2025年9月中旬



9月10日 水曜日 いよいよ明日は引っ越しの日だけれど…

 今朝も6時間半の睡眠で心地よく目覚め、熱いコー淹れて明るくなるのを待つのでした。5時半前に待ちきれずに、ゴミ袋と剪定ばさみを持って玄関を出る。4本とばかり思っていた木槿は全部で5本あった。2本だけ剪定が終わっていたので、残る3本の木を左端から片付けていく。下の道路側からだと脚立が必要なので、玄関前のテラスの側から取りかかる。手前の枝から下から上に向かって切っていけば、向こう側に張り出している枝を掴むことが出来る。

 途中休憩をしたけれど、すべての枝を落とすには、たっぷり1時間半はかかったのです。虫よけスプレーのお蔭で蚊に刺されずに済んだけれど、軍手を着けるとやりづらいので、素手で枝を掴んで切っていくので、多少のひっかき傷ができた。短い剪定ばさみが一番使いやすく、力も入るので多少太い枝でも切っていくことが出来るのです。ある程度綺麗になったところで、ゴミ袋に入れられなかった枝を詰めていくのですが、これが大変で4袋で朝食の時間。

 涼しかったのにすっかり汗をかいて、居間の部屋のエアコンのスイッチを入れ、食堂に冷気を送るために扇風機を点ける。昨日の残り物と鰺の開きを女将と半分ずつ食べて、亭主はすぐに食べ終えてしまうのでした。痛風と血圧の薬を飲んだら、居間の部屋でひと休みしてお茶をもらうのです。血圧は毎朝毎晩測っているけれど、120から150と安定しています。この間、医者で血液検査をした結果では尿酸値も8とやや高めですが、これが普通の状態なのです。

 今朝も食後に書斎に入って、30分ほど横になってひと眠りした。その間に、女将が亭主の袋詰めを終わらなかった剪定した木槿の枝を、全て袋に詰めて集積所に運んでくれたから申し訳なかったのです。「明日引っ越し屋さんが来て、荷物を運ぶのに邪魔になるから」ともっともな事を言われて恥ずかしかった。洗面を終えた亭主は、パソコンのプリンターと廊下に残った椅子を車に積んで、蕎麦屋に出掛けるのでした。机の読み本棚は綺麗に片付きました。

 蕎麦屋で明日の引っ越しの荷物の置き場所を確認したら、11時前に家に戻って昼食の用意を始める亭主。食堂のテレビはドジャース戦のチャンネルに合わせて点けたままなのです。タマネギとニンジンとピーマンを刻んで、肉を入れて油で炒め、チーンしたご飯を入れて塩とコショウで味付けする。とても綺麗な仕上がりで、鶏ガラスープの素がないのに、とても美味しく食べられた。午後はまた亭主が書斎に入って昼寝をしている間に、女将はスポーツクラブに出掛けていくのでした。引っ越しセンターや洗濯機の付け替えの業者からも連絡が入り、いよいよ引っ越し前日の気分になるのです。


9月10日 木曜日 引っ越しはわずか2時間で終了…

 今朝も5時過ぎから起き出して、書斎の本を片付け始めた。本棚は漢文学体系と鴎外全集の並んだ本棚は蕎麦屋に持っていかないので、中身だけ後でゆっくりと運べば好いと思っている。取りあえず今日は、午後から引っ越し屋さんが来るから、持っていく本箱だけは空にしておかなくてはならないのです。朝食までに廃棄する文庫本を紐で括って床に並べておきます。食後に机の上のパソコンとプリンターは蕎麦屋のカウンターに運んで置いておく。

 昼食までに書斎の押し入れの中にあった使えそうな本箱を整理する。世界の美術館の写真集と文学の写真集を、紐で括って蕎麦屋に運んでもらえるように用意しておくのでした。歳を取ったら文字ばかりではなかなか読めないので、写真に残したもののほうがまだ見る木が沸いてくるというもの。しかしこれが重たくて自分では到底運べそうにないのです。11時になったら台所に立って、餃子を焼きながらざるラーメンを茹でる。女将は葱と海苔を切ってくれた。

 昼食を終えてひと休みした頃に、引っ越し屋さんから電話が入って、予定よりも1時間早く来ると言うので驚いた。2時過ぎに2㌧トラックが2台もやって来て、5人の作業員が慣れた手つきで次々と荷物を運び出す。若い人ばかりなので、段ボールに詰めた本なども二箱ずつ軽々と持ち上げて運んで行くのでした。ものの1時間もしないうちに家の中の荷物はみるみるなくなって、空いた部屋から順番に女将が掃除機を掛けてくれるのでした。

 二階の部屋の洋服ダンスも分解して難なくトラックに積み込み、二つあった背の低い箪笥も狭い階段を二人がかりで降ろしていくのです。手際のよさと言ったら驚くほどで、3時になる頃にはすべて積み終えて、女将が支払いを済ませるのでした。亭主はトラックよりも一足早く車で蕎麦屋に出掛けて、すぐにやって来た班長さんに置き場所を説明するのです。大きな物だけはとにかく所定の場所においてもらって、段ボールの本は壁際に積んで置いてもらう。

 3時半にはすべて搬入し終えて、冷えた飲み物を一人二本ずつ持って帰ってもらうのでした。そのまま女将と二人で隣町のスーパーに出掛け、足りなくなった肉や野菜を買い、夜は寿司を買って簡単に済ませることにしました。亭主は女将を家まで送って、蕎麦屋に戻り、パソコンのWi-Fiを接続しようと、パスワードを入力するのですが、これがどういうわけか繋がらない。仕方がなのでそのままにして、家に戻って夕食を食べるのでした。

 がらんとした書斎や居間は、何もないからとても広く感じた。夕食を食べ終えても、いつものように居間の椅子に座って休むことも出来ずに、畳マットに横になってテレビを観るのですが、どうも身体が休まらない。夜は畳マットにマットレスを敷いて、布団を敷いて寝たけれど、キャンプ場で寝ているような気分でなかなか眠れないのです。涼しかったから、いつしか寝込んでしまったけれど、やはり夜中に目が覚める。身体の節々が痛いので悶々としていた。


9月12日 金曜日 引っ越してこれからが始まりの新生活…

 ゴミの中で目覚める朝なのでした。板の間に畳マットとマットレスを敷いて、布団を乗せただけの寝床は、ぐちゃぐちゃになって気持ちが悪かった。シーツに皺が寄っていると眠れないとは、子どもの頃からお袋様に厳しく躾けられたせいか、やはり夕べは寝不足なのでした。腰痛を抱えて初めて解ったのは、ベッドは起きやすいということ。身体の柔軟性が失われているせいか、床からいきなりは立ち上がれないのです。早く柔軟体操を始めなければ…。

 椅子に座ってコーヒーを飲む習慣がついていたので、6時前には蕎麦屋に行って、運び込まれた荷物の配置をどうしようかと考えながら、熱いコーヒーを飲むのでした。どうも奥に置いた長椅子と回転椅子が大きすぎて、蕎麦屋の店舗だったところに置くと、奥行きがない状態で座りにくいのでした。縦横を入れ替えて置いてみてはどうかなどと考えながら、今の自宅の居間はかなり広かったと、得るものと失うものがあるのを実感するのです。

 朝食を終えてからも、家に居ても休む場所がないので、すぐに蕎麦屋に出掛けていく。何度試して見てもWi-Fiが繋がらないので、このブログを書くのが遅れてしまうからと、家で使っていたコードを持って来て昔ながらのネットを開通させるのでした。タブレットの方は2台ともWi-Fiで繋がっているのに、同じパスワードで繋がらないのは不思議なのです。しばらくはルーターからの線が邪魔だけれど、なんとか解決策を見つけようと思うのです。

 洗濯機も物干し台も蕎麦屋に運んで来たので、女将が洗濯物を持ってやって来た。彼女はテレビで朝ドラや大相撲が見られないうちは、こちらに移って暮らさないつもりのようだ。昼はまたしても冷やし中華を作って食べる。いつもと同じように、女将が錦糸卵とキュウリを切って、亭主がモヤシと肉を茹でて、麺を茹でて盛り付けるのです。食後も家では休まらないので、蕎麦屋へ出掛けてカウンターの上を片付けながら、全体の配置を何度も考えるのです。

 長椅子がスペースを取りすぎるので、どうしても窮屈になる。しかし、長椅子だけを捨ててしまうのは何か寂しい気もするのです。取りあえず置いてある半分の高さの本棚をどこかい置いて、カウンターの椅子をもっと左に寄せれば、通り歩きの邪魔にはならないかも知れない。半分の高さの本棚は奥の座敷に入るだろう。亭主の使う座敷は、一番広いのでゆったりと使えそうなのです。女将の使う部屋は居間までよりも狭くなるけれど、日当たりが良いのです。

 カウンターの下と脇に積んだ本を少しずつ片付けて、本棚の中に入れてしまえば、今の状態よりはずっとすっきりするはず。家の書斎にはまだ持って来ていない本が随分あるけれど、どれだけ持ってこられるかは、実際に棚に本を並べてみないと判らない。焦ることはないから、これも少しずつやっていくしかないのです。午後はまた激しい雨が降りだして、スポーツクラブへ出掛けた女将の帰りを心配する亭主。またしてもスマホを持って出なかったらしい。



9月13日 土曜日 引っ越し後の居間でやっと眠れた朝…

 蕎麦屋の奥の座敷から、お袋様にもらった座椅子を持って来たので、昨日の夜は少し寛ぐことが出来た。テレビを観るにしろ、お茶を飲むにしろ、背もたれがないと休んだ気がしないのは歳のせいだろうか。奥座敷に置いてお客のいない時間に休んでいたのです。立ち上がるのにひと苦労していたのですが、昨日の辛さから考えたら随分と楽なのでした。5時半に目が覚めてコーヒーを淹れたら、この椅子に座って約1時間、テレビを観て頭を目覚めさせた。

 朝飯前のひと仕事は、蕎麦屋に出掛けて昨日のブログの続きを終わらせて、今日の仕事の段取りを考える。朝食を食べたらひと眠りしようと横になるけれど、食堂で女将の見るテレビの音がうるさくて、なかなか寝付かれないのです。10時になったら昼飯まで再び蕎麦屋に出掛けて、新しい居間の整理をするのでした。なんとか長椅子も使えそうで、ギリシア神話の本を紐解いて本棚に並べる。11時まで整理をして、家に帰って玉葱と肉と卵で素麺の付け汁を作る。

 食後はドジャース戦を観て、女将が「そろそろ行きましょうか」と言うので蕎麦屋に出掛けて、瀬戸物の入った廊下の押し入れを片付け始める。二人でやると随分とピッチが上がるのです。まったく使っていなかった沢山の新しい皿や丼などもすべて廃棄だから、ちょっと勿体ないと思うのでした。昔買ったのにまだ読んでいない本なども皆同じ。ゴミ袋を何杯か詰め終えたら、女将もテーブルの椅子に座って休憩するのです。今度は居間と食堂はひと続きになる。

 使わなくなった洗濯機と、捨てるのが惜しいと思った勉強机や食堂にあった椅子は、新しい家の中には入らないので、玄関前のテラスに置いてある。向かいのサツマイモ農園の事務所が出来たら、使うかも知れないので今度聞いてみよう。3時半になって、「何食べるものがなくなった」と女将が言うので、隣町のスーパーに出掛けて見る。今日はサンマを食べたかったらしい。肉や豆腐も買って家に帰り、亭主はその足でブログを終わらせに蕎麦屋に来たのです。


9月14日 日曜日 世間では三連休だけれど、今朝も早朝から…

 床の上に敷いた布団で三日目の朝を迎えた。座って休むことが出来ないので、夜も風呂から上がったらしばらくテレビを観て、布団の上でゴロゴロしていたら、もう眠くなるのです。9時過ぎに寝付いて、目覚めたら朝の4時過ぎだから、7時間は十分に眠ったことになる。コーヒーを淹れて一服したら、机や本棚のなくなった書斎で、廊下の押し入れに入っている本を取り出して紐で括る。学生時代までに熱心に読んだ『世界の歴史』なのです。

 写真で世界の文学を載せた小冊子の束も思い切って捨てることにした。毎週、本屋さんが家に届けてくれたのだったと女将に言われる。居間の部屋に持って来て、椅子に座りながら紐で括ったら、もう6時を回っていたので、朝飯前に蕎麦屋に出掛けて今日の仕事の段取りを考えようと車を出す。P.P.M.のCDは随分と買ったらしく、懐かしい曲が一杯なのでした。当時から完全主義の録音と言われただけあって、三人の歌声やギターの音色がステレオで聴ける。

 昨日のブログを読み返して、6時半を過ぎたので作家別の小さな美術全集を本棚に並べる。少しでも荷物を広げていかなければ、カウンターの下に積んだ段ボールの箱が片付かない。順番は後で並べることにして、7時になるまで頑張ったのです。家に戻れば、女将が朝食の支度をしてくれていた。今朝は納豆と出汁焼き卵とハッシュドポテト。大根と油揚げの入った味噌汁もとても美味しかった。ものの5分で食べ終えてしまう。お茶をもらって座椅子で一服。

 お茶の茶碗も灰皿もエアコンやテレビのリモコンも、すべて床の上に置くから、手を伸ばせばすべて届くような位置にある。ひと休みしたら布団の上に横になって、台所で女将が食器を洗う音を聞きながら、浅い眠りに入るのです。目覚めればもうドジャース戦が始まっている。昼は肉野菜焼きそばを亭主が作る。鶏ガラスープを買って来たので、今日はあらかじめ鍋でスープを作って、焼きそばに入れて作ったのです。鶏ガラスープは塩が入っているので要注意。

 女将は洗濯機を蕎麦屋に運んでしまったので、ビニール袋に洗濯物を詰めて毎日のように蕎麦屋に出掛けていく。亭主はドジャース戦が一区切り付いたら、車で荷物を運びながら蕎麦屋に出掛ける。駐車場側の窓の網戸にアブラゼミが止まって休んでいる。少し季節が遅い気もしたけれど、人間と同じで暑さにごまかされたのかも知れない。2時から3時半まで女将と二人で、瀬戸物の入った廊下の押し入れを掃除する。沢山捨てるものがあって悲しいのです。

 女将を先に家に帰して、亭主は水を飲みながらCDに入っていた陽水の『少年時代』を聴く。ノスタルジックなテンポが今の亭主にはちょうど好い。新しい書斎に入って、朝から点けっぱなしのパソコンに向かい、今日のブログを書き始める。写真は全部は使えないから、半分くらいを選ぶのですが、これがなかなか難しい。そろそろ大相撲の初日も中入り後の時間なので、家に帰ってテレビを観ようと思います。明日で三連休も終わりだから早いものです。


9月15日 月曜日 敬老の日は元気で好かったと再認識…

 今朝は4時半に目が覚めて、5時からのドジャース戦をコーヒーを飲みながら少しだけ観る。5時半になったら玄関に積んであるゴミ出しをして、車の中に積んであるゴミも集積所に運んで置いた。薄暗い時間帯にゴミを運ぶのは、みんなご近所の男性ばかりで、亭主が二回往復する間に、ご主人が待っていてくれて、カラスが網の破れ目から中に入っていたと言う。家に帰って、早速、蕎麦屋に出掛ける準備をして、日の出前に駐車場に車を入れるのでした。

 今朝は本棚の下に敷く段ボールをカッターで切って、昼から女将と来たら作業を始めようと準備しておく。陽の当たる新しい居間で今朝は『アルハンブラの思い出』のギター名曲集のCDを聴く。高校時代に弦楽部で途中まで練習したけれど、なかなか全部は覚えきれずにそのままになっていた曲なのです。後年、もう一度練習しようと楽譜だけは買ったものの、忙しさに紛れてやはりそのままになっている。本当に隠居になって果たしてもう一度挑戦できるか。

 家に帰れば今朝はナス焼きと鮭のおかずで朝食を食べる。ドジャース戦は今日も大量得点で勝ったようで、何よりなのでした。居間の部屋でお茶をもらうけれど、テーブルもないので床に湯飲みを置いて、座椅子に座って寛ぐという感じなのです。床に座り込んでしまうと、立ち上がるのが大変で、身体の柔軟性が失われたのと、脚力がなくなったので、ヨイショとかけ声をかけて一気に立ち上がるのです。だいぶ慣れては来たけれど、椅子の生活が楽なのです。

 居間の床に敷いた布団でひと眠りしたら、今日はお袋様を連れて買い物に出掛ける日。連休の最後の日だからか、隣町のスーパーも随分と空いていた。女将に言われた魚と野菜と梨を買って、ビニール袋ひとつ半で4000円を越えるから、馬鹿にならない。鰯が10匹以上入ったパックが、200円なのは非常に助かるのです。今日は道路も空いていたので家に帰ってもまだ10時だった。11時までテレビを観て台所に立ってピーマンと玉葱を刻み、スパゲッティーを茹でる。

 女将は洗濯をしに蕎麦屋に出掛け、亭主は布団の上に横になってテレビを観ていた。夕べは酒をあまり飲まなかったからか、よく眠れなかったので、どうも頭がすっきりとしないのです。2時になったら二人で蕎麦屋に行って、畳の部屋の本棚や箪笥の下に、切った段ボールを折り曲げて敷く。二人で片付けるから、カウンターの下の本がみるみる片付いて、取りあえずは入るところに入れておく。向かいのサツマイモ農園の若旦那に話をして、使わなくなったテーブルや洗濯機を持っていってもらった。冷蔵庫は事務所が出来てから取りに来ることになる。有り難い事で捨てずに済んで好かった。


9月16日 火曜日 三連休が明けてもまだ早朝から仕事が…

 椅子もなく、床に敷いた布団のお蔭で早く床に就くから、今朝も6時間ほど眠って4時には目が覚めた。まだ外は暗いので取りあえずお湯を沸かして、コーヒーを淹れて一服する。今朝はやることが一杯あったので、テレビは点けなかった。今日は月に一度の子ども会の廃品回収の日だから、本や雑誌を全部まとめて表に出したい。まだ押し入れの中にあるいらない本もあるし、何をどれから片付けたら好いのかと考えて、4時半になるのでした。

 外が暗いうちは家の中の本を紐で括って、やっと明るくなったら腰を痛めないように少しずつ本を持ち、玄関を出て階段を下りるのです。門の前に並べて置いておくのがいつものスタイルなので、車の通行の妨げにならないように、二列ずつに並べたのです。重いものを持つから5分でもう汗びしょになって、居間の部屋に戻ってエアコンを入れる。これを3回繰り返してやっと居間の部屋の紐で括った本がなくなったのです。6時を過ぎたので蕎麦屋に出掛ける。

 今日も音楽はP.P.M.の違うCDをかけて、ゆったりとしたペースで寛ぐひととき。朝食を食べに家に戻れば、今朝は昨日買って帰った鰯の蒲焼きでした。夕べは塩焼きで食べたから、随分と食べでがあるのです。廃品回収の本をもう少し紐で括って、外に出しておく。蕎麦屋に本を運んだ段ボールも、少しずつ持って帰って来ているから、これも潰して廃品回収に供出するのでした。外は意外と蒸し暑いので、少し動くともう汗が垂れてくるほどなのです。

 昼は焼きそばに再び挑戦する予定だったので、一番近いスーパーに肉を買いに出掛ける。ついでに明日の昼の冷やし中華を買って帰る。11時になったら台所に立って昼食の支度をする。「お父さん、野球が始まるわよ」と女将に言われて、テレビのスイッチを入れて観ている間に、キャベツやピーマン、ニンジン、長ネギを刻んでおいてくれた。先日は鶏ガラとソースを混ぜて作って、塩辛かったから、今日は何も入れずに後からソースをかけて食べるのでした。

 食後は敷きっぱなしの布団に寝転んでドジャース戦の続きを観ていた。逆転したかと思えばまた逆転されて、今日ははらはらがっかりの結末なのでした。女将は洗濯物を持って蕎麦屋に出掛けた。1時半になったら、今度は二人で蕎麦屋に行って、カウンターの脇に出したままの段ボール三箱に入った本を、書斎の本棚に並べるのでした。女将は午前中に洗った洗濯物が、乾きそうにないと室内に入れて干していた。少しずつは部屋が片付いてきている。

 家に残った本は漢文学体系と鴎外全集だけだから、少し本棚が余ってしまう計算です。随分と沢山廃棄したのだと我ながら感心するのでした。女将はまた買い物に行くと言って先に店を出た。1㎞以上離れた郵便局にも歩いていったのに、また3㎞近い距離を歩いて出掛けたから、夜が眠れないといけないと思っているに違いない。亭主は新しい書斎で今日のブログを書き終えたら、帰りに国道沿いの酒屋に寄って焼酎を買おうと考えているのです。


9月17日 水曜日 引っ越し疲れで、今日はプールで気分転換…

 夕べも風呂から上がって休む場所がないので、床に敷いた布団の上でゴロゴロしていたら、8時半にはもう眠くなって眠りについていたのです。風呂で暖まった身体が少し冷えてくる頃に寝るのが、一番健康的なのだそうだ。今朝の朝飯前のひと仕事は、書斎に掛けてあった額を外して、埋め立てゴミの青い袋に詰め、沢山の燃えるゴミと一緒に集積場まで運ぶこと。車のトランクにも同じ分量が詰まっている。果たして、今日は燃えるゴミだけしか出せなかった。

 昨日、女将が市に電話してガラスの付いた額はどこのゴミに出せば好いのかと聴いてくれた。木やアルミの枠が付いているから悩んでいたのです。ガラスの部分が多ければ埋め立てゴミに出してくださいと言われたそうで、朝の4時前から青の袋を持って書斎に入った亭主は、1時間以上かけて袋詰めをしたのです。ところが、埋め立てゴミは明日の木曜日と集積所の看板に書いてあったから、車に積んだまま、残した写真を持って蕎麦屋に出掛けるのでした。 

 家に戻って朝食を食べたら、今日は予定がないから気分転換にプールに出掛けることにする。10時からしかプールが開かないので、二階の息子の部屋から電気スタンドを取りに行ったりして、来週のゴミ出しの準備をしておく。燃えるゴミ以外はあまり出したことのない亭主は、いちいち女将に聞かないといつ出すのかが判らない。暑い二階を往復したらひと汗かいて、やっとプールに向かうのでした。いつもの年配の人たちがプールの開くのを階段で待っていた。

 プールから帰れば、もう11時で昼の支度を始めなければいけないのでした。ドジャース戦も始まるし、急に忙しくなる。モヤシと肉を茹でて、キュウリを刻み、女将が焼いてくれた薄焼き卵を細く切っておく。麺を茹でていたら、「私は今日は麺を減らしてください」と女将が言うので、聞けば「昨日は暑い中をあちこち動きすぎて、夜中に目眩がして熱中症気味になった」と言う。午後のスポーツクラブはそれでも休みそうにないので、亭主が車で送って行った。


9月18日 木曜日 今朝も早くからよく働いた…

 夕べは9時に床に就いて、今朝は3時過ぎに目が覚めた。好いのか悪いのか、床に敷いた布団に寝る習慣が身についてしまった。早い夕飯を食べた後には、風呂に入る前に、何か食べて酒を飲む程度で、夜中に酒を飲まずに物も食わないから、身体にはいいのではないかと思っている。4時前までコーヒーを飲みながら、映像と音楽だけのテレビ観て、書斎に入っていよいよ漢文体系と鴎外全集を紐で括る。持ちやすいように五冊ずつを束にして居間に運ぶのです。

 外が明るくなったら、玄関に積んである埋め立てゴミを車に積んで、集積所まで運ぶのです。重たいから、これは車で運んで正解。今日はその他にプラスティクゴミを出す日なので、家に帰って今度は黄色い袋に詰められたゴミを持って、今度は軽いから歩いて持っていく。朝食まではまだ時間があったので、残した写真の入った額を持って蕎麦屋に行く。長女が写真の古典を開いたときに、水中写真で好いのがあったら出品してと言われて、選んだ物なのでした。

 家に帰ればやっと朝食の支度が出来て、待ちきれなくて自分で釜からご飯を盛り付け、納豆とお新香をおかずに食べ始める。そのうちにベーコンエッグと野菜が出て、いつもより10分も早く朝食を終えた。別に急ぐ必要はないのだけれど、女将ばかりに全部を用意させるのも可哀想という気になるのです。蕎麦屋の仕事のなくなった亭主の新しい生き方を考える上でも、女将の負担を少しでも減らすのは、とても大切な事なのでしょう。そこで考えたのです。

 朝の片付けに忙しい女将に代わって、亭主が洗濯物を蕎麦屋に運んで、洗濯機に入れてスイッチを入れるだけでも、彼女の仕事がひとつ減るのではないか。あらかじめネットに入れて分けてもらった洗濯物を、蕎麦屋の洗濯機に入れて洗剤をくわえてスイッチを入れる。ついでに漢文体系と鴎外全集を運んでしまおうと、9時前に家を出るのでした。洗濯が終わる頃に女将がやって来て、新しいもの干し場に洗濯物を干し始める。亭主は本の整理をするのでした。

 古い自宅の本棚に残ったのは、『能狂言』の全八巻だけとなった。昼食後に来る時には、これも運んでこよう。11時近くになって、そろそろ昼の準備に取りかかる時間なので家に帰って支度を始める。今日はカレー炒飯にする予定だったから、玉葱、長ネギ、海老や肉を刻んで、フライパンで炒め始める。ちょうどドジャース戦が始まる時間だったから、食堂でテレビを観ながら二人で昼食を食べたのです。食後は居間で座椅子に座りながら、続きを観るのでした。

 ずっと見続けるほど野球が好きなわけではなかったので、床に敷きっぱなしの布団に横になりながら観ていたら、何時の間にか眠ってしまうのでした。目覚めたら、ちょうど大谷が51号のホームランを打ったところで、ドジャースもやっと連敗を免れたので好かったのです。1時を過ぎて、仕事部屋でお習字をしていた女将に断って『能狂言』の全八巻を車に積んで蕎麦屋に出掛けるのでした。午後3時、埃を拭き取って本棚に並べる。今日も朝から随分と働いた。


9月19日 金曜日 アルバムの引っ越しは思ったより大変で…

 夕べはテレビを点けたままで何時の間にか眠ってしまい、夜中の12時前に目が覚めてテレビを消した。それからまた眠ったせいか、朝は4時過ぎまで目が覚めなかったのです。結局、6時間余り眠ったことになるから、帳尻はあっているのです。朝飯前に終わらせようと思っていたアルバムの整理を始めたら、廊下の突き当たりの押し入れには、三段も棚があって全部これがアルバムで一杯なのでした。しかも今と違ってみんな重たいから、出すのにもひと苦労。

 まずは子ども達の生まれてからのアルバムを紐で縛って、蕎麦屋に運ぶのでしたが、昔は写真が貴重なものだったのか、どれも綺麗に飾られて子ども達の生年月日や名前などが書かれているのです。いらないアルバムはないかと中を見れば、どれも捨てられない。初めて持った教え子たちの写真は捨てても好いと思えたから、思い切って廃棄に回した。家に帰って朝食を食べたら、今度は子ども達が小学生の頃からの写真集が沢山出て来たから大変です。

 結局、昼前に女将と買い物に出掛けるまで、アルバムのページをめくっては中を見ながら、40年近く勤めた学校の卒業アルバムはすべて廃棄することにしたのです。一年に一冊ずつ配られるから、その数は推して知るべし。今のスマホで取るような写真と違って、一つ一つが存在感があるので、その重みがひしひしと伝わってくるのだけれど、そうした過去をすべて捨て去って、新しい生活をしなければならないと思うのでした。ドジャース戦を観ながら昼食。

 食堂で観ていたテレビを居間で見続けて、疲れて来たら残りのアルバムを押し入れから出して居間に積み上げる。女将や自分の卒業アルバムまで出て来て、これは大事にとっておかなければと、紐で縛って積み上げるのです。残るはダイビングや渓流釣りに夢中になった頃のアルバムで、写真だけを冊子に差し込むタイプの軽い物でした。これは明日の朝にでも整理しよう。重いアルバムを何度も往復して車に積み込んだら、また蕎麦屋に出掛けるのでした。

 車からアルバムを運ぶのは少し身体を休めてからと、鰹節を買ってきたので新しい厨房で出汁を取る。昆布と返しがまだ残っていたのです。そのうちにスポーツクラブから帰って来た女将がやって来て、午前中に洗って干した洗濯物を畳んでくれた。これをまた籠に入れて亭主が帰りに持って帰るのです。今日はいくぶん涼しかったから身体も楽だったけれど、重いアルバムを何度も持って蕎麦屋に来たから、汗をかいてしまいました。どこに置いたら好いのか。

 重い荷物の処分はほぼ終わったけれど、廊下の突き当たりの押し入れには、下半分には釣りやキャンプの道具が詰まっている。全部廃棄したいのだけれど、分別しないと持っていってもらえない。昨日集積場に出した沢山の額も、結局、木の枠があるからか、埋め立てゴミとは認めてもらえなかったのです。心配で見に行ったら、そのまま集積場に置かれていたから、また車に積み込んだのです。まだまだ当分続きそうな引っ越しを、早く終えたいと願うばかり…。