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2023年2月末



2月26日 日曜日 昨日よりも寒い一日でしたが …

 午前5時半。東の森の空が明るんできました。朝飯前のひと仕事で蕎麦屋に着いたら、外の寒さとは裏腹に、店の中は8℃はあったから、昨日よりは寒いけれどエアコンの暖房を入れる。大釜に水を張って火を点けたら、すぐに暖まったので助かった。今朝はお新香を切り分けて小鉢に盛り付け、好評のワカサギの南蛮漬けを仕込む都合で、少し早めに家を出たのです。今週はこの二種類の小鉢で何とか済みそう。今日は冷たい風が吹く朝だったから心配です。

 小鉢を作り終えたらもう朝日の昇る時間で、駐車場のモミジの木に早起きの雀が止まっていた。その上の電線にはまた何羽か雀たちが止まって、朝の会話を交わしているらしい。小さな身体なのに寒いからか羽を膨らませて、随分と太って見えるから可笑しいのです。珈琲を入れて一杯飲んだら、ガスレンジの火を消したのを確認して、エアコンだけ点けたままで家に戻る。寝坊したらしい女将がやっと雨戸を開けていた。亭主は居間でゆっくりと朝食を待つ。

 昨日の夜から、今朝は蒸し野菜だと言われていたから、時間がかからないので遅くても好かったのでしょう。女将に買って来た甘い苺を亭主の分まで付けてくれるけれど、朝から甘い果物はあまり食べたくないのが亭主の本音。お新香と豚汁があれば十分なのです。昨日残った野菜サラダを豚肉の下に敷いて、蒸した野菜をぽん酢で食べる。野菜サラダを作った責任上、亭主は皿に二回だけ盛って、食べるのでした。これも本当は卵焼きか魚の方が好いのです。

 7時半には朝食を食べ終えて、すぐに書斎に入って横になる。食べてすぐだったけれど、とにかく部屋の中が寒いから、布団にくるまっていた方が暖かい。うつらうつらとしながら、それでも30分は眠ったのだろうか。起き上がっても、座り込んでしばらくは動けない。「よいしょっ」とかけ声をかけて立ち上がったら、廊下を通って居間の扉を開け、洗面所に行く。着替えを済ませて、もう一度珈琲を沸かして飲む亭主。家のドリップでいれるとやはり美味しい。

 再び蕎麦屋に向かうのでしたが、手袋をしてこなかったのを後悔した。外は冷たい風が吹いて、青空と陽射しがあるのに、首をすくめるほど寒く感じるのです。なかなか春にはならないのだなあと思いながら、蕎麦屋に着いて朝の仕事を終わらせる。蕎麦は昨日までの残った蕎麦と合わせて、日曜日だからと15食も用意したけれど、昨日よりも寒くて風が冷たいのだから、無理かなと思ったけれど、開店前からお客がいらっして、今日は全部売り切れたのです。

 昼前にもう10人のお客が入って、息つく暇もないほどの忙しさ。皆さんご家族連れで、天せいろばかりを注文するから、天麩羅の具材を何回も切り分けるのでした。大盛りのご注文も多くて、これも早く蕎麦がなくなった理由の一つ。小学校二年生の小さな女の子も大盛りのとろろ蕎麦を頼むから驚いた。駐車場が満杯になって、一組が出ればまた1台と車が入れ替わる。洗い物をする暇もなく、12時半には皆さんお帰りになったと思ったら、もう1台車が入る。

 「蕎麦はあと二つしかないよ」と女将に言って、外に見に行かせたら、お母さんと娘さんのお二人で、ちょうど好かったのです。まだ店の中にお客が沢山いらっしたので、カウンターに座ったお母さんと娘さんは、随分と待たせてしまった。休憩の暇もなく、亭主は天麩羅を揚げては蕎麦を茹で、女将も配膳をしてお茶だ蕎麦湯だと言ったり来たり。こんなに混んだのも珍しいのです。1時過ぎにはお蕎麦売り切れの看板を出し、溜まった洗い物を始めるのでした。


2月27日 月曜日 暖かくなったら急にお客が増えて …


 午前6時過ぎに蕎麦屋に出掛けたら、東の森の木々の間から朝日が昇ってきた。あまり風もなく、今日は晴天で好い一日になりそうなのです。それでも蕎麦屋の中は7℃とまだ寒いから、エアコンの暖房を入れて、二つの大釜に水を張り、ガスレンジに火を点ける。カウンターの上に干した沢山の洗い物を片付けて、昨日なくなった天つゆと蕎麦汁を仕込み、蕎麦汁は冷やしてから徳利に詰めておきます。珈琲を入れてひと休みしたら、やっと家に戻るのです。

 夕べ女将と話しておいた通りに、ナス焼きと塩鯖の焼き物で朝食を食べる。今朝は昨日の蕎麦が売り切れているので、気になって食後のひと眠りも出来なかった。混んだ日の翌日は何かと足りない物が出てくるのです。定休日前の月曜日だから、そんなにお客も来ないだろうとは思うけれど、蕎麦屋まで歩く道々、薬味の葱がなかったかとか、デザートの金柑大福は今日も出せるかとか、いろいろと心配をしながら歩く。バス通りに出たら冷たい風が吹いていた。

 蕎麦は全くなかったので、750g8人分を打って、今朝は綺麗に伸すことが出来たから嬉しかった。加水率は47%、少し柔らかめだったけれど、その方が伸す時にしっかり角が取れて好かったのです。亭主の賄い蕎麦で残した昨日の蕎麦が一束あるから、全部で9人分の蕎麦を用意したことになるのでしたが、これが全部売り切れるほどのお客が来るとは夢にも思っていなかったのです。昼を過ぎたら珍しく早い時間に、隣町の常連さんがいらっしたから驚いた。

 次に女将の知り合いらしい奥様がご主人といらっして、今日はこれで終わりかと思っていたら、1時前から続々とお客が入って、亭主一人なものだから、いち時にお茶を出したり、注文を取ったりともう大わらわなのでした。待たせながらも、なんとか最後のお客まで注文の蕎麦をお出ししたけれど、駐車場はずっと満車で、次々と帰っていくお客がいるから申し訳ないのでした。暖かくなると急にお客が増えるものなのかと、びっくりしたのです。

 1時過ぎにはもう蕎麦が売り切れたから、お蕎麦売り切れの看板を出して、後は残ったお客の応対をするだけ。後半はご新規のお客が多かったから、何かサービスをしてあげたくても、食材は全て売り切れて何も出すものがなかったのです。「デザートのお土産はないの?」と言われても「ご免なさい」といか言えなかった。一人の営業というのは、対応できる最大数がある程度決まってくるから、用意する蕎麦の数を決めて売りきれにするしかないのです。

 生舟の隅に残った端切れの蕎麦を茹でて、残った天麩羅の具材を揚げて、小さなお椀で腹の足しになればと、少しだけ蕎麦を食べておく。洗い物は何も出来なかったから、2時過ぎから片付けを始めたら、終わるのは4時過ぎになると気が遠くなる。と、玄関が開いて、お袋様が家に届いた書類を持って現れた。何のことはない、電話の回線が変わる案内で、洗い物を手伝うと言う手伝ってもらったら、早いこと早いこと3時前にはもう終わってしまうのでした。

 90歳近い母親に洗い物をさせるのも気が引けたけれど、昔取った杵柄とやらで、亭主が洗うよりも早くさっさと、片付けていくから凄いのでした。脇で亭主が洗ったものを吹いて片付けるから、亭主と女将の組み合わせよりも段違いでスピードが上がる。家に戻って「今日は混んだ」と女将に話せば「それにしては帰りが早いわね」と言われて、お袋様が来てくれた事を話す。餅を焼いてもらってひと眠りしたら、夜のプールに出掛けていく亭主なのでした。



2月28日 火曜日 定休日でも朝早くから …


 いつもの習慣で、定休日だというのに今朝は5時には目が覚めたから、居間の部屋に行って椅子に座って、ぼうっとすること30分。お茶を沸かして飲みたいけれど、煙草をくわえて吸いたいけれど、ただぼうっとしているだけなのです。頭の半分はまだ眠っているのか、5時半になったから「よいしょっ」と立ち上がり台所でお湯を沸かす。茶碗に沸いたお湯を入れて、湯冷ましに移して、それから急須に入れて待つこと1分、小さな湯飲みでいただくのです。

 動き出してしまえば後は身体が自然と起き出して、6時前には煙草を買いにコンビニまで車を走らせる。みずき通りの坂を昇って、そのまま蕎麦屋に向かい、やっと明るくなった東の空を眺めれば、日の出までにはまだ時間がありそうだったから、厨房に入って出汁取りの支度をしておく。干し椎茸や昆布は4時間は浸しておかなくてはならないから、真っ先に準備する。5㍑の大きな鍋を出して醤油や味醂などを用意したら、まずは返しを作っておくのです。

 朝飯前のひと仕事が一段落した6時半になって、玄関のガラスが眩しく光っていたから、外に出て日の出を眺める。向かいの畑には一面の真っ白な霜が降りて、暖かくなると言うのにやはり寒い朝なのだと、寒暖差の大きさに驚くのでした。家に戻って朝食を食べたら、書斎に入ってひと眠り。30分ほど眠ったら「よいしょっ」と起き出して洗面と着替えを済ませる。昨日世話になったお袋様に電話をして、毎週恒例の仕入れに出掛けるのです。 

 農産物直売所ではもう白菜は終わりと見えて、農家の持って来たものはなかった。トマトを選ぶのに、裏のヘタを調べていたら、持って来た親父様が「枝が枯れたトマトだから訳ありで安いのだけれど、この方が甘いよ」と言ってくれた。新鮮な生椎茸が出ていたのでそれももらって帰る。隣町のスーパーに行って残りの食材を仕入れる。今日はアスパラが随分と安かった。それでも10000円近くを払ったから、やはりいろいろと値上がりしているようなのでした。

 家の買い物は昨日のプールの帰りに買って帰ったから、今日は買い物の袋の数も少なく、10時過ぎにはもう蕎麦屋に戻っていた。まずは野菜を冷蔵庫に収納して、白菜を樽に塩漬けにしたら、大根を切ってなた漬けの準備。そして、朝のうちに昆布と干し椎茸を浸けておいた鍋を火にかけて、出汁取りをするのです。一番出汁を取ったら蕎麦汁を仕込み、二番出汁は容器に入れて水で冷やしたら冷蔵庫へ。時間に余裕があったからひと仕事余分にすることが出来た。

 今日は昨日の蕎麦の残りがないので、お昼はワカサギの南蛮漬けに、亭主が茄子とピーマンの味噌炒めを作り、女将がホウレン草を茹でてお浸しにする。久し振りに素朴にご飯を食べられたから、とても満足なのです。お茶を入れてもらったら、亭主は陽の当たる書斎に入ってひと眠りなのでした。なんと、二時間近くも眠ってしまい、女将がスポーツクラブの予約の時間だと起こしに来てくれた。無事に予約が済んで、亭主は蕎麦屋に行く前に庭の金柑を採る。

 青空が広がっているのだけれど、今日は南風が強い。蕎麦屋に着いたら、洗濯物を畳んで、洗濯機の中の洗い物を干しておく。厨房に戻って午後の仕事は、キノコ汁と切り干し大根の煮物の仕込み。今週は白菜の漬け物となた漬けと切り干し大根と、営業の始まる前からもう小鉢が三種類。暖かくなってお客も少し増えているから、ちょうど好いのかも知れない。4時過ぎには仕事を終えて家に戻るのでした。冷えてきた夜はキノコ鍋にうどんを入れて温まる。

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2023年2月下旬


2月20日 月曜日 


 今朝は6時起床。6時半には家を出て蕎麦屋に向かうのでした。風もなく暖かな朝だったから、晴れた空を眺めて今日のお客の入りを占う亭主。蕎麦屋に着けば、東の森の梢の間から、ちょうど朝日が昇るのが見えたのです。昨日の洗い物の片付けを終えて、コンビニに寄って煙草を買って家に戻れば、女将が出汁巻き卵を作ると言った亭主の帰りを待ちかねていました。我が家の食材は月曜日の店の残り物があるので、一週間でなくなるように考えられている。

 朝食を終えてひと休みしたら、今度は歩いて蕎麦屋に出掛ける。空も青いし、陽射しも暖かく、あちこちのご近所で白梅が咲き出しているのは春の兆しか。蕎麦屋の駐車場では、暖かな朝日を浴びながら、スズメたちが朝の会話を交わしている。早朝に暖房を入れたままにしておいた店の中は、もう20℃になっていて、蕎麦打ち室も18℃で、今朝は47%の加水率で蕎麦粉を捏ね始める。それでも少し柔らかめで、打ち粉を振りながら伸していくのでした。

 切りべら25本で140gの束を生舟に加えて、11食の蕎麦を用意するのでした。蕎麦汁は徳利に7つしかなかったので、一番出汁にかえしを加えて作り、足りない分を補っておく。小鉢はお新香と切り干し大根の煮物が5鉢あったけれど、これはそのままにしておく。足りなくなったら補充すれば好いのです。むしろ、余ってしまって、またタッパに入れて家に持ち帰る時のことを考えているのです。客が来なくても作っておくのは金柑大福と野菜サラダです。

 気温は高くなりそうだから、お客が来れば野菜サラダも出そうな気がしたのだけれど、開店の準備が終わって暖簾を出せば、一時間経ってもお客は来なかったのです。散歩に出る人の姿もちらほらと見えるけれど、蕎麦屋に立ち寄る人はいないのです。1時まで待ってもお客が来ないので、ワカサギの天麩羅を揚げて、賄い蕎麦を食べておく。季節外れの稚鮎がちょうど切れたので、旬の魚を天麩羅にしたらとうかと思ったのです。ちょっと骨っぽいのが難でした。

 ひと休みして後片づけを始めたけれど、お客が来なかったので洗う物は、具材を入れて一週間使った容器や自分で食べた椀だけ。それでも、大釜と天麩羅鍋は自分が使ったばかりに、洗わなければならなかった。洗濯物もほんの少しだけなのでした。3時前には家に戻って、女将の帰るのを待つのです。夜は店で残ったハラミとカシラの串焼きを焼いてもらって一献。残った具材を揚げて帰った天麩羅を焼いて、晩のおかずにするのでした。



2月21日 火曜日 晴天で冷たい風の強い日 …

 定休日だけれど、いつもと同じ時刻に目が覚めて、ゆっくりとお茶を一杯飲んだら、蕎麦屋に出掛けていく亭主。昨日洗ったバットやボールなどを片付けて、洗濯機の中に入れたままの洗濯物を干したら朝飯前のひと仕事はお終い。玄関を出れば、ちょうど東の森の向こうから太陽が昇ってくるところでした。6時40分過ぎだから、随分と日の出が早くなったのです。今日も一日天気が好さそうなのです。空気が冷たいからのか花粉症気味なのか鼻水が止まらない。

 家に帰れば今朝は久し振りに蒸し野菜で、身体が随分と温まったのです。髭も剃らずに歯磨きもしないで30分ほど眠たら、お袋様に電話をして仕入れに出掛ける。「寒いねぇ」と言って車に乗り込むから、雲一つない青空でしたが、外はかなり風が強いのです。先日漬けた白菜のお新香の残りを持たせたら、とても美味しく漬いていたと言うので、農産物直売所で今日は大きな白菜を一つ買っておいた。トマトも椎茸もニンジンも新鮮なものがそろっていた。

 隣町のスーパーに出掛ければ、今日は大根もキャベツも随分と小さな物ばかり。農産物直売所のものも同じだったから、そんな時期なのだろうか。買い出しのメモに載せた品物はアーリーレッド以外は全てそろって、代わりに赤キャベツを買って帰る。調理台に買ってきた野菜を並べて、買い忘れたものはないかをもう一度チェックするのでした。冷蔵庫にこれらを収納し終えたら、まな板を出して白菜を切り分け、塩をまぶしながら樽に漬けるのです。

 ところが、四分の三ほど漬けたところで、小さな樽では漬けきれないと判って、漬け物器に残りを漬けて圧力を掛けておく。水が少し上がったら、合わせれば好いと考えたのです。今までも白菜一把なら小さな樽で間に合ったのに、今日の白菜は特別に大きなわけでもないのに不思議だった。葉の厚い部分が多かったのかも知れないのです。上手く漬かった時には、葉の厚い部分が多い方が美味しいと言うから、仕上がりが楽しみなのです。

 家に戻れば、まだ女将は買い物から帰っていなかった。亭主が書斎でパソコンに今日の買い物を入力している間に、女将が帰ってきて、昼に蕎麦を茹でる鍋を火にかけてくれた。沢山残った蕎麦を少しでも早く消化しようと、亭主は大盛りで蕎麦を茹でる。お新香の残り物もとても好い味なのでした。レンコンの天麩羅が美味しいと店のお客が言っていたけれど、確かにしっかりとした歯ごたえと味があるのでした。少し厚味を持たせて切ったのが好かったのか。

 大盛りの蕎麦を食べて満腹になった亭主は、女将のスポーツクラブの予約の時間まで、書斎に入ってひと眠りです。午後の陽射しが部屋中に広がって暖かくて気持ちが好かった。それでも太陽の高度が上がったらしく、奥の方までは陽が差さなくなったのです。一時間ほどで寝覚めて、無事に予約を済ませたら、珈琲を入れてテレビの映画を見ながらゆっくりとする。「赤壁の戦い」の後半部分だったから、4時前まで見てやっと蕎麦屋に出掛ける。

 蕎麦屋にも西向きの窓から午後の陽射しが差し込んで、店の中は暖かい。やはり花粉症の症状なのか、鼻水が朝から止まらないのでした。いつもならアレルギーのある女将の方が酷いのに、ヨーガのお蔭か今年は亭主が突然発症している様子だから怖いのです。数日前からどうも目がしょぼしょぼしているのも、やはり花粉のせいなのかも知れない。夕刻の仕事は出汁を取って蕎麦汁を仕込むだけ。1時間ほどで終わって家に戻るのでした。




2月22日 水曜日 快晴の春を思わせる陽射しでしたが …


 今朝も寒かったけれど青空が広がって春めいた陽気でした。6時過ぎに蕎麦屋に出掛けて車を降りれば、東の森の間からあさひが昇るのが見えたのです。大きな太陽がはっきりと目で見えて、日の出の早くなったのを実感するのでした。室温7℃の蕎麦屋に入って、エアコンの暖房を入れる亭主。気になっていたのは、白菜の漬け物で水が上がっていたから、昨日分けて漬けたものを一つの桶に移して再び漬け込む。蕎麦汁の補充をして朝のひと仕事は終わりです。

 家に戻れば、女将がやっと雨戸を開ける時刻。今朝のおかずは鰺の開きと蒸し野菜で、とても豪華に見えたのです。最近の干物は随分と薄味になったねと女将と話をする。冷蔵技術の進歩で食べやすくなっているのだと言うのが、二人の一致した意見なのでした。お蔭で毎日のように魚を食べる夫婦には嬉しい事なのです。こんな美味しい料理をお客に食べさせたいと思うのは、蕎麦屋の開業を選んだ亭主には、所詮、かなわぬ夢でしかないかないのでしょうか。

 朝食を終えて珈琲を一杯飲んだら、今朝も元気に蕎麦屋に出掛ける亭主。明日の祭日の小鉢にと、仕入れ先の若者が持って来たワカサギを解凍して、天麩羅にして上げたら南蛮漬けを仕込んでおく。胡麻油を使う蕎麦屋の悩みで、高価な油を汚さないように、天麩羅以外ではなかなか揚げ物は作れないのです。昼の小鉢にと、味見用の南蛮漬けを持ち帰れば、女将も美味しいと食べてくれた。沢山残った蕎麦を、今日はキノコ汁につけて大盛りで食べるのでした。

 満腹になったら、書斎に入ってひと眠り。女将はその間にスポーツクラブに出掛けていく。今日は夜にプールへ行くだけだから、残った仕込みは蕎麦豆腐の仕込みと白菜のお新香の漬け直しと、天麩羅の具材の切り分けだけだったので、午後はゆっくりとテレビの歴史映画を観て、それでもあまり長いから、途中で床屋に行っておこうと思い立つ。明日が祭日だからか、年配の方の先客がいて待たされたけれど、さっぱりとして家に戻るのでした。

 床屋のご主人が「今日はもう22日か」と言うので「私も確定申告の書類を揃えただけで手を付けていないのです」と言えば「そうなんだよ」とお互いにこの時期の余分な仕事の多いのを嘆く。随分と待たされたお蔭で、蕎麦屋に行って午後の仕込みをする時間がなくなって、家に戻って早めの夕食を摂るのでした。夕食を終えて、白菜の漬け物だけは漬け直そうとと、蕎麦屋に寄ってから夜のプールに出掛けるのでした。休みの前だからかいつもより混んでいた。



2月23日 やはり春は近いのかな …


 曇り空で暗い朝でした。それでも6時になったら蕎麦屋に出掛けて、昨日準備できなかった蕎麦豆腐を仕込み、小鉢に白菜のお新香とワカサギの南蛮漬けを盛り付け、天麩羅の具材を切り分けたら、やっと、いつものペースに戻るのです。家に戻って朝食を食べて、今朝も書斎でひと眠りする亭主。30分ほどで目が覚め、しばらくぼーっとしている。若い頃は目が覚めるとすぐに動き出したものですが、歳を取るとすぐには動けずに座り込んでいることが多い。

 朝の仕事を終えたら、早速、蕎麦打ちにかかるのです。祭日でも今日の天気ではお客の数はいつもと変わらないと予想して、750gで8人分の蕎麦を打つ。蕎麦粉を捏ね終えて、厨房で捏ね鉢を洗うのでしたが、もう10年以上も使った鉢は、すっかり色あせているのでした。高級なものならば、漆を塗り直して使うのでしょうが、果たしていつまで使える物やら。漆が剥がれてこないからと、いまだに使い続けているのです。亭主にとっても未知の領域なのでした。

 加水率は47%で、蕎麦粉を捏ね始めたけれど、いつもと違って多少柔らかめの生地に仕上がった。蕎麦打ち室の室温は16℃とこれもいつもと変わらないから、不思議なのでした。切りべら26本で135gの蕎麦を8人分と半分取って生舟に並べる。少し柔らかめの生地でも最近は打ち粉を振って、綺麗に切ることが出来るようになったのは進歩なのか。蕎麦打ちは毎回のようにワクワクとして本当に面白いのです。食べてなんぼの世界だから、お客の反応が楽しみ。

 厨房に戻ってから金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻んでいたら、まだ開店までは時間があるのに、駐車場に車が入ってくる。見れば水戸ナンバーだったから、遠い所を来てくれたのかと、女将に言って店の中で待ってもらうのでした。天せいろの大盛りと普通に、野菜サラダを頼まれたので、急いで野菜サラダを一皿だけ仕上げる。聞けばこの辺りにはよく来るというので、「私も茨城生まれなのですよ」と亭主が話して打ち解けるのでした。

 蕎麦が美味しかったと言って帰られるお客を見送って、やっと暖簾を出す始末。曇り空で外は以外と空気が冷たかったら、その後はお客が続かないのです。1時を過ぎた頃に見覚えのある車が駐車場に入って、久し振りに女先生がやって来た。ぶっかけ蕎麦を温かい汁でご注文だったから「元気でやっていますか」と言葉をかけて、野菜サラダをサービスで出して、その間にかき揚げと天麩羅を揚げるのでした。陽も差して暖かい祭日なのに今日これで終わり。

 祭日だから女将はスポーツクラブもない。亭主は書斎でひと眠りして、先日、買って来た挽肉と焼売の皮で焼売を作る。これが今日の夜のおかずになるのでした。夕刻に酒を買いに近所の酒屋まで出掛ければ、業者の若者から電話が入って「天ぷら粉が入りました」と言うのです。急いで店に出掛ければ、もう玄関口で待っているではありませんか。今日は珈琲も入れてあげられずに、会計を済ませて彼は帰る。明日も今日と同じ天気だと言うけれどどうなるか。


2月24日 金曜日 梅一輪 ひと雨ごとの暖かさ …

 プールに出掛ける時刻にはもう雨が降り始めていました。金曜日のプールは空いているから、今日は一人ひとコースでゆっくりと泳ぐことが出来たのです。3掻きに一度の左右呼吸で進むクロールも身体が軽いと感じたし、バックストロークも今日は調子よく進んだから、少しはリハビリの成果が出て来ているのかも知れない。帽子も被らず靴下も履かずにロッカールームを出て、下の階にあるスーパーで魚と果物を買って家に帰るのでした。

 今朝は朝から曇り空で気温は今までよりも高いのに、なぜか暖かく感じられなかった。女将も「やっぱり青空と太陽が出ないと寒く感じるわね」などと言っていたのです。蕎麦屋に着いて朝の仕事を終えたら、エアコンを入れて昨日の洗い物の片付けをして、珈琲を一杯飲んだら蕎麦打ち室に入る。室温はすぐに10℃を越えて、12℃で蕎麦を捏ね始めたら、昨日と同じ加水率ではやはり硬く感じるのでした。湿度よりも気温に関係があるのは明らかなのです。

 それでも、なんとか伸し終えて、切りべら26本で140gほどの束を五つ生舟に並べ、昨日の残りの蕎麦と合わせて今朝は10食分の蕎麦を用意する。生地が硬いと捏ねるのも伸すのも大変だけれど、包丁切りになるとべたっと包丁の刃にくっつかないから、綺麗に切っていけるのが好い。10時過ぎには厨房に入って、大根をおろし、野菜サラダの具材を刻み始めました。11時には開店の準備が終わって、テーブルやカウンターをアルコール除菌液で拭いて回る。

 今日は昼前に若い男女のカップルが車でいらっして、天せいろの大盛りと普通盛りをご注文でした。後から金柑大福を二つ頼まれて「これは美味しい」と喜んでくださった。1時過ぎにまた若いカップルがご来店で、天せいろを二つご注文なのでした。外は曇り空だけれど、暖かくなっているから天せいろが出るのだと、亭主には思えるのです。今日はこれでお終いかと片付けを始めたら、閉店間際に歩いていらっした男性客が、せいろ蕎麦の大盛りを頼まれる。

 天麩羅の具材は片付けてしまったからちょうど好かった。一皿だけ残った金柑大福をサービスでお出ししたら、「恐縮です」とかしこまった言い方で礼を言い、美味しそうに食べてくださった。スルスルスルッと音を立てて蕎麦を食べるのが小気味よく、蕎麦粉を溶いて作った蕎麦湯も綺麗に飲み干して帰られたから、きっと蕎麦の好きな人なのだろうと嬉しくなったのです。小鉢にはワカサギの南蛮漬けを出したから、好い印象を持ってもらえたかな。

 洗い物を終えて2時半になったところで、残りの蕎麦を計算してみたら、大盛りが二つ出たから今日は6食分の蕎麦が捌けたことになる。賄い蕎麦で亭主が一束食べて仕舞うと、混むかも知れない明日に打つ蕎麦の数が足りない。蕎麦打ちを一回だけで済まそうとすれば、4食残して明日8食打てば12食だから、何とか足りる。仕方がないので、非常食として買ってあったカップ麺の「焼津」という凄麺を食べて昼を済ませるのでした。当然、蕎麦の方が美味しい。

 コロナ禍以後は、平日にしては5人、6人と言うお客の数は普通だから、やっと普通の営業に戻ったのか。晴れると言う明日からの週末が今月の収支の分かれ道。外はまだ雨が降っているけれど … 。早春のこの時期はひと雨毎に暖かくなって来る。ご近所の梅の花も白やピンクや赤いのが次々と咲き出しているのです。霊犀亭の天麩羅を載せる天紙も、この時期は梅の花が描かれているものを使っているけれど、最近はそこまで気が付くお客が少なくなった。


2月25日 土曜日 朝は霧が凄かったけれど …

 夕べは夜遅くまで雨が降ったせいで、朝の通りは濡れていた。早朝の深い霧も晴れて、今日は一日天気が好いのかと思ったら、昼過ぎにはもう曇ってきたのです。夜のプールで疲れたからか、今朝は朝飯前のひと仕事に出掛けられなかった。その代わりに、朝食前にもう着替えを済ませて、いつもより一時間近く早く家を出る。昨日の洗い物の片付けや、小鉢の盛り付けなど、終わっていない仕事が沢山あるのでした。ワカサギの南蛮漬けももうこれで終わり。

 向かいの畑を見れば、朝日が当たって地面から湯気が出ているではありませんか。これが今朝の濃い霧の名残りなのか。陽射しは強くなってきたけれど、空気はまだ冷たくて、いつもの年の春はこうやって来ていたのだったかと、新鮮な気持ちで朝を迎えるから暢気なものです。蕎麦屋に入れば室温は朝からもう10℃もあるから、確かに暖かくはなっているのです。それを感じる自分の方が、まだこの陽気に慣れないだけで、寒く感じるのだろうかと寂しくなる。

 室温14℃の蕎麦打ち室に入って、加水率47%で蕎麦粉を捏ね始めれば、今日はやけに柔らかく感じるから不思議なのです。打ち粉を多めに振って丁寧に伸して畳むのだけれど、包丁切りをすればやはり多少切りむらが出来るほどの柔らかさ。何とか切りべら24本にして、140gの蕎麦を仕上げる。昨日の蕎麦と合わせて12食の用意で週末の営業を開始するのでした。厨房に戻って金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻んで、開店時刻の10分前には暖簾を出す。

 日が出て暖かそうなのでしたが、外は冷たい北風が吹いて散歩に出る人もいない。各週でいらっしゃるカレーうどんのご夫婦が、開店と同時に来て下さって、ご主人はいつもの野菜サラダの付いたカレーうどんで、奥様は珍しく辛味大根とせいろ蕎麦、そしてハラミとカシラの串焼きを頼まれて、開店から女将と忙しく動き始める。亭主は奥の座敷に入ってやっとひと休みするのでした。次のお客がなかなか来ないので、女将は店の新聞を広げて読んでいる。

 昼をだいぶ過ぎた頃に車が1台入って来て、男性の一人客がテーブル席に座る。天せいろのご注文だったから、亭主はすぐに天麩羅を揚げ始めるのでした。結局、今日のお客は三人切りで、昨日よりも少ないので驚いた。天気も昼前から下り坂で、冷たい北風の吹くうえに、どんどん曇ってきたからお客が来るはずもない。先ほどのお客は蕎麦湯も綺麗に飲み干して帰られたから、やはりよほど蕎麦の好きな人でないと、この陽気では蕎麦屋には来ないのか。

 二人で早く家に戻って、亭主は例によって書斎でひと眠り。買い物に出掛けた女将が帰って、「こんな少ししか買い物をしなかったのに4000円だから、随分と値段が上がっているのね」と驚いていたのです。5時半過ぎには亭主が夜の防犯パトロールに出掛けるからと、夕飯代わりに餅を二つ焼いてもらい、集合場所に出掛ければ、寒くなったのに今日は随分と人が集まった。地域の犯罪動向の報告を受け、嫌な時代になったと話しながら歩き始めるのでした。

 


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2023年2月中旬

2月13日 月曜日 終日の雨で …


 今朝もいつものように5時には目が覚める。それが毎日の生活の習慣なのだろうか。昨日は、年に一度の味噌造りで店を臨時休業にしただけに、今日は晴れて暖かくなって欲しかったけれど、現実はそれほど甘くはないのでした。暗いうちからもう雨が降って、車で蕎麦屋に出掛けていくけれど、朝のうちにしておくことは暖房を入れる以外に何もなかったのです。白菜のお新香も小鉢がまだあるから、漬けもの器ごと家に持ち帰るのでした。

 家に戻れば、残り物がこんなにあるのかと思うほど、食卓にいろいろ鉢が並んで、温かい豚汁まで付いて、栄養満点なのです。食事を終えて例によって書斎でひと眠りする亭主。この雨では今日もお客が見込めないから、今週は惨憺たるもの。おまけに臨時休業までしたものだから、来週の仕込みの代金も今週の売り上げから出ない有様なのでした。滅多にないことだけれど、悔しいけれどこんな週もあるのだと、ごく冷静に受け止めている。

 お蔭で、蕎麦は随分と残っているから、今朝は蕎麦打ちを断念。蕎麦粉の残りが少しだったので注文しておいたら、亭主が蕎麦屋に着く10分ほど前に配達に来たらしく、不在連絡票がぽいとに入っていた。まだすぐ近くにいるだろうと、運転手さんの携帯に電話をすれば、笑って「今行きます」と言ってくれたので有り難かった。降りしきる雨の中を5分もしないうちに届けてくれたのです。蕎麦粉と打ち粉と辛味大根とが届いて、取りあえずほっとした。

 金柑大福は二皿残っていたけれど、冷蔵庫で二日おいたら少し硬くなっていたから、今朝は三皿だけ新しく包んでおく。蕎麦も三日目の蕎麦になるけれど、こちらは乾燥しないようにペーパーで包んで、さらに布を被せてあるから十分にお客に出せる状態です。野菜サラダも三皿盛り付けて、こればかりはその日限りだからどうしようもないので、残ればすべて家で食べるしかない。それでも昼過ぎにご近所のご主人が傘を差していらっしたから有り難い。

 寒いからと天麩羅蕎麦のご注文で、天麩羅を別皿に分けてお出ししたら「これはなかなか好いね」と褒められた。ひと手間掛けても美味しく召し上がってもらおうと、常々考えてはいたのです。珍しく少し話をして帰られた。一人帰ると今度は車でいらっした女性がヘルシーランチセットのご注文。雨の日なのに、続けてお客が見えるのも珍しい。初めての方なのか、こちらはテーブル席に座って、黙々と食べてお帰りになる。サラダと大福が出たので嬉しかった。

 月曜日はお客が少なくても亭主一人だから、後片づけが大変なのです。家に持ち帰るものも準備しなければならず、天麩羅の具材を入れる容器もみんな洗って拭かなければならない。大釜を洗って、片付けを終えたら、もう3時近くになってしまう。家に戻ればまだ女将は帰っていなかった。残った金柑大福を食べて、書斎に入ってまたひと眠り。薄暗くなる夕刻に目が覚めて、揚げて帰った天麩羅を焼いてもらって、責任上、残った蕎麦を茹でて食べるのでした。


2月14日 火曜日 天気予報は当てにならない …

 今日は晴れるという予報だったけれど、雲が多く陽の差す時間は僅かなのでした。夕べは夜のプールで泳いだからか、身体は軽くなったのに、早くに眠くなって床に入ったら、夜中の2時過ぎに目が覚めてしまった。横になってもなかなか眠れないので、早すぎる朝飯にまた残っている蕎麦を茹でて食べる。年に一度ぐらいはこんなこともあったと、思い出しながら腹が膨れたらまた眠くなった。次に目覚めたのは8時過ぎで、もう仕入れに出掛ける時間でした。

 先週はお客も少なかったけれど、作った小鉢のお新香や筑前煮が随分と残ってしまったので、今日は少しだけ仕入れようと考えて、いつもよりずっと少ない食材を買って帰った。足りなくなればまた買えばいいのだから、一度に仕入れるとどうしても無駄が多くなるのです。お客が沢山ある季節には、何度も買い物に出掛けるのも大変だから、どうしてもその習慣が付いてしまうのでしょう。今週は蕎麦を初めとして、食べきれないほどの食材が残ったのです。

 白菜も今日は半分だけ仕入れて漬け込んだ。キノコ汁の仕込みを済ませたら、家に帰って昼の用意をする。またしても亭主は蕎麦を食べなければならないけれど、これが蕎麦屋の亭主の宿命と、昨日揚げて帰った天麩羅をグリルで焼いてもらって、美味しくいただくのでした。肉も魚も冷蔵庫の中を確認して買って来たのに、ついでに果物を沢山買ってきたら、「林檎もパイナップルもあるのに食べきれない」と女将に叱られた。忘れてはいけないと思ったのです。

 朝がゆっくりと目覚めたから、さすがに食後にひと眠りは出来なかった。女将のスポーツクラブの予約がある2時過ぎまでは家を出られないので、パソコンに写真を取り込んで、午前中のブログの記事を書いておくことにしました。書斎の窓辺からは、相変わらず雲の多い空から、時々、暖かな陽射しが差し込むのです。これを晴れと言うならば、天気予報もまんざらではないのか。西の空には少しずつ青空が広がってきたから、晴れる時間が遅くなったのです。

 目的のスポーツクラブの場所取り予約も今日は大変でした。数秒の間に席が埋まって、既に採られていると赤いマークが出るので、いつもの一番前の席は取れずに二列目になる。無事に予約が済んだら、稽古場にいる女将に声を掛けて、亭主は蕎麦屋に出掛ける。まずは出汁取りから始めて、蕎麦汁と天つゆを仕込みます。小一時間はかかるから、クラプトンのBGMを聞きながら、時折、晴れ間の出る窓の外の景色を眺めている。のどかな午後のひとときです。

 4時を回って、もうひと仕事と、切り干し大根の煮物を仕込む。明日は午後から一月振りで整形外科に行って尿酸値の検査。夜は防犯パトロールだから結構忙しいのです。金柑大福に使う白餡も煮ておかなくてはならないし、買って冷蔵庫に入れたままの金柑も甘露煮にしておかなければ。蕎麦豆腐を仕込んで、天麩羅の具材を切り分ければもう仕込みは終わりのはず。レンコンは皮を剥いて酢水で茹でて、南瓜は切り分けてレンジに掛ければ好し … 。

2月15日 冷蔵庫の中のような寒い一日 …

 午前5時半。東の空が明るくなるのが早くなった。朝飯前のひと仕事に蕎麦屋へ出掛ける亭主でしたが、今朝は何故か寒いのです。店に着いたら早々にエアコンのスイッチを入れて、大釜に水を張って火を点けるのでした。隠居の身だけれど、今日は夜まで忙しくスケジュールが詰まっているので、朝のうちに出来ることはしておかなければと気合いが入る。まずは昨日塩漬けしておいた白菜の漬け物を昆布を間に挟みながら小さな漬け物器に移すのです。

 そして、空になった昨日までに作っておいた蕎麦汁を蕎麦徳利に移し、銀紙で蓋をして冷蔵庫に収納する。一つ4000円も出して陶芸作家に焼いてもらった蕎麦徳利も、開店当時のお金のあった時代の産物で、幾つか壊してしまったけれど、今ではもう手に入れることも出来ない。幸いにもコロナ禍でお客の数が減って、一日で全部出ることはなくなったから、なんとかやっていけるのです。10年も持てば好い方なのかと、最近では淡い感傷癖もなくなってきた。

 7時前に仕事を終えて玄関を出れば、東の空から陽が昇ってきたから写真に撮っておきました。だいぶ日の出の時間が早くなったようなのです。家に戻ると、蕎麦屋が定休日だと言うのに、女将が台所と食堂を行き来して、忙しそうに働いているものだから、亭主も手伝ってナスを焼くのでした。今週は昔ながらの小さな小田原鰺の干物を買ってきたから、ナス焼きとお新香と豚汁が付いて、ちょうど好い分量のおかずで朝食を取るのでした。

 朝食の美味しさに満足した亭主は、書斎に入ってひと眠りして、朝ドラの終わった時間に目が覚める。定休日だと言う安心感があるのか、目が覚めてもなかなか起き上がれないから不思議なのです。髭を剃って着替えを済ませ、やっと9時半に家を出て蕎麦屋に出掛けるのでした。青空が広がって天気予報も徐々に当たり始めているのです。ただ、北風が冷たいから、車から降りるだけでも手がかじかんでしまうほど。陽射しはあっても外は冷蔵庫の中の寒さです。

 午前中の仕込みは、金柑大福を作るための準備で、白餡作りと金柑の甘露煮の仕込み。冷凍物の白餡を氷糖蜜と水で溶かして煮詰めている間に、金柑の種を取って酢水で煮立てたら、やはり氷糖蜜で煮詰める。金柑の種を取るのに時間がかかるから、白餡が煮詰まるまで退屈はしないのです。BGMに小野リサのボサノバを流して、気分はやはり定休日。先週は客が少なくて売り上げもなかったのに、隠居仕事とははやはり気楽なものなのです。

 洗濯機の中に入れたままの洗濯物を干して、11時過ぎには家に戻るのでした。昼食には最後の蕎麦を茹でて、キノコ汁を温めてキノコつけ蕎麦を食べる。小鉢の筑前煮も含めてすべて先週の蕎麦屋の残り物なのでしたが、これがとても美味しいから、女将も許してくれるのだと思いたいところ。午後は女将がスポーツクラブに出掛けた後で、亭主は蕎麦屋に行って午後の仕込みにかかるのです。蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら酢水で茹でて、南瓜を切り分ける。

 南瓜をレンジでチーンしたら、天麩羅の具材を切り分けて容器に詰めるのでした。整形外科の診療開始の時間に間に合うように店を出て、今日は血液採取の検査の日。4時前には家に戻って早めの夕食を食べるのでした。ひと眠りする暇もなく、5時半過ぎには制服を着て家を出て、夜の防犯パトロールの集合場所に向かうのです。外気温度は3℃。冷蔵庫の中よりも寒い夕刻なのです。80歳を越えたメンバーの後を付いて団地の中を歩くこと40分。疲れた宵です。


2月16日 木曜日 昨日よりも更に寒い朝 …

 今朝も5時起き、お茶を一杯飲んでテレビのニュースと天気予報を見る。東の空がほんのりと明るくなる5時半には、車で家を出て蕎麦屋に向かうのです。風はないけれど首と手が寒くて堪らない。300mしか走らないから、車外温度は 0℃のまま。蕎麦屋に着いて厨房の温度計を見れば、4℃を表示しているから、外は相当に寒いのです。動いていないと寒くなるからと、蕎麦打ち室の冷蔵庫に入れてある漬け物器を運んで、まずは白菜のお新香を盛り付ける。

 続いて厨房の冷蔵庫から切り干し大根の煮物を取り出して、これも小鉢に盛り付ける。ラップをして冷蔵庫に収納したら、しばし休憩ですが、室温はまだ7℃でなかなか上がらないのです。向かいの畑は真っ白に霜が降りて、確かに昨日の朝よりは相当に寒い。6時半を過ぎたので、家に戻る前にコンビニに煙草を買いに行く。走る車の外気温度計は一気に-3℃まで下がったから驚いた。みずき通りを家に戻れば、東の空に太陽が昇り始めるのでした。

 朝食を食べてひと眠りしたら、今朝はレッグウォーマーを履いて手袋をして蕎麦屋に出掛ける。駐車場の上の電線にはスズメたちが朝の会話をしている。向かいの畑も真っ白な霜で覆われていたのです。雲一つない青空だったけれど、この寒さが来客にどう関係してくるのか、昼も6℃までしか気温が上がらないと言うから、陽射しがあるからと言ってあまり期待できないのです。店の中に入れば、早朝から暖房を点けたままなのに、あまり室温が上がっていない。

 それでも蕎麦は打たなければいけないから、やっと12℃になった蕎麦打ち室に入って、いつもの加水率で蕎麦粉を捏ねれば、やはり少し硬かったのです。なんとか伸し広げて八つに畳んだら包丁切りなのですが、綺麗な四角形にはならなかったので、切りべらは23本で、140gの蕎麦が8束取れました。少し太めの蕎麦に仕上がった。コロナ禍以後は、平日は750gしか打たないのだけれど、8束の蕎麦が全部なくなるというのは滅多にない。寒さも影響しているのか。

 厨房に戻って大根と生姜をおろし、薬味の葱を刻んだら、金柑大福を包んで野菜サラダの具材を刻む。天麩羅の具材の容器を調理台に並べて、新しい胡麻油を天麩羅鍋に入れ、天つゆを温めたらもう開店の準備です。時間は押していたけれど、何とか間に合って暖簾を出す。昼前にいらっしたお客は、寒い中を皆さん徒歩でやって来たのでした。せいろ蕎麦の大盛りと辛味大根とビールと言う常連さんも、すっかり亭主一人の店に慣れてくださったらしい。

 12時半を過ぎた頃に、女将が来てくれて、玄関の扉をを開けながら「いらっしゃいませ」とお客に挨拶をする。ちょうど良いタイミングなのでした。一人の営業で緊張していた亭主は、やっと奥の座敷に入って一服するのです。木曜日は定休日明けで開店の準備をするのに時間がかかるから、途中からでも女将が来てくれるのは本当に有り難い。それでも午後は外気温6℃という寒さのせいか、お客は来なかったのです。亭主は1時前に賄い蕎麦を食べておく。

 最近は「熟成蕎麦」と言って、打って三日目以上の蕎麦を出す店があると新聞に出ていたと、先日いらっしたお客が話していた。亭主が食べる蕎麦は、だいたい三日目以上の残った蕎麦だけれど、茹でて色が茶色くはなるけれど、これが随分と美味しいと感じていたのです。挽きたて、打ちたて、茹でたて、という美味しい蕎麦は、冷蔵技術の発達していなかった昔のことだと言う。夜はまたプールに出掛けてひと泳ぎ。身体が軽くなったところでお終いです。



2月17日 金曜日 昼は少し暖かくなった …

 プールで泳いだ晩は、お酒も進むけれど、よく眠れるのです。11時には眠くなって、朝の7時前に目覚める。これは健康的と言えるのか。朝食を食べて蕎麦屋に出掛けたのは9時前でした。昨日の蕎麦が半分は残っていたから、今朝は500g五人分だけ蕎麦を打てば好いと決めていたのです。雲はあったけれど青空が覗いて、風もなく少し暖かな朝なのでした。蕎麦屋に着いて朝の仕事を終えたら、厨房に入ってお新香を切り分け、小鉢に盛り付けておきます。

 厨房の温度は6℃とかなり寒いのですが、エアコンの暖房を入れて、大釜に水を張って火を点ける。蕎麦打ち室は5℃と、まだちょっと蕎麦を打てる温度ではありませんでした。洗濯物を畳んだりして時間を潰すけれど、とても10℃になるまでは待てない。加水率を48%にして何とか蕎麦粉を捏ね始めたのです。それでも少し硬めの生地に仕上がったから、やはり室温は蕎麦の硬さにかなり関わりがありそうです。切りべら25本で一束140gの蕎麦を5束打つ。

 前掛けに付いた蕎麦粉を払いに玄関を出れば、空の雲が晴れて好い陽気になっているではありませんか。陽射しの当たる場所では、かなり温かく感じるのです。これならば今日はお客も来るだろうと少し安堵する亭主。ちらほらと散歩をする人の姿も見えるのです。今週は少しお客が入らないと、ジリ貧の状態で春を迎えることになりそうだから、天気次第の神頼み。好い時もあれば悪い時もあるけれど、悪い時がそんなに続くはずもないと思いたいのです。

 野菜サラダの具材を刻んで、昨日の金柑大福を冷蔵庫から出してカウンターに並べる。まだ柔らかいから作りたてと変わらない。だいたい二日でもうお客に出すのを止めるのは、三日目は作り具合によってはかなり硬くなるから。味は変わらないのだけれど、食感が悪くなるのです。市販の大福などは、いろいろな添加物が入って長持ちするように出来ているらしい。天麩羅の具材を調理台に並べ、天麩羅油を鍋に移して、天つゆを温めたら、いよいよ開店の時間。

 テーブルやカウンターをアルコール除菌液で拭いて、時計を見ながら暖簾を出す亭主。週末でもなければ、開店の時刻にお客が来ることは滅多にない。今日も昼までは誰も来なかったのです。暖かい日にはいらっしゃる隣町の常連さんが来る時間までに、昼飯を食べておこうと、取っておいた熟成の蕎麦を茹でて山葵と蕎麦汁を入れたところで、大きな鉄材を積んだトラックが駐車場に入ってくる。女将がいれば奥の座敷で食べてくるのですが、そうもいかない。

 若い職人風の男性が二人テーブル席に座って、ヘルシーランチセットとぶっかけ蕎麦のご注文。調理をしている最中に、久し振りに例の少年がやって来たのです。天麩羅を揚げて三人分の蕎麦を同時に茹でている間に、今度は隣町の常連さんがやって来た。野菜サラダは自分で取って食べるから、取りあえずドレッシングとお茶と箸だけお出しするのでした。「急がなくて好いよ」と彼が新聞を読んでいる間に、前の三人の蕎麦を出して、辛味大根をすりおろす。

 混むのは一時で、平日だからその後はお客がいないのです。常連さんの話に付き合って、やっと帰った1時半近くに、茹でてラップを掛けて冷蔵庫に入れておいた蕎麦を食べる亭主。腹も減っていたからか、コンビニの蕎麦よりはずっと美味しかった。洗い物と片付けとを終わらせて家に戻れば、時間が早かったので女将はまだスポーツクラブから帰っていない。早めに夕食を作ってもらい、夜のプールに出掛けるのです。今日も軽くひと泳ぎで、身体が温まる。



2月18日 土曜日 霜の朝と昼は春の陽射し …


 10時45分就寝。6時起床。やはり夜に泳いだ日はぐっすりと眠れるから素晴らしい。昼は暖かくなると言うけれど、朝の蕎麦屋はとても寒い。日の出前の前の畑は白い霜で覆われていました。蕎麦屋も冷蔵庫の中のようで、エアコンを点けて大釜に水を張って火を点ける。それでも準備はしておかなくてはならないから、冷蔵庫から白菜のお新香と切り干し大根の煮物を取り出して、小鉢に盛り付けておくのです。10人以上は見込めなかろうと、11鉢だけ用意する。

 暖かくなるという日は、きっとお客も増えるだろうと、なぜか希望に満ちあふれているのです。早朝の仕込みを終えて車に乗ろうとすれば、朝日が東の森の上に昇っているから嬉しい。日の出の時刻はだいぶ早くなったような気がする。家に戻れば女将が朝食の用意をしてくれているのでした。今朝のおかずは鯖の塩焼きと蕎麦屋で作った味見用の切り干し大根。小さな茶碗に少しのご飯には、ちょうど好い。食後のひと眠りはせずに、再び蕎麦屋に出掛ける。

 みずき通りに面したお宅の白梅が咲いて、今朝の青空に映えていました。風もなく陽射しも暖かいから、今日はこれまでにない陽気になりそう。早朝に暖房を入れておいた蕎麦屋は、10℃を越えて暖かくなっているのでした。朝の仕事を終えたら、早速、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ亭主。加水率は47%強。しっとりと柔らかい生地に仕上がるのです。いつもより早い時間だったので、これを伸して畳んでじっくりと包丁切りをするのでした。

 切りべら25本で140gと、少し太めだけれど綺麗な蕎麦を生舟に並べて、昨日の残りと合わせて15食の蕎麦を用意する。これだけあれば、大盛りが出ても足りなくはならないと、安心して厨房に戻るのです。金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻みながら、今日のお客の入りを楽しみにするのでした。蕎麦屋の前の通りを散歩する人の数が、寒い日よりも多いのが心強かった。開店の準備が整って、暖簾を出せば、早速、近所の常連さんがいらっしゃる。

 続けて車でいらっした若いご夫婦が、せいろの大盛りとヘルシーランチセットをご注文なのです。亭主も忙しなく蕎麦を茹で、俄に女将も忙しくなるのでした。そこに駅前から歩いていらっしゃる常連さんがカウンターに座り、まずはビールと辛味大根、キスや稚鮎や海老の天麩羅を単品でご注文。いろいろな話をされて、亭主が奥の座敷に入れば、女将が「お酒のご注文です」というので、厨房に戻ればライムサワーのご注文なのでした。暖かい日だからか。

  濃いめに作ったライムサワーをお替わりして、最後にせいろ蕎麦を頼まれた。亭主よりも年上なのにかなりの健啖家にみえる。まだ働いていると言うから、通勤や仕事で身体を使っていらっしゃるのが健康の秘訣なのだろうと感じた。今日は思ったほどはお客が来なかったけれど、野菜サラダもデザートの金柑大福も出て、まずまずの成果なのでした。店の片付けを終えて、女将と二人で家に帰れば、女将は美容院の予約の電話をするのに忙しい。


2月19日 日曜日 暖かいけれど終日曇りで風が強かった …


 暖かい朝だったけれど、空は暗くどんよりとした雲に覆われていました。6時過ぎに蕎麦屋に出掛けて朝飯前のひと仕事です。カウンターに干してあった昨日の洗い物を片付けて、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を補充しておく。それからまな板を出して、漬け物器に残っていた白菜のお新香を全部切り分けて、小鉢に盛り付けるのです。7時過ぎに家に戻れば、朝食のおかずはベーコンエッグにキンピラとシラスおろし。我が家に魚がなくなった合図なのです。

 食後のひと眠りをせずに、髭を剃って着替えを済ませる。朝も蕎麦屋で飲んだのに、珈琲を一杯入れて蕎麦屋に出掛けるのでした。陽が差す気配はまったくない。暖かな南風が強く、雲はどんどん北に流れていくばかり。風の強い日には歩いて来るお客はまずいないから、車で来るにしても、まず家を出るかと考えてしまうのです。朝の仕事を終えて厨房に入れば、室温は16℃ともうかなり暖まっている。蕎麦打ち室も14℃はあるのでした。

 昨日の蕎麦が随分と残っていたので、今朝は500g五人分だけ打ち足して、13食の用意なのでした。大盛りや家族連れのお客が来れば直ぐになくなってしまうけれど、これ以上はリスクを冒せないのが辛いところ。48%の加水率で打ち上げた蕎麦は、多少柔らかめだったけれど、打ち粉を振って綺麗に包丁切りを済ませるのでした。厨房に戻って野菜サラダの具材を刻み、今日も三皿盛り付ける。金柑大福は昨日の三皿が残っていたので、そのまま使えるのでした。

 暖簾を出しても昼過ぎまではお客が来ないので、やはり駄目かと諦めていたのです。外は暖かな風が南から吹いているのだけれど、空は今にも雨が降りそうな陽気なのでした。12時半近くにリピーターの若い男女がいらっして、せいろ蕎麦の大盛りとヘルシーランチセットのご注文。蕎麦が美味しいと女性の方がおっしゃって、帰られたから女将と二人で喜んだのです。これで今日は終わりかも知れないと、亭主はかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べておく。

 ところが1時半近くに駐車場に車が2台入って「5人でいいですか?」とお客がいらっしゃる。天せいろ三つととろろ蕎麦のご注文で、亭主は急いで天麩羅を揚げ始めるのでした。その間に、女将の友人が久し振りに見えて、カウンターに座っていつものご注文。閉店間際になって忙しくなるということもあるのです。天せいろをお出しすれば「胡麻油の香りがするわ」と若いお母さんが言うから、「うちは胡麻油を使っているんですよ」と亭主が応える。

 「美味しかったわ」と娘らしい女性が言って帰られたのは、もう2時近くなのでした。初めてのお客らしく「お休みはいつなのですか」と聞いた、まだ若いお爺さんらしい男性に、女将が店置きのパンフレットを渡していた。それからが洗い物を片付けるのにひと踏ん張りなのです。窓を開け放っても寒くない陽気なのでした。火の消し忘れはないか、明日の小鉢や蕎麦汁はどれだけあるかを確認して、亭主は女将の少し後から家路に就くのです。

 

 

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2023年2月上旬


2月6日 月曜日 春の気配の暖かさ …

 今朝も朝飯前のひと仕事に蕎麦屋に出掛けた亭主。6時をとうに過ぎていたけれど、まだ陽は昇っていなかった。向かいの畑には真っ白に霜が降りていましたが、昨日よりは暖かいのか、あまり寒いとは感じなかったのです。やはり霜の降りた西隣の畑の彼方に、満月の大きな月が沈んでくのが見えたから、慌てて写真に撮る。蕎麦屋に入れば、室温は8℃とやはりついこの間よりは暖かい。それでもエアコンの暖房を入れて、昨日の洗い物の片付けをする。

 昨日は前の日がお蕎麦売り切れだったので、頑張って二回蕎麦打ちをしてのは好いけれど、天気も好いのにそれほどお客が来なかったから、生舟には随分と蕎麦が残っていた。8人分はありそうだったから、今日は蕎麦を打たないと決める。白菜のお新香とワカサギの南蛮漬けの小鉢を確認して、7鉢もあれば十分だろうと、残りを家に持って帰って、朝食のおかずにして食べることにしたのです。7時前に家に戻れば、女将は南蛮漬けを待っていた。

 ベーコンエッグに昨日の野菜サラダの残りを添えて、亭主の持ち帰った南蛮漬けを付けたら、今朝のおかずは完成。味噌汁には豚汁が付いたから、炊きたての茶碗一杯のご飯には、十分なおかずの量なのでした。食事を終えたらお茶をもらって、例によって亭主は書斎に入り、ひと眠り30分。女将の観る朝ドラが始まる時間には起き出して、洗面と着替えを済ませるのでした。早朝に珈琲はもう飲んだから、蜜柑を半分だけ食べて「行って来ま~す」と家を出る。

 気温はそれほど高くないのでしょうが、帰りに荷物になるのが嫌だったから、手袋もはめず、帽子も被らずに蕎麦屋に出掛けたのです。午後は13℃まで気温が上がると言うので、朝は少し寒くても我慢できないほどではない。みずき通りに面した角のお宅の白梅が咲き出していたから、やはり春の兆しなのでしょう。亭主の野生がそれを敏感に察知していたのかも知れない。バス通りを歩けば、家の影の畑には霜が残っていたけれど、気分はもうすぐ春なのです。

 古今集の貫之の歌を引くまでもなく、節分、立春を通りすぎて、昔の人たちの知恵にはつくづく感心させられるのです。蕎麦屋の中はもう15℃もあるから、暖まるのが速いのです。蕎麦打ちがないと時間があるので、洗濯物を干したり畳んだり、奥の広い座敷に溜まっていた段ボールを潰して、紐で括って子ども会の廃品回収に出す準備までしておくのでした。金柑大福も昨日残った三皿があったから、後は野菜サラダの具材を刻んで盛り付けるだけ。

 それでも昼前はお客が来ない。昼を過ぎて少し暖かくなったら、一挙に客が入って賑やかになるのでした。亭主一人の営業だから、一度に複数のお客が入ると「今、お茶をお待ちしますね」と席に着いてオーダーを出したがるお客に、声を掛けて前のお客の蕎麦を茹でる。今日は天せいろばかりが随分と出たのです。やはり温かくなって来た証拠。晴れて暖かい陽には天せいろがよく出るのです。隣町の常連さんは相変わらずキノコつけ蕎麦のご注文。

 1時半近くにご家族三人連れでいらっしたお客は、天せいろの大盛り二つと並一つのご注文で、天麩羅の具材がなくなったので、新しく包丁で生椎茸やピーマン、ナスを切りながら天麩羅を揚げる。時間も時間だからさすがにお蕎麦売り切れの看板を出すのでした。2時20分にお客が帰って、亭主は遅い昼飯に残った天麩羅の具材を揚げて、ゆっくりと賄い蕎麦を食べる。それから洗いものだから、今日は家に帰ったのが4時。女将が心配してやって来たのでした。


2月7日 火曜日 定休日は曇っても暖かな一日で …


 夕べは店の終わりが遅かったので、夜のプールには行けないかと思っていたけれど、ひと眠り30分で身体が回復したので、夕食を食べてひと休みしたら、元気に出掛けて行ったのです。月曜日に泳いでおくと、その週の運動バランスが上手くとれる。火曜日がスポーツクラブの定休日だから、月曜日に休んでしまうと間が空きすぎるのです。夜のプールは空いているけれど、空いたコースはなく、同じくらいのスピードで泳ぐコースに入って泳いだのでした。

 ぐっすりと眠った朝は気持ちが好い。寒さが少し緩んでいるのかも知れません。朝食を終えていつもの時間に蕎麦屋に出掛ければ、店の中はもう10℃もあったから、エアコンも点けずにそのまま仕入れに出掛けたのです。お袋様を乗せて農産物直売所に向かう陸橋の上の空には、うっすらと雲が出ていた。今日の予報は終日曇りだったから、朝のうちだけでも陽が差したのが幸いと言うべきか。先週は随分と客が入ったと、お袋様に話しながら農産物直売所に着く。

 とても立派な白菜が出ていたので嬉しくなる。トマトもニンジンも生椎茸もピーマンも、今朝は新鮮な野菜ばかりで好かった。隣町のスーパーにも足を伸ばして、残りの野菜や女将にに頼まれた魚や肉を買い、お袋様を家まで送って蕎麦屋に戻る。早速、冷蔵庫に収納して、白菜を切り分けて樽に塩漬けをするのでした。朝採りの野菜はビニールの袋が水分で曇っているからすぐに判るのです。トマトもヘタの部分がみずみずしい綠色をしている。

 立派な白菜は中まで黄色く色づいているから柔らかい。塩をまぶしながら漬け込んでい行けば、樽に入りきれないほどの量になるけれど、午後にはもう水が出て重しで沈んでくるのです。もうひと仕事したいところですが、今日は、昨日の蕎麦が残っていなかったので、昼の支度に時間がかかりそうだったから、11時前には家に戻り、女将が買い物から戻るのを待つのでした。白菜が沢山残って困るとと言われたので、肉と長葱と白菜で中華丼を作る亭主。

 身体が温まって、急に眠くなるから、書斎に入ってひと眠り。女将は稽古場に入って今週の課題をこなす。2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、亭主は彼女に声を掛けて西の町のホームセンターに店の備品を買いに出掛け、そのまま蕎麦屋へ戻って出汁取りに専念するのでした。4時過ぎに仕込みを終えて、夕食の支度に家に戻るのです。今夜は久し振りにキノコ鍋にしようと亭主が提案したから、白菜と長葱を刻んでたっぷりと入れて煮込む。

 今週末の日曜日は、一年ぶりに味噌造りがあると言うから、亭主も店を臨時休業にして、圧力鍋や造った味噌を入れる桶を持ち、女将を送って味噌造りを手伝う予定なのです。天気も好さそうで気温も上がりそうだから、蕎麦屋を開いていればお客も来そうなのでしたが、一人で営業するにはちょっと勇気が要る。結局、去年と同じに一年に一度だからと臨時休業の看板を出す。寒仕込みの味噌は半年寝かせて10月には美味しく食べられる。気の長い話なのです。



2月8日 水曜日 時折、薄日は差すけれど …

 朝の5時半には目が覚めたけれど、居間でお茶を飲んでゆっくりとしていた亭主。あまり寒くはなかったのにストーブを点ければ、やはり身体が暖かくなってまったりとしてしまう。6時を過ぎたら「さーて、行くか」とかけ声はかけるのですが、なかなか立ち上がれない。朝飯前のひと仕事は、返しの仕込みだけなのでした。車を出して蕎麦屋に出掛ければ、ちょうど市営のバスが通りすぎる。店から100mほどの小竹入口が6時33分の第一便のバスなのでした。

 駅の北口からは6分で小竹入り口まで着くけれど、左回りのバスはここから奥の地区を回るから駅に、着くのに30分ほどかかる。第二便として今度は反対回りですぐに駅を出て、7時41分に駅に向かって6分で着くと言うわけ。これが右回りと言われているバスで、蕎麦屋の前でも手を上げれば止まってくれるから便利が好い。調理台に返しの材料を揃えたら、味醂とワインビネガーを先に煮立て、二種類の減塩醤油を入れ、氷糖蜜と塩を加えたら沸騰前で終わり。

 7時過ぎに家に戻れば、今朝は大根の甘い豚汁とほっけの塩焼きがおかずで、小さな茶碗にご飯を一膳しか食べない亭主には、ちょうど好い分量。お茶をもらって一服したら、書斎に入ってひと眠りです。定休日だからと9時過ぎまでゆっくりと眠って、再び蕎麦屋に向かうのです。午前中の仕事は、まずは水の上がった白菜の樽から小型の漬け物器に白菜を移し、塩をまぶしながら昆布と唐辛子を間に入れていく。樽一杯だったのにほとんどが水なのでした。

 調理台が片付いたら、今度は筑前煮の仕込み。里芋の皮を六方に剥いたら二つに切って、ニンジン、牛蒡を乱切りにして、先週残ったレンコンを加えて下茹でをする。その間に、出汁取りに使った干し椎茸を切り、蒟蒻を大さじでちぎるように切り取っていく。まな板ごと後ろの調理台に移して、生もの用のまな板を出して、今度は鶏肉を切り分けていく。キノコ汁と筑前煮の両方に使うから、一度に油で炒めて、二つの鍋に分けて具材を入れていく。

 中華鍋には筑前煮の材料と出汁を入れて、砂糖と出汁醤油で味付けをする。雪平鍋にはキノコと出し汁を加え、こちらは塩で味をつける。ナメコと生椎茸を入れるのを忘れていたから、後から加えて更に煮込むのでした。キノコ汁は5人分ほどの分量で、筑前煮はだいぶ沢山取れそうだから、半分は家に持ち帰る。今週は日曜日が味噌造りで臨時休業だから、その分、小鉢の量も少なくて済む。鍋類を全部洗って、11時半前には家に戻るのでした。

 午後からは女将がスポーツクラブに出掛けるので、家の調理台には昼の炒飯とスープの材料が並べられていた。蕎麦屋で2時間も調理をして、すぐに家でもフライパンを振らなくてはならない亭主の仕事量も結構大変。「少しは休ませて欲しい」と文句を言いながらも、先週残った玉葱や人参、レタスなどを使い切ってカレー炒飯の出来上がりです。2時過ぎから始まるヨーガの教室に出るのに、女将は12時過ぎにはもう家を出た。徒歩の30分とストレッチの時間。

 食後は書斎で横になって眠ろうとしたけれど、さすがに今日は朝も長く眠ったので眠くないのでした。仕方がないから、今日の写真をパソコンに取り込んでブログを書き始める。3時を過ぎた頃に、女将が戻って来て、今日は暖かいけれどとうとう晴れなかったと言う。夜は常夜鍋にすると言うのを聞いて、プールに出掛けようと思っていた亭主はちょうど好いと思った。蕎麦屋に出掛けて約1時間ばかり午後の仕込みをして家に帰るのでした。

 4時半を過ぎた頃に台所で女将が夕飯の支度を始める。鍋に生姜のスライスを入れて塩味を付けたら、後は豚肉のバラとホウレン草を入れるだけのシンプルな食事。蕎麦豆腐と筑前煮が小鉢で並び、例によってご飯は小さな茶碗に軽く一膳。生姜の効用か身体が温まるのです。これから小一時間休んだら、夜のプールに出掛けてひと泳ぎです。明日は夕刻に業者が海老や天ぷら粉を運んで来るので、今週は月・水・金と泳ぐことになりそう。ちょうど好い間隔です。



2月9日 木曜日 晴れたけれど風の強い日で …


 午前5時半に家を出て蕎麦屋に向かう。定休日明けは仕込みは済んでいるものの、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めていなかったり、昨日までに仕込んだ白菜のお新香や筑前煮の煮物などを、小鉢に盛り付けていなかったのです。早く目が覚めてもう一度眠ると、もう朝飯前には蕎麦屋に行けなくなってしまうから、まだ辺りが暗い中を車で出掛けて行くのでした。寒くはなかったけれど風が強いのがちょっと心配。風のある日はお客が来ないからです。

 朝飯前のひと仕事を終えて家に帰れば、まだ6時半だったので、再び布団に潜り込んで1時間ほど眠ったら、ちょうど朝食の時間になる。今朝は髭を剃って着替えを済ませたら、女将のドラマの最中にもう蕎麦屋に出掛けたのです。庭の金柑が黄色く色づいているけれど、鳥も女将もあまり興味を示さないから、やはりあまり美味しくないのだろうか。亭主が取った分の金柑も甘露煮にしたけれど、ちょっと皮が固く感じられたので、店では出さなかったのです。

 蕎麦屋に着いて朝の仕事を終えたら、早速、蕎麦打ち室に入って蕎麦を打つ。蕎麦打ち室の温湿度計は16℃、LLという表示なのでした。エアコンを点けているせいもあるかも知れないけれど、湿度がかなり低いと言うことなのでしょう。加水率を47%強にして、生地を捏ねていけば、柔らかめだけれど伸し易い状態で、切りべら26本で140gの蕎麦を八束取って、生舟に並べるのでした。風は朝よりも強くなって、畑の土埃が舞い上がって大変でした。

 気温は昨日よりも高かったけれど、この風では暖かいとは感じられない。だから、風のある日はお客が来ないと、経験的に思ってしまうのです。それでも開店の支度は進めなければならないから、厨房に入って金柑大福を包む。大根おろしや生姜おろし、薬味の葱きりは蕎麦玉を寝かせている間にもう済ませているから、後は野菜サラダの具材を刻むだけなのです。日曜日の味噌造りで一日営業日が減るから、今週は具材がどうしても残りそうなのでした。

 外の様子を見に玄関を出れば、強い風と青い空で、陽射しはあるものの暖かいとは思えない。暖房を入れた店の中はとても暖かいけれど、散歩をする人の姿も見えないのです。暖簾を出して1時間ほどお客を待っていたら、車が駐車場に入って若い女性客がご来店。天せいろのご注文だったから、盆や皿をセットして天麩羅を揚げているところで、今日は早めに女将が来てくれた。先週はこの時間でもう満席だった。蕎麦や天麩羅が美味しいと言って帰られた。

 その後、隣町の常連さんがいつものようにビューンと車を飛ばして駐車場に入り、例によってキノコつけ蕎麦と辛味大根、野菜サラダのご注文。今日の話題はまた今の政治家に対する文句で、何処までが本当のことなのかと耳を疑うことばかり。寝違えたという首の湿布を見せるから、女将が「動かないから肩が凝るのよ」と言う。寒い日は家から出ないと言うお客なのです。それでいて、酒を飲みに電車で西の町に出掛けたりしているらしい。

 電話が入って女将が「ラストオーダーは1時45分なのですよ」と応えていた。来るかどうかは判らないと言っていたお客が、1時半にやって来て、せいろ蕎麦に辛味大根のご注文。個人タクシーの運転手さんで蕎麦が好きらしく、「一人前は何グラム?」と亭主に聞くので、「打って130g、茹でて200gです」と応えれば、普通盛りでお願いしますということになる。綺麗に蕎麦湯まで飲んで、金柑大福を食べてお帰りになる。それから亭主は遅い昼を食べた。



2月10日 金曜日 昼の気温が2℃、寒すぎる一日 …


 冷たい雨の降る中を車で蕎麦屋に出掛けて、朝飯前のひと仕事をする。と言っても、昨日もお客が少なかったから、片付け物もあまりなく、エアコンを入れて大釜に水を張って火を点けておく。7時前でも外は暗く、時折、しぐれに変わる雨の行方を見るばかりなのです。厨房は6℃と冷たかった。熱いコーヒーを入れて、タブレットで昨日のブログを読み返しておく。毎日、同じような記事ばかりで、書いている自分でも飽きてくるのです。

 それでも家に戻って朝食を食べたら、朝ドラの終わる時間には家を出て再び蕎麦に出掛ける亭主。時雨が降り続けているけれど、道が濡れるばかりで積もることはない。雪でなくて好かった。昨日の蕎麦が残っていたから、今朝は500g五人分だけ蕎麦を打つ。外が寒いからか、蕎麦打ち室もなかなか温度が上がらないので難儀した。加水率は48%近くで少し柔らかめの生地で伸し始めた。切りべらは26本、140gで五束半の蕎麦を仕上げる。

 厨房に戻って大根をおろしたら、金柑大福は昨日作ったものが三皿の残っていたので、後は野菜サラダの具材を刻むだけ。時間に余裕があったから、洗濯物を畳んだり、キノコ蕎麦の汁を温めたり、合間の時間に済ませておく仕事に精を出す亭主。こんな寒い日にはお客は来ないだろうと思いながらも、開店前の緊張はいつもと同じなのです。1時を過ぎた頃に、車が一台駐車所に入って、見れば先週もいらっした女性客が玄関を入ってカウンターに座るのでした。

 「寒いですよねぇ」と言えば、「車の外気温度が1℃でした」と言う彼女。店の中は20℃もあるけれど、温かい蕎麦が好いとぶっかけ蕎麦の温かい汁をご注文。この間来て、金柑大福が美味しかったからと追加で注文をされた。20年間も専業主婦をやって、子供がやっと大きくなったから仕事をしているのだけれど、毎日が楽しくて仕様がないと言う。今日は隣の町の団地から農産物直売所に野菜を買いに来たのだとか。生き生きとしているから随分と若く見える。

 それきりお客は来なかったので、亭主もかき揚げを揚げてぶっかけで賄い蕎麦を食べるのでした。外は、時折、霙交じりの雨で、雪にならないだけでも好かった。後片づけはすぐに終わって、ゴミ出しだけが最後の仕事。早めに家に戻って女将の帰りを待てば、さすがに今日は寒かったと言って帰ってきた。夕飯には昨日仕入れた甘エビのクリームコロッケを揚げてもらって、ひと休みしたら亭主は夜のプールに出掛けるのでした。リハビリは順調に進んでいる。



2月11日 土曜日 今日は何故か疲れて爆睡の午後 …


 夕べは雨が降ったのか、道路が濡れていた夜明け前。いつものように朝飯前のひと仕事で蕎麦屋に出掛けても、あまり仕事はないのでした。昨日はお客が少なかったから、洗濯物もなかったし、片付け物も少ないのです。それでも週末だから小鉢を盛り付けるのに、白菜を切り分けたりと何かしらやることはあるものです。店のエアコンのスイッチを入れて、朝食後に来て蕎麦を打つのに備えるのでした。家に戻れば、今朝も美味しい朝食が待っているのでした。

 朝ドラの終わる時間に珈琲を入れて、飲み終えたら再び蕎麦屋に向かう亭主。今日の陽射しは暖かいから、お客がたくさん入るだろうかと期待をするのです。雲一つない青空が広がって、いよいよ春の兆しなのかと嬉しくなる。犬の散歩のご近所の小父さんに今朝も出会って挨拶をする。股関節の具合が悪かったのに、手術をしたら随分とよくなったらしい。亭主の足の具合もかなり改善して、つかまり立ちをしなくてもズボンが履けるようになった。

 蕎麦屋に着けば葉の枯れたモミジの枝にスズメたちが止まって日向ぼっこをしているように見えた。今日は畑に椋鳥のつがいの姿も見えたから、季節はどんどん移り変わっているのでしょう。空が青いと心まで洗われるようで、気持ちの好い朝なのでした。店の中に入れば、すっかり暖まって室温も上がっているから、すぐさま蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。昨日の蕎麦も残っていたけれども、足りなくなるのを恐れて、今日は750gを打つのでした。

 加水率は47%強。しっとりとした生地に仕上がり、切りべら26本で140gの蕎麦を八束取って生舟に入れる。厨房に戻って大根を卸したら、金柑大福を包み始めるのでした。明日が味噌造りで臨時休業だから、残ればみんな家に持ち帰って食べなければならない。それでも営業をする以上は、準備はしておかなければならないのが辛いところなのです。野菜サラダの具材を刻んで、今日も三皿盛り付け手おく。昨日のサラダも全部残ったから、家で食べるのが大変。

 開店の時刻まではいつも緊張するのです。今日も電話が入って、「昼は営業していますか」と言うから、「営業していますよ。宜しくお願いします」と応える亭主。それでも昼を過ぎても一向にお客は来ないのでした。こんな天気の好い日なのに、道を歩いている人の姿もほとんどない。昨日の寒さで少しからだが縮んでいるのか。蕎麦屋の中は23℃もあったけれど、じっとしていると冷えてくるのです。最近の気温の変化には随分と惑わされるのです。

 信じられないことなのですが、結局、今日は一人もお客が来なかった。気を揉んで疲れたからか、家に帰って午後は2時間も昼寝をしてしまった。目が覚めれば、夜のパトロールの時間まで1時間を切っていた。日の出の時間は遅くなっているのに、随分と日が長くなったのか、集合時間に間に合うようにと家を出れば、まだ空は明るいのでした。70歳を過ぎた年配の人たちが集まって、夜のパトロールが始まる。足の具合が少し好くなったけれどまだ坂道は辛い。



2月12日 日曜日 蕎麦屋は臨時休業、味噌造りの日 …

 今日は年に一度の味噌造りの日で、朝から慌ただしかった。女将も6時半には台所に立って、ご飯のの焚けるのを待ちながらおかずを作っていたのです。亭主はいつもと同じ5時過ぎには目覚め、居間の椅子に座ってお茶を飲んでいた。蕎麦屋は先週から張り紙を貼って臨時休業にしてあるから、朝飯前のひと仕事には出掛けなかったのです。昨日の終日晴れという予報とは違って、朝から曇り空でちょっとがっかりなのでしたが、日中は暖かいと言うことでした。

 圧力鍋や味噌を入れる桶など沢山の荷物を車に積んで、京成佐倉駅前のミレニアムセンターまで車で約20分。日曜日だから道が空いていて助かったのです。亭主にしてみれば久し振りの遠出というところか。新型コロナの感染拡大の後、終息してきたとは言え、県内でも毎日二桁の死者が出て、その割合が感染者の1%に達しているのです。ほとんどが高齢者だから、若い人たちのようにインフルエンザと一緒と考えるわけにはいかない。気をつけているのです。

 会場の待合室で一年振りに合う人たちと、珍しく女将も元気に挨拶を交わすのでした。調理室に入れば、昨日のうちに有志の方々が材料を用意しておいてくれて、亭主は配られた米麹を盥の中に空けて、細かくほぐしておくのです。その間に女将が圧力鍋の中に、これもボランティアの人たちが、夕べから水に浸しておいてくれた大豆を入れて煮始めるのです。豆の量は10kgあるから、鍋の3分の1の量ずつ入れて、8回は煮ないといけない計算です。

 一回目の豆が煮えたら笊に採ってミンチの機械で熱いうちに挽いていく。10人いる参加者が一斉に始めるから、一台しかないミンチの機械には行列が出来るのです。男性の参加者は3人だけれど、皆さん年配の方で、若い亭主は何人もの人の豆をハンドルを回して挽いてやるのでした。豆を挽き口に入れる作業もあるから、二人で作業すると早く出来る。9時から始めても、皆の豆を挽き終わるのが1時過ぎ。途中で昼食を取りながら、会場は和やかな雰囲気です。

 お弁当は各自おにぎりなどを持って来ていたけれど、有志の方が豚汁を作ってくださったり、お茶を入れてくれたり、お菓子を配ってくれたりするので、かなりお腹は一杯になる。主催者の女性は、自分の味噌造りはそっちのけで、皆の作り方を指導して回るから大変です。挽いた豆は外の風に当てて冷ますのが肝心。寒仕込みの味噌と言うのは、冷たい風で早く冷めるから好いのだとか。挽いて冷ました豆を今度は米麹と混ぜ合わせて捏ねていくのです。

 捏ねる作業は蕎麦打ちの経験が生きるから嬉しい。早めに終えて10kgの豆と麹を空気の入らないように桶に詰め、参加費を支払ったら、他の人たちより一足早く帰り支度をする。来年の味噌造りを希望する人は、今年の11月には連絡をしてくださいと、主催者の女性が皆に話すのでした。自分たちよりも年配の人たちばかりなのに、皆さん元気で活動しているから、何かこちらが元気を貰ったよう。年に一度の蕎麦屋の臨時休業も、決して無駄ではなかったと思う。

 蕎麦屋での仕事と同じく3時近くに家に戻ったのだけれど、いつもとは違う緊張と労働ですっかり疲れた亭主は、夕刻まで眠るのでした。夕食前に目覚めて食堂に行けば、女将が亭主の希望を聞いてくれたらしく、先日、業者の若者が持って来た甘エビのクリームコロッケを揚げてくれていた。昨日残った野菜サラダが好い付け合わせなのでした。今日一日の活動を二人で楽しく思い出しながら、夕食のひとときを過ごすのです。さあて、明日はどうなるのか。

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2023年2月初め


2月1日 水曜日 朝は寒く、昼は暖かな、風の強い日 …


 午前6時の日の出前。森の向こうの空は綺麗な色なのでした。朝飯前のひと仕事に蕎麦屋へ出掛け、蕎麦豆腐を仕込み、水の上がった白菜の樽から、小さな漬け物器に漬け直す。塩を振りながら昆布を敷いて、また一日水の上がるのを待つのです。家に戻れば、昨日亭主が買って帰った銚子産の鰯が、唐揚げになって食材の食卓に並ぶ。冬の魚は脂が乗っているからとても美味しいのです。いつも塩焼きばかりだから、女将がたまには変わった食べ方をと工夫した。

 今朝も食後はひと眠りをせずに、空の灯油の缶を車に積んで、近くのガソリンスタンドに灯油を買いに行く。ひと昔前は千円でお釣りが来たと思ったけれど、今はその倍以上の値段だから大変です。考えたら、蕎麦屋の電気代もガス代もかなり上がっているはずだから、仕入れる食材費と合わせて何処かに破綻が起きているはず。冬場はお客も少ないから、まだ目立たないだけなのかも知れない。当分はメニューの値上げは考えていないけれど、不安はあるのです。

 その足で蕎麦屋に出掛けて、午前中の仕込みを済ませる。小鉢の二品目は切り干し大根。先週は、材料が多く、ちょっと値の張る筑前煮だったから、同じものが続くのもどうかと安上がりの一品。そして、キノコ汁を仕込む。鶏肉を鍋で炒めたら、四人分ほどのキノコを出し汁で煮込んで塩で味つけをしておくのです。蕎麦汁を入れて煮込むのは、明日の営業前。何度も温め直すと、やはり味が落ちるような気がしてならないのです。

 IH用の鍋に二人分の具材を入れて、残りはタッパに入れて保存する。鍋に一杯だったキノコは、火を通すと少なくなってしまうので、追加のキノコをあらかじめ冷凍してあるのです。沢山出る週と少ししか出ない週があるので、これも様子を見てから用意することにしています。後は午後に来て、レンコンの皮剥き、南瓜の切り分けから始め、天麩羅の具材を準備するだけ。時間が余ったので奥の座敷に干してある洗濯物を畳んで、洗濯機の中の洗い物を干す。

 昼になるにつれて暖かくはなってきたけれど、今度は風がとても強くなった。家に着けば、女将は外出している様子で、玄関には鍵がかかっている。居間の暖房を入れて暖まっていたら「昼は冷たい蕎麦だから、身体を温めようと郵便局に行って来たのよ」と言いながら女将が戻った。動かないとやはり寒く感じる気温なのです。大盛りのとろろ蕎麦に朝の鰯がまた出て、昼もご馳走なのでした。さすがに満腹になって、食後は陽を浴びながらひと眠りする亭主。

 その間に女将はスポーツクラブに出掛け、目を覚ました亭主は蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをする。蓮根の皮をピーラーで剥いたら、切り分けて酢水につけ、そのまま火にかける。南瓜を切り分けてレンジでチーンしたら、今度は玉葱と人参、三ツ葉を刻んでかき揚げの具材を作っておきます。そして、椎茸、ピーマン、ナスを切り分け、天麩羅の具材を切り分け完了。1時間ほどで終わって家に戻るのです。今夜は夜の防犯パトロールがあるから早い夕食です。

 それほど寒くはない夕刻でしたが、夕食は常夜鍋にして簡単に済ませる。脂身の多いバラ肉でも、生姜を入れた鍋で湯がいてさっぱりと醤油を掛けていただくのです。ぽかぽかと身体の芯から温まるから好い。集合時間の20分前には、着替えを済ませて家を出る。先週の寒い日には集まる人数も少なかったけれど、今日はほぼ全員が揃い、コースに分かれてパトロールの開始。足の具合が好くない亭主は、最近は平坦なコースに回されることが多いので有り難い。



2月2日 木曜日 2月最初の営業日は …


 今年は金柑が不作だったと女将が言う。例年、もっと粒が大きいのに今年は小さいのだとか。亭主も一度収穫して蕎麦屋で甘露煮にしたけれど、確かに粒が小さいので、半分に切って種を取ったものを一つ分にして大福に包んでいるのです。不作の実にはひよどりもあまり寄ってこないらしい。美味しくないのか知らん。そんな玄関先の金柑を眺めながら、2月最初の営業日だからと、早めに蕎麦屋に出掛けたのです。風が北風で随分と冷たく感じるのでした。

 今朝は朝飯前のひと仕事に来なかったから、まずは空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めて、小鉢にお新香と切り干し大根を盛り付ける。それでもまだ8時半だったから、余裕で蕎麦打ち室に入るのでした。室温はまだ12℃までしか上がっていなかったけれど、加水率を47%にして蕎麦粉を捏ね始めたのです。ところが、これでもまだ水分が足りないのか、硬い生地に仕上がって大変なのでした。生地が硬いと伸すのにも時間がかかるから、早く始めていて好かった。

 包丁切りの感触はトントントンと乾いた音がして、昔の亭主が好んだ硬さなのでした。しかし、歳を取るにつれて、この硬さで打ち続けるのは無理だと、最近では思っているのです。両腕にかかる圧力で以前煩ったことのある腱鞘炎の危険性もあるからです。47%の加水率でもこの硬さなのは、やはり室温が低いからなのか。伸した時に硬い蕎麦は、確かに茹でても硬くコシがあるけれど、冷蔵庫で冷やせば同じコシが出るような気がするのです。

 厨房に戻って薬味の大根、生姜をおろし、小葱を刻んだら、金柑大福を包む準備をするのです。白餡が残り少なくなっているから、そろそろ仕込んでおかなければならない。金柑の甘露煮はまだ一瓶ストックがあるけれど、値段の安い時に仕入れた金柑がまだ冷蔵庫に残っているから、早めに甘露煮を作っておかなければいけない。大釜のお湯が沸いたから、四つのポットにお湯を入れて、また水を足して沸かしておく。とにかく、この時間帯が一番忙しいのです。

 野菜サラダの具材を刻み終えたのが11時で、いつもの時間と変わらなくなった。玄関が開いて「11時からでしょ」とお客が入って来たから「開店は11時半なのですけど、中で待っても好いですよ」と言えば帰って行く。準備が整って暖簾を出せば、先ほどのお客が現れたのでした。すぐご近所の方らしかったけれど、話し方がせっかちで、歳を取った亭主には、言っていることを理解するのに骨が折れた。続けて二組ほどお客が入ったら、やっと女将が来てくれた。



2月3日 金曜日 こんなに寒い節分の日があったかなぁ …


 今朝は暗い空なのでした。日中も気温が上がらず、寒いままだという予報だから、あまりお客も見込めない。冬の蕎麦屋の営業は、得てしてそんなものなのです。それでも支度だけはしておかなければならないから、亭主は今朝も朝飯前のひと仕事に蕎麦屋に出掛ける。エアコンのスイッチを入れて、昨日の洗濯物を干したら、ほうじ茶を飲みながら、厨房に入ってなくなった分の小鉢を盛り付けておきます。蕎麦の残りを確認すれば、あと三束だけでした。

 家に戻れば女将が台所で朝食の用意をしてくれている。何処で仕入れた知識なのか、節分には鰯を食べるのだそうだと、大きめの鰯が出ていたから昨日買って帰ったそうな。冬の魚は脂が乗ってとても美味しいのです。ナス焼きは亭主の好物で、大蒜醤油で食べると甘くてこれもまた美味しく、食が進むのです。カブと三ツ葉の味噌汁も甘くてなかなかの味。少し若ければご飯をお替わりして食べたいところですが、歳を重ねた自制心が働いてご馳走様なのです。

 夕べはプールへ行って泳いだので、ぐっすりと眠れたから、食後のひと眠りをせずに、朝ドラの終わる時間には蕎麦屋に出掛ける亭主。少しだけ青空も見えていたけれど、今日は寒い曇り空です。看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、暖まっている蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つのでした。湿度は22%しかなかったから、室温は15℃になっていたけれど、今朝は47%強の加水率で蕎麦粉を捏ね始めたのです。ちょうど好い具合で絶妙の仕上がり。

 伸した生地も綺麗に角が取れて、最後まで140gで8束の蕎麦が取れた。蕎麦の生地が上手く仕上がると、時間もかなり短縮できて、10時前にはもう厨房に戻るのでした。こんな寒さではお客は来ないと思うのだけれど、開店の時間に間に合わせるために、野菜サラダの具材を刻む亭主。これが蕎麦屋の定めだと、今日も忙しく立ち働くのです。白餡を仕込んでいた鍋はまだ火にかけたまま。硬くなるまで煮詰めないと、包むときに柔らかすぎて苦労するのです。

 厨房に戻ればだいぶ煮詰まった白餡の様子を見て、天つゆを温めて、三つ目の火口で沸かした鍋で、ブロッコリーとアスパラを茹でる。出ようが出まいが毎日三皿ずつ作ると決めた野菜サラダは、今日も健在。少し硬めのキャベツを細い千切りにして、ニンジンも綺麗にジュリエンヌを刻んだ。胡麻油を天麩羅鍋に移して、天麩羅の具材と天ぷら粉を調理台に並べたら、いよいよ開店の準備。11時過ぎにはテーブルをアルコール除菌液で拭いて回ったら開店です。

 外気温は5℃。当然のことながらお客は来ない。駐車場のもみじの枝に、珍しく四十雀(シジュウカラ)がつがいで止まっていた。野生のシジュウカラを見るのは亭主も初めてなのでした。1時を過ぎても客が来ないから、端切れの蕎麦を小さな鍋で茹でて、ぶっかけで賄い蕎麦を食べておく。1時半近くにやっと車が駐車場に入って、リピーターの白髪の女性がご来店。隣町の団地から来るのだと言うけれど、いろいろな話を聞いたのでした。 

 洗い物も少なかったから、彼女が帰ったらもう帰宅する準備を整える。家に戻っても女将は当然まだ帰っていないから、居間のストーブに当たりながら亭主はウトウトとするのでした。女将が帰って書斎で本格的に昼寝をする亭主。夜のプールに出掛ける前に、しっかりと身体を休めてから、常夜鍋と鰯で夕食を食べておくのです。金曜日はプールも空いているから、人の少ないコースに入って、ゆっくりと身体を伸ばす。肌を流れる心地よい水の感触が楽しい。

2月4日 土曜日 今日は立春 …



 6時をだいぶ過ぎて、朝飯前のひと仕事に蕎麦屋へ出掛けたら、それほど寒くは感じなかったのです。曇り空なのだけれど、店の中は6℃だったから、エアコンを入れて、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰め、白菜のお新香を切り分けて盛り付けておきます。それでもう7時を過ぎたので家に戻るのです。このちょっとの仕事が随分と後に影響をするのです。室温が上がらないと、蕎麦を打つのも辛いから、暖房を入れておくだけでも違う。

 家に戻れば、女将が台所に立って朝食の支度をしてくれていた。最近はご飯も少なめだから、すぐに食べ終えてしまう亭主は、食後のひと眠りをせずに、またテレビの映画を観てしまう。前にも見たものだったけれど、ストーリーの細部をもう一度確かめたくて、ついつい見入ってしまうのです。朝ドラの終わる時間には見終えて、洗面と着替えを済ませ、「行って来ま~す」と元気よく家を出る。曇った空にほんの少しだけ青空が覗いている。

 みずき通りを渡れば、やはり青空が少しだけ覗いている。晴れて放射冷却で気温の下がるのも嫌だけれど、陽射しのないものまた寂しい。そんなことを考えながら、蕎麦屋に着いて看板を出し、幟を立てたら、チェーンポールを降ろす。昨日に比べたら随分と暖かいのだろうか。暖房を入れたままにしておいた蕎麦屋の店の中も、もう15℃になっていたのです。早速、蕎麦打ち室に入って、今日の蕎麦を打つ。加水率は47%強で500g5人分だけ打ち足した。

 ちょうど好い具合に仕上がった生地は、綺麗に四角形に伸して、包丁切り。今日は切りべら26本で140gで打ち終える。昨日残った蕎麦と合わせて13食分の蕎麦を生舟に並べ、暖かくなりそうだから少しは捌(は)けるかも知れないと思うのでした。不思議なことに蕎麦が沢山あると精神的に余裕が生まれる。お客が入っても、いつ蕎麦がなくなるかとハラハラせずに済むからなのでしょう。厨房に戻って、金柑大福を包む準備を始める。

 昨日仕込んだ白餡は、十分に硬くなるまで煮詰めたので、金柑の甘露煮を包むのにも随分と楽なのでした。更に熱々の求肥でくるむのにも、素早く包めるので都合が好い。四皿分の金柑大福を作ったら、今度は野菜サラダの具材を刻みます。今週はアスパラとブロッコリーはとても質が好かったけれど、レタスもキャベツも少し硬くて使いづらかった。硬いキャベツの千切りは、包丁がよく切れないと大変なことになる。道具の手入れはやはり大切です。

 開店と同時に常連さんたちがいつもの席に着いて、いつものご注文。今日は昼前にもう席が一杯になったから驚いた。これでもう終わりだろうかと思っていたら、1時を過ぎてからもう一度満席になる。やはり暖かいから、皆さん、蕎麦でも食べようかという気になるのでしょう。エアコンが暑いと途中で女将がスイッチを切った。気が付いたら、もう生舟の中の蕎麦がなくなっている。慌てて売りきれの看板を出して、最後のお客の蕎麦を茹でるのでした。

2月5日 日曜日 混んだ日の翌日は …


 午前4時半に家を出て、蕎麦屋に向かう亭主。有明の月が西の空に傾いていたから、今日は天気が好いと判るのでした。日曜日の未明だったので、ご近所を気にして静かに車を停める。蕎麦屋に入ってエアコンを点けたら、二つの大釜に水を張って火を入れる。それでも室内は8℃と昨日の温もりが残っていました。カウンターの干してあった沢山の盆や蕎麦皿を片付けていたら、ガシャーンと子供用のグラスが向こう側に転がって割れた。蕎麦徳利は無事だった。

 週末までに空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰め、お新香を漬け物器から取り出して切り分けて、小鉢に盛り付けたら、いよいよ今朝のメインの仕事。出し汁に薄口の出汁醤油と砂糖と唐辛子を沸かして、十分に冷ましておく。玉葱を薄くスライスして水に浸け、ニンジンを千切りにして塩で柔らかくしたら、昨日解凍しておいたワカサギの水分を拭き取って、天ぷら粉にまぶす。硬めに水に溶いた天ぷら粉に浸して、天麩羅鍋で揚げていく。再び南蛮漬けです。

 野菜と揚げたワカサギを出し汁に浸けたら、東の空が明るくなっていたので、外に出て写真に撮る。放射冷却でかなり外は冷えているのでした。向かいの畑は真っ白に霜が降りて、駐車場に停めて一時間以上も経った車のフロントガラスはうっすらと凍っている。家に戻るのに300m走る間に、外気温は氷点下になっているのでした。女将はまだ起き出していない。書斎に入って横になったらしばしの眠り。「ご飯が出来ましたよ」と女将が呼びに来る。

 食後もまたひと眠り30分。8時過ぎには洗面と着替えを済ませてお茶を一杯もらうのです。早朝の2時間はひと仕事には長すぎた。コロナ以前の混んでいた時期は、夜に仕込みをしたりと大変だったのを思い出す。10年近い年月を経て亭主もだいぶ歳を取ったから、今では夜に仕込みをするのも辛いのです。早く寝て早く起きる生活が定着しているから、どうしても朝に仕込みをするのだけれど、混んだ日の翌朝は辛いものがあるのです。

 しかも、昨日の蕎麦はすべて売り切れたから、今朝の蕎麦打ちは二回。早く家を出て蕎麦を打ち始めても、準備から後片づけまで1時間半はかかる。10時過ぎにやっと蕎麦を打ち終えて、厨房に戻って金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻むのです。その間に、薬味の葱切りをして大根をおろし、四本のポットにお湯を入れて、天麩羅油を鍋に移して温める。天つゆとキノコ汁を温め、天麩羅の具材と天ぷら粉を調理台に並べる。これで開店の準備が整うのです。

 週末は女将が来てくれるから随分と助かるのです。割れたグラスも綺麗に掃除してくれて、飛び散ったガラスの細かな破片は、亭主が掃除機をかけるのでした。暖かい日で陽射しもあるのに、昨日のように昼前からはお客が来なかった。亭主はやっとカウンターの椅子に座ってひと休み。昼をだいぶ過ぎて暖かくなってから、一人二人とお客が入って、せいろ蕎麦やぶっかけの注文が入る。電話でまだ蕎麦かあるかと聞いたリピーターさんが1時過ぎには現れた。