1月27日 月曜日 朝だけ晴れていたけれど、終日の曇り空…

今朝も5時過ぎには目覚めてはいたけれど、今日は定休日の初日だからとコーヒーを入れてゆっくりとしていました。明るくなったら、蕎麦屋に出掛けて、昨日の洗い物の片付けでもして来ようと考えていたのです。6時過ぎには外も明るくなったので、たまには歩いて蕎麦屋まで行ってみようと玄関を出るのでした。早朝はいつも急いでいるから車で行くことが多いので、景色を眺める暇もないのです。今日はゆっくりと近所を見渡して歩くのでした。

外壁を塗り直した蕎麦屋の建物は、小さいながらも立派で美しいと感じる。外壁塗装が終わって、女将がこちらに越してこようと思ったのも頷けるのでした。足場を作るのに邪魔になるだろうと、亭主がノコギリで切ったタラの木がそのままの状態で放ってある。刈れればもっと小さくし易いだろうと置いてあるのですが、いつになったら袋詰めが出来るやら。前に家が建っていない頃は、ここはけっこう広い家庭菜園だったのです。沢山の野菜を作っていたっけ。

7時過ぎになったら、西の小径の階段を下りて、下の道を通って家に向かって歩き出す。ゆっくり歩けば右足の調子もそう悪くはないのだけれど、水曜日にはまた夜の防犯パトロールがあるので、無理をせずに参加したいのだが、一緒に歩く老人たちに遅れてはいけないとつい無理をしてしまう。店の営業のある土曜日の夜は、足が疲れているので休ませてもらっているのです。家の下の道を歩いていたら、雨戸を開ける女将が「今日は歩いて行ったのね」と言う。

朝食を済ませても今日は着替えをせずに、そのまま書斎でひと眠りをした。少し歩いたせいか、10時近くまで眠って、起き出してパソコンに向かう。今日はカード会社の引き落としがある日だったので銀行の口座を確認しておきたかったのです。これが幸いして、違ったカードを使ったせいで、通知額よりも多い金額が引き落とされて、セキュリティー会社の金額が引き落とされていないのに気付く。急いでコンビニに行って足りない額を入金してくるのでした。

昼食は、昨日残って家に持ち帰った野菜サラダを消化しようと、五目あんかけの焼きそばを亭主が作る。ひと休みしていたら、女将がもうスポーツクラブに出掛ける時間で、亭主も書斎に入って、押し入れの中に積んである廃棄する書籍を紐で括っていく。後はまたどれを捨てれば好いのかと悩むから、机に向かって店の償却資産の書類を書き上げるのでした。今月いっぱいに提出しなければならないから、今日初めて車に乗って、郵便局まで出しに行くのでした。
1月28日 火曜日 今日は陽射しもあって暖かい一日でした…

今朝は7時過ぎまで床の中にいて、女将に食事だと呼ばれて食堂に行ったのです。夕べは床に就いても何故か眠れずに、もう一度起き出して2時過ぎまで映画を観ていた。朝食を終えて洗面と着替えを済ませたら、お袋様に電話をして迎えに行く。空は晴れて気温もいつもより高いのです。農産物直売所では、馴染みの農家が持って来た大根や小松菜を買って、野菜だけで3000円も仕入れたのです。隣町のスーパーでも、野菜の値段が少し下がっていました。

お袋様を家まで送って蕎麦屋に戻れば、白菜と大根を塩に漬けて出汁を取り、その合間に小松菜を茹でてと、一度に沢山の作業をするのが楽しかった。今日は床屋に行くことにしていたので、午前中に出来ることは何でもやっておこうと思ったのです。11時半過ぎに家に戻って、昼は買って帰ったトンカツをカツ煮にしてもらって、ご飯を食べたのです。これなら冷めたトンカツも温かいので、女将も文句を言わなかった。食べ終えたら書斎でひと眠りです。

月に一度の床屋通いは、火曜日が多いのだけれど、女将のスポーツクラブの予約が2時過ぎなので、それまでは出掛けられないのです。午前中に買って帰った蜜柑やしらぬいを食べて、予約開始の時間を待つ。柑橘類は値段が随分と高くなっていて、蜜柑は一つ80円以上はするから驚きです。小さなしらぬいも一個150円もするけれど、女将と半分ずつ食べるのでした。駅前の混んだ道を抜けて床屋に着けば、珍しく今日は誰もお客がいなかったのです。

帰りがけに蕎麦屋に寄って午後の仕込みを開始するのでした。まずは午前中に買って帰ったキノコ類を取り出して、エノキやシメジなどをほぐして、鶏肉と一緒に大きめの鍋に出汁を入れて煮ていきます。汁が沸いてきたら塩味を付けてまた少し煮る。その間に、家に持って帰ってレンジでチーンする南瓜を切り分けておきます。午前中に塩漬けにしておいた、なた漬けの大根の水が上がってきたので、刻み柚子と唐辛子と甘酒の素に砂糖を加えて漬け直す。

この後、天麩羅の具材を切り分けるはずだったけれど、今、思い出してみると、この作業をした覚えがないから、多分、忘れてしまったのです。もう時計は4時半を回っていたから慌てて家に帰ったのでした。午後も今日は随分と暖かかった。向かいの畑の向こうに赤い入り日が差して森の木々が浮かび上がっていた。家に帰れば、夜は何にしようかと女将と話して、結局、寄せ鍋に餅とうどんを入れて、残っていた長葱と白菜を消化することにしました。
1月29日 水曜日 寒い日だからか今日は二回も転んで…

朝から鼻水が出るからそんなに寒いのかと思ったら、女将が起きてきて「今朝は-4℃だったのよ」と言う。彼女はスマホで天気予報を見ているから間違いないのかも知れない。朝食は昨日の鍋の残りでおじやにして鯖を焼いて食べるのでした。蕎麦屋に出掛けようと玄関を出れば、青空が広がっていたけれど、風が冷たかったのです。黄色い金柑の実が空の青さに映えていた。大粒の金柑のはずなのに、今年はどうも実が小さいのは何か理由があるのだろうか。

蕎麦屋に行ってまずは洗濯機の中の洗濯物を干して、暖房は入れてあるけれど、大鍋に湯を汲んで沸かして厨房の暖を取るのです。小さなプラスティックの樽に漬けた白菜一把が、水が上がってきたので、小さな漬け物器に漬け直して唐辛子を入れておく。樽は洗って洗いかごに伏せておくのです。ここで思い出したように、厨房の引き出しに入っている2台のタブレットを取り出して、カウンターに並べて充電しておくのでした。週に一度は充電が必要なのです。

それから冷蔵庫から天麩羅の具材を取り出して、切り分けたら容器に入れて冷蔵庫で保存する。玉葱を刻んでかき揚げの準備もしようと思ったけれど、入れ物を家に持ち帰ったまま置いてきてしまったから、午前中の仕込みは終わりにして、帰りがけにガソリンスタンドに寄って灯油を買って帰るのでした。18㍑の重い灯油を階段を上がって玄関まで運び、今のストーブの石油を満タンにして玄関を上がろうとしたら、灯油を持ったまますってんと転んでしまう。

寒いから痛さが先にきた。亭主の大声と転んだ音に、女将がびっくりして仕事部屋から飛び出して来たけれど、灯油をこぼさなくって好かった。昼は昨日買って帰った冷凍のスパゲッティをレンジで温めて食べる。辛いのが苦手の女将はカルボナーラで、亭主は大蒜の利いたペペロンチーノ。最近の冷凍食品はとても好く出来ているから、とても美味しかったのです。レタスの残りと若布でコンソメ味のスープを作って、満足な昼食なのでした。

昼寝をしている間に女将はスポーツクラブに出掛け、亭主は女将が帰るまでテレビで映画を観ていた。3時半過ぎに蕎麦屋に出掛けて、午後の仕込みを始めるのでした。白餡の鍋を火にかけながら、玉葱と人参を刻んでかき揚げの具材を用意したら、蕎麦汁を空の徳利に詰めていく。4時半に家に戻って夕食を待っていても、女将が夜のパトロールのあるのを忘れていて、仕方がないから餅を焼いてもらって急いで食べて集合場所に出掛けるのでした。
寒いからか、今日は5人しか集まらない。一緒に短いコースを回ることにしたのです。膝の痛いという人もいて、足の悪い亭主が先頭に立って歩いたのは好いけれど、後ろに四人いるから急かされているようでどうも具合が悪い。足の調子が悪いわけではないけれども、早足になると右足の親指に力が入らないから、歩き出したら止まらないのが辛いのでした。最後にみずき通りを渡ろうとして、すってんころりと倒れてしまう。したたか胸と膝を打ったのです。
1月30日 木曜日 昨日の後遺症で肋骨に激痛が走る…

夕べは転倒して打った脇腹が痛くてなかなか眠れなかった。どうも肋骨のあたりに不気味な痛みが走って、寝返りさえも打てない状態なのでした。もしかすると骨にひびでも入ったのかも知れない。痛いときにはじっとしていた方が好いのだけれど、熱っぽくもないし、打撲だけなら我慢して今日一日頑張ってみようと、蕎麦屋に出掛けて蕎麦を打つのでした。蕎麦玉を作って寝かせている間に、玄関を出て日の出前の美しい光を写真に撮っておきました。

伸して畳んで切り終えた蕎麦は綺麗な仕上がりで、今日のお客がどれほど来るのかと少し心配になったのです。8食しか用意しなかったので、大盛りが出たりすると8人分は取れないから、早めに売り切れとなることも考えられた。それでも最近の寒さでお客は少ないだろうから、心配しすぎだと家に帰って朝食を食べる。焼き鮭にこの間買った葉の着いた大根の葉の部分を茹でてシラス和えにした小鉢にサツマイモと切り昆布の煮物。豚汁がついて栄養は十分。

食後に書斎で横になったけれど、やはり左側の肋骨部分が痛くて左向きでは眠れなかったのです。起きてじっと座っている分には痛みがないので、居間の椅子に座ってストーブで暖まっていたのでした。洗面と着替えを済ませて、大丈夫だろうかとおそるおそる靴を履いて、歩いて蕎麦屋に出掛けるのです。痛い方の胸の側を使わなければ普通に歩くことは出来るので、無事に蕎麦屋に着いて幟と看板を出して、チェーンポールを降ろして歩くのでした。

朝飯前には時間がなかったので、白菜となた漬けの漬け物を出して、生姜と大根をおろして薬味の小葱を刻む。野菜サラダの材料を刻む頃にはいつもよりちょっと遅れて10時半になっていた。定休日明けはいつものことだけれど、やることが沢山あるのです。だから今朝も髭を剃る時間がなかった。女将が来てくれるのでお客の前には出ないから、好いだろうと考えている亭主。11時過ぎに金柑大福を包み始めて、のこり15分でテーブルを拭いて回るのでした。

女将が来てくれて解凍してある海老を容器に入れてくれた。暖簾を出す前にもう玄関前には人影があるので驚いたのです。歩いて来たらしいオーバーを着た青年が、カウンターに座って天せいろと作ったばかりの金柑大福を注文するのでした。今日はお客の来るのが早くて、その後、続けて6人ほどいらっして、次々と天せいろを頼まれる。最後のお客はキノコ蕎麦と鴨せいろの大盛りのご注文で、厨房の亭主は休みなく動いていた。まだ12時半前なのでした。

お蕎麦売り切れの看板を出して、片付けに入ろうとしたら、車が一台駐車場に入ってきて、女性客のお一人だったから、カウンターに座ってもらった。天せいろのご注文で、天麩羅を揚げて、生舟の中の最後の一束を茹でてお出しする。美味しかったらしく、食べ終えた後でいろいろ話をして帰っていかれた。亭主の昼食は端切れの蕎麦と大盛りの残り半分を合わせて、かき揚げを揚げて賄い蕎麦にして食べた。2時過ぎには夫婦二人で家に戻るのでした。
1月31日 金曜日 今日は晴れても風が冷たかった…

今朝は5時にセットしたアラームが鳴る前に目が覚めて、居間の部屋でコーヒーを飲んだのです。5時半には玄関を出て、暗い道を車で蕎麦屋まで走る。昨日の夕刻は食材を持って業者が来たので、店の中は暖房の名残でだいぶ暖かかったのです。蕎麦打ち室は9℃で湿度は40%。蕎麦粉を計量して厨房にお湯を汲みに行く。粉を篩に掛けて、いつものように47%で捏ね始めたら、なぜか今朝は少し柔らかかったのです。暖かいせいなのだろうか。

窓の外から隣のお花畑を眺めれば、予報では今朝は氷点下ではなかったはずなのに、うっすらと霜が降りている。地表は少し気温が低いのだろう。生地が少し柔らかすぎると、伸すのは楽ちんなのですが、畳んで切るときになるとどうしても少し切りむらが出来る。何とかごまかして8束とちょっとを打ち終えて、生舟の中に並べるのでした。7時過ぎに打ち終えて、家に戻るのです。今朝のおかずは銀ダラの煮付けと高野豆腐の煮物で、胃に優しい食事でした。

蕎麦屋まで歩いて出掛けたけれど、昨日の暖かさとはうって変わって、風がとても冷たいのでした。途中から手袋をして歩く。店に着いて看板と幟を出したら、幟は北風に煽られてはためいている。厨房に入ってまずは大根をおろし、野菜サラダの具材を並べて、研いだばかりの包丁でキャベツやニンジンを刻んでいけば、やはり切れる包丁は仕上がりが綺麗に出来るのでした。この寒さではお客は来ないだろうけれど、きちんと仕込みをしておくことが大事。

暖簾を出してもお客は来そうになかった。冷たい北風が強く吹いて幟が絡まってしまうほどなのでした。外に出て寒い中を幟を直して店の中に戻る。暖かい店の中に比べれば、こんな寒い中を蕎麦屋に来るお客がいるはずもなかったのです。あまりにも暇だから、週末に向けて解凍してあった豚のハラミを切って串に刺しておく。生物を切ったまな板は、綺麗に洗って干しておく。それでもまだ時間があるから、蕎麦打ち室から伸し棒を持って来て綺麗に洗う。

1時半になったので、今日は何も使っていないからこのままの野状態で終わって、家に帰ってラーメンでも茹でて食べれば好いと、思って片付け始めていたら、玄関に人影が…。女性の一人客がバイクに乗ってやって来たのでした。奥のテーブルに座って天せいろを頼まれる。隣町からこの寒い中をわざわざいらっしたリピーターさんなのでした。残った金柑大福をサービスでお出しして、蕎麦茶もご自分でどうぞとテーブルにポットを置いておく。

2時を回ったので暖簾と看板をしまわせてもらい、片付け物をしながらいろいろな話をして、やっとお帰りになったのです。それから、天麩羅鍋も茹で鍋もつかったから、亭主もかき揚げを揚げて賄い蕎麦を茹でて食べてしまう。食休みをしているとどうしても時間が遅くなるのです。ゆっくりと休んで洗い物をして、洗濯物を洗濯機に入れてスイッチを入れる。寒い北風の吹く中を家路をたどるのでした。綺麗に出来た野菜サラダは三皿全部家に持ち帰りです。