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2024年6月末



6月28日 朝から強い雨の降る日…

 5時起床。5時半には蕎麦屋に出掛けました。カウンターの上に干した昨日の盆や皿を片付けて、ほうじ茶を沸かしたら、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。750gを41%弱の加水で捏ね始める。部屋の湿度は60%を越えていたけれど、少し硬めに仕上がって、伸して畳んで包丁切り。少し短く伸したから、切りべらは26本。8束生舟に並べて、7時10分になった。家に戻らなくては、朝食に間に合わない。雨は随分と強く降っているのでした。

 食事を終えて居間でお茶を飲んでいたら、昨日、留守電にこちらの参加人数を残しておいたので、従兄から電話が入った。通夜の日は泊まって行けという。お袋様と弟に連絡をしたら、結局、亭主一人が泊まって、弟がお袋様と女将とを乗せて帰ることになったのです。当日は蕎麦屋を臨時休業にして、翌日は仕入れが出来ないので午前中にお袋様と仕入に出かけることになる。雨は激しくなったので、車で蕎麦屋に出掛ける。今日は気温も低いからお客は来ない。

 それでも開店前のひとときは、緊張してお客の来るのを待っている亭主。1時間が過ぎ、2時間目に入れば、もうお客は来ないだろうと確信するのでした。1時を過ぎた頃には、雨も激しく降っていて、かき揚げを揚げて、昨日の残りの端切れを賄い蕎麦をする。太さがまちまちだけれど、コシがあって美味しい。他に洗い物もないから、天麩羅の具材を片付けて、天つゆも冷蔵庫にしまうのです。1時半を過ぎたところで、暖簾を下ろして早仕舞いにする。

 蕎麦屋から車でショッピングセンターに向かい、パソコンのプリンターのインクを買いに行く。ついでに夜の酒を買って家に帰るのでした。女将の帰ってくる頃には、雨が少し小振りになって、亭主は書斎に入ってひと眠り。客が来ないと疲れていないので、すぐに目が覚めてしまう。早めの夕飯にしてもらって、夜のプールに出掛けるのでした。子ども達のスイミング教室が終わるのを待って、ゆっくりと泳ぎ始める。まだまだリハビリの状態なのです。


6月29日 土曜日 午前中は曇り空で気温も低かった…

 今日は4時半起床。5時過ぎまで珈琲を飲んで居間の部屋でゆっくりとして、蕎麦屋に出掛けるのでした。外は曇り空で少し涼しいくらい。店に着いてもエアコンを入れずに蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つ。昨日の蕎麦がそのまま残っていたから、500gだけ打ち足して14食の蕎麦を用意したのです。土曜日だからと多めに用意したけれど、気温が上がらないとお客は来そうにないのです。小鉢を10鉢だけ用意して、家に帰って朝食を食べる。

 食後は30分だけ眠って、今度は歩いて蕎麦屋まで行くのです。土曜日は向かいのサツマイモ農園が営業する日なので、若旦那が一人準備をしているのでした。看板と幟を出していたら、バス通りの向こうから挨拶をされて、「今日は雨でなくて好かったですね」と言えば、「昨日の雨でサツマイモの苗が随分とやられました」と言っていた。今日は朝から苗を買いに来る人が続いたらしく、随分と賑わっているのでした。蕎麦屋は最初に母と息子が来たきりで昼…。

 野菜サラダは作ってすぐに冷蔵庫に入れておく。カウンターに並べておけば、お客が美味しそうだと頼むこともあるのだけれど、この時期は野菜も悪くなりやすいので、仕方がないのです。青空が覗いた1時を過ぎて、やっとお客が入り始めたのです。女性の二人連れがいらっして、天せいろと蕎麦豆腐、ビールとノンアルコールをご注文。先週も来てヘルシーランチセットが食べられなかった青年が、今日はヘルシーランチセットの天せいろを頼まれた。

 それでもお客は少なく、陽が差した午後にはもう洗い物も終わつたのです。美容院に出掛ける女将を先に返して、亭主は残りの大鍋や天麩羅鍋の洗い物を済ませるのでした。家に戻るまでにもう汗をかくほどの陽射しの強さ。書斎に入ってゆっくりとひと眠りするのでした。5時前に女将が帰って、亭主が五目焼きそばを作って二人で食べる。今日は久し振りに土曜日のパトロールに出掛けるのでした。涼しかったはずが、歩いていると汗だくになるのです。



6月30日 日曜日 明日の臨時休業前に何時の間にか14食完売…

 昨夜は夜のパトロールで疲れていたはずなのに、11時になってもまだ眠れなかった。焼酎のグラスを飲み干して眠れば、今朝は4時にはもう目が覚めてしまう。仕方がないから居間の部屋に行って、コーヒーを沸かして飲みながらテレビで洋画を観るのです。5時半になったら車を出して蕎麦屋に出掛け、夕べ漬けたお新香を糠床から取り出して切り分ける。キュウリもナスも大きかったので、11鉢も出来たから、残りは大根のなた漬けにして14鉢を用意する。

 それから蕎麦打ち室に入って、寝かせておいた蕎麦玉を伸して畳んで包丁切り。41%弱の加水だったから、ちょうど好い硬さになって、切りべら22本で140gで綺麗な蕎麦が打てました。昨日の残りと合わせて14食の蕎麦を用意したら、7時前に家に戻って朝食を食べる。食後は書斎に入ってひと眠り。今日は1時間以上も眠ってしまう。洗面と着替えを済ませ、蕎麦屋に出掛けようと玄関を出れば、庭の金柑に花が咲いているのを見つける。今年は少し遅いか。

 家を出たのが遅かったので、女将がすぐにやって来た。大根をおろして、足りなかったら困るので、予備の一番出汁で蕎麦汁を仕込んでおく。それから蕎麦豆腐を仕込み、蓮根の皮を剥いて茹でる。ここからいつもの野菜サラダ作り。今週は明日が臨時休業になったから、ブロッコリーもアスパラもパプリカもすべて残ってしまう。11時に駐車場に大きな車が入ってきたけれど、まだ何も用意が出来ていなかった。開店の15分前に早お昼に帰った女将が来てくれた。

 開店10分前にはまた車が入ってきたので、今度は暖簾を出して店の中に通すのでした。それから今日は休む間もなく、お客が押し寄せてきた。亭主は天麩羅を揚げて蕎麦を茹で、女将が大変なときには盆と蕎麦皿などを亭主がセットしたのです。だいぶ新しいお客が増えた。カウンターに座ったご夫婦の奥様が6人も待ったにもかかわらず「大満足です」と言ってお帰りになる。最後は常連さんのご家族がぶっかけ蕎麦三つ頼まれて、天麩羅も蕎麦もなくなった。

 1時過ぎにはお蕎麦売り切れの看板を出して、亭主は昼に食べる蕎麦がなくなったので、うどんを茹でて残っていた野菜でかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べるのです。女将もやっと休憩の時間で、新分を読んでいた。それから1時間半、二人で洗い物と片付けをこなす。週に二回も歩いて来る常連さんが、今日は財布を忘れてからと次回払いにする。ビールも出たし、焼酎の炭酸ライム割りも出た。家に戻って亭主はすぐに書斎で横になって1時間半も眠った。

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2024年6月下旬




6月20日 木曜日 今日は5組のお客が入って…

 早いものでもう6月も下旬。梅雨が遅いから昨日のうちにスモモの木の残りを切り終えて、庭にそのまま倒してある。これを小さく切ってゴミ袋に詰められるようにするためには、もう少し時間がかかるのです。5時過ぎに蕎麦屋に出掛ければ、向かいの森の木々の間から朝日が昇ってくる。雲はあるけれど何とか晴れているのでした。蕎麦屋の中に入って、まずは夕べ早い時間に漬けておいたお新香を糠床から取り出して、小鉢に盛り付けるのです。

 ついでに昨日漬けた大根のなた漬けを盛り付けて、冷蔵庫に収納する。それからやっと蕎麦打ち室に入ってたのが6時少し前。これから二回の蕎麦を打たなければならないのは、ちょっと大変なのです。加水率は41%弱で、捏ねていてもなかなか生地が纏まらない。ここで力を入れなければならないから、腕にはかなりの負担がかかる。左手首の腱鞘炎はまだ完治していないから、恐る恐る力を入れていきます。6時10分には二つの蕎麦玉を作って寝かせるのです。

 蕎麦玉を寝かせている間に厨房に戻って、今日の分のほうじ茶をわかす。綠の陶磁器の器に4杯分作ったら、冷まして冷蔵庫に入れておくのです。換気扇を回して一服したら、再び蕎麦打ち室に入って蕎麦玉を伸していく作業。ゆっくり落ち着いて伸し広げないと、どうしても厚味が均等にならずに、最後に四角形が崩れてしまうのです。それでも何とか八つに畳んで、包丁切りに入るのです。蕎麦玉二つを伸して畳むと、やはり1時間はかかる。

 7時20分に家に戻って、女将が用意してくれた朝食を食べる。食事が終わったら書斎に入ってひと眠り。今朝は9時近くに目覚めて急いで洗面と着替えを済ませるのでした。歩いて蕎麦屋に出掛ければ、朝は足の調子が好いから右足を引きずらなくても歩ける。これが、仕事を終えて帰りになると、疲れているからか、どうしても引きずってしまうのです。歩くスピードを落とせばふっうに歩けるのですが、急いで家に帰ろうとするから見てくれは気にしない。 

 定休日明けは、大根や生姜をおろして、薬味の葱も刻まなければならないから、野菜サラダを造る前も結構忙しいのです。木曜日は女将が来てくれるのが、開店の時間なので、野菜サラダを盛り付けたら床を掃いてテーブルを拭いて回る。野菜サラダは、先日の食品衛生の講習会ですぐに冷蔵庫に入れるべきだと教わったので、ラップを掛けて冷蔵庫に入れるのです。新しい油を天麩羅鍋に注いで、天つゆの鍋と一緒に火にかける。開店の準備は11時には終わる。

 女将もやって来て暖簾を出せば、すぐに駅前のマンションに越した常連さんが自転車でご来店。黙って新聞を読み始めるから、こちらも黙って辛味大根を擦って、大盛りのせいろ蕎麦を茹でる。少し後でいつも日曜日に来るカレーうどんのお父さん夫婦が車で隣町からいらっしゃった。それから二組ほどお客が入って、1時を随分と過ぎた頃に、常連さんの女性がやって来てカウンターに座る。野菜サラダとぶっかけ蕎麦にハラミの串焼き、そして白海老の掻き揚げまで頼まれる。結局、多すぎてお持ち帰りになるのでした。


6月21日 金曜日 梅雨入り初日は激しい雨が降り続いたが…

 5時半に家を出て蕎麦屋に着けば、パラパラと雨が降りだしている。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打ち、昨日の残りと合わせて10食の蕎麦を用意しました。今日は一日中雨で、気温も上がらないという予報だったので、亭主一人の営業ということもあって、最低限の数を用意したのです。雨は次第に強くなり、道路も水浸しの状態なのでした。これではお客も来ないだろうと思ったのですが、今日は意外にもお客が入ったから有り難い。

 朝食を終えてひと眠りしたら、車で蕎麦屋に出掛ける亭主。この雨では駐車場が満車になることはないと確信したのです。9時から野菜サラダを仕込む10時までの間は、わりとゆっくりとして今日の段取りを考える暇がある。割り箸やおしぼりが用意されているか、小鉢は足りているか、山葵や生姜は大丈夫かとチェックしながら、大根をおろすのです。水を張った大釜に火を入れて、ブロッコリーとアスパラを茹でたら、いよいよ野菜サラダの具材を刻みます。

 農産物直売所で買って来たキャベツが新鮮で、包丁を打っても軽く切れるので助かる。どうせサラダは出ないだろうと思うけれど、毎日の訓練のように野菜サラダを盛り付けるのです。家に持ち帰る事を予想して、今日はスポーツクラブの帰りに、女将が焼きそばの材料を買って帰るはず。11時前には開店の準備が整ったけれども、カウンターの隅の椅子に座って時間の経つのを待つ亭主。雨は激しくなるばかりなのです。定刻の5分前には暖簾を出すのでした。

 ところがこの激しい雨の中を、バス通りを傘を差して歩いて来るのは常連さんで、定位置に腰を下ろすなり「ビールとぶっかけの大盛り」とおっしゃるのでした。続けて駐車場に車が入ってきたかと思えば、雨の中を玄関まで走って女性がご来店。テーブル席に座って暖かいぶっかけ蕎麦を頼まれるのです。それぞれの注文の蕎麦を出し終えた頃に、今度は常連のご夫婦がいらっして、天せいろにぶっかけ蕎麦、酒好きのご主人はビールのご注文です。

 他のお客が帰っても、随分と長い間、話に夢中になっているご夫婦。ご主人は焼酎のライム炭酸割りを追加でご注文。1時を過ぎたから、お茶を差し替えようとすれば、やっと帰り支度をするのでした。1時半になったので、そろそろ賄い蕎麦でも茹でようかと思っていたら、また駐車場に車が入ってくる。リピーターの若い女性客で、キノコつけ蕎麦をご注文なのでした。この雨の日に今日は本当に有り難い限り。残った野菜サラダをサービスでお出しする。
 今日はプールも空いている金曜日だからと思っていたけれど、冷蔵庫の中を見たら、晴れると言う明日の分の蕎麦汁が足りない。小鉢もお新香を漬けないと足りないのでした。洗い物を終えたら、出汁を取る準備をして家に帰る。雨に降られながらも先に帰った女将が「お父さんの方が早く帰るかと思ったら…」と濡れた身体を拭きながら言う。今日は夕飯の後でまた蕎麦屋に行くと伝えて、ひと眠りです。出汁取りとお新香を漬けて小一時間。夜も忙しいのです。


6月22日 土曜日 晴れて暑くなるとまたお客が増えて…

 昨日とはうって変わって、今朝は青空と陽射しが懐かしかった。5時に目を覚ましたけれど、床の上でぼうっとしていたら何時の間にか6時になってしまう。慌てて朝飯前のひと仕事に出掛ける亭主です。6時過ぎに蕎麦屋に着いて、蕎麦打ち室に入れば、もうこの時間では一回しか蕎麦は打てない。8食分を打って昨日の残りと合わせて、12食分で今日は営業するしかないのです。天気の好い日だから、ちょっと心配なのでした。お新香を盛り付けて家に戻る。

 朝食を終えてひと眠りしようと横になったけれど、外の明るさで眠ることが出来ない。30分ほどで起き上がって、コーヒーを入れて飲む。今日は蕎麦茶の宅配が来る日だけれど、間に合うだろうか。蕎麦屋に着いて郵便受けをみれば、案の定、不在通知が入っていたのです。土曜日だから、向かいのサツマイモ農園も営業の準備をしてる。忙しそうに立ち働く若い人たちに元気を貰いながら、厨房に入った亭主も次から次へと仕事をこなしていきます。

 四つのポットの半分は蕎麦茶用で、残りは器を温めるためにお湯を入れておく。大根や薬味の葱を刻んだら、野菜サラダの具材を刻んで盛り付けていく。時間が余ったから、今朝はハラミの肉を切り分けて串に刺しておく。女将が来ればもう開店の準備は整うのでした。最初にいらっしたのは、いつも白エビのかき揚げとせいろ蕎麦を頼む老人で、女将が「白エビの掻き揚げとせいろ蕎麦で好いですか」と先に聞いて注文を取るのでした。

 その後は続々と途切れることなくお客が入って、亭主はひたすら天麩羅を揚げて、蕎麦を茹でるだけ。雨の昨日とはうって変わって1時過ぎにはもう売りきれの看板を出すのでした。洗い物もほぼ終わって、1時半過ぎに賄い蕎麦を茹でて食べようとしたら、大きな車で若者がやって来て、天せいろのご注文なのでした。最後の力を振り絞って天麩羅を揚げ、蕎麦を茹でてお出ししたのです。今日は夜の仕事はしないつもりで、冷蔵庫をチェックして家に帰る。


6月23日 日曜日 朝から土砂降りの雨で…

 雨の音で目が覚めた朝。梅雨に入ったのだから、もういつでも降ってくれという気持ちもあるけれど、しとしとならまだしも、今朝はかなり激しく降っているのでした。車で蕎麦屋まで行って、玄関を入るまでにもう濡れてしまう。タオルで頭を拭きながら、コーヒーを入れて飲むのです。カウンターに干した盆や皿を片付けたら、蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つ。久し振りに850g9人分の蕎麦粉を計量して、左手を庇いながら、ゆっくりと捏ねて行く。

 蕎麦玉を寝かせている間に蕎麦豆腐を仕込んでしまう。地伸しの段階から厚味が均等になるように注意して、今日は90cmの伸し棒で丁寧に伸していく。やはり少し太さの細い伸し棒は扱いやすいのです。どうしても量が少ないと短い伸し棒を使ってしまうのですが、少し太めなので伸しムラが出来やすいのかも知れない。短くて扱いやすい分、伸しが雑になるような気がするのです。7時を過ぎたところで9把を生舟に並べて、家に戻るのでした。

 「ご飯が出来ましたよ」と言われて食卓に着けば、鯖の塩焼きととろろ芋に卵が美味しそうなのでした。小鉢をつまみながら食事を済ませて居間に移れば、女将がお茶を運んできてくれる。ひと休みしたら書斎に入って横になるけれど、どうも今日も眠れない。30分ほど横になったら起き出して、今日は蕎麦粉が届く日だった事を思い出して、急いで洗面と着替えを済ませる。ガレージに下りる階段で降りしきる雨に濡れる。店に着けばちょうど宅配便が来ていた。

 道路沿いの最初の配達先らしく、「日曜日は道が空いているので、早く着いてしまいました」と言っていた。蕎麦粉と打ち粉を冷蔵庫の中に移して、まずは切り干し大根の煮物を作るのです。この雨と気温の低さでは、お客も来ないだろうけれど、明日のこともあるから、小鉢の用意はしておかなくてはならない。南瓜を切り分けて、天麩羅の具材も余分に作っておくのでした。女将がやって来る頃には少し雨も小降りになってきた。

 今日は珍しく沢山の鳩が電線に止まっていた。何かの拍子で一斉に飛び立つ姿は圧巻なのです。気温は低いけれど湿度は70%もあったから、開けていた窓を閉めてエアコンを入れる。今日は開店の時刻の5分前に車が入ってきたので、暖簾を出してご夫婦を迎える。カウンターに座って、天せいろと暖かいぶっかけ蕎麦のご注文で、すぐに天麩羅を揚げて蕎麦を茹でるのでした。ところが、これが今日の最初で最後のお客なのでした。やはり、雨で気温が低いから。


6月24日 月曜日 一転、今日は日が出て暑さも最高でした…

 今朝は5時半に家を出て蕎麦屋に向かう。朝から20℃を越える暑さで、昼は32℃まで気温が上がったのです。店の中も朝からエアコンを入れて、換気のために窓を少し開けておく。雲はあったけれども、青空が次第に広がって真夏の陽射しになるのでした。駐車場の紫陽花も暑さで少しバテ気味なのです。蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打ち始めれば、加水率41%でちょうど好い硬さの生地が仕上がるのでした。伸して畳んで包丁切りをすれば綺麗に切れる。

 今日も長い伸し棒を使ったので、綺麗に伸せたのが好かった。薄めに伸せたから、切りべらは26本。昔はこの太さで包丁切りをしていたのです。切り幅は1.3mmで、亭主はこのくらいの細い蕎麦が好きなのですが、お客によってはこの蕎麦が細すぎるとおっしゃる方もいて、このところ大雑把な打ち方をして1.6mmほどで出していたのです。どちらもコシはあるけれど好みの問題だから、どちらが好きな人が多いのかで、評判が決まるのではないかと思っています。

 蕎麦打ちとしては、細い蕎麦を打つ方が難しいと思うのです。だから、忘れてしまわないように、たまには細く打ってみるのです。7時前に打ち終えて、今日は月曜日には珍しく12食の蕎麦を用意した。暑くなると思って少し多めに打ったのです。家に戻って朝食を食べたら、今日は書斎でゆっくりと眠った。昨日も7時間もぐっすりと眠ったのに、よく眠れると自分でも驚いているのです。洗面と着替えを済ませて、蕎麦屋まで暑い陽射しの中を歩いて出掛ける。

 幟や看板を出してすぐに厨房に入り、野菜サラダを刻んで盛り付けたら、ラップを掛けて冷蔵庫に入れておく。11時には掃除も終わって、椅子に座って開店前の精神統一。今日は一人の営業だから、暑くて沢山お客が来ても慌てないように、いろいろとシュミレーションをしておくのです。ところが、暖簾を出してしばらくすると、もう車が2台駐車場に入って、歩いて来た常連さんが、他のお客より先に、ぶっかけ蕎麦の大盛りとビールの注文をするのでした。

 二人連れの女性客は天せいろ、三人組の作業着姿の男性陣はせいろ蕎麦の大盛りのご注文なのでした。大盛りが四つもでれば、もうそれで蕎麦は六束なくなるから、後からいらっしてカウンターに座ったご夫婦が蕎麦を頼まれたら、もう売り切れ状態なのです。時計を見ればまだ12時半になっていなかった。「順番にお造りしますから」とお茶を出しながらお客に言って、盆や蕎麦皿、小鉢や蕎麦猪口、蕎麦汁を用意して、天麩羅を揚げて蕎麦を茹でるのでした。

 昼のひと時だけが混むので、それを過ぎればゆったりなのです。今日は蕎麦がなくなったから「お蕎麦売り切れ」の看板を出して、暖簾と幟をしまったら、まずは端切れと残った天麩羅の具材を揚げて賄い蕎麦を食べておきます。それからの洗い物と片付けが一人だと大変なのです。約2時間掛けて4時前にやっと家に着くのです。今日のデータをパソコンに入力したら、エアコンの効いた書斎でひと眠りするのでした。女将の分だけ焼きそばを作ったら、亭主は一週間ぶりでプールにに出掛けて、ゆっくりと泳ぎます。


6月25・26日 火・水曜日 定休日なのに何かと忙しかった…

 この時期は草木の伸びが早いので、家や蕎麦屋の草木が道路にはみ出して伸びてしまうのです。ずっと気にしていたから、今朝は朝飯前にまず、自宅の塀からはみ出していた草や木を切って綺麗にしました。すっきりとした塀際が気持ちが好い。梅雨入り前から剪定していた木槿の木もさっぱりと枝を落として、隣のお宅との境にあるスモモの木も大きく切り落としたので、夏らしく涼し気に見えます。それから蕎麦屋に出掛けて、今朝の仕込みを始めるのでした。

 出汁を取って蕎麦汁を仕込んだら、家に帰って朝食を食べる。お袋様との仕入れに出掛けて、食材を沢山買って来たら、冷蔵庫に収納して、午前中のうちに月に一度の床屋に出掛けるのです。珍しく今日は空いていたので、すぐに頭を刈ってもらい、さっぱりとして家に帰るのでした。床屋の駐車場に停めておいた車の外気温はなんと41℃になっていたから驚きです。青空は見えないのだけれど、たまに陽が差して、真夏の陽射しが照りつけるから熱くて堪らない。

 定休日の二日目は、前日も9時台には床に入ったのに、朝はゆっくりと7時前まで寝てしまいました。朝食を終えてもひと眠りはせずに、気になっていた蕎麦屋の西側の小径に、はみ出した木々の剪定を始めるのです。小径とは言え、通りに面した場所は多くの人々が通るので、ゆめゆめ放っておけない。一番南側の木槿の場所まで来ると、蕎麦屋の建物の南側の庭が見えるのだけれど、これが手の付けられないほどに草木が伸びて、早く剪定をしなければと思う。

 午前中はデザートの水羊羹と蕎麦豆腐だけをしこんで、家に帰って昼食にカツ丼を食べる。キュウリの酢の物や梅干しがさっぱりとして、美味しくいただくのでした。食後は書斎に入ってひと眠り。その間に女将はスポーツクラブに出掛けて、1時間ほど眠った亭主は、コーヒーを入れて飲むのです。ブルース・ウイルスの主演した映画が面白かったので、最後まで観ているうちに女将が帰って来た。ちょうど好い具合だと蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをする。

 明日の天麩羅の具材を切り分けたら、蓮根と南瓜を仕込んで、最後にお新香を糠床に漬けて4時になる。家に戻って早めの夕食にしてもらって、夜のプールに出掛けるのです。子ども達のスイミングか終わって、スタッフが道具を片付けるのを待ち、ゆっくりと泳ぎ始める。この時間帯に来るお客はいつも同じメンバーだから、邪魔にならないように、最近はゆっくりと泳ぐコースを選んで泳ぐ。明日はまた暑くなるのだろうかと心配もするけれど、朝は二度打ち。



6月27日 木曜日 蒸し暑い一日でした…

 今朝は4時半に起きて、珈琲を一杯飲んだら5時には蕎麦屋に出掛けました。お新香を糠床から出さなくてはならなかったのと、蕎麦を二度打たなくてはいけないからなのです。農産物直売所に出ている夏の野菜も、ぐんぐんと大きくなる物が増えて、漬物用に買った胡瓜は一本が太くて長いから、二本漬けて12人分の小鉢が出来ました。ナスも長めのものを二つ漬けたのです。ラップを掛けて冷蔵庫にしまえば、時計はもう5時半になっていました。

 蕎麦打ち室に入って、750gと500gの8割の蕎麦粉と2割の小麦粉を計量して、篩に掛けて捏ねていきます。今日もかなり硬く打って、菊練りをして蕎麦玉を二つ作るのに15分以上かかった。寝かせておく間に、次の作業の準備をする。6時20分になったらもう一度蕎麦打ち室に入って、伸しを開始するのです。硬い生地を伸していると身体が熱くなって、エアコンを入れて涼しくするのでした。打ち終えたのが7時10分で、朝食の時間にぎりぎり間に合った。

 外は陽射しはあるものの雲が多いから、どうしてもジメジメとした梅雨特有の陽気になる。みずき通りも空はすっかり雲に覆われていたけれど、不思議と陽射しがあるのです。蕎麦屋に着いたら、看板との幟を出し、早速、葱切りを済ませ、大根と生姜をおろして、野菜サラダの具材を刻む。突然、女将からの電話が鳴って、本家の大伯母が亡くなったと従兄から連絡があったのだそうな。97歳だというから、長生きだった。お袋様と弟に電話をして知らせる。

 暖簾を出せば、いつもの常連さんがやって来ていつものビールとぶっかけ蕎麦の大盛りのご注文。掻き揚げを揚げている間に、次々とテーブルが埋まり、カウンターにも常連の宅配のお兄さんが座ったのです。ヘルシーランチセットの大盛りをご注文。これは週末の混みようで、女将が早く来てくれて好かった。閉店間際にもバイクの老人がやって来て、ぶっかけ蕎麦の大盛りを頼まれる。天麩羅の具材も切れて、蕎麦も端切れしか残っていなかったので、ここでお蕎麦売り切れの看板を出す。ちょうど閉店の時間なのでした。

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2024年6月中旬



6月12日 水曜日 いゃ~今日も好く晴れて暑かった…

 ハーフパンツと半袖Tシャツで眠ったら、夜中に寒くて目が覚めた。長袖のジャージ上下を着てまた眠ったけれど、真夜中に目覚めてしばらく眠れなかったのです。居間の部屋で水を飲んで一服しながら、テレビの映画チャンネルで流れていたインド映画を観て、やっと床に就くのでした。7時過ぎに「ご飯が出来ましたよ」と女将が起こしに来る。夕べの計画はすべて台無しになった。高いところまで生い茂ったスモモの木を眺めながら、蕎麦屋に向かうのです。

 厨房に入って蕎麦徳利を冷蔵庫から取り出したら、蕎麦汁を詰めて行く。大盛り用の徳利まで詰め終えたら終わり。次にまな板を出して、カレーの具材を切り分け、キノコを取り出してキノコ汁の支度をする。生食用のまな板を出して、鶏肉を切ったらそれぞれの鍋に入れて煮はじめるのです。キノコ汁の具材は3分の2はジブロックに詰めて急速冷凍しておきます。一度に作るのは二人分だけで、この暑い時期にはそれほど多く出るものではないのです。

 キノコ汁は小さな鍋に移して、カレーは大きな鍋のまま蓋をして冷蔵庫に入れておきます。冷蔵モードは急速冷蔵で一気に冷たくして、菌の発生を防ぎます。昼の支度に間に合うように、家に帰ってカレー炒飯を亭主が作る。手首の腱鞘炎が治っていないので鍋は振れないから、コンロに置いたまま中華スプーンでかき混ぜる。久し振りのカレー炒飯がとても美味しく感じられたのです。残った野菜を綺麗に使い終わったので、女将も清々した顔をしていました。

 いつもなら食後は書斎で横になるのだけれど、今日は女将がスポーツクラブに出掛けた後で、亭主は昨日買えなかったパプリカを買いに駅前のスーパーに出掛けて行く。女将にはらっきょうを1㎏買って来て欲しいと言われていたので、少し高いけれど粒の大きくて青い芽が出ていないらっきょうを捜して買って帰る。そのまま蕎麦屋に直行して、午後の仕込みに入るのでした。蓮根の皮を剥いて輪切りにして、酢水でゆでること10分間。南瓜も切り分けてチーン。

 天麩羅の具材を切り分けたら容器に入れて、小松菜を大きな鍋で茹で、切り分けたら急速冷凍質で凍らせておきます。やっと一段落付いたら、最後に冷蔵庫から糠床を取り出して、明日のお新香を漬け込みます。まだ3時だったから、明日の朝一番で取りだしても、ちょっと漬けている時間が長くなりそうなのです。家に戻れば、ちょうど女将が帰ってきたところで、洗濯物を取り込んでいたから、亭主はいよいよスモモの木の剪定に取りかかるのでした。



6月13日 木曜日 曇りで気温も低かったけれど、蒸し暑くて…

 夕べは9時過ぎにもう眠くなって我慢が出来なかった。ブログを終えたところでもう床に就いたら、今朝は4時前に目が覚めた。ちょうど夜明け前で、東の空が異様な赤に染まっていたのです。コーヒーを入れて一杯飲んだら、4時半には家を出て蕎麦屋に向かう。昨日、早い時間に糠床に漬けたお新香が心配だったのです。ちょうど13時間漬けていたことになるけれど、塩を薄めにしておいたのでちょうど好い塩梅なのでした。切り分けて小鉢に盛り付ける。

 それから二回の蕎麦を打つ。41%の加水で捏ね上げて、硬くてちょうどいいかと思ったら、蕎麦玉を寝かせている間に生地がだいぶ柔らかくなっていたのです。室温は22℃なのでしたが、湿度計を見れば70%を越えていたから驚きなのでした。なんとか騙し騙し生地を畳んで包丁で切るけれど、今日は上手く切れなかった。包丁の刃にくっついてしまうほどではなかったけれど、等間隔で切ろうとしても、なかなか上手くいかない。16食用意して生舟に並べる。

 厨房に戻って、薬味の葱を刻み、大根と生姜をおろしたらひと休みです。向かいの畑では親父様がトラクターを運転して畑を耕している。よく見ると植えた野菜の間を走らせているから、雑草が生えないように草の根を切っているのだろうか。外は、時折ね薄陽が差しているけれど、やはり曇りなのです。窓を全開にしてあったけれど、気温が上がってきたので換気のために少しだけ開けて、エアコンを除湿モードで運転することにしました。

 野菜サラダの具材を刻んで、テーブルを拭いて回ったらもう開店の準備は出来ていた。女将が時間通りにやって来て、割り箸を袋に入れる作業をしてくれた。お客が多いとそれが追いつかなくて困ることがあるのです。最初のお客は近所に住む常連さんで、今日はビールとぶっかけ蕎麦のご注文。続けて宅配のお兄さんが仕事を終えたらしく、車を停めて今日も鴨せいろの大盛りを頼むのでした。野菜サラダと白エビの掻き揚げも注文して、満足そうに食べていた。




6月14日 金曜日 昼で32℃、暑すぎてお客も来ない…

 今朝は5時起き。コーヒーを飲んで蕎麦屋に出掛ける前に、剪定したスモモの枝を込み袋に入る大きさに、剪定用のノコギリで切る亭主。細い枝なら女将でも剪定ばさみで切れるのですが、ちょっと太くなると彼女の力では太刀打ちできない。20分ほどかけて、玄関前にあった枝を細かく切って、それから蕎麦屋に出掛けたのです。6時前に蕎麦屋に着いて、早速、蕎麦打ち室に入って蕎麦を打つ。加水率41%で、生地の仕上がりはまあまあだったのだけれど…。

 この時期は、少し硬めで菊練りを終えて、蕎麦玉にしているのですが、どうも寝かせている間に、生地が少し柔らかくなっているのです。そうなると、伸して畳んで包丁切りをする時には、均等の切り幅で包丁を降ろしても、綺麗な蕎麦にならない。伸しムラが出来ているのだろうか。急いでいるわけでもないので、気になるところなのです。冷蔵庫の中をの覗いて、次の仕事を考えながら、家に帰って女将の作る朝食を食べる。今日は食後にひと眠りです。

 朝はハーフパンツにTシャツだったのに、蕎麦屋に出掛けるときには長ズボンと襟付きのシャツに着替えていく。厨房に入ったらもう暑いので下着一枚になって、野菜サラダの具材を刻むのでした。今日は朝から窓を閉め切って、エアコンを入れたのです。9時過ぎだというのに、もう28℃もあるのでした。解凍した太海老を容器に移し替えて、南瓜を切り分けてチーンする。蓮根も皮を剥いて輪切りしたら酢水で茹でておきます。11時前には開店の準備が終わる。

 外は陽射しも強くジリジリと暑い。今日はさすがに散歩をしている人の姿もないのです。そんな中を、開店直後に駅前のマンションに移った常連さんが、自転車で2キロも走っていらした。黙っていてもせいろの大盛りと辛味大根。その後すぐに、昨日いらっしたばかりの常連さんが歩いてやって来る。こちらはビールと今日は大盛りのぶっかけ蕎麦のご注文。蕎麦好きの常連さんは有り難い。1時を過ぎてやっとご新規の女性二人のお客様が天せいろをご注文。



6月15日 土曜日 今季最高のお客の入りでした…

 朝の5時前から蕎麦屋に出掛けて、今日の準備を整えたけれど、1時過ぎにはもう蕎麦も蕎麦汁もなくなったのです。15食用意した蕎麦がなくなるのは珍しい。「冷蔵庫の中が何もなくなったわよ」と女将が言うのでした。洗い物をする暇もなかったので、それから14人分の盆や蕎麦皿、小鉢や天麩羅の皿に天つゆの器などなどを、洗い始めるのだから大変でした。相当に疲れて3時前に家に着いたら、もう書斎で横になってバタンギュー。女将が起こしに来た。

 今日、唯一、出なかったのが昼に作った野菜サラダで、家に持ち帰って晩は五目焼きそばを作って、海鮮ミックスや肉やキクラゲを加え、サラダを一緒に炒めて食べたのです。食べ終えたら満腹になって、また眠くなってきたけれど、夜は仕入れと仕込みがあったのでまた蕎麦屋に出掛ける。防犯パトロールの集合時間はとうに過ぎていました。このところ二週続けて参加していないので、申し訳なく思っているのです。でも、やはり仕事が優先なのでした。

 蕎麦屋に着いたら、まずは空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めていきます。ところが、あると思っていた予備の一番出汁がもう使い終えいたので、慌てて出汁取りの準備をする。明日の朝は二回蕎麦を打たなくてはならないのに、出汁まで取るのでは2時間はかかってしまう。蕎麦汁は11人分しか徳利に詰められなかった。明後日もあるので、やはり出汁を取るしかないのです。カウンターの干した盆や蕎麦皿を片付け、糠床を冷蔵庫から出してお新香を漬ける。

 それから、やっと隣町のスーパーに出掛けて、仕入れを済ませるのでした。考えたら、蕎麦を打つのに小麦粉がないのです。蕎麦粉も先週の金曜日に仕入れたばかりなのに、もう一袋がなくなっている。いかに毎日たくさんの蕎麦を打っているのかが分かる。今年は梅雨入りが遅いから、暑い日が続いてお客が多くなっているのだ。洗い物も多いせいか、前屈みの姿勢が長いために、背筋が痛くて堪らない。手首の腱鞘炎もまた治らないし、辛いことも多いのです。

6月16日 日曜日 父の日もまずまずのお客の入り様で…

 緊張していたからか、3時過ぎに目が覚めてコーヒーを入れて飲むのでした。暗い時間に蕎麦屋行くのもどうかと考えて、また床に入って5時まで眠った。今朝は出汁取りと蕎麦打ち二回にお新香を糠床から取り出して、小鉢に盛り漬ける仕事があったのです。2時間はかかる朝飯前のひと仕事だから、夕べも早く休んだのでした。目覚めたと言っても、いつでもまた眠りの続きを始められるような状態で、蕎麦屋に着いて冷たいほうじ茶を飲んで初めて目覚める。

 今朝も蕎麦粉の加水率は41%のままで、硬すぎると捏ねるのが大変だから、どうしても40%まで下げる勇気が出ないのです。蕎麦玉にしてビニール袋に入れるまでは、かなり硬いと感じるのですが、寝かせている間にお新香を小鉢に盛り付けたりしていると、これが柔らかくなるから不思議なのです。だから、伸して畳んでもどうも包丁切りがしづらい。このところ、この状態が続くから何とかしなければならないのですが、水を減らして硬い蕎麦を打つしかない。

 空は曇っているのですが、湿度は相当に高く、昼になるにつれて気温も上がって来ているらしい。隣の畑には今度は何の種を蒔いたのだろうか、綺麗に耕された畑には新芽が伸びているのでした。昼前にお母様と娘らしい女性がいらっして、ヘルシーランチセットを二つ頼まれる。それから天せいろ二つの注文をしたご夫婦。テーブルが一杯だったから、次のお二人はカウンター。白エビのかき揚げや稚鮎の天麩羅なども頼まれて、厨房は結構忙しかったのです。

 三日続けていらっした常連さんは、カウンターの隅に座って、今日は大盛りのぶっかけ蕎麦とビールのご注文なのでした。最後に、いつも串焼きを頼まれる女性がいらっして、珍しく今日はぶっかけ蕎麦と蕎麦豆腐を注文した。今日も天麩羅がよく出て、一杯にしてあった天ぷら粉の入れ物が空になる。また値上がりをした天麩羅油も瞬く間に少なくなって、利益が出ているのかどうか分からない。2時半には店を出て女将と二人で家に帰る。夜は鰻なのでした。



6月17日 月曜日 この一週間も疲れました…

 夕べは9時過ぎにはもう眠くなったので床に就いたのです。週末の疲れが溜まっているのでしょう。風呂に入っても背中は痛いし、やっと眠れば3時過ぎにはもう目が覚める。コーヒーを入れて居間の部屋で煙草を吹かそうと思うのだけれど、なかなか目が覚めずに入れたコーヒーも飲めなければ、口にくわえた煙草も吸えない。30分ほどその状態で座ったままなのです。やっと煙草に火を点けてコーヒーを飲むけれど、やはりもう一度床に就いて眠ることにした。

 不思議なことに5時過ぎには目が覚めて、車で蕎麦屋に出掛けるのです。ハーフパンツに半袖のTシャツでも十分な暖かさ。厨房に入って、まずは水羊羹の仕込みを始めます。氷砂糖を入れた鍋に水を入れ、白餡と寒天の粉を加えて沸騰させたら、熱を冷ましてから豊缶に流し込む。次にタピオカ粉15gに蕎麦粉15gを計量して鍋入れたら、小さな豆乳のパックを1本加えてかき混ぜながら火にかけるのです。良い匂いがして固まってきたら型に流し込んで終わり。

 次にいよいよ今朝の蕎麦打ち。加水率を40.5%に減らして蕎麦粉を捏ねていけば、硬いけれども力を入れて何度も捏ねている間に、やっと生地が纏まってくる。昨日までのように生地は柔らかくはないのでした。蕎麦打ち室の温度は29℃、湿度は40%。エアコンを効かせているけれど、陽が当たるからこの状態なのです。当分の間はこの加水率で行くことにしようか。9食の蕎麦を用意して、片付けをしたら、家に帰って女将の用意してくれた朝食を食べるのです。

 食後は書斎に入ってひと眠りして、8時半には背中の痛みを我慢して起きあがったら、洗面と着替えを済ませて居間の部屋で一服。陽は差していなかったけれど、蒸し蒸しと暑い朝なのです。蕎麦屋に出掛けて看板を出そうと思ったら、昨日は疲れて表に出したままになっていた。幟を立てて、チェーンポールを降ろしたら、厨房に戻って、昨日洗って干したままの盆や皿を片付ける。大鍋に水を汲み、大根をおろして、いつもの朝の仕込みにかかるのです。

 野菜サラダの盛り付けも終わり、開店の準備が整ったところで、駐車場にはもうお客が来ていたのです。暖簾を出して今日の営業が始まる。今日は30分に一組という具合でお客が入ったので、洗い物も出来たし、注文もすべて天せいろばかりなのでした。最後の女性客のリピーターさんだけが、一人はいつもおろし蕎麦。1時半にはお蕎麦売り切れの看板を出して、賄い蕎麦を茹でるのでした。家に持ち帰る荷物もコンパクトにして、女将の帰る前には家に戻った。



6月18日 火曜日 強い雨の降る一日でした…

 久し振りに7時間も続けて眠ることが出来ました。6時前に目覚めて、コーヒーを入れて居間の椅子に座って一服するのです。梅雨入りが遅いお蔭で、先週も40人近いお客が入って嬉しかった。でも背中の痛いのは、市販の湿布を貼っても全然効かないので、今朝も起き上がるのにひと苦労なのです。朝からの雨で少し石油の残ったストーブを点けて暖まる。7時になって女将が台所に現れたから、朝は亭主が昨日の残った野菜サラダをあんかけにして食べる。

 雨が激しく降っていたので、女将も買い物に行けないから、今朝はお袋様と一緒に出かけることにして、まずは農産物直売所に行けば、思っていたよりも野菜が沢山出ていた。レジの小母さんに聞いたら、朝早くに裏の入り口から農家の小母さん達が野菜を運んで来たのだとか。女将も新鮮なトマトやキュウリを買っていた。隣町のスーパーに行っても、亭主は店の買い物だけ済ませれば好かったので楽ちんなのでした。昼は久し振りにスパケッティとトンカツ。

 お袋様も火曜日はこのスーパーでトンカツを買って帰るのだそうな。二人を家まで送って、亭主は蕎麦屋に戻って買って来た荷物を冷蔵庫に入れる。大根のなた漬けの下ごしらえに、漬け物器に塩で漬けた大根を入れて押し漬けする。カウンターに干してある昨日の洗い物を片付けて、11時を過ぎたら家に戻って、昼の支度をするのです。スパケッティのボロネーズにトンカツを載せて食べたのですが、女将はカツを半分だけにして、久々の洋食なのでした。

 食後は書斎に入ってひと眠りしたら、女将のスポーツクラブの予約を済ませて、女将は稽古場に入って書道をして、亭主は西の町のホームセンターに足を伸ばして、足りなくなった店の品物を買いに出掛けるのでした。最近、なくなるのが早い一袋100膳の天削げの割り箸を四つも買って、竹串や90㍑のゴミ袋も買って帰るのです。雨は小降りにはならずに、どんどん降り続いていました。店に帰って、最初に、すっかりなくなった返しを作る。

 お客が多いと蕎麦汁を作る返しもなくなるのが早いのです。一週間は寝かせて置かなければならないのですが、いつも作ってすぐに使わなければならない状態なので、今日は少し寝かせておけると膝下の保管場所を掃除しながら思うのでした。次に塩で漬けた大根が水が上がってきたので、水を切ってタッパ二つに入れて柚子と唐辛子を入れ、甘酒の素と砂糖を加えて漬けなおすのです。4時半になったので家に戻って今日の買い物のデータをパソコンに入れる。



6月19日 水曜日 雨の日の後は一転猛暑の一日…

 昨日たっぷりと雨が降ったから、紫陽花の花も生き生きとしている。今朝は9時に蕎麦屋に出掛けて、蕎麦汁の補充をしたり、カボチャを切り分けてレンジでチーンしたり、新レンコンの皮を剥いて酢水で茹でたりと、あまり沢山の仕事はなかったのです。新レンコンは新しいだけあって、値段もいつもの倍はするけれど、白い新鮮な色が鮮やかなのでした。輪切りにした小振りの一枚が、70円もする計算だから、出始めはやはり足が出てしまうのです。

 時間が余ったので、ついでに玉葱を刻んでかき揚げの具材を用意したら、生椎茸やピーマン、ナスも切り分けて容器に入れておきます。それでもまだ10時半だったから、家に帰れば女将に「随分と早いわね」と言われた。今日はスモモの木の最後の剪定を終えたかったけれど、朝は昨日の雨の雫で一杯だったから、女将もまずは物干しを拭いてから洗濯物を干していた。あと少し太い幹を3箇所ほど切れば終わりなのに、ここからがなかなか進まないのです。

 昼は蕎麦屋から持ち帰った掻き揚げ用の玉葱やピーマンを刻んで亭主がカレー炒飯を作る。スープにはこれも残りものの天麩羅の具材を切って、今日はあっさりとコンソメ味にしました。食べ終えてひと休みしたら、エアコンの効いた書斎に入ってひと眠りです。今日は背中に貼った湿布がきいたのか、腰の痛みは少し和らいでいるので心地よい眠りに就けるのです。夜の防犯パトロールにも出掛けられるだろうか。もう二週間も参加していないので気まずい。

 女将がスポーツクラブに出掛けている間に目を覚まして、午後の仕込みに蕎麦屋へ出掛ける亭主。最初にキノコ汁を作って、次にハラミの串刺しを準備する。一番最後がぬか漬けなのは漬ける時間が長くなりすぎるのを防ぐためなのですが、やはり3時過ぎには漬け終わってしまう。早く家に戻ったのはいいけれど、汗だくで帰って来た女将はまだ洗濯物を取り込んでいない。慌てることはないと亭主もエアコンを入れた居間で涼んでいたのです。

 早めに夕食にしてもらって、5時には食べ終わったので、少し涼しくなった頃に庭に出て、スモモの木の残りふた枝ほどを切る。ばっさりと切ってしまったから、枯れなければ好いけれどと心配するのでした。何時の間にか、名前も知らない他の木も大きくなっていて、ついでに切って庭に横たえた。6時半には家を出て、パトロールの集合場所に行けば、老人たちが集まっている。腰痛で湿布を貼っている人もいれば、腱鞘炎で腕に湿布を貼っている人もいた。加齢による使いすぎが原因だとか。亭主も同じ仲間入りで、話題には事欠かなかったのです。和やかな散歩道に鴬の声が響くのでした。

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2024年6月上旬



6月5日 水曜日 年に一度の食品衛生協会講習会に…

 今日は年に一度の食品衛生の講習会がある日なので、朝から忙しかったのです。夜は防犯パトロールがあるので、午後の仕込みが出来ないかも知れないから、早朝からハイスピードで仕込みを頑張った。6時前には蕎麦屋に出掛けて、まずは蕎麦豆腐を仕込み、キノコ汁を作っておくのでした。それから昨日作っておいた小鉢のなた漬けと切り干し大根の煮物を盛り付けて、家に戻って早めの朝食を取ったら、今日提出する検便の準備をしておく。

 いつものようにひと眠りする暇もなく、庭の剪定した木槿の枝の長いものをノコギリで切って、ゴミ袋に入る大きさにしておく。再び蕎麦屋に出掛けて、掻き揚げ用の玉葱を刻み、三ツ葉を切ってタッパに詰める。天麩羅の具材を切り分け、蕎麦汁を蕎麦徳利に詰めたら、後は講習会が終わった頃にお新香を漬けに来れば好いだけ。もう苺は終わりだろうと思いながら、昼飯の前に農産物直売所に出掛けて、珍しく出ていた辛味大根や家の野菜を買う。

 家に戻って簡単に昼食を済ませたら、女将がスポーツクラブに出掛けた後で、亭主も講習会の会場に行くのでした。駐車場が空いていないと大変なので、早めに出たのは好いけれど、あまりにも早すぎてまだ誰も来ていなかった。受付の始まる30分前だったけれど、係の人たちが親切に対応してくれて、広い会場に座って1時間以上も待ったのです。今日の講演者は若い女性の方で、例年のように老人が聞き取りにくい話をするのとは違って、随分と勉強になった。

 開場には200人以上の人たちが座って、2時間の講演を熱心に聴いていた。食中毒の予防方法は、いつ聞いても同じだけれど、とにかく手を洗うことが大切だという。法律の改正で、漬け物の販売には許可が要るという話が気になったので、講演終了後に質問をしに行ったところ、販売するのではなく自分の店で出すのはかまわないと言われた。それからまた蕎麦屋に寄って、お新香を漬けたら、明日の朝二回打つよりも、やはり一回目の蕎麦を打っておこうと蕎麦打ち室に入る。今日は昼寝もしていないので、家に帰ったらもう夜のパトロールに出掛ける元気はなかったのです。夕食を食べて横になったら、風呂の時間にも目が覚めなかった。かなり疲れていた。


6月6日 木曜日 今日は時間が上手く使えたかな?…

 夕べは変な時間に遅い昼寝をしたものだから、夜が定刻に寝眠れずに1時過ぎに床に就いたのです。それでも、いつもの習慣で4時過ぎには目が覚めて、台所でお湯を沸かしてコーヒーを入れる。4時半頃にはすっかり目が覚めたのだけれど、蕎麦屋に行くにはまだは早いと、玄関前に切り落としたままの木槿の枝を、ゴミ袋に詰めていくのでした。入る長さに切りそろえておいたから、ビニールの袋を破かないようにそっと枝元から入れて4袋になりました。

 それから蕎麦屋に出掛けて、今朝は600g6人分だけ蕎麦を打つ。夕べ8人分打っておいたのが正解でした。続けて二回打つとどうしても集中力が途切れて、雑な打ち方になってしまいがちなのです。加水率は41%で生地の仕上がりはちょうど好かった。蕎麦玉を寝かせている間に、厨房に戻ってお新香を糠床から取り出して、小鉢に盛り付ける。大根のなた漬けと切り干し大根の煮物もあるから、小鉢は明日までは持ちそうなのでした。6食の蕎麦を打ち上げる。

 7時前に家に帰れば、ほっけの塩焼きをメインとして、亭主の好きな野菜類が並び、これが日本の旬の朝食と言う感じなのでした。食べ終えて居間でお茶をもらったら、書斎に入って例によってひと眠りです。最近はぐっすりと1時間は眠ってしまう。それでも8時半には目覚めて洗面と着替えを済ませたら、蕎麦屋に出掛ける前に剪定ばさみを持って、枝の先に残っている道路側の小枝を切って奥のでした。全部は出来なかったけれど、少しずつ終わらせたい。

 蕎麦屋への道々、幼稚園に子供を送るお母さんと挨拶を交わし、みずき通りを渡ってサツマイモ畑を見ながら、やっと店に着くのです。看板と幟を出したら、薬味の葱切りを済ませ、大根と生姜をすりおろすのです。苺の季節が終わったから、今朝は女将の勧めで水羊羹を作ることにしました。寒天、練りあんなど、店にある食材で一年ぶりに豊缶を使って600ccを流し込む。それから野菜サラダの具材を刻んで、天麩羅油を鍋に入れて天つゆの鍋を火にかける。

 開店の10分前には年老いた母と娘がワゴン車でやって来て、駐車場に上手く車を入れられないから、亭主が運転を代わって出しやすいように前向きに止めてやるのでした。女将もやって来てお茶を出してくれる。それからすぐに次のお客がいらっして、続けて駅前のマンションに移ったという常連さんがご来店。12時前に三組、5人のお客が来るとは、嬉しい限りなのでした。皆さんに蕎麦をお出ししたところで、先週も来た健康診断のスタッフが「四人なんですけれど」と玄関を開けて言うのでしたが、「今は座れないのですよ」と応える亭主。大きなワゴン車を止めるスペースもないのです。
 蕎麦は沢山あったのに、間が悪いとでもいうのか、なかなか上手くいかないものです。5分待ってくれればテーブル席も空いたのです。下げた盆や蕎麦皿を洗っておけば、女将がテーブルを拭いてくれる。次にいらっしたのは年配の母と娘で、二人とも天せいろのご注文なのでした。最後はリピーターの女性で、いつもと同じくヘルシーランチセットの天せいろを頼まれた。今日は洗い物をその都度済ませたので、2時過ぎには女将と店を出られたのでした。
 家に戻って女将が買い物に出る間に、亭主はひと眠りです。夕食にまた堅焼き蕎麦のあんかけを作り、6時になったら蕎麦屋に出掛けて、予備の一番出汁で明日の分の蕎麦汁を作る。明日は亭主一人の営業だけれど、今日は天麩羅が沢山出たので南瓜を切り分けチーンして、蓮根の皮を剥いて酢水で茹でる。明日の朝には次の出汁を取らなければいけないので、昆布と干し椎茸を鍋に浸して準備しておくのです。家に帰れば7時半を過ぎていた。


6月7日 金曜日 晴れて気温も上がり、昨日よりも混雑して…

 今朝は4時前から目が覚めて、コーヒーを入れて今部屋で飲む。今日は出汁取りと蕎麦汁の仕込み、蕎麦打ちがあるので、どうしても2時間近くは見ておかなければならない。朝飯前のひと仕事としては、ちょっと多すぎるくらいなのです。休憩で厨房の椅子に座れば、そのまま眠ってしまいそうなのでした。それでもなんとか蕎麦打ちまでこぎ着けて、昨日の残りと合わせて10食の蕎麦を用意しました。亭主一人の営業だから、そんなにお客は取れないのです。

 7時前に家に戻って、先日、剪定してゴミ袋に詰めた木槿の枝を集積所まで運ぶ。普段は女将がやっている仕事だけれど、ゴミ袋四つだと彼女なら二回も運ばなくてはならない。亭主は一回で持って行けるから簡単なのでした。朝食を終えてひと休みしたら、書斎に入って1時間以上は眠った。さすがに朝が早くて仕事が多いと疲れるのです。洗面と着替えを済ませて、玄関脇のウチワサボテンを眺めながら、今日の仕事に出掛けるのです。

 11時過ぎには開店の準備を終えてテーブルを拭いて回る。暖簾を出せば、今日は不思議と一人のお客が多かったのです。天せいろにカレー蕎麦、ビール、キノコつけ蕎麦、ぶっかけ蕎麦、鴨せいろと閉店間際までお客が絶えず、常連さんも半分はいただろうか。知り合いの農家のご家族とは少しゆっくりと話をする。最近、髭を伸ばした親父様は今度は頭を丸めて様変わり。気さくな奥様がいろいろ解説をしてくれる。92歳になると言うお婆様も完食でした。

 洗い物を終わって見れば、今日はお椀類が六っつも出たのです。家に帰ればもう4時過ぎなのでした。さすがに疲れてそのまま遅い昼寝を決め込む亭主。6月に入ってからまだお客の少ない日がないのは嬉しいけれど、このままでは身体がもつかどうか。去年はたしかこの時期からスタッフに人を頼んだのです。ただ、食材の高騰する中を値段はあまり上げずに営業しているから、馬鹿にならない人件費は究極の選択になる。混むのに慣れるしかないのだろうか。

 夕食を終えていつもなら空いている金曜日のプールへ出掛けるところなのですが、先週に続けて今週も夜の仕込みがあるのでした。お客が多いと小鉢もなくなるので、今日はまたぬか漬けを漬けに蕎麦屋に出掛ける。陽の沈むのもだいぶ遅くなって、7時近くに綺麗な夕焼けが見えた。大根のなた漬けと切り干し大根の煮物も小鉢に盛り付けて、カウンターに干してあった盆や蕎麦皿や椀などを戸棚にしまったら、家に戻って酒を飲み始めるのです。


6月8日 土曜日 暑くなった今日は蕎麦日和で…

 4時半には目が覚めたけれどなかなか起き上がれない。今日は蕎麦を二回打たなければならなかったので、何とか立ち上がって台所にコーヒーを入れに行く。居間の椅子に座ってコーヒーを飲みながら、早く出掛けなければと思いつつも重い腰はあがらないのです。やっと家を出たのはもう5時半を過ぎた頃なのでした。蕎麦屋に着いて蕎麦打ち室に入ったら、小麦粉と蕎麦粉とを二回分計量して、計量カップ二つに水を汲んで重さを量って脇に置いておく。

 加水率はいつもと同じく41%だったけれど、蕎麦打ち室の湿度計は50%を切っていた。そのせいか今日の蕎麦は硬く仕上がって、お新香を糠床から取り出す間に蕎麦玉を寝かせておいたのだけれど、久々に伸すのに時間がかかったのです。二回打つとどうしても1時間半はかかるので、家に帰ったのはもう7時をだいぶ過ぎていました。朝飯前のひと仕事にしてはかなりハードなのです。女将もご飯を食べ始めていた。亭主は急いで朝飯を食べて、ひと眠りする。

 9時過ぎに再び蕎麦に出掛ければ、向かいのサツマイモ農園は土曜日恒例の店開きで、若旦那が「今日は暑いから蕎麦日和ですね」と挨拶をする。コーヒーを売る若い女性は「白のズボンが素敵ですね」と亭主を褒める。「焼き鳥屋さんは車の荷台の中で暑そうですね」と言えば「暑いですよ」と中から声が聞こえる。若い人たちが元気に週末の休みに働いているので、こちらが逆に元気を貰うのです。解凍したハラミを串に刺して、注文されたらすぐに焼けるようにする。

 今日は開店の10分前にはもう駐車場に車が入ってきた。暖簾を出して中に入ってもらうと、すぐに次の車が脇に止めてお客がいらっしゃる。12時前にもう7人のお客が来て俄に忙しくなるのでした。午後もお客は途切れることがなく、もう何人来たのかも覚えていないほど。やはり天麩羅が多くて、野菜サラダもデザートもぜんぶ売り切れました。他のお客が帰っても、赤児と小さな男の子を連れたご夫婦は最後まで残って食べているのでした。

 やはり今日は蕎麦日和だったのか。洗い物を済ませて3時には二人で家に戻るのでした。農家に米を頼んだ女将は買い物に出掛けられずに、小母さんが運んで来てくれるのを家で待っている。亭主は書斎に入ってひと眠り。4時半に目覚めれば、女将はやっと買い物に出掛けたばかりらしい。蕎麦粉の代金を振り込みに出掛けて、頼まれたトイレットペーパーを買いに信号まで車を走らせれば、ちょうど女将が信号待ちをしていたのです。
 亭主は駐車場に車を止めて、二人で地階のスーパーに入いろうとしたら、店の常連さんに声を掛けられた。亭主はマスクをしていなかったので、向こうはすぐに分かったらしい。やけにクーラーの効いた店内は涼しすぎるほどで、今日は暑くなったからと晩のおかずは刺身と鰹のたたきにすることにしたのです。家に帰って、亭主は早速、焼酎の炭酸割りを作る。夜はまだ蕎麦屋で仕事があったので、歩いて店に出掛けて1時間ほど明日の仕込みをするのでした。


6月9日 日曜日 曇り空でしたが昨日よりも多くのお客が…

 5時半では遅いからと4時半には目を覚ましたのですが、それは夢うつつの頭の中だけで実際に目覚めたのは5時半でした。だいぶ疲れが溜まっているらしい。取るものも取りあえず、水を一杯飲んだら車に乗って蕎麦屋に出掛けるのです。蕎麦打ち室に入って、今日も二回分の蕎麦粉を計量したら、とにかく蕎麦を打つのでした。外は曇り空で陽が昇る時間にもまだ外は暗かったので、蕎麦打ち室の照明を点けて捏ね始める。蕎麦玉を二つ作って厨房に入る。

 コーヒーを入れる暇もなく、冷えたほうじ茶を一杯飲みながら、小鉢を用意するのでしたが、全部で11鉢しか出来なかったので、ちょっと足りないと感じた。切り干し大根の煮物を作るしかないと思ったけれど、二回の蕎麦を打ち終えて、14食の蕎麦を生舟に並べたら、もう7時をだいぶ過ぎていたので、急いで家に帰ったのです。今日も女将は先にご飯を食べていた。亭主が食卓に付くとすぐに味噌汁とご飯を用意してくれて、無事に朝食を済ませたのです。

 ひと眠りして9時過ぎには家を出てまた蕎麦屋に出掛ける。幟と看板を出したら、やっとコーヒーを入れて、一杯飲みながら次の作業を考える。最初に昨日までに売り切れたデザートの水羊羹を仕込んで、やはり、切り干し大根の煮物を作らなくてはいけないと、具材を刻んでフライパンに胡麻油をひいて炒めるのでした。出汁を入れて煮込んだら、出汁醤油と砂糖で味つけをするのです。それから天麩羅の具材を切り分けて、やっといつものペースに戻る。

 野菜サラダも出来上がり、早お昼を終えて来た女将も到着し、開店の15分前にはもう駐車場に車が入ってきた。暖簾を出さずに中に入ってもらったら、続けてもう2台入って満車になる。開店前に3組6人のお客がいらっして、今日の混みようが予想されるのです。早い時間にお客を店に入ってもらうのは好いのだけれど、車が止まっているのを見て次々とお客が入るのです。「早くて済みません」と言ったのは最初のお客だけ。仕方がないから暖簾を出したのです。
 12時半には皆さんお帰りになって店の電話が鳴る。「1時頃に行きたいのですが…」と言うので、誰もお客がいなかったから「お待ちしております」と応える。ところが、その後で4人連れのお客と3人連れのお客がいらっして、カウンターにもお客が座ったから、1時前に蕎麦は売り切れた。その後で電話のお客がいらっしたけれど、女将が出て行って蕎麦か売り切れたと話をするのでした。その後も何台か車は入ってきたのだけれど、皆さんお断りしたのです。
 1時半近くに常連の女先生がいらっして、「カレーうどんでも好いから食べさせて」と言ったらしく、奥の座敷で休んでいた亭主を女将が呼びに来た。新しい学校に代わって大変らしく、見るからに痩せてしまって、ベテラン教師の悲哀を聞かされる。悪いことばかりではないと本人も言うけれど、元気で頑張ってと見送るのです。3時までには洗い物を終わらせて、雨が降ってきたので、家に帰って二人で隣町のスーパーに出掛ける。女将は夕食の買い物で、亭主は食材が足りなくなったのです。夕食を食べ終えて、早い時間から蕎麦屋に出掛けて明日の仕込みをするのでした。


6月10日 月曜日 やっと涼しくなってお客も一段落…

 今朝は朝から雨でした。5時に目覚めて、コーヒーを入れて居間の部屋で5時半までゆっくりする。今日は蕎麦を一回打てば好かったから気が楽なのです。昨日の夜のうちに蕎麦豆腐もデザートの水羊羹も、天麩羅の具材の南瓜も蓮根も、随分と仕込みをしてあるのでした。蕎麦打ち室に入れば、室温が22℃なのに湿度は65%もあったから、加水率は41%に戻して蕎麦粉を捏ね始めました。硬かったから蕎麦玉にして寝かせている間に、少し水分が浸透するらしい。

 蕎麦切りは綺麗に同じ太さに揃って、二回打ついつもよりは数が少なかったけれど、今日は好い蕎麦が提供できそう。厨房に戻って小鉢の盛り付けをする。夕べ浸けておいたなた漬けも、切り干し大根の煮物も、蕎麦を用意した数だけ盛り付けておくのでした。久し振りに7時前に家に帰って、女将の用意する朝食を食べる。銚子で獲れた梅雨鰯を蒲焼きにしたものが、とても美味しかったのです。6尾入って200円台だからとても経済的でもある。

 書斎に入ってひと眠りしたら、洗面と着替えを済ませて、今日は車で蕎麦屋に出勤する。帰りに残った食材を持ち帰らなければいけなかったのです。雨は上がったけれど、この天気だからお客もそれほど期待できない。混んだ一週間だったから、たまには息抜きの一日があっても好い。それでも常連さんは来てくれて、ビールとカレー蕎麦を頼まれる。ご夫婦でいらっしたお客は、天せいろと鴨せいろをご注文。裏の小母さんが今日も天せいろを持ち帰られた。

 洗い物はその都度する時間があったので、最後はぴったり1時45分に暖簾をしまうことが出来だのです。2時半には片付けも終えて家に戻るのでした。じきに女将も帰ってきた。亭主は1時間ほど眠ったら、早めの夕飯を食べて夜のプールに泳ぎに行くのでした。帰り酒を買って、早速、一献。この一週間は50名近いお客が入ったので、とても忙しかった。もう明日は仕入れに行くのかと、休む暇もない感覚。庭木の剪定もいよいよ梅雨入り前に最後の仕上げをしなければいけない。蕎麦屋の南の庭も何とかしなければ…。


6月11日 火曜日 定休日初日、朝から暑い一日でした…

 朝一番で、ずっと気になっていた木槿の剪定をやつと終えたのです。木の種類にもよるけれど、これだけ枝を切り落としてしまうと枯れてしまわないかが心配です。花のつぼみが付いていたけれども今年は諦めて、見事に枝を切ってしまったのでした。そのまま蕎麦屋に出掛けて、お隣の庭に伸びていたつつじや紅葉の枝を切り落とす。ついでに駐車場に伸びた枝を切って、車が入りやすいように成形しておきました。わずか10分ほどの作業で一段落。

 家に戻って朝食を終えたら、今日はひと眠りしようと横になったけれど、眠れなかったので庭に出て、お隣との境に植えたスモモの木をじっと眺める。剪定は花芽のまだ着かない2月までがいいと言うけれど、上に伸びた枝が広がって洗濯物を干すのにも邪魔になるので、上に伸びた枝を木槿のように切ってしまおうと考えているのです。毎年、少しはスモモがなって、好い香りの実がなるのだけれど、細い枝先だけの剪定では止められない成長の早さなのです。

 何時の間にか幹も太くなって、枝の張り具合が想像を超えていたので、もっと広い場所が必要だった。毎年、お隣の庭に張り出した枝の先を切っていたのですが、今年はとくに上に伸びるのが早かったように思う。もっと下の部分から切ればリセットできるのかとも思うのですが、木を枯らしてしまっては元も子もない。ここの剪定が終わらなければ、蕎麦屋の庭の手入れも始められないので、明日は何とかノコギリを入れてみようと思うのです。

 お袋様との仕入れを終えて、蕎麦屋に帰って冷蔵庫に野菜類を収納する。パプリカだけは手に入らなかったから、大根切って塩をまぶして漬け物器に漬けたら、団地の中のスーパーに行ってみたけれど、パプリカは置いていなかった。諦めて明日は駅前のスーパーかショッピングモールで買ってこようと、家に帰って昼食の支度を始めるのです。昨日の野菜サラダが残っていたから、女将に蒸し麺を買ってきてもらい、昼は五目焼きそばにしました。

 やっと食後にひと眠り出来て、女将のスポーツクラブの予約を無事に済ませたら、居間の部屋で昔の映画を観た。3時前にはまた蕎麦屋に出掛けて、なた漬けの大根は水が上がっていたので、タッパに移して麹と砂糖と刻み柚子を加える。そして、午前中に用意しておいた出汁取りをしたけれど、やはり1時間近くかかったのです。室温がエアコンを入れても28℃を超えていたから、外は相当な暑さらしい。カレーやキノコ汁も作りたかったが家に帰ることにした。

 夕方にはスモモの木を切れるかと思っていたけれど、昼の熱気と夕陽の暑さとでそれどころではなかった。今日は佐倉は29℃まで上がったと女将が言っていた。午前中に亭主が買ってきた鰯は生きが好かったので、夕刻には捌いてもらって刺身にして食べる。蕪の葉のお浸しを添えて晩の酒の肴にしました。脂が乗っていてとても美味しかった。明日の朝は涼しいうちにスモモの木を切ってしまいたい。それから朝飯前のひと仕事に出掛けてカレーとキノコ汁…。



 

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2024年6月初め



6月1日 土曜日 6月も初日から満員御礼で…

 今日は晴れて暖かくなると言う予報だったから、5時には起き出して5時半には蕎麦屋に出掛ける。21%の加水で蕎麦粉を捏ねて蕎麦玉を寝かせている間に、小鉢を盛り付けるのです。12鉢用意して足らなければ盛り足せば好いと思っていた。湿度58%、室温22℃だったから、ちょうど好い生地の仕上がりで、蕎麦切り包丁に蕎麦がくっつくことなく、綺麗に蕎麦が切れたのです。昨日の蕎麦の残りと合わせて15食の用意で開店に臨むのでした。

 7時前には家に帰って女将の用意してくれた朝食を食べる。例によって食後に書斎へ入ってひと眠りしたけれど、30分も眠れなかったのです。最近では珍しく8時半には家を出て、蕎麦屋に着いたら看板を出して幟を立てる。向かいの畑の親父様も、もう野良仕事を始めていた。朝のうちは曇りという予報だったのか、空はどんよりと曇っていたのです。デザートの苺大福は昨日作ったものが残っていたから、今朝は大根をおろして野菜サラダを作るだけでした。

 大根をおろして冷蔵庫の中の蕎麦汁を確認したら、だいぶなくなっていたので、補充しておくのでした。野菜サラダの具材を出して並べて見たら、最近は野菜の値段が上がっていると女将が言っていたけれど、アスパラは一日分の3本で200円、ブロッコリーも200円以上でそう考えると、300円で出す野菜サラダも、10種類の生野菜を使って、果たして元が取れているのかと心配になるのでした。メニューの値段は、そうそう簡単に変えることは出来ないからです。

 野菜サラダを刻んでいたら、10時半前に裏の奥様がやって来て、食事を終えてから出掛けたいのでと、天せいろを二つ作って欲しいと、蕎麦の持ち帰りを頼まれる。「えーっ、まだ早すぎますよ」と亭主は言いながらも、天麩羅油を温めて、野菜サラダは途中にしたまま、蕎麦を包んで蕎麦汁をペットボトルに入れて天麩羅を揚げるのでした。その間中、ずっと一人で喋り続ける彼女の姿が、痛々しくてならなかった。息子さんは「まだ早すぎる」と言ったのだとか。

 今日は二つのテーブル席に四人ずつ入って、カウンターに交互に四人座ったから、開店前のお持ち帰りを合わせて14人のお客が来たことになる。それで1時にはもう蕎麦は売り切れ。売りきれの看板を出してた後にも、お客は何組かいらっしたけれど、これが亭の出来る範囲と諦めるのでした。温かい汁のぶっかけ蕎麦が随分と出たほど、外は涼しい陽気だったらしい。3時前に洗い物を済ませて、女将と家に戻るのです。夜はまた明日の準備に蕎麦屋に行く。



6月2日 日曜日 6月に入って二日目も曇りなのに10人越え…

 今朝は3時に目が覚めて、まだ早いから寝ていようと思ったけれども、なかなか寝付かれなくてとうとう Give up 。仕方がないから外が明るくなるまで待って、蕎麦屋に出掛けるのでした。昨日は用意した15食の蕎麦がすべて売り切れたので、今日は二回の蕎麦打ちをしなければならなかったのです。気温が低く、天気も悪いとは言え、日曜日は油断大敵だから、しっかり蕎麦を打って開店に備えなければと思うのでした。加水率は41%。室温は22℃。湿度は57%。

 腱鞘炎で痛い左手を庇いながら、捏ねる蕎麦の生地を菊練りにして、蕎麦玉を二つ作ったところでビニール袋に入れて寝かせる。厨房に戻って、夕べ漬けに来たお新香を糠床から取り出し、切り分けて小鉢に盛り付ける。漬けた時間は10時間と少し短かったけれど、まずまずの出来栄えなのでした。これに大根のなた漬けと切り干し大根の煮物を小鉢に盛って、17鉢の小鉢を用意する。勿論、明日の分も入れて用意したから、今日はどれだけ出るのか心配です。

 早朝の2時間の仕込みを終えて家に戻れば、女将が「寝坊しちゃった」と、急いで朝食の用意をしてくれる。食事を終えてお茶を居間のテーブルに置いておくように言って、亭主は書斎に入ってひと眠りするのでした。1時間ほど眠ったのだろうか、目覚めたら8時半近くでした。今日は午前中に減塩の再仕込み醤油が届く予定だったので、洗面と着替えを済ませて蕎麦屋に向かうのです。向かいの薩摩いも畑では、いよいよ苗の植え付けを始めていました。

 蕎麦屋に着いたら看板を出して幟を立てて、薬味の葱切りと大根をおろすのを先に終えて、まずは苺大福を包むのです。10時を過ぎたところで、野菜サラダの準備に入るのでした。サラダの皿をカウンターに並べてこれから盛り付けようとするときに、玄関の扉が開いて、今日も裏の奥様がやって来た。昨日、11時を過ぎなければ用意が終わらないのでと言ったばかりなのに、今日も用事かあるから早く天せいろを作って欲しいと言う。さすがに亭主はお断りした。

 それでも開店の10分前には、車が駐車場に入ってきたので、暖簾を出さずに「中でお待ち下さい」と言って、若いご夫婦を店に入れたのです。常連のカレーうどんのお父さんご夫婦は、ぴったり開店の時刻にいらっして、いつものご注文。新聞配達屋のお兄さん達はカウンターに座って天せいろとぶっかけ蕎麦を頼まれる。昼前に駐車場はもう満杯で、今日も先が思いやられるのでした。用意した蕎麦の数だけ出たら売り切れなので、忙しさもそれで終わるのです。

 空いた時間でどんどん盆や皿を洗って行く亭主。女将も客が帰ったテーブルを拭いて、次のお客が来てもいいように準備してくれるのでした。1時前になって、四人連れの仕事着姿の若者達がご来店で、店の中を大声で話し出す。カレーうどんや鴨せいろなども頼まれたので、厨房は俄に忙しくなった。4人なのに注文の数が5つだからと確認すれば、兄貴風の青年が鴨せいろとカレーうどんを頼んだと言う。ビールやハラミの串焼きも出たから大変なのでした。
 2時半には洗い物を終えて家に戻って、女将は美容院に出掛け、亭主は書斎でひと眠りする。3時半には目が覚めて、雨が降っていなかったから、玄関前の木槿の剪定を始めたのですが、途中で雷と激しい雨。女将が帰って5時過ぎに早い夕飯を食べたら、夜の仕込みに亭主はまた蕎麦屋に出掛けるのでした。蕎麦汁もなければ返しも出汁もないのです。夜も1時間半の仕込みをして、8時前にはいえにもどるのです。今日は昨日よりも売り上げが多かった。


6月3日 月曜日 6月の三日目は平日なのにお蕎麦売り切れ…

 今朝も3時には目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲んで一服したけれど、まだ早すぎるのでもうひと眠りするのでした。今日は蕎麦を打っても600g6人分だけで、他には6鉢しかない小鉢に何を作れば好いのかというのが悩み。平日のしかも月曜日で曇り空だから、お客はそんなんには来ないのではないかと思ったのですが、用意だけはしておかなければいけない。蕎麦打ち室に入って、このところ同じ41%の加水で生地を捏ね始めるのでした。

 蕎麦玉を作って生地を寝かせている間に、今日の水分補給のためにほうじ茶を沸かす。カウンターに干してある昨日の沢山の盆や蕎麦皿を片付けたら、換気扇を回してやっと一服。蕎麦打ち室に戻って、蕎麦玉を地伸ししたら60cmの伸し棒で伸し広げていく。片付けに時間がかかったので、もう7時を回っていた。急いで本伸しを終えて畳んだら包丁切りです。135gを越える分量で6束の蕎麦を打って、昨日の残りと合わせて9束の蕎麦を用意しました。

 家に帰ればちょうど女将が朝食の支度を終えるところで、亭主にはちょうど好いおかずと小鉢の量なのでした。食べ終えてお茶をもらったら、例によって書斎に入って最近はひと眠り1時間。眠りが浅いのかいろいろな夢を見て楽しかった。洗面と着替えを済ませて蕎麦屋に出掛ける。月曜日は持って帰る荷物が多いので、車でいくつもりが、昨日の夕刻に剪定した木槿の様子を見ているうちに、何時の間にか歩いて出掛けていた。曇りだけれど気持ちが好い。

 蕎麦屋に着いたら看板と幟を出して、郵便受けを見たら不在通知があったので、すぐに電話をしたら来てくれると言うことなのでした。車で来ていれば間に合ったのかも知れない。厨房に入ってやはり小鉢を作らなければと思って、切り干し大根の煮物を作ることにした。店に残っている食材で、簡単に作れるものは他にないのでした。そして、大根と生姜をおろして、天麩羅の具材を切り分け、やっと10時過ぎに野菜サラダの材料を刻み始めるのです。

 開店の準備が出来て、暖簾を出して待っていたら、バス通りの向こうから4人の作業着姿の男性達が歩いて来るのが見えた。これは蕎麦屋に来るのだと直感して用意していたら、玄関が開いてテーブル席に座ったのでお茶を出す。「天せいろの大盛り」と言うから四人とも大盛りなのかと確認して準備をするのでした。二人分ずつ天麩羅を揚げて蕎麦を茹でる。話している言葉を聞けば中国語でもないし、どこか東南アジアの国から働きに来ているのだろう。

 蕎麦湯を出したら蕎麦に掛けている若者もいたから、日本食は初めてなのでしょう。言葉が通じるのは一人だけで、自分が食べ終わったら外で煙草を吸っていたから、結局、蕎麦湯は誰も飲んでくれなかった。その後で、近所から来たというお母様と娘がいらっしてこちらはぶっかけ蕎麦を頼まれる。残っていた野菜サラダと苺大福をサービスしたら、盆や蕎麦皿までカウンターに下げてくれた。賄い蕎麦を茹でて食べ終えたら、すべて洗い終わって3時を過ぎた。
 珍しくスポーツクラブを終えた女将から電話が入って、「家には何も食べるものがないんだけれど、何を買って帰れば好い?」と言うから、「焼きそばと肉でも買えば…」と応えておいたのです。亭主は今日は夜のプールに行く予定だから、作るのが楽な物が頭に浮かんだのです。持ち帰る荷物を袋に詰めて道を歩いていたら、向こうから女将が迎えに来てくれた。手首の痛い亭主を慮って荷物を持ちに来てくれたのです。家に着いてひと眠りしたら、台所に入ってあんかけの堅焼き蕎麦を作る亭主。夜はプールにで掛けてひと泳ぎです。


6月4日 火曜日 やっと定休日で店は休みになったけれど…

 日の出は4時半、朝は6時まで家に居て定休日だけれど、朝飯前のひと仕事に蕎麦屋に出掛ける。カウンターの上に干した盆や蕎麦皿を片付けて、昨日持って帰れなかった残りものの食材を、お盆に載せて車で家まで運ぶのです。7時前に家に戻って台所の様子を窺えば、女将が出汁焼き卵を作っているところで、卵が出るというのは冷蔵庫に何も残っていないと言うことだから、持って帰った小鉢がものを言うのでした。カブの味噌汁がとても美味しかった。

 食後はお茶をもらっていつもならひと眠りするところだけれど、玄関を出て庭の木槿の剪定の続きを始めるのです。毎日、眺めてはどの枝を切れば通りに出る小枝をなくせるかと考えていたから、脚立を出して一段だけ上ったところで剪定用のノコギリで切っていくのでした。30分ほど切り続けて、やっと見通しが好くなった。南側の枝には沢山の小枝が伸びていたのです。これを上だけ切って剪定したつもりでいたら、翌年にはまた大変なことになる。

 心配なのは、これだけ枝を切ってしまって、木が枯れてしまわないかと言うこと。切った枝葉をゴミ袋に入る大きさに切るのは午後からの仕事にすることにして、お袋様に電話をして今日の仕入れに出掛ける。陽射しは強いけれど空気は冷たく、売り場の広くなった農産物直売所に行けば、野菜はいつもの茄子やピーマン、人参、トマトなどをもらって、生椎茸3パックを加えて3000円を超えた。大根やキャベツは高いから、次に行く隣町のスーパーに期待する。

 期待に違わず、キャベツも100円ほど安く買えたし、大根も150円はしなかった。ブロッコリーは前の店の方が100円安かったので、買って来て正解なのでした。家の魚や肉や果物も買ったので、総額1万3千円も支払うことに。ほとんどが野菜なのにこの値段は確かに高い。お袋様もいつもより値段が上がっているのに驚いていた。店に戻って野菜類を冷蔵庫に収納したら、大根を切り分けてなた漬けの仕込みを始める。漬け物器に入れて塩を振って混ぜるだけ。

 家に戻って昼食の支度を始めれば、買い物から帰った女将がカレー粉を買い忘れたと言うので、今日も塩とコショウと鶏ガラの顆粒を加えて炒飯を作る亭主。火は強めに油は多めにして、レンジで温める冷凍ご飯も時間を短くして冷たいままで炒めるのがポイント。午後はさすがにひと眠りしてから、女将のスポーツクラブの予約の時間まで、朝に剪定した木槿の枝を小さく切る作業を始める。

 無事に予約が取れたら、テレビで洋画を観てゆっくりとするのでした。少しは寛がなければ身体が参ってしまっては元も子もない。4時前になって涼しくなったら、もう一度蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをするのです。丸ごと買ってきた南瓜を切り分けてレンジでチーンしたら、蓮根の皮を剥いて輪切りにして酢水で火にかける。水の上がったなた漬けの大根は、水を切って京唐辛子を散らして、甘酒の素と砂糖を加えて容器に入れるのでした。

 昨日の洗濯物を干していなかったことに気が付いて、物干しに乾いた前日の洗い物を畳んで、新しい洗濯物を干しておく。家に帰る前にビールの空瓶をひとケース車に積んで、国道沿いの酒屋に寄って、新しいビールと自分で飲む焼酎とをもらって家に戻るのです。夜の食事は活きの好い銚子産の鰯が手に入ったので、大蒜をおろして刺身にしてもらう。脂が乗っていてとても美味しかった。これだけでは足りないから、焼き肉と南瓜や生椎茸を焼いて食べる。