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2025年4月下旬



4月20日 日曜日 終日曇り空だったけれど暖かくて…

 沢山のお客の来た次の日は、いろいろなものがなくなっている。今朝は5時に目覚めて5時半には蕎麦屋に出掛け、すっかり空になった蕎麦徳利に新しく作った蕎麦汁を入れておくのでした。先週の蕎麦汁の残りと、一番出汁のストックから新たに作った分で、13人分の蕎麦汁が出来た。今朝打つ蕎麦もそれに合わせて、8人分の蕎麦を打つことにして、昨日の残りの蕎麦と合わせて10人分の蕎麦が今日の限度。日曜日でも曇り空だからそれほどは来ないと思った。

 30分寝かせた蕎麦を伸して畳んで蕎麦切りをしたけれど、加水が44%だったのにまだ生地が柔らかい。室温は22℃、湿度は57%なのでした。43%の加水がごく平均的な加水率なので、次に打つ時はもう少し水を減らした方が好いかも知れない。それでも切りべら20本で135g~140gの束を八つ作って生舟に並べました。7時ちょうどに蕎麦屋を出て家に帰って朝食を食べる。女将が寝坊したと言って、食事の支度を急いでいた。昨日は久し振りに混んだからでしょう。

 朝食を終えて今朝は40分だけ書斎で眠った。いつもよりも沢山することがあったので、やはり緊張していたからかぱっと目覚め、着替えを済ませて蕎麦屋まで歩く。みずき通りのハナミズキが随分と白くなっていた。幟と看板を出したら、厨房に入ってまずは蕎麦豆腐を造る。女将が来て洗濯物を畳んで店内の掃除をしてくれた。10時には早お昼を食べに家に戻る。それから亭主は大根をおろし、野菜サラダを盛り付け、天麩羅の具材を切り分けるのでした。

 金柑大福を包んだのはもう11時過ぎなのです。やっと仕込みが終わったのは開店10分前でした。一服する間もなくお客様がご来店。曇り空でも気温が高いから今日も随分と混んだのです。でも、蕎麦の数に限りがあるので、最後の四人家族が来たところで、お蕎麦売り切れの看板を出したのが1時30分。その後に来たお客はお断りしたのでした。後半立て続けにお客が来たので、洗い物が出来なかった。2時半には洗い物も終わって、二人で家に帰るのでした。



4月21日 月曜日 定休日第一日目は母を送って近所の医者へ…

 夕べは早く寝すぎたのか、今日は朝の3時過ぎに目が覚めて、もう眠れなかった。週の営業が無事に終わった安堵感からか、朝飯の時間まで居間の椅子に座ってゆっくりと待つのでした。朝食後に書斎で少し眠って、8時半前にはもう目が覚める。約束の時間には早かったけれど、お袋様のマンションの下で電話をすれば、すぐに降りて来て一緒に近所の医者に向かう。肩に電気を当てるだけだからすぐに終わって、9時半過ぎに二人で隣町のスーパーに出掛けた。

 モノレールでひと駅の距離だけれど、階段を上り下りするのが大変なのです。車なら5分もかからないから、亭主が暇な時は送って上げた方が好い。亭主も店の仕入れを済ませ、お袋様を家まで送って蕎麦屋に着けば、もう11時近くになるので野菜類を冷蔵庫に収納して家に帰る。この暖かさで、隣のお花畑の花がいろいろと咲き始めたから綺麗なのです。蕎麦屋の駐車場に植えてある木々も、新芽が伸びて青々と葉を広げているのでした。

 昼の支度はいつものように女将が材料を用意して、亭主がフライパンを振ってあんかけ焼きそばを作る。昨日店で残った野菜サラダに、肉と海鮮ミックスともらったタケノコを入れて、具沢山のあんかけは、腹を満たすには十分なのでした。亭主の食べる分には豆板醤を入れて辛めに仕上げてある。腹が一杯になったら満足して、書斎に入って、夕べ眠り足りなかった分の睡眠を取るだけの昼寝するのでした。目が覚めればスポーツクラブから女将が帰っていた。

 蕎麦屋に出掛けて、洗濯物を畳んだり、洗ったままカウンターの上に干してあった盆や蕎麦皿を片付けて、午前中に出来なかった白菜と大根を塩漬けにする。そして、明日の朝に出汁を取る準備をして午後の仕込みも終わりなのです。家に帰れば女将が台所で夕飯の支度をしていた。大きめの新鮮な鰯が出ていたので、買って帰って今夕は鰯の刺身をしてもらうことになっていたのです。タケノコと木の芽を梅干しで和えた小皿と蕗の煮物が美味しかった。

 亭主が自分で豚のハラミを切って串に刺した串焼きが、焼き上がるまでにもう鰯の刺身を肴にして焼酎を飲み始める。小さなワイングラスに氷を入れて、炭酸で割った焼酎を、一杯飲み終わらないうちに二人の夕食は終わるのです。亭主はグラスを持って居間の部屋に移る。女将が運んで来てくれるお茶を飲みながら、食後の一服をするのです。テレビのコマーシャルの時間が長いので、その間に書斎に行ってこのブログを少し書き始めておくのです。

 明日は朝の仕入れがないから、朝飯前のひと仕事で蕎麦屋に行って出汁取りを済ませたら、月に一度の床屋も一番で出掛けられる。床屋の向かいにある整形外科で、尿酸を溶かす薬を処方してもらわなくてはいけないけれど、うまく時間が合わせられるかな。昼は冷やし中華にしようと、今日のうちに麺と具材を買って来たのです。一日中晴れるという予報だったから、昼前に仕込みを終えて、午後は蕎麦屋のグリストラップの掃除をしても好いと思うのです。


4月22日 火曜日 定休日二日目は床屋と整形外科へ…

 夕べは10時半には眠ったので、今朝は5時前に目が覚めました。やはりこのペースはあまり変えない方が好いのかも知れない。コーヒーを一杯飲んで蕎麦屋に出掛け、出汁取りの準備をしておいたから、早速、出汁取りの作業にかかるのです。日の出が早いからもう東の空から太陽が昇ってきた。約1時間をかけて一番出汁と二番出汁を取り、7時前には家に戻るのでした。女将が台所に立って朝食の支度をしてくれている。その脇で亭主が洗い物を片付ける。

 亭主の希望で茄子焼きをしてもらったけれど、鰯の蒲焼き丼だったから、おかずの方が多くてご飯が足らなかった。それでも、ご飯をお替わりせずに、タケノコも白菜のお新香も食べてご馳走様なのです。腹八部とはよく言ったもので、それ以上食べると若くはないから、やはり身体に好くないのでしょう。食後のお茶をもらって書斎に行って横になるけれど、今日はなかなか眠れなかった。8時半には床屋に行きたかったから、諦めて着替えと洗面を済ます。

 晴れるという予報だったけれど、朝から空はどんよりと曇って、すっきりとしない天気なのでした。ちょうど8時半に床屋に着いたけれど、まだ開いていなかった。仕方がないので向かいにある整形外科の駐車場に車を入れて、5、6人並んでいた人の後について受付を済ませる。6番目の番号札をもらって、30分も待てば診察を受けられるので、マスターが来てシャッターを開けた床屋に行き、事情を話して予約を入れておく。予定とは違ったけれどこれが幸運でした。

 午前中に医者と床屋に上手い具合に行けて、家に帰れば今年初めての冷やし中華を作るのでした。満足に腹を満たした後は、書斎に入って午後の昼寝です。2時間近くも眠って、女将に起こされてスポーツクラブの予約の作業に取りかかる。皮を剥いた甘夏が出て、お茶まで入れてもらえた。3時半までテレビの映画を観たら、蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みに入る。まずは大根のなた漬け直しで、小さな漬け物器を空けて、樽の漬け物器の白菜を漬け直すのです。

 次に半分に切った鶏肉を小さくして、出し汁に入れて沸かしながらキノコを入れていく。5人分ほどの量を沸騰させたら、小さな鍋とタッパに分けて入れ、それぞれ冷蔵庫で保存します。使った鍋を洗ったら、今度は蓮根の皮を剥いて輪切りにし、天麩羅の具材を準備する。南瓜も種を取ってスライスし、タッパに入れてこれは家に持ち帰ってチーンしてくる。これで5時前になったので家に帰って夕飯のおかずの準備。今日は回鍋肉の鍋振りは亭主の仕事です。



4月23日 水曜日 定休日三日目は朝から冷たい雨で…

 夕べは10時に床に就いたので、今朝も5時過ぎには目を覚まし、コーヒーを入れて居間の部屋でゆっくりとするのでした。蕎麦屋に行ってする朝飯前の仕事は、返しを作ることだけだったから、30分もあれば出来るだろうと6時過ぎに家を出る。冷たい雨が降って、昨日までの暖かさは嘘のようなのでした。駐車場の木々の新緑が鮮やかで、今年もツバメが隣の家の軒下に巣を作ったらしい。それでも店の中は昨日の暖かさが残って暖房を入れる程ではなかった。

 減塩醤油と再仕込み醤油を戸棚から運んで、味醂とワインビネガーは膝下の引き出しから取り出す。氷砂糖を計量したら味醂とワインビネガーを大鍋に入れて火を点ける。醤油を四本と少し加えて、塩を30g計って入れ、煙草をふかしながら椅子に腰掛けて待つのです。昨日洗った漬け物器やお玉などを片付け、大鍋が沸騰する直前で火を止める。これで朝飯前のひと仕事は終わりなのです。家に帰って女将の用意してくれた朝食を食べる。今朝は筍ご飯だった。

 食後のお茶をもらったら、あんなに眠ったのにまた眠たくなって書斎で横になる。目が覚めたら9時だったから驚いた。身体が随分とリラックスしているのです。洗面と着替えを済ましてテレビを点ければ、ドジャースとカブスの試合が始まっている。接戦になりそうだったが、最後まで観ているほど暇がない。車を出してまた蕎麦屋に出掛け、午前中の仕込みを開始するのでした。白菜のお新香を更に小さな漬け物器に入れて、なた漬けも小鉢に盛り付けておく。

 まだ時間があったから、天麩羅の具材を切り分けて、玉葱もスライスして、三ツ葉も薬味の葱も刻んで容器に入れる。10時半になったところで、隣町のスーパーまでトンカツとティッシュを買いに出掛ける。家に戻ったのが11時。ドジャース戦はまだやっていた。鍋に湯を沸かしてスナップエンドウとブロッコリーを茹でる。大鍋の湯が沸いたら、スパゲッティを茹で始め、同じ湯でミートソースを温めるのです。女将がカツを切ってくれて昼飯の準備は終わり。

 一週間ぶりにトンカツを載せたミートソースを食べた。満足して食後はまた眠れるかと思ったけれど、書斎で横になってもさすがに眠くないのです。今日の仕込みは全部終わったけれど、明日の蕎麦を打っておいても好いかも知れない。ドジャース戦は延長の末に一点差でカブスが勝利。11対10と激しい戦いなのでした。コーヒーを入れてまたブログの続きを書いて、女将が帰ってきたら蕎麦屋に出掛けようと準備をするのでした。冷たい雨は降り続けている。

 昼に食べたトンカツミートソースが十分に消化するには、動かなくてはいけないから、雨の降る中を車を出して蕎麦屋まで行く。何もする事はないのだけれど、仕方がないから蕎麦打ち室に入って、明日の分の蕎麦を打つ。時間があるから今日は900gの蕎麦粉を計量して、10人分の蕎麦を打とうと考えたのです。明日の朝は蕎麦を打たなくても好い。室温は20℃、湿度は60%。加水率を43%にしたら、最近になく硬い蕎麦が出来て捏ねるのにひと苦労なのでした。



4月24日 木曜日 曇り空も暖かく、久々に混んだ木曜日で…

 暖かな朝でしたが、空は曇って今にも雨が降りそうなのでした。昨日のうちに今日の分の蕎麦を打ってあったので、今朝は6時に家を出て、歩いて蕎麦屋に出掛けました。足の具合も好かったから、久し振りに徒歩で朝飯前のひと仕事です。時間に余裕があったからまずは洗濯物を畳んで、厨房に入って気になっていたレンジ周りの油の汚れを綺麗に掃除しました。どうしても天麩羅を揚げる周りは油がはねて汚れるのです。週に一度は掃除をしなければいけない。

 家に帰れば、魚の煮付けの匂いが居間の部屋まで漂っている。今朝は銀ダラの煮付けと茄子焼きに大根と鶏肉の煮物がおかずで、筍ご飯が美味しかった。腹が一杯になったら満足して、お茶をもらったら書斎に入ってひと眠りしようと横になる。しかし、なかなか眠くならずに30分ほど目をつぶっていても眠れないので、起き出して洗面と着替えを済ませておくのでした。時間があるから髭も剃っておく。夕べは11時半まで起きていたのに不思議なこともある。

 再び歩いて蕎麦屋に向かえば、曇り空なのに随分と暖かい。幟と看板を出してチェーンポールを降ろす。店の中は結構暖かくなっていたので、窓を開けて空気を入れ換える。生姜と大根をおろして、野菜サラダの具材を刻めば、春キャベツが柔らかくて美味しそう。今日は人参も細く切れたので亭主は満足なのでした。家を出たのが早かったから、まだ10時にもなっていないのです。時間に余裕があるということは、気持ちにも余裕が出来るものなのです。

 今日から大福の中身を苺に替えることにしたので、包みやすくて10時半にはもう大福も出来てしまった。新しい油を天麩羅鍋に注いで、天つゆも新しく作っておく。店の掃除を始めて、テーブルを拭いて回るのでした。カウンター席の隅に座ってひと休みすれば、女将がやって来る。暖簾を出せば、最初にいらっしたお客様は新しい車に替えたカレーうどんの親父様。今日は奥様が一緒でなかったから初めは分からなかったのです。続けて年配のご夫婦がご来店。

 今日は、最近お客の少ない木曜日なのに、続けてお客が入って、1時過ぎにはもう生舟の蕎麦も残り少なくなっていました。最後に3人連れのお客が入ったところで、女将に「お蕎麦売り切れ」の看板を出してもらう。向かいのサツマイモ農園の若旦那が、業者を連れていらっしたのでした。「倉庫を建てようと思ったら、遺跡があることが判って…」と大変そうなのでした。三人とも天せいろを頼まれて、2時前にはお帰りになる。それから洗い物を始めたのです。



4月25日 金曜日 やはり二日続けては混まない…

 今朝は5時で5時半には家を出て蕎麦屋に行く。蕎麦打ち室に入れば室温20℃、湿度62%だったから、思い切って加水率43%で蕎麦粉を捏ね始めました。生地の硬さは上々、蕎麦玉を作って寝かせている間に、厨房に戻って昨日のブログを読み返すのです。6時20分になったらまた蕎麦打ち室に入って、750gの生地を伸して畳んで、8束の蕎麦を生舟の中に並べるのでした。昨日の最後の残りと合わせて9食分の蕎麦を用意して、今日の営業をしようと考えました。

 家に帰れば朝食の用意が調って美味しく頂くのです。居間の部屋でお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠り。今日はぴったり1時間眠って、9時過ぎには家を出て蕎麦屋に出掛けるのでした。駐車場のオオムラサキがまた花をいました。花の終わりの馬酔木は赤い新芽が開いている。紫陽花の葉が、次は自分の番だと言わんばかりに大きくなっているではありませんか。幟と看板を出して厨房に入れば、今日は大根をおろすことから始めるのでした。

 スナップエンドウとブロッコリーを茹でて、春キャベツを刻み、紫玉葱、パプリカ、人参の順に刻んでいく。今日は女将が来ない日だから、時計の時間が気になる。野菜サラダを盛り付け終えたら、真空フリーザーの中で解凍された海老を容器に入れたり、山葵を確認したり、細かなことを全部自分でやらなければいけないのです。デザートの苺大福は昨日作ったものが使えるので、天麩羅の具材を調理台に並べ、油を天麩羅鍋に入れて、テーブルを拭いて回る。

 朝方は少し涼しかったけれど、昼になったらやはり暑くなってきた。昼前にオープンカーに乗った中年のご夫婦がご来店で、ヘルシーランチセットと天せいろの大盛りに、キスや赤いかの天麩羅を頼まれる。それからしばらくはお客がなくて、1時を過ぎた頃にやはり中年のご夫婦がカウンターの隅に座って、てんせいろをご注文なのでした。やはり男性は蕎麦を大盛りで頼むのでした。それきりお客は来なくて、二日続けて混むことはないという良い例なのです。



4月26日 土曜日 再び10人越えの日がやって来た…


 午前5時前、アラームの鳴る前に目が覚めて、台所に行ってお湯を沸かす亭主。今日は給料日後の土曜日、大型連休の初日だから、きっとお客が来るに違いないと朝から張り切っていました。コーヒーを淹れて煙草を一服したら、ガレージに降りて車に乗り込むのでした。蕎麦屋に着けば雲は多かったけれどもう陽が昇っていて、ひんやりとした朝。早速、蕎麦打ち室に入り、750gの蕎麦粉を計量して、43%の加水で捏ね始めました。室温は18℃と昨日よりも低い。

 それが幸いしてか、かっちりとした生地に仕上がって、蕎麦玉を作って寝かせている間に厨房に戻り、カウンターに干した洗い物の片付けをする。小鉢もなくなっているので、なた漬けを幾つか作り足しておくのです。再び蕎麦打ち室に入って、蕎麦玉を伸して畳んで包丁切り。切りべら20本で135gの蕎麦を、8束作ったら生舟に並べて、昨日の残り3束と合わせて11人分の蕎麦を用意出来ました。今日はこれでも足りないかも知れないと思いながら、家に帰る。

 朝食を食べて書斎でひと眠りしようと思ったけれど、何故か眠れなくって30分ほど横になっただけで、起き出して着替えと洗面を済ませるのでした。髭を剃るのも面倒だったけれど、お客の前では失礼のないようにと綺麗に剃り上げて顔を洗うのです。9時になったら女将に「行ってきま~す」と声を掛けて、歩いて出掛ければみずき通りの角のお宅に綺麗な紫色のクレマチスが咲いていたのです。伊豆の「クレマチスの丘」が閉園になっという話を思い出した。

 昔、野口里佳さんの写真展に招かれて「IZU PHOTO MUSEUM」の晩餐会に女将と出席したことがあって、その折にクレマチスの丘に寄ったのを覚えている。今はテッセンという呼び名はあまり聞かないけれど、何でも横文字になるのはどうかと女将と話したことがある。厨房に戻って大根と生姜をおろして、野菜サラダを盛り付けたら苺大福を包むのでした。片栗粉を敷いて白餡を伸ばした上に苺を載せて包んだら、作ったばかりの熱々の求肥で包んでいくのです。

 今日も開店して直ぐにお客がご来店で、あっという間に店の中が一杯になった。5人連れのご家族がいらしって12時過ぎにはもう生舟の中の蕎麦が残り僅か。常連さんご夫婦がその後に来たので、そこで「お蕎麦売り切れ」の看板を出したけれど、帰るお客と入れ替わりに別のお二人の姿が見えたので、最後の二束をお出ししたのです。涼しかったからか、鴨せいろが随分と出たので、明日の分の鴨肉がなくなった。一週間ぶりの10人越えなのでした。

 天麩羅の具材も切れたし、蕎麦汁もなくなってしまったから、家に帰ってすぐに隣町のスーパーに出掛けて、足りないものの仕入れをしてくる。ついでに、野菜サラダが残ったのでトンカツを買って帰った。ひと眠りして夕食を食べたら、今度は夜の仕込みにまた蕎麦屋に行って、出汁を取って蕎麦汁を作るのでした。夜も仕込みに出掛けるというのは、随分と久し振りのような気がする。一日に20人からのお客が来ていたのは、今はもう遠い昔の話なのです。


4月27日 日曜日 朝はひんやり、昼は初夏の暖かさで…

 今朝はアラームに起こされて、コーヒーも飲まずに5時半には蕎麦屋に出掛ける。蕎麦が一つも残っていなかったので、二回打たなければならなかったのです。蕎麦汁も小鉢もなくなっていたから、750gと500gの蕎麦玉を作ったら、厨房に入ってキュウリと新キャベツとニンジンの浅漬けを盛り漬け、夕べ作った蕎麦汁を空の蕎麦徳利に詰めていくのでした。再び蕎麦打ち室に入って、二回の蕎麦を打てば、室温が16℃と昨日よりも2℃も低かった。

 最初の蕎麦玉を43%の加水で捏ねる時に、パサパサで水が足りないと思ったから、慌てて加水をしたら今度はちょっと水が多すぎて、生地が柔らかくなりすぎたのでした。何とか打ち粉を沢山振って伸し始めたのですが、やはり包丁切りするときに切りむらが出来てしまう。今朝は放射冷却で朝の温度が随分と下がったのです。気温が下がると水分が足らなくなってしまうから難しい。何とか二度の蕎麦打ちで13食の蕎麦を用意して、7時過ぎには家に戻るのでした。

 今朝の朝食は、昨日亭主が買って帰った銚子で上がった鰯の蒲焼きなのでした。油の乗った鰯の蒲焼き丼は絶品で、ご飯がどんどん食べられるのです。満足したら書斎に入ってひと眠りすれば、今日は40分ほどで目が覚める。洗面と着替えを済ませて9時には再び蕎麦屋に歩いて出掛けたのです。朝の寒さがすっかり緩んで、空は青いし陽射しが暖かく、蕎麦屋の駐車場に着いたときには、モミジの新緑がとても鮮やかなのでした。

 幟と看板を出して厨房に入ったら、まずは昨日なくなった蕎麦豆腐を造っておく。大根をおろしていたら女将がやって来て「今日は昨日よりも好い天気ね」と言って洗濯物をたたみ始める。店の掃除を終えたらまた早お昼を食べに家に帰った。亭主は野菜サラダの具材を刻んで盛り付けるのでした。天麩羅油を天麩羅鍋に空けて、天つゆを火にかけ、天麩羅の具材を調理台に並べたら、大釜の湯が沸くのを待って、四つのポットにお湯を満たすのです。

 隣のお花畑も随分と賑やかに花々が咲き始めて、女将がまたやって来るまで、亭主はカウンターの隅の椅子に座ってひと休みなのです。夏からはここが居間になるのかと思うと、現在の家の何を何処に置こうかと、もう計画を立て始めている自分が滑稽に思える。わずか300mの引っ越しだけれど、もう若くはないから大きな荷物は業者に頼むしかないと諦めているのでした。最初のお客は昼前にいらっして、昨日ほどではないけれど今日も随分と混んだのです。

 日曜日のせいかお客の出足は遅く、後半にお客が続いて、洗い物をする暇がなかったから後が大変なのでした。天麩羅が尾持ったほど出なくて、材料が沢山残ったので天麩羅を揚げて家に持って帰ることにしました。女将は、家で捌いた鰯の残りを取りに帰って、これも天麩羅にしてくれろと言う。二人で3時前に家に戻って、二人でデコポンを剥いて食べる。亭主は書斎でひと眠りしたら、6時過ぎまで目が覚めなかった。夜は天麩羅を温めてご飯を食べる。



4月28日 月曜日 曇り空で風が強かった一日…

 定休日だけれどいつものように5時には目覚め、これも習慣なのだろうと5時半まで床の中で暖まる。夕べは暖かな夜だったのに、さすがに朝は冷えるのです。台所に行ってコーヒーを沸かし、昨日はコーヒーを飲まなかったことを思い出す。今日の予定は10時にかかりつけの内科に行って血圧の薬をもらってくる。そして、午後は西の町のホームセンターに出掛け、割り箸や蕎麦屋の台所の消毒液などを買ってこなければならない。お袋様にも声を掛けてみよう。

 簡単な朝食を終えたら、今日はひと眠りをせずに蕎麦屋に出掛けて、昨日の洗い物を片付けたり、洗濯物を干したりして少し早めに医者に行く。連休中の数少ない平日とあって、駐車場もほとんど空いていなかった。やっと受付を済ませれば、待合室は大勢の人。テレビの画面には現在の診察の番号が出ている。自分の20番まではまだ1時間ほど待つようなのでした。蕎麦屋で客を待つのに慣れたせいか、歳を取ったせいなのか、それほど苦でもなく診察室へ。

 「大分低くなってきたけれど、150と言うのはまだ高いから、薬を一日二回に増やしましょう」と医師は言うのでした。初めての再診だったから、看護師に生活習慣のチェックを受けて、塩辛いものは駄目、腹一杯食べるのは駄目、運動をしないのは駄目とだめ出しを受ける。昼食の準備をする時間には間に合って薬局で薬をもらい、家に帰って昨日残った蕎麦を茹でる。隣の火口で女将が天麩羅をフライパンで焼いて、昼は二人で天せいろを食べるのでした。

 ひと休みしたら女将はスポーツクラブに出掛けていく。亭主もお袋様に電話をして、一緒に西の町のホームセンターに出掛けるのでした。陽射しはあるのだけれど風が強くて、あまり暖かさを感じなかったけれど、広いホームセンターの中をあちこち歩いたので、帰る頃には上着を脱ぐほどでした。お袋様は目当ての物干し竿を、亭主は天削げの割り箸と消毒液などを買って、千葉県産のコシヒカリが4000円以下で出ていたので二人で5kgずつ買って帰るのでした。隣のスーパーにも寄って食材を見て回れば、白菜が半分で150円、新鮮なアスパラなども出ていたので買って帰る。お袋様を送って店に戻ったら、野菜類を冷蔵庫に入れて白菜を漬け込んだら、今日の仕事は終わりなのでした。


4月29日 火曜日 昭和の日も蕎麦屋は定休日で…

 今朝も5時には目覚めて、コーヒーを淹れて居間の椅子に座ったまま。女将が起き出して台所に入るまで、椅子から立ち上がり、玄関を出て新聞を取りに行っただけの亭主なのでした。もう一度眠った方が好かったのに、そうしなかったのは、やはり習慣を付けた方が好いと思ったから。朝食はこれで最後と頂いたタケノコの混ぜご飯。切り昆布と煮込んだサツマイモも蕎麦屋の向かいのサツマイモ農園の若旦那が持って来てくれたものなのでした。

 お袋様に電話をして、買い出しに出掛ければ、二人とも昨日も西の町の食料品店に寄ったから、今日は荷物も少なめなのでした。隣町のスーパーに行ったら、銚子で上がった鰯が20cmを越える大型になっていて、8尾で200円というので買って帰る。それでもやはり、二回買い物に行けば、一回で買うよりもお金がかかるものです。余計なものをつい買ってしまうからです。女将に頼まれた若布も三陸産のものを買って帰れば、若竹煮にしたら美味しいのでした。

 店に戻って野菜類を冷蔵庫に収納して、少しだけ仕込みをするのです。塩で漬けた白菜も水が上がっていたので、より小さな漬け物器に移して、唐辛子を輪切りにして加えておく。ストックしてあった一番出汁で2㍑の蕎麦汁を作り、水で冷やして鍋のまま冷蔵庫に入れる。出汁取りで使った干し椎茸が冷凍室に溜まってきたので、今週は切り干し大根の煮物を作ってタッパに入れる。11時を過ぎたところで、家に帰って昼の食事の支度を始めるのでした。

 暖かくなって来たので今日もシマダヤの冷やし中華。モヤシとカニかまを買って帰ったから、女将に錦糸卵を作ってもらい、亭主は氷を敷いて少し多めの盛り付けなのです。食べ始めたら女将に言われて気が付いたのですが、肉を茹でて加えるのを忘れていた。一年振りの完璧な冷やし中華だと思っていたら、肝心の具材がなかったのでがっくりとする亭主。ドジャース戦をBSでやっていたので、食後も楽しいテレビ観戦なのでしたが、ずっと観てはいられない。

 書斎に入って1時間ほど昼寝をしたら、女将のスポーツクラブの予約を取って、また蕎麦屋に出掛けていく亭主。午後の仕込みは、ピーラーで蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら、酢水で茹でることから始め、鶏肉を小さく切ってキノコ汁を作っておくのでした。それぞれタッパに入れて冷蔵庫に収納して、5時前には家に帰る。夕食はスナップエンドウと筍の若竹煮に、午前中に買って来たイワシを蒲焼きにしてもらって、旬の食材ばかりでとても美味しかった。



4月30日 水曜日 新緑が鮮やかで初夏の暖かさ…

 今朝も5時起きで、コーヒーを淹れて居間の部屋の椅子に座る。テレビも点けずに煙草も吸わず、ただぼーっとしているのでした。そして、朝飯前のひと仕事には、昨日作った蕎麦汁を蕎麦徳利に詰めて、お新香や切り干し大根を小鉢に盛り付ければ好いと考える。今朝の段取りが決まれば、次の行動に移れるから、コーヒーを飲んで煙草を吸うのです。朝日が駅前の高層マンションに反射して眩しいくらい。湯沸かしに起き出してきた女将に声を掛けて家を出る。

 蕎麦汁を入れたプラスティックの容器に入った分では足りなかったから、昨日作っておいた2㍑の蕎麦汁を加えて、19本の徳利すべてを満杯にする。残りはまた容器に入れてストックする。これで週末まで持てば好いのだけれど。小鉢のお新香と切り干し大根も客が多いとなくなる可能性がある。そのために、新キャベツと胡瓜と人参を買い込んであるから、また浅漬けでも作れば好い。一つ先の心配を解消する手立てを、常に持っていなくてはいけないのです。

 家に帰れば居間の部屋までぷ~んと好いに匂いが漂ってくる。今朝は鰯の蒲焼き丼と絹さやの卵綴じにキノコ汁なのでした。とても美味しく食べられて、満足したらすぐに眠くなるのです。それでも9時前には着替えを済ませてまた蕎麦屋に向かう亭主。午前中に明日の準備を終えて、好い天気だから午後は懸案のグリストラップの掃除をしようと思っていたのです。天麩羅の具材を切り分けて、かき揚げの材料を切って容器に入れて午前中の仕込みは終わり。

 帰りにコンビニに寄って煙草を買って帰る。ついでに、隣にある公園の藤棚が綺麗だと女将に言われていたから、行ってみると本当に見事な花盛りなのでした。家に帰って、少し早かったけれど昼の用意をし始める。大釜に湯を沸かして蕎麦を茹でれば、女将が仕事部屋から出て来てとろろ芋をすってくれた。MLBのドジャース戦が始まっていたので、大谷選手のホームランを観ることが出来た。ずつとは観ていられないから、書斎でこのブログの写真を選ぶ。

 再び居間に戻って試合の続きを観れば、今日は大量得点でドジャースの勝利。昼の蕎麦だけではまだ物足りなかったので、女将がスポーツクラブに出掛けたのをいいことに、一つだけ麺が残っていた冷やし中華を作って食べる。何度も観たトム・クルーズ主演の『オール・ユー・ニード・イズ・キル』という映画をまた観てしまう。映画が終わって女将が帰ってきたところで終わったので、蕎麦屋に出掛けて無事にグリストラップの掃除を終えたのでした。

 半年以上も掃除をしていなかった割には、ホースで水圧を上げて洗浄し、タワシや柄杓で油分を取り除いて、30分ほどで簡単に終わったけれど、蓋の鉄板が錆び付いてきているのが少し心配でした。時間があったので、蕎麦打ち室に入って600gだけ蕎麦を打つことにした。明日の朝また600g打てば12人分の蕎麦が用意できるのです。少ない量ならば、時間も少なくて済むから、忙しい朝の時間には持って来いなのです。果たしてどれだけお客が来るのか…。

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2025年4月中旬



4月10日 木曜日 曇りだったけれど暖かい南風で…

 今朝はアラームの鳴る5時よりも前に目覚めて、コーヒーを沸かして飲むのでした。外は曇り空なのですが、朝から随分と暖かく感じる。30分ほどゆっくりとしたら、車で蕎麦屋に向かうのです。まずは蕎麦打ち室に入り、蕎麦粉を計量して、室温が16℃もあったから、加水は46%弱にして捏ね始めました。ちょうど好い柔らかさに仕上がって蕎麦玉にして寝かせておくのです。昨日のブログを読み返して、6時にはまた蕎麦打ち室に戻って8束の蕎麦を打つ。

 6時40分には家に戻って、今朝は昨日二階から下ろした布団と電気炬燵を、階段を下りて門の外まで運ぶのでした。女将がいつもより少し早く台所に入って、居間で一服していた亭主に「布団を出してくれてありがとう」と言って、朝食の支度を始めてくれた。力のない女将には、かさばる布団を二階から下ろすのも大変なのです。亭主は二回に分けて持って降りたけれど、回収に来た業者を見ていたら、なんと一度に三枚の布団をいとも軽々と車に乗せていた。

 食後のお茶をもらったら、今日もまたひと眠りして、8時半には目覚めて着替えと洗面を済ませる。朝のコーヒーの残りを飲み干して一服したら、歩いて蕎麦屋まで出掛けるのです。看板を出して、幟を立てチェーンポールを降ろしたら、暖かいのでエアコンも点けずに厨房に入りました。まな板を出して細葱を刻んで、生姜の皮を剥いておろし金ですり下ろすのです。葱の香りと生姜の色が新鮮な証拠。三日もするとこれが黄色くなるので替え時なのです。

 今日は女将が開店の時間にしか来ないと、自分に言い聞かせて、野菜サラダの具材を刻み、10時半には三皿に盛り付け少し休憩。電話が鳴って受話器を取れば、「予約できますか」と言うので「狭い店だから予約はやっていません」と応える。「11時半に来れば大丈夫ですよ」とお伝えしておく。蕎麦を食うのに予約をするというのも、時代との変化なのだろうか。三人連れの年配の女性がいらっして、看板を見ているから外に出れば「お休みはいつなの?」と言う。

 11時前になって金柑大福を三皿仕上げ、油も天つゆも温めて開店の準備は終わった。女将は開店の5分前にやって来て準備を始めたのです。電話の主らしき人が、昼前に娘さんと一緒に自転車でいらっして、ヘルシーランチセットとせいろ蕎麦とエビ天を頼まれる。帽子を被ったままの娘さんが蕎麦を食べる光景は、亭主には奇異に感じられた。最近は帽子を被ったまま食事をする人が多いけれど、これも時代の移り変わりの結果なのだろうか。

 次にいらっした若い女性二人は、帽子を脱いでテーブルに座られた。二人とも天せいろを頼まれて、ゆっくりと食べて話をして帰ったのだけれど、これが普通の光景に思えるのでした。暖かいけれど曇っていたからか、今日はそれ以後はお客がなかった。平日だけれど、20℃を越える暖かさなのにお客が少ないのはやはりおかしい。2時過ぎには家に戻って、女将と二人で清美オレンジを半分ずつ食べる。亭主は書斎に入って今日のデータをパソコンに入力したら、1時間ほど昼寝をした。夜は久し振りに女将がポテトサラダを作ってくれたので、酒を買いに出掛ける。


4月11日 金曜日 昨夜からの雨は朝まで降り続き…


 今日は5時にセットしてあるアラームの音で目が覚めた。6時間近くは眠っているはずなのに、頭がすっきりとしないので、コーヒーを沸かして飲んで一服する。昨日の蕎麦が半分残っているから、今朝は500gだけ打ち足せば好いので、5時40分になったら車を出して蕎麦屋に向かうのでした。外は昨日の夜から降り出した雨が、小雨にはなっていたけれど、本当に好く降るものだと感心する。店に着いて蕎麦打ち室に入り、6時半までに蕎麦打ちを終えたのです。

 雨の降る間に駐車場の木々の新芽が随分と伸びて、金木犀も背丈ほどになっているのです。家に帰れば今朝は大好きな脂の乗った鮭の塩焼きが出て、美味しく朝食を頂くのでした。食事の前に計った血圧は上が150。このところ140~150の間で安定しているからまずまずなのです。薬は一錠だけ飲めば好い。夜食も食べなくなったので、体重も80kg以下に押さえられている。毎日の努力が少しずつ目に見えてくるのが楽しみだけれど、いつまで続けられるのか不安。

 食後のひと眠りは1時間。小雨が降っていたので、9時にはまた車で蕎麦屋に出掛け、看板と幟を出してチェーンポールを下げる。厨房に入って大釜に湯を入れながら大根をおろす。昨日作った金柑大福が二皿残っていたから、柔らかめに包んだので今日は出せる。後は野菜サラダの具材を刻むだけなのでした。雨は上がったようなのですが、暗い曇り空が広がって、これでお客が来るのだろうかと不安になった。不安は的中して2時間経ってもお客は来なかった。

 腹も減ったので途中でかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べるのでした。1時半を過ぎたので片付けを始めて、大釜の湯だけは沸かしておいたのです。閉店の5分前になって、車が駐車場に入ってきたから驚いた。早仕舞いをしなくて好かった。年配のご夫婦がいらっして天せいろを頼まれる。2時をかなり過ぎてからお帰りになったけれど、ゼロと2では精神的にも随分と違うのです。もう一度、片付け物をして、大鍋を洗ったらもう3時近くになった。



4月12日 土曜日 午後から青空が広がったけれど北風が…

 今朝は4時前に一度目が覚めたけれど、まだ早すぎるともう一度眠ったら、5時のアラームで起こされて居間の部屋に行く。コーヒーを沸かして一杯飲みながら、今朝の朝飯前のひと仕事の段取りを考えるのでした。昨日の残りの蕎麦があったから、今朝も500gだけ蕎麦を打てば好い。今日は金柑大福を作らなければいけないから、朝食後は少し時間に余裕をもって出掛けなければと思うのでした。昨日の大雨と雷鳴が嘘のように道路は乾いていたのです。

 蕎麦を打ち終えて玄関を出れば、馬酔木の花が朝日を浴びて可愛らしかった。家に戻れば女将が朝食の支度に台所に立っていた。タケノコの若竹煮と卵綴じ、大根の焼き鱠が今朝のおかずなのです。タンパク質は卵とちくわと焼き鱠に入っている油揚げとツナ、そして味噌汁の豆腐と、彼女なりにしっかりと考えられている。亭主は炊きたてのご飯を自分でよそって、7時半には食べ終えて居間で一服するのでした。お茶をもらってひと休みしたら書斎でひと眠り。

 今日は随分と頭がすっきりと目覚めたと思ったら、1時間半も眠ったのでした。慌てて着替えと洗面を済ませて、歩いて蕎麦屋に出掛けるのです。陽射しがあったけれど今日は北風なので、少し冷たい。看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、厨房に入ってほうじ茶を沸かす。10時半には野菜サラダの盛り付けを済まして、金柑大福を包むのでした。開店の時刻に暖簾を出せば、すぐに常連さんが歩いていらっした。ビールとカレー蕎麦と言いながら着席。

 今日のお客も皆さんリピーターの方ばかりで、ビールを2本も頼まれたすぐご近所の親父様が、白海老のかき揚げや鴨葱の塩焼きやハラミの串焼きを注文して、最後にせいろ蕎麦なのでした。最後のご婦人もいつもカレーうどんを注文するのに、今日はヘルシーランチセットを頼まれて、カウンターの隅で静かに食べていらっした。2時過ぎには洗い物も終わって、女将と二人で家に帰るのでした。夜はタケノコと牛肉の新メニュー。ポテトサラダも美味しかった。



4月13日 日曜日 開店前から雨が降り始めて夕方まで…

 今朝は5時にアラームで目が覚めたけれど、頭がぼーっとしていてなかなか起きられなかった。昨夜は酒を飲み過ぎたのかと少し反省する。なかなか眠くならないので、最後にミニラーメンを食べたのが好くなかったのか。コーヒーを沸かして飲んでも、なかなかすっきりとせずに、家を出て車で蕎麦屋に出掛けたのは、もう6時になるところなのでした。蕎麦打ち室に入るとシャキッとするから不思議なものです。今朝も500gだけ打ち足せば好かった。

 室温は17℃、湿度は57%だったので、46%弱の加水率で蕎麦粉を捏ね始めたら、これが大正解で最近では一番ぴったりの柔らかさ。伸して畳んで包丁切りをすれば、切りべら20本で140gの蕎麦が仕上がる。500gだとどうしても一人分が少し多めになってしまうのですが、昨日残った蕎麦も同じだからお客に出すのには問題はない。打ち台の上を片付けて6時50分なのでした。蕎麦玉を寝かせている間に、洗い物の片付けも済ませたし、家に帰るだけなのでした。

 帰り道にみずき通りを走ったら、道の両側に植えられたハナミズキの木に白い花が咲いていた。どんよりと曇った空だったけれど、晴れて青空が広がっていれば、素敵な風景なのだろうと残念がる。家に戻れば女将が台所で銀ダラを煮付けていた。甘い香りが食欲をそそるのです。冷凍した筍ご飯をチーンして、今朝は菜花のお浸しと昆布と大豆の煮物が付いて、シラスおろしが添えられていた。食後はお茶をもらって「薬を飲みましたか?」と女将に言われる。

 身体の調子が好くなるとついつい薬を飲み忘れてしまうのです。書斎に入ってひと眠りすれば、9時10分前に目が覚めて、洗面と着替えを済まして再び車で蕎麦屋に出掛ける。昼前から雨が降るという予報だったので、帰りは最終日だから店の残りものを沢山持って帰らなければいけない。今日は金柑大福も残っていたから、野菜サラダを作ればもう終わりなのでした。果たして11時過ぎには開店の準備が終わって、開店前に駐車場に入ってきたお客様を迎える。

 遠い千葉市からわざわざ食べにいらっしゃるリピーターさんでしたが、亭主は女将に言われるまで思い出せなかった。ご主人は、せいろ蕎麦の大盛りと白エビの掻き揚げ、キスの天麩羅を頼まれて、奥様はキノコ蕎麦を注文された。これも前来た時と同じだと後で女将が言う。歳を取っても記憶力が落ちないのは大したものだと感心する。その後、お客はなかなか来なかったけれど、1時を過ぎてから二組ほどいらっして、昨日よりもお客は増えたのでした。


4月14日 月曜日 空は晴れ渡り、暖かな一日でした…

 今朝は定休日でアラームも鳴らないのに、いつもの習慣で5時過ぎには目が覚めてしまう。毎朝、届く朝の新聞を読む習慣がないので、コーヒーを沸かして一服するだけ。天気予報だけはテレビのデータ放送で見て、今日は10時近くから青空が広がって晴れるというのが分かった。玄関を出れば木槿の新芽が青く清々しい。6時過ぎに車を出して蕎麦屋に出掛け、昨日の後片づけや、洗濯物を干したりして、干し椎茸と昆布を鍋に入れて出汁取りの準備をしておく。

 朝食を食べて今朝はひと眠りをせずに、まだ蕎麦屋に出掛けていく亭主。庭の金柑の木の根元に、十二単や釣鐘水仙の花が咲き出して、紫の彩りが春らしかった。蕎麦屋に着けば駐車場から西のお花畑が見えて、そろそろ終わりの黄色い菜の花が青空に映えていました。ヤマボウシもモミジも金木犀も新芽が伸びてまるで初夏の装いなのです。今朝は気温もかなり高いので、亭主は薄い長袖シャツ一枚で車から降りて、厨房に入るのでした。

 仕込みをしたくても食材がないので何もする事がない。まずは今日使う物だけは仕入れてこなくてはと、隣町のスーパーまで車を走らせる。野菜が随分と安くなっているではありませんか。先週まで半分で450円もしていた白菜が、今日は290円だったから、もう白菜のお新香を止めようと思っていたけれど、つい買ってしまう。200円だった大根も150円まで値が下がっていたので2本買う。家の食材を買って店に戻ったら、白菜と大根を塩漬けにして家に戻る。

 昼は蕎麦を茹でてとろろ蕎麦。亭主は蕎麦を二束茹でて食べる。食後は1時間ほど昼寝をして、女将がスポーツクラブに出掛けて行った間にまた蕎麦屋に出掛ける。朝のうちに準備しておいた出汁を取るのがメインの仕込み。午後はグリストラップの掃除もしようと思ったけれど、暖かい南風が強くなったので、天麩羅油の空き缶を外のゴミ箱に捨てるだけにしておいた。黄金色の一番出汁を取り、二番出汁まで取って容器に入れて冷蔵庫に収納するのでした。

 白餡も氷砂糖と水で溶かして煮立てたけれど、時間がかかるのでまた明日に続きをすることにして家に帰る。4時半になっていた。女将は台所に立って今日亭主が買ってきた鰯を蒲焼きにしていた。甘い匂いが食欲をそそる。筍ご飯も炊きあがり、亭主は珍しくお替わりをした。お蔭で夜はお腹が空かなかったので、風呂上がりの酒もほどほどで眠ることが出来る。明日も晴れるらしい。



4月15日 火曜日 不安定だった天気も午後には晴れ渡り…

 今朝も5時半には目が覚めて、6時過ぎには蕎麦屋に行って、ゴミ回収の業者に出すゴミを外のゴミ箱に入れ、子ども会の廃品回収に出す新聞紙は家に持って帰るのでした。空は晴れて予報とは違うと思っていたら、家に着くなり土砂降りの雨が降り始めたのです。朝食を食べてひと眠りしたら、着替えと洗面を済ませてお袋様に電話をする。マンションまで車で迎えに行く頃には、もう雨は上がって青空が覗いていたが、今度は強い南風が吹き始めた。

 右の腕を上げると痛いと言っていた彼女は、亭主の通う整形外科に行って診てもらったら、骨に付いている腱が伸びているとかで、来週から週に一度、電気を当てに通うことになったのだそうな。やはり重い荷物を持つのが好くなかったのだろう。今日の買い物は少し軽そうだったけれど、車で行けば楽だからと、一度に沢山の食材を買うのは考えものなのです。来週の月曜日に予約が取れたというので、亭主も一緒に薬をもらいに行こうと考えるのでした。

 店に戻って厨房に入り、水の上がったなた漬けや白菜の漬け物を漬け直すのです。なた漬けは甘酒の素と砂糖に刻み柚子と唐辛子を入れ、白菜はもう一度塩を振って小さな漬け物器に二度漬けするのでした。家に戻れば女将は雨が止んだからと買い物に出掛けたらしい。昨日に続けて家に買って帰った食材を冷蔵庫に入れ、WBCのドジャース戦をBSでやっていたので、居間の椅子に座って観るのでした。昼にボロネーズを作って食べながらも今度は食堂で観る。

 午後の昼寝から目覚めたら、また蕎麦屋に出掛けて仕込みを続けるのでした。一度に2時間ほどしか根気が続かないから、少しずつ時間をかけて木曜日からの営業の準備を整えるのです。引っ越しの準備があるからと、月曜日も定休日にしたのだけれど、結局は買い出しと仕込みに時間を割いている。蕎麦屋をやっている間は、荷物も運べないからちょうど好いのかも知れない。今日も風が強かったからグリストラップの掃除は出来なかったのです。



4月16日 水曜日 朝から陽射しはあったけれど肌寒い日…

 青空が広がり陽射しのある朝でしたが、何故か薄ら寒く鼻水が止まらない。今朝も5時半に目覚め、6時過ぎには蕎麦屋に出掛けるのでした。厨房に入ってなた漬けと白菜の二種類のお新香を小鉢に盛り付ける。冷蔵庫に収納したら、今度は空の蕎麦徳利に蕎麦汁を入れていく。蕎麦汁を作ってすぐに入れないのは、徳利の内側に蕎麦汁が付いて洗うときに手間がかかるから。出来るだけ直前に入れるようにしているのです。これで朝飯前のひと仕事は終わり。

 家に帰って朝食を食べたら、いつものように書斎でひと眠りなのですが、今朝は少しゆっくりと眠ってしまいました。1時間半ほど眠って目覚めたらもう10時なのでした。今日しなければならない仕込みは、蕎麦豆腐を造ることと天麩羅の具材を切り分けることだけだったので、慌てることはないと気が緩んでいたのかも知れない。1時間もあれば終わることの出来る仕事だと、蕎麦屋に出掛けて厨房に入り、まずは蕎麦豆腐を造り、天麩羅の具材を切り分ける。

 帰り道に家から1キロほど離れた一番近いスーパーに寄って、昼の湯麺に入れる野菜を買って帰る。モヤシとニラとを別々に買うよりも、セットで袋に入っているものの方が安かったので、一回分だからと買って帰るのでした。青く晴れた空に白いハナミズキが生えて、みずき通りも賑やかだった。家に戻って台所に入り、早速、肉を切って野菜と一緒に炒め、片栗でとろみを付ける。沸かしておいた大鍋で湯麺の麺を茹で、餃子を焼き始めるのでした。

 熱い湯麺が美味しいと思えるのは、家の中がかなり涼しいからなのです。花粉症でもないのに朝から鼻水は止まらない。WBCのドジャース戦が始まっていたから、食堂のテレビで観始めて、昼食を終えたら今度は居間のテレビを点けて続きを観るのでした。ずっと見続けるのは疲れるので、途中で書斎に入って昼寝をする。女将はその間にスポーツクラブに出掛けたらしい。1時間ほど眠って、野球の続きを観れば、今日は無事にドジャースの勝利なのでした。

 時間に余裕があったから、今日こそはグリストラップの掃除をしようと蕎麦屋に出掛けたけれど、暖かくなるという明日のことを考えて、少しでも蕎麦を打っておこうと蕎麦打ち室に入った。750gの蕎麦粉を計量して、打ち終えたらもう4時を過ぎていた。それからガスレンジの周りを掃除し始めたら、もう4時半になる。斯くして今日もグリストラップには手つかずのまま。汚い溝を洗うのは手間がかかるので、どうしても後回しになってしまうのでした。



4月17日 木曜日 朝は寒く、昼は初夏の暖かさで…

 今朝も5時半起きで、台所でお湯を沸かしてコーヒーを入れる。夕べ蕎麦を8人分打っておいたから、今朝は5人分打ち足せば好かったので、6時に家を出れば十分なのです。テレビのデータ放送でで今日の天気予報だけを見て、佐倉市は朝の気温が5℃だったから驚いた。日中は20℃を越える暖かさなのに、今日までは朝の気温が低いのだそうな。居間で一休みしたら、車を出して蕎麦屋に向かえば、朝から陽射しがあって暖かくなりそうなのでした。

 無事に蕎麦打ちを終え、7時には家に戻って朝食を食べる。食後のひと眠りは、定休日だった昨日までの習慣が尾を引いて、目覚めたらもう9時なのでした。急いで支度をして蕎麦屋まで歩く。朝が寒かったからか今朝は右足の具合が宜しくない。痛いわけではないのだけれど、歩くときに少し足を引きずってしまうのです。やはり潰れた軟骨を手術で何とかしてもらわないといけないのだろう。未知の領域だから怖い気もするけれど、まだ生きる事を考えると…。

 蕎麦屋に着いて看板や幟を出して、厨房に入れば昨日掃除したレンジ周りがピカピカに光っているのが心地よい。大根と生姜をおろし、薬味の小葱を刻んで野菜サラダの具材を刻み始めれば、今日は女将が開店の時間にしか来ないことを思い出して、ペースを上げるのでした。金柑大福も三皿だけに造ることにして、新しい油の缶を持ち上げて鍋に入れるのにひと苦労。やはり力がなくなったのか、重たく感じた。天麩羅の具材を並べたらテーブルを拭いて回る。

 やっと女将が来てくれて、蕎麦豆腐の味噌ダレを作ってくれた。解凍した海老は亭主が容器に入れたけれど、ドレッシングの瓶の蓋を洗ったり、詰め足したりする細かな仕事は、女将のする仕事になっている。外気温は20℃を越える暖かさなのだけれど、暖簾を出してもなかなかお客は来なかった。朝が寒かったせいもあるけれど、やはり一番はこの物価高で、外食を控えようとする人が増えているのではないだろうか。ましてや蕎麦を食べる人は少ないのです。

 1時近くにやっと女性のお客がいらっして、続けて女性客がまた一人とカウンターに座る。二人とも初めてのお客なのでした。天せいろにヘルシーランチセットのご注文だったから、蕎麦は二人分を一緒に茹でてすぐにお出しする。そしたらまた玄関の扉が開いたから、「いらっしゃいませ」と言って顔を見れば、近所に住む昔のスタッフがまたタケノコを茹でて持ってきてくれたのでした。いつも申し訳ないとは思っているけれど、いつ来るか分からないので、なかなかお返しも出来ない。沢山あったので、すぐにお袋様に電話をすれば、暖かいからとタケノコを取りに来てくれた。
 今日はお客は二人だけなのでした。2時には女将と蕎麦屋を出て亭主は家に帰って、今日届いた蕎麦粉の代金を振り込みに行った。家に戻ってすぐに昼寝をすれば好かったのだけれど、ぐずぐすしていたら4時になってしまったので、今日は業者が頼んだ食材を持ってくる日だったから、また蕎麦屋に車で出掛けるのでした。5時には業者がやって来て、天ぷら粉や海老を持って来てくれた。客が少ないという話をすれば、どこの店も特に夜は客が減っているというのでした。やはり余計な出費を減らそうという考えなのでしょう。


4月18日 金曜日 朝から半袖、午後はハーフパンツの暑さ…

 今朝も5時半に目覚めて、ぐずぐずとしていたらもう6時になってしまう。急いで蕎麦屋に出掛けて今日の蕎麦を打つのでした。室温は18℃もあったので、加水率は45%にしたのだけれど、それでもまだ少し柔らかい感じなのでした。これから夏に向かうにつれて、気温が上がるので同じ湿度でも加水率を下げていかなければいけないのです。その見極めが難しい。一番少ない頃は40%を切ることもあったほどなのです。7時に蕎麦を打ち終えて家に戻るのでした。

 食事を終えて書斎に入ってひと眠りしたら、やはり定休日明けの最近の習慣で1時間以上も眠ってしまった。半袖にトレーナーのジャンパーを引っかけて玄関を出れば、釣鐘水仙の花が開いていた。102歳まで生きた亭主の祖母からもらったものだと、女将が毎年のように言う。黄色い姫水仙の次に可愛がられている。なんとか蕎麦屋にも移植したいと思うのですが、上手く根が付くだろうか。蕎麦屋に着いたら看板と幟を出して、厨房に入るのです。

 大根をおろして野菜サラダの具材を刻み、金柑大福を三皿分包みます。テーブルを拭いて回って、天麩羅油を鍋に入れ、天つゆを火にかけ、天麩羅の具材を調理台に並べたら開店前の準備は完了。駐車場の隅に車が入ったと思ったら、時計を見れば11時15分だったから、トイレに行って暖簾を出そうと玄関を開ければ、先ほどの車の姿はない。急いでいたのか、もう少しだけ待てなかったのでしょうか。餌だけ取られた釣り人のように残念な気持ちなのでした。

 その後、1時過ぎまでお客がなかったので、明日の天麩羅の具材を切り分けて、南瓜は家に持ち帰ってチーンしてくることにして、蓮根は皮を剥いて酢水で茹でておきました。やっとお客がいらっして、仕事途中の男女らしく、制服を着て会社の車でおろし蕎麦の大盛りとぶっかけ蕎麦を頼まれる。すぐに支度をしてお出しすれば、年上らしい男性は大盛りの蕎麦をすぐに食べ終わり、女性が食べるのに時間がかかる。今日もそれから閉店までお客はないのでした。

 外は23℃もある晴れて暖かい日なのに、最近はどうも平日のお客が少ない。油の温度が冷めないうちに、かき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べてしまう。洗い物と片付けはすぐに終わり、2時過ぎには店を出て家路につくのでした。毎年、この時期には八重桜が見事な場所があるので、写真に納めておきました。女将はまだスポーツクラブから帰っておらず、売れなかった野菜サラダを冷蔵庫に入れ、パソコンに今日のデータを入力して、ひと眠りするのでした。



4月19日 土曜日 昼は27℃、久々の10人越えで疲れ果て…

 午前6時の我が家の庭は、もう明るくて眩しいほど。金柑の木の下に生え広がる十二単が生き生きとしていました。これも蕎麦屋に引っ越すときには持っていかなければならない。庭の隅にある芍薬には、もう花芽が付いていました。この芍薬も移植しなければならない。業者にも話しはしているけれど、花が終わった頃には移した方が好いので、自分でやらなければならないかも知れない。女将に買ってやった花なので、彼女も執着があるらしいのです。

 蕎麦屋の駐車場には躑躅の花のつぼみが付いて、もう直ぐ咲きそうなのでした。今朝はいろいろな小さな花や花芽を見て、元気を貰ったから、今日は暑くなると言うので頑張らなければと思うのでした。蕎麦打ち室に入って今朝も500gだけ蕎麦を打ち足しておくのです。室温が20℃を越えていたから、45%の加水ではやはり生地が柔らかすぎた。切りべらは23本といつもよりかなり多くなったのは、生地が思ったよりも薄く伸されてしまったからなのでした。

 7時には蕎麦を打ち終えて家に帰る。朝食を食べてひと眠りしたら、歩いてまた蕎麦屋に出掛けるのです。厨房に入って大根をおろしていたら、女将がやって来て「今日は昨日よりも暑いわ」と言っていた。野菜サラダを盛り付け終えたら、天麩羅鍋に油を注いで、今日の開店の準備が整った。昼前に二組のお客が入って、皆さん天せいろやヘルシーランチセットの天麩羅付きだつたので、天麩羅を揚げてお出しする。昼を過ぎでも珍しくお客は続いたのです。

 用意した天麩羅の具材は使い果たしたので、また新しく切り分けて容器に入れておく。とろろ蕎麦の大盛りやキノコつけ蕎麦も出たけれど、後のお客は皆さん天せいろなのでした。1時過ぎに三人連れのリピーターのお客がいらっしたところで、蕎麦汁がなくなってきたので「お蕎麦売り切れ」の看板を出す。久々の10人越え。しばらくぶりだったので、亭主も女将もどっと疲れたのです。土曜日なのと暑いくらいの陽気なので、やはりお客は多くなったのです。

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2025年4月上旬



4月1日 火曜日 菜種梅雨とは言っても寒すぎる…

 午前6時過ぎに目を覚ましたけれど、寒くてなかなか布団から出られなかった。居間のエアコンの暖房とストーブを点けたら、なんと10℃以下の室温なのでした。外はかなりの雨が降っている様子。蕎麦屋に出掛けるのも躊躇われて、女将の剥いてくれた甘夏をひと房口に入れて、コーヒーを沸かして一服するのでした。寒い寒いと女将も起き出して来て、鯖の塩焼きをおかずに朝食を食べる。二階の裏窓から今朝も幼稚園の桜を見るけれど、あまりパッとしない。

 9時前になったらお袋様に電話をして今日の買い物に出掛ける。「寒いねぇ」と言いながら車に乗り込んだ彼女は、どうも右肩が痛いのだという。重いものを持って歩くからじゃないのと、大根などを買った今日は、階段を昇って家の前まで亭主が荷物を運んでやった。昨日の皮膚科の先生が骨折したという話もしたら、歳を取るとみんな何処かしら悪いところがあるものだと言うのでした。隣町のスーパーは朔日が二割引だと言うので、もの凄く混んでいた。

 お袋様を家まで送って蕎麦屋に戻れば、店の中も13℃しかなかったので暖房を入れるのです。買って来た野菜を冷蔵庫に収納し終えたら、早速、出汁を取って一番出汁と二番出汁を作る。昨日漬けておいた白菜はもう水が上がっていたので、今日は大根のなた漬けを少しだけ漬けておく。それからカレーのストックがなくなったので野菜を沢山入れた自家製のカレーを作って、昼の時間になったので鍋をそのままにして家に帰って、寒いから肉蕎麦を食べるのです。

 2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を終えたら、コンビニでゴミ収集の業者に先月分の代金を振り込み、帰りにガソリンスタンドに寄り、灯油を買ってそのまま蕎麦屋に出掛けて午前中の仕込みの続きをするのでした。カレーはジブロックに入れて冷凍し、白菜のお新香は昆布や唐辛子を入れて漬け直す。なた漬けももう水が上がっていたので、甘酒の素と砂糖と柚子と唐辛子を入れて漬け直すのでした。洗濯機の中の洗濯物を干して午後の仕事は終わりです。
 夜はおでんの残りを小さな鍋で温めて酒を飲み始める。ハラミの串焼きとおでんを食べたらもうおなかが一杯になった。まだ6時前だったから、どうせ夜にまた何か食べるのだろうと、亭主もご馳走様なのでした。テレビも何も面白い物がないので、BSでグレートネイチャーをやっていたので最後まで観て、早めにこのブログを書き始めたのです。今日から4月だけれど、一日中冷たい雨に降られて、明日も雨だと言うから気分が滅入るのです。


4月2日 水曜日 開店12年目の春なのだけれど…


 夕べは10時に床に就いたので、朝の5時までゆっくりと眠ることが出来ました。外は冷たい雨だったから、今朝も朝飯前のひと仕事は取りやめて、コーヒーを沸かして飲みながら、朝食の時間までのんびりとテレビで映画を観ていたのです。血圧を測って、足首の周りや胸の辺りの痒いところに、自分でクリーム状の薬を塗る。女将が起き出して来たので、手の届かない背中にも塗ってもらうのでした。彼女が言うには血流が悪いところに湿疹が出来るのだそうな。

 朝食を終えて二階のトイレに行きながら、裏窓から幼稚園の桜の写真を撮る。昨日よりは花が開いているけれど、この天気では桜も可哀想なのです。やはり青空に映える桜の花が一番素敵です。車を出して蕎麦屋に出掛ければ、店内は12℃と昨日よりも寒かった。暖房を入れて厨房に入ったら、まずは蕎麦豆腐を仕込んでおく。そして、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充しておくのです。ここでほうじ茶を沸かして一服する。次は何をするのかを考えるのでした。

 なた漬けを小鉢に盛り付け、漬け直した白菜のお新香を取り出して、6鉢分だけ切り分けて盛り付けておきます。白菜もそろそろ終わりなのか、今回は随分と小さかったので後一回分しか取れそうにない。なた漬けを漬けてあった小さな漬け物器に移して、それぞれれいぞうこに入れておくのです。10時前だったので、古い友人に誕生日のお祝いメッセージを送る。近況報告もあまりいい話はなかったけれど、蕎麦屋への引っ越しが唯一の明るい未来なのでした。

 家に戻ればもう昼の準備をする時間でした。台所に立って女将が冷蔵庫から出してくれたキャベツやニンジンを刻み、肉と一緒に炒め始める。隣の火口では冷凍のうどんを茹でて、久し振りに焼きうどんを食べるのでした。それだけでは足りなかろうと、冷凍の餃子をチーンして二人で食べる。温めるだけで好いから、最近の冷凍食品はとても優れているのです。居間でお茶をもらったら、書斎に入って今日初めてのひと眠り。女将はスポーツクラブに出掛けた。

 1時間ほど眠ったのだろうか、頭がすっきりとして食堂に行き、清美オレンジを半分食べて残りは女将のために残しておいた。女将が帰ってきたので、亭主は再び蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをするのでした。これが8月からなくなると思うと、自分はこれから何をするのだろうと最近はいつも考える。取りあえずは、身体のリフレッシュで柔軟運動から少しずつ始めて、プールで泳げれば一番好い。引きずって歩く足の手術もあるので、なかなか忙しくなる。

 5時過ぎに家に戻って、夜は常夜鍋と茶碗蒸しだというので、蕎麦屋の帰りに一番近いスーパーに寄って鶏肉だけ買って来た。酒を買うお金が勿体ないので、最近はあまり出ない蕎麦屋の純米吟醸の生酒を持って帰ったのです。テレビは何も面白い番組がないから、早くから風呂を沸かして明日の営業のために髭を剃る。血圧を測れば、上が140台まで下がっていたから嬉しかった。明日も今日より気温が低いと言うから、お客がどれだけ来るのやら。


4月3日 木曜日 冷たい雨の降り続く寒い一日でした…

 定休日の間に朝のペースが狂ったのか、目覚めればもう6時を過ぎていました。仕方がないからコーヒーを沸かして飲みながら、朝食の支度を待つ亭主なのでした。蕎麦を打つには1時間はかかるから、今から蕎麦屋に出掛けても間に合わないのです。やはり定休日でも朝の時間は変えてはいけないのでしょう。女将の朝ドラが終わったら、かゆみ止めの薬を背中に塗ってもらい、車で蕎麦屋に出掛けるのでした。今日も冷たい雨が降っているのです。

 46%弱の加水で蕎麦粉を捏ねて、伸して畳んで、切りべら21本で135gの蕎麦を8束打つ。厨房に入ってまずは昨日出来なかったキノコ汁を作り、野菜サラダの具材を準備するのです。鶏肉を買いに行くのが遅かったから、家の茶碗蒸しには間に合ったけれど、蕎麦屋の仕込みが終わってからだったので、昨日のうちに仕込めなかったのです。出汁と塩で味つけして、冷凍してあった茸を入れて煮込むだけなのですが、お客に出す時は蕎麦汁を加えて温める。

 スナップエンドウとブロッコリーを塩で茹でて、レタスとキャベツを刻んだら、紫玉葱をスライスして赤と黄色のパプリカを切る。人参の千切りを上に載せ、キュウリをスライス。トマトをカットしてパイナップルを添えたら、最後に茹でて冷ましたブロッコリーとスナップエンドウを加えて出来上がりです。単品で出す時は300円だけれど、セットメニューの時にはもっと安く出している。野菜の高騰のこの時期には、手間のかかる割には採算が取れないのです。

 蕎麦を打ったのとキノコ汁の分だけ時間は押していたから、今朝は金柑大福は三つだけ作ることにした。出来上がった頃に女将がやって来て、亭主は急いでテーブルを拭いて回るのでした。雨の日だからお客は来ないと思うのだけれど、開店の時間は定刻でなければいけない。今日も暖簾を出しても一向にお客は来なかったのです。1時を過ぎてやっとお客が来たかと思えば、最近、好くいらっしゃる料理教室の先生が可愛らしい車でやって来た。

 いつもせいろ蕎麦を頼むのに、今日は寒いからと暖かいぶっかけ蕎麦を頼まれた。天麩羅は別皿で出して欲しいというご希望なのでした。亭の天麩羅が美味しいと誰かに聞いたらしい。天麩羅油は降ろしたばかりで、美味しく食べて頂けただろうか。今日も食器の入った戸棚を開けて、必要な皿を持っていってもらった。お蔭で戸棚の中も少しすっきりしてきたのです。その後はもうお客は来なかった。女将と帰り支度をして、2時過ぎには家に着いたのです。



4月4日 金曜日 久し振りに晴れて青空が広がった…


 今朝は5時にアラームで目が覚めて、もう一度ウトウトしたら今度は10分後にまたアラームが鳴った。そんな設定をしておいたのだろうか、お蔭ですっきりと目が覚めたのです。コーヒーを沸かして5時半には車で蕎麦屋に向かう。霧が凄くて一寸先が見えないという状態なのでした。雨で湿った地面が暖かくなって一挙に蒸発したのがよく判る。太陽もぼうっとした霧の向こうに見えるのでした。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。

 500gだけ打ち足して、打ち終えれば6時40分。濃い朝霧の中を家に帰って、朝食の支度を待つのでした。青空の下の桜を見ようと二階の裏窓に行けば、大分花が開いてはきたものの、まだ5分咲きとまではいかないのでした。洗面と着替えを済ませて今朝は歩いて蕎麦屋に行く途中、蕎麦屋の下の調整池の桜はどうだろうかと遠回りして歩いてみれば、こちらは幼稚園よりもまだ寒いらしく、もっと花が開いていないのでした。今年は随分と桜の開花が遅いのです。

 東京ではもう満開だというのに、佐倉はまだ少し先のようです。夕食の時に女将に話したら、彼女も晴天に誘われて近所の桜を見て歩いたのだそうですが、やはりどこもまだ満開ではなかったとか。神社の森にかこまれたような、陽だまりの暖かなところが一番綺麗に咲いていたというのです。昔のブログを読み返してみたら、三年前はもうこの時期に桜は満開なのでした。今年は学校の入学式辺りが一番見事に咲いているのではないでしょうか。

 西の小径の階段を昇って蕎麦屋まで行って、チェーンポールを降ろしたら、その音に気づいた向かいのサツマイモ農園の若旦那が、挨拶をしてくれて「やっとサツマイモの芽が出てきましたよ」と言うのです。昨日の雨で濡れた幟を玄関前に立てかけてあったので、所定の位置に立てれば青空に映えて、黄色い菜の花や金木犀の新芽とともに春らしい風景だったのです。厨房に入って大根をおろし、野菜サラダの具材を刻んで、今日もまた開店前の仕込みです。

 今日は昨日に比べたら格段に暖かい。何組ものご夫婦が散歩で店の前を通るのでした。開店直後には老夫婦が歩いていらっして、奥のテーブルに座って天せいろを頼まれる。例年だと、この暖かさなら店は混んでいるのですが、今年は何故かお客が少ない。やはり物価高が影響しているのだろうか。閉店の時間まで誰もお客は来なかったのです。南瓜を切って蓮根の皮を剥き、酢水で茹でて明日の準備までしておく。賄い蕎麦を食べて2時過ぎには家に帰る。



4月5日 土曜日 晴れて暖かいのにまさかの展開…

 今朝は5時半前に目が覚めて、コーヒーを沸かして飲むのでしたが、夕べの天気予報では暖かくなると言っていたのに、朝はまた寒いのでした。蕎麦屋に出掛けて今日も500gだけ蕎麦を打つ。気温は12℃、湿度が50%近かったので今朝も46%の加水で捏ね始める。7時前には家に戻って朝食の支度を待つのです。今朝は魚ではなく卵ととろろ芋だったので早く食べられた。食後は例によって書斎に入り、ひと眠りしようと思ったけれど、30分ほど横になって終わり。

 南風なのに少し涼しく感じる朝の陽気でした。みずき通りを渡って、蕎麦屋の前のバス通りを歩けば日影は寒いくらいなのでした。看板と幟を出して厨房に入れば、大根をおろして野菜サラダの具材を刻み、いつものように三皿盛り付ける。まだ10時半前だったので今日は時間に余裕があった。金柑大福を三つだけ包んで、油を鍋に入れて開店の準備が終わったのはまだ11時前なのでした。晴れていた空も何時の間にか曇りに変わって、暖かさだけが残った。

 今日は1時までお客が来なかったから、土曜日なのにゼロなのかと思ったら、それからお客が続いて最後のお客は2時近くまで食べていらっした。女将と二人でほっとしていた。洗い物を片付けて2時半には蕎麦屋を出て家に向かう。隣のお花畑には菜の花だけが咲いていた。沢山の椋鳥が草の間を突いている。新芽を食べているのだろうか。今日はお客を待ちくたびれたのか、昼寝をしたら2時間も眠ってしまったのです。夜は久し振りステーキでご飯を食べた。



4月6日 日曜日 晴れのち曇りのち雨のち曇り…

 暖かな朝でした。車を蕎麦屋の駐車場に入れたら、そのままバス通りを歩いて今来た道を100mほど戻った。「ユーカリが丘一丁目」のバス停が見えるところまでやって来て、幼稚園の桜を眺めたのです。道の両側に桜の木が垂れ下がるように花を咲かせて、なんとも風情のある風景なのでした。このバス停は駅から市営のみにバスが5分ほどで到着する。一時間に一本だけれど、年寄りには有り難い足なのです。蕎麦屋まで戻って昨日の洗い物を片付ける。

 今朝は蕎麦打ちをしないと決めていたので、昨日なくなった天麩羅の具材を切り分けたり、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めたりして、7時前に家に戻るのでした。7時からは映画専門チャンネルで『ターザンREBORN』をやっていたので、途中で朝食を食べて、今日は食後のひと眠りもせずに最後まで観てしまった。映像が迫力があるので思わず引き込まれたのです。椅子に座って身体は休めていたから、眠らなくてもリフレッシュ出来たのかも知れない。

 蕎麦屋まで歩いて出掛けるまでは空は青く晴れて気持ちが好かったのですが、店に着いて幟や看板を出しているうちに、もう曇ってきたのでした。大根をおろして野菜サラダを刻んで盛り付け、金柑大福を包んで開店の準備を終えた頃には、もう雨が降っていた。早お昼を家に食べに帰った女将が戻る頃には、道路が濡れていたのです。気温は18℃と暖かかったのですが、この天気の変わりようで、お客の出足は遅かった。1時近くからやっとお客が入り始める。

 皆さんリピーターらしく、蕎麦を食べようと雨の中を車で来て下さったのは本当に有り難い。日曜日によくいらっしゃるご主人がいつもカレーうどんを頼まれるご夫婦や、女将の友だちもこのところ随分と姿を見せない。2時半に家に帰って亭主はひと眠りしたのですが、目を覚ましたらスポーツクラブから帰った女将が書斎にやって来て、「帰りに買い物をしたら買ったお肉を忘れて来たのよ」と言う。亭主も慌てて起き出してショッピングモールまで送る。

 買ったはずの肉はサービスカウンターで保管されていたと言うけれど、何でも新しい機械の支払いでパニクって店の籠の中に入れたままで忘れてきたのだとか。家に帰れば電話が鳴って亭主がでて、女将に変われば、最近蕎麦屋に姿を見せない例の女将の友だちで、何でも風呂場で滑って、尻の骨を折ったのだと言うではありませんか。女将よりも少し年上の女性だから、ご主人は更に年上でご飯も作れず、子ども達が送ってくれたレトルト食品を食べていたとか。
 かく言う亭主も尿酸値を抑える薬がなくなったので、明日はまた医者に行かなくてはいけないのかと思っていたら、薬の山の中から20日分の薬が出てきてホッとした。最近は血圧の薬も血圧の高さに応じて飲む何種類かをもらっているので、もう訳の分からない状態なのです。女将に言わせると「何でもメモしておかなければ駄目」なのだそうで、90歳を越えて一人暮らしのお袋様は、あちこちの医者にかかってよく忘れないものだと感心してしまうのです。


4月7日 月曜日 暖かいけれど束の間の陽射しでした…

 今朝は6時半起床。粗大ゴミの回収を頼んでいたので、二階から下ろしてあった布団を亭主が門の前に出しておきました。簡単な朝食で腹を満たし、定休日だけれど、いつもの時間には蕎麦屋に出掛けるのでした。幼稚園の桜はほぼ満開になって、今日の始業式を祝ってくれるのでしょう。それにしても青空の日が続かないのが残念でなりません。今日は病院へ行く必要がなかったので、久し振りに蕎麦屋でゆっくりと洗濯物を干して、昨日の後片づけをしました。

 この12年の間、ほとんど使っていない風呂場も埃だらけで、数ヶ月後にこちらに越してきたときに、果たして上手く使えるのか不安です。洗濯機は毎日使っているけれど、10年以上経つからもう中が汚れてきているので、女将は今の自宅の洗濯機の方が、定期的に消毒しているからまだ綺麗だと言っている。大雑把な亭主の管理する蕎麦屋の洗濯機は、思い出した頃に消毒をするのだけれど、やり方も解説書を見ないと分からないほどだから汚いのです。

 昼はまた残った蕎麦だから、海老でも揚げて持って帰ろうと厨房で準備をしていたら、昔、亭で働いてもらっていた近所の女性が、またタケノコを持って来てくれた。お礼に揚げた海老を持って帰ってもらう。家に帰れば女将は、また近所の花見に出掛けていたらしい。「春爛漫の景色だったわ」と嬉しそうに帰って来た。亭主は二人分の蕎麦を茹でて食べたけれど、何故かすぐに腹が減ってしまうのです。最近は少し体重も減って健康な証拠だと喜んでいる。

 午後は女将がスポーツクラブに出掛けている間に、1時間ほど昼寝をしてお袋様の家に今朝頂いたタケノコを持って出掛けて行く。蕎麦屋まで車で行って店から歩いてお袋様のマンションへ。辺りには桜が満開で新緑の木々があちらこちらに見えて、今日の曇天が本当に恨めしいのでした。マンションの敷地にも桜の木が何本もあって、隣の調整池にも大きく育った桜の木が見事に花を咲かせているのでした。お茶をもらって久し振りにゆっくりお袋様と話をする。

 女将の友だちが風呂場で転んで骨を折ったという話をすれば、お袋様もご近所のご主人が家の中で転んで頭を打ったら、ひと月ほどでなくなったと言い、みんな知っている人が死んでしまうと嘆く。「母さんが一番年上で長く生きているから仕方がないんだよ」と慰めて、お互いに気をつけなければいけないねと話をするのでした。眼科や内科、整形外科などいろいろと病院通いの多い彼女ですが、沢山の薬を毎日忘れずに飲んでいると言うから感心したのです。

 薬を飲みつけていない亭主も、一日一回なのに、女将に言われないとつい忘れてしまうから怖いのです。帰り道は小竹の入口のバス停を通って蕎麦屋まではもう100mほど。「ユーカリが丘一丁目」のバス停は蕎麦屋の更に100mほど先なのです。この辺りの地区は、どこでも手を上げればバスは停まってくれることになっているのだけれど、1時間に一本だから乗客は皆バス停で待っているようです。蕎麦屋に着いて明日の出汁取りの準備をしたらもう家に帰る。

 暖かく風もなかったから、駐車場の木々の剪定やグリストラップの掃除をしようかと考えていたけれど、お袋様のところに随分といたらしく、冷蔵庫の中身を確認して、何もしないで家に帰るのでした。家に戻れば女将はとっくに帰っていて、亭主が調理をする夕食の食材を調理台に並べ、海鮮ミックスを水で解凍して待っているのでした。焼きそばはレンジでチーンしてくれて、一つの火口で焼いている間に、具材を炒めてあんかけ煮するのが亭主の仕事。

 最近は女将のあんかけを焼き蕎麦に掛けたら、鍋に残した亭主が食べる分のあんかけには、豆板醤を加えて少し辛くするのです。野菜が多いから焼きそばは一つ半を二人で食べる。今日は頂いたタケノコを入れたので、キクラゲと共に新食感が美味しいのでした。明日はお袋様と一緒に仕入れに出掛ける日なので、高くなった野菜を無駄のないように買わなければならないと、風呂上がりの一杯を飲みながら、買い物リストを作る晩なのです。


4月8日 火曜日 昨日よりも暖かくなって桜はもう散り始め…

 今朝は5時前から目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲む。朝飯前のひと仕事は出汁取りの予定だったけれど、1時間もあれば十分だから、こんなに早く出掛けなくても好いのです。もう一度眠っても好かったのに、あえてそうしなかったのは、定休日の習慣を次の営業日まで持ち越したくないから。6時前に来るまで蕎麦屋に出掛けて、一番出汁と二番出汁を取るのでした。7時前には家に帰って、女将の用意してくれた朝食を食べる。

 焼き鱠にいれたツナ缶とキノコ汁に入っている鶏肉だけでは、タンパク質が足りないと女将が納豆を出してくれたけれど、亭主にはおかずが多すぎて食べきれなかった。お茶をもらって書斎に入り、ひと眠りする方が好かったのです。9時前に目覚めて洗面と着替えを済ませてお袋様に電話をする。雲は出ていたけれど晴れた空の下を農産物直売所に向かって車を走らせる。夕べの買い物リストに従って、買い過ぎないように気をつけて隣町のスーパーへも行く。

 満開になったと思ったらもう散り始めている桜があちこちで見られた。桜の綺麗な小学校の裏手の坂を登ると、桜の並木になって突き当たりには、古く大きな桜の木が立派に花を咲かせていました。蕎麦屋に着いたら四袋になった荷物を店の中に運ぶのです。節約して買ったから、今日は家の買い物も除けば7千円ほどで済んだ。野菜が大分値下がりしていたので助かったのです。大根だけは安売りしていなくて、一本200円は以前と変わらず。二本買って帰る。

 早速、厨房で大根のなた漬けを仕込んで、一本はなくなるのでした。残りの一本は4日間の営業で大根おろしにするために使う。次に、冷凍室に入れてあった出汁を取り終えた干し椎茸を解凍して、人参と油揚げと切り干し大根と一緒に胡麻油で炒めて、二番出汁で煮ていく。出汁醤油と砂糖を加えて火を止めるのです。11時前に家に戻れば、女将はまだ買い物から帰って来ていなかったので、亭主が買って帰った肉や魚は冷蔵庫に入れておく。

 昼は今週もスパゲッティーを茹でて、ミートソースを温めてカツを載せて食べる。女将は野菜がないと言うので、農産物直売所で買った知り合いの農家が持って来た朝採りの小松菜を茹でて食べる。果物は清美オレンジが安く出ていたから買って帰った。節約しようとすると、家の買い物まで安いものを買ってくるから不思議です。美味しく食べ終えたら、お茶をもらってすぐ昼寝のために書斎に入る。2時過ぎには女将のスポーツクラブの予約があったのです。

 1時半には目が覚めて、初めて見るテレビ映画を最後まで観る。その間に予約の時間が来て無事に予約は済ませるのでした。映画が終わったところで女将に声を掛けて蕎麦屋に出掛ける。午後の仕込みなのです。1時間もかからずに終わるのだけれど、明日に持ち越しては明日が大変になる。ゆっくりと楽しみながら作るのが好き。塩漬けにして水の上がった大根に、甘酒と砂糖と唐辛子を入れて漬け直すのでした。そしてキノコ汁を作っておきました。



4月9日 水曜日 空は青く桜の花びらが舞う…

 今朝はあまりにも空が青かったので、蕎麦屋とは逆方向の公園まで歩いて出掛けた。愛犬のペコが死んでからというもの、毎日散歩で来ていたこの公園にもご無沙汰しているけれど、毎年、春になると木々の新芽が青々と美しいのです。公園を左に折れれば農家の土地に入り、その間をバス通りにでる細道が通っている。菜の花が咲く高台まで上がれば、バス通りはすぐそこなのです。歳を取って米作りは止めたという農家の農地は綺麗に耕されていた。

 バス通りに出たら、家のすぐ裏手にある幼稚園の駐車場の脇を通って、幼稚園の正門の脇に出れば目の前に神社の桜があるのです。見事に満開でもう散り始めている。ここから蕎麦屋までは、わずか200mほどしかない。神社の向こうには農家の荷物の集積場だった建物があって、その隣に月山信仰の小高い塚があるのです。そこにも大きな桜の樹がある。樹齢何百年なのか分からないけれど、この地区の歴史を物語るように、道路が直線でない理由なのです。

 集積所の建物の前からは、ユーカリが丘一丁目のバス停の向こうにもう蕎麦屋が見える。道路には桜の花びらが飛び散って、さすがに束の間の季節だからこそ、皆が桜を愛でるのかも知れない。遠くまで花見に出掛けなくても、近所の桜を見て歩けば十分だと言ったのはお袋様なのでした。家の女将も毎日近所に出掛けて花見を楽しんでいるらしい。蕎麦屋の前まで歩いて、厨房に入ったら午前中の仕込みを開始するのでした。少しずつ進んでいるから早く終わる。

 まずは蕎麦打ち室に入り、蕎麦粉とタピオカ粉とを計量して、冷蔵庫から豆乳を取り出し、水を半カップほど小なべに入れる。泡たて器で玉が出来ないようにかき回しながら、火にかけて蕎麦豆腐を作る。型に流したら、次に小鉢に大根のなた漬けと切り干し大根を盛り漬けて、ラップを掛けて冷蔵庫に入れておきます。冷蔵庫から蕎麦徳利の盆を出して、昨日作った出汁は鍋ごと冷蔵庫に入っているので、取り出して徳利に一つずつ蕎麦汁を入れていくのです。

 まだ10時過ぎなので、蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら、酢水で茹でること15分。その間に玉葱を刻んでかき揚げの材料を作り、生椎茸とピーマンとナスを切り分けて容器に入れる。洗い物を済ませて11時前には家に戻り、昼食の準備を始めるのです。女将と相談をして今日の昼は焼きうどんと決めていたので、亭主が台所に立ち、鍋に湯を沸かし、肉を切り野菜を切って隣の火口で炒めていく。冷凍うどんが溶け出したらフライパンに移す。味付けは塩味だけ。

 定休日三日目の午後は仕込みもなく、家でゆっくりとするのでした。昼食後に昼寝をしようと横になるけれど、眠れないので起き出してブログを書き始める。二階から粗大ゴミに出す布団をまた三枚玄関に運んで、今日は古い電気炬燵まで降ろしておく。明日の朝はこれらを門の外まで運び、市の回収業者に持っていってもらうのです。夕方までテレビで映画を一本観て、夕食の食卓に付いたのは5時半過ぎでした。最後に茶碗蒸しが出て満足したら眠くなった。