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2025年7月下旬



7月20日 日曜日 今日も開店から混んですぐに蕎麦売り切れ…

 混んだ日の翌日までには、沢山の仕込みが必要で、今朝も夕べ出汁取り、蕎麦汁の仕込みをした以外の多くが残っていた。そんな緊張感が5時のアラームで目覚めた時にはもう頭をよぎるのでした。ただ、5時間ちょっとの睡眠ではなかなか昨日の疲れが取れずに、頭はぼうっとしているのです。今朝もコーヒーを飲む余裕もなく蕎麦屋に出掛け、すべて空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を満たして、蕎麦打ち室に入る。8人分の蕎麦を打てばもう7時過ぎなのでした。

 朝食を食べ終えたら1時間ほど眠って、また蕎麦屋に出掛け、まずはキャベツとキュウリの浅漬けを仕込み、蕎麦豆腐を造って冷蔵庫に入れておくのです。天麩羅の具材も切り分けなければならないし、薬味の葱も刻まなければ。大根をおろした後には生姜もおろして、やっと野菜サラダの準備を始めたのは10時半なのでした。いつもより30分ほど遅れている。11時には駐車場に車が入って、裏の小母さんが玄関を開けて例によって蕎麦を分けて下さいと言う。

 女将がいつもより早く来てくれたのが救いでした。開店の10分前には暖簾を出して、駐車場のお客も中に入っていただいた。ところが、こんな日には後が続くもので、次から次とお客がやって来る。12時前にはもう三組もお客がいらっして、最後のお客は常連さんだったけれど、カウンターの隅しか席がなかった。昨日の混雑を避けるためにと、今日は蕎麦を10食しか用意しなかったのが好かったのか、悪かったのか。12時半前なのに来客はすべてお断りしました。

 生舟の中は空っぽだったから、亭主はかき揚げを揚げて、うどんを茹でて、奥の座敷で昼を済ましたのです。最後のお客もお帰りになって、1時前には暖簾を下ろすのでした。今日は前半にお客が集中したから、女将もちょっとパニックに陥っていたらしい。野菜サラダもデザートもすべて売り切れたのです。三連休に二日続けて混むのも珍しい。洗い物をすべて終えて、2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を終えたら、二人で家に帰るのでした。

 あと一週間、四日の営業で蕎麦屋も終わると思うと感無量です。家に帰った亭主は、パソコンに今日の売り上げと写真のデータを入力したら、書斎で横になって1時間ちょっと昼寝をするのでした。夕方になって、女将がお使いに出掛けている間に目を覚まして、夕食は冷やし中華だったから、卵焼きを作ってキュウリを刻んでおきました。女将がモヤシを買って帰ってから、モヤシと肉とを茹で、大相撲の後半を観ながら二人で夕食を食べたのです。


7月21日 月曜日 今日は朝から庭木の剪定を始めて…

 最後の定休日の第一日目は、自宅の庭の木々を剪定するところから始めました。朝の6時から90㍑のビニール袋を持って、庭に入る入り口にある木槿の枝を払っていきます。建物側にはウチワサボテンが大きくなって葉を広げているので、取りあえずは女将が洗濯物を干しに行けるように、切っていくのです。棘があるので要注意なのですが、細かな棘が飛び散って、皮膚に刺さるとなかなか取れないので、長袖に軍手の出で立ちで臨んだのです。

 金柑の木も建物側だけ枝を払っていきます。花が終わって綠色の実がびっしりと付いているのですが、思い切って切っていく。30分ほどで枝を詰めた袋が一杯になったので、今朝はここまでにしておくのでした。袋は蕎麦屋に持っていって、明日の業者の回収に出すのです。ウチワサボテンの樹は、軒下まで伸びてしまっているのでなんとか根元から切りたいのですが、棘があるのであまり触りたくない。どこまで出来るか放っておいたツケを払わなければ…。

 朝食を終えてひと休みしたら蕎麦屋に出掛ける。今日は昼からリフォームの業者が見積もりを持ってくるので、その前に出来ることは何かと考えたのです。洗濯機の中の洗濯物を干して、カウンターに干してある蕎麦皿や盆や蕎麦徳利を戸棚にしまうのでした。11時前には家に戻って昼食の支度を始める。冷蔵庫に残っている食材を古いものから食べることにして、今日も焼きうどんを作ることにして、キャベツやピーマン、ニンジン、モヤシなどを用意する。

 女将が肉を切ってくれて、隣の火口で冷凍うどんを茹で、小さな火口ではレタスともずくのスープを作り、野菜とうどんを炒めていきます。味つけは塩ひとつまみと醤油少々。鰹節を振りかけて完成です。紅ショウガと刻み海苔を添えて、女将と二人で美味しく頂くのでした。食後に居間の部屋でお茶をもらってひと休みしたら、書斎に入ってひと眠りしようと思ったけれど、業者が来るのが気がかりで眠れずに、早めに蕎麦屋へ出掛けていく。コーヒーを淹れる準備だけして、味醂やワインビネガー、二種類の醤油を用意して、最後の返しを作っておくのでした。3時過ぎには家に戻る。


7月22日 火曜日 未明から26℃の暑さで昼は36℃もあった…

 夕べは暑くてエアコンのクーラーを点けたままで眠った。朝になっても気温は26℃を下回ることはなく、5時過ぎに煙草を買いに出たら、駅前の高層マンションに朝日が反射して眩しいのでした。最後の定休日二日目も、90㍑のゴミ袋を持って庭に出て、30分だけ金柑と南天の剪定をしました。枝を詰めたゴミ袋は車のトランクに積んで、蕎麦屋の回収ゴミと一緒にしておく。朝食は豆腐にキムチとらっきょうと納豆をおかずに、とても美味しく頂くのでした。

 食後は書斎に入ってひと眠り。8時半のアラームで目を覚まし、お袋様と仕入に出かける支度をするのです。マンションまで迎えに行けば、昨夜は暑くて眠れなかったと言う。農産物直売所に行けばお姉さんが駐車場に水を撒いていた。胡瓜や茄子が随分と安くなって、西瓜も沢山並んでいるのでした。隣町のスーパーに行けば、この暑いのに朝から随分と混んでいました。最後の仕入れは量も少なく、家の肉や野菜や果物の方が値段が高かった。

 昼は掻き揚げに使った玉葱が随分と余っていたので、スパゲッティーのミートソースを亭主が作る。肉は揚げたてのトンカツを買って帰ったので、上に載せてヘルシーなひと品。テレビではドジャース戦をまだやっていたから、最後だけしっかりと見届けたのです。昼から女将が市の抽選で当たったピラティスに、近所のコミュニーティーセンターまで出掛けた。その間に亭主は女将のスポーツクラブの予約を取らなければならないのでした。アラームで目覚める。

 女将が帰ってきたら、今度は亭主が蕎麦屋に出掛けようと玄関を出る。壁際のウチワサボテンが最近の悩みの種で、少しずつは切っているものの、細かな棘が軍手の中に入って、手の指が痛い。いずればっさりと根元から切らなくてはいけないと思いつつも、金柑の木の方を先に片付けようと躊躇しているのです。蕎麦屋に着けば、朝刊をまだ郵便受けから取り出していないことに気が付いた。郵便受けを開ければ、小6の孫からの暑中見舞いが届いていたのです。

 先日、家族で来てくれた折に、蕎麦の代わりに天麩羅とうどんを食べたのですが、とても美味しかったと海老の天麩羅の絵と共に書いてあった。明日にでも返事を出しておかなくては。厨房に入って蕎麦豆腐を仕込み、レンコンの皮を剥いて輪切りしたら酢水で茹でる。カボチャの種を取って天麩羅の具材用に切り分け、タッパに入れて、チーンするために家に持ち帰る。5時過ぎに家に戻って、大相撲の後半を観るのでした。横綱が最年長の力士に敗れて、偉いわねぇと言う女将と共に鰯の蒲焼き丼を食べるのでした。


7月23日 水曜日 昼は暑くて何も出来なかった…

 三日目になる朝飯前のひと仕事は、やっと金柑の南側に面した枝を切り落とすところまで進んだ。後は上に伸びた部分を脚立を立てて着れば終わる。残ったのはその向こうに伸びた正体不明の枝、そしてウチワサボテン、そして隣の家との境にあるスモモの木だけ。来週はもう蕎麦屋の営業がないから、じっくりと毎朝こなして行こうと思っている。それからが大変で、今度は蕎麦屋の木々の選定作業なのです。急ぐことはないから、ゆっくりと作業を進めよう。

 朝食を終えたら蕎麦屋に出掛ける。店内の気温は30℃になっていた。エアコンを入れて扇風機を回し、キュウリとキャベツの浅漬けを少し多めに作っておく。この分量でもだいたい15鉢分ぐらいしかないから、足りない分は切り干し大根の煮物を作っておこうと思っている。最近は塩加減もちょうど好いくらいになって、昆布を入れれているので、味もまあまあなのです。昼前に家に戻って、亭主が餃子を焼く。MLBのドジャース戦を観ながら女将と昼を食べる。

 食べ終えればまた汗をかくし、居間の部屋でお茶を飲んでも汗をかくのです。普段は涼しい女将の仕事部屋も、30℃を越えていると言うから、今日は相当な暑さなのです。そう言えば朝の食堂も28℃はあったから、暑さに慣れてきているとは言え、エアコン無しでは過ごせないのです。蕎麦屋も午前中からエアコンは点けたままで、家に戻ってきている。熱い中を女将はいつものようにスポーツクラブに出掛け、亭主は書斎のエアコンが効いてきたらひと眠りする。

 女将がスポーツクラブから帰る頃に目が覚めて、二人で冷えた西瓜を食べるのでした。夕飯は何にするのかを女将と話して、4時になったら、亭主は蕎麦屋に出掛けて明日の仕込みをするのでした。暑い昼間に何も出来なかったから、やることは沢山あるのです。漬け上がった浅漬けを小鉢に盛って、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めていく。もう一種類の小鉢には、切り干し大根を水で戻して、ニンジン、油揚げ、干し椎茸を刻んで出し汁で煮込んでいく。それから蕎麦を打つから、今日は相当に時間がかかってる。結局、デザートの水羊羹と天麩羅の具材切りは出来ずに、明日の朝に回すことにした。家に帰れば、もうとっくに大相撲は終わっていました。


7月24日 木曜日 店じまいが近いからかお客が続く…

 今朝も5時起き。朝飯前のひと仕事は、蕎麦屋に出掛けて蕎麦を打つことでした。その前に、デザートの水羊羹を仕込み、玉葱をスライスしてかき揚げの材料を作っておきます。蕎麦打ち室に入って600gの蕎麦を打つ。室温は27℃、湿度は37%だったから、いつもと同じ40%の加水で捏ね始めて、蕎麦玉を作ったら厨房でひと休み。向かいのサツマイモ農園の若旦那が来ていたから、玄関を出て夕べホースが裂けて、噴水になっていたから蛇口を締めたと伝える。

 今日もちょうど好い硬さで蕎麦は仕上がり、夕べと合わせて12食の蕎麦を用意できました。7時前には家に帰って、女将の用意してくれた朝食を美味しく頂くのです。食後は書斎でひと眠りして、9時前に起きて洗面と着替えを済ませるのでした。車で蕎麦屋に出掛け、チェーンポールを降ろして幟と看板を出して店の中に入る。今朝は天麩羅の具材を切り分ける仕事が残っていたから、材料を揃えたら急いで調理台に向かい、次々と仕事をこなして行くのです。

 今日も暖簾を出す前にもうお客様がいらっして、見れば馴染みの女先生、ゆっくりと話をする間もなく、もう次のお客が入ってくるから忙しい。12時を過ぎる頃にはもう蕎麦がなくなりそうで、宅配のお兄さんがいらっしたら、お蕎麦売り切れの看板を出すのです。大盛りのお客が多いと蕎麦は直ぐになくなるから、要注意です。今日来て下さった皆さんは、今週いっぱいで店を閉めるのをご存じなので、「もっと長く出来ないの?」と言ってくださる。

 亭主は「惜しまれるうちに閉めるのが好いんです」と言ってみせる。蕎麦を沢山打つのが辛くなったら、もうお終いなのです。やはり加齢としか言いようがない。のんびりゆっくりと蕎麦を打っていたのでは、商売にならないから、12年間続けられただけでもよしとしなければいけない。2時過ぎに女将と家に帰れば、リフォーム業者から請求書が届いていた。9月一杯で工事は終わるようです。引っ越しはそれからになるから10月というところかな。


7月25日 金曜日 今日は開店から閉店まで混んでいました…

 夕べは10時過ぎに床に就いたので、今朝は4時半に目が覚めた。台所に行ってコーヒーを淹れるお湯を沸かす間に、冷蔵庫で冷えたソルダムを食べて目を覚ます。そして、コーヒーカップを手に持ちながら居間で椅子に座って、ぼうっとした頭で今朝の仕事の段取りを考えるのです。蕎麦打ちが目的なのですが、他にもすることはいろいろとあるので、何をどんな順序でやれば好いのかをあれこれと思うのです。5時半前に車に乗って蕎麦屋に出掛ける。

 今日は昨日随分と蕎麦か出たので、久し振りに750g八人分の蕎麦を打った。加水率40%で捏ねて行けば、なかなか水が馴染まない。10分も捏ねてやっとツルツルの生地になる。ビニールに入れて寝かせている間に、カウンターに干した盆や蕎麦皿を片付け、空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めて、一服するのです。蕎麦打ち室に戻ったのが6時35分。それから20分ほどで、伸して畳んで包丁切りを済ますのです。家に戻れば、今朝は銀ダラの煮付けがメインディッシュ。

 朝食を食べ終えて、朝が早かったから眠くなるかと思ったら、書斎で横になってもなかなか眠れない。それでも身体を休めた方が好いからと、しばらくじっとしていればウトウトとするのでした。8時半のアラームに起こされて、いよいよ再始動。今日は一人の営業だから緊張するのでした。早めに蕎麦屋に入って、大根をおろし、野菜サラダの具材を刻んだら、後はもう盛り付けるだけ。10時半にはサラダも仕上がって、テーブルを拭いて回りました。

 お湯も沸いてポットに入れ、油も天つゆも温めたら、開店の準備が整って、時計を見れば11時。カウンターの隅の椅子に座って少し休憩するのです。11時15分には駐車場に車が入ってくる。まだ少し早いと我慢をして、5分前になったら暖簾を出して店の中に入ってもらった。見れば昨日いらっした女先生が、石垣島で一緒に潜ったお友だちを連れていらっしたのです。珍しく他のお客も来なかったので、ゆっくりと話をする事が出来ました。 

 午前中が空いていたので安心していたら、午後は一転、大混雑なのでした。亭主一人だから余計に大変なのです。バイクに乗った年配の男性がテーブル席を陣取って、ぶっかけ蕎麦の大盛りを頼まれたかと思えば、亭主の通っている地元の外科内科の若い看護師さん達が「先生の代理で来ました」と言っていらっしゃった。先生は昼の休みには、やはり忙しくて来られないらしい。宅配の青年もやって来て、今日は鴨せいろの大盛りと蕎麦豆腐二皿に野菜サラダ。
 これで終わりかと思ったら、1時を過ぎたのに、年配の女性達がカウンターに座る。今日はぶっかけ蕎麦と鴨せいろ以外は、皆さん天せいろのご注文なのでした。2時まで食べていたから、洗い物が済んだのはもう4時近かったのです。家に帰ってひと眠りしたら、大相撲ももう終わっていた。女将が用意してくれた夕飯を食べて、ひと休みしたら、今日は、三回も蕎麦屋に出掛ける。空の徳利に蕎麦汁を詰めて、明日の蕎麦を半分だけ打って家に帰るのでした。


7月26日 土曜日 今日も常連さんが沢山いらっして…

 今朝は4時半に目が覚めて、居間の部屋でテレビを観ながらコーヒーを飲むのでした。マルタ島の海の景色を眺めながら、音楽だけで説明は字幕のみ。朝の静かなひとときには理想的な番組なのです。5時半前に玄関を出て、今は女将が洗濯物を干すだけのウッドデッキを見れば、一人でコツコツと作り上げた当時の懐かしい昔の思い出が蘇るのでした。当時は海外の島に滞在して潜ることが多かったから、島のイメージを再現したつもりだったのです。

 蕎麦屋に着いたら、まずは蕎麦打ち室に入って600gの蕎麦粉を計量して、じっくりと捏ね上げる。蕎麦玉にして寝かせている間に、厨房に入って空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めたら、浅漬けを漬け、レンコンの皮を剥いて輪切りにして酢水で茹でる。昨日のブログを読み返して一服すればちょうど6時半。蕎麦打ち室に戻って生地を伸して、包丁切りするのです。140gの束が6束取れて、夕べ打った分と合わせて12束。これで今日は何とか乗り切れそうです。 

 7時前に家に戻って朝食を食べたら、書斎に入ってひと眠り。最近は眠れなくてもしばらく横になっていると、ウトウトとして疲れが取れるのが分かってきた。洗面と着替えを済ませて再び蕎麦屋に出掛けていくのです。あと二日の営業と思うと、身体が自然と動いてくれる。野菜サラダを盛り付けて、天麩羅鍋に油を注いだら、もう開店の準備は整っているのです。今日も顔馴染みのお客さんばかりで、12時過ぎにはもう満席になるのでした。

 「この店のカレーうどんが一番美味しい」とカレーうどんばかりを食べてくれたご主人が、今日は花を持ってきてくれて女将に手渡す。カレー蕎麦とビールばかりを頼まれる男性も、自身が引っ越しを間近に控えて最後の来店だからと、やって来てくれた。歩いて来てくれたお客が半分。明日の営業が終わったら、テーブルと椅子を持って言ってくれるという駅前のマンションに住むご夫婦も、皆さん笑顔でお帰りになった。昨日と同じお客の数だったけれど、今日は女将がいるので、2時前には洗い物もすべて片付いたのです。

 夜は久し振りに刺身でも食おうかと、帰りがけに亭主が車で隣町の魚屋スーパーに出掛ければ、途中の橋を渡るときにカルガモの親子の行進を見つけて、思わずシャッターを切る。暑い最中だったから、スーパーの駐車場もまだ空いていた。果物の好きな女将が喜ぶだろうと、今日は西瓜や巨峰やスモモなどの果物を買って、目当ての刺身コーナーで美味しそうな盛り合わせとイカの刺身を買って帰るのでした。ひと眠りしてから大相撲を観ながらの一献なのです。


7月27日 日曜日 最後の営業日は嬉しい満席で賑やか…

 今朝は4時半過ぎに目覚めて、美しいパラオの海の映像を見ながらコーヒーを飲みました。20年近く前までは、亭主も娘と共に何度か潜った海です。美しい海の景色なのでしたが、遠い割にはマンタの遭遇率は悪かったのです。それからというもの、沖縄の石垣島に「海のメロディー」という素敵なショップを見つけて、珊瑚の種類も多く、マンタにもよく出会えるので通い続けていました。体力の衰えもあり、70歳を機にダイビンクは卒業する事にしたのです。

 朝のひと仕事を5時半から7時まで蕎麦屋でこなし、今日は10食の蕎麦を用意して家に戻りました。最後の営業日だけれど、昨日今日はユーカリ祭りがあるので、近所の人々は夕方になってから中央公園に出掛けていくだろうと考えたのです。ひと眠りして蕎麦屋に出掛ければ、まだ9時だというのに玄関で裏の小母さんが待っているではありませんか。近くで世話になった人に蕎麦を持って行きたいからと、打った蕎麦と蕎麦汁とを持っていったのです。

 野菜サラダの盛り付けまで終わって、ふと外を見れば、11時前だというのに大きな黒いワゴン車が駐車場に停まっている。しばらくして玄関が開いて、どこか見覚えのある顔が現れた。40年近く前の卒業生たちなのでした。東京や千葉で医者をしている二人は、亭主が勤めて初めて高校で担任をした。開店の準備が整うまで、テーブルに座っていろいろな話をする。そのうちに女将がやって来て、注文を聞くのでした。ところがすぐに今度は女性の4人連れが…。

 こちらは50代の働く卒業生たちで、鴨せいろやヘルシーランチセットなどを注文したので、厨房は急に忙しくなる。まだ12時前だというのにもう蕎麦はほとんど残っていなかったのです。全部高校のクラスの教え子だから、顔も名前も話しているうちに思い出して、懐かしいのでした。全部の注文を出し終えた頃に、今度は歩いてぞろぞろと男女や小さな子供がやって来た。入口で女将が蕎麦は売り切れたとお断りしたのだが、中に入ってくるではありませせんか。

 見覚えのあるかつての水泳部の連中が、閉店の知らせをどこからか聞きつけて、モノレールの駅から歩いてやって来たのでした。以前来店したことのある面々もいて、40代の若い連中がテーブルから椅子を借りてカウンターにすらっと座れば、急に賑やかさが増す。還暦を迎える最初の二人は静かなのでした。仕方がないから、亭主は蕎麦打ち室に入って蕎麦を打ち足す。その間に、成田に行った帰りだと言って、浦安市の市長になった卒業生も訪れて、挨拶だけして帰って行く。彼は亭主が勤めて初めての教え子。
 女将の友人の常連さんも歩いて来てくれたけれど、店の中の大騒ぎに帰って行かれたのです。後から来てくれた皆には、せいろ蕎麦だけを提供して、少しずつそれぞれの話を聞いて約一時間。玄関の日除け暖簾の前で記念写真を撮ったりと、年寄りには慌ただしい。皆を見送って、2時には昨日いらっした常連さんがトラックで乗り付け、店のテーブルと椅子を半分持って行ってくれた。それから、女将と二人で、最近では珍しく沢山の盆や蕎麦皿を洗うのでした。お隣の若いご夫婦も挨拶に来てくれて、二人で家に帰ったのは3時過ぎなのでした。ちょうど大相撲の千秋楽が始まる。


7月28日 月曜日 今日は朝飯前のひと仕事をお休みに…

 夕べは疲れ果てて9時に床に就いた。幸か不幸か夜中に目が覚めて、BSでドジャースとレッドソックスの試合を見ることになる。最後までは見れなくて、再び床に入って目覚めれば6時過ぎ。久し振りにゆっくりと眠ったのです。朝食を終えたら洗面と着替えを済ませて、お袋様と一緒に買い物に出掛ける。農産物直売所でも、何も買うものはなく、隣町のスーパーでも家の魚や肉を買っただけ。店の仕入れがなくなったので、重たい荷物もないのでした。

 昼はトンカツを一枚買って帰って、家にあったスパゲッティーとミートソースに店で残った野菜類を添えて、美味しい昼食を作るのでした。朝もひと眠りはしなかったのに、昼も眠くならないから不思議。書斎で横になって少し側筋の運動を10回ずつ、右足左足と交互にやって、正面を向いて腹筋運動を10回、足を伸ばして真上に上げる運動を右左10回ずつやってみた。それでも眠くならないから、車を出して蕎麦屋に出掛ける。女将はスポーツクラブに行った。

 蕎麦屋の西の空には雲が出ていたけれど、陽射しは熱く、蓄熱した車外温度は41℃に達していました。店内も暑くてすぐにエアコンを入れる。まずはカウンターに積まれた蕎麦皿や盆を片付け、鴨せいろの椀なども戸棚にしまうののです。蕎麦徳利もすべて空だから冷蔵庫にアルミの盆にのせてしまっておく。ひとつテーブルがなくなっただけで随分と広くなった気がする。奥の座敷に干してあった洗濯物を畳み、洗濯機の中の洗濯物をすべて干しておきます。

 お湯を沸かして蕎麦茶を作り、いつもの瀬戸物のグラスに入れて冷蔵庫で冷やしておく。暖簾を畳んでゴミ袋に詰め、明日の業者の回収に出すつもり。初めは少しずつ、お盆の前には綺麗に片付けておきたい。昨日頂いた缶ビールは、半分お袋様の所に持っていき、残りの半分は、蕎麦打ち室の冷蔵庫に入っている吟醸の冷酒の半分と共に、弟のところに持って行く。お袋様と共に弟の家に出かけてしばらく振りで三人でゆっくりと話をしたのです。


7月29日 火曜日 今朝はまた朝飯前のひと仕事を始める…

 今朝は5時半起床。蕎麦屋の営業をしていた時よりは、少しゆっくり眠れている。目覚ましのコーヒーを飲み終えたら、90㍑のゴミ袋を持って玄関を出るのです。家の庭木の剪定が思ったよりも時間を取られている。寝ぼけた朝の身体だから、脚立に乗るのは危険だろうと、高枝用の剪定ばさみを持って金柑の木を切っていく。2m以上の高さの枝と南側の枝まで少し切ったところでひと休み。後は同じ鋏でウチワサボテンを上手い具合に切っていくのです。

 40分ほどでゴミ袋は一杯になり、少し汗をかいたので家の中に戻りました。朝食は鯖の塩焼きと茄子焼きがメインなのでした。今日は朝から床屋に出掛ける予定だったけれど、ドジャース戦が始まっていたので、少しだけテレビを観てから、暑くなった道路を車で走る。珍しく客のいない床屋では、歳を取った主人が奥の部屋で休んでいた。「お早うございます」と言えば「お名前は?」と言ってカルテを捜し始めたから、少しびっくりしたのです。

 50年近くも通って、一緒に釣りに出掛けたり、蕎麦屋にもご夫婦で来てくれたりしていたのに、やはり年老いたのだろうかと思ったのです。話をしながら鋏で髪を刈っていくうちに、段々と普段の主人に戻って、今日は同じく床屋をしている二人の息子や成人した孫の話をしてくれた。さっぱりと頭を刈ってもらって、蕎麦屋に寄ってゴミ出しの準備をした。生ゴミを出すのは今日が最後となる。引っ越しの終わる月まで、剪定した木の枝を持っていってもらう。

 11時過ぎに家に戻って、亭主は昼食の支度を始める。最近よく食べるようになった冷やし中華を、今日も女将と材料を用意して、亭主が肉やモヤシや麺を茹でるのです。久し振りにイメージ通りの一皿が出来上がって、「もう蕎麦屋で残った野菜サラダは食べられないのね」と女将が言うのでした。いろいろな種類の野菜を摂るには好いのだけれど、やはり冷やし中華はこれが一番なのです。食後はお茶をもらって、亭主は書斎でひと眠りしようと思ったのですが…。

 夜も早く眠れるし、身体が疲れていないからか、どうも昼寝が出来ない。仕方がないから、暑さが収まるまでテレビを観て、それから朝のうちに剪定した枝を詰めたゴミ袋を車に積んで、蕎麦屋に出掛けていくのでした。午前中にエアコンを入れておいたので、店の中はかなり涼しかった。外は今日も35℃を越えているのです。蕎麦屋にある布団類を干そうと、一年前に買っておいた折りたたみ式の物干しを組み立てて、広くなった店内においてみるのでした。


7月30日 水曜日 幾分涼しい朝でしたが、昼は同じ暑さ…

 夕べは店で残った瓶ビールを一本持ち帰って夕食で飲んだら、腹が一杯になって6時半には眠ってしまったのです。9時に目が覚めてそれから風呂に入ったものだから、夜が寝付かれなくて困ってしまった。蕎麦屋の営業があればこんな不規則な生活は、翌日にも影響を与えるのでしないのだろう。生活のリズムを律するというのは大切なことだ。今朝は朝飯前のひと仕事も休んで、7時過ぎに朝食を食べる。亭主のリクエストで珍しくパンを食べたのです。

 食後のひと休みをしたら、このところ床の上で始めた腹筋のトレーニングを、居間に畳マットを敷いて始めてみたのです。少しずつだから、側筋と腹筋と50回ほどでやめる。今朝は軽く柔軟運動もやってみたけれど、身体が硬くなりすぎているので、思うようには出来ないのでした。時間はかかっても、ゆっくりと身体を柔らかくしていけば、筋トレと合わせて効果が期待できるのではないかと思うのです。プールで泳ぎ始めるのはまだまだ先なのだろうか。

 昼は亭主が野菜炒めを作って、女将の作ったカボチャの煮物とスープで簡単に昼食を済ませる。すべて蕎麦屋の食材の残り物なのでとても経済的。時間には追われないから、手間を惜しまず昔ながらの調理をして、二人で美味しく食事をするのが我が家の習慣なのです。女将がスポーツクラブに出掛けた後は、居間に敷いた畳マットのお蔭で、昼寝もせずに柔軟体操をして身体を動かすのでした。もう昼の仕事がないから、これならば一挙両得というもの。

 早めに蕎麦屋に出掛けて、昨日作ったアルミの折りたたみ式の物干しを眺める。晴れた日には駐車場に出して、蕎麦屋にある布団を干しておけるからちょうど好い。今日の目標は厨房に入って冷蔵庫の中を掃除することでしたが、糠床の中身をゴミ箱に捨てて入れ物を洗う。一段目のガラスの棚を外して洗剤で洗ったら、干しておく場所がないので、冷蔵庫の扉の表面を綺麗に拭いていくのです。こちらも上の大きな扉だけで、下の引き出しは明日にすることに…。

 奥の座敷や廊下や洗濯場の窓を開け放っておいたので、風が通って少しは家の中の換気ができるかと思うのです。女将の帰る時刻に家に帰って、また少し畳マットで柔軟をする。硬くなった身体も、こうして毎日動かしていれば、そのうちに柔らかくなるに違いないから、とにかく続けることが大切なのだろう。家の冷蔵庫の中が大分綺麗にものがなくなってきたので、夕食は冷凍室に亭主が作っておいた焼売を蒸かして食べる。酒はグラスに一杯だけ飲んだ。



7月31日 木曜日 蕎麦屋を閉めて、初めて営業のない木曜日…

 今日も朝飯前のひと仕事はお休みでした。やはり一昨日の変則的な睡眠が影響しているのか、昨夜もなかなか眠ることが出来ずに、一度、習慣になってしまうと元に戻るのに日にちがかかるのです。今朝も女将に起こされて、朝食のテーブルについた。ほっけの開きが一人1匹ずつ出て食べでがあったのです。食事を終えても眠くならないから、お茶をもらってゆっくりとしたら、ちょうどBSのドジャーズ戦が始まっていたので、畳マットに寝そべって見ていた。

 身体を捻ったり、柔軟をしたり、腹筋をしたりと、少しずつは運動になっているだろうとは思うのですが、まだまだ身体はほぐれてこない。今日は午前中の最後の方で近くの外科内科の予約が取れたので、11時過ぎに家を出て、医院の駐車場に車を入れる。受付を済ませれば30分ほどで名前を呼ばれて、この間蕎麦屋に来てくれた看護師さんが「こっちで~す」と元気に対応してくれた。今日は血液検査をする日だったので、心配していたが無事に採血を済ませる。

 ところが処方箋をもらう段になって、血圧の薬ベニジピンの他に痛風の薬をもらおうと思ったら、「何という薬をもらっていたの?」と言われて困った。先日は痛風の発作で駆け込んだから、膝の痛みを取る薬だけもらって、尿酸を溶かす薬は隣町の医院で処方してもらっていたのでした。結局、午後の診療までに薬の名前を調べて来るように言われ、会計もせずに家に帰るのでした。女将が蕎麦屋で残った最後のカレーを温めてくれていたからすぐに昼食を食べる。

 食事を終えてひと休みしたら、女将と隣町のスーパーに買い物に行くことになっていたので、車を出して出掛けて行く。昼の暑い最中だから店の駐車場も空いていたのです。二人でいろいろとみつくろって、随分と沢山の食料を仕入れて来た。これからは、昼飯もいつも二人分だからと女将も言うのです。素麺や冷やし中華に冷凍うどん、カレーのルウなど、二人で思いつくままに籠に入れていく。家に帰って女将のスポーツクラブ予約を済ませたら、再び病院へ。

 無事にベンズブロマロという薬の名前を受付で告げれば、処方箋と会計をすぐに出してくれ、近くの薬局まで歩いて行くのでした。そのまま蕎麦屋に寄って、今日の予定だった冷蔵庫の掃除を済ませて、明日の爲にお茶を沸かして冷蔵庫に入れておく。家に帰れば、4時過ぎで女将はゴミ袋を買うのを忘れたからと、一番近いスーパーまで歩いてで掛けるのでした。夜は今日出たばかりの新鮮な鰯が手に入ったから、刺身にしてもらい二人で食べるのでした。




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2025年7月中旬



7月10日 木曜日 午前中は晴天で暑く、午後は雷雨の天気…

 昨日の計画通りに5時前に目覚めて、30分だけドジャース戦をテレビで観たら、蕎麦屋に出掛けて紫陽花の花を切った。それだけで90㍑のゴミ袋が一杯になったから、相当に枝が伸びていたのです。夏場に草木の剪定をするのは、歳を取ったせいか、思った以上に大変なのでした。エアコンを入れておいた店の中に入り、厨房で出汁を取る。沸騰する直前に火を止めて、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのでした。500gだから30分もかからなかった。

 出汁取りと蕎麦打ちをいっぺんに出来たのも、蕎麦の量が少ないから。今日は加水率40%でしっかりとした蕎麦が打てたから、嬉しかったのです。やはり水を減らすと硬く仕上がるから、包丁切りをしてもエッジの効いた蕎麦が出来る。ただ500gだから力を入れるのも少しの時間なので、量が多くなると大変な作業になるのです。歳を取ったら歳を取ったなりに、蕎麦の打ち方も変えていかなくてはならないのかも知れない。お客が多くてはこうはいかないだろう。

 今日は蕎麦が上手く打てたと言うのに、午前中から蒸し暑くて陽射しは強く、前のバス通りにも人影がなかった。昼過ぎに、このところ毎日のように来てくれる宅配の若者が玄関から入って来て、今日は荷物もあるんですよと、蕎麦農場からの重たい荷物を持ってきた。野菜が入っていますと張り紙がしてあったから、何だろうと家に持ち帰って開けてみたら、ジャガイモが沢山入っていたのです。夕方になって雨が上がったからと、女将がお袋様の所にお裾分け。

 亭主が昼寝から目覚めた頃には、もの凄い音で雷が鳴り響き、雨も随分と降った様子。パソコンでネットに接続しようとしたら、繋がらないのです。夜までかかってやっと復活したから好かった。雷で停電になったせいなのだろうか。書斎のパソコンも年代物だからそろそろ買い換えなくてはならないのですが、使えるうちはとついつい出費を控えてしまう。蕎麦屋に引っ越す機会に新しくしてもいいのかも知れない。明日の天気はどうなるのか、予報もころころ変わるから、当てにならないのです。


7月11日 金曜日 風は北風、涼しすぎて、お客も来ない…

 今朝も5時起きだったけれど、昨日はお客が少なかったから、今朝は蕎麦打ちをしないと決めていた。6時まで居間の部屋でコーヒーを飲みながらゆっくりと休んで、蕎麦屋に出掛けるのでした。今日は西側の小径に伸びた木槿の枝を切って、径の端に生えた雑草を刈る作業をしようと考えていました。90㍑のゴミ袋が一杯になるまで約30分間作業を続ける。枝は袋に詰め込んだけれど、刈った下草までは入らなかったので、そのまま残しておきました。

 家に帰れば女将が台所に立って、朝食の支度をしていた。店で残った古くなったナスを炒めて、ニンニクで食べたけれど、やはり野菜は新鮮な方が美味しい。もっと早く出してくれれば好かった。文句も言えないから、黙って食べるだけ。食後は書斎に入ってひと眠りした。9時まで眠って、洗面と着替えを済ませて、再び蕎麦屋に出掛けていく。北風のせいか、曇り空で随分と涼しいのが気になった。遅い梅雨寒の到来なのか。今日もあまりお客は期待できない。

 それでもいつもの時間に宅配の青年がやって来て、今日もいろいろと沢山注文してくれた。寒いから冷たい水は要らないと言って、鴨南蛮の大盛りを頼まれた。彼が帰る頃に、二人連れの男性がやって来て、天せいろととろろ蕎麦を頼まれた。帰りがけに「お蕎麦が美味しかった。また来ます」と言われたので、今月いっぱいで店を閉めるという話をすれば、残念そうに帰って行かれたのでした。あと二週間あまりで営業を止めるのかと思うと、残念ではある。

 しかし、いつまでもだらだらと営業を続けても切りが無いので、7月一杯と決めたのです。定期便で頼んでいる宅配の醤油や調味料なども止めなければいけない。天麩羅油や天ぷら粉は、店を止めても当分は使い切れないほど残るのです。しばらくは、収入がなくっても二軒分の出費が続くから、きちんと無駄な出費を見極めておかなければならない。家に帰って蕎麦粉の支払いに郵便局に行き、夜に飲む酒がなくなったから帰りに酒屋に寄って帰る。


7月12日 土曜日 今日も涼しかったけれどお客は続いた…

 今朝も5時起きで5時半には蕎麦屋に出掛けました。昨日と同じく北風でかなり涼しいのですが、今日は少し湿度が高いようです。カウンターの上に干してある昨日の洗い物を片付け、空になった蕎麦徳利に鍋のまま冷蔵庫に入れてあった蕎麦汁を詰め、残った1㍑ほどの蕎麦汁は、予備として容器に入れて冷蔵庫に入れておきます。それから昨日のブログを読んで、やっと6時に蕎麦打ち室に入る。今朝は600gの蕎麦粉を計量して、40%の加水で捏ね始めました。

 生地の仕上がりは上々で600gなら腕にも負担がかからないから、気持ちよく伸して畳んで包丁切りが出来ました。切りムラもなく、ベストの状態で蕎麦が打てたので、今日は元気に営業を始められそうだと、帰りにコンビニに寄って煙草を買います。朝のお姉さん達は、亭主がいつも買う煙草の銘柄まで覚えていてくれて、今朝も三箱もらって家に帰るのです。女将が朝食の支度をしてくれたので、食卓に座って野菜サラダと鰺の開きとらっきょうを食べるのです。

 今朝は何故か少し右膝が痛いのですが、いつも何処が痛いと言っているのが嫌で、土曜日だから車をおいて歩いて蕎麦屋に出掛けたのです。幟を立ててチェーンポールを降ろし、看板を出したら厨房に入って、まずは蕎麦豆腐を仕込んでおきます。幟を出さないと車で走っていても見えないから、お客が気が付かないと言うこともあるかも知れないと、少しちぎれた幟でも出しておいた方が好いと思ったのです。野菜サラダは10時半前に盛り付けを終えました。

 暖簾を出して最初にいらっしたのは、股関節の手術をしたという奥様を連れたカレーうどんのお父様。2週間のリハビリを終えて、杖も持たずに車から元気そうに歩いて来たから、「退院おめでとうございます」と祝福するのでした。隣の町からわざわざ来ていただいて、ハラミの串焼きを出すのを止めたので、今日は鴨葱の塩焼きを頼まれて、奥様は辛味大根が美味しかったとまた頼まれる。店ももうすぐ終わるので、冷蔵庫にあった辛味大根を幾つか差し上げる。

 三人連れのお客が入って、お父様は温かい天麩羅蕎麦、息子夫婦はヘルシーランチセットと天せいろのご注文で、宅配の青年が少し遅れて入って来たから、店は急に忙しくなったのです。1時過ぎに皆さん帰られて、洗い物をしていたら、女性が一人で入って来て、亭主の真ん前に座るから誰だろうと思ったのです。聞けば高三の時に担任をした○○さんで、話しているうちに面影のある顔が懐かしく思い出された。もともと隣町に住んでいた子で、もう直ぐ還暦になるのだそうな。ついこの間のような気がするけれど、そんなに年月が流れたのか。「お店を止めてしまうのは勿体ない」と言われたけれど、事情を話してゆっくりと昔話をして帰られたのです。


7月13日 日曜日 蒸し暑さのせいか次々とお客が…

 夜明け前に雨の降った朝でした。5時に目覚めて、今朝はMLBを少し長く観てしまったので、6時前に蕎麦屋に出掛けたのです。蕎麦打ち室に入って今朝も600gの蕎麦粉を捏ねる。加水率は40%で、ちょうど好い硬さの生地が仕上がり、昨日に続いて蕎麦も上手く包丁切りが出来たのです。今日は12食の蕎麦を用意して、営業を始めるつもり。家に戻れば、女将が台所でジャガイモをシャキッシャキッと削っていたから、今日はハッシュドポテトだと分かった。

 昔はよく食べたものだけれど、最近、沢山のジャガイモを頂いたので、亭主が食べたいと言ったのです。スクランブルエッグが付いて、あっさりとした味のおかずなので、炊きたてのご飯が美味しかった。満足して書斎でひと眠りしたら、なんと9時まで眠ってしまったから驚いたのです。急いで洗面と着替えを済ませて、車でまた蕎麦屋に出掛ける。膝の具合があまり好くないので、お客の来る日曜日だけれど駐車場は2台しか止められなくなる。

 看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、厨房に入って浅漬けを盛り付ける。足りない分は大根のなた漬けを盛っておきました。野菜サラダを作り終わったら11時。カウンターの隅の椅子に座って休んでいたら、開店の15分前に車が入ってきた。10分前に暖簾を出して中に入っていただいたら、わずか10分の間に三組のお客がいらっして、ちょうど女将もやって来たので助かった。今日はいつもの開店の時間から随分と忙しかったのです。

 盆や皿を洗う暇もないほど次から次へとお客が入って、12時半には生舟の中の蕎麦がもう残り三束しかなくなっていた。いつも来る宅配の青年は、きっと駐車場が満杯で後から来るのだろうと思ったので、一人のお客は入ってもらって、二人連れのお客はお断りしたのです。案の定、1時前になって青年がやって来て、カウンターに座った二人のお客は、それぞれ大盛りのぶっかけ蕎麦を頼まれた。天麩羅の具材もなくなったので、水羊羹をサービスでお出しする。

 久し振りに12人のお客が入って、洗い物は山のようにあったのです。休み休み洗い物を片付けて、家に帰ったのは3時過ぎ。亭主はエアコンを効かせた書斎に入って、パソコンに向かい今日の売り上げを入力するのでした。蕎麦粉の代金はもう払い終えたから、後は仕入れの代金が残ればいいのです。来週は海老と山葵と鴨肉を業者に発注しなければいけないから、火曜日の仕入れは少しでも安くなるように考えなければいけない。夜は美味しい鰻重だった。


7月14日 月曜日 夜のうちにまた雨が降ったらしく…

 昨日はやはり疲れたらしく、汗ビショになった営業を終えて家に帰ってから、昼寝をしたにもかかわらず、夜は9時にはもう眠くなったのです。結果として、今朝は3時過ぎには目が覚めてしまう。コーヒーを沸かして飲みながら、居間の部屋で『カリー・スー』という何度も観ている映画をテレビでまた観てしまった。やっと外が明るくなったので、蕎麦屋に出掛けて昨日の沢山の洗い物を片付けて、洗濯物を干したら、明日のゴミ出しの準備をして来る。

 MLBの中継を観ながら朝食の食卓について、ドジャースのリードのまま書斎に入ってひと眠りする。今日は定休日とあってアラームもOFFにしてあったので、ゆっくりと9時過ぎまで眠ることが出来ました。起きてみれば、外は激しい雨。台風の影響らしく、一日中降ったり止んだりの天気らしい。10時半に蕎麦屋にリフォームの業者がやって来るので、早めに出掛けてコーヒーを沸かしておくのでした。無事に打合せが終わって家に帰ればもう昼の支度の時間。

 昼は女将が野菜と肉を切ってくれて、亭主はフライパンで焼きうどんを作る。その脇の火口で自家製の餃子を焼いて、二人で美味しく食べたのです。亭主は餃子を食べ過ぎて、ちょっと腹が凭れ気味なのでした。女将も面識のある業者との打合せ内容を話して、植木の剪定が今は混んでいて大変だと言われた事を話す。南の庭は何時の間にかジャングル状態になって、これを切り開くのには相当時間がかかると思えた。店を閉じたら暇も出来るから自分で出来るか?

 女将がスポーツクラブに言っている間に、亭主はまた蕎麦屋に出掛けて、段ボールを潰して明日の子ども会の廃品回収に出す準備をしました。古新聞も袋に詰めて車に積み込んでおく。明日の午前中に生ゴミを外のゴミ箱に詰めたら、午後には業者が持って行ってくれるはず。4時過ぎに家に戻って、ゆっくりと大相撲のテレビ中継を観るのでした。夕飯はお腹が空いていなかったから、鰻重ではなく亭主だけ蒲焼きを酒の肴にして焼酎を飲むのです。


7月15日 火曜日 今日も終日の雨で、時折激しく強く降った…

 夕べは10時前に今の椅子の上で眠り込んでしまい、これではいけないと布団の中で眠り直すのでした。ところがエアコンの予約したタイマーが切れるともう蒸し暑くなって目が覚めたから、再び居間に行ってテレビを点ける。何も面白い番組がなかったので、再び床に入ったらそのまま朝まで眠ることが出来ました。食堂に行けば、女将がもう朝食の支度を終えて、食べるばかりになっていた。米がなくなったから、今日は一緒に買い物に行くと言う。

 車の中から朝飯前のひと仕事で、蕎麦屋から運んで来た古新聞を束ねた袋と紐で縛った段ボールとを出して、集積所に持っていく。木槿の散った花びらを掃き集めて家の玄関まで運んでおく。朝晩女将が掃いているから、休みの時ぐらい亭主が代わりにするのです。
9時前に女将を車に乗せて、お袋様のマンションまで行って、お袋様も乗せて農産物直売所まで出掛ける。珍しく新米が出ていたのでここで精米してもらった。それから隣町のスーパーに行くのです。

 小雨が降ってはいたけれど傘を差すほどでなく、無事にお袋様と女将とを家まで送ったら、蕎麦屋に戻って買ってきた荷物を降ろすのでした。ところが途中から土砂降りの雨に変わって、まったく今日はこの繰り返しで、やはり本当の梅雨明けではなかったのです。買ってきた野菜類を冷蔵庫に収納したら、大根の浅漬けを準備して家に戻るのです。昼は二週間ぶりにスパゲッティーのボロネーズを食べた。いつも満腹になってしまうから、今日は一人800gにした。

 食べ終えて書斎でひと眠りしている間に、女将は、市がコミセンで実施する体幹を鍛えるピラティスとか言うトレーニングに参加するために出掛けるのでした。亭主は女将のスポーツクラブの予約の時間に寝過ごさないように、アラームをセットしておくのでした。無事に予約は取れて激しい雨の中を女将も帰って来たので、亭主は蕎麦屋に出掛けて、大根のなた漬けの本漬けを済ませる。キャベツとニンジンとキュウリの浅漬けも漬けようとしたら、ニンジンを買うのを忘れたことに気が付いたので、今日はもう終わりです。


7月16日 水曜日 今日は右膝の痛みに耐えかねて…

 夕べから右膝の痛みが増して、今朝はまず外科の予約から。6時にならないとweb予約が出来ないので、時計を見ながら待ったけれど、結局、今日も明日も一杯で金曜日の午後34番で予約が取れた。
膝の痛みをこらえながら、下駄箱や壁につかまりながら玄関を出てガレージまでの階段もウッドデッキの板に支えられて、やっと車に乗り込む。蕎麦屋に着いたら厨房に入って、水羊羹を作り、キャベツとキュウリとニンジンの浅漬けを仕込んでおくのでした。

 家に帰れば女将が朝食の支度をしてくれたいた。安売りではない鮭は身も柔らかく脂もあってとても美味しかったのです。食事を終えたら居間の部屋でお茶をもらって、足を引きずりながら書斎に入る。横になって休むのが一番身体に負担がかからないのです。膝も伸ばしている分には体重もかからずに痛くない。痛風の薬は毎日飲んでいるから、痛風の痛みであるはずはないけれど、医者に行ってみないと分からない。とにかくこの痛みを何とかしてもらいたい。

 9時過ぎまで眠って、膝を伸ばして眠ったからか、痛みは消えていた。しかし、立ち上がろうとするとまた痛いのです。思わず大声で叫んでしまうから困ったもの。また蕎麦屋へ出掛けなければならなかったけれど、しばらくはメジャーリーグのオールスター戦を観ていた。10時を過ぎた頃に、意を決して再び蕎麦屋に出掛けるのでした。この痛みで明日は本当に営業が出来るのだろうかと思った。天麩羅の具材を切り分けて11時過ぎには家に帰る。

 昼は素麺にすることにしてあったから、女将に頼んで汁を作ってもらった。いつもなら亭主が作るのだけれど、今日は膝が痛くてそれどころではなかったのです。膝の周りが赤く腫れて熱を持っている。明日の営業は女将がいるのでなんとか出来たとしても、金曜日は一人だから、とてもお茶出しや料理を席まで運べそうにない。気分が滅入るけれど、午後の昼寝をしたら、また少し痛みが治まったのです。女将がスポーツクラブから帰ってまた蕎麦屋へ行く。

 蕎麦汁の徳利が全部空になっているから、予備の蕎麦汁を詰めて一番出汁の予備で更に蕎麦汁を作っておく。そして蕎麦打ち室に入って600gだけ蕎麦を打つのです。膝を曲げたりしなければ、痛みもそれほどではないので、なんとか6束の蕎麦を打って家に戻る。車に乗り込むののにも膝を曲げるから、相当な痛みを伴うのでした。夜は昨日亭主が作っておいた焼売と、女将の作ったポテトサラダで焼酎を飲む。大相撲は横綱が二人とも負けたと女将が言う。



7月17日 木曜日 朝から蒸し暑い一日でした…

 今年は夏の前に駐車場の木々の剪定をしなかったから、枝がもう伸び放題に伸びている。朝の6時前だというのに余計に暑苦しく感じるのです。風呂上がりに膝に貼った炎症を抑える鎮痛湿布が効いたのか、痛みが昨日ほどではないのが嬉しい。ただ、膝を曲げるとやはり激痛が走るから、要注意なのです。新聞を取り出して店の中に入れば、もう暑さがこもっているから、エアコンを入れて扇風機を回す。厨房に入って小鉢を盛り付けておきます。

 6時になったら蕎麦打ち室に入って、600gの蕎麦粉を40%の加水で捏ね始める。室温は27℃、湿度は58%だから、今朝もちょうど好い硬さで生地が仕上がるのです。蕎麦玉にしてしばらく寝かせている間に、厨房に戻って昨日のブログを読み返す。煙草を一服して、また蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのです。硬さがちょうど好いから、綺麗な蕎麦か出来上がった。家に帰って女将の用意してくれた朝食を食べる。食後は書斎に入ってひと眠りです。

 再び蕎麦屋に出掛けて、厨房に入ったら、レンコンの皮を剥き、輪切りにして酢水で茹でる。薬味の葱を刻んで、大根と生姜をおろしてから、野菜サラダの具材を用意するのです。盛り付けが終わって10時半。天麩羅の具材を調理台に並べて、新しい油を天麩羅鍋に入れる。天ぷら粉も新しい袋を開けて、容器に詰めておきます。今日はテーブルを拭いて回るのは女将に頼んだので、椅子に座ってしばらく休憩するのでした。膝の調子はじっとしていれば痛くない。

 女将がやって来て暖簾を出してもすぐにはお客が来なかった。やはり外はかなり蒸し暑いのです。散歩で歩いている人の姿もない。やっとお客がいらっしたのは12時過ぎなのでした。リピーターのご夫婦で、今月で蕎麦屋を閉めるのを知っていた。帰りがけに奥様がお世話になりましたと挨拶をしていかれる。1時を過ぎてから、会社の宣伝を書いたワゴン車に乗って、若い男性がいらっした。椎茸を抜いた天せいろをご注文だったから、代わりにキスを揚げる。

 1時半になったので、女将のスポーツクラブの予約を取ったら、亭主もかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べる。女将は野菜サラダを持ち帰るために包み始めた。洗い物も少なかったから、簡単に終わるのでした。2時前になって、リフォームの業者が床やレンジフードの清掃の業者を連れてやって来た。厨房の扉を見る業者も来て、蕎麦打ち室の蕎麦打ち台を撤去する担当者も来た。いよいよ始まるのかという感じなのです。お盆の前は引っ越しも多くて忙しいらしいから、お盆を過ぎた辺りから作業を開始するのだろう。


7月18日 金曜日 今日は店を終えてから病院へ行って…

 アラームの鳴る少し前に目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲む。5時半には家を出て蕎麦屋に向かえば、雲は多いけれど青空が覗いて、晴れそうな天気なのでした。痛風の発作もピークを過ぎたのか、幸いにも仕事に出掛けようという気になるから不思議だ。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。このところ40%の加水で、好い蕎麦が打てているから嬉しい。今日は500g5人分だけ打ち足し、昨日の残りと合わせて13人分の蕎麦を用意したのです。

 家に帰る前にコンビニに寄って煙草を買ってみずき通りを戻る。青空が見えて陽も差している。梅雨もどうやら今日明日には明けそうなのです。朝食を食べ終え、ヒッチコックの白黒の映画を観ていたけれど、少しは眠らなければと書斎に入って20分ほど横になる。アラームでうたた寝から目覚めて、映画の続きを最後まで観たら、着替えと洗面を済ませて玄関を出るのでした。庭の葵の花が綺麗に咲いていたから写真に撮っておいた。紅葉葵はもっと高い所です。

 蕎麦屋に着いたらいつものように幟と看板を出し、チェーンポールを降ろしたら、厨房に入ってほうじ茶を沸かす。大根をおろしてブロッコリーとアスパラを茹で、レタスをちぎってキャベツを千切りにする。紫玉葱をスライスしたら、パプリカ、ニンジンを切って盛り付けに入るのです。今日は10時前に蕎麦屋の裏に住む小母さんがやって来て、蕎麦を二人分欲しいと言う。いつものことだから、蕎麦汁と一緒に用意してやれば、1万円札を出されたから困った。

 これから営業を始めようというのに、もう釣り銭が少なくなっている。家に電話して女将に頼んで細かな札を用意してもらい、車で急いで取りに行くのでした。ところが、昼を過ぎても昨日と同じでお客はなく、やっと宅配の青年が来てくれてほっとしたのです。あまりの暑さで家を出る人も少ないのかも知れない。1時半を過ぎたので、かき揚げを揚げて亭主も賄い蕎麦を食べる。早めに家に帰って、4時過ぎには病院に行かなくてはならないので、ひと眠り。

 4時を過ぎたら「病院に行く時間じゃないの」と、女将に起こされて、桃を剥いてもらって食べたら車に乗るのでした。午後の34番というのは、確か、5時を過ぎないと順番が回ってこないのです。待合室で待つ人もいなくなって、やっと名前を呼ばれたから、診察室に入れば、亭主が最後の患者なのか、今日は先生が椅子に座ってゆっくりと話をした。「店を閉める前に食べに行きますよ」と言って場所まで詳しく聞いたから、日曜日ぐらいには来てくれるかも…。


7月19日 土曜日 昼から急に混み出して大忙し…

 今朝も5時起き。医者の薬が効いたのか、膝の痛みはほとんど消えていた。コーヒーの代わりにブルーベリーのヨーグルトを飲んで目を覚ます。甘さに閉口して氷を入れたら随分と飲みやすくなったから不思議です。5時半に家を出て蕎麦屋に向かえば、朝からもう陽射しは強いのでした。厨房に入ってほうじ茶を沸かし、残ったお湯でコーヒーを淹れて飲む。今朝も600gの蕎麦粉を計量し、40%の加水で捏ねていく。室温が32℃もあったから少し柔らかくなった。

 家に帰って朝食の食卓につけば、昨日、亭主が買って帰った豆腐やもずくが出て、納豆まで付いたから嬉しかった。この何日間で膝の痛みに苦しんだから、女将に頼んで、忘れないうちにと食生活を改良したのでした。食後は居間の部屋でお茶をもらって、書斎に入って今朝も20分ほどうたた寝をする。洗面と着替えを済ませて、9時半前に玄関を出れば、庭の紅葉葵が真っ赤な花を咲かせていた。今朝の青空に映えて、いよいよ夏だという気になるのです。

 いつもと同じように暖簾を出したけれど、やはり暑いのか昼過ぎまでお客は来ない。と思ったら、昼からどんどんお客が入って、1時過ぎにはもう店も座る場所がないほど。後からいらっしたお客が駐車場がないと騒ぐ場面もあったりで、小さな蕎麦屋の哀しさで、どうにも仕方がないのでした。見渡せば、皆さんリピーターの方ばかりで、「今日は蕎麦はありますか?」と電話をくれる方までいらっした。最後に入ったご夫婦は、ニュータウンからいらしたとか。

 「器が素敵ですね」「天紙も季節に合わせてある」と細かなことまで気が付く奥さんが、カウンターに座って、「本当にお蕎麦が美味しい」と褒めていただいた。閉店の時間までお客がいたので、何時の間にか10人を超える人数が入って、蕎麦も二束しか残っていなかったのです。女将と二人で洗い物を片付けて、今日は3時を過ぎてしまった。家に帰って疲れたらしく「洗濯物も畳まなくてはいけないし、今日は買い物に行かないわ」と言うのでした。

 ひと休みした亭主はもう一度蕎麦屋まで出掛ける。昼に昆布と干し椎茸を浸けておいた鍋に火を入れて、小一時間掛けて出汁を取ったら、その間にカウンターに干してある沢山の盆や蕎麦皿を片付ける。天麩羅の具材も何もなくなっていたから、明日の朝も忙しくなりそうなのです。ショッピングモールまで車を入らせて、桃やスモモやサクランボに、夜は土用の鰻だと言うから、シジミを買って帰るのでした。大相撲も終わる頃に家に帰って、二人で最後の何番かを観ながら、美味しく鰻を食べるのです。亭主もさすがに付かれたので、今日は夕食の後にやっと遅い昼寝をして、風呂を出てから解禁の焼酎を飲みながら、このブログを書いているのです。

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2025年7月上旬



7月1日 火曜日 昼の暑い時間は動くのを止めて…

 夕べは8時半に風呂から上がって、もうすぐに眠くなったから、定休日なのを好いことに床に就いたのです。夜中に目が覚めてしまうかと思ったら、意外にも朝の3時過ぎまで眠ったから好かった。まあ、そんな早くからする事はないのですが、夕べのブログを書いて、居間の部屋でコーヒーを飲んでいたら、外は明るくなった来たのです。書斎の窓から庭の木槿の様子を見たら、確かに剪定の始まる前にもう花が咲いていた。今朝の仕事はここから始めよう。

 朝飯前のひと仕事に、庭の木槿の剪定の続きをし始めたら、市のゴミ袋2杯分の枝を切って30分ほどで終了。7時前にはもうお腹が空いて、今年女将が漬けたらっきょうがひと月経ったからと、食卓に出してあったので、自分でご飯をよそって食べ始める。今朝のおかずは鰯の蒲焼きだったので、後から皿に載せてもらって食べるのです。早めに朝食を終えたから、エアコンの効いた書斎に入って9時までぐっすりと眠りました。暑いと涼しい部屋でよく眠れる。

 今日の予定はまずコンビニに行って、蕎麦屋のゴミ回収の業者に支払いの代金を振り込む。そして、ショッピングモールに入っている大型電気店に出掛け、プリンターのインクと血圧測定器を買うことなのでした。帰りがけに広い店内のラジオのコーナーがあったので、いつも女将が欲しがっていた携帯ラジオの台所用を買って、家に戻るのです。屋上の駐車場に停めておいた車の中は、相当な暑さになっていた。それから蕎麦屋に出掛けて午前中の仕込みをする。

 まずは、昨日のうちに昆布と干し椎茸とを浸けておいた3㍑の鍋に火を入れて、一番出汁を取る。2㍑分だけを片手鍋に入れて返しを600cc余り加え、火にかける。これを冷やして鍋ごと冷蔵庫に入れてしまう。残った出汁はボールのまま冷やして、瓶に入れて冷蔵庫へ。次に二番出汁を4㍑作って2㍑入りの容器に二つ取り、水で冷やしてからやはり冷蔵庫に入れるのです。次にキャベツとニンジンとキュウリの押し漬けをつくり、漬け物器に入れて置いておく。

 11時半に家に戻れば、女将がキュウリと卵焼きと蒲鉾を刻んでおいてくれたので、亭主は麺を茹でたお湯でモヤシと豚肉の薄切りを茹で、皿に盛り付けるのです。二人の連係プレーで、あっという間に昼の食事が出来上がる。三日に一度はこの冷やし中華を食べているけれど、暑さが尋常ではないので飽きないのです。午後は女将のスポーツクラブの予約を終えたら、亭主はまた蕎麦屋に出掛ける。新レンコンの皮を剥いて輪切りにしたら、酢水で茹でてタッパに入れて冷蔵庫へ。水の上がったキャベツの塩漬けに昆布を切って入れたら、これも冷蔵庫に入れておく。これで午後の仕込みも終わり。


7月2日 水曜日 降ったり止んだり晴れたり曇ったりと不安定…

 朝のうちは雨が降っていたかと思ったら、昼間は晴れて青空が広がっていた。今日は薬をもらいに近所の内科に行かなければならなかったが、午前中の37番という予約なので、10時過ぎに出掛ければ好かろうと、ガソリンスタンドへ寄って給油をする。それでもまだ早すぎるから、明日の仕入れもあるので、コンビニに寄ってお金を下ろしてくる。10時半に待合室に入ればまだ24番の表示。やっと先生に診てもらったのが11時半過ぎで、薬をもらって12時を過ぎた。

 女将はスポーツクラブへ出掛ける都合があったので、先に昼を食べたらしく、亭主は一人で素麺を茹でて汁に卵を入れて食べる。食後のひと眠りもせずに、暑くなったので居間でMLBのドジャース戦を観ながら涼んでいた。1時半には家を出て蕎麦屋に出掛ける。ガレージに入れた車の車外温度は40℃にも達していた。蕎麦屋に着いたらまずは水羊羹と蕎麦豆腐を仕込み、すっかり水の上がったキャベツのお新香を、小さな漬け物器に移すのです。

 大釜に湯を沸かしている間に、玉葱や三ツ葉を刻んで、かき揚げの具材を用意したら、生椎茸、ピーマン、ナスを切り分けて天麩羅の具材を容器に詰めて冷蔵庫に入れておきます。大釜の湯が沸いたら小松菜を茹で、切り分けてタッパに詰めて急速冷凍室に入れておく。ひと休みしてもまだ3時だから、明日の蕎麦を半分だけ打っておくことにしました。時間に余裕のある時に打った蕎麦は、やはり出来が好い。加水率は40.5%でかなり硬い生地なのでした。

 蕎麦屋の店内はずっとエアコンを点けているけれど、夕方になってやっと25℃まで室温が下がってきました。空は曇って今にも雨が降りそうな天気です。帰り道に国道まで出て、酒屋で焼酎と炭酸を買って帰ります。家に戻れば、女将はエアコンを点けた仕事部屋で涼んでいました。それでも室温計は26℃近くあったのです。冷蔵庫を開ければ、さすがに三日間の定休日の間に、二人で三食食べるから、肉と魚以外は何もなかった。夜は生姜焼きでご飯を食べる。


7月3日 木曜日 外は暑すぎてお客も少なかった一日…

 今朝はアラームで目が覚めたのに、また何時の間にか眠ってしまい、時計を見れば6時を過ぎていたから慌ててしまった。取るものも取りあえず車に乗って、蕎麦屋まで出掛けていく亭主なのです。とにかく蕎麦打ち室に入って蕎麦粉を計量し、600gの粉に対して、40.5%の水はと電卓ではじき出し、捏ね方を始めるのでした。昨日のうちに半分打っておいて大正解なのです。蕎麦玉を寝かせる時間も短くして、切りべら22本で140gの蕎麦を6束仕上げる。  

 いつもの時間に家に戻って朝食を食べたら、エアコンを効かせた書斎に入ってひと眠りするのです。8時半のアラームで起こされて洗面と着替えを済ませて、今日は髭まで剃れたからまずまず。蕎麦屋に着いてチェーンポールを降ろして看板を出し、厨房に入って早速お新香を盛り付けておきました。あんなに沢山漬けたはずのキャベツの浅漬けが、水が出て少しになっているから、美味しさを閉じ込めたと思って、6鉢だけ盛っておくのでした。

 今日は昨日よりも暑く、厨房は昼間29℃まで上がった。開店の時刻にやって来た女将が「ああ暑いわねぇ」と汗を拭うので驚いた。わずか300mの距離を歩いて来ただけで、そんなに汗が出るものなのかと、車で移動している亭主には分からないのでした。相当に陽射しが強いらしい。開店前の仕事を終えて、暖簾を出してお客を待つけれど、あまり暑すぎて誰も来る気配がない。やっとやって来たのは仕事の途中で昼を食べる若者だけなのです。皆大盛りのご注文。

 女将が家を出る前に、先日蕎麦屋を訪ねてくれた友人のところから、浜名湖の鰻が届いたと言うのです。遠くからわざわざ来てくれたから、酒と蕎麦と料理の代金をもらわなかったのに、却って高いものになってしまった。割り箸やおしぼりを用意していた女将が、急に大きな声で「お父さん、おしぼりがないと言ったのに」と週末の分のおしぼりがないと言うのでした。店を終えてから、車で駅前のショッピングモールまで行って、あり合わせのおしぼりを買う。

 ついでに、最近、果物を食べていないと思って、桃やシャインマスカットを買い、夕飯に寿司の盛り合わせと野菜サラダを買って家に戻る。女将が喜んで「ありがとう」と言って、早速、一年ぶりの桃を剥いてもらった。「手で皮が剥けるから、これは美味しいわよ」と嬉しそうに言う。結局、午後の昼寝をしないままで、業者から電話が入り、もう蕎麦屋に着いていると言うから、急いで車を走らせるのでした。夜になっても気温は下がらず、暑い一日なのでした。


7月4日 金曜日 どうして一人営業の日に混むことが多いのか…

 今朝はアラームの鳴る前に目が覚めて、5時間の睡眠で我慢。でも、コーヒーを飲んだり煙草を吸ったりで、結局、蕎麦屋に出掛けたのは5時半過ぎなのでした。MLBのスポーツニュースで日本人選手の活躍を見てしまうと、どうしても寝るのが遅くなるのです。元気を貰っていながら、朝が辛く感じるのは、やはり歳のせいかもしれない。蕎麦屋に着いて、伸び放題に伸びた駐車場の雑草や木々に夏の暑さを感じて、少しずつ剪定を始めなければと思うのでした。

 昨日の蕎麦が残っていたので、今朝は500gだけ蕎麦粉を計量し、30分ほどで5束の蕎麦を打ち上げる。一人の営業の日だから、そんなに沢山蕎麦がなくてもいいのだけれど、12食分を用意して家に戻るのでした。朝食にはほっけとナス焼きが出て美味しく頂く。食後はエアコンの効いた書斎に入ってひと眠り。8時半のアラームがなる前に目覚めて、着替えと洗面を済ませたら再び蕎麦屋に出掛けるのです。玄関前の植木鉢に女将の播いた種から芽が出ていた。

 紅葉葵の種だと言っていたけれど、葉の形がどうも違う。蕎麦屋に持っていくつもりでいるらしいが、いったい何の種を蒔いたのだろう。蕎麦屋に着いてチェーンポールを降ろし、看板を出したら、早速、厨房に入って蕎麦豆腐を造っておく。宅配の若者が来ると一人で二つずつ頼むから、すぐになくなってしまうのです。今日もまた、一番でいらっして鴨せいろの大盛りと、蕎麦豆腐を二つ頼まれた。大きなグラスに氷を入れた水をお替わりしていた。

 今日はヘルシーランチセットを注文した女性の二人連れ以外は、全員が大盛りの蕎麦のご注文で、1時前に作業服を着た4人の男性がご来店で、皆さん天せいろととろろ蕎麦の大盛りを頼まれた。それで蕎麦は売り切れなのでした。野菜サラダもすべて出尽くして、1時半に皆さんがお帰りになった後は、亭主もぐったりと椅子に腰を下ろしてひと休みするのです。落ち着いているつもりでも、蕎麦湯を出し忘れたり、蕎麦猪口を出し忘れたり、結構、大変でした。

 それでも、頑張って洗い物をこなし、片付けを始めたら、今日は3時過ぎにはすべて終わって、家に帰ってゆっくりとするのです。居間の部屋は、スポーツクラブから帰った女将がエアコンを入れておいてくれたので涼しかった。亭主はまず書斎に行ってエアコンとパソコンのスイッチを入れて、居間で涼むのでした。書斎の部屋がやっと冷えてきた頃に、パソコンに向かって今日の売り上げを入力する。四人連れの男性達の天せいろが、大盛りと注文票には書いていながら、普通盛りの値段で計算していたから、やはり慌てていたのです。4時前に横になったら、6時過ぎまで寝てしまった。「そろそろご飯にしませんか」と女将に起こされて、食堂に行けば、浜名湖の鰻が鰻重の入れ物に入って並べられていたのでした。


7月5日 土曜日 朝から蒸し暑い一日でしたが…

 今朝もアラームの鳴る前に目覚めて、割とすっきりと起きられたから好かった。やはり昨日は11時になったら床に入ったのが正解なのでした。6時間は眠らないと身体が回復しないのかも知れない。コーヒーを飲んで5時半には家を出る。雲のかかった合間から、朝日が見えていました。朝から蒸し蒸しとした陽気なのです。蕎麦打ち室に入る前に、昨日のの洗い物を片付けて、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めておく。それから蕎麦打ち室に入って蕎麦打ち。

 昨日の残りの蕎麦が一把だけしかなかったので、今朝は900gの蕎麦粉を計量して、久々に硬い生地を捏ねました。10年前なら何のことはなかったものを、今ではやっとのことで、なめらかな生地にするのが大変でした。蕎麦玉を寝寝かせている間に、お新香を盛り付けて10鉢だけ用意しておくのでした。蕎麦は何とか10把取れて、今日は11把の用意で営業を開始するしかないのでした。それが綺麗になくなったから、今日も蕎麦屋は混んだのです。

 7時過ぎに家に帰れば、居間の部屋までぷーんと魚の焼けるいい匂いが漂って、今朝は脂の乗った鯖の塩焼きと、沢山のおかずが食卓に並んでいたから嬉しかったのです。食事を終えたら居間の部屋でお茶をもらって、書斎に入ってひと眠り。緊張しているせいか、8時半のアラームを待たずに目が覚めて、洗面と着替えを済ませて再び蕎麦屋に出掛ける亭主なのでした。玄関を出たところに、女将が植え替えた葵の新芽が並んでいるではありませんか。

 背の高くなる植物だから、蕎麦屋の庭の何処に植えるつもりなのだろうかと、首をかしげる亭主。大きな植木鉢に移して、駐車場にでも置いたらどうだろうか。真紅の花の咲く紅葉葵の芽がないのが残念でした。蕎麦屋に着いたらチェーンポールを降ろして看板を出す。幟は生地が切れてしまったので、あとひと月だから、もう立てないことにしたのです。厨房に入って大根をおろし、蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら、酢水で茹でて天麩羅の具材の用意をする。

 野菜サラダを盛り付け終えたら11時前で、天麩羅鍋に油を注ぎ、天つゆを火にかけて開店の準備が整ったら、もうお客の車が駐車場に入ってきた。年配の4人連れのお客だったから、店の中に入って待っていただいたのです。女将もやって来て注文を取れば、天せいろを四つ頼まれる。天麩羅が揚げ終わる頃にやっと暖簾を出して、亭主は奥の座敷でひと休みです。それから1時過ぎまでお客が絶えなかったから、この暑いのに有り難い事なのでした。

 開店前にいらっした年配のお客達は、1時間以上も大声で話して楽しそうに過ごして行かれた。女将がい言うには、歳を取ると他の人のことはあまり気にしなくなるのだとか。耳も遠くなるから自然と声が大きくなるのだそうな。狭い店の中で、あれだけ大きな声で話をすれば、他のお客に迷惑にならないかと思わないのだろうか。地声の大きな亭主は、昔からプールで選手達を指導するのに端まで届くように注意したものだけれど、歳を取ったらやはり耳は遠い。
 2時半には洗い物を終えて二人で家に帰る。今日は天せいろばかりが随分と出て、油がすっかり汚れてしまったから、明日は新しい油で天麩羅を揚げなければならない。エアコンで冷えた書斎に入って、夕方まで眠ったら、買い物から帰った女将は汗だくになって、髪の毛までびしょびしょだった。外は夕方でも相当に暑いらしい。鍋に湯を沸かして、夜はまた冷やし中華を食べる。蕎麦がなくなったので打ちに行けば明朝が楽だけれど、そんな元気はなかった。


7月6日 日曜日 暑い日なのに今日もお蕎麦が売り切れて…

 今朝も5時半に家を出て蕎麦屋に向かう。ガレージに続く階段の踊り場から、いつもなら駅前の高層マンション群が見えるのに、今朝は靄がかかって何も見えない。白や赤の木槿の花だけが元気に咲いているのでした。蕎麦屋に着いたらまずは厨房に入って蕎麦豆腐を仕込んでおく。四日間で三回も作るのは珍しい。毎日いらっしゃる宅配の青年が一度に二皿ずつ食べるから、なくなるのも早いのです。ヘルシーランチセットが出ても必ず一皿出るのです。

 今朝はどれだけ蕎麦を打とうかと、残っている蕎麦粉の量を量ったら、あと900g打つだけしかなかったので、40%の加水率で捏ね始めるのでした。水が少ないと両腕にずっしりと重みを感じる。時間をかけてこの重みと戦いながら、なめらかになった生地を蕎麦玉にして、伸して包丁切り。久し振りにエッジの効いた蕎麦を打つことが出来て、嬉しかったのです。昔はいつもこの硬さで打っていたから、両腕の腱鞘炎にもなったもの。もう無理は出来ないのです。

 家に帰って朝食を食べたら、1時間余り眠って、また蕎麦屋に出掛けていく。小鉢を8鉢準備して、大根をおろし、薬味の小葱を刻んで、天麩羅の具材を切り分ける。連日、お客が多いものだから、ピーマンが残り少なくなったので、女将に言って家からインゲンを持って来てもらったのです。余分な仕事をした割には、野菜サラダを盛り付け終えても11時前には開店の準備が整った。今日で今週も終わりと思うと、元気が出るというものなのです。

 暖簾を出して女将とお客を待てば、タクシーに乗った四人連れが蕎麦屋に歩いて来る。見覚えのある姿だと思ったら、歳を取った昔の教え子たちと、もう直ぐ70歳の定年を迎えるかつての同僚なのでした。店を閉めることを聞きつけて、訪ねてくれたらしい。少し閉店の経緯を話しながら、天せいろを四つあげている間に、もう次のお客がいらっしてテーブルに座る。更にカウンターにも常連さんが次々と座るのでした。すぐに今朝打った蕎麦の数に達したのです。

 ゆっくりと話も出来ずに、四人連れは帰って行った。お互いが元気でいるのを確認しただけの短い再会なのでした。有り難い事なのです。2時半には洗い物を終えて、二人で家に戻る。今日は天せいろと鴨せいろが半々の数だけ出た計算です。今週は、あまり残り物も出なかった。それだけお客が多かったのです。夕方までひと眠り擦る亭主と夕方から散歩に出る女将。夕飯は素麺と鰻に卵を散らしておかずにする。風呂を出たらまた眠くなったので8時に就寝。


7月7日 月曜日 あまりにも暑すぎて今日は汗だくなのでした…

 夕べは疲れ果ててあまりにも早く床に就いたので、やはり朝の3時過ぎにはもう目が覚めてしまいました。7時間の睡眠だから、かなり正常な身体の回復なのです。パソコンに向かって蕎麦屋への引っ越しの準備に、何をどこから始めたら好いか書き出したのです。厨房のレンジを取り替えて、床や壁を掃除してもらう事から始まって、トイレの床や店内の天井のひび割れを直してもらう事など、ひとつひとつ書きだして、優先順位を決めておかないといけない。

 それでも6時になったらまた眠くなって30分ほどひと眠り。朝食を終えたらまた30分ほど眠って、着替えを済ませてお袋様に電話をする。昨日のうちに仕入れは月曜日にしようと話してあったので、お袋様を迎えに行って農産物直売所と隣町のスーパーに出掛ける。朝から陽射しは強く、家に帰って来たときにはもう汗だくで、下着もシャツもすべて取り替えなければならないほどなのでした。昼はスパゲッティーを茹でて、久し振りにナポリタンを作って食べる。

 食後は居間の部屋でテレビの映画を1本観て、女将がスポーツクラブに出掛けた後は、蕎麦屋に行こうかと思ったけれど、まだ暑すぎるので、書斎に入ってまたひと眠りする。1時間ほど眠ったら、女将はもう帰っていた。夜は女将が焼売を食べたいと言うので、店に行く前に団地の中の西のスーパーに寄って、餃子と焼売の材料を買ってくる。店に寄って大根のなた漬けを漬け、天麩羅の具材の南瓜を切り分けてタッパに詰める。家に帰ってレンジでチーン。

 5時過ぎには家に戻り、台所で玉葱をみじん切りにして、挽肉を混ぜて調味料と片栗粉を加え、焼売の皮で包むこと15分。後は女将に任せて、夕飯には店で残った鴨肉と葱の塩焼きと、作ったばかりの焼売が食卓に並ぶのでした。久し振りにご飯は食べずに、焼酎の炭酸割りで美味しく頂く。今日も風呂を上がったらすぐに眠くなったけれど、少し我慢をしてこのブログを書いている。明日は午前中に蕎麦粉が届くから、店に行っていなければいけない。



7月8日 火曜日 日に日に暑くなるような気がして…


 夕べは9時まで我慢してブログを書いていたけれど、朝が早かったからか眠気に負けた。朝の4時前に暑くて目が覚めて、やはり、7時間ぐらいで目覚めてしまうものだと思った。日中もかなりひと眠りを繰り返しているのに、どうしてこんなに眠れるのか。今朝も居間の部屋でコーヒーを飲みながら、蕎麦屋に出掛けて紫陽花の終わった花を切った方が好いかと考えていたけれど、5時過ぎにまた眠くなって再び床に入る。朝飯前に目覚めるから不思議なのです。

 今日は午前中に蕎麦粉が届く日だからと、9時には家を出て蕎麦屋に出掛ける。昨日干し忘れた洗濯物を干して厨房に入り、水の上がった塩漬けの大根を漬け直し、甘酒の素と砂糖、唐辛子、刻み柚子を加えて、タッパに入れて冷蔵庫で保存する。次にキャベツとキュウリとニンジンを切り分けて、漬け物器に塩で漬けるのです。一度に漬けると全体に塩が回らないと思って、キャベツはキャベツだけで、キュウリとニンジンは別のボールで一度塩をまぶした。

 次にピーラーでレンコンの皮を剥いて輪切りにし、酢水で茹でて天麩羅の具材を用意した。少し細いから、一度に二枚ずつぐらい盛り付けないと物足りないかも知れない。新レンコンなので白い色が鮮やかなのでした。11時半を過ぎてやっと蕎麦粉が届いた。見ればいつも蕎麦屋に食べに来る青年が運んで来てくれて、「ギリになって済みません」と言いながらカウンターの上に荷物を置いた。これでやっと家に帰って昼食の支度をする事が出来るのでした。



7月9日 水曜日 朝の8時から30℃を越える暑さで…

 夕べは10時に床に就いて、今朝は4時に目が覚めた。徐々に営業日の生活時間帯に戻っているからひと安心。朝食はニラの卵綴じと鰯の蒲焼きを女将と半分ずつ食べた。昨日、餃子を作った残りの韮を上手い具合に消化したのです。女将が「庭のモミジアオイが咲いたわよ」と言うので、蕎麦屋に出掛ける前に庭に出て写真を撮っておくのでした。暑さに負けずに、もう何十年も、毎年咲いてくれるから嬉しい。これを何とか蕎麦屋の庭に持って行けないか。

 朝から30℃もあるので、蕎麦屋に出掛けても店の中は28℃と、かなり暑かったのです。花の終わった紫陽花の枝を、少しだけ切ったら、もう暑くて敵わない。エアコンの効いた店の中に戻って、厨房で水羊羹を仕込み、冷ましている間に蕎麦豆腐を造る。玉葱をスライスして、ニンジンを刻み、三ツ葉を刻んだらかき揚げの材料は終了。生椎茸とピーマンを切り分けて、ナスを四等分して切れ目をつけたら、天麩羅の具材も完了です。薬味の細葱を刻んで終わり。

 昼は家に帰って冷やし中華を作る亭主。あまりにも暑いので、午後の仕込みは夕方にしようと居間の部屋で涼んでいたら、女将は昼過ぎにいつものようにスポーツクラブに出掛けて行く。彼女が無事に帰ってきたのを見届けてから、蕎麦屋に出掛けて行く亭主。エアコンを点けたままにしておいたから、涼しくなっているかと思ったら、27℃もある。湿度が下がっているから過ごしやすいのです。お新香を小鉢に盛り付けて、冷たいほうじ茶を飲んでひと休み。

 残る仕事は明日の分の蕎麦打ちですが、最近はお客が多いので、今日は750gを打って8人分の蕎麦を用意しておきました。明日の朝に5人分打てば、13食の用意が出来るという計算です。5時半に家を出ても十分に紫陽花の枝を切る事が出来る。6時から蕎麦打ちを初めても間に合うという計算なのです。明日のドジャース戦は午前3時からと言うから、少しはテレビを観ていけるだろうか。蕎麦は加水率40.5%でもまだ少し柔らかい生地なのでした。

 5時半に家に帰り、再び台所に立って、モヤシとニラの残りと肉とをごま油で炒めて、隣の火口で餃子を焼く。テレビは何も面白い番組がないので、書斎に入って引っ越しの段取りと修理、取り替えの区別を写真を添えて用意しておく。換気扇や床や調理場の壁は掃除してもらう事にして、どれだけ費用がかかるのかを出してもらう事にしたのです。これに建物の周りに伸びた木や雑草を綺麗にしてもらうと、かなりの額がかかるだろうと思うと、出来ることは自分でやっておこうという気になるけれど、この暑さではどこまで…。