3月中旬

3月15日 火曜日 春らしさは…

 昨日の朝に比べたら今朝は少し寒いくらいでした。蕎麦屋に昨日の洗いものの片づけと、出汁取りの準備をしようと、6時半に車で家を出たのです。小雨が降っていたから、やはり昨日よりも寒いのかも知れない。店の中は13℃だった。それでも暖房は入れずに、洗濯物を畳んだり、洗濯機の中の洗い物を干したりと、結構やることはあるのでした。7時になるから急いで家に戻る。

 朝食を終えてひと休みしたら、昼は蕎麦を食べようと女将と話をして、お袋様を迎えに出掛けた。本当は、この朝の寒さでは女将も冷たい蕎麦を食べたくはないだろうと思ったけれど、昼になれば気温も上がると言うから、そのまま出かけていく亭主。亭主たちが仕入れに行っている間に、女将は1キロ以上離れたスーパーに歩いて買い物に行くのです。雨は止んでいたから、歩けば今度は暑いというに決まっている。農産物直売所では、今が旬の蕗の薹が沢山出ていたから、天婦羅の付け合わせにと二袋ももらってきた。知り合いの農家で作ったほうれん草も美味しそうだったから買っておく。
 さすがにもう白菜は終わりと見えて、次に行った隣町のスーパーにもなかった。ハウス物だろうけれどいつもより大きなキュウリが出ていたから、一本35円だったけれど8本も買って帰る。蕪も買って、浅漬けにでもしようと考えたのです。冷蔵庫に入れっ放しの糠床は使えるかどうかわからない。昼にでも行って様子を見てこなくては。三つ葉を除いて予定の食材はすべてそろったのです。

 昼は予定通りに蕎麦を茹でて女将と二人で食べるのでした。切り干し大根の煮物の残りと、蕎麦屋のミニ菜園で採れた小松菜のお浸しをおかずにして、スルスルスルッと蕎麦を頬張る。たんぱく質が何もないのがちょっと気になったけれど、小松菜は女将の言う通り甘くて美味しかったし、切り干し大根もお客が言った通り美味しいのでした。蕎麦は今日の暖かさには丁度いい食べ物。米やうどんなどより脂質が多いから、お腹には溜まる食べ物らしいが、どうしてすぐに腹が減るのかしらん。昨日残った金柑大福を食べて、蕎麦湯を飲んだらやっとひと心地着いたのです。

 食休みをしていたら、女将が米や野菜をもらっている近所の農家の梅を見てくると言って出かけていく。帰って来て「この間、小父さんがもうすぐだよと言っていた通り綺麗だったわ」と言うので、亭主も家から100mほどだから歩いて行ったら、菜の花畑がもう春爛漫で、もう少し先の畑の中に倒れたしだれ梅が見事に咲いていた。今年も花見には出掛けなかったから、春の気分を満喫した。遠く後ろにあるこぶしの木にはもう白い花が咲き始めているのでした。帰って来て女将に「見事だったよ」と言えば、「旅行に言った気分よね」と言うから可笑しかった。

 家に戻ってブログを途中まで書いたら、食後だったから横になってひと眠りする亭主。定休日の特権か、頭がすっきりしたところで蕎麦屋に出掛け、午後の仕込みをするのです。朝のうちに昆布と干し椎茸を浸しておいた鍋を沸かして、鰹節を入れて沸く直前で火を止め、まずは一番出汁を取る。蕎麦汁を作ってその間に二番出汁を取り、水で冷やしたら蕎麦汁は蕎麦徳利に詰めて冷蔵庫へ。二番出汁は容器に入れて冷蔵庫へ入れる。これだけでもう一時間以上もかかるから、今日の仕込みはこれでお終いなのでした。

 夕飯は、女将がイワシの好いのが手に入ったと、久し振りに刺身にして出してくれたのです。菜の花のお浸しと野菜の炒めなますが付いたから、亭主はタコのわさび漬けを出して酒の肴にする。テレビで相撲を見ながら、春らしい気分に浸っている。定休日の今日もいろいろと気が付けばやり残したことは多いけれど、無理をしないのが最近の亭主の生活。ミニ菜園の草刈りやぐりストラップの掃除や厨房の汚れた床の掃除など、どんどんとやり残したことばかりが増えてしまうのも心配だけれど、少しずつしかできないのです。

 夕食を終えて今の椅子に座りながら、夕日の当たる風景を眺める亭主。明日はどこまで仕事が終えられるか、これも出来るだけしかこなせないから、自分の身体の自然に任せるしかないのです。今夜も面白いテレビ番組ははないし、ニュースと天気予報を見て眠るのかも知れない。もう三月も中旬。今週は墓参りにも行かなければならないから、予定は次々とやって来る。心を解き放たなければ。

3月16日 水曜日 朝はまだ寒いけれど…

 午前6時前のみずき通りは、雲が低く垂れこめて、今日は晴れると言う予報が少し疑わしいのでした。気温も低く、昨日の日中の暖かさに慣れた身体には寒く感じるのです。蕎麦屋に着いてまず気になるのはミニ菜園の具合。少しだけ蒔いた辛味大根は、間引きをしていないからてんでに育っているけれど、やはり食べられるほどには育たないだろうとそのままにしてある。今年は早く種をまきすぎてしまったらしい。寒い時期が長かったのも禍いしたのか。

 厨房に入って温度計を見れば13℃と昨日の朝と同じ。まずは蕎麦豆腐を仕込んで、切り干し大根をお湯で戻している間に、ニンジンと油揚げ、昨日出汁取りに使った干し椎茸を刻んでおきます。大きなフライパンにごま油とサラダオイルを引いて、具材を炒める。隣の火口では先週残った蓮根とニンジンを刻んで炒めていく。どちらも出汁を入れて、煮詰まったところで出汁醤油と砂糖を加え、しばらくしてから火を止めるのです。これで小鉢二種類が完成。

 1時間ほど作業をしたらもう7時前だから、家に戻って朝食の時間なのでした。東の空の雲が晴れて、朝日が少し覗いている。西の空には青空も見えるけれど、まだまだ晴れとは言い難い天気。今日は西の街のホームセンターに出掛けて、割り箸や業務用の消毒液などを買って来なければいけない。11時半には女将のスポーツクラブの予約を取らなければならないから、家に戻っている必要がある。定休日とは言え、何かと忙しいのが亭主の生活なのです。

 家に戻ったのは7時少し前だったけれど、珍しく女将の稽古場の雨戸が閉まったままなのでした。黄色い姫水仙が一列にならんて可愛らしい。テレビを点ければまたしてもウクライナ情勢のニュースをやっていた。世界がこれほど騒いでいるのに、どうして侵攻を止めないのだろうか。地続きの国境というものは、それほど大変なものなのか。平和な国に長く暮らして鈍感になっているのだろうか。

 やっと朝食の支度が出来て、今朝は奮発した天然ぶりと大根の煮つけ。蕎麦屋で採れた小松菜の胡麻和えが小鉢で添えられ、純和風の朝食なのでした。年寄りと長く暮らしていたからか、昔から女将の煮物は美味しいのです。みそ汁には蕎麦屋の天婦羅の具材が残ったからと、カボチャと椎茸が入っていた。蕎麦屋の残り物をぎっしりと詰めた冷蔵庫の中身を、少しずつ消化して次の週を迎えるというのが我が家のパターン。満腹になった亭主は、書斎に入ってごろりと横になるのでした。珈琲を一杯飲んで再び活動開始…。

 昼前に出来ることは、まずはホームセンターで備品を購入してくること。天そげの割り箸はここでしか扱っていないので、何か月に一度かは回に出掛けなくてはならないのです。そのついでに、業務用の消毒液とコロナ対策でテーブルを拭いたりするアルコール除菌液も買って来る。団地から15分ほどの場所だけれど、コロナの時期だからとあまり出掛けて行かない。隣にあるスーパーで昨日買えなかった糸三つ葉や女将に頼まれた梅干しを買い求めるのでした。

 家に戻れば、女将は彼岸の入りの墓参りに三つの墓が汚れていてはと、草取りや掃除に出掛けていた。11時過ぎに帰って来たから、スポーツクラブの予約を取る時間までに、亭主は昼食の準備をしてしまう。かき揚げ用の玉ねぎとニンジンが、沢山残ってしまったから肉を加えてカレー炒飯にする。隣の火口ではレタスとワカメを入れてコンソメスープを作る。これで先週の蕎麦屋の残り物はすべて使い尽くしたはず。イチゴ大福用に買った静岡産の紅ほっぺをデザートに食べる。大福にはちょっと多すぎるのです。

 時計を睨みながらパソコンの前に座って、10秒前、9秒前…とカウントダウンして、画面に目指すヨーガ教室のマークが入った瞬間にクリックする。早い日には、ものの5秒ほどで予約が埋まってしまうのに、今日はまだ誰も予約を取っていなかった。インストラクターの真ん前の席を取って女将に報告すれば、「ありがとう」と言ってノートに書きこんでいる。これで今日は夕刻の業者が来る時間まで亭主は解放されるのです。蕎麦屋に行ってやることは沢山あるのだけれど、とりあえずは書斎で横になって一休み…。

3月17日 木曜日 夜更けに激しい地震で目が覚め…

 ウクライナの大統領がアメリカ議会で演説をした映像を見て、今日もこれで終わりだと床に入った夕べ。1時間ほどしてゆらゆらと揺れているなと目が覚めたら、今度は激しく小刻みに長い時間揺れたのです。深い眠りの中から急に起こされたものだから、立ち上がるのもやっとで、書棚に積んであった年賀状の束がドサッと床に落ちた。居間の部屋まで何とか歩いて、テレビを点けて地震速報を見れば千葉県は震度4。震源地の福島近辺は震度6と言うから大変な地震なのでした。しばらくニュースを見ていたけれど眠かった。

 朝飯前のひと仕事に出掛けられなかったから、朝ドラの前に家を出て、沈丁花のびっしりと咲くお宅の前を通って蕎麦屋に向かう。朝の仕事を終えたら、昨日作った切り干し大根と、蓮根のきんぴらを小鉢に盛り付けて、漬物にはキュウリとカブとニンジンを浅漬けの素に漬けます。旨味を増すために昆布を一枚入れておくのです。長い時間漬け込んでしまうと、どうしても味が濃くなってしまうから、蕎麦打ちが終わる頃に取り出す計算です。しばらく使っていなかった糠味噌は、昨日のうちに手入れをして新しい糠と塩を足しておきました。今週いっぱい毎日かき混ぜれば、来週から使える。 

 暖かくなっている蕎麦打ち室に入って、今朝は800gの蕎麦を打ちます。これだと9人分の蕎麦が取れるから、定休日明けで暖かくなりそうだったので、用心に越したことはないからと、いつもより多く蕎麦を用意したのです。8人分で足りなくなったときに、お客があと一人来たなどということがよくある。その時になって申し訳ないと悔やんでも遅いのです。かといって1㎏11人分を打てば、コロナ過でお客は少ないから、今度は余り過ぎること間違いない。微妙なところなのですが、臨機応変に蕎麦の量を変えるしかない。 

 菊練りを終えたところで生地を円錐形に仕立てていくのを「へそ出し」などと言うのですが、今日のへそ出しはへその部分がつぶれている。生地が少し柔らかいのです。800gなどはめったに打たないから、加水が46%になってしまった。それでも無事に切りべら26本で140gの蕎麦を、9束生舟に並べて蕎麦打ちを終えるのでした。厨房に戻って、今朝がた漬けておいた浅漬けを取り出し、小鉢に盛り付けておきます。キュウリもカブもニンジンも少しずつ薄めに切ってあるから、ちょうどいい具合に漬かっていたから嬉しい。

 定休日明けはいろいろとやることが多いので、時計を気にしながら、解凍しておいた豚のハラミを串に刺して、焼き物の準備をしておきます。解凍したままで長く置いておくと、豚肉の旨味がドリップで流れ出てしまうので、焼いても美味しくなくなってしまう。適度なところで串に刺して、ぴったりシートにくるみ、タッパに入れて真空フリーザーへ。これで週末までは持つ計算です。
 次に大きさの適当なイチゴが手に入ったから、今日はイチゴ大福を包みました。金柑の甘露煮もあと少しはあるのだけれど、イチゴの方が先に傷んでしまうから、今週は苺でいこうと決めているのです。平日にどれだけ出るかは分かりませんが、常連客には春らしい変化と気が付いてもらえるかも知れない。お客が来るか来ないかを考えていたら、何も前に進まないので、亭主の独り相撲なのです。

 外はだいぶ暖かくなってきたので、店の暖房を消して窓を開けておく。野菜サラダを刻んで、テーブルをアルコール除菌液で拭いたらギリギリ開店の時間なのでした。と、店の電話が鳴って「お店やっていますか ? 」「はいやっていますよ。よろしくお願いします」その電話の主がいらっしゃる前に、団地の橋を渡った先の街区に住んでいる常連さんがいらっして、辛味大根とせいろ蕎麦の大盛りといつものご注文なのでした。お茶を出すのも忘れて、辛味大根をすっていた亭主 … 。定休日明けはどうも勘が鈍っているらしい。そのうちに、作業着を着た若者が現れて、ランチセットのご注文。「お電話いただいた方ですか ? 」と尋ねれば、「最近はコロナで店屋も行ってやっていないことがあるのですよ」と応えるのでした。

 お客の数が少なければ、店を開けているだけでもう赤字というところも多いのでしょう。先日、蕎麦を食べに来たお客も、近くの蕎麦屋が定休日でもないのに休みだったと言っていた。昨日荷物を持って来た業者の若者も、やけに早くに来たから尋ねたら、「やっぱりお客が来ないらしいのですよ」と応えていた。客が来なくても休むことのない霊犀亭は、亭主が好きで毎日蕎麦を打つから、赤字になるのには慣れているのです。食材が残れば家に持ち帰って完全に消化するから、食品ロスはゼロ。光熱費だけはマイナスの計算。

 閉店間際にもお客がいらっして、せいろ蕎麦のご注文。店を開けていれば、初めてでも、こうしたお客が来てくれるから未来が開けるというもの。閉店の2時前には、スポーツクラブから帰ったばかりの女将が来てくれ、洗濯物を洗濯機に入れて、野菜サラダの残りと大根おろしを持ち帰ってくれた。今日は天婦羅が一つも出なかったのです。亭主も女将の後を追うように店を閉めて家路に就く。

 家の玄関に入る前に、女将「スモモの花が咲いたわよ」と言っていたのを思い出して、写真を撮りに隣の家との境まで行って花を見る。「梨花一枝春雨を帯ぶ」と長恨歌に謳われた梨花とは、このスモモの花であったらしいのです。彼岸の入りの明日が雨模様だと言うので、今日のうちに、店が終わったらお袋様と墓参りに行くことになっていました。彼女を迎えに行って隣町のスーパーで花を買ったら、親父様の墓のある霊園まで戻って墓参りを済ませる。昨日のうちに女将が草取りを済ませて、花入れの掃除もしてくれていたから、亭主は水を持って来て花を切りそろえ、線香に火を点けたら、お袋様と女将に分けて、それぞれ親父様の墓と弟家の墓と女将の両親の墓とに参るのです。お袋様から感謝の言葉。「花が供わるとやはり好いね」と嬉しそうなのでした。

3月18日 金曜日 真冬に逆戻り…

 昨日とはうって変わって寒い朝でした。昨晩はなんと8時間も眠り続けたから、自分でも驚いたのです。家の中も12℃といつもより寒いから、朝から暖房を入れるけれどなかなか暖まらない。しまいかけていたセーターを取り出して着込んだら、毛糸の帽子と皮の手袋をして、今朝は蕎麦屋に出掛けたのです。店の中もやはり12℃と冷蔵庫のような冷たさだったから、エアコンを入れて大釜に火を点けて暖を取る。蕎麦打ち室は10℃を越えていたから、まずは身体を温めなければと、今朝の蕎麦を打ち始めたのでした。

 この寒さでは、あまりお客は期待できないから、最低限度の分量で蕎麦を打ちました。昨日残った4人分の蕎麦に、500g5人分の蕎麦を打って9食だけで今日はお終い。こういう日に限って蕎麦は好い仕上がりで、生地の硬さも45%の加水でちょうど好く、包丁切りも均等な幅なので、満足な亭主なのでした。切りべら26本で一人前140gの蕎麦の束にして、生舟に並べていきます。分量が少ないから30分ほどで作業を終える。果たして、どれだけ出るのか。

 蕎麦は一人前ずつ必ず計量して、キッチンペーパーに包んでいきます。138gから143gぐらいなら誤差範囲なのですが、調子のいい時はこれが限りなく140gになるから不思議。切り幅が一定している証拠なのです。気持ちが集中していないとこれが乱れてしまうから、包丁打ちは心の現れだと常々思うのです。夕べぐっすりと眠れたのが好かったのかもしれない。何年やっていても同じにはいかない。

 金曜日は定休日が明けて二日目だから、蕎麦豆腐も大福も生姜も葱も昨日のものが使えるので、厨房での仕事量が少ない。ましてや打つ蕎麦の量が少なかったから今日は時間があっのです。洗濯物を干したり、店の床を掃いたりと細かな仕事を済ませておきます。あまり早くから大根を下ろしたり、野菜サラダの具材を刻むと、お客に出すまでに時間があり過ぎると思えるので、時間を調整しているつもり。今週は包丁を研いだばかりなので切れ味は抜群ですが…。

 10時を過ぎたころに、やっと大根をすりおろし始め、ブロッコリーとアスパラを茹でる。今週のアスパラは一束100円ほどのメキシコ産だったけれど、安い割りにはものが好かった。ブロッコリーは地元の農家のものです。レタスを剥がして、55℃の温水に浸ければパリッとする。大きめの春キャベツは葉二枚で三皿分。アーリーレッドを刻んで、野菜サラダの下地がそろう。これを盛り付けた後でパプリカとニンジンのジュリエンヌ。包丁が切れるから嬉しい。そしてキュウリをスライスしてトマトを添え、パイナップルを切ってブロッコリーとアスパラを載せれば野菜サラダの出来上がりです。

 時折、雨も降り出して寒いから、窓は閉めたままで暖房は26℃に設定してある。これではお客が来ないだろうと、待つこと2時間近く。厨房の椅子に座って座禅を組む心境の亭主は、眠くならないように立ち上がって店の中を歩いたり、柔軟運動をしたりと身体を動かすのでした。お客の蕎麦を茹でないから、自分が食べる賄い蕎麦も茹でられない。そのために大鍋を洗うのはひと苦労だから。天婦羅を揚げるのもバットが汚れるから、自分のためだけには敬遠されるのです。1時を過ぎる頃だから、そろそろ腹も減って来た。 

 やっと駐車場に車が入って、テーブルに座った常連のご夫婦が、何か暖かいものをとおっしゃるので、一番安いぶっかけ蕎麦を勧めれば「ぶっかけ蕎麦を二つ」とすぐに注文が入る。三つ葉とニンジン、玉ねぎのかき揚げを二つと、蓮根の天婦羅に蕗の薹の天婦羅を添えて、お出しすれば、デザートにイチゴ大福を二つ頼まれる。暖かい蕎麦は蕎麦湯が付かないから亭主の手間も省けるのです。昨日は天婦羅が出なかったので、銅の天婦羅鍋に真新しい油で、かりっとした天婦羅を揚げれば、気分が好い。
 と、また一台駐車場に車が入って、見れば隣町の常連さん。「寒い寒い」と言うものだから、「前のお客には、暖かい汁のぶっかけ蕎麦をお勧めしたんですけれど…」と言えば、「僕もそれで」とご注文。食事を終えた前の奥さんが「とても美味しかったわ」と言ってご会計なのでした。さすがに今日は寒いから、野菜サラダは食べないと言うカウンターのお客が、スーパーで買った野菜サラダを三日後に食べたら食あたりをしたと言うから、「生野菜はその日のうちに出すのが鉄則です」と、今日の残ったサラダを一皿包んで差し上げる。冷蔵庫に入れれば次の日も食べられると説明する亭主。

3月19日 土曜日 日中は晴れて暖かいのに …

 朝はそれでも6℃だから、まだまだ寒いのです。夕べ雨が降ったと見えて、6時前のみずき通りは濡れていました。空もどんよりと曇り空で、晴れるはずなのに時間が早すぎるのか。今日は三連休のうちでは一番暖かくなると言うから、早めに蕎麦屋に出掛けて、朝飯前のひと仕事をして来ようと思ったのです。それにしても、明るくなるのが随分早くなった。毎日、寒暖を繰り返し、季節は本当に春に向かっていると感じられるのでした。

 蕎麦屋に着いたら、まずは暖房を入れて米を研いで炊飯器にかけたら、昨日の珈琲をレンジで温めて飲む亭主。タブレットを出して向こう三日の市内の天気予報を見るのです。明日と明後日はやはり晴れても気温が低くなり、今日が一番の天候らしい。窓越しに曇った今朝の空を見ながら、今日はどのくらい蕎麦を打ったらいいだろうと考えるのです。蕎麦粉も高価で貴重な食材だから、お客が来なくて売り上げも少ないのに、無駄に用意はできない。

 750g8人分を打って昨日の残りと合わせて14食分を用意しようと決めて、今日の浅漬けを漬け込むのでした。切り干し大根と蓮根のきんぴらと合わせて14鉢を盛り付け、午後の出汁を取る準備をしたら、早朝の仕込みは終わりです。朝日が昇って玄関の窓ガラスが眩しく輝いている。やっと晴れ間が出てきたらしい。昨日の洗濯物はまだ乾いていなかったから、奥の部屋の暖房も入れて家に戻る。

 7時前のバス通りは、週末だからまだ車がほとんど通っていなかった。女将の作る朝食を食べて、今朝は書斎で30分ほど横になって眠ったのです。朝ドラの始まる時間には、洗面と着替えを済ませて再び蕎麦屋に出掛ける亭主。気温も朝よりも上がって、陽射しが出てきたから少し安心するのでした。わずか300mほどの距離なのに、蕎麦屋までの道のりは遠く感じられた。最近はコロナが怖くてプールもずっと休んでいるから、体力も落ちているのかもしれない。

 暖房を入れたままだったから、店内は19℃と暖かくなっていて、蕎麦打ち室も16℃もあるのでした。蕎麦粉を計量して加水の水を計り、今朝の蕎麦を打ち始める。加水率45%で捏ね始めたのは好いけれど、やはり、そろそろもう少し水を減らさないといけない。季節の変化を気にしていながら、つい昨日と同じ加水をしてしまうのです。菊練りも少し柔らかめ、伸してもやはり柔らかめで、八つに畳んで包丁切りをすれば、時折グニャッという感触。これでは切り幅が揃わないのです。それでも切りべら26本で140gで打ち終える。

 早お昼を食べに帰った女将の戻る前にイチゴ大福を包み、今日は週末だからと野菜サラダを四皿盛り付けて、亭主は一休みする。女将がトイレや店の掃除をしてくれるだけでも有難いのです。平日に一人でこれらをこなすと、どうしても倍近い時間がかかるから、いつも開店の時刻ギリギリまで動きっぱなしになる。8時半から11時半まで動き続けると、やはりちょっと疲れて腰が痛くなるのです。今はコロナ過でお客も少ないからいいけれど、以前のように開店時刻からお客が来るようになると、正直ちょっと怖いのです。

 今日は昼前に東の町の常連さんが久しぶりにいらっして、天せいろの大盛りに辛味大根のご注文なのでした。蕎麦湯まで綺麗に飲み干して帰られたから、やはり蕎麦が好きなお客様なのです。それから1時間以上、天気は良くて暖かいのにお客は来なかった。どこへ行くのやら、週末の昼は車の通りは激しかったのです。1時を過ぎて、亭主はぶっかけのおろし蕎麦を食べておく。まさか、こんな蕎麦日和になぜお客が来ないのかと不思議に思うのでした。冬の間は「10℃を越えなければお客は来ないわよ」と言っていた女将も、今日は、「暖かければお客が来ると言うものではないわよ」と違ったことを言う。亭主の読み違えだったのだろうか。

 遅い午後になって、やっとお客が入り始めた。最後のお客はなんとラストオーダーの時間を過ぎて、「もう終わりかしら ? 」と暖簾をくぐって来たから驚いたのです。晴れているからか、今日は天せいろが随分と出た。銅の天婦羅鍋でカリッと揚げるのが楽しみな亭主。最後のお客が帰ったのが2時過ぎで、結局、今日はお客の出足が遅かったと言うことなのでした。外は青空が広がって、風もなくまさに蕎麦日和なのでした。紫陽花の芽がもう出ているのです。