4月12日 火曜日 とにかく陽射しが熱い …
朝のうちは室内は19℃で、暖かいはずなのにまだ半袖を着る勇気が出ないけれど、外に出ると陽射しは熱く、これはもう五月の陽気なのです。定休日が始まると、早速、先週の蕎麦屋の残り物の処理が始まり、今朝は小鉢三種類と三ツ葉の卵とじでご飯を食べます。ナスの色止めがよく効いて、三日経っても色が変わらないから、これは成功だった。ミョウバンを茄子の皮にこすりつけるより、糠床に敷いて皮の面をおいた方が効果的なのが分かった。
今朝は仕入れに行くのに、いろいろ確認しなければならなかったから、新しくなったと言う女将の朝ドラの前に玄関を出て蕎麦屋に向かう。庭の釣鐘水仙も花が多くなって、木槿の新芽もどんどん伸びて来ている。女将が「少し切ったら」と言うけれど、木槿の剪定は冬場だから、新芽の出るこの時期には眺めているほかはない。出過ぎた枝を払うくらいがせいぜいなのです。あまり手入れもしないけれど亭主の大好きな夏に綺麗な花を咲かせてくれるのです。
先週は随分と暖かくなったから、寒い時期よりはお客が入ったけれど、お客が増えれば食材も早くなくなるので、蕎麦粉の発注を掛けなければならないし、天麩羅の海老や天ぷら粉も頼んでおかなくてはならない。どれを優先するかを見極め、先週の売り上げで間に合う範囲で注文をするのです。そして、今朝の仕入れ分の費用を差し引いたら、今週もまた預金は出来そうにないと悔しがる。毎週のように銀行に預金の出来た以前とはやはり違うのです。
厨房の片付けを終えてミニ菜園に出れば、植えたままで手入れもしていない絹さやがもう実を付けているではありませんか。南側の庭に出れば、草刈りも間に合わぬのに、もうコゴミの群生が葉を広げているのです。二日前に採ったばかりなのに、やはり間に合わない。タラの木の先端を眺めれば一目瞭然。摘んでも摘んでも新しい芽が伸びてくるから、そろそろ降参。天麩羅に使い切れないほどのコゴミやタラの芽が冷蔵庫に溜まっているのです。
辛味大根のスペースでは、もう花が咲いているから、試しに茎を引き抜いてみたけれど、やはり、間引きをしなかったので根は大きくなっていない。蕎麦粉を頼んでいる農場に電話をして聴いてみたけれど、辛味大根はもう終わりの季節なのだと言う。いま冷蔵庫に残っている分だけで、もう終わりなのです。後、四人分ぐらいか。もっと丁寧に育てておけば好かった。寒い時期に色々するのが面倒で手入れをしなかったから、天罰覿面なのでした。
お袋様を迎えに行って、農産物直売所に出掛ければ、今日は珍しく車が沢山停まって、お客が多いのでした。いつもの農家のトマトを買って、蕎麦屋の常連さんの農家からはラディッシュをもらう。以前は店のミニ菜園でも育てていたけれど、野菜サラダにスライスして添えるだけだから、沢山取れすぎても使い道がないのです。隣町のスーパーに行って、印刷したメモの食材をすべて仕入れたら、後は女将に頼まれた魚類と果物を買って蕎麦屋に戻るのでした。
買い込んで来た食材を冷蔵庫にしまって、洗濯機の中の洗濯物を干したらもう10時半を回っていました。家に戻って書斎のパソコンに向かい、仕入れと午前中の写真の入力を済ませたら、台所に入って蕎麦を茹でる準備をする。気温はどんどん上がっているらしく、家の中でも長袖を着ていられないほどの暑さなのでした。買い物から帰った女将も、汗びっしょりだと言っていた。亭主が蕎麦を茹でている間に、女将が天麩羅を焼き、ヤリイカを茹でてくれる。
大盛りの蕎麦を食べた亭主はもうすぐに眠くなる。女将のスポーツクラブの予約までには二時間ほどあったから、書斎に入って小一時間は熟睡したのです。女将は稽古場で黙々と書を書いている。亭主は3時過ぎに重い腰を上げて蕎麦屋に出掛け、返しを仕込んでおくのでした。木曜日の午前中着で蕎麦粉の発注は済ませたし、昼前に注文した天ぷら粉と海老と山葵は明日の夕刻に届けられる。煮物の作業は明日に回して、今日のところはこれでお終い。
4月13日 水曜日 定休日二日目の朝は …
夕べは今日もお休みだからと少し遅くまで映画を観たけれど、やはり眠くなって11時過ぎには床に就いたのです。朝はゆっくり眠っていたいと思うけれど、これも習慣で5時過ぎには目が覚めてしまう。日の出は早いから、梅干しを食べながらお茶を飲んでも、朝食の時間にはまだまだ時間があるのでした。散歩でもして身体を動かそうかとも考えるけれど、通風の右足の親指はまだ痛むから、如何ともし難い。仕方なく蕎麦屋まで朝飯前のひと仕事に出掛ける。
仕事ならばと少しの痛みは我慢しなくてはいけないから、歩いてみずき通りを渡れば、空は霞んで春らしく、並木の新緑も優しくてみずきの花も咲き始めているのでした。蕎麦屋の向かいにある休耕地の菜の花はまだ枯れずに、その奥では森の木々が薄緑色に輝いている。何羽もの燕が飛び交って、巣作りの準備なのだろうか。やり出せば切りが無いほど仕事はあるのですが、明日の営業のためにはそれほどやることはないと店に着けば、室温19℃と今朝も暖かい。
昨日作った返しの鍋がそのままになっていたから、甕に移して鍋を洗う。残っていた返しと先週の出汁で、今週の天つゆを作っておきます。来てみればやはりやることはあるのかと、珈琲を入れて飲みながら今日の段取りをあれこれと考える亭主。夕刻には業者が食材を届けに来るから、ぬか漬けのお新香はその時に漬ければ好い。洗い物をして家に持ち帰るものを確認したら、さっき来た道を引き返すのです。家の近くの公園の木々も新緑が眩しいほどでした。
定休日だからと女将の朝食の用意もゆっくりで、亭主が玄関に入ったのを確認してから、魚を焼き始めたらしい。蕎麦屋のミニ菜園で採れた春菊を胡麻和えにして、今朝も小鉢が三鉢、骨を取ってある鯖の塩焼きがメインのおかず。脂が乗って美味しい身をほぐしながら、のんびりとお休みの日の朝食を味わうのです。食後のお茶は居間の椅子に座ってBSのニュースを観ながら飲む。世界のトップニュースはやはりウクライナ情勢で、伝え方も日本より強い調子。
洗面を済ませて着替えようかと思っていたら、元のスタッフから電話が入り、また筍を掘ったから店に届けるというのでした。まだ八時半だったけれど、ひと眠りする暇もなく、車を出して蕎麦屋まで出掛ける。時期に自転車に乗った彼女が現れて、今日はお袋様の分もと、随分沢山の筍を持って来てくれたのです。すべて皮を剥いて湯がいてくれてあるから、本当に手間のかかること。丁重にお礼を言って、早速、お袋様に電話を掛けるのでした。
お袋様のところにいただいた筍を届けたら、今度は蕎麦屋に戻って店で使う分を処理する亭主。筍の先端部分を7cmほど切り取ったら、円錐形を縦に6等分して、ラップを敷いたステンレスのバットに並べ、上からもラップを掛けて急速冷凍をかけておくのです。使う分だけ解凍すれば、来週いっぱいの天麩羅の具材になる。ドウダンの花が咲き始めたご近所の景色を眺めながら、家に戻って女将に筍を渡す。ちょうど昆布と大豆を煮終えたところのようでした。
ひと眠りする暇がなかった朝だから、9時近くだというのに書斎で横になってやはりひと眠り。目が覚めても頭がぼうっとしているから、とうとう午前中には仕込みに出掛けられなかった。昼は亭主が焼きうどんを作って野菜サラダの残りを食べ尽くす。最近は青海苔と紅生姜を買いそろえてあるから、女将もなかなかやりますね。11時半に女将のスポーツクラブの予約があるから、亭主は急いで昼食を終え、パソコンの前で時計の秒針と睨めっこなのです。
午後は女将が買い物から帰るのを待って蕎麦屋に出掛けるのでした。終わっていない仕込みは沢山あったから、次から次と仕込みを続けるのです。白餡を煮詰めながら蓮根を湯がいて、小松菜を茹でたら天麩羅の具材を切り分ける。使った道具をすべて洗い終わったところで、切り干し大根の具材を切り、ごま油で炒めて出汁で煮たら出汁醤油と砂糖で味付けをする。最後に明日のお新香を漬けて、業者が来るのを待つのでした。明朝はまた出汁を取らなければ…。
4月14日 木曜日 暗い朝、寒い一日 …
今朝も5時半に家を出て、朝飯前のひと仕事です。定休日のうちに終わらなかった出汁取りをしたら、お新香を糠床から出して切り分け、小鉢に盛り付けておきます。そして、昨日仕込んだ切り干し大根の煮物も小鉢に盛っておく。これで一時間余りがすぐに過ぎてしまうから、朝から忙しいのです。夕べは通風の足の調子もだいぶ好かったのに、朝になったらズキズキと痛むから、わずか300mの蕎麦屋までの距離を車で移動したのでした。
痛くないときは酒を飲むからコレが行けないのか。ライムを入れたり梅干しを入れたり、アルカリ性にして強炭酸で薄めた焼酎を飲んでいるから、眠る時まで痛みを感じないのです。でも、これは夕食後に服用している痛み止めが効いているからかも知れない。試しに飲まないでみようかとも思うのだけれど、夕食は早い時間で夜は長いから、どうしても割きイカや枝豆などをちょっと肴を当てにして、テレビを見ながら寝酒を飲んでしまうのです。
家に戻れば今朝はいつもより寒いから、朝飯は鮭粥だったのが嬉しい。昨日のうちに、灯油を半分だけ買ってきたから、寒いと思ったらストーブを点けるようにしているのですが、実際には部屋の中は16℃とかで、直ぐに暑くなる。この微妙な寒暖差が難しい。今日は蕎麦粉が届く日だったから、早めに車で蕎麦屋に出掛けました。天気も悪いから、駐車場が一杯になるほどはお客は来ないだろうと考えたのです。蕎麦屋の店内は18℃あったから暖房は点けない。
今朝は加水率43%弱にして蕎麦粉を捏ね始めたのですが、もうこの時期は44%ではやはり多すぎるようです。少し柔らかめの生地に仕上がって、今日も自然と薄く伸したから細めの仕上がりです。切りべら28本で135g の蕎麦を8束作って生舟の中に並べました。定休日明けはやることが多いから、蕎麦豆腐も朝のうちに作っておいた。大根と生姜をおろして、薬味葱を切り、苺大福を包んだら野菜サラダの具材を刻む。新しい油を天麩羅鍋に注いでおきます。
早めに暖簾を出して営業を始めましたが、最初のお客が来たのはやはり昼過ぎで、皆さんお昼を食べる時間は決まっている。ヘルシーランチセットと天せいろの注文を受けて、苺大福を子供たちにも食べさせたいと、全部土産でお持ち帰りなのでした。天麩羅を揚げている間に、次のお客がいらっしてお茶をお出ししたら、男性客三人だから直ぐに注文が入ったので、これは相当に忙しい。三人がそれぞれ違うメニューで大盛りだから、蕎麦はすぐになくなった。
1時過ぎには生舟の蕎麦が残り一つになったので、「お蕎麦売りきれ」の看板を出す。1時半近くにはお客も帰り、亭主は痛い足を引きずりながら洗い物と後片付けをするのでした。スポーツクラブから帰った女将が手伝いに来てくれた。車だったから帰りがけに郵便局に寄って、蕎麦粉の支払いを済ませておく。今日の売り上げがあったから今週も無事にすべての支払いが完了。夕食は一年ぶりに筍ご飯でした。鶏の胸肉の塩麹焼きもなかなかの味なのです。
4月15日 金曜日 冷たい雨の降る一日 …
午前6時に雨の中を車で家を出て、朝飯前のひと仕事。金曜日はあまりすることもないのだけれど、居間の椅子に座って朝食まで一時間も待つのは健康に悪いと、痛い足を引きずりながら車に乗るのでした。来週の定休日には医者に行こうなどと、漠然とした期待を持ってはいるが、それまでに治まらないものかとも考えたりする。尿酸値の検査をして通院しなければならないし、痛み止めと尿酸を溶かす薬が出るだけだから、治まってくれるのが一番なのです。
カウンターの洗い物を片付けて、昨日全部空になった大盛りの蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めたら、部屋干しの洗濯物を畳んでやろうかと奥の部屋に行くけれど、この天気だからまだ乾いていないのです。家に戻れば、女将が台所で食事の用意をしていたので、居間の椅子に座って天気予報を見る。今日は一日中雨らしく、市内は気温も揚がらないという予報。こんな日にも営業をしなければならないのが商売というものなのでしょう。まして蕎麦屋は寒い雨の日は辛い。
筍の時期は、筍料理がしばらく続くのが嬉しいやら飽きて来るやら、今朝は縞ホッケの塩焼きが出たから美味しく食べたのです。食後に鎮痛剤とお茶を飲んで、時計を気にしながら書斎に入ってひと眠りする亭主。30分ほど微睡んだら頭がすっきりとして、その分、足の親指の痛みも増したような気がするのでした。洗面と着替えを済ませて、今朝もまた車に乗って出勤です。今朝は寒いから靴下を履いて雪駄を突っ掛けていたのです。
雨だから、看板を出したら隣に傘立てを置いて、幟はしばらく様子を見てから立てようと思った。まずはやはり蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つ。昨日まで43%の加水とばかり思っていたのに、計算したら44%で打っていたから生地が柔らかかったと判明。今朝はしっかり43%で蕎麦粉を捏ね始めたら、これが好い塩梅なのでした。切りべら26本で135gの蕎麦を、今日も八人分生舟に並べて蕎麦打ちを終える。厨房に戻って昨日売り切れた苺大福を包んでおく。
この時点では、冷たい雨だからお客は来ないなどと言うことは、もうどうでも好いのでした。葱切りをして大根をおろし、野菜サラダの具材を刻んで三皿に盛り付ける。いつもと同じことの繰り返しが大事なのだと自分に言って聞かせる亭主。小雨の中を幟を立て、昼になってもお客は来ないから、やっと乾いた洗濯物を畳んでおきます。賄い蕎麦でも食べておきたいところだけれど、天麩羅の油や蕎麦を茹でる大鍋が汚れると洗わなくてはならないのが嫌だった。
こんな雨の中を昼を食べに来るのはやはり常連さんで、「寒い寒い」と言いながら1時過ぎにいらっして「今日は筍を食べたい」と言うから、筍の天麩羅にコゴミとタラの芽の天麩羅を添えて、せいろ蕎麦と辛味大根をお出ししたのです。しばらく話をして、珍しく今日は早めに帰られた。これで亭主もやっと昼飯が食べられると、コゴミとタラの芽の天麩羅に蓮根を揚げて、ぶっかけ蕎麦を食べれば、ほのかな苦味が堪らなく美味しいと感じられるのでした。
4月16日 土曜日 寒い朝だったけれど …
通風の足の指の痛みは鎮痛剤の効き目が切れる朝方が酷く、朝飯前のひと仕事は車で蕎麦屋に出掛ける亭主。幟を立てて看板を出し終えたら、厨房に入って米を研いで炊飯器にかける。小鉢も足りなくなっているから、新しく盛り付けておくのです。それでも週末だから心配なので野菜の浅漬けを漬けておく。次に来た時には漬かっているだろうから、小鉢に盛れば好い。洗濯物はまだ乾いていないから、奥の座敷も暖房を入れておくのでした。
寒い朝だったから、女将が気を利かせて今朝もしゃけ粥にしてくれた。身体が温まるから助かるのです。部屋の中は14℃と、じっとしているとやはり寒いので、ストーブを点けて暖を取る。しかし、以前とは違ってすぐに室温が上がってまた消さなければならない。足の指が痛いので椅子から立ち上がるのも億劫。早く一日二回の薬を飲んで、この痛みから解放されたいと思うのでした。ひと眠りして再び蕎麦屋に出掛ける時も車で行かなければならなかった。
蕎麦打ち室に入って、今朝は500gだけ蕎麦を打ち足しておいた。加水率43%で、ちょうど好い硬さになった生地は、包丁を打つにもとても調子よく、切りべら26本で一人前135gの蕎麦を五人分。昨日の残りの蕎麦と合わせて12食の蕎麦を用意したのです。寒い日は、お客も少ないだろうと考えていた。最近は週末でも滅多に10人を越えないから、寂しいけれどコロナ禍の現実です。女将がやって来て洗濯物を畳んで、店の掃除をし始めたから、今日は助かる。
早朝に浸けておいた浅漬けは、ナスとキュウリとカブとラディッシュ。少し薄めにスライスしてあるから、薄味でちょうど好い仕上がりでした。いつもなら夜のうちに糠味噌に漬けに来るのですが、今は足の指の痛みに耐えかねるから、背に腹は替えられない。味は悪くないのですが、昆布出汁を使用しているとは言え、添加物の味がどうしても気になるのです。若いお客などはお新香は残すけれどこの浅漬けは残さないから、添加物に馴染んでいるのかしら。
薬味の葱を刻んで、大根と生姜をおろし、野菜サラダの具材を刻み始めれば、そろそろ包丁を研がなくてはいけないと、切れ味の悪くなった包丁を騙し騙し使うのでした。痛み止めの薬が効いて来たのか、蕎麦打ちにしても野菜サラダにしても集中しているときには指の痛さを忘れているから不思議です。夕べ風呂上がりに体重計に乗って内臓脂肪を計ったら、これ以上はないくらいメーターが上がっていたから、夕食の後はほとんど物を食べずに過ごしたのです。
少し日が差してきたから、もしかしてお客が入ったら困ると思って、乗ってきた車を家に置きに帰る。片道だけ歩けば好いから、ゆっくりと歩けば何とか痛みに耐えられると考えたのです。団地に接する農家の八重桜が見事に咲いていました。青空も覗いて気温もだいぶ上がってきた様子。燕があちこち飛び回って巣作りに忙しそうなのでした。こんなに好い陽気になったのに、気が晴れないのは自業自得と言おうか、コロナ禍でプールを休んでいるのも大きい。
晴れた陽射しに向かいの森の新緑が眩しかった。朝が寒かったからか、お客の出足は遅く、昼過ぎからぽつりぽつりとお客が入ったのです。中には残っていた苺大福を全部お土産で持ち帰るお婆さんもいました。お爺さんにたべさせるのだとか。「今度は違う子どもと一緒に来ます」と言って、店置きのパンフレットを持って帰られたのです。それにしてもお客の少ない土曜日でした。夜の防犯パトロールは、責任者の方に電話をしてお休みさせていただいた。
4月17日 日曜日 お客の出足の遅い日曜日は …
昨日よりも更に少し寒い朝だったから、今朝はシジミ粥にしてもらったのです。珍しく寝坊したと言う女将は好く眠れたらしく、ぐっすりと眠った亭主も朝食の遅れは気にしないから、のんびり出来る隠居生活は気楽なもの。困ったのは鎮痛剤の切れた朝方は、足の親指の具合が悪いことで、どうしても力が入るから何をするにも痛いのです。「10分かけて行くから大丈夫」と、わずか300mを足をひきずりながらゆっくりと歩くのです。
さすがに日曜日だから駐車場は満杯になる可能性が高いのです。いつもと違って少しずつのろのろと歩くから、ご近所に咲く躑躅や芝桜の花に自然と目が行く。青い空に赤や紫の花々の色が映えて、幸せな気分になるのでした。二時間ほどしたら少しずつ薬が効いてくるらしく、歩けば痛いけれど我慢できないほどではなくなって、幟を立ててチェーンポールを降ろし、今朝の準備を始めるのです。蕎麦は幾つ打てば好いだろうかと逡巡する。
昨日の蕎麦が生舟に七束も残っていたから、八人分を打ったらやはり多すぎるだろうし、五人分では足らないかも知れない。コロナ禍になってからというもの、値段の高い蕎麦粉も大切に扱っているから、残って自分で食べるのではもったいないと思うようになったのです。結局、600g 六人分を打って13人分なら大盛りが出ても大丈夫だろうと、蕎麦粉を計って水回しを始めました。足らなくなれば「売りきれ」にしても後ろめたくない数なのです。
加水率は43%。生地はこのところ好い具合に硬く、足の指の痛みも忘れる程に集中しているのでした。蕎麦玉を作って寝かせいてる間に、厨房に戻って苺大福を包む。お土産で全部持ち帰ったお客がいた昨日のこともあったので、今日は六つ作って六皿も用意した。野菜サラダが四皿だから、単品で頼まれても、ちょうど好いかも知れないと考えたのでした。女将が来て店の掃除を始めてくれたので助かる。亭主は再び蕎麦打ち室に入って伸しにかかるのでした。
両手で蕎麦玉を丸く広げていく地伸しを終えたら、伸し棒を使って更に正円に伸していくのが丸出しなのですが、これがまたなかなか難しい。左右の掌を同時に動かしながら、厚味を均等にしていかなければならないのです。ここで失敗すると、本伸しの前の四つ出しが上手くいかないし、修正するのにひと苦労する。足の指が痛いなどと言っていられないから、楽しくも緊張する時間です。本伸しまで終えて八つに畳んだら、いよいよ包丁打ち。
500g では五人分取れるけれど、135g では少し端切れが大きくなるから、600g で六人分はちょうど好い分量なのでした。生舟に並べた13人分の蕎麦を冷蔵庫にしまって、厨房に戻って野菜サラダの具材を刻み、大釜の湯をポットに詰め、大根おろしをすっておくのです。早お昼を食べに帰った女将が戻り、亭主は天麩羅油と天つゆの鍋に火を点けて、いよいよ開店の準備が整う。10分前に暖簾を出せば、ちょうど開店の時刻に常連のご夫婦がいらっしたのでした。
ご主人は相も変わらずカレーうどんとデザート。奥様は暖かくなったからか、鴨南蛮ではなく鴨せいろのご注文でした。昼前はもうひと組のご来店でしたが、今日は1時を過ぎてからが混み始めたから大忙しです。最後の若いカップルはカウンター席に座ってヘルシーランチセット。女将が「お蕎麦売り切れ」の看板を出す。「今日もとても美味しい」とカウンターの女性が言えば、テーブル席の奥さんが「大満足です」と言ってくれた。嬉しい日曜日でした。
4月18日 月曜日 新緑の前で只管打坐の境地 …
足の親指の痛みは足首まで広がって、歩く度に激痛が走ったけれど、今朝も朝飯前のひと仕事に、車で蕎麦に出掛けた亭主でした。「今日は蕎麦屋をお休みにしたら」と女将は言うけれど、家にいても痛さは変わらないから、気晴らしになるというのが亭主の考え。昼の仕事が終わったら医者に行くことにしていたので、あと半日の我慢だと自分に言い聞かせて、ブレーキのペダルを踏むのにも足が痛いから、車の運転も慎重に無事に蕎麦屋まで辿り着く。
お客で混んだ昨日の洗い物はカウンターの上に山積みになっていたから、まずは盆や蕎麦皿を片付けて、漆塗りのお椀や厚手のデザートの皿を戸棚にしまう。そして、冷蔵庫に残っているナスとキュウリとカブとラディッシュを取り出して、浅漬けの素に漬け込んでおくのです。家に戻れば、女将が台所に立って朝食の支度をしてくれていた。「筍ご飯はこれで終わりです」と言われ、ホッケとベーコンエッグなどをおかずにして朝食を済ませる。
食後に飲む市販の鎮痛剤も最後になって、いよいよ医者に行かないと困る状況。薬が少し効いてきた頃にまた車で家を出て、弱く暖房を入れておいた店内に入れば、もう20℃になっていたので、エアコンを消して厨房に入る。浅漬けを取り出して小鉢に盛ったら、早速、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのでした。加水率は43%でいつものようにしっとりとした生地の仕上がり。蕎麦玉を寝かせている間に厨房に戻って、薬味の葱を刻み、大根をおろしておく。
最近は、だいぶこの硬さに慣れて来たから、今朝も綺麗に丸出しや四つ出しを終えて、本伸しもスムーズに出来た。八つに畳んで包丁を打てば、一束135gの蕎麦が美味しそうに仕上がるのでした。昨日の残りの蕎麦と合わせて、今日は八人分の蕎麦を用意した。お客は来ても6人ぐらいが関の山だろうと読んでいた。外は晴れ間も覗いたのだけれど、昼に掛けてずっと曇りの予報。時折、小雨がぱらついて、夜はもう雨なのだそうな。
野菜サラダを刻んで、天麩羅の油や天つゆを温め、足が痛いので歩き回ることも出来ずに、厨房とカウンターの椅子に長いこと座って、亭主は窓から見える景色を眺めていました。燕や雀や椋鳥たちが電線に止まっては飛び立っていくのを、じっと眺めては何を思うのでもなく、自分が新緑の春の風景に溶け込んでいくような気がするのです。前の通りを車は沢山通るけれど、たまに蕎麦屋を見ていく車があるくらいで、一台も駐車場には入って来なかった。
混んだ週末の翌日は得てしてこんなものなのです。菜の花畑の手前、道路際の草の間に、今年もオレンジ色のポピーが沢山咲き始めた。隣の畑には主の植えたポピーが咲き始めている。その前に一列綠があるのは何の花なのだろうか。所々に紫の花が咲いているように見える。蕎麦屋との間の小径には、シロツメクサの群生がもの凄い勢いで広がって、花も咲き始めている。90歳を越えるお爺さんが畑をやらなくなったから、息子さんが管理しているのです。
昼を過ぎてもお客は来ないから、空腹を覚えた亭主は、昼の賄い蕎麦を食べたいのだけれど、蕎麦を茹でる大釜もお客が来なければ洗わなくて済むと思うと、なかなかその気になれないでいる。7年もの経験で、こんな日もあるとは分かっているから、心は穏やか。と、見慣れた車が駐車場に滑り込んで、隣町の常連さんが今週二回目のご来店なのでした。「また筍の天麩羅を食べたい」と言って、カウンターに置いてある野菜サラダを取って食べ始めるのです。
いつものように辛味大根をおろして、蕎麦を茹でようと言う時になって、もう一台の車が駐車場に入ってきたから、分からないものです。ラストオーダーの時間まで、お客がいたから昼までの退屈さが紛れたというもの。お客が帰ったその後は、やっと亭主も昼の賄い蕎麦をゆっくりと食べられる。天麩羅鍋の油が温かいうちに、蓮根、筍、コゴミにタラの芽を揚げて、春を満載したぶっかけ蕎麦を食べるのでした。「ああ、美味しい」と独り呟く。
4月19日 火曜日 晴れて暖かな初夏の陽射し …
昨日の遅い午後についに医者に行ったら、受付の女性が「診察券はありますか」と言うので「もう10年以上前になるから」と応えると、「2011年にいらっしてますね」と、パソコンの画面を見て教えてくれました。元気だった医者も白髪の老人になって、「特効薬を出しますよ」と言ったきり、昔のことは覚えていないらしい。
大震災直後に、初めて通風の発作が膝に出たのを覚えてはいたけれど、大学病院の夜間外来で女将に車椅子を押されて、診療室まで行った記憶があるだけで、後は遠い記憶の彼方。女将に話をすれば彼女もうる覚えで、古い日記を取り出して2011年の3月11日を調べたらしく、確かに夜間外来に行って、専門の医師が不在だからと、痛み止めをもらって帰って来たのだとか。
朝食は今朝もサラダとベーコンエッグ。定休日前は家の冷蔵庫にも残り物がなくなるから、亭主が仕入れをする火曜日には、隣町のスーパーで家に肉や魚や果物を買ってくることが多いのです。往復3キロ以上を歩いて買い物に行く女将には、一度には持って帰れない量だからです。今朝も魚と果物を頼まれて、お袋様と一緒に仕入れに出掛ける亭主。玄関前の釣鐘水仙は随分と背丈が伸びて、花の数も増えているのでした。足を引きずりながら車に乗った。
痛風で赤く腫れた親指の痛みは、医者の言ったようにぴたりと止まったのは特効薬のお蔭か。その代わりに、この二週間、痛い足をかばって歩いた足首が腫れて関節痛になったらしいのです。週に一度の仕入れがなければ、家でじっとしていたいほどの痛さだから、まだまだ完治するまでには先が長い。広がる青空や春の風景が、憂鬱な気分を少しでも晴らしてくれるから、蕎麦屋に寄って昨日の片付けをしてからお袋様を迎えに行くのでした。
お袋様を乗せて農産物直売所に着けば、足を引きずりながら歩く亭主を、野菜を運んで来た知り合いの農家の奥さんが「あら、どうしたの?」と見つけてしばし立ち話。先週もらったラディッシュが美味しかったという話をしたら、「どうやって食べるの?」と聞かれたから、浅漬けにしたら色も鮮やかだし店でも出したと応える。ご主人がいろいろな珍しい野菜を育てて持ってくるから、蕎麦屋の亭主はどうやって出しているのかと聞かれることが多いのです。
陽射しは暖かく、中学校の通りには躑躅が見事に咲き始めていました。この時期、季節の移ろうのは実に早いと感じるのです。「万緑の 中や吾子(あこ)の歯 生え初むる」と詠った草田男の句が思い起こされるのでした。今は亡き、昔の渓流釣り仲間の先輩が、山の中に入って野生の躑躅を見つけると、「渓流では山吹が咲いて躑躅が咲くと、次は藤の咲く季節なんだよ」と言っていたのを思い出す。山奥に新居を構えた彼も、蕎麦打ちが好きだったのです。
無事に仕入れを済ませてお袋様を家まで送ったら、蕎麦屋に戻って野菜類を冷蔵庫に収納する。先週の大根が残ったから、今日はまた烏賊を二杯も買って来たのでした。農産物直売所では、季節柄、野蕗も出ていたから、少し面倒ではあるけれど、店にある油揚げやニンジンや蓮根の残りを入れて、蕗のキンピラでも作って見ようかと新しい工夫を考える。色合いが鮮やかなのが好いかなと思いついた。地味だけれど、季節のものを喜ぶお客も少なくないのです。
昼は昨日残った蕎麦を茹でて、カロリー少なめに済ませるのでした。タンパク質がないからと、女将が大豆の煮物を添えてくれた。結局は残った浅漬けも、二日目でも薄味で結構美味しかった。朝は天気が好いので女将が枕カバーとシーツを洗うだろうと、食事の後にひと眠りをしなかったから、シーツの敷いてない布団にそのまま横になってぐっすりと眠り込んでしまう。日に三回飲む食後の薬のせいもあるのだろうか。目覚めればもう2時過ぎなのでした。
稽古場で雑誌に送る書を書いていた女将に声を掛けて、蕎麦屋に出汁取りに出掛ける亭主。足の調子はだいぶ痛みが取れて、親指よりも足首の痛みが気になる程度なのでした。外は雲が出て来たけれど暖かいので上着も要らない。ジャージを羽織ったまま、まずは洗濯物を畳み、洗濯機の中の洗い物を干しておく。先週の残った出汁はペットボトルに詰めて家に持ち帰り用として、新しい蕎麦汁を徳利に詰めていく。やることは沢山あるけれど今日はここまで。
我が家の早い夕飯は5時前に始まる。女将が亭主の内臓脂肪を心配してか、豚のロースの切り身を生姜焼きにして、夜食を食わぬようにと味噌汁まで付けてくれた。昼の蕎麦は美味しいのだけれど、やはり腹が減って仕方がないのです。夕食が早いから、どうしても寝酒の肴に何か食べたくなるのが人情で、今夜も焼きするめのピリ辛醤油味をちぎりながら、少し早い快気祝いに一献なので明日は明日はまだ仕込みが沢山残っているから朝から忙しい。