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2025年10月下旬



10月20日 月曜日 朝からの雨でとても寒い一日…

 夕べも9時にはもう眠くなって床に入った。風呂から上がってしばらくすると身体の調子が眠る体勢になってしまうらしいのです。何度か夜中に目が覚めて、最終的には6時前に起き出して、コーヒーを一杯飲んだら燃やせるゴミを出しに、車で集積場まで行く。ゴミ袋7つ分だから、大変な量なのです。家に帰ってソファーに座ってひと休みすれば、何故か左手の指が引きつるように痛い。何年かぶりにギターを弾き始め、普段使わない筋肉を使ったからかも…。

 これも老いかと女将に話せば、ヨーガの準備運動でやる手の指を動かす動作を教えてくれた。若いときは何でそんなことをするのかと思っていたらしいが、歳を取ると血行をよくする必要があるのだとか。小指と薬指の根元辺りがだるくて仕方がないのです。そんな話をしながら朝食の食卓に着く。朝は残っていた鶏肉を使って親子丼が皿に盛られて出て来た。お腹には優しい朝食なのでした。今日はお袋様と買い物に出掛ける日なので、車に乗って迎えに行く。

 あいにくの冷たい雨で、車は暖房を入れていた。雨だからか、農産物直売所には農家が野菜類を持って来ていなかった。隣町のスーパーに行けば、やはり雨のせいで駐車場も空いていたのです。女将が書いてくれたメモを見ながら、客の少ない店内を回って、最後に牛乳と燃えるゴミの袋を買ったら、二袋分の荷物で5000円だったから、まずまずの値段でした。お袋様を家まで送って自宅に帰れば、女将が玄関を出て重い荷物を取りに来てくれた。

 ひと休みして昼の支度を始める亭主。今日は寒いから野菜をたっぷり入れた湯麺にすることにしました。二人で汗をかきながら平らげて苦しくなるのです。食後のひと休みをして、女将はスポーツクラブに出掛ける準備をして、亭主は奥の寝室で昼寝をするのです。1時間ほど眠ったら、もう女将は出掛けていた。お湯を沸かして蕎麦茶を淹れ、パソコンに向かって向こうの家のガスの停止を申し込む。明日の午前中には来てくれるというから対応が早い。

 雨が上がったのか隣のお花畑では、親父様が草刈りの機械に乗って広い畑に伸びた草を刈っていた。蕎麦屋の駐車場の前に車を停めて何処かの親父様が訪ねてきたので、玄関を開ければ近所の人の家探しなのでした。西の階段を降りた辺りだろうと言えば、車を停めたまま階段に向かっていった。結局、家は見つかったが留守だったらしく、戻って来て車に乗って帰って行く。犬を連れた親父様が、「お蕎麦屋さん止めたんですね」と話しかけてきた。「5、6年はやったのですか」と言うので「12年やったんですけれど、力がなくなってね」と応える。「蕎麦打ちは力が要るからね」と帰って行く。

 夕方のひとときはこのところギターを弾いていたのだけれど、左手の二本の指が痛いので少しで止める。何もしないで椅子に座ってしまうと眠くなるので、夕飯が出来るまで散歩に出ることにした。草を刈ったばかりの隣の畑から草の匂いが漂ってくる。西の小径の階段を下りて、今日も短い距離の散歩にすることにした。動いていれば眠くならないけれど、右足の調子はあまり好くないのです。5時過ぎに家に戻って、夕飯のおかずを少しずつテーブルに運ぶ。今日買って帰った鰯が久し振りなので美味しかった。茶碗蒸しは鶏肉と蒲鉾を入れたので出汁が出てとても美味しいのでした。


10月21日 火曜日 今日は昨日よりも寒い一日でした…

 夕べも9時に床に入って、今朝は4時前に目が覚めた。外が明るくなるまでは、コーヒーを淹れて身体を温める。何かとても寒い気がしたから、厚手の長袖にジャージの上着を着て、朝飯前のひと仕事に出掛けるのでした。今日は地域の子ども会の廃品回収日だったから、向こうの家の居間に積んであった段ボールの束を、まずは玄関に持って来て集積場まで運ぶのです。次に束ねた本や新聞は門の前に積んでいく。階段を何度も上り下りしてすっかり疲れた。家に帰って朝食を食べたら、もう眠くなってベッドに横になる。目が覚めたら9時過ぎで、WBCの中継が始まっていたのでした。

 朝飯の後のひと眠りが長くなると、すぐに昼になってしまうのです。する事がないこともあるけれど、急に寒くなったから床の中が気持ちが好いのです。プールに行きたくても今日はスポーツクラブがお休みの日で、女将は昼前に向こうの家に行って荷物の片付けをしたらしい。厨房のテレビで野球中継を観ながら、亭主は昼飯の支度を開始するのでした。買ったばかりのキャベツの葉を刻んでトマトと盛り付け、スパゲッティーを茹でながらミートソースを温めるのですが、寒いからスープが必要だと気が付いて、玉葱を刻んでシメジとオクラでこんそめスープを作りました。 

 昼を食べ終えたら野球の試合の結末を見ずにまたベッドに横になって昼寝をする。やはり寒いからなのでしょう。女将は部屋に入って条幅を書いているらしかった。スポーツクラブの予約する時間に起こされて、無事に予約が取れたら女将が柿を剥いてくれた。3時過ぎになって女将の仕事が終わったら、向こうの家に行くというので車で出掛けたら、木曜日に粗大ゴミの回収を頼んだというので、沢山の荷物を二階から下ろさなければなりませんでした。10年以上も前に亡くなった義父母の部屋の押し入れに、沢山の衣装ケースが残っていたのを亭主は知らなかったのです。木曜日の朝にはすべて家の前に出しておかなくてはならないから大変です。

 こちらの家で使う冬用の羽布団やお節料理を入れる重箱などを車に積んで、4時過ぎに家に戻ってひと休み。夜は鍋にするから時間がかからないと言う女将は、洗濯物を畳み始めている。亭主は、初めての女性総理の誕生を報ずるテレビのニュースを見ていたが、鍋用のガスボンベがないと言うので近くのスーパーまで買いに行く。中くらいの鍋は引っ越しのどさくさで捨ててしまったというので、本来一人用の鉄鍋を使って小さなコンロで夜は鍋にするのでした。明日は朝から今季最低の11℃という寒さなので、そろそろ靴下を履かなければと思うけれど、何処に入れたのだか判らないのです。明日は朝飯前のひと仕事に燃やせるゴミを捨てたら、朝食を食べてゆっくりとプールに行く準備をしようと思うのです。


10月22日 水曜日 朝から雨のとても寒い一日でした…

 夕べは10時半まで我慢して起きていたら、今朝は5時半に目が覚めた。やはりこのパターンの睡眠が一番理想的のようです。まだ外は明るくならないから、コーヒーを沸かして飲んでいるうちに、暗い夜明けがやって来るのでした。天気予報通りに今朝は雨でした。明るくなったら、車に積んである燃やせるゴミを近くの集積場まで運んで行く。家に帰れば、女将が起き出して来て厨房に入る。今朝のおかずは鯖の塩焼きとひじきの煮物にぬか漬けと豚汁が付いた。

 食後は奥の部屋でベッドに横になったけれど、昨日はゆっくりと眠れたのでひと休みしたら起き出す亭主。今日はプールへ行こうと思っていたから、水着やバスタオルをバックに詰めて、早めに家を出てまずは昼の買い物をするのでした。昼はうどんにすることにしていたので、天麩羅に牛蒡を揚げてみようと地階のスーパーを見て回る。4階のスポーツクラブはまだ開いていないけれど、会員証を機械にかざして中に入るのです。着替えてプールの開くのを待つ。

 10時ぴったりにプールの扉が開いて、今日は入り口で沢山のお年寄り達が待っていたから、後に続いて中に入るのでした。水曜日は子供たちの練習がないのか、6コース中5コースが一般に開放されていた。昨日は休みだったから水を入れ替えたのか少し冷たい。誰もいないコースで背泳ぎから始めて平泳ぎで戻って来る。人が増えたらクロールで泳ぎ始めるのです。15分も泳いだらもう飽きてしまって、帰りには酒屋に寄って贔屓の焼酎を買って帰るのでした。

 ついでに酒屋の近くのワークマンに寄って、引っ越しで何処に行ったか分からない靴下を一足買って帰る。丈夫で温かい五本指の靴下で、秋冬の登山用にも使えると書いてあった。家に帰れば11時前で、亭主は厨房に入って鍋にうどんを茹でる支度をしたら、天麩羅を揚げる準備をするのでした。牛蒡は縦に四等分して、オクラと生椎茸と、海鮮ミックスに刻んだ葱を混ぜて、それぞれ天ぷら粉をまぶしてから、水で溶いた天ぷら粉に付けて揚げていくのです。汁は先日作った蕎麦汁を使い、うどんに海苔を刻んでふりかけ、女将と二人でとても美味しく食べるのでした。牛蒡は特に美味しかった。

 雨模様の天気でしたが、女将が午後のスポーツクラブに出掛けている間に、亭主は奥の座敷で昼寝を決め込むのです。最近は7時間睡眠が出来ているので、朝食後は眠くならないから不思議で、プールに出掛けた午後は少し眠る事にしているのです。女将が帰ってきたら、明日の粗大ゴミ回収に備え、向こうの家に行って玄関の入り口に積んである粗大ゴミをガレージまで運ぶのでした。衣装ケースは5個につき一枚、布団は3枚につき一枚500円のカードを貼る。

 小雨の降る中を作業して、家に帰ればもう4時半になっていた。少し遅くなると判っていたのか、夜の支度は簡単な茶碗蒸しと常夜鍋なのでした。生姜と酒と塩を入れた鍋に湯を沸かして、ホウレン草と豚肉を茹でて食べるだけだけれど、豚肉が柔らかくてとても美味しいのでした。夜は風呂に入ってから、なんとか眠たいのを我慢して10時まで起きていた。習慣が付けばその時刻に合わせて生活できるので、当分はこの時間帯で続けてみようと思うのです。

10月23日 木曜日 今日も朝から寒くて腰が痛いのです…

 7時間以上眠って、今朝もすっきりと目覚めた。6時を過ぎたら車にプラスティックゴミの袋を積んで、家の下の通りにある集積場で、沢山の金ゴミと合わせて降ろしてくるのでした。それから向こうの家に行って、ガレージに積んである粗大ゴミを前の通りに出しておく。8時半までには出してくださいと言われたらしく、女将が時間を気にしていたから、亭主一人だから少し時間はかかったけれど、なんとか並べて積んでおくのでした。雨が上がって好かった。

 家に帰れば女将は厨房に立って朝食の支度をしている。亭主はちょっと動いただけなのに腰が痛いと言うと、「去年も寒くなる時期に腰が痛いと言っていたわよ」と毎日記録している3年日記を読み返している女将に言われた。「その挙げ句にぎっくり腰になってる」と言うから、十分に身体を温めて少し準備運動でもしておかないと、毎年、寒くなる時期には注意をしなければいけない。朝食は鮭の塩焼きとウインナソーセージに小鉢が付いた簡単なものなのでした。

 向かいのサツマイモ農園の事務所兼倉庫の建設がまた一つ先に進んだ。農園の若旦那にあって挨拶をすれば、「今日は屋根を取り付けるのですよ」と言う。クレーン車が屋根の資材を持ち上げて、大工さんが留めていく様子が外からよく見えるのです。それにしても、天井板も張らずに、いきなり屋根を載せるのはどういうことなのだろうか素人の疑問は絶えない。女将は向こうの家に行くと言って出掛けてしまうし、亭主も昼の支度の前に散歩に出掛けるのでした。

 今日はいつもとは逆回りに、最初にみずき通りを下った。落ち葉が風に舞い、すっかり晩秋の景色に変わっていました。最初の交差点で右手に入り、新しい家の下に続く坂道を登ろうとしたら、向こうから顔見知りの老人がやって来た。以前、夜の防犯パトロールで一緒だった方で、あちらこちら身体を悪くして亭主よりも先に引退したのでした。蕎麦屋にも何度かいらっして、今は足の具合も悪いのにスクールガードを週に何回かやっているとのことでした。

 家に帰れば女将はまだ帰っていなくて、仕方がないから亭主は厨房に入り、昼の準備をするのです。女将は野菜のいっぱい入る湯麺が好いというので、中華鍋で肉と白菜、玉葱、人参、小松菜を炒めてスープを作り、亭主は買ってあった単品のラーメンにチャーシューとメンマを入れて、魚介味のこってりスープで久し振りにラーメンを食べる。麺もスープもやはりシマダヤなのです。ニンニクと豆板醤を加えてとても美味しく食べました。食後は昼寝のひととき。

 1時間ほど眠ったら、女将のスポーツクラブの予約を取る時間になって、無事に取り終わったら二人で向こうの家に行って片付けの続きをする。燃やせるゴミの袋があれよあれよという間に何袋も出来て、最後の粗大ゴミを玄関に運んで並べるのでした。息子の部屋が一番細かな物が多くて、結婚しても何も片付けに来ていない。サーフボードもミニコンポもそのままなので、二階から下ろすのが大変なのでした。1時間半ほど頑張ったけれど、もうこれが限界と3時過ぎには家に帰って来た。女将は市の廃品回収の係に電話をして細かな内容を伝え、来週の火曜日に採りに来てくれるように頼むのでした。すべて合わせて9000円だというから、捨てるのも楽ではないないのです。いよいよ10月も最後の週で片付けは終わるのです。


10月24日 金曜日 天気予報は外れて曇りで雨の寒い一日…

 夕べも10時半には床に就いたのに、なかなか寝付かれなかった。毎日プールへ行くわけにもいかず、睡眠の習慣化というのはなかなか難しい。7時に目覚めて、食卓に着く。車の中に沢山積んだ燃やせるゴミの袋を集積場まで運び、今日はプールに行こうと思って準備をするのだけれど、プールが開いていないから、ちょっと早すぎるのです。10時ちょっと過ぎににロッカールームを出てプールサイドに行けば、もう早い老人たちで溢れていた。今日は「少し速く泳ぐコース」が空いていたので、いつもより早いスピードで泳いだ。

 女将が肉や野菜がなくなったと言っていたので、プールの帰りに地階のスーパーに寄って買って帰る。夜はまだ白菜が残っているから鶏鍋にしようといっていたので、鶏肉とシラタキも買って、ついでに酒の肴にと手頃な大きさに切った柳だこが出ていたので買って帰る。昼は焼きめしでも好いと言っていたけれど、シマダヤの塩焼きそばが出ていたので、家に着いたら早速厨房に入って、海鮮ミックスと野菜を刻んで炒め始める。スープには雲呑と葱を入れる。

 昼食が終わったら、女将はスポーツクラブへ出掛ける準備をして亭主は奥の座敷に入ってベッドに横になる。1時間ほど眠ったら、女将はもう出掛けていた。ジョン・ウェインの西部劇をBSで観て、午後のひとときを過ごすのです。外はかなり激しく雨が降っていたから、女将の帰りは大丈夫だろうかと心配する。スマホを持って出ていれば好いのだけれど、だいたい部屋に置きっぱなしのことが多い。傘も持って出ていないし、心配しながら待つしかないのです。

 雨が少し小振りなった頃に女将は帰ってきた。「雨に降られなかった?」と聞いても、「洗濯物を軒下に入れておいて好かったわ」と歩いて来たから暑いのか半袖姿でヨーグルトと蜜柑を食べている。亭主は残り少なくなった煙草を買いに、近くのコンビニまで車を走らせる。今日二度目の外出なのです。夕方の4時前だというのに空は暗く、今にももうひと降り来そうな様子なのでした。小雨が降ってきたので、向こうの家には行かずにそのまま新しい家に帰る。

 4時半になったら女将が厨房に入って、夕食の鍋の準備を始めるのでした。亭主は焼酎と炭酸に箸やコンロを用意して、自分は今日買って帰った柳だこの切り身を小鉢に盛って、一杯やり始めるのです。今日はプールで泳いだとは言え、あまり動いていないのでとても寒く感じる。エアコンの暖房を入れていたけれど、「エアコンの音が大きくてテレビの音がよく聞こえないのよ」と女将も言うのです。亭主も映画を観るときは字幕の出るものを見ることが多いのです。


10月25日 土曜日 今日も朝から冷たい雨が降って…

 夕べは頑張って10時まで起きていたけれど、床に横になったらすぐに眠りに入れたのです。朝になって目覚めれば6時だったから、随分とよく眠ったことになります。新聞を採りに出れば、外は冷たい雨がそぼ降って、暗い朝なのでした。駐車場のヤマボウシの葉も幾分、紅葉しているのか、モミジも色が変わり始めている。最近は急激に気温が低い日が続いているのです。小雨の降る中を西の小径を見れば、剪定しなければならない木槿が気になるのです。

 隣のコスモス畑は、この時期の寒さで花が長持ちしている。綺麗に下草を刈ってあるから、その上を歩いて近づけば、ずっと向こうまで満開の花が続いているのでした。家に戻ればもう朝食の時間で今朝は卵の出汁焼きにナスの新焼、キュウリの糠漬けが出た。今日はゴミ捨てもないしもプールにも行く予定がないので、8時過ぎから始まると言うワールドシリーズを見ようとテレビの前に座っていた。ところが、試合が始まったのは9時過ぎからでくたびれた。

 2対2まで試合が進んだところで疲れてしまい、厨房に入って昼の支度を始める。今日は「カレーでも作ったら?」と女将に言われたので、ジャガイモの皮を剥いて玉葱を切る。昨日の鶏鍋に使った鶏肉の残りを入れ、ナスやオクラやニンジンを切って、ルクルーゼの鍋でコトコトと煮込んでいくのでした。10時半に始めたのに11時前にはもう出来上がって、鍋の余熱でじっくりと仕上がりを待つのでした。ドジャース戦が気になったけれどテレビは点けなかった。

 ジャガイモがとろけるほどの出来栄えのカレーは、久し振りにとても美味しいのでした。蕎麦屋を止めてからは、ジャワカレーの辛口一種類のルーだけでカレーを作っているのですが、生姜も大蒜もなしで野菜を沢山入れるので上手く出来るような気がするのです。食後は奥の寝室でひと眠りをして、1時半になったら女将とショッピングモールへ出掛け、夜の食材と粗大ゴミの券を買うのでした。給料後とあってモールは相当な混みようなのです。

 生ものを一度家に置いたら向こうの家に行って、火曜日に取りに来てくれると言う粗大ゴミを、居間の部屋からガレージの中に写すのです。前回は3000円だったけれど、今回は9000円分もあるから、単純計算でも3倍の量があるのでした。カーテンを燃えるゴミに出してと思っていたけれど、そこまで行き着くまでに二人ともすっかり疲れてしまったのです。「若い人ならわけもないのでしょうね」と女将が言う言葉に、力持ちのはずの亭主も頷くしかなかった。

 4時過ぎになって、ドジャースが大負けをしたニュースをネットで知った亭主は、やけ酒だとばかりもう晩酌の準備をするのです。接戦で負けるならまだしも、11点も取られて大谷選手のツーランホームランも焼け石に水なのでした。ショッピングモールで昨日食べたばかりの美味しそうな柳蛸が出ていたので、女将に言って買ってもらったのです。夕食は久し振りのすき焼きだったけれど、その準備が整わないうちに、もう焼酎の炭酸割りを飲んでいた。


10月26日 日曜日 朝から雨・雨・雨の日曜日…

 夕べは晩ご飯が終わった頃から、ドーンドーンと大きな花火の音がしたので、玄関を出てみればすぐ近くの小学校の辺りから大きな花火が上がっているのでした。女将の話では、夏の印旛沼の花火大会がなくなり、市のあちらこちらに分散して花火が揚げられるようになったのだとか。西の小径には階段を昇って下の住人たちが並んで花火を見守っていた。「こんばんわ」とお隣の奥さんと娘も出て来ていた。バス通りには車を停めて眺める人もいるのでした。

 昨夜も10時には床に就いたけれど、12時には一度目が醒めてしまい、テレビ映画を観ていたらまた眠くなったので布団に入れば、朝の5時半まで目が覚めずに眠る事が出来た。朝食の支度を手伝って箸や小鉢を運べば、今日のメインは銀ダラの西京漬けを焼いたものでした。人参と大根とキュウリで作った半端野菜のアチャラ漬けとか言う漬け物は、新しいメニューなのでした。酢が入っていてさっぱりとした味なのです。食後は横になっても眠れなかった。

 今日は一日中、雨だと言う予報だから、散歩にも出掛けられないのです。ドジャース戦も始まっていたけれど、一回の裏表を見たらもう疲れてしまう。最近はピッチャーの投げる球の行方をしっかりと見ているから、妙に集中してしまうのです。テレビがスローモーションで球の動きまで映すようになったからなのです。面白くなった半面、年寄りが見続けるにはかなり疲れる。雨が小降りなって外に出られるくらいだったから、少しだけ散歩をするのでした。

 バス停を一つ分歩いて、柿の木のある家の前まで行くと、その向こうの駐車場にもまた柿の木があって、どの木にも鈴なりに黄色い柿の実がなっているのです。今年は柿が豊作なのだろうか、スーパーなどでも沢山の柿が安く売られている。小降りになった雨の中をご夫婦で散歩する姿をちらほらと見かけた。やはり、秋を感じる季節なのでしょうか。家に帰って洗濯物を干し終えた女将に話せば、彼女もまたコスモス畑の方に散歩に出掛けるのでした。

 ドジャース戦のテレビを厨房の小さなテレビで観ながら、亭主は昼のカレーライスを温めていました。スープは玉葱のスライスと生椎茸にワカメを入れたコンソメ味。新しく買った福神漬けを添えて美味しく頂くのでした。ちょっと早すぎる昼食でしたが、無事にドジャースが勝つまでテレビを観て、奥の寝室でひと眠りする。1時前に寝覚めて、女将に柿を剥いてもらったら、二人で向こうの家に行って、いよいよ家の中は最後の仕事に取りかかるのでした。

 一階の居間と二階の子ども達の部屋のカーテンを外して、燃やせるゴミの袋に詰めて行きます。息子の部屋に残った重たい本箱とテレビの台を階段の下に降ろして、一息ついたらガレージまで運ぶのです。燃やせるゴミの袋は車のトランクに積み込んで、残った物は自分たちでは捨てられないので、買い取りの業者にお願いするしかないのでした。3ヶ月間、毎日のようにこの家に通って、40年間の生活の品物を片付けてきたのがつい昨日の出来事のようです。

 帰りに隣町のスーパーに寄って、夜の食事の食材と簡単な買い物を済ませて家に戻る。LINEには、高校のクラス会の時間と場所の案内と次の週の愚人賢人の会の案内が届いていました。2週続けて東京まで出掛けるのも、何年に一度のことだからちょっと心配です。参加する皆さんは何とか元気でいるらしい。電車に乗るのも一年ぶりだし、どれだけ歩くのかが判らないので、足の具合が気に掛かります。昼の集合だから、早めに出掛けて行けば好いと思うのです。

 夕方は早めに食事の支度をして、女将は亭主のリクエストでポテトサラダを作ってくれていた。寒い夜だからと今夜も常夜鍋にしてくれたのです。焼酎の炭酸割りを一杯飲みながら、二人の夕食は始まりました。明日は晴れると言うから、まずは朝飯前のひと仕事で車に積み込んだ沢山の燃やせるゴミの袋を集積場まで運び、朝飯を食べたらお袋様と買い物に出掛ける予定です。今日も鰯が出ていたから買って帰ったので、肉と魚は少しだけで好さそうなのでした。


10月27日 月曜日 久し振りに少しだけ青空が覗いて…

 久し振りに雨が降っていない朝でした。明るくなったので車に積み込んだ燃やせるゴミを、集積場まで運んで置いてくる。その帰りに向こうの家に行って、沢山使った燃やせるゴミの袋の残りを取ってくるのでした。東の公園の森はまだ暗く、街路灯だけが明るく光っていた。家の中もがらんとして、すっかり廃墟のようなのです。家に帰ってもまだ6時だったので、1時間ほど布団に入って眠るのでした。起きればもう朝食の時間で、女将と二人で質素な食事。

 今日はお袋様と買い物に出掛ける日だったけれど、食後にまた奥の寝室でベッドに横になったら眠り込んでしまった。夕べは11時半に眠りに落ちて3時半に目が覚めたから、少し寝不足なのでした。今日は晴れるという予報もあったけれど、空は雲で覆われていたのです。まずは地元の農産物直売所に行って野菜を買おうと思ったけれど、少しずつ値段が上がっていたので、ホウレン草だけもらって隣町のスーパーに行き、メモにある残りの食材を買うのでした。

 道路は雨の跡も消えて、帰り道は少しだけ暑い陽射しが出て、亭主は半袖でも寒くはなかった。インフルエンザの予防注射をして来たというお袋様の話を聞きながら、「今年はどこも柿の実がたくさん付いているね」と道々眺める柿の木の風景を眺めるのでした。お袋様を家まで送って家に帰れば、もう昼の支度をする時間です。亭主は天麩羅鍋に油を注いで、具材の野菜を用意するのです。昨日買った鰯を女将が開いてくれていたので、それも一緒に揚げるのです。

 昼は冷凍うどんをさっと湯がいて、冷たい汁で天麩羅うどんにしたのですが、いつも少しもの足りないと思っていたので、うどんを三人分茹でたら、やはり少し多かった。牛蒡、シイタケ、ナス、オクラ、ピーマンと鰯では、天麩羅の量が少し多いのでした。食後はまた奥の寝室で横になったけれど、朝のうちに小分けに何度も眠ったので、眠る事は出来なかった。女将は早々とスポーツクラブに出掛け、帰ってから粗大ゴミのシール貼りに行くことになっている。

 女将が帰って来るまでにテレビで洋画を一本観て、ゆっくりとしていたら、LINEの着信が次々と入るのでした。来週末に迫った高校のクラス会への参加の連絡でしたが、時間が早いので二次会に参加するひとも多そうなのでした。亭主も大抵は二次会まで参加するのですが、このところ一次会の開始時間が遅いので、千葉までは帰りが大変。時間に制約はないとは言え、夜が遅くなるのは辛いので二次会は失礼していたのですが、今回は参加しても早く帰れそう。

 夕暮れ時の写真を撮れないかとコスモス畑まで歩いてみたら、夕焼けの時間まではまだ少し早かったけれど、駅前の高層マンション群から自宅までを入れてい好い写真が撮れました。この後、女将と向こうの家に行って、ガレージに置いてある粗大ゴミに料金を支払ったというシールを、それぞれの荷物に9000円分張り付けてくるのでした。明日の朝、亭主がこの荷物を前の通りに並べて置かなくてはならないので、ちょっと大変なのですが仕方がない。

 夜は昨日買った鰯を蒲焼きにしてもらい、女将は蒲焼き丼で夕食を食べるのでした。珍しく出始めの里芋が安く手に入ったからと、少しだけ衣かつぎにしてもらい酒の友にしました。160円で買った鰯も昼に天麩羅にして夜は蒲焼きで、手間さえ惜しまなければ美味しく食べられるのです。高価な牛肉やお刺身も、たまには好いけれど、安く美味しく食べるというのが蕎麦屋をしていた頃からの習慣になっているのです。手間のかかる料理は美味しいと思います。


10月27日 火曜日 朝から晴れて涼しい陽気…

 今朝は8時間以上も眠って7時前に目が覚めました。薄手のジャージに半袖のTシャツに替えて眠ったのが好かったのかも知れないと女将に言えば、「暑いとなかなか眠れないのよね」と言っていた。朝食の用意が調ってもまだ少し眠い亭主なのでしたが、食事を終えてひと休みしたら、8時半までに出さなくてはならない向こうの家の粗大ゴミを、ガレージから前の通りに出すために車で出掛けるのです。数があるから大変だったけれど全部出し終えて家に帰る。

 雲はあるけれど青空が広がって昨日よりは好い天気なのでした。隣の秋桜の咲く畑まで歩いて、写真を一枚撮ってきました。今日は食後に床屋に行く予定でしたが、9時からはWBCの第三戦が始まってしまうので、明日以降にすることにした。医者の薬がなくなりそうなので、昨日からネットで予約を試みているのだけれど、これは今週いっぱいもう満員で、なかなか予約が取れない。涼しくなって患者が増えているとは思えないのだけれど、不思議なものです。

 昼の支度をしながら厨房のテレビでドジャース戦を観るのです。いつも食事の時間が早くなるので、今日はゆっくりと用意をしていたつもりなのですが、野菜を刻んでこんそめスープを作り、蒸し焼きそばをレンジでチーンしたら後は炒めるだけだから、やはり早く出来上がってしまう。ソース焼きそばは女将の好きなメニューなのでした。青海苔を振り掛けて紅ショウガを乗せたら二人で美味しく頂くのです。午後は昼寝をする暇もなく野球中継を観るのです。

 ところがこのドジャース戦が6時間経っても決着が付かずに、夕食の買い物にも行かなければならなかったので、テレビを消すのでした。先日、行ったばかりのショッピングモールに向かって車を走らせ、女将と一緒に店内を見て歩く、夜は焼き肉の予定だったけれど、昼に肉を半分使ってしまったのです。代わりに牛肉とホルモンを買って、酒まで買ってきたから高い買い物になってしまった。帰ってみればもう試合は終わってドジャースの勝利だったのです。

 夕刻になって雲も晴れて、青空が広がっていた。亭主は帰宅後、早速、書斎のパソコンでYouTubeを見れば、延長18回の裏にフリーマンがホームランを打ったのでした。6時間半もの長い時間を選手も観客も大変だったろうと思いました。今日は床屋も行かずに昼食を夾んで、6時間以上もテレビを見続けたので眼が疲れた。夕食の前にここまでブログを書いて、これからいよいよ焼き肉の夜になるのです。久し振りだけれど、沢山は食べられそうにないのです。

 焼き肉の夕食が始まる前に、亭主はホルモン焼きをフライパンで焼いてもらい、キムチと一緒に一杯飲み始めていました。女将が来てご飯を食べ始めたら、いよいよ野菜と肉を焼くのでしたが、煙が立ちこめて少し煙たかった。と、いきなり「火災が発生しました」というアナウンスと共に、けたたましいサイレンが鳴り響くではありませんか。まだ、セキュリティーは掛けていないのに。初めての経験だったから、女将と亭主はオロオロとするばかりなのでした。

 セキュリティーのボードを見れば「火災」のランプが付いているので、音を止めるのボタンを押した。今度は電話が鳴ってセキュリティー会社の担当者が「今、警備員が向かっています」と言うので、事情を説明したけれどもう後の祭り。窓を開けて煙を出して、臭い匂いを追い払うのでした。考えたら蕎麦屋をやっていた時も、煙の出るような調理はしたことがないのです。すぐに駆けつけくれるのは安心だけれど、取り消しが効かないから大変なのです。


10月29日 水曜日 朝からまた野球中継を観てしまった…

 朝食を終えたらひと休みして、ドジャース戦が始まるまでにはまだ時間があったので、調整池の方まで散歩に出てみました。遠く駅の方面には高層マンションが建ち並んで、すぐ近くの公園の銀杏が色づき始めているのです。いつもならこの場所を左曲がってみずき通りにでるのですが、今日は右に曲がって森の中に入ってみたのです。あまり人が通らないらしく、藪に覆われて古いコンクリートの階段が草の中に姿を見せる。ここは市道のはずだけれど…。

 階段を昇って森を抜ければ、お花畑を耕しているお隣の庭先に、アスファルトの小径が続いているではありませんか。沢山の柿の木が枝もたわわに実を付けているのでした。右手には先年なくなったと言うお爺さんの古い立派な家が建って、左手の広い敷地には納屋や古い家屋の向こうに新しい家が建っている。これだけの広さの屋敷を管理するだけでも大変だろうと、人ごとながら心配するのでした。小径をバス通りまで出れば、もう我が家が見えてくる。

 平屋の建物は団地の中には少ない。店舗と奥の座敷の広さが同じだから、かなりゆったりとしているのですが、いざ住み始めればやはり窮屈なのです。まだ持って来た余分な椅子やストーブなどが、居間の部分に置いたままだから尚更なのです。ドジャース戦が始まってしばらくテレビを観ていたけれど、大谷選手が投げているからと途中まで観て、昼の支度をするために厨房のテレビに替えてまな板と食材を出す。中華鍋を出し、大鍋に湯を沸かしておくのです。

 始まってしまうと出来上がるまでが早いのが亭主の調理。今日も11時20分前に始めて、11時過ぎには湯麺が出来上がったのです。居間のテーブルに運んで女将と二人で食べ始めれば、ドジャースはどうも今日は分が悪い。ピッチャーの大谷選手も疲れているのか調子が悪い。結局、6対2で第四戦を落としてしまったから、亭主も落胆して次の試合に望みを繋ぐのでした。女将がスポーツクラブに出掛けて、昼寝をしようと思ったけれど眠れなかった。

 剪定の依頼をした業者に電話をして、不在だったので先方からの連絡を待っていたら、来週の終末に剪定を市に来てくれると言うので、カレンダーに書き込んでおく。来週は医者に行ったり床屋に行ったり、クラス会に出掛けたりと何かと忙しいのです。昼寝も出来ずに時間をもてあまして、向こうの家に行って庭の植木鉢などを半分だけ持ち帰ってくる。植木鉢は水遣りが大変だと女将が言うけれど、ホースとシャワーを向こうから持って来たので大丈夫。

 夕刻になってまだご飯の時間までには間があったので、靴を履いて散歩に出掛ける。明日の朝は金ゴミを出さなくてはと思っていたら、女将が「第五週目はプラゴミだけなのよ」と言うから、仕方なく散歩に出たのです。コスモス畑に惹かれてバス通りをお袋様の家の方に折れ、駅前から続く中央通りまで歩いた。小学校の門のところまで来たところで、『これ以上行くと帰りが大変になる』と思って引き返すのでした。坂道だから下りは楽だけれど帰りが大変です。


10月30日 木曜日 今日は朝から青空が広がって快晴でした…

 昨夜もドジャースが負けたと判っていながらも、MLBのニュースを見てしまい11時過ぎに床に入った。今朝は6時前に目が覚めて、すっきりとした気分でプラゴミの袋を集積場まで運んで行ったのです。東の空はうっすらと雲がかかって日の出もおぼろにしか見えなかったけれど、朝から青空が広がって快晴なのでした。隣のお花畑を臨めば、昨日のうちに耕した畑には何やら種が蒔かれて、次の花の準備が終わっていたのです。寒いけれど気持ちの好い朝です。

 朝食のおかずはほっけの塩焼きに大豆の煮物とキュウリの糠漬けでした。朝は焼き魚や煮魚などが多いのですが、朝食べた方が健康に良いのだとか。若いときには、朝から肉を食べたがったものですが、この歳になると朝では重たすぎるのです。一日の運動量がずっと減っているから、食事も少しで好い。ただバランス好く食べることが大切なのだそうです。食後に飲む薬がなくなりそうなのに、やっと取れた医者の予約は来週の初めなのでした。

 食後はドジャース戦が始まるまで、近所をぶらぶらと歩いて写真を撮っていた。サツマイモ農園の後ろになってしまった昔からのお向かいさんの畑には、コキアが色づいて赤くなり始めていた。日当たりが好いので、早く植えた秋桜はもう終わりの頃なのです。森の手前には沢山の柿の木が植えられているのですが、今年は豊作らしく、びっしりと実を付けていました。広い畑には様々な野菜が作られているけれど、みんな自分の家で食べる物ばかりらしい。

 その隣の広い畑は、サツマイモ農園が借りている畑で、この時期はもうサツマイモが掘り出されて、毎日、出荷する仕事に追われているようです。トラックに積んで運ぶ様子が、このところ頻繁に見られるのです。40代の若旦那とスタッフたちが、今日のように天気の好い日には朝早くから畑に出ている。今が一年で一番忙しい時期らしい。肌寒いけれど陽射しがあるので、薄着のままあるいていたけれど、そろそろドジャース戦が始まるだろうと家に戻る。

 ところが、試合は始まってすぐに先頭打者にホームランを打たれて、続く二番打者にもホームランを打たれる始末。今日も分が悪そうなので、途中で揚げたてのトンカツを買いに、亭主一人で隣町のスーパーに出掛ける。酒のつまみと煙草もついでに買って帰った。スパゲッティーは作るのが簡単だから、厨房のテレビを見ながら、昼の支度を始めるのでした。茹でたてのブロッコリーとトマトを添えて、スパゲッティーボロネーズの出来上がりです。

 WBCの第五戦では、ドジャースが昨日よりも惨憺たる負け方をした。食休みをしたら女将と、向こうの家に行って捨てる金物類や埋め立てのゴミなど、細かな荷物を車に積み込んだ。そして、植木鉢やプルメリアや青年の樹なども植木鉢のままトランクに載せたのです。更に車の後部座席には、蕎麦屋開業の前に使っていた蕎麦打ち台を、縦にして入れるのでした。もう10年以上も使っていなかったけれど、捨ててしまうと蕎麦が打てなくなるので困るのでした。

 40分ほどで荷物の積み込みは終わり、こちらの家に戻って使う物だけは下ろさなければならない。紙ゴミ、缶ゴミ、プラゴミ、金ゴミ、埋め立てゴミなどは、次の回収の日までトランクに入れたままになるのです。今日はスコップを忘れたので、もう芽が出ている水仙などは、この次に行った時に植木鉢に移し替えて持ってこようかと思っている。午後の3時過ぎまでテレビで洋画を一本観て、女将が買い物から帰るのを待つ時間にブログを書き終えました。


10月31日 金曜日 天気予報がずれて朝だけは晴れていた…

 今朝も7時間以上は眠って快適に目を覚ましました。新聞を取りに玄関を出れば、東の空には真っ赤に燃えるような朝焼けが見えるのです。もう6時になろうというのにまだ陽は昇らない。昨夜の予報では朝から雨と言っていたのに、変わりやすいのが秋の空なのかも知れない。ワールドニュースを見て女将が厨房に入るのを待つけれど、今日は昨日のおでんと炊き込みご飯の残りだから、ゆっくりと登場するのでした。熱々のおでんは味が染みて美味しかった。

 いつまで経っても片付かないカウンター…。料理本や美術館の本など、大きすぎて本箱には入らない書籍がカウンターの隙間に立てかけられている。どこに掛ければいいのかまだ判らない額が幾つも置かれたままで、石版に描かれた日本画の桜は箱の蓋を開けて置いてある。カウンターは長く広いから、ちょっと物を置いておくのには好いのだけれど、いつまでも置いたままではやはり片付かないのです。その下には石油ストーブが三つも置いてある。

 9時半を過ぎたので、プールの用意をして車に乗り込んだら、みずき通りを下って中央通りまで進む。立体駐車場の入り口を入るところで、女将から電話が入って「プールの道具をカウンターの上に置いたままなのよ」と言われた。またやってしまったと、今来た道を戻って自宅に帰るのでした。もう一度出直してプールに着けば、もう沢山の人が泳いでいるではありませんか。人の少ない「ゆっくり泳ぐコース」に入って、ゆっくりとクロールで泳ぎ始めるのでした。

 プールサイドに上がったところで、昔の水泳部の部長の奥様とばったり出会って、しばし立ち話をする。ご主人はもう定年になっているのだとか。蕎麦屋を止めた話をすれば、「暇になっちゃうと時間をもてあますわよ」と言われる。今年、古稀を迎えたという奥様もとても若々しかったので、「お互いに元気で好かったね」と言って別れるのでした。家に戻って、二人を知る女将にも話をすれば、「もうそんな歳なんだね」と自分たちの老いたのも忘れて言うのでした。

 昼は久し振りに焼きうどんにしたのですが、沢山の野菜に肉を入れて塩味で炒めたのですが、とても美味しく食べられたのです。今度は12時過ぎに女将はスポーツクラブに出掛け、雨が降るかも知れないからも洗濯物は軒下に干したし、折りたたみ傘を持ったと言っていた。亭主は奥の座敷で昼寝でもしようと思ったら、まったく眠くならずにまた起き出してテレビで洋画を観るのでした。この午後の時間の使い方を少し考えないと、やはり暇をもてあますのです。

 外は雨が降りだして、これでは散歩にも行けないと、居間のソファーに座って物思いに耽る。午前中にプールで泳いだ後だから、身体は疲れているはずなのに、集中力のない頭だけが妙に冴えているのでした。本棚に無造作に並べただけのアルバムなどを整理すれば好いのだけれど、そんな気にもなれない。女将が雨に濡れて帰って来て、熟しすぎた柿を剥いてくれた。向こうの家の電気を止めた方が好いのだけれど、トイレも電気がないと使えないのです。

 やっと夜の支度が始まって、亭主はコンロや皿や箸を用意して、今夜のおかずを待つのだけれど、5時を過ぎてもまだ夕食は始まらない。仕方がないから、ギターを取り出して「夜が来る」を歌ってみたけれど、すぐに飽きてしまう。ツーフィンガーで Don’t think twiceのイントロを弾いてみても途中で指が動かなくなる。リハビリにはまだまだ時間がかかるのだと実感するのでした。明日は天気の好い土曜日らしい。朝はまず散歩から始めるのでしょう。

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2025年10月中旬



10月10日 金曜日 秋らしい晴天の昼の涼しさで…

 夜の10時台に床に入って、朝は4時台に目覚めるという生活が続いています。朝方が冷えるというので、長袖のジャージを着て眠ったら、朝はそれでもまだ寒いくらいでした。今日の朝飯前のひと仕事は、燃やせるゴミの袋を4つ集積場まで運んだら、向こうの家に行って土鍋やらすき焼き鍋やらを持ち帰ってくることでした。朝食はたまにはお魚を休みにして、大根とツナ缶の煮付けとじゃことピーマンの小鉢に、出汁焼き卵とブロッコリーとトマトのひと皿。

 天気予報の通りに青空が広がって爽やかな朝になりました。駐車場のキンモクセイが開けた窓から居間の中にまで薫るのです。向かいのサツマイモ農園の倉庫と事務所の建設がいよいよ動き出して、今日は足場を組む作業が行われていました。その向こうにあるコスモスの畑が見えなくなるのが少し寂しいけれど、若い人たちが新しい事を始めるのは素晴らしいと、眉を細めて見守っています。ドジャース対フィリーズの試合が始まって、しばしテレビに釘付け。

 昼の用意をする前に、昨日の間に伐採した月桂樹の木を少し細かく切ってやろうと、チェンソーを抱えて南の庭に出る。30分ほどかけて短い枝に切り分けたら、あとは業者に任せるつもりなのです。今日は動いても少しも暑くないから、外の作業をするにはちょうど好いのでした。手を洗って厨房に入り、玉葱、人参、オクラ、シメジ、ニラを冷蔵庫から取り出して、昼はカレー炒飯にすることにしました。カレー粉と塩だけの味つけでスープにはワカメも入れた。

 昼食を終えても一向に眠くならないので、向こうの家から持って来た水道の分岐栓を取り付ける作業を始めました。何十年も前に昔の家のウッドデッキを作った際には、ステンレスの流しを付けて水道そのものを漬け替えたものですが、今となってはもう面倒で出来ないから、蛇口に分岐栓を付けて水を撒くホースを取り付けるのです。恰好は悪いけれど、これで水撒きと普通の水道として使えるので、便利なのです。外で作業をしていたら蚊に食われて大変。

 女将がスポーツクラブから帰って来たら、亭主は煙草を買いがてら、向こうの家に行って庭で使っていたフェンスと植木鉢を持ってくる。昔の蕎麦屋の外観を少しだけ変えて、一般の住居だと判るようにしたいという願いから、アルミのフェンスを張り巡らせたのです。季節になったら蔓の伸びる植物を植えて、少しは見てくれをよくしたいという思いからなのでした。この時間でもまだ蚊に刺されて痒い痒い。蚊も元気になる季節なのでしょうか。

 今日はLINEで高校時代の友人達で作る会の連絡が来た。蕎麦屋の注文以外にはほとんど使った事がないので、どうやって返信したら好いのかも判らない。時代の流れと没交渉なのも好いような悪いような。蕎麦屋を開業した時には皆で来てくれたから、なんとか参加したいとは思うのですが、明日は一日中雨だと言うから、少しやり方を研究してみよう。他に家の中で出来ることは、本棚の整理や捨てる物の分別ぐらいしかないのです。まだまだ片付かない。



10月11日 土曜日 朝から寒く、冷たい雨が降って…

 今朝は今季で一番寒かった。居間の部屋も暖房を入れて、温かい蕎麦茶を飲むのでした。夕べは風呂から上がって、四つ切りのパンを焼き、バターを載せて牛乳を飲みながら食べたら、何時の間にか眠くなっていました。時計を見ればまだ9時だったけれど、眠気には勝てずにそのまま床に就いたのです。今朝は外が薄明るくなってから目が覚めたから、最近では珍しく8時間も眠ったから驚いた。向かいのサツマイモ農園の向こうのコスモスの花が綺麗です。

 雨が降っていては向こうの家に行っても、何も運んでこられないから、今日は一日作業はお休みということにした。外は20℃まで気温が上がらないので、家の中も22℃止まり。冷たい雨がシトシトと降っているので、電気を付けないと家の中も暗いのです。夕べはしっかりと8時間睡眠を取ったから、朝食を食べても眠くならなかった。晴耕雨読ではないけれど、今の自分に一番足らないのは運動だろうと、雨の中をプールに行くことにしたのです。

 すっかり紅葉したみずき通りを通って、駅前から続く中央通りに出れば、今日は土曜日とあって少し車が混んでいるのでした。タワー駐車場も連絡通路のある2階はほとんど空きがなかったけれど、なんとか車を停めてスポーツクラブまで歩くのです。まだ10時前だったから生活用品を扱う店は開いていなくて、途中からエスカレーターで3階に上がり、地元の建築業者の通路を通って、またエレベーターに乗ってやっと4階の入り口に辿り着く。

 更衣室に入って水着に着替えてもまだ10時前だったから、プールに続く通路は開いていなかった。待つ間に柔軟運動をして、ドアの鍵が開けられたらすぐにプールサイドに出る亭主。シャワーを浴びて歩くコースの階段を下りたら、25mは歩いて水の中を進むのです。スイミング教室の子ども達が離れたコースで準備運動をしたいた。まだ誰も人がいないから、ゆっくりと背泳ぎや平泳ぎで25mを泳ぐ。すぐに他のお年寄り達が入って来たので普通に泳ぎ始める。

 雨の日だったからあまり人は多くなかったけれど、久し振りのプールなのですぐに上がってしまいました。それでも身体を動かしたので気分が好かった。昼食の支度までにはまだ時間があったので、帰りに地階のスーパーに寄って、野菜や夜の食材を買うのでした。あまりにも今日は寒いのでおでんの具材を買って、女将に頼んで夜はおでんにしてもらおうと思ったのです。家に帰れば女将は部屋で片付け物をしていた。食材を渡して冷蔵庫にしまってもらう。

 午後は少しだけ寝室のベッドで横になり、ひと眠りしたら女将と一緒に向こうの家に行って、片付け物をするのでした。今日は一日中雨だったので、女将も家で自分の部屋を片付けていたから、洋服を掛けた物干し竿が重みで外れてもなおしようがなく、そのままになっていた。釘と金槌は向こうの家だったから、ついでに持って帰って直してやるのでした。押し入れに入れる衣装ケースも空の物を使えるようにしてやった。これで少しは片付くのではないか。

 4時を過ぎたら亭主は待ちきれなくなって、厨房でおでんを煮ている女将のところに何度も顔を出す。寒いから蕎麦湯を作って今夜は蕎麦焼酎にしようと準備をするのでした。やっとおでんが出来上がり、熱々の具材を皿に取って食べる。今日は本当に寒い一日なのでした。長袖の上にジャンパーを着込んでもまだ寒かったのです。明日は晴れ間も出ると言うから、少しは作業も進むのではないかと思いながら、二人でテレビを観ながら夕食を食べるのでした。


10月12日 日曜日 朝から曇り空で涼しい一日でした…

 今朝は6時前の車外温度が16℃で、かなり涼しい朝でした。朝飯前のひと仕事に向こうの家に行って、まだ持って来ていない荷物を車に積み込むのです。すっかり空になっていると思った台所の棚の上に、ガスコンロが入っていたり、焼き肉用の鉄板が入っていたりで、玄関に出して車に積み込む準備をする。義父母の仏壇のあった脇の壁には、二人を囲んだ家族の写真が掛けたままだったので持ち帰る。沢山あった一人用の鉄鍋と七輪も一つだけ持って帰る。

 向こうの家の庭には、まだ葵や木槿の花が咲いて朝露に濡れているのでした。何十年も手入れをしてきた庭の木も、あと少しでお別れだから、心寂しい気持ちは否めない。家に帰って朝食を食べ終えたら、今度は女将が午前中に向こうの家に行くというので、亭主も車で荷物を運ぶ準備をする。ウッドデッキと居間の間に作った棚には、一度も使っていないコールマンのバーベキューセットがあったのです。高級な備長炭も二箱も使わないで取ってあった。

 家に持って帰った荷物は、置き場所を決めるまで取りあえずカウンターの机の上に置いておくことにする。新しい家の押し入れもまだ整理していないから、どれだけ入るのかが判らないのです。バーベキューセットと備長炭は、隣近所のアウトドア好きらしい家にもらってもらえるかと、声を掛けてみようかと思う。11時前になったので、亭主は厨房に入り昼飯の支度を始める。野菜と肉を刻んで今日は焼きそばにすることにしたのです。コンソメのスープも作る。

 食後はしばらくカブスとブリュワーズの試合をテレビで観ていたけれど、途中で眠くなったので寝室のベッドで横になる。1時間ほど眠ったら目が覚めて、女将の部屋に行けば「そろそろ行きますか」と言われてコーヒーを淹れて飲んだら、また車に乗って出掛ける。埋め立てゴミの袋を8つ車に積み込んで、玄関の廊下の突き当たりにある物入れを片付け始めるのでした。分別しなければならないから、女将と二人でゴミ袋に入れて半分ほど片付けた。

 加湿器やらグラインダー、ノコギリ、外壁の吹き付け器など、40年近い昔の道具が大事に取ってあったのです。その他に細かなものが沢山あるので、女将も疲れたらしく「後は明日にしましょう」と言うから、すぐに帰る準備をするのです。LINEの連絡が次々と入って、皆さん再会を楽しみにしているようなのだけれど、日にちは決まっても何時に何処へ行けば好いのかが判らないのでした。明日にでもまた聞いて見よう。夜は夕飯を食べながらテレビで巨人とDeNAの試合を観るのでした。他に土日はあまり見る物がない。


10月13日 月曜日 スポーツの日は昔の体育の日だったかな…

 最近は9時に床に就いて、翌朝の4時台に起きる習慣が付いてきた。まるで古代人のような生活だけれど、体重は確実に落ちてきている。夜中にものを食べない習慣が出来てきたのです。102歳で亡くなった祖母が、夜の8時から眠って朝の4時に目が覚めると言っていたのを思い出す。90歳をとうに過ぎたお袋様も、同じように早く床に入るのだと聞いて、健康のためにはいいのかも知れないと思うのです。しかし、また少し明るくなるのが遅くなったようです。

 5時を過ぎても外が明るくならないから、随分と日の出の時刻が遅くなった。5時半になってやっと薄明るくなって、燃やせるゴミを沢山車に積んで向こうの家まで出掛けるのでした。ゴミの集積場にゴミ袋を置いたら、散らかしたままの昔の家に行って、段ボールを潰して紐で括っておく。廊下の突き当たりにある物置の荷物は、今日の午後に女将と来て片付けの続きをしなければならない。分別の作業が思ったよりも大変で、何種類もの袋が必要なのです。

 家に帰って朝食を食べたら、今日はお袋様と買い物に行く日だから、いつもの時間に電話をして迎えに行く。「涼しくなったねぇ」と言いながら車に乗り込んできたお袋様を乗せて、まずは農産物直売所に向かうのでした。すっかり顔馴染みになった若い店員の女性が「お早うございます」と元気な挨拶をしてくれた。ナスとトマトと人参だけをもらって、隣町のスーパーに向かうのです。三連休の最後の日だったけれど、駐車場も空いていて人も少ないのでした。

 昼の支度は亭主の仕事で、今日は涼しいから天麩羅を揚げて、茹でた冷凍うどんを冷たい汁で食べることにした。揚げたての天麩羅はとても美味しく、ナスとオクラと生椎茸と海老を二つずつ揚げたけれど、二人でぺろりと食べて仕舞うのでした。食後はお茶をもらって寝室のベッドで1時間ほど昼寝をする。目を覚ましたら、女将が柿を剥いてくれて、いよいよ午後の仕事に向こうの家に二人で出掛けるのです。1時間半ほど頑張って、ゴミ袋を車に積みました。

 3時を過ぎたので家に帰ろうと車に乗れば、庭の真っ赤な紅葉葵とピンクの葵が綺麗に咲いているではありませんか。朝に見た時はまだ花が十分に開いていなかったのです。家に帰って女将に話しをしたら、彼女も気が付いていたらしく「私を忘れないでと言っているようね」と、新しい家の庭に移植する花の中に含めて好かったということになる。移植と剪定の作業は10月の中旬からと言うから、そろそろ業者から連絡があっても好い頃なのです。

 家に帰ってくれば、朝からブログに手を付けていなかったので、新しい書斎に入ってパソコンに向かう。本棚を二つ入れて、まだ蕎麦打ち室の冷蔵庫が一つ入っている。まだ行き所のない蕎麦屋時代の椅子も置いてあるので、とても狭く感じるのですが、すべてが片付くまで当分はこの環境で暮らさなければいけない。向こうの家も少しずつは片付いてると考える方が前向きだろう。明日は女将が仕事の日だからと思っていたのですが、まだ手本が届いていないというから、また向こうの家に行って廊下の物置の片付けが出来る。


10月14日 火曜日 今日も曇り空で涼しい北風が…

 今朝は目が覚めたらもう6時半なのでした。夕べは寝そびれてしまって、11時前から始まるワールドスポーツのニュースを見てしまったから、ますます目が冴えてしまったのです。何度も床に入って眠ろうとしたけれど眠れずに、とうとう起き出してテレビで洋画を一本観てしまう。昨日までの理想的な睡眠生活は脆くも崩れた形なのでした。厨房で朝食の支度をしてくれていた女将の作った物を、箸を並べてからテーブルに運ぶ。亭主の希望で卵はバター味。

 今朝はゴミを捨てる仕事がなかったから、早めに着替えて朝の散歩をするのでした。秋桜の花の咲き乱れるバス通りを越えて、お袋様の住むマンションを越えれば、駅前から続く中央通りに出る。真っ直ぐな並木道の景観は曇り空でも美しい。広い調整池を回るようにゆっくりと歩いて行く。軟骨の潰れた右足の親指の調子はまずまずで、少し慣れれば普通に歩けそうなのでした。これからの生活で毎日30分ほどかかるこのコースを歩くのも好いかも知れない。

 家に戻ればMLBのロスアンゼルスドジャース対ミルウォーキーブルワーズの試合が始まっていたので、途中まで居間のソファーで観て、後は厨房のテレビで昼食の支度をしながら観るのでした。昼食はいつも麺類ばかりという女将の言葉で、急遽、カレー炒飯にして冷蔵庫にあった野菜と肉を切って、こんそめスープを作り、20分ほどで出来上がる。中華鍋を使って炒めるのは亭主の得意技。今日の米は地元の農家が作る新米だったので、少し水分が多く焦げた。

 食後はお茶をもらって野球の結果も気になったけれど、奥の座敷に入ってベッドで横になる。夕べの寝不足のせいか、今日は1時間半も眠ってしまったのです。女将のスポーツクラブの予約を取る時間になって、女将が襖を開けて「お願いします」とやって来た。柿を剥いてお茶まで入れてくれる。2時半前には向こうの家に出掛けて、廊下の物置の片付けの続きを始めるのでした。約1時間の作業で片付けと分別を終えて、物置の中は空になったのです。

 燃えるゴミは明日の朝に出すから、車の中に積み込んだのだけれど、明後日の埋め立てゴミの袋が沢山入っているから、全部は載せきれなかったのです。金物、埋め立てゴミ、段ボール、燃やせるゴミと分別するのが大変で、袋を並べて次々と入れていくのでした。先日も出した埋め立てゴミの残りがあったので、額に入った写真を取り出し、ガラス部分は埋め立てゴミの袋に、木と紙の部分は燃やせるゴミの袋煮入れるのです。こちらの積み込みは明日にする。

 家に帰って4時。朝が遅かった分、今日はあまり何も出来なかった気がするのです。新しい家に持って来た荷物も、空いている場所に置くだけの生活で、決して片付いているわけではない。庭の剪定と移植の作業が終わって、向こうの家の引き渡しが終われば、少しは気持ちも落ち着くのでしょう。7月の末から初めて、3ヶ月の時間はとても長い気がするのでした。夜はジャガイモのバター焼きと切り干し大根にエノキの肉巻きが出て、焼酎の炭酸割りを飲む。


10月15日 水曜日 長袖で寝てもまだ寒い朝なのでした…

 夕べは風呂上がりに体重を計ったら、やっと80kg台から抜け出して、79.3kgまで落ちていたから、朝の散歩が効いたのかと嬉しい。9時半には眠くなって4時半前に目覚め、いつものペースに戻ったのです。気をよくして温かい蕎麦茶を作って飲むのでした。暖房を入れなければ寒くていられないほどの気温で、身体を温めて明るくなるのを待つのです。今日は燃やせるゴミを出す日だから、車の中に積んである8袋のゴミを集積場まで運び、向こうの家に行く。

 粗大ゴミに出す壁紙や障子紙を束ねて紐で括り、燃やせるゴミはまた車に積んで集積場に持って行く。家に帰ってもまだ6時過ぎだったから女将は部屋で寝起きのヨーガの最中。亭主はまた少し眠くなって、暖房を入れた寝室でベッドに横になったら眠ってしまうのでした。女将に起こされて朝食を食べる。7時半には食べ終えて、さあて何をしようかと考えるのでした。食後の腹ごなしに、昨日から始めた朝の散歩をすることにして、家を出たのです。

 昨日と同じコースを歩くのも景色が変わらずに面白くないから、今日は家の西の小径を歩いて階段を下りて、長い坂道を下ってワンブロックが切れるところまで歩き、みずき通りに出てまた昇って来るコースを歩いたのです。登りの坂道は右足に負担がかかるので、早くは歩けないからゆっくりと景色を見ながら歩くのでした。同じ町なのに見る方向が違うといつも見慣れている景色が変わって見える。新しい家まで約20分。昨日よりは短いコースなのでした。

 毎日ゆっくりとでもこのくらいの距離を歩いていれば、そのうちに右足の潰れた軟骨も回復してくるだろうか。医者に「手術をしなければ治りません」と言われたのはもう7年前のことだ。その医者kのいたクリニックもとうに閉院してしまったから、新しい整形外科に行かなければならないのです。紅葉もそろそろ終わるハナミズキの通りを上って、バス通りに出れば新しい我が家はすぐそこです。それにしてもジャンパーを着ているのにとても寒い朝なのでした。

 家に帰ればちょうどドジャース対ブリュワーズの試合が始まっていた。亭主は居間の大きなテレビでしばらく観たら、昼の支度があるので厨房の小さなテレビに切り替えて、野菜を刻むのでした。今日は久々にスパゲッティーナポリタンを作ることにしたのです。ワカメとエノキと玉葱でコンソメスープを作り、炒めた野菜に茹でたスパゲッティーを入れてケチャップだけで味付けをした。亭主は食べる直前にソースを少し入れて、懐かしいナポリタンを食べる。

 女将は少し休んでからスポーツクラブに出掛けた。2時間近く前に家を出るのは、歩いて行くので30分はかかるからなのだそうな。それからストレッチをして教室の始まる時間を待つのです。亭主は昼寝も出来そうにないので、酒や煙草を買いに出掛けて、帰りに向こうの家に寄って全身を写す鏡を持ってくる。窓だらけの居間には掛ける場所がなかったけれど、何とか書斎と洗面所の間の壁に掛けるのでした。そして長い午後は、いよいよギターを取り出して、硬くなった指を動かして「夜が来る」を歌ってみたのです。


10月16日 木曜日 今日も昨日と同じように寒い朝でしたが…

 夕べは10時半に床に入って今朝は5時半に目が覚める。これが一番理想的な睡眠の形なのです。今朝の朝飯前のひと仕事は、プラスティックゴミと車に積んだままの埋め立てゴミを集積場まで運ぶこと。30分もあれば終えられると熱い蕎麦茶をすすって目を覚ます。無事に仕事を終えたら家に帰って、女将の用意してくれた朝食を食べるのです。今朝はホッケの塩焼きがメインディッシュで、糠漬けのキュウリと切り干し大根が付いてちょうど好い量なのでした。

 食事を終えてひと休みしたら、女将が買い物に行こうというので車に乗って隣町のスーパーに出掛ける。今日は安売りの日ではなかったけれど、家に食べ物がなくなったのだと言う。最近は、お袋様と出かける月曜日以外に、もう一日買い物に行かなければならないというのが分かった。二人で三度三度ご飯を食べるから、おかずの材料が足りなくなるのです。歩いて出掛ける女将では、持ちきれない荷物は亭主が車を出してやらなければいけないのでした。

 向かいのサツマイモ農園の事務所と倉庫の建設が、いよいよ本格的に始まった。若旦那が「煩くなるけれど済みません」と挨拶に来た。倉庫にするので少し背の高い建物になるらしいけれど、事務所は二階建てになるのかしら。職人さん達が柱を組み立てて行くのを見ているのが楽しかった。11時前になったので、今日は寒いからと湯麺と餃子にすることにして、野菜を刻んで中華鍋で肉と炒めてスープと一緒に煮込んでいく。野菜が多いので満腹になったのです。

 ポットに作った蕎麦茶を二人で飲んで、亭主は奥の寝室に入って横になる。どのくらい眠ったのか、「すみません。お願いします」と女将に起こされた。スポーツクラブの予約の時間なのでした。いまだにスマホの使い方を覚えようとしない彼女に、返す言葉もなかった。しばらく椅子に座ってボーッとしていたけれど、テレビを見る気にもなれずに、コーヒーを淹れての飲むのでした。まずは煙草を買いに行って、向こうの家に寄って来週捨てる金物を積み込もう。

 バス通りから一度曲がってみずき通りに出れば、すっかり紅葉したハナミズキが見事なのでした。突き当たりが駅前まで続く中央通りだから、新しい家はわかりやすいのです。信号で止まればちょうど下校途中の小学生達がたくさんいて、信号の向こうの家はこの何日かで取り壊しを終えたらしい。40年以上もあった家が取り壊されるのも時代の流れで、人ごとではないのです。どんどん新しい家が増えているから、ここの団地を「千年都市」と呼んだのも頷ける。

 家に帰れば女将はまだ仕事中で、亭主は冷めた珈琲の残りを飲みながら、サツマイモ農園の事務所の建設作業に見入っていた。今日撮ったブログの写真を選び、ブログを書き始める時間なのでした。今日は昔来たことのあるらしいお客さんが、いきなり玄関を開けて入って来たから驚いた。「もう蕎麦屋はやっていないの?」「3ヶ月前に店を閉めて、今は普通の家なのです」と応えて帰って頂いた。フェンスや洗濯物がぶら下がっていても、気軽に入れるものなのか。

 4時半を過ぎた頃には、亭主はそろそろ腹が減って、ワイングラスに氷を入れて夕食の食卓の準備を始める。女将が部屋から出て来て「今日はイカを焼いて、トマトと小松菜で好い?」と言うから、亭主は「イカのげそは茹でて山葵で食べよう」と応える。今年はイカが高かったから、なかなか食べる機会がなかったのです。「昔は大根と煮たりよく食べたわねぇ」と女将も言うので、沢山出ていたイカを買ってきて好かったと思うのでした。旬の食材なのです。

 キムチを肴に焼酎の炭酸割りを飲んだ頃に、イカのげそが茹で上がって出て来たので箸を伸ばす。続けていよいよイカの本体がだいぶ縮んで焼き上がったので、生姜醤油で頂くのでした。「懐かしい味だわね」と女将が言って、「昔は買った方が安いから、釣り舟に乗ってもイカは狙わなかった」と亭主が応える。毎週のように船釣りに出掛けた日々が思い出された。冬場の脂ののったイサキなどが沢山釣れた日には、近所の奥さん達がボールを持って我が家の前に集まったほどなのです。懐かしい昔に乾杯なのでした。


10月17日 金曜日 朝から青空が広がって久し振りの陽射し…

 久し振りに青空が覗いて陽射しが眩しかった。向かいのサツマイモ農園の事務所建設は、骨組みだけが一日で出来上がっていた。今日は燃やせるゴミを出す日だったので、厨房の入り口に出されたゴミ袋を集積場まで運んで行った。まだ6時過ぎだから、通りには人気もなくゴミ袋も少しだけしか出ていなかったのです。隣のお花畑には青空に色とりどりのコスモスの花が映えていました。我が家の駐車場も朝日を浴びてなかなか好い感じなのです。

 今朝は7時過ぎからドジャース対ブルワーズの第三戦目が始まるのでしたが、ロスアンゼルスとの時差はどのくらいあったのだか。テレビを点ければ、向こうはまだ明るい午後なのでした。グランドを守る選手達の影法師は長く、大勢の観衆がスタンドを埋め尽くしているのです。5万6000人も収容できると言うから、東京ドームよりも10000人も入る計算です。大谷選手が3塁打を放っって、べッツが二塁打を打ち1点入るところまで見てテレビを消しました。

 朝食には鮭の西京漬けを焼いて、出汁焼き卵と茄子焼きにぬか漬けのキュウリが出た。ドジャース戦も気になったけれど、少しは動かなくてはいけないと思って、近所へ散歩に出るのでした。隣のコスモス畑には、今が盛りとばかり赤やピンクの秋桜の花が咲き乱れている。バス通りをお袋様のマンションの方に歩いて、坂道を下って行けば中央通りにぶつかるから、これをまた左に折れて調整池の周りを行くのは、ちょっと遠すぎる気がするのでした。

 駅前の高層マンション群が見えるところまで来て、今日は止めておこうと今来た道を戻るのでした。それでも20分ほどは歩いただろうか、家に帰れば女将も秋桜の花を見に隣のお花畑まで出たのだと言う。「昼は何にしようか」と聞けば、「素麺がまだあるんじゃない」と言うから、昼飯は天麩羅を揚げて素麺を茹でて食べることにしたのです。タンパク質にはシーフードミックスを解凍して、掻き揚げにすれば好いのでした。早速、亭主が厨房に入って準備をする。

 新しく取り替えたガスコンロは「設定温度になりました」と、音声で知らせてくれるので年寄りには助かるのです。揚げた南瓜やかき揚げが「カリッと揚がっていて美味しいわ」と女将が言うのも、半分は新しいガスコンロのお蔭なのです。食後のひと休みをして、亭主はブログの写真を選んで書く準備を始め、女将はスポーツクラブに行く用意をしているのでした。朝のうちに出汁を取る準備をしておいたから、午後は鰹節と鶏肉を買いに出なければいけない。

 涼しくなる夜はまた茶碗蒸しにしてくれるように亭主が頼んだのです。午後は隣町のスーパーまで車を走らせ、鰹節と鶏肉を買って来る。家に着いたら早速出汁取りを始めて、小一時間掛けて一番出汁を2.5㍑、二番出汁を2㍑作るのでした。一番出汁の2㍑は蕎麦汁にして、0.5㍑を夜の茶碗蒸し用に取っておいた。今日は夕刻まで青空は続いて、爽やかな一日なのでした。夜は一緒に買って帰ったトンカツを切ってカツの卵綴じにしてもらおうと思ったのですが…。

 「朝も卵を食べたし、茶碗蒸しだから」と、女将に言われて、結局銀ダラを買って帰ったので、夜は銀ダラと茶碗蒸しと言うことになったのです。5時前からもう食卓の準備をした亭主は、トマトを肴にして焼酎と炭酸割りで一杯飲み始める。銀ダラの煮付けも茶碗蒸しもお腹に優しいから、ゆっくりと味をつて頂いたら、それなりに腹が満ちてくる。これで夜まで何も食べなかったら、また体重が減るのだろうか。明日は女将も休みだから一緒に向こうの家に行く。


10月18日 土曜日 プールに行った気怠い午後は…

 夕べは9時前に眠くなって床に就いてしまいました。ところが、案の定、12時過ぎに一度目を覚まし、また眠ったら今度は3時半に目が覚めたのです。もう寝眠れないから起き出して厨房で蕎麦茶を淹れるのでした。身体が疲れていないからか、羽布団を少し厚い物に替えたからか、夜に飲む酒が足らなかったのか、よく眠れない理由を考えるけれど、隠居の身分は一日中休みだからあまり深く考えないでいる。今日の午前中はプールに出掛ける予定なのでした。

 朝食は昨日買って帰って食べ損なったトンカツを卵で綴じておかずにした。干し椎茸と昆布を6時間も水に浸けて、鰹節を加えて出汁を取った味噌汁は、煮干しの出汁とはまた違ってとても美味しいのでした。元気を貰って食後はアメリカンリーグの第五戦をテレビで少し観て、ナショナルリーグは明日だろうと思ったから、9時半にはプールへ行く支度をして出掛けたのです。今日は昨日よりも少し暖かく、風は爽やかだったけれど陽射しはかなり強かった。

 天気が好かったので、タワー駐車場からプールに続く外の階段を昇って4階にあるスポーツクラブの入り口まで歩く。時間がかかるかと思って少し早く出たけれど、まだプールへの扉は解錠されていなかった。階段を下りたところでしばらくアキレス腱を伸ばしたり身体を捻ったりと準備運動をして、10時になって鍵が開けられたらプールサイドに出るのでした。誰もいないコースで背泳ぎから始めて平泳ぎ、少しして人が来たらクロールで泳ぐ亭主なのでした。

 帰りがけに地階のスーパーに寄って、女将が野菜が足りないと言っていたので、小松菜やモヤシと挽き肉を買い、ついでにシーフードミックスやラーメンとタレを単品で買って帰るのです。家に帰れば、女将が「野球やっているわよ」と言うのでテレビを点ければ、ドジャース対ブルワーズの第四戦が、1チャンネルでやっていた。BSばかりを気にして、番組表を見逃してしまったらしい。ラーメンを作って食べながら、ドジャースの優勝の瞬間を見たのでした。

 午後は昼寝をするのかと思っていたけれどなかなか眠れずに、女将がショッピングモールの本屋に行って帰るのを待って、向こうの家に行って片付けの続きをするのでした。一階の押し入れは綺麗に片付いて、木曜日に出す金ゴミは袋に入れて車に積み込む。二階の息子の部屋にだいぶ大きな荷物が残っているけれど、後は業者に任せてしまおうと二人で帰って来るのでした。夜は高野豆腐の煮付けと舞茸と豚のロース肉との煮物で一献。今夜は温かそうなのです。


10月19日 日曜日 秋風も爽やかな日曜日…

 朝食を食べ終えてひと休みしたら、今朝は西の小径を下に下りる階段を下り、散歩に出掛けるのでした。空は青く秋の雲が広がり、涼しい秋の風が吹き渡る。突き当たりには調整池があって、桜並木が綺麗に紅葉しています。日曜日の朝だから誰にも会わないと思ったら、以前蕎麦屋に好く来てくれていた亭主よりも少し年上の女性に出会って、しばし立ち話。どこまで正気なのか判らないけれど、今日もまた二年ほど前に亡くなったご主人の話を聞かされる。

 みずき通りに沿って家の前のバス通りへの坂道を昇れば、空には鯖雲が出ているではありませんか。ハナミズキの紅葉も今年はすっかり赤に染まって美しい。「気分転換に散歩にでも行ったら?」と言ってくれた女将に感謝しなければいけない。新しく始まった隠居の生活は、時間に追われることがないから、自分でこれをしようと決めておかないと、本当になにもしないで過ごしてしまいそうなのです。今日は野球の試合もないから、プールへでも行けば好かった。

 昼の支度が始まる頃にはやっと亭主のすべきことが見つかって、葱や南瓜を刻んでイカ・タコ・エビ入りのシーフードミックスを解凍する。蕎麦屋の時代に沢山仕入れた天ぷら粉は、小さな冷蔵庫の冷凍室にまだ沢山入っているのでした。一斗缶で仕入れていた胡麻油もまだもう少し残っていたので、銅の天麩羅鍋に注いで天麩羅を揚げ始める。蕎麦汁は先日作ったばかりだから、冷凍うどんを湯がいて皿に盛り付ければ、もう昼飯の出来上がりなのです。

 午後は少しだけ昼寝をして、女将と二人で向こうの家に出かけるのでした。一階の荷物はほとんど片付いているから、今日は二階の部屋に残った荷物を片付けなければいけない。段ボールで出来た衣装ケースは、亭主が階下の居間に持って行き、潰して紐で括る。女将は息子の部屋の押し入れに入れてあった、沢山の表彰状や展覧会に出品した書の作品を、ゴミの袋に詰め、出した箱は下に持ってくる。約1時間の作業で二人はもう疲れてしまうからお終いにする。

 車の中は明日の朝に捨てる燃やせるゴミの袋でもう一杯になる。二階の娘の部屋に置いてあった大型の裁断機は、車に積んで持って帰って来た。まだ4脚ほど残っている椅子も一つだけ持ってきて、亭主の寝室に置いた。隙間のある場所は、もうここしかないから、どんどんと荷物が増えて行く。3時を過ぎてこのブログを書き始めて、4時を過ぎたらまたギターを爪弾く時間になる。うまく指が動かないのがもどかしいのだけれど、女将が夕食の支度をするまで頑張るのです。「夜が来る」はなかなか好い曲です。

 

 

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2025年10月上旬



10月1日 水曜日 朝からあいにくの雨模様で…

 朝の4時からドジャース戦があると勘違いして、夕べは9時に床に入って今朝は4時に起きたのです。ところが、パドレスとカブスの試合であまり見たくはなかった。元来、それほど野球が好きというわけではないから、明るくなったら燃やせるゴミを積んだ車を走らせて、集積所まで出掛けるのでした。雨は朝からシトシトと降っていたから、ゴミを出し終えたら車庫に車を入れて、絵巻物の図鑑を新居に運ぶ準備をしました。また一つ押し入れが空になった。

 家に戻れば、女将が朝食の支度をしてくれていた。夕べ聞いたとおりに好物のナス焼きと脂の乗った塩鯖のおかずで、早くから起きていた亭主はご飯をお替わりするのでした。食後は奥の寝室で20分だけ眠って、9時から始まる保健所まで久々の遠出をして、営業許可証の返納をしてくるのでした。暗いロビーで細かな書類を見るのが辛かった。若い女性の職員が親切にも虫眼鏡を持って来てくれたのです。ついでに市の衛生協会を脱退する旨を窓口で伝える。

 これで当分保健所に来ることはないと、印旛の合同庁舎を後にするのでした。家に帰れば、女将が向こうの家に行って来たらしく、沢山の荷物を持って帰ってくる。書道の道具も持って来ていなかったので、こちらで仕事が出来ていなかったらしい。「ドジャースの試合をやっているわよ」と女将に言われてテレビを点ければ、大谷選手がホームランを打った後だった。昼の素麺を茹でながら、厨房のテレビを観て、食べながら居間のテレビを観る亭主なのでした。

 今日は朝早くからFacebookののマークが幾つも点いて、見れば大學時代の現代文学研究会の友人たちが、お誕生日おめでとうとメッセージを送ってくれた。最近、Facebookを始めたばかりだから珍しいらしい。中には「そろそろ蕎麦屋へ行って一献」とブログまでは読んでくれていないのでした。小学校時代からの友人からもメールが届いて、こちらは「引っ越しの途中」と健康を気づかってくれるから嬉しいのでした。元気を貰って午後のひと仕事に出掛ける。

 煙草を買って昔の家に寄れば、玄関に女将の荷物が置かれているから車に積み込む。居間の部屋においた座椅子も、もう使わないから蕎麦屋に持っていっても好いだろうと車の中に。最後に残ったのは絵巻物の重たい図鑑を積んで、家に帰るのでした。縦に入れる本棚がなくなったので、玄関に置いてあった黒の書棚をベッドの上に置いた。疲れたので並べるのは明日以降にしよう。随分と本を捨てたから、寝室の書棚にはまだ隙間があった。埋まる予定はない。

 障子も破れたままで張り替えてもいないけれど、南の庭の剪定作業が終わる頃には新しく貼らなければならない。今月の半ばからは頼んである業者が向こうの家の花木を移植する予定だから、その前にはこちらの庭の木も切り倒しておかなくては。もう少しで終わるとは思うのだけれど、精神的な疲れはもうピークに達しているのです。老人の住む家の引っ越しには三ヶ月は見ておかないといけないと、業者も過去の経験から知っていたのだろうか。


10月2日 木曜日 気温は16℃、霧の朝…

 夕べも9時半に床に就いて、今朝は5時過ぎに目が覚めました。今朝はプラスティックゴミと埋め立てゴミを出す日なので、沢山の荷物を車に積んだまま集積場に向かうのです。外はとても涼しく霧が出て、ジャージの長袖長ズボンで出掛けたのです。まだ時間が早かったから、人気のない集積場で荷物を降ろし、そのまま旧宅に行って朝飯前のひと仕事を始めるのでした。水中カメラやストロボなどの小型家電を透き通った袋に詰め、最後の衣類を仕分ける。

 それでも6時半前には家に戻り、持って来た荷物を寝室に入れ、使っていた衣装ケースを玄関の前に置いて、雑巾で埃を拭くのでした。7時前になったら「お早うございます」と女将が厨房に現れ、朝食の用意を始めてくれる。今朝は脂が乗って美味しそうな鮭の西京漬けを焼いて、お新香と湯がいたピーマンに鰹節をまぶした小鉢とともにご飯を頂くのでした。食後のお茶をもらって、亭主は奥の寝室でベッドに横になって1時間ほど眠るのです。

 朝の新しい居間は広い窓から陽が差してとても気持ちが好い。大きな家から運んだ応接セットは少し大きすぎるけれど、新しいものを買うのも大変だから、なんとか詰めて置いて、あちらこちらに座って暮らしている。休憩するときは回転椅子に、横になるときには長椅子に、すぐ動きたいときにはテーブルの椅子に座るのが好い。夫婦二人きりだから決して狭くは感じないのです。食後のお茶を飲むのにも、女将はお茶の茶碗を持って自分の部屋に入ってしまう。

 やっと昨日書道の道具を持って来たので、今日は午後から女将の仕事が始まる。ドジャース戦が始まる前に、週の半ばの買い物に二人で隣町のスーパーに出掛けました。空は青く晴れて天気も好く、風も涼しいから気持ちの好い季節になったのです。女将が買ってきた物を片付けたら、今度は亭主が厨房に入って昼飯の準備をする。先日のカレーが残っていたので温めて味を調え、買ってきたカツを載せて、ミニトマトを幾つか添えてカツカレー。

 ドジャース戦を厨房のテレビで観ながら調理をして、食べるときには居間の大きなテレビを点けて観ながらの昼食なのでした。午後は女将が習字を始めるので、亭主は向こうの家に行って、昔の書斎の押し入れの中を綺麗に片付け終えるのでした。古いパソコンやノートパソコンだけは捨てることが出来ないもの。ドライボックスの水中カメラ類もゴミして出す準備を終える。あれほど夢中だった水中カメラも、今となっては宝の持ち腐れなのです。廊下の突き当たりの押し入れの下にあるキャブ用品類だけがまだなのです。明日は夕刻に医者の予約があるだけで、まだ何をするのか決めていない。


10月3日 金曜日 朝は涼しく、昼はまだ蒸し暑い秋の日…

 今朝も涼しい朝でした。5時前に目覚めてコーヒーを一杯飲んだら、燃やせるゴミを捨てるために、向こうの家に寄って集積場に出掛ける。ご近所の奥さんに会って挨拶を交わしたら、家の鍵を開けて車に燃やせるゴミの袋を積み込むのでした。捨てるゴミ袋も段々と少なくなっているから、来週、金物類を捨てれば、ほぼ終わるのではないだろうか。残ったのは息子の部屋のサーフボードやあちこちの部屋の衣装箱ぐらいだろうか。終わりが見えて来た気がする。

 家に帰れば女将がもう厨房に立って、朝の食事の支度をしてくれている。居間の一角には朝日が当たって、窓を開ければ涼しい空気が流れ込んでくるのでした。狭くなった居間とはいえ、朝の元気をもらうには十分なのです。と、女将が厨房で騒ぎ出す。「ナスとピーマンと肉の味噌炒めを作ったら、蓋が開かなくなったのよ」見ればフライパンの内側にぴったりと入り込んで、どうにも動かないのでした。上から被せる大きめの蓋なのに、使い方を誤ったのです。

 冷やしても叩いても取れそうになかったので、代わりに納豆を食べて朝食を終わらせる。食後のひと眠りをした亭主は、煙草が切れたのでコンビニまで買いに出る。今日は曇りだという天気予報だったのに、朝のうちは日が出ていたのです。家に戻って午前中のうちに、東側の庭の草取りを始めました。見たこともないような植物が大きく伸びて、抜くのもやっとと言うほど太くなっていた。半分ほど抜いたら、もう汗をかいて、続きはまた明日ということにする。

 カブスとパドレスの試合をテレビでやっていたので、厨房のテレビを点けて観ながら、昼食の支度をする亭主。今日は少し風も涼しい昼だったから、沢山の野菜を入れて湯麺にすることにして、肉と野菜はすべて炒めて水溶き片栗でとろみを付けた。ニンニクと豆板醤を加えて食べた亭主は、食べ終わるともう額から汗が噴き出して、「今日は暑い」と言い出す始末。実際には車外温度も26℃だったから、それほど暑いわけではなかったのです。

 午後は女将がスポーツクラブに出掛けている間に、寝室のベッドに横になって昼寝をするのでした。女将が「暑い暑い」と帰って来たら、柿を剥いてもらって二人で食べる。「今日は医者に行く日でしょ」と言われてハッとした亭主は、血圧と尿酸値の薬をもらいに行くのに、予約を取っておいたのを思い出す。どおりで何もしないで時間があるなと思っていたのです。4時半過ぎに医者に出掛けて、30分ほど待って久し振りに先生に会って話をするのでした。

 隣の薬局に寄って薬をもらい、家に帰ったのは5時過ぎでした。これでまたひと月は医者に行かなくて済む。インフルエンザの注射をしないかと言われたけれども、何処にも出掛けないからと断ったのでした。実際、亭主が外に出て人に接するのは、煙草を買いにコンビニに行く時と、週に二度買い物に行ってスーパーの店内を歩く時だけなのです。明日は雨だと言うけれど、曇っているという朝のうちに、東の庭の草取りの続きをしようと思う。


10月4日 土曜日 朝は晴れていたのに、午後からは雨で…

 夕べは10時に床に就いたのに、午前2時前に目が覚めた。眠れないのでコーヒーを淹れて飲む。朝の5時前に横になれば朝食の時間までぐっすりなのでした。これで朝飯前のひと仕事は出来なくなった。朝食を食べ終えたらまた眠くなって少しだけ横になる。10時前に女将と向こうの家に行って、木曜日に捨てる金物を透明の袋に入れて車に積み込むのでした。トランクはそれでもういっぱい。今朝は使うこともあるかと鍬やシャベルを積んで家に帰りました。

 今日は雨が降ると言うので、玄関の軒下に作った物干し台が役に立っている。今日はMLBの試合がないので、ゆっくりとした午前中なのでした。11時になったら亭主は厨房に入り、野菜を刻んで焼きそばを作る。レンジで焼きそばをチーンしてもらい、炒めた肉と野菜の上に載せて、少し水を入れて菜箸でほぐしていく。蓋をして十分にキャベツなどが柔らかくなったら、粉末のソースを入れて出来上がり。シマダヤの焼きそばは味も好いし麺も美味しいのです。

 涼しくはなったけれど、雨が降ったので東の庭は半分だけ草取りをしたままで、濡れたくさがまだ続いているのでした。明日も曇りになったので、次はいつ作業が出来るかと思うのです。向こうの家は、だいぶ片付いては来たけれど、ストーブや扇風機はまだ運んで来ていない。玄関の廊下の突き当たりにある押し入れは手つかずのままなのです。「やっぱり広い家は物を置く場所が沢山あったのね」と女将も今更ながらの感心をするのでした。

 午後は昼前から『南極物語』という30年ほど前の日本映画を一本観て、女将と向こうの家に行って片付けをする。以前の書斎へ続く廊下の突き当たりの押し入れは、上の段は片付いたのですが、下の段にはダイビングや釣りやキャンプの用品が詰まっている。整理箱にきちんと入っていたので、一つ一つ押し入れから出して、分別のゴミ袋に詰めいく。二人で片付けると早いもので、1時間ほどで作業は終わるのでした。またゴミ袋が沢山玄関に並ぶのです。

 明日は女将が午後からスポーツクラブがあるので、朝のうちに亭主が来て燃やせるゴミの袋を集積所に運ばなくてはならない。木曜日の金物のゴミ袋でいっぱいの車のトランクに、まだ積み込めるだろうかと心配になるのです。夕食は昼の焼きそばが凭れたので、女将は冷蔵庫に残っていた自家製の焼売を蒸かして、亭主は冷凍食品の鶏の唐揚げをチーンして、二人とも枝豆を添えて軽く食べるのでした。勿論、亭主はそれだけでは足りないから、風呂から上がって厚切りの食パンを焼き、バターを載せて食べるのです。お腹が膨れたらすぐに眠くなって、9時半には床に就くのでした。


10月5日 日曜日 朝から陽が出て暖かな一日でした…


 夕べも9時半までは頑張って起きていたのですが、このところの習慣でどうしても眠くなる。あとは何時まで眠れるかで、今朝は4時まえに目が覚めたのです。7時間近く眠ったから、十分な睡眠時間だけれど、コーヒーを淹れて飲んでもまだ眠気が覚めない。椅子に座っているだけでは、どうしても身体が目覚めないのです。女将が起き出してきたら、昨日向こうの家から持って来た掃除機を出して、床の掃除を始めるのでした。確かにこれだと目が覚める。

 東側の庭の草取りの続きもしなければならなかったが、そこまでは動き出す元気が出ない。箸を並べたら朝食のおかずをカウンターまで取りに行って、女将が味噌汁とご飯を運んで来てくれた。7時半からはドジャース戦が始まるので、居間の椅子に座って亭主は動こうとしない。今日は大谷選手が先発の投手なのです。一回が終わったところで、眠気が襲ってきたので奥の居間に行ってベッドに横になる。1時間ほど眠ったらちょうど試合は佳境を迎えていた。

 午前中に女将は向こうの家に行って、細かな片付け物をしてきたらしい。亭主はドジャースがフィリーズに勝つ最後まで野球を観てしまったので、早めに厨房に入って昼の支度を始めるのでした。大鍋に湯を沸かして冷凍うどんを湯通しする準備を整えたら、銅の天麩羅鍋で冷凍の春巻きを揚げていく。お椀や箸を準備しているところに女将が「今日は随分と暑くなったわね」と行って帰ってきたので、蕎麦汁を出して昼の食事を始めるのでした。外は晴れていた。

 午後は昼寝をせずにブログを書き始め、女将のスポーツクラブの予約を取ったら、柿を剥いてもらってひと休みです。女将が美容院に出掛けたら、亭主は東の庭の草取りの続きを始める。90㍑のビニール袋を出して、先日刈った草を詰めて行くのです。綺麗に取れなかった下草もあるから、袋はすぐにいっぱいになってしまう。30分ほど作業をしたら、もう汗をかいてひと休み。残り半分の草取りをする元気はもうなかった。無理をしないようにここで止める。

 次に車で向こうの家に行って、玄関の出口に積み上げた燃やせるゴミの袋を車に積み込む。明日の朝に出すゴミなのですが、木曜日に出す金物のゴミ袋が積んであるので、トランクが目一杯になってしまいました。プラスティックの衣装ケースを二つだけ後部座席に積み終えたら、新しい家に帰って降ろすのでした。4時過ぎまでかかって作業を終えたら、すっかり汗をかいてしまったので、居間の椅子に座って冷たく冷えた蕎麦茶を飲むのです。

 5時過ぎに女将が帰って来たので、やっと夕食の支度が始まるかと待ちきれなくなって、亭主は昨日の残りの焼売や肉豆腐の残りをチーンして、酒のつまみにして焼酎の炭酸割りを飲むのでした。明日は朝一番で燃やせるゴミを集積所に運び、朝食を終えたらお袋様と買い物に出掛ける予定。冷蔵庫の中にもう食べ物がなくなったから、果物を含めてまた沢山買って来なければなりません。午後は向こうの家の玄関の突き当たりにある戸棚を整理したい。


10月6日 月曜日 今朝は昨日よりも暑く感じた…

 夕べは風呂から出て8時半にはもう眠くなってしまった。テレビを観ながらウトウトしている自分に気が付いて、ベッドに入るのでした。だから今朝は3時過ぎにはもう目が覚めてしまう。何をするにもちょと早すぎるので、厨房に入ってコーヒーを淹れ、昼の飲み物として蕎麦茶を作っておくのでした。朝は昨日よりもかなり暖かく、ハーフパンツと半袖で十分な気温。少し明るくなったら、車でゴミの集積場まで出掛けて、7袋もあるゴミをすべて出して来た。

 家に帰ればちょうど朝食が出来たところで、今朝は銀ダラの煮付けとナス焼きなのでした。あまり美味しかったので、自分でお釜まで行ってお替わりをする。今日はお袋様と一緒に会のに行く日だから出掛けようとすれば、女将が買い物メモを書いてくれたが、その他に米とトイレットペーパーも買ってきて欲しいと言う。一人では到底、持てそうにない量だけれど、農産物直売所で精米して、隣町のスーパーで残った品を買ったら、ちょうどお金が尽きた。

 青空が覗いて、昨日よりもかなり気温は高かったのです。重い荷物を持って家に帰れば、女将が車まで食材を取りに来てくれた。トンカツを買って帰ったので、昼はスパゲッティーを茹でてミートソースにしたのです。知り合いの農家で出していたオクラを茹でたらとても柔らかいので女将も驚いた。朝採りなのと大きくならないうちに採るから、いつもここのオクラは柔らかい。ヤンキースとブルージェイズの試合は、13対7でブルージェイズが勝ったらしい。

 女将がスポーツクラブに出掛けた午後は、奥の座敷のベッドに横になって1時間ほど昼寝をする亭主。東の庭の草取りの続きをしようと思っていたら、雨が降りだしてきたので思いとどまる。明日の朝には再開しないといけないだろうと、またテレビを点けて観ていた。今日は向こうの家にも行かずに、しばしの休養日なのでした。夕方になってまた晴れて来たけれど、もう草取りは出来ない。下の通りに住む例の小母さんがやって来て、今日はお休みですかとまた言う。店を閉めて3ヶ月目なのに、どう考えてもおかしい。


10月7日 火曜日 朝からどんよりと暗い空でした…

 やっと普段の生活に戻って、夕べは10時半に就寝。今朝は4時半に目が覚めた。少しは動かなければと、明るくなるまでコーヒーを飲んで、歩いて向こうの家に出掛けるのでした。目的は外の水道に取り付けてある二股の蛇口を取り外して、新しい家に持って帰ること。蛇口の口径が違って前の家から持って来たホースが使えないのです。ウッドデッキを作って流しを取り付けた頃の随分と昔のことだから、新しい家の外の水道に上手く繋がるのか判らない。

 夜明け前のみずき通りは、赤く色づいた花水木の並木が、まだ薄暗闇の中に沈んでいた。帰りにはもうすっかり明るくなったけれども、雲が重くのしかかっているのでした。家に戻れば女将が厨房で朝食の用意をしてくれていた。亭主は箸置きを出して箸を並べ、お新香や小松菜のお浸しを出して、鮭の西京漬けが焼き上がったら、味噌汁と共にテーブルまで運ぶのでした。女将が冷凍してあったご飯をチーンして持ってくれば、二人の朝食が始まるのです。

 食後はドジャース対フィリーズの試合が始まって、少しだけ観たらもう眠くなったので、奥の寝室に入ってベッドに横になる。1時間ほど眠ったら、女将はもう洗濯物を干し終わって、向こうの家に行ってくると言って出掛けて行くのでした。亭主は東側の庭の草取りの続きを始める。30分ほどでやっと綺麗になって、ビニール袋はいっぱいになるのです。あとは隣の家との境に置いてある大きなポットを、どうしたら好いものかと思案に暮れるのでした。

 郵便局へ葉書を出しに行くと言って出掛けた女将も帰って、そろそろ昼の支度をしなければならない時間となりました。モヤシが買ってあったから、今日は少し涼しいので湯麺にしようと決め、野菜を切ったりお湯を沸かしたりして、亭主は厨房で忙しく動いています。塩も使わずにシマダヤの湯麺のタレと薬味だけ入れて、肉と野菜とを炒めて蓋をするのです。中華鍋の中で蒸して人参やキャベツが柔らかくなり、丼に湯を入れて麺を茹で、具材を載せれば完成。

 午後は女将が部屋にこもって書道を始めるから、亭主は奥の寝室でひと眠りして、2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を取り終えたら、向こうの家に行って燃やせるゴミを車に積み、必要な物を取ってくる。だいぶ片付いたとは言え、細かな物が沢山残っているから、手ぶらで家に帰るわけにはいかないのです。今日は脚立と剪定の長ばさみ、紙ゴミを入れていた少し大きなゴミ箱を持って帰ってきた。車のトランクは金ゴミも積んであるので一杯なのです。

 帰りがけに住み慣れた旧宅の全景を写真に撮ってみた。7人で住んでいたから、増築した書斎の部分を含めて、かなりの広さなのです。土地は新しい家の方が車が3台停められる分だけ広いのです。40年以上住んだから、相当な分量の荷物があった。それもこの三ヶ月で何とか片付きそうなのです。衣類を含めた家財道具の半分以上は廃棄した。だいぶ身軽になったので、これからの生活が楽しみなのです。その前に、まだやるべき事がいろいろあるから大変です。


10月8日 水曜日 見渡せば、すっかり秋の景色になって…

 今朝も涼しい朝でした。明るくなったので車で向こうの家に行って、まずは下駄箱の中の靴を袋に入れて持ち帰る準備をする。半分以上は廃棄したのだけれど、新品の運動靴や黒の革靴などは取っておいたのです。それから居間の戸棚の中に残して置いた、高級な湯飲みや値段の高かった急須などを、車の助手席に積んで家に帰るのでした。みずき通りはすっかり紅葉して、空には雲一つなく、朝日が昇ってくる時間でした。女将が厨房で朝食の支度をしている。

 今朝のおかずは鯖の塩焼きと茄子焼きにお新香。千切り大根と油揚げの味噌汁も美味しかった。お替わりをしたいところだったけれど、苦しくなるといけないので我慢する。食後は1時間ほど横になって、9時に目が覚めて洗面を済ませる。今日は南側の庭のタラの木を伐採する予定だったので、チェンソーを押し入れから出して、延長コードを付けて外に出る。棘に気をつけながら、一気に根元近くから切り倒していく。久し振りに隣のお花畑が見えるのでした。

 思ったよりも時間がかからずに、わずか30分の作業だった。切り倒した枝は、業者に頼んで持っていってもらおう。根っこから抜いてもらわないと、後を花壇として使えないから、せめて伐採だけでもしておこうと思ったのです。残るはいよいよ月桂樹。3mほどに育っているから幹も太く切るのが大変そうだけれど、明日の台風が過ぎたら作業に取りかかろう。サツマイモ農園の向こうには、コスモス畑が広がり、森の手前には柿の木が沢山実を付けている。

 ちょうど昼の支度を始める時間だったので、亭主は厨房に入って野菜を切り始める。今日は久し振りに焼きうどんにするのでした。本当は蕎麦粉が残っているので、蕎麦を打てば好いのですが、一度しまい込んでしまった蕎麦打ち道具を、押し入れから出すのが面倒でつい安易な食材を使ってしまうのです。肉とキャベツとオクラを切ってフライパンで炒めたら、隣の火口で湯通ししていた冷凍うどんを加えて、皿に炒めればソース味だけの焼きうどんの完成。

 食べ終えてもまだ12時だったから、昼寝をするにも時間が早すぎて眠くならない。向こうの家に行って荷物を運ぶにも、明日出す予定の金ゴミがトランクに一杯詰まっているので、次の荷物を入れられないのです。仕方がないからヤンキーズとブルージェイズの試合の最後を観れば、なんと6点差を追い上げてヤンキーズが勝ったではありませんか。勝負は判らないものです。女将はスポーツクラブに出掛けていたから、亭主一人でぽつねんとしていました。

 手持ちぶさたなので玄関を出て、家の周囲を歩いてみたら、駐車場にあるキンモクセイの香りが漂って本当に秋らしい雰囲気なのでした。西の小径から今朝伐採した南の庭を見れば、女将の部屋の前に洗濯物が干してあるのが見える。その向こうにある月桂樹の木を明日の朝には切り倒そうと考えているのです。明日の予定は、早朝に金ゴミを集積場に降ろしたら、ストーブをトランクに積んでこちらの家に持ってくる予定。朝食後のひと眠りを終えたら伐採作業。


10月9日 木曜日 佐倉は台風の影響もわずかだったらしく…

 昨日の予定通りに今朝は朝飯前のひと仕事に、金ゴミとプラスティックゴミを集積場に出したら、前の家に行ってストーブや扇風機を車に積んで家に帰るのでした。部屋数が多かったからストーブの数も多いのだけれど、新しい家では一つあれば十分なのです。向かいのサツマイモ農園の事務所で使ってもらえないかと、聞いて見ることにして、家に帰ればもう女将が朝食の支度をしてくれていた。カウンターからテーブルに亭主が料理を運び、二人で朝食にする。

 昨日と同じ鯖の塩焼きだったけれど、今日はナス焼きの代わりにオクラが刻まれて出て来た。歳を取ったせいか亭主はこれでも十分な量のおかずなのでした。あまり身体を動かさないから食欲も湧かないのだろうか。短い距離も車で移動しているから尚更なのです。食後はお茶をもらったら寝室に入ってひと眠り。1時間ほど眠ったら洗面をして、女将が洗濯物を干し終えたら、隣町のスーパーに買い物に出掛けるのでした。冷蔵庫の中には食べる物がなくなった。

 9時半には家を出て、10時過ぎには戻ったので、亭主は懸案の南の庭の月桂樹を切り倒す仕事を始めるのでした。風が強くなったら危ないかなと思っていたけれど、それほどでもなく30分ほどで3mはある高さの木を根元からばっさりと切り終えた。風で飛ばされてはいけないので、細かく切るのは明日の仕事にして、始まったドジャース戦を観るのでした。11時過ぎには厨房に入って、肉と野菜を切り分けて、昼食には買って帰ったソース焼きそばを作る。

 ひと休みしたら女将と向こうの家に出かけて、片付け物をする。片付けても片付けても捨てる物が出て来るばかりで、今日は高いところにある昔はよく使った小型の七輪やお盆などを亭主が取って、女将がゴミ袋に詰める。台所の食器棚の上に残っていた皿や湯飲みなども、踏み台に亭主が上って女将に手渡すのです。ついでに居間の部屋のグラス棚に残っているワイングラスや徳利なども、みんな埋め立てゴミの袋に入れてもらうのでした。

 戸棚はすっきりと綺麗に片付いて、あとは本当に廊下の押し入れだけになる。今度の週末にまた女将と来て片付ければ好いと思うのです。二人で仕事をすると、重い荷物を棚から下ろしたり、力仕事は亭主がやって、袋に詰めたりする細かな仕事は女将がするといった具合に、分業で出来るので効率がいい。袋に詰めたゴミはまた明日亭主が来てゴミに出す。午後の2時には家に戻って、亭主はブログを書き始める。女将は郵便局に作品を出しに行くのでした。