1月1日 木曜日 2026年 明けましておめでとうございます

夕べも7時間近く眠って、今朝は6時過ぎに目が覚めました。隠居の生活に慣れてきたのか、年末年始にこんなにゆったりと眠れたのも珍しい。残念ながら朝は雲がかかって日の出はすぐには見られませんでした。高校のクラス会のLINE仲間たちが、次々とご来光の写真を載せて新年の挨拶を交わすものだから、朝から電子音が鳴り響き続けるのです。時代は変わったのですね。新居での初めての正月は、女将と二人で質素なお節と雑煮を食べて迎えました。

洗面と髭剃りを終えて着替えたところで、外が随分と明るくなって陽も差してきたのです。お隣の広い畑の向こうを、9時前だというのに郵便配達の赤いバイクが走っていたので、もう郵便が届いているのかと家のポストを見に出ました。新春の挨拶を贈ってくれたひと束の年賀状を持って居間の部屋に入る。古くからの友人達から「蕎麦屋の廃業、お疲れ様でした」と言う言葉と共に新年の挨拶。だいぶ昔の教え子達からもまだ頼りが届くのでした。

9時半になったら女将が「初詣に行きましょうよ」と、近くの小竹神社に誘うから、亭主も歩けるかと心配しながら家を出る。曲がりくねった小竹の道は、昔ながらの広い屋敷が多く、柚子や柿の実が枝にぶら下がって冬の景色なのでした。途中で「おめでとうござます。今年も宜しくお願いします」と子連れの若い夫婦が挨拶するものだから、誰かと思えばすぐ隣のご主人と奥様。挨拶を返した後で、後ろから歩いて来た奥様を見て気付く年寄り夫婦なのでした。

地域の古くからの神社は、結構、朝から人が訪れていて、神主さんがお祓いをしてくれ、脇のテントでは甘酒を振る舞ってくれた。帰りは亭主の散歩道を通ってバス通りに出て、そのまま自宅まで歩いて行く。行って帰って約3000歩だから、ちょうど好い食後の運動なのでした。風は冷たかったけれど陽射しが暖かいので助かりました。またコーヒーを淹れて飲みながら、テレビを点けて『孤独のグルメ』を見る。焼き肉や寿司を食べるのを見て食欲をそそられる。

11時になったところで亭主が厨房に入って、作ってあった煮豚を温める。鱠と箸を出して女将が茹でたホウレン草とともにテーブルに運ぶのでした。餅が焼き上がり、乗りにくるんで例年通りの元日の昼食なのです。今年はお節と酒がない分、ヘルシーな正月なのでした。夕べ風呂を出て体重を量ったら、70kg台を維持しているから我ながら偉いと思うのです。年賀状を読んだ女将が、知っている友人達の近況に一人一人感想を言うから面白かった。

物憂い午後はすることもなく、年賀状をもう一度見直して、卒業生達への返信をどうしようかと考えていたのです。結局、葉書も残っていたから、年賀葉書や写真だけ印刷したものに、宛名だけ書いて切手を貼ることにしました。女将の親戚には彼女に宛名を書いてもらったのです。今年のパソコンに入れた住所録には古いものは載せていないので、少しなら書いた方が早いから、悪筆だけれど我慢してもらおう。女将も宛名を書き終えて居間の部屋にやって来る。

そして、二人でポストのある所まで歩いて出掛けたのでした。午前中にも歩いたから、亭主は少し足が疲れていたのだけれど、滅多に二人で歩かないから嬉しくて頑張るのでした。郵便局よりもいつも女将の行っている薬局のほうが近いと言うので、団地の中を抜けて中央通りまで出る。空は青く晴れ渡って午後の陽射しが暖かかったけれど、風が冷たくて手が寒くなるのでした。無事に葉書を投函し終えて、帰りはお袋様のマンション群の間を通って家まで帰る。

午前午後の散歩を終えて、スマホの万歩計は6000歩を表示していたから、今日はかなり動いたのです。冷たい風の中を家に戻っても汗ばむくらいの暑さなのでした。4時になったら亭主は夕食のために、箸を用意したり、コンロや鉄鍋を用意したりと動き回っているのです。明日も買い物に出掛けずに、冷蔵庫に残っている物を食べようと女将と話していたので、黙々と材料と取り皿を用意する。幸い酒も明日までは持ちそうなので、二人で鍋をつつくのでした。
1月2日 金曜日 寒くなるという朝でしたが…

夕べは9時半に床に就いて今朝は6時前に目が覚めました。日中の6000歩の散歩が効いたのか、まったく目覚めずに朝まで眠れたのです。目覚める前に何か一生懸命に食べようとする夢を見た。夜も何も食べずに酒を飲んで寝たせいか、空腹だったに違いない。今日からは寒くなると言う予報でしたが、靴下も履かずに居間の部屋に行って、ブラインドを上げると、昨日と同じ時間なのにまだ外は真っ暗なのでした。雲が出ているとやはり明るくなるのが遅い。

7時近くになったので、亭主は厨房に入って小鉢の食材をレンジで温める。箸と共にテーブルに運べば、やっと女将が起き出して来て雑煮を作ってくれました。よく眠れたと言うけれど少し寝坊したらしい。簡素な朝食を終えたら、洗面と着替えを済ませ、今朝は新聞の来ない日だからか、何故かゆっくりと出来るのでした。何度も見ている『ロード・オブ・ザリング』の映画をテレビでまたやっていた。長すぎるけれど、作り方がとても興味深いのでした。

9時半になったら少し陽も出て暖かくなったので、今日も頑張って散歩に出掛けようと家を出る亭主。夕べよく眠れたのがかなり効いているのです。いつもよく眠れないわけではないのだけれど、8時間近くまったく目が覚めずに眠れたのは、驚きだったからです。お袋様の住むマンション群の間を抜けて、陽当たりの好い中央通りのフェンス沿いに歩けば、風も穏やかで暖かい。調整池の周りを巡るように左に折れれば、なんと向こうから女将が歩いて来た。

いつもの散歩コースなのだと言うから、一緒に歩いてみずき通りに出れば、彼女の歩く道も全部よく陽の当たる道なのでした。途中で一休みしたかった亭主は、彼女を先に行かせて自分は後から歩いて行く。家まではもうすぐそこなのです。万歩計を見れば3000歩。家に入れば暖房を消してあるのに、うっすらと汗ばんで上着もセーターも脱いだのです。「だから私は午前中に歩かないと身体が冷えて駄目なのよ」と、同じく薄着になった女将が言うのでした。

昨日から今日の昼はピザにしてと女将は行っていたけれど、亭主がラーメン・餃子でも食べたいと言う。冷蔵庫に入っているベーコンの賞味期限が切れたのが、ピザにする理由だったから、一日違っても大差ないだろうと、餃子を焼いて女将はご飯をチーンして、亭主は麺を茹でて昼にすることにしました。テフロンのガラスのふた付きの鍋で餃子を焼いたら、旨く焼き上がって好評なのでした。亭主もあっさりとしたラーメンが食えて嬉しかったのです。

午後になったら昼寝かとも思ったけれど眠くならない。女将は駅前の三越に行ってくると言って玄関を出た。亭主はしばらくテレビを見ていたけれど、やはり今夜の酒がなくなってはいけないと、車に乗ってショッピングモールへ出掛けるのでした。例によって地階の平面駐車場は満杯だったから、4階まで昇ったけれどここも満車で5階まで行ってやっと1台停められる場所があった。年末よりは少し空いているのかも知れない。無事に酒を買って家に帰る。

家に戻ってもまだ3時半だったから、午後の散歩に出掛けなければいけないと思って家を出るけれど、散歩の回数が増えると行った所ばかりで行くところに迷ってしまうのです。バス通りの向かい側の小竹地区を、昨日とは反対回りに行けば景色も変わるだろうと考えて出掛けるのでした。森の外れの細道を歩けば、ちょうど夕陽が雲にかかって眩しい。我が家の前のサツマイモ農園のビニールハウスが異質だけれど、これも近所の景色として最近は諦めている。

竹林を抜けて農家の家々を過ぎれば、またバス通りに面した畑に出る。半年前まで蕎麦屋だった平屋の我が家は、駐車場に白い車が止まっているからすぐに判る。遠く駅前の高層マンションガ建ち並び、往復4kmもあるあそこの端まで、三越に出掛けた女将が歩いたのかと思うと、元気なことは好いことなのかと少し疑問に思うのでした。家に戻ってスマホの万歩計を見れば、今日の亭主が歩いた歩数は合計5200歩なのでした。それでも少し汗ばんでいたから好し。

古くからの友人からメールが届いたから、しみじみと読んで返信は明日にしようと、4時半になったので厨房に入る。夜はチーズ揚げと茶碗蒸しと言うことだったので、煮豚を切って辛子を付けて酒の用意をする亭主。食べて一人で一杯やっている間に女将が登場して、まずはチーズ揚げを作ってくれた。テレビでは、何度も見てい『ロード・オブ・ザリング』をやっていたけれど、長いから点けたままで夕食を食べ始める。明日の昼食は、三回目のピザ作りをする予定だったから、お袋様に電話をして食べに来ないかと誘う。
1月3日 土曜日 空は青く久々に雪を見た朝でした…

夕べは9時半に床に就いたけれど、寒くて目が覚めて時計を見れば午前2時半なのでした。暖房入れてまた眠ろうとしましたが、やはり寝付けずにそのまま起き出してしまう。新聞を取りに表に出てみれば、外は真っ白な雪に覆われて、久し振りに雪の朝となったのです。暖かい部屋の中にいたからか、あまり寒さは感じなかったけれど、1年振りの雪景色に少し感動したのです。コーヒーを淹れて飲みながら、女将が起き出して来るのを待つのでした。

正月三日目の朝食は、冷蔵庫に残った煮物と夕べの茶碗蒸しの残り。そして、銀ダラの煮付けなのでした。外に出てもう一度雪の景色を眺めれば、我が家の屋根にも車の窓にもまだ雪が残っている。冬場は太陽が南側の空を通るから、建物の影になって、車の屋根や窓に積もった雪は、午後まで溶けないのでした。女将は散歩に出掛けたけれど、亭主はクラムチャウダーを作るために厨房に入って、ニンジンやキャベツを刻んでジャガイモを入れて炒めるのです。

水150cc、牛乳200ccを入れて煮込み、海老やイカやアサリを入れて、市販のルーを入れたら更に弱火で煮込むのです。市販のルーはいつも同じような味だから、ちょっと物足りないけれど、野菜が取れるので我慢する。お袋様の来る前にと、女将と二人でピザの生地を作り、亭主が捏ねて女将がオーブンで発酵させる。これが20分かかるから、その間に生地の上に載せるトマトやチーズを用意しておく。今日はピザ用のトマトソースを買ってきたので準備万端。

発酵が済んだ生地を半分にして伸し棒でのばし、オーブンの鉄板二つに載せてトマトソースをかけて伸ばしたら、ベーコンとトマトを載せ、モッツァレアチーズをたっぷりと振りかける。これで20分焼けば出来上がりなのです。ちょうどお袋様が時間通りにバス通りを歩いて来るのが見えた。「あれ、箱根駅伝を見ていないの?」とお袋様が驚くように言うものだからテレビを点ける。世間では正月の楽しみなのだと女将がいうのでした。夫婦は普通ではないらしい。

大きなピザを二枚焼いたら、亭主がクラムチャウダーを二杯も食べたので、腹が一杯になってピザを残してしまった。女将だけは随分と食べたらしい。お袋様もあまり食べずに話をしてから散歩に出掛けたのです。これは夜の酒のあてになるのでした。女将は夕刻から買い物に出掛けてまた歩く。亭主はソファーに寝そべってテレビを見ながらウトウトとする。昼寝こそしなかったけれど、夕べの睡眠の取り方が好くなかったのでしょう。明日はプールに行こう。
1月4日 日曜日 いつもよりも寒い朝なのでした…

夕べは10時過ぎに床に就いて今朝は6時前に目覚める。夜中に寒さで2度ほど目が覚めたのですが、逆に寒くて布団から出られなかったのです。居間の部屋に行けば温度計は11℃を表示している。この冬一番の寒さに違いないと、なかなか室温が上がらないので、エアコン以外に石油ストーブを点けて暖を取るのでした。コンクリートの床からは冷気が伝わり、膝からしたは厚い靴下とレッグウォーマーを履いていても冷たいのです。西の空には丸い月が見える。

正月用に用意した煮物や酢の物もいよいよ最後で、今朝のおかずは亭主が二回目に作った煮豚の残りが出て来た。十分な種類のおかずなので、納豆も出してくれたけれど食べられなかったのです。今日からスポーツクラブが始まるので、まずはプールが泳げるのかを確認しなければならない。始まっていたとしてもボイラーを点けるのは年が明けてからだから、十分に水が温まっていない可能性があるので、心して行かなければいけないと思っている。

車外温度は11℃まで上がっていたけれど、風は刺すように冷たくて、プールには客も疎らなのでした。他の教室などがなくて、6コースすべてが一般に開放されていました。誰もいないプールサイドに一番乗りで入れば、ライフガードの女の子が愛想良く挨拶をしてくれた。50mを歩くコースで進み、次の50mは隣のコースに入って背泳ぎで25m、平泳ぎで25m、クロールで50mと、人がいないのでゆったりと泳ぐことが出来また。今日はいつもより長く泳いだ。

帰りに地階のスーパーに寄って、肉や魚を6000円も買って帰る。明日はお袋様と買い物に行く日なのでしたが、一度には荷物が多すぎて持ってくるのが大変だから、品物を見て好いものは籠に入れるのでした。家に帰れば、昼は蕎麦なのでお湯を沸かしてとろろ芋の皮を剥いてすり下ろす。女将がサツマイモと糸昆布の煮付けを温めてくれて、女将の分は一人前、亭主の分は1.5人分の蕎麦を茹で、冷たい水で洗って皿に盛り、二人で美味しく昼を食べるのでした。

12時前に昼食を終えて、亭主は奥の寝室に入ってひと眠り。室温13℃だったから暖房を入れて布団に潜るのでした。1時間ほど眠って暖房で暖まった居間の部屋に行けば、女将のスマホとスポーツクラブの予約ノートが置いてある。そうだ、二週間後の月曜日の予約は2時過ぎなのだと椅子に座って柿を剥いてもらう。富有柿の冷蔵保存というのを買ってきてみたのだけれど、これが種もなく甘く美味しい。無事に予約も済ませて、さて、午後の予定は?

女将がショッピングモールまで行って本屋を見て来ると言うので一緒に家を出る。家から1.5kmはあるから、亭主にはちょっと難しい距離なのです。手前のコンビにまでは1.2kmだから、切れた煙草を買って帰って来ても好いと思ったのです。それでも歩いては初めての距離だから「『賢人と愚人の会』でまた歩くのでしょ」と、女将に励まされながら彼女に付いて行くのでした。途中で郵便局にも休憩用の椅子があったり、老人のための設備は公園にもあった。

無事にコンビにまで歩いて女将と別れ、煙草を買って公園の椅子で休み、陽の当たる郵便局の椅子に座って休憩したけれど、女将の帰るまでは待てないから、一人で歩いて帰ることになるのでした。やっと見慣れた散歩道に戻って西の小径の階段を昇れば、家はもうすぐそこなのでした。スマホの万歩計は7000歩弱で、過去最高の歩数を示していました。週に一度でもこの距離を歩けば、リハビリも格段と進むのではないかと、年明けの新しい境地に嬉しくなった。

4時半を過ぎたら亭主が動き出し、焼酎と炭酸に氷を入れたグラスを用意して、昨日買ってきたホルモン焼きのパックをテフロンのフライパンで焼き始める。網で焼くのは煙が出て、セキュリティーに引っかかったばかりだから、フライパンに蓋をして焼いたのだけれど、600円も出してほんの少しの量なのは、焼き肉店と同じなのです。でも、歯ごたえがあって美味しいので好しとする。女将は焼売の残りを野菜と共に蒸かして、夕食にするのでした。
1月5日 月曜日 日は出たけれど車外温度は2℃と寒い朝…

真っ白な霜が降りて、今朝も寒い朝なのでした。昨日は昼間動きすぎたのか、夜の9時にはテレビを見ながらウトウトし始めて、布団に寝た方が好かろうと寝室で休んだのです。ところが、あまりにも早く寝始めたものだから、夜中の1時半には目が覚めてしまい、結局、朝方になってもう一度眠ることになる。次に目覚めたのは6時半過ぎで、女将が厨房に入って朝食の支度を始める頃なのです。亭主は小鉢をテーブルに運び、鰤の照り焼きが焼けるのを待つ。

朝食を食べ終えて洗面と着替えを済ませたら、お袋様と買い物に出掛ける準備をして、テレビの前で一服するのでした。空は雲が出て来て陽射しも薄れ、農産物直売所に行けば、今日から開店と思っていたのが明日の6日からだと判って、隣町のスーパーまで車を走らせる。寒いからか駐車場もいつもより車が少なく、店員達がまだ野菜を出しているところなのでした。魚と肉は昨日買ってあるので女将のメモにあるものと肩ロースのかたまりと苺を買って帰る。

家に帰れば女将が玄関まで荷物を取りに来てくれた。苺を買って来たよと言えば、「今日はイチゴの日なのよ」と嬉しそう。しばらく居間の椅子に座って休憩する。やはり昨日歩きすぎたからか、今日は足の調子が好くないのです。だるいというのかどうしても足を引きずるようにして歩いてしまう。少し休んだら元気を取り戻して、厨房に入って昼の支度を始める。昼は女将の好きなソース焼きそばを作る予定です。今日は大きなフライパンで野菜や肉を炒めた。

亭主は先日残したクラムチャウダーを温めて食べる。どうもソース焼きそばはおやつのようで、食事とは思えないのです。それでも腹が一杯になってしまうから、虚しいというか満足できない。年賀状の配達があって、遅れて届いた中には一番年下の孫が書いたものが目に留まった。蕎麦屋の頃に来たのを思い出してか、また天麩羅が食べたいと書いてありました。4月からは中学生だというから、自分たちも随分と年を取ったような気がするのでした。

遅い昼寝から目覚めて、隣の畑に出てみれば、4時を過ぎたというのにまだ夕陽が沈まずに残っていました。日が長くなったものです。下のお宅の奥様が犬の散歩で西の小径を歩いて来たから、「随分と日が長くなったのですね」と挨拶を交わすのです。向かいのサツマイモ農園も今日の営業を終わりにするらしい。スポーツクラブから帰って苺を出してくれた女将は、更にヨーグルトを食べている。今夜は常夜鍋にするのだとか。亭主は煮豚で一杯やろうか。

4時半になったので亭主は焼酎と炭酸にグラスに氷を入れて、酒の肴を用意し始める。女将がチーズを餃子の皮の残ったのに包んで揚げてくれた。キムチとチーズ揚げでまずは一杯やっていたのですが、普通の炭酸しか売っていなかったから買って来たものの、やはり強炭酸でないと美味しくないのでした。煮豚が出て生椎茸のマヨネーズ焼きが出たけれどこれは頂けない。なんでもマヨネーズを付ければ好いと言うものではない。最近の簡単レシピは安易です。

煮豚も小さな鍋で煮たものだから、芯まで火が通らなくて硬くなってしまった。これは失敗なのでした。女将が大きな鍋で煮直してくれたので、明日は美味しく食べられそう。食後の短い時間で女将が厨房で柚子のジャムを作っていた。これがなかなか美味しいのでパンを焼いて付けて食べている。亭主は正月に餅を余り食べなかったから、明朝は焼き餅をリクエストする。昼は亭主がカレーを作る予定なので、揚げたてのトンカツでも買いに出掛けようか。
1月6日 火曜日 やはり寒さは増しているのか…

夕べは9時過ぎにはもう眠くなって床に就きました。今朝は6時前に目が覚めたから、8時間以上は眠っていたことになります。それというのも寒さが一段と厳しくなって、今朝も外は氷点下で布団の中の方が暖かいから。これではいけないと起き出して湯を沸かしコーヒーを淹れる。別にする事があるわけでもないけれど、7時前には女将が厨房に入るから、箸を並べたり小鉢を運んだりしなくてはならない。晴れの予報だったけれど朝は雲が多いのでした。

朝食を終えて洗面と着替えを済ませたら、今日は珍しく亭主が厨房で食器洗いを始めるのでした。この後で昼のカレーを仕込まなければいけなかったから、女将に変わって亭主が皿を洗い、女将が拭いて戸棚に片付けるのです。二人でやると速い速い。早く片付けてまな板を出してカボチャやニンジン、玉葱などを切っていく。最後に肉を切って煮込んでいくのです。野菜が煮えたらルーを入れて、もう少し火を入れておく。9時過ぎには仕上がって買い物に行く。

今日も風は冷たかった。9時半には隣町のスーパーに着いて、最初のお客が帰る人もいるので、入り口に近い駐車場が空いていた。目的はトンカツと牛乳、おでん種だけだからすぐにレジに並んで、10時には家に戻りました。女将が歩いて駅前まで買いに行けば1時間以上はかかるので、今日は女将にとっても、少しは楽なのです。亭主も仕事があったから午前中は充実した気分なのでした。昼はカツカレーが食べられるし、問題は午後の過ごし方なのです。

今年初めてのカレーはやはり美味しい。トンカツを一枚のせて、ご飯も多めだったから食べ終えたら腹が一杯になった。満腹になるとやはり眠くなるのです。奥の寝室に入ってベッドの上に横になれば、程なく眠りに落ちるのでした。1時間あまり眠ったところで、妙な夢を見て目が覚めました。蕎麦屋を辞めたはずなのに、駐車場には車が一杯だった夢を見たのです。蕎麦屋の夢を見るのは初めてのことなのでした。女将は自室にこもって書道をしているらしい。

休憩時間にスポーツクラブの予約を取ってやれば、柿を剥いてくれてコーヒーを沸かして飲む。午後は退屈だから早くから動いた方が好いと、亭主は防寒の支度をして散歩に出るのでした。陽射しはあるけれど風が冷たく、どこまで歩けるのか判らないから、手袋をして毛糸の帽子を被ってまずはお袋様のマンションの坂を下って中央通りに出るのです。さあて、そこから陽射しの当たる歩道を進めば寒さも気にならないだろうと、調整池に沿って進むのでした。

足の具合は昨日よりも調子が好く、やはりあまり長いこと歩き続けると何処か無理が出て来るらしい。一日休んだから回復しているのでした。ぐるりと調整池を回るようにして、住宅の中の通りを歩き家の下の通りに出て西の小径の階段を昇れば、もう家はすぐそこなのでした。お習字を書き終えた女将が厨房で晩のおでんの支度をしている。亭主はまだ昼のカレーが腹の中に残っているようで、余り食欲が出ないのでした。どれだけ食べられるだろうか。

酒の肴に女将の分も含めて真蛸を切って、焼酎と強炭酸を用意する。ちびりちびりと飲んでいれば、土鍋を持って女将がやって来たのです。思ったよりも分量が多く、買ってきたはんぺんや袋物は入らなかったらしい。ところが食べてみると久し振りだからか、これが美味しくて箸が止まらない。熱々のおでんに冷たい焼酎がまた合うのでした。女将もご飯をよそってきて食べ始めれば、なんと鍋の半分くらいは食べてしまったから驚きなのです。

1月7日 水曜日 暗く寒い朝です…
夕べは寒くて2度も夜中に目が覚めたのです。あまりに寒いものだから、明かりを点けて枕元に置いてある温度計を見れば10℃なのでした。これでは冷蔵庫の中の温度と変わらないから寒いはずで、3時過ぎにエアコンの暖房を入れてもう一度眠ったのでした。6時過ぎにやっと目覚めて、居間のブラインドを上げれば、まだ外は真っ暗で夜が明ける気配もないのです。駐車場に停めてある車の窓を見れば、どうやら雨が降っているらしいのです。

女将が厨房に入ったから、亭主は箸や取り皿を並べて、昨日のおでんの残りが温められるのを待つ。昨日は入りきらなかったはんぺんや袋物が入った土鍋を女将が運んできた。デザートの苺の色が鮮やかなのでした。足元が寒いからエアコンの暖房の他に石油ストーブも点けている。こちらは直接暖かい風が出て来るから暖かいのです。食事を終えて少しからだが暖まったので、二粒の薬を飲んで洗面所に向かい、歯磨きをして髭を剃る。そして着替えるのです。

ひと休みしたら少し早いけれど、女将に声をかけて車に乗り込んだらプールに向かうのでした。最近は駐車場も9時半を過ぎるともう混んでしまうので、9時20分に着いて空いているスペースに車を停める。地階のスーパーは9時から営業しているので、五目そばの材料を見てこようと思っているのです。さがしても鶉の卵とヤングコーンは見当たらないので、係の女性に聞けば鶉の卵は普通の卵のコーナーにあるという。ヤングコーンはなくなったのだそうな。

冷凍した大きな海老とイカを買って、四階のスポーツクラブに行けば、ちょうど10時15分前なのでした。着替えを済ませ、階段を下りてプールの扉の前で待てば、すぐに明かりが点いてドアが開けられた。並んでいた年配の女性達と争うようにシャワーを浴びて、歩くコースに入って50mのウォームアップ。隣のコースがもう3人も泳いでいたので、そのまた隣のゆっくり泳ぐコースに入って泳ぎ始める。今日も去年よりは沢山泳いで20分たったらプールを出る。

家に帰って昼の支度をすれば、白菜の残りを使い切って欲しいと言うので、中華鍋に沢山の具材を入れてあんかけ湯麺の汁を作る。野菜たっぷりの昼食で女将も亭主も身体が温まるのでした。腹が一杯になったところで、ひと休みしたら女将はスポーツクラブへ出掛け、亭主は寝室に入って午後の昼寝です。1時間ほどして目が覚めれば、雨はすっかり上がって陽が差していたから、午後の散歩に出掛けるのでした。今日は昔の家まで出掛けてみたのです。

懐かしい道に懐かしい家々が昔と変わらぬたたずまいで、静かな風景を見せてくれる。門を開けて陽当たりの好い庭に入れば、沢山の水仙が咲き始めていた。根元まで切り倒したはずのウチワサボテンは、また新しい芽が出ているではありませんか。昔の亭主の書斎は障子を開けたまま、冬の陽射しが部屋の奥まで差し込んでいる。来週には地元の不動産屋に鍵を渡す予定だから、もうこれが見納めと昔ペコと歩いた公園の方まで行ってバス通りに戻るのでした。

スポーツクラブから女将が帰って、先に散歩から戻っていた亭主は、「寒くなかった?」と尋ねるのでしたが、2km近い道を歩いて来たばかりだから暑いらしい。林檎を剥いてくれたので食べながら、亭主は書斎に入って年賀状の返信の文案を考える。夕飯の支度を始める女将に、残り物を尋ねれば結構沢山あって、白菜のキムチと昨日のトンカツを温めてまずは一杯飲み始めるのでした。真蛸の刺身が出て、チーズ揚げと納豆揚げを食べたら、もうお腹は一杯。

問題は明日のプールに行くかどうかで、続けてはいかない方が身体が休まるのですが、大した距離を泳ぐわけではないので、行った方が好いのかも知れない。金曜日もプールに行く予定だから、三日連続になってしまうのです。昼は寒い日だと言うから女将の手前、蕎麦を食べるというわけにもいかない。暖かい蕎麦にして天麩羅を載せてもいいのかも知れないが、蕎麦はやっぱり冷たい方が美味しいのです。明日の天候を見てから考えようと思う。
1月7日 木曜日 今朝は今季一番の寒さか…

夕べは10時に床に就いたけれど、やはり寒さで夜中に2度ほど目を覚ましたのです。3時過ぎに部屋の暖房を入れてまた眠ったら、6時半までしっかりと眠る事が出来ました。新聞を取りに玄関を出れば、駐車場の車も周りの畑も真っ白な霜に覆われて、さすがに寒さはいつもと違うと感じるのでした。居間の暖房を点けてもなかなか暖まらないから、石油ストーブを点けて暖める。コーヒーを淹れて飲み終わる頃に女将が奥の座敷から現れて食事の支度を始める。

今朝は黒豆ご飯におでんの残り。三日目なので味か沁みて美味しい。食事を終えたら、洗面と着替えを済ませて居間に戻れば、女将が「今日はプラゴミの日だから頼みましたよ」と玄関脇に置いた黄色の袋を指さす。女将が食器を洗っている間に、亭主は西の小径の階段を下りて、集積場までゴミを運ぶのです。隣の畑は朝日を浴びて、陽の当たるところだけが霜の溶けているのが判る。陽の力というものは素晴らしいのです。空が青く今日は好い天気になりそう。

プールへ行く用意をしてまたコーヒーを淹れる。今日はどれだけ泳げるだろうかと思いながら、立体駐車場に車を停めてまだ開いていない店の前の通路を歩き、エスカレーターに乗って3階の通路を歩いたら、またエスカレーターに乗って4階まで上がる。プールは混んでいて30人ほどのご婦人達が歩くコースに入っていたのです。木曜日は水中エアロかなにかの教室があるので、それまでのウォーミングアップのようでした。亭主も20分たっぷりと泳いだのです。

家に戻れば女将は午前中の散歩に出たようで、「寒いと思ってマフラーをして出たら、暑くなって汗をかいてしまったわ」と言って帰ってきた。「それじゃあ蕎麦でも好いの?」と、すかさず亭主が言えば大丈夫だと言うので、早速、天麩羅を揚げるのでした。インゲンとおでんで使わなかったちくわと海老を揚げて、沸かしておいた鍋で蕎麦を茹でる。ちくわの天麩羅が思ったよりもカラッと揚がったので、美味しい昼飯を食べられた。亭主は例によって1.5人前。

食べ終えたらお茶をもらってすぐに寝室に入る。12℃しかなかったのでエアコンの暖房を入れて横になれば、すぐに眠くなるのでした。1時間以上眠ったところで女将が「お父さん、お願いします」と起こしに来た。スポーツクラブの予約をしなければいけなかったのでした。林檎を剥いてくれて無事に予約を取ったら、椅子に座ってテレビを見る。今日はクリント・イーストウッドの『ブロンコ・ビリー』という映画で、初めて始めから観たのです。

3時半に映画は終わって、その間に女将は買い物に出掛けて、帰って来た頃にやっと映画が終わるのでした。今度は亭主が午後の散歩に出る番なのです。冷たい風が強くなってきたけれど、近場で好いからと小竹の集落の間を通って、自宅の前のバス通りの向こう側の広い畑と家々を、ぐるっと回る形で歩いて行くのでした。早咲きの菜の花がもう咲いていて、遠く駅前の高層マンションが見える。夕飯はジャガイモのグラタンだと女将が言っていたのを思い出す。

家に戻ればもう女将が厨房に入って、ジャガイモのグラタンの用意をしていた。亭主は白菜のキムチと玉葱天を焼いてもらって、今宵の酒の支度をするのでした。ニュースを見ながらちびりちびりと酒をすすれば、次第に腹が減ってくる。ジャガイモのグラタンが出来た頃には、すっかり食べる支度が調っていて、久し振りのグラタンに舌鼓を打つのでした。煮豚を賽の目に切って載せたところが今日のヒットで、これがまたとても好い味なのでした。

明日は金曜日だからまたプールへ出掛けようと思うけれど、土曜も泳げば連続四日になってしまう。月曜日はお袋様と買い物に行く日だから、プールには行けないので日曜日も泳ぐとすれば、五日連続のスケジュールになるのです。火曜日がスポーツクラブの定休日なので泳ぐことは出来ない。身体の疲れ具合を見て考えるほかにないだろうと思うのです。今日も3000歩以上歩いたから、まずまずの運動量なので、一晩眠って身体の調子を見なければ…。
1月9日 金曜日 羽毛布団を冬用に替えたらよく眠れて…

女将が冬用の羽布団を出してくれたので、夕べは暖かくして眠れたのです。11時に床に就いて朝の6時過ぎまでぐっすりと眠れたので快適だった。エアコンの暖房を入れた居間の部屋に行けばとても寒く感じたから、温度計を見れば12℃とまだ寒い朝なのでした。湿度はLLと表示が出て低すぎて数字が出ない。隣の畑を見れば、いつもなら真っ白な霜が降りているのに、霜も見えないほど乾燥しているのです。熱いコーヒーを淹れて石油ストーブを点けました。

間もなく女将が厨房に入って、「今朝は私がエアコンを入れたから、まだ暖まっていないでしょ」と言うのです。起きてすぐに白湯を飲むのが女将の日常だから、その時に暖房を入れたらしい。朝食が終わってお茶をもらったら、女将は自分の部屋に引っ込んで、亭主は洗面と着替えを済ませる。そして、寒い中を生ゴミの袋を持って西の小径の階段を降りるのです。我が家ではゴミ袋半分くらいしかないのに、ご近所は皆袋一杯のゴミがあるのでした。

トイレに20分ほど籠もって排便したら、すっきりしてまたコーヒーが飲みたくなるのでした。少し早めに女将に声をかけて、車に乗り込めば車外温度は9時半だというのにマイナス2℃なのでした。空は晴れて陽射しがあるけれど、今日は相当に寒いのです。早めにスポーツクラブについてロッカールームに急げば、まだ10時までには10分ほどある。椅子に座りながらゆっくりと着替えて、準備運動をするのでした。階段を降りればもう小母さん達が並んでいる。

楽しそうな会話と大きな笑い声が、プールの前の階段に響き渡るのです。4番手で入り口を入れば、プールサイドを走る女性達に圧倒されて、シャワーの順番が最後になってしまうのでした。皆さんやる気満々なのです。明日からの三連休のせいか、今日のプールは随分と混んでいた。帰って女将に話をすれば、連休中は主婦はなかなかプールになど行けないと言うのです。昼は先日作って冷凍したカレーを温めて、煮豚を切って上に載せたカレーライスです。

美味しい昼食を腹一杯食べたら、すぐに眠くなるから嬉しいのです。陽の当たらない寝室は12℃の冷たさだから、エアコンの暖房を入れてベッドの上に横になる。それでもすっと寝入ったのはまだ12時前なのでした。1時間ほどで目が覚めれば、女将はスポーツクラブに出掛けて行ったらしい。昼に飲みかけのお茶を口に入れて、テレビを点けて映画を観る。ちょうどBSで古いジョン・ウェィンの映画をやっていたので、最後まで観ていたら女将が帰ってきた。

3時過ぎだから散歩に出るには少し早すぎる。「お酒を買ってくるんじゃないの?」と女将に言われて、今夜の酒がないことを思い出したのです。車に乗って国道沿いの酒屋まで行っていつもの黒伊佐錦を買って帰る。居間のテーブルに酒を置いたら、そのまま散歩に出掛けるのでした。西の小径の階段を降りれば、ちょうど西日は正面から照りつけて暖かいのです。調整池の周りを回って帰って来れば、帰りも陽の当たる道を歩くことが出来ると、ゆっくりと歩く。

家に着いて万歩計を見れば、それでも今日は5000歩に届かなかった。スポーツクラブの地階で強炭酸だけを買っただけで、いつもなら店内をうろうろと歩いて、他の買い物をするから目標の歩数に届くのです。強炭酸だけはここが安く、酒屋の半額で同じものが買える。家に戻れば4時半で、女将はまだ厨房に入っていなかった。今夜は常夜鍋にすると言っていたから、亭主は氷をワイングラスに入れて、白菜のキムチを肴にちびりちびりと酒を飲み始めるのです。
