2022年8月上旬

8月6日 土曜日 蝉の声が聞こえる …

 今朝はアオイの花だけが一輪咲いていました。カッシアの影に隠れているからか、背丈も小さくひっそりと咲いていると言った感じです。考えたらムクゲもアオイ科の花だから、作りが似ていると言えば似ているかな。今朝は蕎麦打ちも一回で済みそうだったから、朝食も少し遅い時間で、珍しいホッケの味醂干しを買ってあったので、焼いてもらっておかずにする。女将が作った揚げ浸しともずくも添えられて、美味しくいただくのでした。

 蕎麦屋までの道程も涼しい朝だったから楽なのでした。お隣のひまわり畑も、日に日に花の咲いている数が増えて、満開の日が楽しみなのです。看板と幟を出して、チェーンポールを降ろせば、今日はもう週末だから早いもの。昨日一昨日の二日間が、あまりにもお客が少なかったので不安だったけれど、女将の三年日記によれば、去年の夏も緊急事態宣言が出ていて、平日はとてもお客が少なかったのだとか。店の窓を全開にして涼しい朝の空気を入れる。

 店内の気温は25℃と昨日よりも涼しい。ただ、湿気に弱い亭主には、ちょっと動くと汗が出るのが辛いところ。蕎麦打ち室に入って今朝の蕎麦を打てば、もう汗が噴き出してくる。加水率43%で捏ねた生地はちょうど好く仕上がって、伸して畳んで包丁を打てば、切りべら26本で140g前後の束が8つ取れた。昨日の残りの蕎麦と合わせて、今日は15食の蕎麦を用意しました。どれだけお客が来るのか分からないけれど、蕎麦の数を越えることはないと思うのです。

 野菜サラダもこのところ涼しいからかあまり出ないので、週末だけれど今日は三皿だけ盛り付けておくことにしました。暑いから、作って直ぐに冷蔵庫に入れてしまうと、カウンターに並べてお客が見て頼むということがないから、ちょっと残念ではあるのですが。天麩羅油を鍋に注ぎ、天つゆの鍋を隣の火口にかけて、天麩羅の具材や天ぷら粉を調理台に並べたら、開店の準備は完了です。一度来て店の掃除を済ませた女将が、11時過ぎに早お昼から戻って来た。

 時間に余裕のある亭主は、真空フリーザーで半解凍した豚ハラミを串に刺して、誰か頼まないかなと皮算用をする。週末に出なければ、家に持ち帰って亭主の酒の肴にするから、それはそれで嬉しいのだけれど、コロナの影響で夜の営業を休んでいるから、あまり期待は出来ないのです。昼前からぽつりぽつりとお客が入って、何時の間にか駐車場は満杯。歩いて来るお客もいるから店の中も、満席になるのでした。厨房は俄に忙しくなるから楽しい。

 今日は新しいお客がほとんどで、女将も顔を見たことがないお客ばかりだったと言う。鴨せいろが二つも出て、天せいろに天麩羅蕎麦、ぶっかけ蕎麦など、種類も幅があるのでした。1時過ぎには、皆さんお帰りになるから、混むのは申し合わせたように昼の一時間ばかり。洗い物をする暇もなかったから、女将と二人でせっせと洗っては片付ける作業を繰り返す。外が涼しいからか、厨房も27℃を越えなかったのが幸いでした。とても動きやすいのです。

 残った幾つかの蕎麦を賄いで食べて仕舞うと、明日の分が少なくなるから亭主は家に帰るまで空腹を我慢する。みずき通りに折れる所の森の木々から、蝉の声がやけに賑やかに聞こえてくる。女将は蕎麦屋に居ても森の木々から蝉の声が聞こえるというけれど、亭主には耳鳴りばかりが煩くて、それと気が付かないのです。でも外に出て実際にミンミン、ジージーと鳴く声を聞くと、夏の風物詩。角のお宅では、これもアオイ科の芙蓉の花が咲いていました。

 餅を焼いてもらって30分ほどひと眠りしたら、女将が買い物から帰って来た。亭主はまた蕎麦屋に出掛けて、明日のお新香を漬けて洗い物を片付けてくる。5時を回っても夫婦の見たいテレビ番組はなく、週末の夕食時は本当にテレビを消したママなのです。野球や競馬やゴルフなどスポーツの好きな人は、テレビを観る楽しみも多いのかも知れない。夕食には沢山残った野菜サラダを使って、定番になったお好み焼きを作る。亭主は串焼きがあるから半分だけ。

8月7日 日曜日 今日は不安定な空模様で …

 午前5時半、家を出て車で蕎麦屋に向かえば、重苦しい雲が一面に空を覆っていました。夕べ漬けたお新香を取り出さなければと、早い時間に出掛けたのですが、11時間のつけ込みで、味は上々なのでした。キュウリは太い物の方が、甘く漬け上がる気がしてならない。農家で取れたばかり野菜は美味しく漬かるのです。カウンターの上に干した昨日の洗い物を片付け、洗濯物を畳んだら、洗濯機の中に洗ったままになっていた昨日の分を干して、家に戻ります。

 それでもまだ6時半過ぎだったから、女将はまだ寝覚めのヨーガの時間で、台所には現れない。亭主は仕方がないから、エアコンの効いた書斎に入って横になれば、湿気がないのでぐっすりと寝込んでしまう。7時過ぎに女将に起こされて朝食の席に着く。週末になると定休日の買い出しまでに、冷蔵庫の中の食材がが片付いてくるので、予想通り、ハムエッグと煮物のおかずで美味しく朝食を食べるのです。洗面と着替えを済ませて、いつもの時間に蕎麦屋へ。

 何時の間にか青空が広がって、早朝の天気が嘘のようなのです。蕎麦屋の駐車場には、お隣の軒下からツバメの軍勢が次々と飛び立って、蕎麦屋の周りを高く低く飛び回っているではありませんか。蕎麦屋を背景にしてカメラを構えて待つけれど、スピードが速すぎてシャッターを押す頃には、もう屋根の上に飛び去っていく。連写の機能が付いている一眼レフでないと、なかなか難しいようです。ジリジリと陽射しが首を焼くから、直ぐに店の中に入る。

 今朝も43%の加水率で蕎麦を捏ね始める。最近はこの加水にもすっかり慣れて、生地が少し柔らかければ打ち粉を多めにして伸していく。今日も8人分の蕎麦を打って、昨日の残りの蕎麦と合わせて13人分を用意する。この週末もあまりお客は多くないから、十分に足りるはず。女将から聞いたのだけれど、昼前になると市役所からの放送で、毎日コロナの感染拡大を注意する放送が流れているのだとか。お客が減ったのは天候のせいばかりでもないのかも。

 それでも今日は10時半から駐車場に車を止めて、開店を待っているらしいお客がいたのです。陽が差して暑くなってきたから「まだ準備が終わっていないけれど、中でお待ちになったら」と言えば、「助かります」と店の中に入る。大釜のお湯も沸いていないので、亭主の飲む冷えたほうじ茶を出して、野菜サラダの具材を刻み、お湯が沸いたところでお茶を入れて注文を聞く。近くの介護施設の夜勤明けで遠くまで帰る途中なのだとか。リピーターの方でした。

 11時前に配膳したのは開業以来初めてでした。女将が来る頃にはヘルシーランチセットをもう食べ終えて、礼を言って帰られた。混んだのは昼過ぎの一時だけで、今日も日曜日なのに10人はお客が入らない。「以前のように補償もないのにねぇ」と、珍しく女将が行政の批判をするから驚いた。途中で大粒の雨がザーッと降ってきたと思ったら、直ぐに止んで陽が差してくる。東の空には黒い雨雲、西の空には青空が覗く、そんな天気の一日なのでした。

8月8日 月曜日 立秋が過ぎて再び暑さが戻った …

 いつものように22時に就寝、5時起床。最近はこの習慣が続いています。台所に行ってお湯を沸かし、コーヒーを入れて、明かりもテレビも点けずに窓の外を見ている亭主。食堂の窓に朝日が当たってとても眩しいから、今日はきっと暑くなると思えたのです。5時半を過ぎたらガレージのシャッターを開け、車に乗って蕎麦屋まで出掛ける。あまりすることはないけれど、昨日の盆や蕎麦皿を片付け、洗濯物を畳んで、西側の小径のムクゲを掃き集める。

 隣のお花畑は、また少しひまわりの花が咲いて、日に日に彩りが加わってくるのでした。ひまわりには青い空がよく似合う。来月、米寿を迎えるお袋様の住む低層マンションも、朝日を浴びてこんな早い時間からさぞ眩しかろう。一緒に仕入れに出掛ける明日には、お盆の墓参りの打合せをしなければ。お墓の草取りは近くに住む弟がもう済ませてくれたらしい。西側の小径に散ったムクゲを掃きに出れば、伸びていた葛の蔦をお隣で刈り取ってくれたのでした。

 家に帰れば女将が朝食の支度を済ませて、味噌汁とご飯を運んでいる。その湯気が朝日に当たってちょうど見えるから、亭主は居間の椅子から立ち上がり食卓に着くのです。いよいよ我が家の冷蔵庫には食材がなくなってきたらしく、蕎麦屋の残り物にウィンナや卵をあしらって、美味しそうに見せるのは女将の神業か。豚汁も肉がなくなったから、タンパク質は油揚げだけで、大根と人参に刻み葱を入れて、結構、美味しく出来上がっているのです。

 食事が終わったら、洗面と着替えを済ませて、エアコンの効いた書斎で10分間だけ微睡む亭主。今朝は新聞がないから休憩が出来ないと、お茶を入れている女将に所望して、美味しいお茶で目を覚ますのです。ご近所の百日紅の花が綠の木々を背景にして、鮮やかだったから、ウッドデッキから写真を撮らせてもらった。今日も暑そうな空なのです。蕎麦屋に出掛ける途中、ご近所のご主人に後ろから「昨日までは涼しかったのだけれどねぇ」と挨拶される。

 早朝にエアコンを入れておいた蕎麦屋に着いて、朝の仕事を終える亭主。今朝は500gだけの蕎麦打ちだったから、慌てることはないのです。昨日の残りの蕎麦と合わせて11食分を用意して、厨房に戻る。まだ10時前なのでした。二つの大釜に火を入れたら、まずは野菜サラダのアスパラとブロッコリーを茹でておく。10時になると、例によって市の放送が始まるから嫌になる。感染拡大を注意する、この放送のお蔭で、確かに随分とお客は減っているのです。

 野菜サラダの具材を刻み、天麩羅の具材を調理台に並べ、天麩羅油を鍋に注いで、天つゆの鍋を隣の火口に乗せたら、もう大釜の湯が沸いているのです。11時には準備か終わるから、それからテーブルをアルコール除菌液で拭いていく。今日は11時20分には暖簾を出した。エアコンを入れても、換気のために窓を少し開けているから店内は27℃どまり。それでも、湿気が取れるからか、蒸し風呂のような外に比べたらかなり涼しいのです。

 12時を過ぎてやっと車が駐車場に入ってくる。一台入ると続けてまた入るから不思議なもので、天せいろやヘルシーランチセットを続けて出すのでした。でも、今日はそれでお終い。1時を過ぎたところでかき揚げを揚げて、自分の食べる賄い蕎麦を茹でるのです。お客が少なくても、月曜日は後片付けが大変で、洗い物と片付けの他に、ゴミ袋を外の混み箱に移したり、洗濯物を洗ったり、持ち帰る食材を袋に詰めたりと、汗だくで1時間近くかかるのでした。

8月9日 火曜日 暑さはますます酷くなって …

 どうも定休日というのは、ゆっくり寝ていられない性分らしい。あれをしようこれもしておこうと、考えて寝付くからか、午前4時には目が覚めて、珈琲を飲みながら明るくなるのを待つのでした。それでも実際には時間と体力とが足りなくて、全部は終われない。今朝も5時には家を出て、森の影から朝日が昇るのを眺めながら、返しを仕込んで出汁取りの準備。昨日の後片付けや洗濯物を畳んだり干したり。南側のミニ菜園の草刈りまでは手が回らなかった。

 家に戻れば朝食の時間で、亭主の希望で今朝は茄子焼きと銀ダラの塩焼き。学生時代にナス焼きだけで夕食を食べていた記憶が、未だに懐かしく、自分の原点のように思えてならないからです。我が家の冷蔵庫もほとんど空になって、茄子やキャベツなどの野菜だけが残っていたのです。週に一度の仕入れの日にも、亭主が家の分の肉や魚や果物を買ってくることが多くなった。暑いから2キロの道程を歩いて買い物に行く女将だけでは、到底持って帰られない。

 お袋様と二人で買い出しに出掛け、盆の墓参りの打合せをする。暑くて眠れない夜は、氷枕にタオルを何重にも巻いて寝ているというから、いろいろ工夫をするものだと感心する。新レンコンがやっと少し安くなったから、天麩羅の具材に使おうと買って帰る。いつもより少ない量なのに、値段が高いのはこの暑さで野菜の値が上がっているかららしい。ひとパック100円だった茗荷も一挙に300円だから驚いた。大根も小振りなのに一本200円を超えていた。

 早朝に準備をしておいたから、出汁を取って蕎麦汁を仕込んでおく。一番出汁二番出汁と取って冷やさなければならないので、どうしても小一時間はかかるのです。昼の時間を気にしながら、何とか11時過ぎには仕込みを終えて、家に戻って昼食の準備にかかる。買い物から帰った女将も慣れたもので、蕎麦を茹でる鍋に水を汲んで火にかけ、昨日、亭主が揚げて帰った天麩羅をグリルに入れて、蕎麦が茹で上がる頃に焼き上がるように段取りをつけるのです。

 昨日の蕎麦が随分と残ったから、お袋様にも持って帰ってもらったのですが、亭主は念願の大盛りにして腹一杯食べられた。それでも、家で一番大きな3㍑ほどの鍋で二人分茹で、小さな笊とボールで蕎麦を洗うから、どうしても上手く仕上がらないのです。一人分ずつ茹でれば好いのに、つい面倒で二人分を一緒に茹でてしまう。女将は美味しそうに食べてくれるけれど、蕎麦屋の主は納得がいかない。茹でた蕎麦に艶が出ないのが見てくれも好くないのです。

 居間の椅子に座って女将の運んでくれるお茶を飲んだら、テーブルの隅に彼女の携帯が置いてあるのに気が付いた亭主。スポーツクラブの予約が2時過ぎにあったのでした。ひと眠りする時間はあるから、エアコンの効いた書斎に入って横になる。朝が4時起きだとどうしても昼寝が必要なのか。それでも20分ほど微睡んだだけで、午後の仕込みのことを思うと気が気ではないのです。無事に女将が希望する席を取って、亭主は蕎麦屋に出掛けていくのです。

 蕎麦屋に着いたらまずは、今朝やり損ねた南側のミニ菜園の様子を見に行った。予想通り、もう荒れ放題で、やはり耕して野菜を作っていないと、自然に帰ってしまうのだと痛感するのでした。明日こそは、長袖長ズボンに手袋をはめて、この雑草を刈り取ってやろうと思うのです。午後の仕込みは小鉢の準備なのですが、先週買った冬瓜を、何とか使おうとあちこちのレシピを覗いて考えたのですが、結局は揚げ浸しのようにして作ったまでは好かったのですが。

 冬瓜を茹でるのを忘れたから、なかなか火が入らない。一年振りだからやはり失敗なのでした。どうやって修正しようか、こんなこともあろうかと、今日は半分だけ使って量を減らしておいて好かった。家に帰って女将に話をすれば、「しばらくやっていないと、忘れてしまうことが多いのよ」と言われる。夜は今日買って帰った小振りの鰯を焼いて食べる。他はすべて先週の蕎麦屋の残り物。さあ明日は早く起きたら涼しいうちに、草刈りに精を出そうか。

8月10日 水曜日 今日は墓参の日 …

 今朝も早くから起きてはいたのですが、どうもなかなか疲れが抜けなくて、朝飯前のひと仕事に蕎麦屋に出掛けて草刈りが出来なかったのです。朝食を終えたら洗面と着替えを済ませて、9時前にお袋様を迎えに行って、近くの霊園に盆の墓参りに出掛ける夫婦。霊園の入り口には青空に映える百日紅が見事で、まだ誰も来ていなかったから、三人で手分けをして花を供えて線香を上げる準備をするのでした。盆の入りは週末にかかるので、混むといけないと配慮。

 亭主が桶に水を汲みに行っている間に、女将とお袋様が花を切りそろえて、線香に火を点けたら、それぞれが隣り合った三箇所の墓に参る。この霊園の出来たばかりの頃に、一番早くに墓を買ったので、正面の手前、真ん中の場所を手に入れることが出来たのです。それから何十年、今では墓地の規模も何倍にも広がって、随分と立派な霊園になった。家からは歩いても来られる距離だから、昔はお袋様も散歩がてらに好く来ていたと言う。

 お袋様と女将とを家まで送ったら、亭主はその足で蕎麦屋に出掛け、午前中の仕込みを済ませる。昨日作って冷やしておいた蕎麦汁を徳利に詰めて、揚げ浸しの野菜の中から冬瓜だけを取り出して、もう一度火を通して柔らかくする。イメージ通りに仕上がらなかったのが悔しくて、二回目は冬瓜をあらかじめ茹でて柔らかくしておく。トマトも湯引きして皮を剥いておくのでした。蕎麦羊羹と蕎麦豆腐を仕込んだところで、午前中の仕込みを終わりにしました。

 家に帰ってそろそろ昼の支度をしなければと思っていたら、珍しく時間に買い物から女将が帰っていない。仕方がないから、とろろ芋をおろして、天麩羅の残りを焼き、蕎麦を茹でるばかりに準備を調えておいたら、やっと女将が帰ってきた。薬局の小母さんと長話をしていたのだとか。今日は蕎麦を一人分ずつ茹でて、氷で締める笊とボールも用意したから、少しは味が良くなっただろうか。冷たいとろろがヒンヤリと美味しいのでした。 

 食後はひと眠りをせずに、1時過ぎには蕎麦屋に出掛けて午後の仕込みをする亭主。ナスとミョウガとシシトウを油で炒め、薄口の出汁醤油に砂糖を入れて作った汁に、茹でた冬瓜とトマトと一緒に漬け込む。二回目のチャレンジは、冬瓜とトマトを茹でたのと、色を薄く仕上げたのが違う。透き通った冬瓜の涼しさが出ないのがやはり失敗。残った冬瓜を今度は出し汁と塩と砂糖で煮込んだら、鶏胸肉の挽肉を入れ、出汁醤油を垂らし、片栗粉でとろみを付けた。

 今度はイメージ通りに上手く出来たのです。透き通った冬瓜の涼しげな色が夏場の涼と、やっと一年前を思い出した亭主。天麩羅の具材を切り分け、糠床にお新香を漬けたところで、時計は既に4時を回っていた。エアコンを入れていても30℃を越える厨房で、今日は随分と頑張って仕込みをしたものです。気になっていた包丁を研いで、ついでに砥石が真ん中だけへこんできたので、砥石削りで少し平らにしておく。なかなかここまでやる暇がなかった。

 新しく別の業者から仕入れた豚ハラミを真空のフリーザーで解凍しておいたら、二日目なのにもうドリップが出ている。家で味見をしておこうとラップにくるんで、先ほど仕込んだ鶏胸挽きと冬瓜の煮込みと共に家に持って帰る。帰り道、いつもの酒屋まで遠回りをして焼酎と炭酸を買い、ついでにガソリンを入れて帰宅する。午後の陽射しはますます強く、車外温度は40℃を越えているのでした。みずき通りに折れる中央通りの風景もいかにも夏の午後らしい。

 台所で夕食の支度をしていた女将の用意してくれたのは、亭主の好きなジャガイモのバター焼き。モズクの酢の物とインゲンの胡麻和えと酒の肴には持って来いでした。それに亭主の持ち帰った豚ハラミの串挿しとシシトウを焼いて、冬瓜と鶏挽肉のあんかけ煮を加えれば、立派な酒飲みの夕食となるのでした。珍しくテレビも野球をやっていないから、女将と二人で静かに今日一日を振り返る。明日は祝日だから、蕎麦は少し多く打った方が好いと女将が言う。

8月11日 木曜日 朝夕が少し涼しくなったのか …

 午前6時の隣のお花畑。ひまわりの花が随分と沢山咲いてきた。花が小さいから、遠目にスマホのカメラで撮ると黄色い点に見えるけれど、人間の目で見ると確かに一つ一つの花がよく見える。西側の小径に散ったムクゲの花殻を掃き集めて、早速、厨房に入って夕べ漬けたお新香を取り出す。ついでに昨日作って鍋のまま冷やしておいた冬瓜とナスとミョウガとトマトの煮浸しを盛り付けておく。二回目の方が汁を薄くしたけれど、冬瓜はやはり染まってしまう。

 家に戻れば女将が台所で朝食の支度をしてくれていた。今朝は先日までの朝からの暑さが感じられない。湿気はあるからエアコンを使っているけれど、窓を開ければ涼しい風が入って来るのでした。店から持って帰った先週の三ツ葉がまだ残っていたのか、卵とじにして食卓に並ぶ。朝は暖かい食べ物が有り難いと思う年頃だから、豚汁がおかず代わりになって、とても美味しく感じられるのです。女将の漬けるお新香は、亭主は醤油をかけないと食べられない。

 食後は例によって短い時間だけれどひと眠り。今朝は珈琲も飲んでいなかったのを思い出す。20分ほど微睡んで頭がすっきりとしたところで、蕎麦屋に出掛けていく亭主。みずき通りを渡る頃には、随分と雲が出ていたけれど、時折、太陽を隠すので、陽射しが熱くないからちょうど好い。蕎麦屋の四軒隣の奥様が、花壇に植えたお花に水遣りをしていたので挨拶をする。古くから住んでいる人たちは、皆、亭主たちよりは年上の方なのです。

 蕎麦屋に着いて朝の仕事を終えたら、蕎麦打ち室に入って今日の蕎麦を打つ。女将の記録によると、去年は非常事態宣言が出ていたのに、山の日は10人を越えるお客があったらしい。それは大変だと今朝になってから慌てて、二回蕎麦を打つことにしたのです。750gと500gとに分けて、43%の加水でしっかりと蕎麦粉を捏ね、丁寧に伸して畳んで包丁切り。時間はかかるけれど、これだけあれば安心だと、生舟に蕎麦を並べて厨房に戻るのでした。

 やはり、いつもの時間に蕎麦屋に来て、蕎麦を二回打つというのは、その分だけ時間がかかる。特に定休日明けはやることが多いから、大根と生姜をおろして薬味の葱を刻んだところで、いつもだったら野菜サラダの具材を盛り付けている時刻。今日は祝日だから女将が手伝いに来てくれるのが、唯一の救いなのでした。胡麻油も新しい一斗缶を開けなければならず、重たい一斗缶を持ち上げて天麩羅鍋に油を注ぐ。大釜の湯が沸いたのでポットに詰める。

 これでもう開店5分前だったから、女将が「暖簾を出すわよ」と珍しく亭主をせっつくのでした。それだけ急いで準備を間に合わせたけれど、昼を過ぎてもお客は来なかった。今日もぴったり10時には市の放送が入って感染拡大が続いていると大音量でアナウンス。去年もこの放送でぴたっと客足が落ちたのだとか。幸いにも、1時近くになってお客が入り始めたから好かったのです。ご家族連れは墓参の帰りらしかった。続けて沢山の調理をするから忙しい。

 やっと亭主が遅い昼を食べたのは1時半過ぎでした。新しい油で揚げた天麩羅はやはり美味しい。今日のお客もそう感じてくれただろうか。月曜日に打った蕎麦を、今日の昼用にひと束残しておいたのだけれど、これも締まってなかなかいけるのです。最後のお客が帰ったのが遅かったから、全部の片付けを終えて2時半を過ぎた。女将はとっとこ先に帰って、ゆっくりと歩く亭主は家々の日影を通って家まで辿り着く。冷たい梨を女将が剥いてくれたのが嬉しい。

8月12日 金曜日 世間はお盆休みなのか …

 駅前の高層マンションが輝いて見える朝は、朝日が昇って強烈な陽射しを放っている証拠。今日こそは、蕎麦屋の南側の草刈りをしようと決めていたから、5時に起き出して珈琲を入れてひと休み。30分ほど居間の椅子に座って目を覚ましたら、意を決して玄関を出る。庭を見ればモミジアオイがぽつんと咲いていたので、写真に撮っておく。女将が愛でるだけあって、その姿が凛々しくも見える。ガレージのシャッターを開けて車に乗り込む。

 蕎麦屋に着いたら、他の事はさておき、軍手と鎌を手にしてミニ菜園に向かうのでした。月桂樹の枝を払いながら、西側の小径の手前まで一挙に草を抜いて行く。蔦が絡みついて大変だったけれど、定期的に草刈りをしているから、見てくれほど草の数は多くなかった。店の中に戻って90㍑のゴミ袋を持って帰り、刈った草を詰めて行くのですが、これがあっという間に一杯になってしまう。30分ほど奮闘して、ゴミ袋一つで今朝はお終いです。

 厨房に戻って昨日の洗い物を片付け、洗濯機の中の洗濯物を干したら、もう6時半を過ぎているのでした。朝の空気はヒンヤリとしていたけれど、やはり動いたから汗が滴り落ちて、家に帰る頃には暑い暑いと言ってクーラーの風で涼む亭主。それでも朝食は温かい方が好い年頃。豚汁はたっぷり肉が入っているから、唯一のタンパク源。自分で作った冬瓜と鶏胸挽きのそぼろ煮は、生姜の隠し味が利いていて、なかなか美味しい。来週はこれを店で出してみよう。

 朝から身体を動かしたからか、食後はすんなりとひと眠りには入れた。洗面と着替えを先に済ませ、エアコンの効いた書斎で30分ほど熟睡して、お茶を一杯飲んだら再び蕎麦屋に向かうのです。蕎麦屋の並びのご近所の奥さんたちが、玄関脇のお花に水遣りをしていたから、挨拶を交わしてちょっと立ち話。蕎麦屋の隣のひまわり畑も、今朝の強い風で揺れていました。空の色が真夏の空よりも青いような気がするのは、風が秋を感じさせる風だからだろうか。

 早朝にエアコンを入れておいたので、蕎麦屋の中は快適です。蕎麦打ち室も26℃で湿度は35%。それが、亭主が蕎麦を打ち終える頃には28℃、45%になっている。汗だくになった亭主の熱気が、狭い部屋を暖めているのかも知れない。今朝は750g八人分を打って、昨日の残りの蕎麦と合わせて13人分を用意する。平日だけれど、世間はお盆のお休みだからと、少し余裕を持って打っておいたのです。それが今日はぴったり当たって、昨日よりも多いお客がご来店。

 昼近くになって、三人連れのお客がいらっして、「美味い蕎麦を食べに来ましたよ」と年配の男性が大きな声で言う。初めての方なのにと思ったら、連れの女性の一人がリピーターで、「美味しい蕎麦を食べさせる店だから」と、友だちを連れて西の町から来てくれたのでした。蕎麦好きの方たちらしく、全員がせいろ蕎麦で男性だけは大盛りのご注文。年配の方達だから亭主も気が楽で、いろいろな質問に答えながら蕎談義に付き合う付き合うのでした。

 次のお客がいらっして、お茶をお出ししたところで、前のお客はお会計。ヘルシーランチセットとせいろ蕎麦のご注文だったから、野菜サラダと蕎麦豆腐をお出ししてその間に盆に蕎麦皿や蕎麦汁、薬味、小鉢をセットして、蕎麦を茹でる。天麩羅を揚げないと随分と楽なのです。時計は1時を回っていたから、今日はこれで終わりかなと、平日のつもりでいたのが迂闊なのでした。やっと洗い物を済ませた頃に、車が続けて駐車場に入ってくる。

 後半は皆さん天せいろや単品の天麩羅のご注文で、最後のお客は隣町の常連さんなのでした。とりあえずお茶をお出ししたら、前のお客の配膳をしてから、「いつもので好いですか」と確認をして、カウンターに野菜サラダを持って行く。盆と蕎麦皿、天麩羅皿と天つゆの器を用意して、インゲンと稚鮎とキスを揚げ、辛味大根をおろして、蕎麦を茹でる。前のお客がお会計を済ませて帰った後は、常連さんのいつもの四方山話に付き合う。有り難いことなのです。