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2025年3月末



3月26日 水曜日 定休日最後の日も朝から慌ただしかった…

 庭の連翹と雪柳が咲き始めました。これが春の花の景色だと女将は言う。狭い庭に伸びる枝をいつも剪定するのは亭主だから大変。今朝は朝飯前に蕎麦屋に出掛けて、レンコンの皮を剥いて酢水で茹で、カボチャの種を取って天麩羅に出せるように、角を落として切り分ける。タッパに入れ、家に持ち帰ってチーンするのです。7時前に家に戻れば、女将が台所で昨日亭主が買って帰った小型の鰯を開いて、片栗粉を付けて油を引いたフライパンで焼いていました。

 朝から鰯の蒲焼きの登場とあって、亭主は喜んだのです。身体にも良いし、なにしろ12尾もあって160円だったから、安いことこの上ないのでした。二人で美味しく食べて大満足なのです。亭主はひと休みして着替えと洗面を済ませたら、少し早めに来るまで家を出て、隣町にある整形外科に向かうのでした。尿酸値を下げる薬もなくなったし、今日は採血をして検査をする日なのです。昨日行った床屋の向かいの医院は、30分前なのにもう駐車場は混んでいた。

 この医院の好いところは、受付を済ませると、何分ぐらい待つかを教えてくれる。自分の順番の番号が印刷された紙を渡され、外に出る人は更にもう一枚もらうQRコードを読み込むと、現在の診察中の順番が分かることなのです。亭主の順番は14番目で9時からの診察開始で10時過ぎぐらいになることが分かった。1時間20分も時間があるから、車で蕎麦屋にとって返して午前中の仕込みが出来るのでした。少しでもやっておけば後が楽になるから急いで店に行く。

 厨房に入ってまずは凍った白餡を鍋に入れ、水と氷砂糖を加えて温める。次いで蕎麦豆腐を仕込み、キノコ汁を作る。隣の火口の白餡が溶けてきたら火を消しておく。先ほどの医院にとって返し、待合室で順番を待てば、思ったよりも早く名前を呼ばれ、採血を済ませたら会計を終えて、処方箋を持って隣の薬局にいくのでした。10分後には店に戻って、出汁を取り終えて冷凍した干し椎茸を解凍して、人参と油揚げを刻んだら、切り干し大根の煮物を作ります。

 白餡も固まってきたので、すべてタッパに入れて冷蔵庫に収納するのでした。家に戻れば、女将が「暑いから、昼は何にしようか」と言うので「冷たいせいろうどんはどうだ?」と応えれば、それで決まり。朝も食べた鰯の蒲焼きに三ツ葉を加えてフライパンで焼いて、蕎麦屋で残ったスナップエンドウを茹でてトマトと合わせておかずにするのでした。二人で食べ終えてお茶をもらったら、亭主は書斎に入ってひと眠り。女将はスポーツクラブに出掛けて行く。

 1時間ほど眠ったらテレビの映画を観て、女将が帰った頃にまた蕎麦屋に出掛けていく亭主。夕方の1時間で、天麩羅の具材を刻んで、お新香と切り干し大根を小鉢に盛り付けておくのでした。早朝から合計4時間ほどの仕込みでしたが、今日は途中に整形外科にいったのが忙しかったのです。明日も暖かくなると言うから、お客が沢山来れば好いと思うのだけれど、蕎麦は一回しか打たないともう決めてある。先週の暖かい春分の日でさえも9人だったから。



3月27日 木曜日 初夏のような暖かさの一日で…


 午前5時半に目が覚めて、しばらくボーッとしていた亭主でしたが、6時前には車で家を出て蕎麦屋に向かう。朝から暖かかったので、今朝は久し振りに900gの蕎麦粉を計量して10食の蕎麦を打つ。小鉢も昨日のうちに盛り付けてあったから、捏ねた蕎麦玉を寝かせている間にほうじ茶を沸かしてひと休みするのでした。煙草を家に忘れてしまったので、早めに伸しを始めて包丁で切れば、7時前には切りべら21本で140g10人分の蕎麦が仕上がる。

 家に戻れば女将が台所で煮魚を作っていました。彼女の作る銀ダラの煮付けは、昨日の鰯の蒲焼きと同じくらい美味しいのです。食事をする前に、最近は血圧を測らなくてはならないから、ちょっと面倒なのですが、機械が自動的に数字を出してくれる。今朝は150程で、一日一回の薬を飲み始めたせいかこのところ安定しているのです。昨日の残りの茶碗蒸しをレンジでチーンしてくれて、温かい食事を食べられるのが何よりの楽しみ。今日も頑張れそうです。

 暖かい風の中を蕎麦屋まで歩き、看板や幟を出して厨房に入る。まずは大根と生姜をおろして、野菜サラダの具材を調理台の上に並べるのです。約30分で三皿の野菜サラダを盛り付け、換気扇の下でほうじ茶を飲みながら一服します。それから天麩羅の具材の入った容器を調理台にセットして、金柑大福を作る準備をするのです。大福を四つ作るのに75gの白玉粉と砂糖と水を鍋に入れて、白玉粉の溶けるのを待つ。その間に白餡で金柑を包んでおきます。

 11時を過ぎて金柑大福を四皿分カウンターに並べ、天麩羅鍋に油を入れて火を点ける。隣の火口では天つゆの鍋を温める。その間にアルコール消毒液でテーブルを拭いて回るのです。すべて終わって開店の準備が出来た頃に、木曜日は女将がやって来る段取り。今日は暖簾を出して昼頃に大きなトラックに乗った男性3人がやって来ました。「車はここに停めて大丈夫かい?」と言うから、「他の客が来て何か言ったら動かせば好いよ」と亭主もかなり大雑把。

 せいろ蕎麦の大盛りとおろし蕎麦の大盛りとぶっかけ蕎麦を頼まれて、野菜サラダを三つ頼んだのは好いけれど、それでお腹が一杯になったらしく、金柑大福は持って帰りたいと四つお持ち帰りになった。最初のお客でもう大福と野菜サラダが全部なくなったから、気持ちが好かったのです。その後、閉店間際にまたお客が続くまで退屈な時間を過ごさなければいけなかった。でも、後のお客も皆さん大盛りの注文ばかりで、今日は沢山打っておいて好かった。



3月28日 金曜日 朝は雨、昼から曇りで、夕刻には陽が出た…

 今朝は天気予報通りに雨でした。5時にアラームで目覚め、5時半には家を出て蕎麦屋に向かう。蕎麦打ち室に入り、750gの蕎麦粉を計量して47%の加水で捏ね始める。いつもと同じ加水率なのに、今日は随分と柔らかい仕上がりなのでした。打ち粉を振ってなんとか蕎麦玉にしたら、ビニールの袋に入れて寝かせておく。その間に厨房に戻って、カウンターの上に干してある昨日の洗い物を片付けて、洗濯機の中の洗い物を室内干しの物干しに干しておく。

 7時前に蕎麦屋を出て、コンビニに煙草を買いに行く。家に帰ればやっと7時になったところで、女将が朝食の支度をしていた。居間の部屋で一服したら、「ご飯が出来ましたよ」と呼ぶ声がして食卓に付くのでした。煮魚は女将と二人で分けて食べ、納豆とお新香とお浸しで、今朝は簡単な朝食なのでした。「今日までが暖かくて明日からは寒くなるそうよ」と言われて、「暖かい今日のうちに少しお客が来ると好いね」と一人で営業する今日の心配をする亭主。

 食後は書斎に入ってひと眠りするのでしたが、今朝はどういうわけか1時間以上もゆっくりと眠ってしまうのです。それでも、まだ9時だから慌てずに洗面と着替えを済ませる亭主。雨が降っているので今日は車で蕎麦屋に行くと決めていたのです。どうしても右足の具合が悪いと足を引きずってしまうので、蕎麦屋を止めたら早く手術をしてもらおうと思う。べつに足が痛いわけではないのだけれど、自分の思うように動けないのがもどかしいのです。

 蕎麦屋に着いて小雨の降る中、幟と看板を出したら、厨房に入ってまずは大根をおろす。そして、野菜サラダの具材を調理台に並べて、最初にスナップエンドウとブロッコリーを塩で茹でるのです。レタスをちぎってお湯で洗ったら、キャベツの葉を剥くのだけれど今年のキャベツはどうも出来が悪い。上手い具合に巻いていないから、包丁でも刻みにくい。それでも10時半にはサラダを三皿仕上げて、金柑大福を作り始めるのでした。

 暖簾を出しても、雨が上がったのにお客は来なかった。やっと昼を過ぎた頃、近くに住んでいると言うご夫婦が歩いていらっした。天せいろと金柑大福を頼まれたので、天麩羅を揚げている間にもう次のお客が車でご来店。カレーうどんと大盛りのぶっかけ蕎麦を温かい汁でとご所望なのでした。お茶を出して盆や器を用意していたら、その間にまたお客がいらっしゃる。続けて来るからこれが厄介なのです。順番にしか作れないとは分かっているのだけれど…。

 皆さんお帰りになったのが1時過ぎで、亭主がかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べ始めたのが1時半。もうこの時間からはさすがにお客は来ないのです。最近は混むのも一回で、コロナ前のように繰り返し混むことはなくなった。こちらも歳を取ってきたのでちょうど好いのかも知れない。洗い物をする暇がなかったので、食休みをしたらカウンターに載せた盆の上に乗った食器を洗い始める。今日も大盛りの注文が多かった。2時半には大釜を洗い、天麩羅鍋の油を漉し器に入れ、残った野菜サラダを包んで帰り支度をするのです。


3月29日 土曜日 とても寒くて一日中雨だったのに…

 午前5時にスマホのアラームで目覚めれば、まだ外は暗かったのです。夕べの天気予報では雨と言うことでしたが、これは相当に酷いのか。コーヒーを沸かしてテレビも点けずに、居間の部屋で眠気を覚ます。最近は6時間ほどしか眠っていないから、やはり少し寝不足が続いているのです。食後のひと眠りや午後の昼寝は、あまり関係がないらしい。5時40分に車を出して蕎麦屋に向かい、蕎麦打ち室に入り、750gの蕎麦粉を計量して捏ね始める。

 今日も雨だから部屋の湿度は60%を越えていました。昨日の失敗から、加水率を46%に落として捏ね始めたのですが、それでもまだ少し柔らかい仕上がりなのでした。厨房に戻って昨日の洗い物を片付け、ほうじ茶を沸かして飲みながら夕べのブログを読み返す。6時30分になったら再び蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つのでした。切りべら20本で140g。8束の蕎麦を打ち上げて、昨日の残りの蕎麦と合わせて14食分の蕎麦を用意して帰宅したのです。

 今朝のひと眠りは40分。頭はすっきりとしていたけれど、外はかなりの雨が降り続けていたから、車を出して蕎麦屋まで出掛けるのでした。これでは到底お客は来そうにないと思いながら、看板と幟を出して厨房に入り、大根をおろしていたら女将がやって来た。傘をさしてこなかったらしく「雨が降っていなかったから」と言っていたのです。店の掃除を済ませて早お昼を食べに帰ったのですが、帰りも雨に降られなかったのかと亭主は心配するのでした。

 野菜サラダを三皿盛り付けて10時半。最近は手際が良くなったのか、ここまでの時間が随分と短くなったような気がする。その間に大釜の湯を沸かして、ポットにお湯を詰めたり、天麩羅鍋に油を入れて、天つゆの鍋に火を入れ、一人で営業する日と同じパターンで準備をするのです。11時には開店の準備が整って、亭主はカウンターの隅の椅子に座ってひと休みする。女将が今度は傘を差してやって来て、「今日は一日中こんな天気らしいわね」と言うのでした。

 今日はまったく来ないかと思っていたお客が、昼過ぎからぽつりぽつりといらっして、冷たい雨の降る土曜日にしてはまずまずの来客なのでした。カレーうどんも鴨南蛮蕎麦もヘルシーランチセットも出て、作った野菜サラダは全部売れたのです。1時半を過ぎたから、亭主はかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べる。閉店の時刻に、最近よくいらっしゃる若いお坊さんが来たのだけれど、大釜の火を落としてしまったので、申し訳ないけれどお断りしたのでした。



3月30日 日曜日 桜も咲き始め、やっと晴れ間が覗いて…

 今日は4時半に目覚めて、5時にアラームの鳴るまでと、もう一度眠ったら6時まで寝過ごしてしまいました。急いで車に乗って蕎麦屋に出掛け、蕎麦打ち室に入って蕎麦粉を計量する。蕎麦玉を作って寝かせている間に、お新香を盛り付けて昨日の洗い物を片付けるのでした。再び蕎麦打ち室に入って生地を伸して畳んで、今朝は切りべら20本で140gの蕎麦を5束仕上げました。時計を見れば7時15分で、家に帰れば女将が食事の支度を終えるところなのでした。

 夕べのおでんの残りを温めて、亭主には同じく夕べ残った茶碗蒸しをレンジで温めてくれました。何でも「紀文のおでんセット」がなくなったから、おでんの具材をばらばらに買いそろえたら、倍の値段になったのだとか。道理で朝のおでんも具が沢山残っていたのです。「昆布を頂戴」と言って、蕎麦屋から持って帰ったのを、結んで入れたものだからまだ硬かった。市販の出汁はもう少し味が濃いめなのだけれど、女将にはまだ言っていない。

 今朝は蕎麦屋ですることが沢山あったので、食後のひと眠りをせずに歩いて蕎麦屋に出掛ける亭主。庭の隅に植えた連翹と雪柳が満開でやっと春らしくなってきました。幼稚園の桜も三分咲きほどで今朝の青空に映えて美しかった。ソメイヨシノと言う桜は花の色も薄くて、一つ一つの花そのものは目立たないのたけれど、沢山咲いてくるとああ春なのだと思うから不思議なのです。蕎麦屋に着いて幟と看板を出し、厨房に入って今日の仕込みを開始するのでした。

 今朝は蓮根の皮を剥いて酢水で茹でたり、薬味の葱を刻んで大根をおろしたりと、いつもより仕事が多かったのです。それでも野菜サラダを盛り付け終えたのが11時前だったので、昨日なくなった金柑大福を三つだけ作っておこうと、金柑の甘露煮を白餡にくるみ、白玉粉を袋に残っていた45gだけ使って求肥を作ろうと思っていたら、もう駐車場に車が入って来るではありませんか。リピーターのお客だったので、外に出て「中でお待ち下さい」と声を掛けた。

 金柑大福を包み終えた頃に、早お昼を食べに帰った女将がやって来て注文を取ってくれた。今日はそれからぽつりぽつりとお客がいらっして、結局、閉店の時間までお客がいたのでした。幟をしまってチェーンポールを上げていたら、お袋様が西側の階段を昇って来た。「12時の歯医者の予約の時間を2時と待ち変えてしまった」と近所を歩いて来たのだそうな。「散歩にはちょうど好かったじゃない」と女将が言って、蕎麦と金柑大福の残りを持たせるのでした。



3月31日 月曜日 朝から皮膚科を捜してウロウロ…

 背中が痒くて仕方がないからと、風呂上がりに女将の部屋の三面鏡で背中を見たら、銭形の湿疹が出来ているではありませんか。以前、足のスネに出来た痒い腫れ物と同じで、早いうちに皮膚科を受診しようと思っていたのです。今朝も6時には目覚めて、コーヒーを飲んで一服したら、蕎麦屋にも出掛けずに朝食の時間を待つのでした。どうやら、身体中の血流が悪くなっているという気がして女将に言えば「最近は動かなくなっているからなのよ」と応える。

 二階の裏窓から三分咲きの幼稚園の桜を眺めて、着替えを済ませたら、早めにいつも世話になっている女医さんの皮膚科に出掛けたのです。亭主が一番かと思えば、前を行く男性が開業前なのに、皮膚科の前で係の女性に説明を受けていた。「先生が骨折してひと月くらいは臨時休業になるのです」この階のクリニック群は先月までに、他に内科や整形外科など二軒も閉院になっているのです。ここへ来れば何科でも診てもらえると思っていた時代は終わったのか。

 仕方がないから駐車場に戻って、車の中でスマホを見て近所の皮膚科を捜したのです。隣の駅の反対側にある皮膚科は9時前だというのに、30台は停められる駐車場は一杯で入れなかった。万事休すで今日は諦めようと、いつもの道を家に帰ろうと思ったら、血圧の薬を処方してもらった内科の看板に、「皮膚科」の文字が見えたので行って見たのです。予約はしていなかったが今日は不思議と空いていて、すぐに診て薬を処方してもらったから安心したのです。

 家に帰れば「お昼は何にする?」と女将が言うので「トンカツを載せてスパゲッティーを食べようか」と応えれば、「お米もないから私も一緒に行くわ」と隣町のスーパーに二人で出掛ける。亭主はそのスーパーが土日で新しい食材に変わるのを知っていたから、ついでに店で使う食材を買って帰るのでした。女将を家で降ろして、蕎麦屋に行って食材を冷蔵庫に入れ、昨日の洗い物を片付けて家に戻るのでした。斯くして昼はスパゲッティーを食べる。

 満腹になってやっと昼寝が出来ると書斎に入る亭主。女将はスポーツクラブに出掛けていく。ゆっくりと2時間ほど眠って目を覚ませば、女将がもう帰っていた。亭主はまた車に乗って蕎麦屋に出掛ける。歩いて行っても好かったけれど、荷物はあるし、とても寒い日だから車にしたのです。天麩羅鍋を大釜に入れて、重曹を振りかけて煮ておく。白菜の漬け物をして、出汁取りの準備を済ませたら、明日のゴミ収集前に外のゴミ箱にゴミを入れておく。

 今週もまた病院に行く月曜日だったけれど、朝からドタバタとして3月が終わるのも忘れてしまいそうなのでした。早く健康な身体を取り戻して、プールで泳げるようになりたいと願うばかりなのです。蕎麦屋を畳む準備も少しずつだけれど進んでいる。家の女将は二階の沢山の布団類を粗大ゴミで出していた。新しい家具などは買わないことにして、今使っている物を引っ越しの業者を頼んで運ぶことにしようと考えている。蕎麦屋への引っ越しが現在の夢です。

 

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2025年3月下旬



3月20日 木曜日 春分の日は陽射しが出たらお客が増えた…

 日の出も随分と早くなりました。5時半に目覚めればもう外は明るいのです。コーヒーを飲んだら蕎麦屋に出掛けて、蕎麦打ち室に入るのでした。珍しく今朝は8℃と室温が低いけれど、いつもと同じ47%の加水で蕎麦粉を捏ね始めれば、ちょうど好い柔らかさなのです。蕎麦玉に仕上げて寝かせている間に、厨房に戻ってお新香を小鉢に盛り付ける。蕎麦汁は徳利に大盛り用と合わせて12あったから、今日打つ蕎麦の数よりも多いので新しく補充しなかった。

 再び蕎麦打ち室に入って蕎麦玉を伸し広げ、畳んで包丁切りをすれば、切りべら20本で135gの蕎麦が8束取れた。予備には亭主の賄い蕎麦用に熟成の蕎麦が二束あったから、万が一足らなければこれを使えば好いのです。少し色が黒ずんでいるけれど、他の蕎麦と混ぜなければ十分に美味しく食べられる。片付けを終えて7時に蕎麦屋を出て、煙草を買いにコンビニまで車を走らせ、家に着いたのは7時15分頃なのでした。女将が朝食を作り終える時間でした。

 食後のお茶をもらったら書斎に入ってひと眠り。随分ゆっくりと眠ったと思っえば、目覚めたのが9時なので驚いた。洗面と着替えを済ませて9時半までには家を出る。風は少し冷たかったけれど、みずき通りには青い空が広がって気持ちが好かったのです。看板と幟を出して、大根をおろし始めたら、女将がやって来たのでびっくりしたら「今日は休日だから早く来ないといけないと思ったのよ」と、亭主がすっかりそれを忘れていたので呆れられた。

 生姜をおろして、野菜サラダの具材を盛り付ければ、一本100円もするアスパラの代わりに買ってきた一袋300円のスナップエンドウが、美味しそうなのでした。旬のものだし、約半分の値段で済んだので経済的でもあるのです。女将が早お昼を食べに帰っている間に、亭主は金柑大福を包んでおく。電話が入って「予約はやってないのですか」と言うから「店が狭いので」と応えれば「11時半に行けば大丈夫ですね」と一人で納得している風だった。

 ところが電話の主がいらっしゃる前に、年配のご夫婦がやって来た。「電話したものですけれど」と言って歩いてこられたお二人は二番手なのでした。二組とも天せいろのご注文なので、天麩羅を揚げ始めて、続けてお出しする。やっと出し終えるかどうかという時に、五人連れのご家族がカウンターに座るから驚いた。まだ、12時前なのです。それなのにもうお蕎麦はなくなって、女将に売り切れの看板を出してもらった。5人分出すまでに時間がかかるのです。

 12時半前に蕎麦がなくなった時には追加で蕎麦を打つと決めているのですが、蕎麦汁も足りなくなりそうなので、今日はここまでと諦める。1時を過ぎてから二組ほどお客がいらっしたけれど、申し訳ないとお断りしたのです。今日が祝日だと忘れていた亭主の失敗なのでした。2時過ぎには女将と家に帰って、亭主は今日の写真と売り上げのデータをパソコンに入力したら、またひと眠りです。今日は夕刻に出入りの業者が荷物を持ってくる日だったのです。


3月21日 金曜日 晴れても、やはり混んだ日の翌日は…

 一昨日、野球が終わったと思ったら、夕べはサッカーの放送で、遅くまでテレビを観てしまった。そのせいで今朝はすっかり寝坊して、7時近くまで眠ってしまったのです。それでも慌てずに朝食のテーブルにつき、ゆっくりと朝飯を食べたら、着替えと洗面を済ませて、8時半には家を出て車で蕎麦屋に出掛けるのでした。看板と幟を出し、厨房に入ってコーヒーを沸かして飲む。洗い物の片付けは昨日の夕刻に済ませてあるから、後は蕎麦を打つだけなのです。

 蕎麦打ち室に入って750g八人分の蕎麦粉を、加水率47%で捏ねて蕎麦玉を作ったら、寝かせている間にまた厨房に戻って、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充する。そして、お新香が一鉢もなかったから、白菜と大根のなた漬けを盛り付けておくのでした。再び蕎麦打ち室に入って、生地を伸して畳んで、切りべら140gで八束の蕎麦を用意する。まさか今日は昨日のようには混まないだろうと考えたのでした。混んだ日の翌日は案外空いている日が多いのです。

 大根をおろしたら、野菜サラダの具材を刻んで盛り付けていく。金柑大福は昨日作った物が冷蔵庫に手つかずで残っていたので、今日まではお客に出せる。三日目は硬くなりすぎて食べられたものではないので、二日以内に食べるのがベスト。調理台に天麩羅の具材と天ぷら粉を並べて、天麩羅鍋に新しい油を注いで天つゆと共に火にかけておく。後はテーブルを拭いて回れば開店の準備は完了なのですが、まだ11時を過ぎたばかりなのでした。

 外の様子を見て歩こうと玄関を出れば、空は青く風もほどほどで気持ちの好い春の陽気なのでした。開店の時間に暖簾を出しても、お客は一向に来そうにない。暖かい日だったけれど、昨日が祝日で明日から週末だから、その間の金曜日に外で蕎麦を食べようという人は少ないのでしょう。息子と同じ歳のお隣の奥さんが車で帰ってきたので、挨拶をして店を止めたら食器類が要らなくなるから、いるものがあれば使ってくださいと伝えておくのでした。

 お袋様には、まだ使っていないティーカップを二つ箱に入ったまま持っていってもらったし、長女が来た時にもいるものがあれば持って行ってと言っておいた。次女と息子の所には、まだ言っていないけれど、押し入れに二つも沢山あるから、まだまだなくなりそうにないのです。1時を過ぎでもお客は来ないから、今日はこれで終わりかと思っていたら、1時半近くに車が駐車場に入って、女性二人が玄関を入って来た。「畑仕事を終えたらお腹が空いたのよ」と

 言って手を洗いに行く。聞けばお袋様と同じマンションに越してきたばかりで、近くの畑を借りてこれから苗を植えるのだそうな。先日、二回ほど来た料理教室をしている女性から、亭がもう直ぐ閉店する話を聞いたらしい。天せいろを二つと赤いかの天麩羅を頼まれたので、おろしたての油で揚げて、蕎麦を茹でて出して差し上げる。今日はもうこれでお終いだから、野菜サラダと金柑大福をサービスでお出しした。お客がゼロでなかったのが不幸中の幸いか。


3月22日 土曜日 晴れて暖かかったが、風がとても強かった…

 5時にセットしたアラームの鳴る前に目が覚めて、お湯を沸かしてコーヒーを飲みました。5時半に家を出れば好かったから、テレビも点けずに今朝の仕事をイメージトレーニング。とにかく蕎麦を打たなければいけない。蕎麦屋に着いて暖房を入れる前に蕎麦打ち室に入ったのです。もう15℃もあったから、今朝は随分と暖かい。47%の加水で750gの生地を捏ね始めれば、ちょうど好い柔らかさで仕上がって、蕎麦玉を作りビニールの袋に入れて寝かせておく。

 厨房に戻って昨日の洗い物の片付けを済ませて、ほうじ茶を沸かす。陽が昇ったようなので玄関を出て、日の出の写真を撮っておきました。外は風も心地よく、随分と暖かいのです。再び蕎麦打ち室に入って、蕎麦玉を伸して畳んで切りべら20本で8束の蕎麦を生舟に並べる。昨日の蕎麦と合わせて13束の蕎麦を用意して、今日の営業に備えるのでした。家に帰ればまだ7時前で、女将が魚焼き器を温め始めていたところ。今朝は鯖の塩焼きがとても美味しかった。

 食後のひと眠りはせずに、テレビで『西部開拓史』という映画を最後まで観てしまう。椅子に座って身体を休めたから、「行って来ま~す」と女将に声を掛けて歩いて蕎麦屋に向かうのでした。庭の水仙がまだ咲いている。黄色の姫水仙の他にも背の低い白の水仙が咲き始めたから、交配したのだろうかと不思議に思うのでした。蕎麦屋に着いて幟と看板を出したら、家で洗濯を始めた女将のする仕事を少しでも減らそうと、洗濯機の中の洗濯物を干しておく。

 大根をおろして、野菜サラダを盛り付け、そろそろ注文の入りそうな豚のハラミが半解凍の状態になっていたので、切って串に刺しておくのでした。天麩羅の具材を入れた容器を調理台に並べて、最後は金柑大福を作る準備に入るのです。店の掃除を終えて早お昼を食べに帰った女将のいない間に、大福を包んで天麩羅鍋に油を入れて、新しい天つゆを作っておきました。向かいのサツマイモ農園では、草刈りが終わって除草シートを敷いているらしかった。

 開店の準備は11時前には終わって、カウンターの隅の椅子に座って休んでいたら、女将が歩いてやって来るのが窓から見えた。暖簾を出してしばらくしたら中年のご夫婦が車でいらっした。天せいろを二つ頼まれて、すぐに天麩羅を揚げてお出しするのでした。しかし、この後はいつまで待ってもお客は来なかった。風がとても強くなっていて、そのせいで皆さん家から出ないのだろうかと思えるのでした。とても暖かいのに道を歩いている人もいないのでした。



3月23日 日曜日 暖かくなった日曜日はやはりお客が入った…

 6時前に蕎麦屋に行けば、明るくなりかけた空に飛行機雲が…。自衛隊の戦闘機なのでしょうが、こんな朝早くから何処へ行くのだろうか。昨日の盆や皿を片付けて、蕎麦打ち室に入れば、室温16℃湿度は47%。500gだけ打ち足しておこうと、今朝も47%の加水で蕎麦粉を捏ね始める。蕎麦玉にして寝かせている間に、厨房に戻ってお新香を盛り付け、ほうじ茶を沸かしておく。再び蕎麦打ち室に入って、伸して畳んで切りべら21本で140gの蕎麦を5束打った。

 7時前に家に戻って朝食を食べたら、書斎に入って1時間ほど眠る。9時前に目覚めて洗面を済ませて歩いて蕎麦屋に出掛ける。今日は風も暖かく、初夏の感じなのでした。蕎麦屋に着いて、幟と看板を出したら、厨房に入って大根をおろす。女将がやって来て店の掃除と洗濯物を畳んでくれた。亭主はもう野菜サラダの具材を刻んでいる。最近は随分と早くサラダが出来上がるので、今日も10時半にはもう開店の支度が終わっていたのです。

 タブレットで気になっていた庭木の剪定の時期を調べたら、玄関口にあるヒイラギナンテンは、花が終わる3月にはもう大きく剪定していいと書いてあったので、軍手と剪定ばさみと90㍑のビニール袋をもって玄関を出たのです。僅か20分ほどですが、90㍑の袋は一杯になって、葉の茂った部分を刈り取ったので、後ろにあった紫陽花や影に隠れていた馬酔木が姿を現したのです。女将も亭主も花が好きだから、蕎麦屋を止めても退屈はしないだろうと思った。

 今日は開店の直後からお客が入って、夫婦や家族連れがいろいろなメニューを注文するのでした。不思議なことに天せいろはあまり出ずに、カレー蕎麦やキノコ汁などが二つずつも出て、閉店間際にいらっした若いカップルは、天せいろの大盛りとおろし蕎麦に、海老や赤いかの天麩羅を単品で頼まれた。洗い物はその都度終わらせていたので、最後に持ち帰る食材を揃えて袋に入れる方が時間がかかったのです。3時前に家に戻って、女将はすぐに買い物に出掛けた。大相撲の千秋楽だから早く帰ってテレビを観たかったらしい。亭主は午後の昼寝をしていて寝過ごしたので、最後だけ観られた。


3月24日 月曜日 やはり疲れが溜まっていたのか… 

 今日は11時に内科医の時間指定で病院に行かなくてはならなかった。朝の6時から目覚めていたのだけれど、コーヒーを飲んでゆっくりとしていたのです。それでも9時過ぎには家を出て車で蕎麦屋に出掛けていく。カウンターに干してあった昨日の洗い物を片付けて、出汁取りの準備をしておくのでした。食材がないから仕込みは出来ない。10時前には洗濯機の中の洗濯物も干して、時間が勿体ないと隣町のスーパーに出掛け、明日使う調味料などを買って帰る。

 それからすぐに医者に行けば、ぴったり11時5分前に名前を呼ばれて、先生の診断。一週間、朝晩に記録した血圧の数値を見て、順調に下がっているから、今日は一月分の薬を出しておくと言われ、処方箋を持って病院のすぐ隣の薬局に行けば、こちらも客がなくすぐに薬を用意してくれた。11時半には家に帰って、亭主は蕎麦を茹でて食べられた。女将は亭主が遅くなると思ったのか、野菜スープを作って納豆で昼食を食べていたのです。

 昼過ぎには彼女は家を出て、スポーツクラブに出掛けた。亭主は書斎に入って昼寝をしようと思ったけれど、横になっても眠くならないので、車を出して再び蕎麦屋に出掛けるのでした。買って帰った白菜を切り分けて、塩で樽に漬け込んだら、出汁取りを始めて、一番出汁と二番出汁を取る。明日はゴミ回収の業者が来る日なので今日までに溜まったゴミを外の大きなゴミ袋に入れる。まだ3時前だったから、国道沿いの酒屋まで行って焼酎と炭酸を買って帰る。


3月25日 火曜日 今日も暑く、目まぐるしい一日でした…

 夕べは9時過ぎにもう眠くなって、10時前まで我慢して起きていたけれど、眠気には勝てなかった。案の定、3時前に目が覚めて、テレビで映画を一本見てから床に入るのでした。目覚めればもう7時前で、朝食の時間なのです。食後もぐずぐずとしてなかなか目が覚めない。やっと9時前にお袋様に電話をして、迎えに行くのでした。「血圧の調子はどう?」と尋ねられて「薬の威力は凄いね。飲んだ次の日から150以下に下がったよ」と応えるのでした。  

 二人で農産物直売所と隣町のスーパーに行って買い物をしたら、お袋様を送って蕎麦屋に戻る。野菜類を冷蔵庫に収納して、家に帰ってひと休みです。昼食に蕎麦を茹でて食べ、2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、ひと月振りに床屋に行って髪を刈ってもらうのでした。80歳になる親父様は、昼飯を食べたばかりで奥で休んでいたらしい。お互いに元気でいるかと話をしながら、綺麗に髪を刈ってもらって髭を剃って生き返るようなのでした。

 5時を過ぎたら女将も仕事部屋から出て来て、夕飯の支度を始める。亭主は蕎麦屋の残りもののハラミの串焼きを焼いてもらって、白菜のお新香とホウレン草のお浸しとで焼酎の炭酸割りを飲む。女将はやはり蕎麦屋で残った鴨肉と長葱を焼いてご飯を食べていた。一度に沢山は食べられないから、その時はそれで腹が一杯になるのだけれど、夜になるとどうしてもまた腹が減るのでした。それでも今日は冷凍のたこ焼きを三つだけチーンして我慢するのです。

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2025年3月中旬



3月10日 月曜日 まだ寒い朝と昼の暖かさが対照的…

 朝飯を食べ終え、仕入れに行く少し前に蕎麦屋に寄って、カウンターに干してあった昨日の洗い物を片付ける。亭主はコーヒーを入れて一服したら、お袋様に電話をして迎えに行くのでした。朝の空気はまだまだ寒いけれど、空は晴れて陽射しが懐かしい。農産物直売所ではトマトやホウレン草などを仕入れて、隣町のスーパーまで車を走らせる。なぜか今日は駐車場も空いていて、買い物リストに印刷した食材はすべて揃えることが出来たのです。

 お袋様を家まで送って蕎麦屋に戻れば、もう陽が高くなって温かくなって来た。空になった蕎麦徳利に、ストックしてあった蕎麦汁を入れてもまだ足りないから、昨日のうちに、出汁取りの準備をしておいた鍋に火を入れて、隣で白菜と大根を切って塩漬けにする。出汁取りには小一時間かかるから、出来上がった頃にはもう昼飯の準備をする時間になったのです。家に戻って先週の残ったカレーを温めて、買って帰ったトンカツを切ってカツカレーを作る。

 揚げたてのトンカツは少し冷えてしまったけれど、一枚200円だから随分と安いのです。最近は自分で作る物と出来合いの総菜を組み合わせて、美味しく食べるという習慣が付いてきているのです。カレーは午後からの仕込みで、新しく作る予定なのです。鶏肉を出汁で煮込んで野菜を入れて作るカレーは、具が多くて好きな人には密かな人気だから、寒いこともあってカレーうどんやカレー蕎麦で随分と出るのでした。最後のひと袋は家に持ち帰って食べる。

 午後はいつものようにひと眠りはせずに、女将がスポーツクラブに出掛けた後に、蕎麦屋に出掛けて仕込みを始める。明日は午前中が病院で耳裏の腫瘍の手術。麻酔が効いている間は車は運転できないから、弟に車で送ってもらうのです。少しでも今日のうちに仕込みをしておこうと、小一時間掛けて最初に出汁を取り、キノコ汁とカレーを仕込んでおきます。家に帰ったのが4時で、大相撲を見始めたら、知っている力士たちが随分と下位で登場するので驚いた。



3月11日 火曜日 早朝から頑張りすぎて…

 夕べは10時半に床に就いたので、夜中に何回か目を覚まして、4時にはもうすっかり目覚めてしまったのです。暖かいこともあったけれど、今日は耳の裏にできた腫瘍の手術だったから、緊張していたのかも知れない。コーヒーを沸かして1時間ほどテレビのニュースを見て、時間の経つのを紛らわせていました。5時には車を出して蕎麦屋に出掛ける。朝飯前にたっぷり1時間半もしこみをしたから、沢山の仕事が出来たのです。家に帰ればまだ6時半過ぎ。

 もう一度眠ろうかとも思ったけれど、女将が早く起き出して台所に入ったので、今朝は7時に朝食を食べ始められた。彼女も暖かい夜だったのも手伝って、亭主の手術が心配でよく眠れなかったと言う。骨取りの塩鯖は脂が乗っていてとても美味しかった。先週店で漬けた白菜のお新香も好い味を出していた。茄子焼きにはチューブに入った大蒜を買ってきたので、すり下ろす手間が省ける。青魚とキノコ汁とで身体にも良いものばかりなのでした。

 腹が一杯になったところで、書斎に入ってひと眠りする。8時半には目が覚めて、ちょうど1時間眠った計算です。9時5分前には弟が来てくれて、隣町の大きな病院に行ったのですが、今日は駐車場も満配で、停めるのにひと苦労しました。混んでいる受付を済ませて血圧を測り、順番を待てば、看護師さんがやって来てもう一度血圧測定。しばらくして今度は担当の医師が一緒にやって来て「血圧が高すぎるので今日は中止にしましょう」と言うのでした。
 「先日の検査結果は三ヶ月有効だから、かかりつけの内科に行って血圧の薬を処方してもらって下さい。150以下にならないと手術は出来ません」と言われた。しばらく血圧などは気にしていなかったけれど、最近は家にある自動血圧測定器も埃を被っていた。肋骨を折ってからというもの、ますます動かなくなったし、歩かなくなって、血流が悪くなったと自分でも思っていたところだから、ちょうど好いシグナルなのでした。早速、近くの内科の予約を取った。


3月12日 水曜日 一日中、暖かな春の雨で…

 今朝はゆっくりと目覚めて、食堂で寝起きの血圧を測ってみる。180の104と依然として高いままなのでした。もしかすると最近はずっとこんな調子なのかも知れないと不安になる。朝食後に蕎麦屋に出掛ければ、朝から暖かな雨が降っていました。午前中の仕込みの最初は、冷凍された白餡に氷砂糖と水を加えて、弱火で煮詰めること。硬くなるまでに時間がかかるから、隣の調理台で白菜のお新香を漬け直すのでした。その間にタブレットを充電しておきます。

 ここでコーヒーを沸かして一服したら、今度は天麩羅の具材を仕込んでおきます。蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら、酢水に浸けてそのまま茹でる。薬味の小葱を刻んだら、生椎茸、ピーマン、茄子の順番で切り分けて、容器に入れていく。今週は農産物直売所に蕗の薹が出ていたので、天麩羅に揚げて添えることにした。硬くなった白餡をタッパに入れて冷蔵庫で保存しておきます。10時半になったので、午前中の仕込みを切り上げて家に帰るのでした。

 昼食は軽く納豆とお新香で済ませて、女将がスポーツクラブに出掛けてから、書斎に入って確定申告の準備をするのでした。蕎麦屋の売り上げや取引先の金額合計は既に用意してあるから、今日は公的年金の源泉徴収票や火災保険の保険料控除証明書などを、机の上の書棚から捜して揃えておく。後はパソコン入力の画面で一つずつ入力していけば好いのだけれど、先日、保存したはずの画面が出て来ないではありませんか。もう一度最初からやり直さなくては…。

 女将が帰ってきて、夕飯の支度を始めたら、ちょっと蕎麦屋で蕎麦を打ってくると言って、明日の分の蕎麦を少しだけ打ちに出掛けたのです。明日は暖かくなると言うから、蕎麦ちが一回では足りないかも知れないと、あらかじめ一度は打っておきたかったのです。捏ねた蕎麦玉を寝かせている間に、お新香を小鉢に盛り付け、再び蕎麦打ち室に入って、8人分の蕎麦を打つのでした。急いで家に帰れば、テレビの大相撲がちょうど佳境に入っていた。



3月13日 木曜日 曇っていたけれど初夏の暖かさで…

 今朝は半袖の下着の上に長袖のシャツとベストだけで家を出た。朝から随分と暖かかったので、6時過ぎに蕎麦打ちに出掛けて、5束半だけ打ったら家に帰ったのです。蕎麦は昨日の晩に8束打っておいて正解なのでした。どうしても定休日明けは忙しないから、昨日のうちに出来ることは全部やっておいたのです。蕎麦打ち室の温度は15℃、湿度が57%もあったから、蕎麦も打ちやすかった。玄関脇の馬酔木もつぼみが膨らんで、春の訪れを知らせているのです。

 7時過ぎに家に帰れば、女将が台所に立って朝食の支度をしてくれていた。茄子焼きの大蒜醤油だけでご飯茶碗の半分くらいは食べて、残りは鰺の開きで食べるのでした。菜花のお浸しがまだ売っているらしい。食後のお茶をもらったら、書斎に入って1時間ほど眠る。洗面と着替えを済ませて、玄関を出たのが9時半近くで、女将がもう洗濯物を干しに庭に出ていた。「姫水仙が綺麗でしょ」と、通りに出た亭主に庭から声を掛ける。「下から見るのがいいね」

 木曜日は女将が来るのが開店の時間からだから、看板と幟を出したら、厨房に入って大根と生姜をおろし、10時半までに野菜サラダを作ってしまう。それから金柑大福を包んで、店の掃除を始めるのです。薄陽が差すけれど、青空は見えなかった。でも、室温は徐々に上がって、昼には24℃になったのでエアコンを消したのです。今日はのんびりとお客がやって来たけれど、皆さんリピーターの方ばかりなのです。「まだ、店は閉めないんだね」とお年寄りが言う。

 ビールを頼まれる老人もいれば、鴨せいろを頼まれる老人もいて今日はお年寄りが多かった。暖かくなったからなのかも知れない。近くに蕎麦屋がないからと、隣の町からいらっしゃった年配のご夫婦もいた。「ここの店の蕎麦の太さがちょうど好いんだよ」と鴨せいろに豚のハラミの串焼きを頼まれる。かと思えば、生後4ヶ月と言う赤ん坊を連れたご夫婦もいらっして、天せいろとヘルシーランチセットをご注文なのでした。赤児はニコニコと笑っていた。



3月14日 金曜日 今日も暖かかったけれど…

 夕べは深夜まで確定申告書の作成をしていたので、今朝は目覚めたらもう6時半なのでした。暖かい朝だから暖房のスイッチを入れに蕎麦屋へ行く必要もない。朝食を食べ終えても書斎へは行かずに居間でお茶をもらったら、洗面と着替えを済ませて、8時前には車に乗って蕎麦屋へ出掛けたのです。空は晴れて陽射しはあったけれど、陽射しの暖かさではなく空気そのものが暖かかったのです。幟と看板を出したら、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。

 室温15℃で湿度は57%もあるから、47%では少し生地が柔らかくなりすぎるかと思ったら、1kg詰めの作り置きだったからか、ちょうど好い硬さで生地が仕上がりました。今朝は昨日の夕方に業者を待つ間に、洗い物も片付けてあったから、生地を寝かせている間に何もする事がなかった。玄関を出て馬酔木の蕾を眺め、西の小径まで歩いて、暖かくなって草が伸びていないか確認してくるのです。幸い、まだ草は伸びておらず、木槿やタラの芽も芽吹いていない。

 30分ほどして再び蕎麦打ち室に入って、生地を伸して畳んで蕎麦切りまで終える。後は大根をおろしてアスパラガスとブロッコリーを茹でたら、野菜を刻むだけ。10時前にはこれも終わってしまい、少し時間があったので、国税庁の確定申告書の作成コーナーヘルプデスクに電話をして、夕べ行き詰まった疑問を尋ねたのです。収支内訳書の画面が出て来ないと言ったら、とても親切に対応してくれて最初の画面での選択が違っていたことが判明したのです。

 歳を取ったせいか、一つの画面を眺めても、いろいろな情報が一度には頭に入らないのです。タブレットで入力画面を見ようと思ったら、パソコン画面の出力をOFFにしろと出て来たので、いろいろいじってしまってからでは後が大変と、そこで止めておく。どうせプリンターのインクがなくなったので、買いに行かなくてはならないので、明日の午後にでも電気店に行ってこよう。その前に、今日は午前中に届いた蕎麦粉の代金を支払いに行かなくては。

 エアコンのスイッチを切るほどに暖かな昼だったけれど、お客はリピーターのお年寄り夫婦と親子らしき二組いらっしただけなのでした。駐車場には亭主の車を含めて三台車が停まっていたので、他のお客は来ないはず。皆さん亭主よりも年上で「蕎麦屋を止めてしまうのは勿体ないね」と言う。病気や手術の話をゆっくりと話しながら、蕎麦を食べて帰られたのです。ヘルシーランチセットの天せいろを頼まれた方は、デザートをお持ち帰りになられた。



3月15日 土曜日 北風が昨日よりも冷たく感じる一日…

 

 今朝もスマホのアラームより先に目が覚めて、台所でお湯を沸かしてコーヒーを入れる。NHKのデジタル放送で佐倉の天気予報を見たら、今日は昨日よりも少し気温が低かった。朝だけ晴れて、後は曇りの一日なのでした。車で蕎麦屋まで行って、蕎麦打ち室に入り、今日の蕎麦を打つ。蕎麦粉が来たので750g打って、昨日の蕎麦と合わせて15食用意しました。残れば明日も使えるので、心配はないのです。室温15℃、湿度は50%を越えていました。

 7時前に家に戻って、女将の用意してくれた朝食を食べ、書斎に入ってひと眠りするのです。今朝は40分ほどで目が覚めて、9時前に再び家を出て蕎麦屋に歩いて向かうのでした。確定申告の収支報告書は今日の午後に仕上げて、既に印刷してある確定申告書と合わせて仕上げれば好い。一つ一つこなしていけば、何事もいつかは終わるのだと思いながら、蕎麦屋の玄関に辿り着くのでした。幟と看板を出して、厨房に入れば、大根をおろして野菜サラダを作る。

 天麩羅の具材を入れた容器を調理台の上に並べ、まな板の上にラップを敷いて、片栗粉を撒いたら、いよいよ金柑大福を作り始めるのです。白餡を両手で丸めて丸くなるように潰し、金柑の甘露煮を載せて、白餡で包んでおく。白玉粉に水と砂糖を混ぜて火にかけ、小さなしゃもじで掻き回しながら、硬くなってきたら火を止めれば求肥の完成。これを四等分して片栗粉の上で正円に伸ばし、白餡で包んだ金柑の玉をくるんでいけば、金柑大福の完成です。

 昨日よりも風が冷たいからか、今日は土曜日なのにお客が少なかった。それでも、月に一度ほどいらっしゃる年配の常連さんご夫婦が、ヘルシーランチセットの天せいろを頼まれるのでした。7月いっぱいで店を閉めて、ここに引っ越してくるのですという話をすれば、「それは残念ですね」と何回も言っていた。惜しまれて閉店するのは悪い気分ではないけれど、何事も区切りと気持ちの転換が大切だと自分に言い聞かせるのでした。


3月16日 日曜日 やっと確定申告の書類が完成した…

 夕べはまた遅くまで確定申告の書類を作っていたので、今朝はなかなか起きられなかった。幸いにも、蕎麦は十分にあったので、朝飯前に蕎麦屋に行かなくても済んだから助かったのです。朝飯までに昨日のブログを書いて、食堂に行けば今朝のご馳走は、旬の鰯の蒲焼き丼なのでした。とても美味しく頂いて、書斎に入って食後のひと眠りをするのです。どこだか分からないけれど友だちを車に乗せて、目的の場所になかなか辿り着かない夢を見て目が覚める。

 時計を見れば9時を過ぎていたけれど、慌てずにゆっくりと支度をして9時半前に家を出るのでした。外は雨が強く降っていたので今朝は車で蕎麦屋に出掛けたのです。一日中雨の予報だったから、これではお客も来ないだろうと、傘を差して歩いて来た女将と話をするのでした。そんな天気でも朝の仕込みはちゃんとしなくてはいけないので、薬味の葱を刻んだら大根をおろして、野菜サラダの具材を刻み、いつものように三皿に盛り付けるのです。

 暖簾を出してから1時間経っても2時間経ってもお客は来なかった。天気予報通りに雨は降り続き、亭主は賄い蕎麦を茹でて食べるのでした。週末の蕎麦屋での残りものは、家に持ち帰らなければならなかったので、天麩羅の具材は揚げて蕎麦を食べる明日のおかずにしようと考える。蕎麦はかなりの数が残ってしまったから、家でも消化するのが大変なのです。持ち帰る荷物を車に載せて、女将と一緒に家まで帰ったのが、2時半なのでした。

 店で残った金柑大福を女将と二人で食べて、お茶をもらったら亭主は午後の昼寝をするのでした。お腹が一杯になってストーブに当たっているとどうしても眠くなる。テレビの大相撲の途中から目が覚めて、コーヒーを入れて飲むのだけれど、確定申告の書類はまだ完成していない。昨日、印刷してみたけれど、何処かに入力ミスがあって、税金を納めなければいけない。よく考えたら、蕎麦屋の外壁塗装の費用を入力していなかった。夕食を終えた夜になってもう一度最初から作り直したら、例年通りの書式が完成したのです。


3月17日 月曜日 とても忙しない一日でしたが、無事に帰宅…

 今朝は朝食を終えて8時半に家を出て、近くの内科に行って9時からの受付を済ませる。予約の番号は10時半頃ですねと言われて、それまでの時間を無駄にしてはいけないと、9時から始まる確定申告の受付の場所に向かうのでした。毎年行っているのだけれど、家から車で20分ほどの公民館は、分かりづらい場所にあるのでした。運良く間違わずに見つけて、駐車場に車を停めて中に入れば、確定申告の受付は金曜日で終わったと言われたのでした。

 「成田のイオンモールに行けば今日まで受付をしていますよ」と言われて、午後一番で出掛けて行かなくてはと頭を切り換えて、朝の病院に戻って診察を待つ。待合室で30分ほど待ったら名前を呼ばれて、診察室の中に入れば、沢山の看護師がそれぞれの仕事をして動いていた。血圧を測ったら170の100と言われて、毎朝一回の血圧を下げる薬と、160と180を越えた時に飲む頓服薬とを処方してくれたのです。薬をもらって家に帰ったのはちょうど11時半でした。

 女将が天麩羅をフライパンで焼いて、鍋に湯を沸かしておいてくれたので、亭主はすぐに蕎麦を茹でて二人で蕎麦を食べるのです。食休みもそこそこにして、今日は女将がスポーツクラブに出掛けるよりも先に亭主が車に乗り込んだ。成田までは自宅から約30kmだから、片道1時間はかかるのです。イオンモールで確定申告をしたのはもう何年も前だから、道も忘れてしまったので古いカーナビの案内に従って、道を選んでやっとのことで辿り着くのでした。

 成田のイオンモールはとても広すぎて、受付の会場が何処なのかを捜すのも大変。覚束ない記憶を頼りに建物の外れの入り口を車で上って、確か二階だったなと、近くのエレベーターで降りたのですが、幸運にも受付会場の目の前に出て、僅か1分ほどで報告書を提出することが出来たのです。帰りもまた1時間のドライブで、こんな長い時間の運転は、ここ数年経験したことがないから、眠い目を擦りながらやっと隣町まで走り着いたのでした。

 昨日思い描いていた計画通りにいつも行くスーパーに寄り、明日の墓参に持って行く花を6買って家に帰るのでした。なんと2時半過ぎになっていたのです。陽射しの差し込む書斎に入って、バタンギューでひと眠りなのでした。目覚めれば4時半で、女将はとっくに帰ってきていました。夜は焼き蕎麦をお願いしますと言われて、大相撲の中継を観ながら、店で残った野菜サラダ三つ分の野菜を入れて、あんかけ焼きそばを作るのでした。



3月18日 火曜日 春の墓参は陽も出て天気に恵まれた…

 昨日は忙しなく移動していたので疲れたのか、今朝はゆっくりと目覚め、朝飯前に蕎麦屋に出掛けて洗濯物を畳んだだけ。洗濯機の中の洗濯物は部屋干しのハンガーに干しておく。新聞受けに溜まっていた新聞と、ひと月分の古新聞の入った袋を車に積んで家に帰るのでした。朝食を食べ終えたら着替えを済ませて、女将と一緒にお袋様を迎えに行く。農産物直売所に寄ってから、隣町のスーパーに行く前に間にある霊園に墓参に出掛けるのでした。

 天気が好かったからか、墓参りに来る人たちが随分いたのです。三人で三つの墓にかわるがわる線香を供えて、また一つ行事が終わったと安堵するのでした。スーパーではいつもと違って女将が一緒だったので、亭主は店の食材だけ自分の籠に入れれば好かった。女将とお袋様を家まで送って蕎麦屋に戻り、買って帰った野菜類を冷蔵庫に入れたら、大根のなた漬けの下ごしらえと、白菜の塩漬けを済ませて、出汁取りの準備をしてから家に帰るのでした。

 昼は昨日と同じく天麩羅の残りと蕎麦を茹でて天麩羅蕎麦を食べる。日曜日の分の蕎麦がまだ残っているのでした。食後は女将のスポーツクラブの予約があったので、またひと眠りは出来なかった。居間の椅子に座ったままストーブに当たってウトウトするだけでした。無事に予約を終えたら、仕事部屋で書を書いている女将に声を掛けて、蕎麦屋に出掛けて出汁取りをする。ついでにキノコ汁も作っておくのでした。夜は常夜鍋と茶碗蒸しで一献。



3月19日 水曜日 今日は朝から激しい天気の移り変わりで…

 今朝も6時過ぎに目覚めて、朝の血圧を計ったら薬を飲み始めたせいか、いつもより低い数値なのでした。毎朝の飲む錠剤以外に、160~180まではピンクの頓服を、180以上ならオレンジの頓服を飲むように言われているから、今日は170だったので、ピンクの錠剤を飲んだのです。体調はいつもと変わらず、目に見えない血圧だけが気になるのです。ゆっくりと眠った朝だったから、食後はひと眠りをせずに9時前に蕎麦屋に出掛けて午前中の仕込み。

 まずはなた漬けと白菜のお新香を漬け直して、明日の朝には出せるように準備しておきます。それから蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら、酢水で茹でて冷やし、玉葱をスライスしてかき揚げの具材を用意しておくのです。三ツ葉を刻んでタッパに入れて、長葱をみじん切りにして容器に入れておく。南瓜はレンジが壊れているから、種を取って半分に切り、七枚だけスライスしてタッパに入れて家に持ち帰り、チーンして冷蔵庫で保管しておきます。

 時間があるので、レンジ周りをセスキの掃除液でスプレーしたらタオルでゴシゴシ擦って、油汚れを落とします。ひと通り綺麗になったら南瓜の入ったタッパと今日の新聞を持って家に帰るのです。外は朝から雨だったけれど、この時間には霙に変わり、昼飯前には雪に変わっていました。激しい雷が鳴って、空の様子はみるみる変わって行くのでした。昼は寒いので蕎麦を食べたくないと言う女将のために、ラーメンを薄味で作って餃子を焼いてやるのでした。

 亭主は残った蕎麦を二人分茹でて一人で食べる。ラーメンがそれほど好きではない女将も、背に腹は替えられず暖かい汁が好いと見えた。東京の下町で育った亭主は、子どもの頃からチャルメラの屋台に父と一緒に食べに行ったり、近所の中華屋に家族でラーメンを食べに行ったりと、親しみがあったのですが、山の手で年寄り夫婦に育てられた女将は、ラーメンそのものをあまり食べなかったらしい。子供の小さな頃にはよく家で鶏ガラスープで作ったものだが。

 昼の暖かい時間に降った雪だから、一時は大粒だったけれど、積もるところまでは行かなかった。それでも女将は心配らしく、スポーツクラブまで車で送ってくれと言うのでした。午前中にすべての仕込みを終えた亭主は、どうせテレビの映画を観ているだけだから二つ返事で車を出すのでした。晩のおかずはおでんにするからと、昼までに大根も煮てあったのです。ところが、スポーツクラブが終わる時間になって「財布を忘れた」と電話が入ったのでした。

 珍しくスマホだけは持って出掛けたらしい。ちょうど蕎麦屋に出掛けようと思って準備していたから、すぐに財布を届けて、彼女の荷物を車に積んで、そのまま蕎麦屋に行く亭主なのでした。ところがカバンの中を覗いたら家の鍵を入れたままで、買い物をして家に帰っても中には入れない。亭主が気が付いて車で家に向かった時には、女将はもう蕎麦屋に向かっていた。みずき通りを渡ったところで捕まえて、一緒に家に帰るのでした。「思わぬ雪で慌ててしまったのよ」と、台所で晩の支度を始める女将なのです。

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2025年3月上旬



3月1日 土曜日 今日はうららかな春の陽射しで…

 今朝は寝坊して目が覚めたらもう6時半なのでした。スマホのアラームも消えていたから、セットするのを忘れていたのです。昨日は開店から閉店間際まで、長い時間お客がいたので立っていたせいか、疲れたのだろうと思います。蕎麦も打ってないので8時に玄関を出れば、鉢植えの梅が咲いていた。蕎麦屋に引っ越すことになってからというもの、庭も荒れ放題なのですが、「主(あるじ)なしとて春を忘るな」とばかり懸命に花を咲かせている。

 蕎麦屋まで緩やかな勾配のある道をゆっくりと歩けば、いつもならひきずってしまう右足も軽く、前に出せるのでした。疲れていないとゆっくりならば大丈夫なのですが、足の裏の地面に接する感覚が、やはり左足とは違って、足の裏全体ではなく親指の近辺だけで前に進んでいるような気がするのです。蕎麦屋に着いて幟と暖簾を出したら、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。750gの蕎麦粉を47.5%の加水で捏ね始めれば、ちょうど好い生地が仕上がる。

 蕎麦打ちが終わったら、厨房に戻って昨日の洗い物を片付けて、蕎麦豆腐を作ったり、蓮根の皮を剥いて酢水で茹でたりと、結構、やることが沢山ある。大根をすりおろして、ブロッコリーとスナップエンドウを茹でるまでに、いつもよりも時間がかかったのです。早お昼を食べに帰っていた女将が戻り、開店の準備が整ったのは、もう11時20分を過ぎていた。暖簾を出したら、すぐに駐車場に車が入って、墨染めの衣を着たお坊さんがお客でいらっしたのです。

 続いて、年配のご夫婦と娘さんらしき三人連れがいらっして、更にいつも白エビのかき揚げとせいろ蕎麦を頼まれる老人がご来店なのでした。全員のオーダーの蕎麦を出し終えて一息入れたら、もう12時を過ぎていました。皆さんが帰ったのは1時前。それからが後半戦なのです。昨日よりも沢山のお客が来て嬉しかったけれど、売り上げは一番少なかったのです。せいろ蕎麦やぶっかけ蕎麦が出たのがその原因。でも、せいろ蕎麦を頼む人は本当の蕎麦好き。

 後半の方が人数も少なかったから、亭主は賄い蕎麦を食べて、洗い物もすぐに終わりました。女将と家に帰ったのは2時半前なのでした。店で残った金柑大福とお茶が出て、亭主は書斎に入ってパソコンに向かい、今日の売り上げ伝票と写真を入力したら、暖かい午後の陽射しを浴びながらひと眠り。4時過ぎには目覚めて、足りなくなった白玉粉とアスパラを買いに、隣町のスーパーに出掛ける。まだ店の混む前だったから、熱々のトンカツまで買って帰った。


3月2日 日曜日 とても暖かくなった昼…

 今朝は4時半にスマホのアラームを鳴らして目を覚ます。お湯を沸かしてコーヒーを入れたら、居間の部屋でしばらくぼーっとしていました。5時になったら家を出て車で蕎麦屋に向かうのです。蕎麦屋の中は暖かく、蕎麦打ち室も14℃もあった。それでもいつもの加水で蕎麦粉を捏ね始め、蕎麦玉を寝かせている間に小鉢を盛り付けるのでした。柔らかい生地は伸しやすく、四隅が綺麗に取れたので、畳んで包丁切りをすれば、135gで8束取れたのです。

 蕎麦打ちを終えて6時半。向かいのサツマイモ農園の人たちがこんな朝早くから来て仕事をしている。昇る朝日もどこか春めいているのでした。家に帰って居間に入れば、女将はまだ朝食の準備中。卵かけご飯でよければすぐに食べられると言われて、亭主はご飯をよそって卵を掛けて飯を食うのでした。朝が早かったからか、もう眠くて仕方がないのです。居間の部屋でお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りするのでした。ぐっすりと1時間以上眠った。

 着替えと洗面を済ませて9時過ぎには家を出て、蕎麦屋に着いたら看板と幟を出して厨房に入る。大根をおろして薬味の葱を刻み、ブロッコリーとアスパラを茹でたところで、白餡がないのに気が付いた。早お昼に家に帰る女将と一緒に家に戻って、冷凍室に入れてあった白餡の袋を持って再び蕎麦屋に戻るのです。足の具合が良かったからスタスタと歩いてみずき通りを渡ったのでした。野菜サラダの具材を刻みながら、白餡を三分の一だけ割っ小小鍋に入れる。

 氷砂糖と水を入れて硬くなるまで煮詰めるのですが、その間に野菜サラダは出来上がるのでした。エアコンを入れていた店内が随分と暖かくなったので、24℃を越えたところでエアコンのスイッチを切る。女将が早お昼を済ませて蕎麦屋に戻る頃には、出来上がった白餡を丸めて伸ばし、金柑を載せて求肥を作っているところなのでした。今日は日曜だからかお客の出足も遅く、昼を過ぎてだいぶ経った頃にやっと最初のお客がいらっしたのです。

 暖かいからか、歩いていらっしたご夫婦は、お二人とも天せいろをご注文。次いで近くのマンションから歩いて来る常連さんが、今日はカレー蕎麦の大盛りとビールを頼まれて、いつものカウンターの隅に座るのでした。電話が入って道順を聞かれたからと、女将が受話器を亭主のところに持ってくる。JRの佐倉駅近くからいらっしゃると言う。「30分はかかるよ」とカウンターのお客が言えば、本当に店に着いたのが1時過ぎなのでした。ご夫婦で天せいろを二つ頼まれて、いろいろ話をし始めるから大変なのでした。


3月3日 月曜日 今日は朝から忙しかった…

 今朝も4時前から目を覚まして、家に残っていた最後のコーヒーを入れて飲んだ。どうも昨日の朝の早起きが今日にも影響を与えるらしいのです。定休日だったので、そんなに早く蕎麦屋に行く必要はなかったから、今の回転椅子に座ってストーブに当たりながら、6時過ぎまでウトウトしたら、やはり出掛けようと明るくなった外に出るのでした。冷たい雨が降って道路は濡れていました。昨日の洗い物を片付けて、家に持ち帰る蕎麦と蕎麦汁を詰めておく。

 週の終わりは蕎麦屋で残ったものと、肉や魚はなくなったから、生卵と納豆がタンパク源。それでも美味しく頂いて、亭主はひと眠りもせずに洗面と着替えを済ませる。今朝は8時から駅前の皮膚科に行って並ばなければいけないのでした。耳の後ろ側に妙な突起物が出来て、いじっていたら血が出てしまい、固まったら黒く柔らかな肉の塊がぶら下がっているので、見てもらいに行くのでした。1時間近く待って、1番で先生に見てもらえば、「手術が必要です」

 と、地域の大きな病院の形成医外科に紹介状を書いてくれた。先日、CTを撮りに行った病院なので勝手は分かっている。しかし、こう頻繁に病院に通うのは、やはり身体にガタが来ているのだろうか。時間はあるけれどお金がかかってしようがないのです。家に帰って、早速、電話で予約を取れば、明日の午後一番で来て下さいと言われて、午前中の仕入れも終わるし、ちょうど好かったのです。後は、仕入れの費用と残ったお金で病院の支払いが出来るか…。

 まだ10時前だったので、蕎麦屋に出掛けて返しを作って出汁取りの準備をする。明日の午後は病院に行かなくてはならないから、少しでも今日のうちに仕込みをしておかなくてはいけないのです。11時には家に戻って、温かい蕎麦が食べたいと言う女将の希望で、鴨南蛮蕎麦を作ることにしたのです。店で鴨肉を解凍しておいたら、そんな週末に限って一つも出なかった。ドリップが出て、来週はもう使えないのです。久し振りに美味しい蕎麦を食べる。

 雪交じりの雨の降る午後は、女将がスポーツクラブに行くのも大変そうだったから、「送って行こうか?」と言えば、いつもは拒否されるのに、今日は寒さも手伝ってか「助かるわ」と亭主の出した車に乗るのでした。いつも持って出ないスマホを持たせて、帰りも迎えに行くからと言っておくのです。そのまま蕎麦屋に向かって、亭主は出汁取りを始める。寒くなりそうな週末で、温かい汁の蕎麦が出そうだからと、二番出汁は5㍑も取っておきました。

 1時間も出汁を取って昼寝もしなかったので少し疲れたけれど、明日の予定を考えて、頑張って金柑の種を取り、甘露煮を作っておくのでした。それでも女将の帰る時間にはまだ早かったから、洗濯物を畳んで、洗濯機の中に洗ったままの洗濯物を干しておく。郵便受けにゴミ回収業者の請求書が入っていたので、コンビニまで行って振り込んでおくのでした。ついでに煙草と卵サンドと牛乳を買って、駐車場でパンを食べていたらちょうど女将から電話が入る。



3月4日 火曜日 今日も目まぐるしい一日でした…

 今日は午後から地域の大きな病院に行って受付を済ませなければいけなかったので、お袋様との仕入れに出掛ける前に、朝飯前のひと仕事。空になった蕎麦徳利に昨日作った蕎麦汁を詰めて、白餡を作ったり、キノコ汁を仕込んだりと早朝から忙しかった。家に帰って夕べの残りの鴨鍋にご飯を入れておじやを食べる。寒いから身体が温まってなかなか美味しかった。お袋様を迎えに行って、車の中で耳の裏にできた腫瘍の手術の話を伝えるのでした。

 隣町のスーパーに行けば、白菜が半分で450円もしたけれど、茄子や胡瓜を買ってぬか漬けにしても同じだと、買って帰るのです。長葱も一本100円以上もしたから、野菜は総じて値上がりしているのです。女将に頼まれた米も県内産のコシヒカリを買い、蕎麦屋に寄って白菜と大根のなた漬けの仕込みを済ませて、家に帰るのでした。昼はスパゲッティを茹でて、お肉ゴロゴロのミートソースを温め、買って帰ったトンカツを上に載せて食べる。

 病院は1時30分の予約だったけれど、駐車場に車を止めて受付を済ませ、問診票を書いたりする時間もあるからと、12時半には家を出て15分ほどの距離を車で走る。指定された診療室の棟は、廊下も広く、待っている人も少ないので静かで気持ちが好かった。待つこと40分ほど、歳を取ったせいかその時間も静かに椅子に座っていればいいから、まったく抵抗を感じない。他に誰もいなかったので、自分の番号がモニターに表示されて診療室に入るのでした。

 もっと簡単にただ切るだけかと思っていたら、詳しい手術の説明をされて、同意書を書かされた。来週の火曜日に手術室で手術をするのだそうな。その後のいろいろな検査が一時間近くかかった。それでも4時前には家に帰れたので、早速、女将に話をして、お袋様にも電話をして知らせておいた。当日は車の運転は出来ないというので、近所に住む弟に電話をして連れて行ってもらうことにしたのです。簡単な手術だと思っていたけれど、結構、大変なのでした。

 帰り道、女将から電話が入って、晩は茶碗蒸しにするから、蕎麦屋に寄って椎茸を少し分けてもらえないかと言うので、取りに寄って家に帰るのでした。結局、午後の仕込みは出来なかったので、昨日から少しずつ先に仕込みをしておいたのが正解なのでした。明日は朝からいつも通りの仕込みを済ませて、昼はまだ残っている蕎麦でも食おうか。結果論だけれど、月曜日から水曜日まで定休日にして良かったのです。来週は月曜日にお袋様と仕入に出かけよう。


3月5日 水曜日 朝はまだ冷たい雨が降っていました…

 今朝はゆっくりと6時過ぎに目覚めて、朝食を食べてからいつもの時間に蕎麦屋に出掛けました。厨房に入って、まずは昨日の鍋類を片付け、コーヒーを沸かして一服します。そして、漬け物器に塩漬けして水の上がった大根の水を切り、タッパに入れて刻み柚子と砂糖、甘酒の素を入れて唐辛子を輪切りにして漬け込むのです。次に蕎麦打ち室に置いてあった白菜を塩漬けにした樽を取り出して、先ほど洗った小さな漬け物器に塩と昆布を入れて漬け直すのです。

 ここまでで10時前。昼の準備に帰宅するまでに、後1時間ほどは仕込みが出来る。蓮根の皮を剥いて輪切りにし、酢水で茹でる。その間に玉葱をスライスしてかき揚げの準備。そして、天麩羅の具材の生椎茸を飾り切りにして、ピーマンとナスを切り分けるのです。容器に入れてラップを掛けたら、蓮根を笊に空けて水を切り、タッパに入れます。最後に南瓜の種を取ってスライスしたら、家に持ち帰ってチーン出来るようにタッパに入れておくのです。

 これで10時半になるから、残った時間でレンジ周りの掃除をし、砥石を水に浸して包丁を研ぐ準備をしておく。10分ほど包丁を研いで、少しは切れるようになっただろうか。火の点検をして家に戻ります。昼は温かい汁の蕎麦が好いと女将が言うものだから、大鍋に湯を沸かしながら、出し汁を温め、油揚げを甘く煮付ける。その間に女将が先週残った大根のなた漬けを小鉢に盛り付けてくれる。蕎麦を茹でて、小松菜と葱を散らしてきつねうどんの完成です。

 午後は居間の部屋でゆっくりとテレビを観ていたけれど、女将がスポーツクラブに出掛けてからは、書斎に入ってここまでの出来事をブログに書き留めておく。そして、これからいよいよ確定申告の数字を計算できるように、去年のデータを並べ替えて年間の金額を出す。仕入れ先は多い順に4つだけ並べるのですが、今年は蕎麦粉や出入りの業者よりも野菜などを買うスーパーの値段が多くなっているのです。最近の値上げブームで逆転したのでしょう。


3月6日 木曜日 今日は珍しくお客が一人もいなかった…

 昨日の続きで今朝も4時半には目が覚めた。5時過ぎまで居間の部屋でコーヒーを飲みながらゆっくりとして、蕎麦屋に出掛けるのでした。まずは蕎麦打ち室に入り、750gの蕎麦粉を捏ねて、寝かせている間に厨房に行って、白菜のお新香と大根のなた漬けを盛り付ける。合わせて10鉢だけれど、一日中曇りだと言うから、こんなには出るはずもないのです。最近は、木曜日が案外お客が少ないのです。そして亭主一人の金曜日にその分お客が来るから困るのです。

 柔らかめに仕上がったのは、同じ47%の加水でも室温が10℃を越えていたから。それでも綺麗に伸して畳んで、一束140gにならないようにして8束取れた。7時前に蕎麦屋を出てコンビニに煙草を買いに行く。いつものお姉さんが元気に挨拶をしてくれるので、こちらまで元気になるような気がするのです。家に帰れば女将が朝食の支度をしてくれていた。今日のメインは亭主が先日買って帰った鯖の西京漬けだったけれど、味か今ひとつで美味しくなかった。

 夕べは早くから床に就いたので、今朝は食後のひと眠りはしなかった。9時前に蕎麦屋に出掛けて、幟と看板を出す。雲に覆われた空は暗く、体感の温度はかなり寒いのでした。大根と生姜をおろして、薬味の葱を刻み、掻き揚げに使う三ツ葉を切っておく。そしていつものように野菜サラダの準備をするのでしたが、始めるのが早かったから、10時半過ぎにはもう仕上がって、金柑大福を包むのでした。新しい油を天麩羅鍋に注ぎ、天つゆの鍋を火にかけます。

 女将がやって来て金柑大福にラップを掛けてくれる。この天気ではお客が来そうにないと二人で話していたら、本当に1時間待ってもお客は来なかった。2時間待ってもお客が来ないので、今日は諦めて早めに暖簾を下ろすのでした。亭主は賄い蕎麦も食べずに、家に帰ってカップラーメンを食べる。午後の昼寝もせずに、居間の回転椅子に座ってウトウトとしたら、もう業者が食材を運んで来る時間なのでした。何処のお店も寒いとお客は少ないのだそうな。



3月7日 金曜日 冷たい北風が吹くのに陽射しが戻ったから…

 今朝は5時半には目覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲んでいました。昨日の蕎麦がそのまま残っていたので、今日は蕎麦打ちをしなくても済むのでしたが、蕎麦粉もあと一回打つ分しか残っていなかった。木曜日が蕎麦農場の定休日なのを忘れていたから、発注が今日になってしまったのです。日曜日に打つ蕎麦粉がないので、何とか明日届くように頼まなければならない。とにかく蕎麦屋に出掛けて出来ることをしてこようと車を出すのでした。

 久し振りの陽射しが眩しく、玄関脇の紫陽花にはもう綠色の新芽が付いている。春になったと自然は教えてくれるのですが、風は北風でとても冷たく感じるのです。厨房に入ってほうじ茶を入れようとお湯を沸かしている間に、蕎麦打ち室に置いてある漬け物器を見れば、すっかり水が上がっていたので、更に小さな漬け物の器に移し替えて冷蔵庫に入れる。大釜には水を張って少し沸かしておく。7時過ぎには蕎麦屋を出て家に戻るのでした。

 台所で朝食の支度をしていた女将が鮭を焼いてテーブルに運ぶ。味噌汁をよそって冷凍のご飯をチーンしたら、「頂きま~す」と箸を取って食べ始める亭主。脂の乗っているはずの鮭がどうも美味しくない。焦げ目の付くまで焼かないで、魚焼き器の余熱で仕上げるからこうなるのだろう。焼いた跡のない魚ほど不味い物はないのです。それでも黙ってご飯を食べ終え、「ご馳走様でした」と居間の部屋に行く亭主。お茶をもらっても今日はひと眠りはしなかった。

 陽射しは出ていたのに風がとても冷たくて、蕎麦屋まで歩いて出掛けるのに手袋が必要なのでした。雲が多く、昼からは曇り空になったのです。蕎麦農場に電話をして、明日必着で蕎麦粉を送ってもらおうと、1kg詰めの袋を二つだけ注文した。5kgの袋二つだと、石臼で挽くのに時間がかかるから発送が遅れるのです。1kgの袋は店に並べてあるから今日のうちに発送できるはずなのです。無事に受け付けてもらって、厨房に戻って今日の仕込みを始める。

 早く家を出たから、野菜サラダも10時には出来上がった。暖簾を出せば、いつもの常連さんがバス通りを歩いて来るのが見えた。このところ、いつも同じビールとカレー蕎麦のご注文でなのでした。珍しく「引っ越しの準備は進んでいますか?」と話しかけてくる。続けて年配のご夫婦がいらっして、天せいろとぶっかけの温かい蕎麦を頼まれる。開業した頃にいらしたことがあるのだそうな。「今日は女将さんはいないの?」とこちらも話をし始めるのでした。

 更に、続けて若い男性の一人客が車でいらっして、「温かいとろろ蕎麦をお願いします」と言うから、初めての注文だったから一瞬面食らってしまう。温かいかけ蕎麦にとろろ芋をすって出せば好いと、すぐにイメージ出来なかったのです。続けて、駅前の高層マンションに住む常連さん夫婦がやって来て、奥様がカラーの花束を持って来てくれた。二人とも鴨南蛮蕎麦のご注文だったので、今日作った野菜サラダはこれですべて売りきれになった。
 蕎麦屋廃業の話をしてあったから、テーブルと椅子をもらえないかと言われていたので、7月の最後の週に取りに来て下さいと伝えておく。椅子を8脚欲しいと言うので、奥の座敷にあった二つをまずは今日持って帰れるかと聞けば、車に積んで持ち帰ってくれた。タケノコを茹でるのに大きな鍋があれば欲しいと言うから、押し入れの中に、ラーメンを作るときに使っていた大鍋があったから、二つ返事で持って行ってくれと言えば、次回と言うことになる。


3月8日 土曜日 頬を差すような冷たさの朝でした…

 午前5時半過ぎに目が覚めて、急いで蕎麦屋に出掛ける亭主。今日は最後の蕎麦粉を使って蕎麦を打たなければならない。加水率は47%ちょうどで捏ね始めれば、絶妙な柔らかさ。蕎麦玉を寝かせている間に昨日の洗い物を片付け、ほうじ茶を沸かすのでした。再び蕎麦打ち室に戻って蕎麦玉を伸していく。最初にするのが両手で地伸し。この時に丸く均等な厚味を出していくのが大切なのです。伸し棒を当てて本伸しにかかれば、綺麗な正円に伸されていく。

 今朝は少し遅くなったけれど、もう時計は気にしない。綺麗に四隅を固めて、畳んで包丁切りをする。切りべら20本で135g。8把半の蕎麦を打ち上げて生舟に並べるのでした。店の中を確認して、車に乗ったらコンビニまで煙草を買いに出掛ける。家に着いたのは、7時15分なのでした。女将が朝食の支度をちょうど終える時で、食堂に滑り込みセーフで椅子に腰を下ろす。最後に出汁焼き卵が出ておかずは終わりなのです。栄養のバランスはとても好い。

 今朝はぴったり1時間の食後のひと眠りをして、9時過ぎには歩いて家を出ました。道路から見える庭の黄色い姫水仙が可愛らしかった。背の低い女将は、庭からしか見えないのをいつも残念がる。水仙は下向きに咲くから、道路から見上げるのが一番なのです。蕎麦屋までの道すがら、空気が冷たくて頬を差すようなのです。今年初めてそんな感覚を味わったのは、暖かさに慣れてきた証拠なのだろうか。店に着いて幟と看板を出したら、厨房に入って仕込み。

 今日は開店の20分も前から駐車場に車が入って、早お昼を食べに帰った女将が来たので10分前には暖簾を出す。三人連れのご家族がテーブルに座って「先生、○○です」と母親らしい女性が言うのでした。40年以上も前の教え子なのです。その母親と息子を伴って今年で閉館になる佐倉の川村美術館に行った帰りなのだそうな。当時のクラスは医者になったのが15人もいたから、みんな優秀なのでした。今年還暦を迎えるという世代はまだまだ元気な様子。

 外の寒さにもかかわらず、次から次へとお客が入って、女将も亭主も休む間もなく、1時過ぎにはお蕎麦売り切れの看板を出すのでした。午前中に用意したデザートの金柑大福も野菜サラダもすべて売れたのが嬉しかった。1時半に洗い物を終えてそろそろ片付けようかと思っていたら、料理教室をしているリピーターの女性がやって来て、かけ蕎麦を頼まれた。亭主が賄い蕎麦で食べようと思って揚げておいた白エビのかき揚げをね小皿に載せて出してやった。
 今月末は古民家を借りて料理教室を開くのだと言う。前回来た時に、店を7月で閉める話をしておいたから、今日は松花堂弁当の箱や天麩羅を載せる籠を持って行かないかと言えば、5つだけ車に積んで帰ったのです。店屋だから10や15という数だけ揃えてあるのです。開業当時はいろいろな事をしたいと食器類を揃えたけれど、結局、現在のメニューに落ち着いて、一度も使っていない器なども多いのです。使うという人が来て、少しずつ減っていくのも嬉しい。


3月9日 日曜日 名残り雪も溶けて暖かな午後でした…

 4時前に一度目が冷めて、早すぎるからともう一度眠ったら、もう5時半になっていました。昨日は少し蕎麦屋が混んでいたから、疲れたのかも知れない。夜の11時に外は雪が降っていたから、もしかして積もったかと急いで外に出れば、団地の中は家々の屋根に、蕎麦屋の周りの畑にも、春の名残りの雪がうっすらと積もっているのでした。蕎麦打ち室に入って、昨日届いた1kg詰めの蕎麦粉を開けて、47%の加水で蕎麦を捏ね始める。

 小さな袋に詰まった蕎麦粉は、少し乾燥しているのかあまりにも硬いので水を足して捏ね上げる。菊練りを済ませて蕎麦玉を作り、ビニール袋に入れて寝かせている間に、厨房に入って昨日の洗い物を片付けながら、コーヒーを沸かすのでした。そしてタブレットで夕べ書いたブログを読み返せば、やはり、一箇所打ちミスを発見。6時40分を過ぎた頃に再び蕎麦打ち室に入って、生地を伸して畳んで、今朝は切りべら20本で8食分と半分を打ち上げる。

 家に帰ればちょうど魚が焼き上がった頃で、美味しく朝食を頂くのです。居間の部屋でお茶をもらって一服したら、書斎に入ってひと眠りする。今日は1時間以上気持ちよく眠ってしまった。快眠・快便で洗面と着替えを済ませたら、一応、手袋をして蕎麦屋に歩いてで掛けるのでした。もう9時半近かったから、すぐに女将がやって来て、店の掃除や洗濯物の片付けを始めてくれた。亭主は大根と生姜をおろして野菜サラダの具材を刻み始める。

 今日も開店の前から車が駐車場に入ってきて、10分前にはお客さんに店の中に入ってもらう。最初のお客が天せいろの大盛りと普通盛りを頼まれて、天麩羅を揚げ始めたら、いつも開店の時刻に合わせていらっしゃるカレーうどんの常連さんご夫婦がいらっしゃる。奥様はとろろ蕎麦をご注文で、カレーうどんの方は後にお出しするのでした。その間にカウンターに男性客が座って、12時前にはもう忙しい状態になるのでした。天気が好いとやはり店は混み合う。

 途中、一区切り着いたところで、女将は店に置いてある新聞を読み始め、亭主は後半戦に備えて、厨房の椅子に座って一休みなのです。こんな日は、日曜日だから遅くいらっしゃるお客もあると思っていたら、案の定、1時を過ぎた頃にまた混み始めた。天麩羅の具材もなくなって、蕎麦も終わったから、お蕎麦売り切れの看板を出す。最後の3人連れの男性客は、皆さん天せいろを頼まれて、2時近くまで話し込んでいた。女将と店を出たのは3時近かった。