているのでした。小竹の三叉路を右に折れて少し歩いた所で、新しい我が家を見れば、遠くには駅前のマンション群が連なり、平屋の自宅が畑の向こうに見える。駐車場の庭木を剪定したので、まるで木がないように見えるのです。昼食前にプールへ行くのは時間をつぶすのにはちょうど好いのだけれど、今日はまだバスタオルもみずきも乾いていない。替えを使えばいけないこともないのです。

 家に戻れば11時10分前。冷蔵庫から野菜とハムを取り出して、こんそめスープを作り、ブロッコリーを茹でて、刻んだ玉葱とオクラとハムを炒めて鶏ガラの粉末を加えて卵を混ぜる。最後にカレー粉をふりかけ、カレー炒飯の出来上がり。11時過ぎにはもう昼飯が出来上がってしまうのでした。今度買ってきた米は、有機米とかで、値段が3kgで3000円もしたから、随分と高いわねと女将が言う。高いだけあって味か好いから文句も言えないのです。

 午後は昼寝をする暇もなく、向こうの家に行って家の買い取り業者が、連れて来た廃棄物処理の業者と一緒に家の中を見て回る。金属類やパソコン、テレビ、エレクトーンなど残っている物を調べて歩くのでした。外回りは以前に見て歩いたから、これで最終的な見積もりが出るらしい。いよいよ最終段階なのです。女将が「ごっそりと引かれるのでしょうかね」と言うから、「今となっては仕方がないね」と応える亭主。早く新しい家での生活を軌道に乗せなければ。

 一日中曇って、時折、小雨が降る天気だったが、夕刻になって家の中が13℃になる寒さだったから、雪でも降りそうな陽気です。向かいのサツマイモ農園の倉庫兼事務所も、やっと今日になって扉が付いて、少しずつは工事が進んでいる様子。待つ方の身になると、待ち遠しいだろうというのが、早く家の売却手続きが終わって欲しい思うのと同じに、人ごとではなくよく解るのです。夕方まではテレビの映画を一本観て時間をつぶす亭主なのでした。



11月14日 金曜日 晴れ渡った空の広がる朝でした…

 昨夜は9時に床に入って、今朝は4時半に目が覚める。寒いからかよく眠れたのです。明るくなるのを待って今朝は家の西に向かって歩き出すのでした。いつも同じ道では面白くないから、お袋様のマンションに行く道の途中で、バス通りを直進して坂を下ったのです。左手に小学校が見えてプールの水も寒そうです。校庭の外周をぐるりと回る形で、右手に女子大の敷地が広がる通りを女子大駅まで歩き、お袋様の住むマンションの入り口に出るのでした。

 2400歩だから、ちょうど調整池の周りを歩く距離と同じくらいなのです。坂道を下った分はマンションの中の通りを昇らなくてはならず、やっと視界が開けて家の前のバス通りに出る。時間にして40分ほどだろうか。遠く駅前の高層マンションがくっきりと見える。あそこまでは2km、3000歩はあるから、足の悪い亭主には今は歩けない。亭主の通うスポーツクラブのプールはあのマンション群の中央にあるのです。今日も午前中に車で出掛けて行く予定。

 家に帰れば朝食の時間で、亭主は厨房とテーブルを行ったり来たりして、箸やお新香、味噌汁、ご飯を運ぶのです。最後に女将がメインのおかずを両手に持ってやって来て、二人で美味しい朝食を食べる。室内は18℃と暖房を入れないと少し寒いくらいなのでした。蕎麦屋の客席だった居間は北側に面しているので、朝だけは陽が当たるけれど、昼からはもう陽が当たらないので、室温は上がらないのです。食事を終えたらお茶をもらって奥の寝室でひと眠り。

 きのうあれだけ眠ったのに、また1時間ほど眠れたから、身体には良いんだか悪いのか解らない。目覚めたらコーヒーを淹れて、洗面と着替えを済ませ、プールに行く支度を始めるのです。今日は少し早めに家を出て、天気が好いのでタワー駐車場の2階から、歩いて外の階段を昇って4階まで歩く。やっとの事でスポーツクラブの入り口に着いて中に入るけれど、まだ更衣室からプールへは入れなかった。準備運動をして血圧や体重を量って時間をつぶすのです。

 何故か今日は随分と混んできた。亭主がプールサイドに着いたときには誰もいないので、歩くコースで50m足慣らしをしていたら、何時の間にかどっと人が入ってきて、ひとコース4人の混みようなのでした。亭主よりも年配の皆さんばかりで自己流の泳ぎだから、ぶつからないように避けながら泳ぐのもひと苦労。背泳ぎは前も見えないから出来ない状態なのです。それでも15分ほど泳いでプールを上がり、地階のスーパーで買い物をして家に帰るのでした。

 この時点では昼に何を作るのかを決めていなかったから、家に帰って女将に「昼は何にしようか?」と尋ねるのでした。「残っている物から使うのが好いのよ」と言われて、長ネギや白菜が古いのがあったから、残っていたハムの切り落としと買ってきたシーフードミックスやもやしと合わせて、やはり湯麺なのかと今日はあんかけにして作ったのです。熱々の湯麺は寒い日でも汗をかくから、来ていたセーターを脱いでフウフウ好いながら食べるのでした。

 明日の『賢人と愚人の会』は集合場所が千葉からは相当に遠いので、ネットで電車を調べたら、東葉高速で中のまで行き、中央線に乗り換えれば好いから楽なのです。ところが帰りの時間が遅いとこのルートは電車がなくなってしまうから大変。まあ、名古屋の方から来る友人もいるので、あまりとやかく言えないのですが、いつも眠る時間には帰宅できそうなので好しとするしかない。10年以上前に、この会の皆がはるばると蕎麦屋に来てくれたのも忘れがたい。
 明日来ていくはずのズボンがクリーリングに出してあって、夕刻の4時にしか出来上がらないと女将が言う。他のズボンは皆腹周りが入らなくなって引っ越しの際に捨ててしまった。靴下も皆捨ててしまったから、このところ寒くて仕方がないのです。女将とクリーニング屋に出掛けるついでに国道沿いのワークマンに寄って、親指だけ離れた靴下の安いのを見つける。滅多に出掛けることのない亭主だから、着る物を揃えるのに苦労するのです。


11月15・16日 土・日 『賢人と愚人の会』を終えて…

 9時過ぎにタクシーで家を出て、勝田台の駅から中野まで直通の電車に乗ったら、約2時間で目的の駅に着いた。途中、立川から乗った電車が青梅線に繋がっているのに気づかず、いつまで経っても八王子に着かないので変だと思って降りた駅の駅員に聞けば、立川まで戻って八王子行きに乗ってくださいと言われた。早く家を出て好かった。改札を降りれば懐かしい友人が到着していて、握手で再会を喜んだのです。皆でバスに乗って友人のマンションに着く。

 エントランスを入ればまるでホテルのような作りで、受付嬢までカウンターの向こうにいて、一階は広い共有スペースになっていました。何年も捜してやっと手に入れたシニア向けのマンションらしく、一階には広いカラオケルームの他に大浴場まであって、今までに見たこともない充実した設備なのです。コンパクトな一人住まいの部屋にも案内されて、先年、奥様が亡くなったそうで一人暮らしなのでした。地階のカラオケルームに集まって皆で話を始める。

 昼は用意してくれたサンドイッチとおにぎりやビールや烏龍茶などで済ませて、近くの居酒屋が開くまでとカラオケで歌に興じていました。大学の先生と大きな弁護士事務所の参与とかでまだ働いているけれど、他の四人は既に楽隠居の身分なのでした。亭主もやっとその仲間入り。10年ぶりの今日の再会までの生活をそれぞれが語り、身体の病気の話や家族の話をし会う。5時になったら居酒屋に移って、酒の肴をつまみながら皆で昔の話に記憶を蘇らせる。

 家に帰ったのは夜の10時過ぎで、いつもなら女将も亭主も寝ている時間。風呂に入って11時には床に就いた。やはり疲れたのか今日の朝は7時まで眠って、女将の用意してくれた朝食を食べる。向かいの農家の親父様から頂いた沢山の柿がテーブル一杯に置いてあった。食後にまたひと眠りをしてから、お袋様のところにこの柿を少し持って行く。昨日の話をすれば、「先週に続いて遠くまで出掛けたから疲れたでしょ」と亭主を労ってくれるのでした。

 家に帰ればもう11時前だったので、「今日は何を作ろうか」と言えば、「残っている物を使ってくれれば好い」と女将が言うので、冷凍庫から先日買っておいた伸ばし海老を取り出して、オクラや蓮根を茹で、茄子を切って天麩羅鍋で揚げるのでした。冷凍うどんを茹でてしばらく振りたけれど今日もまた天麩羅うどん。先週作った蕎麦汁で、熱い天麩羅と水で洗ったうどんを二人で食べる。食べ終えたら眠くなってベッドに横になる。昨日の疲れが抜けていないのか。

 2時前に目覚めて、女将のスポーツクラブの予約を取ったら、お袋様に電話をして国道沿いのワークマンに出掛ける。午前中に彼女に話したら行ってみたいと言っていたので、女将も一緒に車に乗って出掛けていくのでした。亭主は指先が二つに割れた足首までの靴下と、下着を買って帰る。家に帰ってみれば、昨日の集まりの余韻で、LINEにまた知らせが入っていた。母校の100周年のデジタルアーカイブに、昨日来た友人のインタビュー記事が載っていると言う。

 昨日もその話は出ていたけれど、それほど気に留めなかった。改めて読んでみる好いと言われて、女将を呼んで見れば自分たちの高校時代を思い出させる記事が載っていたのです。それだけではなくインタビューをされた友人の仕事の大変さが分かる記事も18ページに渡って書かれてあったので、大変な人物なのだと改めて思うのでした。夜はまた残り物を寄せ集めて鍋にして食べた。明日がお袋様と買い物に行く日なので、女将は今日のうちに使ってしまいたかったらしいのです。夕食後に風呂に入ったらまた眠気が襲ってきた。



11月17日 月曜日 雲一つない青空の朝でした…

 今朝も7時間半も眠って、すっきりと目が覚めたのです。一昨日の疲れはもう残っていなかった。外に出てみれば空は青く晴れ渡って、雲一つない快晴なのでした。西の小径の階段の上から眺めて見ると、調整池の向こうの西が作公園の木々が色づいて、秋の深まりを感じさせる。明日からは寒くなると言うから、段々と冬になっていくのです。今日は昨日買ってきた厚手の靴下を履いて、家の中も暖房を入れている。お袋様に電話をして買い物に出掛けるのです。

 農産物直売所に続く道も、街路樹がすっかり色づいて、青空に映えていました。今日はお米を買うように言われていたので、先日買った有機米の3kgを精米してもらう。葉の付いた大根や長ネギなどを買って隣町のスーパーに向かうのです。今日はだいぶ空いていたので、女将の書いてくれたメモを見ながら、ゆっくりと買い物が出来ました。肉のコーナーへ行けば、以前よりもかなり値段が高くなっているのに驚く。魚は久し振りに鰊の開きが出ていたので買う。

 家に帰れば、重い荷物を女将が玄関まで取りに来てくれた。冷蔵庫にすべて終い終わったら「ちょっと散歩に出てきます」と出掛けて行く。時計を見れば10時半を過ぎていたので、亭主は厨房に入って昼飯の支度を始めるのです。トンカツを買って帰ったので、スパゲッティーを茹でるお湯を沸かし、少し中華風だけれど雲呑スープにモヤシを入れて、冷蔵庫の残り物を使うのでした。トンカツも雲呑もあったので、今日は一人80gのスパゲッティーを茹でました。

 昼食を終えて眠くなるかと思ったら、身体の疲れもすっかり取れて、夕べもよく眠れたからかまったく眠くないのです。やはり遠方まで出掛けると、回復するのに翌日まる一日はかかるようです。歳を取って体力がなくなったのでしょう。昨日はとうとうプールにも行けなかったから、かなり疲れていたのです。眠くない午後はブログを書き始めて、スポーツクラブに出掛けた女将の帰りを待つ。水仙の植え替えをしようかと思うのですが、今日は風が強くなった。

 それでも何とか西側の狭い庭に7つだけ球根を植えて、様子を見ようと考えたのです。向こうの家から持って来た球根はまだ沢山あるから、その向こうの木槿の根元にも植えられる。まだ向こうの家の庭には沢山の水仙の芽が出ているので、もっと持って来ても好いのです。何かを植えておかないと雑草に席巻されてしまうのです。女将が帰ってきて「水仙を植えたのね」と嬉しそうに言う。夜は簡単なおかずで一杯やりながら二人で大相撲を観るのでした。


11月18日 火曜日 曇り空が広がる寒い一日…

 夕べは9時半に床に就いたら、珍しく夜中に2度ほど目が覚めたけれど、結局、朝の5時半まで眠ったのでした。何か楽しい夢を見た筈なのだけれど、今となってはその詳細を思い出せない。6時過ぎの東の空は暗い雲に覆われて、陽の光は見られない。今日は日中も気温が上がらず寒い一日となりそうなのです。7時近くになって女将が朝食の支度を始めると、例によって亭主は箸やお新香や味噌汁を運んだり、食卓の準備をするのでした。

 食後も随分と眠ったからひと眠りは出来ずに、スポーツクラブはお休みだから何もすることはない。子ども会の廃品回収に段ボールを紐で縛って、西の階段を下りたところに集積所の旗が立っていたので、そこまで運んで置いてくる。それが唯一の朝の運動なのでした。女将が洗濯を終えて、「こんな寒い日がおでんなのかしら?」と聞くから、「いつもと違った食材を入れてみようよ」と二人で駅前のスーパーまで車に乗って出掛けるのでした。

 もちろん、帰りは女将は身体を温めるからと徒歩で帰ってくる。亭主は車で一足先に家に戻って、買った荷物を冷蔵庫に収納するのです。昼の支度をするにはまだ時間があったので、テレビでクリントイーストウッドの映画を観ていた。暖房を入れるとテレビの音が聞こえないので、セーターの上にジャンパーまで着込んで今のソファーに座って観るのでした。外の気温は13℃だから、昨日と比べると8℃も低いのです。こうやって段々と冬になるのかと思える。

 厨房に入った亭主はキャベツの葉を剥いて刻み、長ネギの青い部分を切って、ニンジンを短冊状に切り、モヤシを入れて中華鍋で温める。野菜がしんなりしてきたら、肉を入れて炒め水を加えて鶏ガラスープの素を入れ、レンジでチーンした焼きそばをほぐして、ソースを加えて焼きそばの完成。隣の火口では葱と雲呑をお湯で茹でて、ラーメンのスープの素を入れてスープを作る。女将が奥の部屋から出て来て、箸や紅ショウガを用意して二人で食べ始める。

 向かいのサツマイモ農園の倉庫兼事務所はやっと足場を解体し始めた。若い作業員が3人で次々と足場を取り外して、トラックに積んでいく手際の良さが小気味よい。習字をしていた女将が現れて、弱火で茹でていた大根を土鍋に移し、具材を入れ始めた。今日は練り物も豊富で、牛筋まで買ってきたから、きっと美味しくなるに違いないのです。柿を剥いてもらって食べたら、亭主は次は何をしようかと考えている。寒いから散歩にでも出掛けようか。

 西の小径の階段を下りて、遠くから眺めても銀杏が色づいているのが判る西が作公園まで、歩いても10分はかからなかった。散っている銀杏もあったけれど、先日、ギンナンのなっている木を見つけたのでまだ落ちていないかと見に行ったのです。ドングリの実は沢山落ちていたけれど、ギンナンはまだ枝に付いていた。小さくてどうも少ないのが気にかかった。30分ほど歩いただろうか、みずき通りに出て家に戻れば、向かいのサツマイモ農園の若旦那に出会う。



11月19日 水曜日 今朝は室温8℃で相当に寒かった…

 朝飯前に前に生ゴミを集積場まで運ぶ帰り道、隣のお花畑を見れば、日影には真っ白な霜が降りて、陽の当たる場所はもう溶け始めている。青空の広がる今朝の景色の中で、それがとても印象的なのでした。夕べは11時までテレビで映画を観て、今朝は7時前まで床の中にいたから、睡眠は十分。女将もやっと厨房に入って、「今朝は寒いわねぇ」と言っている。朝食は夕べのおでんが沢山残っていたので、温めるだけだから簡単なのです。久し振りに柿なますが出た。

 起きたばかりだからか、あまり食欲がなかったけれど、皿に盛った分だけは食べ終えて、「ご馳走様でした」と空の食器を厨房まで運ぶ。向かいのサツマイモ農園の工事も、もう職人さん達が来て、今日は入り口のコンクリート打ちらしい。窓辺に座ってコーヒーを飲みながらその作業の様子をじっと見ている亭主。今日は午前中にプールへ行ってひと泳ぎする予定なのです。あまり早くでかけても、どうせ更衣室からプールへの扉は開いていないからゆっくりする。

 天気は好かったけれど外はいつになく寒いのでした。向かいの森の木々が色づいて、柿の木には食べきれないほどの実がなっているのです。先日、親父様がこの柿を籠に一杯入れて持って来てくれたのです。この10年来、初めてのことだったから、今年はよほど沢山の柿が採れたとみえる。高い枝の先にある柿を取るのに、長い竿で落としていくのです。柿が柔らかくなってしまう前にと、女将も沢山もらった柿を鱠にして食べるほどなのでした。

 駐車場に車を止めて、いつもなら天気の好い日には外の階段を4階まで昇るのだけれど、さすがに今日は寒いから、店舗の入っている2階の通路を通ってプールまで行くのでした。店は10時に開店なので人も通っていない。エレベーターに繋がる通路もまだネットが張られたままなので、左側手前にあるエスカレーターに乗って、3階まで上がらなければならない。そこからエレベーターに乗り継いで4階のスポーツクラブに着く。やっとプールの開く時間です。

 昨日が休みだったからか、プールには沢山の老人達がやって来るのでした。人の少ないコースを選んで入るけれど、3人4人と増えてくるから堪ったものではない。途中で立ち止まる人もいるから、なかなか前に進めない。15分も泳ぎ続けられればもう十分だという気がしてくるのです。速く泳ぐコースに入れば好いのだけれど、まだ亭主は十分にリハビリが出来ていない。10時半になったらプールを出て家に帰るのでした。女将は天気が好いから散歩に出ていた。

 昼食は寒いからまたもや湯麺を作ったけれど、ついこの間食べたばかりの気がするのです。午後からは女将はスポーツクラブに出掛け、亭主は奥の寝室でベッドに横になってゆっくりと昼寝をする。室温は15℃しかなかったから、やはり今日は寒いのです。女将も帰って柿を剥いてもらったら、テレビで大相撲の十両戦を少しだけ観て、夕飯までの時間に散歩に出るのです。みずき通りを下って行けば、ハナミズキの葉もすっかり散り終えて、冬の装いなのでした。

 陽の沈みかける時間に調整池の見えるところまで歩き、ススキが白く輝くのを見る。今日は快晴だったけれど、今までになく寒い一日なのでした。炬燵やストーブが恋しくなる季節だけれど、新しい家では今はまだどちらもないから、この冬はどうやって寒さを凌げば好いのだろう。向こうの家から持って来た石油ストーブは、まだカウンターの下に置いたままだし、ファンヒーターを付けるにはちょっと居間のスペースが狭すぎる気もするのです。

 

カテゴリー
未分類

2025年11月上旬



11月1日 土曜日 午前中は好く晴れたのだけれど…

 眩しい朝でした。夕べは9時にもう眠くなって床に就いたのですが、やはり1時過ぎには目が覚めて、トーストと牛乳を温めて腹が膨れたら、やっと眠くなるのです。次に目覚めたのが7時前だから、 合計すると7時間近く眠ったことになる。起き出せばもう朝食の支度が出来ていました。縞ホッケの塩焼きと三日目のおでんが出て、亭主は美味しく頂くのです。食事を終えても眠くはならなかったので、また近所をぶらぶらと歩いてくるのでした。

 西の小径の階段を下りて、先日歩いた森の径の階段を昇り、お隣の農家の広い畑に出て、今日は柿の沢山なっている木を写真に撮りまた。遠く向こうには駅前の高層マンション群が見え、青空が広がって気持ちの好い朝なのでした。家に戻ればドジャースとブルワースの第六戦が始まるところで、コーヒーを淹れて居間の椅子に座るのです。女将は洗濯を終えて買い物に行く準備をしていた。3対0とドジャースがリードしたところで、隣町のスーパーに出掛ける。

 月初めの安売りの日だからか駐車場は満杯で、店の中も込んでいそうなので珍しく亭主もマスクをして中に入る。一つ90円のキャベツや120円のカボチャを始めとして、一切れ100円の鮭を四枚買って特売のマークの付いている肉などを買うのでした。昼に食べるトンカツやミートソースなどを籠に入れて、袋三つ分で7000円。安売りだとつい沢山買ってしまうものだと、帰りの車の中で女将と話す。昼はスパゲッティーのソースをいつもと変えてみました。

 今日は午前中から向かいのサツマイモ農園では、夏前に植えた芋掘りの集まりがあって、女将と帰る頃にはちょうど昼飯の時間なのです。駐車場が車で一杯で、沢山の子どもを連れた家族が集まって、大きな鍋で豚汁を作ったり、バーべキューをしたり賑やかなのでした。ドジャース戦も無事に第六戦を勝って、いよいよ明日は最終決定戦で優勝チームが決まる。午前中はとてもプールには行けそうにないのです。午後も眠らずに1時過ぎには向こうの家に行く。

 植木鉢を少しと水仙の芽が出ているので、掘り起こして持ち帰ろうとしたけれど、根が張っていてなかなか球根が取り出せなかったのです。明日は小さな鍬を持って行ってもっとしっかりと掘ろうと思う。書斎に通じる廊下の物置にまだ荷物があったのが判って、捨てようと思ったけれど、袋が足りなくなった。今日はここまでと言うことにして家に帰ってくる。女将は駅前のスーパーまで買い物に出掛ける。亭主はカレーを作る準備を始めるのです。

 今日はナスがなくなったので、タマネギ、ジャガイモ、シメジとニンジン、鶏肉のみ。大きめに切って煮込んでルーを加えるだけだからとても簡単なのです。大蒜や生姜を入れればもっと美味しくなるのかも知れないけれど、女将が苦手なので遠慮しておいた。全部作り終えてもまだ4時だから、もう一度散歩にでも出掛けようか。隠居の老人の日課などと言うものは、そんなに変化のあるものではないのです。来週は毎日予定が入っているからとても忙しい。


11月2日 日曜日 今朝も早朝から散歩に出て…

 夕べは頑張って10時半まで起きていたが、テレビを観ながら居間の椅子の上でウトウトしていた亭主。今朝は4時半に目が覚めて、明るくなるまでコーヒーを淹れ、テレビの天気予報を眺めているのでした。5時前には薄明るくなるので、散歩に出掛ける支度をして家を出るのです。今朝はみずき通りを下って西ケ作公園まで行ってみようと、まだ外灯の灯った道を歩いて行ったら、銀杏の少しだけ黄葉した公園に出た。ここまで来れば調整池も半分回ったのです。

 それならば中央通りへ出て、お袋様の住むマンションを回って帰ろうと、調整池の見える場所を通るのでした。ちょうど地平線から陽が昇るところで、空が赤く光っていました。あの送電線の鉄塔の下あたりが、今まで住んでいた家で、左の森の向こうが今の家なのです。右足の具合を気にしながら、ゆっくりと歩いてまた坂を登って、隣の畑まで来ればもう家はすぐそこなのです。30分ほどの散歩手でしたが、歩数にして2500歩を越えていたから立派です。 

 約1.5kmも歩いたことになる。来週のクラス会にも元気で出席できるだろうと、家の玄関を開ければ、女将がちょうど厨房に入るところでした。朝食の納豆や出汁焼き卵をおかずにご飯を食べれば、すっかり腹が一杯になるから不思議です。ドジャース対ブルワーズの決勝戦が始まるのももうすぐで、楽しみに時間をつぶしていました。今日の午前中は毎回相手チームに先攻されて、ハラハラドキドキしながらテレビに見入っていたのです。

 昼の支度で厨房に入っても、小さなテレビで試合を見続ける亭主なのでした。延長戦に入り、1時半を過ぎてやっとドジャースが優勝を決めたときには、思わず拍手をしていました。相手チームを含めて、選手達が全力でぶつかる姿を見て、さすがはメジャーリーグの優勝決定戦だと思えたのです。待たせていた女将と二人で向こうの家に行って、まだ残っているゴミを車に積み込み、植木鉢と水仙の球根を掘り起こして持ち帰るのでした。

 女将はそれから美容院に出掛けて行きました。夕飯の支度が遅くなるので、夜も亭主が厨房に立ち肉豆腐を作って餃子を焼く。餃子が焼き上がった頃に合わせるかのように、女将が帰って来た。西の空にとても綺麗な夕焼けが出ていたので、スマホを持って外に行く亭主。犬の散歩に出てきたお隣の奥さんも、「とても綺麗な夕焼けですね」と、亭主の隣で夕焼けを見ていた。「もうこちらに住み始めたのですね」と言うので「まだ全然片付かないですけれど」と応える。



11月3日 月曜日 朝から空は晴れ渡り…

 夕べは頑張って10時までは起きていたのですが、朝も昼もひと眠りをしなかったからか、瞼はもうとろ~んとして床に入ればすぐに眠りに落ちるのでした。薄手のシャツとジャージを着て寝たのが好かったのか、朝の7時に女将に起こされるまでまったく目が覚めなかったのです。9時間も熟睡してすっかり身体は生き返り、女将の書いたメモを持って、元気に階段を下りてきたお袋様と買い物に出掛ける。空は青く晴れ渡って気持ちの好い朝なのでした。

 農産物直売所では、家に米がなくなるというので、いつも買う農家の米を買おうと思ったけれど、今日はなかった。他の農家よりも美味しいと言うのですが、代わりに息子の同級生がやっている農家のお米が出ていたので、買って帰るのでした。どれも玄米で出ているので、精米してもらうのです。それから隣町のスーパーに行ってメモにある食品を買って家路につくのでした。土曜日に来たばかりだから、あまり沢山は買い物がなかったのです。

 10時45分になったので、亭主は厨房に入り天麩羅を揚げる準備を始める。広い調理台はなにかと便利が好い。食材を切り分けて天ぷら粉をボールに入れたら、天麩羅鍋に油を注ぐ。「設定温度になりました」とか「火が強くなります」などとアナウンスをしてくれるので、年寄りにも判りやすい。女将がタンパク質がないと言うので、海老とイカのシーフードミックスを解凍して、玉葱と長ネギの青いところを刻んで天麩羅を揚げ、大鍋のお湯が沸いたらうどんを茹でる。

 おろしたばかりの天麩羅油で揚げたての天麩羅は、やはり美味しいのでした。天麩羅が多いので今日はうどんを一人前ずつ茹でて、ちょうど好い量なのでした。本当は蕎麦を食べたいのですが、なかなか蕎麦を打ち打とうという気持ちにならないので、蕎麦粉がもう三ヶ月も冷蔵庫の中に残っている。二人分だけだから少しだけ打って食べれば好いのだけれど、それがどうも面倒に思えるのです。蕎麦屋を12年もやって来た反動なのか。そろそろ新蕎麦の季節…。

 昼を食べても今日も眠くならなかった。テレビを観る気にもなれずに、女将と1時前に向こうの家に行って、またゴミを車に積み込むのでした。沢山捨てたはずの植木鉢の残りを、車に積んで持ち帰ってくる。昨日までに掘り起こして持って来た水仙の球根を植えるのに、培養土を近くの園芸店へ行って買ってくる。駐車場で少し球根を植えたら、今朝、農産物直売所で野ボタンの綺麗な花を見つけたので、女将に言って夕刻に一緒に買いに行くのでした。

 亭主が昼寝をしないと午後の時間が増えるから、スポーツクラブのお休みの女将と夕刻まで一緒に出かけられた。紫色の鮮やかな野牡丹は、コートダジュールという品種らしく、鉢植えでも十分な大きさなのですが、これから育てていくのが楽しみ。夜は寒くなりそうなので女将に言って鍋にしてもらうのでした。明日は午前中に内科に行って血圧と尿酸値を下げる薬をもらわなくてはならない。その前に床屋に行けるかどうか。庭木の剪定と移植は、土曜日だったのが水曜日に変わったのでプールには行けそうにない。


11月4日 火曜日 平年並みと言うけれど寒い朝でした…

 朝の気温が4℃まで下がって、今朝はとても寒いのでした。それと見込んで夕べは厚手のジャージに着替えて眠ったけれど、朝になったらそれでも寒くてタイツを履くのでした。朝日が昇ると少し暖かくなりましたが、缶ゴミを集積場まで運ぶのに、西の小径の階段を下りるのにも、身を縮ませて歩くのです。昨日買ってきた野牡丹は紫色の花を付けて枝を広げています。今日は朝から忙しい一日になりそうなので、食事の後もひと眠りをする暇はないのです。

 10時半から内科の予約が入っているので、床屋に行くためには朝一番の8時半に店に着かなくてはならない。女将の見ている朝ドラが終わるのを待って「床屋に行って来ま~す」と玄関を出る亭主。青空の広がる中央通りを駅までひとっ走りして、国道に出て500mほどで目的地の床屋に着くのでした。まだマスターはやっ来ていないようで、駐車場に車を止めて待っていました。開店の時間には間に合って看板がクルクルと回り始めた。中に入って挨拶をする。

 頭を洗ってもらっていたらもう次のお客が来たので、マスターが電話で息子の店を手伝っている奥様に来てくれるように頼むのでした。髪はマスターに切ってもらい、遅れて来た奥様に髭を剃ってもらう。引っ越した話をすれば、「仕事がなくなると暇になるわよ」と言われる。今のところ引っ越しの後片づけに追われる毎日だから、あまり気にならないけれど、やはり少しは心配なのです。早く終わったので一度家に帰り、一服したら今度は内科に向かうのでした。

 内科は午前中の20番で予約が取れたから、受付をしたら20分ほど待って名前を呼ばれる。いつも待たされるのだけれど、いきなり先生が来て「変わりはありませんか?」「睡眠は取れていますか?」などと聞かれて「7時間以上は眠っています」と応える。処方箋を出してもらって近くの薬局に行っていつもの薬をもらう。家に帰ったのが11時過ぎだったから、今日は朝から順調なのでした。昼の支度に厨房に入って、肉と野菜を炒めてあんかけにして、今日は湯麺。

 午後の昼寝を終えたら、今日は昨日のうちに浸けておいた昆布と干し椎茸の鍋を温めて、鰹節を入れ沸騰する直前で止める。一番出汁が取れたら二番出汁を取る。今までの蕎麦屋で作った量の半分程度だけれど、一番出汁は2カップだけは茶碗蒸し用に取っておき、残りはかえしを加えて蕎麦汁にする。二番出汁は少し多めに作って、味噌汁用に容器に入れて冷蔵庫で保存するのです。鍋類を洗う時間を含めてたっぷり1時間はかかったから時間がつぶせた。

 夕飯までにはまだ時間があったので、近所をぶらぶらと歩いてくる。向かいのサツマイモ農園の建物が、そろそろ外壁を張り始めたのです。事務所になるはずの側にも、窓がまったくないのが気になったけれど、費用がかさむからなのか。とても簡単な作りなのでした。家に戻れば女将が里芋の衣かつぎを作ってくれていた。今日は茶碗蒸しと常夜鍋で身体が温まるものばかりなのでした。焼酎の炭酸割りを飲みながら秋らしい夕食に舌鼓を打つのです。



11月5日 水曜日 天気は好いけれど気忙しい日々が続く…

 夕べも9時半までは頑張って起きていたけれど、前日の睡眠が習慣化して今日も1時過ぎには目が覚めてしまった。4時間が一区切りという考え方もあるけれど、身体が疲れていないのだろうか。仕方がないから、ミルクティーを入れて飲みながら、パソコンに向かい、車の保険の継続手続きを済ませる。ネットだから24時間いつでも出来るのが嬉しい。そして、市の健康保険課から送られてきた高額医療費の申請書を書くのでした。ずっと放っておいたのです。

 朝日を浴びて先日買ってきた野牡丹の花が綺麗に咲いている。一日花だと言うけれど、蕾が沢山あるから次々と咲き出すのかしら。燃やせるゴミを捨てに西の小径の階段を下りて、集積場まで行けばまだ朝が早いからそれほど沢山ゴミが出ていなかった。室内に戻って朝食の食卓の準備を始める。朝と夜は女将が作って亭主がテーブルに運ぶのが、最近の我が家の習慣なのです。鰺の干物は大きすぎるので、二人で半分ずつにして食べるのでした。

 8時半に業者が来るということだったので、自分の車は向こうの家のガレージに置きに行った。駐車場には3台の車が入れるようにしたのです。ところが業者が来たのは9時近くで、向こうの家から移植する木や花はなんですかと言う。先日、監督に一覧票を渡したばかりなのに、下請けの業者まで届いていないのでした。仕方がないからもう一度、庭の見取り図と一緒に書いて渡すのでした。いよいよ選定作業が始まる。見事に綺麗になるから気持ちが好い。

 昼はスパゲッティーミートソースにコンソメのスープ。亭主が作り女将がテーブルに運ぶ。食休みに入る間に、職人さん達は昼飯を食べに出掛けたらしい。建物のぐるりを綺麗に剪定して、タラの木も月桂樹の木もすべて根から抜いてくれたのです。切った枝や抜いた木などはトラック一杯分の分量があった。亭主一人では時間があっても到底出来ない作業なのでした。厨房の掃除と同じく、プロの職人に任せるのが一番なのです。疲れていたけれど昼寝はなし。

 午後は昼寝もせずに、向こうの家に一緒に行って、移植する木や花を亭主が指示した。最後に残ったのは金柑の木で、何十年もの間に根が張っているので、掘り起こすのが大変なのでした。三人がかりで約2時間かけて掘り出して、トラックに積み込む。それから家に戻って、植え付け作業をするのだから、亭主は見ているだけでもう疲れてしまうのでした。コーヒーを淹れて飲んだり、煙草を吸ったりして、何とか眠くならないように我慢しているのです。

 すべての作業が終わったのは4時近かった。女将も帰ってきて、二人で「どうもありがとうございます」と見送るのでした。家の周りを二人で見て回れば、今までの荒れた庭はどこへやら、綺麗に土を盛った庭に移植した木や花が植えられているのです。夜は亭主が焼売を作ることになっていたから、眠気を我慢して4時過ぎから厨房に入る。挽肉と玉葱のみじん切りを混ぜて、塩と酒と片栗粉を加えたら、焼売の皮に包んでいくだけなのです。残った焼売の皮に挽肉の残りを包んで揚げてもらえば、雲呑揚げの出来上がりです。これで一献とは今日も好い一日なのでした。



11月6日 木曜日 気温は昨日より高いのに寒く感じる朝…

 夕べは風呂を出て居間の椅子の上でウトウトシながら、10時になったら寝室に行ってベットに横になりました。朝の5時まで目が覚めることもなくゆっくりと眠れて、心地よい目覚めなのです。最近は夢を見ても、どこか知らない街で電車に乗るような話ばかりで、印象に残らないものばかりなのでした。新聞を取りに玄関を出て南側の庭を覗けば、綺麗に整地された所にサツキやマンリョウ、キンカンの木が植えられて、まるで新しい家の庭のようなのです。

 朝からよく陽の当たる東側の庭の花壇には、花壇に芍薬と万両が植えられている。大きなポットにはまだ何も植えていないから、草が生い茂っているのでした。ここに昔はナスやピーマンを植えて家で食べるくらいは実がなっていたのです。数年前から、そんな余裕がなくなって、放っておいたものだからやはり歳を取ったのだろうか。今度は蕎麦屋の仕事がなくなったので、本当の隠居生活の楽しみとして、また野菜を植えようかと考えているのです。

 朝食は亭主の希望でホウレン草のバターソテーと出汁焼き卵とウインナソーセージ。豚汁が付いたので栄養は満点なのでした。ただたまにはパン食が好いのだけれどと喉まで出かかったけれど、若い頃はあんなにパンの好きだった女将が、今はまったく食べようとしないから不思議なのです。食後は女将が洗濯物を干し終えたら、肉と魚が何もなくなったと言うので、二人で隣町のスーパーに買い物に行く。今日は珍しく餅を買ってもらったのです。

 買い物から帰ればもう昼の支度をする時間なのでした。毎日毎日昼飯を作っている亭主も、同じような物ばかりの繰り返しで飽きてきているのでした。今日は久し振りにあんかけの五目焼きそばを作ろうと、材料に少し余分に金をかけて準備をするのでした。準備が整ったら後は中華鍋で、まず最初にチーンした焼きそばを揚げて、具材を炒め、水を入れて煮るだけだから簡単なのです。熱々のあんかけをかけた五目焼きそばは、久し振りに食べて美味しかった。

 午後は女将と向こうの家に行って、庭の十二単やまだ残っていたマンリョウや水仙の球根を掘り起こして家に持って帰る。それから電気の解約やら水道の解約やらに時間を取られて、昨日の剪定と移植の代金を取りに来てもらう。女将は早速持って帰った小さな苗を綺麗になった庭に植えていました。本来、草花の好きな夫婦だから老後の楽しみは草木の手入れで好い。亭主は寝室の前辺りに、食べられる野菜を植えようと、もう考え始めているのでした。


11月7日 金曜日 朝の気温は7℃、空は青く晴れ渡って…

 8時間の睡眠を取って朝の5時半に目が覚めた。ミルクティーを淹れて頭をすっきりとしたところで、今日の予定を考えるのです。しばらく行けなかったプールには是非とも行きたい。それまでに時間があるから、まずは洗面をする時に髭を剃っておこう。そして、居間の掃除機かけを済ませておこう。プールから帰ったら昼飯の準備をしなければならないが、今日は何を作ろうか。午後は先日行った園芸店で野菜の苗を観て見ようかと考えて散歩に出掛ける。

 西の小径の階段を下りていたら、お隣の若い旦那がゴミ出汁の袋を持って降りて来ながら、「庭木が随分とすっきりしましたね」と後ろから声をかけてくれた。これから仕事に出掛けるのでしょう。西が作公園まで出れば、北側に植えられている銀杏が黄色く色づいている。『ここまで来たら調整池を回って帰ろうか』と、少し遠い散歩道を選ぶのでした。調整池の見えるところまで来ると、ちょうど朝日が昇るところなのです。今日は好い天気になるらしい。

 お袋様の住むマンションの坂道を登って、我が家の隣のコスモス畑まで来れば、もう家はすぐそこなのです。2600歩。やはり1.5kmは歩いた計算です。家に入れば女将が厨房に入って朝食の支度をしていた。今日は鮭の塩焼きにピーマンのじゃこ和えとキュウリの糠漬けがおかずのでした。7時半に朝食を終えて、女将が入れてくれたお茶を飲む。これからいよいよ洗面と髭剃りなのでした。女将が朝ドラを見ている間にトイレを済ませ、ここまでブログを書く。

 着替えを済ませて洗面と髭剃りをすれば、いよいよ掃除機かけ。予定通りに進んでいるから気持ちが好い。少し楽なくらいの予定ならば、年寄りでも悠々とこなせるのです。掃除機を9時前にかけ終えて、洗濯をしている女将の部屋に行けば、「庭に随分と陽が当たるじゃない」と喜んでいるのです。冬の日中は前の家があるから、日影になるけれども朝のうちは陽の光を遮るものがないのです。亭主の部屋の前まで明るく陽に照らされているから作物も育つだろう。

 予定通り髭剃りを終えたら、プールに出掛ける準備をして、コーヒーを淹れて飲む亭主。9時半過ぎに家を出て、途中、煙草を買いにコンビニに寄って、タワーパーキングに車を入れたら、4階のスポーツクラブまでは外の階段を昇って歩くのでした。今日は朝から随分と歩いたから、段々と右足が重くなってくる。それでもプールに入れば元気に泳いで、いつもの金曜日よりは混んで来たので、すぐに上がってしまいました。ひとコース5人は多すぎるのです。

 家に帰っる頃には暖かくなって来たから、買って帰った伸ばし海老と野菜類を天麩羅に揚げる。揚げたばかりの天麩羅をおかずにして、茹でたうどんを冷やして天麩羅うどんにするのでした。今日は暖かくなったせいか、女将も自分の天麩羅を全部食べてくれてた。午後は寝室のベッドで1時間ほど昼寝をして、女将がスポーツクラブに出掛けている間に、近くの園芸店に行ってみるのでした。野菜の苗はほとんどないので、西の町の大きな園芸店まで出掛ける。

 久し振りに出掛けた園芸店では、冬場の野菜の苗は、葉物とそら豆やスナップエンドウなどの豆類ばかりで、仕方がないのでブロッコリーと葱、絹さやとスナップエンドウの苗を買って帰るのです。家に帰って、早速、植え付けをしようと思ったら、午前中に女将が洗濯をした洗濯物が風で飛ばされて、物干し台まで倒れている始末だったから、慌てて乾いている洗濯物を拾い上げるのです。それからやっと苗の植え付け作業を始めるのでしたが、豆類はどれも初夏にしか採れないらしい。ブロッコリーは寒い冬場に出来るようだ。


11月8日 土曜日 朝からけたたましいセキュリティーの音で…

 夕べも9時半には床に就いたのですが、夜中にポーンという音と共に綠色のランプが付いたスマホに起こされたのでした。時計を見れば11時半前で2時間は熟睡したのです。スマホを見ればLINEにクラス会を楽しみにしているというメッセージ。こんな遅くにLINEをするものなのだろうかと、生活習慣の違いに驚かされるのです。居間の照明を点けて紅茶を飲みながら、プロジェクトXを見てしまった。眠くなるまでが大変だったが、横になったら寝付いたようだ。

 ところがすっかり寝入っていた朝、今度は女将の「大変なのよ」という大きな声で起こされた。廊下に出てみればけたたましいセキュリティーの音がしていたから、慌てて機械を操作する。電話が鳴って受話器を取った女将が「間違って窓を開けてしまったんです」と警備会社に言い訳をしているのでした。それでも4時間は眠っただろうか、朝の7時になっていたから、朝食の時間なのです。昨日の夜のモツ鍋の残りを味噌汁にして、銀だらの煮付けが出て来た。

 びっくりしてを覚ましたけれど、まだ頭は働いていなかった。こんな日は一日中ぼうっとしていることが多い。それではいけないと昼食の前に外に出て近所を歩いて来るのでした。女将も先に玄関を出て、亭主とは反対の方向に行ったから、隣のコスモス畑に出る森の道を歩くのだろうか。一人では心細い道だけれど、怖い物知らずなのですね。亭主は西の階段を下りて女将とは逆に、広いみずき通りの方へと歩いて行くのでした。青空にだいぶ雲が出て来た。

 11時前になったので、冷蔵庫に残った食材を使って、今日はまた湯麺を作りました。鶉の卵もヤングコーンも木耳もあったので、白菜を入れ、昨日の天麩羅にした伸ばし海老を切って炒めたら、片栗粉を水で溶いてあんかけにするのです。茹でた麺の上に載せて20分もかからずに湯麺の出来上がり。寒い日だから、身体が温まってちょうど好かったのです。食後のひと休みをして、亭主は奥の寝室でひと眠りをするのでした。やはり、朝の寝不足が祟っているのか。

 1時間ほど眠ったら、女将と一緒に向こうの家に行って、シランや水仙の球根を掘ってくる。「何十年も一緒に暮らした花だから」とシランに対する愛着が強い彼女なのでした。水仙の球根も黄色い姫水仙がこの辺にあるはずだからと言うので、亭主がスコップで掘り返してやるのです。球根だけでは白い普通の水仙なのだか、黄色い姫水仙なのだか判らないけれど、女将は新しい家の南側の庭にびっしりと植え付けていた。亭主は初めて初夏採りの長ネギを植えた。

 明日のクラス会や来週の愚人賢人の会のLINEが、ひっきりなしに音を立てている。情報を共有するのは嬉しいけれど、毎回、スマホを見るのも慣れない亭主には結構大変です。4時前に女将が「ちょっと散歩に行って来ます」とまた玄関を出ていく。亭主はまた眠くなりそうなので、何か飲み物を作ろうとこのブログを打ちながら考えている。こんな早い時間から酒を飲んでしまうと、夕食時にはもう眠くなってしまうだろうし、土曜日はテレビも面白味がない。


11月9日 日曜日 あいにくの雨でもクラス会は開催されて…

 せっかくのクラス会の日だというのに、朝からの雨模様でした。昼からの開宴なので、朝食を食べて少しゆっくりとすることが出来ました。千葉の田舎から都心まで出掛けて行くのは、今の亭主にとっては年に一度の大遠征です。列車の時刻を調べたり、会場までの道順を地図を見て予習したりと、大學時代まで東京に住んでいたとは思えない。今浦島の境地なのでした。朝から相当に寒いので、しっかりと防寒対策をして、タクシーを呼ぶのでした。

 駅まで行く間に雨はかなり降ってきました。日曜日の昼前の電車は空いていて、西馬込行きの快速電車に乗れば、1時間で着くから思いのほか楽ちんなのでした。しかし、1年に一度しか電車に乗らないというのも、車で高速道路を走らなくなったのと同じくらい、世間と隔絶した生活を送っている証拠です。足の具合が良くないというのも手伝って、夫婦で二人とも出かけないから、好いのか悪いのかすっかり行動範囲が狭まったままなのです。

 最寄りの駅に着いて、時間が早すぎるからと喫茶店に入ってコーヒーを飲んでいたのです。店の案内をスマホで検索していたら、ナビの画面を見つけて、ナビに従って歩いていったら、なんと随分と違った所に出てしまい、結局、店に電話を入れて聞く始末。「随分と行き過ぎてしまいましたね」と、店の方が親切に場所を教えてくれたから助かった。駅からすぐ近くのはずなのに、30分以上も歩き回ったのでした。やっと目的の店に着いて懐かしい顔ぶれと再会する。

 高校を卒業して50年以上、毎年のように開催してきたクラス会だから、お互いの結びつきが強いのだろうか。今年は18人の旧友が集まった。この1年間の出来事や近況を一人一人順番に話すのだけれど、皆さん一言では語り尽くせないからつい長くなる。病気や家族の介護の話も多かったけれど、仕事や趣味の話も出る。亭主は12年続けた蕎麦屋を廃業した話をして、本当に隠居になったと言えば、まだまだ元気な皆さんから更に元気をもらったのでした。