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2025年10月中旬



10月10日 金曜日 秋らしい晴天の昼の涼しさで…

 夜の10時台に床に入って、朝は4時台に目覚めるという生活が続いています。朝方が冷えるというので、長袖のジャージを着て眠ったら、朝はそれでもまだ寒いくらいでした。今日の朝飯前のひと仕事は、燃やせるゴミの袋を4つ集積場まで運んだら、向こうの家に行って土鍋やらすき焼き鍋やらを持ち帰ってくることでした。朝食はたまにはお魚を休みにして、大根とツナ缶の煮付けとじゃことピーマンの小鉢に、出汁焼き卵とブロッコリーとトマトのひと皿。

 天気予報の通りに青空が広がって爽やかな朝になりました。駐車場のキンモクセイが開けた窓から居間の中にまで薫るのです。向かいのサツマイモ農園の倉庫と事務所の建設がいよいよ動き出して、今日は足場を組む作業が行われていました。その向こうにあるコスモスの畑が見えなくなるのが少し寂しいけれど、若い人たちが新しい事を始めるのは素晴らしいと、眉を細めて見守っています。ドジャース対フィリーズの試合が始まって、しばしテレビに釘付け。

 昼の用意をする前に、昨日の間に伐採した月桂樹の木を少し細かく切ってやろうと、チェンソーを抱えて南の庭に出る。30分ほどかけて短い枝に切り分けたら、あとは業者に任せるつもりなのです。今日は動いても少しも暑くないから、外の作業をするにはちょうど好いのでした。手を洗って厨房に入り、玉葱、人参、オクラ、シメジ、ニラを冷蔵庫から取り出して、昼はカレー炒飯にすることにしました。カレー粉と塩だけの味つけでスープにはワカメも入れた。

 昼食を終えても一向に眠くならないので、向こうの家から持って来た水道の分岐栓を取り付ける作業を始めました。何十年も前に昔の家のウッドデッキを作った際には、ステンレスの流しを付けて水道そのものを漬け替えたものですが、今となってはもう面倒で出来ないから、蛇口に分岐栓を付けて水を撒くホースを取り付けるのです。恰好は悪いけれど、これで水撒きと普通の水道として使えるので、便利なのです。外で作業をしていたら蚊に食われて大変。

 女将がスポーツクラブから帰って来たら、亭主は煙草を買いがてら、向こうの家に行って庭で使っていたフェンスと植木鉢を持ってくる。昔の蕎麦屋の外観を少しだけ変えて、一般の住居だと判るようにしたいという願いから、アルミのフェンスを張り巡らせたのです。季節になったら蔓の伸びる植物を植えて、少しは見てくれをよくしたいという思いからなのでした。この時間でもまだ蚊に刺されて痒い痒い。蚊も元気になる季節なのでしょうか。

 今日はLINEで高校時代の友人達で作る会の連絡が来た。蕎麦屋の注文以外にはほとんど使った事がないので、どうやって返信したら好いのかも判らない。時代の流れと没交渉なのも好いような悪いような。蕎麦屋を開業した時には皆で来てくれたから、なんとか参加したいとは思うのですが、明日は一日中雨だと言うから、少しやり方を研究してみよう。他に家の中で出来ることは、本棚の整理や捨てる物の分別ぐらいしかないのです。まだまだ片付かない。



10月11日 土曜日 朝から寒く、冷たい雨が降って…

 今朝は今季で一番寒かった。居間の部屋も暖房を入れて、温かい蕎麦茶を飲むのでした。夕べは風呂から上がって、四つ切りのパンを焼き、バターを載せて牛乳を飲みながら食べたら、何時の間にか眠くなっていました。時計を見ればまだ9時だったけれど、眠気には勝てずにそのまま床に就いたのです。今朝は外が薄明るくなってから目が覚めたから、最近では珍しく8時間も眠ったから驚いた。向かいのサツマイモ農園の向こうのコスモスの花が綺麗です。

 雨が降っていては向こうの家に行っても、何も運んでこられないから、今日は一日作業はお休みということにした。外は20℃まで気温が上がらないので、家の中も22℃止まり。冷たい雨がシトシトと降っているので、電気を付けないと家の中も暗いのです。夕べはしっかりと8時間睡眠を取ったから、朝食を食べても眠くならなかった。晴耕雨読ではないけれど、今の自分に一番足らないのは運動だろうと、雨の中をプールに行くことにしたのです。

 すっかり紅葉したみずき通りを通って、駅前から続く中央通りに出れば、今日は土曜日とあって少し車が混んでいるのでした。タワー駐車場も連絡通路のある2階はほとんど空きがなかったけれど、なんとか車を停めてスポーツクラブまで歩くのです。まだ10時前だったから生活用品を扱う店は開いていなくて、途中からエスカレーターで3階に上がり、地元の建築業者の通路を通って、またエレベーターに乗ってやっと4階の入り口に辿り着く。

 更衣室に入って水着に着替えてもまだ10時前だったから、プールに続く通路は開いていなかった。待つ間に柔軟運動をして、ドアの鍵が開けられたらすぐにプールサイドに出る亭主。シャワーを浴びて歩くコースの階段を下りたら、25mは歩いて水の中を進むのです。スイミング教室の子ども達が離れたコースで準備運動をしたいた。まだ誰も人がいないから、ゆっくりと背泳ぎや平泳ぎで25mを泳ぐ。すぐに他のお年寄り達が入って来たので普通に泳ぎ始める。

 雨の日だったからあまり人は多くなかったけれど、久し振りのプールなのですぐに上がってしまいました。それでも身体を動かしたので気分が好かった。昼食の支度までにはまだ時間があったので、帰りに地階のスーパーに寄って、野菜や夜の食材を買うのでした。あまりにも今日は寒いのでおでんの具材を買って、女将に頼んで夜はおでんにしてもらおうと思ったのです。家に帰れば女将は部屋で片付け物をしていた。食材を渡して冷蔵庫にしまってもらう。

 午後は少しだけ寝室のベッドで横になり、ひと眠りしたら女将と一緒に向こうの家に行って、片付け物をするのでした。今日は一日中雨だったので、女将も家で自分の部屋を片付けていたから、洋服を掛けた物干し竿が重みで外れてもなおしようがなく、そのままになっていた。釘と金槌は向こうの家だったから、ついでに持って帰って直してやるのでした。押し入れに入れる衣装ケースも空の物を使えるようにしてやった。これで少しは片付くのではないか。

 4時を過ぎたら亭主は待ちきれなくなって、厨房でおでんを煮ている女将のところに何度も顔を出す。寒いから蕎麦湯を作って今夜は蕎麦焼酎にしようと準備をするのでした。やっとおでんが出来上がり、熱々の具材を皿に取って食べる。今日は本当に寒い一日なのでした。長袖の上にジャンパーを着込んでもまだ寒かったのです。明日は晴れ間も出ると言うから、少しは作業も進むのではないかと思いながら、二人でテレビを観ながら夕食を食べるのでした。


10月12日 日曜日 朝から曇り空で涼しい一日でした…

 今朝は6時前の車外温度が16℃で、かなり涼しい朝でした。朝飯前のひと仕事に向こうの家に行って、まだ持って来ていない荷物を車に積み込むのです。すっかり空になっていると思った台所の棚の上に、ガスコンロが入っていたり、焼き肉用の鉄板が入っていたりで、玄関に出して車に積み込む準備をする。義父母の仏壇のあった脇の壁には、二人を囲んだ家族の写真が掛けたままだったので持ち帰る。沢山あった一人用の鉄鍋と七輪も一つだけ持って帰る。

 向こうの家の庭には、まだ葵や木槿の花が咲いて朝露に濡れているのでした。何十年も手入れをしてきた庭の木も、あと少しでお別れだから、心寂しい気持ちは否めない。家に帰って朝食を食べ終えたら、今度は女将が午前中に向こうの家に行くというので、亭主も車で荷物を運ぶ準備をする。ウッドデッキと居間の間に作った棚には、一度も使っていないコールマンのバーベキューセットがあったのです。高級な備長炭も二箱も使わないで取ってあった。

 家に持って帰った荷物は、置き場所を決めるまで取りあえずカウンターの机の上に置いておくことにする。新しい家の押し入れもまだ整理していないから、どれだけ入るのかが判らないのです。バーベキューセットと備長炭は、隣近所のアウトドア好きらしい家にもらってもらえるかと、声を掛けてみようかと思う。11時前になったので、亭主は厨房に入り昼飯の支度を始める。野菜と肉を刻んで今日は焼きそばにすることにしたのです。コンソメのスープも作る。

 食後はしばらくカブスとブリュワーズの試合をテレビで観ていたけれど、途中で眠くなったので寝室のベッドで横になる。1時間ほど眠ったら目が覚めて、女将の部屋に行けば「そろそろ行きますか」と言われてコーヒーを淹れて飲んだら、また車に乗って出掛ける。埋め立てゴミの袋を8つ車に積み込んで、玄関の廊下の突き当たりにある物入れを片付け始めるのでした。分別しなければならないから、女将と二人でゴミ袋に入れて半分ほど片付けた。

 加湿器やらグラインダー、ノコギリ、外壁の吹き付け器など、40年近い昔の道具が大事に取ってあったのです。その他に細かなものが沢山あるので、女将も疲れたらしく「後は明日にしましょう」と言うから、すぐに帰る準備をするのです。LINEの連絡が次々と入って、皆さん再会を楽しみにしているようなのだけれど、日にちは決まっても何時に何処へ行けば好いのかが判らないのでした。明日にでもまた聞いて見よう。夜は夕飯を食べながらテレビで巨人とDeNAの試合を観るのでした。他に土日はあまり見る物がない。


10月13日 月曜日 スポーツの日は昔の体育の日だったかな…

 最近は9時に床に就いて、翌朝の4時台に起きる習慣が付いてきた。まるで古代人のような生活だけれど、体重は確実に落ちてきている。夜中にものを食べない習慣が出来てきたのです。102歳で亡くなった祖母が、夜の8時から眠って朝の4時に目が覚めると言っていたのを思い出す。90歳をとうに過ぎたお袋様も、同じように早く床に入るのだと聞いて、健康のためにはいいのかも知れないと思うのです。しかし、また少し明るくなるのが遅くなったようです。

 5時を過ぎても外が明るくならないから、随分と日の出の時刻が遅くなった。5時半になってやっと薄明るくなって、燃やせるゴミを沢山車に積んで向こうの家まで出掛けるのでした。ゴミの集積場にゴミ袋を置いたら、散らかしたままの昔の家に行って、段ボールを潰して紐で括っておく。廊下の突き当たりにある物置の荷物は、今日の午後に女将と来て片付けの続きをしなければならない。分別の作業が思ったよりも大変で、何種類もの袋が必要なのです。

 家に帰って朝食を食べたら、今日はお袋様と買い物に行く日だから、いつもの時間に電話をして迎えに行く。「涼しくなったねぇ」と言いながら車に乗り込んできたお袋様を乗せて、まずは農産物直売所に向かうのでした。すっかり顔馴染みになった若い店員の女性が「お早うございます」と元気な挨拶をしてくれた。ナスとトマトと人参だけをもらって、隣町のスーパーに向かうのです。三連休の最後の日だったけれど、駐車場も空いていて人も少ないのでした。

 昼の支度は亭主の仕事で、今日は涼しいから天麩羅を揚げて、茹でた冷凍うどんを冷たい汁で食べることにした。揚げたての天麩羅はとても美味しく、ナスとオクラと生椎茸と海老を二つずつ揚げたけれど、二人でぺろりと食べて仕舞うのでした。食後はお茶をもらって寝室のベッドで1時間ほど昼寝をする。目を覚ましたら、女将が柿を剥いてくれて、いよいよ午後の仕事に向こうの家に二人で出掛けるのです。1時間半ほど頑張って、ゴミ袋を車に積みました。

 3時を過ぎたので家に帰ろうと車に乗れば、庭の真っ赤な紅葉葵とピンクの葵が綺麗に咲いているではありませんか。朝に見た時はまだ花が十分に開いていなかったのです。家に帰って女将に話しをしたら、彼女も気が付いていたらしく「私を忘れないでと言っているようね」と、新しい家の庭に移植する花の中に含めて好かったということになる。移植と剪定の作業は10月の中旬からと言うから、そろそろ業者から連絡があっても好い頃なのです。

 家に帰ってくれば、朝からブログに手を付けていなかったので、新しい書斎に入ってパソコンに向かう。本棚を二つ入れて、まだ蕎麦打ち室の冷蔵庫が一つ入っている。まだ行き所のない蕎麦屋時代の椅子も置いてあるので、とても狭く感じるのですが、すべてが片付くまで当分はこの環境で暮らさなければいけない。向こうの家も少しずつは片付いてると考える方が前向きだろう。明日は女将が仕事の日だからと思っていたのですが、まだ手本が届いていないというから、また向こうの家に行って廊下の物置の片付けが出来る。


10月14日 火曜日 今日も曇り空で涼しい北風が…

 今朝は目が覚めたらもう6時半なのでした。夕べは寝そびれてしまって、11時前から始まるワールドスポーツのニュースを見てしまったから、ますます目が冴えてしまったのです。何度も床に入って眠ろうとしたけれど眠れずに、とうとう起き出してテレビで洋画を一本観てしまう。昨日までの理想的な睡眠生活は脆くも崩れた形なのでした。厨房で朝食の支度をしてくれていた女将の作った物を、箸を並べてからテーブルに運ぶ。亭主の希望で卵はバター味。

 今朝はゴミを捨てる仕事がなかったから、早めに着替えて朝の散歩をするのでした。秋桜の花の咲き乱れるバス通りを越えて、お袋様の住むマンションを越えれば、駅前から続く中央通りに出る。真っ直ぐな並木道の景観は曇り空でも美しい。広い調整池を回るようにゆっくりと歩いて行く。軟骨の潰れた右足の親指の調子はまずまずで、少し慣れれば普通に歩けそうなのでした。これからの生活で毎日30分ほどかかるこのコースを歩くのも好いかも知れない。

 家に戻ればMLBのロスアンゼルスドジャース対ミルウォーキーブルワーズの試合が始まっていたので、途中まで居間のソファーで観て、後は厨房のテレビで昼食の支度をしながら観るのでした。昼食はいつも麺類ばかりという女将の言葉で、急遽、カレー炒飯にして冷蔵庫にあった野菜と肉を切って、こんそめスープを作り、20分ほどで出来上がる。中華鍋を使って炒めるのは亭主の得意技。今日の米は地元の農家が作る新米だったので、少し水分が多く焦げた。

 食後はお茶をもらって野球の結果も気になったけれど、奥の座敷に入ってベッドで横になる。夕べの寝不足のせいか、今日は1時間半も眠ってしまったのです。女将のスポーツクラブの予約を取る時間になって、女将が襖を開けて「お願いします」とやって来た。柿を剥いてお茶まで入れてくれる。2時半前には向こうの家に出掛けて、廊下の物置の片付けの続きを始めるのでした。約1時間の作業で片付けと分別を終えて、物置の中は空になったのです。

 燃えるゴミは明日の朝に出すから、車の中に積み込んだのだけれど、明後日の埋め立てゴミの袋が沢山入っているから、全部は載せきれなかったのです。金物、埋め立てゴミ、段ボール、燃やせるゴミと分別するのが大変で、袋を並べて次々と入れていくのでした。先日も出した埋め立てゴミの残りがあったので、額に入った写真を取り出し、ガラス部分は埋め立てゴミの袋に、木と紙の部分は燃やせるゴミの袋煮入れるのです。こちらの積み込みは明日にする。

 家に帰って4時。朝が遅かった分、今日はあまり何も出来なかった気がするのです。新しい家に持って来た荷物も、空いている場所に置くだけの生活で、決して片付いているわけではない。庭の剪定と移植の作業が終わって、向こうの家の引き渡しが終われば、少しは気持ちも落ち着くのでしょう。7月の末から初めて、3ヶ月の時間はとても長い気がするのでした。夜はジャガイモのバター焼きと切り干し大根にエノキの肉巻きが出て、焼酎の炭酸割りを飲む。


10月15日 水曜日 長袖で寝てもまだ寒い朝なのでした…

 夕べは風呂上がりに体重を計ったら、やっと80kg台から抜け出して、79.3kgまで落ちていたから、朝の散歩が効いたのかと嬉しい。9時半には眠くなって4時半前に目覚め、いつものペースに戻ったのです。気をよくして温かい蕎麦茶を作って飲むのでした。暖房を入れなければ寒くていられないほどの気温で、身体を温めて明るくなるのを待つのです。今日は燃やせるゴミを出す日だから、車の中に積んである8袋のゴミを集積場まで運び、向こうの家に行く。

 粗大ゴミに出す壁紙や障子紙を束ねて紐で括り、燃やせるゴミはまた車に積んで集積場に持って行く。家に帰ってもまだ6時過ぎだったから女将は部屋で寝起きのヨーガの最中。亭主はまた少し眠くなって、暖房を入れた寝室でベッドに横になったら眠ってしまうのでした。女将に起こされて朝食を食べる。7時半には食べ終えて、さあて何をしようかと考えるのでした。食後の腹ごなしに、昨日から始めた朝の散歩をすることにして、家を出たのです。

 昨日と同じコースを歩くのも景色が変わらずに面白くないから、今日は家の西の小径を歩いて階段を下りて、長い坂道を下ってワンブロックが切れるところまで歩き、みずき通りに出てまた昇って来るコースを歩いたのです。登りの坂道は右足に負担がかかるので、早くは歩けないからゆっくりと景色を見ながら歩くのでした。同じ町なのに見る方向が違うといつも見慣れている景色が変わって見える。新しい家まで約20分。昨日よりは短いコースなのでした。

 毎日ゆっくりとでもこのくらいの距離を歩いていれば、そのうちに右足の潰れた軟骨も回復してくるだろうか。医者に「手術をしなければ治りません」と言われたのはもう7年前のことだ。その医者kのいたクリニックもとうに閉院してしまったから、新しい整形外科に行かなければならないのです。紅葉もそろそろ終わるハナミズキの通りを上って、バス通りに出れば新しい我が家はすぐそこです。それにしてもジャンパーを着ているのにとても寒い朝なのでした。

 家に帰ればちょうどドジャース対ブリュワーズの試合が始まっていた。亭主は居間の大きなテレビでしばらく観たら、昼の支度があるので厨房の小さなテレビに切り替えて、野菜を刻むのでした。今日は久々にスパゲッティーナポリタンを作ることにしたのです。ワカメとエノキと玉葱でコンソメスープを作り、炒めた野菜に茹でたスパゲッティーを入れてケチャップだけで味付けをした。亭主は食べる直前にソースを少し入れて、懐かしいナポリタンを食べる。

 女将は少し休んでからスポーツクラブに出掛けた。2時間近く前に家を出るのは、歩いて行くので30分はかかるからなのだそうな。それからストレッチをして教室の始まる時間を待つのです。亭主は昼寝も出来そうにないので、酒や煙草を買いに出掛けて、帰りに向こうの家に寄って全身を写す鏡を持ってくる。窓だらけの居間には掛ける場所がなかったけれど、何とか書斎と洗面所の間の壁に掛けるのでした。そして長い午後は、いよいよギターを取り出して、硬くなった指を動かして「夜が来る」を歌ってみたのです。


10月16日 木曜日 今日も昨日と同じように寒い朝でしたが…

 夕べは10時半に床に入って今朝は5時半に目が覚める。これが一番理想的な睡眠の形なのです。今朝の朝飯前のひと仕事は、プラスティックゴミと車に積んだままの埋め立てゴミを集積場まで運ぶこと。30分もあれば終えられると熱い蕎麦茶をすすって目を覚ます。無事に仕事を終えたら家に帰って、女将の用意してくれた朝食を食べるのです。今朝はホッケの塩焼きがメインディッシュで、糠漬けのキュウリと切り干し大根が付いてちょうど好い量なのでした。

 食事を終えてひと休みしたら、女将が買い物に行こうというので車に乗って隣町のスーパーに出掛ける。今日は安売りの日ではなかったけれど、家に食べ物がなくなったのだと言う。最近は、お袋様と出かける月曜日以外に、もう一日買い物に行かなければならないというのが分かった。二人で三度三度ご飯を食べるから、おかずの材料が足りなくなるのです。歩いて出掛ける女将では、持ちきれない荷物は亭主が車を出してやらなければいけないのでした。

 向かいのサツマイモ農園の事務所と倉庫の建設が、いよいよ本格的に始まった。若旦那が「煩くなるけれど済みません」と挨拶に来た。倉庫にするので少し背の高い建物になるらしいけれど、事務所は二階建てになるのかしら。職人さん達が柱を組み立てて行くのを見ているのが楽しかった。11時前になったので、今日は寒いからと湯麺と餃子にすることにして、野菜を刻んで中華鍋で肉と炒めてスープと一緒に煮込んでいく。野菜が多いので満腹になったのです。

 ポットに作った蕎麦茶を二人で飲んで、亭主は奥の寝室に入って横になる。どのくらい眠ったのか、「すみません。お願いします」と女将に起こされた。スポーツクラブの予約の時間なのでした。いまだにスマホの使い方を覚えようとしない彼女に、返す言葉もなかった。しばらく椅子に座ってボーッとしていたけれど、テレビを見る気にもなれずに、コーヒーを淹れての飲むのでした。まずは煙草を買いに行って、向こうの家に寄って来週捨てる金物を積み込もう。

 バス通りから一度曲がってみずき通りに出れば、すっかり紅葉したハナミズキが見事なのでした。突き当たりが駅前まで続く中央通りだから、新しい家はわかりやすいのです。信号で止まればちょうど下校途中の小学生達がたくさんいて、信号の向こうの家はこの何日かで取り壊しを終えたらしい。40年以上もあった家が取り壊されるのも時代の流れで、人ごとではないのです。どんどん新しい家が増えているから、ここの団地を「千年都市」と呼んだのも頷ける。

 家に帰れば女将はまだ仕事中で、亭主は冷めた珈琲の残りを飲みながら、サツマイモ農園の事務所の建設作業に見入っていた。今日撮ったブログの写真を選び、ブログを書き始める時間なのでした。今日は昔来たことのあるらしいお客さんが、いきなり玄関を開けて入って来たから驚いた。「もう蕎麦屋はやっていないの?」「3ヶ月前に店を閉めて、今は普通の家なのです」と応えて帰って頂いた。フェンスや洗濯物がぶら下がっていても、気軽に入れるものなのか。

 4時半を過ぎた頃には、亭主はそろそろ腹が減って、ワイングラスに氷を入れて夕食の食卓の準備を始める。女将が部屋から出て来て「今日はイカを焼いて、トマトと小松菜で好い?」と言うから、亭主は「イカのげそは茹でて山葵で食べよう」と応える。今年はイカが高かったから、なかなか食べる機会がなかったのです。「昔は大根と煮たりよく食べたわねぇ」と女将も言うので、沢山出ていたイカを買ってきて好かったと思うのでした。旬の食材なのです。

 キムチを肴に焼酎の炭酸割りを飲んだ頃に、イカのげそが茹で上がって出て来たので箸を伸ばす。続けていよいよイカの本体がだいぶ縮んで焼き上がったので、生姜醤油で頂くのでした。「懐かしい味だわね」と女将が言って、「昔は買った方が安いから、釣り舟に乗ってもイカは狙わなかった」と亭主が応える。毎週のように船釣りに出掛けた日々が思い出された。冬場の脂ののったイサキなどが沢山釣れた日には、近所の奥さん達がボールを持って我が家の前に集まったほどなのです。懐かしい昔に乾杯なのでした。


10月17日 金曜日 朝から青空が広がって久し振りの陽射し…

 久し振りに青空が覗いて陽射しが眩しかった。向かいのサツマイモ農園の事務所建設は、骨組みだけが一日で出来上がっていた。今日は燃やせるゴミを出す日だったので、厨房の入り口に出されたゴミ袋を集積場まで運んで行った。まだ6時過ぎだから、通りには人気もなくゴミ袋も少しだけしか出ていなかったのです。隣のお花畑には青空に色とりどりのコスモスの花が映えていました。我が家の駐車場も朝日を浴びてなかなか好い感じなのです。

 今朝は7時過ぎからドジャース対ブルワーズの第三戦目が始まるのでしたが、ロスアンゼルスとの時差はどのくらいあったのだか。テレビを点ければ、向こうはまだ明るい午後なのでした。グランドを守る選手達の影法師は長く、大勢の観衆がスタンドを埋め尽くしているのです。5万6000人も収容できると言うから、東京ドームよりも10000人も入る計算です。大谷選手が3塁打を放っって、べッツが二塁打を打ち1点入るところまで見てテレビを消しました。

 朝食には鮭の西京漬けを焼いて、出汁焼き卵と茄子焼きにぬか漬けのキュウリが出た。ドジャース戦も気になったけれど、少しは動かなくてはいけないと思って、近所へ散歩に出るのでした。隣のコスモス畑には、今が盛りとばかり赤やピンクの秋桜の花が咲き乱れている。バス通りをお袋様のマンションの方に歩いて、坂道を下って行けば中央通りにぶつかるから、これをまた左に折れて調整池の周りを行くのは、ちょっと遠すぎる気がするのでした。

 駅前の高層マンション群が見えるところまで来て、今日は止めておこうと今来た道を戻るのでした。それでも20分ほどは歩いただろうか、家に帰れば女将も秋桜の花を見に隣のお花畑まで出たのだと言う。「昼は何にしようか」と聞けば、「素麺がまだあるんじゃない」と言うから、昼飯は天麩羅を揚げて素麺を茹でて食べることにしたのです。タンパク質にはシーフードミックスを解凍して、掻き揚げにすれば好いのでした。早速、亭主が厨房に入って準備をする。

 新しく取り替えたガスコンロは「設定温度になりました」と、音声で知らせてくれるので年寄りには助かるのです。揚げた南瓜やかき揚げが「カリッと揚がっていて美味しいわ」と女将が言うのも、半分は新しいガスコンロのお蔭なのです。食後のひと休みをして、亭主はブログの写真を選んで書く準備を始め、女将はスポーツクラブに行く用意をしているのでした。朝のうちに出汁を取る準備をしておいたから、午後は鰹節と鶏肉を買いに出なければいけない。

 涼しくなる夜はまた茶碗蒸しにしてくれるように亭主が頼んだのです。午後は隣町のスーパーまで車を走らせ、鰹節と鶏肉を買って来る。家に着いたら早速出汁取りを始めて、小一時間掛けて一番出汁を2.5㍑、二番出汁を2㍑作るのでした。一番出汁の2㍑は蕎麦汁にして、0.5㍑を夜の茶碗蒸し用に取っておいた。今日は夕刻まで青空は続いて、爽やかな一日なのでした。夜は一緒に買って帰ったトンカツを切ってカツの卵綴じにしてもらおうと思ったのですが…。

 「朝も卵を食べたし、茶碗蒸しだから」と、女将に言われて、結局銀ダラを買って帰ったので、夜は銀ダラと茶碗蒸しと言うことになったのです。5時前からもう食卓の準備をした亭主は、トマトを肴にして焼酎と炭酸割りで一杯飲み始める。銀ダラの煮付けも茶碗蒸しもお腹に優しいから、ゆっくりと味をつて頂いたら、それなりに腹が満ちてくる。これで夜まで何も食べなかったら、また体重が減るのだろうか。明日は女将も休みだから一緒に向こうの家に行く。


10月18日 土曜日 プールに行った気怠い午後は…

 夕べは9時前に眠くなって床に就いてしまいました。ところが、案の定、12時過ぎに一度目を覚まし、また眠ったら今度は3時半に目が覚めたのです。もう寝眠れないから起き出して厨房で蕎麦茶を淹れるのでした。身体が疲れていないからか、羽布団を少し厚い物に替えたからか、夜に飲む酒が足らなかったのか、よく眠れない理由を考えるけれど、隠居の身分は一日中休みだからあまり深く考えないでいる。今日の午前中はプールに出掛ける予定なのでした。

 朝食は昨日買って帰って食べ損なったトンカツを卵で綴じておかずにした。干し椎茸と昆布を6時間も水に浸けて、鰹節を加えて出汁を取った味噌汁は、煮干しの出汁とはまた違ってとても美味しいのでした。元気を貰って食後はアメリカンリーグの第五戦をテレビで少し観て、ナショナルリーグは明日だろうと思ったから、9時半にはプールへ行く支度をして出掛けたのです。今日は昨日よりも少し暖かく、風は爽やかだったけれど陽射しはかなり強かった。

 天気が好かったので、タワー駐車場からプールに続く外の階段を昇って4階にあるスポーツクラブの入り口まで歩く。時間がかかるかと思って少し早く出たけれど、まだプールへの扉は解錠されていなかった。階段を下りたところでしばらくアキレス腱を伸ばしたり身体を捻ったりと準備運動をして、10時になって鍵が開けられたらプールサイドに出るのでした。誰もいないコースで背泳ぎから始めて平泳ぎ、少しして人が来たらクロールで泳ぐ亭主なのでした。

 帰りがけに地階のスーパーに寄って、女将が野菜が足りないと言っていたので、小松菜やモヤシと挽き肉を買い、ついでにシーフードミックスやラーメンとタレを単品で買って帰るのです。家に帰れば、女将が「野球やっているわよ」と言うのでテレビを点ければ、ドジャース対ブルワーズの第四戦が、1チャンネルでやっていた。BSばかりを気にして、番組表を見逃してしまったらしい。ラーメンを作って食べながら、ドジャースの優勝の瞬間を見たのでした。

 午後は昼寝をするのかと思っていたけれどなかなか眠れずに、女将がショッピングモールの本屋に行って帰るのを待って、向こうの家に行って片付けの続きをするのでした。一階の押し入れは綺麗に片付いて、木曜日に出す金ゴミは袋に入れて車に積み込む。二階の息子の部屋にだいぶ大きな荷物が残っているけれど、後は業者に任せてしまおうと二人で帰って来るのでした。夜は高野豆腐の煮付けと舞茸と豚のロース肉との煮物で一献。今夜は温かそうなのです。


10月19日 日曜日 秋風も爽やかな日曜日…

 朝食を食べ終えてひと休みしたら、今朝は西の小径を下に下りる階段を下り、散歩に出掛けるのでした。空は青く秋の雲が広がり、涼しい秋の風が吹き渡る。突き当たりには調整池があって、桜並木が綺麗に紅葉しています。日曜日の朝だから誰にも会わないと思ったら、以前蕎麦屋に好く来てくれていた亭主よりも少し年上の女性に出会って、しばし立ち話。どこまで正気なのか判らないけれど、今日もまた二年ほど前に亡くなったご主人の話を聞かされる。

 みずき通りに沿って家の前のバス通りへの坂道を昇れば、空には鯖雲が出ているではありませんか。ハナミズキの紅葉も今年はすっかり赤に染まって美しい。「気分転換に散歩にでも行ったら?」と言ってくれた女将に感謝しなければいけない。新しく始まった隠居の生活は、時間に追われることがないから、自分でこれをしようと決めておかないと、本当になにもしないで過ごしてしまいそうなのです。今日は野球の試合もないから、プールへでも行けば好かった。

 昼の支度が始まる頃にはやっと亭主のすべきことが見つかって、葱や南瓜を刻んでイカ・タコ・エビ入りのシーフードミックスを解凍する。蕎麦屋の時代に沢山仕入れた天ぷら粉は、小さな冷蔵庫の冷凍室にまだ沢山入っているのでした。一斗缶で仕入れていた胡麻油もまだもう少し残っていたので、銅の天麩羅鍋に注いで天麩羅を揚げ始める。蕎麦汁は先日作ったばかりだから、冷凍うどんを湯がいて皿に盛り付ければ、もう昼飯の出来上がりなのです。

 午後は少しだけ昼寝をして、女将と二人で向こうの家に出かけるのでした。一階の荷物はほとんど片付いているから、今日は二階の部屋に残った荷物を片付けなければいけない。段ボールで出来た衣装ケースは、亭主が階下の居間に持って行き、潰して紐で括る。女将は息子の部屋の押し入れに入れてあった、沢山の表彰状や展覧会に出品した書の作品を、ゴミの袋に詰め、出した箱は下に持ってくる。約1時間の作業で二人はもう疲れてしまうからお終いにする。

 車の中は明日の朝に捨てる燃やせるゴミの袋でもう一杯になる。二階の娘の部屋に置いてあった大型の裁断機は、車に積んで持って帰って来た。まだ4脚ほど残っている椅子も一つだけ持ってきて、亭主の寝室に置いた。隙間のある場所は、もうここしかないから、どんどんと荷物が増えて行く。3時を過ぎてこのブログを書き始めて、4時を過ぎたらまたギターを爪弾く時間になる。うまく指が動かないのがもどかしいのだけれど、女将が夕食の支度をするまで頑張るのです。「夜が来る」はなかなか好い曲です。

 

 

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2025年10月上旬



10月1日 水曜日 朝からあいにくの雨模様で…

 朝の4時からドジャース戦があると勘違いして、夕べは9時に床に入って今朝は4時に起きたのです。ところが、パドレスとカブスの試合であまり見たくはなかった。元来、それほど野球が好きというわけではないから、明るくなったら燃やせるゴミを積んだ車を走らせて、集積所まで出掛けるのでした。雨は朝からシトシトと降っていたから、ゴミを出し終えたら車庫に車を入れて、絵巻物の図鑑を新居に運ぶ準備をしました。また一つ押し入れが空になった。

 家に戻れば、女将が朝食の支度をしてくれていた。夕べ聞いたとおりに好物のナス焼きと脂の乗った塩鯖のおかずで、早くから起きていた亭主はご飯をお替わりするのでした。食後は奥の寝室で20分だけ眠って、9時から始まる保健所まで久々の遠出をして、営業許可証の返納をしてくるのでした。暗いロビーで細かな書類を見るのが辛かった。若い女性の職員が親切にも虫眼鏡を持って来てくれたのです。ついでに市の衛生協会を脱退する旨を窓口で伝える。

 これで当分保健所に来ることはないと、印旛の合同庁舎を後にするのでした。家に帰れば、女将が向こうの家に行って来たらしく、沢山の荷物を持って帰ってくる。書道の道具も持って来ていなかったので、こちらで仕事が出来ていなかったらしい。「ドジャースの試合をやっているわよ」と女将に言われてテレビを点ければ、大谷選手がホームランを打った後だった。昼の素麺を茹でながら、厨房のテレビを観て、食べながら居間のテレビを観る亭主なのでした。

 今日は朝早くからFacebookののマークが幾つも点いて、見れば大學時代の現代文学研究会の友人たちが、お誕生日おめでとうとメッセージを送ってくれた。最近、Facebookを始めたばかりだから珍しいらしい。中には「そろそろ蕎麦屋へ行って一献」とブログまでは読んでくれていないのでした。小学校時代からの友人からもメールが届いて、こちらは「引っ越しの途中」と健康を気づかってくれるから嬉しいのでした。元気を貰って午後のひと仕事に出掛ける。

 煙草を買って昔の家に寄れば、玄関に女将の荷物が置かれているから車に積み込む。居間の部屋においた座椅子も、もう使わないから蕎麦屋に持っていっても好いだろうと車の中に。最後に残ったのは絵巻物の重たい図鑑を積んで、家に帰るのでした。縦に入れる本棚がなくなったので、玄関に置いてあった黒の書棚をベッドの上に置いた。疲れたので並べるのは明日以降にしよう。随分と本を捨てたから、寝室の書棚にはまだ隙間があった。埋まる予定はない。

 障子も破れたままで張り替えてもいないけれど、南の庭の剪定作業が終わる頃には新しく貼らなければならない。今月の半ばからは頼んである業者が向こうの家の花木を移植する予定だから、その前にはこちらの庭の木も切り倒しておかなくては。もう少しで終わるとは思うのだけれど、精神的な疲れはもうピークに達しているのです。老人の住む家の引っ越しには三ヶ月は見ておかないといけないと、業者も過去の経験から知っていたのだろうか。


10月2日 木曜日 気温は16℃、霧の朝…

 夕べも9時半に床に就いて、今朝は5時過ぎに目が覚めました。今朝はプラスティックゴミと埋め立てゴミを出す日なので、沢山の荷物を車に積んだまま集積場に向かうのです。外はとても涼しく霧が出て、ジャージの長袖長ズボンで出掛けたのです。まだ時間が早かったから、人気のない集積場で荷物を降ろし、そのまま旧宅に行って朝飯前のひと仕事を始めるのでした。水中カメラやストロボなどの小型家電を透き通った袋に詰め、最後の衣類を仕分ける。

 それでも6時半前には家に戻り、持って来た荷物を寝室に入れ、使っていた衣装ケースを玄関の前に置いて、雑巾で埃を拭くのでした。7時前になったら「お早うございます」と女将が厨房に現れ、朝食の用意を始めてくれる。今朝は脂が乗って美味しそうな鮭の西京漬けを焼いて、お新香と湯がいたピーマンに鰹節をまぶした小鉢とともにご飯を頂くのでした。食後のお茶をもらって、亭主は奥の寝室でベッドに横になって1時間ほど眠るのです。

 朝の新しい居間は広い窓から陽が差してとても気持ちが好い。大きな家から運んだ応接セットは少し大きすぎるけれど、新しいものを買うのも大変だから、なんとか詰めて置いて、あちらこちらに座って暮らしている。休憩するときは回転椅子に、横になるときには長椅子に、すぐ動きたいときにはテーブルの椅子に座るのが好い。夫婦二人きりだから決して狭くは感じないのです。食後のお茶を飲むのにも、女将はお茶の茶碗を持って自分の部屋に入ってしまう。

 やっと昨日書道の道具を持って来たので、今日は午後から女将の仕事が始まる。ドジャース戦が始まる前に、週の半ばの買い物に二人で隣町のスーパーに出掛けました。空は青く晴れて天気も好く、風も涼しいから気持ちの好い季節になったのです。女将が買ってきた物を片付けたら、今度は亭主が厨房に入って昼飯の準備をする。先日のカレーが残っていたので温めて味を調え、買ってきたカツを載せて、ミニトマトを幾つか添えてカツカレー。

 ドジャース戦を厨房のテレビで観ながら調理をして、食べるときには居間の大きなテレビを点けて観ながらの昼食なのでした。午後は女将が習字を始めるので、亭主は向こうの家に行って、昔の書斎の押し入れの中を綺麗に片付け終えるのでした。古いパソコンやノートパソコンだけは捨てることが出来ないもの。ドライボックスの水中カメラ類もゴミして出す準備を終える。あれほど夢中だった水中カメラも、今となっては宝の持ち腐れなのです。廊下の突き当たりの押し入れの下にあるキャブ用品類だけがまだなのです。明日は夕刻に医者の予約があるだけで、まだ何をするのか決めていない。


10月3日 金曜日 朝は涼しく、昼はまだ蒸し暑い秋の日…

 今朝も涼しい朝でした。5時前に目覚めてコーヒーを一杯飲んだら、燃やせるゴミを捨てるために、向こうの家に寄って集積場に出掛ける。ご近所の奥さんに会って挨拶を交わしたら、家の鍵を開けて車に燃やせるゴミの袋を積み込むのでした。捨てるゴミ袋も段々と少なくなっているから、来週、金物類を捨てれば、ほぼ終わるのではないだろうか。残ったのは息子の部屋のサーフボードやあちこちの部屋の衣装箱ぐらいだろうか。終わりが見えて来た気がする。

 家に帰れば女将がもう厨房に立って、朝の食事の支度をしてくれている。居間の一角には朝日が当たって、窓を開ければ涼しい空気が流れ込んでくるのでした。狭くなった居間とはいえ、朝の元気をもらうには十分なのです。と、女将が厨房で騒ぎ出す。「ナスとピーマンと肉の味噌炒めを作ったら、蓋が開かなくなったのよ」見ればフライパンの内側にぴったりと入り込んで、どうにも動かないのでした。上から被せる大きめの蓋なのに、使い方を誤ったのです。

 冷やしても叩いても取れそうになかったので、代わりに納豆を食べて朝食を終わらせる。食後のひと眠りをした亭主は、煙草が切れたのでコンビニまで買いに出る。今日は曇りだという天気予報だったのに、朝のうちは日が出ていたのです。家に戻って午前中のうちに、東側の庭の草取りを始めました。見たこともないような植物が大きく伸びて、抜くのもやっとと言うほど太くなっていた。半分ほど抜いたら、もう汗をかいて、続きはまた明日ということにする。

 カブスとパドレスの試合をテレビでやっていたので、厨房のテレビを点けて観ながら、昼食の支度をする亭主。今日は少し風も涼しい昼だったから、沢山の野菜を入れて湯麺にすることにして、肉と野菜はすべて炒めて水溶き片栗でとろみを付けた。ニンニクと豆板醤を加えて食べた亭主は、食べ終わるともう額から汗が噴き出して、「今日は暑い」と言い出す始末。実際には車外温度も26℃だったから、それほど暑いわけではなかったのです。

 午後は女将がスポーツクラブに出掛けている間に、寝室のベッドに横になって昼寝をするのでした。女将が「暑い暑い」と帰って来たら、柿を剥いてもらって二人で食べる。「今日は医者に行く日でしょ」と言われてハッとした亭主は、血圧と尿酸値の薬をもらいに行くのに、予約を取っておいたのを思い出す。どおりで何もしないで時間があるなと思っていたのです。4時半過ぎに医者に出掛けて、30分ほど待って久し振りに先生に会って話をするのでした。

 隣の薬局に寄って薬をもらい、家に帰ったのは5時過ぎでした。これでまたひと月は医者に行かなくて済む。インフルエンザの注射をしないかと言われたけれども、何処にも出掛けないからと断ったのでした。実際、亭主が外に出て人に接するのは、煙草を買いにコンビニに行く時と、週に二度買い物に行ってスーパーの店内を歩く時だけなのです。明日は雨だと言うけれど、曇っているという朝のうちに、東の庭の草取りの続きをしようと思う。


10月4日 土曜日 朝は晴れていたのに、午後からは雨で…

 夕べは10時に床に就いたのに、午前2時前に目が覚めた。眠れないのでコーヒーを淹れて飲む。朝の5時前に横になれば朝食の時間までぐっすりなのでした。これで朝飯前のひと仕事は出来なくなった。朝食を食べ終えたらまた眠くなって少しだけ横になる。10時前に女将と向こうの家に行って、木曜日に捨てる金物を透明の袋に入れて車に積み込むのでした。トランクはそれでもういっぱい。今朝は使うこともあるかと鍬やシャベルを積んで家に帰りました。

 今日は雨が降ると言うので、玄関の軒下に作った物干し台が役に立っている。今日はMLBの試合がないので、ゆっくりとした午前中なのでした。11時になったら亭主は厨房に入り、野菜を刻んで焼きそばを作る。レンジで焼きそばをチーンしてもらい、炒めた肉と野菜の上に載せて、少し水を入れて菜箸でほぐしていく。蓋をして十分にキャベツなどが柔らかくなったら、粉末のソースを入れて出来上がり。シマダヤの焼きそばは味も好いし麺も美味しいのです。

 涼しくはなったけれど、雨が降ったので東の庭は半分だけ草取りをしたままで、濡れたくさがまだ続いているのでした。明日も曇りになったので、次はいつ作業が出来るかと思うのです。向こうの家は、だいぶ片付いては来たけれど、ストーブや扇風機はまだ運んで来ていない。玄関の廊下の突き当たりにある押し入れは手つかずのままなのです。「やっぱり広い家は物を置く場所が沢山あったのね」と女将も今更ながらの感心をするのでした。

 午後は昼前から『南極物語』という30年ほど前の日本映画を一本観て、女将と向こうの家に行って片付けをする。以前の書斎へ続く廊下の突き当たりの押し入れは、上の段は片付いたのですが、下の段にはダイビングや釣りやキャンプの用品が詰まっている。整理箱にきちんと入っていたので、一つ一つ押し入れから出して、分別のゴミ袋に詰めいく。二人で片付けると早いもので、1時間ほどで作業は終わるのでした。またゴミ袋が沢山玄関に並ぶのです。

 明日は女将が午後からスポーツクラブがあるので、朝のうちに亭主が来て燃やせるゴミの袋を集積所に運ばなくてはならない。木曜日の金物のゴミ袋でいっぱいの車のトランクに、まだ積み込めるだろうかと心配になるのです。夕食は昼の焼きそばが凭れたので、女将は冷蔵庫に残っていた自家製の焼売を蒸かして、亭主は冷凍食品の鶏の唐揚げをチーンして、二人とも枝豆を添えて軽く食べるのでした。勿論、亭主はそれだけでは足りないから、風呂から上がって厚切りの食パンを焼き、バターを載せて食べるのです。お腹が膨れたらすぐに眠くなって、9時半には床に就くのでした。


10月5日 日曜日 朝から陽が出て暖かな一日でした…


 夕べも9時半までは頑張って起きていたのですが、このところの習慣でどうしても眠くなる。あとは何時まで眠れるかで、今朝は4時まえに目が覚めたのです。7時間近く眠ったから、十分な睡眠時間だけれど、コーヒーを淹れて飲んでもまだ眠気が覚めない。椅子に座っているだけでは、どうしても身体が目覚めないのです。女将が起き出してきたら、昨日向こうの家から持って来た掃除機を出して、床の掃除を始めるのでした。確かにこれだと目が覚める。

 東側の庭の草取りの続きもしなければならなかったが、そこまでは動き出す元気が出ない。箸を並べたら朝食のおかずをカウンターまで取りに行って、女将が味噌汁とご飯を運んで来てくれた。7時半からはドジャース戦が始まるので、居間の椅子に座って亭主は動こうとしない。今日は大谷選手が先発の投手なのです。一回が終わったところで、眠気が襲ってきたので奥の居間に行ってベッドに横になる。1時間ほど眠ったらちょうど試合は佳境を迎えていた。

 午前中に女将は向こうの家に行って、細かな片付け物をしてきたらしい。亭主はドジャースがフィリーズに勝つ最後まで野球を観てしまったので、早めに厨房に入って昼の支度を始めるのでした。大鍋に湯を沸かして冷凍うどんを湯通しする準備を整えたら、銅の天麩羅鍋で冷凍の春巻きを揚げていく。お椀や箸を準備しているところに女将が「今日は随分と暑くなったわね」と行って帰ってきたので、蕎麦汁を出して昼の食事を始めるのでした。外は晴れていた。

 午後は昼寝をせずにブログを書き始め、女将のスポーツクラブの予約を取ったら、柿を剥いてもらってひと休みです。女将が美容院に出掛けたら、亭主は東の庭の草取りの続きを始める。90㍑のビニール袋を出して、先日刈った草を詰めて行くのです。綺麗に取れなかった下草もあるから、袋はすぐにいっぱいになってしまう。30分ほど作業をしたら、もう汗をかいてひと休み。残り半分の草取りをする元気はもうなかった。無理をしないようにここで止める。

 次に車で向こうの家に行って、玄関の出口に積み上げた燃やせるゴミの袋を車に積み込む。明日の朝に出すゴミなのですが、木曜日に出す金物のゴミ袋が積んであるので、トランクが目一杯になってしまいました。プラスティックの衣装ケースを二つだけ後部座席に積み終えたら、新しい家に帰って降ろすのでした。4時過ぎまでかかって作業を終えたら、すっかり汗をかいてしまったので、居間の椅子に座って冷たく冷えた蕎麦茶を飲むのです。

 5時過ぎに女将が帰って来たので、やっと夕食の支度が始まるかと待ちきれなくなって、亭主は昨日の残りの焼売や肉豆腐の残りをチーンして、酒のつまみにして焼酎の炭酸割りを飲むのでした。明日は朝一番で燃やせるゴミを集積所に運び、朝食を終えたらお袋様と買い物に出掛ける予定。冷蔵庫の中にもう食べ物がなくなったから、果物を含めてまた沢山買って来なければなりません。午後は向こうの家の玄関の突き当たりにある戸棚を整理したい。


10月6日 月曜日 今朝は昨日よりも暑く感じた…

 夕べは風呂から出て8時半にはもう眠くなってしまった。テレビを観ながらウトウトしている自分に気が付いて、ベッドに入るのでした。だから今朝は3時過ぎにはもう目が覚めてしまう。何をするにもちょと早すぎるので、厨房に入ってコーヒーを淹れ、昼の飲み物として蕎麦茶を作っておくのでした。朝は昨日よりもかなり暖かく、ハーフパンツと半袖で十分な気温。少し明るくなったら、車でゴミの集積場まで出掛けて、7袋もあるゴミをすべて出して来た。

 家に帰ればちょうど朝食が出来たところで、今朝は銀ダラの煮付けとナス焼きなのでした。あまり美味しかったので、自分でお釜まで行ってお替わりをする。今日はお袋様と一緒に会のに行く日だから出掛けようとすれば、女将が買い物メモを書いてくれたが、その他に米とトイレットペーパーも買ってきて欲しいと言う。一人では到底、持てそうにない量だけれど、農産物直売所で精米して、隣町のスーパーで残った品を買ったら、ちょうどお金が尽きた。

 青空が覗いて、昨日よりもかなり気温は高かったのです。重い荷物を持って家に帰れば、女将が車まで食材を取りに来てくれた。トンカツを買って帰ったので、昼はスパゲッティーを茹でてミートソースにしたのです。知り合いの農家で出していたオクラを茹でたらとても柔らかいので女将も驚いた。朝採りなのと大きくならないうちに採るから、いつもここのオクラは柔らかい。ヤンキースとブルージェイズの試合は、13対7でブルージェイズが勝ったらしい。

 女将がスポーツクラブに出掛けた午後は、奥の座敷のベッドに横になって1時間ほど昼寝をする亭主。東の庭の草取りの続きをしようと思っていたら、雨が降りだしてきたので思いとどまる。明日の朝には再開しないといけないだろうと、またテレビを点けて観ていた。今日は向こうの家にも行かずに、しばしの休養日なのでした。夕方になってまた晴れて来たけれど、もう草取りは出来ない。下の通りに住む例の小母さんがやって来て、今日はお休みですかとまた言う。店を閉めて3ヶ月目なのに、どう考えてもおかしい。


10月7日 火曜日 朝からどんよりと暗い空でした…

 やっと普段の生活に戻って、夕べは10時半に就寝。今朝は4時半に目が覚めた。少しは動かなければと、明るくなるまでコーヒーを飲んで、歩いて向こうの家に出掛けるのでした。目的は外の水道に取り付けてある二股の蛇口を取り外して、新しい家に持って帰ること。蛇口の口径が違って前の家から持って来たホースが使えないのです。ウッドデッキを作って流しを取り付けた頃の随分と昔のことだから、新しい家の外の水道に上手く繋がるのか判らない。

 夜明け前のみずき通りは、赤く色づいた花水木の並木が、まだ薄暗闇の中に沈んでいた。帰りにはもうすっかり明るくなったけれども、雲が重くのしかかっているのでした。家に戻れば女将が厨房で朝食の用意をしてくれていた。亭主は箸置きを出して箸を並べ、お新香や小松菜のお浸しを出して、鮭の西京漬けが焼き上がったら、味噌汁と共にテーブルまで運ぶのでした。女将が冷凍してあったご飯をチーンして持ってくれば、二人の朝食が始まるのです。

 食後はドジャース対フィリーズの試合が始まって、少しだけ観たらもう眠くなったので、奥の寝室に入ってベッドに横になる。1時間ほど眠ったら、女将はもう洗濯物を干し終わって、向こうの家に行ってくると言って出掛けて行くのでした。亭主は東側の庭の草取りの続きを始める。30分ほどでやっと綺麗になって、ビニール袋はいっぱいになるのです。あとは隣の家との境に置いてある大きなポットを、どうしたら好いものかと思案に暮れるのでした。

 郵便局へ葉書を出しに行くと言って出掛けた女将も帰って、そろそろ昼の支度をしなければならない時間となりました。モヤシが買ってあったから、今日は少し涼しいので湯麺にしようと決め、野菜を切ったりお湯を沸かしたりして、亭主は厨房で忙しく動いています。塩も使わずにシマダヤの湯麺のタレと薬味だけ入れて、肉と野菜とを炒めて蓋をするのです。中華鍋の中で蒸して人参やキャベツが柔らかくなり、丼に湯を入れて麺を茹で、具材を載せれば完成。

 午後は女将が部屋にこもって書道を始めるから、亭主は奥の寝室でひと眠りして、2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を取り終えたら、向こうの家に行って燃やせるゴミを車に積み、必要な物を取ってくる。だいぶ片付いたとは言え、細かな物が沢山残っているから、手ぶらで家に帰るわけにはいかないのです。今日は脚立と剪定の長ばさみ、紙ゴミを入れていた少し大きなゴミ箱を持って帰ってきた。車のトランクは金ゴミも積んであるので一杯なのです。

 帰りがけに住み慣れた旧宅の全景を写真に撮ってみた。7人で住んでいたから、増築した書斎の部分を含めて、かなりの広さなのです。土地は新しい家の方が車が3台停められる分だけ広いのです。40年以上住んだから、相当な分量の荷物があった。それもこの三ヶ月で何とか片付きそうなのです。衣類を含めた家財道具の半分以上は廃棄した。だいぶ身軽になったので、これからの生活が楽しみなのです。その前に、まだやるべき事がいろいろあるから大変です。


10月8日 水曜日 見渡せば、すっかり秋の景色になって…

 今朝も涼しい朝でした。明るくなったので車で向こうの家に行って、まずは下駄箱の中の靴を袋に入れて持ち帰る準備をする。半分以上は廃棄したのだけれど、新品の運動靴や黒の革靴などは取っておいたのです。それから居間の戸棚の中に残して置いた、高級な湯飲みや値段の高かった急須などを、車の助手席に積んで家に帰るのでした。みずき通りはすっかり紅葉して、空には雲一つなく、朝日が昇ってくる時間でした。女将が厨房で朝食の支度をしている。

 今朝のおかずは鯖の塩焼きと茄子焼きにお新香。千切り大根と油揚げの味噌汁も美味しかった。お替わりをしたいところだったけれど、苦しくなるといけないので我慢する。食後は1時間ほど横になって、9時に目が覚めて洗面を済ませる。今日は南側の庭のタラの木を伐採する予定だったので、チェンソーを押し入れから出して、延長コードを付けて外に出る。棘に気をつけながら、一気に根元近くから切り倒していく。久し振りに隣のお花畑が見えるのでした。

 思ったよりも時間がかからずに、わずか30分の作業だった。切り倒した枝は、業者に頼んで持っていってもらおう。根っこから抜いてもらわないと、後を花壇として使えないから、せめて伐採だけでもしておこうと思ったのです。残るはいよいよ月桂樹。3mほどに育っているから幹も太く切るのが大変そうだけれど、明日の台風が過ぎたら作業に取りかかろう。サツマイモ農園の向こうには、コスモス畑が広がり、森の手前には柿の木が沢山実を付けている。

 ちょうど昼の支度を始める時間だったので、亭主は厨房に入って野菜を切り始める。今日は久し振りに焼きうどんにするのでした。本当は蕎麦粉が残っているので、蕎麦を打てば好いのですが、一度しまい込んでしまった蕎麦打ち道具を、押し入れから出すのが面倒でつい安易な食材を使ってしまうのです。肉とキャベツとオクラを切ってフライパンで炒めたら、隣の火口で湯通ししていた冷凍うどんを加えて、皿に炒めればソース味だけの焼きうどんの完成。

 食べ終えてもまだ12時だったから、昼寝をするにも時間が早すぎて眠くならない。向こうの家に行って荷物を運ぶにも、明日出す予定の金ゴミがトランクに一杯詰まっているので、次の荷物を入れられないのです。仕方がないからヤンキーズとブルージェイズの試合の最後を観れば、なんと6点差を追い上げてヤンキーズが勝ったではありませんか。勝負は判らないものです。女将はスポーツクラブに出掛けていたから、亭主一人でぽつねんとしていました。

 手持ちぶさたなので玄関を出て、家の周囲を歩いてみたら、駐車場にあるキンモクセイの香りが漂って本当に秋らしい雰囲気なのでした。西の小径から今朝伐採した南の庭を見れば、女将の部屋の前に洗濯物が干してあるのが見える。その向こうにある月桂樹の木を明日の朝には切り倒そうと考えているのです。明日の予定は、早朝に金ゴミを集積場に降ろしたら、ストーブをトランクに積んでこちらの家に持ってくる予定。朝食後のひと眠りを終えたら伐採作業。


10月9日 木曜日 佐倉は台風の影響もわずかだったらしく…

 昨日の予定通りに今朝は朝飯前のひと仕事に、金ゴミとプラスティックゴミを集積場に出したら、前の家に行ってストーブや扇風機を車に積んで家に帰るのでした。部屋数が多かったからストーブの数も多いのだけれど、新しい家では一つあれば十分なのです。向かいのサツマイモ農園の事務所で使ってもらえないかと、聞いて見ることにして、家に帰ればもう女将が朝食の支度をしてくれていた。カウンターからテーブルに亭主が料理を運び、二人で朝食にする。

 昨日と同じ鯖の塩焼きだったけれど、今日はナス焼きの代わりにオクラが刻まれて出て来た。歳を取ったせいか亭主はこれでも十分な量のおかずなのでした。あまり身体を動かさないから食欲も湧かないのだろうか。短い距離も車で移動しているから尚更なのです。食後はお茶をもらったら寝室に入ってひと眠り。1時間ほど眠ったら洗面をして、女将が洗濯物を干し終えたら、隣町のスーパーに買い物に出掛けるのでした。冷蔵庫の中には食べる物がなくなった。

 9時半には家を出て、10時過ぎには戻ったので、亭主は懸案の南の庭の月桂樹を切り倒す仕事を始めるのでした。風が強くなったら危ないかなと思っていたけれど、それほどでもなく30分ほどで3mはある高さの木を根元からばっさりと切り終えた。風で飛ばされてはいけないので、細かく切るのは明日の仕事にして、始まったドジャース戦を観るのでした。11時過ぎには厨房に入って、肉と野菜を切り分けて、昼食には買って帰ったソース焼きそばを作る。

 ひと休みしたら女将と向こうの家に出かけて、片付け物をする。片付けても片付けても捨てる物が出て来るばかりで、今日は高いところにある昔はよく使った小型の七輪やお盆などを亭主が取って、女将がゴミ袋に詰める。台所の食器棚の上に残っていた皿や湯飲みなども、踏み台に亭主が上って女将に手渡すのです。ついでに居間の部屋のグラス棚に残っているワイングラスや徳利なども、みんな埋め立てゴミの袋に入れてもらうのでした。

 戸棚はすっきりと綺麗に片付いて、あとは本当に廊下の押し入れだけになる。今度の週末にまた女将と来て片付ければ好いと思うのです。二人で仕事をすると、重い荷物を棚から下ろしたり、力仕事は亭主がやって、袋に詰めたりする細かな仕事は女将がするといった具合に、分業で出来るので効率がいい。袋に詰めたゴミはまた明日亭主が来てゴミに出す。午後の2時には家に戻って、亭主はブログを書き始める。女将は郵便局に作品を出しに行くのでした。

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2025年9月下旬



9月20日 土曜日 お彼岸の墓参りに出掛けた朝…

 夕べは風呂に入って8時台にはもう眠ってしまった。前日の早寝がそのまま習慣化して、同じような生活パターンが続いてしまうのです。でも、やはり夜中に目が覚めて、1時間ほど起きてまた眠るというのを繰り返し、最後に目覚めたら朝の6時になっていた。前日よりも疲れた睡眠なのでした。10時ごろまで起きていて、朝の6時に目が覚めるのがベストなのだけれど、なかなか難しい。洗濯物を持って蕎麦屋に行き、洗濯機に入れてスイッチを入れて来る。

 朝食は昨日買った鰯が沢山あったので、一人二尾ずつ塩焼きにして食べる。ナスとピーマンの味噌炒めもキュウリの糠漬けも、ぴったりのおかずなのです。調和が取れていると、実に食べやすく美味しい。今日はお袋様を連れて墓参りに行く予定があったので、食後のひと眠りはなし。8時40分にお袋様を迎えに行き、隣町のスーパーで花を買って、そのまま霊園に向かう。花を売るコーナーが混んでいたから、霊園の駐車場も混んでいるかと思ったが停められた。

 ついひと月前にお盆の墓参に来たのだけれど、草も伸び放題なのでした。軍手を持っていったので、屈むのが辛いから墓の縁の石に座って次々に草を抜く。女将はその間に花を生ける容器を洗ってくる。砂利を後から足した墓はそれほどでもなかったけれど、弟の所は作った時のままだから、この時期は抜ききれないほど草が伸び広がっていた。小一時間かけて草取りをしたら無事にお参りをして、お袋様を家まで送る。昼の買い物をして蕎麦屋で洗濯物を干す。

 女将が洗濯物を干している間に、昨日のうちに運んだ家族のアルバムの紐をほどいてカウンターに並べる。このの置き方でしかもう入る場所がないのです。カウンターの下にも棚はあるのだけれど、これは蕎麦屋の客が荷物を置くために作った棚だから、後で本が置けるようには考えていなかった。何か物を入れて置く場所に使えそうだけれど、そのままではどうも見てくれが悪い。考えたら今住んでいる家の居間は、隠し戸棚を作ったりと工夫がされている。

 昼は野菜の天麩羅と沢山あった鰯の天麩羅を亭主が揚げて、素麺を茹でて二人で食べる。ドジャース戦も始まって、テレビを観ながらハラハラドキドキのひとときなのでした。家の庭の樹木を移植する様にお願いしていた業者から、二ヶ月ぶりに電話が入って、やっと少し涼しくなったので、打合せに来ると言う。庭の木を見てもらって、柑橘類は大きな物だとなかなか根付かないとまた言われた。金柑の木をどうしても女将が諦めきれないらしいからお願いした。

 続けて蕎麦屋に行って大きな月桂樹やタラの木を見てもらい、10月の中頃には4、5人連れて来て、草刈りも含めて一日で終わるだろうと言うのでした。移植もあるけれど、すべて合わせて10万円以内で済みそうなのです。年間を通して蕎麦屋の木々の手入れをお願いしたいと言えば、これは3万円ほどで済むと言う。女将に話せば、それならお願いしようと言うことになる。家に帰れば、ドジャースが今日も勝って大谷選手が52号のホームランを打ったと言う。午後も昼寝をする暇もなく、ケーブルテレビの会社から電話が入って、来週の水曜日の敷設工事は午後1時からだと言うのでした。いよいよ引っ越し後の全体像が日付入りで決まってきたのでほっとする。


9月21日 日曜日 昔の写真に目が釘付けになった朝…

 やっといつものペースに戻れた朝。夕べは10時に床に就いて、今朝は4時に目が覚める。コーヒーを淹れて飲みながら、テレビを点けて今日の天気予報を見るのです。夜のうちに残ったアルバムを整理していたら、何枚かの写真がバラのまま袋に入れてあったのを、廃棄すべきかどうかと開けて見れば、女将や自分の卒業式の写真に混じって家族の昔の写真が入っていた。子ども達が小さな頃にスキーに行って、本当に皆楽しそうに写っている一枚は残すべき一枚。

 5時になったら女将が用意してくれた洗濯物と一緒に、蕎麦屋に持っていって洗濯機に洗い物を入れたら、荷物を紐解いて何処に置こうかと考える。例の写真は額に入れて本棚の上に飾る。この一角は家族の写真を並べておこうと、お袋様と女将と三人で旅行に行っていた頃の写真を加える。何百枚物の写真のあった中で、何十年も取っておいた一枚は、やはり目を惹くものがあったのです。秋の紅葉の中で三人で並んで撮った一枚もなかなかの出来栄えでした。

 家に帰って朝食を食べたら、今日もひと眠りはせずに、アルバムの片付けを始めました。アルバム以外に過去の日記類が沢山あってどれも捨てるわけにはいかないものなのです。アルバムと違って中を読んでみないと判らないから、これが時間がかかるのです。10時を過ぎたらBSでドジャース戦が始まったので、女将は錦糸卵を焼いて、亭主は選手の動きを食い入るように見ているのです。11時を過ぎたら亭主も台所に立ってモヤシと肉を茹で麺を茹でるのでした。

 9月の下旬になっても冷やし中華が食べられるのも、今年の猛暑のお蔭だと嬉しいのでした。食後もお茶をもらって飲みながら、ドジャー戦の続きを観て、続きは居間の部屋のテレビを点けて観る。布団の上に横になってみていたらウトウトし始めて、ワーッという歓声が起きたから目を覚ませば、大谷選手の53号のホームランが出たところなのでした。結局、今日は珍しく最後まで観てしまった。昼からはまた蕎麦屋に荷物を運び、女将も来て冷蔵庫の掃除。 

 水曜日にテレビを移設するのが効いて、女将もいよいよこちらに移ってくる準備をしなければと思ったらしい。雨が降ったら軒下のある玄関前のテラスに洗濯物を干せるようにと、買ってあった物干しを組み立てて取り付ける。竿は蕎麦屋の時代に暖簾に使っていたアルミの竿を代用して取り付ける。外からの見栄えが悪いから、家で使っているアルミ製の柵を蕎麦屋に持ってきて使おうかと思うのです。女将の畳んだ洗濯物は車で亭主が家に持ち帰る。


9月22日 月曜日 やはり秋か、半袖では涼しくなった…

 今朝も5時半に目が覚めて、コーヒーを淹れて居間の部屋でドジャース戦を観ながら頭をすっきりとさせる。今日は燃やせるゴミを出す日だったので、急いで書斎のカバン類を袋に入れて、玄関に積んだままの沢山のゴミ袋と一緒に集積場まで何回か運ぶ。最後に重いものは車に積んで運び、そのまま蕎麦屋に出掛けるのでした。昨日のうちに設置した軒下の物干し台が、ちょっと外観を損なうのでしたが、これも生活の変化と受け入れなくてはならない。

 今日はお袋様と買い物に出掛ける日だったので、食後もひと眠りをせずに次に出すゴミの整理を始めたのです。細かな物がいっぱいあって、燃えないゴミでも埋め立てなのか金属類なのかと仕分けするが大変。家庭の段階でこんな状態だから、分別しなければ、清掃局の職員はもつと大変になるのでしょう。9時に農産物直売所に着いたけれど、キュウリも終わってナスやオクラしか買うものがないのでした。隣町のスーパーで残りの食材を揃えて家に戻るのです。

 まだ10時過ぎで、女将は蕎麦屋で亭主の運んだ洗濯物を干して帰ったらしく、ゆっくりと新聞を読んでいました。昼はミートソースを温めてスパゲッティーを茹でるだったので、二人とも準備も簡単なのでした。亭主がブロッコリーとスパゲッティーを茹でて、女将が買って帰ったトンカツを切り分けるだけ。今日は一人60gに減らして盛り付けたらちょうど好い量でした。歳を取ったせいか多すぎるとトンカツもあるので凭(もた)れるのです。

 食後にお茶をもらって、座椅子に座ってゆっくりとするのでしたが、どうも尻が痛くなるので敷いたままの布団に横になる。すると少し眠くなって昼寝の時間となるのです。やることは沢山あるのですが、あまりにもする事が多すぎて疲れてしまうのです。ゴミの分別が慣れないものだから、いちいち女将に尋ねるのも面倒で、彼女も滅多に引っ越しに際の捨てる物など考えたことがないから、分類表を見てはくれるけれど、なかなか書いてある物ばかりではない。

 昼寝から目覚めれば、半袖で眠っていたので肌寒くなって長袖に着替える。朝方も18℃まで気温が下がるので、ついこの間の暑さに慣れた身体には涼しすぎるのでした。昼が少なかったからか、少し腹が減ったので、冷蔵庫に入っていたシャインマスカットをちぎって口に入れる。やっと女将が帰ってきて、蕎麦屋に洗濯物を畳みに出掛けると言うので、亭主も車で行って明日のゴミ出しの袋に燃えるゴミを詰めて、業者に持っていってもらう準備をする。


9月23日 火曜日 暑さ寒さも彼岸までと言う言葉は…


 今朝の空は秋の空によく見られる鰯雲が一面に出ていた。昨日今日と朝は16℃まで冷え込んできているから、やはり「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉は正しい。今朝は長袖のシャツにジャージの上着を着て蕎麦屋に出掛けるのでした。持っていった洗濯物を洗濯機に入れたら、新しい居間に置いた古いソファーに座って、ボサノバの軽快な曲を聴く。広い玄関に続く広い居間のあった前の家とは違って、玄関からすぐに居間になるのも慣れれば耐えられるのか。

 朝食の時間に間に合うように、みずき通りを通って家に帰れば、このところの冷え込みで、ハナミズキの葉もだいぶ色づいてきた。女将の用意する朝食を食べ終えて、居間の座椅子に座ってお茶をもらうけれど、どうもゆっくりと出来ないのです。敷いたままの布団に横になっても、ひと眠りできるわけでもなく、仕方がないから書斎に行って、片付け物の続きをする。後は水中カメラや器材の入った乾燥ボックスの中だけなのですが、その前にまだいろいろある。

 女将が洗濯物を干しに蕎麦屋に行くというので、亭主も義父母の仏壇を車に積んで後を追いかける。父の仏壇は元気なお袋様が家に置いて毎日拝んでいるから安心なのです。一人娘の女将も、二人の親が10年違いで同じ歳で亡くなって、当初は毎日仏壇に向かって、線香も上げていたけれど、なかなか余裕がなくなったのか、今では食堂のテーブルの脇に置いてあった。今度は狭い寝室の箪笥の上に置いて、たまには線香を上げられるのだろうか。

 昼の用意に家に帰り、亭主はキャベツやニンジン、ピーマンを刻んで、ソース焼きそばを作る。亭主は五目あんかけの焼きそばが好きなのだけれど、女将はどうも子どもの頃からソース焼きそばを食べ慣れているらしい。塩分の効いた鶏ガラスープを入れるので、ソースは香りづけ程度だけれど、それでも美味しいと言って食べてくれる。唯一、椅子に座ってゆっくり出来るのは食堂だけになった。それでも食後のお茶は居間の部屋で床に置いてもらうのです。

 今日はドジャース戦もお休みなので、野球の試合を見ることに追われずゆっくりとできる午後なのですが、明日がテレビの移設ということもあって何か気忙しい。明日のゴミ出しは燃やせるゴミだけだけれど、これが意外と沢山あるのです。朝のうちに書斎で二袋、午前中に今でひと袋、家電製品の袋に入る大きさは出せるから、スタンドのライトを分解してこれもゴミに出す。物を置くのに使っていたキャスター付きのプラスティク製の台も燃やせるゴミ…。

 女将のスポーツクラブの予約の時間までに、もうひと袋の燃やせるゴミ袋がいっぱいになった。女将が梨を剥いてくれたので、二人で食堂で食べる。女将のお習字の終わる時刻まで、今の隠し扉の中に残った本や古いレコードを片付けて、女将は蕎麦屋に洗濯物を畳みに出掛けた。亭主はブログを書くために少し遅れて車に乗った。新しく買ったミニコンポは女将の部屋の箪笥の上に設置して、後は延長コードを買って来れば好いだけ。テレビを置く場所を空けて、明日の午前中には今使っている寝具類を運ばなければいけない。


9月24日 水曜日 今季初めてエアコンの暖房を使った朝…


 朝の外気温が今朝も16℃。長袖の厚手のジャージを着て寝ているのに寒いと感じたから、思わずエアコンの暖房を入れてしまった。蕎麦屋に出掛けて洗濯物を洗濯機に入れたら、新しい居間で一休みする。ギターを置く場所を少し変えて、壁際にもう一つ本棚を入れたら、カウンターの上にだらしなく置かれていたアルバムが、綺麗に収納できたのです。朝食を終えたらお茶をもらって、横になって少し眠った。女将が洗濯を干しに出掛けるのを待って蕎麦屋へ。

 今日はテレビを移設する日なので、大相撲を観る夕食時には、蕎麦屋でテレビを見なければいけない。午前中に始まるドジャース戦は、大谷選手がピッチャーをするのだけれど、テレビを蕎麦屋の方に持って行かなければならないので、これは見られない。仕方がないので、テレビと布団を運んで定位置にセットする。小さな方のテレビは、女将が調理をしながら見られるように、調理台の方に向けて置いておく。贅沢な話だけれど、寝室にはテレビは必要がない。

 10時になったら駅前のホームセンターに出掛けて、延長コードや洗濯機と洗面所の間におけるプラスティックの物置台を買って、蕎麦屋に寄って設置しておく。女将の部屋のミニコンポのラジオの受信状態も好い。家に帰って昼食の支度をしたら、唯一椅子のある食堂で女将と素麺を啜る。食後のお茶も食堂のテーブルの上で頂く。布団がないから居間の畳マットに寝転んで食休みをするけれど、休めたものではないのです。冷蔵庫の中の食材を持って蕎麦屋へ。 

 女将はこの忙しい日にも、きちんとスポーツクラブに出掛けるから大したものです。亭主はケーブルテレビの技師が1時に蕎麦屋の方に来るので、早めに行ってブログを書きながら待っているのでした。約1時間半かかってやっとテレビが開通。亭主は家に戻って、車に女将の布団やマットレスを積んだり、魚焼き器や電子レンジを積み込んで、冷蔵庫の中の食材を積んだりして女将の帰りを待つのでした。3時半近くに女将が帰り、荷物を持って蕎麦屋に行く。

 テレビが映るので相撲中継を観ながら、女将も夕食の支度を始めようと思ったら、肉も魚も持ってくるのを忘れたと言うから、亭主が車で取りに行く始末なのでした。5時半近くにやっと肉が焼けて今夜も二人で大相撲を観ながら夕食を食べる。女将が「前の居間にあったときは、もっと大きなテレビだと思っていたけれど」と言うから、「蕎麦屋の客席の方が広いから小さく見えるのだよ」と亭主が応えるのでした。四角の部屋ではなく、幅はないが細長いのです。

 女将はテレビのニュースを見終えたら、自分の部屋に入ってヨーガを始める。亭主は新しい家の風呂が気になって、早めに沸かすのでした。蕎麦屋を開業した頃に、夏の暑い時期に風呂を沸かして入ったきり、10年ぶりくらいなのです。身体の大きな亭主も、足が伸ばせるから楽しみにしていたのです。バスタオルも持ってくるのを忘れたと言うから、亭主の大きめのタオルを供出する。さあて、今夜はテレビを観ながら、新しい居間で酒を飲もうかな。


9月25日 木曜日 初めての蕎麦屋での朝を迎えて…

 午前4時に目が覚める。新しい寝室は中央にベッドを配置して、押し入れが広いので本棚と洋服ダンスだけの快適な空間です。その昔、7人家族でも使えるようにと購入した大きなテーブルの脚を切って座り机にした物が、西の窓辺にでんと置かれている。まだ何をするのかも決まっていないけれど、まだセッティングしていない古いミニコンポが置いてあるだけ。夕べは久し振りにぐっすりと眠れて心地よい目覚めなのでした。夜明け時の空は雲一つない。

 ペットボトルの緑茶を飲んで、古い家に戻ってゴミ出しをする。今日は金属・小型家電類とプラスティックゴミ。集積場まで三回往復して6時になった。がらんと物のない家は、押し入れや隠し戸棚の中に細かな残留物が少し残っている。コーヒーを沸かして食堂で飲みながら、取りあえずは箸や茶碗など、朝飯の時までに必要なものを冷蔵庫から取り出して袋に入れておくのです。次に来た時にはお釜や米、女将の部屋の椅子やバランスボールを運ばなければ。

 新しい居間でソファーに座りながら新聞を読めば、朝日が当たって明るいので、細かな新聞の文字がよく見えるではありませんか。何年ぶりかでゆっくりと新聞を読むのでした。店と自宅と二つ取っていた新聞も一つにして、少しでも出費を抑えなければいけない。向かいのサツマイモ農園の事務所兼倉庫の建設が、いよいよ本格的に始まった。今日はコンクリート打ちらしく、コンクリートミキサーが何回も来て、床の部分にコンクリートを流し込んでいた。

 亭主と女将は前の家に行って、釜や米びつ、電気炊飯器などまだ蕎麦屋に持って来ていない物を車で運ぶのでした。持って行く物があまりにも沢山あるので、女将は家の鍵や蕎麦屋の鍵を持たずに、車に乗って亭主と一緒に帰ってしまうのです。10時半からはドジャース戦が始まるので、亭主も車から荷物を運び出したら、新しい居間のソファーに座ってテレビを観る。女将は自分の部屋に運んだ荷物を整理している。少しずつは片付いているからそれで好い。

 昼の用意はお湯を沸かしてスパゲッティを茹で、ミートソースを温めてかけるだけの簡単な昼食なのでした。野菜がないからとオクラの茹でたのを添えてマヨネーズを掛けて食べる。まだ、旧宅の大皿は持って来ていないので、蕎麦屋にある大きめの皿に盛り付けて出せば、「こんな皿もあったのね」と女将が喜ぶのでした。昔店で、冷やしたぬきを出していた頃の皿で、夏の暑い時期に涼しげなものが好いだろうと買ってきたも。これでカレーライスも出した。

 食後はお茶をもらってひと休みしたら、まだ12時だったので奥の座敷に入ってベッドに横になる。30分ほど眠っただろうか、女将の部屋もしーんとしていたので、覗いて見れば新聞を読んでいる。テレビを点ければドジャース戦は延長戦に入って続いているようだ。「午後は片付けに行かないの?」と女将に言われて、女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、二人で車に乗って旧宅に出掛ける。女将は自分の仕事部屋の本を、亭主は居間の戸棚を片付け始める。

 車にいっぱいの荷物を積み込んで、3時過ぎには蕎麦屋に帰ってきた。ひと通り片付けが済んだところで、亭主は新しい居間のソファーに横になって窓の外の空を見上げるのです。今日も一日好く晴れた爽やかな一日でした。表に干してあった布団を女将が取り込んで中に入れる。4時になったらテレビを点けて大相撲を観始めるのです。腹の減った亭主は、冷凍の鶏肉をチーンして、枝豆を解凍して、焼酎がないから日本酒の冷酒を飲み始めているのです。


9月26日 金曜日 今朝はいつもより気温が高かったので…


 夕べは8時半に眠ってしまったので、4時間後にはもう目が覚めてしまう。風呂に入ってゆっくりとすると、いつのまにか眠くなるのです。取りあえず厨房に行ってコーヒーを沸かして飲みながら、ドジャース戦が何時からだったか調べたら、朝の4時半からなのでソファーに寝転んでウトウトとするのでした。夜明け前から試合は始まった。大谷選手の54号ホームランを無事に見届けて、外も明るくなったので、旧宅に出掛けて燃えるゴミを集積所に出してくる。

 新居に帰れば女将が朝食の支度をしてくれていて、今朝は鯖の塩焼きとナス焼きなのでした。キュウリの糠漬けが蕎麦屋で野菜サラダに使っていた器に盛られ、鯖は半月型の皿に載せられていた。新しい器も気分が変わってなかなか好いものです。ドジャース戦も無事に地区優勝が決まって、この後はポストシーズンの試合がいよいよ始まるのです。向かいのサツマイモ農園では、昨日打ち込んだコンクーとが乾くまで、今日は工事もお休みらしい。

 仕方がないから、亭主は旧宅から持って来た荷物の紐を解いて、本やアルバムを本棚に並べる。カウンターの上が綺麗になったら、そろそろ昼食の支度を始めなければならない。キャベツと長ネギと人参を刻んで、フライパンの隣の火口ではうどんを茹でる湯を沸かし、昼は二人で焼きうどんを食べたのです。昼食後もべッドの上で横になるのだけれど眠れない。まだ12時前なのです。1時半からヨーガの教室が始まるので女将がスポーツクラブに出掛けて行く。

 女将が出掛けた後はテレビでも観ようかと思ったけれど、何も面白い映画をやっていなかったので、厨房の下の戸棚の前に座り込んで、使わない鍋類を捨てる準備をすることにしました。蕎麦屋で使っていた物の方が新しいけれど、使い古してガタが来たものもあるし、そもそも家庭では使わない道具もあるのです。半透明の大きな袋に詰めて、今度の回収日に集積場に持って行く予定。パソコンを点けてブログも書き始める。次は旧宅に行って鍋類を運んでくる。

 まだ使える鍋も蕎麦屋の鍋と重複するから使えない。勿体ないけれど、書籍と同じで狭い場所には入りきらないのです。新居で使える圧力鍋や蒸かし釜は忘れずに持って帰る。厨房の下の戸棚に入れて、なんとか収納したら、スポーツクラブから帰って洗濯物を畳んでいた女将が「ルクルーゼは持って来ていないのね」と言うから、「大きな袋二つで、もう重くて持てなかった」と応える亭主。明日また二人で行って、再度、何を残すのかを確かめよう。

 夕暮れ時のひとときは、女将が肉豆腐を煮付けながら厨房のテレビで相撲を観ている間に、亭主は吟醸の冷酒の口を開けて、居間のテレビを観ながら、枝豆をつまみにいっぱい飲み始めるのでした。蕎麦屋の下に住むお婆さんが西の窓からこちらを覗く。もう蕎麦屋は止めたと何度も言っているのにやって来るから、少し呆けてきているのかと思うのです。駐車場側の窓からも中を覗くから放って置いたら、いなくなったのでした。常連さんではあったのですが…。


9月27日 土曜日 今朝は朝から暗い曇り空でしたが…

 昨日の朝の早いドジャース戦のお蔭で、ちょっと不規則な生活が始まってしまったので、夜が9時前にはもう眠くなるのです。夕べも9時過ぎまで頑張って起きていたのですが、床に入ればすぐに眠りに落ちてしまう。その結果、深夜の2時過ぎには目が覚めてしまうから、厨房でコーヒーを沸かして、居間の椅子で飲むのでした。ちょうどテレビの映画は『スーパーマン』をやっていたから、何度も観ているけれど、時間つぶしにはちょうど好いのです。

 さすがに4時を過ぎたら再び眠気が襲って、2時間ほどまた床に入って眠る。6時過ぎに目覚めて、車で旧宅に出掛け、郵便受けから新聞を取り出したら、今朝は大皿を持って新居に帰るのでした。厨房の中に向けた小さなテレビでニュースを見ながら、女将が厨房で朝食の用意をしていた。今までの台所と食堂の位置関係とは違って、対面のカウンターに料理を載せれば、反対側からテーブルに運べるので、亭主も自然と動くようになるのです。

 9時半になったら、女将と二人で隣町のスーパーに出掛けて行くのでした。テレビでドジャース戦の始まる10時半までの時間に、帰ってこられるかが勝負。思ったよりも沢山の買い物をして、女将の大好きな果物も、柿や蜜柑や梨を買って、重たい二つの袋は亭主が持って車に乗り込むのです。空は朝から曇ってどんよりとした雲に覆われていました。女将を隠居で降ろしたら、亭主は昼の天麩羅のために、旧宅に戻って一斗缶の胡麻油を取って帰る。

 昼食は亭主が銅の天麩羅鍋で天麩羅を揚げ、蕎麦の出し汁で天つゆを作ってご飯を食べる。天麩羅の具材はナスとカボチャとシーフードミックスを玉葱とかき揚げにした。大きな銅鍋は家庭の天麩羅鍋よりもはるかにカリッと揚がるのです。食後はお茶をもらってから、奥の寝室でベッドに横になってひと眠り。30分ぐらい眠ったら自然と目が覚めるのでした。ドジャース戦はちょうど9回の裏で、無事に一点差でマリナーズに勝利したのです。 

 「そろそろ行きましょうか」と女将に言われて、車に乗って旧宅に向かう。今日は女将の仕事部屋の本を車に積み込み、少し厚手の布団や細かなものを積んだら、今度は秋からのジャンパーや上着を二階から持って来て、不要なものは燃えるゴミの袋に詰める。台所の下の戸棚に残った金笊などは、来週の木曜日に金物としてゴミに出せるから、昨日の込み袋に詰めておきます。1時間ほど働いたらもう汗だくで、新居に帰って今度は荷物を降ろすのです。

 今日の昼間は30℃までは気温が上がらなかったのに、動いたせいかすっかり汗だくになって、新居に帰った亭主はやたらと水分を取るのでした。夕刻も早くから椅子に座って大相撲を観て、女将は厨房のテレビを点けたまま、新しいグリルの使い方を取扱説明書を見ながら空だきをしていた。間違った操作をすると音声で知らせてくれるから、解らなくなると亭主が呼ばれて一緒にやり直す。やっとガスの魚焼き器が使えるようになって、夕飯は今日買って帰った大型のサンマの塩焼きなのでした。電気の魚焼き器と違ってしっかりと焦げ目が付いているので、見た目が美味しく感じるのです。


9月28日 日曜日 ゆっくりと確実に引っ越しを終えるには…

 朝の6時前、東の空の向こうから朝日が昇ってきた。夕べは10時に眠りに入って、今朝は5時前に目覚めた。これが今の亭主に取っては理想的な睡眠の形なのです。コーヒーを淹れて約一時間目はゆっくりと覚醒の時を過ごして、今朝は紅葉の始まったみずき通りの景色を眺めながら、歩いて旧宅まで出掛けることにしました。あまり歩かないと足腰が弱るのではないかと心配になります。涼しい朝の風が吹いて本当に秋らしいと感じる時間帯なのです。

 6時過ぎから約1時間、今朝は昔の書斎の押し入れを片付けました。古い写真のアルバムが棚一列に並んでいましたが、全部捨ててしまうのはちょっと乱暴なので、一応、一冊ずつ開いて見ていくのです。魚のいる水中の写真はほとんどが失敗作なので、燃えるゴミの袋に入れ、女将と一緒に渓流の宿に出掛けた写真や娘と海外でダイビングをしたときの写真などは、まだデジタルカメラもなかった時代の貴重なフィルムデータは、持って帰ることにしました。

 玄関の入り口にゴミ袋を並べ、明日のゴミ出しに備える。ほとんど使っていないバーベキューの椅子やテーブルのセットなども、余り使わないけれど持って帰る物の中に入れておく。これで押し入れの中に残ったのは、古いパソコンとギターのアンプだけ。パソコンは電気店で引き取ってくれると言うけれど、なかなか持って行くのが億劫で、何種類もの古いパソコンが残っている。取りあえずは、今月いっぱい配達のある新聞の朝刊を持って新居に帰る。

 朝食を食べてひと眠りすれば、女将が旧宅に行こうと亭主を誘うのでした。土日しか女将もゆっくりとする日がないので、洗濯を終えたら向こうの家の片付けをしなければと思うのでしょう。二人で行って何から始めようかと言うので、亭主は洋服ダンスの中を整理しようと応える。式服や長袖、オーバーやシャツなどの他にネクタイも沢山ある。二人で使う使わないを思案して決めて、持ち帰る物の他はすべて燃やせるゴミの袋に詰めるのでした。

 1時間経ったら、新居に帰ってから荷物をしまう時間も考えて、燃えるゴミの袋は車のトランクに積み込むのでした。これを集積所に持って行くのは明日の朝の亭主の仕事です。ドジャース戦が始まっていたので、亭主は厨房のテレビで観ながら昼の支度を始める。昼食はやっと少し涼しくなったので、野菜が沢山入る湯麺にすることにしました。キクラゲやモヤシもあったのでちょうど好かった。亭主は豆板醤と大蒜を入れて食べるのでした。

 昼食後はしばらくドジャース戦を観ていたのですが、飽きてしまって奥の寝室に入ってベッドで横になれば、少し眠れたのです。1時半過ぎに目覚めて、女将が「そろそろ行きますか」と言うので梨を剥いてもらって目を覚ましたら、二人で旧宅に行くのです。夜は肉じゃがにするというので、先にスーパーと酒屋に寄ってから旧宅に向かう。午後の仕事は金物と瀬戸物で使わない物をゴミ袋に分別して、使う物は新居に持って行くために車に積み込むのでした。

 車のトランクには明日の朝に集積場に運ぶ燃やせるゴミがいっぱいで、玄関には今週の木曜日に出す瀬戸物類などの埋め立てゴミを並べておきます。電波時計も三つもあったけれど、取りあえずは女将の部屋に一つ、そして、トイレのマットなど細かな物を車に積んで新居に帰るのでした。大相撲が今日は千秋楽なので、早くから取り組みが始まっている。厨房と居間のテレビを両方点けて、女将は夕食の支度を、亭主は買ってきた焼酎を飲み始めるのでした。


9月29日 月曜日 朝から蒸し暑い一日でしたが…

 夕べは9時半まで我慢して起きていたけれど、どうしても10時までは持たなかった。お蔭で2時過ぎには目が覚めて、4時から始まるドジャース戦には少し早すぎるのでした。コーヒーを淹れて飲みながら、今日の朝飯前のひと仕事を考える。燃やせるゴミを出す日だから、車に積み込んだ6袋ものゴミを集積場に運んで出したら、旧宅に行ってまだ持って来ていない時計を二つ車に積み込んで、今月いっぱい配達される朝刊を持って新居に帰るのでした。

 まだ6時過ぎだから朝食までには時間があるので、持って来た時計を綺麗に掃除して、居間にあった一つは寝室の柱に掛けられるようにねじを付けてぶら下げる。毎晩、スマホを枕元において眠るのだけれど、どうしてもアナログの時計の方が見やすい気がするのです。何時間眠ったのかもパッと見てすぐに判るのは、アナログ時代の人間の自分だけなのだろうか。台所で使っていた電波時計は、油で汚れていたけれど綺麗に洗剤で拭いて書斎に掛けるつもりです。

 ねじが何処にあるのかまだ整理していなくて判らないので、取りあえず冷蔵庫の上に置いてある。やっと朝食の用意が調って食卓に着けば、今朝は夕べ作った肉じゃがが出た。新鮮な胡瓜のお新香も若芽と豆腐の味噌汁も付いて、とても美味しく食べられたのです。7時半になったらお茶が出て、亭主は寝室のベッドでひと眠り。今日はお袋様とお遣いに出掛ける日なので、9時前には家を出て、お袋様を車に乗せて農産物直売所に向かうのでした。 

 いつも合う知り合いの農家の女将さんが、少し遅れてやって来たので、ナスやキュウリやオクラなどをもらって、隣町のスーパーに向かう。今日は月曜日だからか駐車場も随分空いていて、お袋様と二人でゆっくりと買い物が出来ました。女将が冷やし中華かカレーライスが食べたいと言っていたので、麺のコーナーを見たら、涼しくなったからか冷やし中華はもうなくなって、湯麺かラーメンに代わっているのでした。仕方がないから、昼は亭主がカレーを作る。

 鶏肉に茄子や南瓜や人参、オクラやシメジに玉葱をつぎ込んで、4人分だけを作ったけれどこれがなかなか美味しかったいのです。やはり、蕎麦屋で毎週のようにカレーうどんを出していたから、作り慣れているのでした。食後のお茶をもらって亭主は寝室のベッドでひと眠り。女将はその間にスポーツクラブへ出掛けたのでした。1時間ほど眠ったら、目覚ましに柿を剥いて食べたら、向こうの家に行って、埋め立てゴミに出す瀬戸物を車に積み込むのでした。

 傘などの小物もついでに持って帰る。女将がもう帰っていて、取り込んだ洗濯物を畳んでいた。夜は亭主の希望で茶碗蒸しとナスとピーマンの肉入り味噌炒めを作ってもらい、炊いたばかりの白米を美味しく食べるのです。食後のお茶をもらったら、テレビも見飽きたので、書斎に入って袋に入れて持って来た細かな物を片付けていたら、行方不明だった血圧測定器が出て来た。血圧と尿酸値を下げる薬は何処に行ったか分からないのが心配なのです。


9月30日 火曜日 涼しくてゆっくりと眠れた一日は…

 夕べは10時半就寝で今朝は5時半起床。涼しさが幸いして、これがベストの睡眠時間帯なのでした。風呂から上がって眠くなる時間を、冷たい焼酎のタンサン割りを飲んで目を覚ましているのが好かったのか。6時を過ぎたら向こうの家に行って、今日が最後の新聞と体重計だけを持って帰ってくる。無事に血圧計も見つかって、朝の血圧を測ったら140だったから、薬が見つからないままなのに、まずまずの体調なのでした。尿酸値が心配だけれど…。

 朝食は女将に頼んで、亭主だけは昨日のカレーを食べさせてもらった。女将は朝からカレーでは胃が凭れるという。二日目のカレーが美味しいとは知る人ぞ知る。昨日の夕食で出た茶碗蒸しも二人分余分に作ってあったらしく、味噌汁の代わりに出て来た。旧宅で使っていなかった器は蕎麦屋で使っていたもので、昔は茶碗蒸しまで出していたのだと思い出しました。今朝は朝食後にひと休みしたら床屋に行って髪を刈ってもらうのでした。ひと月振りのことです。

 8時半からの開店なのに、少し早めに行ったら80歳になるマスターが「どうぞ座っていて」と言う。「お名前は?」と言われて覚えていないのかと不思議に思えば、「歳を取るとね、間違えてはいけないから、一応、確認するんだよね」とカルテを出して確認していた。一番乗りだったから、1時間ちょっとでスポーツ刈りの頭は、綺麗に仕上がったのです。今日の話は、何十年も前に世界航路の船に乗って、床屋をしながら南米の端に行って南極を見たというもの。

 家に帰れば女将は向こうの家に行って、片付け物をしてきたらしい。昼は冷蔵庫にある大量の野菜と肉を使って、亭主がまた湯麺を作るのでした。素麺やうどん、スパゲッティーもあったけれど、少し涼しかったので温かい汁物にしました。昼を食べ終えていつもならひと眠りするところでしたが、今日は好く眠ったから眠くならずに、市役所や税務署や保健所に電話をして、商売を辞めたときに提出する書類について話を聞くのでした。今日の日付で廃業届け。 

 女将のスポーツクラブの予約を取ったら、まずは二人で郵便局に行って廃業届けと転居届を出してくる。それから旧宅に行って明日の燃やせるゴミと、明後日の懸案の埋め立てゴミを車の荷台に積むのでした。この間は水中写真の額入りをそのまま出したら、持って行ってくれなかったから、今日は額からガラスだけを取り出して、水色の袋に詰めたのです。木の枠と写真は燃やせるゴミにして、明日の朝、亭主が集積場に持っていく。後は着る物を積んで帰宅。

 1時間ちょっとの仕事だったけれど、涼しいのに少し汗ばんで、新しい家に戻ったら、亭主は荷物を車から降ろして、女将は今日の洗濯物を畳むのです。4時前だったけれど、亭主は少し早めの一献と、ジャガイモの冷凍食品を揚げて焼酎の炭酸割りを飲み始める。朝食後も昼飯後も少しも眠らなかった割には、体力が持ったから嬉しい。血圧と尿酸値の薬が見つからないので、通い付けの医院の予約を取った。明日は朝から保健所に営業許可証を持って出掛ける。

 

 

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2025年9月中旬



9月10日 水曜日 いよいよ明日は引っ越しの日だけれど…

 今朝も6時間半の睡眠で心地よく目覚め、熱いコー淹れて明るくなるのを待つのでした。5時半前に待ちきれずに、ゴミ袋と剪定ばさみを持って玄関を出る。4本とばかり思っていた木槿は全部で5本あった。2本だけ剪定が終わっていたので、残る3本の木を左端から片付けていく。下の道路側からだと脚立が必要なので、玄関前のテラスの側から取りかかる。手前の枝から下から上に向かって切っていけば、向こう側に張り出している枝を掴むことが出来る。

 途中休憩をしたけれど、すべての枝を落とすには、たっぷり1時間半はかかったのです。虫よけスプレーのお蔭で蚊に刺されずに済んだけれど、軍手を着けるとやりづらいので、素手で枝を掴んで切っていくので、多少のひっかき傷ができた。短い剪定ばさみが一番使いやすく、力も入るので多少太い枝でも切っていくことが出来るのです。ある程度綺麗になったところで、ゴミ袋に入れられなかった枝を詰めていくのですが、これが大変で4袋で朝食の時間。

 涼しかったのにすっかり汗をかいて、居間の部屋のエアコンのスイッチを入れ、食堂に冷気を送るために扇風機を点ける。昨日の残り物と鰺の開きを女将と半分ずつ食べて、亭主はすぐに食べ終えてしまうのでした。痛風と血圧の薬を飲んだら、居間の部屋でひと休みしてお茶をもらうのです。血圧は毎朝毎晩測っているけれど、120から150と安定しています。この間、医者で血液検査をした結果では尿酸値も8とやや高めですが、これが普通の状態なのです。

 今朝も食後に書斎に入って、30分ほど横になってひと眠りした。その間に、女将が亭主の袋詰めを終わらなかった剪定した木槿の枝を、全て袋に詰めて集積所に運んでくれたから申し訳なかったのです。「明日引っ越し屋さんが来て、荷物を運ぶのに邪魔になるから」ともっともな事を言われて恥ずかしかった。洗面を終えた亭主は、パソコンのプリンターと廊下に残った椅子を車に積んで、蕎麦屋に出掛けるのでした。机の読み本棚は綺麗に片付きました。

 蕎麦屋で明日の引っ越しの荷物の置き場所を確認したら、11時前に家に戻って昼食の用意を始める亭主。食堂のテレビはドジャース戦のチャンネルに合わせて点けたままなのです。タマネギとニンジンとピーマンを刻んで、肉を入れて油で炒め、チーンしたご飯を入れて塩とコショウで味付けする。とても綺麗な仕上がりで、鶏ガラスープの素がないのに、とても美味しく食べられた。午後はまた亭主が書斎に入って昼寝をしている間に、女将はスポーツクラブに出掛けていくのでした。引っ越しセンターや洗濯機の付け替えの業者からも連絡が入り、いよいよ引っ越し前日の気分になるのです。


9月10日 木曜日 引っ越しはわずか2時間で終了…

 今朝も5時過ぎから起き出して、書斎の本を片付け始めた。本棚は漢文学体系と鴎外全集の並んだ本棚は蕎麦屋に持っていかないので、中身だけ後でゆっくりと運べば好いと思っている。取りあえず今日は、午後から引っ越し屋さんが来るから、持っていく本箱だけは空にしておかなくてはならないのです。朝食までに廃棄する文庫本を紐で括って床に並べておきます。食後に机の上のパソコンとプリンターは蕎麦屋のカウンターに運んで置いておく。

 昼食までに書斎の押し入れの中にあった使えそうな本箱を整理する。世界の美術館の写真集と文学の写真集を、紐で括って蕎麦屋に運んでもらえるように用意しておくのでした。歳を取ったら文字ばかりではなかなか読めないので、写真に残したもののほうがまだ見る木が沸いてくるというもの。しかしこれが重たくて自分では到底運べそうにないのです。11時になったら台所に立って、餃子を焼きながらざるラーメンを茹でる。女将は葱と海苔を切ってくれた。

 昼食を終えてひと休みした頃に、引っ越し屋さんから電話が入って、予定よりも1時間早く来ると言うので驚いた。2時過ぎに2㌧トラックが2台もやって来て、5人の作業員が慣れた手つきで次々と荷物を運び出す。若い人ばかりなので、段ボールに詰めた本なども二箱ずつ軽々と持ち上げて運んで行くのでした。ものの1時間もしないうちに家の中の荷物はみるみるなくなって、空いた部屋から順番に女将が掃除機を掛けてくれるのでした。

 二階の部屋の洋服ダンスも分解して難なくトラックに積み込み、二つあった背の低い箪笥も狭い階段を二人がかりで降ろしていくのです。手際のよさと言ったら驚くほどで、3時になる頃にはすべて積み終えて、女将が支払いを済ませるのでした。亭主はトラックよりも一足早く車で蕎麦屋に出掛けて、すぐにやって来た班長さんに置き場所を説明するのです。大きな物だけはとにかく所定の場所においてもらって、段ボールの本は壁際に積んで置いてもらう。

 3時半にはすべて搬入し終えて、冷えた飲み物を一人二本ずつ持って帰ってもらうのでした。そのまま女将と二人で隣町のスーパーに出掛け、足りなくなった肉や野菜を買い、夜は寿司を買って簡単に済ませることにしました。亭主は女将を家まで送って、蕎麦屋に戻り、パソコンのWi-Fiを接続しようと、パスワードを入力するのですが、これがどういうわけか繋がらない。仕方がなのでそのままにして、家に戻って夕食を食べるのでした。

 がらんとした書斎や居間は、何もないからとても広く感じた。夕食を食べ終えても、いつものように居間の椅子に座って休むことも出来ずに、畳マットに横になってテレビを観るのですが、どうも身体が休まらない。夜は畳マットにマットレスを敷いて、布団を敷いて寝たけれど、キャンプ場で寝ているような気分でなかなか眠れないのです。涼しかったから、いつしか寝込んでしまったけれど、やはり夜中に目が覚める。身体の節々が痛いので悶々としていた。


9月12日 金曜日 引っ越してこれからが始まりの新生活…

 ゴミの中で目覚める朝なのでした。板の間に畳マットとマットレスを敷いて、布団を乗せただけの寝床は、ぐちゃぐちゃになって気持ちが悪かった。シーツに皺が寄っていると眠れないとは、子どもの頃からお袋様に厳しく躾けられたせいか、やはり夕べは寝不足なのでした。腰痛を抱えて初めて解ったのは、ベッドは起きやすいということ。身体の柔軟性が失われているせいか、床からいきなりは立ち上がれないのです。早く柔軟体操を始めなければ…。

 椅子に座ってコーヒーを飲む習慣がついていたので、6時前には蕎麦屋に行って、運び込まれた荷物の配置をどうしようかと考えながら、熱いコーヒーを飲むのでした。どうも奥に置いた長椅子と回転椅子が大きすぎて、蕎麦屋の店舗だったところに置くと、奥行きがない状態で座りにくいのでした。縦横を入れ替えて置いてみてはどうかなどと考えながら、今の自宅の居間はかなり広かったと、得るものと失うものがあるのを実感するのです。

 朝食を終えてからも、家に居ても休む場所がないので、すぐに蕎麦屋に出掛けていく。何度試して見てもWi-Fiが繋がらないので、このブログを書くのが遅れてしまうからと、家で使っていたコードを持って来て昔ながらのネットを開通させるのでした。タブレットの方は2台ともWi-Fiで繋がっているのに、同じパスワードで繋がらないのは不思議なのです。しばらくはルーターからの線が邪魔だけれど、なんとか解決策を見つけようと思うのです。

 洗濯機も物干し台も蕎麦屋に運んで来たので、女将が洗濯物を持ってやって来た。彼女はテレビで朝ドラや大相撲が見られないうちは、こちらに移って暮らさないつもりのようだ。昼はまたしても冷やし中華を作って食べる。いつもと同じように、女将が錦糸卵とキュウリを切って、亭主がモヤシと肉を茹でて、麺を茹でて盛り付けるのです。食後も家では休まらないので、蕎麦屋へ出掛けてカウンターの上を片付けながら、全体の配置を何度も考えるのです。

 長椅子がスペースを取りすぎるので、どうしても窮屈になる。しかし、長椅子だけを捨ててしまうのは何か寂しい気もするのです。取りあえず置いてある半分の高さの本棚をどこかい置いて、カウンターの椅子をもっと左に寄せれば、通り歩きの邪魔にはならないかも知れない。半分の高さの本棚は奥の座敷に入るだろう。亭主の使う座敷は、一番広いのでゆったりと使えそうなのです。女将の使う部屋は居間までよりも狭くなるけれど、日当たりが良いのです。

 カウンターの下と脇に積んだ本を少しずつ片付けて、本棚の中に入れてしまえば、今の状態よりはずっとすっきりするはず。家の書斎にはまだ持って来ていない本が随分あるけれど、どれだけ持ってこられるかは、実際に棚に本を並べてみないと判らない。焦ることはないから、これも少しずつやっていくしかないのです。午後はまた激しい雨が降りだして、スポーツクラブへ出掛けた女将の帰りを心配する亭主。またしてもスマホを持って出なかったらしい。



9月13日 土曜日 引っ越し後の居間でやっと眠れた朝…

 蕎麦屋の奥の座敷から、お袋様にもらった座椅子を持って来たので、昨日の夜は少し寛ぐことが出来た。テレビを観るにしろ、お茶を飲むにしろ、背もたれがないと休んだ気がしないのは歳のせいだろうか。奥座敷に置いてお客のいない時間に休んでいたのです。立ち上がるのにひと苦労していたのですが、昨日の辛さから考えたら随分と楽なのでした。5時半に目が覚めてコーヒーを淹れたら、この椅子に座って約1時間、テレビを観て頭を目覚めさせた。

 朝飯前のひと仕事は、蕎麦屋に出掛けて昨日のブログの続きを終わらせて、今日の仕事の段取りを考える。朝食を食べたらひと眠りしようと横になるけれど、食堂で女将の見るテレビの音がうるさくて、なかなか寝付かれないのです。10時になったら昼飯まで再び蕎麦屋に出掛けて、新しい居間の整理をするのでした。なんとか長椅子も使えそうで、ギリシア神話の本を紐解いて本棚に並べる。11時まで整理をして、家に帰って玉葱と肉と卵で素麺の付け汁を作る。

 食後はドジャース戦を観て、女将が「そろそろ行きましょうか」と言うので蕎麦屋に出掛けて、瀬戸物の入った廊下の押し入れを片付け始める。二人でやると随分とピッチが上がるのです。まったく使っていなかった沢山の新しい皿や丼などもすべて廃棄だから、ちょっと勿体ないと思うのでした。昔買ったのにまだ読んでいない本なども皆同じ。ゴミ袋を何杯か詰め終えたら、女将もテーブルの椅子に座って休憩するのです。今度は居間と食堂はひと続きになる。

 使わなくなった洗濯機と、捨てるのが惜しいと思った勉強机や食堂にあった椅子は、新しい家の中には入らないので、玄関前のテラスに置いてある。向かいのサツマイモ農園の事務所が出来たら、使うかも知れないので今度聞いてみよう。3時半になって、「何食べるものがなくなった」と女将が言うので、隣町のスーパーに出掛けて見る。今日はサンマを食べたかったらしい。肉や豆腐も買って家に帰り、亭主はその足でブログを終わらせに蕎麦屋に来たのです。


9月14日 日曜日 世間では三連休だけれど、今朝も早朝から…

 床の上に敷いた布団で三日目の朝を迎えた。座って休むことが出来ないので、夜も風呂から上がったらしばらくテレビを観て、布団の上でゴロゴロしていたら、もう眠くなるのです。9時過ぎに寝付いて、目覚めたら朝の4時過ぎだから、7時間は十分に眠ったことになる。コーヒーを淹れて一服したら、机や本棚のなくなった書斎で、廊下の押し入れに入っている本を取り出して紐で括る。学生時代までに熱心に読んだ『世界の歴史』なのです。

 写真で世界の文学を載せた小冊子の束も思い切って捨てることにした。毎週、本屋さんが家に届けてくれたのだったと女将に言われる。居間の部屋に持って来て、椅子に座りながら紐で括ったら、もう6時を回っていたので、朝飯前に蕎麦屋に出掛けて今日の仕事の段取りを考えようと車を出す。P.P.M.のCDは随分と買ったらしく、懐かしい曲が一杯なのでした。当時から完全主義の録音と言われただけあって、三人の歌声やギターの音色がステレオで聴ける。

 昨日のブログを読み返して、6時半を過ぎたので作家別の小さな美術全集を本棚に並べる。少しでも荷物を広げていかなければ、カウンターの下に積んだ段ボールの箱が片付かない。順番は後で並べることにして、7時になるまで頑張ったのです。家に戻れば、女将が朝食の支度をしてくれていた。今朝は納豆と出汁焼き卵とハッシュドポテト。大根と油揚げの入った味噌汁もとても美味しかった。ものの5分で食べ終えてしまう。お茶をもらって座椅子で一服。

 お茶の茶碗も灰皿もエアコンやテレビのリモコンも、すべて床の上に置くから、手を伸ばせばすべて届くような位置にある。ひと休みしたら布団の上に横になって、台所で女将が食器を洗う音を聞きながら、浅い眠りに入るのです。目覚めればもうドジャース戦が始まっている。昼は肉野菜焼きそばを亭主が作る。鶏ガラスープを買って来たので、今日はあらかじめ鍋でスープを作って、焼きそばに入れて作ったのです。鶏ガラスープは塩が入っているので要注意。

 女将は洗濯機を蕎麦屋に運んでしまったので、ビニール袋に洗濯物を詰めて毎日のように蕎麦屋に出掛けていく。亭主はドジャース戦が一区切り付いたら、車で荷物を運びながら蕎麦屋に出掛ける。駐車場側の窓の網戸にアブラゼミが止まって休んでいる。少し季節が遅い気もしたけれど、人間と同じで暑さにごまかされたのかも知れない。2時から3時半まで女将と二人で、瀬戸物の入った廊下の押し入れを掃除する。沢山捨てるものがあって悲しいのです。

 女将を先に家に帰して、亭主は水を飲みながらCDに入っていた陽水の『少年時代』を聴く。ノスタルジックなテンポが今の亭主にはちょうど好い。新しい書斎に入って、朝から点けっぱなしのパソコンに向かい、今日のブログを書き始める。写真は全部は使えないから、半分くらいを選ぶのですが、これがなかなか難しい。そろそろ大相撲の初日も中入り後の時間なので、家に帰ってテレビを観ようと思います。明日で三連休も終わりだから早いものです。


9月15日 月曜日 敬老の日は元気で好かったと再認識…

 今朝は4時半に目が覚めて、5時からのドジャース戦をコーヒーを飲みながら少しだけ観る。5時半になったら玄関に積んであるゴミ出しをして、車の中に積んであるゴミも集積所に運んで置いた。薄暗い時間帯にゴミを運ぶのは、みんなご近所の男性ばかりで、亭主が二回往復する間に、ご主人が待っていてくれて、カラスが網の破れ目から中に入っていたと言う。家に帰って、早速、蕎麦屋に出掛ける準備をして、日の出前に駐車場に車を入れるのでした。

 今朝は本棚の下に敷く段ボールをカッターで切って、昼から女将と来たら作業を始めようと準備しておく。陽の当たる新しい居間で今朝は『アルハンブラの思い出』のギター名曲集のCDを聴く。高校時代に弦楽部で途中まで練習したけれど、なかなか全部は覚えきれずにそのままになっていた曲なのです。後年、もう一度練習しようと楽譜だけは買ったものの、忙しさに紛れてやはりそのままになっている。本当に隠居になって果たしてもう一度挑戦できるか。

 家に帰れば今朝はナス焼きと鮭のおかずで朝食を食べる。ドジャース戦は今日も大量得点で勝ったようで、何よりなのでした。居間の部屋でお茶をもらうけれど、テーブルもないので床に湯飲みを置いて、座椅子に座って寛ぐという感じなのです。床に座り込んでしまうと、立ち上がるのが大変で、身体の柔軟性が失われたのと、脚力がなくなったので、ヨイショとかけ声をかけて一気に立ち上がるのです。だいぶ慣れては来たけれど、椅子の生活が楽なのです。

 居間の床に敷いた布団でひと眠りしたら、今日はお袋様を連れて買い物に出掛ける日。連休の最後の日だからか、隣町のスーパーも随分と空いていた。女将に言われた魚と野菜と梨を買って、ビニール袋ひとつ半で4000円を越えるから、馬鹿にならない。鰯が10匹以上入ったパックが、200円なのは非常に助かるのです。今日は道路も空いていたので家に帰ってもまだ10時だった。11時までテレビを観て台所に立ってピーマンと玉葱を刻み、スパゲッティーを茹でる。

 女将は洗濯をしに蕎麦屋に出掛け、亭主は布団の上に横になってテレビを観ていた。夕べは酒をあまり飲まなかったからか、よく眠れなかったので、どうも頭がすっきりとしないのです。2時になったら二人で蕎麦屋に行って、畳の部屋の本棚や箪笥の下に、切った段ボールを折り曲げて敷く。二人で片付けるから、カウンターの下の本がみるみる片付いて、取りあえずは入るところに入れておく。向かいのサツマイモ農園の若旦那に話をして、使わなくなったテーブルや洗濯機を持っていってもらった。冷蔵庫は事務所が出来てから取りに来ることになる。有り難い事で捨てずに済んで好かった。


9月16日 火曜日 三連休が明けてもまだ早朝から仕事が…

 椅子もなく、床に敷いた布団のお蔭で早く床に就くから、今朝も6時間ほど眠って4時には目が覚めた。まだ外は暗いので取りあえずお湯を沸かして、コーヒーを淹れて一服する。今朝はやることが一杯あったので、テレビは点けなかった。今日は月に一度の子ども会の廃品回収の日だから、本や雑誌を全部まとめて表に出したい。まだ押し入れの中にあるいらない本もあるし、何をどれから片付けたら好いのかと考えて、4時半になるのでした。

 外が暗いうちは家の中の本を紐で括って、やっと明るくなったら腰を痛めないように少しずつ本を持ち、玄関を出て階段を下りるのです。門の前に並べて置いておくのがいつものスタイルなので、車の通行の妨げにならないように、二列ずつに並べたのです。重いものを持つから5分でもう汗びしょになって、居間の部屋に戻ってエアコンを入れる。これを3回繰り返してやっと居間の部屋の紐で括った本がなくなったのです。6時を過ぎたので蕎麦屋に出掛ける。

 今日も音楽はP.P.M.の違うCDをかけて、ゆったりとしたペースで寛ぐひととき。朝食を食べに家に戻れば、今朝は昨日買って帰った鰯の蒲焼きでした。夕べは塩焼きで食べたから、随分と食べでがあるのです。廃品回収の本をもう少し紐で括って、外に出しておく。蕎麦屋に本を運んだ段ボールも、少しずつ持って帰って来ているから、これも潰して廃品回収に供出するのでした。外は意外と蒸し暑いので、少し動くともう汗が垂れてくるほどなのです。

 昼は焼きそばに再び挑戦する予定だったので、一番近いスーパーに肉を買いに出掛ける。ついでに明日の昼の冷やし中華を買って帰る。11時になったら台所に立って昼食の支度をする。「お父さん、野球が始まるわよ」と女将に言われて、テレビのスイッチを入れて観ている間に、キャベツやピーマン、ニンジン、長ネギを刻んでおいてくれた。先日は鶏ガラとソースを混ぜて作って、塩辛かったから、今日は何も入れずに後からソースをかけて食べるのでした。

 食後は敷きっぱなしの布団に寝転んでドジャース戦の続きを観ていた。逆転したかと思えばまた逆転されて、今日ははらはらがっかりの結末なのでした。女将は洗濯物を持って蕎麦屋に出掛けた。1時半になったら、今度は二人で蕎麦屋に行って、カウンターの脇に出したままの段ボール三箱に入った本を、書斎の本棚に並べるのでした。女将は午前中に洗った洗濯物が、乾きそうにないと室内に入れて干していた。少しずつは部屋が片付いてきている。

 家に残った本は漢文学体系と鴎外全集だけだから、少し本棚が余ってしまう計算です。随分と沢山廃棄したのだと我ながら感心するのでした。女将はまた買い物に行くと言って先に店を出た。1㎞以上離れた郵便局にも歩いていったのに、また3㎞近い距離を歩いて出掛けたから、夜が眠れないといけないと思っているに違いない。亭主は新しい書斎で今日のブログを書き終えたら、帰りに国道沿いの酒屋に寄って焼酎を買おうと考えているのです。


9月17日 水曜日 引っ越し疲れで、今日はプールで気分転換…

 夕べも風呂から上がって休む場所がないので、床に敷いた布団の上でゴロゴロしていたら、8時半にはもう眠くなって眠りについていたのです。風呂で暖まった身体が少し冷えてくる頃に寝るのが、一番健康的なのだそうだ。今朝の朝飯前のひと仕事は、書斎に掛けてあった額を外して、埋め立てゴミの青い袋に詰め、沢山の燃えるゴミと一緒に集積場まで運ぶこと。車のトランクにも同じ分量が詰まっている。果たして、今日は燃えるゴミだけしか出せなかった。

 昨日、女将が市に電話してガラスの付いた額はどこのゴミに出せば好いのかと聴いてくれた。木やアルミの枠が付いているから悩んでいたのです。ガラスの部分が多ければ埋め立てゴミに出してくださいと言われたそうで、朝の4時前から青の袋を持って書斎に入った亭主は、1時間以上かけて袋詰めをしたのです。ところが、埋め立てゴミは明日の木曜日と集積所の看板に書いてあったから、車に積んだまま、残した写真を持って蕎麦屋に出掛けるのでした。 

 家に戻って朝食を食べたら、今日は予定がないから気分転換にプールに出掛けることにする。10時からしかプールが開かないので、二階の息子の部屋から電気スタンドを取りに行ったりして、来週のゴミ出しの準備をしておく。燃えるゴミ以外はあまり出したことのない亭主は、いちいち女将に聞かないといつ出すのかが判らない。暑い二階を往復したらひと汗かいて、やっとプールに向かうのでした。いつもの年配の人たちがプールの開くのを階段で待っていた。

 プールから帰れば、もう11時で昼の支度を始めなければいけないのでした。ドジャース戦も始まるし、急に忙しくなる。モヤシと肉を茹でて、キュウリを刻み、女将が焼いてくれた薄焼き卵を細く切っておく。麺を茹でていたら、「私は今日は麺を減らしてください」と女将が言うので、聞けば「昨日は暑い中をあちこち動きすぎて、夜中に目眩がして熱中症気味になった」と言う。午後のスポーツクラブはそれでも休みそうにないので、亭主が車で送って行った。


9月18日 木曜日 今朝も早くからよく働いた…

 夕べは9時に床に就いて、今朝は3時過ぎに目が覚めた。好いのか悪いのか、床に敷いた布団に寝る習慣が身についてしまった。早い夕飯を食べた後には、風呂に入る前に、何か食べて酒を飲む程度で、夜中に酒を飲まずに物も食わないから、身体にはいいのではないかと思っている。4時前までコーヒーを飲みながら、映像と音楽だけのテレビ観て、書斎に入っていよいよ漢文体系と鴎外全集を紐で括る。持ちやすいように五冊ずつを束にして居間に運ぶのです。

 外が明るくなったら、玄関に積んである埋め立てゴミを車に積んで、集積所まで運ぶのです。重たいから、これは車で運んで正解。今日はその他にプラスティクゴミを出す日なので、家に帰って今度は黄色い袋に詰められたゴミを持って、今度は軽いから歩いて持っていく。朝食まではまだ時間があったので、残した写真の入った額を持って蕎麦屋に行く。長女が写真の古典を開いたときに、水中写真で好いのがあったら出品してと言われて、選んだ物なのでした。

 家に帰ればやっと朝食の支度が出来て、待ちきれなくて自分で釜からご飯を盛り付け、納豆とお新香をおかずに食べ始める。そのうちにベーコンエッグと野菜が出て、いつもより10分も早く朝食を終えた。別に急ぐ必要はないのだけれど、女将ばかりに全部を用意させるのも可哀想という気になるのです。蕎麦屋の仕事のなくなった亭主の新しい生き方を考える上でも、女将の負担を少しでも減らすのは、とても大切な事なのでしょう。そこで考えたのです。

 朝の片付けに忙しい女将に代わって、亭主が洗濯物を蕎麦屋に運んで、洗濯機に入れてスイッチを入れるだけでも、彼女の仕事がひとつ減るのではないか。あらかじめネットに入れて分けてもらった洗濯物を、蕎麦屋の洗濯機に入れて洗剤をくわえてスイッチを入れる。ついでに漢文体系と鴎外全集を運んでしまおうと、9時前に家を出るのでした。洗濯が終わる頃に女将がやって来て、新しいもの干し場に洗濯物を干し始める。亭主は本の整理をするのでした。

 古い自宅の本棚に残ったのは、『能狂言』の全八巻だけとなった。昼食後に来る時には、これも運んでこよう。11時近くになって、そろそろ昼の準備に取りかかる時間なので家に帰って支度を始める。今日はカレー炒飯にする予定だったから、玉葱、長ネギ、海老や肉を刻んで、フライパンで炒め始める。ちょうどドジャース戦が始まる時間だったから、食堂でテレビを観ながら二人で昼食を食べたのです。食後は居間で座椅子に座りながら、続きを観るのでした。

 ずっと見続けるほど野球が好きなわけではなかったので、床に敷きっぱなしの布団に横になりながら観ていたら、何時の間にか眠ってしまうのでした。目覚めたら、ちょうど大谷が51号のホームランを打ったところで、ドジャースもやっと連敗を免れたので好かったのです。1時を過ぎて、仕事部屋でお習字をしていた女将に断って『能狂言』の全八巻を車に積んで蕎麦屋に出掛けるのでした。午後3時、埃を拭き取って本棚に並べる。今日も朝から随分と働いた。


9月19日 金曜日 アルバムの引っ越しは思ったより大変で…

 夕べはテレビを点けたままで何時の間にか眠ってしまい、夜中の12時前に目が覚めてテレビを消した。それからまた眠ったせいか、朝は4時過ぎまで目が覚めなかったのです。結局、6時間余り眠ったことになるから、帳尻はあっているのです。朝飯前に終わらせようと思っていたアルバムの整理を始めたら、廊下の突き当たりの押し入れには、三段も棚があって全部これがアルバムで一杯なのでした。しかも今と違ってみんな重たいから、出すのにもひと苦労。

 まずは子ども達の生まれてからのアルバムを紐で縛って、蕎麦屋に運ぶのでしたが、昔は写真が貴重なものだったのか、どれも綺麗に飾られて子ども達の生年月日や名前などが書かれているのです。いらないアルバムはないかと中を見れば、どれも捨てられない。初めて持った教え子たちの写真は捨てても好いと思えたから、思い切って廃棄に回した。家に帰って朝食を食べたら、今度は子ども達が小学生の頃からの写真集が沢山出て来たから大変です。

 結局、昼前に女将と買い物に出掛けるまで、アルバムのページをめくっては中を見ながら、40年近く勤めた学校の卒業アルバムはすべて廃棄することにしたのです。一年に一冊ずつ配られるから、その数は推して知るべし。今のスマホで取るような写真と違って、一つ一つが存在感があるので、その重みがひしひしと伝わってくるのだけれど、そうした過去をすべて捨て去って、新しい生活をしなければならないと思うのでした。ドジャース戦を観ながら昼食。

 食堂で観ていたテレビを居間で見続けて、疲れて来たら残りのアルバムを押し入れから出して居間に積み上げる。女将や自分の卒業アルバムまで出て来て、これは大事にとっておかなければと、紐で縛って積み上げるのです。残るはダイビングや渓流釣りに夢中になった頃のアルバムで、写真だけを冊子に差し込むタイプの軽い物でした。これは明日の朝にでも整理しよう。重いアルバムを何度も往復して車に積み込んだら、また蕎麦屋に出掛けるのでした。

 車からアルバムを運ぶのは少し身体を休めてからと、鰹節を買ってきたので新しい厨房で出汁を取る。昆布と返しがまだ残っていたのです。そのうちにスポーツクラブから帰って来た女将がやって来て、午前中に洗って干した洗濯物を畳んでくれた。これをまた籠に入れて亭主が帰りに持って帰るのです。今日はいくぶん涼しかったから身体も楽だったけれど、重いアルバムを何度も持って蕎麦屋に来たから、汗をかいてしまいました。どこに置いたら好いのか。

 重い荷物の処分はほぼ終わったけれど、廊下の突き当たりの押し入れには、下半分には釣りやキャンプの道具が詰まっている。全部廃棄したいのだけれど、分別しないと持っていってもらえない。昨日集積場に出した沢山の額も、結局、木の枠があるからか、埋め立てゴミとは認めてもらえなかったのです。心配で見に行ったら、そのまま集積場に置かれていたから、また車に積み込んだのです。まだまだ当分続きそうな引っ越しを、早く終えたいと願うばかり…。

 

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2025年9月上旬



9月1日 月曜日 朝の気温は低くなったが陽射しと湿気が…

 今朝はまだ暗いうちに目が覚めて、コーヒーを淹れ、明るくなるのを待って蕎麦屋に出掛けるのでした。冷たい紅茶を飲みながら、新しいコンポでシャンソンを聴く。だだっ広いスペースには今の自宅にある応接セットが置かれる予定で、本棚がどれだけ置けるのかがちょっと心配です。カウンターの下には、物を置くための棚がつくってあるから、ここを有効に活用しても好いかも知れない。勉強部屋になる蕎麦打ち室にも、二つ本棚が置ける予定です。

 5時半になったら駐車場に出て、椅子に座りながら昨日切った枝をビニール袋に詰めていく。沢山葉のついた長い枝は、ノコギリで切らなくてはならなかった。ゴミ袋が一杯になったのは6時過ぎでまだ時間があったから、エアコンの効いた蕎麦屋の中でひと休み。もう汗でびっしょりになっている。気温は低いはずなのに、湿度が相当にあるようだ。朝日が森の向こうから昇ってきて、陽が高くなる前にもう少し高いところの枝を切っておくことにする。 

 家に帰って朝食を済ませ、40分だけエアコンの効いた書斎でひと眠りする。目覚めればもう8時半だから、お袋様と買い物に出掛ける時間なのです。外は陽が高くなってもう暑くなっているから、車のエアコンを強めに入れて、お袋様を迎えに行くのでした。隣町のスーパーに行こうと思ったら、1kmも手前の坂道から渋滞が始まっている。「今日は朔日だからみせが混んでいるのよ」とお袋様が言うのでした。広い駐車場も満杯でやっと車を停めて買い物をする。

 家に帰って昼飯までにはまだ時間があったので、ドジャース戦をテレビで観る。今日は冷やし中華と決めていたから、女将が卵を焼いき始めたら、亭主はモヤシと肉を茹で、胡瓜を千切りにして麺を茹でる。この夏は随分と食べたシマダヤの冷やし中華でしたが、9月に入っても気候が暑いから十分に美味しく食べられるのでした。食後は午後の昼寝をして、女将がスポーツクラブから帰る前に目覚める。一番暑い時間帯に彼女は往復4km近くを歩くから大変です。

 目覚めてパソコンに向かえば、クラス会の案内のメールが去年の写真入りで届いていた。早速、参加の申し込みをして、蕎麦屋の食材のオーダー以外にはあまり使わなかったLINEの登録も済ませたのです。考えたら高校のクラス会も年々参加者が減っている。今年は初めて日曜日の昼の開催で、皆さん少しは暇になったのかな。かく言う自分も、蕎麦屋の営業もなく本当に隠居の生活になるから、1年振りに電車に乗って新橋まで出掛けようと思うのです。

 今日のブログを途中まで書いて、居間の部屋に行けば、女将が冷えた梨を切って持って来てくれた。台所から良い匂いがすると思ったら、夜の揚げ浸しの汁を作って冷やしておくのだそうな。「今度の幹事はなかなかしっかりしているよ」と、クラス会の案内を印刷して持っていけば、「どの人が幹事なの?」と訊くけれど写真が不鮮明でよく判らない。そのうちに夕食となって、今日買ってきたばかりのサンマが酢橘付きで出たから嬉しかったのです。明朝は、まず紙ゴミの袋と自転車、毛布、古い炊飯器の粗大ゴミ三つを出して、朝飯前に蕎麦屋に行ければ、今日の剪定の続きをする予定。


9月2日 火曜日 やはり残暑は相当に厳しいのです…

 7時間近く眠って、今朝は5時半過ぎに目が覚めました。コーヒーを淹れて居間の部屋で飲んだら、今日一日の仕事をシュミレーションするのでした。まずは粗大ゴミを前の道路際に運び、紙ゴミの袋を幾つも集積場まで持っていく。時間があれば蕎麦屋に行ってと思ったけれど、6時半になったので諦めて一服する。朝は風があったけれど生ぬるい気持ちの悪い風で、本来なら気持ちの好い秋風なのだろうけれど、9月に入ってもまだ夏の暑さを引きずっている。

 朝食を終えて午前中に、二階の洋服ダンスを整理することになっていたので、女将が朝ドラを観ている間に、亭主は二階に上がって背広を後袋に詰めていく。12年以上前のものだから、どんなに新しく作ったものでも、当然、腹周りが入らないのです。もう着る機会もないとは知りつつ、今まで取ってあったのが不思議なくらいなのでした。昔、何着かは息子がもって行ったっけ。玄関口まで幾つもゴミ袋を運んで、涼しい居間の部屋でひと休みです。

 女将が朝の洗い物を済ませたら、亭主が台所に入って昼のカレーを仕込み始める。2回で食べきれるようにと、具材を切りそろえたら、買って来たはずの肉を捜しても見当たらない。女将に聞いても分からないので不思議だと思ってたら、買い物を仕分けた女将がやって来て、冷凍室に間違って入れてしまったのかも知れないと、見れば入っているのでした。最近、女将もこんな失敗が多いのです。お互いに歳を取ったから、あまり責めないことにしている。

 昼まではまだ時間があったので、亭主は車を出して隣町のスーパーにトンカツを買いに行く。今日は駐車場も空いていて、目当てのトンカツのコーナーに行けば、今日はヒレカツばかりが並べられていた。トンカツの空いたスペースに並ぶにはまだ時間がかかりそうなので、揚げたてのヒレカツを買って家に帰ったのでした。トンカツよりは100円も高かったけれど、柔らかくてとても美味しかった。食後の昼寝をしたら、いよいよ机の周りの書類を片付け始める。

 さらに夕食までは、廊下の本棚の整理を始めるのでした。日本文学の全集や哲学の全集など、昔は好く読んだ物だけれど、今となってはもう捨てるしかない代物なのです。あと一日あれば、蕎麦屋に持っていく本棚は空になる。漱石全集とギリシア神話の全集は残しておきたい。持っていく本は段ボールに詰めたけれど、果たしてこれも引っ越し屋さんが運んでくれるのだろうか。夜になっても昼の名残か廊下は蒸し風呂の様な暑さで、エアコンの効いた部屋はとても涼しいのです。夕食は亭主が焼きうどんを作って二人で食べる。


9月3日 火曜日 今朝はいつもよりも涼しく、秋の気配だが…

 今朝は5時前に目覚めて、昨日玄関に積み上げた沢山のゴミ袋を集積場に運んだのです。背広などの衣類を沢山詰めた袋はかなり重かったけれど、両手で持って二往復したら、ぎっくり腰のような症状が出て、今日はプールにも出掛けられなかった。女将に言ったら「起き抜けに何の準備もせずに、重い荷物を運んだからでしょう」と素っ気ない。自分では何でもないことと思ったのですが、身体がやはり老化しているらしい。それでも朝食前には蕎麦屋に行った。

 台風が近づいてくるから、雨でも降ったら折角切り落とした枝が濡れてしまう。痛い腰を庇いながら、椅子を出して座りながら、切り出した枝をビニール袋に詰めていきました。昨日は一日蕎麦屋に来なかったから、切った枝の葉は昼の強い陽射しでカラカラに乾いている。それでも、袋に詰めればもう一杯になる分量だつたから、相当切り落としたのでした。家に帰れば食卓には昨日買ってきたヒレカツの卵綴じが美味しそうにテーブルに載っていた。

 食後は居間の部屋でお茶をもらって、書斎に入ってひと眠りするのでした。30分ほど眠ったら、昨日まわりを片付けた机の中を綺麗に掃除し始める。燃えるゴミと他のゴミとの分別に詳しくない亭主は、いちいち女将に聞きに行って袋をもらって来なければなりませんでした。女将も明日は食器類を出せる日だからと、居間の部屋の戸棚の中のグラスや徳利などを袋に詰めている。亭主も手伝って、11時前にはかなり綺麗に片付いたから、昼飯の支度を始める。

 昨日作ったカレーが残っていたので、冷凍うどんを湯通しして、葱を刻んでカレーうどんを作るのは亭主。やはり、出し汁を入れた蕎麦屋のカレーうどんは美味しいのです。今回は冷凍しないので、ジャガイモや豚肉を入れて作ったカレーは格別の味なのでした。昼は暑くなったのに、カレーを食べたらますます暑くて、二人とも額に汗をかいていたのです。食後は居間の部屋でお茶をもらい、亭主は書斎に入ってひと眠り。女将はスポーツクラブに出掛けていく。

 ゴミの中で目を覚まして、捨てられない物は段ボールに入れて、そのまま蕎麦屋に運ぼうと考えたのです。机の上に置いた捨てられない物が段々と片付いて、綺麗になった頃に女将が帰ってきた。テレビや電話の工事を頼もうと、296に電話をすれば、やっと繋がって担当者から電話をさせますからと言われたけれど、夕方まで待っても電話はかかってこなかったのです。明日、もう一度電話をしてみなければいけない。早め早めに連絡を取らないと心配なのです。

 明日はお袋様の誕生日祝いの買い物に行かなければと、ドジャース戦の最中に絶対観ているはずの弟に電話をした。大谷のホームランも出て、4対4のちょうど好いところなのでした。「一緒に買い物に行くよ。台風が近づいているから一日早めたら」と言うことで、明日は3時に弟を迎えに行って一緒に買い物をする事になった。夜になって天気予報を見れば、明日は朝から雨が降るらしい。雨ならばお袋様の家に皆で行って、久し振りに飲み会をするのです。


9月4日 木曜日 予報では朝からの雨、涼しくなりました…

 今朝は4時半起床。夕べは台所でネズミが暴れている音がしたけれど、10時過ぎには床に就いたのでした。一昨日の夜に今季初めて食堂から居間にゆっくりと歩いて行くネズミを発見。女将に話したら、天井裏でも運動会をしているらしいのです。あとひと月もしないうちに無人になるこの家も、解体されるまでは彼等の天国なのかも知れない。5時を過ぎた頃に玄関に、積まれた瀬戸物類の青い袋を車に積んで、50mほど離れた集積場に運んだのです。

 集積場に袋を並べていたら、向かいの家のお婆さんが出て来て、「今日は何のゴミを出す日なのでしょうかね?」と亭主に尋ねる。「プラゴミと埋め立てゴミの日ですよ」と応えて、丁寧に中身を説明してやる。車の荷台が空いたから、今度は先週切り倒したウチワサボテンの葉を、庭の片隅から蕎麦屋まで運ぶ。これはゴミ回収の業者に持っていってもらうのです。瀬戸物よりもずっと重いから運ぶのも大変。昨日痛めた腰を庇いながら、所定の場所に運んだ。

 家に帰って朝食の時間までにはまだ余裕があったので、書斎へ続く廊下にある本棚の整理をした。日本文学史の全巻と山川方夫の全集など昔懐かしい書物や文庫本を紐で括り、引っ越しの際の動線を塞がないようにして、居間の部屋に積んでおくのです。朝食は美味しい鮭の塩焼きで、野菜の煮浸しとニンジンの煮物が付いた。食後は30分ほど横になって、ドジャース戦を観るのでした。今日はテレビと電話の引っ越しを頼まないといけない。

 昨日電話がかかってこなかった296に電話をしたら、掛けているのに繋がらなかったという説明。何か亭主の携帯の設定のミスがあるのか。担当者が接客中というので、まどろっこしいからスカイプラザの店まで出掛けて行った。受付嬢のところで調べてもらったらやはり折り返しの電話を掛けていると言う。やっと担当者と話が出来て、蕎麦屋のテレビの接続は日曜日に係の人が来てくれると言うのです。電話は今使っている会社に連絡をして替えられると言う。

 昼の時間になったので家に帰って素麺を茹でる。女将がブロッコリーを茹でてくれて、亭主は冷凍の唐揚げをチーンするだけ。午後は昼寝もせずに切れた電話の戦の修復を試みるが、目が悪くなったのか細い線が見えないのです。女将のスポーツクラブの予約をおえたら、ガソリンスタンドに行って給油をしてから、一緒に買い物をすると言った弟の所へ行くのでした。二人でイオンモールに出掛けて、お袋様の誕生日会の料理を買って帰るのです。

 弟と二人で蕎麦屋に帰って、皿やグラスを並べて用意をしていたらお袋様もやって来る。女将は少し遅れて来たから、もう一度乾杯をして誕生日会が始まるのでした。92歳にしては心も体もまだ若いのです。近所の年寄りや体操クラブの取り留めのない話をして、揃えた料理を美味しく頂く。蕎麦屋のガスコンロやグリルの交換の日にちの電話も入って、すべて引っ越しの前に終わることが判るのでした。2時間ほど楽しく話をして、解散となったのです。


9月5日 金曜日 台風の影響で今日は大雨でした…

 夕べも早く床に入ったので、夜中の2時過ぎには目が覚めてしまいました。4時間くらいしか眠れていないのでしたが、どうもまた眠る事が出来ずに、引っ越しの準備の段取りを考えたりと、珈琲を淹れて5時近くにやっと眠る事が出来たのです。朝食を食べ終えて女将が朝ドラを観ている間に、玄関に積み上げられたゴミ袋を集積場まで運ぶ。燃えるゴミだからそれほど重くなかったけれど朝から雨が降っていたので、何往復もしてびっしょり濡れてしまう。

 ドジャース戦を少し観て、9時になるから隣町の銀行に出掛けたのです。ネットですべて済ませているから、店舗を訪ねるのは何十年振りかでした。目的は電話の料金を取られている会社を調べるためなのです。係の行員の丁寧で親切な応対で、今取られている電話料金はスマホの料金であることが判明。結局、家の固定電話は何処の会社に料金を払っているのかは判らなかったのです。ついでにひびの入ったキャッシュカードの再発行の手続きをして帰って来た。

 昼食は餃子を焼いて湯麺を亭主が作り、女将に結果を報告した。雨は酷く降っているのにスポーツクラブに行くと言うので、車を出して送って行った。帰りももの凄い土砂降りになったから、迎えに行くのでした。夕飯前にメールチェックをしていたら、ネットの通信会社から今月の料金が確定したと連絡が入っていたので、明細を見るとなんと電話料金が入っているではありませんか。早速、電話をして事情を話したら、蕎麦屋のセキュリティーの関係で、会社が違うから一つの回線にして同じ番号を使うのは、簡単には行かないことが分かった。一難去ってまた一難。今度来ることになっている担当者に尋ねてみようと思うのでした。今日は気持ちが疲れた。


9月6日 土曜日 台風一過の秋晴れの一日で昼は真夏の暑さ…

 5時前に寒さで目が覚めた。天気予報では24℃になると言っていたから、前日の暑さと湿気と比べると、随分と涼しいのでした。朝飯前のひと仕事は、蕎麦屋に段ボールに入れた机の中身をまずは一つ運んで、先日の誕生会の空き缶や空き瓶を片付けた。クーラーを入れなくても十分に涼しい。冷蔵庫に残っていた紅茶を飲みながら昨日のブログを読み直す。家に帰れば女将が朝食の支度をしているところで、今朝は昨日の残り物に銀ダラの煮付けが出たのでした。

 ドジャース戦を少し観て9時になったら、コンビニに行ってゴミ回収業者の代金を振り込みに行ったのです。空は真っ青で湿気がないのでとても清々しい。秋の気配を感じながら、ハナミズキの並木の葉も、心持ち枯れ始めているような気がした。家に戻ってまたドジャース戦を少し観て、書斎に続く廊下の本棚の整理を終わらせたのです。少しずつこなさないと、もう引っ越しまで一週間もない。取りあえずは大きな物だけは運んでもらわないといけないのです。

 紐で括った本は再来週の火曜日が回収日だから、それまで荷物を運び出す邪魔にならないように今の壁際に積んでおく。書斎にはまだ大きな本棚に漢文体系と鴎外全集などが残っている。この本棚は持っていかないから、あとでゆっくり運べば好い。問題は居間と書斎と廊下にある四つの押し入れの中にある本なのです。棚を吊ったり本棚をそのまま入れて使っているから、まだ相当な数があるのです。考えるだけで気が遠くなりそうだけれど、まだまだ道半ば。

 昼の時間になったので亭主は大釜に湯を沸かして素麺を茹でる。女将は隣の火口でカボチャとキャベツと焼売を茹でてくれた。いつもより野菜が随分と多かったせいか、食べ終わる頃には腹が一杯でしばらく書斎で横になっていたのです。冷蔵庫の中に何もない状態だったから、1時になったら二人で隣町のスーパーに出掛けようと話していた。外は湿度は低かったけれど陽射しが強く、これぞ残暑という暑さなのでした。国道はいつもよりも相当に混んでいた。

 スーパーの駐車場はまだ昼時だからか暑さのせいか、いつもよりも空いていて、二人でバラバラに品物を見て歩くのでした。亭主は明日からまた業者が来るので、飲み物を10本ほど買って、女将は肉や米を買っていた。やっと新米を食べられるけれど、値段は4000円を越えているのでした。夜はトンカツにしようと二人分買って、安くて新鮮な鰯も買ったから、明日の朝は鰯になるのだろうか。外はうだるような暑さで、真夏の陽気なのでした。

 家に帰って荷物を片付けたら、女将が冷たく冷えた梨を剥いてくれた。湿気はないのに、動いたせいか汗がにじみ出てくるのです。亭主は居間と書斎の床が汚れているのを気にして、掃除機を掛けるのでした。もう全室エアコンを点けたままなのです。3時過ぎになって二人で蕎麦屋に出掛けて、また片付け物をする。女将がいると仕事がはかどるのです。戸棚の中の徳利や蕎麦皿、盆など袋に詰めて車のトランクに入れる。明日の朝ゴミ袋に詰め直さなくては…。 


9月7日 日曜日 引っ越しの準備もすることが多くて道半ば…

 今日の朝飯前のひと仕事は、昨日のうちにチェンソーを使って細かく切ったウチワサボテンの枝を、燃えるゴミの袋に詰めて行く作業でした。葉の部分は既にもう捨てたのですが、軒下まで伸びていた枝や幹は、なんとゴミ袋四杯分にもなって、とても重いのです。まる一時間かかってやっと詰め終えたところで、朝食の時間になったので食堂に行けば、女将がおかずを作ってくれて「パンは自分で焼いてください」と言われた。魚焼き器で5分掛けて焼く。

 本当に久し振りのパン食で、四つ切りのパンにバターを塗って、とても美味しく食べるのでした。これだと牛乳も飲めるからちょうど好いのです。満足して食べ終えたら急に眠くなって、書斎に入ってひと眠りするのでした。目覚めた後はドジャース戦を観るためにテレビを点ければ、今日は勝っていたので好いと思っていた。書斎の机の中を片付け終えて、昼飯の準備を始めようかと思ったら、なんと9回の裏ツーアウトから点を取られて、逆転負けなのでした。

 昼はスパゲッティーを茹でて、昨日残ったトンカツと簡単な野菜を添えて、ミートソースを食べた。うどんと素麺とスパゲッティーに冷やし中華とざるラーメンと、何種類かの麺類をメニューとして用意はしているのだけれど、蕎麦がなくなったのが寂しいのです。毎日のことだから、うどんを冷やしつけ麺や焼きうどんで食べても一週間で一度は食べなければならないから、どうもマンネリ化してしまうのです。暑い日が続くから、炒飯も最近は作らない。

 午後は3時からテレビの設置移動のために、地域のケーブルテレビの担当者がやって来るから、それまでに明日の燃えるゴミの袋を車のトランクに積み込む。10袋も積み込んだら、重いウチワサボテンの袋もあったので、また腰が痛くなってしまった。冷えたクーラーの効いた部屋から、暑い外に出ての作業で腰の筋肉が温まっていないのでしょう。プールにも行けていないし、居間に敷いた畳のマットに寝そべって腰痛の体操をするだけが関の山なのです。

 女将が美容院に行く前に、燃えるゴミを二袋、金属のゴミを二袋二人でまた詰めておく。テレビの設置移動の担当者がやって来て、移動の工事は再来週と言うことになる。蕎麦屋のネット環境も同じ会社なので、電話の移動も一番簡単な方法を尋ねたら、いま蕎麦屋で使っている電話を残して、自宅にある電話は廃止にした方がいいと言う。担当者が帰って、早速、NIFTYに電話をして、メールアドレスだけ残して、電話や会員サービスを止めることにしたのです。引っ越しの日からは、家でパソコンのネットも使えない状況になる。


9月8日 月曜日 涼しい朝だが昼は真夏のうだるような暑さ…

 夕べは10時に床に就いて、4時間ほど眠ったら夜中に目が覚めたのです。ドジャース戦が2時半からBSでやるのを覚えていたので、コーヒーを淹れて居間の部屋で観はじめるのでした。相手チームの菅野投手から大谷選手が2本もホームランを打つのを見て驚いた。べッツ選手のホームランもあって、リードしたところでひと安心。また床に就いて次に目覚めたのはもう6時だった。朝飯前のひと仕事は、車に積み込んだ10袋の燃えるゴミを集積場に運ぶこと。

 腰の痛いのを気にしながら、全部のゴミを出し終えて、家に帰ってもまだ時間があったので、書斎の机の脇にある本箱の荷物を段ボールに入れる。後はパソコンとプリンターをどかせば、机と本箱は運んでもらえるのです。朝食を終えたら9時前にお袋様を迎えに行き、今日の買い物に出掛ける。陽射しは朝よりもぐんと強くなって暑いのでした。女将に渡されたメモを見ながら、野菜と梨を買って隣町のスーパーに行く。今日は随分と空いていた。

 10時にはもう家に帰って、汗をかいたので下着を替え、ハーフパンツとTシャツ姿になって涼むのでした。女将が冷たい蕎麦茶を作っておいてくれたので、水分も補給する。11時になったら台所に入って、昼食の準備をするのでした。亭主の腰痛を心配して女将が水の入った鍋を火にかけてくれていた。キュウリも焼いた卵も刻んでくれて、亭主はモヤシを茹で肉を茹で麺を茹でて盛り付けるだけ。9月の第二週でも冷やし中華が美味しいのは暑さのお蔭です。

 昼食を終えたら午後からガスコンロとガスオーブンの交換に来ると言うので、12時前に蕎麦屋に出掛けて、冷たい飲み物と保冷剤をカウンターに置いたクーラーボックスに入れておきます。1時前に業者と監督がやって来て、いよいよビルトインコンロの交換です。若い職人さんだったから、休憩も無しで2時間ほどでコンロ二つとオーブンを取り替えてくれたのでした。カウンターのこら側から見ていたら、綺麗に周りまで掃除をしてくれていた。

 3時過ぎに設置は完了して、使い方の簡単な説明を受ける。最新式の上位機種だけあって、光で火加減が判るダイヤル式の優れものなのでした。魚焼き器も油がはねるのを防ぐ装置が付いていて、これまでの物とは大違いなのでした。12年の間に調理器具も随分と進化したらしい。クーラー付きのチョッキが汗でびっしょりになっているのを見て、冷たい飲み物を二本ずつ選んでもらって持って帰ってもらったのです。これで一連の改修工事はすべて終了しました。

 帰り道に二軒隣の釣り好きのご主人に出会って、「今度蕎麦屋に引っ越してきますから」と言って「釣り竿が沢山あるのだけれど使わない?」と言えば、「頂きます」と言うので持っていく。捨てるために束ねておいたのです。今日は始まりが少し遅い日なのでした。一番暑い時間帯に歩いて帰ってきた女将は、汗だくになりながら「どうでしたか?」と居間の部屋に聞きにきた。「見違えるほど綺麗になったよ」冷たい梨を剥いてもらって、ひたすら涼む亭主なのです。

 5時を過ぎたらもう食堂に座って、夕食のおかずが出て来るのを待つ亭主。今日は夏野菜の煮浸しと鰯の蒲焼きと厚揚げを焼いて、出してくれた。買って来たばかりのトウモロコシを茹でて美味しく頂くのでした。明日は何をしようか。引っ越しが終わるまでは荷物の搬入があるので、蕎麦屋にはあまりにものを持って行けない。考えたら机も引っ越しでなくなるから、パソコンは早めに移動しておいた方が好い。明日の朝は家の木槿の剪定をする予定なのです。


9月9日 火曜日 午前中は曇りだったけれど蒸し暑い…

 6時間半の睡眠の後に目が覚めた。頭はすっきり、涼しいくらいの陽気なのです。コーヒーを淹れて今日の段取りを考える。まずは朝飯前のひと仕事に庭の木槿の剪定をする。引っ越しの準備でいろいろなことが同時に進行しているので、一番目先のことから片付けなければいけないのです。明日は燃えるゴミを出す日だから、やはり木槿の選定作業が優先です。4本ある木槿の木のまずは二本だけを綺麗に刈り上げた。残る二本は明日の朝、ゴミ袋に二杯分ずつ。

 朝食の支度が調うまでと、書斎の本棚を綺麗に片付ける。あとはパソコンとプリンターだけれど、これは引っ越しの前日に蕎麦屋に持っていく予定。壁に掛けた水中写真の額や家族や友人たちとの写真も、パソコンのメモリーの中に残っているから、全部捨ててしまう予定なのですが、それは机と本箱がなくなってからで好い。女将が「ご飯の用意が出来ました」と言っているので、食堂に行き朝食を食べる。今朝は骨取りの塩鯖がメインのおかずなのでした。

 食後はお茶をもらってひと休みしたら、書斎に入って横になる。40分ほど眠ったらアラームに起こされ、洗面を済ませて蕎麦屋に出掛けるのでした。向かいのサツマイモ農園では、事務所を作ると聞いていたけれど、綺麗に整地をして業者が何やら相談をしている。結構、大がかりな工事になる様子で、毎日の楽しみがまた増えた。竹で作った柵も取り外されて、そのまま駐車場にでもするのだろうか。土の農地がジャにで覆われて、これなら埃もたたないだろう。

 こまめに荷物を運んでおこうと、机の中のものをビニール袋に入れて持って来たので、カウンターの上に並べておく。どれが何処の荷物かが判らなくなってしまいそうで心配だけれど、今は大きな物は持ってこられない。入れ物が運び込まれて初めて中身が必要になるのです。ついでに引っ越し後にやらなければならない仕事の一つの南側の庭の様子を見ておく。下の家が出来る前は、陽当たりも好く畑を耕して随分と野菜も収穫したのですが、今はタラの林…。

 昼飯の時間になるので家に帰って食事の用意を始めます。女将が野菜を切ってくれて、亭主はフライパンで炒めるだけの今日は焼きそばです。焼きそばは単品で買ってきてあったから、味つけはソースのみ。久し振りだったのでこれは美味しかった。キャベツの量は相当に多かったのですが、フライパンに蓋をして蒸す形で調理すれば、ほんの少しの量になってしまう。鶏ガラスープの素を切らしていたので、野菜とソースの味で我慢するのでした。

 午後は書斎で横になったけれども昼寝が出来なかった。仕方がないから、廊下に置いてあった椅子を車に積んで蕎麦屋に行く。キッチンに一つ置いて、後は何処に置こうかと考える。以前、お袋様にも一つ持って言ってやったのだけれど、台所仕事でちょっと腰をかけるのにちょうど好いと言っていた。7人家族が家の食堂で使っていたので、9人分の椅子があったのですが、油圧で高さを調節できる優れものなのでした。どこも傷んでいないから長持ちしている。

 

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2025年8月下旬



8月20日 水曜日 今日は蕎麦屋の床掃除で業者が来た…

 朝の6時過ぎに蕎麦屋に出掛けて、店舗側のテーブルや椅子などをテラスに出しておいた。エアコンを点けて店を冷やしておくことを忘れない。冷たい飲み物も用意しておく。家に帰って朝食の支度を待つ間に、畳マットに寝転んで柔軟運動を少しだけする。今朝は茄子とピーマンの味噌炒めと鮭の塩焼き、そしてとろろ芋が出た。ちょっとだけ布団が恋しかったけれど、ひと眠りする暇はないのです。蕎麦屋に行って清掃業者が来るのを待つのでした。

 昔、亭主が大学に入る前にビル掃除のバイトをしていた時に、使っていた電動の掃除機と掃除機を持って、業者がやって来たのは9時20分前でした。床の上に置いてある物は、事前に全部片付けたから手際よく作業に入れた様子。奥の座敷で待っている間に、南側の庭の剪定を少しだけ始める。蔦が絡まった酢橘の木は、10年経っても一度も実を付けたことがないから、切ってしまおうと剪定ばさみを持って枝を切る。そして、隣の大きくなった月桂樹の木も…・

 この場所に家にある金柑の木を移植しようと思っているので、まずは周りの枝を剪定ばさみで切り落とし、電動ノコギリが入りやすいようにしておく。この週末には切り倒せるだろうか。女将が楽しみにしている金柑の移植は、業者に頼んではいるのですが、なかなか連絡もくれないし、自分でやるしかないのだろうか。店の清掃も一区切り付いて休憩時間になったので、亭主は職人さんに声を掛けて家に戻るのでした。昼はざるラーメンと餃子と決めていた。

 テレビでドジャース戦をやっていたので、食堂のテレビを観ながらの昼食なのでした。食べていて、何かいつもと違うと思ったら、女将がプラゴミの中から袋を取り出して「マルチャンだわよ」と言うのでした。麺は少し細いし、胡麻ダレがただ塩っぱいだけで胡麻の風味もない。亭主が間違えて買って来てしまったらしい。やはりシマダヤでないと、美味しくないのです。今日は餃子を強火で焼いたので、美味しく食べられました。やはり手作りが一番なのです。

 食後は1時間ほど眠って急いで蕎麦屋に行けば、床掃除はもう終わったらしく、とても綺麗になっていたので驚いた。職人さん達は厨房に入って換気扇の掃除をしていた。レンジフードまで綺麗にしてくれて、やはりプロの仕事は違うと思った。油で真っ黒になっていた厨房の床も、油汚れでなかなか落ちなかった壁も、すっかり綺麗になって感謝感激なのです。続きはまた明日ということで、朝はもっと早くても好いと言ったら、8時から来ますと言って帰った。



8月21日 木曜日 今日は朝から夕方まで汗をかいていた…

 今朝も5時には目覚めて、コーヒーを沸かして居間の部屋でひと休み。テレビを点けて自然の風景を撮した番組を観る。音楽だけが流れて、説明はテロップのみなのが好い。書斎へ続く廊下には、蕎麦屋に持っていく書籍を段ボールに入れて積み上げてある。引っ越しまでにはこれらを蕎麦屋に運ばなければ、机や本棚が持ち出せないから、段取りに苦労するのです。今日は職人さんが早く来ると言うので、蕎麦屋へ出掛けてエアコンのスイッチを入れておく。

 時間が早かったので、駐車場の植木の剪定を少しだけでもと始めておくのです。ほったらかしにしてあったから、車止めの辺りまでビヨウヤナギやアベリアホープレイズが伸び出している。この上にはモミジやヤマボウシも葉を茂らせているから、下から順番に剪定を始めなければいけないのです。こんなに伸びるまで放っておいたのは、やはり店を閉めると決めてからやる気が失せたのでした。業者に頼むにも忙しいらしいので、自分で剪定した方が早いのです。

 30分で90㍑のビニール袋一杯になったら、ちょうど7時前。家に帰って朝食を食べる。8時には職人さん達がくるので、かなりタイトな時間なのでした。お茶をもらってひと休みしたら、すぐに蕎麦屋に出掛ける。7時40分だというのに、もう職人さん達は来ていたのです。鍵を開けておいたから、厨房に入って仕事をしていた。昨日、レンジフードや換気扇の掃除は終わっていたから、今日は油で汚れた壁を綺麗に掃除してくれていたのです。

 挨拶をして今日の予定を聞いたら、奥の部屋に行ってひと眠り。30分ほど眠ったら、退屈なので南の庭の酢橘の木を切るのでした。これだけでもうゴミ袋は一杯になりそうな枝の量でした。後は、月桂樹の木を切るだけでしたが、切り落とした枝を袋に詰めてからでないと大変そう。朝から動いてもう汗びっしょりなので、エアコンの効いた部屋に引っ込んでひと休みする。南側の庭の奥の様子を見れば、タラの木があちこちに伸び広がっているのでした。

 初めは蕎麦屋でタラの芽を天麩羅にしようと、西の小径の脇に一本だけ植えたのに、何時の間にか伸び広がって次々と芽を出して来たのです。これも枝だけ落としてから、電動ノコギリで切ってしまえば早く綺麗になる。10時になったので、家に戻って女将を連れて綺麗になった店の中を見てもらう。それから近くのホームセンターに出掛けて、玄関の外と内側に敷くマットや物干し台を買って帰るのでした。家に帰って今日の昼食は素麺と自家製焼売で済ませる。

 今日はいつもより暑いのか、女将のスポーツクラブの予約の時間までひと眠りした。立体駐車場からホームセンターまでの間を、重い荷物を持って歩いただけで、またぐっしょりと汗をかきました。蕎麦屋に戻れば、店の清掃も終わりの頃で、職人さんの親方と綺麗になった厨房や流しを確認して、今日は3時前には帰ったのです。午前中に買って帰った玄関マットを敷いていたら、リフォーム業者の担当者や蕎麦打ち室のブラインドの業者が来て話をしていった。新しく綺麗になった玄関は、外履きを脱いで入る形になるので、家に戻ってもう一度今度はスリッパを買いにホームセンターに行く。


8月22日 金曜日 午前中にもう汗だくになって…

 今朝も朝の6時前から蕎麦屋に出掛けて、駐車場の植木の剪定を始めました。背の低い木をある程度終わったところで、今度はヤマボウシの伸びた枝を切っていくのです。切った枝が飛び散らないように、左手で一本ずつ根元を持って右手の剪定ばさみで切っていくのです。切った枝を後から拾って袋に入れるのでは手間がかかるから、一人で剪定するときはこの方法が一番早い。ゴミの袋が一杯になるまで約40分。もう汗でびっしょりなのでした。

 家に帰れば今朝も和洋ぐしゃぐしゃに取り混ぜた朝食が待っていました。メインディッシュのベーコンエッグとハッシュドポテトを先に食べて、ご飯は納豆と味噌汁とで食べるのが亭主のせめてものこだわりなのでした。食後は書斎に入って横になり、ひと眠りするのです。1時間ほど眠ったら、プールに出掛ける用意をして、蕎麦屋に行って蕎麦を打つ。蕎麦打ち台が撤去される前に、残った蕎麦粉を使ってしまおうと、今日は10割の蕎麦を打って家に持ち帰る。

 それでもまだ蕎麦粉は残っているので、日曜日に最後の蕎麦打ちをして、それでも蕎麦粉が残ったら、家でガレットにでもして食べようか。玄関で女将に蕎麦と蕎麦汁を渡したら、そのままプールに向かう。ちょうど10時前で着替えてプールに行けば泳げる時間なのです。駐車場に車を止めて暑い空中通路を歩くだけでも、もう汗がほとばしり出てくる。湿気が相当にあるのでしょう。金曜日だからかプールはかなり混んでいた。ひとコースを四人で泳ぐのです。

 早めにプールを出て、今日は地階のスーパーに寄って海老とオクラを買った。昼の蕎麦に添える天麩羅を揚げるつもりなのでした。11時には家に戻ってひと休みしたら、台所に立って大釜の湯を沸かしている間に、天麩羅を揚げ始める。蕎麦粉10割で打った蕎麦は、思ったり美味しくなかった。やはり二八で打った蕎麦が江戸の昔から好まれる理由なのです。喉越しが良くスルスルッと食べられる。ひと休みしたらまた書斎に入ってゆっくりと昼寝をするのです。

 女将はその間に熱い中をスポーツクラブに出掛ける。1時間ほどで目が覚めて、冷たい蕎麦茶を飲んで一服するけれど、まだ暑い時間帯なのでエアコンを入れて涼みながらテレビで映画を観る。3時を過ぎて女将が帰ってから、やっと重い腰を上げて蕎麦屋に出掛けるのでした。奥の亭主の部屋になる広い座敷に入って、押し入れの中を覗いてゴミに出すものを物色する。二つの大鍋や漬け物の樽は押し入れの奥にしまっておくしかない。明日女将と片付けよう。

 玄関の扉の内側と外側に買ってきたマットを敷いたけれども、内側のマットはちょっと狭すぎる。もう少し買って来て広げた方が使い易いかも知れない。厨房で小物の洗い物をしていたら、宅配便が届いて開けて見れば、日曜日に届くはずの玄関の物入れがもう来たのです。明日はプールをお休みにして朝から組み立て作業に取りかかるしかない。午後は女将と押し入れのゴミを整理する予定なのです。いろいろな事を同時進行でやらなければいけないので大変。


8月23日 土曜日 物入れ兼下駄箱のパーツでパズルの一日で…

 夕べは暑かったのか2時間おきに目が覚めて、明け方近くにやっと4時間ほどまとめて眠れたのです。朝飯前のひと仕事には出掛けられずに、目覚めたらもう朝食の時間なのでした。蕎麦屋の駐車場の剪定は出来なかったけれど、食後のひと眠りもせずに蕎麦屋に行って、昨日届いた重い梱包を開けるのです。物入れ兼下駄箱の寸法は高さが180cm近くあるのに、その半分以下の大きさで届いたものだから、部品が多すぎてまず設計図をじっくり見ておくのでした。

 ところがどれが何処の部分なのかが分かるまでに、1時間以上も時間がかかった。よく見れば、それぞれのパーツに番号が貼ってあり、設計図と照らし合わせれば分かる仕組みなのでした。まずは正面の扉の部分を机の上に並べて見れば、高さに当たる部分が半分に切ってあるので分かりにくい。継ぎ足す材料を揃えたけれど、もう昼の食事の用意をしなければならない時間になって、机の上に並べて、後は組み立てれば好いようにして家に帰るのでした。

 昼食は昨日の蕎麦も残っていたけれど、二日続くのも躊躇われたので、今日は冷やし中華にすることにしました。暑い日が長く続くので、冷やし中華とざるラーメンと素麺を交互に食べる日が続く。麺は買ってあったから、家にある食材だけで具材を作り、今日も美味しく頂くのでした。やはりシマダヤの冷やし中華は麺のコシと好い、スープの味と好い、他社のものとはひと味違うのです。満足してひと休みしたら、エアコンの効いた書斎に入ってひと眠りする。

 1時間ほど昼寝をしたら、1時半には蕎麦屋に出掛ける。女将は歩いて後からやって来るのでした。亭主が午前中の物入れ兼下駄箱の扉を作る間に、女将は奥の八畳の押し入れを片付けてくれた。陽が出ていたので、亭主は駐車場に物干し台を出して布団を干しに行く。一度に一枚しか干せないので非能率的だけれど、その分仕事量が少ないから楽ちんなのです。女将が片付ける押し入れには、蕎麦屋の開業当時に買った器が沢山手つかずのまま入っていた。

 蕎麦湯を入れるために、千葉のそごうで揃えた瀬戸焼だったが、後で船橋の東武でもっと好いものを見つけたので、実際には使わなかった。今考えると勿体ないことをしたが、当時は蕎麦屋のイメージ作りに器は欠かせない物だったから、必死だったのです。店舗側のテーブルでは、やっと物入れの扉部分が出来上がる。もう3時になっていたので、今日の仕事はこのくらいにして、女将と玄関のマットを買い足しに駅前のホームセンターまで行くのでした。

 帰りは女将が歩いて帰ると言うので、亭主は蕎麦屋に戻って玄関マットを敷き足しておくのでした。明日の仕事を確認して家に帰れば、暑い中を2㎞近い距離を歩いて帰った女将は、汗だくになっている様子だった。今日は朝飯前のひと仕事もプールもお休みにしたから、亭主は何も運動をしていない。35℃を越える暑さの中で身体を動かすのは難しいのです。明日は朝飯前のひと仕事で、駐車場の剪定の続きをして、朝食後はお袋様と買い物に出掛ける予定です。


8月24日 日曜日 今朝も女将に起こされて朝食を食べる…

 夕べもエアコンのタイマーをセットして眠ったけれど、タイマーが切れたら今度は暑くなって目が覚めたのです。すぐには眠れずに居間でテレビの映画を観ていたら、今度は眠れなくって、結局、明け方になって眠りに落ちるのでした。女将に起こされて朝食を食べるのですが、今日も食後のひと眠りは出来なかった。明日の月曜日にはまた蕎麦屋の工事が入るので、今朝は日曜日だけれど、お袋様と買い物に出掛けるのです。その前に蕎麦屋に寄って布団を干す。

 日曜日だったけれど、朝から暑いからか、農産物直売所も隣町のスーパーもそれほど混んではいなかった。女将の書いてくれたメモを見ながら、買い物をしていけば、『なし』と書いてあったので、農産物直売所で地元で取れた梨を4つと、スーパーで安売りしていた小さなものを二つも買ってしまった。その他に桃も買ったから、今日は肉と魚以外に余り買わなかったのに、7000円もかかってしまった。銚子産の鰯が8匹で200円と安かったのが唯一の救いでした。

 お袋様を送って以前のように蕎麦屋の買い物がないから、そのまま家に戻ってガレージに車を入れれば、女将が階段を下りて荷物を取りに来てくれた。明日の職人さん達に出す飲み物があったので、袋4つ分もあったのです。居間の部屋に入ってエアコンを点け、ドジャース戦を観ながらとにかくひと休み。朝から外は暑いので車で移動していたのにもう汗びっしょりなのでした。11時になったら、亭主は台所に立って天麩羅を揚げ始める。今日は鰯の天麩羅。

 蕎麦屋で使っていた胡麻油も高級天ぷら粉も随分と残っているので、当分は家で亭主が天麩羅を揚げることが多くなりそう。夏野菜のナスやピーマンを加えて開いた鰯を揚げれば、女将も美味しいと言って完食するのでした。揚げたての天麩羅をおかずにしながら、蕎麦を食べるのはとても美味しい。食後は日本茶をもらって食休みしたら、ドジャース戦を最後まで観ないで、書斎に入ってひと眠りするのでした。女将のスポーツクラブの予約の時間に起こされる。

 予約を取り終えたら、今日買ってきた梨が剥かれて出て来た。果物好きの女将のお蔭で、亭主も毎日のように果物を食べるようになったのです。2時半には二人でまた蕎麦屋に出掛け、昨日の片付けの続きをする。亭主は蕎麦打ち台が明日撤去されてしまうので、残った蕎麦粉を使って、最後の蕎麦を心を込めて打つのでした。それでも蕎麦粉はまだ少し残ったから、家で昼飯にガレットを焼いて食おう。女将は押し入れの中を綺麗に掃除してくれたのです。

 12年前に買った布団のうちひと組は、袋からも出していないまま残っていた。今日で他の布団は干し終えたけれど、これもやはり干しておいた方が好いのだろう。住んでいなかった分、蕎麦屋の押し入れはすぐに片付いたけれど、残るは戸棚の中の食器類の処理なのです。明日は職人さん達が蕎麦打ち台の撤去をしている間に、店舗側のテーブルで、物入れ兼靴箱の組み立ての続きをしていれば好いだろうと考えている。朝飯前の剪定は起きられればやろうと思う。


8月25日 月曜日 今日は蕎麦打ち台の撤去の日…

 午前4時前に蕎麦屋に出掛けて、出汁取りの準備をしたら、職人さんに出す飲み物を、保冷剤と一緒にクーラーボックスに入れておきます。それから物入れ兼靴箱の作成に取りかかるのです。コーヒーを沸かして飲みながら、設計図を見て次の仕事を考える。何日か続けて、やっと組み立ての設計図が解るようになったから嬉しい。側板の右左を並べて、指示通りに繋いでもの掛けのフックを取り付けたらひと休み。外はだいぶ明るくなってきたのでした。

 6時なったら長い剪定ばさみをとビニール袋を持って、駐車場に出てヤマボウシの高いところの剪定を始める。虫よけスプレーを点けずに作業を始めたら、寝起きのママの半ズボンだからすぐに蚊に食われた。急いで店の中に戻ってスプレーを点けてくる。剪定ばさみは片方で枝をくわえる仕組みになっているから、切った枝は同じ場所に落とすことが出来る。30分ほどやったら鋏の長さでもう腕がだるくなったので、切り落とした枝をビニール袋に入れるのです。

 今朝の朝飯前のひと仕事は、なんと2時間以上もやったことになります。7時前に家に戻って、女将の用意してくれた朝食を食べるのでした。書斎に入って1時間ほどひと眠りしたら、再び蕎麦屋に出掛けて、物入れ兼靴箱の作成の続きを始めながら、職人さん達が来るのを待つ。9時前に大工さんと業者の係員が来て、いよいよ蕎麦打ち台の撤去が始まる。養生シートを敷き、電動ノコギリの切り滓が飛ぶというので、冷蔵庫まで綺麗にビニールで覆ったのです。

 亭主は厨房に入って恐らく最後の出汁取りを始め、小一時間はこの作業を続けるのでした。3㍑ほどの一番出汁に返しをくわえて、二番出汁はそのまま鍋に入れて冷蔵庫に入れておきます。物入れ兼靴箱の作成は順調に進み、大工さん達が休憩に入ったところで、亭主も家に戻って昼の支度をする。昼食は蕎麦もあったけれど、天麩羅を揚げる手間を考えて、ざるラーメンと餃子にするのでした。女将のスポーツクラブがあるから、時間に追われているのです。

 食後は書斎に入って横になり、1時間ほど眠ったらテレビで昔観た『エイリアンⅡ』をやっていたので、懐かしくてついつい最後まで観てしまう。蕎麦屋に行けば、今日の作業はもう終わりの頃で、業者の担当者が蕎麦打ち室の掃除をしていた。監督もやって来て、作業の結果を確認していった。蕎麦打ち台がなくなった部屋はがらんとして、三畳間ほどで結構広く感じた。ここに居間自宅で使っている机を入れる予定なのです。4時半まで工作の続きをやったら、明日の段取りを確認して家に帰るのでした。


8月26日 火曜日 暑さが続いても季節は移り変わっている…

 今朝も5時前に目覚めてコーヒーを一杯飲んだら、蕎麦屋に出掛けていったのだけれど、まだ陽は昇っていないのでした。厨房に入って昨日の洗い物の後片づけをしていたら、やっと森の影から朝日が昇ってきた。暑さは続いているけれど、日の出の時間は確実に遅くなっているのでした。外が十分に明るくなるまで、物入れ兼靴箱の組み立て作業の続きをして、6時になったら長い剪定ばさみを持って駐車場に出るのでした。外は蒸し暑く亭主の動きも緩慢です。

 30分ほど長い剪定ばさみを使って枝を切っていたら、もう腕がだるくなって今日はここまでと諦める。ちょうどビニール袋も一杯になって、ゴミに出しておくのです。今週のゴミは蕎麦屋の片付け物もあったので、90㍑のビニールに6袋もあった。月に100kgまでで6000円の契約だけれど、オーバーすれば超過料金を取られる。でもそんなことを気にしてはいられないのです。7時前に家に帰って食卓に着けば、今朝はホッケの塩焼きと野菜と味噌汁でした。

 今日はスポーツクラブもお休みだから、次の時間に追われないので、ゆっくりとひと眠りをして、着替えを済ませたら床屋に出掛ける。8時半からやっているけれど、暑い朝にそんなにお客も来ないだろうと9時過ぎに床屋に着いたら、マスターは奥の部屋で涼んでいました。「お元気ですか?」「ぼちぼちですね」といつもの調子で話をしながら、綺麗に頭を刈ってもらい、髭もすっきり剃ってもらったのです。帰り道で買い物に出た女将と顔を合わせるのでした。

 交差点の信号待ちで声を掛けたけれど、こちらに気づかず暑そうに歩いて行く。先に家に帰ってドジャース戦を観ながら、昼の支度をする亭主。まずは天ぷら粉を用意したら、ナスとピーマンを切って、小さな天麩羅鍋だから少しずつ揚げていく。隣の火口では蕎麦を茹でる大鍋を沸かしておきます。伸ばし海老は女将が買って帰る予定だから、この暑さの中を歩いてくるから解凍する手間が省けると思っていたら、玄関のドアが開いて女将が帰ってきたのです。

 ドジャース戦は幸先良く勝っていた。二八で打った蕎麦を茹でて盛り付けたら二人で昼食タイム。一度に2.5人分の蕎麦を茹でたせいか、思っていたよりも美味しく食べられなかった。やはり蕎麦屋の大きな鍋で茹でるのとは違うのです。前にも同じ事があったので、次回は一人分ずつ茹でて食べようと思った。食後はお茶をもらって書斎に入ってひと眠りする。女将は仕事部屋に入って月の提出物を書いている。1時間ほど眠ってスポーツクラブの予約をする。

 女将の剥いてくれた甘い梨を食べ終えたら、亭主は蕎麦屋に出掛けて、物入れ兼靴箱を完成させようと頑張った。ずっしりと重いけれど、設計図に従って作ったから、上手く出来たのです。自分で組み立てる手間は大変だったから、16、000円はちょっと高いような気もした。明日は昨日届いたKenwoodのミニコンポの梱包を開けて、10年以上使った今のコンポと取り替えようと思うのです。綺麗になった押し入れの中に布団をしまって、4時半には家に戻るのです。


8月27日 水曜日 夕べもかなり暑かったのか、眠れなかった…

 夕べはやはり暑さで4時間ほど眠ったら目が覚めて、すぐには続けて睡れなかった。明け方になってやっと眠気がやって来たので、また2時間ほど眠ったらもう朝食の時間なのでした。女将に起こされて食堂に行けば、ハッシュドポテトとベーコンエッグのおかずで朝飯を食べる。和洋の混在したどうも馴染めない食事なのです。大根の千切りの味噌汁が美味しいと言えば、「蕎麦屋から持って来た二番出汁を使いましたよ」と女将が応えるのでした。

 食事を終えて書斎に入ってひと眠りしたら、9時には洗面と着替えを済ませて蕎麦屋に出掛ける。明日からまた沢山の職人さん達がやって来て、店舗部分の改修が始まるので、工事の場所の荷物を片付けなければならないのです。壁と天井、トイレと厨房と、明日は結構盛り沢山なのです。施工場所の確保が終わったら、昨日取りだした新しいコンポを取り出して、線を繋いでみる。コードのない機器といってもスピーカーとアンプは繋がなくてはならなかった。

 電源を入れてCDをセットしたら、上手くなることが分かってまずは安心。古いコンポは寝室にでも持っていって聞くことにしようと考える。11時前に家に戻って昼食の支度を始めた、女将が錦糸卵やキュウリの千切りを作っておいてくれたので、亭主はモヤシや肉や麺を茹でて、定番の冷やし中華を二人で食べる。シマダヤの冷やし中華は相変わらず美味しいのです。でもマンネリ化して来たので要注意。食後はとジャース戦も観ずにしっかりと昼寝の時間。

 昼寝から寝覚めれば女将はもうスポーツクラブに出掛けている。女将が作っておいてくれた冷たい蕎麦茶を飲んで、蕎麦屋に出掛けるのです。午後は新しいコンポにアンテナを繋いで、FMとAMのラジオが聞けるかを試す。無事に電波を捉えて、幾つかの放送局の番組を聴くことが出来ました。古いコンポでは一度も聞けなかったのは、+と-の線を付け間違えたのかも知れなかったのです。明日の業者の作業の場所を空けて、4時半には家に戻りました。

 女将が台所で夕食の支度を始めて、亭主は晩酌の準備を始める。4対4対2の割合で、朝昼夕の食事を摂るのが好いと新聞に出ていたとかで、最近は夜の食事が少なくなった。確かに体重は減ってきているから効果はあるのかも知れないけれど、それで満足できるかとうかが問題のような気がする。少し肉でも入れてもらえば、お腹が減らないからと言ったら、今夜はナスとピーマンの新焼に豚バラ肉が入っていた。女将と明日の予定を話しながら夕食を終える。


8月28日 木曜日 午前中は曇り空で蒸し暑い一日でした…

 今朝も夜明け前から目覚めていたけれど、なかなか明るくならないので、コーヒーを飲みながら古い映画を観ていました。8時半になったら、着替えて洗面を済ませ、蕎麦屋に出掛けたのです。今日は蕎麦打ち室のクロスの張り替え、トイレの床の張り替え、厨房のダウンライトの交換と沢山の業者が来るので、早めに蕎麦屋に行って、まずは冷たい紅茶を飲みながら一服。昨日のメールをチェックして、ブログを読み返しておく。待ち受け画面は旧友との写真。

 6時になったら駐車場に出て、長い剪定ばさみでモミジの枝を切っていく。ヤマボウシとの間の枝を梳いていけば、だいぶ見通しが好くなってきた。右隣の金木犀の枝は、手に持った剪定ばさみで、駐車場に車が停めやすいように枝を払っておくのでした。40分ほど頑張って90㍑のビニール袋一杯がになったら、西側のゴミ箱の脇に積んでおく。7時前になったので、家に戻って朝食を食べる。今朝は銀だらの煮付けがメインディッシュで、お新香も美味しい。

 午前中に車が4台もやって来て、トイレの便器や蕎麦打ち室のミニ水道などを取り外し、蕎麦打ち室はクロスの張り替え作業が始まった。現場監督は始まりと終わりに顔を出す。亭主は11時前には家に戻り、天麩羅を揚げて蕎麦を茹で、昼食の支度をするのでした。食後は書斎に入って30分ほどひと眠り。12時半には再び蕎麦屋に出掛けて、椅子を並べて足を投げだし、職人さんが昼の休憩時間だから、昨日セットしたコンポの視聴をしてみるのでした。

 昔のCDを取り出して、懐かしい曲を聴く。ピーター・ポール&マリーは、来日公演の時に中野サンプラザに聞きに行ったのです。レコードはそのうち聞けなくなるだろうと、会場でCDを沢山買ったのを覚えている。マリーも随分と太って、皆、歳を取っていたのでした。ほとんどの曲の歌詞を覚えているから、若いときの記憶というのは素晴らしい。蕎麦屋の客に聴かせるのではなく、自分の好きな曲を聴けるようになったのも、一つの楽しみなのでした。

 蕎麦打ち室の壁も綺麗に張り直してくれて、トイレの床も新しいクロスが敷かれていた。天井のクロスのひび割れも修繕してくれて見た目では判らないほど綺麗になったのです。4時を過ぎた頃に、監督と現場の担当者もやって来て、すべての道具の片付けを始めるのでした。明日は勝手口の扉の取り替えと、亭主の勉強部屋になる蕎麦打ち室のブラインドが付けられて、残すは厨房のガスコンロとオーブングリルの取り替えだけとなりました。

 午後から来てくれた女将のお蔭で、厨房の引き出しの中も綺麗に片付けられたし、蕎麦徳利や小鉢などもゴミに出す準備で、亭主の車のトランクは一杯になった。後は蕎麦皿や盆の始末が大変だろうと思うけれど、女将に任せれば躊躇なくゴミ袋に入れられるから、次の土日に期待しよう。厨房の外の押し入れや戸棚の食器類は、その後にまた片付けるとして、取りあえずは新しい台所は女将が使いやすいように生まれ変わるのでした。寂しさは隠せないけれど。

 女将も職人さん達も皆帰って、亭主は作ったばかりの物入れ兼下駄箱を、玄関の入り口にセットして、一つだけ残ったテーブルを椅子と共に置く場所を決める。その奥には、家にある長年使った古い応接セットを運んで来る予定なのです。30年以上前でも30万円以上もしたすべて一枚板のものだから、表面はだいぶすり切れているけれど、使い勝手は好いからどうしても捨てられない。明日は、午後から医者に行って血圧と痛風の薬をもらって来なくてはいけない。


8月29日 金曜日 今日はまた朝から暑い一日でした…

 今朝も朝の6時前から蕎麦屋に出掛けて、駐車場のモミジと金木犀の剪定を始める。根気よく少しずつ枝を切り取っていけば、葉に隠れた向こう側の空が見えてくるので、やり甲斐がある。歳を取って辛抱強くなったからか、あと何日かで終わるだろうと楽観的なのです。40分ほど頑張ったら、ビニールのゴミ袋も一杯になって、7時前に家に帰って朝食を食べる。今朝はハッシュドポテトにベーコンエッグと昨日の天麩羅煮に、とろろ芋とキュウリがついた。

 昨日、現場監督に今日は何時から始まるのかと聞いたら、9時半頃でしょうということだったので、9時前には蕎麦屋に着いて、冷やした飲み物と保冷剤をクーラーボツクスに入れて、カウンターの上に置いておく。そして、カウンターの隅にセットした新しいコンポで今朝はボブディランのCDを聴くのでした。彼も来日公演の時に聴きにいったアーティストの一人。P.P.Mと同じく高校時代に本当によく聴いたミュージシャンだったのです。

 持っていたCDに入っていた曲が初期の曲ではないから、これはずっと後で買ったものなのでしょう。スピーカーから流れる音がやけに鮮明に聞こえるのでした。でもやはり一般受けしないから、蕎麦屋の店などでは流せなかった音楽なのでした。最近テレビで観た昔の映画で「ビリーザキッド」という作品があったけれど、この映画で流れる歌声がボブディランでした。本人も端役で登場していた。今となっては昔のことだけれど、亭主にとっては宝物なのです。

 そのうちに、業者がやって来て、勝手口のドアを取り替えていった。これであとはオーブンとガスレンジが交換されれば、女将の使う台所としては立派すぎる厨房なのでした。ダブルキッチンというのは一般家庭ではなかなかないと思うのです。作った時に業務用のコンロを入れなかったのも、将来、こんなことにもなるのかと予想していたのかも知れない。蕎麦を茹でる大釜二つは、押し入れの中にしまった。コンロはこれからどうやって使いこなすことやら。

 昼前に今度は、蕎麦打ち室のブラインドを取り付けに、業者がやって来た。ものの30分ほどで取り付けは終了する。店のプラインドと同じ物で「10年以上も前の物なのに同じものがあるんですね?」と亭主が言えば、「まだ廃番になっていなかったのですね」と珍しがっていた。売れ筋の商品は廃れないのかも知れない。完全に外が見えない厚手の生地と、外も見えて薄く光が差し込む生地との二重の構造になっている。パソコンを打つのに机と本棚を入れるだけ。

 業者も帰ってちょうど11時。家に帰れば女将が麺を茹でる大釜を火にかけて、亭主の作った餃子を冷凍室から取り出していた。ものの10分で餃子は焼き上がり麺も茹で上がって、二人でラーメン・餃子を美味しく食べるのでした。食後は書斎に入って小一時間ひと眠りをする。その間に女将はスポーツクラブに出掛け、目覚めた亭主は玄関に出したままの段ボールを紐で縛ったり、廊下の書籍のカバーやケースを紙ゴミの袋に詰め込んでおくのでした。

 4時半になったので、そろそろ医者に行かなくてはと出掛けて行ったけれど、30分ほど待って久し振りに先生に会う。血圧は130でまずまずだった。ひと月前に採血した結果は前立腺癌の気配はないが、尿酸値やコレステロールや中性脂肪の値が高いと言われた。プールに通うようになって少しは好くなっているはずだけれど、これからが勝負だとやる気が出てきたのです。引っ越しの業者が来るまで来週は暇だから、早速、明日もプールに出掛けようと思います。    
 この土日は駐車場の剪定をなんとか終わらせて、家の本棚も空にしなくてはいけない。押し入れに入ってる本の整理もあるけれど、まずは引っ越し屋さんに蕎麦屋に運んでもらうものから空にしていかなくてはならない。それからがまだまだ大変で、蕎麦屋の南側の庭の木々を綺麗に伐採しなくては。そして、洗濯物を干す物干し台を設置しなければ。洗濯機もあちらに運んでしまうから、干せる場所を作ってやらなければ。当分、忙しさはなくならないのです。


8月30日 土曜日 今日は久し振りにまたプーへ出掛け…

 朝の5時過ぎに家を出て蕎麦屋へ来たけれど、まだ目が醒めていないのでコーヒーを淹れてひと休み。朝飯前のひと仕事は、このところずっと続けている駐車場のモミジの剪定です。下の方の枝を切ったので、今日は脚立を出して少し上まで切っていく。でも、脚立の上の方には昇るのは怖い。随分と刈り込んで、中の枝が見えるようになった。脚立を降りて地面に立ち、剪定ばさみを長く伸ばして上の枝を少し切ってみた。あと一日では終わりそうにないのです。

 隣のキンモクセイも脇だけ切って、ビニール袋が一杯になる時間なのでした。ちょうど7時前で帰る時間となったのです。向かいのサツマイモ農園の若旦那が、「お早うございます」と挨拶をしてくれた。先日、蕎麦屋で使っていた看板を持っていってもらったので、今日は「うちで使っていたレジスターを使わない?」と尋ねてみれば、二つ返事でもらいますというので、持っていってもらった。9月からは事務所も作り始めるというので、何かの役に立ちそう。

 家に戻ればもう朝食の支度が出来ていました。今朝はもう魚が一人分しかないというので、ハッシュドポテトと納豆がついた。考えたら今週は月曜日に大工さんが入ったので、その前日の日曜日に亭主がお袋様と一緒に買い物に行ったきりなのです。家の食材がなくなるのは当然のこと。暑い最中を2kmも歩いて、女将が生ものを持って帰っては来られないのです。美味しく頂いて、亭主は冷房の効いた書斎でゆっくりとひと眠りするのでした。

 蕎麦屋の改修工事がほとんど終わったので、この週末は何も予定がなかったから、今朝は久し振りにプールに出掛けて行きました。空は青く、外は午前中から相当な暑さなのです。土曜日なので、プールの半分のコースは小さな子ども達の水泳教室で、残りのコースで年配の人たちが、ちらほらと歩いたり泳いだりしていました。準備運動を終えて亭主も水の中に入る。久し振りだけれど、やはり泳ぐのは気持ちが好い。背泳ぎ、クロール、平泳ぎと飽きるまで泳ぐ。

 11時前に家に帰れば、女将はまだ買い物から帰っていなかった。ドジャース戦が始まっていたので、テレビで観戦していたけれど、どうも今日は調子が悪い様子。毎日のように試合をしているから、熱い中を疲れも出て来るのでしょう。女将が汗だくになりながら帰って、亭主も台所に立ち、鯖の缶詰と玉葱でおかずを作り、素麺を茹でるのでした。1時間ほど食休みをしたら、二人で蕎麦屋に出掛けて片付け物の続きをする。今日も沢山の皿や器をゴミに出す。

 取りあえずは厨房を女将の使う台所として、使えるようにしなければいけないのです。戸棚の手の届くところにある要らない食器はすべて処分。女将がその作業をする間に、亭主はレジの置いてあった会計の机の上を綺麗にする。この場所は次は何に使うのだろうと考えながら、古いコンポは亭主の部屋になる奥の八畳の机の上に持っていく。引っ越し屋が運ぶ箪笥や本棚を置く場所は空けて、ベッドを置いても、柔軟体操の出来る十分に広いスペースが出来る。

 昼の一番暑い時間帯に、エアコンを効かせて2時間ほど二人で頑張った。瀬戸物を入れた重い沢山のゴミ袋は、すべて車のトランクに積んで、ゴミ出しの日にそのまま集積所まで運んで行く予定なのです。家に帰って冷たい梨を剥いてもらったら、ひと休みして食料を買い出しに出掛けるのでした。女将も今日の暑さで参っているようだったから、夕食は揚げたての熱々のカツを買って帰った。今夜も熱帯夜らしい。明日の朝は剪定剪定作業をするのだろうか。


8月31日 日曜日 いよいよ8月も終わりなのに…

 今朝も5時前に目覚めて、コーヒーを淹れて居間の部屋で、ゆっくりと明るくなるのを待つのでした。夕べは10時には椅子に座ったまま意識が遠のき、気が付けば11時を過ぎていたので布団に入る。昨日は昼寝をしなかったからよく眠れたのかも知れない。身体が回復してきたら、今朝も蕎麦屋の駐車場の木々の剪定をしようと思い直して、6時には家を出る。向かいの農家がもう枯れ草を燃やしているのでした。生木の燃える匂いが道路のこちらにも漂ってくる。

 モミジの木の外側を剪定し終え、建物側の枝を落として中に脚立を立ててみれば、去年までに切った太い幹の先から、新しい枝が四方に伸びている。この元から切らなければ、どんどん枝は伸び広がるばかりなのです。剪定用のノコギリを手にどんどんと枝を落としていけば、随分と見通しが好くなった。散水用の水道の蛇口やメーターのある窓際はやはり開けておかなくてはならないのです。小一時間ノコギリを使ってすっきりとしたところで終わりです。

 気温はそれほど高くないのに、今朝は猛烈な蒸し暑さで、亭主は家に帰ってびしょ濡れになった下着を替えなければいけなかった。昨日買って帰った鰯が蒲焼きになって、今朝は鰯の蒲焼き丼。美味しく頂いてお茶をもらったら、書斎に入ってひと眠りしようとしても眠くならない。仕方がないから廊下の本棚にある書籍の整理をするのでした。捨てる本は紐で括って残す本は段ボールに詰める。本のケースやカバーは紙ゴミの白い袋に入れておくのです。

 本棚一つ分が空になったところで、そろそろプールへ出掛ける時間になりました。この廊下の本棚はあと一つ分を空にしなくてはならない。取りあえずは、引っ越し屋さんに蕎麦屋に運んでもらう大きな入れ物を、空にしておく必要があるのです。あと二日はかかると計算するのでした。漱石全集とギリシャ神話の全集だけ残して、他は紐で括って捨てるしかない。プールの用意をして玄関を出れば外はもの凄い暑さになっている。エアコンの効いた室内は涼しい。

 今日は駐車場に車を止めて、屋外にある階段をプールまで上っていった。二階の連絡通路から30段ほど昇った所に、三階の広場がある。そこから左手に見えるのがプールのあるスポーツクラブの建物で、入り口は四階だからまた階段を昇らなくてはなない。一階部分にスーパーやその他の店が入って、二階は広いホームセンターにペッとショップが連なり、市役所の出張所などがあり、三階がこの地区の開発業者のセンターのある随分と巨大な建物なのです。

 10時から入れるプールに着けば、子ども達のスイミング教室が今日は4コースも使っている。日曜日の大人のコースは泳ぐコースと歩くコースに分けられているけれど、今日は誰もいない時間に亭主は水に入ることが出来ました。ゆっくりと泳いでいる間に少しずつ常連さんたちがやって来て歩き始める。泳ぐ人はほとんどいない。30分もすればもう飽きてしまう。家に帰って昼の支度をすれば、女将が買い物から帰る。昼食はスパゲッティーミートソースです。

 昼食後に今日は1時間ほど昼寝をした。起き出して女将の部屋を覗けば、退屈そうにしていたので一緒に隣町のホームセンターに出掛ける。目的は蕎麦屋の女将の部屋から庭に降りる踏み台を捜すことなのでした。何ヶ月ぶりかで行ったホームセンターは、随分と商品の配置も換わって、資材館に行って木製の既製品を捜すのです。目当ての踏み台を見つけて、蕎麦屋に持ち帰って実際に外に置いてみる。女将にも上り下りしてもらったけれどちょうど好かった。

 亭主の部屋の前は、まだ手入れもしていないから、タラの木が生い茂っているけれど、駐車場の剪定が終わったら、いよいよこちら側の木を伐採する予定なのです。下に家が出来ていない頃には、陽当たりが好かったので、畑を耕して沢山の野菜を作っていました。今度はお隣の庭に続く東側の庭と、南側の女将の部屋の前には花を植えて、亭主の部屋の前には何か作物を植えようと思っています。気の長い話だけれど、来春までには確実に綺麗な庭になる。

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2025年8月中旬



8月10日 日曜日 忙しかった午前中、一日中雨が降った…

 5時半に目が覚めて、外はまだ雨が降っていなかったので、今朝は昨日切り倒したスモモや名も知れぬ木の枝を払う仕事を始める。長ズボンだけ履いたら、半袖から出る腕には虫よけスプレーを振りかけて、剪定ばさみでチョキンチョキンと丹念に枝を払っていく。30分ほどしたら90㍑のビニール袋が一杯になったから、雨が降っても好いように、ウッドデッキに置いておくのでした。女将も起き出して朝食の支度を始めたから、すぐに食事にありつけたのです。

 今朝も食事の後はひと眠りをせずに、8時半には蕎麦屋に出掛けて、久し振りに蕎麦を打つ。蕎麦粉がまだ残っていたので、蕎麦汁をつくったからたまには蕎麦を食おうと頑張ったのです。ところがやはり毎日打っていないものだから、水の量を間違えて少し柔らかくなったしまう。後から蕎麦粉を足して捏ねたのだけれど、まだ足りなかったのです。9時半には家に戻り、プールへ出掛ける支度をして、連続5日目の水泳を楽しむのでした。

 ところが日曜日も朝から子供の水泳教室が始まっていて、一般の人が泳ぐコースは、歩くコース以外に1コースしかなかった。昨日よりは歩く人も少なかったけれど、泳ぐコースにはいつもと同じ親父様が一人、変則的なフォームでコース一杯に身体を広げて泳いでいるのでした。毎日、泳いでいるから立派なのですが、すれ違うときにどうしても手や足がぶつかる。それを気にしながら、50m泳ぎ種目を替えながら100m泳ぎ、彼の通りすぎるまでコーナーで待つ。

 プールの帰りに蕎麦屋に寄って、朝打った蕎麦を食べるためには天麩羅があれば好いからと、まだ残っている伸ばしエビを揚げて家に持って帰る。野菜は何もなかったけれど、海老の天麩羅があれば女将も喜ぶだろうと考えたのです。綺麗に洗って乾かした天麩羅鍋に新しい油を少しだけ入れて、戸棚に片付けたボールを取り出し、天ぷら粉を用意する。フリーザーに入っている山葵も持って帰らなければ。昼は久々に打ち立ての蕎麦を揚げたての天麩羅で食べる。

 昼食後はさすがにひと眠り。1時間ほど眠ったら、女将のスポーツクラブの予約があるので、居間の部屋に行ってドジャース戦の最後を見届けて時間を待つ。仕事部屋から出て来た女将が、「あと二枚だけ書いたら終わりにする」と言って桃を剥いてくれた。手本が気に入らないから、自分で書いているので大変なのだと言う。外はまた雨が降っているから、亭主はその間に蕎麦屋に出掛けて、油の付いた小さな漉し器を重曹と台所洗剤で洗ってくるのでした。

 今日はお遣いにも出掛けられそうもないので、二人で隣町の魚屋スーパーに行くことにした。果物と魚を買って、夜はまた活きの好い鰯を手に入れたからと、新しいレシピで料理を作ったようだ。生姜醤油で漬けた鰯に片栗粉を付けて揚げるだけの料理だけれど、いつもの蒲焼きの甘い味つけと違って、檸檬を搾って酒の肴にはちょうど好かった。メインデッシュが出来上がるまでに、亭主は鶏の唐揚げとフライドポテトをチーンして焼酎の炭酸割りを飲み始める。

8月11日 月曜日 連休最後の日も午前中は雨で強い風が…

 夕べはなかなか眠れずに1時過ぎまで起きていたので、今朝は目覚めたらもう6時を過ぎていた。夜に雨が降って風も激しかったので、庭仕事も出来ずに朝食までドジャース戦をテレビで観ていた。今日は午前中にお袋様と買い物に出掛ける予定があったので、プールはお休みにするつもりなのでした。5日間連続で通ったから、身体も少し疲れているし、無理にこなそうとストレスを掛ける必要もない。居間の畳マットで柔軟と腹筋運動を繰り返すだけ。

 農産物直売所に行けば、顔見知りの農家のご夫婦が、茄子やオクラやゴーヤなど夏の野菜を並べていた。「キュウリはもう終わりなのかな?」と言えば、違う農家の親父様がキュウリを運んで来る。隣町のスーパーに行けば、昨日も来たから今日はあまり買うものがない。女将に言われた梅干しと若布を忘れずに買って帰る。昼の食事は昨日打った蕎麦の残りを茹でて食べる。鰯の蒲焼きと焼売の残りも女将と半分ずつ食べた。上手く打てなかった蕎麦は不味い。

 食後は眠くならないので、書斎で横になって少し休んだだけ。早めに蕎麦屋に出掛けて、ほうじ茶を沸かし、コーヒーを淹れる準備をしておいた。約束の時間に業者の男性がやって来て、今日は内装工事の日程表を持って来てくれた。コンロとコンベックの交換だけが、混んでいるとかで未定だったが、他はすべて8月中に終わってしまうらしい。「後は引っ越しの業者から電話をさせます」と言って帰っていった。始まってしまえば早いものなのだ。

 家に帰って女将に工程表を見せれば、感慨深そうに眺めていた。夕方になって業者の担当者が連絡したのか、今度は引っ越しセンターから電話があり、明日の昼に見積もりを出しに家に来ると言う。いよいよ動き出したという感じで、女将に話せば今度はびっくりしたように、準備が間に合わないと言う。応接セットや箪笥や机などの大きなものだけだから、そんなに慌てることはないと言って聞かせるのでした。取りあえず明日はゴミ回収の業者が来るから、家の庭の剪定で出たゴミ袋を蕎麦屋に運んでおこうと思う。


8月12日 火曜日 引っ越しの日が決まった…

 夕べも変則的な睡眠で、今朝は昨日の悪い眠り方を引きずってしまった。夜中に目が覚めて、明け方にまた眠り、朝食の時間に再び目覚めたのです。「グレイトネイチャー」とか「空からの絶景」などの心安らぐテレビ番組があると好いのですが、見るものがないと眠くならないので、最後のひと束の蕎麦を茹でて明け方に食べる。食べたらやはり眠くなるから、やっと熟睡出来るのでした。目覚めて食べる朝食は、亭主の好きな茄子焼きと銀ダラの煮付けです。

 食事を終えて着替えもせずに、昨日袋に詰めた枝の葉を車に積んで、蕎麦屋に向かうのです。家の食用油がなくなったというので、蕎麦屋に残っている一斗缶の胡麻油と綿実油を入れる1㍑の容器を持って、曇り空の生暖かい風の中を車を走らせる。玄関脇のウチワサボテンが随分と切り詰めたのに、軒下の辺りにまた花を咲かせているのでした。このサボテンは最後に切り倒そうと考えている。棘が飛んで肌に刺さるとなかなか取れないから厄介なのです。

 昼はざるラーメン餃子にしようと麺やスープを買ってあったのですが、あまり暑くないから温かいラーメンにして食べました。昼過ぎに引越センターの係員が来て、どれを持っていくのかと家中を見て回った。大きな物は応接セットと二階にある洋服ダンス。机や本箱、整理ダンスや洗濯機など一緒に見せもらうのでしたが、思ったよりも少なかったのか、2㌧トラックのロングで一度で済むと言われた。値段も8万円以下だったから随分と安かった。

 繁忙期に日にちや時間を指定したりすると、どうしても値段が高くなるのだそうな。隠居の引っ越しは気が楽で、向こうの都合に合わせて9月の中旬と日にちが決まる。今日もピラティスに通っていた女将が帰ってきて、亭主が見積書を見せて説明するのでした。夕飯前に庭の道路側の剪定を二人で済ませて、夜は久し振りに黒毛和牛の焼き肉を食べる。引っ越しの日にちが決まったことで、二人の生活もいつまでに何をすると、目標が出来たので好かったのです。

 明日の朝飯前のひと仕事は、先日切り倒したスモモの木の枝を払って袋詰めをしよう。午前中の早い時間にお袋様を連れてお盆の墓参りに出掛けることになっている。午後はいよいよ倉庫からチェンソーを出して、太い木を細かく切っていくつもり。ウチワサボテンまで切れれば好いけれど、飛び散る棘をどうやって防いだら好いだろうか。長袖と軍手は必須でしょうが、それでもチクチクと棘が刺さるから困るのです。今夜は上手く眠りに就きたいものです。


8月13日 水曜日 今日はお盆の墓参りで…

 朝の5時過ぎには居間の部屋に行き、沸かしたコーヒーを飲む。やっと普段の生活パターンに戻ってひと安心なのです。この部屋ともあとひと月でお別れかと思うと、懐かしさがこみ上げて来るのでした。25年ほど前に家のリフォームをした際に、壁紙は森の写真にしたのですが、自然の中で暮らしたいという気持ちが強かった。その頃に揃えた頑丈な木製の応接セットも、だいぶ古くはなったけれど、最後の引っ越しに持っていくつもりなのです。

 昨夜のうちに予定を立てた剪定した庭木の片付けも、約30分間の朝飯前のひと仕事でビニール袋一杯になるまで頑張った。朝食を終えたらひと眠りをする時間もなく、今朝はお袋を迎えに行って墓参りに行くのでした。隣町のスーパーで墓前に供える花を買い、草の伸びた三つの墓所の草取りを三人で手分けして行う。朝の涼しい時間だったけれど、陽が差してきたので汗だくになる。墓参を済ませてお袋様を家に送ったら、家に帰って亭主はすぐにプールに行く。

 今日はお盆だからか、プールも子供の水泳教室はなくて、亭主よりも年配の人たちで溢れていた。まずは50mを歩くコースで動いたら、空いたコースでゆっくりと泳ぎ始めるのでした。ひとコースには2、3人ほどしかいないから、のんびり泳ぐことが出来るのです。まだまだリハビリの域をでないから、30分ほどで更衣室に戻るのでした。家に帰れば、女将がもうカレーを温めている。今日の昼食はスーパーで揚げたてを買い、カツカレーにしようと言っておいた。

 満腹になってお茶をもらったら、もう眠くなったから健康的。書斎に入ってひと眠りしてる間に、女将はその間にスポーツクラブに出掛け、一時間ほどで目覚めた亭主はテレビのドジャース戦を観て寛ぐのでした。涼しい日だとは言え、外は陽も差して暑かった。庭に切り倒したスモモの枝をチェンソーで切る作業は出来そうにないのでした。今日は午前中に3000歩近く歩いて、プールへも行ったから充実していた。そう感じて、午後はゆっくりと休むのでした。

 女将が帰って来てひと休みしたら、いつものことだけれど「夕飯は何にする?」という話になるのです。冷蔵庫の中はすぐに空になるから、タンパク源は肉も何もない。冷凍室に蕎麦屋で使い残した鴨肉の塊があったので、夜は鴨肉うどんにしようということになって、亭主が蕎麦屋に出掛けて返しで作った汁を取ってくる。ついでに片付け物を少しして、エアコンを点けても30℃もある店の中で、昨日のブログを読んでから家に戻るのでした。

 夕飯は亭主がうどんを茹でて鴨汁を作り、野菜がないからと女将がキュウリとワカメの酢の物を作り、オクラを茹でてくれた。二人で鴨汁を啜りながら話しをすれば、女将は引っ越しで持っていく三面鏡の引き出しを掃除していたら、鼈甲や赤い珊瑚のアクセサリーが出てきたと言う。婚約指輪も出て来たそうだけれど、もう指には入らないのだとか。亭主の指輪は、昔、プールで泳いでいるうちになくしてしまった。女将にその話をしたのだったか覚えていない。


8月14日 木曜日 朝飯前からチェンソーの音を響かせて…

 夕べは早く床に就いたけれどなかなか眠れなかった。しかし今朝は5時前に目覚めたから、朝飯前のひと仕事が予定通りに出来たのです。睡眠不足で動けるかと心配したけれど、家の中の倉庫からチェンソーや延長コードを取り出して、玄関前に並べるのです。太さが5cm以上あるスモモの木を、90㍑のゴミ袋に入る大きさに切っていくのですが、これがなかなか難しい。ウッドデッキの階段に腰を下ろして、安定させてからでないとチェンソーの刃が入らない。

 40分ほど悪戦苦闘しながら、玄関前のテラスにあった枝を全部袋に詰め込んだのです。これを朝食後で蕎麦屋に持っていく。今朝は洗面をする暇もなかった。昼は素麺を食べる予定だったから、蕎麦屋で蕎麦汁をペットボトルに詰めて、コーヒーを淹れてひと休み。今朝は涼しかったから、蕎麦屋の中も26℃しかなかった。昨日のブログを読み返し、誤字や脱字を見つけるけれど、家に帰ってすぐには直せないから、そのまま忘れてしまうこともあるのです。

 家に帰ってひと休みしたら、今度はプールへ出掛ける準備。これが結構忙しいのです。家に帰ったら素麺を食べようと女将に話してプールに向かう。お盆の時期だからか今日も駐車場は空いていた。更衣室で着替えて備え付けの計器で血圧を測れば、160を越えているではありませんか。今日は2階から一挙に階段を昇ってきたからに違いないと、あまり気にせずにプールの階へ降りていく。歩くコースは11人いたけれど、他のコースは一人二人しかいなかった。

 初心者のコースに入って、ゆっくりとアップを始めるのです。10時半からは水中エアロの教室が始まるので、泳げるコースが少なくなる。ちょうど好い頃と思ってプールから上がるのでした。汗を書くほどではないけれど、好い運動になった。更衣室に戻れば、親父様たちが「もう始まるんじゃない?」「38分からなので、急いで家に帰って観るんだよ」とドジャース戦の話をしていた。亭主も家に帰って、食堂のテレビを点けながら、素麺を茹でるのでした。

 満腹になった午後は、どっと午前中の疲れが出てひと眠りです。2時間近くも眠って女将に起こされた。スポーツクラブの予約の時間なのでした。テレビを点ければドジャースが1点リードしていたのに、8回の裏で逆転されてしまう。チャンスを物に出来なかったのです。それにしても、身長が2m近くもあるピッチャーの投げる玉は160kmと凄いスピードで、やはりメジャーリーグの野球はスケールが大きい。午後は廃棄する書籍を紐で括る作業を始める。

 夕方になっても女将がお使いに行きそうにないので、彼女の仕事部屋を覗いて見れば、「夜は何を食べましょうかね?」と車で買い物に行きたそうなのでした。そう言えば、家の冷蔵庫にはもう肉の類はなくなっていたのです。二人で隣町のスーパーに出掛けて、肉や野菜を買って帰る。夕食は亭主がキャベツとモヤシとニラと肉で、野菜炒めを作るのでした。付け合わせに買って帰ったオクラとトマトに亭主の酒のつまみの冷凍唐揚げを出すのです。

 小さなワイングラスに氷を入れて、たった一杯の焼酎の炭酸割りを飲んだだけで、もう満足な夕べなのでした。居間の部屋で足を投げ出して休んでいたら、食堂で女将はテレビのニュースを観ていたと、思ったらコックリコックリと眠っているらしい。昼間は引っ越しの準備で要らない本などを紐で括っていたから、疲れたのかな。昼寝をした亭主もまだ眠れそうだったけれど、ここで眠ってしまってはまたリズムが狂うから、頑張ってブログを書くことにした。


8月15日 金曜日 やっと我が家の庭木の剪定が終わって…

 今朝も5時起き、6時間の睡眠でした。本当はもう少し眠っていたいのですが、朝のひと仕事が待っているのです。女将の作っておいてくれる冷たい蕎麦茶を飲んで目を覚ます。この韃靼蕎麦茶は、長年、蕎麦屋で出していたもので、大袋で買っているので残った物を消化するために、家に持って来て飲んでいる。蕎麦屋のお客にも好く言われたけれど、綠色に出るのが特徴で冷やして飲んでも蕎麦茶の味がする。ルチンが多く含まれて身体には大変好いらしい。

 6時を過ぎたので90㍑のゴミ袋を持って玄関を出る。庭に切り落としたままの長いスモモの枝をテラスまで運び、剪定のこと剪定ばさみで細かく切って袋に詰めていく。これも40分ほどで終わり、袋は一杯になったのです。これで狭い庭の樹の剪定はほぼ終わりました。残るは懸案の軒下まで伸びたウチワサボテンの伐採なのです。軍手をしても細かな棘が刺さるから、ビニールの手袋でも付けないと難しい。明日の朝は蕎麦屋へビニールの手袋を取りに行こう。

 朝食は亭主の希望でハッシュドポテトにベーコンエッグ。たまにはこんな洋風の朝食が食べたかったのです。パンもあったけれど、そこまで我が儘は言えない。食後は書斎でひと眠りしていたら、電話の鳴る音で起こされた。大学時代の友人で、蕎麦を食べに行こうと思ったらブログを観て閉店を知ったと言う。以前に何度か来てくれたのですが、残念なことをしてしまった。今年は暑中見舞いも出さなかったから、友人達にも閉店を知らせていないのです。 

 洗面と着替えを済ませて、次はプールへ行く準備です。朝の早い亭主の午前中はかなり忙しい。駐車場は今日も空いていて、連絡通路を歩いて途中のホームセンターに寄る。そろそろ蕎麦屋の押し入れに入れたままの布団を干さなければいけないので、最近使わなくなった布団叩きを買おうと思ったのです。果たして目的の品を手に入れて、プールのある4階までエレベーターで上がり、今日も老人たちに混じって、ゆっくりと泳ぎ始めるのでした。

 しかし、いつまでもアップ練習ばかりでは体重も減らないし、体力も付きそうにないのです。お腹の脂肪を減らすためには、折角、正規会員になって時間の制限がなくなったのだから、ジムの階に行って筋トレを始めなければいけない。それは分かっているのだけれど、長年の習慣で歳を取ってしまったから、なかなか生活を変えられないのです。これが亭主の夏の課題。忙しい蕎麦屋の営業から解放されて、生活を楽しむためにはまずは体力作りからなのです。

 昼は冷やし中華を作って女将と美味しく食べるのでした。満腹感を味わったら眠れるかと思ったら、最近の習慣で、書斎で横になっても眠くならないのが不思議です。仕方がないので、昨日買ってきた挽肉を冷蔵庫から取り出して、玉葱を刻み、挽肉300gと混ぜて、ボールに入れ、胡麻油と酒、片栗粉と醤油少々を加えてペースト状になるまでかき混ぜる。焼売の皮を用意して包んでいくこと20分。スポーツクラブから帰った女将が夕飯に使ったのがこの焼売です。


8月16日 土曜日 曇り空で蒸し暑かったけれど午後は晴れ…

 朝飯前のひと仕事は、懸案のウチワサボテンの伐採。軍手の上にビニール手袋をして、長い剪定ばさみで葉を切っていく。太い幹はノコギリで切って、ビニール袋に詰めれば重くて持てないほど。あと半分くらいを残して朝食の時間になりました。明日の朝で終わるかとは思うけれど、重量があるのでひと袋では詰め切れそうにないのです。朝食後は冷えた書斎でひと眠りしようとおもったけれど、なかなか眠れずに、そのままプールに行く準備を始めました。

 土曜日は子ども達の水泳教室があるかと思っていたけれど、お盆なのでお休みと言うことで、年配の人たちが全コースに散らばっていた。今日も初心者コースに入って、ゆっくりとアップ練習。30分ほど泳いだらもう諦めてプールサイドに上がるのでした。蕎麦屋に寄って天ぷら粉を持って帰り、家で天麩羅を上げて素麺を茹でる。揚げたてだからとても美味しいとは女将の言。天ぷら粉も店で使っていた高級なものだから、カリッと揚がってとても美味しかった。

 満足して居間の部屋でひと休みしたら、エアコンを点けたままの書斎に入って、今度はぐっすりと2時間ほど眠ったのです。女将が冷えた桃を剥いてくれて、目を覚ますのでした。暑い最中はクーラーの効いた居間の部屋でテレビを観て、テレビに飽きたら台所に立って、餃子を作る準備をするのです。ニンニクを刻んだり、キャベツやニラを刻んだりと、焼売よりは手間がかかる。食堂の椅子に座りながら、パットに一杯になるまで餃子を包むのでした。

 陽も傾いた頃に、表に出て庭の剪定後の様子を眺めれば、やはりウチワサボテンの半分が二階の軒下まで伸びている。明日はこれを切るつもりだけれど、棘は大丈夫だろうか。先日、剪定したばかりの木槿ももう伸び出しているから大変です。今朝袋に詰めた葉を蕎麦屋に運んで、他のゴミと一緒に置いておく。今週はもう4袋にもなっているから、業者に支払う金額もかなり増えそう。無料でも家庭用の市のゴミ袋では大変な量になるから、仕方がないのです。

 家に戻ればもう夕飯の時間で、亭主は一袋だけ残っていたラーメンの玉を茹でて、焼売の皮も残ったいたから雲呑麺にする。その残りを少しお椀に入れて、女将のスープを作り、女将はご飯を食べるのでした。食事をしながら女将と明日の予定を話し、午後からは二人で蕎麦屋に出掛けて片付けをすることになりました。午前中は明日も子ども達の水泳教室がお休みだというので、やはりプールに出掛けたいのです。今日も階下のジムを覗いてきたのでした。



8月17日 日曜日 今朝は朝から陽射しが熱かった…

 朝から眩しい光が降り注いで、ウチワサボテンの剪定にはかなり時間がかかったのです。風が幾分涼しかったので、長い剪定ばさみを持って軒下の葉を次々と切り落としていく。90㍑のビニール袋に一つでは入り切らないほどの葉を落として、次はどうしてくれようかと、ウッドデッキの階段に座って煙草を一服するのでした。6時過ぎから始めてもう40分は経っている。残った太い幹はノコギリで切れるだろうか。チェンソーはまだしまわずに玄関に置いてある。

 前の通りから「お早うございます」と、犬の散歩をしていた弟が声を掛ける。引っ越しの日にちを聞いて、「何も手伝うことはないの?」と言ってくれた。そして、今年もお袋様の誕生日のお祝いをしようと日にちと場所をお互いに確認するのでした。今朝の朝食は亭主の希望でまたハッシュドポテトとベーコンエッグ。食べ終えて書斎でひと眠りしようと思ったけれど、今日もまた眠くならないから不思議なのでした。朝飯前のひと仕事で身体が目覚めたからか。

 プールに出掛けるにはまだ時間があったので、廊下にある書棚の本を整理して、蕎麦屋に持っていけない本は紐で括って玄関に出ししておく。今度の火曜日が月に一度の紙ゴミの回収日なのです。今日と明日でどのくらい出せるのか、来月までかかってしまいそうな分量があるのです。もっと早くから準備をしておけば好かったけれど、どれを蕎麦屋に持っていくかがなかなか決められなかった。写真や図版があるものの方が、年老いてからは見やすい。

 9時40分になったら車を出してプールに向かう。早く行っても10時からしかプールには入れないのです。着替えてプールへの階段を下りていたら、「お早うございます」と、いつも水中ウォーキングをしている女性が声を掛けてくれた。今日も子ども達の水泳教室がないので、全コース老人達が自由に使えたのですが、日曜日だからかひとコースに一人しかいない。人が混まないうちにと、今日は背泳ぎから始める亭主なのでした。見えない後ろを気にしなくて好い。

 帰りがけに久し振りに一階のスーパーに寄ったら、随分とお客で賑わっているではありませんか。果物を買おうと思ったら、いつも行く隣町のスーパーよりも随分と値段が高いのでびっくり。結局、野菜とざるラーメンや冷やし中華、ピザなどを買って家に帰るのでした。台所に立って二人分のざるラーメンを茹で、餃子を焼いて昼食です。大きなフライパンで焼いた餃子は、今日に限って綺麗な焦げ色が付かないうちに、ピーッピーと火が消えてしまった。

 午後はエアコンの効いた書斎で昼寝をする。プールで泳いで昼食で腹が一杯になったから、すぐに眠ることが出来ました。1時間ほどぐっすりと眠ったら女将のスポーツクラブの予約を取るのです。午後は蕎麦屋に出掛けて、女将と二人で片付け物をすることになっていた。女将の部屋になる奥の座敷の要らないものをゴミ袋に詰めて、掃除機を掛けたら終わり。来週は亭主の部屋になる座敷の押し入れの荷物を片付けなければ。家具が入るのは来月の中旬です。


8月18日 月曜日 朝の9時から35℃もあった…

 目覚めた時は涼しくて、さすがに秋の気配なのかと思った。5時前に居間の部屋に行って、今朝はコーヒーを沸かして飲む。6時間も眠れば、身体の疲れはすっきりと回復しているのです。その身体が動ける状態になるまでが大変で、最近はやく1時間かけてやっと立ち上がるのです。朝飯前のひと仕事は、ウチワサボテンの残った幹を、チェンソーで切っていく。長年、掘ったからしにしておいたせいか、幹の太さは15cmほどまで育っているのでした。

 水分を含んでいるから、細かく刻んでもかなり重い。袋一つ分に詰めただけでは足りなくて、二袋目に取りかかるところで朝食の時間となりました。今日はお袋様と買い物に出掛ける日だから、当然眠る暇などない。最近は、朝食後のひと眠りはなくなったのです。農産物直売所に行けば、知り合いの農家の奥様が茄子やオクラを運んで来た。レジのお姉さんからは「今日は生椎茸は要らないのですか?」と聞かれたから、「お店を閉めたので」と応えるのでした。

 その足で隣町のスーパーに行って、女将の書いたメモに頼って買い物をする。今まで前日に40種類ほどの蕎麦屋の買い物リストを作っていたことを考えると、なんと楽ちんな買い物だろうと感じる。今日は割と大きなサンマが出ていたので、メモにはなかったけれど買って帰る。エアコンの効いた店の中から出れば、もの凄い暑さで陽射しは更に熱いのでした。お袋様を送って蕎麦屋の駐車場に干しておいた布団を取り込んで、家に帰っても10時半なのです。

 昼は亭主が台所に立って、久し振りにスパゲッティーのベロネーズを作る。買って帰ったトンカツを載せて、栄養満点の昼飯なのでした。満足して昼を食べた後は、すぐに眠くなって書斎でひと眠りするのでした。明日はスポーツクラブがお休みなので、女将の予約もなく、2時間もぐっすりと眠って目覚めたら、午後の一番暑い時間帯なのでした。午後は明日の子ども会の粗大ゴミ回収に向けて、本棚の整理に取りかかるのです。捨てる本は紐で括って玄関に。 

 蕎麦屋に持っていく本は段ボールに詰めて、奮闘すること1時間です。とにかく引っ越しの際に運んでもらう本箱を空にしないと。玄関には紐で括った本が山積みになったけれど、その何倍もまだ本はあるのです。子ども会の廃品回収は月に一度だから、来月の回収でもまだ捨てきれない。二つある押し入れの中の本棚は、まだ手つかずだからどうしたら好いものかと頭を抱える。若い時代の自分を支えた数々の書物とは、ここに来て別れるのかと思うと寂しい。


8月19日 火曜日 朝からムウッと暑かった…

 昨日の夕食の前に、廊下の本棚を半分片付けた。今朝の朝飯前のひと仕事は、今日の廃品回収にこれらの本を門の前に出すことでした。廊下の本箱は薄手であまり場所を取らないので、蕎麦屋でも使えると考えて、三つとも全部持っていくつもりでいるのです。どの本を残してどの本を捨てるかも大体分かってきたので、8月中には本棚は空になる。段ボールに少しずつ入れた本は、蕎麦屋の床の清掃が終わったら、毎日蕎麦屋に運んでおけば好いだろう。

 繰り返し階段を上り下りしたせいか、汗ばんできた。今日は朝から少し暑いのでした。本のカバーは紙ゴミの袋に詰めて、ゴミの集積場まで持っていく。1時間ほどで玄関に置いてあった本は、すべて門の前に出し終える。それでもまだ7時まで30分もあったので、エアコンの入った書斎に入って横になるのでした。7時過ぎに食堂に行けば、今朝はカツ煮のご馳走でした。昨日のカツを一枚残しておいたから、十分に腹に溜まって美味しかったのです。

 食後は涼しい書斎に入ってひと眠りする。1時間ほど眠ったら、暑くならないうちにと蕎麦屋に出掛けるのです。いよいよ明日から床掃除が始まるので、厨房の床に置いてあるゴミ箱や油の一斗缶、消火器など、すべて奥の座敷の廊下に新聞紙を敷いて置いて行く。残るのはテーブルと椅子、傘立て、空になった本箱だけで、これは明日の朝にでも玄関の外のテラスに出せば好い。昨日は店のエアコンを点けたまま帰ってしまったらしく、とても涼しくなっていた。

 家に帰れば、昨日買い物をして来たばかりなのに、女将が外に出ていた。しばらくして汗だくになって帰って来た女将が、居間の部屋に顔出して「ただいま帰りました」と言う。近くのお茶屋さんに行ったのだけれど、『暑いからお休みします』と張り紙がはられたままなのだそうな。90歳近いお婆さんが一人でやっている店で、長い付き合いなのです。11時になったので、昼は冷やし中華を亭主が作る。卵は今朝食べたから、野菜を多めにして腹が膨れた。

 午後は昔釣りで使っていたクーラーボックスを車に積んで、隣町のスーパーに行って、お茶や紅茶などのペットボトルの飲み物を買って蕎麦屋に戻る。午前中に布団を干しておいたので、布団叩きで叩いて奥の座敷に持っていくのでした。クーラーボックスには、家の冷凍室に沢山あった保冷剤を入れて、ペットボトルは冷蔵庫に入れておく。明日は朝から蕎麦屋に来て、業者の来る前に鍵を開けなければならない。日中は奥の座敷で昼寝でもしていようか。

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2025年8月上旬



8月1日 金曜日 目覚めたら朝から雨で…

 今朝は朝飯前のひと仕事で庭木の剪定の続きをしようと、頑張って4時には起き出したのですが、あいにくの雨なのでした。昨日は頑張って10時過ぎまで床に就かないでいたので、6時間近く眠ったのです。コーヒーを沸かして居間の部屋でひと休みしながら、せっかくうまく起きられたのだから、庭木の剪定に代わる仕事はないのかと考える。取りあえず、夕べ作って冷凍室に入れてあった焼売をジブロックの袋に入れ直して、再び冷凍室に入れておく。

 洗い物を済ませても、ものの10分で終わる仕事だから、庭木の剪定の仕事量には到底及ばないのでした。居間の椅子に座ってコーヒーの残りを飲みながら、畳マットを眺めて『今から柔軟体操をするには時間が早すぎる』と、台所に立って冷蔵庫からキャベツやニラやニンニク、ショウガを取り出して、餃子の具材を刻み始める。店の仕込みがなくなったから、包丁を持たない日が続いているので、少しは脳の活性化に役立つかも知れないと思うのでした。

 女将の作っていた朝食が出来上がる前に、亭主は餃子を作り終えて冷凍室に入れるのでした。蕎麦屋が忙しい時期には、なかなか手製の餃子も焼売も作る機会が持てなかったけれど、一度作ればちょっと食べる物が少ない時に、蒸かしたり焼いたりして食べられるので便利なのです。やはり、市販の冷凍餃子や冷凍焼売よりは安上がりだし、美味しい気がするのです。時間は十分にあるのだから、生活を楽しむためにも、なるべく自分で調理をしたいものです。

 朝食を終えたら、書斎に入って珍しく今日はひと眠りをする。やはり朝が少し早かったから、8時にはもう眠くなるのです。9時には目が覚め、洗面を済ませて居間の椅子に腰を下ろしてテレビを観る。蕎麦屋に出掛けて冷蔵庫の掃除の続きをやろうかとも思ったけれど、面白い映画があったので最後まで観てしまう。蕎麦屋の仕事がなくなったから、やはり少しはルーズになっているのかも知れない。11時を過ぎたら台所に立って、キャベツを刻み始める。

 昼は焼きうどんという予定だったから、女将もご飯を炊いていない。亭主が冷凍の讃岐うどんを茹でて、塩コショウだけで作るのですが、キャベツの玉を半分程使って蓋をして加熱すればしんなりと量が減るので、肉とシイタケを加えて再加熱。あっさりとしていてとても美味しいのです。食事の後はお茶をもらって書斎に入るけれど、さすがに眠くはならない。午前中の写真をパソコンに取り込んで、ブロ少し少し書いておく。女将はスポーツクラブに出掛ける。

 昼寝をするほど疲れていないので、亭主も蕎麦屋に出掛けて、冷蔵庫の掃除の続きをするのでした。今日は急速冷凍室の中身を取り出して、洗剤にしばらく浸けてスポンジで擦っていった。10年以上も使っているのに、冷蔵室のガラスほど汚れていなかったのは不思議。後は賞味期限の過ぎた糠床や大豆などを捨てて、使わなくなった布巾や手拭いを家に持ち帰る。台風の影響か雨は時折降って、今夜も遅くから明日の朝まで雨が降ると言う。


8月2日 土曜日 朝まで降った雨も上がって暑くなった一日…

 夕べは台風の影響か夜まで激しい風が吹いて雨が降っていた。一夜明けて、今朝は道路は濡れていたけれどもう雨は降っていない。車を出して6時過ぎに蕎麦屋に出掛け、レンジ周りの掃除をして、蕎麦茶を沸かして冷蔵庫に入れておいたのです。帰り道はみずき通りに暗い雨雲がかかっていましたが、南西の空は明るく天気が回復してくるように見えました。家に帰れば女将が朝飯の支度をしてくれていて、今朝は茄子焼きと納豆と鯖の塩焼きがメイン。

 

 食事を終えたらいつもの習慣で書斎に入ってひと眠り。目覚めればいつも蕎麦屋に出掛けていた時間なのです。今日はテレビでMLBのドジャース戦を観て、ゆっくりと出来るからやはり隠居気分なのでした。畳マットに寝転びながら、身体を捻ったり腹筋をしたりと少しずつ運動をしている。先週よりは随分と身体が柔らかくなったと言っても、まだ膝に頭を付けるのには時間がかかりそうです。ドジャースに点が入ったところで、蕎麦屋に出掛ける。

 女将と話して昼は素麺を茹でて、亭主が蕎麦屋で天麩羅を揚げてくると言うことになったので、久し振りに天ぷら粉を溶いて、油を天麩羅鍋に空けるのでした。冷凍室に残っていたキスや赤海老の他に、赤玉葱と三つ葉を女将が持たせてくれたので、かき揚げを揚げて家に戻ろうとした。ところが、女将がやって来て南側の草刈りを始めたから驚いたのです。「曇っているうちに少し動かないと」と、彼女も土曜日の営業がなくなったので暇をもてあましている様子。

 昼は素麺を茹でて上げたばかりの天麩羅で美味しく頂く。食後にお茶をもらって、書斎でひと眠りしようと思ったけれど、疲れていないから眠くならないので、他に仕事のない女将とまた蕎麦屋に出掛けるのでした。ちょうどリフォーム業者の担当者が来て、床のクリーニングは20日21日になったと言う。少しずつは厨房を片付けなければと、掃除をしやすいように出ている物を、戸棚の中に片付けるのでした。女将と二人だと仕事がはかどるので助かった。


8月3日 日曜日 今日は朝から暑くなりました…

 夕べはBSで昭和の歌番組を観て、11時過ぎには床に就いたのに、2時前には目が覚めてしまった。ところが居間の部屋でテレビを点けると、もうドジャース戦が始まっているではありませんか。対戦相手のレイズがフロリダの方の東地区のチームだから、かなりの時差があるようなのです。仕方がないから眠くなるまで少しだけ観ようと椅子に座れば、やはりウトウトしてきて床に戻ったのが5時過ぎなのでした。女将に起こされて7時過ぎに食卓につくのでした。

 今朝は庭木の剪定の続きをしようと思っていたのに、やはり蕎麦屋をしていた頃とは違って緊張感が薄いのです。6時から30分もあれば金柑の剪定が終わったのに。仕方がないから着替えと洗面を済ませて、まずは夕べ切れた煙草を買いに、コンビニまで車を走らせるのでした。昨日に比べると今日は朝から暑いのです。蕎麦屋に着いてエアコンのクーラーを入れたら、ほうじ茶を沸かして昨日のブログを読み返し、固めた油をゴミで捨て、洗濯物を畳むのです。

 厨房は昨日のうちに、自作の棚を廊下の突き当たりに持っていったから、すっかり広くなったのです。床の掃除をしてもらう都合で物は床に置かない方が好いらしい。油の一斗缶と消火器と油漉しだけは、盆の墓参りの時にまだ天麩羅を揚げるだろうからと、そのままにしておく。11時になったら家に帰って昼食の支度をする。例によって、女将が隣で卵焼きを作り、肉やキュウリを切ってくれるから、亭主はモヤシと肉と蕎麦を茹でて皿に盛り付けるのです。

 暑い日にはやはり酸っぱいタレの冷やし中華が美味しい。食後は30分ほど休んだら、二人で蕎麦屋に出掛けて後片づけをする。床の掃除をしてもらったら、翌週には蕎麦打ち室の蕎麦打ち台を撤去してもらうので、蕎麦打ち室の床においてある物を片付けなければいけない。ビールや酒のケースは車に積んで、亭主が帰りに酒屋に寄って引き取ってもらうのです。掃除用具や床磨きの機械などは、取りあえず廊下に新聞紙を敷いて置いておく。二人でやると早い。

 最後に入り口にある本箱の本を紐でくくって家に持って帰り、ゴミ収集の日に出す事にした。旬の食材の本や画集だけは取っておくのです。二人で1時間半ほど働いたら、今日の片付けはおしまい。家に帰ってひと休みしたら、眠くなるかと思ったら今日はまったく眠くならなかった。明日の朝こそは庭木の剪定の続きをしようと思うけれど、今夜もドジャースとレイズの試合は深夜の1時過ぎから始まるようだ。夕飯を軽く済ませて、久し振りに焼酎を飲む。



8月4日 月曜日 今日も朝飯前のひと仕事が出来なかった…

 夕べは夜の1時から始まるドジャース戦を観ようと思って、頑張って起きていたのですが、12時前にはもう眠気に逆らえずに床に入ったのです。目覚めればもう7時過ぎで、女将が食堂で亭主の来るのを待っていました。二日続けて朝飯前のひと仕事が出来ずに悔しい思いをしたのです。庭木はそのままの状態であと少しの剪定を待っているのでした。食後は居間の部屋でお茶をもらってゆっくりしていたら、女将が食堂とのしきりを閉めて朝ドラタイムです。

 食後のひと眠りはさすがに眠くならなかったので、9時を過ぎたら蕎麦屋に出掛けて、エアコンのクーラーだけ点けたら、お袋様に電話をして買い物に出掛けるのでした。女将がメモしてくれた紙を持って、農産物直売所と隣町のスーパーに行けば、暑いからか客は少なく、家の買い物だけをして帰るのでした。10時過ぎには家に戻って昼の支度を始める。今日の昼はカレーライスを食べる予定だったから、食材を出して台所で亭主はカレーを作り始めるのでした。

 いつも蕎麦屋でカレーを作る時には、二種類のカレーのルーを混ぜていたのですが、家で作る時には一種類で好いだろうとケチったら、味はやはり少し落ちたかな。買って帰ったトンカツを載せて、女将と二人でカツカレーを美味しく頂くのです。食後はやはりひと眠り。1時間ほど眠って、女将がスポーツクラブに出掛けたのを確認するのでした。そろそろ亭主もプールに出掛けても好いのです。水中を歩くことから初めて、身体を動かさないといけない。

 女将が帰るまでテレビで映画を一本観るのでしたが、いつも途中で観るのを止めてしまうから、ストーリーがよく分からない。今日は4時前まで同じ映画をしっかりと観たけれど、あまり面白くない映画なのでした。女将が帰っていたので声を掛けて蕎麦屋に出掛ける。外はかなりの暑さで、蕎麦屋の中は朝からエアコンを入れていたので快適なのでした。ゴミを外に出したら、床の清掃が二週間後に迫っていたので、どれを片付けたら好いのかと確認するのです。

 清掃用具は蕎麦打ち室から廊下に新聞紙を敷いて移動する。これも清掃後には、ロッカーでも買って玄関の内側におかなければいけない。蕎麦打ち室の蕎麦打ち台の下の荷物は、昨日のうちに処分して、残った物は蕎麦打ち台の上に載せておいた。二つある冷蔵庫には蕎麦粉や天ぷら粉やビールや酒などが入っているのだけれど、一つは厨房において置くとして、もう一つはどうしたものか。昔と違って今はもらってくれる人もいないだろう。

 明日はゴミ回収の業者が来る日だから、店の中に置いておいた大きなゴミ袋二つを外に出しておく。月に100kgまでは6000円の契約だけれど、可燃ゴミ、ビンやカン、粗大ゴミなどは10kg単位で値段が取られるから、小分けして出すと結構な値段になるのです。1時間ほど蕎麦屋にいて、ゴミ回収の業者に先月分の費用を払い込むためにコンビニまで車を走らせる。大きな袋で出せるから、庭木の剪定が終わるまでは、業者にお願いするしかないのでしょう。


8月5日 火曜日 今日こそは庭木の剪定をと眠い目をこすり…

 今朝は5時前に目が覚めて、今日こそは庭木の剪定をという意気込みで、居間の部屋に行って椅子に腰を下ろすのでした。ところが身体が目覚めていないものだから、コーヒーを沸かしにも行かずにそのまま眠りこけてしまう。ハッと気が付けば6時になるので、90㍑のビニール袋を用意して玄関を出る。金柑の木はおおかた剪定が終わっていたから、家の壁にそびえるウチワサボテンの葉を切り始めるのでした。ずっしりと重いゴミ袋をガレージの階段まで運ぶ。

 玄関に入れば今日はカン類をゴミに出す日らしく、女将に断って集積場まで運ぶのでした。これで立派な朝飯前のひと仕事になったから、すっかり目も覚めて朝食の食卓に着くのです。今朝はハッシュドポテトとウインナーと卵のワンプレートで、キュウリのお新香と味噌汁と納豆が付いた。冷蔵庫に残っている食材を、古い物から順に食べていくという女将の工夫が現れているのでした。お茶をもらって書斎に入り、10時前までゆっくりとひと眠りする。

 蕎麦屋に出掛けて、少しずつでも片付けをしようと、冷凍室に残った海老とキスを天麩羅にして、古い油を使い切るのでした。天麩羅を家に持ち帰れば、女将が大鍋に湯を沸かして、亭主がうどんを茹でるのを待っていた。今日の昼は天麩羅冷やしうどんなのです。汁は出汁醤油を水で割ったものだが、やはり蕎麦屋の返しで作った蕎麦汁には及ばない。お盆の墓参りの昼は皆で蕎麦を食べる予定だから、その時に一度作っておきたい。返しは沢山あるのです。

 ひと休みしたら女将はピラティスに参加するために、地域のコミュニティーセンターへ出掛けて行く。亭主はドジャース戦を見終えて、畳マットに横になって柔軟体操を始めるのでした。頭が膝に付くまであと10cm。少しずつは身体か柔らかくなっているような気がする。腹筋や側近の運動も今日は10回を2ラウンド繰り返して、少しは進歩しているのが分かるのです。畳マットの上に寝転んで身体を捻り、天井を見上げて思ったよりも綺麗なのに驚いた。

 3時過ぎに女将が帰って、今年初物の幸水を剥いてくれた。小さくてまだ青々しかったけれど、甘みがあって美味しかった。やはり農産物直売所のものは新鮮だから採り立てなのだろう。亭主は蕎麦屋に出掛けて午後のひと仕事を始めるのでした。午前中からエアコンを点けていたのに、店の中は30℃を越えていた。扇風機を回して空気を拡散するのだけれど、室温は下がらない。冷たく冷えたほうじ茶を飲みながら、床に置いた油の漉し器を洗うのです。

 重曹に浸けてあっても、なかなか溜まった油汚れは落ちるものではなく、台所洗剤の原液を付けて金タワシで磨く。なんとかピカピカになったので、次は大釜に天麩羅鍋を入れて、重曹を一袋つぎ込んで火にかける。30分ほどして沸騰したら、火を止めて明日また同じ事を繰り返す。高価な銅の鍋だから大切にしたいのだけれど、長い間にこびり付いた油は、黒く焦げてなってなかなか落ちないのです。炭になるまで火にかけて叩くのもやってみようと思う。

 立秋が明後日に迫っているけれど、今年は暑中見舞いも出さず終いになりそうです。あまりに毎日が暑すぎて、それどころではないというのが本音。蕎麦屋を止めて十日間、まだ毎日の生活の時間に余裕がないのだろうか。今日も夜はまた暑くなりそうだけれど、明日は朝の少し涼しいうちに、金柑と南天の道路側に生えた正体不明の木を根元から切ってやろうと思う。少しずつ庭木の枝の量を間引いていかなくては、どうしても暑苦しくなってしまうのです。


8月6日 水曜日 今日は一年ぶりにプールへ行く日で…

 昨夜は11時に就寝、今朝は5時過ぎにすっきりと目覚める。このパターンの生活のリズムが一番好いようなのです。6時になるまでは、居間の部屋でコーヒーを飲んで身体も目を覚ますのです。今日の目標は、2m以下に剪定をし終えた金柑の木の奥にある南天と名も知れぬ木の伐採でした。小型で手に馴染む剪定ノコギリを持って、手当たり次第に幹の根元を切っていく。切った枝は玄関前のテラスに投げ捨て、後から小さく裁断して袋に詰めて行くのです。

 通りが見えるようになるまで枝を切って、涼しい家の中に入ってひと休みすれば、始めてから30分が過ぎている。女将が台所に入って朝食の支度をしている間に、もうひと仕事。90㍑のビニール袋を持って玄関を出て、テラスに溜まった木を小さく切って詰めて行けば、半分ほど詰めたところで袋はもう一杯になった。それにしても切り詰めた金柑の木に新しい花が沢山咲いていた。切られた分だけ実を付けようとするかのような生命力に驚くのでした。

 朝食を食べ終えてひと眠りする暇もなく、プールに出掛ける準備をする亭主。9時から営業と言うので、早めに駐車場に車を止めるのでした。二階のスーパーを通り抜けてエレベーターに乗ろうとすれば、まだ時間前らしく網がかかって脇のエスカレーターで3階まで行かなければならなかった。スポーツクラブの入り口は4階にあるので、そこからエレベーターに乗ろうとしたが、動いていない。仕方がないのでさらにエスカレーターで4階に上がる。

 やっと辿り着いたスポーツクラブの入り口でしたが、鍵がかかって開いていない。後から来た客がカードをかざして中に入ったのでその後について中に入る。まだ受付はカーテンが閉まっているので駐車券を取って、更衣室で着替えるのでした。ところがプールの入り口は10時からしか開かないと書いてある。そこからが大変で、通りがかった女性スタッフに言えば、「プールは10時からなんですよ」と言われる。一時間の会員なので待ってもすぐに終わりになる。

 男性のスタッフがやって来て、会員カードを渡せば、「あなたは正会員ではないので11時からしかプールには入れません」今までは仕事があったから、夕方しか来なかったので分からなかったのです。30分しか泳がなかったから、1時間の会員に替えたのだけれど、これでは仕方がないのでした。一旦、家に帰って昼食を食べ、女将に話していつでも行けるように、正会員に戻ることを決めたのです。午後にもう一度出掛け、すぐに手続きをして、カードを替える。

 これで朝からいつでも通える。聞けば、現在は1時間の会員制度というのは、とっくになくなっているのだとか。若いスタッフが新しいシステムを説明してくれました。着替えて懐かしいプールに行けば、昼間なのに随分と人が少ない。かなり年配の人ばかりなのでした。歩くコースは1コースだけで、10人ほどの人が入っていた。50mだけ歩いたら、隣の初心者コースで泳ぎ始めるのでした。何十年も泳いできたから、水を得た魚のように元気になるのです。


8月7日 木曜日 立秋の今日は朝から曇って、小雨も降った…

 久し振りに泳いだからか、夕べはとてもよく眠れて、今朝は5時過ぎに目が覚めた。ぐっすりと6時間の睡眠なのでした。コーヒーを沸かして居間の椅子に座ってゆっくりとする。昨日切った庭の木の枝も、まだ半分しか袋に詰めてないから、終わらせてしまえば好いのになかなか腰が上がらない。結局、映画を一本見終えるまで椅子に座ったままで、朝食の支度が調っていたのでした。今日は、この間泳げなかった朝の一番でプールに出掛けるつもりなのです。

 駅前のスカイプラザの中にあるプールに向かえば、駐車場は10時前だからかなり空いていた。プールのある4階までは、外の広い階段を使って昇る。昨日は2往復したから3000歩も歩いたけれど、今日はその半分になりそう。右足の親指の調子が好さそうなので、階段も手すりにつかまらずに上れたのです。入り口の機械にカードをかざして、ピッと青のランプが灯れば入場できる。時代は変わったもので、人手が要らなくなると言うわけです。

 更衣室で水着に着替えてプールへの階段を下りる。最初は少ない人数だったけれど、ひと泳ぎしたらもうぞろぞろと年配の人たちが続けて入って来る。歩くコースは20人以上も繋がって、老人たちの行進なのでした。みんな健康に良いからと水に入って動くのだろうと思うと、亭主もその仲間入りをしたのかと思う。初心者のコースで種目を替えながらゆっくりと泳ぐ。10時半になる頃には、亭主よりもずっと年上の年寄りたちで一杯になるのでした。

 家に帰って買い物に行くと言っていた女将が、「途中まで歩いて、雨が降りそうになったので帰って来た」と言う。沢山の洗濯物が心配だったようで、庭の物干しからウッドデッキの物干し竿に洗濯物を移していたのです。昼は亭主が台所に立ち、肉と玉葱ピーマンを切って、スパゲッティーを茹でる。家にトマトケチャップがあるので、ナポリタンを作ろうと思ったのです。プールで見た光景を話せば、「腰の曲がった老人でも水の中なら動けるからよ」と言う。

 昼食を終えたら女将は昨日のピラティスで、出来なかった書の作品を書くからと仕事部屋にこもる。亭主はクーラーの効いた書斎に入ってひと眠りするのです。泳いで帰った日は昔からよく眠れる。女将のスポーツクラブの予約の時間に起こされて、居間の部屋で予約を済ませる。提出する書を書き終えた女将が、買い物に行きたそうだったので、亭主が車を出して隣町のスーパーへ出掛ける。運よく活きの好い銚子の鰯が出ていたので、夜は鰯の蒲焼きになった。


8月8日 金曜日 とにかく三日は続いたプール通い…

 夕べは9時前にもう眠くなってひと眠りしたら、ちょうスポーツニュースのドジャース戦の時間に目が覚めて、大谷選手の29号ホームランを見ることが出来ました。11時にはまた床に就いて、3時過ぎまで爆睡するのでした。コーヒーを沸かしてゆっくり飲んだら、今朝は5時前から庭に出て、先日剪定した枝を短く切って袋に詰めるのです。思ったよりも早く袋一杯になって、枝の始末が終わったから、先日の袋と二つ車のトランクに積み込み、蕎麦屋に行く。

 昨日のうちに昆布と干し椎茸を浸けておいた鍋に火を入れて、沸騰直前にいつもの半分だけ鰹節を入れる。もう店は閉めたから、家で蕎麦を食べるだけの蕎麦汁が出来れば好いのです。二番出汁も2㍑以下の量を作り、空になっている冷蔵庫に入れて冷ますのです。7時前に家に帰れば、女将はまだ起きてきていなかった。亭主がいつもより早く帰りすぎたのです。何度も見た「オズの魔法使い」の映画を観ながら、煙草に火を点けてひと休みです。

 今朝は昨日の鰯が開いたままで残っているので、再び蒲焼きにしてもらい、ご飯の上に載せて食べるのでした。食事が終わってひと休みしたら、書斎に入って9時過ぎまでひと眠り。今日もプールに出掛けようと、洗面と着替えを済ませて車で出掛けるのです。朝よりも空が青く好く晴れていた。10時過ぎに駐車場に着けば昨日よりも随分と混んでいたのです。準備運動をして今日はいきなりゆっくり泳ぐコースに入り、昨日までの倍は距離を泳いだ。

 帰りに蕎麦屋に寄って、朝のうちに作って冷やした麺の汁をペットボトル一本分だけ家に持ち帰る。女将が湯を沸かして待っていてくれたので、タンパク質がないと亭主がレンジで唐揚げをチーンして、急いで素麺を茹でる。女将はトマトと海苔を切って昼食の開始です。やはり蕎麦屋の蕎麦汁で食べる素麺は美味しい。出汁醤油を水で薄めたものとは比べものにならないのでした。食後も眠くならないので、パソコンに向かって今日のブログを書き始める。

 女将はスポーツクラブに出掛けて、亭主はテレビを観てのんびりしていたけれど、それも飽きてきたので蕎麦屋に出掛けてひと仕事するのでした。重曹に浸けて2日間沸かした大鍋に入れた油漉し器の下敷きのアルミ盆は、綺麗に油が取れて蘇った。天麩羅の銅鍋は随分と焦げが取れたけれど、焦げついた部分はなかなか取れないのでした。それでも前よりは少し銅の色が戻ったので、これでよしとする。4時前に家に帰って、さあて夕食は何を食べるのだろうか。


8月9日 土曜日 朝から随分と涼しくて…

 夕べは9時半に床に就いて、今朝は5時過ぎに目が覚めた。このところ毎日プールへ通っているせいか、夜はぐっすりと眠れるのです。今日は幾分涼しそうだから、隣の家との境にあるスモモの木を切ってしまえないかと、コーヒーを飲みながら考えるのでした。一本では実がならないと言うので二本植えたのだけれど、10年経っても、手入れが悪かったのか、数えるほどしか収穫できなかったのです。切っても切っても高く伸びすぎて困ったのです。

 来年は家が取り壊されて、もう花の咲くのも見られないから、最後ぐらいはばっさりと切って、隣の家に陽が当たるようにとようと剪定ノコギリを持って庭に出るのでした。30分ほど頑張って、半分だけ切ったら、もう朝食の時間になった。鮭と卵と野菜の組み合わせで、なかなかあっさりと美味しいのでした。今朝は食後のひと眠りをせずに蕎麦屋に出掛けて、天麩羅鍋の焦げ落としをした。家に戻ってプールの支度をしたら、10時前にはプールへ向かうのです。

 土曜日だからか駐車場は満杯で、連絡通路のある3階は停められずに、4階に車を停めてプールまで歩く。一日歩いても1500歩ほどにしかならないけれど、エレベーターを使わなければ2000歩になるのです。着替えてプールに行けば、今日は土曜日だからか小さな子ども達の水泳教室が何種類もあって、大人の泳げるコースは歩くコースを含めて3コースだけ。歩くコースは10人ほど人がいたけれど泳ぐコースは2人ほど。ゆっくりと泳ぎ始めるのです。

 家に戻ればもう11時。亭主が台所に入って大鍋に湯を沸かし、フライパンで自家製の餃子を焼き始めます。女将がやって来て、海苔を切ってくれている間に、ざるラーメンと餃子が出来上がる。実に久し振りなのは、いつも行くスーパーに置かなくなったからです。しかし、やはり市販のタレでは量が少ないので、自分で作った方が満足できる。心地よい身体の疲れを感じながらドジャース戦を見終えて、書斎に入ってひと眠りするのでした。

 午後は女将が美容院に出掛けると言うので、蕎麦屋には行かずに昼寝から目覚めた亭主は、涼しいので隣の家との境にあるスモモの木を、ばっさりとノコギリで切り落とすのでした。後は切り倒した木を細かく切る作業が残っているけれど、汗でびしょびしょになったので、エアコンの効いた書斎に入って冷凍のかき氷を食べる。ひと休みしたら、午後の蕎麦屋に出掛けて、少しでも仕事をしようと片付け物をする。来週は床掃除が入っているので頑張らないと。

 5時前に家に戻って涼んでいたら、女将も帰ってきたのです。今日は重いスモモの木を切ったからか、上半身の筋肉痛が出ました。明日の朝は、雨が降っていなければこの木を細かく切って、袋に詰めようと思うのです。「夕飯は何にしましょうかね?」と女将が言うので、「また焼売でも好いよ」と冷蔵庫の中を見て残り物を知っている亭主が言う。焼売は女将の好物なのです。一回作ると何度も食べられるから便利でいい。来週はまた仕込んで置かなくては。



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2025年7月下旬



7月20日 日曜日 今日も開店から混んですぐに蕎麦売り切れ…

 混んだ日の翌日までには、沢山の仕込みが必要で、今朝も夕べ出汁取り、蕎麦汁の仕込みをした以外の多くが残っていた。そんな緊張感が5時のアラームで目覚めた時にはもう頭をよぎるのでした。ただ、5時間ちょっとの睡眠ではなかなか昨日の疲れが取れずに、頭はぼうっとしているのです。今朝もコーヒーを飲む余裕もなく蕎麦屋に出掛け、すべて空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を満たして、蕎麦打ち室に入る。8人分の蕎麦を打てばもう7時過ぎなのでした。

 朝食を食べ終えたら1時間ほど眠って、また蕎麦屋に出掛け、まずはキャベツとキュウリの浅漬けを仕込み、蕎麦豆腐を造って冷蔵庫に入れておくのです。天麩羅の具材も切り分けなければならないし、薬味の葱も刻まなければ。大根をおろした後には生姜もおろして、やっと野菜サラダの準備を始めたのは10時半なのでした。いつもより30分ほど遅れている。11時には駐車場に車が入って、裏の小母さんが玄関を開けて例によって蕎麦を分けて下さいと言う。

 女将がいつもより早く来てくれたのが救いでした。開店の10分前には暖簾を出して、駐車場のお客も中に入っていただいた。ところが、こんな日には後が続くもので、次から次とお客がやって来る。12時前にはもう三組もお客がいらっして、最後のお客は常連さんだったけれど、カウンターの隅しか席がなかった。昨日の混雑を避けるためにと、今日は蕎麦を10食しか用意しなかったのが好かったのか、悪かったのか。12時半前なのに来客はすべてお断りしました。

 生舟の中は空っぽだったから、亭主はかき揚げを揚げて、うどんを茹でて、奥の座敷で昼を済ましたのです。最後のお客もお帰りになって、1時前には暖簾を下ろすのでした。今日は前半にお客が集中したから、女将もちょっとパニックに陥っていたらしい。野菜サラダもデザートもすべて売り切れたのです。三連休に二日続けて混むのも珍しい。洗い物をすべて終えて、2時過ぎに女将のスポーツクラブの予約を終えたら、二人で家に帰るのでした。

 あと一週間、四日の営業で蕎麦屋も終わると思うと感無量です。家に帰った亭主は、パソコンに今日の売り上げと写真のデータを入力したら、書斎で横になって1時間ちょっと昼寝をするのでした。夕方になって、女将がお使いに出掛けている間に目を覚まして、夕食は冷やし中華だったから、卵焼きを作ってキュウリを刻んでおきました。女将がモヤシを買って帰ってから、モヤシと肉とを茹で、大相撲の後半を観ながら二人で夕食を食べたのです。


7月21日 月曜日 今日は朝から庭木の剪定を始めて…

 最後の定休日の第一日目は、自宅の庭の木々を剪定するところから始めました。朝の6時から90㍑のビニール袋を持って、庭に入る入り口にある木槿の枝を払っていきます。建物側にはウチワサボテンが大きくなって葉を広げているので、取りあえずは女将が洗濯物を干しに行けるように、切っていくのです。棘があるので要注意なのですが、細かな棘が飛び散って、皮膚に刺さるとなかなか取れないので、長袖に軍手の出で立ちで臨んだのです。

 金柑の木も建物側だけ枝を払っていきます。花が終わって綠色の実がびっしりと付いているのですが、思い切って切っていく。30分ほどで枝を詰めた袋が一杯になったので、今朝はここまでにしておくのでした。袋は蕎麦屋に持っていって、明日の業者の回収に出すのです。ウチワサボテンの樹は、軒下まで伸びてしまっているのでなんとか根元から切りたいのですが、棘があるのであまり触りたくない。どこまで出来るか放っておいたツケを払わなければ…。

 朝食を終えてひと休みしたら蕎麦屋に出掛ける。今日は昼からリフォームの業者が見積もりを持ってくるので、その前に出来ることは何かと考えたのです。洗濯機の中の洗濯物を干して、カウンターに干してある蕎麦皿や盆や蕎麦徳利を戸棚にしまうのでした。11時前には家に戻って昼食の支度を始める。冷蔵庫に残っている食材を古いものから食べることにして、今日も焼きうどんを作ることにして、キャベツやピーマン、ニンジン、モヤシなどを用意する。

 女将が肉を切ってくれて、隣の火口で冷凍うどんを茹で、小さな火口ではレタスともずくのスープを作り、野菜とうどんを炒めていきます。味つけは塩ひとつまみと醤油少々。鰹節を振りかけて完成です。紅ショウガと刻み海苔を添えて、女将と二人で美味しく頂くのでした。食後に居間の部屋でお茶をもらってひと休みしたら、書斎に入ってひと眠りしようと思ったけれど、業者が来るのが気がかりで眠れずに、早めに蕎麦屋へ出掛けていく。コーヒーを淹れる準備だけして、味醂やワインビネガー、二種類の醤油を用意して、最後の返しを作っておくのでした。3時過ぎには家に戻る。


7月22日 火曜日 未明から26℃の暑さで昼は36℃もあった…

 夕べは暑くてエアコンのクーラーを点けたままで眠った。朝になっても気温は26℃を下回ることはなく、5時過ぎに煙草を買いに出たら、駅前の高層マンションに朝日が反射して眩しいのでした。最後の定休日二日目も、90㍑のゴミ袋を持って庭に出て、30分だけ金柑と南天の剪定をしました。枝を詰めたゴミ袋は車のトランクに積んで、蕎麦屋の回収ゴミと一緒にしておく。朝食は豆腐にキムチとらっきょうと納豆をおかずに、とても美味しく頂くのでした。

 食後は書斎に入ってひと眠り。8時半のアラームで目を覚まし、お袋様と仕入に出かける支度をするのです。マンションまで迎えに行けば、昨夜は暑くて眠れなかったと言う。農産物直売所に行けばお姉さんが駐車場に水を撒いていた。胡瓜や茄子が随分と安くなって、西瓜も沢山並んでいるのでした。隣町のスーパーに行けば、この暑いのに朝から随分と混んでいました。最後の仕入れは量も少なく、家の肉や野菜や果物の方が値段が高かった。

 昼は掻き揚げに使った玉葱が随分と余っていたので、スパゲッティーのミートソースを亭主が作る。肉は揚げたてのトンカツを買って帰ったので、上に載せてヘルシーなひと品。テレビではドジャース戦をまだやっていたから、最後だけしっかりと見届けたのです。昼から女将が市の抽選で当たったピラティスに、近所のコミュニーティーセンターまで出掛けた。その間に亭主は女将のスポーツクラブの予約を取らなければならないのでした。アラームで目覚める。

 女将が帰ってきたら、今度は亭主が蕎麦屋に出掛けようと玄関を出る。壁際のウチワサボテンが最近の悩みの種で、少しずつは切っているものの、細かな棘が軍手の中に入って、手の指が痛い。いずればっさりと根元から切らなくてはいけないと思いつつも、金柑の木の方を先に片付けようと躊躇しているのです。蕎麦屋に着けば、朝刊をまだ郵便受けから取り出していないことに気が付いた。郵便受けを開ければ、小6の孫からの暑中見舞いが届いていたのです。

 先日、家族で来てくれた折に、蕎麦の代わりに天麩羅とうどんを食べたのですが、とても美味しかったと海老の天麩羅の絵と共に書いてあった。明日にでも返事を出しておかなくては。厨房に入って蕎麦豆腐を仕込み、レンコンの皮を剥いて輪切りしたら酢水で茹でる。カボチャの種を取って天麩羅の具材用に切り分け、タッパに入れて、チーンするために家に持ち帰る。5時過ぎに家に戻って、大相撲の後半を観るのでした。横綱が最年長の力士に敗れて、偉いわねぇと言う女将と共に鰯の蒲焼き丼を食べるのでした。


7月23日 水曜日 昼は暑くて何も出来なかった…

 三日目になる朝飯前のひと仕事は、やっと金柑の南側に面した枝を切り落とすところまで進んだ。後は上に伸びた部分を脚立を立てて着れば終わる。残ったのはその向こうに伸びた正体不明の枝、そしてウチワサボテン、そして隣の家との境にあるスモモの木だけ。来週はもう蕎麦屋の営業がないから、じっくりと毎朝こなして行こうと思っている。それからが大変で、今度は蕎麦屋の木々の選定作業なのです。急ぐことはないから、ゆっくりと作業を進めよう。

 朝食を終えたら蕎麦屋に出掛ける。店内の気温は30℃になっていた。エアコンを入れて扇風機を回し、キュウリとキャベツの浅漬けを少し多めに作っておく。この分量でもだいたい15鉢分ぐらいしかないから、足りない分は切り干し大根の煮物を作っておこうと思っている。最近は塩加減もちょうど好いくらいになって、昆布を入れれているので、味もまあまあなのです。昼前に家に戻って、亭主が餃子を焼く。MLBのドジャース戦を観ながら女将と昼を食べる。

 食べ終えればまた汗をかくし、居間の部屋でお茶を飲んでも汗をかくのです。普段は涼しい女将の仕事部屋も、30℃を越えていると言うから、今日は相当な暑さなのです。そう言えば朝の食堂も28℃はあったから、暑さに慣れてきているとは言え、エアコン無しでは過ごせないのです。蕎麦屋も午前中からエアコンは点けたままで、家に戻ってきている。熱い中を女将はいつものようにスポーツクラブに出掛け、亭主は書斎のエアコンが効いてきたらひと眠りする。

 女将がスポーツクラブから帰る頃に目が覚めて、二人で冷えた西瓜を食べるのでした。夕飯は何にするのかを女将と話して、4時になったら、亭主は蕎麦屋に出掛けて明日の仕込みをするのでした。暑い昼間に何も出来なかったから、やることは沢山あるのです。漬け上がった浅漬けを小鉢に盛って、空になった蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めていく。もう一種類の小鉢には、切り干し大根を水で戻して、ニンジン、油揚げ、干し椎茸を刻んで出し汁で煮込んでいく。それから蕎麦を打つから、今日は相当に時間がかかってる。結局、デザートの水羊羹と天麩羅の具材切りは出来ずに、明日の朝に回すことにした。家に帰れば、もうとっくに大相撲は終わっていました。


7月24日 木曜日 店じまいが近いからかお客が続く…

 今朝も5時起き。朝飯前のひと仕事は、蕎麦屋に出掛けて蕎麦を打つことでした。その前に、デザートの水羊羹を仕込み、玉葱をスライスしてかき揚げの材料を作っておきます。蕎麦打ち室に入って600gの蕎麦を打つ。室温は27℃、湿度は37%だったから、いつもと同じ40%の加水で捏ね始めて、蕎麦玉を作ったら厨房でひと休み。向かいのサツマイモ農園の若旦那が来ていたから、玄関を出て夕べホースが裂けて、噴水になっていたから蛇口を締めたと伝える。

 今日もちょうど好い硬さで蕎麦は仕上がり、夕べと合わせて12食の蕎麦を用意できました。7時前には家に帰って、女将の用意してくれた朝食を美味しく頂くのです。食後は書斎でひと眠りして、9時前に起きて洗面と着替えを済ませるのでした。車で蕎麦屋に出掛け、チェーンポールを降ろして幟と看板を出して店の中に入る。今朝は天麩羅の具材を切り分ける仕事が残っていたから、材料を揃えたら急いで調理台に向かい、次々と仕事をこなして行くのです。

 今日も暖簾を出す前にもうお客様がいらっして、見れば馴染みの女先生、ゆっくりと話をする間もなく、もう次のお客が入ってくるから忙しい。12時を過ぎる頃にはもう蕎麦がなくなりそうで、宅配のお兄さんがいらっしたら、お蕎麦売り切れの看板を出すのです。大盛りのお客が多いと蕎麦は直ぐになくなるから、要注意です。今日来て下さった皆さんは、今週いっぱいで店を閉めるのをご存じなので、「もっと長く出来ないの?」と言ってくださる。

 亭主は「惜しまれるうちに閉めるのが好いんです」と言ってみせる。蕎麦を沢山打つのが辛くなったら、もうお終いなのです。やはり加齢としか言いようがない。のんびりゆっくりと蕎麦を打っていたのでは、商売にならないから、12年間続けられただけでもよしとしなければいけない。2時過ぎに女将と家に帰れば、リフォーム業者から請求書が届いていた。9月一杯で工事は終わるようです。引っ越しはそれからになるから10月というところかな。


7月25日 金曜日 今日は開店から閉店まで混んでいました…

 夕べは10時過ぎに床に就いたので、今朝は4時半に目が覚めた。台所に行ってコーヒーを淹れるお湯を沸かす間に、冷蔵庫で冷えたソルダムを食べて目を覚ます。そして、コーヒーカップを手に持ちながら居間で椅子に座って、ぼうっとした頭で今朝の仕事の段取りを考えるのです。蕎麦打ちが目的なのですが、他にもすることはいろいろとあるので、何をどんな順序でやれば好いのかをあれこれと思うのです。5時半前に車に乗って蕎麦屋に出掛ける。

 今日は昨日随分と蕎麦か出たので、久し振りに750g八人分の蕎麦を打った。加水率40%で捏ねて行けば、なかなか水が馴染まない。10分も捏ねてやっとツルツルの生地になる。ビニールに入れて寝かせている間に、カウンターに干した盆や蕎麦皿を片付け、空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めて、一服するのです。蕎麦打ち室に戻ったのが6時35分。それから20分ほどで、伸して畳んで包丁切りを済ますのです。家に戻れば、今朝は銀ダラの煮付けがメインディッシュ。

 朝食を食べ終えて、朝が早かったから眠くなるかと思ったら、書斎で横になってもなかなか眠れない。それでも身体を休めた方が好いからと、しばらくじっとしていればウトウトとするのでした。8時半のアラームに起こされて、いよいよ再始動。今日は一人の営業だから緊張するのでした。早めに蕎麦屋に入って、大根をおろし、野菜サラダの具材を刻んだら、後はもう盛り付けるだけ。10時半にはサラダも仕上がって、テーブルを拭いて回りました。

 お湯も沸いてポットに入れ、油も天つゆも温めたら、開店の準備が整って、時計を見れば11時。カウンターの隅の椅子に座って少し休憩するのです。11時15分には駐車場に車が入ってくる。まだ少し早いと我慢をして、5分前になったら暖簾を出して店の中に入ってもらった。見れば昨日いらっした女先生が、石垣島で一緒に潜ったお友だちを連れていらっしたのです。珍しく他のお客も来なかったので、ゆっくりと話をする事が出来ました。 

 午前中が空いていたので安心していたら、午後は一転、大混雑なのでした。亭主一人だから余計に大変なのです。バイクに乗った年配の男性がテーブル席を陣取って、ぶっかけ蕎麦の大盛りを頼まれたかと思えば、亭主の通っている地元の外科内科の若い看護師さん達が「先生の代理で来ました」と言っていらっしゃった。先生は昼の休みには、やはり忙しくて来られないらしい。宅配の青年もやって来て、今日は鴨せいろの大盛りと蕎麦豆腐二皿に野菜サラダ。
 これで終わりかと思ったら、1時を過ぎたのに、年配の女性達がカウンターに座る。今日はぶっかけ蕎麦と鴨せいろ以外は、皆さん天せいろのご注文なのでした。2時まで食べていたから、洗い物が済んだのはもう4時近かったのです。家に帰ってひと眠りしたら、大相撲ももう終わっていた。女将が用意してくれた夕飯を食べて、ひと休みしたら、今日は、三回も蕎麦屋に出掛ける。空の徳利に蕎麦汁を詰めて、明日の蕎麦を半分だけ打って家に帰るのでした。


7月26日 土曜日 今日も常連さんが沢山いらっして…

 今朝は4時半に目が覚めて、居間の部屋でテレビを観ながらコーヒーを飲むのでした。マルタ島の海の景色を眺めながら、音楽だけで説明は字幕のみ。朝の静かなひとときには理想的な番組なのです。5時半前に玄関を出て、今は女将が洗濯物を干すだけのウッドデッキを見れば、一人でコツコツと作り上げた当時の懐かしい昔の思い出が蘇るのでした。当時は海外の島に滞在して潜ることが多かったから、島のイメージを再現したつもりだったのです。

 蕎麦屋に着いたら、まずは蕎麦打ち室に入って600gの蕎麦粉を計量して、じっくりと捏ね上げる。蕎麦玉にして寝かせている間に、厨房に入って空の蕎麦徳利に蕎麦汁を詰めたら、浅漬けを漬け、レンコンの皮を剥いて輪切りにして酢水で茹でる。昨日のブログを読み返して一服すればちょうど6時半。蕎麦打ち室に戻って生地を伸して、包丁切りするのです。140gの束が6束取れて、夕べ打った分と合わせて12束。これで今日は何とか乗り切れそうです。 

 7時前に家に戻って朝食を食べたら、書斎に入ってひと眠り。最近は眠れなくてもしばらく横になっていると、ウトウトとして疲れが取れるのが分かってきた。洗面と着替えを済ませて再び蕎麦屋に出掛けていくのです。あと二日の営業と思うと、身体が自然と動いてくれる。野菜サラダを盛り付けて、天麩羅鍋に油を注いだら、もう開店の準備は整っているのです。今日も顔馴染みのお客さんばかりで、12時過ぎにはもう満席になるのでした。

 「この店のカレーうどんが一番美味しい」とカレーうどんばかりを食べてくれたご主人が、今日は花を持ってきてくれて女将に手渡す。カレー蕎麦とビールばかりを頼まれる男性も、自身が引っ越しを間近に控えて最後の来店だからと、やって来てくれた。歩いて来てくれたお客が半分。明日の営業が終わったら、テーブルと椅子を持って言ってくれるという駅前のマンションに住むご夫婦も、皆さん笑顔でお帰りになった。昨日と同じお客の数だったけれど、今日は女将がいるので、2時前には洗い物もすべて片付いたのです。

 夜は久し振りに刺身でも食おうかと、帰りがけに亭主が車で隣町の魚屋スーパーに出掛ければ、途中の橋を渡るときにカルガモの親子の行進を見つけて、思わずシャッターを切る。暑い最中だったから、スーパーの駐車場もまだ空いていた。果物の好きな女将が喜ぶだろうと、今日は西瓜や巨峰やスモモなどの果物を買って、目当ての刺身コーナーで美味しそうな盛り合わせとイカの刺身を買って帰るのでした。ひと眠りしてから大相撲を観ながらの一献なのです。


7月27日 日曜日 最後の営業日は嬉しい満席で賑やか…

 今朝は4時半過ぎに目覚めて、美しいパラオの海の映像を見ながらコーヒーを飲みました。20年近く前までは、亭主も娘と共に何度か潜った海です。美しい海の景色なのでしたが、遠い割にはマンタの遭遇率は悪かったのです。それからというもの、沖縄の石垣島に「海のメロディー」という素敵なショップを見つけて、珊瑚の種類も多く、マンタにもよく出会えるので通い続けていました。体力の衰えもあり、70歳を機にダイビンクは卒業する事にしたのです。

 朝のひと仕事を5時半から7時まで蕎麦屋でこなし、今日は10食の蕎麦を用意して家に戻りました。最後の営業日だけれど、昨日今日はユーカリ祭りがあるので、近所の人々は夕方になってから中央公園に出掛けていくだろうと考えたのです。ひと眠りして蕎麦屋に出掛ければ、まだ9時だというのに玄関で裏の小母さんが待っているではありませんか。近くで世話になった人に蕎麦を持って行きたいからと、打った蕎麦と蕎麦汁とを持っていったのです。

 野菜サラダの盛り付けまで終わって、ふと外を見れば、11時前だというのに大きな黒いワゴン車が駐車場に停まっている。しばらくして玄関が開いて、どこか見覚えのある顔が現れた。40年近く前の卒業生たちなのでした。東京や千葉で医者をしている二人は、亭主が勤めて初めて高校で担任をした。開店の準備が整うまで、テーブルに座っていろいろな話をする。そのうちに女将がやって来て、注文を聞くのでした。ところがすぐに今度は女性の4人連れが…。

 こちらは50代の働く卒業生たちで、鴨せいろやヘルシーランチセットなどを注文したので、厨房は急に忙しくなる。まだ12時前だというのにもう蕎麦はほとんど残っていなかったのです。全部高校のクラスの教え子だから、顔も名前も話しているうちに思い出して、懐かしいのでした。全部の注文を出し終えた頃に、今度は歩いてぞろぞろと男女や小さな子供がやって来た。入口で女将が蕎麦は売り切れたとお断りしたのだが、中に入ってくるではありませせんか。

 見覚えのあるかつての水泳部の連中が、閉店の知らせをどこからか聞きつけて、モノレールの駅から歩いてやって来たのでした。以前来店したことのある面々もいて、40代の若い連中がテーブルから椅子を借りてカウンターにすらっと座れば、急に賑やかさが増す。還暦を迎える最初の二人は静かなのでした。仕方がないから、亭主は蕎麦打ち室に入って蕎麦を打ち足す。その間に、成田に行った帰りだと言って、浦安市の市長になった卒業生も訪れて、挨拶だけして帰って行く。彼は亭主が勤めて初めての教え子。
 女将の友人の常連さんも歩いて来てくれたけれど、店の中の大騒ぎに帰って行かれたのです。後から来てくれた皆には、せいろ蕎麦だけを提供して、少しずつそれぞれの話を聞いて約一時間。玄関の日除け暖簾の前で記念写真を撮ったりと、年寄りには慌ただしい。皆を見送って、2時には昨日いらっした常連さんがトラックで乗り付け、店のテーブルと椅子を半分持って行ってくれた。それから、女将と二人で、最近では珍しく沢山の盆や蕎麦皿を洗うのでした。お隣の若いご夫婦も挨拶に来てくれて、二人で家に帰ったのは3時過ぎなのでした。ちょうど大相撲の千秋楽が始まる。


7月28日 月曜日 今日は朝飯前のひと仕事をお休みに…

 夕べは疲れ果てて9時に床に就いた。幸か不幸か夜中に目が覚めて、BSでドジャースとレッドソックスの試合を見ることになる。最後までは見れなくて、再び床に入って目覚めれば6時過ぎ。久し振りにゆっくりと眠ったのです。朝食を終えたら洗面と着替えを済ませて、お袋様と一緒に買い物に出掛ける。農産物直売所でも、何も買うものはなく、隣町のスーパーでも家の魚や肉を買っただけ。店の仕入れがなくなったので、重たい荷物もないのでした。

 昼はトンカツを一枚買って帰って、家にあったスパゲッティーとミートソースに店で残った野菜類を添えて、美味しい昼食を作るのでした。朝もひと眠りはしなかったのに、昼も眠くならないから不思議。書斎で横になって少し側筋の運動を10回ずつ、右足左足と交互にやって、正面を向いて腹筋運動を10回、足を伸ばして真上に上げる運動を右左10回ずつやってみた。それでも眠くならないから、車を出して蕎麦屋に出掛ける。女将はスポーツクラブに行った。

 蕎麦屋の西の空には雲が出ていたけれど、陽射しは熱く、蓄熱した車外温度は41℃に達していました。店内も暑くてすぐにエアコンを入れる。まずはカウンターに積まれた蕎麦皿や盆を片付け、鴨せいろの椀なども戸棚にしまうののです。蕎麦徳利もすべて空だから冷蔵庫にアルミの盆にのせてしまっておく。ひとつテーブルがなくなっただけで随分と広くなった気がする。奥の座敷に干してあった洗濯物を畳み、洗濯機の中の洗濯物をすべて干しておきます。

 お湯を沸かして蕎麦茶を作り、いつもの瀬戸物のグラスに入れて冷蔵庫で冷やしておく。暖簾を畳んでゴミ袋に詰め、明日の業者の回収に出すつもり。初めは少しずつ、お盆の前には綺麗に片付けておきたい。昨日頂いた缶ビールは、半分お袋様の所に持っていき、残りの半分は、蕎麦打ち室の冷蔵庫に入っている吟醸の冷酒の半分と共に、弟のところに持って行く。お袋様と共に弟の家に出かけてしばらく振りで三人でゆっくりと話をしたのです。


7月29日 火曜日 今朝はまた朝飯前のひと仕事を始める…

 今朝は5時半起床。蕎麦屋の営業をしていた時よりは、少しゆっくり眠れている。目覚ましのコーヒーを飲み終えたら、90㍑のゴミ袋を持って玄関を出るのです。家の庭木の剪定が思ったよりも時間を取られている。寝ぼけた朝の身体だから、脚立に乗るのは危険だろうと、高枝用の剪定ばさみを持って金柑の木を切っていく。2m以上の高さの枝と南側の枝まで少し切ったところでひと休み。後は同じ鋏でウチワサボテンを上手い具合に切っていくのです。

 40分ほどでゴミ袋は一杯になり、少し汗をかいたので家の中に戻りました。朝食は鯖の塩焼きと茄子焼きがメインなのでした。今日は朝から床屋に出掛ける予定だったけれど、ドジャース戦が始まっていたので、少しだけテレビを観てから、暑くなった道路を車で走る。珍しく客のいない床屋では、歳を取った主人が奥の部屋で休んでいた。「お早うございます」と言えば「お名前は?」と言ってカルテを捜し始めたから、少しびっくりしたのです。

 50年近くも通って、一緒に釣りに出掛けたり、蕎麦屋にもご夫婦で来てくれたりしていたのに、やはり年老いたのだろうかと思ったのです。話をしながら鋏で髪を刈っていくうちに、段々と普段の主人に戻って、今日は同じく床屋をしている二人の息子や成人した孫の話をしてくれた。さっぱりと頭を刈ってもらって、蕎麦屋に寄ってゴミ出しの準備をした。生ゴミを出すのは今日が最後となる。引っ越しの終わる月まで、剪定した木の枝を持っていってもらう。

 11時過ぎに家に戻って、亭主は昼食の支度を始める。最近よく食べるようになった冷やし中華を、今日も女将と材料を用意して、亭主が肉やモヤシや麺を茹でるのです。久し振りにイメージ通りの一皿が出来上がって、「もう蕎麦屋で残った野菜サラダは食べられないのね」と女将が言うのでした。いろいろな種類の野菜を摂るには好いのだけれど、やはり冷やし中華はこれが一番なのです。食後はお茶をもらって、亭主は書斎でひと眠りしようと思ったのですが…。

 夜も早く眠れるし、身体が疲れていないからか、どうも昼寝が出来ない。仕方がないから、暑さが収まるまでテレビを観て、それから朝のうちに剪定した枝を詰めたゴミ袋を車に積んで、蕎麦屋に出掛けていくのでした。午前中にエアコンを入れておいたので、店の中はかなり涼しかった。外は今日も35℃を越えているのです。蕎麦屋にある布団類を干そうと、一年前に買っておいた折りたたみ式の物干しを組み立てて、広くなった店内においてみるのでした。


7月30日 水曜日 幾分涼しい朝でしたが、昼は同じ暑さ…

 夕べは店で残った瓶ビールを一本持ち帰って夕食で飲んだら、腹が一杯になって6時半には眠ってしまったのです。9時に目が覚めてそれから風呂に入ったものだから、夜が寝付かれなくて困ってしまった。蕎麦屋の営業があればこんな不規則な生活は、翌日にも影響を与えるのでしないのだろう。生活のリズムを律するというのは大切なことだ。今朝は朝飯前のひと仕事も休んで、7時過ぎに朝食を食べる。亭主のリクエストで珍しくパンを食べたのです。

 食後のひと休みをしたら、このところ床の上で始めた腹筋のトレーニングを、居間に畳マットを敷いて始めてみたのです。少しずつだから、側筋と腹筋と50回ほどでやめる。今朝は軽く柔軟運動もやってみたけれど、身体が硬くなりすぎているので、思うようには出来ないのでした。時間はかかっても、ゆっくりと身体を柔らかくしていけば、筋トレと合わせて効果が期待できるのではないかと思うのです。プールで泳ぎ始めるのはまだまだ先なのだろうか。

 昼は亭主が野菜炒めを作って、女将の作ったカボチャの煮物とスープで簡単に昼食を済ませる。すべて蕎麦屋の食材の残り物なのでとても経済的。時間には追われないから、手間を惜しまず昔ながらの調理をして、二人で美味しく食事をするのが我が家の習慣なのです。女将がスポーツクラブに出掛けた後は、居間に敷いた畳マットのお蔭で、昼寝もせずに柔軟体操をして身体を動かすのでした。もう昼の仕事がないから、これならば一挙両得というもの。

 早めに蕎麦屋に出掛けて、昨日作ったアルミの折りたたみ式の物干しを眺める。晴れた日には駐車場に出して、蕎麦屋にある布団を干しておけるからちょうど好い。今日の目標は厨房に入って冷蔵庫の中を掃除することでしたが、糠床の中身をゴミ箱に捨てて入れ物を洗う。一段目のガラスの棚を外して洗剤で洗ったら、干しておく場所がないので、冷蔵庫の扉の表面を綺麗に拭いていくのです。こちらも上の大きな扉だけで、下の引き出しは明日にすることに…。

 奥の座敷や廊下や洗濯場の窓を開け放っておいたので、風が通って少しは家の中の換気ができるかと思うのです。女将の帰る時刻に家に帰って、また少し畳マットで柔軟をする。硬くなった身体も、こうして毎日動かしていれば、そのうちに柔らかくなるに違いないから、とにかく続けることが大切なのだろう。家の冷蔵庫の中が大分綺麗にものがなくなってきたので、夕食は冷凍室に亭主が作っておいた焼売を蒸かして食べる。酒はグラスに一杯だけ飲んだ。



7月31日 木曜日 蕎麦屋を閉めて、初めて営業のない木曜日…

 今日も朝飯前のひと仕事はお休みでした。やはり一昨日の変則的な睡眠が影響しているのか、昨夜もなかなか眠ることが出来ずに、一度、習慣になってしまうと元に戻るのに日にちがかかるのです。今朝も女将に起こされて、朝食のテーブルについた。ほっけの開きが一人1匹ずつ出て食べでがあったのです。食事を終えても眠くならないから、お茶をもらってゆっくりとしたら、ちょうどBSのドジャーズ戦が始まっていたので、畳マットに寝そべって見ていた。

 身体を捻ったり、柔軟をしたり、腹筋をしたりと、少しずつは運動になっているだろうとは思うのですが、まだまだ身体はほぐれてこない。今日は午前中の最後の方で近くの外科内科の予約が取れたので、11時過ぎに家を出て、医院の駐車場に車を入れる。受付を済ませれば30分ほどで名前を呼ばれて、この間蕎麦屋に来てくれた看護師さんが「こっちで~す」と元気に対応してくれた。今日は血液検査をする日だったので、心配していたが無事に採血を済ませる。

 ところが処方箋をもらう段になって、血圧の薬ベニジピンの他に痛風の薬をもらおうと思ったら、「何という薬をもらっていたの?」と言われて困った。先日は痛風の発作で駆け込んだから、膝の痛みを取る薬だけもらって、尿酸を溶かす薬は隣町の医院で処方してもらっていたのでした。結局、午後の診療までに薬の名前を調べて来るように言われ、会計もせずに家に帰るのでした。女将が蕎麦屋で残った最後のカレーを温めてくれていたからすぐに昼食を食べる。

 食事を終えてひと休みしたら、女将と隣町のスーパーに買い物に行くことになっていたので、車を出して出掛けて行く。昼の暑い最中だから店の駐車場も空いていたのです。二人でいろいろとみつくろって、随分と沢山の食料を仕入れて来た。これからは、昼飯もいつも二人分だからと女将も言うのです。素麺や冷やし中華に冷凍うどん、カレーのルウなど、二人で思いつくままに籠に入れていく。家に帰って女将のスポーツクラブ予約を済ませたら、再び病院へ。

 無事にベンズブロマロという薬の名前を受付で告げれば、処方箋と会計をすぐに出してくれ、近くの薬局まで歩いて行くのでした。そのまま蕎麦屋に寄って、今日の予定だった冷蔵庫の掃除を済ませて、明日の爲にお茶を沸かして冷蔵庫に入れておく。家に帰れば、4時過ぎで女将はゴミ袋を買うのを忘れたからと、一番近いスーパーまで歩いてで掛けるのでした。夜は今日出たばかりの新鮮な鰯が手に入ったから、刺身にしてもらい二人で食べるのでした。




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2025年7月中旬



7月10日 木曜日 午前中は晴天で暑く、午後は雷雨の天気…

 昨日の計画通りに5時前に目覚めて、30分だけドジャース戦をテレビで観たら、蕎麦屋に出掛けて紫陽花の花を切った。それだけで90㍑のゴミ袋が一杯になったから、相当に枝が伸びていたのです。夏場に草木の剪定をするのは、歳を取ったせいか、思った以上に大変なのでした。エアコンを入れておいた店の中に入り、厨房で出汁を取る。沸騰する直前に火を止めて、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのでした。500gだから30分もかからなかった。

 出汁取りと蕎麦打ちをいっぺんに出来たのも、蕎麦の量が少ないから。今日は加水率40%でしっかりとした蕎麦が打てたから、嬉しかったのです。やはり水を減らすと硬く仕上がるから、包丁切りをしてもエッジの効いた蕎麦が出来る。ただ500gだから力を入れるのも少しの時間なので、量が多くなると大変な作業になるのです。歳を取ったら歳を取ったなりに、蕎麦の打ち方も変えていかなくてはならないのかも知れない。お客が多くてはこうはいかないだろう。

 今日は蕎麦が上手く打てたと言うのに、午前中から蒸し暑くて陽射しは強く、前のバス通りにも人影がなかった。昼過ぎに、このところ毎日のように来てくれる宅配の若者が玄関から入って来て、今日は荷物もあるんですよと、蕎麦農場からの重たい荷物を持ってきた。野菜が入っていますと張り紙がしてあったから、何だろうと家に持ち帰って開けてみたら、ジャガイモが沢山入っていたのです。夕方になって雨が上がったからと、女将がお袋様の所にお裾分け。

 亭主が昼寝から目覚めた頃には、もの凄い音で雷が鳴り響き、雨も随分と降った様子。パソコンでネットに接続しようとしたら、繋がらないのです。夜までかかってやっと復活したから好かった。雷で停電になったせいなのだろうか。書斎のパソコンも年代物だからそろそろ買い換えなくてはならないのですが、使えるうちはとついつい出費を控えてしまう。蕎麦屋に引っ越す機会に新しくしてもいいのかも知れない。明日の天気はどうなるのか、予報もころころ変わるから、当てにならないのです。


7月11日 金曜日 風は北風、涼しすぎて、お客も来ない…

 今朝も5時起きだったけれど、昨日はお客が少なかったから、今朝は蕎麦打ちをしないと決めていた。6時まで居間の部屋でコーヒーを飲みながらゆっくりと休んで、蕎麦屋に出掛けるのでした。今日は西側の小径に伸びた木槿の枝を切って、径の端に生えた雑草を刈る作業をしようと考えていました。90㍑のゴミ袋が一杯になるまで約30分間作業を続ける。枝は袋に詰め込んだけれど、刈った下草までは入らなかったので、そのまま残しておきました。

 家に帰れば女将が台所に立って、朝食の支度をしていた。店で残った古くなったナスを炒めて、ニンニクで食べたけれど、やはり野菜は新鮮な方が美味しい。もっと早く出してくれれば好かった。文句も言えないから、黙って食べるだけ。食後は書斎に入ってひと眠りした。9時まで眠って、洗面と着替えを済ませて、再び蕎麦屋に出掛けていく。北風のせいか、曇り空で随分と涼しいのが気になった。遅い梅雨寒の到来なのか。今日もあまりお客は期待できない。

 それでもいつもの時間に宅配の青年がやって来て、今日もいろいろと沢山注文してくれた。寒いから冷たい水は要らないと言って、鴨南蛮の大盛りを頼まれた。彼が帰る頃に、二人連れの男性がやって来て、天せいろととろろ蕎麦を頼まれた。帰りがけに「お蕎麦が美味しかった。また来ます」と言われたので、今月いっぱいで店を閉めるという話をすれば、残念そうに帰って行かれたのでした。あと二週間あまりで営業を止めるのかと思うと、残念ではある。

 しかし、いつまでもだらだらと営業を続けても切りが無いので、7月一杯と決めたのです。定期便で頼んでいる宅配の醤油や調味料なども止めなければいけない。天麩羅油や天ぷら粉は、店を止めても当分は使い切れないほど残るのです。しばらくは、収入がなくっても二軒分の出費が続くから、きちんと無駄な出費を見極めておかなければならない。家に帰って蕎麦粉の支払いに郵便局に行き、夜に飲む酒がなくなったから帰りに酒屋に寄って帰る。


7月12日 土曜日 今日も涼しかったけれどお客は続いた…

 今朝も5時起きで5時半には蕎麦屋に出掛けました。昨日と同じく北風でかなり涼しいのですが、今日は少し湿度が高いようです。カウンターの上に干してある昨日の洗い物を片付け、空になった蕎麦徳利に鍋のまま冷蔵庫に入れてあった蕎麦汁を詰め、残った1㍑ほどの蕎麦汁は、予備として容器に入れて冷蔵庫に入れておきます。それから昨日のブログを読んで、やっと6時に蕎麦打ち室に入る。今朝は600gの蕎麦粉を計量して、40%の加水で捏ね始めました。

 生地の仕上がりは上々で600gなら腕にも負担がかからないから、気持ちよく伸して畳んで包丁切りが出来ました。切りムラもなく、ベストの状態で蕎麦が打てたので、今日は元気に営業を始められそうだと、帰りにコンビニに寄って煙草を買います。朝のお姉さん達は、亭主がいつも買う煙草の銘柄まで覚えていてくれて、今朝も三箱もらって家に帰るのです。女将が朝食の支度をしてくれたので、食卓に座って野菜サラダと鰺の開きとらっきょうを食べるのです。

 今朝は何故か少し右膝が痛いのですが、いつも何処が痛いと言っているのが嫌で、土曜日だから車をおいて歩いて蕎麦屋に出掛けたのです。幟を立ててチェーンポールを降ろし、看板を出したら厨房に入って、まずは蕎麦豆腐を仕込んでおきます。幟を出さないと車で走っていても見えないから、お客が気が付かないと言うこともあるかも知れないと、少しちぎれた幟でも出しておいた方が好いと思ったのです。野菜サラダは10時半前に盛り付けを終えました。

 暖簾を出して最初にいらっしたのは、股関節の手術をしたという奥様を連れたカレーうどんのお父様。2週間のリハビリを終えて、杖も持たずに車から元気そうに歩いて来たから、「退院おめでとうございます」と祝福するのでした。隣の町からわざわざ来ていただいて、ハラミの串焼きを出すのを止めたので、今日は鴨葱の塩焼きを頼まれて、奥様は辛味大根が美味しかったとまた頼まれる。店ももうすぐ終わるので、冷蔵庫にあった辛味大根を幾つか差し上げる。

 三人連れのお客が入って、お父様は温かい天麩羅蕎麦、息子夫婦はヘルシーランチセットと天せいろのご注文で、宅配の青年が少し遅れて入って来たから、店は急に忙しくなったのです。1時過ぎに皆さん帰られて、洗い物をしていたら、女性が一人で入って来て、亭主の真ん前に座るから誰だろうと思ったのです。聞けば高三の時に担任をした○○さんで、話しているうちに面影のある顔が懐かしく思い出された。もともと隣町に住んでいた子で、もう直ぐ還暦になるのだそうな。ついこの間のような気がするけれど、そんなに年月が流れたのか。「お店を止めてしまうのは勿体ない」と言われたけれど、事情を話してゆっくりと昔話をして帰られたのです。


7月13日 日曜日 蒸し暑さのせいか次々とお客が…

 夜明け前に雨の降った朝でした。5時に目覚めて、今朝はMLBを少し長く観てしまったので、6時前に蕎麦屋に出掛けたのです。蕎麦打ち室に入って今朝も600gの蕎麦粉を捏ねる。加水率は40%で、ちょうど好い硬さの生地が仕上がり、昨日に続いて蕎麦も上手く包丁切りが出来たのです。今日は12食の蕎麦を用意して、営業を始めるつもり。家に戻れば、女将が台所でジャガイモをシャキッシャキッと削っていたから、今日はハッシュドポテトだと分かった。

 昔はよく食べたものだけれど、最近、沢山のジャガイモを頂いたので、亭主が食べたいと言ったのです。スクランブルエッグが付いて、あっさりとした味のおかずなので、炊きたてのご飯が美味しかった。満足して書斎でひと眠りしたら、なんと9時まで眠ってしまったから驚いたのです。急いで洗面と着替えを済ませて、車でまた蕎麦屋に出掛ける。膝の具合があまり好くないので、お客の来る日曜日だけれど駐車場は2台しか止められなくなる。

 看板と幟を出してチェーンポールを降ろしたら、厨房に入って浅漬けを盛り付ける。足りない分は大根のなた漬けを盛っておきました。野菜サラダを作り終わったら11時。カウンターの隅の椅子に座って休んでいたら、開店の15分前に車が入ってきた。10分前に暖簾を出して中に入っていただいたら、わずか10分の間に三組のお客がいらっして、ちょうど女将もやって来たので助かった。今日はいつもの開店の時間から随分と忙しかったのです。

 盆や皿を洗う暇もないほど次から次へとお客が入って、12時半には生舟の中の蕎麦がもう残り三束しかなくなっていた。いつも来る宅配の青年は、きっと駐車場が満杯で後から来るのだろうと思ったので、一人のお客は入ってもらって、二人連れのお客はお断りしたのです。案の定、1時前になって青年がやって来て、カウンターに座った二人のお客は、それぞれ大盛りのぶっかけ蕎麦を頼まれた。天麩羅の具材もなくなったので、水羊羹をサービスでお出しする。

 久し振りに12人のお客が入って、洗い物は山のようにあったのです。休み休み洗い物を片付けて、家に帰ったのは3時過ぎ。亭主はエアコンを効かせた書斎に入って、パソコンに向かい今日の売り上げを入力するのでした。蕎麦粉の代金はもう払い終えたから、後は仕入れの代金が残ればいいのです。来週は海老と山葵と鴨肉を業者に発注しなければいけないから、火曜日の仕入れは少しでも安くなるように考えなければいけない。夜は美味しい鰻重だった。


7月14日 月曜日 夜のうちにまた雨が降ったらしく…

 昨日はやはり疲れたらしく、汗ビショになった営業を終えて家に帰ってから、昼寝をしたにもかかわらず、夜は9時にはもう眠くなったのです。結果として、今朝は3時過ぎには目が覚めてしまう。コーヒーを沸かして飲みながら、居間の部屋で『カリー・スー』という何度も観ている映画をテレビでまた観てしまった。やっと外が明るくなったので、蕎麦屋に出掛けて昨日の沢山の洗い物を片付けて、洗濯物を干したら、明日のゴミ出しの準備をして来る。

 MLBの中継を観ながら朝食の食卓について、ドジャースのリードのまま書斎に入ってひと眠りする。今日は定休日とあってアラームもOFFにしてあったので、ゆっくりと9時過ぎまで眠ることが出来ました。起きてみれば、外は激しい雨。台風の影響らしく、一日中降ったり止んだりの天気らしい。10時半に蕎麦屋にリフォームの業者がやって来るので、早めに出掛けてコーヒーを沸かしておくのでした。無事に打合せが終わって家に帰ればもう昼の支度の時間。

 昼は女将が野菜と肉を切ってくれて、亭主はフライパンで焼きうどんを作る。その脇の火口で自家製の餃子を焼いて、二人で美味しく食べたのです。亭主は餃子を食べ過ぎて、ちょっと腹が凭れ気味なのでした。女将も面識のある業者との打合せ内容を話して、植木の剪定が今は混んでいて大変だと言われた事を話す。南の庭は何時の間にかジャングル状態になって、これを切り開くのには相当時間がかかると思えた。店を閉じたら暇も出来るから自分で出来るか?

 女将がスポーツクラブに言っている間に、亭主はまた蕎麦屋に出掛けて、段ボールを潰して明日の子ども会の廃品回収に出す準備をしました。古新聞も袋に詰めて車に積み込んでおく。明日の午前中に生ゴミを外のゴミ箱に詰めたら、午後には業者が持って行ってくれるはず。4時過ぎに家に戻って、ゆっくりと大相撲のテレビ中継を観るのでした。夕飯はお腹が空いていなかったから、鰻重ではなく亭主だけ蒲焼きを酒の肴にして焼酎を飲むのです。


7月15日 火曜日 今日も終日の雨で、時折激しく強く降った…

 夕べは10時前に今の椅子の上で眠り込んでしまい、これではいけないと布団の中で眠り直すのでした。ところがエアコンの予約したタイマーが切れるともう蒸し暑くなって目が覚めたから、再び居間に行ってテレビを点ける。何も面白い番組がなかったので、再び床に入ったらそのまま朝まで眠ることが出来ました。食堂に行けば、女将がもう朝食の支度を終えて、食べるばかりになっていた。米がなくなったから、今日は一緒に買い物に行くと言う。

 車の中から朝飯前のひと仕事で、蕎麦屋から運んで来た古新聞を束ねた袋と紐で縛った段ボールとを出して、集積所に持っていく。木槿の散った花びらを掃き集めて家の玄関まで運んでおく。朝晩女将が掃いているから、休みの時ぐらい亭主が代わりにするのです。
9時前に女将を車に乗せて、お袋様のマンションまで行って、お袋様も乗せて農産物直売所まで出掛ける。珍しく新米が出ていたのでここで精米してもらった。それから隣町のスーパーに行くのです。

 小雨が降ってはいたけれど傘を差すほどでなく、無事にお袋様と女将とを家まで送ったら、蕎麦屋に戻って買ってきた荷物を降ろすのでした。ところが途中から土砂降りの雨に変わって、まったく今日はこの繰り返しで、やはり本当の梅雨明けではなかったのです。買ってきた野菜類を冷蔵庫に収納したら、大根の浅漬けを準備して家に戻るのです。昼は二週間ぶりにスパゲッティーのボロネーズを食べた。いつも満腹になってしまうから、今日は一人800gにした。

 食べ終えて書斎でひと眠りしている間に、女将は、市がコミセンで実施する体幹を鍛えるピラティスとか言うトレーニングに参加するために出掛けるのでした。亭主は女将のスポーツクラブの予約の時間に寝過ごさないように、アラームをセットしておくのでした。無事に予約は取れて激しい雨の中を女将も帰って来たので、亭主は蕎麦屋に出掛けて、大根のなた漬けの本漬けを済ませる。キャベツとニンジンとキュウリの浅漬けも漬けようとしたら、ニンジンを買うのを忘れたことに気が付いたので、今日はもう終わりです。


7月16日 水曜日 今日は右膝の痛みに耐えかねて…

 夕べから右膝の痛みが増して、今朝はまず外科の予約から。6時にならないとweb予約が出来ないので、時計を見ながら待ったけれど、結局、今日も明日も一杯で金曜日の午後34番で予約が取れた。
膝の痛みをこらえながら、下駄箱や壁につかまりながら玄関を出てガレージまでの階段もウッドデッキの板に支えられて、やっと車に乗り込む。蕎麦屋に着いたら厨房に入って、水羊羹を作り、キャベツとキュウリとニンジンの浅漬けを仕込んでおくのでした。

 家に帰れば女将が朝食の支度をしてくれたいた。安売りではない鮭は身も柔らかく脂もあってとても美味しかったのです。食事を終えたら居間の部屋でお茶をもらって、足を引きずりながら書斎に入る。横になって休むのが一番身体に負担がかからないのです。膝も伸ばしている分には体重もかからずに痛くない。痛風の薬は毎日飲んでいるから、痛風の痛みであるはずはないけれど、医者に行ってみないと分からない。とにかくこの痛みを何とかしてもらいたい。

 9時過ぎまで眠って、膝を伸ばして眠ったからか、痛みは消えていた。しかし、立ち上がろうとするとまた痛いのです。思わず大声で叫んでしまうから困ったもの。また蕎麦屋へ出掛けなければならなかったけれど、しばらくはメジャーリーグのオールスター戦を観ていた。10時を過ぎた頃に、意を決して再び蕎麦屋に出掛けるのでした。この痛みで明日は本当に営業が出来るのだろうかと思った。天麩羅の具材を切り分けて11時過ぎには家に帰る。

 昼は素麺にすることにしてあったから、女将に頼んで汁を作ってもらった。いつもなら亭主が作るのだけれど、今日は膝が痛くてそれどころではなかったのです。膝の周りが赤く腫れて熱を持っている。明日の営業は女将がいるのでなんとか出来たとしても、金曜日は一人だから、とてもお茶出しや料理を席まで運べそうにない。気分が滅入るけれど、午後の昼寝をしたら、また少し痛みが治まったのです。女将がスポーツクラブから帰ってまた蕎麦屋へ行く。

 蕎麦汁の徳利が全部空になっているから、予備の蕎麦汁を詰めて一番出汁の予備で更に蕎麦汁を作っておく。そして蕎麦打ち室に入って600gだけ蕎麦を打つのです。膝を曲げたりしなければ、痛みもそれほどではないので、なんとか6束の蕎麦を打って家に戻る。車に乗り込むののにも膝を曲げるから、相当な痛みを伴うのでした。夜は昨日亭主が作っておいた焼売と、女将の作ったポテトサラダで焼酎を飲む。大相撲は横綱が二人とも負けたと女将が言う。



7月17日 木曜日 朝から蒸し暑い一日でした…

 今年は夏の前に駐車場の木々の剪定をしなかったから、枝がもう伸び放題に伸びている。朝の6時前だというのに余計に暑苦しく感じるのです。風呂上がりに膝に貼った炎症を抑える鎮痛湿布が効いたのか、痛みが昨日ほどではないのが嬉しい。ただ、膝を曲げるとやはり激痛が走るから、要注意なのです。新聞を取り出して店の中に入れば、もう暑さがこもっているから、エアコンを入れて扇風機を回す。厨房に入って小鉢を盛り付けておきます。

 6時になったら蕎麦打ち室に入って、600gの蕎麦粉を40%の加水で捏ね始める。室温は27℃、湿度は58%だから、今朝もちょうど好い硬さで生地が仕上がるのです。蕎麦玉にしてしばらく寝かせている間に、厨房に戻って昨日のブログを読み返す。煙草を一服して、また蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのです。硬さがちょうど好いから、綺麗な蕎麦か出来上がった。家に帰って女将の用意してくれた朝食を食べる。食後は書斎に入ってひと眠りです。

 再び蕎麦屋に出掛けて、厨房に入ったら、レンコンの皮を剥き、輪切りにして酢水で茹でる。薬味の葱を刻んで、大根と生姜をおろしてから、野菜サラダの具材を用意するのです。盛り付けが終わって10時半。天麩羅の具材を調理台に並べて、新しい油を天麩羅鍋に入れる。天ぷら粉も新しい袋を開けて、容器に詰めておきます。今日はテーブルを拭いて回るのは女将に頼んだので、椅子に座ってしばらく休憩するのでした。膝の調子はじっとしていれば痛くない。

 女将がやって来て暖簾を出してもすぐにはお客が来なかった。やはり外はかなり蒸し暑いのです。散歩で歩いている人の姿もない。やっとお客がいらっしたのは12時過ぎなのでした。リピーターのご夫婦で、今月で蕎麦屋を閉めるのを知っていた。帰りがけに奥様がお世話になりましたと挨拶をしていかれる。1時を過ぎてから、会社の宣伝を書いたワゴン車に乗って、若い男性がいらっした。椎茸を抜いた天せいろをご注文だったから、代わりにキスを揚げる。

 1時半になったので、女将のスポーツクラブの予約を取ったら、亭主もかき揚げを揚げて賄い蕎麦を食べる。女将は野菜サラダを持ち帰るために包み始めた。洗い物も少なかったから、簡単に終わるのでした。2時前になって、リフォームの業者が床やレンジフードの清掃の業者を連れてやって来た。厨房の扉を見る業者も来て、蕎麦打ち室の蕎麦打ち台を撤去する担当者も来た。いよいよ始まるのかという感じなのです。お盆の前は引っ越しも多くて忙しいらしいから、お盆を過ぎた辺りから作業を開始するのだろう。


7月18日 金曜日 今日は店を終えてから病院へ行って…

 アラームの鳴る少し前に目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲む。5時半には家を出て蕎麦屋に向かえば、雲は多いけれど青空が覗いて、晴れそうな天気なのでした。痛風の発作もピークを過ぎたのか、幸いにも仕事に出掛けようという気になるから不思議だ。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つ。このところ40%の加水で、好い蕎麦が打てているから嬉しい。今日は500g5人分だけ打ち足し、昨日の残りと合わせて13人分の蕎麦を用意したのです。

 家に帰る前にコンビニに寄って煙草を買ってみずき通りを戻る。青空が見えて陽も差している。梅雨もどうやら今日明日には明けそうなのです。朝食を食べ終え、ヒッチコックの白黒の映画を観ていたけれど、少しは眠らなければと書斎に入って20分ほど横になる。アラームでうたた寝から目覚めて、映画の続きを最後まで観たら、着替えと洗面を済ませて玄関を出るのでした。庭の葵の花が綺麗に咲いていたから写真に撮っておいた。紅葉葵はもっと高い所です。

 蕎麦屋に着いたらいつものように幟と看板を出し、チェーンポールを降ろしたら、厨房に入ってほうじ茶を沸かす。大根をおろしてブロッコリーとアスパラを茹で、レタスをちぎってキャベツを千切りにする。紫玉葱をスライスしたら、パプリカ、ニンジンを切って盛り付けに入るのです。今日は10時前に蕎麦屋の裏に住む小母さんがやって来て、蕎麦を二人分欲しいと言う。いつものことだから、蕎麦汁と一緒に用意してやれば、1万円札を出されたから困った。

 これから営業を始めようというのに、もう釣り銭が少なくなっている。家に電話して女将に頼んで細かな札を用意してもらい、車で急いで取りに行くのでした。ところが、昼を過ぎても昨日と同じでお客はなく、やっと宅配の青年が来てくれてほっとしたのです。あまりの暑さで家を出る人も少ないのかも知れない。1時半を過ぎたので、かき揚げを揚げて亭主も賄い蕎麦を食べる。早めに家に帰って、4時過ぎには病院に行かなくてはならないので、ひと眠り。

 4時を過ぎたら「病院に行く時間じゃないの」と、女将に起こされて、桃を剥いてもらって食べたら車に乗るのでした。午後の34番というのは、確か、5時を過ぎないと順番が回ってこないのです。待合室で待つ人もいなくなって、やっと名前を呼ばれたから、診察室に入れば、亭主が最後の患者なのか、今日は先生が椅子に座ってゆっくりと話をした。「店を閉める前に食べに行きますよ」と言って場所まで詳しく聞いたから、日曜日ぐらいには来てくれるかも…。


7月19日 土曜日 昼から急に混み出して大忙し…

 今朝も5時起き。医者の薬が効いたのか、膝の痛みはほとんど消えていた。コーヒーの代わりにブルーベリーのヨーグルトを飲んで目を覚ます。甘さに閉口して氷を入れたら随分と飲みやすくなったから不思議です。5時半に家を出て蕎麦屋に向かえば、朝からもう陽射しは強いのでした。厨房に入ってほうじ茶を沸かし、残ったお湯でコーヒーを淹れて飲む。今朝も600gの蕎麦粉を計量し、40%の加水で捏ねていく。室温が32℃もあったから少し柔らかくなった。

 家に帰って朝食の食卓につけば、昨日、亭主が買って帰った豆腐やもずくが出て、納豆まで付いたから嬉しかった。この何日間で膝の痛みに苦しんだから、女将に頼んで、忘れないうちにと食生活を改良したのでした。食後は居間の部屋でお茶をもらって、書斎に入って今朝も20分ほどうたた寝をする。洗面と着替えを済ませて、9時半前に玄関を出れば、庭の紅葉葵が真っ赤な花を咲かせていた。今朝の青空に映えて、いよいよ夏だという気になるのです。

 いつもと同じように暖簾を出したけれど、やはり暑いのか昼過ぎまでお客は来ない。と思ったら、昼からどんどんお客が入って、1時過ぎにはもう店も座る場所がないほど。後からいらっしたお客が駐車場がないと騒ぐ場面もあったりで、小さな蕎麦屋の哀しさで、どうにも仕方がないのでした。見渡せば、皆さんリピーターの方ばかりで、「今日は蕎麦はありますか?」と電話をくれる方までいらっした。最後に入ったご夫婦は、ニュータウンからいらしたとか。

 「器が素敵ですね」「天紙も季節に合わせてある」と細かなことまで気が付く奥さんが、カウンターに座って、「本当にお蕎麦が美味しい」と褒めていただいた。閉店の時間までお客がいたので、何時の間にか10人を超える人数が入って、蕎麦も二束しか残っていなかったのです。女将と二人で洗い物を片付けて、今日は3時を過ぎてしまった。家に帰って疲れたらしく「洗濯物も畳まなくてはいけないし、今日は買い物に行かないわ」と言うのでした。

 ひと休みした亭主はもう一度蕎麦屋まで出掛ける。昼に昆布と干し椎茸を浸けておいた鍋に火を入れて、小一時間掛けて出汁を取ったら、その間にカウンターに干してある沢山の盆や蕎麦皿を片付ける。天麩羅の具材も何もなくなっていたから、明日の朝も忙しくなりそうなのです。ショッピングモールまで車を入らせて、桃やスモモやサクランボに、夜は土用の鰻だと言うから、シジミを買って帰るのでした。大相撲も終わる頃に家に帰って、二人で最後の何番かを観ながら、美味しく鰻を食べるのです。亭主もさすがに付かれたので、今日は夕食の後にやっと遅い昼寝をして、風呂を出てから解禁の焼酎を飲みながら、このブログを書いているのです。