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2024年4月末



4月27日 土曜日 やっとお客が戻って来た感じか…


 今朝も6時前から蕎麦屋に出掛け、今日の蕎麦を打つ。蕎麦粉を捏ねて蕎麦玉にしたら、寝かせている間に厨房に戻って夕べ漬けておいたぬか漬けを取り出す。キュウリとナスとカブを切り分けて、小鉢に盛り付けるのです。再び蕎麦打ち室に入って、丸出しから四つ出し、本伸しまで順調にこなしたのですが、今日はちょっと生地が柔らかい。湿度が高かったからか、45%の加水では多すぎたらしい。それで無事に打ち終えて、今日は14食の用意です。

 家に帰って朝食を食べたら、書斎に入って小一時間ひと眠り。小雨が降っていたので傘を差して蕎麦屋に出掛けるのでした。朝のうちはまだ肌寒いので、薄手の長袖ポロシャツを着てちょうど好い。蕎麦屋に着いて看板や幟を出したら、室内は20℃以上あったから、袖をまくり上げて作業をする。いつもと同じく、大根をおろしたら苺大福を包んで、野菜サラダの具材を刻む。11時前にはもう終わって、早お昼を食べに帰った女将が来るのを待つのでした。

 隣のお花畑には、車で通りかかった何処かの親父様が、カメラを取り出してしばらく写真を撮っていた。女将がやって来て、暖簾を出したらすぐにご夫婦でご来店なのです。カウンターに座ろうとするから、テーブル席へどうぞと勧めた。「この間来た時は満席だったから、入れなかったのですよ」とおっしゃるから、「たまにはそういう日もあるのです」と応える。天せいろとヘルシーランチセットを頼まれて、前回、食べられなかった分を取り返したのです。

 その後、お一人でいらっしゃったお客が続いて、皆さんカウンターに座ってご注文。せいろ蕎麦と白エビのかき揚げの親父様は、いつも同じものを頼まれる。カレーうどんと豚のハラミの女性はデザートまで注文された。15分ほど歩いて来たという初めての若い女性は、天せいろを頼まれて、ゆっくりと食べて行かれた。まだ12時を過ぎたばかりだったから、今日は混みそうな勢いなのでした。結局1時過ぎまでお客が続いて、忙しい一日なのでした。

 亭主もお客がいなくなって、やっと昼の賄い蕎麦を食べることが出来たのです。カウンターにお客がいると洗い物が出来ないので、皆さんがお帰りになってからまとめて洗い物を始める。無言で洗う亭主と無言で拭いて片付ける女将。連休でどこかに出掛ける人が多いのかと思ったけれど、蕎麦屋にも来る人が増えて嬉しかった。家に帰ってひと眠りしたら、夕食にあんかけの堅焼き蕎麦を作って、早めに夕食を終えたらまた蕎麦屋に出掛け、蕎麦汁を作ったり、明日の用意に余念がない。今日は夜のパトロールは休ませてもらう。



4月28日 日曜日 やはりお客は戻って来たのか…

 今朝はMLBのドジャースの試合が早朝から放映されていたので、コーヒーを入れて飲みながら大谷選手の活躍を見ていたのです。5時半には家を出て、蕎麦屋に着いたらすぐに蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つのでした。今日は看板にあるとおりに15食の用意で、加水率44%で打ったのですが、それでもまだ生地が柔らかくて困った。室温は20℃あったけれど、湿度計は45%になっていたのです。タブレットで天気予報を見れば佐倉市は90%を越えていた。

 室温と室内の湿度よりも大きな大気状態に、蕎麦粉は敏感に反応しているような気がしてならない。玄関前のツツジが満開で、手入れもしていないのに、朝日が当たる場所だからねこんなに見事に咲くのだろうかと思えたのです。早めに家に戻って女将の朝食の支度が終わるのを待てば、今朝のメインのおかずは出汁入り卵のふわとろ炒めとホウレン草のお浸し。物足りなかったけれど、若布と豆腐の味噌汁がちょつと濃いめで、美味しくいただいたのでした。

 再び蕎麦屋に出掛けて、朝日を浴びたモミジの姿を見れば、冬の間にあんなに剪定したのに、やはり枝の先端の手入れをしなかったから鬱蒼とした状態になっていた。南側の庭の手入れもまだ済んでいないから、まだまだやることは沢山あるのです。厨房に入って苺大福を包み、野菜サラダの具材を刻んで、11時前には開店の準備が終わるのでした。女将もやって来て、今日はどのくらいのお客が来るのかと、緊張した時間を過ごすのでした。

 昨日の混みようからして、更に暖かくなると言う今日は、かなりの数が予想されたのですが、思った通りにお客はいらっして、12時過ぎには店はもう満杯。向かいの薩摩芋農家の若旦那がいらして、「今、三人来るのですがいいですか」と言う。直前にご夫婦で店に入ったご夫婦が、カウンターに座ってくださったから、ちょうどこれで満席なのでした。今日はなぜか大盛りのご注文が多くて、生舟に用意した蕎麦はみるみるなくなっていったのです。

 「暖かいので薩摩芋の芽が伸びて大変なのです」とおっしゃっていた若旦那は、「椎茸の天麩羅が美味しかった」と言うから、「地元の農産物直売所で仕入れているんですよ」と亭主が応える。混んだ時間が過ぎて洗い物をしていたら、母と小さな娘がカウンターに座っていろいろな注文をなさる。白エビの掻き揚げも、豚のハラミの串焼きも出来たてを席に運んで、小さな女の子にはカルピスのサービスです。蕎麦がなくなったから売り切れの看板を出して、1時過ぎにはもう閉店にしたのです。今日は大盛りが効いたかな。


4月29日 月曜日 昭和の日々も遠くなりにけり…

 5時前に目覚めて、まだ頭がふらついていたけれど蕎麦屋に出掛ける。昨日と一昨日の店の混みようでは、今日は蕎麦を二回打たなくてはならないかも知れないと思ったのです。厨房の椅子に座ってコーヒーを入れて飲んでいたら、5時を過ぎたばかりなのに、もう朝日が森陰から昇って来るではありませんか。いつのまにか日の出の時刻が随分と早くなっているのに驚くばかり。そんな気は毛頭ないのだけれど、それだけ毎日の生活に追われているのだろうか。

 蕎麦打ち室に入って、昨日までの加水率よりもさらに下げて、今朝は43%で蕎麦粉を捏ね始めました。硬いこと硬いこと、昔はこんなに硬い蕎麦を捏ねていたのかしら。いつもよりも時間をかけて、やっと菊練りに入ったら生地がこなれて来たから、少し安心した。蕎麦玉を作ってビニール袋に入れて寝かせている間に、厨房に戻って夕べ漬けたお新香を取り出して、切り分けたら小鉢に盛り付けるのです。ついでに大根のなた漬けも少しだけ盛っておく。

 再び蕎麦打ち室に入って生地を伸し始めたら、硬いからこれも手強い。やっと本伸しを終えて畳んで包丁切りをすれば、綺麗なエッジの効いた蕎麦が出来上がる。最近では最良の出来だと小躍りするのでした。こんな日に蕎麦を食べに来てくれたお客は、きっと美味しいと言ってくれるに違いない。家に帰って朝食を食べたら、今朝は小一時間眠って、9時になったらまた蕎麦屋に出掛けるのです。まだ、天麩羅の具材切りが終わっていなかった。

 花の咲いたみずき通りも新緑の季節。空はどんよりと曇っていたが、時折、陽が差す程度の陽気なのでした。蕎麦屋の中は窓を全開にしても24℃と蒸し暑い。昼近くには27℃まで上がったので、エアコンを入れるのです。三連休で月曜日の今日も手伝いに来てくれた女将は美容院にも行けずに可哀想。今日は早く終えたら先に帰ってもらおうと朝から考えていた。暖簾を出せば、すぐに歩いていらっした二人連れの男性がご来店なのでした。

 今日もお客が続くかと思ったけれど、さすがに三日目は客が少ない。1時を過ぎていらっしたご夫婦が最後のお客で、天せいろ二つに稚鮎の天麩羅を頼まれた。ご主人が美味しいと頷きながら天麩羅を食べる。帰りがけには奥様が「お蕎麦がとても美味しかったです」と褒め言葉。ご主人は店置きのパンフレットをお持ち帰りになる。今日は静かな「昭和の日」でした。二人で手分けして残った食材を家に持ち帰り、夜は野菜サラダの消化のために焼きうどんを作る。



4月30日 火曜日 さすがに疲れて今朝は起きられなかった…

 夕べは10時半に床に就いたのに、今朝は7時まで起きられなかった。やはり先週の疲れが溜まっていたのだろうか。食堂に行けば、今朝は店で残ったホウボウを、女将が小麦粉を付けて焼いてくれていた。白身魚だから天麩羅にしても美味しいけれど、いろいろな食べ方があるのだ。海の中では七色に光る胸びれを広げて泳ぐ姿が美しく印象的なのです。お袋様と仕入に出かけて、帰ったらそのまま床屋に出掛ける亭主。家に戻って昼飯は蕎麦を茹でて食べる。

 午後は女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みを始めるのでした。厨房でコーヒーを入れて30分ほどゆっくりと休んでから、先週随分と出たカレーを作っておきます。最近は彼の親父様以外にも注文する人が多く、一度に6食分しか作らないから、出る時には直ぐになくなってしまうのです。女将に言わせると、単品で300円の野菜サラダが付いているので、サラダを食べたい人にも受けるのではないかと言うこと。

 午後の仕込みを終えて、家に帰る前に午前中に手に入らなかったパイナップルとアスパラガスを買いに、駅前のスーパーに出掛けるのでした。雨だった午前中とはうって変わって、青空が広がって気持ちの好い天気になったのです。でも、明日は終日の雨らしい。夜は残った野菜を肉や魚と焼いて、バーベキューにしたのですが、二人ともあまり食べられないから、6時のニュースが始まる前に食事を終えたのです。夜も昨日の続きで早い時間に眠くなる。

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2024年4月下旬



4月20日 土曜日 湿度は低いが陽射しが少なかった…

 目覚ましも掛けないのに、今朝は5時前に目が覚めた。昨日は結構お客が入ったので、週末の今日は蕎麦を二回打たなければならなかったのです。夕べ漬けたお新香も気になっていたから、やはり2時間は必要なのでした。日の出前の東の森は空が赤く染まっていましたが、すっきり晴れているというのではなくて、うっすらと雲がかかっているようなのです。厨房に入れば室温は18℃と、家の居間よりもかなり暖かい。それでも鼻水が出るのは薄着のせいか。

 今日は暖かくなるという夕べの予報だったので、お新香は沢山浸けておいたのです。残れば明日も使えるからと思って、12鉢も盛り付けたのでした。このほかに大根のなた漬けがあるから、10人以上のお客が来ても大丈夫。蕎麦打ち室に入って、いつもと同じ0.445%の加水で蕎麦を捏ねていけば、湿度が低いからかちょっと生地が硬いような気がした。二回打つので蕎麦玉は二つ作っておかなくてはならない。それで力を入れて伸したから薄い仕上がりになった。

 生地が薄く伸されると、蕎麦切りをした時に細い蕎麦が出来る。以前は、このくらいの細さで打っていたのですが、蕎麦が細すぎると言うお客がいるので、最近は少し太くして切っているのです。亭の蕎麦汁には、少し細めの蕎麦が合うような気がしているけれど、コシがあっても細すぎるというお客の声には耳を傾けないと行けないから、しばらくは切りべら22本ほどで出していたのです。今日は以前と同じく切りべら26本で、1.3mmほどの細い蕎麦が仕上がる。

 家に戻って朝食を食べたら、ぴったり1時間の朝寝です。9時には着替えを済ませて、居間の部屋でひと休み。台所を片付けている女将に声を掛けて、再び蕎麦屋に出掛けるのでした。陽射しはあるものの薄い雲が多くて、これは晴れとは言えない空模様なのです。暖簾と幟を出して厨房に入れば、いつもの通りの開店準備。野菜サラダを盛り付けて11時前だったから、今日は少し早かった。女将がやって来て、「今日は暖かいけれど晴れてはいないわね」と言う。

 朝の5時から頑張って沢山蕎麦を打ったのに、昼過ぎまでお客は来ないのでした。やっと昼を過ぎた頃からお客が来だして、休みの日だから出足が遅かったのだと分かる。若い方が多かったからか、天せいろの注文が続いて、タケノコの天麩羅や稚鮎、赤いかが続けて出たのです。洗い物はその都度できる混みようで、閉店間際にいらっした女性客はぶっかけ蕎麦の冷たいのを頼まれて、美味しかったとお帰りになる。2時半には女将と蕎麦屋を出たのです。


4月21日 日曜日 曇り空でも店は混んだ一日でした…

 今日も4時過ぎには目覚めて、コーヒーを入れて居間でゆっくりと明るくなるのを待っていました。早く起きるのが習慣となって、どうしても6時間ほどの睡眠で目が覚めてしまう。もう一度眠れば寝られるのだけれど、それでは蕎麦打ちが出来ない。薄暗い玄関のドアを開けて、ガレージのシャッターを開けて車に乗り込むのでした。わずか300mほどの距離を、車で移動するのもすっかりと習慣になってしまった。足の具合が悪くなる前は歩いていたのです。

 今朝は蕎麦汁が足りなくなったので、予備の一番出汁に返しを加えて、蕎麦徳利10本ほどの蕎麦汁を作っておく。それから蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打ったのです。どうも最近は少し生地が硬く仕上がるので、45%の加水で捏ね始めたらちょうど好い具合なのでした。昨日の蕎麦がだいぶ残っていたから、今朝は500gだけ打ち足して14食の用意で始めようと決めたのでした。小鉢もちょうどそのくらいの数だけ用意しておいたのです。

 朝食を食べ終えてひと眠りしたら、今朝は1時間もぐっすりと眠ってしまう。だいぶ疲れが溜まっていると感じるのでした。洗面と着替えを済ませて再び家を出たのは9時過ぎで、庭の中リップの手前に芍薬の花のつぼみが一杯出ていた。もうそんな季節なのかと驚くのです。蕎麦屋まで歩いても、今朝はかなり暖かい朝なのだと思った。隣のお花畑のホピーも早くから花を開いていた。夜の間は花が閉じているので、早朝にはこれほど見事にはならないのです。

 朝の仕事を終えて、苺大福を包んでいたら女将がやって来て、店の掃除を始めてくれる。洗濯物を畳んだり、ドレッシングを注ぎ足したり、細かなことをやってくれるのでとても助かっている。亭主が一人で営業する月・金は、それも全部亭主一人でやらなくてはならないので、お客が少なくても、結構、大変なのです。彼女が早お昼を食べに家に帰っている間に、野菜サラダの具材を刻んで盛り付けておきます。今日はパイナップルがないので苺で代用した。

 11時を過ぎた頃にいきなり玄関を開けて気の早いお客がいらっしたけれど、さすがにまだ準備が終わっていない。「11時半からなのですけれど」と言えば帰って行かれた。11時半になって暖簾を出せば、すぐに車が駐車場に入って、女性のリピーターさんがカウンターに座る。カレーうどんとハラミの串焼きとデザートをご注文で、いつものパターンなのでした。続けていらっしたご夫婦は、先ほどフライングで来たリピーターで、奥様がカレーうどんなのでした。

 今日は蕎麦の大盛りが5つも出て、白エビのかき揚げが4皿も出た。野菜サラダも苺大福も全部売り切れたのです。前半のお客が帰った後で、少し時間があったので、亭主は頑張って洗い物をこなすのでした。この調子だと洗い物が終わらないという予感があったのです。案の定、12時半を過ぎた頃に、四人連れのお客が続けて入って、それこそいろいろな注文をするから、厨房は大忙しなのです。洗い物も8人分溜またから、片付けるのに3時までかかった。閉店の時刻に電話が入って、聞けば昔の水泳部の女子部長で、明日店に来ると言う。懐かしい声を聞いてほっとした亭主なのでした。


4月22日 月曜日 20数年ぶりに会う珍客に元気を貰って…

 今朝は5時半に目覚めて、すぐに蕎麦屋に出掛けた。玄関を出たら木槿の新芽が目に鮮やかで、季節はいよいよ新緑の5月に突入するのかと思えたのです。涼しい朝だったから、隣のお花畑のポピーもまだ花びらを萎ませていた。店に入れば昨日の温もりがまだ冷めやらずに18℃もあるのでした。今朝は昨日と同じく加水率45%で、蕎麦を打ち始めたのですが、ちょうど好い加減で切りべら23本ほどで、おそらくコシのあるであろう綺麗な蕎麦が仕上がったのです。

 蕎麦玉を寝かせている間に厨房に戻って、夕べ漬けに来た春キャベツの浅漬けを取り出してみたら、1.5%の塩分ではさすがに少し薄く感じたのですが、薄ければ醤油を垂らして食べていただくと言うことで出来は上々なのでした。昆布と生姜を千切りにして入れたのが好かったのかも知れない。春キャベツの店頭に出ている間は、この浅漬けも案外好いかも知れないと思うのです。切り干し大根の煮物もいいけれど、やはり季節に合わせた小鉢も大切なのです。

 家に戻って朝食を食べたら、例によって書斎に入ってひと眠り。昨日の疲れかが残っていたのか1時間近くも眠って、9時前に目が覚めて急いで洗面と着替えを済ませるのでした。夜明け方から雨が降っていたので、傘を差して蕎麦屋まで歩く。駐車場のモミジが柔らかな新芽を伸ばして鬱蒼と茂っていた。太い枝は剪定したけれども、細かな枝を切らなかったから、またこの後が大変なのです。看板と幟を出して、厨房に入って開店前の仕込みに入る。

 10時過ぎに裏の小母さんがやって来て、蕎麦と天麩羅を頼むと言うけれど、さすがにまだ何も準備が出来ていなかった。野菜サラダさえも作り終えていなかったのです。今日は用事かあるから12時半過ぎにまた来ると言って帰って行かれた。開店の時刻似合わせて、昨日、電話のあった元水泳部の女子部長が友だちを連れてやって来たのです。カウンターに二人並んで座ったので、野菜サラダをカウンター越しに出したら、お任せの天麩羅を揚げてお出しする。

 その途中でカレーうどんのご主人が奥様といらっして、いつも日曜日なのにどうしたのだろうと思ったら、「土日は混むので月曜日にしました」とおっしゃる。ハラミの串焼きはさすがに解凍していなかったから、時間をいただいて串に刺して焼いたのでした。カウンターの二人は20年以上も会っていないアラフォーの世代で、年賀状で写真を見ているから顔が分かる。いろいろと話をするうちに、昔の記憶が蘇って、元気だった頃の自分が懐かしく思い出された。

 結婚して子育てで忙しい世代だろうに、どうして突然訪ねてくれたのかが不思議でならなかった。カレーうどんのご主人の奥様が帰り際に、「前職が何なのか初めて知りましたよ」と言って笑っておっしゃるのでした。亭主は洗い物をしながらカウンターの二人の話に耳を傾けていた。「人生で一番素晴らしい年代だよ」と言って励ます自分も、逆に元気を分けてもらうような気がしたのです。疲れの溜まっていた今日は、プールを休もうかと思ったけれど、刺激を受けたのか奮起して、夜のプールに出掛けていくのでした。


4月22日 火曜日 疲れが溜まったのか身体中が痛い朝…

 夕べは居間の椅子で寝込んでしまったから、布団の中で眠ったのは0時過ぎ。それでも今朝は5時半に目が覚めて、コーヒーを一杯飲んで、蕎麦屋に出掛けて朝飯前のひと仕事。カウンターの上に干した盆や蕎麦皿を片付けて、出汁取りの準備をしたら、もう7時前だったので家に帰るのです。残ったお新香類やキノコ汁などを、小鉢や鍋のまま盆に載せて車で運ぶ。当然、朝の食卓にはお新香やキノコ汁が出る。食事を終えたらお袋様と仕入に出かけるのでした。

 仕入れから戻って店に帰れば、向かいの畑ではいよいよ薩摩芋畑の畝作りが始まるらしく、トラクターを運んで大勢の人が集まっていた。買ってきた野菜類を冷蔵庫に収納したら、大根を切ってなた漬けの支度をする。塩を振って漬け物器に漬けるだけなのですが、11時になる前に家に戻る。昼は昨日残った蕎麦を茹で、とろろ芋を擦ってとろろ蕎麦。女将が買い物の帰りに卵のケースを落として、ケースの半分ほどが割れてしまったので、急遽、卵焼きが出る。

 昼食を終えてひと休みしたら、書斎に入って昼寝をする。寝ても寝ても眠り足りないのは、やはり疲れているからなのか。女将のスポーツクラブの予約の時間には居間に戻って、無事に予約を済ませるのでした。すぐに車を出して本日三回目の蕎麦屋に出掛ける。出汁取りの準備をしておいた鍋を火にかけて、まずは一番出汁を取るのです。2㍑分を雪平鍋に取ってかえしを加えて蕎麦汁を作る。残りはボールに取って冷やしたら瓶に入れて予備の一番出汁にする。

 午前中に塩で漬けた大根はすっかり水が上がったので、甘酒の素と砂糖を入れ、柚子と唐辛子の輪切りにしてタッパに移すのです。それから二番出汁を取る。水で冷やした蕎麦汁は、20本の徳利に詰めてアルミホイルで蓋をしたら冷蔵庫に入れておく。なんだかんだと出汁取りはやはり1時間はかかるのです。外はどんよりとした曇り空で、時折、小雨が降ってくる。4時前には家に戻って、もう夕飯の準備なのです。卓上コンロを出してバーベキュウを食べる。


4月23日 水曜日 さすがに今朝はもう起きられなかった…

 やはり先週は疲れたのか、今朝は朝早くには起きられませんでした。夕べは9時半には床に就いたのに、夜中に一度目覚めたきり、朝の7時まで眠ってしまったのです。朝食を済ましていつもの時間に蕎麦屋に出掛けました。向かいの畑は綺麗に畝が作られて、ビニールで覆われていた。ここにハウスで育てている薩摩芋の苗を切って植えていくのだそうな。昨日の半日でこんなに仕事をするとは、さすがに若い人のやることは早いものだと感心するのでした。

 蕎麦屋に着いたら、昨日洗った鍋類を片付けて、お茶を一杯飲んで厨房の換気扇を回しながら一服する。年寄りはそこでまずは何から始めようかと考えるからゆっくりとしたペースなのです。朝一番では包丁を使わないようにしているから、蕎麦打ち室に入って蕎麦粉とキャッサバ粉を計量したら、冷蔵から豆乳を取り出して、水を加えながら溶いていく。火にかければ数分で硬くなってくるから、型に流し込んでラップを掛けて冷蔵庫で冷やして固めるのです。

 次に仕入れておいた鶏肉とキノコ類を冷蔵庫から取り出して、三つに分けたらそのうちの一つ分でキノコ汁を作る。電話が鳴ったので出てみると、向かいの森の中に住んでいる前のスタッフからで、筍が採れたので持って行くと言うのです。コーヒーを沸かして待っていると雨の中を歩いて来てくれた。春になって三回目なのです。茹でて食べるばかりにしたものをジブロックに入れて、沢山持って来てくれた。有り難いことだとしばらく話をするのです。

 家に戻れば昼飯の準備で、女将が大粒のシーフードとキクラゲを水で戻しておいてくれた。先週の残った新キャベツともらったばかりのタケノコも入れて、中華鍋で肉を加えて炒めていく。隣の火口では焼きそばを蓋をして焦げるまで焼いて、ものの5分で昼飯の完成なのです。中華は準備の方が時間がかかるくらいで、簡単だから亭主は好きなのです。女将も堅焼き蕎麦にしてからは好んで食べてくれるので作りがいがある。二人とも満足して昼食を終えた。

 亭主は書斎に入って横になるけれど、さすがに夕べはよく眠ったから、30分ほどで目覚めて、女将がスポーツクラブに出掛けてから蕎麦屋に向かう。細かな雨はずっと降り続いているのでした。午後の仕込みは、明日の小鉢に新キャベツの浅漬けを漬けて、天麩羅の具材を切り分けて、南瓜はレンチン、蓮根は皮を剥いて酢水で茹でておく。それから小松菜を買ってあるのを思い出し、大鍋で茹でて切れ分けたら、小さなタッパに分けて入れ、急速冷凍するのです。

 鴨南蛮や鴨せいろに使うだけだから、その都度解凍して使うのです。時間が早かったので、洗濯機に入ったままだった洗い物を干して、前に干した洗濯物を畳んで片付ける。4時過ぎに家に帰れば、女将がもらったばかりのタケノコを切り干し大根と煮て、今夜は春巻きにするのだと言う。夜のプールに出掛けようと思っていた亭主は、久し振りの春巻きで一杯飲みたいと、ワイングラスに氷を入れて出来上がるのを待つのでした。中身を炒めないからあっさり。

 亭主は冷蔵庫に眠っていた餅を揚げてもらって、ご飯代わりに食べるのでした。これはその昔、親父様が夜食に作ってくれた一品。砂糖醤油につけて食べたのが今でも忘れられない。亭主は東京の下町で育ったせいか、中華料理は何故か好きなのです。満足して書斎で横になっていたら、風呂の時間を過ぎても眠ってしまったので、今日は女将が風呂を沸かしてくれた。身体のあちこちが痛いのも、2日間の定休日ですっかり取れて、暑くなると言う明日に向かう。



4月25日 木曜日 こんな天気の好い日にお客が来ない…

 今朝は5時起き。コーヒーを飲んで一服したら、蕎麦屋に出掛ける。犬の散歩で店の前を通った農家の親父様が「お早うございます。早いねぇ」と声を掛けてきたから、「お早うございます。これから蕎麦を打つのです」と応えた。蕎麦打ち室に入って、今朝は850g9人分の蕎麦を打つのでした。暖かくなると言うから、お客が来てくれるかも知れないと、少しでも余分に用意しておこうと考えたのですが、10人は越えないのがいつものことなのです。

 加水率45%で最後まで綺麗に切りそろえ、生舟の中に並べる。厨房に戻り、昨日漬けておいた新キャベツの浅漬けを取り出して小鉢に盛り付ける。大根のなた漬けと合わせて、打った蕎麦の数だけ用意しておきます。7時前には家に帰って朝食を食べる。食べ終えたら書斎に入ってひと眠り。今日は40分ほどで目が覚めたから、洗面も着替えにも余裕があるのでした。「行ってきま~す」と女将に声を掛けて玄関を出れば、近所のウツギが綺麗に咲いていました。

 9時半前に蕎麦屋に着いて、大根や生姜をおろして薬味の葱を刻んだら、少し早かったけれど苺大福を包み始めるのです。材料を準備する方が時間がかかり、蜜に溶かしておいた白玉粉に火を入れて求肥を作ったら、後は片栗粉を手に付けて包んでいくだけです。大釜に火を入れて、四つのポットを準備して、野菜サラダの具材を刻み始めます。11時前にサラダを作り終えたところで、車から人が降りて来たから「11時半からなんですよ」と窓の内側から声を掛ける。

 ところが今日は、開店30分以上も前にいらっしたそのお客以外には、誰もお客が来ないのでした。女将と二人で暇をもてあまし、こんなに暖かいのに、いったいどうしたのだろうと話をしていた。散歩で歩く人の姿もないのです。隣のお花畑はホピーの花が綺麗に開いて、その他にもいろいろな花が咲き乱れているのでした。2時過ぎに家に帰って夕刻までひと眠り。業者が食材を持ってくるので、また蕎麦屋に出掛けていく。今日は天麩羅油と海老と山葵が来た。



4月26日 金曜日 連休前のお客減少は例年のことで…


 今朝は霧が濃かったけれど、昼は思ったほどは晴れなかった。昨日の蕎麦がそのまま残っていたから、6時過ぎに蕎麦屋に出掛けても蕎麦打ちはなし。代わりに業者の持ってきたほうぼうの開きを解凍してタッパに入れる。そして週末に向けて豚のハラミを切り分けて串に刺すのです。一本150円で出しているから、出ないときには儲けがない。家に持って帰って酒の肴にするだけ。それでも何か美味しいものを出したいと思って準備しておくのです。

 家に帰って朝食を食べたら、今日は蕎麦粉が届く日だから30分だけ眠ってすぐに蕎麦屋に出掛ける。玄関前のツツジが見事に咲いていた。女将に寄れば、今年は近所の藤の花ももう終わると言う。タケノコが、今頃、店頭に並んでいるからやはり季節がおかしいのです。厨房に入って蕎麦粉の来るのを待ちながら、大鍋に水を入れたり、お茶のポットを用意したりして、大根をおろし、ブロッコリーとアスパラを茹でる。まだ10時前なのですが今日は少し早すぎる。

 向かいの薩摩芋農園では何やら人が出て仕事を始めていた。ハウスに植えた薩摩芋の苗を切って集めているらしい。それを広い畑に植えていくのだというのは、この間店に来たスタッフに聞いた話。昼を過ぎても作業を続けていたから、随分と大変な仕事なのでしょう。亭主も厨房で野菜サラダの具材を刻んで、今日も三皿盛り付け手おくのでした。テーブルをアルコール除菌液で吹いて、開店の準備を整えたけれど、昼過ぎまではお客は来ないのでした。

 やっといらっした男性客はぶっかけ蕎麦の大盛りをご注文。前にもいらっしたことがあるとおっしゃって、定休日を確認して帰られた。昨日に続いてあまりにも暇だったから、この間、水泳部の元部長たちが来てリモコンのセッティングをしてくれた自撮棒にスマホを付けて、駐車場に出る。首尾は上々。いちいち三脚とセルフタイマーで撮らなくても、これなら気軽に写真を撮れるのでした。若い人の理解力は相当なもので、老人が時間をかけても追いつかない。

 1時を過ぎたので、今朝、解凍したホウボウとかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べる。キスよりも白身魚という気がしてとても美味しかったのです。2時前には蕎麦屋を出て女将の帰っていない家に帰るのでした。ひと眠りしたらもう4時半で、早い夕飯を食べて、プールの支度をして蕎麦屋に行き、明日のぬか漬けを漬けて、そのまま人気のない夜のプールに出掛けるのでした。今日は疲れていないから、少し余分に泳いだのです。金曜日はゆったりと泳げる。

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2024年4月中旬



4月10日 水曜日 風は冷たいけれど晴れて気持ちが好い一日…

 定休日二日目はやはり朝寝坊でした。天気予報の通りの晴れた朝で、富士山も少し霞んでいましたがよく見えたのです。いつもの時間に家を出て、今朝はまず蕎麦屋の下の調整池に行ってみました。昨日までの雨で折角咲いた桜が散っていないかと心配なのでした。多少の花びらは散り広がっていましたが、満開の桜がやっと青空の下で見られたので,胸がスーッとした思いなのです。ソメイヨシノのこの薄い色がどうしてこんなに胸に響くのだろうか。

 蕎麦屋に戻って厨房に入れば、室温はまだ15℃と今朝はかなり冷えている。暖房を入れてまずは蕎麦豆腐を造り、蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら、酢水で茹でるのです。そして、南瓜を切り分けてレンジでチーンする。洗濯機の中の洗濯物を干したら、少し早い時間だったけれど、昨日作ったカレーの残りと、先週のキノコ汁の残りとお新香などの残りものを車に積んで、家に帰るのでした。女将はまだ帰っていなかった。天気が好いので花見にでも行ったのか。

 昼食は、早速、カレーとキノコ汁を温め、お新香を小鉢のまま出して、簡単に済ませるのでした。女将のスポーツクラブの予約を取り終えたら、眠くなかったので蕎麦屋に出掛けて、まずは東側のミニ菜園の雑草を抜く作業にかかるのです。30分ほどで90㍑のビニール袋が一杯になって、久し振りに庭の手入れをして気持ちが好い。南側と西側の庭も順次手入れをしなければいけないのです。タラの木がもう芽を出していたから、早く芽を摘まなければいけない。

 厨房に戻ってまずは蕎麦汁の補充をしてから、キノコ汁の仕込みを済ませ、天麩羅の具材を切り分けておく。最後にまだ時間は早かったのだけれど、冷蔵庫から糠床を取り出して、ナスとキュウリとカブを漬け込んでおきます。家に戻って早めの夕食を済ませたら、書斎で横になっていたのですが、スマホが鳴って近所に住む前のスタッフから電話。「タケノコが出来たので…」と言う。今年は少し遅いけれど、店に行って有り難く受け取るのでした。

 家に戻ってすぐにプールに出掛ける支度をして、ひと休みしたらスポーツクラブまで車を走らせる。6時半には子ども達のスイミングも終わるので、ちょうど好い時間なのでした。今日も一人一コースでゆっくりと泳いで、気分転換になりました。家に戻って居間の椅子に座り、やっと焼酎のライム炭酸割りを飲む。明日も晴れて気温は上がると言うけれど、朝はやはりまだ4℃ほどにしかならないそうな。朝一番でまた蕎麦を打つのが好いだろうと思うのです。


4月11日 寒い朝、日中も思ったほど晴れなかった…

 昨日に比べて気温4℃と寒い朝でした。定休日明けなので、まだ眠っていたいと思う気持ちを堪えて、5時過ぎには蕎麦屋に出掛けたのです。東の森も日の出前の明るさで、季節が変わって随分と早く陽が昇るらしい。蕎麦屋に入れば13℃と昨日よりはずっと寒いのです。放射冷却のせいなのか、晴れた日が続くと気温は下がるらしいのです。気になっていた糠漬けを取り出して、お新香を小鉢に盛り付ける。それから蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打ちました。

 木曜日はたまに混むこともあるので、いつまで朝の晴れ間が出ているかを気にしながら、今朝は44%で850g9人分の蕎麦を打ちました。平日は10人ということはここしばらくはないのです。蕎麦打ち室の湿度は45%だったから、かっちりと硬めの生地が仕上がって、伸して畳んで包丁切りをしても、綺麗に角が立っていました。わずか9食分の蕎麦のために朝の5時過ぎから店に来て、仕込みをするのも仕事のうちなのです。趣味と言われても仕方がないかな。

 家に帰って朝食を食べたら、今朝はしっかりと食後のひと眠りをしました。食事前の2時間近い仕事はやはり疲れるのです。8時半には起き出して、洗面と着替えを済ませ、また蕎麦屋に出掛けていきます。もう空は曇って時折陽が差す程度。朝が寒かっただけに、お客はあまり見込めないと思うのでしたが、そんなことも行っていられない。厨房に入って、苺大福を包み始めるのでした。日持ちのしない苺はコンポートにしても一週間が限度なので生のまま使う。

 少し酸っぱい味が、白餡の甘さと求肥の甘さで美味しくなるはずなのです。仕入れた苺の美味しさがもろに出るので少し心配です。時間にはかなり余裕があったので、大根や生姜をおろして、薬味の葱も刻んでおきました。大釜に火を点けたら、ゆっくりと野菜サラダの具材を刻み始めるのです。今日のキャベツは新キャベツだから昨日研いでおいた包丁の切れ味がものを言う。人参のジュリエンヌも細く細かく刻んで、美味しそうなサラダが出来上がるのです。

 開店して直ぐにいらっしたご夫婦は、ヘルシーランチセットを頼まれて、次に来た常連のお客もヘルシーランチセットだから、サラダとデザートは直ぐになくなったのです。お客は予想通り少なかったけれど、作ったばかりのサラダと苺大福が売れたのは嬉しい。2時過ぎには家に戻って、書斎でまたしっかりと昼寝をするのです。今日は夕刻に業者が食材を持ってくる日なので、4時過ぎにはまた蕎麦屋に出掛ける。コーヒーを沸かしてサービスするのでした。


4月12日 金曜日 金曜日にしてはお客が入った… 

 日の出と共に蕎麦屋に出掛けて今朝の蕎麦を打つ。隣の菜の花畑はもう花も終わりの頃たったけれど、蕎麦屋の駐車場のモミジや他の木々の新芽が芽吹いて、やっと春らしくなっのです。店に入れば室温は17℃と暖かく、眠い目をこすりながら蕎麦打ち室に入るのでした。湿度は40%だったけれど、44%の加水で蕎麦粉を捏ね始めたら、ちょっと硬めで大丈夫だろうかと思うのでした。何とか四隅を決めて包丁切り。昔はいつもこのくらいの硬さだった気がする。

 柔らかい蕎麦に慣れてしまうと、どうしても力が要らないので楽だから、その習慣から抜け出られないのです。たまにはこのくらいの硬い蕎麦を打って元気を出す方が好いのかも知れない。昨日の蕎麦と合わせて、今朝は11食の蕎麦を用意した。勿論、金曜日だからそんなにお客は来ないはずなのですが、明日の分を残して終わればその分明日が楽になる。無理に大変な仕事を自分に強いる必要はないと、最近ではつくづく思うのです。細く長く続けるのが秘訣。

 厨房に戻って苺大福を包み始める。今週は取りあえず苺のある限り同じものを作ろうと決めている。生の苺だから1週間は持つかどうか。10時前に作り終えて、野菜サラダの具材を刻む。この時間までは外は晴れ間も覗いていたのですが、じきに雨が降ってきたから春の天気は分からない。それでも暖簾を出せば、お客がやって来たから嬉しいのです。若いご夫婦が天せいろとぶっかけ蕎麦のご注文で、調理をしている間にもう次のお客がご来店なのでした。

 「今、お茶をお出ししますから」と言って天麩羅を揚げ終えて、次の注文を聞くのでした。次のご夫婦はお二人ともぶっかけ蕎麦の冷たいのをご注文で、同じ作業を繰り返せば好かったから楽なのでした。ところが途中で年配のご夫婦がもういらっして、テーブルが一杯だったからカウンターの隅に座るのです。やっとお茶をお持ちすれば、キノコ付け蕎麦を二つと注文されて、鍋に作ってあったキノコ汁を温めるのでした。たった三組でも続くと忙しいのです。

 ぶっかけ蕎麦を頼まれたご夫婦が、蕎麦豆腐と苺大福を一つずつ頼まれたけれど、苺大福が美味しかったと見えて追加でもう一つ。そんなところから会話が始まって、コンポートするよりも生のママの方が美味しいとおっしゃる。キノコ蕎麦のお客は小鉢のなた漬けが美味しいとおっしゃるので、「秋田の漬け物で…」と亭主が解説するのでした。お客との会話が始まると店の中も和むのです。亭主一人だから、食べ終えた盆をカウンターまで運んでくれたのです。

 3時前に鍋釜の洗い物も終わって、小雨の降る中を家に戻れば、まだ女将は帰っていなかった。「雨に降られちゃったわ」と言って帰った女将は、今日の天気に文句を付ける。亭主は書斎に入って今日のデータをハソコンに入力したら、横になってひと眠りなのです。5時前に起き出して食堂に行けば、今晩は筍ご飯とタケノコのお吸い物。美味しくいただいてひと休みしたら、蕎麦屋に寄って明日の出汁取りの準備をする。それからプールでひと泳ぎなのでした。


4月13日 土曜日 朝の6時から夜の8時まで蕎麦屋に通って…

 5時50分の東の空にはもう太陽が昇っていました。桜も何時の間にか散っているから、季節の推移に自分が追いついていないと感じる今日この頃なのです。蕎麦屋それほど忙しいわけではないのに、やはり年齢を重ねて認知する機能が衰えているのだろうか。夕べ泳いだプールの疲れではないと思うのです。今朝はもう出汁がなくなっていたので、朝早くから夕べ用意しておいた出汁取りをする。ところが返しも少なくなっていたので、量を減らして蕎麦汁を作る。

 それで1時間はかかるから、家に帰って朝食を食べるのでした。女将も魚を焼くと時間がかかるからと、ベーコンエッグにタケノコの煮物を出して、亭主の忙しいのに合わせてくれるのでした。今朝は食後のひと眠りをしないばかりではなく、8時前にはまた家を出て、蕎麦屋に向かうのでした。昨日の蕎麦も少ししか残っていなかったので、今朝は9人分の蕎麦を打って合わせて13人分の蕎麦を用意するつもり。加水率44.5%で絶妙な硬さの蕎麦が仕上がる。

 厨房に戻って苺大福を包み、野菜サラダの具材を刻みながら、小鉢の盛り付けをする。暖簾を出せば、今日は次から次へとお客がいらっして、一組仕上げればまた一組ご来店という具合で、休む暇がなかったのです。天麩羅がよく出たから、具材を切り分けて追加したりと忙しかった。12時半にはもう生舟の蕎麦がなくなって、1時にはお客もすべて帰ったのです。今日は先日仕入れた伏見唐辛子をサービスで天麩羅にして付けたけれど、喜んでもらえただろうか。

 11人分の盆や皿をそのままにして、女将としばらく休憩する。亭主は賄い蕎麦を食べて、女将は今日の新聞を読んでいた。お蕎麦売り切れの看板を出していたけれど、まだお客が来るのでした。電話もかかってきて、まだ営業していますかと尋ねる人もいる。急に暖かくなって、蕎麦を食べたいという人が増えたらしい。2時半には気の遠くなるような洗い物を終えて、女将が先に家に帰る。まな板の消毒を終えて亭主は後から家に着くのでした。

 ここからがまた大変で、明日の蕎麦汁もないし、蕎麦汁を作る返しもないし、小鉢は一つもなかったのです。今日は防犯パトロールの日だったけれど、とても明日の仕込みが終わりそうにないのでした。ひと眠りして夕食に五目焼きそばを亭主が作り、ひと休みしたら隣町のスーパーに足らなくなった食材を仕入れに出掛ける。その足で蕎麦屋に寄って、返しを作ったり、明日のお新香を漬けたり、天つゆを作ったりと、8時過ぎまで作業を続けるのでした。


4月14日 日曜日 暖かく、昨日に引き続き大勢のお客が…

 今朝は5時過ぎに蕎麦屋へ出掛けました。昨日の混みようで蕎麦が一つも残っていなかったので、朝のうちに二回蕎麦を打たなければならないのでした。向かいの畑は5時でもう明るく、日の出前の朝靄が立ちこめているのです。蕎麦打ち室に入って蕎麦を打っているうちに陽が昇ったのですが、外は深い霧に覆われて太陽もぼうっと輝いている。750gの蕎麦玉を二つこしらえ、寝かせている間にコーヒーを入れて飲む。20℃を越えて店の中はかなり暖かいのです。

 今日も加水率44.5%でちょうど好い加減なのでした。16食を生舟に並べて、厨房に戻ってひと休みです。冷蔵庫から糠床を取り出して、夕べ漬けたナスとキュウリとカブを切り分け、小鉢に盛り付けておく。それでも小鉢が足りなくなりそうなので、家から持って来たタケノコを出し汁で煮て味つけをしたら、乾燥若布を戻して火を止めた汁につけて小鉢に盛り付ける。残れば明日の最終日まで使えるだろうという考え。家に帰って女将の用意した朝食を食べる。

 今日は業者が置いていった冷凍の桜餅が解凍されていたので、女将が近所の公園で採ってきてくれたヒガンザクラの葉を塩漬けにしたのを皿に載せて、その上に餡を巻いて伸せていく。片栗粉が足りないので、手についてベタベタと成形しにくい。味は好いのですが見た目が悪いので、8皿作ったけれど、サービスでお客に出すことにした。次はきちんと成形して売れば好い。何でもやってみないと分からないもの。野菜サラダを刻んで開店の準備を済ませる。

 仕込みの最中にも何本か電話が入って、お客の来る気配は濃厚です。開店前から客が入って、次から次へと席が埋まっていく。昨日と同じような状況なのでした。店の中は窓も開けてあるのに24℃もあるのでした。1時過ぎに最後のお客が入って、天麩羅の具材が切れたので、売り切れの看板を出すのでした。今日はヘルシーランチセットを含めて、すべて天せいろばかりが出たのです。昨日の反省で、時間が空いたら洗い物を済ませていたので、2時半には帰宅。

 二日続けて10人を超えるお客が来て、夜も2時間近く蕎麦屋に出掛けて、蕎麦汁の仕込みや小鉢の用意、天麩羅の具材の準備などととても忙しかった。10年前の若さは今はないから、身体がどっと疲れるのです。この先、いつまで続けられるのだろうかと考えるようになりました。家に戻れば、何十年も前に、祖母にもらった釣鐘水仙が庭の片隅で花を咲かせていた。90歳を過ぎても広い庭の畑に出て仕事をして、102歳でなくなったから大したものだと思う。


4月15日 月曜日 外気温26℃、蕎麦屋の中も25℃で…

 午前6時10分前の蕎麦屋からの光景。向かいの森の向こうから、もう太陽が昇っているのです。今朝は出汁を取って、そのうえ蕎麦まで打たなければならなかったから、何処まで出来るのだろうかと不安なのでした。一週間の疲れが蓄積して、なかなか床から起き上がれなかった。急な暑さも原因しているのかも知れない。コーヒーを入れながら、一番出汁を取って蕎麦汁を仕込み、二番出汁で天つゆを作る。椅子に座って目を覚ますひとときなのです。

 冷めた蕎麦汁を冷蔵庫に入れ、盥の中で二番出汁を冷やして、これも冷蔵庫で保管するのです。一番出汁の残りは瓶に入れ、予備の蕎麦汁を作るためにやはり冷蔵庫に入れておきます。ここまで終えて鍋や道具を洗って6時半前。今日は500gの蕎麦を打てば好かったから、急いで蕎麦打ち室に入るのでした。加水率は44.5%で、最近は上手く捏ねられている。朝食の時間に間に合うようにと、時計を見ながら再び蕎麦打ち室に入って、蕎麦を打つのでした。 

 7時過ぎに蕎麦は打ち終わり、急いで家に帰るのでした。ちょうど卵焼きが出来上がったところで、筍ご飯の最後の一杯を豚汁と共に食べて、今朝も満足な朝食なのでした。居間の部屋でお茶をもらったら、書斎に入って横になってひと眠りです。40分ほど眠ったところで目が覚めたけれど、なかなか起き上がれないのです。身体が重くて立ち上がるまでに10分ほどかかった。洗面と着替えを済ませて、やっと家を出ていくのでした。外は朝からもう暑いのです。

 看板と二本の幟を出してチェーポールを降ろしたら、昨日の洗濯物を干したら、厨房に入って、早速、苺大福を包み始める。向かいの畑ではさつまいも農園のスタッフ達が何人も車でやって来て、道路との間に竹で背の低い垣根を作り始めている。規模の大きな農園らしいのですが、若い人たちの働く姿を間近で眺めて、亭主も元気を貰うのでした。野菜サラダの具材を刻みながら、大根をおろしたり、大鍋に沸いた湯をポットに入れたり、開店の準備に忙しい。

 暖簾を出せば、今日も早くから仕事着姿のお客が入り、最初からヘルシーランチセットの天せいろが二つ出て、作ったばかりのサラダや苺大福がなくなっていくのをうれしく思うのでした。40分ほどゆっくりとなさって、帰っていらっしゃる。そのすぐ後に、車が駐車場に入ったかと思うと、3人連れのご家族がご来店で、せいろ蕎麦とおろし蕎麦の大盛りと普通盛りをご注文なのでした。すぐに蕎麦を茹でてお出しすれば、ゆっくりと召し上がるのです。

 洗い物を溜めないようにと、カウンターに下げた盆や皿から洗い始めて、暖かいから身体が好く動くと感じるのでした。窓を開け放った店内の気温は25℃になっている。亭主はとっくに長袖のポロシャツを脱いで、ノースリーブの下着の上に店のユニフォームを着ているのです。お客が帰った後からは、窓を閉めて思わずクーラーを入れる程なのでした。2時半には女将の帰っていない家に戻り、半袖短パンに着替えてひと休み。昼寝をしたら4時には目が覚めた。
 今日は疲れているのでプールには行きたくなかったけれど、明日はスポーツクラブがお休みで、水曜日は夜のパトロールがあるからプールには行けない。あまり間が空いてしまうと身体の調子が戻ってしまうからと、頑張って夕食に女将とパスタと野菜サラダを食べて、6時過ぎに家を出てプールに向かうのでした。子ども達のスイミング教室が終わって、成人の泳げる時間まで少し待ったけれど、それでも一人一コースとは行かなかった。ゆっくりは泳げない。



4月16日 火曜日 今日も暖かな一日で疲れが癒やされた…

 夕べはプールから帰ってブログを書いたら早く床に就いたのに、暑かったからか夜中に何度か目を覚まして、居間の部屋に行って煙草を燻らせる。最後は女将に起こされて朝の食卓に就くのでした。お袋様との仕入れに出掛けるのが火曜日の日課だったから、9時前には家を出なければならない。定休日とは言っても、やはり時間には縛られているのです。それが好いのか悪いのか、農産物直売所に行って新鮮な春キャベツを手に入れて、隣町のスーパーへ。

 店に戻って買い込んだ野菜類を冷蔵庫に収納したら、洗濯機の中の洗濯物を干して、買って来た大根の一本を切って皮を剥く。細かく切ったら漬け物器に入れて塩をして漬け込むのです。帰りがけに向かいの畑の若いご主人と挨拶を交わして、「やっとホームページを捜して見ましたよ。大規模に薩摩芋を作っているのですね」と言えば「植え付けの時と、収穫の時が大変なのです」と言う。ハウスの中に植えた薩摩芋の苗に、井戸から組み上げた水を遣っていた。

 11時前に家に帰ったけれど、女将はまだ帰宅していなかった。昼は昨日残った蕎麦を茹でて、とろろ蕎麦を食べる。店で使うとろろ芋も、すぐに次か出れば問題がないのですが、日にちが経ってしまうと切り口から傷んでくるので、家に持って帰って食べるしかないのです。亭主は大盛りの分が残っていたから、食べられるか心配だったけれど、暑い日の蕎麦はやはり美味しく、お客が増えるのも頷けるのでした。急に暖かくなったからか、去年よりも蕎麦が出た。

 食後は書斎に入ってひと眠りしたら、女将のスポーツクラブの予約を取るために起き出して居間の部屋に行く。テーブルの上には早くから彼女のスマホが置かれているのでした。テレビで映画を見ながら、アラームが鳴ったら入力する準備を始める。稽古場にいた女将も心配なのか食堂にやって来るのです。無事に予約が取れたら、彼女に確認をしてもらって、亭主は蕎麦屋に出掛けていくのです。水の上がったなた漬けの大根に甘酒の素や砂糖などを入れておく。

 午後の仕事のメインは狭い東側の庭に伸び広がった雑草の処理なのでした。隣に細道があるので人目に付くから、早くから気にはなっていたのですが、暖かくなってやっと草取りが出来る。フェンス際に植えた木槿ももう新芽が出て伸びているから、そのうち丈を短く切らなければならない。釜を使ってわずか30分ほどだったけれどビニール袋が一杯になるまでと頑張ったのです。残るは一番広い南側の庭なのですが、来週には手を付けられるだろうか。

 


4月17日 水曜日 不安定な天候とは言いながらも蒸し暑い…

 5時半には目が覚めて居間の部屋でテレビ映画を観ていた。蕎麦屋に行ってまず何をするかは決まっていたのですが、ニコラス・ケイジ主演の「ピッグ」という映画を最後まで観てしまったので、そのまま朝食の時間になった。昔、シェフだった男が森の中に住んでトリュフを採って暮らしていたという設定なのですが、トリュフを捜す豚が何者かに盗まれたところから、話が始まる。以前にも見たことがあるけれど、じっくりと見てみるとなかなか面白い。

 蕎麦屋に出掛けて隣のお花畑を覗けば、菜の花はもう終わりの頃で、代わりに今度はオレンジ色のポピーがあちこちに咲いているのでした。蕎麦屋の西側の小径も草を刈ったから、少しは綺麗になっている。厨房に入ってまずは蕎麦豆腐を造り、型に入れたらラップをして、南瓜の種を取って天麩羅の具材用に切り分け、レンジでチーンするのです。そして、最後にピーラーで蓮根の皮を剥いて、輪切りにして酢水で茹でる。これで午前中の仕込みは終わりにする。

 家に戻って昼飯の準備をしなければいけなかったので、残りものの野菜を刻んで炒飯を作る。昼食を終えて居間でお茶をもらってWBCの野球中継を観ていたけれど、途中で見飽きてしまった。書斎に入って横になれば、またひと眠りなのです。女将はもう出掛けてしまったらしい。1時前に蕎麦屋に出掛けて、午後の仕込みをするのでした。向かいの森には新緑が鮮やかで、店の駐車場のヤマボウシの木の枝には、雀が止まってきょろきょろとしている。

 厨房に入ってまずはキノコ汁を作り、玉葱を刻んでかき揚げの具材を用意する。次に生椎茸とピーマン、人参を切り分けて、明日の天麩羅の具材を用意しておきます。それから、時計を気にしながら冷蔵庫から糠床を取り出して、キュウリとカブとナスを付け始めるのです。あまり早い時間だと、漬けすぎて塩辛くなるのが心配なのでした。今日の夜は防犯パトロールがあるから、早めに家に戻って夕食を食べなければいけない。時間に追われるのはちょっと辛い。

 夕食は鮪のたたきの手巻き寿司にしてもらって、5時前には夕飯を食べ終える亭主。防犯パトロールも、4月からは集合時間が7時に変わったから、書斎で横になって15分ばかり眠った。定休日のパトロールは疲れていないから、足の具合が好いので歩くのも調子が好いのです。薄暗くなった道を歩いて、集合場所の集会所前に行けば、今日はかなり人数が少ないのでした。亭主は土曜日に出られなかった言い訳をして、二手に分かれて歩き始めるのです。


4月18日 木曜日 今度は八重桜が見事に咲いた…

 朝の6時前なのにもう陽が昇ってくる。日にちや時間の感覚がどうしてもついて行けなくなっている亭主。窓の外が明るくなるから目を覚ますから、当然、どんどん朝が早くなるのです。蕎麦屋に出掛けて、気になっていた糠漬けを取り出して、小鉢に盛り付ける。ついでになた漬けも少しだけ盛り付けておきます。週末まで持たなければ、切り干し大根の煮物を作っても好い。またタケノコをいただいたから、女将に頼んで家の分を分けてもらっても好い。

 お茶を一杯飲んだら、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。定休日明けの木曜日は、女将が開店から来てくれるので、多少お客が増えても対応できるのですが、来ない時もあれば来る時もある。でも、蕎麦がなければ仕方がないので、暖かくなると言う今日は850g9人分を打っておこうと考えたのです。今日の天気で加水率44%ではちょっと硬すぎるかと5gだけ水を足して捏ねれば、ちょうど好い硬さになる。四隅も綺麗に取れて蕎麦を切れば首尾は上々。

 7時過ぎに家に戻って女将が朝食を仕上げる時間に間に合った。食後はお茶をもらってひと休みしたら、書斎に入って横になってひと眠り。1時間ほどで目が覚めたけれど、なかなか起き上がれないのです。夕べの夜間パトロールが堪えているのか、身体が言うことを利かない。30分ほどしてやっと立ち上がって洗面と着替えを済ませるのでした。「半袖では寒いだろうか」と女将に言えば、「上着が必要だと言っていたわよ」と言うから、薄いジャージの上着を着る。

 蕎麦屋に行く道々、団地に隣接する農家の八重桜が綺麗に咲いていた。店の向かいの薩摩芋農園にも、もう人が来て仕事を始めていたのです。幟と看板を出してチェーンポールを降ろしたら、やっと蕎麦屋も仕事を再開するのでした。早朝に蕎麦を打ってあるから、時間には余裕がある。大根や生姜をおろして、薬味の葱切りも済ませ、苺大福を包んだら野菜サラダの具材を刻む。11時過ぎにはすべての準備が終わって、暖簾を出すまで椅子に座ってひと休みです。

 隣のお花畑にはポピーが綺麗に咲いていた。暖簾を出せばすぐにお客がやって来て、天せいろを二つご注文なのでした。女将が来ないので、亭主がお茶を出して盆や皿を用意する。天麩羅を揚げている頃に女将が来てくれて、後は調理に専念するのでした。12時前に女性客が一人でいらっして「待ち合わせてもう一人来るのですけれど」と言って、出したお茶を飲む。10分ほど遅れてもう一人若い女性がいらっして、ヘルシーランチセットの天せいろをご注文。
 何をそんなに話すことがあるのかと思うほどゆっくりとされて、お帰りは1時20分を過ぎていた。もう次のお客がカウンターで蕎麦を食べていたのです。洗い物は済ませてあるから、後片づけも楽だった。2時過ぎには女将と店を出て家に帰るのでした。今日のデータをパソコンに入れたら、亭主は4時過ぎまでまた昼寝をする。早めの夕食を食べて、今日は業者が来ないから、昨日行けなかった夜のプールに出掛けたのです。一人一コースでゆっくりと泳いだ。


4月19日 金曜日 なぜか今日はお客が多かった…

 6時前の東の空は雲に覆われて、昇ってきた太陽も存在感がないのでした。蕎麦屋に入って蕎麦打ち室の温度計を見れば18℃。家の居間の温度は11℃だったのに、蕎麦屋はまだ昨日の温もりが残っているのだろうか。44.5%の加水で750g8人分の蕎麦を打って、昨日の残りと合わせて10人分の蕎麦を用意しました。今朝もエッジの効いた蕎麦が打てて嬉しかったのです。昨日の洗濯物を干して、家に戻って女将の用意してくれた朝食を食べる。

 食事を終えたら例によって書斎に入ってひと眠り。最近は、30分では起きられずに、だらだらと起き上がるまでに時間がかかるのです。蕎麦を打ってあるからという安心感もあってか、着替えても9時過ぎまでのんびりとすることが多い。洗濯を終えた女将に声を掛けて、晴れた通りに出て蕎麦屋に向かうのです。みずき通りのハナミズキももう花が咲いている。ついこの間までは枯れた枝ばかりが目立っていたのに、何時の間にか新緑の季節になっているのです。

 蕎麦屋に着いてまずは看板と幟を出して、チェーンポールを降ろしたら、大釜に水を入れながら、ポットにお茶のパックを入れて、他のポットも用意して、次の用意をしておくのです。それから、苺大福を作る材料を取り出して、小鍋に計量した白玉粉を入れ、糖蜜を計って溶かしておく。溶けるまでに時間がかかるから、白餡に苺を包んで皿の上に並べておくのです。熱々の求肥でこれを包んだら片栗粉をまぶして皿に並べる。わずか5分の作業ですが一段落。

 野菜サラダの具材を刻んだら、いつも通りに三皿に盛り付けて、天麩羅の具材を冷蔵庫から取り出して調理台に並べ、天つゆの鍋を火にかけ、天麩羅油を温めるのです。ここまでで11時過ぎだから、今日は少し早い。テーブルを拭くのも5分で終わって、カウンターの隅の椅子に座ってひと休みなのです。開店時刻の5分前には暖簾を出して、ついでに隣のお花畑のポピーの写真を撮っておく。風はあるけれどもう初夏の陽射しなのでした。

 最初のお客は常連さんで、今日は鴨南蛮蕎麦とビールのご注文。手間はかかるけれど値段も高いのでしっかりと調理をするのです。ところが、その間にもう次のお客がいらっして天せいろのご注文。今日は続けて何組も来るものだから、12時半前には蕎麦が残り少なくなっていたのです。向かいの薩摩芋畑のリピーターの男性を最後に、お蕎麦売り切れの看板を出したのです。それから何組かいらっしたけれど、ご免なさいお蕎麦がなくなったからとお断りした。

 金曜日にこんなにお客が来るとは意外なのでした。やはり暖かくなったからなのでしょうか。月曜金曜は亭主一人のため蕎麦は8食しか打たないと看板にも書いてあるのですが、お客はそんなものは見はしないのです。最後に残った薩摩芋農園の男性は、天麩羅蕎麦の大盛りのご注文だったけれど、随分と待たせたものだから、伏見唐辛子やタケノコの天麩羅も追加してサービスするのでした。向かいの畑の今後の利用方などを語るのを、亭主は嬉しく聞いていた。

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2024年4月初旬



4月5日 金曜日 花曇りとは今日の空のことか…

 今朝は5時半起床で、6時になったら家を出て車で蕎麦屋に向かうのでした。起きてからコーヒーを飲んで家を出るまでの時間を、なんとか短縮しようと頑張っているのです。店の中は17℃とやけに暖かい。蕎麦打ち室も16℃もあるから、今日こそはと46%の加水で蕎麦粉を捏ねるのでした。それでもまだ少し柔らかいので、気温と湿度を勘案して、45%まで落としても好いかも知れない。昨日の蕎麦がだいぶ残っていたから、今朝は500gだけ打っておくのでした。

 7時過ぎに家に戻れば、魚を焼いた匂いが居間の部屋にまで漂っている。今朝は久し振りに鯖の塩焼きが出た。青魚を食べた方が好いと言われるけれど、一週間すべてというわけには行かないので、ほっけや銀ダラなど白身の魚も混ぜて買って帰るのです。銚子の鰯が安く出たときには生の魚を買う。その時の値段にもよるのです。蓮根の金平と大豆の煮物の昆布も、蕎麦屋で残った食材を女将が美味くおかずにしてくれるから有り難いのです。

 朝食を食べ終えて居間でお茶をもらったら、書斎に入って1時間ほど眠ります。早朝に蕎麦を打つようになってから、朝食の後がだいぶゆっくりと出来るようになったのです。蕎麦屋に出掛けようと玄関を出れば、今日の風は少し冷たいと感じるのでした。ジャンパーの襟を立てて、幼稚園の裏の入り口から桜を見上げれば、なんともう五分咲きなのです。こんなに涼しくても花は開いてくるものなのだと感心する。寒いからか少し足を引きずるようにして歩く。

 うちの子ども達が幼稚園に通っていた頃は、今のように送り迎えもなかったから、家から1分もかからずにこの裏口の階段を昇って行ったのでしょう。それももう40年近くも昔のこと。階段の両脇に新しい家も増えたけれど、桜の花だけは昔と変わらず咲き続けている。家がなかった当時は、隣の空き地に義父母の買ってくれた大きな鯉のぼりを泳がせていたものです。空き地の持ち主に言われて、鍬を持って耕し、枝豆を作っていたのも懐かしい思い出です。

 蕎麦屋に着いて看板と新しい幟を出して、厨房に入ればまだまだ時間に余裕がある。金柑大福は昨日作ったものが残っていたので、少し早めに野菜サラダの具材を刻み始めるのでした。大釜の湯を沸かし、天つゆと天麩羅油を温めて、暖簾を出したのが開店時刻の10分前。しかし、昼過ぎまではお客は来なかった。やっといらっしたのが若い女性の一人客。ぶっかけ蕎麦のご注文で、すぐに天麩羅を揚げてお出しするのでした。今日の寒さではお客は来そうにない。

 お客も帰って1時を過ぎたので、油の冷めないうちにかき揚げを揚げて、亭主も賄い蕎麦を茹でて食べておく。食べ終えたところで裏の奥様が来るのが見えた。いつものように天せいろを蕎麦は生のままでお持ち帰りで、待っている間にいろいろと話を聞かなければならないのです。少し耳の遠い亭主には早口で喋る彼女の言葉が、半分くらいしか聞き取れない。ご主人が亡くなってからもう直ぐ1年になるらしく。40歳を過ぎた息子さんと二人の生活なのだとか。

 ラストオーダーの時間になったら、暖簾と看板と幟をしまって、後片づけに入るのです。油を使ったから洗い物はちょっと面倒だけれど、数が少ないからすぐに終わりました。揚げ物を入れたパッドをお湯に浸している間に、大釜の掃除して天麩羅油を漉し器にかける。2時過ぎには店を出て、女将の帰る前に家に着くのでした。書斎のパソコンに今日のデータを入力してひと眠り。早めの夕食はまた堅焼き蕎麦を亭主が作り、ひと休みして夜のプールに出掛ける。


4月6日 土曜日 小雨の降る涼しさなのでしたが…

 昨夜のプールで疲れたのか、熟睡したはずなのに夜中に目が覚めて、もう一度眠ったら、もう朝飯の時間で女将が起こしに来たのです。食堂に行けば、好物の鮭の塩焼きが豚汁と共に食卓に並ぶ。美味しくいただいて、居間でお茶をもらってゆっくりしていたら、大学時代の友人から電話が入って、今日は佐倉に行くので店に寄りたいと言うのでした。歴史博物館を途中で抜けるので、1時までに戻らなければいけないと言うから、いつもより30分早い11時開店。

 霧雨の降る中を傘も差さずに蕎麦屋に出掛ければ、幼稚園の佐倉はいつの間にか満開になって、この寒いのに花は早いのだと驚いたのです。空が曇っているから、写真に撮っても白い花は映えない。蕎麦屋に着いたら、新調した二本の幟を立てて看板を出すのです。すぐに蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打ち始める。11時からなら大丈夫と友人に言ったので、遅れてはならないと気が気ではなかったのです。加水率は45%にしてみたけれど、ちょうど好い加減。

 週末なので金柑大福を珍しく5皿分包んだものだから、求肥を包むのに熱くて閉口した。それでも全部なくなったから嬉しいのでした。時間通りに友人夫婦とその友だちが着いた時には、亭主はまだ野菜サラダの盛り付けをしていた。いつもなら開店の準備も終わる時間なのに、女将がお茶を出して挨拶をしているいる間にサラダは盛り付けを終えたのです。今回も奥様がたくさんのお手製のお土産を持って来てくれて、取ったばかりのクレソンは天麩羅にする。

 調理をしながらしばらく話をする暇はあったけれど、暖簾は出していないのに、車が入っているからかお客が入ってきてしまう。まだ開店の時刻15分前なのでした。12時前にもう店は満杯になって、友人夫婦とはゆっくりと話も出来なかった。蕎麦は沢山打ってあったから、1時過ぎまでなんとかお客に出せたけれど、蕎麦か残らないと、明日の蕎麦打ちを考えると大変なのでした。今日は少し涼しいせいか、鴨せいろや鴨南蛮蕎麦の注文が多かったのです。

 2時前には洗い物と片付けが終わって、「明日の蕎麦汁がないから、出汁取りの準備があるのでしょ」と女将に言われて、彼女は先に帰っていく。小鉢もなくなったから、お新香も夕方に来て漬けなければならない。桜も咲いて春の陽気なのですが、空が曇っているのが唯一、晴れ晴れとしない気分なのでした。家に帰って、ゆっくりと昼寝をしたら、夕食のおかずを亭主が作って、早めの食事を済ませたら、ひと休みしてまた蕎麦屋に出掛けるのでした。


4月7日 日曜日 昨日の疲れも癒えないうちに…

 今朝はいつものように5時に目覚めたけれど、なかなか起き上がれなくて、やっと床から立ち上がったのが5時半。コーヒーを沸かして飲んだら、何とか6時前には家を出られたのです。蕎麦屋に出掛けて朝の蕎麦を打ち始めるのですが、菊練りを済ませて厨房に戻れば、糠床を冷蔵庫から取り出して小鉢に盛り付けるために切り分ける。ここで頑張っておかなければ、後が大変になるから、徐々に目覚めてくる身体に鞭を打って、また蕎麦打ち室に入るのです。 

 室温は16℃、加水率は44%、湿度は60%を超えているから、それでもまだ少し生地は柔らかいのです。何とか打ち終えて、昨日の残りの蕎麦と合わせて12食の蕎麦を用意しておきます。雨の朝だったから、今日はそれほどお客が来ないと思ったのでした。家に戻って朝食を食べれば、食卓には大学の友人夫婦が持って来てくれたクレソンのお浸しが出ていた。豚肉や油に合うという季節の野菜も、やはり最初は和風で登場です。あっさりとしていて美味しかった。

 夜明け前からの雨は小雨になっていたけれど、煩わしいから傘も差さずに亭主は蕎麦屋に出掛けていくのです。早朝に蕎麦を打ったから余裕があって、多分、今日はいらっしゃるだろうカレーうどんのご夫婦のために、豚のハラミの串刺しを作っておく。出る時には随分と出るけれど、残っても家に持ち帰って亭主の酒の肴になるだけだから、なかなか難しいのです。10時前に金柑大福を包み始めて野菜サラダの具材を刻む亭主。いつもの時間通りの進行なのです。

 大釜の湯も沸いてポットにお湯を入れたら、天つゆと天麩羅油を温めて、開店の準備が整う。開店時刻の10分前にはもう駐車場に車が入ってきました。一台から随分と沢山人が降りると見ていたら、昨日いらっした年配のご夫婦がご両親を連れて来たらしく、入り口のテーブルに座って、カレーうどんと天麩羅蕎麦、鴨南蛮蕎麦を二つご注文なのでした。手間のかかるものばかりで、素早く準備を始めたら、いつものカレーうどんのご夫婦が定刻にやって来る。

 後を追うように次のお客が3人連れでいらっしてカウンターに座るのでしたが、まだ最初のお客のカレーうどんや鴨南蛮が出来ていない。お茶を出すことも出来ずに「済みませんもう少しお待ちください」と亭主がアナウンスする。そこに二人連れのご夫婦が歩いてきたから大変なのでした。カウンターに座るけれど、まだ最初のお客の鴨南蛮が出来ていない。女将は鴨南蛮に使う長葱を家に取りに帰っていなかったから、亭主は冷や汗もので調理を続けるのでした。

 まだ12時前なのです。長葱を持って帰って来た女将が、店が満席なのにびっくりして、慌ててお茶を入れて各席に持って行く。お客様たちもこの常況では仕方がないと、諦めて待ってくれている様子なのでした。店主一人が調理をする小さな店だから、いちどきに沢山お客が来ても順番にしか作る事は出来ない。慌てずに一つ一つの料理を丁寧にこなしていくことが大事と、奮闘すること30分。野菜サラダもデザートの金柑大福もすべて売り切れたのです。

 カレーうどんが二つも出たから、蕎麦はまだ残っていたので、次のお客もその次のお客もどんどん店に入って来る。1時過ぎには蕎麦がなくなったので「お蕎麦売り切れ」の看板を出して、暖簾と幟とをしまうのでした。息もつけないほどの忙しさは何年ぶりだろうか。満開になった桜の花ではないけれど、人間も暖かくなって急に外に出掛けるようになったのかも知れない。洗い物をまったくする暇がなかったから、それから1時間、夫婦は無言で洗い物をする。

  家に戻ったのは3時前で、外は晴れ間が出て青空が覗いていました。幼稚園の満開の桜が今日は青空を背景にとても綺麗なのでした。亭主は今日の売り上げや写真のデータをパソコンに入れたら、早速、昼寝をし始める。女将は桜を観に近所を歩いて来たと言う。疲れて果てて足の調子が好くない亭主は、幼稚園の桜だけで満足するしかなかったのです。今日来たお客の数は13人。昔と違ってそれでも大変に感じるのは、やはり年を取った証拠なのでしょう。}


4月8日 月曜日 霧の朝だったけれど終日曇り空で…

 6時前に蕎麦屋に出掛けて、時間と共に霧が深くなるのを目の当たりにする。普通だったら霧の濃い日には晴れるものだけれど、今日は霧の合間からぼうっとした太陽が見えただけで、終日、曇り空なのでした。蕎麦屋に入ってまずは蕎麦打ち。加水率44%で今朝はかなり好い感じの硬さで生地を仕上げたのです。水が少ないと伸した時に角が綺麗に取れないというジレンマがあるけれど、今日は比較的綺麗に四隅が取れて、8食分の蕎麦を生舟に並べるのでした。

 家に戻って朝食を済ませ、幼稚園の桜が気になって二階へ続く階段の踊り場から見たら、もう満開なのでした。足の具合が悪いから今年はこれで見納めでも好いと思って、取りあえず写真を撮っておく。天気が好くないのもそう思う原因なのでした。書斎で横になっても眠れないから、今朝は早めに蕎麦屋に出掛ける。金柑大福を包むにも早すぎる。レンジ周りの掃除をしたり、洗濯物を干したり、奥の座敷に溜まった段ボールを畳んで紐で縛り、掃除機をかける。

 隣の菜の花畑はもう時期が終わりなのか、駐車場のモミジの新芽が伸びているのに気が付いた。季節はどんどん移り変わっていくのです。やっと金柑大福を包んで、野菜サラダの具材を刻みながら、今日の天麩羅の具材を切り分けるのです。蓮根の皮を剥いて酢水で茹で、南瓜を切り分けてレンジでチーンする。大根をおろして天つゆと油を温めたら、暖簾を出してお客の来るのを待つのです。最初のお客は昼前に近所の常連さん。ビールとぶっかけ蕎麦の大盛り。

 1時過ぎに年配の男性二人が車でいらっして、天せいろを頼まれる。向かいの畑では、少し若い人たちが朝から仕事を始めていた。せっかく作った大福も野菜サラダも出なかったから、家に持ち帰って食べるだけ。片付けもあまりなかったけれど、月曜日は最後のゴミ出しをしなければならない。女将の帰る前に家に着いて、蕎麦粉の代金を振り込みに郵便局まで出掛ける。ひと眠りして早い夕飯を食べたら、今夜もまたプールでひと泳ぎなのでした。



4月9日 火曜日 春の雨、よくぞまあこんなに降り続く…

 夕べのプールが疲れたはずもないけれど、今朝も4時前から目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲んだのです。それでもまだ眠れそうだったので、定休日だからともう一度床に入れば、7時過ぎに女将が「ご飯ですよ」と起こしに来てくれた。外は夜明け前から雨が降っている。今日は激しく降ると言う予報だったから、お袋様との仕入れに出掛けるのが大丈夫だろうかと心配するのでした。食堂に入れば、予想通りおかずはベーコンエッグなのでした。

 朝食を食べ終えて居間の椅子に座ってお茶をもらえば、まだ眠り足りないのでしたが、洗面を終えたら着替えを済ませる。動かないでいるとずっとそのままの恰好で座り続けてしまいそうなのです。雨が少し小降りになっので、お袋様に電話をして迎えに行く。この雨では農家も野菜を持ってこないのではと話ながら、農産物直売所に出掛ければ、知り合いの農家の夫婦が葉物や大根を運んで来た。実に真面目なご夫婦だと二人で感心するのでした。

 小学校や女子大の桜を眺めながら隣町のスーパーに出掛ければ、雨だから人は少ないかと思ったら、意外なほど混んでいるではありませんか。後で女将に言ったら、今日は新聞の広告が入っていたのだとか。お袋様を家まで送り蕎麦屋に戻って、仕入れた荷物の袋を5つ車から厨房に運ぶ。夕べのプールの帰りに質が好いと、地階のスーパーで買って帰ったアスパラやレタスやパイナップルは、既に冷蔵庫に入れてある。家の分の買い物を持って家に戻るのです。

 昼は亭主があんかけの堅焼き蕎麦を作る。女将が肉を切って大粒のミックスベジタブルを解凍してくれていた。左の火口で堅焼き蕎麦を作り、その間に右の火口で肉とミックスベジタブルを炒め、昨日の残りの野菜サラダ二人分を入れて、鶏ガラスープの顆粒に塩、砂糖、胡椒を加えたら水を入れてぐつぐつと煮るのです。戻しておいたキクラゲと鶉の卵を入れたら、水溶き片栗粉を加えてまた煮込む。カリッと仕上がった焼きそばを皿に盛ってあんかけをかける。

 夫婦で満腹になったら、亭主は居間の椅子に座って一休み。書斎で横になったけれど、今日は何故か眠れないのです。女将のスポーツクラブの予約を取り終えたら、蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みを開始するのでした。午前中に作ったカレーを冷ましておいたから、ジブロックに詰めて冷凍する。塩漬けしてあった大根も柔らかくなって水が上がったので、唐辛子を輪切りにして、刻み柚子と砂糖と甘酒の素を加えてかき混ぜ、冷蔵庫で保存するのでした。

 3時前に仕事を終えて、西の町のホームセンターまで、月に一度の買い出しに出掛ける。なくなってきた天削げの割り箸を100本の袋を二つ買って、ラップや消毒液、ペーパータオルを買って、来た道を戻るのでした。あちこちで桜の花がもう散っているから驚いたのです。休耕田の向こうに雲のように続く桜の花がとても見事なのでした。夜は純和風のおかずで一献。すべて蕎麦屋の残りものだけれど、女将のアレンジで美味しくいただくのでした。

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2024年4月初め



4月1日 月曜日 昨日との温度差10℃、今日が春の日和…

 今朝は4時前に目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲みながらテレビを観ていました。また眠れば寝れたのですが、定休日前の最後の営業日とあって、朝早くに蕎麦を打たなければならないという緊張感があるのでした。明るくなったら蕎麦屋に出掛けて、今朝は600g6人分だけ打って、昨日の残りと合わせて9食の用意の予定。47%の加水で少し柔らかめだけれど、菊練りを済ませて蕎麦玉を作り、寝かせている間に厨房に戻って天麩羅の具材を切り分ける。

 混んだ日の翌日は用意しなければならない物が沢山あるのです。蓮根の皮を剥いて輪切りしたら酢水に浸けてそのまま茹でる。南瓜は切り分けてレンジでチーンするのです。その間に生椎茸、ピーマン、ナスを切り分けて容器に入れておきます。それが済んだら蕎麦打ち室に戻って、蕎麦玉を伸して畳んで包丁切りです。四隅を綺麗に取るのに夢中だったから、今度は中央部分が少し薄くなってしまうのでした。何とか無事に140gで6.5人分の蕎麦を打ち上げる。

 7時に家に戻って朝食を食べる。先週買った魚も食べ尽くして、蕎麦屋の残りものもないから、今朝は質素な朝食なのでした。それでも美味しくいただいて、亭主は書斎に入ってひと眠りするのでした。朝方降っていた雨も止んで、陽射しも見えてきたのです。昨日よりはだいぶ涼しい朝なのですが、家の中では暖房も点けずに、これが例年の春の陽気なのと思うのでした。薄いジャンバーを引っかけて蕎麦屋までとぼとぼと歩く。幼稚園の桜はまだ咲いていない。

 9時半前に蕎麦屋に着いたけれど、幟や看板を出しても、まだちょっと早すぎるのでした。10時少し前まで洗濯物を干したり、大根をおろしたりして時間をつぶすのです。金柑大福を包んで野菜サラダの具材を刻んだら、いつものように三皿に盛り付けてカウンターの上に並べる。昨日は油もなくなったので、固めた油は混み箱に入れて、今日は新しい油を天麩羅鍋に入れるのです。開店の準備が整って暖簾を出しても昼間ではお客はなかったのです。

 昼を過ぎて車が駐車場に入ってくる。女性の一人客がカウンターの隅に座って、天せいろのご注文なのでした。天麩羅を揚げて蕎麦を茹でたところで、裏の奥様がいらっして、また天せいろ二つを持ち帰りたいとおっしゃる。お客がいるので「座ってお待ちください」と言って、天麩羅を揚げ始めるのでした。同居する息子が車の鍵を持って行ってしまうと言うので、年齢を尋ねたら亭主よりも少し落としのようで、母親を心配しての配慮なのだろうと思った。

 午後は好く晴れてお客も入ったけれど、今日は蕎麦も天麩羅の具材も少ししか用意していなかったので、早めに売り切れの看板を出すのでした。定休日前は後片付けが大変だから、遅い昼を食べたらひと休みして、のんびりと洗い物を済ますのです。生ゴミも捨てなければならないし、洗濯もしなければならなかったから、全部終わって家に帰ったのは3時過ぎなのでした。女将に持って帰った荷物を渡して、亭主は書斎でひと眠り。夜はまたプールに出掛ける。


4月2日 火曜日 何となく身体が疲れている感じで…

 定休日だけれど今朝も5時半には目が覚める。居間の部屋でコーヒーを入れて飲むけれど、なかなか頭が覚醒しないのです。6時半近くにやつと蕎麦屋に出掛けて、昨日の洗い物を片付ける。玄関前の馬酔木の小さな花房が綺麗に膨らんでいました。冷蔵庫や膝下の戸棚の中を調べて、今日の仕入れで買い足す物はないかと、印刷したリストを見ながらチェックする。7時前には家に戻って、女将の用意してくれた朝食を食べる。食後のひと眠りは30分間でした。

 お袋様を迎えに行きながら早めに家を出て、空気が減ってきたと言う自転車に空気入れで空気を入れてやる。押して歩くことが多いと言うけれど、そろそろ乗るのは止めた方が好いと思うけれど、買い物をするスーパーも病院も1㎞以上は離れている。なかなか送り迎えまでは出来ないのが心配の種なのです。今は月に一度の眼科通院だけは、近所に住む弟が送り迎えしている。日を決めて二人で相談すれば、自転車を使わなくても大丈夫だと思う。

 買い物を終えて食材を冷蔵庫に収納したら、古くからの友人に誕生日おめでとうのメールを出しておく。店のタブレットで最近仕入れた食材の調理法などを調べていたら、11時を回ってしまった。家に帰って昼飯の準備をしなければと車を走らせるのでした。最近は女将が堅焼き蕎麦なら食べられるというので、野菜サラダの残りに肉と大粒のシーフードミックスにキクラゲを入れて、亭主が腕を振るうのです。今日は砂糖を入れるのを忘れてちょっとしょっぱい。

 昼食後はお茶をもらって1時間ほど昼寝をする。起き出しても、例によって女将のスポーツクラブの予約を終えなければ、蕎麦屋には出掛けられない。2時過ぎに予約は無事に取れたのだけれど、見ていたテレビ映画が終わるまでは、椅子に座ったままなのでした。午後の仕込みは大根のなた漬けだけにして、新しく頼んでおいた幟の組み立てを終えて、実際に立ててみて高さを調節した。天せいろがやっと1300円になった。メニューや看板も作り直さなければ…。



4月3日 水曜日 月日の経つのも忘れてしまうから…

 今朝も5時半には目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを入れて飲むのでした。テレビも点けずに椅子に座って煙草をくわえたまま、じっと頭が覚醒してくるまで待つのです。今日の段取りは、まず朝飯前に蕎麦屋に出掛けて、昨日塩で浸けておいたなた漬けの仕込みをすること。そして、南瓜を切り分けてレンジでチーンしたら、蓮根の皮を剥いて輪切りにする。鍋に水を入れて酢を加え、コトコトと沸騰してくるまで茹でるのです。30分もあれば終わるのでした。

 家に戻ればちょうど朝食の支度が終わって、後は食べるばかりなのでした。食後にお茶をもらって、書斎に入ってひと眠りすれば、もう9時前ではないですか。今日はまず銀行で口座にお金を入れてこなくてはと思っていたのですが、時間がなかったので近くのコンビニで用を済ませる。昨日引き落としだったスポーツクラブの代金夫婦二人分が、引き落とされないでそのままになっていたのです。まだ日にちがあると思っていたら、もう4月の3日なのでした。

 月日の経つ速さに自分の感覚が付いて行ってないと言うのでしょうか、これも老いのなせる技なのか。ついでに昨日届いたゴミ回収業者への支払い請求書も、ネットバンキングで支払いを済ませてしまう。取りあえず差し迫った目の前の問題を片付けたら、ホッとしてまた居間の椅子に座って寛いでしまうのです。今日は終日の雨だと言うから、夜の防犯パトロールも中止だろうと、テレビの洋画を最後まで観てしまうのでした。11時になってやっと昼食の用意。

 隣の火口で冷凍餃子を焼きながら、蕎麦屋で残った掻き揚げ用の玉葱と人参を刻んで、肉と卵を入れて久し振りにカレー炒飯を作りました。何故か女将はカレー味が好きなのです。炒飯は火力の強い高熱用のボタンを押して炒めるけれど、レンジで解凍したご飯が軟らかいと、どうしても鍋に少し焦げついてしまうのです。食後はまた書斎に入って昼寝をする。今日は随分とゆっくりとしたから、身体の疲れは取れた気がする。雨で夜のパトロールも中止だろう。

 午後は、明日から天せいろを値上げするので、メニュー作りに余念がない亭主。昔は新しいメニューの作成にもワクワクしたものだけれど、今は何故かただ面倒なだけなのです。何年も値上げをしなかったのも、メニューや看板、伝票の類をすべて直さなければならないから大変なのです。女将がスポーツクラブから帰って来たら、印刷したメニュー類を持って、亭主は雨の中を車で蕎麦屋に出掛ける。天麩羅の具材を切り分け、キノコ汁を仕込んで、お新香を漬けて、最後に忘れていた洗濯物を干したらお終いです。


4月4日 木曜日 やっと桜が三分咲きの朝でした…

 今朝もいつもと同じく5時に目が覚め、居間の部屋でコーヒーを飲む。夕べは10時に床に入ったから、考えてみれば随分とよく眠ったのです。雨で夜の防犯パトロールがなかったから、これで今日は終わりと酒を飲んでしまったけれど、実はプールへ行ってひと泳ぎをするつもりでいたのです。だから早く眠れたのだと後になって自覚する。5時半に家を出て雨の中を蕎麦屋に出掛ければ、だいぶ汚れた霊犀亭の日除け暖簾が10年変わらずに姿を見せていた。

 店に入れば室温は16℃と昨日よりは涼しかったけれど、暖房を入れる程でもない。蕎麦打ち室に入って47%の加水率で今日も蕎麦を捏ねたけれど、もうそろそろ46%にした方がが好さそうな柔らかさなのでした。蕎麦打ち室の室温が15℃で、大気全体が温まっているから、蕎麦粉も水分を含みやすくなっているのでしょう。750g八人分で足りるかと思ったけれど、天気予報では一日中曇りと言うからなんとかそれで足りるだろうと考えたのです。

 厨房に戻って糠床に入れてあったナスとキュウリとカブを取り出して切り分ける。ミョウバンを効かせたナスは好い色に漬いていました。6時半を過ぎたので家に戻って朝食を食べる。出汁で溶いた卵のスクランブルエッグが、最近の女将のお気に入りらしい。鰹節を振りかけ出汁醤油をかけて美味しくいただくのでした。食後は例によって書斎に入って1時間ほど眠るのです。今朝は髭を剃って、着替えをしたらまた居間の椅子に座ってひと休みなのでした。

 幼稚園の桜がやっと三分咲き。晴れてもいないのに気温が上がると花は開くらしい。小雨の中を傘も差さずに蕎麦屋まで歩いて、看板と幟を出すのでした。新しい幟には天せいろ1300円としっかりと印刷されていました。何年ぶりかの値上げです。厨房に入って金柑大福を包んで、野菜サラダの具材を刻めば、まだちょっと時間が早すぎる。大根や生姜をおろしたり、薬味の葱を刻んだりといろいろな準備をしながら、開店の準備をするのでした。

 暖簾を出せば、女将が来る前にもう女性のお客がいらっして、カレーうどんとデザートの金柑大福のご注文なのでした。早朝から打った蕎麦が出ないのがちょっと残念でしたが、亭主の思いとは別にお客がそれで喜んでもらえれば好いと自分に言い聞かせるのです。その後はしばらくお客はなかったので、女将と二人でこの天気ではなかなか家から出ないと言う話をしていました。1時を過ぎたので亭主は賄い蕎麦を茹でて食べる。洗い物が少ないようにと素蕎麦。

 片付け物を始めようかという頃に、駐車場に車が入ってきて、背広姿の男性客がカウンターに座って天せいろのご注文なのでした。たった二人のお客でしたが、女将と二人で有り難いと思えるから、亭の営業も知れているのです。去年に比べたらずっとお客の数は減っている。2時半には片付けを終えて家に帰る道すがら、幼稚園の前の桜並木が少し花が咲いたので綺麗に見えたのです。書斎で1時間半ほど昼寝をして、荷物を届ける業者が来るのでまた蕎麦屋へ。