2025年7月中旬



7月10日 木曜日 午前中は晴天で暑く、午後は雷雨の天気…

 昨日の計画通りに5時前に目覚めて、30分だけドジャース戦をテレビで観たら、蕎麦屋に出掛けて紫陽花の花を切った。それだけで90㍑のゴミ袋が一杯になったから、相当に枝が伸びていたのです。夏場に草木の剪定をするのは、歳を取ったせいか、思った以上に大変なのでした。エアコンを入れておいた店の中に入り、厨房で出汁を取る。沸騰する直前に火を止めて、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのでした。500gだから30分もかからなかった。

 出汁取りと蕎麦打ちをいっぺんに出来たのも、蕎麦の量が少ないから。今日は加水率40%でしっかりとした蕎麦が打てたから、嬉しかったのです。やはり水を減らすと硬く仕上がるから、包丁切りをしてもエッジの効いた蕎麦が出来る。ただ500gだから力を入れるのも少しの時間なので、量が多くなると大変な作業になるのです。歳を取ったら歳を取ったなりに、蕎麦の打ち方も変えていかなくてはならないのかも知れない。お客が多くてはこうはいかないだろう。

 今日は蕎麦が上手く打てたと言うのに、午前中から蒸し暑くて陽射しは強く、前のバス通りにも人影がなかった。昼過ぎに、このところ毎日のように来てくれる宅配の若者が玄関から入って来て、今日は荷物もあるんですよと、蕎麦農場からの重たい荷物を持ってきた。野菜が入っていますと張り紙がしてあったから、何だろうと家に持ち帰って開けてみたら、ジャガイモが沢山入っていたのです。夕方になって雨が上がったからと、女将がお袋様の所にお裾分け。

 亭主が昼寝から目覚めた頃には、もの凄い音で雷が鳴り響き、雨も随分と降った様子。パソコンでネットに接続しようとしたら、繋がらないのです。夜までかかってやっと復活したから好かった。雷で停電になったせいなのだろうか。書斎のパソコンも年代物だからそろそろ買い換えなくてはならないのですが、使えるうちはとついつい出費を控えてしまう。蕎麦屋に引っ越す機会に新しくしてもいいのかも知れない。明日の天気はどうなるのか、予報もころころ変わるから、当てにならないのです。


7月11日 金曜日 風は北風、涼しすぎて、お客も来ない…

 今朝も5時起きだったけれど、昨日はお客が少なかったから、今朝は蕎麦打ちをしないと決めていた。6時まで居間の部屋でコーヒーを飲みながらゆっくりと休んで、蕎麦屋に出掛けるのでした。今日は西側の小径に伸びた木槿の枝を切って、径の端に生えた雑草を刈る作業をしようと考えていました。90㍑のゴミ袋が一杯になるまで約30分間作業を続ける。枝は袋に詰め込んだけれど、刈った下草までは入らなかったので、そのまま残しておきました。

 家に帰れば女将が台所に立って、朝食の支度をしていた。店で残った古くなったナスを炒めて、ニンニクで食べたけれど、やはり野菜は新鮮な方が美味しい。もっと早く出してくれれば好かった。文句も言えないから、黙って食べるだけ。食後は書斎に入ってひと眠りした。9時まで眠って、洗面と着替えを済ませて、再び蕎麦屋に出掛けていく。北風のせいか、曇り空で随分と涼しいのが気になった。遅い梅雨寒の到来なのか。今日もあまりお客は期待できない。

 それでもいつもの時間に宅配の青年がやって来て、今日もいろいろと沢山注文してくれた。寒いから冷たい水は要らないと言って、鴨南蛮の大盛りを頼まれた。彼が帰る頃に、二人連れの男性がやって来て、天せいろととろろ蕎麦を頼まれた。帰りがけに「お蕎麦が美味しかった。また来ます」と言われたので、今月いっぱいで店を閉めるという話をすれば、残念そうに帰って行かれたのでした。あと二週間あまりで営業を止めるのかと思うと、残念ではある。

 しかし、いつまでもだらだらと営業を続けても切りが無いので、7月一杯と決めたのです。定期便で頼んでいる宅配の醤油や調味料なども止めなければいけない。天麩羅油や天ぷら粉は、店を止めても当分は使い切れないほど残るのです。しばらくは、収入がなくっても二軒分の出費が続くから、きちんと無駄な出費を見極めておかなければならない。家に帰って蕎麦粉の支払いに郵便局に行き、夜に飲む酒がなくなったから帰りに酒屋に寄って帰る。


7月12日 土曜日 今日も涼しかったけれどお客は続いた…

 今朝も5時起きで5時半には蕎麦屋に出掛けました。昨日と同じく北風でかなり涼しいのですが、今日は少し湿度が高いようです。カウンターの上に干してある昨日の洗い物を片付け、空になった蕎麦徳利に鍋のまま冷蔵庫に入れてあった蕎麦汁を詰め、残った1㍑ほどの蕎麦汁は、予備として容器に入れて冷蔵庫に入れておきます。それから昨日のブログを読んで、やっと6時に蕎麦打ち室に入る。今朝は600gの蕎麦粉を計量して、40%の加水で捏ね始めました。

 生地の仕上がりは上々で600gなら腕にも負担がかからないから、気持ちよく伸して畳んで包丁切りが出来ました。切りムラもなく、ベストの状態で蕎麦が打てたので、今日は元気に営業を始められそうだと、帰りにコンビニに寄って煙草を買います。朝のお姉さん達は、亭主がいつも買う煙草の銘柄まで覚えていてくれて、今朝も三箱もらって家に帰るのです。女将が朝食の支度をしてくれたので、食卓に座って野菜サラダと鰺の開きとらっきょうを食べるのです。

 今朝は何故か少し右膝が痛いのですが、いつも何処が痛いと言っているのが嫌で、土曜日だから車をおいて歩いて蕎麦屋に出掛けたのです。幟を立ててチェーンポールを降ろし、看板を出したら厨房に入って、まずは蕎麦豆腐を仕込んでおきます。幟を出さないと車で走っていても見えないから、お客が気が付かないと言うこともあるかも知れないと、少しちぎれた幟でも出しておいた方が好いと思ったのです。野菜サラダは10時半前に盛り付けを終えました。

 暖簾を出して最初にいらっしたのは、股関節の手術をしたという奥様を連れたカレーうどんのお父様。2週間のリハビリを終えて、杖も持たずに車から元気そうに歩いて来たから、「退院おめでとうございます」と祝福するのでした。隣の町からわざわざ来ていただいて、ハラミの串焼きを出すのを止めたので、今日は鴨葱の塩焼きを頼まれて、奥様は辛味大根が美味しかったとまた頼まれる。店ももうすぐ終わるので、冷蔵庫にあった辛味大根を幾つか差し上げる。

 三人連れのお客が入って、お父様は温かい天麩羅蕎麦、息子夫婦はヘルシーランチセットと天せいろのご注文で、宅配の青年が少し遅れて入って来たから、店は急に忙しくなったのです。1時過ぎに皆さん帰られて、洗い物をしていたら、女性が一人で入って来て、亭主の真ん前に座るから誰だろうと思ったのです。聞けば高三の時に担任をした○○さんで、話しているうちに面影のある顔が懐かしく思い出された。もともと隣町に住んでいた子で、もう直ぐ還暦になるのだそうな。ついこの間のような気がするけれど、そんなに年月が流れたのか。「お店を止めてしまうのは勿体ない」と言われたけれど、事情を話してゆっくりと昔話をして帰られたのです。


7月13日 日曜日 蒸し暑さのせいか次々とお客が…

 夜明け前に雨の降った朝でした。5時に目覚めて、今朝はMLBを少し長く観てしまったので、6時前に蕎麦屋に出掛けたのです。蕎麦打ち室に入って今朝も600gの蕎麦粉を捏ねる。加水率は40%で、ちょうど好い硬さの生地が仕上がり、昨日に続いて蕎麦も上手く包丁切りが出来たのです。今日は12食の蕎麦を用意して、営業を始めるつもり。家に戻れば、女将が台所でジャガイモをシャキッシャキッと削っていたから、今日はハッシュドポテトだと分かった。

 昔はよく食べたものだけれど、最近、沢山のジャガイモを頂いたので、亭主が食べたいと言ったのです。スクランブルエッグが付いて、あっさりとした味のおかずなので、炊きたてのご飯が美味しかった。満足して書斎でひと眠りしたら、なんと9時まで眠ってしまったから驚いたのです。急いで洗面と着替えを済ませて、車でまた蕎麦屋に出掛ける。膝の具合があまり好くないので、お客の来る日曜日だけれど駐車場は2台しか止められなくなる。

 看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、厨房に入って浅漬けを盛り付ける。足りない分は大根のなた漬けを盛っておきました。野菜サラダを作り終わったら11時。カウンターの隅の椅子に座って休んでいたら、開店の15分前に車が入ってきた。10分前に暖簾を出して中に入っていただいたら、わずか10分の間に三組のお客がいらっして、ちょうど女将もやって来たので助かった。今日はいつもの開店の時間から随分と忙しかったのです。

 盆や皿を洗う暇もないほど次から次へとお客が入って、12時半には生舟の中の蕎麦がもう残り三束しかなくなっていた。いつも来る宅配の青年は、きっと駐車場が満杯で後から来るのだろうと思ったので、一人のお客は入ってもらって、二人連れのお客はお断りしたのです。案の定、1時前になって青年がやって来て、カウンターに座った二人のお客は、それぞれ大盛りのぶっかけ蕎麦を頼まれた。天麩羅の具材もなくなったので、水羊羹をサービスでお出しする。

 久し振りに12人のお客が入って、洗い物は山のようにあったのです。休み休み洗い物を片付けて、家に帰ったのは3時過ぎ。亭主はエアコンを効かせた書斎に入って、パソコンに向かい今日の売り上げを入力するのでした。蕎麦粉の代金はもう払い終えたから、後は仕入れの代金が残ればいいのです。来週は海老と山葵と鴨肉を業者に発注しなければいけないから、火曜日の仕入れは少しでも安くなるように考えなければいけない。夜は美味しい鰻重だった。


7月14日 月曜日 夜のうちにまた雨が降ったらしく…

 昨日はやはり疲れたらしく、汗ビショになった営業を終えて家に帰ってから、昼寝をしたにもかかわらず、夜は9時にはもう眠くなったのです。結果として、今朝は3時過ぎには目が覚めてしまう。コーヒーを沸かして飲みながら、居間の部屋で『カリー・スー』という何度も観ている映画をテレビでまた観てしまった。やっと外が明るくなったので、蕎麦屋に出掛けて昨日の沢山の洗い物を片付けて、洗濯物を干したら、明日のゴミ出しの準備をして来る。

 MLBの中継を観ながら朝食の食卓について、ドジャースのリードのまま書斎に入ってひと眠りする。今日は定休日とあってアラームもOFFにしてあったので、ゆっくりと9時過ぎまで眠ることが出来ました。起きてみれば、外は激しい雨。台風の影響らしく、一日中降ったり止んだりの天気らしい。10時半に蕎麦屋にリフォームの業者がやって来るので、早めに出掛けてコーヒーを沸かしておくのでした。無事に打合せが終わって家に帰ればもう昼の支度の時間。

 昼は女将が野菜と肉を切ってくれて、亭主はフライパンで焼きうどんを作る。その脇の火口で自家製の餃子を焼いて、二人で美味しく食べたのです。亭主は餃子を食べ過ぎて、ちょっと腹が凭れ気味なのでした。女将も面識のある業者との打合せ内容を話して、植木の剪定が今は混んでいて大変だと言われた事を話す。南の庭は何時の間にかジャングル状態になって、これを切り開くのには相当時間がかかると思えた。店を閉じたら暇も出来るから自分で出来るか?

 女将がスポーツクラブに言っている間に、亭主はまた蕎麦屋に出掛けて、段ボールを潰して明日の子ども会の廃品回収に出す準備をしました。古新聞も袋に詰めて車に積み込んでおく。明日の午前中に生ゴミを外のゴミ箱に詰めたら、午後には業者が持って行ってくれるはず。4時過ぎに家に戻って、ゆっくりと大相撲のテレビ中継を観るのでした。夕飯はお腹が空いていなかったから、鰻重ではなく亭主だけ蒲焼きを酒の肴にして焼酎を飲むのです。


7月15日 火曜日 今日も終日の雨で、時折激しく強く降った…

 夕べは10時前に今の椅子の上で眠り込んでしまい、これではいけないと布団の中で眠り直すのでした。ところがエアコンの予約したタイマーが切れるともう蒸し暑くなって目が覚めたから、再び居間に行ってテレビを点ける。何も面白い番組がなかったので、再び床に入ったらそのまま朝まで眠ることが出来ました。食堂に行けば、女将がもう朝食の支度を終えて、食べるばかりになっていた。米がなくなったから、今日は一緒に買い物に行くと言う。

 車の中から朝飯前のひと仕事で、蕎麦屋から運んで来た古新聞を束ねた袋と紐で縛った段ボールとを出して、集積所に持っていく。木槿の散った花びらを掃き集めて家の玄関まで運んでおく。朝晩女将が掃いているから、休みの時ぐらい亭主が代わりにするのです。
9時前に女将を車に乗せて、お袋様のマンションまで行って、お袋様も乗せて農産物直売所まで出掛ける。珍しく新米が出ていたのでここで精米してもらった。それから隣町のスーパーに行くのです。

 小雨が降ってはいたけれど傘を差すほどでなく、無事にお袋様と女将とを家まで送ったら、蕎麦屋に戻って買ってきた荷物を降ろすのでした。ところが途中から土砂降りの雨に変わって、まったく今日はこの繰り返しで、やはり本当の梅雨明けではなかったのです。買ってきた野菜類を冷蔵庫に収納したら、大根の浅漬けを準備して家に戻るのです。昼は二週間ぶりにスパゲッティーのボロネーズを食べた。いつも満腹になってしまうから、今日は一人800gにした。

 食べ終えて書斎でひと眠りしている間に、女将は、市がコミセンで実施する体幹を鍛えるピラティスとか言うトレーニングに参加するために出掛けるのでした。亭主は女将のスポーツクラブの予約の時間に寝過ごさないように、アラームをセットしておくのでした。無事に予約は取れて激しい雨の中を女将も帰って来たので、亭主は蕎麦屋に出掛けて、大根のなた漬けの本漬けを済ませる。キャベツとニンジンとキュウリの浅漬けも漬けようとしたら、ニンジンを買うのを忘れたことに気が付いたので、今日はもう終わりです。


7月16日 水曜日 今日は右膝の痛みに耐えかねて…

 夕べから右膝の痛みが増して、今朝はまず外科の予約から。6時にならないとweb予約が出来ないので、時計を見ながら待ったけれど、結局、今日も明日も一杯で金曜日の午後34番で予約が取れた。
膝の痛みをこらえながら、下駄箱や壁につかまりながら玄関を出てガレージまでの階段もウッドデッキの板に支えられて、やっと車に乗り込む。蕎麦屋に着いたら厨房に入って、水羊羹を作り、キャベツとキュウリとニンジンの浅漬けを仕込んでおくのでした。

 家に帰れば女将が朝食の支度をしてくれたいた。安売りではない鮭は身も柔らかく脂もあってとても美味しかったのです。食事を終えたら居間の部屋でお茶をもらって、足を引きずりながら書斎に入る。横になって休むのが一番身体に負担がかからないのです。膝も伸ばしている分には体重もかからずに痛くない。痛風の薬は毎日飲んでいるから、痛風の痛みであるはずはないけれど、医者に行ってみないと分からない。とにかくこの痛みを何とかしてもらいたい。

 9時過ぎまで眠って、膝を伸ばして眠ったからか、痛みは消えていた。しかし、立ち上がろうとするとまた痛いのです。思わず大声で叫んでしまうから困ったもの。また蕎麦屋へ出掛けなければならなかったけれど、しばらくはメジャーリーグのオールスター戦を観ていた。10時を過ぎた頃に、意を決して再び蕎麦屋に出掛けるのでした。この痛みで明日は本当に営業が出来るのだろうかと思った。天麩羅の具材を切り分けて11時過ぎには家に帰る。

 昼は素麺にすることにしてあったから、女将に頼んで汁を作ってもらった。いつもなら亭主が作るのだけれど、今日は膝が痛くてそれどころではなかったのです。膝の周りが赤く腫れて熱を持っている。明日の営業は女将がいるのでなんとか出来たとしても、金曜日は一人だから、とてもお茶出しや料理を席まで運べそうにない。気分が滅入るけれど、午後の昼寝をしたら、また少し痛みが治まったのです。女将がスポーツクラブから帰ってまた蕎麦屋へ行く。

 蕎麦汁の徳利が全部空になっているから、予備の蕎麦汁を詰めて一番出汁の予備で更に蕎麦汁を作っておく。そして蕎麦打ち室に入って600gだけ蕎麦を打つのです。膝を曲げたりしなければ、痛みもそれほどではないので、なんとか6束の蕎麦を打って家に戻る。車に乗り込むののにも膝を曲げるから、相当な痛みを伴うのでした。夜は昨日亭主が作っておいた焼売と、女将の作ったポテトサラダで焼酎を飲む。大相撲は横綱が二人とも負けたと女将が言う。



7月17日 木曜日 朝から蒸し暑い一日でした…

 今年は夏の前に駐車場の木々の剪定をしなかったから、枝がもう伸び放題に伸びている。朝の6時前だというのに余計に暑苦しく感じるのです。風呂上がりに膝に貼った炎症を抑える鎮痛湿布が効いたのか、痛みが昨日ほどではないのが嬉しい。ただ、膝を曲げるとやはり激痛が走るから、要注意なのです。新聞を取り出して店の中に入れば、もう暑さがこもっているから、エアコンを入れて扇風機を回す。厨房に入って小鉢を盛り付けておきます。

 6時になったら蕎麦打ち室に入って、600gの蕎麦粉を40%の加水で捏ね始める。室温は27℃、湿度は58%だから、今朝もちょうど好い硬さで生地が仕上がるのです。蕎麦玉にしてしばらく寝かせている間に、厨房に戻って昨日のブログを読み返す。煙草を一服して、また蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのです。硬さがちょうど好いから、綺麗な蕎麦か出来上がった。家に帰って女将の用意してくれた朝食を食べる。食後は書斎に入ってひと眠りです。

 再び蕎麦屋に出掛けて、厨房に入ったら、レンコンの皮を剥き、輪切りにして酢水で茹でる。薬味の葱を刻んで、大根と生姜をおろしてから、野菜サラダの具材を用意するのです。盛り付けが終わって10時半。天麩羅の具材を調理台に並べて、新しい油を天麩羅鍋に入れる。天ぷら粉も新しい袋を開けて、容器に詰めておきます。今日はテーブルを拭いて回るのは女将に頼んだので、椅子に座ってしばらく休憩するのでした。膝の調子はじっとしていれば痛くない。

 女将がやって来て暖簾を出してもすぐにはお客が来なかった。やはり外はかなり蒸し暑いのです。散歩で歩いている人の姿もない。やっとお客がいらっしたのは12時過ぎなのでした。リピーターのご夫婦で、今月で蕎麦屋を閉めるのを知っていた。帰りがけに奥様がお世話になりましたと挨拶をしていかれる。1時を過ぎてから、会社の宣伝を書いたワゴン車に乗って、若い男性がいらっした。椎茸を抜いた天せいろをご注文だったから、代わりにキスを揚げる。

 1時半になったので、女将のスポーツクラブの予約を取ったら、亭主もかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べる。女将は野菜サラダを持ち帰るために包み始めた。洗い物も少なかったから、簡単に終わるのでした。2時前になって、リフォームの業者が床やレンジフードの清掃の業者を連れてやって来た。厨房の扉を見る業者も来て、蕎麦打ち室の蕎麦打ち台を撤去する担当者も来た。いよいよ始まるのかという感じなのです。お盆の前は引っ越しも多くて忙しいらしいから、お盆を過ぎた辺りから作業を開始するのだろう。


7月18日 金曜日 今日は店を終えてから病院へ行って…

 アラームの鳴る少し前に目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲む。5時半には家を出て蕎麦屋に向かえば、雲は多いけれど青空が覗いて、晴れそうな天気なのでした。痛風の発作もピークを過ぎたのか、幸いにも仕事に出掛けようという気になるから不思議だ。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。このところ40%の加水で、好い蕎麦が打てているから嬉しい。今日は500g5人分だけ打ち足し、昨日の残りと合わせて13人分の蕎麦を用意したのです。

 家に帰る前にコンビニに寄って煙草を買ってみずき通りを戻る。青空が見えて陽も差している。梅雨もどうやら今日明日には明けそうなのです。朝食を食べ終え、ヒッチコックの白黒の映画を観ていたけれど、少しは眠らなければと書斎に入って20分ほど横になる。アラームでうたた寝から目覚めて、映画の続きを最後まで観たら、着替えと洗面を済ませて玄関を出るのでした。庭の葵の花が綺麗に咲いていたから写真に撮っておいた。紅葉葵はもっと高い所です。

 蕎麦屋に着いたらいつものように幟と看板を出し、チェーンポールを降ろしたら、厨房に入ってほうじ茶を沸かす。大根をおろしてブロッコリーとアスパラを茹で、レタスをちぎってキャベツを千切りにする。紫玉葱をスライスしたら、パプリカ、ニンジンを切って盛り付けに入るのです。今日は10時前に蕎麦屋の裏に住む小母さんがやって来て、蕎麦を二人分欲しいと言う。いつものことだから、蕎麦汁と一緒に用意してやれば、1万円札を出されたから困った。

 これから営業を始めようというのに、もう釣り銭が少なくなっている。家に電話して女将に頼んで細かな札を用意してもらい、車で急いで取りに行くのでした。ところが、昼を過ぎても昨日と同じでお客はなく、やっと宅配の青年が来てくれてほっとしたのです。あまりの暑さで家を出る人も少ないのかも知れない。1時半を過ぎたので、かき揚げを揚げて亭主も賄い蕎麦を食べる。早めに家に帰って、4時過ぎには病院に行かなくてはならないので、ひと眠り。

 4時を過ぎたら「病院に行く時間じゃないの」と、女将に起こされて、桃を剥いてもらって食べたら車に乗るのでした。午後の34番というのは、確か、5時を過ぎないと順番が回ってこないのです。待合室で待つ人もいなくなって、やっと名前を呼ばれたから、診察室に入れば、亭主が最後の患者なのか、今日は先生が椅子に座ってゆっくりと話をした。「店を閉める前に食べに行きますよ」と言って場所まで詳しく聞いたから、日曜日ぐらいには来てくれるかも…。


7月19日 土曜日 昼から急に混み出して大忙し…

 今朝も5時起き。医者の薬が効いたのか、膝の痛みはほとんど消えていた。コーヒーの代わりにブルーベリーのヨーグルトを飲んで目を覚ます。甘さに閉口して氷を入れたら随分と飲みやすくなったから不思議です。5時半に家を出て蕎麦屋に向かえば、朝からもう陽射しは強いのでした。厨房に入ってほうじ茶を沸かし、残ったお湯でコーヒーを淹れて飲む。今朝も600gの蕎麦粉を計量し、40%の加水で捏ねていく。室温が32℃もあったから少し柔らかくなった。

 家に帰って朝食の食卓につけば、昨日、亭主が買って帰った豆腐やもずくが出て、納豆まで付いたから嬉しかった。この何日間で膝の痛みに苦しんだから、女将に頼んで、忘れないうちにと食生活を改良したのでした。食後は居間の部屋でお茶をもらって、書斎に入って今朝も20分ほどうたた寝をする。洗面と着替えを済ませて、9時半前に玄関を出れば、庭の紅葉葵が真っ赤な花を咲かせていた。今朝の青空に映えて、いよいよ夏だという気になるのです。

 いつもと同じように暖簾を出したけれど、やはり暑いのか昼過ぎまでお客は来ない。と思ったら、昼からどんどんお客が入って、1時過ぎにはもう店も座る場所がないほど。後からいらっしたお客が駐車場がないと騒ぐ場面もあったりで、小さな蕎麦屋の哀しさで、どうにも仕方がないのでした。見渡せば、皆さんリピーターの方ばかりで、「今日は蕎麦はありますか?」と電話をくれる方までいらっした。最後に入ったご夫婦は、ニュータウンからいらしたとか。

 「器が素敵ですね」「天紙も季節に合わせてある」と細かなことまで気が付く奥さんが、カウンターに座って、「本当にお蕎麦が美味しい」と褒めていただいた。閉店の時間までお客がいたので、何時の間にか10人を超える人数が入って、蕎麦も二束しか残っていなかったのです。女将と二人で洗い物を片付けて、今日は3時を過ぎてしまった。家に帰って疲れたらしく「洗濯物も畳まなくてはいけないし、今日は買い物に行かないわ」と言うのでした。

 ひと休みした亭主はもう一度蕎麦屋まで出掛ける。昼に昆布と干し椎茸を浸けておいた鍋に火を入れて、小一時間掛けて出汁を取ったら、その間にカウンターに干してある沢山の盆や蕎麦皿を片付ける。天麩羅の具材も何もなくなっていたから、明日の朝も忙しくなりそうなのです。ショッピングモールまで車を入らせて、桃やスモモやサクランボに、夜は土用の鰻だと言うから、シジミを買って帰るのでした。大相撲も終わる頃に家に帰って、二人で最後の何番かを観ながら、美味しく鰻を食べるのです。亭主もさすがに付かれたので、今日は夕食の後にやっと遅い昼寝をして、風呂を出てから解禁の焼酎を飲みながら、このブログを書いているのです。