2024年10月下旬



10月20日 日曜日 曇りで寒い一日だったのに…

 昨日は蕎麦屋を臨時休業にして、久し振りに東京に出て高校のクラス会に参加しました。電車に乗るのも去年のクラス会以来で、タクシーを呼んで出来るだけ歩かないようにしたのです。歩き疲れると、どうしても足を引きずってしまう。電車も一本で行ける場所だったから、楽ちんなのでした。あまりにも暖かかったので、半袖で出掛けたのですが、電車の中が寒くて1時間ちょっとの間、ずっと我慢をしていました。弱冷房の車両とかあったのだろうか。

 銀座の並木通りの会場はすぐ近くだったので、スマホの地図にあった煙草所で一服しようと喫煙所を捜したけれど見当たらない。結局、並木通りの会場前で皆に合流して、店に入れば立派な喫煙室があったので助かったのです。会費を払って席に着けば幹事が今回のクラス会の参加者は、48名中17名で5名は鬼籍に入って入院している人もいると報告するのでした。やはり50年以上も経つと参加者は段々と減ってくるらしい。元気ないつものメンバーが集まった。

 近況報告の時間になると、みんな自分よりも老けた様子なのに、元気な声で話をするから驚いたのです。3時間の宴もあっという間に終わって、来年の幹事を選出したら、亭主は明日の早朝に蕎麦を打たなければと、二次会には参加しなかった。これが好かったのか家に着いたのは夜の10時前で、女将はまだ起きていた。そして今朝は5時起きでコーヒーを入れて飲んだら、5時半には蕎麦屋に出掛けていくのでした。昨日とは違って今朝は随分と寒かった。

 店の中は昨日の暖かさが残っていたので、加水率は39.5%といつもと同じで750g8人分の蕎麦粉を捏ね始める。蕎麦玉を作って寝かせている間に、厨房に戻ってひと休み。6時を過ぎたら再び蕎麦打ち室に入って伸しを始めるのでした。よく眠れたから身体の調子も好く、伸した生地を畳んで包丁切り。今朝も綺麗な蕎麦が仕上がるのです。生舟の中には、好い状態で5つの蕎麦が残っていたので、今日は合わせて13食の用意で営業に臨むのです。

 7時過ぎに家に戻って女将の用意してくれた朝食を食べる。食べ終えたら居間でお茶をもらって、書斎に入ってひと眠りなのです。40分ほどぐっすりと眠ったら、今日は蕎麦粉の届く日なので、早めに蕎麦屋に出掛ける。朝のうちに降っていた雨は上がって、青空が見えてきたのです。それでも昨日に比べたらとても気温は低く、長袖に更にジャージの上着を来て歩いて行くのでした。蕎麦粉と打ち粉が届いたので、蕎麦打ち室の冷蔵庫に入れておきます。

 大根をおろしていたら女将がやって来る。やはり寒かったと見えて長袖にジャンバーを羽織っている。「蕎麦屋の中は暖かいわね」と言って掃除を始めるのでした。亭主が野菜サラダの具材を刻み始める頃には、一通り準備を終えて早お昼を食べに家に帰るのです.電子レンジが壊れたので、冷凍室に入れてあるデザートの蕎麦饅頭を蒸かすのに、蒸かし釜を火にかけておく。今日はこれが大活躍なのでした。昼までに7人のお客が入って大変な混みよう。

 久し振りにカウンターにも5人のお客が座って、全員に蕎麦を出す頃には、もう12時半になっていたのです。やはり寒いからか、キノコつけ蕎麦が二つも出て、温かい汁のぶっかけ蕎麦も出るのでした。お客が帰ったのが1時過ぎ。お蕎麦売り切れの看板を出しておいたら、その後で5人連れのご家族が車で来たけれど、丁重にお断りしたのです。寒い日なのに晴れているからか、日曜日はやはりお客が多い。昨日は臨時休業だったから尚更なのかも知れません。



10月21日 月曜日 時計を見間違えた朝…

 寒い朝だったから、床の中から柱に掛けた時計を見たら、5時半なのでした。ちょうど好い時間だと思ってジャージ姿のまま蕎麦屋に行けば、西の空が随分と明るい。厨房に入ってコーヒーを入れれば、曇り空だからまだ暗いのです。と、カウンターの上のデジタル時計を見ると6時40分なので驚いた。今朝はアナログの柱時計の短針と長針を見間違ったに違いない。朝飯前に蕎麦を打つことは出来ないのです。仕方がないからお新香を糠床から出して盛り付ける。

 ついでに切り干し大根の残りを盛り付けて、全部で7鉢用意しておきました。寒い日のようだからそれほどお客は望めないと思ったのです。家に帰って食堂に入れば、今朝はみんな暖かいおかずなのでした。美味しく頂いて居間の椅子でお茶をもらうのです。今朝は蕎麦を打たなければならなかったので、洗面と着替えを済ませて、8時半には家を出る。蕎麦を打つには準備や片付けを入れて、約1時間を見ておかなければならないからです。

 今日は気温が低いのと湿度が50%しかなかったから、加水率は以前に戻って40%で蕎麦粉を捏ねる。これが当たってちょうど好い硬さの生地が出来上がるのでした。伸して畳んで包丁切りをすれば、生舟に残っていた一束と合わせて9人前の蕎麦を用意しました。蕎麦を打ち終えて厨房に戻り、大根や生姜をおろして薬味の葱も刻んでおく。昨日なくなった蕎麦豆腐は、蕎麦玉を寝かせている間に仕込んでおきました。開店準備が終わったのは11時過ぎです。

 昼過ぎまでお客はなく、やはり寒いからだろうと思って待っていたら、12時過ぎにお婆さんと娘らしき女性がいらっして、キノコ蕎麦と暖かい汁のぶっかけ蕎麦を頼まれる。1時過ぎにも三人の女性がやって来たけれど、皆さん温かい汁のぶっかけ蕎麦。天麩羅は食べたいけれど、海老はなくても安い方が好いというお客が頼まれることが多いのです。しかし、今日のお客が全員温かい汁の蕎麦を頼んだのは、外が寒くなったからなのでしょう。

 2時に最後のお客が帰られて、それから亭主は賄い蕎麦を茹でて食べるのです。洗い物はその都度こなしているので、ゆっくりと休んでから大鍋と笊を洗うのでした。ドジャースのリーグ優勝が決まったというニュースをタブレットで見る。電子レンジが壊れたので鴨肉を冷蔵庫に入れて解凍しておいたから、ドリップが出ないうちに食べようと、家に持ち帰って夜は鴨鍋うどんにするのでした。久し振りに鴨鍋の美味しい季節になったのを満喫するのです。



10月22日 火曜日 例によって、昼は暖かく、朝夕が寒く…

 今朝は6時に蕎麦屋に出掛け、昨日の片付けと出汁取りの準備をしてきました。家に帰ればまだ6時40分だったので、女将は台所に現れていない。「お早うございます」と言って顔を見せたのは、6時50分なのでした。毎日、決まって同じ時間だから偉い。3時前から目が覚めてしまった亭主は、早く食事をして少しでも眠りたかった。小鉢を出したり、ナスとピーマンの味噌炒めを作ったり、朝飯作りに協力して7時半には書斎に入って横になるのでした。

 8時半には目が覚めて、着替えと洗面を済ませて、居間のテーブルに置かれたお茶を飲んで車に乗り込む。車からお袋様に電話を入れて、迎えに行くと連絡する。農産物直売所は端境期で野菜はあまりなかったけれど、生椎茸の好いのが入っていたので3パックもらって帰る。隣町のスーパーでは、一回り大きくなった蜜柑と柿が随分と沢山並べられていました。今日はいつもと違ってカレーを仕込むので、カレーのルーを買うのを忘れなかった。

 今日はお袋様のカバンが随分と重そうだったので、車を停めて荷物を持ってマンションの階段を一緒に昇った。蕎麦屋に帰って野菜類を冷蔵庫に入れたら、大根の皮を剥いてなた漬けの準備をする。それから、いよいよ出汁取りに取りかかるのです。小一時間かかるから、昼食の時間に少し遅れてしまうのでした。家に帰れば、女将が蕎麦を茹でるばかりに用意してくれていたので、すぐに蕎麦を茹でて昼はとろろ蕎麦で済ませたのです。

 食後は女将のスポーツクラブの予約の時間まで、書斎に入って横になる。無事に予約が取れたら「○番の席が取れました。確認してください」と言ってスマホを渡す。3時半には蕎麦屋の改修工事の業者が注文書を取りに来ることになっていたけれど、それまで家で待ってもいられないから、女将に任せて亭主は蕎麦屋に出掛けて、午後の仕込みをするのでした。まずは午前中に作った蕎麦汁を徳利に詰めてから、カレーの具材を切って煮込み始めるのです。

 今日のうちに終わらせておかなければ、すべて明日の仕事になるから、洗濯機の中の洗濯物を干したりとできる限りのことをして、5時には家に戻るのでした。それでも蕎麦屋の庭の草刈りは今日も出来なかったのです。仕事のスピードが遅くなった分、やはり、もう一日休みがあると助かるのです。11月からは月曜日も定休日にする予定なので、それで悩みが解決すれば好いけれど。帰宅して夕食にあんかけ焼きそばを作るのは亭主だから、まだ仕事があった。



10月23日 水曜日 生ぬるい風の吹く一日でした…

 定休日二日目の今日は、5時半起床で6時には蕎麦屋に出掛けました。明け方までに雨が降ったらしく、道路がまだ濡れていた。昨日、作って鍋のままで冷蔵庫に入れておいたカレーを、ジブロックの袋に入れて、冷凍室で保存する。電子レンジが壊れたので、湯煎をして解凍するのが少し面倒だけれど、新しいレンジを用意するまでには、かなり時間がかかりそうなのです。漬け物器の中で水の上がった大根を、砂糖と唐辛子、柚子と共に甘酒の素に漬け直す。

 7時前に「ただいまッー」と言って家に戻れば、今朝は女将が少し早い時間なのに台所に立っていました。居間の椅子に座って待てば、「ご飯が出来ましたよ」と呼ぶから食堂に行く。鯖の塩焼きがやっと焼けたのです。大蒜を擦って出汁醤油を付けた秋ナスの新焼がとても美味しく、それだけでもうご飯が食べられるくらいなのです。それなのに今朝は生卵まで出ていたから、ちょっと多すぎた。サツマイモと切り昆布の煮物も美味しいけれど腹に溜まるのです。

 食後は居間でお茶をもらって書斎に入り、今朝は1時間以上も眠ってしまいました。急がなくても好いと言う安心感が、気持ちをリラックスさせる。何故か今朝は随分と暖かく感じて、エアコンの除湿を入れて体調を整えるのです。半袖に薄手のズボンをはいて、再び蕎麦屋に出掛けたのはもう10時近かった。本日2杯目のコーヒーを入れ、冷蔵庫から綺麗な蓮根を出して、眺めながら次の仕事の段取りを考える。玉葱と人参を刻んで天麩羅の具材を切り分ける。

 洗濯機の中には昨日洗った布巾やタオルが入っていたので、干して11時半には家に帰るのです。先週の大きなキャベツが残っていたから、昼は焼きうどんと決めて、帰ってから女将に了解を取る。人参とピーマンにキャベツを入れて少し炒めたら、肉と茹でた冷凍麺を入れて更に炒める。味つけはソースだけ。このソースは冷凍の「ごっつ旨い大粒たこ焼き」に付いているもので、青海苔もマヨネーズも鰹節も使えるからとても便利。たこ焼きはそのまま食べた。

 昼食が終わったら蜜柑を食べてお茶をもらってまた昼寝。女将はその間にスポーツクラブに出掛けていく。何故かとても暑く感じたので、エアコンを除湿にして入れて横になるのです。眠たいわけではないのですが、居間の木の椅子に座っているとお尻が痛くなるので、横になった方が身体も休まると言うわけ。2時半過ぎに起き出して蕎麦屋に向かう。残る仕込みはキノコ汁を作ることと、ナスとキュウリを糠床に漬けること。キノコ汁を作ってひと休み。
 お新香はあまり早く漬けてしまうと塩辛くなって好くないので、レンジ周りや油で汚れた壁を、女将が百均で買ってきたアルカリ炭酸液で掃除をした。これがとても好く落ちるので気に入った。もっと沢山買っておいてもらおう。糠床は煎り糠を足して好い状態になっている。一番最後にぬか漬けをして5時前には家に戻るのです。夜は亭主がキャベツを刻み、昨日買って帰った豚のロースを焼いて食べる。厚さが3cmもあるので裏表3分ずつ、蓋をして6分で、中まで火が通って柔らかくとても美味しく食べることが出来ました。


10月24日 木曜日 夜から朝方までずっと20℃以上で…

 午前5時起床。夕べは夜まで20℃よりも気温が下がらなかったから、ハーフパンツと半袖で眠ったのです。5時半前には蕎麦に着いて、冷蔵庫の中の糠床からナスとキュウリを取り出しました。店の中は24℃と暑かったので、冷たいほうじ茶を飲みながら、昨日のブログを読み返すのでした。向かいの森の空が少しずつ明るくなり、ナスとキュウリを切り分けて小鉢に盛り付け、ついでになた漬けの大根も小鉢に盛ったら、時計は6時。蕎麦打ち室に入る時間です。

 蕎麦打ち室の温度は24℃、湿度は75%だったから、今朝の加水率は39.5%で、蕎麦粉を捏ね始めるのでした。どうして?と言われても応えようがないけれど、昨日よりは水を減らさなくてはならないと思えたのです。果たして生地の仕上がりは上々で、伸して畳んで切りべら21本で135gの綺麗な蕎麦が仕上がった。7時過ぎに家に戻れば、女将がナス焼きを作っているところで、今朝のおかずは小さな縞ホッケを半身ずつとサツマイモと切り昆布の煮物なのでした。

 テレビの映画チャンネルでは、「マジソン群の橋」を放映してたけれど、メリル・ストリープとクリント・イーストウッドの演技が絶妙で、原作の好さもあって見応えがありました。今朝はひと眠りをせずに蕎麦屋へ早くに出掛けるのでした。木曜日は前日までに仕込みを終えたとは言え、薬味の葱を刻んだり、生姜を擦ったりと、普段よりも仕事が多い。それでも、9時前から厨房に立っているので、野菜サラダも10時半にはもう仕上がっていたのです。 

 冷凍室には先週作った蕎麦饅頭が残っていたけれど、どうもレシピが気にくわなかったので、従来通りの手伸しの生地に餡を包んで6つの饅頭を作りました。15分間蒸かして、綺麗な饅頭の出来上がりです。皮が厚い方が、ふくらし粉が利いて柔らかく仕上がる。向かいのサツマイモ農園では、収穫して掘り起こしたたサツマイモを運び出すのに朝から大変なようでした。軽トラックで5往復もして、畑に置いたままのサツマイモを運んでいました。

 暖簾を出してもお客はなく、女将に言わせると物価高で皆さん出費を控えているのだとか。1時過ぎにやっと自転車に乗った老人がいらっして、天せいろのご注文。蕎麦が美味しかったのか、店置きのパンフレットを二枚ももらって帰るのでした。「11月からは月曜日もお休みですから」と女将が言う。亭主は天麩羅を揚げて賄い蕎麦を食べてしまう。2時半には家に戻って、ひと眠りしたら、今日は業者が食材を持って来る日なので、また蕎麦屋に出掛ける。



10月25日 金曜日 北風の吹く寒い一日でしたが…

 雨の降る寒い朝。午前5時半に家を出て蕎麦屋に向かいました。コーヒーを入れて厨房の椅子に座れば、まだ眠気が襲ってくるのです。7時間は眠ったはずなのに、蕎麦屋の中が24℃で随分と暖かなので、身体が安心しているのかも知れない。6時になったら蕎麦打ち室に入って、今朝の蕎麦を打つ。こんな天気だから、昨日の残りの蕎麦で十分足りるはずなのですが、毎日打つのがけじめと今日も500gだけ蕎麦粉を捏ねる。加水率は40%弱でちょうど好かった。 

 少し硬めの生地を伸して畳んで、切りべら23本で135g。昨日残った蕎麦と合わせて12食の用意です。7時過ぎに打ち終えて家に帰って朝食を食べ、今朝もひと眠りはせずに蕎麦屋に向かうのでした。雨が降っていたので、車で出掛けたのですが、外の気温は19℃で、この寒さではお客は来そうになかったのです。例年なら寒さに慣れているから平気なのですが、今年は寒暖差がありすぎる。急に冷えたせいか腰が痛いのです。暖簾と看板を出して厨房に入る。

 金曜日の朝はあまりする事がないのだけれど、大根をおろして野菜サラダの具材を調理台に出し、換気扇を回してまずは一服です。豚のハラミを串刺しにしておこうか、蕎麦饅頭を蒸かすのに蒸かし鍋を用意しておこうかと、いろいろ考えるけれど、結局は頼まれてから準備すれば十分と、野菜サラダの具材を刻み始めるのでした。野菜サラダを盛り付けてラップでくるんで冷蔵庫に入れたら、天麩羅の具材を並べて、天麩羅油を鍋に入れ、天つゆの鍋を用意する。

 開店の準備を整えて暖簾を出すけれど、お客は来そうにない。昼を過ぎて、駅前のマンションに住む常連さんが、自転車できたのが窓の外に見えたと思ったら、近くのマンションに住む常連さんが先に玄関を入って来る。寒い日なのに蕎麦が好きなのでしょう。いつものメニューを頼まれて準備をするのでした。11月から月曜日も休みますと言うのを忘れなかった。お二人が帰ってしばらくしたら、女性の常連さんがいらっしてヘルシーランチセットをご注文。今日は常連さんに救われたという感じなのでした。


10月26日 土曜日 暑くなく寒くなく秋の涼しさを感じた日…

 今朝も朝の5時半には蕎麦屋に出掛ける。三日目になる蕎麦は賄い蕎麦としてストックして、昨日の蕎麦と合わせて13食の用意をするつもりなのでした。蕎麦打ち室の温度は21℃、湿度は68%だったので、加水率は40%強。確信があってこの加水率ではなく、昨日よりも気温が低く、湿度も低いから少し水分がいるだろうという直感なのです。果たして、生地は捏ねていてちょうど好い硬さで、切りべら23本で135gの蕎麦を打ち上げることが出来たのです。

ちょうど7時に家に着けば、女将が台所に立って出汁焼き卵を作っていました。胡麻油の香りが漂って食欲をそそる。玉葱と揚げの味噌汁と、今日のぬか漬けは少し塩が効いていたからおかずになったのです。食後は居間のテレビでオードリー・ヘップバーンの「ティファニーで朝食を」を放映していたから、最後まで観てそれから書斎に入って横になった。小一時間眠って洗面と着替えを済ませて蕎麦屋に歩いて出掛けるのです。風も涼しい秋の風なのでした。

 幟と看板を出して厨房に入れば、もうやることは決まっているから、次々と仕事をこなしていくのです。10時半には野菜サラダも作り終わって、天麩羅鍋に油を入れて天つゆの鍋を火にかけたら、後は早お昼に家に帰った女将の来るのを待つばかり。女将がやって来て暖簾を出してもまだお客は来ない。昨日よりも天気は悪いし、気温も低いからお客が来るかと心配したけれど、給料後の週末だからか次々とお客が来て下さった。1時半前には最後の四人客が入る。

 2時で閉店になりますと案内すれば、皆さん帰り支度をして外に出る。暖かいぶっかけ蕎麦も出て、洗い物はいつもより楽なのでした。女将は美容院の予約をしたからと早めに店を出て、亭主は消毒したまな板の始末をして後を追う。足らなくなったレタスと台所用の洗剤を買いに隣町のスーパーに出掛けて、ついでに夕食用に安売りの刺身の盛り合わせとホッキのサラダを買って帰る。夕食前にひと眠りして、蕎麦屋で漬け物を漬けたらもう夕食の時間でした。