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2023年3月末



3月28日 木曜日 少しは暖かくなったのだろうか…

 今朝は6時に目が覚めて、慌てて蕎麦屋に出掛けた亭主。東の森の向こうから太陽がもう昇っていました。店の中は11℃もあったから、少し暖かくなったのかも知れない。蕎麦打ち室は10℃で蕎麦を打つにはちょうど好いのでした。一日中晴れの予報が出ていたけれど、雲が多いような気がして気温もそれほど上がらないと思った。750g8人分の蕎麦粉を計量して、47%の加水で捏ね始める。四隅はきちんと伸せたのに、最近はたまに中央が最後に飛び出てくる。

 均等な厚味で全体を伸せていないということだから、もう少し丁寧に横方向にも伸し棒を転がした方が好いのかも知れない。750gだと巻き棒を使わないで伸すものだから、どうしても少し手を抜いてしまうのです。それでも8束の蕎麦を生舟に並べてみれば、最後は少しだけ短い蕎麦が仕上がった。外の様子を見に駐車場に出てみれば、空はもう曇っているではありませんか。菜の花畑が盛りを過ぎているというのに、調整池の畔にある桜はまだ咲いていない。

 厨房に戻って、昨日作った金柑の甘露煮と白餡を使って今朝の金柑大福を包む。金柑ももう終わりだから、次のデザートは何にしようかと考えるのでした。あまり変化がないのも、お客が飽きるのではないかとちょっと心配するのです。野菜サラダの具材を刻んで、11時前には三皿盛り付けて天麩羅油や天つゆ、天ぷら粉の用意を済ませて、テーブルを拭いて回るのです。暖簾を出す10分前に、裏の奥様がまたいらっして、天麩羅と蕎麦を二つお持ち帰りでご注文。

 「いつもお蕎麦がとても美味しくって」と言うけれど、亭主はまだ着替えを済ませていない。座ってお待ちくださいとと言っても、店の隅に立ったままで、「お茶でも飲んでいてください」と蕎麦茶を出せば、立ったまま飲んでいる。女将がやって来たので、亭主は天麩羅を揚げてパックに入れるのに専念した。開店時間を10分ほど過ぎてやっと暖簾を出すのです。すぐに次のお客がいらっして、またもや天せいろのご注文なのでした。今日は天せいろばかりが出た。

 最後のお客は年配のご夫婦で、ご主人が「手打ち蕎麦をくれよ」とおっしゃるので、「打ちはすべて手打ちの蕎麦ですよ」と亭主が応える。以前にもいらっしたことがあるそうでしたが、天せいろを頼まれて「美味しかったけれど、腹一杯になっちゃった」と言って帰られた。女将のスポーツクラブの予約を済ませて、お客も来そうになかったから、亭主は賄い蕎麦を作って食べる。家に戻ってひと眠りしたら、夕刻は業者の若者が天ぷら粉を運んで来るのでした。



3月29日 金曜日 昼過ぎまで雨と強い風で…

 午前中から雨という予報でしたが、6時過ぎに蕎麦屋に出掛けた時にはまだ降り出していなかった。空はどんよりと曇って今にも雨が降りそうなのでした。向かいの薩摩芋農園の畑も、竹の柵が出来たり、道路沿いに杭が打たれたり、少しずつ整備が進んでいる様子なのでした。蕎麦屋に入れば朝から15℃もあったから、暖房も入れずに蕎麦打ち室に入るのでした。雨だけではなくて風も強くなると言うから、今日は750g8人分だけ蕎麦を打つことにしました。

 湿度が50%以上あったから、いつもと同じ47%の加水では少し生地が柔らかくなった。お蔭で四隅は綺麗に取れたのですが、昨日の反省で、中央部分の厚味を消そうと、あれこれと伸し棒を転がしてみるのです。修正をする技術というものがとても大切なのだと、改めて感じるのでした。普段、何気なく伸し棒を転がしてはいるけれど、きちんと畳んだ時に、綺麗な形になるように考えておかなくてはならない。分かってはいることなのですが、慣れが怖いのです。

 7時を過ぎてコンビニに煙草を買いに行って、そのまま家に戻るのでした。女将はもう食卓についていたので、少し遅かったのかも知れない。今朝のおかずは好物の銀ダラの煮付けと、菜の花のお浸しに豚汁。栄養バランスを考えた女将の労作なのでした。とても美味しくいただいて、煮付けの汁をかけてご飯をお替わりしたいところだけれど、「腹八部」とぐっと我慢をするのです。食後は書斎に入って30分だけ眠った。今日は9時前に家を出たのです。

 玄関前の植え込みの中にある雪柳がやっと花を咲かせて、春の訪れを感じさせる。隣の家との境に植えた連翹と合わせて、白と黄色が綺麗なのです。小雨が降っていたけれど、傘も差さずに蕎麦屋まで歩く。朝は足の調子も好く、すたすたと歩けたのです。どうも疲れて来ると引きずってしまうらしい。蕎麦屋に着いて看板と幟を出す頃には、雨は少し強くなっていた。隣の菜の花畑は一面の黄色で気持ちが好い。お客がなかったからこの菜の花を眺めてばかり。

 雨も風も強くなるばかりだし、これでは到底お客は来ないだろうと思えたののです。1時半を過ぎた頃に賄い蕎麦を茹でて、こんなに美味しいのにと思いながら食べるのでした。洗い物もないから、残った野菜サラダと金柑大福と大根おろしを持って、2時前には蕎麦屋を出ました。まだ小雨が降っていたけれど、陽も少し差してきたのです。女将もまだ帰っていなかったから、書斎で写真をパソコンに取り込んだら、ひと眠り。夜はプールでひと泳ぎなのです。


3月30日 土曜日 朝から気温はぐんぐん上がり…

 今朝は5時半に目覚めて、6時には蕎麦屋に着いたのですが、霧が凄くて辺り一面見通せない常況なのでした。店の中も15℃と室温が高く、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのです。昨日の蕎麦がそのまま残っていたけれど、今日は暖かくなると言う予報だったから、750g8人分を打って16食分の用意で今日の営業に備えるつもりなのでした。47%の加水ではやはり少し柔らかめの生地に仕上がり、伸して四隅は綺麗に取れたけれど、蕎麦切りに意識を集中。

 集中していないと、つい包丁がずれて太くなったり細くなったりするからなのです。無事に8食半の蕎麦を打って生舟に並べるのでした。7時前に蕎麦屋を出て家に戻れば、ちょうど朝食の支度が終わったところで、今朝も亭主の好物の鮭の塩焼きが出ていた。とても美味しく朝食を食べ終えて、例によって書斎に入ってひと眠り。今朝もたっぷり1時間近く眠って、気持ちよく目覚めるのでした。髭を剃って着替えを済ませ、居間で一休みして出掛けるのです。

 蕎麦屋への道すがら、幼稚園の桜を眺めたけれど、まだ花は開いていない。去年だったらもう満開の時期で、雪柳や連翹と青空とでもう春爛漫という雰囲気だったのですが、今年は何故か桜だけ遅いのです。それでも今朝の霧が晴れて、陽射しは強く、青空が広がって、ツバメも飛び交っているから、自然の生き物は春を感じているのでしょう。人間だけが桜が遅いので春を感じられないでいる。蕎麦屋に着いて幟や看板を出したら、小鉢の切り干し大根を作る。

 昨日も夜のプールに行くことばかりを気にして、ぬか漬けを漬けるのを忘れてしまったのです。年齢のせいにはしたくないけれど、やはり忘れっぽくなっている。「蕎麦を沢山打っても、小鉢がないのではしようがないわね」と女将に言われて、急遽、すぐに出来るものをと考えたのです。幸い、早朝に蕎麦を打ってあったから、時間に余裕はある。店の中の温度は時間と共にどんどん上がって、金柑大福を包む頃にはもう18℃になっているのでした。

 暖かいせいか、黄色の菜の花も一段と鮮やかさを増して、今日の青空に映えているのでした。不思議なことに、暖簾を出しても一向にお客が来ない。待つこと1時間半、女将と二人で暇をもてあましていたら、やっとお客が入り始めて、しかも皆さんご新規のお客様なのでした。「美味しかったから、また寄らせてもらいます」と言って帰る方もいらっして、終わりよければすべてよし。夜は防犯パトロールがあったので、早めにあんかけ焼きそばを作って食べる。



3月31日 日曜日 朝から暑くなって、お客もいっぱい…

 今朝は6時前に家を出て蕎麦屋に向かいました。夕べの夜のパトロールが効いたのか、身体は疲れてぐっすりと眠ったので、清々しい朝なのでした。6時前にもう朝日が昇っているのです。狭い庭の花々がやけに綺麗に見えたのも、この暖かさのせいなのだろうか。蕎麦屋に着いて厨房に入れば、昨日の温もりが残っていたのか、朝から18℃もあるではありませんか。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打てば、加水率47%でちょうど好い仕上がりなのでした。

 生地を寝かせている間に厨房に戻って、夕べ浸けておいたお新香を取り出し、小鉢に八鉢も盛り付ける。昨日の残りの切り干し大根の小鉢と合わせて14鉢も用意しておきました。今日は昨日よりも更に暖かくなると言うから、蕎麦も16人分を仕込んでおいたのです。厨房に戻って野菜サラダの具材を刻むのには、ちょっとまだ時間が早すぎる。二回も再配達を繰り返した宅配便がやっと来て、新しい幟が届いたのがちょうど好い時間なのでした。

 11年目の開店記念日の4月2日はたまたま定休日だから、新しいメニューを印刷する時間がある。天せいろを100円上げて1300円にする予定なのです。胡麻・綿実油も天ぷら粉も3割も上がっているから、このまま営業しては収益は下降線を辿るばかりなのです。女将には再三言われているのだけれど、印刷した値段の幟が何年ももったので変えられなかった。一番出る天せいろだけに、苦しい値上げなのです。やっと野菜サラダの具材を刻んで開店の準備が整う。

 今日は開店前からお客様が次々といらっして、昼前にはもう満席なのでした。やはり暖かくなったと言うのが一番の理由なのでしょう。天せいろだけでも10食も出て、皿が足りずに洗って使う有様。天麩羅の具材も沢山用意したのに、最後には足りなくなって、アカイカや海老を追加して代わりにお出しするのでした。1時過ぎにはもう売り切れの看板を出して、洗い物に取りかかるのでした。女将と二人で黙々と洗っては片付ける作業を繰り返すのでした。

 3時前には家に戻って、女将と二人で「しらぬい」を剥いて食べたら、亭主は書斎に入ってパソコンにデータを入力して、昼寝をするのでした。ひと休みした女将はお使いに出掛けるのです。夜は簡単に鮪のたたきで手巻き寿司にして、亭主は蕎麦屋に出掛けて明日の準備をするのです。カウンターに干しておいた洗い物を片付けるのにも手間がかかった。蕎麦汁もほとんど残っていなかったから、昼に用意しておいた出汁取りから初めて、蕎麦汁を作り、天つゆを作り、約1時間半の作業を終えて家に帰るのでした。

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2024年3月下旬




3月20日 水曜日 今日も風は強かったが晴れて暖かく…

 先週もピーマンが足りなくなったので、今朝は農産物直売所へピーマンだけを買いに行った。お彼岸だからか水曜日だからか、魚屋さんが来ていてケーキのマーケットまで開いて、駐車場は車で一杯なのでした。そのまま蕎麦屋に出掛けて、今日の仕込みの仕上げをするのです。空の蕎麦徳利に蕎麦汁を補充したら、天麩羅の具材を切り分けて容器に入れていく。白菜は昆布と唐辛子と柚子を入れて小さな漬け物器に漬け直し、午後まで漬け込んでおきます。

 11時過ぎに家に戻って、亭主が焼きうどんを作る。久し振りだったからとても美味しく食べられた。今日は休日だから女将のスポーツクラブはお休みで、亭主もあまりすることがないので書斎で横になるのだけれど、夕べはぐっすりと8時間睡眠だったから、眠ることが出来なかったのです。仕方がないから、洗い終わったタッパ類と昨日買い忘れた冷凍うどんを持って、蕎麦屋に出掛けるのです。昼過ぎまでは晴れて暖かくなって来たので助かった。

 遅い午後になったら、黒い雲が空を覆って雨が降るのではないかと思ったけれど、何とか降らずに持ちこたえたのです。厨房に入って昨日使って洗い終えた鍋類を片付け、明日の分のほうじ茶を沸かして冷ましておく。冷蔵庫に入れたままの糠床を取り出して、表面に付いた白カビを取ったら、新しい焼き糠と塩を足して好くかき混ぜておく。白菜がもう終わりの時期だから、次はぬか漬けの準備なのです。漬け直した白菜の漬け物は五鉢分だけ切って盛り付ける。

 5㍑の鍋に湯を沸かし、小松菜を茹でて小さなタッパに小分けして急速冷凍室に入れておく。最後にやはりレンジ周りの掃除かと思って、重曹を振りかけて湯をかけておく。煙草を一服し終えたら、タワシでこすって雑巾で綺麗に拭いておきます。4時過ぎに家に戻って、夜の防犯パトロールがあるといけないので早めに夕食を食べる。5時過ぎには西の空が陽が差して明るいのに、雨が降りだしたから、若手の活躍する大相撲を最後まで観られたのです。



3月21日 木曜日 彼岸を過ぎても朝は寒い今日この頃…

 4時半起床。定休日明けは緊張しているのか、夕べは11時半に床に就いたのに早く目が覚めた。早く蕎麦屋に行って、今朝の蕎麦を打ってしまった方が好いと思い、お湯を沸かしてコーヒーを入れたら、頭がすっきりするまでひと休みです。5時半になったら家を出て車で蕎麦屋に向かう。夜明け前の森はまだシルエット。店と厨房の照明を点けて、蕎麦打ち室に入るのでした。外は思ったよりも寒かったので、暖房を入れて9人分の蕎麦を打つ準備をする。

 加水率47%では柔らかすぎるとは思ったけれど、まだ室温は8度だったから、蕎麦粉を捏ねればちょうど好い柔らかさで、伸して畳んで包丁切りをする。一束135gにしたら、9人分と80gの蕎麦が取れた。80gは大盛りの注文が入ったら使えるので、最後の一切りまで気を抜かずに同じ太さで包丁を降ろすのでした。6時過ぎに蕎麦を打ち終えて、今日のほうじ茶を沸かして、ラップをかけて冷蔵庫に入れておきます。煙草を買いにコンビニまで行って家に戻る。

 朝食を終えて二階の窓から富士山の写真を撮る。このところ地平線が霞んで富士が見えなかったけれど、今日は冷たい風が吹いていたので、思った通りよく見えたのです。東京などでもあちらこちらに「富士見通り」などと言うのがあるけれど、高層のビルなどなかった昔は、ちょっと小高い所から富士山が見えたのに違いない。書斎に入ってひと眠りしたら、かなり大きな地震で目が覚める。最近は地震が多いので、古い我が家も心配ではあるのです。

 9時半になったら家を出て歩いて蕎麦屋に向かう。帽子と手袋をしてもまだ寒いくらいの北風が吹いていました。お隣の小母さんがゴミ袋を持って集積場に出掛けるのに出くわして、「今朝は寒いですね」「ホントにねぇー。行ってらっしゃい」と挨拶を交わすのでした。早朝に蕎麦打ちを済ませていると、時間的にも精神的にも余裕があるので、野菜サラダの具材を刻み、金柑大福を包みなから大根をおろして、ハラミの串刺しまで作っておけるのです。

 今日になっても風はおさまらずに、空は晴れて菜の花畑にも黄色い花が咲き乱れているけれど、エアコンを消しておくといつの間にか室内は20℃を下回っているのでした。外の空気が冷たいということなのです。開店の時刻を過ぎて女将がやって来て、蕎麦屋は暖かいから、10℃台の家で暖房を点けているよりも経済なのだと言う。今日は宅配の車に乗ったいつもの若い青年が来て、鴨せいろの大盛りと野菜サラダを頼み、とても美味しいと言って帰ったのです。

 2時半前には家に戻って、女将と二人で果物を半分ずつ食べて、彼女が買い物に行くというので、亭主は書斎に入ってひと眠りするのでした。外は北風が吹いて寒いけれど、午後の陽射しを浴びながら、気持ちよく夕方まで2時間以上も眠ってしまった。今日は業者が食材を運んで来る日なので、慌てて蕎麦屋に出掛ける亭主。家に戻った頃には、ちょうどテレビで大相撲が最後の頃。常夜鍋を突きながら箸を止めてテレビの画面を見入る二人なのでした。



3月22日 金曜日 陽射しよりもまだ北風が冷たい朝でした…

 午後の昼寝が長かったからか、夕べはなかなか眠れなかったのです。昨日の蕎麦がそっくり残っていたので、今朝は蕎麦打ちもないから、ゆっくりと蕎麦屋に出掛ける亭主。着いていろいろ準備を始めたら、釣り銭を家に忘れたのに気が付いて取りに帰るのでした。玄関を開ければ、「どうしたの?」と女将が仕事部屋から出て来て尋ねる。自分でもどうしたのだろうと今朝の呆けを不思議に思うのでした。足の調子が悪いから5分もかかって蕎麦屋に戻るのでした。

 青く澄んだ空が気持ちが好いのですが、風は北風で冷たく、朝から強く吹いていました。蕎麦打ちもないし、金柑大福は昨日作ったものが全然出ていなかったから、時間には余裕があると思っていたら、家に戻って時間を無駄にしてしまった。野菜サラダの具材を刻んで、いつもの時間に間に合うように開店の準備を整えたのです。テーブルを拭き終わってひと休みしようと思ったら、先週もいらっした裏の奥様がやって来て「この間のお蕎麦が美味しかったので」

 と、また蕎麦と天麩羅を持ち帰りたいと言うのでした。暖簾を出す前に蕎麦を包み、天麩羅を揚げてお渡しするのでした。待っている間にいろいろ話をなさるのだけれど、亭主には半分しか聞き取れない。やっと暖簾を出したけれど、この冷たい風の影響か、今日はお客が現れないのでした。そろそろ片付けに入ろうかという1時半過ぎに、年配の男性が車を乗り付けて、せいろ蕎麦の大盛りのご注文なのでした。「蕎麦が美味しかった」と言って帰られる。

 片付けを終えて女将の帰る前に2時半には家に戻る。「灯油がなくなりました」と、書き置きが居間のテーブルにあったので、休んでしまう前にと車を出して、ガソリンスタンドに出掛けて灯油を買って帰る。先週は寒かったから、随分と灯油を使ったらしい。それから陽の当たる書斎に入って昼寝をする。今朝は朝寝をしなかったからか、目覚めればもう5時すぎで、大相撲も佳境に入っていた。昨日の野菜サラダが残っているというので、亭主があんかけを作る。夫婦が贔屓の大関が勝ち越して、明日の取り組みが楽しみなところ。ひと休みして、寒い中を夜のプールに出掛けるのでした。


3月22日 土曜日 外は4℃で雨だと言うのに…

 寒い朝でした。7時間も眠って5時過ぎに蕎麦屋に出掛ければ、向かいの畑にはうっすらと霜が降りているではありませんか。室内は8℃とまだ蕎麦を打てる温度ではなかったけれど、早く来たのだから少しでも後が楽な方が好いと、蕎麦粉を計量して水を用意するのです。暖房を入れたらすぐに暖かくなるのが、やはり春の気候なのでしょうか。蕎麦後を捏ねている間に、蕎麦打ち室は10℃を越えるのでした。47%の加水だから生地は好く伸びて切りべら20本。

 最近は以前のように26本という日はないのです。その分、蕎麦が少し太くなっているのかも知れない。もっとも生地の奥行きを90cmまで目一杯取っているから、重さで計ると20本分になるのです。これを46%で打てば、もう少し硬く仕上がるから、細くはなるけれど今度は四隅をきちんと取るのが難しくなるのです。今は季節の替わり目だから、当分、このぐらいの仕上がりで満足しなければいけない。7時前にコンビニで煙草を買って家に戻るのです。

 食後にまた書斎に入って、ぐっすりと1時間は眠る。女将がよく眠れると呆れているくらい。9時前に家を出ても、蕎麦を打ってあるからゆっくりと支度ができるのです。金柑大福を包んでいたら、女将が「外は寒いわね」と言ってやってきた。予報の温度は4℃だから、朝も霜が降りるはずです。しとしとと雨は降り続き、隣の菜の花畑ではヒヨドリが一羽、辺りをきょろきょろと見回しながら、地面を突く。この鳥が玄関前のヒイラギナンテンの実を食べに来る。

 家の庭の取り残した金柑も、すっかりなくなるまでこの鳥が食べに来ている。この雨と寒さとではお客も来ないだろうと思っていたら、電話が鳴って「予約をお願いしたい」と言うから、「テーブル二つの小さな店なので、予約はやっていません」と応えたら「混んでいませんか」と言うから「今日はこの雨と寒さでは混まないと思いますが、心配でしたら11時半の開店の時刻にいらっしゃれば好いですよ」と応えておくのでした。暖簾を出す頃にまた電話が鳴った。

 先ほどのお客が、すぐ近くまで来ているのに、道が分からないと言うので、丁寧に説明して上げた。開店時刻に二台の車が入ってきて、一組は電話の方でテーブル席に座ってメニューを見ている。もう一組は常連さんご夫婦で、カウンターに座ってお二人ともカレーうどんをご注文なのでした。カレーを温めている間に、前のお二人は暖かい天麩羅蕎麦とヘルシーランチセットを頼まれる。これでもう今日は野菜サラダが出尽くしたと、女将が嬉しそうに言う。
 その後もパラパラとお客が続いて、こんな寒さなのによくぞまあいらっしてくださったと、最後の1時半までに10人のお客が入ったのには亭主も女将も驚いたのです。寒いからか、暖かい蕎麦の注文が多かったけれど、丼や椀は洗うのも楽だったから助かった。2時半前には二人とも片付けを終えて、家に戻ることが出来ました。女将は買い物に出掛け、亭主はまた昼寝に書斎に入ったのです。相撲の後半には目覚めて、あんかけ焼きそばを作って二人で食べる。


3月24日 日曜日 朝の寒さは相変わらずで… 

 週の疲れが溜まってくる時期ですが、今朝も5時起きで蕎麦屋に出掛けていく亭主。日の出前の東の空がぼうっと赤く輝いていた。向かいの畑は一面の白い霜で、昨日降った雨で土が湿気を持っているかららしい。蕎麦屋の中は昨日と同じく8℃と、エアコンの暖房を入れないといけなかった。大釜に水を汲んだり、お茶を沸かしたりしているうちに、蕎麦打ち室もやっと10℃を越えたのでした。二日続けては混まないという経験知で、今日は9人分の蕎麦を打つ。

 昨日の残りの蕎麦と合わせて12人分。雨で寒かった昨日と比べれば、今日は曇ってはいても気温が上がると言う。寒かった昨日がお客も多かったので、暖かくなると言う今日はどうなのかまるで分からないのです。1時間で6人のお客が来ても、2時間は耐えられるから、こんなものだろうと妥協点を見いだしたのです。厨房に戻って白菜の漬け物を小鉢に盛り付ける。白菜ももう最後の時期なのです。霜は降りているけれど、農家の畑には白菜は見当たらない。

 家に帰って朝食を食べ終えたら、例によって書斎に入ってまた眠るのです。朝飯前のひと仕事で蕎麦を打ってしまえば、遅く出掛けても好いから、ゆっくりと眠れるような気がする。再び蕎麦屋に出掛ければ、日曜日だからか誰にも会わない。金柑大福を包む準備をして、白玉粉が蜜に溶けるまでの時間、換気扇を回して一服する。時間に追われないから、気持ちは穏やかなのです。店が混んでも混まなくても、それが一番健康に好いのかも知れない。

 厚手の上着を着て女将がやって来て「やっぱり外はまだ寒いわね」と言う。20℃近くある蕎麦屋の中は別天地らしい。店の掃除を終わらせ、洗濯物を畳んで割り箸とおしぼりを用意したら、早お昼を食べに帰って行く。亭主は野菜サラダの具材を刻み始める。11時前にはすべての準備か終わって、カウンターの隅の椅子に座って表を眺めている。女将が現れて金柑大福と野菜サラダにラップをかけてくれた。それから1時間待っても今日はお客は来なかった。今日は後半の1時間で6人のお客がいらっしたのです。


3月25日 月曜日 暖かな雨の中をお客がいらっした…

 今朝も5時前に目覚めて居間の部屋へ行ったのだけれど、一週間の疲れが出たのか、椅子に座ったまま6時まで居眠りをしてしまった。急いで車を出して蕎麦屋に出掛けたのですが、今日は暖かな雨の朝なのでした。蕎麦屋の室内は15℃もあって、湿度は60%を越えている。昨日の蕎麦が4束残っていたので、500gだけ打ち足して、9人分の蕎麦で今日は終わろうと考えた。雨の月曜日だから、それほどお客が来るとは思えなかったが、準備はしておかなければ。

 最近は850g9人分を打つことが多かったから、500gの蕎麦は何のことはない。あっという間に打ち終えて、生舟に並べて冷蔵庫に入れる。それから冷蔵庫にある小鉢の数を確認したら、5鉢はあったから、足らなければ盛り付ければ好いと、7時前に蕎麦屋を出て、家に戻るのでした。女将が台所でほっけを焼いていたから、好い匂いが食堂まで漂ってくる。ナス焼きと金平牛蒡と大根の甘い豚汁が付いて、美味しく朝食が食べられたのです。

 居間でお茶をもらってひと休みしたら、亭主は例によって書斎に入りひと眠りです。最近は1時間は眠るから体調が良い。9時過ぎに傘を差して蕎麦屋に出掛け、看板を出して幟を立てチェーンポールを降ろすのです。厨房に入って、まずはまったく残っていない蕎麦豆腐を仕込み、金柑大福を包みます。それからまだ時間が早かったけれど、野菜サラダの具材を刻みながら、天麩羅の具材も切り分けておきます。11時過ぎにはテーブルを拭いて開店の準備が整う。

 暖簾と営業中の看板を出せば、外は相変わらず細かな雨が降っていました。駐車場の刈り込んだ金木犀も、赤い新芽がどんどん伸びて、幟の向こうの菜の花畑はもう満開の時期。今年の春の訪れは、気温が低い日が多かったのでちょっと戸惑う。でも、自然は正直だから、玄関前の馬酔木の花も随分と膨らんできているのです。昼前にバス通りを傘を差して歩いて来る常連さんの姿が見えた。今日はぶっかけ蕎麦の大盛りを温かい汁でご注文。ビールは忘れない。

 出し終える頃に車が入って会社員風の男性が一人。カウンターに座って天せいろの大盛りにキスの天麩羅を追加でご注文でした。このお二人で今日は終わりかと思っていたら、雨の中をまだお客は続くのでした。天せいろ二つに、せいろ蕎麦の大盛り二つ。最後は小鉢がなくなったので、新しく盛り付けるのも面倒だったから、野菜サラダを代わりにお出しした。皆さん、美味しかったと言って帰られたから好かったのです。賄い蕎麦を茹でて亭主も昼ご飯です。



3月26日 火曜日 菜種梅雨、今日も朝から雨の一日…

 この一週間の疲れは、昨日の夜のプールで泳いで吹き飛ばしたはずなのに、今朝もなかなか起きられなかった。6時を過ぎてやっと起き出して、雨の中を車に乗って蕎麦屋まで行く。玄関前の馬酔木の花がだいぶ膨らんで少しは見られる程になっていました。厨房に入れば温度計は13℃と昨日より少し低かったので暖房を入れる。カウンターの上の洗い物を片付け、陶器のグラス三杯分のほうじ茶を沸かし、生ゴミの袋を取り出して、外の大きなゴミ袋に詰める。

 新しい30㍑のビニール袋をゴミ箱にセットしたら、割り箸を捨てるために、削り節の空いた袋を内側にガムテープでくっつけるのです。これをやっておかないと後で割り箸が本体のゴミ袋を突き刺して破ける。長年の生活の知恵なのです。お茶を飲みながら、タブレットで昨日のブログを読み返し、今日の段取りを考えるのでした。お袋様と仕入に出かけたら、蕎麦屋に戻って荷物を収納して、家の買い物を届けたら、そのまま床屋に行く予定なのでした。

 7時過ぎに家に戻れば、女将はまだ台所で魚を焼いていました。テレビのニュースは、ドジャースの大谷選手が巨額の横領にあった話と、大手製薬会社の紅麹で身体の被害があったと言う話。毎日、よくぞまあ次々と事件が明るみになるものです。政治家達の金の問題も少しは進展があったのだろうか。今日は書斎に入ってひと眠りするのにも、スマホのタイマーにアラームをかけて、30分だけ眠るのでした。9時少し前にお袋様を迎えに行って仕入れに出掛ける。

 雨は途中で酷く降ってきたので、お袋様が濡れないように農産物直売所の軒の下で降ろして、車を駐車場に入れる。雨だからあまり沢山は野菜が出ていなかったけれど、生椎茸や人参、玉葱、トマトなど取りあえずは新鮮なものを買って、隣町のスーパーに行くのでした。こちらも雨だからお客は少なかった。印刷して置いたリストに従って、次々と品物をカートの中に入れていく亭主。品数が多いから、買い忘れた物を午後から買いに行かなければならなかった。

 一月振りの床屋で、綺麗に髪を刈ってもらったら、気も持ちもすっきり。家に帰って五目焼きそばを作るのです。野菜は昨日残った野菜サラダだけだったので、今日は具材が多すぎたか。女将と二人で珍しくお腹が一杯と言うほど食べたのです。食後の昼寝をせずに女将のスポーツクラブの予約を終えたら、遅い午後にまた蕎麦屋に出掛けて、午後の仕込みをするのでした。大根のなた漬けの仕込みと、返しを作っておくことが一番の仕事なのでした。



3月27日 水曜日 うららかな陽射しの一日でした…

 雨の昨日に比べたら、晴れて暖かい朝なのでした。今朝は5時半には蕎麦屋に出掛けて、夕べ漬けておいた糠漬けのお新香を取り出してみたのです。半年ぶりの糠漬けだったから、少し心配したのですが、無事に美味しく漬かっていたので安心しました。失敗したときのことを考えて、分量は一日分だけにしておいたのです。それから昨日のうちに用意しておいた出汁取りにかかる。これで約1時間かかったから、終わったらもう7時前なのでした。

 昨日作ったばかりの返しを一番出汁に加えて蕎麦汁を作る。本当は1週間ほど寝かせなければならないのだけれど、一回目はどうしても作りたての返しを使うことになる。二番出汁で天つゆを作り、残りは容器に入れて冷蔵庫で保存するのです。家に戻って朝食を食べ、今朝は30分ほど書斎で横になったら、整形外科で薬をもらうために8時半には家を出るのでした。「検査の結果が出ていますので中へお入りください」と言われて、久し振りに先生と向き合う。

 「数値は安定していますので、大丈夫ですね」と言われた。5月で閉院すると言うので、今日は90日分の薬を出してくれたのです。娘さんが家の次女と中学で同じ部活だったこともあって、昔、亭主がアキレス腱を切ったときにも世話になったことがある。今回も10年ぶりの発作で、3年も通ったから、そろそろ終わりにしても好いのかも知れない。本来、病気とは縁のない亭主なのでしたが、体質や怪我は如何ともし難い。年を取って病院通いはやはり気が滅入る。

 昼は亭主がチャーハンを作って女将と二人で食べる。午後はゆっくりと昼寝をしてから長いテレビ映画を観た。女将がスポーツクラブから帰って、遅い午後になって蕎麦屋に出掛ける亭主。天麩羅の具材を切り分けて、小鉢のなた漬けを盛り付けておく。白餡を作って、薬味の葱だけでも刻んでいたら、もう時計は5時を回っていたのです。家に帰れば、ガレージのシャッターを閉める音で女将が台所に入り、夜は久し振りに鮪の手巻き寿司なのでした。

 

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2024年3月中旬



3月11日 月曜日 向かいの畑の井戸掘り職人達がご来店…

 寒い朝でした。空は青く陽射しもあるのだけれど、蕎麦屋の向かいの畑には霜が降りていました。放射冷却で日の出前後が冷えるようなのです。今朝は昨日の蕎麦が沢山残っていたから、蕎麦は打たないし、小鉢も足りそうなので、朝飯前のひと仕事も、あまりすることがなかった。暖房を入れたら、足りないものがないかと確認をして、煙草を買いにコンビニまで車を走らせる。家に戻って女将の作る朝食を食べたら、今日はひと眠りをせずに居間で寛ぐのです。

 昨日は随分と疲れたらしく、夜の10時にはもう眠くなって、今朝は6時まで目が覚めなかったから、最近では珍しく8時間睡眠なのでした。寝不足で一日仕事をしたからなのでしょう。9時前に家を出れば、庭の黄色い姫水仙がとても可愛らしく並んで咲いていました。ちょうど塀の縁に植えてあるので、亭主は歩きながら見えるのだけれど、女将は庭からしか見えないのだと言う。俯いたように下を向いて咲くので、可愛い姿は眺められないのです。

 みずき通りも人影がなく、朝はまだ寒いのでした。蕎麦屋の向かいの畑に、クレーンを付けたトラックが停まっていたから、いよいよ始まるかと思って眺めるのです。電気も通って、ビニールハウスも出来たから、次は井戸を掘るのではと予想していたら、今日は午前中いっぱい井戸掘りの職人達が手際よく仕事をしていたのです。ちょうどお客も来なかったので、その作業振りを熱心に店の中から眺める亭主。次々とパイプを繰り出して掘り進めていく。

 1時を過ぎてその中の社長らしい親父様が、蕎麦屋にやって来て「今、3人で来ますから」と言ってまた仕事場に戻っていく。地中に入れたパイプを抜き取って、塩ビの管を何本も入れたら、やっと一区切りが着いたらしい。若手の二人と共に社長が店に入ったのです。天せいろとせいろ蕎麦の大盛りと鴨南蛮蕎麦のご注文でした。もう客は来ないだろうと、用意してあった野菜サラダをサービスでお出しする。「手際が好いから感心してみていましたよ」と亭主。

 50mもの深さまで掘って水を出したのだそうな。亭主はその掘削の仕組みにとても興味を惹かれるのでした。食べ終えればもう閉店の時間。一番若い天せいろのお兄さんだけ残って、モーターや水道を付けていました。亭主は洗い物を済ませて、持ち帰る食材をビニール袋に詰め、生ゴミを外の大きな袋に収納して、洗濯機に洗濯する物を入れたら店を出る。向かいの畑のお兄さんに「大変ですね」と声をかければ「お出かけですか?」「家が近所なので帰ります」



3月12・13日 火・水曜日 確定申告に時間を取られた週…

 この一週間は確定申告の申請の準備に追われていました。年に一度だから必要な書類も机の書棚から捜して、揃えるまでが大変なのです。まず古い書類や葉書などを片付けて、一昨年までの申告の葉書類は全部捨てているのですが、今回はどうも去年の国民年金の源泉徴収書まで捨ててしまったらしい。次に国税庁の申告書作成コーナーにアクセスして、一つ一つ入力していく。売り上げや仕入れの決算書はどこから仕入れたかまで入力しなくてはならない。

 家のパソコンで毎日欠かさずに入力して、年間の月別トータルが出力される表を作ってあるから楽なのだけれど、申請書の作成画面は一年前の作業を覚えていないから、もう一度初めから理解しなければならない。連日夜遅くまでパソコンに向かい、途中で止められないから二日ほどパソコンを点けたままで、やっと昨日の晩に提出書類を印刷できた。さて、何処に提出すれば好いのかは、また市のホームページで調べて、午前中に出掛けるのでした。

 家から車で30分ほどのとても分かりづらい場所に、市の中央公民館はあったのです。近くまで行ってやっと去年も来たところだと思い出す。車のナビがないと到底行き着くことが出来ないのです帰り道は。書類を提出して控えに検印を押してもらうだけで、僅か数分で終わった。青い空に強い風が吹いて、帰り道は気が晴れ晴れとしたから、道路の渋滞も気にならなかった。11時前には家に戻って、昼はラーメンを作る予定だったから、女将がホウレン草を茹でる。

 市販のチャーシューをたっぷりと入れて、魚介スープの醤油味。いつも麺だけ買っての塩ラーメンばかりだから、久し振りに美味しいラーメンを食べるのでした。食後は書斎でひと眠りして、女将がスポーツクラブに出掛ける時には、もう目覚めて亭主も蕎麦屋に仕込みに出掛ける。天麩羅の具材を切り分けたら、キノコ汁を作って明日の仕込みは完了です。明日は頼んだ蕎麦が配達されるし、夕刻には業者が食材を持ってくる。支払いは大丈夫かと心配する。

 4時には仕込みを終えて家に戻るのでした。夜のプールがあるから、早めに夕食を食べてひと眠りしたのは好いけれど、やはり疲れているのか2時間近くも眠ってしまったのです。それでもプールへ行くという決意は変わらないので、いつもより30分も遅れて、7時前に家を出て、人気のないプールでゆっくりと泳いで来る。帰りに地階のスーパーで、昨日買えなかったパイナップルと白玉粉を買って、ついでに冷凍食品の定番を手に入れて、家に戻るのでした。


3月14日 木曜日 朝は寒く、昼から暖かくなってお客が…

 日の出の時間に蕎麦屋に行けば、向かいの畑には真っ白な霜が降りていました。放射冷却で一番寒い時間帯に、朝飯前のひと仕事なのでした。昨日やり残した仕事は、なた漬けとお新香とを小鉢に盛り付けることで、今日打つ予定の蕎麦の数だけ盛り付けておいた。実は蕎麦粉がもう残り少なくて、今日の午前中に頼んだ蕎麦が届くはずなのですが、あと1kgぐらいは蕎麦粉があるだろうという感覚なのでした。850gで蕎麦を打てば9人分は取れる計算です。

 家に戻って朝食を済ませたら、書斎に入ってひと眠りするのでしたが、最近はどうも1時間以上眠ってしまうから困っている。夕べのプールが疲れたはずもないのに、やはり確定申告の申請書づくりで続けて夜更かしをしたのがいけなかったのか。9時前に家を出て蕎麦屋に出掛け、早速、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのです。蕎麦粉の量が多いと打ちづらいだろうと、少し水を多めにしたのが好かったのか悪かったのか、奥行きが90cmで切りべら20本。

 いつもより20分ほど遅れていたから、金柑大福を作るのも野菜サラダの具材を刻むのも、意識を集中させて短時間で仕上げる努力をするのでした。今日は女将が来るのが開店時間からなので、店の掃除も自分でやらなければならない。油を天麩羅鍋にあけて、天つゆの鍋を火にかけ、ぎりぎり開店の時刻に間に合った。暖簾を出しても朝が寒かったからか、昼過ぎまでお客は来なかったのです。最初にいらっしたのは、向かいの畑の薩摩芋農家のご主人たちでした。

 天せいろの大盛りを頼まれて、芋作りの話を聞きながら天麩羅を揚げる亭主。それから暖かくなってきたと思ったら、今日は珍しく大勢のお客がご来店なのでした。1時半には生舟の中の蕎麦がすっかりなくなって、「お蕎麦売り切れ」の看板を出す。洗い物をする暇がなかったので、閉店してからが大変なのでした。女将と二人で話をする暇もなく黙々と片付け物をする。それでも3時前には家に帰って、遅い昼を食べるのでした。ひと休みして女将は買い物に。

 亭主は陽の当たる書斎に入って、ひと眠りしようと横になったけれど、眠れないので居間の部屋でテレビ映画を観る。今日は夕刻に業者が食材を持ってくるので、また蕎麦屋に出掛けなければならないのです。4時半過ぎに車で蕎麦屋に出掛けたら、坂道を登ってくる女将の姿が見えた。蕎麦屋に着いて昼の洗い物を片付け、明日の蕎麦汁を徳利に詰めて、業者の若者に出すコーヒーを沸かしておくのです。5時過ぎに若者が来て、また余計な物を買わされる。


3月15日 金曜日 朝の5時から蕎麦を打った割には…

 明るくなるのが随分とはやくなった。今朝は4時半には目覚めて居間でコーヒーを入れて飲む。今日は女将が手伝いに来ない日だからと気を張っていたから、5時には家を出て蕎麦屋に出掛けるのでした。向かいの畑の端にある森の空が、綺麗な群青色に染まっているのです。思ったほど寒くは感じなかったけれど、畑には真っ白な霜が降りていた。日の出の時刻が一日で一番冷えるのです。蕎麦屋に着いて店と厨房の電気を点けたら、蕎麦打ち室に入るのです。

 このところ朝食後のひと眠りが長いので、家を出るのがどうしても遅くなってしまう。すると後の作業も遅くなるので、朝食前に蕎麦を打ってしまおうと考えたのです。室温は13℃もあるから、蕎麦を打つにもちょうど好い具合なのでした。伸した時に四隅を綺麗に撮るためには、最近は加水を少しだけ増やしている。今朝も47%強で蕎麦粉を捏ね始めました。蕎麦玉を仕上げて寝かせている間に、厨房に戻り、今日飲むほうじ茶を沸かしてグラスに入れておく。

 無事に蕎麦を打ち終えたら厨房に戻って、昨日すっかりなくなった小鉢の盛り付けをしておきます。今日打った蕎麦の数だけ盛り付けたら終わり。洗濯機の中に入ったままの洗濯物を干して、乾いた洗濯物は畳んで戸棚にしまう。あれやこれやで7時前になって、家に戻れば女将が朝食を用意している。今日はほっけが焼いて出て来た。食後は書斎に入ってひと眠りと思ったけれど、居間の椅子で少し眠っただけでもうすっかり目が覚めていた。

 ゆっくりと洗面と髭剃りを済ませて、着替えたら再び蕎麦屋に出掛けていく。外は暖かくなってきていたので、手袋も帽子もベストもなしで歩いて行けたのです。蕎麦打ちを済ませてあったから、9時半に蕎麦屋に着いても余裕がある。金柑大福を包んで、野菜サラダの具材を刻みながら、天麩羅の具材も切り分けておく。大根もおろしてすべての食材を調理台に並べて11時前なのでした。睡眠が足りていなくて大丈夫だろうかと、ちょっと心配になるのです。

 昼を過ぎて、今日は女性のお客ばかりがご来店でした。晴れて暖かくなった割にはお客の数が少なかったけれど、野菜サラダやデザートの金柑大福が二つずつ出た。毎日、混んでは逆に疲れるからこのくらいで好い。明日の土曜日からはまた更に暖かくなると言うから、女将のいる日にお客がいっぱい来てくれた方が好い。2時半には家に帰って、ひと休みしたら蕎麦粉の代金を支払いに郵便局に行く。それから夜のプールに行くまでひと眠りするのでした。



3月16日 土曜日 暖かな週末だからかお客が早くから…

 夕べのプールが疲れたはずもないのですが、今朝は6時過ぎまで眠ってしまう。「暖かいからよく眠れたわ」と朝食の準備をする女将が言うのを聞いて、自分もそうなのだろうかと思う亭主。仕方がないから、朝食を食べて身支度を調えたら、コーヒーを入れてひと休みする。書斎には眠りに入らなかったのです。9時前に家を出たところで、姫水仙が塀際に綺麗に咲いているのを見て、朝の元気を貰うのでした。空は青く、風も暖かいのです。

 蕎麦屋に着いたら、早速、蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つのでした。昨日の蕎麦が4束残っていたので、今朝は9束打って、13人分の用意でいいだろうかと、47%強の加水で蕎麦粉を捏ねていく。暖かくなったせいか、少し柔らかめに仕上がって四隅は綺麗に取れたのですが、最初は、生地の柔らかい分、切り幅が上手く揃わない。無事に9,5人分の蕎麦を打って、10時前には厨房に戻ることが出来た。すぐに金柑大福を包む準備をするのです。

 店の中は16℃もあったから、エアコンを消して作業をするのでした。動いているとどうしても身体が熱くなるのです。野菜サラダの具材を刻み、いつもの通り3皿ずつ用意して、11時過ぎには開店の準備が整うのでした。ところが、もう駐車場には車が停まって、油が温まるまで店の中で待ってもらうのでしたが、次の車がまた入って来たから暖簾を出さずに開店状態。お湯は沸いていたので女将がお茶を出して注文を取る。やっと暖簾を出して30分で7人のお客。

 12時半には最初のお客がもう帰られた。と思ったらまた次のお客がいらっして、天せいろの大盛りとヘルシーランチセットの天せいろを頼まれる。天麩羅の具材が足りないので、切りわけたり大忙しで厨房は楽しさ一杯。早めに洗い物と片付けを初めたので、2時半過ぎには家に帰ることが出来ました。ひと休みしたら、女将はお彼岸の墓参の準備に墓の掃除に出掛け、亭主は書斎に入ってひと眠りです。早めの夕食を一人で食べて、夜の防犯パトローに出掛ける。

3月17日 日曜日 昨日よりも暖かく更にお客が増えて…

 本当に珍しく今朝はセットした目覚ましのタイマーで目覚めた。いつもは大体で起きるのだけれど、今日はする事が沢山あるのでした。まだ薄暗い5時には蕎麦屋に出掛けて、厨房の明かりの下ですっかりなくなっていた空の蕎麦徳利に蕎麦汁を補充する。予備の一番出汁も使って蕎麦汁を作り、これだけあれば大丈夫というくらいの数を用意した。もし今日もお客が多かったら、出汁取りから初めてまた蕎麦汁を作らなければならない。夜の仕事になるのです。

 コーヒーを入れて飲みながら、次の仕込みの支度をする。小鉢がほとんどなくなったから、残った食材で今日明日の分の小鉢を作らなければならない。切り干し大根を膝下の引き出しから見つけて、冷凍してある干し椎茸と油揚げに人参の端切れを入れ、一緒にごま油で炒める。出汁を入れて煮込んで出汁醤油と砂糖で味付けをしたら、二日分の煮物が出来上がるのでした。早速、小鉢に盛り付けて今日の分を準備したら、残りはタッパに入れて保存しておきます。

 ちょうど森の影から朝日が昇る時間だったから、玄関に出て写真を撮っておく。水蒸気が多いからか、空は晴れているのにぼうっとした明るさなのです。外はいつになく暖かくて、店の中も暖房を入れなくても作業が出来るのでした。予報でも今日が一番暖かいらしく、昼からは風の強いのが難点なのでした。家に戻って朝食を食べたら、書斎に入ってひと眠りする。ぐっすりと1時間近く眠って、髭も剃らずに着替えを済ませ、蕎麦屋に出掛けるのでした。

 誰にも会わないと思ったら、今日は日曜日なのです。看板と幟を出したらチェーポールを降ろして、蕎麦打ち室に入ったのが9時ちょうど。昨日残った3束の蕎麦に加えて、今朝は800gの蕎麦粉を捏ねて、8束半の蕎麦を用意した。風が強い日にはお客が来ないという経験知からなのですが、今日も開店の20分前からもうお客が駐車場に集まっていた。暖かくなったら、蕎麦でも食べようかと思うのでしょうか。早めに暖簾を出したのは好いけれど、後が大変。

 いつもいらっしゃるカレーうどんのご主人ご夫婦が、開店の時刻に来たのだけれど、テーブル席は一杯でカウンターに座っていただくしかなかったのです。12時を過ぎた頃には、もう生舟の中の蕎麦は残り少なくなって、厨房はてんてこ舞い。ひと休みする暇もなく洗い物も出来ない。ヘルシーランチセットの天せいろを頼まれたご夫婦が最後かと思ったら、もう一台車が入って男性の一人客がご来店なのでした。天麩羅の具材も底が尽きたので、困ったのです。

 「もう天せいろは出来ませんので、天麩羅が食べたければ、せいろ蕎麦と単品でご注文下さい」と亭主があらかじめ言っておいたので、せいろ蕎麦と赤いかの天麩羅と白エビの掻き揚げをご注文なのでした。海老天をサービスでお付けして、なんとかカバーしたつもり。最後のお客達は随分ゆっくりとなさって、1時半近くに皆さんお帰りになる。女将と二人でひと休みです。それから大量の洗い物を黙々とこなして、家に戻ったのは3時前なのでした。


3月18日 月曜日 強い北風で畑の土も舞い上がる…

 キーンキーンという風の音で目覚める朝。100mも上空にある送電線がもの凄い音を立てて鳴るのです。居間の部屋でコーヒーを一杯飲んで一服したらもう6時になる。朝焼けの空を眺めながら、車を出して蕎麦屋に出掛ける亭主。玄関前に置いたベンチが強風で倒れていた。店の中は暖かかったけれど静かな夜明けではないのです。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打ってしまおうと考えた。昨日の蕎麦はまったく残っていなかったが、8人分も打てば十分でした。

 季節が変わったのか、47%の加水でも少し柔らかめに仕上がるから、四隅がきちんと取れて気持ちが好い。でも、柔らかい分、油断をするとぐにゃっと包丁がずれてしまうことがあるので、気をつけながら包丁を打ち下ろすときに駒板をぎゅつと押さえる。これで最後まで蕎麦を打ち、8人分の蕎麦を生舟に並べたら朝飯前のひと仕事は終わりです。朝食後の次にする仕事の準備をして、家に戻って女将の用意してくれた朝食を食べるのです。

 食後は書斎に入って1時間ほど眠るのですが、やはり送電線のキーンという音が気になって深く眠れなかった。二日ぶりに髭を剃って着替えを済ませたら、女将に「行ってきま~す」と声をかけて蕎麦屋に向かうのです。みずき通りの角にあるお宅の白い椿が、青空を背景に綺麗に咲いていました。蕎麦打ちを終えているという安心感が、今朝の仕事をスムーズにさせてくれる。南瓜を切り分けてレンジにかけたら、天麩羅の具材を切り分けて容器に入れていく。

 前の畑は、時折、強く吹く風で土が舞い上がって、それがいつまでも続くから、土の量が減るのではないかと心配してしまうほど。立てた幟の生地は端の方が少し風で切れてしまったらしい。もう何年も使っているから、今度壊れたら1200円と書いてある天せいろの値段を上げようと決めているのです。実際、ここ2、3年で天麩羅の油や天ぷら粉は3割も値上がりしているし、天麩羅は赤字の種なのです。値上げはしないと幟に印刷したからなかなか上げられない。

 この強風の中を昼の前後にお客がいらっしたから有り難かった。大きなゴールデンレッドリバーを後部座席に載せた年配のご夫婦は、せいろ蕎麦の大盛りと普通をご注文で、車に残した犬を気づかうように早めに食べて帰られた。後からいらっした若いカップルはヘルシーランチセットの天せいろとせいろ蕎麦を頼まれたから、作ったばかりの野菜サラダと金柑大福が二つずつ出たので嬉しかったのです。男性が「全部美味しかった」と言って帰られた。

 強い風の吹く中を、幟が折れるのではないかと心配しながら、ラストオーダーの時間になったら暖簾をしまう。洗い物はすべて終わっているから、帰りの支度は残った食材を持ち帰る準備をするだけなのでした。2時半前に女将のいない家に帰ってひと休みです。パソコンに今日の売り上げと写真のデータを入力したら、暖かい陽射しの差し込む書斎で横になってひと眠り。ビーフシチューをご飯にかけて夕飯を済ませたら、相撲を最後まで観てプールに出掛ける。


3月19日 火曜日 今日は仕入れと墓参と仕込みをして…

 今朝はちょっと冷えたからか、女将も亭主も少し起きるのが遅かった。「寝坊しちゃったわ」と台所に現れた女将に、「俺が作るから好いよ」と言ってナスとピーマンと肉を炒めて、味噌味のあんかけにしたのです。味噌汁の代わりにキノコ汁を温めて朝食の支度は終わり。肉以外のおかずはすべて蕎麦屋の残りものなのでした。今日は買い出しの間に墓参りに行くので、朝のひと眠りもせずに女将が朝ドラを見ている間に、早めに蕎麦屋に出掛けるのです。

 お袋様を車に乗せて農産物直売所へ行けば、中学校の裏手に桜が咲いていました。毎年、ソメイヨシノよりも早く咲く品種で、五分咲きほどだったけれど、やっと春が来たと感じるのです。直売所の入り口にはいつもと違って段ボールに書いた「9時から」と看板が出ていた。最近、お客が増えて早くから買いに来る人がいるらしい。店の中に入ればぷ~んと甘い苺の香りが漂って、見れば1パックで600円もする苺が並んでいる。沢山買って帰る人もいるので驚く。

 隣町のスーパーに行く前に家に寄って女将を車に乗せる。9時半前だったけれど、洗濯物を干して彼女にはちょうど好い時間なのでした。女将が外で墓に供える花を選んでいる間に、お袋様と亭主は店の中でいつも通りの買い物を済ませる。それから近くの霊園に行ってまずは三つの墓の草取りをして、亭主が水を汲んで線香に火を点ける役目。無事に墓参を終えたら、お袋様と女将を家に送り届けて、蕎麦屋に戻るのです。野菜類を片付けてお新香を漬ける。

 前の畑では沢山の車が停まって、何やら仕事を始めている。ネットで調べたらかなり大規模な薩摩芋農園で、若いご主人の力量が知られるのでした。若い人が休耕地に入って農業を続けるのは、とても好いことで地域の活性化に繋がると、店に来るお客も言っていたのです。11時過ぎに家に戻って、今日は堅焼き蕎麦を作って女将に喜ばれる。多めに油を入れたフライパンに焼きそばを並べて、焦げ目が付くまで焼いたら裏返し、隣の火口ではあんかけを作る。

 肉の他に海老や鶉の卵やヤングコーンにマツシュルームなどを入れ、野菜は白菜、人参、ピーマンと色とりどり。久し振りにあんかけ焼きそばを食べて、満足した亭主は書斎に入ってぐっすりと眠るのでした。女将のスポーツクラブの予約があったから、2時前に目覚めて無事に席を予約する。それから蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みに入るのです。鶏肉を使う都合上、カレーの具材を刻み、キノコ汁の具材を隣の火口で同時に作って、煮詰めていきます。

 4時半にはすべての仕込みが完了して、家に戻れば女将はテレビの相撲中継をかけながら、台所で夜のご飯の支度をしていた。10匹で160円の鰯が出ていたのを、亭主が買って帰ったから、早速、女将が腸と頭とを落として焼いて食べるのでした。今日も忙しかったけれど、一つ一つ行事が終わるのは心安らかになれる時なのだと、つくづく思うのです。明日はまた朝から蕎麦屋に出掛け、今週の仕込みの後半を続けなければ。これが健康の秘訣なのかも知れない。

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2024年3月上旬



3月5日 火曜日 啓蟄の日なのに終日の雨で…

 今朝は5時半に目覚めて、居間の部屋でコーヒーを入れて飲む。6時のニュースを少しだけ見たら、蕎麦屋に出掛けて昨日の洗い物の片付けと、持って帰ってこなかった食材の残りを家に持ち帰る。寒い朝だったから、朝食後のひと眠りも1時間も眠ってしまい、顔も洗わずにお袋様を迎えに行ったのです。農産物直売所に着くと、早くからもう店に来ているお客達がいた。今日の生椎茸はまずまずの出来、隣町のスーパーに行って沢山の品物を仕入れて帰る。

 野菜を冷蔵庫に収納して、白菜と大根を塩で漬けたところで昼飯の時間になったので家に戻る。昨日打った蕎麦の残りを女将は寒いからとキノコ汁に付けて食べる。亭主は二人分を盛り付けて、葱と山葵で食べた。お客が多かったわけでもないのに、天麩羅を揚げて帰るだけの体力が残っていなかったのです。食後は書斎で横になったけれど、少し眠ったかと思ったらもう目が覚めたので、蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをするのでした。雨はいよいよ本降り。

 出汁を取ろうと思って、朝から昆布と干し椎茸を鍋に入れておいたのですが、返しの甕に残りがもうなくなっていたので、先に返しを仕込むのでした。お客が増えた週は蕎麦汁も捌けるから、返しも直ぐになくなるのです。以前は、もう一つの甕も使っていたから、それだけお客の数が減っているのです。本当は作って一週間は寝かせなければいけないのですが、最初の一回はどうしても作ってすぐに使うことになる場合が多い。5㍑の鍋で大甕一杯分です。

 返しを作り終えたら、今度は出汁取りを始める。こちらは小一時間かかるから、間に洗濯機の中の洗い物を干したり、段ボールに入ったままの荷物を押し入れに並べたりする。3時過ぎまでかかって出汁を取り、蕎麦汁を作って水で冷やしてから、冷蔵庫に入れるのです。蕎麦屋に来る前に、女将の両親と亭主の父親の、墓の管理事務所に管理料を支払いに、コンビニに行った。その帰りにガソリンスタンドで灯油を買って来たけれど、車の中に忘れたまま。

 そのまま面倒だから取りに行かずに、夕飯を作ったのでした。ひとつ終えるともうなにか一つ忘れてしまう年齢です。冷たい雨は夜まで降り止まない。お好み焼きも蕎麦屋で残った野菜サラダを食べる爲に作り始めたけれど、最近では一人一枚は多すぎると、一枚を厚めに作って女将と半分にする。今日は亭主が串焼きもあったので女将が少し多め。確定申告の時期なのにやらなくてはならないとは思いつつも、眠ってばかりでなかなか先に進まないのです。


3月6日 水曜日 今朝も冷たい雨、去年の春よりも寒いのか…

 午前4時半には目覚めたけれど、例によって居間の部屋でコーヒーを飲みながらぼーっとしている。確定申告の準備もしなければならないし、今日は夕刻に夜の防犯パトロールがあるので、早くやれることはやっておこうと気持ちばかりが焦るのです。5時半を過ぎたら車を出して冷たい雨の中を蕎麦屋に出掛ける。車外温度は5℃と昨日の朝より気温は低い。まだ薄暗いので店の電気を点けて暖房を入れたら、厨房でまずは白菜のお新香の着け直しをする。

 やっと水が上がってきたので、昆布と唐辛子を切って柚子を散らして上下をばらばらと入れ替えるのです。まな板を出して、南瓜を切り分けてレンジでチーンしている間に、ピーラーで蓮根の皮を剥く。酢水に切り分けた蓮根を次々と入れて、5分ほど沸騰するまで茹でる。やっと外が明るくなったけれど、曇り空で雨まで降っているから、地面の中の虫たちもはいでては来ないだろうと思った。6時半を過ぎたので、家に戻って朝食の支度をする。

 亭主の仕事は蕎麦屋で残った野菜サラダを、肉と炒めてあんかけにすること。今朝は大きめの海老を入れてちょっと豪華。シジミの味噌汁にほっけの塩焼きを添えて、朝食はご飯のおかわりをしたいくらいなのでした。満足して居間でお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りする。定休日だからと気が緩んでいるのか、9時近くまで眠ってしまうのでした。台所で洗い物をしていた女将に「行ってきま~す」と声をかけて午前中の仕込みに出掛けるのでした。

 まな板を生もの用に替えて、鶏肉を刻んだら、キノコ汁を仕込む前に豚のハラミを袋の半分だけ解凍して、串に刺して他タッパにいれておく。包丁とまな板を洗ったら、キノコ類を半分だけ使って、鶏肉を出し汁で煮たところに入れて塩味で煮込む。残った半分は袋煮入れて冷凍室に入れておくのです。一度に全部を煮てしまうよりも、この方が味が落ちないと最近分かった。次に天麩羅の具材を切り分け、ラップをかけてから容器に入れて冷蔵庫で保存する。

 三つ葉を切ろうと思ったら、昨日の仕入れて買い忘れているのに気が付いた。午前中の仕込みはここまでにして、隣町のスーパーまで車を走らせる。11時には家に戻って、昼食の用意は亭主の仕事。女将が肉と野菜を刻んでおいてくれたから、鍋を振って炒めるだけなのでした。炒飯の素を買って来たので使ってみたら、これが案外と美味しかった。食後はひと眠りはせずに確定申告の準備。机の上に溜まった書類を片付けて、去年の決算書を印刷しておくのです。

 女将はその間にスポーツクラブに出かけ、亭主は買って来た三ツ葉を持って蕎麦屋に出掛け、午後の仕込みをするのでした。雨はまだ降り止まない。白菜のお新香となた漬けを小鉢に盛り付け、ラップをかけて冷蔵庫に入れておきます。3時過ぎに家に戻ったら、ちょうど女将が帰ってくるところでした。テレビを観てひと休みする亭主。6時前にはパトロールの集合場所に行かなくてはならないから、夕食は4時過ぎには食べた方が好いとラーメンを茹でる。



3月7日 木曜日 真冬に戻ったような寒い一日でした…


 今朝も6時過ぎに一度蕎麦屋に来たけれど、エアコンを入れて店の中が暖まらないうちに家に戻ったのです。朝食を食べて次に歩いて来た時には、なんと道路に白線が引かれていました。随分早くから仕事をしたものだと感心するばかり。亭主も負けじと蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。寒かったからなかなか家を出られなかったので、少し時間は遅れていました。女将が来てくれるのは開店からだから、その前に店の掃除も終わらせなければならない。

 あまり寒いから一度しまったセーターを着込んで来たけれど、厨房で動いているうちに暑くなるのでした。室温はまだ18℃だけれど火も使っているし、身体が動くとやはりセーターは暑すぎると、奥の部屋で脱いでくるのでした。開店の5分前に最初のお客が来た時には、まだ暖簾を出していなかったけれど、中に入ってもらって店の照明を点けてお茶を出す。天せいろのご注文なのでした。風も冷たいのに、続けて若いカップルがテーブル席に座るのでした。

 女将がやっと来てくれて、早くから車が2台も駐車場に停まっているので驚いていた。晴れるという予報でしたが、昼過ぎまで曇り空で風は強くなるばかりなのです。天せいろにヘルシーランチセットをお出ししたら、途中で白エビの掻き揚げも頼まれて、若い二人は食欲も旺盛なのです。「随分海老が大きいですね」と青年が言うから「氷見の白エビなんですよ」と亭主が応える。1時過ぎに黒いワゴン車に乗ってお坊さんがいらっしてぶっかけ蕎麦を頼まれた。

 やっと少し陽射しが見えて、女将のスポーツクラブの予約も無事に済んだので、亭主は賄い蕎麦を茹でて食べるのでした。洗い物を済ませて家に帰る頃には、手袋は要らないほどに暖かかった。それでも家に戻って居間の部屋に入れば、室温は11℃とストーブを点けなければいられないのでした。女将の稽古場は、陽射しが当たって20℃を越えていたと言うから、冷たい風で随分と違うものなのでした。明日は朝からみぞれ模様だと言うから、更に寒くなりそう。


3月8日 金曜日 雪で今日はお客は来ないと思っていたのに…

 夕べの天気予報では朝方にみぞれが降ると言っていたのに、6時過ぎに家を出たら大粒の雪が降り始めたのです。みるみるうちに向かいの畑が白くなって、車外温度は2℃だったから、昨日よりも寒い朝なのでした。とは言え、今日も営業するからには、食材を用意しなくてはならないから、空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めて、お新香を漬け物器から取り出して切り分ける。去年はこの時期20℃を越える暖かな春で、お客も沢山来ていたのに変われば変わるもの…。

 家に帰れば寒いからと女将が親子丼にしてくれて、若布と豆腐の味噌汁で身体が温まる。食後は例によって、30分ほど書斎で横になって休むのでした。少し小降りになった雪の中を、傘を差して蕎麦屋まで歩けば、道路もシャーベット状に雪が溶けて流れ出ていました。さすがに通りには人も車も見えないのです。今日はセーターの上にジャージの上着を着て、さらにジャンパーを着た上にマフラーまでして出掛ける亭主なのでした。勿論、皮の手袋は必須です。

 蕎麦屋に着いたら、雪の降る中を看板と幟を出して、チェーンポールを降ろすのです。早朝にエアコンの暖房を点けて家に帰ったのだけれど、室温は11℃までしか上がっていたなかった。蕎麦打ち室に入り、蕎麦粉と小麦粉とを計量して47%の加水で生地を捏ねる。生地を寝かせている間に大鍋に水を汲んで、次の仕事の準備をしておく亭主なのでした。今日は女将が来ない日だから、時間に遅れてはならないのです。店の掃除の分の時間が必要だからです。

 何時の間にか雪が霙(みぞれ)に変わり、霙が雨に変わって、向かいの畑の白い雪がどんどん溶けていく。蕎麦はいつもより若干太めで仕上げて、今日は昨日の残りと合わせて9食分の用意でした。厨房に戻って野菜サラダの具材を刻み、天麩羅の具材を切り足したら、大根をおろして、天麩羅鍋に油を注ぐ。大釜のお湯が沸いてきたら、四つのポットにお湯を入れて、温かい汁を作っておく。11時を過ぎてやっとテーブルを拭き始めて、10分前には暖簾を出す。4

 開店と同時にリピーターのご夫婦がカウンターに座って、なんとカレーうどんのご注文なのでした。寒いところを有り難いのです。いつも奥様がカレーうどんだけれど、今日はご主人まで同じ注文。まずは野菜サラダをとドレッシングをお持ちしたら、カレーを溶かしてうどんを茹でて、時間のかかる作業の途中で、もう次のお客様が入って来るではありませんか。こちらはキノコつけ蕎麦と天せいろを頼まれたが、カレーうどんの出来るまでは調理が出来ない。

 こんな寒い日によくぞまあご来店下さって有り難い事なのです。「今日はご主人一人なのですか?」と言われて、「はい、月曜日と金曜日は女将がスポーツクラブに出掛けるのですよ。お客も少ない日ですから」と亭主が応える。12時半には皆さんお帰りになって、亭主は下げた盆や蕎麦皿や器を洗い始めるのです。1時半になってお客も来そうになかったので、天麩羅を揚げて賄い蕎麦を食べる。女将の帰る前に家に戻って、夜のプールまで書斎で昼寝です。


3月9日 土曜日 陽射しはあったものの昨日よりも寒く…

 6時過ぎの日の出も空は雲に覆われて、向かいの畑の真っ白な霜ばかりが目立っていました。朝飯前のひと仕事は10鉢もあれば足りるだろうと、小鉢を盛り付けただけ。車外温度は3℃と昨日とあまり変わらなかったが、冷たい風が強く吹いて、相当な寒さなのでした。朝食を食べてひと眠りしたら、1時間もぐっすりと眠ってしまったから、慌てて家を出る。夕べのプールが効いたのか、疲れが取れていないのかも知れない。やはり年齢を感じるのでした。

 蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つのでしたが、8人分を打っていざ生舟に入れようと思ったら、昨日の蕎麦が随分と沢山残っているではありませんか。「カレーうどんのお客が二人いたのよ」と女将に言われて合点がいった。蕎麦は当然その分出ていないので今日は14食の蕎麦を用意して営業を開始することになったのです。厨房に戻って金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻んでいつもの通り3皿ずつ並べて、時計は11時を回ったのです。

 開店間際まで、天麩羅の具材を切り分けたり、結構、忙しなかったのです。暖簾を出したらすぐにお客さんが入って、続けて次のお客がいらっしたから、ちょっと驚いた。この寒さの中をよくぞ蕎麦を食べに来て下さったと感謝の気持ちなのでした。ところが、今日はそれからずっとお客が途切れることなくご来店で、なんと天せいろが10人分も出たからびっくりなのです。やはり晴れているからなのでしょうか。多いかと思った蕎麦も最後はまったくなくなった。

 女将も動きっぱなしで疲れただろうと、洗い物を終えたところで先に家に帰した。大釜の洗いや油の処理やまな板の消毒、洗濯物は亭主が一人で休みながら気長に終えるのでした。それよりも冷蔵庫の中の小鉢は後から盛り付けた物を含めて、何もないので困った。蕎麦汁もほとんど残っていないのです。夜にまた蕎麦屋に来て仕込みをしなければいけないと思うと、気が遠くなる思いなのでした。庭の姫水仙が陽射しを浴びて可愛らしく咲き並んでいるのでした。

 珍しく蕎麦屋も混んだので、3時過ぎに家に戻ってひと休みしたら、書斎に入ってひと眠りするのでした。ぐっすりと眠って目覚めればもう5時を過ぎていた。女将のおかずを先に作って、亭主は後からモヤシラーメンを作って食べる。夕べ買ってきた豚骨スープで食べたのですが、これが美味しいから汁まで飲んでしまう。ところが、後からずっしりと腹に応えて苦しくなってくる。やはり若い頃とは違うのです。6時半になったら蕎麦屋に出掛けていく。

 昔、蕎麦屋が混んでいた頃は、やはり夜の仕込みをしていたのだったろうか。まだ体力もあった年齢だから、あまり気にならなかったのかも知れない。風呂の時間まで1時間半ほどで何とかなると思ったのだけれど、蕎麦汁を空の蕎麦徳利に詰めて、お新香を切り分けて小鉢に盛り付け、南瓜の従姉妹煮を作ったところで、もう時間になった。金柑の甘露煮と蓮根を茹でるのは明日の朝になるのでした。明日は蕎麦を二回打たなくてはならないから朝から忙しい。


3月10日 日曜日 空は快晴で昨日よりも暖かかったけれど…

 朝の6時過ぎ。もう陽が昇ってくる。季節はどんどん移り変わっているのに、気持ちがついて行けない自分に一抹の不安を感じる。昨日の夜に仕込みが終わらなかった分を、朝飯前のひと仕事で片付けなければと、頑張って起き出して来たのです。夕べは、疲れているはずなのに何故か眠りに就けなくて、睡眠不足の朝なのでした。うっすらと霜が降りて、風の弱まった分だけ昨日よりも暖かかったけれど、車外温度は昨日と同じく3℃。

 厨房に入ってまずは蓮根の皮を剥き、酢水で茹でる。次に金柑を半分に切って種取りをしたら、こちらも酢水で湯がいて糖蜜で茹でるのです。夕べ作った南瓜の従姉妹煮を小豆と共に盛り付けて、ラップをかけたら冷蔵庫に入れる。これで時計は6時半を回るから、洗い物を済ませて家に帰るのです。女将の作った朝食を食べて、書斎に入って、時間を気にしながらひと眠りする。今朝は蕎麦を二回打たなくてはならないから、気が気ではないのです。

 9時前に蕎麦屋に着き、蕎麦打ち室に入って蕎麦玉を二つ分こしらえて、寝かせている間にもう女将がやって来る。いつもなら10時前には蕎麦を切って生舟に並べるのですが、今日は二回分だから、30分ほど遅れて厨房に入った。金柑大福を包もうと思ったら、白餡が少ししか残っていなくて、二つ分しか出来なかった。野菜サラダはいつもと同じく三皿用意してカウンターに並べる。ギリギリ5分前に開店の準備か終わり、やっと暖簾を出すことが出来たのです。

 ところが、こんな好い天気なのになかなかお客が来ないから、日曜日だからゆっくりなのかと女将と二人で待つのでした。昼を過ぎてリピーターのご夫婦がいらっして、天せいろとヘルシーランチセットをご注文。天麩羅を揚げていたら、もう次のお客がご来店なのです。続けてもう一人女性が玄関を入って「駐車場はもうないのですか?」と尋ねるから3台は入れると応えたけれど、そのまま戻って来なかった。温かい天麩羅蕎麦とせいろの大盛りの注文でした。

 さらにキス、赤いか、ワカサギ、白エビの掻き揚げを頼まれるから、食べられるだろうかと心配しながら天麩羅を揚げたけれど、若い息子さんが全部食べたから驚いた。1時過ぎに皆さんお帰りになって、亭主は早めに賄い蕎麦を食べる。昨日は混んで大変だったから、あれだけ苦労をして今日の準備をしたものの、今日は天気の好い割にはお客が少ないのでした。分からないものだと女将と話しながら、洗い物と片付けを済ませるのです。

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2024年3月初め



3月1日 金曜日 朝まで降った雨、昼からは青空が…

 朝はまだ冷たい雨が降り続いて、蕎麦屋に出掛けて朝飯前のひと仕事を済ませて家に帰る亭主。7時前に家に戻れば、女将が朝の支度をし終えて二人で向き合って朝食を済ませるのでした。食後は例によって書斎に入り、30分ほどひと眠りするのです。昨日は随分とぐっすりと眠れたのに、腹が一杯になると眠くなるのは習慣なのかも知れません。今日は蕎麦打ちが少しだけだったから、少し遅れても大丈夫という安心感もあったのかも知れなせん。

 蕎麦屋に出掛ける頃には雨は上がっていたけれど、空は厚い雲に覆われて、昼からは晴れるという天気予報も信じられない。洗濯物を干したら、宅配の置いていった荷物を片付け、段ボール箱を奥の座敷に入れて、蕎麦打ち室に入るのです。今日は女将が来ない日だから、少し仕事が多いのできびきびと動く亭主なのです。加水率は47%で500gの蕎麦を打って、綺麗に揃えて蕎麦切りをする。昨日の残りの蕎麦と合わせて、今日は10食の用意で営業を始めるのです。

 野菜サラダの具材を刻んで皿に盛り付けたら、外は青空が広がって来ていたから、天気予報もまんざら嘘ではなかったかと感心するのでした。気温はどんどん上がって、昼の頃には13℃まで上がり、暖房を入れている店の中は23℃まで室温が上がる。昼過ぎに年配のご夫婦がいらっして、天せいろのご注文をされる。天麩羅の油もおろしたばかりで、今日初めての料理を丁寧に仕上げてお出しする。蕎麦湯も綺麗に飲み干して「美味しかったわ」と言って帰られた。

 空はどんどん晴れ間が増えて、店内は24℃まで室温が上がった。通る車は多いのに、蕎麦屋に来る客がいないのが不思議なくらい。1時半近くになって、リピーターの母と娘がご来店で、お二人とも天せいろのご注文なのでした。晴れると天麩羅が出るという経験知はここでも生きたのです。娘さんが海老アレルギーだというので、海老の代わりにキスと赤いかを揚げてお出しすれば、綺麗に食べてくれました。閉店時間いっぱいまでゆっくりと食べて帰られた。

 それから盆や蕎麦皿をカウンターに載せて、まずは暖簾をしまって看板と幟を片付ける。そして、洗い物をする前に亭主は賄い蕎麦を食べておくのです。どうしても食後はひと休みするから、洗い物までに時間がかかるのです。今日は夜のプールがあるから、早く帰ってひと眠りしたいところ。3時過ぎには家に戻って、5時まで昼寝をしたら、早めの夕食を食べてプールに出掛ける。帰りに地階のスーパーに寄って、酒のつまみに冷凍のたこ焼きを買うのでした。


3月2日 土曜日 寒い一日だったのにお客が大勢いらっして…

 5時半に目覚めて居間の部屋に行くけれど、まだ頭が醒めていない。熱いコーヒーを入れて飲むけれど、煙草を吸う元気がない。夕べのプールが疲れたわけでもないのに、最近はこんな場面がよくあるのです。若い時代とは違うからと、今の自分の有り様を受け入れるゆとりは年を取ったからからか。辺りがすっかり明るくなる頃に蕎麦屋に出掛けるのでした。ちょうど日の出の時間で、陽の昇る位置が少し北側に移動している。最近は6時過ぎにはもう陽が昇る。

 なくなった小鉢にお新香を切り分けて盛り付けておく。今日の水分補給用にとほうじ茶を沸かし、換気扇を回して煙草を一服しながら、今朝の段取りを考える亭主。昨日が少し暖かかったから、今日は晴れる土曜日だというので、お客が来るかも知れない。蕎麦は多めに打っておこう。金柑大福を包まなければいけないし、朝食後は早めに蕎麦屋に来て仕事をしなければと考えて、家に戻るのです。昨日残ったサラダを炒めてあんかけにするのは亭主の仕事でした。

 気が急いていたからか、食後のお茶をもらって15分だけ書斎で横になる。洗面と着替えを済ませて、二階の窓から富士が見えたので写真に撮っておくのでした。雲がかかっていたけれど、空気は澄んでいるらしい。陽射しはあるのでしたが、風の冷たい朝なのです。蕎麦屋に着くまで誰にも会わずに、今日は土曜日なのだと改めて思うのでした。息子と同じ年のお隣の奥さんが車で仕事に行くのに出会って会釈をする。看板と暖簾を出してチェーンポールを降ろす。

 暖房を入れておいたから、蕎麦屋の中は快適な暖かさで、蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打ち始めるのでした。加水率は今日も47%。袋の蕎麦粉がなくなるまで計ったら850gあったけれど、勢いで蕎麦粉を捏ね始めたのは好いけれど、量が多いと意外と大変で、時間もかかるのでした。今朝は四隅が綺麗に決まったから嬉しい。蕎麦を伸している頃に女将が「今朝は寒いわね。マフラーをしてくるのを忘れちゃった」と言いながら玄関を入って来るのでした。

 蕎麦打ちが終わって一息入れる前に、次の仕事の準備を住ませておく。金柑大福を包む材料を冷蔵庫から取り出して、白玉粉を糖蜜で溶かすのに時間がかかるから、その間にひと休み。時計は10時を回っていたから、いつもの時間で進行しているのです。大福を包み終えたら野菜サラダの具材を刻み、11時前にはカウンターに並べるのでした。いきなり玄関が開いて親父様が入って来たから「11時半からなのですけれど」とお帰りいただいた。

 ところがそののすぐ後に、車が2台やって来て、玄関を開けて入って来るから「11時半からですけれど、中でお待ちいただいてもいいですよ」と応える。まだ開店の30分も前なのでした。注文を急かされるけれど「まだ準備が終わっていないので、今、女将が来ますから」と待ってもらうのでした。こんな調子で、今日は12時前に8人ものお客が入って、始まりから大わらわ。カウンターもテーブルも満杯の状態なのでした。昔はこんな日が多かったなあと思う。

 いつも日曜日にいらっしゃるご主人がカレーうどんのご夫婦も、珍しく土曜日に来てくださった。最初のご夫婦がヘルシーランチセットの天せいろにハラミの串焼きを頼まれたかと思うと、次ご夫婦はカレーうどんにおろし蕎麦とハラミの串焼きのご注文。先ほど帰って行った親父様がカウンターに座って天せいろ。若いカップルがカウンターの反対側に座ってキノコ蕎麦と鴨せいろと、今日はいろいろな注文が殺到して、厨房は大忙しなのでした。近所のご主人に蕎麦を出す頃には12時半近くになっていた。1時を過ぎて女将の友人が来て、自分の食べる蕎麦以外に天麩羅の盛り合わせを二人分頼まれたので、今日はこれまでと「お蕎麦売り切れ」の看板を出す。


3月3日 日曜日 空は晴れて昨日よりも多くのお客が…

 夕べは夕食後に蕎麦屋に出掛け、昼の洗い物を片付けて蕎麦汁の補充やお新香の盛り付けを済ませてきた。どうしてもお客が多くなると、少なかった時の用意では間に合わなくなるのです。お客の少ないことに慣れてしまうと怖い。昔はよく夜の仕込みに出掛けて行ったと、女将の方が好く覚えていました。今朝は朝食後のひと眠りをしないで、8時過ぎには蕎麦屋に出掛け、朝のコーヒーを厨房で入れて飲むのでした。今日の方が暖かくなると言うから心配です。

 8時過ぎに蕎麦屋に着いたら、向かいの畑のビニールハウスの作成がもう始まっていました。3人の作業員が手際よくビニールシートをかけて、瞬く間に仕上がったから驚きなのです。向かいの奥の畑では親父様が鍬を持って畑を耕している。亭主も頑張らなければと蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つのです。加水率はいつもと同じく47%。早朝に暖房を入れに来なかった割にはすぐに室温が上がって、蕎麦はちょうど好い具合に仕上がるのでした。

 金柑大福も野菜サラダも昨日はすべて出てしまったので、今朝はまずは金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻みながら、大根をおろしたり、薬味の葱を刻んだり。大釜の湯が沸いて四つのポットにお湯を入れたら、天麩羅鍋に油を注いで、調理台に天麩羅の具材を並べるのです。早お昼から帰った女将が、サラダや金柑大福にラップをかけてくれた。昨日は早くからお客がいらっしたから、今日は10分前には暖簾を出して、お客が来るのを待つのでした。

 昨日お蕎麦売り切れの看板を出した後にいらっした女性が、今日は一番でやって来て奥のテーブルに一人で座ったのです。天せいろを仕上げてお出ししたところで、入り口側のテーブルに3人が座ってぶっかけ蕎麦の温かい蕎麦と天せいろのご注文。今日も昼前からお客は続いたのです。6人続いたところで一段落。洗い物をし終えて、女将もひと休み。亭主は賄い蕎麦を食べておくのでした。今日はこれで終わりかと思ったら、それからがまた大変なのでした。

 駐車場に車が入って、見れば女性一人のお客さんだったから、もうひと踏ん張りとヘルシーランチセットの天せいろを仕上げる。1時半を過ぎてから、リピーターの四人家族がいらっして、温かい天麩羅蕎麦二つと天せいろとせいろ蕎麦を頼まれる。今日は蕎麦も天麩羅の具材も沢山用意してあったので助かったのです。やはり、暖かいというのが一番の原因かも知れない。2時過ぎに皆さんお帰りになって、もう一度洗い物をして家に帰ったのは3時前でした。


3月4日 月曜日 朝は寒く、日中は暖かな一日でしたが…

 昨日の夜は疲れ果てて、蕎麦屋に後片づけに来られなかった。今朝は4時に目覚めて、居間の部屋で1時間近くボーッとした後で、蕎麦屋に出掛けていく。カウンターの上に干した盆や蕎麦皿を片付け、洗濯物を干したら、何もなくなった小鉢に盛り付けるために、切り干し大根の煮物を作るのでした。隣の火口では二番出汁で温かい汁を作っておくのです。天麩羅の具材もすっかりなくなっていたので、残った分だけ切り分けて容器に入れておきます。

 東の空から陽が昇って明るくなった頃に、家に戻って朝食のおかずの用意をする。昨日残った野菜サラダの具材に、解凍した海老と豚肉を入れ、塩胡椒と顆粒の鶏ガラ、砂糖で味つけをしたら、片栗粉を水で溶いてあんかけ煮にするのです。寒い朝にはちょうど好いおかず。女将がどろっとした卵焼きを作って鰹節と醤油をかけて、ナメコと豆腐の味噌汁で朝食を食べるのでした。食後は例によって書斎に入り、ぐっすりと1時間は眠ったのです。

 9時前には家を出て蕎麦屋に向かう。蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打ち、厨房に入って大根と生姜をおろす。いつもの時間になったら、野菜サラダの具材を刻んで、今週最後の盛り付けをするのでした。テーブルとカウンターを吹き終えたら、11時過ぎには開店の準備が整って、今日も早めに暖簾を出しておくのです。昨日までの混みようが怖かったので、緊張してお客を待つのでしたが、天気は好くても、月曜日だからそんなにお客が来るはずもないのです。

 昼過ぎに橋の向こうから常連さんがやって来て、いつものように大盛りのせいろ蕎麦と辛味大根のご注文。その後は女性のお客がいらっして、天せいろを頼まれた。きちっと仕上げてお出ししたら、「とても美味しかったわ」とおっしゃって蕎麦湯まで綺麗に飲んで帰られた。店の駐車場にあるヒイラギナンテンの実を食べに、大きな黒いヒヨドリが二羽で何度もやって来ていた。かき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べたら、急に疲れが出たのか身体が重くなった。

 お客が来なくても緊張して待っているからか、どうも疲れるらしい。洗い物もあまりなかったけれど、月曜日は家に持ち帰る食材があるので、容器や皿など後から沢山洗う物が出て来るのです。女将よりも早く家に帰って、今日のデータをパソコンに入力したら、そのまま横になって5時半まで眠ってしまった。夕食を食べる暇もなく、お茶を一杯もらって夜のプールに出掛けるのでした。寝起きで泳ぐのもなかなかおつなもので、夜のお酒が美味しかった。