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2025年2月下旬



2月20日 木曜日 最近では一番寒い日、寒い朝でした…

 今朝も寒さで目を覚ました。時計を見ればまだ4時半だった。居間の部屋に行ってストーブに当たる。エアコンではなかなか身体がすぐに温まらないのです。コーヒーを沸かして、5時のニュースを少し見たら、ガレージに降りてシャッターを開ける。手足腰の運動をしてからでないと、またぎっくり腰になったら困るから、老人の朝は慎重な動きが必要なのです。肋骨の痛みを堪えながら、屈んでシャッターを開けたら、冷たい車に乗り込んでエンジンを掛ける。

 真っ暗な道を走って蕎麦屋に着いたら、エアコンを入れて蕎麦打ち室に入る。室温が5℃しかなかったから、今朝はかなり寒い朝なのです。750gの蕎麦粉を計量して、47%の加水で蕎麦粉を捏ね始めれば、今朝はちょうど好い硬さの生地に仕上がる。蕎麦玉をビニール袋に入れて寝かせている間に、ほうじ茶を沸かしてお新香を小鉢に盛り付けるのです。タブレットで昨日のブログを読みながら、一服していると、向かいの森の背景がうっすらと明るくなったきた。

 蕎麦を打って8人分の蕎麦を生舟に入れたら、朝飯前のひと仕事は終わり。エアコンを点けたまま、家に帰って朝食を食べる。朝食を終えて居間でお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りするのでした。1時間ほど眠って目覚めたら、車に乗ってまた蕎麦屋に出掛ける。幟と看板を出して厨房に入ったら、薬味の葱を刻んで、生姜と大根をすり下ろす。それから野菜サラダの具材を刻むのです。今日は女将の来るのが開店前だから、ゆっくりはしていられない。

 幟がはためいているから、外は風が強く冷たいのです。室温がなかなか上がらないのでそれと分かる。11時前にはサラダを盛り付けて、テーブルを消毒液で拭いて回る。天麩羅の具材を調理台に並べて、天麩羅鍋に新しい油を入れ、天つゆの鍋を火にかけたら、いよいよ最後に金柑大福を包む準備をする。まな板の上にラップを広げて、片栗粉を撒き、白餡を丸めて丸く伸ばして金柑を載せる。これを包んで求肥でくるめば、女将の来る前に金柑は出来上がり。

 冷たい風の吹く朝だったから、最初のお客が来るのは遅かった。それでも昼過ぎには、男性客が一人いらっしてテーブル席に座り、ヘルシーランチセットの天せいろを頼まれた。後から持ち帰りの天麩羅盛り合わせも追加。続けてもう一台車が入ってきて、三人連れのご家族がご来店なのでした。寒いのに本当に有り難い事です。キノコ付け汁と天せいろ、暖かい天麩羅蕎麦を注文されて、亭主は天麩羅を揚げ始める。蕎麦豆腐と大福も追加でご注文なのでした。



2月21日 金曜日 昨日よりは少し気温は上がったけれど…

 今朝も5時前には目が覚めてスマホのアラームをOFFにした。台所でお湯を沸かして、居間の部屋でストーブに当たりながらコーヒーを飲むのです。今日は蕎麦を500gだけ打てば好かったから、少しゆっくりして、6時前に家を出て蕎麦屋に向かうのでした。蕎麦打ち室の室温は6℃と昨日よりも1℃だけ暖かい。向かいの畑の向こうの森の木々が、明るくなった空の下でシルエットで浮かんで、幻想的な夜明け前なのです。今日も47%の加水で蕎麦粉を捏ねる。

 蕎麦玉を寝かせている間に空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充しておきます。再び蕎麦打ち室に入り、綺麗に伸して畳んだ蕎麦は、切りべら22本で5.5人分の蕎麦が取れた。7時前には家に帰って女将の用意した朝食を食べ、例によって食後のお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りするのです。今朝はなかなか眠れないと思っていたら、何時の間にか40分も時間が過ぎていた。8時半には洗面と着替えを済ませて、そろそろ歩いてでも行けるかと蕎麦屋に向かう。

 蕎麦屋に着いて、玄関前のテラスの部分を眺めれば、こちらに移った時に、屋根はあるから、ここにはテーブルと椅子を置いて寛げるかと思う。冬場のこの時期や風のある日には、ちょっと辛いかと考えると、回りに囲いでもすれば好いのだけれどと、また亭主の空想が始まる。玄関を入っていきなり居間になるのもどうかと思っていたのです。職人に頼んでフェンスを張れば好いのだけれど、ちょっとお金がかかりすぎる。思案のしどころなのかも知れない。

 幟と暖簾を出してチェーンポールを降ろす。厨房に入って大根をおろし、アスパラとブロッコリーを茹でたら、野菜サラダの具材を刻んで、今日も三皿盛り付けておきます。サラダを仕上げたのは、10時半でいつもより随分と早い時間でした。調理台に天麩羅の具材を並べて、金柑大福を包む準備をするのと、天麩羅鍋に油を入れて天つゆを火にかけるのとはほぼ同時なのでした。無事に大福を包んでテーブルを拭いて回れば、開店15分前なのでした。

 今日も寒いからお客はなかなか来そうにないと思っていたら、12時前にご夫婦が歩いていらっして、せいろ蕎麦の大盛りとヘルシーランチセットのせいろ蕎麦を頼まれる。こんな冷たい風の吹く日に歩いて来たから、温かい汁の蕎麦かと思ったけれど、やはり蕎麦好きの人のようなのでした。「この店は開業してから何年になりますか」と尋ねられたので「12年になります」と応えれば、「大震災の時は大変でしたでしょう」と言われて返答に困る亭主なのでした。

 その時の記憶がなかったので、後で調べて見たら大震災は2011年で、まだ蕎麦屋は開業していなかったのです。前の職場で昼過ぎに大地震にあって、対応に苦労した記憶が蘇る。その時に水も飲まずに深夜まで走り回って、初めて痛風の発作が出たのでした。蕎麦屋を開業したのは、それから3年してからだから、お客のご主人の記憶も曖昧なのだと安心したのです。閉店の前に片付けを済ませて、これで今日も終わりかと思っていたら、3人連れのお客がいらっして、また天麩羅の具材を取り出して調理を始めるのでした。


2月22日 土曜日 今日も気温は上がらなかったけれど…

 今朝も4時半起床で5時には蕎麦屋に出掛けていく亭主。肋骨の痛みが少しは引いてきたけれど、まだ寝返りが打てるほどではないのです。痛い方の肋骨を上にして同じ姿勢で眠るものだから、早く目が覚めてしまうのかしら。蕎麦屋に入れば思ったよりも寒くはなくて、まずは気になっていた店の奥のテーブル周りに目がいく。右側の壁には背の低い本箱が置ける。テーブルを一つどかして回転椅子と背の低いテーブルを家から運んで来たい。亭主の空想です。

 今朝も750gの蕎麦粉を47%の加水で捏ねて、少し柔らかめだったけれどこれがちょうど好くて、伸せば綺麗な四角形を作れて畳んで包丁切りをすれば、切りべら22本で8束の蕎麦を生舟に並べるのでした。昨日の残りと合わせて12食の用意で、今日は営業を開始する予定なのです。蕎麦打ちを終えて厨房に戻れば、今日はまだ時間があったので、キノコ汁を作っておく。冷凍してあったキノコと鶏肉を二番出汁で煮て、塩味を付けるだけだからとても簡単なのです。

 家に帰れば「お帰りなさい」と言いながら、女将が台所で朝食の用意をしていた。ホウレン草にひじきの煮物、高野豆腐などにメインの出汁焼き卵が付いて、バランス好く健康に留意したメニューで本当に有り難いのです。食後のお茶をもらって亭主は書斎に入ってひと眠り。今日は1時間以上もゆっくりと眠ってしまいました。小鉢の盛り付けもあったし、朝の仕事が2時間もかかったから、少し疲れたのかも知れない。9時半前には家を出て歩いて蕎麦屋へ。

 今日は暖簾を出す前にもう車が駐車場に入って、最初のご夫婦はリピーターの方なのでした。寒い朝だったのによくぞいらっしてくれました。鴨せいろと天せいろを頼まれたから、厨房は俄に忙しくなった。出し終える頃に次のお客がいらっして、いつもカウンターに座るご夫婦が、今日はテーブル席に座ることが出来たのです。カレー蕎麦と天せいろの大盛りを頼まれて、ゆっくりと昼食を食べていかれた。7月一杯で店を閉める話をすれば残念がっていた。 

 続けていらっした男性客は、カウンターに座って天せいろのご注文。まだ12時過ぎなのに、もうこんなにお客がいらっしたのは、やはり土曜日だからなのでしょうか。亭主は女将が下げてきた盆や皿を次々と洗っていくのです。1時を過ぎてお客の足が途絶えたのを見計らって、亭主はかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べておく。女将もこの間にひと休み。後半に混むこともあるから油断は出来ない野です。今日は閉店間際にお客が入って、最後の天せいろを出した。


2月23日 日曜日 今朝は今季で一番寒かったのに…

 今朝も4時半に目が覚め、コーヒーを沸かして居間の部屋で一服するのでした。テレビも点けずに椅子に座って煙草をくわえ火も点けずにぼうっとして30分。なかなか頭がはっきりとしないのです。それでも5時になったら、ウッドデッキの木につかまりながら車庫に降りて、シャッターを開け、車で蕎麦屋に出掛けるのでした。昨夜の予報では、この時間は-5℃と今季最低の気温なのです。蕎麦屋に入って、まずはカウンターに干した昨日の洗い物を片付ける。

 大釜にお湯を汲みながら他の仕事をしていたら、釜に掛けて置いた蛇腹のホースが外れて床に水をまいてしまう。滅多にないのだけれど、後の始末が大変なのです。それから蕎麦打ち室に入り、今日の蕎麦粉を計量して、47.5%の加水で捏ね始めるのです。最近はいつも47%と思って捏ねていたけれど、どうも柔らかめだと思って、電卓で計算し直したら47.5%だったのです。でも、それがちょうど好い柔らかさで、四隅が綺麗に伸せるから好いのです。

 蕎麦玉を寝かせている間に玄関を出て夜明け前の写真を撮って、空の蕎麦徳利に蕎麦汁を補充しておきます。お新香やなた漬けも小鉢に盛り付けておくのでした。再び蕎麦打ち室に入って、切りべら22本で135gの蕎麦を8.5束打ち終え、生舟に並べます。昨日の残りの蕎麦と合わせて、今日は13食分の蕎麦を用意しました。7時前には家に戻って、女将の用意してくれた朝食を食べ、お茶をもらったら書斎に入ってひと眠り。今日は1時間以上も眠ったのです。

 頭がすっきりとして目覚めた朝は気持ちが好い。9時半には家を出て寒い北風の吹く中を歩いて蕎麦屋まで行く。向かいのサツマイモ畑では、新しく借りたという耕作放棄地の根の張った木を、ショベルカーで掘り起こしていた。若旦那が出て来て挨拶をするので、「いよいよ始まりますね」と応える亭主。幟を出し、厨房に入って大根をおろし、アスパラとブロッコリーを茹でるお湯を沸かします。女将が「今日は特別に寒いわ」と言ってやって来た。

 昨日よりも冷たい北風が思ったよりも強く吹いて、今日はお客が来ないかも知れないと思ったけれど、暖簾を出して12時前には最初のお客がやって来た。久し振りに家の近所の奥様が、この寒い中を歩いていらっして天せいろを頼まれる。続けて、車でいらっしたご夫婦はよく見れば駅前のマンションに住んでいる常連さんなのでした。奥様がキノコ付け蕎麦でご主人は熱燗と海老や赤いか、鱚の天麩羅を頼まれる。すぐに次の三人連れが店に入って来たのです。

 昼を過ぎて風も収まったのか、散歩に出てくる人の影がちらほらと見える。蕎麦屋もお客が途切れずにテーブルが埋まるのでした。今週は尻上がりにお客の数が増えているから嬉しいのでした。今日は開店前に、埼玉に住む長女が亭主の運転する車に息子と一緒に乗ってやって来た。結婚するときに全部荷物を持って行ったかと思ったら、まだ当時の自分の部屋にかなりの荷物が置いてあったらしいのです。今の自宅から蕎麦屋に引っ越すと知って、三連休だからとやって来たのでした。明日はお袋様を交えて昼食会の予定。


2月24日 月曜日 今日は朝食会の準備と片付けで終わる…

 今朝は8時半に蕎麦屋に出掛けて、洗濯機の中の洗濯物を干したら、カウンターに干してあった昨日の洗い物を片付けるのでした。9時半前には家に帰り、店に持って行くものをスーパーのレジ袋に詰めて、女将の支度を待つのでした。それから駅前のショッピングモールに二人で行って、昼の食事に寿司とお総菜を買って蕎麦屋に行くのです。亭主はインスタントのお吸い物を買うのを忘れない。店では女将が茶碗蒸しを亭主が天麩羅を揚げることになっていた。

 店に着いたら、早速、女将が調理場に立って、茶碗蒸しの具材を切り分ける。亭主は小皿が欲しいと言っていた娘のために、使えそうな店の小皿を何種類かカウンターに並べて、好きなものを選んで持って行けるようにしておく。みんな10枚とか15枚単位で揃えたものだから、少しでも減れば嬉しいのです。三越から取り寄せたひとつ5000円のティーカップや、香蘭社の小鉢など、まだ使っていない物もあって、どれだけなくなるのかが楽しみなのでした。

 女将が準備をしている間に、亭主がデーぶるをセットする。12時前に皆が集まって、お袋様もバス通りを歩いてやって来た。酒を飲む人がいなかったので、乾杯の写真も撮れなかったのがちょっと残念。亭主はアルコールがないので少し間が持たない。孫の男の子が元気なのが女将も亭主も嬉しい。皆が寿司を食べ始めたら、茶碗蒸しの時間を気にしながら、亭主は天麩羅を揚げていく。今日は朝食後も昼食後も昼寝をせずに頑張った。久々の家族の集まりでした。


2月25日 火曜日 朝は寒く、日中はかなり暖かい一日でした…

 夕べは10時半に就寝、今朝は6時過ぎに起床。これが亭主の理想的な睡眠のパターンなのですが、なかなかいつもこうとは限らないのが辛いところです。朝食を終えても眠くならないので、書斎に入ってパソコンに向かい、病院の予約をとっておくのでした。お袋様に電話をして迎えに行く。農産物直売所に開店の時間前に着けば、駐車場には車が一杯で、入り口には買い物客が並んでいた。野菜が高い時期だから、安くて新鮮なものを求めて来るのだろうか。

 白菜はもう時期が終わったと見えて、いつもの陳列棚には並んでいなかった。隣町のスーパーで買ったのはいいけれど、大きな白菜の半分で450円だったから驚いたのです。大根も今日は大型で一本200円もしたから、やはり野菜は値上がりしている。今日はレジ袋に四つも買い込んで、1万5000円も支払ったのです。店に帰って、早速、大根と白菜を塩で漬けるのでした。日曜日の洗濯物を畳んで、昨日の洗濯物を干したらもう昼の準備をする時間なのでした。

 家の大鍋に湯を沸かし、スパゲッティーとレトルトのミートソースを茹でる。その間に先週残ったレタスをちぎって皿に盛り付け、買って帰ったトンカツは女将が切っておいてくれた。腹も減っていたのか、今日はとても満足な昼食なのでした。食後にお茶をもらって書斎に入り、陽を浴びてひと眠りするのが楽しみな定休日です。女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、彼女が剥いてくれた甘夏を食べて、ひと月振りに床屋に出掛けていくのでした。

 暖かい午後だったからか、珍しく混んでいたので、近くの息子の床屋からマスターの奥様が手伝いに来てくれた。転んで肋骨を折ったという話をすれば、奥様も階段から落ちて尾てい骨にひびが入ったと言う。歳を取るとちょっとしたことで怪我をすると言うことで一段落。80歳を越えたマスターは、最近はあまり話もせずに髪を切ることに専念しているから、終わる時間も早いのでした。伸びた髪を刈ってもらって、気持ちよく蕎麦屋に戻り、午後の仕込みです。


2月26日 水曜日 午後は病院で検査の結果を聴く…

 今朝は3時過ぎから目が覚めてしまったけれど、さすがに早すぎるからともうひと眠りしたら、次に起きたのは7時前なのでした。食堂に行けば女将が鮭を焼いてくれていた。菜花のお浸しももうこれが最後らしい。昨日の茶碗蒸しをレンジで温めて出してくれた。二階の部屋の片付けをした長女の出したゴミが、玄関に五つも袋に入れて置いてあったので、亭主が食後にゴミの集積場まで運ぶのでした。ストーブに当たって少しウトウトして蕎麦屋に出掛ける。

 まずは昨日の洗濯物を干して、前の洗濯物を畳む。そして、カウンターに出したままだった沢山の小皿を片付け、出汁取りを始めるのでした。最近は週に一度の出汁取りで足りるから助かる。昔、店が混んだ時期には、これを週に二度ほど繰り返さないといけなかったから、返しも甕に二つ作っていたのです。一番出汁を取って返しを加えたら隣の火口で火を入れ、二番出汁を取り始める。と、誰やら玄関の扉を開けてやって来たから驚いたのです。

 見れば、夜間パトロールの代表が、先日亭主が出しておいたメールを見てくれて、見舞いに来てくれたのでした。肋骨を折った事の経緯を説明して、ひと月経っても寝返りも打てない今の状況を話した。蕎麦屋を止めて暇になったら、右足の親指の潰れた軟骨を手術してもらおうと思っていると言えば、「まだ若いのだからそれが好い」と言ってくれた。一番年下なのに申し訳ないと言えば、新しいメンバーも入りそうなのでと言う話なのでした。

 出汁を取り終えてキノコ汁を作ったら、もう昼の準備をする時間なのでした。家に帰って大鍋に湯を沸かし、蕎麦を茹でて女将と食べる。午後は女将がスポーツクラブに出掛けた後で、亭主は再び蕎麦屋に行って、天麩羅の具材を切り分け明日の仕込みをすべて終わらせる。3時から病院の午後の診察が始まるので、2時過ぎには蕎麦屋を出て、病院の駐車場で受け付けの始まるのを待つのでした。ネット受付では9番目だったけれど、早く先生に呼ばれて、先日、地域の大きな病院で撮ったCTの画像を見ながら、異常はないと言われた。「一番心配だった頭のことだから安心ですね。肋骨の具合はどうですか」と親切に様子を聞いてくれるのでした。


2月27日 木曜日 やはり暖かくなったらお客が増えた…

 昨夜は2時間おきに目が覚めたけれど、最後は5時にアラームで目覚める。定休日明けは開店までの仕込みが沢山あるので、コーヒーを沸かして飲んだら、5時半には家を出て蕎麦屋に向かいました。東の空が明るくなっていたから、後で調べたらこの時期は月の初めよりも30分ほど日の出が早くなっているのでした。蕎麦打ち室に入って蕎麦粉を計量するのでしたが、今日は暖かくなると言うのでお客が増えるのではないかと、850g9人分を打っておきました。

 蕎麦玉を寝かせている間に、厨房に戻って白菜のお新香となた漬けを小鉢に盛り付けておきます。そして、ほうじ茶を飲みながら、昨日のブログを読み返しておくのです。9人分の生地を伸していけば、47.5%の加水だとかなり柔らかくなるのですが、逆に綺麗に四角形が出来て角もすっきりと伸し広げられるから好かった。蕎麦打ちを終えて片付けをしても、7時前には家に戻って女将の作る朝食を食べて、ゆっくりとひと眠り出来たのです。

 再び蕎麦屋に出掛けて、幟と看板を出したら、向かいのサツマイモ農園の若旦那と挨拶を交わす。厨房に入って、大根と生姜をおろし、薬味の葱を刻んで、蕎麦豆腐を仕込んでおく。それから野菜サラダの具材を出すのですが、ブロッコリーを買うのを忘れていた事に気づき、今日はスナップエンドウだけで勘弁してもらった。野菜が馬鹿に高くなっているから、原材料費だけでも一皿300円は軽く越えているのでしたが、簡単に値上げするわけにはいかない。

 次に空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充するのです。大盛り用に6本、普通用に6本用意したら蕎麦の数を越えたので、それで終わりにしておく。そして、金柑大福を包む準備を始めます。まな板の上にラップを敷いて、片栗粉を散らし、白餡を丸く潰して金柑を包んでおく。最後に白玉粉に砂糖と水を加えて求肥を作り、火にかけて硬くなったら、これを包んでいくのです。熱々だから、4つも包めばもう手が火傷の状態。テーブルを拭いて女将の来るのを待つ。

 今日は開店前からもうお客がいらっして、やはり暖かくなったからか、随分とお客が入ったのです。古民家で料理教室を開いているという女性客に店を畳む話をしたら、小鉢や皿をもらってくれるというので嬉しかった。帰りがけに名刺を置いていったから、まんざら話だけではなさそうなのが好かった。暖かくなったからか、今日は天麩羅がよく出たのです。昼は外の16℃まで上がって、暖房を入れた店の中は25℃になったのでエアコンのスイッチを消した。

 ヘルシーランチセットの天せいろも出て、ビールや酒まで出たから、売り上げも上々。作ったばかりの金柑大福は全部売れてしまったので、明日もまた作らなければいけない。洗い物を済ませて、女将と二人で2時半には蕎麦屋を出た。帰りがけに向かいのサツマイモ農園の若旦那に会ったら、「お疲れ様です」とまた挨拶をしてくれる。午後の昼寝から目覚めたら、すっかりなくなった日本酒や洗剤を買いに出掛ける。夜も暖かいので鮪の手巻き寿司を食べる。


2月28日 金曜日 早いものでもう2月も終わり…

 今朝は5時半過ぎに目を覚まして、スマホのアラームが鳴らなかったことに気が付いた。慌てて身支度をして車で蕎麦屋に出掛けるのでした。蕎麦打ち室に入って750gの蕎麦粉を計量して、47.5%の加水で捏ねて蕎麦玉を作る。ビニール袋に入れてこれを寝かせいてる間に厨房に戻って、昨日の片付けをしながらコーヒーを沸かす。外はもうすっかり明るくなっていた。雲が沢山出ていたので、今日は曇りなのに暖かくなるのかと不思議に思ったのです。

 蕎麦を打つ前に、昨日なくなった小鉢に白菜のお新香と大根のなた漬けを盛り漬けて、冷蔵庫に入れておく。蕎麦打ち室に戻ったのが6時45分だったから、今朝は7時には打ち終わりそうにない。柔らかめに仕上がった生地は、綺麗に四隅を整えて伸し広げ、畳んで包丁切りをすれば、8束と半分の蕎麦が仕上がる。時計を見れば、7時15分だったから、やはり30分はかかるのです。家に戻れば、女将が魚の煮付けを終えて、味噌汁とご飯を出すところなのでした。

 食べ終えて7時30分、お茶をもらってひと休みしてから書斎に入り、ひと眠りしたら8時40分。1時間近く眠ったのに、まだ頭がすっきりとしなかった。今日も暖かいのでお客が来ると思い、車を置いて歩いて蕎麦屋に出掛ける。肋骨の痛みは薄れたけれど、右足がどうも地面に引っかかるのでした。やはり蕎麦屋を止めたら足の親指の手術をしてもらおう。未知の世界なので上手く元のように歩けるようになるのか不安だけれど、時間が出来るから試してみたい。

 蕎麦屋に着いて看板と幟を出したら、厨房に入って大根をおろし野菜サラダの具材を刻み始める。女将に頼んで昨日ブロッコリーを買って来てもらったから、今日は綠も豊富で、農家の大きなミニトマトがひときわ綺麗に配置できたのです。カレーうどんとヘルシーランチセットで、このうち二皿は出たから嬉しかった。お客の数は昨日ほどではなかったけれど、開店から閉店間際まで、ずっとお客がいたので、賄い蕎麦を食べて休んでいたら遅くなってしまう。

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2025年2月中旬



2月13日 木曜日 夕刻まで嵐のような北風が吹いた一日…

 今朝は4時半に目が覚め、朦朧とした意識の中を起き上がって、コーヒーを沸かすのでした。昨日の通院が心配事を解決してくれたので、今は自分のするべきことをしていれば好いと思えたから、蕎麦屋に出掛けて蕎麦を打つのでした。玄関を出たら14日の月が西の空に輝いていました。いつもの朝よりはずっと暖かかった。車から降りて蕎麦打ち室に入れば、室温は12℃もあったのです。47%の加水で蕎麦粉を捏ね始めたから、少し柔らかい生地の仕上がり。

 それでも伸し広げれば久々に綺麗な四角形になったので、柔らかい生地の方が成形が簡単なのかと、蕎麦打ちの原点に戻ったような気がするのでした。切りべら24本で135gの蕎麦を8、5人分打ち上げて、家に戻るのでした。今朝のおかずは塩鮭と茄子焼きで、自分で大蒜をおろして食べ始めたら、昨日女将が余分に作った茶碗蒸しが出て来たから嬉しかった。食後のお茶をもらって、今日は書斎に入って30分ほど眠ることが出来た。頭がすっきりとして目覚める。

 外は北風が強くなったので車で蕎麦屋に出掛けた。気温は10度もあるのに体感温度は2℃しかなかった。風速は12mもあったので、幟は出せなかった。乾燥した畑の土が風に煽られて舞い上がっている。これではお客が来ないだろうと思いながら、開店前の仕込みをするのでした。11時過ぎには野菜サラダも金柑大福も完成して、テーブルを拭いて回るのです。風は収まる気配もなく、ビュービューと吹いて、厨房の扉の隙間から冷たい風が吹き込んでくる。

 開店前に女将が来てくれたけれど、「寒い寒い」と言って着替えに奥に入った。暖簾を出してお客を待つけれど、この風と寒さでは来たいが出来ないのでした。やっと歩いていらっした常連さんが、鴨南蛮蕎麦と金柑大福を頼まれて、本日、唯一のお客となるのでした。有り難い事なのです。1時を過ぎてもお客は来そうになかったので、亭主は天麩羅を揚げて賄い蕎麦を茹でる。洗い物は増えるけれど、蕎麦だけではすぐに腹が減ってしまうのです。

 蕎麦は5日前に打ったものだけれど、熟成して美味しかった。今日打った蕎麦は7食分残っているから、明日は5食打ち足せば十分なのです。2時過ぎには片付け物を終えて、女将と同じ時間に蕎麦屋を出るのでした。夕刻になっても強い風は収まらない。南風なら春一番なのだけれど、北風では寒いばかり。ストーブを点けて椅子に座っていたら、少し眠ったようで、午後の昼寝はしなかった。明日は風も収まって暖かい一日になりそうなのです。


2月14日 金曜日 昨日よりは暖かくなったけれど北風が…

 今朝は6時に家を出て蕎麦屋に向かう。空には雲が出ていたけれど今日も晴れそうなのでした。風が昨日よりも弱くなっていたけれど、やはり北風なので寒さは変わらない。蕎麦打ち室に入って500gだけ蕎麦を打ち足す。加水率は47%のままで、しっとりとした生地が仕上がって、伸して畳んで切りべら20本で140gの蕎麦を、5束半取る事が出来ました。家に帰って女将の用意してくれた朝食を食べて、書斎に入ってひと眠りするのです。

 肋骨が折れていると分かってからは、出来るだけ身体に振動を与えないようにと、歩いて蕎麦屋に行くことは止めました。平日ならば、そんなに沢山のお客が来ないので、駐車場も満配にはならないのです。風は収まると昨日の予報では言っていたのに、今朝も幟がぱたぱたとはためいている。土埃が舞い上がらないだけまだ好いのですが、体感温度はかなり低くなるのです。昼近くからやっと気温が上がったらしく、室内も20℃を越えてきました。

 大根をすり下ろして野菜サラダの具材を準備すれば、一本100円もするアスパラを買ってしまったのが後悔された。値段をよく見ずに束で買ってしまうからいけないのですが、300円で出す野菜サラダは12種類の野菜を使っているから、到底、割に合わないのです。風が冷たいから今日もお客が来ないかと思ったら、「陽射しが暖かいのに、冷たい風が吹いていますね」と言って、男性客が一人カウンターに座る。今日は一人のお客ばかりが続いたのです。



2月15日 土曜日 朝と昼の温度差が17℃もあった…

 夕べは風呂から上がってストーブに当たっていたら、もう眠くなってそのまま床に入って眠ったのです。8時半だったからちょっと早すぎるとは思ったのですが、眠気には勝てなかった。果たして深夜に目が覚めて、テレビで洋画を一本観てからまた眠ったので、今度は7時前まで寝てしまった。急いで朝食を食べ、8時半には家を出て蕎麦屋に出掛ける。歩いて行きたくなかったけれど、土曜日だから駐車場を使うのが憚られたので、頑張って歩いたのです。

 蕎麦を打たずに昨日の残りで間に合わせようかとも考えたが、それならわざわざ歩いて来ることもなかったと、結局、500gを打ち足したのです。時間はいつもより早かったから、十分に蕎麦を打つ暇はあったのです。手際よく30分ほどで打ち終えて、厨房に戻ればいつもの時間なのでした。女将が来てくれて、店の掃除や小鉢の盛り付けをしてくれた。早お昼を食べに女将が帰った後で、大根をおろして野菜サラダの具材を刻むのでした。

 朝はあれほど寒かったのに、昼近くになったら店の暖房を消すほどに暖かくなった。暖簾を出す前にもうお客様がいらっして、昼までにテーブルもカウンターもお客で埋まったのです。暖かい汁の蕎麦が多かったけれど、いつもは日曜日にいらっしゃるご主人がカレーうどんのご夫婦は、カウンターの隅に座って奥様がとろろ蕎麦を頼まれた。一度に席が埋まると、三組目あたりから、出すまでに時間がかかる。カレーうどんや串焼きも出たから尚更遅くなる。

 やっと8人分の蕎麦を出し終えて、亭主は奥の座敷でひと休みする。厨房に戻って洗い物を始めて、もう一人分の盆や皿を洗えば終わるという時になって、次のお客がいらっしゃる。時計を見ればもう1時過ぎなのでした。天麩羅を揚げて蕎麦を茹でたら女将がテーブルに運んでいく。これでもう終わりだろうと思って、亭主はかき揚げを揚げて賄い蕎麦を茹で始めたのです。と、駐車場に見慣れた車がビューンと入って来たから、奥の座敷で昼を急いで食べた。

 久し振りにいらっした娘と同じと頃の女先生が、カウンターの真ん中に座って、今日はぶっかけの暖かい蕎麦を頼まれる。お互いの近況を話して、蕎麦屋を7月一杯で畳もうと思っているという話をすれば、始めて聞いたと驚いていた。今年になってからは来店していなかったのです。亭主よりも10歳も年上の彼女の親父様は、メールの返信を出さなくても凄く怒るから、必ず返事を送るのだとか。
昭和の前半の父親らしく、娘も心根の優しい女性なのでした。


2月16日 日曜日 今日も穏やかに晴れて暖かかった…

 今朝は5時前には目覚めてスマホのアラームをOFFにした。昨日の晩は、肋骨を庇いすぎて動かなかったからか、今度は右膝が痛くなって歩くことも出来なかったのです。何十年もヨーガをしている女将に、「血流が悪くなっているのよ」と言われて膝の痛みに効く揉み方を教えてもらったのですが、風呂上がりに実践してみると今朝はもう痛くなかったので有り難い。5時半には家を出て念のために車で蕎麦屋に向かう。蕎麦粉を捏ねて蕎麦玉を作ったらひと休み。

 生舟にはほとんど蕎麦が残っていなかったので、切りべら22本で8把半の蕎麦を打って、カウンターに干したままの昨日の盆や蕎麦皿を片付けて家に戻るのでした。朝食を食べて1時間ほど眠ったらまた蕎麦屋に出掛けて、開店前の仕込みをするのです。天つゆがまったくなくなっていたので、鍋に一杯二番出汁を入れてかえしを加えてひと沸かし。空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充して、小鉢のお新香や切り干し大根の煮物を盛り付けておく。

 大根や生姜をおろしたら、野菜サラダの具材を刻みながら、昨日からになった天麩羅の具材を入れる容器に、新しく生椎茸やピーマン、茄子などを切り分けて入れる。掻き揚げに使う玉葱もまったくなくなっていたから、人参と共に刻んでおくのでした。外は暖かくなって、散歩に出掛ける人影も見えた。でも、暖簾を出しても日曜日はお客の出足が遅いので、12時過ぎまでは一人もお客が来なかったのです。それからまとめて客が入るから忙しかった。



2月17日 月曜日 今日は大きな病院でCTの検査でした…

 先日、地元の医者にかかった時に、肋骨が折れていると分かったのですが、左半身が一時的に麻痺したことも話したので、すぐに地域の大きな病院を紹介してもらった。今朝は、その病院での検査のために8時には家を出なければならなかったのですが、いつもの習慣で6時過ぎには蕎麦屋に出掛けて、カウンターに干したままの盆や蕎麦皿を片付け、鍋に昆布と干し椎茸を入れ、出汁を取る準備を済ませてから朝食を食べるのでした。
 家から車で15分ほどの病院は、昨年末にお袋様が貧血で入院した病院だった。勝手が分かっていたから、そんなに早く行く必要はないと思ったけれど、駐車場に車を止めようとすれば、もう入り口近くの場所は満車状態なのでした。朝早くから病院を訪れる人が多いのには驚いた。受付では早くから沢山の係員が、テキパキと訪れる患者を相手に仕事をしているのでした。大きな文字で書かれたプリントに従って待合室に行けば、検査はわずか15分で済んだのです。

 30年以上も前に、肺の手術で入院したときには、確か造影剤の注射をしてから検査したのを覚えているが、あれはMRIだったのか。組織を取って調べても分からないので、結局、当時の事だからあばら骨を切って問題の場所を摘出したのでしたが、「過誤腫」だったと言われ、癌ではなかったので助かったのでした。大きな機械のギュルンギュルンと何かが回るような音には聞き覚えがあったので、そう言えば、やはり左手足が痺れて検査をしたことがあるのです。
 この時は職場の系列の大学病院で診てもらったのですが、担当の若い医者に「こちらも忙しいのですから、肩凝りぐらいで来院しないで下さい」と言われたのを覚えている。父親が50代の初めに脳溢血で亡くなったから、敏感になっていたのかも知れません。結果は一週間以内に紹介元の医療機関に届くからと言われた。帰り道を車で走りながら、昼はカツカレーにしようと女将と話していたので、いつものスーパーに寄って高い果物と何種類かと豚カツを買う。

 家に帰れば、亭主があまりにも早く帰宅したので、女将は驚いていたのです。画像撮影だけだからと医療の連携を説明する亭主。昼食を食べ終えて、ひと仕事終えたという安心感から、書斎に入ってゆっくりと昼寝をするのでした。女将が雨に降られたと言ってスポーツクラブから帰って来たから、亭主は蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをするのでした。準備をしておいた出汁を取ったり、洗濯物を畳んだり、固めた油をゴミに出したりして5時過ぎに帰宅する。



2月18日 火曜日 今日は寒くて冷たい風が吹いた…

 今朝も5時起き。蕎麦屋に行くには早すぎるので、居間の押し入れの本を片付ける。第三週目の火曜日は子ども会の廃品回収があるので、少しでも役に立てればと段ボールや新聞などを出すのです。古本もその中の一つで、紐で結わいて家の前に置いておけば、トラックが来て持って行ってくれる。最近はこのゴミ出しをする手順が分かってきて、要らないと思う本からどんどんゴミに出すことにしている。最後に残ったものを蕎麦屋に持っていこうと思うのです。

 6時過ぎに蕎麦屋に出掛けて、店の新聞をビニールの袋に詰めて車に積む。これも廃品回収に出すのです。家に戻って朝食を食べたら、書斎に入ってひと眠り。1時間ほど眠ったら、顔を洗ってお袋様を迎えに行く。風も冷たく寒い朝だったけれど、農産物直売所には何台も客の車が停まっている。隣町のスーパーは寒さで出足が遅いと見えて、駐車場も空いていたのです。レジ袋三つ分の買い物で8000円だから、かなり野菜の値段も高い。店に戻って野菜類を冷蔵庫に入れたら、大根と白菜を塩漬けにして、南瓜を家でチーンするために切り分けてタッパに入れるのです。 

 昼は女将が先週店で残った茄子とピーマンを使って、味噌炒めを作り、亭主は蕎麦を茹でて二人で食べるのでした。食べ終えて亭主はまた書斎に入ってひと眠りする。満腹になると身体も温まってどうしても眠くなるのです。床屋にも行かなければならなかったけれど、眠気を我慢する特別な理由がないからまたひと眠りなのです。女将のスポーツクラブの予約の時間に起こされて、無事に予約を取ったら、今度は宅配便の運転手が電話を掛けてきた。

 「店まで300mだからすぐ行きます」と言って待ってもらい、車を飛ばして急いで蕎麦屋に行くのでした。代引きだからお金を払わなければならなかったのです。店の玄関で支払いを済ませて、コーヒーを一杯入れて飲んだら、そのまま午後の仕込みに取りかかるのでした。午後は先週までに随分と出たカレーを作るのがひと仕事。鶏肉と玉葱を炒めたら、茄子やシメジや人参を切って最後に冷凍してある南瓜の端切れを入れて煮込む。カレーのルーを溶かして完成。

 5時前には家に戻れば、女将が台所で午前中に亭主の買って帰った鰯を捌いていた。生きが好さそうだったので、亭主の分は刺身にして、寒いから冷たい物を食べたくないと言って、女将の分は開いて蒲焼きにして食べたのです。菜花を湯がいて鰹節を掛け、トマトを切って酒の肴にするのでした。今日、店に届いた日本酒は純米吟醸の「藤娘」。古くなった残りの瓶を持ち帰ったのですが、久し振りに日本酒が飲めると思ったら、300ml一本は飲めなかった。



2月19日 水曜日 昨日よりも更に寒い一日でした…

 今朝は4時半に目覚めて居間の部屋に行ったのですが、あまりに寒いので、エアコンを点けてもストーブを炊いても、なかなか部屋が暖まらない。5時のニュースを見て、蕎麦屋に行ってもこんな早くからするほどの仕事はないと考えて、また布団に潜り込んだのです。次に目覚めたのは7時前で、女将が作ってくれた鰯の蒲焼き丼を食べて舌鼓を打つのでした。車に乗ろうとしたら、今朝も宅配便の業者から電話が入り、「1分で着く」と急いで店に行くのです。

 寒い北風の吹く駐車場で、若者は待ってくれていた。代引きなのでお金を払わなくてはならないのです。苦蕎麦茶の荷物の中身を確認したら、厨房に入ってコーヒーを入れて飲む。そして、何から始めようかと考えるのです。昨日作ったカレーはかなり固まっていたので、水を加えて少し緩くしておく。そして、冷凍してあったキノコ汁を温めるのでした。ジブロックの袋にカレーを6つ詰めて冷凍室に入れる。キノコ汁も小さな鍋に移して冷蔵庫に入れておく。

 蕎麦豆腐を仕込んだら、洗い物を済ませて洗濯物を畳み、昨日洗濯した洗い物を干すのです。これで午前中の仕事を終わりにする。家に帰れば、ちょうど女将が郵便局から帰ってくるところで、今月の書道の提出物を送ってきたのだそうな。昼は亭主がスパゲッティーを茹でて、レタスをちぎって枝豆を散らし、ミートソースを美味しく二人で食べるのでした。満腹になったら、いつもの習慣で書斎に入ってひと眠り。女将はその間にスポーツクラブに出掛けた。

 女将が帰ってくるまでには亭主も目覚めて、いよかんの皮を剥いて女将と半分ずつ食べる。それから蕎麦屋に出掛けるのでした。午前中に酒屋に空瓶のケースを持って行き、代わりの新しいケースをもらって来たので、蕎麦打ち室まで苦労して運ぶ。重い荷物は肋骨が痛むので、おっかなびっくり腕の筋肉だけで持ち上げるのです。厨房に入ってまずはレンジ周りの掃除をして、蓮根の皮を剥いて酢水で茹でる。天麩羅の具材を切り分けて容器に入れておきます。

 1時間ほどで仕事を終えて、5時前には家に帰るのでした。今夜は女将が早くから用意してくれたおでんと茶碗蒸しで吟醸酒を飲んだ。昨日の残りともう一本を用意したけれど、二本目は開けず終いで夕食を終えるのでした。病院には行かなくてはならなかったけれど、それ以外はゆっくりと定休日を過ごした気分。明日もまた氷点下の寒い朝なのだそうですが、昼も8℃までしか上がらずに風も強くなるらしいから、お客が来るとは思えない天気なのです。

 

 

 

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2025年2月初旬



2月6日 木曜日 陽射しがあっても空気が冷たい…

 今朝も5時前に目が覚めて、コーヒーを一杯飲んで蕎麦屋に出掛けました。外は相当な寒さで、蕎麦屋の蕎麦打ち室も6℃しかなかった。これでも例年は3℃ぐらいの時もあるから、暖かいのです。すぐに蕎麦粉を計量して、捏ね方を始めるのでした。暖房を入れてあるから、蕎麦玉を寝かせている間には10℃になっていた。東の森から朝日が昇を眺めて、家に帰れば女将が台所で朝食の用意をしているのでした。鍋の残りに生姜を沢山入れて茶碗蒸しも出た。

 とっくり襟のセーターにジャンパーだけではさすがに寒かったけれど、店は暖房を入れたままだったから我慢して蕎麦屋まで歩く。看板と幟を出してチェーンポールを降ろすのでしたが、屈むと左胸の肋骨の辺りが痛いので、高い位置からポールをすとんと落としていく。時間が早かったから、厨房に入ってまずは解凍した豚のハラミを切って串に刺していきます。先週もまったく出なかったけれどメニューにあるので用意だけはしておくのです。

 野菜サラダの具材を刻んで、三皿分盛り付ける。国内産のアスパラが高いのに細いものしか手に入らなかったので、スナップエンドウを加えてボリュームを出す。そして金柑大福を作る準備を始めておくのです。白玉粉に砂糖と水を加えて少し溶ける間に、ラップを敷いて片栗粉を撒いた上に、白餡を丸めて並べて金柑の甘露煮を載せていく。ここでやっと白玉粉を火にかけて求肥を作るのです。この硬さが問題で硬すぎると大福そのものが硬くなってしまう。

 新しい油を天麩羅鍋に入れて、テーブルを拭いて回ったら開店の準備は整った。と、まだ11時過ぎなのにもうお客がやって来たのです。寒いからと中に入って待ってもらったけれど、お茶を入れて女将の来るのを待ってもいられないから、注文を取るのでした。お二人ともヘルシーランチセットを頼まれたので、取りあえず野菜サラダと蕎麦豆腐をお出しする。やっと女将が到着するのでした。女性二人だから、ゆっくりと蕎麦を召し上がっていかれた。

 今日はその後で、男性の一人客がいらっしておろし蕎麦の大盛りを頼まれたきり、お客は来なかったのです。風あるこの寒い中を、3人の客が来ただけでも有り難い事でした。2時前には女将と二人で片付けを済ませ、家に戻って酸っぱい甘夏を食べる。女将は買い物に出掛けて、亭主は書斎に入ってひと眠りするのでした。4時過ぎに起き出して珈琲を飲んでいたら、業者から電話が入ってもう店に着いたという。どこも客が少なくて荷物が少なかったらしい。


2月7日 金曜日 午後から身体の左半身が動かなくなった…

 今朝は蕎麦打ちも数が少なかったので、6時前に蕎麦屋に着いて蕎麦打ち室で蕎麦粉を捏ね始めるのでした。室温は6℃と昨日とあまり変わらない。500gだけ打ち足せば好かったから、いつもと同じく47%ぴったりの加水で捏ねて行けば、綺麗な四角形が出来て、5束と半束取る事が出来ました。昨日の残りの蕎麦と合わせて9人分の蕎麦を用意して、今日の営業に臨むのです。厨房に戻って大根をおろし、野菜サラダの具材を刻んで行く。

 三皿だけの準備だから、これもすぐに終わって、窓の外を眺めれば、駐車場に高級外車が入って来る。まだ10時50分なのに、しっかりと停めて人が降りて来るではありませんか。玄関に出て行って、「随分と早いのですね。寒いから中でお待ちください」と言えば、「11時半からだと言うのは知っていました。ちょつとそこいらを散歩してきます」と年配のご夫婦は歩いて行くのでした。亭主は急いでテーブルを拭いて、油を天麩羅鍋に入れ、天つゆを火にかける。

 30分ほどして戻っていらっしたご夫婦は、リピーターらしくヘルシーランチセットの天せいろとせいろ蕎麦をご注文でした。作ったばかりの野菜サラダをお出しして、蕎麦豆腐も出して、盆や皿を用意して天麩羅を揚げ始める亭主。と、「今日は」「いらっしゃいませ」と、常連のお客が玄関から入って、いつものカウンターの奥の席に腰を下ろす。こちらはいつものカレー蕎麦とビールをご注文なのでした。後から付け出しを持って行ったら、ビールをもう一本。
 店の中は暖房を入れてあるから24℃もあって、亭主は気持ちが悪くなるほどなのでした。すると、何故か身体の左半分が動かなくなったから驚きなのでした。痺れているわけでもなく、筋肉が固まってしまったようなのです。セーターを脱いで暖房を消したけれど、お客が食べ終えた盆や皿を片付ける元気もない。年配のご夫婦は盆と蕎麦皿をカウンターまで運んでくれた。1時半近くに常連の女性がいらっして、カレーうどんと白エビのかき揚げを頼まれる。
 何故か冷や汗をびっしょりかいて、なんとか洗い物を済ませたけれど、昼飯も食べずに家に帰るのでした。左足が動かないから、10歩歩いてはひと休みしながら、やっと家まで辿り着くのでした。左腕の筋肉がこわばって力が入らない。初めての出来事にびっくりしながら、パソコンのスイッチも入れずに居間の椅子に腰を下ろすのでした。書斎でひと眠りしてゆっくりと休んだら、左手は動くようになり、 夜の風呂に入ったら左足も元通りになったのです。


2月8日 土曜日 寒い北風強し、今週は今日が最後の営業日…

 明日は年に一度の味噌造りの日だから、今週は今日が最後の営業日です。5時前に目覚めて、コーヒーを飲んだら6時前には蕎麦屋に出掛けていく亭主。暗い中を蕎麦屋に着けば、頭上には北斗七星がくっきりと見えるのでした。昨日、片付けずに帰った洗いかごに伏せたままの食器を拭いて片付ける。そして蕎麦打ち室に入ったら今日の蕎麦粉と小麦粉を計量して、47%の加水で捏ね始めるのでした。少し柔らかい程度の生地の仕上がりなのでした。

 20分ほど蕎麦玉を寝かせている間に、お湯を沸かしてグラス三杯のほうじ茶を入れておく。今日一日分の水分補給用なのです。昨日のブログを読み返したついでに、脳梗塞について調べて見たら、一過性のものがあって、身体の半身が麻痺する症状が現れるのだと言う。そのまま亭主に当てはまるので、これは大変と思い、この次の定休日には一度病院に行って見てもらおうと考えるのでした。まずは水分を補給して、蕎麦打ち室に帰って今朝の蕎麦を打つのです。

 元気な若い頃なら、気にもかけない事かも知れないけれど、歳を取ると身体の不具合に少しずつ敏感になるらしい。7時過ぎに家に帰って女将に話せば、「最近はご近所でも救急車が止まっていることがあるのよ」と言うのでした。今朝は再び蕎麦屋に行くのにも車に乗って出掛ける亭主。昨日、時間をかけて蕎麦屋から帰ってきた事を思い出すと、この寒さの中を無理をして歩いて行かなくても好いと思えたのです。暖房を入れたままの蕎麦屋は暖かかった。

 大根をおろしていたら、女将がやって来て「今日は寒いわねぇ」と玄関を入るなり言うのでした。北風が強く、陽射しはあっても寒さの方が勝っているのです。野菜サラダの具材を刻み、金柑大福を包んだら、油を天麩羅鍋に入れて天つゆの鍋を火にかけて、早お昼を食べに帰った女将が再びやって来るのを待つのでした。昨日はこの間にもうお客がやって来たのです。今日も12時前には四組もお客がいらっして、さすがは土曜日なのでした。

 寒い北風の強く吹く日だったけれど、午後も続けてお客が入る。明日は臨時休業だから有り難い事なのです。暖簾をしまった後にもお客が来たけれど、女将が出て営業は終了したと伝えたそうな。賄い蕎麦を茹でて食べ、二人で洗い物と片付けを済まして2時半には店を出る。亭主は朝食の後にも随分と眠ったのに、また2時間近くも昼寝をするのでした。とにかく身体を休めておかないとと言う気持ちが強かったのです。肋骨の痛みも少しだけ軽減してきた。




2月9日 日曜日 年に一度の味噌の寒仕込み…

 夕べは11時過ぎには床に就いたのに、2時間おきぐらいに目が覚めて、よく眠れなかった。今日は蕎麦屋は臨時休業の張り紙をしてあるから、出掛けて行かなくても好かったのだけれど、昨日の片付けや洗濯物を干す仕事があったので、6時過ぎには家を出るのでした。ついでに今日の味噌造りで必要なエプロンを持って帰ってくるはずだったのに、他の仕事をしているうちにすっかり忘れてしまった。出掛ける前にもう一度蕎麦屋に寄らなければいけなかった。

 家にコーヒーの粉がなくなったので、蕎麦屋で昨日のブログを読みながらコーヒーを飲んだ。家に戻って朝食を食べたら、今朝はひと眠りする時間もないのです。8時過ぎには荷物を車に積み込み、佐倉のミレニアムセンターまで約20分、駐車場に車を入れて4階までエレベーターで上がって、調理室の開くまで待つ。一年前にあったきりの人々が少しずつ集まって、挨拶をしながら近況を話すのでした。女将もその中に混じって話をしていたからひと安心。

 年々、参加する人の数は減っているらしく、今年は10人ほどの参加でした。以前は、2日間に分けて実施していたのですが、一日で終わるように、あまり声かけもしていない様子。皆さん後期高齢者の年齢になったらしく、亭主と女将が一番若いくらいなのでした。今までは10kgを作る人が多かったのに、今日は我が家を含めて3組だけなのです。女将が豆を茹でている間に、分けてもらった麹をほぐしておくのは亭主の仕事。外は寒いのに朝の陽射しは暖かい。

 前日の夕刻に豆を水に浸けてくれるのは代表の方と有志なのだそうですが、来年からは自分の豆は自分で洗って水に浸けるということになった。皆さん年齢が高くなっているので、自分で出来ることはするということらしい。10kgの大豆は圧力鍋で5回に分けて茹でていきます。水をできるだけ少なくして、15分ほど茹でたら15分冷やして圧の下がるのを待つ。この繰り返しで、その間に次の大豆を茹でて、挽いた豆を外の冷気で冷やしておくのです。

 5kgだけ作る人は早く終わったけれど、10kgを作る我が家は一番最後に終わる形になった。挽いた豆は盥に入れて麹と混ぜながら丁寧に潰していくのです。床に盥を置いて身体の重みで潰す女性もいたけれど、亭主は肋骨が痛いので立った姿勢で蕎麦打ちの体勢で、挽いた豆と麹を混ぜて潰していく。これが一番大変な作業なのでしょう。10kgをまとめて潰すのは大変だから、大きなボールと半分に分けて、女将と二人で潰すのでした。最後に玉にして焼酎で内部を拭いたプラスティックの容器に詰めてやっと完成です。それでも2時には終わったから、早めに家に帰れました。


2月10日 月曜日 普段、医者に行かないから捜すのが大変で…

 今朝はとても寒い朝なのでした。蕎麦屋に行ってコーヒーを飲みたかったけれど、朝のうちに暖かい部屋の中で出来ることを考えたら、戸棚の中の旅行雑誌や案内所を紐で縛っておくのが好いと思えた。もう使ってから何十年も経つ「地球の歩き方」や旅行雑誌はここにまとめて置いてあったのです。大好きなグループのCDも沢山あったけれど、これは取っておくことにしました。引き出しの中には、子ども達の中学・高校時代の通知表まで入っていたのです。

 9時を過ぎたら、脳神経科などはないようなので、取りあえず痔病を見てもらおうと、近隣の内科に電話をしてみたけれど、こちらも専門ではないと違う医院を教えてもらった。ところが電話をして見ると、治療は出来ないからと、肛門科のある医者を紹介してくれたのです。なんと、そこが家からは一番近い医者だったので、早速ネットで予約が出来た。半身が麻痺したのと同じ日にちで下血したので、ついでに相談してみようと考えたのです。

 スマホを持たないお袋様の老人友だち情報では、何時間も待たなければ診てもらえないという話でしたが、ネット予約なら何番目かすぐ分かるので、その時間に間に合うように行けば好いのです。やっと一段落して、蕎麦屋に出掛けて返しを作ってくる。店の中も寒いので手が悴んで、醤油の瓶の蓋がなかなか開かなくて困った。女将は寒いからと、近くの薬局まで買い物に出掛けていた。昼は冷たい蕎麦よりもと、鴨南蛮蕎麦を作って食べるのでした。

 午後は暖房を入れてもあまりにも寒いので、陽の当たる書斎で横になっていたけれど、なかなか眠くはならなかった。仕方がないからまた寒い蕎麦屋に出掛けて、出汁取りの準備をして金柑の甘露煮を作るのでした。本日、二杯目の珈琲を入れて、明日の朝、飲む分のコーヒーの粉を家に持ち帰る。じっと座ったままでテレビを観ていると、暖房を入れた家の中なのに手が冷たくなってくるのです。夜はおでんにしてもらって身体を暖めるのでした。


2月11日 火曜日 昼から冷たい風がビュービューと吹いて…

 連日、朝は-5℃だと女将が言う。道理で今朝も富士山が綺麗に見えた。今朝も朝のひと眠りをせずに、蕎麦屋に出掛けようと玄関を出れば、庭の金柑が青空に映えている。女将が何回か採って甘露煮を作っているのですが、枝の上の方は手が届かないらしく、そろそろ亭主の出番なのです。大きな実のなるこの金柑の樹を、蕎麦屋に移植したいと女将は言うけれど、業者は根が付くのが50%の確率だと言ったそうな。少し小さく切り詰めておこうか。

 蕎麦屋には植木鉢に植えた金柑の苗木があるのだけれど、水を遣ろうと如雨露を持てば、中の水が凍っているではありませんか。よほど寒い朝だったのです。お袋様に電話をして、買い出しの迎えに行く。今日は農産物直売所で3000円も野菜を買った。隣町のスーパーでは家の買い物を含めて1万5000円も使ったから、仕入れと言っても、赤字が増えるだけのような気がするのです。寒さでお客の減った先月は3万円ほどの赤字だった。今年は夏場で店を畳むのに。

 買い物から帰ってお袋様を家まで送ったら、店に戻って野菜類を冷蔵庫に収納する。白菜はすぐに塩漬けにして漬け物器で押し漬けにしておきます。新鮮だから今日の夕方にはもう水が上がってくるはず。家に帰って昼の準備を始める亭主。鍋に湯を沸かしてスパゲッティを茹でる。同じ鍋の中で、先日美味しいと感じたミートソースを温めて、最後に買って帰ったトンカツを載せる。スープは女将が担当したから、野菜がどっさりと入っていた。

 今朝はゆっくりと眠ったから、昼寝もせずに蕎麦屋に出掛けて、午後の仕込みに取りかかるのでした。まずはキノコ汁を作って、午後のコーヒーを飲みながら、白菜の水の上がり具合を見れば、そろそろ昆布を入れても好い頃合い。外は風が強くなってきた。霜の降りるくらいの寒い時期の白菜は、漬け物にすると甘くて美味しいのです。お客に出しても誰も残さずに小鉢を食べてくれるのは、やはり元の野菜が新鮮だからです。昆布の旨味も加わって美味しい。

 それから冷蔵庫の白餡の残り具合を見れば、あと一回分ぐらいしかなかったので、氷砂糖を水から沸かして溶かしながら、冷凍の餡を入れて沸騰するまで待ったら、今度は最小の弱火で水分を飛ばしていく。1時間ほど煮詰めたけれど、固まりそうにないので、そのまま蓋を半分占めて明日の朝まで乾燥させる。もう一度煮詰めればちょうど好い塩梅になるだろう。明るいうちに家に戻って、女将が夕飯の支度をする台所を覗けば、今夜はちゃんこ鍋なのでした。

2月12日 水曜日 今日は慌ただしい午後でしたが無事に通院…

 今朝は5時起き、明日からの生活パターンに戻って、コーヒーを入れて飲んだら、6時前には蕎麦屋に出掛けました。漬けておいた白菜のお新香の水を捨てて、唐辛子を刻んで入れる。一口だけ食べてみれば、昆布の甘さがちょうど好い味。午後には小鉢に盛り付けられると喜んだ亭主なのでした。ほうじ茶を沸かしながら、昨日の白餡作りの続きで鍋を弱火の火にかけている間に、空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めていきます。鍋に残った蕎麦汁は容器に入れておく。

 家に帰れば朝食の用意が出来て、今朝は茄子とピーマンの新焼と鯖の塩焼きがおかず。昨日買って帰った高価な苺がデザートに出ていたけれど、昨今は蜜柑一つでも100円近くするから怖いのです。美味しく頂いて居間でお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りするのでした。ところが今朝はどうしたわけか2時間以上も眠ってしまい、目覚めたらもう11時前なのでした。女将が起こしに来たらしいが、暖房を入れて眠ったら熟睡していたのだと言う。

 昼は納豆とおでんの残りで簡単に済ませ、女将がスポーツクラブに出掛けて行った後に、亭主も蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをするのでした。3時からはやっと見つけた医者に出掛けるので、午後の仕込みは忙しなくなった。ネットで予約した順番が29番だったけれど、朝から通しての番号なのかが不明なので、とにかく3時前には医者に出掛けてみようと、仕込みのスピードを上げるのでした。天麩羅の具材を切り分け、小鉢を盛り付け、蓮根を酢水で茹でる。

 開院15分前には玄関が開いたので、中に入って受付をする。29番は午前中からの通し番号だったらしく、9番目に名前を呼ばれて、診察室に入るのでした。若い先生だから手際が良く、肋骨を打った左胸を庇いながら、診療台に乗ったらすぐに検査は終わった。胸を庇う理由を聞かれたから、転んだのだと言えば「レントゲンを撮っておきましょう」と言われてレントゲン室へ。若い女性のスタッフが沢山いるので、早口で聞き取れないけれど、実に手際が良い。
 他の患者を診る間に、隣の部屋で患部の写真とレントゲン写真を見ながら、「肋骨は折れていますよ」と言われた。問診票に同じ日に左半身が麻痺したと書いておいたから、隣町の大きな病院に検査の予約をしてくれて、紹介状まで書いてくれた。ここまでものの30分ほどで終わったから、実に小気味が好いのでした。会計までの時間と近くの薬局での待ち時間を入れて1時間ほど。来週初めには、一番心配な脳の検査をしてもらえることになりました。

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2025年2月初め



2月1日 土曜日 蕎麦屋は珍しく混んで10人越え…

 昨日綺麗に洗って磨いた伸し棒で、今朝は蕎麦を打ちました。両手に引っかかるものがないので、するすると生地を伸ばせるから気持ちが好い。この感触をしばらく忘れていたのです。「初心忘るべからず」なのですね。明るくなった外に出てみれば、ちょうど朝日が昇る時間で、いつもと違った東の空なのです。今日は蕎麦粉が足りないから、500gだけ打っておこうと蕎麦屋に行ったのですが、ついいつもの癖で750gを計量してしまったから大変でした。

 間違いは強力粉30gのところを50g、小麦粉70gのところを100gとしたところから始まるのです。150gならもう蕎麦粉は600gで打つしかないから、焦ったのです。実は、蕎麦粉が足りなくて、明日の午前中に到着するように、蕎麦農家に発注をかけていたのですが、蕎麦粉の袋の中には、300gほどしか粉が残っていないのです。昨日の残りと合わせて14食の蕎麦を生舟に並べて、まさかこれが全部なくなるとは思っていなかったのですが、今日はとても混んだのです。

 家に帰って朝食を食べて、歩いて蕎麦屋まで行けば、朝は足の具合が調子好い。庭の水仙が朝日を浴びてとても愛らしい。塀の縁にはそこいら中に、この水仙が花を咲かせ始めているのでした。きっと女将が球根をあちこちに植えたに違いないのです。風がないので陽射しが暖かく感じる。蕎麦屋の前まで歩いて行けば、サツマイモ農園の若旦那が、ビニールハウスの中から出て来て挨拶をしてくれる。「サツマイモいかがですか?」「今、家内が来て伺いますよ」

 今日は11時にまずは最初のお客が来たので、「11時半からなのですよ」と仕込みの手を休めて帰ってもらう。次に11時15分に今度は違うお客がいらっしたので、玄関を開けて「女将が来たらお茶を出しますから」と中で待ってもらう。野菜サラダを盛り付けて、金柑大福を包んでいたのです。12時過ぎまでに7人が入って、店はかなりの混みようなのです。暖かい陽射しの時にはお客が入ると最近は分かってきた。天せいろが次々と出て、蓮根がなくなった。

 亭主のブログを見て来てくれるリピーターさんもいれば、「向かいの農園でサツマイモを買って、車を停めておいても好いかと聞いて来た」とおっしゃるご夫婦もいらっした。1時を過ぎてもまだお客は続いて、リピーターのご夫婦がやはり天せいろを頼まれた。蓮根の代わりに、値段は高いけれど、赤いかを揚げてお出しするしかなかった。大盛りも出たから、生舟の中の蕎麦はほとんどなくなっていたけれど、最後のお客でもう完全に蕎麦は終わったのです。


2月2日 日曜日 冷たい雨の降る中を昨日に続いてお客が…

 深夜から降り続いた雨は、夜明け前にもまだ降っていたのです。今朝もアラームの鳴る前に目覚めて、コーヒーを飲んで5時半には蕎麦屋に出掛けるのでした。今朝の問題は蕎麦粉があまり残っていなかったから、今日一日分ぐらいの蕎麦が打てるかどうか。頼んでおいた蕎麦粉は午前中に届くのだけれど、遅いときもあるので当てには出来なかったのです。なんとか7人分の蕎麦を用意できたけれど、雨は昼過ぎまで続くと言うから足りるだろうと思うのでした。

 家に戻って朝食を食べたら、書斎に入って少しだけ横になる。左側の肋骨辺りが痛くて左向きでは眠れないから、右向きになって眠るのです。小一時間ウトウトして、起き上がるのにも痛みを伴うのでひと苦労。当分この痛みと仲良くしなければ、楽しく暮らせないのです。冷たい雨は予報通り昼過ぎまで降りそうだったので、今日は車で出勤するのでした。看板と幟を出したら、チェーンポールを降ろすのでしたが、これも身体を曲げると胸に激痛が走るのです。

 厨房に入ってまずは昨日なくなった蕎麦豆腐を仕込んで、最後のお新香を漬け物器から出して盛り付ける。大根と生姜を擦って薬味の小葱を刻んだら、いよいよ野菜サラダの具材を用意するのです。今年のキャベツは小さいから、4日間の営業でちょうどなくなるので使い勝手が好い。パプリカも4日でちょうどなくなるのです。少しずつ仕入れも少なくなっているはずだけれど、安くなったとは言え野菜がまだ高いから、仕入れの値段はあまり変わらない。

 暖簾を出して女将と二人でお客を待つけれど、この冷たい雨の中を来るはずもないだろうと言うのが正直なところ。外の温度は6℃体感では2℃になるのだそうな。1時間ほど待ったところで、老夫婦が車でいらっして、せいろ蕎麦の大盛りと天せいろに蕎麦豆腐を二つ頼まれた。宅配を終えた若者がカウンターに座って、鴨南蛮蕎麦に蕎麦豆腐。リピーターのサッカーのコーチらしき若い男性二人がテーブルに座って、ヘルシーランチセットと天麩羅蕎麦…。

 雨の日だというのに随分とお客が続いた。蕎麦の残りが一つになったので、亭主はかき揚げを揚げて、賄い蕎麦の準備をするのでした。蕎麦を茹でているときに、玄関の扉が開いて女将の友だちがご来店。看板に「お蕎麦売り切れ」と出してあったので「サラダとデザートだけでも頼めるかしら」と言うので、いつも頼んでいるせいろ蕎麦もお出しした。亭主はうどんを茹でてぶっかけうどんを奥の座敷で食べるのでした。サラダも大福も蕎麦豆腐も完売なのです。


2月3日 月曜日 立春とは行っても寒さの始まりらしい…

 夕べはいろいろ考え事をしていたから床に就くのが遅くなって、なかなか寝付かれなかったのです。しばらく床の中で横になっていたけれど、眠れないと諦めて起き出して居間の部屋に行き、台所で湯麺を茹でて食べる。夕食が串焼き二本と野菜だけだったから、腹もけっこう空いていたのです。悪い習慣だとは思ったけれど、腹が一杯になって身体が温まれば、自然と眠気は襲ってくるものなのです。5時間睡眠だったけれど7時前には目が覚めた。

 今日は午後から現在の家の査定に業者が人を連れてやって来る。先日、「権利書がありませんね」と言われて、もう一度しまってある書類を見直したら「登記済書」がちゃんとあるではないですか。念のためにネットで複数のサイトで調べたら、権利書とは登記済書の事だと確認が取れた。赤い印で「権利書」と押してあるものもあるらしいから、担当者はそれを捜していたのでしょう。40年以上も前のものだから、今とはだいぶ様式が違うのかも知れない。

 午後の約束の時間に係員が4人でやって来たけれど、家の中には上がらずに外からいろいろと調べていたようです。折角、掃除をした居間の部屋も使わず終いで、2時間ほどで帰って行った。やっと店に行って午後の仕込みが出来る。午前中は昨日使ってカウンターで乾かしておいた盆や皿を片付け、洗濯物を干して、明日のゴミ出しに間に合うように、厨房のゴミ袋を外の大きな袋に移す。朝のうちに干し椎茸と昆布を浸けておいたから、出汁を取っておく。

 5時前にゴミの回収業者の代金をコンビニで支払い、明日の仕入れの費用をATMで降ろしてくる。家に着く頃にはちょうど夕陽が沈む時間で、西の空が真っ赤に染まっていたから、急いで二階に上がって窓から写真を撮るのでした。沈み行く夕陽の右側には富士山がシルエットで薄く見えるではありませんか。食堂にはもう夕食の用意が出来ていた。今夜は寒くなるからとちゃんこ鍋なのでした。うどんと餅が入っていて、二人分には少し多いと感じる亭主。


2月4日 火曜日 立春が過ぎてから寒気が南下してきた…

 今朝も5時前に目覚め、アラームのスイッチを消して台所でコーヒーを沸かすのでした。朝はあまりする事がなかったけれど、6時前には蕎麦屋に出掛けて、蕎麦汁を空の徳利に補充しておく。今日は風が冷たく、向かいの畑は真っ白な霜に覆われていました。家に帰って朝食を終えたら、居間でゆっくりしてから書斎に入ってひと眠りしたのですが、これが失敗で目覚めたのがもう9時過ぎなのでした。慌ててお袋様に電話をして30分遅らせて迎えに行った。

 空は青く晴れて陽射しもあったけれど、風が冷たいのでした。女将に米を買ってくるように頼まれていたけれど、先週まではあんなに沢山並んでいた米の袋が、今日は一つもなかったのです。近所の農家で出す米は玄米5kgで1600円、頼めば精米してくれて目方は減るけれど、かなり安いのです。それを知ってか最近では随分とお客が来ているらしい。今日は生椎茸もなく、小さめの白菜とトマトなどをもらって、隣町のスーパーに出掛けるのでした。

 取れたての白菜は店に帰ってすぐに漬け物器に漬ければ、午後にはもう水が上がってくるのです。スーパーにもあまり米の種類がなくなっていて、仕方がないので魚沼産のコシヒカリを買って帰ったけれど、四千円を優に超えていた。果物の値段が馬鹿高く、あれこれみつくろって買ったら三千円を越えたのです。家に帰って昼はレトルトのカレーに買って帰ったトンカツを載せて、カツカレーにして美味しく食べたのです。午後はさすがに昼寝をしなかった。

 女将のスポーツクラブの予約を終えたら、映画を最後まで観てから蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みに入る。まずは蓮根の皮を剥いて酢水で茹で、南瓜を家でチーンできるように切り分けて、水の上がってきた白菜をひっくり返して昆布を間に入れていくのです。新鮮な野菜は本当に水の上がりが早い。切り干し大根の煮物も作ってしまおうかと思ったけれど、明日の仕事がなくなってしまうから、家に帰って女将が夕飯の支度をするのを待つのでした。



2月5日 水曜日 今日は肋骨がなぜか痛むのでした…


 今朝はとても寒かったけれど、連なる甍の向こうに、富士山がくっきりと見えたので気持ち好かったのです。7時間睡眠を取り戻したから、朝食を終えたらひと休みして、ひと眠りをせずにそのまま蕎麦屋に出掛けていきました。風はとても冷たくて、やはり寒気がやって来ていると感じられるのでした。店に着いたら、早速、大鍋に湯を入れて火にかけ、エアコンを点けるのです。昨日のブログを読み返して一服したら、キノコ汁を作り始めるのでした。

 漬け物器に入ったお新香の水がすっかり上がっていたから、唐辛子を入れて今しばらく漬けておく。次にフライパンを取り出して、切り干し大根を水で戻し、冷凍の干し椎茸をお湯で解凍する。後で気が付いたのですが、この時に油揚げを切らなくてはいけなかったのに、すっかり忘れてしまった。二番出汁に出汁醤油を加えて煮詰めた後で気が付いたけれど、もう後の祭り。午前中の仕込みを終えて11時前には家に帰ったけれど、女将は出掛けていていなかった。

 居間の部屋に入れば、「ショッピングモールの電気屋に行ってきます。昼は野菜炒めとご飯で好いです」と書き置きがしてあった。昨日、スマホの画面が消えてしまうと言っていたから、有料の相談コーナーで見てもらってこいと言ったのは自分だから、心配でネットで調べてやったのです。そしたらまず最初に再起動してみろという案内が出ていたから、買った店に行けと言われて、帰って来た女将のスマホを再起動すれば、なんとあっという間に直ったのです。

 たまに「再起動して下さい」という表示が出るのを放っておいたから、こんなことになったらしい。昼は、パスタを茹でて同じ残った材料で、亭主がミートソースのタレで特製のナポリタンを作る。野菜炒めとご飯よりも好かったと見えて女将も喜んで食べていた。女将がスポーツクラブに出掛けた後は、亭主はテレビで映画を観るのでした。今日は寒さのせいか左の肋骨の辺りが痛いのです。安静にしているのが好いので、女将の帰るまで昼寝もしなかった。

 女将が帰ってしばらくしたら、亭主は午後の仕込みに蕎麦屋に出掛けるのです。お新香と切り干し大根を小鉢に盛り付け、天麩羅の具材を切り分けて容器に入れておく。時間があったから、薬味の小葱を刻んで、掻き揚げ用の三ツ葉も切り分けて容器に入れるのでした。5時前には家に帰って居間の椅子に座る。今日は防犯パトロールのある日だけれど、まだ肋骨の痛みが取れないからお休みにするのでした。よほど強く打ったようで夜は湿布薬を張っておく。