2025年6月中旬



6月10日 火曜日 冷たい雨のそぼ降る一日…

 夕べは0時過ぎに床に就いたのに、今朝は5時にはもう目が覚めていた。テレビの映画を観すぎるせいか、夢の中でも様々な場面が蘇ってくるから不思議だ。コーヒーを淹れて飲み終えたら、もう6時を過ぎていたから、蕎麦屋に出掛けて朝飯前のひと仕事。とは言っても、昨日カレー作りで使った鍋を片付けたり、カボチャをスライスして、家に持ち帰ってチーンする準備をしただけなのでした。悪くなるから、あまり早くから仕込みをする事も出来ないのです。

 家に戻れば、女将が台所に立って朝食の用意をしている。亭主は冷凍室からご飯を取りだして、2分30秒チーンをする。昨日の昼に冷蔵庫に入れてあったシジミの味噌汁は、温め直してお椀によそうのです。夫婦で少しずつ残したトンカツを、女将がカツ煮にして大皿に盛り付けてくれた。みんな残り物だけれど、温かいから美味しく頂けるのです。食後は居間の椅子に座ってお茶をもらうのですが、今朝はどうも眠くならない。これも習慣なのだろうか。

 外はまだ雨が降っている。様子を見ようと玄関を出れば、こんな天気なのにウチワサボテンの花が満開なので、今朝は花をアップで撮してみた。何とも言えない美しさなのです。このサボテンは葉の一枚を土に差しておくだけで、すぐに根付くからやはり蕎麦屋に持っていこうか。でも、大きくなると棘があるので歩くのにも邪魔になるし、棘が飛んでもちくちくとするから困ったもの。今日は雨でなければ、花の終わったサツキを掘り返して移植するはずだった。

 昼は冷凍うどんを茹でて、肉や野菜を炒め、焼きうどんにした。春キャベツは芯の部分まで柔らかく、とても美味しかったのです。ドジャース対パドレス戦をBSで観ながら、居間でお茶をもらったけれど、満腹になったら急に眠気が襲ってきた。書斎に入って横になれば、すぐに眠りについて、目が覚めれば1時過ぎなのでした。パドレス戦は延長戦に入ってドジャースの勝ち越しで終了する。女将のスポーツクラブの予約を取ったら、蕎麦屋に出掛けて行く亭主。

 今日のうちに仕込んでおくことはもうなかったので、ゴミの回収の業者が来る前に最後のゴミ捨てをする。そして、家に帰って南瓜をチーンするために、南瓜の種を取って天麩羅用に切り分けておくのでした。レンコンは日曜日に茹でたものがまだ使えそうなので、家から持ち帰って冷蔵庫に入れておく。五つ残った蕎麦は、蕎麦打ち室の冷蔵庫に入れたままだったので、二束は木金の賄い蕎麦のために残して、残りの三束は蕎麦汁と一緒に家に持ち帰るのです。蕎麦屋の南側の庭を窓から覗けば、タラの木があちこちに伸びて、鬱蒼としていた。梅雨に入る前に切っておこうと思ったけれど、今日が梅雨入りだと言うから、このまま晴れる日を待たなければい。


6月11日 水曜日 今日も一日雨で梅雨らしくなった…

 梅雨に入ったとは言え、あまりに暗い朝なのでした。夕べは10時半に床に就いたら、今朝は4時には目が覚めてしまったのです。煙草が切れたのでコンビニまで買いに行き、そのまま蕎麦屋に向かって走る。6時過ぎなのでした。新キャベツとキュウリとニンジンを塩で漬けて、小さな漬け物器で重しを押しておく。今週は土曜日が去年亡くなった伯母の一周忌で、店を臨時休業にするので、あまり沢山用意しておいても多すぎる可能性があるのです。

 家に戻って朝食の食卓につけば、珍しく女将が新ジャガでサラダを作ってくれていた。ナス焼きと鰺の開きが半分、炊きたてのご飯はとても美味しかった。腹が一杯になったら朝が早かったので、急に眠くなった。書斎に入って9時前までひと眠りなのです。ドジャース戦は10時半からだけれど、昼に帰ってからでも十分に間に合うと思って、蕎麦屋に出掛けて行くのでした。雨は朝からずっと降り続いている。蕎麦屋の店の中も随分と暗かったのです。

 まずはほうじ茶を沸かして、茶碗一杯分を飲みながら、午前中にする事を考える。もう二つの茶碗にいれたほうじ茶は、ラップを掛けて冷蔵庫で冷やしておく。こんな雨でも昨日とは違って蒸し暑くなるそうなのです。先週残った二番出汁に返しを加えて、天つゆを作っておきます。そして隣の火口には胡麻油を引いたフライパンを温めて、ニンジン、油揚げ、干し椎茸をもどしたものと切り干し大根を入れ、二番出汁で煮て、出汁醤油と砂糖を加えて再加熱。

 昼は蕎麦を食べることになっていたから、海老の天麩羅を揚げて家に戻る。湯を沸かして蕎麦を茹でればもう出来上がりだから、亭主も女将も楽ちんなのです。亭主は130gの束を二つ茹でて食べる。蕎麦はすぐにお腹が空いてしまうから、休みの日ぐらい腹一杯食べたい。蕎麦湯を二杯も飲んで満足したところでドジャース戦の続きを観たけれど、今日はパドレスにこてんぱにやられていた。書斎に入ってひと眠りしている間に、女将はスポーツクラブに出掛ける。

 雨は時折激しく降って、玄関からガレージまで行くのにも、傘を差さなければならないほどでした。女将が帰ってきたところで、亭主は午後の仕込みに蕎麦屋に出掛けていくのです。朝から漬けていた浅漬けに昆布を切って加え、少しだけ水を加えて更に漬け込んでおく。三ツ葉を刻み、玉葱をスライスして掻き揚げの準備をしたら、生椎茸とピーマン、ナスを切り分け、容器に入れておきます。明日のデザートには白餡が残っているので、やはり大福にしよう。


6月12日 木曜日 今日は雨が上がって晴れ間も出た…

 昨日は11時半に床に就いたのに、身体が疲れていないからか、今朝は3時半に目が覚めてしまった。もう一度眠ろうとしてもなかなか寝付けずに、とうとう起き出してしまう亭主なのでした。居間の部屋でコーヒーを飲みながらテレビを観るけれど、この時間には何も面白い番組はやっていない。5時を過ぎればドジャース戦がBSで放映されるのだけれど、その時間にはもう蕎麦屋に出掛けている。4時半になったらガレージに降りて、車で蕎麦屋に出掛けた。

 昨日漬けておいた浅漬けを水で洗って、小鉢に盛り付けたのだけれど、6鉢しか取れなかった。せめて10鉢は用意したかったので、残りはやはり昨日仕込んでおいた切り干し大根の煮物を、4鉢だけ用意するのでした。そして、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めておくのです。それから蕎麦打ち室に入って、今日の蕎麦を打つのです。750gの蕎麦粉と小麦粉を計量して、43%の加水率で捏ねて行けば、湿度が高いからか少し柔らかめなのでした。

 蕎麦粉と打ち粉が今日の午前中には届くのですが、早朝に打つ蕎麦はギリギリの打ち粉で打たなければならなかった。無事に8束の蕎麦を打ち終えて、一日中、曇りの予報だからお客はあまり来ないだろうと、軽く考えていたのは失敗でした。6時過ぎに家に戻っても、朝食までには時間があるので、書斎に入ってひと眠りするのです。7時過ぎまで眠ったところで、「ご飯が出来ましたよ」と女将に起こされる。ドジャース戦を観ながら朝食を食べた。

 食べ終えたらまだ眠いので、また書斎に入ってひと眠りするのでしたが、今度は1時間以上眠って目覚めたらもう9時なのでした。急いで洗面と着替えを済まして、9時半には家を出て歩いて蕎麦屋まで行く。うっすらと陽の光が差して、昼に掛けては空は晴れて来たではありませんか。大根や生姜をおろして野菜サラダを作った頃に、蕎麦屋の下の通りのお婆さんがやって来て、今日は蕎麦を食べていくと言うのだけれど、まだ11時前で用意が出来ていない。

 「持ち帰りならすぐに出来ますよ」と言って持たせて帰る。それからもう苺が終わったので、女将の剥いてくれた甘夏を切り、ひと房分を白餡で包み、それを求肥で刳るんで今日は甘夏大福を作った。開店と同時に常連さんがいらっして、今日は和やかな会話が続くのでした。三皿作った甘夏大福も全部売れたし、蕎麦豆腐もなくなった。カレーうどんのお父さんがいたお蔭で、9人分だけ対応が出来たのです。あっという間に閉店の時間なのでした。


6月13日 金曜日 二日続けて混んだ平日の一人営業…

 最近にしては珍しく、平日に二日続けてお客が沢山いらっした。しかし、今日は女将が来ない亭主一人の営業だったので、洗い物を終えて家に帰ったのは、もう夕方の5時を過ぎていた。朝飯前のひと仕事が、5時半に蕎麦屋に出掛けて、蕎麦を10人前打つことから始まったから、疲れた一日となったのです。帰り道、女将から心配の電話が入ったのも珍しい。夕食は冷やし中華と二人で決めていたから、すぐに台所に立つ亭主なのでした。

 今朝は加水率43%で900gの蕎麦を打つ。昨日、新しい蕎麦粉と打ち粉が届いたばかりだったから、打ち粉を惜しみなく振って、多少柔らかめの生地も、綺麗な蕎麦に仕上がったのです。135gの蕎麦が切りべら12本で10束出来て、それがすべてなくなったのだから、嬉しい限りなのでした。小鉢も夕べ漬けておいた新キャベツの浅漬けと切り干し大根の煮物が綺麗になくなって、明日が伯母の一周忌の法要で臨時休業だから、ちょうど好かったのです。

 家に帰って台所に立った亭主は、女将が用意してくれた冷やし中華の具材を、茹でた麺の上に載せて、二人で美味しいと言いながら食べるのでした。ひと休みして風呂を沸かして入ったら、もう眠くなったので、床に入ってしまったのです。目覚めれば真夜中の2時過ぎで、それからこのプログを書き始めた。日中、ずっと立ち続けていたから、足腰が痛い。蕎麦粉の代金を振り込みに行こうと思っていたけれど、とっくに郵便局は閉まっていたのでした。

 今日は野菜サラダも、苺の季節が終わって新しく作った甘夏大福もバランス好く売れて、一つだけ残った大福を家に持ち帰って女将と半分ずつ食べたのだが、女将の言うとおり、あっさりとして美味しかったのです。蕎麦屋にいらっした4人の年配の男性客は、皆さん蕎麦を打つと言うので、話を聞けば、「どうしても長く繋がらないならないのですよ」40代で蕎麦を打ち始めた頃の亭主にも、そんな時代があったと懐かしく思い出すのでした。

 皆さん電車や徒歩でいらっしたから、ビールや酒を召し上がる。白エビのかき揚げや鴨葱の塩焼きなどを頼まれて、最後に軽くせいろ蕎麦かと思いきや、天せいろを四つとおっしゃる。もうその時間には今日用意した天麩羅の具材が二つ分しかなくなったので、結局は、天せいろ二つと鴨せいろにとろろ蕎麦と、どれも手間のかかるご注文なのでした。閉店の時刻を過ぎてもまだ話は終わらずに、亭主が遅い昼食を食べたのは、もう2時半過ぎなのでした。
 ひと休みしてから、洗い物に取りかかったので、疲れては休みながら2時間近くかかったのです。いつもと違って女将がいないと、洗った皿などを拭いて片付ける手間がかかるのでした。今日はこのまま起きていて、朝になったら店に行って、片付け物をしてこないといけないのだろうかと考える。まだ眠れそうだけれど、コーヒーをもう一杯飲んで目を覚まそうか。テレビを観ても何も面白い物はやっていないのではないかなどと考えて書斎を出るのです。


6月14日 土曜日 伯母の一周忌で蕎麦屋は臨時休業…

 結局、4時過ぎに家を出て、車で蕎麦屋に出掛けたのです。カウンターの上に干したままの盆や蕎麦皿を戸棚にしまい、蕎麦徳利は冷蔵庫のアルミ盆の上に格納する。目の前が綺麗に片付いたところで、夕方にでも出汁を取ろうと干し椎茸と昆布とを3㍑の鍋に入れて、水を張っておく。まだ、5時前だったから、帰りに24時間開いている団地の中のスーパーに行って、浅漬けを漬けるためにキャベツと浅漬けの素を買う。ついでに冷やし中華と具材を買って帰る。

 家に帰ってもまだ5時半前だったから、書斎に入ってひと眠りするのでした。7時までゆっくりと眠って、夕べの寝不足分は挽回した形になりました。それでも、まだ足が引きつっていたから、立ち仕事があまりにも長かったのが分かるのです。10年前なら10人を超えても一人で営業していたこともあるから、歳を取ったとしか言いようがないのが、ちょっと悲しいのです。そんな意味では今日の臨時休業は、身体を休めるのにはちょうど好かったのかも知れない。

 朝食を食べ終えて9時20分には女将を乗せて家を出て、郵便局で蕎麦粉の代金を振り込んだら、弟の家に電話を入れて迎えに行く。そしてお袋様の家で彼女を乗せたら、約1時間半と久々の長距離ドライブ。ナビを頼りにやっと霊園に着けば、一年ぶりに従兄たちやその子供たちと顔を合わせた。1時間ほどで墓参りまで済ませて、近くの料亭で昼食をご馳走になる。皆の話は病気の話が多く、飲んでいる薬の量まで聞かされた。人ごとではないと思うばかり。

 亭主は酒を飲んだので、帰りは弟が運転してくれて、無事に家まで帰って来た。3時過ぎだったから、いつもの蕎麦屋の帰りと同じ時刻で、書斎に入って2時間ほど昼寝をするのでした。5時半になったら、昨日と同じだけれど、冷やし中華を亭主が作って二人で食べるのでした。ひと休みしたら、亭主は蕎麦屋に出掛けて出汁取りの作業をするのです。それからキャベツとキュウリとニンジンで浅漬けを作って、漬け物器で押し漬けにしておくのです。家に帰ればもう風呂の時間で、風呂に入ったらもう一度飲み直した。枝豆をつまみながら焼酎を飲んで、このブログを書いているのです。


6月15日 日曜日 日曜日だからお客の出足が遅かった…

 今日も午前5時起きで5時半には蕎麦屋に出掛けて、まずは小鉢を盛り付けておく。それから蕎麦打ち室に入って750gの蕎麦を打つのでした。加水率はいつもと同じく43%で、今日はちょうど好い硬さの生地が仕上がった。蕎麦玉にして寝かせている間に、厨房に入ってお新香を小鉢に盛り付ける。蕎麦の数だけ小鉢を用意して、半分は切り干し大根の煮物を入れる。酒を注文したりするお客がいるときは、小鉢を盛り足して対応するのです。

 空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を入れて、今日の蕎麦の数だけは用意しておく。大盛り用の徳利にも蕎麦汁を入れて、冷蔵庫に収納します。蕎麦打ち室に戻って伸しにかかれば、生地がしっかりと出来上がっていたので、今日は綺麗に蕎麦が打てました。切りべら20本で140gの束が8束仕上がって、生舟の中に並んだ。家に帰って朝食を食べたら、書斎で20分ほど横になってウトウトとする。洗面と着替えを済ませて、雨が降っていたから再び車で蕎麦屋に出掛けた。

 玄関脇の紫陽花が見事に咲いている。雨は10時ごろに上がったけれど、昼まではお客がなかったのです。昼を過ぎてから、常連さんがやって来て、その後、満席になるほどの混みようで、今週は臨時休業の昨日を除いて三日も混んだことになる。甘夏大福が美味しいと言って、三つも持ち帰られた女性もいたのです。蕎麦豆腐も一度に二皿ご注文の常連さんもいらっして。サラダ一皿を残して、用意した蕎麦もすべてなくなったから嬉しいのでした。



6月16日 月曜日 今日は思ったよりも晴れて30℃を越えた…

 今朝は6時に家を出て蕎麦屋に行き、カウンターの上に干してある盆や蕎麦皿を片付け、洗濯機の中にあった昨日の洗い物を干すのでした。家に戻って朝食を食べたら、今日は10時半に市民病院に予約が取れたので、9時半には家を出る。曇りだと思っていたら、太陽と青空が見えて、外は相当な暑さになってきた。駐車場に車を入れて、再来の受付を機械で済ませ、そのまま診察室の前で待っていたら、前の人が早く終わったので、30分もはやく診てもらえた。

 抜糸を済ませて今日で終わりかと思ったら、あと二日来て下さいと言われてがっかり。耳の裏の大きな跡がまだ完治していないらしい。帰り道、いつも行く隣町のスーパーに寄って、女将に頼まれた米を買い、ついでに野菜類やトンカツも買って家に帰る。昼はお馴染みのスパゲッティーボロネーズにトンカツを載せて、160gのスパゲッティーを平らげた。満腹になったので、ドジャース戦も勝っていたから、書斎に入ってひと眠りするのでした。

 ところが随分とぐっすりと眠り込んで、3時にお袋様からの電話が鳴るまで目が覚めなかった。今日は3時半にお袋様を病院につれて行く予定だったのです。すぐに車に乗って彼女のマンションまで行き、3時過ぎには病院に着いて、車の中で30分ほど待っていたのです。それから薬が出たと言うので近くの薬局まで行く。お袋様を家まで送った帰りは、蕎麦屋に蕎麦屋に寄って荷物を降ろし、キャベツとキュウリとニンジンの浅漬けだけを漬けておきました。



6月17日 火曜日 暑すぎて日中は外に出られなかった…

 お袋様との買い出しに出掛ける前に、蕎麦屋に寄って今日の段取りを考える。買い物リストに水羊羹を作るための粉寒天はあるか、明日の業者への仕入れはしなくても大丈夫かと冷蔵庫の中を確かめるのです。お袋様を迎えに行って、そのまま農産物直売所に出掛ける。トマトや生椎茸などをもらって、そのまま隣町のスーパーに行く。昨日のうちに少し買い物をしてあるから、今日は残った野菜類と鰹節や家に魚や肉を買って帰る。お袋様を送って蕎麦屋へ。

 空は青く晴れ渡り、陽射しはもう真夏の暑さで、車外温度は30℃を越えていたのです。冷蔵庫に野菜類を収納したら、大根をなた漬けにするのに、漬け物器に切って塩をまぶして押し漬けにする。昨日のうちに漬けておいたキャベツとキュウリとニンジンの浅漬けはすっかり水が上がって、小さな漬け物器に移しておく。11時からはドジャース戦か始まるので、家に帰って昼食の用意をしながらテレビを観るのです。昼はまたしても暑いから冷やし中華にしました。

 大谷選手の久々のピッチングが観られて好かった。ドジャースが大量得点をしたところで、眠気に負けて書斎で横になる。女将のスポーツクラブの予約があったから起こされ、西瓜を切ってもらって目を覚ます。家の中は全室冷房を入れて、居間の部屋だけは大型のエアコンなので、寒くなったらスイッチを消す。外は相当な暑さで蕎麦屋に出掛けるのにガレージの車に乗り込んだら、車外温度の表示が37℃になっていたから驚きなのでした。

 蕎麦屋の室内も30℃を越えて、エアコンを入れても28℃までしか下がらない。冷蔵庫から空の蕎麦徳利を出して、蕎麦汁を入れて行く。大盛り用の徳利も6本用意しておく。家で女将に「夕飯は何にしようか?」と言われて、「冷やしうどんでも食おうよ」と言っておいたので、海老と生椎茸を天麩羅に揚げて家に持って帰る。野菜が足りないからとキャベツを刻んで、冷凍の焼売をチーンして食卓に並べた。女将も暑すぎて調理する元気がないらしい。



6月18日 水曜日 あまりに暑いので、一度の仕込みは1時間…

 午前5時には目が覚めたけれど、居間の部屋でゆっくりとコーヒーを飲んで、今日一日の仕事を考えるのでした。6時になったら、ガレージに降りて、車で蕎麦屋まで出掛けていく。6時だと言うのにもう太陽は随分と高く昇って、ジリジリと暑い光を放っているのでした。厨房に入って冷たく冷えたほうじ茶を飲みながら、昨日のブログを読み返し、豊缶を用意して鍋にあんこを入れて、水を注いで400gになるようにしたら、粉寒天を加えて火にかけるのです。

 あんこの余熱を取る間に、南瓜を取り出して、天麩羅の具材にするために薄く切っていく。まずは7切れだけタッパに入れて、残りはラップにくるんで一緒に家に持ち帰るのです。端の部分はカレーの具材用に形を整えて、冷凍室の袋に入れて一緒にしておく。家に帰る前にコンビニに寄って煙草を買って帰る。食卓につけば今朝は鰺の開きを二人で半分ずつ、レンコンのキンピラが付いて、肉や葱や椎茸の入った味噌汁をおかずに朝食を食べるのでした。

 食後は書斎に入ってひと眠り。1時間ほど眠ったのか、すっきりと寝覚めて洗面と着替えを済ませ、再び蕎麦屋に出掛けていく。朝来たときに冷房を入れていなかったけれど、さすがに暑くなってきた。今日は湿度が低かったので、蒸し暑くなかったのです。蓮根の皮を剥いて輪切りにしたら、酢水で茹でて水で冷やす。大釜に水を入れて沸かしておいたから、小松菜を茹でて5cmほどの長さに切りそろえ、水を絞ってタッパに入れ、急速冷凍室に収納する。

 蕎麦豆腐を仕込んで冷蔵庫に入れたら、午前中の仕込みは終わりです。外はかなり暑くなってきた。一回の仕込みが1時間以内なのも頷ける。家に帰れば焼き鱠を作っていた女将が「随分と早いわね」と言うから、「暑くて長い時間はやっていられない」と応える亭主。台所が空いたので、今度は亭主が素麺を茹でて玉葱と肉を炒めて、卵を散らした汁を作る。作ったばかりの蕎麦汁を昨日の冷やしうどんのために持って帰って来ていたから、味は十分に満足がいった。

 MLBのドジャース戦を観ながら昼飯を食べ、続きを居間の部屋で観ていたが、眠気に勝てずに書斎に入ってひと眠り。1時間ほどして目覚めたときには、女将はもうスポーツクラブに出掛けていた。冷蔵庫に入っている西瓜を食べて目を覚まし、外は暑いので女将の帰ってくるまで野球の続きをテレビで観ていた。夕方になって蕎麦屋に出掛け、天麩羅の具材を切り分けて、小鉢を盛り付けたら、薬味の葱を刻んで、午後の仕込みも終わりにするのでした。



6月19日 木曜日 友 遠方より来たりて また楽しからずや…

 午前5時、蕎麦屋に着いて、雲の多い青空を見上げる。夕べはアラームの設定を間違えて、夜中の2時半にベルが鳴ったものだから調子が狂ってしまった。今日の午後に市民病院に出掛ける時刻にセットしたつもりが、AMとPMをよく見なかったのが失敗でした。もう一度眠ろうと布団に入ったけれど、なかなか寝付かれずに、とうとう明るくなってしまったのです。仕方がないから、蕎麦屋に出掛けて少し多めに900gの蕎麦を打つことにしました。

 蕎麦玉を寝寝かせている間に、冷たく冷えたほうじ茶を飲んで目を覚ましたはずなのですが、蕎麦の生地は43%弱で打ったにもかかわらず、随分と柔らかかったのです。打ち粉を振りながら形を整えて畳んで行ったのですが、蕎麦切りの段になって、やはり今朝は失敗だったと思い知らされる。太さも揃わず、途中で切れたり長さも一定ではなかった。もっと硬く打たなくてはいけなかったのです。それでも何とか140gの蕎麦を10束仕上げて生舟の中に並べた。

 家に帰って食事を済ませ、書斎に入ってひと眠りしようとしたけれど、どうしても眠れない。身体を休めただけで起き出して、伸びた髭を剃る。再び蕎麦屋に出掛けようと庭に出れば、スモモの木の下に「墨田の花火」が綺麗に咲いていた。昔女将が近所の農家のお婆さんにもらって来たのだという。やはり、これも蕎麦屋に移植しなければならないのだろう。蕎麦屋に着いた頃には気温も上がってきて、エアコンの冷房を入れなければいけなかった。

 今朝は9時前から仕込みを始めたので、野菜サラダも早い時間に作り終えた。今日はヘルシーランチセットの天せいろが3つも出たので、これが蕎麦豆腐と共にすべてなくなったのです。開店の準備が11時前に終わって、新しくほうじ茶を沸かしていたら、いきなり玄関の扉が開いて、懐かしい友人が東京からわざわざ来てくれた。小学校からの親友で、蕎麦屋の開業の折には、学生時代に随分と世話になった奥様と一緒に来てくれたのです。12年振りの再会か?

 早速、ビールを出して天麩羅を揚げて出す。暑いからか、お客も常連さんばかりが続いて、1時前には天麩羅の具材がなくなって、お蕎麦売り切れの看板を出した。皆さんが帰った後に、亭主が車で駅まで友人を送っていく。暑い午後なのでした。1時半に女将のスポーツクラブの予約をしなければならなかったのに、間に合わずに蕎麦屋に帰ったら、何とか自力で予約できたと言うのでした。二人で沢山の洗い物を片付け、2時半には亭主はそのまま病院に行く。