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2024年7月末



7月28日 日曜日 この暑さでもさすがに日曜日…

 5時の窓辺からの風景。スカイプラザに朝日が当たって輝いている。夕べはブログを途中にして、9時に床に就いたのに、なんと8時間近くも目も覚まさずに眠ったのです。昼の暑さが疲れたのか、今朝の涼しさが効いたのか、とにかく頭はすっきりとして、30分でブログを書き終えたのです。いつも眠い目を擦りながら我慢してブログに向き合ったりしているから、夜の睡眠が上手く取れないことが多いのです。少し考え方を変えた方が好いかも知れない。

 蕎麦屋に出掛けて小鉢を盛り付けて、蕎麦汁を空の徳利に詰めたら、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。蕎麦玉を寝かせいてる間に、蓮根の皮を剥いて酢水で茹でて、南瓜を切り分けてチーン。蕎麦は加水率40%で捏ねたのだけれど、ビニール袋に入れて寝かせる時間が少し長かったからか、ちょっと柔らかな生地に仕上がってしまった。包丁が切れなくなっているからなのか、時折、ぐにゃっと切れが悪くなるのです。それでも何とか打ち終えて15食の用意。

 7時前に家に帰れば、女将が朝食の支度をしていた。食後のお茶をもらって、エアコンの効いた書斎に入っていつものようにひと眠りする亭主。40分ほどで目が覚めて、居間の部屋に行けば、次女から電話が入って、日暮里に着いてこれからユーカリに向かうのだと女将が言う。昼に友だちと会ってユーカリ祭りに行くのだそうだけれど、暑くなる前にと随分と朝早くに家を出てきたと見える。今年43歳になったはずなのに、やはり若いから元気なのでしょう。

 コーヒーを一杯飲んで9時前に蕎麦屋に出掛ければ、幟や看板を出してチェーンポールを降ろしてしばらくして、汗をかきながら娘が玄関を開ける。女将もやって来て久し振りに話をするのでした。亭主も女将も仕事の手を休めずに、大きくなった孫たちの様子を聴いたりする。みんな元気でやっているらしいから、とにかく安心なのでした。女将は早お昼を食べに家に帰り、娘はエアコンの効いた奥の座敷で少し横になり、開店前にモノレールの駅に向かった。

 女将も亭主も少し元気をもらって、無事に店を開ければ、昼前からぽつりぽつりとお客が入った。さすがに日曜日だけあって、今日は年配のご夫婦も家族を連れていらっしゃる。若い女性達も来店したから、皆さんユーカリの祭りに行くのだろうか。洗い物を溜めないようにその都度洗っておいたので、2時半には女将を帰して、亭主は大釜を洗ったり、明日の支度を考えながら3時前には帰宅するのです。大相撲の千秋楽やオリンピックの中継を観て夜を過ごす。



7月29日 月曜日 やはりこの暑さではお客は来ないか…


 夕べは暑くて何度も目が覚めました。エアコンのタイマーが切れると部屋が暑くなるのは、外がかなり暑い証拠なのです。朝も目は覚ましたけれどなかなか起きられずに、このまままた眠ってしまいたいと思うのでしたが、週の最後の営業日だからと、腹筋10回をこなして、蕎麦屋に向かうのでした。5時過ぎの東の空には、森の向こうから太陽が昇って、雲の多い空を明るく照らしているのです。昨日の片付けも後にして、早速、蕎麦打ち室に入って蕎麦を打つ。 

 加水率は40%。十分によく捏ねて蕎麦玉にしたら、寝かせている間に厨房に戻り、盆や蕎麦皿を片付けるのです。空の蕎麦徳利に蕎麦汁を補充して、小鉢はどうかと冷蔵庫の中をのぞいたら、あと5鉢しかなかったけれど、客が来たら盛り付ければ好いということにする。朝から昨日にも増して相当な暑さだから、今日は月曜日でもあるし、あまりお客が来ないかも知れないと考えたのです。ただ、デザートの水羊羹と蕎麦豆腐だけは造っておくのでした。

 野菜サラダの具材を刻んで、今日はレタスが切れたから、ブロッコリーとアスパラを多めに盛り付けておくのでした。天麩羅油も、まだ使えそうなのでしたが、週の最後の日だからと言って、汚れた油を使うのも気が引けたので、新しいものに取り替える。天麩羅の具材も生椎茸が少ししか残っていなかったけれど、足りなくなれば冷凍庫にある他の食材を代わりに使えると考えるのでした。昨日の夜も買いに出掛けようかと悩んだけれど、暑いので動きたくない。

 昼前に、歩いていらっしゃる常連さんが「暑い暑い」と言いながら店に入って来る。「ビールとぶっかけ大」と言ってカウンターの隅に座る。厨房の中も31℃になっているから、亭主は首にアイスノンを巻いて、ビールと先付けになた漬けをお出しする。新しい天麩羅油で揚げる天麩羅はどこか誇らしいのです。しかし、今日はそれっきりお客は来なかった。この暑さでは、外に出るのが大変という気温なのでした。家に帰るにも汗だくになってしまうほどでした。    
 蒸し風呂になっていた書斎のエアコンの設定温度を20℃にして、部屋が冷えるまで居間で冷たい西瓜を食べる。居間は二階があるからか、エアコンも大型なのですぐに冷えて心地よいのです。女将が帰らぬ3時前なので、よく冷えた書斎に入って今日のデータをパソコンに入力したら、横になってぐっすりと寝込んでしまう。6時を過ぎた頃に女将に起こされて、一瞬、もう朝になったのかと錯覚する。夜は冷やし中華を作って二人で食べるのでした。


7月30日 火曜日 朝から30℃もある異常な暑さ…

 昨日の夕刻は3時間も昼寝をしてしまったので、夜は早くには眠れなかった。でも、朝になるといつもの習慣で、5時前には目が覚めてしまう。定休日だから、もう一度眠っても好かったのですが、少しでも涼しいうちにと、気になっていた蕎麦屋の駐車場の植木の剪定に出掛けました。車の入るラインに沿って植え込みの枝を落として、奥の紫陽花の終わった花を切ったら、ビニール袋が一杯になってしまうのです。汗びっしょりでエアコンの入った店内へ。

 駐車場だけでもまだ半分は残っているし、建物の南側の庭や西側部分の草も伸び放題なので、何とかしたいもの。一回にビニール袋一つ分だとまだまだ日にちがかかるのです。昔のように、一気に終わらせるというのが難しいから、年を取った分、忍耐でやるしかない。家に帰って朝食を食べたら、ひと眠りしてからお袋様と仕入に出かける。農産物直売所も夏野菜が一杯なのでした。隣町のスーパーで買い出しメモに残った野菜や家の果物や魚や肉を買って帰る。

 昼は昨日の蕎麦が残っていたけれど、タンパク質がないとトンカツを買って帰ったら、女将も喜んで半分だけ食べるのでした。腹が一杯になったら、エアコンの効いた書斎で横になってひと眠りなのです。女将のスポーツクラブの予約の時間まで眠ったら、冷えた桃を剥いてもらうのでした。女将は仕事部屋に入って書を書いているので、「行って来ます」と静かに玄関を出て蕎麦屋に向かう。カレージに止めてあった車の車外温度は40℃と驚きの暑さです。

 午前中から2時過ぎまでエアコンを点けておくのはどうかと思ったので、消して家に帰ったのが失敗。蕎麦屋の中は34℃もあるではありませんか。午後の仕込みを終えて帰るまで、最強で点けていても31℃までしか下がらなかったのです。出汁を取って蕎麦汁を仕込んで1時間、カレーを仕込んで30分。今日の仕事はこれで終わりにする。5時前に家に戻って、テレビを点ければオリンピックをやっているから、見るものに飽きることはないのです。

 6時を過ぎる頃に、亭主は台所に立って夜のおかずを作る。昨日の残った野菜サラダを、肉を入れて炒めてあんかけにしてはい出来上がりです。亭主は豚のハラミの串焼きを焼いて焼酎を飲む。小鉢は昨日出なかったなた漬けで、女将も嫌がらずに食べてくれるので助かる。カレーの残りを家に持ち帰ったから、夜にまた腹が減ったら、カレーライスを食べてもいいと考えている亭主。でも、結局、そんなには食べられないから、冷凍たこ焼きをチーンして食べた。



7月31日 水曜日 今日も猛烈な暑さで何もしなくても疲れた…

 7月も最終日。そう言えば今年は暑中見舞いも出していない。暑さに参ってそれどころではなかったのか。昨日の夜も9時過ぎには眠ったから、今朝も早くから目を覚ましたけれど、蕎麦屋の駐車場の植木の剪定にも出掛けずに、また床に入って眠ってしまった。夕べ持ち帰ったカレーは今朝のご飯に出たのです。さすがに、食後のひと眠りはせずに、駅前のショッピングモールまで出掛けて、8月の会食準備に海草が売られていないかを見に出掛けた。

 係の男性に聴けば、朝に出ていないときにはその日は入らなかったと言うことだと応えるのでした。仕方がないから、果物のコーナーに、珍しくライムが並んでいたので幾つか買って帰る。やはり都会ではないから、手に入れたいと思っても、なかなか品物がないことが多いのです。まあ、ショッピングモールの食料品売り場だけが朝の8時から開いていることが分かって、これなら毎日見に来られるとひと安心なのでした。明日も出掛けて見ようか。

 昼食にとろろ蕎麦を食べて、女将がスポーツクラブに出掛ける頃には、亭主は書斎でひと眠り。目が覚めても午前中に天麩羅の具材は切り分けてあるから、午後は一回目の蕎麦を打って糠床にお新香を漬けるだけなので、あまり早く蕎麦屋に出掛けても仕方がない。テレビの映画でココシャネルの伝記をやっていたから、ついつい最後まで観てしまう。3時過ぎには女将が帰ってきて、二人で冷たく冷えた西瓜を食べる。外はうだるような暑さなのだとか。

 蕎麦屋に出掛ければ、午前中にエアコンを消していったのが失敗で、室内は34℃と竈の中ような暑さなのでした。それでもシャツを脱いで蕎麦打ち室に入って蕎麦を打つ。今日も40%の加水でちょうど好い硬さだと思っていたら、先日と同じように寝かせる時間が長過ぎたらしく、ビニール袋から出したときには、随分と柔らかくなっていました。暑さと湿気が原因なのでしょう。それでも何とか打ち終えて、お新香を漬けたら家に帰るのでした。

 

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2024年7月下旬



7月20日 土曜日 暑すぎてか昨日よりもお客が減った…

 夕べは11時前に床に入って、今朝は4時半に目が覚めた。今日はどうしても蕎麦を二回打たなくてはならなかったので、糠漬けも取り出して盛り付けがあるから5時には家を出ないと間に合わない。もっと眠っていたいところでしたが、最近始めた腹筋を10回こなして床から起き上がる。朝寝や昼寝もあるから、一日に30回以上は腹筋を鍛えていることになる。2週間ほど続けているから、気のせいかズボンが少し緩くなった。ベルトの穴一つ分です。

 蕎麦屋に着いたらまずは糠床からお新香を取り出して、切り分けたら小鉢に盛り付ける。そして、蕎麦打ち室に入って750g八人分の蕎麦を二回捏ねて蕎麦玉を二つ作るのです。6時前にこの作業を終えて、厨房に戻ってほうじ茶を沸かしながら一服。エアコンは入れてあるけれど、カウンターの温度計を見れば、昨日の温もりも手伝って、朝からもう28℃もあるのです。さて、6時を過ぎたら、再び蕎麦打ち室に入って、伸しては畳み、畳んでは包丁切り。

 7時過ぎに家に戻って朝食を食べ、ひと眠りしてまた軽く腹筋。歩いて蕎麦屋に出掛けるにも、朝の陽射しが熱くて堪らない。向かいのさつまいも農園では、若い世代が集まって今朝は農産物直売所の移動販売の車が止まっていた。挨拶をして車を覗けば、沢山の野菜が並んでいるではありませんか。毎週、土曜日にはこうしてマルシェが開かれるようになるのだとか。かき氷やお弁当の販売もしているらしい。通りがかりの人たちが足を止めて立ち寄るのでした。

 暑い陽射しから逃れるようにして、亭主は冷房の効いた蕎麦屋に入って自分の仕事を開始するのでした。今日は、暑さのせいか、昨日よりもお客は少なかった。リピーターのお客様が多く、天せいろばかりが随分と出たのです。盆や蕎麦皿を洗う暇もなく、閉店してから女将と二人で洗い物と片付けをこなす。小鉢や蕎麦汁が足りなくなったので、夕飯を食べてからまた蕎麦屋出掛けて、出汁取りやお新香を漬ける亭主。夜は、9時過ぎには床に就いた。


7月21日 日曜日 昨日よりも暑かったけれどさすがに日曜日…

 夕べは昼の暑さに疲れて酒も少しだけにして、9時には床に就いてしまったのです。今朝は5時前から起き出して、未完成のブログを終わらせる。そしてコーヒーを一杯飲んだら、5時半には蕎麦屋に出掛けていきました。夜から雨が降ったらしくて、少し涼しいのです。今日の小鉢が足りないからと、キュウリとカブとナスを少しだけ漬けておいたので、取り出して切り分け、小鉢に盛り付ける。涼しいから店のエアコンも入れずに作業が出来ました。

 昨日の蕎麦が半分近く残っていたから、今朝は500gだけ打ち足して、7時前には蕎麦切りも終わらせました。打ち粉があるとスムーズに伸しや包丁切りが進むので助かるのです。7時過ぎに家に戻れば、ちょうど朝飯の用意が出来たところで、「ご飯できましたよ」と食堂で女将の呼ぶ声に、「はーい」と素早く反応する亭主。夕べは雷が凄かったと言われて、それも気が付かないほどぐっすりと寝込んでしまったのかと、驚くばかりなのでした。

 食後の一服をしていたら女将がお茶を入れて運んでくれた。それから書斎に入ってひと眠り。今日は1時間近く眠って目覚める。早朝の1時間半の朝飯前のひと仕事があったとは言え、よくもまあこんなに眠れるものだと自分でも感心してしまう。今朝から40回目の腹筋を終わらせて、起き上がって出掛ける準備。もう外はいつもの暑さが戻っていました。みずき通りを渡って、蕎麦屋までの100mほどの距離がやけに長く感じるのです。

 看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、エアコンを効かせてあった店の中に戻ってひと休み。葱切りと大根おろしをしていたら、もう女将がやって来た。ゴミ箱が一杯だと言われて、外の大きなゴミ箱に持って行く間に、女将が新しいビニール袋をセットしてくれた。洗濯物を畳んで、店の掃除を済ませたら、女将は早お昼を食べに一度家に戻るのです。亭主は野菜サラダの具材を刻み、盛り付け始める。エアコンを入れても厨房は29℃まで温度が上がる。

 女将が開店の20分ほど前にやって来て、足りなくなりそうな南瓜を家から持って来てくれた。早速、切り分けてレンジでチーン。暖簾を出しても午前中はお客がなく、暑すぎて外に出ないのかもと二人で話していた。やっといらっしたお客たちも少し若いカップルばかりなのでした。1時前に皆さん帰られて、洗い物をする暇が出来た。でも、もしかして今日はこれで終わりなのかと心配するのでした。1時半近くにご夫婦がいらっして、すぐに常連さんが珍しく、

車で来たと思ったら、「車を置いてすぐに来ますから」と言って出て行くのでした。ラストオーダーに間に合うようにと顔を出したらしいのです。今日は連れの老人とテーブルに座って、天せいろを頼んでビールを何本も飲まれた。これは長くなるかと、亭主は料理を出したら奥の小部屋で涼んでいた。雪駄を履いて蕎麦屋に通うので鼻緒の部分が白く日に焼け残っている。身体の一番遠い部分なのでなかなか手入れが行き届かない。爪を切るのも二週に一度くらい。
 2時半になってやっとお客が帰ったので、洗い物の続きを開始する。女将も疲れたらしいけれど「沢山来たからしょうがないわね」と片付け物をする手を休めなかった。洗い物と片付けが終わって、洗濯物を洗濯機に入れたら、女将は先に家に帰るのです。亭主は後の点検を済ませて、女将の後を追う。僅かな距離なのに、家に着けばもう汗だくなのでした。日曜日だから家に帰っても、テレビは何も面白い番組がない。書斎に入ってまたひと眠り。1時間ほど眠って食堂に行けば、あまり暑いから今日は買い物に行かなかったと相撲のチャンネルを点けながら、女将が鰻の蒲焼きを用意していた。


7月22日 月曜日 暑すぎて蕎麦屋の厨房は朝から30℃もある…

 今朝も5時過ぎには目覚めて、蕎麦屋に出掛けて朝飯前のひと仕事を約1時間半こなして来ました。蕎麦も打ってきたのですが、スマホを忘れて写真が撮れなかったのが残念。蕎麦打ち室は、朝から32℃もあって、急いでエアコンを入れるのでした。冷房を付けたままで家に戻って朝食を食べ、いつもの通り、食後のひと眠りをしたら、暑い陽射しの中を今度は蕎麦屋まで歩いて行くのです。庭の葵の花が元気に幾つも咲き出していた。木槿と共に夏の花なのです。

 小鉢が足りなかったから、昨日の夜のうちに作りに来た切り干し大根の煮物を盛り付けて、昨日の残りと合わせて8鉢。今日の蕎麦の用意は9食分なのです。しかし、朝からの暑さを考えると、お客は来そうになかったのです。前のバス通りを歩く人影もなければ、走る車の数も少ない。向かいの畑には、農家の親父様達の姿も見えないのです。やっとエアコンが効き始めて、厨房は29℃まで下がったけれど、これが限界のようなのでした。

 いつものように野菜サラダを作り終えて、天麩羅鍋に油を注ぎ、開店の準備が出来たところで、客席のテーブルの椅子に座って、涼涼んでいました。厨房と客席とでは温度がかなり違うのです。暖簾を出しても暑すぎてお客が来るはずもなく、隣のひまわり畑の上に広がる空は、雲一つなく真っ青なのでした。お袋様の住むマンションも、やっと外壁の塗り直しが終わったと見えて、回りの黒いシートが外され、足場も取り除かれていました。

 1時を過ぎて、今日はこれまでかと思っていたら、玄関の扉が開いて、すぐ近所の下の息子とお父さんがやって来た。お兄さんは遊びに行って、妹はまだ幼稚園から戻ってこないらしい。蕎麦屋が出来て11年、隣近所になって7年ほどになるのです。天せいろとぶっかけ蕎麦の大盛りをご注文だったから、サラダやデザートの水羊羹をサービスでお出しした。子供が大きくなるのは早いものだと、自分たちが年を取ったのを忘れて話をするのでした。

 それっきりお客は来そうにないから、5分程早めに暖簾をしまって、簡単な洗い物をしたら、家に持ち帰る食材を準備する。手首が痛いから、重い荷物は明日車で来て持ち帰る事にして、生ものだけ持って家に帰るのでした。午後の一番暑い時間帯だから、ジリジリと容赦なく太陽が照りつける。家の中は28℃もあったけれど、涼しく感じるほどなのでした。スポーツクラブから帰った女将が冷えた桃を剥いてくれた。亭主は眠くなる前に、蕎麦粉の代金を郵便局に払い込みに出掛けたら、書斎に入って夕刻まで眠るのでした。
 夕食に冷やし中華を作って、大相撲を観ながら夫婦で食べたら、亭主はまた書斎に入って横になる。どうも昼の暑さで軽い熱中症になったようなのです。この暑さの中を女将は2キロも歩いて帰ってきたのだから、体力がついているのかも知れない。炎天下の海で潜った後にボートの上で、亭主が生き生きとしていたのは、何年前のことだったろうか。今夜もプールはお休みにして、夜はブログを書いて終わることになる。明日もかなりの暑さだというから怖い。



7月23日 火曜日 暑さに押されて何もしなかった定休日…

 汗だくで仕入れから戻って、野菜類を店の冷蔵庫に収納したら、午前中に床屋に行きたかったけれど、一旦、家に帰って頼まれた買い物を今度は家の冷蔵庫に入れておく。女将は涼しい朝のうちに買い物に出掛けているから、居間のエアコンを入れてアイスコーヒーを飲んで涼むのでした。午後の2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約があることを亭主が忘れないようにと、テーブルの上には彼女のスマホと予約ノートが置いてあるのです。

 一月振りに床屋の親父様に髪を刈ってもらって、家に帰ったのは12時半を過ぎていました。床屋の駐車場に停めておいた車の外気温度はなんと42℃まで上がっていたのです。車の中が熱くてハンドルを握るのもやっとなのでした。昼は昨日残った蕎麦を茹でて、揚げて帰った天麩羅の具材を、フライパンで温めて食べるのです。冷たい蕎麦を食べたのにまた汗をかいて、亭主はエアコンを効かせてあった書斎に入ってひと眠りするのでした。

 2時近くに女将が起こしに来たので、居間に行ってスポーツクラブの予約を済ませる。テレビは何度も観た映画しかやっていなかった。蕎麦屋は朝からエアコンを点けたままだったから、車で出掛けて厨房の椅子に座ってひと休みです。扉を閉めてあった蕎麦打ち室は33℃の暑さなのでした。盆や皿を片付けて、洗濯物を干しただけで、昨日持って帰れなかった小鉢や野菜の残りを袋に詰めて家に帰る。夕食は大相撲を観ながら手巻き寿司とシジミの味噌汁でした。


7月24日 水曜日 今日も暑すぎて午前中は家に居た…

 蕎麦屋の庭木の剪定も気になってはいたけれど、朝日が眩しくて外に出る気がしなかったのです。今日も相当な暑さになると言う。やっと10時前に出掛ける支度をして、蕎麦屋に運ぶ荷物を車に積むのですが、煙草を買ったり酒を買ったりして、ショッピングモールで揚げたてのトンカツを買ったら、家に帰って11時には昼食にしてもらうのでした。昼はまだ残っている蕎麦を茹でて食べるはずだったけれど、タンパク質がないと夫婦でトンカツ定食にしたのです。

 女将がスポーツクラブに出掛けた後で、空が曇ってきたので、やっと蕎麦屋に出掛けていく気になりました。昨日も何も仕込みをしていないから、やることは沢山あったのです。手際よく蕎麦豆腐を仕込んだら、蓮根の皮を剥いて輪切りにしたものを酢水で茹でる。白い新レンコンが美味しそうに仕上がりました。その間に、南瓜を切り分けてレンジでチーン。お新香を漬けるにはまだ時間が早いから、先に天麩羅の具材を切り分けて容器に入れるのです。

 店が混んだ時には、これだけでは足りないから、すぐに用意できるように準備だけはしておく。天麩羅のかき揚げには、玉葱を刻んで中に入れる人参の千切りは、明日野菜サラダを作る時に出る人参の切れ端を使うのです。ラップを掛けて冷蔵庫に入れても、まだお新香を漬けるには早すぎるから、冷凍室の海老や豚のハラミを冷蔵室の真空保存室に移しておきます。やはり、蕎麦を一回打っておかないと、明日の朝は大変になるから蕎麦打ち室に入るのでした。

 店のエアコンは点けてあるけれど、蕎麦打ち室は34℃もあるのでした。午前中に仕事をしなかったから、建物全体が暖まって、厨房も32℃なのです。外がどれだけ暑いかがよく判る。加水率は40%にしたけれど、この暑さではやはり生地は少し柔らかくなるのです。自分の記憶では39%というのが、最小の加水率だったような気がするけれど、真夏のこの時期はまさにその時なのかも知れない。蕎麦玉を寝かせている時間も、もっと短くても好いかも知れない。

 生地が柔らかいと、伸した時にどうしても伸しムラが出来やすいのです。無事に8食分の蕎麦を打ち、厨房に戻ってやっと糠床と漬ける野菜を用意する。それでもまだ4時過ぎだったから、塩を少なくして漬け込むのでした。大相撲の行く方も気になってはいたけれど、蕎麦打ち室の冷蔵庫を覗いたら、ビールとノンアルコールビールがもう底をついていた。帰りがけに空のビールケースを車に積んで、国道沿いの酒屋まで行って買っておくのでした。


7月25日 木曜日 給料日だからか今日はお客が多かった…

 定休日の不規則な生活が祟って、今朝は早い時間に起きられなかった。6時過ぎに蕎麦屋に出掛けたけれど、お新香を糠床から取り出して、小鉢に盛り付けるのがやっとなのでした。昨日の夕刻に蕎麦を一回打ってはいたけれど、もう一度打たなくてはならない。朝食を終えて早めに蕎麦屋に出掛けて、今日は時間に追われての蕎麦打ちになりました。出がけに玄関前で夏前にさっぱりと剪定した木槿が、もう花を付けているから強い植物なのだと感心するのです。

 500gだけ打ち足せば好かったから、9時に打ち始めて9時半過ぎにはもう打ち終わる。加水率は40%。ちょうど好い生地の硬さで、10分ほど寝かせて伸して畳んで包丁切りです。もう、この時期は店の中も暑いから、40%以下でも好いくらい。朝からエアコンを入れているのに、室温はなかなか下がらずに28℃のままなのです。昨日の夕刻に打った蕎麦と合わせて、今日は13食の蕎麦を用意したのです。定休日明けの木曜日はお客の多い日もあるからちょっと注意。

 外は恐らくもう33℃以上。12時の時点で35℃だったから、今日も相当な暑さなのです。定休日明けは、薬味の葱を刻んだり、大根と生姜をおろしたりといろいろやることが多いのです。そんな時に電話がかかってきて、出れば家のご近所のご主人なのでした。8月の水曜日の夕刻に、地域のご主人達が集まる料理の会最大13人で暑気払いをしたいのだと言う。向こうは、水曜日が定休日なのを知ってか、知らないのか、断るわけにもいかずにお受けしたのです。

 以前は、こんな会食の依頼もよくあったけれど、コロナ以後はまったくなくなっていたのです。自分自身の気分転換にもなるし、調理をする楽しさを考えたら、いつもと違ったものを作れるのも嬉しいのです。野菜サラダの具材を刻みながら、どんな食材を用意したら好いか、どの皿を使えば好いかともう考え始めているのでした。〆は天麩羅と蕎麦だから、80歳前後のお年寄り達だから、量は食べないだろうけれどと、あれこれとメニューを考えるのです。

 女将がやって来て話をすれば、家の方にも電話がかかって来たのだと言う。暖簾を出せば、昼前に常連さんたちが次々といらっしゃる。歩いて来る常連さんが、今日も先に店に入ってビールとカレー蕎麦を頼まれる。駐車場に車を停めてテーブルに座ったご夫婦が、天せいろとぶっかけ蕎麦。運転をして来たご主人は、いつものように奥様に運転をバトンタッチで、ビールや焼酎ライムの炭酸割りを二杯も頼まれた。アルコールが入ると長居をするのが玉に瑕。

 結局、7人のお客が入ったけれど、ヘルシーランチセットの天せいろが二つも出て、お持ち帰りの天麩羅盛り合わせもあったりで、売り上げはいつもより多かったのです。洗い物はその都度済ませておいたから、2時半には店を出て家に帰ることが出来た。エアコンを効かせた書斎でひと眠りしたら、今日は業者が来る日なので、また蕎麦屋に出掛けて、盆や皿を片付け、明日の仕込みを済ませておくのでした。暑さのせいか、今日は年配のお客はいなかった。


7月26日 金曜日 暑すぎる今日も常連さんばかりで…

 暑くて眠れなかったので、夕べは女子のサッカーのスペイン戦を最後まで観てしまった。お蔭で今朝も7時過ぎに女将に起こされ、朝食を食べたら車で蕎麦屋に出掛けて、準備を整えたら煙草を買いにコンビニに寄り、車を家に置いてくるのでした。陽射しは強かったけれど、朝のうちは少し風が涼しく感じられた。バス通りに出れば、蕎麦屋の幟が風に吹かれてたなびいているのがよく見える。エアコンの設定温度は18℃。今日も暑くなるという予報なのです。

 まずは蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。昨日の残りの蕎麦に5人分だけ打ち足しておけば好かった。加水率はぴったり40%でちょうど好い生地の硬さなのです。店のエアコンが効いて、室温は28℃、湿度は35%まで下がっている。10時前には蕎麦を打ち終え、厨房に戻って大根をおろし、野菜サラダの具材を刻み始めるのでした。開店の準備は11時過ぎには終わった。と思ったら、随分と早く玄関の扉を開けて、「早いけれど中で休ませて下さい」と言って、

駅前のマンションから自転車でやって来た常連さんがいらっしゃった。少しは休憩をしたかったけれど、せっかく、いらっしたのだからと、辛味大根をおろし、せいろ蕎麦の大盛りを茹でる。珍しく今日はデザートの水羊羹を食べてお帰りになった。その後、しばらくはお客が来なかったので、豚のハラミの串刺しを作って冷蔵庫に入れておきました。1時前になってJRの佐倉駅の方から、姉弟の常連さんがしばらくぶりにいらっして、大盛りヘルシーランチセット。

 閉店間際にしばらくぶりで常連のお客がやって来て、ぶっかけ蕎麦の大盛りを頼まれる。最後にデザートの水羊羹を食べて帰られたから、暑い時にはさっぱりするのかも知れない。今日は大盛りの蕎麦の注文ばかりだったので、生舟の蕎麦は残り僅かになった。亭主も天麩羅を揚げて大盛りの賄い蕎麦を食べ、洗い物を済ませて、3時過ぎには家に帰る。あまりに暑いから居間も書斎も、スポーツクラブから汗だくで帰った女将が、エアコンを点けておいてくれた。
 冷たく冷えた桃を剥いてもらって、亭主は書斎に入って今日のデータをパソコンに入力したら、夕刻までひと眠りなのです。5時過ぎに目覚めて、大相撲の最後の場面を見ながら、夕食の支度をする亭主。材料はすべて女将が用意してくれたから、亭主は冷やし中華の麺を茹でて盛り付けるだけなのでした。夕食を食べ終えてお茶をもらったら、再び蕎麦屋に戻って夜の仕込みにかかります。返しを作り、出汁を取って蕎麦汁を作り、お新香を漬けて1時間半。


7月27日 土曜日 今日の佐倉は38℃だったとか…

 大相撲の千秋楽を目前にして、もうパリ・オリンピックの競技種目が始まっているから、目を離せない。今朝は、開会式の様子をテレビで観るために、早朝の3時過ぎから目を覚ましたのでした。セーヌ川を舟で入場する各国の選手団の姿は、これまでにない演出で飽きさせない。フランスという国は、どうしてこんなにもエレガントなのだろうかと驚かされるのでした。玄関の鍵を閉めて蕎麦屋に向かったのは、4時過ぎ。今朝は蕎麦を二回打たなければ…。

 夕べ漬けたお新香を糠床から取り出して、蕎麦汁の空になった徳利に新しい汁を詰めたら、蕎麦打ち室に入って蕎麦を打つ。湿度と温度は高かったけれど、少しずつ慣れてきたのかも知れない。というより、文句を言っても仕方がないと身体が適応してくるのかも。40%の加水率でちょうど好い硬さの生地を捏ね、伸して畳んで包丁切りをするのでした。やはり、2回の蕎麦打ちは一時間半はかかる。2時間半の朝飯前のひと仕事を終えて、7時前に家に戻る。

 朝食を終えてエアコンを効かせた書斎に入ってひと眠りしたら、歩いて再び蕎麦屋に向かう。今日は土曜日だから、向かいのサツマイモ農園の朝市が開催されているのでした。女将もすぐに蕎麦屋にやって来て、野菜がないからちょっと見て来ると言って、トマトや胡瓜などを買ってくる。駅前のスーパーから持ってくるには荷物になって大変なのだと言うのです。亭主は野菜サラダの具材を刻み始める。朝から陽が差してとても暑い日なのでした。

 暑すぎるからお客もそんなに多くはなかったけれど、今日はぶっかけ蕎麦が随分と出た。「天せいろよりも安いから」とお客が話をしているのを女将が聴いたとか。売り上げは伸びなくても、打った蕎麦が出るのは嬉しいのです。汗だくになりながら、午後の営業を済ませて、2時半には二人で家に戻るのでした。家に果物がなくなったので、亭主が隣町のスーパーに行って西瓜と桃を買ってくる。ついでにトンカツを買って、夜は素麺を茹でて食べるのです。

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2024年7月中旬



7月10日 水曜日 今日も暑さは和らがず…

 暑さに身体が自然と反応しているのか、今朝もなかなか起きられなかった。一度は目を覚ますのだけれど、定休日なのだから眠たければまた眠れば好いと思うと、結局、再び床に入ってまた眠り出すのです。9時前にコーヒーを沸かして飲んだら、やっと蕎麦屋に出掛ける準備が整う。外は朝から相当な暑さで、母親を連れて幼稚園に通う子どもも元気がなかったのです。蕎麦屋に着けばまずはエアコンを点けて、温度計を見ればもう30℃はあるのです。 

 昨日忘れた出汁取りの準備をして、蕎麦豆腐を仕込んだら、水羊羹を作る準備。カボチャを切り分けてレンジでチーンをしたら、レンコンの皮を剥いて輪切りにしていく。残っていた最後の新レンコンは色が白く綺麗なので、早く次の仕入れをしなければならない。洗濯物を干したら、家に帰って昼飯の準備を始めるのです。今日はオーソドックスな冷やし中華を食べたいと、亭主が錦糸卵を焼いて薄切りのバラ肉を茹で、女将がキュウリを千切りにする。

 食べ終わってエアコンの効いた書斎に入り、1時間ほど眠ったら居間の部屋でゆっくりと寛ぐのでした。女将は暑い中をスポーツクラブに出掛けて、亭主はやっと女将が帰る頃になって蕎麦屋に出掛ける。午前中に浸けておいた蕎麦の出汁を取り、隣の火口で切り干し大根の煮物を作る。一番出汁を取り終えたら、昨日作った返しを加えて蕎麦汁を仕込んでおきます。一度に作るのは2㍑ちょっとで空の蕎麦徳利に20本ほど。残りは容器に入れて予備としている。

 出汁を取って約1時間。その後で生椎茸やピーマン、ナスなどの天麩羅の具材を切り分け、容器に入れたら、玉葱や三ツ葉を刻んでかき揚げの用意。最後に糠床を冷蔵庫から取り出して、カブとキュウリとナスを漬けておきます。洗い物を終えてちょうど5時半。家に帰って夕食を食べる時間なのです。無理をすればプールにも行けたのですが、この暑さだからエアコンの効いた居間で一休みです。梅雨だというのにまだ雨は降りそうにないから、困ったものです。



7月11日 木曜日 梅雨を思い出させる曇り空…

 4時半起床。5時には蕎麦屋に向かう。向かいの森の影から朝日が昇るのを見たけれど、今日はそれっきり太陽は拝めなかった。夕べ漬けたお新香を取り出し、切り分けて小鉢に盛り付ける。10鉢盛ったところで、残りは家に持ち帰って朝食のおかずにした。お新香と切り干し大根の煮物が今日の小鉢。なた漬けもあったけれど、初日からそんなに出しても仕方がない。蕎麦打ち室に入って今朝は二回の蕎麦を打つ。最近、木曜日は混むけれど、今日の天気では…。

 朝飯前に2時間の仕事をこなして家に帰れば、今朝は銀ダラの煮物がおかずで、甘い煮付けの香りが食堂に漂っていた。美味しくいただいて、お茶をもらったら書斎に入って横になる。20分ほど眠ったのだろうか、洗面と着替えを済ませてコーヒーを沸かして飲む。女将は洗濯物を屋根のあるウッドデッキに干して、家の中よりは乾くのではないかと言っていた。庭のモミジアオイの隣にピンクのアオイが咲き始めた。これも随分と昔から植えてある花の一つ。

 雨の降らないうちに蕎麦屋に着いたけれど、午前中から道路が濡れるほどの雨が降りだした。降っては止み、止んでは降るといった具合で、気温も27℃ほどだったから、店のエアコンは除湿代わりに設定温度を高めにして点けておいたのです。薬味の葱を刻み、大根と生姜をおろして、野菜サラダの具材を刻む頃には、雨はかなり降っていた。開店の時刻に女将が来てくれたけど、今日はお客がいない。暖簾を出して1時間待ってもお客は来ないのでした。

 昼を過ぎた頃にやっとお客がいらっして、リピーターさんだったから、前と同じパターンでご注文。天せいろとせいろ蕎麦、もう一組は年配の男性二人でこちらもリピーターさん。せいろ蕎麦に白エビのかき揚げを二つずつ頼まれて、ゆっくりと話をしていた。今日はこれで終わりかと思ったら、電話で隣町の駅にいるのだけれど、これから行きますと言う。女将が1時45分がラストオーダーだと念を押していたから、1時半過ぎにはやって来て天せいろのご注文。

 女性二人が食べ終える前に、玄関が開いて「もう終わりですか」と女性客。時計はちょうど2時を回っていた。大釜の火は落としてしまったし、前の二人にも「45分までに来て下さい」と言ってあるから、申し訳なかったけれど、「もう終わったのですよ」と言って断ったのです。客の少ない日だったから、折角いらっしたお客を帰すのも忍びなかったけれど、何処かで切らないとずるずると伸びてしまう。2時半には洗い物も終わって家に帰るのでした。


7月12日 金曜日 終日の雨にもかかわらずお客が…

 今朝は蕎麦を一回打つだけだったから、朝もゆっくりと6時前に蕎麦屋に出掛けました。今日は一日中雨が降ると言う予報だったから、お客もほとんど期待できないだろうと500gだけ打って、昨日の残りの蕎麦と合わせて11食だけ用意するのでした。40.5%の加水率で打った蕎麦は、寝かせずにそのまま伸しに入ったので、ちょうど好い硬さになっていた。蕎麦打ち室の温度は27℃、湿度は75%だったから、実際には40%の加水で十分なのでした。

 朝食を終えて再び蕎麦屋に出掛ける頃には、道路が濡れるほど雨が降りだしていたので、車に乗って行って正解でした。帰りは相当な雨に降られて、スポーツクラブに出掛けた女将は、汗と雨とでずぶ濡れになって帰って来たのです。こんな雨の日だから、お客は期待していなかったけれど、昼を過ぎたらぽつりぽつりとお客が入ったのです。天麩羅が随分出たので、夜になって再び出掛けた時に、生椎茸もピーマンもナスも切り分けて容器に入れておくのでした。

 厨房の亭主の座る椅子の後ろには、大釜が湯気を立てて沸いている。カウンターの温度計は27℃なのですが、実際には厨房は30℃以上あるのです。沸いたお湯は、四つのポットに詰めて、また水を入れて沸かしておきます。お客が全員帰って、暖簾を下ろし、幟をしまったら、チェーンポールを上げる。それからやっと賄い蕎麦を食べるために天麩羅を揚げるのです。明日からの三連休の爲に、油は固めてゴミ箱に入れる。蕎麦は美味しいし、雨の午後も乙なもの。

 洗い物も少ないし、時間があるからゆっくりと作業を進める。それでも昨日と今日で蕎麦汁がなくなったので、今夜はまたプールをお休みにして蕎麦汁作りに来なければならない。お新香もなくなったから、ついでに漬けておこうと考える。女将に言わせると、昔は夜の10時とかに仕込みを終えて帰って来たと言うから、随分と健康的になったのかも知れない。腱鞘炎の左手首の痛みは少しも好くならない。蕎麦を打つのにもひと苦労。やはり年齢のせいかな。



7月13日 土曜日 梅雨の晴れ間にどっとお客が…

 朝の5時半に蕎麦屋に出掛け、糠床からお新香を取り出して、切り分けたら小鉢に盛り付ける。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打てば、朝のうちは気温が低かったからか、昨日と同じ40.5%の加水率でも今日はちょうど好い硬さなのでした。時間を惜しんで昨日と同じく蕎麦玉を寝かせずにすぐに伸しに入ったのです。140g前後で一束にして8束を打ち、昨日の蕎麦と合わせて13束の蕎麦を生舟に並べるのでした。今朝は7時過ぎには蕎麦屋を出て家に帰れた。

 朝食を食べて、今朝は髭を剃ったら、洗面と着替えを済ませてまた蕎麦屋に出掛ける。陽が差して暑くなりそうな朝なのです。向かいのサツマイモ農園も土曜日の今日は営業で、若旦那が道路を渡って来て「今日からマルシェを始めます」と言う。9月からは農産物直売所からも移動販売の車が来るような事を言っていた。若い人たちの活動も少しずつ前に進んでいるようなのです。新レンコンを持って来たので、これはお金を払って買ったらサツマイモをくれた。

 油が汚れてきたので、昨日は固めて冷やしておいたから、ゴミに出して新しい一斗缶を開けて鍋に綺麗な油を注ぐ。天麩羅が出る日が続くと、二、三日でもう油が汚れてくるのです。一斗缶で一万五千円ほどする胡麻油と綿実油を合わせた油は、多いときには月に一度は買わなければならない。倍以上は値段のする蕎麦粉の次に出費の大きな食材なのです。果たして天麩羅で利益が出て要るのか、相次ぐ値上げでそれも定かではなくなったから、困ったものです。

 時折、曇ったりしていた空模様でしたが、開店から順調にお客が入って、今日は10人を超えたからまずまずの入り。最初に入った常連さんの老夫婦は、いつも奥様が日本酒と天せいろを召し上がり、ご主人は辛味大根とせいろ蕎麦を食べるのです。最後いらっしたのは蕎麦屋の裏のご近所さんで、こちらも常連さんなのでした。閉店時間も過ぎたので、亭主は天麩羅を揚げ賄い蕎麦を茹で、エアコンの効いた奥の座敷で静かに一人食べるのです。

 洗い物はその都度するように頑張ったけれど、最後の二組は店を閉めてからになる。天麩羅の具材もなくなったし、蕎麦汁も出汁取りから始めなければならない状態。早い時間に昆布と干し椎茸を鍋に浸けておいたから、夕飯を食べてからまた蕎麦屋に出掛けていくのでした。今日は夜のパトロールがあったのだけれど、たっぷり1時間半はかかったから疲れた。昨日よりも左手首の状態が好くないので困った。気をつけてはいても、使わないわけにはいかない。


7月14日 日曜日 昨日とはうって変わってお客は来ない…

 今日は気温も低く、終日の雨という予報だったから、5時半まで床の中にいた。蕎麦は1回打てば好いだろうと考えていたのです。車で店に出掛けたときには雨はまだ小降りなのでした。隣のひまわり畑は葉が生い茂っているけれど、まだ花は咲かないらしい。昨日の鍋やボールを片付けて、蕎麦打ち室に入れば、室温は27℃、湿度は65%なのでした。暑さが籠もっているから、エアコンを入れたらすぐに温度と湿度は下がるのでした。今日は800gの蕎麦粉を打つ。

 9人分の蕎麦を取ろうと思ったのだけれど、850gを打たなければいけなかったのに、久し振りだから計量をし間違えて、結果として8食半しか取れなかったのです。それでも40.5%の加水で、蕎麦玉を寝かせずにそのまま伸しに入ったら、ちょうど好い硬さで仕上がるのでした。左手首の痛さが禍して、十分に生地が捏ねられないためか、伸した生地の縁が少しひび割れてしまう。少し柔らかいくらいの方が、手首には負担がかからないのかも知れない。

 朝食を終えて再び蕎麦屋に出掛けようと思ったら、庭の葵が幾つも花を付けていたから、写真に納めておきました。蕾が下から上まで咲いたら花の時期が終わる。隣にあるモミジアオイは背が高い分だいぶ上まで咲いてきたのです。女将は真紅の紅葉葵の方が好きらしいけれど、ピンクの花の中央が赤く色づくこの葵も捨てたものではないのです。庭の手入れもままならないけれど、自然の営みには心を癒やされる。蕎麦屋に着いていつもの仕事が始まる。

 時折、雨が激しく降って、降ったり止んだりの梅雨の空。歩いている人は一人もいなかった。エアコンを入れずに窓を開けて、十分に涼しい陽気なのでした。だから、日曜日だというのにお客も来ない。1時を過ぎて、賄い蕎麦を食べようかとかき揚げを揚げていたら、車が入ってリピーターのご夫婦がご来店。せいろ蕎麦と白海老のかき揚げを頼まれたから、余った分を賄い蕎麦に入れて食べる。今日は2時過ぎには家に戻って、二人で西瓜を食べた。

 亭主が書斎でひと眠りしている間に、女将は買い物に出掛けた。夕方は、二人でゆっくりと食堂のテレビで大相撲を見る。力士が皆手首に包帯をしているのを見て、女将が「お父さんと同じだわ」と言う。ぶつかり合うときに、やはり手首に負担がかかるからなのだろうか。痛いなどとは言っていられないのだろうけれど、70歳を越えた亭主とはダメージも違うのでしょう。明日は三連休の最終日、蕎麦屋はどんな展開になるのか楽しみではあるのです。


7月15日 月曜日 海の日の贈りものかな…

 一週間の疲れが溜まってきたのか、一度は目が覚めて居間の部屋に行こうと思っていたら、何時の間にかまた眠ってしまいました。再び目が覚めたらもう6時前なのです。昨日の蕎麦が沢山残っていたから、500gだけ打ち足せば好かったのですが、急いで蕎麦屋に出掛けて、蕎麦打ち室に入る。今朝も蕎麦玉を作って寝かせずにすぐ伸し始めたけれど、昨日の反省から今日は十分に捏ねたから、縁のひび割れも起こさなかった。綺麗な仕上がりの蕎麦が5束半。

 向かいのさつまいも農園には、朝から苗の植え付けた体験なのか早くから人が来ていたけれど、この雨では到底無理なのです。しばらくビニールハウスの中で話をしていた様子。女将も激しく降りしきる雨の中をやって来て、「急に強くなったから大変だった」と話をする。亭主はマイペースで大釜に火を入れて、野菜サラダの具材を刻み始める。こんな雨の中をお客が来るはずもなかったけれど、用意だけはしておくのが商売というものなのです。

 昼を過ぎたら雨も小降りになって、中年のご夫婦がいらっして、奥様がビール、運転手のご主人がノンアルコールのビールを頼まれて、二人でぶっかけの蕎麦をご注文なのでした。作っている間に、傘を差して近所の常連さんがご来店で、いつものようにビールを頼んだら、今日はカレー蕎麦の大盛り。少し涼しい陽気なです。それから後が不思議なことに、どんどんお客がやって来る。連休の最終日だからなのか。最後に4人家族がいらっしてお蕎麦は売り切れ。

 時計は1時15分なのでした。暖かい天麩羅蕎麦や暖かいキノコ汁の付け蕎麦も出たから、外はだいぶ涼しいらしい。1時半近くに車が入ってきたけれど、女将が出て行ってお蕎麦は売り切れたとお断りする。その後もいつも一人でいらっしゃる青年が、今日は友だちを連れてやって来たけれど、やはりお蕎麦は売り切れなのです。三連休で今日が一番お客が入ったのでした。天候は昨日よりも悪く、涼しい日だったのに、昨年末でダイビンクを引退した亭主に、海の日の贈りものなのかも知れないと思うのでした。


7月16日 火曜日 降ったり止んだりの梅雨空ももう少しか…

 定休日だから、今朝もゆっくりと目覚めて居間の部屋でコーヒーを飲む。昨日の夕方に、女将に言われて持ち帰るの忘れた串焼きや鴨肉を取りに行ったときに、カウンターに干しておいた蕎麦皿や盆はすべて片付けてきたから、今朝はあまり仕事がなかったのです。それでも朝食を終えていつもよりも早い時間に出掛けて、蕎麦屋で洗濯物だけ干しておくのでした。お袋様に電話をして今日の買い出しに出掛ける。雨は降ったり止んだりで梅雨空も最後のあがきか。

 農産物直売所に行けば、顔馴染みの農家のご夫婦が野菜を運んで来ていました。店の若い女性が、冷蔵庫に入れてあったらしい生椎茸のパックを、全部持って来て籠に入れてくれた。いつも買いに来ているのを知られているのです。新鮮な茄子や胡瓜やトマトをもらって、隣町のスーパーに行くのでした。大方の食材を仕入れて、お袋様を家まで送って店に戻る。野菜類を冷蔵庫に収納して、家に帰って昼食の用意を始めました。昼は五目焼きそばを亭主が作る。

 女将のスポーツクラブに出掛けている間にひと眠りして、蕎麦屋に出掛けて午後の仕込み。塩漬けにした大根を甘酒の素で漬け直そうとしたら、冷蔵庫にストックがなかったから、駅前のショッピングモールまで車を走らせました。平日なのに駐車場は満杯で、ついでに晩のおかずにと鰹のたたきと焼酎を買って帰る。店に戻って、大根のなた漬けを漬け終えたら、もう4時半を過ぎていたので、家に帰ってテレビの大相撲を観る。今日はあまり仕事をしなかった。


7月17日 水曜日 今日は夜まで忙しかった…

 今朝は7時間も眠ったのになかなか起きられずに、9時前に家を出て蕎麦屋に出掛ける。すべての仕事を始め前に、まずはレンジ周りの掃除を開始しました。いつも気になってはいるけれど、なかなか調理台までは手が回らないのです。後ろ側のレンジ周りもあるから、結構な時間を費やして、すっきりとした気分で仕込みを開始するのでした。水羊羹を型から取りだして切りわけたらタッパに入れる。蕎麦豆腐を造り型に流し込んで冷蔵庫に入れておきます。

 昼の時間には少し早かったので、玄関脇の咲き終えた紫陽花の枝を切ってゴミ袋に入れていく。ヒイラギナンテンの伸びた枝もついでに切っておきます。お隣のひまわり畑では、亭主と一つ違いの親父様が草刈り機に乗って、雑草を刈り取っている。その広さに比べたら、蕎麦屋の駐車場や庭などは大したものではないのですが、自分の体力を考えて適当なところで止めておくのです。向かいの農家の親父様が、今年は沢山出来たと南瓜を三つも持ってやって来た。

 家に戻れば、女将は何処に出掛けたのか、玄関に鍵がかかっていた。冷たい西瓜を食べながら、昼の時間を待てば、書道の書籍代を振り込みに郵便局まで行って来たと、女将が戻って来る。昼食は亭主がカレー炒飯を作って二人で食べる。亭主は左手首が痛いので、女将に中華鍋を出してもらわなければならなかった。朝食を食べ終えてお茶をもらったら、亭主は書斎に入って1時間ほどひと眠り。その間に、女将はスポーツクラブに出掛けたらしい。

 1時過ぎに蕎麦屋に出掛けて、まずはキノコ汁を作る。鍋が沸く間に一服して、次の段取りを考えるのです。南瓜を切り分けてレンジでチーンしたら、蓮根の皮を剥いたら輪切りして酢水で茹でる。生椎茸やピーマン、ナスを切り分けたら容器に入れて、ラップを掛けて蓋をしたら冷蔵庫に入れる。ぬか漬けの野菜を用意して、塩をまぶして漬け込んでいく。ナスには色止めのミョウバンを振りかけておくのを忘れない。最後に久し振りに包丁を研いでおきました。

 まだ時間が早かったから、ここで明日のことを考えたら、蕎麦を打っておけば好いのではないかと思いつく。朝の忙しい時間に二回打つよりも、今日のうちに一回打っておけば時間も取れるし、余裕を持って仕事が出来るというもの。今日はゆっくりと捏ねて、蕎麦玉を寝かせる時間もあったので、綺麗な蕎麦を打つことが出来たのです。家に帰って早めに夕食を食べたら、書斎に入ってひと眠り。今日は夜の防犯パトロールがあったのです。出掛けて行って家に帰るまで約1時間半。皆の後について汗ビショになりながら歩く。


7月18日 木曜日 梅雨が明けても急に暑くなりすぎて…


 朝は6時前に家を出て、蕎麦屋に着いたらすぐに糠床を冷蔵庫から取り出す。昨日は随分と早くお新香を漬けたから、ちょっと気になっていたのです。それでも塩を少なめにして漬けたから、太いキュウリはちょうど好い味なのでした。店の中は早朝から28℃もあるから、エアコンを入れて涼しくするのです。蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つ。蕎麦粉の残りが僅かで、明日の朝の分まであるだろうかと心配でした。蕎麦粉が届くのは午前中なのです。

 打ち粉も少なくなっていたから、今日は極力、打ち粉を減らして打ったのは好いけれど、ちょっと包丁にくっついてしまった。無事に蕎麦を打ち終えて、昨日の夕方に打った分と合わせて13食分の用意です。蕎麦打ちを終えて7時5分。家に帰ってちょうど朝食の用意が出来上がる頃なのでした。食卓の上には昨日向かいの農家の親父様からもらった南瓜が置いてある。小さい品種とは言え、これだけの量を食べるのには日にちがかかるに違いないのです。

 食後のお茶をもらって飲んだら、亭主は書斎に入ってひと眠り。ウトウトとしただけだったけれど、エアコンを効かせた部屋で30分も休めば、身体は元気になるのでした。居間の部屋でコーヒーを入れて飲んだら、洗面と着替えを済ませてまた蕎麦屋に出掛けていくのです。今朝は髭を剃ったから、少し家を出るのが遅くなった。陽射しが強かったので帽子を被って行ったけれど、暑いので蕎麦屋が遠く感じられた。さつまいも畑が随分と立派になっている。

 朝のうちにエアコンを入れておいたから、涼しい店の中に逃げ込むように入って、まずは半袖のシャツを脱いで下着一枚になる。幟や看板を出して、冷たく冷やしたほうじ茶を飲むのです。今日の予報をタブレットで見れば、12時でもう33℃になるのだと言う。湿度があるから、外は朝からもう熱風が吹いているという感じなのでした。大釜に水を入れて、薬味の葱を刻み、生姜と大根をおろして、やっと野菜サラダの具材を刻み始めるのです。

 サラダの盛り付けが終わって、綺麗になった調理台に天麩羅の具材を並べ、油を天麩羅鍋に入れ、天つゆを作って、テーブルを拭いて回ったら、やっとひと休み。11時半までカウンターの隅の椅子に座っていたら、女将がやって来た。「梅雨明け宣言が出ましたよ」と言って着替えに奥の部屋に入る。暖簾を出して営業中の看板を下げたけれど、この暑さではお客は来ないだろうと思えた。外を歩いている人は一人もいないのです。やっとお客が来たのは昼過ぎ。

 ご夫婦が車を停めている間に、歩いて来た常連さんが、いつもの席に座って、ビールとぶっかけ蕎麦の大盛りをご注文なのでした。テーブル席に座ったご夫婦はヘルシーランチセットと天せいろの大盛りを頼まれる。野菜サラダやデザートの水羊羹が出て嬉しい。洗い物が終わった頃に、今度は男性客が車で乗り付けて、カウンターに座る。天せいろを頼まれたので天麩羅を揚げていたら、駅前のマンションから、この暑いのに自転車で常連さんがいらっしゃる。

 汗だくになって店に入って来たから、女将が思わず「冷たいお水を差し上げましょうか」と、グラスに氷を入れて席に持って行く。亭主は辛味大根をおろして、大盛りのせいろ蕎麦を茹でるのです。隣のひまわり畑は、昨日、親父様が草刈り機で綺麗にしていたからすっきりとしていた。空は真夏の様相なのです。お客も少なかったから、洗い物はすぐに終えて、亭主は賄い蕎麦を茹でて食べる。うだるような暑さの中を、女将の後に続いて家に帰るのでした。エアコンの効いた書斎に入って、業者の来る夕方までまたひと眠り。


7月19日 金曜日 日中の外は蒸し風呂のようで…

 早朝の涼しいうちにと、今朝は家から長い剪定ばさみを持って、蕎麦屋に出掛けてヤマボウシの枝を払っていきました。ところが、長く伸ばした剪定ばさみを持つ左手が痛くて、長くは続けられなかったのです。取りあえず始めたと言うことでよしとするのでした。店の中に入ってエアコンを点けたら、早速、蕎麦打ち室に行って、残りの蕎麦粉がどれだけあるのかを確かめる。500gは使えるから、小麦粉を入れて600gちょっとの蕎麦を打てる計算でした。

 打ち粉も残り少ないので、蕎麦粉の残りを有効に使って、何とか蕎麦を打ち上げる。6人分を打って昨日の残りの蕎麦と合わせて、今日は12食の用意が出来ました。家に帰れば7時過ぎで、食事を終えて小一時間眠ったのです。暑くなった道を歩いて、再び蕎麦屋に出掛けたら、ちょうど好い具合に蕎麦粉と打ち粉が届くのでした。今日と明日の売り上げで、何とか代金を捻出したいもの。減塩醤油も届いたけれど、こちらはカード払いなので少し安心です。

 11時には開店の準備が整って、定刻に暖簾を出せば、ほどなく車が入ってくるのでした。駐車場に車を止めている間に、例によって歩いて常連さんがいらっしゃる。二日も連続なのも珍しいと思ったら、今日はビールとカレー蕎麦の大盛りをご注文。車のお客は3人連れで、ヘルシーランチセットと天せいろの大盛りを頼まれる。最初のお客にビールと付け出しを出したところで、更にもう一台車が入ってきたから忙しい。お茶を出したらしばらく待ってもらう。

 月曜日と金曜日は亭主一人で蕎麦も8食限りと、看板には書いてあるのにお客はそんなことはお構いなしなのです。結局、今日はヘルシーランチセットの天せいろが三つも出たから、野菜サラダも蕎麦豆腐もなくなった。天麩羅が沢山でたから、沢山用意した天麩羅の具材も切れて、最後の二人でお蕎麦売り切れ。大盛りが出ると、蕎麦が瞬く間になくなっていくのです。1時過ぎにはお蕎麦売り切れの看板を出して、その後に来た常連さんもお断りした。

 お客が帰ってから賄い蕎麦を茹でて食べる。何も入れるものはないのでした。まったく手つかずだった洗い物は延々と時間がかかった。と、店の窓の外に部活の姿の中学生が佇んでいるから「どうしたの?」と声を掛ければ、「暑いから日影で休んでいるのです」と言う。店の中に入れて冷たいほうじ茶を飲ませてやる。聞けば陸上部の短距離選手らしい。一番暑い時間に部活が始まるのだ。家に帰ったのは4時近くで、それからひと眠りして、亭主が夕飯を作る。
 6時過ぎにやっと食べ終えて、今日もプールに行けなかったと、店の忙しいのを喜ぶしかない。6時半になったら今日三回目の蕎麦屋に出掛けて、カウンターの上に干した盆を片付け、まずは冷蔵庫から糠床を取り出して、明日の小鉢のお新香を漬ける。次に空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充して、蕎麦豆腐を造っておくのです。時計はもう7時を回っているから、最後に天麩羅の具材を切り分ける。蕎麦は打てなかったから明日の朝は二回の蕎麦打ちとなる。

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2024年7月上旬



7月3日 水曜日 2日間の葬儀を終えて…

 本家の伯母の葬儀で月曜日を臨時休業にして、久し振りに遠くまで車を走らせた。何年かぶりで顔を合わせる従兄たちは皆、風貌が変わって老人らしくなっている。成長したその子ども達や孫達が立派になっているのが嬉しいのでした。化粧をした伯母の眠る棺を夜中に何度も訪れて、幼い頃の自分たちの姿をしみじみと思い出す。地方の片田舎では本家の存在は実に大きなものなのでした。元気で今年90歳になるお袋様はいつも「姉さん姉さん」と呼んでいた。

 6時前に家を出て蕎麦屋に着けば、隣のお花畑に植えられたひまわりが随分と大きくなっていたのです。花の咲く頃には壮観な眺めとなるに違いない。畑を耕して草取りをして種を蒔いた親父様の苦労も報われるというもの。最初の仕事に予備の一番出汁で蕎麦汁を作り、隣の火口では漉し餡を氷砂糖で溶いて寒天粉を入れて、水羊羹を仕込んでおく。蕎麦汁を冷やしている間に、蕎麦豆腐を仕込んで、水羊羹と一緒に型に流し込んで冷めるのを待つのでした。

 洗濯物がまだ洗濯機の中に入れたままなのに気づいて、衣紋掛けや室内用の物干しに干しておく。日曜日は混んだから、洗った物も多かったのです。家に帰れば、一日営業日の少なかった先週の残った野菜類が沢山あったので、昼は亭主がスパゲッティーを茹でてナポリタンを作る。左手首が腱鞘炎で痛くて堪らないので、中華鍋が振れないので油を多めに入れて何とか仕上げるのでした。葬儀の日は二日続けて純和食だったからちょうど好かった。

 昼食の後はひと眠りをせずに、ショッピングモールに足りない食材を買いに出掛ける。ついでに同じ階の酒屋によって焼酎を買ってくるのでした。家に荷物を置きに帰れば、スポーツクラブに出掛けたはずの女将が帰っているから、どうしたのかと思ったら、予約したはずの席が取れていなかったのだと言う。いつも二人で確認しているのに不思議なことがあるものです。汗だくになって帰った女将は、歩いただけでも運動になって好かったと言うから偉い。

 再び蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みに入る亭主。まずは蓮根の皮を剥いて酢水で茹でて、南瓜を切り分けてレンジでチーンするのです。次は午前中に作った蕎麦汁を蕎麦徳利に詰めて、天麩羅の具材を切り分ける。店の中の温度はエアコンを効かせているのに32℃もあるから、外は相当に暑いのです。最後に糠床を冷蔵庫から取り出してキュウリとナスとカブを漬ける。夕方になって家に戻れば、夕食の用意も亭主が麻婆茄子を作らなければいけなかったのです。



7月4日 木曜日 エアコン入れても店は30℃の暑さ…

 朝から暑い日なのでした。4時半に家を出て、出汁を取ってお新香を切り分け、小鉢に盛り付ける。これでほぼ1時間。5時半になったら蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つのです。最近は、定休日明けの木曜日が混むから、今日も蕎麦を二回打たなくてはならない。二回打つとなるとどうしても1時間半はかかるから、今朝も打ち終えて家に帰ったのは、7時を10分ほど過ぎていたのです。朝飯前の2時間半のひと仕事は、ちょっと疲れる。

 朝食後に1時間ほど眠って、再び蕎麦屋に出掛ければ、もう陽射しは真夏の暑さで、帽子を被ってきて好かったと思う。店に着いたら看板と幟を出して、チェーンポールを降ろし、厨房に入ったら、まずは今日の分のほうじ茶を沸かして、グラス四杯分を冷蔵庫に入れておく。それから、薬味の葱切り、生姜と大根をおろして、やっと野菜サラダの具材を刻み始めるのです。女将が来るのは開店の時刻からだから、ゆっくりとしたペースでは間に合わない。

 暖簾を出す15分前には、もう車が駐車場に入ってきて、「中に入れてもらっても好いですか」と運転手の老人が玄関を開けて入って来た。年配の男性三人が「早くて済みませんね」と言って、奥のテーブルに座る。女将が来ていないので、亭主がお茶を出して注文を聞くのです。天せいろ三つを頼まれたので、盆や蕎麦皿などをセットして、天麩羅を揚げていたらやっと女将が来てくれた。もう次のお客が駐車場に車を止めている。やっと暖簾を出したのです。

 予測に違わず、今日も10人を超えるお客がいらっしたのです。リピーターのお客が一人、他は皆さん初めてのお客なのでした。天せいろが10個も出たので、天麩羅の具材が足りなくなって、何度も野菜を切り分けなければならなかった。隣の市からラベンダー畑を見にいらっしたと言う母と娘が、会計の段になってカードが使えないと分かって、娘を残したまま母が近くのコンビニにお金を下ろしに行かれた。まだそこまで亭は進化していないのです。

 1時半には蕎麦が売り切れて、お蕎麦売り切れの看板を出す。洗い物はほとんど終わっていなかったけれど、まずは亭主が端切れの蕎麦を茹でて賄い蕎麦を食べてしまう。その間が女将の休憩時間なのです。二人で沢山の皿や器を洗っては拭いて、3時近くにやっと片付けが終わるのでした。家に帰って亭主はエアコンを入れた書斎に入り、今日のデータをパソコンに入れたら、ぐっすりと午後の昼寝をする。女将はその間に買い物に出掛けたらしい。夕飯には亭主が五目あんかけの焼きそばを作り、ひと休みしたら蕎麦屋に出掛けて、片付けと明日の仕込み。店の中はまだ30℃近くあった。それから隣町のスーパーに買い出しに出掛けて、8時近くに家に帰った。



7月5日 金曜日 昨日にも増して暑すぎた一日で…

 今朝は朝からとても暑かった。5時過ぎに蕎麦屋に出掛けて、夕べ漬けたお新香を取り出して切り分け、塩漬けにしておいたなた漬けの大根の水を切って、甘酒の素と砂糖を入れて刻み柚子と輪切りにした唐辛子を加え、漬け直すのでした。5時半を過ぎたところで蕎麦打ち室に入ったら、なんと30℃を超えているのでした。この暑さでは、今日はあまりお客が来るのを期待できそうになかった。8人分の蕎麦を打って、家に戻って朝食を食べる。

 再び蕎麦屋に出掛けて、釣り銭を忘れたことに気が付いて、暑い中を家に取りに帰る。向かいのさつまいも畑が、綺麗に草を取って元気に葉を伸ばしている。昔、読んだ「夏の葬列」の場面をふと思い出す。家までの通りに面した駐車場で、小母さんが暑いのに車の掃除をしていたから「朝から暑いですね」と声を掛けたら、「おじさん転けないでよ」と言われる。足を引きずっていたのだろうか。やっと店の厨房に戻って、大根をおろすのでした。

 暖簾を出してもやはりお客は来ない。エアコンを入れた店の中は30℃を超えている。昼過ぎになって、暑いバス通りを歩いていつもの常連さんが歩いて来るのが見えた。今日もぶっかけ蕎麦の大盛りとビールのご注文。この間、財布を忘れて代金を払えなかったので今日は早めに二日分の金を払ってくれた。珍しく今日は話をして、お袋様の住む同じマンションに住んでいると分かった。閉店の前に中年のご夫婦がいらっして、せいろ蕎麦の大盛りとおろし蕎麦。

 ラストオーダーの時間が過ぎたので、亭主は残っている蕎麦を茹でて、折れた天麩羅の具材を揚げ、賄い蕎麦を食べる。洗い物はすぐ終わったので、出なかった野菜サラダを包んで家に持ち帰る。暑くて汗が止まらない。エアコンを効かせた書斎に入って、夕方の6時近くまで眠ってしまう。夕食を食べて風呂に入ったら、また眠くなって9時過ぎにはもう床に入るのでした。今朝の4時過ぎにやっと目が覚めて、このブログを書いているのです。


7月6日 土曜日 陽は差さなかったけれど暑さは酷く…

 5時半に蕎麦屋に着いて、今朝の蕎麦を打ち始めました。加水率は40.5%。これでなんとかこのところの柔らかい生地から抜け出したという感じなのでした。季節の変わり目や気温の変化が激しい日が続くと、適切な加水率を見失ってしまうのです。蕎麦玉にしてビニール袋に入れたら、厨房に入って、糠漬けのお新香以外の小鉢を用意しておきます。ほうじ茶も沸かして冷蔵庫で冷やしておくのです。蕎麦玉がこなれる間にひと休みなのです。今日は20分間。

 6時半になったら、また蕎麦打ち室に入って伸しにかかる。今日は850gで打ったので9人分の蕎麦が取れました。生地の具合がちょうど好い硬さだったので、切りべら22本で9束の蕎麦を生舟に並べる。最近にしては一番好く打てたのが嬉しかった。昨日残った4束の蕎麦と合わせて、今日は13食分の蕎麦を用意できました。大盛りが三つも出たのですぐになくなってしまいます。それでも昼前は暑すぎるのかお客が一人も来なかったのです。

 7時過ぎに家に戻って朝食を食べ、少しだけ横になったけれど、なかなか眠れない。やはり、昨日の夜は随分とよく眠ったからなのでしょう。蕎麦屋に出掛けようと用意をしていたら、女将が居間にやって来て「モミジアオイが咲きましたよ」と嬉しそう。もう10何年になるのだろうか。前の職場の用務員さんに、種をもらって家で育てたものが、今では庭の片隅に毎年咲くのです。元気を貰って、今日も熱い陽射しの中を歩いて蕎麦屋に向かうのでした。

 陽射しはじきに翳ってしまったけれど、暑さはそのままで店の中の気温はエアコンを点けても、昼の段階で30℃になった。外を歩く人もいなくなって、暖簾を出してもお客は来ない。向かいのさつまいも農園も、土曜日の今日は営業をしているけれど、ほとんどお客がなさそうなのです。蕎麦屋は、昼を過ぎてやっとお客が来てくれた。皆さん同じ時間にいらっしゃるものだから、カレーうどんの親父様夫婦も自転車の常連さんも、随分と待たせてしまいました。



7月7日 日曜日 今日は陽射しがとても熱くて…

 今朝は朝がなかなか起きられなかった。夜中も暑くて目が覚めるほどで、疲れが取れていないのだろうか。6時には蕎麦屋に出掛けて、とにかく蕎麦を打たなくてはならないのです。750gを打って、昨日の残りと合わせて13食の用意。加水率は40.5%だったけれど、まだ少し柔らかい気がする。店のエアコンを入れても、蕎麦打ち室が31℃もあるから、室温のせいかもしれない。平屋なので屋根が暑くなると、どうしても暑さが籠もってしまうのです。

 家に戻って朝食を食べたら、エフコンを聞かせてあるから、涼しい書斎に入って30分ほど眠った。今日の気温は36℃まで上がると言うから、厨房の中はまるで灼熱地獄なのです。20℃の設定で朝からエアコンを点けたままだから、9時の時点では26℃だつたけれど、時間が経つにつれてどんどん上がってくる。空になった蕎麦徳利に予備の一番出汁を使って蕎麦汁を仕込み、大盛り用の徳利を含めて20本ほど用意しておきました。問題は明日まで持つかどうか。

 女将が早お昼を食べに帰っている間に、亭主は野菜サラダを作っておきます。出ても出なくても、毎日三皿と決めているから、残った日には家に持ち帰って料理に使う。今日は一皿だけでも出たので助かった。開店の時刻の15分前にはもう駐車場に車が入って、暑いところを待つのも可哀想だと中に入ってもらう。女将がお茶を運ぶともう天せいろ二つのご注文なのでした。出し終わった頃に歩いて来る常連さんがいらっして、やっと暖簾を出すのです。

 暑すぎるから外出を控えましょうと、今朝の天気予報では言っていたから、さすが歩いている人はいなかった。ただ、車のお客はぽつりぽつりといらっして、さすがに日曜日。1時過ぎには天麩羅の具材が切れたので、お蕎麦売り切れの看板を出すのでした。店の冷房は全開なのに、厨房の温度は32℃。亭主の立っている火の傍は更に暑くて、アイスノンを首に巻いて血液を冷やす。洗い物はその都度片付ける暇があったので、今日は3時前には家に戻れました。



7月8日 月曜日 佐倉は恐らく今季初の37℃台に…

 今朝は5時半に目が覚めて、6時前に蕎麦屋に着いた。夕べ漬けておいたお新香を糠床から取り出して、切り分けたら小鉢に盛り付ける。10鉢分盛ったけれど、今日の蕎麦は9食にする予定。昨日よりも更に暑くなると言うから、それほどお客は見込めないのです。蕎麦粉と2割の小麦粉600gを計量して、40.5%の加水で捏ね始めたけれど、腱鞘炎の左手首が痛くて本当に添えるだけになった。何をするにつけても、どうしても使ってしまうものだから、治らない。

 蕎麦打ち室の室温は31℃で、昨日の暑さの名残りが消えていないのです。エアコンを入れ始めた店内は28℃で、やはり生ぬるい空気が残っているのでした。思い切って窓を開けたらと思うけれど、風のない外も同じ暑さだから空気は入れ替わらない。加水の量がちょうど好かったのか、生地は包丁の刃にくっつかずに綺麗に切れるのでした。6束の蕎麦だからすぐに終わるかと思ったら、片付けなどもあって、今朝は家に着いたのが7時20分になってしまった。

 朝食を食べてひと眠りしたら、洗面と着替えを済ませて9時過ぎに家を出る。庭の背の高いモミジアオイが、今朝も幾つか花を咲かせていました。10時になったら野菜サラダの具材切りに入るので、それまでに沢山のことをしなければいけない。天つゆを作って冷やし終えたら、大釜に水を入れて蓮根の皮を剥き、酢水で茹でたら水で洗う。その間にほうじ茶を沸かしておく。一度に多くの作業をするから、水を止めるのを忘れずに。そして、やっと大根おろし。

 開店の時刻には、カウンターに置いた温度計が30℃になっていたのです。厨房は更に暑いから、亭主は今日は初めから首にアイスノンを巻いている。それでもお客が来るから不思議なのです。常連さんは今日も歩いていらっした。一度に三組のお客が入って、お茶やビールを出したら、天せいろととろろ蕎麦、ぶっかけ蕎麦の大盛りとまた天せいろととろろ蕎麦と、順番に調理をしていくのです。さすがに今日は暑いからか、この5人だけでお客は終わり。

 洗い物はすぐに終わったけれど、手首が痛くて堪らないから、家に持ち帰る荷物は最小限にして、後は明日の朝来るまで取りに来れば好い。野菜サラダは夕食に使うだろうから、大根おろしと刻み葱と一緒に持ち帰る。家に着いたら、パソコンが立ち上がるのを待って今日のデータを入力する。そのままエアコンの効いた書斎で横になって、夕方まで寝込んでしまうのでした。目覚めればもうプールには行けない時間。夕食は残った野菜サラダで冷やし中華でした。


7月9日 火曜日 涼しいうちに庭木の剪定を…

 夕べも早く休んだから、いつもの習慣で5時前には目が覚めてしまいました。今朝はこの間切ったばかりの庭の木槿や南天がまた伸びてきたので、剪定ばさみを片手に枝を落としていくつもりでしたが、5時ではちょっと早すぎる。鋏のチョキチョキという音が近所迷惑になるのではと心配するのでした。コーヒーを飲んでゆっくりとしたら、やっと6時を過ぎて庭に出て、まずは木槿の伸びた枝を切り落としていきます。ついでにその奥にある南天が更に伸びているから、こちらも前回切ったところまで切り戻しておくのです。更に女将が洗濯を干す時に、通り道になる庭への入り口が棘のあるウチワサボテンの葉でふさがれていたのを切り開いておくのでした。

 お袋様を迎えに行って農産物直売所に行けば、沢山の種類の夏野菜が所狭しと並べられていました。持って行ったバックに入り切らないほどだったから、キャベツを買うのは、隣町のスーパーまで我慢しなければならなかった。あらたかの食材は揃ったけれど、新レンコンが出ていなかったので、明日にでも何処かで捜してこなければならない。やっと少し安くなってきたかと思っていたのに、残念なのでした。家には西瓜や桃と魚や肉の他に、昼に食べるトンカツを揚げたものを買って帰るのです。出がけに昼はトンカツと素麺にしようと女将と話していたのです。亭主がカツ煮を作って素麺を茹でたけれど、ちょっと多かったのかおなかが一杯になった。

 食後のひと眠りをしたら、午後は女将のスポーツクラブの予約を終えて、テレビの映画を見終える時間まで家にいた。外は相当に暑くて出掛けられる状態ではなかったのです。4時前になってやっと蕎麦屋に行ったら、店の中は32℃もあるのでした。エアコンと扇風機を点けて、まずはカウンターに干してあった蕎麦皿や盆を片付ける。そして、なにはともあれ返しがなくなったので、返しを仕込んで冷ましたら、大きな甕に入れて膝下の戸棚に収納するのでした。冷める間に大根を切り分けて、なた漬けの下ごしらえに塩で漬けておく。そして最後に明日の朝一番で出汁を取る準備をしようと思っていたけれど、これを忘れて家に帰って来てしまうのでした。