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2024年1月末



1月28日 日曜日 曇り空で寒く感じた一日…

 沈む月が雲間に隠れる朝6時過ぎの空。畑には霜が降りて真っ白なのです。最近は、氷点下の朝も珍しくないけれど、風があるととても寒く感じる。蕎麦屋の中は6℃と昨日と同じだけれど、陽が差していない分、寒く感じるのです。エアコンの暖房を入れ、厨房に入って小鉢を盛り付ける。これが今日の朝飯前のひと仕事。ついでに予備の一番出汁で蕎麦汁を1㍑ほど作っておく。冷蔵庫には12人分の蕎麦汁があるけれど、明日もあるから備えあれば憂い無し。

 7時前に家に戻って亭主が厨房に入り、店で残った野菜サラダに肉を入れて炒め、あんかけ煮にしてご飯にかけて食べるのです。女将は中華風が嫌いらしく、そのままおかずにしてスプーンで食べている。寒い朝だからなにか温かい物を食べたくなるのです。ホウレン草と油揚げの味噌汁が美味しい。食事を終えてひと休みしたら、書斎に入ってひと眠り。夕べも7時間以上眠ったのに、身体が温まるとまた眠くなるのはどうしてなのだろうか。

 家を出ようとしたらぐらりと地震があった。直ぐにテレビを点ければ、震源は東京湾で東京は震度4にもなっている。佐倉は震度2らしい。洗濯物を干していた女将が居間の部屋に来て、「震源地は何処なの?」と能登の震災があったばかりなので気になっているらしい。元日も同じようにぐらりと大きく揺れたのです。東京湾の地底80kmが震源と言われても、ぴんと来ないけれど、かなり広範囲に揺れたようなのです。庭の水仙を眺めながら蕎麦屋に出掛ける。

 店の中は暖房を入れておいたから、十分に暖まっていたので、すぐに蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。今日も加水率48%で生地を捏ねれば、絶妙な仕上がりで、伸して畳んで包丁で切れば、綺麗に同じ幅で切れるから不思議。そう言えば確か昔、49%まで加水したことがあるのを思い出した。一年で一番寒い時期だから、やはりかなり乾燥しているので、このくらいは必要なのかも知れない。温湿度計の湿度は20%ほどしかないのでした。

 厨房に戻って野菜サラダの具材を刻みながら、大根をおろして、天麩羅の具材を切り分けておきます。早お昼を終えた女将が家からやって来る頃には、もう開店の準備は整っているのです。昼を過ぎて1時前に若いご夫婦がいらっして、ヘルシーランチセットの天せいろとビールとキノコつけ蕎麦にハラミの串焼きを頼まれる。その間にご家族で別のテーブルに座ったお客様は、次々といろいろな注文をされるものだから、厨房はにわかに忙しくなるのでした。

 せいろ蕎麦の大盛りと温かい汁のぶっかけ蕎麦に鴨せいろの大盛りだけでは足りないらしく、途中で白海老の掻き揚げに赤いかとワカサギの天麩羅を追加。息子さんがハラミの串焼きを追加注文したかと思うと金柑大福まで頼まれる。すべて食べ終わってご家族が帰る頃には、もう閉店時間なのでした。それから女将と二人で洗い物を片付けて、いえ戻ればもう3時なのでした。亭主は書斎でひと眠りして、目覚めた頃には大相撲千秋楽の最後の場面なのでした。


1月29日 月曜日 一月最後の営業日は亭主一人なのに…

 蕎麦屋の朝飯前の仕込みが終わって、6時過ぎの東の空です。前の畑は真っ白な霜が降りて、今朝も勿論氷点下。空気が澄んでいるのがよく判るのです。帰りにコンビニに煙草を買いに行けば、いつも朝の早いお姉さんが元気に応対してくれた。車の車外温度計がゼロのままでした。家に帰ってあまりに寒いから、昨日残った野菜サラダと肉を使って中華丼にして食べた。女将が台所に来て「お腹空いたの?」とベーコンエッグとハッシュドポテトを作ってくれた。

 店の室温は昨日とあまり変わらないけれど、外は風がないから陽射しの暖かさが届くのです。昼になるにつれて、エアコンの暖房がかなり効いてくるのが判った。今日も加水率48%で生地を捏ねて、綺麗な蕎麦を仕上げ、生舟には昨日の蕎麦と合わせて12束の蕎麦を用意しました。亭主一人の月曜日だから、一つ一つの作業を短い時間でこなして、余裕を持って開店にこぎ着けたいもの。大根をおろしたり、天麩羅の具材を切り分けたりと、素早く動くのです。

 金柑大福を包んで、野菜サラダの具材を刻みながら、お湯をポットに入れて、油を天麩羅鍋に注いで、天つゆの鍋を火にかける。11時前にはすべての準備が整い、カウンターの隅の椅子に座って、しばしの休憩です。今日は開店時刻の5分前に暖簾を出して、お客を待つのでした。12時前に普段は平日には来ないカレーうどんの小父さんが奥様と共にご来店。カレーうどんとキノコつけ蕎麦とハラミの串焼きを頼まれて、亭主は早速準備に入るのです。

 続けて中年のご夫婦が奥のテーブルに座って、ヘルシーランチセットの天せいろを二つ頼まれる。今日はこれで野菜サラダが売りきれで、また家に持ち帰るのかという心配も、すっきりとするのでした。作ったばかりの金柑大福も出たので嬉しい。店の電話が何度も鳴るけれど、天麩羅を揚げていたり、蕎麦を茹でていたりで出ることが出来なかった。すると1時を過ぎた頃にワゴン車に乗って6人の女性達がご来店なのでした。これが先ほどの電話の主だった。

 ぶっかけ蕎麦一つと天せいろ五つのご注文で、亭主は天麩羅の具材を再び切り分けながら、次々と盆や蕎麦皿をセットしては、天麩羅を揚げていく。平日のしかも亭主一人の時に、こんなに多くのお客が来たのは何年ぶりかなのでした。カウンターに分かれて座った女性が、ご夫婦でいつもいらっしていたので、皆さんを誘ってきたと後で判ったのです。ラストオーダーの時間には、皆さん会計を済ませてお帰りになる。後片づけは4時を過ぎて終わるのでした。


1月30日 火曜日 今日は陽射しも暖かく…

 昨日は疲れ果てて夜のプールにも行けなかった。4時半から遅い昼寝をしたら、6時過ぎまで眠って夕飯にも間に合わなかったのです。更にいつもの時間に眠くならないから、1時近くまで映画を観て、生活のリズムが崩れてしまった。朝もゆっくりと目覚めて、定休日で好かったのです。お袋様と仕入に出かける前に蕎麦屋に寄って、昨日の洗い物を片付けておく。今週は白菜を漬けようと思っていたから、農産物直売所で買って帰るのでした。

 出がけに「昼は何にする?」と女将に問えば、「白菜がまだ残っているのよ」と言うので、隣町のスーパーでシマダヤの湯麺と挽肉を買って帰る。昼は白菜四分の一を刻んで、挽肉と中華鍋で炒めてあんかけのスープにしたら、茹でた麺を入れてはいでき上がり。野菜の大量消費には中華が一番だと、中華の苦手な女将は思いつかないらしい。そのくせ「身体が温まって美味しい」と言うのです。重い中華鍋を振るのが大変なのかも知れない。

 午後は昼寝もせずに女将のスポーツクラブの予約を終えたら、蕎麦屋に出掛けて午前中に漬けた白菜の様子を見る。新鮮なのでだいぶ水が上がってきているから、明日には漬け直して小さな樽に移そう。出汁取りの準備をしておいたので、一番出汁を取って蕎麦汁を仕込み、二番出汁を取って容器に入れて冷蔵庫に収納する。蕎麦汁は冷まして蕎麦徳利に詰めておく。やることはまだ沢山あったけれど、4時半になったので家に帰ってひと休みするのです。

 書道が終わった女将が仕事部屋から出て来て、「夜は鮪のたたきの手巻き寿司と鴨の葱焼きでいいですか?」と言う。亭主は焼酎のライムと炭酸割りを作る準備に忙しい。テレビのニュースを二人で見ながらあーだこーだと話をして、今宵も楽しい夕食のひととき。昼寝をしなかった午後の時間で、庭の金柑の木をまた剪定したのです。とにかく実が沢山上の方まで付いているので、手の届かないところを脚立を立てて切り落としてしまう。ついでに洗濯を干すのに邪魔になると言うウチワサボテンも切り込んでおいた。



1月31日 水曜日 昼は3月下旬の暖かさで…

 午前6時前、辺りが少し明るくなってきたので、蕎麦屋に出掛けて朝飯前のひと仕事。昨日漬けた白菜一把を昆布や柚子や唐辛子を加えて漬け直し、漬け物器に移し替えたのです。あんなに沢山あった白菜が、一晩で水が上がって、小さな漬け物器に入って締まったからびっくりです。野菜が新鮮な農産物直売所のお蔭なのでした。洗濯機の中の洗濯物を干して7時前になったから、家に戻って朝食の出来上がるのを待つ。畑には真っ白な霜が降りていました。

 朝食を終えてお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りをする。「今日も休みなのだから」と自分に言い聞かせて、ゆっくりと起き出して、9時すぎにまた蕎麦屋に出掛けるのです。洗った鍋を片付けて、まずは蕎麦豆腐を仕込んでおきます。そして、時間のかかる小豆を鍋で煮始める。隣の火口では南瓜を煮て、いとこ煮の仕込みを始めます。出汁醤油と砂糖を加えて南瓜は出来上がり、鍋を移動して今度はキノコ汁を作るのです。鶏肉を切り分けて出汁で煮る。

 シメジ、エノキ、エリンギ、舞茸、ナメコと次々に鍋に入れて、火が通ったら塩味を付けて冷ましておきます。約6杯分のキノコ汁は、三分の一を小さな鍋に移して明日から使えるようにして、残りはタッパに分けて急速冷凍しておきます。小豆が煮えてきたから、三回に分けて同量の砂糖を加え、これも冷ましておくのです。これで午前中の仕込みは終わり。11時過ぎに家に戻って昼食を食べる。食後は昼寝をしようと思ったけれど、なかなか眠れないのです。

 女将がスポーツクラブに出掛けた後で、仕方がないから庭に出てウチワサボテンの剪定と、金柑の木の剪定の続きを終わらせるのでした。だいぶすっきりしたけれど、沢山実を付けた金柑の実はまだ枝に付いたままで、気が遠くなるように思えたところで止めておくのでした。こんなに沢山の実が付いたのは初めてだから、どうして好いか判らない状態なのでした。ウチワサボテンの切り落とした葉はゴミ袋に詰めて、実の付いた金柑の枝はボールに取っておく。

 居間でひと休みしたら、蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みにかかるのでした。ピーラーで蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら酢水で茹でて、南瓜を切り分けてレンジでチーンする。後は明日の天麩羅の具材を切り分けて容器に詰めたら、ラップを掛けて冷蔵庫に収納するのです。白菜の漬け物は切り分けて小鉢に盛り付け、煮込んだ南瓜は小豆をかけてやはり小鉢に盛り付けておく。3時過ぎには家に戻ってひと休み。早い夕食を食べて夜の防犯パトロールに出掛ける。

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2024年1月下旬



1月20日 土曜日 曇り空、朝から寒く感じる…

 夕べのプールで泳いだのが疲れたのか、今朝は6時半過ぎまで目が覚めなかった。店のお客が多かったわけでもないし、そんなに泳いだわけでもないのに、やはり寒い朝だったからかも知れない。居間の部屋に行って、台所にいる女将が入れてくれたエアコンの暖房以外に、ストーブを焚いて暖まるのでした。食事を終えたら今朝は早めに家を出て、冷え切った蕎麦屋に行って暖房を入れる。朝の出足が遅いと、最近では開店前まで苦労するからなのです。

 看板と幟を出したらチェーンポールを降ろして、厨房に入ってまずは昨日までになくなったお新香の小鉢を追加しておく。大根のなた漬けもあるのですが、天麩羅にはさっぱりと白菜のお新香を出すのです。昨日は天せいろばかりが出たのです。そして、蕎麦打ち室に入り、今朝の蕎麦を打つ。このところ、上手い具合に生舟の蕎麦がなくなってくれるから、毎日、750g8食ずつ打ってちょうど足りている。本当はそれではいけないのだけれど、お客は来ない。

 寒い日は、46%の加水ではちょっと生地が硬く仕上がるので、明日はもう少し水を増やして見ようかと考える。生地が硬いと、四隅が綺麗に伸びずに薄くなるのです。それでも切り幅も綺麗に揃ってなんとか無事に打ち終えるのです。厨房に戻って金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻めば、もう11時を過ぎていました。早お昼を食べに帰った女将がやって来て、手伝ってもらって、溜まっていた生ゴミをビニールに入れて外の大きなゴミ箱に移す。

 女将が「今日は寒いわ」と言う外は曇り空で、暖簾を出すと同時にいらっした男性の二人連れは、温かい汁のぶっかけ蕎麦をご注文なのでした。一挙に鍋に作っておいた汁がなくなったので、冷蔵庫から二番出汁の容器を取り出し、かえしを加えて1.5㍑の汁を作る。次いで橋の向こうの常連さんが今日も来てくれて、白海老のかき揚げとせいろ蕎麦の大盛りをご注文。今度はご夫婦でテーブル席に座って、キノコ蕎麦とおろし蕎麦と天麩羅のご注文なのでした。

 時計を見れば何時の間にかラストオーダーの時間を過ぎている。女将と二人で片付けに入り、2時半頃に女将が先に店を出るのでした。亭主は残った蕎麦汁や小鉢を確認して、明日の段取りを考えるのです。12人分の蕎麦汁があるから、何とか明日は足りるだろうと蕎麦汁を作らずに家に帰る。返しも底をついたし、出汁から取るから1時間はかかるのです。明朝は返しを作るところから始めないといけない。明日は終日の雨と言うけれど、予報は判らないのです。



1月21日 日曜日 こんな日もある日曜日だけれど…

 夕べ考えたとおりに、朝早くに蕎麦屋に出掛けて返しを仕込む。外はまだ真っ暗で雨が降っていました。隣の鍋に昆布と干し椎茸を入れて出汁取りの準備をしておく。これは昨日のうちにやっておけば好かったと後から思う。蕎麦を打ち始める時間に出汁取りをするのは、相当に忙しくなるからです。無事に返しを作って、まだ鍋が熱いので、そのままにして家に帰るのでした。まだ明るくはならないから、6時過ぎから寝床に入ってまたひと眠りするのです。

 女将が「ご飯ですよ」と起こしに来てくれて、鯖の塩焼きで朝食を食べたら、今朝は朝ドラがないので8時を過ぎたところで家を出る。大鍋の返しを甕に移して、少し早いけれど出汁を取ってしまおうと思ったのです。9時にはすべて終わり、雨の中を傘を差しながら幟を立てて、チェーンポールを降ろして歩く。そして、蕎麦打ち室に入って、いつもの蕎麦打ちから始めるのでした。今朝は忙しかったせいか、ここで加水率をちょっと間違えてしまう。

 心配なときは、レジに置いてある電卓でもう一度計算をして確かめるのですが、今朝はそれをしなかった。10gほど少ない水で蕎麦粉を捏ね始めてしまったのです。雨で部屋の湿度が高かったから、ここでも気が付かなかったのですが、伸していくうちにやけに硬いなと思ったけれど時は遅し。余計な時間をかけて何とかごまかして包丁切りに入るのでした。四隅がきちんと取れていないから、最後の一束はお客には出せない仕上がりなのでした。

 厨房に戻って野菜サラダを刻み終えた頃に、早お昼を済ませた女将がやって来て、「道路が川のようになっていた場所があった」と言う。雨はそれほど激しく降り続いていたのです。今週はブロッコリーもアスパラも、柔らかくて好いものが手に入ったので、野菜サラダを盛り付けるのにもワクワクするのでした。寒い日にはサラダは出ない、ましてこの雨の中を店に来るお客はいないと、分かってはいても、準備する楽しさには変わりはないのです。

 1時前になって、今日はお客は来ないと見切りをつけて、天麩羅を揚げて正式なぶっかけ蕎麦を作って食べる。これだけ天麩羅があれば、蕎麦だけよりもずっとボリュームがあって腹が一杯になる。あまり片付けるものがないので、使った布巾やタオルを女将が洗濯機に入れたら、2時前に先に家に帰るのでした。火の元の点検や明日の段取りを考えて、亭主も2時過ぎには店を出る。今朝が早かったから、書斎に入って遅い昼寝を決め込むのです。




1月22日 月曜日 口笛が吹けなくなった日…

 金柑の採り残した実が黄色くなって、随分と沢山あるように見えた。ボールに10杯も採ってまだこんなにあるのだから、やはり去年は暖かかったせいか豊作なのでした。明日の定休日に少し採って、金柑大福の材料にしようかと思いながら家を出る。昨日までとはうって変わって、バス通りに出ても青空が広がって今日は好い気分。客のなかった翌日は蕎麦を打たなくて好いから、ゆっくりと蕎麦屋に出掛ける亭主。暢気なものでそれでも開店の支度を始める。

 金柑大福を包んで、野菜サラダの具材を刻めば、天麩羅の具材を調理台に並べ、油を鍋に入れたり、天つゆを温めたりと、もう後は細々とした準備をするだけ。今日は晴れたからお客も来るだろうと暖簾を出して待っていたけれど、昨日の続きで昼を過ぎても1時になってもお客は来ないのです。冬場の月曜日は毎年のようにお客が少ないけれど、日曜日に続いて二日も客が来ないと言うのには驚いた。窓の外の鳥たちを眺めていたら、鴬らしき鳥が枝に止まる。

 ホケキョと口笛を吹いて鳴かせてみようと思ったら、なんと口笛が鳴らないのです。乾燥しているからか、幾らやっても音が出ないから驚いた。結局、閉店の時間までお客はなく、開業以来、二日続けては初めてではないだろうか。これでは明日の仕入れの費用も足らない状態。実はとても深刻な問題なのです。夜は書斎のパソコンに向かって、どれだけ資金を補充すれば好いのかを真剣に考える。家賃を払う店なら、とうの昔に閉店しているのです。

 お客がなくても、家に帰って書斎で横になれば、大相撲の始まる時間までぐっすりと眠る。残った野菜サラダを使って夜はお好み焼きを食べ、いつもの時間に夜のプールに出掛けるのでした。いつものコースでいつもの人と一緒に少しだけ泳いだら、すぐに上がってしまう亭主。それでも身体は温まって、元気になるから不思議なのです。ダイビングを引退したら、泳ぐ目標もなくなって、寂しい気もするけれど、長年の習慣というものは大切な事なのです。



1月23日 火曜日 今週の仕入れは少なめに…

 定休日の朝だったけれど、6時過ぎには蕎麦屋に出掛ける。夕べも10時半には床に就いたのです。蕎麦屋の室温は12℃だったけれど暖房は入れずにきのうの洗い物の片付けをする。冬場の電気代も馬鹿にならないから、我慢できるものは気力でカバーするのでした。何処かで節約をしないと、このままではいけないと言うのが、先週の反省なのです。家に戻って朝食には、新鮮な生卵を割って久し振りに卵かけご飯を食べる。おかずはほとんど昨日の蕎麦屋の残り。

 9時前になったらお袋様に電話をして一緒に仕入れに出掛ける。農産物直売所の入り口を入れば、各農家が持って来た新鮮な大根が山積みになっている。知り合いの農家のものを一本もらう。トマトもいつもの農家のものをもらって、ブロッコリーも人参も名前を知っている農家のものを選んで籠に入れる。キノコ園の生椎茸を2パックもらって、野菜だけで2000円を越える金額。隣町のスーパーでは買い残した野菜や、家の魚と肉を買い込んで帰るのです。

 蕎麦屋に戻れば室内は14℃。重い荷物を車から運ぶから、暖房を入れるまでもない。野菜類を冷蔵庫に収納して、大根のなた漬けの仕込みをしたら家に帰ってひと休みです。買い物に出掛けた女将はまだ帰っていなかった。軽い細かな買い物は、身体を温めるために女将が往復3㎞ほど歩いて買ってくるのです。今日はどこどこの家の梅が咲いていたと言う。亭主は台所で大きな鍋に水を汲んで、昼の蕎麦を茹でる準備に取りかかるのです。

 沢山残った蕎麦は亭主が大盛りにして食べ、昨日で終わりの油で揚げた天麩羅は二人で三つずつほど食べて、昼を終えるのでした。書斎に入ってひと眠りしようと思ったら、今日はなかなか眠くならない。身体が疲れていないのだろうか。2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を取ったら、ひと月振りに床屋に出掛ける。前に一人お客がいたけれど、ちょうど息子さんの店から奥さんが手伝いに来たところで、すぐに始められたから好かった。

 もうすぐ八十路になろうかと言う親父様の腕は確かで、今日も元気に髪を刈ってくれた。見習わなければならない。もう40年以上も通っているけれど、いつも元気を貰って帰って来るのです。店の壁には昔の霊犀亭の持ち帰り用のパンフレットがまだ貼ってあった。髪の毛がさっぱりと短くなった所で、蕎麦屋にそのまま出掛けて、午後の仕込みにかかるのです。切り干し大根の煮込みを作って、4時半には家に戻るのでした。女将が食堂で大相撲を観ていた。




1月24日 水曜日 時代の変化の速さについて行けない…

 寒い朝でした。蕎麦屋の前の畑も新しく土を入れた場所の向こうは凍っていたのです。今朝はひと月に一度の薬をもらいに、高層マンションの中にある整形外科に出掛けなければならなかった。開院と同時に受付をして、処方箋を書いてもらう。同じ階にある薬局も一番で並んで薬をもらうのでした。それから蕎麦屋に出掛ける途中でガソリンスタンドに寄って、灯油を買って車に積み込む。定休日は時間があるから、何かと細かな仕事が多いのです。

 蕎麦屋に着いたら、まずは湯を沸かしてほうじ茶を入れ、蕎麦豆腐を作って冷蔵庫に入れる。それから空になった蕎麦徳利に作ってあった蕎麦汁を詰めて、今週前半の分を作っておくのです。お客が多く来れば、作り足さなくてはならないけれど、先週は一回作ってそれで終わりなのでした。1月2月は蕎麦屋にとっては氷河期で、寒いからどうしてもお客が少ないのです。蕎麦好きの常連さんや、通りがかりで蕎麦でも食べようというお客だけが頼りなのです。

 今日は時間があったので、午前中に天麩羅の具材まで仕込んで、家に帰って早めに昼食を食べる。女将がスポーツクラブに出掛けたら、書斎に入ってひと眠りしようとしたけれど、何故か眠れない。仕方がないから、市から届いた償却資産の申請書を、もう一度よく読んで記入し始める。説明書にはネットで簡単に出来ますなどと書いてあるけれど、亭主は到底その知識はない。なんでもスマホでこなせる時代らしいけれど、時代の変化にはついて行けないのです。

 結局、市の資産課に電話をして、教えてもらったら直ぐに記入出来たから、封筒に入れて郵便局に出しに行く。午後は陽射しが暖かかったので、庭の金柑の剪定を兼ねて、沢山なっている金柑の実を採るのでした。枝ごと切り落として玄関に置いておけば、後は女将が実を採ってくれる。大きな実は蕎麦屋の金柑大福に使って、後は家で女将が甘露煮にしてくれるので、喉の薬となるのです。夕刻の相撲を見ながら、女将が枝から金柑の実を採っていた。

 それにしても今年は金柑も大豊作で、まだ随分と取り残しているから、明日は脚立を蕎麦屋から持って来て、上の部分を枝ごと切り落とそうか。夜は鍋にしてもらって身体を温める。相撲が終わってひと休みしたら、亭主は夜のプールに出掛けてひと泳ぎです。これが唯一の運動だから、40年も泳いできたから何とか続いているのです。今週は週三日のペースで泳げるので身体も軽い。明日も朝から寒いと言うから、晴れてもどれだけお客が来るのか…。



1月25日 木曜日 この冬一番の寒さとか…

 昨日よりも寒い朝でした。明け方に寒さで目を覚まし、セーターを着込んでまた眠る始末。夕べは泳いできたから、8時間は眠ったのです。朝食を済ませて早めに蕎麦屋に行って、幟を出したら道路脇に大きなたぬきが死んでいた。犬が車にはねられたかと思ったけれど、よく見れば身体の割に小さな足と尖った顔つきは、紛れもなくたぬきなのでした。可哀想だとは思ったけれど、佐倉市の廃棄物処理係に電話をして、引き取ってもらうことに。

 厨房に戻って今日の小鉢を盛り付け、蕎麦打ち室に入って蕎麦を打とうとしたら、今度はガス会社の車がやって来て、ガスのメーターの交換の話をしていく。朝からたぬき騒動で時間に追われている亭主は、丁寧に説明をしようとする係員の会話を遮って、交換に来る時は電話をしてくださいと言って帰ってもらう。蕎麦打ち室は、最初は5℃と寒くて蕎麦を打つどころではなかったけれど、やっと8℃まで上がったので、今日の蕎麦粉を捏ね始めるのでした。

 寒さのせいか47%近い加水をしたのに、まだ生地が硬くてよく伸びないのでした。なんとか8束の蕎麦を生舟に入れ、厨房に戻って野菜サラダの具材を刻む。今日は宅配の荷物が来たりで、早くから店に来たのに時間はいつもより押していました。金柑大福を包む暇はなく、テーブルを拭いて回って、女将がやって来てから開店の時間に遅れて暖簾を出す。それからお客の来ないうちにと、金柑大福を包むのでしたが、結果的に昼過ぎまではお客が来なかった。

 今朝は蕎麦屋に来る途中で近所の奥様が、寒いのに車の窓を開けて「お早うございます」と挨拶をして行かれた。「行ってらっしゃい」と挨拶を返す亭主。チェーンポールを降ろしていたら、朝の散歩に歩いていた家のすぐ近くのご主人が、「お早うございます」と挨拶をして通りすぎていくから、「お早うございます」と挨拶を返したのです。たぬきの死骸を運んで行った係員とも話をしたし、ガス会社の係員とも話をした。肝心のお客は常連さんが一人だけ。

 常連さんはせいろ蕎麦の大盛りと辛味大根のご注文だから、降ろしたばかりの油も使わずにそのまま。1時になってもお客が来そうになかったから、日曜日に打った蕎麦を茹でて賄い蕎麦を食べておく。二日以上経った蕎麦を熟成と言うのだそうだが、これがなかなか美味しいのです。きちんと打てていることと、保存の状態が好いのがポイントかも知れない。家に帰って夕刻までひと眠りしたら、業者が食材を運んでくるので、また蕎麦屋に出掛けるのでした。


1月26日 金曜日 真っ白な富士山が見える…


 朝の6時半にエアコンの暖房を入れに蕎麦屋に出掛けた。西の空に満月が沈もうとしている。店内の室温は6℃と昨日よりは少し暖かい。蕎麦打ち室は5℃だったから、暖房を入れておかないと蕎麦打ちも難しいのです。洗濯機の中の洗濯物を干したら家に戻って朝食を食べる。寒い朝が続くから、食堂も居間も暖房をフルに使って暖めているのです。温かいご飯と味噌汁がとても美味しく感じるひととき。ホウレン草のお浸しが甘くて愛おしかった。

 二階の出窓から西の地平線を眺めれば、真っ白な富士山がくっきりと見えた。風の強い晴れた日には、よく見える季節なのです。今日は亭主一人での営業の日だから、早めに家を出て朝の仕事をこなすのでした。陽射しはあるものの空気は冷たく、昨日よりは暖かいとはいえ、風の寒さが身に沁みるのです。早朝に暖房を入れておいたお蔭で、すぐに上着を脱いで蕎麦打ち室に入ることが出来た。昨日の蕎麦が残っているから、今日は500gだけ打つことにしました。

 加水率47%で蕎麦粉を捏ねていけば、いつもよりは少し柔らかめだけれど、まだ硬いという印象を拭いきれない。それでも四隅は綺麗に取れて、無事に5束の蕎麦を仕上げて生舟に並べる。お客の来ない冬場の蕎麦打ちは、基本に返って少量をきちんと打つ練習のようなものなのです。打ち終えて厨房に戻ったら、まだ時間は早かったけれど、大根をおろして野菜サラダの具材を刻むのでした。蕎麦を打つ量が少ないと、随分と時間に余裕が出来るのです。

 11時にはテーブルも拭き終わり、すべての準備が整って、カウンターの隅の椅子に座って一休みする亭主。今日も冷たい西風が強くて、幟がはためいている。昨日と同じで、これではなかなかお客は来そうにないのです。腕を回したり、身体を捻ったり、足のストレッチをしたりして身体を温めるけれど、室温が22℃もありながら何処かスーッ冷えてくるのです。冷たい風に吹かれて建物全体が冷蔵庫の中の様な状態なのでした。時計は1時を回った。

 バス通りを歩いて来る少年の姿を見つけて、いつも来るあの子かと思ったら、玄関の扉を開けていつもの席に腰を下ろす。「いつものでいいのかい?」と問えば頷き、亭主は黙ってせいろ蕎麦を茹でて、海老の天麩羅を揚げてやる。「沢山食べられるか?」と聞けばうんと言うから、大盛りにして出してやるのでした。しばらく見ないうちに身長も伸びて、一回り大きくなった。給食が食べられずに昼休みに家に帰って食事をするのは今でも変わらないらしい。

 お婆さんが車椅子の生活になって、まだ回復していないらしい。中学校から家に戻るのは大変のに、走って帰るのだと言う。帰りもバス通りを駆けて帰って行った。亭主も天麩羅の油が冷めないうちに、かき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べてしまう。今日のお客は少年一人。女将の帰っていない家に戻って、書斎に入ってひと眠りするのでした。大相撲を見ながら夕食の支度をして、一休みしたら夜のプールに出掛けていく。金曜日は空いているからゆっくり…。


1月27日 土曜日 日の暮れが遅くなった…

 今朝もあまりすることはなかったけれど、蕎麦屋に出掛けてエアコンの暖房を入れてくる。店内は昨日よりも1℃高い室温で、少しは暖かくなるのかも知れないと思えたのです。朝食を終えてひと休みしたら、今日はマフラーをしないで手袋だけで出掛ける亭主。庭の剪定した金柑の木がさっぱりとして気持ちが好かった。残っている実は次の定休日には全部採ってしまおう。風は冷たいけれど陽射しが暖かく感じるので、今日は少しはお客が来るかも知れない。

 生舟には沢山蕎麦が残っていたけれど、女将に相談したら、「打っておいた方が好いんじゃない?」と言うので、また500gだけ内足しておくのでした。今朝は思い切って48%の加水で蕎麦粉を捏ねたら、これが見事に的を得てちょうど好い具合に仕上がったのです。菊練りの後も表面がなめらかになって、この冬、一番の出来なのです。伸しても四隅がしっかりと取れて、昨日までの蕎麦打ちは何だったのだろうと思う。それだけ空気が乾燥しているのでした。

 野菜サラダと金柑大福を仕上げて、女将が早お昼を終えて来た頃には、もう開店の準備が終わっていました。10分前には暖簾を出せば、昼前にご夫婦がいらっしゃって天せいろのご注文なのでした。気温が少しは上がって、風もあまりないのでした。常連さんがカウンターに座って、いつもの辛味大根とせいろ蕎麦の大盛り。何も言わないけれど、亭主も黙って用意をするのです。1時を過ぎたので亭主は端切れの蕎麦を茹でて食べてしまう。

 今日は珍しく閉店間際までお客さんが入ったから嬉しかった。天せいろが随分と出たので、天麩羅の具材もなくなったのです。女将と二人で洗い物と片付けを終えて、2時半には店を出られた。亭主は書斎に入ってひと眠り。女将は買い物に出掛けて、夕食前に帰って来る。大相撲の中継を最後まで観られずに、今日は夜間パトロールのある日だったから、寒い中を揃いのジャンバーの下にセーターを着込んで、拍子木を打ちながら小一時間の巡回なのでした。

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2024年1月中旬



1月12日 金曜日 外は氷点下の朝でしたが…

 寒さで目覚める朝なのでした。居間の部屋に行って石油ストーブで暖まる。6時を過ぎたら蕎麦屋に出掛けて、昨日の洗い物の片付けをしたり、洗濯物を干したりと、朝飯前のひと仕事を済ませて家に戻る。車外温度は久し振りに氷点下。暖かい冬だから尚更のこと寒く感じるのです。昨日の夜に「明日の朝はマグロの手巻き寿司が好いか、銀だらの煮付けが好いか」と女将に聞かれたけれど、どちらでも好いと応えておいたのです。寒いからやはり煮物が好い。

 朝食が10分遅かったので、食後のひと眠りも短かった。ウトウトと身体が休まったという感覚なのでした。洗面と着替えを済ませて9時前には玄関を出る。陽射しが暖かくてこんなに嬉しいことはない。庭の金柑も女将が採るのをやめたら、高い枝の先などには、まだ随分残っているのがよく判った。本当に今年は豊作なのでした。空気は冷たいけれど、昼は暖かくなると言うから、手袋をしていくほどでもない。蕎麦屋までひと歩きなのです。

 看板と幟を出して、チェーンポールを降ろして歩いたら、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。生舟に昨日の蕎麦が半分だけ残っていたから、今朝は500gだけ打つことにしました。昼は暖かくなるとは言っても、朝の寒さでお客は少ないだろうと思われるのです。均等な幅で5束を打ったら、残り80gほどが端切れとなる、これを綺麗に切れば大盛りの時にも使えるけれど、どうしても最後は雑になってしまう。自分で食べるしかないのです。

 昼を過ぎてやっとお客が入り、カウンターに座って「何がお薦めですか?」と聞かれたから、「天せいろを頼まれるお客が多いですね」と応える亭主。天せいろを注文して「ああ、美味しかった。幸せな気分」と言って帰られた。閉店時間まで待っても、彼女が今日唯一のお客なのでした。気温も上がって、陽射しも暖かいのに、やはり朝の寒さが響いたのか。野菜サラダも金柑大福も全部売れ残ったから、亭主のショックは否めない。明日に期待するだけです。

 かき揚げを揚げて端切れを含めて大盛りの賄い蕎麦を茹で、一人美味しいぶっかけ蕎麦を食べる亭主。こんなに美味しい蕎麦なのにと、一人で思うけれど詮方なし。早めに女将のいない家に帰って、夜のプールに備えて昼寝をするのでした。女将の夕食をおかずを作って、大盛りを食べて腹が一杯な亭主は、そのままプールに出掛ける。三日連続で泳ぐのは最近では珍しいのです。身体が慣れてきているから、かなり軽く泳げるのでした。今夜は熟睡できるか。



1月13日 土曜日 午前中は陽が差していたけれど…

 早朝から不安定な天気なのかと思っていたけれど、今日の午前中は晴れて陽射しがあったのです。朝飯前のひと仕事に蕎麦屋に出掛け、昨日の洗い物を片付けて、エアコンの暖房を入れてくる。家に戻れば、ぷーんと酢飯の匂いが漂って、魚が切れたからと朝はマグロの手巻き寿司なのでした。随分と贅沢な朝食です。今朝は3時起きだったから、食後は書斎に入って、ぐっすりと1時間も眠ってしまった。夜のプールの後はいつも熟睡するのです。

 手袋を付けて朝の蕎麦屋までの道を歩けば、昇っているはずの太陽も雲に覆われて光が弱い。午前中は晴れて午後から天気は崩れるという予報だったけれど、蕎麦屋の営業にどう影響するのかが心配なのでした。蕎麦屋に入ろうとしたら、軽トラックから降りて来た若者が「○○農園と申します。今度、前の畑を借りて薩摩芋を作るので宜しくお願いします」と丁寧に挨拶をされるのでした。「宜しくお願いします」と応えて、店の中に入る亭主。

 いつもの通り幟を出したら、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。昨日の蕎麦が残っていたから、今朝も500gだけの追い打ちで、12食分の蕎麦を生舟に並べるのです。農園の若者たちは、朝から昼まで土作りに精を出している。女将がやって来て、買い物に行く通りにある店が撤退するらしいと話をするのでした。お客が減って家賃も馬鹿にならないから、店を閉めるのだろうと二人で話をする。亭も店を借りていればとっくに閉めているのです。

 外は昼になっても10℃は越えない寒さでしたが、陽射しがあったので、ポロポロとお客が入る。最初のお客は二週間に一度はいらっしゃるカレーうどんの小父さんご夫婦で、奥様は今日はキノコ付け蕎麦を頼まれた。作っている間に、老人が一人カウンターの奥に入って、熱燗と天麩羅の盛り合わせと鴨葱焼きをご注文なのでした。聞けば、開業当初にいらっしたお客らしく、もう90歳近いのです。車にはねられて正月は入院してたとかで、杖をついていらっした。

 1時を過ぎて完全防寒の姿で、駅前のマンションから常連さんが歩いていらっしゃる。亭主と同世代らしいけれど、来る度に老けたなと思うのですが、こちらも年を取ってきているから、お互いに聞こえなかったりで面白い。ビールや焼酎の蕎麦湯割りを頼まれて、白エビのかき揚げと赤いかの天麩羅をご注文で、辛味大根はお替わりをする。最後にせいろ蕎麦を食べて、少し足元が不安げだったけれど、寒い中をまた歩いて2キロほど帰るのでした。

 今日は夜の防犯パトロールがある日だったけれど、もの凄い雷の音で昼寝から目覚めて、外を見れば雨が降っていた。台所に来た女将が「今日は寒いから野菜サラダを食べたくないわ」と言うので、ホウレン草と豚のバラ肉で常夜鍋にするのでした。鶏の手羽元を焼いて酒のつまみにして、夜のパトロールがないのを嬉しく思った。途中から予報通りに雪に変わって、書斎の窓の障子を開ければ、冷気がスーッと部屋中に広がるのです。明朝も冷たい朝になりそう。



1月14日 日曜日 昨夜の雪が残った朝でしたが…

 夕べは雪になったので、朝方もかなり冷え込んで、居間の部屋も6℃まで室温が下がった。エアコンの暖房を点けても石油ストーブを焚いても、なかなか暖まらなかったのです。コーヒーを入れて暖まりながら、テレビのニュースを見てから蕎麦屋に出掛ける亭主。今朝の朝飯前のひと仕事は、白菜のお新香を切り分けて小鉢に盛り付け、大根のなた漬けも小鉢に盛っておくこと。昨日の洗い物を片付けたら、外が明るくなってきたので写真を撮っておくのです。

 団地の中のコンクリートの道路ではそんなでもなかったのに、畑は真っ白な雪に覆われていました。雪で白くなるのは今年始めて。例年、センター試験の頃には雪が降るのですが、今年は暖かかったせいか、佐倉では珍しかったのです。7時前に家に戻って、朝ご飯のおかずを亭主が作る。女将に話したら「今朝は寒いから鮪は食べたくない」と言うので、昨日店で残った野菜サラダに肉を入れて、あんかけ煮にしたのです。熱々のうま煮が惜しいのでした。

 朝の9時でも気温は1℃だから、相当に寒い朝なのでした。熱い味噌汁の若布が薫る。亭主はあんかけをご飯にかけて中華丼にしたかったけれど、女将は中華と名の付くものがあまり好きではないので、中華の皿に盛り付けてスプーンでやはりご飯にかけて食べる。昔、二人で中国を旅したときの印象が悪かったからなのだろうか。娘が大学の頃、中国人の友だちを連れて来たときには、とても真面目な子だと褒めていたけれど、食の世界ではまた別物なのかも。

 ひと眠りして蕎麦屋に出掛ける頃には、明るくなっていたので、団地の家々の屋根に雪が残っているのが見えました。陽の当たらない道路にも雪が残っていたのです。だから、寒さはいつもより強くて、亭主は毛糸の帽子を被り、皮の手袋をして出掛けるのでした。蕎麦屋に着いて幟を立てる頃には、まだ白い雪が畑に残っていたけれど、じきに溶けて地面が現れる。向かいの畑を借りたという農園の男性達が、日曜日の今日も朝から土作りの仕事をしていました。

 蕎麦打ち室は13℃まで室温が上がったけれど、今日の寒さだからなかなか暖かくはならない。同じ加水率でも捏ねるのにいつもより時間がかかるのです。今日も500gだけ打って、昨日の残りと合わせて12食の蕎麦を用意しました。昨今は10人を越えるお客が来るのも珍しいから、かつての賑わいはないのが寂しい。駅前からの大通りの店屋が撤退するわけだ。小さな店は潰れてはまた新しい店が出来るというのを繰り返しているらしいのです。

 野菜サラダもいつもと同じ三皿を盛り付け、暖簾を出せば、今日はこの寒さにも関わらず、昼前に四人もお客がいらっした。最初のお客は男性お一人で、カウンターに座って天せいろを頼まれた。亭主と同じ年頃なのか、台湾の総統選挙の話が出て、日本の将来に不安を持っているようなのでした。年寄りがいくら心配しても、未来は現在の若者達が築くものだと、同じような考えを抱いているからほっとした亭主。喧嘩をしたことがなくても仲良く出来るのかも。

 リピーターの三人家族がいらっして、おろし蕎麦に暖かいぶっかけ蕎麦、キノコ付け蕎麦をご注文。皆さんが帰ってから、歩いていらっした年配のご夫婦がご来店で、天せいろと温かいぶっかけ蕎麦の大盛りを頼まれる。昼を過ぎてだいぶ気温も上がったようなのでした。閉店間際に大きなトラックに乗った若者が、天せいろの大盛りを頼まれた。思った以上にお客が来たのは嬉しかった。家に帰って、大相撲が終わったら蕎麦屋に出掛けて出汁を取るのでした。



1月15日 月曜日 冷たい風の吹く一日でした…

 今朝も4時半起床。外が明るくなるまで、テレビでアランドロンとジャンポールベルモントの映画を観ていた。二人とも年を取ってからの作品らしく、なかなか味のある映画なのでした。日の出前に蕎麦屋に着いて、エアコンの暖房を入れたら、カウンターに干した昨日の洗い物を片付け、冷蔵庫から糠床を出して、お新香を取り出すのです。7鉢だけ盛り付けて、足らなければまだなた漬けがあるからと思って、9鉢だけ用意しておくのでした。

 今朝は気温は昨日よりも高かったので、朝のご飯は鮪の手巻き寿司。魚がなくなったからと女将が言う。それにしてもちょっと鮪が多すぎる。夜にでも酒の肴にして食べるからと、半分残して冷蔵庫に入れておく。解凍したら早く食べないといけないと、女将は思ったらしいのです。金平牛蒡やひじきの煮物もあったから、栄養は十分に摂れている。早めに食事を終えて亭主は書斎に入ってひと眠りするのでした。朝が早いとどうしても眠くなるのです。

 今朝は蕎麦粉が届く日だから、普段よりも早くに家を出て蕎麦打ち室に入る。いつもと同じ加水率で今日も500gだけ打って、135gの蕎麦の束を5つと半分生舟に並べるのです。昨日の残った蕎麦と合わせて10人分を用意しました。平日だとそんなにお客は来るはずもないのだけれど、蕎麦があればとにかく安心なのです。外は冷たい風が吹く寒い朝なのでした。蕎麦打ちを終えたら、金柑大福を包んで、昨日なくなった天麩羅の具材を切り分けたり、何かと忙しい。

 開店10分前に準備が整って暖簾を出す。そんなに早くお客が来るはずもないのに、これが蕎麦屋の宿命なのです。昼過ぎに自転車に乗った女性のリピーターがいらっして、カウンターの隅に座り、せいろ蕎麦の大盛りを頼まれる。今日はこのお客一人だけでした。かき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べたら片付けに入る。月曜日は持って帰る食材の支度や、洗う容器も多いのです。2時半には店を出て、家に帰ってひと眠り。大相撲が終わったら夜のプールに出掛ける。



1月16日 火曜日 冷たい風がとても強かった一日です…

 定休日でもいつもの習慣で午前5時前には目が覚める。外が薄明るくなるのを待って蕎麦屋に出掛け、昨日の洗い物の後片づけや、 今日の仕入れの準備をするのです。仕入れる食材は、昨日のうちにプリントしてあるのですが、もう一度忘れているものがないかと、冷蔵庫や膝下の戸棚を見て確認しておきます。7時になる前に家に戻って朝食の出来るのを待つ。今朝は昨日食べ損なったマグロの手巻き寿司だったから、美味しくいただいたのです。

 食後は例によって書斎に入ってひと眠りでしたが、20分ほど横になって身体を休めた程度の浅い眠りなのでした。お袋様に電話をして、店の残りものを家まで届けたら、そのまま一緒に仕入れに出掛ける。風がとても冷たい朝なのでした。店に戻って野菜を冷蔵庫に収納したら、大根のなた漬けの仕込みをして、白菜を塩で漬け込むのです。今日はゴミ回収の業者が来る日だから、生ゴミと昨日のうちに固めた油を袋に入れて、外のゴミ箱に溜めておくのでした。

 昼は昨日残った蕎麦を茹でてとろろ蕎麦を食べる。大盛りで食べているのに、天麩羅がないと、どうしても直ぐに腹が減るような気がするのでした。食後は書斎に入って今度はゆっくりと昼寝をするのです。女将のスポーツクラブの予約の時間前に目を覚まして、無事に予約を済ませる。女将にスマホの使い方を教えているのだけれど、なかなか自分で予約をするまでには自信がないらしい。亭主にやってもらえば楽だからという安心感があるのかも知れない。

 午後の仕込みに蕎麦屋に行けば、午前中にレンジ周りの掃除をしようと振りかけた重曹がそのままになっている。大釜には天麩羅鍋を入れて、これも重曹を入れて沸かしておいたけれど、もう少し沸かした方が好い。キノコ汁の食材を切って、鶏肉から出汁を取り、何種類ものキノコを入れていく。冷凍しておく分をタッパに入れたら、後は小さな鍋に移して冷蔵庫に入れる。夜は早くから大相撲を観るのだけれど、顔も知らない力士が半分なのでした。



1月17日 水曜日 今朝も6時過ぎには家を出て…

 今朝は6時過ぎに蕎麦屋に出掛けました。風もなく空は晴れ渡って、これからが放射冷却で気温の下がる時間帯なのです。蕎麦屋のエアコンで暖房を入れて、昨日浸けておいた白菜の水が上がっていたので、漬け物器に漬け直します。朝採りの新鮮な野菜は、漬け物にも絶大な影響を与えるから、食べてみれば甘く、これなら美味しい漬け物が出来ると確信するのでした。家に帰れば女将が今日は寝坊してしまったと慌てているから、亭主が朝飯のおかずを作る。

 前の日に冷蔵庫の中を見てから寝るから、だいたい今朝のおかずは蕎麦屋で残ったナスとピーマンと玉葱の味噌焼きだろうと思っていたのです。女将のナス焼きとは違って、亭主は肉と玉葱と人参、ナスとピーマンを炒めたら、焼き肉のタレで味付けして、水溶き片栗粉でとろみを付けるのです。寒い時期には熱々の野菜煮が美味しいし、色つやも好いのが美味しそう。遅れて台所に入った女将が味噌汁を作る前に、もう亭主はご飯を食べ始めているのでした。

 食後は例によって書斎でひと眠りするのですが、やはりウトウトするだけで熟睡出来ない。洗面と着替えを済ませ、蕎麦屋に出掛けて、漬け直したお新香を小鉢に盛り付けるのでした。ついでに、大根のなた漬けも三鉢だけ盛り付けておきます。全部で9鉢。明日のお客はどれだけ来るかは判らないけれど、蕎麦は8食しか打たないと決めているので、それ以上は小鉢も出ないのです。この寒い時期では、最近はお客は少ないから、多分大丈夫なのです。

 昼の時間までは間があったので、洗濯機に入れたままの洗い物を干して、店の扉の鍵を閉める。車に乗ろうとすれば、蕎麦屋の屋根裏に巣を作っているらしい雀が、二羽だけ紅葉の枝の上の電線に止まっているではありませんか。寒いからか身体の毛を立てて、何を話しているのやら。空は雲ひとつない青空で、陽射しは暖かいのです。家に戻れば、まだ女将は買い物から帰っていなかった。彼女の買い物は、往復3㎞ほど歩いて身体を温めるという手段なのです。

 昼は月曜日に打って残った蕎麦を茹で、とろろ芋を添えて食べるのです。亭主は大盛りにして食べたから、さすがに腹一杯になったのです。食後は例によって書斎でひと眠り。女将がスポーツクラブに出掛けている間に目覚めて、テレビで映画を観る。これが最近の水曜日の過ごし方。女将が帰ったら蕎麦屋に出掛けて、天麩羅の具材の仕込みをする。傍らでは、昼前から仕込んでいた白餡を煮詰めて、後ろのレンジでは天麩羅鍋を大釜に入れて掃除している。

 蕎麦徳利に蕎麦汁を詰め、4時過ぎにすべての仕事が終わって、夜は防犯パトロールがあるから、早めに家に帰って夕食を食べておかなくてはいけない。夕食を食べて集合場所に出掛ければ、元気な老人達の後について、今日もまた途中から足を引きずりながら歩く亭主。どうも歩いているうちに疲れて来るとこうなるようだ。自己流のリハビリの効果もあってか、最初は普通に歩けるのですが、まだまだ筋肉が回復していないらしい。あまり気にしないのです。



1月18日 木曜日 予報と違って昼過ぎまで晴れて…

 早朝のテレビで天気予報を見たら、今日は終日曇りというので、あまりテンションも上がらずに、蕎麦屋に出掛けて朝飯前のひと仕事。ところが日の出の時間になると、空にはほとんど雲がなく、家に戻れば、女将が9時間では晴れに変わったと言う。朝食を食べて再び蕎麦屋に出掛け、まずはレンジ周りの掃除をする。昨日のうちに振りかけておいた重曹にお湯を注いで、しばらく置いてから金タワシで軽く擦って雑巾で拭いていけば、新品のように綺麗になる。

 蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打ち始めれば、まずは伸し棒を二本使って60cmの幅で80cmほど伸ばして、これを横にしてまた伸していくのです。90cm近くまで伸したら、畳んで包丁切りです。140gでひと束にして、8束取ったら生舟に入れて冷蔵庫にしまう。天気が悪くなると言うから、あまりお客も来ないだろうと、今日は750gまでしか打たなかったのです。ところが、暖簾を出したら、昼前に4人連れのお客がいらっして、最初から大変なのでした。

 蕎麦は打ち立てだから自信があったけれど、金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻みながら、薬味の葱切り、生姜と大根をおろしているうちに、どんどん時間は過ぎていく。テーブルを拭いて回って、やっと11時半に暖簾を出す始末。それでも女将が早くから来てくれたから、お客が来る頃には、もうスタンバイ出来た。新しい油で揚げた天せいろや、作ったばかりの野菜サラダや蕎麦豆腐、金柑大福が出て、開店過ぎから忙しい時間となりました。

 橋の向こうの常連さんが、何時の間にかカウンターに座っているではありませんか。4人のお客が注文した蕎麦を出し終えてから、やっと辛味大根をするのでした。せいろ蕎麦も大盛りのご注文だから、生舟に残ったのはあと2.5人分の蕎麦だけなのでした。朝の天気予報を信じたばかりに、とんだ目にあったかと思えば、それ以後はもうお客が来なかったのです。それでも、閉店直前までは、賄い蕎麦は食べられない。1時半を過ぎてやっと遅い昼飯にありついた。

 ヘルシーランチセットを頼んだ四人連れのご主人が、デザートの金柑大福を「四つに切ってくれ」と言うから、それはちょと難しいと応えたら、奥様が「二つに切ればいいわよ」と救いの声。中に包んだ金柑を入れて二つに切るならまだしも、四つに切るのは至難の業なのです。「もう一つ頼めば好いのにね」とは客が帰ってからの女将の言葉なのでした。天せいろやキノコ付け蕎麦でお腹が一杯になったから、一口味見に食べれば好かったのでしょう。



1月19日 金曜日 5年振りのお客様がいらっして…

 夕べは深夜までテレビで映画を観てしまったので、今朝は6時半まで起きられなかった。『ジェイソン・ボーン』シリーズの続編という解説だったから、どうせ見たことがある物だろうと思ったら、初めて見る映画なのでした。久し振りに初めて見る作品に、興奮してなかなか寝付かれなかった。食堂に行けばもう女将が朝食を用意してくれていて、銀ダラの煮付けで美味しくいただくのでした。まだ沢山実のなっている庭の金柑を見ながら蕎麦屋に出掛ける。

 今朝の蕎麦打ちはいつもと同じ46%の加水で、無事に8束を打って生舟に並べる。昨日の残りの1束と合わせて、今朝は9束の蕎麦を用意しました。天気予報と違って朝から晴れていたから、もしかするとお客が来るかも知れないと思ったけれど、昼を過ぎるまで、誰もお客は来なかったのです。やっといらっした老夫婦が天せいろを頼まれて、ご主人が「蕎麦をもう一枚もらえますか」とおっしゃるので「食べてから直ぐに茹でますよ」と言って様子を見る。

 結局、奥様が食べきれずにご主人が蕎麦を半分もらって食べていたのです。天麩羅も今日は具材がちょっと大きめなのでした。とても美味しい蕎麦だとおっしゃって、蕎麦湯まで綺麗に飲み干して帰られた。1時過ぎになって、随分と久し振りのお客がご夫婦でいらっしゃる。以前は経営する会社の若者達とよくご来店されていたけれど、コロナ禍の時期に大病を患ったのだとか。初めてご来店の奥様も朝から何も食べていないと、お二人とも大盛りを頼まれた。

 天せいろのヘルシーランチセットと、天せいろの大盛りのご注文で、白エビのかき揚げと赤いかの天麩羅を追加で頼まれる。店も閉店の時間に近かったから、残れば家に持ち帰らなければならない、野菜サラダとデザートの金柑大福を奥様にサービスしたのです。仕事は忙しいらしく、人手が足らないとおっしゃるから、「好いことじゃないですか」と言えば、単価の安い仕事ばかりで大変なのだとか。綺麗に食べ終えて、また来ますと言って帰って行かれた。

 閉店の時刻を過ぎていたから、取りあえず幟と看板をしまって、カウンターに盆を下げ、亭主は賄い蕎麦を茹でて食べる。せいろをもう一枚と言ったご主人のために、用意しておいた盆と蕎麦皿をそのまま使ってたまには違った気分。洗い物をすっかり片付けて、明日の天麩羅の具材を切り分け、家に戻ったのは4時近かったのでした。腹も減っていないから、女将には先に食べていてと言って、ひと眠りする。夕食を食べる前に夜のプールでひと泳ぎするのです。

 

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2024年1月上旬




1月6日 土曜日 朝は寒く昼は気温が上がったけれど…

 朝は寒くて蕎麦屋に出掛ける気にもならない。蕎麦はあまり残っていないから、今朝はまた9食分打っておこうと考えた。でも、もたもたしていたら、家を出るのが9時を過ぎてしまったから、今日はちょっと忙しい。9時過ぎの太陽は随分と低い位置にある。空気はまだ冷たいけれど、陽射しが暖かいので助かるのです。蕎麦屋に着いて看板と幟を出し、チェーンポールを降ろしたら、早速、蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つのです。

 800gの蕎麦粉を46%の加水で捏ねていけば、昨日と同じく腕の力がなくなったのかと思うほど、力が入らないから不思議です。それでもなんとか捏ね上げて、厨房で一休み。その間に女将がやって来て忙しく立ち働くから、こちらも刺激されて蕎麦打ち室に戻るのです。奥行き90cmの打ち台では、800gの場合はいつもより5cm広い80cmの幅になるように伸さなくてはならない。部屋がまだ寒いからこれが大変で、何度も伸し棒を往復させて何とか辿り着く。

 暖簾を出せば、昼前にお一人の男性が続けてご来店です。最初の方は橋の向こうの常連さんで、黙っていても亭主は辛味大根をおろして、大盛りのせいろ蕎麦を茹でる。向こうも新聞を棚から持って来て、黙って読んでいるから世話はない。次のお客さんは初めての方らしく、天せいろを頼まれて満足そうに食べていました。どちらも歩いて来たので駐車場には車がないのです。これは集客にはちょっと不都合で、外から見ると客が入っていないと思われる。

 長い待ちの時間を過ぎて、1時半になろうかという頃に、やっと車が入ってきて、またお一人の男性がカウンターに座る。天せいろ大盛りを頼まれて、黙々と食べて行かれた。珍しく今日は男性客ばかりなのでした。2時過ぎに女将と蕎麦屋を出て、家に帰って林檎を剥いてもらう。亭主がウトウトしながらテレビで映画を観ている間に、女将は買い物に出掛けたらしい。夕暮れ時の富士が見えるのではないかと、二階の出窓に出てみれば夕靄の中にシルエット。



1月7日 日曜日 朝から寒い一日でした…

 今朝はお新香を漬けてあったから、5時に家を出て蕎麦屋に出掛ける。昨日の洗い物を片付けてお新香を切り分け、小鉢に盛り付けたら、蕎麦徳利に蕎麦汁を補充しておくのです。6時前には家に戻って、もう一度布団に潜り込む。7時過ぎに女将が起こしに来てくれたから、無事に朝食を食べることが出来ました。外が朝日で眩しかったから、今日は晴れるのかと思っていたら、再び蕎麦屋に出掛けるときには、もう雲が一面に空を覆っていたのです。

 北から吹いてくる風は冷たく、今朝はマフラーと手袋をして出掛ける亭主。店の中は早朝にエアコンを入れてあったので、蕎麦打ちを始めたらもう暑くなってきた。セーターを脱いで長袖シャツの腕をまくり上げて、今日も蕎麦を打つ亭主。加水率はいつもと同じく46%で、今日は500gだけだったから、軽く捏ねていけるのでした。やはり粉の量が多いと重くて腕の力が要るのでしょう。綺麗に伸し上げて畳み、均等な太さで140gずつ計って切っていくのです。

 金柑大福は昨日作ったものが今日も出せる。悪くなるものではないけれど、三日目になると表面が少し硬くなることがあるので、お客には出さない。だいたい二日目で残れば、家に持って帰ってお茶を入れて食べるのです。だから今日はいきなり野菜サラダの具材を刻み始める。人参が薄くスライスできたので、ジュリエンヌも細く仕上がった。包丁の切れ味ばかりではなく、人参の質にも寄るのかも知れない。新鮮なものの程切りやすいのは何でも同じです。

 今日のお客は皆さん初めての方ばかりで、最初に来た男性は、ヘルシーランチセットにキスと赤いかの天麩羅を追加して、仕事が終わって美味しい物を食べたら満足できたと、綺麗に蕎麦湯まで飲んで帰られた。次もその次も男性一人のお客で、天せいろにせいろ蕎麦の大盛りのご注文。一人に蕎麦を茹でて出せば、また一人来るという具合なのでした。カウンターに座った高齢の男性も、蕎麦が美味しかったと、綺麗に蕎麦湯を飲み干して帰られたのです。

 外は相変わらず雲が多かったけれど、時折、陽が差して青空が覗く程度。外気温は10℃しかなかったのです。最後にいらっしたのは少し若いカップルで、おろし蕎麦の大盛りとせいろ蕎麦をご注文。デザートの金柑大福も頼まれたから、少し物足りなかったのか。2時過ぎには洗い物も終わって、女将と一緒に蕎麦屋を出るのです。夕食は鰻と決めていたから、今日は珍しく酒を飲まずにご飯を食べた。風呂上がりに焼酎でも飲むとしようか。



1月8日 月曜日 昨日よりも更に北風の冷たい日だったけれど…

 午前6時半、まだ陽は昇らない。蕎麦屋に出掛けて、昨日の洗い物を片付け、エアコンを入れてくる。外は氷点下の寒さだから、暖めておかないと朝食後に来た時に動けない。家に帰れば女将が先日の蟹雑炊に味をしめて、家にあった蟹の缶詰を開け、雑炊にしたのだけれどこれが美味しくない。フレーク状の蟹は添加物が入っているから、温めることでその匂いが出てしまうらしい。亭主の作った残り物の野菜サラダのあんかけの方が美味しかったのです。

 食後は書斎に入って20分ほど横になったけれど、ウトウトするばかりで時間が気になってぐっすり眠れなかった。蕎麦打ちと今朝は金柑大福を作らなければならないので、少し早い時間に出掛けなければならなかった。毛糸の帽子をかぶり、マフラーをして、ポケットには革の手袋を入れて蕎麦屋に向かう。空は青く晴れて雲一つない。蕎麦屋に着いて温度計を見れば、まだ14℃にしかなっていなかった。外がいかに寒い日なのかがよく判るのです。

 今朝も昨日打った蕎麦が残っていたから、500gだけ打つことにして、いつもと同じ46%の加水で捏ねていけば、好い感じで蕎麦玉が出来て、ビニール袋に入れて寝かせている間に、厨房に戻って大根をおろす。再び蕎麦打ち室に入って、今日の蕎麦を打てば、140gで5束半取れた。昨日の蕎麦と合わせて11食半の用意です。成人の日で休日だからとは思ったけれど、北風も吹いて来てこの寒さでは、あまり期待ができない。厨房に戻って金柑大福を包む。

 最近はあまり金柑大福が出ないので、今日は三皿だけ用意しました。野菜サラダも二皿にしようかと思ったけれど、いつもと同じがいいんじゃない?と女将に言われて三皿用意した。結果として、金柑大福は売り切れて、サラダは一皿残ってしまった。思いの外お客がいらっして、正月以来一番の賑わいなのでした。1時半には売り切れの看板を出す。外は8℃だから昨日よりも寒いのに、三連休の最後の日に混むとは女将も亭主も思っていなかったのです。

 洗い物を終えて2時半には蕎麦屋を出る。家に帰ってもこの時期は蜜柑しか果物がない。パソコンに今日のデータを入力したら、亭主は昼寝を決め込む。女将はその間に買い物に出掛けるのです。4時過ぎに目覚めて今で一服していたら、女将が帰ってきた。今日は寒いからスーパーも人が少なかったと言う。肉を切ってもらって、亭主が残った野菜サラダを使ってお好み焼きを作る。肉と野菜を取れるから、女将も嫌ではないらしいのです。



1月9日 火曜日 空気は冷たく陽射しは暖かく…

 休みの日だというのに毎日の習慣は恐ろしい。今朝も午前5時前に目が覚めて、最近続いている5時間ほどの睡眠なのでした。6時までは居間でテレビを観たりコーヒーを飲んだりして時間を潰す。辺りが明るくなったら車を出して蕎麦屋に出掛け、昨日の洗い物の片付けをする。家に戻れば女将が朝ご飯の支度をしている。今朝はマグロのたたきと酢飯を海苔で巻いて、手巻き寿司と洒落ていた。正月用にいろいろ買ったけれど、二人の生活では食べきれない。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            

 食後は書斎に入ってひと眠りしたら、お袋様に電話をして迎えに行く。農産物直売所では顔見知りの農家の夫婦に挨拶をして、採ったばかりの大根や白菜をもらう。生椎茸も新鮮なものが入っていたから3パックももらって帰る。隣町のスーパーに出掛けて、ほとんどの食材が手に入ったけれど、アスパラガスはもう萎びたようなものしかなかったので、後で何処かで手に入れなければ。空気は冷たいけれど陽射しがあるので、車の中は暖かいのです。

 蕎麦屋に戻って野菜類を冷蔵庫に収納したら、まずは一年ぶりで白菜の漬け物を漬ける。上手く出来るかどうか判らないので、取りあえず今日は四分の一だけ買って帰ったのです。そして大根のなた漬けの準備に、大根を小さく切って塩で漬けておきました。新鮮だから午後には本漬けが出来るでしょう。朝のうちに作っておいた蕎麦汁を蕎麦徳利に詰めて、午前中の仕込みは終わりです。家に帰ってパソコンに向かい、今日仕入れた物の値段を入力する。

 昼は昨日残った蕎麦を茹でてとろろ蕎麦を食べる。なた漬けの残りもすべて蕎麦屋で出したもの。寒い日は蕎麦を食べたくないと言う女将は、歩いて買い物に出掛けて身体が温まっているかから、文句も言わずに蕎麦を啜っている。亭主は蕎麦湯までしっかりと飲んで美味しかったと満足するのです。食後は書斎に入ってひと眠りしようと横になったけれど、一向に眠れずにまた居間に戻ってくる。女将のスポーツクラブの予約が済むまでは動けないのです。

 2時過ぎに予約が取れて、亭主は蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みに入るのです。水の上がった大根は甘酒の素と砂糖を入れて、刻み柚子と唐辛子の輪切りを加えて冷蔵庫に入れておきます。白菜はまだ十分に水が上がっていないので、漬け物器の蓋を開けて中身をひっくり返し、昆布と刻み柚子と唐辛子を入れてまた浸けておく。蓮根の皮を剥いて輪切りにして、南瓜を切り分けてレンジでチーンする。そして、二番出汁で天つゆと温かい汁を作っておくのです。

 4時過ぎに家に戻って居間で休んでいたら、女将が台所で鰯を捌き始めた。そろそろ夕食の支度かと、亭主は昨日残った野菜サラダと肉であんかけを作る。油で炒めて水から煮たら、塩と胡椒と砂糖を入れて、片栗粉でとろみを付ける。寒い日にはこれが案外と美味しいのです。炒め鱠は女将の作り置き。鰯が新鮮だったから、これで十分に美味しい夕食なのでした。明朝はマイナス3度まで気温が下がると言うから、今夜は冷えそうです。



1月10日 水曜日 昨日よりも寒い朝でした…

 夕べも11時過ぎまで起きていたけれど、朝は寒くてなかなか起きられなかったのです。お蔭で暖かいとこの中で6時過ぎまで眠れたから好かった。朝食は久し振りにシジミの味噌汁で、鰺が焼かれていた。食後はさすがに眠くはならなかったので、女将が朝ドラを見ている間に、ガソリンスタンドに行って灯油を買い、ドラッグストアに行って頼まれていたトイレットペーパーを買ってくる。なんと灯油は一缶2000円を越えていたから驚いたのです。

 車の外気温度計は3℃のままで、家に帰る頃には2℃まで下がった。寒い朝なのでした。もう少し暖かくなるまでと、居間の椅子に座ったままインド映画を見始めた。長い映画の前半を見たことがなかったので、10時前まで見たところで椅子から立ち上がって蕎麦屋に出掛ける。午前中の仕込みは、水の上がった白菜の漬け物を昆布や柚木切りを入れて漬け直し、キノコ汁を仕込んで、鴨せいろに使う小松菜を茹でて冷凍しておくこと。

 家に戻って冷蔵庫に残っていた野菜を使って湯麺を茹でる。この間作っておいた餃子も焼いて、亭主好みの中華。寒い日だから女将も嫌がらずに、「身体が温まったわ」と喜んでくれた。食堂も石油ストーブを焚いて足元を暖めなければならないほど寒いのです。食べ終えて一時間もしないうちに、女将はもうスポーツクラブに出掛ける。亭主は居間でまったりとしながら、午後の仕込みについて考えている。お新香は漬けたからぬか漬けは必要ないのか…。

 3時過ぎに女将が帰ったところで、やっと重い腰を上げて蕎麦屋に出掛ける。大根のなた漬けと白菜の漬け物を小鉢に盛り付けて、天麩羅の具材を切り分けて容器に入れる。先週、正月は市場も休みだからと、余分に仕入れておいた三ツ葉や生椎茸は、半分ほどはもう色が変わって使えないのでした。やはり新しくないと何でも駄目なのです。5時前に家に帰り、簡単に夕食を済ませて、夜のプールに出掛けていく亭主。ゆっくり泳いで身体も温まるのでした。



1月11日 木曜日 一日中冷蔵庫の中のような気温でした…

 早朝6時前に蕎麦屋に出掛けて、まずはエアコンを入れて、洗濯機に二日も入れたままの洗い物を干す。室内の温度は7℃とかなり寒いのですが、例年、冬場の寒い時期は3℃などということもあるから、今年はかなり暖かいのです。とは言え、身体が暖かい冬に慣れてしまっているから、厳しい寒さに感じるのです。昨日洗った鍋類を片付け、7時前には家に戻る。台所では女将が肉を入れてナスとピーマンの味噌焼きを作っていました。久し振りの茄子焼き。

 早めに朝食を終えて、書斎に入ってひと眠りする亭主。定休日明けの今日はやることが沢山あるから、ゆっくりとは眠っていられない。朝ドラの終わる時間に目が覚めて、洗面と着替えを済ませて、家を出るのです。蕎麦屋は暖房を入れておいたから暖かく、看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、直ぐに蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。一日中曇りで気温の上がらないという予報だったから、今日は750g八人分の蕎麦を打ってお終いです。

 暖冬とは言え、この寒さでは到底、お客の来るようには思えなかったのです。それでも、金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻んで、いつもと同じように三皿ずつ用意しておきます。生姜と大根をすりおろして、薬味の葱を刻んだら、天麩羅鍋に油を入れる。もう11時を過ぎていたから、天つゆを温めて、四つのポットに大釜で沸いた湯を入れる。木曜日は女将が来るのが遅い日だから、テーブルをアルコール除菌液で拭いて回るのも亭主の仕事です。

 女将が来てくれた時間には、お客は誰もいなかった。昼を過ぎて男性客が一人カウンターの隅に座って、温かい汁の天麩羅うどんを頼まれる。折角、蕎麦を打ったのに、最初のお客がうどんとはがっくりとするけれど、大切な一人なのです。続けて橋の向こうの常連さんがいらっして、本箱の上にある新聞を取ってカウンターに座るから、女将が「いつものですね」と断って、亭主は辛味大根を擦り始める。せいろ蕎麦の大盛りを茹でてお出しするのでした。

 今日はこれで終わりかと思ったら、病院の帰りだと言う父親と娘がテーブル席に座って、天せいろとキノコ付け蕎麦を頼まれる。最近はあまりキノコ蕎麦が出ないけれど、作っておいて好かった。この寒い日にお客が来てくれたのは有り難い事なのです。人通りの多い場所ではないので、美味い蕎麦を食べたいと思って来てくれるお客だけが頼り。2時には洗い物を終えて家に帰る。早めの夕食を終えて、亭主は二日続けてプールに出掛けるのでした。業者の若者がコロナに罹ったと連絡があって、今日は思わず泳いだのです。

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2024年1月始め




1月1日 元日 月曜日 ゆっくりと眠れた朝でした…

 いつもと同じ時間に床に入ったのに、今朝は外が明るくなるまで目が覚めなかった。食堂で女将と顔を合わせて「明けましておめでとうございます」と朝の挨拶を交わす。今朝は次にすることを考えなくて好いから、気持ちがリラックスしているのです。それでも、朝食を終えてしばらくしたら、昨日の片付けをしなくてはと、歩いて蕎麦屋に出掛けたのです。元日だから何処のお宅も外に出ている人はいない。空は青く住んで、風が少し冷たい朝なのでした。

 昨日の来客と夕刻にお袋様と食べた年越し蕎麦の盆と蕎麦皿は、カウンターの上にうずたかく積まれている。これを片付けないと新年は始まらないと、少しずつ後ろの戸棚の上下に入れていく。年を越したほうじ茶をレンジで温めて、厨房の中で一休み。明日の初仕入れに何を買えばいいのかと、冷蔵庫の中に残っている野菜類を確認する。いつもの週よりも元日の今日一日分だけ休みが多いので、ゆっくりと出来るのです。帰りの道も足を引きずらずに帰宅する。

 青空に庭の金柑がたわわに実っているが愛おしい。南側にも結構大きな実が沢山付いているのでした。こちら側も手の届く枝までは摘果をしたのです。やはり手入れが大切なのでしょう。今日も女将が笊に一杯収穫していた。朝食は雑煮だったから、昼は餅を焼いて食べる。昨日、蕎麦屋のお隣からいただいた蟹を切って食べる‥女将が今朝作ったという筑前煮も美味しかった。今年は今までなく質素な正月の料理なのです。二人だけだからこれで好い。

 古稀を過ぎたから、年賀状も親類だけと勝手に決めた暮れでしたが、やはり年賀状は50枚以上は届いていた。細かな文字や小さな写真の表情などは、目を凝らしてももう読むことが出来ないから、やはり年賀状はそろそろ終わりにした方が好いのかも知れない。午後は字幕のあるテレビ映画を観る。音も聞き取りづらいけれど、映画の字幕は大きいので助かるのです。少しずつ老いを受け入れている自分が、寂しくもあるけれど、それが自然で好いのでしょう。


1月2日 火曜日 今日はもう仕事始めの日…

 正月二日目の朝も質素な朝食。常連さんからいただいた美味しいお餅を雑煮にして、暮れに友人からもらった薩摩芋で、女将の作った昆布煮と、大根の葉とじゃこの漬け物。これにお新香が付いて、もうお腹は一杯なのです。食べられなくなったから、今までの贅沢な正月の料理がまるで嘘のよう。食後はひと眠りをせずに、居間の部屋で今朝の仕入れのメモを見ながら、買い忘れが内容にチェックするのでした。8時半には家を出て、蕎麦屋に向かうのです。

 洗濯機に入れたままの洗濯物を干して、お袋様に電話をすれば、もう仕入れに行く準備は出来ているという。農産物直売所は5日までお休みだから、寒い曇り空の中を隣町のスーパーまで車を走らせれば、正月の二日だというのに車が随分と停まっているのでした。あらかたの買い物を済ませて、蕎麦屋に戻れば、午前中に出来ることは、大根のなた漬けとカレーの仕込みだけ。カレーは残ったキノコ汁の材料も入れて、具沢山に輪を掛けて量が多くなりました。

 11時過ぎに家に戻って、昼は作ったばかりの熱々のカレーをかけてカツカレーにする。揚げたばかりのカツを買って帰ったから、肉が柔らかくて美味しいと女将も喜ぶのでした。食後は例によって書斎に入ってひと眠り。1時間ほどで起き出して、女将のスポーツクラブの予約をしてやる。早く自分でスマホの操作を覚えてもらいたいと思うのは亭主ばかり。2時半近くに家を出て、まずはショッピングセンターの電気店に行ってプリンターのインクを購入する。

 そのまま蕎麦に出掛け、午後の仕込みを開始するのでした。まずは冷めたカレーの袋詰めから。ジブロックの袋5つに冷めたカレーを詰めたら、水の上がっている漬け物器の大根を、よく水切りをして甘酒の素と砂糖を入れて、よくかき混ぜる。京唐辛子の種を取って調理鋏で輪切りにする。そして刻み柚子を加えて出来上がりです。まだ大根から水が出てくるけれど、これが甘酒の素を溶かして美味しい汁になるので、汁まで飲み干されるお客様もいるくらい。

 帰りはみずき通りの坂道を下り、大回りして家のガレージに車を前から入れてシャッターを閉める。朝から寒く曇っていた空が夕刻になってやっとあおぞらを見せるのでした。ちょうど沈む夕陽が今日一日の仕事始めをご苦労さんと言ってくれているようなのです。夕食は酢蛸と大根の煮物と豚のハラミの串焼きで、暮れに友人が持って来てくれた「天狗舞」をワイングラスに注いで飲む。やはり、飲みやすい日本酒なのです。今日は風呂を出て早めに眠くなった。



1月3日 水曜日 吐く息も白い寒い朝でした…

 午前3時に目覚めて、年賀状の返信を作成していました。20枚ほど仕上げ、郵便局のポストに入れに出掛けたら、そのまま蕎麦屋に行って朝飯前のひと仕事をするのでした。夕べは瞼が重くなって9時に床に就いたから、寝不足なわけではないのです。みずき通りを蕎麦屋に向かえばちょうど日の出前で、東の空が明るくなっていました。暖かい冬なのですが、朝は吐く息も白く寒さも真冬のもの。蕎麦屋の前の畑も真っ白な霜に覆われているのでした。

 暖房を入れて厨房に入り、まずは空の蕎麦徳利に蕎麦汁を補充しておきます。予備の一番出汁に返しを加えて作った蕎麦汁を、一つ一つ徳利に入れていく。やっと日の出の時刻になったから、玄関を出て東の空を写真に撮る。家に戻ればやっと餅がなくなったから、今朝は白いご飯に塩鯖の焼いたものが出た。暮れに友人からもらった大根が、まだ残っているので豚汁にして暖まるのです。食後は例によって書斎に入ってひと眠りなのですが、なかなか眠れない。

 やっと眠って目覚めればもう9時を回っていました。女将はその間に二歩の金柑を沢山収穫していたのでした。もうボールに5杯は採っているから、今年は金柑も豊作らしい。これを甘露煮にして冬場の我が家の喉の薬にしているのです。亭主は少し大きな実だけをもらって蕎麦屋の金柑大福の材料にできるので助かります。10時を過ぎたところで、女将は買い物に、亭主は午前中の仕込みに昼食の時間まで、また蕎麦屋に出掛けていくのです。

 蕎麦豆腐を造って、南瓜を切り分けてレンジでチーンする。蓮根の皮を剥いて切り分けたら、酢水で火にかけて明日の天麩羅の具材にするのです。蕎麦の打ち粉の支払いに郵便局まで出掛けたついでに、パンと牛乳を買って食べておくのでした。朝もしっかりと食べたのに、どうして腹が減るのだろうと不思議に思う。ちょっとおやつ代わりに食べたのは好いけれど、昼は女将と同じ時間にはやはり食べることが出来なかった。12時を過ぎて一人でラーメンを作る。

 やっと午後の昼寝が出来て、目覚めれば2時過ぎなのでした。お新香を漬けるのにあまり早い時間では拙いので、ゆっくりしていたら3時になった。蕎麦屋に出掛けて金柑の種取から始める。家で採った金柑は大きいものだけと思ったけれど、中には随分と小さな実もあったので数が多いから大変。そこいら中に金柑の香りがただよって、作る前から美味しそうなのです。酢水で火を通し、氷砂糖を入れた水を煮立たせて、金柑を入れて行く。800mlの瓶に一杯。

 天麩羅の具材を切り分けて、冷蔵庫から糠床を取り出し、ナスとキュウリとカブを漬け込んでいく。時間は4時半になっていた。家に戻れば女将がまた金柑の枝の中で、収穫をしているのです。もう入れる瓶がなくなったと言って、瓶を買ってきたらしい。夜は豚のハラミの串焼きと、女将が蟹を焼いて食べてみたいと言うから、餅焼きの網で10分ほど焼いて食べ始める。香ばしく部屋中に蟹の焼いた匂いが広がる。今年の正月は二人で蟹を随分と食べたのです。



1月4日 木曜日 正月明けで連休前だからか客はなし…

 暖かい朝だったのか、6時過ぎまでぐっすりと7時間も眠った。朝食の支度を待って食卓に付けば、ご飯の量の割にはおかずが多いのです。大根のたくさん入った豚汁だけでも、もうおなかが一杯になるほど。大好きな焼いた鮭の切り身もいつになく大きい。脂が乗ってとても美味しいのだけれど、筑前煮もあるから半分だけ食べて後は残しておいたのです。食後はひと眠りをせずに着替えと洗面とを済ませて、蕎麦屋に出掛けるのでした。風は少し冷たかった。

 朝日が雲間に隠れて、今日一日の天気が予想されるのでした。曇り時々晴れ。正月にしてはそれほど寒くはない。やはり今年は暖冬なのだろう。看板を出して幟をたてたら、チェーンポールを降ろして歩く。店の中もそれほど寒いとは感じなかったけれど、暖房を入れて厨房に入る。コーヒーを沸かして冷蔵庫からぬか床を取りだして、切り分けたら小鉢に盛り付ける。今日は少し厚めに切って、7鉢だけ盛り付けることにしました。なた漬けも3鉢盛り付ける。

 9時前に蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つ。一袋目の蕎麦粉がちょうどなくなるので、850g9人分の蕎麦を打つことにする。蕎麦粉の量が増えると捏ねるのに力が要る。46%の加水とは言え、力がなくなったのかと思うほどなのです。これが蕎麦打ちを止めようという気にさせるのか、年を取ってもう蕎麦が打てないと言う話をよく聞く。だから名人は腕の筋トレをしていたのかも知れない。週に1,2回の水泳だけでは足りそうにないのです。

 無事に9束の蕎麦を仕上げて生舟に並べ、厨房に戻って金柑大福を包む。薬味の葱切りも終えているし、大根や生姜も降ろしてあるから、野菜サラダの具材を刻み始める。蕎麦打ちに時間がかかったので、11時を過ぎて盛り付けが終わった。テーブルをアルコール除菌液で吹いてまわりながら、換気のために窓を少し開けておく。調理台に天麩羅の具材や天ぷら粉を並べ、天麩羅油を鍋に注いで、天つゆの鍋を火にかける。これで開店の準備は終わりなのです。

 お茶のポットにも湯を入れてある。暖簾を出せば、女将がやって来て手伝いの開始。しかし、気温は12℃まで上がったけれど、風が少し強くなってお客は来そうにないのです。三が日が終わって、今週末は三連休と来ているから、あまり出歩く人はいないのかも知れません。1時を過ぎて賄い蕎麦を茹でて食べる。洗い物が少ないように天麩羅は揚げずに、正月用に用意した蒲鉾だけを入れて、おろし蕎麦。大晦日に打った蕎麦だけれど、とても美味しかった。



1月5日 金曜日 少し暖かくはなってきたけれど…

 二階に続く階段の踊り場から東の空を眺めた朝。陽射しはあるけれど、この雲の流れでは快晴にはならないのではないかと、心配する亭主。朝は寒いから、とにかく陽射しが欲しいのです。朝食を食べてひと休みしたら、早めに蕎麦屋に出掛ける。昨日の蕎麦が生舟にそのまま残っていたから、今朝は蕎麦を打たなくても好い。蕎麦屋に着いて朝の仕事を終えたら、今日は店の床の掃き掃除を始めました。砂埃を少々掃き集めて、掃除をした気分になる。

 それでもまだ9時前だから、洗濯機に入っているままの洗い物を干して、奥の座敷を掃除機で綺麗にするのです。普段、あまり入らない部屋でも、人が通ればゴミや埃が溜まるもの。少しは身体を動かして暖かくなったけれど、店の中は暖房を入れてもまだ14℃しかなかった。昼は暖かくなると言うけれど、吐く息も白い朝はまだ寒いのです。厨房に戻って、大根をおろしたら、野菜サラダの具材を刻んで、いつものように三皿に盛り付ける。

 こんな寒い日には、サラダを頼む客もいないけれど、カレーうどんや鴨南蛮蕎麦にもサラダを付けるから、決めたとおりに毎日用意しているのです。暖簾を出して間もなく、スポーツクラブの予約が取れなかった女将が来てくれて、最初のお客が来るのに間に合ったから好かった。バイクに乗った若者が天せいろのご注文。その後はしばらくお客はなかったけれど、1時を過ぎてから、暮れにもいらっした親子が赤ん坊を連れてご来店なのでした。

 鴨せいろを二つにご主人がせいろの大盛り。せいろは直ぐにお出しして、焼いたばかりの鴨肉と葱を入れて、熱々でお出しすれば、美味しそうに食べておられた。汁まで綺麗に飲み干して帰られたので、満足されたのだと判る。洗い物は少しだったから、2時過ぎには女将と家に戻って、残った金柑大福を持ち帰ってお茶を飲む。亭主は書斎に入ってパソコンに向かい、今年の売り上げの入力画面を作成して、今日の売り上げを入力しておきます。

 それから横になってひと眠り1時間。身体が温まると眠くなるから不思議です。5時前に台所に立って今日の夕食にお好み焼きを作る亭主。店で毎日残る野菜サラダをどうやって消化しようかと、あれこれと考えて、週に一度はお好み焼きにするのです。かりかりで温かいのが女将も好きらしく、子ども達が小さかった昔はよく作ったものよと懐かしそう。食後の休憩をしたら、亭主は夜のプールに出掛ける。金曜日は空いているから一人ひとコースでゆっくり。