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2024年9月末



9月27日 金曜日 朝から雨の一日でした…

 今朝も目覚ましのアラームで5時には目が覚めたけれど、またウトウトとして、結局、家を出たのは6時過ぎなのでした。蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦粉を捏ねれば、室温26℃、湿度70%だったけれど、いつもと同じ39%の加水率だったけれど、どうも少し硬い気がする。生地がなめらかになるまでにかなり時間がかかった。まあ、時間をかければなめらかになると分かっているので、柔らかすぎるよりも好いと言うことなのでしょう。雨の朝なのです。

 家に戻れば、今朝は亭主の好物の銀ダラの煮付け。煮物の得意な女将のヒット食材なのでした。筑前煮も豆腐と三ツ葉の味噌汁も、美味しく頂くのです。食べ終われば、居間でお茶をもらってひと休み。いつもと違って書斎に入ってひと眠りをせずに、髭を剃るのでした。毎日剃るほど髭は濃くないのですが、昨日は女将もいて厨房に入ったままだからとサボってしまった。今日は亭主一人の営業なのでそうもいかないのでした。雨の中を車で蕎麦屋に行く。

 雨に濡れながら幟を出してチェーンポールを降ろし、厨房に戻って大釜に水を汲み、蕎麦を洗う大きなボールにも水を入れる。その間にほうじ茶を沸かして陶器のグラスに入れ、蕎麦茶や器を温める爲のポットを並べておきます。エアコンを入れなくても涼しい朝なのでしたが、昨日よりは少し暖かい。蕎麦粉の発注の電話を入れたら、ついでに10月のクラス会の締め切りが間近だったので、幹事に連絡を取って参加の旨を伝えておくのです。

 外の雨は一向に弱まる気配もなく、10時前には大根をおろして、これでは到底お客も来ないだろうと思いながら、野菜サラダの具材を刻み始める。ブロッコリーとアスパラを2分半塩水で茹でたら笊に取り、レタスを洗って、キャベツの葉を刻む。研いだ包丁の刃で細いキャベツが切れるから気持ちが好い。アーリーレッドをスライスして、赤と黄色のパプリカを切ったところで、人参のジュリエンヌを刻む前にひと休みするのがいつもの癖。集中しないとね。

 強くなった雨の中を、来るはずのないお客がいらっして、天せいろの大盛りと普通盛りのご注文なので、嬉しくも有り難い気持ちなのでした。同じ会社の上司と部下なのか、ゆっくりと食事をなさって「今日はおごって上げるよ」と男性の上司が金を払うのでした。1時を過ぎても雨は収まりそうもない。スポーツクラブに出掛けた女将は濡れただろうなと思いながら、賄い蕎麦を食べて片付けを始める。9月も末でみずき通りのハナミズキの葉が紅葉していた。



9月28日 土曜日 雨の予報が外れて曇り空が広がれば…

 今朝は目覚まし時計のアラームをセットしなくても5時には目が覚めました。習慣が付くと自然と決まった時刻に起きられるのは、歳を取った証拠かも知れない。身体が覚えているのか、昨日も11時過ぎまで起きていたのですが、頑張って床の上に座る。居間の部屋に行って、蕎麦屋に出掛ける準備をするのでした。蕎麦屋に着いたら、まずは冷たいほうじ茶を飲んで目を覚まし、蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つ。加水率はいつもと同じく39%なのでした。

 7時前に家に戻って朝食を済ませ、やはり寝不足の分を取り戻すかのように、書斎に入ってひと眠りするのでした。着替えと洗面を済ませたら、雨は降っていなかったので、土曜日だし車では出掛けられない。みずき通りを渡れば、ハナミズキが何時の間にか紅葉しているではありませんか。バス通りを歩けば、珍しい事に土曜日の朝なのに、向かいのサツマイモ農園の朝市が開かれていなかった。はやばやと来ていたお客も諦めて帰って行くではありませんか。

 その小母さんが、一番最初のお客でやって来たから話が弾む。女将が「昨日の雨の予報で今日は中止と決めたのではないかしら」と言えば、亭主は「今日はお休みと張り紙ぐらいした方が好い」と付け加える。次々とお客が来たので、話の途中で忙しくなってきた。雨が降らなかったお蔭で、蕎麦屋のお客は増えたようなのです。1時過ぎまでお客が入って、生舟の蕎麦も半分以上がなくなったのです。小鉢もなくなったから、夜はお新香を漬けに来なければ…。

 返しがなくなって、膝下の戸棚を見れば味醂がない。キノコ汁の材料もなくなったので仕入れに行かなくてはならない。今日は防犯パトロールがある日だったのに、またしても参加出来ないのが悔やまれる。今月は休んだ日の方が多いのです。家に帰ってひと眠りしたら、隣町のスーパーに買い出しに出掛け、ついでに美容院に出掛けた女将が夕食の用意をするのは大変だろうと、トンカツを買って帰る。店で残った野菜サラダと合わせて夕飯のおかずにする。

 早めに夕食を食べ終えて、今日は三度も蕎麦屋に出掛ける亭主。カウンターの上に干してあった盆や蕎麦皿、丼などを片付け、忘れないうちにとお新香を糠床に漬けるのでした。昼寝をしたのに、一日の蓄積した疲れが出て来たからか、動作が緩慢になって休み休みの仕事になる。返しを作るにも味醂とワインビネガーを鍋で沸かす前に醤油を入れてしまうし、最初に溶かさなくてはならない氷砂糖も、最後になってしまうのでした。今日は早く寝ることにしよう。


9月29日 日曜日 最近になく混んだ日曜日で…

 今朝も5時には目が覚めて、蕎麦屋に出掛けようと思ったのですが、週末の疲れが出て来たのか、なかなか起き上がれない。眠い目を擦りながら、やっと6時前に蕎麦屋に着いて、コーヒーを沸かして、冷蔵庫の中から糠床を取りだし、お新香を切り分けるのです。大根のなた漬けもあったから、お新香は10鉢もあれば足りるだろうと思っていたら、今日はお客が多くて足りなくなったのです。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。13食の蕎麦を用意。

 打ち粉が足りなくなりそうで心配でしたが、何とか足らせて蕎麦を打つのでした。加水率はいつもと同じく39%で、生地はちょうど好い硬さで仕上がるのでした。腱鞘炎の左手首が痛いのが気になったけれども、そんなことは言っていられない。なかなか治らないのは、毎日の蕎麦打ちで動かしているからなのでしょうか。他に不自由なことはないから、そのままにしているけれど、自然に治癒するまでにはかなり時間がかかりそうなのでした。

 7時過ぎに蕎麦を打ち終えて、家に戻ればちょうど朝食が出来上がったところで、食堂に入ってご飯を食べる。居間の椅子に座って食後のお茶をもらったら、いつもの習慣で書斎に入って横になる。今日は蕎麦粉や醤油が届く日だから、早めに家を出ないと行けないと思いながら眠ったら、8時半前には目が覚めて無事に蕎麦屋に着いたのです。早く着いても今朝はあまりすることがなく、珍しく新聞の一面の記事を読んだ。目が悪いから文字を読むのが疲れる。

 今日は開店の前からお客が来たので、暖簾を出して中に入ってもらう。早くお客を迎えた分、蕎麦が早くなくなって早く終わったのです。日曜日とは言え、給料日の後だからかいつになく混んで、しかも皆さん天麩羅ばかり頼むから、天麩羅の具材が直ぐになくなったのです。暖かい天麩羅蕎麦やぶっかけが幾つも出て、汁も作り足さなければならなかった。天せいろよりもぶっかけ蕎麦が多かったのは、ご時世を反映して、値段が安いからなのでしょうか。

 蕎麦がすべてなくなって、早めに店を閉めた分、沢山あった洗い物もお椀を洗う物が多かったので、2時半には女将と蕎麦屋を出られたのです。蕎麦汁もお新香も天麩羅の具材も、すべてなくなったので、夜の仕込みが大変だとは思いながら、家に帰るのでした。女将に話せば、昔は夜の10時頃まで仕込みをしていたと言う。簡単な夕食を食べてひと休みしたら、また蕎麦屋に出掛けて夜の仕込みなのでした。明日は定休日前だけれど用意だけはしておかなければ。



9月30日 月曜日 早いもので今日で9月も終わり…

 涼しい朝でした。4時半に目が覚めて5時半には家を出て蕎麦屋向かう。混んだ昨日の盆や蕎麦皿を後片づけしたら、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。室温は23℃、湿度は73%だったから、いつもと同じく39%の加水で蕎麦粉を捏ね始めたのです。ところが、どういうわけか今日は生地がなかなか柔らかくならない。時間をかけて何度も捏ねて、やっとなめらかな生地になるのでした。生地が硬いと伸すのにも労力を使うから大変なのです。

 家に帰って朝食には涼しいからか、蒸し野菜が土鍋で出て来た。女将が「今日は長袖が好いわよ」と言うものだから、洋服ダンスから薄手の長袖を取り出して蕎麦屋に向かう。玄関を出たら雨が降っていたので、月曜日だしお客も少ないだろうからと車で蕎麦屋に出掛けるのでした。厨房に入って大根や生姜をおろし、野菜サラダの具材を刻んで、今日も三皿の野菜サラダを盛り付ける。夕べ準備できなかった天麩羅の具材も切り分け、10時半には仕込みが終わる。

 今日は涼しいからと、二番出汁に返しを加えて、温かい汁を作って沸騰する前に火を消す。天麩羅鍋に新しい油を入れて温める。昨日は天麩羅ばかり出たので、油がほとんど残らなかったのです。大釜の湯が沸いてポットに湯を入れたら、また水を足して湧かしておく。調理台に天麩羅の具材を並べたら開店の準備が終わるのです。雨は上がった曇り空も、時折、陽射しが出るほどの回復でした。外の気温は23℃。動いたら暑くなる湿気なので、エアコンを入れる。

 こんなに涼しいからお客は来ないかと思ったけれど、昼過ぎに常連のご夫婦がいらっして、天せいろとヘルシーランチセットを頼まれる。今日はそれが最後のお客なのでした。準備は万全でもお客が来るか来ないかが分からないのが辛いところなのです。ラストオーダーの時間になったら、暖簾と看板と幟をしまってチェーンポールを上げる。賄い蕎麦を食べて家に帰るのでした。郵便局に蕎麦粉の代金を払いに出れば、家の前の坂道を登ってくる女将に出会う。

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2024年9月下旬



9月20日 金曜日 最近になく暑い一日で…

 蕎麦屋に着いてすぐにIHで湯を沸かし、コーヒーとほうじ茶を入れるのです。今日は朝が起きられなかったから、8時半に家を出て看板や幟を出してから蕎麦を打つのでした。8時から9時の間の時間は、陽が出て急に気温が上がる時間帯で、蕎麦打ち室も30℃を越えているのです。9月も下旬だというのに、暑さはぶり返してきた気配で、毎年そうだったのかしらと去年のカレンダーに記録した気温を見れば、昼で24℃と書いてあるから、今年はやはり暑い。

 今朝は幅75cm、奥行き90cmに伸し広げた蕎麦の生地を、四つに折って、打ち粉を上半分に振って下から上に八つに折り畳む。加水率39%で捏ねた生地は、綺麗に伸せたから、蕎麦切りも綺麗に仕上がるのでした。8人分の蕎麦を切ったら、昨日の残りの蕎麦と合わせて13人分の蕎麦を用意しておきました。そんなに出るはずもないから、今日の残りを明日も使えば、明日の朝はまた1回の蕎麦打ちで済む計算なのです。時計は9時を回っていました。

 厨房に入って大根をおろしたら、野菜サラダの具材を刻んで、いつものように三皿盛り付けておきます。包丁を研いだばかりのせいか、最近はこの作業がかなり短い時間で出来るようになって、10時前には次の仕事に取りかかれるのです。天麩羅油を鍋に入れて、天つゆの入った鍋を冷蔵庫から取り出し、コンロに乗せる。大釜に火を入れて、四つのポットを並べておきます。今日は女将の来ない日だから、店の掃除も亭主がしなくてはならない。

 やっと開店の準備が整ったのは、11時過ぎ。エアコンを最強にしても店の室温は28℃だから、いつもよりは暑い日なのでした。外はもう30℃以上あるのです。湿度が高いから、尚更、暑く感じる。暖簾を出して12時を回ったころに、最初のお客が車でご来店なのでした。若い青年がカウンターに座ってぶっかけ蕎麦をご注文。「普通盛りで好いですか」と尋ねれば「大盛りは幾らするんですか」と言うから「200円増です」と応える亭主。結局、普通盛りになる。

 若いからそれだけでは腹が減るだろうと、作ったばかりの野菜サラダをサービスで出してやる。暑すぎて今日はお客が来そうになかったからです。結局、閉店間際に若いご夫婦が来店するまで、他にお客は来なかったのです。ぶっかけ蕎麦の大盛りととろろ蕎麦のご注文で、作ってお出しすればもう2時なのでした。去年のカレンダーを見ると、24℃で8人と記録されていた。今日は昼で34℃もあるから、やはり暑さのせいでお客は少なかったのでしょう。


9月21日 土曜日 賑やかな向かいの朝市に元気付けられて…

 朝の風は涼しかったのです。もう少しと思って、秋らしい日が来るのを待ち続ける毎日ですが、昼は蒸し暑い日が続いています。午前5時半の蕎麦屋も、昨日の熱気が室内に籠もっているから、朝から30℃もあるのでした。エアコンを入れて蕎麦打ち室に入ったら、31℃もあるので、先に厨房でカウンターに干した昨日の洗い物を片付ける。少し冷えてきたところで、蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打ち始めるのでした。加水率39%でちょうど好い硬さの生地。

 綺麗に伸して畳んだら包丁切りです。今日も上手く打てたので亭主は気分が良い。家に帰って朝食を食べたら、今朝は書斎に入って30分だけ眠ったのです。洗面と着替えを済ませて、8時半には家を出る。土曜日は蕎麦屋の向かいに朝市が出るので、元気に歩いていくのでした。早朝の涼しさはもう消えて、蒸した風が身体を吹き抜けていく。今日は一日、風の強い日なのでした。幟を出して厨房に入れば、後から来た女将が八百屋の車で梨を買っていた。

 時間が早かったから、蓮根の皮を剥いて酢水で茹で、大きな鍋に湯を沸かして小松菜を茹でておく。少し涼しくなったら鴨南蛮が出るだろうと、小松菜を冷凍しておくのです。梨とサツマイモを買ってお袋様の家まで届けに行った女将が、インターホーンを鳴らしても玄関を叩いても返事がなかったと、血相を変えて帰って来たから亭主が電話を掛ければ、風呂の掃除をしていたとお袋様の声。携帯をいつも不携帯の女将の失敗なのでした。

 野菜サラダを盛り付けて開店の準備が整えば、早お昼から女将も戻って、いよいよ暖簾を出すのです。向かいの朝市は、今日はだいぶ人が出ているようだから、蕎麦屋にも客が来るかと思ったけれども、昼を過ぎてもなかなかお客が来ない。やっといらした歩きの男性は、一人なのにテーブル席に座って天せいろを頼まれる。と、また一人歩いていらっしたお客の顔を見れば、先日車で来たばかりの常連さんでした。「酒が飲めないと楽しみがないから」と言う。

 ビールを頼まれて、ハラミの串焼きやら稚鮎と赤いかの天麩羅をご注文で、酒は焼酎の蕎麦湯割りを追加で頼まれた。他に客がいなかったから、いろいろ話をして、最後にキノコつけ蕎麦を注文したのですが、閉店間際だというのにその前にご夫婦のお客が入った。車が止まっているからか、その後もお客がいらっして、今日は閉店間際にまとめてご来店なのでした。洗い物も出来ずに、女将と二人で3時までかかって片付けをする。こんな日もあるのだと実感…。


9月22日 日曜日 暑さ寒さも彼岸まで?蒸し蒸しの一日…

 天気予報よりも早く雨が降りだして、6時前に家を出るときにはもうかなり降っていました。蕎麦屋の厨房に入って冷蔵庫から糠床を取り出し、10鉢の小鉢を用意してキュウリとナスを切り分ける。冷蔵庫には大根のなた漬けもあるから、これで今日と明日の小鉢は足りるだろうと思うのでした。今日はやけに涼しくて、エアコンを入れなくても作業が出来る。暑さ寒さも彼岸までとは好く言ったものです。ただこれは朝だけのことなのでした。

 蕎麦打ち室も27℃といつになく涼しい。今朝も39%の加水で500gの蕎麦粉を捏ね始めるのでした。生舟には昨日の蕎麦がだいぶ残っていたのです。伸して畳んで包丁切りをすれば、今日も綺麗な蕎麦が出来上がりました。7時を過ぎて家に戻るともう朝食の支度は終わっていて、女将が亭主のご飯を盛り付けてくれる。味噌汁と縞ホッケを焼いたのとサツマイモの煮物。これにらっきょうと梅干しがあったから、亭主にはちょうど好い量なのでした。

 今日は昼過ぎまで雨の予報で、店を終えてから明日の墓参りの花を買いに出掛けなければならなかったから、休日だけれど車で蕎麦屋に出掛ける。雨が降ればお客は来ないから、駐車場も2台停められれば十分だと思ったのです。ところが、天気は分からないものでそれから昼過ぎまで雨は降らなかった。日曜日だからお客はどんどん来るのでした。天せいろはもちろんのこと、値段の高い鴨せいろやヘルシーランチセットも随分出たから、今日の売り上げは良好。

 閉店の時刻まで、盆や皿を洗う暇がないほど途切れなくお客が来てくれたので、今日は退屈しなかったのです。ご新規のお客様に混じって、常連のお客がいらっしてカレーうどんや純米吟醸の酒を頼まれる。ご家族連れは皆さんゆっくり昼を食べて行かれたのです。2時半過ぎに女将と蕎麦屋を出て、車で隣町のスーパーに出掛けるのでした。予想通り、墓参の花も二回目の入荷があったと見えて、今日は沢山の花から選べたらしい。お袋様にも電話をしておく。



9月23日 月曜日 昨日と同じだけのお客が来てくれて…

 予報と違って雨の降っていた今朝は、6時前に蕎麦屋に出掛け、8人分の蕎麦を打ちました。昨日の残りの蕎麦かあったから、合計12食分の用意です。蕎麦打ち室の室温は26℃、湿度は75%。加水率は迷ったけれど、気温の低い分硬くなるから、いつもと同じく39%にしたままでした。季節の変わり目というのは、蕎麦を打つのが難しいという記憶がある。適正な加水が出来ずに生地が柔らかくなりすぎたりするのです。でも、今日は上手くいった。 

 家に戻って朝食を食べ、ひと眠りしてからまた蕎麦屋に出掛けるのです。雨は止んでいたから、車は駐車場に前向きで置いたまま、予報だと午前中は雨になっていたのです。昨日もお客が沢山来たので、駐車場がないと困るのでした。今日は珍しく靴を履いて、足首をしっかりと固定したら、あまり足を引きずらずに歩くことが出来た。女将の通っている美容院の主人も亭主と同じ状態で、いつも靴の紐をしっかりと締めて歩くのだと言う。雪駄では心許ない。

 早めに家を出たから時間があって、蕎麦豆腐を造り、水羊羹を豊缶に流し込んで、予備の一番出汁を使って蕎麦汁を作る。大盛りの徳利を四つに普通盛りの徳利12mもあれば、今日の分は足りるだろうと考えたのです。天麩羅の具材も余分に切り分けて、蓮根がなくなったらオクラを使えばいいと考えた。外は晴れて来て青空が覗いている。隣の畑は種を取るためか、ひまわりの枝は残して下草だけを刈ってある。暖かいからかコスモスの花はまだ少しだけ。

 11時過ぎに駐車場に車が入ってきて、年配のご夫婦だったから暖簾は出さずに店に入ってもらえば、すぐに注文をしようとする。ちょうど女将が来てくれたので助かったのです。開店の時刻の前に、注文の天せいろとヘルシーランチセットを仕上げてお出しすれば、暖簾を出した開店の時間には、もうお客が来ている。今日も途切れなくお客が続いて、1時前にはもう蕎麦がなくなったのです。しかも、全員が天せいろのご注文で、具材が切れたところで売り切れ。

 最後の若いカップルは、結構ゆっくりと食べ終えてからも話をしていたけれど、他にお客もいないので、亭主は奥の部屋で賄い蕎麦を食べて仕舞うのでした。洗い物は時間がかかったけれど、2時前には終わって家に帰ることが出来ました。お袋様に電話をして3時から墓参りに行くことにする。三つの並んだ墓所に着いてみれば、弟が来て草刈りをしてくれたらしく綺麗に草が刈られていた。陽は照っていても涼しいから、ちょうど好かったのです。



9月24日 火曜日 寒いくらいの朝だったけれど…

 半袖で眠ったら朝になって寒くて目が覚めたのです。それもそのはず、起き出して食堂の気温計を見たら21℃なのでした。まだ5時前だったけれど、コーヒーを沸かして一服するのです。昨日は残った食材を全部持って帰れなかったので、6時過ぎに、車で蕎麦屋に出掛けて、朝食に間に合うように持ち帰ってくる。ついでにカウンターの上に干したままの盆や蕎麦皿を片付け、徳利や空いた沢山のタッパを片付けておきます。キノコ汁は朝の汁物に間に合った。

 昨日の夕方になって、お隣の畑の親父様が、最後に残った道路際の草刈りをしていたので、見に行くと綺麗に刈られていました。7時前に家に着けば、ご飯が炊きあがっていたので、夕べの酒の肴に食べたイカ明太子をご飯にかけて、キノコ汁をもらい、早速、食べ始める亭主。夜中にあまり食べないようにしているから、朝起きると腹が減って仕方がないのです。少しは体重が減っているのだろうか。最近はプールをお休みしているから運動はしていないのです。

 9時になったらお袋様と仕入に出かけて、蕎麦屋に帰って野菜類を冷蔵庫に片付けたら、月に一度の床屋に出掛ける。今日はお客がいないと見えて「涼しくなったね」とマスターが準備を始めてくれた。点けっぱなしの小さなテレビで、鳥島近海の地震のニュースをやっていたので、昔から地震はよくあったと言う話を聞かされ、若い時に大きな船に乗って床屋をやっていた頃、海で津波にあった時の怖さを一生懸命語るのでした。今日は昔話が多かったかな。

 1時間あまりで綺麗に頭を刈ってもらい、家で昼を待っている女将に電話をする。昼は仕入れの際に買って帰ったトンカツを載せてボロネーズ風のパスタを食べる。涼しくなったら急に空腹なのが気になって、多すぎると言う女将のトンカツを少しもらって平らげるのでした。食後は例によって書斎に入り、1時間ほど眠ったらもう女将のスポーツクラブの予約の時間。居間の部屋に入って時計と睨めっこなのです。無事に予約が取れて、午後の仕込みに出掛ける。

 玄関を出れば木槿やウチワサボテンが伸び放題だったから、少しでもやり始めなければと思い、剪定ばさみを取りに玄関に入る。切り落とした枝は女将が後でゴミ袋に入れてくれるのです。手前側の半分ほど切ったところで、ウチワサボテンの細かな棘が手の指にあちこち刺さったらしく、痛くて堪らなかった。蚊も涼しくなって元気になったのか、半袖の腕をだいぶ食われたから痒くて堪らない。明日の朝は残り半分を長袖を着て片付けたら女将も喜ぶでしょう。

 蕎麦屋に着いて南側の庭の剪定や草取りも気にはなるけれど、その前に明日は道路際の雑草を何とか綺麗にしようと思うのでした。釜を持って手作業でやるしかないけれど、果たして何処まで出来るか、あまり自分に期待をしていないのが好い。物干しに干したままの洗濯物を片付け、洗濯機の中の洗濯物を干して厨房に入る。まずはほうじ茶を沸かして、そのお湯でコーヒーを入れる。一服しながら次を考えるけれど、大根のなた漬けと出汁取りの準備で終わり。


9月25日 水曜日 涼しすぎる一日でしたが…

 夕べは寝る前に飲む酒がなくなってしまったせいか、なかなか寝付けずに2時過ぎまで起きていたのです。今日も休みだからという安心感もあって、やっと眠くなったと思えば、7時過ぎに女将に起こされた。さすがに寝不足で朝から体調が悪かったのです。朝食の食卓につけばご飯が多すぎると思うけれど、頑張って平らげる。昨日思い描いていた朝の仕事はすべてこなせずに、9時過ぎにショッピングモールに出掛けて、果物といつもの焼酎を買っておく。 

 蕎麦屋に着いたらまずはコーヒーを入れて、やっと目を覚ますのでした。何から始めようかと考えて、目の前にある塩漬けにした大根の水を絞ってなた漬けを作る。それから出汁を取って蕎麦汁と一番出汁、二番出汁を取るのでした。これでもう午前中は終わりで、家に帰って昼食の用意をする。いつものカレー炒飯は食べる気がしなかったので、塩とコショウで味つけをして炒飯を作るのでした。玉葱と人参を使ってしまわなければならなかったのです。

 食べ終えたらやっと書斎に入って昼寝が出来たけれど、1時間ほどで目が覚めてしまう。体調は徐々に回復して、蕎麦屋に出掛けて遅れている仕込みを開始するのでした。最初に涼しくなってきたから、キノコつけ蕎麦も出るだろうとキノコ汁を作る。鶏肉を出汁で煮て塩を入れ、何種類ものキノコを加えていくだけなのです。先週も3人分だけ作って、注文したお客が一人。残りは家で味噌汁代わりに食べたのでした。それから天麩羅の具材を切り分ける。

 まな板を出したら、まな板を使う作業を続けなければ効率が悪いから、掻き揚げに使う玉葱を刻み、蓮根の皮を剥いて酢水で茹でておく。南瓜を切り分けレンジでチーンしたら、オクラを塩で板ずりして軽く茹でておきます。午前中に作った蕎麦汁を蕎麦徳利に詰めて、冷蔵庫にしまったら、最後に糠床を取り出して、ナスとキュウリを漬けるのです。4時半になっていたから、明日の朝一番で取り出せば大丈夫。洗い物を片付けて家に帰るのでした。

 今日はお袋様の退院後初めての検査の日だったから、午後の仕込みの区切りの好いところで電話をすれば、すべて異常なしと言うことでひと安心なのでした。弟が病院まで車で乗せて行ってくれて、帰りにスーパーにも寄って買い物も出来たのだそうな。そろそろお袋様が自転車に乗るのも心配なので、夜はバスの時刻表やモノレールの時刻表を印刷して、次の機会に手渡そうと思うのでした。残るのは本当に蕎麦屋の庭木の剪定と草刈りなのです。


9月26日 木曜日 予報とは違って昼は晴れてきたけれど…

 今朝は久し振りに目覚ましのアラームで目を覚ましました。定休日初日の不摂生が祟って、昨日も朝が起きられなかったからです。5時にセットしたのだけれど、やっと起き出したのが5時半で、蕎麦屋に出掛けたのは6時前なのでした。夕べお新香を漬けたから、糠床から取り出して切り分けたら小鉢に盛り付けるのです。ついでになた漬けも少し盛っておきました。これで今日明日の分は大丈夫だろうと、蕎麦打ち室に入って蕎麦粉の計量をするのです。

 今朝の蕎麦打ち室は室温23℃、湿度が73%だったけれど、加水率は39%のままで捏ね始めた。少し硬い気もしたけれど、捏ねて水分が馴染んでこなれてくれば、ちょうど好い硬さになってきました。無理な力を入れると左手首に痛みが走るから、右手を中心に菊練りまで済ませ、後は蕎麦玉を作るだけです。蕎麦玉を寝かせている間に、厨房に戻ってひと休みです。7時過ぎに無事に8人分の蕎麦を仕上げて、家に帰って朝食を食べるのでした。

 9時前には支度を済ませて家を出て、今日もウォーキングシューズを履いて蕎麦屋に出掛ける。看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、厨房に入って葱切りと生姜と大根をおろして、大釜に水を入れるのです。水が溜まるまでに四つのポットの蓋を取って並べ、次の準備をしておく。10時を過ぎたら野菜サラダの具材を刻む準備をして、大釜に火を入れる。野菜サラダを盛り付け終わった頃に、早お昼を食べに帰っていた女将がやって来るのでした。

 曇りの予報だったけれど外は陽射しが出て、暖簾を出したらすぐに駅前のマンションに住む常連さんが自転車でご来店なのでした。店の新聞を読み始めて注文もしないから、亭主はせいろ蕎麦の大盛りを茹でてお出しするのです。昼前にはお袋様の住むマンションから歩いていらっしゃる常連さんが来て、今日はカレー蕎麦とビールのご注文なのでした。それから1時前までお客がなかった。スポーツカーに乗った年輩のご夫婦が、今日はキノコ蕎麦を頼まれる。

 1時半に女将のスポーツクラブの予約を取って、亭主は賄い蕎麦を茹でて食べる。今日は天麩羅が出なかったから、降ろしたばかりの油を汚すのが躊躇われて、大根と山葵を載せて食べるのでした。雲は多かったけれど青空が覗いて、外は爽やかな秋の風が吹いていました。湿度はあるけれど、家に着くまで汗をかかなかった。冷たく冷えた梨を剥いてもらって、書斎でひと眠りしてから、今日は業者が食材を届けに来る日だったから、また蕎麦屋に出掛ける。




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2024年9月中旬



9月10日 火曜日 定休日でも今日は朝から忙しかった…

 夕べは早くから床に就いて、今朝は5時には目が覚めました。家のコーヒーがなくなっていたので、蕎麦屋に行ってコーヒーを入れる。朝飯前のひと仕事は昨日から準備しておいた出汁を取って、蕎麦汁を作り、大根のなた漬けを作るために、大根を塩漬けにして漬け物器に漬けるのです。これで1時間以上はかかったから、7時前に家に戻って朝食を食べる。最近の習慣で、食後のひと眠りが出来ないのが、好いのか悪いのか。定休日だというのに時間が余る。

 今日はお袋様がいないけれど、いつもの時間に農産物直売所に向かうのでした。女将に頼まれた米を精米してもらって、野菜を買ったら、隣町のスーパーに向かい、残ったものを仕入れて蕎麦屋に帰る。買って来た野菜類を冷蔵庫に収納したら、奥の座敷に干してあった洗濯物を畳んで、洗濯機の中に入れたままの昨日の洗濯物を干しておきます。ほうじ茶を沸かして、陶器の湯飲み4杯分を作ったら冷蔵庫に入れて冷まします。昼には早いけど家に戻るのでした。

 昼食は昨日残った蕎麦を茹で、店で残ったとろろ芋をすってとろろ蕎麦を食べる。あまり美味しかったので、亭主はもう一束茹でて食べるのでした。上手く打てた時の蕎麦は、かなり美味しく感じるのです。昼食後は書斎に入ってやっと眠れた。1時間ほど冷えた部屋で眠ったら、梨を剥いて冷蔵庫に入れておいてくれた物を食べ、目を覚ますのです。午後は2時からの病院の面会時間に間に合うように出掛けて、2時半には蕎麦屋に戻るつもりなのです。

 女将のスマホも持って出掛けて、2時過ぎにはスポーツクラブの予約をしなければいけない。3時からは蕎麦屋を建てた業者の10年診断とやらで業者が来るから、それまでには帰らなくてはならないのです。ところが、今日に限ってお袋様の検査が終わらない。弟もやって来て、検査が長引いているのだろうと話をする。時間になったので心配だったけれど病院を後にする。途中で弟から電話をもらい、無事に検査は終わって異常ないと言うことなので安心した。


9月11日 水曜日 お袋様は明日退院の知らせが…

 夕べは8時間も目を覚まさずに眠って、今朝は朝飯前のひと仕事はなし。いつもの時間に車で蕎麦屋に出掛け、まずは厨房のレンジ周りを掃除しました。蕎麦豆腐を仕込んで、天麩羅の具材を切り分けたら、もう午前中の仕込みは終わりなのです。今日も昼からはお袋様の病院に行くから、少し早めに昼を食べておこうと家に帰りました。帰りがけに国道沿いの酒屋と履物屋によって、焼酎と新しい雪駄を買って帰る。いつもの安いものはなかったのです。

 昼飯には今日も店で残った蕎麦を食べる。二日続けて昼に蕎麦を食べても、女将は何も文句を言わなかった。残りものから先に片付けてしまおうというのが、最近の我が家の傾向なのです。しっかりと打てていれば、三日目の蕎麦もなかなか美味しいのです。食後はエアコンの効いた書斎に入ってひと眠りする亭主。女将はその間にスポーツクラブに出掛けていく。病院の面会開始の2時に間に合うように家を出て、熱い中を空いた駐車場を捜して車を走らせる。

 面会会場の食堂で待っているとお袋様が歩いてやって来た。少し遅れて弟も来る。そして、昼に担当の医者から電話が入って、明日の午前中に退院しても好いと言われたのだとか。「鉄分欠乏症」以外にどこも悪くなかったと言うのです。そのためにいろいろと検査をしたのだから、間違いはなさそうです。お袋様の父親も兄も白血病だったから、心配していたのですが、それもないとのことで安心でした。今日は安心して彼女の好きな大相撲を観られそうです。

 3時過ぎに家に戻って、女将が帰ってきたので今日の話をする。明日は蕎麦屋が終わってから、女将がお袋様のところに行って、何か買い物はないかと聞いてくることになったのです。一週間、歩いていないからだいぶ体力も落ちているに違いない。美味い物でも食べて元気を付けて欲しいところ。4時近くになって蕎麦屋に出掛けたら、店の中は33℃もあった。明日の蕎麦の一回分を打ち、お新香を漬けて家に戻るのでした。夜はあんかけ焼きそばを亭主が作る。



9月12日 木曜日 いつまで続くのかこの暑さ…

 午前6時前に蕎麦屋に行って、まずは糠床に漬けておいたお新香を取り出す。大きなキュウリとナスだったから、二本ずつ漬けたのに小鉢で10鉢になった。とてもカブを入れる隙間がないのです。店の中は朝から30℃を越えて、蕎麦打ち室は32℃もあるのでした。夜もあまり温度が下がらないから、昨日の午後の温もりが残っているらしい。冷たく冷えたほうじ茶を冷蔵庫から取り出して飲む。冷房を入れて30℃まで下がった蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。

 加水率は39.2%にして、蕎麦粉を捏ねればちょうど好い硬さで、ビニール袋に入れて寝かせておけば、この温度だから少しは柔らかくなるだろうと思った。案の定、蕎麦切りの時には上手い具合に蕎麦が切れて、少しずつならこの方法も良いだろうと思った。沢山の量では捏ねるのに力が要るから、腱鞘炎の酷くなる恐れがあるのです。昨日の夕刻と今朝の分を合わせて、13食の蕎麦を用意したけれど、果たして今日は朝からのこの暑さでお客が来るのだろうか。

 朝食を終えていつもの時間に家を出て蕎麦屋に向かう。お袋様が退院する日なので、弟が迎えに行ってくれるから、亭主はもう車で店に出掛ける必要がなくなったのです。風はあるものの陽射しは強くて、残暑と言うより真夏がそのまま続いているような感じなのです。暑中見舞いも残暑見舞いも書けない今年の特殊事情。せめて、このブログを見てくれることを願っているだけ。蕎麦屋に着いて幟と看板を出したら、厨房に入っていつものように準備を始める。

 大根と生姜をおろして薬味の葱を刻んだら、野菜サラダの具材を取り出して刻み始めたのですが、少しずつ値段の上がっている野菜は、それなりに新鮮なものが多かった。人参も柔らかくて今日はジュリエンヌの出来が良かった。ブロッコリーやアスパラガスも胡瓜も皆いつもより新鮮なもので、皿に盛り付けるのが楽しくなるのでした。新しい油を天麩羅鍋に注いで、今日はこの油を使う機会があるのだろうかと自問する。暑さは朝よりも増してきた感じがする。

 エアコンの入った蕎麦屋の中でさえ29℃だから、外は相当な暑さなのに違いない。幟が風でひらめくのが涼しく見えるのは、涼しい店の中にいるからなのです。女将がやって来て「家からここまで来るだけでもう汗をかいたわ」と言う。暑いから人も歩いていない。12時半になってもお客は現れない。1時前になってそろそろ片付けようかと思っていたら、車が一台駐車場に入ってきた。若い女性が一人でカウンターに座って、ヘルシーランチセットを注文した。

 洗い物が終わったら、女将は今日退院したお袋様のところに寄って帰ると言うので、残った野菜サラダや水羊羹を持たせる。亭主は後片づけをしたら先に家に帰って、居間と書斎のエアコンを点けるのでした。1時間ほどしたら女将が帰ってきた。お袋様も元気そうだというので安心した。4時過ぎまでひと眠りして、今日は業者が荷物を届けてくれる日なので、蕎麦屋に出掛ける。業者がやって来るまで、少なくなったカレーの具材を切り分けて仕込んでおく。


9月13日 金曜日 一人営業の日に限ってお客が入る…

 今朝は蕎麦屋へ行く前に釣り銭を用意しにコンビニに行くのでした。昨日の仕入れが思ったよりも費用がかさんだので、釣り銭分が半分になってしまっていたから、銀行から降ろして補充しなければなりませんでした。度重なる食材の値上げで、なかなか苦しいところです。店に行って看板と幟を出していたら、向かいの農園の若旦那が挨拶をしてくれた。厨房に入って温度計をみれば朝から30℃もあるから、急いでエアコンのスイッチを入れるのでした。

 昨日、仕込んだままで鍋ごと冷蔵庫に入れておいたカレーを、ジブロックに詰めてラップでくるんでおきます。隣同士が冷凍してくっついてしまうのを防ぐ爲と、レンジで温めたときに袋から中身が漏れたときの爲に、ラップでくるむようになったのです。大根をおろして、野菜サラダの具材を刻み始める。時計は9時半だったから十分に時間があるのでした。外は曇り空で薄陽が差しているけれども、気温は高く湿度も相当なものなのです。

 今日は11時過ぎに老人夫婦が駐車場に車を止めて、店に入って来たから、暖簾は出さずに注文を聞いて開店前にひと仕事。天せいろとぶっかけ蕎麦をご注文だったから、丁寧に天麩羅を揚げて蕎麦を茹で、テーブルに運んだらちょうど開店の時刻になっていました。奥様が「こんなに美味しい蕎麦を宣伝していないのですか」と尋ねられたので、「ホームページはあるのですが、あまり宣伝をするとお客が来すぎて対応が出来ないのです」と亭主は応えるのでした。

 開店の時間になっていつもの常連さんが自転車でやって来る。昼前になって近くのマンションから常連さんが歩いて来る。宅配のお兄さんが車で駐車場に入ってきて、いつものメニューを注文するのでした。最後の辛味大根をおろして「この時期はこれで終わりなのですよ」と言って大盛りのせいろ蕎麦をお出しする。常連さん達は三人とも大盛りだから、蕎麦がみるみるなくなっていく。1時前にまた一人お客が車でいらっして天せいろのご注文。

 手の空いたときにお袋様に電話をすれば、近所の友人達が心配をしてくれたとかで、電話で事情を話したのだと言う。また表には出られないから、今日は溜まっていた洗濯物を片付けたらしい。昨日弟と帰りに食材や果物を買って帰ったと言うから、まずはひと安心なのです。まだ脂っこい物や生野菜などは、消化に悪いので食べないようにしていると言うので、亭主が持って行こうと思っていたカレーや野菜サラダの残りは、家に帰って我が家の夕食に食べる。


9月14日 土曜日 三連休の初日はお客も少なかった…

 午前6時前、蕎麦屋に出掛けて朝飯前のひと仕事。朝の空気は涼しかったけれど、店の中は30℃を越えていたから、まだまだ暑いのです。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打てば、加水率39%でちょうど好い仕上がり具合なのでした。最近は硬く仕上がった生地を伸して畳んでも、蕎麦切りをする段階でどうしても切りむらが出来るから困ったものです。やはり包丁を研がないといけないのかも知れない。亭主の目の悪い事だけでは片付けられない問題なのです。

 7時過ぎには家に戻って女将の用意してくれた朝食を食べ、涼しく冷えた書斎でひと眠りする。女将が洗濯物を干している間に、台所でコーヒーを入れてテレビの映画を観ていたら「先に行くわよ」と言われて時計を見れば、もう9時20分なのでした。慌てて玄関を出て女将の後を追いかける。今日は朝市のある土曜日なので、梨を買ってお袋様に届けると言っていたから、女将も早めに家を出たらしい。一日花の庭の紅葉葵が今朝も咲いているから嬉しい。

 バス通りを店の近くまで来れば、女将が八百屋で梨を買っている姿が見えた。今日は新しくカレーとフライドポテトを売るキッチンカーが加わって、朝市も早くから賑わっているではありませんか。朝市は昼までの営業だから、蕎麦屋が店を開ける頃にはもう片付け始めるのです。若い人たちの活動は微笑ましく、元気に満ちあふれている。蕎麦屋の開店準備もそれらの光景を店の中から見ながら、いつもの時間に追われて進めて行くのです。

 昼を過ぎた頃に中年のご夫婦がいらっして、天せいろとぶっかけ蕎麦のご注文でした。その後、車がもう一台駐車場に入って、リピーターの中年男性がカウンター席に座り、ぶっかけ蕎麦と今日は海老とキスの天麩羅を追加で頼まれる。よほど天麩羅が食べたかったのか、天麩羅も六つだからかなり量があるのです。しかし、それからというものお客はなく、暑さだけの爲ではないような気がした。いつも三連休というのは、お客の動きが読めないのです。

 お客が来そうにもなかったので、1時過ぎには亭主もかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べておく。1時半には暖簾をしまって店を閉めるのでした。「今週は1時半で閉店」という張り紙を外して、明日からは2時間で営業するつもり。家に帰って冷たい梨を剥いてもらったら、涼しい書斎でひと眠りするのです。5時前には目覚めて、買い物から帰った女将が具材を準備した冷やし中華を亭主が作る。ひと休みしたら、蕎麦屋に出掛けて明日のお新香を漬けて来る。


9月15日 日曜日 秋風が吹くけれど日中は真夏の暑さで…

 今朝も6時前に蕎麦屋に出掛けて、まずは夕べ漬けておいたお新香を糠床から取り出す。小鉢10鉢に入るように切り分けて、急いで蕎麦打ち室に入るのです。エアコンを入れても、店の中はまだ30℃もあるから、外の方が風が吹いて涼しいのではないかと思う。ちょうど向かいの森から朝日が昇って、その光が眩しくてたまらない。今朝は加水率を思い切って38%台にしてみたら、昔の感覚が蘇るのでした。綺麗な蕎麦が出来上がったのです。

 今朝は600gの蕎麦粉を捏ねて6人分の蕎麦を取り、昨日の残りと合わせて13人分の蕎麦を用意できた。昨日もしっかりと打てた蕎麦だったから、今日は胸を張ってお客に出せるのです。7時過ぎに家に戻って、朝食を食べたら例によってクーラーの効いた書斎に入ってひと眠りする亭主。日曜日だから女将の観る朝ドラはなかったけれど、習慣で朝ドラの終わる時間には目が覚めるのです。洗面と着替えを済ませて、コーヒーを入れてから蕎麦屋に出掛けます。

 エアコンを点けたままにしておいたから、店の中は25℃と快適な涼しさなのでした。外も風はあるのですが、湿気が凄いからやはり暑く感じる。大根と生姜をおろして、いつものよう野菜サラダの具材を刻んでいたら、女将が汗をかきながらやって来て「朝は涼しいと思ったのに、もう暑くなったわ」と水を飲む。店の掃除を済ませたら、割り箸やおしぼりなど細々としたものを用意して、早お昼を食べに家に戻るのです。11時過ぎにまたやって来て開店の準備。

 昼過ぎにいきなり4人のご家族がいらっして、双子のお子さんを見たら、先日いらっしたお客さんだと分かった。今日はご主人を連れてお出でなのでした。その後も日曜日だからか、ご家族連れが多く、あれよあれよという間に、生舟の中の蕎麦がなくなっていく。テーブル席は一杯だったから、最後の年配のお二人はカウンターに座って、ヘルシーランチセットとぶっかけ蕎麦を頼まれた。久々に10人を越えるお客が来たので、忙しくも嬉しいのでした。

 今日は洗い物をする暇がなかったので、2時半過ぎまでかかって洗い物と片付けをするのでした。チェーンポールを上げに行っても鎖の部分の熱さが、熱くて触ることも出来なかった真夏とは違うのだけれど、午後の陽射しはまだまだ半端ではないのです。それでも家々の影に入ると少し涼しく感じる。空にはあちらこちらに鱗雲が出て、やはり季節は秋なのだと思うのでした。家に帰って冷たく冷えた梨を剥いてもらい、亭主は書斎に入って例によってひと眠り。

 1時間ほど眠って食堂に行けば、女将はテレビを点けて相撲を観なから夕食の材料を用意している。亭主が台所に入って、残った野菜サラダを使って得意の五目焼きそばを作るのでした。30分ほど休憩をしたら、亭主は三度蕎麦屋に出掛けて、明日の蕎麦汁を作ったり、蕎麦豆腐を作ったり、カウンターの上に並んだ洗い物を片付けて8時前には家に戻るのです。明日は曇り空で30℃にならないと言うから、朝は蕎麦を一回打てば好いだろうと思うのでした。


9月16日 月曜日 雨のち曇りの三連休最終日は…

 ウッドデッキに洗濯物を干しに出た女将に「雨は降っている?」と尋ねたら「止んだわよ」と言うので、傘も持たずに歩いて出掛ければ、途中からポツポツと降り出して、蕎麦屋に着く頃にはかなり濡れてしまうのでした。今日は一日中こんな天気だろうと、気温も低いし、蕎麦は一回打てば大丈夫だと考えたのです。38%で750gの蕎麦を打つのは、久し振りなのです。力も要るし、何度も捏ねなければならないので時間がかかる。左手の腱鞘炎は大丈夫だろうか。

 しかし、蕎麦玉を伸して畳んでみれば、きっちりとした蕎麦が出来上がるのです。包丁切りもスムーズに、最近にしては最高の出来なのでした。昔はいつもこんなに力を入れて蕎麦を打ったのだったろうか。五年十年という年月で、自分もかなり老いたのかも知れない。思い起こせば、蕎麦を打ちすぎて両腕が腱鞘炎になったこともあるのです。少しの量ずつならまだまだ好い蕎麦が打てる気もするのです。雨の降る連休最終日なのが残念でした。

 朝飯前のひと仕事に来なかったから、今日は蕎麦打ちを終えてからすぐに厨房に戻って、大根をおろし、薬味の葱を刻み、野菜サラダや天麩羅の具材を切り分けなければならなかった。時計を見ながらどんどん仕事を片付ける。女将も来てくれて店の掃除を終え、洗濯物を畳んで早お昼を食べに帰るのです。彼女の戻るまでに、開店の準備は何とか間に合った。雨は止んだけれども、昨日までに比べて気温も低いし、お客の来そうな気配はないのでした。

 暖簾を出せばすぐに常連さんがいらっして「ぶっかけ大盛りとビール」と言う。大盛りの器は大きいので、掻き揚げ二つに蓮根と南瓜の天麩羅に生椎茸の天麩羅を加えてお出しする。カバーを掛けた文庫本を読みながら、今日も40分ほどカウンターの隅で食べて行かれた。その間に、ご夫婦のお客が来店して、おろし蕎麦とぶっかけ蕎麦に海老を追加して頼まれる。天麩羅を揚げて女将が席に運ぶともう一台車が駐車場に入ってくる。若い夫婦がせいろ蕎麦を二つ。

 今日の蕎麦には自信があったから、せいろ蕎麦で食べてもらえて嬉しかったのです。味わうようにゆっくりと召し上がる二人のお客の姿が印象的なのでした。1時を過ぎた頃には少し明るくなったけれど、混むのは昼過ぎのほんの一時だけなのです。1時半まで待って、亭主はかき揚げを揚げ、今朝打った端切れの蕎麦を茹でて賄い蕎麦を食べてしまう。硬く打った蕎麦は確かにしっかりとした歯ごたえがあって美味しい。女将と2時過ぎには家に帰るのでした。


9月17日 火曜日 涼しすぎる夜中に何度も目が覚めて…

 今朝は早く起きて蕎麦屋の西の小径に枝を伸ばした木槿を剪定しようと思っていたけれども、涼しすぎる夜中に何度も目が覚めて、結局、女将に朝食だと起こされるまで眠ってしまったのです。いつもの時間にお袋様に電話をすれば、調子は好さそうで、買い物に連れて行ってくれと言われて迎えに行く。退院してまだ一週間が過ぎていないから、ちょっと心配なのでした。沢山の買い物を玄関まで運んでやると言えば、珍しく今日は亭主の言葉に逆らわなかった。

 蕎麦屋に着いて荷物を降ろしていたら、向かいのサツマイモ農園の若旦那に会ったから、先日、採れたてのサツマイモを頂いたお礼を言うのでした。土曜日の朝市でも売っているそうなので、今度は買いに行きますと言っておいた。厨房に入ってカウンターに干した昨日の洗い物を片付け、固めた油をゴミ箱に入れて、大根のなた漬けの準備に、漬け物器に切った大根を入れて塩をまぶしておく。洗濯機の中の洗濯物を干したら、家に帰ってちょうど昼の用意です。

 「昼は何にしようか」と朝のうちに女将に聞いておいたから、亭主は久し振りにパスタとソースを買って帰っていた。ついでに買って帰ったトンカツも一枚を半分にしてネギと一緒に茹でたてのパスタに載せて、懐かしいボロネーズ風のパスタを食べる。学生の頃は毎週、駅の階段の下にある食堂で、カウンターに座ってこのボロネーズを食べていたのです。茹でたてのパスタを皿に載せてソースをかけると脂っこくなくてちょうど好い。久し振りに美味しかった。

 午後は女将のスポーツクラブの予約を終えるまでは、家でテレビを観て、夕刻になったら蕎麦屋に出掛けて仕込みをするのでした。西の小径の木槿の枝も気にはなっていたけれど、外で活動するにはまだまだ暑いのでした。蓮根の皮を剥いて輪切りしたら酢水で茹でて、南瓜を切り分けてチーンする。そして、天麩羅の具材を切り分けて容器に入れるのです。生椎茸も新鮮なものが手に入ったので好かった。三ツ葉がなかったので明日にでも仕入れに行かなくては。

 明日の朝に出汁を取る準備をして5時過ぎに家に帰れば、女将は食堂のテレビの前で大相撲に見入っている。夕食にはまだ早いと、亭主は先週残った豚のハラミを焼いてもらって、焼酎を飲み始めるのです。贔屓の力士が勝つと、声を上げて喜ぶ女将の姿に驚きながら、明日の仕事をシュミレーションする亭主。朝の出汁取りと蕎麦汁作りはあるけれど、少しでも西の小径の木槿の枝を切り落としておきたい。午後から雨という予報もあるから、要注意なのです。


9月18日 水曜日 晴れても湿度90%以上の蒸し暑さ…

 少し涼しく感じた朝、今日こそは西の小径の木槿の剪定をしようと、早くから蕎麦屋に出掛けるのでした。小一時間かけて径に張り出した枝を切っていくうちに、すっかり汗ばんでしまったのです。90㍑のゴミ袋が一杯になって、なんとか仕事を終えたら、もう7時前なのです。やはり出汁取りまでは出来なかった。朝食を食べに家に戻って、女将の用意してくれた飯を食う。今日は昨日買えなかった三つ葉を手に入れなければと、ショッピングモールに出掛ける。

 早い時間のショッピングモールは駐車場も空いているから、入り口近くの場所に車を停めて、目的の三ツ葉を三束籠に入れたら、ライムや寒天粉とお袋様にパンと鮪のたたきと果物を買うのでした。ついでに酒屋に寄って夜の焼酎を手に入れる。お袋様の家に行けば綺麗に部屋を掃除したばかりらしく、元気そうな姿をみせたからひと安心。まだ、外には出ていないけれど、そろそろ普通の食べ物を食べても好いかと思っているのだと話していた。

 蕎麦屋で午前中の仕込みを済ませたら、昼は素麺を食べる。キャベツが随分と余っているからと、亭主が豚肉と炒めておかずにするのでした。食後は例によって書斎でひと眠り。その間に女将はスポーツクラブに出掛けていく。亭主はまだ左手首の腱鞘炎が完治していないので、この一ヶ月ほどプールはお休みなのです。使わなければ早く治るのだろうけれど、どうしても毎日の仕事で動かしてしまうから、なかなか治らないのです。困ったものです。

 遅い午後にまた蕎麦屋に出掛けて、まずは明日のデザートの水羊羹を作り、お新香を糠床に漬けておく。今日は夜の防犯パトロールのある日だったけれど、夕刻は雨の予報でどうなることやら。女将と二人で相撲をテレビで観ていたら、外は暗くなって佐倉はかなりの雨が降ると言う。これではパトロールも中止だろうと酒を飲み始めるのでした。明日は仕事が終わったら、皮膚科に行って足の湿疹を見てもらうことになっている。放っておいたら酷くなっている。


9月19日 木曜日 9月の中旬も終わるのに暑さは治まらない…

 今日も5時起床、5時半に蕎麦屋に出掛ける亭主。剪定を済ませた西の小径を眺めれば、下に生えた雑草を抜いたり、タラの木の枝を切り落としたりと、まだまだやることが沢山あるのでした。お隣のお花畑も、機械で刈れるところは綺麗に草を刈ってあるけれど、これから手作業で径沿いの雑草を刈っていくはずです。先月97歳で亡くなったと言うお爺さんの元気な頃は、お互いに鎌を持って休憩したら、径の端で二人で一服するのでした。

 厨房に入って夕べ漬けておいたお新香を糠床から取り出し、10鉢だけ盛り付けて起きます。ついでになた漬けも4鉢盛っておいた。これで混んでも二日は持つはずです。今朝は曇っていたけれどやはり湿気が多くて、店の中でも朝から暑いと感じるのでした。6時を過ぎたら蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つ。最近は木曜日が混まなくなったので、今日も750g八食分だけで一回の蕎麦打ちなのです。そして一人で営業の金曜日が混むから嫌になってしまう。

 今朝は少し硬すぎるのに疲れて39%の加水にしたら、ずっと捏ねやすかったので助かったのです。わずか数グラムの水の量の違いでこんなにも変わるものなのかと、自分でも驚いてしまう。無事に生舟に八束の蕎麦を並べて、7時10分になったから家に戻って朝食を食べる。食後はお茶をもらったら、書斎に入って横になるのでしたが、何故か今朝は眠れない。ウトウトとしただけでもう起きなければいけない時間なのでした。今日は髭剃りがあったから大変。

 再び蕎麦屋に出掛けて幟や看板を出したら、厨房に入り、昨日作って鍋のまま冷蔵庫に入れておいた蕎麦汁を、徳利に詰めていきます。この作業は週に二、三度ほど繰り返すのです。足らなければ予備の一番出汁で1㍑ほどの蕎麦汁を作るのですが、だいたいそれで最近は足りている。薬味の葱を刻んで、大根と生姜をすって、それから野菜サラダの具材を刻む。野菜サラダを盛り付けて冷蔵庫にしまったら、天麩羅の具材を調理台に並べて天麩羅鍋に油を入れる。

 木曜日は女将が来るのは開店間際だから、テーブルも亭主が拭いて回らなければならない。暖簾を出してしばらくしたら女将がやって来た。どうも一人で始める定休日明けは何故か心細いのです。昼前に珍しく平日に、カレーうどんの小父さんが一人でいらっしゃるのでした。続けて駅前のマンションから自転車でいつもの常連さんがやって来る。1時過ぎにはやはり駅前のマンションから、珍しく車で常連さんがご来店。暑くてとても歩いてこられないと言う。

 やっと天せいろが出たので、今日は亭主も賄い蕎麦を食べるのに天麩羅を揚げた。お客が少なかったから、2時前には洗い物も終わって、二人で家に戻るのでした。今日は亭主が皮膚科に予約を取ってあったので、昼寝もせずにひと休みして出掛けて行く。塗り薬を処方してもらって1時間ほどで家に帰り、それからひと眠りなのでした。目を覚まして食堂に行けば、連勝の力士が負けたと女将が騒いでいた。今日は彼岸の入りだから、いつ墓参りに行こうかと女将と話したのは夜になってからなのでした。





 

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2024年9月上旬



9月5日 木曜日 母の90歳の誕生日をみんなで祝う…

 涼しい朝でした。5時に目覚めてコーヒーを沸かし、飲んで一服したらもう5時半なのでした。朝飯前のひと仕事は、蕎麦屋に出掛けてお新香を糠床から取り出して小鉢に盛り付け、蕎麦を打つことです。玄関を出れば、今朝はまた木槿が沢山咲いているではありませんか。庭のモミジアオイもまた二つ咲いている。少し涼しくなって、季節を間違えているかのようです。空は曇り空でしたが、咲いた花々に元気を貰って、今日も頑張ろうという気になるのでした。

 今日はお袋様の90歳の誕生日で、ささやかな誕生会を弟と計画していました。亭主は店を早く閉めて皆の食べる物を買い出しに行かなければならなかったので、お客も多くはないだろうからと今朝は750gの蕎麦を打って、8人分の蕎麦を用意しただけでした。お新香を小鉢に盛り付けてまずは一服。なかなかすっきりと目が覚めないのでしたが、蕎麦を打って身体を動かしたら、やっと頭がすっきりとしてくるのでした。家に戻れば朝食の支度が出来ていた。

 7時半には食べ終えて、昨日、足元が覚束ないと言っていたお袋様に、心配だったから電話をする。今日はかかりつけの医者に行って、検査の結果を聞いてくることになっていたのです。弟が付き添って医者まで連れて行ってくれるので安心でした。蕎麦屋を早く閉めてすぐに買い物に出掛けるので、いつもの時間に車で店に行って今日の仕込みを開始する。小鉢の二品目に切り干し大根の煮物を作り、野菜サラダの具材を刻んだら、店の掃除をしておく。

 女将も開店の時間に来てくれて、こまごまとした仕事を片付けてくれる。暖簾を出してすぐに、カレーうどんの親父様が今日は一人でいらっして、ハラミの串焼きも注文なさる。続けて昼前に歩いて来る常連さんが、いつものようにビールとカレー蕎麦を頼まれる。続けて最近は好くいらっしゃる宅配のお兄さんが、ぶっかけ蕎麦の大盛りと野菜サラダと蕎麦豆腐を注文するのでした。1時過ぎに弟が店にやって来て、お袋様の検査の結果を伝えてくれた。

 検査の結果は貧血と言うことでした。歳を取って心臓の能力も衰えているのだそうです。洗い物と片付けを済ませて女将を先に返したら、亭主は酒を運んでお袋様の家に行き、今度は彼女から血液検査の結果を見せてもらった。高かった血圧も低くなり過ぎているからと、医者は薬を変えてくれたのだそそうな。続けてショッピングモールまで買い物に行く。再びお袋様の家まで運び、家に戻って30分だけ横になって眠る。曇っていた空も青空が広がって暑くなる。

 4時前にお袋様の家に着けば、弟が早く来て食卓の用意をしてくれていた。仕事を辞めてから家でまめに動いているから、家事も苦にならない様子なのでした。それから延々と3時間、昔話に花が咲いて、皆でいろいろな事を思い出す。午前中一杯混んだ医者のところにいて、昼は疲れた顔をしていたお袋様も元気になった様子なのでした。7時過ぎに三人でお袋様の家を出て、右足の具合が悪くて歩くのが遅い亭主は、後から家に着くのです。


9月6日 金曜日 一夜明けてお袋様は検査入院に…

 5時に目覚めてコーヒーを沸かして飲んだら、5時半には蕎麦屋に出掛ける。今日は新しい蕎麦粉が届く日だったから、春蕎麦の粉は全部使ってしまっても好かった。750gの蕎麦粉を40%の加水で捏ね始めたけれど、少し柔らかめの仕上がりで、寝かせている時間も短めにする。伸して畳んで包丁切りをするけれど、やはり生地の柔らかい分だけ、綺麗には仕上がらない。伸しムラきり、切りムラが出来てしまうのです。明日は39%の加水に戻そうか。

 昨日のお新香がまだ残っていたけれど、足りないと困るから、昨日のうちに作っておいた切り干し大根の煮物を小鉢に持って、冷蔵庫に入れておきます。7時を過ぎて家に戻れば、朝食の支度がちょうど終わったところで、すぐに食べてひと休みする。今朝はひと眠りをせずに、着替えと洗面を済ませて早めに家を出るのでした。今日は蕎麦粉が届く日なので、9時前には蕎麦屋に着いていないと、先日のように後回しになってしまうから、急いで出掛けて行く。

 今日は開店の10分まえから、自転車の常連さんがいらっして、暖簾を出して店の中に入っていただく。外はむっとする暑さになっていたのです。この時期、最後の一本になった辛味大根を半分に切ってすり下ろし、せいろ蕎麦の大盛りと共にお出しする。続けてご夫婦がいらっして天せいろを二つご注文。更に男性客が一人、カウンターの奥に座ってせいろ蕎麦の大盛り。続けて中年のご夫婦がテーブル席に座って天せいろ。昼過ぎの時刻はいつもこんな具合です。

 夕べ別れたお袋様の具合が気になって、お客に蕎麦を出し終えては奥の部屋に入って何度か電話をするのだけれど繋がらない。今日はどこにも出掛ける予定はなかったはずなのに。弟に電話をしても「現在出られません」のメッセージが帰って来るばかり。洗い物を済ませた頃にやっと繋がって話を聞けば、かかりつけの医者から連絡があって、やはり大きな病院へ行ってくださいと言うので、結局、隣町の病院に行ったら、検査入院が必要と言われたとか。

 昨日に続けて弟が付き添って病院まで連れて行って、結局、輸血と検査入院が必要とのことでした。やはり、血圧が下がって貧血になる理由が分からないと言うことなのでしょう。家に戻って女将が帰ってきたから事情を話して、明日は二人で仕事を終えてから病院に行くことにする。面接時間は午後の2時からだというので、車で15分ぐらいの場所だからわけもない。歩くと息切れがするのだけれど、それよりも心細くなってしまったようだと弟は言う。


9月7日 土曜日 久し振りに混んだけれど、1時半で閉店…

 今朝も5時半には蕎麦屋に出掛け、夕べ漬けたお新香を取り出して小鉢に盛り付けておく。昨日の残りと合わせて10鉢もあれば足りるだろうと思ったのです。それから蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのでした。加水率を昨日までよりも5%減らして、39.5%にしたのだけれど、まだ少し生地は柔らかく仕上がった。明日は39%で打ってみようと思うのです。柔らかな生地だとどうしても、満足のいく蕎麦切りが出来ないから、悔いが残るのでした。

 家に帰って朝食を食べたら、今朝もひと眠りをせずに早めに蕎麦屋に出掛ける。今日は「今週は1時半に閉店します」と言う張り紙をして、終わったらすぐにお袋様の入院している病院に、女将と出掛ける予定なのです。道路を挟んだ向かいの農園では、毎週土曜に開催する朝市の準備で忙しそうでした。若い人たちの活動は元気で「お早うございます」と亭主の姿を見て、若旦那やコーヒーを売っている若い女性が挨拶をしてくれるから、こちらも元気に応える。

 早く出掛けると、準備も早く終わるから、細かな支度も出来るというもの。今日も野菜サラダの具材を刻んで盛り付けたら、まだ10時過ぎだったから、豚のハラミの肉を解凍して串に刺しておきました。ただ、それでも開店までは1時間近くあるから、ちょっと早すぎるのです。11時過ぎに車が1台駐車場に入ってきたけれど、まだ女将も早お昼から帰って来ていないし、店を開けるわけにはいかないのです。開店の10分前には暖簾を出してお客を入れるのでした。

 今日は珍しく混んで、蕎麦皿や盆を洗う暇もなかったほど。カウンターも満席で、入れ替わりでなんとか10人をこなしたのです。二人ともカレーうどんのご夫婦には、野菜サラダが二つ出て、ヘルシーランチセットの奥様にも野菜サラダが出たので、野菜サラダはもう終わり。鴨もせいろも二つ出て、天せいろは沢山出ました。カウンターの上には下げた盆がそのままになっていた。売りきれの看板を出してから来たお客はお断りして、何とか1時には閉店できた。

 亭主は賄い蕎麦を食べて、沢山の皿や小鉢や盆をなんと30分で洗い、いつもと違って猛烈なスピードなのでした。予定の時刻を10分ほど過ぎて、1時40分には女将と二人で蕎麦屋を出て、隣町の病院に向かう。思っていたよりも近かったから、炎天下の駐車場に車を止めて、休日だから随分と歩いて裏口に回る。受付でマスク着用を指摘され、亭主は売店でマスクを買って、お袋様のいる階に行くのでした。輸血の袋をぶら下げたまま、食堂で面会をしました。
 検査入院だから思ったよりも元気で、輸血したせいか顔色も随分とよくなったのです。パジャマも歯磨きもタオルもすべて用意されていて、一昔前の入院のイメージとは随分違っているのです。弟が気を利かせてオプションでテレビも冷蔵庫もあるから、食事が物足りないだけで快適な入院生活のようでした。亭主のスマホを使って姉妹に電話でお袋様自身が連絡をする。気丈な彼女だから、何とか1週間の検査を乗り越えて帰宅して欲しいと思いました。


9月8日 日曜日 今朝は8時過ぎに家を出て…

 昨日の疲れか、今朝は朝飯前に蕎麦を打ちに来られなかったのです。その分、7時には朝食を食べ始めて、8時過ぎには蕎麦屋に出掛けるのでした。看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦粉を捏ね始める。昨日までの反省から加水率は39%ぴったりにして、菊練りを済ませたら蕎麦玉を作ったら20分ほど寝かせておきました。生地は心持ち硬くはなったけれど、まだ伸しムラがあるような気がするのです。

 10時前に厨房に戻って蓮根の皮を剥き輪切りにしたら、酢水で湯がいて笊に揚げて水を切る。その間に大根と生姜をおろして野菜サラダの具材を準備するのでした。そろそろ包丁も研がないと、人参のジュリエンヌもだいぶ太く切れている。開店の準備が整う前に、歩いて来る男性が玄関の前に立つので、扉を開けて中に入ってもらう。「○○です」と名乗るから顔を見れば、見覚えのある30年以上前の卒業生。広島からこちらに出てわざわざ訪ねてくれたらしい。

 高3の時に何故か初めて理系のクラスを持たされた時の教え子なのでした。同じクラスでは地方の国立大の医学部へ何人か合格したのをよく覚えている。今は二児の父親で地道な仕事をしているとかで、バスの時間を気にしながら、天せいろをゆっくりと食べていった。今日はそれ以後、昨日ほどではないけれどお客が続いて、盆や皿を洗う暇もなかった。亭主のブログを読んでくれているという奥様が、お袋様の具合を心配してくださった。有り難い事です。

 最後のお客は女将の古くからの友人で、いつものようにせいろ蕎麦と野菜サラダを頼まれて、天麩羅の盛り合わせをお持ち帰りになった。片付けが終わったのが1時50分で、昨日よりも少し遅くなったが、お袋様の入院している病院に車を走らせた。駐車場で弟と出会って、二人で病室まで行く。食堂でお袋様と三人で話をして、今日は日曜日だから輸血もお休みで、元気に寛いだ様子なのでした。ただ、先行きの不安はぬぐえずに、心配そうに話すお袋様に、後は医者に任せるしかないのだからと慰めるのです。明日は胃カメラを撮るのだと言う。亭主一人の営業の日で、病院へは少し遅れそう。


9月9日 月曜日 重陽の節句は仕事を終えてお袋様の病院へ…

 一日中曇りの予報でしたが、朝から晴れて庭のモミジアオイがまた沢山咲き出していました。やはり、長い枝の上半分を切ったから根元に花が咲いたのか。今朝も6時前には目覚めていたのですが、蕎麦打ちは500gだけだったから、昨日と同じく7時に朝食を食べて8時半には家を出たのです。蕎麦打ち室に入って、今日こそは39%以下の加水で蕎麦粉を捏ねた。生地はかなり硬かったけれど、頑張って菊練りまで持ち込み、蕎麦玉を寝かせて好い塩梅になった。

 これが蕎麦切りというものだと、往年の蕎麦打ちを思い出す。やはり、年々、歳を取ると捏ねる力も弱くなって、柔らかい生地で打つようになるのかも知れない。少ない量なら、今朝のように上手く打てるのではないかと考えたのです。今日のお客も昨日の10人は越えないだろうと、昨日の残りと合わせて10食分だけ用意して厨房に戻るのでした。デザートの水羊羹が売り切れていたので、まずは氷砂糖を水に溶かして温め、寒天の粉を溶かして練り餡を入れる。

 荒熱を取ってから豊缶に流し込み、大根をおろしたら薬味の葱を刻み、湯を沸かしてブロッコリーとアスパラを茹で始めるのです。これでやっといつもの時間にいつもの作業に入っている。と、大釜に水を満たしたきり火を点けていなかったことに気が付いて、慌てて火を入れるのでした。開店の時刻にはギリギリ間に合う時間なのです。お茶のポットにはIHで湯を沸かし、間に合わない場合に備えるのでした。最初のお客は歩いて来る常連さんなのでした。

 今日は1時前にお客がなくなったので、幟と看板をしまってチェーンポールを上げてしまう。月曜日は油を固めたり、家に持ち帰る品をとりまとめたりしなければならないので、少し早めに動き出したのです。油の温かいうちにとかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べてしまう。洗濯機に洗い物と洗剤を入れてスイッチを入れたら、忘れたことがないかとチェックをして、お袋様のいる病院に向かうのでした。平日だから駐車場はかなり混んでいました。

 ナースステーションで受付を済ませたら、お袋様を呼びに行ってくれました。面会場所は食堂と決まっているのです。午後の検診を終えてパジャマ姿のお袋様が、今日は輸血用のパックを外して現れた。足取りも元気そうで、午前中の胃カメラも無事に終えて、すっかりいつもの様子なのです。異常はないと言われたとか。弟もやって来て何か要るものがあるかとお袋様に尋ねるのでした。明日は大腸の検査だと言うから、それでひとまず検査は終わりです。



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2024年9月初め



9月1日 日曜日 雨も止んで常連さん達が活動開始か…

 夕べは2時過ぎに一度目が醒めて、今朝は7時前に起床。朝食後のひと眠りをせずに、蕎麦屋に出掛けて今日の蕎麦を打ちました。天気予報もあまり当てにせずに、晴れていたので歩いて蕎麦屋まで行く。40%の加水率で捏ねた生地は少し柔らかかったけれど、何とか伸して畳んで10人分の蕎麦を用意したのです。今週は週末も含めて10人を超えるお客は来なかったから、確信を持って晴れた今日もこれだけの蕎麦で営業を開始する。一抹の不安はあるけれど…。

 まだ台風の影響があるのか、空は雲が多く、晴れていると言っても、いつまた雨が降るのかが心配なのです。何種類かの天気予報のサイトを見て、降っても一時的なものだと思っていました。気温は低いのですが、湿度が相当に高いらしく、朝からエアコンを効かせても、店の湿度は60%を切らないから蒸し蒸しする。久し振りにいらっした常連のお客様達は、天せいろやヘルシーランチセット、ビールなどを注文してゆっくりと涼んでいかれた。

 野菜サラダがすべて売れたので女将も満足そうなのでした。最後のお客がちょうど閉店時間の2時までいらっして、洗い物を終えて2時半には蕎麦屋を出たのです。むーっとする外の暑さは異常なほど。亭主は今日の売り上げデータをパソコンに入れたら、涼しい書斎でひと眠りなのです。女将はその間に買い物に出掛けたらしい。夕食は昨日の残った野菜サラダをあんかけの焼きそばにして、二人で食べるのでした。それから亭主は蕎麦屋にお新香を漬けに行く。




9月2日 月曜日 晴れ間は戻ったけれど今度は暑すぎる…

 久し振りに朝日を見た気がする。朝から暑いのが玉に瑕。迷走した台風が通りすぎても、佐倉は大雨の時もあったけれど、被害は少なかったようなのです。目に見える被害は、隣のひまわり畑と向かいのコスモス畑の枝が倒れてしまたこと。昨日来たお客さんは、もう少し早く来ていれば、綺麗なひまわり畑が見られたのにと言っていた。厨房に入って夕べ少しだけ漬けておいたお新香を取り出し、6鉢だけ小鉢に盛り付ける。蕎麦も500gだけ打ち足したのです。

 7時過ぎに家に戻れば、今朝は朝から豚すきで、長葱が随分と店で残ったのを一気に消化するのでした。エノキもナメコも店の冷凍室に使わなくなった物を入れて置いたら、そろそろ食べて仕舞わないとと家の食事で使ってもらった。買い物に行く手間は省けるけれど、女将は残りものをどう処理しようかといつも頭を抱えている。滅多に廃棄することがないのは偉いのです。毎日のことだから、亭主も文句を言わずに美味しく頂いているのです。

 食後のひと眠りは30分ほど。晴れていたから今朝は帽子を被って家を出れば、短く切ったはずのモミジアオイがまた咲いているではありませんか。その生命力には驚かされるのです。丈の長かった分を半分にしたから、下の蕾に栄養が回ったのかも知れない。陽射しは熱いのだけれど、やはり澄んだ青空が見られるのが嬉しかった。蕎麦屋に着いて看板と幟を出し、チェーンポールを降ろすのにも元気が出て来るから不思議です。考えたらもう9月なのです。

 昼過ぎに続けて車が2台ほど駐車場に入り、男性客たちが皆さん天せいろを注文するのでした。それでも一時のことで、1時過ぎにはもうお客は来なくなったのです。洗い物を済ませて、出汁取りの準備をしたら、女将のいない家に帰って書斎でひと眠りする。野菜サラダはまた残ったので、持ち帰って夕食は冷やし中華。残った食材の新鮮なうちに食べようと、女将が用意していたのです。6時になったら車で蕎麦屋に行って、出汁取りと返しを作る作業をする。

 高校時代のクラス会の案内が届いて、今年は少し早く10月の19日だというのでした。土曜日だからまた臨時休業にしなければならない。会場は新橋で、去年は横浜の中華街だったから、近くに住む旧友にも会えたけれど、今度の幹事さんは反対方向の住人にも気を遣ってくれたのかも知れない。年々、参加する人数も少しずつ減っているような気もする。元気なうちは出掛けて行こうと思うのです。明日は終日の雨のようで、お袋様との仕入れも心配です。


9月3日 火曜日 定休日一日目は明け方から大雨で大変…

 明け方にかけて激しい雨が降った。ウッドデッキの屋根に当たる音がもの凄く、こんなにも降るものなのかというほどでした。幸いにも朝食を終えてひと眠りをしたら、小雨になっていたから、お袋様に電話をしていつもの仕入れに出掛ける。農産物直売所に着いてみると、何やら看板が出ていて、今日から四日間は休業という案内なのでした。今までにないことなのでびっくりして、隣町のスーパーに向かう。ところが、こちらでも大変な出来事が起こっていた。

 店から遠い入り口付近で店長が車を誘導しているから、聞いてみれば「駐車場が冠水していて近くには止められないのです。店はやっていますから、ここから道路沿いに歩いて言ってください」とは言うものの、いつもレジ袋を幾つもカートに積んで車に乗せるのだから、どうしたら好いだろうと思案する。見ればちょうど店の近くの半分ほどは雨水が溜まっているではありませんか。この10年来、初めての光景に驚いて、履き物が濡れないところを歩いて行く。

 店の中に入ればいつもよりかなり空いているではありませんか。今朝の雨で早くでかけて来る人が少なかったのでしょう。いつもと同じだけ食材を買いそろえて、いざ車まで運ぼうとしても、とても歩いていけるものではなかった。亭主だけ200mほど離れた高い場所に停めた車まで歩いて、水の溜まった駐車場を横切り、お袋様の待つ店の入り口まで行くのでした。年寄りのお客が多いので、皆さん大変な思いで買い物を終えるしかないのでした。

 お袋様を家まで送り、店で荷物を降ろしたら、今日はカレーを仕込む予定だったのに、鶏肉を買い忘れてきたことに気づく。メモに印刷した食材は、何十種類もあるからたまに買い忘れることがあるのです。冷蔵庫に食材を収納したら、とにかく家に戻って頼まれた肉や魚や果物を置いてこようと考える。家に帰ってみると、いつもならこの時間に買い物に出掛けているはずの女将が仕事部屋から現れて、雨が酷いから今日は買い物に行かなかったと言うのでした。

 昼は蕎麦を食うはずだったのに、女将に「お蕎麦を持って来ていないわよ」と言われて、また車に乗って蕎麦屋に取りに行く。今日は忘れ物が多いのです。蕎麦と蕎麦汁とを持って家に帰り、昼は予定通りにとろろ蕎麦。女将のスポーツクラブの予約が終わったら、再び蕎麦屋に出掛ける前に、まずはショッピングモールに行って鶏肉やシメジと品切れだったアスパラを買い求め、ついでに焼酎と炭酸を買って店に戻るのでした。明後日の買い物の下見も忘れない。

 沢山の具材を刻んで無事にカレーを仕込んだのだけれど、袋詰めをする段になって、玉葱を入れるのを忘れていたことに気づく。蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら酢水で茹で、南瓜を切りそろえてレンジでチーンする。古くなった店のライムを買ったばかりの新しいものに取り替えて、古い方は家に持ち帰って夜の酒の友。一つ200円もするけれど、輪切りして焼酎に入れると味わいがあるのです。ゴミの回収業者の請求書が届いていたから、帰りにコンビニに寄って振り込んでおく。5時前に家に着いたら、夜はカレーの残りを味見する。玉葱が入らないとやはり物足りない。メガネを店の調理台に置いたままで帰ったから、今日は4つも物忘れをした。



9月4日 水曜日 涼しかった一日は秋を実感したけれど…

 夕べは涼しかったので、8時間ぐっすりと眠れました。朝食を食べてひと眠りもせずにいつもの時間に蕎麦屋に出掛けるのです。厨房の椅子に座ってコーヒーを入れて飲みながら、昨日のブログを読み返してみるのです。最初に何をするかを考えながら、蕎麦豆腐を仕込んだら、空の蕎麦徳利に昨日作った蕎麦汁を詰めていきます。コロナ以後の最近はこの蕎麦徳利が一日で空になることはない。それでも売り上げが落ちないのは、一部の値上げをしたからか。

 後は天麩羅の具材を切り分け、お新香を漬けるだけだったから、涼しいうちに外回りの仕事を片付けようと西の小径に出る。細い道に伸びている金木犀や躑躅の枝を切り取って、90㍑の袋につめていく。金木犀の回りを丹念に刈り取って、30分ほどでもう袋は一杯になってしまうのでしたが、まだ5mほどしか進んでいない。次の難所は10mほど先の木槿の枝。そして、大きくなってしまったタラの木の枝が視界を遮るのでした。毎日出来れば好いのだけれど…。

 隣のひまわり畑にも雑草が随分と伸びている。いつも同じ時期に草刈りをしていたのですが、97歳になるお爺様が先月亡くなったと聞いて、亭主よりも一つ年下の息子さんも、元気がないのかと心配するのでした。少し涼しくなったから、自分の身体の動ける日には剪定作業を続けていこう。数年前に比べれば、ずっとペースは落ちているから、気長にやるしかないと思っているのです。老いは目に見えてやって来ているのですが、それを受け入れて生きるのです。

 家に帰って昼食に蕎麦を茹で、野菜サラダの残りとかき揚げの玉葱などを五目あんかけにして昼飯を終える。女将はスポーツクラブに出掛けて行くから、亭主は居間の椅子に座って午後の映画を観て過ごす。ジョディー・フォスターの主演する『コンタクト』という映画を観て、前にも観たことがあると分かった時には、もう蕎麦屋に出掛ける時間なのでした。蕎麦屋に着いて蕎麦を仕入れている農場に電話をすれば、「今回で今年は蕎麦がなくなった」と言う。

 朝から電話を掛けていたけれど繋がらなかったのは、そんなやりとりが他にもあったからなのだろうか。10年来一度もなかった事なのに、若い女性のその一言で一瞬目の前が真っ暗になる。昨今話題になっている米の品薄ではないけれど、蕎麦も人気が出ているのだろうか。幸いにも、後から男性の声で電話が入って、霊犀亭の分は新蕎麦が出るまでお届けしますと言うのでした。長年のお付き合いを調べてくれたのだろうか。年間の予約をきちんとした方が好い。

 家に戻って夜は簡単に焼き肉丼を作ってもらい、夜の防犯パトロールに備えるのでした。陽の落ちるのも早くなって、暗くなってから出掛けてみれば、今日は珍しく全員が集合したらしく、二手に分かれてパトロールを開始するのでした。いつものように坂道の少ないコースを割り振ってもらい、皆さんの足を引っ張らないように頑張って歩く。涼しい夕べだったのですが、途中から汗だくになって家に帰る。これが二週間に一度のリハビリの苦行なのです。
 明日はお袋様の誕生会なのですが、夕飯後に電話が入って、座っている分には何でもないのだけれど、脹ら脛がだるくて歩けなくなったと言う。蕎麦屋までも歩けそうにないから誕生会を中止にして欲しいと言うので、お袋様の家まで皆で行くことにしました。医者にはとっくに行って、明日検査の結果が出るのだと言うけれど、弟に電話をして明日連れて行ってもらうことにしました。このところの寒暖差で足の血流が悪くなったのかも知れない。