2026年1月下旬



1月20日 火曜日 夜の9時に床に就く日が続いている…

 今朝は女将に起こされて目が覚めた。駐車場に停めた車の窓ガラスが白く凍っていました。夕べまとめた紙ゴミを白の袋に入れて、三つも抱えて集積場まで持って行ったのです。ちょうど家々の屋根の間から朝日が見えて、今日も晴れると思えたのでした。家に戻ればもう朝ご飯の支度が調っていて、今朝は何も手伝うことが出来なかった。朝食には、夕べの鍋物が汁代わりに出て、大根とリブロースを煮込んだのがひと皿、ホウレン草と納豆に苺が付いたのです。

 食事を終えてお茶をもらったけれど、女将の朝ドラが始まる前に亭主はコーヒーを淹れてくる。ゆっくりと朝の一服を楽しみたかったのです。夕べも9時にはもう眠くなって、眠気に逆らわずに床に就いたけれど、やはり夜中の2時前には目が覚めてしまう。朝まで目が覚めずに眠れたのは、確か先週、午後からプールで泳いだ日ぐらいなのです。まったくうまく眠るというのは難しい。同じ条件でもすぐに目が覚める日もあれば、4時間で起きてしまう日もある。

 女将なども暑くて眠れない夜もあるけれど、寒さで目が覚める日もあるようなのです。彼女は昼間のスポーツクラブの時間が一つの目印になっている。その時間に合わせて他の仕事を済ませたり出来るのです。亭主は昼の支度の時間は決まっているけれど、後は制約を受けないし、やらなければいけないという仕事もないから、あまり細かく気にしていない。だから、夜の9時に眠って夜中に起きても、また寝れば好いぐらいに考えているのでした。

 昼飯前に二人で銀行に行って、預金の移し替えを済ませて来る。一日一度しか限度額までの振り込みは出来ないから、後は記帳して終わりなのです。その仕組みを思い出すまでにいつも二、三日はかかるから、年は取りたくないもの。昨日、警察の人につかまった場所をよく見てみたら、横断歩道の手前にコンクリートの電信柱があった。その影に立っていた人が見えなかったのかも知れないと、自分の不注意に今更ながら腹立たしく思うのでした。

 家に戻って厨房に入り、昼食の五目あんかけ焼きそばの支度をする。焼きそばは女将が堅焼き蕎麦が好きなので、別鍋で油で焼いておきます。中華鍋で具材を炒め、水を加えて白菜が柔らかくなるまで十分に煮る。塩と鶏ガラスープの素で味つけして、水溶き片栗粉を少しずつ加えていけばとろみは出来るのです。これを焼きそばの上にかければ、今日の昼飯の出来上がり。ソース焼きそばよりは少し昼飯という気がする。食べ終われば身体が暖まるのでした。

 昼食を終えてお茶をもらったら、女将は書道で部屋に籠もるのです。亭主はひと眠りしようと奥の寝室に入るけれども、今日はベッドに横になっても眠くならないから不思議なのです。満腹の度合いが低いのか、いつもなら心地よく眠りに入るのに何故か眠れない。仕方がないから起き出して、厨房に入って大根を切って下茹でをする。2cm幅で輪切りにして、半分に切って更に切れ目を入れる。夜のおでんの分とヤリイカとの煮物の分を茹でておくのでした。

 外は時間が早いのに暗くなって、風も出て来たようです。女将のスポーツクラブの予約を取ったら、今度はイカの足を取って腸を抜く。骨まで取って、小さなヤリイカだからそのまま輪切りにして、300ccの水に味醂と砂糖と酒を大さじ2:1:1で入れ、大根とイカを入れてイカに火が通ったら醤油大さじ2を加える。大根は下茹でをしてあるから火を止めて、また後で5分ほど温める。女将がやって来て、いよいよおでんの具材を鍋に入れ始めた。

 外が暗いからもう遅い時間なのかと思ったら、まだ3時前だったから散歩に出ないといけないと口にすれば、女将も「それが良いわね」というので、靴を履いて玄関を出た。外に出て手袋をしてこなくて失敗したと思うほど風が冷たかったのです。引き返すのも面倒だったから、そのまま西の小径の階段を降りて、今日は二つ目の坂を下って公園に出た。そのまま真っ直ぐ歩いて調整池を回るコースを行けば、冷たい風が吹き抜けるので早足で歩くのでした。

 家に帰ってもまだ4時前で寒い中での3000歩の散歩でも、結構、身体は暖まった。早々と晩酌の用意をして、午後に作ったイカと大根の煮物を小鉢に盛って、テーブルに運ぶのです。女将はやっとおでんの準備をし始めて、亭主は取り皿と辛子をもって準備を手伝うのでした。鍋敷きを用意して後は鍋の運ばれるのを待つだけ。腹も減っていたので、写真を撮るのも忘れて食べ始めてしまったから、今夜は夕食の写真はないのです。里芋も入って美味しかった。


1月21日 水曜日 大寒の日が過ぎたら急に寒さが厳しく…

 朝の6時半を過ぎた空は暗く、陽が出ないとこんなにも暗いのかと思う。予報では、このあと9時頃からは晴れに変わるというけれど、この寒さは一日中続くらしい。夕べは女将に「寒くなるらしいから寝室の雨戸を閉めた方が好いんじゃない?」と二回も言われ、面倒だけれど夜になって閉めて寝たら、今朝方の温度は12℃といつもより2℃ほど高かったから、やはり効果があったのです。お蔭で夕べ9時前に床に入って、今朝は4時半過ぎまで眠れたのでした。

 今日の朝飯は昨夜のおでんの残りにはんぺんなどを入れた簡単なものでしたが、寒い朝に熱いおでんは最高なのです。大根やちくわぶなどは煮崩れてしまうほど柔らかく、亭主の好きな蒟蒻も里芋も入って満足な味わいでした。食べた後で満足したという気持ちが、食後のひと眠りを誘うようで、夕べは7時間以上も眠ったのに、また眠くなるのです。目覚めれば9時で、もうプールへ行く支度をしなければいけないのでした。車外温度は3℃と寒い朝なのです。

 曇っていた空も少しは薄陽が差したけれど、駐車場から建物の中に入るまでは寒くて、首をすくめて歩くのでした。寒さのせいかプールは空いていて、ひとコースに二人ほどしか泳いでいなかった。準備運動を済ませてシャワーを浴びたら、初心者コースの隣のゆっくり泳ぐコースに入って、平泳ぎとクロールを交互に泳ぎ続ける女性の後から泳ぎ始めた。亭主のスピードと変わらないのでとても泳ぎやすかったのです。20分ほど泳いだらもうプールを出る。

 家に帰れば11時前で、ちょうど昼食の支度を始める時間なのでした。白菜、モヤシ、ニンジンに肉やイカ、海老と木耳、鶉の卵、ヤングコーンを入れて炒めたら、水を入れて白菜が柔らかくなるまで煮込む。隣の火口では水を張った大鍋を沸かして、ラーメンを茹でて、中華鍋には水溶き片栗粉を流し込んでいくのです。15分ほどで五目あんかけ湯麺が出来上がり、女将と二人で食べたら、身体が芯から暖まるのでした。着ていたセーターも脱いでお茶をもらう。

 暖まって腹が一杯になるとやはり眠くなる。今日は朝のひと眠りもしたから十分睡眠は足りているはずなのに、奥の寝室が雨戸を開けていなかったから、ベッドに横になるとすぐに眠りに就いたのでした。寒い一日だったから寝床の温もりが部屋の暗さと相俟って、ゆっくりと昼寝をしてしまうのでした。目覚めれば女将がもうスポーツクラブから帰っていて、「よくそんなに眠れるわね」と呆れていた。お蔭で一日がとても短く感じられるのです。

 散歩に出掛けようにも、もう直ぐ大相撲の幕の内戦が始まってしまう。見たい力士の取り組みは始まってすぐの筈だから、家の外に出て、近くの写真を撮っただけなのでした。空は晴れて雲も少なくなってきた。夕陽が綺麗に見えるのでした。駐車場に車を停めた我が家の風景もだいぶ見慣れてきた。女将が今日は随分と早くから厨房に立っている。残り物ばかりだけれど、亭主の作っておいたイカと大根の煮物がやっと日の目を見る。チーズ揚げが出て晩酌の時。

 この後〆でおでんの残り物が出るから、また腹が一杯に鳴ってしまう。風呂の時間まで起きていられるだろうかと、ブログを書くことにしたのです。夜のテレビは何も面白い物がないから、最近はギリシア神話や絵画文庫の第一巻からもう一度読み直してみようと、居間の椅子に座ってしみじみと読み始める。小さな字が見えづらくなったので、ちょっと敬遠していたのですが、読もうと思えば何とか読める。ジオットの絵もプロメテウスの話もなかなか興味深い。


1月22日 木曜日 前の畑が霰で真っ白な朝…

 氷点下5℃まで下がった今朝の畑は、一面に霰が積もっていた。夜中に雪が降るような予報だったけれど、更に寒くなったのか。プラゴミの袋を集積場まで運んで、霰の降った畑に近づいて見れば、硬い白の粒々が、そのまま粗目のように降り積もっているのでした。夕べは10時まで頑張って起きていたのに、眠ってみれば2時前には目が覚めてしまう。やはり昼にあまりにもよく眠ったので、夜の睡眠に影響が出たのです。明け方にもう一度眠ってもまだ眠い。

 朝食の支度が調って、亭主はテーブルに箸や小鉢や味噌汁、ご飯まで運び、女将と一緒に朝食の席に着くのでした。カレーの残りは薄く溶いてご飯にかけて食べる。これだけでも一膳は食べられそうでしたが、他のおかずも食べて豚汁も飲む。食事を終えてお茶をもらったら、亭主は奥の寝室に行って朝の眠りの続きをするのです。10時前に目覚めて、プールには行けないことが判っていたから、車でコンビニに行って、また銀行への振り込みをするのでした。

 家に帰ればもう昼の支度をしなければいけない時間で、冷蔵庫に残っている食材で、天麩羅を揚げて蕎麦を茹でる。寒い寒いと言っていた女将には、温かい汁で亭主は冷たい汁でそれぞれ食べるのです。隣町で買った冷凍蕎麦は、色が白いから少しは好いかなと思ったけれど、最初はツルツルの食感で二人分食べると、どうしても粉っぽさが気になるのでした。小麦粉が多すぎるのです。やはり、一番はシマダヤの白い冷凍蕎麦なのです。次はそれを買ってこよう。

 天麩羅と二人分の蕎麦を食べたから、腹は一杯になった。今度は苦しくなって奥の寝室に入ってベッドに横になれば、また眠くなって2時間近くも眠ってしまうのでした。昨日の生活時間がそのまま習慣づけられているから怖い。女将のスポーツクラブの予約の時刻に起こされて、居間の部屋に戻れば林檎が剥いてあって、女将のスマホが置かれている。10分前から時計を見ながら、一番で好い席を取ろうと待ち構えている亭主。この10分がやけに長く感じる。

 昼寝の後の午後の予定は、午前中に行けなかったプールへ行くことなのでした。いつになく立体駐車場は満杯で、一つ上の階まで昇らなければならないかった。ロッカールームでは80歳半ばと言う老人達が大声で話をしていた。「コロナで会話が出来ないときには、俺はもう呆けるんじゃないかと思った」とか、「人間いつかは死ぬんだから、金を持っていてもしょうがない」などと好き放題に話していた。プールは空いていたけれど、15分泳いだら家に帰って来た。

 急に暖かい部屋に入ったせいか、眠気に襲われたけれど夕飯前に寝てしまうわけにはいかない。上着も着ないで寒い外に出て夕陽の写真を撮ってくる。大相撲の取り組みも気になるところなのです。4時半を過ぎてからは、小鉢をテーブルに運びながら、テレビを見る亭主。晩酌の用意も調って、グラスに氷を入れたら焼酎と炭酸を注ぐ。小鉢はホルモンの煮込みとイカと大根の煮込み、そしてサツマイモと刻み昆布の煮付け。全部消化が良いものばかりなのです。

 メインのおかずは豚肉とホウレン草の常夜鍋だったけれど、亭主はその前にもう腹が一杯になってしまう。折角、作ってくれたのだからと少しだけ食べて大相撲の終盤戦を観るのでした。横綱二人が三敗となって、ウクライナ出身の若手力士が一番の勝ち星で終わるのでしたが、あと三日だからここからがまた面白い。明日は朝からマイナス7℃とこの冬一番の冷え込みらしい。病院に薬をもらいに行く順番も5番と早いから、明日もプールは午後になりそうです。


1月23日 金曜日 -7℃まで気温の下がった朝だけれど…

 夕べも9時には床に就いて、このところの早寝の記録を更新している。でも、やはり夜中に目が覚めて、何度か起き出して居間に行くけれど、やはり眠たいのでまた床に入るのでした。結局、朝の7時まで眠ったから、早く寝ることは悪い事ではないのです。1時過ぎに眠るときにゆるい靴下を履いて、ゆったりとしたセーターを着込んだのが好かったのかも知れない。朝食はベーコンエッグとお新香で、納豆が付いたけれど食べきれなかったのです。

 朝の居間には陽が差して、夕べ読んだギリシア悲劇の本がテーブルの上に置かれたままになっている。一日3ページほどだけれど、神々の名前が複雑すぎて理解できない。プロメテウスの言葉だけを追いかけて読み進んでいるのです。8時半になったら病院に行く準備をして、まだ車が入っていない駐車場に一番で乗り付け、受付の開くのを待つのでした。徒歩できた老人達が日向で待っている。受付番号が5番というのは初めてなので、あまりに早いので驚いた。

 血圧を測ってもらったら、124だったから良好。隣の薬局に処方箋を持って行き、薬をもらって家に帰れば、まだ9時半前なのでした。『これならプールに行ける』と考えて、プールの支度を始めれば、まだ大きなバスタオルが乾いていなかった。女将が新しいバスタオルを出してくれて、無事に出掛けることが出来たのです。連絡通路のある3階の駐車場に何とか停められて、まだ開店準備中の店の間を通ってエスカレーターに乗る。プールにも間に合って入る。

 15分ぐらい泳いで、コースの人数が増えてきたらもうプールを出る亭主。ゆっくりマイペースで泳げないと逆にストレスになるからです。帰りに地階のスーパーに寄って、苺や伸ばし海老、食用油や冷凍の蕎麦などを買って、家に帰るのでした。女将も散歩から帰って厨房の洗い物を片付けていた。昼はスパゲッティーカルボナーラで、今日はコーンスープに苺まで付いて、なかなかのご馳走なのでした。食べ終えてお茶をもらったら、ブログを書いて昼寝タイム。

 昼寝から目覚めた午後は、テレビでカリブ海の海賊の洋画を一本観たら、女将がスポーツクラブから帰って来た。林檎を剥いてもらってお腹に溜まったので、3時過ぎから近所へ散歩に出るのです。昼近くまで車の車外温度計は-1℃を表示したままだったけれど、風がないと随分と暖かく感じるのです。今週は早く寝ているから、晩酌で吞む酒の量が少なかったらしく、金曜日にもまだ酒を買わずに飲めるのは、好い兆しなのかも知れない。

 みずき通りを夕陽に向かって下って行けば、ずっと陽の当たる場所だから暖かい。道路がカーブを描いて陽が翳る手前で公園の方角に曲がって、今度は陽の当たる長い坂道を登っていくのです。突き当たりが我が家のある台地の一番高い所だから、西の小径の階段を昇って家に辿り着くというわけです。4時前に女将は厨房に入ってテレビを点けている。今日の相撲は面白いからと言っていたので、興味津々なのでしょう。亭主もそろそろ晩酌の支度をしなければ。



1月24日 土曜日 今朝は-5℃の寒さだと言うけれど…

 午前6時半の東の空は、雲一つない晴天のようです。夕べも9時前に床に就いて、途中で1時間ほど起きてしまったけれど、朝の5時までまた眠ったから、睡眠は十分なのでした。やはり、早く寝た方が沢山の睡眠時間を取れるのです。早く起き出した暇な時間は、出汁取りをして小一時間を過ごす。一番出汁を取って茶碗蒸し用に400ccだけ取ったら、残り1000ccの一番出汁に返しを300cc加えて、蕎麦汁を作っておきます。二番出汁は容器に入れて保存します。

 朝食は鮭と豚汁に小鉢二つ。そして、苺が付いた。冬の季節の食材ばかりで、ニンジンも甘くて美味しいのでした。お茶をもらって一休みしていると、部屋の温度が13度だったので石油ストーブを点けていたから、身体が温まってくるに従って、眠気が襲ってきた。駐車場に停めてある車のフロントガラスがびっしりと凍っている。とても寒い朝なのでした。雨戸を閉めたままの奥の寝室は14℃で、ベッドに横になるとすぐに眠りに落ちるのでした。

 目が覚めたらもう9時過ぎで、今日もプールへ行こうと決めていたので急いで準備をする。9時半過ぎに家を出て立体駐車場に入ったのは好いけれど、3階部分はもう満車という表示が出ていた。仕方がないので4階まで車を走らせ、エレベーターで連絡通路のある3階まで降りる。連絡通路から建物に入るまでがとても寒いビル風が吹くのです。着替えを済ませてプールに降りれば、一番でシャワーを浴びられた。子ども達の水泳教室の脇で2コースだけ使えた。

 帰りに地階のスーパーに寄って、鶉の卵やキクラゲを買って、ついでに牛乳や肩ロースのブロックを買う。女将にたまには大きな苺をと思って、一粒100円もする苺を買って帰るのでした。家に帰ればちょうど昼の支度を始める時間で、食材を調理台に並べてフライパンと中華鍋を用意する。今日は五目中華焼きそばのあんかけを作るのでした。二つの鍋に油を引いて、フライパンでは蒸し焼き蕎麦を焦げるまで焼き、中華鍋では野菜や海老、イカなどを入れて煮る。

 昼が終わって身体が温まったら、また眠くなるからどうしようもない。1時間ほど眠っている間に女将は買い物に出掛けたらしい。テレビを点けるよりも読み始めた『ギリシア悲劇』のページをめくる。もう10年以上も書物を開かなくなったのに、蕎麦屋を止めて暇になったら、やはり戻るべき所に戻るのか。今日は視力が良いはずの右目の具合が悪く、文字がぼやけてしまうけれどその分左目がよく見えて、何とか文字を追えるのでした。しばらく読んでは休む。

 向かいのサツマイモ農園は今日はテレビの撮影か何かで、沢山の人が集まっていた。酒を買いに出た亭主は、家に戻って夕食の支度を始めた女将を手伝って、箸や小鉢をテーブルに運び、メインは湯豆腐だからあっさり系で嬉しいのでした。大相撲もいよいよ大詰めで、横綱は強かったので、明日は楽しみな対決が観られそうなのでした。明日はやはりプールへ行くのだろうか。月・火と二日プールには行けないから、泳いでおいた方が好いことは間違いない。


1月25日 日曜日 寒さは続くし春はまだ遠い…

 夕べは9時に床に就いて、今朝は4時半に目が覚めました。かなり健康に良い睡眠を取ったような気がして、浅い眠りの中で見た夢を思い出していました。最近は、ほとんど人と交わることのない亭主なのに、大勢の友人達がいる中に彼女の姿を見つけるといったパターンの内容が多いのです。コーヒーを淹れたら、居間の部屋でテレビも点けずに『ギリシア悲劇』の本のページをめくる。6時になって新聞を取りに玄関を出れば、空はまだ薄暗いのでした。

 女将が最初に起きてくるのは6時過ぎで「お早うございます」と言ってお湯を沸かして茶碗に入れてまた奥の部屋に戻る。亭主はストーブを点けて身体を暖めるのです。7時前になったらご飯の準備が始まるので、亭主は小鉢を盛り付けてレンジで温める。ご飯をよそって豚汁とともにテーブルに運んだら、煮魚の銀ダラが出来上がるのでした。苺を小皿に載せてテーブルに運べば、今日もまた二人の朝食が始まります。すべて美味しく頂けるのが嬉しい。

 昨日は夜になって何度も電話がかかって来た。最後に出た電話で「○○先生ですね。○○ですけれど」と聞き覚えのある女性の名前が告げれて、昔の教え子だったけれど、友人達と先生のお蕎麦屋さんに行きたいと思うのですがと言うのでした。去年の夏に蕎麦屋は辞めたと言う話をすれば、とても残念がっていたので申し訳なく思うのでした。子育ても終わって自分の時間が持てる年齢になったのでしょう。元気で暮らしてくださいとお互いに言い合って別れる。

 洗面と着替えを済ませたら、昨日決めたプールにまた出掛ける支度をして、車に乗り込むのでした。車外温度は2℃と昨日よりは暖かいけれど、外は冷たい風が吹いているのです。日曜日は子ども達の水泳教室が4コースもプールを使うので、一般の人は歩くコースと泳ぐコースの2コースだけで、人も少ないのでした。いつも来ている老人が最初に泳いで、50mは歩いてアップしていた亭主は、その後についてゆっくりと泳ぐ。もう二人増えてストレスがかかる。

 プールの帰りには地階のスーパーで果物とラーメンの麺だけ買って、家に帰って昼食の支度を始めるのでした。スープは煮豚を作った汁を使い、チャーシューの代わりに煮豚を切って、モヤシやホウレン草、葱を入れ、女将が作っておいてくれたゆで卵を載せて出来上がり。フライパンで餃子を焼いて皿に盛り付けて出せば、野菜たっぷりのお昼ご飯になるのでした。朝はひと眠りをしたけれど、午後はまだ眠くならない。横になればすぐに眠れそうなのですが…。

 女将が買い物に出た午後は、やはり眠気が襲って亭主は奥の寝室でベッドに横になる。すぐに眠りに落ちて目覚めればもう4時前なのでした。女将も買い物から帰って厨房のテレビを点けて、夕飯の支度をしている。今日はジャガイモのグラタンと聞いていたから、亭主は小さな入れ物にしてもらって、ちくわにキュウリを夾んで、真蛸の刺身を酒の肴に用意してもらうのです。晩酌をしながら、大相撲の取り組みを見ていれば、千秋楽の今日は進行が早い。

 力士に取って見れば、今日が最後という気持ちなのでしょうが、これでやっと一休み出来ると思った力士はいなかったでしょうか。かなり過酷なスケジュールで年間の興業をこなすから、以前のようにゆっくりと時間を過ごすことが出来ないのではないかと、隠居の亭主などはつい考えてしまう。それが現実なのだと言われれば返す言葉もないけれど、世間はあまりにもせちがなくなっているような気がして、そこから抜け出した自分が嬉しいやら寂しいやらです。


1月26日 月曜日 晴れてはきたけれど空気が冷たい一日…

 午前4時、美術文庫のジオットの巻を読み終えて、五嶋みどりの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータと言う曲を聴いて感動したのです。点けたテレビで本人が語る映像と共に、休みなく続けて演奏する姿を初めて見るのでした。煙草も吸わずにコーヒーも飲まずに、じっと聴き入る自分が何か新しいものに目覚めたような気がして嬉しかった。心が落ち着いたらまた眠くなって、寒い寝室には行って暖かい布団にくるまって朝食の時間まで眠るのです。

 朝食は一つ残ったほっけを半分ずつにして、ベーコンエッグを作ってくれた。味噌汁の出汁は亭主が取った二番出汁を使っているので、とても美味しく頂けたのです。この時期の葱の甘さがひときわ目立っていた。「やっと陽射しが出て来たようね」と女将が言うので上着も着ずに外に出てみれば、遠く駅前のマンション群が青い空の下に立ち並んでいるのでした。今日はお袋様と買い物に出掛ける日だから、洗面と着替えを済ませて車のエンジンをかけておく。

 農産物直売所には、朝から客がやって来ていて、地元の農家の苺を買って行く人がちらほらと見受けられた。亭主もホウレン草と小松菜の他に苺をもらっていく。隣町のスーパーに行く道も随分と空いていて、これはやはり寒さのせいだろうと思ったら、スーパーの駐車場もがら空きなのでした。女将の書いてくれたメモに従って、一つ一つ確認しながら品物を籠に入れる。明日の昼にでも使おうとヤングコーンと鶉の卵、マッシュルームを買って帰るのでした。

 昼食の支度にはまだ早かったけれど、家で焼くピザを買ってきたので、袋の裏の説明書きをよく読むのでした。いつも亭主が生地から作って、女将がオーブンで焼いてくれるのだけれど、今日のは焼くだけで好い簡単なものなのです。250℃の余熱で4分焼けば出来上がりというのは、自分で作るよりもずっと早い。ただ、野菜もなにも入っていないので、次回からはトマトやブロッコリーを入れた方が好いと女将にも言われた。味は好くかりっと仕上がった。

 女将がスポーツクラブに出掛けた後は、しばらくギリシア悲劇を読んでいたけれど、『プロメテウス』が終わって『ペルサイ』に入ると、分量の多さに気おされてなかなか前に進まない。そろそろプールに出掛けようかと思うけれど、身体がだるく眠たくなったので、奥の寝室に入ってベッドに横になる。室温は12℃しかなかったけれど、布団を被っていれば何時の間にか眠くなったのでした。目覚めればもう2時を回っていたから、2時間近く眠ったのです。

 すぐには動けないので紅茶を淹れておやつを食べる。美術文庫の2巻目は『ボッティチェルリ』だったから、見覚えのある絵画が多かった。しばらく読み進んで飽きたところで、散歩に出ることにした。プールへ行くには時間が少し遅くなって、子ども達の水泳教室が始まってしまうのです。みずき通りを下って最初の角を曲がり、昼当たる坂道を登って帰って来る近道コースを選んだのです。小学生の高学年が帰る時間帯で、大勢の子ども達が歩いていました。

 晴れた青空は何時の間にかうっすらと雲がかかり、ぼうっと明るい午後なのでした。午前中の買い物と合わせて3000歩を何とか越えたから、今日はこれで好しとするしかない。女将もスポーツクラブから帰って来て、ヨーグルトを食べ終えたら柿を剥いてくれた。富有柿の冷蔵保存したものだから、不思議と種もなく甘いのでした。林檎一個と同じ値段だから林檎の方が得だと彼女は言うけれど、林檎は大きすぎて腹に溜まるから、あまり好きではないのが亭主。

 夕飯の支度が始まる前に、亭主は真蛸の刺身を切って晩酌の肴にしようと思ったら、女将が金平をチーンしてくれた。グラスに二杯ほど飲んだら、今日買ってきたばかりの鰯の白焼きが出て、ホウレン草のお浸しが出るのでした。お隣の奥さんが来て、「家の前にマットレスが置いてあるのだけれど」と困ったように言うものだから、隣近所に聞いて見て判らなければ警察に電話をしておいた方が好いと言っておいた。夕飯前のほんの少しの間に置かれたものらしい。


1月27日 火曜日 冷たい蕎麦が美味しく食べられるほど暖か…

 午前6時半のバス通りの空は、どんよりと曇っていました。予報では9時まではこの空が続くというのですが、とても青空になるようには思えなかったのです。新聞を取って家の中に戻れば、暖房を点けなくてもそんなに寒く感じないから、今朝は昨日に比べたらずっと暖かいのです。コーヒーを淹れて『ペルサイ』の続きを読み始めたら、女将が「お早うございます」と朝の白湯を飲みに来た。最近はすぐにテレビを点けるという習慣から抜け出したのです。

 新聞にひととおり目を通したら、女将が厨房に入って朝食の支度を始めた。小鉢と林檎を亭主がテーブルに運んでいるうちに、女将は鰯の蒲焼きを作り、豚汁に味噌を入れてくれた。今朝もとても美味しい食事なのでした。二人で茶碗や小鉢を片付けて、お茶をもらう。今日は8時半から開店する床屋に一番で行きたかったから、洗面も着替えも早いのでした。暮れに刈ったばかりの頭は、ひと月でもう白い髪が目立つほど伸びて来てしまっている。

 車に乗り込んで国道沿いの床屋に行けば、開店前だというのにもう車が駐車場に横付けされているではありませんか。仕方がないから、建物の裏の駐車場まで移動して空いているスペースに車を停める。線路際の空き地も床屋の親父様の土地なのでした。表の入り口に回れば、玄関から奥様が出て来て「今年も宜しくお願いします」と挨拶をされた。なんだ奥様がマスターを送ってきたのかと、店の中に入って今度はマスターと年始めの挨拶を交わすのでした。

 80歳を越えたから、もう車には乗らないのだそうな。国道沿いの自宅の階下は長男が経営する理髪店で、その長男はこちらの店の二階に住んでいるとか。今日は最近よく見る夢の話を聞いた。理容師として若い頃に乗っていた船で南米に行った頃の話は、聞いていてとても面白いのでした。1時間ほどで頭は刈り終わり、煙草を買って帰ろうといつものコンビニに寄れば、あいにく愛用の煙草は品切れだったので、中央通りの先のコンビニまで行って手に入れる。

 家に帰ってもまだ10時だったから、最近の乾燥で枯れそうな庭木に水を遣ってから、昼食の準備を始めるのでした。今日は暖かいから冷たい蕎麦が食べられると、亭主は喜んで天麩羅の具材を準備する。蕎麦汁は先日作ったばかりなので、天麩羅を揚げたら蕎麦を茹でて、美味しい昼飯を食べるのでした。散歩から帰った女将も、今日は暖かいと喜んで食べてくれたのです。自分で打った蕎麦でないのが心残りだけれど、小麦粉の多い蕎麦でも美味しいのです。

 食後に1時間ほど昼寝をして、午後の紅茶に牛乳を入れ、ミルクティーとチョコレートを食べる。テレビを点けずに『ボッティチェルリ』の美術文庫を一挙に読み終えたのでした。『パルサイ』はなかなか読み進めないけれど、絵の多い図版は知っているものだとすぐに見られるので、楽しみながらも知らなかった内容に驚きながら、解説を読んだのでした。ブログをここまで書き終えたら、陽もだいぶ傾いてきたけれど、少しだけ散歩に出ないといけない。

 西の小径の階段を降りて、昨日とは違った道で公園の前まで出たら、みずき通りに向かって曲がる。今日は少し時間が遅いのか、夕陽はだいぶ傾いているのでした。上着を着なくても暖かいからセーターのままで坂道を登る亭主。バス通りまで出たら後は左折して家まで僅か。2000歩足らずの散歩だけれど、動かないよりは好いだろうと思うのです。夕食までにはまだ時間があるので、美術文庫の第三巻『ラファエル』を本箱から取り出して読み始めるのでした。

 女将が厨房に入る前に、亭主がまな板と包丁を取り出して、煮豚を薄くスライスしておく。夕食はこれに味噌ダレをかけて食べようということになっているのです。晩酌の用意をして亭主は白菜のキムチを小鉢に盛って一杯飲み始める。テレビは点けずに『ラファエル』の図版を見ている亭主。そのうちに煮豚が出て、ブロッコリーが出て、女将がご飯をチーンしてテーブルにつくのでした。明日はいよいよプールが始まる日だから、朝から準備しなければ…。


1月28日 水曜日 昨日と比べてとても寒い朝でした…

 夕べは9時前に床に就いて、3時半に目が覚めたから、コーヒーを入れて一服したらまた床に入って朝まで眠る。7時の空はやっと朝日が昇ってきたところで、駐車場に停めた車のフロントガラスが凍っていた。朝食の支度をしていた女将が外を見て、「霜が真っ白に降りているわね」と言うのでした。今朝は-5℃まで気温が下がったらしい。朝の氷点下は2月の初めまで変わりそうにない。週間予報によれば、昼間の温度が10度以上になるようなのです。

 朝の食事をテーブルに運べば、地元の農家で作った大きなイチゴが目を惹いた。根元から真っ赤なのが完熟の印で、食べてもとても甘いのです。一粒80円ほどの値段だから、リンゴ一つを二人で食べるのと変わらないけれど、今が旬だと最近は苺を買っている。女将が冷蔵庫の中の古い食材から食べなくてはいけないと言うものだから、今日はベーコンの賞味期限が迫っているとかで、ベーコンエッグとホウレン草のバターソテーにブロッコリーが付いた。

 朝食を終えて洗面と着替えを済ませたら、プールへ行くまでの時間は1時間以上あるから、亭主はまた椅子に座って『ギリシア悲劇』のパルサイの続きを読むのです。サラミスの海戦でペルシア軍が、ギリシア軍に大敗した様子を、生き延びた使者が女王アトッサに伝える場面は圧巻で、その凄惨さを物語っているから凄い。世界史の知識だけでは到底理解できないから、捨てずに取っておいて好かったのです。9時半になったらそろそろプールに出掛けて行く亭主。 

 スポーツクラブの定休日明けで、寒いのにプールは随分混んでいました。ひとコースに5人入ると、皆さんスピードが違うからもう続けては泳げないという感じなのです。亭主も隣のコースに移って泳ぐけれど、前の人に追いついてしまうから平泳ぎで調節する。そんな光景があちこちで見られるので、今日は15分でプールを上がるのでした。家に帰って昼食の支度を始めるのでしたが、野菜が足りないので今日はキャベツを刻み、椎茸のチーズ焼きを添えた。

 散歩から帰ったはずの女将が寒いと言うから暖房を入れるのですが、泳いできた亭主は暑くて堪らないのです。居間の椅子に座ったまま『ギリシア悲劇』の続きを読み、眠くなったら奥の寝室に入って小一時間眠るのです。女将はその間にスポーツクラブに出掛けたのでした。1時過ぎに目覚めて、午後の紅茶とおやつを食べたら、今度は美術文庫の『ラファエロ』を見ながら解説を読む。静かな午後のひとときが気持ちよいのです。そろそろ散歩の時間だった。

 今日はバス通りを左手に折れて、お袋様の住むマンションの方角に坂を下った。集会所で体操が終わったらしく、お袋様の姿を捜せば、こちらに気が付いて手を振ってくれた。小学生の下校の時間らしく、大勢の子ども達が亭主の後から歩いて来るのでした。調整池のフェンスに沿って歩いて来る子ども達は、ゆっくりとしか歩けない亭主を追い越して、次の角を曲がっていく者もいれば、真っ直ぐ歩道を進んでいく者もいる。家に着いてスマホの数字は約4000歩。

 3時過ぎだったので、再び本を読み始める。女将が帰ってきて、ヨーグルトを食べ始める。今夜は鱈ちりらしいから、楽しみな夕べなのです。4時を過ぎた頃から、亭主も晩酌の支度を始めるのでした。製氷室の製氷機能が壊れているので、冷凍室から氷皿を取り出して製氷室に入れなければならないのが、少し面倒だけれども、毎日のようにこの作業を繰り返しているのです。ガスボンベを付けた小型コンロを用意して、女将が持ってくるのを待つのです。

 白菜のキムチを肴に一杯やっていれば、鍋が運ばれてくる。春菊を食べるのは何年ぶりかで、考えたら鱈ちりも去年は食べていないのです。旬の食べ物だからと、たまには変わったものをと今日のメニューになったようだけれど、身体が暖まって美味しいのでした。食事が終わってひと休みしたら、テレビを点けてニュースを見るのだけれど、他に面白い物はやっていない。また『ギリシア悲劇』のページをめくって、続きを読めばあと数ページで終わりそう。


1月29日 木曜日 寒いという朝だったけれど…

 朝の4時から暖房を入れておいたからか、書斎も現在23℃ある。食事の前にプラゴミを集積場まで運んできたけれど、薄いジャージを羽織ってそれほど寒さを感じなかったのです。寒さに慣れたからなのか、予報ほど寒くなかったのか。畑にも車にも霜は降りていなかったのです。朝食の用意ができたので、小鉢や皿をテーブルに運ぶ。今日は美味しそうな鮭が焼かれて出て来たので、ご飯が進んだのです。味噌汁の玉葱もとても甘いので美味しい。

 食事を終えたらお茶をもらって、『ラファエロ』の画集を見ていたのですが、解説を読んでいると37歳で亡くなるまでの間に、沢山の絵を描いたらしく、ダビンチやミケランジェロと並んでルネッサンスの最盛期を生きた画家だという。中学時代の美術の教科書などにも載っていたはずだから、当然、その何枚かは見知っていた。しかし、フレスコ画などは壁面に描く巨大な物だから、写真だけではその大きさが判らなかった。再び勉強させられた思いなのです。

 9時半に車に乗り込んでプールへ向かう。駐車場は今日も3階は満杯で4階まで昇らなければいけなかった。着替えてプールへの階段を降りれば、水中エアロか何かの年を取った女性達が沢山並んでいる。その人達は大体が水中ウォーキングでアップするので、泳ぐコースは空いているのでした。50mだけ歩いて、すぐに隣のコースでゆっくりと泳ぎ始める。年配なのにピッチの速い泳ぎの女性は、疲れないのだろうかと思う。人それぞれだから何とも言えない。

 家に帰ればもう昼の支度をしなければならない時間で、女将の部屋に行って「暖かい天麩羅うどんはいかがですか」と聞けば、「暖かいのが好いわ」と言うので、厨房に戻って鍋にお湯を沸かして、隣の火口で天麩羅を揚げる。亭主は冷たい蕎麦を食べたかったのに、面倒だから同じ天麩羅うどんにしたのです。一人前では足りそうになかったので、亭主の分には餅を入れたのです。正月に余り餅を食べなかったので、冷蔵庫にはまだ餅が残っているのでした。

 食べ終えて身体が暖まったところで、ちょうど眠くなるから奥の寝室に入って1時間ほど昼寝をするのでした。女将のスポーツクラブを予約する時間には目覚めて、無事に予約が取れたら、夕べ女将と話していたように二人で役所の出張所に出掛けて、住所変更の手続きをした。健康保険証もそこですぐに新しいものが手渡されるので便利でした。それから駅前の銀行まで行って最近振り込んだ通帳の記帳をする。亭主の通帳ではこの10年ほどで100万単位の支出。

 帰りは地階のスーパーで夕食のおかずを買って、散歩をしていないからと女将だけ歩いて帰るのでした。亭主は荷物をすべて持って一足先に家に着いたら、今日買ってきたあたらしい如雨露で庭の花や野菜に水を遣った。古い如雨露はぼろぼろに破れているし、ホースが届かないのでどうしても少し水が届かない場所があるのです。買って帰った苺を二人で食べて、女将はヨーグルトまで食べる。亭主は次に読む絵画文庫『ダビンチ』を書棚から取り出しておく。

 亭主は今日のプログを書くのに熱中し、女将は煮物や小鉢の用意をするので、今日の夕食は少し遅くなった。メインは刺身の盛り合わせだったけれど、これが出したばかりなのにあまり生きが好くなくて、美味しくなかったのです。女将は酢飯にして温かいご飯に刺身を載せて食べたけれど、亭主はそのまま食べて苦い顔。春菊の胡麻和えやレンコンのキンピラに救われたけれど、焼酎の蕎麦湯割りも今ひとつで、満足できないのでした。年を取るとこんなこともあるものなのです。冷たい酒を注いでレンチンの肴で飲み直す。


1月30日 金曜日 今朝は畑も真っ白で霰も降った様子で…

 夕べも9時前にもう居間の椅子の上で居眠りをしていた。奥の寝室に移って布団に入ったのは9時半だったか。やはり夜中に目を覚まして、居間の部屋まで行ってコーヒーを入れて飲む。3時過ぎになったらもう一度ベッドに横になってまた眠るのでした。6時半過ぎに再び目覚めて、窓に降ろしたブラインドを開ける。燃えるゴミの収集日だったから、ゴミ袋を抱えて集積場まで持って行く。陽はまだ昇らないけれど、雲一つなく今日は晴れると判るのでした。

 脂の乗った鯖をおかずに朝食を食べ終え、小鉢も豚汁も平らげ、今日も美味しい朝食をいただくのでした。前のサツマイモ農園で買った米が美味しいと女将も言っている。お茶をもらってひと休みしたら、また眠くなったのでベットに横になればすぐに眠りに入る。目が覚めたのはなんと10時過ぎで、女将はもう桟歩に出掛けていました。プールに行くにはちょっと時間が遅かったので、亭主は家の周りを歩いて、駅前のマンション群の写真を撮るのでした。

 風は強く冷たくて、これでは少し歩いたぐらいでは身体が暖まるはずもない。女将が寒い寒いと言って散歩から帰ってきた。朝食を食べてひと眠りしたと思ったら、もう昼食の支度をしなくてはならないのは、ちょっと寂しい。女将は午後からスポーツクラブに出掛けるから、亭主はそろそろ昼食の支度を始めるのでした。今日は五目あんかけの湯麺を作る予定だったから、調理台に材料の野菜や肉を並べて、白菜を切り肉を切って中華鍋で炒め始める。

 隣の火口では大鍋に湯を沸かして麺を茹で始める。中華鍋に肉と白菜とニンジンを入れて炒めたら、たっぷりの水を入れてキクラゲや海老やヤングコーン、鶉の卵、マッシュルームと最後に小松菜を入れて白菜が柔らかくなるまで煮る。水溶き片栗粉を入れるのはその後なのです。味つけは塩と砂糖と鶏ガラスープの素にコショウを入れて整える。傍らで女将が出来上がるのを待っているから、亭主も急いで麺を揚げて汁を入れるのでした。熱々のスープは抜群。

 12時を過ぎたら、寒い風の中を女将は歩いてスポーツクラブに出掛ける。亭主はプールの支度をし終えてラファエロの画集を見ながら、もう少し経たないと動き出せないと考えている。車に乗り込んでスポーツクラブに向かえば、立体駐車場は連絡通路のある3階が工事中とかで入れなかったので、今日も4階まで昇って空いているスペースに車を停めた。午後のプールはとても空いていた。一人で泳げたので、今日はゆっくりといつもより背泳を沢山泳いだ。

 家に帰れば、女将も亭主より30分ほど後から帰って来た。二人で苺を食べ、女将はヨーグルトまで食べたのです。静かな午後のひとときは、最近、亭主がテレビを点けずに本を読むからなのでした。寒い外から帰ってきたので、部屋の暖房で身体が暖まると眠気が急に襲ってくる。亭主は遅い午後の昼寝をする。4時半には目が覚めて、居間の部屋に行けば女将が夕食の支度を始めていた。今夜は焼売と野菜を蒸かして食べるのだとか。亭主は晩酌の用意をする。



1月31日 土曜日 自分は老眼なのだと気づいた日…

 寝起きのコーヒーを淹れるのは習慣になっている。最近はテレビを点けるのではなく、読みかけの『ギリシア悲劇』のページを開いて、一服しながら読み進める。昨日、女将が「○○さんにいただいたものよ」と持って来てくれたしおりを挟んであったページを開けば、延々と続くのではないかと思われる会話を読み始める。蕎麦屋をしていた10年以上の月日では、文字を読むということがあまりなかったから、右目で見える文字がぼやけているのに初めて気づく。

 これが『老眼』だと気づいたのは夕べのこと。左の目は0.7だけれど、1.2もあったはずの右目の視力が妙なことになっているのは、どういうことだろうと不思議に思っていたのです。Googleの音声入力で調べて見たら、これはどうも老眼の徴候らしいのです。いままで忘れていたというか、新聞を含めて文字を見ることがなかったから気にならなかったけれど、仕事を辞めてから新聞を読み、再び書物を読むようになって、初めてこの事態に気づいたのでした。

 いつもの時間に朝食の用意が始まり、亭主は女将の作った小鉢や皿をテーブルに運ぶのです。ご飯が盛り付けられて、味噌汁を出したら二人で揃って食べ始める。魚がないから、今日は買い出しに行かなければならないのです。食事が済んでお茶をもらったら、女将の朝ドラの時間には亭主は奥の寝室でひと眠りするのでした。暖房を入れてもなかなか居間の部屋も暖まらないから、まだ温もりのある布団の中にくるまっていた方が暖かいのです。

 ひと眠りから醒めると、女将が洗面を終わらせて「洗面所は寒いわぁ」と戻って来るのでした。次いで亭主も洗面と着替えを済ますのでしたが、起き出したばかりだからかあまり寒く感じない。女将が洗濯物を干し終えたら、二人で隣町のスーパーまで買い物に出掛けました。最近出来たばかりの特別養護老人ホームの脇を走って行けば、寒い風の強い日だからか、駐車場には車が少なく、レジも半分くらいしか人が入っていいなかったのです。

 レジに入る前にトンカツを買おうと待っていたけれど、「まだ15分くらいかかります」と係の男性が言うので、仕方がないので先に出て来たチキンカツを買って家に帰ったのです。昼食の準備を始める前に、時間があったので『ギリシア悲劇』を少し読んでおく。長いと思っていた今回の話も残り数ページになったのです。あと一息で完読というところで、厨房に入って湯を沸かし、キャベツを刻んでミニトマトを洗う。パスタを茹でている間にチキンカツを切る。

 食べてみれば、トンカツよりも量は多かったがあっさりとしていた。でも、パスタ100gはさすがに腹が一杯になる。食べられなくなったのです。このまま昼寝をしたかったけれど、せっかく午後が空いたのだからとプールへ出掛けることにして、ひと休みしたら車に乗り込んだのです。まだ2時前だったから、プールも4コース使えて、しかも空いているのでした。今日も背泳ぎ中心で泳いだのですが、これがストロークが力まずに出来て意外とスピードが出る。

 それが楽しくて今日も少し多めに泳いだのです。平泳ぎは以前と違って足の筋肉が硬くなっているのか、あまり進まないから不思議です。もう少しストレッチをきちんとしてから泳いだ方が好いかも知れない。もう一度4種目を綺麗に泳ぐ日が来るのだろうか。家に戻れば、女将がこれから美容院に行くと言って、寒いからとマフラーに厚手の帽子を被っていた。亭主はしばらく『ギリシア悲劇』の続きを読んで、身体が休まったらなくなった酒を買いに出掛ける。

 女将が帰ってきたのは4時半過ぎだったから、亭主はプールの帰りにコンビニで買った「こてっちゃん」をチーンして晩酌を始めるのでした。それから30分。女将も帰って用意してあった茶碗蒸しを蒸かして、今日、隣町のスーパーで買ってきた真鰯を白焼きにして夕食となるのでした。寒いときには茶碗蒸しが好いと二人の意見が一致して、美味しく夕食を食べるのでした。東の空には13日の月が昇って、明日は2月なのかと月の変わるのを早く感じるのです。