3月28日 木曜日 少しは暖かくなったのだろうか…
今朝は6時に目が覚めて、慌てて蕎麦屋に出掛けた亭主。東の森の向こうから太陽がもう昇っていました。店の中は11℃もあったから、少し暖かくなったのかも知れない。蕎麦打ち室は10℃で蕎麦を打つにはちょうど好いのでした。一日中晴れの予報が出ていたけれど、雲が多いような気がして気温もそれほど上がらないと思った。750g8人分の蕎麦粉を計量して、47%の加水で捏ね始める。四隅はきちんと伸せたのに、最近はたまに中央が最後に飛び出てくる。
均等な厚味で全体を伸せていないということだから、もう少し丁寧に横方向にも伸し棒を転がした方が好いのかも知れない。750gだと巻き棒を使わないで伸すものだから、どうしても少し手を抜いてしまうのです。それでも8束の蕎麦を生舟に並べてみれば、最後は少しだけ短い蕎麦が仕上がった。外の様子を見に駐車場に出てみれば、空はもう曇っているではありませんか。菜の花畑が盛りを過ぎているというのに、調整池の畔にある桜はまだ咲いていない。
厨房に戻って、昨日作った金柑の甘露煮と白餡を使って今朝の金柑大福を包む。金柑ももう終わりだから、次のデザートは何にしようかと考えるのでした。あまり変化がないのも、お客が飽きるのではないかとちょっと心配するのです。野菜サラダの具材を刻んで、11時前には三皿盛り付けて天麩羅油や天つゆ、天ぷら粉の用意を済ませて、テーブルを拭いて回るのです。暖簾を出す10分前に、裏の奥様がまたいらっして、天麩羅と蕎麦を二つお持ち帰りでご注文。
「いつもお蕎麦がとても美味しくって」と言うけれど、亭主はまだ着替えを済ませていない。座ってお待ちくださいとと言っても、店の隅に立ったままで、「お茶でも飲んでいてください」と蕎麦茶を出せば、立ったまま飲んでいる。女将がやって来たので、亭主は天麩羅を揚げてパックに入れるのに専念した。開店時間を10分ほど過ぎてやっと暖簾を出すのです。すぐに次のお客がいらっして、またもや天せいろのご注文なのでした。今日は天せいろばかりが出た。
最後のお客は年配のご夫婦で、ご主人が「手打ち蕎麦をくれよ」とおっしゃるので、「打ちはすべて手打ちの蕎麦ですよ」と亭主が応える。以前にもいらっしたことがあるそうでしたが、天せいろを頼まれて「美味しかったけれど、腹一杯になっちゃった」と言って帰られた。女将のスポーツクラブの予約を済ませて、お客も来そうになかったから、亭主は賄い蕎麦を作って食べる。家に戻ってひと眠りしたら、夕刻は業者の若者が天ぷら粉を運んで来るのでした。
3月29日 金曜日 昼過ぎまで雨と強い風で…
午前中から雨という予報でしたが、6時過ぎに蕎麦屋に出掛けた時にはまだ降り出していなかった。空はどんよりと曇って今にも雨が降りそうなのでした。向かいの薩摩芋農園の畑も、竹の柵が出来たり、道路沿いに杭が打たれたり、少しずつ整備が進んでいる様子なのでした。蕎麦屋に入れば朝から15℃もあったから、暖房も入れずに蕎麦打ち室に入るのでした。雨だけではなくて風も強くなると言うから、今日は750g8人分だけ蕎麦を打つことにしました。
湿度が50%以上あったから、いつもと同じ47%の加水では少し生地が柔らかくなった。お蔭で四隅は綺麗に取れたのですが、昨日の反省で、中央部分の厚味を消そうと、あれこれと伸し棒を転がしてみるのです。修正をする技術というものがとても大切なのだと、改めて感じるのでした。普段、何気なく伸し棒を転がしてはいるけれど、きちんと畳んだ時に、綺麗な形になるように考えておかなくてはならない。分かってはいることなのですが、慣れが怖いのです。
7時を過ぎてコンビニに煙草を買いに行って、そのまま家に戻るのでした。女将はもう食卓についていたので、少し遅かったのかも知れない。今朝のおかずは好物の銀ダラの煮付けと、菜の花のお浸しに豚汁。栄養バランスを考えた女将の労作なのでした。とても美味しくいただいて、煮付けの汁をかけてご飯をお替わりしたいところだけれど、「腹八部」とぐっと我慢をするのです。食後は書斎に入って30分だけ眠った。今日は9時前に家を出たのです。
玄関前の植え込みの中にある雪柳がやっと花を咲かせて、春の訪れを感じさせる。隣の家との境に植えた連翹と合わせて、白と黄色が綺麗なのです。小雨が降っていたけれど、傘も差さずに蕎麦屋まで歩く。朝は足の調子も好く、すたすたと歩けたのです。どうも疲れて来ると引きずってしまうらしい。蕎麦屋に着いて看板と幟を出す頃には、雨は少し強くなっていた。隣の菜の花畑は一面の黄色で気持ちが好い。お客がなかったからこの菜の花を眺めてばかり。
雨も風も強くなるばかりだし、これでは到底お客は来ないだろうと思えたののです。1時半を過ぎた頃に賄い蕎麦を茹でて、こんなに美味しいのにと思いながら食べるのでした。洗い物もないから、残った野菜サラダと金柑大福と大根おろしを持って、2時前には蕎麦屋を出ました。まだ小雨が降っていたけれど、陽も少し差してきたのです。女将もまだ帰っていなかったから、書斎で写真をパソコンに取り込んだら、ひと眠り。夜はプールでひと泳ぎなのです。
3月30日 土曜日 朝から気温はぐんぐん上がり…
今朝は5時半に目覚めて、6時には蕎麦屋に着いたのですが、霧が凄くて辺り一面見通せない常況なのでした。店の中も15℃と室温が高く、蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打つのです。昨日の蕎麦がそのまま残っていたけれど、今日は暖かくなると言う予報だったから、750g8人分を打って16食分の用意で今日の営業に備えるつもりなのでした。47%の加水ではやはり少し柔らかめの生地に仕上がり、伸して四隅は綺麗に取れたけれど、蕎麦切りに意識を集中。
集中していないと、つい包丁がずれて太くなったり細くなったりするからなのです。無事に8食半の蕎麦を打って生舟に並べるのでした。7時前に蕎麦屋を出て家に戻れば、ちょうど朝食の支度が終わったところで、今朝も亭主の好物の鮭の塩焼きが出ていた。とても美味しく朝食を食べ終えて、例によって書斎に入ってひと眠り。今朝もたっぷり1時間近く眠って、気持ちよく目覚めるのでした。髭を剃って着替えを済ませ、居間で一休みして出掛けるのです。
蕎麦屋への道すがら、幼稚園の桜を眺めたけれど、まだ花は開いていない。去年だったらもう満開の時期で、雪柳や連翹と青空とでもう春爛漫という雰囲気だったのですが、今年は何故か桜だけ遅いのです。それでも今朝の霧が晴れて、陽射しは強く、青空が広がって、ツバメも飛び交っているから、自然の生き物は春を感じているのでしょう。人間だけが桜が遅いので春を感じられないでいる。蕎麦屋に着いて幟や看板を出したら、小鉢の切り干し大根を作る。
昨日も夜のプールに行くことばかりを気にして、ぬか漬けを漬けるのを忘れてしまったのです。年齢のせいにはしたくないけれど、やはり忘れっぽくなっている。「蕎麦を沢山打っても、小鉢がないのではしようがないわね」と女将に言われて、急遽、すぐに出来るものをと考えたのです。幸い、早朝に蕎麦を打ってあったから、時間に余裕はある。店の中の温度は時間と共にどんどん上がって、金柑大福を包む頃にはもう18℃になっているのでした。
暖かいせいか、黄色の菜の花も一段と鮮やかさを増して、今日の青空に映えているのでした。不思議なことに、暖簾を出しても一向にお客が来ない。待つこと1時間半、女将と二人で暇をもてあましていたら、やっとお客が入り始めて、しかも皆さんご新規のお客様なのでした。「美味しかったから、また寄らせてもらいます」と言って帰る方もいらっして、終わりよければすべてよし。夜は防犯パトロールがあったので、早めにあんかけ焼きそばを作って食べる。
3月31日 日曜日 朝から暑くなって、お客もいっぱい…
今朝は6時前に家を出て蕎麦屋に向かいました。夕べの夜のパトロールが効いたのか、身体は疲れてぐっすりと眠ったので、清々しい朝なのでした。6時前にもう朝日が昇っているのです。狭い庭の花々がやけに綺麗に見えたのも、この暖かさのせいなのだろうか。蕎麦屋に着いて厨房に入れば、昨日の温もりが残っていたのか、朝から18℃もあるではありませんか。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打てば、加水率47%でちょうど好い仕上がりなのでした。
生地を寝かせている間に厨房に戻って、夕べ浸けておいたお新香を取り出し、小鉢に八鉢も盛り付ける。昨日の残りの切り干し大根の小鉢と合わせて14鉢も用意しておきました。今日は昨日よりも更に暖かくなると言うから、蕎麦も16人分を仕込んでおいたのです。厨房に戻って野菜サラダの具材を刻むのには、ちょっとまだ時間が早すぎる。二回も再配達を繰り返した宅配便がやっと来て、新しい幟が届いたのがちょうど好い時間なのでした。
11年目の開店記念日の4月2日はたまたま定休日だから、新しいメニューを印刷する時間がある。天せいろを100円上げて1300円にする予定なのです。胡麻・綿実油も天ぷら粉も3割も上がっているから、このまま営業しては収益は下降線を辿るばかりなのです。女将には再三言われているのだけれど、印刷した値段の幟が何年ももったので変えられなかった。一番出る天せいろだけに、苦しい値上げなのです。やっと野菜サラダの具材を刻んで開店の準備が整う。
今日は開店前からお客様が次々といらっして、昼前にはもう満席なのでした。やはり暖かくなったと言うのが一番の理由なのでしょう。天せいろだけでも10食も出て、皿が足りずに洗って使う有様。天麩羅の具材も沢山用意したのに、最後には足りなくなって、アカイカや海老を追加して代わりにお出しするのでした。1時過ぎにはもう売り切れの看板を出して、洗い物に取りかかるのでした。女将と二人で黙々と洗っては片付ける作業を繰り返すのでした。
3時前には家に戻って、女将と二人で「しらぬい」を剥いて食べたら、亭主は書斎に入ってパソコンにデータを入力して、昼寝をするのでした。ひと休みした女将はお使いに出掛けるのです。夜は簡単に鮪のたたきで手巻き寿司にして、亭主は蕎麦屋に出掛けて明日の準備をするのです。カウンターに干しておいた洗い物を片付けるのにも手間がかかった。蕎麦汁もほとんど残っていなかったから、昼に用意しておいた出汁取りから初めて、蕎麦汁を作り、天つゆを作り、約1時間半の作業を終えて家に帰るのでした。