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2024年2月末



2月27日 火曜日 好く晴れたけれど冷たい風が強くて…

 定休日でも起床の時間は変わらないから、明るくなるまでコーヒーを飲んで早朝のニュースを見たら、蕎麦屋に出掛ける亭主。甥っ子の住んでいる駅前の高層マンションに朝日が当たって赤く輝いていた。ガレージのシャッターを開けたら、冷たい風がびゅーっと吹き込んでくる。陽が差している割には冷たい朝の陽気なのでした。蕎麦屋のカウンターを片付けて、洗濯機の中の洗い物を干したら、後は何をしておけば好いかと厨房の椅子に座って考える。

 7時前に家に戻って、女将が蕎麦屋で残ったキノコ汁を温めている間に、亭主は隣の火口で野菜サラダの残りに肉を入れて、あんかけ煮にするのです。冷たい風のせいか家の中もずいぶんと寒く感じるのです。二階の窓から西の地平線を眺めれば、今朝も富士山がくっきりと見えたから、風が強く空気が澄んでいるのがよく分かる。書斎に入ってひと眠りしようとしたけれど、昨日の夜はプールで泳いだのに、店が暇で身体が疲れていないからか眠れなかった。

 9時前にお袋様に電話をして、今日の仕入れに出掛ける。空は青く気持ちの好い朝だったけれど、車の外は冷たい風で草木が揺れているのでした。農産物直売所で近所の農家のご夫婦に挨拶をして、今朝持って来た野菜をもらってから隣町のスーパーに行けば、やはり寒いからか駐車場には車が少ないのでした。印刷した買い物リストを見ながら買いそろえていくのだけれど、どうしても忘れてしまうものがある。午後にまた買いに行かなければならなかった。

 蕎麦屋に戻って野菜類を冷蔵庫に収納したら、今日は床屋に行かなければならなかったので、家に買った肉や魚を一度沖に戻って、車を走らせて床屋に出掛けるのです。先客の髭を剃っていた親父様が、「もう少し待っていて」と言うから、椅子に座ってしばらく待つのでした。80歳になると言うのに、親父様の身のこなしは軽やかで、長年やっているとはいえ、疲れないのだろうかとこちらが心配するのでした。自分はもっと早く引退するのではないかと思う。

 帰りがけに家の女将に電話を入れて、昼の準備をしてもらっておく。大鍋に沸かした湯で、女将が天麩羅を焼いている脇で、帰った亭主がすぐに蕎麦を茹でる。今日はスポーツクラブが休みなので、二人とも時間に急かされないから好い。ゆっくりとしているせいか午後も昼寝をしなかった。3時になってもう一度蕎麦屋に出掛け、午後の仕込みを始めるのでした。白菜と大根を塩で漬け、昆布と干し椎茸をお湯に浸けて、明日の出汁取りの準備をしておく。


2月28日 水曜日 今日は晴れても気忙しい一日で…

 今朝は5時前に蕎麦屋に出掛ける。小一時間かけて出汁を取って蕎麦汁を作ったら、まだ6時前だったので小松菜を茹でておきました。向かいの畑の森から朝日が昇っていたのです。7時前に家に戻って早めに朝食を食べ、30分だけ眠ったら、洗面と着替えを済ませて、高層マンション群の中にある整形外科に出掛ける。年に二度の血液検査の日だったので早めに出掛けたけれど、もう順番待ちの老人がいた。今日から薬は弱い物に替わっていた。

 そのまま蕎麦屋に行って、午前中の仕込みを終える。今日は夜の防犯パトロールがあるので、出来ることはやっておこうと、明日の天麩羅の具材を切り分けることまで終えるのでした。家に戻って昼は蕎麦を茹でて食べる。腹が一杯になったら、午後の陽射しが差し込む書斎で、ゆっくりと昼寝をする。女将はその間にスポーツクラブに出掛けていくのでした。3時過ぎに女将が帰ったので、亭主は蕎麦屋に出掛けてやり残した仕事をするのでした。

 お新香を切り分けて小鉢に盛り付け、金柑の種を取って酢水で湯がいたら、氷砂糖を入れた湯で煮込んでいく。隣の火口では同じく氷砂糖を入れた湯を沸かして蜜を作っておくのです。帰りに改装を終えたコンビニに出向いて煙草を買って家に戻る。家に着いたら、早めの夕食に塩ラーメンを作って腹ごしらえ。夜のパトロールの集合場所に出掛ければ、今日は集まったメンバーが少なかった。例によって足を引きずりながら、年配の人たちについて歩くのでした。



2月29日 木曜日 早いものでもう2月も終わり…

 夕べの夜のパトロールが堪えたのか、今朝は6時まで目が覚めなかった。居間で珈琲を飲んでいたら、7時前に女将が起き出して来て、「ご飯が出来ましたよ」と言うのです。銀ダラの煮付けに小鉢が三種類とキノコ汁が出て、食べきれないほどのおかずでしっかりと朝飯を食べる。朝飯前に蕎麦屋に行っていないので、寒いだろうなと思いつつ、家を出る亭主。今日は一日中曇りだと言う予報だったけれど、朝のうちは晴れて青空も覗いていました。

 8時半前に蕎麦屋に着いたら、向かいの畑ではもう新しい農家のご主人達が仕事をしていました。この間からビニールハウスを作っていたのですが、今日は更に扉まで付けて、後はビニールを被せるだけのようなのです。亭主も負けじと厨房に入り、生姜をおろして薬味の葱を刻み、大根をおろしてから、蕎麦打ち室に入って蕎麦を打ち始めるのでした。8人分750gを篩にかけて、47%の加水で水回しを始める。いよいよ今日の始まりなのです。

 蕎麦打ちを終えて厨房に戻れば、今日は金柑大福を作らなければいけない。昨日のうちに金柑の甘露煮を作っておいて好かった。三皿だけ包み終えたら、次は野菜サラダの具材を刻む。木曜日は女将が開店の時間からしか来ないので、店の掃除もあるし、亭主の仕事は多いのです。開店時刻の10分前にテーブルも拭き終わり、ひと休みしていると「今日は薄ら寒いわね」と言って女将がやって来た。外はたまに薄陽が差していたけれど北風が吹いているのでした。

 昼前に常連さんがいらっして、黙ってカウンター席に座るから、女将が「辛味大根とせいろの大盛りで好いですか」とお茶を出しながら尋ねるのでした。新聞を読みながらゆっくりと食事をして帰るのです。すぐ後に今週は二度目のお客がやって来て、ビールとカレー蕎麦をご注文。今日は常連さんばかりなのでした。満足そうに会計を済ませてお客が帰った後は、道を歩く人が多い割に誰も蕎麦屋には来なかったのです。亭主は賄い蕎麦を茹でて食べる。

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2024年2月下旬



2月20日 火曜日 今日も異様な暖かさで蕎麦屋も22℃…

 定休日だったけれど朝の6時過ぎに蕎麦屋に出掛けて、昨日の片付けやら洗濯物を干して今日の段取りを考えるのでした。今日は一日中曇りという予報だったのに、東の空を見れば速く流れる雲の合間から陽の光が見える。最近は予報よりも空の様子を見て、自分で天気の行方を考えた方が好さそうな日が多いのです。蕎麦屋の店の中は12℃ととても暖かい。知り合いの農家の親父様が犬の散歩で店の前を通る。いつものようにお互いに手を上げて挨拶をする。

 家に戻れば女将が朝は何にしようかと考えている。亭主が昨日の店の残りもので味噌炒めを作った。食事を終えたらお茶を一杯もらって、書斎に入って小一時間眠ったら、支度をしてお袋様を迎えに行くのです。農産物直売所には朝の親父様夫婦が野菜を運んで来ていました。ホウレン草や大根など、持って来たばかりの野菜をもらって、隣町のスーパーに出掛けて行く。今日も駐車場はかなり空いていた。店に戻って午前中の仕込みを始めるのです。

 白菜は大きめのものを半分だけ買って来たので、漬け物器に塩で漬けてぎゅっと押さえて漬け込む。大根はなた漬けにするので小さく切って小型の漬け物器に漬けておきました。昼を食べてから柚子の皮を剥いて千切りにする予定なのです。出汁を取る準備をして家に帰れば、女将はまだ買い物から帰っていなかった。蕎麦を茹でる鍋に水を入れて火にかけ、昨日残ったサラダと豚肉を炒め、いつものあんかけ煮にする。昨日残った大根おろしで今日はおろし蕎麦。

 三つ残った蕎麦の束を二回に分けて茹で、亭主が二束分を食べたら、やはり腹が一杯になってしまうのでした。それでも不思議なことに蕎麦は直ぐに消化してしまうらしく、夕刻は早めに腹が空いたのです。女将のスポーツクラブの予約を2時過ぎに取り終えて、また蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みに入る。予報は変わって午後は気持ちよく晴れたのです。なた漬けの水が上がっていたので、大きめのタッパに移して甘酒の素と砂糖と柚子と唐辛子を加えるのです。

 白菜はまだ半分ほどしか水が上がっていなかった。例の親父様の作る三太郎大根は水分が多いので、すぐに水が上がるのでした。それから小一時間出汁取りの作業で、明日から寒くなると言うから、温かい汁につかう二番出汁を、今日は5㍑の鍋で取るのでした。4時過ぎに帰宅して、女将と夜は何にしようかと話していたら、ホウレン草と豚肉とがあるので常夜鍋にすることに。用意が出来るまで亭主は冷凍のフライドポテトをチーンして一杯飲み始める。



2月21日 水曜日 今日は気温も下がり終日の雨で…

 朝からそぼ降る冷たい雨で、今朝は朝飯前のひと仕事に出掛けなかった。いつもと同じ時間に家を出て、蕎麦屋に着けば店内は14℃と昨日よりも8℃も低い気温なのです。暖房を入れてすっかり水の上がった白菜のお新香の漬け直しをする。一度ボールに全部空けてから、昆布と唐辛子と刻み柚子とを混ぜながら漬けていくのです。明日の朝には小鉢に盛り付けて、お客に出せるようになるに違いない。なた漬けと小鉢二品が用意できて、三品目を考えたのです。

 昨日、農産物直売所で帰りがけに、農家の奥様からいただいた切り干し大根を使ってしまおうと、人参や油揚げ、出汁取りに使った干し椎茸を刻んで、お湯で戻した切り干し大根と共にごま油で炒めて、出しを入れてしばらく煮るのです。沸騰してきたら出汁醤油と砂糖を加えて、更に煮込むこと5分。火を止めて味が染み込むのを待たずに蓋をして、家に戻るのでした。昼はモヤシ蕎麦の材料を用意してあるから、朝のうちに女将には言っておいた。

 冷凍室に残っていた自家製の餃子を焼いて、買い置きしてある大きな冷凍海老を解凍し、三つの火口をすべて使って11時半には昼食が食べられた。寒い日には身体が温まるからちょうど好いのです。食後は居間でお茶をもらい、ひと休みしたら書斎に入って午後の昼寝をするのでした。1時間ほど眠ったのか、その間に女将はスポーツクラブに出掛け、亭主も雨の中をまた蕎麦屋に行くのです。午後の仕込みは、午前中に買って来た柚子の皮を刻むことから始める。

 今年は柚子が安いので、一つ80円ほどで大きなものが手に入るのでした。三つ買って帰って、昨日と同じように皮を刻んで冷凍しておくのです。次にキノコ汁を作り、鶏肉が多すぎるから野菜を刻んでカレーを作っておきました。最後に南瓜を切り分けレンジでチーンしてたら、ピーラーで蓮根の皮を剥いて鍋に入れて茹でる。天麩羅の具材を切り分けたら容器に入れてラップをかけて冷蔵庫に。一番最後は、まな板を洗って包丁を砥石で研いでおくのでした。



2月22日 木曜日 昨日よりも更に低い室温6℃の雨の朝…

 夕べは10時に床に就いたので、今朝は5時には目が覚めました。コーヒーを入れて一服しながら、朝飯前のひと仕事の段取りを思い描くのです。とにかく蕎麦屋に出掛けなければと、冷たい雨の中を車を出して出掛けて行くのですが、車外温度はなんと6℃。昨日よりも更に冷たい雨なのです。白菜のお新香を漬け物器から取り出して切り分ける。なた漬けも少しだけ盛り付けておきます。3種類10鉢の小鉢を用意して、まだ6時前だったから蕎麦打ち室に入る。

 家に帰っても今朝はまだ眠くないから、時間が勿体ないと考えたのです。蕎麦を打っておけば、次に少し遅く蕎麦屋に来ても大丈夫だから、余裕が出来るのです。加水率は47%で捏ねて伸したら、寒いからか伸しても四隅が上手く取れない。生地が少し硬い感じなのでした。それでも何とか8人分の蕎麦を無事に打ち終えて、7時過ぎに家に戻るのです。食卓に着けば今朝のメインは銀ダラの煮物。寒いから温かい豆腐と若布の味噌汁が有り難いのです。

 食事を終えてひと休みしたら、書斎に入ってひと眠り。蕎麦打ちを終えているので気持ちが楽になったのか、ぴったり1時間眠って気持ちよく目かが覚める。家を9時半に出れば十分に間に合うのです。小雨の降る中を傘を差しながら手袋と襟巻きをして蕎麦屋に向かう亭主。今朝は本当に相当な寒さなのでした。前日比で言えばマイナス何度なのだろう。前々日比だともっと差があるのです。天気のことだから誰にも文句は言えないからただ耐えるだけなのです。

 金柑大福を包んで野菜サラダの具材を刻んだら、いつもの時間通りの展開で、11時過ぎには開店の準備が終わるのでした。女将は11時半には手伝いに来てくれて、こんな日はお客は来ないと言いながら、今年初めてダウンの上着を着てきた。北風も強くなって雨は窓を打つ。それでも昼過ぎに年配のご夫婦がいらっして、温かい蕎麦かと思ったら、天せいろとせいろ蕎麦にエビ天二つのご注文なのでした。蕎麦湯もしっかりと飲み干して帰られたから嬉しい。

 1時を過ぎたから、亭主はかき揚げと蓮根の天麩羅を揚げて、賄い蕎麦を食べてしまう。1時半に女将のスポーツクラブの予約を無事に取り終えて、大釜の火は点けたままで片付けに入るのでした。閉店時刻の2時には二人とも蕎麦屋を出て家に戻るのです。明日は新しい天皇の誕生日で祝日ですが、朝から時雨れるほどの寒さだという。早めの夕食を終えて、少しブログを書いたら、夜のプールに出掛ける亭主。寒いからか今日は随分と空いていました。


2月23日 金曜日 車外温度3℃の雨の朝でした…

 プールに出掛けた翌朝にしては、寒さで早く目が覚めたのです。朝飯前のひと仕事もあまりなかったけれど、とにかく蕎麦屋の暖房を入れておかないと寒くて堪らない。車外温度が3℃だったから、エンジンをかけたままで店に入るのでした。エアコンのスイッチを入れたら、昨日の洗い物を片付けてそのまま玄関の鍵を閉め、暖房の効いた車に乗り込む。ガラス窓が曇るほど外気との温度差があるのです。家に帰れば今朝は女将が早くから台所に立っていた。

 シャケを焼くと言うから、二人で半分ずつにしてもらって、亭主が昨日の店で残った野菜サラダを、肉と炒めてあんかけにする。寒い日には身体が温まるのです。食事を終えたら居間の部屋でお茶をもらって、書斎に入ってひと眠りするのです。暖房を入れておいたから、ぐっすりと1時間ほど眠った。今日は蕎麦打ちが500gで好かったから、時間に追われる心配はない。洗面と着替えを済ませ、マフラーと手袋をして、雨の中を蕎麦屋に向かうのでした。

 小雨が降り続くみずき通りは、車の影さえ見えなかった。40年近くも使っている傘も色が褪せてだいぶくたびれてはいるけれど、わずか歩いて3分の蕎麦屋までだからと、いまだに使い続けているのです。幟と看板を出したら、チェーンポールを降ろして、蕎麦打ち室に入る。今日も47%の加水で、部屋の温度が上がっていたから、しっとりとした生地に仕上がって、蕎麦切りも順調におえるのでした。女将が来てくれて店の掃除をしてから早お昼にまた帰った。

 女将が家に戻っている間に、亭主は野菜サラダの具材を刻むのです。研いだばかりの包丁が切れるので、今朝は人参やキャベツが細く切れるのでした。こんな寒い日には、カレーうどんか鴨南蛮でも出ない限り、野菜サラダは出しようがないけれど、そもそもお客が来るのかどうかが問題です。四つのポットにお湯を入れて、天麩羅鍋に油を満たし、天つゆの鍋を火にかける。開店準備は11時には終わって、少し遅い時間で女将がやって来るのです。

 今日は昨日のダウンにマフラーまでして、「寒いわー」と言って店に入って来るのでした。前のバス通りを走る車も天皇誕生日で祝日だからか、いつもよりは数が少ない。外は細かな雨が降り続けて時折、雪に変わるから寒さはこの冬一番なのかも知れない。家で新聞を読んできた女将が、蕎麦屋で違う新聞に目を通して、大相撲の力士の引退勧告や親方の降格の話が、片方には乗っていないと言っていた。株価以外にはあまり好いニュースはなさそうなのです。

 昼を過ぎてもお客は来そうになかったから、天麩羅を揚げて蕎麦を茹で、賄い蕎麦を食べる亭主。結果的には蕎麦を茹でたから、今日は自分が蕎麦を食べたために、大釜を洗わなければならなかったのです。天麩羅はパッドに上げずにそのまま蕎麦の上に載せたから一つ洗い物が減る。この寒さではお客が来ないのも無理がない。女将も帰り支度をして早々と帰って行きました。火元と施錠を確認して、亭主も後を追うように家路につくのです。


2月24日 土曜日 霜の朝、朝から晴れて気持ちが好かった…

 6時過ぎの蕎麦屋の向かいの畑は、白い霜がびっしりと降りて、とても寒いはずなのに、東の空から太陽が昇れば、それも忘れてしまいそうなのでした。やはり陽が差すと気持ちが違う。昨日までの暗くて雨や雪の降る陽気は、気分が晴れ晴れとしないのでした。蕎麦屋の暖房を入れ、ほうじ茶を作って、コーヒーを一杯飲んでから家に戻る。車で走っていたら車外温度計が2℃を表示していたのです。今朝も女将が台所に入る前に、朝のおかずを一品作っておく。

 食事を終えてお茶をもらったら、いつものように書斎に入ってひと眠りするのです。小一時間眠って、洗面と着替えを済ませて、二階の窓から雪に覆われた富士を久し振りに見る。今朝は毛糸の帽子を被っただけで、手袋もマフラーも着けずに蕎麦屋に出掛けるのでした。雨で濡れた幟を玄関前に干してあったから、チェーンポールを降ろしながら所定の場所に立てる。今日は少しはお客が来るだろうか。業者の若者から「今日は注文がないですね」と確認の電話。

 お客が来ないので仕入れる予算がないのです。その分、食材も使わないからじっと辛抱の日々。蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つ。女将が店の掃除に来てくれた。30㍑のゴミ箱が一杯になったので、外の大きな混み箱に移して、新しいゴミ袋を用意してもらう。土曜日にゴミ袋を替えるのは、お客が来ていない証拠で、混んだ日には木曜日にもうゴミ袋が一杯になることもあるくらいなのです。蕎麦は今日も500gだけ打ち足して、14食の用意をしておく。

 昼前にまずはせいろ蕎麦と白エビのかき揚げを頼む常連さんがいらっして、続けて蕎麦屋の裏の方から歩いて見えた男性が天せいろをご注文。その後は1時前までお客がなかったから、女将と去年は何人来たのかと話をしていた。この時期は寒いとお客も少なく、たまに10人を越える日もあるのです。それがいつだか分からないので週末は蕎麦を多めに打つのです。スポーツカーに乗った老夫婦がいらっして、かけそばとぶっかけ蕎麦を頼まれた。

 年齢のせいか、あまり沢山食べられないらしい。それでも作ったばかりの金柑大福を三つお持ち帰りになる。亭主はかき揚げを揚げて、賄い蕎麦を食べておく。1時半を過ぎたら、大釜の火は点けたままにして、片付けられる物を片付け始めるのです。ラストオーダーの時間を過ぎたら、暖簾と看板と幟をしまってチェーンポールを上げに出る。昼の気温は8℃だったから、まだまだ寒いという感覚なのだろうか。最後のお客も二人とも温かい汁の蕎麦を食べた。


2月25日 日曜日 今日も冷たい雨が降り続く一日で…

 昨日よりは少し暖かい気もしたけれど、蕎麦屋の向かいの畑には今朝も霜が降りていました。朝から冷たい雨が降っていて、昨日の晴れ間が嘘のようなのです。今日の朝飯前のひと仕事は、金柑大福に包む金柑の甘露煮がなくなったので、金柑を半分に切って種を取ることから始めました。と、甘露煮を作るのに必要な氷砂糖の残りを見れば、あと50gほどしかなかったのです。とにかく、今日の分が出来れば好いと、金柑を三つだけ切って甘露煮を作る。贅沢。

 7時前に家に帰れば、もう女将が台所に入って魚を焼いている。最近は、7時ちょっと過ぎには朝飯が食べられるから、亭主は早くから書斎でひと眠りに就けるのでした。昨夜は遅くまで女子の卓球やサッカーの試合を観てしまったから、今朝はたっぷりと1時間も眠ってなんとか身体の調子を整える。今日は昨日の蕎麦が生舟に沢山残っていたので、蕎麦を打つことを諦めた。日中も気温が低いというので、このの雨ではお客は来ないと読んだのです。

 霧雨の降る中を傘も差さずに蕎麦屋まで出掛けた亭主。蕎麦打ちがないからと9時過ぎに家を出たから、余裕があるのです。女将がいつもの時間にやって来てくれて、洗濯物を畳んだり、店の掃除を始める。10時前に金柑大福を包んだら、後は野菜サラダの具材を刻むだけなのです。大釜に沸いた湯をポットに入れて、天麩羅鍋に油を入れて、11時には開店の準備が終わるのでした。外は冷たい雨が降り続いて、道を歩く人もいない。日曜日だから車の数も少ない。

 女将がやって来て暖簾を出すけれど、昼を過ぎてもお客は来そうにないのです。1時半近くになってお子さんを連れたご主人がいらっして、かけ蕎麦と天せいろ、鴨せいろのご注文でした。優しそうなご主人で、子供にメニューを選ばせて、一番小さな男の子には鴨せいろを頼まれたのでした。てっきりご主人が食べるものと思っていたので、最後に厚く切った鴨を焼いてお出ししたけれど、歯のない息子さんは噛みきれずに、調理ばさみをお父さんに貸してやる。



2月25日 月曜日 晴れて少しは暖かくはなったけれど…

 午前6時に蕎麦屋に出掛けて、暗い空にがっかりしました。天気予報では今日は晴れると言っていたからです。気温は少し上がって昨日よりは暖かかったけれど、北風は冷たく、店に入って直ぐに暖房を入れるのでした。お新香を盛り付け、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充しておきます。今週は本当にお客が少ない。去年のこの時期は週末を夾んで10℃を越える日が続いたから、30人以上もお客があったのです。給料日の後だけに痛いのでした。

 家に帰って朝食を食べたら、今日も書斎に入って小一時間ひと眠りするのでした。髭を剃って着替えを済ませ、一服したところで女将に「行って来ます」と言って玄関を出たのです。今日も二階の窓から遠く富士山が見えたから、どうやらこれから晴れてくるらしいのです。朝は足の調子も好く、引きずらないで普通に歩けるから嬉しい。疲れて来るとどうしても右足が荷物になる。意識的に足を上げて前に進むように努力しているのです。

 蕎麦打ち室に入って、今朝も500gだけ蕎麦を打つ。練習にはなるけれど、お客の数が少なすぎて今ひとつ元気が出ないのです。野菜サラダの具材を刻み、いつもの通りに開店の準備に余念はない。蕎麦打ちの合間に、先日、送られてきた高校時代の友人たちで作るグループにLINEで返答したのです。仕込みの途中で、スマホが鳴るから気になって観て見ると、早速、続々とメツセージが届いている。LINEの使い方も解らないので、困ってしまった。

 今日は暖簾を出したら直ぐに常連のお客さんがいらっして、ビールとぶっかけ蕎麦の大盛りのご注文でした。陽射しがあるから少しは暖かくなったらしく、歩いて来るのにはちょうど好いのかも知れない。前のバス通りを歩く人は、昨日とは違って朝から多かったのです。店の幟が風にはためいて、向かいの畑には菜の花が咲いている。考えたらもうじき春なのです。青空も広がって、気持ちの好い陽気なのですが、明日は定休日で休みだからタイミングが悪い。

 昼を過ぎて駐車場に車が入って、年配の女性が一人でご来店。リピーターの方らしく、カウンターの隅に座ってヘルシーランチセットをご注文なのでした。野菜サラダをお持ちすれば、「今日はお一人なのですね」と言うから、「月曜日はお客も少ないのでね」と応える亭主。こんなに天気が好くなっても、お客は来ないのでした。少しこの陽気が続かないとお客は増えないのです。閉店間際に暖簾をしまって、賄い蕎麦を作って一人食べるのでした。

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2024年2月中旬




2月12日 月曜日 臨時休業明けの振替休日は…

 今日の朝飯前のひと仕事は、金柑大福の白餡に包む金柑の甘露煮作りでした。とにかく今朝包む金柑がないから、急いで少しだけ作ることにして種を取るのでした。これを酢水で煮立たせたら、氷砂糖を溶かした鍋でじっくりと煮込んでいくのです。約30分煮て柔らかくなったら火を止める。市販の金柑ではないので少し小さめだけれど、香りは好いのです。仕事が終わった頃には外は明るくなって日の出の時間だったけれど、雲がかかって太陽は見えなかった。

 朝食を終えてひと眠りしたら、洗面と着替えを済ませてまた蕎麦屋に向かう。少し雲は出ていたのですが、これなら晴れと言えそうな天気でした。ただ陽射しは暖かいけれど、風が少し冷たいのが気になっていたのです。昨日一日、臨時休業で営業をしなかったのがどう影響するのか、不安な面持ちで蕎麦屋に着けば、店の中は暖房を入れておいたので暖かい。看板と幟を出して、チェーポールを降ろしたら、早速、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのでした。

 生舟に残っていた蕎麦と合わせて、今日は14食の用意で営業を始める。作ったばかりの金柑の甘露煮を白餡で包んだ金柑大福も、無事に三皿用意して、野菜サラダの具材を刻んで、こちらもいつも通り三皿用意しておきました。昼前に珍しく早く橋の向こうの常連さんがいらっして、黙って新聞を読み始める。女将が「いつもの辛味大根とせいろ蕎麦の大盛りでいいですか」と聞いて、亭主は直ぐに大根をおろして蕎麦を茹でるのでした。

 続けてテーブル席には薪屋のご夫婦がいらっして、辛味大根にせいろ蕎麦とヘルシーランチセットの天せいろを頼まれ、ワカサギの天麩羅を二人前も注文される。「どうですかワカサギは?」と亭主が尋ねれば「美味しかったわ。一人分でなくて好かった」とぺろっと食べて仕舞っていたのです。帰りに金柑大福を二つお持ち帰りになったから、これで金柑大福はお終い。リピーターの母と娘もテーブル席に座って、暖かい汁の天麩羅蕎麦と白エビの掻き揚げ。

 その後ひと休みする暇もなく、今日は次々とお客が来たのです。後半は初めてのお客ばかりだったけれど、皆さん天麩羅が食べたかったらしく、暖かい汁がなくなって作り足すのでした。最後のご夫婦は、奥様のぶっかけ蕎麦に入れる南瓜がなくなったから、代わりに海老の天麩羅を入れてお出しした。風は冷たいから、温かい汁の蕎麦が随分と出たけれど、昨日休んだ分を少しは取り戻せた感じなのです。亭主は洗い物が続いたので腰が痛くなって、ひと休み。

2月13日 火曜日 朝はまだ真っ白な霜が降りるけれど…

 午前6時半。今日の朝飯前のひと仕事は、まずはカウンターに干してある昨日の洗い物を片付けること。前の畑は白い霜がびっしりと降りて、農家の親父様がもう仕事をしていたから驚きです。昨日固めた天麩羅油をビニール袋に入れて、生ゴミ入れるゴミ箱のゴミと一緒に外の大きなゴミ箱に持って行く。それでも時間があったから、洗濯機に洗ったままの洗濯物を干し終えれば、店の中を見回せば朝日が差し込んでいる。隣の畑も霜で真っ白なのでした。

 エアコンの暖房を入れたままにして家に戻れば、定休日だと言うのに女将が健気にも朝食の用意をしてくれている。有り難い事なのです。タンパク質は卵焼きとキノコ汁に入った鶏肉だけ。蕎麦屋の営業が終わる頃には、家には食べる物があまりなくなっているのです。冷蔵庫の中にはまだ沢山の食材が入っているけれど、朝の短い時間で用意するには、今朝のメニューが好いと考えたのでしょう。お茶をもらってひと休みしても今朝はひと眠りをしないのでした。

 8時半になったらまた蕎麦屋に出掛けて、買い出しの品をもう一度チェックしてから、お袋様に電話を掛けて農産物直売所に向かうのです。空は青く晴れて今日は暖かくなりそうなのでした。新鮮な白菜の小さなものを丸ごと一つもらって、生椎茸や大根、人参、ホウレン草など新鮮な野菜を沢山買ってから、隣町のスーパーに出掛けるのです。今朝は鼻水が出て目から涙が出て来るから、お袋様に言ったら「それは花粉症の症状だよ」と言われて驚いたのです。

 仕入れを終えて蕎麦屋に戻れば、暖房が入っていたので暖かく、野菜類を冷蔵庫に収納したら、白菜を切って漬け物の桶に塩を振って漬け込む。重しをして蕎麦打ち室に置いておけば、明日の朝にはすっかり水が上がるのです。漬け物の一番の頼りは、野菜が新しいことで、大根のなた漬けの塩漬けもしたのだけれど、これは午後にはもう水が上がってくる。家に戻ったところで、昨日残った蕎麦を持ち帰るのを忘れたことに気が付いたから大変です。

 もう一度車を出して蕎麦屋に行くのも億劫だったので、ちょうどスーパーで買って帰ったラーメンの麺が二つと挽肉があったから、先週使い切れなかったキャベツや人参、ピーマンなどを入れて、昼はあんかけ湯麺にして、作り置きの餃子を焼いたのです。味つけは塩と胡椒と砂糖だけ。野菜の甘みが挽肉の旨味とがしっかりと合わさって、女将も「美味しくて温まる」と言っていた。餃子は言わずもがな、今回は挽肉を沢山入れたので肉餃子になっていた。

 食後は書斎に入ってひと眠りしたら、女将のスポーツクラブの予約を済ませて、午後の活動を開始する。西の町のホームセンターに久し振りに出掛けて、天削げの割り箸と業務用の消毒液とついでに洗剤や大型のゴミ袋などを買って帰る。空は何処までも青く広がって、春らしい陽気なのでした。何度も出掛けるのが面倒なので、灯油の空き缶を積んでいたから、ガソリンスタンドに寄って買って帰る。蕎麦屋で荷物を降ろして午後の仕込みに入るのでした。

 塩で漬け込んだ大根はすっかり水が上がっていたので、甘酒の素と砂糖と唐辛子と柚子を入れて漬け直す。蕎麦打ち室の白菜はまだ十分に水が上がっていたなかった。夕刻までにはまだ時間があったから、返しを仕込んでおこうと思って、減塩醤油と減塩の再仕込み醤油を箱からから取り出して調理台に置いたら、味醂とワインビネガーがないのに気が付いた。最近は、なくなる直前まで余分な費用を使わないようにしているので、こんなことが起きるのです。

 仕方がないから、明日の朝一番で買いに行くことにして、家に戻ってひと休みです。蕎麦屋の駐車場の落ち葉の処理も、熊手やスコップなどの道具を車に積んでいたのだけれど、今日は風が強かったので出来なかった。夕食は暖かいからと刻み鮪の手巻き寿司にしてくれたので、酒も飲まずにむしゃむしゃと食べるのでした。お茶をもらって居間でテレビの番組を見るけれど、風呂の時間まで退屈なので、焼酎のライム炭酸割りを飲みながら過ごすのでした。



2月14日 水曜日 今日は風もなく暖かい一日で…

 隣町のスーパーが開く朝の9時を待って、味醂とワインビネガーを買いに行く。そのまま蕎麦屋に行って返しの仕込みに入ったのです。蕎麦徳利はすべて空になっいたので、出汁を取る準備も忘れなかった。蕎麦汁は先週作ったものがまだ鍋ひとつ分だけあるから、返しを作ってこれを詰めてから、水の上がった白菜の漬け物を漬け直せば好いと考えていたのです。予定通りに時間をかけて、次の作業をこなしていく亭主。BGMにはクラプトンのアンプラグド。

 白菜一把が二日目で水が上がってしんなりとしたから、小さな漬け物器に移したら、昆布と刻み柚子と京唐辛子を輪切りにして、幾層にも同じように漬け直すのでした。新鮮な野菜は見事なまでに水が出て、昨日は到底入らないと思っていた白菜が、すべて綺麗に並べて漬け込めるのでした。今週も美味しいお新香が出来そうです。蕎麦屋の駐車場の落ち葉を70㍑のビニール袋に詰めて、まずは一袋というところで11時になる。家に帰って昼食の支度をしなければ。

 先週は蕎麦が二束と端切れを残して終わったので、今日は古くなったとろろ芋を持ち帰って、昼はとろろ蕎麦にするのでした。女将の作った鶏肉と大根の煮物がまた格別に美味しかったので、華を添えたのです。暖かくなってきたから蕎麦は実に美味かった。お茶をもらってひと休みしたら、書斎に入って亭主はひと眠りなのです。その間に女将はスポーツクラブに出掛け、亭主も1時間ほどして蕎麦屋に出掛けるのでした。午後の仕込みは出汁取りから始める。

 小一時間かけて一番出汁と二番出汁を取ったら、蕎麦汁を仕込んですべて水で冷やしてから、冷蔵庫に収納するのです。調理台が片付いたところで、明日の天麩羅の具材を切り分けて、容器に入れてラップをかける。午前中に漬け直した白菜のお新香は、また水が出ていたから、ぎゅっと蓋を閉め直すのでした。4時過ぎにすべての作業が終わって、後は明日の朝飯前のひと仕事で、蕎麦豆腐を造ったり、出来れば蕎麦を打っておければ一番好い。

 家に戻ってひと休みしたら、夕飯は昨日と同じ鮪のたたきの手巻き寿司で好いかと女将が言うので、亭主は酢飯に乗せてマグロ丼にしてもらった。夜のプールに出掛けるので、ゆっくりと食べている暇はないのでした。食休みに何度も観ているメグ・ライアンの「ニューヨークの恋人」を途中まで見て、6時過ぎには車に乗ってスポーツクラブに出掛ける。今日は人は少ないのだけれど、泳げる人が多くて、間を開けて後に付いていく形で泳いだのです。


2月15日 木曜日 今年は随分と早く春一番が吹いた…

 今日は午前5時前に蕎麦屋に着いて、白菜のお新香を漬け物器から取り出し、小鉢に盛り付けたら、なた漬けも少しだけ盛り付けておいたのです。それから蕎麦豆腐を仕込んで、コーヒーを一杯入れてひと休み。6時を過ぎると辺りが明るくなって、東の空がほの赤く染まってくるのでした。蕎麦打ち室に入って今朝一回目の蕎麦を打つのでしたが、48%の加水では生地がちょっと柔らかかった。暖かいからか粉の具合がいつもと違っているようなのです。

 何とか8束打ち上げて生舟に並べれば、ちょうど7時前になる。朝食を終えて書斎でひと眠りしたら、女将の観ている朝ドラの終わる時間にちょうど目が覚めるのでした。洗面と着替えを済ませて、「行ってきま~す」と稽古場で新聞を読んでいる女将に声をかけ、玄関を出たところで、空に異様に大きな飛行機が爆音を響かせて飛んで行くのが見える。初めて見る自衛隊のC2という輸送機なのでした。かなり低空なので妙に威圧感があって怖かった。

 蕎麦屋に着くまでに、家の裏手の幼稚園に向かう近所の親子に出会って挨拶を交わす。幟を出したら直ぐに蕎麦打ち室に入って、二回目の蕎麦を打つ。今日は暖かくなると言うから、お客が沢山来たら困るので、念のために普段よりも多めに用意しておくのです。生姜をすったり、薬味の葱を刻んだりは早朝の間に終わらせてある。いつもの時間に金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻むのです。新しい胡麻油を天麩羅鍋にあけ、天つゆをコンロに載せて温める。

 外は陽が差していたけれど、次第に風が強くなってきたのです。これはちょっと想定外なのでした。暖かくても風のある日はお客は来ないというのが、これまでの経験から分かっていたから。それでも女将が手伝いに来てくれた昼前には、新型の高級車に乗って男性が一人ご来店なのでした。ヘルシーランチセットのご注文で、女将が野菜サラダや蕎麦豆腐を出している間に、亭主は厨房で盆や蕎麦皿を用意する。昼を過ぎて高齢の女性二人がいらっしゃった。

 とろろ蕎麦と鴨南蛮蕎麦を頼まれたから、とろろ蕎麦を先にお出しして、じっくりと鴨肉を焼く。電話を受けた女将が「大学の同級生の○○さんから」と言って亭主に電話を渡すのでした。久し振りだったけれど、ゆっくりと話をする暇もない。明日、五人で蕎麦屋に来たいのだけれどと言うことなのです。今日は開店前に「明日は営業していますか」と言う電話が入っていたのでした。何人で来るのかも聞かなかったけれど、何とかなるだろうと思って快諾した。

 珍しく今日は天麩羅が出なかったから、1時を過ぎて亭主はぶっかけ蕎麦を山葵だけで食べる。家に戻ってもあまり疲れていなかったからか、今日は昼寝をしなかったのです。明日は今日とは違って寒い一日になりそうだけど、お客は来ることになっているから、まずは安心。ちょうど女将のスポーツクラブの予約が取れずに、明日も手伝いに来てくれると言うから、さらに安心なのでした。本当に久し振りに旧友に会えるのが楽しみな晩です。


2月16日 金曜日 平日には珍しくお客が10人を越えて…

 6時過ぎに蕎麦屋に行けば、今朝は東の空に幾重にも雲が出て、ちょっと不気味な朝なのでした。真上の空は雲がなかったから、これが続けば今日は晴れと言うことになる。昨日の洗い物を片付けて昼間の水分補給にほうじ茶を沸かしたら、瀬戸物のグラス3つ分に入れておくのです。女将はいつも水筒に水を入れて持ち歩いているから安上がり。7時近くになったら煙草を買いにコンビニまで車を走らせ、家に戻ればやっと朝食の支度が調うところでした。

 食事を終えてお茶をもらったら、書斎で30分ほど横になるのだけれど、眠ったのだか起きていたのか分からない。昨日沢山打った蕎麦が生舟に残っていたから、今朝は500gだけ打ち足せば好かった。テレビのデータ放送で佐倉市の天気予報を確認して、今日も昨日の続きで風が強い一日になりそうなのでした。昨日は南風で春一番だったけれど、今日は北風で寒くなりそうなのでした。幟を出したら蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。加水率は47%にしました。

 それでも少し柔らかめの生地の仕上がりで、薄く伸してしまうから、今日は切りべら26本なのでした。均等な幅で切りそろえられたから、まずまずの仕上がりです。昨日の蕎麦と合わせて今日は14食の用意ですが、平日ではこんなに出るはずもないと思ったのです。厨房に戻って金柑大福を今朝は四皿分包み、昨日の残りと合わせて六皿も用意しました。大学時代の友人家族がお孫さんを連れてやって来ると言うので、今日は久し振りに多めに作っておいたのです。

 野菜サラダはいつもと同じ三皿だけ用意して、まだ11時前なのでした。あらかた開店の準備が終わった頃に、老婦人が運転する超高級外車が駐車場に入ったと思ったら、上手く停められなくてご主人にバトンタッチ。それでもなかなか切り返しが出来なくて、外に出た亭主が最後に代わって無事に駐車する。聞けば昨日電話をくれた方なのでした。奥のテーブルには友人の家族の分の箸とおしぼりをあらかじめ置いて、入り口のテーブルに3人を案内するのでした。

 天せいろと鴨南蛮蕎麦とヘルシーランチセットの天せいろをご注文で、白エビのかき揚げとワカサギの天麩羅を頼まれる。続けていらっしたのは三人のご家族なのでした。テーブル席に座れないかと言われたのですが、「今5人家族がいらっしゃるので」と、予約を受けないはずの霊犀亭が辛うじて難を免れる。三人とも天麩羅蕎麦のご注文で、ご主人は大盛りで頼まれた。今日は天気が好いからか天麩羅がよく出るのでした。切り分けた具材がなくなったのです。
 そこに待ちかねた友人の家族がやって来て、40年振りだと言うから、そんなに会っていなかったのかと、月日の経つのが早いのに驚く亭主。娘さんには若い頃の奥様の面影があった。お孫さんはまだ小学生だとか。蕎麦が美味しいと言って喜んでくれたから嬉しい。他のお客は皆さんお帰りになったから、蕎麦は売り切れにして暖簾をしまう。積もる話は止めどなくあったけれど、お互いに元気で好かったねという結論。彼もやっと仕事を辞められたのだとか。


2月17日 土曜日 今日も蕎麦屋は結構な賑わいでした…

 昨日はプールに行く時間に蕎麦屋に出掛けて、カウンターに干してあった大量の盆や蕎麦皿を片付けた。今朝も5時半には蕎麦屋に出掛け、すっかりなくなった天麩羅の具材を切り分けて容器に入れる。10年前の開業当時は今よりもずっと忙しかったはずなのに、そんな記憶がまったくないのは、やはり若かったのでしょう。6時を過ぎたところでまだ時間があるから、今日の蕎麦を打っておこうと蕎麦打ち室に入って、蕎麦を打ち始めたのです。

 蕎麦粉が残り僅かだったから、袋に入っているだけ打てば好いと思ったら、850g以上の量があったので、今日は10人分の蕎麦が打てると喜んだのです。午前中には蕎麦粉が届くことになっていたけれど、昨日の残りの蕎麦と合わせて12人分もあれば、何とか足りるだろうと思えたのです。加水率は47%。捏ねた蕎麦をしばらく寝かせて、厨房で換気扇を回しながら一服する。今日の段取りを考えて、蕎麦打ち室に戻るのです。135gの束でちょうど10人分が仕上がる。

 7時20分になったから慌てて家に戻ったら、女将はもう朝食を終えていた。急いで食事を済ませてお茶をもらって一服したら、書斎に入って30分ほど眠ったのです。女将の観ている朝ドラが終わる頃には洗面と着替えを済ませて、今の椅子に座ってゆっくりとするのでした。蕎麦打ちが終わっていると随分と余裕があるのです。化粧品の再配達の電話操作ができない女将に代わって、QRコードからアクセスしたら、もう配達に出ていると分かったのです。

 朝から曇っていた空は、少しは青空が見えるけれど、天気予報では今日は晴れだと言う。品物が届くまで蕎麦屋には来なくて好いよと女将に言って来たので、今日は店の掃除から洗濯物を干す作業まで亭主が済ませておく。それでも悪いと思ったのか10時前には荷物が届いたと店に来てくれて、トイレの掃除だけして早お昼を食べに帰ったのです。外は青空が広がって少し暖かくなってきたらしい。宅配のお兄さんが仕事を終えたと蕎麦を食べに来てくれた。

 今日は鴨南蛮蕎麦の大盛りの注文で、食べ終えてから蕎麦豆腐まで頼まれたのです。その後はしばらく時間が空いたので、亭主は金柑大福に使う白餡作りに精を出す。女将は割り箸を袋に詰める作業をしてくれていた。1時前に5人連れのご家族がやって来たから、昨日と同じように奥のテーブルに5人で座ってもらった。注文はカレーうどんを含めていろいろなのでした。急に厨房は忙しくなるのです。それが楽しいと思えるから、まだまだ余裕はあるのでした。

 続けて老夫婦のリピーターがいらっして、鴨南蛮蕎麦とヘルシーランチセットの天せいろを頼まれる。前回もお年寄りが食べきれるのだろうかと心配したのですが、二人で綺麗に食べ終えたから感心するのでした。ご主人が壁に掛けた店の名前の由来書について、女将に話を聞いていた。2時前になって「遅くまで済みません」と言って帰られた。洗い物をする暇もなかったので、今日も3時近くまでかかって洗い物と片付けをこなすのでした。
 家に戻って書斎でひと眠りすれば、やはり疲れたのか、女将が5時半に起こしに来るまでまったく目が覚めなかったのです。今日は夜の防犯パトロールのある日だったから、寝ぼけ眼で出掛けたら、メガネをかけるのを忘れてしまった。今日は少し少なめのコースを通ってくれて、4km程の道程を話をしながら歩くのでした。年を取ると目も耳も悪くなるものだと言いながら、出歩かないと歩かなくなるからいけないと言う話を80歳を過ぎた老人から聞くのでした。


2月18日 日曜日 やはり暖かいからか今日も蕎麦屋は賑わう…

 昨日の片付けがあったから、今朝も朝飯前に蕎麦屋に出掛けて、カウンターに干してあった盆や蕎麦皿を片付けるのでした。そして天麩羅の具材がほとんど残っていなかったから、昨日の夕刻に買い物に出掛けた女将に頼み、ピーマンやナスを買ってきてもらった。生椎茸も最後の1パックを使って、なんとか今日の具材を切りそろえるのでした。東の森の向こうから、朝日が昇ろうとしている。今朝は7時になる前に家に戻って朝食の食卓に着くのです。

 食事を終えたら書斎に入って30分ほど横になる。朝ドラはないけれど、いつもの時間に起き出して洗面と着替えを済ますのでした。新しく届いた蕎麦粉の袋を開けて、750g8人分の蕎麦を打つ。昨日の蕎麦が3束残っていたから、今日は11人分の用意で営業を開始するのでした。前のバス通りを4人連なって、サイクリング車が蕎麦屋の前で止まった。時間はまだ11時過ぎなのでした。それでも自転車を駐車場に停めるのに手間取ったから、暖簾を出したのです。

 中年の男性4人が奥のテーブルに座って、おろし蕎麦とぶっかけ蕎麦の全員大盛りのご注文なのでした。最初に天麩羅とかき揚げを揚げて、後は蕎麦を茹でるだけなのですが、大盛りは一度に二つずつしか茹でられない。いつもの開店時間には、カレーうどんのご主人が奥様を連れてやって来たから、もうテーブルは一杯なのです。ハラミの串焼きを頼まれて、カレーの汁を作っている間に、急いで肉を切り分けて串に刺すのでした。奥様はおろし蕎麦を頼まれる。

 今日はおろし蕎麦が多かったので、大根おろしが足りなくなって女将が大根をおろしてくれていた。12時前なのに、もう生舟には蕎麦が少ししか残っていないのです。自転車組が帰った昼を過ぎて、もう一台車が駐車場に入って、年配のご夫婦がいらっしゃる。お二人もよく見えるお客様で、奥様が必ず純米吟醸の日本酒と天せいろを頼まれるのです。ご主人はいつも辛味大根とせいろ蕎麦で、お二人とも蕎麦を食べきれずに残すのが常なのでした。

 1時までお客をまって、お蕎麦売り切れの看板を出し、亭主はかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べるのでした。生舟に残った蕎麦はたった一つなのです。今日も16℃と暖かいから、三日連続で蕎麦屋は混んだのでした。洗い物を済ませ、2時過ぎに女将と家に戻って、今日のデータをパソコンに入力したら、亭主は郵便局に蕎麦粉の代金を振り込みに行く。家に帰ったところで今度は女将が買い物に出掛ける。夜は活きの好い鰯が出ていたからと刺身で一献なのです。



2月19日 月曜日 今日は曇り空だったけれど異様に暖かい…

 6時過ぎに蕎麦屋に出掛ければ、東の森の上の空かが赤く燃えるようなのでした。今日は一日中曇りだという予報だったから、陽の光が見えただけでも好かったのかも知れない。南風のお蔭で朝からかなり暖かいのです。厨房に入って、まずはポットに湯を沸かしてコーヒーを入れ、ほうじ茶を瀬戸物のグラスに三杯作っておく。湯の沸くまでにカウンターに干して盆や蕎麦皿を片付け、空になった蕎麦ドックリを調理台に並べて、小鉢を補充するのでした。

 7時前に家に戻って、朝食の支度が出来るまで居間の椅子に座って一服する。「お父さん、ご飯ですよ」と女将に呼ばれて食卓に着けば、作ったばかりのベーコンエッグが美味しかった。冷蔵庫の中が空っぽになっているのを知っていたから、これが最後の料理なのかも知れない。煮物とお新香とで美味しく朝ご飯を食べたのです。食後にお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りするのでした。小一時間ぐっすりと眠って、洗面と着替えを済ませて蕎麦屋に行く。

 看板と幟を出したらチェーンポールを降ろして、蕎麦打ち室に入るのです。今朝は750g8人分を打って、昨日の残りの蕎麦と合わせて9食の用意なのでした。加水率は47%。生地はちょうど好い硬さで、伸してもしっかりと四隅が取れて、蕎麦切りも均等な幅で上手く出来たのです。厨房に戻って大根をおろし、野菜サラダの具材を刻めば、今日は途中でひと休みをしなかったので、11時前には開店の準備が整うのでした。女将が来ない日なので緊張していたのか。

 今日は男性の一人客ばかりなのでした。それも一人が帰ればまた一人といった具合で、洗い物を片付けたら、お茶を出して次の調理に入れば好かったから楽なのです。最後のお客が帰ったのが1時過ぎで、亭主は残った天麩羅の具材を上げて、賄い蕎麦を食べる。時間になったら幟をしまって、大釜を洗ったり天麩羅鍋の油を濾したり、明日は子ども会の廃品回収なので、奥の座敷の段ボールを潰して紐で縛って、新聞紙と一緒に玄関脇に置いておく。

 家に戻ったら、ちょうど女将が蕎麦屋に今日の残りものの荷物を取りに来てくれるところで、階段の降り口で荷物を手渡したのでした。夕刻までひと眠りして、夕飯は食べずに夜のプールに出掛けるのです。いつもの時間でしたが、駐車場はやけに混んでいました。プールは一人一コースでゆったりと泳げたけれど、亭主以外は若い人たちばかりだったから、少し気が引けた。帰りに地階のスーパーに寄って、冷凍食品の酒の肴を沢山買い込んで帰るのでした。

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2024年2月上旬



2月5日 月曜日 朝からの雨が久し振りの雪に変わり…

 明け方から雨は降っていたけれど、今朝は不思議な日の出の光景を見たのです。太陽は見えそうでなかなか見えない赤く光った空なのでした。6時過ぎに蕎麦屋に出掛けてエアコンの暖房を入れて、昨日の洗い物を片付け、洗濯機の洗濯物を干しておきます。昨日打った蕎麦がそのまま残っていたから、今日は蕎麦打ちはなし。家に戻る途中で犬の散歩の弟に会って、お袋様の通院で何度も送ってもらった礼を言う。彼も目の手術の後らしく抜糸がまだだとか。

 雨の止んでいる間に蕎麦屋に着いて、看板や幟を出したりしたけれど、外気は冷たく空は雪の降りそうな様子なのでした。蕎麦打ちがないので、今朝は金柑を包む白餡を作る作業をしました。氷砂糖を水から溶かして、冷凍の白餡を入れてひたすら弱火で暖めていくのです。その間に金柑大福を包み、大根や生姜をおろして、野菜サラダの具材を刻み始める。こんな寒い天気の日にお客は来るのだろうかと、暖簾を出すけれど昼までは人の気配もないのでした。

 昼を過ぎて常連の年配のご夫婦がいらっして、天せいろと暖かい天麩羅蕎麦を頼まれる。駐車場にもう一台車が入ってきたと思ったら「この店はいつ来ても休みなんだよな」と、元気の好い大声の親父様が奥様と一緒にテーブル席に着く。「営業時間が一番大きな字で書いてありますよ」と亭主が言うと、「道路から見るだけだから判らなかった」と応える親父様。天せいろをお二人で頼まれて、作ったばかりの金柑大福を、全部お土産で持ち帰られたのです。

 外は雪が舞ってきたから、帰りは傘を差して帰らなければならない。明日は定休日だから好かったけれど、果たして仕入れに出掛けられるのか。次の日が晴れると言うから、一日延ばしても好いけれど、お袋様の予定はどうなっているのか判らない。白内障の手術を無事に終えて、目が良く見えるようになったので、体操教室に出掛けるかも知れない。夜はいよいよ本格的に雪が降り始めた。明日の朝はどれほど積もっているのか、起きてみなければ判らないな。




2月6日 火曜日 思ったよりも軽症だった雪の後…

 夕べからの雪の積もり具合によっては、今朝の仕入れは中止しようと考えていたけれど、ガレージのシャッターを開けて見れば、それほどでもなかった。朝飯前のひと仕事に蕎麦屋まで車を走らせてみたけれど、通る車の少ない家々の間ものノーマルタイヤで走れるほどで、みずき通りやバス通りはもう雪が溶けているのでした。それでも蕎麦屋の駐車場は薄く雪が積もっていました。雪かきの道具を車に積んでは来たけれど、これなら自然に溶けるのを待つべき。

 朝食を食べ終えてひと眠りする間もなく、今朝は洗面と着替えを済ませて、お袋様に電話をするのでした。マンションの中の通りの方が雪が多かったので驚いた。農産物直売所に行けば、さすがに客もいなくて、係の若者が今日初めてのお客だからと、お袋様と亭主に大きな薩摩芋をくれたのです。隣町のスーパーまでは交通量が多いから雪のない道で、スーパーの駐車場もほとんど雪は溶けていました。停まっている車も10台ほどで、店内もお客は少なかった。

 無事に買い物を済ませたお袋様を家まで送って、蕎麦屋に着いたら、まずはビニール袋に五つ分の荷物を厨房に運んで、冷蔵庫に収納できるものは片付けてしまう。大釜に湯を沸かしている間に、出汁取りの準備をしてガスレンジに載せておく。そして、大きな白菜の半分を四つに切って、小さな樽に塩で漬けていくのです。大釜に沸いたお湯で小松菜を茹で、タッパに小分けして急速冷凍室へ。これでやっと家に帰って昼の時間。昨日残った蕎麦を茹でて食べる。

 女将のスポーツクラブの予約を無事に取り終えたら、今日は早めに蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをするのでした。まずは大根を切ってなた漬けの準備。塩を振って漬け物器に漬けるだけなのです。柔らかいから、みるみる水が上がってくるのは新鮮だから。昼前に漬けた白菜も重しが随分と下がっている。一番出汁を取って蕎麦汁を仕込み、二番出汁を取って容器に入れておく。時間があるから、明日のなた漬けのために、柚子の皮を挽いて刻んでおきます。

 二品目の小鉢は小豆を甘く煮たのが残っているので、南瓜を茹でて味つけしておく。これで午後の4時になったから家に戻るのでした。外は時雨から雨に変わっていた。昼は蕎麦の大盛りを食べたのに、もう空腹になっているから不思議。焼酎をセットして冷凍のハッシュドポテトを上げてもらう。夜は常夜鍋だと言うけれど、それだけでは足りないので、蛸の唐揚げとハッシュドポテトでまずは一杯飲んでいるのです。ストーブを点けないと寒い夜なのでした。



2月7日 水曜日 暖かな陽射しの一日でした…

 向かいの畑には昨日までの雪の残滓が残っていたけれど、朝の6時半には東の森の影から朝日が昇って来ました。風もなく雲一つない空が、今日の暖かな天気を約束しているかのようです。昨日、漬け物器に塩漬けしておいた大根の水か上がっていたので、更に小さな漬け物器に移して、酒粕と砂糖と昨日刻んだ柚子と唐辛子を加えて、漬け直すのでした。店の中で一番寒い蕎麦打ち室に置いてある漬け物の樽も、水が上がってきたので漬け物器に移しておきます。

 刻んだ柚子と昆布と唐辛子を何層にも敷き詰めて、全部を漬け込んでしまいます。昆布の旨味が広がって柚子の香りがしてくれば、もう食べられるのです。昨日は南瓜のいとこ煮も少し作ったから、今週は小鉢の品は3種類になる。それだけお客が来れば好いけれど寒さがどれくらい続くのかが気になります。蕎麦粉とタピオカ粉とを計量し、豆乳を加えて蕎麦豆腐を仕込んでおく。残る仕込みは天麩羅の具材切りと蕎麦汁の補充だけです。午前中に終わりそう。

 家に戻って女将の用意してくれた朝食を食べれば、ストーブに当たっているので直ぐに眠くなる。書斎に入って今日は定休日だからゆっくりと1時間も眠るのでした。10時前までテレビで映画を観てから、11時までには仕込みが終わるだろうと蕎麦屋に出掛ける。今日は夜の防犯パトロールがある日だったけれど、昨日のうちに電話があって、集会所の鍵が壊れて中には入れないから中止にするという連絡がありました。よって夜はプールで泳げるから嬉しい。

 蕎麦屋の厨房に入って、まずは玉葱と人参を刻み、南瓜を切り分けてチーンしたら、生椎茸、ピーマン、ナスを切って容器に入れ、ラップをかけて蓋をして冷蔵庫に入れておきます。それから最後に三ツ葉を刻んでタッパに入れてやはり冷蔵庫に。ぴったり11時に家に戻って、台所に立って昼の準備を始める。今日は残った野菜類を消化しようと焼きそばを買ってあるので、肉を刻んでソース焼きそばを作ったのでした。亭主はあんかけ焼きそばが好きだけれど…。

 どうも女将はソース焼きそばが好きなのです。小さい頃によく食べたとかで、家庭で作っていたのかのかも知れない。同じ東京育ちでも、亭主の家では中華は外で食べたから、店の味をよく覚えているのです。調理の仕方が見えるカウンターに座って、中華鍋を振って仕上げる店主の姿を、羨ましく眺めていたのを好く覚えている。今日は蒸し焼き蕎麦を一度油で炒めてから、肉や野菜を炒めて混ぜただけ。味つけは女将の好きなソースだけなのでした。

 食後は例によって書斎で昼寝。女将はその間にスポーツクラブに出掛ける。3時前に目覚めて、居間で映画を観ながら、女将の帰ってくるのを待つのです。彼女が帰ったら亭主は蕎麦屋に出掛ける。洗濯機の中の洗濯物を干して、空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めていくだけ。コーヒーを入れて飲みながら、明日の段取りをシュミレーション。4時過ぎに家に戻って、モヤシと挽肉を炒めてとろみを付けたら小松菜を入れ、別鍋でラーメンを茹でてモヤシラーメンを食べる。6時半には夜のプールに出掛け、一人一コースでゆったりと泳ぐのでした。クロール、バック、ブレストを繰り返して汗をかく。


2月8日 木曜日 天気予報に翻弄された一日でした…

 夕べの天気予報では、今日は晴れて気温も上がると言うことだったので、いつもと同じ蕎麦の量では足らないといけないと思ったのです。早めに床に就いて朝の5時から蕎麦屋に出掛けて、一回目の蕎麦を打つのでした。寒い日の続いた後は、急にお客が増えたりするので、残りの蕎麦の数を心配しして営業するのも嫌なのでした。今日は女将が手伝いに来てくれる日だから、お客が増えても大丈夫と考えたのです。蕎麦を打ち終えて家に帰る時にはもう日の出前。

 前の畑は霜が降りて凍っているのが判った。どうもそらには厚い雲がかかって、東の森の当たりだけが太陽に当たって赤く光っているのでした。家に帰ってもまだ6時過ぎだったから、書斎に入ってもうひと眠りする。1時間ほどぐっすりと眠ったら、台所で女将が朝食の支度をしていました。今朝はナス焼きと銀ダラの煮付けがおかずで、美味しくいただいたのです。食べ終えたらもう7時半を回っていた。洗面と着替えを済ませて、また蕎麦屋に出掛ける。

 蕎麦屋に着いたら西の空には青空が広がっていたので、天気予報通りなのかと、二回目の蕎麦を打つ。ところが直ぐに曇って、結局晴れたり曇ったりで、昼からはずっと曇り空なのでした。風がないからまだ好かったけれど、外はかなり空気が冷たくて、これではお客が来るはずもないと思えたのです。それでも、金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻んで、開店の準備には余念がない。暖簾を出したら直ぐに近所の常連さんがやって来たのです。

 瓶生ビールと温かい汁のぶっかけ蕎麦の大盛りを頼まれて、カウンターの隅でしばらく食べていらっした。それから1時過ぎまでお客はなく、やっと車が駐車場に入ってきたと思ったら、若い女性の一人客。カウンターに座って天せいろのご注文だった。すぐに天麩羅を揚げて、残ってしまう野菜サラダをサービスでお出ししている間に、蕎麦を茹でて配膳をするのでした。なんと今日はこれでお客は終わりなのでした。亭主は天麩羅を揚げて賄い蕎麦を食べる。



2月9日 金曜日 今日も晴れたり曇ったりで寒い一日…

 今朝も昨日がお客の少なかったお蔭で、準備しておくことがなかったから、エアコンの暖房を入れに蕎麦屋に出掛けたのです。6時半を過ぎて、東の森の向こうから朝日が昇るのが見えた。空には雲が随分と出ていたので、天気予報では晴れと言うけれど、昨日と同じような天気なのではないかと思われるのでした。昨日の蕎麦が沢山残っていたので、今朝は蕎麦打ちはなし。金柑大福も昨日作ったものがあるので、今日は1時間遅れで出掛ければ好いのでした。

 7時過ぎに家に戻れば、女将が台所で朝食の支度をしてくれていた。「最近、朝飯の時間が遅くなったよね」と言えば、「お父さんが起きるのが早くなったのよ」と言い返す女将。お腹が空いてしまうから朝食が遅くなったと言っているのだと思われた。実は、食後のひと眠りの時間が、以前に比べて長くなったから、出掛けるまでの時間に余裕がないのでした。今日は急ぐ仕事がないので、ゆっくりとひと眠りをして、9時半に家を出るのでした。

 蕎麦屋の前のバス通りからは、青空が雲に覆われているのが見えた。これは「晴れ」とは言えないのです。早朝の向かいの畑には真っ白に霜が降りていたから、気温はかなり低いのでした。看板と幟を出して、チェーンポールを降ろしたら、暖房の効いた蕎麦屋の中は暖かいので、すぐに厨房に入って今日の段取りを考える。大釜に水を張って、四つのポットを並べたら、野菜サラダの具材を刻むのでした。今日はいつもと違って10時半にはサラダが出来上がる。

 思っていたとおりに外は青空が少なくなって、どんよりとした雲が一面に広がっているのでした。寒い日にはお客が来ないと言うのは、つくづく思い知らされているから、今日もあまり期待が出来ない。それでも準備だけはしておかなければならないから、天麩羅鍋に油を注ぎ、天麩羅の具材を調理台に並べて、開店10分前には暖簾を出すのです。カウンターの隅の椅子に座ってひと休みしながら、何かやっておくことはないかと考えるのですが何もない。

 昼過ぎに若い女性が一人で歩いていらっして、暖かいぶっかけ蕎麦を頼まれる。サービスで野菜サラダを出せば、美味しそうに食べているのでした。白エビのかき揚げを追加で注文されて、天麩羅が多いかと思ったけれど綺麗に食べて、帰りに金柑大福をお持ち帰りになった。聞けば近所に実家があるそうで、もう住んで40年になると言う。亭主の上の娘と同じくらいの年齢なのでしょうか。今日のお客は彼女一人。徒然の話が出来て好かったと言うべきか。

 片付けを終えて、2時半には女将のいない家に戻って、書斎に入ってひと眠りする。午後の陽射しが暖かかったから、ゆっくりと眠って目覚めればもう5時を回っていたのです。女将が夕飯の支度をしてくれていたけれど、夜のプールがあったので、お茶をもらって食べずにプールに出掛けるのでした。金曜日は空いているから、ゆっくりと準備運動をして、今日はちょっとだけ多く泳いだのです。ぐっすりと眠った後だからか、身体の調子はすこぶる好いのです。


2月10日 土曜日 コロナ禍が過ぎて珍しくご来店のお客たち…

 今日は朝からずっと暖かく、夜明け前に蕎麦屋に出掛けて、ひと仕事なのでした。明日は少し寒くなるという予報だったから、今日はお客が来るかも知れないと思って、小鉢を多めに盛り付けておくのです。明日が一年ぶりの味噌造りの日で、店を臨時休業にしたのに、5日分のお新香を漬けてしまったから困った。なた漬けもカボチャの従姉妹煮もあるから、到底、出し切れない。お客が来ないと作ったものが出ないので、今日は期待していたのです。

 家に戻って朝食の後にひと眠りをしたら、また蕎麦屋に出掛けて蕎麦を打つ。昨日の蕎麦も残っていたから、今朝は500gだけ打って13食の用意で営業を始めるのでした。昼過ぎにご近所の親父様たちがぞろぞろと店にいらっして、いつもの席に座ってまずはビールと豚のハラミを頼まれる。いつもは四人なのに、今日は三人で賑やかに話し始めた。つまみに枝豆やトマトをサービスして、酒を頼み始めたら、白エビのかき揚げやワカサギの天麩羅をお出しする。

 いつものことで酒の終わりにはせいろ蕎麦かと思っていたら、今日は天せいろと言うから驚いた。亭主よりも年上の人たちだから、そんなに食べられるだろうかと心配したのです。1時間半以上は飲んで話していたけれど、さすがに酔ったらしく、帰る頃には千鳥足なのでした。帽子を忘れた人には女将が追いかけて持って行く。仲の好い年寄り連中で、今度は何処に旅行に行こうかと相談をしていたのです。閉店まで今日はこの三人にかかり切りの亭主と女将。



2月11日 日曜日 一年に一度の味噌造りの日…

 今日は蕎麦屋は臨時休業。年に一度の味噌造りに夫婦揃って出掛けるためです。それでも6時半には蕎麦屋に行って、昨日の洗い物の片付けをしたり、明日の段取りを考えたりと、朝飯前のひと仕事をこなしてくるのです。家に帰って朝食を食べたら、今日はひと眠りをする暇もない。車に荷物を積み込んで、8時過ぎには二駅先の駅前にある市民会館に向かうのでした。休日の朝だからか道が空いていたので、思ったよりも早く着いて、駐車場に車を入れる。

 今朝は寒くて二階の窓から富士山がよく見えたから、味噌の寒仕込みにはうってつけの天気なのでした。ひと晩水に浸した大豆を、圧力鍋で煮たら、蒸らして熱いうちにミンチにするのですが、これを冷ますのに日影において外気に晒すのです。だから暑い日ではいけないのだとか。直射日光に当てても駄目なのだそうです。例年、2月の始め頃にこの味噌造りが設定されているのは、一年で一番寒い時期を選んでいるのです。今年は少し暖かいけれど今日は寒い。

 調理室の鍵が開く時間までに、見覚えのある顔のお母さん達が集合して、決められたテーブルについて準備を開始する。前日に豆を水に浸けてくれたのは有志の方々で、皆の指導をしてくれる女性も含めて皆さんボランティアなのが素敵なのです。女将と亭主が一番若いくらいの年齢だから、煮た豆をミンチの機械で潰すのを手伝ったり、昼食の休憩を夾んでたっぷり5時間ほどかけて、全員が豆を潰して捏ねるのです。そして容器に詰めて後片づけをする。

 今年は亭主以外に男性の姿も見られて、ご夫婦で参加する人もいらっしゃった。茹でた豆をミンチで挽いたり、ミンチにした豆を潰して捏ねるのには、やはり力が要るのです。少ない人で5kg、多い人で10kgの豆を捏ねるから大変なのです。我が家では蕎麦屋でも出来た味噌を蕎麦豆腐のタレに使っているので、10kgを作っている。今日、仕込んだ味噌は、10月まで家の中の風が通る涼しいところに置いて、やっと仕上がりなのです。疲れた一日なのでした。

 

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2024年2月初め



2月1日 木曜日 予報とは裏腹に昼過ぎまで晴れて暖かく…

 昨日の夜間パトロールが身体にこたえたのか、早めに床に入ったのに、今朝は7時まで眠ってしまたのです。台所の女将が朝食の支度をしていたけれど、最近は少しずつ遅くなるのです。彼女はどう考えても、朝ドラの時間に合わせて行動しているようにしか見えない。自分のペースで動くから、割を食うのは亭主ばかり。朝飯前のひと仕事が出来ないと、こんな所にも影響が出てくる。今日は気温が高いと言うから、蕎麦を二回打とうかと思ったけれど取りやめ。

 蕎麦屋に着いても青空が広がって、見渡す限り雲がないから直ぐに曇りにはなりそうにない。蕎麦を打つにも一回の蕎麦打ちで足りるのだろうかと心配したけれど、時間の関係もあるから今となってはどうしようもないのです。暖かく晴れていれば、平日とは言ってもきっとお客が来るに違いない。あまり早い時間に蕎麦がなくなった場合には、準備中の看板を出して、もう一度蕎麦打ちをするしかないと諦めて、750g八人分の蕎麦を打ち、厨房に戻るのでした。

 加水率はこのところ同じ48%。生地はちょうど好い硬さで、四隅を綺麗に取って打ち終える。140gほどで一束を作ったら、60gほど余分に取れたのです。厨房に戻って金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻む。早めにテーブルをアルコール除菌液で拭いて回れば、動くことで少し身体の調子がよくなるのです。生姜と大根をおろして、薬味の葱を刻んだら、新しい油を天麩羅鍋に注ぐ。いよいよ開店の準備が整ったところで、女将が手伝いに来てくれたののです。

 暖簾を出して直ぐに、四人連れのご家族がみえた。お婆様と老夫婦と甥っ子という若い男性が、天せいろの大盛り二つに天麩羅蕎麦と天麩羅うどんを頼まれる。コロナ禍以前にも来店したことがあって「親子丼がとても美味しかった」と、お婆様が懐かしそうにおっしゃるのでした。女性は年を取ってもよく話をするから、お婆様も年を取ったご主人も、二人とも腰の骨を折って大変だったと言う。その間に若い男性がやって来て、鴨せいろの大盛りをご注文。

 皆さんの帰ったのは1時前で、今日はこれで終わりかと、亭主は切れ端の蓮根の天麩羅とかき揚げを揚げ、月曜日に打った蕎麦の残りを茹でて食べる。食べ終わったところで車が一台駐車場に入ってくるのでした。女性一人のお客で天せいろのご注文。1時半からの女将のスポーツクラブの予約も取れなかった。平日の割には随分お客が来てくれたから、これも暖かくて天気の好いお蔭だと思った。家に帰って午後の昼寝をしたら、夜は鮪のたたきで手巻き寿司。


2月2日 金曜日 昨日とは違ってとても寒い一日でした…

 寒い朝でしたが、仕込みがあるので朝飯前のひと仕事に蕎麦屋に出掛けるのでした。カウンターに干してあった盆や蕎麦皿を片付けて、お新香を漬け物器から取り出して切り分け、小鉢に盛り付けたら、南瓜の煮物を小鉢に盛って、甘く煮た小豆を掛けていく。空の蕎麦徳利に蕎麦汁を補充して、冷蔵庫に収納する。昨日の洗濯物を干して、時間は7時を過ぎていました。家に戻って朝食の出来るのを待つのです。早く食べないと食後のひと眠りが出来ない。

 今朝は珍しく親子丼だったので嬉しい。蕎麦屋でキノコ汁に使った鶏肉を持ち帰っていたのです。ひじきと厚揚げの煮物も温かくて美味しかった。若布と豆腐の味噌汁は煮干しの出汁が効いていた。身体が温まったところで、ストーブの前でひと休みしてから、書斎に入ってひと眠りです。朝の5時前から起きているから、どうしても暖まると眠くなる。小一時間眠って洗面と着替えを済ませ、8時半には家を出るのでした。水仙の花が満開なのでした。

 手袋こそジャンパーのポケットに入れたままでしたが、空はどんよりと曇って、寒さも昨日の朝とは大違いなのです。それでもエアコンの暖房を早朝に入れたままだったから、店の中は15℃ほどで、蕎麦打ちにはちょうど好い温度なのです。蕎麦打ち室に入って、今日も48%の加水で750gの蕎麦を打つ。湿度は28%なのに、今日は少し柔らかめの生地に仕上がって、伸すのに力が要らなかった。なにが原因なのか、あまり深く考えないけれど不思議なのです。

 生地が柔らかいとは言っても、綺麗に等間隔で蕎麦が切れたからまずまずの出来でした。昨日の残った蕎麦と合わせて9束の蕎麦を生舟に並べて、端切れを合わせて昼の賄い蕎麦用に取っておく。10時前には蕎麦打ちが終わっているから、今日は予定通り進行なのです。厨房に戻って金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻み始めれば、大鍋の湯が沸いてポットにお湯をいれる。ここからはそれこそ分刻みで作業をこなしていく時間帯なのです。

 大根もおろして、カウンターに金柑大福と野菜サラダを並べれたら、後は天麩羅の油を天麩羅鍋に入れて、具材と天ぷら粉を調理台に並べ、テーブルを拭いて回る。これで11時過ぎだから、カウンターの隅の椅子に座ってひと休み出来るのです。暖簾を出せば、早い時間に駐車場に車が入って、女性の一人客がご来店。ヘルシーランチセットのせいろ蕎麦を頼まれ、すぐに野菜サラダをお出しする。蕎麦豆腐を出して蕎麦を茹でていたら、次のお客がいらっした。

 見ればいつもの常連さんで、まずはビールと野菜サラダ。駅前の高層マンションから、この寒い中を歩いていらっしゃったのです。1㎞以上はあるから、冷たい野菜サラダも食べられるのでしょう。金柑大福を帰りに二つお持ち帰りでもらうから、取っておいてくださいとおっしゃって、豚のハラミの串焼きを頼まれる。焼き始めようとしたら、奥に座った女性のお客も「私もハラミをください」とおっしゃるので、一緒に焼いてお出しするのでした。

 常連のお客は、最近は最後が鴨南蛮蕎麦のご注文で、たった二人の二人のお客だけれど、四人分ほどの売り上げがあった。有り難い事なのです。1時半になったので、今日は天麩羅が出なかったから、器具を汚さぬように、亭主はおろし蕎麦で端切れの蕎麦を茹でて、賄い蕎麦にする。女将のいない家に戻ってひと休みしたら、書斎に入ってひと眠りするのでした。暖房を入れて眠ったのでぐっすりと寝込んでしまい、目覚めればもう夕食の時間なのです。食後は今日は夜のプールに出掛ける日だから、ゆっくりとひと休み。


2月3日 土曜日 風もなく晴れた朝でした…

 今朝は蕎麦屋の暖房を入れるためだけに出掛けて行った。午前7時前の東の空には、森の向こうに太陽が昇ろうとしている。家に戻って朝食の席に着けば、昔ながらの女将の手作りの煮物が並んでいた。ほっけの塩焼きは綺麗に半分に切られている。これが身体に良いのかは判らないけれど、タンパク質がちょっと足らない気がするのです。それでも美味しく全部食べ終えて、お茶をもらってひと休みしたら、書斎に寝に行くけれどすぐに目覚めてしまう。

 陽射しはあるけれど、朝はまだ手袋が必要な寒さなのでした。風もなくのどかな天気なのですが、空気が冷たいのはやはり今の季節だからか。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打てば、このところ綺麗に仕上がっているから、蕎麦切りも順調で今日は12食の蕎麦を用意したのです。端切れを出さないようにと145gほどで一束を作る。厨房に戻って金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻めば、大釜の湯が沸いてくるのです。包丁を置いてポットに湯を入れていく。

 今週のブロッコリーは形も好く新鮮で美味しそう。アスパラガスも根元の四分の一ほどから切って2分半茹でれば、柔らかく食べ頃に仕上がるのでした。最初に歩いていらっしたご近所のご主人が、寒いからと珍しく鴨南蛮蕎麦を頼まれる。鴨肉を厚切りにして焼いて蕎麦を茹でる前に、野菜サラダをお出ししておく。続けてせいろ蕎麦と白エビの掻き揚げとキスの天麩羅を頼むいつものお爺さんがご来店で、今日はカウンターからお客が入ってくるのでした。

 テーブル席にはまずはご夫婦らしい中年の男女が座って、鴨せいろと温かい汁の天麩羅蕎麦を頼まれる。続けて入って来た若い作業員二人が、天せいろの大盛りと追加で赤いかの天麩羅をご注文。更に橋の向こうの常連さんがカウンターに座っていつものせいろの大盛りと辛味大根。1時までの間に洗い物をする暇もなくお客が入ったので、厨房の亭主も身体が温まる。2時半には女将と蕎麦屋を出て、夕刻までひと眠りして、また蕎麦屋に出掛けて仕込みをする。



2月4日 日曜日 朝から冷たい雨の降る日でした…

 雪でなくて好かったというのが正直な気持ちでした。こんな寒い日にお客は来ないだろうけれど、雪が積もると駐車場の雪かきが大変なのです。この時期は夜から降る雨に注意。6時半に蕎麦屋に出掛けてとにかくエアコンの暖房だけ入れておくのでした。日曜日の朝だから家に帰るまで車にも人にも会わなかった。玄関に入れば、ぷーんと魚の焼ける匂いがした。食堂に行くと今朝はナス焼きとほつけの塩焼き。味噌汁が付いて美味しい朝食なのです。

 お茶をもらってひと休みしたら、書斎に入ってひと眠りするのだけれど、夕べは熟睡したからか20分ほどで目が覚めてしまう。洗面と着替えを済ませて、ストーブで暖まったら「行って来ま~す」と玄関を出る。手袋をして傘を差して歩く道には、今日は幼稚園も休みだからやはり誰にも会わないのです。蕎麦屋に着いて看板と幟を出したら、傘を差しながらチェーンポールを降ろす。蕎麦打ち室は15℃まで温度が上がっていた。湿度はエアコンのせいか37%。

 いつもと同じ加水率で捏ねた生地は、今日もしっとりと仕上がって、四隅も綺麗に決まっていたから、八つに畳んで包丁切りをすれば、等間隔に切る事が出来た。昨日の残りの2束と合わせて今日は10束の用意で営業を開始するのです。昨日作った金柑大福があるから、今朝は明日の金柑大福の金柑を甘露煮にする事から始める。時間がないから金柑10個を半分に切って酢水で茹で、氷砂糖を溶かした鍋で甘露煮にする。そして、野菜サラダの具材を刻み始める。

 今日は暖簾を出す前に車が駐車場に入ってきた。よく見れば見覚えのあるご夫婦で、成田からわざわざ蕎麦を食べに来て下さるリピーターさんなのでした。せいろ蕎麦とおろし蕎麦を頼まれて、天麩羅にキスとワカサギと海老を追加する。奥様が蕎麦豆腐のぷるんとした食感が好きだと言って、お替わりをしたから驚いたのです。ご主人はビールを飲み終えたら日本酒に変えて、蕎麦を食べながら日本酒をのんでいらっしゃった。1時間ほど話をしていかれる。