2022年5月初め

5月1日 日曜日 曇り空で寒い一日で …

 午前5時半に家を出て、蕎麦屋に向かう亭主。玄関前の木槿の木は、晴れた昨日のうちにやっと剪定を終えて、女将の言うように風通しが好くなった。しかし、今年の夏はあまり花が着かないだろうと思うのでした。剪定には時期というものがあるのです。蕎麦屋に着いたら、まずは昨日の洗い物を片付け、ほとんどなくなっていた小鉢の追加として、浅漬けの残りを盛り付け、明日の営業もあるからと、切り干し大根の煮物を作っておく。

 少しだけ味見にタッパに入れて、家に持って帰るのはいつものこと。帰りがけにミニ菜園の絹さやの様子を見たら、まだ随分と沢山実が付いていたので、ビニル袋一杯に収穫して、食堂で朝の食事の支度をしていた女将に手渡すのでした。早速、絹さやの卵とじにして出してくれたけれど、「下茹でもしないのに柔らかくて甘いわ」と女将が喜ぶ。植えた早春から何の手入れもせずに放っておいたのに、もう何回収穫したか。自然の恵みの有り難さを感じた。

 食事を終えて居間でゆっくりとしていたら、女将が「また雉が無花果の木の下で鳴いているのよ」と知らせに来る。二階に続く階段の踊り場の窓から見れば、確かにこちらを向いて鳴いているのでした。雌を呼んでいるのたろうか、雉の雌は大体少し離れた場所に隠れていて、滅多に地面には降りてこない。洗面と着替えを済ませて今朝も再び蕎麦屋に出掛ける亭主。曇り空の広がる天気で、南風とは言いながら、今朝も冷たい朝なのです。

 蕎麦屋に着いて朝の仕事を終えたら、早速、蕎麦打ち室に入り、今朝の蕎麦を打つ。ちょっと多いかとも思ったけれど、750g 八人分を打って、昨日の残りと合わせて15人分の蕎麦を用意する。日曜日を馬鹿にしてはならないとは思うけれど、曇り垂れ込めた今朝の天気と連休というその日その日が読めない状況が、どう影響するか。初日は確かにお客も多く、女将の言うように休みで子供や孫が帰ってきたから、近くの外で食べようとお客が入ったのかも知れない。

 そう言えば、冷たい雨の日にもかかわらず、娘さんや孫と一緒にいらっしたお客が多かった。昨日もまずまずの数のお客が入ったのですが、天気が好かったか割には少ないのでした。今日は、今にも雨の降りそうな寒い曇り空で、店内も朝から暖房を入れていたのです。それでも苺大福を包み、野菜サラダを盛り付け、開店時刻の10分前から暖簾を出してお客を待ったのです。果たして、開店の時刻ぴったりに、常連のご夫婦がいらっしたからほっとした。

 毎週日曜日には決まっていらっしゃる常連さんで、ご主人はいつもカレーうどんとデザートの苺大福、奥様は鴨南蛮蕎麦のご注文なのです。野菜サラダが付いているから、健康にも気を遣われているのかも知れない。今日はあまり話もせずに、静かに食べてお帰りになる。お二人とも綺麗に汁まで飲んで、満足そうに店を出られるのでした。「有り難いことですね」と女将が言うものだから、亭主も静かに頷いて帰る車を見送るのです。

 しかし、その後いくら待ってもお客は来ない。天気が悪いからなのかも知れないけれど、毎年、連休中の来客の予想は立てにくいのです。このところなかなか取れない女将のスポーツクラブの予約開始の時間が迫っていたから、今日は少し早めに店じまいをして、急いで家に帰る女将と亭主。やっと時間に間に合って、亭主はパソコンの前に座って残り二つの席の一つを確保しました。急いで歩いたから、足の親指が痛いのでした。まだ完治していないのか。

 今日も野菜サラダが半分残ったから、夜は当然、お好み焼きだろうと思ってはいたのです。書斎の暖房を入れて、ぐっすりと昼寝をした亭主が目覚めて食堂に入れば、女将は買い物から帰ってお肉を買って来たと言う。今日はきちんと小麦粉と水の分量を量って、亭主がお好み焼きを作り始める。小麦粉は一人前70g。水が150cc。卵を入れてよくかき混ぜたら、油を引いたフライパンに肉を並べ、溶いた小麦粉を流し込む。サラダの刻んだ野菜を載せて蓋をします。

 こんがりと焼けた頃合いを見計らって、野菜を載せた生地をひっくり返すのが亭主の腕前。何のことはないフライ返しを添えて、フライパンを振るだけなのですが、女将には出来ないらしい。また蓋をして野菜の側をしばらく焼いたら、再び今度は大皿にこの生地をひっくり返して載せるのです。綺麗に仕上がると心も楽しい。生姜と青海苔を載せて、今日の夕食なのでした。明日は八十八夜の大型連休の中日。蕎麦は打たなくても十分なくらいなのですが … 。

5月2日 月曜日 久々に平日のお客が10人を越えて …

 蕎麦屋の隣のお宅に引かれている電線に、一羽のツバメが止まっていました。どうやらお隣の軒下にある燕の巣が気になる様子。身体が大きいから雄なのでしょうか。雌がそろそろ産卵の時期なのかも知れない。今朝は亭主も時間があったから、しばらく観察していたのです。玄関前の看板を出し、幟を立ててチェーンポールを降ろしたら、ほうじ茶を飲んで今朝の段取りを考える。昨日のお客が少なかったので、蕎麦は生舟に二箱残っているのです。

 昨日は、野菜サラダが付いたカレーうどんと鴨南蛮蕎麦のお客だったから、小鉢もそのまま残っているし、蕎麦汁も十分な数があるのです。月末に届くと連絡のあった減塩醤油が、今朝の段階ではまだ届いていないのが気がかり。連休中の宅配が遅れているのだと言う。大甕に残った返しはもう僅か。仕方がないから一本だけ残っていた減塩醤油を使って2㍑弱の返しを作っておくことにしました。やはり、作ってから少しは寝かせないと宜しくないのです。

 小さな甕を用意して冷めた返しを鍋から移したら、冷蔵庫の中から昨日作った苺大福をカウンターに並べ、蕎麦豆腐も味噌ダレも今日の分ぐらいはあることを確認しておきます。後は大釜の湯が沸くのを待って、お茶のポットや暖め用のポットに湯を入れれば好い。まだ野菜サラダの具材を刻むにはちょっと早すぎるのです。細く刻んだキャベツやニンジンが乾いてしまうから、できるだけ開店の間際に作って、ラップを掛けるようにしている。

 大根をおろしても、蕎麦打ちや他の仕事がないがないと、一時間近くは余裕があるのです。雪駄を履き替えて前の畑に出て、そろそろ終わりのポピーの群生と雲のかかった青空を撮したり、隣の畑の様子を眺めたり、終いには東側のミニ菜園に出て、時期の終わる絹さやの最後の収穫をするのでした。ビニール袋に今年は6回も採ったから、手入れもしないのに、自然の恵みを美味しく頂いた。その後の菜園の手入れもやらなければならない仕事の一つなのです。

 開店と同時に年配のお客がいらっして、蕎麦を食べながらゆっくりと話をしていかれた。隣の市の有志で作る歩く会の下見に来たのだとか。洗い物を済ませて昼を過ぎた頃に、四人なんですけれど、まだ一人が来なくてと年配の女性が歩いて呼びに行く。その間に、隣町の常連さんがいらっゃる。これは大変だと珍しく家にいる女将に電話をして、手伝いに来てもらうのでした。電話を終えたら、もう次のお客がぞろぞろと店に入って満席になるのでした。

 続けてまた一台車が入ってきたけれど、店の中を混み様をご覧頂いてお断りする。一度に10人の注文は聞けないので、早く頼まれた人から順番に調理を始める亭主。普段はのんびりと話をしていかれる常連さんも、今日は黙って野菜サラダをカウンターから取って、静かに蕎麦を食べておられた。混んだ時に限って、大勢でいらっしたお客が、一人一人違うメニューを注文するのです。天せいろに温かい汁のぶっかけ蕎麦、天麩羅蕎麦に鴨せいろ、カレーうどん。

 さすがの亭主もこう同じ時間帯では、女将の手伝いなしでは注文の順番も覚えきれない。たまたま今日のスポーツクラブの予約が取れなかったから、女将が家に居たので助かったのです。すべてのお客が帰って洗い物を始めたから、片付け終わったのは3時近く。連休の谷間だからなのでしょうか、東京の子供夫婦が来たからとか、会社の同僚でいらっしたらしい5人連れとか。家に帰って夕食には女将にお礼にと、亭主は魚屋に特選寿司を買いに出掛けたのです。

5月3日 火曜日 気持ちよく晴れた一日で …

 昨日は早い夕食を終えたら、風呂の時間までぐっすりと眠ったから、夜は遅くまでブログを書いていたのです。定休日だからと早朝には蕎麦屋に行かないつもりでしたが、いつもの習慣で車で出掛けて昨日の片付けをするのでした。昆布と干し椎茸を鍋に入れ、出汁を取る準備をして、家に戻ろうとすれば、6時半の太陽はもう随分と高く昇っているのです。女将が台所で朝食の支度をしてくれていました。採り立ての絹さやの卵とじと納豆がメインのおかず。

 今朝は珍しく食後のひと眠りをせずに、洗面と着替えを済ませてお袋様を迎えに行くのでした。週に一度の仕入れの日だけれど、天気が好いと気分も晴れやか。農産物直売所に向かう道々、躑躅と並木の新緑を眺めながら、お袋様とこの一週間の出来事を話し合うのです。通風の具合はどうかと、幾つになっても子を思う親の気持ちが有り難いのでした。今日は、まだ野蕗が出ていたのでもらって帰る。農家の野菜もそろそろ夏の物に変わりつつあるのです。

 お袋様を家まで送ったら、蕎麦屋に戻って隣町のスーパーでも仕入れた野菜を冷蔵庫に収納します。今日はもう少し頑張って、先週なくなったカレーの具材を煮込み、その間に後ろのレンジで湯を沸かして野蕗を湯がく。少し大きく育っているから、二把も買って来たのに、皮を剥くのがとても楽だった。カレーの鍋の様子を見ながら、ミニ菜園で採って来た月桂樹の葉とルーを加えて、しばらく弱火で煮込んでおく。今回は具材がちょっと多すぎたかな。

 昼の支度に間に合うようにと、午前中の仕込みはここまで。皮を剥いた野蕗の茎は、5cm幅に切ってタッパに入れておきます。悪くなるわけではないけれど、煮物も含めて小鉢の具材は、できるだけ定休日の二日目に作りたいというのが、亭主の考えなのです。五日間の営業だから、これまでも食材が残っても、まだ家に持ち帰って食べている。それでも、できるだけ作りたての美味しい物を、お客に出したいと思うのは、調理人の心理なのでしょうか。

 だから、一度に沢山作らずに、お客の入り方ににもよるけれど、五日のうちに二回は小鉢の仕込みをしたいのです。家に戻れば、女将が蕎麦を茹でる湯を沸かして待っていました。今日は蕎麦だけではタンパク質が足りないだろうと、昨日残った野菜サラダを皿に盛って、鶏ささみの塩麹漬けを焼いてくれたのです。先週残った山芋も擦ってあったから、亭主は蕎麦を茹でて蕎麦皿に載せるだけ。とてもリッチな気分で昼食を食べる。蕎麦湯が甘くて美味しい。

 やらなければならないことは沢山あるのに、昼を食べて満足した亭主は、例によって書斎に入ってひと眠り。朝に眠らなかった分、今日は2時間もぐっすりと眠ってしまった。これも生活の習慣なのでしょうか。まるで食べて眠って料理を作るだけの一日なのです。ほとんど歩かないので、体力が落ちているのかも知れないから、早く足の指が治ってプールに通う生活を始めたいものです。3時過ぎに家を出てまた蕎麦屋に行って仕込みの続き。

 冷ましておいたカレーの具材を袋に詰めて冷凍したら、朝から昆布と干し椎茸を浸けてあった鍋に火を入れて、出汁を取り始める。先週は温かい汁の蕎麦が沢山出たから、二番出汁が足りなくなったので、今日は追い鰹で二番出汁を5㍑も作っておきました。一番出汁で作る蕎麦汁も冷やして蕎麦徳利に詰めて、まだ1.5㍑も残ったけれど、容器に入れて冷蔵庫で保存する。時計がもう4時半を回ったので、家に戻って夕飯の支度を待つのでした。

 昼のうちに打合せをしていたとおりに、女将がアスパラガスの肉巻きを焼いて、ついでに今年最後のタラの芽とコゴミも炒めてくれました。渓流の宿ではこの時期に、一年分の山菜を採って塩漬けにすると言うけれど、都市近郊に住む私たちは、その時期だけでもう食べ飽きる。それで十分に季節の推移を堪能しているのです。テレビのニュースはいつもと同じであまり伸展がない。明日はどこまで仕事が出来るのか、亭主にとってはそれが大問題なのです。

5月4日 水曜日 風の強い五月晴れの一日で …

 定休日だというのに、今朝も早くから目を覚まして、蕎麦屋に歩いて出掛けたのです。ちょっと右足を引きずるけれど、靴が履けるようになればもう少しは歩けるかも知れない。やっと減塩醤油が届いたから、一週間は寝かせなければならない返しを作るのが、一番の仕事だったけれど、乾いた洗濯物を畳んだり、昨日使った鍋やボールを片付けたりと、やることは沢山あるです。7時前には仕事を終えて前の畑のポピーを眺めれば、朝日はもう高く昇っている。

 家に戻れば、女将はもう台所に立って、朝食の支度をしてくれている。沢山採れたミニ菜園の絹さやの卵とじと納豆は昨日と同じだったけれど、野蕗の葉を佃煮にして出してくれたのが、亭主にはとても嬉しかった。ほろ苦い味が季節の香りなのです。蕎麦屋の天麩羅の具材も味噌汁にして使ってくれた。カボチャの甘みが美味しいのです。4時半から起き出したから、食後のひと眠りはぐっすりと1時間。「よく寝られるわね」と女将には言われるのです。

 その間に、彼女は洗濯とゴミ出しを終わらせ、朝ドラを見てしばしの休憩なのです。蕎麦屋で昨日新しくカレーを作ったから、残った分は家に持ち帰ったので、亭主は今日の昼にカツカレーを食べたいと、隣町のスーパーに出掛けて買い求めてくる。見るからに大きなカツが一枚150円だから安い。ついでに冷凍の白餡や蕎麦屋の備品、女将に頼まれたトイレットぺーパーを買って、そのまま蕎麦屋に直行する。午前中の仕込みはタイムリミットあるから大変。

 まずは蕎麦豆腐を作って、白餡を氷糖蜜と水で溶かして火にかけてから、野蕗のキンピラを作るのでした。白餡の仕込みには1時間以上はかかるので、他の仕事をしながら時折お玉で掻き回して、気長に硬く仕上げなければいけない。時間に余裕のある定休日でなければ、なかなか出来ないことなのです。それでも冷凍の白餡を使うようになって、豆から煮て皮を剥いたり、煮た豆を濾したりする手間がなくなったから、少しは楽になった。

 女将のスポーツクラブの予約は11時半に開始される。二週間後の予約を取るのだから大変なのです。今日も5分前にはパソコンの前に座って、壁の時計の秒針を見ながら、ぴったり11時30分に画面を開いたら、まだ誰も予約していない。しめたとばかり一番前の席をクリックすれば、もう予約が入っていると表示さてれ、次の席を取る間に他の席はすべて埋まっていたから驚きです。この間わずか30秒。「連休でみんな家にいるから取れるのよ」と女将は言う。

 「5Gのスマホの方が速度が速いから、早く取れると皆言っているわ。」と女将も知っていた。仕方がないから、前日のヨーガの教室の残り二席の一つを取って、何とか汚名挽回。初心者向きではないけれど、出たいインストラクターの教室というものがあるらしい。昼は念願のカツカレーライスを食べて、至極満足な亭主は書斎に入ってまたひと眠り。身体に好いのか悪いのか、「よく寝れるわね」とまた女将に言われるのでした。食って寝て料理をするだけ…。

 これでせめてプールで泳げれば、運動も出来てバランスも取れるのですが、連休中に感染者数が減っているのはまだ安心できない。沖縄や北海道が関東よりも感染者が多いのは、こちらから出掛けて行く人が多いからなのでしょう。足の具合もあるから、亭主はまた蕎麦屋に出掛けて明日の仕込みをするのでした。先週は予想通りに鴨の料理がよく出たので、添える小松菜がなくなっていたから、茹でて冷凍庫に入れておく。新鮮な農家の野菜が有り難いのです。

 天麩羅の具材を切り分けて容器に入れたら、明日のお新香を糠床に漬けて、1時間半の午後の仕込みは終了です。定休日の仕込みはのんびりやるからストレスがない。帰りにコンビニに寄っていつもの焼酎とつまみを買って、家に帰ればもう夕飯の時間です。休日だから、マイナーな夫婦の見たい番組はやっていない。二人でいろいろな話をしながら夕飯を食べて、亭主は杯を重ねる。今日はとても暖かい一日でした。明日は蕎麦を二回打たなければいけないのか。

5月5日 木曜日 昇る朝日が眩しすぎて …

 午前6時前の東の空に昇った朝日は、やけに眩しくて、日中の暑さを予感させるのでした。草むらの向こうでキキーッと雉の鳴く声がする。見れば開けた草の間に見慣れた雄の雉がいるではありませんか。家の裏手の草むらまでは、バス通りを隔て100m以上の距離があるけれど、その間を言ったり来たりしているのだろうか。蕎麦屋に着いて、早速、気になっていた糠床を冷蔵庫から取り出し、切り分けて小鉢に盛り付ける。薄塩で14時間だからちょうど好い味。

 今日は祝日こどもの日で、連休最後の一日。店の電話に昨日は何件かの着信履歴が残っていたから、きっと「営業していますか」という問い合わせだったのでしょう。大晦日以外は一年中、火曜水曜が定休日と決めているので、その分、今日はお客が来るかも知れないと、早朝から一回目の蕎麦を打っておく。あんまり時間が早いので、ちょうど朝日が蕎麦打ち室の窓から差し込んで、目映い程の明るさなのです。これではかなり蕎麦が打ちづらい。

 伸した蕎麦の厚味は縁の影で見るから、今日は眩しいのでちょっと感覚が掴めなかったのです。仕方がないから、掌で触って暑さを確かめるのでしたが、硬さもちょうど好い具合なのに、包丁切りも珍しく思うように上手く出来なかった。こんな時間にしかも太陽が眩しい時に、蕎麦を打つことがあまりないから、朝飯前のひと仕事にしては、ちょっと拙かったかも知れない。それでも無事に八人分の蕎麦を打って家に戻るのでした。時計を見ればもう7時前。

 女将の用意してくれる朝食も、あとは魚の焼けるのを待つばかりで、銀の小皿にお新香を入れたのが、ラディッシュの赤とキュウリの綠が映えて綺麗なのでした。三点盛りは女将特製の蕗の葉の佃煮と、アサリの佃煮、そして大豆の昆布煮。これだけでも十分に朝飯のおかずなのに、昨日の縞ホッケがまだ残っていたと見えて、ちょとおかずが多すぎた。満腹になった亭主はすぐに書斎でひと眠り。ところが、今朝は10分ほど微睡んだらもう目が冴えてしまった。

 やはり、連休最後の一日というプレッシャーなのだろうか。普通の飲食店なら、連休は休まず営業のでしょうが、亭主もお客も段々と年を取ると、いつ営業しているのか分からないと言われるので、最近では、年中、火曜水曜が定休日と言うことにしているのです。朝から気温も高く、快晴の空なので、どれだけお客が来るかと、取りあえず二回目の蕎麦打ちをして、今日の営業に備えるのでした。女将がやって来て、洗濯物を畳んで店の掃除をしてくれる。

 蕎麦打ちを終えた亭主は、苺大福を包み、野菜サラダを盛り付けたら、新しい天麩羅油を鍋に注ぎ、天つゆを温め始めるのでした。「こどもの日には例年お客が少ないわよ」とは女将の言葉。そうは分かっていても、開店の時刻にはやはり緊張するのです。昼をだいぶ過ぎた時間に、やっと最初のご夫婦がご来店。自転車に乗ってサイクリングの途中らしかった。続けて車が駐車場に入って、二組目のご来店。どちらもご新規のお客さんなのでした。

 結局、この二組で今日はお終い。洗い物を片付けて大鍋を洗ったら、女将と二人で店を出るのでした。向かいの休耕地は草が伸び放題で、森の木々の葉も色濃くなって、まさに立夏の季節なのです。気温はとうに25℃を越えているはず。家に戻って短パン・半袖になった亭主は、書斎に入ってパソコンに向かう。薬を飲むのも忘れてひと眠りです。女将は稽古場に入って次回の雑誌に出す書の下調べをしていた。夜はカレーの残りと今日のサラダの残りを食べる。

5月6日 金曜日 立夏も過ぎて暖かな一日でした  

 珍しくゆっくりと起きた朝でした。夜中に目が覚めて居間で煙草を一服してから、再び床に入ったのですが、暖かかったからまたぐっすりと寝に入ったのです。半袖でも十分なくらいでしたが、ちょっと心配だったから、長袖の薄いジャージを羽織って蕎麦屋に出掛ける。ところが、店の中は朝からもう20℃もあって、動き出したらもう暑くなった。蕎麦打ちを始めたら暑くて堪らなくなり、ノースリーブのシャツ一枚になって厨房に戻る。

 隣の畑のポピーも今朝は朝から花を広げている。朝の涼しかったこの間まで朝は、花びらを閉じていたのです。植物も敏感に気温に反応しているらしい。昨日の蕎麦が生舟に一箱残っていたから、今日は500gだけ打つことにして、練習のつもりで丁寧に包丁切りまで進むのでした。等間隔に切れているから、同じ太さの蕎麦が仕上がったのです。こうやって毎日上手に打つことを積み重ねないと、沢山打ったり、急いで打ったりした時に、ぼろが出てしまうのです。

 切りべら26本で包丁を打ち終え、打ち粉を払って計量すれば大体135gなのです。加水率はもう42%を切っているから、やはり季節の推移と共に、上手い具合に水を減らさなければならない。植物の花のように蕎麦粉も生き物だと思えることがよくある。毎日、蕎麦粉と会話をしているかのようで、黙々と蕎麦を打ち続ける自分が、元気をもらっているような気がします。上手くいった日には「よし」と大きな声で言って、道具を片付け始めるのです。

 昨日はお客が少なかったから、今朝はあまり仕事がない。早めに蕎麦屋に来たのは、蕎麦粉が届く日だからなのです。それでも宅配の業者の都合で、今日も蕎麦を打ち終えた頃にやっと荷物を持ってきた。「お蕎麦食べられますか?仕事も終わったので」と蕎麦粉を運んで来た若者が言うけれど、10時前だったからまだ湯も沸していなかった。開店時刻の張り紙を見て「あっ、11時半からですね」と一人納得して帰って行ったのです。食べさせてやりたかったなぁ。

 苺大福は昨日作った物が全部残ってたから、あとは大根をおろして野菜サラダの具材を刻むだけ。時間のある時には、ゆっくりと丁寧に包丁を使う。ブロッコリーとアスパラを茹でて、新キャベツも出来るだけ細かく刻む。ニンジンもジュリエンヌと言えるくらいに細く刻んで、以前、注文をしたお客が「わあっ、綺麗ね」と言った姿を思い出すのです。それでも、昨日もサラダとデザートは一つも出なかったから、こちらの思うようにはいかない。

 開店の時刻の10分前に暖簾を出したら、大きな白い車が滑るように駐車場に入ってきた。隣町の常連さんで、珍しく混んだ月曜にも来たばかり。「筍まだありますか?」と、今日は野菜サラダは食べずに、筍の天麩羅とせいろ蕎麦をご所望なのでした。亭主に言われて旬の物を食べるようにしているのだとか。満席だったこの間は話も出来なかったから、今日は早い時間からゆっくりと、ご自分があちこちで暮らしたという世界の情勢を話して行かれたのです。

 連休の後だから、今日はこれでお終いなのかなと思いながら、洗い物を済ませていたら、車が一台二台と駐車場に入ってくる。待ち合わせをしていたらしい若い四人のお客がテーブルについて、天せいろ四つと二人の男性はビールのご注文。二回に分けて天麩羅を揚げるから、お二人ずつお出しする。一人で営業をする時には、盆に蕎麦皿や天麩羅を載せる皿、天つゆの皿を載せ、小鉢や蕎麦徳利、薬味の皿を用意してから、天麩羅を揚げて蕎麦を茹でる。

 1時過ぎまでゆっくりと食事をなさったお客が帰って、亭主は片付け物と洗い物で忙しくなる。1時半になってもう終わりだろうと野菜の天麩羅を揚げて、ぶっかけ蕎麦でも食べようと蕎麦を茹でたところで、また一台車が入ってくるのです。平日にしては珍しい。開店から閉店時刻を過ぎるまで、お客が絶えなかったのは嬉しい。伸びた蕎麦に汁を掛けながら、一人で遅い昼食を食べるのでした。洗い物を終えて片付けをしていたら、とうに3時半を過ぎていた。

 この時間なら大丈夫かと、冷蔵庫から糠床を出して、明日のお新香を漬けておく。残った野菜サラダと苺大福を包んで、蕎麦屋を出たら向こうから女将がやって来る。「あんまり遅いから、どうしたのかと思ったわ」と亭主の荷物を持ってくれた。家に着けば芍薬の堅いつぼみがやっと開いて、今にも花が咲きそうなのでした。居間に入ってパソコンに向かった亭主は、今日の売り上げと写真とを入力したら、ばったりと横になって夕食までの遅い昼寝。