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2024年5月末



5月27日 月曜日 静かな月曜日なのでした… 

 5時前に蕎麦屋に着いて、朝日が昇るのを眺めるのでした。それでも青空は見えずに薄曇りの午前中なのでしたが、9時過ぎにはもう小雨がぱらついてきた。蕎麦屋の玄関前の紫陽花の花のつぼみが少しだけ大きくなって、次は自分の番だと主張しているかのよう。ヤマボウシやビオウヤナギは花が満開になってくる。全身にこの一週間の疲労と倦怠を感じながら、厨房の椅子に座れば、今朝やるべき事が次々と頭をよぎるのです。まずは小鉢と蕎麦汁の用意から。

 次にカウンターに干したままの沢山の盆や蕎麦皿を片付けていくのです。そして、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。まだ左手首が痛いので、右手を中心に水回しをしたら、左手を添えて捏ねる作業。加水率は44.2%で安定していた。蕎麦玉寝かせている間に、昨日の洗濯物を洗濯機から出して干していく。6時半前には蕎麦打ち室に戻り、生地を伸して畳んで包丁切り。寝かせている間に少し水分が出るらしく、ちょっと柔らかめで細い蕎麦が打てました。

 7時前に家に戻って女将の用意してくれた朝食を食べる。今朝は食べる前からもう眠たくて、お茶も飲まずに書斎に入る。ぐっすりと1時間以上眠って、頭はすっきり。洗面と着替えを済ませて居間の部屋でひと休みです。「行って来ま~す」と女将に声を掛けて、玄関を出れば、びっしりと蕾のついたウチワサボテンの花が少し咲き始めている。「こんな曇りの日でも花が咲くのね」と、ウッドデッキに洗濯物を干しに出ていた女将が言う。

 今日は午後から雨だと言うので、車で出掛けたら9時過ぎには蕎麦屋に着いて、幟と看板を出す。幟を立てたとたんに雨が降りだして、予報よりも早くてもう道路が濡れている。蕎麦屋の中は25℃もあったので、蒸し蒸しとしている。エアコンを入れて換気のために少しだけ窓を開けておくのでした。いつもの通り11時にはテーブルを拭き終わって、開店の準備が整う。5分前には暖簾を出したら、ちょうど11時半にお客がいらっしたから驚いたのです。

 蕎麦は5食出たところで今日は終わりでした。最後は裏の年配の奥様がご主人の一周忌の帰りだと歩いていらっして、珍しく店で天せいろを食べて帰られた。1時半になるからサービスで野菜サラダをお出ししたら、お返しのつもりか、買って帰った寿司をひとパック置いていった。1年前になくなられたご主人との話ばかりするから、まだ一人になれていないのだろうと思った。早く元気になれば好いと心配する。洗い物を終えて2時過ぎには家に帰る。


5月28日 火曜日 梅雨の走りか…

 今朝は定休日だからと朝飯前のひと仕事も、6時過ぎに蕎麦屋に出掛けて、カウンターの上に干してある昨日の洗い物を片付け、出汁取りの鍋に干し椎茸と昆布を入れて水を汲んでおくだけなのでした。最後に、生ゴミを表の大きな袋に詰めて、今日のゴミ収集に間に合うようにしておく。今週は30㍑の袋三つといつもよりも多い。コロナ以前は、いつも袋三つを90㍑の大袋に入れていたけれど、ここ数年は袋二つで足りるのです。先週がいかにお客が多かったか。

 家に帰って朝食を食べれば、夕べは夜の水泳もおやすみして、十分によく眠ったので食後のひと眠りはなし。お袋様との仕入れの時間まで、書斎のパソコンに向かって、店で使うおしぼりの発注をしたのです。ログインしたりパスワードを思い出したりするのに、思ったよりも時間がかかり、家を出たのは9時10分前なのでした。雨だったから、農家も野菜を持って来ていないので、必要な物だけ買ったら、隣町のスーパーに行って残った食材を手に入れる。

 それから店に戻って冷蔵庫に野菜類と家の買い物を収納したら、今日は西の町にあるホームセンターに行って、天削げの箸や消毒液などの備品を買いそろえてくる。店に戻って荷物を置いたら、家に買ってきた食材を持って帰宅するのでした。昼は昨日残った蕎麦をとろろ芋を擦って食べる。亭主が所望したキュウリの酢の物が出たので、さっぱりと美味しくいただく。この時期は、梅干しやら酢の物などが欲しくなる蒸し暑さなのです。

 女将のスポーツクラブの予約の時間までにはまだだいぶ時間が合ったので、書斎に入って横になり1時間ほど眠るのでした。無事に予約が取れて、亭主は隣町の床屋にひと月振りに出掛ける。80歳になる親父様は元気で今日も客の頭を刈っていた。次のお客も待っていたから、今日はおしゃべりはなしで早く終わることが出来たのです。そのまま蕎麦屋に行って、朝のうちに用意しておいた出汁取りをする。約1時間をかけて、蕎麦汁まで作って家に帰る。



5月29日 水曜日 ゆっくりとしたのか忙しかったのか…

 夕べは10時に床に就いたから、どうしても朝の4時過ぎには目が覚めてしまうのでした。定休日の二日目は、前の週の疲れが癒えてくるから、6時間あまりの睡眠でも身体が休まっているのか、居間の部屋でゆっくりとして、6時過ぎには蕎麦屋に出掛けるのです。家でシュミレーションをしていたとおりに、まずは蕎麦豆腐を仕込んで、カボチャを切り分けて蓮根の皮を剥く。輪切りにして酢水で茹でたら、水で洗ってタッパに詰めて冷蔵庫に入れるのです。

 7時前に家に戻って朝食を食べたら、書斎に入ってゆっくりとひと眠りをする。9時に目覚めて居間の部屋でコーヒーを飲んだら、今日一日で終わらせなければならない仕事を考えていた。自動車税の払い込みもしなければならなかったし、食材や店の備品の仕入れの宅配を確認しなければならないのでした。最近はAmazonのスパメールが多くて、どれが本物の連絡なのかを捜すのにひと苦労。ひとつ所に頼らない方が好いと違う業者を捜して発注したりする。

 10時になったらまた蕎麦屋に出掛けて、小鉢の二品目に切り干し大根の煮物を作っておく。洗濯機の中の洗濯物を干して、11時には家に戻って昼飯の支度を始めるのです。掻き揚げ用に刻んだ新玉葱と人参の残りものがあったので、肉を入れて炒飯にすることにしたのですが、カレー粉が切れたというので、塩とコショウだけでオーソドックスな炒飯を作る。先週店で残ったレタスと玉葱でコンソメスープを作る。玉葱の甘さが美味しい昼食になりました。

 食後はまた書斎に入ってひと眠り。その間に女将はスポーツクラブに出掛けていくのでした。今日は夜の防犯パトロールがあるから亭主は居間でゆっくりと休んでいる。3時を過ぎて、自動車税の支払いにコンビニまで車を走らせ、帰りに蕎麦屋に寄って午後の仕込みを始めるのでした。天麩羅の具材を切り分け、糠床を冷蔵庫から取り出して、キュウリとカブとナスを漬け込む。そして、明日の分の小鉢を盛り付けて、割り箸の袋詰めをしておくのです。

 午後から晴れた外は異様に暖かくて、半袖にハーフパンツでちょうど好い。家に戻れば女将が帰っていて、洗面所の切れた電球を買って来たというので、脚立を出して取り付けようとすれば、くらくらとして落ちそうになる。慌てて女将を呼んで支えてもらいながら電球を交換したのです。最近はなぜか高いところが苦手になった。自分の身体が思うように動かせなくなったのです。早めの夕食を終えて、夜のパトロールに出掛ければ、老人たちが元気に集まっていた。歩きながら話すことは自分たちの病気の話ばかりなのでした。


5月30日 木曜日 先週の疲れも癒えないうちに…

 今朝は蕎麦を二回打たなくてはならなかったので、5時前に蕎麦屋に出掛けて駐車場に車を入れる。もう朝日が昇っているから、ヤマボウシとビオウヤナギの花が陽に照らされて綺麗なのでした。昨日早めに漬けておいたお新香が心配で、糠床から出して切り分ければ、やはり少し塩辛くなっていた。この時期は11時間が一番良い出来上がりなです。13時間ではちょっと長すぎる。切り分けて小鉢に盛り付け、切り干し大根と大根のなた漬けと合わせて13鉢を用意。

 5時半前に蕎麦打ち室に入って、750gと500gの蕎麦粉を捏ねて蕎麦玉を作る。最近は42.5%の加水でも柔らかめなので、今朝は思い切って41%台で捏ね始めれば、蕎麦玉にして寝かせている間にちょうど好い硬さになるのでした。左手首はまだ腱鞘炎のままだから、添えるだけで力を入れられないのです。蕎麦玉を両手で伸し広げる地伸しの時は、ちょっと左手にも力が入るから痛いのでしたが、そこはぐっと我慢なのです。無事に13食の蕎麦を打ち上げて終わり。

 7時を少し過ぎてしまったけれど、家に帰れば女将はまだ朝食の支度の途中だったから、居間の部屋で一服して「お父さん、ご飯が出来ましたよ」と言われて食堂に移るのです。銀ダラの煮付けがとても美味しかった。食事を終えてお茶をもらったら、亭主は書斎に入って横になり、ぐっすりと1時間の朝寝をするのです。まだまだ眠っていられそうなのでしたが、洗面と着替えを済ませて一服したら、蕎麦屋に出掛けるのです。外は半袖で十分な暖かさなのでした。

 ご近所の紫陽花が咲いてもう色づいている。その向かいのお宅では、毎年この時期にラベンダーの花が咲くのです。車で10分ほどのところにあるラベンダー畑では、今年もラベンダー祭りが行われているらしいけれど、なかなか出掛けていけない。店に来るお客の話を聞くばかりなのです。蕎麦屋に着いて看板と幟を出したら、大根と生姜をおろして薬味の葱を刻む。苺大福を包んだら、野菜サラダの具材を刻むのでした。常連さんの宅配の若者が荷物を届ける。

 今日は開店の5分前に暖簾を出したら、上手い具合にお客がいらっして、何処かで健康診断でもあったのか、検診の服装のままでスタッフが車から四人降りて来た。天せいろ三つにぶっかけ蕎麦ひとつのご注文。亭主がお茶を出して盆や蕎麦皿をセットしたら、すぐに女将がやって来たので助かった。天麩羅油をおろしたばかりだから、綺麗な天麩羅が仕上がる。続けて女性の一人客が大きなワゴン車を駐車場に入れるのにひと苦労。カウンターの隅に座るのです。

 更に続けて午前中に荷物を運んできた若者が、配送を終えたらしくやって来て、カウンターに座ってヘルシーランチセットの天せいろをご注文なのでした。亭主は天麩羅を揚げ続けて、やっとひと休みで奥の座敷で一服するのです。空は近づいてくる台風の影響なのか、青空は見えるのですが雲が幾層にも重なって、時折、陽は差すけれどすっきりとしない天気。先週の混みようとは違って、今日はお客入りも普通の木曜日なのでした。たまにはこれも好い。

 家に戻ってひと眠りしている間に、女将は買い物に出掛けたらしい。亭主は食材の納入業者が来るからと蕎麦屋に出掛ける。昼の洗い物を片付けて、コーヒーを入れる準備をして待つけれど、なかなかやって来ないのです。いつも来ていた若者が会社を辞めたので、後任の中年の男性が一人で手間取っているらしい。1時間半ほど待ってやっと来たから話を聞けば、この一ヶ月は仕事を覚えるために二人で回っていたので早く来られたのだと言う。
 家に帰れば、買い物に行ったはずの女将が、財布を忘れて何も買わずに帰って来たのだと言う。ボーッとしていたのだと言うから、片道2㎞近い距離をただ歩いただけなのは可哀想なのでした。あり合わせの食べ物を用意してくれたけれど、自分は卵かけご飯で夕食を済ませたらしい。明日は台風1号の接近で千葉県も朝から雨の予報で気温も下がるらしいから、車で蕎麦屋に出掛けよう。お客が来るかどうかも覚束ないのです。それでも蕎麦は打たなければ。


5月31日 朝からの雨でも、蕎麦屋は常連さんに救われた…

 雨の音で目が覚めた。4時過ぎには外がもう明るくなるのが最近の朝で、5時までは床の中にいようと決めていた。今日は昨日の蕎麦がかなり残っているから、500gだけ打てば好いのです。この雨だとそれでもまだ残りそうだけれど、明日の朝二回打つよりは、今日打っておいて明日は一回にした方が得策だと考えた。6時に雨の中を蕎麦屋に出掛けて、蕎麦打ちを始める。ほうじ茶を沸かして、陶器のグラスに四つ入れて冷ましておく。

 今日は昨日の反省から、加水を41%ぴったりにして生地を捏ねたのです。雨だから湿度は十分にあるので、これで好い塩梅の生地の硬さになる。伸して畳んで包丁切りをすれば、5食分などものの20分ほどで打ち終えるのでした。小鉢の数を確認して、洗濯物を干したらもう7時になるので家に戻ります。ご飯の用意が出来たと言われて食卓につけば、今朝は縞ホッケの塩焼きと焼き茄子で、小鉢がちょっと多すぎるくらいなのです。自分で大蒜をおろして食べる。

 食後のお茶をもらったら、書斎に入って1時間ほど眠る。夕べは何故か眠れなくて、1時近くに床に就いたから、少しでも眠っておきたかったのです。8時半に目覚めて洗面と着替えを済ませたら、居間の部屋で一服して蕎麦屋で掛けるのでした。今日は強い雨だったから車で出掛けます。看板を出して幟を立てるけれど、雨に打たれて亭主まで濡れてしまう。こんな雨の中をお客は来ないだろうと思いながら、苺大福を包み、野菜サラダの具材を刻むのでした。

 ところが、昼近くになると外が俄に明るくなって、時折、陽の光が当たるのです。暖簾を出せば、昼近くになって常連さんが歩いてやって来た。カレー蕎麦とビールといつものご注文なのでした。カウンターの隅に座って本を読んでいるから店の中は静かなのです。会計を済ませてお客が帰ると、今度は車が一台駐車場に入って、見ればこちらも常連の女性客で、カウンターの隅に座ってカレーうどんと串焼きとデザートの苺大福を頼まれる。

 今日はサラダが二皿も出たから嬉しいのでした。野菜サラダの他に小鉢で出した大根のなた漬けをとても美味しいと言われて、作り方を説明する亭主。洗い物も早めに済ませて、2時過ぎには家に帰る。女将はスポーツクラブでいなかったから、パソコンにデータを入力して、ひと眠りするのでした。4時過ぎには目覚めて、亭主が夕飯の支度をする。今日は久し振りに夜のプールにで掛けようと、早めに夕食を終えて空いているプールでひと泳ぎです。

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2024年5月下旬



5月20日 月曜日 朝から雨だったけれど…

 今日は昼過ぎまで雨だと言う予報だったので、お客もあまり来ないのではないかと、悲観的な思いで朝飯前のひと仕事に出掛けるのでした。お客は来なくても蕎麦は打たなければいけない。沢山打ってもどうせ残るのだから、昨日と同じ600gを43%の加水率で捏ね、蕎麦玉を作って寝かせている間に、カウンターの上の洗い物を片付けるのでした。これが沢山あるので、結構、時間がかかった7時前に生地を伸し始めて、蕎麦切りを終えたのが7時10分だった。

 家に戻れば、やっと魚が焼けて、女将が絹さやの卵綴じを作っているところなのでした。ほうれん草のお浸しもキュウリのお新香もすべて身体に優しい和食なのでした。最近はこれが我が家の習慣になっている。年を取ったせいか、ハムやソーセージなどはほとんど食べないのです。食後に居間の椅子に座って休んでいたら、なんだか右頬が腫れてきた。数年前に起きたのと同じ状態なのでした。耳鼻咽喉科の開く時間まで待って予約の電話を入れておく。

 口の中の唾液の出る腺が詰まって、耳下腺に唾液が溜まるので腫れてくるのです。以前、医者に言われたように唾液の出口を捜して揉んだり擦ったり。蕎麦屋に行く頃に少しは腫れが引いたけれど、心配だから予約の午後の時間に医者に行くことにして、蕎麦屋に出掛けるのでした。外はかなり雨が降っていたから、車を出して濡れないで出勤です。看板と幟を出して厨房に入ったら、小鉢が三鉢しか残っていなかったので、予定通り切り干し大根の煮物を作る。

 蕎麦豆腐も苺大福も一皿ずつしかなかったけれど、明日が休みだと勘弁してもらうことにする。野菜サラダは具材を刻んでいつも通り三皿盛り付ける。これは食材が残ってしまうから仕方がないのです。残れば家に持ち帰って食べるしかないのです。11時前に開店の準備を終えて、窓の外で降りしきる雨を恨めしそうに眺めていた。最初にいらっした若いカップルは天せいろご注文。帰りがけに会計をする時に、女性が「前の畑でコーヒーを売ってました」と言う。

 どうも見覚えのある顔だと思ったら、やはりそうだったのかと、「この間は声を掛けてくれて嬉しかったよ」と亭主が応える。雨の日の昼にわざわざ店にまで来てくれて有り難いのでした。続けて若いご夫婦がご来店で、天せいろの大盛りと普通盛りにハラミの串焼きを頼まれた。時計はもう1時を過ぎていたから、蕎麦も残り少ないし、耳鼻科にも行かなくてはならないので「お蕎麦売り切れ」の看板を出すのでした。ゆっくりと食べて行かれて、今日はもう閉店。

 洗い物を片付けて大鍋を洗い、天麩羅油を漉し器に移して、洗いかごの中身を布巾で拭いていたら、耳鼻科の予約の時間が迫っていた。家に持ち帰るものは冷蔵庫に入れて、洗濯機を回したら、そのまま車でスカイプラザに向かうのでした。受付を済ませて時間になったら診察室に入り、女医さんに向き合えば、7年前にも同じ症状だったと言う。唾液が濃くなって溜まるのだから、水分を取れということなのだった。お蔭で今夜のプールはお休みになる。


5月21日 火曜日 定休日なのに今朝も朝飯前のひと仕事…

 今朝も6時過ぎに蕎麦屋に出掛けて、昨日洗った盆や蕎麦皿を片付け、洗濯機の中の洗濯物を干しておくのでした。ついでにほうじ茶を沸かし、今日の昼間のために冷蔵庫に入れて冷やしておく。昨日のうちに持ち帰れなかった小鉢やキノコ汁の鍋を、盆に載せたまま車で家に運ぶのでした。まだ朝食の支度が調わなかったから、玄関前に出て、庭木の剪定を少しだけやっておく。庭の内側から手の届くところで、木槿(むくげ)と南天の枝を払うのでした。

 わずか10分ほどの作業で、もう玄関前は切った枝で一杯になったのです。朝食が出来たというので食堂に入れば、亭主の好きな茄子焼きが出し焼き卵と一緒に出て、グリンピースご飯を解凍してもらうのでした。持って帰ったばかりのキノコ汁を薄めて、三ツ葉を入れたお吸い物がついて、定休日の朝だから残りものばかりなのでしたが、それが結構おいしいのです。食後はひと眠りをせずに、ひと休みしたらまた庭木の剪定を続けるのでした。

 切り終えた庭の姿を窓から眺めれば、やっと金柑の枝に陽が当たるようになったので嬉しかった。南天は南の庭には不向きな植物なのかも知れないと、この歳になって初めて分かったのです。後は、木槿の枝を庭の側から切っていけば、道路から高い脚立に乗って切らなくてもいいのではないかと考える。脚立の高さも最近ではちょっと怖いのです。女将が庭の木々が綺麗になるのを見て嬉しそうに洗濯物を干しに来るのでした。そろそろお袋様と仕入の時間です。

 蕎麦屋の前を通れば、向かいの薩摩芋農園の売り出しの日とあって、何台も車が停まっていました。農産物直売所に行けば、店の配置が変わって、随分と広く販売のスペースが取られている。今日から変えたのだとレジの小母さんが言って、使いにくそうにキーを叩いていた。キャベツが高くなったとテレビのニュースでも言っていたけれど、地元の農家のものは30cmのキャベツが200円と相変わらずの値段でとても助かるのです。レジには行列が出来ていました。

 隣町のスーパーに行けば、今日は家の物も含めて沢山買い物があったので、レジ袋5袋も買って帰るのでした。蕎麦屋に戻って冷蔵庫に収納したら、もう10時半なのです。大根のなた漬けの準備をして、家に帰って昼飯の支度をしなければと、定休日なのに時間に追われている自分がおかしく思えた。昼は二人の希望でまたしても堅焼き蕎麦のあんかけ作り。昨日の残った野菜サラダを使って彩りが綺麗なのが嬉しかった。満腹になって書斎でやっとひと眠り。

 午後は女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、蕎麦屋の酒を買いに出掛けて、古くなってぼろぼろの雪駄を買いにワークマンに寄るのでした。それから蕎麦屋に行って午後の仕込みを済ませて、家に戻ったのが4時近く。息子から電話が入ったと言う話を女将から聞いて、何かあったのかと心配になる。テレビの大相撲を観ながら、早い夕食を済ませたのです。夜の9時過ぎに駅まで息子を迎えに行き、夕食を作って久し振りにゆっくりと話をしました。


5月22日 水曜日 息子と夜遅くまで久し振りに話をしたら…

 夕べは0時過ぎまで久し振りに家に帰った息子と話をして、今朝も眠かったけれど5時半には起き出して朝食の用意をする。マグロ丼で好いというので、ご飯を丼に盛ったところで、女将が台所に現れて酢飯と味噌汁とを作ってくれたのです。亭主の話し声が大きくてよく眠れなかったのだと言う。息子を7時前に駅まで車で送って無事に出勤した。家に戻って今度は自分たちの朝食を食べて、亭主は寝不足だったからまた床に入ったのです。

 9時半過ぎに起き出して、蕎麦屋に出掛けて午前中の仕込みを開始するのでした。蕎麦豆腐を仕込んで、小松菜を茹でて切り分け、タッパに分けて入れて冷凍室に入れておく。それから小鉢の二品目として切り干し大根の煮物を作るのでした。11時過ぎに家に戻って今度は二人の昼食にキャベツやニンジンを刻んで炒飯を作る。食べ終えたら書斎に入ってひと眠り。1時間ほど眠っている間に、女将はスポーツクラブに出掛けた。亭主は午後の仕込みに蕎麦屋に。

 天麩羅の具材を切り分けて容器に入れたら、キノコ汁を作って冷蔵庫に鍋のまま入れておく。これで明日の準備はおおかた終わったから、家に戻って木槿の剪定の続きを始めるのでした。南側の道路に飛び出ている枝を何とかしたかったけれど、脚立を出して高いところで作業はしたくなかった。自宅の庭の側から、剪定用のノコギリで南にせり出した枝を根元から切ることにして、二株ほど切ったら段取りが分かった。後は明日の朝にでも続きをしよう。

 珍しく我が家の真上の電線にツバメが二羽止まっている。どこに巣を作っているのやら、団地の中には、結構、沢山ツバメがやって来るのです。子ツバメが群れて飛び出す巣もあれば、まだのところもある。人間は天敵ではないから、安心して子育てが出来るのかも知れない。大相撲をテレビで観ながら早めに夕食を食べて、夜のプールに出掛ける準備をする亭主。昨日の寝不足からやっと普段の生活に戻って、ひと休みしたら車をを出してスカイプラザへ。

 いつもより駐車場が空いていたから助かった。新しい雪駄を買ったので、素足で歩く心地よさ。最近は足も悪いのでエレベーターで四階まで上がる。ロッカールームに入ればいつになく空いているから驚いた。着替えてプールの階までは階段を下りなければならないから、手すりにつかまって入り口まで行き、子ども達のプールが終わるのを待つのです。やっと鍵が開いて一番乗り。空いているコースで準備運動を終えたら一人ゆっくりと泳ぎ始めるのでした。



5月23日 木曜日 今朝は蕎麦を二回打っておいて好かった…

 夕べはプールで疲れて早く休んだので、今朝は5時前に目が覚めた。コーヒーを一杯飲んでから蕎麦屋に出掛ければ、向かいの森からもう朝日が昇っているのでした。追い立てられるように蕎麦打ち室に入って、今日の蕎麦を打つ。加水は42.5%でちょうど好いかと思ったら、寝かせている間に水が馴染んで少し柔らかくなった。曇りという予報だったけれど、気温が高いのでお客が来るかも知れないと思い、時間もあったから、二回打って13食を用意したのです。

 昨日のうちに小鉢も盛り付けてあったから、7時前には家に戻って、朝食の出来るのを待つのでした。庭の木槿の木を何遍も眺めながら、どの枝を切ったら好いかと見当をつけておく。食事を終えたらひと眠りはせずに庭に出て、剪定用のノコギリを片手にどんどん枝を切っていく。二株終えたところで息が切れて、後は明日にしようということになる。年を取ると一気に片付ける事がとても難しくなるのです。女将がゴミ袋に入れやすいように細かく切っておく。

 8時半には蕎麦屋に出掛けて、途中、犬の散歩で歩いている昔の蕎麦屋の常連さんと挨拶を交わし、蕎麦屋に着いたら看板と幟を出して厨房に入る。湿気があるからか暑いから、窓を全開にして、薄手の長袖のポロシャツも脱いで、半袖の下着一枚で仕込みを始めるのです。薬味の葱を刻んで生姜をおろし、大根の皮を剥いておろしを作っておく。大方の仕込みは昨日のうちに済んでいたけれど、新しく仕入れた豚のこめかみ(かしら)を串に刺して焼いてみた。

 ハラミよりも油が少なく、軽い感じなのでした。いつものように苺大福を包み、野菜サラダの具材を刻んで三皿ずつ用意したら、天麩羅油と天つゆを温めて、テーブルを拭いて回ったら、11時には開店の準備が整うのです。早く準備が終わるとお客が来るもので、10分前に「早くて済みませんね」とご夫婦が車でいらっして、天せいろに赤いかの天麩羅を二つずつ頼まれる。かと思えば、ほぼ同時に若い女性客が二人でご来店で、天せいろのご注文なのでした。

 女将は開店の時間に合わせてやって来たから、亭主が四人分のお茶を出して注文を聞いて、最初のお客の天麩羅を揚げたところに間に合った。木曜日だからか、駅前のマンションに移ったという常連さんも自転車でいらっして、例によって黙って店の新聞を読み始める。二組目の天せいろを仕上げて、やっと辛味大根をおろし、大盛りのせいろ蕎麦を茹でるのでした。今日も帰りに苺大福を二つ持って帰られた。まだ12時を少し過ぎたばかりなのでした。

 早いお客がひと通り食べ終えて帰ると、しばらく間があるのでした。その間に洗い物を頑張って、女将が次のお客の注文を聞いている間に洗い終わる。結局、今日は9人のお客が来て、朝のうちに2回の蕎麦を打って正解なのでした。店の中は暑くなったので、エアコンを入れて換気のために少し窓を開けておく。片付けを終えて、3時前に家に帰ったけれど、1時間ほど昼寝をしたところで、食材を頼んだ業者から電話。すぐに車で蕎麦屋に出掛けて行くのです。
 今日は夕食を食べ終えてからも、また蕎麦屋に行ってまずは出汁を取った。蕎麦汁を仕込んでお新香を漬け、明日の天麩羅の具材を切り分けて容器に詰めるのでした。8時前に家に戻って風呂を沸かす。女将が昨日からしつこくスポーツクラブの予約システムのパスワードを変えなければいけないと言うから、風呂から上がってパソコンに向かう。ブログを書きながら、いろいろ手続きを済ませて、やっとパスワード変更が出来たのでした。


5月24日 金曜日 今日は夜のプールにも出掛けられずに…

 昨日の疲れか、今朝は4時半に目を覚ましたと思ったら、何時の間にかまた眠ってしまい、気が付けば6時を回っていたのです。急いで車に飛び乗って蕎麦屋に出掛け、蕎麦を打つのでしたが、お新香も糠床から出さなくてはならないし、とても7時には間に合いそうもない。蕎麦玉をビニール袋に入れてそのまま冷蔵庫の中に保存して、7時過ぎには家に帰って朝食の時間に間に合わせるのです。初めての経験だったから、蕎麦の具合がとても心配なのでした。

 9時前に家を出れば、昨日切った木槿の枝を、女将が袋に詰めてゴミに出してくれたので助かった。残り二株はいつになったら剪定できるのか、身体の調子と蕎麦屋の忙しさと天気によって変わるのです。蕎麦屋に着いたら、美央柳が花を咲かせていました。花のつぼみが沢山あって、これからがこの花の季節なのです。看板と幟を出したら、蕎麦打ち室に入って今朝ほど冷蔵庫に入れておいた蕎麦玉を取り出して見る。少し硬くなっていたけれど蕎麦は打てそう。

 しかし、硬くなった分、伸すのに時間がかかった。もう少しタオルか何かで巻いて保存すれば好かったのかも知れない。硬い蕎麦玉を無理に伸そうと思うと、縁がひび割れてくるから心配なのです。それでも何とかいつものように伸し終えて、畳んで包丁切りをすれば、綺麗な蕎麦が取れたのでした。ただ、寝かせている時間が長いと、水分が十分すぎるほど回って、少し柔らかい生地に仕上がっていました。8食打って昨日の残りの2食分と合わせて10食の用意。

 平日の金曜日だし、看板には月曜金曜は8食しか蕎麦を打たないと明記してあるので、大丈夫だと思っていたのです。苺大福を包んで野菜サラダの具材を刻み、いつものように三皿ずつ盛り付けて、天麩羅鍋には新しい胡麻油を注いで、天つゆを火にかけて温めるのでした。暖簾を出してすぐに車が2台先を争うように駐車場に入って、テーブル席はもう一杯なのでした。皆さん天せいろのご注文で「順番にお造りしますから」とお茶と箸とおしぼりを出す。

 順番に天麩羅を揚げて蕎麦湯で、全部出し終わらないうちに、もう次のお客が入ってカウンターに座るのでした。まだ12時前なのです。今日の暖かさが原因なのだろうか。店の中はエアコンを効かせて、換気のために少しずつ窓を開けてある。しかも、全員が天せいろのご注文だったから、天麩羅を揚げて蕎麦を茹でるという単純な事を繰り返すだけ。女将がいないから、お茶出しや盆や蕎麦皿のセット、薬味や蕎麦汁、小鉢まで亭主が用意しなければならない。

 最初だけかと思ったら、これが1時前まで続き、盆や蕎麦皿を洗う暇もなく、カウンターの上に並べて次のお客を迎えるのでした。顔見知りのご近所の親父様も見えて、せいろ蕎麦に赤いか、稚鮎、伏見唐辛子の天麩羅を頼まれる。沢山用意したはずの天麩羅の具材も尽きて、また新しく切り分けなければならないのでした。天ぷら粉もなくなって、新しい袋を開けて用意する。暖かいからか、やたらと天麩羅が出る。そろそろ売りきれの看板を出そうと思っていたら、また年配のご夫婦がいらっしゃった。蕎麦はまだあったから、これが最後と看板を出したのです。
 1時過ぎに用意した蕎麦はすべて売り切れて、次にいらっしたお客には「お蕎麦が売り切れてしまったのです」と、何組かお断りしたのでした。洗い物がまったく出来ていなかったから、後の始末が大変で、4時前までかかって大鍋や天麩羅鍋を含めて、全部の洗い物を終えたのでした。女将は暢気に相撲中継を観ていた。早めの夕食を用意してもらって、亭主は再び蕎麦屋に出掛け、蕎麦汁の補充やお新香の漬け込みなどを済ませて8時前には家に戻るのです。明日は蕎麦を二回打たないといけないけれど、今朝の寝坊を繰り返さない様に気をつけなければいけない。


5月25日 土曜日 蕎麦を打ちすぎてか、両手首が腱鞘炎?

 昨日の寝坊の反省から、今朝は4時半にはもう目覚めていた。5時になる前に蕎麦屋に出掛けて、日の出前の森の写真を撮るのでした。木曜日金曜日と今週はずっと蕎麦屋が混んでいるから、休日の今日は更に混むだろうと思えて、今朝は750gを二回打つことにしました。先日から左手首が痛いのに気づいて、右手で生地を捏ねて左手は添えるだけ。夕べから何もしなくても痛みを感じるようになったので、要注意なのでした。どうも手首の腱鞘炎らしいのです。

 二つの蕎麦玉を寝かせている間に、厨房に入って糠床からお新香を取り出して切り分ける。ナスの色止めも効いて、浸けておいた時間も11時間とちょうど好いから、美味しく漬かったのです。小鉢は切り干し大根の煮物と大根のなた漬けを合わせて15鉢用意しておきました。酒を頼むお客には付け出しで使うし、残れば明日にも使えると考えたのです。蕎麦打ち室に戻って、二玉の蕎麦を伸して畳んで包丁切りする。痛い左手首を庇いながら無事に16食打ち上げる。

 7時前には家に戻って、女将の用意した朝食を食べる。手首が痛くて堪らないと言えば、「最近は急に混んで来たから、蕎麦を打ち過ぎなんじゃないの。よく準備運動をしなくては駄目よ」と知った風な事を言う。何年か前に1kgで蕎麦を打つていた頃、打ち過ぎて腕が腱鞘炎になったことがあるけれど、今回は手首だからやはり朝の起きたてに力を入れるから好くないのだろうか。大鍋に水を入れるのにも、重い鍋を持たずに蛇口を伸ばして入れるのでした。

 大根をおろしたら、苺大福を包んで野菜サラダの具材を刻み、出来上がった頃に早お昼を食べに家に帰っていた女将がやって来た。前の薩摩芋農園は、土曜日も営業するから、朝から人で賑わっている。薩摩芋の苗を買って帰る人が結構いるものだと感心する。蕎麦屋は暖簾を出しても昼前はまったくお客が来る気配がない。休日だから出足が遅いのか、沢山蕎麦を打ってしまって心配したけれど、昼を過ぎたらとたんにどんどん混み始めたのです。

 今日も天せいろのご注文のお客が多く、昨日よりは少し涼しかったけれど、厨房の亭主はもう汗だくなのでした。最近は仕入れを少なくしているせいか、混む日が続くと週末にはもう食材が尽きてくる。今日もまた買い出しに出掛けなければならないと腹をくくる。最後のお客は年配の女性で、小鉢のお新香が好い具合に漬かっていると褒めてくれた。全員帰ったのが1時半で、それからやっと洗い物を始めたから大変なのです。それでも3時前には家に帰れた。

 パソコンにデータを入力したら、横になって1時間ほど昼寝をする。腰も痛いし、手首も痛いしで辛い事が多いけれど、お客が沢山来てくれたのは実に有り難い事なのです。女将に言わせると、相撲取りは身体が痛いのは当たり前なのだそうだと言うから、よほど解説を聞き入っているのでしょう。4時半になったら隣町のスーパーに仕入れに出掛け、足りない物を揃えてくる。夕食は例によって堅焼き蕎麦だったけれど、重い中華鍋は振れないので困った。

 夕食を作り終えて相撲中継を見終わったら、またしても蕎麦屋に出掛けて明日の仕込みをする。まずは今日の沢山の洗い物を片付けて、予備の一番出に返しを加えて蕎麦汁を作り、冷ましてから空になった蕎麦徳利に詰めていく。調理台が片付いたら、時間を見計らって、買って来たキュウリとナスとカブを漬ける。そして、蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら酢水で茹でる。7時半を過ぎたところで後は天麩羅の具材切りだけれど、家に帰って風呂を沸かすのです。


5月26日 日曜日 今日も昨日より多くのお客に恵まれ…

 今朝は5時半に蕎麦屋に出掛け、ヤマボウシとビオウヤナギの花が咲いていたので写真に撮った。剪定したはずのモミジも細かな枝を落とさなかったから、ぼさぼさの葉の伸びようで、今は手のつけようがないのです。それぞれの植物の生命力に、年老いた自分の仕事量が追いついていないという状態なのです。荒れ放題の南側の庭はまだ手つかずで、蕎麦屋の仕事もお客が増えて大変なので、なかなか草刈りさえも出来ていないのでした。

 寝ぼけた頭で蕎麦粉を捏ね、菊練りを終えて蕎麦玉を作ったら、厨房に戻って冷蔵庫から糠床を取り出し、夕べ浸けておいたナスとキュウリとカブを取り出す。切り分けて10鉢の小鉢に盛り付けた。6時半近くに蕎麦打ち室に入って、寝かせて置いた蕎麦玉を伸し広げるのですが、やはり左手首は痛くて力が入らない。右手はそれほどでもないので我慢が出来るのです。今日は昨日の蕎麦が残っていたので、一回だけの蕎麦打ちだから助かった。

 加水率は42.5%でこのところ安定して上手く打てている。7時前に蕎麦を生舟に並べたら、家に戻って朝食を食べるのでした。食後はすぐに書斎に入って浅い眠りに就くのです。30分ほど眠ったら、洗面と着替えを済ませて居間でひと休み。天麩羅の具材を切り分け終えていないので、まずはその仕事から始めようと蕎麦屋への道を歩くのです。朝は足の調子も好くすんなりと歩ける。蕎麦屋の前のサツマイモ農園では今日は苗植えの体験らしく、人が沢山集まる。

 開店の準備が整って、蕎麦屋も営業を開始したら、開店前にもう車が駐車場に入ってくるのでした。それから1時半までひっきりなしにお客が出入りして、混んだ昨日よりも多いお客がいらっしゃった。天せいろが多く、とろろ蕎麦やぶっかけ蕎麦なども出た。今週は定休日明けから随分と混んでいたので、こちらも少し慣れてきたのかも知れない。昨日よりも多くのお客が来たのに、あまり抵抗を感じなかった。最後の四人連れで用意した蕎麦はなくなった。

 洗い物も少しだけ済ませておいたけれど、あとはもう店を閉めてから。女将が手際よく皿や器を並べて、亭主が洗いやすくしてくれていたのが効いたのです。昨日よりも多くの数を洗ったのに、3時前には家に戻れた。冷たいデコポンを半分にして二人で食べる。亭主は今日のデータをパソコンに入れたら、もう眠たくてそのまま眠ってしまうのでした。1時間以上も眠って目が覚めれば女将は買い物から戻っていて、いよいよ大相撲も千秋楽なのでした。

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2024年5月中旬




5月12日 日曜日 雨?曇り?晴?でも暖かい一日…

 夕べは暑くてよく眠れなかった。何回も目が覚めて、明け方に寝込んだらもう5時半なのでした。急いで蕎麦屋に出掛ける。今日は蕎麦がまったく残っていないので、二回打たなければならないのです。6時前から打ち始めて、蕎麦玉を寝かせている間に、小鉢を盛り付ける。1回目の蕎麦打ちを終えたのが6時50分だったから、二回目は朝食の後で打つしかないと家に帰る。食卓には別のカサブランカが飾られていました。おまけでいただいたのだそうな。

 食後のひと眠りも20分だけにして、9時前に雨の中を再び蕎麦屋に歩いて出掛ける。道路が濡れるほどに雨は降ってきたけれど、すぐに止んで薄陽が差したり、目まぐるしい天気なのでした。蕎麦打ち室に入って、二回目の蕎麦を打つのも500gだけにする。この天気では日曜日だとは言っても、そんなにお客は来ないだろうと思えたのです。早朝に打った蕎麦と合わせて13食の蕎麦を用意した。昨日の様には混まないだろうと確信していたのです。

 解凍した豚のハラミは、ドリップが出る前に切って串に刺しておく。天麩羅油は昨日で天麩羅鍋の中の油がほとんどなくなっていたので、新しいものを鍋に注いでおきます。開店の準備が整って、暖簾を出す前にカウンターの隅の椅子に座ってひと休みする。家で早お昼を終えた女将がやって来て、「暖かいわねぇ。湿度が高いのよ」と言う。そう言えば今朝の蕎麦打ちの加水率はいつもと同じ43%だったのに、それでも生地が柔らか目になったのはそれが原因か。

 10分ほど早めに暖簾を出せば、すぐに駐車場に車が入って、若い娘さんと母親らしい老人がご来店なのでした。ヘルシーランチセットの天せいろを二つご注文で、女将がサラダを出している間に、亭主が盆や蕎麦皿をセットする。小一時間掛けてゆっくりと食事をなさったのです。次にいらっしたのは、大きなワゴン車で家族四人の若い夫婦でした。天せいろの大盛りを二つ頼まれたので、女将が子供用に小さなお椀をテーブルに持って行くのでした。

 昨日の半分くらいの人数だったけれど、天せいろにビールを頼むお客も続いて、売り上げはそれほど落ちなかった。洗い物も合間に済ませておけたので、今日は早めに家に帰れたのです。女将が買い物に行っている間に、亭主はひと眠りして、相撲の中入りが始まる前に蕎麦屋に行ってお新香を漬けて帰る。これでゆっくりと飲みながら相撲が見られると思ったけれど、大関と横綱が若手の力士に全員負けてしまったので、なにか時代の流れを感じるのでした。


5月13日 月曜日 一日中強い雨の日も珍しい…

 5時に目覚めて居間の部屋で30分間、黙想をしていた。というより意識が醒めていなかったのか。定休日前の月曜日で終日雨の予報だから、お客も来ないのだろうけれど、夕べ漬けておいたお新香を取り出して、蕎麦だけは打たなければならない。となると、どうしても5時半には家を出ないと間に合わない計算なのです。雨はガレージまで降りる階段でも、もう着ている服が濡れてしまうほど激しく降っている。こんな日は休みにしたいと内心では思うのです。

 昨日、残った蕎麦に500gだけ打ち足して、9人分の蕎麦を用意した。亭主一人で営業の月・金は8食しか蕎麦を打たないと、看板にも書いてあるので、なんとか体裁は整えたのです。外は時折明るくなって小雨になることはあったけれど、午後まで向かいの森が白くなるほど細かな雨が降り続けて、これでお客が来るのだろうかと思うのでした。と、苺大福を包んで野菜サラダを盛り付け終えたら、11時に車が一台駐車場に入る。と、思ったらバックして帰る。

 11時半からという窓ガラスに張り付けてある掲示を見たのだろうか。開店の準備は整っていたのに、店の照明も点けていなかったから残念。こんな雨の日には、お客が来てくれるだけでも有り難いのだから、もう少し素早く対応できなかったかと悔やまれる。それでも12時半にはやっとお客がいらっして、天せいろが二つ出る。雨はしきりに降り続いているのでした。天麩羅を揚げてテーブルに運んで行く間にも、次のお客が来ないかと無用な心配をするのでした。

 女将がいない日だから、お茶を出したり、注文を取ったりしなければならないから、蕎麦を茹で終わるまでは他の事に気を取られたくないのです。そんな心配も必要ないほど雨は降り続いて閉店の時間。この雨の中を2kmも歩いてスポーツクラブに出掛けた女将は大変だったろう。賄い蕎麦を茹でてゆっくりと一人で食べる亭主。小野リサの歌う Dock of the bay の曲が店のスピーカーから流れてくる。横浜まで彼女のコンサートに友だちと行った日を思い出す。
 客は来なくても月曜日は帰りの支度が大変なのでした。冷蔵庫に残った物をすべて持ち帰らなければならなかったから、雨の日の今日は朝から車で出勤したのです。それでも3時前には家に戻り、今日のデータをパソコンに入力したら、持ち帰った荷物は食堂に置いたまま、書斎に入ってひと眠りするのでした。5時前には目覚めて早い夕食を終えたら、夜のプールに出掛ける亭主。帰りに地階のスーパーに寄って、家の食材を買って帰るのです。


5月14日 火曜日 久し振り定休日という感触で…

 夕べも2時間ほど眠ったら目を覚ますことを繰り返し、よく眠れなかった。最後に3時間も続けて眠れたのは好いけれど、もう7時を過ぎていたのでした。何かの加減で睡眠のリズムが一度狂ってしまうと、こんな結果になるのです。女将に言わせると、遅い昼寝も夜眠れない原因なのだとか。亭主はまた違った見解で、腹一杯になって眠ればよく寝られると考えている。太るからと我慢して空腹のまま眠ると、眠りが浅くなるような気がするののです。

 蕎麦屋に行けば、今朝は向かいの薩摩芋農園が、苗を売り出す日だというので「いよいよ今日から始めます」と、道の向こうから若旦那が挨拶をする。9時前にはお袋様のところに行って、一緒に農産物直売所に出掛け、野菜ばかりを3000円以上ももらって来る。生椎茸や大盛りの不揃い苺のパックが値段が高い。朝採りのそら豆も皮を剥いて出ていたから買ったのもいつもと違う出費なのでした。隣町のスーパーでは家の買い物がなかったので早く帰れた。

 蕎麦屋に戻って出汁取りの準備をして、大根のなた漬けを作るのに大根の皮を剥いて適当な大きさに切り分け、漬け物器に入れたら塩を振って圧力を掛けておく。これで昼過ぎにはもう水が上がってくるのです。家に戻って昼飯の準備をするのだけれど、今週は蕎麦以外に何も持って帰らなかった。すると女将が玉葱天を買って来たからと焼いてくれたのです。それに牛蒡の金平だけではちょっと物足りなかったから、蕎麦湯を二杯も飲んで腹を落ち着かせた。 

 食後は書斎に入って1時間ほど眠った。これはもう習慣としか言いようがない。定休日の昼寝が一番気が楽なのです。寝過ごしても稽古場で書を書いている女将が、自分のスポーツクラブの予約の時間になると、果物を剥いて持って来てくれるから助かるのです。無事に予約が取れたので、早めに、荷物の袋を二つ抱えて車に乗り込む。一つはお袋様の家のトースターが壊れたというので、家で買って1年ほどの物を持って行くのでした。蕎麦屋からは歩いて行く。

 パンが焼けると自動で上に飛び出す昔ながらのトースターだったが、今のものは四つ切りパンも焼けるし、冷凍したままのパンも焼ける。お袋様に説明すると「今でもこんなトースターがあるのね」ととんちんかんなことを言っている。冷凍した四つ切りパンもバターも持って行ったから、実演してみせる。彼女の家のトースターは横にして上下で焼くタイプの物だったから、中を見ていないと焦げるのだという。何にでも使える分、壊れやすいのだろう
 母の日に女将が持って行ったカサブランカが、二つの花瓶に入れて玄関に置いてあった。マンションはやはり暖かいと見て、もう全部咲き終わったという感じなのでした。お茶を一杯もらって焼いたパンを食べたら、店に戻って午後の仕込みを始める。朝の寝坊が利いて、一時間かけて出汁を取り、水の上がった漬け物器の大根に柚子と唐辛子と甘酒の素と砂糖を入れて漬け直すのでした。終わって帰ろうとしていたときに、犬を抱いた弟が懐かしいと友だちを連れてやって来た。小学校時代から兄貴が亭主の同級生なのでした。これからお袋様の所に行くのだと二人で出掛けて行く。


5月15日 水曜日 定休日の二日目も朝はゆっくりで…

 夕べも早く床に就いたけれど、目覚めたのは朝の7時でした。定休日二日目は、夜に防犯パトロールがあるだけで、昼は4時間ほど仕込みをすれば終わるから、早朝から頑張らなくても好いのです。勿論、蕎麦屋の周囲の草木を刈り取る仕事は残っているのですが、一度にはそんなにこなせないのです。カサブランカの香りで溢れる食堂に入って、女将の用意してくれた朝食を食べ、今朝はひと眠りをせずに洗面と着替えを済ますのでした。

 外は風もなく晴れて暖かく、ジーンズとポロシャツ一枚で十分なのでした。蕎麦屋に着いたら、まずは昨日の洗い物を片付けて、蕎麦豆腐を造る。そして、時間のかかる白餡を火にかけて弱火で煮込んでおきます。次に人参、出汁取りに使った干し椎茸、冷凍してあった油揚げを刻み、水で戻した切り干し大根と共にフライパンで炒めたら、出し汁で煮込んで出汁醤油と砂糖で煮詰めていく。昨日のうちに作ったなた漬けと共に、小鉢の二品目が完成なのです。

 昼になるに従って暖かくなったから、家に戻って女将に久し振りにざるラーメンで好いかと確認したら、餃子を焼いてラーメンを茹でる。野菜サラダの最後の残りは、海鮮ミックスと炒めてあんかけ煮にして食べるのです。ごまだれのざるラーメンは一年ぶりだったから、本当に美味しかったのです。満足してお茶をもらったら書斎で十分に昼寝をしたのでした。女将はその間に洗い物を済ませて、スポーツクラブに出掛けたらしい。

 居間の部屋に入って目覚ましのコーヒーを入れて飲む。大谷選手の出るBSのテレビを点ければ、ちょうど場外ホームラン12号を打つ場面で、やはり凄いと思うのでした。最近は野球もあまり見なくなったけれど、彼の活躍のお蔭でまた少し見るようになったのです。女将の解説する夕方の大相撲中継と共に、身体を動かす選手達の姿を見て、少しは自分も動けないかと思う昨今なのです。2時半には蕎麦屋に出掛け、午後の仕込みに入るのでした。

 窓の外にはヤマボウシの花芽が伸びて、いよいよ今年も季節が変わってきたと実感するのです。店の窓を全開にして、大音量でBGMを流しながら、天麩羅の具材を切り分け始めるのでした。天気が好いから気持ちが好いのです。ものの30分で掻き揚げ用の玉葱を刻むのも終わって、時間があるから小鉢に大根のなた漬けと切り干し大根の煮物を盛り付けて置きます。最後まで時間のかかったのは、午前中から煮詰めている白餡でした。硬くなるまでが大変なのです。

 4時半には家に戻って大相撲を観る。早めに夕食を作って一人で食べ始めれば、女将が仕事部屋から出て来て、自分の夕食を作り始めるのでした。夜のパトロールから帰った後で飲む酒がないのに気づいて、折角、納車した車を出して国道沿いの酒屋まで出掛ける。明日は業者が食材を持って来る日だから、お金を残しておかなくてはならない。余分な物を買わずにお気に入りの焼酎と炭酸だけ買って家に戻る。大相撲はいよいよ佳境に入っていたのです。


5月16日 木曜日 朝からの雨は午後になって晴れに…

 夕べも上手く眠れずに夜中に目を覚ましてしまうのでした。そう言えば防犯パトロールでかなり歩いたはずなのに、夜のお酒が美味しくなかったのです。再び眠って目覚めたのが5時半。もう蕎麦屋に行く時間なのでした。曇りという予報だったのに、朝から雨が降っていました。今朝は蕎麦を一回だけ打てば好かったから、6時過ぎから蕎麦打ち室に入って、蕎麦玉を寝かせずにそのまま伸しに入った。湿度は67%、室温は20℃だったから、加水率は42%。

 水の加減はちょうど好いくらいで、細めの蕎麦を8束打ち上げるのでした。時折、北風と共に強くなる雨は、店の窓を打つくらいなので、定休日明けでも、それほどお客は見込めないだろうと思うのです。7時過ぎに家に戻って、好いバラ肉が手に入ったので、今朝は女将がすき焼き鍋でシラタキと長葱と豆腐を入れておかずを作ってくれていた。分厚い鉄鍋も時代と共に二人用で小さなものに変わっているから、二人で食べてちょうど好いのでした。

 今朝もひと眠りはしないで、9時前には再び蕎麦屋に出掛け。雨は小降りだったから、傘を持たずに歩いて出掛けたのです。昨日のうちに小鉢も用意してあったので、厨房で椅子に座りながら、さて何から始めようと考える亭主。先週は木曜日にカレーの親父さんご夫婦がいらっしたので、いつも頼まれる豚のハラミの串焼きの準備をしておく。半分だけ解凍して切り分けたら、串に刺してタッパに入れておくのです。そして大根と生姜をおろして薬味の葱を刻む。

 木曜日は女将が来てくれるのが開店時刻なので、早め早めに作業を進めて、苺大福を包み、野菜サラダを盛り付けたら、天麩羅油を鍋に空けて天つゆの鍋を火にかける。最初のお客がいらっしたのは12時前でした。若い女性二人で天せいろを頼まれる。次にいらっしたのが、常連になった宅配のお兄さんで、最近は鴨せいろの大盛りに野菜サラダと蕎麦豆腐をご注文。1時近くになって作業着姿の男性二人がいらっして、せいろとおろし蕎麦に白エビの掻き揚げ。

 大盛りが出たから、二人分の蕎麦を蕎麦を残して今日は終わり。皮肉なことに、営業が終わる頃になって青空が広がっていました。洗い物もその都度終えているから、まな板の消毒を終えて布巾やタオルなどの洗濯物を女将が洗濯機に入れて、先に家に帰るのです。亭主はそれから笊やボールを洗い、水でふやかしておいた大鍋を洗う間に、天麩羅油を濾すのでした。暖かくなった空気の中を家に帰って、今日の売り上げと写真のデータをパソコンに入れたら、午後の昼寝をするのです。今日は業者が食材を届けに来る日だから、1時間ほどで眠りから覚め、車に乗ってまた店に行く。


5月17日 金曜日 朝から暑い日なのでした…

 6時前の店の中は、もう朝日に照らされて光で溢れていました。金曜日だというのに、朝からこの調子では、もしかするとお客が沢山来るのではないかと心配になります。今日は女将が来ない日だから、亭主一人で営業するからです。昨日の蕎麦を二束残し、今朝は750g8人分を打って、10食分の用意で営業を開始する予定。蕎麦打ち室の湿度が40%を切っていたので、今朝は43%に加水を戻して捏ね始めたけれど、寝かせている間に随分と柔らかい生地になった。

 蕎麦打ち室の温度を見たら、なんと26℃もあるのでした。朝から陽の当たる場所なのを忘れていた。無事に8束の蕎麦を仕上げて生舟に並べる。小鉢の器に切り干し大根の煮物と大根のなた漬けを盛り付けて、冷蔵庫に入れておくのでした。7時過ぎに家に戻れば、食堂から好い匂いが漂ってくる。亭主の好物の鮭の塩焼きがメインで、三ツ葉の卵綴じとキュウリのお新香、そして朝からスナップエンドウが茹でられて出ていた。晩の酒のつまみに食べたいのに。

 朝から暑い日だったけれど、長袖の上にジャンパーを羽織って出掛けたものだから、帰りはもうジャンパーを脱いで腕まくりなのでした。みずき通りも綠が濃くなって、初夏のたたずまい。今日も家の二階から富士山がうっすらと見えていました。蕎麦屋に着いたらまずは駐車場の雑草取り。ほんの少しの間でも手間を掛けないと、どんどん伸びて手の付けられない状態になるのです。加齢で動けなくなったなどとは言っていられない。

 ものの10分ほどで目立った雑草を取り除いて、東側の庭に置いておく。毎日少しずつこの作業を繰り返さないと、蕎麦屋の建物が雑草に覆われてしまいそうなのです。看板と幟を出したら、厨房に入って仕込みにかかる。野菜サラダの具材を刻んで、今日も三皿盛り付けておきます。11時には開店の準備が整って、ひと休み出来たのです。朝食の後のひと眠りが出来なかったから、眠気が襲ってくるけれど、蕎麦粉の宅配が届いてゆっくりとはしていられなかった。

 昼過ぎから、お客はどんどんいらっして、四人の家族で来てそれぞれが違うものを頼むから、出すまでに随分と時間がかかった。その間にも、常連さんがカウンターに座り、もう一人若者がやはりカウンターに座って注文をするのに待っている。お茶を出すのにも少し待ってもらって、最初のお客に蕎麦湯まで出してから、次のお客の対応になる。一人だとこれが大変。テーブル席も満席になって、1時過ぎには「お蕎麦売り切れ」の看板を出したのです。

 やはり今日の暖かさがものを言ったのでしょう。初めてのお客は金曜日は亭主一人なのを知らないから、関係なしにご来店で注文をするのです。気が付けばもう1時半を過ぎている。洗い物も出来なかったから、それからが大変です。まずは賄い蕎麦を茹でて腹ごしらえをするのですが、食休みに時間がかるのです。洗い物をすべて終えて、家に帰ったのはなんと4時前なのでした。すぐに書斎で横になってひと眠り。目覚めればもう相撲中継も終わる頃です。

 女将は先にもう夕飯を済ませていた。亭主が食堂に入れば、今日はグリンピースご飯だと言って、大関の取り組みを見ながら、鮭入りの出汁巻き卵と蓮根の金平を出してくれた。寝ぼけ眼で夕食を食べ終えて、今日は空いている金曜日のプールには行けないと断念。ひと休みしたら、また蕎麦屋に出掛け、返しを作ってお新香を漬ける。約1時間半の夜の仕事なのでした。8時前に家に戻って、風呂を沸かす間に、もう焼酎のオンザロックを飲んでいる。


5月18日 土曜日 昼の店の室温が27℃だったから窓は全開…

 今朝は4時半に起き出して、とにかく蕎麦屋へ行くのでした。足元がふらふらとする身体を玄関の靴箱につかまり立ちしながら、ガレージのくるまを出すのです。昨日よりも更に暖かくなって晴れると言うから、蕎麦は二回打たなくてはならないし、夕べ漬けておいたお新香を糠床から取り出して、小鉢に盛り付けなければいけなかったのです。二回蕎麦を打つとなると、やはり1時間では終わらない。蕎麦玉を寝かせる時間を考えるとやはりこの時間なのでした。

 蕎麦玉を作って寝かせいてる間に厨房に入って、冷たいほうじ茶を飲みながら、昨日のブログを読み返していると、向かいの畑では5時半だというのにもう親父様が枯れ草を燃やしている。煙がたなびいて、朝の空に流れていく。もう陽が昇っているのには驚いた。農家も朝が早いのです。蕎麦打ち室に戻って蕎麦玉を伸して畳んで包丁切りをする。今朝は43%の加水で打ったのに、部屋が暑いから冷たい水で捏ねたせいか、幾分、硬い仕上がりなのでした。

 7時には家に戻って朝食を食べ、今日はさすがに書斎に入ってひと眠りするのでした。今朝はこんなに大変だったと女将に話したかったけれど、彼女はいつもと変わらぬ時間で動くから、蕎麦屋に来る日の朝は忙しいのです。コーヒーを入れて飲んだら、9時過ぎに家を出て蕎麦屋に向かう。向かいのかち農園が今日も薩摩芋の苗の販売をする日なのでした。焼き鳥屋のお兄さんも車を出している。コーヒーを入れる若い女性が道路の向こうから亭主に挨拶をする。

 「お父さんが蕎麦を打ってるんですかー?」「はーいそうです。でも年だから、疲れますよー」と、声を掛けてもらうだけでも元気を貰うのでした。苺大福を包み、野菜サラダの具材を刻んで盛り付けたら、いよいよ開店の準備か整う。向かいの農園にも少しずつお客が来ている様子なのでした。それなりにお客は来たけれども1時を過ぎたら、暑すぎて歩いている人もいない状況。昼で店を終えた焼き鳥屋のお兄さんが蕎麦を食べに来てくれたから嬉しかった。

 暑すぎてもお客は来ないというのは、過去の経験知で分かっていたのですが、こんなに早い時期に28℃を越える暑さが来るとは思いも寄らなかった。それでも蕎麦汁はなくなるし、小鉢もなくなったから、ひと眠りして夕食を作ったら、相撲を見ながら終えた食事の後で、また蕎麦屋に出掛ける亭主。蕎麦汁を詰め終えたら、蕎麦豆腐を仕込んで、冷蔵庫から糠床を出して明日の分のお新香を漬けるのです。天麩羅の具材を切り分け、蓮根の皮を剥いて輪切りにして茹でたら、南瓜を切り分けてレンジでチーンする。風呂を沸かす時間の前には家に戻り、やっと焼酎を煽るのでした。


5月19日 日曜日 曇り空だったけれどさすがは日曜日で…

 5時には目覚めていたのだけれど、起き上がるまでに30分、居間でコーヒーを飲んで30分休んでから、蕎麦屋に出掛けるのでした。少しずつ疲れが溜まってきたという感じなのか。昨日の蕎麦が半分近く残っていたから、今朝は600gだけ打つことにして、蕎麦玉を作って寝かせている間に、糠床からお新香を取り出して切り分ける。再び蕎麦打ち室に入って、生地を伸して包丁切りをすれば、今日は綺麗に切りそろえられたのです。43%の加水がちょうど好かった。

 7時になったら家に戻って、女将の用意した朝食を食べる。絹さやの卵綴じに鰺の開きを焼いたものが出ていた。今年は絹さやも雨が降ったり暑かったりで、すぐに時期が終わってしまったらしい。食後のひと眠りは30分にして、洗面と着替えを済ませたら、玄関を出てすぐの木槿の枝を剪定した。ものの10分ほどで背の高さまで切り落として、残るはあと4本。これが単純に40分では終わらないから大変なのです。南天も金柑の木よりも大きくなっている。

 蕎麦屋に着いたらまずは看板と幟を出したら、厨房に入って大根をおろして薬味の葱を刻む。それから苺大福を包んで野菜サラダの具材を刻むのです。今日はここれがすべて売り切れたから嬉しかった。曇り空だったけれど、気温は高く、お客は昼前から次々とやって来たのです。やはり昨日は陽が差して暑すぎたから少なかったようなのです。女将は9時過ぎから近くのコミセンで食品衛生会の会費納入や検便の申し込みで、11時過ぎにやっと店に来てくれた。

 気温が高いから窓を開けて営業を開始したけれど、年配のお客様はそれでも温かい汁の蕎麦を注文するのでした。鴨せいろの注文もあった。天せいろは一番多かったけれど、天麩羅の具材はいつもより沢山用意してあったので助かった。最後のお客は三人連れで、お蕎麦売り切れの看板を出した。天麩羅を揚げて蕎麦を茹でたら、暑くて堪らずに冷房を入れてあった奥の座敷に入って涼んでいた。厨房に戻ったらまだお客様がいて話をしているのでした。

 厨房に戻れば、客席は何時の間にかダイビングの話になっているらしく、娘さんが亭主にも話を振るから、「私は去年で引退しました」と応える。楽しいダイビングも年を取って思うように身体が動かなかったり、何かあっても周りの人に迷惑がかかるからと説明したけれど、若い彼女にはまだ分からないらしい。閉店の時間までゆっくりとなさって、和やかな雰囲気で帰っていかれた。洗い物は少しずつこなしていたから、今日は3時前には家に戻れたのです。

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2024年5月上旬



5月5日 日曜日 昼の気温が29.5度となった日は…

 今朝も4時から起き出して、明るくなるのを待つのでした。大型連休後半の三日目は、連日の賑わいで身体は相当に疲れている。今朝も陽の昇る前に蕎麦屋に出掛けて、二回の蕎麦を打ち、お新香を糠床から取り出し、切り分けて盛り付ける。これで2時間近くかかるから、最近では朝飯前のひと仕事もかなり大変なのです。スマホを持って出るのを忘れて、朝の写真は一枚もない。居間のテーブルの上に置いたまま、出掛けてしまったのでした。

 朝食を食べ終えてひと眠りしたら、再び蕎麦屋に出掛けて、まずは隣のお花畑の写真を撮る。背の高いピンクの花が満開らしく、存在感を増していた。看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたらいつものように開店準備を進めるのでした。天麩羅油の一斗缶を新しい物に替えたので、使い終わった古い缶をビニール袋に入れて外のゴミ箱に出しておく。今日も暖簾を出したらすぐにお客がいらっして、次々と車が入ってくるので、あっという間に満席なのです。

 8割方のお客が天せいろなので、天麩羅を揚げるのに忙しかったけれど、用意した天麩羅の具材が底をつき、1時過ぎにやっと蕎麦も売り切れた。蕎麦汁の徳利もほとんど残っていなかったから、相当な数が出たのです。女将の友人が来て、いつものよう野菜サラダとせいろ蕎麦を頼んで、今日は天麩羅の盛り合わせを二つお持ち帰りになる。最後のお客は三人連れで、鴨せいろと天せいろとぶっかけ蕎麦に、白エビの掻き揚げとキスの天麩羅を追加でご注文。

 洗い物をする暇もなかったから、10人越えの盆や蕎麦皿などを洗っているうちに、3時を過ぎてしまった。だいぶ疲れたらしい女将を先に家に帰して、蕎麦屋の玄関を出たところで、向かいの薩摩芋畑の若旦那と挨拶を交わす。「こう暑いと蕎麦が食べたくなりますね」と言う。家に戻ってひと休みしたら、食材がなくなったので隣町のスーパーに買い物に行く。珍しく女将も車に同乗して、家の買い物をしてくるのでした。ところがもう疲れ果てていたので忘れ物。

 ひと眠りした後で作った夕飯は、このところ1日おきに食べているあんかけの堅焼き蕎麦。残った野菜サラダにシーフードミックスとキクラゲと肉を入れて、亭主はお酢と四川風味の辣油を掛けて食べる。ひと休みしたらまた店に戻って、カウンターに干したままの盆や蕎麦皿を片付け、すっかりなくなった蕎麦汁を徳利に詰める。明日の天麩羅の具材を用意していたら、生椎茸がないのに気づき、ぬか漬けを漬けたら、また隣町のスーパーに出掛けて買ってくる。日に10時間以上働き、後は食べているか酒を飲んでいるか眠っている生活が、心地よい疲れをもたらしているのです。



5月6日 月曜日 いつまでもは続かない10人越えのお客…

 大型連休も今日が最後、朝の目覚めもやっと起き出すという具合で、5時半には家を出たけれど、厨房でコーヒーを入れて目を覚ますのでした。今年の連休は去年一昨年に比べて、かなりのお客が来て下さったのですが、例年はこの月曜日が平日なので、過去2年間お客はゼロなのでした。朝の蕎麦打ちをどれだけ打てば好いかと悩んだ結果、12食を用意して終わりにする。外はかなり気温が低かったが、加水率は43%で、室温の高い分だけ柔らかめの仕上がり。

 夕べ漬けたお新香を取り出して、今日の小鉢に盛り付ける。蕎麦を二回打つとこれでもう7時過ぎなのです。急いで家に帰って朝食に間に合うかと思ったら、今朝は鮪のたたきを手巻き寿司で食べる趣向。朝から豪華だなと思ったら「解凍してしまったから」と女将が言う。出汁焼き卵と焼き鱠は、最近、亭主も好んで食べるのです。やはり和風の朝食がお腹に優しい気がして好い。食後のお茶をもらって書斎に入り、例によってひと眠りするのでした。

 朝日の出具合からして晴れるかと思ったら、天気予報通りに今日は曇り空なのでした。南風が強く吹いて、心地よいのだけれど、出した幟が風に煽られてはためいている。厨房に入って、まずは夕べ買い足しに出掛けた際に、木曜日までは持たないと思って、冷凍の天然海老を買ってきたから、皮剥きをして下処理をして伸ばす。太さも大きさも値段通りで、普段使っている太い海老の半分くらいしかない。二尾ずつ付けてちょうど好いくらいなのです。

 野菜サラダを刻んで盛り付けを終えたら、暖簾を出してお客を待つのでしたが、気温も22℃と低く、12時半までは誰も来なかったのです。天候もさることながら、連休の最終日は家でゆっくりとしたいという気持ちも分かるような気がする。やっといらっしたお客は5ヶ月の赤児を抱いた若いカップルで、天せいろにデザートをご注文。続けていらっしたご夫婦も天せいろを頼まれる。亭主も女将も疲れている身体には、このくらいの数で十分なのでした。



5月7日 定休日になると朝から雨の日が多い…

 明け方から凄い雨の音で目が覚める。最近は定休日まで何とか天気がもって、休みの日に雨が降るパターンが多い。営業的にはそれで好いのだけれど、火曜日はお袋様と仕入に出掛ける日だから、あまり酷いと可哀想なのです。今朝はちょうど小降りになったときにお袋様を迎えに行って、まずは農産物直売所に出掛ける。生椎茸を3パック全部もらって、ナスやキュウリ、ニンジン玉葱、カブなど新鮮な野菜を買って帰るのでした。スナップエンドウは旬の走り。

 それから隣町のスーパーに行って残りの食材を買って帰るのでした。蕎麦屋の厨房に入って、大根のなた漬けを作るのに、皮を剥いて切り分け塩で漬けておく。家に帰ればもう昼の支度の時間で、女将が大鍋に湯を沸かしておいてくれたから、すぐに蕎麦を茹でて昼はとろろ蕎麦を美味しくいただいた。朝食の後は珍しく眠らなかったので、昼の食事の後は一時間ほど昼寝をしたのです。観たかった映画も途中で切り上げて、雨の中を蕎麦屋に出掛ける亭主。

 なた漬けにする大根の水が上がっていたので、大きめのタッパに水を切って移し、甘酒の素と砂糖を入れてよくかき混ぜて、刻み柚子と唐辛子を輪切りにして入れておく。新鮮な茄子や胡瓜も買ってきたから、カブと一緒に糠床に漬けるのは明日の仕事。取りあえずは小鉢に二品あればいいのです。次に南瓜を切り分けてレンジでチーンしておく。蓮根は皮を剥いて輪切りにしたものを、酢水に浸けて沸騰するまで火にかけておきます。出汁取りの準備も忘れない。

 洗濯物を干して4時過ぎに家に戻ったら、やっと女将が稽古場から出て来る。亭主はハラミの串焼きを焼いて一杯飲み始めていた。その間にカブの葉を湯がいてお浸しにしてくれたから、おかかを掛けて出汁醤油でいただくのです。5時を過ぎたら、いよいよ亭主の出番で、昨日の野菜サラダの残りと肉を炒めてあんかけにする。ものの5分で出来るからとても簡単で、味つけは塩とコショウと砂糖と顆粒の鶏ガラ。二人の夕食は時間が早いのです。



5月8日 水曜日 連休が終わって二日経っても疲れは取れない…

 朝の6時の東の空です。太陽は昇っているのですが雲が多くてはっきりと見えない。気温は高く暖かかったから、蕎麦屋に入って朝飯前のひと仕事です。昨日、大鍋の中に重曹に浸けておいた天麩羅鍋を取り出して、家から持って行った道具で擦って油の固まった汚れを落とす。鍋の内側は綺麗になったけれど、外側の焦げついた汚れはほとんど落ちない。これは火で焼いてたたき落とすしかないのですが、時間がないので諦めて、7時前には家に戻るのでした。

 今朝のおかずは鰺の開きで、釣り宿の旅館の朝食よりも質素だけれど、美味しくいただくのでした。書斎に入ってひと眠りすれば、定休日という安心感もあってか、今日は1時間以上も眠ってしまいました。忙しかった連休の疲れがまだ取れていないらしい。9時過ぎに目覚めて再び蕎麦屋に出掛け、昨日から準備をしておいた出汁取りを始めるのでした。二番出汁まで取って、蕎麦汁を徳利に詰め終えるまで、どうしても1時間はかかるから大変なのです。

 キノコ汁の食材を買っていなかったから、隣町のスーパーに出掛けて揃えてくる。ついでに昼の蕎麦に合うかと天麩羅を買ったのですが、もう冷えていてあまり美味しそうではなかった。家に戻れば女将が蕎麦を茹でる湯を沸かしておいてくれたから、亭主は蕎麦を茹でて盛り付けるだけ。買って帰った天麩羅は、あまり美味しくないので、食べ終えて胃がもたれたのです。やはり揚げたての天麩羅でないと美味しくない。ごま油で揚げた店の天麩羅は美味い。

 もたれた胃を庇いながら、書斎に入ってひと眠りすれば、その間に女将がスポーツクラブに出掛けたのにも気が付かないのでした。いつもなら定休日の二日目は、もう少し身体が動くのに、今日は少しだるいのです。蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをするのですが、何から始めればいいのやら、冷えたほうじ茶を飲みながら一服して考える。取りあえずキノコ汁を二人分だけ作って、残った鶏肉や茸は冷凍しておきます。それから天麩羅の具材を切り分ける。

 最後に時間はまだ早かったけれど、キュウリとナスとカブを糠床に漬けて、午後の仕込みを終わりにするのでした。4時には家に戻って、豚のハラミを焼いて焼酎を飲み始める。女将がスナップエンドウを茹でてくれた。旬の食べ物はやはり美味しい。これだけでは足りないからと、最近はまっている冷凍のたこ焼きをチーンして食べるのです。6個入りで230円だから、それほど値段が高くはないので、何個も買って冷凍室に入れてある。急に眠気が襲ってきた。



5月9日 木曜日 午前中は雨で気温も低かったけれど…

 今朝は5時前に目覚めて、居間の部屋でコーヒーを入れて飲む。なかなか意識がはっきりしないので、30分ほど休んで蕎麦屋に出掛けたのです。昨日は夕刻にお新香を漬けたのですが、少し漬けている時間が長くなったので心配なのでした。塩加減は少なめにしておいたので、無事に糠床から取り出して小鉢に盛り付ける。糠に塩が十分に染み込んでいるから、この時期は12時間でも多いくらいなのです。ぬか漬けは簡単だけれど、時間との闘いでもあるのです。

 蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。この雨と涼しさではそんなにお客も来ないだろうと思えた。加水率43%で750g8人分の蕎麦を打って、生舟に並べてみると随分と少なく見える。連休のようには沢山のお客は来ないはずだけれど、少し心配ではあるのです。今日は女将が近くのユリ農場に、年に一度、母の日に贈るユリをもらいに行く日だったから、早く終われば取りに行けるだろうとも思ったのです。7時前に蕎麦を打ち終えて家に帰って朝食を食べる。

 それから書斎に入って1時間ほど眠ったら、洗面と着替えを済ませて、傘を差して蕎麦屋に出掛ける。庭の芍薬が満開なのに雨で最初に咲いた下の方が倒れてしまった。もう何十年になるのか、女将に買ってやったのを亭主が植えたものらしく、何の手入れもしないのに、毎年、同じ場所に咲くから愛おしい。庭で一番日当たりの好い場所だからなのか、株がどんどん脇に広がっているようにも見えるのです。芍薬の花のお蔭で雨の日の憂鬱が消えていた。

 9時過ぎに蕎麦屋に着いたら幟と看板を出して、まずは大根をおろして薬味の葱を刻み、生姜を擦って、苺大福の材料を冷蔵庫から取り出し、白玉粉を蜜で溶いて溶けるまでにひと休み。10時になったら大釜に火を入れ、求肥を作って苺をくるんだ白餡を包む。それから野菜サラダの具材を刻み始めるのです。今日は開店と同時にいらっした三人連れの会社員たちが、ヘルシーランチセットの天せいろを頼まれたので、すぐにサラダも苺大福も売り切れてしまう。

 女将が少し遅れてやって来て、席に天せいろを運んでくれる。続けて常連のカレーうどんの親父様が奥様とご来店で、奥様は今日は鴨南蛮蕎麦を頼まれる。駐車場の軽のスペースに車を停めて、若い女性が二人でいらっしたから、カウンターしか空いていなかったので座っていただく。まだ12時前なのです。生舟の中の蕎麦はもう直ぐ終わりになるから、亭主は、はらはらしながら調理をするのでした。しかし、混むのは一時で食べて帰ればもう1時になるのです。



5月10日 金曜日 天気は好かったけれど、お客は来ない…


 今朝も5時には目が覚めて、珍しくコーヒーを飲まずに居間の部屋でテレビも点けずにゆっくりとしていました。頭がすっきりとしないので、まだ車の運転は無理なのです。昨日は10時半には床に就いたから、十分に眠っているはずなのに、若い頃とは違って睡眠が6時間では身体が目覚めてこないのです。5時半になったら家を出て、蕎麦屋に出掛けて夕べ漬けた新キャベツの浅漬けの様子を見るのでした。薄味だけれどなんとか出せると小鉢に盛り付けておく。

 今朝も43%の加水で蕎麦を捏ねて8食分の蕎麦を打ち、天気の好くなると言う今日は昨日残った蕎麦と合わせて10食分の用意で営業をするつもり。7時過ぎに家に戻れば、もう朝食の用意が出来ていたので、食堂に入ればカサブランカの清々しい香りが一面に立ちこめているのでした。お袋様に贈った花が大きすぎて花瓶が倒れて困るというので、女将が半分もらって来たのでした。全部蕾だったのに、今朝は一輪だけ花びらが開いて、これが薫るのです。

 半袖ではまだ寒かろうと、ポロシャツに薄手のジャンパーを羽織って蕎麦屋に出掛けたのですが、朝から陽射しは強く初夏の青空が眩しいのでした。向かいのさつまいも芋農園のビニールハウスの前には、来週から苗を売るのとカフェの案内が看板で表示されていました。いよいよ活動が開始されるかと、若い農家の人たちの活動がなぜか楽しみでなりません。年老いた亭主も蕎麦屋の幟と看板を出して、今日の営業の準備に入るのです。まずは大根をおろして…。

 女将が来ない日だからと、早め早めに準備をして、苺大福を包んで野菜サラダの具材を刻んだらいつものように3皿ずつ盛り付けるのです。昨日おろしたばかりの天麩羅油が少なくなっていたから、重い一斗缶を持ち上げて、天麩羅鍋に注ぎ足すのだけれど、これがひと苦労なのです。油が垂れてしまうのも嫌なのです。こんなところにも老いは隠せない。暖簾を出してしばらくすると、駅前のマンションに引っ越した常連さんが自転車でやってきたのです。

 カウンターに座って黙って店の新聞を読み始めるから、「いつもと同じで好いですか」と亭主が尋ねる。辛味大根をおろして蕎麦を一把半茹で、カウンターの席に持って行けば、スルスルスルッと蕎麦を啜る音が聞こえてくる。車を止めて不便はないのかと亭主が尋ねれば、段々と慣れて来たと言う。天気は好いけれどお客はなかなか来ない。1時を過ぎて常連の女性がカウンターの隅に座り、今日はヘルシーランチセットの天せいろののご注文なのでした。
 「今日は女将さんはいないのね」とおっしゃるから、「スポーツクラブに出掛けています」と応える亭主。すると女性が、「年を取っても鍛えておかなくては、足腰が弱るからね」と言う。のんびりとした午後のひとときなのでした。洗いものをしていたら、珍しく女将から電話が入って、焼きそばを買って帰ると言うことになった。亭主は夜のプールに行く前に、堅焼き蕎麦で夕食を作ってひと休みなのです。金曜日のプールはいつも空いていて、今日も一人一コース。


5月11日 土曜日 次から次へとお客が来るのに疲れ果て…

 夕食を食べてから、本日三回目の蕎麦屋行き。昼間、洗って干しておいた盆や蕎麦皿を片付けるだけでも大変なのでした。小鉢も蕎麦汁も残っていなかったから、それから予備の一番出汁で蕎麦汁を作り、タッパに入れてあるなた漬けを盛り付けても足りないから、カボチャを出汁で煮て出汁醤油と砂糖で味つけをし、冷凍室に入っていた小豆の煮たのを解凍する。明日の朝に盛り付けて何とか小鉢は足りるだろうと思う。これでもう8時前だからやはり疲れる。 

 今朝の蕎麦打ちは昨日と同じく8人分を打って、昨日の残った蕎麦と合わせて今日は14食の用意で営業を開始したのです。それがすべてなくなってのが1時半で、それから来たお客は、お蕎麦が売り切れたと断ったのです。最後のお客が帰った後は、しばらく女将と休憩した。カウンターに座り込んで女将も眠そうにしている。亭主は賄い蕎麦を茹でて遅い昼飯を食べるのです。昼前に来た4人のお客の分は洗い物を済ませてあったから、残りを二回に分けて洗う。

 今朝は食堂のカサブランカの赤い花の方が開いて、香りは居間の部屋まで広がっていたのです。食後にお茶をもらったら、書斎に入って30分だけ横になって休む。ウトウトと少しは眠ったのか8時半には起き出して、洗面と着替えを済ませたら、コーヒーを入れて飲むのでした。まだ半袖だけでは少し涼しかったから、帰りは脱いでくるだろうけれど、ジャンパーを羽織って家を出るのです。風があったけれど南風で暖かいのでした。蕎麦屋に着いて朝の仕事。

 今朝の青空にモミジの新緑が鮮やかに映えていました。厨房に入ったらまずは大根をおろして、苺大福を包み、野菜サラダの具材を刻みながら、南瓜を切り分けてレンジでチーンしたら、蓮根の皮を剥いて酢水で茹でる。暖かくなると言うのでお客が増えても大丈夫なように、余分に作っておいたのですが、それでも足りなくなって最後はもう一度、南瓜もチーンしなければなりませんでした。天麩羅だけで10皿は出たから、記録的な数なのです。

 今日は駐車場が二回転満車になって、店の中は三回転したのだったか、5人連れの家族が1時過ぎに入って、いろいろな物を注文したから、これもまた疲れたのです。質の好いアスパラが美味しそうだと思っていたが、サラダはまったく出なかった。夜のおかずは女将が買い物に出掛け、ロースの厚切りを塩コショウで焼いてくれたので、夜まで腹持ちが好かった。疲れ果てると酒も飲めないもので、10時過ぎになってやっともう一杯飲もうかという気分になる。

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2024年5月初め



5月1日 水曜日 終日の雨で気分も塞いだ…

 今朝も5時には目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲んだのですが、椅子に座ったままどうも動き出せない。そのまま長いインド映画を見続けて、朝食の時間になるのでした。筍ご飯と茄子とピーマンの味噌炒めで美味しくいただいたら、夕べも随分と長く眠ったのに、また書斎で横になる。外は雨だったから、蕎麦屋にもあまり行きたくなかった。夜まで雨だと言うので、防犯パトロールも中止に違いないのです。あまり急がずに今日の仕事がこなせれば好い。

 結局、10時過ぎまで眠って、いろいろな夢を見た。最近は、バスや電車を乗り継いで、途中で食事をして家に帰るといった夢が多いのです。漫然と見ているテレビのバス旅やグルメ番組の影響かも知れない。起き出して台所に行けば、女将がもう昼の食材を用意しているのでした。店で残った野菜サラダを消化するために、昼は焼きそばを作るのが亭主の仕事らしい。ものの5分で仕上がるから、まずは居間で一服するのです。五目あんかけの堅焼き蕎麦で昼食。

 雨が激しく降っていたので、女将がスポーツクラブに行くのも大変だろうと、今日は送って行くという亭主の言葉に素直に従って、スマホを持って助手席に座った。亭主はその足で蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みに入るのです。午前中に行かなかった分、仕事は多かったけれど、女将を迎えに行くまでの2時間もあれば十分。蕎麦豆腐やキノコ汁の仕込みを終えて、切り干し大根の煮込みを作り、別の火口で白餡を煮込んで、春キャベツの浅漬けを漬けておきます。

 最後に明日の天麩羅の具材を切り分けて、本日の仕込みは完了なのでした。女将から電話が入るまで白餡を煮込んで、固まりそうもないから冷蔵庫に入れておきました。雨はますます降りしきって、3時前に女将から電話が入って、雨に濡れない待ち合わせ場所まで迎えに行く。「雨は止みそうにないから、夜はプールに行くのね」と言われて、ハッと思い出した自分の予定。30分ほど書斎で横になったら、鮪の手巻き寿司を食べて、夜のプールに出掛けるのでした。



5月2日 木曜日 寒い朝だからか、暖かくなってからお客が…

 5時に目覚めて5時半には蕎麦屋に出掛ける。部屋の温度が10℃もない寒い朝なのでした。昨日のぬくもりが残っていた蕎麦屋の中は17℃。蕎麦打ち室は16℃だったので、暖房も入れずに蕎麦粉を計量した。昼は晴れるとは言っても、朝がこの気温ではお客は来ないだろうと、750g8人分だけ打つことに決めました。加水率43、5%で蕎麦粉を捏ね始めて菊練りを終え、蕎麦玉を寝かせている間に厨房に戻って、昨日浸けておいたお新香を取り出して盛り付ける。

 ついでに切り干し大根の煮物を盛り付け、蕎麦の数だけ盛ったら今朝の仕込みは終わりです。7時前に家に帰って朝食を食べる。食後のひと眠りは約1時間。洗面と着替えを済ませて、また蕎麦屋に出掛けて行く。早朝は曇っていたのに、みずき通りを渡る頃には青空が広がっていました。幼稚園に通う母子や家の前の通りを掃除する奥様に挨拶をしながら、蕎麦屋に着いたら看板と幟を出して、チェーンポールを降ろすのです。これがいつもの朝の日課。

 木曜日は女将が開店の時刻からの出勤なので、店の掃き掃除をしたり、結構、仕事があるものです。9時からの1時間は貴重な時間で、返しがなくなっているのに気が付いたから、材料の醤油や味醂などを出して大鍋で作り始める。それからやっと苺大福を包み、野菜サラダの具材を刻むのです。返しを作った分、時間を取られて、テーブルを拭いて開店の準備を整えるまで休む暇がなかった。暖簾を出す前に懐かしい常連さんが駅前から自転車でいらっしゃる。

 車を止めて生活に便利な駅の近くに移ったのは好いけれど、毎週食べに来てくれていたのに、もう、来られないのかと思っていたから、とても嬉しいのでした。いつものせいろ蕎麦の大盛りと辛味大根を頼まれて、今日は帰りがけに苺大福を二つも持って帰られた。女将がやって来て、やはり常連さんが来てくれたのを嬉しく思ったのか、苺大福を袋に入れて渡しているのでした。風は冷たい北風で陽射しはあるものの、これではお客は来ないと1時間は待った。

 1時前になってもお客が来ないので、亭主はおろし蕎麦で賄い飯を食べておく。やっと気温も上がってきたからか、今日はそれからが混んだのです。とは言っても蕎麦の大盛りばかりの注文が多かったから、8食の蕎麦はすぐになくなる。電話で営業しているかと尋ねた女性達は、売り切れの看板を出してからいらっしたらしい。もう1時半だったから仕方がない。女将のスポーツクラブの予約の時間だと知らされて、奥の座敷で予約を取る亭主。明日は朝がもっと寒いと言うから、果たしてどうなることか。


5月3日 金曜日 連休後半の初日は、やはり寒い朝…

 今朝は4時半に起きて、5時前にはもう蕎麦屋に着いていた。明るくなるのが早いこともあったけれど、蕎麦が残っていないので、今朝はどうしても二回打たなければならなかったのです。向かいの森の木の間から朝日が昇って、日の出の時刻がこんなに早くなったのかと驚く亭主。陽の昇る位置も随分と北に移っているではありませんか。日々の喧噪に追われて、季節の移り変わっているのを忘れている自分にふと気が付いた。単に加齢のせいばかりではない。

 二つの蕎麦玉をこしらえて、ビニール袋に入れて寝かせようとしていたら、トントンと蕎麦打ち室の窓を叩く音がする。見れば近所に住む弟の顔が笑っている。玄関に出て随分と久し振りに話をしたけれど、犬の散歩にしても早い時間なのでした。6歳になると言う小さな犬が、亭主の足元でじゃれついている。元気で暮らしているというから、まずは好かった。今日は同じ加水率で打った筈なのに少し柔らかく仕上がって、蕎麦切りも気をつけて丁寧に仕上げる。

 家に戻って朝食を食べたら、今朝も40分ほど眠って、早めに家を出るのでした。看板と幟を出したら厨房に入り、まずは豚のハラミを切り分けて串に刺しておきます。二日ほど真空のフリーザーの中で解凍したら、ちょうど好い柔らかさになっていた。まな板と包丁を洗って、今度は苺大福を作る準備です。昨日の大福は全部売れてしまったので、今朝もまた三皿包んでおく。今週仕入れた苺は、質が良かったので、傷んでいるところもなくなかなか美味しい。

 野菜サラダの具材を刻んでいつもの通り三皿に盛り付ける。開店の準備をして10分前には暖簾を出してお客を待つのでした。最初のお客は常連の宅配便の若者で、今日も鴨せいろの大盛りをご注文。野菜サラダと蕎麦豆腐も頼まれて、美味しかったと言って帰っていく。昨日と同じく1時近くまでお客がなくて、それから閉店の時間までにどっとお客が入ったのです。休日だから出足が遅いのか、最後のお客が帰ったのはちょうど2時なのでした。



5月4日 土曜日 まだ三日目なのにかなり疲れてきました…

 寒い朝でした。5時前に蕎麦屋に着いたら、もう向かいの森から朝日が昇っていた。燕たちが飛び交い、生まれたばかりの雛たちに餌を運んでいる。蕎麦打ち室に入って、今朝は43%ジャストの加水率で蕎麦粉を捏ね始める。水回しをしてサラサラとパン粉のように粉が広がるのは、上手く打てている証拠。いつも水を分けて入れないから、どうしても固まってしまうのですが、今日は違っていた。昨日の残った蕎麦と合わせて15食半の蕎麦を用意しました。

 厨房に戻って夕べ漬けたお新香を切り分け、盛り付けておく。冷蔵庫には昨日の残りが少し入っているから、蕎麦の数だけ盛ったらそれでよしとする。7時前に家に戻って女将の用意してくれた朝食を食べ、書斎に入って1時間ほど眠っておくのですが、今朝はなかなか起きられなかった。洗面と着替えを済ませて家を出たのが9時20分で、連休後半の二日目はちょっと疲れているという感じです。それでも蕎麦屋に着くと、いつもと同じ仕事を繰り返す。

 苺大福を包んで、野菜サラダを盛り付けた頃には、もう店の中は25℃を越えているから、窓は全開なのです。外気温は朝の10℃に対して、昼は26℃を越えるから、この寒暖の差だけでもかなり疲れる感じがするのです。朝に着ていった薄手のポロシャツを脱いで、ノースリーブのアンダーウェアーの上に店のシャツを着て、暖簾を出せば、開店直後に若いご夫婦がいらっしゃる。蕎麦好きらしいご主人が、暖かいかけ蕎麦と冷たいせいろ蕎麦の大盛りを頼まれる。

 奥様は天せいろで、天麩羅を揚げていたら、常連さんがいらっしてカウンターの隅に座り、いつものようにビールと今日は温かいとろろ蕎麦の大盛りを注文された。それからが次々とお客が入って、息をつく間もないほどなのでした。生舟の蕎麦が残り少なくなった頃に、何度も電話が鳴るので亭主が出れば、今日は営業しているかと言う。今日は新しいお客が多かったのです。7人でいらっしたお客も、席が空いていないし、蕎麦の数も足りないからお断りした。

 「小さなお蕎麦屋さんって書いてあるのに」と亭主が呟くと、テーブル席のお客が笑っていた。最後のお客は3人連れで、天せいろを三つご注文。大盛りも出たから、13食出たところで1時過ぎだったけれど、売りきれの看板を出す。ちょうど天つゆや天麩羅の具材も切れたのでした。洗い物は何もしていなかったから、後片づけが大変なのでした。家に帰ってひと眠りし。夕食を食べ、亭主はまた蕎麦屋に行って、蕎麦汁の仕込みやお新香を漬けて来るのでした。朝2時間、昼に6時間、夜に2時間とかなり疲れた一日なのです。