カテゴリー
未分類

2022年3月初旬

3月1日 火曜日 うららかな陽射しの定休日

 昨日の夕刻に、メガネを修理に出していたのを思い出して、店に電話をして見ると「ああ、○○さんですね」と直ぐに分かって、閉店間際に取りに出掛けたのです。受け取りの日から三週間も遅れてしまった。忘れっぽくなったと言ってもこれは笑えない出来事。
 現役時代に随分と高価なメガネを購入したらしく、遠近両用のレンズ以外はすべて新品になって戻って来たから驚きました。これが最後に買ったメガネだから、掛けてみるととてもよく見える。最近はパソコンの文字以外には細かな字を見なくなったから、メガネを掛けなくても不自由はなかったけれど、とても好い気分。

 雲の多い朝でしたが、帽子も手袋も要らず、お袋様を迎えに行って一緒に仕入れに出掛けました。地元の農産物直売所で農家の白菜とトマト、人参を買って、隣町のスーパーに行けば、今日は月の初めの安売りの日とあって、駐車場はやけに混んでいたのです。
 蕎麦屋に戻れば隣の畑に嘴と脚の黄色い椋鳥が集まっていた。てんでにクローバーの新芽の出て来た地面を突いているけれど、一体何を食べているのだろう。窓の内側からガラス越しにズームで撮ったが、やはりスマホのカメラでは好く撮れないのです。

 昨日の洗い物を片付けて、仕入れた食材を冷蔵庫にしまい、白菜を樽に漬けたら午前中の仕込みは終わりです。昼は昨日残った蕎麦を食べることになっていたから、最後の油で揚げた天麩羅を焼いて大きな鍋で一人分ずつ蕎麦を茹でていく。残った天つゆも持ち帰ったから温めて、大根を卸して熱いうちに食べるのです。亭主は大盛り、女将は普通の一人前を平らげ、蕎麦湯を飲んで「ああ、美味しかった。腹一杯だぁ」と満足する。

 午後は日陽の当たる書斎でひと眠りする亭主。小一時間で目覚めて珈琲を一杯飲んだら、まずはこのブログの懸案の疑問について、レンタルサーバーの会社に問い合わせのメールを書いておく。「セキュリティー保護なし」と表示される画面上部がどうも気になっていたのです。普通は鍵マークが表示されるはずなのに。
 それからやっと午後の仕込みに蕎麦屋へ出掛けるのです。筑前煮を作ることと少なくなっていた返しを作ることが目標だったが、時計はもう3時を回っていたから、夕食までに家に帰るには、どちらか一つを選ばなければなりませんでした。煮物は後で作った方が長持ちするから、3㍑の返しを作る準備をして鍋を火にかける。沸騰する前に火を止めて、洗濯機の中の洗濯物を干して家に戻る。

 昼に天麩羅と蕎麦を食べ、その後に果物を食べて金柑大福まで食べた女将は、お腹が凭(もた)れていると言うので、お好み焼きは止めて、急遽、蒸し野菜にするのでした。昨日残った大量の野菜サラダを消費しなければならなかったから、亭主が酒のつまみにと買ってきたウインナソーセージを載せて、土鍋で蒸して食べる。
 ニュースはウクライナ情勢の話ばかりで、日に何度も見るからその度に「嫌だわね」と言う女将と話をするのです。今日は風呂に入る前にこのブログを終わらせて、夜は懸案の確定申告の準備をしようと書斎に入る。パソコンの画面を見つめるとまた目がゴロゴロとしてきたから、いい加減なところで止めないといけない。


3月2日 水曜日 夜明けが早くなった…

 夕べは結局、確定申告の準備も出来ずに10時には床に就いてしまったから、今朝は 4時半には目が覚めて珈琲を飲んでひと休みしたら、蕎麦屋に出掛けたのです。大分、夜の明けるのが早くなったと見えて、五時半にはもう東の空が明るくなっているのでした。
 朝食の時間までには十分に余裕があるので、店に着いたらお湯を沸かしてほうじ茶を入れ、厨房の椅子に座って何から始めようかと今朝の段取りを考えるのです。まずは昨日のうちに仕込んで置いた蕎麦汁を徳利に詰め替えて、水の上がった白菜の漬け物を小さな漬けもの器に漬け直すことから始めようと重い腰を上げる。 

 鍋に入れてラップを掛けたままの2㍑あまりの蕎麦汁は、空の徳利に詰めればもうなくなる。コロナ前は1日2日で空になったから週に何回が作らなければいけなかったのに、今では一週間にやっと二回ほど作っても余るほど。寂しいけれどこれが現実なので、打つ蕎麦の量もこれに比例して少なくなっているのです。
 それでも仕込みはやはり未来に向けての希望を仕込む意気込み。毎回、醤油や再仕込み醤油、味醂や氷糖蜜やワインビネガーを、同じ分量で仕込んだ返しと一番出汁で作った蕎麦汁を、一本一本丁寧に蕎麦徳利に詰めていくのです。年季の入った蕎麦徳利もそろそろ新しく買い換えなくてはならないけれど、一つ 4000円もする手作りの徳利はなかなか新調できないのが今の状況…。

 次に二日間で水の上がってきた白菜の漬け物を、漬け直して昆布や唐辛子、柚子の皮の千切りを入れる作業。地元の農家の白菜も、そろそろ終わりなのですが、いつも新鮮なものを並べてくれる農家のものは、少しずつ小振りになってきたけれど柔らかくて直ぐに水が上がるのです。漬け物は野菜の新鮮さが命だから大いに助かる。
 樽に二把塩を振って漬けておいた白菜が、漬けもの器に入り切ってしまうほど水が出て、『これは美味しく漬かるだろう』と亭主はぬか喜びをする。野菜の甘さが、塩加減や昆布の旨味成分、柚子や唐辛子の微妙な香り付けと相俟って、絶妙な美味さが出るのです。最近は小鉢のお新香を残す客もいるけれど、まだまだ人気がある。

 部屋干しの布巾類を畳んで洗濯機の洗い物を干したら、朝飯前のひと仕事は終わりで 7時前には蕎麦屋を出る亭主。空は晴れて東の森の彼方から朝日が昇る頃合いです。朝の気温がマイナスでないから随分と暖かくなったと感じる。今朝もヒヨドリが庭の金柑の木にやって来ていた。門を開けるとパッと飛び立つから凄い。
 朝食は天麩羅の煮付けとお新香の予定だから、家に戻って食堂の暖房を入れ、女将の起き出す前に天麩羅だけ煮ておくのです。テレビのニュースは相変わらずウクライナ情勢ばかり。ガソリンや灯油の値段が上がっても、何も出来ない自分たちがそれを我慢することで、目に見えぬ支援となるだろうと女将と話をするのでした。

 朝食を終えてお茶を入れてもらったら、例によって小一時間は書斎で横になってひと眠り。8時半になったら洗面と着替えを済ませてまた蕎麦屋に出掛ける。定休日でもこの生活は変わらないから、亭主は一週間まったく休みがないのです。11時半には女将のスポーツクラブの二週間後の予約が開始されるから、それまでに今日の仕込みを済まさなければならない。
 蕎麦屋に着けば、今朝は椋鳥が群れになって隣の畑にやって来ていた。やはり、クローバーの新芽を食べているのだろうか。ガラス窓のこちらから、更に近づいて撮ろうと思ったら、人影に気づいたのか一斉に飛び立っていくから驚きなのでした。

 今朝の仕込みは、先週の残りの里芋や牛蒡(ごぼう)があったから、天麩羅の具材で残った蓮根の人参を合わせて、また筑前煮を作るのでした。二番出汁と出汁醤油で出し汁を作って、中華鍋で炒めた根菜類を煮ていく。次に鶏肉を切り分けて片栗粉をまぶし、同じ中華鍋に油を引いて炒めたものを隣の鍋に入れて煮込む。
 頼んでおいた宅配便が来るかと早めに来たものだから、11時にはまだまだ時間があった。蓮根の皮を剥いて湯がいたり、カボチャを切り分けて、明日の天麩羅の具材を仕込んでおこうと包丁を振る。それでも11時前にはすべて終了。今日の仕込みはすべて完了したのです。後は夕刻に来る業者から海老を受け取るだけ。

 昼は先日仕込んだカレーの残りを家に持って来たから、肉やかき揚げの具材で残った玉葱と人参を加えて、亭主がカレー粉や醤油やソースなどで絶妙な味つけをする。女将は店から持ち帰ったお新香の残りを切り分けて小鉢に盛り付ける。定休日の我が家の食事は、店の残り物を処理する工夫に満ちているのです。
 食後は女将がデザートの果物とお茶を書斎まで運んで来てくれる。亭主は例によって心地よい午後の微睡み。定休日の特権か。夕刻にまた蕎麦屋に出掛け、明日の小鉢を三種類も盛り付けていたら、業者から「あと10分ほどで着きます」と、電話が入って珈琲を沸かして待つのでした。確定申告の準備は遅遅として進まない。


3月3日 木曜日 桃の節句…

 みずき通りを渡ったところのお宅に、白梅が見事に咲いていました。桃の節句は娘たちがまだ家にいた頃の遠い昔の記憶です。離れて暮らしている孫娘たちも、もうひな祭りを楽しむ年齢ではないのかも知れない。コロナ禍でここ二年ほど会っていないけれど、元気で暮らしているだろうか。随分と大きくなったに違いない。
 そんなことを考えながら蕎麦屋に着けば、まだ8時半だから、朝の仕事を終わらせて、蕎麦打ち前に薬味の葱切りと生姜をおろし、解凍しておいた海老をタッパに移し替えておきます。大根はもう少し後で擦ったほうが、お客に出すのにはちょうど好いのです。それからやっと蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのでした。

 今日は天気も好いし、暖かいから少しはお客が増えるかも知れないとは思いながらも、今朝の新聞では佐倉はまだ140人も感染者が出ている。近くの介護施設ではクラスターが出たと言うし、まったくこのコロナ禍ではお客は読めないのです。だから、いつもと同じで750g8人分を打って、水回しを終えたら蕎麦玉に練り上げる。
 コロナ以前なら、この陽気では足りない分量かも知れない。でも今は蕎麦がなくなったらご免なさいで済まそうと思っている。平日に8人を越える日はほとんどないのです。あまり早くなくなれば、もう一度蕎麦を打つことも出来るけれど、その心配はなさそう。

 蕎麦玉をビニール袋に入れて寝かせている間に、厨房に戻って大根をおろし、次の作業の準備をしておく。再び蕎麦打ち室に入ったら、蕎麦玉を両手で押しつぶして丸く薄く地伸しをする。形が整ったら、今度は伸し棒で均等な厚味で正円になるように丸伸しをしていくのです。今日も加水の加減がちょうど好く、しっとりとした生地がどんどん大きな正円になっていくのでした。
 8人分の蕎麦を打ち終えたら、また厨房に戻って今度は金柑大福を包んでいきます。金柑の甘露煮を白餡でくるんだら、水と氷糖蜜とで溶かしておいた白玉粉を、火にかけて餅状にする。これを丸く伸ばして左手に取り、右手で白餡でくるんだ金柑を載せて包んでいくのですが、尻の部分を閉じるまでにもう熱さに耐えられない。「あちちちっ」と言いながら片栗粉をまぶして、両手で丸くしていく。

 ここまでで時計は10時半を回っていました。後30分で野菜サラダの具材を刻んで盛り付けまで終わらせなければいけない。大釜のお湯が沸くから四本のポットに汲んでおきます。二本は蕎麦茶用、もう二本は器や蕎麦湯の入れ物の温め用。ブロッコリーとアスパラを小鍋で茹でて水で冷やしたら、急いで野菜を刻んでいきます。
 やっと盛り付けが終わって、大福の皿と一緒にラップを掛ける。制服に着替えてエプロンをしたら、アルコールでテーブルを拭いていくのです。一人だとこの時間が一番忙しいと感じる。暖簾を出して営業中の看板をぶら下げ、準備完了です。朝店に来てからぴったり3時間が経っている。椅子に座れば眠くなりそうで怖いのです。

 外は好い天気で暖かいから、散歩に出ている人が多い。『あの二人連れは蕎麦屋に入るかな?』などと思いながら窓の外を見るけれど、今日は歩いていらっしゃるお客はいませんでした。車で二台、お一人ずつのお客がそれぞれカウンターに座り、天せいろのご注文なのでした。降ろしたばかりの胡麻油でカリッとした天麩羅を揚げてお出しする。お客は少なくても、それが楽しい。
 「ここは出来て何年になりますか?」「まる7年になります」と応えれば、「8年間離れていてやっと戻って来たのですが、また来させてもらいます。馳走様」と言って帰られる男性。天せいろの他に蕎麦豆腐と金柑大福も頼まれたから、「ヘルシーランチセットにすれば単品よりもお得ですよ」と亭主が言うと、「それでは食べきれないと思ったんです」と控えめな若い女性…。

3月4日 金曜日 平年並みの暖かさ…

 と、天気予報で言っていたけれど、昨日の暖かさに慣れてしまったのか、今朝はひんやりと薄ら寒いのです。温度計の指し示す数値よりも体感温度の方が気になるところです。いつもの時間に蕎麦屋に出掛ければ、空には雲が多くどう見ても晴れとは言い難い。

 郵便受けから新聞を取り出して、ミニ菜園の様子を見れば、植えてあったミックスレタスは、最近はあまり使わないから伸び放題。小松菜も採らずに放っておいたものだから禍硬くて食べられそうにない。絹さやの蔓も地面に広がってしまっているし、管理しきれていないと言うのが実情なのでした。

 朝の仕事を済ませたら、店の中に入って大釜に水を汲んで火にかける。その間に昨日の洗い物を片付けて、ほうじ茶を入れてひと息入れたら、10℃を越えた蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。蕎麦切りの包丁の音も軽やかに、切りむらもあまり目立たない。昨日の蕎麦と合わせて11人分の蕎麦の束を生舟に並べる。

 大根をおろして沸いたお湯をポットに詰めたら、野菜サラダの具材を刻む。昨日も用意した三皿すべてが残って家に持ち帰って食べたから、今日はどうだろうかと心配するのです。ただ、その日その日で数を変えるのでは、長年やって来て今の数になったのだから、基準となるものが揺らいでしまう。平日はやはり三皿盛り付けようと頑なな亭主。今日もやはり三皿のサラダをカウンターに並べる。

 昼になるにつれて、気温も上がって外も少し青空が広がり、時折日陽が差すけれど、やはりお客は来ない。やっといらっした中年の女性は、1時間も歩いて来たと言う。山登りが趣味で身体を鍛えているのだとか。会津の農家の出身で、90歳になる父親が今でも蕎麦を打つと言うから、蕎麦が好きなのだといい話を聞いた。天せいろを頼まれて「コシがあって美味しいお蕎麦ですね」と褒め言葉。

3月5日 土曜日 春一番が吹いて…

 夕べはテレビも見ないで書類仕事をして、仕入れ先ごとの年間集計を印刷したところでもう眠くなってしまいました。10時前に床に就いたから、今朝は4時半には目が覚めてしまう。珈琲を一杯入れて飲んだら、まだ暗い通りを歩いて蕎麦屋に出掛ける。米を研いで、大釜に水を張り、小鉢を用意したらもう終わりで家に帰る。

 朝が早かったから、女将の朝食の支度を手伝い、早めに飯を食べてひと眠り。ぐっすり小一時間は眠って、髭を剃って洗面と着替えを済ませ、蕎麦屋に出掛ける亭主。暖かい朝なのです。昼からは風が強くなると言っていたけれど、この陽気ではお客が来ると経験から判断しました。昨日の蕎麦も大分残ってはいたのですが、更に打ち足して15人分の蕎麦を生舟に並べるのです。 

 蕎麦を打ち終えたら厨房に戻って金柑大福を包み、週末だからと野菜サラダの具材を四皿分刻んでおきます。今週仕入れたアスパラは随分と新鮮なので根本まで使える。ブロッコリーはカルビー丼に載せる分まで茹でておきます。お湯の沸いた鍋に塩を入れて2分半ほど茹でたら水で冷やす。その間に湯の沸いた大釜から四本のポットに湯を入れて、大釜に水を足しておく。

 家に戻って早い昼食を食べてきた女将が現れるのは開店30分前。亭主はここでやっとひと休みなのですが、今日はもう駐車場にお客の車が入って来ている。慌てて暖簾を出し、前掛けをして「いらっしゃいませ」3人連れのお客が続けていらっしたから大変です。カウンターにも二人連れのお客が座って、俄に忙しくなりました。

 三組までで満席の看板を出すので、これ以上はお客は入らないから、順番に調理していけば好いのですが。テーブル席のお婆さんが鍋焼きうどんをご注文で、こちらは女将の側にある IHで調理してもらう。温かい汁を使い切って予備の汁を温め、天麩羅をどんどん揚げて蕎麦を茹でていく亭主。玄関の外では、駅前から歩いていらっした常連が、椅子に座って待っていらっしたのでした。

 その後も休む間もなくお客が入り、やっとお蕎麦売り切れの看板を出して、亭主は奥の部屋で休んでいたら、「あと一人分は蕎麦があるのでしょ」と、もう女将が若い男性を店に入れていた。昨日までの閑散とした店の営業とはうって変わって、今日は久し振りに5時間も立ち通しで、亭主は昼を食べる暇もなかったのです。

 一時間ほどかけて洗い物を済ませ、家路についたのは3時過ぎ。暖かい南風が強くなって、これは春一番。女将が餅を焼いて書斎に持って来てくれました。今日の売り上げを品目別にパソコンに入力して、亭主はやっと少し横になる。洗い物を続けると低い流しで身体をかがめるから、背中が痛くて堪らないのです。女将はその間に歩いて2㎞の買い物に出掛けるから、最近は亭主も敵わない。
 店で残った野菜サラダと、女将の買って帰った本マグロのトロぶつで夕食を終えたら、亭主は出汁を取りに歩いて蕎麦屋に向かう。蕎麦汁を蕎麦徳利に詰めるところまで終えて小一時間。洗い物を済ませて帰宅すれば、もう7時を過ぎているのでした。風呂上がりに体重を計ったら、昨日よりも700gも減っていたから嬉しい。

3月6日 日曜日 今日は北風が強く…

 昨日は久し振りに沢山働いたから、今朝はなかなか起きられませんでした。8時間もぐっすりと眠って、起きてみればさすがの女将もまだ台所には立っていない。暖かな朝だったけれど、どこか薄ら寒いので、暖房を入れてひと休み。壁のエアコンは調子が悪いのでコンセントを抜いてある。そのうちまた動くようになるのか。

 やっと女将が現れて、土鍋で鮭粥の支度をし始めました。卵を落として三ツ葉を入れて、亭主は茶碗に二杯ほど食べたらもう満腹。考えたら今日は日曜日で、朝ドラもないから女将も時間に追われないのかも知れない。洗面を済ませて着替えをすれば、後は珈琲を一杯飲んで蕎麦屋に出掛けるだけ。玄関口の垂れ梅の鉢に梅の花が咲いていた。手入れもしないから、今年は片側だけなのだろうか。

 陽射しは強いのだけれど、冷たい北風も強く、幟を出したら風で煽られて大変。少し高さを調節して低くしたら、金木犀の枝の陰になって落ち着いた。二つの大釜に水を張って火にかけたら、今朝はいきなり蕎麦打ち室に入って蕎麦を打つ。室温は12℃もあるから、寒いわけではないのです。馬鹿にしてはいけない日曜日だけれど、この風ではお客は来そうにないと思われたのですが…。

 10人分だけ蕎麦を用意して、厨房に戻り、いつもの準備。葱切りを済ませ、大根と生姜をおろし、昨日使い切った天麩羅の具材を刻んで、金柑大福を包めば、後は野菜サラダだけです。今日は開店時刻の5分前にやっと準備が終わって、見れば駐車場にもう車が入っているのでした。暖簾を出して店の中に入っていただいたら、お婆さんを連れた夫婦がテーブルに座って、鴨せいろ二つに天麩羅蕎麦のご注文。調理している間に、毎週のようにいらっしゃるご夫婦がご来店で、こちらはカレーうどんにとろろ蕎麦を頼まれる。
 鴨肉は一人分しか解凍していなかったから、新しく解凍するのに時間がかかる。カレーも解凍して汁を作るのに手間がかかるので、最初から俄に忙しい厨房なのでした。それでも無事に料理をお出しして、最後のご主人のカレーうどんだけは遅れてテーブルに運ぶ。「ここのカレーは美味しいと主人が言うのですよ」とは奥様の言。毎週のように同じものを頼んでも飽きないらしく、よほど気に入っていただいた。デザートに金柑大福も食べて帰られる。

 5人分の盆や皿を洗い終わるか終わらないうちに、次のお客がもうやって来るから大変。ヘルシーランチセットのご注文が二つで、女将が野菜サラダや蕎麦豆腐を出している間に、亭主が盆に皿をセットして蕎麦を茹でるのでした。少し用意した蕎麦が少なかったかな?という思いが頭をよぎるのです。やはり馬鹿にしていてはいけない日曜日。電話が鳴って女将が出たけれど、「蕎麦は残り三つ」と亭主が応える。その三つも1時過ぎには売り切れてしまう。

 結果として、後から駐車場に入ってきた二組ほどのお客には、女将が出て「ご免なさい」と売りきれを伝えるのでした。こんな冷たい風の吹く日でもお客がいらっしゃるので、やはり春なのかと彼女が一人呟く。コロナ禍でお客の数が減ってはいるけれど、2日続けて店が混むのは珍しいのです。少しは明るい兆しか?

3月7日 月曜日 混んだ週末の翌日は…

 明日から定休日だというのに、今朝も朝飯前のひと仕事に出掛ける亭主なのでした。お客の多かった日の翌日は、お盆や蕎麦皿などを乾かすためにカウンターの上に沢山干してあるので、これらを片付けないといけない。布巾で拭いただけでは戸棚の中で黴が生えてしまうのです。厚手の丼やデザートを載せる皿も、拭いただけでは十分に水分がとれないから干してあります。
 大釜に水を汲みながら、次々と扉の閉まる戸棚の中に収納していくのですが、これを朝の仕込みの時間帯にやろうとすると、かなりの時間を取られてしまうのです。朝日が昇って店の玄関のガラスが眩しいほどに輝く時間帯。日の出は随分と早くなってます。カウンターの上が片付いたところで、冷蔵庫の中をチェックして小鉢がどれだけ残っているのかを調べます。中はほとんど空の状態。

 白菜のお新香と大根のなた漬けと筑前煮をそれぞれ盛り付けて、今日打つ予定の蕎麦の数だけは用意しておくのです。昨日は鴨せいろと天麩羅蕎麦やカレーうどんが出たので、冷たい蕎麦汁はまだ大分残っていた。コロナ禍の中、2日続けてあれだけお客が入ると、どうしても今日が不安になるのです。蕎麦は平日だから8人分だけ打つと決めているから、これが一つの不安解消の材料。万が一、なくなったら売りきれにして営業をストップすれば好いのです。

 小一時間作業をして、明るくなった道を家に帰る。陽射しは暖かいのに強い風はとても冷たく感じるから不思議です。家に戻って女将の作った鮭粥を食べて身体を温める。暖かくなると急に眠くなるから、書斎で横になってひと眠り。朝が早いとだいたいこのパターンで、再び元気を取り戻すのです。
 30分ほどぐっすりと眠ったら、洗面と着替えを済ませてまた蕎麦屋に出掛けていきます。暖房を入れてなくても室内は13℃もあるから、気温はそれほど下がっていないのです。ただ風が冷たいから、これではお客が来ないのではと心配をする。蕎麦打ち室に入って、750gの蕎麦を打ち始める。丸出しをしたら伸し棒に巻き付けて四つ出し、これを90度回転させて本伸しにかかります。

 週の最後の日でも、野菜サラダとデザートはきちんと既定数だけ作って、残れば家に持ち帰るのですが、今日は皆さんデザートを召し上がったので、金柑大福は売り切れた。辛味大根とせいろの大盛りを頼まれた常連さんは、お孫さんが感染したと言う。亭主も子供の多いプールへ出掛けるのはお休みしていると応えるのでした。
 1時半過ぎに最後のお客が帰ったら、亭主は一人で洗い物と後片付け。月曜日は冷蔵庫の中を空にして残り物を持ち帰るので大変。おまけに生ゴミの始末をしなければならない。そんな亭主の大変さを察してか、しばらくして女将がやって来たからほっとする。今日はスポーツクラブはお休みなのだと言う。

 二人でやれば時間は半分で済むから、これが一番に嬉しい。風も大分弱まって、帰る頃にはぽかぽかともう春の陽気。近所の売りに出ていたお屋敷がやっと売れたらしく、会社の係員が看板などを撤去していたから、「売れたのですか?ご近所が増えて嬉しい」と話をするのでした。先日、近くの家を見に来たといって、蕎麦屋で昼を食べて行かれた若いご夫婦が飼い主なのだろうか。
 家に帰って女将に話をすれば、「あら、私も売れたんですか?と聞いたのよ」と言うから、さすがに蕎麦屋の並びの家だけに彼女も気になったのだと見える。週末に内覧会の仕事で来ていた若者も、店に蕎麦を食べに来たから、印象に残っていたのでしょう。新しく家を買うと言うことは、何か未来が開けるようで微笑ましい。

 今日は昼に賄い蕎麦を食べる暇があったので、家に着いたらパソコンに今日の売り上げの詳細を入力して、陽の当たる書斎で昼寝を決め込む亭主。目が覚めたらもう4時半だったので、台所に入って夜の支度をするのでした。昼に残った野菜サラダを使って、お好み焼きを作ろうと女将と話をしてあったから、亭主の責任と、始めにサラダのアスパラやトマトなどを別皿に盛って食卓に置いておく。
 フライパンと油を取り出して、小麦粉を溶いて塩と卵を加え、フライパンでまず肉を焼いて、溶いた小麦粉をお玉でかぶせていく。蓋をして焼け具合を見ながら、フライ返しで綺麗にひっくり返したら、キャベツやニンジンなどの刻んだ野菜を載せて、さらにモッアレラチーズのスライスを振りかけてまた蓋をする。十分に火が通ったところで皿に盛り、鰹節とブルドックソースをかけるのです。女将も至極満足そうに食べるから、幸せな夕食なのでした。

カテゴリー
未分類

2022年2月末

お待たせしました。中座していたブログの再開です。

2月22日 火曜日 やっとブログが元に戻った…

 開設してからたった三日ほどでアクセスできなくなったこのブログ。今度こそは慎重にプロバイダー(ブログをインターネットに繋ぐ業者)を選んで、余計な箇所をいじらずに少しずつ構築していこうと思っていたのですが、一難去ってまた一難なのでした。
 今回のプロバイダーは問い合わせ窓口が充実しているので、直ぐに電話で問い合わせて、親切に教えて頂いたのです。ところが、事はそう簡単には済まされず、ブログを開設するには、幾つかの会社が関わっていて、すべての原因は今回特に亭主が拘(こだわ)った「レイサイテイ」にちなんだ「031tei.com」というドメインにあったのです。
 プロバイダーの用意したドメインではなく、独自のドメインを利用するには、いろいろな規則があるらしくて、システムを担当する会社からの説明では、独自ドメインを設定する際には、本人の確認情報が必要で、そのメールを送ったから応えて欲しいとの事でしたが、アドレスもプロバイターと別の横文字のものだったから、亭主は直ぐ削除してしまったのです。これが10日間もかかった理由。
 プロバイダーの電話での問い合わせ窓口とは違って、こちらはメールかチャット(パソコンでやるLINEのようなもの)で、これがまた亭主にはしんどい。しかも、送られて来る文章には知らない単語ばかりなので四苦八苦しました。要は本人である証拠の送付(免許証のデータを送付)とこのドメインを認証して欲しいという手続きなのですが、これで一週間を費やしたから大変なのです。
 知らない新しい世界に入り込み、何度も問い合わせのメールを送って、その度に返信のメールを待つ日々が続き、「031tei.com」が世界中の何処でも使われていないドメインだと認められて、上位の機関からのメールに応える形で、本日やっと認証手続きが終わってこの画面が見られるようになったという次第です。この手続きが済んでいないブログには、自動的に利用制限が掛けられて、アクセスできないようになっていたらしいのです。
 今夜はもう寝る準備に入るので、明日からまた写真を添えて、基本的なブログを開始したいと思います。ご心配をおかけしました。

/2月23日 水曜日 寒い朝でも陽射しは暖かく…

 女将の稽古場に冬の間取り込んであるプルメリアがもう葉を出していました。青年の樹もひと回り背丈が伸びているから凄い。窓の外には今朝もヒヨドリが金柑の実を狙いに来ているのです。今シーズンは早くから色づいたので女将がボールに5回ほど採って甘露煮にしたから、冬場の喉の薬と亭主もお裾分けにありついている。枝に残った実は鳥たちの餌になるのです。あたりを用心深く見回してから、嘴よりも大きな実を加えて食べるから驚きなのです。

 定休日二日目の今朝は、ゆっくりと着替えを済ませて蕎麦屋に出掛ける亭主。夕べはブログの再開で一人祝杯を挙げたから、朝飯前のひと仕事はお休みにしたのです。その分、仕事が増えるから、まずは米を入れた鍋で大根を下茹でして、その間に水の上がってきた白菜の漬け物を、漬けもの器に昆布と唐辛子と柚子を入れながら薄塩で漬け直しておきます。農家の白菜もそろそろ終わりだし、ちょうど冷凍しておいた千切りにした柚子皮もあと少しだけ。
 昼前には亭主がパソコンで女将のスポーツクラブの予約をしなければならないので時計が気になる。人気のあるヨーガの教室は、コロナ禍で人数制限されているから、ものの1分もしないうちに席が埋まってしまうのです。スマホを持っていてもなかなか使いこなせないのがこの年頃の夫婦で、亭主も小さなスマホの画面では操作しづらいから、どうしても書斎の大画面で入力することになる。
 昼はあんかけの湯麺を作って食べたら、午後はまず床屋に出掛けてひと月振りに親父様と四方山話。

 午後の仕込みはイカと大根の煮物から始める。午前中に下茹でをした大根に、小さめのスルメイカを切り分けて出汁醤油と砂糖を加えて煮込んでいく。塩で揉んだイカを湯通ししておけば汁が濁らないから、出し汁に味つけをして大根が更に柔らかくなったところで、イカを入れてしばらく煮込む。味は徐々に染み込んでくる。

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: 2.23%E3%80%80%E7%AD%91%E5%89%8D%E7%85%AE.jpg

 次は今週もまた筑前煮を作っておきました。直売所に農家の里芋が出ているうちは作ろうと決めているのです。イカを切ったなま物用のまな板を洗って鶏肉を細かく切って片栗粉をまぶしたら、油をひいた中華鍋でカリッとするまで揚げていく。鶏肉をキッチンペーパーに取り出して、今度は根菜類を中華鍋で炒めていきます。
 隣の火口で3㍑の鍋に出汁を沸かし、出汁醤油と砂糖で味つけをしたら、炒めた根菜類を茹でていく。牛蒡が少し柔らかくなったところで、鶏肉を入れて更に5分ほど煮込む。余熱で根菜類は更に柔らかくなります。タッパに入れるまで冷ます間に、明日の天麩羅の具材を切り分ける。黙々と2時間余り午後の仕込みをしたら、外はもう夕暮れ時なのでした。

/2月24日 木曜日 晴れてもまだ寒い一日…

 ブログ修復関係の懸案も済んで、昨夜は確定申告の準備をし始めました。机の上に溜まったドメイン承認関係のメールを印刷したものをすべてゴミ箱に入れて、去年の確定申告の控えを取り出して眺めて見る。一年前のものだけれど、何を見てどうやって記入したのかもう記憶にないから怖い。ドメイン承認の大切な情報が送られて来るメールを印刷しておいたのも、パッと見ても記憶に残っていないからなのでした。ここが若い頃とは違うのか。
 零時を回って頭が疲れてきたから床に就いたけれど、やはり今朝は朝飯前のひと仕事に出掛けられなかった。その分開店前の準備には時間がかかって、休む間もなく次から次と支度をするのでした。

 まずは昨日作った筑前煮とイカと大根の煮物を小鉢に盛り付け、白菜のお新香も包丁で切り分けて同じく小鉢にも盛る。こんなにお客が来るはずもないけれど、三種類の小鉢があれば取りあえずは安心なのです。それから蕎麦打ち室に入って蕎麦を打ち始める。この時期はかなり乾燥しているから、加水率は45%でしっとりとした生地が出来上がるのでした。
 蕎麦玉を寝かせている間に厨房に戻って、大釜に湯を汲んだり、金柑大福を包む準備をしたりととにかく今朝は忙しい。早朝に暖房を入れていないから、室温はやっと6℃になったばかり。

 再び蕎麦打ち室に戻り、蕎麦玉を伸して畳んで包丁打ち。打ち粉の重さもあるから一人分140gで、切りべら26本。最近は蕎麦打ちもあまり考えずにさっさと終わらせるようになった。加水の段階からかなりうまく捏ねられるようになって、畳んでも切っても柔らかさ加減がちょうど好い具合なのです。切りむらもあまり気にならない程度で、どんどんキッチンペーパーで包んで生舟に並べていく。

 蕎麦打ちを終えたら再び厨房に戻って、今度は金柑大福を包み始める亭主。白餡が残り少ないから、また作っておかなければいけない。次にブロッコリーとアスパラを茹でて、いよいよ野菜サラダの具材を刻むのです。包丁を研いだばかりだから、今日はキャベツやニンジンが細く刻める。最後にパイナップルを切って平日三皿と決めている野菜サラダが完成です。時計はもう11時を回っていた。
 薬味の葱も刻んでいないし、大根と生姜もすりおろさなければいけない。店の掃除もまだ済ませていないから、開店の時刻になっても暖簾を出していなかった。やっと仕込みが終わってテーブルをアルコールで拭き終わったら、もう駐車場に車が入ってきている。隣町の常連さんが店の中に入ってくる。今日はこれから三回目のワクチンを接種に出掛けると言う。話題は新型コロナのステルス型で三番目の新種が欧米では流行っているのだとか。

 今日は早めに帰られたので、洗い物を済ませて窓を開けて換気をしていたら、もう次のお客がご来店でした。作業服を着たお二人は天せいろのご注文。建築関係のお仕事らしく、「ここは建てて何年になりますか」と言われ、「建てて8年、開店してまる7年です。」と応えれば、店の天井や壁に出来たクロスのひび割れを見て、「クロス職人が下手だったね」といろいろと知恵を授けてくれたのでした。「また来ます」と言って帰られる。
 1時をとうに過ぎていたので、今日はこれで終わりだろうと亭主は自分の昼飯にとかき揚げを揚げて蕎麦を茹でていたのです。ところが1時半を過ぎた頃に、最近よく見える中年のご夫婦がいらっして、ヘルシーランチセットを頼まれる。今日は野菜サラダが全部出たから嬉しい。小鉢に筑前煮とイカと大根の煮物を出したら、「うちの娘がここの筑前煮は美味しいというのですよ」と褒め言葉。「お客によって好き嫌いがあるから違ったものをお出ししたんですよ」とは亭主。閉店の時間までゆっくりと食べて行かれた。

 休み休み洗い物をしていたら女将が心配してやって来たので、有り難いと言えば、「スポーツクラブの予約が出来なくなったら困るから」と片付けを手伝いながら時間を気にしている風なのでした。午後の暖かい時間帯だというのに風は冷たく、まだ春とは言えない気分。明日まではまだ寒い朝が続くようなのです。

/2月25日 金曜日 気温は少し高くなったけれど…

 まだ朝は寒いのが今年の特徴か。今朝も庭先の植木鉢に堪った水が凍っていました。女将のスマホ情報によると佐倉市の朝はマイナス 4℃。今日も朝飯前のひと仕事には出掛けられなかった。寒いので朝はシャケを焼いてほぐして土鍋にシャケ粥。身体が温まるからと最近は二人でよくお粥を食べる。一人分のご飯を水を入れた土鍋で煮るからカロリーが低いので、お蔭で体重が増えないのが好い。

 ひと休みしたら早めに家を出て今日の仕事に向かう亭主。早朝に暖房を入れに来ていないから、蕎麦打ち室は 6℃と冷蔵庫の中のような寒さでしたが、店の暖房を入れて昨日の洗い物の後片付けをしながら大釜に湯を沸かす。蕎麦打ち室が10℃を越えたところで、蕎麦粉と小麦粉の計量をして、いよいよ蕎麦打ちにかかります。
 温度計は11℃、湿度計はLLと低すぎて数字が出ていない。加水率は45%を少し越えて、絶妙な柔らかさを追求する亭主。果たして、水回しを終えて捏ね始めれば、今朝も好い塩梅でしっとりとした生地が出来上がるのでした。ここらへんがやっと慣れて来たという感じなのでしょうか。硬すぎて力を使う捏ね方が最近はないのです。

 蕎麦玉を寝かせている間に、厨房に戻って葱きりと大根おろしを済ませ、再び蕎麦打ち室に入って蕎麦を伸す。八つに畳んで包丁打ちに入れば、切りべら26本で一人前140gの蕎麦の束が出来る。これを生舟に並べて道具を片付けたら、今朝の蕎麦打ちは終了です。厨房に戻って金柑大福を包む準備をする。古い友人が焼いてくれたお客様からも好評な皿を取り出して、まずは金柑の甘露煮を白餡で包んでおきます。片栗粉を用意して白玉粉を水と氷糖蜜で溶き、粒々がなくなるまでやっとひと休みです。

 その間も、次は何をするのかと亭主の頭は休んではいない。火口が空いたら、ブロッコリーとアスパラを茹で、天麩羅鍋に油を入れて、天つゆの鍋を冷蔵庫から取り出してもう一つの火口にかける。一つ一つの仕事をシュミレーションしておかないと、「何をするんだったっけ」とうろうろする年頃なのです。

 野菜サラダの具材を刻んで、やっと開店前の仕込みが済んだら、店の掃除とテーブルのアルコール消毒。まだ開店前だというのに、今日は珍しく駐車場に車が入ってきた。急いで支度をして、お客が入って来る頃には、「いらっしゃいませ」とお茶を入れて、箸とおしぼりをお持ちするのでした。「有り難うございます」と言いながら、若いカップルはメニューを見ている。
 天せいろと鴨南蛮蕎麦の大盛りと決まり、亭主は鴨肉を解凍している間に天せいろを仕上げて、グリルで鴨南蛮の葱を焼いていたのです。ところが今日はどういうわけか、続けてお客様がいらっしゃる。まだ12時前なのに、やはり外は少しは暖かくなっているのだろうか。続けてお客が来るときには、鴨料理はとても時間を取られる注文なのです。温かい蕎麦汁を作っている間に、肉を切り分けて塩を振り、フライパンで焼く間も目が離せないから大変なのです。
 鴨南蛮のお客には野菜サラダをお出しして、天せいろを出したところで二組目のお客にお茶を出し、幸いヘルシーランチセットの天せいろをご注文だったから、まずは野菜サラダを出して食べていただく。ちょっとの合間に蕎麦豆腐もお出しする。鴨肉が焼けたところで鴨南蛮蕎麦を席に運ぶ亭主なのでした。 

 二組目のお客に天せいろをお出しした頃には、一組目のお客はもう食べ終えて、会計を待ってくれていた。亭主一人だと分かっているから気を遣ってくれたらしいのが嬉しい。二組目の中年の女性二人は、「コロナで大変でしょう」と亭主に声を掛けるから、亭主は「コロナ前の半分ですね」と例によってありのままを応える。
 デザートをお出ししたら、「この金柑大福は何処で仕入れるの」と尋ねるものだから、「デザートはすべて手作りですよ」と応える。美味しかったのか、カウンターに残った皿の大福までお持ち帰りになった。おまけに盆や皿までカウンターに運んでくれたから有り難いのでした。洗い物を済ませて洗いかごに溜まった皿を片付けたところでもう1時をとうに過ぎていました。

 1時半を過ぎてそろそろ片付け始めようかと思っていたら、駐車場に車が入って、今度は母娘らしいお客が天麩羅蕎麦のご注文。いつも通って気になっていたのだとおっしゃる。やはりお客が少なくても毎日店を開けておくのは大切なのだと実感する。丼と小鉢だけの洗い物だから直ぐに終わって、2時前にはやっとひと休み。
 今日は野菜サラダもデザートの金柑大福も全部売れたから気持ちが好かったのです。まな板を消毒して、天麩羅油を濾して笊や大釜を洗い、布巾類を洗濯機にいれて、2時半前には店を出る。午後の太陽は随分と高いところにあったから、季節も移り変わっているのです。帰宅すれば女将はまだヨーガ教室から帰っていなかった。

2月26日 土曜日 暖かくなったけれど…

 午前 5時半の通りはまだ暗かった。細い月と大きな星は木星でしょうか。昨日は平日にしては珍しくお客が入ったので、小鉢や蕎麦汁が今日の分までなかった。夕方に再び蕎麦屋に出掛ける元気がなかったから、10時に床に就いて今朝は5時起きなのでした。
 蕎麦屋に着いて暖房を入れたら、まずは白餡を作る作業に取りかかります。最近は一晩水に浸けた大手亡豆を煮て濾すといった手間のかかる事は止めて、冷凍で売っている白餡を氷糖蜜と水で溶かして煮詰めることにしている。それでも一時間近くかかるから、その間に大根とイカの煮物と白菜のお新香を切り分けて小鉢に盛る。

 更に昨日の洗い物を片付けたり、大釜に水を張ったりと朝飯前にやっておくことは多いのでした。7時前に家に就く頃にはもう太陽が東の森の向こうに昇っていました。雲ひとつない青空が広がって気持ちの好い朝なのです。それでもまだ朝は手袋と帽子を被るほど少し寒い。今日の昼は暖かくなると言うけれど、寒暖差が激しい。

 家に戻れば、女将が台所に入って朝食の支度をしている。今朝は最近よく食べるようになった鮭粥に卵と葱を散らして、少し出し汁を多めにしてもらった。茶碗に二杯ほど食べたらもう腹が一杯になって身体は温まる。亭主が鮭や鰊が好きなのは、北海道で育った父親の影響で、子どもの頃からよく食べたからかも知れない。広い家の敷地の中を流れる川に、鮭が上ってくるという話を小さな頃に好く聞かされたのです。甘塩でも塩辛いのが苦手な女将も、粥にすると美味しく食べられると言う。脂がのって美味しい鮭だから、焼いて白いご飯で食べるのも好いのだけれど。

 今朝は宅急便で食材が届くからと、食後のひと眠りもせずに朝ドラの始まる頃には蕎麦屋に出掛けていく亭主。結局、荷物が届いたのは店の終わった時間なのでしたが、早く店に着いたものだから、米を研いで炊飯器にかけたり、大根や生姜を卸したり、どんどん仕事をするのです。暖まった蕎麦打ち室に入って蕎麦を打つのもまた楽しい。女将の来る頃には、地伸しを終えて今日の蕎麦を仕上げるのでした。昼は暖かくなると言うから、どれだけお客が来るのか。

 早朝に作った白餡で金柑の甘露煮を刳(く)るんで金柑大福を包み、野菜サラダを四皿盛り付けて、11時過ぎには開店の準備を終えるのでした。年配の女性がやって来て、もう一回りしてからまた来ますと言って歩いて行かれた。それでも開店時間には、大きな車に乗った中年のご夫婦がいらっして、ヘルシーランチセットをご注文なのでした。女将が野菜サラダと蕎麦豆腐を出している間に、亭主が盆や皿をセットして蕎麦を茹でる。
 しばらくして先ほどの老婦人がいらっして、カウンターに座って天せいろを頼まれる。何でも隣町から歩いて来たのだとか。のどかな昼の時間が過ぎていく。お客のいなくなった頃合いを見計らって亭主は端切れの蕎麦を茹でて昼を済ませてしまう。 

 昼を少し過ぎた頃に、母娘らしい女性お二人がご来店。昼前に電話を掛けてきた人らしいけれど、「いつ行けば空いているでしょうか」と聞かれたので、「今ならテーブル席が一つ空いていますけれど」と応えておいたのです。店の混み様は予想が付かないのです。聞けば、昨日いらっした二人連れの女性客が、土産に持ち帰ったに金柑大福を頂いたとか。蕎麦が美味しいと言われて来たらしい。
 晴れて暖かな土曜日の割にはお客は入らなかったけれど、口コミで新しいお客が来るというのもまた嬉しいことでした。残った金柑大福をまたお持ち帰りで、デザートは全部売れたから驚いた。明日は今日よりも暖かいとは言うけれど、南風が強く吹くというのでちょっと心配なのです。午後も昼寝をせずに、再び蕎麦屋に出掛けて出汁を取って蕎麦汁を作ってくる。備えあれば憂い無し…か。

 2月27日 日曜日 暖かいけれど南風が強すぎて…

 昨日は夕方までに新しい出汁を取って蕎麦汁まで作ったから、今朝は朝飯前のひと仕事はお休み。それでも昨日受け取れなかった荷物が届くので、8時過ぎには家を出てみずき通りを渡る。暖かな朝だったから、帽子も手袋も必要がない。陽射しが暖かいので振り返れば、森の影から朝日が昇っていた。最近は夜の10時には床に就いて朝は5時に起きる習慣が付いてきたらしく、身体の調子は頗(すこぶ)る好いのです。  

 蕎麦屋に着いたら新聞を取り出して看板を出し、チェーンポールを降ろして幟を上げる。今朝はお新香を切り足して小鉢に盛り付けるだけで、暖かいから直ぐに蕎麦打ち室で蕎麦を打ち始めるのでした。昨日もそれほどお客は入らなかったけれど、日曜日の今日は更に温かいので沢山のお客が来れば好いなどと考えながら、昨日と同じ分量だけ蕎麦を打って生舟に並べる。

 厨房に戻って女将に「随分蕎麦豆腐があと一つしかない」と言われたので作っておく。薬味の葱を刻んで大根を卸し、金柑大福を四皿分包んだら、いよいよ野菜サラダの具材を刻み始めるのです。週末だからと四皿分盛り付けて、天麩羅油を鍋に入れ、天つゆの鍋を火にかけて暖める。今年は鉄の天麩羅鍋が古くなったので、思い切って値の高い銅の鍋に替えたら、油の温まるのも早く、温度か下がらないから、いつもカリッとした天麩羅が揚がるので嬉しい。

 女将が野菜サラダと金柑大福の皿にラップを掛けてくれる。外は気持ちの好い青空だけれど、今日は南風が強い。風の強い日はお客が来ないと経験上知っているから、ちょっと心配なのでした。果たして、昼前にはしばらく来ていなかった女先生が車で乗り付け、そろそろ大丈夫かと来てみましたと言う。午後は娘さんが年輩の母親を連れてご来店で、温かい天麩羅蕎麦と天麩羅うどんのご注文…。
 気温は高くなり暖かな午後だったから、夕刻に亭主が魚屋に出掛けて鰊と鮭と鯖のかぶら漬けと刺身の盛り合わせを買って帰る。久し振りに刺身でご飯を食べて、夫婦ともに満足な夕餉なのでした。明日の朝はまた寒いというから、例によって、鮭粥にしようかと女将と話をする。一週間が終わるのも早いものです。


2月28日 月曜日 今日で二月も終わり…

 今朝も定期便の荷物が届くからと早めに家を出ました。太陽は暖かな春の光を届けてくれます。玄関脇の紅梅の鉢も蕾が大分膨らんできた。お隣の庭の紅梅はもう花が咲いている。春はすぐそこまで来ていると言った感じなのです。
 今朝は昨日の蕎麦が沢山残ったので蕎麦打ちは諦めていた。だから蕎麦屋へ向かう道すがら考える事は、新しいこのブログの改良のことなのでした。霊犀亭の由来や店のメニューも本分の脇にサイドバーで表示したいし、大きすぎるタイトルを調整したい。昨夜も寝る前までいろいろ調べていたけれど、下手にいじってまた動かなくなるのが怖い。プログラム言語を学ぶ気力はもうないのです。 

 先日の独自ドメイン「031tei.com」の認証手続きでやりとりしたメールを毎日のように読み続けたせいか、現役時代に経験したドライアイになって左目がゴロゴロして充血している。使い慣れたメガネを修理に出しているから、尚更のこと、視界は明瞭ではないのです。夜に風呂で目を暖めて、朝は少し好くなるのですが困った。
 やっと蕎麦屋に着いて今朝の青空をバックに写真を一枚。今日は蕎麦打ちがないから今朝は十分に時間がある。店の中は 8℃といつになく暖かいのです。家で女将が珈琲を入れてくれたから、厨房に入って大釜に水を張りながら昨日の洗い物を片付けたら、ポットに湯を沸かしてほうじ茶を入れる。さあて今朝の段取りは…。 

 今日は週の営業の最終日だから、残った食材は家に持ち帰らなければいけない。新鮮な大根が余りそうだったから、今日使う分だけ残してなた漬けにしようと、皮を剥いて短冊切りにして塩で押し漬けにしておく。水が上がってきたら唐辛子と柚子皮の千切りを入れて麹で漬け込むのです。それから大根を卸して容器に入れておく。
 野菜サラダを作るにはまだ時間が早すぎるので、二週間も掃除をしていなかったレンジ周りの掃除を始める。7年使ってこの程度ならまずまずだろうか。五徳の部分は大きなボールに入れて重曹を加え、つけ置きして金だわしで擦れば綺麗になる。明日すれば好いことを、今日のうちに済ませておくのが時間を有効に使う秘訣です。

 店の床を掃いてテーブルをアルコールで拭いたら、大釜に沸いた湯を四本のポットに詰めて、ブロッコリーとアスパラを茹で始めます。時計を見ながら二分半。それでもいつもより30分も早いのですが、野菜サラダの具材を刻み始めました。11時前には仕込みが終わって、しばし休憩。もう三時間も動いているから疲れるのです。
 開店の20分も前なのに、玄関口に老人が一人建ているではありませんか。「いらっしゃいませ」と暖簾を出しながら、店の中に入っていただいて、ご注文を待つのでした。「せいろ蕎麦の大盛り」と蕎麦好きの老人らしく、聞けば 6㎞以上も離れた隣町の団地から、歩いていらっしたと言う。蕎麦が好きであちらこちらの蕎麦屋を回っているのだとか。いろいろと蕎麦談義が続くのでした。
 奥様が先月コロナに感染して食事の世話やら大変だったのだと言う。保健所に電話をしても繋がらないし、県に電話をしても対応はしてくれないと言うので、自宅療養でなんとか回復したと言うから驚きです。後遺症は臭覚と味覚がなくなってしまったのだとか。

 暖かな昼を過ぎて、やはりお年寄りのご夫婦がご来店。天せいろをご注文で食べ終えた頃に、無口なご主人が、壁に掛けてある霊犀亭のいわれを記した書を読んで「変わった名前ですね」と言うものだから、例によって亭主は「大学時代の同人誌の名前で…」と説明を始めるのでした。「人の心と心が通じ合うの『霊犀』なのです」と、李商隠の漢詩を自分なりに解釈して話をするのでした。
 食べるのがゆっくりな奥様の方は、「お一人で大変ですね」と言うから、「コロナでお客が少ないから雇っていた人も休んでもらっているのです」と応える亭主。「とても美味しかった」と言って帰られたからまずは好かった。午前中にいらっした蕎麦好きの老人は隣町の蕎麦屋はしばらくお休みと書いてあったのだと言っていた。

 1時半を過ぎたので、そろそろ閉店の準備を始める亭主。営業の週の終わりはゴミ捨てやら残り物の処理などとやたらと時間がかかるのです。3時になればスポーツクラブから帰った女将が来てくれるかも知れないと、密かな望みを抱きつつ、洗い物やゴミ捨てや持ち帰り用の残り物の処理を済ませる。天麩羅鍋も重曹に浸して、綺麗に掃除をしておきます。果たして3時過ぎに女将は来てくれた。
 二月も今日で終わり。去年よりも来客は少ないから、今月もかなりの赤字ですが、人件費がない分、亭主の小遣い程度の出費でまずまずというところかな。隠居老人の蕎麦屋はかくして続くのです。

カテゴリー
未分類

2022年

やっとブログの再開です……。

2月10日木曜日 夜から雪が降り出して…

 関東地方も大雪だと、朝からテレビは大騒ぎ。先月も雪が積もって蕎麦屋の雪かきに早朝から出掛けたのでした。明朝もスコップを持って朝飯前のひと仕事だろうとブログを書いている亭主。
 10日前から新しいサーバーに切り替えて、高いお金を払った前のサーバーは不親切だったと諦める。結局、去年の 4月から三ヶ月ほど順調に稼働していただけで、いろいろいじっているうちに壊れてしまったのです。今回は慎重に何をどういじったかをメモして、最初に躓(つまづ)いた時点で、サポートセンターに電話をした。親切に対処方法を教え教えてくれたので、今度はマニュアルをひとつひとつ印刷して、やっとここまで辿り着きました。

 今日の日中は開店しても冷たい雨が降り続き、とてもお客が来るような天気ではなかったのでした。それでも朝飯前のひと仕事で小鉢を盛り付けたりと、雨の中を 6時から蕎麦屋に出掛けた亭主。7時に家に戻って朝食を食べたら、8時過ぎにはまた蕎麦屋に出掛けていく。蕎麦打ちの合間に金柑大福を包み、大根、生姜をおろして葱きりを済ませたら、野菜サラダの具材を刻み始める。
 3時間もかけて開店前の仕込みが終わったら、最後に店の掃除で床を掃いてテーブルと椅子をアルコールで拭いていく。だから、暖簾を出して一段落したらもう眠くなってしまうのです。カウンターの端の椅子に座って暗い外を眺める。外気温は 6度でこんな寒い日はお客は来るはずもないから、尚更、気が滅入る。

 それでも眠るわけにはいかないので、足腰腕の体操をして、店の中を歩き回る。最後は厨房に戻って再び外を眺めるのです。やっとお客が来たのは 1時過ぎで、若いカップルが暖かい蕎麦をとぶっかけ蕎麦と鴨南蛮蕎麦をご注文。作り始めたら、若い奥さんが焼酎の蕎麦湯割りを頼まれるから、俄(にわか)に忙しくなるのです。
 ぶっかけ蕎麦の天麩羅を揚げながら、鴨肉を解凍して焼酎を温めながら、蕎麦湯を作り始める。温かい物は入れ物も暖かくして出すのが基本だから、焼酎を徳利に入れて湯煎してお湯でグラスを温めて、蕎麦粉を溶いて蕎麦湯を作ったら、鴨南蛮蕎麦に添える野菜サラダと付け出しのなた漬けを盆に載せてお出しする。天麩羅を取り出して、蕎麦を茹でたら冷たい水で洗って、お湯を入れて暖めである丼の湯で蕎麦をもう一度洗い、次々とテーブルに運ぶのです。
 蕎麦の好きな若夫婦らしく、いろいろ話をし始めて、最後に蕎麦饅頭までご注文。時計はとうに 1時半を回っていたのです。

/2月11日金曜日 雪の朝

 ぐっすりと眠った朝は、窓を開ければ先月の雪の日よりも積もっていたからちょっと驚きました。朝飯前に蕎麦屋に出掛けて雪かきをするには起きる時間が少し遅すぎた。仕方がないので家の前の通りの雪かきだけでもしておこうと外に出れば、積雪は15cmほどで、今朝は大変だぞと隣の家まで道の片側だけ雪をかいたのです。
 玄関から女将が「ご飯できましたよ」と、亭主を呼ぶので一段落で、食事を終えたら今朝は顔も洗わずに雪かきの道具を持って蕎麦屋に向かうのです。みずき通りもバス通りも畑も一面の雪景色で、店の駐車場も雪を掻くのが大変そうなのでした。陽が昇って青空が広がっているのが唯一の救い。店の暖房を入れたら暖簾を出して、チェーンポールを降ろし、あまりの雪の多さなので、どこから始めれば好いのか考えてしまうのです。

 取りあえずは、お客が来て駐車場には入れるようにと、入り口から車止めのある奥まで、タイヤの通る場所の雪をどけていきます。これだけでもう一時間以上かかったから、朝の仕込みに取りかからなければならないし、途中で切り上げて蕎麦を打ち始める。バス通りは車が随分通るから、今朝の陽ざしも手伝って雪が溶けていく。
 11時過ぎには仕込みを終えて、筋肉痛の背中をかばいながらカウンターの奥の席に座わってしばし休憩。朝早くから雪かきをしていたから、店の暖房で身体が暖まって眠くなってしまう亭主なのでした。「家から車で出るのも大変だから、お客は来るはずもない」と女将も諦めた口調で言うのでした。そうは判っていても準備だけはしておかなければいけないのが商売というもの。

/2月12日 土曜日 雪の翌日は…

 真っ白な雪に覆われた翌朝は、陽射しはあったけれどかなり冷え込んでいました。好く晴れた昨日の午後のうちに、雪掻きを済ませた家が多く、住む人たちが年老いたお宅の前も何とか綺麗になっている。それでも北側に面した通りは手つかずのままで人一人歩く細道だけが雪をどけてある。陽が当たる通りは歩道まで雪が溶けて、春の淡雪の感があるのでした。
 みずき通りを右に折れて、蕎麦屋に続くバス通りまで出ると、北側の歩道はまだ雪に埋もれている。昨日の帰りがけに亭主がスコップを押しながら雪をどけた細い道が、蕎麦屋まで続いていました。それでも駐車場の前の部分だけが雪かきをしてあるのは、車で移動をする人たちの生活なのだと考えさせられる。

 蕎麦屋に着けば、車を入れやすいように三台分のスペースの雪を掻いておいたから、駐車場はもう乾いているのです。まったく陽の光のありがたいこと言ったら…。朝の寒さに耐えたら、早春の優しい陽射しが嬉しいのです。午前中から、散歩に出掛ける老夫婦の姿がちらほらと見られる。日中は10℃近くまで気温も上がったのだろうか。昼過ぎにはご家族連れのお客がご来店なのでした。
 蕎麦屋の周りの畑は一面の雪景色で、明るい陽射しが眩しいほどなのです。続けて駅前のマンションに住むという常連さんご夫婦が歩いていらっして、珍しくカレー蕎麦をご注文。カレーを解凍しながら天せいろを出し終えて、野菜サラダをお出しして、汁を作って蕎麦を茹でる亭主。蕎麦が捌(は)けていくのが小気味よい。明日は更に暖かくなると言うから、少しは期待できそうなのです。

2月13日 日曜日 寒い日なのに久々にお客が入って…

 午前6時の東の空は、春になって早くから白んでくる。先日の雪かきの跡があちらこちらに残ってはいるけれど、今夜からまた雪になるというから心配なのです。みずき通りを渡る頃にはもうだいぶ空も明るくなってきました。青空なのかうっすらと雲がかかっているのか、どうも怪しい天気。
 今朝の朝飯前のひと仕事は、昨日の洗い物の片付けと、小鉢の盛り付けだけだったから、大釜に水を汲んでいる間に、盆や蕎麦皿を戸棚にしまっていく。なた漬けを深めの小鉢に盛り付けたら、今度はまな板を出して白菜のお新香を包丁で切り分けていくのです。この他に切り干し大根の煮物があるから、10鉢もあれば足りるだろうと、亭主はポットに湯を沸かしてほうじ茶を入れるのでした。今飲む分と昼に飲む分を瀬戸物のグラスに三杯。

 葱切りと大根おろしを入れる容器を準備して、今朝のひと仕事を終える。近ごろはとかく物忘れが激しいから、一連の仕込みの流れの中で準備できるものは早め早めに用意しておくのです。天麩羅を揚げるパットにもキッチンペーパーを敷いておく。一つ一つの細かな作業が、朝食後に再び店に来たときに重なると、それなりに時間がかかるから、仕込みの時間を短縮するためには大切なことです。

 7時前に店を出る頃には、東の空から今朝の日の出が綺麗なのでした。いつもなら通勤時間帯なのに、今日は日曜日だから通る車も見当たらない。マスクをするのを忘れずに、さっき来た道を家に向かって歩き出す亭主。今朝は茄子とピーマンの味噌炒めだと夕べ女将が言っていたのを思い出す。タンパク質を取るために、豚のバラ肉を入れて作るのが最近の我が家の趣向。玉葱があれば尚更いい。

 朝食を食べてひと休みしたら、最近はひと眠りをせずにまた蕎麦屋に出掛けるようになった。夜がぐっすりと眠れているからだろうか。昨日の蕎麦が残っているから、今朝は蕎麦はいつもより少なく打とうと決めていたけれど、天気予報が変わって、今日は最高 5℃までしか上がらずに曇りとなった。
 果たしてお客は来るのだろうか。連休だからと三日連続で女将が来てくれて、亭主は打つ蕎麦の量も少ないし、薬味の葱を刻んで大根を卸し、野菜サラダの具材を刻んでも、まだ11時前なので開店までは随分と時間があった。奥の座敷に行って、隣の部屋の最後の障子の一枚に真新しい障子紙を貼る。僅か15分ぐらいの仕事なのに、年末から随分と時間がかかった。

 「日曜日を馬鹿にしてはいけない」とは常々亭主の口癖なのですが、分からないものでこんな寒い日に昼前からお客がいらっして、一時間に8人もの客が入ったのです。県の指導だからと三組入ったところで満席の看板を出して、最初の二組の常連さんが鴨南蛮蕎麦と鴨せいろの注文だったから、時間がかかるのでした。毎週のようにいらっしてくださる老夫婦は、先週は二人とも鍋焼きうどんだったのに、今日は鴨南蛮蕎麦と暖かい天麩羅蕎麦。カウンターに座ったリピーターの中年のご夫婦は天せいろと鴨せいろ。食べ終えたところで、せいろ蕎麦の追加ときたから驚いた。
 鴨肉を焼くのに時間がかかって、お待たせした三組目の中年のご夫婦は天せいろと辛味大根のおろし蕎麦大盛りで、こちらは食べ終わる前にご主人がご飯と味噌汁を追加でご注文なのでした。「コロナになってからしばらく来なかったけど、やはりまた来ますよ」と言って帰られる。皆さん蕎麦が好きな人たちなのだと嬉しかった。
 珍しく二回転目の後半は、何度目かのリピーターの家のご近所の品のいい老夫婦で、顔を見知った女将が何やら話をしている。亭主もカウンターを夾んで厨房から、「最近は団地の中でもテレビの音が大きなお宅が増えましたね」という話をすれば、「うちも音が大きいと喧嘩になるのよ」とは奥様。老いは等しくどのご家庭にも訪れているらしい。のどかな午後なのでした。

 閉店15分前のラストオーダーまであと10分という時間に、何度も電話をしてきたやはりリピーターの若いカップルがご来店で、カルビ丼セットと親子丼セットのご注文。天麩羅の具材をもう片付けを始めていたから違うオーダーで助かったけれど、ご飯と味噌汁を盛り付けながら、親子丼の具材を解凍してから卵を溶いて煮るのもひと手間なのです。暖簾をしまって、お蕎麦売り切れの看板を出しておく。こんな寒い日なのに、久々に10人を越えたお客が入って、やはり春なのかと片付けを終えて女将と家路に就くのでした。

2月14日 月曜日 寒い一日で…

 今朝も朝飯前の一仕事で蕎麦屋に出掛けました。昨日はお客が多かったので、蕎麦皿と漆の盆や椀など片付け物も多いのでした。よく乾かして収納しないと黴が生えて大変なことになるのです。
 かっぱ橋の蕎麦道具専門店のご主人に、特注で作ってもらった蕎麦皿を買うときに、「どうせ黴びが出たりするから」と、竹の中敷きを余分に買っておくことを勧められたけれど、黴を生えさせはしなかったが、7年の間に糸がほぐれて二つほど替えました。
 家の正月に使う椀なども、しまう時に好く乾かさなかったものは、黴が酷かったのを覚えている。道具は大切に長く使いたい。

 今日は昨日出尽くした小鉢にお新香や煮物を盛り付けて、家に戻って女将の作る朝食を食べる。脂ののったノルウェー産のサーモンを焼いて豚汁で飯を食う至福の時を過ごせば、食後のひと眠りは今朝もパス。予報よりも天気の回復は遅く、曇り空で寒い朝なのでした。それでも早朝から店の暖房を入れておいたから、蕎麦打ち室も13℃になっていたから、早速、蕎麦を打ち始める亭主なのでした。
 捏ね上げた蕎麦玉を寝かせている間に葱切りを済ませ、昨日の洗濯物を干しておきます。蕎麦を伸して包丁打ちを終えたら、厨房に戻って大根と生姜をおろし、今朝は野菜サラダの具材を先に刻んでしまいました。最後に金柑大福を包んだのです。蕎麦茶を作り、四つのポットに沸いた湯を入れたら、天麩羅の具材を取り出して並べる。開店前の仕込みは11時には終わって、後はアルコールでテーブルや椅子を拭いていくだけなのでした。

 早めに暖簾を出したけれど外は相当に寒いから、当然のことお客は来ないのです。古くからの友人にメールを出して新しいブログのURLを伝えておいたら、学生時代から世話になった奥さんから昨年の京都旅行の写真を添えて返信が届いていたので、印刷して家の女将に見せたら、亭主よりもよく読んで内容を理解していたから驚きなのでした。毎日のように新聞を熱心にに読んでいるからなのかも知れない。ニュースはテレビとネットで済ませる亭主は、書斎のパソコンを離れると、もう頭に何も残っていないのから困る。
 昼になってもお客は来そうもないから、もう一人の古い友達に7ヶ月ぶりのブログの再開を、スマホからメールで伝えようとしたら、手の小さな割には指の太い亭主には、スマホの文字のキーが小さすぎて四苦八苦。パソコンのようには詳しい内容を送れないのが難点なのでした。これは歳のせいではなく、単に物理的なものでしょう。今の人たちは力仕事もしてこないから、指の細い人が多いのかしら。それでも無事に届いて喜んでくれたから嬉しかった。
 

 開店休業のまま、今日もお客がないまま終わるのかと調理場の片付けに入っていたら、自転車に乗って若い男性がやって来たのでした。今日はお休みで、最近ユーカリに越してきたけれど、蕎麦屋がないと言って捜していたらしいのです。天せいろを注文して、これは美味しいと喜んでくださった。
 「有り難うございます」としか応えようのない亭主は、どうして団地の外れの人気のない所に店を構えたのかとか、ここに住んでいるのかとか、他にお客もいなかったから、次から次へと尋ねるいろいろな質問に、カウンターのこちらから、いちいち丁寧に答えたのでした。みんなコロナ禍で人との会話が少なくなっているのだろうか。支払いの折に、店置きのパンフレットを持って帰られた。