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2025年5月下旬



5月20日 火曜日 また暑くなって今年最高の気温…

 午前5時半にはもう蕎麦屋の向かいの森から朝日が昇っているから、いよいよ夏の気配なのです。朝から薄陽は差すけれど、青空が見せれなかった。夕べは10時半に眠ったから、今朝は5時前まで目覚めることがなかったのです。これが一番快適に睡眠が取れるパターンだから、少し続けられれば好いのだけれど。蕎麦屋で洗濯物を畳んだり、子ども会の廃品回収に出す新聞紙や、以前購読していた料理の本などを紐で括って、家まで持って帰るのでした。

 朝食を終えてひと休みしたら、食後のひと眠りはせずにテレビの洋画を観て、お袋様に電話をして仕入れに出掛けるのでした。薄手のズボンに半袖のシャツを着てはいるけれど、それでも外は暑いので窓を開けたまま車を走らせる。風が少し強いけれど、涼しいと言うよりも生ぬるくて気持ちが悪いのです。無事に買い物を済ませてお袋様を家まで送ったら、蕎麦屋に戻って大根のなた漬けの準備をする。返しの仕込みの準備をしたらもう昼の時間なのでした。

 家に帰ってパスタを茹で、先週店で残ったトマトやレタスを添えて、買って帰ったトンカツを載せ、ベロネーズ風にして食べる。今日はいつも買う高いミートソースが売り切れだったので、三分の一ほどの値段の一番安いミートソースを買ったのですが、塩辛いだけで肉の風味がまったくなかった。女将には80g、亭主は120gのパスタを茹でて、腹一杯になったら急に眠くなった。ドジャースはまた負け試合で、昼寝から目覚めて最後を観て蕎麦屋に出掛ける。

 蕎麦屋の中も相当な暑さで、エアコンを冷房で入れて凌ぐ。返しを作って冷ましたら大甕に移す。溜まった空瓶を外のゴミ箱の上に出しておいたら、業者が来て草取りのゴミと生ゴミと一緒に持って行ってくれた。予備の一番出汁で蕎麦汁を作り、二番出汁の残りで天つゆを作っておく。明日の朝の出汁取りの準備をして、家に帰って大相撲を観る。車外温度は30℃で今年一番の暑さなのです。夜は手巻き寿司だったけれど、亭主は足りないので冷やし中華を作る。




5月21日 水曜日 今日も暑さ記録更新で30℃になる佐倉だが…

 夕べは11時に床に就き、今朝は4時半に目が覚めた。ちょっと寝不足だったけれど、今日は隣のそのまた隣の町にある市民病院に診察に行く日なのでした。3月に長い時間をかけて検査を受けて、そのデータが3ヶ月間は有効なので、そろそろ期限切れになるから、予約を取っておいたのです。前回は手術当日に血圧が180もあったので、急遽、中止になり、地元の診療医で薬をもらって2ヶ月、やっと140まで下がったのです。5時半に家を出て蕎麦屋に向かい、昨日出汁取りの準備をしておいたので、出汁を取って家に帰る。

 家に戻って朝食を食べたら、書斎で少し横になったけれど、8時半には出掛けなければならなかったので、ゆっくりとは眠れなかった。市民病院はいつも混んでいるから、空いている駐車場を捜すのにもひと苦労。広い敷地の奥の空いている一角に車を停めて、正面玄関まで200mほど歩いたら受付に着く。診察券と保険証と毎日の血圧測定の記録を出せば、1番の番号札をもらって、広いから離れた所にある診療室の前の椅子に座って、9時の診察開始を待つのでした。今日はまた随分と待っている人がいる。

 無事に手術の日程が決まって、一時間ほどあちらこちらで説明を聞いたら、やっと開放です。帰り道にあるいつも行くスーパーに寄って、昼は暑いから冷やし中華にしようと、女将に言われていたのでシマダヤの冷やし中華を買ってトマトとモヤシに、夜のカツ煮のためにトンカツを一枚、冷凍食品のコーナーでたこ焼きと鶏肉の塩唐揚げを買って家に帰る。家に帰ったら早速亭主が台所に立ち、具材を準備して麺を茹でる。女将は卵焼きを作って切ってくれた。野菜たっぷりで栄養満点の冷やし中華は、とても美味しいのでした。

 ドジャース戦をテレビで観ながら、満腹になったので眠くなってしまい、書斎で昼寝をしたのです。一時間以上もゆっくりと眠って目を覚ませば、まだドジャース戦が延長戦に入って、逆転する場面を見ることが出来たのです。スポーツラブに出掛けた女将の帰る前に、蕎麦屋に出掛けて残った仕込みを開始する。外は暑くて蕎麦屋の中も27℃もあるので、エアコンの冷房を入れて厨房に立つのでした。まずは昨日作っておいた蕎麦汁を空の蕎麦徳利に詰めて、今週は好いキャベツがなかったので、切り干し大根の煮物を作る。

 そして、天麩羅の具材を切り分けて、蓮根の皮を剥き、酢水で茹でている間に、掻き揚げに入れる三ツ葉や薬味の葱を刻んで、午後の仕込みを終えるのでした。蕎麦を打っておけば明日の朝が楽なのでしたが、集中力が途切れたのでここでお終い。4時半には家に戻って大相撲を観る。新しい力士に混じって、顔を知っている昔上位だった力士達が頑張っている姿を見て、勝負の世界の厳しさを思い知るのでした。5時を過ぎたら女将もやって来て、一緒に取り組みを観戦するのです。まずはハラミの串焼きで日本酒を飲む亭主…。



5月22日 木曜日 朝から蒸し暑く、昼から晴れて…

 今朝も5時前に目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲みながら朝のニュースを見る。5時半には家を出て車で蕎麦屋に出掛けたけれど、朝からとても暖かいのでした。明け方に雨が降ったらしいけれど、昨夜の天気予報とは違ってその後は降らなかった。蕎麦打ち室に入って、今朝は900gの蕎麦を捏ねて、9人分の蕎麦を打つのでした。日中は暑くなりそうだから、お客も増えるのではないかと思ったのです。家に帰って女将の用意した朝食を美味しく食べる。

 以前なら、食後のひと眠りに書斎に入るのだけれど、最近は食後に書斎で横になっても眠れない。30分ほど頑張ったけれど、眠れないので起き出して洗面と着替えを済ますのでした。何かのきっかけで習慣付いたのが、この場合続いてしまうのは好いのか悪いのか。9時前に蕎麦屋に着いて、幟と看板を出し、チェーンポールを降ろしたら、これもいつもの習慣で大根と生姜をおろそうと思ったら、生姜を仕入れで買い忘れたのに気が付いたのでした。

 時間が早かったから、しかも車で出勤したから、急いで農産物直売所へ生姜を捜しに出掛けたのです。ちょうど開店したばかりで、店内を捜して生姜を見つけたから、「これだけで済みません」とレジに持っていけば、「いつも買って頂いてありがとうございます」と言われて恐縮するのでした。5分後には店に帰って厨房で生姜をおろす。新鮮で汁が垂れるほどみずみずしいので嬉しかったのです。野菜は新鮮なものを使うのが一番好い。味も勿論素晴らしいのです。

 次に野菜サラダの具材を刻んで、今日も三皿盛り付けていく。ニンジンもブロッコリーもキュウリもトマトもスナップエンドウも、みんな農家が作った朝採りの新鮮な野菜だから、自信を持ってお客様に出せるのです。次に、苺大福を四皿分包んでカウンターに並べる。テーブルを拭いて天麩羅の具材を調理台に並べ、新しい油を天麩羅鍋に注いだら、もう開店の準備は終わりなのです。まだ11時前なのでした。しばらく休憩していたら、やっと女将がやって来た。

 湿度は高く、店の中はエアコンの冷房を入れないと暑いくらいだったけれど、外が晴れて来たのは昼からなのでした。最初に来店したお客は、このところ毎日のように来てくれる宅配の青年で、あまり暑いものだから冷たいとろろ蕎麦の大盛りに、いつものように野菜サラダと蕎麦豆腐を二皿のご注文。続けて、二組お客が入って、皆、顔を知っている常連さん達なのでした。皆さん7月で閉店するのを知っているから、頻繁に来てくれるのかも知れない。
 1時過ぎにあと二組入って、今日用意した蕎麦はすべて売り切れた。暑くなると蕎麦を食べたくなるのかも知れません。その割には天せいろがあまり出なくて、せいろ蕎麦やぶっかけ蕎麦が多いのは諸物価高騰の煽りなのだろうか。2時半には洗い物を終えて女将と家に帰る。野菜サラダもすべて出尽くしたから、夜は亭主が冷やし中華を食べて、女将は残った食材で済ませていたようでした。夜は弟に亭主の手術日を知らせて、迎えに来てもらうように頼んだ。


5月23日 金曜日 一人営業日なのに混んだ日…

 5時にアラームで目覚めることが習慣化してきたのは嬉しい。ただ、前夜の就寝の時間がなかなか一定にならないのが、悩みの種なのです。夕べはやはりMLBの試合の結果をテレビで見てしまった。11時を過ぎてから眠ると、少し寝不足感が残るような気がするのです。今朝も5時にアラームで起こされて、コーヒーを淹れて居間の部屋でぼうっとした頭をすっきりとさせ、5時半には家を出て蕎麦屋に向かうのでした。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。

 蕎麦を打ち終えた帰りに、駅前のドラッグストアに行って、消毒液の詰め替えを購入し、コンビニに寄って煙草を買う。家に戻ったのは7時過ぎだったけれど、女将がちょうど朝食支度を終えるところなのでした。季節の物でグリンピースご飯が珍しかった。食後はお茶も飲まずに書斎に入ってひと眠りする。8時半にアラームをセットしてあったから、ぴったり1時間眠ったことになる。着替えを済ませて車で蕎麦屋へ行き、まずは小鉢の盛り付けをしました。

 その後、蕎麦豆腐を仕込んで、いつもと同じように大根をおろし、野菜サラダの具材を刻んだら苺大福を包む。今日は女将の来ない日だからと急いだら、11時には開店の準備が整ったのです。昨日に続いてお客の入りは順調で、生舟の中の蕎麦は1時過ぎには空になった。今日は午前中は涼しかったので、二日続けてお客が入るのは珍しいのです。給料日ということも関係するのだろうか。盆や皿を洗う暇がなかったので、3時前までかかって洗い終わる。

 3時10分にはお袋様を車でショッピングモールの隣にある内科に連れて行かなければならなかったので、洗い物は洗いかごに伏せたまま出掛けて行くのでした。以前通院していた内科が閉院になったので、今日が初めての診察だから、随分と時間がかかった。2時間以上駐車場で待って、更に近くの混んでいるドラッグストアの薬局で薬をもらうのにも時間がかかった。家に帰ったのは6時過ぎで、女将も驚いていたのです。夕食後に少し書斎でひと眠りをする。



5月24日 土曜日 涼しい一日だったにもかかわらず…

 今朝はアラームの鳴る10分前には目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを淹れて飲む亭主でした。昨日の蕎麦が全部売り切れてしまったから、今朝は二回蕎麦を打たなければいけない。そんな思いで緊張していたのかも知れません。気温は上がらないけれど、昨日と一昨日の混みようを見ると、土曜日の今日はもっとお客が来るような気がしたのです。昨日は洗った器や皿を洗いかごに伏せたままだったから、その片付けもあるので5時半前に家を出て蕎麦屋へ行く。

 600gの蕎麦粉を二度に分けて捏ねて、蕎麦玉を二つ作って寝かせる。その間に厨房に入って盆や蕎麦皿を片付けるのです。小鉢もまったくなくなっていたから、大根のなた漬けと切り干し大根を全部盛り付けたけれど、8鉢にしかならずにこれでは足りないと、キャベツとニンジンとキュウリを塩で漬け、昆布を加えて浅漬けを作っておくのでした。蕎麦打ち室に戻って、蕎麦玉を伸して畳んで包丁切り。同じ事を二度繰り返して13食の蕎麦を用意したのです。

 家に帰って朝食の食卓に座れば、冷蔵庫に野菜がなくなったと、モヤシの残りを塩コショウで炒めた一皿が出たので驚いた。亭主の考案だから美味しいのだけれど、キュウリのぬか漬けと銀ダラの煮付けがあったので、なんとかご飯を食べられたのです。食後は書斎に入って8時半にアラームが鳴るまでひと眠り。洗濯物を干していた女将が「ウチワサボテンの花が咲きましたよ」と言うので、玄関脇まで出て写真に撮っておく。蕾が沢山あるので楽しみなのです。

 「行って来ま~す」と門を出れば庭の片隅にサツキが咲き始めているのに気づく。お隣のツツジが終わった頃に咲くので、50年近くも咲き続けているのです。木槿や南天の影に隠れて小さくなっているけれど、その生命力には驚かされるのです。この花も蕎麦屋に持っていきたいと女将が言っていたので、移植しなければならない。土曜日の朝は幼稚園も休みだから、誰にも会わずに蕎麦屋まで歩く。向かいのサツマイモ農園が朝市の店を開いていました。

 看板と幟を出して、チェーンポールを降ろしたら、厨房に入ってまずは大根をおろして、すっかりなくなっていた天麩羅の具材を切り分けて、野菜サラダを盛り付ける。キャベツとキュウリの浅漬けが漬いた頃なので、小鉢に盛り付けておきます。女将が来て「雨が降りそうな天気だわね」と、外に干した洗濯物の心配をしていた。11時過ぎには開店の準備が整って、早お昼を終えて再び女将がやって来た頃には、外は少し明るくなっていたのです。

 それでも涼しいから今日はどれだけお客が来るかと心配していたら、常連さんのご夫婦がいらっして、ヘルシーランチセットを頼まれて、いつも亭主のブログを読んでくれているからいろいろと話をする。更に、このところ毎日来てくれる宅配の青年がやって来て、鴨せいろと野菜サラダと蕎麦豆腐のご注文。昼を過ぎて続々とお客がいらっして、洗い物をする暇もなくなりました。最後のお客が帰ったのはもう閉店時間を過ぎていたのです。昨日よりお客は多い。

 お客が多ければ洗い物も多いので、女将と二人で洗い物と片付けを終えたのは2時半を過ぎていた。店でなくなった野菜類の買い出しを、買い物に行くという女将に頼んで、家に帰ってひと休みしたら、亭主は書斎で横なってひと眠りなのです。目覚めればもう5時過ぎで、大相撲もいよいよ佳境に入るところ。女将が買い物で歩いて暑くなったからと、夕食ははじめは嫌がっていた冷やし中華にする事になった。亭主が台所に立って準備をしながら、二人で立ったままで食堂のテレビで大相撲を見ていたのです。
 冷やし中華を食べながら、無事に贔屓の力士の勝った取り組みを見終えて、次の横綱の一戦を見届けたら、亭主は蕎麦屋に行く準備を始めるのでした。今日も混んだから、蕎麦も小鉢も蕎麦汁も、何もなくなってしまったのです。女将の買ってきてくれた野菜類をビニール袋に入れて、車で蕎麦屋まで出掛けたのが6時過ぎ。それから約2時間、キャベツとキュウリとニンジンの浅漬けを漬けて、鯖豆腐を仕込み、蕎麦汁を空になった徳利に詰め、小松菜を茹でて、明日の朝のために少しでも打っておこうと600gだけ蕎麦を打って家に帰る。夜の仕込みも久方ぶりで、昔は体力があったと痛感した。


5月25日 日曜日 雨の朝、四日続けては混まなかった…

 半袖で眠ったら寒さに震えて目が覚めた。今朝も5時のアラームが鳴る前に起き出してコーヒーを淹れる。薄着のままでは暖房を入れないと寒いので、エアコンを点けて寒さを凌ぐのでした。コンビニで煙草を買い、朝飯前のひと仕事に出掛ける。夕べ6人分だけ蕎麦を打っておいたから、今朝はもう6人分打つだけで好かった。カウンターに干してある昨日の洗い物を片付けて、小鉢を盛り付けておきます。蕎麦打ち室に入って蕎麦玉を伸して畳んで包丁切り。

 家に帰れば朝食の時間で、今朝は鮭の塩焼きとキャベツの浅漬けとシラスおろしという質素なものでしたが、グリンピースご飯を解凍して何とか間に合わせたのです。食後は例によって書斎に入ってひと眠り。アラームの鳴る8時半まで1時間ほど眠りました。朝の雨は上がっていたので、日曜日だしお客が多いと困ると思って、歩いて蕎麦屋まで行く亭主なのでした。気温は予報ほども上がらずに涼しい朝なのです。日曜日だから人影もなく、車も見かけない。

 幟と看板を出してチェーンポールを降ろしたら、厨房に入ってまずは大根をおろします。女将がやって来て、店の掃除を終えたら、洗濯物を畳んでくれた。亭主はブロッコリーとスナップエンドウを茹でて、野菜サラダの具材を刻んでいくのです。10時半にはサラダ三皿が仕上がり、苺大福を四皿包んで開店の準備は整うのでした。開店の時刻の10分ほど前に車が駐車場に入ったから、暖簾を出して中に入っていただく。天せいろの大盛りを二つ頼まれた。

 天せいろを出したところで、常連のご夫婦がいらっして、ご主人はいつもと同じカレーうどん、奥様はとろろ蕎麦をご注文なのでした。前回は奥様が歩けなくなったからと、ご主人だけいらっしたけれど、来月、二週間ほど入院して手術をするのだという。それから空が暗くなってきたからかお客は来なかった。1時を過ぎたので亭主は賄い蕎麦を食べる。天麩羅の具材が残りそうなので、家に持ち帰ろうと天麩羅を揚げていたら閉店5分前に男性客がやって来た。

 閉店の時刻を知っていたのか、ものの5分でお出ししたぶっかけ蕎麦を食べて、男性は店を出て行かれた。洗い物はほとんど終わっているから、後片づけと家に持ち帰る残り物をまとめて、2時半には蕎麦屋を出るのでした。14食用意した蕎麦は10食も残ってしまったので、明日、お袋様を病院に送る帰りに、苺大福と一緒に持っていってもらおう。夜は揚げて帰った天麩羅で、女将はご飯を亭主は蕎麦を茹でて食べる。大相撲の千秋楽も最後は横綱が勝った。


5月26日 月曜日 なにか薄ら寒いような陽気の定休日…

 今朝は4時前に目が覚めてしまい、もう一度眠れるかと思ったけれど、横になっても眠くならない。身体を休める定休日のはずが、5時には朝飯前のひと仕事に蕎麦屋に出掛けるのでした。蕎麦屋の向かいのサツマイモ農園の畑では、もう苗を植え終わり、これからの成長を待つばかり。空はどんよりと曇って、朝は少し寒いくらいなのです。まだ日の出の時刻だけれど、青空は見えてきそうないのです。蕎麦屋の厨房に入って、今日の予定を考えるのでした。

 まずは奥の座敷に干してある洗濯物を畳み、洗濯機の前にいって昨日の洗濯物を空いた物干しに干していく。女将と亭主の作業着と前掛け以外は、昨日はお客が少なかったので、あまり沢山の量はなかった。時間があるので、それから駐車場に出て、気になっていた枝の剪定を始める。駐車場に入ってくる車のセンサーに反応しないように、出っ張った枝だけを切っていくのですが、それでもすぐに90㍑のビニール袋は一杯になった。約40分の剪定作業なのです。

 家に帰って朝食を食べ、食後は書斎に入って8時半までひと眠りするのでした。今日は10時にお袋様を病院につれて行かなければならないので、それまでちょうど好い具合に、BSでMLBのドジャース戦が始まっていたので、しばらく観ていたのです。10分前にはお袋様のマンションに行き、下で待っていれば彼女が現れる。病院の駐車場はいつも満杯で、空いたスペースに車を入れて、彼女の帰りを待つのでした。帰りにドラッグストアに寄って家まで送る。

 家に戻ればちょうど昼の準備の時間で、女将が大鍋を火にかけて天麩羅をフライパンで焼いていてくれた。亭主はお新香を出して、蕎麦を茹でたら二人で昼を食べるのです。一人前では少し物足りないから、蕎麦湯を飲んで腹の足しにする。女将がスポーツクラブに出掛けた後は、書斎で横になったけれどさすがに眠れない。2時前に蕎麦屋に出掛けて、朝のうちに準備しておいた出汁を取る。先週の二番出汁が残っていたので天つゆを鍋に一杯作っておいた。

 1時間ほどで出汁取りは終わるのでしたが、食材がないので他にすることがなかった。家に戻る前にコンビニに寄って、明日の仕入れのお金を下ろし、やはり腹が減っていると感じたから、卵サンドと牛乳を買って家に持って帰って食べる。女将の帰る前にパソコンの前に座って、今月の残った支払いを確認する。地震保険の金額が大きい。車の税金もネットで支払いを済ませておいた。明日は仕入れに行って、お金が残れば床屋に行きたいのだけれど…。


5月27日 火曜日 昨日は10時半に床に就いたけれど…

 4時半に目が覚めて5時までは床の中にいた。少し頭が働くようになったら、台所でお湯を沸かしてコーヒーを淹れる。居間の椅子に座ってコーヒーを飲みながら、『今日は何日だ?』とカレンダーを見るのです。5月も残り僅かなのです。5時半になったら、荷物があったので車を出して蕎麦屋まで行けば、今日も朝が寒い曇り空。一度、暖かいのに慣れてしまっているから、16℃でも寒く感じる。店の中はそれでも19℃はあった。蕎麦汁の補充をして家に帰る。

 まだ6時過ぎだったけれど、剪定ばさみを手にして玄関前の木槿の木を切っていく。正面の右側の木槿も少し切って、サツキの木が見える程になったら右手の雪柳と南天の木にも鋏を入れて、店から持って来た90㍑のビニール袋が一杯になったところで、作業を止めるのでした。今日は店で契約している業者のゴミ回収の日だから、次に店に行く時に車でビニール袋ごと持っていくのです。家に入れば6時40分。女将が物音に気づいて起き出して来た。

 亭主はナスを切ってフライパンで焼き、お新香を小鉢に盛り付けて冷凍のご飯をチーンする。女将は魚を焼きながら味噌汁を作り、7時10分には朝食を食べ始めることが出来たのです。居間の部屋でお茶をもらって、7時半には書斎に入ってひと眠りを始める。小一時間眠って洗面と着替えを済ませ、お袋様に電話をして迎えに行くのでした。農産物直売所に出掛け、トマトや春キャベツや生椎茸などを買い、残りは隣町のスーパーで揃えて店に戻る。

 明日は集会所で体操があるというお袋様は、昨日病院に行ったから来週は通院がないのだと言っていた。来週は亭主が耳の裏の腫瘍の手術をして翌日も診察を受けに、隣のそのまた隣の街の大きな病院まで行かなくてはならないのでした。「歳を取るとみんなどこか悪くなって、病院通いに忙しくなるのよ」と、家の女将が病院に通っていないのを、大したものだと褒めるのでした。買って帰った野菜類を蕎麦屋の冷蔵庫に収納したら、昼の準備に家に帰るのです。

 女将が買い物から帰る前に、女将に頼まれた魚と肉は冷蔵庫に入れ、果物は食堂のテーブルに置いておく。今日は寒いので冷たい蕎麦は止めにして、スパゲッティーとトンカツを買って帰ったから、いつものトンカツを載せたスパゲッティーボロネーズを作るのでした。女将は80g亭主は120gのスパゲッティーを茹で、大きなカツは二切れだけ残して全部載せてソースを掛ける。残ったカツは明日の朝、カツ煮にしておかずにするのです。満腹になって大満足。

 食後のお茶をもらっても寒いのでストーブを点けていたら、眠くなったので書斎に入り小一時間昼寝をするのでした。2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を終えたら、買い出しのお金が余ったので、月に一度の床屋に行ってさっぱりとする。帰りに国道沿いの酒屋に寄って焼酎と炭酸を買うだけの金額は残っていた。一度家に帰って荷物を置き、家の漬け物器を借りて蕎麦屋に出掛ける。厨房に入って、大根のなた漬けの下ごしらえに大根を切って塩で漬けた。

 今日の大根はかなり大きくて125円だったから、野菜も随分と安くなった。天麩羅の具材の南瓜を切り分けて、家でチーンしてくるためにタッパに入れておく。それから蓮根の皮を剥いて、酢水で茹でるのです。これで今日の午後の仕込みは終わり。明日は天麩羅の具材を切り分けるだけだから、午後から蕎麦でも打っておくことにしよう。週末の天気が気になるところだけれど、こればかりは予報を当てには出来ないのです。出来ることはやっておこうと思う。


5月28日 水曜日 久し振りに青空と陽の光が拝めた日…

 少しだけ剪定した金木犀と花の咲き始めた美央柳の向こうにお花畑が広がり、久し振りに青空が覗いている。今朝は朝飯前のひと仕事はお休みで、朝食を食べてから蕎麦屋にやって来たのでした。厨房に入って、昨日漬け込んでおいたキャベツとキュウリとニンジンの浅漬けを取り出して、小鉢に盛り付けました。塩を抜くのに水にさらして、朝採りの野菜の美味しさだけが頼りの一品です。大根のなた漬けにする大根は、塩で漬けてやっと水が上がってきた。

 今日は残った仕込みが、天麩羅の具材の切り分けと蕎麦打ちだけだから、1時間ちょっとで終わるので、10時過ぎには家に戻って、木槿の剪定の続きを始めるでした。店から持って来た90㍑のビニール袋が一杯になるまで約40分間、先日の剪定を終えた一本の隣の木槿を切っていく。道路側に伸びた枝は、自分の身体が落ちると心配なので、全体の見通しが好くなってから刈ることにする。郵便局から帰った女将を捕まえて、「水仙の葉を切ってもいいの?」と問う。

 球根が育つまでは切らないでと言われていたから、木槿の木の下にもじゃもじゃと伸びた葉が汚らしいので、早く切ってしまいたかったのです。もう切っても好い頃だと言われたけれど、昼の用意があるからまたの機会にする事にして家の中に入るのでした。昨日は寒くて食べる気がしなかった蕎麦を茹でて、二人でとろろ蕎麦にして昼食を済ませる。タンパク質は女将の作ってくれた高野豆腐の煮物だけ。蕎麦湯を飲んで空腹を紛らわせる亭主なのでした。

 亭主が食後のひと眠りをして居る間に、女将はスポーツクラブに出掛けて行く。1時間ほどで目を覚ませば、随分と暖かくなっているのでした。テレビの洋画を観ながらコーヒーを淹れて飲んで、午後の仕込みの段取りを考える。生椎茸とピーマン、ナスの天麩羅の具材を切り分けて、掻き揚げ用の玉葱をスライスしたら、午前中に漬け直した大根のなた漬けを小鉢に盛り付ける。そして、明日の蕎麦を半分だけ打っておけば、明朝の仕事が楽というもの。

 女将が帰ってきたので、そろそろ亭主は蕎麦屋に出掛けなくてはならない。家で考えた段取り通りに、冷凍された白餡を氷砂糖と水に溶かして火にかけたら、天麩羅の具材を切り分けて、なた漬けを小鉢に盛り付けるのです。最後に蕎麦打ち室に入って600gだけ蕎麦を打つのでした。時間に余裕があるからか、一つ一つの仕事を確認しながら進めることが出来る。打ち上がった蕎麦は生舟に並べて、固まってきた白餡をタッパに詰めたら、家に帰るのでした。

 5時半になっていたから、女将がキャベツとニンジンを切って、食堂でニュースを見ながら亭主の帰りを待っていました。夜は野菜炒めにすることになっていたのです。蕎麦屋から持ち帰ったピーマンを加えて、亭主が中華鍋を振って肉野菜炒めを作るのです。油を多めに入れて、肉と玉葱を炒めたらキャベツとニンジン、ピーマンを入れて、塩と鶏ガラの粉末、砂糖を加えて蓋をする。全体がしんなりとしてきたら、コショウと水溶き片栗を注いで大皿に盛り付けるのです。わずか5分で仕上がるから楽なものです。


5月29日 木曜日 曇り空だったけれどお客が入った…

 夕べは10時半に床に就いた。すると朝は4時半に目が覚める。亭主の最近の睡眠パターンなのです。台所で湯を沸かしてコーヒーを淹れたら、居間の部屋で椅子に座って一服しながら飲む。テレビのデータ放送で天気予報を見て、今日一日の気温と雨の有無を確認するのです。早朝は荷物があったので車で蕎麦屋に行き、蕎麦打ち室に入って、600gの蕎麦を打つ。夕べやはり600gの蕎麦を打ったから合わせて12人分の蕎麦を用意したことになる。

 家に戻って朝食を食べたら、書斎に入って小一時間眠りに就く。やはり4時半に起きるのは寝不足になるのかも知れない。7時間くらい眠れば、二度も眠らなくても済むのですが、夜明けが早いからどうしても目が覚めてしまうのです。かといって夜の9時台に眠ると、夜中過ぎに目が覚めてしまうからなかなか難しい。着替えと洗面を済ませて、今度は歩いて蕎麦屋に向かう。庭のサツキがあちこちに花を咲かせていた。これも全部蕎麦屋に移植するのだろうか。

 チェーンポールを降ろしたら、幟と看板を出して厨房に入る。まずは大釜に湯を入れてガスに火を点けたら、ほうじ茶を沸かす。そして冷蔵庫から薬味の葱と大根、生姜を取り出して、葱を刻んだら生姜と大根をおろす。それからいよいよ野菜サラダの具材を刻み始めるのです。今日は女将が来るのが遅い日だからと、早め早めに仕事をこなしていきます。10時半前に野菜サラダを盛り付けて、苺大福を包み始める。天麩羅油や天つゆを準備したらテーブルを拭く。

 11時を過ぎて一休みしていたら、開店の10分前にやっと女将が来てくれた。外は昼前まで陽が差していたけれど、昼からは曇り空になった。でも気温は予想よりも上がって、24℃になったから暖かいのでした。昼前にはお客が続いて、昼からは駐車場も満杯になる。それが皆さん天せいろのご注文で、最後に入った若い二人連れは、もうカボチャがなくなったから、赤いかを代わりに揚げて天麩羅を盛り付けたのです。「赤いかがとても美味しい」と言われた。

 1時過ぎには最後のお客が帰られて、洗い物を開始するのです。今日は亭主が4時には内科に薬を処方してもらいに、女将は5時半に歯科医に出掛けなければならないから、夕食は二人別々の時間に食べる事になる。2時過ぎには洗い物を終えて家に帰り、亭主はすぐに昼寝をする。一時間ほど眠ったら目が覚めて、4時には車で内科に出掛けたのです。帰りにスーパーに寄って冷やし中華の麺と材料を買い込んで、一人で夕飯を食べたのでした。


5月30日 金曜日 終日の雨だったのにお客が入った…

 夕べは11時に床に入って、今朝は5時のアラームで目覚めた。やはり6時間が自分の睡眠のリズムなのか。台所でコーヒーを淹れて居間の部屋で椅子に腰を下ろして飲む。口にくわえた煙草にはなかなか火を点けない。そこまでまだ目が覚めていないのです。5時半を過ぎたら荷物を持って雨の降る中を車で蕎麦屋に向かう。今日は一日中雨だと言うので、お客もあまり期待できないから、蕎麦は昨日の残りの三束と、新しく6束打って9食の用意をして終わり。

 雨だけならまだしも、4月の寒さだと言うから、今朝は沢山着込んで出掛けたのです。それでも蕎麦打ち室は20℃あったから、加水率はいつもと同じ43%にして蕎麦を捏ねたのです。蕎麦玉を寝かせている間に厨房に戻り、カウンターに干した昨日の盆や蕎麦皿を片付ける。ほうじ茶を沸かして熱い茶碗の一杯をの飲むのでした。蕎麦は600gだとすぐに伸せるから、ものの15分ほどで伸して畳んで包丁切りを終えるのです。家に帰って女将の作る朝食を食べる。

 食後は書斎に入ってひと眠り。8時半にセットしたアラームで目を覚まして、洗面と着替えを済ませ、蕎麦屋に出掛けるのです。雨は一向に止む気配もなく、チェーンポールを降ろして幟を出すのにも、ジャンパーがびしょびしょになるほど降っているのでした。厨房に入って大釜に湯を入れ、大根をおろし、昨日なくなっていた天麩羅の具材を切り分けて、野菜サラダの具材を刻むのです。今日は女将の来ない一人営業だからと、早め早めに準備をするのでした。

 この降りと寒さでは、到底、お客が来そうにないけれど、昨日なくなった苺大福を包んで、天麩羅鍋に油を注ぎ、寒いから温かい汁の蕎麦が出るだろうと、暖かい蕎麦汁を作っておくのでした。11時にはすべての準備が整って、窓の外を見れば、沢山の鳩が飛び回っている。山鳩ではなさそうだけれど、どこからこんなに多くの鳩がやって来るのだろうか。電話が鳴って「二人で行きたいのですが混んでいますか」と言うから「今日は空いていますよ」と応える。

 しばらくして若いカップルがやって来て、 天せいろと鴨せいろのご注文なのでした。鴨肉を焼いて天麩羅を揚げていたら、作業着を着た男性が二人ご来店で、こちらはカレーうどんと温かい天麩羅蕎麦を頼まれた。鴨せいろを食べた女性は帰り際に「美味しかったです」と言って店を出る。天麩羅蕎麦の親父様は、開業したての亭に来たらしく、ここへ引っ越してくるので、7月一杯で閉店しますと言えば、自分も誰もいなくなったから家を売って越したと言う。

 閉店の間際にまた車が駐車場に入って来た。「寒いわねぇ」と言って母と娘らしき二人がテーブルに座る。「暖かい蕎麦が好いわ」と言うから「暖かいぶっかけ蕎麦がありますよ」と言えば、天麩羅が食べられると注文を決める。今日は予想したとおり温かい汁の蕎麦が売れたのです。すぐに注文の品をお出しして、閉店時間の前にはお帰りになる。亭主もやっとかき揚げを揚げて、賄い蕎麦を食べるのです。2時半には家に帰って、女将の帰りを待つのでした。


5月31日 土曜日 5月最後の日の今日も終日の雨で…

 夕べは居間の椅子に座って眠り込んで、気が付けばもう11時半なのでした。布団に入って眠り直したら、今朝は5時のアラームの鳴る前に目が覚めた。コーヒーを淹れてニュースを見ながら、今日の段取りを考えれば、まずは蕎麦を8人分は打たなくてはならない。そして、お新香を盛り付けて、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰める仕事がある。5時半を過ぎたら玄関を出て、ウチワサボテンの花が纏まって咲いているのを眺めながら、車に乗るのでした。

 蕎麦屋に着けば、何時の間にかビオウヤナギの花が見事に満開なのです。「帰来池苑皆依旧、太液芙蓉未央柳、芙蓉如面柳如眉」と昔覚えた長恨歌の一節が思い出される。高校の頃、漢文は古典とは違う専門の教師が教えていたので、長恨歌を全文暗唱させられたのです。その後、国語の教師になって古典や漢文を教える時に、やはりこの長恨歌を生徒に暗唱させたものだから、何十年も経った今でもはっきりと記憶に残っているから忘れられないのです。

 久し振りに750gの蕎麦を打ち、切りべら19本で一束135gの蕎麦を8束打ち上げて、今朝の蕎麦打ちは終わりです。7時前には家に戻って、女将の用意してくれた朝食を食べる。鮭の塩焼きとジャガイモと若芽の味噌汁がとても美味しいのでした。食後は書斎に入って、小一時間のひと眠り。起き出して外を見ればやはり雨が降り始めている。土曜日だけれど寒いし、この雨だからお客も少ないだろうと車に乗って蕎麦屋に出掛けるのでした。

 今朝も雨の中をチェーンポールを降ろし、幟を立てる。昨日よりも冷たい雨が激しく降ってきたので、暖房を入れて暖まるのです。厨房に入って大根と生姜をおろし、キャベツと胡瓜と人参の浅漬けを漬け物器から出して、ボールに入れて塩抜きをする。水をあげるために塩を多めに入れるので、どうしても塩抜きのために一度洗わなくてはならないのです。大根のなた漬けも小鉢に盛り付けて、やっと野菜サラダの具材を刻み始めるのでした。

 それでも、今日は苺大福を包まなくて好かったので、10時40分には開店の準備が終わってしまった。時間があったから、解凍してあった豚のハラミを冷蔵庫から取り出して、5本分だけ串に刺していく。最近はあまり出なくなったので、一袋の半分だけを串に刺したら、残りは再び冷凍室に入れて来週使うのです。これが残れば家に持ち帰って亭主の酒の肴になるのですが、あまり毎週だとちょっと飽きてくるのです。歳を取ると少し好みが変わって来るのかも。

 昼過ぎに女性客が一人いらっして、天せいろをご注文なのでしたが、それきり今日はお客がなかった。雨も大降りになって、女将も今日は買い物に出掛けられないと言うのでした。二人とも暇なので女将は新聞を繰り返し読んでいる。亭主はレンコンを冷蔵庫から出して、皮を剥いて輪切りにし、酢水で茹でておく。明日の準備もぬかりないのです。2時過ぎには家に戻って、亭主がパソコンにデータを入力していたら、女将がやって来て隣町のスーパーに出掛けようと言うから、亭主も店の白玉粉がなくなったので車で出掛けるのでした。雨は随分と降っていたのです。

 

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2025年5月中旬



5月10日 土曜日 午前中は雨でお客は来なかった…

 朝の5時半に蕎麦屋に着いて、駐車場のモミジの葉が生い茂ってきたのに驚いたのです。剪定は秋と思っていたけれど、それまで放っておいて大丈夫だろうか。ヤマボウシも若い葉が伸びて鬱蒼としてきた。それらの色合いがとても美しかったので写真に撮っておきました。蕎麦屋に入って、蕎麦打ち室で今朝の蕎麦を打ち始める。昨日の蕎麦が残っていたから、今日は500gだけ打つことにした。加水率43%で捏ね始めたらちょうど好い硬さの生地に仕上がった。

 厨房に入って空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めていたら、蕎麦汁が足りなくなったので、予備の一番出汁にかえしを加え、新しい蕎麦汁を作っておく。カウンターに干してある昨日の洗い物を片付けて、再び蕎麦打ち室に入り、生地を伸して畳んで包丁切りをすれば、切りべら20本で135gの蕎麦が5束取る事が出来ました。まだ7時までには間があったけれど、今朝は亭主がおかずを作らなければならなかったので、早めに帰って中華鍋を振るのでした。

 食後は例によって書斎に入り、スマホのアラームをセットして1時間ほど眠るのです。9時に目覚めて、動き出すまでに10分。これが若い頃とは違ってすぐに動けないのです。外は雨だったから、週末だけれどお客も少ないと思って、また車で出掛けて行くのです。蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら酢水で茹で、大根をおろしているところで女将がやって来る。洗濯物を畳んで店の掃除をしてくれるから助かるのです。野菜サラダの具材を刻んで三皿盛り付ける。

 今日は雨のせいもあってか、午前中は土曜日なのにお客は来なかった。母の日だから蕎麦を食べに行こうという人も、寿司でも食べに行くのではないかと、女将と二人で話をしていた。向かいのサツマイモ農園では、サツマイモの苗切りの季節らしく、手伝いの若者たちが、苗床のあるハウスの中に入っていく姿が見られた。収穫の秋についで一番忙しい時期なのだとか。1時前になって雨も上がって、やっと常連さんがやって来てくれた。カレー蕎麦とビール。



5月11日 日曜日 晴れて気温が上がったらお客が増えて…

 今朝も5時起き。コーヒーを淹れて5時半には家を出て蕎麦屋に向かう。気温が高いのか暖かく、素足に雪駄をつっかけて車に乗り込んだのです。300mの距離だから歩いてもわけないのですが、このところ腰が痛くて歩くのにも不自由している。ぎっくり腰と同じだから、時間が解決すると思ってあまり深刻に考えてはいない。厨房に立って調理をしている分には、支障がないので、これも加齢による悩みだろうと諦めているのです。今朝は蕎麦を打たなかった。

 天つゆがなくなっていたので、二番出汁を1㍑鍋に入れ、180ccの返しを加えて火にかける。その間に蕎麦打ち室に行って、念のために生舟の中の蕎麦を確認しておくのです。昨日の蕎麦の残りが11食と120g残っていた。これで今朝蕎麦を打ったら16食になるから、さすがに多すぎる。蕎麦粉が残り少ないので、いつ注文しようかと思っていたのですが、無駄に打っても勿体ない。最近は以前と違って週末も10人を越えることが珍しいからなのです。

 家に帰って、今朝も前日の残りの野菜サラダをあんかけにして、亭主は中華丼にして朝食を食べる。朝食前からやっていた『カーリー・スー』という映画を最後まで観て、安らかな気持ちで書斎に入り、9時前までひと眠り。夕べも蕎麦屋のセキュリティー機器が作動して、警備会社から連絡を受けて夜中に蕎麦まで歩いていったから、寝不足なのでした。センサーの過剰反応で小さな虫の動きにも反応してしまうらしい。今朝は髭を剃ってから蕎麦屋に出掛けた。

 昼は好く晴れて隣のお花畑の花も綺麗に開いていました。気温が上がったらお客は増えるもので、昨日とは違って随分と混んだのです。子供を連れた6人連れのリピーターさんまでいらっして、店の中は賑やかなのでした。1時前にお蕎麦売り切れの看板を出して、後からいらっしたお客様には申し訳なかったけれど、お断りするしかなかったのです。盆や蕎麦皿を洗う暇もなかったので、黙々と洗い物をする亭主とその脇で皿を拭いて片付ける女将…。



5月12日 月曜日 昼寝に3時間を費やす日々…


 先週は2回も夜中に警備会社からの電話で起こされて、蕎麦屋まで出掛けたので、どうも睡眠のリズムが狂ってしまったらしい。酒を飲んで眠りに就いた夜だから、近いとは言え車で行くわけにも行かずに歩いて行った。すると目が冴えて帰って来てもすぐには眠れないのです。食堂に飾ったカサブランカの香りが居間の部屋まで漂って、気持ちは癒やされるのですが、すぐには眠れずに困ったものなのです。結局、明け方に3時間ほど眠るだけなのでした。

 今日は定休日だったけれど、やはり、7時過ぎに女将に起こされて、「3時間も昼寝をするから、リズムが狂ってしまうのよ」と手厳しく意見される。今朝は食後のひと眠りをせずに、蕎麦屋に出掛けて昨日の後片づけをする。お袋様が病院に行く日だから、定刻に電話をして迎えに行くのです。電気を当てるだだから30分ほどで終わって、まずは農産物直売所に出掛けて、新鮮な朝採りの春キャベツやスナップエンドウを買い、隣町のスーパーに行くのでした。

 時間が遅かったから、蕎麦屋に戻って野菜類を冷蔵庫に収納したら、昼食の用意に家に帰るのでした。今日の昼食は久し振りに、スパゲッティーベロネーズ。上に買って帰ったトンカツを載せて、腹一杯になるのです。ひと休みして女将がスポーツクラブに出掛けた後は、書斎に入って昼寝をする。今日もまた3時間近く眠って、目が覚めればもう女将が帰ってきていました。亭主は蕎麦屋に出掛けて、洗濯物を干し、大根のなた漬けと明日の朝の出汁取りの準備。

 少し遅れて咲き始めた隣の家との境にある芍薬が見事でした。折角、花が開いたのに、昨夜の雨で花が重くなって垂れ下がっているのが残念。これも花が終わったら蕎麦屋に移植しなければ。今日は夕飯前からテレビで大相撲を観ることが出来ました。昨日は午後の昼寝でぐっすり眠ってしまって、6時過ぎに目が覚めたのです。夕食はスナップエンドウを茹でて、亭主は鴨肉と葱の塩焼きで一杯飲む。女将は昨日食べたから蕎麦豆腐と納豆で夕食でした。



5月13日 火曜日 今日は仕入れがなかったので…

 昨日のうちに仕入れを済ませてしまったから、今朝は5時半に起きて蕎麦屋に行き、夕べ準備しておいた出汁を取る。文字通り朝飯前のひと仕事で約1時間、一番出汁を取ったら、二番出汁を取り、一番出汁に返しを加えて蕎麦汁を作っておきました。残りは1㍑弱だから瓶に詰めて予備として冷蔵庫に入れておきます。今日は晴れるという予報だったけれど、外はまだ曇り空で、向かいの畑ではハクビシンよけなのか橙色のフェンスを作っていました。

 家に戻れば、昨日のトンカツの残りで女将がカツ煮を作ってくれて、美味しく朝食を頂くのでした。カサブランカの三輪目の花が咲き始めている。暖かいとすぐに開いてしまうから、食堂は少し涼しい方が好い。夕べは6時間ほど続けて眠れたので、今朝は食後のひと眠りはしなかった。着替えを済ませて、9時過ぎに再び蕎麦屋に出掛けるのでした。駐車場に面した東側の庭の躑躅や紅葉を剪定して、草取りをするのが午前中の仕事の目標なのでした。

 軍手をはめて90㍑のビニール袋を出し、玄関脇の花壇の周りを綺麗にしようと思ったのです。ところが、駐車場から飛んできた種から芽を出したモミジが、大きくなって葉を広げていたのでこれを切り、駐車場側に向かって伸びていたツツジも枝か伸びすぎていたので、これを切って地面の草を取っただけで、もう袋は一杯なのでした。所要時間は約40分。もう一袋は無理なので、今日はこれで終わりにしました。僅か一坪ほどの掃除で疲れてしまいました。

 青空が広がって気持ちの好い陽気になったので、隣のお花畑に出てみれば、暖かいから様々な花がよく開いて綺麗なのでした。家に帰って昼食の用意をしなくてはならないから、午前中はなた漬けの大根を切って、塩で漬けておくだけしか仕込みは出来なかった。剪定と草取りがいつもと違う動きだったせいか、身体のあちこちが痛かった。昼は冷凍うどんを茹でて、キャベツやニンジン、ピーマンを炒め、塩味で焼きうどんを作って食べるのでした。

 ひと眠りして午後は、庭の片隅に追いやられたクチナシの木を掘り起こして、南天の背の低い脇芽と共に蕎麦屋に持っていく。午前中に草取りをした狭い花壇に植えて水を遣っておくのでした。根が付くといいけれど、これが我が家の庭の移植の第一号なのです.厨房に入って、蓮根や南瓜の天麩羅の具材を準備して、4時過ぎには家に帰るのでした。今日の午前中の草取りも、次に移植をするという作業があるのが楽しみで、あまり苦ではなかった気がする。



5月14日 水曜日 薄陽は差しても一日中曇り空でした…

 今朝は4時に目が覚めたけれど、早すぎるからともうひと眠り。次に目覚めたらもう6時を過ぎていました。このまま朝食を待とうかと思ったのですが、蕎麦屋に出掛けてひと仕事。空の蕎麦徳利に蕎麦汁を入れて、ほうじ茶を沸かして冷蔵庫に入れて家に帰った。炊きたてのご飯にナス焼きが出たので、ついお替わりをしてしまうのでした。下宿暮らしの学生の頃は、これだけをおかずにして飯を食べていたことがあるのでした。今日も食後のひと眠りはなし。

 庭の芍薬が雨で萎れていたのに、今朝は元気に立ち直っていたから嬉しい。蕎麦屋に出掛けて天麩羅の具材を切り分けたら、朝のうちに漬け込んでおいたキャベツの浅漬けを漬け直しておきます。人参と胡瓜と昆布を加えて美味しく仕上がるようにと塩を振る。11時前に家に戻って、ドジャース戦をテレビで観る。昼食の用意をしながら食堂のテレビで観ていたけれど、ずっと見ているわけにもいかないので、食事を終えたらひと眠りしに書斎に入る。

 女将がスポーツクラブに出掛けた間にずっと眠って、1時半には目が覚めたから、居間の部屋でひと休みなのです。午後の仕込みは蕎麦打ちだけだから、あまり早く出掛けてもしようがない。テレビも面白い番組がなかったけれど、時間つぶしに見たことのある映画をまた観てしまう。女将が帰ってきたのを機に蕎麦屋に出掛けて、小鉢の盛り付けをして、蕎麦打ち室に入り8人分だけ蕎麦を打っておくのでした。明日の朝に残りの5人分を打てば十分なのです。

 午前中に蕎麦粉の発注はしておいたから、金曜日には届く予定です。日曜日には、食品衛生協会の会費を支払わなければならないから、先週の売り上げはそれでなくなる。蕎麦粉の費用の支払いは、明日と明後日の売り上げで賄えるかどうか。土日の売り上げは来週の仕入れの代金になるのです。このところ、いつもギリギリのところで営業しているけれど、これが浪費癖の亭主には好い教訓なのです。酒と煙草を買う金が出るだけまだいいのかも知れない。

 だから、翌日の天気予報は必ず見るのです。蕎麦を多く打ち過ぎても値段の高い蕎麦粉が勿体ない。足らなければ足らないでお客に申し訳ないから、ここが難しいところなのです。明日も明後日も曇り空らしいけれど、気温は高くなるのでお客が見込めるだろうと考えている。出来れば女将のいる木曜日に沢山お客が来て欲しい。金曜日は亭主一人なので、大勢来られても大変なのです。そんな取り留めのないことを考えながら、今夜も酒を飲んでいるのです。


5月15日 木曜日 今日も陽は差したけれど曇り空の一日…

 三日間のお休みで少しずつリズムを取り戻して、今朝は5時のアラームが鳴る前に目が覚めました。それでも歳を取ると起き上がるまでに時間がかかるから、台所でコーヒーを沸かして飲み終えたらもう5時半なのでした。蕎麦打ちは500gだけだから、時間があるので歩いて蕎麦屋まで行く。みずき通りも青葉の季節になって、青空の広がる下でハナミズキノ木々が葉を広げているのでした。蕎麦屋に着いても駐車場の木々が枝を広げているのです。

 蕎麦打ち室に入って蕎麦粉を計量し、捏ねて蕎麦玉にしたら、厨房に戻ってほうじ茶を沸かし、洗濯物を畳んで、昨日のブログを読み返す。再び蕎麦打ち室に入り、少し柔らかめの生地を伸して、畳んで、包丁切りをすれば、予定通り5食半の蕎麦の束が取れた。昨日の夕方に打った分と合わせて、13食分の蕎麦を用意して今日の営業を始めるつもりなのです。蕎麦粉の残りはあと少しだから、蕎麦粉の届くまで、明朝5食だけ打てれば一番いいのです。

 家に戻れば、女将が朝食の用意をしてくれていた。今朝は鰺の開きがおかずらしい。食堂の隅に飾られたカサブランカがまた一つ蕾が開いて、香りがそこいら中に漂っていたから、朝から賑やかな雰囲気なのでした。若い頃に癌だと言われて肺の大手術をして、入院していたときに、見舞いに来た教え子が持って来てくれたのがこの花なのです。朝目が覚めてこの香りを嗅ぐと「ああ今日も生きている」と思ったもので、以来、命の香りに思えるから不思議です。

 夕べはよく眠れたから、今朝も食後のひと眠りはせずに、着替えを済ませて再び歩いて蕎麦屋に出掛けました。幟と看板を出して、チェーンポールを降ろしたら、厨房に入って、大根と生姜を擦っておきます。次にブロッコリーとスナップエンドウを茹でて笊に上げたら、野菜サラダの具材を刻んで、三皿に盛り付けていく。そして苺大福を包み始めるのです。今日はこの野菜サラダと苺大福が、全部売り切れたので嬉しかった。常連さんばかりで有り難かった。



5月16日 金曜日 蒸し暑い一日でした…

 今朝も5時半にはもう蕎麦屋に出掛けていました。陽の昇るのが早いので、どうしても早く起き出すから身体には良いのかも知れない。あと二ヶ月で外す予定の日除け暖簾も隅の方が綻びてきた。この庇のある玄関口をなんとか上手く使えないかと、以前から考えていたのですが、金を掛けてフェンスで囲ってしまうのはどうかとも思ったけれど、インターホーンや新聞受けがあるから駄目。二台になる洗濯機や要らない机や椅子を置いても好いかも知れない。

 蕎麦打ち室に入って500gだけ蕎麦粉を計って捏ね始めた。ちょうど袋の中には蕎麦湯を作るだけの粉が残って、後は今日の蕎麦粉の配達を待つばかり。冷蔵庫で解凍してあった白餡を、水と砂糖で煮ている間に蕎麦粉を捏ねて、蕎麦玉を寝かせている間に厨房に戻って白餡作りの仕上げをするのでした。週の初めの昨日は苺大福が全部売れたから、今日はどうしても白餡を作らなければならなかったのです。タッパに詰めて冷蔵庫に入れておきます。

 今朝は加水率43%で捏ね始めたら、やけに硬くて少し水を加えたのですが、これが失敗でとても柔らかい生地に仕上がってしまう。それでも打ち粉を振ってなんとか伸して畳んで蕎麦切りまで進む。135gの蕎麦を5束半取ったら生舟の中に並べて、昨日の蕎麦と合わせて12食分の蕎麦が出来上がる。これなら残ればまた明日に回せるから、少しでも仕事量が減るのです。段々と朝に二回蕎麦を打つのはしんどくなってきたから、やはりここらが引き時なのでしょう。

 家に帰って食堂に入れば、今朝は珍しくジャガイモと若芽の味噌汁が出た。子どもの頃よくお袋様が作ってくれた味噌汁の具だったので、とても美味しく飲めた。ピーマンのお浸しや大根の煮物に塩鯖を焼いたおかずがまた美味しくてご飯が進むのでした。食後は書斎に入ってひと眠り。今朝は4時半に目が覚めたから、アラームをセットして寝たらちょうど9時に目覚めた。MLBのドジャース戦を見てから寝るとどうしても11時を過ぎるから寝不足になるのです。

 朝のうちは晴れていたので、歩いて蕎麦屋に出掛け、玄関を入る前にチェーンポールを降ろしておく。幟を出して看板を玄関脇に置いたら、厨房に入ってまずは蕎麦豆腐を造っておく。昨日はヘルシーランチセットが随分出たから、一度に四つしか作れない蕎麦豆腐はすぐになくなるのです。野菜サラダの具材を刻んで今日も三皿盛り付けたら、大根をおろして苺大福を作り始める。電話が鳴って出れば店のご近所のご主人で「これから行くけど開いている?」


5月17日 土曜日 終日の激しい雨だったけれど…

 夕べは寝苦しかったからか、今朝は4時前に目が覚めてしまう。もう一度眠ろうとしたけれど眠りには入れず、居間の部屋でコーヒーを飲んで目を覚まそうとするけれど、なかなか身体が目覚めないのです。朝から雨が降っていたから、湿度が高すぎて身体の調節機能が上手く働かないのかも知れない。やっと目覚めて5時半には車で蕎麦屋に出掛けるのでした。暗い朝なのです。蕎麦打ち室に入って750gの蕎麦粉と小麦粉とを計量して、捏ね始めるのでした。

 生地はかなり硬かったけれど、この間水を加えて柔らかくなりすぎたから、今日はそのまま頑張って捏ね続けたのです。そしたら急に柔らかくなって水が粉と馴染んできたと感じられた。歳を取って力がなくなったのかも知れない。蕎麦玉にして寝かせている間に、キャベツと胡瓜と人参の浅漬けを漬けて、ほうじ茶を沸かしておくのです。再び蕎麦打ち室に戻って生地を伸し、畳んで包丁切りをする。切りべら20本で8束と少しの蕎麦か取れました。

 家に戻って朝食を食べたら、今日は1時間半も眠って、9時過ぎにまた蕎麦屋に出掛けていく。やはり、夕べはよく眠れなかったから、睡眠不足だったのです。雨の中を幟と看板を出して、厨房に入れば、女将がすぐにやって来た。「随分と酷く降ってきたわね」と窓の外を見ればかなりの雨の量なのです。向かいのサツマイモ農園はそれでも朝市をやり始めたらしく、芋の苗を買いに来る人が結構いるから大したものなのです。苗を植える時期なのかも知れない。

 こんな雨ではお客は来ないだろうと思っていたら、11時前に蕎麦屋の下に住んでいる年配の女性がやって来て「お蕎麦もらえますか」と言うではありませんか。蕎麦と蕎麦汁をペットボトルに入れて差し上げる。これで今日は終わりかも知れないと思ったら、宅配の青年が今日もやってきてくれた。蕎麦豆腐を二皿に野菜サラダを頼まれて、鴨南蛮蕎麦の大盛りをお出しすれば、最後に苺大福をカウンターから取って食べていったのです。若いから幾らでも入るのか。

 1時を過ぎて雨も激しくなって、もうお客も来そうになかったので、亭主はかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べてしまう。食休みをしてそろそろ片付けようかと思っていたら、閉店5分前に車が駐車場に入ってきたのでした。高級外車に乗った年配の男性が玄関を開けて、「もう一人来るから」と言えば、妙齢の女性が別の車でやってきたのです。天せいろを頼まれて、片付けた天つゆをまた冷蔵庫から出し、急いで天麩羅を揚げる。最後まで分からないものなのです。


5月18日 日曜日 今年初の27℃になった日で…

 4時前から外が明るいので目が覚めてしまう。そう言えば夕べは9時半には眠りに就いたのです。昨日の朝も同じだったから、やはり習慣付いてしまうものなのだろうか。今朝は寝不足のわけではなかったので、すんなりと目覚めて、あまり早すぎると近所迷惑になるからと、コーヒーを飲んで5時になるのを待ったのです。車で蕎麦屋まで行って、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を捏ねる。今日は600g6人分を打って、蕎麦玉にして寝かせておくのでした。

 その間に厨房に入って、キャベツと胡瓜の浅漬けとなた漬けを盛り付け、蕎麦豆腐を仕込んでおきました。昨日は一人で二皿も蕎麦豆腐を頼んだ青年がいたので、あっという間に売り切れてしまったのてす。今週最後の営業日だったけれど、ヘルシーランチセットなどを頼まれた時に、蕎麦豆腐がないのでは困るのでした。蕎麦打ち室に戻って、生地を伸して畳んで包丁切り。加水率は43%で昨日と同じでした。時間をかけて粉と水を馴らして柔らかくする。

 一束135gで6束と半分ぐらい取れたから、昨日の残りの蕎麦と合わせて、今日は13人分の蕎麦が用意できたのです。時計を見ればまだ6時過ぎで、コンビニに煙草を買いに行って家に帰っても、6時半前なのでした。女将に「コンビニでパンを買って食べたから、朝飯は要らない」と断って、書斎に入ってひと眠りするのでした。やはり、早起きしてひと仕事をすると眠気が先に襲ってくる。ゆっくり眠ったかと思ったら、8時過ぎには目が覚めたのでした。

 洗面と着替えを済ませて一服したら、歩いて蕎麦屋に出掛けていく。曇り空だけれどやけに暖かい朝なのでした。暖簾と看板を出してチェーンポールを降ろしたら、まずは厨房に入って薬味の葱を刻み、大根をおろす。それから野菜サラダの具材を刻んで、いつものように三皿盛り付けておきます。今日はこの三皿がすべて出たから嬉しかったのです。健康のためにと野菜サラダを食べる人が多い日もあるから、やはり毎日作らなければいけない。

 11時前にもう駐車場に車が入ってきたので、大釜の湯が沸いていたから、暖簾は出さずに中に入っていただいた。三人連れのご家族なのでした。女将がいつもより早く来てくれたので助かった。正規の開店時刻に暖簾を出せば、次のお客様がいらっしゃる。今日は途切れなくお客が来ていたので、1時前には用意した蕎麦がなくなったのです。これでやっと蕎麦粉の代金を支払い、来週の仕入れをする事が出来る。綱渡りのような営業で、今日の暖かさに感謝です。



5月19日 月曜日 今朝もまた3時半に目が覚めて…

 睡眠で身体の疲れが取れるからなのか、三日続けて4時前に目が覚めたのです。加えて外が明るくなるのが随分と早いので、もう眠ってはいられないと起き出してしまう。睡眠の形として好いのか悪いのか、コーヒーを沸かして飲みながら、今日は何をしようかと考えるのでした。夕べもブログを書き終えて、そのまま9時半に眠ったのでした。眠くなるから床に入るのだから自然なことで、やはりこれは習慣付いてしまったとしか言いようがない。

 朝食の折に女将に話をすれば、「新しく買った入浴剤は、よく眠れると言うからいいんじゃない?」と言う。朝飯前に蕎麦屋に出掛けて、カウンターに干してあった昨日の洗い物を片付け、洗濯物を畳んだり、洗濯機の中の洗濯物を干したりする。家に帰ってMLBのドジャース戦をテレビで観ながら、朝食の親子丼を食べる。食卓のカサブランカも終わりの頃で、もう匂わなくなっている。十日間ほど楽しませてもらった。食後は書斎でひと眠りするのでした。

 「お母さんを病院に送るんじゃなかったの?」と女将に起こされて目が覚めた。今日はお袋様の家に行くのが10時20分だったから、9時過ぎに起こされても早すぎるのでした。朝が早すぎるとどうも調子が狂ってしまうのです。無事にお袋様を病院に送ったら、待っている間にすぐ近くの郵便局に行って、蕎麦粉の代金を振り込んでくる。彼女の治療はすぐに終わったので、家まで送って家に帰って亭主は昼の支度をする。残り物で昼は焼きうどんを作りました。

 忘れないうちにと、今度は亭主の病院の予約を取っておく。幸運にも明後日の9時が空いていたので、隣町まで出掛けて行くことになりました。手術前の診察ということで、血液検査の結果や毎日の血圧測定の記録などを持ってくるように言われた。女将がスポーツクラブに出掛けて、書斎で昼寝をしようと横になったけれど、眠れそうになかったので、蕎麦屋に出掛けて東の庭の草取りをする。明日は暑くなるから、涼しい今日のうちに終わらせたかったのです。

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2025年5月上旬



5月1日 木曜日 暖かくなったけれどお客は少ない…

 定休日の間、ずっと5時に起きていたので、今朝もアラームに起こされて5時に目覚める。規則正しい生活というのは大切なものなのです。コーヒーを淹れてひと休みしたら、車を出して蕎麦屋に出掛ける。昨日600gだけ蕎麦を打っておいたので、今朝はあと600gだけ打てば十分なのでした。蕎麦打ち室は朝から20℃もあったので、加水率は43%で蕎麦粉を捏ね始める。外ではキーンキーンと雉が鳴いていたから、静かに近づいてみたら畑の端に雄の雉がいました。

 蕎麦玉を伸して畳んで、切りべら20本で135gの蕎麦を6束半打ち、生舟に昨日の蕎麦と一緒に入れておきました。合わせて13束だから、今日だけではなくなるはずはない。そうすれば明日もまた少しだけ打てば済むと、都合の好いことを考えるのでした。7時を回ったので家に帰り、女将の用意してくれた朝食を食べる。火曜日に亭主の買って来た鮭は、厚切りだったので食べ応えがあった。タケノコも恐らくこれが最後の若竹煮らしかった。

 食後は書斎に入ってひと眠りをする。9時前に起き出して、蕎麦屋に出掛ける支度をするのでした。晴れてはいたけれども雲が多くて、昨日のような抜けるような青空とはいかなかった。隣のお花畑には赤や黄色の花々が咲き乱れて、空の青さと白い雲とでとても綺麗でした。看板と幟を出してチェーンポールを降ろす。厨房に入る前に昨日の洗濯物を干して、乾いた洗濯物は畳んでおく。今日は女将が来るのが開店前なので、亭主の仕事が多いのです。

 野菜サラダを盛り付けて、苺大福を包んでいたら、若い女性が二人玄関の前で開店を待っている様子。まだ開店の10分前だったけれど、手を止めて中に入って待っていただくのでした。女将がやって来て、慌ててお茶を出す。天せいろとヘルシーランチセットのご注文で、すぐに天麩羅を揚げて蕎麦を茹でる亭主。女将が料理を運べば、何やら話している。厨房に戻って卒業生だと言うので、聞けば「○○さんと同じ学年です」と水泳部の女子主将の名をあげる。

 随分と昔の卒業生で、中学では弟のクラスだったとか。ゆっくりと話をしながら昼食を取って帰って行ったのです。その間に、若い男性が車でいらっして、とろろ蕎麦の大盛りと白エビの掻き揚げをご注文。閉店間際にも、車でいらっした都内のタクシーの運転手さんが、天せいろを頼まれる。今日はそれだけのお客で、連休の谷間は去年もこんなものなのでした。亭主は女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、今日降ろしたばかりの油で、かき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べるのでした。7食の蕎麦を残して明日に臨むのです。


5月2日 金曜日 朝からの雨でも常連客に助けられて…

 夕べは1時近くまで映画を観てしまったから、今朝は起きるのが辛かった。午後遅くの昼寝がリズムを狂わせているようなのです。それでも5時のアラームで目覚めて、コーヒーを淹れて1時間ほど目覚ましをしたら、雨の中を蕎麦屋に向かうのでした。気温はそれほど低くなくて、蕎麦打ち室も18℃あったから、加水率43%で蕎麦粉を捏ねる。蕎麦玉を寝かせてい間に、昨日取り外したエアコンの内部を元に戻して、今日の蕎麦を打つのでした。

 家に帰れば最後の筍ご飯が出て、銀ダラの煮付けをおかずに美味しく朝食を食べる。居間でお茶をもらったら、書斎に入って横になれば、9時近くまで眠ってしまったのでした。やはり昨夜の夜更かしが影響しているのかも知れません。それでも、今日は野菜サラダを作る事だけしか仕込みがないから、随分と楽なのです。雨がかなり降っていたから、車で蕎麦屋に出掛けて駐車場に入る。幟を立てるのも心配されたけれど、風はあまりなかったから好かった。

 大根をおろしたら、アスパラとブロッコリーを茹でたら、野菜サラダの具材を一つ一つ刻んでいく。パフリカを切って人参を千切りにする前にひと休みします。勢いで続けてしまうと、人参が細く切れないことがあるのです。包丁の切れ味が悪くなったのもあるけれど、目も悪くなったらしく、薄く切るのが大変になってきた。やはり、昔よりも腕が落ちたのかと思うと情けない。それでも今日は三皿の野菜サラダがすべてなくなったので嬉しかったのです。

 この雨ではお客は来ないだろうと思っていたけれど、テーブルに座って珍しく新聞を読んでいたら、常連の宅配便のお兄さんがやって来てくれた。雨が降りしきる時には荷物が濡れるので、少し休んでいる打ちに小振りにならないかと言うのでした。野菜サラダと蕎麦豆腐を出して、少し寒いからと温かい汁のキノコ汁を注文する。食べ終える頃に苺大福ももらうと言ってカウンターに手を伸ばす。1時を過ぎた頃に駅前のマンションに住む常連のご夫婦がご来店。

 やはり外は寒いからか、カレーうどんを二つ頼まれる。野菜サラダを先にお出しして、食べてもらっている間に、カレーを温めて汁を用意する。冷凍のうどんを茹でたら出来上がり。それきりお客は来なかったので、亭主は賄い蕎麦を茹でて遅い昼食を取るのです。家に帰って女将に話せば、「こんな雨の日にお客が来たの?」と驚いていた。夜は昨日の残った野菜サラダに海鮮ミックスを入れて、あんかけ煮しておかずを作る亭主。雨は激しく降って雷まで鳴る夜。



5月3日 土曜日 また土曜日がやって来て10人越えのお客で…

 午前5時起床。夕べも1時近くに眠ったのに、やはり習慣で子の時間には目が覚める。コーヒーを一杯飲んで歩いて蕎麦屋に出掛けるのでした。外は昨日とはうって変わって、抜けるような青空が広がっていました。蕎麦屋に着いて今朝も500gだけ蕎麦を打ち、家に帰って朝食を食べたら、いつものひと眠りもせずに、また蕎麦屋に出掛け。みずき通りもハナミズキが散り終えて、もう次の季節になっているのです。蕎麦屋の手前のお宅のバラが綺麗に咲いていた。

 今日は少し時間が早かったので、9時には野菜サラダの具材を刻み始めました。陽の光が明るいので眼もよく見えたせいか、人参を細かく刻むことが出来たのです。10時には苺大福も包み終わって、いつもより1時間近く早く開店の準備が終わったことになります。時間があったから、豚のハラミを解凍してあったので、5cm程に切って串に刺しておく。取りあえず4本だけ作ったら、冷蔵庫に入れて保存しておくのです。最近は決まった常連さんだけがご注文。

 それでもまだ時間があったから、隣のお花畑に出て写真を撮っておきました。いろいろな種類の花が咲き乱れ、ずっと遠くまで広がっているので、通りかかった車が停まってカメラを持った男性が、時間をかけて写真を撮っていました。店に戻ればやっと11時になったところ。大きなワゴン車が駐車場に入ってきて、まだ暖簾も出していないのにいきなり店に入って来る。男性客が一人だったから、中に入ってもらって注文を聞けば、天せいろを頼まれた。

 亭主がお茶を出して、盆と蕎麦皿を用意していたら、女将が遅れてやって来た。暖簾を出すのにはまだ早かったから、先にお客に注文の品をお出しして、本来の開店時間の5分前になったら暖簾を出してもらう。今日は昼前にもう一組お客が入って、午後になったら 続々と後に続くのでした。天せいろが多かったけれど、鴨せいろも随分と出て、さすがに大型連休の後半はお客の食べる物も豪華なのでした。お客が多くて洗い物が出来なかったので、二人で3時近くまで後片づけをして家に帰るのでした。亭主はさすがに疲れて、書斎に入ってバタンギューで、夕方まで目が覚めなかったのです。


5月4日 日曜日 予報よりも天気は悪く、お客も少なかった…


 今朝も5時起き、5時半過ぎには車で家を出た。どんより曇って暗い空は、昨日の天気予報からは考えられないのでした。蕎麦屋に着いてまずは蕎麦打ち室に入って蕎麦粉を計量する。室温20℃、湿度は50%だったから、いつもと同じく43%の加水をして捏ね始めたら、若干、柔らかい生地に仕上がりました。蕎麦玉を作って寝かせている間に、厨房にもどってカウンターに干した昨日の洗い物を片付ける。タブレットで夕べのブログを読み返し、蕎麦打ち室へ。

 やはり生地が少し柔らかかったのか、伸し終えたら全体が薄くなってしまい、少し長めの蕎麦が仕上がった。室温が高かったので、もう少し加水を減らさなければいけなかったようなのです。昨日の残りの蕎麦と合わせて11食分の蕎麦を用意して、これで足りるだろうかと心配したのです。家に帰って食堂に行けば、今日はもう魚が出ない。週末になって卵が出て来ると、亭主の買って来た魚が終わったということなのです。それでも美味しく食べ終える。

 今日のお客は常連さんばかりで、昨日に続いて宅配便の青年が来て、今日は鴨せいろの大盛りと野菜サラダに蕎麦豆腐を注文した。昼を過ぎても外は曇り空で、暖かいのに風がけっこう強かった。女将が「去年の同じ土日は、2日間とも10人を越えていたのにね」と言う。今年はやはり物価高の影響もあるのかも知れない。洗い物も少なかったので、残った天麩羅の具材を揚げて家に持ち帰る。あまり忙しくもなかったのに、亭主は書斎で爆睡なのでした。




5月5日 月曜日 暖かい日なのに空模様は曇り時々晴れ…

 こどもの日も朝5時に起きて、6時前には蕎麦屋に出掛ける。庭の芍薬があともう少しで花を開きそうなのです。堅いつぼみが開くまでに随分と時間がかかる。本当に初夏の花なのです。この庭では最後の花になる。花が終わったら植え替えの時期だから、それまでに蕎麦屋の庭を整備しておかなくては。上手く根付けば好いのですが、三株あるから何とかなるだろう。今朝も歩いてみずき通りを渡る。昨日の洗い物の片付けと出汁取りの準備をして洗濯物を干す。

 朝食を終えてひと眠りしようと書斎で横になったけれど、どうも眠れそうにないので起き出して、再び蕎麦屋に向かうのでした。夕べは6時間ほどしか眠っていないのに、やはり習慣づいてしまったのか。身体が疲れていないということもあるのかも知れない。みずき通りを渡らずに、バス通りを右に折れた角のお宅に咲くテッセンが綺麗だったので、写真を撮らせてもらったのです。空は曇っていたけれど、気持ちは晴れ晴れとして足の具合も好いのでした。

 蕎麦屋に着いたら、早速、出汁取りをして、一番出汁、二番出汁を取っておくのです。他の仕込みをしようにも食材がないので出来ない。お袋様に電話をして、買い物に行かないかと聞いたけれど、布団カバーの洗濯を始めてしまったから今日はいいと言うので、家に戻って昼食の支度をするのでした。帰り道はバス通りをみずき通りに折れるところにある畑の隅に咲くカキツバタの花を見て帰りました。似ているけれどアヤメではなさそうなのです。

 天気が好くなったので、女将は散歩に出掛けていなかった。昼は蕎麦を茹でて天麩羅をフライパンで焼くだけだったから、亭主が早めに準備をしておく。今日は休日だったから、女将のスポーツクラブはお休みなのです。二人で蕎麦を食べたら、ひと眠りしようとまた書斎に入ったけれど、やはり眠れないので起き出して、女将と一緒に隣町のスーパーに出かける。女将は家の買い物を、亭主は蕎麦屋の食材を買って、女将を送ったらそのまま蕎麦屋に出掛ける。

 午後の仕込みはカレーを作っておくことと、キノコ汁を作ることなのでした。鶏肉を買って帰ったので、半分ずつ使えるので好都合なのです。シメジは2パック入りだし、エノキは量が多いので半分はカレーに入れて使った。タマネギ、ニンジン、ナス、カボチャに鶏肉も入っているから、メニューに書いてあるとおり、本当に具だくさんなのです。前に作ったカレーは冷凍室で凍らせてあるので、これを持ち帰って明日の昼はカレーライスにする予定。


5月6日 火曜日 三日間の定休日が長く感じる今日この頃…

 昼から雨の予報だったけれど、やはり朝からの雨なのでした。今朝は7時間もぐっすりと眠って、6時前には目が覚めたのです。居間の部屋でコーヒーを飲みながら、雨の中をわざわざ蕎麦屋に出掛けていくほどの仕事はないと、女将が朝食の支度を終えるのを待っていたのです。8時過ぎにやっと蕎麦屋に車で行って、昨日の洗い物の片付けをしたり、今日飲むほうじ茶を沸かしたり、洗濯物を畳んだりして、お袋様に電話をして迎えに行きました。

 農産物直売所に着く頃には土砂降りの雨になって、入り口近くでお袋様を降ろして車を停めに行く。顔見知りの農家の奥さんも、合羽を着て野菜を運び入れていた。「雨の中を大変ですね」と言えば、「朝は降っていなかったのよ」と応えるから、亭主よりもまだ早起きだったのです。新鮮な春キャベツと採ったばかりのスナップエンドウをもらって、隣町のスーパーに行く。こちらは雨なのに昨日よりも混んでいた。連休中の食料が最終日でなくなったのだろうか。

 お袋様を送って蕎麦屋に戻れば、雨は一向に収まる気配はない。大根のなた漬けを作って、昼の支度に間に合うように家に帰るのでした。今日はシジミを買って帰ったから、すぐに砂抜きをして、昨日持って帰った冷凍したカレーを取り出して鍋に入れて温める。女将は亭主野買って帰ったトンカツを切って、カレーの出来上がるのを待つのでした。カツがいつもより大きかったので、亭主も少し残してカレーライスの上に載せる。カレーは大盛りなのでした。

 さすがに大盛りのカレーライスは腹に溜まって、シジミの味噌汁も久し振りなのでとても美味しかった。食べ終えてお茶をもらったら、すぐに眠くなって書斎で横になるのでした。女将のスポーツクラブの予約を無事に終えたら、蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをする。塩漬けした大根は水が上がっていたので、刻み柚子と甘酒の素に京唐辛子を輪切りにして入れ、蓮根の皮を剥いて輪切りしたら酢水で茹でるのでした。ここで仕込みは終わりにして、残った時間でシンク周りの掃除を始める。いつも見苦しいと思っていたのです。


5月7日 水曜日 蕎麦屋は真夜中の珍入者のお蔭で…

 夕べはMLBのニュースで、大谷選手のホームランを観てから眠ったのが11時過ぎでした。ところが、12時過ぎにスマホの電話が鳴ったのでどこからだろうと思ったら、蕎麦屋のセキュリティをお願いしている会社からなのでした。店の機器が反応しているから、今から駆けつけるというので、亭主も慌てて出掛けて行ったのです。酒を飲んで眠ったから、歩いて蕎麦屋まで行けば、担当の警備員が店の外周を見てくれた後で、中に入って異常がないかを確認する。

 結果は、報知器が反応したのは蜘蛛の巣が原因だろうと言うことで、センサーの周りの天井を箒で払ってお終いなのでした。家に帰ったものの今度は眠れなくなってしまい、再び床に入ったのは明け方なので、今朝は女将に起こされて朝食を食べる始末なのでした。食事を終えて書斎に入って横になれば、またぐっすりと眠ってしまい、目を覚ませばもう昼に近い時間なのでした。蕎麦を茹でてとろろ蕎麦で軽い昼飯を食べて、居間でひと休みするのです。

 女将がスポーツクラブに出掛けた後は、テレビの映画を最後まで観て、煙草を買いにコンビニまで車を出して、そのまま蕎麦屋に行って午後の仕込みをするのでした。明日の小鉢の浅漬けを漬けて、天麩羅の具材を切り分け、三ツ葉を切ったらもう終わりなので、時間があったからレンジ周りの掃除をして、久し振りに包丁を研ぐ。砥石がもう限界まですり減って直しようがなかったけれど、なんとか研ぎ終えて、午後の仕込みを終えるのでした。



5月8日 木曜日 今日は朝から意外な事が度重なって…

 昨日の名残で夕べは9時半にはもう瞼が重くなった。今朝は6時間ほど眠って、3時半には目が覚めたけれど、布団の中で4時まで横になって、再び眠ることは出来なかったので、台所でお湯を沸かしてコーヒーを淹れる。居間の部屋で椅子に座るのだが、身体が目覚めていないので、煙草やコーヒーには手を伸ばすことが出来ないのでした。窓の外が明るくなってきて、初めて立ち上がって荷物を用意し、5時前にはガレージに降りて車に乗り込むのです。 

 予報とは違って雲の多い朝なのでした。腰の痛みを我慢して乗り込んだガレージの車の中から、駅前の高層マンションに朝日の光が当たり始めるのを待って、蕎麦屋まで走る。前にぎっくり腰になった時と全く同じ部分が痛いのです。古くなって重たいシャッターを片手で上げる動作がどうも好くないらしく、それ以来、シャッターは上げたままで、車を前向きに停めているのです。2、3分で蕎麦屋に着いて、すぐに蕎麦打ち室に入って蕎麦粉を計量する。

 蕎麦玉を寝かせている間に、今日の小鉢にキャベツの浅漬けと大根のなた漬けを盛り付けておきます。タブレットで昨日のブログを読み返し、冷蔵庫で冷たく冷えたほうじ茶を飲む。蕎麦打ち室に戻って蕎麦玉を伸して、思ったよりも硬く仕上がった生地を畳んで包丁で切っていく。切りべら20本で137gほどの蕎麦が、8束と少し取れたので、生舟に並べて冷蔵庫に入れておきます。去年もこの時期の木曜日は8人だったから、今年はもっと少ないだろうと思った。

 家に帰って朝食を食べ、書斎でひと眠りしたら、やはり早く起きたからか、1時間以上眠ってしまった。髭が伸びていたので、今朝は歯磨きをしたら髭を剃る。腰が痛いので歩くのが辛くって、9時半にはまた車で蕎麦屋まで出掛けるのです。今日は女将が開店の時間にしか来ないので、大根と生姜をおろして薬味の葱を刻み、野菜サラダの具材を刻んでいく。と、アスパラを買い忘れているのに気づいて、車で農産物直売所にスナップエンドウを買いに行く。

 この間、知り合いの農家が毎朝採って来るのを知っていたから、今朝もあるだろうと思って行ったのですが、ちょうど親父様がトラックで運んで来たところなのでした。少し長めで甘いのが特徴なのです。店に戻って急いで茹でて、やっと野菜サラダが完成したのが11時前。お湯をポットに入れたり、新しい油を天麩羅鍋に注いだりして、苺大福を包む準備をしていたら、もう駐車場に車が入ってくるではありませんか。おまけに「何時に入れますか?」と年配の女性が玄関を開けて聞くのでした。「11時半からなのですけれど、中に入ってお待ち下さい」と応えて、亭主は大福を作り始める。
 やっと準備が終わったので、亭主はお茶を出して注文を聞く。開店の10分前に女将がやって来て、天せいろを頼まれた女性達に蕎麦を出してくれたのです。暖簾も出していないし、BGMの音楽も流していなかった。ところが、そのすぐ後に女性を含む四人の作業着姿の一行がテーブルに座り、全員大盛りのぶっかけ蕎麦をご注文なのでした。これで今朝打った蕎麦はすべてなくなった。まだ12時前なのです。仕方がないから、天麩羅を揚げて蕎麦を出し終えたら、亭主はまた蕎麦打ち室に入って蕎麦を打つ。もう次のお客が来ているのです。30分ほど待ってもらってやっと蕎麦を出し終える。

5月9日 金曜日 やはり二日続けては混まない…

 今朝もアラームの鳴る前に目が覚めて、時計を見れば4時半なのでした。少し布団の中で身体を休めてから、5時10分前になってやっと起き出す。コーヒーを一杯飲んで5時半には車で蕎麦屋に向かうのでした。昨日の洗い物を片付けて、空の蕎麦徳利に蕎麦汁を補充したら、キャベツとキュウリの浅漬けを漬ける。ニンジンと昆布も入れて、開店前まで漬ければ食べられるのです。6時になったら蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つ。加水は43%強でした。

 家に帰って朝食を食べ、書斎に入ってひと眠りすれば、今朝は1時間ほどで目が覚めて、着替えと洗面を済ます。庭の芍薬が咲き始めたので、道路側から写真に撮っておくのでした。堅いつぼみが開くまでに時間がかかるけれど、本当に艶やかな花なのです。女将が蕎麦屋の庭に移植したいと言うのも無理がない。今日もまだ腰が痛いので車で蕎麦屋に出掛ける。痛い腰を庇いながらやっと車に乗り込んで、店に着いたら看板と幟を出すのでした。

 厨房に入って、野菜サラダを盛り付けたら、苺大福を包んでカウンターに並べておくのです。少し冷めたらラップを掛ける。天麩羅の具材を調理台に並べて、油を天麩羅鍋に空けたらもう11時になっていた。大釜の湯はポットに入れたし、天つゆも火にかけたし、客席の椅子に座ってひと休みしたら、海老の数は足りるかと冷蔵庫を確認して、暖簾を出す時間になるのでした。ところが、大根をおろしていないことに気が付いて、慌てて冷蔵庫から取り出す始末。

 今日は昨日と違って、なかなかお客が来なかったのです。やっといらっしたご夫婦は天せいろとぶっかけ蕎麦を頼まれて、亭主も身体を動かし始める。外は気温が上がってきたので、窓は半開きにしておいた。駐車場にもう一台車が入って来たのを確認して、頼まれた品を作り終えたら、カウンターに座った女性客に「今お茶をお出ししますね」と言って注文を聞く。せいろ蕎麦と赤いかの天麩羅とおっしゃるので、急いで赤いかを解凍するのでした。

 結局、それきりお客は来なくて、窓の外を眺めながらこんな日もあると自分に言い聞かせるのです。シジュウカラらしき小鳥が珍しくヤマボウシの枝に止まって、頻りに動いている。よく見ると嘴に何か虫を銜えているようだ。窓の蕎麦に近寄って写真を撮ろうとしたら、もう気づかれて飛んで行ってしまった。洗い物を済ませて、賄い蕎麦を食べ、暖簾をしまえば、もう営業は終わり。2時半には店を出て家に帰る。まだ女将は帰っていなかった。