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2022年12月末


12月27日 火曜日 空気は冷たいけれど快晴で …



 今朝は仕入れに行く前に昨日残った蕎麦や煮物などを持って、蕎麦屋から近いお袋様のマンションを訪ねたのです。高いところから見る朝の気色はまた格別で、蕎麦屋の西側に広がる畑と森の木々が朝日を浴びて綺麗なのでした。南の方角には駅前の高層マンション群が見えて、今日の青空が何処までも続いている。寒いけれども気持ちの好い朝でした。二人で車に乗り込んで、まずは農産物直売所に向かう。寒いからか、通りを歩いている人は誰もいないのです。 

 小学校と女子大の脇を通って、田んぼの上を通る橋を渡れば、隣の地区に入る。中学校の敷地の切れる十字路を右に折れた道の、突き当たりがもう農産物直売所です。朝は9時から開店だというのにもう駐車場には車が何台か停まっていました。野菜を運んで来る農家の車は店側に停められて、お袋様と二人で「お早うございます」と挨拶をしながら店の中に入っていく。白菜が随分と出ていたから小さめのものを一つもらっていく。分厚い椎茸は3パック買う。

 隣町のスーパーにも足を伸ばして、残りの野菜類を買い込んで来る。女将に頼まれた家の買い物もあるから、押して歩くカートは上下の籠が一杯になるのでした。お袋様を家まで送って、店に戻ったら、早速、野菜を冷蔵庫に収納して、10時半には床屋に出掛ける。今月は最初の週に行ったのだけれど、正月が近いから、どうしても年内にもう一度髪を切りそろえてもらいたかった。お客が帰ったばかりという親父様に今年最後の散髪をお願いする。

 いつもより時間がかかったのは、いろいろ話をするから。それがまたお互いに息抜きになるから好いのです。家に戻れば、女将がもう大鍋に湯を沸かして、グリルで天麩羅を焼いていた。昨日残った蕎麦だからやはり美味しい。残り物とは言え、贅沢な話なのです。食後のひと眠りはせずに、亭主はテレビで映画を観て、女将のスポーツクラブの予約の時間まで時間をつぶす。定休日も何かと忙しいけれども、リラックスする時間は長いのです。

 映画を見終えてやっと蕎麦屋に出掛けたのが3時過ぎ。大根のなた漬けの仕込みをして、明日の出汁取りの準備をしたら、洗濯機の中の洗濯物を干して、家に持ち帰る物を確認する。4時半には家に戻れば、女将が台所で夕飯の支度をしていた。その間に、亭主は二階に上がって遠く富士山が夕暮れの空に見えるのを眺める。今夜は女将の大好きなすき焼き。仕入れに行ったスーパーで、たまたまブランド牛の肉が安く出ていたのです。すき焼きにはやはり日本酒。

 朝も昼も食後のひと眠りをしなかったせいか、風呂の時間まで書斎で横になってひと眠りする亭主なのでした。ブログを書いて年賀状を仕上げなければならないのだけれど、習慣となった時間の使い方の中に、新しく作業を入れるのはなかなか難しい。遠く離れた親類や友人たちに新年の挨拶を届けたいとは思うものの、気力と体力が衰えているのだろうか。早くから年賀状を買って用意していたのに、もう今年もあと僅かになってしまったのです。



12月28日 水曜日 今年最後の定休日は …


 朝食に何年かぶりで三平汁が出たので、気分を好くして蕎麦屋に出掛ける亭主。青空に映える庭の金柑を見ながら、車に乗り込むのでした。今朝はそれほど寒いとは思わなかった。でも、蕎麦屋の中は6℃で陽の当たらない分、足元から冷えてくるのです。昨日のうちに昆布と干し椎茸を浸しておいた鍋を火にかけて、沸騰直前になるまでに、塩漬けして水の上がった大根を取り出して、砂糖と柚子と唐辛子を加え、甘酒の素を入れてよくかき混ぜる。

 煮立つ直前に鍋に鰹の削り節を入れて火を止める。一番出汁には返しを加えて隣の火口でもう一度火を入れる。こちらも沸かしてはいけないので要注意。一番出汁を取った削り節は昆布と干し椎茸と共に、そのまま5㍑の大鍋に入れて二番出汁を取る。こちらも沸騰直前で追い鰹の削り節を袋半分の40gほど足してやるのです。ここまでほぼ1時間の行程。今朝は出がけに前の職場から記念誌が届いたのから、ちょっとゆっくりしていたので午前中はこれで終わり。

 実はキノコ汁を作ろうと、出汁に沢山のキノコを入れて煮始めたら、鶏肉を家に忘れて来たのに気が付いたのです。仕方がないから鍋のまま冷蔵庫に入れて、昼に間に合うように家に戻るのでした。今日も昼飯は蕎麦と天麩羅。「寒いのに冷たい蕎麦で悪いね」と、普段なら、寒い日には冷たい蕎麦は食べたくないと言う女将に言えば、「お茶を買いにお茶屋さんまで歩いて来たから大丈夫」と応えるのでした。筑前煮も蕎麦豆腐もすべて先週の蕎麦屋の残りもの。

 美味しく蕎麦を食べたら蕎麦湯までしっかり飲んで、食後はひと眠りをせずに、お茶をもらったら椅子にもたれてウトウトとしただけ。女将がスポーツクラブに出掛けたら、年賀状の第一陣を印刷し終えて、郵便局に出しに行きながら、亭主も蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みに入るのでした。ところが、またもや鶏肉を忘れて、結局2時間ほどかけて仕込みを終えたら、また家に取りに戻る。午後は蕎麦豆腐を仕込んで、切り干し大根を煮付け、天麩羅の具材切り。

 年内は残り三日の営業だから、仕入れも少なくしたのですが、使い切るのはなかなか難しい。年明けの5日から営業をするつもりだから、置いておけるものはあらかじめ買っておきました。正月はまだ市場が開いていないので、店に並ぶ食材も結局はその店が年末に仕入れた物だから、蕎麦屋の冷蔵庫に入れておいても同じ事なのです。農産物直売所は地元の店だから、早々早くは開かない。白菜も丸ごと一つ買ったので、年末に漬け込もうと思っているのです。

 午後に2時間の仕込みをして、鶏肉を鶏に一度家に戻ったら、珈琲を入れてひと休み。朝と昼と二度も同じ忘れ物をする自分が情けない。これも老化現象の現れなのでしょう。そもそも仕入れたときに、他の肉類と一緒に家に持ち帰ってしまうのが、最初の躓きなのです。今日は親戚や友人など30枚ほどの年賀状を出したけれど、まだ出していない友人たちには、明日にでも仕上げて出さなければ。切羽詰まってもなかなか日常の生活パターンは帰られない。




12月29日 木曜日 天気も好く気温も上がったけれど …


 6時20分の東の空は、日の出前のほの明るさで、亭主は蕎麦屋に入って暖房を入れる。店の中は6℃と冷たいのです。大釜にも水を張って火を点けて暖を取る。ポットにもIHで湯を沸かし、ほうじ茶をカップ三杯分作っておきます。次ぎに今朝の目的である小鉢の盛り付け。なた漬けと切り干し大根を、今日蕎麦を打つ予定の数だけ盛り付ける。去年は9人のお客があったと女将は言うけれど、このところの来客具合からは、到底、そこまで行きそうにない。 

 いったい何が去年と違うのだろうか。その日ごとの寒暖の差が大きいから、寒く感じるというのはあるような気がする。今日は寒いと感じれば客も外に出ないのです。日の出の時間になったから、外に出て向かいの畑を見れば、真っ白な霜に覆われているではありませんか。車の車外温度も3℃と表示されていた。空は晴れて雲一つないのだけれど、果たして何処まで気温が上がるのか。朝飯の時間に間に合うように家に帰ってストーブに当たる。

 朝食を終えたら満足して今朝はひと眠り。洗面と着替えを済ませたら、居間の椅子に座って、コーヒーを入れて今日の段取りを考える。まずは蕎麦打ち、天麩羅油の缶が空になっているから、新しいものと換えて、ビニール袋に入れて外のゴミ箱に出しておく。薬味の葱を刻んだら、大根と生姜をおろし、野菜サラダの具材を刻み、最後に金柑大福を包む。そこまでイメージトレーニングをしたら、「行って来ま~す」と女将に声を掛けて家を出るのです。

 始めてしまえば身体が覚えているから、何と言うことはないのだけれど、歳を取るに従って年々次の動作が不確かになるのです。だから、いつも次は何をするのだったっけと自問する。厨房での調理は時間内に終わらせなければならないから、常に手際の好さがものを言う。一人用に動きやすいように作ったダブルキッチンも、やっと真価を発揮するのです。それでも膝下の収納を開ける時や、冷蔵庫や蕎麦打ち室に用事がある時には、次の仕事を考えている。

 定休日明けは仕事が沢山あるから、朝飯前のひと仕事をしても、なかなか時間が稼げない。テーブルとカウンターをアルコールで拭いて回る間に、焦げた匂いがすると思ったら、IHにかけておいたキノコ汁が溢れていた。天麩羅油は新しい缶から鍋にあけて、天つゆを温め、天ぷら粉を入れ物に詰めたら、やっと開店の準備が整うのでした。ぴったり11時半なので冷や汗ものなのです。暖簾を出してもすぐお客が来るわけではないのでひと安心。

 昼前に若い男性が一人歩いて来て、カウンターの隅に座って鴨せいろを頼まれる。老いた亭主から見ればどう見ても子供なのだけれど、最近は自分が歳のせいか若い人の年齢が分からない。それでも汁も蕎麦湯も綺麗に飲み干して帰ったから、案外、蕎麦好きの青年なのかも知れないと思った。12時半を過ぎたので、お客も来ないし一服してこようかと思ったら、見慣れた車が勢いよく駐車場に入って、見れば隣町の常連さんで、今週はもう何回目だろう。

 いつもと同じく辛味大根とキノコ付け蕎麦のご注文で、コロナの話題や、新興宗教の話を終えたら、今日はブラジルのジャングルで山賊に追いかけられたという話が面白かった。途中から女将が来てくれたので、聞き役を代わってもらって、やっと奥の部屋で一服する亭主。洗い物も少なかったから、2時前には店を出て、家に戻ったら珍しく二人で隣町のスーパーに年末の買い物に出掛ける。誰も来ない正月用に少量のお節セットを買って、亭主は酢蛸をねだる。



12月30日 金曜日 やはり寒すぎるのか …



 今日も寒い朝でした。午前中は曇りという予報だったけれど、とろこどころに青空が覗いて、薄陽も差しているのです。みずき通りを渡ってバス通りに出れば、西の方は少し青空が多く、午後から晴れるというのも頷けるのでした。向かいの畑では枯れ草を燃やしているらしく、蕎麦屋の方まで煙が漂ってくる。朝のうちだから仕方がないとは思うのですが、炎が見える燃え方になると煙は出なくなるのです。店の中は6℃と寒いから、早速、暖房を入れる。

 蕎麦打ち室を覗けばまだ6℃だから、蕎麦打ちにはちょっと早すぎる。二つの大釜に水を張って火を点けたら、蕎麦汁を徳利に詰めたり、洗濯物を畳んだりしながら、室温が上がるのを待つのです。蕎麦打ち室がやっと10℃を越えたのが9時過ぎで、前掛けをした亭主が蕎麦を打ち始める。加水率はいつもより高く、今朝は45%まで上げたのです。空気が乾いているからか、それでも柔らかすぎずに逆にしっとりとした生地に仕上がったのでした。 

 無理に力を入れなくても、すんなりと菊練りが出来て、蕎麦玉を作ってビニール袋に入れて寝かせておきます。厨房に戻って大根をおろしたら、珈琲を入れてひと休みです。9時半を過ぎたらまた蕎麦打ち室に入って、蕎麦玉を取り出して両手で地伸しをしていく。40cm程の直径に丸く広げたら、今度は伸し棒を使って丸出しに入るのです。やはりこの時期はもう45%の加水で好かったのか、それほど力を入れなくてもスーッと広がってくれるのでした。

 ある程度の柔らかさがあるから、伸しても四隅が綺麗に仕上がるし、畳んで包丁切りをしても、包丁に蕎麦がくっついたりしない。切りべら26本で140g前後の束を八つ取ったら、端切れは出なかったのです。厨房に戻って野菜サラダの具材を刻み始める。今日は時間的に余裕があったので、11時にはもう開店の準備か終わるのです。昨日の失敗を反省して、キノコ汁の鍋は単独で温めて、様子を見ていることに。テーブルを拭いたら暖簾を出していよいよ開店です。

 12時前に年配の二人連れが車でいらっして、蕎麦好きのご夫婦らしくせいろ蕎麦の大盛りと辛味大根にせいろ蕎麦のご注文。盆と皿を用意して、辛味大根を摺りおろし、蕎麦を茹でてお出しするのでした。今日は来るはずでなかった女将が、12時半を過ぎた頃に店にやって来て「家にいても寒いから」と言って前掛けをする。お客は来ないけれども亭主は嬉しくなって、暇な時間を見つけて正月用の鱠(なます)を作り始める。外は相当に気温が低いらしい。

 例年、大晦日前の平日は少しは客が入るのだけれど、以前いらっしていた年配のお客たちは、歳を取ってこの寒さでは家を出ないだろうというのが、二人の意見なのです。そう言えば、今年はお持ち帰り用の蕎麦と天麩羅の予約も数が少ない。宣伝もしなかったけれど、こちらも歳を取ってきているから、無理に沢山の蕎麦を打って仕事を増やすのもどうかと思ったのです。残った蕎麦の具合から、明日は750gを一回打って、持ち帰り用の蕎麦は後で打てばいい。



12月31日 土曜日 無事に一年の蕎麦打ち納め …

 毎日の習慣で朝はやはり5時前には目が覚めてしまう。今朝も寒いという予報だったから、大晦日とは言えどれだけお客が来るのか不安なのでした。それでも準備だけはしておかなければならないから、5時半には家を出て蕎麦屋に向かう亭主なのでした。まだ真っ暗な冬の夜明け前は、寒さで店の中の温度は5℃。たしか今までに一番寒かったのは3℃というのがあった。暖房を入れ、大釜に火を入れて、片付け物をしながら、室温の上がるのを待つのです。

 空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めたら、10人分ほどの小鉢を盛り付けて、足らなければあとからまた盛れば好いと、時間があるので白菜の漬け物を仕込むのでした。これは年が明けてからの営業で出す分なのですが、三が日のうちに食べられれば好いかと期待している。漬け物は塩で漬けて水が上がるまで二日はかかるのです。そして漬け直してもう一日。四日目くらいからやっと美味しくなるから、味見が間に合うかな。やっと外が明るくなってきました。

 6時半過ぎに家に戻れば、女将が起き出して雨戸を開けている音が聞こえる。亭主は一人お茶を飲んで一服。「ご飯が出来ました」と女将に呼ばれて食卓に着けば、先日買って帰ったワラサのカマを大根と煮た鰤大根もどきがメインのおかずなのでした。脂ものって結構食べ出があるので美味しかった。大根が新鮮なのか、とても柔らかい。満足して食後にお茶をもらったら、亭主は書斎で横になる。30分ほど眠ったら、洗面と着替えを済ませて家を出る。

 さすがに今朝は寒かったので、毛糸の帽子と手袋を着けて門を出れば、庭の金柑がまた一段と黄色くなっていた。実の大きな金柑のはずだけれど、栄養が回らないのか摘果しないからか、小さな実のままのものもあるのです。空は雲が多かったけれど、ところどころ青空も見えるのが今日の希望。結局、日中は雲って暖かくなることはなかったのです。早朝に暖房をいておいた蕎麦屋はやっと暖まって、蕎麦打ち室も13℃になっていた。

 昨日の晩から思案した挙げ句に、例年のようにはお客は来ないと見込んで、今朝も750g八人分を打ち、昨日残った蕎麦と合わせて久し振りに生舟二箱の蕎麦を用意する。以前なら、いつも二箱を打っていたものだけれど、コロナ禍でお客が少なくなって以来、いつも一箱で足りてしまう。一箱に入る蕎麦の量は、だいたい15束ぐらいで、大晦日で年越しの蕎麦をお持ち帰りの予約があったから、少し多く打っておいたのです。足らなければこちらは打ち足す予定。

 金柑大福を包んで野菜サラダの具材を刻んでいると、11時だというのにもう駐車場に車が入ってきている。女将もまだ早お昼から帰って来ていないし、サラダを盛り付け終わるまでと、しばらく待っていただいた。10分ほどして女将が来たので、店の中に入ってもらってお茶を出す。聞けば、以前、大晦日に来た時には人が一杯だったから、今日は早く来たのだそうな。準備が終わっていれば、早いお客は歓迎するけれど、開店の時刻までは暖簾は出さない。

 いつも早くから入れると思われても間に合わないと困るのです。今日は例年の半分くらいのお客の入りで、やはり、客層が随分と様変わりしているのか。夫婦二人とも鴨せいろの大盛りを頼まれるなど、比較的若いお客が多かった。以前いらっしていた年配のお客はやはりコロナ禍で家を出ないのかも知れないと、女将と話をしていた。今週三日も通って下さった常連のお客は、いつものキノコつけ蕎麦にとろろを付けてのご注文なのでした。

 暖簾を下ろしてから、お持ち帰りのお客の天麩羅を揚げ始める。蕎麦はなんとか今日用意した分だけで足りるのでした。遠くから健康のためだと歩いて取りにいらっした方もいた。洗い物を終えて、亭主が家に車を取りに戻ったら、3時前に女将は一旦家に戻る。夕刻はお袋様を迎えに行って、蕎麦屋で三人で年越し蕎麦を食べるのが、コロナ禍で子供や孫たちが来ない最近の恒例となりました。昼から何も食べていない亭主は、一人大盛りの蕎麦で苦しくなる。


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2022年12月下旬

12月20日 火曜日 日に日に寒くなるのか …

 今朝は7時間の睡眠で6時過ぎに目覚めて、蕎麦屋に出掛けるのでした。公園の森から朝日が昇る時間で、残月がまだ暗い空の部分に輝いていました。今日も雲ひとつなく晴れる様子で、放射冷却で地上は昨日の朝よりも更に冷えてくるのです。蕎麦屋に着いて向かいの畑を眺めれば、真っ白な霜が一面に降りているのでした。エアコンのスイッチを入れたら、厨房に入ってまずは昨日の洗い物を片付ける。珈琲を入れて飲みながら、今日一日の段取りを考える。

 3㍑の鍋に出汁取りの昆布と干し椎茸を入れて、午後の出汁取りの準備をしておく。今朝は地域の子ども会の段ボールと新聞の回収があるので、奥の座敷から束ねておいた段ボールを車に積み、新聞の袋も口を結わいて車に積み込むのでした。そして、女将が家の居間のカーテンを洗濯をしてくれると言うから、庭木を剪定して蕎麦屋に置いたままの背の高い脚立を積み込んで家に戻るのです。家に戻れば7時過ぎで、女将が昼食の支度をしているところでした。

 好きなしゃけ粥もさすがに三日続くと飽きてくる。それでもしっかりと汁まで啜って身体を温め、今朝は食後のひと眠りもせずに、着替えたらお袋様に電話をかけるのです。家から車で5分もかからないのに、彼女はもう階段の下で亭主を待っていた。「寒いねぇ」と言いながら車に乗り込み、農産物直売所に向かうのでした。今日も新鮮な野菜が並んでいたから、大根やトマト、キャベツ、白菜、里芋など、買えるものはもらっていくのです。

 いつも沢山の野菜を買うからか、レジの小母さんが「なんか商売でもやっているの?」と言うものだから「蕎麦屋をやってます」と応える亭主。場所を聞かれて説明をすれば「今度食べに行ってみるよ」と言うから、定休日だけ伝えておくのでした。隣町のスーパーにも出掛けたけれど、寒いからか今日は駐車場がやけに空いていたのです。一通り欲しい物を手に入れて、後は女将に頼まれた食材とトイレットペーパーやティッシュペーパーを車に積み込む。

 野菜類を片付けて、白菜と大根を塩漬けにしたら、家に戻って荷物を降ろす。ちょうど女将が買い物から帰ってきたから、ガレージからの階段を上り下りして玄関まで三往復。昼は野菜サラダの残り物を消化するために、女将がタンメンが暖まると言ったから、一昨日の分の野菜サラダ二皿分に肉を加えて亭主が汁を作り、先日の夜に作った餃子を焼いて、無事に昼飯を食べる。満腹になった亭主は書斎に入り、女将のスポーツクラブの予約の時間までひと眠り。

 30分ほど眠ったら、居間の部屋でテレビの映画を観ながら、予約の時刻を待つのです。スムーズに予約が出来て、テレビの続きを見終えたら「行って来ま~す」と稽古場の女将に声を掛けて蕎麦屋に出掛ける。午後の仕込みは出汁取りです。先週はお客が少なかったから、まだ十分にあったのだけれど、週の途中で出汁を取る時間が勿体ないから、蕎麦汁は蕎麦徳利にすべて詰めて、残った分は鍋のまま冷蔵庫に入れておく。天つゆも別鍋で作って保存する。

 夜は先週までに残ったキャベツを消化するために、女将の提案で先日食べたばかりのちゃんこ鍋。亭主は今日買って帰った鶏の手羽元を塩で焼いてもらって焼酎を飲む。ちゃんこ鍋は最後にうどんを入れるから、どうしても腹に溜まるのです。昼も夜もしっかりと食べたから、風呂の時間に体重を量ったら、案の定、80kgを少しオーバーしていました。定休日の食事は要注意なのです。今日は午後に南の庭のタラの木も剪定したのに、動く量が少なかったのかな。

12月21日 水曜日 今日も恙なく暮れて …

 夕べは10時過ぎには床に就いたのに、明け方に寒さで目が覚めて居間のストーブで暖まり、また眠ったらもう7時なのでした。天気予報とは裏腹に、朝は青空も覗いて陽も差していたから、女将が居間のカーテンを洗うと言っていたので、食後に蕎麦屋から持ち帰った背の高い脚立を立てて、亭主はカーテンを外すのでした。居間は亭主が喫煙をするスペースなので、カーテンの汚れは尋常でないと言う。だから洗ってもらえるだけでも有り難いのです。

 9時過ぎに家を出て蕎麦屋に向かえば、明け方ほどは寒くないから不思議。それでも蕎麦屋の厨房は8℃と冷たいので、エアコンの暖房を入れて、二つの大釜に水を汲んで湯も沸かしておきました。気になっていた塩漬けにしておいたなた漬けの大根と白菜は、どちらも水が上がっていたから、なた漬けの大根は容器を小さな物に移し替えて、甘酒の素と柚子と唐辛子を入れて付け直す。白菜も冷蔵庫に入る容器に移して塩と柚子と唐辛子を入れて漬け直すのです。

 ひと休みしたら、今度は筑前煮の下ごしらえに取りかかるのでした。蓮根の皮を剥いて酢水で茹でたら、里芋を六方に剥いて茹で、牛蒡を乱切りにして下茹でをしてから、他の根菜類を切ってから、鶏肉をごま油で炒めて、一気にすべての根菜を中華鍋に入れるのです。一通り油が回ったら、二番出汁を入れて煮込み、出汁醤油と砂糖を加えて味つけをします。今週はなた漬けと白菜のお新香と筑前煮があるので、小鉢は三種類と年末だからと頑張ったのです。

 約束の時間の11時半には家に戻り、女将の希望で今日は昼にお好み焼きを亭主が作る。「冷蔵庫の中が綺麗になくなったわ」と嬉しそうに言うから、いつも蕎麦屋の残り物ばかりで申し訳ないと亭主は頭を下げる。月曜日に残った野菜サラダの三皿分も、お好み焼きにすると三人分の野菜が、綺麗に食べられるから不思議なのです。食後は昔懐かしいジャンポール・ベルモントの映画を観ながら、女将のスポーツクラブのヨガの予約をし終えたらひと眠りです。

 午後も天気予報とは違って薄陽が差していたから、レースのカーテンを洗って干した女将の判断は正しかったのです。女将が帰って入れ替わりに、亭主は蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをする。今日は今年最後の夜の防犯パトロールかがあるので、あまり沢山の仕事は出来ないから、天麩羅の具材を切り分けて、午前中に使った鍋やボールを片付けるだけ。まな板を消毒したら、布巾類を洗濯して家に戻るのでした。レースのカーテンを掛けるのも亭主の仕事。

12月22日 木曜日 朝から冷たい雨の降る日は …

 昨日の天気予報の通りに朝から冷たい雨が降っていました。まだ暗いうちに蕎麦屋に出掛けて、今日の小鉢を盛り付けておいた。霜が降りて美味しくなった白菜の漬け物はこの冬初めての一品。根野菜の筑前煮も大根のなた漬けも亭では冬の定番です。折角、賑やかに小鉢を盛り付けたけれど、この天気ではどれだけお客が来るのだろうと、ちょっと前向きにはなれない気分で家に戻るのでした。7時を過ぎたというのに、外は薄暗いのです。

 朝食を終えたら朝ドラの終わるのを待って再び蕎麦屋に向かう。雨脚が強くなってきたので、今朝は車で出勤です。ゴミ出しに行く女将が傘を差して通りに出ていた。ガレージまでの階段でもうずぶ濡れになりそうなのでした。いつもより早くに店に着いたから、早朝に重曹とお湯をかけておいたレンジ周りを綺麗に掃除。この間、グリルは同じように掃除をしたばかり。10年も使うとやはり汚れが酷くなっているのです。グリル周りの汚れをあと少し落としたい。

 店の中は早朝から暖房を入れておいたので、蕎麦打ち室も15℃になっていました。昼前からは晴れると言う予報だったけれど、どうもまた天気がずれ込んで行く様子だったから、少し多めに打とうかと思っていた蕎麦もいつも通りの750g八人分に変更。果たして昼を過ぎても雨は止まないのでした。金柑大福も解凍してある白餡が足りずに三皿だけ、野菜サラダはいつもの通り三皿用意したのです。暖簾を出せば、近所の常連さんが傘を差して歩いていらっした。

 いつものように瓶生のビールを頼まれて、「カレー蕎麦が美味いから今日は大盛りでお願いします」と言う。付け出しと野菜サラダを出してビールを飲んでいる間に、カレーの汁を解凍してとろみを付けてお出しする。何を話すのでもないけれど、満足そうに大きな器の汁をすべて飲み干して、また傘を差して帰って行かれた。洗い物を済ませた頃に、隣町の常連さんが来て、辛味大根とキノコ付け蕎麦のご注文。こちらはよく話をするお客だから退屈しない。

 やっと雨の止んだ1時前に女将が来てくれて、亭主も奥の座敷で一休み出来たのです。厨房に戻っても件のお客は、女将を相手にまだ話をしている。「キノコ蕎麦が美味しいから明日も来ようかな」と言ってやっとお帰りになって、亭主も賄い蕎麦を茹でてぶっかけで食べておく。この寒さではもうお客は来ないかと思っていたら、ご夫婦のお客がいらっして温かい汁のぶっかけ蕎麦を注文なさる。野菜の天麩羅を揚げて蕎麦を茹でたら、もう閉店の時間だった。

 雨の上がった夕刻は、女将が買い物に出掛けて、夜のご飯はポークステーキにすることになる。野菜サラダが二人分残ったので、亭主も同じ事を考えていたから不思議なものです。ところが、夕食の前に業者が年末の食材を届けに来るから、亭主はまた蕎麦屋に出掛けて行く。配達する若者はまだ慣れないらしく、到着する時間が遅い。「あと5分で着きます」と電話が入ったのが6時前。亭主は昼の洗い物を片付けて、珈琲を入れる用意をして待つのでした。

12月23日 金曜日 晴れてとても風の強い一日でした …


 夕べの夜から送電線が風でゴーゴーと音を立てていたのです。朝起きてもまだ風は強く、結局、この風は夕方まで止まなかった。蕎麦屋に出掛けるときも、門を出てたら雪駄では寒いと気が付いて、ウォーキングシューズに履き替えに玄関に戻り、手袋までして家を出たのでした。郵便受けから新聞を取り出して、一面の見出しだけ見たら、もう店の中に入る。室温は8℃。急いで暖房を入れて、大釜に水を張り、火を点けるのです。

 今朝も750g八人分の蕎麦を打ち、身体が熱くなってきたので暖房の温度と風量を下げる。それでもまだ15℃にしかなっていなかったのです。いつもと同じ44%強の加水だったけれど、昨日は四辺の端がひび割れたので、今朝は丁寧に時間をかけて捏ねたら、伸す時になめらかな四辺になったのです。ちょっと手を抜くと何処かにひずみが現れるもの。天つゆや小鉢の煮物などもその都度味見をするけれど、見えないところに油断はついて回るから、要注意なのです。

 10時前に蕎麦打ちを終えて、少し時間が合ったから、大鍋を取り出して小松菜を茹でておく。鍋焼きうどんや鴨南蛮蕎麦などに、小松菜の綠は欠かせないのです。少し硬めに茹でて切り分けたら、一回使う分ずつラップでくるんで半分は急速冷凍庫に入れる。あまり長い間冷凍すると、解凍するのが大変だから、古くなったら家に持ち帰って味噌汁の具材になるのです。天麩羅鍋の奥の火口でブロッコリーとアスパラを茹でようとしたら、鍋の湯をこぼしてしまう。

 取っ手に自分の手が引っかかったのです。沸騰する直前だったから熱いお湯が足元までこぼれた。厚手の靴下を履いていたので、何とか無事でしたが、身体と意識のずれは最近時々感じることです。時間通りに野菜サラダを刻んで開店の準備は進む。昼を過ぎたら、急にお客がやって来て、駐車場がすぐに満杯になった。若い職人風の人たちは、天麩羅蕎麦と温かい汁のぶっかけの大盛りで、すぐに後からいらっした常連さんは、いつものヘルシーランチセット。

 外は相当に寒いらしい。出た盆や皿の洗い物をするついでに、鍋焼きうどんの鍋を洗っておきました。1時を過ぎたらもうお客はなく、暇になった亭主は、南瓜をスライスして天麩羅の具材を準備して、自分もかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べておきました。空はこんなに青いのに、冷たく強い風は収まらず、明日の天気が気になるところ。お客がゼロではない平日が続いてはいるけれど、週末はもう少しお客が欲しいのです。今年もあと一週間あまりでお終い。



12月24日 土曜日 今日はクリスマス・イヴだけれど …



 まだ暗い6時に家を出て蕎麦屋に向かう。昨日ほど風は強くなかったけれど、やはり寒い朝なのでした。店の暖房を入れ、二つの大釜に火を入れて、昨日の洗い物を片付けたら、今朝は残り少なくなったカレーを仕込むのが仕事。鍋に油を引いて具材を炒めたら、水を入れて煮るだけだからわけはない。野菜に火が通ったらルーを入れて弱火でぐつぐつと更に煮込む。隣の火口では今日の分の暖かい蕎麦の汁を作っておきました。6時40分になっても陽は昇らない。

 昼の時間が一番短い冬至が終わったら、少しは日の出も早くなるかと思ったけれど、逆にまだ少しずつ日の出は遅くなって行くらしい。レンジの火を止め、鍋はそのままにして家に戻れば、今朝は昨日の鶏鍋の残りにご飯を入れてお粥。身体が温まるからちょうど好いのです。二人だけだと鶏鍋も一回では食べきれないのが悲しい。食事を終えてお茶をもらったら、今朝はひと眠りをしないでテレビでまた映画を観ている亭主。ストーブから離れられないのです。

 朝ドラの最中に洗面と着替えを済ませて、朝ドラが終わる時間に「行って来ま~す」と玄関を出る。手袋はしていたけれど、毛糸の帽子を被るほどの寒さではない。これから年が明けたら、もっと寒くなるだろうから、少しは寒さにも慣れていかなければ。蕎麦屋に着いたら看板を出し、幟を立てチェーンポールを降ろす。晴れて青空が気持ちが好いのですが風は冷たい。厨房に入って、まずは冷めたカレーの鍋からカレーをジブロックに分けて入れる。

 蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打てば、昨日と同じ加水率でしっとりとした蕎麦が出来上がる。切りべら26本で135g前後の束が八つ取れた。昨日残った蕎麦と合わせて15食の用意。コロナ禍ではちょっと多すぎるけれど明日の朝に二回打つよりはこの方が好いのです。今日はカレーを作った分、少し時間が押している。金柑大福も包まなければならないからと気持ちが焦るけれど、週末は女将が手伝いに来てくれるので、ちょっと安心しているのでした。

 薬味の葱を刻んで、大根を擦りおろし、生姜を擦ったら、早速、野菜サラダの具材を刻み始めて、出来上がったら金柑大福を四皿包むのです。時計との睨めっこで、湯も沸いていたから暖簾をまず先に出しておきました。隣の調理台では女将が小鉢を盛り付けてくれていた。亭主は白菜のお新香を取りだして、切り分けて盛り付けるのです。全部で11鉢用意したけれど、これは来てくれれば好いという希望の数なのでした。外は快晴なのに歩く人の姿はないのです。

 それでも昼過ぎに、近くから歩いていらっした親父様が一人で、カウンターに座ってぶっかけ蕎麦の温かい汁をご注文。天麩羅を揚げて蕎麦を茹でたら、椀を温めていたお湯で蕎麦を温めてから、熱い汁を掛けて天麩羅を載せる。薬味は大根おろしと生姜と葱で、女将が「お好みでお使い下さい」と言って席に運んでいた。続けて駐車場に車が入って、ご夫婦でいらっしたのにカウンターに座る最近の常連さん。キノコつけ蕎麦が美味しいからと二人で頼まれる。

 1時を過ぎたから今日はこれで終わりかと思っていたら、見覚えのある黒い車が入って、背広姿の隣町の常連さんがいらっしゃる。せいろ蕎麦の大盛りと辛味大根のご注文で、今日初めての冷たい蕎麦。「こんな寒い日に、よほどお蕎麦が好きなのね」とは女将の言葉。わざわざ寄り道をして来て下さるだけでも有り難いのです。亭主はやっとかき揚げを揚げて、ぶっかけで賄い蕎麦を食べるのでした。帰り道、午後2時半の太陽は低く、陽射しも朝より弱かった。



12月25日 日曜日 今日も寒い日なのにお客が …


 午前6時に家を出て蕎麦屋に着いたらまずは暖房を入れる。二つの大釜に水を張って火を点けるのでした。寒さに少し慣れたのか、室温7℃でも耐えられない寒さではない。今週はキノコつけ蕎麦が随分と出たので、蕎麦汁にキノコを加えてまたキノコ汁を作っておく。沸かしてしまうと味が落ちるから、家から持って来た鶏肉を二番出汁で茹でたら、冷凍してあるキノコを入れて鍋を温めるだけ。6時40分を過ぎたらそろそろ日の出だから、外に出て写真を撮る。

 前の畑はうっすらと霜が降りている様子。家に戻って朝食を食べたら、今朝は書斎に入って少し横になる。眠ったのかどうか分からないけれど、じっとしていると寒いから床の中で休むのです。日曜日で朝ドラもないのに、いつもと同じ時間で身体は動くから不思議なのです。洗面と着替えを済ませたら、女将に声を掛けて蕎麦屋に向かいます。手袋を付けなくても今朝は寒くないから、昨日よりは暖かいのかも知れない。陽射しが背中から身体を暖めてくれる。

 蕎麦屋につて朝の仕事を終えたら、蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つ。早朝に暖房を入れたままにしておいたので、蕎麦打ち室も16℃になっていた。昨日の蕎麦が思ったよりも残っていたから、今朝は500g五人分だけ打っておきました。この蕎麦の数の調整は、その日の天候や気温によってお客の数が変わるから、慎重に判断しなければいけない。沢山打ち過ぎると残る蕎麦多くなるので、消化しきれなくなるからです。今日は昨日よりも暖かくなりそうです。

 10時過ぎに蕎麦打ち室を出て、金柑大福を包み、野菜サラダの具材を刻んで、開店の準備を着々と進める亭主。11時を過ぎた頃に、いきなり玄関の扉が開いて、「こんにちは」と向かいの畑の向こう側に住む常連の小母さんが顔を見せる。11時半に女性四人で来るけれど大丈夫かと言うのです。どうも今日はお客さんらしい。予約は出来ないけれど早くいらっしゃれば大丈夫と応えて、女将には奥のテーブルに箸やおしぼりをセットしてもらうのでした。

 バス通りを若い女性たちが歩いて来るのが見えた。暖簾を出して到着するのを待つ夫婦。遅れて小母さんもやって来て、天せいろを四つご注文なのでした。ところが、小母さんよりも少し早く、いつも来るカレーうどんの小父さんご夫婦がいらっしたから、急に忙しくなるのでした。天麩羅を揚げながらカレーの汁を作り、女将は盆をセットしてキノコ汁を暖める。カレーうどんとキノコ蕎麦のご夫婦は、いつものように金柑大福と串焼きのご注文だから大変。

 全ての注文を出し終える頃に、また車が駐車場に入って、若いご夫婦がカウンターに座るのでした。キノコつけ蕎麦と鴨せいろの大盛りを頼まれるから、厨房の亭主と女将は休む暇もない。テーブル席とカウンターとで金柑大福を頼まれたから、こちらは仲良く分けて頂いてお出しする。野菜サラダもすべて出尽くしたのでした。若い女性たちはさすがに賑やかで、テーブル席のご夫婦は食べ終えたらすぐにお帰りになる。カウンターに蕎麦を出し終えたら1時。

 これで今日は終わりかと思っていたら、休む間もなくまだお客がご来店。食べ終えたテーブルやカウンターの盆や皿は、カウンターの上に下げて女将がテーブルを拭いて回る。久し振りに10人を越えたお客で忙しいけれど嬉しかった。蕎麦は沢山用意したので正解。若い女性の一人客はテーブル席に座って天麩羅が食べたいとぶっかけ蕎麦を頼まれる。一日10㎞は歩いていると冷たい汁でご注文なのでした。と、今週二度目の隣町の常連さんもいらっしゃる。

 時間が遅かったから、最後のお二人が帰ったらもう閉店の時間なのでした。亭主は昼を食べる間もなく、カウンターに並んだ盆や皿を洗い続ける。外の気温は10℃までしか上がらなかったのに、去年に比べても今日は随分お客が入ったのです。それにしてもキノコつけ蕎麦が随分と出て、朝に仕込んだキノコ汁がもう一人分詩か残っていない。皆さん汁まで綺麗に飲み干して帰られるから嬉しい。夜は鴨肉の残りを持ち帰って、久し振り鴨鍋にしてもらった。



12月26日 月曜日 晴れても風の冷たい一日でした …



 今朝も青空が広がる好い天気でした。朝のうちは風もなく、手袋をする寒さではなかったので、毛糸の帽子だけ被って蕎麦に出掛ける。店の中は7℃だったけれど、暖房を入れただけで、大釜に水を張っても火は点けなかったのです。やはり、少しは寒さに慣れてきたのかも知れない。幟を立ててチェーンポールを降ろしたら、玄関脇にメニューの看板を出す。厨房に入って小鉢を盛り付けるのだけれど、今日はあまりお客が来ない予感がする。

 蕎麦打ち室はやっと10℃になっていた。例年の冬は蕎麦打ち室が10℃になったら、蕎麦を打ち始めることにしていたのを思い出す。昨日の蕎麦が4束半だけ生舟に残っていたので、今朝はまた500g五人分だけ打つことにしました。加水率は44%で、いつも通りのしっとりとした生地に仕上がり、包丁切りも綺麗にそろって、五束半の蕎麦が取れました。上手く畳むと最後まで蕎麦が取れるから、昨日の半束と合わせて、今日の賄い蕎麦にしようと決める。

 今朝はゆっくりと眠ったので、朝飯前のひと仕事に来なかった。そのせいで結構仕事があったから忙しい。蕎麦玉を寝かせる間に大根をおろして、蕎麦を打ち終えたらすぐに天麩羅の具材を切り分けておく。野菜サラダの具材を刻んで、金柑大福まで包まなければならないから、時間は相当に押しているのです。それでも、その忙しさが楽しく感じるもの。テーブルをアルコール消毒液で拭いて、ぴったり11時半には暖簾を出せたから、自分でも驚いた。

 急いで開店の準備をしても、風が強くなったからこの寒さではお客は来ない。と、思っていたらバス通りを例の少年が歩いて来るのが見える。「いらっしゃい」と言って亭主は盆と蕎麦皿をセットして、海老の天麩羅を揚げて蕎麦を茹でる。カウンターの席に運んだら、カルピスとお菓子を持って少年のところに持って行くのです。「今日は朝から何も食べていない」と言うから事情を聞けば、お婆さんがまた入院したらしい。いつになく喋ったので好かったかな。

 少年が帰ってしばらくはまた亭主一人。バス通りと店の駐車場がよく見えるカウンターの隅の椅子に座って、時の過ぎるのをじっと待っている。いつもの時間になって勢いよく駐車場に入ってくる車は、昨日来たばかりの隣町の常連さん。「今日は鍋焼きうどんを食べる」と昨日言ったからやって来たのだとか。そうでもなければこの寒さの中を何処にも出ないで家に居るのだ言う。寒くてゴルフもしたくないし、テレビを観ながら蜜柑ばかり食べているらしい。

 昔で言う「高等遊民」を地で行くような人だから、面白いテレビ番組がないとこぼしていた。帰りがけに「良いお年を」と亭主が言えば、「まだ今年はあと二回ほど来ますよ」と言うのでした。今年の営業日はあと三日なのに、大晦日はとろろ蕎麦と決めているらしいのです。後のお客が続きそうにないから、亭主も賄い蕎麦を茹でて山葵とおろしを添えて美味しく食べる。あちこちで蕎麦を食べているらしい彼の言うように、やはり亭の蕎麦は美味しい。

 

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2022年12月中旬

12月13日 火曜日 冷たい雨の降る朝でした …

 定休日だと言うのに朝の5時前から目が覚めて、早朝のニュースを見終え、冷たい雨の降る中を蕎麦屋に出掛ける亭主。昨日の洗い物を片付けて、出汁取りの昆布と干し椎茸を鍋に浸したら、白餡造りを始めるのでした。以前は、一晩水に浸けて湯がいた大手亡豆の皮を剥き、濾していたけれど、同じ値段で手に入る冷凍白餡なら、時間と手間が省けるから、最近はスーパーで袋に入って凍ったものを買い求めてくるのです。水と氷糖蜜とで解凍して煮詰めていく。

 煮詰めきるまでに時間がかかるから、今朝も途中で止めて家に帰るのでした。コンビニに寄り、煙草と夜の酒のつまみを買って、7時過ぎには食卓に就く。今朝は塩鮭の焼いたものが出た。長女が年明けには夫婦の古稀のお祝いだからと、他の海産物と共に送ってくれたもの。国内産らしく身はしっかりとしていたけれど、昔ながらのしょっぱい味なのでした。半身で切り分けられてパックしてあるから、頭の部分は三平汁にでもしようかと話していたのです。

 朝食を終えていつものことながら亭主は、書斎に入ってひと眠りする。お休みの日だから緊張がほどけて、たっぷり1時間は眠ってしまったから、お袋様に電話をして仕入れに出掛ける時間を少し遅らせてもらった。雨の中を傘も差さずに車に乗り込みながら「寒いねぇ」と言って、農産物直売所に向かうのでした。いつもより時間が遅かったからか、野菜類が随分と並んでいました。顔見知りの農家の奥さんが「いつも買ってくれて有り難うございます」と挨拶。

 隣町のスーパーも雨だからか空いていました。今日はキュウリが少し細い物ばかりだったけれど、40品目近い買い物メモの食材を全て揃えて帰る事が出来ました。蕎麦屋に寄ってお袋様に昨日残った蕎麦や大福などを持たせて、家まで送ってまた蕎麦屋に戻る。昼までにはまだ時間があったので、白餡を煮詰めながら大根のなた漬けの仕込みをするのでした。今年は大根も豊作らしく、太くて長いものが1本77円で出ていたから、2本も買ってきたのです。

 冷たい雨は昼になってもまだ降り止まず、昼食の時間に家に戻れば、女将が鍋に湯を沸かして天麩羅をグリルで焼いてくれていた。居間のテーブルの上には、彼女のスマホと予約ノートが置かれて、予約を終える2時過ぎまでは、家を出られないことを思い出す。美味しく蕎麦を食べ終えた後は、やはり書斎に入ってひと眠り。でもそうそう眠れるものではなく、30分もしたらもう目を覚まして、予約の時間までと、このブログの午前中分を書き始めるのでした。

 午後の仕込みは、朝塩漬けにした大根を甘酒の素で漬け込むことと、出汁を取って蕎麦汁と天つゆを作ること。その前に蕎麦粉と辛味大根の代金を振り込みに、郵便局まで出掛けなければなりませんでした。やっと雨も上がって青空が少しだけ覗いてくるけれど、寒さは相変わらずなのです。蕎麦屋に着いてすぐに暖房を入れて、出汁取りの鍋にも火を入れる。白餡を煮詰めて火を消したままにしておいたら、具合好く固まっていたから、タッパに詰め替えて冷凍。

 甘酒の素に柚子と唐辛子をいれてなた漬けを漬けたらラップをかけて冷蔵庫に入れておきます。出汁取りは例によって小一時間はかかるから、洗濯機の中の洗い物を干したり、部屋干しにしてあった前の日の洗濯物を畳んだりと、やることは幾らでもあるのでした。一番出汁を取り終えて蕎麦汁を仕込んだら、5㍑の鍋で二番出汁を取る。最初の鍋は3㍑だったから、沸騰する少し前に追い鰹で出汁を取るのです。天つゆも作って家に帰ればもう4時半なのでした。

12月14日 水曜日 晴れても冷たい風の吹いた日 …

 夕べは夜の9時になったら、猛烈に眠くなってそのまま床に就いてしまいました。4時間ほど眠ったら目が覚めて、居間で煙草を吸いながら再び眠くなるのを待つのです。3時にはまた床に入って眠りに就いたのでが、目が覚めたらもう7時前なのでした。昨日考えていた今朝のスケジュールは白紙に戻った。「ご飯が出来ました」と女将に呼ばれて朝食の卓に就く。鰺の干物も脂が乗って美味しかった。最近は塩分も控えめに仕上がっているらしいのです。

 気分転換に最初に西の町のホームセンターに出掛けて、割り箸や布巾や、大晦日の年越し蕎麦を入れるパックやタレの容器を買い求めてくるのでした。途中の景色がいつもと変わるので心が晴れるのです。蕎麦屋に戻ってまずは蕎麦豆腐を仕込み、キノコ汁を作って小さな鍋とタッパに分けたら、昨日作った蕎麦汁を容器に詰めていく。昼飯までにはまだ時間があったから、何年も洗っていないグリルの中を取り出して、重曹をかけてお湯の盥に入れておく。

 油汚れには重曹が一番なのです。弱アルカリ性の水溶液は、酸性の油汚れには滅法強い。それを分かっていながら、なかなか掃除をしないのは、自分でも怠惰としか言いようがないのです。洗い桶に浸けたグリルが綺麗にするのは午後の楽しみ。家に戻って大釜に水を入れて湯を沸かせば、女将が天麩羅の最後の残りをグリルで焼いてくれる。家のグリルは女将がこまめに掃除をするから、いつもピカピカで羨ましい。今日も食事の後には洗って干してあった。

 午後の予定では、蕎麦屋の南側のタラの木が大きくなりすぎたので、剪定しようと思っていたけれど、冷たい風が強くなってとても外での作業は無理なのでした。大きな木の根が張ってあちこちに生えてきているのも刈り取らなければいけない。春の時期にタラの芽を採るにしても、あまり多すぎると使い切れないのです。山での生活する人たちのように、塩漬けにでもして保存してみようかしら。それでもやはり狭い庭だから、刈り取るのが一番好いのでしょう。

 厨房に入って、まずは午前中に重曹を溶かして浸けておいたグリルを洗う。何年も溜まった油汚れなのに、魔法のように綺麗に油が落ちてすっきりしました。気をよくして、蓮根の皮を剥いて酢水で茹で、南瓜の種を取って切り分けたら天麩羅用にレンジでチーンしておく。そして、また今週も切り干し大根の煮物を作るのでした。食材の残った物で作るのが一番安上がりなのです。筑前煮は季節のものだけれど、いろいろ買い足さなければならないから高く付く。

 最後に明日の天麩羅の具材を切り分けて、冷蔵庫に収納したら午後の仕込みは終わりです。火元の確認をして蕎麦屋を出たのは5時過ぎで、西の空が夕焼けで綺麗なのでした。家に戻って二階の部屋の窓から写真を撮ろうとしたけれど、もう夕焼けは終わって、沈む夕陽に富士山がシルエットで綺麗に見えていました。空気が随分と澄んでいるらしいのです。明日は放射冷却で冷えると言うけれど、晴れてくれれば日中は少しは気温も上がるのです。

 夜はキャベツが沢山残っているからと、またしてもちゃんこ鍋。途中まで食べたらうどんを入れて、本格的な夕飯になるのですが、亭主は酒の肴に鶏の手羽中を塩で焼いてもらったから、半分は食べられない。残りは女将が全部平らげたから、たいしたものです。風呂の前に体重計に乗ったら、案の定体重が増えている。今日も亭主はあまり動いていないから、当然と言えば当然。明日の蕎麦屋はどんな展開になるのかが楽しみな夜です。

12月15日 木曜日 この冬一番の寒さとか …

 6時を過ぎて蕎麦屋に出掛けてみれば、向かいの畑にはうっすらと霜が降りているのでした。店のエアコンを入れて水を張った大釜に火を点ける。じっとしてると寒さが足元から伝わってくるほどなのです。冷蔵庫から昨日作った小鉢の煮物を取り出して盛り付けていく。切り干し大根の煮物となた漬けで、今週もまた始めようと7鉢だけ用意しておきました。一日中晴れると言う予報は朝からもう違っている。沢山の雲の合間から朝日が昇るのです。

 よく見てみれば、雲は静かに東に向かって動いているようです。西の空は少し青空が覗いているから、日中は晴れてくるのかも知れない。しかし、空気はとても冷たくて、熱い珈琲を沸かして、飲みながら今日の段取りを考える。晴れても寒さが厳しければ、なかなかお客は来ないのが冬場の辛いところ。陽が差して人々が散歩にでも出て来るようなら好いのだけれど。7時前に家に戻れば、途中で近所に住む弟が犬の散歩に出ているのに出会った。

 朝食を食べ終え、今日は8時半には家を出て蕎麦屋に向かいました。陽はさしているものの相変わらず雲の多い天気なのです。手袋をしていない手は冷たく、ジャンバーのポケットで温もりを保つ。蕎麦屋まで歩く数分間が、随分と長く感じるのでした。幼稚園に子供を連れて行く若い母親に出会ったきり、誰とも会わずに蕎麦屋に到着。看板と幟を出したら、チェーンポールを下げて今日の始まりを知らせる。果たして何人分の蕎麦を打とうかと思案する亭主。

 二週続けて混んだ木曜日だったから、今朝は850g九人分の蕎麦を打つことにしました。加水は44%だから、水を加えて1200gちょっとになる計算。これならひと束135g以下なら確実に九人分取れるのです。たまにこうやって少しずつ蕎麦を打つ量を増やしておけば、昔のように1kgを無理なく打つことが出来るようになるかも知れない。急に一度に沢山の量を捏ねて、また腱鞘炎などになったら、歳を取った分だけ治るのも遅くなるだろううから。

 問題は大晦日の年越し蕎麦なのです。去年も、店で15人ほど、予約で持ち帰るお客が20食分ほどだから、軽く30食分は蕎麦を打たなければいけない。早朝から打っても750gでは、少なくても4回は打たなければいけない計算です。あまり早くから予約を宣伝すると、頼むお客が増えてはキャパシィティーを越えてしまう。歳を取るに従って、今現在の己の力量を知ることの大切さを痛感するのです。持ち帰りの天麩羅を揚げることも含めて考えておかなければ。

 昼になったら西風で雲が消え、青空が広がったのは好いけれど、寒さは相変わらずなのでした。換気のために少しだけ開けておく窓も、隙間を狭くしておくのです。通りを歩く人影もなく、こんなに晴れているのにお客は来ない。12時を過ぎた頃に、女将が来てくれて「先週も少し来るのが遅かったと言われたから」と有り難かったのです。隣町の常連さんもいつもより早くいらっして「木曜日はいつも混んでいるから、蕎麦がなくなる前にと思って来ました」

 「今日はお客も来ないからゆっくりしていって下さい」と、すっかり顔馴染みになった女将が珍しく話をする。結局、今日のお客は一人だけで、ゼロでないのがせめてもの救いなのです。洗い物も片付けも少ないから、早めに帰り支度を済ませて家に戻る。疲れていないので、ひと眠りをすることも出来ずに、4時を過ぎたらもう食べる事を考えている亭主。今夜は一年ぶりでおでんだと知っていたから、焼酎を飲みながら食卓に料理が出るのを待っていました。

12月16日 金曜日 なんと昨日よりも寒い朝でした …

 まだ暗い5時半に家を出て蕎麦屋に向かう。とても寒い朝なのでした。鼻水が出て止まらないから、頻繁に鼻をかむ亭主。店の暖房を入れて、大釜に水を張ったら蓋を開けたまま火を点けておくのです。IHでポットにお湯を沸かして、珈琲を入れて暖まる。昨日もお客がほとんどなかったから、新しくやらなければならないことはなかったのですが、買い置きしてある金柑の実を切って、種を取ったら、酢水でゆがいてから氷糖蜜を入れて甘露煮を作る。

 洗濯機の中の洗濯物も少ししかなかったけれど、部屋干しの物干しに掛けて奥の座敷に運ぶ。煮詰まった金柑は冷ましてから瓶に入れて、冷蔵庫に保管するのです。7時までにはまだ時間があったから、コンビニに寄って週末の分の煙草と酒の肴を買って家に帰る。台所で女将が用意していたのは、亭主が思っていたとおりおでんの残りとベーコンエッグなのでした。身体を温めてから、食後は書斎に入ってひと眠りするのが楽しみなのです。

 9時前には家を出て再び蕎麦屋に出掛ける。今日は珍しく革靴を履いて出てみたら、運動靴よりは歩きやすいような気がする。右足の親指の軟骨が変な具合に固まってしまったものだから、どうしても正常には歩けない。少し引きずってしまうのです。このままずっとこんな風なのだろうかと、少し心配になるけれど、手術をして何とかする気がないから、慣れるしかないのです。ゆっくり歩いている分には、支障がないから無理をせずに暮らしていたい。

 蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打てば、最近は44%の加水率でとても好い具合に生地が仕上がるのです。菊練りを終えて蕎麦玉を作ったら、寝かせている間に厨房に戻って、大根おろしを済ませておきます。昨日の蕎麦がほとんど残っていたから、わずか500gの蕎麦打ちだったけれど、これも練習だと思って真剣に伸して畳むのです。切りべら26本で135gと、いつもと同じように綺麗に打てた。端切れも最後まで切って、昨日の端切れと合わせて明日の賄い蕎麦。

 天気は好いのですが何しろ寒いので、いつもなら外に出て写真を撮る亭主も、窓の内側から外の青空の写真を撮るのです。それでも昼になるにつれて少し気温は上がって、道を歩く人たちの姿も見られるようになりました。リックを背負い一人で歩く男性が蕎麦屋に来るのかと思ったら、駐車場を横切って玄関に着いたから、急いで準備をするのでした。入って来たお客を見れば、いつもの常連さんでビールと最近はカレー蕎麦を頼んで、ノートパソコンを広げる。

 ビールのお通しには大根のなた漬けを出して、カレーの汁を作る間に、カレー蕎麦に付いている野菜サラダを出して食べていてもらう。蕎麦の場合はうどんよりも、細い分だけ食べやすいように、少しとろみを減らすように作っているのです。太いうどんの場合は、汁のとろみがあった方が上手く絡むと思うのです。「ご馳走様でした」「毎度、有り難うございます」という言葉だけを交わして、今日も帰っていった。カウンターの隅に座る客は無口なお客が多い。

 1時をたいぶ過ぎて、駐車場に車が入ったので、スタンバイする亭主。女性のお客が何処に座ろうかとまごまごしているから、「お好きなところへどうぞ」と言えば、景色の見えるテーブル席に座って、何を頼もうかと考えている様子。「暖かい汁が好ければキノコつけ蕎麦が人気ですよ」と亭主が勧めれば、茸が好きらしくすぐにご注文になる。「キノコの香りが美味しいわ」と喜んで下さった。小鉢で出したなた漬けも気に入ったらしく、名前をメモしていた。

 それで今日はもうオーダーストップの時間になる。こんなに晴れた日なのに、朝が寒かったから、外に出て蕎麦を食べようなどとは思わないのが普通なのでしょう。明日は終日曇りで気温も上がらないと言うから、週末でも苦戦を強いられるだろうと思いながら家路に就くのでした。女将のいない家に戻って冷蔵庫を覗けば、昨日の野菜サラダがまだ残っていた。今日の分も合わせて5食分。夜は当然のことながら、亭主がお好み焼きを作るしかなかったのです。

12月17日 土曜日 昼も8℃までしか上がらなかった …

 朝食を食べ終えて、珈琲を一杯飲んだら蕎麦屋に出掛ける亭主。「陽が差しているわよ」と女将に言われて家の前の通りに出れば、雲の合間から薄陽が差していました。これが今日最後に太陽を見た瞬間なのでした。予報では終日の曇り空で、昼も気温が上がらないと言う。平年並みなのでしょうが、今週はいきなり寒くなったから身体に応える。暖かすぎた冬の始まりは、急な寒さで蕎麦屋のお客も今週は激減しているのです。コロナの感染拡大も影響している。

 それでも蕎麦屋に着いて朝の仕事を終えたら、小鉢を盛り付けて今日の準備をするのです。さすがにこの寒さでは今日は蕎麦を打てない。昨日残った12食の蕎麦で、十分に足りると判断したのです。蕎麦を打たなければ、時間がたっぷりあるから、野菜サラダも早く作り終えて、昨日の金柑大福と一緒にカウンターに並べる。これさえも今日は出ないだろうと思いながら、開店の準備をしていたら、11時過ぎに車が駐車場に入ってきたのでした。

 随分と早いけれど、お湯も沸いていたから暖簾を出して店の中にお客を入れる。「寒いから暖かいぶっかけ蕎麦を」と言う親父様は海老とキスの天麩羅を追加して頼まれる。奥の座敷で着替えをしていた女将が、あまりにもお客の来るのが早いので、慌てて店に現れるのでした。途中で気が付いた親父様は「11時半からなのですね」と申し訳なさそうに言う。天麩羅を揚げて、蕎麦を茹でてお出しすれば、美味しそうに食べていたから好かったのです。

 少しだけ窓を開けて換気をしていたけれど、あまりにも寒いのでお客が来たら少し開けることにして、窓を閉めて暖房を入れていたのです。外は今にも雪でも降るのではないかと思えるほど、暗く冷たい空模様なのでした。最初のお客が早かったから、後の客待ちの時間がとても長く感じられた。昼を過ぎて1時を過ぎてもお客が来る気配はなかったから、亭主は余分に残っている蓮根を揚げて、賄い蕎麦を食べておく。それが今日最後の調理なのでした。

 コシのある蕎麦は美味しかったけれど、寒いから最後はやはり暖かい蕎麦湯を入れて飲み干すのでした。2時過ぎには家に戻って、亭主はそのまま隣町のスーパーに食材を仕入れに行く。生姜が切れていたので、この店の綺麗な色の生姜を買い求めに行ったのです。女将はその間に美容院に出掛け、亭主は家に戻って書斎に入ってひと眠り。夜は防犯パトロールがあるから、身体を少しでも休めておかないと。80歳の老人の後について団地の通りを巡り歩くのです。

12月18日 日曜日 目まぐるしい天気の変わりよう …

 夕べの夜のパトロールで疲れたのか、今朝は8時間睡眠から目覚めて食堂に行く。寒い朝だったから、女将が気を利かせてシャケ粥にしてくれたのです。ご飯は少ないけれど餅が入っているので腹にも溜まる。洗面と髭剃りを終えて着替えをませたら、いつもよりは早く家を出て蕎麦屋に向かうのでした。明け方まで雨が降っていたらしく道路は濡れて、昨夜の天気予報で今日は晴れというのはまた外れなのでした。まったく最近の天気は変わりやすいのか。

 蕎麦屋に着いて最初にする仕事はやはり蕎麦打ち。昨日までに残った蕎麦はあるのですが、やはり日曜日だから足りなくなるのは避けたいと余分に打っておくのです。加水率はこのところ44%強。しっとりと仕上がった生地は伸して畳んで、切りべら26本で135gに。朝の雲は何処に消えたのか、外は青空がひろがっているのでした。蕎麦打ち室を出て厨房に入ったら、白玉粉の分量を量って氷糖蜜と水を加えて、金柑大福を四皿分包みます。

 そして、野菜サラダの具材を刻み始めるのです。包丁は研いだばかりだから切れ味も好く、キャベツやニンジンのジュリエンヌも今日は思うように刻めた。ところが、開店の時刻の15分も前に、家の近所の常連さんが四人連れで歩いていらしたから、店に入ってもらって女将がお茶を出すのでした。BGMの音楽も流さないうちに、天せいろ四つのご注文で、お一人はせいろうどんを頼まれる。賑やかな会話をされているうちに、天麩羅を揚げて蕎麦を茹でる亭主。

 その間に、橋の向こうの地区の常連さんがいらっして、カウンターでせいろ蕎麦の大盛りと辛味大根のご注文。ついでに毎年の事ながら年越し蕎麦の予約をされる。いつもご一緒に年越し蕎麦を頼まれるお友だちが、今年は施設に入ってしまったからと話をされる。亭主が奥の座敷で一休みしている間に、お客はみんな帰って女将が洗い物をまとめてくれていた。まずは日曜日の前半戦が終わったという感じで、時計はまだ12時半前だったのです。

 ところが、西の空から俄に黒い雲が立ち上り、今にも雨が降りそうな天気になっていた。まだ陽は差しているけれど、冷たい風が吹き始めて、これではお客は来ないだろうと女将と二人で話していたのです。この時間を利用して、亭主はかき揚げを揚げて昼の賄い蕎麦を食べておく。今日は蕎麦が沢山あるから、遠慮せずに端切れを使わずに蕎麦を茹でるのでした。サクサクの玉葱の天麩羅が美味しい。つゆに溶け込んだ山葵の味も抜群なのでした。

 1時を過ぎて駐車場に車が入ってきたと思ったら、女将の友だちの常連さんで「いつものお願いします」と、野菜サラダとせいろ蕎麦を頼まれる。最近は周囲にも認知症になる人が多いと言う話をして、大晦日の年越し蕎麦と天麩羅の注文もして行かれたのです。洗い物はほとんど終わっていたから、後片づけも楽ちんで2時過ぎには二人で蕎麦屋を出るのでした。夜は昨日の残った野菜サラダを消化しようと、亭主がまたお好み焼きを焼くのでした。

 日一日と年の瀬が近づいて、やることは沢山あるのだけれど、今年もすべてそのままで新年を迎える気配。明日も朝からとても寒くなると言うので、ワールドカップの決勝も見れずに今日も眠ってしまうのだろうか。日々是好日とは言うけれど、蕎麦屋をしているからか、食べることばかりに意識が集中して、自分の健康管理は大丈夫なのかとふと思う事があるのです。それにしても今夜のお好み焼きは野菜もたっぷりでカリッと焼けて美味しかった。

12月19日 月曜日 寒い朝、霜柱がびっしり …

 昨日にも増して寒い朝でしたが、ワールドカップの決勝戦を途中から起きて見だしたら、興奮してしばらく寝付けなかった。再び目覚めたらもう7時を過ぎていたのです。女将の用意してくれた朝食は今朝も美味しいシャケ粥だったけれど、卵とカブの葉が入ってカラフルに進化していたのでした。着替えを済ませて家を出れば、玄関前の植え込みの水仙の花が咲いていた。こんな寒い時期に咲くものだったかと、去年の記憶がないからただただ驚くばかり。

 雲一つない青空が広がって、背中に当たる陽射しが暖かい。長い影法師が冬の太陽の低さを物語っている。毛糸の帽子を被って手袋をしないと耐えられない寒さで、陽の光だけが唯一の救いなのでした。今朝はさぞかし霜がいっぱい降りているだろうと蕎麦屋に着けば、隣の畑には長い霜は柱がびっしりと立って、今朝の寒さを知らせているのです。晴れてもこの寒さでは、月曜日だしお客は見込めないのではと思いながら、いつもの朝の仕事を済ませる亭主。

 蕎麦打ち室に入って生舟の蕎麦の状態を確認したら、八人分と少し残っていたから、今日は蕎麦を打つのを諦めました。蕎麦を打たない日が週に二日もあるのはとても珍しいことなのです。厨房に戻って大釜の湯を沸かして暖を取る準備をしたら、今日の小鉢を盛り付けておきます。残っている蕎麦の数だけ用意したらラップを掛けて冷蔵庫に入れる。今週はお客が少なかったから、とうとうぬか漬けは漬けられなかった。仕入れた野菜はそのまま家に持ち帰る。

 蕎麦打ちをしないとかなり時間が余るから、買い置きしてあった柚子を取り出し、皮を剥いで千切りにしておくことにしました。研いだばかりの包丁の切れ味が好いので、今日は綺麗に甘皮を剥いで千切りにしたら、小さなタッパに一杯分の柚子皮を急速冷凍庫に入れておく。連日、霜が降りる日が続くから、そろそろ白菜の漬け物をする時期なのかと思いながら、この柚子を使う日を楽しみにするのです。今週は冬至の日になるから、柚子も旬の時期なのかな。

 柚子の香りが漂って元気が出るようで、野菜サラダの具材を刻んで開店の準備は11時過ぎには終わるのでした。天麩羅油を鍋に入れて、天麩羅の具材を調理台に並べたら、キノコ汁をIHで温め、天ぷら粉を取り出して、テーブルとカウンターをアルコールで拭くのです。開店の時刻を待って、やっとカウンターの奥の椅子に座ってひと休み。蕎麦打ちがない日は寂しいけれど、お蔭でゆっくりと準備が出来たのです。晴れていても寒い日はお客が来ない可能性も。

 予想に違わず、12時半までは誰もお客が来なかったのですが、それからが今日はいつもと違うのでした。初めての方たちもリピーターの方たちも、つぎつぎといろいろな品を注文して、亭主一人では対応に追われ、1時過ぎには蕎麦は売り切れる。前のお客が座ったテーブルに次のお客が座るから、盆や皿をカウンターに載せて、洗う暇もない忙しさだったのです。寒かったからか、キノコつけ蕎麦が売り切れて、ぶっかけも暖かい蕎麦が出るのでした。

 お蕎麦売り切れでやっと営業が終わり、遅い昼の賄い蕎麦を端切れの蕎麦を寄せ集めて食べ、洗い物を片付ける亭主なのでした。月曜日は一人の営業だから、混んだ時には後片づけが大変なのです。大釜を洗い、天麩羅鍋を掃除して、洗い物は洗いかごが一杯になるので、時間を空けて片付けなければならない。最後に生ゴミを外のボックスに入れた頃には、もう陽もだいぶ傾いていたのでした。やっと家に戻れば「随分遅いからどうしたかと思ったわ」と女将。

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2022年12月初旬

12月7日 水曜日 初霜の朝 …

 今までになく寒い朝でした。そのせいかぐっすりと眠れた。6時前に目が覚めて、お茶を飲んでテレビのニュースを見る。まだ外は明るくならないのです。6時半前に家を出て蕎麦屋に向かえば、朝靄がかかって、向かいの畑は真っ白に霜が降りていました。今年の初霜です。室温8℃の店の暖房を入れても、すぐには暖かくならないので、まずは大釜に湯を沸かして小松菜を茹でる。半分はラップでくるんで急速冷凍しておきます。残りはタッパに入れて冷蔵庫。

 茹でたお湯は蒸気で厨房が暖かくなるからそのままにして、昨日塩漬けしておいた大根の水を絞ってボールに取り、甘酒の素と砂糖を入れ、冷凍してあった柚子皮と唐辛子を輪切りして掻き回す。これで容器に入れておけば自然と味が馴染んでくるのです。窓から外の様子を窺いながら、日の出前になった頃合いを見計らって玄関を出れば、ちょうど朝日が空を明るく染めている。また少し日の出の位置が東に移ったような気がする。寒くても気持ちの好い朝です。

 犬の散歩で蕎麦屋の常連の小母さんが「お早うございます。今朝は寒いねぇ」と声をかけてくれたから「お早うございます。初霜ですね」と挨拶を交わす。相手のかおがやっと見える程の明るさ。以前は5時半頃には散歩に出ていたのに、今はまだ暗い時間だから、夜明けを待って家を出てきたらしいのです。古くからの地元の人だから、この界隈のことは何でも知っている。バス通りを夾んだ団地に住む亭主は、近所の人に会えば挨拶を交わしても何も知らない。

 日々の生活に忙しいばかりで、それだけ人と人との繋がりがないのでしょう。昔ながらの地区の人たちは畑があるから家は離れていても、皆さん隣組で情報を交換しているのです。家に戻れば女将が寒いから寝坊をしたと言ってやっと台所に入る。定休日だから亭主も慌てずにストーブに当たって暖を取っている。今朝は赤身魚の焼き物と茄子焼き。青森産の大蒜に醤油で甘い味が出て、これだけでもうご飯が進むのです。満足したら書斎に入ってひと眠り。

 夕べは十分に眠ったのに、食後のひと眠りも一時間は寝た。これで昨日の寝不足は解消されたと感じるのでした。10時前に家を出て蕎麦屋で午前中の仕込みを始める。蕎麦豆腐を仕込んで切り干し大根の具材を刻み、胡麻油で炒めたら二番出汁を加えて煮込む。出汁醤油と砂糖で味付けをしたら、火を止めて冷ましてタッパに入れるのです。早朝のなた漬けとこの切り干し大根とで、明日の小鉢二種類は完成。海老の天麩羅を揚げて家に持ち帰るのでした。

 今日は珍しく天麩羅に華を添えたから、大型の海老が更にボリュームが出た。溶いた天ぷら粉が残るのが勿体なかったのです。11時半に家に着けば、女将が鍋にお湯を沸かして、蕎麦を食べる準備を整えている。晴れて日中は気温も上がるから、家の中は暖房も入れていない。「揚げたての天麩羅と茹でたての蕎麦が美味しい」と女将が言えば「今は天麩羅の華も嫌われるからね」と亭主が応える。華も散らさずにエビ天を出すのが蕎麦屋の日常なのです。

 昼食に満足したら書斎に入ってまたひと眠りする亭主。いったいどれだけ眠れば気が済むのかと、自分でも不思議でならない。1時間ほどぐっすりと眠ったら、女将はもうスポーツクラブに出掛けていた。亭主は珈琲を一杯飲んで蕎麦屋に出掛ける。午後の陽射しが西側の小径に降り注ぐ時間帯だったので、まずは懸案だった木槿の剪定から始める。葉が落ちて枝が道路に出ている部分を、90㍑の袋をぶら下げながら、綺麗に切りそろえていく。汗をかく一時間。

 厨房に戻ってからの午後の仕込みは、天麩羅の具材切りと南瓜のチーンと蓮根を茹でるだけ。4時過ぎにはこれも終わって家に帰って、女将に餅を焼いてもらって早い夕食を軽く食べておくのです。今日は夜の防犯パトロールがある日なので、女将は一人で夕食を食べるから、亭主は帰ってから酒の肴を作れば好い。寒い夜なのに、亭主よりも年上の老人たちが集合場所に集まってく来る。明日も氷点下の朝らしいから、なんとか凌げれば好いと思う夜です。


12月8日 木曜日 霜の朝、日中は晴れて暖かく …

 今朝も寒い朝でした。日の出前の東の森まで続く畑は真っ白な霜が降りているのでした。この間、大根と里芋を持って来てくれた向かいの農家の親父様が、蕎麦屋まで歩いた足跡がそのまま凍って残っていました。店に入って暖房を入れたら、お湯を沸かしてほうじ茶を入れる。昨日のうちにいろいろと準備は済ませているから、今朝はこれと言って別に仕事はないのです。それでもやはり店に来て今日の段取りを考える。洗濯物を畳んで戸棚に入れる。

 そして、レンジ周りの掃除を済ませて家に戻るのです。女将が台所に立って朝食の支度をしていた。寒くなったせいか、以前よりは少しだけ時間が遅い。ご飯を食べ終わるのが7時半になるから、お茶を飲んで一服すれば、もうひと眠りする時間がないのです。それでも亭主は書斎に入り15分でも横になる。女将の朝ドラが終わる時間には起き出して、洗面所で髭を剃る。顔を洗えばもうすっかり目覚めて、珈琲を入れて一服すればもう9時10分前なのでした。

 「行って来ま~す」と玄関を出れば、眩しい朝の光に輝く黄色い金柑が目に飛び込んでくる。雲一つない青空が広がって、陽射しは暖かいのです。蕎麦屋までの道程を、家の影にならない日向を選んで歩く亭主。その昔、息子と同級生だったお隣の奥さんが、犬を連れて散歩に出るのに出会って挨拶を交わす。看板を出し、幟を立ててチェーンポールを降ろしたら、蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打ち始めるのです。乾燥しているから今朝は44%強の加水率。

 菊練りを済ませて蕎麦玉を仕上げたら、厨房に戻って大根と生姜をおろす。再び蕎麦打ち室に入って、綺麗に丸出しまで進んで、今日も上手く蕎麦か打てると確信したのです。この正円の出来は生地が均等な厚味でないと作れない。四つ出し、本伸しと進んでも形が崩れないから、八つに畳んで包丁切りをしても上手くいくのです。750gの蕎麦を打って8人分の蕎麦の束を生舟に並べて、万が一、足りない場合は、今日と明日の亭主が食べる分の蕎麦がある。

 月曜日に打った蕎麦だけれど、一番綺麗な出来の蕎麦を二束残してあるのです。厨房に戻って金柑大福を四皿分包み、野菜サラダの具材を刻んで、三皿盛り付けておきました。大釜に沸いたお湯をポットに詰めて、天麩羅油と天つゆの鍋とキノコ汁を温め、テーブルをアルコールで拭いて回ったら、いよいよ暖簾を出す時間なのでした。開店に合わせたかのように、常連の仲好し三人組のお婆さん達がご来店で、今日は寒いからと珍しくキノコつけ蕎麦をご注文。

 野菜サラダも頼まれて、キノコ汁もサラダもこれで完売なのでした。蕎麦を出し終わらないうちに、少し若いご夫婦がカウンターに座って、せいろ蕎麦の大盛りと天せいろのご注文。昼前だというのに、生舟の蕎麦がもう残り少ないのでした。こんな時にはお客が続くもので、リピーターのお婆様が娘と孫とお友だちを連れて5人でいらっしゃる。蕎麦が4、5人分しかないと言えば、先のお客が大盛りを取り消して下さった。一挙に10人のお客で店は満杯なのです。

 一つ一つ作っては出すを繰り返すけれど、とても間に合わないので、家にいるはずの女将にSOSの電話を入れる。昼は食べ終えたらしくすぐに来てくれて、5人連れのお客の対応をしてくれたから助かったのです。時計はまだ12時を回ったばかりなのでした。5人の女性達は皆さん天せいろのご注文だったから、天麩羅を揚げては蕎麦を茹でるの繰り返し。平日に10人を越えるのは珍しい。少し遅れていらっした隣町の常連さんには、お蕎麦売り切れと謝った。



12月9日 金曜日 三日連続で霜の降りた朝 …


 午前5時半、夕べ漬けた糠漬けが気になって蕎麦屋に出掛けました。なた漬けが昨日一日で終わって、切り干し大根があと少しだけだから、週末に向けてお新香は貴重な小鉢なのです。12時間あまり漬けた割には味はほどよく食べ頃なのでした。満月だった昨日の夜の月が、有り明けの月となってまだ西の空に出ていた。外の寒さはやはり冬。暗くてまだ霜の降りているのも見えないのです。明るくなるにつれて、うっすらと畑に霜が降りているのが分かりました。

 冷凍してあった鶏肉と茸を取り出して、キノコ汁を作り足しておきます。二番出汁500ccにナメコ半袋、エノキ、舞茸を半分に、シメジをひと株分、そしてシイタケ一つをスライスして入れておく。鶏のもも肉はこの間使った残り半分を入れ、煮立つまで待って出汁醤油を加える。味を見て更に蕎麦汁を加えてつけ汁の濃さにする。出汁醤油だけだと塩味ばかりが強くなって、汁の深みが出ないのです。やはり一番出汁と返しで作った蕎麦汁の威力は凄い。

 6時半を過ぎて外が明るくなったけれど、まだ陽は昇らないのです。コンビニに煙草を買いに出掛けて家に戻れば、ちょうど7時のニュースが始まったところで、朝食の支度はまだ出来ない。車外温度は4℃を表示していたから、今朝も相当に寒い朝なのです。やっと出来上がった朝食を食べて、亭主はすぐに書斎に入ってひと眠りするのでした。15分ほどでウトウトと目が覚めたけれど、朝ドラの終わる時間までは眠ろうともうひと眠り。

 頭は起きているのに身体が目覚めない状態で、しばらく床の上に座り込む亭主。やはり7時間はしっかり眠らないと、最近は目覚めが悪いのです。洗面と着替えを済ませて家を出たのは9時少し前でした。雲が大分出ているから、今日は晴れにはならないだろうと、指先が冷たくなるのを感じながらみずき通りを渡る。もう手袋をしなければいけない季節なのか。蕎麦屋に着いていつもの朝の仕事を終えたら、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。

 昨日の反省を込めて、今朝は800g9人分の蕎麦粉を打つのです。最後の一人の常連さんに帰ってもらったのがとても残念だったのです。一束137gにしても9人分しっかりと取れるから、その週のお客の増減に応じて数は調節できる。天気が好ければお客は増えるだろうから、その見極めが大切。今日は青空が段々と雲に覆われてきたので、あまりお客は期待できない。それでも金柑大福は四皿、野菜サラダは三皿盛り付けて、開店の準備を始めるのでした。

 昼過ぎになって昨日の常連さんがいつもより早めにやって来た。「昨日は済みませんでしたね」と亭主が詫びてお茶を出す。満車だった駐車場が空くまで近くの空き地で待っていたのだそうな。昨日は歩いて来ているお客も3人いたから、平日の10人はやはりお蕎麦売り切れなのです。女将が来てくれたからこなせたけれど、一人で一度に10人はこなせない。小さな蕎麦屋の辛いところなのです。今日はパラパラとお客が来るだけで店は空いていました。

 宅配便が届いて中身を開ければ、スマホを固定する三脚が届いたのでした。「自撮棒」と箱に書いてあったけれど、メイドインチャイナの優れもの。早速、調理台に置いて試して見れば、なかなか好く撮れているではありませんか。蕎麦を打ったり、調理をしたり、手が離せないときでも撮影が出来るから、今後のブログ写真を乞うご期待です。新しいものにはなかなか手が出ない年齢なのですが、興味のあるものから少しずつ取り組んでいかなければ。

12月10日 土曜日 早朝5時半の蕎麦打ち …



 週末はどうしても蕎麦を二回打たなければならないことが多い。木、金とある程度お客が入れば、土曜日に回す蕎麦は出来ないのです。今朝も暗いうちから蕎麦屋に出掛け、まずは蕎麦粉を計量して蕎麦玉を作るところまでやっておく。外が少し明るくなったから、駐車場に出て蕎麦屋の写真を撮る。有り明けの月は鉄塔の上に見えた。日の出まではまだ時間があるのです。寒さ対策で水を張った大釜に火を入れて、水蒸気で厨房を暖める。

 それでも昨日ほど寒くはなかったから、再び蕎麦打ち室に入って今度は伸しを始める。加水率は44%、ちょうど好い生地に仕上がっているから、四隅の具合も良好。蕎麦切りは切りべら26本で135g。8人分と少しの蕎麦を取って生舟に並べたのです。昨日、残った三束と合わせて、これで11人分の蕎麦が用意できた。朝食を食べに帰って次ぎに来た時に、今度は500g5人分を打てば16人分の蕎麦が出来る計算です。年越し蕎麦を打つ大晦日の事を考えると頭が痛い。

 蕎麦打ちが終わった6時半過ぎに、やっと日の出の時刻になったらしく、ちょうど雲のかかった東の空に太陽の光が見え始めていたのです。7時前に家に戻れば、今日はいつもより早く女将が台所に立って、朝食の用意をしてくれていた。食事を終えた亭主はゆっくりとお茶を飲む暇があった。それから書斎に入っていつものようにひと眠りなのです。髭を剃って着替えを済ませたら、珈琲を入れて椅子に座って出掛ける前の最後の一服です。

 空は青く気温も昨日よりは暖かかった。早朝は暗くて見えなかったけれど、今日は霜が降りていないようでした。向かいの森の上には、幾重にも筋雲がかかって、どんどん遠ざかっていくように見えた。日中は晴れて気温も少し上がったのです。二回目の蕎麦打ちは量が少ないからすぐに終わって、厨房に入って大根をおろし、薬味の葱切りを済ませ、野菜サラダの具材切りに入る。今日は鴨南蛮蕎麦とヘルシランチセットでサラダは全て売れたから好かった。

 最初にいらっしたご夫婦はカウンターに座って、天せいろのご注文でした。天麩羅油も新しいから、綺麗に揚げてお出しする。奥様が蕎麦を一口食べて「これは美味しい蕎麦だわ」と喜んでくれた。お母様の墓参りにいらっしたそうで「また来ます」と言って店置きのパンフレットを持って帰られた。続けていらっしたのがご家族連れの若いご夫婦で、せいろ蕎麦二つにヘルシーランチセットと鴨南蛮のご注文。男の子達には早く蕎麦を茹でてお出しするのでした。

 続けて常連のご夫婦がいらっしてテーブル席に座り、天せいろとヘルシーランチセットを頼まれる。最後のデザートまでは食べ切れなかったらしく、金柑大福はお持ち帰りになる。時計を見ればもう1時過ぎだったから、人数の割には忙しく感じたのでした。洗い物が一つも済んでいなかった。ランチセットや鴨南蛮などが、手間がかかって忙しないからなのだろうと女将が言う。暖かくなったから今日はもう少しお客が来るかと思ったけれど、これでお終い。

 それでも小鉢も蕎麦汁も随分となくなったから、ひと眠りし終えた亭主は夕刻に、お新香を漬けにまた蕎麦屋へ出掛ける。予備の一番出汁があるから、蕎麦汁も作ってくる。返しが底をついたので、明日の朝は一番で返しを仕込まなければならない。蕎麦は今日打ったのが半分残ったので、一回打てば足りる計算です。小鉢は返しを作りながら南瓜の従姉煮でも作っておこうかと思う。今日ほどは天気は好くないらしいから、蕎麦は500g五人分で好いかな。


12月11日 日曜日 冷たい風の吹く午後でした …


 今朝は何故か4時過ぎに目が覚めてしまい、居間でお茶を飲みながら、ストーブを点けて暖まっていたのです。5時間しか眠っていないのに、眠り足りないと言う気がしなかったから不思議。ぐっすりと眠れたからなのでしょうか。テレビで昔懐かしいユルブリンナーの出る「太陽の帝王」という映画を観て、6時前に蕎麦屋に向かったのです。まだ真っ暗な朝だったので、厨房でまずは返しの材料を揃えて、5㍑の鍋に一杯の返しを作るのでした。

 次ぎに冷蔵庫から糠床を取り出し、漬けてあったナスとキュウリとカブとラディッシュの糠を洗って切り分けたら、小鉢に盛り付けるのでした。これで今日の小鉢は切り干し大根の煮物と合わせて、10鉢以上あるから足りるのです。6時半を過ぎて外が大分明るくなったから、日の出が見えるかと玄関を出てみたけれど、今朝も東の空には雲がかかって、太陽は見えないのです。上の空にも薄い雲がかかっているようで、昨夜の天気予報はまたもや外れ。

 それでも朝食を食べ終えて再び蕎麦屋に向かう頃には、青空も覗いて陽が差していました。今日は霜も降りていなかったから、昨日よりも更に暖かいのです。庭の金柑の実がまた黄色くなっていた。この分だと年明け前に少しは収穫出来そうなのですが、ちょっと時期を遅らせた方が甘くなるのかも知れない。大粒の金柑の種類だから、例年、蕎麦屋の金柑大福にも使っているのです。残りは女将が家で砂糖で煮て、冬場の喉の薬になると言って使っている。

 蕎麦屋までの道程は風もそれほど冷たくなくて、天気予報通りに午前中は暖かな空気が流れていたのです。店の暖房も今朝は点けて来なかった。蕎麦打ち室に入れば13℃はあったから、蕎麦打ちには十分な温度なのでした。予定通り500g5人分の蕎麦を、加水率44%で打ち上げて、切りべら26本で135gの束を五つ揃えて生舟に入れるのです。昨日の蕎麦と合わせて13食の用意ですが、天候が思わしくないのと、昼からは寒くなるというので、お客は期待できない。

 それでも金柑大福を四皿と野菜サラダを三皿は、いつもの通りに作っておくのでした。開店と同時に一週間おきにいらっしゃるご夫婦が見えて、ご主人はいつものカレーうどん、奥様はキノコつけ蕎麦を頼まれる。ハラミとカシラの串焼きと金柑大福を今日は二つ注文された。話をするでもなく、ゆっくりと静かに昼の時間が流れていくのでした。昼過ぎになって、駐車場に高級車が一台入り、年配の男性客がお一人でカウンターの奥に座る。せいろ蕎麦のご注文。

 こちらのお客も話をするでもなく、食べ終えたら「ご馳走様でした。お蕎麦が美味しかったです」と言って帰られる。蕎麦湯も綺麗に飲み干して行かれたから、蕎麦の好きな方なのだろうと思えた。外は冷たい風が出て来て駐車場のモミジの葉が散り広がっている。箒と塵取りを持って西の小径に出た亭主は、寒い風の中を落ち葉を掃き集めるのでした。先ほどまで覗いていた青空は、厚い雲に覆われてすっかり姿を消しました。この寒さではもうお客は来ない。

 こんな日曜日もあるのかと、冬場の営業の難しさを痛感した。女将のスポーツクラブの予約を取って、亭主はおろしと山葵だけのぶっかけ蕎麦で遅い昼を済ませる。確かに蕎麦は歯ごたえがあって美味しかった。蕎麦汁も先日のお客が言ったようにとても美味しい。それでもやはり天気には勝てないから、晴れると言う明日の営業に期待するしかないのです。お客が少ないから洗い物も片付けもすぐに終わって、女将と二人で2時半には蕎麦屋を出る。

12月12日 月曜日 晴れて風は冷たく …

 9時間も眠って7時に目覚めた朝。女将に呆れられる。暖かくして床に就いたから、明け方の冷え込みで起きることがなかったのです。朝食は鯖の塩焼きと鶏肉と大根の煮物などが出て、亭主にはちょうど好い分量なのでした。洗面所で髭を剃って、着替えを済ませたら、いつもよりも少し早く家を出る亭主。8時半の太陽は、公園の森の上に昇っていました。陽射しは暖かいのですが、やはり風は北風で昨日にひき続いて冷たいのでした。

 今朝は蕎麦打ちをしないと決めていたから、蕎麦屋に着いて朝の仕事を終えて、昨日までは女将がやってくれた洗濯物干しを自分でするのです。と言っても僅かなタオルや布巾を干すだけだからわけはない。ついでに隣の部屋に行って、溜めてあった段ボールを潰して紐で縛っておく。ものの5分もかからないことなのですが、時間に追われているとつい億劫になるからそのままになっていた。そして、厨房に入って珈琲を沸かしてひと休みです。

 それでもまだ時間が余るから、買っておいた柚子を切って、皮を剥ぎ、千切りにして冷凍しておきます。これから冬の季節は、大根のなた漬けだけではなく、白菜の漬け物にも使うから、貴重な食材なのです。中身と白い甘皮はビニールに入れて家に持ち帰れば、女将がジャムにしてヨーグルトや紅茶に入れて利用してくれる。柑橘類特有の香りが辺りに漂ってかぐわしい。農産物直売所では小振りの皮肌の綺麗な柚子が四つで150円で買えるのです。

 いつも蕎麦を打ち終える時間になったら、大根をおろしてアスパラとブロッコリーを茹で始めます。今日の寒さではお客は来ないだろうし、来たとしても野菜サラダを頼む人はいないとは思いながらも、用意した具材を使い切ろうと今日も三皿の野菜サラダを用意するのでした。野菜サラダは毎日作るから、昨日出なかった分も家に溜まっているはず。女将が昼に食べてくれたとしても、今日の分が残れば後の始末にまた頭を抱えるのです。

 そんなことを考えながら、外に出て寒さの様子をみれば、風はやはり北風で、思ったよりも寒いのです。前のバス通りを歩く人影もなく、いつもの時間に買い物から自転車で帰る人やジョギングで走る人だけなのでした。空はこんなに青いのに、寒さには勝てない。それでも12時半を過ぎた頃、若い男性が歩いてやって来たのです。「注文しても好いですか」と言ってせいろ蕎麦の大盛りを頼まれたから、すぐに準備をして蕎麦を茹でてお出しする。

 1時を回ったから、沢山残りそうな天麩羅の具材を上げて、ぶっかけで賄い蕎麦を食べる亭主。残り物をどう処理するかを考える時間帯になったのです。昨日解凍した海老も沢山あるから、今日は天麩羅を揚げて家に持ち帰り、寒くなる夜は鍋焼きうどんにでもすれば好いだろうと、暖簾や看板や幟をしまったら、持ち帰る品々をチェックするのです。大釜や笊やボールの洗い物を終わらせて、天麩羅を上げる作業を終えたら、最後に野菜サラダを包んでお終い。

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2022年12月初め

12月1日 木曜日 気温9℃なのにお蕎麦が売り切れた …

 まだ暗い5時半に家を出て蕎麦屋に向かえば、外は6時になっても明るくならないのでした。気になって今日の日の出を調べて見たら、なんと6時半。これから年末まで更に日の出の時刻が遅くなると言うのです。寒さも冬らしくなって、季節が移り変わっていくのを実感する。厨房に入って昨日までに仕込んでおいた小鉢を盛り付け、日中も更に気温が下がると言うから、7鉢もあれば十分だろうと思ったのです。蕎麦は8人分を打つ予定でした。

 いつ陽が昇ったのかは曇り空だから分からなかったけれど、家に戻って食事を済ませ、再び蕎麦屋に出掛ける時には小雨交じりで、傘を差して行かなければならなかった。定休日明けの木曜日は、いろいろと仕事があるのでゆっくりはしていられない。看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、すぐに蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つ亭主。早朝にエアコンを入れておいたから、店の中が暖かいだけでもストレスがなくなる。

 いつもと同じ44%弱の加水率で捏ねた蕎麦粉は、しっとりとした生地に仕上がり、四つ出しで伸した四隅もかなり好い具合なのでした。これだと本伸しで更に伸し広げても、四つの角がきちんと取れるから、畳んで包丁切りをする時にも最後まで綺麗に切れる。やはり少し柔らかめの方が好いのか。細く切るなら、少し硬めの方が切りやすいけれど、そこが亭主の葛藤なのです。いつまで経ってもそんな悩みは絶えないから、逆に面白味があるのかも知れない。

 蕎麦を切り終えたら、厨房に戻って金柑大福を包む。熱々の求肥で金柑をくるんだ白餡を包むのですが、たった四つ作っただけで、もう掌が真っ赤になっている。熱いうちに手早く包まないといけないので、あまり沢山の数は作れない。野菜サラダも三皿だから、最近は金柑大福も四皿で終わりにしているのです。時折、雨が降りだして道路は濡れていたけれど、雨は止んでも気温が上がるどころか下がっているから外は寒い。窓は少しだけ開けて暖房を入れる。

 暖簾を出して1時間ほどはお客の来る気配もなく、話し相手の女将が来てくれる時間を待つ亭主。ところが、昼を過ぎた頃にご夫婦でいらっしたお客が、鴨南蛮とキノコつけ蕎麦のご注文で、「鴨の肉がボリュームがあって満腹になった」と喜んでお帰りになる。続いてご来店の少し若いご夫婦は、天麩羅蕎麦の普通と大盛りを頼まれる。と、珍しく少し早い時間に女将が来てくれて、この寒さで亭主が一人で寂しかろうとやって来たのだと言う。

 これが今日は随分と助かったのです。次ぎにいらっしたのは常連さんのご姉弟で、今日は久し振りにお父様までご一緒でした。足の骨を折ったと、ギブスをして松葉杖をついてお姉様は大変そうでしたが、寒い中を市内の遠くから来て下さった。ヘルシーランチセットとお父様はキノコつけ蕎麦を頼まれて、ゆっくりと話をして行かれたのです。こんな寒い日に、蕎麦好きのお客が続けて来てくれたので、生舟の蕎麦はもう空になっていたのです。

 夫婦で洗い物と片付けを済ませて、家に戻ったのが2時半で、亭主はパソコンに今日のデータを入力したら、例によってひと眠り。4時になったらまた蕎麦屋に出掛け、昼の洗い物の片付けと、お新香を漬けている間に、業者の若者から電話があって、暗くなった頃に、鴨肉や海老を届けてくれた。熱いコーヒーを一杯入れてやって「気をつけて帰ってね」と言って別れる。夜は寒いから鍋にして、うどんを入れて夫婦で暖まるのでした。



12月2日 金曜日 寒い日が続きます …


 サッカーの対スペイン戦を見ようと3時から起き出したのは好いけれど、前半はスペインのパス回しに日本が負けていたから、やはり実力の差があるのだろうかと、もう一度床に入ったのです。夕べ漬けた糠漬けが気になって、6時半に目を覚まし蕎麦屋に行けば、厚い雲の向こうからどうやら朝日が昇っているらしい。糠床から野菜を取りだ出して切り分けたら、7時前に家に戻るのでした。7時のニュースでサッカーの結果を見たら、何と日本が逆転勝ち。

 対ドイツ戦の時もそうだったけれど、亭主が途中でテレビを観なくなると勝っているから不思議です。ともあれ強豪を相手によく頑張ったものだと、女将の用意してくれた朝食を食べるのでした。後半までテレビを観ていたら、眠る暇もなくきっと疲れただろうと、今朝は食後のひと眠りをせずに蕎麦屋に出掛けたのです。風は冷たく曇り空。今日は晴れると言った予報は、また変わったのです。蕎麦屋に着いて朝の仕事を終えたら、珈琲を一杯飲んでひと休み。

 それでも西の空には雲の切れ目から青空が覗いていた。店の暖房を入れて、蕎麦打ち室の暖まるのを待つ間に、洗濯物を畳んで大鍋には水を張っておきます。少しでも先にやっておけることは済ませておかないと、一人で営業の日は、後から時間が足りなくなるのです。蕎麦打ち室が15℃になったところで、蕎麦粉600gと小麦粉150gを計量して、篩にかけてきめの細かい粉にする。そして計量カップに330cc強の水を入れて水回しの始まりです。

 気温のせいか湿度のせいか、最近はこれで柔らかすぎないので、しっとりとした生地が仕上がるのです。菊練りを終えて蕎麦玉を作ったら、厨房に戻って大根をおろします。お湯を入れるポットを用意したり、天麩羅鍋に油を入れたり、出来ることは済ませておく。そうやって少しずつ時間を短縮したら、伸しを打ち始めるのが9時半になります。地伸し、丸出し、四つ出しと、ある程度、生地が柔らかいから順調に進む。ただ、この時点でも伸しむらがある。

 伸し棒にかかる右手と左手との圧力が違うからか、生地を回しながら伸していくのですが、どうも少し薄いところがあるような気がしてならない。時折、掌で生地の具合を確かめてはいるのですが、気にしすぎなのだろうか。幅75cm、奥行き90cm弱に生地が広がったら畳みに入ります。上下に伸していくから、75cmの幅も少し狭くなるから要注意なのです。包丁切りに入れば、綺麗に太さのそろった蕎麦が無事に8.5人分取れました。

 10時前には蕎麦打ちを終えて、大釜に火を入れ、金柑大福を包むのですが、売り切れた翌日はいつも作らなければならないのです。15分ほどで四つの大福を包んで皿に載せ、野菜サラダの具材を刻み始める。10時半前にブロッコリーとアスパラを茹でて、レタスを洗い終わればいつものペース。キャベツとアーリレッドを刻み、レタスを敷いた皿に盛り付けたら、パプリカ、ニンジン、キュウリ、トマト、パイナップルを載せ、ブロッコリーとアスパラを添える。

 開店の準備が整うまでが忙しいのですが、暖簾を出した後は、お客が来るかと待つのが辛い。今日も寒さのせいか、1時前までは客の姿は見えなかったのです。やっと隣町の常連さんがいらっして、キノコつけ蕎麦と辛味大根のご注文。昨日は寒くて家から出られなかったのだとか。更に中年のご夫婦が歩いていらっして、鴨せいろ二つを頼まれる。来たのが遅かったから、帰るのも遅かった。カウンターの常連さんが初めてのなた漬けを食べて感動していた。

 洗い物を終えて店を出たのは2時半。西の方からやっと青空が広がっていたのです。今日は野菜サラダが全部残ったから、家に持ち帰って、夜は亭主がお好み焼きを作るのでした。今日は女将が地区の班長のパトロールで、7時前に家を出るのです。寒いけれど歩くと暑くなるからと薄着をして行ったら、亭主の防犯パトロールとは違って歩く距離が足りないと、汗もかかずに寒くなったと帰って来た。明日は土曜日で女将も手伝いに来てくれる。寒い朝だと言う。

12月3日 土曜日 いよいよ本格的な冬の寒さが …


 6時を過ぎていたけれど、蕎麦屋が気になって出掛けて行く亭主なのでした。夕べの天気予報では、早朝が4℃ということだったけれど、霜は降りていなかった。それでも、店の中の温度はこれまでになく低く11℃、蕎麦打ち室は10℃という寒さなのです。暖房を入れて、冷蔵庫の中を確認すれば、お新香の他の小鉢が盛り付けてなかったから、なた漬けと筑前煮とを二鉢ずつ盛り付けておく。ほうじ茶を沸かして昼に飲む分はラップをかけて冷蔵庫に入れる。

 蕎麦打ち室の冷蔵庫の生舟を確認したら、昨日打って残った蕎麦が5食あった。今日は週末だから、8食打ち足して13食の用意をしておけば十分だろだろうと考える。この寒さで曇り空だから、まずお客は見込めないのです。最近の天気予報は前日までは晴れのマークが出ていても、翌朝になると午前中は曇り、その後、夕方だけ晴れということが多い。家で洗濯をする女将は一喜一憂で、シーツや枕カバーを洗えるのかどうかと気になるところなのです。 

 家に戻れば今朝は鯖の塩焼きと豚汁にシラスおろしと、シンプルだったので、最近、食が細くなった亭主にはちょうど好いのです。今朝は女将が早朝に寒くて目覚めたので、寝坊をしてはいけないとエアコンを入れたら、暖かい風が顔に当たって、気持ちが悪くなったと言う。目眩もしたと言うから心配になったけれど、外は晴れているというので、朝の沢山の洗濯に余念がないのでした。市内の予報では曇りでも、青空が広がっているから嬉しいのです。

 食後のひと眠りから覚めて、珈琲を飲んだら家を出る亭主。塀際の水仙がもう蕾を沢山付けていたから「今年は随分と早いね」と洗濯を干す女将に言えば「陽当たりの好いところはもう咲いているお宅もあるのよ。行ってらっしゃい」と声が返って来る。朝日を背中に浴びて暖かいのだけれど、風はさすがに12月。襟元が寒いのでジャンパーのチャックを首まで上げて歩くのでした。幼稚園から少し離れた駐車場には車が並んでいた。今日はお遊戯会なのだそうな。

 蕎麦屋に着いて朝の仕事を済ませたら、蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つ。このところ44%の加水で粉を捏ねているけれど、捏ね易く伸し易いのが嬉しい。ちょっと気を抜くと、ズルッと包丁が滑って太くなってしまうから要注意なのです。蕎麦を打っている間に空はどんどん雲が増えて、なんだ曇りじゃないかとタブレットで最新の予報を確認すれば、やはり午後まで曇りに変わっているから残念。寒さは変わらず風もあるからお客は来ないと思えるのです。

 それでも野菜サラダはいつもと同じく三皿盛り付けて、昨日作った金柑大福と一緒にカウンターに並べる。昨日はサラダが全部残ったから、夕食はお好み焼きにして、三皿分の野菜を消化したのですが、今日は果たしてどうなることか。暖簾を出してもお客は来ないから、女将と二人で話をすれば「去年の今日もゼロだったわよ。夜にお客が3人来たとかいてあったわ」と、三年日記の記録を読み返してくれている彼女には頭が下がるのです。

 それでも昼過ぎに橋の向こうの地区の常連さんがいらっして、いつもと同じくせいろの大盛りと辛味大根のご注文。「今年も年越し蕎麦をやるんですか」と聞かれて「まだ予約の準備していないけれど」と言えば、他の人の都合を聞いて次の機会に頼みますと言う。1時を過ぎてお客も来そうにないから、月曜日に打った蕎麦の最後のひと束を茹でて賄い蕎麦を食べる。きちんと打てているから締まって美味しいのです。西の空はまた晴れて陽が差してきた。

 結局、金柑大福と野菜サラダはすべて家に持ち帰って、今日もお好み焼きで夕食を済ませる夫婦。亭主が隣町のスーパーに買い物に出掛け、足りなくなりそうなキノコ汁のキノコと鶏肉と、鴨せいろに使う小松菜を買ったついでに、お好み焼きの粉を買ってみたのです。早めの夕食に台所に立って、いつもと同じようにフライパンで焼けば、外はカリカリ中はもっちりのお好み焼きが出来上がった。「小麦粉より高い分だけやはり違うわね」とは女将の言葉です。

12月4日 日曜日 寒いけれど午前中に晴れたのが幸いしたか …

 寒い朝でしたが、青空が広がって陽の差すのは嬉しいもので、蕎麦屋の前のバス通りに面した畑も、綺麗に耕されているのでした。今朝は今季初めて蕎麦打ち室が9℃を記録しました。真冬になれば2℃とか3℃とかの日もあるから、霜が降りないだけまだまだ暖かいのですが、今年は暖かさに慣れて寒く感じるのだろうか。店のエアコンの設定温度を上げて、室内を暖める朝なのでした。今日は昨日の蕎麦が随分と残っていたから、蕎麦を打たずにゆっくりです。

 厨房で金柑の甘露煮を作っていたら、向かいの畑から親父様がやって来て、大根を置いていってくれました。畑の中を戻っていく後ろ姿を見つけて「いつもどうも済みません」と礼を言って挨拶を交わしたのですが、作業に夢中で気が付かなかったから申し訳なかった。金柑大福を四皿分包み、野菜サラダを三皿盛り付けたら、いつもの時間に開店の支度が終わったので、やっと腰を下ろしてひと休み。それでも今日は蕎麦打ちがないから、楽なのでした。

 寒くても陽射しがあれば暖かく感じるから不思議です。蕎麦屋の前のバス通りも人が行き来しているから、散歩に出掛けたり、ジョギングをしたりと、昨日とは違った風なのでした。暖簾を出して間もなく、やはり歩いていらっしたご夫婦がデーブル席に座る。ぶっかけ蕎麦と天せいろをご注文で、天麩羅とかき揚げを揚げたら、蕎麦を茹でてすぐにお出しする。昼前にもうひと組ご夫婦でいらっして、カウンターに座ってぶっかけ蕎麦を二つご注文なのでした。

 晴れていると冷たい蕎麦と天麩羅が出るのは不思議なことです。亭主が奥の座敷に入って休もうとすれば「お客さんですよ」と女将の声がする。厨房に戻ってみれば、いつもビールをまず頼まれる近所の常連さんが、カウンターに座ってカレー蕎麦のご注文。カレー蕎麦には野菜サラダが付いているから、突き出しとサラダとでビールを飲んでいた。今日は丼物のメニューが多かったけれど、皆さん汁まで綺麗に飲み干されているから嬉しいのでした。

 昼を過ぎたら雲が出て、暗い空模様になってきたのでした。女将も亭主もこれで終わりかと思っていたら、常連さんの女将の友人が車でいらっして、いつものせいろ蕎麦と野菜サラダ。続けてこちらも常連さんの老夫婦がテーブル席に座って、いつもと同じ日本酒と天せいろ、せいろ蕎麦と過辛味大根を頼まれる。隣の市から車でいらっしゃるそうで、決まって奥様が日本酒を飲まれるのです。閉店の時間を過ぎて、やっとお帰りになるのでした。

12月5日 月曜日 日中は真冬の寒さで雨風まじり …

 日の出の時刻に蕎麦屋に出掛けて、昨日の洗い物の片付けと小鉢の盛り付けだけ済ませて来る。暗い雲に覆われた寒い朝でした。昨日の青空がまるで嘘のよう。これも季節の移り変わりなのだと思いながら、少しずつ真冬に向かっていくのに慣れてくるのでしょう。小鉢は残りをすべて盛り付けて9鉢。今日の蕎麦の数と同じだけ。この天候と寒さだから、お客が来るはずもないけれど、準備だけはしておくのが亭主の信条なのです。

 朝食食べ終えて朝ドラの時間が過ぎたら、珈琲を一杯飲んでまた蕎麦屋に出掛ける。今にも降り出しそうな空模様でしたが、ぽつりぽつりと降って来たところで店に着いたから好かった。看板を出して幟を立て、チェーンポールを降ろしたら、蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つのです。早朝に暖房だけは忘れずに入れておいたから、店の中は20℃近くまで温度が上がっていました。昨日の蕎麦が4束だけ残っていたから、500gを打って9人分の用意です。

 今朝は無理をせずに、伸した蕎麦を奥行き90cmまで伸ばさないで、四角形の形が崩れない程度で止めておいたら、畳んで包丁切りをした時に新しい発見。包丁の運びが軽やかで、綺麗に等間隔で蕎麦が切れたのです。いつもは生舟の長さ一杯になるように、90cmに出来るだけ近づけようとしているけれど、そもそもが包丁もそれほど刃渡りがあるわけでもないので、無理をせずに80cmほどで畳むのが正解なのかも知れない。次の機会に750gで試してみよう。

 片側を切り落としても、蕎麦の一本の長さが40cmになるわけだから、食べるのにそれほど不都合はないのです。むしろ、四隅の仕上がりを気にした方が、綺麗な蕎麦が出来るのかも知れない。目から鱗の気づきなのでした。厨房に戻って野菜サラダを三皿盛り付けたら、もう開店の準備は終わったようなもの。11時過ぎには店の掃除を始めて、定刻の10分前に暖簾を出しました。ここまでは緊張感溢れる朝のひとときなのですが、今日は通りに人の姿も見えない。

 1時間待ってもお客が来るはずもなく、雨が降りだして風も強くなるのでした。カウンターの椅子に座って、通りを走る車を眺めていた亭主も、このままではいけないと腰を上げて、買い置きしてある金柑の実を切って種を取り出すのでした。調理台で作業を始めると、お客が来たときに困るからと、いつもならただ待つだけなのですが、今日は一工夫して種を取った金柑を鍋に入れて、いつでもまな板を使えるようにしたのです。お蔭で金柑の甘露煮が完成。

 段々と道路も雨で濡れてきた。帰る時に降られなければ好いけれどと、今日は残り物を持ち帰るから心配なのでした。結局、閉店の時間までお客の姿は見えないから、亭主は賄い蕎麦を食べるのを諦めて、大鍋や天麩羅のパッドを洗うのを避けたのです。撤収は速やかに、雨の止んでいる間に家に戻って、餃子ライスを作って遅い昼を食べるのでした。女将が雨に降られて帰って来たのは3時過ぎ。夜は寒いので鶏鍋にして、うどんを入れて暖まるのです。



12月6日 火曜日 今日は寒くて終日の雨模様 …



 深夜から対クロアチア戦の放映があったけれど、夕べは10時半になったらやはり眠くなって床に就いたのです。でも、やはり気になっていたからか、11時50分にふと目が覚めて居間に行くのでした。対スペイン戦の時よりも動きが好いように見えて、前半に得点を挙げたから嬉しかった。後半も点を入れられたけれど、何故か負けるような気がしないのでした。果たして延長戦にもつれ込んで、かなりの接戦だったから見応えがあったのです。最後のPK戦が残念。

 真夜中に興奮したせいか再び床に就いたのは4時過ぎで、7時半過ぎまでぐっすりと眠ったのです。女将が食堂でひとり朝食を食べていた。亭主も納豆とお新香で簡単に朝食を済ませ、珈琲を入れてもらってお袋様と仕入に出かけるのでした。外は冷たい雨だったので、農産物販売所にも野菜が届いていないかと思ったら、新鮮な葉の付いたカブや長葱、キャベツが並んでいたので買って帰る。キャベツは大きすぎて毎週使い残しているから困った。

 ちゃんこ鍋やホイゴウロウにでもしないと、なかなか一度にはなくならないのです。ロールキャベツなどという選択肢は和食中心の我が家ではなかなかない。買って来た野菜を冷蔵庫に入れたら、先週行くのを忘れた床屋に出掛けるのでした。どうして忘れたかは未だに謎ですが、月末と思っていたら何時の間にか12月になっていたのです。床屋の親父様も「歳を取ると時間が経つのが早いからね」と言う。家に戻ればもう12時を回っていました。

 昼は昨日残った蕎麦とキノコ汁でつけ蕎麦にする。キノコ汁も作ってすぐは美味しいけれど、何回も温め直しているとやはり味が落ちてくる。一度に沢山作らない方が、お客にも美味しく出せるのかも知れない。キノコも鶏肉も冷凍できるから、来週はその作戦で行ってみようか。女将のスポーツクラブの予約の時間まで1時間以上あったから、亭主は書斎に入ってひと眠りするのでした。今日は久し振りに夜更かしをしたから、寝ても寝てもまだ眠たいのです。

 予約開始の15分も前に、女将がスマホを持って書斎に亭主を起こしに来た。仕方がないのでまだ眠たい目を擦りながら、亭主は机に向かって煙草を燻らせ、窓の障子に陽が差しているような気がしたので、障子を開けて外の景色を眺める。ところが雨は辛うじて上がったものの暗い雲ばかりで、ほんの一瞬だけ太陽が姿を見せたのでした。寝入っているのを起こしたから悪いと思ってか、女将がお茶を運んで来たり、柿を剥いてくれたりとサービス満点なのでした。

 家に居ても寒いだけだから、蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みに取りかかる。まずは朝のうちに干し椎茸と昆布を浸しておいた鍋で出汁を取る。お湯が沸くまでに大根を切ってなた漬けの準備。今日は塩をして重しをかけておくだけなのです。小一時間かけて蕎麦汁と二番出汁を作ったら、冷蔵庫に収納したら家に戻るのでした。なんとなく寝たりないのか、頭がクラクラとして気分が優れないから、早めに夕食のお好み焼きを作って、風呂の時間までまたひと眠り。