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2023年12月末



12月27日 水曜日 定休日なのに今日も朝から忙しかった…

 今朝は日の出の時間に合わせて蕎麦屋に出掛けた。7時少し前だったが、日の出る位置が随分と東に移っていた。霜の降りた向かいの畑は、相変わらず寒々としてしたけれど、朝日が見られるのが幸せな気分なのです。寒い厨房に入って昨日作った返しを大甕に移して、大根を切り分けたら、塩を振って漬け物器に漬けておく。時間がないのでこれで朝飯前のひと仕事は終わり。家に戻って女将の用意した朝食を食べるのでした。今朝は夕べから作っていたおでん。

 一晩おいた方が味が染みて美味しい。冷たい身体には持って来いのおかずなのでした。大根がとても柔らかく煮えて崩れてしまいそう。昔ながらのおかずは、何故か心まで温かくなるのです。食後は居間の椅子に座って、もう次の行動を考えている亭主。今朝は一番で整形外科に出掛けて、処方箋を書いてもらわなければならない。同じフロアの薬局に行けば、待ち番号2で9時前には受け取れた。一階のスーパーに降りて、パイナップルとアスパラを手に入れる。

 昨日の仕入れでは、いつものスーパーにパイナップルがなくて、アスパラガスは萎びた物だけしか出ていなかったから、年末最後まで野菜サラダを作るつもりで、買って帰るのでした。パイナップルは、まだこの間買ったものが半分あるから、市場が休みの年始まで持ちそうです。そのまま蕎麦屋に寄って、午前中の仕込みに入る。一番出汁を取って蕎麦汁を仕込んだら、二番出汁を沸かして温かい汁を作っておく。少し余分に作るのは大晦日のテイクアウト用。

 外は少し暖かくなったけれども、亭主は鼻水が止まらない。家に帰って歩いて買い物から帰った女将に話せば、「動いていないからじゃないの?」と手厳しい。彼女が起き出す前から仕事をしているのに、確かに車を使う分、歩いてはいないけれど、亭主にしてみれば、これで目一杯の仕事量なのです。11時を過ぎたから、台所に立ってキャベツと人参、肉を刻み、フライパンで炒めて先日作っておいた挽肉とモヤシのあんかけを混ぜて、味つけをする。

 塩と胡椒と砂糖を入れて、温かい中華丼の具材を皿に盛ったら、二人でご飯にかけて食べるのです。「美味いだろう!」と言えば、「味が好いわ。身体が温まる」と中華の好きでない女将も喜ぶのでした。居間でお茶をもらった亭主はもう午後の予定を考えている。明日の業者に支払う金を銀行で下ろして、煙草と灯油を買って蕎麦屋に出掛ける。午後は蓮根の皮剥きから始まって、南瓜を切り分けたら、天麩羅の具材を用意して、最後にお新香を漬けて来る。

 先日、買ってきた年賀状を、机の上に置いたまま、そのままになっているから、これを仕上げるのは夜の仕事か。昔のように夜中に仕事をする習慣がなくなったので、一つ違った仕事を入れるのが大変なのです。今年は数を減らして、本当に親しい人たちだけにしようとは思っていながら、未だに手つかずの状態なのが、老いの証なのか。書斎に入ってひと眠りしたら、コーヒーを入れて午後の仕込みに出掛ける。1時から4時まで3時間もかけてやっと終わった。

 最後に糠味噌にキュウリとカブとナスを漬けて、後は明日の朝のお楽しみ。キノコ汁を仕込んでおこうと思ったけれど、鶏肉を買うのを忘れたから、帰りがけに近くのスーパーに出掛けて買い求めておく。夕方になって急に気温が下がったので、今夜も冷え込むのでしょう。朝から鼻水が止まらないので、今日はプールをお休みにした。6時前に夕食を済ませて、いよいよ夜の仕事に入るところ。何処までできるのか、無理をしないでゆっくりと終わらせよう。



12月27日 木曜日 朝の4時半から蕎麦屋に出掛けたのに…

 午前4時起床。夕べは年賀状の作成を諦めて、10時には床に入ってしまったのです。生活のリズムが早寝早起きになってしまっているから、早々すぐには変えられない。今までにこんなに賀状の作成が遅くなったことはないのでした。それでも素直に自分の老いを受け入れて、今朝は早々と蕎麦屋に出掛け、昨日のうちに漬けた糠漬けを取り出して、小鉢に盛り付ける。ついでになた漬けと切り干し大根の煮物も盛り付けておくのでした。外はまだ真っ暗なのです。

 時間があるから、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。データを読み間違って、去年のこの木曜日は12℃と記録していたのを、12人と思って今日は二回打つ覚悟なのでした。何時もの加水率で綺麗に仕上げて、8人分の蕎麦を打ち終えたら、6時過ぎになっていました。キノコ汁の具材を取り出し、まずは鶏肉を二番出汁で煮て、キノコを切り分けて少しずつ鍋で煮ていくのです。1600ccの鍋で煮詰まると容量が少なくなるけれど、4人分ほどの量が取れる。

 だいぶ外が明るくなったけれど、今日は一日中曇りの予報なのでした。7時過ぎに家に戻れば、「お帰りなさい」と女将が台所から出迎えてくれた。朝、早くから、出掛けたのを知っているらしい。脂の乗った塩鯖をおかずにご飯を食べ終えて、お茶を一杯もらったら、書斎に入って横になるのでした。小一時間眠って、朝ドラの終わる時間にぼうっと寝覚めたら、洗面と着替えを済ませて、コーヒーを入れて一休み。9時10分前になったら家を出ました。

 蕎麦屋に着いたら幟を立てて、蕎麦打ち室に入って5人分だけ蕎麦を打ち足す。この時点では去年のデータの読み間違いに気づいていない亭主。開店の準備を終えて女将がやって来て、始めて去年はそんなにお客は来ていないということが判るのでした。日中も外の温度は9℃にしかならならずに、いくら待ってもお客は来ないのです。1時頃になってやっと青空が覗いたけれど、すぐに元の曇り空に変わってしまう。12月になってお客の来ない日は珍しい。

 おろしたばかりの天麩羅油を汚すのは躊躇われるから、かき揚げは揚げずに賄い蕎麦も素蕎麦で食べる。それでも、新蕎麦の仄かな香りとコシがとても美味しくて満足するのでした。早めに暖簾をしまって、2時前には女将と店を出る。待ち疲れたのか、1時間以上昼寝をしてしまう。蕎麦屋に出掛けて業者が食材を運んでくるのを待つのです。今日は正月用の蟹を持って来るはずなのでした。待っている間に白餡を仕込んで、業者の若者に出すコーヒーを用意。



12月29日 金曜日 今日は泳ぎ納めの日…


 早寝早起きを逆手にとって、今朝は3時に起き出し、濃いコーヒーを入れて年賀状の作製に取りかかる。取りあえずは親戚に20枚ほど、印刷したらもう4時を回っていた。郵便局のポストに入れに車を出して、帰りにコンビニで煙草を買って蕎麦屋に寄る。エアコンのスイッチを入れて、昨日の洗濯物を干したらもう仕事はないのです。家に戻ってまた布団に潜り込んで、ひと眠りするのでした。7時過ぎに女将に起こされて、食堂に行くのです。

 今朝は蕎麦打ちがないから時間に余裕があった。ヒヨドリに食べられてしまう前に、庭の金柑を採らなくてはと女将に言われていたので、剪定ばさみを持って庭に出る。秋前に摘果した東側の一角は大きな実になって、蕎麦屋の金柑大福用の甘露煮に出来そうです。採った金柑の実を玄関に置いたまま、亭主は蕎麦屋に出掛けていくのでした。マフラーや手袋をしなくても耐えられる程の暖かさだったから、陽も差して今日は少し寒さが緩んでいるらしい。

 9時前に蕎麦屋に着いたけれど、蕎麦打ちがないと時間をもてあますのです。幟を出して、今朝の青空を見上げれば、今日こそはお客が来ると思えるから不思議。豚のハラミを切り分けて串に刺したら、後は野菜サラダの具材を刻むだけなのです。9時半になったら玄関が開いて、ヨガの教室の予約を取り損ねた女将がやって来てくれた。俄然、元気の出た亭主はレンジ周りの掃除を始めるのです。慣れているとは言え、お客が来た場合の安心感が違うのです。

 天麩羅油は昨日おろしたばかりの綺麗な胡麻油。11時前には野菜サラダも三皿盛り付けて、開店の時間までにはまだ十分に時間がある。暖簾を出して間もなく、外車に乗ったご夫婦がいらっして、「テーブル席にどうぞ」と勧めたけれど、亭主と話をしたいのか、カウンターに並んで座る。リピーターの方なのでした。奥様がカレーうどんでご主人は天せいろの大盛りと日本酒のご注文。ちょうど女将がやって来て、古稀を境に年賀状を出すの止めた話になる。

 どれだけ気が楽になったかと奥様が言えば、ゴルフをしているご主人が酒を飲みながらジムに通っているという話をする。小一時間話してお帰りになったら、もう次のお客がいらっしゃる。今日はお客の出足が遅くて、閉店過ぎまで厨房は忙しかったのです。3時前には洗い物を済ませて女将と家に帰るのでした。昨日のお客ゼロが悔やまれる。今日のデータをパソコンに取り込んで、30分だけ昼寝をしたら、郵便局に寄って蕎麦粉の支払いを済ませ、プールに泳ぎ納めに行くのでした。子ども達のスイミングがないのでゆっくり。



12月30日 土曜日 暮れの一日も蕎麦好きの常連さんが…

 今朝も向かいの畑は真っ白な霜に覆われていました。寒さにも慣れてきたから、朝飯前のひと仕事にもエアコンの暖房を入れて、蕎麦打ち室に入る。明日は、年越し蕎麦のお持ち帰りの注文を何件か受けているので、今日は少し余分に蕎麦を打って、明日の来客分を補えないかと思うのです。何時もの加水率で750g8人分を一回打って生舟に並べる。身体がまだ十分に目覚めていないのか、なかなか満足のいくような均等な幅で蕎麦切りが出来なかった。

 丸出しから四つ出しまで順調に進み、八つに畳むところまでは好かったけれど、時間に余裕はあるのに切り幅が一定しない。こんな日もあるのです。家に戻れば今朝は餅を焼いてみると言って、昨日女将が買ってきた昔ながらの餅焼き網を使ってみる。始めはガスレンジで焼いていたけれど、ゆっくりと食べられないからと、ポータブルのガスコンロを出して、その上で食べながら焼く。女将はカリカリとしたのが好きだから、電子レンジではいけないのです。

  朝食を食べ終えて、ひと眠りする暇もなく、洗面と着替えを済ませて再び蕎麦屋に出掛ける亭主。昨日、少し収穫した残りの金柑が今朝の青空に映えているのでした。午後から今度は、女将が反対側の午後から陽の当たる場所の金柑を収穫したらしい。亭主は金柑大福用に甘露煮にして、女将は冬の喉の薬に甘露煮にするのです。蕎麦屋に着いて二回目の蕎麦を打ったら、厨房に戻ってYouTubeで拓郎と中島みゆきの歌を聴きながら、金柑大福を包むのでした。

 暖簾を出す前に、家の近所の奥様が蕎麦を食べに来る。ご主人が亡くなって寂しくてしようがないと、広いお宅に一人住まい。昨今はこの界隈もそんなお宅が多くなった。車が運転できなくなったら施設に入ろうと考えていると言う。亭主と女将とで話を聞いていれば、今日はいつになくゆっくりと話をして行かれたのです。その後も、明日の年越し蕎麦を頼まれている蕎麦好きの常連さん達が、ぽつりぽつりとお一人でいらっしゃる。後は暇な時間が続くのです。

 1時を過ぎてもお客が来そうにないから、亭主はかき揚げを揚げて賄い蕎麦を茹でて食べる。今朝打った蕎麦は、切り幅が揃わなかったけれど、実に美味しいのでした。この蕎麦を食べに来て下さる常連さん達は、やはり素朴な蕎麦が好きなのでしょう。でも、皆さん亭主と女将よりも年上なのでした。いろいろと話は合うのだけれど、未来の夢を語ることは少ない。もっと前向きな話題を提供しなければいけないのかと、亭主も少し考えたところです。

 閉店間際になって、外車に乗った中年のご夫婦がご来店で、テーブル席に座ってお二人とも天せいろを頼まれる。新しくしたばかりの天麩羅油で、カリッとした天麩羅を仕上げ、早い時間でお出しするのでした。外は陽射しあるのだけれど、昨日ほど晴れてはいなかった。2時過ぎに洗い物もすべて終わって、女将と二人で蕎麦屋を出る。明日はまた二回の蕎麦を打たなければならないかと、考えながら家路につく亭主なのでした。いよいよ大晦日です。



12月31日 日曜日 大晦日で年越しの蕎麦…

 午前2時半に蕎麦屋に出掛けて、今日の蕎麦を打つ。お持ち帰りの年越し蕎麦が8人分もあるので、一回はこれだけのために打たなければならない。夕べは9時に床に就いたから、かなり寝不足ではあるけれど、一旦、寝てしまうと朝まで起きられそうにないから、年甲斐もなく頑張ったのです。昔なら、大晦日は何回も蕎麦を打って、大勢のお客を相手にしたものですが、最近は、すっかり体力も落ちて、コロナ禍以後はお客も少なくなったのです。

 小鉢を盛り付けて、蕎麦汁を持ち帰り用のパックに詰め、まずは朝飯前のひと仕事は完了するのでした。家に戻って4時。布団に潜り込んでやっとぐっすり眠るのでしたが、目覚めればもう8時を回っていました。女将が亭主が蕎麦屋から帰ってきたのを知らずに、朝食の用意をしたまま、起こしてくれなかったのです。おにぎりを握ってもらって、着替えて再び蕎麦屋に出掛ける亭主。二回目の蕎麦打ちは5人分だけ打ち、昨日の蕎麦と合わせて14食の用意です。

 今日の来客は9人。最後のご家族が閉店間際に4人連れでいらっして、一時間近くもゆっくりとしていた。開業以来10年、こんなお客も珍しいので、亭主が思いあまって大きな声をだしてお帰り願った。家に戻って休む暇もなく、夕刻からのささやかな会食を準備するのでした。今年90歳になるお袋様と女将とでテーブルを囲んだ。毎年のようにこうして集まれるから、近くに住んでいるのは好いことで、お互いの健康を祈念して乾杯なのでした。

 

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2023年12月下旬



12月20日 水曜日 久し振りにのんびりとした定休日…

 昨日よりは少し暖かい朝でした。5時半に起き出して居間の部屋で寛ぐ亭主。6時半になったら、寝起きのヨーガをしている女将に声を掛け、車を出して蕎麦屋に向かう。今朝も余りすることはなかったのですが、蕎麦汁を蕎麦徳利に詰めたり、レンジ回りの掃除をしたり、細かなことも積もれば時間が取られるので、7時までの間に終わらせるのです。年末の定休日は大掃除をしたいのですが、無理をすると何処かにしわ寄せが来るから、そのままにしている。

 朝食は煮物と鮭の焼いたものとキノコ汁で軽く食べておきます。ご飯のお替わりをしたいところですが、ぐっと我慢をして「ご馳走様」と言って居間の部屋に移ってしまう。女将がお茶を入れてくれたから、「どうも有り難う」と言って飲み干したら、書斎に入ってひと眠りするのです。最近は1時間近く眠って、すっきりとした頭で、着替えと洗面を終わらせる。夕べは7時間近くも目を覚まさずに眠ったので、睡眠は十分なのです。食べて眠るのは習慣かな。

 ゆっくりとした後は、再び蕎麦屋に出掛ければ、店の玄関を開ければカサブランカの香りが漂う。三つ目の赤いカサブランカが花を開いているのでした。糠床にお新香を漬けるのも、天麩羅の具材を切り分けるのも、美味しく出す時間があるので、午後遅くでないと上手くいかないから、蕎麦豆腐をしこんで型に流し込み、午前中は時間のかかる蓮根の皮を剥いて、酢水で茹でることから始めて、南瓜を切り分けてレンジでチーンするだけ。11時過ぎには帰宅する。

 昼食は昨日と同じく天麩羅をフライパンで焼いて、蕎麦を茹でて女将と食べるのでした。食後は例によって書斎でひと眠りなのですが、睡眠は足りているので1時間も眠らずに目が覚める。その間に女将はスポーツクラブに出掛けていく。亭主はコーヒーを入れて午後の仕込みに蕎麦屋に出掛けるのです。時間が早かったので、明日の分の蕎麦を打っておくことにしました。時間があるときに打つ蕎麦は仕上がりも上々で、明日の朝は少しだけ打ち足せばいい。

 3時過ぎには天麩羅の具材も切り終えて、いよいよ冷蔵庫から糠床を取り出して、少し多めに野菜を漬けておきます。残った時間で包丁を研いでおくことが出来るから、今日は何故かゆったりと時間が過ぎていくのでした。日中は陽も差して暖かくなったから、気持ちが好いのです。今日の予定をほぼこなして、後は夜のパトロールに出掛けるだけ。4時過ぎに夕飯を作って一人で食べておきます。チーンしたご飯に肉と玉葱人参を炒めて焼き肉のタレで味つけ。

 日が暮れると急に気温が下がるのがこの時期の特徴で、厚手のジャージにセーターを着込んで集合場所に出掛けて行きます。80歳前後の老人たちも次々と集まって来る。今日の話題は今の政権はどうなってしまうのかと、岡目八目の年寄りの会話なのでした。最近は明るい話題が少ないというのが皆さんの意見。年内最後のパトロールだから少し短めに歩いて5000歩。集合場所に集まり、一年間有り難うございました。良いお年をと言って別れるのでした。



12月21日 木曜日 寒い朝でした…

 5時起床。居間の部屋でコーヒーを飲みながら、外が明るくなるのを待った。6時を過ぎてもあまり明るくならないので、仕方がないから蕎麦屋に出掛けるのでしたが、東の空はまだ夜明け前。空が晴れているからか、放射冷却でとても寒いのでした。店のエアコンを入れて厨房に入れば、10℃と冷蔵庫の中の温度なのです。それでも今年は去年よりは暖かい。冷蔵庫から糠床を取り出して、お新香を小鉢に盛り付ける。ついでになた漬けも盛り付けておきます。

 明るくなった向かいの畑を見れば、うっすらと白い霜が降りている。それでも吐く息が白くならないから、今年は本当に暖かいのです。近くの農家に小松菜をもらいに行った女将が、伸びすぎて売り物にならないと言われたとか。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打てば、昨日と同じ加水率で蕎麦粉を捏ねて、ちょうど好い塩梅に仕上がったのです。伸して畳んで包丁打ちをすれば、生地の柔らかい分、奥行きがあるので、切りべら25本で140gで仕上がりました。 

 レジの前に飾ったカサブランカは、いよいよ四つ目の花が開き始めました。香りが店中に広がって心地よいのです。この花束を置いて行ってくれたお客様にも見せて上げたいくらい。厨房に入って金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻めば、時計は11時を回っていました。木曜日は女将が来るのは開店してからだから、亭主がテーブールを拭いて回らなければならない。いつものことですが、この時間はお客が来てしまうのではないかとかなり緊張するのです。

 暖簾を出してやっと開店の時刻を迎えれば、亭主はカウンターの奥の席に座ってひと休みするのです。ほどなく女将が来てくれて、駐車場に車が2台続けて入って来ました。外はかなり寒いので、暖かい蕎麦が出るかと思ったら、せいろ蕎麦と天せいろのご注文で、蕎麦湯も綺麗に飲んで帰られたから、蕎麦の好きなお客様らしかった。ても、さすがに寒くて風も強かったからか、その後はお客が続かないのです。早めに片付けを始めて、2時過ぎには店を出る。



12月22日 金曜日 今日は冬至で、寒いのにもかかわらず…

 今朝は5時前から起き出して、居間のストーブに当たっていたら何時の間にか眠ってしまい、7時前に目が覚めた。寒い朝だから暖かいと直ぐ眠くなってしまうのです。女将が朝食の支度を始める前に、暖房だけでも入れてこようと蕎麦屋に出掛ける。昨日はお客が少なかったから、何も用意するものはない。家に戻って朝食を食べたら、書斎に入ってまた眠るのです。身体が疲れているわけでもないのに、自分でもよく眠れると感心してしまう。

 今朝も雲一つない青空が広がり、みずき通りも冬のたたずまいなのでした。蕎麦屋に着いたら、看板と幟を出してチェーンポールを降ろして歩く。寒いけれどセーターの上にジャンパーを着込んで、革の手袋までしているから大丈夫。エアコンを入れておいた店の中は暖かで、厨房でコーヒーを一杯飲んだら蕎麦打ち室に入る。今朝も500gだけ打ち足して、小さな菊練りを作るのです。蕎麦玉を作って寝かせている間に、細々とした用意を済ませておきます。

 再び蕎麦打ち室に入って、蕎麦玉を丁寧に伸して畳んで、包丁切り。四隅も綺麗に取れているから、切りべら26本で140gの蕎麦の束を5つ半取ることが出来ました。1kgだと11食分の蕎麦が取れるから、ちょうど計算は合うのです。厨房に戻って今度は大釜に火を入れ、4つのポットを並べて蓋を開けておく。小鍋に湯を沸かして塩を入れ、アスパラとブロッコリーを茹でる準備をするのです。と、窓の外を見れば見覚えのある外車が止まって、女性が降りて来る。

 まだ開店には早すぎる時間だけれど、何やら手に持って玄関まで来る。餅をついたから持って来たと、つきたてでたれ落ちそうな柔らかな餅をいただいた。習志野からこれだけのために車を走らせてきてくれる常連さんの気持ちが有り難い。「良いお年を!」と言って帰る彼女を見送って、頑張らなければと野菜サラダの具材を刻むのでした。暖簾を出したらすぐにまた常連さんのご夫婦がいらっして、今度は鹿児島から送ってきたと言う蜜柑を持って来てくれた。

 天麩羅を揚げて蕎麦を茹で、お出ししたところで、駐車場に何台も車が入ってくる。停められない車は隣のお花畑に停めて、5人の女性達がいらっしゃった。その合間を縫うように、橋の向こうの常連さんが、カウンターに座って何時も辛味大根とせいろ蕎麦の大盛りのご注文。後から入った女性達は賑やかで、四人のテーブルに五人で座ろうとするから「他のお客さんもいらっしゃるので」と注意をする。常連さん達が気を利かせてくれて早めに帰られるのです。延々と1時半まで喋って食べて、後片づけが大変なのでした。


12月23日 土曜日 昨日よりも寒い日だったのに…

 朝はとても寒くて、暖房を入れてもなかなか部屋が暖まらない。6時前に蕎麦屋に出掛けて、今日の準備を始めるのです。暖房を点けたままで家に戻って朝食を食べる。女将の作る銀ダラの煮物は、亭主が汁までご飯に掛けて食べるほど美味しいのです。食後のお茶をもらってひと眠りしようと書斎に入るのですが、これが眠れないから困った。夕べは6時間ほどしか眠っていなかったけれど、顔を洗ったら目が覚めて、荷物が届くからと早めにまた蕎麦屋に行く。

 昨日も最後にお客が来て生舟の蕎麦の残りが少なくなったから、今朝はどれだけ打とうかと考えたけれど、何時も打ってる分量なら失敗がないだろうと、750g八人分を打って12食分を用意した。今日の寒さでは、そんなにお客が来るとは思えなかったのですが、いざ開店をしてみると、10人を越えるお客が次々とご来店なのでした。この寒さの中を土曜日とは言えよくぞ来て下さった。最後は子供連れの二家族がいらっして、生舟の中の蕎麦はすっかりなくなった。

 カレーうどんも出たから野菜サラダが一つはなくなったけれど、意気込んで作った金柑大福も四皿そのまま残ってしまう。3時前には洗い物を終えて、女将は家に帰り、亭主はお袋様のところに寄って、この間お客が持って来てくれた餅のお裾分け。女将が食べやすいようにと小さめに切って、ラップで包んでくれたのです。お袋様は昼を食べてない亭主を心配してくれたけれど、夕飯が食べられなくなるからと我慢して家に戻る。女将は買い物に出掛けていた。

 女将が夕飯の支度をするより先に、亭主はもう酒を飲んで冷蔵庫にある直ぐ食べられる物をつまんでいる。メインは常夜鍋だったけれど、肉とホウレン草を少し食べてもうお終い。「お新香を漬けに行かないの?」と女将に言われて、今日は小鉢もなくなっているのを思い出した。蕎麦汁も明日の分はもうないのでした。出汁取りの準備はしてきたから、夜になってから歩いて蕎麦屋まで出掛ける。約1時間の夜の仕事です。明日は今日よりも更に寒くなるらしい。


12月24日 日曜日 昨日よりも更に寒い朝でしたが…

 今朝は寒くてなかなか起きられませんでした。夕べ漬けてきたお新香が気になって、6時前には蕎麦屋に出掛けたのだけれど、向かいの畑は霜で真っ白なのでした。日中は10℃を越えると言うけれどあまりに寒くて、店の暖房を入れてもなかなか室温が上がらない。糠床からお新香を取り出したら、昨日入れたコーヒーの残りをレンジで温めて、換気扇を回してしばらくは喫煙タイムなです。外がやっと明るくなって、時間があるから蕎麦を打っておくのでした。

 昨日はお客が大勢来て、生舟に蕎麦が残らなかったから、今日はまして日曜日だから、寒くてもお客が来る可能性が高いのです。しかし、6時半から蕎麦打ちを始めたので、今朝は家に戻るのが少し遅くなってしまいました。女将も寒くて二度寝してしまったと言っていたから、上手い具合に7時半の朝食で夫婦円満なのでした。勿論、食後のひと眠りはなしで、亭主は洗面と着替えを済ませて、また蕎麦屋に出掛けていく。庭の金柑が食べ頃になってきている。

 8時半の段階では、外は低い雲が垂れ込めて、気温もあまり上がっていない様子。幟を立てても青空が背景にないと、寒々としてこれで今日はお客が来るのかと思ってしまう。二回目の蕎麦を打って蕎麦玉を寝かせている間に厨房に戻り、薬味の葱切りをして大根や生姜をおろしたら、また蕎麦打ち室に入って生地の伸しにかかる。二回目は綺麗に四隅も整って、蕎麦切りも順調に終えることが出来ました。朝は寒すぎて生地が十分に伸せなかったのです。

 早くから仕込みを始めたから時間があったので、随分前に購入した自撮棒を使って写真を撮ってみる。ただ、まだ上手く扱えなくって、説明書をもう一度よく読んでみないといけない。老人の目には字が細かくて読み切れないのが原因なのです。野菜サラダの具材を刻み、早お昼を済ませた女将が来てくれたので話し相手が出来る。天麩羅鍋に油を注ぎ、暖かい蕎麦の汁を温めて、開店の準備は終わるのでした。暖簾を出せば最初のお客は歩いて来た常連さん一家。

 この寒さの中をご家族四人が歩いていらっしゃったのは有り難い事で、ヘルシーランチセットを三つも頼まれて、野菜サラダと蕎麦豆腐、デザートの金柑大福が一挙になくなったのでした。続けていらっしたお客も年配の常連さんで、玄関を入ったご主人が手を上げておぅっという仕草をする。カレーうどんと暖かい天麩羅蕎麦のご注文。この寒さの中をよくぞ来て下さったと感謝の気持ちで一杯。閉店前にも若いご夫婦のお客が来て、新蕎麦を堪能して帰られた。



12月25日 月曜日 朝の寒さに昼の暖かさ、異常な陽気で…

 今朝も寒さは増すばかりで、居間のストーブを点けても、室温がなかなか上がらない。諦めて蕎麦屋に出掛ければ、向かいの畑が真っ白な霜に覆われていました。雲はなく青空が広がって、今日も昼間は暖かくなると確信したのです。冷蔵庫の中の小鉢は6鉢しかなかったから、もしも、もっとお客が来れば出すものがないから、夕べ考えていとおりに、切り干し大根の煮物を作る。出なければ、来週も使えると考えたのです。それにしても寒い朝なのです。

 7時には家に戻って、女将の用意してくれた朝食を食べる。食べ終えたら書斎に入って、例によってひと眠りするのです。うとうとと微睡んで、朝ドラの終わる時間には目覚めるのでしたが、ぐっすりと眠ったという気がしなかった。朝の寒さが応えたのか、コーヒーを入れて目を覚ますのでした。蕎麦は500g打てばいいから、ゆっくりと休んでから蕎麦屋に向かうのです。9時前に蕎麦屋に着いて幟を立てたら、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのでした。

 このところ加水率は46%で、蕎麦の仕上がりも安定しているのでゆっくりと蕎麦打ちを楽しむ。昨日の残った蕎麦と合わせて、10食分の蕎麦を用意して、今日は営業を始めるのです。厨房に戻って、金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻んで、開店の準備も11時には終わるのでした。気温は急激に上がって、亭主は来ていたセーターを脱いで、店のユニフォームを着るのです。暖簾を出せば直ぐに見慣れた外車が駐車場に入ってくる。習志野からの常連さんです。

 いつものように野菜サラダを出して、天せいろをお出しすれば、橋の向こうからの常連さんがいらっして、カウンターに座って新聞を読み始める。何も言わないから、いつものように辛味大根をおろして、大盛りのせいろ蕎麦をお出しするのです。大晦日の年越し蕎麦の注文をされて、いつも一緒に頼んでいた友人は介護施設に入ったので頼めないとおっしゃる。これで今日はお終いかと思っていたら、三人連れの男性がご来店で暖かいぶっかけ蕎麦を頼まれた。

 外はまだ寒いのかも知れないと、熱々の汁で蕎麦を茹でて天麩羅を揚げる。今度こそ終わりかと思ったのですが、まだ駐車場に車が入ってくるから驚いた。陽が差して陽気が好くなると、天せいろが出るものなのです。天麩羅の具材もなくなってきたから、ここで売りきれの看板を出した。時計は1時半を回っていたのです。賄い蕎麦を食べてひと休みしてから、ゆっくりと洗い物にかかる。暖かな陽射しに感謝です。家に帰ってひと眠りしたら、夜のプールに出掛けるのでした。コースは空いていてゆっくりと泳ぐことが出来た。



12月26日 火曜日 朝と昼の温度差が15℃以上もあるから…

 今朝も氷点下の朝。6時半になってもまだ陽は昇らない。昼の時間が一番短いという冬至が過ぎても、日の出の時刻が早まるわけではないのです。調べて見たら今朝の日の出は6時47分なのでした。寒さの中を蕎麦屋に出掛けて、昨日の洗い物の片付けをしたり、洗濯物を干したり、細かな仕事を7時までこなして家に戻るのです。厨房から見ても向かいの畑には真っ白な霜が降りているのが判る。蕎麦屋は暖房を入れたままにして、車に乗り込んだ。

 先週はお客が多かったので、蕎麦屋の残りものが少なかった。月曜日に店から持ち帰る食べ物が少ないと、火曜日の朝は質素な食事になるのです。いいような悪いような。卵と納豆があれば十分で、先週、売れなかったキノコ汁を薄めた椀に三ツ葉を散らして、これが結構美味しいのです。キュウリとカブのぬか漬けは、女将の好みで薄味だけれど、最近は上手く漬いているから文句はないのです。何よりも蕎麦粉の農場から贈ってくれた米が美味しかった。

 茨城のブランド米ミルキークィーンは水分が多いのか、モチモチとしてふっくら感があるのです。おにぎりにして冷めても美味しく食べられる。しかし、冷えたご飯を炒飯にすると、粘りけがあるだけに、強火で炒めてもパラパラに仕上げるのは難しいのです。9時前にお袋様に電話をして、今年最後の仕入れに出掛ける。農産物直売所で知り合いの農家の親父様が、大根を並べていたから挨拶をすれば、「三太郎という大根で煮物にはいいよ」と言われた。

 隣町のスーパーにも出掛け、年明けも市場が休みのはずだから、いつもより多くの食材を買って帰る。店に戻って冷蔵庫に野菜類を収納したら、家に買ってきた肉や魚を家の冷蔵庫に入れる。女将は買い物に出掛けているのです。それから今日の予定である床屋に出掛け、ひと月以上も刈っていない頭を綺麗にしてもらうのでした。亭主よりも10歳は年上のはずなのに、腕はたしかで「髭もツルンツルンに剃っておいたからね」と言って元気なのでした。

 家に帰れば12時過ぎで、女将が昼の炒飯の具材を調理台に並べておいてくれたから、直ぐに鍋を振ってカレー炒飯を作る。朝炊いたミルキークィーンは、思っていたとおり、高温で炒めてもなかなかパラパラにはならないのでした。やはり炒飯には向かない品種なのか、それとも亭主の腕が悪いのか。食後はお茶をもらって居間でゆっくりする。3時に蕎麦屋に出掛けようと思っていたら、先日、ミニ忘年会で一緒に飲んだ友人から電話で30分後に来ると言う。

 家で待っていたら、チャイムが鳴って、会費をもらったのに、この間は沢山ご馳走になってと、酒やつまみと自宅で採れた大根を持って来てくれたのです。現役の頃よりも元気な声で喋るのが、印象的なのでした。定年後に始めた植木屋の仕事も、年末はすべて断ってゆっくりとしているのだそうな。蕎麦屋は大晦日まで営業だから羨ましい限りなのでした。明日は朝一番で整形外科に行って、月に一度の薬を処方してもらわなければいけない。

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2023年12月中旬



12月10日 日曜日 久し振りに沢山のお客が…

 夕べは暖かかったからかよく眠れた晩でした。朝の6時には目覚めて、朝食の前に蕎麦屋には行かずに珈琲を飲む。銀ダラの煮付けと三ツ葉の卵綴じで朝食を食べて、早めに洗面と着替えを済ませるのでした。今朝は蕎麦粉が届くので、8時半には蕎麦屋に行っていなければと、頑張って家を出るのです。家の前の通りは公園の森から昇った朝日が眩しい。雲ひとつない青空が広がって、風もないから、今日も暖かな一日になりそうなのでした。

 蕎麦打ち室に入って今朝のの蕎麦を打つ。今日は思い切って46%の加水率で捏ね始めたのですが、これがとても好かった。もうこんな時期なのかと、冬場の蕎麦打ちを思い出していたのです。季節の移る度に、粉の新しくなる度に、加水を替えないと上手く打てないことが多いのです。12食半の蕎麦を生舟に用意して、今日は営業に臨むのでした。厨房に戻って金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻んで、開店の準備を進めるのです。

 暖かい朝だと思ったけれど、午前中はまだ気温が上がらずに、昼前にはお客がないのでした。昼を過ぎてからやっとお客が入り始めて、次から次へと入れ替わり立ち替わり、テーブルやカウンターが埋まっていく。やはり温かくなって来たのか、午後は最近には珍しく10人を越えるお客があったのです。下げてカウンターの上に置いた盆や蕎麦皿を洗う暇もないほど、女将も亭主も嬉しい賑わいなのでした。最後のお客が帰ったのは2時過ぎで、生舟は空っぽ。

 3時近くまで女将と二人で洗い物や片付けをして、やっと家路についたのですが、相変わらず空は青く雲ひとつないのです。20℃近くまで上がったと言うから、季節外れの暖かさなのでした。亭主の食べる蕎麦もなくなったから、昼を食べていなかったけれど、金柑大福の残りと柿を剥いてもらって食べたら、もう眠気の方が先で、そのまま5時過ぎまで眠ったのです。夕飯には亭主がお好み焼きを焼いて、それから蕎麦に出掛けてお新香を漬けてくるのでした。



12月11日 月曜日 突然、石垣島からのご来店で…

 今朝も6時になったら蕎麦屋に出掛け、昨日の大量の盆や蕎麦皿を片付けたら、糠床からお新香を取り出して、小鉢に盛り付けるのでした。そして、明日のミニ忘年会の爲に、しばらく使っていなかった出刃包丁と刺身包丁を研いでおくのです。どんな魚が出ているか魚屋スーパーに行ってみないと判らないから、一応、二つだけ研いでおきました。イナダかアジか1匹で売っていれば、活き作りで出せるのですが、なかなか難しい。月に一度は自由に調理したい。

 帰り道は家のガレージに車を前から入れる都合で、みずき通りを下まで下ってから家に帰る。寒さは感じないけれど、暗く曇った空なのでした。家に戻れば女将が朝ご飯の用意をしていた。刻み鮪を食べてしまわなければいけないと、今朝も豪華に手巻き寿司なのでした。明日の忘年会に使おうと思って仕入れたのに、鮪はもう残り少ないのです。まあ、家庭に比べたら蕎麦屋は食材の宝庫だから、他にも出すものは沢山あるので心配はない。

 食後はひと眠りもせずに、女将が洗濯物を干すのに棘に当たってしまうと言うので、玄関脇のウチワサボテンを少し剪定した。どんどん上に伸びて大きくなっているから、そのうちノコギリで切らなくてはならないのでしょう。天麩羅にしても美味しいと聞くのですが、それがこの種類なのか心配で、まだ試したことがないのです。朝の気温は随分と高く、曇っている割には帽子もマフラーも要らないから不思議です。蕎麦屋までゆっくりと歩いて行くのでした。

 幟を出したら、蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つ。加水率は昨日と同じく46%でした。伸す時に均等な厚味にするために、今日は90cmの伸し棒を使ってみた。これだと全体に圧力が行き渡り、長い部分が打ち台に当たって、左右の圧力が違っていると知らせてくれるのです。扱いやすいからと、60cmや75cmの伸し棒を使うことがあるのだけれど、これはあくまでも部分的な作業に使うもの。そんな反省から、今日は四隅も綺麗に載せて蕎麦切りも良好。

 月曜日だから今日は8人分の蕎麦を用意して開店の準備をした。昼間ではお客もなく、やっといらっした宅配の若者が、今日は珍しくキノコつけ蕎麦の大盛りを注文する。その蕎麦を茹でている間に店の電話が鳴るけれど出られない。やっと蕎麦を出し終えたら、今度は携帯に電話が入る。見れば石垣島の海メロの奥さんからなのでした。ご主人の実家に帰っているらしく、今から4人で行くからと言うのです。予約は受けない霊犀亭だけれど、これは困った。

 残る蕎麦は6.5人分だから、四人でいらっしてもあと二人はお客に出せるけれど、そう上手くはいかないだろうと、思い切って暖簾をしまって、幟を降ろすのです。1時を過ぎた頃に船長と奥様が、船長のお母様とお父様を連れていらっした。天せいろ四つの注文を受けたところで、駐車場に若い女性の車が入ってくる。「一人だから入れて上げたら」と船長に言われ、テーブルの四人にはサラダや蕎麦豆腐をお出しして、先に女性の天せいろを仕上げるのでした。

 天麩羅は二人ずつしか揚げられないから、二人ずつ蕎麦を茹でて二回に分けてお出しした。詳しい話も出来なかったけれど、本来の閉店時間をだいぶ過ぎて、2時半近くまでいろいろな話をして、コーヒーを飲み終えてお帰りなったのです。石垣島でも随分と世話になったけれど、島で市内に行くくらいの時間だからと、利根川の向こうから車を飛ばして来るのにはいつも驚かされるのです。3時過ぎに賄い蕎麦を食べ、家に電話をして遅くなった理由を言えば、スポーツクラブから帰ったばかり女将が片付けを手伝いに来た。


12月12日13日 火曜日水曜日 昼から蕎麦を打つ定休日…

 定休日の一日目、今日は久し振りのミニ忘年会だというのに、朝から雨が降っていました。それでも6時には蕎麦屋に出掛けて、返しを仕込んで出汁取りの準備をしておきます。今夜の料理の材料は昨日までに仕入れてあるから、普段の仕込みに加えて少しずつ夜の準備をするのです。これが楽しいと思うのはまだ時間があるから。朝食を食べに家に戻ったら、今日は脂の乗った塩鯖の焼いたのが出て、とても美味しくいただいたのです。

 食後のお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りするのでした。8時半には目覚めて、お袋様を迎えに行こうと洗面と着替えを済ませたところに、女将がやって来て今日は一緒に買い物に行くと言うのです。先週は何も残らなかったから、家の食材がなくなってしまったらしい。農産物直売所と隣町のスーパーに出掛けて、亭主は店の仕入れを、女将とお袋様は買い物をするのでした。二人をそれぞれ家まで送って、亭主は蕎麦屋に戻って午前中にひと仕事。

 家に戻って昼食にカレーライスを食べて、眠かったけれど再び蕎麦屋に出掛けて、昨日は蕎麦が残らなかったから、昼に夜の忘年会用に蕎麦を打つ。打ち終えたら、車を置きにまた家に戻り、再度蕎麦屋に出向いて、今度はいよいよ夜の料理の仕込みに入る。前菜に三品、野菜のミニサラダと枝豆、そして刺身三種に天麩羅の具材や蛸の唐揚げ、串焼き、デザートなどを用意して、夕刻を待つのでした。珍しく女将が飛び入りで参加するのでした。

 みんな同じ職場の仕事を勤め上げ、子ども達も中年の域で、孫達も元気で暮らしているのだとか。今は第二の人生を楽しく過ごしている老人たちは、一年一年ごとに老いを感じるのだと言う。料理を食べて蕎麦を茹でてやった女将も、昔からの顔馴染みの現在を微笑ましく聞いているのです。女将が帰ったその後も、延々と5時間近く杯を交わし、10本近くあった冷蔵庫の日本酒の小瓶が空になる。亭主は皆が帰った後に、皿や瓶をカウンターにおいて帰宅する。

 定休日二日目の朝はは起きるのが大変なのでした。11時前には床に入ったのに、朝は女将に起こされる。あれだけ飲んだのに、楽しかったからか、二日酔いもないのが不思議でした。それでも身体が疲れているから、朝食を終えたら早めに蕎麦屋に出掛けて、ゆっくりと昨日の片付けにかかる。たった四人分だからわけもないことなのですが、洗い物を終えて、出汁を取り、後は午後に漬け物と野菜サラダの具材切りをすればもう4時半を回っていたのです。



12月14日 木曜日 今日も嬉しい常連さんたちのご来店で…

 今朝も5時前に目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲んでいました。まだ外は真っ暗なので、テレビのニュースを見て時間をつぶす。6時前になったら重い腰を上げて蕎麦屋に出掛ける支度をするのでした。最近は6時でもまだ辺りは暗く、夜明け前の東の空を写真に撮ろうとしたけれど、暗いので手ぶれが酷くて雰囲気だけ。厨房に入って糠床からお新香を取り出して、小鉢に盛り付ける。ついでに昨日漬けた大根のなた漬けも小鉢に盛っておくのです。

 洗濯物を畳んだり、細々とした仕事をこなして、7時前には家に戻るのでした。食堂に入れば魚を焼いた良い匂い。今朝は鰺の開きと豚汁でご飯を美味しくいただくのです。食後は書斎に入ってひと眠りの亭主。ゆっくり1時間は眠ってしまったから大変です。急いで洗面と着替えを済ませて、蕎麦屋に出掛けるのですが、店に着いたのはもう9時を過ぎていました。幟と看板を出して、蕎麦打ち室に入れば、気持ちがシャキッとしてやる気十分なのでした。

 今朝も加水率46%でちょうど好い硬さの生地に仕上げて、蕎麦玉を寝かせている間に厨房に戻り、生姜や大根をおろして薬味の葱を刻みます。再び蕎麦打ち室に入って、伸し棒で蕎麦を伸していく。四隅が綺麗に決まったら、八つに畳んで包丁切り。奥行きがあったから今朝は切りべら24本で140g。これを八回繰り返して、八束の蕎麦を生舟に入れるのでした。時計を見れば10時を回っているから、何処かで急がなくては開店時刻に間に合わない。

 金柑大福を今日は三皿だけ作って、野菜サラダもいつもと同じく三皿盛り付けておきます。ポットにお湯を入れ、天麩羅鍋に油を注ぎ、テーブルを拭いて回ったらもう開店の時刻になっていた。幸いにまだお客が来ていなかったから、急いで暖簾を出すのでした。嬉しい事に女将が早めに来てくれたから、亭主はやっとひと休み出来たのです。その5分後には習志野からの常連さんがいらっして、娘さんの運転する外車が駐車場に停まるのでした。

 時を同じくして、何時も歩いていらっしゃる男性客が玄関を開ける。先の親子が天せいろのご注文だったから、天麩羅の準備をしていたら、後から来た男性客はビールと鴨せいろの大盛りを頼まれたのです。鴨肉を解凍している間に天麩羅を仕上げて、蕎麦を茹でるのです。その間にまた玄関が開いて、橋の向こうの常連さんがご来店なのでした。女将がいなければもうお茶も出せないのです。皆さんがお帰りになったのは12時半過ぎで、それからは暇なのでした。



12月15日 金曜日 寒い曇り空の日…

 今朝は寒さでなかなか床の中から出られなかった。エアコンのタイマーをセットしているのだけれど、その前に一度目が覚めてしまうからもう一度眠ったのでした。再び目覚めればもう7時前。朝食の時間なのでした。朝飯前のひと仕事に、蕎麦屋に行かなかったので今朝は早めに家を出ました。蕎麦打ちを終えて、大根をおろし、薬味の葱を刻んだら、早速、金柑大福を包む。そして、野菜サラダの具材を刻むのです。これで何とか開店前に仕事を終える。

 こんな曇り空の寒い日には、お客は来ないだろうと思って店の椅子に隅に座って、1時間ほど待っていたけれど、やはりお客は来ないのです。仕込みもあるから始めてしまえば好いものを、いざお客が来ると中断されるからと躊躇ってしまう。それでも南瓜を切って天麩羅の具材にしたり、豚のハラミを解凍したり、少しは明日の準備をするのです。金柑の種を取って甘露煮にするのは、時間がかかるから手を付けられなかったのです。

 午前中は小雨交じりの曇り空でしたが、午後は雨は降らずにどんよりと曇り空だけ。風かないので店の幟も元気がなく、まるで亭主の心境そのもの。1時過ぎにやっと車が駐車場に入って、若い女性がお一人でご来店なのでした。誰もいないからテーブル席にどうぞと案内する。BGMが流れる静かな店内には、蕎麦を啜る音だけが聞こえる。温かい汁のぶっかけ蕎麦を頼まれたけれど、昼前に作った野菜サラダをサービスでお出ししたら、綺麗に食べて下さった。

 帰りがけに、「お花をもらってもらえますか」と言われて、玄関を開けたままで待っていたら、車からカサブランカの花の部分だけを集めた花束を持って来て下さった。早速、蕎麦焼酎用の徳利に入れてカウンターに飾るのでした。こんな日もある金曜日。家に帰ってハソコンに向かい、今日の写真と売り上げを入力したら、横になってひと眠りするのです。5時前に起き出して、軽く夕飯を食べたら、夜のプールに出掛けて行く亭主なのでした。



12月16日 土曜日 昼の気温が20℃を越える異様な暖かさ…

 今朝は朝から随分と暖かなのでした。6時過ぎに蕎麦屋に出掛ければ、まだ陽は昇らない。昨日、お客にいただいたカサブランカの一輪が、もう花を開いて好い香り。朝飯前のひと仕事は、まずカウンターの上に干してある盆や椀を片付けて、金柑の甘露煮を作る事でした。3パックで30個以上あるから7時までに終わるかと心配したのです。水洗いしたら、半分に切って種を取っていくのがひと苦労。酢水で茹でて氷砂糖を溶かした密で煮込んでいきます。

 800ccの瓶にひとつ半取れて、綺麗な色に仕上がりました。これで年内は金柑大福を作り続けられる。白餡と白玉粉の方がストック分が少ないので、次の仕入れでは買ってこなければいけない。外は明るくなってきたけれど、夕べの強い風で駐車場のモミジがすっかり散ってしまいました。家に帰って女将の用意してくれた朝食を食べ、書斎に入って30分ほどひと眠りする。「今日も宜しく、行って来ま~す」と玄関を出て、再び蕎麦屋に出掛けるのです。

 蕎麦打ち室に入って今朝は500gだけ蕎麦を打つ。昨日の蕎麦が生舟に沢山残っていたので、合わせて13食あれば十分だろうと思ったのです。最近は加水率46%で蕎麦を打っているのですが、これがやはりこの時期一番仕上がりが好く出来る。蕎麦切りの際も包丁にくっつくこともなく、綺麗に仕上がるので助かります。これがもう少し水が多いともう上手く切れないから、その差が微妙なのです。女将が来て、玄関にまで散り飛んだモミジを掃いてくれていた。

 今日は暖かいからか開店前からお客が入り、入れ替わり立ち替わり沢山のご来店。それが一度に来なかったので、天麩羅を揚げるにはちょうど好い間隔なのでした。続けて天麩羅を揚げると、降ろしたばかりの油も疲れて美味く上がらない事があるのです。7人入って1時半になったから亭主は賄い蕎麦を茹でて食べようとしたら、駐車場に車が入ってくる。奥の座敷で素早く蕎麦を食べて厨房に戻れば、まだ女将が注文を聞いているところなのでした。

 最後のひと組だったけれど、天せいろやせいろの他に、日本酒を頼まれて白エビや赤いかの天麩羅を注文するのでした。一度片付けに入ったボールや天麩羅の具材をまた取り出すのでした。閉店時間の2時を過ぎるまでゆっくりと食べて行かれた。今日はお客が重ならなかったから、合間に洗い物が出来たので、3時前には家に帰ることが出来ました。亭主はひと眠りして早めに軽く夕食を食べて、夜の防犯パトロールに出掛けたのです。1日で7000歩。ちょうど好いか。暖かいので汗ビショで家に戻ったのです。


12月17日 日曜日 昨日よりも10℃も低い北風の日…

 午前6時過ぎの空の様子は、青空も少し覗いてはいるけれど雲が多いのでした。北風がとても冷たく、昨日の暖かさがうそのよう。朝飯前のひと仕事は、カウンターの上に干した盆や蕎麦皿を片付けて、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充する。そして、今日の小鉢に盛り付けるために、切り干し大根の煮物を作るのでした。実は、夕べお新香を漬けに来ようと思っていながら、夜の防犯パトロールがあったりで、ついつい忘れてしまったのです。

 7時過ぎに家に戻れば、今朝はハムエッグに大根と鶏肉の煮物、大根の葉とじゃこのお浸しに豚汁が付いていた。寒い朝だから暖かい食べ物が美味しいのです。食べ終えたら居間の椅子に移って、ストーブを点けて暖まる。お茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りするのです。朝ドラの終わる時刻に目が覚めて、着替えと洗面を済ませたら、最後の一服をして家を出る。帽子もマフラーもなかったから、ちょっと寒かったけれど陽が出ているのが救いなのでした。

 蕎麦屋に着いて朝の仕事を終えたら、まずは厨房に入って今朝ほど作った切り干し大根の煮物を小鉢に盛り付ける。なた漬けの小鉢がまだあるから、これで今日の分は十分。9時過ぎに蕎麦打ち室に入って、今日の蕎麦を打つ。加水率は46%。このところこれで上手い具合に仕上がっている。今朝は少し生地が柔らかくなって、薄く伸したから、細い蕎麦が出来上がる。毎日、同じようには行かないのが、手打ちの好さなのか。細い蕎麦の好きなお客もいるからね。

 しかし、ぴったり46%で打ち始めたのに、どうして柔らかさが昨日と違うのだろうか。これは永遠の謎なのです。湿度や室温にも多少は影響されるけれど、今日は寒いから逆に硬くなっても好さそうなのです。まあ、あまり神経質にならないで、切りべら26本で140gの蕎麦を8束打ち終えて、昨日残った3束と合わせて11食分の蕎麦を用意して、今日の営業に臨むのです。日曜日にしては少ないけれど、この寒さだからそれほどお客は見込めないと思ったのです。

 暖簾を出す開店の時刻の15分前に、お客の車が駐車場に入ったから、仕方なく店の中に入って頂いたけれど、まだ準備が終わっていないから、お茶だけお出ししますと言えば、もう注文を始めるから気が早い。金柑大福を包んでいた亭主は、少しむっとして女将に当たるのです。蕎麦を茹でてお出ししたところで、女将がやっと暖簾を出すのでした。その後で、いつもなら一番乗りのカレーうどんの小父さんご夫婦がいらっして、キノコつけ蕎麦とカレーうどん。

 ご夫婦が珍しく今日は少し話をして行かれる。ご主人はここのカレーうどんは何処よりも美味しいと褒めて下さる。毎回、カレーうどんとハラミの串焼きばかりを頼まれる。奥様は今日はキノコ蕎麦のご注文なのでした。寒いから暖かい汁物が欲しかったのかも知れない。あら鋳物も終えて、それから1時間はお客が来ないので、亭主はかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べてしまう。1時半を過ぎた頃になって、今日は三人でご家族がいらっしゃったのです。

 お年寄り夫婦と娘さんらしい女性が別々の車でやって来て、娘さんは年老いたお母様の隣に座って世話をする。最近、亭でもこうした光景はよく目にするのです。同じく年老いたご主人が、閉店の時刻を過ぎて申し訳なさそうに挨拶をするのでした。お客の食べている間に亭主は鍋や釜を洗い、女将も洗い物を片付ける。二人で家に帰ったのは3時前で、それから女将は美容院に出掛けていった。亭主は昼寝もしないで、テレビの映画を観てゆっくりとする。



12月18日 月曜日 今日も寒い北風が吹いて…


 夕べは11時まで起きて眠ったのだけれど、朝の6時までまったく寝覚めることがなかった。夜の9時にモヤシラーメンを作って食べたこと、暖かい下着を着けて寝たこと以外には、普段と変わったことはなかったのですが、気持ちよく目覚めて、朝飯前のひと仕事に出掛けるのでした。6時半近くになるというのに、まだ日の出には早いのです。カウンターの洗い物を片付けて、コーヒーを入れて一服する。週の最終日だから、特に何もすることはないのです。

 帰り道に1㎞先のコンビニまで車を走らせて、煙草を買って家に帰る。食卓にはいつもと同じ豚汁と、銀ダラの煮付けが並んでいました。大根も薩摩芋も、先日蕎麦屋のミニ忘年会に来た旧友が実家の畑で作った物で、土産にくれたものなのでした。大根が柔らくて甘いと女将も絶讃するのです。豚汁が美味しいので、銀ダラの煮付けの影が薄くなってしまう。朝から美味しいものを食べて、元気が出るから嬉しい。食後のひと眠りもせずに蕎麦屋に出掛けていく。

 今朝は500gを打って終わりにするはずなのでしたが、何をどう間違えたのか、加水を750g分用意してしまって、篩を掛けた蕎麦粉に水を注いだところで、おかしいと気づいたのです。慌てて蕎麦粉を足して、結局、750gの蕎麦を打つことになりました。蕎麦粉9割の蕎麦になったのです。それでも、切りべら26本で140gの蕎麦を打って、無事に今朝の蕎麦打ちを終えるのでした。年に一度ほどは、こうした間違いがあるから、決して呆けたわけではないのです。

 野菜サラダの具材を刻んで、11時にはもう開店の準備が整うのです。昨日よりも外が寒いからなのか、店の中にいてもくしゃみや鼻水が止まらずに、難儀したのです。暖簾を出してお客を待つのだけれど、一時間経っても客は来そうになかった。この北風の寒い日では、晴れているとは言ってもお客は来ないのです。やっと1時近くになって車が一台、駐車場に入ってくる。会社員風の二人連れが、カウンターの隅に座って注文をするのでした。

 せいろ蕎麦の大盛りと温かい汁のぶっかけ蕎麦。直ぐに作ってお出しすれば、食べるのも早く、直ぐにお会計となるのでした。今日はお客がゼロかと思っていたから、ひとまず安心したのです。この寒さでは後が続くはずもないと、亭主はかき揚げを揚げて賄い蕎麦を茹でて食べておく。1時半を過ぎた頃に、歩いて3人の老人がやって来た。天せいろを三つご注文で、耳の遠いご主人が、壁に掛けてある蕎麦屋の由来を読んで、亭主に質問をするのでした。

 その姉だという女性が、書道をやっていたらしく、なかなか好い字だと褒めちぎる。最近、亭主と同じ町内に越してきたのだと言うから、いろいろと話が弾むのでした。閉店時間を過ぎて、やっと店を出る。亭主はそれから一人で洗い物を片付ける。女将は今日は歯医者へ行くと言っていたから、助けには来てくれないのです。帰る荷物をまとめ、洗った物を綺麗に片付けて、家に帰ったのは3時半を過ぎた頃なのでした。今日は夜のプールをお休みにした。




12月19日 火曜日 今朝は真冬の寒さで…

 今朝は6時半に家を出て、7時まで30分間の朝飯前のひと仕事。空はどんよりと雲が厚く覆い被さって、寒さもいつになく厳しかったのです。まずは昨日の洗い物を片付けて、洗濯機の中の洗濯物を干し、奥の部屋に溜めてあった段ボールの箱を潰して紐で縛る。新聞のストックを袋ごと結んで、それぞれ車の中に入れておきます。最後に午前中に出汁を取れるように、昆布と干し椎茸を鍋に入れ、水を加えてガスレンジの上に置いておく。これで30分は凄い。

 家に帰って女将に話せば「目的を持って動けば早く終わるのよ」と、いつもの彼女の朝の仕事ぶりを思い出させるのでした。今朝も食後のひと眠りをしないで、蕎麦屋に空になったタッパなどを運んでから、お袋様に電話をして迎えに行く。「イヤー寒いね」と言って車に乗り込んだ彼女は、先週はお客が少なかったかと心配そうに尋ねるのでした。「寒くなった割にはまずまずの入りだった」と、年寄りのお客は付き添いの娘がいたりと話をするのです。

 店に戻って野菜類を冷蔵庫に収納したら、5㍑の鍋に湯を沸かして、小松菜を茹で、タッパに入れて急速冷凍しておく。次に出汁を取って蕎麦汁を作り、二番出汁で天つゆとストック分を容器に入れて、それぞれ水で冷やし、冷蔵庫に保存するのです。11時半になるから、家に戻って昼飯を作らなければ。女将が下準備を終えて、後は亭主が蕎麦を茹でるばかりにしてくれていました。今日は業者が持ってきたごまだれで天せいろを食べる。値段が高いから…。

 食後はさすがに書斎に入ってひと眠り。1時半過ぎに目覚めて、蜜柑を食べて目を覚ます。仕事部屋で書を書いていた女将に声を掛けて、また蕎麦屋に出掛ける亭主。朝はまだ開いていなかった黄色のカサブランカが、見事に花を咲かせていました。辺り一面にユリの香りが漂っていたのです。午前中に使って洗った鍋類を片付けてから、コーヒーを入れて次の段取りを考える。目の前に漬けてある大根の塩漬けはもう水が上がっていたので、まずはこれから。

 漬け物器の水を絞って、大根を大きめのタッパに入れたら、甘酒の素を注いで、砂糖を加える。十分に伸び広がったところで、唐辛子の種を取り、輪切りにして散らす。そして、柚子を皮の黄色い部分だけを残して千切りにしていきます。これで小鉢のひと品目を仕込む事が出来ました。明日の午後にぬか漬けを漬けたらもうひと品出来ることになるのです。まだ時間が早かったから、レンジ周りの掃除をして、明日の仕込みに備えるのでした。

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2023年12月上旬



12月5日 火曜日 今日は寒い冬の一日で…

 夕べはプールで泳いだのに、珍しく10時過ぎまで起きていた。今朝は5時前には目覚めて、7時間は眠っただろうか。暁のコーヒーを一杯飲んだら、蕎麦屋に出掛けて朝飯前のひと仕事なのでした。冷蔵庫に溜まったカボチャやニンジンの切れ端と、天麩羅があまり出なかったので残ったナスを使い切ろうと、カレーを作ることにしたのです。鶏肉もカレーのルーも買ってあるし、キノコ汁の具材も残っていたから、残り物一掃の大作戦なのです。

 それから洗濯機の中の洗い物を干して、製氷機の氷の水を満杯にしたら、家に戻って女将の用意しくれた朝食を食べる。今朝は夕べ亭主がプールの帰りに買って帰った鮭の塩焼きと茄子焼き。肉と野菜の入った豚汁がとても美味しいのでした。自分でよそったご飯はちょつと多すぎたけれど、最後は梅干しをおかずに食べ終えるのでした。食後に居間の部屋でお茶をもらって、書斎に入って眠ろうとしたのですが、眠ることが出来ずに洗面と着替えをするのです。

 定休日だけれど、身体がもう休みの日のバージョンになっていないのです。仕方がないので蕎麦屋に出掛けて、細々とした仕事をしたら、お袋様に電話をする。寒い冬の朝だから、襟巻きと帽子を忘れない。農産物直売所に出掛けたら、知り合いの農家のご夫婦が来ていて大根をもらい、奥様には今頼んでいる農家が米作りを止めると言うので、来年からは米を分けてもらえるかと話をする。隣町のスーパーも寒いからか客が少なく、早く買い物が終わったのです。

 買って帰った大根を早速細かく切って、なた漬けの仕込みをするのでした。午後に出汁取りをする準備をしたら、家に戻って昼食には寒いからと、あんかけの湯麺を作って、昨日までに残った野菜サラダを消化する。麺が一つしかなかったので、亭主は温めたご飯に具材を載せて中華丼にしたのです。身体が暖まったので上着を脱いだ。食べるか動くかしないと家の中では温度調節が難しいのです。女将のスポーツクラブの予約をし終えたら蕎麦屋に出掛ける。

 椋鳥が群がる寒い午後、蕎麦屋の暖房を入れて、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めたら、新しい出汁取りをする。毎日、寒い日が続くから、温かい汁が沢山出るのです。二番出汁の準備は欠かせないのです。蕎麦汁の倍の量は用意しておくけれど、今週の後半は暖かくなると言うから、どうなるものか。今日は日中も晴れ間がなかったから、寒い一日なのでした。午前中に、塩で浸けておいた大根に、甘酒の素と砂糖を入れ、柚子の皮を刻んで唐辛子を入れる。

 4時過ぎに家に戻ればもう空腹になってきた。夜は蕎麦屋で残った串焼きを焼いて、買って帰ったメカブと共に酒の肴にする。寒いだろうからと、女将には一人分のおでんをパックを買って帰った。たまには別々の食材でもいいかと思うのです。家族の少なくなった団地の高齢化は、商品の変化にも見て取れる。いつもより早めに風呂を沸かして、ゆっくり入っていたら女将が「もう9時になったわよ」と心配してやって来た。湯船で眠ってしまったのだろうか。


12月6日 水曜日 ダイビング引退、何か世界が狭まるようで…

 今朝も早くから目覚めて蕎麦屋に出掛け、朝飯前のひと仕事を済ませて家に戻る。今日は晴れるのかと思ったら、朝のうちは雨が降って、その分寒さが少し和らいでいました。朝食には昨日蕎麦屋で仕込んだカレーの残りを一人分だけ持ち帰ったので、亭主は温めてもらって食べたのです。ワンプレートだから女将が片付けるのにも世話はない。朝からカレーを食べるのは刺激が強すぎると女将は言うけれど、美味しいものは何時食べても美味しいのです。

 満足して書斎に入ってひと眠りしたら、再び蕎麦屋に出掛ける前に、海メロにメールを送ってダイビングを引退する事を伝えたのです。30年以上も海で潜り続けて海外に疲れ、日本で見つけた絶好のスポットが石垣島でした。世界中でもこれほど珊瑚と海の多い美しい場所はなかった。以来、ご夫婦が経営する「海のメロディー」というダイビングショップにお世話になって15年ほどか。家庭的で瀟洒な宿を切り盛りする奥様の料理は特に美味しかったのです。

 午前中の仕込みは、なた漬けの付け直しをしたら、出汁を取って蕎麦汁を作ったら、もう昼の時間になる。昼食には鮭を焼いて三ツ葉の卵綴じと一緒にご飯を食べる。午後は女将がスポーツクラブに出掛けて、亭主は年賀状の写真を選んで構成まで考えたら、テレビの洋画を観て3時過ぎに蕎麦屋に出掛けるのでした。家の前の坂道を女将が昇ってくるのが見えた。お新香を漬けて蕎麦豆腐を仕込むだけの作業だから4時過ぎにはまた家に戻るのです。

 夜は例によって週に一度の防犯パトロールなのでした。4時半には夕食を食べ終わらないと、パトロールで歩けないないので、切り干し大根とメカブをおかずに、肩ロースの薄切りを焼き肉のタレで炒めて、ご飯に載せて食べるのでした。とろろ粉昆布のスープまで付けて結構贅沢な夕食なのです。やっと食堂に現れた女将にお茶だけ入れてもらって、居間の部屋でひと休みです。日が暮れると急激に気温が低くなるから、少し厚着をして出掛けるのでした。


12月7日 木曜日 常連さんばかりに助けられて…

 夕べは10時半に床に就いて、今朝は4時半に目覚める。コーヒーを入れて居間の部屋でゆっくりとしたら、5時のニュースが始まってしまう。慌てる必要はないのだけれど、椅子に座っているとじっとそのまま動かないから、意を決して立ち上がる。車を出して暗い道を蕎麦屋に向かうのです。今朝の朝飯前のひと仕事は、夕べ漬けたお新香を糠床から出して小鉢に盛り付けること。それでも6時前だから、思い切って蕎麦の一回目を打っておくのです。

 750g八人分の蕎麦を捏ねて菊練りにしたら、蕎麦玉を作ってビニールに入れて寝かせておく。その間に少し明るくなった外に出て、暖かくなると言う外気を肌で感じてみるのです。暖房を入れた店の中は16℃まで室温が上がっているから、確かに今朝は暖かい。綠がかった新蕎麦を伸して包丁切りすれば、今朝は少し細く切れた。同じ45%の加水でも、室温が高いから少し柔らかな生地になって、薄く伸せたのでしょう。それでもまだ四隅は綺麗に決まらない。

 蕎麦を打ち終えたらもう7時前だったので家に戻る。女将の用意してくれた朝食を食べて、お茶をもらったら書斎に入ってひと眠りするのです。1時間ほど眠ったら、洗面と着替えを済ませてまた蕎麦屋に出掛ける。風は暖かい南風で、今日は二十四節気の「大雪」だというのに、随分と暖かいのです。昨日の夜の防犯パトロールで歩いたのが応えたのか、今朝はちょっと右足が…。歩く速さが早くなった分、どうしても少し引きずる形になってしまうのです。

 蕎麦屋に着いて看板と幟を出し、チェーンポールを降ろしたら、いよいよ今日も始まるという気分。青い空がとても綺麗なのです。蕎麦打ち室に入って、本日二回目の蕎麦を打つ。500gだけ打って、合計13食分の蕎麦を用意したのです。昼は20℃近くまで気温が上がると言うので、定休日明けの木曜日には、沢山のお客が来ることがあるから、後で後悔するよりもと余分に蕎麦を打ったのでした。蕎麦が売り切れでお客をお断りするのは本当に申し訳ないのです。

 打ったばかりの新蕎麦の美味しさを、お客に味わってもらいたいと思うけれど、新蕎麦の幟も出していないし、少し宣伝不足はなのは否めない。それでも暖簾を出したら、直ぐに常連さんがやって来て、「通りかかったから」と四日続けていらっした言い訳をする。今年も持ち帰りの年越し蕎麦をお願いできますか、と聞かれていいですよと応える亭主。そうしているうちに駐車場に見慣れた外車が入って来た。今日は三人連れの様子で、背の高い男の子が一緒。

 お婆様が随分と大きな柿を袋に入れて持って来てくださった。男の子は中学三年の長男なのだと言われて、柔道部に入っているのだとか。今日は試験の後の休みで…と母親がまた一人で喋る。新蕎麦が美味しいと言ってくれた。娘の前では無口なお婆様が、デザートに出した金柑大福がとても美味しかったと喜んでくれた。いつもは開店の時刻に合わせていらっしゃるのに、今日は来る道で事故があったとかでだいぶ時間が遅かった。1時前には洗い物も終えた。

 家に戻って女将と二人でいただいた大きな柿を食べたのですが、これが身が柔らかく、糖度25度程もあろうかと思われる甘さなのでした。今までに食べたことのない柿の美味しさに驚いた。どうしていつもこんなに好くしてくださるのか、不思議でならない。真面目に蕎麦を打つことでしか恩返しは出来ないのです。夕刻に業者が注文した品物を持って来たから、コーヒーを入れて話を聞けば、どこの蕎麦屋もお客が少ない様子なのです。こんなに暖かい日なのに。


12月8日 金曜日 今日は初めてのお客ばかりで…

 今朝は女将が朝食が出来たと起こしに来るまで目が覚めなかったのです。8時間以上も眠ったことになる。夕べは酒を飲み過ぎたという記憶もないし、悪いことではないから、気にもしなかったのだけれど、朝飯前のひと仕事がないという安心感があったからなのかも知れない。着替えと洗面を終えて玄関を出れば、黄色く色づいた金柑が朝日に当たっているのでした。風もなくうららかな陽射しで蕎麦屋まで、右足を気にしながらゆっくりと歩いて行く亭主。

 9時前に蕎麦屋に着いて、看板と幟を出したらチェーンポールを降ろして、早速、蕎麦打ち室に入るのでした。昨日の蕎麦が生舟に随分残っていたから、今朝は500gだけ打つことにして、45%の加水率で伸して畳んで、綺麗に均等な幅で包丁切りをするのでした。生地の真ん中が十分に伸されていないなど、細かな問題点は沢山あるけれど、一つ一つクリアしていかなければならない。打ち癖とでも言うのか、慣れて来るとどうしても伸し方に癖が手でしまう。

 10時前には厨房に戻って、今日の金柑大福を包む。求肥の作り方もすっかり勘が戻って、白餡でくるんだ金柑の甘露煮を、15分ぐらいで包み終えるのでした。横浜に住む幼なじみの友だちが焼いてくれた皿は、なぜか愛着が湧くのでこの時期は毎日使っている。それからお湯を沸かしてブロッコリーとアスパラを茹で、レタスをちぎって野菜サラダの具材を刻み始めるのです。11時前にはすべて終了して、テーブルをアルコール消毒液で拭いて回る。

 暖簾を出しながら玄関から外に出て、今日の陽気を肌で感じる。暖かく穏やかに晴れた、好い蕎麦日和なのです。そう思っていたら昼過ぎに、駐車場に車が入って年配の女性の二人連れがご来店。カウンターに並べた野菜サラダや金柑大福を見て、「美味しそうね」と言いながらテーブルに着けば、頼まれたのはせいろ蕎麦。新蕎麦の美味しさを味わってもらうには、せいろ蕎麦が一番好いと思いながらお出しするのでしたが、話に夢中で味わっていただけたのか。

 蕎麦汁が美味しいわなどと言って、食べ終えてからカウンターの金柑大福が気になったらしく、二つ頼まれて席に戻って行った。クレーンの付いたトラックが店の前で止まって、駐車場に入るのを躊躇って、少し先の路肩に停まったと思ったら、男性3人が降りて蕎麦屋にやって来るのでした。年配の男性がビールと鴨せいろ、少し若いお二人はカレー蕎麦と温かい天麩羅蕎麦のご注文でした。一つずつ作らなければならないので、時間がかかるのです。

 1時半近くに皆さんお帰りになって、亭主はかき揚げを揚げて、賄い蕎麦を食べてしまう。もうお客は来ないだろうからと、ゆっくりと休んで洗い物を始めるのです。片付けが終わったのは3時前。家に帰って女将に今日の報告をして、柿を剥いてもらったら、書斎に入ってひと眠りです。5時前に目覚めて、早い夕食を食べたら、蕎麦屋に戻って今日の洗い物の片付けをして、明日のお新香を漬けてくる。そのままプールに出掛けて、今日は少し長く泳ぐのです。



12月9日 土曜日 晴れて異様に暖かい日だったけれど…

 今朝は5時前から目覚めていたのですが、暖かくなるとは言え朝はまだ寒いので、居間のストーブの前で寛いでいました。外が明るくなった頃にやっと蕎麦屋に出掛けて行きます。カウンターの上に干してある盆や蕎麦皿など昨日の洗い物を片付けて、夕べ漬けたお新香を糠床から取り出して、小鉢に盛り付けるのが朝飯前のひと仕事なのでした。それから空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充しておきます。朝ご飯の前に身体を動かしておく事は大切なのです。

 家に戻って食堂に入れば、ぷ~んと酢飯の匂いが漂っている。来週の定休日に友だちを呼んで、ささやかな忘年会をするのですが、何時もの業者から刻み鮪を仕入れたので、その試食らしい。朝から手巻き寿司とは贅沢だったけれど、野菜のたくさん入った豚汁やお新香まで付いて、ご馳走なのでした。準備も早ければ食べるのも早いから、食後は随分と時間があったので、亭主は書斎に入ってひと眠りしようと思ったけれど、コーヒーを飲み過ぎたのか眠れない。

 仕方がないので8時には起き出して洗面と着替えを済ませる。こんなに早く再び蕎麦屋へ行っても、余りすることがないので、テレビも点けずに椅子に座ってゆっくりとしていました。8時半になったら「行って来ま~す」と女将に声を掛けて蕎麦屋に向かう。お隣の息子さんが出勤の時間だったので挨拶をして、歩き始めのです。足の具合は今朝は好さそうで、右足を少し意識して前に踏み出せば引きずらないで歩ける。これも慣れなのだろうと我慢するのです。

 蕎麦屋に着いたら朝の仕事を済ませて蕎麦打ち室に入る。エアコンを入れたままだったから、蕎麦打ち室も17℃はあったのですが、いつもの失敗を繰り返さないために、今朝は加水率を46%にして、蕎麦粉を捏ね始めるのでした。すると少し柔らかめの生地に仕上がって、伸した時にきちんと四隅の角が取れたので好かった。以前はこんな感じで蕎麦を打っていたのだろうか。思っているよりは柔らかい生地の方が、冬場はいいのかも知れない。

 いつものように野菜サラダの具材を刻んでいたら、玄関を開けて中年の女性が現れる。家に入っている大工さん達に昼を出したいから、蕎麦を譲ってもらえないかというのです。大晦日の持ち帰り蕎麦と一緒だから、二つ返事で蕎麦汁と薬味の葱と山葵をパックに入れて差し上げたのです。女将の情報では直ぐ裏の家らしいのです。上手く茹でられたかなと暖簾を出しながら思いながら、女将と二人でお客を待つのでした。外はすこぶる好い天気で暖かい。

 昼を過ぎて車が一台二台と駐車場に入ったけれど、皆さんお一人の男性なのでした。カウンターに座って天せいろやぶっかけ蕎麦を頼まれ、黙々と蕎麦を啜る音が聞こえる。「美味しかった」と言って店置きのパンフレットをお持ちになるお客もいらっしたのです。洗い物を片付けて、2時過ぎには女将と蕎麦屋を出るのでした。店で残った二日目の金柑大福を持ち帰ったので、お茶を入れて果物の代わりに二人で食べる。これが、結構、腹に溜まるのでした。

 

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2023年12月初め




12月1日 金曜日 寒さにも慣れて来たけれど…

 蕎麦を打ち終えて玄関を出れば、今朝は雲に覆われた空で、一日中、寒いという予報の意味が分かった。それでも朝の寒さに慣れてきたのか、蕎麦屋の室温が12℃でも暖房を入れて、コーヒーを沸かすのでした。今日からいよいよ、新蕎麦の粉を使って蕎麦を打つ。新蕎麦は少し水分が多いような気がして、加水率は44%で捏ね始めたけれど、蕎麦玉にして伸してみると案外と硬いから意外だった。伸すのに手間取って、少し厚めの生地になってしまいました。

 それでも昨日に続けて昼にいらっした常連さんは、「蕎麦の香りがして、全然違うよ」と言っていた。この寒さの中を冷たい蕎麦を食べに来るのは、やはり相当な蕎麦好きなのでしょう。朝食を終えて蕎麦屋に向かう頃には、少し青空も見えていたけれど、昼間は雲が多くて晴れとは言い難い天気なのでした。お客もなく暇だったから、先月、横浜のそごうにあるイル・ピノーロというイタリアンのレストランで食べたパンナコッタについて調べて見た。

 コース料理の最初にテーブルに運ばれて、「パンナコッタです」と言われたから、デザートが最初に出るのかと不思議に思ったら、パンが付いていたので器に入ったペースト状のクリームを付けて食べてみた。アンチョビの味がしたので、これはバーニャガウタという本来熱々のソースに、クリームとゼラチンを入れて煮詰めて、冷やしたものだったと、店のタブレットでいろいろ調べて想像するのです。始めて味わったものだったから、印象に残っていたのです。

 最初に出して、ワインのつまみにもなるし、料理の口直しにもパンにつけて食べれば好いのです。イタリアンも、結構、奥が深いのだなあと思いました。蕎麦屋は一年ぶりに金柑大福を作った。昨日は求肥を作るのに、氷砂糖を溶かしたものを冷まさずに、粒々の白玉粉と混ぜてしまったから大失敗だったのです。今日は冷やした蜜に少しずつ白玉粉を溶き、もう一度火にかけていつもの求肥が仕上がった。女将に話したら大笑いで、レシピは大切よと言われた。

 昼になっても外は10℃にしかならなかったけれど、1時過ぎに年配の女性と娘らしい女性の二人連れがご来店なのでした。ヘルシーランチセットの天せいろを頼まれたから、食べきれないだろうと思って、お持ち帰り用のパックを一緒にお出ししたのです。食べきれない天麩羅とデザートの金柑大福をパックに詰めていた。それでも大変満足な様子で帰られたから好かったのです。雲は多いけれど、午後になって陽も差して、少し暖かくなってきました。


12月2日 土曜日 朝は日氷点下の寒さで…


 8時間も眠って、朝の6時前には目を覚ました。明るくなっている道を蕎麦屋に急げば、向かいの畑は真っ白な霜に覆われていた。まだ陽は昇っていないから、放射冷却で氷点下まで下がったようなのです。蕎麦屋の厨房に入って、コーヒーを入れながら、空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰め、昨日の洗い物を片付けるのでした。天気予報では今日は北風だと言うから、陽射しはあっても寒い昼になりそうです。昨日の残りの蕎麦の数を確認して家に戻る。

 朝は純和風の素朴な食事で、銀ダラの煮付けがとても美味しかった。居間の椅子に座って食後のお茶をもらえば、いつもなら眠くなって書斎に入るのに、今朝は十分に眠ったから早めに着替えて洗面を終える。土曜日だから二回蕎麦を打たなければならないところだけれど、この寒さでは、それほどお客は来ないだろうと思えるのでした。お袋様に編んでもらったレッグウォーマーがとても暖かい。女将が毛糸の帽子と襟巻きを用意しておいてくれた。

 蕎麦屋に着いたら、幟を立ててチェーンポールを降ろし、看板を玄関脇に出しておく。蕎麦打ち室に入って温度計を見れば8℃だった。この冬一番の寒い朝なのです。これからはまだ寒くなるから、心してかからなければいけない。今朝は900gの蕎麦粉を捏ねて、10人分の蕎麦を仕上げるつもり。生舟の中には3束の蕎麦が残っていたので、お客が多く来たとしても、何とか足りるだろうと考えたのです。捏ねた蕎麦玉を寝かせている間に厨房に戻ってひと仕事。

 夕べはユーミンが出るテレビは番組があったので、プールをお休みにして、早くから酒を飲んでしまったから、お新香を漬けにいけなかったのです。だから今日の小鉢は、大根のなた漬けとこの切り干し大根の煮物。一番早く簡単に作れる小鉢なのです。作り終えたところで再び蕎麦打ち室に入り、蕎麦玉の伸しにかかります。45%で打ったのに、寒いからかどうしても硬めになってきて、四隅が綺麗に決まらない。何とか10食分を包丁切りして生舟に並べる。

 残っていた白玉粉を全部使って、今日は6皿分の金柑大福を作りました。徐々に去年の感覚も戻って、熱々の求肥で白餡にくるんだ金柑を包むのです。慣れて来ればわけもないことなのですが、勘を取り戻すのに随分と時間がかかったような気がする。野菜サラダをいつものように三皿盛り付けたら、天麩羅の具材の足りない分を補って、開店時間ギリギリに暖簾を出すのでした。直ぐにリピーターの母と娘がやって来て、寒いからと鴨南蛮蕎麦を頼まれる。

 蕎麦を出し終えた頃に次の車が駐車場に入って、若いご夫婦がテーブル席に座る。せいろ蕎麦と天せいろのご注文で、直ぐに天麩羅を揚げて蕎麦を茹でるのでした。外は北風だからとても寒いので、換気のための窓の開放もほんの少しだけ。寒い日なのに続けて開店からお客が入ったのも珍しいと思ったけれど、最初だけで後はまったくお客がない。犬の散歩の人も含めて外を歩いている人もいないから、こんな日は表に出ないのだろうと女将と話していた。


12月3日 日曜日 昨日よりはほんの少し暖かかったけれど…

 夕べは風呂に入って身体が温まったら、9時にはもう眠くなって床に入るのでした。8時間は眠って5時過ぎに目が覚める。やはり前の日の習慣を引きずってしまっているらしい。悪いことではないから、よく眠ったと喜んでいればいいのですが、毎日、8時間も眠っていては、ちょっと心配になる。今朝もコーヒーを一杯飲んだら蕎麦屋に出掛け、余りすることがなかったけれど、洗い物を片付けたり、細かな仕事を済ませて、昨日残った蕎麦の数を確認する。

 家に帰れば朝食は昨日の晩のおでんが温められていました。作ったその日よりも、次の日ぐらいの方が味が染みて美味しいのだけれど、もう具がなくなっている。久し振りにナメコの味噌汁が出て、亭主は昔スキー場で飲んだ味噌汁を思い出している。身体が暖まったらまた眠くなって、書斎に入って30分だけひと眠り。庭の黄色くなった金柑を眺めながら、再び蕎麦屋に出掛けるのでした。今朝は風が南風で、その分だけ寒さが和らいでいる感じなのでした。

 蕎麦屋に着いたら、看板と幟を出してチェーンポールを降ろし、蕎麦打ち室に入るのです。暖房は今朝点けたままだったから、室温は16℃まで上がっていた。そのせいか、加水率45%でも少し生地が柔らかに感じたのです。綺麗に伸して包丁切り。昨日の蕎麦が8束残っていたから、今朝は600g6人分だけ蕎麦を打つことにしたのです。晴れて南風の日だからと、お客が沢山来るかと思ったけれど、現実はなかなか厳しいものがあるのでした。

 開店と同時に車が入って、若いご夫婦が天せいろの大盛りと、普通盛りに蕎麦豆腐のご注文。「今週から新蕎麦になっています」と女将が言えば、「蕎麦は何処の蕎麦ですか?」と奥様が聞くから、亭主がカウンターのこちらから「茨城です。常陸蕎麦です」と応えるのでした。お客が帰って洗い物が終わったと思えば、また車が駐車場に入ってくる。更に若いご夫婦がテーブル席に座って、ぶっかけ蕎麦ととろろ蕎麦のご注文。メニューまで写真に撮っていた。

 ところがそれっきりで昨日と同じ。気温も上がって前の道を通る人も昨日に比べたら多かったけれど、蕎麦を食べに来る人はいないのでした。女将に言わせれば「例年冬場はこんなものじゃない?」1時前になったら、蕎麦を茹で、せいろに入れて蕎麦汁につけて、賄い蕎麦を食べてしまう。少し綠がかった新蕎麦は、この食べ方が一番美味しい。蕎麦の香りや味わいが、ぶっかけで丼に入れてしまうと薄れてしまうような気がする。蕎麦湯までしっかりと飲む。

 とろろ芋が切れたので、家に帰るや否や女将を誘って隣町のスーパーに出掛ける。火曜日の仕入れで、家の買い物をしなくて済むから亭主は楽ちんなのでした。ついでに洗濯洗剤やトイレの掃除道具やカレーのルーや醤油、白玉粉など足りないものを買って帰るのでした。昼寝の時間を買い物でつぶしたから、夕食は早めにお好み焼きを作って女将と二人で食べる。寒いからか野菜サラダはまったく出ないので、お好み焼きに入れて食べてしまうのです。


12月4日 月曜日 晴れて南風の一日でした…

 夕べも9時にはもう床に就いてしまいました。やはり、生活習慣なのか。朝まで眠れればそれでも好いのだけれど、どうしても4時間ほど眠ったら一度目が覚める。それでもまた眠って朝の5時には本当に目覚めた。コーヒーを一杯飲んで、6時前には家を出て蕎麦屋に向かうのです。東の空はまだ夜明け前の明るさで、だいぶ陽の昇るのは遅くなって、東の方向に日の出の位置が変わってきているようなのです。昨日の朝よりは暖かく、室温は8℃もありました。

 まずは干した洗濯物を畳み、洗濯機の中に洗ったままになっている洗濯物を干してしまう。カウンターの上に洗ったまま干してある盆や蕎麦皿を戸棚に収納して、今日の分のほうじ茶を沸かして、グラスに入れるのです。これだけの作業が今日の朝飯前のひと仕事。ものの30分もかからないから、蕎麦打ち室の冷蔵庫を開けて、生舟の中の蕎麦の数を確認しておくのです。9食分の蕎麦があるので、今日は蕎麦は打たないことにするのでした。

 家に戻って居間の部屋で一服したら、「ご飯ができましたよ」と女将が声を掛ける。質素な朝食だけれど、亭主には十分な量と種類なのでした。食後のお茶をもらって、書斎でひと眠りしようと横になったけれど、身体を休めただけで20分ほどしたらもう起き出すのです。着替えと洗面を済ませて、女将の朝ドラの終わる時間には、もう蕎麦屋に行く支度が調っている。冬だから寒くはなったのけれど、慣れてきたのか寒さが心地よい。

 蕎麦打ちがないので時間があるから、ゆっくりと金柑大福を包んで、野菜サラダの具材を刻む。昨日よりは暖かくなると言うから、期待をして開店の準備を終えるのでした。ところが、暖簾を出しても一向にお客の来る気配はなく、去年のデータを見ればこの月曜日はゼロの記録があったから、不安になるのです。1時過ぎまでお客がないから、蕎麦を茹でて食べようとしたところに、駐車場に車が入ってきました。しかも続けて2台も来るではありませんか。

 テーブル席の盆を片付けないでもう終わりかと思っていたら、もう1台のワゴン車が入ってきたから、慌てて盆をカウンターに下げて、テーブルを拭くのでした。橋の向こうの常連さんが、今日は背広姿で息子さんと一緒にいらっしたのです。今週は三日連続のご来店でした。お孫さんの授業参観だったらしく、嬉しそうに注文をする。天せいろの大盛りとせいろの大盛りに辛味大根のご注文。皆さんが帰られてから、茹でてのびた蕎麦を食べて洗い物を始める。